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あなたの声が聞こえる。 3
- 1 名前:G3HP 投稿日:2002年09月18日(水)23時37分06秒
- 風板、海板と渡り歩いていた者です。
今度こちらに引越しさせていただきました。
よろしくお願いします。
市井主役のアンリアルで、非カップルかな?
4期までのメンバーが出ています。
よろしかったらお付き合いください。
- 2 名前:G3HP 投稿日:2002年09月18日(水)23時40分44秒
- 前スレ
一枚目 http://mseek.obi.ne.jp/kako/wind/998582918.html
二枚目 http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=sea&thp=1007833313
- 3 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時43分35秒
朝を迎えた。
離れた場所で待機していた矢口も、今はあたしの横で安らかな寝息を立てていた。
渡辺に動きは無い。
まるで、それが起きたこと自体を否定するかのように、
何も無い静かな夜やった。
渡辺の取り巻きは、松本の誘拐が他に洩れないような工作はしていた。
でも、警察にも連絡しなかったようやし、裏で工作する気配も無かった。
警察に連絡しない理由は、単に渡辺の面子を守るが故の行動や。
松本の誘拐が、そして、未成年の愛人のことをマスコミにばれることは
渡辺に対しては、耐えがたい屈辱なんやろう。
- 4 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時44分36秒
「裕ちゃん、動き始めたよ」
渡辺の家に張り付いていたみっちゃんから連絡が入った。
「了解。みっちゃん先行してや。うちら後ついてくから。
後藤、加護ちゃん聞いている?」
「はい」
「うちらトレースしててや」
「はい」
角を廻り、渡辺のリムジンが目の前を通り過ぎていく。
後部座席で、目を瞑ったままふんぞり返る渡辺が見えた。
少し間をおいて、みっちゃんの特注ベンツが角を廻って行った。
「みっちゃん、気ぃつけ〜や」
「姐さんこそ」
- 5 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時45分09秒
都庁の表玄関に、観光客に紛れてみっちゃんがいた。
矢口とあたしは、裏の公園ん中や。
綺麗な公園や。
そのどこか違和感を感じるほど綺麗な中に、都会の切れ端が落ちていた。
ハトが彼方此方で餌を啄んでいる。
そのハトを都会の切れ端達が、見るでもなくぼんやりと眺めていた。
彼らの一人が不意に立ち上がると、ハトは一斉に羽ばたき始めた。
高く飛び上がってハトの向こうに、渡辺の居る都庁が聳えていた。
公園の森の隙間から見上げる都庁は巨大や。
スカイスクレーパーとはよぉ言ったもんや。
夜に降り出した雨はとうに止み、空は抜けるような青空が広がっていた。
その青空に突き刺さるんやないか思うほどでかい都庁が、空に鍵穴をこさえようしてた。
- 6 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時45分47秒
「此処に居ても何もかわらへんようやし。
ちょっと、仕掛けよう思うねん」
マイクをONにすると、目の前の矢口に向かって話し始めた。
「裕ちゃんダメだって」
「ちょっと、姐さんやめとき〜な。おとなしく待っとたほうがええて」
マイクの向こうで、みっちゃんが呆れている。
「そうだよ。みっちゃんの言うとおりだよ」
「…そうも言ってられへんやろ」
新宿に着いてから、既に3時間が過ぎていた。
このまま、渡辺は動かへん気やろか?
渡辺が松本のことで此処に来てるんやないんなら、
多分そのつもりなんやろ。
- 7 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時46分32秒
「ごっちん聞いてる?」
「うん」
「渡辺の愛人の情報、マスコミに流して」
「いいの?」
動かへんなら、動かすだけのことや。
「はなっからあの情報は、そのつもりやったんやし」
「分かった」
次の手を打つ。
それはまた、自分らの首を絞める事になるんのはあきらかやった。
胸騒ぎは一層激しくなり、うちらの神経を削っていく。
それでも、うちらは戻ることは出来ないんや。
うちらは…
うちらは、もう行くとこまで行くしかないんや。
- 8 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時47分15秒
マスコミがぽつぽつと現われ始めた。
汚れたジーパンを穿くスタッフに紛れて、小奇麗な格好をしたリポーターが、
マイクを持て余していた。マイクの数は全部で5〜6本と少ないが、
渡辺の自尊心を傷つけるには十分や。
都庁の要人用出口近辺は、忽ちゴミの山を築き始めていた。
散乱したタバコの灰が道の片隅で渦を巻いてる。
「出てくるよ」
中で情報収集していたみっちゃんから連絡が入った。
- 9 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時47分53秒
「了解や。あんたは車で待機しててや」
「気ィ〜つけてよ」
「さすがにバーニングもマスコミの前じゃぁ、なんもせえへんやろ」
「違うよ。姐さんがカァーとならんようにってこと」
「あ〜、裕ちゃんならありえる。大丈夫よ、オイラが見張っておくから」
「なんだよ〜やぐち〜、裕ちゃんのこと信じて〜」
矢口を抱きしめる。
心地よい弾力と、香水の甘い匂いがあたしを和ませる。
「姐さん、そこでじゃれない!」
あたしは視線を感じ、建物の見上げた。
「なんや、そんなところでまだ覗き見しとったんかいな」
「誰が!それより、出てくるよ」
- 10 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時48分26秒
マスコミが出口に殺到した。
その中を渡辺の取り巻きが掻き分ける。
「渡辺さん。お孫さんより若い女性とお付き合いしているというのは、本当ですか?」
「愛人なんですか?」
「いつから、お付き合いを…」
マスコミが矢継ぎ早に、質問を浴びせる。
無造作に突き出されたマイクを、渡辺が憮然な顔をして押し返す。
あたしは一足遅れて、渡辺に付いて行った。
- 11 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時49分06秒
「渡辺さんの第三秘書が、誘拐されたという噂がありますが」
「なにを!」
渡辺は立ち止まり、あたしの方を振り向いた。
怒りに満ちた目ン玉が、あたしを捕らえた途端凍りついた。
「なにをいうんだ。根拠も無いことを…」
普段の渡辺の勢いは無く、空気が抜けたような声だった。
黒目が忙しなく動いている。
それでも、渡辺はあたしから視線が離せないでいた。
「根拠が欲しい?」
渡辺の耳元まで顔を近づけると、そう呟いた。
- 12 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月18日(水)23時49分38秒
「渡辺さん、これはどういうことでしょうか?」
「第三秘書と言いますと、甥子さんにあたる松本さんのことでしょうか?」
リポーターが一斉に渡辺に詰め寄ると、あたしは渡辺から離れた。
渡辺を中心とする人込みが徐々に階段を下りていく。
その人込みの中から、矢口が現われた。
矢口は、ゆっくり頷くと、走り出しだ。
その後を、追う。
「矢口、盗聴器は?」
「大丈夫。みっちゃん音取れてる?」
「ん〜。大丈夫見たいや」
「じゃあ、打ち合わせどおり、渡辺の車を追って」
「了解」
「後藤」
「はい」
「みっちゃんの車の位置見失わんようにな」
「大丈夫」
あたしは矢口と共に、新宿の駅へと急いだ。
- 13 名前:作者 投稿日:2002年09月18日(水)23時53分13秒
- とりあえず、今日は此処までです。
市井主役なんですが、いきなり新スレで姐さん主役です。
そういえば、二枚目のスレでも姐さんからでしたね。
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)00時58分58秒
- 新スレおめでとうございます。
この作品は大好きなので
嬉しい限りです。
- 15 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)11時44分03秒
- 新スレおめでとう!
この作品で姐さんヲタになった自分にはうれしい。
これからも作者のペースでがんばってください。
- 16 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時00分14秒
駅近くの歩道に、みっちゃんが用意してくれたバイクが置いてあった。
やはり追跡の基本は、バイクと車のペアや。
バイクの俊敏さと車の搭載力が、いままでどれくらいあたしらを助けてくれたことやろう。
あたしは、矢口なんかと違ってインターネットでの情報集めは苦手や。
パソコン積んで車で移動するより、自分の感を頼りにガンガン走り回る方が
性にあってる。
- 17 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時01分00秒
矢口にヘルメットを渡して、先にバイクに跨る。
でも、今回は不安がひとつあった。
背後から狙われたら、後の矢口が的になることや。
「裕子、みっちゃんに遅れるなよ」
「誰が運転する思ってんねん。そっちこそ振り落とされへんよう
しっかり掴まってきや」
矢口の腕があたしの腰をしっかりと抱きしめた。
体温が伝わる。
やぐち…
「裕ちゃん、変なこと考えてるでしょう」
「うっさい。そんなこと考えてへんわ」
バイクを走らせるあたしの顔が火照るのを感じていた。
- 18 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時02分12秒
みっちゃんは、渡辺の車を追って甲州街道に出ると東へと向かっていた。
あたしたちは、それを追いかけた。
新宿の駅を跨ぎ、混雑する車の間を抜けて一つ目の交差点を左折すると、
甲州街道とは異なる街並みが広がる。
街は人間に支配され、車はどこか遠慮しながら、人々の間を通り過ぎていた。
あたしは渋滞する車の間を、縫うようにゆっくりとすり抜けていった。
- 19 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時02分54秒
それは突然やった。
目の前の車のトランクに穴が開いた。
狙われてる。
あかん、最悪や。
「矢口!」「裕ちゃん!」
二人が同時に叫んだ。
バーニングだ。
弾は後上方からや。
どっかのビルから狙ったんやろう。
でも、なんであたしらの場所を…。おかしい。
でも、今は考えてる暇は無い。このまま矢口をうしろに走り続けるのは危険や。
あたしはバイクを捨てることにした。
- 20 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時04分43秒
「おりるで!」
バイクを歩道につけると、そのままバイクを乗り捨てて、
歩道へと飛び移った。
「矢口!」
振り返ると、矢口がメットを脱ぎ捨てるところだった。
「みっちゃんと合流するで」
「うん」
矢口の手をとると、走り出すために前を向いた。
すると、目の前を歩いていた男が突然倒れた。
撃たれたんや。
無茶苦茶や。こんな街中で襲撃してくるなんて…
全身に鳥肌が立つのを感じていた
- 21 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時05分19秒
「みっちゃん!今何処におんねん」
マイクをオンにすると怒鳴った。
「伊勢丹の横。姐さんどないしたん?」
「襲撃された」
「なんやて?」
「今そっちに向かってる。
…加護、加護!」
「ははい」
あたしの横を勢い良く弾が通り過ぎると、またひとり流れ弾に当たって倒れた。
周りの人々が、倒れた男が撃たれた事に気づいたらしく、
パニックを起こしかけていた。悲鳴が響き渡り、集まりかけていた野次馬が
一斉に逃げ始めた。
「うちらの場所、正確に把握しとる?」
「大丈夫です」
「みっちゃんとの距離は?」
「100メートルぐらいです」
「分かった。ありがとう」
- 22 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時06分53秒
矢口の姿が、逃げまとう人々に見え隠れする。
矢口の掌が見えた。矢口があたしに向かって、懸命に腕を伸ばしているんや。
あたしは、その腕を掴むと思いっきり引っ張った。
「ひとまず地下に逃げるで」
「中澤さん、中澤さん!」
辻ちゃんが加護の声を押しのけて入ってきた。
「地下はダメです」
「なんでや」
「神経ガス撒かれたら、ひとたまりも無いです」
せや、こんな人込み中襲撃してくる連中や。
そんなんも有りかもしれへん。
「でも、そんなん後始末が大変なもの使わないんじゃないの?」
矢口の言い分もわかる。でも…。
「それは、どッかの宗教団体の所為にするだけです。
兎に角、人込みに紛れて逃げてください」
「分かった」
- 23 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時08分10秒
走り出すと、目の前の女性の頭の一部がはじけ飛んだ。
あかん、完全に捕捉されてる。
しかも今度は、近距離や。撃ってきているのは、一人だけじゃない。
でも、相手を確認してる暇なんかあらへん。
止まっていれば、確実に囲まれる。
移動せな。
矢口の手をしっかり握ったまま、逃げ惑う人々を掻き分け、走り出した。
こんなときは、矢口の背の低さが羨ましい。
うちらは、頭を低くしながら走った。
- 24 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時08分43秒
伊勢丹に面してる交差点までたどり着いた。
すでに、ここまでパニックは広がっていた。
行き交う車は完全にその動きを止められ、中にいる運転手は何がおきたのか
分からないまま、呆然と自分の車を囲む人々を見ていた。
あたしは、交差点を渡ると伊勢丹へ飛び込んだ。
「裕ちゃん、ここもガス撒かれたら…」
「大丈夫や、通り抜けるだけや」
ショーケースが並ぶ煌びやかな店内をすり抜ける。
外と違い、まだ店内にパニックは広がっていなかった。
こちらの方がいくらか走りやすい。
- 25 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時09分20秒
「中澤さん、店内を左斜めに横切ってください。
そこから、靖国通りへと出てください。
そこに、平家さんの車を誘導しています」
「わかった」
加護の誘導に従って、店内を通り抜ける。
再び外へ飛び出すと、この通りはまだパニックは起きていなかった。
それでも、人通りが多いのには変わりない。
何も知らずのんびり歩く人々の間を、血相を変えて走り抜けると、
悲鳴がいくつも上がった。
ぶつかって倒れた人を飛び越えながら走り、靖国通りに出た。
- 26 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時10分00秒
目の前にみっちゃんが車をとめようとしていた。
グットタイミングや。
「姐さん!こっち」
みっちゃんが身を乗り出して、助手席のドアを開けた。
そこへ滑り込むように乗り込んだ。
ドアを閉めると、窓ガラスに銃弾がめり込んだ。
かなりの至近距離や。
防弾ガラスじゃなかったら、あたしの頭を貫通していたかも知れへん。
弾が飛んできた方向を探すが、それらしき人物は見あたらへんかった。
何人かと目が合う。
疑い始めたらキリがあらへん。
- 27 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時10分36秒
みっちゃんがタイヤを思いっきり鳴らしながら急発進した。
「どこ向かう?」
「わからん。兎に角、ここから離れるんや」
「裕ちゃん、居た!見つけた」
後部座席で、後を確認していた矢口が叫んだ。
「なんやて?どこや」
振り返り、後方に目をやる。
「もう見えないよ。でも、見覚えのあるやつが」
「バーニングか?」
「わかんない。でも、あいつ殺し屋だよ」
「でも、なんで…
矢口、気配感じた?」
「ううん、裕ちゃんは?」
「あかん、わからへんかった。
付けられてたんなら、分かったはず何やけど」
やはり、現役を退いてから随分経つから、勘が鈍ったか。
でも…
- 28 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時11分08秒
「中澤さん、渡辺がバーニングと今コンタクトを取ったみたいです」
「ホントか、加護」
車を発進させると、すぐに加護から連絡が入った。
矢口が取り付けた盗聴器を聞いていたんやろ。
でも、何かおかしかった。
バーニングの動きが早い。早すぎる。
「で、コンタクトの相手は?」
「杉本という人です」
「杉本って、あの杉本か?」
「そうみたいだよ」
後藤が返事をした。
クソ。杉本じゃあまだ下っ端だ。
バーニングのヘッドまではまだ届かへん。
- 29 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時11分52秒
車は再び都庁の横を通り過ぎ、首都高に入ろうとしていた。
「平家さん!ダメです。首都高に入っちゃ」
耳に仕込んであるイヤホーンから、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどでかい
加護の声が響いた。
矢口もみっちゃんも耳を押さえている。
みっちゃんが慌てて、道を変えようとしていた。
「加護、何で首都高はだめなんや」
「えっと、なんでかな」
「なんやて?」
「後藤さんに聞いてみます」
「裕ちゃん、首都高じゃあ待ち伏せされたら逃げ道ないよ」
後藤の言うとおりやった。
「なら何処行けばええんや。
誘導してや、後藤」
- 30 名前:4-8.新宿・中澤裕子 投稿日:2002年09月24日(火)20時12分55秒
なんとか、バーニングを撒いて、紗耶香たちと合流した方がいいかも知れんな。
でも、夢ランドは遠い。無事にたどり着けるか心配や。
「とりあえず、246へ向かって」
「分かった」
後藤の意見も同じ何やろう。
246号線を下るのが無難だろう。
万一バーニングに襲われても、なんぼでも脇道へ逃げ込める。
車は甲州街道へ出ると、環七へ向かった。
- 31 名前:作者 投稿日:2002年09月24日(火)20時20分44秒
- 更新です。何とか更新速度あげて逝きたいと思っております
(ホントに出来るかは別ですが)。
>14 さん そう言っていただける私の方が嬉しい限りです。
>15 さん そうなんですか。当分姐さんの視点が続きますんで、
よろしくお願いします。
- 32 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時31分27秒
車は多摩川に掛かる新二子橋を渡ろうとしていた。
「なあ、橋渡ったら246降りてくれへんか」
「ええけど、なんで?」
「まあ、ちょっと…」
そういうと、あたしはマイクをオンした。
- 33 名前: 4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時33分05秒
「加護、圭織、聞いてる?
なんかやな感じするんや。行き場所変更しよう思うねん」
「どこ?」
「支店や」
「でも、あそこは警察に踏み込まれて、今は何も無いよ」
圭織の言うとおりだ。あたしらが支店を離れて神戸に向かった後直ぐに、
警察が支店に乗り込んだらしい。その後を見に行ったみっちゃんの話だと、
綺麗さっぱり何もなくなってしまったらしい。
「それが狙いや。まさかそんなところにあたしらが行く思うてへんやろ」
「じゃあ、松本連れて合流する?」
「いや、一時避難だけや。あそこで態勢立て直そうおもうねん。
行動はそれからや。
それと、うちら車捨ててボートで行くで」
「ボート?」
「ちょっちょっちょと姐さん、まって〜や。
なんで防弾整備した車捨てて、生身丸出しのボートで行かないかんの」
「うっさいわ〜。あんたは黙っとき。
みっちゃん、ここら辺にみっちゃんのボートあるんやろ?」
「あるで。この橋の直ぐそばや」「燃料は?」「満タンや」
「決まりや」
「ちょっと〜」
「なんやねん。
ええか、そういうわけで、あたしらボートで行くで」
- 34 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時34分36秒
多摩川を渡ると、直ぐ川原へと降りた。
濁った水が、あったまくるほどゆったりと流れていた。
ボートは岸に繋がれたまま、その流れに身を任せ上下に揺れていた。
YAMAHAのUF28−3は、みっちゃんが趣味で購入した船やった。
214psのその船体が、まさかあたしらの逃走に一役買うとは、考えもせんかった。
「みっちゃん銃を」
「全部?」
「いや、M16と…キャリコ。あとは置いていく」
「ええの?」
「ええねん。あっ、あと防弾チョッキとヘルメットも持ってくか」
防弾チョッキを受け取ると、矢口に手渡した。
これから先、これが必ず必要になる。ドラマのようにかっこよく、防御もせえへんで
撃ち合いをするほど、あたしらに余裕あらへん。
ただでさえ、相手の規模も強さも分からない相手なんや。
考えられることは、全てやっておきたかった。
- 35 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時36分27秒
「みんな聞いてる?車置いてくから、今後連絡は携帯になるけど。
なんかあったら必ず連絡しいや」
車の中に無線の中継機器を置いていくのは痛い。
この中継機器はあたしらの無線機と神戸、横浜の電話を会議モードで
中継してくれる代物や。これがないと、同時中継できへん。
でも、このまま車での移動は危ないと判断せざるを得ない。
バーニングが此処まで正確にあたしらの行動を把握できるのには、理由があるはずや。
それを確かめるためにも、ボートに乗り換える必要があった。
「応援はいる?迎えに行こうか?」
「いや、大丈夫や。…それより、明日香来てるやろ」
「やっぱり、裕ちゃんだったんだ。連絡したの」
「いや〜、まあ…ちょいちゃうんやけどな…」
- 36 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時38分10秒
「で、裕ちゃんなに?」
懐かしい声は、昔と変わらず力強いものだった。
「久しぶりやな明日香、元気やったか」
「うん、まあ息災ってところかな」
「なんやねん、息災って。難しい言葉使わんといて欲しいわ〜」
「受験生だからね」
「その受験生がすまんな」
「なに言ってるの!今まで連絡してくれなかった方が腹ただしいっていうの」
「誰が好き好んで、足洗ったやつを呼びもどすっちゅ〜ねん。
それより、明日香、あんたあやっぺには連絡せ〜へんかったやろな」
「あたりまえじゃん。いくらなんでも、子持ちの主婦は巻き込めないでしょ」
「ならええんやけど」
あやっぺには、事後報告や。
怒るやろうけど、来られたら気ぃ使ってしゃぁない。
- 37 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時39分41秒
「それより、裕ちゃん尾行されてたの?」
「いや、それがわからへんねん」
「裕ちゃんも歳だからね」
「なんやと!あんた後で覚えときや」
「相変わらずだね」
明日香が笑っている。何年ぶりに聞く笑い声やろ。
昔はお互いによく笑って、よく泣いたもんや。
感情剥き出しで、ぶつかり合ったあの頃が懐かしい。
「相変わらずでしょ」
「うっさい、矢口までゆうな!
それより明日香、あんたバーニングにスカウトされたことあるって
言ってたでしょ」
「断ったけどね」
「断って正解や。せやなかったら、あたしら敵対してたんやで。
…で、誰やった。スカウトしにきたん」
「杉本」
「そうか…他にコンタクトをとったんは?」
「杉本だけだよ」
- 38 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時41分27秒
此処からも繋がらないのか。
時間が無い。
費やす時間の分だけ、自分の首が絞まっていくのを感じていた。
苦しくなれば、焦りを産む。
焦れば焦るほど、あたしらが生き残る確立は減っていくのだ。
「連絡先とか?」
「分かるけど…、随分前だから」
「そっか」
「まあ、兎に角、気をつけてね」
「ああ、そっちもな」
- 39 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時42分53秒
焦るな。
焦るな。
自分自身に言い聞かせれば、言い聞かせるほど、焦りは増していく。
でも、そんな姿を矢口たちに見せることはできへん。
うちはリーダーなんや。
でも、少しでも気を抜くと、泣き出したくなる。
手が震えている。
手だけや無い。全身が震えている。
決心がつかへん。
顔を上げると、矢口が防弾チョッキに袖を通そうとしている姿が見えた。
小さな矢口には大きすぎる代物や。
矢口愛してる。
みっちゃんが予備の弾を運んでいる。
ひとつずつ弾を確認しながら、ボートへ運び入れている。
みっちゃん、上手い酒飲めるとこ見つけたんや。
今度のみに行こうな。
横浜には圭織が、なっちが、紗耶香や明日香がいる。
神戸には、後藤が、加護や辻ちゃんがいる。
みんなあたしの大事な仲間や。
一人も失いたくない。
みんなを守らないかんのや。
- 40 名前:4-9.国道246号線・中澤裕子 投稿日:2002年09月26日(木)21時44分15秒
銃と予備の弾を詰め込むと、エンジンをかけた。
川を行くのは危険なことは分かっている。
バーニングが、このことを知っているなら川下にスナイパーを
配置すれば、確実に仕留められる。
でも、あたしは自分を信じて行くしかない。
もう、体は震えてぇへん。
震えるてるとしたら、それは武者震いや。
陸にいる矢口とみっちゃんを見る。
ふたりとも表情が固かった。
「あんたらよぉ聞きぃや!」
気合を…
いや、それより、ふたりとも力を抜かなあかんねん。
ボートを飛び降りると、ふたりを抱きしめた。
- 41 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時52分39秒
徐々に速度を上げると、ボートは川面を飛び跳ねるかのように進んでいった。
右に川崎を、左に東京を見ながらボートは進む。
第三京浜をくぐり、東横線、新幹線を過ぎても、バーニングは襲ってこうへんかった。
ガス橋、
多摩川大橋を過ぎた。
- 42 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時53分28秒
もう直ぐ川崎の駅近くを通過する。
右手にオフィスビルが見えてきた。
来るならこの辺りのはずや。ボートに乗り始めて20分が過ぎている。
タイミング的にも、もうそろそろのはずや。
エンジンはフル回転をしていた。
姿勢を低くし、メットの顎紐をもう一段キツク絞める。
両岸には、公園が広がっていた。
- 43 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時54分21秒
神経を集中させ、耳を澄ます。
ボートのエンジン音が頭中に響く。
来る!
そう思った瞬間、フロントガラスが割れた。
咄嗟にハンドルを切って蛇行させる。
途端にバランスは崩し、横転しそうになる。
あかん!
このままでは、橋脚に激突や。
銃弾がメットをかすめた。一瞬状態が仰け反った。
あかん。ぶつかる!
伸びきった腕で、ハンドルを切った。
- 44 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時55分36秒
橋脚が迫る。
銃弾がボートの船首から順に、穴が開いていく。
マシンガンだ。
「くっそぉぉおお!!」
ハンドルを握っていた手を放し、M16を上空めがけて乱射した。
天上に穴が開き、その破片が降り注いでくる。
間一髪で橋脚への激突を逃れた。
あたしも無事や。
- 45 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時56分16秒
今度は、橋を通り抜けるときや。
でも、後部は防弾布で覆っている。
来る!
天上から数発の弾丸が飛び込み、床に穴を開けた。
見る間に船内が無茶苦茶になっていく。
まだまだや!
弾けとんだ破片が船内で舞う。
破片があたしを襲う。
「ぐあぁぁ!」
背中に一発当たった。
弾は防弾チョッキまでは貫通できなかったらしい。
それでも、バットで殴られたかのような衝撃があたしを襲った。
息が出来ない。
- 46 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時56分55秒
今度は、後部で防弾布が波打ち始めた。
そのうちの何発が布を破りドアのガラスを砕き割った。
あたしは、ハンドルを握ったまま床にうずくまっていた。
上を見上げると、天井の隙間から青空が覗いていた。
何秒だろう?10秒?いや5秒ぐらいなのかもしれない。
銃撃が終わった。
立ち上がって前方を見ると、岸が迫っていた。
あたしはハンドルを慌てて切り、川の真ん中へと移動した。
- 47 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時57分41秒
これで確実や。
情報が洩れている。
橋はもう随分後方や。
何とか息を整えると、あたしは携帯を取り出した。
「裕ちゃん大丈夫?撃たれてない?」
電話を待ってたんやろう。
呼び出し音が一回も鳴り終わらない間に、矢口が電話に出た。
あたしは、矢口とみっちゃんを車に残し、ひとりでボートに乗っていた。
これは、あたしと矢口らだけしか知らない作戦やった。
- 48 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時58分38秒
「ぼろぼろや」
「撃たれたの!!何処撃たれたの?大丈夫なの?裕子、大丈夫なの?
今行くから!直ぐ行くから待ってて!
みっちゃん、みっちゃん、早く早く!」
勘違いした矢口は、既に泣き始めパニックを起こしていた。
「まてぇい!矢口〜落ち着け、あたしは撃たれてへん。
撃たれてボロボロなのは、ボートだけや」
「そうなんだ。そうなんだ、よかった。よかった。よかった〜」
矢口の鳴き声は、一層大きくなった。
「矢口、心配してくれてん。おおきに…ほんま」
離れている矢口の涙の暖かさを感じていた。あたしまで涙が出てきた。
- 49 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)22時59分30秒
「姐さん!うちの大事なボートに、なにしてくれるねん!
ちゃんと、弁償しぃや!」
あたしの無事が確認できた途端、みっちゃんの関西人の血が騒いでいた。
「みっちゃん、酷いわ〜。うちよりボートの方が大事なん?」
「あたりまえや。新品なんやで」
「はいはい、こんなん弁償したるがな」
あたしも少し調子に乗って言い返す。
「なにがこんなん」「はいはい、漫才はそこまでにして、状況説明して」
「おう、バーニングは15号線の新六郷橋で襲ってきてん」
「やっぱあそこか〜。あの橋、両側を塀で覆われてるから、塀の外の階段に出れば
車道を走る車からも目撃されないもんね」
「まあ、あたしの、このあたしの予想が当たったってわけや」
「そない自慢せんでもええがな」
- 50 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)23時00分06秒
どんな状況でも、人の笑顔は心を和ます。
涙の跡を残しながらも、笑顔を見せる矢口の顔が目に浮かぶ。
少しでも場を和まそうと、あたしやみっちゃんがおどける。
「あいつらマシンガンで襲ってきよったんや」
「良く無事だったね。当らなかったの?怪我は?」
「防弾チョッキあったから大丈夫や」
「ホント無茶苦茶だよ」
「無茶苦茶やで、あいつら」
「違う!裕子が無茶苦茶なんだよ」
「なんでやねん」
「でも、よかった。裕ちゃんが無事で本当に良かった」
- 51 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)23時00分36秒
あたしはどうしても彼女らに言いたいことがあった。
「ありがとう」
「どうしたんだよ〜。裕子」
「そうだよ。きしょいわ〜」
「いや、いいたかっただけや」
あたしは髪の毛を掻いていた。
照れくさいような、それでいて満ち足りた気持ちに浸っていた。
あたしのことを心から心配してくれる人たちがいる。
あたしは、それだけで満足やった。
- 52 名前:4-10.多摩川・中澤裕子 投稿日:2002年09月29日(日)23時01分53秒
「で、この後は?」
このまま多摩川を下り、東京湾に出て右に折れると、東扇島埠頭ある。
色んな企業の倉庫や、石油タンクに海外に輸出される車なんかが置かれている埠頭や。
そこの片隅に放置されて久しいタンカー船があった。
そこには、あたしらの武器補充庫があった。
そこへ行くつもりやった。
- 53 名前: 投稿日:2002年10月02日(水)21時24分26秒
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- 54 名前: 4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時25分50秒
コンテナの底にいると、自分が小人にでもなったような感覚に陥る。
天上まで、何メートルあんやろう?
コンテナをふさいでいる天上は錆付き、幾つもの穴が開いていた。
その穴から差し込む幾筋もの光が、薄暗い船内の床を照らしていた。
照らし出された床は埃を被り、その中にいくつもの足跡が浮かんでる。
その足跡のほとんどが、あたしらUFAのものだった。
あたしやなっちやつんくさんの足跡が、番古いもんやろう。
その足跡の上に又埃が積もり、紗耶香や後藤たちの足跡がその上に重なっていた。
この船がこの岸で動かなくなってから、どのぐらいの年月が経ってんやろう?
あたしらが、ここに銃器を隠すようになってからでも、優に5年は過ぎていた。
錆びた鉄の匂いと埃の匂いが入り混じり、昔近所にあった工場の匂いがした。
- 55 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時31分37秒
「どう?銃残ってる?」
木箱のひとつをこじ開けているみっちゃんに声をかけた。
「う〜ん、あんま残ってへんなあ」
剥がした板切れを持ったまま、木箱の中を覗きこんでいたままみっちゃんが
溜息と共に返事をした。
みっちゃんが握っていた板切れを床にほおり投げると、
光の筋のなかで埃が舞い踊り始めた。
- 56 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時32分48秒
「裕ちゃん、みんなに連絡は?」
「そやな、あたしらの行動が筒抜けになってんのは、連絡しておいた方がええかな」
「でも、どうして筒抜けになってるんだろう」
理由はいくつか考えられる。うちらが使っていた通信が傍受されているとか、
他に盗聴器が仕掛けられているとか、他にも色々考えられる。
兎に角、あたしらの行動が、完璧に読まれていることは間違いなかった。
そして、早いとこ対策をとっておかないと、後々、致命傷になるやろう。
あたしらは手分けをして連絡をとった。
ただし、あたしらの居場所は伏せておいた。
仲間を疑っているわけや無い。ただ、いやな予感がするだけや。
- 57 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時40分54秒
「これからどうするの?」
大きすぎる防弾チョッキは、矢口の太ももまで達していた。
そのすそをいじる矢口の表情は、明らかに不安の色を浮かべていた。
少し口を尖らし、答えを求めるようなその目は、怯えて母親を求める
子供のようやった。
「重要なんは、何処から情報が洩れたかやない。
この状態で、どう戦うかや」
「でも、どこから情報が洩れたかわかんなければ、
対応の仕様が無いんじゃないの?」
「いや、だいじょうぶや。連絡を取り合わないで、単独で動けばええんや」
「でも、それじゃあ、ごっつぁんところが危ないんじゃないの」
そうや。
一番手薄なのは、後藤のところやった。
はじめ、アヤカの別荘はバーニングに知られる可能性は低いと考えていた。
たぶん、それは正解やったんやろう。
でも、あたしらの会話が聞かれていたとすれば、
その場所を知られた可能性はでかい。
- 58 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時44分42秒
「だから、うちらが助けに行くんや」
圭織のところには、明日香がいる。
紗耶香だっている。
でも、後藤のところには、加護しかいいへん。
それに、あたしはアヤカや東山は信じられへんかった。
いつ、後藤たちを襲っても可笑しくは無い。
一応、手は打ってあった。
でも、それだけじゃ不安やった。
今のあたしらに出来ることは、神戸へ急ぐことや。
「急ぐで!
みっちゃん、銃は?」
「M16 1丁、キャリコM950 3丁、MP5 1丁。
あとは、裕ちゃんのガバメントと矢口のSIGのP230、
それと、うちのM92FS」
「予備は?」
「あほほどあるとはいえへんけど、キャリコの予備があるから」
「おっしゃ。上等や。
はよしいや。いくで!」
- 59 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時54分14秒
あたしはM16を肩にかけると、キャリコを手にとった。
振り返ると、矢口がMP5を手にした。
ただでさえ、大きな防弾チョッキを着て動きがぎこちないのに、
MP5を手にすると、それはギャグでしかなかった。
「矢口。それはみっちゃんに渡しぃや。
矢口は、キャリコでええ」
「でも、みっちゃんMP5使ったこと無いし」
「なにゆうてんねん。そんなんで、動けるわけないやろ。
四の五のゆうてんで、はよしぃ!」
矢口がMP5をみっちゃんに渡し、キャリコを拾い上げた。
残った銃と予備弾を、みっちゃんがバックにつめて担ぎ上げた。
- 60 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時54分58秒
2人のシルエットが薄暗いコンテナの中で、浮かび上がった。
天上の穴から射すスポットライトの中に入ったんや。
彼女らの輪郭を光が優しく包み込み、時を止めていた。
「いっ!」
突然、矢口が前方へ転がった。
「矢口、なにけつまづいて…」
みっちゃんの言葉は、そこで止まった。
- 61 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)21時58分25秒
バーニングの襲撃や。
銃弾が幾つもそのスポットライトで、光を浴びて通り過ぎていく。
「やぐち!」
あたしは駆け寄り、矢口を引きずると木箱の陰へと飛び込んだ。
「姐さん、うちを置いてくなんてひどいやないか」
間を空けずに、みっちゃんが飛び込んできた。
「矢口!」
「うぅ・・・」
矢口を揺すると反応があった。
あたしは急いで矢口の体を調べた。
銃弾は背中から、心臓を正確に捉えられていた。
防弾チョッキが無ければ即死や。
「大丈夫か?矢口」
「いたい…」
木箱がバーニングの銃弾で削られていく。
「の野郎!」
M16を弾が飛んできた方向へ乱射する。
3発も撃ち終わらないうちに反撃があった。
弾はえらく正確にあたしらを捉えていた。
向こうは暗視スコープを使用してるらしい。
こっちは姿が見えへん上に、下からじゃ絶対不利や。
- 62 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時00分21秒
「矢口、どうや?走れるか?」
矢口は咳き込みながらも懸命に、立ち上がろうとしていた。
「後30秒待って」
「OK。30秒後にあっちのドアまで走るんや。
初めはみっちゃん。その後矢口や」
「姐さんは?」
「矢口と同時に反対側のドアへ行く」
「やだ!」
前かがみになりながら咳き込む矢口が、あたしの腕をがっちりと捕まえた。
「なにゆうてんねん。一緒に行動するより、分散した方がリスクが減るのは
わかってるやろ!」
「でも」
「矢口!」
あたしだって、矢口と逃げたい。
でも、それはできへん。
ここからドアまでは10メートルや。
たどり着くまで、3〜4秒ぐらいやろうか?
その間にマシンガンなら、装弾されている弾全部を吐き出すことが可能や。
みっちゃんが行けば、その後をあたしらが追う事は簡単に予想できる。
あたしが反対側へ走れば、それだけ、矢口が襲われる確率は減る。
反対側のドアまでは、20メートルぐらいある。
これは賭けでしかない。
でも、ほかに考えつかへんかった。
- 63 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時01分39秒
「甲板へ行きぃ。右側一番前の救命ボートで待っててや」
その救命ボートだけ、エンジンが搭載されていた。
海に逃げるのが、いっちゃん賢明や。
道は待ち伏せされている可能性が高い。
「あと5秒。矢口、いけるか?」
「大丈夫」
でも、なんで?
なんでここがわかたんや。
みっちゃん、つけられたんか?
- 64 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時03分17秒
「よっしゃ。みっちゃん行きぃ」
矢口の状態を確認すると、みっちゃんの背中を叩いた。
あたしと矢口が援護射撃を始めると同時に、みっちゃんが飛び出した。
雨のように降って来る弾丸の中を、みっちゃんが走る。
床のコンクリートに次々と穴が開き、破片がこちらまで飛んでくる。
入り口で躓きながらも、みっちゃんがたどり着いた。
無事や。
みっちゃんは、たどり着くと同時に援護射撃を始めた。
- 65 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時04分45秒
矢口を振り返った。
「気ぃつけ〜や」
「裕ちゃんこそ。
…絶対に上にきてね」
「あたりまえや」
どちらからとも無く、握手をした。
矢口の手から、心臓の鼓動が聞こえてくる。
「がんばりや」
のりで付けたかのように離れない矢口の掌を剥がすと、
引鉄を引きながら、反対側の入り口へと走った。
- 66 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時06分25秒
このM16A1は3点バースト式や。
3発撃ったら一度引鉄を戻さなあかん。
撃ちすぎを防止するための仕掛けが、今は命取りになろうとしていた。
弾丸は容赦なく襲ってきよる。
横っ腹に一発めり込んだが、防弾チョッキを貫通することは無かった。
ただ、一番下の肋が死ぬほど痛む。
左手で横っ腹を抑え、少し体が前のめりになる。
耳元を空気を震わせながら、弾がすり抜けていく。
- 67 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時07分49秒
相手は3人や。3箇所から火が吹くのを確認できた。
そのうちの2箇所があたしの方を狙っているようやった。
あたしは、その方向に向け、片手で乱射する。
弾はあっという間に、無くなってしまった。
すぐM16を投げ捨て、背中に回しているキャリコを取り出して撃つ。
らせん状の組み込まれている弾倉には、100発の弾が入っている。
今度は、そう簡単には弾切れになれへんで。
ドアに体当たりをして外へ転がり出ると、すぐさま銃弾が追ってきた。
あたしは銃弾を交わすと、すぐ立ち上がり、光の無い真っ暗な通路を走り出した。
- 68 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時09分03秒
明かりが欲しい。
何度も壁に激突しながらも、階段へと向かう。
この船の構造は、頭の中に入っていた。
それは、矢口たちも同じやろう。
でも、こう暗くちゃあ走れたもんやない。
懐中電灯の替わりになるもんないやろか?
携帯が鳴り出した。
矢口からやろう。
あたしは、後ポケットから携帯を取り出した。
まだ、後からは弾は襲ってこない。
「裕ちゃん大丈夫?」
「そっちこそ、無事見たいやな」
「うん、2人とも無傷だよ。今、階段を上がってるところ。そっちは?」
「暗くて思うように進まれへんけど。階段まであと少しのはずや」
「気をつけてね」
「おう」
耳元から携帯を離すと、画面がぼんやりと光っていた。
これや。
あたしは携帯の画面で足元を照らすと、うっすらではあるが床が見えた。
- 69 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時10分20秒
階段は直ぐそこやった。
階段を昇り始めると、靴の音がそこら中に鳴り響いた。
まるで、今此処におるで〜と言って廻っているかのようや。
靴を脱ぐとその音は小さくなった。
ひとつ階を上がるたびに息を潜め、バーニングの足音を聞く。
なんか変や。
いくら待っても、足音は聞こえてこうへんかった。
それでも、今は上にあがるしか無かった。
- 70 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時11分01秒
階段を又上がりながら、矢口に連絡をとる。
「矢口、今どこや?」
「いま、今上にあがったところ。出口に向かってる」
「追っ手は?」
「こなかったよ」
「そっか…
ええかそこで待っとき。そとにでるんやないで」
「なんで?」
「やな予感すんや」
後、もう1階や。
上にあがればあがるほど嫌な予感は増えていく。
- 71 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時12分21秒
「矢口!」
階段を上がりきり、廊下に出ると矢口とみっちゃんの姿が見えた。
出口のドアの周りから明かりが洩れ、二人の表情さえ見て取れた。
とりあえずみんな無事や。
「裕ちゃん!」
「矢口、みっちゃん」
駆け寄ると、矢口が胸に飛び込んできた。
互いの防弾チョッキがぶつかり、二人のぬくもりを妨げていた。
- 72 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時14分34秒
「姐さん…」
みっちゃんの頬を斜めに筋が入り、そこから血が流れていた。
「みっちゃん、ほっぺた…」
「ああこれ?大丈夫よ」
手を伸ばし、みっちゃんの頬を流れる血を拭いた。
「姐さん、嫌な予感って?」
「あんたら、あのコンテナルームでてから、銃声は聞いた?」
「ううん、聞いてないよ」
- 73 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時16分17秒
やっぱりや。
あたしらのこと、うまいこと嵌めよったんや。
「おかしないか?」
「それはそうやけど…」
「ねえ、それって、罠ってこと?このドアの外で、待ち伏せしてるってこと?」
「…やろうな」
全員が振り返り、ドアを見つめた。
錆びたドアはガタツキ、完全に閉まることなく、外の明かりを携えていた。
- 74 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時17分15秒
「気配…するね」
耳を澄ますと、微かだが甲板を歩く足音が聞こえてきた。
「裕ちゃん、どうする?」
罠にあえて引っ掛るか…
これだけ簡単に気配が感じ取れるということは、
そこにいるのがバーニングではない可能性が高いはずや。
いや、でも、その裏を斯いているかもしれへん。
「確かめるか…」
正面にいるのが誰か確かめてからでも、遅くは無いはずや。
矢口とみっちゃんを交互に見る。
「ええか?」
「うん」
返事を聞くまでも無かった。
- 75 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時18分09秒
ドアを挟んで、矢口とみっちゃんが銃を構えている。
「いくで」
左肩を壁に押し付け、腕を伸ばしドアを押すと、
軋みながら錆付いたドアが開いていった。
- 76 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時19分48秒
何も起きんかった。
僅かな波の音と潮の香りがするだけやった。
あたしは左手で矢口達を制し、一瞬だけ顔を出すと、辺りを見渡した。
甲板の物陰には、何人…いや何十人の警官がジュラルミンの盾を持って、
あたしらを待ち構えていた。
- 77 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時20分56秒
あせった。
何で警官なんや?
「裕ちゃん、どうだったの?」
唖然としたまま固まってしまっていた。
「警官や…」
「警官?」
「ああ、警官や」
混乱していた。
なんで警官なんや。
船底の銃声を聞きつけた住民の連絡でやってきたのか?
そんなはず無い。
じゃあ、なんでこんなところに警官が…
「バーニングが呼んだのかな?」
そうやろか?
でも、なんで…
- 78 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時22分34秒
「ちょい、姐さん。悩んでる場合やないで」
「そや。どないしよ」
「他の出口は?」
出口は、2階下にあった。
でも、そんなとこから逃げれるとは考えられへん。
「下に戻る?」
「あかん、そんなことしても、どうにもならへん。
それに、下にはバーニングがまだおるんやで」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「飛び込むで」
この船の近くには、あたしが乗ってきたボートがある。
こんなこともあろうかと、船の右側、つまり海側に引っ張っておいていた。
- 79 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時26分40秒
「飛び込むってどこへ?」
「あほ、海にきまってるやろ」
「飛び込むって言ったって、海まで何メートルあるのか裕ちゃん分かってんの?」
この船は中型とはいえ、タンカーには違いなかった。
甲板から飛び込んだら、海までは10メートルはあるんやなかろか。
飛び込むには、ちょっと勇気が要るだろうけど、そんなこといってる場合じゃなかった。
- 80 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時32分29秒
「ねえ、裕ちゃん降伏しようよ」
「なんやて?」
考えもしなかった。
でも、完全に包囲されているのは間違いない状態では、
下手に抵抗するより、一旦降伏して捕まった方が生き残る確率が高いのは事実や。
逃げるなら、銃を乱射しながらこの甲板を突っ切って、
海に飛び込むしかない…。
「降参すれば、殺したりしないよ。
だってあいつら警官だよ」
「よく見いや矢口。あいつらの顔」
「顔って?」
「あん中に見覚えあるやついるか?おらへんやろ」
矢口が顔を思いっきり出して、マジマジと警官たちを見る。
警官たちは、その間も何もせず、ただこちらに銃を向けて動こうとはしなかった。
- 81 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時33分54秒
「…ほんとだ。でも、それってどういうこと?」
「考えられることはふたつや、ひとつは公安を主体とした特殊部隊や。
新宿での一件を期に急遽組まれた連中が、バーニングの情報に乗って
この船に現われた」
「そうしたら、船底での銃声が聞こえたってこと?」
「そうや。でも、まあ、この場合、この現場に杉本や浜田らの知った顔が
一人はおるはずや。
それに、この人数は変や。一気にこんな人数連れてくるんのは変や。
もう一つの可能性は…」
- 82 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時34分58秒
「…バーニン…グ?」
「さあ、わからへん…。
仮に、その他大勢はほんまもんの警官やとしても、指令系統は公務員やあらへん」
「それって…」
「危険がいっぱいってことや」
「でも、でも、もう降参以外方法無いじゃんかよ」
「そりゃあそうかも知れへんけどなぁ」
「あたしやってみる」
「やってみるって、あかんて!矢口!矢口!」
- 83 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時36分33秒
一歩遅かった。
あたしの手をすり抜け、矢口が偽警官の前へと立ち上がった。
両手を挙げ、大声でしきりに全面降伏を叫びながらゆっくりと
前進していた。
あかん
「くそっ」
うちは立ち上がり、矢口を追った。
両手を高く上げ、ゆっくりと矢口に追いつこうとした。
警察側からの発砲は無かった。
近づく矢口とあたしに向かって、銃を構えるだけやった。
いけるかもしれへん。
このまま、どちらからも発砲が無ければいける。
警官たちまでは、後10メートルも無い。
緊迫する中、一歩また一歩とゆっくりと警官に歩み寄る。
あたしは、人差し指に引っ掛けているキャリコを、ゆっくり地面に置いた。
- 84 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時37分47秒
その瞬間やった。
- 85 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時39分41秒
パン。
乾いた銃声と共に、後方から銃弾があたしを追い抜いていった。
感情の無いその銃声に、あたしは悪意を感じていた。
振り向くと、同じように発砲元を探しているみっちゃんがいた。
だれ?
なに?
再び、前方を振り向くと、指揮官のひとりが崩れ落ちていた。
- 86 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時40分55秒
「ってぇい」
号令と共に一斉に銃が火を噴いた。
号令より先に、体が動いてた。
後方へ飛ぶ。
その横を何発もの銃弾が駆け抜けていく。
「裕ちゃん!」
みっちゃんが援護射撃をしてくれている間に、何とか物陰にたどり着いた。
なんちゅうことをすんねん。
後から撃ってきたのは、多分バーニングや。
うちらが銃を使わないのに郷を煮やして、きっかけを作ったんや。
そして、号令をかけたのもバーニングやろ。
- 87 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時42分00秒
「裕ちゃん大丈夫?」
みっちゃんが応戦しながら叫んでいた。
「うちは大丈夫や!
や…矢口は!」
物陰から顔を出すと、矢口が横たわっているのが見えた。
「やぐち!!!」
銃声にその声をかき消されているのか、矢口はぴくりとも動かへん。
やぐちが!
「やぐち!!!!」
あたしは立ち上がり、矢口の元へ走り寄った。
「裕ちゃん!あかん!」
うしろで声がする。
- 88 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時43分38秒
一発…二発…防弾チョッキに弾があたる。
三発…四発…当たるたびに、体を後ろに持っていかれる。
それでも、矢口との距離は縮まらへん。
「矢口」
左腿に弾がめり込む。
膝が折れた。
「矢口」
何発目かの弾丸が、鉄兜を弾き飛ばした。
あたしは膝をつきながら前方に向け発砲を続けた。
後何発残ってんや?この銃。
- 89 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時44分38秒
―――頬をえぐられた。
その瞬間だった。
強い衝撃で、あたしは後方へ弾き飛ばされていた。
- 90 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時47分00秒
どれぐらいの時間気を失ってたんやろう。
気がつくと、仰向けに寝転がっていた。
おっきな雲がひとつ…ふたつ…
目に入るのは、それだけやった。
東京へ出てきてから、こうやって空を見上げたことあったやろか?
飛行機が一本の飛行機雲を描きながら飛んでいった。
すごい速さで飛んでる飛行機も、地上から見れば、のんびりした風景の
ひとつに過ぎなかった。
- 91 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時51分13秒
あたしの上を銃弾が飛び交っていた。
流れ星みたいや。
昼間に見る流れ星は、うちの願いなんか聞いてくれへんのやろな。
左からやってくる弾のほうが圧倒的に多い。
警官…バーニングのや。
でも、反対側からも時々飛んでくる。
「なんや、みっちゃんがんばってるやん」
- 92 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時52分54秒
体がおもい。
うち…どないなってんやろ?
仰向けに寝転がったまま、身動きが取れへん。
左半身が何かで濡れてる。
血や…。
左腕を目の前にかざす…
あははははっ 腕半分無くなってるやん。
血、噴出てるし。
- 93 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時55分01秒
…やぐち
…みんな
体を捩る。
矢口はさっきと寸分の違いも無く、地面に横たわっていた。
うちはほとんど残されていない力を振り絞って、矢口の元へ這っていった。
嗚呼、矢口…
ああ…
- 94 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時56分20秒
銃声が止んだ。
いくら待っても、銃声はそれきり聞こえてこぉへん。
なぁ〜んも聞こえてこぉへんねん。
なぁ〜んも。
…みっちゃん
涙が止まらない。
我慢することもない涙が頬を伝う。
- 95 名前:4-11.東扇島埠頭・中澤裕子 投稿日:2002年10月02日(水)22時58分43秒
あと 2メートル
矢口の横顔が見えた。
流れ出た血が髪の色を変えていた。
やぐち
矢口…こっち向いてんか
あと1メートル
右手を思いっきり伸ばす。
震える右手が霞んできた。
その僅か先に矢口が
「やぐち〜〜」
あと
あと30せんち・・・
- 96 名前:作者 投稿日:2002年10月02日(水)23時03分04秒
- 更新終了です。
今月中旬ぐらいまで、お休みします。
申し訳ありません。しばらくお待ちください。
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月02日(水)23時18分42秒
- 大量更新お疲れ様です。
いつまでも待ちつづけているので
作者さんのペースで頑張って下さい。
- 98 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月04日(金)18時07分23秒
- うわっ、凄い更新。
3人は一体どうなってしまうのか!(ガチンコファイトクラブ風)
- 99 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月06日(日)01時55分31秒
- 矢口生きろ!
- 100 名前:作者 投稿日:2002年10月21日(月)23時25分24秒
- やった!100ゲット!
もうしばらくお待ちください。
とりあえず、課長氏(ry
- 101 名前:作者 投稿日:2002年10月21日(月)23時26分55秒
- ageてしもうた…。
またミスった。
まあいいか。
- 102 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月21日(月)23時40分03秒
- なんかワラタ
がんがって
- 103 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
- 川o・-・)ダメです…
- 104 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
- 川o・-・)ダメです…
- 105 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
- 川o・-・)ダメです…
- 106 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時16分56秒
明日香となっちが隣り合って座っていた。
弾を選別し、マガジンに詰めているのだ。
みっちゃんの持ってくる弾は、ヤミとは言え間違いは無いものだ。
それでも、数パーセントの不良が混ざっているのが現実だ。
不発弾は時に命取りになる。
弾にキズや凹み、変形がないかチェックは必要不可欠なのだ。
その点、なっちの選別眼は超一流だった。
なっちが不発弾と選別した弾は、見た目に異常なくても決して発射されることは無かった。
「あ〜もう、それはダメっしょ」
明日香がマガジンに入れようとする弾を、なっちが取り上げた。
なっちは何かにつけて、明日香に触れていた。
やだぁといっては肩を押し、必要も無く腕を掴み、おそらく異常の無い弾を
明日香の掌をこじ開けては奪い取っていた。
その姿にあたしは覚えがあった。
- 107 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時18分19秒
後藤だ。
後藤は初めあたしに触れようともしなかった。
遠巻きにあたしを睨むだけだった。
それが胸倉を掴むようになり、殴りかかるようになった頃には、
睨み合いながら、互いの手首を痣が出来るほど強く握っていたものだ。
その力が互いに抜け始めた頃、後藤はやたらあたしに触りたがるようになった。
腕を組むでもなく、手を握るわけでもなく、やたらあたしを叩いたり押したりしていた。
それが後藤の愛情表現だった。
- 108 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時18分55秒
なっちと明日香は、嘗てUFAのツートップと言われていた。
互いが意識をし、ぎこちない間柄は、その頃のあたしたちの悩みの種だった。
その関係は、明日香がUFAを去る日まで続いていた。
そして、ある事件をきっかけに、明日香はUFAを去り、
なっちは銃を握れなくなってしまった。
明日香の体には、散弾銃の破片が幾つも残っている。
なっちは、自分が原因で作られたその傷跡を探すかのように、
明日香の体に触れていた。
- 109 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時19分39秒
「なっち、はしゃいでるね」
「うん」
あたしの返事は、銃声に掻き消されていった。
圭織とあたしは運んできた銃の調整をしていた。
なっち達が込めたマガジンを銃にセッティングし、
次から次へと試し撃ちをする。
どの銃も新品ではないので、当たりをつける必要は無いが、
中古ゆえに調整は必要だった。
淡々と引鉄を引く。
銃声は倉庫中にこだまし、あたしの耳をジンジンさせていた。
MP5、グリースガン、G3、ベレッタ、ガバメント…
撃っては分解をし、完成させていく。
- 110 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時20分24秒
銃声が響く度に、横で松本が情けない声を上げていた。
「うっさいわね!」
圭織が銃口を向けると、松本はあっけなく気を失った。
「ねえ紗耶香、これどうする?」
圭織が顎で松本を指す。
「そうだね。このまま此処に置いていても邪魔なだけかも。
聞きたいことは聞いたし」
「なにいってるの!まだお金もらってないでしょ」
「ってなっちお金もらうつもりだったの?」
「ちがうの?」
「もう、なっち相変わらず…」「何でよ。明日香こそ相変わらず…」
そう言うとまたなっちは明日香に触れていた。
- 111 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時21分57秒
RRRRRRRRRR
なっちの携帯が鳴った。
なっちは明日香に“いー”と言いながら電話に出る。
「は〜い、もしも〜し」
間延びした返事に、自然と頬が緩んだ。
- 112 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時22分49秒
「えっ…?」
なっちの体が“びくん”と震えると、
そのまま凍りついた。
- 113 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時23分45秒
「ねえ…どうしたの?誰から…?」
声をかけることすら躊躇するほど顔の色が消えていた。
「みっちゃん…から…裕ちゃん…うたれた…」
喉から搾り出した声は、聞き取ることが困難なほど擦れていた。
「えっ?」
「矢口も…」
今度はあたし達が色を失う番だった。
- 114 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時25分41秒
「だ・大丈夫…なの?」
言葉が続かない。
思考が停止してしまった。
「…動かないって…」
「動かないってどういうことよ」「なんで確認できないのよ」
「みっちゃんは?みっちゃんはどうなの?」「誰にやられたって!?」
「なっち!どうなのよ!」
外れた歯車が突然かみ合い、あたしたちの思考は一斉に活動を始め、
なっちに矢継ぎ早に言葉を浴びせ掛けた。
「あ〜うっさい!黙ってて!
…うん…うん
わかった。直ぐそっちにいくから」
なっちが携帯を切る頃には、
あたしも明日香も圭織も両手に銃を持ち、出口に向かっていた。
- 115 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時26分55秒
「ちょっと待って!おいてかないでよ」
「なっちは此処で留守番!」「なんでよ!なんであたしだけいけないのよ」
「いいから待ってて」「なっち場所は?」「東扇島埠頭」
明日香が大扉に手を掛けた。
肩を入れないと開かないほど重い扉だ。
この倉庫には小さな窓が一つあった。
到底背の届く場所にある窓から射す光が無ければ、
外の天候を計り知ることは出来なかった。
出入り口は、正面の大扉とその横の勝手口だけだ。
その扉が開かれると、光が射し込んで来た。
晴れてるんだ。
呑気にそんなことを思っていた。
- 116 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時27分43秒
扉は明日香が通れるほど開かれた。
「あっ!」
明日香は声を上げると同時に後へ倒れこんだ。
銃撃だ。
その隙間から銃弾が雨のように流れ込んでくる。
大半は鉄の扉を変形させるだけで、貫通は逃れていた。
重い扉が幸いした。
クソ!
昼間に襲ってくるとは考えてなかった。
闇にまみれて来られるのはまずいと思っていたのだが…
油断した。
「圭織!圭織!」
あたしは大声を張り上げながら、明日香の襟元を掴み部屋の角まで引きずった。
「分かってる!」
圭織は部屋を照らしていた照明を打ち抜くと、
扉に駆け寄り反撃を始めた。
- 117 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時28分29秒
暗くなった部屋の中で、明日香の防弾チョッキを引っ張り、
服の中に手を突っ込んだ。
明日香の乳房を弄るが、怪我をした様子は無かった。
幸い明日香に当った弾は、どれも防弾チョッキを貫通していなかった。
「なっち!次!」
圭織は、後ろにいるなっちに撃ち終えたMP5を渡しながら
もう一方の手でグリースガンを連射する。
「紗耶香…」
「大丈夫みたいね」
明日香の無事を確認すると直ぐ立ち上がり、圭織の応援へ行く。
「明日香!準備は?」
「いつでも!」
- 118 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時29分48秒
なっちからG3を受け取ると、扉の隙間から闇雲に連射する。
弾が相手に当る確率はきわめて低い。
連射しながら相手の場所探るが、わからない。
このままでは、倉庫から出るわけにも行かなかった。
明日香が銃撃に加わると、圭織が一旦奥へと引っ込んだ。
「ぎゃぁああ〜!」
流れ弾が、気絶していた松本に当ったらしい。
耳障りな悲鳴を上げながら床を転がりまわっている。
- 119 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時31分00秒
「そこどいて!」
圭織が96式を構えていた。
あたしと明日香が飛びのくと、鼓膜が破れるぐらいの爆音を撒き散らしながら
96式が火を噴いた。
相手の弾が変形させるのがやっとだった扉を、
96式が意とも簡単に貫通していった。
その間に、M203やら予備のマガジンをかき集めていると、
明日香が手榴弾を1個ほおりなげてきた。
「それ投げた後、左右に分かれるよ」
相手が何人かわからない。
発射音の種類を数えただけでも、両手じゃたらなさそうだった。
大人数を相手に戦うためには、一箇所に固まっていてはいけない。
少しでも勝率を上げるためには、相手を出来るだけ分断し、
一人ずつ始末していくしかない。
一対一であれば、個々の技量の差が生死を分ける。
バーニング相手に一対一でも5分に戦えるか分からないが、
選択の余地は無かった。
- 120 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時31分55秒
「煙出すよ」
なっちがスモーク弾を発火させると、倉庫の外へ何個もほおり投げた。
マスクをつけ、扉の左右に分かれて明日香と対面した。
「どっち行く?」
「ひだり。今日は北の方角が吉だって言ってたから」
「良かった。あたしは南の方が好きなんだ」
マスク越しに見る明日香の目が、楽しそうに笑っていた。
戦うのが楽しいわけじゃない。
ただ、こうやってまた明日香と一緒にいられるのが嬉しかった。
こんな状況下でさえ、それは変わらなかった。
明日香もきっと同じだ。
あたしも微笑み返した。
- 121 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時32分47秒
床を這いながら明日香の後を追う。
その上を、圭織が容赦なく放つ96式の弾丸が、空気を切り裂きながら飛んでいく。
お互いに抱き合うような格好で外に出ると、
なっちに携帯で連絡を入れた。
みっちゃんの通信機が使えなくなっている今、通信手段は携帯だけだった。
「手榴弾いくよ」
「OK」
手榴弾を取り出し、ピンを抜くと左手が明日香の左手にぶつかった。
抜いたピンを手から離すと、どちらからともなく手を握りあった。
小さな手は力を入れると折れてしまうほど細かった。
- 122 名前:4-12.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年10月29日(火)19時33分18秒
一瞬、圭織の銃撃が止まった。
「せ〜の」
同時に反対方向に手榴弾を投げると、地面に伏せた。
長い2秒を数えると、爆音と共に爆風が襲ってきた。
「グッドラック!」
間髪をいれずに立ち上がり、それぞれの方向へと走り出す。
からめた指が…
指が煙の中に消えていった。
- 123 名前:作者 投稿日:2002年10月29日(火)19時36分11秒
- レス頂いた方有難うございます。
お待たせいたしました。
とりあえず再開です。
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月29日(火)21時18分51秒
- 再開ありがとう
これから読みます
- 125 名前:作者さんのファン 投稿日:2002年10月31日(木)02時56分06秒
- 作者さんご無沙汰しておりました。 覚えておられるでしょうか?
久しぶりに書き込みが出来る時間が出来ましたので。
まずは新スレおめでとうございます。
読んでてもう、感動とゾクゾクする様なスリル感で涙でてきました!
こんな時間になっても夢中で読んでましたよ。
市井さんから姐さん視点になっても、ストーリーの素晴らしさは変わってません。
今後もずっと応援してますから頑張ってくださいね。
更新される日を楽しみに待ってます。
- 126 名前:作者 投稿日:2002年11月19日(火)21時05分37秒
- どひゃ〜出張から帰ってまいりました。
>>123 お待たせしております。もうしばらくお待ちください。
>>124 もちろん覚えております。あと少しなんですがなかなか
書く時間もなく…筆も進まずです。
今しばらくお待ちください。
- 127 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月23日(土)00時11分11秒
- 四の五の言ってないで、早く書け!
- 128 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時25分58秒
川はミドリムシの繁殖によって、緑色に変わっていた。
秋も深まったこの時期に、長い時間川の中にいるのは辛い。
小刻みに体が震える。
あと5分も待たないだろう。
今やつらがこの川に進入してきたら、正確に銃を狙える自信がない。
目の前に浮かぶ女性の死体の髪が、必要にあたしに絡んでくる。
年の頃なら…
裕ちゃんと同じぐらいだろう。
裕ちゃん…
早くここを抜けて、裕ちゃんたちの元へいかなきゃ
- 129 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時27分25秒
あたしは死体の影で、息を殺しながら川をゆっくりと周っていた。
遠くで銃声が聞こえる。
銃声の数は、あたしが倉庫を飛び出した頃に比べるとかなり減っていた。
あたしが仕留めた人数はすでに10人に達していた。
総数約30人を超す人数だ。
バーニング相手にここまでやれるとは上出来だ。
彼らの唯一の弱点は、連携プレイができないことだ。
彼らのほとんどが、いつもは単独で行動をしてるのだろう。
目の前で、見事なほどチグハグな戦略が繰り広がれていた。
何処かで指揮をとっているものが居るのかもしれないが、
気の毒としかいいようがない。
彼らは、人から押し付けられた戦略を勝手に解釈をし、
全体としての戦略がなくなっていた。
その結果、あたし達が付け入る隙を作っていた。
- 130 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時29分03秒
その昔、あたし達は弱かった。
素人同然のあたしらが仕事を遂行させるには、連携プレイと戦略が必要だった。
後藤が入ってくる前は、ひとつの仕事を全員で行うことは当たり前だった。
つんくさんが指揮をとり、連絡を密にとりながら、ターゲットを追い詰めていく。
その指揮がさんから裕ちゃんへと代わるころには、単独で仕事が出来るまでに
成長をした。
- 131 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時32分12秒
-
今、この場ではなっちが指揮をとっていた。
あのころのようにまたあたしたちは連携をとりながら、
独りずつバーニングを始末していった。
明日香と倉庫を飛び出した後、あたしたちは銃声が聞こえる位置を片っ端から
なっちに連絡をした。なっちはその方向と時間軸をPCに打ち込み、
相手の数と場所を割り出した。
その人数が、30±5人だった。
この人数が一斉に倉庫に攻められていたら、ひとたまりも無かっただろう。
それを食い止めているのが、96式だ。
普通なら戦車なんかについている
それもあとどのくらい持つかわからない。
- 132 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時33分42秒
足音が近づいてきた。
ふたり…か
あたしは肺に空気を溜め込むと川の中に潜った。
すぐにくぐこもった水音が聞こえてきた。
透明度が0に近いこの水で、水面に頭を出すタイミングを計るのは難しい。
耳を澄ます。
しばらくすると、ひとりが水から這い出る音が聞こえた。
それを合図にゆっくりと顔を出す。
- 133 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時35分21秒
先に上がってた小柄な男は、中腰になりながら林の中へ入ろうとしていた。
残りのひとりが、川から這い上がろうとするところだった。
ベレッタを取り出すと盆の窪に照準を絞る。
悴む指が、きしみながら引き金を引いた。
ぼふっという発射音とほぼ同時に、その男はずるずると川の中に滑り落ちていった。
サイレンサーが付いているとはいえ、発射音が完全に消えるわけではない。
林に入りかけていた男が駆け戻ってきた。
一瞬早く水中へともぐりこむが、必要に銃弾が追ってきた。
川底にしがみつきながら男のいる岸へと這っていくと、
突然、目の前で水音が響き、男の足が現れた。
一瞬の遅れが生死を分かつ。
あたしは水面へと飛び上がりざまに、男に向かって銃弾を撃ち込んだ。
- 134 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時36分51秒
顔を流れ落ちる水滴で前がよく見えない。
顔面にかかった前髪を左手で掻き揚げ男を確認すると、
大口を開けたまま男は仰向けに川面に浮かんでいた。
ひとり減った。
・・・数字
彼の人生はどんなものだったのだろう。
この世界に足を踏み込むには、それなりの理由がある。
まして、バーニングに所属するほどの腕前を持つ男だ。
見た目は、何処にでもいる中年のいい親父だ。
家族だっているかもしれない。
…でも、ここで死んでしまった。
ひょっとすると、死んだことすら誰にも知らされず、そのまま死体を処分されていくのかも知れない。
数字
今のあたしにとって、彼は数字のひとつに過ぎなかった。
でも、それはあたしも同じことだった。
此処で殺されれば、多分そのまま闇に葬られるのだろう。
- 135 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時37分51秒
携帯を取り出した。
小さな防水バックに収められた携帯を取り出したとき、男が突然起き上がった。
あたしが放った弾が全て防弾チョッキに阻まれていたのだ。
銃を突き出し、引き金を引く。
男の放った弾が顔を掠める。
一発
二発…。
互いに防弾チョッキに弾丸を受け、何度も水の中に倒れこみながらも
引き金を引いた。
頭を…
頭を狙わなきゃと思うのだが、うまく当たらない。
それは、向こうも同じだ。
- 136 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時39分44秒
残り5発
4発
相手がマガジンを取り外した。
あたしは男に向かって走り出した。
あと3発
くそ!
なんてことだ。ジャムった。排莢不良だ。
対処方法は、マガジンをはずして銃を逆さにしてスライドを2、3回前後させ
詰った弾を排莢しなければならない。
でも、そんな余裕は無い。相手は、今まさにマガジン交換を終えようとしていた。
あたしは銃を握ったまま男に飛び掛った。
顎に銃のグリップがクリーンヒットした。
それでも、男はひるまない。顔をあたしに向けるより早く
銃口をあたしに向けた。
- 137 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年11月26日(火)01時41分02秒
その銃を素手で掴むと、力比べが始まった。
右手で腰に差したナイフに手を伸ばそうとしたが、その手を取られてしまった。
男が引き金を引き続けると徐々に銃身が熱くなった。
男は不敵な笑みを浮かべていた。
あたしはその顔面に頭突きを加えると、銃を握っていた左手を離し、
左手で腰のナイフを抜き、男の喉をかき切った。
血しぶきが顔にかかる。
あたしは瞬きひとつしないで、男の形相を見ていた。
男は左手で、喉を押さえながらも、まだあたしに銃を向けようとしていた。
あたしはその手首を切ると、銃を奪って男の頭を打ち抜いた。
「4時の方向…2名 Done」
携帯を防水バックにしまいこむと、川から這い上がった。
- 138 名前:作者 投稿日:2002年11月26日(火)01時42分18秒
- ちょとだけ更新ね。
- 139 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時32分26秒
「2時の方向に1名」
奪い取ったMP5を乱射する。
「12時に1名」
どうして、そんなに単独行動を取ろうとするのだろう。
返り血を浴びた髪が逆立ったまま固まっていた。
水を含んで纏わりつく上着を脱ぎ、ズボンを切り裂いた。
冷たい空気が素肌を直に刺激していく。
- 140 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時33分31秒
加護には、この姿見られたくないな。
鬼の形相とは、今のあたしのような姿を言うんだろう。
顔と言わず、髪と言わず血が張り付いていた。
瞬きを忘れた眼は血走り、寒さでたったわけではない鳥肌は、
危険を察知するセンサーとなり、辺りを詮索していた。
殺人マシーン。
違う。
左の二の腕に巻かれたバンダナは、溢れ出る赤色で濡れていた。
痛みは感じる。
機械でも、悪魔でも、ケモノでもなく、人間が人間を殺しているのだ。
- 141 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時34分19秒
携帯がなった。
「明日香が、囲まれてるの」
「すぐに行く。場所は?」
「1時の方向。地図だと大海賊て書いてある大きな建物の中」
「人数は?」
「5人。紗耶香、弾はある?」
「残り30てところ」
「取りに来る?」
「大丈夫。現地調達!」
携帯を切り、方向を変えて走り出す。
ぐぇっ!
走り出すとすぐに、吐き気をもようした。
走りながら胃液を吐くと、太ももが汚物で生暖かく濡れた。
あたしの体力は既に限界を超えていた。
走ることも儘ならない状態では、先が見えている。
- 142 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時35分01秒
大海賊の建物へは、あと100mも無いだろう。
左手にはコースターの残骸だろうか。鉄骨の骨組みが池の中に残っている。
右手には、いくつかの遊戯の残骸が放置されていた。
コーヒーカップも見える。
かつて此処で聞こえた家族の笑い声の代わりに、いまは銃声が響いている。
コーヒーカップを抜けると、目の前に大きな建物が現れた。
薄いピンクに塗られた4階建てぐらいの建物は、その色とは裏腹に
侘しさを演出していた。
その中から銃声は絶え間なく聞こえていた。
- 143 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時35分44秒
「明日香」
建物を目の前にして、明日香に連絡を取った。
「なに!忙しいんだよ」
「状況は?」
「最悪だね」
「何処にいるの?」
「3階の事務所なんだけど…囲まれた」
「知ってる。人数は?」
「5〜6かな。3階には4人。他に1〜2てところ。
とにかく弾がすくないの」
「わかった。何とか凌いでね」
- 144 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時36分26秒
入り口の扉を開ける。
錆びた蝶番が音を立てると、銃弾が飛んできた。
中は思ったより明るそうだった。
あたしは暗闇に眼を慣らすために目を閉じた。
銃声は止んでいるが、明らかに狙いをこちらに定めているだろう。
タイミングを計らって一度中を覗く。
左右を確認して、すぐ頭を引っ込めると銃弾が後を追ってきた。
入り口は、20メートル先にもうひとつあった。
だが、扉を開ければ、この扉と同じ大きな部屋に繋がっているだろう。
- 145 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時37分21秒
でもやるしかない。
あたしは、もう一方の扉へ急いだ
着くなり、いきなり扉を開けて銃を乱射する。
5発撃ち込むと、相手の銃声が聞こえた。
それを合図に、元のドアへ戻り、そのままの勢いで中へ飛び込んだ。
前転から体勢をたちなおすと、こちらに気づいたバーニングの銃弾が周りの
コンクリートを弾き飛ばしていく。
中腰のまま5メートル先の物陰へと走った。
- 146 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時37分51秒
相手は一人だ。
弾は上方から飛んできた。
サブマシンガンではない。ハンドガンだ。
勝ち目はある。
薄暗い建物の中を見渡す。
大きなひとつの部屋になっていると思ったが、
此処は前室なのだろうか奥行きは7〜8メートルといったところだ。
あたしが飛び込んできた扉と、もう一箇所、あたしが銃弾を撃ち込んだ
扉から明かりが入ってくる。
どちらかが入り口で、どちらかが出口専用だったんだろう。
- 147 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時38分51秒
光は、その扉と上方にある2つのステンドグラスから射し込んでいた。
ステンドグラスを通った光は彩色を帯び、やわらかな光を床へ投影していた。
長い間誰にも見られていなかったその光の喝采の先には、
アトラクションへと続く扉が幾つか並んでいた。
その上に設けられたおそらく木で出来ている白い欄干に、人影が確認できた。
人影といっても、この角度からは頭の上部しか見えない。
それも、多分防弾のヘルメットだろう。
あたしが飛び込んだのは、さしずめ受付カウンターなんかだったのだろう。
本来なら扉のそばになければいけないカウンターが、入り口から離された場所に
横倒しになっていた。
まるで門番だな。
あたしは防弾チョッキを脱ぐと、ポケットに入っているマガジンを全て
ズボンの隙間に押し込んだ。
ひやっとする感触が、いくつも腰に生まれた。
- 148 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時39分49秒
入り口までは6〜7メートル。
たどり着いた扉が開くとは限らないが、あそこにたどり着かないことには、
明日香の場所にいくことは出来ない。
一度カウンターから頭を出して発砲すると、間髪をいれずに反撃があった。
もう一度
こちらが一発撃つと向こうも一発だけ返してきた。
こちらもヘルメットをかぶってるからといって、
頭を出すのは勇気がいる。
- 149 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時40分39秒
せぇの!
防弾チョッキを投げると同時に、扉に向かって走り出した。
弾が防弾チョッキを撃ち落とした後、あたしを追いかけてきた。
扉に体当たりするが、開かない。
すぐ隣の扉を押すが開かない。ためしに引いてみたがダメだ。
その次、その次と扉に手をかけながら、相手の下を走る。
相手も、欄干から身を乗り出してこちらを狙っているようだ。
- 150 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月03日(火)01時41分48秒
次の扉にたどり着いたとき、扉を押す反動を利用して扉から離れると、
体をひねり、欄干の相手と対面した。
パパン
メットを直撃された。
あたしはそのまま床に背中を打ち付けた。
少し間をおいて、男が床に叩き付けられる音がした。
- 151 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月04日(水)00時30分45秒
顎紐をはずしてヘルメットを見る。
このメットがなければ、あたしも死んでいた。
男の顔が見える。
あたしの撃った銃弾で、左目が黒い穴へと変わっていた。
ほんの10数センチの差が生死を分けていた。
転がった男の死体を仰向けに返し、ポケットを弄った。
自分が殺した相手の武器を、火事場泥棒が如く貰っていくのは、
正直、あまり良い気分ではない。
自分が卑しい魔物にでもなっていく気がする。
それでも、武器をかき集めなくて入られない。
ベレッタの予備のマガジン2つ。
ガバメントが一丁。
―――ベレッタは男が握ったままだ。
- 152 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月04日(水)00時32分00秒
フッー
あたしは大きく息を吐くと、意を決して銃を握った指を一本ずつはがしていった。
まだ、体温を無くしていない指は、まだ生きているようだ。
吐き気がする。
最後に引鉄にかかっている指をはがすと、
死んだはずの男が突然銃を放し、あたしの手首を掴んだ。
うわぁぁああ!
あたしは腰を抜かしながらも、奪い取ったベレッタの引鉄を何度も引いた。
マガジンの中にあった弾を撃ちつくしても、引鉄を引く動作が止まらなかった。
左手で銃を持つ右手を包み込むと、漸くその動作は止まった。
全身の毛穴が開き、瞳孔は開ききっているだろう。
体中の水分が気化してしまったのではないかと思うほど、喉が渇いていた。
- 153 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月04日(水)00時32分42秒
右手首を擦る。
掴まれて…ない?
男はベレッタの弾丸で穴だらけになっているものの、
自ら動いた気配は感じられない。
勘違い…
勘違いなのかもしれない。
でも…
心臓の鼓動が、少しずつその動きを緩めていた。
動くはずないよ。
あたしは穴だらけの男を見つめた。
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月09日(月)02時16分27秒
- (・∀・)イイヨイイヨー
盛り上がってきましたね。
年末の追い込みで死にそうですが
読んでますよ。
マターリ更新してくださいな。
- 155 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月10日(火)23時59分09秒
ふっ〜!
大きく息を吐く。
心臓の鼓動は、まだ落ち着こうとはしていなかった。
頬を伝う汗が、顎の先から滴り落ちていた。
じわじわと広がっていく血溜りが、あたしの足元まで達しようとしている。
あたしはお尻を付いたまま後退った。
気づくと扉が背中にあたった。
扉の手すりにつかまり、よじ登るように立ち上がったが、膝に力が入らない。
いかなくちゃ。
釘付けになっていた視線を男から離すと、
気を取り直し、扉をまた力いっぱい引っ張った。
- 156 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時00分17秒
開かない。
どの扉も内側から何かで、強固なまでに固定されていた。
蝶番を撃ち抜こうにも、こちらからは狙えない。
他に入り口があるはずだ。
急がなきゃ。
あたしは携帯を取り出しながら、辺りを探し始めた。
「明日香、入り口開かないんだけど」
「そう」
「どこか他に入り口無いの?」
「さあ?」
「さあ…て、明日香」
明日香の声は、交戦中とは思えないほど間抜けで、のんびりしていた。
- 157 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時01分22秒
「紗耶香、ここに入ってこなくて良いよ」
「何言ってんの」
「なんか知んないけど、こいつら人数増えちゃって」
「増えたって、いま何人なの?」
「30人ぐらいかな」
「待ってて、すぐ行くから」
あたしは、部屋の隅の階段を上がり、業務用であろう扉へと向かっていた。
30人…なんでそんな人数がここに集まっているんだ。
明日香一人とやり合うために?
―――じゃあ、なんで一気に攻めないんだ?
- 158 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時02分30秒
「来ない方が良いよ。入り口なんて、狙い撃ちされるに決まってるじゃん」
「あたしを誰だと思ってるの?」
ノブに手をかけるが、鍵がかかっていた。
すぐ銃で錠を撃ち、扉を押すが、やはり内側から固定されていて、
その先へ行かせてはくれなかった。
「くそっ!」
あたしは数歩下がり、扉に向けて連射した。
6発目の弾が扉に穴を開けたときだった。
どーんという大きな音がした。
- 159 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時04分01秒
音は外からだ。
音の大きさからして、プラスチック爆弾でも爆発させたような音だ。
圭織!なっち!
音は確かに彼女らが居る方向からだ。
あたしは階段を駆け下り、外へ飛び出した。
煙が見えた。
幾つもの銃弾が熱で暴発している。
走り出した。
- 160 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時05分37秒
走り出して……すぐに立ち止まった。
今はいけない。
明日香もそう長くは持たないはずだ。
携帯を取り出し、なっちにかけた。
RRRRR…
呼び出し音が、苛立ちを助長させていた。
留守番サービスへと切り替わった。直ぐに切り、圭織にかけなおす。
1回…2回…
「もしもし」
圭織だ。
「大丈夫なの?」
「…あん。大丈夫よ」
「なっちは?」
「大丈夫だよ」
一気に緊張が解けた。
圭織の声は冷静で、いつもと代わりのないトーンだった。
あたしは向きを変えると、明日香の元へと走った。
- 161 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時07分30秒
「あの爆発は?」
「あたしが仕掛けたの。あれで、7〜8人は吹っ飛んだはずよ」
「松本は?」
「さあ?外には引っ張り出したから運が良きゃぁ生きてるんじゃない?
それより、そっちは?」
「ドアが開かなくって…」
「今そっちに向かってるから」
「了解」
建物の中に入ると、手近な扉に連射を始める。
全弾撃ちつくすと、扉に体当たりをした。
扉が僅かながら軋んだ。
数歩下がって、もう一度体当たりをしようとした時、
後ろに気配を感じた。
「圭織…なっち」
二人とも、顔が煤けていた。
「どいて」
そういうと、圭織がMP5を乱射し始めた。
見る間に扉が、穴だらけになっていく。
- 162 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時09分12秒
また、携帯が鳴った。
「ダメ!早く逃げて!罠だよ」
明日香の悲鳴が、あたしの鼓膜を劈いた。
「圭織、撃つのやめて!」
銃声で声が聞こえないのか、乱射は止まらない。
「圭織!ストップ!」
両手を大きく振って圭織の元に走り寄ると、漸く圭織は撃つのをやめた。
「わなが仕掛けてあるって」
「うそ!」
「明日香が、そう言ってる」
「明日香待ってて、必ず助けるから」
「あたしは良いから、早く逃げて」
「何言ってるの」
「こいつらおかしいよ。
あたしを襲ってこないんだ。やな予感がする」
「やな予感て?」
「わかんない。でも、なんかものすごく嫌な予感する」
「紗耶香なんか変だよ。中からは銃声が聞こえない」
扉に開いた穴から、中の様子を伺っていたなっちもまた、
不気味な気配を感じたのか、顔が引きつっていた。
- 163 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時10分47秒
「明日香…」「紗耶香よく聞いて。あたしはいいから早く此処を脱出して」
「何言ってるの」「聞いて!」
明日香の声が、扉の穴からも聞こえた。
彼女の怒鳴り声が、扉の向こうで木霊していた。
その反響音が静まるのを合図に、銃撃が始まった。
「明日香!」「聞いて!」
圭織が、また扉の破壊を始めた。
「神戸に急いで」
低い通る声が、あたしの頭を駆け抜けた。
- 164 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時12分28秒
「神戸?」
「そう、神戸」
「後藤たちが襲撃されてるの?」
「まだ…だけど可能性は大きいわ」
「なっち!なっち!後藤に連絡して!」
「あっ…うん」
なっちが慌てて携帯を取り出した。
「紗耶香、此処は何とかする」
「何とかするって、どうするのよ」
「いい?このままでは、あたしたちは全滅するよ」
「そんなことない」
「冷静な判断をして!今此処だけでも30人近くが居るんだよ。
思い出して、あたしらの規則を。
圧倒的な力の差が有るときは逃げる。
それが、あたしらのやり方でしょ?」
「でも」
「じゃあ、圭織となっちを神戸に」「ダメ!3人とも行って」「そんなこと出来ない」
「―――しょうがないなあ」
「紗耶香、神戸はなんともないって。
それと、もうすぐファイルの解読が出来そう…だって」
とりあえず神戸はまだ無事だ。
もっとも、いつ襲われてもおかしくはない。
明日香の言うとおり、応援が必要だ。
- 165 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時14分00秒
「紗耶香、圭織に代わって」
「う、うん」
扉に体当たりを続けていた圭織に携帯を渡した。
「うん…わかってる。
えっ!明日香
―――でも…
…分かった。
明日香こそ」
圭織が泣いていた。
- 166 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時18分06秒
「なっち…」
なっちに携帯を渡すと圭織が崩れ落ちた。
「圭織」
圭織の元へ駆け寄りより、抱え起こした。
横で、なっちが棒立ちになったまま携帯を聞いていた。
「ダメ…ダメ…
あ〜も〜、なにいってんのよ明日香は」
携帯を持つ手が震えていた。
「やだ…
だから〜
い・や・だ。
や…
い……いやぁああ!」
なっちは携帯を放り投げると、扉に体当たりを始めた。
その後をあたしの元から抜け出した圭織が追った。
圭織がなっち体を必死で抑えながら、扉から引き離そうとしていた。
それでもなっちは暴れることをやめようとしなかった。
束ねてあった圭織の髪は解け、大きく振り乱れていた。
- 167 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時20分04秒
携帯を拾い上げると、明日香の声が聞こえてきた。
「紗耶香?」
「……明日香…」
「此処を軸に10時の方向に野外ステージがあるでしょ。
その奥の塀の向こう、遊園地を抜けたところに、石川が待ってる」
「えっ?…石川?」
「そう、石川がそこに車を廻してるはずよ。
それで、神戸に行って」
「でも…」
「それが裕ちゃんのラストメッセージなんだよ」
「ラストメッセージ…て…」
「紗耶香、あなたに会えてよかったよ」
「なに言ってるんだよ」
なっちが声を限りに明日香を呼んでいる。
まさか!
「…明日香、あんた…」
「いつでも、あなたたちと一緒だよ」
携帯が切れると同時に、プラスチック爆弾の爆音が響いた。
「あすか―――!!!!!!!!」
扉に駆け寄り、なっちを押しのけ扉を拳が砕けんほどに叩いた。
- 168 名前:4-13.横浜夢らんど跡地・市井紗耶香 投稿日:2002年12月11日(水)00時21分31秒
突然、あたしは襟元をつかまれ、引きずられた。
振り向くと、圭織の無表情な顔があった。
圭織はあたしとなっちを抱えあげると、出口へと走り出た。
彼女の何処に二人を抱え上げる力があったんだろう。
あたしは彼女のなすが儘に抱かかえられ、数10メートルも運ばれた。
前方に野外ステージが見えると、圭織は立ち止まり、
あたしたち二人を立たし、二人の頬を手のひらでやさしく包んだ。
三人とも大粒の涙を流していた。
圭織も必死に無表情を保とうとしていたが、
あふれ出る涙を止めることは出来なかった。
「行こう」
力強い言葉だった。
あたしは圭織のその手に、そっと手のひらを重ね頷いた。
後方で銃声が聞こえた。
バーニングは全滅したわけじゃない。
あたしたちは、流れる涙を拭うと走り出した。
- 169 名前:作者 投稿日:2002年12月11日(水)00時28分47秒
- 更新です。もうちょいのはずだったんですが、なかなか話が進みません。
年内には目途がと思うのですが、マターリ更新だす。
>>154 さん 私も年末の追い込みで死にそうですが、少しずつ書いております。
- 170 名前:154 投稿日:2002年12月12日(木)06時21分18秒
- 更新乙です。
出勤前に読みました。
クライマックス間近ですね。
姐さんはやっぱり駄目でしたか…
申し遅れましたが私、いつかの姐さんヲタです。
作者さんも大変そうですが無理なさらないように。
私は今年はもう休みなしですヽ(`Д´)ノ
- 171 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月12日(木)13時56分16秒
- いよいよクライマックスに近付いて来た感じがしますね。
う〜ん、皆生き残ってくれぃ!
次回更新も楽しみにしております。
- 172 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時19分03秒
あたしは圭織に手を引かれながら、走っていた。
何も見えてない。
何を見ろというの?
視神経を刺激した映像は、認識されない電流を虚しく脳へ流していた。
今、あたしの脳に映し出されているのは、明日香の顔だ。
「なっち、先に逃げてよ」
「ダメ」
なに考えてるのよ。ばっかじゃないの?
「あたしは此処で頑張るから」
「ダメ」
明日香一人で、なにが出来るて言うのよ。
- 173 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時20分07秒
「…ごめん」
「あ〜も〜、なにいってんのよ明日香は」
まだ、全然話して無いじゃんか。
あたしは明日香に話したいことが、いっぱいあるんだから。
「そんなこと言わないで、なっちお願い」
「やだ…」
「ごめんね。もう弾…残ってないんだ」
「だから〜」
今助けに行くよ。
なっちが助けに行くよ。
- 174 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時21分45秒
「此処に来ちゃダメだよ」
「い・や・だ」
銃を
圭織に銃を貰わなくっちゃ。
「プラスティック爆弾があるんだ」
「や…」
「ごめんね。なっちともっと話がしたかったけど…」
冗談じゃないよ。
ふざけんな。
明日香はあたしが助けるんだ。
「ばいばい」
「い……いやぁああ!」
ドアに突進していた。
何度も何度も何度も…
なんでこのドア開かないの?
なんで中に入れてくれないのよ!
- 175 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時22分53秒
したらさ、ど〜ん…て…
ど〜んて音がしたんだ。
…ううん。音なんかしてないよね。
なっちそんな音、聞いていない。
全身の細胞が怒りを発していた。
開かないドアと、そのドアの向こうから明日香の声が聞こえないことに、
あたしの全身が怒っていた。
- 176 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時24分14秒
圭織に頬を打たれ、手を引っ張られ走り出した。
も〜なにすんのよ。
分かってるって。明日香を助けに行かなくっちゃね。
なっちがしっかりしなくちゃ、圭織だって大変だもんね。
「なっち、先に塀登って」
「へっ?」
違うよ
「急いで」
も〜紗耶香まで。
「な〜に言ってんのよ。そこじゃないっしょ」
外に出てどうするのよ。早く明日香を…
- 177 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時28分55秒
「なつみ…」
「カオ…」
圭織が“なつみ”て言ってる。
「なつみ。明日香はもう死んじゃったんだよ」
「そんなこと…そんなことないもん…」
地面ばかり見ていた。
落ち葉がやけに積もってた。
「なつみ」
圭織が泣いている。
声も上げずに、大きな瞳から大粒の涙を流している。
そんなこと、彼女の顔を見るまでも無かった。
あたしは俯いたまま、ずっと赤い色をした落ち葉を数えていた。
「なつみ」
何度もためらいながら、圭織の顔を見た。
- 178 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時31分35秒
「…うん」
頷くしかなかった。
圭織だっておんなじなんだよ。
「さあ、いくよ」
「うん」
圭織の掌に右足を乗せ、塀の上に居る紗耶香へ手を伸ばした。
銃声が聞こえる。
紗耶香の手を握ったまま、固まってしまった。
銃声が聞こえる。
明日香だ。
銃声が聞こえると言うことは、明日香がまだ生きているてことだよ…ね。
「銃声…」
紗耶香の顔を見ながらつぶやいた。
「明日香!」
紗耶香は、そう叫ぶと、塀から飛び降りて走り出した。
あたしもその後に続く。
- 179 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時32分47秒
「まって!」
振り返ると、寂しい笑顔を携えた圭織が佇んでいた。
ゆっくり首を横に振っている。
紗耶香を振り返ると、彼女もまた立ち止まっていた。
立ち止まり、明日香のいる方は見ていた。
銃声は絶え間なく続いている。
「圭織!本当にいいの?
聞こえてる?この銃声」
紗耶香が叫びながら、あたしの横を通り過ぎた。
「聞こえるよ。
聞こえるに決まってるじゃない」
「じゃあなんで。明日香を見捨てろていうの?」
「そんなんじゃ…
でも…
でも、後藤はどうするの?
加護ちゃんは?
辻ちゃんは?
…明日香に頼まれたんだよ。
裕ちゃんの…
裕ちゃんの命令だよ」
「わかってる。わかってるけど…」
「行こう紗耶香。
後藤が待ってるよ」
それでも、紗耶香は動けないままだった。
あたしたちが動かなければ、紗耶香は此処に留まろうとするに決まってる。
- 180 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月15日(日)20時34分28秒
そうだよね。
紗耶香は、誰も犠牲にしたくないんだよね。
誰かを犠牲にするなら、自分が死んだほうがましなんだよね。
それが紗耶香なんだよね。
あたしは無言で二人の横を通り過ぎると、塀の前に立ちジャンプした。
何度かジャンプをしていると、急に体を持ち上げられた。
圭織と紗耶香だった。
「紗耶香…」
紗耶香が頷いていた。
塀の上によじ登ると、その向こうに梨華ちゃんが一人立っていた。
「安倍さん…」
いつの間に作ったのか、目の下に隈が出来ていた。
いつもどこか物悲しそうで、頼りなかった梨華ちゃんが、
今、穏やかな笑顔であたしを迎えてくれていた。
振り返ると、遠くに煙が昇っているのが見えた。
銃声はまだ聞こえている。
- 181 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時31分33秒
「梨華ちゃん、何で此処に?」
「中澤さんに言われて…」
「裕ちゃんに?」
「…はい。中澤さんに言われて、ずっと皆さんをつけていたんです」
- 182 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時34分03秒
別動隊…か。
裕ちゃんが好きそうなことだよ。まったく!
いつも誰にも言わないで、ひとりで事を進めちゃうんだから。
本当は、リーダーて柄じゃないのにさ。
一人でがんばっちゃってさ。
馬鹿だよ。
「吉澤は?」
「中澤さんのほうに…」
「それで?裕ちゃんは?」
「…ごめんなさい。
…間に合わなかったそうです…
よっしぃーが着いたときには、もう警察の現場検証が…」
「それで?裕ちゃんたちの遺体は?」「遺体なんかあるわけ無いじゃない。
死んだわけじゃないんだから!死んだわけじゃ…」
- 183 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時34分46秒
馬鹿で…
馬鹿でのんべえでわがままで泣き虫で…
それが裕ちゃん。
それがあたしらの裕ちゃん。
明日香を自分のところじゃなくって、あたしらの方に行かせたのも裕ちゃんでしょ?
ありがとう
ありがとう
裕ちゃん
ありがとう
- 184 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時35分35秒
「行きましょう」
石川が車のエンジンをかけていた。
圭織がもう一台の車から手招きをしていた。
圭織…分かってるって
あたしは、圭織が待つ車へと乗り込んだ。
ドアを閉めると、目の前を紗耶香を乗せた車が前を通り過ぎていく。
「紗耶香たち、無事神戸に着くよね?」
紗耶香が振り向き、あたしたちの姿を探している。
圭織はエンジンをかけると、反対方向へとハンドルを切った。
- 185 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時37分23秒
「紗耶香。別々のルートで行くよ」
「えっなんで?」
紗耶香が車に乗り込むとき、圭織が声をかけた。
「同じルートじゃあ、リスク高いからね」
紗耶香の顔が曇った。
感のいい子だから…
「いいね。あたしたちは新幹線でも使うから、
あんたらは車で行きな」
紗耶香が不安そうにこちらを見ていた。
あたしは、渾身の笑顔を紗耶香に送った。
なっち、ちゃんと笑えてるかなぁ?
なっちのパワーちゃんと届いたかなぁ?
紗耶香、頑張って!
車は角を曲がり、紗耶香の姿が消えていった。
- 186 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時38分16秒
紗耶香の車が見えなくなると、圭織は車をとめた。
ギアをニュートラルに入れ、ハンドブレーキをかけると、
圭織はハンドルに両腕を乗せたまま、ぼんやりと前方を見つめていた。
何時もの交信かなと思ったけど、それは違った。
圭織が眺める先には、住宅街が広がっていた。
圭織の家も、この先の住宅街にあった。
白い壁に、赤い屋根。
庭には手入れの行き届いた芝生が植えられ、
その庭の真ん中に、白いテーブルと二つの椅子が置かれている
かわいらしい二階建てのちいさな家。
それが圭織の家。
圭織が家を手に入れてからというもの、彼女が見る雑誌は
ファッション雑誌からインテリア雑誌へと変わり、
家の中は、かわいらしいグッズで溢れていた。
ペアのマグカップに、ペアのスリッパ。
かわいらしい小物を見つけるたび、仕事でお金が入るたび、
彼女はそれらを集めていった。
- 187 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時39分15秒
「あそこには、暖かい家庭があるんだよね」
圭織が寂しそうに呟いた。
彼女の理想の家に欠けていたもの。
圭織が一番手に入れたかったものが、あたし達の目の前に広がっていた。
「なにいってんの!あたしら家族しょ」
振り返ったその笑顔は、穏やかで優しく、淋しくもあった。
多分、この笑顔が圭織の人生だったんだろうと思う。
「…そうだよね。あたしたち家族だよね」
「明日香も…」
あたしの笑顔も、きっと同じだ。
遠くで銃声が聞こえる。
その音のひとつひとつが、明日香の言葉に聞こえた。
圭織はまだ遠くを見つめている。
圭織の気持ちが、今のあたしには手にとるように理解できた。
- 188 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時40分11秒
「圭織…」
「ん?」
圭織、綺麗だよ。
波風ひとつ立たっていない穏やかな表情の中、
彼女の瞳が決意を語っていた。
「うちら馬鹿だね」
「…うん!バカバカ」
圭織が笑っていた。
あたしも笑っていた。
「銃…貸して」
「うん」
圭織は何も聞かず、あたしにP90を手渡した。
もう、震えることは無い。
恐れることも、迷う気持ちも、もう無い。
両手でしっかり銃を握ると、その重量が両手にズシリと伝わってきた。
久しぶりに持つ銃は重い。
でも、その重さが、嘗て体に染込ませた一連の動作を呼び起こさせていた。
マガジンをはずして弾を確認し、予備のマガジンを腰に差し込んだ。
- 189 名前:4-14.横浜夢らんど跡地・安倍なつみ 投稿日:2002年12月18日(水)23時41分14秒
車の中を晩秋の風が吹き抜けた。
その風が圭織の髪を靡かせ、彼女の顔を覆う。
圭織は、風下に顔を少し傾げ、風をやり過ごすと、
ゆっくり目を開け、髪をひとつに束ねた。
「いこっか」
勢い良くドアを開けると、
あたしたちは、明日香の元へと走り出した。
- 190 名前:作者 投稿日:2002年12月18日(水)23時51分19秒
- >>154 = >>170 さん えっと姐さんは… えっと… ゆゆたんちゅき!
>>171 さん クライマックスに近づくにつれ、書くことが難しくなっている
今日この頃です。
皆生き残ってくれぃという前に、作者が死にそうです。
- 191 名前:北都の雪 投稿日:2002年12月19日(木)21時54分51秒
- 裕ちゅん駄目だったのか・・・
圭織、なっち、どうか明日香を助けて。
作者さん死なないで(切実
- 192 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月31日(火)14時09分18秒
- あぁ 明日香を、どうか明日香を…
- 193 名前:作者 投稿日:2003年01月01日(水)00時35分46秒
- あけましておめでとうございます
ことしもよろしく御願いします
- 194 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時04分39秒
引鉄を引くと、300メートル先で男が倒れた。
ナイトスコープが、その映像を鮮明に見せてくれていた。
男たちはかなりの間隔をあけて、地面にうつ伏せのまま何時間も動こうとはしない。
いくら訓練されているとはいえ、長い時間同じ姿勢でいることは、
かなりの苦痛を伴うのには変わり無かった。
雑木林に囲まれた家から、僅かな明かりが漏れ出しているに過ぎない。
中を窺うことのできないこの状態で、緊張感を保つことが出来るものはいなかった。
体勢を変える僅かな時間、彼らはあたしの充分な標的と化した。
3人を倒したが、まだ5人が残っている。
二階の窓が開いているのを考えると、既に家の中に進入しているものもいるはずだ。
彼らは互いに連絡を取り合っていないのか?
3人もの仲間が倒れても、やつら何ら対処をする気配が無い。
薄情なのか、それともそれがプロなんだろうか。
到底あたしには真似が出来ない…
…でも、結果が同じなら、あたしもやつらと同じだ。
- 195 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時06分02秒
あたしは保田さんを救えなかった。
中澤さんや矢口さん…あたしが守るべき仲間を救うことが出来なかった。
でも、悲しんでる時間も落ち込んでいる時間も無かった。
あそこにはごっつぁんがいる。
加護ちゃんや辻ちゃんがいる。
あたしが守るべき仲間達だ。
そしてそれが皆の願いであり、中澤さんから託された言葉だ。
「あんたらは、逃げてええよ」
あの夜、中澤さんはあたしと梨華ちゃんにそう言った。
梨華ちゃんが泣きながら、あたしにしがみついているときだった。
全身を小刻みに震わせながら、それでも、寝ているだろう皆に気遣い
声を出さずに泣いている梨華ちゃんを抱きしめながら、
中澤さんのその言葉を訝しげに聞いていた。
- 196 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時09分46秒
あの夜、あたしは眠れないまま、与えられたベッドにも行かず、
ひとり廊下の物陰で何時間も座っていた。
電気の点いていない廊下を、月が仄かに照らし出している。
ここは廊下からは死角になる場所だ。
あたしはベランダへと続くこの小さな踊り場にいた。
誰かが部屋から出ても気づかれないところだ。
あたしは此処でずっと膝を抱えたまま、ずっと同じ事を考えていた。
あたしには、この道しか残されてなかった。
だから、たとえ頭が吹き飛ばされることになっても、
かまやしない。
ただ、梨華ちゃんが…
彼女のことを考えると、胸が苦しくなる。
あたしは今、彼女を巻き込みたくてしょうがなかった。
この件に巻き込めば、彼女はまた昔のようにあたしを頼ってくる。
銃を使えない彼女を、あたしが守ってあげるんだ。
いや、それどころか、一緒に死んでほしいと思っている。
彼女を庇いながらも、二人とも銃弾に倒れてしまう。
彼女はあたしの手を取りながら、あたしの腕の中で死んでいく。
あたしはそれを見届けると、静かに目を閉じ彼女の後を追っていく。
そんな絵に描いたような結末が、あたしの頭から離れない。
- 197 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時10分28秒
いつもいつも、あたしの自分勝手に彼女を操ってきた…
彼女が成長して、あたしを必要としなくなった途端、
彼女と死ぬことばかり考えていた。
あたしは自らの命をかけてでも、彼女を自分の配下に置いておきたかった。
そして彼女は多分、そんなシナリオどおりに動いてくれるんだ。
あたしの馬鹿なシナリオだと分かっていても、それでも梨華ちゃんは乗ってくれるんだよ。
……ダメだ。
そんな事していいわけないじゃんかよ。
再び自分を押さえるように、膝を強く抱きしめた。
- 198 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時15分33秒
「よっしぃー此処に居たんだ」
ダメだ梨華ちゃん。
まだ自分を抑えることが出来ないんだ。
「よっしぃ〜?」
彼女の甘い声色が、あたしの脳みそを包み込む。
顔を上げることが出来ない。
そんなあたしの横に、梨華ちゃんが座った。
彼女の腕の弾力を感じていた。
「あのね。よっしぃー聞いてほしいの…」
顔を背けた。
まったく、何やってんだ!
これじゃあ、ガキじゃねえか。
- 199 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時18分08秒
「あのね、いろいろ考えたんだけどね。
あたしとね… 逃げてほしいの」
「えっ?」
驚いて彼女の顔を見た。
微笑んでいた。
スッキリとした顔とでも言うのだろうか。
穏やかに微笑んでいた。
「逃げることは…」
出来ない。
仲間を捨てて逃げ出すことなんか、できるわけない。
そんなことは、梨華ちゃんも十分わかっているはずだ。
今の彼女が、まさかそんなことを言うなんて
「ごめん!言ってみたかっただけなの」
「えっ?」
「でも、あたしの本当の気持ち。
ずっと ずっとあなたを待っていた、あたしの気持ちなの」
なにも言い返せないじゃんかよ。
その清々しい笑顔に向かって、あたしは何が言えるというんだよ。
梨華ちゃんは自分の言葉で、自分の気持ちを真っ直ぐに示したんだ。
あたしには到底真似出来ないほど、彼女は強かった。
「り…梨華ちゃん どうするの?」
“梨華ちゃんひとりでも逃げてくれ”
少し前なら、かっこつけてそんな台詞も言えたけど、
そんな台詞が恥ずかしくなるほど、彼女は大きくなっていた。
彼女は自分の意思で、自分の道を決めるんだ。
だから、あたしは彼女の意見を聞くことしか出来なかった。
- 200 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時20分38秒
「あたしは、いつもよっしぃーの側にいるよ」
彼女とはずっと一緒だった。
彼女はずっとあたしの傍にいた。
でも、あたしはいつも彼女の所にはいなかった。
それは強がりだ。本当は…
長い沈黙の時が流れた。
何も言い出せず、ただ月明かりに照らされる暗い廊下を眺めていた。
あたしはどうすれば良いんだろう?
「あんたの人生を、もっとあんたのために使いなよ」
保田さんの言葉が頭を過ぎった。
あたしの人生…
あたしは自分の思う通りに生きてきたつもりだった。
好き勝手に、やりたいことだけをやっていた。
でも、それはあたしが本当に望んだ人生でも、あたしのために使われた人生でもなかった。
ただひたすらに虚勢を張り、下らない自分のメンツを守るためだけに費やされているに
過ぎなかった。
それを保田さんが教えてくれた。
- 201 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時22分29秒
あたしはどうしたいんだろう?
あたしの人生のために、何が一番良いのだろう。
答えが出なかった。
でも、唯一ついえることがあった。
「梨華ちゃんに側にいてほしい…」
馬鹿だ。何言ってるんだ。此処まで来てもまだ虚勢を張ろうとする自分が
こっけいですらあった。あたしは梨華ちゃんの両腕を握ったまま頭を振った。
強がりはもうよそう。
「あ…あたしには梨華ちゃんが必要なんだ。
あたしが石川梨華ちゃんの側に居たいんだ」
「―――うん」
あたし達は、泣きながら強く抱きしめあった。
彼女の涙があたしの頬を濡らし、あたしの涙が彼女の頬を濡らした。
こんなに気持ちいい涙を流したのは初めてだ。
それを手に入れるのに必要だったのは、たった一言の言葉だった。
そしてそれはずっと言えなかったあたしの本音だ。
あたしには梨華ちゃんが必要なんだ。
ずっとあたしを見ていて欲しい。
それがあたしの望だ。
- 202 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月08日(水)22時23分21秒
なにか吹っ切れたような、霧が晴れたような気分だ。
あたしは本当に自分のために、自分の人生を使いたいんだ。
あたしの人生の使い道。それは、仲間を守ること。
それが、例え命がけでも。
なぜなら、彼女らはあたしの仲間だから。
そして、それこそがあたしのための人生の使い方なんだ。
「あたしと一緒に、あたしの大好きな仲間のために、
力を貸してほしいんだ」
言ってることは今までと同じかもしれない。あたしは結局、彼女を巻き込んでしまうんだ。
でもそれは我儘じゃなく、梨華ちゃんとあたしの望みなんだ。
そして何よりも、あたしの傍らであたしを見ていて欲しかった。
「うん」
「いや、あんたらには逃げてもらいたいんやけど」
「な…中澤さん…」
見上げると、中澤さんがそこにいた。
- 203 名前:作者 投稿日:2003年01月08日(水)22時30分38秒
- ほんのちょい更新です。
>>191 北都の雪さん 次回姐さんちょっとだけ再登場です。(回想の中だけど)
>>192 明日香は明日香は…実はよく知らない作者でした。
- 204 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時07分07秒
「あんたらは、ちゃっちゃと逃げるんや」
「な…なに言ってるすか?そんなことできるわけ無いじゃないっすか!」
あたしは立ち上がり、間近に中澤さんの顔を見た。
「大きい声出しぃ〜な。みんな寝てるんやから」
「いやっすよ。なんであたしらだけ逃げ出さなきゃいけないんすか。
皆を裏切るようなことできるわけ無いじゃないっすか」
「あんたらは切り札なんや」
中澤さんがあたしと梨華ちゃんの頭を、両手で抱え込むようにして
引き寄せると、小声で話し始めた。
- 205 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時08分50秒
「切り札?」
「そう。とっておきの切り札や。
ちょっと、これ見て」
そういうと、ポケットから小さな電気部品を3つほど取り出した。
「盗聴器や」
「なんでそんなものが此処に?」
「さあ、アヤカが仕掛けたのか、バーニングが仕掛けたのかわからへんけど、
うちらの行動が筒抜けになってるのはたしかや」
「でも、盗聴器は外したんですよね」
「盗聴器はね。まあ他にもおもしろいもんが、いっぱい仕掛けてあるみたいやし…。
そこで、あんたらは、あたしらを捨てて逃げだすんや。みんなにも内緒でね。
うちらを外から守ってほしいの」
「でも…」
あたしは梨華ちゃんを見た。
彼女はうれしそうにあたしを見ている。
その表情が「私はあなたの意見と一緒よ」と言っていた。
- 206 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時17分14秒
「でも、どうすればいいんですか?」
「とりあえず、明日関空から10:10の飛行機乗って台湾へ行って」
「台湾?」
「そう。あんたらの後を必ず何者かが追うはずや。
そいつらを台湾で撒いたら、直ぐ日本に密入国で戻ってきて。
その後は、あたしから連絡するから」
「でも、準備が…」
「手筈は全てあたしが揃えてるから。これあんたらのパスポートとチケット。
台湾にはビビアンちゅう女性が、再入国なんかの手伝いをしていくれるはずや」
そういうと、2冊のパスポートと航空チケットを取り出した。
パスポートは、もちろん偽造だ。
あたしのパスポートには、ご丁寧に幾つもの出入国スタンプまで押してあった。
「あんたら
やってくれる…か?」
もう一度、あたしは梨華ちゃんを見た。
やはり、彼女は何も言わずに、ただ微笑んでいるだけだった。
「はい」
振り返り中澤さんの顔を真っ直ぐ見つめると、あたしたちはそう答えた。
「すまんな。あんたらわるもんにして…。
うちらんこと守ってや」
そう言うと、中澤さんはあたしたちを包み込んだ。
- 207 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時27分11秒
それが、たった四日前のことだ。
でも、もう随分長い時間が過ぎたように感じられる。
あたし達を抱きしめてくれた中澤さんはもういない。
平家さんや矢口さんも…
パーキングエリアのテレビからあたし達の仲間の名前が流れる度に
絶望感が押し寄せてきた。
そのまま、自分の頭を撃ち抜いたほうがどれほど楽なんだろう。
これで彼女らの死は、確定的になってしまった。
あたしが埠頭で見たものは、20台を越すパトカーと騒ぎを聞きつけた
マスコミの車だけだった。
野次馬にまぎれて現場に近寄ると、犯人全員射殺という情報が耳に入った。
犯人?
この件に犯人なんか居ない。
どこまでも作り上げられる警察の情報に、あたしは行き場の無い怒りをかみ殺した。
あたしは絶望感に苛まれながらも、まだみんな生きているという希望を捨てきれていなかった。
- 208 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時30分11秒
…でも、その希望も無くなった。
テレビ画面には、担架の上に横たわる3つの遺体が映し出されていた。
担架から滴り落ちる血は、上に掛けられた白いシーツをも赤く染めていた。
そして、そのシーツからはみ出ていた右手には、あの晩、梨華ちゃんが中澤さんの渡した指輪が光っていた。
救急車にも運ばれず、忘れ去られたかのように地面に置かれたままの担架が
あたしの精神を破壊しようとしていた。
でも!あたしにはやることがあった。
別荘にはごっつぁんがいる。
加護ちゃんや辻ちゃんが居る。
あたし達が守るべき仲間だ。
だから、あたしはこの場に戻ってきたんだ。
だから、奈落の底へ落ちかけた精神を引き戻すことが出来たんだ。
仲間を守ること。それが死んでいった彼女らの願いでもあるんだ。
- 209 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時42分16秒
「うっ!」
何の前触れも無く、がつんと左肩に衝撃が走った。
ボディアーマーは銃弾の貫通だけは防いでくれるが、その威力までは緩和してくれない。
左腕が痺れて動かない。この痛みからすると、肩の骨にひびが入っているのかもしれない。
相手を確認するまもなく、あたしは立ち上がり林の中を走りぬけた。
くそっ!!いつの間に見つかったんだ。
銃弾の風切り音があたしの横を追い抜いていく。
サイレンサーの付いた銃が、篭った音と風切り音を無数に作っていた。
相手は2人居る。後方を振り返って確認する余裕は無いが、二種類の発射音を確認できた。
あたしはジグザグに走りながら林を抜け、道路を横切ると、
そのまま躊躇せずガードレールを飛び越え、真っ暗な崖下へと落ちていった。
- 210 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時47分41秒
落下しながら体をひねり崖の上を確認する。
飛び降りるときにガードレールに引っ掛けたフックからロープが伸びている。
そのロープがピンと伸びきると同時に、腰の辺りにズンと衝撃が走った。
7〜8メートルは落下したんだから、これぐらいの衝撃は覚悟していたが、
内臓が締め付けられて悲鳴をあげそうになった。
反動でロープが一旦緩む隙に体勢を整え、崖に両足を踏ん張り上を見上げると、
崖の上に頭がひとつ現れた。
- 211 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時55分53秒
この瞬間を待ってたんだ。
間髪入れず引き金を引いた。
手ごたえはあった。
すぐにあたしは、自分のロープを撃ち、3メートル程下の地面へと落下した。
暗闇での着地は非常に困難だ。失敗すればその場から動けなくなる危険すらあった。
1秒に満たない時間の後、右足が地面に触れると、受身の体勢をとる間もなく落ち葉が積もる地面へと転がった。
それと同時に、足元を掃射された。
まだ一人残っている。
立ち上がろうにも、坂が急なため立ち上がれない。
あたしはそのまま後ろ向きに転がり落ちながら、体に異常が無いことを確かめた。
相変わらず、左腕が痺れて動かない。
左肩が地面に叩きつけられる度に、激痛を脳みそに運んでくれていた。
でも、その他は大丈夫だ。
- 212 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時57分51秒
何度目かの後転の末、漸く少しは平らな場所へとたどり着いた。
耳を澄ますが、銃弾はもう撃ちこまれてはこなかった。
追って来るだろうか?
気づかれたのは失敗だ。
一旦引き返して、体勢を整えるしかないだろう。
その間に別荘に踏み込まれることは無いのだろうか?
でも、あせてもしょうがない。
…いや、でも…
あ〜めんどくさ〜行っちまおう。
あたしは足早に下の道まで出た。
ここから三叉路まで下り、再び別荘まで行くには3kmある。
かなりの大回りだ。
反対の方向を見る。
この道を登っていけば、そんなに時間は掛からない。
でも、さっきあたしを追ってきたやつがまだ残ってるはずだ。
あたしは坂道を上り始めた。
きついコーナーを回り、あたしが飛び降りた場所が見えた。
人影がまだそこにあった。
距離にして50メートル。まだあたしに気づいていない。
あたしは道の真中にうつ伏せになり銃を固定すると、引き金を引いた。
男が倒れるのを見届けると、銃を構えたまま道を登っていった。
- 213 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)20時59分48秒
後3人か。
とっとと片付けよう。
あたしを襲ってきた2人は別荘の手前にいた迷彩服の男だ。
別荘の裏側に2人と少しずつ移動をし続けているやつが1人残っている。
どちらにしても、道路をのうのうと歩いているのは得策じゃない。
林の中に潜り込もう。
迷彩服の男達の横を通り過ぎ、林に向かった。
「くはっ!」
弾が左腕を貫通した。
振り返ると、迷彩服の片割れが突進してきた。
あたしの撃った弾は、顔面を追ったマスクを飛ばしただけだった。
くそっ!
銃を構えるが、男は既に銃口を握っていた。
力比べが始まった。
銃を持ち上げようとするが、男の力にはかなわなかった。
あたしは構わず引き金を引いた。
弾がアスファルトをパンパン弾き飛ばしていく。
銃口もかなり熱くなっているはずだが、男は一向に気にとめてないようだ。
- 214 名前:4-15.神戸・吉澤ひとみ 投稿日:2003年01月14日(火)21時01分16秒
「くそぉぉおお!」
慢心の力をこめて銃を持ち上げると、あたしは銃を離した。
男がよろめく隙に、腰にあるナイフを抜き、咽喉元に突き刺した。
大量の血がナイフを伝わってあたしの手を濡らした。
その手首を男に握られていた。
あたしはナイフを抜くことも出来ないまま、押し合っていた。
気づくとあたしの足にガードレールが当った。
手首をひねり男の咽喉に刺さったナイフで傷口を広げたが、
男の力は弱まるどころか、益々強くなっていった。
ダメだ。落ちる!
あたしは一気に力を抜くと、その勢いを利用して男を投げ飛ばした。
体がガードレールを越えて落ちていく。
男の手は、あたしの手首を離さなかった。
- 215 名前:作者 投稿日:2003年01月14日(火)21時09分34秒
- 更新です。
残りもあとわずかとなってきましたが、
まだいろいろと迷っている次第です。
今月中には…春までには…今年(←氏ね)
今まで通りマイペースで行きます。
さてと…イデオンの最終回でも見るか
- 216 名前:4-16.神戸・加護亜依 投稿日:2003年01月21日(火)22時45分56秒
ずっと泣いてた。
泣いてちゃあかん思うんけど、他に何もでけへん。
ののと一緒に床にしゃがみ込み、うちはずっと泣いてた。
アヤカさんがあたしらの周りを、ハンバーグの乗った皿を持ってうろうろしてる。
テレビに東京の港が映った。
大きな船の横に、沢山のパトカーと警官がいた。
暗くて寒そうな風景やった。
アナウンサーが、中澤さん、平家さん、矢口さんの名前が読み上げた。
横浜の遊園地にも同じぐらいパトカーがいた。
飯田さん、安倍さん、福田さん、
そして市井ちゃんの名前が読み上げられた。
うちらは泣きじゃくりながら携帯をかけまくった。
…市井ちゃんだけ繋がった。
梨華ちゃんも一緒だって…
うちらは泣くことしかできんかった。
今は東山のタイプを打つ音と、ののの鼻水をすする音だけが聞こえている。
- 217 名前:4-17.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年01月26日(日)13時25分26秒
神戸に着いたのは、深夜を廻った頃だった。
あちこちに負った傷が、横浜での興奮が冷めるにつれ痛みを産みだしていた。
でも、今はその痛みさえ感じていなかった。
車の中の暖房は十分すぎるぐらい効いているはずなのに、一向に暖かさを感じない。
全ての感覚が麻痺しているようだ。いや、今や感情までが既に麻痺していた。
何かを考えることが、これほど辛いことがあっただろうか。
あたしはただ助手席のシートに全身を委ねたまま、何も考えずに流れ行く車のライトをぼんやり眺めていた。
横で石川がなれない運転をしている。顔をフロントガラスにぶつかりそうになる程突き出して、
街中をキョロキョロと見廻していた。高速を降りてから、もう何度道に迷ったことだろう。
それでも、あたしは横から口をはさむでもなく、石川の顔をぼんやり見つめていた。
カーナビが虚しく指示を出している。
- 218 名前:4-17.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年01月26日(日)13時26分58秒
「市井さん、後10分ぐらいで着くと思います」
車は街並みを外れ、急な坂道を登り始めた。家並みは途切れ、車のライト以外辺りを照らすものはなくなっていた。
あたしはポケットに右手を突っ込み、圭ちゃんからもらったお守りを握り締めた。
メドゥーサの瞳を模ったキーホルダーは、青く小さな球形をしている。
手の中の塊は、その物質の持つ感触以上にあたしを刺激し、消えていた感覚を呼び起こしてくれていた。
「間もなく目的地近辺です」
カーナビと同じ台詞を石川が繰り返す。
周りには暗闇を纏った雑木林が続いている。
このなかにバーニングが潜んでいるのは確かだ。
息を潜め、気配を消して闇にまぎれているはずだ。
この車をやつらは見ているはずだ。
カーブを廻る度に、ヘッドライトが林の奥まで照らし出していった。
- 219 名前:4-17.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年01月26日(日)13時27分44秒
「なんか、おばけでも出そうですね」
「おばけか…」
おばけの方がまだマシだ。
この世で一番怖いものは、やはり生きている人間だ。
神は自分の姿に似せて人間を創ったらしい。
でも、魂までは創れなかったんだと思う。
魂も創っていたなら、こんな世の中はなかったんだろう。
その最たるものが、この近辺に集まっているんだ。
その中でも、あたしが最悪かもな。
- 220 名前:4-17.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年01月26日(日)13時28分45秒
あたしは誰に何を言われようが、どんなに経験を積もうが、
強い人間には、成れなかった。
でも、もうそんなことはどうでも良かった。
強かろうが弱かろうが生きているには違いなかった。
そして、生きている限り、あたしはあたしの仲間を愛していたかった。
ただ、それだけのことだ。
だから、あたしは戦うんだ。
明かりが見えてきた。
暗闇にポツリと建つのは、あたし達の家だ。
- 221 名前: 4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)20時35分31秒
加護からの電話を切る頃には、別荘は間近に迫っていた。
黄色い実をつけたレモンの木が、鮮やかにライトアップされている。
吉澤はまだ合流していないらしい。
まだこの闇の中に紛れているのだろうか…
あくまでも裏方に徹するのは、吉澤らしいといえる。
「石川、いつでも車出せる状態で待ってて」
「はい」
車が止まると、ドアを開けようとする石川の腕を捕った。
「いい。あたしが逃げろと言ったら、何も考えずに全速で逃げるんだよ」
「・・・」
「返事は?」
「…はい」
加護の電話の様子では、罠が仕掛けてある可能性は低かった。
でも、用心に越したことは無い。
ベレッタを取り出すと、助手席のドアを開けた。
- 222 名前: 4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)20時36分27秒
冷たい空気の中に、殺気は感じられなかった。
でも、殺気を殺すことぐらいやつらは心得ているはずだ。
急ぎ足で玄関までたどり着くと、ドアを背にしたままベルを押した。
「はい」
「…加護」
「市井ちゃん!!」
ドアが乱暴に開けられると、加護が抱きついてきた。
「苦しいって」
抱きしめる加護の力の強さは、彼女の不安の大きさでもあった。
とうとう最後までつき合わせてしまった。
「市井ちゃん。ほんまに、みんな死んでもうたん?」
「…加護…それは後で説明する」
あたしの胸元で顔を上げる不安げな加護。
その顔には、大泣きした痕跡が溢れていた。
"ごめん"心の中で何度も謝った。
多分、言葉にしたら加護に怒られるだろう。
加護は謝ってなんかほしくないはずだ。
…だから、あたしはあたし自信のために謝罪をした。
振り返り家の周りの安全を確認すると、車の中で待機している石川に合図を送ると、
弾かれたように石川が車から飛び出してきた。
「あいぼ〜ん」
石川は加護を背中からあたしごと抱きしめた。
- 223 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)20時37分19秒
部屋に入ると、辻ちゃんとアヤカの顔が目に飛び込んできた。
辻ちゃんの目も加護と同様に赤く腫れ上がっていた。二人とも引きつりながらも笑顔をつくろうとしていた。
あたしはアヤカを一瞥すると、後藤の居るベッドの方に振り向いた。
後藤は寝ているようだ。
「テレビの報道があってからずっとあのまんまなの」
「寝てるのか?」
「うん多分…」
腕を取り心拍数をみるが、異常なさそうだ。
疲れたのだろうか?それとも、精神的ショックが大きすぎたのだろうか。
今はただ静かな寝息を立てているだけだ。
「後藤、ただいま」
顔を寄せ、後藤の耳元でそっと囁いた。
後藤の香りは昔の甘い香りから、病院の消毒臭い匂いへと変わっている。
いつか必ず、またあの甘い香りに戻してやるつもりだ。
そのために、これを終わらせなきゃいかない。
- 224 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)20時38分20秒
ベッドのすぐ横に東山がいる。
後藤と共同作業をするために、パソコンを机ごと移動させていた。
「なにか分かった?」
「ファイルは開けた。今、内容を確認をしているところだ」
画面を見たまま、東山は答えた。
相変わらず静かな口調だ。その話し方は大人の男のものなのだろうが、
いまのあたしを苛立たせるものに過ぎなかった。
あたしは東山を見下ろしたまま、逆上しそうになる気持ちを押さえることに躍起になっていた。
ここで声を荒げてもしょうがない。ゆっくりとしゃべり、相手の動向を観察しなければならないのだ。
「あんたにどうしても確認したいことがあるんだ」
「・・・」
東山は画面から目を離すことすらしなかった。
両手がせわしなくキーボードの上を踊っていた。
「あんたを撃ったのは誰なんだ?」
「・・・」
「田原じゃないのか?…あんたを撃ったの」
「ほう、なぜそう思うんだ」
キーを打っていた手を止め、あたしを振り向いた。
- 225 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)20時49分54秒
「どうなんだ?」
あたしは振り返り、東山をにらんだ。
間違いないはずだ。
東山がバーニングであれば、辻褄が合うのだ。
石川から裕ちゃんの話を聞き、あたしなりに推理をした結果、
やはり、こいつがバーニングとしか考えられなかった。
この一連のキーパーソンはこの東山だ。こいつが全てを知っているはずだ。
あたしは東山の答えを待った。
「住基ネットて知ってるか?」
「話をそらすな!」
「このディスクを作ったのは和田だ。
あいつはがらにもなく…いや、私利のためかな。
この件を独自で調査をしていたらしい」
東山はあたしの声を無視して、話を続けた。
- 226 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)20時53分13秒
「住基ネットて国民全員に番号つけたってやつでしょ?」
対応に戸惑っていると、加護が口を開いた。
「そうだ。その情報を売買しようとしたやつらがいたらしい」
「あんまり利用価値ない聞いたけど」
「単体ではな。でも、有効利用する方法はいくらでもある。
方法次第では、日本をコントロールすらできる代物になる。
まあ、日本政府はその器を作っただけのことだ。
要はそこに何を盛り付けるかというところだが…」
「でも住基ネットが出来たのはつい最近でしょ?
あたしがフロッピーを持ち出したときはまだ住基ネットなんてなかったんじゃないの?」
「官僚の間では、20年近く前から検討は始まってたよ。それが本格的に指導することが固まったのが、
今から5年前。 裏取引を策略したのもそのころの話だ」
「実際に取引はあったの?」
「あったさ。だから和田がこれを作ったんだ」
東山がFDをPCから取り出すと、ひらひらとあたし達の前にかざした。
- 227 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)20時57分12秒
「でも誰がそんなものを買うんだよ」
「それに関わった連中のリストと金の流れが、このディスクに書かれているというわけだ。
そりゃぁ上の方が大騒ぎするはずだ。
ジャニが言ってたように日本がひっくり返るだろうな。このメンバーじゃ」
「アメリカか?」
容易に考えられるのは、アメリカだ。アメリカにリストを送れば大金が転がり込むだろうし、
アメリカの信用も得られるだろう。
「はん。アメリカとは初めから専用回線で繋がっているさ。なんせ、アメリカが作らせたんだからな」
「じゃあどこ?」
「中国さ」
「中国?」
「そうだ。今各国の企業が中国に進出しているのは知ってるな」
「まあ…」
「その中国へ進出した企業の没収を防ぐためだ」
「没収?中国が企業を没収するのか?」
「そうだ」
- 228 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)21時02分10秒
- 「でもなんで没収なんかすんだよ」
「それが中国のやり方だよ。海外の企業に進出させて、金に成る企業が育つと、
やつらは強制的に海外の資本を引き上げさせて、その企業を丸ごと乗っ取るて寸法だ」
「そんなことが許されるの?」
「中国も必死さ。今は破竹の勢いで経済が発展しているが、所詮はバブルだ。
雨後の筍みたいに造っている高層ビルは余剰なオフィスを生み出し、
突貫工事の欠陥ビルは入居者が決まらないまま赤字だけを増やしていく。
それは、ほぼ確定された未来さ」
「なんか打つ手はあるんじゃないの?」
「一度崩れかけた経済を立て直すほど豊かな経験が、中国にはない。
そうなれば、残酷にも世界の経済は中国を通り過ぎて、次の国を探し始めるんだ。
後に残るものは、技術力をなくした入れ物と大量の失業者しかなくなる。
だからやつらは、手っ取り早く技術力と販売力をそっくりそのまま頂こうとしているんだ」
- 229 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月04日(火)21時03分58秒
「でもそんなことできるの?」
「あいつらにとっては、そんなことは日常茶飯事の簡単なことだ。
そして日本政府は、それをさせないために裏で取引をしたんだろう。
しかも、ある特定の企業を守るために」
「特定の企業?日本全部の企業じゃないのか?」
「政治家の利益にならん企業を守っても意味は無いからな。
しかも、この取引は裏取引だ。政治家のやりたい放題だ。
やつらと繋がりの深い企業しか助けてはくれないだろう」
「そんな…」
「それがこの国の政治家だ。
その情報をつかんだ和田が内密に調査をしてこのディスクを作り上げたんだ」
そういうと、東山は立ち上がり、あたしに微笑みかけた。
「君が、このディスクを持ち出さなければ、UFAも襲われることはなかんたんだろうな」
「違うね」
静まり返った部屋の中で、あたしは東山に微笑みながらそう言った。
- 230 名前:ほんのちょこっと 投稿日:2003年02月10日(月)00時11分31秒
- お疲れ様です。
いつも楽しみにしています。
- 231 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時06分14秒
「違う?何が違うんだ」
あたしの挑みかかるような微笑に、東山は右の眉をわずかに動かしただけだった。
「フロッピーがきっかけなのは間違いないよ。でも、あたしらがここまで痛めつけられたのとは別。
別なものの意思が携わっているはずだ」
「別なものって?」加護が訊ねた。
「あんた、バーニングの頭なんじゃないのか?」
あたしは加護の質問には答えず、東山に訊ねた。
途端に東山にの乾いた笑い声が、耳障りなほど部屋に響きわる。
「まさか君らがその答えに辿り着くとは。君らにしては上出来だな」
そういうと、あたしらを見廻した。
- 232 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時07分54秒
「そうか…中澤か。
…確かにバーニングの連中に命令を下しているのは俺だ」
「でも、あんたの意思じゃない?」
「そうだ」
「そうでしょうね。もしそうだったら、こんなところでフロッピーの解読なんてしていないもんね。」
「・・・・」
「ここでフロッピーの解読をする目的は2つ。その中身をあんた個人が知りたかった。
それを利用して、脅迫でもしたかったんじゃないの?」
「・・・・」
「もうひとつはここに居てあたし達の情報をつかむこと…でしょ?」
「・・・・」
「なにか言ったら?」
東山はキーボードを見つめたまま動かなかった。何かを考えているようだ。
- 233 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時09分08秒
「いいだろう。どちらにしても、もう終わりだからな」
そういうと東山は立ち上がり、窓際にあるソファーに腰掛けた。
窓にはレースのカーテンが掛かっている。あたしは窓まで行くと、そのカーテンを少しだけ開けて外を覗いた。
ソファーは窓の外から見える位置にある。東山の姿が外から見えるのが何らかの合図とも考えられなくもない。
あたしは目を凝らし外の様子を伺った。でも、そこはただ黒く、何も映し出してはくれなかった。
何かが潜んでいる気もするし、誰もいないといえばいない気がする。
この中で、吉澤が今もバーニングと戦っているのかもしれない。でも、今助けに行くわけにはいかなかった。
どうなるにしろ、東山の言うとおり、終わりが近づいている気がしていた。
そのとき、果たしてあたしは二本の足で立っていられるだろうか。
あたしは厚手のカーテンで窓を覆った。
- 234 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時11分53秒
「…この件には、何人もの人の考えが絡んでいる」
あたしがカーテンを閉めるのを待っていたかのように、東山が再び話し始めた。
「一つは、君が言うように、その中身でちょっと上の連中に脅しを掛けようとした俺の考えだ。
これは上手くいきそうだがな」
「それでひともうけしようてとこか?」
「まあ、そんなところだ。
もう一つは、このディスクのリストに載ってる連中によるフロッピーディスク奪回計画。
もっとも、これは何人もの政治家の単独、あるいはグループでの依頼があってな。
和田撃ったのはバーニングだ。いろんなところから依頼があったよ。
まあ、殺されるべきして殺されたてところだな。今回の件が無くても、あの中途半端な地位じゃ
いずれ殺される運命だろうな。
木村さん?あなたを撃ったのもバーニングだ。ある政治家に指示されてのことだ。
痛い目にあわせろというね」
「…わざと顔を狙ったんでしょう?」
アヤカが東山をにらんだ。元来端正な顔立ちのアヤカの右頬は撃たれた影響から少しゆがんでいた。
その右頬を隠すように垂らした髪型が、アヤカに影を作っていた。
- 235 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時17分52秒
「そういう御依頼だったんでね。
政治家になろうとする、まして女性の顔にキズがあるというのは、同情票は集まるだろうけど
トップには立てないだろうからな。有能な若い目は早く摘んでおくに限るてわけだ」
「ふざけないで!そういうことをしてるから、いつまでたってもこの国の政治は3流なのよ」
「そんなことは知らん。どうでもいいことだ」
「そういう無責任な人が多すぎるのよ、この国は。だから政治家がいつまでたっても成長しようとしないのよ」
「気に入らなければ、気に入る国に移るまでだ。
これからは魅力の無い国からは、どんどん人が出て行く。
…そんな時代になる。
賢いやつは、日本になんか残らないだろうな」
「そんなことにはさせない!」
「まあ、せいぜい頑張るんだな」」
- 236 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時18分44秒
政治か…政治が腐ってるからこそ、あたしらの仕事は生まれてくるわけだ。
あたし達の仕事なんて無い方が良いなのは分かっている。
でも、少しでも世の中がよくなるなら、あたしがしていることにも意味が…
それも所詮、政治家どもに言われるがままなんだ。
あたしらは、やつらの御都合主義の片棒を担いでいるだけに過ぎないんだ。
あたしは、何人の有能な政治家を殺したんだろう?
もしその人たちが今生きていたら、こんな世の中になっていないのかもしれない。
「稲葉は?和田の愛人の稲葉は?」
「あれは和田の命令だ。ディスクを盗まれた事に腹を立てた和田が、田原に依頼したんだ」
彼女もあたしが殺したようなものか…
- 237 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時19分49秒
「君らはどこであのディスクの情報を掴んだんだ?」
「…偶然さ。和田の情報を仕入れるために稲葉の家に押し入って、偶然持ってきただけさ」
「偶然ね。そりゃあ不幸だったな。
Jr.は君からディスクを奪回することを依頼されていた。
まあ、田原の暴走とジャニの思案が後藤さんをこんな目に会わせてしまったのは、予定外だったがね」
「ふざけるな!なにが予定外だ」
あたしは銃を抜くと東山に挑みかかった。左手で胸倉を掴み、こめかみに銃口を押し付けた。
加護と石川がすぐさま飛んできて、無理やりあたしを東山から引き離した。
加護があたしに抱きついたまま、離れない。
あたしは加護に両腕を押さえられたまま、東山の前に突っ立っていた。
顔が暑くなっているのが自覚できた。息も荒くなっている。
冷静さをなくすことは、敗北を意味することは分かっているのだが、
あたしの性格が、それを許さなかった。
東山は襟元を直すと、あくまでも涼しい顔をしてソファーに座りなおした。
- 238 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時21分47秒
「半殺しにするのはジャニの趣味だ。
酷い話さ。そこにいる加護さんに無理やり…」「ダメ!!」
加護が東山の話をさえぎった。
「ちがうんや。加護な…
――― ううん、ちがってへん。うちな…後藤さん撃ったん…うちな…
…後藤さんをな…」
「加護」
あたしは加護を強く抱きしめた。
「分かってる。加護」
加護もまた、あたしを強く抱きしめた。
加護の震えが、あたしの冷め切っていなかった興奮を急速に冷めさせた。
- 239 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時23分23秒
加護のことは、なんとなく分かっていた。
後藤を避ける理由が、たぶんそれであることも分かっていた。
でも、いくら慰めの言葉を掛けても仕方が無いんだ。
それは加護の問題だ。
あたし達みたいなもんが少なからず経験することだった。
自分ひとりで飲み込まなくてはいけない問題なんだ。
ただ、加護には経験させたくなかったのも事実だった。
加護があたしの体から顔を半分だけ出し、あたしの後ろにいる辻ちゃんを覗き込んだ。
顔は良く見えないが、おそらく今までに無いほどの恐怖を感じているんだろう。
ただでさえ白い肌が色をなくしていた。
あたしも、辻ちゃんの方を振り返った。
彼女は、いつものように八重歯を見せながらニコニコ笑っていた。
言葉は要らなかった。
加護が必要なのは、辻ちゃんのいつもと変わらない笑顔だ。
加護の力が抜け、あたしは体は少しだけ自由を取り戻した。
- 240 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時26分46秒
「あんたはいつもそうやって、事を大きく複雑にするんだな」
「俺の趣味ってところだ。今回の件を複雑にさせたのは、俺への依頼だがね」
「依頼って?」
「バーニング、Jr.、そして君らUFAをはじめとする殺し屋集団の一掃だ」
「なっ!」
この一件はおかしなことばかりだった。なぜ、Jr.があんなにも容易く全滅したのか。
なぜ、バーニングの行動がちぐはぐなのか。
答えはここにあったんだ。
東山はこの3つの集団を操って、互いの殺し合いを演じていたんだ。
でも…
「なんでだよ。なんでそんなことする必要があるんだ!
第一あんたもその一員じゃないか!仲間を売るのが恥ずかしくないのか?」
「仲間ね…」
嘲るような笑みが東山から抜けない。
さみしい笑みだ。
あたしはそう感じた。
誰も一人では生きていけない。
少なくとも、今の私には仲間が必要だ。
- 241 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時28分59秒
「この仕事は経験がものを言う。しかし、雇っている側にしてみれば、それだけ多くの秘密を握られることになる。
経験を積めば報酬も高くなる。それは技術料と口止め料が加算していくからだ。
でも、いくら金を積もうが秘密がばれないという保証は無い。政治家なんて臆病なやつらの集まりだ。
いや、臆病だからこそ生き残っていられるんだ。
だから、ときどき殺し屋の集団を一掃してやる必要があるんだ」
「ふざけんな。そんなことが許されるわけ無いじゃないか」
「許されるんだよ」
「何いってるんだよ」
「考えても見ろ。君らのUFAが設立したのはいつだ?Jr.は?
その前は誰がやっていたんだ?そいつらは今どうしてるんだ?
昔からこの国はそういったことを繰り返してきたんだよ」
「誰だよ。誰がそんのこと命令するんだよ!」
- 242 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時32分17秒
- 「依頼人の名前を言えるわけ無いだろ。
もっとも、君らが突き止めてそいつを殺したところで、そいつの代わりもいくらでもいるんだよ。
何年に一度、我々みたいな連中が一掃される。それは一個人の依頼ではない。
日本という仕組みの中の決まりごとだ。
Jr.をやったのはバーニングだ。田原に撃たれるというへまをしちまったがね。
でも、おかげでこの場に運ばれてきた。ラッキーだったよ。情報の収集がスムースになった。
俺はその情報をもとに、バーニングをあんたらに殺させたんだ」
「Jr.はあんたの仲間じゃないのか?バーニングだってあんたの配下じゃないのか?なんとも思わないのか?」
- 243 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時33分16秒
- 「仲間?そんなものこの世界では邪魔なだけだ。必要の無くなったものは消す。それだけの話だ」
「ふざけるな!人の命を何だと思っているんだ!」
「人の命?では聞くが、君らが今までやってきたのはなんだ?
人殺しではないのか?
仕事だからいいのか?仲間ではなければ殺してもいいのか?
…くだらない。
君らがなんと言おうとも、君らがやってきたことは人殺しだ。
大義名分があろうとなかろうと、我々がやっているのは人殺しなんだ」
あたしたちはヒトゴロシだ…
それは間違いなかった。
そんなことは分かっている。
でも…
そんなことでしか、あたし達は生きていくことができなかったんだ。
- 244 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時34分40秒
「人殺しはいつか必ず罰を受けなければならないんだ。
それが、自然の摂理だとは思わないか?」
「だから、あたしらを殺すというのか!じゃあ、あんたは?あんたも死ぬべきじゃないのか?」
「死にたくなければ、死ななくて良いポジションに就くまでのことだ」
「あんたはそのポジションにいるていうこと?」
「そうだ」
「じゃあ、あたしが殺してあげる」
あたしは加護の腕をすり抜けると、再び銃口を東山に向けた。
「だめ!この人が死んでも代わりはいくらでもいるんや」
加護が再び東山との間に立ちはだかった。
「加護…」
「良く分かってるじゃないか」
「この仕組みそのものを変えなきゃダメなん…」
「そうね。銃じゃ何も変えられないのよ」
アヤカが呟くように言った。
- 245 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時35分51秒
「あなたが変えるんじゃなかったの?」
「そうよ」
「そのために、俺を利用したんだからな」
「…」
「ここを用意したのも、誘拐したのも、君らにここをベースとして使わせるためだ。
ここで君らの情報を収集するためだ。…まあ、俺がここに来るのは計算外だったがな。」
- 246 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時37分02秒
「あたしはその住基ネットの情報がほしかったの。
だから…でも、仕方ないのよ。これもこの国のことを思って…」
「自分の考える正義のためなら、人の命の一つや二つ大した事ないと?」
「そんなことない!でも、この情報が必要なのよ。あたしみたいに大きな後ろ盾も無い女が、
この世界で力を得るには、それなりの武器が必要なのよ」
「トップに成れなくてもか?」
「そうよ。あたしは地位や名誉がほしいんじゃない。この国を変えたいの。みんなが幸せに暮らせる国にしたいの。
だから力がほしいのよ」
「無理だね」「やってみもしないで無理だなんていわないで!」
「力を得たって、なにも変わらないよ。この国は」
「あたしは変えてみせる!」
- 247 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時37分53秒
「残念だがもう終わりなんだ。我々の時代は終わったんだ。代わりならいくらでもいる」
「終わってなんかいない」
「いや、もう幕を引く時間だ」
そういうとポケットから携帯を取り出した。
あたしは、東山に掛けより携帯を蹴り上げた。
「一歩遅かったな」
そういうと、東山はソファーに深々と腰を掛けた。
- 248 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時38分49秒
「来るぞ!加護準備しろ!」「はい」
「石川!後藤と辻ちゃんを頼む」
あたしは石川の背中を押しやり、窓へと駆け寄った。
「無駄だよ」 「そう無駄だよ」
東山の声にかぶるようにして、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くと部屋の入り口に吉澤が立っていた。
「今度こそ、間に合ったよ」
返り血を浴びて赤く染まる吉澤の顔から、白い歯がこぼれた。
- 249 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時39分57秒
「周りの連中なら一人も残ってないよ。
あんたの負けだ!」
「それは、どうかな?」
「梨華ちゃん!」
東山は近くにいた石川を後ろから羽交い絞めにしていた。
「動くな!」
右手に握られたペンが、石川の右目を刺そうとしていた。
銃を構えた手が硬直していた。
それは、吉澤や加護も同じだった。
石川が必死に逃れようとするが、訓練された男の力には敵わなかった。
- 250 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時55分50秒
「クッ…予想通りというか…やはり傑作だな」
「梨華ちゃんを放せ!」
「加護!ダメ!」
無謀にも突進しかけた加護をあたしは止めた。
「君らのその仲間意識はUFAの最大の強みでもあるが、弱点でもある。
君らは仲間を失うかもしれないというリスクを犯してまで、引き金を引くことはできない。
それで例え自分の命を失う結果になろうともな。
知っていたとはいえ、実際見ると傑作だ」
東山がニタニタと笑っていた。
壁を背にしている東山を狙うには、余りにも危険すぎた。
体のほとんどが石川の体に隠れ、こちらから狙える箇所は限られている。
外せば石川を直撃することになるし、東山に当ったとしても、致命傷を負わせることは出来ない。
- 251 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)20時57分29秒
「さてと、銃を置いてもらおうか。ペンだからといって、失明だけじゃすまんぞ」
「くそ!」
あたし銃を床に置いた。
「吉澤」
吉澤は銃を構えたまま動こうとしなかった。
右腕は負傷してるのだろう。左手でアシストしているが銃を持つ手が震えている。
東山は加護が床に置いた銃を足で引き寄せた。
「これでUFAも終わりだな」
「あたしらはそんな簡単に終わらないよ」
冗談じゃない。終わらさえてたまるか。
何か方法があるはずだ。あたしは辺りを見回した。
後藤と目が合った。
いつのまに起きたのか、後藤があたしに何かを訴えていた。
唇がゆっくりと動いた。
- 252 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時01分23秒
やれるのか?後藤…
でも、このままでは殺されるのを待っているだけだ。
あたしは後藤を信じることにした。
「吉澤」
後藤を見つめていた吉澤があたしを振り返ったとき、
彼女が後藤の考えを読み取ったことが分かった。
「お嬢さんのお目覚めか」
頷いたわけでも目配せしたわけでもない。でも、吉澤の気持ちが、今のあたしには理解できる。
「で、どうするんだい?みんな銃を床に置いちまった状態で」
「吉澤に任せるよ」
あたしは東山に微笑み返してやった。
「よっしぃー」
石川が口を開いた。
恐怖に怯えているのかと思っていたが、石川の顔は穏やかだった。
彼女もまた、吉澤をあたし達を信じることにしたようだった。
- 253 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時03分52秒
「梨華ちゃん」
吉澤が石川の名を呼ぶと同時に、後藤がベッドの横のモニターを足で倒した。
ガタン
突然の物音に、一瞬東山の気が逸れた。
パン
東山の右目の下に、穴が開いた。
石川が東山と一緒に崩れ落ちていく。
あたしが銃を拾い上げている横を、吉澤がすり抜けていった。
- 254 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時05分18秒
「梨華ちゃん」
吉澤が石川の体を東山から引き剥がすと、石川の意識が戻った。
「よっしぃー」
石川の指先が、吉澤の顔に触れた。
吉澤は石川を抱えながら、倒れている東山に銃口を向けた。
「もう、撃たないで…誰ももう死ぬ必要なんて無いんだもん」
石川の言葉で銃を放した吉澤は、今度は両手で強く石川の体を抱きしめた。
- 255 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時06分15秒
「撃ちやがった」
東山はまだ生きていた。
顔中血だらけにして焦点さえ定まらないが、東山は起き上がろうともがくだけの力を残していた。
「ハハハ撃ちやがった…クソッ!撃ちやがったぜ」
「そりゃあ、撃つさ。あんたには理解できないだろうがね」
「分かりたくもないね」
「悲しいね。
あたしは梨華ちゃんの気持ちが分かってる。
梨華ちゃんが自分を犠牲にしても、みんなを助けたいという気持ちが。
そして何よりも、あたしのことを信じてるから、梨華ちゃんや市井さんが、
あたしの腕を信じてくれているから」
「確率の問題だろ」
「違う。
ここで大事なのは、あんたを撃つことなんだ。
それで、どんな結果になろうと、梨華ちゃんは絶対に後悔しないていうことをあたしは知っている。
あたしだけじゃない。みんな互いに分かり合ってるから、信じてくれているのがわかっているからこそ、
あたしは引き金を引くことができるんだ」
「奇麗事だ。仲間を犠牲にしてでも生き延びたいと思っただけだろう」
「それが仲間なんだよ」
「くだらない」
東山の体が再び、崩れ落ちた。
- 256 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時29分40秒
部屋が静寂に満ちた。
誰も動こうとしない。誰も口を開こうとしない。
吉澤と石川は抱き合ったまま、加護と辻も丸まるようにして抱き合ったまま、
そして、あたしは部屋の真中に突っ立ったまま、時計だけが時を進めていた。
終わったんだろうか?あたし達の戦いは終わったんだろうか?
吉澤がゆっくりと石川の体を抱き上げ、後藤のいるベッドへと向かった。
なにかスローモーションでも見ているみたいだ。
あたしはその動きをボーと追いかけていた。
- 257 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時30分44秒
-
「終わったの?」
辻ちゃんが、止まっていたあたし達の時間を動かした。
「終わってはいないわ。あなた達を狙うものはいくらでも出てくるもん」
アヤカが口元をハンカチで押さえながら答えた。
「片っ端から撃ち殺してやる」
「吉澤、それじゃあ何の解決にならない」
「じゃあ、ずっとこそこそと隠れて生きろっていうのかよ?」
「そういう仕組みを変えない限りね」
「変えるって…どうやって!」
- 258 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時32分52秒
-
「あたしが変えて見せるわ。此処からはあたしの戦いだからね」
まだ気分が優れないのか、ハンカチで口元を押さえたまま何かを探していた。
「あたしたちは…」
「フロッピーがあれば、少しは時間が稼げるわ。海外にでも逃げて」
「逃げるしか出来ないのか…」
「あなた達に何かできる?」
アヤカの言うとおりだ。
銃でできるのは、せいぜい身に降りかかる火の粉を振り払うぐらいだ。
銃では変えられない。
「フロッピーを」
フロッピーは東山のすぐ傍に落ちていた。
今や血の海と化している東山の遺体に、アヤカは近づけないでいた。
あたしはそのフロッピーを拾い上げようと、屈んだ。
- 259 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時34分21秒
パンパン
- 260 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時35分22秒
何がおきたのか、すぐには理解できなかった。
気づくと天井の灯りがぼんやりと見えていた。
東山に撃たれたらしい。
近距離での発砲は防弾チョッキを突き破り、あたしの内臓をえぐり取っているようだ。
急激に意識が遠のいていく。
パンパンパンパンパンパン
吉澤が東山を撃っているんだろう。
銃声が子守唄のように、あたしを眠りへと誘っていた。
「市井ちゃん!」
加護の声がする。
「市井さん!」
吉澤、揺するな。
「市井さん」
石川か?雰囲気ぶち壊しだな、あの声色。
- 261 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時36分10秒
「い ちぃ ちゃん」
- 262 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時37分30秒
懐かしい声が、あたしの睡眠を遮った。
閉じかけた目蓋をひん剥き、声のした方へ向いた。
「いちいちゃん」
擦れているが、紛れも無く後藤の声だ。
「ごと…う?」
「いちい…ちゃん…」
後藤はベッドから体が半分落ちながらも、こちらに這って来ようとしていた。
加護と辻ちゃんが後藤を抱き上げて、あたしの所へと連れてきてくれた。
- 263 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時38分52秒
「後藤、おまえの声久しぶりに聞けて、うれしいよ」
「…」
もう、後藤も声を出すだけの力が無いのだろう。
唇だけがわずかに動いていた。
「わかってる。わかってる」
あたしは何度も頷いた。
「市井さん、救急車呼びましたから頑張ってください」
石川…もう少し後藤と話させてくれよ。
後藤の手のひらが、あたしを包み込んでいる。
「市井ちゃん」
加護…
「市井さん」
吉澤…
みんなの涙が雨のようにあたしの顔に降り注いでいる。
- 264 名前:4-18.神戸・市井紗耶香 投稿日:2003年02月13日(木)21時40分28秒
「泣くなよ…
まるで死んじまうみたいじゃないか」
「大丈夫!絶対大丈夫だから!」
「みんなのこと忘れないよ。
これからもずっと…」
あたしは幸せな気分のなかで、ゆっくり目を閉じた。
- 265 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)21時44分23秒
- 第四章 〜永遠〜 完
- 266 名前: 投稿日:2003年02月13日(木)21時45分29秒
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
- 267 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時47分54秒
湖のように穏やかな波の上で、あたし達は地中海の夕日に染まっていた。
日がな一日ヨットの上でのんびりと時を過ごすのも、1週間を越えると流石に少し飽きていた。
釣り糸は、今日もまた一度も当りのこないまま引き上げられる運命だ。
あたしは釣り竿を片付けると、横のクーラーボックスから缶ビールを取り出しプルを開けた。
赤く染まる街並みの中にも、明かりが灯り始めていた。
モスクから、アザーンが大音響で流れている時間だ。
- 268 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時48分37秒
「市井ちゃん、今日もダメだったね」
「しょうがないさ。釣る気も無いし」
「だったら…」
「いいじゃんか。この時間を楽しんでいたいんだから」
後藤が、お尻で這うようにボートの上を移動して来た。
流石にボートの上で歩くのは危険すぎる。
「きれいだよね〜。あいぼんも来れればよかったのに」
「仕方ないさ。加護にそんな時間は取れないよ」
後藤の白髪が潮風に靡いている。
- 269 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時49分14秒
あれから、40年もの時が流れた。
あたしの髪はすっかり白くなり、肌の艶もとうに無くなり、顔のしわも増えてしまった。
それは、隣にいる後藤も同じだ。いくらトレーニングを重ねても、老いに敵うものではなかった。
それでも、あたしたちは、日々のトレーニングを止めるわけにはいかなかった。
長年の海外生活のなかでときどき起きるハプニングは、長すぎるバカンスに刺激を与えてくれてはいるものの、
流石にこの頃は、それも骨身にしみるようになってきた。
未だ銃を捨てきれずにいる。
重機まで持ち出すようなことはなくなったのだが、
あたしらの運命なのか、このハンドガンを手放すことはなかった。
- 270 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時50分04秒
あれからあたし達は、海外へと逃げ出した。
あたし達といっても、加護は日本に残させた。アヤカのもとで暮らすことにさせたんだ。
残る加護の身の安全を考えると、それが最良と考えたからだ。
でも、それが良いことなのか悪いことなのか未だにわからない。
アヤカはあの事件を堺に、益々政治の裏世界へとのめり込んでいった。
裏の世界を潰すのではなく、裏の世界を牛耳り、コントロールをすることを目論んだのだ。
そのために、あたしらが日本までわざわざ出張っていくことさえあった。
加護は、そんな裏社会をずっと見つづけていた。
でも、それが彼女の希望であり、彼女には必要な経験だったんだと思うことにしている。
第116代内閣総理大臣
それが今の加護の肩書きだ。
その肩書きは、アヤカと袂を分け、表で勝負しようとした加護が、長い年月を掛けて手に入れた武器の一つだ。
加護は総理大臣でなることで、世の中を変えることは出来たのだろうか?
未だ混迷を続ける日本社会は、それでもまだ他の国々から比べれば優等生の一員でいた。
- 271 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時50分59秒
加護の総理としての評判は賛否両論だ。
初めての女性総理ということで世間から注目を浴びる側ら、隙あらば引きずり落とそうと躍起になっている
政治家が多いのは確かだ。そのため、本来の目的とは違うことで、闘い続けなければならないのは、
そういった体勢を変えようとする加護のジレンマでもあるだろう。
総理とはいえ、一人の力ですぐに変わるほど世の中単純ではない。
加護の闘いはこれからが正念場だ。
あたしの手を離れた加護は、あたしなんかと比べるまでもなく立派な大人へと成長した。
でも、あたしの前でときどき見せるしぐさは、出会った頃のあの悪戯っぽい少女の目をまだ失ってはいない。
彼女の純真な心がある限り、いや、そんな気持ちを持つものが一人でもいる限り、
あたしの祖国も、そんなに捨てたもんじゃないのかもしれない。
- 272 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時51分49秒
辻には…いや、辻の親には悪い事をしてしまった。
普通の高校生が目の前で銃撃戦を見れば、人生観も変わってしまうのも当たり前だ。
普通の女子高生は、親が引いた“およめさん”の路線をはずれ、
高校を中退し、世界中を歩き回った末、インドやアフリカでのボランティアにその身を奉げていた。
- 273 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時52分56秒
他のメンバーも散り散りとなり、それぞれの人生を歩んでいた。
なっちは家庭を持ち、最近ではおばあちゃんになっちゃったと騒いでいた。
素直に孫が出来たと言わないところがなっちらしい。
吉澤と石川は青山に小さなレストランを開業していた。
石川が料理していた頃は、確実につぶれると思っていたが、
吉澤が料理を覚えてからは、評判も上々らしい。
もっとも、ところ構わず始める二人の喧嘩が、客を遠ざけているらしいのだが…
- 274 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時54分07秒
裕ちゃんや矢口とは、あの件以来連絡が取れないでいた。
生きているのか死んでしまったのかさえ分からなかった。
でも、二人のことだ。あの世だろうとこの世だろうと、相変わらず好き勝手やっているに違いない。
あたしたちに、墓は無い。
遺体は何処かの無縁仏と一緒に収まるのだろう。
でも、あたしたちが生きた証は、あたしたちの仲間の中に深く刻まれている。
裕ちゃんや矢口、圭織や明日香に圭ちゃん。
彼女らのことは、目蓋を閉じればいつでも会うことが出来た。
あたしは未だに裕ちゃんに叱られ、圭ちゃんたちに励まされている。
あたしの仲間は、どんなに離れていても、どんなに会わなくていても、
いつもあたしと一緒に人生を歩んでくれている。
それが仲間なんだ。
- 275 名前:エピローグ 投稿日:2003年02月13日(木)21時56分00秒
「市井ちゃん、あれ…」
舵を取っていた後藤が、前方を指差した。
近づいてきた船着場に、小さな影が見えた。
辻と加護だ。
「あほか加護は…自分の立場わかってるのか?」
頬が緩む。
「追い返そうか?」
後藤の頬も緩んでいた。
岸では辻と加護が、年甲斐も無くぴょんぴょん跳ねている。
「いん〜や、とっつかまえて説教してやる」
太陽は海に沈み、ミナレットの先に緑色のランプが灯った。
「今夜は飲むぞ〜!」
"仲間"と飲む酒ほど美味いものはない。
船は"仲間"の待つ岸に、
今、たどり着いた。
- 276 名前: 投稿日:2003年02月13日(木)21時57分55秒
あなたの声が聞こえる。
完
- 277 名前: 投稿日:2003年02月13日(木)21時58分36秒
-
- 278 名前: 投稿日:2003年02月13日(木)21時59分16秒
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
- 279 名前:あとがき 投稿日:2003年02月13日(木)22時08分15秒
- ようやくというか、なんとか書き上げることが出来ました。
これも、応援してくださった方のおかげと思っております。
約1年半という長い間お付き合いしてくださり、ありがとうございました。
正直、途中で「こりゃあ終わらんな」と思っていました。
書き始めたころは、市井と吉澤のダブルキャストで逝くはずだったのに、
吉澤は加護にその座を取られるし、話はどんどん大きくなるわで
おおじょこきました。
- 280 名前:あとがき 投稿日:2003年02月13日(木)22時15分08秒
- 作中で後藤が使用していた脳波によるコミュニケーション装置と
後半で使用していた装置には、モデルがあります。
どちらも、実際に使用している方がおり、その販売に携わっていた
友人からの話が無ければ、この小説を書き始めることは無かったでしょう。
多分読んではいないであろう友人に此処で感謝するとともに、
実際使用している方とそのご家族を応援いたします。
- 281 名前:あとがき 投稿日:2003年02月13日(木)22時21分51秒
- 一年半と言うのは長いもので、私事ではありますが、その間に転勤引越しに
交通事故なんてのもありました。そしてあした長崎へと引っ越します。
中近東の写真をHPでも作ってうpしようかなと考えております。
レバノンの海岸から見る地中海に夕日、ハマの水車、トルコの荒涼とした大地、
いつかきっとたぶんそのうち・・・
次回作は・・・また気が向いたらというか酔った勢いで始めるかもしれません。
そのときはまたよろしく御願いします。
ありがとうございました。
G3HP
- 282 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)22時28分05秒
- 本当にお疲れ様でした。
この作品を読むことが出来て良かったです。
完結したということで、改めてもう一度最初から読んでみようと思っています。
お疲れ様でした。
- 283 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)23時23分51秒
- 長らくお疲れさまでした。
年月を経ても変わらない「仲間」との絆・・・。
いい物語を読ませて頂きました。
次回作。読みたいですね。
大変でしょうがお待ちしております。
最後になりましたが、ありがとうございました。
- 284 名前:名無し作者 投稿日:2003年02月13日(木)23時36分19秒
- 一年半ですか… お疲れ様でした。
私がこの小説と出会ったのは、確か紗耶香日本帰還だったかと思います。
過去ログを全て読み、それからはずっとROMってました。
私は以前羊でバトルメインの話をちょこっと書いてましたが、
まだ力足らず、仲間との友情・絆までは描けませんでした。
現実の娘。も訳分からなくなり、小説をまた書いてみようか迷っていますが、
まだ僅かでも娘。が好きな気持ちがあるので、書いてみようと思います。
完結記念に、もう一度最初から読んでみます。
- 285 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月15日(土)09時10分16秒
- 完結おめでとう&お疲れさまでした。
単純にバトルだけでなく、友情や仲間との絆、
そして世界を駆けめぐるスケールの大きさが魅力的で、とても楽しませていただきました。
次回作、ゆっくり待っています。
- 286 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月15日(土)13時48分43秒
- ずっと続く緊張状態に、早く終わってほしい、でも終わってほしくないと思いながら読んでました。
本当に面白かった。
またどこかで作者さんの作品に出会えますように。
- 287 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時24分54秒
―――― 蛇足 ――――
- 288 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時26分42秒
カンカーン カンカーン
音は等間隔に打ち鳴らされていた。
刑務所の中で、音を立てることは禁止されている。
そろそろ、やめさせに行かなければならない。
「あっ、自分行ってきます」
あたしが腰を上げると、新人が立ち上がり、反省房の方に走っていった。
「こら!走るやつがいるか」
「すみません」
新人は振り返り、頭をちょこんと下げる。
全く最近の若いもんは…
いつのまにあたしもそんなことを言うようになったんだろう。
そう思うと、笑みがこぼれた。
- 289 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時28分04秒
刑務所に入るのは簡単だ。
何か法に触れることをして警察に捕まれば、誰だって入ることができる。
でも、刑務所で働くことは、そう簡単には出来ない。
何倍もの競争率の試験をくぐり抜け、親兄弟から親戚に至るまで身辺調査をされ、
しかも、定員に空きが出来たときのみ採用が許されるのだ。
受刑者は多種多様にわたっている。
少年院から何度も出入りを繰り返している者、食うに困って無理やり犯罪をして入ってくる者、
日本人も外人も政治家もチンピラも、この塀の中では単なる番号でしかなくなる。
- 290 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時28分55秒
音はまだ止まない。
反省房は一畳ほどの部屋で、中はいくら待っても自分の手のひらすら見ることの出来ない暗闇だ。
そんな中に長く居ると、時には気が変になるらしい。
なんの音も聞こえず、何にも見ることが出来ないと、
まるで、この世の中に独りだけ取り残されたような錯覚に陥るのだ。
だから10人に1人は、ああやって音を立てるのだ。
唯一外界に自分の存在をアピール出きるのは、受け渡し口の小さな扉を叩くことだけだ。
他に音を出そうにも反省房の周りの壁は厚い布に覆われている。
防音と受刑者の安全を配慮してのことだ。
大声を出しても、外にはほとんど聞こえない。
ああやって叩くことによって、看守が注意しに来る。
「ああ、私は一人じゃないんだ」
確認せずにはいられないのだろう。
- 291 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時30分31秒
あたしは立ち上がると、反省房へと歩いていった。
「2126番。これ以上音を立てると、規則により食事を抜くことになりますよ」
途端に音は止んだ。
彼女らはこうやって、誰かと繋がっていることを確認しようとするのだ。
今回まだ大丈夫だろう。
この見極めは結構難しい。中には本当に気がおかしくなっているケースもあるからだ。
そんなことがあれば、人権団体が黙っていない。
彼らは犯罪者の見方なのだ。
犯罪を犯したものに国民の税金で住む場所と食事を与え、
その上人権まで保護しようなんて、なんてやさしい国なんだろう。
それが民主主義なのかもしれないが、そんなことだから犯罪がなくならないのではないかと思う。
もっとも、あたしら看守がこの密閉された空間の中で、犯罪に手を染める例が無いわけではない。
誰もが犯罪者となりえる社会の中で、この塀の中と外を分けているのは何なのだろうか?
そして、塀の中にいるあたしら看守を受刑者と分けているものは何なのだろうか?
ひ弱で虫一匹殺しそうも無い受刑者と、筋骨隆々で柄の悪そうな看守。
傍目に見ると、どちらが悪い人なのか区別はつかない。
- 292 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時31分22秒
「看守長、運動の時間の準備に入ります」
「了解。本日は101号から105号室の47名だな」
「はい。それと例の…」
「ああ、あの2人か…」
刑務所の一日は点呼に始まり、点呼で終わる。
決められたスケジュールに則り、労働が課せられ、休憩や食事運動に睡眠に至るまで、
全てが管理下で行われる。例外は無いのだ。
「番号!」
各雑居房の前に並んだ受刑者が声を張り上げていく。
- 293 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時32分06秒
「E棟101号から105号室、本日総数47名、欠員なし。点呼異常なし。これから運動場へと移動いたします」
「E棟101号から105号室、本日総数47名、欠員なし。点呼異常なし。運動場への移動了解しました」
敬礼が終わると、一斉に足踏みが始まった。
全員が建物から出るのを確認すると、廊下の扉を閉め鍵を掛ける。
「設錠よし!」
指差し確認をすると、廊下の突き当たりの特別室へと歩んでいった。
- 294 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時32分51秒
特別室
それが何であるのか、なぜあのふたりはそこにいるのか、あたし達には教えられなかった。
通常、刑には二種類有る。
懲役刑と禁固刑だ。
懲役刑には決められた労働が課せられるが、禁固刑にはその義務は無い。
ただ、ほとんどのものが何らかの労働を申し出ているのが常だ。
でも、あの二人は労働を行っていない。
それどころか、二人には決められたスケジュールすらないのだ。
唯一のスケジュールが、この運動の時間だ。
でも、それさえも彼女らの都合によって自由に変えられてる。
- 295 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時33分39秒
彼女らが何の罪で入っているのか、何年の刑なのか、あたしら看守には一切知らされていない。
通常そんなことはありえない。どんな大物政治家でも他の受刑者と同じようにあたしらの管理下に置かれる。
噂では、外界に出すわけにも行かず。死刑にすることにもいかず。
此処に住んで頂いているのだそうだ。
あたしは彼女らのことを調べようと試みたことがある。
でも、それは直ぐ行き詰ってしまった。
彼女らには、なんの履歴も無いのだ。
犯罪暦どころか、戸籍すらないのだ。
そんなことが、ありえるのだろうか?
- 296 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時34分41秒
ドンドン
「運動の時間です」
「あ?」
「運動の時間です」
「あ〜ちょっと待って、用意するから」
重厚な扉の向こうには、所長室より遥かに広い部屋があるらしい。
そう、あるらしいのだ。
あたし達は中に入ることすら許されていないのだ。
そんな馬鹿なことがあるだろうか?
- 297 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時35分37秒
「待たせてすまんなぁ」
歳を重ねてもなお張りを失はない関西弁は、堀の外で聞くものとは異なり、
貫禄のある声とでも言うのだろうか、強いパワーを感じさせた。
「すまんなあ。矢口がシャワー浴びてたんで、遅くなってしもうたわ」
内側から開けられたドアの向こうには、左手を無くした初老の女性が微笑んでいた。
- 298 名前:東京・萩原 舞 投稿日:2003年02月24日(月)20時36分37秒
―――― 終り ――――
- 299 名前:作者 投稿日:2003年02月24日(月)20時48分46秒
- >>282 さん ありがとうございます。最初から読み直すのですか?
荒が目立つかも…
>>283 さん 次回作は少なくとも半分ぐらいは書いてからうpしますんで、
当分先かと思います。マターリ待っててください。
>>284 さん 現実の娘。は、自分の思っている娘。とかけ離れてしまい、
悲しい日々を過ごしていますが、せめて自分の各小説の中だけでも、
昔の娘。のままにしておきたいです。
>>285 さん ありがとうございます。彼女たちの絆を不器用ながら
書けたのは、奇跡に近いというか、やはり、あたたかいレスがあったからこそです。
>>286 さん 自分もハラハラしながら書いていました。ホントに終わるんだろうかと思いながら…
レスをくれた皆様本当にありがとうございました。
また、いつかお会い出来るよう書き続けていきたいと思います。
- 300 名前:作者 投稿日:2003年02月24日(月)20時57分25秒
- えっと300ゲットです。
言い忘れていましたが、いろいろな場所で、この小説を話題に取り上げて下さった方にも
感謝いたします。
それとどちらでもいいのですが「。」は付く方向で。
それでは・・・
- 301 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月24日(月)22時25分47秒
- 番外編も含め本当にお疲れ様でした。
全体を通してシリアスな雰囲気で、とても面白かったです。
自分としては第一章の中盤〜後半あたりのスリリングな展開のところが印象に残っています。
そしてタイトルの「あなたの声が聞こえる。」の声がいつ出てくるかと気にしながら読んでいました。
次回作orHPができたら、どこかで分かるようにしていただきたいです。
最後に、長い間ありがとうございました。
- 302 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月13日(木)21時01分22秒
あなたの声が聞こえる。
http://mseek.xrea.jp/wind/998582918.html
あなたの声が聞こえる 2
http://mseek.xrea.jp/sea/1007833313.html
あなたの声が聞こえる。 3
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=red&thp=1032359826
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