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続いてゆくのかな
- 1 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月22日(日)23時09分01秒
- 短い話ですが、森板は多いみたいなのでこちらに・・。
初執筆で、小説とは言えませんが、よろしくお願いします。
では、いしよし?で。
- 2 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時12分03秒
- 目覚まし時計が、けたたましく朝の訪れを告げる。
体を起こし、両手を上にあげて背筋を伸ばしたら、私の一日が始まる。
吉澤ひとみ23歳。上京して5年、彼氏なし。ていうか男に興味なし。
只今、一流女優目指してバイトに舞台稽古に、忙しい毎日。
恋愛になんて時間を割いている暇は、なっし〜んぐ…なんてね、
ホントは私の恋愛感情は、5年前から同じ場所に留まったまま、動けずにいた…。
ベッドサイドに飾られたポートレート。
そこに写る笑顔は、今も変わらぬ光を周囲の人達に、与え続けているのだろうか…。
- 3 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時13分21秒
- ――君とサザンとポートレート――
- 4 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時16分02秒
- 目新しい物なんて無いけれど、住むには困らない町。いつもより少し多めに
自転車のペダルをこげば、海も山も川も私達のフィールドだった。
18年間離れる事のなかった町・・今も忘れられない思い出と、あの人が住む町。
- 5 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時17分21秒
18歳の夏、田舎のごく普通の高校にいた私は、進学する気なんてハナからなく
同じく「進学しない組」の柴ちゃん、ごっちん、そして梨華ちゃんと最後の夏休みを遊び倒そうと決め込んでいた。
4人は中学からの親友で、休み時間は勿論、放課後、日曜日も4人で遊んだ。
手をつないでグルグルと回れば、バターになるんじゃないかってくらい、
いつもいっしょにすごした。
この夏の為にと頑張った、高校生活の春・夏・冬の休み、全てのバイトも、
4人で梨華ちゃん家の営む温泉旅館での事だった。
待ちに待った、人生最後?の夏休み。
私にはひとつの目標があった…それは、梨華ちゃんへの告白…。
柴ちゃんも、ごっちんも、私のこの想いは知っている。多分、梨華ちゃんも…。
私の梨華ちゃんへの想いは…「Like」じゃなくて「Love」だってこと…。
- 6 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時20分50秒
- 胸の内がバレていると知ったのは、高校一年の冬のバイト中。
拭き上げるために添えられた右手はそのままに、
少し曇ったままの窓の向こうをぼんやりと眺める私に
「よしこ…梨華ちゃんのこと、好きなんでしょう?」
ごっちんが唐突に切り出してきた。
不意を突かれた私は、とてもびっくりして、ただ黙って頷くしかできなくて…。
「前からね、柴ちゃんと話していたんだよ。よしこ、本気で梨華ちゃんのことが
好きなんだろうねって」
ごっちんの言葉に、何故だか涙が溢れ出してきた。隠しきれないほど大きくなった
気持ちは、すでに私一人では支えきれなくなってなっていたから…
「家に帰って…一人になると梨華ちゃんのことばかり考えていて…好きで好きで
たまんなくて…でも、女同士だし…そう思ったら苦しくて…。ねぇ、ごっちん…
助けてよ…」
ごっちんは、私を抱き寄せて、優しく髪を撫でながら、耳元で囁いた。
「大丈夫…きっと、大丈夫だから」
しゃくりあげながら、ごっちんの肩から顔をあげる。
窓の外、涙に濡れた私の瞳に映るのは、
ハラハラと舞う雪と戯れる梨華ちゃんの笑顔。
- 7 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時21分55秒
- その後、私は柴ちゃんにも正直な気持ちを聞いてもらった。
ごっちんと柴ちゃんの言葉には、好奇も偏見も無かった。あるのは勇気と友情
だった。二人に支えられた私の恋心は、次第に前向きなものとなっていった。
- 8 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時24分53秒
高校二年の夏休み。この時にも告白のチャンスはあったんだ。
梨華ちゃんのお父さんから「たまには息抜きしなさい」って、遊園地の入場券を
貰った。旅館が暇で、遊園地も人が少ない月曜日を狙って、私達は出かけた。
ちょこっとボーイッシュな出で立ちの、私とごっちん。
タイトミニが涼しげな柴ちゃんと梨華ちゃん。
「何だかダブルデートみたいだね」梨華ちゃんが笑う。
「じゃぁ、私とごっちんがラブラブ!」柴ちゃんがごっちんの腕に自分の腕をからめる。
「おぉ〜。なんかいいじゃん」私は茶化しながらカメラを向ける。
「よっすぃ〜と梨華ちゃんも撮りなよ」ごっちんが私と梨華ちゃんを並ばせる。
- 9 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時31分49秒
- 「ベイベー、こっちへおいで!」男の人の真似をして、強く肩を抱き寄せる。
フレームに窮屈に収まるふたりを、世界中が恋人同士だって認めてくれたら
いいのに…。梨華ちゃんに触れた部分から、体が熱を帯びてくる。
私の胸の鼓動が伝わったのだろうか、ほんのりと頬を紅く染めた梨華ちゃんが、
そっと呟いた。
「よっすぃ〜が本当に男の人ならなぁ…」
一瞬ドキッとして力を緩めた私の腕を、軽やかにすり抜ける。私の方に振り返ると、
「早くおいでよ…いっぱい遊ぼう」悪戯な笑みを浮かべて誘う…。
心臓を強く握り締められた様な気がした。
(あぁ、私は…このひとが…好き。)
固まったままの私の腕を、ごっちんと柴ちゃんが引っぱる。
「今日は忘れられない一日にしようね」「頑張るんだよ」
励ましの言葉の意味は、充分理解していた。けれど、最後に二人きりで乗った
観覧車でも私の唇から、告白らしき言葉は生まれてはこなかった。
- 10 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月22日(日)23時34分49秒
そんなこんなで、最後の夏。
私達は、以前から計画していた「真夏の卒業旅行」をついに実現させた。
場所は東京から横浜を一週間。ディズニーランド、渋谷、原宿、中華街、etc…
そして、旅の最後は茅ヶ崎。「どうしても4人で行きたい!」と言う梨華ちゃんの
リクエストだった。
横浜のホテルをチェックアウトして、まずは鎌倉の街を散策。
江ノ電がトコトコと走るなか、ぶらりと歩いて旧跡めぐり
「なんか修学旅行みたいだね」そう言ったのは、柴ちゃんだっけ。
一回りした後、昼食を済ませた私達は、旅の最後を締めくくるべく茅ヶ崎へ向かった。
- 11 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時17分07秒
- 駅を降りて、バスで15分程、茅ヶ崎の海へ辿り着いた。
真夏の日差しが、容赦なく照りつける浜辺には、サーファーがたくさんいる。
木製の柵に手を掛けて、潮の香りを思い切り吸い込んだ。
「あっつぅ〜・・水着持ってくればよかったね」ごっちんが、顔をしかめる。
「何か飲み物を買ってくるね、何がいい?」柴ちゃんが気を利かせたのか、
リクエストを聞くと、ごっちんの手を引いて、何処かへ消えていった。
吹き出る汗は、暑さのせいだけじゃない気がする。
加速する緊張感を止めようと、私は梨華ちゃんに話し掛けた。
「それにしても暑いね」
「うん。でも、気持ちいいよ」
そう言って笑う梨華ちゃんの、スカートの端が風に揺れる。
私には多分似合わない、白いワンピース。
- 12 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時18分53秒
暫し無言で、目の前の烏帽子岩を見つめる二人。
梨華ちゃんは、そっとその場に腰を下ろすと、静かに目を閉じた。
私も真似をして、腰を下ろし、目を閉じる。
時間の流れに身を任せて、ただ静かに…静かに…やがて、人のざわめきが
聞こえなくなり、波の音も消えて、この場所には、私と梨華ちゃんの二人しか
居ないんじゃないかと思える程の、静寂に包まれた青い世界が、広がってきた。
- 13 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時20分12秒
(好きだよ)という言霊が、私の体に落ちてきて、構える事も無いままに、
あなたの心に放たれる……はずだった。
- 14 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時24分05秒
目をあけて、梨華ちゃんに向き直った瞬間、自然と溢れ出そうになった
告白の言葉を、私は慌てて飲み込んだ。
泣いていた…梨華ちゃんは海を見つめたまま、静かにその頬を濡らしていた。
人のざわめき、波の音、照りつける太陽…現実の世界に、一気に引き戻された私は
「梨華ちゃん、どうしたの?」訳もわからず、慌てて声をかける事しか出来ないでいた。
「…なんでもないよ。全然、大丈夫だから」照れくさそうな、梨華ちゃんの微笑。
かける言葉を失った私の耳に、柴ちゃんとごっちんのおしゃべりが聴こえてきた…。
タイムリミット…私の夏は終わった。どこからか流れる「いとしのエリー」と共に…。
- 15 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時27分01秒
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後、私達は何も変わらないまま、卒業までの時を過ごした。
18の春、私は卒業式が終わると間もなく、東京へ向けて旅立ったのだが、
駅のホームに見送りに来てくれた梨華ちゃんが、別れ際に震える声で言った
「頑張ってね」の一言が、未だに心に突き刺さったままでいるのである。
せめて、きちんと告白していたら、心の整理も付いたんだろうけど…もう後の祭りだ。
「さぁ!今日も一日頑張っていきまっしょい」
朝の支度を済ませて、バイト先へ向かう。バイトが終われば、芝居の稽古。
きついけど充実した毎日。
- 16 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時28分47秒
- 稽古を終えて帰り着くと、もう11時前だった。
我ながら頑張ってるぜ!なんて思いながら部屋の鍵を取り出す。ドアノブに
手を掛ける前に、ポストを覗くと、宅配ピザのチラシや携帯の領収に混じって、
ピンク色の封筒が入っていた。
差出人は確認しなくてもわかる。梨華ちゃんの大好きな色だったから・・。
手早くシャワーをすませると、スウェットに着替えて、ベッドに腰掛ける。
私は少しだけ緊張しながら、久しぶりに届いた手紙の封を開いてみた。
- 17 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時31分11秒
拝啓 吉澤ひとみ様
初秋の空がさわやかな季節、いかがお過ごしですか?
こうしてひとみちゃんに手紙を書くのも久しぶりだね…元気にしてますか?
私の方はいたって元気です!時々、空回りしちゃって、みんなに迷惑をかけて
しまう事もあるけど…(今、笑ってるでしょう)なんとか若女将として頑張って
います。そうそう、ごっちんはねぇ、すっかり主婦業が板についたって感じで、
も〜感心しちゃいます。子供もごっちんに似て、とっても可愛いんだよ。
で、柴ちゃんは、最近彼氏と別れたみたいで、愚痴や文句をブーブー言って
います。まぁ、結構モテるみたいだから、すぐに新しい彼氏作るんだろうけどね。
とりあえず、こっちはこんな感じです。ひとみちゃんも頑張ってるんでしょ?
暇があったら近況を聞かせてね。
- 18 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時32分32秒
- ひとみちゃんが東京へ行って、もう5年だね…
「みんなを感動させる女優になりたい!」高校生になってすぐに、そんな
大きな夢を口にして…「がんばってくるから」そう言って、この町を出て行った
ひとみちゃんが、私にはすごくかっこよかったし、すごくうらやましかった。
だって私は将来のこと(やっぱ、温泉旅館の女将さんかなぁ…)なんて漠然と
考えているだけだったし…だからひとみちゃんの夢を聞いて、すごいって思った。
夢を追いかけて行動に移す姿が、すごく輝いてみえた。でもね、心の何処かで、
私のこと置いていっちゃうんだなって、寂しくもなったんだよ…。あの頃、
私達4人って仲良かったじゃない…いつもいっしょに遊んだり、バイトしたり、
すごく楽しかった。他愛の無い話から真面目な悩み事まで、なんでも話し合えた
…でもね、私ひとつだけひとみちゃんに言えなかった事があるの。
- 19 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時34分38秒
- 私、ひとみちゃんに…ずっと恋してた。ごっちんと柴ちゃんにはすぐに
バレていたけど、ひとみちゃんには伝わらなかったかな?でも、恋人って
肩書きが欲しかったわけじゃないし、楽しかったからこのままでもいいのかなって…。
私達の卒業旅行の事、憶えてる?東京行って、横浜行って、最後は何故だか
茅ヶ崎の海。ホントはね…あの場所で、ひとみちゃんに気持ちを伝えようって
思ってたの。旅行に行く前から、(私が告ったら、ひとみちゃんもOKしてくれて、
BGMにサザンが流れてきて…二人で夕日を見ながら)なぁんて、考えてたの…
バカでしょう?それで、あの時…ふたりっきりの時にね、ホントに、どこからか
「いとしのエリー」が流れてきたの。それだけで雰囲気に酔っちゃって、
自分だけ盛り上がって泣いちゃって…、結局自分の気持ちを言えないまま…
好きって言えないまま、終わっちゃった…。
- 20 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時35分48秒
- ねぇ、ひとつだけ聞かせてね?返事はいらないから。ひとみちゃんも私のこと、
友達以上の気持ちで見ていてくれたよね?誰よりも私のことを大切に思って
くれてたよね?私の思い過ごしかなぁ?…私、自意識過剰なのかなぁ…。
- 21 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時38分01秒
…何だか変な話をしてごめんね。マリッジブルー…ってやつかな?
へへぇ…今、驚いたでしょう。そうなの…私ね、この冬に結婚する事に
なったの。相手はね、3年前からうちの旅館で働いている人。
(意識し始めたのは最近なんだけどね)年齢はちょっと上(なんと6才)
で、すごく普通の人なんだけど、とても優しくって…この人となら幸せに
なれるかなって思って…。ひとみちゃんにも、披露宴に出席してもらいたい
んだけど、無理かな?「成功するまでは帰ってこない!」そう言ってたもんね…。
日取りが決まったら招待状を送るけど、無理しないでいいから…。
私がひとみちゃんの成功を願うように、ひとみちゃんも私の幸せを祈って
くれてるって、わかっているから…ね。
- 22 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時43分46秒
久しぶりだから、色んな事を書きたいけれど、ひとみちゃんは忙しそうだし。
(だってずっと連絡くれなかったもんね、プンプン!まぁ、連絡しなかった
私も悪いんだけど…ごめんね)とにかく今は、夢を追いかけて走り続けてね。
応援しているから。…でも、疲れたら、いつでもこの町に帰って来てね。私も、
ごっちんも、柴ちゃんも、待っているからね。じゃぁ、また改めて連絡します。
石川 梨華
- 23 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時47分28秒
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
手紙を読み終えると、私は目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。鼻の奥に軽い
刺激を感じたけれど、込み上げてくるものよりは、安堵感の方が強かった…。
「やっと、終わったんだなぁ…私の恋」
そう独り言を呟いて、窓際に置いてあるCDラジカセのスイッチをいれた。
小さなカラーボックスから、一枚のCDを取り出して、トレイに乗せると、
誰もが一度は耳にするであろうイントロが流れ出す。
「いとしのエリー」…あの日、梨華ちゃんに歌えないまま過ぎ去った夏。
私の青春の思い出全てに、梨華ちゃんの優しさ、笑顔、そして涙があった…。
- 24 名前:君とサザンとポートレート 投稿日:2002年09月23日(月)00時49分12秒
(ねぇ、梨華ちゃん…あなたと私の恋は、微妙な形で思い出となってしまったけれど、
傷つけあう事が、ただの一度も無かったから、いつまでも素敵に輝いているんだよね。
大好きなあなたの、花嫁姿が見たいから、必ず帰るから…待っていてね。)
私は、次第に溢れ出た涙と、思い出を振り返りながら、いつまでもこの歌を口ずさんでいた。
- 25 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月23日(月)00時54分54秒
- 終了。
自分でもびっくりするくらい、短くて・・どうしよ^^;
普段は、下手な詩なんて書いているんですが、長文は難しい。
スレを無駄にしないように、また駄文をアップしますので。
ご容赦下さい。
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月23日(月)00時57分05秒
- 面白かったと思うよ。
短編集化してください。
今後にも期待してます。
- 27 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月23日(月)01時06分52秒
- あぁ・・もう読まれてる。
名無し読者様
お目汚し、大変申し訳ないです。スレを無駄にしないよう
精進しますので、よろしくお願いします。
- 28 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年09月23日(月)07時57分24秒
- ウーン。グッと来るものがあって、切ないですねぇ。
続きみたいなのを読みたくなりましたね。
ある意味、力の有る作品だと。
次の作品期待して待てますよほ。
- 29 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月24日(火)00時50分26秒
- 名無しどくしゃ様
ありがとうございます。
感想を書いて頂くと、励みになります。
次回作は、8割方書き上げた時点でアップしようと考えていますので、間が空きそうです・・。
また読んで頂けるように頑張りますので、よろしくおねがいします。
- 30 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月24日(火)22時42分28秒
- 全然足りないけれど、少し書かせて頂きます。
読者様の心を掴むほどの、文章力が無いから大丈夫でしょうが、
不快な話になったら、ごめんなさい。
では、いしよしで。
- 31 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月24日(火)22時44分50秒
−−−−−−−−−天使気分はジゴクの底まで−−−−−−−−−
- 32 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月24日(火)22時48分06秒
車のクラクション、排気ガスの臭い、通りを渡る生温い風。
公園に足を踏み入れ、散りかけた桜の木にそっと手を掛ける。
「散る桜、残る桜も散る桜…か」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二週間程前、私は最愛の女性(ひと)を亡くした。
「愛してる、ずっと側にいるから…」
そう言っていたくせに…あの女性の最後は、実に呆気ないものだった。
- 33 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月24日(火)22時50分16秒
- 誰よりも愛情に餓えていた私に、計り知れないほどの愛をくれた女性。
身も心も全て委ね、また全てを任せてくれた女性…。
手をつなぐだけで満足な時間を過ごす日もあれば、互いの身体を貪るように
激しく愛し合っても、満たされない時もあった。
微妙なバランスの上に成り立っていた恋は、死という最悪の形で幕を下ろす事となった。
結局、あの女性が残してくれたものは、一人で住むには大きすぎる家と、
暮らしていくには困らないだけの、金銭だけだった…。
- 34 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月24日(火)22時53分45秒
暮らしていくには困らない訳で、私は何の仕事もしていない。
好きな時間に起きて、好きな物を食べて、気が向いた事だけをして、好きな時間に眠る。
たまに街を歩けば、色んな男から声を掛けられたりもした。
見るからにどうしようも無い男。スーツ姿の紳士。
真っ赤なスポーツカーに乗った男は、ドラマで見かけた顔だった。
気が向けば、身体を重ねる事もあったけれど、私を満たしてくれるような
人間はいなかった。
中でも、この前チープなホテルで寝た男は最低だった。
自分勝手に盛り上がって、早々とイッてしまったクズには、心底、頭に来てしまい
そいつの持っていたバタフライナイフを、太腿に思い切り突き立ててやった。
今になって思うと、あの時の私はどうかしていたんだ。
あんな男と寝るなんて…。
- 35 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月24日(火)23時00分14秒
時には、女性に誘われる事もあった。
けれど、男には無い乳房、ペニスの無い股間…「女」って身体を見ただけで、
あの女性と比べてしまい、事が済んだ後の不満は、男とヤッタ後よりも性質が悪かった。
私は、深く愛されたいの。
そして、狂おしいほどの愛情を、誰かに与えてあげたいの…。
必要なのは、家でもお金でもない・・欲しい物は「愛」なのに…。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 36 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月24日(火)23時09分04秒
- とりあえず、ここまで・・。
この後こそ、間が空きそうです。
今度こそ、自己満足な作品で終わらせないよう
頑張ってみますので、よろしくお願い致します。
- 37 名前:オガマー 投稿日:2002年09月25日(水)11時29分33秒
- 主人公は誰なんだろうか?
続き待ってます(w
- 38 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月25日(水)23時05分43秒
- 間が空くと言いつつ、少しづつ更新していかないと
頭から読み直しては、手直し。手直し。
と言う無限地獄に陥ってしまったので・・。
先に進むためにも、ちょい更新します。
- 39 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月25日(水)23時08分08秒
(純粋に求め合える誰かを、作り出せばいいんだ。)
石川梨華がそう思うようになったのは、互いに伴侶と誓い合った、
中澤裕子の死から、一ヶ月もした頃であった。無論、現在の日本では、
同性の結婚は認められておらず、養子縁組を結んだ二人の関係は
戸籍の上では、「親子」であった。
「ウチが死んだ途端に、厄介な揉め事でも起きて、梨華に辛い思いをさせたないし…」
中澤はそう言って、自らの財産の殆どを、誰にも有無を言わせずに譲れるよう、
石川を養女として迎えたのだ。
- 40 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月25日(水)23時10分20秒
- 注釈
この二人が養子縁組をすると、石川の姓も当然「中澤」となるのですが
分かりやすくするために、あえて石川としていますので、ご容赦下さい。
- 41 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月25日(水)23時12分43秒
中澤の職業は作家…と言っても、文学系ではなく、所謂「官能小説家」であった。
その世界では結構有名で、熱狂的なマニアが、彼女の小説を買いあさり、
影のベストセラー作家として、金銭には不自由のない生活を送っていた。
身寄りも無く結婚もしていない中澤は、三年前にふとした事で自分の
ファンだと言う石川と出会い、何時しか一緒に暮らすようになっていた。
自分と似た境遇…苦渋の日々を味わい、辛かった少女時代を過ごした過去。
そんな二人が出会い、互いの傷を舐めあうように愛し合ったのは、必然的な事
だったのかもしれない。だが、二人にとって幸せと言える時間は、中澤の突然の
死によって、長くは続かなかった。
- 42 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月25日(水)23時14分10秒
- 石川にとって中澤は、自分の全てであり、また、死んだ事によって、
自分の一部ではなかったのかと思わせるほど、大きな存在であった。
自らの魂の一部を欠いた衝撃は、次第に石川に変化をもたらしていった。
元々持ち合わせていた、ルナティックな一面が引き起こす行動。
それが、彼女のスタンダードな姿となっていったのである。
- 43 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月25日(水)23時18分59秒
(裕ちゃんのように私を愛し、裕ちゃんのように私に甘えてくれる誰かを…。
男だったら、子供ができる可能性がある。出来ればそれは避けたい。
やっぱり女ね、純粋で汚れ一つ無い、天使のような少女を私の思うがままに…)
今の石川の表情を見たら、誰もが見惚れてしまうだろう。
狂気じみた思考とは裏腹に、女神のような微笑を浮かべるその顔は
美しく、優しさに満ち溢れていた。
- 44 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月25日(水)23時21分13秒
- 石川梨華。
確かに、男受けする顔に体つきをしている。が、何よりもその姿態から
発せられる淫靡な雰囲気が、際立って、男達のリビドーを刺激した。
持て余すほどの時間を、少しは有効に使おうと、車の免許を取得する事にした石川だが、
自分に対する、男たちの態度には、少々うんざりしていた。
薄汚れた瞳で視姦する教官。下心も見え見えに、ナンパしてくる大学生。
自意識過剰と言われようと、SEXの対象として見られるている事は、
自分の半径一メートル以内に入ってきた、男たちの視線が物語っていた。
- 45 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月25日(水)23時23分47秒
- 「自分の計画のためにはしょうがない」と、3週間ほど真面目にがんばった
石川は、無事に免許を手に入れると、自宅のガレージに眠ったままの中澤の
ベントレーのキーを握り締める。
初めてのドライブと、これからの計画にハイになった頭は、アドレナリンが
多量に分泌されているのだろう。
「きっと、見つけ出すわ。私のハニー…」
石川は、嬉々とした面持ちで、八気筒のエンジンに火を入れると、
強くアクセルを踏み込んだ。
目的はあるが、当てのないドライブの始まりである。
- 46 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月25日(水)23時28分35秒
- 短いですが、私は少し気が楽になりました。
自分の事で精一杯な、ダメ作者ですが、頑張りますので・・・。
オガマーさん
レス、励みになります。ありがとう。
- 47 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月27日(金)00時07分47秒
「…出会いなんて、そんな簡単に転がってるわきゃないかぁ。あぁ…私にさらわれる
運命のお姫様は、一体どこにいるの?」
車内で大きく両腕を広げる。気分だけはミュージカルスター。
車を走らせて3日目・・石川は海岸沿いの町にいた。
田舎ではないが、都会とも言えない町。
ふと口にした独り言「さらわれる」と言うフレーズに、石川はくすりと笑った。
「世間じゃ、拉致って言うのかなぁ…」
車のステアリングにもたれて、ぼんやりと夕暮れ前の海岸を眺めていると、
小さな犬を散歩させている、愛らしい少女が視界に入ってきた。
(私の趣味とは少し違うけど…可愛いな)
そんな事を考えながら車を降り、ゆっくりと歩み寄ると、少女の少し手前で
さりげなく声をかけてみた。
「こんにちは」
- 48 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月27日(金)00時08分59秒
- 「…こんにちは」
少女は少しだけ緊張した面持ちで、挨拶を返してくれた。
石川は、優しげな微笑みを向けたまま、会話を続ける。
「可愛いね…お名前は?」
「ケメコって言うの」
満面の笑みを浮かべる少女に、石川は笑顔を返しつつ、首を横に振った。
「違う違う。あなたの名前よ…」
少女が、今度は照れ笑いを浮かべながら、答えた。
「辻希美れす」
その返事に、今度は思わず吹きだした。
「ごめんね。希美ちゃんか…いくつなの?」
「もうすぐ、14歳になります」
「中学生かぁ、小学生くらいに見えちゃった」
「えぇ〜、違いますよぉ…でも、よく言われるんですよね」
「でしょう。ここにはよく来るの?」
「うん。家から近いし、ケメコもここが大好きなんだよ」
「そうなんだ」
- 49 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月27日(金)00時10分11秒
…取り留めのない話をしながらも、石川の視線は希美を品定めしていた。
(若すぎるかな…でもこの子なら)そう思いながら、希美の放つ無垢な輝きに
手を触れようとしたその時、背後から大きな声が聞こえてきた。
「のの〜!」
こちらに手を振りながら、駆け寄ってくるひとりの少女。
勢い良く希美に飛びつくと、石川を睨み付けながら口を開いた。
「あんた誰や?」
- 50 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月27日(金)00時12分42秒
- 関西弁。しかし、中澤とは少し違うイントネーション。
少女の生意気な態度が、かなりしゃくに障ったが、石川は優しい笑みを湛えたまま
挨拶をした。
「はじめまして。石川梨華です」
その笑顔をじっと見つめたまま、黙り込む少女に代わって、希美が口を開いた。
「この子は、辻の親友の加護亜衣ちゃん。あいぼんって言うの」
「こんにちは。あいぼん」
「…こんにちは。なぁ〜のの…あっちに行こうよ」
加護は、沖から上がり体を休めている、サーファー達を右手で指差すと、
左手で希美の腕を引っ張って、歩き始めた。されるがままに、加護に連れて
行かれる希美は、顔だけを石川に向けると、軽く頭を下げた。
「ごめんなさい、じゃぁまた・・・」
「うん、バイバイ…」
石川は、ふたりに向かって、笑顔で手を振りながら、心の中で軽く舌打ちをした。
- 51 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月27日(金)00時53分06秒
「あいぼん、手を離してよ…痛いよぉ」
希美が懸命に手を振り回しても、加護は手を離さない。その手を強く握ったまま、
今いた場所を振り返ると、車に乗り込もうとする、石川の背中が見えた。
鋭い視線で、石川の方を見つめる加護。間もなく動き出した車の、テールランプが
遠ざかるのを確認した所で、加護はようやく、希美とつないだ手を離した。
- 52 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月27日(金)00時58分44秒
「あいぼん、どうしたの?なんか怒ってるみたい…」
希美は怖ず怖ずと、加護の顔を覗いてみた。
不安と安堵が入り混じった、そんな表情を浮かべた加護の唇が、ゆっくりと動き始めた。
「…なんかあの女の人、危ない感じがしたんや。ののには、分からへんかったか?」
「???とてもいい感じの、お姉さんれしたよ」
「遠くから見てたら、なんやののをどっかに連れて行きそうな…そんな気がしたんや」
「ははぁ…それはきっと、ヤキモチれすね」
「ちゃうわ。じぶん、ホンマにアホちゃうか?」
「あいぼん、かぁいいのれす。チューしてあげます」
「うわぁ〜!ちょっと、やめて〜」
二人は笑いながら、砂浜の上で追いかけっこを始めた。
ケメコもキャンキャンと吠えながら、後を付いて行く。
無邪気に遊ぶ、ふたりの少女。
その頭の中からは、すでに石川の存在は消え去っていて、
夕焼けに染まりかけた、親友の笑顔で満たされていた。
- 53 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月27日(金)01時08分38秒
- 正しくは「亜依」ですね。
大変失礼しました。
ちまちまと更新していて、読みにくいでしょうが、
その辺り、ご容赦のほどよろしくお願いします。
- 54 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月28日(土)22時45分28秒
- 「これじゃあ、ただの旅行じゃん」
家を空けてから10日ほど、石川はあちこちを走り回ったが、結局
何の成果も上げられぬまま、都内に舞い戻っていた。
「お腹、空いちゃったな」
旅の間に、すっかり板に付いた独り言を呟きながら、コンビニの駐車場に
不釣合いな高級車を横付けする。
ホテルやレストランの料理にも飽きてしまい、チープな物を舌が欲していた。
ジャンクフード、甘ったるい缶コーヒー、ポテトチップ、ファッション雑誌…。
石川は、買い物かごをいっぱいにすると、さっさと支払いを済ませて表へ出た。
「さて、と…」
荷物をトランクに入れて、運転席に乗り込もうとしたその時、
コンビニに入るひとりの少女が、石川の目にとまった。
――――見ぃーつけた――――
瞬間、石川の心に、驚きと喜びが入り混じった、複雑な感情が湧きあがっていた。
- 55 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月28日(土)22時46分47秒
- 短く切った髪は、何色にも染まっていない綺麗な黒髪。黒いTシャツからは、
透き通るような白い腕が伸びている。大柄でどこか少年のような顔立ちだが、
わずかに膨らんだ胸が、女性である事を主張していた。
石川は、高鳴る鼓動を何とか押さえつけようと、大きく息を吸った。
「今を逃せば、チャンスは二度と来ないかもしれない…」が、しかし
家に帰ってのんびりしたいと考えたから、コンビニに立ち寄ったのだ。
狩猟本能は、リセットされたばかりで、あまりにも心の準備が出来ていない。
- 56 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月28日(土)22時48分26秒
- 「どうする?」
梨華は、駐車場の一番隅に車を止め直して、冷静に考えようと努めた。
「ラフな格好だった、多分家は近くなんじゃないか?住所さえわかれば
じっくりと時間をかけて、計画を立てれるだろう…とりあえず、後を
つけてみ…」
考えもまとまらない内に、コンビニから少女が出てくるのが見えた。
石川はあわてて車から降りると、バッグから取り出したサングラスをかけて
少女の後を追いかけた。
- 57 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月28日(土)22時49分25秒
付かず離れず、ある程度の距離をおいて、尾行を続ける。
やがて少女は、先程のコンビニから、あまり離れていない場所に建つ、
真新しい小さなアパートの一室に入っていった。
少しの間を置いて、周囲に人がいないのを確認すると、少女が入った
部屋の前に近づく。ドアの前に掛けられた小さなポストには、丁寧な字で
書かれた名前が、一つだけ記されていた
「吉澤ひとみ…ひとみちゃんか…」
石川は、名前を口にするだけで…それだけで、自分の身体が熱くなっていくのがわかった。
- 58 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月28日(土)22時51分19秒
石川は翌日からすぐに、吉澤の生活をチェックし始めていた。
ポストにチラシを入れるフリをして、郵便物を調べたり、離れた場所から
彼女の姿を写真に収めたりもした。今すぐにでも声をかけて、連れ去って
しまいたい衝動を堪えて、吉澤の姿をひたすら追い続けた。
「何だか探偵になったみたい」
石川は、リビングでワイングラスを、ゆっくりと傾けながら、
一日ごとに増えていく、吉澤ひとみの写真に目を細めていた。
この白い肌を、私の唇で紅色に染めてみたい。しなやかな指先が、私の中に入ってきたら、
ピンク色の小部屋は、甘い蜜で満たされることだろう。
早くあなたの体温(ぬくもり)が欲しい。早くあなたと、ひとつになりたい…。
石川はしばし、頭の中で吉澤を犯し、愛し合う妄想に浸った。
やがて、しっとりと濡れていく自分を慰めようと、その美しい身体に指を這わせ始めた。
- 59 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年09月28日(土)22時58分35秒
朝露に濡れた草花のように、わずかに輝く茂みの奥に中指を誘うと
そこは既に自分自身のものではないと思える程、熱くなっていた。
ゆっくりと右手を動かすと、静かな部屋に卑猥な音が響きだす。
自らが奏でる音楽に耳を傾けながら、左の指で胸の突起を弄ると
艶やかな唇から、ワインの香りと甘い吐息が漏れはじめてきた。
「んはぁ…あぁ…あっ、あっ…ひ…ひとみちゃん…ひとみちゃん」
真っ赤な本皮のソファーに、愛液が滴り落ちるのも忘れて、夢中で自らを攻め立てる。
徐々に荒くなる吐息の間に、吉澤の名前を繰り返し口にしながら…。
「ひとみちゃんが…欲しいよ。ほし・・いよ、あぁっ、あっ…ああぁ…ひとみちゃん。
すごい…すごくいいよ、ひとみちゃん。いいよ、ひとみちゃん、ひとみ…ちゃ…ん…」
身体中に「気」が走ると、浮かしていた細い腰が濡れたソファーに深く沈み込んだ。
額に浮かぶ汗が、ほんのりと紅く染まった頬をつたっていく。
「…いつもよりはやく、イッちゃった…」
潤んだ瞳の先にぼんやりと映るのは、天使のように微笑む、吉澤の写真であった。
- 60 名前:フライハーフ 投稿日:2002年09月28日(土)23時07分03秒
- 毎度ながら、刻んで更新。
え〜・・遂に、始まってしまいました(恥
とにかく、頑張ります。
- 61 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年09月29日(日)00時47分11秒
- 読んだ瞬間「おおおお!」と叫んでしまいました。
てか梨華ちゃんただのストーカーですね(w
でも凄いイイ。愉しみにしてます。ガンガッて下さい。
- 62 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)00時50分16秒
とある雨上がりの午後。石川は、吉澤の写真を指先でそっと撫でながら、
自らが調べ上げたファイルに、目を通していた。
吉澤ひとみ 19歳。
この春から、都内の専門学校に通うために上京。
まだ交友関係は乏しく、あまり他人と一緒にいる場面は見かけない。
授業が終わると、一度アパートに帰ってから、バイト先へ向かう。
自室から、自転車で10分ほどの場所にある、大きな書店でのバイト時間は八時半まで。
日曜日はバイトの掛け持ちで、行動パターンの特定が困難。
エトセトラ・・etc…。
「ひとみちゃん、あなたの事…もう十分に調べたわ。そろそろ、私の所へ…」
吉澤との接触に、一番適しているタイミングは、行動パターンに、ズレが生じにくい平日。
それも下校時が、最も時間に余裕があるだろうと思われた。
「明日…作戦決行ね」
石川は、逸る気持ちを押さえつけようと、いつもより早めに寝室へ消えていった。
- 63 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)00時51分51秒
空は灰色の雲に覆われてはいたが、雨が降る気配はない。
「梅雨が明けるのも、近いかな…」
石川は、通りが見渡せるオープンカフェで、カフェラテを飲みながら、
その時が来るのを、待ち侘びていた。ウェッジウッドのカップが空になる頃に、
吉澤がここを通るはずである。
石川は、徐に内ポケットに手を入れると、一枚の名刺を取り出した。
オフィス・ポジティヴプロモーション
代表 石川梨華
今まで名刺を持ち歩くような仕事に、縁の無かった彼女は、吉澤を欺くためだけに
作ったこのアイテムが、痛くお気に入りの様子であった。
アニメのキャラクターカードを眺める、少年のような目で、小さな紙を
じっと見つめている。
- 64 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)00時54分21秒
名刺をポケットに仕舞い、椅子に背中を預け直すと、人ごみに紛れながら
こちらへと歩を進める、吉澤の姿が目に飛び込んできた。
―いよいよ、この時が来た―
吉澤の姿が、少しずつ近づくたびに、胸の鼓動が高鳴っていく。
充分に潤っていたはずの喉が、カラカラに乾いていくのを感じて、
残り少なくなっていた、カフェラテを飲み干した。
石川は、テーブルにわざとらしく並べられた、インチキな資料や企画書の束に
視線を落としながらも、息を止めて、吉澤との間合いを計っていた。
―あと少し…あと、もう少し……今だ!―
石川は、髪をかき上げながら、歩道へ目を向けた。
ピタリと重なる二人の視線が、運命の出会いを印象付ける、最高の演出となった。
- 65 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)00時56分53秒
「モロに目が合っちゃったよ」
吉澤は、慌てて視線を前に戻すと、何事も無かったかのように、歩き続けた。
しかし、カフェから何歩も進まないうちに、後ろから声が聞こえてきた。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
その声が自分に向けられた事も、声の主が誰なのかも、容易に想像がついた。
振り向くと、そこにはやはり、先程目を合わせた女性が立っていた。
「何ですか?」
「私、こういう者なんだけど…少しだけお話、聞いてくれないかな?」
差し出された名刺を見る。けれど吉澤には、一体どこの誰だが、何の関係だか
サッパリ分からなかった。途端に怪訝な顔を石川に向けて、貰った名刺を差し返した。
「何だか、よく分からないし…私、時間無いですから」
「5分!いや、3分でいいから」
- 66 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)00時59分15秒
- 石川は勿論、吉澤が自分の話を聞くだけの時間を、充分持ち合わせている事を知っている。
とにかくここは、早く座らせてしまいたい気持ちでいっぱいだった。
「コーヒーをご馳走するから、少し付き合って?そうだ!ここのカフェの
ベーグルって、すごくおいしいんだよ〜…お願い」
吉澤は、片目を瞑ったまま、顔の前で両手を合わせる石川の仕草が、
とても可愛いく思えて、少し考えるフリをした。
「う〜ん…少しですよぉ」
「やったぁ!ありがとうね」
- 67 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)01時01分35秒
- −甘い物に釣られたみたいで、なんか嫌だなぁ…−
そんな事を思いながら、見るからに嬉しそうな石川の後に、付いて行った。
- 68 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)01時04分13秒
- 石川と向かい合わせに腰を下ろすと、テーブルの上の書類を一瞥した。
間もなく、コーヒーとベーグルが運ばれると、石川が口を開いた。
「私、この春から独立して、タレント事務所を始めたのね、それで今、
魅力的な女の子を捜している最中なの。どこかにいい人いないかなぁ…
なんて思いながらお茶してたら、偶然あなたと目が合って…ね、運命的
だと、思わない?」
「…目が合っただけで?それで、私に声をかけたんですか?」
「うん。あなた、背が高いし、素敵な顔立ちしてる。他の人には無い、
なんて言うか…天才的にかわいいって感じ!とにかく、今の私には、
あなたが必要なのよ。ねぇ…ウチでタレントやってみない?」
「はぁ……」
「勿論私も駆け出しだから、すぐに大きなお仕事なんて、回ってこないと思う。
だから、最初はバイトみたいな感じになるかも知れないけれど…私と一緒に、
頑張ってみない?」
「……・・」
- 69 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)01時06分23秒
暫しの沈黙の後、吉澤はコーヒーにもベーグルにも、手を付けないまま、
ゆっくりと席を立つと、石川に向かって、深々と頭を下げた。
「面白そうな話ですけど、芸能界なんて興味無いし…すいません」
「そう…残念ね…」
石川が元気をなくした様を見て、吉澤は少しだけ心を痛めた。しかし、その姿を
なるべく気に止めぬようにして、鞄から自分の財布を取り出したが、透かさず石川に
止められる。
「私が誘ったから、いいのよ…代わりに、これを貰ってくれないかなぁ」
そう言って差し出されたのは、先程の名刺だった。
「気が変わったり、何か困った事があったら、いつでも連絡してね」
「はい、わかりました。じゃぁ、失礼します。ご馳走様でした」
吉澤はもう一度頭を下げると、雑踏の中に消えていった。
- 70 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月03日(木)01時09分20秒
- 石川は、段々と小さくなっていく、吉澤の背中をじっと見つめながら呟いた。
「ひとみちゃん…ちょっとだけ、困らせちゃうけど、ごめんね…」
シナリオ通りの展開に、思わず得意げに微笑んで、オープンカフェを後にした。
- 71 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月03日(木)01時17分24秒
- 一応、ここまでです。
>名無し香辛料さん
レス、ありがとうございます。
>てか梨華ちゃんただのストーカーですね(w
最近、石川さんの写真を見るのが、辛くなってきました(w
この後、ちょっと苦しんでいますが、がんばります。
- 72 名前:オガマー 投稿日:2002年10月04日(金)06時26分14秒
- 石川さんのこれからの行動に期待(w
- 73 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月09日(水)19時51分27秒
- バイトを終え、部屋の灯りを点けると、見るともなしに、テレビのスイッチをいれる。
一人きりの淋しさからついた癖だという事を、吉澤自身は気が付いてはいない。
備え付けの冷蔵庫から、ペットボトルのお茶を取り出そうと立ち上がったその時に、
携帯の着信を告げるメロディが、狭い部屋に鳴り響いた。
液晶に表示されたのは、故郷にいる幼馴染の名前。
−後藤真希−
彼女からの電話であった。
「はいは〜い。元気?」
「おすっ!よしここそ元気してんの?」
「まぁね、何とか頑張ってるよ。ごっちん…その後どうよ?」
「どーって…なにがよ?」
「カ・レ・シ・よ…」
以前のように毎晩ではないが、それでも週に一度は必ずかかってくる
後藤からの電話は、吉澤の一人暮らしを支える、大きな力だった。
恋の話、互いの生活、今ハマっている事、ムカついた事、etc…
どうってことない、日常の話の繰り返し。
- 74 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月09日(水)19時54分08秒
- 吉澤は、二時間ほど会話した所で、昼間の出来事を思い出していた。
「そう言えば、今日さぁ…スカウトされちゃったよ」
「スカート下げちゃった?」
「なんだよ、それ〜つまんないよ。芸能人になりませんか?って言われたの」
「えぇ〜!よしこがぁ〜?マジでぇ〜?」
「うん。なんか地味だけど高そうなパンツスーツ着ててさ、も〜いかにも業界、
知ってますみたいな…かなりカワイイ感じの女の人に」
「へぇ〜…じゃぁ、よしこテレビとか出るの?」
「ははは!んなワケないじゃん。断ったよ」
「えぇー…ごとーなら、やる気!IT’S EASY」
「だからぁ、面白くないって」
「よしこだったら、売れるよ!大丈夫!きっと…」
「もう、わかったから…だって、芸能人になるために、親の反対押し切ってまで
東京に来たわけじゃないんだから」
「そうだけどさぁ…なんか、チャンスって感じじゃん」
「車のデザイナーになるのに、芸能界は関係ないよ…あっ!そろそろ」
- 75 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月09日(水)19時56分22秒
- 結局、取り留めの無い話は深夜まで続いた。
吉澤は、軽くシャワーだけを済ませた後、鞄から石川の名刺を取り出して眺めた。
−かわいい人だったなぁ…もう、会う事もないだろうけど−
そう思いながら、小さな紙片をゴミ箱に投げ入れた。
- 76 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月09日(水)20時00分34秒
「えっ!…どうして??」
吉澤は、現金を下ろそうと立ち寄ったATMの前で、呆然と立ち尽くしていた。
何かの間違いではないかと、何度も試してみたが、機械からは残高不足の明細が
出てくるだけで、預金残高は、ほんの数千円しかない事を示していた。
慌てて部屋に戻り、通帳と印鑑を確認してみると、押入れの奥の通帳も、
冷蔵庫の中の印鑑も、自分が隠したままの状態で、そこに存在していた。
益々、訳が分からなくなった吉澤は、続いて通帳を開いてみると、5日前に
殆どの現金が下ろされた事が記帳されていた。
すぐに警察に通報をして、現場検証を行ったのだが、部屋は荒らされた形跡もなく、
何より、通帳、印鑑、カードが、全て手元に在る事から、中々話を信じてもらえなかった。
警官は、取り合えず簡単な調書を取ると、後日、銀行の録画テープの確認を行う事を
告げて、吉澤の部屋を後にした。
- 77 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月09日(水)20時01分53秒
- 吉澤は、慌しさの消えた部屋の床に、ペタリと座り込むと、溜息をひとつ漏らした。
込み上げて来る悔しさと、溢れ出す涙に両手で顔を覆うと、手のひらは悲しみで
満たされていく。
口座には、高校時代にバイトで貯めたお金と、仕送りはしないからと言って、
まとめて渡されたお金とが、預けられていた。その全てを、気付かぬ内に失って
しまったことで、吉澤は、軽いパニックに陥ってしまった。
―どうしよう…これから、どうしたらいいの?―
考えても、答えは見つからなかったが、一頻り泣いた事で、少しだけ心を落ち着けると
母親に連絡を取り、その後バイト先にも、事情を説明して、一日だけ休みをもらった。
食欲も湧かず、疲れ切ってベッドに横たわる。
暗がりの中、不安と恐怖が、吉澤の心に重く圧し掛かった夜であった。
- 78 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月09日(水)20時03分24秒
- −翌朝−
泣き腫らした瞼が開いても、しばらくベッドに横になったまま、あれこれと考えた。
一体、いつ部屋に忍び込んだのか?何故、通帳と印鑑は元の位置に戻したのか?
そしてこれから、どうやっていけばいいのか…。
学費は一年分しか納めていないし、家賃や生活費、どう考えても、自分ひとりでは
乗り越える事は、困難な話だった。両親は、帰って来いと言った、しかしこんな事で、
夢を…カーデザイナーになる夢を、諦めたくは無かった。
途方に暮れながらも、普段通りの生活をしようと、顔を洗って、学校へ向かった。
- 79 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月09日(水)20時07分17秒
- 授業を終えた帰り道、二件の電話が、吉澤の携帯を鳴らす。
一件は、母親からの電話で、取り敢えず、一度帰省するための旅費と、
当座の生活費用を振り込んだ、とのことだった。
もう一件は警察からで、銀行のビデオに撮影されていた、容疑者と思われる人物に
心当たりはないか、確認して欲しいという内容。
銀行に向かい、ビデオを見る。しかしそこに映るのは、見覚えの無い女性の姿であった。
その女性は、現金を受け取ると男と腕を組んで、画面の端に消えていった。
警察は、捜査は続けるが時間が掛かる事。また、犯人が逮捕されても、現金は諦めた方が
いいと言い残して、その場を去って行った。吉澤もついでに、いくらかの現金を下ろすと
部屋には戻らぬまま、浮かぬ顔でバイト先に向かった。
- 80 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月09日(水)20時14分07秒
- ここまで。
はぁ〜・・「小説の神様」が、家に来てくれないかなぁ・・。
- 81 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月09日(水)21時01分59秒
- は〜ぃ、わたすが神様だす! *ボッ!* (現れる)
「・・・・・・・」
何かご用かな?
「・・・・・・・」
分かった! そなたに小説の才能を与えよう! *ボッ!* (消える)
- 82 名前:オガマー 投稿日:2002年10月10日(木)01時01分49秒
- え、そんなことないですよ(何
面白い。ごっちんが面白い(笑)
えー、プレッシャーをかけないようにこれで去ります(w
- 83 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月14日(月)00時38分06秒
吉澤は、バイトをしていても、いまいち仕事に集中できなかった。
単行本の補充をしていても、時折手を休めては、溜息をつく始末。
人知れず肩を落とすその背中に、不意に声が掛けられた。
「こんばんは…」
どこか背筋がむず痒くなるような…印象的で、一度聞けば大抵の人間は
忘れないであろうその声に振り向くと、10日ほど前に会った女性であった。
「あ…こんばんは。この前はご馳走になりました」
「お久しぶり…ここで、バイトしてるの?」
「はい。そうなんですよ…え〜っと」
「い・し・か・わ…石川梨華よ。もう忘れちゃったの、ひとみちゃん」
腰に手を当てて頬を膨らます仕草がかわいくて、吉澤は軽く笑みを浮かべた。
「ごめんなさい…私の名前、憶えていてくれてたんですね」
「当たり前じゃない。私にとって大切な出会いだったんだから。ほら、現にこうして
又会えたのも、何か運命に導かれたっていうか…いや、きっと運命よ」
「運命?ですか…ははっ」
吉澤が、そう言って力無く笑って見せると、石川は、声のトーンを少しだけ落とした。
- 84 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月14日(月)00時39分49秒
- 「どうしたの?元気無いみたいだけど…」
「そんな事無いですよ」
少し俯いた吉澤の顔を、覗き込むようにして、石川は優しい笑みを浮かべる
「ねぇ、バイトは何時に終わるの?」
「…八時半ですけど」
「もしよかったら、バイトの後に夕食に付き合ってくれないかなぁ?
あ…勿論今夜は、この前みたいな話は抜きにして…ねぇ、どう?」
吉澤は、縋る者も支える者も側に居ない、現在の状況に疲れ切っていた。
−誰かに話を聞いてもらえたら、少しは気分も晴れるかも知れない−
そう思い、石川の目を見つめながら、首を縦に振った。
「よかった…じゃあ、時間になったら駐車場で待ってるからね」
そう言って、嬉しそうに手を振る石川の姿に、暫し目を奪われた吉澤であった。
- 85 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月14日(月)00時41分13秒
店内から駐車場へ出ると、蒸し暑い筈の外気が、どこか涼しげに感じられた。
―濡れている―
足の付け根からじわっと溢れ出す蜜は、足を前に進めるごとに、
くちゅくちゅと、音を立てている気がしてならなかった。
すれ違う人たちにも、その音を聞かれているような気がして、
耳朶から頬にかけて、赤く染まっていく。
ほんの数分言葉を交わしただけで、こんなに感じてしまうのだ、
吉澤と肌を触れ合わせたら、一体自分はどうなってしまうのだろう…
石川は、そんな思いに駆られながらも、高まっていく性欲を抑えようと
大きく深呼吸をした。
- 86 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月14日(月)00時44分39秒
取り敢えず下着を履き替えようと、隣のコンビニに足を運んだ。
店内に入り、安っぽいピンク色のショーツと、ミネラルウォーターを手にとって
支払いを済ませると、トイレへと向かった。
ドアノブに手を掛け、手前に引いたところで、一人の少女が石川の横を
すり抜けていこうとした。
石川は、咄嗟に少女の腕を掴んだ。
「ちょっと、待ちなさいよ。アナタのために、ドアを開けたんじゃないのよ」
少女は、石川の顔をチラリと見ただけで、何でもない事のように言い放った。
「あぁ、オバサン入るの?悪いけどアタシ我慢できないから、先に入るから」
「順番ぐらい守りなよ…」
「るっさいなババァ、手ぇ離せよぉ」
その途端、今は我慢をしておこうと考えていた、石川の目に冷たい光が宿った。
- 87 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月14日(月)00時48分14秒
- 左手で、少女の首を鷲掴みにすると、そのまま個室へと押し込んだ。
薄いピンク色をしたタイルの壁に、少女の体を押し付けたまま、
後ろ手で鍵をロックすると、狭い室内はたちまち熱を帯びてくる。
「誰がババァだって?ねぇ…誰がババァなのか、聞いてんだよ」
声を押し殺し、左手に力を込めると、少女の顔は見る間に赤くなっていく。
「くっ…ふ・・っぅ…」
声も出せず息をするのがやっとの少女の目には、苦しさと緊張からだろう、
少しづつ涙が滲んできた。
石川は腕時計に視線を移した。吉澤がバイトを終えるまでは、まだ充分時間があった。
―コイツ…どう、いたぶってやろうか?―
そう思いながらも、許しを請うような少女の瞳を見て、仕方なく左手の力を緩める。
- 88 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月14日(月)00時50分27秒
少女は緊張が解けると、大きく息を吸い込んだ。その途端、短めのチェックスカートの
中から、肉付きのいい太腿を伝って、小水が足元を濡らしていった。
少女は羞恥心を顕にしながらも、石川に対して、消え入るような声で何度も
謝罪の言葉を繰り返した。
「…ごめんなさい…ごめんなさい」
少女のあられもない姿に、石川の心に潜む、サディスティックな悪魔が狂喜した。
唇の端をいやらしく吊り上げ、舌先で少女の輪郭をなぞると、耳元で甘く囁きかけた。
「可愛い所もあるじゃない…ねぇ、名前は?」
- 89 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月14日(月)01時02分16秒
- とりあえず、ここまで。
眠れなかったら、もう少し更新します。
>ひとみんこさん
神様、ありがとうございます。
おかげ様で、最近周囲の人間に、「字が綺麗になったね」って
言われるようになりました。これも才能のひとつなんでしょうか?
しかしながら、話を書くのは一向に上達いたしません(w
神様、もう一度現れてください(願
>オガマーさん
お互い、草葉の陰で応援しあいましょうか(w
いつもありがとう。執筆、頑張って下さい。
- 90 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月14日(月)01時17分05秒
- 訂正です。
>87
>声も出せず〜苦しさと緊張からだろう、
↓
声も出せず〜苦しさと恐怖からだろう、
でした。
チェック漏れです・・大変失礼致しました。
- 91 名前:オガマー 投稿日:2002年10月14日(月)03時27分11秒
- ぉぉ、誰なんだろう…
ところで、草葉の陰ってここでいいの?(w
- 92 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月14日(月)10時58分48秒
- は〜い、ふたたび神様だす! *ボッ*
「......」
そなたに物語が上手く書ける様になる、ベーグルを授けよう。
「.....」
それでは、がんばるのだぞ、さらばじゃ! *ボッ*
- 93 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年10月17日(木)13時44分34秒
- ひゃ〜!
こんな人にかかったら、よっちぃどうなっちゃうんだろう!
物 凄 い 期 待 。(w
もちろん、こういった石川さんも大好きでございます。
- 94 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時13分05秒
- 「…あさ美…紺野あさ美です」
「あさ美ちゃんかぁ…あさ美ちゃんは、イケナイ子だね。
こんなに汚しちゃって…着替えは持っているの?」
「…持って・・ないです」
先程とは打って変わって、従順になったあさ美の態度に満足した石川は、
恍惚の表情を浮かべて、言い放った。
「じゃぁ、お姉さんが、下着をプレゼントしてあげる…さぁ、脱いで」
「えっ!…」
「見ててあげるから…それとも、私にシテほしいの?」
あさ美は、石川が目の前にしゃがみ込むと観念したのか、目を閉じて
スカートの中に両手を差し入れていった。
- 95 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時14分54秒
- ゆっくりと、濡れたショーツを下ろしていくと、薄い茂みの中心に見える
真新しい薄桃色の扉が、石川を迎え入れるように、少しだけ開いている。
「あさ美ちゃん…ちょっと待って」
あさ美がショーツを膝の辺りまで下ろすと、石川は堪らなくなったのか、
スカートを捲り上げて、自らの舌をあさ美の中心に這わせ始めた。
「あっ・・そんな…汚れてるのに」
あさ美は、身体をびくつかせながら、堪らず声をあげる。
「そうよ…汚いから、私が綺麗にしてあげてるの。スカート・・あさ美ちゃんが
押さえててくれる?」
石川はそう言うと、吉澤と出会って以来、溜め込んでいた性欲を吐き出すように、
一心不乱に局部を舐め続けた。
さっきまで、鼻腔を刺激していたアンモニア臭が、次第に性欲を高めていくような、
猥褻な香りへと変わっていく。
- 96 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時17分13秒
- ペチャペチャと音を立てて舐められながら、指で後ろの蕾にも刺激を加えられると、
あさ美は、スカートの裾を握り締める手に、グッと力を入れた。
「んっ・・んっ、はぁ…あっ・・あっあぁ…」
他人に開くにはまだ若すぎるその身体も、本能的に女の悦びを知っているようで、
さっきまで震えていた様な声は、何時しか艶のある吐息に変化していった。
石川は、ゆっくりと立ち上がり、右手でクリトリスを辱めながら、あさ美の唇を蹂躙した。
舌先が、全てを知り尽くしたように口内を動き回ると、あさ美もぎこちなく舌を絡めていく。
唇を離すと、唾液が溶けた飴のように、綺麗に糸を引いた。
「ねぇ・・私のも触ってみて」
石川は、あさ美の手を取り、自分の陰部へと導く。
- 97 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時18分35秒
- あさ美は、指を遠慮がちに石川の中へ差し込んでいくと、ゆっくりと動かし始めた。
「うん・・いいよ、上手。…あさ美ちゃんは、穴派なんだね」
そう言って、下品な笑みを浮かべると、中指を幼い亀裂に差し入れた。
「あっ・・はぁっ…あっ、あっ、ダメです。変になっちゃう、変になっちゃ…う…」
とても常識的とは言いがたいシチュエーションに、あさ美の身体は過剰に反応していた。
自分の身体を支えるだけで精一杯であったのに、心が求めていた刺激を加えられて、
堪らずに、石川に体重を預ける。
体内で蠢く指が激しさを増すと、ものの何秒と立たぬうちに、全身を快楽が貫いた。
そのまま崩れ落ちるようにして、自らが作り上げた水溜りに、座り込んでいった。
- 98 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時20分02秒
石川は、あさ美を見下ろすと、満足げに微笑んだ。
その身体を引き起こすし、ペットの水で足を拭いてあげると、買ったばかりの
ショーツと、手持ちの現金をいくらか手渡す。
「
スカート、汚れちゃったね。新しいの買いなさい…楽しかったわ、じゃあね」
あさ美と軽くキスをして、淀んだ臭気に包まれたトイレを後にした。
再び、ショーツとミネラルウォーターをレジに持っていくと
店員は不思議そうな顔を浮べた。
石川はその顔に優しく微笑み返して、何事も無かったかの様に、店内から去っていった。
- 99 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時21分26秒
バイトを終えた吉澤は、駐車場へ出て石川の姿を探した。
辺りを見回しながら歩くその横を、一台の車が音もなく近づいて来た。
―うっわぁ〜、ベントレーだよ…本物(ヤクザ)だね―
すぐに目を逸らして離れようとした時に、サイドウィンドウを下げた車内から
例の声が聞こえた。
「お疲れ様〜。さぁ、早く乗って」
「ぅえ〜!石川さん?」
吉澤は、一瞬目が点になってしまったが、気を取り直して右の助手席に乗り込んだ。
石川は、静かにアクセルを踏み込むと、夜の街へ車を走らせていった。
- 100 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時24分37秒
- 「失礼ですけど、これって、石川さんの車ですか?」
「う〜ん…正確に言うと母のなんだけど、今は私しか乗っていない」
「すごい内装…こんな高級車乗るの、初めてですよ」
「これって、そんなに高い車なの?」
「…冗談、言ってます?」
「えっ?えっ?幾らくらいするの?」
「現行モデルだし、4千万位はするんじゃないかなぁ」
「そうなんだぁ、何だか急に緊張してきちゃった…私、この前免許取ったばかりで
車とか詳しくないし、人を乗せて走るのも、ひとみちゃんが、初めてなの」
「…あの〜、降ろしてもらっていいですか?」
「ひど〜い、大丈夫だよ…まだ、ぶつけた事だってないし」
石川が、頬を膨らます。
−癖なのかなぁ?なんか、かわいいな・・・−
そう思いながら、吉澤は笑った。
「冗談ですよ、信じています」
「信じてくれるの…うれしいなぁ」
そう言って嬉しそうな顔をする石川に、吉澤は少しだけ瞳を奪われた。
- 101 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時25分58秒
「食事の前に、ちょっとお買い物」
そう言って石川は、一軒のブランドショップに車を止めた。
よく立ち寄るのであろう、店員は石川の顔を見ると、深々と頭を下げて、
直ぐに秋冬の新作を何点か薦めていた。
吉澤は、自分の買う洋服とは桁が違うプライスタグを見ては、目を丸くして驚いていた。
- 102 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時27分28秒
- 石川は、間に合わせでいいからと夏向きのワンピースを買うと、
次にスタイリッシュな青のスーツを手にとって、吉澤の体に重ねてみた。
「うん、似合う。これにしようかな」
「えっ?私、そんなお金ないですよ…」
「お食事に付き合ってくれるんでしょう?これくらいプレゼントさせて」
「だめですよ。大体こんな服着る事ないし…」
「一着くらい持っていても、損しないわ。ね、お願い」
「ダメです…そんな事するんなら、私帰ります」
吉澤にそう言われると、石川は眉を八の字にして、悲しそうな顔を浮かべた。
「…だって、ひとみちゃんが、喜んでくれると思ったから」
吉澤は、他人を困らせたり、悲しませたりする事が、絶対に出来ない性分であった。
「…わかりました」
深く溜息をつくと、スーツを手にとって、フィッティングルームへと、入って行った。
- 103 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月17日(木)23時28分41秒
レストランへの道すがら、石川は終始、これ以上はないといった笑顔を浮かべて
歩いていた。吉澤は困った顔付きで、少し後ろを付いていく。
洗練された人込みの中でも、二人の存在は際立っていた。
無邪気な笑顔を浮べながらも、どこか妖艶な魅力を放つ石川と、
栄町のシアターから、飛び出してきたような吉澤。
額装された一枚の絵画のように、ハマリきった二人の影は、
一軒の高級レストランの中へと、消えていった。
- 104 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月17日(木)23時44分53秒
- 更新。
>98の「が、とんでる。なんで?
>オガマーさん
私の「ホメ殺しリスト」に載りました。
ガンガン、プレッシャーかけに行きますね(w
>ひとみんこさん
神様、ベーグルありがとう。後で食べようと、戸棚に仕舞っておいたら。
娘に食べられてしまいました。(泣
幼稚園児の娘は、現在、「ミニモニ」で4P小説を書き始めました・・・。
>名無し香辛料さん
何時になったら、吉澤さんに辿り着けるのか・・・。
早く、ラストシーンが書きたいです。
早めの更新目指して、頑張りますので、よろしくお願い致します。
- 105 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月18日(金)02時09分28秒
- いしかーさんこえぇ〜!
めちゃくちゃオイラのツボをつかれますた。
これからどうなっていくのかどきどきしながら次回待ってます。
- 106 名前:オガマー 投稿日:2002年10月18日(金)02時54分53秒
- キャーーーーーーー殺されるぅーーーーーー(w
フライハーフさん、そんなこと言わないで仲良くやりましょうw
最後のフレーズがとっても素敵でしたよ(w
- 107 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月18日(金)13時36分55秒
- フライハーフさん、あちゃらのレス有り難うございます。
う〜ん、紺野で来ましたか、密かに高橋かなと思っていたのですが。
ブルーのスーツのひーさま、萌え萌えです、疼いてきます。
ここのチャミさまは、どんなのでしょうね?
ひーさまオタとしては、お手柔らかにです。
今日の交信分は、昼休みに読んじゃいけません、仕事出来ません、昼寝に逝ってきます。
- 108 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)20時57分25秒
- 落ち着いた雰囲気が漂う店内の一番奥、一際静かな席に二人は案内される。
吉澤は、メニューを見ても、食材は確認できるが、どんな調理法なのかは
半分も理解出来ないでいた。注文は石川に全て任せると、借りてきたネコのように
大人しく椅子に腰掛けて動かないでいる。
「形だけだから、飲まなくていいよ」そう言われたワインを少しだけ
口に含むと、現状を取り巻く全ての雰囲気に酔い痴れてしまった。
食事をしながら会話を進めると、嫌な事を忘れて、普段よりも幾分か饒舌な
吉澤の姿が、顔を覗かせる。
- 109 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)20時58分55秒
- 「石川さんって、ホントお金持ちなんですね」
「違うよ、母がお金持ちだっただけ…私は只のすねかじり」
「ふ〜ん…でも、ウチがベントレーに乗せてもらえるなんて、思いもしなかったなぁ」
「ベントレーって言うんだ、あの車。詳しいんだね」
「ちょっと車に興味があって…それで、東京に来たんですよ」
「どうして東京なの?」
「カーデザイナー・・車のデザインを勉強したくって。で、学校が東京しかなかったんですよ」
「すご〜い!デザイナーかぁ・・なんか、かっこいいね」
「はははっ…でも、その夢も叶うかどうか…」
それまで楽しそうに笑っていた吉澤の瞳に、暗い影が落ちていく。
ワイングラスを手に取って、深紅の液体をくるくると回すと、訥々と語り始めた。
- 110 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時01分44秒
- 「今住んでるアパートに泥棒が入って、学費も生活費も全部盗まれちゃった…元々、
上京に反対だった両親も、帰って来いってうるさいし…嫌な事ばかりで。もう、どう
したらいいのか、わかんないんです…」
暫しの沈黙の後、石川が口を開いた。
「で、これからどうするの?」
「うん…今日ね、石川さんと会って、自分が体験できない世界を味わわせてもらってね、
すっごい楽しかった。ホント夢のような…だから、全部夢だったと思って、田舎に帰ろう
かなって…もう、諦めようって…。石川さんのおかげです、本当にありがとう」
吉澤は少し鼻をすすると、軽く頭を下げた。
- 111 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時04分23秒
- 石川は、ワインを少し口に含んだ後、吉澤の目を見つめたまま、話し始める。
「ひとみちゃん、私が初めてあなたに出会った時に感じた輝きって、あなたが
夢を追いかけていたから、輝いていたって思うの。御両親を説得して、バイト
して頑張って…本当に諦める事が出来るの?」
「それは…でも仕方ないでしょう」
「今帰ったら、後悔するんじゃないの?精一杯立ち向かう前に諦めるなんて、
本当にそれでいいの?」
吉澤は石川を見据えたまま、下唇を噛み締めた。
「ねぇ…弱みに付けこむみたいで気が引けるんだけどね。私と契約してみない?
学費や生活費は、私が何とかしてしてあげるから。勿論、仕事もしてもらう。
あなたの勉強に支障のないように、スケジュールを立てるから」
「えっ!…」
吉澤は驚いて声も出せずにいた。石川は尚も真剣に訴えかける。
「私があなたの夢をサポートするから、あなたも私の夢に、ほんの少しだけ
付き合ってくれないかなぁ?」
ゆったりとした店内の雰囲気とは裏腹に、少しだけ張り詰めた空気が二人を包み込んだ。
- 112 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時05分18秒
「少しだけ…一日だけ考えさせてくれませんか?」
吉澤の言葉に、石川は黙って頷くと、バッグから名刺を差し出した。
「名前も憶えていないんだもん…名刺、捨てたんでしょう?」
「ごめんなさい。今夜はこれで失礼しますから」
「うん…いい返事を期待してるから」
石川は店を出ると、吉澤のためにハイヤーを呼んだ。
遠退いていくテールランプを見ながら、自信に満ち溢れた笑顔を浮べる。
「ひとみちゃん…もう、離さないからね」
- 113 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時06分33秒
石川と食事をした次の夜。吉澤の携帯に後藤からの電話が入る。
「はいは〜い。ごっちん、元気?」
「うん、元気だよ。よしこぉ…おばさんから、話聞いたよ。大丈夫なの?」
「うん…なんとかね」
「ねぇ、これからどうすんの?やっぱ、こっちに帰ってくるの?」
「う〜ん…実は迷ってるんだよね…ねぇ、前に話したスカウトの話、憶えてる?」
「んぁ?セクシーアイドルの話でしょ?よしこがビキニ着て、女豹のポーズ」
電話の向こうのバカ笑いにつられて、吉澤も、つい吹きだしてしまう。
「はははっ。私のスタイルじゃ、女豹は無理だよ〜」
「だよねぇ〜…で、それがどうかしたの?」
「うん。泥棒に入られた後に、バイト先で偶然にその人に会っちゃって。
生活費とかフォローするから、やってみないかって言われて」
- 114 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時09分52秒
- 「マジで?その話、なんかヤバクナイ?」
「本人も、弱みに付け込んでるみたいで、悪いって言ってた…でも、勉強に差し支えない
ようにするからって…すごい真剣な目で、向き合ってくれるんだよね」
「ん〜…私は会った事ないから、わかんないけど、よしこが信じられる人なら
賭けてみる価値あるんじゃない?本当にヤバクなったら、ごとーが助けに行ってあげるよ」
後藤の言葉に、胸の奥がほんのりと暖かくなっていく。
「ありがとう、ごっちん…私、迷ってるっていうか、誰かに後押しして
もらいたかったのかな。なんか、吹っ切れたよ」
「悩んでるなんて、よしこらしくないよ。思いのままに突っ走るよしこが、カッケーよ」
「おおっ??私、カッケーかな?」
「うん、カッケーよ」
「ははっ。そう言えばさぁ、その人とさぁ……」
明るさを取り戻した吉澤の声に、後藤の笑い声。
和やかな二人の会話は、深夜まで続いていた。
- 115 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時11分09秒
−翌日−
授業を終えた吉澤は、母親に何とかやっていくからとだけ伝えると、
すぐに、ジーンズのポケットから名刺を取り出して、石川へ連絡を入れた。
「こんにちは。吉澤ひとみですが」
「あぁ…こんにちは、元気?」
「はい。あのー…今、お忙しいですか?」
「ううん、そんな事ないよ」
「お時間があったら、会ってお話したい事があるんですけど」
「うん、いいよ。どこで会おうか?」
「石川さんの、ご都合のいい所で結構です」
「じゃぁ・・初めて会ったカフェはどう?」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
「うん、また後でね」
- 116 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時12分30秒
吉澤に遅れること10分。
大きなサングラスを頭にのせた石川が、カフェの椅子に腰掛ける。
「ごめんね。待った?」
「いいえ、そんなには」
石川は軽く言葉をかけると、前に吉澤が食べ損ねたベーグルと
コーヒーを注文して、話を切り出した。
- 117 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月21日(月)21時16分09秒
- 「この前話した事の、返事を聞かせてくれるのかな?」
「えぇ、その事なんですけど…やってみようかなって」
「ご両親には、ちゃんとお話ししたの?」
「はい。詳しい話はしていないんですけど、もう少しこっちで、頑張りたいからって」
「そう…私、勉強のジャマはしないって言ったけれど、ちゃんとしたビジネスだから、
真剣に取り組んでもらいたいのね。だから、バイトも辞めてもらう。勉強以外の時間は
私のために使ってほしいの。いい、出来るかな?」
「ハイ。私、先のことは分からないけれど、今は石川さんに賭けるしかないですから、
頑張ります」
「じゃぁ、バイトを辞めた後、私の事務所で契約書を作りましょ。
あ・・その前に一度、二人で御両親の所に行かないとね」
その言葉を聞いて、吉澤の表情が曇る。
「う〜ん…親には、内緒にしておきたいんですけど」
「そう言う訳にはいかないんだけど。そうねぇ…事後報告にしようか?」
「すいません、お願いします」
「それじゃぁ、一週間後この時間に、またここで会いましょう。都合が悪かったら連絡を頂戴」
石川はそう言った後、テーブルにコーヒー代を置いて、人込みに消えていった。
- 118 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月21日(月)21時30分52秒
- 短いですが、ここまで・・です。
>名無し読者様
レス、ありがとうございます。
ツボを外さないように、精進しますので、
今後もよろしくお願い致します。
>オガマーさん
毎度毎度のレス、ありがとうございます。
あなたの声は、ホント励みになります(w
>ひとみんこさん
レス、ありがとうございます。
私には、紺野が一番「ババァ」ってイメージが無かった物で(w
更新量が少ないですが、前に向かって頑張っていますので、
懲りずに読んでやって下さい・・・では。
- 119 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年10月21日(月)22時18分15秒
- う〜む。飛んで火に入る夏のよっちぃ…。
さあ、もう逃げられないぞう。どうなることやらハワワワ
前回のエロも大っ変良かったです。ニヤリ。
- 120 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月22日(火)09時09分49秒
- チャミさまの投げた糸が、ひーさまを絡めていく様がひしひしと。
弱みにつけ込むなんて、チャミさまひどい! ・・・でも好き!
- 121 名前:オガマー 投稿日:2002年10月26日(土)00時33分55秒
- なんだかどんどん上手く転がってますねぇ。
梨華たんと一緒にニヤリw
- 122 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月26日(土)00時39分06秒
- 約束の朝が訪れた。
石川も、さすがにこの日ばかりは、緊張した面持ちを浮べている。
いよいよ、この家の中に、吉澤を迎え入れるのだ。いやが上にも、鼓動が高鳴る。
落ち着きを取り戻そうと、これから二人で過ごすであろう、寝室に足を踏み入れた。
散らかしていた部屋を片付けて、中澤との思い出が詰まったダブルベッドを、
新しい物に取り替えた。そのベッドの上に置いてある、ガウンを手にとって、
顔を押し付けてみる。真新しいシルクの香りが、やがて吉澤の匂いに変わるのだと思うと、
幸せな気持ちに包まれた。
舞台は整えてある。後は、幕が上がるのを待つばかりだった。
石川は、主演女優を迎えに行こうと、車のキーを手にガレージへと向かった。
梅雨の明けた空から、強い日差しが照りつけてくる。
何時になく暑い夏になりそうな予感がした。
- 123 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月26日(土)00時41分24秒
いつものカフェから少し離れた駐車場に、車を止める。
待ち合わせの時間には、まだ少し早かったが、そこには既に吉澤の姿が在った。
一歩近づくごとに、心臓の動きが早くなる。そのリズムが、石川をトリップさせると
吉澤に見せる、偽りの仮面を身につけた。
「こんにちは。早めに来たつもりだったけど、待たせちゃったかな?」
「いいえ、今来たところです…何だか緊張しちゃって」
「そっか…バイト先は?」
「全部辞めました。代わりも直ぐに見つかったし、もう大丈夫です」
「じゃぁ、早速だけど、事務所に行こうか?と言っても、私の家なんだけどね」
吉澤を急かすようにして、席を立たせると、足早に駐車場へと歩く。
石川には、視界に写った愛車が、吉澤を閉じ込める鳥篭に見えた。
車に乗り込み、助手席を一瞥すると、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
ガチッと音を立てるドアロックが、吉澤の自由を奪う。
開幕のベルと言うよりは、天国への扉を閉ざすような、低く重い音。
またそれは、これからの二人の行く末を暗示するかのような、暗い音色であった。
- 124 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月26日(土)00時42分50秒
閑静な住宅街の一角に、石川の自宅が見える。
辺りは都会にしては、まだいくらか緑が残る場所で、吉澤は目に優しい風景に
心を和ませていた。
車をガレージに入れて、家のドアを開けると、外の暑さを忘れさせるような
ひんやりとした空気が二人を迎え入れた。
リビングのソファに腰を下ろす。シンプルではあるが、上品な家具が並ぶその部屋に、
吉澤はどこか居心地の悪さを感じた。
「少し早いけど、食事にしようよ。契約はそれから・・ね」
エプロンを片手に、キッチンへと消えていく石川の背中を見て、ようやく緊張が
解けたのか、くすりと笑って、呟いた。
「なんだか、新婚さんみたい」
- 125 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月26日(土)00時45分30秒
テーブルに皿を並べると、温め直した料理を盛り付けていく。
吉澤と過ごす初日の食卓は、鮮やかに彩られていった。
石川は、吉澤が口付けるであろう、ワイングラスを手にとって目を細めると、
グラスの底に、溶かした催眠薬を薄く塗りこんだ。
その効き目は、数日前に自らの体で立証済みである。
「ひとみちゃん、喜んでくれるかな…」
テーブルの上を見渡した後、石川は嬉しそうに微笑んで、
吉澤を呼びに、リビングへ向かった。
- 126 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月26日(土)00時47分18秒
- 「ひとみちゃん、おいでよ。早く食べようよ」
その声に、窓の外に向けていた視線を、石川に移すと、
吉澤は、少しだけ違和感を感じた。
石川の表情が、今まで見てきた、大人の女性といった雰囲気ではなく、
無邪気な少女といった顔を、浮べていたからである。
楽しくって仕方がない、といった笑顔で近づいてくると、
腕をしっかりと絡めつけて、キッチンへと連れて行かれた。
「うわぁ〜…すごいですね」
少々戸惑いながら、連れて来られた食卓で、吉澤は目を丸くした。
ゆったりとした椅子に腰掛けると、石川がワインをグラスに注ぐ。
「記念すべき、一日だからね…」
「石川さん…私一応、未成年なんですけど」
「あら、この前の夜は、見事な飲みっぷりだったじゃない」
二人は笑いながら、紅く染まったグラスを、優しくキスさせた。
- 127 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月26日(土)00時48分45秒
好きな小説、好きなアーティスト、お気に入りのファッション…
銀のフォークをタクトのように振り回し、一方的に喋る石川に圧倒されながらも、
徐々に重くなる瞼を閉じまいと、懸命に話に耳を傾ける吉澤。
香りと口当たりの良さに、つい二杯目をねだったワインがいけなかったのかと
思いつつ、睡魔を振り払おうと、自らも口を開いた。
「そう言えば、石川さんって、おいくつなんですか?」
「私?今年で21よ」
「えっ!二つしか違わないの…なんか、すごい大人の女って感じ」
「そんな事ないよ」
「兄弟とかいるの?」
「うん。妹がいたけど、今はいない・・」
「ごめんなさい…御両親は?」
「う〜ん…生んでくれた人は、どこかに居るんだろうけど」
「………」
- 128 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月26日(土)00時55分33秒
- 黙り込んでしまった吉澤を、石川はじっと見つめた。
その視線は、先程までの無邪気さが消え、どこか妖しげな光を湛えている。
「私ね、一人ぼっちで淋しかったんだよ…ひとみちゃんの事、
ずっと、ずっと、待っていたんだから…もう、離さないからね…」
その言葉を聞いた途端、吉澤の頭がぐらりと揺れた。
「?・・言ってる意味が…解らないん…ですけ・・ど」
「ひとみちゃんの事、大切にするからね…私の愛で、守ってあげるから、
もう何も心配しなくていいんだよ…」
遥か遠くから聞こえてくるような、その言葉を最後に、
吉澤はテーブルに突っ伏して動かなくなった。
弾みで倒れたグラスのワインが、白いテーブルクロスに、紅く広がっていく。
「綺麗…」
石川は、掠れた声で呟くと、恋焦がれていた横顔に、そっと口づけをした。
- 129 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月26日(土)01時03分39秒
- ここまで・・(鬱
>名無し香辛料さん
レス、ありがとうございます。
お目汚し、大変申し訳ないです。
>ひとみんこさん
レス、ありがとうございます。
石川さん、ひどいです。これからもっと・・。
>オガマーさん
レス、ありがとうございます(w
作者の都合のいいように、転がしています(汗
下手の横好きに、今しばらくお付き合いの程、
よろしくお願い致します・・では。
- 130 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月26日(土)09時10分01秒
- いよいよですか〜 とうとうですか〜 そうですか。
お待ちしてました(^_^;
- 131 名前:オガマー 投稿日:2002年10月30日(水)02時29分47秒
- ワイングラスの表現が素敵ですた。
楽しみにしてます。
がんがってくださいね!
- 132 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)21時55分38秒
石川は、ぐったりとした吉澤の体を引き摺りながら、寝室に辿り着くと、
最後の力を振り絞って、ベッドの上に寝かしつけた。
荒くなった呼吸を整えようと、一旦キッチンへ行き、ミネラルウォーターで喉を潤すと、
吉澤を着替えさせようと、寝室に足を運んだ。
小さな寝息をたてる吉澤の姿を暫し見つめて、ゆっくりとベッドに近づくと、
靴下を脱がし、ジーンズのベルトを緩めていく。
少々荒っぽく着衣を脱がしていっても、起きる気配は全くない。
シャツのボタンを丁寧に外して袖を抜くと、後はもう下着を残すだけである。
石川は、水色の下着に手をかけて脱がしたあと、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
- 133 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)21時57分25秒
- 目の前に、一糸纏わぬ姿の吉澤が眠っている。
薄明かりの中に浮かび上がる白い肌を、今すぐにでも堪能したかったが、
今はまだ、その欲望を押さえつける事にした。
石川は、自分の着衣をすべて脱ぎ捨て、吉澤の枕元で両足を大きく広げた。
一際火照る陰部を指で開きながら、静かに語りかける。
「見て、ひとみちゃん…もうこんなに濡れてるの」
「クリトリスも…こんなに、んっ・・腫れちゃ・・て……あっ…」
「ひとみちゃんの…カラダ・・きれいだよ…はあっ…・すごく、さわり・・たいよ…」
石川は、我を忘れたかのように、指を動かしながら、吉澤の肉体を、
潤んだ瞳で犯し続ける。目の前の裸体に触れないのは、石川なりの愛情表現であったが、
我慢の限界を超えたのか、吉澤の指を手に取るとそっと唇を寄せた。
- 134 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)21時59分18秒
- 「きれいな…指だね」
そう言うと、人差し指から順に舌を絡めていく。
指の腹に舌を這わせながら根元まで舐め上げると、艶やかな唇で優しく挟み込み、
頬をすぼめながら、いやらしく吸い上げた。
―ちゅぱ、ちゅぱ…ジュッ、ジュプ、ジュプ…―
眠ったままの吉澤の指が、唾液に塗れて妖しさを増していくと、さらに淫靡な音を
立てながら、夢中で指を咥え続ける。口の中に溢れた、唾液の音とシンクロするように、
下半身の扉が淫らな音を奏でた。
「あっ・・ああぁ…もう、ガマン…出来ないよぉ…」
石川は喘ぎながら、濡れた吉澤の指を、秘部へと一気に差し込んだ。
「んっ…あぁ・・ぁ…っ・・」
肩を激しく震わせると、そのまま前のめりに倒れこむ。
今まで味わった事のない興奮からだろう、石川は最初の挿入で、イッてしまった。
- 135 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)22時00分05秒
暫くは、そのままの体勢で動けずにいたが、先程の余韻が冷めてくると、
ゆっくりと腰を動かし始めた。
「んっ…ぁあ・・あっ・・あっ、あぁ…あぁっ・・」
吉澤の指をしっかりと固定して、浅く深く変化を付けながら、快感を貪る。
「はぁ…あっ…ぁああ・・イク、イクゥ…イッちゃうぅ…・・」
二度目の波に瞬く間に飲み込まれると、石川は暫く放心したまま、
吉澤の側に横たわっていた。
- 136 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)22時01分24秒
…
……・・
ゆっくりと、瞼を開く。頭の中は真っ白なまま、何も思い浮かばない。
ぼんやりとなったままの吉澤の視界に、石川らしき影が映し出された。
「・・とみちゃ…が・めた…」
「起きない…・しんぱ…たよ」
「…むかったら、もうすこ・・ねてても…いよ…」
おぼろげに聞こえるその声に、僅かではあるが思考を取り戻す。
―ここ…どこだっけ?―
吉澤はそう思った瞬間、また深い眠りに落ちていった。
- 137 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)22時02分40秒
- ベッドサイドに置かれたコーヒーの香りによって、吉澤は覚醒した。
起き上がろうと体を動かすと、手足に痛みを感じて思わず声をあげる。
「痛っ…何?何で…?」
その両手には手錠がかけられ、両足は縄で硬く縛られている。
未だに朦朧とする意識。裸体に纏う一枚の布が、心許なさを増幅させる。
「おはよう。すっ…ごい爆睡だったから、死んじゃったかと思ったよ」
真っ赤なエプロン姿、片手には目玉焼きを乗せた皿。開け放したドアの前に、
吉澤の心情とは不釣合いな、爽やかな笑顔を湛えた石川が立っていた。
「…きゃーっ!」
急激なパニック状態。石川は、自分の姿を見て大声で叫ぶ吉澤に、慌てて駆け寄ると
素早く片手で口を塞いだ。
「静かにして、お願い…私の言うことを、聞いて」
諭すような低い声に、暴れていた吉澤の動きがピタリと止まる。
石川は、ゆっくりと体を離すと、窓際に置かれた椅子に腰掛けた。
- 138 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)22時03分32秒
「どうするんですか…・私のこと」
「どうって、別に…」
「売られるんですか?それとも、殺されるんですか?」
その言葉に、石川は思わず吹きだしてしまった。その姿が、吉澤の神経を逆撫でする。
「何が、おかしいんですか…」
込み上げてくる怒りを大声でぶつけると、瞳から涙がポロポロと零れ落ちていく。
「ごめん…泣かないで、ひとみちゃん」
「来ないで!」
椅子から立ち上がり近付こうとする石川を、泣きながら睨みつける。
- 139 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)22時05分12秒
- 石川は、その場に立ち尽くしたまま、ゆっくりと話し始めた。
「私がひとみちゃんを殺したり、何処かに売り飛ばしたりする訳がないよ…
だって、私ひとみちゃんの事が大好きなんだよ…絶対に離れたくないもん…」
吉澤は大きく頭を振りながら、独り言のように呟いた。
「好きって…私…どうしてこんな格好で…」
「…だって、離れたくないんだもん…ずっと、側に居たいから」
「どにかく、外して頂けませんか…話はその後で、じっくりと伺いますから…」
石川は黙ったまま、ポケットから手錠の鍵を取り出すと、ベッドの上に放り投げる。
吉澤はその鍵を手に取ると、石川に目を向けた。
立ち尽くす石川の右手には、ナイフが握り締められていた。
瞬時に凍りつく部屋の空気。石川は悲しげに吉澤を見つめると、躊躇う事も無く、
ナイフの切っ先を、自分の腕に沿って滑らした。
- 140 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)22時07分22秒
- 「あっ!…」
吉澤は小さく悲鳴を上げると、一瞬目を逸らしたが、直ぐに石川へと視線を戻した。
浅黒い肌に引かれた一本の線は、瞬く間に真っ赤な体液を流していく。
「何してるんですか!早く手当てをしないと」
「泣いてるの…」
「え?…」
石川は虚ろな目で一点を見つめたまま、囁くように言葉を紡ぐ。
「泣いてるの…こんなにこんなに、好きなのに、どうして解ってくれないの…
自由になったら、出て行くんでしょう?そんなのイヤだよ…」
- 141 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年10月30日(水)22時08分35秒
- 吉澤はかける言葉を見つけようと、考えを巡らしたが、
震える唇は固まったままで、声を出す事も出来なかった。
「何処に行っても追いかけるから…ひとみちゃんは、私の運命の人だから…」
だらりとぶら下げた左手の指先を伝って、滴り落ちる血液が、吉澤の恐怖を募らせる。
−早く治療をさせないと−
吉澤は怒鳴りつけようと石川に目を向けたが、その表情に大きく溜息をついて項垂れた。
「早く病院へ行って下さい…このままここで…待っていますから…」
弱々しく声を絞り出すと、繋がれた両手で顔を覆った。
石川は空虚な仮面にぎこちない笑みを貼り付けると、ゆっくりと寝室から姿を消していった。
- 142 名前:フライハーフ 投稿日:2002年10月30日(水)22時22分36秒
- ここまで・・。
>ひとみんこさん
レスありがとうございます。すごい勇気付けられます。
さて、ご期待に応えられるかどうか・・・がんばります。
>オガマーさん
レス、ありがとうございます。
褒められると、素直に嬉しいです。
もっと、褒めてください(嘘
がんばりますので、今後ともよろしく。
終わりは見えているんですが、「これでいいのか?」と思案中です。
一行でもいいから、光る文章が書けるようになりたいな・・。
今後もよろしくお願いいたします。では・・。
- 143 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月31日(木)08時33分46秒
- 手錠ですか・・・・・・・? (謎の笑い)
ナイフのくだりは、背筋が・・・・・・
深すぎる愛は狂気に変わるんでしょうか?
Sチャミさま合戦、がんばりましょう。(w
- 144 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年10月31日(木)23時44分13秒
- うっはーー………。
凄い。凄いです。石川さんがそんな事あんな事…。
素 晴 ら し い で す 。
133〜135はマジで萌え死ぬかと思いました(w
がんがってくださ〜い!
- 145 名前:オガマー 投稿日:2002年11月02日(土)05時33分11秒
- ほほぅ( ̄ー ̄)ニヤリ
素敵です。
マッドな感じが素敵過ぎる!!w
- 146 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時34分28秒
- 「薬でも飲まされたかな…」
頭が重くなったような、妙な違和感を感じつつ、一人になった寝室でぽつりと呟く。
どうして自分はこんな事になったのか、石川は何故自分を選んだのか、
考えても答えは見つからない…。
石川と接した時間を遡っていく内に、自分の口座からお金を盗んだのは、
恐らく彼女なんだろうという考えが浮かんできた。
自らこの家に足を運んだのは、あの出来事があったからに他ならない。
ひとつの憶測にすぎないこの考えに、頭の中がぼやけていく。
今は只、一つ一つの疑問の答えが欲しかった。
- 147 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時35分55秒
- 全く音を失った空間の外側から、車のエンジン音が聞こえる。
暫くすると、腕に包帯を巻いた石川が寝室に現れた。
「おまたせ…取りあえず、ご飯食べようか。もうお昼だよ…」
「…その前に、トイレに行きたいんですけど」
石川は小さく頷くと、吉澤の手に握り締められたままだった、鍵を使って手錠を外す。
「足は固く縛っちゃったから…」
そう言うと、刃先が赤いままのナイフで、両足を繋ぐ縄を切り離した。
吉澤は肉体的な自由を得たが、無理に逃げ出そうとは思わなかった。
謎の答えを知りたいという欲求も然る事ながら、精神的には何一つ自由を得ていないと
悟っていたからである。
- 148 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時37分24秒
- トイレを済ませ、キッチンに足を踏み入れる。
食卓に並ぶブランチは、パスタ、野菜スープ、ポテトサラダ、烏龍茶。
石川は、吉澤がテーブルに着くのを見てから、食事を始めた。
「ここで誰かとご飯食べるなんて、ホント久しぶり」
実に嬉しそうに笑う石川に、先程見せた暗い影はどこにも見当たらない。
どれが本当の石川なんだろうと戸惑いつつ、頭に浮かんだ事をダイレクトにぶつける。
「初めてカフェで会った日…あれって偶然じゃなかったんですか?」
「…うん、大体あの時間に、あの場所を通るって知ってた」
「私のこと…いつ頃から狙っていたんですか?」
「狙うだなんて…一ヶ月ちょっと前からかな。それからずっと、ひとみちゃんの事見てた」
照れ笑いを浮べる石川の表情に、背筋を冷たいものが走る。
「タレント事務所も、でっちあげなんですね…」
「…ごめんね。でも、ちょっと楽しかったな。ひとみちゃんなら、本当にアイドルに
なれるよ。私が保証する」
- 149 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時41分07秒
- 目の前の石川に、罪悪感の欠片も無いことを改めて思い知ると、やり場の無い怒りと
伝わらないもどかしさに、拳を握り締めた。
「ここに来るきっかけ…あの事件もあなたが仕組んだんですか…」
体をわななかせる吉澤の瞳には、零れんばかりの涙が溢れている。
石川はその瞳から逃げるように、一度視線を下に落とすが、直ぐに向き直って
その問いかけの答えを与えた。
「困らせてごめんね…ひとみちゃんのお金はあいつらに上げちゃったけど、
盗られた分は私がちゃんと返すから…許して」
吉澤はテーブルに頭を押し付けると、激しく泣きじゃくった。
最初の答えを聞いた時から全て分かっていた…分かっていても、
心のどこかであの笑顔を…石川の優しい笑顔を信じたかった。
騙された自分にも責任があるような気はしたが、あの出来事で受けた傷は
計り知れないものだった。
- 150 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時42分34秒
俯いた吉澤の手元に、柔らかなタオルの感触が伝わる。
「涙、拭いて…スープ、冷めちゃうよ…食べないと元気でないし、
余計なものなんて入れてないから…」
石川の的外れな優しさが、傷ついた心を更にえぐった。
吉澤は考える事に煩わしさを感じて、目の前のスープ皿にスプーンを差し込むと、
機械的に口に運ぶ。口内に広がる味わいは、絶望的な涙のスパイスだけであった。
- 151 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時44分50秒
「暫く一人にさせて下さい」
食事を終えた吉澤は、石川にそう告げると、寝室に戻った。
一人で寝るには広すぎるベッドに横たわり、窓の外をじっと見つめる。
ここから逃げ出すだけなら、何時だって出来そうだったが、一歩を踏み出す勇気と
気力は、今の吉澤にはない。
ぼんやりと緩やかに流れていく時間の中で、吉澤は何時しか夢の中に落ちていった。
- 152 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時51分50秒
- どれ位、眠りについていたのであろうか。
吉澤は指先に痺れを感じて目を覚ました。ふと隣に目を向けると、吉澤の腕を枕にした
石川が、小さな寝息を立てている。穏やかな寝顔に見惚れている内に、何故だか悲しげな
感情が心を埋めていく。初めて会った時の明るい笑顔、落ち込む自分を気遣ってくれた時の
優しい眼差し…その全てを思い返すにつけ、石川の常軌を逸した行動を理解する事が出来なかった。
―この人の心の闇を、取り払う事は出来ないのだろうか―
吉澤のその思いに反応したかのように、石川がゆっくりと目を開いた。
「…おはよう。今何時?」
「もう夜みたいですけど…すいません、どいていただけますか?」
「あ・・ごめんね。気持ちよさそうに眠っていたから、つい私も…」
石川が体を起こすと、吉澤の指先に電気が走った。
「ひゃぁ!…つぅ…」
「ん?痺れちゃったの?」
石川がにやりと笑って、手のひらを突付いてくる。
「あ…やめて下さい…触らないで」
―つん つん−
「だからぁ…」
吉澤は身悶えながらも、必死な形相を浮べて石川に訴えかける。
- 153 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月07日(木)22時52分28秒
吉澤と濃密な関係を築き上げようとする石川。
イノセントな狂喜からの開放を願う吉澤。
交錯する二人の思いは、物語を加速させて、深い闇へと落ち込んでいく。
- 154 名前:フライハーフ 投稿日:2002年11月07日(木)23時02分57秒
- とりあえず、ここまでです。
え〜・・物語は加速するどころか、失速の予感が。
>ひとみんこさん
レス、ありがとうございます。
S石は勝負になりません(負
>名無し香辛料さん
レス、ありがとうございます。
いやぁ・・ヘタレですいません(w
>オガマーさん
レス、ありがとうございます。
マッドに徹したいんですが、どうなる事やら・・。
次回更新は、間が空かないように頑張ります。
- 155 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月08日(金)00時53分10秒
- 怖い!…
怖いけど素敵…
- 156 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月08日(金)08時23分16秒
- いや〜内面的なS度では、ここのチャミさまの方が、すごいです。
色々な展開を想像していますが、どれも当たっていないような気がします。
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月08日(金)23時08分16秒
- これは目が離せない作品ですね。
S石の怖さはちょっと堪らないです(w
自分の中で勝手に「ロリータ」をイメージしてます。
狂気を描いたらチャミさまの右にでる者はいないですね。
- 158 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時22分02秒
- 吉澤が軟禁されてから、一週間が過ぎた。
拘束するために用意した手錠とロープは、早くも無用の長物と化している。
互いにある程度の距離を保ちながらも、穏やかに過ぎていく日々。
ふたりで朝食をとった後、ワイドショーを見る。昼食を済ませたら、
暫くはのんびりとする。夕飯を終えると、お風呂に入ってから、ドラマを見て眠る。
黙っていても過ぎていく時間の中で「異常な状態」は、いつしか「変わらぬ日常」へと
変化していった。
- 159 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時24分33秒
- 石川は、自分を受け入れる訳ではないが、この場所から逃げ出す素振りも見せない吉澤に、
いくらかの疑念を抱きながらも、二人で過ごす日々に幸せを感じずにはいられなかった。
一方の吉澤も、拘束されることもなく、夜が来る度に感じていた
「凌辱されるのではないか」といった不安も薄らぎ、驚くほど退屈な日々を
淡々と消化していった。勿論、家族や後藤との連絡、学校の事など、気がかりなことは
いくつかあったが、何よりも自分はここで何をしようとしているのか、自分自身に疑問を持っていた。
「逃げ出して警察に行けば、済むことなのに…」
自嘲気味に笑うと、目の前のフレンチトーストを口に運んだ。
- 160 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時25分30秒
- 「ひとみちゃん、お待たせ〜。はい、目玉焼き」
吉澤は、白い皿の中央でプルプルとゆれる黄身をフォークで突付きながら、石川に尋ねた。
「今頃聞くなんて、自分でもおかしいと思うんですけどね…」
「なぁに?」
「私の携帯は?」
「解約しちゃった・・落ち着いたら新しいの買って上げるよ」
「学校は?」
「休学届出したよ。『吉澤ひとみ緊急入院』って事になってる…
ちなみに大家さんには、暫く実家に帰るって言ってあるから」
「随分手際がいいんですね…」
吉澤は、呆れながらそう言った後、納得しきった顔付きで呟いた。
「かなり前から計画してたんだもんな・・」
- 161 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時26分53秒
キッチンに置かれたアンティーク風のラジオから、やけにテンションの高いDJの声が
鳴り響く。その声が途絶えると、朝には不釣合いな重苦しい音楽が流れ始めた。
結婚したかと思えば直ぐに離婚した女性アーティストの歌声に、吉澤は憂鬱を通り越して、
くすくすと笑い始めた。その笑い声に、石川もつられて笑い始める。
「朝早くから、すごい選曲だね」
「ホント、変な奴……ねぇ、石川さん。私のこと、どうしたいんですか?」
スピーカーが震動させた空気が、和やかな朝の雰囲気を灰色に侵食していく。
その流れに呼応するかのように、石川がゆったりとした口調で話し始めた。
- 162 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時28分26秒
- 「そうねぇ…一緒に居られたらそれで満足…って言ったら、嘘になるわね」
「抱きたいんですか?私の…こと」
「それが全てって訳じゃないけれど…あなたと、気持ちを通わせたいの。
心の一番深い場所で結ばれたら、お互いの体温が欲しくなる…人間の本能よ」
「…おかしいです。無理やり連れて来られて、好きなのよ、好きだから、
好きになって私を愛してって…すごいエゴです」
「片思いなんて、そんなもんだよ…大好きな人の側にいるだけで嬉しくて、
手をつなぐだけで幸せだったのに、その内、相手の気持ちまで知りたくなって
キスしたくなって…物事を自分の方へと引き寄せていく。エゴイズムの固まりだよ」
「屈折してますよ。私はそんな風に思わない。」
吉澤の凛とした眼差しが、石川の心を貫こうと輝きを増す。
「私は好きな人を思っているだけで幸せですよ。その人の気持ちを無理に
変えようとしてまで、一緒に居たいなんて…理解出来ません」
- 163 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時29分46秒
- 石川は、次第に熱を帯びる吉澤の言葉を、軽く受け流しながら、
思い人と心をぶつけ合う悦びに、胸をときめかせていた。
「見返りが欲しいなんて…そんなの愛じゃない」
「私の事を好きになったら、愛するって事が何なのか、きっとわかるよ…」
「無理です…嫌いにはなれても、好きにはなれません」
「なるよ…もうすぐ」
吉澤は苛ついて短い髪をかきあげると、朝食を残したまま、キッチンを出て行った。
- 164 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時31分40秒
- 気晴らしにテレビでも見ようとリビングへ向かう途中、
いつもは閉ざされている部屋のドアが、少しだけ開いているのに気付く。
吉澤はそのドアの前に立ち止まると、誘われるように中へと入っていった。
広い窓の正面に据えられた大きな木製の机には、辞書などの書物が丁寧に並べられている。
その横に置かれた小さな机の上にあるパソコンは、最近触られていないのか、
うっすらと埃をのせていた。部屋の壁を埋め尽くすように据えられた本棚には、
膨大な数の小説や雑誌が、押し込んだように並んでいた。
吉澤は感嘆の息を漏らした後、そっと机に近付く。
書きかけの原稿用紙に目を通すと、所々に猥褻な言葉が散りばめられている。
その文章に、少し気恥ずかしくなって目を逸らすと、伏せられたままの写真立てが、
目に映った。吉澤はそれを何気なく手に取ってみる。
フレームの中の写真には、笑ってはいるがどこか陰を感じさせる女性と、
その女性にぴったりと体を寄せて、無邪気に笑う石川が写っていた。
- 165 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時33分49秒
「私の恋人だったひと…」
振り向くと、入り口に肩を押し付けて立ち尽くす、石川の姿があった。
石川は、吉澤を見つめながらも、どこか遠くを見るような眼差しで、ゆっくりと話し始めた。
「裕子っていうの…。裕ちゃんはね、小さい頃からお話を書くのが大好きでね、
いつも、いらない紙の裏なんかにお話を書いていたんだって…父親は、母親が
昼夜働いて得たお金を毟り取っては、酒とギャンブルに使うような酷い男だった…
だから家も貧乏で、たまに新しいノートなんて買ってもらったら、もう嬉しくって、
たくさん話が書けるように、すごく小さな文字で話を書いていたって…」
石川は机の前に歩み寄ると、ゆったりとした椅子に腰掛ける。その横に置いてあった
小さなパイプ椅子を吉澤の前に差し出すと、座るように目で促した。
吉澤が椅子に座るのを見てから机に向き直り、原稿用紙の文字を指でなぞりながら、
話の続きを語り始めた。
- 166 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時37分22秒
- 「父親には『金にもならない事しやがって』って、いつも殴られていたらしいの…
母親は、そんな裕ちゃんを助けてくれなかった。そんな毎日が続く中、裕ちゃんが
成長して女の身体つきになった頃から、父親の目の色が変わってきた…雨の降る、
17歳の誕生日の前夜に、裕ちゃんはレイプされたの…。その日から父親は、夜が
来る度に酒臭い息を吐きながら、裕ちゃんの上で腰を振って喘いでいたって」
石川が淡々と語る話の内容に、吉澤の顔は徐々に青ざめていった。
「ある晩、酔っ払った母親がいつもより早く家に帰って来た…裕ちゃんが
父親に犯されている最中に。裕ちゃん泣きながら『お母さん、お母さん』
って助けを求めたって、そしたらね、母親は裕ちゃんに、虚ろな目を向けて
こう言ったんだって…『私も、仲間に入れて頂戴』」
- 167 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時39分45秒
- 吉澤は目を見開き、息を飲み込んだ。頭の中はガンガンと大きな音をたてて
少しずつ痛みを感じ始めた。
「実の両親の舌が自分の身体を這い回った時は、気が狂いそうだったって、
『逃げ出さなきゃ』そう思って伸ばした手の先に鉛筆が触れて…次の瞬間、
耳に鉛筆を突き刺した父親が、裕ちゃんの股間に顔を埋めたまま動かなくなった…」
「うっ!…」
吉澤は、小さく呻き声を上げると、真っ赤な絨毯の上に、朝食を吐き出した。
立ちこめる饐えた匂いに、頭痛が激しさを増していく。
石川は一度席を外し、持ってきたおしぼりを吉澤に手渡してから、吐射物の掃除を始めた。
絨毯を拭きながら、尚も、吉澤の本能が拒絶した話を語り続けた。
- 168 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年11月11日(月)23時42分21秒
- 「少年院を出た後、働きながら小説を書いたんだって、でも中々芽が出なくって…
自棄になって自分の事を小説にしたら、それがそこそこ売れちゃってね…でも出版社は
『エロシーンがウケたんだよ、お前もうエロ書きになれよ』って…かなり悔しかった
みたいだけど、逆に『やってやる』って気になって、夢中で官能小説を書いたって言っていた」
吉澤は口元を押さえながら、石川の指先に涙の粒を落とし続ける。
「私ね、歳ごまかして風俗で働いていたの。ある日、客の忘れ物に裕ちゃんが書いた
その小説があってね、それ読んで凄く共感したの…色んな客の伝手を伝って、裕ちゃんの
住所を聞き出して会いに行った…彼女、初対面の私の話を、黙って聞いてくれた後
『そんな仕事辞めて、うちにおいで。遠慮せんでええよ。うちの側にいたらええ』って…
『愛情』なんて言葉を失っていた私を、掛け替えのない愛で包んでくれた…。
今度は私がひとみちゃんに、本当の愛を教えて上げるね…」
石川は絨毯を拭き上げると、汚れた雑巾をバケツに入れて、その場を後にした。
吉澤は暫く背中を丸めたまま、心に受けた衝撃を流し出す様に泣き続けていた。
- 169 名前:フライハーフ 投稿日:2002年11月11日(月)23時54分28秒
- ここまで〜。
>155 名無し読者さん
レスありがとうございます。
怖いですか?そう言ってもらえると嬉しいです。
>ひとみんこさん
いつもレスして頂いて、ありがとうございます。
今後の展開は・・・ベタかな(w
>157 名無し読者さん
レスありがとうございます。
「ロリータ」ですか。タイトルは知っていますが、内容は?です。
今度借りてみようかな・・。
もしかしたら、二週間ばかり間が空くかもしれません。
その時は、一気にラストまでアップする予定です。
(あくまで、未定ですが・・)では、このへんで。
- 170 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月12日(火)09時10分33秒
- ベタですか? 私、ベタ好きです(w
ひーさまの心はどう動いていくんでしょう。
- 171 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年11月20日(水)04時54分34秒
- レス遅くなってすみません。
息止めて読んでました。梨華ちゃん・゜・(ノД`)・゜・。
この告白によって、よっちぃの態度はどう変わる??
執筆マターリがんがってください。
- 172 名前:フライハーフ 投稿日:2002年11月24日(日)23時09分26秒
- え〜・・・八割方書き上げてはいるんですが、
暫くの間、更新はおろか執筆も出来ない精神状態に
陥ってしまいました。来月中旬までに更新出来なかったら、
来年の春先までは、仕事の都合上、更新は難しいと思います。
放置は絶対にしないつもりです。
レスを下さった方々に申し訳ないと思い、書き込みした次第です。
本当に申し訳ありません。
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月04日(水)20時11分25秒
- いつまでも待ってます
- 174 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時12分31秒
- 石川の家に来て、14回目の朝を迎えた。
初めのうちは、探りあい、衝突していた同居生活も、この頃になると、
互いの趣味思考を理解しあい、ある程度の考え方の違いも、それなりに
受け入れあえるようになってきた。
「連絡させてほしい」そういった吉澤の願いを、石川がすんなりと
聞き入れたのも信頼関係が出来上がっていたからであろう。事実、
吉澤が後藤にかけた電話の内容には、助けを求めるような発言は一切なかった。
- 175 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時13分56秒
- この日、吉澤は石川に起こされる事もなく、自分から目を覚ました。
最近吉澤は、有り余る時間を中澤の蔵書や、中澤の著書を読む事に費やしていた。
受け入れがたい描写もあったが、共感できるような心理も綴られている。
夢中になって読み続けていく内に深夜になってしまい、寝坊をしては石川に
叩き起こされていたのだ。
新たに寝室として与えられた客室から、寝ぼけ眼を擦りながら出てくると、
顔を洗ってキッチンへ足を運んだ。だがそこに、石川の姿はなかった。
少しばかり心配になって石川の寝室へ行ってみる。
- 176 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時15分23秒
- 広いベッドの上には、顔を上気させ苦しそうな顔付きの石川が寝込んでいた。
吉澤は慌てて近付き額に手を添える。体温はかなり高いようだった。
「病院に連れて行こう」そう思ったが、今、石川の体を動かすのは、
無理なような気もした。
吉澤はキッチンへ行き、ミネラルウォーターと濡れタオルを用意すると、
寝室へ舞い戻った。額にタオルをのせると、石川の目がゆっくりと開いた。
- 177 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時16分16秒
- 「…ごめんね、ひとみちゃん。迷惑かけちゃって…」
「ん・・いいよ、これくらい」
「バカは風邪ひかないって言うけど…私、バカじゃなかったんだね」
「夏風邪はバカがひくって言いますよ」
「もぉ…」
石川が力無く笑うと、吉澤も優しく微笑み返した。
「何か、食べられますか?」
「りんご…食べたいな」
「うん。いいよ、買ってくる」
「無いならいい…側に居てくれる方がいい」
石川は布団の中から手を伸ばすと、吉澤のシャツを掴んだ。
吉澤はその手を、自分の手でそっと包み込むと、今にも泣き出しそうな石川に
優しく囁いた。
「大丈夫、すぐに帰ってくるから」
- 178 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時17分30秒
- 二週間ぶりに浴びる紫外線は、白い肌を突き刺すように暑いものだった。
大きく深呼吸すると、体中に酸素が染み渡っていく。鈍った体を
目覚めさせるように軽く駆け出すと、どこまでも走って行ける気がした。
すれ違う人達に満面の笑顔で挨拶の言葉をかけると、一様に驚いた顔を浮べるのが、
楽しくてしょうがない。
吉澤は当てもなく動かしていた足を急に止めると、側にあった電柱に体をあずけた。
俯いて、アスファルトの路面を見ながら、ふと考え始めた。
「私、何してるんだろう…このまま出て行っちゃえばいいんだ…あんな所に
戻る必要なんてないのに…」
急激に湧き上がる自由への渇望。自分自身を取り戻そうと決めかけて、顔を上げたその時、
視線の先に、一軒の八百屋が映し出された。
- 179 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時18分41秒
- 店先に並べられた、真っ赤なりんご。
それを見た瞬間、苦しそうな石川の顔が浮かんできた。
「誰があのひとを、助けて上げられるのだろう…」そう考えた時、
それは自分だけのような気がした。狂おしい心の持ち主…その反面、
無邪気で優しい笑顔を見せてくれるあのひと…。
吉澤は、自分の心境に戸惑いながら、ゆっくりと足を進める。
「いらっしゃい!」
店主の威勢のいい声に、軽く頭を下げると、りんごをひとつ手に取った。
−石川は私を必要としている。体調を崩した今の彼女なら、その気持ちは
尚更強くなっているだろう…。私にとってあのひとは、何なんだろう…私は…
私には…−
- 180 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時19分13秒
- 「そのりんご、甘くておいしいよ」
営業用の愛想笑いではない、心から優しげな笑顔を浮かべる店主の声に
吉澤は目を丸くした後、悪戯っ子のように笑った。
「りんご…たくさん買うから、おまけして下さい」
「可愛いお嬢ちゃんには、言われなくっても、こっちから付けちゃうよ」
吉澤は、店主に代金を渡すと「又、来るね」と告げて、急いで駆け出した。
「待っている。石川さんが、待っているんだ…」
- 181 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時20分18秒
息を切らせたまま寝室へ入ると、石川はおとなしく寝ていた。
額から目の位置にずれたタオルをそっと取ると、目が真っ赤に充血している。
「あれ〜…泣いていたんですか?そんなにお腹が空いてたんですか?」
「バカ…違うよ…」
吉澤は、鼻をぐずらせながら口をへの字に曲げる石川が、少し愛しく思えた。
「すぐに剥いてきますね」
「すりりんご…すってくれなきゃ、やだっ…」
「うん、わかった。ちょっと待っててね…」
- 182 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時21分10秒
- 吉澤は、皿にすりおろしたりんごを持って、ベッドサイドに座った。
「はい。あ〜ん」
そう言うと、石川は言われるままに口を開ける。
「小さい頃、お母さんがよくこうしてくれたの」
石川の言葉に、吉澤は暖かな目を向けて声をかける。
「りかちゃん、ちゃんと食べて早く元気になろうね」
石川は少し驚いたような表情を浮かべた後、嬉しそうに返事を返した。
「はい、お母さん…」
目を合わせた瞬間、二人の笑い声が部屋に響いた。
肌に浴びた夏の暑さは、もう既に忘れ去っていた。
- 183 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2002年12月08日(日)12時21分47秒
- 「ねぇ、石川さん」
「名前で呼んで…さっきみたいに」
この時とばかりに我侭を言う石川に、優しい眼差しで応える。
「梨華ちゃん…私、車の免許持ってるんだけどね、こっち来てからまだ乗った事ないんだ」
石川はまだ熱を帯びた頭を、わずかに横にかたむけた。
「車の運転がしたい。梨華ちゃんが元気になったら、ドライブに行こうよ」
石川は小さく頷く。瞬きをしたはずみで、ポロリと涙の粒を落とした。
「あれ〜…いつまでも泣いてたら、元気でませんよ」
「…うん」
吉澤は、石川が回復するまでの間、ダブルベッドの隣を自分の寝場所に変えた。
- 184 名前:フライハーフ 投稿日:2002年12月08日(日)12時38分14秒
- 最後まで一気にと考えていたのですが、ここまで・・。
まだまだストックはあるのですが、展開上、最後まで書き上げたほうがいいかなと
思いまして・・で、最後は未だ書いていない訳ですが(謝
>ひとみんこさん
いつもレスありがとう。執筆頑張って下さいね。
(お前が言うなって話ですが)
>名無し香辛料さん
レス、ありがとう。何かと忙しいみたいだけど、体を壊さないように
気をつけて下さい。
>173 名無し読者さん
レス、ありがとうございます。もう暫く時間を頂きたいと思います。
最後までお付き合いしていただけるよう、頑張ります。
- 185 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年12月08日(日)19時55分45秒
- ひーさま、なんていい人なんでしょ。
色んな結末、妄想しまくりです。
へたれ作者を励まして頂いて、有り難うございます。
同じ時期に書き始めた同志でがんがりましょう。
- 186 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月10日(火)02時22分00秒
- 更新お疲れさまです!
少しずつ変わりつつあるような二人の関係がどうなっていくのか、
この先が気になるところです。
お忙しいようですが、無理せずがんがってください。
- 187 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年12月27日(金)21時27分46秒
- ほぜむ。
- 188 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)20時56分30秒
- 夏の空の青は、都会のそれと違い綺麗に澄み渡って見えた。
遠く向こう水平線からは、積乱雲がもくもくと顔を覗かせている。
「子供の頃に見た風景を、ひとみちゃんと見たいから…」
石川の提案を受けて、ハンドルを握る吉澤の向かう先は、少しひなびた温泉街。
カーナビの指示音声が入り込む隙間もないくらい、道中での二人の会話は弾んでいた。
三時間程のドライブも、まるで時間を感じさせないまま、あっと言う間に目的地へ辿り着いた。
予約しておいた旅館でチェックインを済ませ、部屋に足を踏み入れる。
寂れ具合が丁度いい雰囲気を醸し出していた。
- 189 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)20時57分25秒
- 「疲れた〜」
吉澤が畳の上に四肢を投げ出すと、石川が机の上に置いてあるお茶を入れてくれた。
「お疲れ様。運転、上手じゃん」
「へへっ…久しぶりだから、ちょっと緊張したけどね」
お茶を飲みながら、暫し体を休める。窓の外から見える海の眺めは
ありきたりな風景だが、どこか新鮮に映った。
二人は少し遅めの昼食をとると、歩いて出かける事にした。
近所の土産物屋で買い物をしたり、ちょっとした史跡に立ち寄り、
心を癒した。
「さぁ…後はのんびりして、お風呂入って、ご飯かな」
石川は一頻り歩いた後そう言うと、吉澤と手をつないだ。
「早く帰ろうよ。ひとみちゃん」
吉澤は少し照れながら、つないだ手を握り返した。
- 190 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)20時58分22秒
−翌朝−
「今日はひとみちゃんと、行きたい所があるの…」
窓の外を眺めながら、石川が口を開く。その口振りは、何時に無く浮かないものであった。
吉澤は「いいよ」と告げた後、暫くその横顔に目を奪われていた。
旅館のガレージから車を出してもらうと、石川は無言でハンドルを握る。
土地鑑があるのか、カーナビに目的地を入力しないまま、大きな車体を
軽やかに滑らせていく。途中のコンビニで、あんぱんをひとつ買った後
20分程車を走らせた地点で車を止めた。
細い林道を抜けると、青い海が一望できる岬の端に辿り着いた。
- 191 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)20時59分08秒
- 「うわぁ〜!すごい眺め」
吉澤は、申し訳程度に立てられている柵から、身を乗り出して下を覗き込む。
濃紺の海原、白い波飛沫の間から時折見える、鋭利な岩肌が不気味に光っていた。
「すいこまれそう……」
吉澤がそう思った瞬間、石川の手が肩にかかった。
「危ないよ…ここで、じっと下を見ていたら、柵を乗り越えたくなるんだって」
その言葉に吉澤は息を呑んだ。石川は愛想笑いを浮かべた後、遠くを見つめながら
唇を動かし始めた。
「私の本当の父親はね、酔っ払っては母親に暴力をふるうような男だった、
裕ちゃんのお父さんみたいにね…。小さい頃、お母さんと妹と、三人でよく
ここに来たの…途中のお店であんぱんをひとつ買って、それを妹とふたりで
分けて食べて……私達が食べ終わって遊んでる姿見てると、お母さんが泣き
出しちゃうのね…結局二時間位したら家に帰るんだけど、多分ここで私達を
道連れにして、死ぬ気だったんだろうなぁ…」
学生時代の淡い思い出話でも語るかのような石川の表情を、
吉澤は複雑な思いで見つめていた。
- 192 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)20時59分47秒
- 「その後、お母さんはお父さんと別れて、若い男と再婚した。それからは、
ここに来る事もなくなったんだけどね…」
石川はそう言った後、先程買ったあんぱんを袋から取り出した。
「私、17で家出したの…もうこんなとこ帰って来ないって決めてたのに、
ひとみちゃんに看病された後、なんだか無性にこの景色を見たくなっちゃって」
石川はあんぱんを一口かじると、残りを海へ向かって勢いよく放り投げた。
「ひとみちゃん…帰ろっか?」
吉澤は、晴れやかに笑う石川に曖昧な笑みを浮かべながら、小さく頷いた。
- 193 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)21時00分41秒
旅館への帰り道、車の後部から奇妙な震動が伝わり始めた。
「車、止めて」
吉澤の声に車を路肩に寄せる。車を降りて後ろを見ると、後輪がパンクしていた。
「どうしよう…」困り顔の石川に、吉澤は「大丈夫」と親指を立てると、
トランクから工具を取り出した。
「ひとみちゃん、修理出来るの?」
「修理って…タイヤ交換するだけだよ」
「すっご〜い!」
吉澤は手が汚れるのも気に止めず、手際よくタイヤを交換していく。
その姿に羨望の眼差しを向けながら、胸をときめかす石川。
後はナットを締めるのみという所で、一台の車が、石川の車から
少し離れた地点で止まった。
- 194 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)21時02分15秒
「パンクですか?お手伝いしましょうか?」
車から降りてきたのは、30代半ばほどの、いかにも生真面目そうな男性であった。
その声の主を見た石川は、驚きと困惑が入り混じった表情を一瞬浮かべたが、
すぐに吉澤の方に顔を向けて、返事を返した。
「結構です…」
「梨華…梨華ちゃんだよね?」
少し上ずった男の声に、車の助手席から、一人の女性が姿を現した。
「梨華…梨華なの?」
石川の額に汗が浮かぶ。動揺しているのは明らかであったが、
努めて冷静な口振りで言葉を返す。
「私の名前は『中澤梨華』です。…失礼ですが、人違いをなさっているかと」
「何を言っているの?私はあなたの母親よ。間違える訳ないでしょう」
吉澤は作業の手を止めて、事の行く末を見つめていた。
- 195 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)21時04分17秒
「梨華ちゃん…私達ずっと、君の事を探していたんだよ…」
男の弱々しい口振りに、石川は鋭い視線を向けながら強く言い放った。
「私とあなたは赤の他人です。そんな話されても困ります」
男は視線を地面に落とすと、ゆっくりと喋りかける。
「私が悪かったから…お母さんだって、ずっと心配していたんだよ。なぁ…」
同意を求められた女性は、他の言葉を失ってしまったかのように、
泣きながら石川の名前を呟くばかりであった。
「とにかく人違いです。修理も彼女が済ませてくれたし、どうぞ、先に進んで下さい」
「梨華…」
尚も言葉を続けようとする男の襟元を両手で掴むと、体をそのまま相手の車に押しつけた。
「知らないって言ってるでしょう。早く消えてよ…早く……・・さっさと消えてよ…」
石川は大声で怒鳴ると、堰を切ったように涙を流し始めた。
「梨華ちゃん…」
事情を把握した吉澤が、そっと石川の両肩に手を添える。石川は振り向くとそのまま
吉澤の胸に顔をうずめた。
- 196 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)21時06分13秒
- 重くなったその場の雰囲気に、男は疲労しきった表情のまま口を閉ざした。
入れ替わるようにして、女性が石川の背中に語りかける。
「今、何処に住んでいるの?せめて、それだけでも教えて頂戴…」
「梨華ちゃん…どうする?」
その問いかけに、石川は顔をうずめたまま、首を大きく横に振る。
吉澤はその仕草に軽く溜息をつくと、母親である女性に目を向けた。
「すいません、本人も人違いだって言ってますし…」
「あなた、梨華のお友達?…悪いけれどこれは家族の問題なの、少し席を・・」
「家族?何が家族なの?」
母親の声を遮るように、石川が声を上げた。
「苦しむ娘を助けるどころか、嫉妬するような母親が、今更何言ってるの…
私が大切なら、なんでまだこの男と一緒に居るのよ…ねぇ、ふざけないでよ…」
石川の怒声に、母親はその場に泣き崩れた。
吉澤は石川の肩を抱いて、優しく助手席に誘うと、車載工具をトランクに仕舞いこむ。
失意に暮れる夫婦に軽く頭を下げると、車をゆっくりと発進させた。
- 197 名前:フライハーフ 投稿日:2003年01月02日(木)21時08分56秒
旅館への帰り道は、とてつもなく長く感じられた。
言霊を失った車内には、石川のすすり泣く声だけが聞こえる。
きっと石川は、未だ捨てきれない何らかの過去を全て忘れ去るつもりで、
ここにやって来たんであろう。辛い思い出が詰まったあんぱんを岬から
投げ捨てたのは過去の自分に決別する儀式。しかし、その直後に両親と出会うなんて…。
吉澤は石川の心中を察すると、無言でハンドルを握った。
旅館に着くと、二人はすぐに荷物をまとめた。もう一泊する予定だったのを変更して
一路、都心へと向かった。
- 198 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月02日(木)21時10分16秒
- 石川は身も心も疲れきったのであろう。
黙って後部座席に座り込むと、小さな寝息を立て始めた。
吉澤は、高速に乗るとラジオのスイッチを入れた。
スピーカーから流れるアイドルの歌声が、耳の中に流れ込んできた。
−東京で一人暮らしたら 母さんの優しさ心にしみた−
故郷の両親はどうしているだろうと、ふと考えた。
手を上げられた事なんて、一度もなかったけど、無邪気に笑いあった記憶もない。
親という役割を、義務的に演じていたような父と母。
親元を離れればその存在の大きさを見つめ直せるかと思ったが、
一人のほうが気楽だとしか思えなかった。もっとも、色々と考える間もなく
石川の手に落ちてしまった訳だけれど…。
吉澤は自嘲的な笑みを浮かべると、アクセルを踏む右足に少し力を入れた。
- 199 名前:フライハーフ 投稿日:2003年01月02日(木)21時20分35秒
- >名無し読者さま
レス、ありがとうございます。早く書き上げたいのですが、なかなか・・・。
>ひとみんこさま
いつもありがとうございます。ひとみんこさんもお忙しいようで、
大変でしょうが、頑張って下さい。
前回更新の日から、一行も進んでいません。
ストック減らしたら、書けるかなぁ、なんて思ったんですが・・。
正直、作品に対するモチベーションを失いかけてます・・ごめんなさい。
- 200 名前:名無し香辛料 投稿日:2003年01月03日(金)03時08分57秒
- めちゃくちゃ面白いのにションナ!!。・゜・(ノД`)・゜・。
がんがって下さい!この二人の結末を見届けたいです!!!
って、変なプレッシャーになっちゃうかな…
ごめんなさい。我が侭な読者の独り言です。
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月06日(月)20時59分40秒
- ゆっく〜りでもいいから更新してほすぃのが願い。
頑張って。
- 202 名前:読者 投稿日:2003年01月12日(日)20時06分23秒
- マターリ
待ってます。
- 203 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)21時57分02秒
- 東京に着いたのは夕方だった。石川は途中で目を覚ましていたが、
その唇から言葉を発する事はなかった。
石川は自宅に辿り着くと直ぐに、ふらふらとした足取りで、寝室へと消えていった。
吉澤はそっとしておこうかと思う反面、暗く沈みこんだ石川の力に
なってあげたいという気持ちを、抑え切れずにいた。
キッチンへ行きハーブティーを入れると、石川の元へと運ぶ。
- 204 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)21時57分53秒
- 「よかったら、飲んで。落ち着くよ…」
吉澤はベッドにうつ伏せになった石川に、優しく声をかけてみる。
石川は体を起こすと、カップを手に取った。
「ありがとう…」
沈黙の時の中、ハーブの香りがゆっくりと二人を包み込んでいくと
石川が口を開いた。
「ごめんね…みっともないところを見せちゃって」
「ううん…」
石川は心を温めるかのように、飲み干したカップを両手で包んだ。
- 205 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)21時59分41秒
- 「あのひと…母の再婚相手。母と比べると若かったでしょう?」
吉澤は黙って頷く。
「若くして飲食店のオーナーでお金持ち、大きな家に住んでいて…でも気さくな人柄でね、
困っていた母に優しくするうちに、好きになったって言ってた…。私と妹にも優しくて、
素直に『お父さん』って呼べるいい人だったの…でもね、私が成長していくと、さり気なく
体を触ってきたりするようになったの。ある日、母が妹だけを連れて、買い物に行ったこと
があったの…私はテスト勉強をするために家に残って…あっ、こう見えても私、頭が良かっ
たんだよ…」
一瞬、石川が微笑んだ…聖母のように穏やかな顔付きで。
- 206 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時02分55秒
- 「あの人がね、『勉強教えてあげるよ』って、私の部屋に来て、肩に手を回されて…嫌がったら、
余計に火がついたみたいで…ベッドに組み敷かれて『梨華…可愛いよ』って…必死で抵抗したの、
声を上げて助けも呼んだ…でも…・・事が済んだ後にね、あいつがこう言ったの『誰にも言っちゃ
だめだよ。ここに居られなくなると、お母さんも妹も困っちゃうだろ』…そう言った時のあいつの
顔が、私には悪魔に見えた…・・」
カップを持つ石川の両手が震えていた…。吉澤は、激しい虚脱感に
見舞われながらも、決して石川から目を逸らそうとは思わなかった。
- 207 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時03分52秒
- 「その日からあいつは用事を作っては、母と妹を出掛けさせた。二人きりの状態に
なると、必ず私を抱いた。…自分が初めての男になったのが嬉しかったのかなぁ、
『父さんが、いい女にしてあげるから』なんて言って、欲望の限りを尽くされた。
『こうして咥えろ』『穴まで舐めてくれ』…『ここもいいだろう』ってお尻の穴に
突っ込まれた時は、痛くて気絶するかと思った…ねぇ、もっと聞きたい?あのね
ひとみちゃん…」
薄笑いを浮かべながら捲くし立てる石川の意識は、何処かにイキかけていた。
吉澤は、息も荒く小刻みに震えるその肩を両手で掴むと、激しく揺さぶった。
「梨華ちゃん!しっかりして。もういいよ。もういい…もういいから…」
- 208 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時05分55秒
- 石川は、涙に濡れた吉澤の顔をぼんやりと見つめると、枯れていた涙をまた流し始めた。
「思い切って、母さんに打ち明けたの…口では『辛い思いさせたね』って言ってくれた、
あいつに『止めてくれ』って言ってくれた…でもあいつは止めなかったし、母さんもそれ
以上強くは言ってくれなかった・・その内に母さんは、私に嫉妬するようになって…誰も
助けてくれなかった、声を押し殺しても濡れている自分が嫌だった…だから、家を飛び出
したの…クズみたいな男に拾われて優しくされて…でも騙されて、いつの間にか借金押し
付けられて、風俗で働いて…もうボロボロだった私を助けてくれたのが、祐ちゃんなの…。
裕ちゃんがいなくなって、私…もう私……・・」
石川は吉澤の胸に飛び込むと、赤ん坊のように泣きじゃくった。
吉澤は長い髪を優しく撫でながら、諭すように優しく話し掛ける。
「私がそばにいるから…中澤さんの代わりには、なれないけれど…ずっと、ずっと
そばにいるから…」
- 209 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時07分00秒
抱き合ったまま、沈黙の時間が過ぎていく。
どちらからともなく体を離すと、吉澤は、石川の流した涙を拭うように、優しく頬に
「くちづけ」をした。見詰め合う二人…石川が薄い唇に吸い寄せられるように、顔を
寄せていくと、吉澤はゆっくりと目を閉じた。
石川は軽く唇を重ねたあと、すぐに吉澤を強く抱きしめて熱く長いくちづけを交わす。
間もなく互いの体は、重力に抗わず柔らかいベッドの上に落ちていった。
「んっ…・・」
石川の唇が首筋に触れるたび、甘い吐息が静かな部屋に響く。
いつもより高くなった声色と、色白な頬を染める桃色が、石川の心を包み込んでいく。
- 210 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時09分00秒
- 唇が離れれば、手のひらを胸の形に合わせ、その手が離れれば、しなやかな足を蔦の様に
絡めあう二人。血の流れと筋肉の動き、互いの肉体と精神のつながりを確かめ合いながら
過ぎていく濃密な時間。
星の数ほど唇を重ねた頃には、二人は生まれたままの姿になっていた。
石川は吉澤の身体を、慣れた手つきでコントロールしながら、癒され、徐々に昇華していく
自らの魂を感じた。
慰みでもなければ、虐げられるものでもない…。
邪な欲求だけを満たす行為でもなければ、傷を舐めあうような悲しみもない…
石川の中に、純粋に人を愛する心が取り戻されたセックス。
互いの体液を止め処なく交換しあいながら、二人は何時しか深い眠りについた…。
- 211 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時10分08秒
太陽がいつも通りに姿を現して、立ち並ぶ家々の窓ガラスを燦々と照らす。
カーテンの隙間から差し込む日差しの暑さに、吉澤が目を覚ますと、
自分の寝顔を見ていたのであろう、石川と目が合った。
暖かみのある表情を取り戻した様ではあるが、その瞳はどこか悲しげな光を湛えていた。
- 212 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時11分07秒
- 「おはよう…」
吉澤の挨拶に、瞬きで返事を返す。
感情を打ち消した顔の奥には、様々な感情が入り乱れているような気がした。
昨夜何度も重ねあった唇が、少しの間をおいて、言葉を発した。
「ごめんね、ひとみちゃん…」
「…何が?」
「あなたのこと…捌け口にしちゃったみたいで…」
「そんな事思ってないよ。梨華ちゃんにそんな風に受け止められたんなら、
ちょっと悲しいな…。私は昨夜、あなたに抱かれたくて、瞳を閉じたんだよ」
「………」
「ずるいのは私の方かな…梨華ちゃんの心の隙につけこんだみたいで…」
「そんな事ない。私はずっと、ひとみちゃんのこと、好きだったんだから…」
- 213 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時12分52秒
- 吉澤は上半身を起こすと、石川の唇に軽くキスをした。
「思いが通じ合っているんだからいいじゃん。難しく考える事なんて何もない。
梨華ちゃんは私のことが好きで、私も梨華ちゃんのこと…・」
そう言うと石川に背をむけて、タオルケットの中に素早くもぐりこんだ。
吉澤の言葉とキスに心を暖められた石川は、笑顔を取り戻すと、その背中に
自らの身体を、ぴたりと寄せていく。
- 214 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時13分42秒
- 「私も梨華ちゃんのこと…なぁに?」
真っ赤になった耳元で石川が囁く。
「知らない…わかるでしょ?」
「ちゃんと言って」
「照れくさいから、言わない」
「言わないと、いじめちゃうよ…」
石川は悪戯な笑みを浮かべると、吉澤の下半身に右手を滑らしていく。
「あっ…」
中指は女性器のワレメに沿って、添えられただけであったが、吉澤の肉体は
それだけで、昨夜受けた快感を思い出してしまう。
「駄目だよ…・照れくさいもん」
「ちゃんと聴きたいの。ひとみちゃんの気持ち」
- 215 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時15分26秒
- 石川の指が吸い込まれるように、吉澤の中へと入ってゆくと、熱く濡れた膣壁に
ピタリと締め付けられた。その指をカップの中をくるくると回す、ティースプーン
のようにゆっくりと動かすと吉澤の身体はビクッと反応を示す。
「好き…だ・よ…・梨華ちゃんのこと…大好き・・」
吉澤が切れ切れの言葉で気持ちを打ち明けると、石川は嬉しそうに笑った。
紅く染まった頬にキスをした後、密着させていた身体をそっと離す。
- 216 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時16分05秒
- 「ありがとう。私もひとみちゃんのこと愛してるよ」
「・・ないで…」
「ん?…」
「やめないで…意地悪」
吉澤は勢いよく振り返ると、石川の身体を抱きしめて唇を重ねた。
石川は極自然にそのくちづけを受け入れると、流れるように舌を押し入れていく。
「ん…はぁ…・・っ・・はぁっ」
ベッドの軋む音と、布が擦れあう小さな音。
石川の舌先が肌をつたうと、吉澤の甘い声が全ての音を掻き消していく。
- 217 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年01月24日(金)22時18分37秒
- ―堕ちていく―
吉澤は自分の身体の上を、石川の舌が這い回り、その手が感じる場所に触れる度に
そう思っていった。皮膚を通して石川の愛情が、自らの心をじわじわと禁断の世界に
引きずり込んでいく。
同性愛に対して、特に偏見なんて持ってはいない、いつの間にか石川に恋愛感情を抱いて
いたのも事実だ。けれど、昨夜初めて肌を重ね合わせた時に、本能が教えてくれた。
『イシカワリカハ、キケンダ』
…なのに、危ないと思いつつ、唇を求めてしまう。抗うよりも寧ろ、その指先の魔術で
深く感じさせて欲しいと、願ってしまう。
吉澤は唇の端から、既に自分のものか、石川のものかわからなくなった唾液を垂れ流し
ながら、夢中で叫んだ。
「梨華ちゃん…・すごいよ…だい・・すきっ…あっ・・もっと・・もっと、あいして…」
吉澤は一瞬、全身を硬直させると、ガクガクと身体を震わせて柔らかなベッドの中に
深く沈み落ちていく。
狂気を捨て去った石川と、その全てを包み込んだ吉澤が、
融合して分裂した、その刹那だった
- 218 名前:フライハーフ 投稿日:2003年01月24日(金)22時37分18秒
- ここまで・・。
やっと気持ちが収まってきて、作品に対するテンションも復活してきました。
この後、一ヶ月ばかり休みなしで働くのですが(泣)あと、もう一回の更新で
終われそうです。
>名無し香辛料たん
レスありがとう。泣かせてしまってすいません。
あと少し、頑張ってみますので、最後までお付き合いの程
よろしくお願い致します。
>201 名無し読者様
レスありがとうございます。
下手なりに頑張ってみました。最後まで読んでやって下さい。
>202 読者様
お待たせさせてしまい、申し訳ありません。
(何となく、知っている方のような気がするのですが・・)
ラストまでは、それ程苦しまず書けそうです。
更新は・・何とか頑張りますので、最後までお付き合い願います。
- 219 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)12時04分37秒
- すんげぇ面白い!最終回楽しみにしています
- 220 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時08分53秒
- 旅行から帰って数日が過ぎたある日。
二人は、吉澤のアパートから持ってきた荷物の整理をしていた。
荷物と言っても、お気に入りの服と靴、教科書ぐらいで、日用品の類は全て
処分してしまった。
吉澤が洋服をかけようとクローゼットを開けると、デニムのジャケットが、その目に
飛び込んできた。黒のライダーズデザインは吉澤が以前から欲しいと思っていた一品
だった。
「ねぇねぇ、梨華ちゃん。これ欲しい」
吉澤は振り向くと、石川に向かって100パーセントの笑顔を向けた。
「いいよ。それ、一度着ただけだし。きっと、ひとみちゃんの方が似合うよ」
「やったぁー」
早速袖を通して、モデルのようにポーズを決めて見せる。
動きの中で、何気なくジャケットのポケットに手を入れてみると、指先に何かが触れた。
取り出してみると、それは真新しい鍵だった。
- 221 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時10分40秒
- 「ん?・・梨華ちゃん、鍵が入ってたよ」
吉澤はその鍵を、石川に向かって放り投げた。
石川は鍵を見て柔らかくと笑うと、すぐに吉澤に投げ返した。
「それ、ひとみちゃんのだよ。…今はもう、違うけど」
「・・あっ!もしかして、私のアパートの合鍵?」
「ピーンポーン。正解です」
石川は人差し指を立てて、笑った。
「これ使って忍び込んだんだぁ・・梨華ちゃんって、わるものぉ…」
「その悪者の彼女はだぁれ?」
「さぁね・・知らない」
吉澤は「ふわっ」とした笑みを浮かべたまま、その鍵をまじまじと見つめている。
「さぁ、早く片付けないと夜になっちゃうよ」
「はぁ〜い」
吉澤は鍵をポケットに入れると、片付けの続きを再開した。
- 222 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時12分33秒
暫くは真面目に専門学校に通っていた吉澤だが、石川との暮らしを続けていく内に、
次第に夢への情熱を失っていった。講義を受けている間も、考える事は石川のことばかりで、
何も頭に入らない。
−片時も離れたくない−
日増しに強くなる思いは、「恋」というよりも寧ろ「病気」といった方が正しかった。
吉澤が、投げ出すように学校を辞めると、石川は少しばかり困った表情を浮かべたが、
心の中は、幸せな気持ちで満たされていた。
二人は、時間に追われる人並みを横目に、「恋愛」を楽しんだ。
「どこかに遊びに行こう」そう言って家を飛び出したまま、数日間家を空けることも
あれば、寝室に閉じこもり、石川は「愛すること」に、吉澤は「愛されること」に没頭
することもあった。
他人には特異に感じられるこの生活が、二人には幸せな時間だった。
若い二人は、こんな「時間」が変わらずに流れ続けるものだと信じて疑わなかった。
- 223 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時13分52秒
二人で暮らすようになって二年目。石川は半年ごとに、高熱に魘されることがあった。
三年目には四ヶ月ごとに、その翌年は三ヶ月ごとに…その周期は年を追うごとに短くなっていった。
石川は、吉澤以外には肌を触れさせたくはないと、病院に行く事を頑なに拒んだ。
しかし、「一度、診てもらえば気が済むから」と懇願する吉澤の姿に、重い腰をあげて、
病院へ足を運んだ。石川は簡単な検査の後、一週間後に検査入院をする事になった。
「あぁ〜あ…三日間も会えないなんて」
そう言ってふて腐れる石川に、吉澤はわが子を思う母親のような笑顔を浮かべた。
「三日なんて、あっという間だよ」
その日から、石川が自宅に戻る事はなかった。
- 224 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時15分39秒
石川の入院生活が、一年を超えた秋。
病室の窓から見える木々が、冬の訪れを告げるように、枯れた葉を落としていく。
O・ヘンリーの小説みたいなシチュエーションを、吉澤は鼻で笑った。
静かな個室の中、吉澤が、花瓶に生けられたまま古くなった花を、差し替える音だけが
聞こえる。
「もうすぐ、冬が来るんだね…」
沈黙を破る言葉。
石川が外の世界を見るともなしに呟いた。
「うん。今年は久しぶりに、雪山に滑りに行きたいね」
吉澤は、これ以上無いほどの明るい笑顔を、石川に向ける。
「そんな元気無いよ…・もう疲れちゃった」
「疲れたって。何に?」
「病気…治んないし…」
「はぁ?何、言ってんの。熱も出なくなってきたし、もう少しの辛抱じゃん」
吉澤の声が怒りで震える。
- 225 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時17分35秒
- 「自分の体の事だもん。私が一番、知ってるから…」
「…ったくぅ…梨華ちゃんが死んだりする訳無いっしょ」
「どんなに綺麗に咲き誇る花も、いつかは散ってしまう…永遠に咲き続ける花なんて
何処にも無いのよ…」
石川は生けられた花を見て、自嘲的に笑った。
「もしかして、綺麗な花ってアンタの事?」
吉澤は辛い思いを隠すように、憎まれ口をたたく。
その言葉に石川は、怒ることもなく、優しく微笑みを返した。
「私は綺麗に咲かせてもらった。砂漠のど真ん中にいた私を、祐ちゃんが拾ってくれた。
水を失って枯れそうになった時には、ひとみちゃんが助けてくれた。たくさんの愛情を
注がれて、綺麗に花を咲かせたわ…。今までありがとう、ひとみちゃん…」
石川が丁寧に頭を下げると、吉澤の胸は一気に熱くなっていった。
込み上げてくる感情を、辛うじて押さえながら、口元だけを笑顔に変えた。
「私もありがとう…これからも、よろしくね」
- 226 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時18分35秒
- 心を強く保ちながら、微笑んだままの石川と見つめ合う。しかし、その視線に
僅かの時も耐えられず、体ごと視線を逸らした。
「この花、捨ててくるね」
吉澤は取り替えた花を手に取り、素早く病室を飛び出すと、廊下を数歩も進まない内に、
その場に泣き崩れてしまった。石川に届かないように、嗚咽を押し殺しながら…。
- 227 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時19分59秒
吉澤が東京に来て、6年目を迎えようとしていた。
毎年、二人きりで祝うお互いの誕生日。5回目の1月19日は病院のベッドの上だった…。
ベッドに取り付けられた小さなテーブルに、手作りのバースデイケーキが置かれる。
少しやつれた石川は、綺麗に並べられたイチゴを見て、力無く…けれど、心の底から
幸せそうに微笑んだ。吉澤はその笑顔を見た途端、鼻腔に刺激を感じた。
俯いて、下唇を痛いほど噛み締めると、直ぐに石川に向き直った。
「ハッピーバースディ。梨華ちゃん」
白い肌に満面の笑顔を貼り付けて、プレゼントを渡す。
「ありがとう。開けてもいいかなぁ…」
「うん。喜んでくれるといいけど」
小さな包みを開けると、飾り気の無いシルバーのリングが、鈍い光を放っている。
石川に会えない時間に、バイトをして買った指輪だった。
- 228 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時22分07秒
- 「嬉しい……ありがとう」
簡単な言葉と言葉の間に置かれた時の長さに、石川の気持ちが限りなく散りばめられて
いるのを感じた吉澤は、包み込むように優しく、石川を抱きしめた。
「愛してるよ、梨華ちゃん…これからもずっと、ずっと、一緒にいようね…」
「…うん。ずっと…一緒だよ」
「ずっと…ずっと…・」
- 229 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時22分51秒
「ねぇ、ひとみちゃん」
「…なぁに?」
「誕生日にひとつだけ、我侭を聞いてくれない…」
「うん、いいよ。私に出来ることなら」
「抱いて…私、ひとみちゃんに、愛されたいの…」
――あぁ・・終わりなんだ――
吉澤は心の中で、諦めたように呟いた。
その思いを悟られないように、ゆっくりと体を離すと、潤いをなくした石川の唇に、
優しくキスをした。
「ハッピーバースディ、梨華…愛してるよ」
- 230 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時24分59秒
- 飾り気の無い白い部屋。機能だけを優先させたシングルベッドの上で、
生まれたままの姿の二人が、ぴったりと身体を寄せ合う。
吉澤は、脆くも美しいガラス細工を扱うように、右腕で優しく石川を抱きしめた。
左手は石川の右手に重ねられ、しっかりと指を絡める。離れないようにしっかりと…。
ベルベッドの舌先が細い首筋を愛撫しながら、極端に浮かび上がった鎖骨へと辿り着くと
唇の中に隠された。必然的に閉じられた唇で、胸元に啄むようなキスを繰り返す。
「んっ…・あっ・・あぁ…」
思わず漏らす甘い吐息を押し殺す必要はなかった。
石川には、大きく声をあげる体力すら残っていなかったから。
- 231 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時26分07秒
- 痩せた胸に手を這わせ揉みしだくと、直に心臓を掴んでいるような気がした。
吉澤が愛すれば愛するほど、命の炎が小さくなっていくのがわかる。
「もっと・・燃えさせ・・て…私の・・こと…」
吉澤は返事をする代わりに、石川の唇に荒々しく口づけ、ねっとりと舌を絡めた。
「いい?いくよ…」
左手はつないだままに、右手の指を石川の女芯に差し込んでいく。
「あっ!…あぁ・・っ・・んっ」
ぐちゅぐちゅと淫靡な音を奏でる愛液が、吉澤の指に絡みつく。
「ひ・・とみ・ちゃ・・ん・・。はっ・・あぁっ…大好き・・好・・きぃ…んんっ」
石川は感じ果て、幸せな笑みを浮かべた。
「愛してるよ。梨華ちゃん」
吉澤は他の言葉を忘れたかのように、「愛してる」と繰り返しながら、
石川の唇に、何度も何度もキスをした。
- 232 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時27分08秒
裸のまま抱き合う二人。
肌を寄せ、互いの体温で温めあう。
まるで野生の獣のように・・。
「服を着ないと、看護婦さん来ちゃうね・・」
「このままで・・抱きしめていて」
「だめだよ。起きれなかったらどうすんの?」
「大丈夫。ひとみちゃんは眠ってていいよ…回診の前に私が起こしてあげるから・・ね」
「…うん。わかった」
吉澤は、耳の辺りまで毛布を引っ張ってから、石川に「おやすみ」のキスをした。
- 233 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時28分58秒
冬の夜は長い。まだ暗い闇の中で吉澤は目を覚ました。
暖房の効いた個室。柔らかな毛布の中で、充分な温もりを感じていたはずなのに…
寒さを感じて目を覚ました。
怖かった。怖くなって石川を抱きしめた。
腕枕の姿勢から、石川を覆うようにして抱きしめた。けれどそこに、温もりはなかった。
「梨華ちゃん・・りか…ちゃん」
祈りを捧げるような小さな声で、必死に呼びかける。だが、その声は石川には届かない。
吉澤はゆっくりと体を離すと、石川の顔を見つめた。
固く閉じられた瞼。口元はどこか、微笑んでいるような気がした。
「ずっと、ずっと、いっしょにいようって…言ったじゃん……・」
涙腺がゆっくりと緩みはじめると、止め処なく涙が溢れた。
吉澤は、石川には涙は見せまいと決めていた。でも、もう我慢する必要はなかった。
- 234 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時31分19秒
- 泣いた。
吉澤は、枯れる事の無い泉のように溢れ出る涙で、綺麗な顔をぐしゃぐしゃにしたまま、
のろりと体を起こすと、服を着て洗面台の前に立つ。
冷たい水で顔を洗ったあと鏡を覗き込むと、血の気を失った頬を両手で二度叩く。
自らに気を入れなおすと、備え付けのロッカーの中に入れておいた、石川のワンピースを
取り出した。
『退院する時は、可愛い格好しなきゃ』そう言って笑った、石川の表情が心に浮かんだ。
何時になるか分からない退院で、「灰色のクローゼット」の中は、季節が変わるごとに、
その彩りとデザインを変化させていった。
- 235 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時33分41秒
- 吉澤は洗面台の温水でタオルを濡らすと、ついさっき愛したばかりの身体を、
綺麗に拭きあげてから、下着をつけ、ワンピースを着せた。
「春物を着せるには、ちょっと早かったね…」
眠っているだけのような石川に語りかけ、その顔をじっと見つめる。
いくら待っても返ってこない言葉に、あらためて石川の「死」を実感した。
冷たくなったその唇に、最後のくちづけを贈ると、バッグの中からメイク道具を取り出して、
石川の頬に泣きながらファンデーションを塗りはじめた。目元、指先・・全てを終えてから、
仕上げにピンク色の口紅をひく。
「綺麗だね。梨華ちゃん…」
吉澤はパイプ椅子に崩れ落ちると、ベッドサイドのナースコールを押した。
- 236 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時34分59秒
空を見上げていた。少し淀んだ曇り空を…。
「東京には空がないと、ひとみは言う…なーんてね」
全身に黒いデニムを纏った吉澤は、ヘッドフォンを外し、MDプレイヤーの再生を止める。
財布からコインを出して、自販機でホットコーヒーを買うと、その先に見える公園に足を運んだ。
ブランコの側にある薄汚れたベンチに腰をおろすと、綺麗に咲いた桜の花をゆったりと眺めた。
「さくら・・さくら・・やよいの空は・・」
吉澤は一人きりの花見の最中に、この季節が大好きだった石川の事を、ふと思い出していた。
- 237 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時36分32秒
『人は死ぬと星になる』
大好きだったおばあちゃんが死んだ時に、近所のお姉さんが教えてくれたことを思い出す
…小さな私は『じゃぁ夜しかおばあちゃんに会えないの?』そう聞き返した。お姉さんは
『ひとみちゃんからは夜しか見えないけれど、おばあちゃんは、いつだってひとみちゃん
を見守ってくれてるよ』そう言って、優しく頭を撫でてくれた。
梨華ちゃんも星になっているんだろうか…けれど、そんな事はないだろうと思えた。
大昔の哲学者の教えになぞらえば、私たち二人は、きっと地獄に落ちていくのだろう…
愛欲を満たし怠惰な生活に溺れた人生は、神様には深い罪とみなされて…でも二人は、
翼を捥がれ炎に焼かれてもなお、天使のように純粋な愛を貫いたと信じたい。
- 238 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時37分27秒
- 病院に行っても、梨華ちゃんは回復するどころか、見放されただけだった…。
聞きなれない血液の病は、何十万人に一人の確率のものだそうで、定期的に血液の交換を
行っても、僅かに命が永らえるだけ…完治した前例は無いと医者に言われた。
辛かった。人を愛し、愛される喜びを教えてくれたあの人を、失う事が…。
「そんな病気、大したことは無い」「きっと、よくなる」そう信じていた。
そんな強い気持ちも、日を追うごとに細くなっていく梨華ちゃんの体を見ている内に、
どこかへ消えてしまったけれど…・・。
- 239 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時39分28秒
- 梨華ちゃんが死んで四ヶ月…何度も「梨華ちゃんの側」へ行こうかと…自ら命を絶とう
かと考えた…けれど、私はこうして生きている。どんなに深く思い悩んでも、お腹が空けば
不思議と食べ物を口にしてしまう…生きるために。空腹を満たした私は、必ず笑った。
声をあげ、大粒の涙を零しながら笑った…。
私はもっと、強くなりたい。梨華ちゃんを失ったことを、いつまでも嘆くより、
二人で過ごした素晴らしい日々の思い出を糧として、まっすぐに前を向いて生きていきたい。
綺麗に咲いて散った、梨華ちゃんの分まで、命ある限り綺麗に咲き続けよう…。
私は一人じゃない。きっとどこかで、見守ってくれてるよね、梨華ちゃん…。
- 240 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時40分28秒
―ぐぅ〜…―
物思いに耽る吉澤の腹部から、情けない音が聞こえる。
「あちゃ〜…ごめんね梨華ちゃん。格好良く決めたつもりだったのに」
吉澤は空に向かって、ペロリと舌を出して笑うと、立ち上がってヘッドフォンを耳にあてる。
お気に入りの音楽を聴きながら、ぶらぶらと歩いてコンビニを探しはじめた。
- 241 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時41分31秒
暫く歩くと、一軒のコンビニが視界に入った。
「ラッキー」
口笛を吹きながら歩を進めていくうちに、妙な懐かしさを感じ始めた。
立ち止まり、辺りを見渡してみる。そこは、上京したばかりの吉澤が通っていたコンビニだった。
「おぉ〜!なんか懐かしい〜・・」
周囲も気にせずに大きな声で感情を口に出してみる。吉澤にはそれ程の感激であった。
- 242 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時42分33秒
- なぜか少し緊張しながら、コンビニに立ち寄って、おにぎりとお茶を買った。
−しっかし、自分が初めて一人暮らしを始めた場所を忘れてるなんて−
吉澤は苦笑いを浮かべた後、おにぎりを頬張りながら歩いた。
ノスタルジックな思いに駆られたのか、つま先が自然に自分が住んでいた
アパートへと進んでいく。
ほんの数分歩いて辿り着いたアパートは、時の流れを感じさせぬまま、まだそこに存在していた。
「あぁ…」
吉澤はアパートの変わらぬ佇まいに目を細めながら、上京した頃を思い出していた。
夢を追いかけながら、バイトに勤しんだ日々。毎晩のようにかかって来た、後藤からの
電話。ほんの僅かしか居なかった部屋だが、それなりの思い入れはあった。
- 243 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時45分39秒
- あれこれと思い返しながら、住んでいた部屋に向かってゆっくりと歩み寄りかけたその時、
突然その部屋のドアが開いた。
「んっ・・もう。入学早々、遅刻なんて」
飛び出してきたのは、長い髪の少女。寝坊でもしたのか、綺麗な髪にはまだ寝癖が残って
いる。少女はもどかしげに施錠をすると、吉澤の脇を走り抜けていった。
―あっ!……―
すれ違い様に振りまかれた髪の香りは、石川の使っていたシャンプーと同じ香りがした。
吉澤はすぐに振り向いて少女の後ろ姿を目で追った。
ピンク色のワンピースが、風にふわりと揺れる。細く伸びた足がしなやかに動く様に、
何故だか分からないが、石川の姿を重ねた。
- 244 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時46分40秒
- 吉澤の心臓がドクドクと音を立て、先程までの清らかな思考を奪っていく。
目に見えない力に引き摺られるように、今し方閉じられたばかりのドアの前に立ち尽くす。
古びたポストには、ローマ字で名前が書かれていた。
「のぞみ・・。つじのぞみ…」
その名前を口にした途端、吉澤の「記憶の引き出し」がひとつ開けられた。
ゆっくりと息を吐き出した後、記憶を確かめるように上着のポケットに手を入れた。
指先に触れる銀色のアイテム。かつてこの部屋の鍵だったそれを、感情の消えた顔付きで
鍵穴に差し込んだ。
- 245 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時48分47秒
―ガチャッ―
都会の昼時とは思えないほどの静けさの中、鍵が解除された音だけが響く。
吉澤がドアノブに手をかけてゆっくりと回すと、またひとつ新しい「扉」が開かれた。
それまで無表情だった吉澤が、心の底から嬉しそうに微笑んだ。
私は、深く愛されたい。
そして、狂おしいほどの愛情を、誰かに与えてあげたい…。
〜There is not a continuance
- 246 名前:天使気分はジゴクの底まで 投稿日:2003年02月09日(日)21時49分37秒
−−−−−−−−−天使気分はジゴクの底まで−−−−−−−−−
- 247 名前:フライハーフ 投稿日:2003年02月09日(日)21時56分28秒
- 以上で「天使気分はジゴクの底まで」完結です。
>219様
レス、ありがとうございます。
ラストシーン、気に入って頂けるかなぁ・・(汗
放棄せずに、完結できた事が唯一の救いでしょうか。
ホッとした反面、拙い文章に、脱糞したものを他人に見られるような
恥ずかしさで一杯です。
レスを下さった方。読んでいただいた方。本当にありがとうございました。
- 248 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月09日(日)22時04分28秒
- お疲れ様でした。や、良かったですよ。
毎回ドキドキしながら読んでました。
歴史は繰り返される、って感じなんでしょうか…。
- 249 名前:読者 投稿日:2003年02月11日(火)03時45分40秒
- 御疲れ様でした。めちゃくちゃ良かったです。
今日、見つけて一気に読んでしまいました。
読みやすい文章でひきこまれました。
- 250 名前:157 投稿日:2003年02月13日(木)00時24分12秒
- 完結、お疲れ様でした。
おぉ〜、こう来たか〜!って感じのラストですね。
伏線があったりして、すごくイイです。
また新作、いつか読ませて下さい。
- 251 名前:オガマー 投稿日:2003年02月23日(日)06時56分41秒
- 完結おめでとうございます!!
ワタクシ的に、望んでいた通りのラストでした。
思わず、唸らざるを得ない作品でありました。
フライハーフさん、お疲れ様です。
胸にズシン、とくる作品をありがとうございました。
- 252 名前:フライハーフ 投稿日:2003年03月05日(水)21時03分00秒
- >248名無し読者様
レスありがとうございます。「ベタオチ」で申し訳ありません。
>249読者様
レスありがとうございます。
読みやすい・・自分では「稚拙」だと思っています(w
>250 157様
レスありがとうございます。
え〜・・懲りずに新作を(w
>251オガマー様
レスありがとうございます。
あなたにそう言って頂けると、励みになります。
オガマーさん、応援していますよ。
小説と言うよりも、相変わらずの台詞劇ですが、お話をひとつ・・。
元タイトルが主人公の名前なので変更していますが。元ネタありにチャレンジ。
原作 秋里和国弐「TOMOI」
私がこの話を読んだのは、4年程前なんですが、設定は20年前です。
生まれていない読者が多いのかな?(w
例え、世の中の誰にも、必要とされない存在でも、生きていく価値って
あるんでしょうか?それは、自分が決める事?自分以外の誰かが決める事?
- 253 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時04分07秒
- 愛が命 愛こそがすべて
愛が営みであればこそ
生きている意味を持つ
愛するひとが命
愛するひとこそがすべて
愛するひとがいればこそ
生きている意義がある
- 254 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時04分48秒
「親不幸者!何のために医学部に入ったんだ」
「何って・・ニューヨークで医者になるためですよ」
「くっ……うちの病院を継ぐためだろうがぁ!」
…みんなはアタシを「ひねくれもの」と呼ぶ。
- 255 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時05分57秒
- ―――――アゲハ〜これからの君と僕のうた〜―――――
- 256 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時07分31秒
- 「長男は役者。次男は絵描き。ひとみ…一人娘のお前が、『医者になりたい』って
言った時、父さんはどんなに嬉しかったか…」
「お父さん。あまり興奮すると、血圧あがっちゃいますよ…そうだ、診てあげようか?」
「こぉの…馬鹿もーん!」
鬼のような形相で立ち上がった父さんを見て、それまで黙って事の成り行きを
見守っていた母さんがアタシと父さんの間に、割って入った。
「あなた、とにかく落ち着いて・・ひーちゃんはもう、向こうにいってなさい」
アタシは二人に向かって、ひらひらと手を振ると、リビングへ居場所を変えた。
- 257 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時08分48秒
- 一人でぼんやりと外から差し込む光を眺めてみる。と、そこに我家の長男である
「美貴雄」がやってきた。
「よぉ、ひとみ。NYに行くんだって?」
「ん・・うん。」
一難去って又一難・・何かと「うるさい」兄貴に生返事を返す。
「いつ発つんだ?」
「10日後ぐらいかな」
「えらい急だな。…あっちはテロや殺人、レイプ犯罪…ヤバイ事が多いぜ、気をつけろよ」
そんな事を気にしていたら、どこにも住めないじゃん…。そう思いつつ、
会話をするのもうざったくて、適当に聞き流す。
- 258 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時09分24秒
- 「でも、まぁ、あれだ…お前が一番気をつけなきゃいけないのは『女』だな」
「へ??」
美貴雄が顔をアタシに近づけてくる。正直、きもいっつうの…。
「向こうはレズの本場だからな。『金髪ショートのメガネ美人』の半分はレズだと思え」
「すんげぇ偏見…兄貴って何時代の人間よ?」
- 259 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時10分38秒
「色んな男を『とっかえひっかえ』してんのを知ってんだろうに、可愛い女の子が
家まで押しかけて来てたもんなぁ…」
違う方向から聞こえてきたのは、二コ上の兄貴「マコト」
この二人が揃うと、井戸端会議をするおばさん連中よりも「やかましい」お喋りが始まる。
「そうそう。バレンタインなんて、手作りチョコの山」
「吉澤先輩…大好きですぅ」
「彼氏がいてもいいから…彼女にしてくださ〜い」
目をランランと輝かせながら、バカ笑いをしている兄貴たちに向けて、
深い溜息を吐きかけると、アタシはリビングを後にした。
- 260 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時12分56秒
- 堅物の父親、バカでお喋りな兄貴…思えばアタシが男嫌いになるのもそんな環境だからなのかも知れない。
人並みに…いや、人並み以上に男とも付き合ってきたけれど、どんな男も、寝た途端に、アタシのことを
「所有物」みたいに独占し、縛りつけたがった。
アタシはそんな付き合いに嫌気がさして、自然と同性と遊ぶ事が多くなってしまった。
そりゃぁ、女友達の中にも、アタシのこと「恋愛対象」として見てる子もいたけど、別に
恋人として付き合ったりする訳じゃないし、普通に会話して、メールして、遊んでりゃ、
ニコニコしてくれるもん・・はっきり言って楽だね。
けれど、最近はそれすらも煩わしくって…いい加減「日本」も飽きたし、居場所を変えるのも
新鮮かなって、思ったわけよ・・。
- 261 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時13分29秒
- そんな事を考えながら、ふと時計を見ると、短針が7を少し過ぎた場所を刺していた。
今夜は大学の友人たちが、アタシの送別会を開いてくれる。きっとアイツも来るだろう。
憂さ晴らしに、たっぷりと「可愛がって」やるか。
アタシは嬉々とした表情を浮かべながら、ドレスアップの準備を始めた。
- 262 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時14分27秒
行きつけのカクテルバーに足を踏み入れると、クラッカーの音が一斉に、アタシめがけて
鳴り響いた。集まった友人連中も、顔を会わせるのは久しぶりらしく、アタシの送別会だか、
同窓会だか、わからなくなってきている。
アタシはみんなの前で簡単な挨拶を済ませると、カウンターの真ん中に腰をおろした。
先輩、後輩、男、女、思い出せない奴…入れ替わり立ち代わりに言葉を交わしながら、
二杯目のスプモーニを飲み干したところで、バーの扉が開いた。
- 263 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時15分46秒
- 「ひとみ先輩、遅れてすいません」
声の主は、アタシの一番可愛い後輩『矢口真里』
「遅い!何してたんだ」
「すいません。テストの採点に手間取っちゃいまして…」
「ふーん、どうだか・・個人面談とか言って男子生徒を家に連れ込んでたんだろう。
言え!そうなんだろう?…」
「そんなぁ・・中年エロ教師じゃないんすから。それよりこれ、プレゼント」
矢口は引きつり笑いを浮かべながら、綺麗にラッピングされた包みをアタシに差し出した。
「そうか…そんなにアタシが日本から離れるのが嬉しいんだな…」
身の危険を察知した矢口を素早く捕まえて「ヘッドロック」にかけながら、
乱暴にプレゼントを開けてみる。それなりに期待していたプレゼントの中身に、
アタシの目は点になった。
- 264 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時16分24秒
- 重量感たっぷりの小瓶。ラベルには『激ウマ!本場紀州産 梅干』そう書かれていた。
「や〜ぐ〜ちぃ〜…殺す!」
「ホントに喜ぶと思って・・わぁ!やめて・・カンベンして下さいよぉ」
アタシはその後、三次会までたっぷりと、矢口を可愛がってあげた。
- 265 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時17分00秒
―翌日―
アタシは矢口と二人で屋外のバスケットコートに立っていた。
大学卒業のとき以来の「1on1」結果は勿論、アタシの圧勝。
「やっぱ、ひとみ先輩には敵わないっすね」
矢口の小さな体が、肩で呼吸をする。アタシはその姿をぼんやりと見つめたまま、
スポーツドリンクを喉に流し込んだ。
- 266 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時17分45秒
- 『体動かしたいから付き合え』って・・どうしたんですか、急に…」
「ん・・日本を離れるからかな。アタシなりに感傷的な気分になってるのかも」
「先輩が?なんか不気味ですねぇ」
「アタシだって、心底ひねくれてる訳じゃないよ」
一陣の風が頬を伝う汗を冷やしてくれる。とても心地好い感覚と時間。
「先輩、どうしてアメリカに行くんすか?」
アタシはその問いかけの答えを、青空の中に探すべく視線を上に向けた。
- 267 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時18分37秒
- 「アタシってさぁ、どこに行っても人気あんじゃん」
「普通、自分で言うかなぁ・・まぁ、そうっすけどね」
空に置いたままの視線、何故か直ぐ側の矢口の笑顔が、雲の上に浮かび上がる。
「なんか、どこに行っても誰かに干渉されているみたいで…アタシのことなんか、
誰も知らない場所に行ってみたくなったんだよ…」
「へぇ・・すごい。なんだか先輩らしくっていいな…」
アタシが視線を横に向けると、柔らかな微笑が返って来た。
矢口の額に浮かぶ汗が宝石のように輝いている。
- 268 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時19分29秒
- 「お前もついて来るか・・」
アタシはそう言いながら、指先を矢口の頬にそっと伸ばす。
その瞬間、穏やかな空気は一変した。
「わぁっ!」
矢口は瞬時に後ろに飛び退くと、必死な形相を浮かべたまま「フリーズ」してしまった。
アタシは伸ばした手はそのままに、目をぱちくりとさせた。
「・・なんで逃げるんだよ。アタシはただ、汗を拭いてあげようと思って…」
「あ…あぁ、すいませんでした…。そうだ、この後少し用事があるんで、
今日はこの辺で…。先輩、気をつけて行って下さい。じゃ、お元気で」
矢口はアタシに向かって深々と頭を下げると、逃げるように走り去っていった。
- 269 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時20分09秒
- アタシは釈然としないまま、その後姿をじっと見つめていた。
その時、ふと昔の出来事を思い出していた。
そうだ・・アタシには「前科」がある。
- 270 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月05日(水)21時20分54秒
- あれは、バスケサークル合宿の、帰りのバスの中だった。練習で疲れたのか、すやすやと
寝息を立てる矢口の寝顔が、とても可愛らしくって・・思わず矢口の唇に「キス」をしてしまった。
唇を離した途端に、矢口の目が開いて…あれで一時期、二人の仲がおかしくなったんだよなぁ・・。
今思えば、どうしてあんな事をしたんだろう。
「まぁ、いいか・・」
アタシはコートの端にあるベンチに寝そべって、遠くどこまでも続く
「青い空」を見つめた。
「さようなら…」
アタシはぽつりと呟いてみた。青い空と日本と、矢口に向けて。
- 271 名前:フライハーフ 投稿日:2003年03月05日(水)21時26分01秒
- 更新はマターリで・・(w
いえいえ・・頑張ります!
一人でも読者がいるかぎり・・。
- 272 名前:250 投稿日:2003年03月06日(木)00時17分03秒
- おぉ〜、新作が!!!
また読めてうれしいです。
面白そうな展開ですね。
元ネタは分かりませんが、とりあえずその設定では生まれてますね(w
矢口が後輩っていうのは結構珍しいパターンのような気がします。
これからCPもあるのでしょうか?
まったりと次回をお待ちしてますね。
- 273 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月06日(木)19時35分34秒
- 新作が読めるとは・・・・・感激!
続きがすげー気になる。
更新待ってます。
- 274 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)19時55分18秒
- 目に映る町並みと肌に触れる空気に「異国」といった雰囲気は、これっぽちも感じられない。
様々な人種と黄色いタクシーだけが、NYのアイデンティティなのか…。
そう!やってきましたニューヨーク。ここがアタシの新しい「居場所」
一人暮らしをするには広すぎるアパートの一室で、荷物を整理しながら、アタシは珍しく
ウキウキと心を躍らせた。
この街で思う存分、自分の人生を楽しんでやる。
鼻歌を歌いながら、手際よく荷物を片付けたあと、ピカピカのキッチンをこれでもかって
くらいに磨き上げる。自分の心の中が、今までにない「新しい自分」に変わっていくような
気がして、うれしさがこみ上げてくる。
- 275 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)19時55分58秒
でも、このときのアタシはまだ気がついていなかったんだ。
アタシの中に潜む、もうひとりの『アタシ』に…。
- 276 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)19時57分05秒
NYに着いて3日目。今日がアタシの初出勤の日。
勤務先である病院にたどり着くと、一人の日本人がアタシを出迎えてくれた。
「ようこそ、ニューヨークへ。医局の寺田です。早速、院内を案内しますよ」
寺田さんはアタシを連れて院内を一通り歩くと、一際威厳を示す木製のドアの前に立った。
金色のドアプレートには『Kui Paotien』と記されている。
(えっ・・コェイ パオティエン!?)
その名前は、アタシの脳内に違和感なく入り込んでいく。
寺田さんはドアを軽くノックした後、何かを思い出したような顔を浮かべた。
「そうだ。部長は昨日から、学会でD.C.に行ってるんだった…。外科部長は中国人の
『圭保田』先生。素晴らしいオペ技術を持った女性医師ですよ」
アタシは寺田さんの言葉を、どこかフワフワとした気持ちで聞いていた。
- 277 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)19時58分28秒
- −ランチタイム−
アタシはサラダを口にしながら、側にいたナースに圭先生について尋ねてみた。
「圭先生?…女性としては『かわってる』わね。少し気難しいところがあるから、
機嫌をそこねないようにしたほうがいいわ」
(かわりものねぇ…)
『圭保田』
どんな人なのかは全く知らないけれど、アタシはこの名前をずっと以前から知っていた。
そもそも、アタシが「医者になろうかな」と思った切っ掛けには、この人の名前が関係し
ていたから。
- 278 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)19時59分41秒
- 今日は初めての夜勤。NYの騒々しい夜は、なかなかアタシの体を休ませてはくれない。
急患の大半は、ナイフで刺されただの、体内に銃弾が残っているだの…日本じゃ滅多に
お目にかかれないクランケばかり。
「ふぇ〜・・」
アタシは一区切りついたところで、宿直室のベッドに体を横たえた。その途端、机の上に
置かれた電話のベルが鳴り始めた。
『もしもし』
「…それって何語?私はNYに電話をかけたつもりだけど」
「あっ…すいません、日本語です」
「アレックスにかわってくれる?」
「今日はもうお帰りになっています」
「どうして?彼のほうから連絡が入ることになってたのよ…ったくぅ」
- 279 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時00分53秒
- 「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「それはこっちの台詞よ。まぁ、あなたが誰だっていいわ…私は圭。マーチン氏の容体が
知りたいんだけど、わかる?」
「は・・はい」
この上なく驚いたアタシは、意味もなく身なりを整えると、慌ててカルテを探し始めた。
「えー…意識は回復しています…いますが、低酸素血症が認められ、レスピレーターで
呼吸の調節を行っている…いえ、いましたが、腎不全で今日の昼に死亡」
「…とにかく、亡くなったのね」
「はい」
「わかった。ありがとう。ついでにアレックスに伝えておいて。怠け者は出世できないって」
「たかが研修医の身で、そんなこと言えません」
「たかが研修医が私に口答え?まぁいいわ、じゃあね」
- 280 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時01分31秒
アタシは電話の受話器を握り締めたまま、呆然と立ち尽くしていた。
背中にはいやーな汗が伝っていく。
「やっべぇ…機嫌を損ねたな」
アタシは深いため息をつくと、どっかりとイスに座り込んだ。
憧れ?…とはまた違うような気もするけれど、初めて圭先生と言葉を交わすのが
電話だなんて…・しかも、思いっきり心証を悪くしたような気がする
「まぁ、いいか…」
アタシはもう一度ため息をついて、散らばったカルテの整理を始めた。
- 281 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時02分49秒
「昨夜はまいったなぁ…」アタシはそんな事を考えながら、今夜も宿直室にいる。
この病院では、本来なら二日続けての夜勤はないのだが、アタシは「夜の病院」の
怪しげな雰囲気が何故だか気に入って、今夜の担当医と代わってもらっていた。
「やる気満々だなぁ」寺田さんはそう言ったけれど、何のことはない、ただ「変わり者」なだけ。
- 282 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時03分44秒
- 宿直室でカルテを見つめながら、いつの間にか夢の中に入っていたアタシを、揺り起こすように
電話のベルが鳴る。
『はい、もしもし…』
「どうやら、また日本に電話をかけたみたいね」
「っ!…圭先生。すいません」
「いつ電話をかけてもあなたが出るってことは、24時間勤務でもしているの?」
「いいえ。休むときは休んでいます」
「そう。ブラウン氏の容体について…・・」
(圭先生に会った時に、なんて挨拶しようか)
アタシは電話を切った後、ふとそんなことを考えながら、カルテに目を通していた。
目に写るドイツ語は、頭の中には全く入らないままに…。
- 283 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時04分42秒
- 薄色のついた天窓を透して、太陽の光が燦々と降り注ぎ、あたたかなその空間を
より一層あたたかものに演出している。
(こんなに落ち着ける場所があったんだ…)
院内の庭園の隅に置かれた小さな温室でアタシは、連日の忙しさから心と体を開放していた。
色とりどりの花を眺め、時折その花びらにそっと指先を伸ばしてみる。
そんなゆっくりと流れる時間を楽しむアタシの背中に、誰かが声をかけてきた。
- 284 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時06分02秒
「花は美しい…美しいものはこの世のすべてに愛されて幸せだと思わない」
振り向いたアタシの瞳に、一人の女性が映し出された。
その女性もアタシのことを、じっと見つめ返す…手に持ったドーナッツの穴の中から。
彼女は、アタシの浮かべる「怪訝な表情」など気にもかけない風に、言葉を続けた。
「ねぇ、ドーナッツの穴は一体なんだと思う?」
- 285 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時06分50秒
- アタシはぱちぱちと瞬きをした後に、迷いなく答えた。
「真理」
女性はドーナッツを見ながら納得したような顔をした。が、すぐに不敵な笑みを浮かべながら、
ドーナッツを半分に割った。
「真理の崩壊」
- 286 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時08分04秒
- アタシはフレンドリーな笑みを作りつつも、内心は困っていた。
(あちゃぁ…精神病患者かな)
視線はそのままに、互いにニコニコと笑いあう。あたたかな空間は、次第に妙な空気を
帯びてきた。
(ん?まてよ…この病院に精神科ってあったっけ?)
アタシがそう思った瞬間に、院内放送が流れ始めた。
<圭先生!至急、手術部へお越しください>
- 287 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時08分52秒
- 「あぁーあ、帰ってきたばかりだって言うのに…。少しはゆっくりさせてほしいわね」
アタシの笑顔は、軽く上げていた口元から徐々に引きつっていった。
そんなアタシを見て、彼女は優しく笑うと、ドーナッツの袋をアタシの胸に押し付けた。
「あなた、ラッキーね。このドーナッツは甘さの加減が絶妙よ」
彼女は、いまだ動けないアタシに手を振ってから、あっという間に駆け出していった。
(け…圭先生!)
- 288 名前:アゲハ〜これからの君と僕のうた〜 投稿日:2003年03月19日(水)20時10分00秒
- アタシは割られたドーナッツを摘まんで、さっきの会話を思い出していた。
「崩壊した真理」
圭先生は確かに変わった方のようである…が、アタシが気になったのは、そんなことじゃなくって、
確実に印象を悪くしただろう…ってこと。
- 289 名前:フライハーフ 投稿日:2003年03月19日(水)20時17分24秒
- 少しですが更新。
え〜・・私の頭の中では、吉澤さんも保田さんも流暢な英語を喋っています(w
そのあたり、よろしくお願いいたします。
>250様
レスありがとうございます。
CPは・・吉澤と三人の女性?とでも言っておきましょうか(w
>名無し読者様
レスありがとうございます。
楽しんでもらえる作品になるよう、がんばります。
- 290 名前:名無し読人 投稿日:2003年04月13日(日)02時25分27秒
- 面白そうなの発見!
変わり者女医、やっすーw
- 291 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月17日(土)05時21分39秒
- この設定はどこかで見たような……
元ネタは眠れる森の美○(だったっけ?ウロ覚え)ですか?
なつかしー
- 292 名前:LOVEチャーミー 投稿日:2003年06月10日(火)17時13分35秒
- 保全
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)18時40分59秒
- hozen
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