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青のカテゴリー3
- 1 名前:カネダ 投稿日:2002年09月11日(水)22時56分38秒
それぞれの青が交錯する時、彼女達の『何か』が弾けた。
前スレ http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sky/1028301702/
前々スレ http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sky/1024240381/
- 2 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時03分50秒
- 矢口が希美を説得してくれた次の日、空は満遍なく晴れ渡り、絶好の快晴。
迫り来る夏の息吹を感じさせる迷いの無い日射が、登校中の生徒達の肌を擽っていた。
梨華は木漏れ日の坂を上る際、矢口の事ばかり考えていた。
昨日あの後、吉澤と一緒に希美に学校に来るように説いていたのだが、
希美は終始、口を開く事はなかった。
しかし、梨華は希美は学校に来るだろうと確信していた。
矢口の思いを蹂躙するような事を、希美がするわけが無い。
梨華が沈思しながら坂を上っていると、後ろから肩を軽くトン、と叩かれた。
「よっすぃ、おは?あれ?あやちゃん?」
「ふふ、オハヨウございます。」
- 3 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時04分36秒
- 冷静に考えれば、現在梨華は吉澤と出会う地点よりも少し後方の位置にいた。
梨華が松浦と登校途中に出会う事は意外に初めてで、梨華は妙な感覚を覚えた。
松浦は右手を口に当て、梨華に酔っ払いのようにだらしない視線を向けながら、
イヤラシイ意味深な笑みを絶えず漏らしている。
梨華はそんなアホ面の松浦に、訝しげに話し掛けた。
「なに?あやちゃん。いい事でもあったの?」
「ぐふふ、石川さん、私、思いついちゃいました。」
「何を?」
「辻さんを復帰させる方法。」
松浦はそう言った後、ククク、と少し高い声を出して笑う。
梨華は首を傾げるしかなかった。
- 4 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時05分30秒
- 「どんな方法なの?」
「えーとですねえ、まずですねえ、辻さんに電話するんです。」
「ふんふん。」
「それでですねえ、取り敢えずは、中学時代の友人とかそんな感じで
まず、辻さんを電話に出すんですよ。」
「ふんふん。」
「そこで、一言。」
松浦は身振り手振りでそう梨華に説明した後、ピン、と人差し指を立てて
言葉を止めた。
梨華はやはり首を傾げる。
「一言?」
「食べ物ですよ。た、べ、も、の。」
「たべもの?」
梨華が語尾を上げて聞き返すと、松浦はハハ、と笑った。
梨華は何時、昨日、矢口が希美を説得してくれた事を話そうかと、
タイミングを計っていたのだが、どうにも松浦のペースに引き込まれていた。
- 5 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時06分26秒
- 「辻さん、食いしん坊でしょ?何か奢るとか言えば、あっさりと学校に来ると思うんです。」
「・・・・・。」
それはいくらなんでも安易過ぎるのではないか?と梨華は思ったが、
案外、希美ならば成功するのでは、なんて失礼な事も考えた。
松浦は梨華の反応が気になったのか、顔を梨華にグイ、と近づけてきた。
「どうです?かなりいけそうじゃないですか?」
「どう・・・だろう。」
「いや、いけますよ!うん。いけるんですよ!そうと決まれば、早速紺野さんに
携帯借りて・・・・ひぎゃ!」
松浦は話している途中で、後ろから何者かにゲンコツを脳天に落下させられた。
梨華は振り返るまでもなく、ソレを落とした人物が誰か理解していた。
- 6 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時07分23秒
- 「お前、ののが馬鹿でもそれはいくらなんでも馬鹿にしすぎだろ?」
「・・・いったーい!・・この野蛮人!」
松浦は気丈にも吉澤に捨て台詞を言った後、足をフル回転して坂を駆け上った。
「なーにーゴルァ!!」
吉澤はそんな松浦を持ち前の瞬発力で追う。
吉澤の足の速さというのは全校生徒の中でも五本の指に入るほど秀逸で、
松浦が掴まるのは悲しいかな時間の問題だった。
梨華は猛スピードで坂を駆け上がる二人の背中を見て、一つ、嘆息を吐くと、
もう一度矢口の事について考えた。
(私のテニスは親に植え付けられたもんだ。)
矢口の両親とは一体どんな人物なのだろう。
あの矢口の生みの親なのだから、かなり偉大な人物に違いない。
- 7 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時08分30秒
- ―――――植え付けられた。
梨華はふと、その言葉を反芻する。
すると、背筋に身の毛が痙攣するほどの悪寒が走った。
その表現は、怜悧に考えれば考えるほど恐ろしい。
教えられたのではない。強制的に強いられたのだ。
矢口は自分のテニスすら知らない。
では何故、矢口はテニスを続けているのだろうか?
俗人よりも高い場所に立つ為?
いや、きっと違う。
梨華は歩きながらそんな自問自答を何度も繰り返す。
やがて、巨大な羽を大きく開いた正門の門扉が見えてきた。
希美は来るのだろうか、梨華がそう思った瞬間、後ろから誰かにスルっと腕を絡められた。
- 8 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時09分25秒
- 「・・・のの。」
「・・・・・。」
希美は俯き加減に梨華の左腕に手を回したまま、口を固く結んでいる。
梨華も何も話し掛けようとしなかった。
希美の気持ちは痛いほどわかった。
もし自分が同じ立場なら、同じ事をしていたかもしれない。
だから、梨華は笑顔を作ったまま、何も話し掛けなかった。
そのまま正門を抜け、無言のまま靴箱に向っている途中で希美がやっと口を開いた。
「・・ののは、矢口さんの事、なんにもしらなかったんだ。」
希美は俯きながら、悄然とした声色でそう言った。
梨華は満面の笑みを作りながら、前方を見て明るく言葉を発する。
- 9 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時10分24秒
- 「うん。そうだね。それは私もだよ。」
「でも、ののはどうしても死神は許せない。」
「その死神って言われている人も、何か理由があってそんな事をしたんじゃないかな?
矢口さんも言ってたじゃない。あいつは間違ってない、って。矢口さんが言うんだよ?」
梨華がそう優しい口調で言うと、希美は絡めていた腕に力を入れた。
希美にとっては矢口は『全て』なのだ。
矢口が白といえば、黒でも白になる。
・・・いや、『全て』だった。
今の希美はきっと自分の道を見つけている。
梨華はそう思った。
「りかちゃん、・・・ゴメンね。」
「・・・いいよ。」
- 10 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時11分26秒
- 靴箱では吉澤が松浦の襟首を掴んでヒーヒー言わせていた。
靴箱まで逃げた松浦を誉めるべきなのだが、どうも事態は思わしく無さそうだ。
松浦はゼェゼェ息を切らしながらゴメンナサイを連発している。
吉澤は額から滴り落ちる汗を手の甲でゆっくり拭うと、
ニヤリと口端を上げ、松浦の耳元で何か囁いていた。
「松浦ぁ、この償い、わかってるよなぁ?」
「な、何がですか?」
「ドレイがゴシュジンに逆らったら、どうなると思う?」
吉澤はそう、松浦の耳元で諭すように囁いた後、ふうう、と耳朶に温風をかける。
松浦の顔色が見る見るお魚さんのお腹の色に変わっていく、その刹那、
松浦は左方に希望の光を見つけた。松浦は心が折れる寸前で起死回生の一打を打った。
「吉澤さん!!辻さん来ましたよ!!」
「なぁにぃ?」
- 11 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時12分29秒
- 吉澤はどこぞのイカガわしいキャラになりきっていた。
吉澤は松浦の襟首を掴んだまま、松浦の指差す方向にゆっくりと顔を移動させる。
そこには、照れているのか、顔をほんのり桃色にさせた希美が梨華と一緒に立っていた。
「のの!!やっぱり来てくれたの!」
「ゴメンね、きのうは心配させちゃって。」
吉澤は反射的に松浦を解放し、希美の元に駆け寄る。
松浦はその瞬間を逃さなかった。
「なんだよのの、昨日あんなにふて腐れてたのに。」
「・・・やっぱり、ののはのののテニスをするよ。
自分のテニスを知ってるって、素敵でしょ?」
「なーに、ナマ言ってんの!ののがいないとT高テニス部は始まんないよ!ちくしょう!」
吉澤は粋のいい江戸っ子のように鼻を擦ると、希美に微笑みかけた。
- 12 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時13分09秒
- 「・・・よっすぃ、キャラ変だよ。」
「ああ、そうそう、松浦に用事があるんだ。おい、松う・・・ああ!消えやがった。」
「あやちゃん、とっくに階段上がってったよ。」
「・・・あいつ、部活の時間、しょっぴいてやる。」
「だから、キャラ変だって。」
梨華は普段通りの吉澤と希美のやりとりを見て、心底安堵した。
希美に笑顔が戻ったのは、他でもない、矢口の御蔭だ。
梨華は改めて思った。また、矢口に助けられた。
―――――――――
- 13 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時14分53秒
- 部活の時間、吉澤は松浦を探す為に着替えを素早く済ませ、
梨華達を差し置いて、さっさとテニスコートに向かった。
その松浦は、吉澤の動向を先に察知し、
ポプラの木の裏に身を潜めながら、こそこそとテニスコートに忍び込む。
吉澤はキョロキョロと漫画、ルパン三世に登場する銭形警部のように、
目を血走させながら、コートの中、外周、運動場と、松浦を捜索していた。
松浦はルパン三世よろしく、吉澤の網をスルリと抜けて、中澤の目前まで走って向かい、
平然と準備運動を始めた。ここならば、吉澤も手は出せまい。松浦は微笑を浮かべる。
そんなコントのような二人は置いておいて、全員がコートに揃うと、
中澤から集合が掛けられた。
「はーい、集合や。」
部員達は一斉に中澤の前に一列に並ぶ。
中澤の手の中には一枚のルーズリーフが挟まれていた。
中澤はそれに目を落としながら、顔を顰めたり、頭をポリポリ掻いたりしている。
梨華は隣で物憂げな表情をしている希美を気にしながら、中澤の指示を待った。
- 14 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時16分20秒
- 「まず、辻。」
中澤は顔を上げ、重い口調で希美を名指した。
希美はビクっと一度体を震わせた後、
毅然とした表情を作り、徐に顔を上げ、強い視線で中澤を見つめた。
「なんか、言う事あるんちゃうの?」
「・・・ののは、ののはもう矢口さんのテニスを真似たりしません。」
「それは、なんでや?」
中澤は希美がそう言ってくるのを予め理解していたかのように、
躊躇なく希美にそう訊ねた。
「ののは、自分のテニスを知ってるからです。」
「知ってる?なんや、じゃあ矢口は自分のテニスを知らんのか?」
中澤は言葉を希美に掛けながらも、視線は矢口の方を向いていた。
矢口は前方を向いて、その表情は相変わらず、無、であった。
- 15 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時17分58秒
- 「・・・・・。」
希美は口を噤んだ。
そして、頼りない視線を矢口の方に向ける。
その時、部員全員が矢口の方に横目で視線を向けていた。
無言のまま強い視線の圧力を受けていても、矢口の表情は微動だにしなかった。
「ま、それはいい。お前は自分のするべき事に気付いたんや。それでいい。」
「・・はい。」
「でも、ペナルティは受けてもらう。」
希美の表情が強張った。
希美は以前、吉澤と梨華が遅刻の所為でキビシイ罰を受けたのを鮮明に記憶していた。
希美は八の字に変貌を遂げた眉と、への字に
曲げた口という、情けない表情で中澤に哀訴する。
「かんべんしてくだせぇ。」
「あかん。お前には・・・・」
- 16 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月11日(水)23時19分44秒
- 部員達はゴクリと生唾を一つ飲み込んだ。
今回は遅刻ではなく、一日サボりという、前回より明らかに重い罪。
中澤が不必要に溜を作るその間、部員達は自ずと呼吸を止める。
逆立ちで運動場一周?それとも素振り一万回?何にせよ、常識離れな事を要求する筈だ。
そして、中澤の声と共に、ポプラの木が揺れた。
「・・・当分ウチの肩を揉んで貰う。最近こってんねん。」
「そ、それだけげすか?・・あ、ありがとごぜぇます。」
中澤はそれまでの重い口調とは一転して、あっけらかんとした声色でそう言った。
このペナルティに憤怒したのは吉澤と梨華だった。
希美がテニス部に帰ってきた事はとても喜ばしい事だ。
しかし、ソレとコレとは話が全くもって違う。
自分らの時は散々運動場走らせておいて、希美は肩揉みですか?おめでたいですね。
吉澤と梨華は目の形は変えずとも、二人の瞳から発する収縮された
『不服』という名の光の一線は、確実に中澤の双眸を貫いていた。
そんな二人の厳つい視線にも全く動じず、中澤は
コホンと丁寧に一度咳をすると、飄々と本題に入った。
- 17 名前:カネダ 投稿日:2002年09月11日(水)23時20分26秒
- 少ないですが、更新しました。
これからも宜しくお願いします。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月11日(水)23時31分12秒
- 新スレキタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━(゚ )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!!
もう、毎日ここをチェックするのが日課です。
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月11日(水)23時52分44秒
- おっ!ついにスレも3つめに。
かなりいい更新ペースで来てるんで、これからもがんばって下さい!
- 20 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月12日(木)12時23分56秒
- 新スレおめでとうございます。
でもこのスレで終っちゃう予定なんですか?
寂しいなぁ〜・・・。
- 21 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年09月12日(木)12時24分14秒
- つじぃ 復活したかぁ! うんうん
新スレおめ!
区切り処が憎いなぁ
- 22 名前:カネダ 投稿日:2002年09月14日(土)03時30分12秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>18名無し読者様。
新スレタテタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━(゚ )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!!
毎日なんてすいません。でもめちゃ嬉しいです。
これからも期待に応えられるように頑張ります。
>>19名無し読者様。
とうとう三つ目になってしまいました。かなり予定外です。
更新ペースには拘ってたのでそう言ってくれると嬉しいです。
しかしその所為でかなり描写や背景などが雑になっています。
読み辛いと思いますが、これからも是非読んでくれたら嬉しいです。
>>20読んでる人@ヤグヲタ様。
長い間レスして頂いて有難う御座います。そうですね、予定では終わる事になっています。
でも実は前スレで終わる予定だったので、今回も話を進めてみなければわかりません。
こんなアホ作者ですが、これからもよろしくお願いします。
>>21むぁまぁ様。
長い間レス有難う御座います。辻、帰って来ました。
かなーり短い逃避行でした。
区切り処が憎いのは自分の狡い性格の所為ですね。(w
これからも是非読んで下さい。
それでは続きです。
- 23 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時31分51秒
- 「とうとう、団体戦まで一ヶ月を切った。そろそろメンバーを発表したいと思う。」
メンバーを発表って言っても、七人しかいないだろ。
と矢口以外の部員は心の中でツッコンだが、翌々考えれば、ダブルスが決まっていなかった。
「まず、ダブルス一組目。紺野、松浦ペア。」
この発表に、有無も言わせぬ速さで松浦は不満の色を浮かべた。
「先生。」
松浦は以前、安倍がやったように、玩具の人形のようにピョコンと右手を上げた。
中澤は眉間に皺を寄せて、松浦を睨みつける。
- 24 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時33分00秒
- 「なんや?文句でもあんのか?」
「はい。幾つか。まずですねえ、私はダブルスの経験ありません。
それに、この部のメンバーの実力を考えるとですねえ、まず安倍さん、矢口さん、
私の三人がシングルで挑んだ方が、勝率は上がると思うんです。何故ならですよ、
辻さんは強いですけど、シングルではやや、弱点が目立ちます。
紺野さんは勝負強くないし、テクニックもそこそこです。
石川さん、吉澤さんはくっつけてしまったほうがいいと思います。いわゆる捨て駒です。
つまりですね、ダブルスは辻さん、紺野さんでそこそこのペアを作り、
石川さん、吉澤さんペアで星を一つ捨てます。それでもですよ?
私と、矢口さん、安倍さんなら、三勝する事できると思うんです。だから私はシングルを
激しく希望します。」
松浦は間も空けず、一言も噛まずに、淡々と身振り手振りをしながら長々と話し終える。
その松浦は何時の間にか、梨華と吉澤の猛烈な殺意を受けていた。
捨て駒と言われて、心中穏やかな人間などこの世にいない。
梨華はこの日に限り、吉澤が松浦をボロ雑巾のように扱う事を容認した。
中澤はというと・・・松浦を完璧にシカトした。
- 25 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時34分22秒
- 「次、二組目、辻、吉澤ペア。」
「「は、はい!!」」
完全無視された松浦は目を見開いて、口を金魚のようにパカパカと開け閉めしていた。
そんな松浦を他所に、中澤の意外な発表に、部員達は困惑の色を浮かべる。
誰もが希美をシングルで起用すると考える場面だった。
矢口、安倍はこの部の揺ぎ無い勝ち頭でもある。だからシングルで起用する事は先刻承知。
そして次点の実力者、松浦か希美でシングルは決まりだ、
と誰もが思っていたのだが、中澤は訂正する事もなく淡々と続けた。
「次、シングル一人目、安倍。」
「はいよ!」
「次、矢口。」
「はい。」
「最後、石川。」
「はえ?」
- 26 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時35分07秒
- 梨華は開いた口が塞がらなくなった。
何故に自分なのだ?そう顔に書いている。
「そうそう、紺野、お前、マネージャーやってくれへんか?」
「わ、私ですか?」
「そう、お前。」
「・・・私でよければ、喜んで。」
「そうか、助かるわ。お前は頼りになるからな。」
「そ、そんなことないです。」
「ははは、その遠慮がちな所がウチのツボに嵌ってんねん。」
紺野が照れて俯くと、中澤は嬉しそうに頬を緩め、頼むわ、と言い、
その後テンポよく部員達に指示を出していった。
- 27 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時36分14秒
- 「ダブルスの奴らは、基礎練終わったらメニュー出すからココに集まれ。
あと、安倍、矢口、石川。今日からはお前ら三人でやる事が多くなると思うけど、
メニューは一緒や。石川は特に変な事考えずに今まで通りやれ。」
中澤はそう指示を出すと、気の張った声色で部員達を散らせた。
部員達がそれぞれの持ち場に散っていく中で、
梨華だけがその場にハンダ付けされたように凝然と突っ立っていた。
「なんや?石川、不満でもあんのか?」
「・・・はひ。」
梨華は呆気と自失の所為で、舌が上手く回らないでいた。
中澤は持っていたルーズリーフをベンチに放り投げると、
徐にタバコに火を点け、ふう、と得意げに一服し、なんや?と厳つい声を出した。
- 28 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時37分15秒
- 「あにょ、でしゅ。私なんかよりです、ののとかあやちゃんとか、紺野さんとか、
よっすぃも最近、すごい上達してるし・・・・」
「だからなんやねん?」
「だ、だから?」
「ウチもなぁ、悩んだ結果こうなったんや。文句は一切受け付けへんぞ。」
「で、でも・・・」
「はよ練習しやがれ!!!」
「はひぃーーー。」
梨華はバタバタと覚束ない足取りで自分の位置に戻る。
中澤はタバコを吸いながら、そんな梨華の背中を強い視線で見据えていた。
中澤がこの決断に至ったのは他でもない。
全勝を狙える采配を考えていたからだ。
- 29 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時39分51秒
- 松浦の深みの無いオーソドックスなテニスならば勝ち上がるにつれ必ず攻略される。
そこに、紺野の相手を取り込む意外性を持ったゲーム作りという個性を添えれば、
松浦のテニスが二倍にも三倍にも有効になる。
紺野はメンタル面でも松浦よりも勝っている。
いざ、という時、最終的には紺野がゲームを決めるだろう。
このペアの強さは未知数であるが、それだけに奥行きが深い。
希美、吉澤ペアも全く同じ理由だった。
希美の実力ならばそこそこは勝ち上がれても、トロイ足、個性の無さという
欠点を突かれて必ず攻略される。
そこに、吉澤のスピード、強靭なバネとアホな性格を混ぜ合わせれば、
面白いテニスが出来上がる。
加護、希美ペアとは違った、まったくオリジナルのテニス。
- 30 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時40分53秒
- それでもそれを有効に使えるかは吉澤の上達次第。
吉澤は上達の速さが顕著だといってもまだテニス経験は一年と数ヶ月ほどの素人。
しかし中澤は確信していた。吉澤の揺ぎ無い向上心と決意。
後ろも前も無い、一つの事に命を懸ける人間は、常識や理論など通用しない。
吉澤は必ず希美をサポート出来る技量まで到達する。
安倍、矢口については考えるまでも無かった。
二人とも、高校生離れした実力の持ち主。
安倍の『とっておき』は完成しつつある。
どんくさい試合展開と心理戦の弱さを差し引いていも、
高校生レベルでは既に無い。
矢口はもし、市井にやられた後遺症がなく、やられる以前の
能力が試合でも発揮できるのなら、敵はいないだろう。
しかし中澤は恐れていた。
去年の県大会決勝、全国大会一回戦、その二戦の矢口はもはや妖精でもなんでもなかった。
- 31 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時42分44秒
- 中澤は矢口の事を危惧し、今まで冬の大会どころか、練習試合すら組む事をしなかった。
また、あの時の怯えた子犬のような矢口が姿を現すかもしれない。
その畏怖が、今まで中澤の心の中から離れる事は無かった。
しかし、矢口の口から出た、団体戦に出てみたい、という意欲的な言葉を聞いて、
中澤は自分の心に言い聞かせた。矢口はもう、市井の翳を振り切ったのだと。
矢口は成長が止まっていたが、それでも他の連中とは次元が違う。
そこで先程の希美の一言が気になった。
矢口は自分のテニスを知らない。
いや、そんな事はありえない。中澤はすぐに否定した。
今の矢口のスタイルは他人では確立する事が不可能な、矢口そのものだ。
矢口そのものを反映させたテニスが矢口のテニスでなければ、なんなのだ。
今は俗に言う、スランプの状態なのだろう。
- 32 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時45分12秒
- そして、中澤がこのメンバーで最も期待していたのが梨華だった。
梨華の常人離れしたスタミナ。そして、あの踏み込み。
この二つが加われば、物凄い選手になるような勘があった。
テニスは正直、下手糞、そして、不器用、おまけに大馬鹿。
その中に大化けするような、そんな根拠のない
宇宙のような無限大の可能性が秘められているような気が、漠然とだがしていた。
もし自分の考えるテニスを梨華が実践できたら、化け物に変貌を遂げる事が可能な筈だ。
団体戦の勝敗のキーを握るのは、間違いなく、石川梨華だろう。
考えてみれば、面白い連中が自分の前にずらずらと並んだものだ。
誰一人、同じようなタイプの選手がいない。
十人十色とはよく言うが、テニスでここまで分かれる事なんて滅多にない。
中澤はあの忌まわしい事故に感謝した。
こんな面白い連中に出会えたのは、紛れも無く、あの事故の御蔭だ。
人生とは不思議である。中澤はそう思い、気持ちよさそうにタバコを吸った。
- 33 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時46分21秒
- 徐に中澤は放り投げていたルーズリーフをもう一度掴み、空に掲げた。
薄っぺらい紙は、太陽の光によって力無く透けている。
中澤は部員達の活気溢れる声を聞きながら片目を瞑り、
気障ったらしくルーズリーフを凝視する。
メンバー表の下の欄には、中澤が予想したK学園テニス部のメンバー表を書いていた。
飯田、保田、戸田木村、斎藤大谷、そして、市井。
どこかで必ずブチ当たる壁を見て、中澤は微笑を浮かべる。
(あやっぺ。どっからでもかかってこいや。)
中澤は掲げたルーズリーフにデコピンをパチンとすると、
もう一度、大空に向かって放り投げた。
―――――――
- 34 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時47分10秒
- 中澤の言った通りにダブルス組みは基礎練習を済ませると、
中澤の前に集合していた。
「よし、お前ら、ダブルスの基本はなんやと思う?取り敢えず、吉澤。」
「はい。ダブルスの基本はズバリ、サーブですね。サーブを制すものは世界を制す。」
「お前、どっかのボクサーが左を制すものは世界を制すっつう名言をパクッたやろ?
それに、サーブやったらシングルでもそうやろうが。」
「あ、そうですた。」
「お前はアホやなぁ、頭下がるわ、ほんまに。・・・次、松浦。」
松浦は不満そうにツン、とした尖った態度をしている。
余程、紺野とのペアを組まされたのが不満のようだ。
隣にいる紺野は申し訳無さそうに松浦の横顔をチラチラ見ていた。
- 35 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時48分42秒
- 「基本ですか?そんなのここですよ。ここ。」
松浦は可愛げのない声でそう言うと、頼りない力瘤を作って、指差して見せた。
中澤はタバコを大きく吸うと、松浦の顔に向かって煙を勢いよく吹き付けた。
「あほ。そんなもんシングルでも同じや。しかし、お前はかわいくないなあ。
紺野、こいつ、矯正してあげろ。今日からお前は紺野の奴隷に認定。」
「えええ?紺野さんもですか?そんなの嫌ですよ!!なんで私がこの子の奴隷なんて
やんなきゃなんないんですか!人権ってモノがこの世にはあってですねえ。」
松浦がブツブツ不満を言い出したところで吉澤が口を開いた。
「んじゃ、あたしの命令。お前は今日から紺野さんのドレイであり、
あたしの超下僕でもある。つまり、一番下の下。」
「はあ?アホの総大将になっちゃいましたか?」
「お前、今日の無礼、忘れてないだろうな?」
- 36 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時49分57秒
- 吉澤がこわーい睨みを松浦に利かせると、松浦は視線を遥か彼方の宇宙まで逸らした。
中澤はそのやりとりを見て子供のように足をバタバタさせて笑っている。
「ハハハ、お前らコンビで漫才やったほうが案外いけるかもな。
そんなことより辻、もう、お前で落としてくれ。」
「はい。ダブルスとは愛です。」
希美は毅然とした表情とは不相応な、舌足らずの声で自身ありげに言った。
「おおお、重いなあ、さすが無敵のツインズ。かなり近い。つまり?」
「つまり、愛情です。」
「あ、そうか、お前も馬鹿やった。ゴメン、忘れとったわ。」
希美は何が間違っているのか、涙目になって吉澤に訊いている。
吉澤に訊いたところで答えなんて出てこない無いわけだが。
- 37 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時52分32秒
- 中澤は連中が揃って視線を上に向けて思案している様子を見て、
一つ、気だるげに溜息を吐くと、紺野に思いを託した。
「紺野、頼む。もうお前しかいない。」
「・・・はい。考えたんですけど、チームワークじゃないでしょうか?」
「ははは、そうや。何でこんな事わからへんねん、あいつらは。」
中澤は呆れた様に、力無く笑いながらそう言った。
「つまり、互いを補い合う。そして弱点を減らす。」
「うん。お前、百点。・・・さ、て、と。」
中澤はそう言った後、手をパンパンと二度大きく叩き、表情を引き締めた。
おちゃらけていた部員達も自ずと緊張する。
「お前ら、今日からそれぞれお互いを恋人と思って練習しろ。
行動もできるだけ一緒にしろ。校内でも、どこでも。
松浦ぁ!お前は紺野の言う事だけ聞いとけ。吉澤、辻になんでも聞けよ。
こいつは、こんな顔して中学の時はアホみたいにすごかったんや。」
- 38 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時53分16秒
- 中澤はそう得意げに言った後、テキパキと一人一人にメニューを課した。
そして、部員達が漸く気を引き締めてメニューに取り掛かろうとした所で、
紺野だけを呼び止めた。
「なんでしょうか?」
「うーんとな、お前のスタイル、松浦には黙っとけ。」
「・・・いいんですか?」
「敵を欺くには、まず味方からや。ゲームはお前が作れ。
お前には試合を支配する才能がある。松浦を思う存分利用しろ。」
「・・はい。」
――
- 39 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時54分07秒
- 部員達が各々の練習をしている中、相変わらず梨華は矢口の打球を
一度も返せないでいた。
(お前だったら、上手くなるよ。)
この言葉は、気休めだったのだろうか、それともただの皮肉なのだろうか、
何にせよ、今やってる事は自分の練習どころか矢口の役にすらたっていない。
矢口に近づくには、やはりテニスしかないのだ。
梨華は一球、たった一球だけでも返すように心がけた。
がむしゃらに打球を追いかける。
高速のサーブに、鋭い回転をかけるストローク。
松浦のテニスに三桁上乗せしたようなレベル。
次元が、違う。
しかし梨華はそれでも走り続けた。
- 40 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時55分39秒
- 梨華が矢口の打球を追っかけているのを、安倍はベンチに座りながら
食い入るように見つめていた。
打球の勢いに押し負けてリターンする事が出来ないでいるが、
確実に矢口の打球を中心で捉えている。
安倍は梨華の弾む背中を見ながら、一種の恍惚のような感覚に捕らわれていた。
矢口と交代で、安倍が梨華の対面に入る。
「んじゃ、石川、なっちのサーブ、返せるもんなら返してみろ!」
「這いつくばっても、返して見せますよお!」
- 41 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時56分39秒
- 小一時間、矢口に振り回されても平然とした調子で梨華は言った。
それも、冗談を混ぜるだけの余裕つき。
安倍は下唇を噛んで口端を上げた。
中澤が梨華に期待する気持ちが、面白いようにわかった。
不器用で下手糞で馬鹿だけど、『何か』を持っている。
「はいやあ!」
安倍のサーブは矢口の射抜くようなサーブとはとは全く別質。
スピードこそ平凡なのだが、目に見えて打球が揺れている。
センターライン付近に落ちたその打球は、ギュル、とコートを捻ると、
不規則に逃げ回る。
「えいやあ!」
- 42 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時58分27秒
- と、勢いよく声を出したところで打球はネットに吸い込まれる。
(ココの先輩は化け物しかいないのですか?・・・)
梨華の質問の答えは、安倍の次のサーブによって返答される。
今度のサーブは今まで見た事が無い安倍の新技。
ココ数ヶ月、安倍は主に手首と肘を鍛える練習を重点して行っていた。
その成果を、梨華をモルモットにして試していたのだ。
一見、やや遅めのフラットサーブ。
梨華は今日、初めてリターンチャンスを得たと思った。
しかし、コートに落ちた打球は跳ねなかった。
(あ、跳ねないんだ。ふーん。跳ねない?なんだそりゃ?)
コートを這う様に低空で後方に消えていく打球。
それを見て、梨華は冷静に心の中でノリツッコミを行った。
梨華は空振りをまさか、テニスで実践するとは思っていなかった。
- 43 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)03時59分39秒
- 「今度は何やったんですかぁ?」
「今度はねえ、回転をバックとサイド両方にかけてねえ、相殺したんだ。
だから、打球は不思議な事に、上に跳ねないってわけ。」
「どうしてそんな神技みたいな事出来るんですかあ?」
(化け物だったんですね。)
「はは、それはさ、なっち、練習熱心だからさあ。」
「へえ、そうなんですかぁ・・・じゃないですよ!」
安倍の能天気な喋り方についつい、梨華は心を奪われてかけていた。
梨華は首をブンブン大きく横に振り、顔をパチンと両手で叩くと
「ええい!どんどん打ってきてくださーい!」
勇ましい声を出し、気合を入れ直した。
だからと言って、安倍のサーブが優しくなるわけではない。
「ははは、石川ぁ、いくよぉ。」
結局、矢口の場合とは全く違った形で梨華は四苦八苦する。
打球に生命を宿す事ができる能天気な先輩は、容赦を知らなかった。
――
- 44 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)04時02分30秒
- 矢口は安倍と交代した後、
梨華が練習しているコートの後方に備え付けられているベンチに座り、
タオルで汗を拭ったあと、ラケットのガットの歪みを直し、
グリップを丁寧に磨いていた。
この作業は、矢口の習慣というよりは備わっている
一つの機能という表現のほうが正しい。
矢口が丹念にグリップを拭いている途中、忽然、目の前が影に覆われた。
矢口は影の形を見定め、徐に顔を上げる。
そこには、綺麗な微笑を浮かべた吉澤が悠然と立っていた。
「ちょっと、隣、いいですか?」
「・・・いいよ。」
吉澤はワザとらしく、よいしょ、と声を出して丁寧に矢口の隣に腰掛けると、
項垂れるように頭を地面に向かって垂らし、ふう、と息を吐いた。
- 45 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月14日(土)04時03分58秒
- 夏の訪れが近い事を示唆するように、空は五時を過ぎていてもまだ澄んだ
水色をしていた。吉澤は不意に顔を上げ、確認するように辺りの様子を観察した。
中澤は真剣な表情で部員達を吟味している。
俄かに涼しい風が吹いた。どこかでカラスが鳴いた。下校する生徒が笑った。
希美は休憩のため、ベンチでお昼寝をしている。
紺野と松浦は二人で何か確認するように熱心に打ち合いをしていた。
突然、ポプラの木がワシワシと小気味良いノイズを奏でた。
そして最後に吉澤は、梨華が安倍のサーブに対し、狼狽しているのを見て、
はは、と、軽い声を出して笑い、その後、表情を引き締めて矢口に話し掛けた。
- 46 名前:カネダ 投稿日:2002年09月14日(土)04時04分50秒
- 更新しました。
- 47 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年09月14日(土)10時12分08秒
- ははは 石川君、君は非常に面白い!
これからも頑張って呉れ給え
あっしはどっちかというとこちらのチームを贔屓にしてます
こういう一から創めたチームがどんどん強くなっていくプロセスを見るのって
なんかワクワクするじゃないですか?
だから今後が非常に愉しみなんです
- 48 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)11時51分23秒
- あやや最高!(w
あややに奴隷がいないなら、俺が奴隷になる!!!(w
- 49 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月14日(土)18時35分36秒
- 自分もこっちの学校を応援してます。
好きなメンツがこっちの学校に見事に集まっているという単純な理由ですが・・・(w
しかし吉澤は、矢口にいったい何を話すんだろう・・・?
- 50 名前:前スレ452 投稿日:2002年09月15日(日)03時01分32秒
- お引越し先についてきました。
引越しても相変わらずの更新速度、更新量で読者としては大変嬉しい限りです。
K学はもちろん大好きですが、あややも大好きだったりします(w
いや、おもろすぎでしょ>あやや
- 51 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年09月15日(日)15時37分16秒
- はじめまして。
9月はじめに見つけてから一気に読んでしまいました。
本屋に行っても本買わないし、いまこの小説が、一番面白い小説ですね。
更新大変でしょうが、期待してまったり待っています。
う〜ん、あややと一緒に、よっすぃ〜の奴隷になりたい!
- 52 名前:カネダ 投稿日:2002年09月15日(日)19時36分55秒
- レス有難う御座います。
こんな駄文に付き合ってくれて、本当に感謝です。
>>47むぁまぁ様。
そう言ってくれて嬉しいですね。
こっちのチームは典型的な主人公タイプですから。
贔屓にしてくれるのも嬉しいです。いろんな役者が揃ってますから。(w
>>48名無し読者様。
有難う御座います。(W
松浦については賛否両論があると思っていたんですが、
読者の皆様は皆、心が寛大で安心しました。
>>49読んでる人@ヤグヲタ様
こうやって片方を贔屓にして応援してもらうのは嬉しいです。
自分としてはどっちがどうなるかまだ全然決めてないですから参考になります。
吉澤はちょっと重苦しい話をふっかけます。
>>50前スレの452様。
更新ペースは拘ってるのでそう言ってくれると嬉しいです。
そのかわり、粗探しするのは勘弁してください(w
松浦は書いていて不安なんですが、そう言ってくれると安心します。
>>51ななしのよっすぃ〜様。
始めまして。面白いと言ってくれるのは本当に書く意欲が湧きます。
この小説、他の作者様のモノとは大分傾向が違うみたいなので。
松浦はこれからもう少し、苛められると思います(w
これからも是非、読んでやって下さい。
それでは続きです。
- 53 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時38分20秒
- 「矢口さん、昨日、私のテニスは親に植え付けられたって言ってましたよね?
それに、自分のテニスを知らないとも。」
吉澤はその矢口の言葉が、昨日の夜から何度も頭の中を駆け巡って離れずにいた。
もしかしたら、矢口は自分と同じ境遇なのかもしれない。形は違えども、
人生を選択できない点においては矢口は自分と同じなのではないかと吉澤は考えていた。
「・・だからどうしたの。」
「いや、それなら何でテニス続けてるのかなぁ、と思って。」
「・・答える筋合は無いよ。お前は自分の事を考えていればいい。」
「いやあ、矢口さん、あたし、転校する事になっちゃったんです。」
- 54 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時39分13秒
- 吉澤は微笑を浮かべながら、組んでいた両掌に力を入れる。
吉澤の両手は、あり得ないほどの力の所為で、死人のように真っ白になっていた。
その告白に、矢口は無表情のまま、視線を吉澤の端整な横顔に向ける。
吉澤の横顔は仮面をつけた様に固まっていて、その様は、
今までの吉澤ではあり得ない、硬質で聡明な印象を矢口に齎した。
誰も知らない、もう一人の吉澤だ。
「・・嘘だろ?」
「はは、嘘じゃないですよ。こんな性質の悪い嘘は、流石にアホなあたしでも
つけるもんじゃないです。本当なんですよねえ、これが。」
矢口はラケットをベンチの角にたてかけ、掌を組み合わせると、姿勢を前のめりにした。
吉澤はヘラヘラとした力無い微笑を、頭をポリポリ掻きながら絶えず浮かべていた。
それは、絶望という言葉が一番相応しい、痛々しく空しい笑顔だった。
- 55 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時40分13秒
- 矢口はラケットをベンチの角にたてかけ、掌を組み合わせると、姿勢を前のめりにした。
吉澤はヘラヘラとした力無い微笑を、頭をポリポリ掻きながら絶えず浮かべていた。
それは、絶望という言葉が一番相応しい、痛々しく空しい笑顔だった。
「それはいつなの?」
「団体戦が終わるまでです。だから、矢口さんと一緒に団体戦に出る事は出来ます。
でも、その後、あたしはみんなを失う事になりますね。」
「他の連中は、知ってるの?」
「いや、まだ言ってないです。知ってるのは矢口さんと、先生だけです。」
「なんで、私にそんな大事な事、最初に言うんだよ?」
矢口の言葉には感情が篭っていない。
今更、吉澤はその事に気付いた。
- 56 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時41分14秒
- 「矢口さんは、あたしと似てると思ったんです。」
「似てないよ。私にはテニスしかないけど、お前はお前の事を
大切に思ってくれる連中がいる。私とは違う。」
「いや、大切に思ってくれるのは今のみんなだけですよ。梨華ちゃんにのの。
松浦に紺野さんに安倍さん。あたしは、親の都合でいろんな学校転々としてきたんですよ。
まともに友達も作る間も無いまま。でも、あたしは漸く見つける事が出来ました。」
そう言った後、吉澤は前方で梨華が安倍のサーブを返そうとして足を躓き、
ズッコケたのを見て、声を出して笑った。
「何笑ってんのよ!!アホよっすぃ!こっちだってねえ、真剣なんだから!」
「はは、ゴメンゴメン。」
- 57 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時43分01秒
- 梨華は勢いよく吉澤に背を向けると、頬を膨らませて、安倍のサーブに備え直す。
吉澤はその不貞腐れた背中を見て、もう一度笑った。
矢口は吉澤の笑顔を見て、あの事件の日、梨華に
有難う、と言われて、胸の中が燃えるように熱くなった感覚を再度覚えた。
「何を見つけたの?」
「・・・あたしの居場所ですよ。あたしは今まで何のために生きてきたのか。
その答えです。それを漸く見つけたんです。今まで人生を否定されてきたのは、
ココを見つける為の、意地の悪い神様の悪戯だったんだ。と、思ってたんですが、
どうしても、神様はあたしの事がキライみたいで、見つけた途端に手放さなければ
いけなくなっちゃいましたけどね。まだココに来て二ヶ月ちょっとしか過ぎてないけど、
でも、確かにあたしは見つけましたよ。」
- 58 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時44分04秒
吉澤は悲しいセリフを、卑しい位に綺麗に言い切った。
矢口は前方の梨華に視線を向ける。
こんな悲しい事を言われても、自分の心はなんの変化も起きない。
きっと、梨華だったら涙をポロポロ流すのだろうな。
と、矢口は必死になって自分の言葉を見つけた。
「それで、お前は私に何が言いたいの?同情してほしいと思ってるんなら
他を当たってよ。私にはお前の事を悲しんでやる事はできない。」
「はは、同情なんていらないですよ。ただ、あたしは矢口さんもあたしの
宝物の一つと思ってるから、矢口さんの事を知りたいと思っただけです。
あたしの居場所には、矢口さんだってちゃんといますから。」
――宝物。居場所。
- 59 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時45分39秒
- 矢口は考えた。
どうして何も知らない自分が、何も感じない自分が、何も与えようとしない自分が
こうしていろんな連中に優しい言葉を掛けられるのか。
梨華に有難うといわれた時、矢口は見当がつかなかった。
何故、自分は礼を言われたのだろうか。他人に干渉する事をしなかった自分が。
何故、自分は憧れられるのだろうか。他人に干渉する事をしらない自分が。
――『真里、他の人間はみな愚民だ。お前には相応しくないし、関係が無い。』
そう言い聞かされてきた事で、自分は何を見つけ、何を失ったのだろうか。
――『有難う御座いました。迷惑かけました。』
今まで、一度も言われた事の無い言葉を、不意に言われて、その時
忘れていた『何か』に触れたような気がした。
だからあの時、梨華を失いたくないと思った。
失ってはいけないと思った。梨華ならば、忘却の彼方に沈んだ自分の『何か』を
思い出させてくれると思った。
矢口は再度、梨華の背中を見つめた。
- 60 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時46分41秒
- 「私の何が知りたいの?」
「矢口さんのご両親、どんな人なんですか?」
「・・・どんな人でもなんでもない。私にテニス以外を与えなかった、
それだけの人間だ。怖くもないし、優しくもない。」
「・・・あたしの親は、何もくれませんでした。
でも、その方が今ではよかったと思ってます。あの人達を憎む事によって、
反面教師にする事で、自己を確立できたと思ってますから。
あいつらさえ否定していれば、あたしは自分を見失う事は無い。」
吉澤と矢口は傍から見たら、全く奇妙に写った筈だ。
二人とも、表情が無いまま、同じ体勢で目の前のテニスを観察している。
その不気味さは、愛されない人形よりも人形らしい。
「私の事を知ったって仕方が無いよ。お前のように強くもないし、
誰かがいなければ生きていけないほど弱くもない。そんなつまらない人間だ。」
- 61 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時47分36秒
- それを聞いた吉澤は頬を綻ばせた。
そして思った。
今まで矢口は故意に表情を消していたのでない。
勝つためにテニスをしていたのではない。
そして、誰ともふれ合おうとしなかったのではない。
知らなかったんだ。
笑う事も、勝つ事の喜びも、人と分かり合える喜びも。
「矢口さん、何言ってるんですか?あたしは弱いですよ。
メチャクチャ弱くて、弱くて、弱くて、だからみんなといれば安心できるんです。
弱いから、強がってるんです。人間、強がる事もできなくなったら、ダメです。
弱いから、みんなと一緒にいたい。弱いから、みんなを助けたい。
矢口さんもきっとわかる事が出来ますよ。あたしと矢口さんは似てると思うから。」
- 62 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時48分41秒
- 吉澤はそう言った後、矢口に優しく微笑みかけた。
矢口はその笑顔を見た刹那、沈んでいた筈の最古の記憶が不意に蘇った。
◇ ◇ ◇
『真里、笑うな。』
『なんで、なんでわらっちゃいけないの?』
『どうしてもだ。笑ったらいい選手にはなれない。』
『いやだよぉ、そんなのいやだよぉ』
『真里、泣くな。泣いたらいい選手にはなれない。』
『・・・・』
◇ ◇ ◇
矢口は思った。
あの時までは、自分は笑っていたじゃないか。
泣いていたじゃないか。じゃあ、どうして今は吉澤の為に泣けないのだろう。
・・・そうだ。
- 63 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時50分13秒
- 思い出した。
あの時、空に輝いていた太陽に亀裂が、卵が孵るそれのように、亀裂が走って、
音をたてて、バラバラになったんだ。
そして目の前が真っ暗になって、そして、笑えなくなったんだ。
泣けなくなったんだ。
「悪いけど、そんな事、私にはどうでもいい。私はテニスしかない。
それ以外は何も求めないし必要ない。」
「矢口さん、梨華ちゃん見てくださいよ。」
「・・・」
矢口は吉澤に促されて、梨華のほうに視線を向けた。
そこには、安倍の道化師に成り下がり、安倍の打球に対し、
崩れたフォームで応対している情けない梨華の背中があった。
それを見て、吉澤は声を出して屈託無く笑っている。
- 64 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時51分53秒
- 「面白いでしょ?ココのみんなは本当に面白いんですよ。
梨華ちゃんのああいう所、見てて最高に落ち着きます。ののも見てくださいよ。
昼寝してるんですよ?いくら休憩でも、寝るなんて普通じゃないですよ。ははは。
それに紺野さんだって、松浦を上手い事丸め込めています。はは、昔の紺野さんじゃ
あり得ないです。それに松浦も。松浦は実はね、結構あたし、気に入ってるんですよ。
素直じゃなくて、かわいげないけど、実際はいい奴ですから。で、あたしが最初に
テニス部に入ったきっかけは安倍さんです。」
「・・・・・・」
「最初に安倍さんを見たとき、あたし、完璧に心が奪われたんです。
それまでいろんな都合で自棄になってたんですけど、こんなに綺麗に笑える人が
いるんだなあって。それで、あの人についていこうと思ったんです。
そしたら、みんなに出会えました。」
吉澤は屈託無い笑顔のまま、言葉を淡々と紡いでいった。
矢口は部員達一人一人に目を配っていった。
吉澤の言う、宝物。
それは、もしかしたら・・・。
- 65 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時53分02秒
- 「・・・太陽の欠片。」
「え?」
「・・・いや、なんでもない。」
「矢口さんはこれからもずっとみんなと一緒にやっていく事が出来る。
ココは本当に居心地がいいです。離れたくない。でもあたしは無理です。
矢口さんなら、絶対、わかりますよ。みんなの最高の魅力。」
「・・・・・」
「それじゃ、あたし、練習再開しますんで。」
吉澤は晴れ晴れとした表情でそう言うと、希美を起こしに行った。
矢口は吉澤の背中を見ながら思った。
もしかしたら、あの時、瓦礫のように崩れ落ちた太陽の欠片は、
すぐ身近にあるのではないのかと。
市井にやられた時、突然、畏怖が心を被い尽くし、自分に心があると気付いた。
そして、テニスを無くせば生きている意味が無い人間だと気付いた。
―――人間は弱い。
市井に負けた答えは、目の前にあるのかもしれない。
―――――
- 66 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時53分33秒
- 安倍と交代して、もう一度矢口が梨華の対面に入った。
この頃、太陽はその原型を留めていなく、一本の細長い線のように縮小されていた。
黄昏に支配されたテニスコートは、いつものように幻想的でそれだけでも恍惚を覚える。
絶妙の西日によって部員達の表情は彫刻刀で丹念に彫ったように判然とし、
一人一人が妙に大人びて逞しく見えた。
梨華は安倍に小一時間ほどコートを這いつくばりながら
隅々まで走らされていたのに呼吸を全く乱していなかった。
そして、結局安倍の打球を一度も返せないでいた。
――筈なのに、その双眸には希望が溢れていた。
微塵の絶望も挫折も無い。ただひたすら、希望という名の未来を見据えている。
- 67 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月15日(日)19時54分23秒
- 「矢口さん、どっからでも打ってきてくださーい。」
(ポジティブ、ポジティブ。矢口さんに認めてもらうんだ。)
矢口の心臓が、いや、心がトクンと小気味良く脈打った。
まだ、何もわからない。
けれど、きっと答えはココの部員達が持っている。
「いくよ。」
(面白いでしょ?ココのみんなは本当に面白いんですよ。)
結局その日、梨華が矢口と安倍のショットを返す事は無かった。
―――――
- 68 名前:カネダ 投稿日:2002年09月15日(日)19時55分54秒
- また空気が変わるので、少ないですが区切りのいい所まで更新しました。
- 69 名前:前スレ452 投稿日:2002年09月15日(日)21時29分29秒
- 矢口がんばれ…!
以前の心を取り戻し、市井と、お互いに笑顔で戦ってほしいです。。。
応援はK学よりですが、こっちの学校も大大大好きです。
そしてそんなお話を書いてる作者さん、愛してます(告白
- 70 名前:名無し娘。 投稿日:2002年09月16日(月)01時26分39秒
- 何て言うか、矢口と吉澤の会話も良いはずなのに
石川の化け物振りにばかり目が行ってしまう(^^;
このままだと二人が対峙した時、最後に立っているのはどう考えても
石川だぁ(本当に「このまま」だったらダメだけども・・・)
- 71 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月16日(月)12時24分41秒
- 普段、アホを演じてる分、マジメな吉澤はなんか格好イイですね。
矢口には、一刻でも早く"答え"を見つけて欲しい・・・。
- 72 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年09月16日(月)21時39分38秒
- こんばんは。
続き拝見しました。
矢口さんにもがんばって欲しいけど、石川さんの成長に期待。
何処に打っても追いつかれて返されるのっていやですよね。
お願いがあるのですが、青のカテゴリ〜青のカテゴリ2の1話〜7話までを、TEXT変換して保存させていただいてよろしいでしょか?
よろしくお願いします。
続きも楽しみに待っています。
- 73 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年09月17日(火)08時19分04秒
- ホントに吉澤カッケー
読んでる人@ヤグヲタ氏に激しく同意
- 74 名前:カネダ 投稿日:2002年09月18日(水)23時46分47秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>69前スレ452様。
こんなアホ作者を愛してくれますか?(w
こっちの高校も応援してくれて嬉しいですね。
市井も矢口も、この先どうなるのか、これからも見守ってやってください。
>>70名無し娘。様。
石川は馬鹿みたいに体力ありますからね。
まあ、馬鹿なんですが。(w
最終的にはどっちが立ってるんだろう?後藤も天才ですから。
>>71読んでる人@ヤグヲタ様。
矢口、早く答え見つけられるといいですね。
吉澤はアホとのギャップが激しいから、読んでる人はきっと違和感があると
思いますがそんな吉澤をこれからも応援してください。
>>72ななしのよっすぃ〜様。
石川には相手が嫌がるテニスをさせようと、考えたらこうなりました。
こんな駄文を保存してくれるなんて恐縮です。全然構いません。
カナ―リ手直ししたい部分があるのですか、それでもよければ。
>>73むぁまぁ様。
吉澤はカッコよく、アホで、勉強が出来るのをもっとーにしています。
アホでカッコいい人間を吉澤ならやってくれると信じて書いてきました(w
それでは続きです。
- 75 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時48分53秒
- 帰り道。
平穏で優しい空気が漂う、星の広がる綺麗な夜だった。
時折聞こえてくる涼しげな虫の声が、部員達の心の中を俄かに穏和色に染めていく。
日本は特に平和で、そのぬるま湯につかりながら大抵の日本人は日々を過ごしていく。
が、しかし、もちろん、例外もある。
平和の裏には、必ず混沌が潜んでいる。
混沌は絶えず平和の裏で何時顔を出すか、その機会を窺っているのだ。
その日、一人の部員が世界中の混沌を一身に背負い、あり得ない恐怖を味わう事になる。
――
- 76 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時50分22秒
- ダブルス組は、中澤に言われたとおりにお互い離れることなく
常に何か会話しながら帰りの坂を下っていた。
「そして、ドナドナが流れたの。」
「はあ?なにそれ?全然つまんなーい。」
「でも私が知ってる面白い話なんて、これくらいしかないから・・・」
「期待した私が馬鹿だった。」
松浦は紺野の笑い話に対し、予想以上のつまらなさから御機嫌ななめになっていた。
もう一つのペア、吉澤と希美は完璧な阿吽の呼吸でお互いを理解しあっている。
その二人は特異なしりとり?のようなものをしていた。
- 77 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時51分47秒
- 「・・ピロシキ。」
「筋骨マン。」
「・・・・万太郎。」
「・・労働仮面。あっ、しまった!」
「綿棒ぉ!!」
「あーやられたー。」
「よっすぃは相変わらず弱いなあ。」
「ののが強すぎんだよ。」
紺野と松浦は二人のしりとり?のルールが全くわからなかった。
といっても、そのルールを知っているのは世界でこの二人だけである。
二人はその後、また意味不明なゲームを始めた。
それには梨華も参加している。
この三人は世界の馬鹿の親玉だ。それ故に絶妙のチームワークを持っている。
松浦は前方を歩く三人の背中を見ながら、この先をどうするか考えた。
松浦は紺野と二人になると、首をジリジリと締めつけられる様な気まずさに襲われる。
なるべく紺野に適当な話をふっかけるのだが、紺野はそんな話でも真剣に思案したりする。
この行き違いを、団体戦までにどうにかせねばなるまい。そう松浦は考えていた。
- 78 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時53分22秒
- 「ねえ、紺野さん。恋とかしたことある?」
(取り敢えず、無難な恋話で。)
「・・うーん、中学の時になら。」
「へえ、結構青春してるんだね。」
「でも、好きになった次の日に、その人に苛められた。」
「・・・・・・。」
(どうしても暗い方向に持っていくんですね。お手上げです。)
「・・・松浦さんは無いの?」
「私?こう見えてもね、中学の一時はかなりもてたんだ。」
松浦は上擦った声でそう言った後、得意げに鼻を鳴らした。
松浦は中学時代、テニスで結果を出すようになってからは、
表面上だけの憧憬や異性からの恋情の、格好の対象になっていた。
しかし、それは長く続かなかった。
県大会で無様に負けてから、松浦は誰にも見向きもされなくなる。
その後、松浦は独断で人間の本質を見極め、重度の人間不信になった。
そしてこの高校に来て安倍に負けるまで、
誰一人として心を開こうとしなかったのだが、今は奴隷という職種についている。
- 79 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時54分18秒
- 紺野は試合に向けて松浦の性格を細かく分析する事に努めた。
相方を理解しなければ、勝利はついて来ない。
(・・自意識過剰の節アリ。誉めとけばいいサーブ打ってくれそう。)
「じゃあ、彼氏とかいたの?」
「ううん。私とつり合う男なんて、今まで会ったこと無いもん。」
「へえ、でも松浦さんってすごいかわいいもんね。」
「やっぱり?紺野さんってもしかして、凄いいい子かも・・・
これからはコンコンって呼ぶね。やっぱり通じ合うには呼び方から。
私はアヤヤって呼んでよ。」
「・・コンコン・・」
(センスは皆無。そして、単純。もしかして・・・バカ?)
- 80 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時56分01秒
- 相手の心の中がわからないから人生とは上手くいくもので。
松浦は紺野に持て囃され、急速に上機嫌になっていった。
「・・・そうそう!吉澤なんてただのアホだよね?」
「吉澤さん、いい人なんだけどね。でもアヤヤには敵わないな。」
「なーんで私が奴隷なんかやんなきゃいけないのよね?このアヤヤ様が。」
「奴隷は酷いよね。」
「でしょ?ったく、いつか絶対ギャフンと言わしてやるんだから!」
「ギャフン。」
- 81 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時57分28秒
- 何故か誰もいない筈の背中から声が聞こえた。
松浦は条件反射的に前方にいるはずの三馬鹿トリオに目を向ける。
そこには、いる筈の最上級のアホがいなかった。
その時、吉澤は松浦に気付かれないよう、反対側の歩道から回って
松浦の背後に身を忍ばせていた。今朝のお仕置きの為に。
そして、背後から魔の手が松浦の肩に落ちた瞬間、
松浦はお約束のように、白目を向いて綺麗な星の輝く夜空を仰ぎ見る。
紺野は察知したのか、静かにその場を離れた。
「へえ、アヤヤ様。やっぱりあたしみたいなアホはお気に召しませんか?」
- 82 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月18日(水)23時58分28秒
- 吉澤は腕を松浦の首に回し、ガッチリと拘束した。
その時既に、松浦の脳みそには『抵抗』の二文字は無かった。
吉澤のやけに静かな口調が、俄かに松浦の恐々を絶頂まで誘った。
「いいいいいいいいえええ。ととととととんでもございません。」
「申し訳ありません。本当に。アヤヤ様。」
「あ、あああの?何でもするから許してください!」
「何でも?」
吉澤の片目がピクリと微動した。
何でそんな事を言ってしまったのか、松浦は核爆発級の後悔を覚える。
世界は平穏で、夜空には絶え間なく瞬く、綺麗なお星様達が微笑んでいた。
―――
- 83 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時03分26秒
- 「あああ、私は奴隷ですぅ奴隷なんですぅ。」
「アヤヤ落ち着いて、もう吉澤さん帰ったよ。」
「いやあ!!、そこだけはやめてえ!!」
「落ち着いて。落ち着いて。」
「あああぁ世界があああ」
「アヤヤ、この指何本?」
紺野は松浦を肩で支えながら、松浦の顔の前に掌を差し出した。
松浦は漸く落ち着いてきたのか、口を大きく開けて呼吸を整える。
- 84 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時04分10秒
- 「ご、五本。」
「うん。もう大丈夫だよ。」
「コンコン、ゴメンね、ホントに。私なんて、地を這うただの蟻んこです。」
「私がいるから大丈夫。アヤヤは蟻なんかじゃない。」
「本当に?こんな私でも、これからペア組んでくれますか?」
「そんなの、こっちからお願いするよ。」
「あ、ありがとうございます!」
ナンダカンダとあったが、このペアもなかなかのモノになるだろう。
他の連中が各々の成長を見せる中で、梨華と矢口だけは足踏みが
なかなか止まらなかった。
――――――――――――
- 85 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時05分02秒
- ニ週間後、とうとう梨華に進歩の兆しが現れた。
毎日の朝練、それに惜しみない努力。
その成果が、漸く形となって現れた。
「ほ、ホントに入りました?」
「うん、インしたよ。」
「キャアアアア!!ヤッタアア!!」
梨華の自前の甲高い声が更に高くなり、テニスコートに気分を害す
超音波となって響き渡った。
何が起こったのかと部員達は梨華に視線を向ける。
ただ単に、梨華がロブ気味に力無く上がった打球を
相手コートにインさせただけだったのだが、それでも相手はあの矢口だ。
矢口のサーブを返すのは、中途半端な実力では到底無理。
- 86 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時06分14秒
- 「矢口さん、手加減とかしてないですよね?」
「うん、してない。」
「あああ、生きてて良かった・・・」
一人でギャ―ギャ―騒いでいると、徐に中澤が近づいてきた。
梨華は瞳を潤ませ、姿勢を正しながら、お褒めの言葉を待った。
「ふん、ようやったな。でも、お前、あんな打球じゃスマッシュ貰い放題や。
てんでダメ。もっと切れのいいやつ打たな。」
「・・・でも、私、全然リターンのコツとか教えてもらってないですよ?」
「そんなもん、自分で気付かなあかん。人間、人に頼ったらあかんねん。」
「・・・鬼!」
「あーーーん?」
「うっ、嘘です。」
- 87 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時07分14秒
- 中澤は梨華を睨みつけると、悠然とベンチに戻っていった。
誉められると思っていたら、トンダ結果になってしまった。
梨華は溜息を吐いて、もう一度サーブに備え直す。
確かに、あんな力の無い打球ならば、返す意味は皆無だ。
でも、自分は確実に前に進んでいる。
あの妖精のサーブを返したのだ。
毎日同じように打球を返す以外の事をしなかったからかもしれない。
目が慣れていたからかもしれない。体が覚えていたからかもしれない。
それでも、矢口のサーブを返したという事実は紛れも無い。
(もっと上手く返せなきゃ、私はそれだけに尽くす。)
梨華は今の結果に満足することなく、志を高く持った。
- 88 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時08分38秒
- ダブルス組は安倍と矢口同様、一日に一度、練習試合をメニューに入れていた。
今までの戦績は希美、吉澤ペアの三勝十敗。
やはり吉澤が希美の足を引っ張る結果になっていた。
「のの、今日は絶対勝とう。ってあたしが言えた義理は無いけど。」
「大丈夫だよ。サーヴィスゲームをかくじつにとれば、絶対にいける。
のの達の武器はサーブなんだから。それを心がけよう。」
「うん、気付いたんだけど、最近松浦いつも違って、ゲーム展開を
上手く考えてるよね?あいつ、そんな器用だったっけ?」
「無心でいこう。のの達のチームワークがあれば、怖くないよ。」
吉澤、希美ペアは確実に成長していた。
何よりも、一戦一戦、吉澤が著しく成長していた。
吉澤は公式戦と同じ、三セットマッチを行う事によって、ペース配分を
無意識のうちに行い、ゲームの粗を一戦ごとに解消していた。
―――だが
- 89 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時09分36秒
- 吉澤はショットに得手不得手が目立った。
フォアハンドは強力で、ミスする事も稀にしかなかった。
一転してバックハンドはどうしようもないほど下手糞で、
ストロークもボレーも、殆どの確率でミスしてしまう。
そこを松浦、紺野ペアは突いてくる。
なるべく吉澤のバックサイドに打たせないよう、希美が努めるのだが、
その所為で希美が自分のテニスを出来なくなって、散々な結果になってしまう。
中澤は考えた。
この短い期間で吉澤の短所を補うべきが、長所を伸ばすべきか。
どちらの方が勝ちを引き寄せれるのか、考えれば考えるほど煮詰まっていく。
その日の試合も、吉澤のバックサイドを突いた紺野、松浦ペアが取った。
- 90 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時10分56秒
- 試合後、中澤は吉澤を呼び出した。
勢いよく走ってきた吉澤は、何を言われるのか既に理解しているような、
そんな表情をしていた。
「吉澤、わかってると思うけど、お前のバックハンドは酷い。
後、数週間しかないけど、どうする?フォアを高めるか、バックを
徹底的に鍛えるか。お前の判断に任すわ。」
すると、吉澤はクスっと笑った。
中澤は訳がわからず首を傾げる。
「なーに言ってるんですか。あたしはそのどっちもやりますよ。
この体が壊れても、絶対にバックハンドは修正します。
それに、得意なフォアハンドはもっと上達したいです。」
「・・・時間は無い。ウチについてこれるか?」
「はは、あたしって、我侭だったみたいですね。どっちも取らなきゃ
我慢できない性分みたいです。・・・先生にどこまでもついていきますよ。
あたしは本当に『時間』が無いですから。」
「・・・はは、お前みたいな潔いいやつ、見たこと無いわ。
ホンマに、頑張れよ。吉澤。ウチはお前を尊敬する。」
「恐縮です。これからよろしくお願いします。」
- 91 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時12分30秒
- 吉澤は中澤に特別メニューを課せられた。
家に帰宅してから、二時間のバックハンドの素振り。
そして、普段のメニューにも同じようにバックハンドの形の素振りを入れる。
もちろん、フォアを高める事も忘れない。
バックハンドはあくまで常人級になればいい。
ポイントを奪取するのはフォアハンドのショットとサーブ。
吉澤は中澤に言われた事を何度も反芻し、生活の殆どをテニスに捧げた。
紺野、松浦ペアは吉澤のあり得ない矯正の御蔭で、松浦が紺野の言う事を二つ返事で
聞いてくれるようになり、作戦や戦法についても全て紺野が考案していた。
松浦はオーソドックスで粗の少ない選手。
紺野は実力はもちろん松浦に劣る。
そこを上手く利用するのが策士、紺野あさ美だ。
自分の非を埋めるために松浦を最大限に利用する。
松浦は自分のスタイルを知らない、そこも利用する。
紺野の頭の中には既に実戦の試合展開が幾つもインプットされていた。
- 92 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時13分41秒
- 「コンコンさ、もっと頼りある表情できないの?」
「・・・ごめん。私、いつまでも情けなくて。」
「あああ、いいの、いいの。このアヤヤに任せてよ。コンコンをしっかり助けるから。」
「・・・有難う。アヤヤ。私、もっと頑張るね。」
「でもコンコンが考えるゲームは面白いし、私好きだよ。」
「・・・そうかな?」
「うん!これからも一緒にがんばろ!」
紺野の心中など松浦は知る由もない。
が、このペアの強さはそこにある。
- 93 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時15分16秒
- 希美はこの時期にきて、長所のラリーや、サーブなどを高めるのではなく、
あくまで弱点修正に努める事を中澤に志願した。
今までの甘えていた性格を叩き直すためにも、自分にはその方がいいと
希美は判断したのだ。
吉澤との合同練習を済ますと、希美は主にダッシュやランニングといった、
スタミナ、瞬発力をつける地味な練習を好んで努めた。
それでも、試合作りという天性の部分はどうしようもない。
そこは今まで、全て加護に任せてきた。
しかしこれからは、もう他人に頼る事をしない。
頭が回らない自分がどんな試合展開を創作できるのか未知数だが、
それでも、これからは他人に頼っていてはいけないのだ。
希美は心の中で依存していた加護の翳を消した。
「辻、お前最近、表情引き締まってきたな。」
「そうですか?ののはわかんないですけど。」
「喋り方も、しっかりしてきたな。ええこっちゃ。」
「先生、これから先、ののはどれ位伸びるのでしょうか?」
- 94 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時16分39秒
- 希美は毅然としながらも陰のある表情でそう言った。
まるで、ガンの宣告を疑る患者のように。
希美は自分の力の限界を漠然とだが見極めていた。
矢口に近づくために、どんな事でもするつもりだったが、
如何せん、体が覚えようとしなかった。
それでも、テニスは世界で一番楽しいスポーツだ。
これからはどんな事があっても自分のテニスをしたいと思った。
「そうやなあ、正直、いくら練習してもシングルやったら、通用せえへんな。」
「・・・そうですか。でもいいです。楽しいですから。」
「よう聞けや、『シングル』やったらや。ダブルスならお前はまだまだ上手くなる。」
「・・ほんとですか?」
「お前のテニス、吉澤にしっかり見せ付けたれ。」
「・・・はい!」
「あ、そうそう、その練習終わったら肩揉んでな。」
「・・・へい。」
- 95 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時18分12秒
- 梨華は相変わらず二人の化け物から思う存分苛められていた。
安倍と矢口という両対極のタイプの化け物。火と水。空と海。
そんな二人からただひたすらリターンするだけの練習。
この練習の意味を梨華は理解していない。
しかし、中澤を信じようと心に決めていた。
以前、安倍が中澤を信じ続けてあの『とっておき』を習得したように。
それが、自分のテニスの為の練習なのだろう。
安倍はそんな梨華と相手をするのがとても楽しかった。
馬鹿な後輩を馬鹿みたいに苛める。
梨華の前向きの姿勢は見ているだけで面白い。
安倍は梨華が何かやらかしてくれると確信していた。
傍から見たら全く進歩していないように見えるが、ジリジリと確実に前に進んでいる。
これまでは自分のサーブをラケットに当てるまでが精一杯だったのに、
今ではラケットの中心に打点を徐々に近づけている。
自分の『とっておき』を返されるのも時間の問題だと思った。
しかし、安倍はそれだけじゃない。
- 96 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時20分12秒
- 「いくよぉ、石川ぁ。」
「バンバラきてくんさーい!!」
安倍はいつものようにサーブを打つ。
梨華もいつものようにどの様に逃げていくのか必死に軌道を探る。
そして、なるべく打球をラケットの中心付近で捉えようとする。
――が
空振りしてしまう。
「今度はなにしたんですか?」
この質問は一日に数十回も繰り返される。
その度に安倍は太陽のような笑顔を梨華に向ける。
「今度はねえ、なーんも回転かけなかった。」
「はあ?それじゃ、普通のサーブじゃないですか。」
「そだよ。これを混ぜる事によって、なっちのとっておきは何倍にも有効になるんだあ。」
「はあ、そうですか。じゃないですよ!!そんな事されたら私返せないですよ!」
「それを返さなきゃ、ダメなんだなあ。」
「えええい!!どっからでも打ってきてくださーい!!」
「はははぁ、いっくよぉ。」
- 97 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時21分45秒
- 安倍も梨華も、それぞれのテニスを高めていく。
そして矢口はというと、まだスランプ脱出の一縷の光明が見出せずにいた。
その日の夜の事だ。
コート全体を眩いライトが照らし、部員達の影が色濃く四方向に地を這っていた。
先日までの夜の肌寒さも無くなり、本格的に夏が顔を出そうとしている。
忽然、どこかで車のエンジン音が聞こえた。
矢口は梨華を散々苛め抜いた後、ベンチに座り、
いつものようにラケットを手入れしていた。
グリップを丹念に丹念に拭く。
しかし、それはただ体がそのように動いているだけだ。
- 98 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時23分07秒
- 中澤はその事を嫌というほど理解していた。
ラケットを手入れしている矢口は普段よりも幾段、生きていない。
その様は憐憫すら漂わせている。
悲しいのでも楽しいでのでもない。
ただ、そのように動いているだけの、機械だ。
話はガラリと変わるのだが、中澤は矢口の両親の事を知っていた。
と、言っても資料の中でだが。
矢口がこの学校に入学すると聞いて、何かしらの情報を先に得ようと
ネットで矢口のこれまでの戦績などを詮索していたら偶然引っ掛かった。
矢口は中学で既に先の日本のテニス会を背負って立つ期待の新星として、
テニス関連のマスコミではその記事が載らないことはまず無かった。
だから、親の経歴などの『深い』情報を得る事も赤子の手を捻るように容易かった。
- 99 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時24分31秒
- 中澤は一つの仮説を立てた。
矢口が何故、このようになってしまったのか。
矢口の両親は双方、テニスで全日本の候補に選ばれていた
そこそこの実力者だった。
市で催される大会や、アマの県大会。
様々なテニスクラブで開催される大会など、二人は面白いように
一等賞を総なめにしていった。
しかし、それまでの実力。
そのような、小規模な大会では二人の右に出るものはいなかった。
しかし、その更に上の大会では、二人はいつも辛酸を飲んでいた。
結局、全日本の『候補』止まりで現役を終えた。
つまり、燻った薪のように燃え尽きる事を知らないまま退いた。
- 100 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時25分33秒
- そういう、中途半端に出来のいい実力は、狂気を生む事が多々ある。
中澤は考えた。
希美に言われたあの言葉。
―――『ののは自分のテニスを知ってるからです。』
―――『てことは矢口は自分のテニスを知らんのか?』
あの時は深く矢口の事を考えていなかった。
しかし、日が経つにつれて、ある考えが頭の中で膨らんでいった。
もしかして、今の矢口は、矢口自信ではないのではないか。と。
あの精密機械のようなテニス。
当人が意図的にやっているのではあれば、ただ脱帽するだけだが、
強制的に叩き込まれたのなら、全ての事に辻褄があってしまう。
- 101 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時27分35秒
- 中途半端な実力のまま現役を退いた選手というのは、
自分の子供にその叶わなかった夢を託す事が多々ある。
もちろん、大抵の親というのは子供に何かしら自分の好きな分野の
一流になってほしいと願うものだ。
プロ野球選手になってほしい。歌手になってほしい。一流の大学に入学してほしい。・・
それは、どんな人間でも思うことだ。
しかし、中途半端に実績を持っている人間の一部は微妙に違う。
自分達の子供なら絶対に才能がある。その思いを託して生んだのだから。
自分達が後一歩のところで叶わなかった夢を、どうしても叶えてもらいたい。
どんな事をしても、叶えてもらいたい。
そう思ってしまう。
- 102 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時28分42秒
- 矢口は生まれた時から、その人生が決まっていた。
テニスで世界を目指せるだけの実力をつける為に、物心がつく前から
一種の過剰で異常な英才教育を強いられたのだ。
矢口のスタイルというのは常人の誰もが望む理想のスタイルだ。
何処にも隙が無く、誰もが憧れるフィジカルにメンタル。
勝つための理想のスタイルだ。
しかし、理想的過ぎる。
中澤はテニスの実績が件のようにそこそこの友人がいる。
その友人も、生まれたばかりの息子にテニスをさせようと今から頬を綻ばせている。
愛情と期待は紙一重で、そこには善も悪も無い。
強すぎる思いは、時に、人の『何か』を奪ってしまうものだ。
あくまで仮説だが、中澤はほぼ確信していた。
中澤は徐にラケットを手入れしている矢口の元に歩み寄った。
そして、無言のまま隣に腰掛ける。
- 103 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時30分05秒
- 「最近どうや?調子は。」
中澤はコートで活気よく練習している部員達を見つめながら言った。
「・・・特には何も無いです。」
矢口は無表情のまま、作業を続けて声を出す。
「って事は何かあったんか?変化。」
「・・・私にはテニスしかありません。」
「はは、人間それだけじゃないぞ。酒はうまいし、男もおいしいし。あっゴメン。」
「でも、今はそれだけじゃないような気もします。」
「・・・矢口。」
中澤は笑いを消して矢口を見つめた。矢口は確実に変わろうとしている。
今までの矢口は、自分の胸の内を語ることなどしなかった。
その原因は、紛れも無く矢口を慕う部員達の御蔭だろう。
- 104 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時31分32秒
- 「今は、まだ、何にもわかりません。」
「そうか。安心したでウチは。実はお前の事、サイボーグ009の一人じゃないかと
心配しとってん。ほら、あの遠くまで見れるやつ。
でも、お前はごく普通の人間やな。人間はな、いろんな事経験して大きくなんねん。
今のお前みたいに、いろんな事考えながら大きくなるんや。安心しろ、お前は普通や。」
「・・・・」
矢口は作業していた手を止めて、中澤の言葉に聞き入った。
中澤は練習をしている部員達を見ながら淡々と続ける。
テニスコートにはまだ活気に満ちた部員達の掛け声が響いていた。
「覚えてるか?辞めていった奴らの事?」
「・・一応、覚えてます。」
「練習耐えれなくなって辞めたまではいいとして、その後腹いせに
陰気でしょーもない嫌がらせしてきよった。まあ、こんな学校の生徒やったら
根性もないやろう思ってたけど、あそこまで捻くれてるとは正直思わんかった。」
「そうですね。」
- 105 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時33分09秒
- 中澤はスーツのポケットからタバコを一本取り出した。
矢口は不意に吉澤に目を向ける。
「今年の部員は、なんちゅうか、信じられん位おもろい奴らが入ってきた。
矢口、これはなあ、偶然じゃない。とウチは思ってる。こんな時間なっても
全然覇気が衰えてへんし、愚痴も一切言ってこない。
そして何よりもあいつらは自分の為にテニスをしてへん。」
「・・・どういう、意味ですか?」
矢口は視線を中澤の横顔に向ける。
中澤はタバコを咥えたまま、火を点けずに器用に声を出す。
- 106 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月19日(木)00時34分54秒
- 「それは、お前自身が気付け。あいつら見とったら嫌でもわかるぞ。
・・しかし、お前は恵まれてるわ。あんな気持ちのいい奴ら、なかなか会えへん。」
「・・・・」
「じゃ、これからも石川頼むで。そういえばあいつ、今日お前のサーブ返したな。はは」
「石川は上手くなりますよ。私には無いものをもってるから。」
「アホぉ。そんなもん、誰やって持ってるわ。お前が気付いてないだけや。」
「・・・・」
中澤は徐に立ち上がり、タバコに火を点けた。
人口光に照らされているコートの中に、自然の火が小さくも大きな灯りとなって
妖しく光った。中澤が一つ吸うたびにその灯りは息を吹き返す。
矢口はその大きな灯りを、無表情のままジッ見つめていた。
―――――――――――――――――
- 107 名前:カネダ 投稿日:2002年09月19日(木)00時36分54秒
- 更新しますた。
次の更新は、私事のため、少々遅れると思います。
でも、一週間以内には必ず更新したいと思います。
- 108 名前:たすけ 投稿日:2002年09月19日(木)02時52分21秒
- いっきに全部読ませて頂きました。
なんか胸があつくなりました。
ほんと、すっごいおもしろいです。
期待して待ってます。
松浦、今までにないタイプのかわいさですね(w
- 109 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年09月19日(木)08時24分19秒
- ホントに気持ちいい奴らが集まったもんだ
見てて清々しくて気持ちがいい
ここを見てるとですね、高校時代に戻ったような感覚になるんですよ
私も夜暗くなるまでコートでボールを追いかけてましたからね
懐かしいなぁ・・・
- 110 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月19日(木)17時04分16秒
- 吉澤は松浦に対し、どんな矯正を施したんだろう・・・気になる(w
- 111 名前:読者77号 投稿日:2002年09月19日(木)20時47分20秒
- 面白いですね。
読んでいるとT女子高派のかたが多いみたいですが、私は数少ない(?)K学園派だったりします。
後藤・加護・高橋の掛け合い、特に加護の「天使」発言等、かなりツボにはまってます(笑)
この3人プラス、時々出てくる藤本とちょっとだけ出てた小川なんかもかなり好きなメンバーなんですよ、実は。
ひっそりとK学園の応援をさせていただきます。
これからもがんばってくださいね。
- 112 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年09月19日(木)23時35分40秒
- いつも、楽しく読ませんていただいております。
よっすぃとあややの絡み楽しみです。
どんな矯正をしたんですかね?
意識とんでるあややもいいですね(w
矢口さんには、自分のテニスを見つけて欲しいですし、これからも楽しみです。
PS:保存の件、了承いただきありがとうございます。
初保存ですので、ご希望に添えるように保存できたか不安ですが、ドキュメント化しました。
http:
//isweb45.infoseek.co.jp/novel/kuni0416/text/BlueCategory/index.html
訂正とかありましたら、遠慮なくおっしゃってください。
- 113 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月21日(土)10時18分40秒
- >>112
石川編と後藤編を別ファイルにすると読みやすいんでは?と言ってみるてすと。
- 114 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年09月21日(土)21時44分28秒
- 113 無し読者さま
ご指摘ありがとうございます。さっそく石川編・後藤編を分けて見ました。
分割しながら1話から読み直しました。何度読んでも面白いですね。
http:
//isweb45.infoseek.co.jp/novel/kuni0416/text/BlueCategory/index.html
更新されるのが楽しみです。
- 115 名前:カネダ 投稿日:2002年09月24日(火)23時54分55秒
- レス有難う御座います。
大変励みになります。
>>108たすけ様。
なんだか松浦が人気があるようで嬉しいですね。(w
一気になんてすいませんこんな長い話に。
これからも期待に応えられるように精進したいと思います。
>>109むぁまぁ様。
自分も懐かしいですね。幽霊部員だった頃が・・・
またみんなで部活してえなあ、なんてどうでもいいレス返しですいません。
>>110読んでる人@ヤグヲタ様。
松浦の矯正は、自分の文章力では到底描写不可能だったので、描けません(w
何をされたかは、ご想像にお任せします・・・・(w
>>111読者77号様。
色々書きたいのですがとりあえず有難う御座います。
加護のネタは正直だだスベリの予感がしていたので救われました。
藤本はこの先バリバリに活躍してもらうのですが、小川は・・・・。
>>112-114ななしのよっすぃ〜様。
いや、もう言葉が無いですね。こんな駄文を初保全にしていただくなんて。
一つしか作品が無いのは少しこっぱずかしいですが、素直に嬉しいです。
文句は一切ありません。
>>113名無し読者様。
そういえばこの話は後藤と石川を分けて読んでも今の所、一応差し支えなく
読めるようになっている筈なのでその意見に同意したら面白そうだなあ、と
他人事のように呟いてみるてすと。
それでは遅くなりましたが続きです。後藤です。
- 116 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月24日(火)23時56分56秒
- 市井が言ったとおり、あれから二週間後に勝ち組だけが参加する
二週間の強化合宿が行われる事になった。
この合宿が終わると、団体戦まで残り一週間という事になる。
合宿所に向かうバスの中、窓際の席に座った真希は何故か隣に座っている
藤本と関らないように、車外の景色を眺めるように努めていた。
真希は市井の人生に触れた日から、加護と高橋の事を良き親友であり、
良きライバルであり、良き目標と思うようにした。
実力だけが全ての世界で、二人の成功は至極当然なのだ。
あの時の自分は、心のどこかで甘えていた。
だから、二人に嫉妬する自分がやけに残酷に写ったのだ。
市井は矢口を知った時から、ずっと日陰で過ごしてきた。
それに比べたら、自分の境遇なんて恵まれすぎている。
- 117 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月24日(火)23時57分51秒
- 「ねえ、私、この合宿でレギュラー獲るわよ。」
隣の藤本がカキピーを音を立てて食べながらそう言ってきた。
その藤本の行動は、藤本の性格が性格だけに妙に面白く真希は感じた。
「あんたカキピーなんてガラじゃないっつうの。」
真希は嘲るように藤本を一瞥すると、すぐに顔を窓外に向ける。
「あら?大好物なのに。欲しいの?」
「・・・いらねえよ。」
「欲しいくせに。」
「・・・・はいはい。もう寝るから邪魔すんなよ。」
何故、隣にこいつが座っているのか、話は少し遡る。
―――――――
- 118 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月24日(火)23時59分09秒
- 早朝、後藤家。
「お母さん、歯ブラシ新しいのある?」
「はい。これ。もう忘れ物ない?」
「・・・・たぶん。」
「ふふ、二週間真希と会えなくなるのね。」
「普段も全然会ってないけどね。」
「それは真希を信じてるもの。寂しい?」
母親に心配そうにそう言われたが、真希は一笑に付した。
「ははは、ぜーんぜん。それよりもう行くよ。さすがに今日は
遅刻できないし。」
「という事は、いつも遅刻してるの?」
「・・・・いってきまーす!」
「ふふ、はいはい、気をつけてね。」
- 119 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時00分57秒
- 真希は勢いよくドアを開けて飛び出したが、
その刹那、妙な違和感が真希の全身を駆け巡った。
「・・・お母さん!」
真希はまた勢いよくドアを開けて、母親を呼んだ。
やはり、何時見ても母親の手はボロボロに荒れている。
「何?忘れ物?」
「・・・お母さんもあんまり無理しないでね。」
「ふふ、お母さんの事は心配しないでいいのよ。」
「・・・その口癖、今度言ったら、娘。やめるからね。」
「え?」
「人間素直になんなきゃダメだよ。うん。じゃあ、行ってくる!」
- 120 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時03分19秒
- そう言って真希はいつものように走って学校に向かった。
母親は忙しい真希を追うように玄関を出て、
走る真希の背中を見つめながら優しい微笑を浮かべる。
「・・・ほんと、いい子に育ってくれたみたい。お父さん。」
朝の五時半から起きて学校に向かうなど、今までの真希ならあり得ないのだが、
さすがに合宿をサボれば輝く未来は微笑んでくれない。
真希は眠気まなこをクシクシ擦りながら走っていると、不意に辺りの景色に目を奪われた。
まだ完全に昇っていない早朝の太陽の効果は、真希を新世界に誘う。
全体的に青みがかった風景というだけで、いつもと同じ町並み。
それなのに、妙な新鮮味を与えてくれる。
- 121 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時05分22秒
- 静まりかえった家々や、洒落た店の通りも、
これまで感じてきた印象とは別質で、
芽を出す寸前の種のような、これからの未来が詰まっていた。
小鳥はこんな朝から囀っている。
子犬を散歩しているお姉さんが妙に優しそうに見える。
空気がやけに乾いていて、走っていて少しも苦を感じない。
スムーズに走りながら畦道に出て、流れる川に意識を向ける。
街は眠っても、川は絶え間なく流れ続けている。
真希は走りながら川が奏でる音に耳を傾けた。
夜は不気味さを煽る川の音も、今はとても心地よく聞こえる。
- 122 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時06分54秒
- 真希は昔、誰かが言っていた言葉を思い出した。
――毎日は発見の連続だ。
こんな朝の魅力を知らない自分はまだまだ子供なんだな。
と、真希は妙な感慨に耽りながら学校までの道程を走り続ける。
途中で、見慣れすぎて新鮮味の無い背中を見つけた。
今日、初めて見たいつもの光景。
新しいものもいいけれど、やっぱりこればっかりは譲れない。
真希は勢いよく、前方を歩いていた加護の背中に抱きついた。
「あいて!・・・なんや、ごっちんか。こんな朝っぱらからごっちんが
起きるなんて、今日は北朝鮮からミサイルでも降ってくるかもな。」
「・・笑えねえよ。あいぼん、それより何よ?その荷物?家出でもしてきたの?」
- 123 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時08分12秒
- 「・・・ふふふ、この重装備にはふかーい訳がある。この合宿を乗り切る為の、
リーサルウェポン達がつまっとんねん。」
加護は両手にパンパンに膨れ上がった馬鹿でかいボストンバッグを引っさげ、
肩にラケットバッグ、首に財布をぶら提げるという、とっても奇妙な出で立ちをしていた。
加護の両足が微妙に震えているように見えるのは、きっと気の所為だろう。
「乗り切るって、二週間でしょ?余裕じゃん。」
「なめたらあかんで、ウチは噂で聞いたことがある。合宿に耐えれなくなって
脱走した部員の話を。なんでも、テニス以外の事をする時間は、
飯と風呂と寝る以外ないらしい。それを乗り切るにはこれくらい必要や。」
加護は口端を上げて、然も得意げに言い切った。
- 124 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時09分32秒
- 加護の額にうっすら粒の汗が浮かんでいるように見えるのは、きっと気の所為だろう。
真希は身軽にヒョイと加護の前に立つと、大きく息を吸った。
「それにしても朝って気持ちいいね!初めて知ったよ。」
「ははは、最近エライごっちん機嫌いいなあ。なんかあったん?」
加護の声が震えているように聞こえるのは、きっと気の所為だろう。
「うーん、そだね。市井ちゃんがいい奴ってわかったからかな。」
「・・・そろそろツッコンでもいいかな。市井ちゃんってなんやねん?
普通に毎日言ってるけど、いったい市井さんと何があったん?」
「いやあ、いろいろね。あいぼんには教えてやんない。」
「ははは、そのうち聞くからいいわ。」
「ねえ、私もそろそろツッコンでもいいかな?」
- 125 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時10分44秒
- 真希は加護の真っ白い生気の抜けた顔を見ながら言った。
「ん?なんかウチ変な事言ったか?」
「その荷物、死ぬほど重いでしょ?」
「ははは、何言うてんねん?こう見えて、中身スカスカやで。」
加護は何故か目を血走らせながら、ボストンバッグを上下させて見せる。
「・・そんなに強がるメリットはあるの?」
「強がる?ははは全然意味わからん。・・・・ゴメン。
実はもう、目の前が朦朧としてます。」
「ははは、最初に言えよ!!ほら、一つ持ってあげるよ。」
- 126 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時11分44秒
- 真希は自由だった左手で加護のボストンバックの一つを持ってやった。
―――ズシィ。
真希は左肩が脱臼しかけた。
何だこれは?
鉄下駄?とかそんな類のものだろうか?
その重量は尋常ではない。
「・・これ、何入ってんの?」
「・・・ヒ・ミ・ツ。」
加護はウインクをしながらお茶目に言った。
真希はその加護の仕種を見て、堪らず苦笑する。
「ふふふ・・・この重さで、そんな可愛げあるもん入ってるわけ無いだろ!」
「ははは、早く行かないと遅刻やでえ。」
- 127 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時13分41秒
- 加護は最後の力を振り絞り、あと百メートルほど前方に聳える学校に向かって走った。
「ああ、これ返すよ!!」
「もう、手遅れや!」
「こんにゃろー!!」
「ウチの足の速さは天下一品やでえ!」
二人で騒がしく正門に向かうと、そこにはテニス部専用の
小型のバスが一台ポツンと止まっていた。
こんなバスまで所有しているほど、この学校はテニスの名門なのである。
バスの前には既に二人以外の部員達全員がが待機しており、
高橋は保田となにやら楽しげに会話していた。
真希は思わずその楽しげに会話している高橋を見て目を逸らす。
真希は一度、高橋と保田の会話に加わった事があった。
- 128 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時15分00秒
- 高橋と保田は、並の人知では及ばない、テニスの超がつくほど専門的な話で常に盛り上がる。
ウィンブルドンの芝の禿げ具合はアガシの頭の禿げ具合に比例するとか、
全米オープンはグランドスラムではどうとかこうとか・・・
とにかく、真希にとってはとてもじゃないが、建設的な会話ではなかった。
一度会話に加わって、余りの意味不明さに三十秒で挫折したほどだ。
「ごっちんおはよう!今日から頑張ろうね!」
真希を見つけた高橋が嬉々とした顔をしながら近づいてきた。
「・・・ははオハヨウ。愛ちゃんさ、また保田さんとテニスの話してるの?」
「うん!今日はね、テニス選手特有の脹脛の
筋肉について語り合ってるの。ごっちんも加わる?」
「・・・ははは、遠慮させて頂きます。」
- 129 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時16分35秒
- 真希と高橋がそんな会話をしている間、
加護は飯田を見つけ、挨拶代わりにコントみたいな事をし始めた。
「あいぼんカワイイぃ。」
「あああ、キショぃ、キショぃ。」
「ゴルァ!加護ぉ!キショイってなんやあ?」
「その、中途半端な関西弁のことに決まってるじゃないですかあ。」
こんな微妙なやりとりで、二人は馬鹿みたいに笑い合う。
そして高橋は保田とテニス談義に花を咲かせる。
こういう時、真希には市井しか頼る人間がいなかった。
- 130 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時17分52秒
- 市井は里田と仲良さげに談笑していた。
しかし里田の表情は、どこか陰りを含んでいる。
市井が言っていたように、ココの部員はみな心の中では
市井の事を恐れているのだろうか。
真希はそう思うと少しだけ鬱になった。
市井が真希に気付いて、徐に近寄ってきた。
真希は笑顔を作る。
「やあ、オハヨウござります。」
「お前、目に特大の隈できてるぞ。」
そう言うと、市井は屈託無く笑う。
真希もその市井の様子を見て安堵する。
- 131 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時19分33秒
- 「この合宿でレギュラー獲れなかったら、もうチャンスは無いんだよね?」
「ああ、多分、ゼロに近いな。」
「じゃあ、悪いけど張り切りさせてもらうよ。」
「そうそう、お前に言っておこうと思ってたんだけど・・・」
市井が何か言いかけたところで石黒から集合が掛かった。
「集合!・・全員揃ったな。じゃあ、今から席を割り振る。」
なんでそんな事をする必要があるのか、真希は首を傾げる。
「レギュラー組は前半分だ。そして、残りは一列開けて後半分。
席の指定はしないがそれだけは必須だ。」
真希はそれを聞いて、心の中で舌打ちをした。
石黒のくだらない拘りにはウンザリする。
どうしても優劣をつけたいらしい。
そこで味わう劣等感をバネにしろと言いたいのか、レギュラー組に優越感を
与えたいのか知らないが、こういうやり方は頗る古くて、ナンセンスだ。
なによりも、そうなれば加護と高橋、はたまた市井とも別れてしまう。
真希は仕方が無く、バスの中ではゆっくり寝ようと思った。
―――――――
- 132 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時20分57秒
- ―――筈なのに。
「ねえ、このチョコバット食べる?」
「はあ?あんたは駄菓子マニアだったの?」
「はい、うまい棒。」
「ちょっと、いらねえよ!」
「何?チーズ味が気に入らないの?これだから素人は・・・」
藤本が一々隣から話し掛けてくる。
真希は自分の立場を呪った。
(早く、レギュラー獲ってこいつから離れたいよお!)
「じゃあ、はい。モロコシワタロウ。これは美味しいわよ。」
「・・もう、寝かせてくれない?・・・」
「じゃあ、よっちゃんイカでファイナルアンサーね。」
「・・神様。」
- 133 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時22分12秒
- 真希の願いも空しく、藤本は次から次へと小さな手提げ鞄から駄菓子を出してくる。
そんな藤本を頭の中から消すように、真希は頑として外の景色を眺める事に努めた。
――
都心を抜け、何時の間にやら辺りは一面、田園地帯。
この頃、真希は藤本の呪文のような駄菓子の名前の連続の所為で、
意識が不明瞭になっていた。
そんな時、ふと藤本は市井の事をどう思っているのか気になった。
藤本が市井と会話をしている所を真希は知らないが、
こいつはこの部の中でもかなり特殊な人間だ。
まさか、市井の事を恐れているなんて事はないだろうと真希は思った。
- 134 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月25日(水)00時26分33秒
- 「ねえ、あんたさ、市井さんの事、恐いと思う?」
真希はグルリと首を藤本の方に向けて、唐突に訊ねた。
しかし藤本はチロルチョコの包装を解くのに夢中になっている。
「・・・どういう意味?」
暫くして、藤本は重い口調でそう聞き返した。
「だからさ、死神とか言われてるじゃん。」
真希がそう言った後、藤本はチロルチョコを丁寧に舌で転がしながら思案しだした。
真希はそんなふざけてるのか真剣なのか、謎めく藤本に対し、取り敢えず力無く笑った。
「私はこれっぽっちも恐くなんか無いわ。あの人はもう終わる人だもの。」
「終わる人?」
「そう終わる人。」
「わけわかんらん。ちゃんと説明してよ。」
「・・ねえ、あなたはこの部が何故ココまで強豪とよばれるまで発展したと思う?」
「それは・・全国からいい選手、手当たりしだい集めてるからじゃないの?」
真希が自信ありげにそう言うと、藤本は意味深な微笑を浮かべた。
- 135 名前:カネダ 投稿日:2002年09月25日(水)00時32分16秒
- 更新しました。
余談ですが、一昨日とても厳つい風邪を患ってしまい、執筆が滞っております。
また更新が少し遅れると思います。すいません。
更新速度だけが取り柄のこの小説なのに、大変申し訳ないです。
- 136 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月25日(水)06時21分09秒
- T女子にあややといい、K学に藤本といい……
なんつーか、変わった奴が僕は好きみたいです(w
…藤本がこんな性格って思わなかったYO!(w
- 137 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年09月25日(水)12時29分27秒
- 後藤と藤本って面白い取り合わせですね
駄菓子マニアっていうのがいい
後藤はピスタチオや酢昆布だったら食べたのだろうか
藤本の笑みの意味が気になる
>作者様
ご慈愛下さいませ
- 138 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月25日(水)15時40分26秒
- 藤本は、テニスをやってる時以外は、なんかカワイイ感じのコですね(w
季節の変わり目だからでしょうか、
最近、体調を崩される小説書きさんが多い気がします。
お大事に・・・。
- 139 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年09月26日(木)07時01分48秒
- いつも楽しみに読んでます。
藤本さんもテニスして無いときはかわいいですね。
T女子に推しの子が集まっているのですが、K学も捨てがたい。
次の更新も楽しみに待ってます。
- 140 名前:カネダ 投稿日:2002年09月29日(日)01時39分36秒
- レス大変感謝です。
本当に書く意欲が湧きます。
>>136名無し読者様。
やっぱり片方にだけ異色キャラはどうかなあと思ったので・・・(w
実は藤本のこのキャラはこの小説書き始める前から設定していたのですが、
かなり出すのが遅くなってしまいました。気に入っていただけて嬉しいです。
>>137むぁまぁ様。
有難う御座います。御蔭さまで、なんとか復調の目処がたちました。
藤本はこんな性格なんですが、いたって本人は真面目です。(w
ピスタチオは、もう少し後半で出てきたりするかもしれません。
>>138読んでる人@ヤグヲタ様。
心配かけてすいません。なんとか復帰してみせます。
今年の風邪は、もうなんというか、勢いが違います。
日ごろの行いが悪かった所為でしょう。どうでもいいレス返しですいません。
>>139ななしのよっすぃ〜様。
本当にお待たせしてすいません。どっちの高校も自分的には甲乙つけ難しで、
これからどうなるのか見当もつけていません。(アホなので。)
期待に応えられるように、病み上がりでも頑張ります。
それでは続きです。
- 141 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時42分48秒
- 「違うわ。『負』の心理。この部の強さはそれに尽きる。」
「なんだよ?それ?」
「団体戦とかのチームプレイの強みはメンバーの結束力だと思うでしょ?」
「それは、そうでしょ。」
藤本はまた同じように笑う。
「この部に結束力なんてあると思う?」
「・・・・言われてみれば、無さそうかな?わかんないけど。」
「この部はあの先生が就任してから四年連続全国大会に出場してる。
と、言っても団体戦だけね。シングルスは去年の市井さんが二年ぶりに全国に出た。
ダブルスも去年の戸田さんと木村さんが全国に出たのが三年ぶり。
つまりこの部は団体戦だけは無敵の強さを誇ってきたのよ。」
藤本は淡々とキャベツ太郎を食べながら続ける。
「なんでそんなに団体戦が強いのか、それはこの部が圧倒的な実力、個人主義だからよ。」
「あんた、言ってる事に一貫性が無いと思うんだけど・・・」
「他人を蹴落としてでも生き残る精神。それを今の日本人選手は持ってない。
でも、この部に入るとそれを無意識の内に植え付けられる事になる。」
「なんか、難しいからいいや。私には関係ないし・・・」
- 142 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時44分22秒
- 真希が頭を抱えながら首を傾げると、
藤本は、ニタァ、と口の両端を広げて不気味に笑った。
「あの先生が勝つ為に部に齎したのは不安や恐れや焦燥といった負の部分ばかりなのよ。」
「負の部分?」
藤本の言ってる事の意味を真希は掴めずにいた。
そんな理論的な話よりも、あの小さな鞄からどうして無尽蔵のように
駄菓子が涌き出てくるのか、そっちの方に真希は気がいっていた。
「まず一軍と二軍に分けて優劣をつける。一軍の人間は入れ替え戦という
負ければ立場が無くなるゲームに何時呼び出されるか恐怖しながら毎日を過ごす。
それに、一軍にいたってレギュラーを獲れなければ今みたいに差別待遇を強いられる。
二軍の人間は一軍に上がれなければ試合に出場するどころか、年下にまで頭を下げる
屈辱を味わう日々を過ごさなきゃならない。つまり、何処にいったって安堵できる
場所なんか無いのよ。この部には。」
真希は心の中で、確かに、と納得していた。
藤本の言っている事は間違っていない。
- 143 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時45分45秒
- 「エースカツ食べる?」
「・・・貰おうかな。」
真希は魔法にかかったように藤本のエースカツを受け取っていた。
藤本はニヤリと笑うと、まるで潤滑油を一気飲みしたかのように、
べらべらと滑舌よく続けた。
「そういう不安や恐れや焦燥は、人間の潜在能力を引き出すのに
一番有効なのよ。もし団体戦の一回戦で部員のうち一人だけ負けるとする。
すると、その部員はどうしたって負い目を感じ、他の連中に頭が上がらないまま
次の試合に臨まなきゃならない。でもね、決まって次の試合ではその部員は勝つのよ。
追い詰められて戦うとね、人間は持ってる以上の力を引き出す事が出来る。
あの先生は、その負の心理を利用してこの部をココまで強くしたのよ。」
「・・・・なんだか気持ちのいい話じゃないね。」
真希は外を支配する藁葺き屋根の家々を眺めながらぼんやりとそう言った。
その時、辺りの風景はまるで、強硬と時代に逆らっているように辺鄙としていた。
- 144 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時46分51秒
- 穏やかな風景とは裏腹に、真希の心の中は煮えくるような胸騒ぎが始まっていた。
藤本の言っている事が間違っていないだけに、真希はどうしても気分がすぐれなかった。
そんな真希を他所に、藤本は裂きイカを頬張りながら続ける。
「生き残るには臆病になる事よ。そうすれば、自ずと冷静な判断を下せるようになる。
私はそういうやり方が気に入ってココに来たのよ。常に危機感を持てるからね。
徹底的な実力主義。一般人には受け入れられない手法だけど、私は気に入ってるわ。
所詮、この世は実力の世界なのよ。」
「・・・そんなの、気に入らないね。私はそんなの正しいとは思わない。」
真希が窓外に視線を向け、吐き捨てるように言い放つと、藤本はまた無気味に笑う。
「話は終わらないわ。その実力主義を微妙に崩してるのがあなたなのよ。」
「・・あんた、今日はえらく語るね。」
「ふふふ、私はあなたに興味があるからね。」
藤本は真希の全身を舐め回すように見つめた後、
甘イカ太郎を食べながら、また淡々と語りだした。
- 145 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時48分06秒
- 「あなたと関った人間は例外なくその『負』のオーラが無くなってるのよ。
あのダブルスの二人にしても、市井さんにしても、あなたと関ってから
人が変わったように変化したからね。」
「また出たよ・・・オーラ。」
「あなたは他の連中には無い、何かを持ってるのよ。」
「・・・・持ってねえよ。」
「うまか棒食べる?」
「あんた・・・パクリ商品まで持ってんの?」
やがて、バスは山道を登り始めた。
藤本は四次元ポケットさながらの小さな鞄から、次々と駄菓子を
出しては頬張っている。
ある意味、藤本の貴重な一面を覗けたかもしれない。
実はよく喋る明るい子。駄菓子を一杯持ってる不思議少女。
と、そんな風に肯定的に藤本を見なければ、今頃真希の精神は崩壊している。
- 146 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時49分46秒
- 「私はあの先生のやり方が気に入ってる。あなたがどうやって連中を洗脳したか
しらないけど、甘ったれた精神で試合に挑んだって、勝ちあがることは
出来ないわよ。」
「洗脳って・・お前、私を何だと思ってんだよ?それより市井ちゃんが終わる人って
なんなんだよ?それ以外は興味ないよ『負』の心理だとかナントカは。」
「そんなの、あなたが一番良くわかってるんじゃないの?その自分の中の答えを
否定して貰いたくて、私にそんな質問してきたんでしょ?図星でしょ?」
藤本に捲くし立てられるようにそう言われた真希は、藤本を否定できなかった。
確かに、市井が公式戦で負ければ引退するという決意は、未だに変化が無い。
つまり市井はもうすぐ終わる人なのだ。でも、真希はそれを認めたくなかった。
だから藤本に市井の可能性を求めたのかもしれない。
結局、真希が苦し紛れに藤本に言い放った言葉は、
「・・・・・あんた、イカが歯に挟まってるよ。」
とっても不甲斐無かった。
「それはご丁寧にどうも。」
- 147 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時51分07秒
- 山道をグニャグニャとバスは上り続ける。
出発してすぐに、藤本と真希以外の部員は全員お休みになっていた。
当然だ。
朝の六時に出発して、今は既に十時。
これから起こるであろう猛特訓の為に、体力を蓄えているのだ。
「イカのお礼に、取っておいた麦チョコあげわ。」
「・・・・・有難う。」
真希はデカイ隈を更にデカクしながら麦チョコの袋を力無く開封する。
藤本の言葉によって頭の中に発生した、グルグル輪廻する自問を消化するように、
真希はバリバリと麦チョコを勢いよく噛み砕く。
藤本と二人、ポリポリバリバリと不健康そうな食べ物を頬張っていると、
山の中腹辺りで、高低差の少ない大地に建設されているペンション街が見えてきた。
そのペンション街から蟻の巣のように生えている不規則な道沿いに、
開発中のリゾート地が幾つか点在していた。
テニスコート、プール、自然公園、・・・・
そこは夏になれば、避暑地として旅行客が利用するのに最適の場所だった。
- 148 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時52分44秒
- そのペンション街の一角でバスは右折し、止まった。
合宿所はもっとボロ小屋で電気も無いような所だと真希は想像していたが、
意外に外装も洒落ていて、カップルが二人で来ても恥ずかしくない、
それほど大きくも無いが、立派なペンションだった。
「よーし、全員外で整列しろ。オーナーに挨拶をする。」
石黒の号令によって目を覚ました部員達は、眠気まなこのまま外に出てで一列に整列する。
もちろん、真希と藤本はさっさと一番乗りで外に出た。
山の空気は澄んでいて清々しく、真希が今日の早朝に味わった感覚とよく似ていた。
六月の中旬なのに初春のように肌寒く、まだこの地を利用する旅行客などは見当たらなかった。
真希が寒さから両腕を擦って整列していると、ペンションから一人の若い女性が出てきた。
すると後から下りてきた先輩達は表情を引き締め、整然とした態度をとった。
新入部員達も、その雰囲気に流されるように自ずと気を引き締める。
- 149 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時54分11秒
- 「おお、おお、今年も知らん顔が一杯おるな。さすが実力の世界。
歳は関係ないか。はははは。」
その女性はスタスタ歩きながら突然、嘲弄するような口調でそう部員達に言ってきた。
しかも、関西弁。
これで真希が遭遇した関西弁保持者は三人目になる。
真希は根拠が全く皆無なのだが、その女性の雰囲気に対し同情した。
「久しぶりです。平家先輩。」
「おお、あやっぺ。今年の連中もええ面構えしてるやん。」
「ええ、また面白い連中が入ってきました。」
「毎年ココを贔屓してもらって嬉しいなあ。シーズン外はどうしたって
客はこおへんからなぁ。うんうん。じゃあ取り敢えず挨拶やな。」
石黒と挨拶を交わしたその平家と呼ばれた女性は、
部員たちの方に向き直り、コホンと丁寧に咳をした。
- 150 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時55分36秒
- 「えー、ここ、ペンション『イイコナノニネ』のオーナーの
平家みちよや。新入部員以外は全員去年会ってるな。うん。
まあ、ウチは泊めるだけやからなんもせえへんけど、ちゃあんと
あやっぺのいう事聞いて頑張ってな。」
「「「はい!今日から暫くお世話になります!!」」」
部員達が怒号のような大きな返事をすると、平家は両人差し指を
両耳に突っ込んで大袈裟に喧しそうな仕種をする。
真希はその平家の仕種を見て、何故か哀愁を感じた。
「ココの部員は相変わらず元気やなぁ。今年も優勝せえよ。
そうそう、新入部員、左手にアンツーカーとクレーの二つのコートが
三つずつあるやろ?あれ、ウチの所有してるコートやからあれで練習してもらう。
今はシーズンオフで客もおらんからお前らの貸切や。あとこのペンションも。
説明は以上、後はあやっぺに任せるわ。」
- 151 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)01時58分21秒
- 平家はテキパキとそう説明した後、頬を綻ばせて飯田の元に歩み寄る。
すると、飯田と平家は他の部員そっちのけに、楽しげに会話をしだした。
石黒はそんな飯田と平家を無視して部員達に指示を出す。
「荷物を各自の部屋に置いたら着替えてコートに集合だ。
部屋割りはバスの中で配ったとおりだ。文句は一切受け付けない。」
「「はい!」」
と、いう事は真希の部屋は里田と藤本の三人部屋だ。
真希はでっかい溜息をつく。
その溜息の間にも部員達は飯田を残してさっさとペンションに入っていった。
真希もあたふたと荷物を抱え、部員達の後を追った。
「ねえ、愛ちゃんは誰と一緒なの?」
部屋に向かう途中、真希は高橋に縋るように訊ねる。
- 152 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時00分00秒
- 「私?あいぼんだけど・・・」
「まじで?いいなあ、私なんて殆ど会話した事のない里田さんとあの藤本だよ。
私もダブルスやったらよかったなあ。」
「でも、藤本さんならいいアドバイス聞けるんじゃないかな。
なんだかんだいっても、藤本さん、ごっちんの事気に入ってるみたいだし。」
「はあ?あり得ないよ。あいつは妖怪だからさ。うん。私は妖怪お断り。」
「まあ、二週間もあれば仲良くなれると思うよ。ごっちんなら。」
「そうだといいんだけどね。・・絶対部屋、遊びに行くから待っててね。」
「うん。期待しとく。」
二人はそのやりとりを終えると、同時に階段で人間の
原型を留めていない生き物を発見した。
・・・その謎の生物、加護は階段を上るのに激しく苦労していた。
高橋はその哀れな加護の姿を数秒見つめ、真希に一言いって加護の元に駆け寄った。
「いいなあ、ダブルス。」
二人が助け合って階段を上ってる姿を見て、真希は羨望の呟きをする。
すると、里田が後ろから話し掛けてきた。
- 153 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時02分12秒
- 「部屋、一緒だね。宜しくね。」
「あ、はい。宜しくお願いします。」
里田はとてもおしとやかで大人しく、真希の最も苦手とする
おしとやかなブルジョワ風の種の人間だった。当然、これまで絡みも殆ど無い。
二人はそのまま無言のまま部屋に入る。
部屋の中はサッパリとしているが洒落ていて、
練習で汗ダラダラになる人間が使うのは勿体無いような作りだった。
何よりもその圧倒的な存在感を醸しているベッドに真希は目が奪われた。
真希が人生でベッドに遭遇したのは、父親が生きていた時分、一度旅行に
いった時以来だった。
真希は瞳に星を鏤めながら、吸い込まれるようにベッドに顔を埋める。
「最高・・・」
そう呟いた時、忽然、背後から甲高い笑い声が聞こえた。
- 154 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時03分19秒
- 「ハハハ、あなた、貧乏丸出しで何やってんの?」
「・・・うるせえ、幸せを邪魔すんな。」
「そんな事してる暇ないわよ。もう、他の連中コートに向かってるわ。」
「・・・確かに、こんな事してる場合じゃなかった。えーと、先に言っとくけど、
あんたには負けない。レギュラーは私が獲る。」
「口だけは達者なようで・・・」
真希と藤本はお互い睨み合ったまま素早く着替え、コートに向かう。
里田はそんな二人に対し、呆れたように溜息を吐くと、
やれやれといった風に二人の後ろについて行った。
真希はこれから、この共通点の無い二人と二週間、同じ部屋で寝泊りする事になる。
――
- 155 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時06分24秒
- 真希はコートに向かう途中の一階の廊下で、加護と高橋の二人を見つけた。
真希は藤本に捨て台詞を吐くと、飄々と二人の元に駆け寄った。
「あいぼん、愛ちゃん、待ってくれえ。」
真希は二人の肩を掴むと、安堵の溜息をつく。
「どうしたの?ごっちん、少しの間に大分やつれたね。」
「うん。あの妖怪が一々喧嘩ふっかけてくるんだよ。もう、練習する前からバテタ。」
「ごっちん、藤本さん舐めたらあかんで。あの子、全中を圧倒的な力で制覇してんから。」
加護の言葉を聞いて、真希は不意に藤本が優勝カップを持って笑顔を浮かべてる
姿を想像してみた。・・・・あり得無い!真希は即座に否定する。
どうイメージしても、舌を出してぬらりひょんのような、不気味な笑みを浮かべている
妖怪さながらの姿以外は頭に出てこなかった。
もちろん、掲げている優勝カップからは駄菓子が溢れ出している。
「もう、あいつの事を考えるのは止めた。私はレギュラー獲りに命を懸ける。」
「ごっちんウチらも落とされないように現状維持するわ。だから頑張ってな。」
「ごっちん、ネバーネバーネバーサレンダー、だよ。」
「愛ちゃんそんな言葉、何処で覚えたの・・・」
- 156 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時08分30秒
- 三人はそんな会話をしながらこのペンション所有のテニスコートに向かう。
石黒と平家と飯田はまだ挨拶のような社交辞令をしていた。
sると、真希を見つけた石黒が平家に何か目配せした。
「・・・圭織、もうあんたも用意してき。部長が遅刻じゃ拍子抜けやからな。」
「はい。平家さん、今年も宜しくお願いします。」
「ホンマ、あんたは礼儀正しくてええ子やな。」
平家は飯田の頭を撫でると、もう一度飯田に用意するよう促した。
飯田がペンションに向かうと、石黒と平家は神妙な面持ちを作り、
重い口調で会話をし始めた。
「どれが、その天才なん?」
「あの三人組の真ん中の子です。」
「ふーん、面構えは全然甘ちゃんやけどなぁ。」
「あの両隣は一応、ウチのレギュラーのダブルスです。」
- 157 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時10分08秒
- 石黒がそう言った後、平家は何故か笑い出した。
石黒は怪訝そうに眉を寄せる。
「あやっぺ、似てると思わへんか?昔のウチらに。」
「・・・言われてみれば、そうですね。」
「あの両隣がウチらで、真ん中の天才が裕ちゃんや。全く同じ構図やな。」
「・・・高校の時、ですね。」
「歴史は繰り返す言うもんなぁ。」
「繰り返してはいけませんよ。絶対に。」
石黒は険しい表情し、語気を強めた。
和やかな雰囲気が、石黒の発言で一気に緊迫感を帯びる。
その発言に、平家も神妙な面持ちで、深々と頷いた。
「そうや、裕ちゃんどうや?元気にしてんの?」
「連絡とって無いんですか?」
「そりゃ矢口まであんな事になって、裕ちゃんになんて言って
いいかわからへんかったしな。その内には電話しよう思ってたけど。・・・」
- 158 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時11分25秒
- 平家が不安そうに言葉を選んでいると、石黒はフッと笑った。
「元気ですよ。人が変わったようにとても活き活きしていました。
なんでも、『希望』を見つけたらしいです。テニスに打ち込んでた頃の裕ちゃんの
表情が戻ってましたよ。」
「なんや?『希望』って?」
「裕ちゃんの学校のテニス部に、面白い部員が集まったらしいんです。
あと、矢口も帰ってきたようです。・・あの裕ちゃんが期待するのだから、
間違いなく勝ち上がって来るでしょうね。」
石黒の口調はとても快活になり、言葉にも力が篭っていた。
「へえ、裕ちゃんにはどう考えてもコーチなんてむいてないと思ってたけど、
本人が楽しんでるんやったらよかったな。・・・あやっぺ、危ないんとちゃうか?
裕ちゃんがそこまで贔屓にするのは、ネタじゃあり得へんで。」
平家が試すように、揶揄を込めた口調でそう言うと、
石黒は口端をニヤリとあげ、首を横に二度だらしなく振った。
- 159 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時13分59秒
- 「うちの部は強いです。負けないですよ。私は選手としては
出来損ないでしたけど、指導者としては自信があります。
負けません。でも、楽しみでしょうがないですね。」
「ウチも見てみたいなあ。裕ちゃんが作った部。それにあやっぺが
見つけた天才。またウチの楽しみが一つ増えたわ。」
「そうですね。私も今年のチームには期待してますから。
もし運命なんてモノがこの世にあるとしたら、裕ちゃんの学校と当たるでしょうね。」
「そらあ、当たるやろ。勝ち上がってたら、絶対いつか当たる。・・
じゃあウチはあいつらの為に美味い飯でも作るわ。ウチもテニスのセンスは
無かったけど、経営と料理には自信があるからな、ははは。」
平家は大袈裟に笑いながらペンションに戻っていった。
石黒はそんな平家の背中に頭を下げると、表情を引き締めて
コートに向かった。
――――――――――
- 160 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時15分30秒
- 木々が辺りを取り囲むテニスコートは、新鮮な空気を常時供給してくれて
部員達の練習意欲を普段より何倍も高めていた。
昼になっても大気の温度は相変わらず低く、
落とす影を漆黒にするほどの厳しい強い日差しが、ココではとても心地よかった。
部員達は準備運動を済ませると、石黒の前に整列していた。
「今日から合宿メニューに取り掛かるが、市井と後藤は普段通りでいい。
ココでのメニューは各々の弱点補強だ。だから普段よりも厳しくなるが
団体戦まで時間が無い、覇気が衰えることなく、高い志を持って取り組んで欲しい。
そして、納得してココを去ってもらいたい。以上。」
「「「「はい!」」」」
石黒にしては慈愛の篭った演説に真希は好感を持った。
加護も高橋も同じように、そう感じていたようなのだが、
三人とも、考えが甘かった。
石黒の話が終わった後、何故か先輩部員達は入念に足を解し始めた。
こらからランニングに向かうのはいつもの通りなのだが、どうも様子が違う。
- 161 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時16分33秒
- 「これから三日間は基礎体力作り。ラケット使わないから。」
真希が加護と高橋と三人で足を解している所に、飯田がやってきてそうサラっと言った。
それをボケッとした顔で聞いていた加護と高橋の表情が、みるみる歪んでいく。
「って事は、これからずっと走ったりするんですか?」
高橋は不安げに飯田に訊ねる。
「そうだよ、がんばんな。」
「飯田さ〜ん、勘弁してくださいよぉ。」
加護が泣き顔でそう言うと飯田は悪戯っぽい笑みを作った。
「加護は特に体力無いから、先生にびっちり絞られると思う。・・・逃げんなよ。」
「・・ああ、恐ろしいわぁ。」
石黒が優しい言葉を掛けたのには裏があった。
どうやら、恐ろしい事が始まるらしい。
石黒のさっきの言葉はそのせめてもの気休めなのだろう。
- 162 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時18分27秒
- しかし、真希はそのやりとりを他人事のように聞いていた。
自分と市井は今まで通り二人で別メニューをこなせばいいのだ。
真希がそう思っていると、タイミングを計ったように市井が話し掛けてきた。
「おい、朝、言い忘れたけど、もう今日からは私は自分のメニューに戻す。」
「えええええ!!?なんで?」
「もうお前に教える事なんてないよ。後は自分で自分のテニスを見つけろ。
あの特殊な『感覚』を掴むのも、後はきっかけだけだと思うし。」
市井は真希に今まで基礎と簡単なテクニックだけを入念に指導してきた。
天才という名の形骸に、自分のテニスを肉付けする必要は無いと考えたからだ。
後は真希が自分のテニスを見つけ、そのテニスを高めればいい。
市井の言葉に、真希は眉根を下げて落胆の溜息を吐く。
「じゃあ、せめて後三日だけでも・・・」
「ダメだ。お前は特別体力があるわけじゃないし、いい機会だよ。」
「でも、先生が何て言うかわかんないじゃん。」
「今言ったら、納得してくれたよ。条件は私がしっかりと練習する事。」
「・・・・・」
- 163 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時19分44秒
- 真希は必死になって基礎体力作りから逃れるための口実を考える。
そんなあからさまに思案している真希の姿を見て、市井は屈託無く笑った。
「お前、レギュラー獲るんだろ?だったら現実から目を逸らすな。
誰だってシンドイ思いして、のし上がって行くんだから。
ココで頑張んなきゃ、ホントお前でも拙いぞ。一緒に団体戦出るんだろ?」
市井の言葉は一々説得力がある。
真希は無意識のうちに頷いていた。
「・うん。・・・・って事は、あんた考え直したの?」
「何を?」
「負けたら引退する事。」
「いや、私もやっぱり選手として、ピークの状態で試合に臨みたいし。
それで負けたら本当に未練も残らないと思ったからな。それだけ。」
「・・・・激しくつまんないね。」
「いいから走るぞ。」
「・・・はーい。」
―――
- 164 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時21分47秒
- 真希は市井と肩を並べ、前を行く飯田と保田の背中を追う。
加護と高橋は真希のすぐ後方を揃って走っていた。
ランニングのコースはこの曲がりくねった山道を頂上付近まで上り、
グルリと円を書くように別ルートで下ってくるというものだった。
飯田の話によると、帰ってくる頃には日は落ちかけているらしい。
簡単で尚且つ一番体力がつく方法。
それは、ただ、走り続ける事だ。
無言で部員達は山道を走り続ける。
道路を圧迫するように、左右に際限なく広がっている森林が、
部員達の心の中に不安という感情を無意識のうちに忍ばせていた。
「ねえ、もし、ココでバテたら、どうなるの?」
不安を覚えた真希は不意に隣を走る市井に話し掛けた。
「ただ、取り残されるだけ。完走、するまで、ペンションには、戻れない。」
「アホだね。ただの。」
- 165 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時23分26秒
- いくら走っても、代わり映えの無い景色が延々と続く。
真希は暑さを感じなかったが、不規則に曲がる道に
余分な体力が削られていくような感じがして、気分が晴れなかった。
真希はペースを落とさず、毎日学校に走って通っている自分の姿を
思い描きながら黙々と走っていた。
不意に後ろをチラリと振り返ってみる。
すると、高橋の隣にいるはずの加護がいなかった。
真希の呼吸が僅かに乱れる。
すると、藤本に追い抜かされた。
藤本は真希を追い抜く際、妖怪のような微笑という、
欲しくも無い土産を忌々しく残していった。
「あ、あんにゃろー。」
真希が意地になって藤本を追い抜かそうとすると、市井に腕を掴まれた。
「バカ、相手にするな。ペースを乱すと一気に疲労が来るぞ。」
「くっ、・・・うん。」
- 166 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時24分58秒
- 頂上付近になると、やはり誰もが息を乱していた。
それでも飯田と保田はペースを落とさずに前を淡々と走る。
そのすぐ後ろには藤本がついている。
真希もこの頃には大分ペースが落ちていた。
市井に置いていかれ、今は高橋と共に走っている。
加護と別れて、もう三十分は経っていた。
折り返し地点では、真希と高橋は加護以外の全ての部員に抜かれていた。
一本道なので迷う事は無いが、二人でこの壮大な森林の狭間を走るというのは、
妙な孤独感があって、否が応でも焦燥感、不安感が募る。
それでも『二人』だ。
加護は今、一人で歩いているか、走っている。
それは、想像するだけでも身震いがする。
- 167 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時25分51秒
- 「ねえ、あいぼん、待たない?」
真希が体の底からなけなしの声を絞り出すと、高橋は首を横に振った。
「あいぼんさ、そんな事したら、多分、怒ると思う。」
加護は悪戯好きだが繊細で、尚且つプライドが高い。
同情のような行為は、加護のような人間には蹂躙に値する。
真希は改めて加護の性格を確認した。
「・・・そう、だね。あいぼんだったら、一人でも大丈夫だね。」
この判断は間違いなのだが、今の二人にわかる訳も無い。
―――――――
- 168 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時28分00秒
- 二人がボロ雑巾よろしくの姿でコートに戻ると、
飯田が言っていた通り、日は半分ほどその姿を失っていた。
山の夕刻は絶景で、澄んだ夕陽は部員達に普段感じることの無い恍惚を呼び起こした。
加護以外の部員はこれで全員到着した。
真希がコートに仰向けで寝ながら呼吸を整えていると、
高橋が膝に手を置いた姿勢で、肩で息をしながら飯田に声を掛けた。
「飯田さん、・・あい、ぼん、まだまだ、帰って来ません。迎えに、行っちゃ、だめですか?」
「・・・ダメだね。加護は辛いだろうけど、ココで頑張んなきゃダメだよ。
甘やかしたって、強い選手にはなれないから。」
「そんな・・・」
飯田の重い口調が、高橋の懇願を無にする。
- 169 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時29分14秒
- やがて部員達は平静を取り戻すと、筋トレを始めた。
それから一時間経っても、加護は帰ってこない。
もう日は完全に沈んでいて、辺りは闇に包まれていた。
ココのコートにはライトなんて豪勢なものは備わっていない。
だから夜は主に筋トレなどの明かりを必要としないメニューをこなす。
山の夜は畏怖の象徴だ。
真希は黙々と筋トレをこなしていても、加護の事が気になって仕方がなかった。
こんな闇の中で一人ぼっちなんてのは、金を積まれてもゴメンだ。
真希は堪らず石黒の元に歩み寄った。
「先生、加護さんを迎えに行ってもいいですか?」
「どうしてだ?」
「夜に一人であんな道走るなんて、私には無理です。」
「加護にとってはありがた迷惑かもしれないぞ?」
「それでもいいです。私はあいぼんを探してきます。」
「ダメだ。お前は自分のメニューをこなせ。やるべき事があるのに、
余計な事は考えるな。」
「私のやるべき事はあいぼんを迎えに行く事です。」
- 170 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時30分42秒
- 石黒は首を傾げた。
真希の屈託の無い決意は、テコを使っても揺るぎそうに無い。
仕方が無く、石黒は首を縦に振った。
「・・・勝手にしろ。その代わり、メニューは完全に消化してもらう。
何時になっても、それだけは守ってもらう。」
「・・・わかりました。それじゃあ行ってきます。」
真希がクルリと踵を返すと、二人のやりとりを聞いていた飯田が忽然、挙手した。
「先生、私も行ってもいいですか?一応、部長なので。」
「・・・お前まで、こいつに感化されたのか?」
「・・・・そういう事にしておいて下さい。」
飯田はそう言うと、真希にウインクをし、加護を迎えに行こうと促した。
真希は飯田の意外な行動に、思わず裏返った声で返事をしてしまった。
二人で山道を逆行するように走り出そうとすると、高橋が後ろからついて来た。
しかし、それを飯田が征した。
- 171 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時32分24秒
- 「高橋は残ってよ。あんまり大人数で行くのもダメだし。」
「でも、あいぼんは私の相棒なんです。」
「大丈夫、私とゴトーでちゃんと連れてくるから。高橋まで来ちゃったら
先生、顔が立たないでしょ?」
飯田は後半部分を高橋の耳元で呟いた。
すると、高橋は渋々納得したように立ち止まる。
「愛ちゃんの気持ちはちゃんとあいぼんに言っとくから、愛ちゃんはちゃんと
練習しててね。」
「・・うん。ごっちん、飯田さん、お願いします。」
高橋の訴えるような声を背に受け、真希と飯田は走り出した。
月明かりだけの、夜の山道をできるだけ二人寄り添って走る。
会話は全く無かった。
真希は目を凝らして、辺りに気を配る。
飯田も真希と同じように持ち前の大きな瞳をキョロキョロと
動かして、辺りを注意しながら走っていた。
- 172 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時33分57秒
- 三十分ほど経った所で、二人は加護を見つけた。
加護はガードレールを掴みながら、怯えた表情で
ゆっくりと歩を進めていた。
その姿は、理由も無く傷ついた難民よろしく、
とても痛々しかった。
二人を見つけた加護は、一度パァっとした明るい表情をした後、
涙を零しながら二人の元に駆け寄った。
「あああ、恐かったぁ、ごっちん、恐かったぁ。」
加護の理性を失ったその発言は、真希の心をズキリと痛ませた。
飯田も徐に加護の肩を抱き、優しく頭を撫でた。
「加護、お前は体力が無いのに無理してみんなとペース
合わせるからこんな目に合うんだよ。明日からはちゃんと自分のペースで
走るんだよ?」
飯田の言葉に、加護は泣きながら何度も首を縦に振った。
- 173 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時35分21秒
- 「あいぼん、愛ちゃんも連れてこようと思ったけど、
さすがにズラズラ三人で来るのもおかしいから置いてきた。
決して悪気があって愛ちゃんを置いてきたわけじゃないよ。」
真希は加護を見つけた瞬間から何故か頭の中は高橋を弁護する事で
一杯になっていた。二人に要らぬ軋轢を生じさせたくなかったから
かもしれないし、そうではないかもしれない。
とにかく、真希の頭の中はその事でその時は一杯だった。
「そうなん、わかった。・・でもよく先生許してくれたな。
ウチなんかこれでレギュラー落ちかもしれへん。ごっちんも
ウチの所為でレギュラーなれへんかもしれんし、飯田さんも
レギュラー落とされるかもしれん。あああ、ウチの所為やあ。」
加護は冷静に錯乱しているようだった。
思考が自虐的になり、言葉を発しては一々涙を落とす。
そんな加護を飯田は優しく抱擁した。
- 174 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時36分38秒
- 「加護、今日は貸しといてやる。その代わり、絶対弱音を吐くな。
ゴトーと私の事は心配いらないから。」
「・・・ううう、飯田さん、本当にありがとございます。」
真希は飯田がどうしてそこまでしてくれるのか、未だに懐疑を抱いていた。
ココの部員はこういう事で手を貸すなんてのは御法度ではないのだろうか。
他人の心配より、自分の心配をするのがこの部の方針だと思っていた。
現に、今日藤本が言っていた負の心理の話とは大きく異なっている。
「・・・飯田さん、本当に大丈夫ですか?私だけならいつも反抗してるし、
怒られるのもなれてるのに。」
真希は不安になってそう飯田に話し掛けると、飯田は加護を離し、
真希に視線を向けて優しく笑った。
「なんだかね、不思議だけど、私はゴトーの事を信じてみたくなったんだ。
紗耶香もゴトーと出会って変わったし。ゴトーの周りは花が咲いているように
楽しそうだから。だからあの時、気付いたら手を上げちゃってたんだよね。」
- 175 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時38分27秒
- 飯田はそう言うと腰に手を当て、貫禄タップリに笑った。
すると、真希もつられて笑い出した。
「飯田さん。有難う御座います。本当は、私も一人じゃ恐かったんですよ。はは。」
「そうそう、お互い様だよ。この借りはちゃんと加護に返してもらうからね。」
「・・・千年かかっても返します。」
「ははは、死んでるよ!!」
「加護はこんな時でもボケるの忘れないんだなあ。」
三人はそれから肩を並べて歩きながらコートに向かった。
際限ない森林に挟まれた夜の山道は、
三人の楽しげな会話を不思議と守り立てている様だった。
「・・・私はね、将来テニスのインストラクターになりたんだ。」
「・・選手にはなりたくないんですか?」
「私はダメだよ。そこまで強くないしね。」
そう飯田が言うと、加護と真希は大袈裟に否定する。
- 176 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時41分08秒
- 「何言ってるんですか!飯田さんは全国屈指の選手やないですか!」
「そうですよ。飯田さんのテニスは素人目からしても素晴らしいですよ。
私、密かに尊敬してますから。」
「・・・私もねえ、去年の今頃は自分のテニスに自信があったんだよねえ。
でもさ、矢口と試合した瞬間に私の夢は敗れたね。」
飯田はしみじみと遠くを見ながら呟いた。
「・・・矢口さん・・ですか。」
加護も矢口という言葉を聞いて、飯田の意見に納得したようだった。
真希は改めて矢口の凄さを知った。
市井が表に出られなかっただけでなく、矢口は飯田の夢さえも打ち砕いていた。
「でも、矢口さんはもうテニスやってないんじゃないですか?」
加護は弁護するように強い口調でそう言った。
しかし飯田の意思は変わらない。
「・・・それでも、そういう選手が同じ国で、しかも私の年下にいたっていう
事実は、揺ぎ無いじゃん。私は矢口以上の選手にはなれない。」
「・・・・なんか、しんみりしましたねえ。」
- 177 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時42分36秒
- 水を打ったように静まり返ったその場に、森林のざわめきが響き渡る。
三人が言葉を探しながらトボトボと歩いている中で、真希はふと顔を空に上げた。
夜空には、普段は決して見る事が出来ないような、鮮やかな星々が無限に広がっていた。
「ねえ、空見てみ。あいぼん。」
「なんで?」
「いいから。」
歩きながら加護は顔をプイと空に向ける。
すると、加護は口をデッカク開け、気の抜けた奇声を上げた。
「おうわああ。すっごいなあ。なんや?これ?」
つられるように顔を上げた飯田も感嘆の声を漏らす。
「うわー、綺麗だねえ。やっぱり山は違うな。汚れてないもん。」
「いいですよね。私、年甲斐もなく綺麗な景色とか見るの好きなんですよ。」
「そういえば、ごっちんはめっちゃ綺麗な夜景のスポット知ってたもんな。」
- 178 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時44分08秒
- 三人は澄んだ大気によって洗練されて見える星空を見ながら、
ぼやけた声色で話し出した。
「なんだ、ゴトーは実はロマンチストなんだ。」
「ええ?そんなたいそうなもんじゃないですよ。ただ、癒されますからね。」
「ごっちんは自由やなぁ。なんでも。」
「うん。後藤は何事にも束縛されてないね。そういう人間に私もなりたい。」
「そうそう、今日思い出したんですけどね。毎日は発見の連続なんですよ。」
真希の発言に飯田は何故か笑った。
「やっぱり、ゴトーはロマンチストじゃん。」
「人間はそうやって毎日知る喜びを覚えながら、生きてくものなんですよ。
だから私達はこうやっていつもとは違う夜空を発見できた。」
「ごっちん、マジでロマンチック過ぎるで。」
「紗耶香がゴトーに惹かれた訳がわかるな。ゴトーは私達には無い、
ナニかを持ってるもん。」
- 179 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年09月29日(日)02時46分59秒
- 藤本に言われた言葉をまさか飯田に言われるとは真希は思っていなかった。
そういえば、高橋にも以前、そんな事を言われた事がある。
もしかして超能力でもあんのかな?と、真希は不思議な気持ちになった。
それからも三人は会話が途切れることなく、仲良さげに山道を歩いた。
深々とした漆黒の世界が、何故かとても心地よく三人の心を穏和にする。
三人がコートに戻ると、そこには既に誰もいなかった。
全員ペンションに戻って美味しい食事でも嗜んでいるのだろうか?
それとも今日かいた汗をキレイサッパリ流しているのだろうか?
そんな事を考えながら、三人は仲良く居残り練習を始める。
閑散として真っ暗なテニスコートに、たった三人だけ。
どこかでフクロウが鳴いた。
その居残り練習も何故か、とても掛け替えの無いモノのように、
三人の気持ちを堕落させる事無く高揚させて、一切苦を与えなかった。
矛盾する不思議な感覚を味わった真希は、取り敢えず世界に感謝した。
――――――――――――――
- 180 名前:カネダ 投稿日:2002年09月29日(日)03時06分14秒
- 更新しました。
余談ですが、合宿編、長くなりそうです。
もしからしたこの小説、このスレで終わらないかもしれません。
(つくづくアホです。)
- 181 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)04時06分11秒
- ほんとにどこ入れてんだよ藤本の駄菓子は(w
この小説が続けば続くほど自分としては長く読めるということなので、
このスレで終わらなくても大歓迎です(w
そんなことを言う僕もアホでしょうか…(w
風邪ゆっくりなおしてくださいね。
- 182 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月29日(日)13時42分30秒
- この合宿中に後藤と藤本の間に友情は芽生えるかな?
でも後藤は藤本のコトを妖怪扱いだからな〜(w
このスレで話終らないなんて、自分としては願ったり叶ったりです。
- 183 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)21時40分14秒
- イイコナノニネはげしくワラタ
藤本も最高!
- 184 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年09月29日(日)22時49分55秒
- 早く進んで欲しいような、進んで欲しくないような。
長く続いてくれるのは大歓迎ですよ。
藤本さんのお菓子好きは激しく笑えました。
テレビで藤本さんを見るたびに、イカが歯に挟まってるか確認しそうです。(笑)
- 185 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年09月30日(月)08時35分26秒
- こちらもくせ者揃いで楽しそうだ
合宿編はじっくりお願いします
あっしも横蟻で雨にぬれてから風邪を引いたようです
お互い早く治し、あせう
- 186 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月02日(水)22時49分26秒
- やはり自分は、作者様のお話が大好きみたいです。
短編集、知らずにしっかり投票してますた(w
- 187 名前:カネダ 投稿日:2002年10月02日(水)23時54分41秒
- レス有難う御座います。
本当に書く意欲が倍増します。
>>181名無し読者様。
藤本の手提げは四次元なので・・(w
長くなりそうなんですが、そう言ってくれると本当に救われます。
期待に応えられるように、精一杯精進します。御蔭さまで風邪は克服しますた。
>>182読んでる人@ヤグヲタ様。
確かに後藤は藤本を妖怪扱いしてますね。(w
友情は芽生えれば願ったり叶ったりなんですが、妖怪ですから・・・
長々と続いておりますが、必ず完結して見せます。
>>183名無し読者様。
ツッコンでくれて有難う御座います。(w
藤本も敬遠されなくて嬉しいです。
ネタに走りつつある今日この頃、本末転倒にならないよう気をつけます。
>>184ななしのよっすい〜様。
藤本にもそんな一面があったりしました。
長く続きそうなんで、保存も大変でしょうが、期待に応えられるように精進します。
藤本の歯にイカが挟まってたら、どうかご一報を(w
>>185むぁまぁ様。
合宿編、計画性の無いアホ作者の所為で、ちょいと長くなりそうです。
風邪ひいちゃいましたか、今年の風邪は(r
横蟻、お疲れ様でした。自分はその時、多分家で寝込んでました。どうか、お大事に。
>>186名無し読者様。
おお、あんな意味不明な小説に投票してくれてどうも有難う御座います。
二期タンポポ最後の放送の前に書き上げてしまったもので、思い返すと反省点ばかりです
改めて、読んでくれて、投票してくれて有難う御座います。御蔭で楽しめました。
それでは続きです。
- 188 名前:カネダ 投稿日:2002年10月02日(水)23時56分57秒
- 食事やら風呂やらを済まし、
真希がやっと落ち着いて部屋に居着いたのは、夜の十一時を過ぎた頃だった。
「・・・あなた、こんな時間まで労働させられてたの?」
ドアを開けた束の間、藤本が軽蔑するような口調で睥睨してくる。
「うるせえ、もう寝る。」
「後藤も食べる?ピスタチオ?」
真希がベッドで横になろうとすると、ネグリジェ里田が優しい表情で話し掛けてきた。
真希は訝しさ全開の里田にさり気なく差し出されたピスタチオを一つ口に入れると、
その後、エンジンに火がついたように勢いよくピスタチオを貪り食った。
どうも、嵌ってしまったらしい。
「・・・おいしい!明日の為に一杯食べとこ。」
「・・貧乏丸出し。」
「お前も駄菓子ばっか食べてるじゃん。」
「あれは私の些細な趣味よ。」
- 189 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月02日(水)23時59分44秒
- その発言に、真希は思わず吹き出した。
と、同時に口の中のピスタチオも床に飛び散った。
「ははは、駄菓子を食べるのが趣味なんて、日本でお前だけだよ。」
「・・・あなた、そのセリフ、覚えておきなさいよ・・・」
「おお、千年後でも覚えておくよ。」
「まあまあ、二人とも。仲良くしようよ。せっかくの合宿なんだし。」
里田の合の手で漸く二人の抗争は収まったが、
それから二人は一切目を合わせようとしなかった。
藤本と抗争後、真希はフウと息を吐き、大の字になってベッドに寝転び、
(初日からバカみたいに働いたな。)
ぼんやりと今日一日を振り返る。
すると、瞼が鉛のように重く感じ、真希は誘われるまま異世界へと旅立った。
真希の疲労と眠気は、既に限界を超えていたようだ。
その頃、隣の部屋では・・・
- 190 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時00分59秒
- 加護と高橋は、お互いのベッドで寝転びながら、悪戯に時を過ごしていた。
「愛ちゃん、今日はホンマ足引っ張ってゴメンな。もしレギュラー落とされたら
ウチの事半殺しとは言わずに、海にコンクリート詰めにして沈めてもいいわ。」
「謝る必要は無いよ。私だって、あいぼんが辛いのわかってあげられなかったし。」
「愛ちゃん・・・」
「あいぼん・・・」
何故か新婚さんの初夜のように、妙に照れくさい空気になった。
二人ともさっきまでポロポロ出てた言葉が、神隠しのように姿を消す。
高橋は辺りをキョロキョロ見渡し、取り敢えず差し障りの無い話題を探した。
「・・ねえ、あいぼん、そのバッグ何入ってるの?」
「・・これか?・・・しゃあない、そろそろお披露目やな・・・」
加護はベッドから勢いよく飛び起き、二つある
はちきれんばかりのボストンバッグの内の一つに手をかけた。
高橋はタオルケットを体に巻いたまま、ベッドから首だけを下に垂らす。
- 191 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時02分10秒
- 「テーッテテーッテテテテテエエ。チャンチャン。」
加護はアニメ、キテレツ大百科で、キテレツがメガネを揺らしながら
得意げに道具を出す時の効果音を口で歌った。
加護のハイテンションとは一転して、
高橋は加護の出した、ゴツゴツした道具の数々に落胆の溜息を吐いた。
「どうや?使うか?これ気持ちいいねん。」
「・・・遠慮しとくよ。よくもって来たねえそんな大量に。」
加護はイカガわしい健康器具やらマッサージ器やらそんな無駄に重い
道具を大量にバッグに詰めていた。
「ああああ、気持ちえええええ。」
加護はその中でも、最も奇妙な形をした健康器具を頭と足に当てて、振動させる。
こんなもん使う暇あるのなら、寝ろよ。と高橋は心の中でツッコンだが
もしかしてこれはおいしいのかもしれない。と突然、芸人魂に火が点いた。
- 192 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時04分28秒
- 「あいぼん、こっちの借りるね。」
高橋は加護の持ってきた枕のような形の不気味な道具を腰の辺りにあてがう。
「ははは、やっぱり使いたいんやろ?」
加護が焦らすような口調でそう言ってきた。
高橋はゴクリと生唾を一つ飲み込んで、スイッチをオンにする。
そのブツが、まずゆっくりと、そして高速でピストン運動を始めた。
「あ?ああああ?気持ちええええ!!!。」
高橋は余りの快感に方言解禁になった。
「はははははは。ほらみてみい!」
「ああああああ。」
二人はそれから暫くイカガワシイ器具を堪能した。
激動の初日は、こうして幕を閉じた。
―――――――――――
- 193 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時05分35秒
- 二日目、三日目、四日目は、初日よりも更に過酷なものだった。
朝の六時起床で、それから朝食、軽めのランニングにダッシュに素振り・・・
そして昼からは昨日と同じく山登り。
そんでもって帰ってきてから筋トレ。
その繰り返し。
天気も崩れることなく、合宿はあくまで順調だった。その時は。
加護は飯田に言われた通り、プライドを堂々と捨て、
他の部員よりも遥かに遅いペースで山登りをこなした。
コートに帰ってくる時間も他の部員より遥かに遅かったが、
それでも途中で挫折することなく、完走する事ができた。
昨日の轍は踏まない、と、堅く決心した加護はこれで一つ大きくなった。
真希がこの四日間で救われた事といえば、やはり食事と風呂だ。
平家の作る料理は部員達全員を大きく唸らせるほど絶品だった。
平家はテニスをやってたらしいのだが、料理のほうが遥かに性に合っている。
と、そう言った加護は平家に問答無用の延髄切りを食らわされていた。
よっぽどテニスに未練があるらしい。
- 194 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時07分38秒
- 加護が平家にやられてる光景を見た先輩部員達は、
何故かこのペンションの名前を悲しい口調で声に出した。
真希には全くもってその意味を解釈する事はできなかったのだが――。
――
そして風呂も大変素晴らしかった。
温泉を引いている訳ではないのだが、それでも露天風呂だ。
真希の家にポツンと備わっている正方形の風呂とは違い、格別の安息を味わえる。
しかし、二日目の夜は藤本と時間が重なってしまい、
終始風呂の中でいがみ合う結果になってしまった。
それでも、その日以外は十分極楽を味わえた。
- 195 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時08分33秒
- 五日目からメニューがガラリと変わった。
石黒から各々にそれぞれメニューが手渡される。
弱点補強と言っていたのに、真希のメニューは殆ど練習試合ばかりだった。
真希はチラリと加護のメニューが気になって、覗き見る。
加護は朝の八時から山登りを続行で、後は殆どサーブ練習だった。
「あああ、なんでウチはこんな偏ったメニューなんや?
それに続けて山走るのウチだけちゃうんか?勘弁してくれよお。」
「あいぼんはスタミナ無いからね。そんな事より私は練習試合ばっか。」
「ええなあ、ごっちん。交代してや?」
「・・・死んでもいや。」
真希とほぼ同じメニューの部員が二人いた。
里田と藤本。
もう、これには運命を感じる。
- 196 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時09分27秒
- 各々が散らばっていく中で、件の三人はテニスコートで同じメニューをこなしていた。
「ねえ、私達がこうやって同じメニューを課せられてるのは何か訳があるのかな?」
里田が休憩時間、突然そう真希に訊ねる。
その時、三人はベンチに座っていて、真希は二人の間でサンドイッチになっていた。
藤本は足を何度も大袈裟に組替えて、隣の真希の苛立ちを微妙に誘っていた。
もちろん、真希は完全無視を決め込んでいる。
「うーん、この三人の中の一人がレギュラーに昇格できる。・・なんちゃって。」
「・・・あり得ない事は無いよね。私達だって、チャンスはあるんだもの。」
「そ、そうですよね。」
里田のしっとりとした口調に、真希は調子を乱す。
その乱した調子を更に乱すのがいる。
- 197 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時10分10秒
「だったら私で決まりじゃない?実力は私が一番優れているし。」
「お前は取り敢えず黙れ。」
「ふふふ、嫉妬しちゃって・・・」
「あああ、もう何でもいいよ!」
真希はむくっと立ち上がり、里田を誘い、ボレーの練習を始めた。
藤本はベンチでその様子を窺う。
真希はこの頃には勝ち組の中でも特別目劣りしない選手にまで上達していた。
どのショットも偏りがなく、満遍なく平均的に前進している。
あの『感覚』が来なくても、市井に対し、三セットマッチなら三ゲームは
取れるほどになっていた。
- 198 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時11分27秒
- 一転して里田は目立った成長が見られなかった。
懸命に練習しているのに、どうしても体が覚えないのだ。
人間は平等ではない。
それは、この浮世の摂理でもある。
「里田さんはどうしてテニス始めたんですか?」
ボレーを打ちながら、真希は大きな声で里田に訊ねる。
こんな差し障りの無い会話しか、真希は里田に対し、できなかった。
「うーん、理由は無いかな。中学の時、クラブ適当に選んで今に至るから。」
「へえ、じゃあ、ずば抜けて上手かったんですね。この学校に来るくらいだから。」
「実は、私は推薦じゃないんだ。」
「え?」
- 199 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時12分32秒
- 真希は思わずラリーを止めてしまった。
「あっ、すいません。」
もう一度、ストロークを打ってラリーを始める。
里田はニコッと笑って訳を話した。
「テニスもしたかったけど、勉強もしたかったからね。それで、両立できて
どちらもトップクラスだったのがこの学校だったんだ。私は普通に受験したの。」
「へええ、じゃあ、頭、いいんですね。里田さんは何処出身なんですか?」
パコーン、ポコーンと小気味のいい音を立てながらボールか行き来する。
隣のコートでは山から帰ってきた加護がサーブ練習をしていた。
- 200 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時13分44秒
- 「私は北海道だよ。」
「マジッすか!?」
「遥々着たから訳だから、結果を残さなきゃ故郷に帰れないって訳。」
「そうなんですか。テニス好きですか?」
「うん。テニスは大好きだよ。」
里田は満面の笑顔を作った。
真希も自ずと顔が綻ぶ。
しかし、何故か真希の胸の中は穏やかではなかった。
ボレーの練習を済ますと、残りのメニュー、練習試合を消化する事になった。
藤本は審判台に座った後、日焼けを懸念してサンバイザーを目深に被った。
藤本曰く、テニス選手に日焼けはキャベツ太郎と玉ねぎさん太郎を
ごっちゃにするほど邪道。という事らしいのだが、真希は勿論理解できずシカトする。
- 201 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時15分57秒
- 練習試合は公式戦と全く同じルールで行われる。
休憩を挟み、日が落ちるまで三人でローテーションをしながら試合をこなしていく。
心地よい日差しを浴びながら、大好きなテニスをする。
こんなに素晴らしい事は他にない。
真希は顔を雲一つ無い蒼穹に向けると、気持ちよさ気に大きく深呼吸した。
そしてまず、真希と里田の練習試合が始まった。
里田のテニスは冷静且つ冷酷。
お嬢様の微笑からは考えられないほど、弱味を突くえげつないテニスをする。
真希は里田が加護を破った時、別段憤りを感じなかった。
何故なら、里田からは他の部員とはまた違う、異色の強い志を感じたからだ。
どうしても負けられない。
その思いは共通だが、懸けるモノは各々異なる。
- 202 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時18分48秒
- 真希の成長は、里田が苦悶の表情をしながら返球する様を見るだけで一目瞭然だった。
基礎と簡単なテクニック。それだけを続けてきた。
基礎がしっかりしている選手ほどやりづらい相手はいない。
里田は真希の落ち度を徹底的に根気よく探した。
里田は真希のテニスに対し、如実に脅威を感じていた。
まさか、ここまで成長しているとは甚だ信じられなかったようだ。
自分のこれまでの積み重ねが、あっという間に埋まりかけている。
真希は里田のとっては苦手のタイプの選手だった。
基礎がしっかりしていて、目立った落ち度が無い。
しかし、里田とて伊達に入れ替え戦で加護を下してはいない。
里田は持ち前の落ち着き払ったテニスで、冷静にポイントを重ねていった。
- 203 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時19分34秒
- そして、一セット目は里田が六=四で取った。
真希はまさか里田から四ゲームも奪取出来るとは思っていなかったようで、
二セット目からはその手応えをバネにしたのか、更に力強いテニスをした。
里田が真希から弱点らしきものを掴んだのは、第二セットの第四ゲームの中盤辺りだった。
真希自身は気付いていないのだが、真希はファーストサーブをフォールトした後、
セカンドサーブは決まってトップスピンサーブを打っていた。
癖になっているのだろう、里田はそれを確信した。
サーブの成功率は試合の中で、大きく勝敗に関ってくる。
その日の調子で、昨日まで決まっていたサーブが突然、決まらなくなる時がある。
- 204 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時20分59秒
- そんな時、成功率の高いサーブを使う、つまり、
自滅を防ぐ為の予備のサーブを用意しておく。
ファーストサーブをフォールトした際、セカンドサーブに成功率の高い種類のサーブを
持ってくるのは誰しもが考える常套手段だ。
かといって、それが懸命な判断といわれれば、必ずしもそうではない。
今の真希のように、相手に予測されてしまっては逆に辛苦の立場を強いられる事もある。
この辺の駆け引きはやはり経験がモノをいうのだが、真希はテニスを始めてまだ乏しい。
それから里田は、真希のセカンドサーブの際、必ずリターンエースを決めた。
真希は最後までその癖に気付かなかった。
それでも真希の健闘は素晴らしく、結果としては二セットを連取されたが、
どちらも惜敗、と言っても良い内容だった
- 205 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時24分17秒
- 「あなた、気付いてなかったの?」
「何がだよ?」
藤本がベンチで座っている真希を、腕を組んで、俯瞰するように見下ろしてきた。
真希はタオルで汗を拭きながら上目遣いで藤本にガンをとばす。
「やれやれ、あなた、レギュラーなんて諦めた方がよさそうね。」
「だから、何で?」
「そんな事、自分で気付かなきゃ、意味が無いじゃない。
まあ、見ておきなさいよ。本物のテニスを見せてあげるから。」
藤本は一瞬、とても冷酷な表情を垣間見せると、
その後、妖怪の微笑を浮かべて悠然とコートに向かった。
- 206 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時25分15秒
- 十五分の休憩の後、今度は里田と藤本が相対する。
時刻は二時を越たえところだった。
日差しは強いが、とても優しい。
審判台に座った真希は、木々から醸される特有の香を嗅ぎながら、
大きな声で試合開始を告げた。
――
藤本のテニス、人を貶めるテニス。人を弄ぶテニス。
歪んだ余裕の試合運びは、見ているものの憤りを十二分に買うモノだ。
しかし、強い。
- 207 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時26分42秒
- 里田のテニスの特徴は、序盤は相手の調子を探る事にとにかく努める。
そして、徐々に弱点を見出し、そこを徹底的に突く、堅実な攻めが光る。
しかしそんなテニスは、圧倒的な力の前では笑ってしまうほど無力だ。
例えば巨大な恐竜がいるとして、その時その恐竜は甚だしく不調だったとする。
しかし、いくら不調といっても、小動物に狩られる事はあり得ない。
小動物がどんな手段を試みても、恐竜を狩る事は不可能なのだ。
圧倒的な力の前で戦略というのは、蜃気楼のように儚く脆い。
真希は試合を見る事がこんなに辛いものとは考えもしなかった。
里田の堅実さが、藤本の格好の嘲弄の対象になっていた。
里田が探るように切れのあるストロークを打つと、藤本は信じられないような
クロスを打って相手の心を一気に折る。
里田の渾身の鋭いサーブが決まっても、藤本は当然のようにリターンエースを決める。
- 208 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時27分44秒
- なにより、藤本は非情だった。
藤本は試合のなかで、時々餌を撒いた。
ワザとロブ気味に球を浮かしたり、レシーブをミスしたり、
そんな事をして里田に僅かな希望を持たせる。
すると里田は瞳に輝きが戻り、自ずと動きにも覇気が戻る。
それを待ってましたとばかりに確認した藤本は、
目の覚めるような強烈なショットを打って、里田を絶望の淵に一気に落とす。
希望から絶望へ急降下した里田の表情を見て、藤本は妖怪の微笑を浮かべた。
こいつは腐っている。
- 209 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時29分28秒
- 真希は藤本のテニスを自分なりに、良い様に解釈してみた。
この腐りきったテニスにはちゃんとした理由があった。
藤本のテニスの根底にあるのは、相手の心を折るという事に限る。
大どんでん返しを防ぐには、相手の心を砕けばいい。
その方法は、些か極端であるが、理に叶っている。
藤本は非情で堅実で、そしてなにより強かった―――。
里田はどんな事をしても、一向に光明が見出せなかった。
そうなると、人間は考える事を止めてしまう。
臨界点を越えてしまうと、人間は人間でなくなってしまう。
里田は第二セットの中盤からテニスをしていなかった。
もう、途切れてしまったのだ。
結局、ものの四十分足らずで藤本が二セットを連取した。
- 210 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時31分00秒
- 里田のショックはかなり大きいようで、試合後、落ちた腰がなかなか上がらなかった。
真希はそんな痛々しげな里田を一瞥した後、藤本を睨み付ける。
しかし、睨み付けたところでなんなのだろう?
湧き上がった問いに、真希は答える事ができなかった。
藤本は間違っていないのだ。腐っていても。
「なにか、用かしら?」
藤本は睨み付けてきた真希に鷹揚と訊ねる。
結局、真希が出した答えは・・・
「・・・・うまい棒、後で一本くれない?」
「ハハハ、たこ焼き味ならあげるわ。」
- 211 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時32分42秒
- 藤本は笑いながらベンチに腰かける。
真希は藤本の態度に思いっきり歯軋りした後、
取り敢えず腰を抜かしている里田の元に歩み寄った。
「里田さん、大丈夫ですか?」
「・・あっ、ゴメン。後藤、手貸してくれる?」
真希は里田を引き起こす。
里田の手は微妙に震えていた。
藤本のテニスに、よっぽど堪えたのだろう。
しかし人間をココまで貶めて、それで勝利した所で意味なんてあるのだろうか?
真希がそう思った瞬間、市井の存在が頭を掠めた。
市井も死神と呼ばれる禁忌なテニスをした。
でも、それは矢口に勝つためにやった、仕方の無い事じゃないか。
という事は、
もしかして、藤本にも同じような理由があるのだろうか?
どんな事をしても、絶対に勝ちたい相手がいるのだろうか?
- 212 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月03日(木)00時35分40秒
- 「どうしたの?後藤?」
「あっ、何でもありません。すいません。ぼおっとしてたみたいで。」
「次は後藤が藤本と試合する番でしょ?」
「そ、そうですね。」
「藤本は強いよ。私、もう諦めちゃったもん。」
「里田さん。諦めちゃダメですよ。見ててください、絶対諦めないですから。」
「・・・頑張ってね。」
真希は考えた。
どうせ、まともにやったって勝てる訳が無い。
だったら、絶対諦めてやらない。
矛盾しているその考えが、真希は何故か妙に誇らしかった。
真希はそう心に決めると、意を決してコートに入った。
冷たい風が、真希の精神を統一する。
ガットを五指の第一間接でキュッと挟み、大きく息を吸った。
時刻は三時を回ろうとしていた。
―――
- 213 名前:カネダ 投稿日:2002年10月03日(木)00時38分20秒
- 更新しますた。
- 214 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月03日(木)01時04分44秒
- 更新お疲れ様です。
後藤VS藤本の2度目の対戦ですね。
ここの小説の二人の絡みはかなり好きなので
つづきが気になりまくりです。
- 215 名前:名無し 投稿日:2002年10月03日(木)08時53分12秒
- カネダはん、大変なのに乙!
自分、藤本はんあんまり知らないから
この小説でのイメージが先行しそう……(w
- 216 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年10月03日(木)12時31分32秒
- 後藤と藤本の対戦か
果たして後藤は自分の逆転に気づくのだろうか
続きが楽しみです
- 217 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月03日(木)18時28分19秒
- 今のところ、後藤と藤本の間に友情が芽生える気配は、まったく無いですね(w
試合の方はどんな展開になるんだろう・・・激しく楽しみです。
- 218 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年10月03日(木)21時42分12秒
- 後藤さんと藤本さんも試合後はお互いを理解できるんでしょうか?
続きの展開に大いに期待です。
>>187 藤本の歯にイカが挟まってたら、どうかご一報を(w
美少女日記Vのコーナーを食い入るように見ましたが、発見できませんでした。
PVのアップでも確認できませんでした。
引き続き捜索を続けます(w
- 219 名前:カネダ 投稿日:2002年10月06日(日)03時13分47秒
- レス有難う御座います。
この不甲斐無いアホ作者の図太い支えになっています。
>>214名無し読者様。
二人の絡みはカナ―リ不安だったんですが、そう言ってくれると嬉しいです。
続きが気になる人が一人でもいてくれるならば、自分は時間を気にせず
更新して見せます。眠さなど関係ないです。
>>215名無し様。
最近、ちょいと忙しくなってきているんですが、
更新ペースは崩したくないと思っています。
藤本が実際こんな感じだったら、自分は一生応援します。(w
>>216むぁまぁ様。
気付いたらいいのですが、逆に気付かされるかもしれないです。
続きはちょっと不安定な意識で書き上げたので、期待に添えられるかカナ―リ
不安です。頑張ります。
>>217読んでる人@ヤグヲタ様。
二人どうなってしまうのだろう、しかし、藤本はこんなキャラでも
テニスが強いというのは、説得力無いですね。
期待に応えられるか不安ですが、頑張ります。
>>218ななしのよっすぃ〜様。
藤本は頑固ですから、どうなるでしょうか?
ホントに挟まってたら、自分、一生ついていきます。(w
期待に応えられるように、精進したいと思います。
それでは続きです。
- 220 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時15分07秒
- 藤本は真希の対面に入ると、浮かべていた微笑を俄かに消した。
里田の時のソレとは違い、その怜悧な表情には殺気さえ感じさせる。
真希は一瞬、その表情を無くした藤本に辟易した。
(こいつ、本気で来る。)
藤本は相手を嘲弄するようなテニスをするが、決して妥協する事をしなかった。
たとえ格下でも、妥協だけは絶対にしない。
藤本の生まれながらの信念は、決して妥協しない事だった。
そう、入部初日、新入部員の実力を確かめる為に実施した練習試合。
あの時だって、勿論妥協なんてしなかった。
なのに、ド素人だった真希にボレーを決められかけた。
不覚、と言ってしまったら、それは甘えだ。
あの時、あと数センチでも打球が沈んだ位置がズレていれば、
ポイントを取られていた。
(認めないわよ。あなただけは。)
- 221 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時18分29秒
―――試合は壮絶だった。
藤本の徹底したレベルの高い攻め。
それについていく事だけで精一杯の真希。
藤本はこの日、バックハンドのハイボレーが恐ろしく切れていた。
それを自負した藤本は真希の返球に対し、打点が高ければ、
フォアの位置でもバックサイドに回りこみ、一々バックハンドのハイボレーで打ち返した。
真希はどうしても藤本のバックのハイボレーを返す事が出来なかった。
ココまで切れのある打球を、真希は経験した事がなかった。
それはあの市井さえも凌駕する。
そして真希は藤本に対し、今まで何も出来ずにいた。
真希が得たポイントは、藤本のミスか、マグレのショット。
この試合で今のところ唯一真希が誇れるのは、
藤本のサーヴィスエースをまだ一度も許していない事だけだった。
- 222 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時20分06秒
- 藤本のスタイルはオーソドックスのテニスの完成形と言っても過言ではない。
高橋のテニスの粗を全て削れば、藤本のテニスが出来上がる。
当然、藤本に落ち度は無かった。
第一セットの六ゲーム。
真希はまだ一ゲームも取っていなかった。
つまり、ココでやられれば、第一セットを藤本に無傷で献上する事になる。
そしてこの瀬戸際でも、藤本は相変わらず真希を弄んでいた。
勿論、真希の心をへし折る為の藤本なりの戦略だ。
「どうしたの?あなたなんでテニスしてるの?その程度の分際で。」
第六ゲームを30=0にされた後、藤本が怪訝そうに訊いてきた。
真希は息を切らしながら、それでも得意げに言い放った。
「んなの、楽しいからに決まってんじゃん!」
「・・・つくづく甘いのね。」
- 223 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時21分32秒
- 藤本は呆れたように言った後、気だるそうにトスを上げ、トップスピンサーブを打つ。
が――――フォールトしてしまう。
勝ち急いだ所為で、サーブの精度が若干鈍ってしまった。
藤本は気分を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いた。
そして、らしくない自分に対し、心の中で一声掛ける。
(さ、決めるわよ。)
そして、慎重にトスを上げ、フラットサーブを打った。
打球は鋭利な矢のように、スピードと切れを帯びて真希に届く。
真希はそれを辛くもフォアハンドでリターンすると、ネットに詰めた。
サーブを決めて安堵していた藤本は、詰めてきた真希を見て嘲笑する。
成す術を見失った愚者が、ヤケクソで行う暴走行為。
藤本はネットに詰めてきた真希に対し、そんな印象を持った。
- 224 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時23分03秒
- 「あなたは、つくづく甘いのよ。」
藤本は真希の左後方を狙い、強烈なパッシングを打った。
完璧なショット、―――打球は真希の後方へ消えていく事を約束されている。
――筈なのに、真希はあり得ない反射神経でそれを拾った。
「お前だって甘いじゃんよ!」
真希が返した打球は藤本のフォアサイドの足元だが、甘い位置に落ちた。
(返した?・・・・でも、マグレもここまでね。)
藤本はその打球を冷静にクロスに打とうとしたが、ネットに引っ掛けてしまった。
何故だ?力んだわけでもない、完璧なショットの筈だった。
藤本はコートに視線を落とし何故引っ掛けてしまったか思案する。
(角度が甘かったのかしら?)
- 225 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時24分24秒
- 真希はそんな不思議そうに首を傾げている藤本に声を掛ける。
「おい!」
声を掛けられた藤本は、鬱陶しそうに顔を真希の方に向ける。
すると真希は微笑を浮かべ、人差し指で頭の上辺りに円を何度も書いた。
藤本は最初、バカにされているのかと解釈したが、すぐにハッと気付いた。
―――回転。
真希はあのショットに何かしらの回転をかけていたのだ。
藤本に対し、真希は初めて自力でポイントを奪った。
「はは、一ゲーム。絶対取ってやる。」
「・・・認めない。」
- 226 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時26分14秒
- 毎日行っていた市井との練習試合。
真希に火がつくのは、決まって試合の後半からだった。
そう、市井からゲームを奪うのは例外なくゲーム終盤だった。
真希は相手の動きを、試合を続けるにつれ、見極める能力を持っていた。
――天才の潜在能力。と、いっても、当の本人は気付いていないのだが。
スロースターターである真希は、この時、藤本のテニスに順応しかけていた。
あの『感覚』がなくても、真希は既に並の選手ではなかったのだ。
そして、そこから怒涛の真希の反撃が始まる。
真希は自分の『時間』をも持っていた。
神懸り的な運だろうがなんだろうか、知らないが、
どうしたって攻略されない時間帯を真希は所有していた。
どんな打球がきても返球し、代わって真希が打つショットはバカみたいに決まる。
藤本のショットの切れが衰えたわけではない。藤本の疲弊が形になった訳でもない。
どうしたって真希が取る。そこに理由はなかった。
- 227 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時27分29秒
- 真希は冷静に藤本のサーブをリターンすると、ラリーに持ち込むことに成功し、
なんと、藤本にドロップショットまで決めた。
この時間、相手を弄んだのは真希だった。
真希はポイントを面白いように重ねる。
第六ゲーム、ジュースになって、そして真希がアドバンテージを取った。
「どうして、突然、動きが良くなるのよ?」
「んなの、知るか!体があったまってきたんだよ!」
「認めないからね!」
「うっせえ!早く打ってこい!」
藤本の強烈な回転の掛かったスライスサーブを、真希は事も無げにリターンする。
そこまでは今までと同じ。
- 228 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時28分54秒
- その後、藤本はストレートを打って真希を揺さぶろうとした。
今まで藤本はストレートに打球の軌道を変える事をしていなかった。
そう、藤本最大の武器、全く同じフォームから軌道をストレートに変えるストローク。
これを隠していたのは、保険の為だ。
万が一、自分が飲まれかけた時、流れを引き寄せる為の大切なショット。
それを、真希相手に使うとは藤本は思っていなかった。
―――が、しかし、真希の恐るべき反応速度は、藤本の予測の一つ上をいっていた。
真希は藤本の強烈なストレートを間一髪で捉える。
しかも、その一瞬の間に、藤本がバックサイドである左サイドに足を踏み込んだのを
真希は見逃さなかった。
そして真希は見計らったように、フォアサイドにスピン気味のボレーを打った。
タイミングを外された藤本は、ラケットを出すことなく、その打球を見送ってしまった。
「はは、一ゲーム取ったよ!これで悔いは無いね。」
「・・・・・」
- 229 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時29分59秒
- 真希は第六ゲームを苦労して取った後の第七ゲームをアッサリ落としてしまった。
せっかく流れを味方につけたのに、潔く藤本にゲームを献上する。
第一セットは六=一で藤本が取った。
藤本はその真希の態度に懐疑を抱いた。
これから七ゲームを連取する事は不可能だとしても、余りにも呆気なさ過ぎる。
コートから出ず、その場で思案している藤本を他所に、真希は漫然と里田に話し掛けた。
「諦めなかったら、一ゲーム取れました。」
「・・でもセットは落としちゃったね。」
「はは、いいんですよ。目標は達成できましたから。でも次はもっと欲張りになります。」
「え?一ゲームしか取る気なかったの?」
「はい。そう思って試合したから、一ゲーム取れました。
目標を掲げると、不思議と思い通りにいくんですよ。」
「後藤は不思議だね。」
「里田さん。諦めちゃ、ダメですよ。」
真希は微笑を浮かべながらそう言って、コートに戻った。
里田は真希の肯定的な言葉を聞いて、先程の自分の試合を忸怩した。
- 230 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時31分12秒
- 一つの事に夢中になると、時間というのは驚くべき速度で過ぎてしまう。
試合前までまだ頭上付近にあった太陽は、
西の隅の方角へいそいそと引越ししようとしていた。
相変わらずココのコートは温度が低く、常に体を動かしておかないとすぐに冷えてしまう。
隣のコートでは加護が舌を垂らしながら、淡々とサーブ練習を飯田相手に続けていた。
そのもう一つ隣のコートでは高橋が保田に何か聞きながらステップの練習をしていた。
保田のステップは独特で、それを高橋は習得しようと努力しているようだ。
みんな、頑張っている。
真希はそう思うと、更に気持ちが昂ぶった。
真希は体が冷えないようにピョンピョン真上に跳ねながら、試合展開をイメージした。
こうすればこう。ああすればこう。
何度も頭の中で藤本の動きを確認する。
先程の手応えを何度も反芻する。
そうやって体を温めていると、藤本がネットに、徐に歩み寄ってきた。
- 231 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時32分38秒
- 「・・あなた、セカンドサーブ、決まってトップスピンサーブを打ってるわよ。」
藤本は突然、前振りも無くそう言った。
真希は最初、藤本が何を言っているのか理解できなかった。
「・・え?あああ?・・・ホントだ。そういえば無意識のうちに・・・」
「それじゃあ、第二セットも取らせてもらうわ。」
藤本は真希の返事を聞かずに、無愛想に踵を返そうとする。
「・・待てよ。なんで教えてくれるの?」
「・・・ハンデよ。」
藤本は顔だけ振り向いてそう言うと、悠然とバックラインに戻っていく。
「・・ははは、ばーか!」
真希は藤本の背中にとても快活で、判然とした大声を掛けた。
藤本の背中を見て、新しいテニスの魅力を発見したような気がした。
藤本に対し好意を抱いたわけではないが、テニスをやってて良かったと改めて思った。
時刻は三時四十分を告げた。
――
- 232 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時33分27秒
- 里田の声が掛かり、第二セットが始まった。
真希のサーヴィスからゲームは始まる。
なるべく持久戦、心理戦を臨みたいと考えた真希は、
第一ゲーム、全てコートの外に逃げるようなスライスサーブを打とうと決めた。
体勢を崩して、藤本に余計な体力を使わせる。
スライスサーブは市井に初めて教えてもらったサーブだ。
それ故、真希はスライスサーブに自信と愛着を持っていた。
切れのいいサーブを思っていた通りのライン際へ決める。
真希の動きはまだ、先のゲームの勢いを維持していた。
それでも藤本は並の選手ではない。
藤本はそのスライスサーブをしなやかな動きでセンターライン付近にリターンした。
―――思ったとおり。
- 233 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時35分06秒
- 真希は藤本のテニスの癖を掴みかけていた。
藤本は相手を揺さぶって、相手に自分らしいテニスをさせないようにする。
相手を弄ぶように見えて、実際、それはクソが付くほど真面目な作戦だ。
真面目ゆえ、予測する事は容易い。
こいつは自分を揺さぶるため、どうしたって打球の軌道を変えてくる。
真希は藤本がリターンする前からセンターライン付近に移動していた。
そして、真希は一歩だけ前進してしっかりとストロークを打つ。
すると、藤本はスライスを掛けたストロークを真希のフォアサイドに打ってきた。
メチャクチャに切れるそのストローク。
普段の真希なら絶対に返す事は出来ないが、この日は何故か体が反応した。
- 234 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時35分59秒
- 真希に今まで欠けていたもの、それは、勝ちたいという強い欲だ。
その欲が、この日のこの試合に限り、爆発しそうなくらい溢れていた。
欲という本能が、考えよりも先に体を反応させる。
真希は藤本のストロークをボレーで返して、また、一歩前進した。
この位置にくる事が、真希のまず、第一目標だった。
バックラインとネットの丁度真ん中付近。
この位置が、真希を自分の住処に帰ってきたかのように落ち着かせた。
――漸進の為の前進。先は長い。
藤本は考えた。
まず、先にポイントを先取する。
自分の流れを掴むのだ。
- 235 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時36分57秒
- 真希が徐々に前進してきたのを認めた藤本は、驚くべき気転を利かせた。
真希のボレーをアプローチショットで返し、ネットに詰めたのである。
さすがの真希もこれには狼狽したが、体は冷静だった。
(焦るな、焦るな、体が動く。)
真希はつられることなく、ネットに詰めた藤本にラリーを挑んだ。
――ラリー。
これに逆に狼狽したのが藤本だった。
この至近距離でラリーなんて、犬が逆立ちする位あり得ない。
藤本は真希がロブを打ってくるだろうと予測し、打球に回転を掛けて
まともなロブを打てないように細工していたのだ。
しかし、真希はロブを打ってこなかった。
(ここで気落ちすれば、取られる。)
藤本は気丈にラリーを受け入れた。
- 236 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時37分38秒
- そして、芸術のようなラリーが始まった。
二人とも、意思疎通でも確認し合っているかのようにラリーを続けた。
ただのラリーじゃない。ノーバウンドのボレーの打ち合い。
それも、それは瞬くほどの高速で行われていた。
二人の神経はそのラリーの間、常識を遥かに凌駕していた。
時が止まっているかのように、それは続けられた。
打ち返す毎に、お互いの神経が削られていく。
少しでも気を緩めると、やられる。
蟻の小一匹入ることが出来ない、圧倒的な閉鎖空間の出現。
ラリーが続く事によって、自ずと二人の世界が完成していたのだ。
緊張が緊張を呼び、二人の意識を徐々に破壊する。
十数回、それは続く。
この息の詰まる耐久戦に勝ったのは勿論、真希だった。
- 237 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時38分31秒
- ココまで達すると、もうテクニックも経験も関係ない。
後は持ち前の反応、センス、つまり、潜在能力で決まる。
天才である真希が、凡人の藤本に潜在能力で負けるわけがなかった。
十数回のラリーの後、狙いすました真希のパッシングが藤本を綺麗に出し抜いた。
第二セット、第一ゲームの最初のポイントを奪った真希は、流れを味方につけた。
(まずは一つ前進。)
ポイントを取られた藤本は何故か真希の背中を見て、ニヤリと笑った。
(この緊張感、私が欲しかったもの。それを、まさかあなたに・・・・)
この異常な試合展開に、里田はテニスの凄味と限界を垣間見た。
――
- 238 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時40分34秒
- ペンションの二階に備わっている広々としたテラスの柵沿いに石黒と平家はいた。
このテラスの柵沿いに立つと、部員達のいるテニスコートを満遍なく見渡せる――。
平家は柵の手摺に肘を付け、頬杖を付きながらだらしなく二人の試合を観戦していた。
一転して、石黒は腕を組み、目を細めて、真希と藤本の試合を諦観するように見ていた。
「なあ、天才にしては、大した事ないんとちゃうか?あの茶髪。」
「・・・今のラリー、見ましたか?」
「今のは凄かったけど、それまでがなあ。」
「私は確信してるんですよ。あの子は世界を掴む。」
「おお、それは大きく出たなあ。」
ぼんやりした口調で、平家は興味なさ気に応対する。
その間に、真希のストロークが藤本のミスを誘って、真希がポイントを奪った。
- 239 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時41分22秒
- 「・・お、取った。」
「あの子はまだ持っている能力を解放していませんよ。」
「ウチは天才より、あの坊ちゃん刈りが気になってんねんけどな。」
「藤本も、強いです。」
「いやいや、気になるのはあいつのスタイルや。」
「スタイル?・・・ですか?」
平家は頬杖を深くし、居着いた猫のように石黒の方をだらしなく見る。
石黒は平家の視線を感じながらも、試合に集中していた。
「似てるやん。高校時代のあやっぺに。」
「藤本がですか?」
「うん。絶対相手を認めようとせえへん。勝つ為にクソ真面目に相手の心を攻める。」
平家は頬杖をついたまま、目を細めて望見するように藤本を見る。
「・・・・。」
「昔のあやっぺのテニスに瓜二つや。」
「・・・よく、判りませんが。」
- 240 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時42分30秒
- 二人の会話が途切れた所で真希がまたポイントを取った。
これでポイントは40=0。
真希のラブはまだ続いていた。それでも表情は堅い。
一転、藤本はこの試合に何かしらの快楽を得ているようで、
ポイントを奪われる度に、楽しげに口端を上げていた。
「まあ、それはイイとして、あの二人、レギュラーじゃないんやろ?」
「・・はい。今のところは。」
「じゃあ、かえる気あるん?」
「あの子達はまだ、完成してないですから。今は成長段階です。」
「じゃあ、本戦みれるのは来年かぁ。楽しみやなあ。」
「いや、成長次第では何時でも替えますよ。優れている者を残しますから。」
試合中の二人は現在、著しく成長している。
持っている可能性が、お互いを伸ばしあっている。
石黒は目の前でスクスク伸びる二本の若竹を見て、微笑を浮かべた。
- 241 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時43分52秒
- 「でもなあ、あやっぺの処は凄い奴多すぎやわ。あの二人もイイ線いってるけど、
圭織、保田、市井やろ?こりゃ厳しいわ。・・どっかに寄付したら?保田あたり。」
「・・・・・笑えないです。」
「はははっこんな事言ったら保田怒るな。・・・あっ、また取った。やるな、天才。」
「藤本相手にラブゲーム・・・・」
(天才・・か。)
第一ゲームを真希はラブで取った。
あの全中覇者の藤本から、一ゲームをラブで取るなんて今の真希にとっては
国民栄誉賞並に素晴らしい功績だった。しかし、全く喜悦を感じていなかった。
真希は不思議と藤本に対し、ラブで一ゲームを取れたのはマグレではないと思っていた。
確実に手応えがあったし、なにより、取れる自信があった。
根拠は無いが、このゲームは取れるようになっていたのだ。
(何処までいけるかな・・・)
- 242 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時44分45秒
- コートチェンジで藤本と擦れ違う。
擦れ違い際に、藤本が真希に声を掛けた。
「あなたは、・・・いや、なんでもないわ。」
「はは、ちっとは上達してるでしょ?」
「・・・・・。」
真希はコートに入ると、ガットの歪みを直しながら無意識に加護に視線を向けた。
その時、加護は顔を真っ赤に紅潮させ、焼きダコのように哀れな姿になっていた。
それでも飯田の厳しい声が掛かり、加護は泣く泣くサーブを打ち続ける。
(あいぼん、がんばってんなぁ。)
と、そう真希がぼんやり思った時だった。
忽然、真希の頭の中に幾重もの曲線が入り乱れた。
目の前が真っ白になり、細い線が無軌道に頭を駆け巡る。
それは、何かを暗示している信号のようだった。
真希は頭を抱えて目を瞑り、それが何か確かめようとする。
あの『感覚』ではない。
(なんだよ、どうなってんの?)
- 243 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時46分07秒
- 数秒後、暗示の答えが映像になった。
どういう訳か、未来が見えた。
こんな表現は非現実でとても空虚だが、それでも真希は確かに見たのだ。
この先、いくら善戦したとしても、確実に自分は藤本に負ける。
それは諦めではなかった。実力の差でもなかった。でも『絶対』に負ける。
真希は紛れも無い未来を捕らえた。体が、真希に未来を教えた。
奇妙な感覚を保持したまま、真希は藤本のサーブに備える。
真希はこのゲームも自分が取ると思った。いや確信した。
頭が壊れそうな気がした。矛盾するのだ。どうしても。
二ゲームを連取するが、負ける。――矛盾撞着。
もう、訳がわからない。
どうなってるんだ?
この試合、何処まで自分は抵抗できるのだろうか。
取り敢えず、第二ゲームは自分が取るのだ。
真希は空間を、時間を、彷徨っていた――。
- 244 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時47分10秒
- 真希の確信の通り、第二ゲームを真希はジュースになりながらも奪った。
真希は予言者の恐怖を体験する。
(こんなのはフェアじゃない。激しくつまらない。)
格下の真希相手に二ゲームを連取された藤本は、何故かニヤリと顔を歪めた。
(この緊張感・・・私が求めたもの。)
続いて第三ゲーム、これを征したのは藤本だった。
真希は痛恨のダブルフォールトを二回連続でやってしまい、
せっかく掴んだ流れを手放してしまった。
勢いづいた藤本はそこから得意のストレートで真希を揺さぶり、
そして仕留めた。
と、いっても、真希はこのゲームは取れないとわかっていた。
- 245 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時48分29秒
- 定められら展開に、真希は戸惑いを隠す事が出来ない。
もしかして、本当に自分の目標通りに進んでいるのだろうか?
真希がこの藤本戦に対して掲げた目標。
それは、市井相手には決して取ることが出来なかった、四ゲーム。
四ゲームを奪う、真希はそれだけに徹してきた。
今は藤本から三ゲームを奪った。
後、一ゲーム。
しかし、そこから藤本が目覚めた。
ショットの一つ一つが恐ろしく切れてきた。
この終盤になって、真希同様に、藤本にも火が付いた。
第四、五、六げーム、藤本は全てを圧倒的な力で連取した。
これで二=四。
藤本から笑みが消える。
(もっと楽しませてよ・・・・)
「・・・疲れたけど、後、一つ、取って見せる。」
「・・取れるものなら、どうぞ。」
- 246 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時49分40秒
- 第七ゲーム。
真希はフラットサーブをライン際に決める事に努めた。
これは博打だが、このサーブは『入る』。
予定通り真希は完璧なサーブを決め、藤本からサーヴィスエースを奪う。
もう一度、フラットサーブ。
若干、甘くなったが、それでも藤本は綺麗なレシーブを封じられた。
真希は一歩前進し、ボレーを右サイドに打つ。
藤本はそれをバックハンドのハイボレーで返す。
真希は切れのあるそのハイボレーに対し、ドロップショットを打った。
この時点で真希は、試合前よりも雲泥の差がつくほど上手くなっていた。
藤本の切れのあるハイボレーを出汁に、一杯食わせようなど、常人では
考え付かない気転だ。相手の自信のショットを逆手に取る。
――超短時間での開花。
- 247 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時51分36秒
- 藤本は微笑を浮かべ、ダッシュでそれを拾う。
しかし、体勢が崩れ、打球は大きな放物線を描いた。
真希はその返球に対し、無表情のまま冷静にスマッシュを打った。
そしてポイントを奪うと、クルリと踵を返し、ぶっきらぼうにバックラインに戻る。
つまらなかった。ポイントを奪っても、何も満たされない。
こんな経験は初めてだ。『糞』つまらない。
何時の間にか、あれだけ勝ちたいと思っていた欲求が、プツリと途切れた。
真希は根拠の無い悔恨を覚え、気分を害す。
藤本は笑った。
今まで藤本が求めてきたもの。
それは、未知の試合だ。
こんな試合展開は初めてだ。
格下のはずなのに、どういう訳か、負けるかもしれないという危惧がある。
第一セットを取って、第二セットも有利に展開を進めている。
なのに、恐い。負けるかもしれない。相手の力量がわからない。
矛盾しているこの自分の気分に、藤本は笑った。
- 248 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)03時57分12秒
- それから藤本が40=30でマッチポイントに到達した。
流れは完璧に藤本。
しかし、このゲーム、真希は取れると確信した。
ここからはスライスサーブを打つ。
そうすれば、藤本はラリーを挑んでくる筈だ。
未来が見えた。
真希の予想通り、ラリーが始まった。
離れた位置からストロークのラリー。
藤本は再三にわたり回転を変えてきた。
一度目はスピン、二度目はスライス。三度目は・・
真希は何も考えなかった。
ここは風をよむ。
藤本は回転を変えてきているが、ポイントを取ろうとはしていない。
真希はその理由がわからなかった。藤本は自分を試しているのだろうか?
この試合、おかしな事ばかりだ。まともじゃない。
- 249 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)04時03分01秒
- このラリーも先に真希が仕掛けた。
強い追い風を感じ、真希はそれを見計らった。
スピン気味の緩いストロークを打ち、ダッシュで前進する。
理由は、藤本はドロップショットを打ってくるからだ。
予想通り、藤本はドロップショットを打ってきた。
真希は予めネットにダッシュしていたため、藤本の『仕掛け』は呆気なく
打ち破られた。
真希はがら空きのコートにストロークを放ち、またつまらなそうに踵を返した。
藤本は笑う。
ポイントは消え、ジュースになる。
ジュースになった後の、最初のポイント。
これを奪うか、奪われるかで、ゲームは大きく動く。
真希はこの大事な場面で、スライスサーブをダブルフォールトしてしまった。
藤本がアドヴァンテージを何もせずに取る。
いつもの真希ならば、サーブの種類を変える場面だった。
しかし、この後も真希はやはりスライスサーブを打った。
- 250 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)04時04分48秒
- 何故かここに来て、真希は自分のスライスサーブに自信がついた。
いつも市井に叱られてばかりだった、最初に覚えた苦々しいサーブ。
(市井ちゃん、コツわかっちゃったみたい。)
真希の超一流のスライスサーブを、藤本は上手く返せずネットに引っ掛けた。
藤本はまた笑う。
(はははは、楽しい。)
これでまたジュースになり、ゲームはゼロに戻る。
と、いっても流れは完璧に真希に傾いていた。
目まぐるしく踊る二人の展開。
誰よりも驚いていたのは里田だった。
先ほど対戦した真希が、今現在、明らかに強くなっている。
試合慣れしたなんて、安直な言葉は使わない。
里田は真希を認めた。いや、心の底から畏敬した。
- 251 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)04時06分13秒
- その後も真希のスライスサーブは切れた。
藤本のレシーブを封じ、藤本は自分の思うようにゲームを進行できないでいた。
真希に自分のテニスを封じられるなんて、つい数十分前ならあり得なかった。
成すがままに、真希がアドヴァンテージを取る。
この試合運びはまさに、藤本が実践しようとしていた展開だった。
それを真希が実践している。
藤本は心が躍る衝動を抑え切れない。
「ははは、あなたは面白いわ。」
「私はつまんねえよ。」
「でも、・・認めないわ。」
「はいはい。」
- 252 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)04時07分43秒
- 真希はこのゲームを取るのだ。
それは、とても面白くない事だった。
真希はブスッとした表情でサーブの体勢に入る。
すると忽然、強くて冷たい向かい風が吹いた。
その風は、俄かに真希を試合から引き離し、そして世界を意識させようとした。
真希はトスを上げる手を止めて、風の誘いに誘われた。
太陽はオレンジ色に変わり、影は引き伸ばされ、細長く地を這っていた。
隣の加護はヘロヘロになりながら、フラフラの情けないサーブを今でも打ち続けていた。
コートの隅に、市井がいた。
市井は真剣な表情でダッシュを繰り返していた。
さっきまで市井は木村と打ち合いをしていたのに、今はダッシュをしている。
そういえば、数分前までいた高橋と保田がコートにいなかった。
そして、皆が皆、例外なく己を高めていた。
そんな世界の変化をぼんやり感じ、真希は首を二、三度大きく振った。
(これを決めれば、四ゲームなんだ。)
風はまだ止まなかった。
- 253 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)04時10分26秒
- ――向かい風。
真希はトスを上げて、トップスピンサーブを打った。
これで、決まる筈だ。
真希のサーブは藤本の目前で激しく減速し、垂直にコートに落ちた。
藤本はそれを見極め、フォアでリターンしようとする。
が、体がスライスのイメージを否めなかったため、若干、打球を捉え損ねた。
真希のサーヴィスエースで、第七ゲームは終了した。
四ゲーム奪取。
真希の目的は完遂した。
そして真希の頭は漸く晴れた。
先程まで渦巻いていた未来は、通り雨のようにアッサリ引き上げた。
この後、自分は藤本に負ける事になるのだ。そうなっている。
そこまでは『見え』た。
諦めではない。実力の差ではない。
真希は無意識に空へ顔を向ける。
・・飛び回る一羽のカラスがいた。
もしかして、このカラスが自分に未来を見せたのではないか?
理不尽にも真希は、カラスをギロリと睨み付けた。
ついでにコートも睨んでおいた。
存在するもの全てが面白くなかった。
これで、自分のすべき事は終った。・・・そう真希が思った時だ。
- 254 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月06日(日)04時12分06秒
真希の体に、あの『感覚』が突然やってきた。
辺りの音が忽然と消え、鼓膜に直接小気味の良い心音が届いた。
不可能を感じない。どんな事でも可能になる。
そんな根拠の無い自信を、この『感覚』は運んでくるのだ。
そして、真希は全てを否定した。体が、体を否定した。
未来など糞くらえ、だ。変えてやる。
真希は体が風船のように軽くなり、強欲が再来し、藤本に笑いかけた。
「ははは、おい!私は勝つよ!」
「・・・ふふふ、ははは、楽しませてよ!」
矛盾撞着が荒唐無稽な展開を誘い、そして定められた未来を歪めた。
睨み付けられたカラスが、不機嫌そうに鳴いた。
時刻は、四時半を過ぎた――。
―――
- 255 名前:カネダ 投稿日:2002年10月06日(日)04時13分16秒
- 更新しました。
- 256 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月06日(日)04時22分47秒
- すごい、すごいです。後藤に「あの感覚」がやってくると、ただの読者である
自分もぞくぞくしてしまいます。
後藤vs藤本編、試合以外のシーンも含めて1番好きです。笑いもあるので(w
気が早いですが、次回の更新も楽しみにしています。
- 257 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年10月06日(日)08時58分14秒
- いつもながらの大量更新お疲れ様です。
試合の流れを予想する後藤さん。まさしく天才です。
でも、負けが見えた未来でも必死に覆そうとするから奇跡と言われるような大逆転があるのだともいます。
続きを楽しみにしています。
また、保存も順調に進んでいます。
更新があると嬉しくて、読み終えてすぐに保存処理をしています。
実物の藤本さんは、あまり好きではなかったのですが、こちらの小説を読んでからは、好きになって出演している番組を見るようにしています。
>>219 ホントに挟まってたら、自分、一生ついていきます。(w
見つけたら、一生藤本さんのファンをします。(w
- 258 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月06日(日)13時56分43秒
- いや〜、後藤は凄すぎますね。
いつか対戦するであろうもう一方の主役と力の差が開き過ぎ(w
- 259 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年10月07日(月)12時38分24秒
- 鳥肌が立った
すごい試合だなこれは
続きが愉しみ
- 260 名前:カネダ 投稿日:2002年10月09日(水)23時45分59秒
- レス有難う御座います。
大変励みになります。
>>256名無し読者様。
有難う御座います。
そう言ってくれると本当にこの話、書いててよかったと感じます。
後藤と藤本、これからもガンガン絡ませたいと思います。
>>257ななしのよっすぃ〜様。
暖かいレス、有難う御座います。
後藤の天才ぶり、とくと見てやってください。
実は藤本の事は、自分も坊ちゃん刈りという情報以外知らない罠。
>>258読んでる人@ヤグヲタ様。
後藤、どんどん凄くなっていきます。
それなのに、もう一人は一体何やってるんでしょうね。(w
合宿編が長く続いているので、石川編のノリを忘れつつある今日この頃です。
>>259むぁまぁ様。
どうも長くなってしまいました。藤本対後藤。
二つの話の長さのバランスが崩れてしまって申し訳ないです。
愉しみしてくれて有難う御座います。次で試合、終わらせます。
それでは続きです。
- 261 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時47分38秒
- 第八ゲーム。
三=四となった後、ココを追いつくか引き離されるかで
ゲームの展開は大きく変わってくる。
と、いっても真希がココを落とす筈が無かった。
今の真希は覚醒している。
本来持っている自分の全ての、あらゆる潜在能力を解放している。
その力は、あの妖精、矢口真里を凌ぐほどであった。
(お前は誰にだってなれる。)
だったら、
(私は私になる。)
真希は第八ゲームで恐るべき快挙を成し遂げる。
全てリターンエースでポイントを奪った。
余裕の笑みを零していた藤本は、鈍器で頭を殴打されたような、
不意撃を喰らったような、そんな感覚を味わっていた。
強い、なんてモノじゃない。
目の前にいるのは、紛れも無い『本物』だ。
あの忘れた筈の――『妖精』と被る。
―――
- 262 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時49分17秒
- 観戦していた石黒は、手摺を掴み、大きく身を乗り出した。
平家も頬杖を付いていた姿勢を正し、無意識に瞠目した。
そんな二人の口調は心ここにあらずといった感じで、どこか宙に浮いていた。
「・・先輩、あれが、後藤です。」
「なんじゃあ、ありゃ?」
「とうとう本性を現しました。」
「まるで、裕ちゃんや。あの圧倒的なテニス。」
「裕ちゃんは特殊なショットを持っていましたけど、後藤は純粋に強い。
私は改めて確信しました。あの子は世界を掴む。」
石黒がそう言ったのを最後に、二人は言葉を消して試合に見入った。
―――
- 263 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時50分27秒
- 真希は続いて回転とスピードを弄したサーブを面白いように決めた。
藤本の表情がサーブをインされる度、苦悶に歪む。
その試合展開の速さは異常だった。
藤本がいくらリターンに成功しても、真希はスマッシュまで辿り着く。
藤本がいくら仕掛けても、真希はそれを逆手に取り、藤本を欺いた。
この目まぐるしいゲーム展開、誰もが練習する手を止めていた。
誰もが二人の試合に見入っていた。
「・・・ははは、ごっちん、そりゃあ反則やわ。」
「ゴトー・・凄い。」
飯田と加護は隣のコートから感嘆を漏らす。
「ごっちん、やっぱり、ごっちんは天才だ。」
「な、なんなのよ?これは、どういう事なのよ?」
保田と高橋はランニングから帰ってきて丁度その光景を目にした。
真希は羽が生えているかの如く、浮くように軽やかなステップを踏み、
そして、恐ろしく速いショットを突き刺すように決める。
たった数分で真希はゲームを逆転し、五=四にしていた。
- 264 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時51分29秒
- 濃い西日が真希の横顔を明瞭にし、片方の瞳を火の色にさせた。
その判然とした横顔は、ある共通した感想を見るもの全てに与えた。
圧倒的なカリスマ性、そして神々しくも無邪気な人間の完成形。
子供のような笑顔を浮かべながら、愉しげにテニスをする。
一体何の為に自分はテニスをしているのだろう?
一体何の為に自分はココにいるのだろう?
真希の姿を見て、全ての部員はそう思った。
―――思わざる終えなかった。
セットポイント。
当然、真希が取った。
怒涛の快進撃で真希は第二セットを奪う。
それは、真希の未来には描かれていなかった。
更に歪む未来。
- 265 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時55分07秒
- 藤本は第二セットが終った後、タオルを頭から被り、ベンチで項垂れた。
どうすれば、いいんだ?
藤本は自分の今まで培ってきたものを、全て否定されたような気がしていた。
そして、藤本はとてもとても臆病になった。
(私は強い私は強い私は強い・・・・)
真希は休憩をしなかった。
あの『感覚』が持続し、その時、休憩など真希の選択肢に無かった。
真希はコートに入り、顔を空に向け、目を瞑り、心音に聞き惚れる。
トクン、トクン、トクン・・・
(まだ、まだいける。)
その後、真希は勢いよく目を見開き、体を弾ませながら何度も素振りをした。
腕が発泡スチロールよろしく軽かった。
何もかもが自分の思い通りになる。
真希は漠然とだが判然と、テニスの全てを知悉したような気がした。
そして第三セットが始まった。
- 266 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時56分29秒
- 真希は恐ろしく速い、直線を描いたフラットサーブを決めまくった。
これをリタ―ン出来る人間なんて、そうは存在しない。
真希は第一ゲームを当然の如くラブで奪う。
第二ゲームも奪う。第三ゲームも奪う。第四ゲームも奪う。
体が踊る事を止めなかった。
真希は第四ゲーム以降、スタイルをパッタリと変えた。
打球の軌道を変えながら、藤本を右へ左へ揺さぶり、そして仕留める。
揺さぶられる度、藤本の心に罅が刻まれる。
そう、真希は藤本が目指すテニスの『完成形』を実践したのだ。
藤本はこの真希のテニスを皮肉ではなく、蹂躙でもなく、一種の啓示と受け取った。
自分が見据えるテニスの答えを、真希は知っていたのだ。
当の真希はそんな事は考えず、ただ純粋にテニスを楽しんでいただけなのだが――。
第五ゲームも奪う。気が付けば、セットポイントにきていた。
それは快挙でなく、必然だった。
真希の体は依然として、解放されていた。
- 267 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時57分30秒
- 市井は真希の活躍が嬉しかった。
自分の事のように嬉しかった。いや、自分の事以上に嬉しかった。
自分の夢を委ねた少女は、誰よりも自由だったからだ。
市井は鼻を人差し指で擦り、クスッと笑った。
(後藤、お前は凄いよ。)
藤本は生まれて二度目の体験をしていた。
―――絶望。
これを味わったのは中学二年の時、矢口と相対した時以来だ。
あの時、自分は俗人が謳う、魔法になんてかからなかった。
ただ、早くその場から去りたいと思った。
自分が哀れだった。心が無様にへし折られた。
勝つ事が出来ないのではなく、負ける事が嬉しかった。
でも―――それは間違っている。
そう、負ける事が嬉しいなど、正気ではない。
正気に戻るのだ。
戻るために、高めるのだ。
- 268 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時58分27秒
- 藤本は続けざまに忘れかけていた記憶を蘇らせた。
あの時、矢口のテニスを見る事が恐かった。
あの時、自分の限界を見てしまったような気がした。
今までテニスを高めて来たのは、矢口を忘れる為だ。
哀れな自分を忘れたくて・・・矢口を追い越す為だ。
でもそれは、・・・驕りだ。
現実から目を逸らすな――――自分は矢口の影すら踏んでいない。
自分のテニスなんて、まだまだ哀れだ。
目の前のあの子にだって歯が立たないじゃないか。
藤本は精一杯はにかみながら、苦笑する。
第六ゲーム、大詰め。
「おおい!とっちゃってもいいのかな?」
「・・・取れるものなら、どうぞ。」
(絶対に、妥協だけはしない。諦めない。)
- 269 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月09日(水)23時59分46秒
- 藤本は普段の調子でそう言った。
決して、自分の信念を否定しなかった。
そしてそう言った藤本に対し、真希は下唇を噛んで笑いかけた。
藤本は自分を持っている。
こいつは、テニスをする事に、誇りを持っている。
真希は藤本のフラットサーブをロブ気味に浮かすようにリターンする。
それを藤本が渾身のストロークでクロスに打つが、真希は恐るべき反応速度でそれを拾う。
真希の返した打球は藤本の真正面に落ちた。
力の無い球だったが、強烈なバックスピンが掛かっていた。
藤本はスライスを掛けたストロークを打とうとするが、バックスピンの回転を殺す事は
出来なかった。そして打球は力無くフワリと気球のようにあがった。
フワリフワリと打球が行き着く先―――真希がネット際で愉しそうにそれを見上げていた。
藤本は屈託なく愉しげに球を眺めている真希を見て、・・真希を認めた。
- 270 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時01分07秒
- 真希は強烈なスマッシュを決め、未来を変えた。
一=二で真希のあり得ない逆転勝利。
真希はこの溢れる歓喜をまず、里田に示したかった。
根拠は無いが、里谷から市井と同じような『匂い』を感じたからだ。
「里田さん!!不可能は無いですよ!!勝てましたよ!!諦めなかったんです!」
「・・・後藤、私、感動したよ。」
「なーに言ってるんですか!なんか、体が凄く軽くなる時があるんですよ!
それが無かったら私、絶対勝てなかったです!まだ軽いんですよ!」
真希は沢山の事を一息に言いたくて、口よりも先に体が動いた。
身振り手振りで、躍動しながら里田に試合の感想を告げる。
里田はそんな真希に対し、優しい微笑を浮かべながらうんうんと相槌を打ち続けた。
- 271 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時02分09秒
- 「・・・・で、スマッシュまでいったんです。」
そう言った後、真希は満足いくところまで言い切ったのか、フウっと大きく息を吐いた。
そして、そのままうつ伏せになるように躊躇なくぶっ倒れた。
・・・ぶっ倒れた?
解放した体の莫大な反動が、太陽を闇が包むように、一気に真希を飲み込んだのだ。
真希は薄れ行く意識の中、駆け寄って来る部員のバタバタ動く足を数本確認した。
時刻は丁度、五時十五分を刻んでいた。
―――――――――――――――
- 272 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時03分17秒
- 真希が目を覚ますと、そこには見慣れないロココ調の妖しい天井が広がっていた。
(うわ、悪趣味・・・)
真希は思わず目を逸らすように、首だけをゴロリと横に向ける。
そこに広がった光景に、真希は更に困惑した。
(ココはドコ?)
一見、ちょっと贅沢な家庭のリビングのようで、そうではない。
部屋の中心に足の短いテーブルが置いてあって、でかいテレビが部屋の隅に佇んでいた。
そして長方形の皮のソファーが、そのテーブルを囲むように四つ据えられていた。
(こんな家に住みたい・・っつーかココは・・)
そして漸くココがドコか真希は認識した。ペンションの広間だ。
ぶっ倒れた後、広間にある四つのソファーの一つに運ばれたらしい。
- 273 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時05分12秒
- 真希は突然、背中に蒸すような暑さを感じた。
寝ていた皮のソファーは熱を吸収することなく、一括払いで真希の背中に熱を返却していた。
そのへばり付く様な感覚が嫌で、真希は体を起こそうとする。
すると、こめかみの辺りが酷くズキリと痛んだ。
仕方なく真希は体をソファーに預け直す。
(どれ位、寝てたんだろう・・)
真希がそうぼんやり考えていると、キッチンから平家がお盆の上にナニかを乗せて、
嬉しそうに真希の元にやってきた。
平家を認めた真希は、首だけを横に向け、恐縮そうに会釈する。
「ああ、寝とけ、寝とけ。」
「すいません、なんかしでかしちゃったみたいで・・・」
「ええから、ええから、取り敢えずコレ飲んどけ。」
「コレ・・・、何ですか?」
「えーと・・・そうやな・・・じゅーす。」
- 274 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時06分24秒
- 真希は仰向けのまま、平家の持ってきたカップを受け取る。
掌に収まるほどの小さいカップの中に、茶色の液体が半分ほど入っていた。
こんな可愛くない色のジュース等、真希は見たことが無い。
そして真希は何かに誘われるように、ゆっくりとカップを鼻に近づけた。
・・・・ダメだ。・・・これは、ダメだ。
嗅覚というのは危険を察知する五感の内で、一番最初に反応する優れものらしい。
その時、真希の鼻はしっかりと真希の脳みそに呼びかけた。
飲んでしまってはいけない。飲んだらヒトじゃなくなる。ダメだよ。
健気なお鼻の言葉を受け取った真希は、カップを平家の持っていたお盆に素早く返した。
「ん?どうしたん?天才?」
「いや、コレはダメです。コレは、きっと飲まなくてもイイと思います。」
「いやいや、お前、貧血らしき症状で倒れたやろ?じゃあ飲まな。」
「・・・勘弁してください。」
- 275 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時07分37秒
- 真希は襲ってくる頭痛に耐えながら体を起こした。
自然、顔は顰め面になる。それを平家は見逃さなかった。
「ほら、頭痛いやろ?じゃあ飲まな。」
ニコニコと安い笑顔を絶やさない平家に、真希は恐怖すら覚える。
「いや、・・やっぱりいいです・・ハハハ。」
「ははは、・・・何笑っとんねん?」
突然、平家は射抜くような鋭い視線を真希に向ける。
蛇に睨まれたカエルちゃんはきっとこうなるのだろう。
真希は不意撃を食らい、石化した。
「ほらほら、飲んでみたら世界観変わるで!」
平家は強引に真希の口にじゅーすを運んでくる。
石化した真希は拒む事を許されなかった。
- 276 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時08分31秒
- 「ちょ・・・不味い!・・ぐうぇ・・ぎゃあ・」
「イイ子やな。素直に飲めばいいんねん、こんなもん。」
じゅーすの余りの臭さに真希の舌が機能を失いかけたその刹那、
非常に美味な味が口全体に広がった。
この世の物とは思えない、至高で究極の、表現できない神々しい味。
「・・・・・ん、まーい!」
「ほらな。どうや?気分ええやろ?」
「もっと、もう一杯下さい!」
「あかん、コレは一杯以上飲んだら犯罪になる。」
「・・・犯罪?」
「うっ、・・・ゴホン。ああ、ちゃうちゃう、ネタ、ネタ。本気にすんな。」
真希は肥溜めのような香の美味なじゅーすを飲み、頭がすっきり爽快になった。
ミント畑に体を放り投げたらきっとこんな感覚になるのだろう。
真希は痛みがぶっ飛んだ頭をブンブン振った。
- 277 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時09分20秒
- 「あの、平家さん、私どれ位寝てたんですか?」
「ええと二時間くらいかな。うん。」
「練習に戻らなくちゃ・・」
「いやいや、寝とけ。あやっぺもそう言ってたから。」
「先生が?」
「おう。だから安静にしとけ。小一時間もしたら練習も終わ・・・。」
平家は喋る終わる前に、真希が持っていたカップを素早く奪還する。
「るからな。じゃあ、これ、もう洗わないとね。」
そう言うと平家はいそいそとキッチンに消えていった。
(あれ、なんだったんだろう・・・)
そして数分後、今度は手を後ろに回し、含み笑いをしながら広間に現れた。
その手の後ろには、きっと『何か』が仕込まれている。
真希はまた警戒した。
(今度は何だ?)
- 278 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時10分22秒
- 「コレは坊ちゃん刈りからの餞別や。お前に渡しといてくれって。」
「坊ちゃん刈り?・・・あっ、藤本。」
(あいつ、・・・結構かわいいところあるじゃん)
「そう、そいつ。じゃあ確かに渡したで。」
「ありがと・・・って、これ、駄菓子じゃないですか!」
「知らんがな、ウチは渡してくれって言われただけやし。なんや?
あいつ、どっかのアブナイ宗教団体の御方なん?駄菓子真理教とか?」
平家は辺りを気にしながら真希の耳元で囁く。
真希は呆れたように首を横に振った。
「いや、駄菓子を食べるのが趣味みたいです。」
「なんや、それだけかい。・・・お前に趣味の一つを捧げるなんて、なんか素敵やん。」
「・・本気で言ってます?」
「ゴメン。全く。まあそれはいいとして、今は体休めとけよ。
ゆっくりしてていいから。そんじゃあ、ウチは飯の支度してくる。」
「あの、手伝いましょうか?」
「アホか、ウチのささやかな楽しみを邪魔すんな。お前は寝とけばいい。」
「・・・・はい。」
「じゃあ、寝とけよ。」
- 279 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時11分26秒
- そう言うと平家は立ち上がって、シャツの袖をスルスルと捲り上げた。
「よーし、ウチが海原悠山もびっくりの至高で究極な料理作って、
お前らに至福のひと時を提供してやるわ。」
平家は力瘤なんかを作って得意になると、闊歩でキッチンへと戻っていった。
真希はそんな平家にクスっと笑いかけると、もう一度ソファーに仰向けで寝転んだ。
(平家さん、いい人だなあ。)
・・・しかし、退屈だ。
元々、何かが終わるのを気長に待つなんて、真希の得意分野ではなかった。
やる事の無い真希は左手で腕枕しながら、右手で藤本に貰ったチョコバットを弄ぶ。
天井に向かって放り投げたり、素振りしてみたり。
暫く遊んだ後、封を解いて一口齧ってみた。
―――うまい。
- 280 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時12分25秒
- 真希は笑った。
ちょっぴり苦くて、歯ごたえは柔らかいクッキーのような感触だった。
値段を見ると、二十円。
真希は改めて笑い、少し藤本の趣味を馬鹿にするのを自粛しようと思った。
毎日は発見の連続で、自分は二十円が齎す至福すら知らない。
真希はそんな事を思いながらゆっくり立ち上がり、
チョコバットの封をゴミ箱に捨てようとする―――
が、何か違和感を覚えた。
よーく封を見ると、そこには『あたり』の三文字が。
真希はまた笑った。
(チョッコバットは私的にホームランだな。)
チョコバットに思わぬ拾い物をした真希は、少し眠る事にした。
――――――――――
- 281 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時13分31秒
- 「・・・・ちん。」
「・・・・。」
「ごっちん!飯や!!」
「・・・・。」
「ごっちん!」
真希は加護にブンブン肩を揺すられる。
そして真希の意識は夢の中から徐々に現実に向けて覚醒していく。
目を薄く開けると、いつもの加護の顔がゆらゆら揺れていた。
「・・・んあ?」
「はよ、もうみんな集まってるで?」
「ああ、うん食堂。今日はあいぼん何食べんの?ソバ?カレー?」
「何ネボケてんねん?ここ、ペンションやで?」
「んあ?ああ、そうだ、あいぼん今何時?」
「・・・八時過ぎやけど。」
「うわ、結構寝ちゃった・・・」
「はよ行こ。」
- 282 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時14分08秒
- 真希はぼんやりした意識のまま加護に腕を引っ張られてキッチンに向かう。
このペンションはキッチンと食事処が繋がっていて、
狭小のレストランさながらの設計になっていた。
真希と加護が席につく頃には部員全員が既に着席していて、
二人は頭を小さく何度も下げながら、恐縮そうに席に着いた。
「それにしても、今日のごっちんは凄かったなあ。」
開口一番、加護が先程の真希の試合についてウットリした表情で語りだす。
すると、加護の左隣に座っていた高橋も食いついて、
二人でバカ丸出しの会話を紡ぎだした。
「・・そうそう、あの、最後のスマッシュ。ごっちんはボールを見つめながら
ニタニタ笑ってたもんな。まさにテニスの申し子や。」
「うん。あの光景は、私の胸に一生消えることなく焼き付いたよ。
天空に、テニスボール見つめる、一人の少女。・・・字余り。」
「字余りって、それ、俳句かい!!字、余り過ぎやろ!!」
- 283 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時15分49秒
- 加護のツッコミが入ったところで食事が始まった。
真希は二人の会話を興味なさ気にぼんやり聞いていた。
試合の内容よりも、藤本のその後が気になった。
藤本に貰ったチョコバットの味は、未だに舌の記憶に残っている。
真希は左斜め前に座っている藤本の方を、さり気なくチラリと見る。
藤本はいつもと変わらず、一々上品ぶってお食事を嗜んでいた。
(私に負けた事、気にしてないのかな?)
真希は視線を藤本に向けたまま、今日のメニュー、ビーフストロガノフに舌鼓を打つ。
「うめえ。美味いよ。こんなに美味い飯、ココに来るまで全然食べてなかった。」
真希は感嘆の言葉を零しつつ、蕩ける肉を優しく噛み砕きながら、
平家は間違いなく料理人が天職だと確信した。
隣の加護も高橋も、アホ丸出しで食事を楽しんでいた。
- 284 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時16分42秒
- 「おかんへ。ああ、今日もこんなに美味しいです。PS、たまにはこんなの作ってね。」
加護はこの美味さを手紙風に表現した。
この微妙なネタに、ちょっと嫉妬してしまった高橋が噛み付いた。
(負けられない。)
「おいおいおいおいおい!!美味えよ!!え?オラ!!」
高橋は加護に対抗し、一ヶ月ほど温存していたプロレスラーネタで
美味さを表現した。
加護はちょっと面白く感じてしまった自分への悔しさから舌打ちする。
「ちっ、少しはデキルのお、福井の猿よ。」
「ふふふ、奈良の禿には負けないよ。」
「禿言うな!!」
「猿言うな!!」
「ちょっと、ご飯の時くらい静かに食べようよ。」
「ゴマキは黙れ!」
「ゴマキ言うな!」
- 285 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時17分57秒
- こんな風に、合宿の食事の時間は常に賑やかである。
食事を済ますと、次の予定である風呂のお時間だ。
日替わりでランダムに選ばれた三人で、順番に、入れ替わりに風呂に入る。
――時間は一グループきっかり三十分。
この日のトップバッターは真希、市井、加護だった。
真希と加護と市井は食事を済ますと素早く部屋に戻り、
お風呂セットを装備し、露天風呂の向かいにある脱衣所に急いで向かう。
なるべく風呂を長く堪能するために、一分一秒が貴重なのだ。
脱衣所には三人ほぼ同時に到着した。
風呂セットを装備してココまで来くるのに三分、後、残り二十七分。
三人は無言でバッサバッサと服を脱ぎ散らす。
脱いだ服はそのまま脱衣所に置いてある木の篭に放置する。
なんと洗濯まで平家が面倒を見てくれるのだ。
今更だが、こんな最高の振る舞いの合宿所に部員達は寝泊りしている。
―――練習は至極厳しいが。
- 286 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時19分30秒
- 露天風呂へ続く扉を開けると、
三人は無言のまま桶で体に湯を二度掛け、その後素早く湯船に浸かる。
淡々と、無駄の無い動き。
コレまでに掛かった時間、二分。後、残り、二十五分。
露天風呂は光沢のあるツヤツヤの丸石を敷き詰めた物で、
その肌に当たる優しい感触だけでも幸せを十分味わえた。
肌寒い夜風を肩に浴びながら、少し熱めの露天風呂に浸かる。
―――――最高。
そう、三人が同時に心の中で呟いたところで、真希が口を開いた。
「いやあ、今日はなんだかいいことが一杯あったなあ。」
イイ湯だっな。
と付け足してしてもおかしくない位、呑気な声で真希は誰に言うわけでもなく呟く。
それに返答したのが市井だった。
「お前は本当に上達が早いな。よく勝ったよ。」
「いやいや、例のアレが来てさあ。アレがなきゃ勝てなかったよ。」
「でも、来たんだろ?」
「・・・・うん。」
- 287 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時20分17秒
- そこで会話は一旦途切れた。
真希は不意にぼんやりと夜空にユラユラ浮かんでいる朧月を見る。
空には雲が広がっていて星は一つも出ていなかったが、その雲の隙間から、
灰色のぼやけた月だけは顔を出していた。
灰色は、市井の瞳の色だ。
昔は恐怖以上の存在だった市井の瞳。
今はとても掛け替えの無い存在だ。
「ねえ、練習どんな感じなの?」
真希は月を見ながら、ぼんやりとした口調で市井に話し掛ける。
「ああ、最盛期の状態に近づきつつあるかな。」
「そうなんだ。頑張ってんだね。」
「うん。」
「そっか。」
- 288 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時21分57秒
- 真希はなんだかとても気分が良くなった。
市井と会話をしていると、普段感じないような満足感に包まれる。
それは、市井の言葉の重さからくるモノだと真希は解釈していた。
普段言葉数の少ない人間ほど、言葉というのは力を帯びる。
市井は部の中では目立って寡言な方だった。
「ねえ、今日の試合さ、途中まで完璧に展開が見えたんだ。
なんつーか、未来が見えたんだよね。なんでなんだろ?」
真希がのほほんとそう言うと、市井も同じような口調で喋りだした。
「それはきっと、相手の癖やら戦法やらを、お前は完璧に理解してたんだよ。
昔そんな話を聞いたことがある。相手の次の出方を、何故かわかるんだ。」
「でも、私は自分が負ける未来が見えたんだ。相手の事がわかってるのなら、
負ける未来なんて見えるかな?」
「うーん、お前はその時多分、無意識の内に自分の力量も計算に入れてたんだよ。
ある程度は抵抗する術が見えたけど、その後はやはり技量で負ける。
そこまでお前は見たんじゃないかな?」
- 289 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時23分48秒
- 「なんかあり得ない話なんだけど、実際そうかもって思えてきた・・・」
「ははは、お前はいつもあり得ない事を実現するだろ?私からゲームを奪うし
一軍にも入れ替え戦無しで上って来た。それに今日は藤本に勝った。
お前に常識は無いんだよ。」
市井の言葉には、引き込まれるような説得力が潜在している。
真希は市井の言葉を聞いて、
テストで満点を取って、親に誉められた時のような優越感を得た。
真希がそんな感覚に包まれていると、ある違和感を覚えた。
何かが足りない、というか、何か忘れている。
なんだ?
真希は衝動に駆られるように辺りを見渡す。
あっ、見つけちゃった。と、真希は心の中で呟いた。
見つけたモノ―――風呂の隅っこの方で、加護が何故か萎縮していた。
- 290 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時25分25秒
- 「あいぼん、何やってんの?そんな所で?」
「え?ああ、ウチ?あんまり気にせんといて。」
「何言ってんだよ?こっち来たら?」
「ええから、ええから、」
と言った後、加護はチラリと市井の方を見た。
なるほど、加護は市井を敬遠しているようだ。
加護が市井の事を憧憬しているのを真希は知っていたが、
加護が市井と何か会話をしている場面というのは見たことが無かった。
大方、キャラに似合わず緊張や敬虔なんかをして、近寄れないのだろう。
真希はこの機会にちょっとした悪巧みを思いついた。
―――――市井と加護を打ち解けさせよう。
きっかけさえあれば、こういう部類の事は大概上手くいくものだ。
大恋愛の始まりなんて、きっかけはとてもしょーもない出来事から、
なんてのはよく聞く話である。
真希は思い立ったが百年目、さっさと風呂を後にしようとする。
- 291 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月10日(木)00時26分47秒
- 「おい!どこ行くんだよ?」
例の如く市井に呼び止められる。
真希訝しい笑顔を浮かべながら振り向いて、白々しい言い訳をする。
「ちょっと、忘れ物。」
「お前・・・・何企んでるんだ?」
「・・・急がなきゃ、時間なくなっちゃう。」
真希はそう言うと、市井の返事も聞かずに風呂を後にした。
市井は首を傾げて、大きい溜息をつく。
「・・・ったく、何考えてんだ、あいつは。」
そう誰にとも言う訳でなく言った後、市井はあることに気付いた。
(あいつ・・・)
市井がゆっくり後ろを向くと、そこには白い肌を桃色に紅潮させた小兎が一匹、
口まで湯に浸かって、ニュートリノ並に小さくなっている姿でいるのを発見した。
- 292 名前:カネダ 投稿日:2002年10月10日(木)00時27分23秒
- 更新しました。
- 293 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月10日(木)01時17分13秒
- 実際には恋愛のカップリングはないですが、こうゆう友情、先輩・後輩のカップリングがまた(・∀・)イイ!!
いちごまの次はいちかごキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!(w
後藤と藤本にも仲良くしてほしいです(w
- 294 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月10日(木)02時31分25秒
- ようやっと、追いつけました。初レスれす。どうしても一言申し上げたかったんで駄
レスを承知で書かせて頂きます。こんなにも、何度も何度も、鳥肌が立ったり涙を流
した小説はたぶん初めてです。作者さん素晴らしい作品をありがとう! これからも
楽しみにしてます。頑張ってください。
- 295 名前:名無し 投稿日:2002年10月10日(木)04時50分12秒
- >>「………なんか素敵やん」
って、紳助キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
- 296 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年10月10日(木)12時41分16秒
- いろいろネタ?が入ってて楽しめましたよ
後藤と藤本は良い関係になれそうですな、好敵手としてね
- 297 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月10日(木)14時32分02秒
- 藤本の現在の心境と、
後藤が飲んだ"じゅーす"の正体が気になります(w
- 298 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年10月10日(木)21時23分52秒
- 大量更新、お疲れさまです。
小説には辛口なのですが、こちらの小説は、楽しくて更新が待ち遠しいです。
すっかり、坊ちゃん刈りの藤本さんファンになってしまいそうです。
実物も駄菓子をたくさん持ち歩いてると最高なのに...。
これからも、楽しみに更新を待っています。
PS:保存作業、順調です。1箇所、里田さんが里谷さんになっていましたので、里田さんに訂正して保存しました。
- 299 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月10日(木)21時43分36秒
- ここのおかげでごまっとうがちょっと楽しみ(w
- 300 名前:カネダ 投稿日:2002年10月13日(日)00時28分59秒
- たくさんのレス有難う御座います。
こんな駄文に、嬉しい限りです。
>>293名無し読者様。
有難う御座います。実際にカップリングが無いのは酷く気にしていたのですが、
そう言ってくれると嬉しいです。これからの展開も是非、読んで下さい(w
>>294名無し読者様。
なんと言うか、感無量です。こんな駄文に涙を流してくれるとは・・・
これからも期待に応えられるように、精一杯努力します。ああ、書いててよかった。
>>295名無し様。
そ、それは・・・・バレタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
すいません、小ネタが大好きなアホ作者です。(w
>>296むぁまぁ様。
どうも、すぐにネタを入れたがる悪癖を持ってるみたいです。(w・・自粛します。
コレをきっかけに、二人にも新しい関係が生まれたらいいんですが・・・
>>297読んでる人@ヤグヲタ様。
藤本の心境は今回の更新で少しだけ見せようと思います。
じゅーすの中身は・・・ヒントは小ネタ好きなアホ作者と海原悠山です。(w
>>298ななしのよっすぃ〜様。
有難う御座います。この小説、とりえは更新量のみなのでそう言ってくれると嬉しいです。
保存お疲れ様です。計画性が無い所為で、二つの話のバランスが悪くなってると思います。
誤字脱字も気を付けなきゃいけませんね。誰だ、里谷って(w
>>299名無し読者様。
そう言えばそんなユニットが発足しましたね。
三人を絡ませる事は恐らく不可能ですが、この三人を精一杯目立たせる努力はします。(w
それでは続きです。
- 301 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時30分19秒
- 「・・・あいつ、何忘れたかわかる?」
市井はなるべく自然に加護に話し掛けたつもりだったが、
兎ちゃんはそうは捉えなかったらしい。
「あの、あの、ウチ・・いや、私。何にも聞いてないです。」
メチャクチャなイントネーションのヒョウジュンゴ。
市井はもう一度大きく溜息をついた。
そして考えた。
この間をどう処理するべきか。
不自然に話し掛けるのもおかしいし、無視して湯に浸かってるのも胸がつかえる。
そうだ、体を洗おう。それがあるじゃないか。
- 302 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時31分11秒
- 閃いた市井は湯船からさっさと上がり、ゆっくりとシャワー台に歩み寄った。
そして、シャンプーを手際よく頭に振り撒いて勢いよくシャカシャカ
髪の毛を洗い手繰る。
しかし、何か気配を感じた。
目を瞑っているのに、隣には何か生物がいるような気がする。
市井はシャンプーが目に浸入してくるのを懸念しながら、少しだけ目を開ける。
大気を覆い隠す湯気の中に、幼さの残るまだ出来上がっていない少女の肢体が一つ。
―――隣には、湯船に沈んでいた筈の小兎が同じように頭を洗っていた。
「市井さんよりも、長く浸かってるなんて、悪いじゃないですかぁ。」
この兎は間違った常識を頭に詰め込んでいるようだ。
市井は頭を洗う手を止め、一瞬の間にこう考えた――。
――ニヤニヤと媚を売るような薄ら笑いを浮かべる相手に、まともに応対なんかしてられるか。
市井は加護を無視して頭を濯ぎ、体を洗い、瞬く間にまた湯に浸かった。
コレで振り切った。―――――と思って後ろを見ると兎が先ほどと同じように沈んでいた。
- 303 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時32分05秒
- 「市井さんよりも、長く体洗うなんて失礼じゃないですかぁ。」
「・・・・・。」
呆れた市井は吹っ切れた。
(こんなムズムズした空気でいい風呂が味わえるか!)
「・・・加護でいいよな?ちょっとこっち来い。」
「ほぇ?ワ、ワタシですか?」
「お前以外に加護がいるのか?」
「い、いないと思います。」
加護は首から上だけを湯から出して、スイスイ平泳ぎで市井の元に接近する。
加護の白い肌は急いだ所為か、緊張の所為か、桃色から林檎色に変色していた。
- 304 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時33分08秒
- 「私のこと恐いだろ?」
「ほえ?」
市井は近づいてきた加護に対し、前振りも無く、躊躇なくそう言った。
加護は、ポカンとした顔をしたまま硬直した。どうも、意味を理解していないようだ。
暫くして、頭が回ってきたのか、加護は焦った口調で市井の言った事を否定する。
「いや、ウチは市井さんに憧れてココにきたんです。」
「ははは、誰もいないんだし、正直になれよ。」
「あの、ホントです。」
「ほら、恐がってるじゃないか。」
- 305 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時33分54秒
- 市井の慧眼は、加護の心の中の一番深い場所にある感情―――。
―――自分に対する畏怖を捉えた。
と、言ってもそれは加護だけではなく、真希以外の部員全員から感じるものだったが。
市井に諦観されるように見つめられた加護は、言葉を失った。
言葉が何も出てこなかった。
否定しようと口を開いても、声にならない。
結局、自分だって希美と同じ気持ちだったのだ。
それなのに、勝ちに固執する精神を保つ為に、盲になって隠していたのだ。
「そ、それは・・・」
「いいよ。わかってるから。だから、憧れてるなんて嘘をつくな。」
「・・ホントに憧れてきたんです!それだけは本当です!」
「私のドコに憧れたんだよ?」
「あの、あの矢口さんに勝ったのは、市井さんだけじゃないですか?
ウチ、あの時感動したんですよ。」
- 306 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時35分00秒
- そう言った加護に対し、市井はちょっぴり軽く目を細め、睨むような仕種をした。
すると加護は体をプルプル震わせながら、咄嗟に視線を湯船に逸らす。
感動したのだろうが、憧れているのだろうが、人間は正直でなくちゃいけない。
市井は笑った。
「ははっ。ほら、目を逸らした。」
「そ、それは・・・」
「いいんだって、私は避けられるような事をしたんだから。だから正直になれ。」
加護は不思議な気分になった。
市井に心の中を完全に見透かされているのに、何故か暖かく心地よい。
死神に憧れていた筈の自分が、凡そ死神とは思えない市井に心を奪われる。
加護は正直になった。
- 307 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時35分58秒
- 「・・・すいません。ホントはちょっと恐いです。
でも、市井さんに憧れてこの学校に来たのは本当です!」
「じゃあ、それは信じてやる。・・練習順調なのか?」
「・・・いや、相方の足引っ張ってます。ウチにはテニスの才能ないですから。」
そう言った加護に対し、市井は何故か笑い出した。
加護は訳もわからず首を傾げるしかなかった。
笑うような話をした覚えは無い。
「随分マイナス思考じゃないか?もっと前向きになれよ。」
「・・・ごっちんがいますから。」
「ああ、後藤かぁ。あいつは凄いな。」
「はい。スゲエすぎです。」
「でも、不思議と安心するだろ?幾ら練習したってあいつには届かないのに、
不思議と劣等感も感じないし、届きたいとも思わない。」
- 308 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時36分41秒
- 市井は月を見つめながら、ゆったりとした口調でそう言った。
加護は知らなかった。
市井の言葉には人を惹きつける魔力が潜んでいる事に。
加護は暫く市井の言葉を反芻した後、思い出したように市井に話し掛けた。
「ちょっと前までは、上手くなりたくて、強くなりたくて、それだけやったんですけど、
今は純粋にテニスを楽しめるようになりました。ごっちんの御蔭です。」
市井は加護の言葉を聞いてクスっと笑った。
加護はこんなクサイ台詞を市井に躊躇無く言った自分を不思議に思った。
市井とまともに会話したのは初めてなのに、何故か壁を感じない。
- 309 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時37分58秒
- 「なあ?私らは幾ら練習したってあいつにはなれない。
だったらなんでテニスしてるんだろうな?」
「・・・・それは、テニスが楽しいからです。」
「そう思えるようになったのは、後藤と出会ったからだ。
・・なあ、加護?お前の存在はあの月に似てると思うんだ。」
市井は少し前からずっと月を見据えていた。
加護は訳がわからず、返答に困った。
「月・・・ですか?」
「ああ。月は幾ら輝いたって太陽にはなれない。だったら何故月は輝くんだと思う?
私はこう思う。月は太陽に託してるんだ。自分の分までみんなを照らして欲しいって。
だから太陽は月の光を感じて、月の思いを受け取ってその輝きを増すんだよ。
ほら?月の光は優しいだろ?しっかりと見据える事が出来る。太陽には月が必要なんだよ。」
- 310 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時38分59秒
- 加護はジーっと月を見据えた。
月の光は優しくて、目を細めなくてもその姿をくっきりと捉える事が出来る。
加護は月を見ながら、市井の言った事の意味を考えた。
「・・ウチは、アホやから、難しいですけど。でも、わかるような気がします。」
「加護、後藤と仲良くしてやってくれよ。後藤にはお前みたいな友達が必要なんだ。」
「え?ウチはごっちんとは全然仲良いですよ。」
「うん。これからも頼むよ。あいつはいい奴だからな。」
「はい!ごっちんはウチの親友です!これからもずっとです!」
加護は月に誓った。真希は、太陽だ。
「はは、約束だ。私はどうも苦手でね。」
「でも、市井さんもごっちんと仲良いじゃないですか?」
- 311 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時40分44秒
- 加護は月を見ながら何でもないようにそう言ったが、市井から返答が無かった。
なかなか市井から返事が返ってこないのを不信に思い、加護は視線を市井に向ける。
市井は頭をポリポリ掻いて、何か思案しているようだった。
「・・・・いや、どうにも、私には不向きでね。後藤はお前に任せるよ。約束だ。」
加護は市井の言葉の意味を深く考えなかった。
市井がもうすぐ終わる事を、加護は知らないのだ。
「・・・・・はい。約束します。」
「はは、お前は優しくていい子だな。じゃあそろそろ上がるよ。」
そう言うと市井は立ち上がって露天風呂を後にしようとする。
「えっ?上がっちゃうんですか?」
- 312 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時41分50秒
- 加護は咄嗟に市井の背中に、呼び止めるように声を掛けた。
市井ともっと会話をしたかった。
もっともっと積もるほど聞きたい事がある筈だった。
自分は市井の事を何一つ知らなかったのだ。
こんなに優しく話し掛けてくれることも、心に染みる言葉の力も。
そして、真希の事を何より大切にしている事も。
「ああ、もうのぼせたよ。後藤に宜しく言っといてくれ。」
市井は振り返り、控えめな笑顔を浮かべながらそう言った。
「・・・はい。市井さん、また、なんか話しましょうね?」
「はは、積極的になったなあ。うん。きっとな。」
「市井さんの御蔭で、正直になったんですよ。」
加護は頬を真っ赤に染めて、照れながらそう言った。
- 313 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時42分41秒
- 「人間は正直でなくちゃいけない。そして自分の言葉に自信を持つんだ。
思った事も言えなくなったら、人生なんてつまんないだろ?」
市井は陽光を反射する波のようにキラキラさせた加護の視線を受けながら、
諭すようにそう言って湯船から上がり、露天風呂の引き戸の扉を開けようとする。
すると、ばったり真希と出くわした。
真希は一瞬、硬直した後、ぎこちない笑みを浮かべながら視線を明後日の方向に逸らす。
忘れ物を取りに行っただけの人間が、目を逸らす必用など皆無な筈だ。
市井は不敵な笑みを浮かべた。
「・・・・ははは、どうだった?二人のお風呂は?」
「・・・・取り敢えず、コッチ向け。」
- 314 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時43分27秒
- 市井は真希の頭を片手で掴み、クイっと正面に向けた。
それでも真希は視線を泳がせる。
「いい友達もったな。お前。」
市井は真希の肩にポンと手を置き、サラリとそう言った。
市井の意味不明の発言に、真希は興醒めしたように視線を市井に合わせた。
「ほえ?何言ってんの?急に?」
「・・・時間、後十分しかないぞ。じゃ、先に上がるよ。」
「十分?・・・・え?ウソぉぉぉ!!」
真希は露天風呂の塀に掛けてある時計を見た。
真希の計算では残り十五分はある筈だった。
それでも、市井は正直である。
残り、十分。
- 315 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時44分23秒
- 「やばい!やばい!やばい!」
真希は湯船にダイブすると、そのままいそいそと体を洗いにシャンプー台に向かう。
まず頭を高速で洗って、その後体を洗う。
五分だ。五分で済ませねば。
まず、頭だ。
「おい!なんや?忘れもんって?」
プンプン怒って顔を真っ赤にさせた加護が、仁王立ちで真希の前に立ち塞がった。
真希は体をジタバタさせて、加護の間を抜けようとする。
「ああ、邪魔だよ!」
「忘れもんってなんや?言え!」
- 316 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時45分21秒
- 加護は真希からシャンプーとスポンジを取り上げる。
「あああ、返せ!時間が無いんだよおお!」
「言え!」
「あいぼん、延長したら、どうなるかわかってるよね?」
「そんなんしらん!言え!」
勿論、真希が五分で体と頭を洗う事など不可能なのは先刻承知であり、
この後、首を突っ込んだ加護と二人仲良く石黒にタップリ絞られたのは言うまでも無い。
――――――――――――
- 317 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時46分13秒
- 真希が自分の部屋に戻ったのは十時を過ぎた頃だった。
部屋に戻っても、石黒主催の、鬼神の叫びと言っても過言ではない
説教の余韻が頭の中で依然として響いており、
真希はほぼ茫然自失状態で自分のベッドに腰を降ろした。
「どうしたの?後藤?」
里田に心配そうに話し掛けられても、真希はすぐに返事をする事が出来ない。
「・・・・ちょっと、頭がじんじんしてます。・・・ははは」
真希がそう言ったすぐ後に、ベランダで寛いでいた
藤本が真希に気付き、うまい棒を食べながら部屋に入ってきた。
「あなた、この大事な時期に健康管理も出来ないの?」
- 318 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時47分06秒
- 藤本の口調は普段と変わらず、嫌味な印象を真希に十分与えた。
――うまい棒なんか食ってるお前に健康管理なんて言葉聞きたくねえよ。
と、いつもの真希なら反駁する所であるが、石黒の説教は真希の戦意さえも奪っていた。
真希は食いつくことなく、茫然とした表情で藤本の顔を見やる。
(そういえば、こいつに勝ったんだ、私。)
「いや、ちょっと先生に怒られてね・・・ははは。」
「フウ。どうしてあなたなんかにやられたんだか・・・」
「・・・やっぱ、気にしてんの?」
「全然。御蔭様で、私は目標が一つ増えたからね。」
(あなたと妖精。必ず追い越すわ。)
藤本はそう言った後、気障ったらしくうまい棒を齧る。
真希はそれを見て、エースバットの記憶が蘇った。
- 319 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時48分16秒
- 「そうそう、あのエースバット、ホームランだった。」
真希のホームランという言葉を、藤本は『当たり』と捉えたようだ。
まあ、間違ってはいない。
「・・・当たったの?」
「ああ、うん。『当たり』だった。」
「・・・エースバットは『当たり』が出る確率はかなり低いのよ。
どうやら、今日のあなたは相当ツキがあったようね。」
こんなアホな台詞をツッコム気力も、この時の真希には無かった。
「・・・そうだね、あの『感覚』はたまにしか来ないからね。
普通にやってたら、私は勝てなかったよ。」
「いや、あれは運なんかじゃない。あなたは、・・・
悔しいけど本物よ。でも、私は追いついて見せるわ。」
- 320 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時49分25秒
- 藤本は真希をキリっと睨んでそう言ったが、真希は頭が響いてそれどころじゃない。
「あ、そう?今日は疲れたから、もう寝てもいいかな?張り合う気力ないわ、とほほ。」
真希が蚊の泣くようなか細い声色でそう言うと、里田が優しく後押ししてくれた。
「後藤、しっかり体休めなきゃ、私ももう寝るし。」
「・・・どうぞご勝手に。」
元気もりもりの藤本は鼻をフンと鳴らすと、悠然と筋トレを始めた。
付き合っていられるか、と言わんばかりに真希は布団を頭から被る。
そして藤本を他所に、真希と里田は深い眠りに着いた。
―――
- 321 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時50分27秒
- 里田と真希が眠った後、藤本は二人を起こさないように、もう一度ベランダに向かった。
ベランダの扉を開けると、ヒュウっと、涼しい風が髪の毛を優しく梳くように通り過ぎた。
ベランダから、シンシンと静まり返ったテニスコートが見下ろせた。
山の夜は激しく温度が低かったが、藤本の体は沸々と燃え滾るように熱かった。
あのテニスコートで、自分は堕ちた。
目を瞑ると、しっかりとあの光景が蘇った――。
―――無邪気に楽しげに、そして強い真希の姿が――。
上には上がいる。そんな事は常識だ。なのに、喉が押し付けられたように痛くなる。
どんなに心を静めようとしても、一度入った感情のスイッチはなかなか収まらない。
藤本は不意に月を見上げ、
「・・現実は厳しいから、生き甲斐があるんじゃないの。」
そう震える声で言った後、ベランダの手摺に突っ伏して、少しだけ泣いた。
この日のうまい棒は、涙の味がした。
――――
- 322 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時51分30秒
- 一方その頃隣の部屋では・・・・
「あいぼん・・・どうしたの?死んだ魚みたいな目してるけど・・」
「ははは、ウチだけやないで、もう一人、引きずり込んでやったわ・・・。」
加護は部屋に戻るなりそう言って、バタリと力尽きるように倒れた。
高橋は加護の言っている事が理解できず、頭を傾げながら加護を起こして
ベッドまで運んでやった。
「・・・・おおきに。それは見事なもんやった・・・ははは。」
「言ってる意味が、さっぱりわからん。」
「あ、そうや、ウチの最後の頼み、聞いてくれるか?」
「そんな大袈裟な・・・まあ、聞いてあげるけど。」
- 323 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時52分29秒
- 加護は高橋の返事を聞いて、死んだ魚のような目のまま、口だけで笑った。
高橋はそれをネタと捉えたようで、早くツッコミを入れたくて仕方が無かった。
「ウチが封印してた、もう一つのカバンあるやろ?それをちょいと見てほしいんや。」
加護は死に目に遺言を残そうとしているドコカの旦那様よろしく、力無くそう言った。
高橋は不満そうに加護のベッドの下に置いてあるバカみたいに重いボストンバッグを
持ち上げ、それを加護の隣に置くと、大きな溜息をついた。
「それで?これがどうしたの?」
「うっ、ウチはもうアカンみたいや・・・」
「こんなもん持ち上げさせといて、それで眠るなんてまさか無いよね?」
- 324 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時53分30秒
- 高橋の言葉にはとっても険があった。
どうも、ただの演技に付き合わされていると思っているらしい。
石黒の説教は人の魂を奪う事を、高橋は知らないのだ。
「そ、そうやな、それはアカンわ。・・・・じゃあ、聞いてくれ。
そのカバンの中に、ウチが試合で使うアイデアの源が入ってる。
愛ちゃん言ってたやろ?奇想天外なテニスをしたいって?・・・
その中に、グッ、グファ・・・。入ってる・・・ウチの全てや・・
それを見て、ゲームに・・ぶべらぁ・・・役立ててくれ・・・・ガク。」
―――加護は力尽きた。
なかなかの名演技を、高橋はパチパチと適当な拍手で讃えると、
神妙な面持ちで生唾を一つ飲み込み、加護のカバンに視線を落とした。
- 325 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時55分35秒
- このカバンの中に、加護が実践するパラドックステニスの源が眠ってるのだ。
そんな大切な物を自分に見せてくれるなんて、自分はなんてイイ相方を持ったのだろう。
高橋は財宝を弄る盗賊のようなイケナイ瞳になって加護のカバンに手をかけた――。
「な、なんだ・・・こりゃあ?」
高橋は驚愕した。
中には、何かの本がギッシリとカバンの空隙を網羅するように詰まっていて、
その数は十や二十では済まされない数だった。
そして高橋は悟った。
加護のテニスは単なる思い付きではなく、しっかりと勉強した知識の産物だったのだ。
高橋は横目で、力尽きていびきをかいている加護を見つめる。
(あいぼん・・・この本全部、絶対読破するよ!)
加護を改めて尊敬し直した高橋は、その中の一冊を手にとろうとした。
しかし、ギッチリ詰め込まれていて、なかなか取る事が出来ない。
「くそ、こうなったら!」
- 326 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時56分44秒
- 高橋は渾身の力で大根を引っこ抜くように、蟹股になって本を引っこ抜いた。
スポンとすっぽ抜けた本は、高橋の手を抜けて勢いよく宙に舞った。
その宙に舞う本を見て、高橋は更に驚愕した。
「こ、これは!」
なんと、その本は本と言っても、漫画本だった。
高橋はそれを確認した瞬間、いろいろな感情が入り乱れたが、
取り敢えず加護にまともなモンを期待した自分を恥じた。
さっきから一人で驚愕したり、引っこ抜いたり、アホだ。
そして落胆の嘆息を漏らしながらその漫画を乱暴に手に取ってみる。
「・・・・巨人の星?これって・・・テニスじゃないし。」
チラリと一ページを捲って暇を持て余すように読んでみた。
(あれ?もしかして、面白いかも・・・)
そして高橋の長い夜が始まった。
――――――――――――
- 327 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)00時59分09秒
- 翌日に事件は起きた。
合宿六日目、漸く部員達も合宿の空気に慣れ、余裕を見つけながら
各々のメニューに取り組んでいる時だった。
突然、悲鳴がテニスコートに轟いた。
真希はその時、藤本と試合をしていた。
昨日の真希のテニスは影を潜め、コテンパンに藤本にやられている矢先の事だった。
「どうした!!」
石黒が叫び声を上げ、テニスコートの一角に走っていく。
真希と藤本はラケットを振る手を止め、ぼんやりとした表情をしながら
石黒の行く場所に視線を向ける。
誰かが倒れていた。それはわかった。
しかし、ここからでは、それが誰であるか判別する事は出来なかった。
- 328 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時00分00秒
- 「動かすな!」
そう、石黒が怒号のような声を上げる。
まず里田が顔面蒼白でそこに駆け寄った。
里田は審判台の上に座っていて、事件の全容を把握したようだった。
真希と藤本は顔を見合わせ、同時に頷く。
「行こう!」
真希と藤本はラケットをその場に置き、石黒のしゃがんでいる場所に駆け寄った。
近づくにつれて、集まっている部員達の表情が露になってくる。
木村が泣いていた。
市井が苦痛の表情をしながら目を逸らしていた。
保田が必死な形相で話し掛けていた。
「りんね!!大丈夫!りんね!」
- 329 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時01分09秒
- どうやら戸田が何かをしでかしたらしい。
それも、尋常ではない事を、だ。
飯田が大きな瞳から涙を零していた。
高橋と加護はわなわなと、どうする事も出来ない自分を責めているようだった。
里田は何か意味がわからない言葉を必死でかけていた。
そして現場に着くと、真希はあり得ない光景を見てしまった。
戸田の右手首が曲がらない方向に曲がっていた。
真希は思わず手を口に当てる。
人間は概念に無いモノを目撃すると、不気味さよりも、
まず、嫌悪感が湧き上がってくることを真希はその時知った。
言葉も出なかったし、何をすればいいかもわからなかった。
戸田は女の子とは思えないような太い声で呻き続けていた。
悪魔の産声、なんて形容が相応しいような。
その呻き声は更に部員達を混乱させる。
- 330 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時02分05秒
- 「救急車・・・しっかりして!!」
「りんね!!」
気が動転している部員達を他所に、石黒は大声で平家を呼んだ。
「先輩!!」
真希は無意識のうちにペンションの方角に視線を向ける。
平家が来たらナントカなる。
そんな根拠も無い事を無力な者は考える。
平家が走ってやってきて、石黒と二人で何か話し始めた。
「完全に折れてます。下手したら、神経までいってるかもしれません。」
「取り敢えず固定させて山下りるで。麓に病院があるから。」
「すいません。車出せますか?」
「あたりまえや。すぐ行くで!」
- 331 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時03分04秒
- 淡々としたやりとりを終えると、平家は戸田の右肘辺りを強い力で握り、
ゆっくり立ち上がらせた。
立ち上がっても戸田はまた蹲ろうとする。
それを石黒が制止し、戸田の左腕を自分の首に回させる。
石黒と平家は戸田の左手が揺れない様に懸念しながら、迅速にテニスコートを後にした。
その手際の良さは、力無い部員達に僅かな安堵感を齎した。
二人がいたら戸田はきっと大丈夫だ。そんな気にさせられる。
真希は大人の、本当の意味での『強さ』を知った気がした。
後々に加護に聞いた話では、戸田はダッシュの途中で躓き、
思わず出した手がうまく衝撃を吸収できず、グニャリといってしまったらしい。
呆気ないものだ。人間なんて、何時どうなるかなんて全くわからない。
- 332 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時03分55秒
- 取り残された部員は悄然と立ち尽くしていた。
事が収まった後も、戸田の呻き声が鼓膜にこびり付いて離れない。
誰も練習を再開しようとしない。かといって何か他の事をする訳でもない。
ただ、立ち尽くしていた。
「あああ、りんねえええ。」
突然、木村が泣き崩れた。
戸田、木村はこの部で最強且つ、最古参のペアだ。
二人は小学生の時分からダブルスを組んでいた。
無理も無い事だ。
「麻美!あんたが泣いてちゃだめじゃない!」
保田が瞳を潤ませながら木村を叱咤した。
それでも木村は大声で泣き続ける。
そんな木村の肩を飯田が優しく引き寄せた。
- 333 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時05分10秒
- 「大丈夫だよ。きっと、大した事無い筈だよ。団体戦には間に合わなくても、
きっとダブルスの予選には間に合うよ。」
飯田は涙を零しながらも力強い声色で言い切る。
すると、四方八方から励ましの言葉が木村に浴びせられた。
大丈夫だよ、頑張ろう、しっかりしよう、戸田の分まで・・・
真希はこの世界に違和感を抱いた。
いままで他人を蹴落としてでも生き残ると言わんばかりだった
部員達は、妙な連帯感と強い結託力に目覚めている。
真希、藤本、市井、以外全員木村を囲んで励ましていた。
誰かが壊れて初めて気付くのだ。人間の本質に。それはもう手遅れなのに。
真希はその輪を少し離れた位置から、冷めた目で見つめていた。
「後藤、お前の考えてる事はわかるよ。」
- 334 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時06分09秒
- 市井が小さい声で後ろから真希に話し掛けた。
真希はゆっくり頷く。
「ねえ、今までこんなの、起きた事あるの?」
「いや、初めてだな。こんな大怪我は。」
「今まで、この部のみんなが一体になってるの初めてみたよ。」
「人間なんて都合がいいからな。肉体面の苦痛に直面すると、
無意識のうちに感情移入してしまうんだよ。だから、ほっとけなくなる。
でも精神面ではそうじゃない。精神面の苦痛に直面すると人間は愉快になるんだ。
他人が苦悩する様は、格好の快楽の対象なんだよ。不思議なもんだ。」
市井は一瞬、励まし合っている部員を軽蔑するように見た。
市井が言った事を、真希は漠然とだが、正しいと思った。
なぜなら、相手を殺すほどの心理をつく術を、市井は知っているからだ。
- 335 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時07分06秒
- 「難しいけど、そうなんだろうね。」
「すぐに醒めるよ。今はみんな気が動転してるんだ。」
「今回のはいい薬になったのかもしれないね。みんな、大事な事を忘れてるよ。」
「不謹慎だなお前。」
「私は、同情できないもん。」
「はは、正直だな。」
その後、部員達が出した答えは、戸田の分まで頑張ろう、だった。
部員達はそれから見違えるように覇気を出して練習に取り組んだ。
真希は納得がいかず、試合をしていたコートのすぐ隣にあるベンチに腰掛ける。
そして、ぼんやりと練習の風景を見ていた。
こんな形で結束するなんて、卑怯だ。
真希はその時、酷く厭世的になっていた。
「あなたは練習しないの?」
- 336 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時08分25秒
- 藤本がそう言って、隣に腰掛けてきた。
真希は練習を見ながらだらしなく頷く。
「だってさあ、なんか変じゃん。こんなの。」
「私も激しく同意ね。この連中はわかってないわ。わかってるのは、
あなたと市井さんだけのようね。」
「なんか、醒めちゃったよ。」
「ふふ、私は反対ね。だって、レギュラーを取れるチャンスじゃない?」
真希は、不謹慎だなこいつ、と思ったところで妙な事に気付いた。
レギュラーなんて、関係ない筈だ。
戸田はダブルスの選手だ。全く藤本には無縁の話だ。
「なんでよ?戸田さん、ダブルスじゃん。」
「鈍いわね。こうなったら誰かと誰かが、即席でペアを組まなきゃいけないでしょ?」
藤本はニヤリと妖怪のような笑みを浮かべる。
- 337 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月13日(日)01時09分52秒
- 「つまり、誰か一人が繰上げでレギュラーになれる訳だ。」
「そうよ、ダブルスで、だけどね。」
「今からダブルスの練習なんてあり得ねえよ。」
「まあ、先生の指示を待つしかないわね。」
真希はいよいよ気分が悪くなってきた。
なぜか急に暴れたくなった。
「試合の続きやるよ!」
「あら?あなたも影響受けたの?」
「ある意味ね。」
真希は顰めっ面で投げかけるように言い放つ。
コートに入って鬱憤を晴らすようにラケットを振ったのだが、真希は忘れていた。
藤本にコテンパンにやられていた事に。
その後、気合の入った里田にもやられた。
試合に勝つには、冷静な判断力と展開のイメージが必要だ。
この日の真希は大いにそれを欠いた。
結局、ボコボコのスカスカにやられまくってこの日の練習試合は終わった。
石黒と平家が帰ってきたのは夜の六時過ぎで、二人ともその表情は陰鬱としていた。
練習を続行していた部員達は石黒の言葉が聞きたかったのだが、石黒は戸田の容態に
ついては練習中、一切説明をしなかった。そして、戸田は帰ってこなかった。
部員達は心に濃い靄を抱きながら、それでも練習をする手を止めなかった。
――――
- 338 名前:カネダ 投稿日:2002年10月13日(日)01時11分12秒
- 更新しました。
いい加減、合宿編を終わらせたいのですが、
出口がない迷路のように思えてきた今日この頃です。
- 339 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年10月13日(日)09時22分28秒
- 難しい・・・
このチームに脅威を与える存在が出現すればいい意味での結束は生まれるかもしれないが・・・
合宿編かなり面白いんで長くていいですよ
- 340 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年10月13日(日)10時12分39秒
- 合宿編、楽しいので長くても全然OKですよ。
>>300 とりえは更新量のみなのでそう言ってくれると嬉しいです。
いえいえ、量でなくて質も高いですよ。読んでて楽しいし。
それぞれのバランスとかあんまり気にしなくて良いと思いますよ。
読むほうは長くて嫌だというのは無いので...。
保存も、画面に見えてる情報をそのままテキストに落としてから実行するとHTMLに吐き出すようにスクリプトを作りました。
ですので、長くても楽しいのでどんどん言っちゃって下さい。
楽しみに待っています。
- 341 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月13日(日)15時19分38秒
- なんか「藤本頑張れっ!」って感じです。
この合宿編で自分の中で藤本株が急上昇しました。
こっちの学校の中では現在一推し・・・。
- 342 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月14日(月)14時32分53秒
- ∬´▽`)<作者さん頑張ってください…
- 343 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月16日(水)19時26分32秒
- なにげに緊張感があっていいっすね
もう一方はどうなる事やら…(w
- 344 名前:カネダ 投稿日:2002年10月17日(木)01時52分22秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>339むぁまぁ様。
本当にややこしくなってしまいました。
いろいろテーマを考えて臨んだこの話ですが、
活字にするのがこんなに難しいとは思ってもいませんでした。
>>340ななしのよっすぃ〜様。
すいません、いろいろと恐縮です。
本当に長くなってしまいましたが、今回の更新で合宿もやっと終わりです。
これからも期待に応えられるように頑張ります。
>>341読んでる人@ヤグヲタ様。
おお、藤本株をそんなに高評価してくれるなんて光栄です。(w
てっきりただの、だだすべりキャラで終わってしまうと思っていました。
これからも藤本には頑張ってもらいます。
>>342名無し読者様。
うっ・・・・あ、あの。が、頑張ってもいいんでしょうか?
小川は、この先、・・・・きっと来年がありますよ!
>>343名無し読者様。
終始、緊張感溢れる話にしようと思ってたのですが、
何処で道を誤ったのか、ネタに走りつつある今日この頃です。
もう一方も、バリバリ真面目にこなしたいと思います。(w
それでは続きです。
- 345 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時53分34秒
- 夜、就寝前、石黒から部員全員に招集が掛かった。
その時、真希は加護と高橋の部屋にお邪魔していて、三人でトランプなんかをしていた。
召集の意味は口に出さずとも、三人とも理解していた。
戸田のその後だ。
三人は重い表情を作りながら部屋を出て、急ぎ足で階段を下りる。
擦れ違う部員は例外なく、俯き加減で暗い顔をしていた。
全員が広間に集まると、石黒からとても呆気ない説明を聞かされた。
「戸田は骨折だ。全治一ヶ月。今年は諦めてもらうしかない。
欠けたダブルスのペアについては明日、発表する。
即席のペアになるが、それでもウチの学校の一軍だ。
誇りを持って請け負って欲しい。以上。」
- 346 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時54分39秒
- それだけですか?と、誰もが心でぼやいた。
今まで重要なダブルスの一角を担ってきた戸田に対し、感謝の言葉も心配の言葉も無い。
感情の篭らないその淡白な説明は、石黒に対しての信頼を
部員達から一切剥ぎ取ってしまった。
そして、真希は平然としている石黒を睨み付けた。
戸田に同情しているわけではないが、部員達の心境を考えると収まらないモノがあった。
「なんだ?後藤?文句でもあるのか?」
「先生、戸田さんに対して、それだけですか?」
「ああ、惜しい人材を失ったが、仕方の無い事だ。」
「仕方が無いって、そんなんでいいんですか?」
真希の言葉に対して、石黒は嘲笑のような笑みを浮かべた。
真希は更に睨みつける。
思えば、石黒に食ってかかるのは例外なく真希だけだった。
皆、結局は自分が一番かわいいのだ。
こんな無益な争いをしても、自分の評判を落とすだけだ。
- 347 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時55分27秒
- 「だったらどうしろってんだ?お前だったらどうするんだ?
お前はあいつの怪我を治せるのか?同情したら傷は癒えるのか?」
「違いますよ。私が言いたいのはそんな事じゃない!
もっと、あるでしょう?人間として!」
「人間として、か。・・・お前らに人間になれなんて指導はしていない。
勝てるテニス以外を教えたつもりは無い。」
石黒は真希に吐き捨てるように言うと、そのまま部員達に解散を命じた。
真希は呆れたというより、普段の心持ちに戻った。
厭世的だった気分はスッキリ消え、レギュラーを取る為に命を懸けると誓った時の
心境に戻った。自分もココの色に染まってきているのかもしれない。
部員達も漸く醒めたようだ。馴れ合いをしにココに来たのではない。
ポツリポツリと初心に戻った部員達が各々の部屋に戻っていく。
石黒の言葉は、部員達をおもしろいように現実に引き戻した。
―――何のためにココに来たのか。
しかし、木村だけは例外だった。
- 348 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時56分02秒
- 「先生!りんねは大丈夫なんですか!」
「ああ、三、四日入院して、自宅で安静にしていれば一ヶ月ほどで帰ってくるよ。」
「私、りんね以外の人と組むのは考えられません。」
「それは私が決める。今日はもう寝ろ。」
「りんね・・・」
木村はまたシクシクと泣き出した。
それを他の部員は慰めることなく、サラっと一声掛けるだけで部屋に戻っていく。
人の気持ちなんて、空に浮かぶ雲のように気まぐれだ。
さっきまでの結束と連帯感は、霧散した―――――。
- 349 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時56分52秒
- そして、真希も木村に一声掛けると加護と高橋と共に部屋に戻った。
部屋に入ると、里田も藤本も腕を組みながら何か思案してるようだった。
静まり返った部屋のなかを真希はなるべく音を立てないように歩き、
自分のベッドに勢いよく寝転ぶと、ふう、と大きな溜息をついた。
(昨日といい、今日といい、変な体力を使って疲れる。)
「ねえ、あなたは誰が選ばれると思う?」
寝転んだ途端、藤本に話し掛けられる。
真希は腕枕しながら、視線だけを藤本に向けた。
「んなの、見当もつかない。」
「私は、木村さんは選ばれないと思うわ。あの人と戸田さん以外の誰かが組んだって、
息のあったプレイはできないわよ。」
「って事は、二人考えられるんだ。レギュラー。」
「そういう事ね。」
- 350 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時57分34秒
- そのやりとりを終えた後、里田が口を開いた。
「私、もし今年レギュラー獲れなかったら、テニス辞めるつもりなの。」
その唐突な里田の一言は、真希を大きく動揺させた。
真希は寝転がっていた体を大きく起こして瞠目する。
一転して、藤本は全く動じていなかった。
「どうしてですか?来年もあるし、それにテニス辞めるなんておかしいですよ。
テニス好きなんですよね?ねえ、里田さん!」
真希は異常に気持ちが昂ぶった。
里田は市井と同じ匂いがする。
思い通りにならないのが、人生なのだ。
こんなところで妥協するのは常軌を逸している。
- 351 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時58分08秒
- 「私は、もしテニスで結果を残せなかったら、勉強に専念しなきゃいけない。
今年の団体戦のメンバーに選ばれるか、それを私は分岐点として決めてたのよ。
夏休みが始まったら、両立は難しいからね。
・・・・後藤、好きな事を続けるのって、難しいのよ。」
里田の声には強い決心が篭っていた。
真希はそれでも首を振り続ける。だったら、人生とはなんなんだ?
好きな事も出来ない人生とは、いったいなんなのだ。
「里田さん、そんなの違いますよ。絶対に違いますよ。」
真希は俯きながら声を絞り出した。
すると、里田はニコリと笑った。
どうして笑えるんだ、とその時真希は憎しみに似た感情を里田に抱いた。
藤本は二人のやりとりを、麦チョコを摘みながら真剣に聞いていた。
- 352 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)01時59分26秒
- 「後藤は優しいね。私は思うんだ。後藤は未来を選べる。」
「・・・・なんですか、それ。」
「後藤はテニスが好きでしょ?だったら、テニスで頑張って。
後藤だったらなんだって上手くいくよ。私は昨日の試合を見て、そう感じた。」
「里田さんは、間違ってます。」
「ふふ、間違ってないよ。後藤は他の皆とは違うんだから。」
真希は首を大きく何度も横に振った。
選び取った未来に、何の価値があるんだ。
未来は、未来は、わからないから面白いんじゃないか。
だから努力するんだ。だから耐えれるんだ。だから夢を見れるんだ。
真希の心の叫びは、それでも里田には届かなかった。
「里田さん、だったら最初からテニスなんてしなければよかったんですよ。
諦める事を前提に物事を進めたって、上手くいくわけがないんですよ。」
「そうだね。私にテニスをする資格は無いのかもしれない。
元々、何かをやり遂げたいなんて思う性格じゃないんだ。
目の前の現実しか、私は見えていない。・・・・
でもね、それが普通の人間なんだよ。後藤は、私とは違うんだ。」
- 353 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時00分14秒
- 真希がいくら訴えても里田の決心は揺るがない。
里田はこの部の誰よりも現実を見ている。
いや、もう一人いる。市井だ。
里田の言葉を、真希は市井の言葉として受け取っていた。
「明日、また発表があるじゃないですか。それで、選ばれたら、
テニス続けるんですよね?」
「うん。この合宿が最後のチャンスだからもし選ばれたら精一杯頑張るよ。」
里田は笑顔でそう言ったが真希は釈然としなかった。
そして黙ってやりとりを聞いていた藤本が漸く口を開いた。
「あなたは人の生き方をわかってないのよ。誰だって好きな事して生きていけたら
苦労なんてしないわ。誰だって、どこかで挫折するものよ。」
「だったらなんでお前はテニスをしてるんだよ?」
「私はまだ私の可能性を信じているからよ。」
「可能性?」
- 354 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時00分56秒
- 真希はその言葉が気にかかった。
「そうよ。私は自分の可能性を信じているから夢を見ている。でも、
里田さんは自分の限界を感じているのよ。それは、いつかは誰にだって訪れるものよ。」
「・・・・だったら!」
「あなたはまだ何も知らないのよ。」
「なにを?」
「世の中はね、あなたのように甘い考えでは渡っていけないのよ。
いくら才能があって夢を見続けていても、その人だっていつかは終わる時が来る。
それが早かろうが、遅かろうが、例外なく終わりはくる。・・・・」
真希はそれだけを聞いて、それが矢口真里の事を指しているのだとわかった。
矢口は『妖精』と謳われるほどその可能性を秘めていた。
しかし、市井によってその可能性は強制的に閉じられる事になった。
人間なんて、明日どうなるかなんて誰にもわからない。
- 355 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時02分08秒
- 誰だっていつかは終わりが来るのだ。遅かれ早かれ。
それを今、里田が感じている。それだけだ。自然の摂理なのだ。
でも、真希は否定した。
自分だってテニスで生きていこうなんて思ってはいない。
夢を見る事は、そういう事じゃない筈だ。
「それでも、諦めたら、だめなんだ。・・・」
真希は俯きながら、搾り取ったような苦しい声を出した。
すると藤本は肩を竦めるような仕種をする。
「ま、人にはそれぞれ価値観がある。私はあなたの事を否定するつもりはないわ。」
「・・・価値観とか、そんなんじゃないよ。」
真希は妙に頭に引っ掛かるモノを感じていた。
里田や藤本の言う事は間違ってはいないけれど、正しいというわけでもない。
でも、それを上手く諭すように説明する術が、真希にはわからなかった。
どうしても言いたい事があるのに、それが言葉にならない。
こんな歯痒さは、生まれて初めて感じたものだ。
結局、三人の討論らしき鼎談はそこで幕を閉じた。
三人はそれぞれ自分の時間に戻り、この日、もう一度話し合うことはなかった。
―――――――――
- 356 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時02分55秒
- 翌朝の準備運動の時間、石黒から流すようにダブルスのペアが発表された。
真希はその時気持ちよさげに空を仰いでいて、その事については殆ど頭になかった。
朝日がサラサラと音を立てて落ちるほど、綺麗な空気は健在で、
合宿が始まってから天気は一度も崩れていなかった。
山の天気は変わり易いと言うが、この山は例外らしい。
真希は大きく息を吸って、それから石黒の方を見た。
部員達は作業する手を止めず、耳だけを石黒の発表に傾けていた。
「保田と藤本。今日からダブルスで組んでもらう。」
それを聞いた瞬間、真希は藤本の方を無意識に見る。
藤本はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべていた。
- 357 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時03分42秒
- 「二人、ちょっと来い。」
石黒によって二人が呼び出された。
颯爽と誇らしげに歩く藤本に対し、保田は不満そうな表情をしている。
真希は三人のやりとりに注目し、耳を澄ました。
「お前らが一番バランスのとれたペアだと判断した。
と、言う事で今日からメニューを変えて取り組んでもらう。」
「はい。わかりました。」
「・・・先生。」
すんなり返事を藤本に対し、保田は珍しくも、石黒に口答えをした。
真希が知る限り、保田が石黒に何か不平を訴える場面というのは無かった。
意表を付かれたように、石黒は眉根を寄せる。
- 358 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時04分16秒
- 「なんだ?」
「私が、ダブルスですか?」
保田は自嘲気味な笑みを浮かべて、首を傾げる。
その様はまるで、急に左遷をくらったドコカの会社員のようだった。
「そうだ。文句は受け付けない。」
「だったら、誰が空いたシングルを請け負うんですか?」
「あいつだよ。」
石黒は真希の方に親指を立てた拳を向ける。
真希はその親指の先が自分の額を貫いて、
後ろにいる里田に向けられたモノだと解釈した。
「ご、とう、ですか?」
「ああそうだ。文句は受け付けない。」
- 359 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時04分48秒
- 真希はそれを聞いた時、自分の事では無く、後ろにいる里田の事が頭に浮かんだ。
何故、里田ではなく、自分なのだ。
この感覚、覚えている。いや、忘れる筈が無い。
そう、加護と高橋を出し抜いて、自分が先に勝ち組に上がった時だ。
あの、形容する事が出来ないような、胸を締め付ける罪悪感だ。
真希は即座に後ろを顧みる。
そこにいる里田は、屈託の無い笑みを浮かべ、優しく真希を祝福しているようだった。
澄んだ朝日が里田の表情を柔和にし、
その微笑みは『聖母マリア様』なんかのように真希は見えた。
でも、その微笑の奥に何が潜んでいるか、真希は知っていた。
里田が、終わってしまう。
「さ、里田さん・・・」
- 360 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時05分27秒
- 真希が話し掛けようとしたところで、石黒が真希を呼び出した。
真希は反射的に首を石黒の方に向ける。しかし、もう一度、里田を顧みる。
「あ、あの、すぐに戻ってきますから・・・・」
しかし、笑顔の里田から声が発せられる事は無かった。
真希は厭に高鳴る鼓動を聞きながら石黒の元に歩み寄る。
そして石黒から、とても素っ気無い言葉を掛けられた。
「お前にシングルの一角を任せる。
メニューも変えるから準備運動が終わったら待機しておけ。」
「・・・あの・・・」
呆然とした表情で真希は石黒の肩に手を掛ける。
生気が抜け、真っ青になっている真希の顔を見て、
さすがの石黒も訝しげに首を傾げた。
- 361 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時06分05秒
- 「どうしたんだ、お前。」
「なんで、私なんですか?」
「意味のわからない質問だな。お前が適任だったからだ。」
「・・・私は試合で里田さんにも木村さんにも勝った事はないんですよ?」
真希は震える声で訴えた。
自分の言っている事が筋違いな事はわかっていた。
レギュラーを獲る為に、市井、加護、高橋と共に
団体戦に出る為に、ココに来ていることもわかっていた。
でも、何かが間違っていると思った。
「お前は藤本に勝っただろうが。」
「あ、あれは・・・」
「マグレだろうが何だろうがお前は藤本に勝ったんだ。いいか、強い者が弱い者に
ワザと負けてやる事はあっても、弱い者が強い者に勝つ事なんてない。
それだけは肝に銘じておけ。」
- 362 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時06分56秒
- 石黒の圧力に屈服しそうになったが、真希は挫けずに反論を続けた。
しっかりと石黒の瞳を覗き、声にも出来るだけ力を込める。
「じゃあ、私が里田さんにワザと負けたって言うんですか?」
「ああ、そうだ。でなければお前が藤本に勝つなんて事はあり得ない。
お前はあいつの実力を知っているだろ?仮にもお前の世代で頂点に立った事の
ある人物だ。体の『調子』なんかが理由でどうにかなる奴じゃない。」
「でも、里田さんは今年しかないんですよ?」
真希の声は頼りなく震えていた。
何を言ったって覆らない事は承知しているのに、
それでも訴え続ける自分は何がしたいのだろうか。
真希はふとそんな事を考えた。
- 363 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時07分35秒
- 「だからどうした?私はお前がこの部の中で成長がもっとも著しいから選んだんだ。
お前はレギュラーになりたかったんじゃないのか?」
「・・・・・・・」
「他人の事を気にしている暇は、ココにはない。以上だ。準備運動を続けろ。」
「もう、・・・里田さんにチャンスは無いんですか?」
「緊急で決めた事だ。もう、メンバーを替える余裕は無い。」
真希は頭の中が空っぽになった。
何か一つ考えると、きっと飽和してイカレてしまう。
真希は下を向き、自分の靴を見ながらゆっくり歩いた。
ゆっくりと、交互に足を出す。里田の元に行かねば。
すると陽気さ溢れる、高橋と加護が駆け寄ってきた。
「やったやん!ごっちん!!レギュラーやで!!」
「ごっちんだったら獲れるって信じてたよ!!」
「・・・・ごめん、ちょっと用があるから・・」
- 364 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時08分22秒
- 真希は二人の間を融けるようにすり抜け、
両腕を垂らしながら里田の元にゆっくり歩を進める。
加護と高橋はそんな猫背がちに頼りなく歪んだ真希の背中を数秒見つめた後、
二人同時に顔を合わせた。
「・・・・なんや?いったい?」
「さあ、お腹でも痛いのかな?」
「んーなわけないやろ。」
真希は何も考えなかった。ただ、諦めてはいけない、という言葉を里田に掛けよう。
その言葉を何度も頭で反復していた。
(諦めちゃ、だめですよ。里田さん。)
俯きながら、真希はぶつぶつとその台詞を呟き続ける。
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ呟いて歩いていると、何かにぶつかった。
- 365 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時09分22秒
- 「おい、お前、何考えてるんだ?」
「え?だって、里田さんは今年しかないんだよ。」
「仕方が無いだろ。ココは実力の世界なんだ。里田にはその力がなかったんだ。」
「・・・・・私、もうわけわかんない。里田さんに・・・諦めちゃだめって言わなきゃ。」
真希は両手で頭を抱えて、市井の肩に縋るように凭れかかった。
しかし市井は真希の体を強い力で引き離した。
そして真希の肩を両手で掴み、正面を向かせ、一息置いてから諭すように話し掛けた。
「勝者が敗者に掛ける言葉なんて、一つも無いよ。お前は里田の意志を受け継いで、
里田の為に精一杯自分のテニスを高めるんだ。」
「・・・・そんなの、納得できない。」
「前に言っただろ?夢を掴む人間なんて、一握りしかいない。
お前はそのチャンスがあって、里田にはない。だったら、お前は里田の分まで
テニスをやり遂げる義務がある。」
市井は真希の瞳を強く見つめながらそう言った。
- 366 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時09分55秒
- 「それでも、行かなきゃ・・・」
真希は市井の手を振り解くと、走って里田の元に向かう。
そして前屈している里田を見下ろすように見つめると、ゆっくり口を開いた。
「・・・・・・・。」
が、言葉が出なかった。―――人間なんて、都合がよく出来ている。―――
真希はその時、市井の言葉を思い出していた。
こんな時に声が出なくなるなんて、本当に都合がいい。
(他人の苦悩する様は、格好の快楽の対象なんだよ。)
しかし、目の前にいる里田は、全く苦悩を表に出していなかった。
せめて涙でも流していてくれれば、一声掛ける事位は出来たのに。
- 367 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時10分40秒
- 「どうしたの?後藤?・・やったね。言ったでしょ?後藤は私とは違うって。」
里田は腰を上げて、真希に微笑みかけながらそう言った。
どうして里田は笑えるのだろうか。
真希はやるせなくなった。成功の裏には必ず挫折があるんだ。
そんな事は、わかっていた筈だったのに。
「・・・里田さんは、まだ、テニス続けなきゃダメですよ。」
「言ったでしょ?私はもう勉強に専念しなくちゃ。これで、テニスとは
当分お別れだけど、受験が済んだら、また、趣味で続けるよ。」
「そんなんで、いいんですか?テニス、好きじゃないんですか?」
「好きだよ。でも好きな事を続けるのは難しいんだ。後藤はその権利を持ってる。」
そう言うと里田は――この澄んだ朝日の所為かもしれないが――
霞むように儚く、悲しくもはっきりとした笑顔を浮かべた。
真希は里田と目を合わせる事が出来なかった。
非情になれば、この苦痛からは逃れる事が出来る。
でも、真希は自分の信念を曲げなかった。
- 368 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時11分27秒
- 「里田さん、私、きっと結果出します。」
「うん。後藤は私の希望の星だよ。私の分まで、ちゃんと頑張るんだよ?」
その直後、石黒から新しくレギュラーに選ばれた三人に招集がかかり、
真希は里田にちゃんと返事をする事が出来なかった。
いや、それは言い訳かもしれない。
石黒の声が無くても、真希は里田の言葉に頷く事は出来なかった。
人の意志を受け継ぐというのは、そう安易に了解できるものではない。
世界は常に不条理で、その渦中に真希は佇んでいた。
石黒からメニューを手渡され、真希は黙々とそれをこなした。
練習をする以外に、里田に対してどう示せばいいんだ。
里田と木村の落選で、他のレギュラー組は自分の立場を揺ぎ無く固めた。
空は不純物ゼロの蒼穹で、誰もそんな空の下で起こった挫折と成功を知らないだろう。
こんなに抜けるような空の下で、一人のテニス生命が終わった事を知らないだろう。
皮肉にも、空は輝き続けた―――――。
―――――――――――
- 369 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時12分07秒
- 後半一週間は浮き沈みもなく、流れる小川のようにゆっくりとだが確実に
部員達はメニューを消化していった。
高橋も加護も、市井も飯田も、保田と藤本の新しいペアも、
先に行われる団体戦の為に自分を高めていく。
真希は一種の惰性で練習をこなしていた。
合宿十二日目。
夕方、空には黄昏色に染まった薄雲が疎ら疎らに散らばっていた。
部員達は怠惰になることなく、最後の仕上げを淡々とこなしていた。
そんな代わり映えの無い練習風景を、
石黒と平家はテラスで言葉を交わしながら見ていた。
「なあ、大分形になってきたな。保田と藤本、あの二人はちょいと癖は
違うけど、まあ、いいように作用してるわ。即席とは思えん。」
「二人とも、素人じゃないですからね。」
「それに市井、あいつはいい選手になったなあ。」
- 370 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時13分07秒
- 平家は手摺に肘を立て、掌に顎を乗せながら、ニシシとイヤラシイ笑みを浮かべる。
石黒は目を細めて市井を見つめた。
「市井は変わりましたね。後藤によって。」
「おお、さすが天才。」
「・・・まだ言ってないんですよ。矢口が復帰した事。」
「・・・・・矢口か。」
二人の会話に急に鉛のような重石が圧し掛かる。
見下ろしたコートで真希と打ち合いをしている市井を、
二人はある外道を愚劣視するように見た。
- 371 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時14分57秒
- 「市井の心の中は、私にはまったくわかりません。」
「あいつは変に賢いからな。ウチもあんなタイプの人間は知らんわ。」
「私はワザと敬遠していたんですよ。矢口の事を。もし、矢口が復帰していると
知ったら、市井はどうすると思います?」
「・・・・・また、繰り返すやろ。」
「そうだとしても、あの二人はまた巡り会いますよ。
こんな事を言うのは、ガラじゃないんですが、私は恐いんです。」
黄昏色が朱色に変わり、世界はまた今日も終わろうとしている。
風が吹き始め、空の雲が忙しなく動き出した。
その雲の動きを感じ取ったのか、太陽も沈み方に勢いをつけた。
一日が終わる度、二人が相対する日が着実に近づく。
石黒は恐れた。
「天才がなんとかするんちゃう?天才っていうのは
そういうもんや。ウチらを何時でも何でもしてくれたんは、
天才やった裕ちゃんやったやろ?」
「市井はそれを覆しましたからね。何なんですかね?『強さ』っていうのは。」
「・・・・うーん。それも天才が教えてくれるんちゃう?ははは。」
「・・・後藤。」
――――――――
- 372 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時15分53秒
- いよいよ合宿は最終日を迎えた。
石黒の計らいで、朝から昼に帰るまで、約六時間ほど自由時間となった。
といってもこれは毎年恒例なのだが。
里田と木村はそれぞれ広間で悪戯に時間を使っていた。
里田は小難しい本をソファーに座って読んでいて、
向かいのソファーに座っている木村は足をだらしなく放り投げながら、
ファッション雑誌を読んでいた。
―――――ダッダッダッダ。
その静寂が支配する広間を駆け抜け、キッチンに身を隠す小さな団子頭。
加護、高橋、真希の三人はぺンションの中でかくれんぼをしていた。
読書をしていた里田はクスクスと微笑を浮かべながら広間を駆け回る三人を観察する。
- 373 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時17分03秒
- 「里田さん!あいぼん何処いったか知りません!?」
真希が焦った口調でそう言うと、里田はクスクス笑いながら首を横に振る。
「さあ?何処だろう?」
「クソォ・・・あの禿げ!・・・里田さんもします?かくれんぼ?」
真希が駄目元でそう言うと、やはり里田は首を横に振った。
真希は大袈裟に残念そうな仕種をする。
「えええ?やりましょうよ!ね!里田さん!」
「・・・・そんなに言うなら、やってみようかぁ。でも私、十年ぶり位だよ?」
「そんなん全然いいですよ!」
- 374 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時17分48秒
- 昨日の就寝前、里田は合宿が終わると、テニス部を辞めるという事を真希に告げた。
真希に猛反対されると里田は思っていたが、予想に反し、真希は笑顔で納得してくれた。
里田はどうして真希が簡単に納得したのか、理由を聞かなかった。
真希もその理由を語る事は無かった。
「じゃあ、あいぼんと愛ちゃんに言ってきますね!」
「二人の場所わかるの?」
「・・・全然。あの二人、こういう事にかけては天才的なんですよ・・」
「ははは、面白いね。」
「はい!二人とも私の大親友です!・・・じゃあ、ちょっと死ぬ気で探してきます!」
そう元気よく言うと、真希は廊下の方に駆け出していった。
里田はまたクスクス笑う。
(後藤はいいなあ。)
――――
- 375 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時18分29秒
- 市井はテラスで優しい風を浴びながら、飯田と語り合っていた。
「圭織、正直さ、団体戦どこまでいけると思う?」
「そうだねえ、今年のチームはちょっと今までとは風変わりだからね。
どこまでいけるかなあ、とか言ってる間に優勝してそう。紗耶香は?」
「私は後藤次第だと思うんだ。勝敗の鍵は、あいつが握ってる。」
「紗耶香は後藤の事が好きなんだね。」
飯田が抑揚の無い声でそう言うと、市井はクスっと鼻を擦って笑った。
「あいつはさあ、私なんかとは全然違うからさ。ホント、大した奴だよ。」
「紗耶香がゴトーの事を好きな気持ちはわかるよ。私もあの子の魅力を
ちょっと知ったからね。」
「うん。あいつがいたら、この先安泰だよ。ははは。」
「・・そうだね。」
「・・・うん。」
- 376 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時19分05秒
- 二人の間で交わされたのは、全て真希に関する話題だった。
この時、もうそれ以外の話題は二人の中に存在していなかった。
二人の間に何時の間にか発生していた際限ない高壁は、
二人から意識することの無い言葉すら奪っていた。
会話が途切れると、二人はそれぞれ視線を泳がしながら、必死で言葉を探した。
去年の今頃は、お互い空気のように溶け合っていて、意識する事は無かったのに。
二人が例のように言葉を模索しながら視線を泳がしていると、
飯田が首を傾げた所で、お互いの横目と横目がばったり合ってしまった。
二人は同時に堅い息を吐き、口端を少し上げただけのぎこちない笑顔を作って、
また、真希の事について話し始めた。
「・・・ねえ、昨日の後藤の試合見た?」
「・ああ、見た見た。」
「・・・」
「・・」
二人が話している間、テラスには優しい風が吹き続けていた。
――
- 377 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時19分55秒
- 保田と藤本の新規ペアは、まあ予想通りの展開になっていた。
場所は真希にやられたクレーコートの後方にあるベンチ。
藤本はそこにどっしりと座って、前方のコートを凝視しながら、
隣でつまらなさそうに溜息を吐き続けている保田に話し掛けていた。
「保田さん、私思うんです。うまい棒は、十円を越えると価値が無い。」
「はぁ。そんなことね、私がどう答えたらいいのよ?」
「保田さんのテニスは、よっちゃんイカです。」
「はぁ。あんた、何処で道間違っちゃったの?」
「つまり、オーソドックスだけど、奥が深い。」
「じゃあ、最初からそう言え。」
保田がキツイ口調でそう言うと、藤本は細めていた目を更に細めた。
- 378 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時20分56秒
- 「・・・私は、正直ダブルスなんて好みません。今は、ただの通過点だと
思ってやってます。当初の目標だった、一年でレギュラーを獲るというのは
達成できましたから。」
藤本の一貫性の無い会話を、保田は広い心で受け止める。
何故よっちゃんイカから、ダブルスの話になるんだ、と、
ツッコンところで、藤本がどうなるわけでもないと保田はこの合宿で
思い知らされていた。
「・・・私はあんたには最初から期待してたわよ。いつかは必ず私の前に
立ちはだかるってね。今はペアだけど、その先はそうはいかないわよ。」
「そうですね、数々のモロコシワタロウの中から、人は抜きに出なければいけない。
私は、あなたの上に立ちますよ。」
- 379 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時21分36秒
- 「・・・・はぁ。どうしてあんたなんかとペア組まされたんだろう・・・。」
「フフフ、そんなの、私達、似た物同士じゃないですか?」
藤本は妖怪の微笑を浮かべて保田の方に顔を向ける。
保田は藤本の余りの不気味さに一瞬辟易したが、
こんな事はもう慣れっ子になってしまっていた。
「・・お願いだから嘘と言ってくれ。」
「フフフフ・・・・ハハハハハ。」
二人は昼食の時間までこんなやりとりを延々と繰り返していた。
―――
- 380 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時22分23秒
- やがて石黒から召集がかかり、部員達は最後の昼食を嗜む事になった。
平家の上手い料理とも、今日でお別れになってしまう。
それを最も切々と感じていたのは加護だった。
「うっ、うっ、今日で最後かぁ・・・またおかんのレトルト食品のエブリデイが
始まってしまうと思ったら、なんか泣けてきたわぁ。」
「まあまあ、あいぼん。また来年も来たらいいんだよ。ね?」
高橋があやすようにそう言うと、加護はニッカリと笑った。
「そうやな、そう思ったら毎日が楽しくなるで。ココの飯を食べる為に
一軍に居続ける。・・・・かっこええやん!」
「かっこいいかどうかはわかんないけど・・・まあいいんじゃない?」
- 381 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時23分34秒
- 高橋が言った――来年またココに来る――という台詞には、かなり深い意味合いが篭っている。
一軍に居続けるか、または入れ替え戦で終わるか、一年後、その答えが
来年の合宿で如実に現れるという事だ。
そしてそれを三年間守り続けた部員は今の所、一人しかいない。
飯田は一年でレギュラーを獲得し、それを最後まで守り通した唯一の三年だ。
それ故、平家は飯田に絶対的な好感を持っていた。
この部で石黒が就任してから、一年から三年まで一軍に居続けたのは飯田しかいない。
三年間一軍に居続けるというのは、それだけ至難の道程なのだ。
今年は四人の一年が一軍に上がったが、果たして全員最後まで居続ける事ができるのだろうか。
最後の食事を済ますと、部員達は荷造りをし、迎えに来たバスの前に一列に並んだ。
平家と石黒が二人で何かを話し合った後、石黒から改まって号令がかかった。
- 382 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時24分09秒
- 「整列、最後に挨拶をする。一同礼!」
「「「「有難う御座いました!!!」」」
部員達は感謝の意を込めた最大限の声を出し、深く頭を下げた。
平家はニコニコしながらうんうん頷くと、部員一人一人に言葉を掛け始めた。
「圭織、あんたはホンマによう今年も来てくれた。来年は会えへんけど、
プライベートなら何時でも歓迎や。安くしとくで。」
「平家さん。毎年お世話になりました。今度は個人で来ます。絶対です!」
飯田は瞳を潤ませながら力強くそう言った。
平家は優しく微笑むと、次に保田と藤本の二人に声を掛ける。
- 383 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時24分52秒
- 「あんたらは似た者同士や。お互い息の合ったプレーをする事を期待してるで。」
「当たり前です。ね?保田さん?」
「・・・嘘だと言って下さい・・・」
「ははは、ええコンビやん。来年も待ってるで!」
平家はバンバンと二人の肩を大きく叩くと、次に加護と高橋に声を掛ける。
「加護ぉ、お前、絶対に来年も来いよ!お前みたいにおもろい奴、
この部で始めて見たわ。」
「うっ、うっ、平家さーん!絶対戻ってきます!!絶対イイコナノニネに戻ってきます!
イイコナノニネにイイコナノニネにイイコナノニネ・・・・・」
「・・・・なんで最後の部分、物悲しげに呟いてんねん?・・・」
- 384 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時25分33秒
- 加護は平家の問いを無視して、ワンワン泣きじゃくった。
隣の高橋も貰い泣きをして平家に挨拶をする。
「高橋、しっかり加護をリードしてやるんやで?」
「グスっ・・はい。いろいろ有難う御座いました!」
高橋は深々と頭を下げる。
平家は優しく高橋の頭を撫でててやると、次にレギュラー落ちの二人に声を掛ける。
「今年は残念やったけど、来年もある。絶対に帰ってこいよ。」
平家は厳しい口調で、二人の目を交互に見ながらそう言った。
一軍にいる限り、チャンスが無い事は無いのだ。
二人は頭を下げるだけの返事をする。
平家もそれに答えるように二度大きく頷いた。
- 385 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時26分32秒
- そして平家は改まった態度を作り、次の市井に声を掛ける。
「市井、お前はいい選手や。今年も期待しているで。」
「・・・はい。頑張ります。」
「・・うん。」
二人のやりとりは言葉少なだが、とても張り詰めた緊張感を孕んでいた。
市井の表情の無いその返事に、平家は嫌な予感がして止まなかったが、
それでもそれ以上の言葉を掛けることは無かった。
いや、掛けれなかった。市井は、この部では特に怜悧すぎるのだ。
そんな市井に安直な激励を掛けても無駄な事を、平家は熟知していた。
そして、平家は最後の真希に声を掛ける。
- 386 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時27分02秒
- 「お前はあやっぺ公認の天才や。だから自信もって試合に臨めよ。
お前はこの部の将来を背負って立つ存在になり得るんやからな。」
「はは、大袈裟ですよ。私は精一杯頑張るだけです。平家さん。
有難う御座いました。」
「頼むで。」
平家は真希の肩に手を置き、小さい声でそう言った。
真希は何の事だかさっぱりといった様子で、訝しそうに首を傾げる。
全員に声を掛けた平家は後ろ足で数歩下がり、また石黒に声を掛け、
その後、腕を組みながらバスに乗り込む部員達を見守っていた。
- 387 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時27分33秒
- 真希の席は行きに座った後部座席ではなく、前部座席の窓際だった。
そして、隣も藤本ではなくて市井に代わっていた。コレほどいい事は無い。
真希は隣でスポーツドリンクを飲んでいる市井を他所に、
ずっと窓外の平家の顔を見ていた。
(平家さんお世話になりました。)
平家は笑顔を絶やすことなく、バスが発車するまで部員達にずっと
笑顔を送り続ける。部員達は改めて平家に感謝した。
バスが山を下り始めると、真希は隣ですまし顔をしている市井に
重い口調で話し掛けた。
「ねえ、このバスが着いたら、里田さん辞めちゃうんだ。」
「うん。そうだな。」
- 388 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時28分03秒
- 会話はその一回の受け答えでピタリと止んだ。
二人とも何も話そうとしない。
市井は肘掛に肘を乗せて、何か思案するように沈黙していた。
真希は行きに眠る事が出来なかった分を取り返そうと、徐に目を閉じる。
しかしなかなか寝付く事が出来ず、結局目を開けて車外の景色を見ていた。
帰り道というのは不思議で、どういう訳か行きよりもずっと進むスピードが速く感じる。
ぼんやり外を見ていると、既に山を下り、都心に指しかかろうとしていた。
そこでずっと黙んまりしていた市井が話し掛けてきた。
「眠れないのか?」
「いや、そんなんじゃなくて、なんかいろいろあったなあって。」
「お前は他人の事を考え過ぎるから、思い詰めちゃうんだ。」
- 389 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時29分20秒
- 市井はスポーツドリンクを一口飲んでから、横目でそう言ってきた。
真希はその時、依然として、車外の景色に視線を委ねていた。
「それが、私なんだよ。」
「ははは、やっぱりお前は特別だな。」
市井が笑ったところで真希は首を180度回転させて市井の顔を見る。
笑われたのが、ほんの少しだが癪に障った。
「なんかおかしい?」
「ああ、おかしい。今時お前みたいなやつはいない。」
- 390 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時30分14秒
- 真希は不貞腐れるように頬を膨らませ、また首を回転させて外を見た。
普通の友達ならそこで軽い口論に持っていくのだが、市井は全く別物だ。
市井に口論をふっかけても、勝てるわけない。
「どうしたら、みんないい方向に行けるのかな?」
「そんなのは無理だよ。どうしたって落ちる奴は落ちるんだ。」
「・・・ねえ、矢口さんてどんな人だったの?」
真希は特に意識することなく気付いたらその名前を口にしていた。
矢口真里は、この部の連中の殆どに影響を与えている。
夢を破り、憧憬され、目標になる存在。
そして、市井がどうしても勝ちたかった絶対的存在。
だから、どうしても詳しく知っておきたかった。
- 391 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時30分53秒
- 「・・・自分以外は全く見ていない。お前とは全く正反対の人間だよ。」
「でもさあ、私、あの人の試合のビデオ見て、気になる事があったんだ。」
真希は高橋の家で見た、飯田に何もさせない矢口の姿を思い出していた。
あの時、心の中にやけに突っかかる物があった。
それを今、鮮明に思い出した。
「なんだよ?」
「あの人、テニス楽しんでないよ。」
「それは違う。あいつはそういう風に装って、相手に隙を見せないんだ。」
いや、違う。
あれは装ってできるモノなんかじゃない。
真希は見慣れた町並みになりつつある外の風景を見ながら、市井の言う事を否定する。
- 392 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時31分32秒
- 「だってさ、あんなの無理だよ。」
「それが出来るからあいつは凄かったんだ。・・・私はそれでも懸けたよ。」
市井の声色が急に重くなった。
真希はまた首を回転させ市井の顔を見る。
「懸けた?」
「ああ、あいつの心の中にね。テクニックで勝てないのなら、心で勝つしかない。
・・・私は狂ったんだ。そして、やっぱり矢口は壊れた。・・私は馬鹿だ。」
市井は悄然と俯いた。
「でも、私思ったんだ。あの人、あんたにやられて初めて目が覚めたって感じだったよ。
なんていうか、それまでの試合は、眠ったままやってたっていうか、そんな感じだった。」
- 393 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時33分02秒
- 真希はその光景を思い起こしながら言葉を紡ぐ。
市井に睨み付けられ、矢口の表情が見る見る強張っていく、そして壊れた。
でも、真希には『壊れる』という表現より『目覚め』という表現の方が正しいと思った。
あの時、確かに矢口は目覚めたのだ。『目覚め』て『壊れた』のだ。
「・・・・違うよ。私はあいつの事を知っているんだ。あいつは、機械のような奴だ。
でも、人間なんだ。私は才能の目を摘んだしまった。それは許される事じゃない。」
市井は唇を噛んで瞼が震えるほどきつく目を瞑る。
市井は後悔している。償いたいと思っている。
それでも、許されないのだろうか。
- 394 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時33分51秒
- 一度失った信頼というのは、修復するまで莫大な時間が掛かる。
市井は周りの人間全てを敵に回した。
それは一年経った今でも変わらないのだろうか。
「止めよこんな話。私寝るよ。」
「・・・ああ。」
真希は思い巡る事が多々あって、なかなか寝付く事が出来なかったが、
それでも眠る事に努めた。取り敢えず、眠っておきたかった。
――――――
- 395 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時34分37秒
- 「・・・・ちん。」
「・・・・・・。」
「・・・っちん。」
「・・・・・・。」
「・・ごっちん!!!」
「・・・・んあ?」
ブンブンと肩を揺さぶられる感覚が、まず真希を襲う。
――――やられなれた感覚だ。
そして真希は目を眩しそうに開く。
――そこには見慣れた団子頭が頬を膨らませていた。
「ごっちん、もう着いたで。はやく降りるで。」
「んあ、あああ、うん。市井ちゃんは?」
「もうとっくに降りたわ。」
「・・・・里田さんは!」
- 396 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時35分14秒
- 真希は忽然、意識が覚醒した。里田は今日で部を去ってしまう。
「え?里田さん、今先生となんか話しとったで。」
「行かなきゃ!」
真希は荷物をさっさと担ぎ、加護を吹っ飛ばしてバスを降りる。
すると、部員達が円陣を組むように里田を囲んでいた。
外は都会特有のムッとした湿気と、イジラシイ暑さに包まれていて、
初夏というよりは、残暑に見舞われているような感覚を真希に齎した。
日は落ちかけているのに、それでも大気は優しくない。
真希は途端に吹き出た額の汗を拭い、里田の顔を見た。
・・・・里田はやはり笑顔だった。
「里田さん!!」
- 397 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時36分04秒
- 真希が叫び声のような大きな声を掛けると、里田は忘れ物を思い出したような、
急に脅かされたような、そんなびっくりした表情をした。真希は里田の元に駆け寄る。
しかし、その途中で石黒から集合が掛かった。
「集合!今日で団体戦まで一週間を切った・・・・」
石黒がこれからの予定を説明している間も、真希はずっと里田の
顔を横目で窺っていた。
里田は常に穏和な表情を保っていて、そこには一片の曇りも無かった。
「・・・それじゃあ、解散!!!」
石黒の解散の声と共に、真希は里田の元に駆け寄る。
そして、無理して堪えていた涙を零しながら、精一杯の声を掛けた。
- 398 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時36分47秒
- 「うっ、里田さん・・・私、・・絶対結果出しますから!!」
「・・ありがと。後藤は私の希望の星だよ。」
里田は笑顔で答える。
「だから、強がるの、止めてください。」
真希が嗚咽交じりにそう言うと、笑顔の里田はピタリと笑うのをやめた。
一瞬、表情が消える。真希のその声が、引き金だった。
里田の笑顔を支えていた堰のようなモノは、その時音をたてて崩れ落ちた。
そして里田の顔は、口元から徐々に徐々に歪んでいった。
「やっぱり、・・・後藤にはばれてたかぁ。」
- 399 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時37分50秒
- 里田は崩れた笑顔でそう言ってから、泣き出した。
わんわんと子供のように泣き出した。
それに気付いた部員達は、不安げな表情で里田に声を掛ける。
どうしたの?つらいよね。頑張るから。そんな声が飛び交う。
意思表示して、初めて心の声に気付くんだ。
でも、真希はそれをずっと前から見透かしていた。
人は弱いから、強がる。真希はそれを加護に夜景を見せた日から熟知していた。
ずっと持っていた宝物を手放して、辛くない人間などいるわけが無い。
笑えるわけが無い。平気なわけが無い。
真希は里田の強がりをずっと知っていたのだ。
里田はそれから馬鹿みたいに泣き続けた。
辞めたくないよぉ。という台詞が、何度もその場に木霊した。
部員達はそれから、安直な声を掛ける事が出来なくなった。
目前で恋人を殺される光景を目撃すると、きっとこんな気分になるんだろう。
- 400 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時38分45秒
- 真希は優しく里田の手を握り、泣き止むまでその手を離さなかった。
市井は里田の姿を強い視線でずっと見据えていた。
まるで、もう一人の自分を見ているかのように。
その時、市井は何を思っていたのだろう。
きっと誰よりも里田の気持ちを理解している筈なんだ。
真希は里田の手を握りながら、市井と里田の心情を混合する。
数十分して、里田は漸く泣き止んだ。
里田は何度も自分に何か言い聞かせるように、うんうんと頷き続ける。
そして、答えを出したのか、真っ赤に腫れた瞳を隠すことなく顔を上げた。
「みんな、私の分まで頑張ってよ。」
普段の声色で、里田はそう言った。
それがテニス部員里田の最後の台詞だった。
部員達は力強い表情を作って頷いた。
すると、里田は一度満面の笑みを浮かべ、そして颯爽と去って行った。
その背中は敗者のそれではなく、新しい希望を見つけた初々しさに満ちていた――。
- 401 名前:八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 投稿日:2002年10月17日(木)02時40分21秒
- 真希は里田の姿が見えなくなるまで、ずっとその後姿を見つめていた。
日没に誘われるかのように、ぼやけていく里田の後姿をずっと見つめていた。
里田の意志を受け継ぐんだ。でも、それは正しい事なのだろうか。
何故、人は叶わない夢を追い駆けるのだろう。
何故、人は達成することなく妥協してしまうのだろう。
――真希は考えた。
夢を追い駆ける事は、こんな悲しい事じゃない筈だ。
生きている時点で、妥協するのは間違っている筈だ。
可能性はもっと無限大で、それは何よりも満ち溢れている筈だ。
他人に自分の夢を委ねるのは、カッコイイ事なんかじゃ決してない筈だ。
きっといつか巡り会える筈なんだ。自分は間違っていないという答えに。
真希は自分に言い聞かせた。
これらの答えに、いつかきっと巡り会えると。
でも、心の奥底ではそんなモノは存在しない事を理解していた。
それでも真希は心に言い聞かせ続けた。
いつかきっと・・・・
―――――――――――――――――
- 402 名前:カネダ 投稿日:2002年10月17日(木)02時43分46秒
- 八話、太陽の欠片達、選ぶ未来 完
次の更新は石川編のノリを取り戻す為と、私事の為、少し更新が遅れると思います。
もしかすると、新スレを立てるかもしれません・・・アフォ丸出しです。
- 403 名前:むぁまぁ 投稿日:2002年10月17日(木)08時35分23秒
- 合宿編終了しましたね
お疲れさまでした
最後の数行は心に沁みて泣けますた
思えば妥協した人生を送ってきたなしみじみ思う秋晴れの朝
- 404 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月17日(木)16時49分16秒
- いつも大量更新ありがとうございます。
ダブルスの即席コンビは、なんか面白い感じになりそうですね。
次は石川編ですね・・・なんか久しぶり(w
- 405 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年10月17日(木)20時16分59秒
- いつも面白いお話しありがとうございます。
毎日、楽しみにしています。
ようやく合宿編が終わりましたね。よっすぃ〜好きとしてはあやゃとのカラミが読めるのが待ち遠しいです。
保存も第8話まで終了しました。
つづき、楽しみにしています。
- 406 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月18日(金)20時48分44秒
- ∬´▽`)<来年ですか…有難うございます
私、この小説大好きなんです
ず〜っと応援してますよ…
愛ちゃんガンバ!
あさ美ちゃんファイト!…
- 407 名前:カネダ 投稿日:2002年10月21日(月)23時47分24秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>403むぁまぁ様。
合宿編は予想外に苦戦しました。
それでも続けてこれたのはやっぱり暖かいレスの御蔭です。
小説では容易く妥協するなと書けますが、実際は難しいですね。
自分も妥協ばかりしてきて、今ではただのアホです。
>>404読んでる人@ヤグヲタ様。
有難う御座います。更新量だけは声を大にして言えますから。(w
それに伴い、文章を雑にしてしまいがちな今日この頃なのでその辺は気をつけたいです。
即席コンビも活躍させたいと思っております。
石川編、ちゃんとノリを取り戻しているか心配です。 (w
>>405ななしのよっすぃ〜様。
有難う御座います。こんな駄文に面白いと言ってくれるなんて嬉しい限りです。
更新が遅れてしまって申し訳ないですが、できるだけこれからはペースを守りたいですね。
松浦と吉澤のカラミは上手く取り戻せているか不安ですが、
今まで勢いでやってきましたから、きっと大丈夫だと思います。(w
>>406名無し読者様。
あ、あの、笑っても良いんでしょうか?
何故かわからないのですか、とてつもなく笑えます(w
しかし、大好きと言ってくれるからには、小川も(r
- 408 名前:カネダ 投稿日:2002年10月22日(火)00時02分49秒
- とても恐縮ですが、また新スレを立ててしまいました。
どうしようもないアホです。しかし、この次スレで必ず完結します。
残り2話の予定ですが、いや、2話です。
長々と続いてしまって申し訳ないです。
読んでくださっている方、こんなアホですが、見捨てないで最後まで宜しくお願いします!
新スレ http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sky/1035212236/
Converted by dat2html.pl 1.0