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リストラ 2nd

1 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時08分54秒
『リストラ』の続きです。
前スレは同じ青板にあります。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/blue/1030182454/

登場人物は、吉澤、後藤、石川、矢口、市井(登場順)。
タイトルの意味は(1)再構築。(2)リスとトラ(受け身側のほうが強い)。
(2)はだんだん崩れつつありますが。
2 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時09分42秒
ウエイターが皿を下げに来たのに合わせて、市井さんは皿に残っていた野菜をたいらげた。ウエイターの背中を見ながら「お腹すいてたはずなんだけどな。コースにしなくて正解だったね」と言う。今日はスープやデザートはなし。二人とも前菜とメインを一皿ずつ頼んだだけだ。
「そんで、あー……何から話すのがいんだろうな」
落ち着いて聞こえる声だけど、それが装われたものであることは、なんとなくわかる。
「何からでも。なんでも、知りたいです」
ごっちんのことなんだから。そんなの全部知りたいに決まってる。
だけど語調が不必要に少し強いのは、知ることが本当は怖いから。
「あー、はい、そだね。つか後藤、愛されてんなぁ」
嫉妬ではなく、感心したように言って、あたしが何か言う前に、市井さんは言葉を続けた。
「先に言っとくと、あたしと後藤はそうじゃなかったんだ」
さっきも聞いたことだ。繰り返すのは、あたしに気を遣ってくれているからかもしれない。
3 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時10分21秒
「あたし、教育係だったじゃん? アイツが最初、ほんと子供だったこともあって、四六時中いっしょにいたんだよ。仲いいとか悪いとか、もうそういう問題じゃなくってさ、当たり前にいっつもすぐそこに後藤がいる感じで」
羨ましい、と思ってしまう。あたしの顔にそれが滲んだのか、市井さんは「いや」と言う。
「そのころってホント好きも嫌いもへったくれもないんだよ。毎日いっしょにいたし、だから嫉妬とかもないし、穏やかなもんでさ。なんか今思うと、ほとんど世界に二人状態だったんだよね。ほけほけ遊んでるばっかだったよ」
やっぱり悔しかったけど、でも頷いておいた。
「でも……あたしたちが気づかないうちに、周りはちょっとずつ変わってて」
市井さんの指先がグラスの柄をつまむ。くるくる、グラスのふちギリギリをなぞってく赤い色。
「後藤は常に『娘。』のまんなかに立つ人間になって、すごい注目浴びるようになってた。それは、すごくいいことで、けど、そういうのってプラスだけで終わらないんだよね、絶対に」
市井さんがワインを一口、二口。先は容易に想像できて、それはあまりいい想像じゃなかったので、あたしもとりあえず一口、二口。
4 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時11分09秒
「イヤガラセの手紙とかさ、変なもん送りつけてくるヤツっているし。それだけなら、まだよかったんだけど。なんていうか……」
市井さんはそこで言いにくそうにいったん言葉を切った。
グラスをまわし、止めて、それから言う。
「ストーカーっていうのかな、ああいうの、ついちゃったんだ」
メインが来た。市井さんに牛頬肉の赤ワイン煮込み。あたしに黒鯛のポワレ温野菜添え。
どちらもいい匂いのする湯気があがっていた。おいしそうなのに食べたいと思えなくて、ああ、わりとショックを受けてるんだな、と他人事のように自分を悟った。
市井さんは「食べよ」と、あたしを促したかったのか自分を勢いづけたかったのか、そう言って、ナイフとフォークを手に取った。あたしもそれに倣う。
「最初は視線を感じるって言い出した。そのうち、いつも誰かの気配を感じるって言うようになって。『家に変な手紙きてるし』って。後藤はああいうヤツだから、そのへん詳しくは言わなかったけど、怖がってた」
『ああいうヤツ』。好きでもない人間に心配されるのはイヤがるし、好きな人間に心配をかけるのはもっとイヤがる。いつも自分に強さを求めてる人。
5 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時11分54秒
「あたし、警察に言うべきだと思ったのに、言わなかった。スキャンダルになったら、後藤もあたしたちも困るから。そういう打算を、後藤の不安に優先させたんだ。アイツが怖がってたのに」
市井さんは煮込みにナイフを入れた。肉は柔らかいはずなのに、ナイフの背にそえられた人差し指は、力が入って少し反り返っていた。
「間違えずに判断しなきゃいけないとこで、あたしが決定的に間違えた。その夜もそう。仕事終わって二人でタクシーに乗って。やめときゃいいのに、アイツの実家の近くで降りたんだ。少しだけ、歩きたくなって」
もしかしたら、ごっちんから言い出したんじゃないか、と思った。『ねぇ、いちーちゃん、降りようよ。なんか、ちょっと歩きたい』。『ええ、しょうがないなぁ。払うから、ちょっと待ってて』。甘えるごっちんの顔と応じる市井さんの顔、どうしてだか、見てきたみたいにあたしの頭に浮かんだ。
「それで歩いてたんだけど、途中でアイツんちの方から、誰か走ってきた」
あたしのナイフが強く入りすぎて、皿をかちりと叩いた。
6 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時12分42秒
「手元が光ったのが見えて、咄嗟に後藤を背中に隠した。そいつ、真っ赤になったナイフ持ってて、あたし必死で止めた。もう夢中でめちゃくちゃに組んで揉みあって。揉みあってるとこ、後藤が両手組んで相手の首に入れて、それで助かったんだ。けど、あたし太腿かすられちゃったみたいでね、ジーンズの上からだったんだけど。結構、血ぃ出てきちゃってさ」
全力疾走の後の水みたいに、がぶりとワインを飲む。あたしは、思わず目を閉じた。
市井さんのそのときの痛み。それと同じか、それより痛かったごっちんの心。
閉じた瞼が細かく震えた。
「後藤、昨日みたいに泣きながら謝ってた。『いちーちゃん、ごめん』、『いちーちゃん、ごめん』て、そればっかり。アイツのせいじゃないのにね」
目を開くと、市井さんはのろのろとフォークを口へ入れるところだった。好物のはずだが、おいしくなさそうだ。
「あたし、気絶してる犯人、何回も殴ったよ。もうね、怖いのか腹が立ってるのか、なんか全然わかんなかった。普通のさ、20代前半くらいの普通の男なんだよ。やんなるくらい普通みたいだったんだ」
7 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時13分31秒
『普通』を3回も言った市井さんにも、それからあたしにも、『普通』とは何かなんて、本当はわからない。だけど、『普通』というものがちゃんと存在していて、自分や周りが、悪い意味でそこからはずれないことを、あたしたちは願ってる。普段は無意識に、そして有事には切実に。
「その後は、そいつ警察に渡して。事務所に連絡入れて。事務所から警察に、緘口令ていうか、付け届けかな? なんか手がまわって。そんで、あたしのケガに関する事件は、極秘に処理されたんだ」
そうだろう、そのころ一介のファンに過ぎなかったあたしは、市井さんがケガしたニュースを見た覚えがない。風邪で番組を休んだことはあったような気がしたけれど。
「でも、それで終わらなくて。犯人が持ってたナイフ、あたしに向けたときにはもう赤かったんだよね」
あたしは意識的にあげないようにしていた視線をまともに市井さんに合わせてしまった。
さっき、市井さんは確か、ごっちんの家の方から犯人が走ってきたと言ったんだった。
「っ、それって………」
「うん、後藤んちの玄関、血だらけになってた」
8 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時14分18秒
声が出なかった。そんな、まさか。
市井さんは、凍りついてるあたしの顔を見て、「ああ、そうじゃないよ」とあわてた。
「家族は、大丈夫だった。そういう意味では不幸中の幸いだったよ。悲しいことだけど、人間の血じゃなくてよかった。それはもう、そう思うしかないから……」
自分に言い聞かせるように言う。
「後藤、アイツ自身たいがい猫みたいなヤツだけど、近所の野良猫と仲良かったんだよ。かまってるっていうより、対等に遊んでる感じでさ。その猫ね、全身真っ黒なヤツで、片目はつぶれちゃってんだ。近所の人には気味悪がられてたみたいなんだけど、アイツそういうの気にしないんだよね。マサムネとか名前つけちゃって」
市井さんの顔がやさしくなった。だけど、それはほんの一瞬。その目に、何が甦ったのだろう、顔が歪んだ。
「でもマサムネ、殺されてたんだ。ずたずたに切り刻まれて玄関のドアの前に見せしめみたいに置かれてた。タイルに赤い字が並んでたよ」
市井さんは、うっすら赤い顔をして、ワインのボトルを睨みつけた。キツイ視線を受け止めてくれるものなら、なんでもよかったんだと思う。
悔しそうに、言葉を落とした。
「『あいしてます』」
9 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時15分09秒
胃がやけついた。震える手でグラスをとった。
「後藤は血まみれになりながら、マサムネ抱き上げて、声を殺して泣いてた。それからずっと、あたしやお姉さんが何度言っても抱きしめたまんまだったよ。腕も胸も血だらけになってんのに」
市井さんもグラスをとる。赤い赤いその液体を自分に流し込む。
「後藤のお母さんはまだ帰ってなくて、お姉さんは玄関前のタイルを拭いてた。あたしも手伝ってたんだけど、後藤はマサムネ抱いたまま、ぼんやり見てて、いきなり言ったんだ。『いちーちゃん、車呼ぶから帰ってくれる?』って」
あたしはブロッコリーにソースをからめながら、自分の手元だけを見ていた。『いちーちゃんにしんどいことさせないで』を破ったことに、急に罪悪感がこみあげてきた。
「近くにいたかった。アイツの家族がそこにいるんだから、あたしは帰ればよかったんだけど、そうしたくなくて。それで『もうちょっといるよ』って言ったらさ。アイツ、『いてもしょうがないでしょ』って不機嫌そうに言うんだよね。そう言うアイツの目、ビー玉みたいだったよ」
10 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時15分57秒
「それは、ごっちんだって普通の状態じゃなかっただろうし」
ごっちんを庇うというより、市井さんに言ってあげたくなって言った。今になって、遠い日のことを慰めてもしかたないのに。
「うん……とにかく、その日はそれで帰ったんだ。イイワケするつもりないけど、ケガの手当てとか、翌日以降の仕事どうしていくかとか、現実問題やらなくちゃいけないことがあったから」
結局、市井さんは風邪を理由に休んで、1週間と経たずに仕事に復帰したのだという。傷は深くなかったし、水着でもなければ見えない部分だったから、問題なく復帰できたそうだ。ただ、ごっちんは市井さんが休んでいる間、メールにも電話にも一切応えなかった。
「心配だったし、正直いえば…心配されたかったし。なんだよーとか思ってさ、復帰してすぐ直接、声かけたんだけど。そのときにはもう、今みたいな調子だよ。すごくキレイに笑うんだ。上手に笑顔つくって、人のことバカ丁寧に無視すんだよね」
ごっちんが昨日の仕事前に市井さんに向けた笑顔を思い出す。スチール撮りのときみたいな器用なスマイル。
11 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時16分46秒
「何回話しかけても、笑いかけても。当り障りのないこと言って、冷めた顔して、もう全然あたしに興味ない態度なんだよ。何度も何度もその繰り返し。無視されっぱなし。あたしも大人じゃないから、そのたんび、おなか痛くってさ」
あたしがもし、ごっちんにあんな寂しい笑顔を向けられたら。考えただけで呼吸がもう、満足にできない。胸がしめつけられて、息ができなくなってしまう。
「それで……離れた。ツラかったんだ、後藤に無視されんの。ほんとにキツかった」
ありふれた言葉なのに、市井さんの痛みがリアルに感じられた。それはきっと、ごっちんに向けるあたしたちの思いが、同じ種類で同じ重さだからなんだろう。
「それから、しばらくしたくらいかな、後藤が実家出たって聞いた。アイツさぁ、お姉さんのこと尊敬してるし、弟くんとすげー仲いいんだよ。ああ見えて家族思いっていうかさ。なのに、一人暮らしに憧れてたとか自分で適当なこと言ってんの聞こえてきて。無理してんの、あたしにはわかった」
12 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時17分30秒
都内に実家があるのに一人暮らしをする理由。仕事が不規則だから、シャワーにせよ、目覚し時計にせよ、気兼ねなく好きな時間に使える環境を選んだと、いつか話してくれた。
だけど、何気なく聞いていたそんな話ですら、ごっちんが丹念に築いた虚構のうちだった。
「それで、全部わかったんだ。後藤がなんで家出たか。なんで、あたしを無視すんのか」
ストーカーはターゲットより先に、まずその周辺に害をなしていくことが多いという。猫を殺し、市井さんにケガを負わせた男を例にとるまでもなく、そのくらいはあたしでも、メディアで見聞きして知ってる。
そしてごっちんも、もちろん知っていたはずだ。
「『もう二度と』って……そういう覚悟で一人になったんだって、わかった。アイツなりに守ろうとしてるんだってわかったんだ」
きっと血を吐くような思いで、ごっちんは好きな人から背を向けた。そうすることが、その人のためにできる一番のことだと思ったからだろう。
13 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時18分14秒
「『そんなこと心配すんな、大丈夫だから』って言いたくて、でも言えなかった。あたしがアイツでも絶対そうすると思ったら、言えなかったんだよ。あの頃のあたしたちってホントお互いの考えてること手に取るようにわかっててさ」
ごっちんの声が、聞こえる。
『あたしもいちーちゃんも。相手の考えてること、わかってた』。
「でも、それがこういう場合には裏目だったんだよね。わかりすぎるから、踏み込めなくなった。あたしが近づいたら、後藤は胃が痛くてたまんないんだよね、笑うのもしんどくなっちゃうんだよね、って。だけどあたしを無視してんのもしんどいんだよね、キライになって楽になりたいんだよね、って。そういうの全部、わかっちゃったんだ」
あたしはボトルの底の方をつかんで、黙って自分のと市井さんのグラスに注いだ。市井さんはもう「手酌で」とは言わず、見ているだけだった。ボトルは早くも空になって、ゆっくりと滴が垂れるだけになったけど、あたしも市井さんも、グラスに赤い滴が落ちていくのをけだるく見つめていた。
14 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時19分00秒
「あたし、それからすぐ恋愛した。恋愛っていうか、そういう形の関係つくった。そんなの、うまくいくはずもなくて、すぐ別れちゃったけど。後藤と距離を置くのには成功したよ」
市井さんはその恋愛については、それ以上のことを語るつもりがないみたいだった。
どこかに引っかかりを感じたけど、その正体がつかめなくて、あたしは黙っていた。
「それで、本格的に一人になってみようかと思ったんだ。アイツいなくても、誰がいなくても、あたしやれるんじゃないかと思ってさ。思ったっていうか……思いたかったんだよね」
あらためて語られた脱退のときの気持ちは、脱退当時にコメントしていたほど前向きでも強くもなかった。だけど、より飾りなく自然な響きに聞こえた。
「音楽、本気でやってみたかったのは本当。自分一人だとどんなもんなのか試したくなってたのも本当。だから、一人で歌えるようになったのはよかったと思ってるよ。けど……みっともないってわかってんだけど」
言い差した。続く言葉は、どんなに繕っても、まとめればきっと『未練』の二文字。
「どうしても忘れられなくてさ。それはもう、恥ずかしながら、持ち歌そのまんま」
15 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時19分59秒
『君が好きで苦しくて 君のいない場所をさがした
だけどひとり見上げたら 空が君まで続いてることに気づく』
「それで、戻ってきた。嘘ついたまま生きててもさ。そんなんで歌なんか歌ってもダメだろーそれはって、思ったから」
市井さんのナイフが音もなく肉片に沈む。やっぱり人差し指が反っている。
「だから今度はわかってても…後藤が不安がってるのがわかっても『大丈夫だから、近くにいたい』って言いたかったんだ。言えなかったこと言い直して、最初からやりなおしたかった」
まわりまわって、やっとたどりついた結論は、シンプルでまっすぐ。
空を『無色透明ロード』と名づけた市井さんの気持ちが理解できた。
「手はね」と市井さんは続ける。
ごっちんの右手のことだ。昨日、市井さんに触れた、あの手。
「手はね、本当は太腿に持っていこうとしてたんだ。アイツがあんまり震えるから、おなかの辺に当たっちゃったんだけど。『傷なんか、とっくに治ってんだよ、負い目を感じることは何もないんだよ』って教えたかった」
あのとき、止めようとしたあたしに市井さんは、ごっちんが怖がってるからこそ話したいと言った。残念ながら、それは失敗に終わったけれど。
16 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時20分49秒
「あとは、吉澤も知ってる通りだよ。傷が思った以上に深くて、ああいうことになった」
あたしたちは、しばらく黙ったまま、手を動かし口を動かした。食事をしているというより、皿から口へ料理を運ぶという作業をしているようだった。
とんでもないペースでワインを飲んだのに、酔いがまわってこなくて、それがよけい自分を機械のようだと思わせた。
食べ終えた市井さんは黙って手をあげた。
メニューも見ず、ウエイターに言う。
「エスプレッソ、ダブルで」
あたしにも目顔で注文を促す。
「同じもので」
普段はごっちんがいれてくれたんでもなかったら、コーヒーなんかわざわざ飲まない。だけど、今日は濃いコーヒーが欲しかった。
「悪いけどさ」
エスプレッソを待つ間に市井さんは言った。
「悪いけど、無茶すんの、やめないよ」
ごっちんにぶつかっていく、という意味だろう。
複雑だった。ごっちんには、あたしを見てほしい。市井さんのことは忘れてほしい。だけど、市井さんとのことが今のままでは、きっとごっちんはどこへも進めない。忘れることもできない。
「止める権利ありませんから、あたしは」
17 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時21分38秒
エスプレッソが運ばれてきた。
市井さんは、ふーっと湯気をこちらへ流す。
「変わった関係だよな、そこも」
「そうですね。でも理由がわかった気がします」
誰にでも優しいのは、優しくするわけにいかないから。
誰とでもつきあうのは、愛するわけにいかないから。
大切なものを全部、ごっちんは放棄した。
そうすれば大切なものに誰かのナイフが向けられずに済むから。
狙われやすい自分の周りに、それから自分の心に、彼女が施せるたぶん唯一の防衛策。
苦い。熱い。
けれどエスプレッソが喉を過ぎて胃に染み入っていくのは気持ちがよかった。
「おいしい」
こんな場面で言うことでもないだろうに、素直に口をついて出た。
市井さんも「おいしいね」と言った。それから、「砂糖を入れようかな」と続けるくらいの自然さで、「後藤に会いたいな」とつぶやいた。
その眼差しがあんまりにも、優しさや欲望や鼓動や、いろんなものを含んで隠さないので、あたしは思わず顔が赤くなるのがわかった。場違いなくらいの色気を感じた。
この人とごっちんを会わせたくない。嫉妬と焦燥がいっしょにやってきて、あたしの胸で暴れた。
18 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時22分25秒
「別れませんよ」
短く言った。市井さんはムッとした様子もなく、カップを静かにソーサーに置いた。
「そらそうだろ。好きなら別れない、当たり前。そういうとこ、変に曲げちゃダメなんだよ」
ボリュームをしぼって流れているBGMが新しい曲に変わって、市井さんは「あ、これ好き」とひとりごちてから、
「あたしも曲げないよ」
と言った。
「お互い、それでいいじゃん。決闘とか修羅場とか、話し合って手を引く段取りとか、必要ないだろ。あたしも吉澤もアイツも、みんなが素直になったときに出た答えが正解で、それ以外はないよ」
ごっちんが素直になったら、その心が誰を求めるか、この人は知ってるんじゃないかと思った。
「自信満々ですね」
「そんなわけないだろー。昨日、キッパリ拒絶されたばっかなんだぞ。今、目の前にはあんたがいてさ。どう自信持てるんだよ」
あたしを手ごわいと思ってくれているのだろうか。あたしが市井さんだったら、あたしなど歯牙にもかけないと思うのに。
19 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時23分13秒
「吉澤ね、もうちょっと自信持ったほうがいいよ」
見透かされてしまった。
「今日話してて、っていうかほとんど聞いてもらってたんだけど、後藤が吉澤のどんなとこ好きか、なんとなくわかったもん」
うれしいのに、あたしは鼻で笑ってしまう。
「ごっちんは、あたしのこと好きじゃないですよ」
市井さんは眉をあげて、ため息をついた。
「あのなぁ。堂々ぶっちぎり第1位じゃなくても、好かれてるのくらいわかるだろ。なかなか一番になれないからってスネて現実より低く言ってみたりして、それで満足?」
痛いところをつかれた。相手の気持ちを低く見積もっておくことで、いざというときの傷を浅くしようという卑怯な計算が、あたしにはある。それに仰せの通り、スネたい気持ちも。
「だいたい、後藤には第1位を決められない事情があるんだからさ」
大切な人を選べなくなった理由は今夜たしかに聞いた。
もしも選べるなら、ごっちんがあたしを選んでくれる可能性も、少しはあるんだろうか。
20 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月28日(土)13時23分57秒
「気持ちわかるけど、踏ん張りなよ。そりゃ白黒ついてるほうが楽、勝敗出ちゃったら楽だよね。どっちかわかんない状態が続くのはしんどい。でもしょうがないじゃん、なかなか答えが出ないヤツ好きになっちゃったら。勝手に負けた気になったりしないでさ、そのまんまを受け止めようよ。しんどくても、まんなかにいようよ」
市井さんはあたしの目を見ながら一気に言った後で、照れたように視線をはずした。
「って、まっさきに逃げたヤツのセリフじゃないね」と自分を茶化す。
「いえ……言ってもらってよかったです」
まっすぐになりたい。強くなって、ありのままを歪めることなく受け止めたい。
市井さんは、少し目を細めた。
「素直だね」
「そうですかね」
ちょっとこのままでは、やられっぱなしだなと思ったので、あたしは言わずもがなのことを、あえて言うことにした。
「今日聞いたのが全部だと思わない程度には、素直じゃない見方もしますけど」
21 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月28日(土)13時24分56秒
市井さんは言葉をつまらせて、それを隠すようにカップを口につけた。
飲み干してから言う。
「嘘は言ってないよ」
「それは疑ってません」
だけど言わずにおいたことがあるはずだ。
いくつかの謎は解けて、いくつかの謎は解けないままになってる。
ごっちんの謎が市井さん以外のところに絡んでるとはもう考えられなかったから、それらは全部、市井さんがわざと言わなかった部分に答えがあるのだろうと思った。
「もっかい言うけど、後藤に訊かないでね」
市井さんの目が、尖ったものを隠し切れず、あたしに向けられる。
あたしは小さく頷いた。

市井さんが好きだと言ったBGMは、実はあたしも好きな曲だ。
歌詞の意味は知らないが、『time to say good-bye』というタイトルの意味はわかる。
これが誰に対する皮肉になるのか、まだわからない。
だけど、あたしはその夜、『わからない』というまんなか地点に立つ覚悟を決めていた。
22 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月28日(土)13時26分11秒
しまった、今回分までギリギリ前スレに入ったかも。
管理人さん、皆さん、ごめんなさい。
23 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月28日(土)13時28分40秒
今回の大量更新で
伏線の半分くらいを回収できてホッとする気持ち半分、
それでも残り半分がいまだにつながってないんだと
気が遠くなる気持ち半分。
ホントたらたら長くてすみません。
24 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月28日(土)13時30分48秒
伏線のつなげ方とかは考えてあるんですが
結末が未定。ていうか、いつになったら終わるんだろ…。
ほんと、気が遠くなります。
まったり、おつきあいいただければ幸いです。
25 名前:通りすがり、です。 投稿日:2002年09月28日(土)20時33分32秒
作者さん、卑怯です、こんなの、冷静に読んでられません!
私が一番弱い、ヨシコ視点、もう駄目です。
続きを読みたいけど、しばらくしてから又来ます。
26 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)00時47分09秒
作者さん、文章巧いッスねぇ
ストーリーもオモロイし、すげぇ読みやすいです
続き期待。頑張って下さい
27 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)12時07分39秒
探しましたよ、引越してたんですね。
ますますリアルな展開・・・・
続き期待してます。
28 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月01日(火)21時00分35秒
毎日チェックせずにはいられない・・・
楽しみにしています。
29 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時16分23秒
■■■
明けて今日は朝から細かい雨が降って、そんな中、事務所やあたしたちにはことさらに冷たい雨が降り注いでいた。
案の定、というべきか。すさまじい騒ぎだった。
『ゴマキ声出ない』
『後藤真希、緊急入院』
とんでもないサイズのゴシック体で大書されたスポーツ新聞。見出しの横に『復帰絶望!?』と小さく入れたものもあった。病院の写真に、いつの写真だろうか、泣き出しそうなごっちんの顔を重ねてある。
ワイドショーにはゲストに医師が呼ばれ、失声症についての解説をし、別の番組では、ごっちんのストレスの中身についてコメンテーターと呼ばれる人たちが勝手な憶測を垂れ流した。
ネット上では、さらに無遠慮な好奇心をあらわにして、根拠のないことを書き散らす人がたくさんいた。『メンバー間で孤立していた』、『学校でいじめにあっていた』、『プロデューサーからセクハラを受けていた』。とにかく、『多忙によるストレス』との事務所の説明を信じる人はほぼ皆無。『誰かに何かされたに違いない』と見る意見が大勢を占めてると、スタッフが噂し合うのを聞いた。
30 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時17分04秒
楽屋の空気が重く沈んでいるのを、矢口さんが気にしてしきりに冗談を言うけど、いつものようには笑いをとれず、あたしは悪いけど、ハムスターを思い浮かべた。運動用の車に入って、からからからから。一心に走り続ける小さな動物が立てる、あの音。
ごっちんがいたら、絶対に矢口さんをフォローするんだろうなと思って、そもそもごっちんがいれば、こんな空気にはならなかったんだったと思い直す。
「あーはいはい、もういいですって、それ。お弁当食べましょうよ」
ウケないギャグを引きずってる矢口さんを茶化して、いっしょに食べることにした。いい加減に食べ飽きた油物の多い弁当だけど、食べていれば間がもつ。
テーブルから2つ取って1つを手渡すと、矢口さんは似合わないくらい神妙な顔になって、「ありがと」と小さく言った。
楽屋のすみっこ、二人でかたまって食べてると、矢口さんが小声で尋ねてくる。
「その後、どう? コイバナは」
「あー、まあ……仲良くしてますよ」
「えっそうなの?」
パッと顔が輝く。うれしそうだ。同時に意外そうでもある。梨華ちゃんがごっちんに何かしてるところを見たらしいから、当たり前か。
31 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時18分27秒
「とりあえず、3人で仲良く」
付け加えてやると、矢口さんは「げ」と声を発して、直後それを悔やむように黙った。
あたしは、そんな様子がおかしくて、ケラケラ笑った。
「いやー、今度はねぇ、『4人で仲良く』になるかもしんない」
「ええええ………あんにゃろう、病気のくせに何やってんだぁ。ったく」
驚いてはいるものの、ごっちんのことを軽い感じで言うのを聞いて、矢口さんもごっちんからメールを受け取っているのだろうなと思った。
ごっちんは昨夜のうちに、メールをもらった相手全員に返信したようだった。加護辻はもらったメールを見せ合ったりしていたし、さっき圭ちゃんが「たいしたことないみたいでよかったよね」とあたしに言ったのは、ごっちんからのメールで安心したからだろう。
楽屋が暗いのは、ごっちんへの心配というより、「いじめ」云々の無神経な報道に誰もがそれなりに傷ついてるからなのだ。
「ねー、よっすぃ〜、お見舞いとか行くんだったら、矢口も混ぜてね。って、ジャマ? ジャマか? ジャマなのか?」
「いやいやいや。ジャマじゃないですって。ごっちんも喜ぶと思うし。めっちゃなついてますもんね、矢口さんに」
32 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時19分07秒
矢口さんは「えへへ」とうれしそうな顔をした。
この人の声は、女の子らしいのになよなよしてなくて聞き心地がいい。
「最初はロクに話してくんなかったし、いっつも眠いオーラ出てたんだけどなぁ。なんか、いつからか、よく話しかけてくれるようになったんだよね」
「へえ。なんか心境の変化があったんですかねぇ」
あたしは表情を変えないまま、さりげなさを装って訊く。
矢口さんはカツを箸に挟みながら、「うーん」と曖昧な声を出した。
「なんだろ、1年、くらい前からかも」
それだけの言葉だったのに、それは遠い雷みたいに、あたしの心をゆっくり揺らした。
衝撃はまだ近づかない。でも不穏なものを確実に伝えてきてる。
遠くで轟く雷鳴。
1年くらい前なら、このグループには大きな変化があった。
なのに、どうして矢口さんは、『1年くらい前』という言い方をするのだろう。
昔のことを思い出すとき、絶対的な時制よりも、たとえば『○○高校との試合で負けてから』とか、『××くんとつきあい始めた頃』とか、そんなふうに思い出すほうが自然じゃないだろうか。
矢口さんは、どうして―――――。
33 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時19分45秒
■■■
考えたいこと、考えたくないこと、考えずにいられないこと、たっぷり抱えながらも、仕事は順調にこなせた。ごっちんがいないせいで台本が書き換わるところがたくさんあったけど、集中が切れず、その日、あたしはただのひとつもNGを出さなかった。
今日これから、ごっちんに会える。それだけでテンションは上がったし、何よりも、ごっちんがらみの変更でミスをするのは、絶対にイヤだった。
梨華ちゃんも昨日よりは回復して見えたけど、やっぱり本調子じゃないみたいで、収録の合間、「よっすぃ〜はカッコイイなぁ」なんて、疲れた笑顔で言われた。
あたしたちは二人とも、ごっちんがいないとダメなんだと思う。
ただ、『いないとダメ』なくらい強い気持ちが、ほんの少し違う方向に作用しているだけで。
34 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時20分54秒
あたしは、戻ってきたごっちんが気まずくないように、失声症の影響をなるべく受けないで、あるいは受けないふりで、仕事をがんばる。今ごっちんがいないことより、近い未来いっしょにいるときのことを考えてる。
梨華ちゃんだって本当はそうしたくて、だけど彼女の場合は、今ここにごっちんがいないことにどうしようもなく心乱されてしまうんだろう。
それはたぶん、気持ちの強弱じゃなくて、性格の強弱の問題。
ごっちんだったら、と考えてみる。ごっちんも、やっぱり、ノーミスで仕事をするタイプだと思う。あたしたちは、そういうところはよく似ている。
「おつかれさまです」を言いながら、楽屋で着替えをしながら、車に乗り込んで彼女の住む街の名前を告げながら、ずっと彼女のことを考えていた。今隣にいて同じ景色を見ていたら、どんなことを言うか、言わないか、どんなふうに笑うか、眠たそうな顔をするか。いない彼女の体温をすぐ近くに感じて、あたしは滑稽なくらい幸せだった。
35 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時21分38秒
雨粒をくっつけたタクシーの窓ごし、信号待ちの間に花屋が目に入って、ごっちんの家まではまだ少し距離があったけど、車を降りた。
狭い店内には、生きた花の匂いが広がっていた。香水じゃない自然な香り。
切花よりも鉢ごと持っていこうと思って、鉢が並ぶ棚を眺めていると、
「贈り物ですか?」
エプロンをした30歳くらいの店員さんがアドバイスに来てくれた。
「はい、お見舞いなんですけど。どういうのがいいんですかねぇ」
「おいくつくらいの方ですか?」
「え、あー……年は16で。なんていうか、す」
ここで言うことか、と一瞬だけ逡巡。
「きな人、っていうか、そういう人に、あげたいんですけど」
今日のあたし、やっぱりテンションが高い。世界中に叫びたい衝動が止まらなくなってる(実際には世界の片隅の花屋でつぶやいただけだけど)。
『す』と『き』の間があいてカッコ悪かったけど、店員さんは白くて大きな花がたくさんついた鉢を手のひらで示してくれた。
「だったら、これなんかいいかもしれませんね。胡蝶蘭、好まれる方が多いんですよ。華やかでしょう?」
36 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時22分14秒
「ああ、キレイだなぁ……。うん、イメージかも」
胡蝶蘭はその名の通り、蝶が舞うような形に白い花弁を開いて咲き誇っていた。
色味は静かなのに気高さや華やかさを感じさせるさまは、そのまま誰かのたたずまいに似ていた。あたしは、無意味に何度か頷いて、リボンをかけてくれるように言った。
淡いピンク色の包装紙と大きなセロファンで鉢を器用に包みながら、店員さんはにこやかに話してくれた。
「胡蝶蘭の花言葉って、たくさんあるんですよね。『清純』とか『機敏』とか。あと、花が蝶に似てるからなんでしょうけど、『幸福が飛んでくる』っていうのもあって。でも、一般的によく知られてるのは、やっぱりあれかな」
年上の人から年下のあたしに向ける、あたたかな中に少しからかいの混じった笑み。
「『あなたを愛します』」
「え、あー……」
『愛』なんて響きがたまらなく恥ずかしくて、「そうなんですか」とかなんとか、気のない返事で受け流して、窓の外に視線を逃がした。
外はまだ降っている。
大きなガラス窓をいくつもの雨粒がつたい、透明色の模様をつくっていた。
37 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時23分03秒
エントランスでインターホンの前に立ったとき、年配の夫婦が外から帰ってきたので、「こんばんは」と挨拶を交わし、いっしょに入った。
花の鉢を抱えて、エレベーターの21階へ。
表札のないその部屋の前に立ったとき、自分でも意外なくらい鼓動が速くなってるのを感じた。
インターホンを鳴らすと、かちゃり、受話器をあげた音がした。
「えっと吉澤、ですけど」
ぎこちなく送話マイクに向かってしゃべってみるけど、声はないまま。
代わりに再びかちゃり、今度は受話器が置かれる音がした。
ドアが開いて、彼女は柔らかな微笑みを惜しみなく、あたしに向けてくれた。
「ごっちーん」
『おつかれさま』とごっちんは、唇を動かした。
声を聞けないということが、急に胸に迫ってきて、あたしも一瞬、声をなくす。
ごっちんは、あたしのそういう気持ちの動きに気づいて、困ったようにわずかに眉を下げ、それでも笑顔のままで、部屋へ上がるようにと目で誘った。
38 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時23分49秒
いつもなら、ごっちんがキッチンでお茶を用意してくれる間にリビングへ入るけど、今日はあたしもいっしょにキッチンに入った。
「ごっちん、これ」
背中に隠していた鉢を、おっかなびっくりで差し出す。
エレベーターの中で気がついたけど、ごっちんが好んでつける香水は、フルーツ系が多くて、フローラル系は見当たらない。花が好きじゃないのかもしれないとちょっと不安になっていた。
だけど、ごっちんは、作り物じゃないタイミングでふわっと笑った。
『ありがとー』
声が聞こえてきそうにハッキリ、口を動かすのがかわいかった。
両手で大切そうに受け取って、リビングのAVボード、スピーカーの隣に置く。鉢を動かして、見栄えのする向きを確かめたり、花をちょっと触ってみたり、大切にしてくれようとしてるのが伝わってきて、そんなことが呆れるくらい、あたしの鼓動を高める。
39 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時24分41秒
「んー、なんかちょっと、いい匂いするね」
あたしが言うと、ごっちんはキッチンに戻って、いつのまにか手に持っていたB5サイズのノートに何か書きつけた。水色のペンで書かれたそれを見せてくれる。
『グラタンつくったよ。やく?』
「わーい、焼いて焼いてー。おなか減ったよー」
子供みたいにねだったのが、ごっちんにはツボだったらしく、腰を折り曲げて笑った。笑い声だけがそこになくて、それはなんだか不思議な眺めだった。
『すわってまってて』。
水色のメッセージに頷いて、あたしはテレビの電源を入れながら、いつものソファのいつもの位置へ腰を下ろす。うちでは見られないMTVにチャンネルを合わせようとしたら、オーブンにグラタンをかけてきたらしいごっちんが勢いよくダイブしてきた。
「ぶっ! ちょ〜も、ごっちーん」
体当たりを食らって文句を言いかけたけど、ごっちんの顔が画面を睨んで凍りついたから、それ以上言えなくなった。
画面は、22時台のくせにワイドショーみたいなことをやってるどこかの番組。趣味の悪いスーツを着込んだ中年男が画面に向かって唾を飛ばす。
40 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時25分25秒
「事務所の発表によると、ハード・スケジュールのための過労が原因てことになってるわけですけども。でもそれ言ったら、他の子だってそうなんじゃないかと思ってしまうんですよねぇ」
レポーターを名乗ってるわりに主観をたっぷり交えて話す中年男。あたしはその声を聞き終わらないうちに、ごっちんの手からリモコンを奪ってチャンネルを替えた。
MTVはHIP HOP系グループの新曲プロモを流していた。マヌケなくらい韻を踏んだ軽い詞が、今は救いだった。
ごっちんは髪を前にさらさら流しながらうつむいて、ノートにペンを走らせ、そのページをこちらへ向けた。
『いろいろイヤな報道多くて、みんな、やな思いしてるよね。
ごとーのせいで、ごめんね。』
「なに言ってんの、ごっちんのせいじゃないよ」
あたしは語気を荒げた。
「知らないくせに好き勝手言うヤツが悪いじゃん、そんなん。うちらみんな、気にしないで仕事がんばってるから。ごっちんは、な〜んも心配することないからね」
41 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時26分04秒
ごっちんはただ曖昧に笑って、ペンをノートに挟んで閉じた。チーズのこげた匂いが漂うキッチンへ戻っていき、しばらくして、木の板に深めの皿を載せたものを、ミトンをはめた両手で運んでくる。
「うわー、すっげ、うまそ〜」
ほこほこと温かい湯気をたてるグラタンの表面が茶色っぽく焦げていて、なんとも食欲をそそる。
無邪気にはしゃぐあたしに、ごっちんは小さい子に向けるような柔らかい眼差しをくれる。
差し出されたスプーンを握りしめて
「センセイ、食ってもいっすか」
おちゃらけてみると、ごっちんは首を少し斜めに傾けながら、『召し上がれ』と瞬きをした。たっぷりのチーズの下、ホワイトソースに埋もれてるのは、ジャガイモとブロッコリーとエビ。香りがいいし、色合いがきれい。うれしくて、にやける。
「あっち、あっついな、これ。んー、でも、おいし〜」
42 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時26分45秒
ごっちんは、頬杖をつきながら、食べてるだけのあたしをにこにこ見ている。逆はしょっちゅうだけど、横顔にごっちんの視線を受け止めるのは慣れなくて、なんだか緊張した。
「ごっちん、食べないの? もう食べちゃった?」
ごっちんはかすかに顔を曇らせて、自分はいらないんだというふうに手を振る。
浮かれバカなあたしは、それで思い出した。
軽度ながら胃炎を患ってるのだ、彼女は。
こってりしたグラタンなど食べたいはずがないし、食べられるわけもない。
自分が食べもしないものを、わざわざあたしのために作ってくれたのだと、遅まきながら気づいた。あたしはスプーンを皿に置いて、
「ごっちん、これ、すっごいおいしい。ありがとね、ホントおいしいよ」
ごっちんの顔を見つめながらお礼を言った。
ごっちんは、照れ笑いだけ返してくれた。
43 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時27分27秒
食べ終わって、いつも通りに二人まったり紅茶を飲んでいると、なんだか全部が嘘のような気がしてきた。ごっちんにツライ過去があったことも、市井さんがいたことも、梨華ちゃんとつきあってることも、声を失ってることも。
このまま世界に背を向けて、誰も何も忘れて二人ならいいのに。
AVボードに鎮座する胡蝶蘭の花を見上げながら、そう思った。
だけど、ごっちんは甘い夢を見ることを、自分に許しはしない。
何事か、ノートに綴っていたかと思うと、顔色ひとつ変えずにページを開いてあたしに見せた。
『いちーちゃんに、どこまできいたの?』
むせて紅茶を吐き出しそうになって、それをなんとか気づかれないように隠す。
「なにが? 聞いてないよ、ごっちんが訊くなって言ったんじゃん」
ごっちんは、『お見通しだよ』とばかりに大人びた微笑みを見せた。
『ねむたそーな目してるよ』
充血してはいないはずだ、収録のときに特に問題になることもなかった。明るい顔だけ見せて、テンションだって高くふるまったつもりだったのに。
あたしはもう、書き終わってからノートが掲げられるのを待てなくなって、彼女の手元を覗く方法でコミュニケーションをとることにした。
44 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時28分02秒
『おこらないから、言ってみ。どーせハンパにきいてるにきまってるから、ごとーがつけたしてあげるよ』
市井さんが自分を庇って、代わりに話すであろうこと、けれど全ては話さないであろうこと、ごっちんは的確に見抜いている。昨日、あたしと市井さんが話すのを止めようとしたメール。あれは確かに本気だったんだろうけど、それが無為に終わることさえ、ごっちんにはわかっていたみたいだ。
「ごっちん………」
ごっちんは、さっきまでの優しい笑みを回収して、ついでに感情のすべてを封じたように、その顔になんの表情も浮かべはしなかった。
『べつに、かくしたいとかないし、いいよ。ききたいんでしょ? はなすから、どこまできいてんのかおしえてよ』
この期に及んで、いいや聞いてないなどと言い張るのは無意味でしかなかった。
「あのね、たしかに昨日、市井さんに話を聞いた。ごっちんの言う通り、一部だけ聞かせてくれたんだと思う。でも、一部でも話すの勇気いったと思うし、市井さん、『あたしが話すから、後藤には訊かないでやってくれ』って言って話してくれたんだよね」
市井さんの気持ちを踏みにじることはしたくない、と思った。
45 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時28分38秒
奇妙なことに、あたしは市井さんに友情のようなものを感じていた。
悩むことをいい加減にしない態度、さっぱりした話し方、好きな人に対する真剣さ。
信頼できる人間だと思った。
『いちーちゃんと仲良しになったんだね』
文面からはニュアンスが読み取れない。自分との約束を破っておきながら二人で勝手な約束をしていることに腹を立てているのか、それとも単に言葉の通りの指摘に過ぎないのか。
「あのね、ごっちん。昔のこと、無理に話してくれなくていいよ。もしも、いつか、あたしには話してもいいなって思ってくれるんなら、そのときは絶対きかせてもらう。だから、それは無理に今じゃなくていい」
ごっちんは、澄みきった瞳をただ、あたしに向けていた。
「それよりも今は」
あたしはごっちんの手を握りたいと思いながら、そうしなかった。
「ここから先のこと、ききたい」
雰囲気に流される人じゃないことは知ってるけど、泣き落としとか、情に訴えてごっちんを困らせたくなかった。なるべく淡々とあたしは言う。
「どうしよっか………。どうする?」
46 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)00時29分16秒
ごっちんは少し考えてから、さして迷わずにペンを動かした。
『なにもかわらないよ』
「今のまんま、あたしと梨華ちゃんとつきあってくってこと?」
『つづくかどうかは、おたがいのキモチだから知らないけど、ごとーから別れる気はない』
悪びれない。あたしや梨華ちゃんの方が自分より気持ちが重いこと、本当はよく知ってるくせに。
「市井さんのことはどうするわけ?」
ごっちんは、書きなれたサインでも書くみたいに、さらさらっと短い文章を綴った。
『どうもしない』
「ごっちん、まだそんなこと言うの?」
ごっちんは『どうもしない』の横に乱暴に書き添える。
『カンケーないよ』
「市井さんはごっちんにまた会いに来るよ。ずっと逃げてくのは無理なんだよ?」
ごっちんの顔が険しくなった。
『いちーちゃんとあたしがいっしょにいるほうが、ぜったいムリ』
書きなぐられた文字は『ムリ』が少し大きかった。
あたしの反応も見ないで一心に書きつづける。
『これからなんてしらないけど、いちーちゃんの近くにいることだけはない。理由がききたいなら、はなすよ』
47 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月02日(水)00時30分04秒
「大切なものを守るために、大切なものを捨てるっていうのは」
ごっちんが顔をあげた。あたしの目を射すくめるように見つめてくる。でも、あたしはやめない。
「それって危険からは確かに守れるのかもしれないけど、そのぶん、とんでもなく人を傷つけるよね」
ごっちんは唇を引き結んだまま、まばたきをした。
「ごっちんが好きな人を突き放したせいで、どれだけの人が傷つくことになったか、考えたことある?」
気持ちが通じ合ったはずの人に冷たく切り捨てられた形になった市井さん。市井さんと離れてからのごっちんが、気持ちもないまま関係を結んだであろう人たち。その延長にいる梨華ちゃん、あたし。それから、ごっちんと離れた市井さんが恋愛のような形をつくったという相手。
そう、あたしはたぶん、その人の名前を言える。
「矢口さんに優しいのは、償いのつもりなんでしょ? 後ろめたいから、笑っててもらいたいんじゃないの?」
ごっちんは唇をぴくりと震わせただけで、あとは完全な無表情を保ってみせた。その演技力にはつくづく感心したけど、あたしはもう止まらなかった。
48 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月02日(水)00時33分54秒
>>25
>>26
>>27
>>28

レスありがとうございます。
26さんは…怒ってない、ですよね?
続き読んでくれてるといいなぁ。

前回更新、ただ食ってるだけの動きの少ない場面でしたが、
いちお、ちょっとヤマだったので、反響があってよかったです。
レスもらいたい病からは脱却したはずなんですけど、
やっぱりテンション、モチベーション変わっちゃうもんですね。
49 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月02日(水)00時36分08秒
妙なとこで切っちゃいましたが、狙いじゃなく。
この後、山場(かな、いちおう、ひとつの)なんで
眠たい頭で書いたまんまをあげるのはマズイかな、と。
読み返す時間をもらいます。
50 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月02日(水)00時41分07秒
そろそろ、結末を考えて書かないと、後で支離滅裂になりそうだなぁ。
そういうわけで、更新分くらいの文章は書けることには
書けるけど、どうしても更新をためらってしまう今日このごろです。
51 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月02日(水)01時11分13秒
あ、すみません、上のレス。
26さんじゃなくて25さんですね。
やっぱ、個別に返すの無理っぽいな、バカだし。
すみませんです。
52 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月02日(水)08時54分39秒
25です。

済みません、言葉足らずで。
怒っていると言うのではなく、つらくて・・・。

よしこの事になると、感情移入しすぎる悪い癖です。

続き楽しみにしてます。
53 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月03日(木)22時49分17秒
更新速度と量もすごいですけどその内容もすごすぎです。濃密。
毎回読み終わるたびに深いため息が。圧倒されます。

続き頑張ってください。
54 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月05日(土)00時38分07秒
「市井さんと矢口さんがつきあってすぐ別れたことに、責任感じてるんだよね」
あたしは推測を断定で語った。そうしないと、またごっちんはめまぐるしく逃げ道をさがすと思ったから。
推測の材料は、実はたくさん与えられていた。
女の子を好きになってつきあった経験があると教えてくれた矢口さん。
市井さんの再デビューが決まった辺りから元気がなかった矢口さん。
それを必死で慰めようとしてたごっちん。
ごっちんと離れてから恋愛をした、すぐにダメになったけどと話してくれた市井さん。
そして、このグループにありながら、『1年ほど前』を『紗耶香が脱退した頃』と言わない矢口さん。
いくつもの点をつないでいけば、そこに明瞭な一本の線が浮かぶ。
ごっちんは、強い筆圧で文字を綴った。
『やぐっつぁんはカンケーない。よしこのカンチガイだよ』
あたしに過去のどんな話を打ち明けるつもりだったにせよ、ごっちんは矢口さんのことだけは言わないつもりだったのだろうと思う。市井さんも、そうだった。あのまま何時間話しても、市井さんは矢口さんの名前を出さなかったろう。
55 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月05日(土)00時38分51秒
矢口さんの後輩(あたし)に、矢口さんが知られたくないはずの過去をもらすわけにいかない。自分が不用意に傷つけてしまった人を、これ以上傷つけたくないというのが、きっとその理由。
「ひどいことするね、二人とも」
責める筋合いなんかないくせに、あたしは、なぜだろう、ひどく苛立っていた。
「自分たちの気持ち整理するために人のこと利用して。あっというまに潰れちゃうような関係つくってさ」
『ちがう!!』
書いてたんじゃ遅いとでもいうように、ごっちんが唇の動きで伝えてくる。
『そうじゃない、いちーちゃんは―――――』
ゆっくり動かして唇を読ませようとか、そんな配慮は消しとんでる。
「待って、ごっちん、わかんない」
ごっちんは、もどかしそうに書き殴る。
『いちーちゃんは、やぐっつぁんをすきだったはず。ちゃんとつきあってた。でも、ごとーのせいで、いちーちゃん、脱退させられることになって、エンキョリになっちゃって、わかれた』
インクがかすれ、筆跡が乱れたその字を、あたしは呆然と見つめた。
56 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月05日(土)00時39分43秒
ごっちんのせいで、市井さんが脱退『させられ』た。
いろいろ取り沙汰された市井さんの脱退に、まさか本当に『真相』なるものが存在していたというんだろうか。
ごっちんは、なおもペンを走らせる。
『うしろめたいのはホント。でも、よしこが言ったことはちがう。あたしが2人をひきはなしちゃったから、あたしがそのことに責任かんじてるだけ。いちーちゃんは悪くない』
最後のところをとにかく言いたかったんだな、とわかる。
あたしは自分が苛立った理由を知った。矢口さんは、あたしだからだ。恋人という肩書きを手にしても、相手の心が手に入らない、キツイ役回り。
「『脱退させられた』とか初耳で、ちょっと、よくわかんないけど。それって、その……本当のことなの?」
ごっちんの言うとおりなら、市井さんは被害者であって、誰に対しても悪くない。そのかわり、ごっちんが誰に対しても一人で悪いことになってしまう。
57 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月05日(土)00時40分36秒
ごっちんは、疲れて痛くなったらしい右の親指の付け根あたりを、左手でぐっぐっと揉んでから、またペンをとった。
『やっぱりハンパにきいちゃったんだね』
これは認めざるをえない。何かまだあるとは思ったけど、市井さんがあたしに隠した部分は存外、大きいようだ。
「ごっちん。あたし、やっぱり―――――」
さっき、いつか話せるときでいいと言ったばかりでカッコ悪いけど、眠れない夜はもう、うんざりだった。
「ごっちんから、聞きたい」
ごっちんは、あたしの目を斜めに見上げて、二度、頷いた。
『わかったから、ちょっと待ってね』、そう言ったように見えた。
それから何か書こうとして、その一文字目からインクがまたかすれて、ごっちんは苛立ったみたいに、ペンをゴミ箱に投げ入れた。
ペンがスチールを叩く、高く乾いた音。
代わりにテーブルの上にメモ帳といっしょに置かれていた3色ボールペンをとる。
『きいたこと、おしえて』
「うん、そうだね」
青い文字が主張することはもっともだった。慣れない筆談で重いことを語らなければならないのだから、二度手間は避けたいはずだ。
58 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月05日(土)00時42分50秒
「市井さんね……ストーカーの話、してくれた」
どんなふうに話そうか考えたけど、オブラートに包んだ表現は思いつかなかった。
傷になってないはずがなかったけど、ごっちんは平然と聞いている。
「ごっちんが不安がってたのに、最初から通報しなかったこと、後悔してるみたいだったよ」
膝に置かれたノート、何も書かれていない新しいページを睨みつけてる。
「そのことがあって、ごっちんに無視されるようになって、すごくツラかったって言ってた。でも、ごっちんが実家を出たってきいて、考えてることがわかって、そしたらもう近づけなくなったって、そう言ってた」
声が出ないせいではなく、ごっちんには相槌を打つつもりがないみたいだった。無表情にあたしの声を耳に入れている。
「それで、それでっていうか、その後。恋愛したって。相手の名前は言わなかったけど。あたし、矢口さんと話してて、いろいろアレ?って思うとこあったからさ、多分そうかなってわかった」
ごっちんの瞳が文字通り一目置くみたいに一瞬だけ、あたしを映して、また遠く離れていった。
59 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月05日(土)00時43分43秒
「市井さんが言うには、その恋愛はうまくいかなくて、でもごっちんとは距離がとれたから、それで一人になってみようかと思ったって」
『市井さんが言うには』をつけたのは、この辺りから、ごっちんがさっき書いたことと矛盾しそうだったから。ごっちんの話では脱退が先で別れが後みたいだった。
はたして、ごっちんは納得いってないみたいに、眉間に少し皺を寄せている。
「だけど、その……忘れられなくて。帰ってきたって」
恋敵の愛を代わりに伝えるのはあたしも複雑な気持ちだったけど、ごっちんも嬉しそうな顔はしなかった。
「おとついの、あの手は、太腿の傷にあてようとしてズレたんだって言ってたよ。『もう大丈夫だから』って言いたかったんだって。そういう、話だったよ」
話し終えたあたしは、すっかり冷めてる紅茶のカップをとって、形だけ口をつけてみた。
聞き終えたごっちんは、ふ〜っとゆるく長く息を吐いた。
知らず知らず息をつめていたのかもしれない。この人の無表情とか、それで演出される強さとかは信じちゃいけないんだと気づいた。
60 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月05日(土)00時44分32秒
あたしが見破ったのも気づかずに、ごっちんはやっぱりクールな顔を崩さないで
『それだけ?』と書いてきた。
「うん、だいたい、それくらいだったけど」
『やっぱりね』
これは唇が言った。
真っ白な照明の光がごっちんの瞳にまともに落ちてるせいで、目の光り方がいつもと違ってる。恒星の光を返す月のように、その瞳は静かな光を放っていた。
ペンを持った右手を、ごっちんはノートに置いた。
心拍数があがる。真実を知ることに、体は正直に怯えてる。
ごっちんは、たっぷり数十秒考えてから、
『手はズレてない』
と記した。
「え?」
聞き返すあたしに目もくれず、ごっちんは続きを書く。
『いちーちゃんのカラダに、キズは2つ』
青いインクが出なくなって、『つ』はペン先が紙を引っ掻いただけになった。
3色ペンはスケルトン仕様で、インクは黒と青が終わってるのが見えた。
かちり、音をたててペン先が赤に切り換わる。
『ひとつは、ふともも。もうひとつは、おなか』
61 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月05日(土)00時45分24秒
おなか―――――、一昨日の右手が触った、左の脇腹。
『ひとつは、ストーカー。もうひとつは』
そこでペンが止まった。
赤い字が目に痛かった。
目をそむけたくなった。
だけど、できなかった。
『あたしが』
血のように赤い、赤い文字。
鼓動を今、強く感じている。
こめかみのあたり、ずくずくずくずく。
待ってほしい。時間よ、どうか。
『さした』
文字はそこに綴られ、あたしは息すら吐けなかった。
声も空気も、塞がった喉が通さない。
言葉が像を結ぶのを防ぎたかったのに、あたしの頭はこんなときばかり、ちゃきちゃき動き働いて、あっというま、文章を組み立てる。
ごっちんが、市井さんを、刺した。
市井さんが、ごっちんに、刺された。
ごっちんが市井さんを。市井さんがごっちんに。
こめかみの脈動に同期する痛みが、あたしに何かを訴える。
ずくずく泣くなずくずくずくずく泣くなずくずくずく泣くな。
訴えてやまないから、あたしの目は乾いたままだった。
目も頭も、からから乾き渇いて痛みだけ、そこにあった。
62 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月05日(土)00時49分34秒
個別レス返しに、レッツ・チャレンジ。

>>52
ひとみんこさん。
あ、どうも丁寧にフォローありがとうございます。
私も吉澤さん、好きですんけどね。
基本的にまっすぐで強い人っていうイメージなんで
多少の苦難はあえて与えてみたくなります(コラ)。
誰のことも、いい加減にはしませんので、
今後も読んでいただけるとうれしいです。

63 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月05日(土)00時51分02秒
>>53

もしかして「いつも」ありがとうございます、でいいのかな。
なんとなく雰囲気の似たレスを、いつからか継続的にいただいてるような。
違ったら、ごめんなさい。
べつに特定しようとかいう気はなくて。
ただ、もしそうなら、言いたかったから。

あなたがROMのままだったら、この小説、適当なところで妥協して
今ごろENDの文字が入ってたのかもしれません
(そんな弱いことでどうする、自分コラ)。
身に余る誉め言葉、作者を鼓舞するような言葉を
いつも丁寧に書いてくれて、本当にありがとう。
感謝しています。

もし複数の方からのレスだったなら、同じ小説を読んで
まーその、いいと思ってくださった人っていうのは、
どっか似た雰囲気の文章を書くってこともあるのかなぁと
それはそれで興味深いんですけど。
そのときは、上の「あなたが」を「あなたたちが」に変換して
読んでくださいませ。えへへ。
64 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月05日(土)00時53分19秒
山場っぽかったので、ちょっとageてみました。
決してチェックボックス触り忘れたわけではありません。
……………ウソ。
内容が内容なんで、今回特に下げとこうと思ったのになぁ。
お目汚し、ごめんなさい。
65 名前:kattyun 投稿日:2002年10月05日(土)13時32分25秒
おお…深いですね。
このスレ、好きです。
66 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月05日(土)13時46分34秒
一つの山場がやって来ているような予感。

仮想と現実を一緒にするなと言われそうですが
少々の事では壊れない強靱な精神力を持てはいるが
反動で支えが切れたときの、より大きな危うさ、脆さ。
勝手な想像ですが、そんなよっすぃ〜が大好きです。

「よしこ」には何とか幸せになって欲しいです。

67 名前:七誌の毒者 投稿日:2002年10月06日(日)02時14分03秒
最初から読んでいました。いつも更新を楽しみにしています。
作者さんの丁寧で繊細な心の動き溢れる文章にとても惹かれてます。
68 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時01分21秒
ごっちんは泣かず、笑わなかった。あたしを見ていた。
温度の感じられない無表情で、ただ見ていた。
「ごっちん」
今日までを、この人は、どんな気持ちで。
このキレイなポーカーフェイスの下にどれだけのことを秘めてきたんだろう。
泣いちゃいけない。あたしが泣いたら、ごっちんはまた自分を責める。一人になってしまう。
「ごっちん」
耳鳴りがする。ごっちんの声によく似た耳鳴り。
『大嫌いなだけ』。『ごとーはね、すごく悪い人間なんだ』。
「ごっちん」
今ここで手放したら、もう二度と永遠に、手を触れることはできないと思った。
あたしは腕を、手を指を爪を、注意深く、彼女の華奢な腕に伸ばした。
あたしたち、二人ともさぐってる。自分は怖がってるか、相手は怖がってるか。それとも恐怖じゃない感情がそこにあるか。
ごっちんは、猫が逆毛をたてるくらいの警戒を、その目に隠さなかった。
サワルナ。全身で叫んでる。
だけど、その強い警告の裏から、弱い声が、あたしに聞こえてる。
タスケテ。
手首をとって一瞬で、一回りくらい小さくなってしまったその体を腕の中に入れた。
細さがやるせなかった。
69 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時02分15秒
「怖かったでしょ」
ぴくり、抱いた肩に、背中に力が入って、それはそのまま震えに変わっていく。
人の体にナイフを突きたてたというこの人は、間違いなく加害者で、だけど、自分の罪に怯えるこの人を、あたしは断罪することなどできなかった。
「かわいそうだったね」
「………っ」
肩のあたりにもたれかかるごっちんの顔、その口から音のない泣き声が、たしかに聞こえる。泣き顔は見ない。しっかり抱きしめて、その肩に顔を埋めておくから。だから今だけは。
「泣いていいよ、ごっちん。泣いてもいいんだよ」
市井さん、ごめんなさい。矢口さん、ごめんなさい。神様、もしもいるなら、ごめんなさい。世界に背を向けても、この人を、あたしは許したい。
痩せてしまった体が、弱々しい震えと、たしかな温かさをあたしに伝える。
前に見たごっちんの泣き顔は、左目だけのいびつな涙で。今は音のない、やっぱりいびつな涙で。彼女が泣いていること以上に、あたしはなぜだか、そのことが悲しかった。
声もなく、ごっちんは涙を流すだけで、あたしは抱きしめるだけだった。
それ以外に、あたしたちはできることを思いつかなかった。
70 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時02分51秒
ごっちんは、やがて泣き止み、泣き止んでしばらくで(おそらく泣き顔じゃなくなってきたタイミングで)、あたしの腕をほどいた。
赤い目をしていたけれど、涙の痕跡はそれ以外に見つからなかった。
まったく、この人はそういう人だなと思った。
誰のために、なんのために、そんなにも強くいたいのか、今はわかる気がする。
ごっちんは、唇をゆっくりと動かした。
『よしこ』
「うん?」
『あたしが』
「あたしが」
繰り返す。間違ってたら訂正してくれるだろう。
『こわい?』
「こわ―――こわくないよ」
繰り返すのを途中で放棄して、否定する。
ごっちんは、ちっちゃい子みたいに不躾なくらいの視線をあたしに据え置く。
じっ、と見ている。
3割くらい嘘が含まれているのを、見透かされてしまいそうだった。
だけど、ごっちんは『嘘つき』とは言わなかった。ふいに視線を切って、再び3色ペンをとる。
『きく?』
ごっちんが市井さんを刺すことになったその理由を。彼女たちの過去に何があったのかを。
あたしは、回れ右で逃げ出したい気持ちを押し隠して、頷いた。
ごっちんに隠したんじゃない。誰より自分に隠したかった。
71 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時03分28秒
迷わず彼女を愛していたい。揺れることは、本当は怖い。
だけど、恐怖より強く光る感情を、あたしは自分の中に見つけていた。
強く在れ。そして守れ、大好きな人を。
ざわめく脳みその中、一番大きな声に、あたしは忠実でいたかった。
頷いたあたしに、ごっちんは急に唇を押しつけてきた。
その柔らかさに意識を吸い取られそうになるけど、唇はほんの一瞬重なっただけで離れていった。
『ありがとう』
あたしに触ったばかりの唇がそうささやき、その手の中でペンがくるりと一回転した。
ごっちんはその長い長い話を、無音のうちに語り始めた。
72 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時04分01秒
――――――――――――後藤真希、その罪の告白――――――――――――

いちーちゃんは、基本的によしこに嘘は言わなかっただろう。大切なことを言わずに黙っているという嘘はついたかもしれないけど、事実と違うことを話したのは、多分ひとつだけだ。おとついのあの手は太腿の傷に触らせようと思ったんだと言った、そのひとつだけだと思う。
だから、同じ話は繰り返さない。あたしがツライ話をする負担を減らしてくれようとしたいちーちゃんの好意に甘えて、事件のその後から話すことにする。
初めて話すから、うまくまとめられる自信がないけど、終わりまでどうか、聞いてほしい。

73 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時04分43秒
実家を出たのも、いちーちゃんを無視したのも、理由は同じ。
いちーちゃんの考えた通り、あたしは、あたしなりに守りたかった。
マサムネが死んだとき―――『死んだ』なんて体が良すぎる―――、あたしのせいで殺されたとき。
頭がおかしくなりそうに悲しかった。
頭おかしくなってくれよって思った。
悲しい、悔しい、苦しい、寂しい、切ない、痛い、マイナスの感情が体じゅうで逆巻いてて、それをまともに感じてるのがしんどかった。
そんなあたしを心配するいちーちゃんの脚は血を流してて、お気に入りだったジーンズを黒っぽく濡らしてた。
ジーンズごめんね、ケガごめんね、怖い思いさせてごめんね。あたしは涙腺が壊れたみたいに目からだらだらぼろぼろ水を零し続けてた。
あたしに油断があったし、子供だった。危険なことがわかってたのに、離れなかった。自分の勝手で離れなかったあたしのせいで、マサムネは殺されて、いちーちゃんは刺された。
生まれて初めて本気で自分を許せないと思った。
そのときから、あたしは自分のことが大嫌いだ。
74 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時05分21秒
いちーちゃんはすぐに仕事に復帰したけど、事務所はどこかよそよそしくなってた。
写真集を出す話があったんだと人づてに聞いた。いい話だったのに、本人が急に辞退を申し入れて企画は立ち消えになったと、スタッフが噂し合うその会話を、あたしは今も思い出せる。正確に言えば、忘れられないんだ、悔しくて。
「露出の多い衣装がイヤだとか言ったらしいすよ、じゃーアイドルやるなよって」
「事務所、怒ってるらしいじゃん。干されるかもなぁ。清純なのもいいけど、この世界は無理かもね。甘いよ」
脚に傷があったら、水着もミニも着られない。だから写真集は出せない。少しも甘くない判断。露出の少ない写真集を出してもらおうとか、そんなふうに考えなかったいちーちゃんの覚悟みたいなものを、あたしは感じてた。
だけど、それがわかるのは、あたしと事務所の一部の人だけだった。
事情を知らない人がいちーちゃんを厳しい目で見る気持ちは、同じ業界で生きてるあたしにも理解できる。写真集キャンセルは、写真集ひとつのことじゃなく、いちーちゃんの今後の仕事にも大きな影を落とした。
あたしが、いちーちゃんのチャンスを奪った。あの人の道を塞いだんだ。
75 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時06分01秒
いちーちゃんを無視するときの自分の演技には我ながら感心した。
カメラまわしてって言いたくなるくらい完璧な笑顔だけをいつも向けた。にこにこしながら、さらさらしたこと言うあたし、あたしじゃないみたいだった。
どれくらい経ったのか、いちーちゃんがあたしと目も合わせなくなったとき、嘘じゃなくて、あたしはホッとしてた。これでラクになれるんだと思ったから。
だけど。
なんでなんだろう、今度は望まなくても勝手に頭がおかしくなりそうだった。
いちーちゃんを見るたびに、心臓がズキズキした。
そういう自分の心臓、自分の体、心、うっとうしかった。自分が突き放したくせに、突き放された気になってる。自分勝手に被害者ヅラ、悲劇のヒロイン気取り。誰もそんな役振ってないのに。図々しい自分につくづく嫌気がさした。あたしは、まだ下があったんだって驚くくらい、どんどん自分をキライになっていった。
76 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時06分35秒
うんざりで、汚したくて、いつかの雨の日、顔が好きだった男の子と寝た。
そんなことに利用されて、つまんないスキャンダルにも巻き込まれた彼は気の毒だったと思う。あたしが初めてだって知ったとき、彼はすごくうれしそうだった。意外だったんだと思う。彼はあたしを見誤ってたかもしれないけど、あたしもそれは同じ。彼がそんなことで喜ぶなんて思わなかった。そんなことがうれしい人だってわかってたら悪い遊びの相手には選ばなかったのに。
『初めて』に夢を見る気持ちは、あたしにもかつてはあった。好きな人と、たとえば夜景のキレイなシティ・ホテルで、「愛してる」なんてささやかれながら、とか。
思い出すと我ながらかわいくて笑える。
だけど、やってみたらキスもセックスも、あたしには時間つぶしの遊びでしかなかった。
キスなんて簡単。セックスはもっと簡単。
泣けるくらい、簡単だった。なんとも思わなかった。
妊娠と病気にだけ気をつけて、ストーカーがまた現れても狙いの定めようもないような関係ばっかり、たくさん作っては壊した。
77 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時07分10秒
いちーちゃんとやぐっつぁんのことを知ったのは、2人目との不倫をやめて、3人目と4人目を同時進行でこなしてた頃。
楽屋で近くに座ったいちーちゃんが、自分のじゃない香水の匂いをさせてた。
『INSENSE ULTRAMARINE』。
はやってたし、うちのメンバーでもつけてる人は多かったから間違えない。
そう、内輪ですらつけてる人は複数いたし、男の子がつけてもいいやつだから、可能性なんか無数。だけど、嗅いだ瞬間にやぐっつぁんの移り香だって思った。やぐっつぁんがいちーちゃんを好きなのは気づいてたから。そうなんだろうなと思った。
もっとも、わかったところで、それはあたしに関係ない話。
『それ』に限らなくても、あたしにはもう、関係ある話が何ひとつなかった。誰がどうしようが全部、あたしには関係なかった。それが自分で望んだことだったし、満足だった。
だけど、その頃から、あたしはどんどん不安定になっていった。
仕事が忙しくて満足に眠れなかったり、別れた男がしつこかったりで、疲れてたんだと思う。
78 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時07分41秒
そんなときに、2日間まとまったオフがもらえることになって。
その当時つきあってた男の人と、女の人が、それぞれ旅行に行こうって言い出して、あたしは予定なんか教えなければよかったなと思った。
体がだるくて、頭はもやがかかってるみたいになってて、あたしはもうどこにも行きたくなかった。彼も彼女もうちに来たことはなかったから、あたしはケータイを切って、どっちもすっぽかすことにした。
休みの日、太陽が昇って落ちる間じゅう静かな部屋で眠りながら、このままずっと眠り続けたいと思った。思いながら何回目かの寝返りを打ったら、そのとき急に、本当に前触れなく、自分にそれができることに気づいた。そうだ、眠っちゃえばいいんだって気がついたんだ。
それまで気づかなかったのが不思議なくらい、その思いつきはあたしの胸に自然な感じで降りてきた。
起き出したあたしは、ダイニング・テーブルで果物ナイフを、とりあえず見ていた。
痛いんだろうな、と思いながら目の前にかざして眺めてた。
79 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時08分16秒
そのとき、玄関チャイムが鳴って、しかたがないからナイフを置いた。
いちーちゃんだった。
なんでマンションを知ってるのかわからなかったし、なんで来るのか全然わからなかった。
しぶしぶドアを開けて、あたしたち、一言もなく玄関にしばらく突っ立ってた。
5分くらい黙ってたかもしれない。
5分後のいちーちゃんの第一声は「胸騒ぎ、したから」。もう1年以上前のことなのに、ひとつひとつの言葉まで今も取り出せる、このときのことは。
あたしは、他に人がいないところで笑顔の演技をする必要はなかったから、徹底的に素っ気なくあしらうことにした。
「意味がわかんない。なに、胸騒ぎって」
「ケータイつながらなかったから、ちょっと心配になって」
ずっとかけてこなかったくせに、どうしてこんな日にかけてくるんだろう、変な人だと思った。
「うざいから電源切ってただけだよ」
「そっか。ごめん、いきなり来て。圭ちゃんに住所きいちゃった。それもごめん、勝手に」
いちーちゃんのくせに、泣きそうな顔なんかするから、あたしはすごく驚いた。
いちーちゃんにそんな弱い顔、ぜんぜん似合わないのに。
80 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時08分51秒
それで気が動転して、うっかり、リビング・ダイニングに通した。
部屋に入った途端、いちーちゃんは血相を変えた。
果物も何もないのに剥き身のナイフだけテーブルに置きっぱなしてたのを見て、いきなり怒鳴り出した。
「なに考えてんだよ、バカやろう、なに考えてる!」
『これからリンゴ剥こうと思ったんだよね、あは』なんてセリフを思いついたけど、いちーちゃんが見たことないくらい怒ってるもんだから、言えなくて、あたしは黙った。
「後藤!」
いちーちゃんが、悪いことした犬を叱るみたいな調子であたしの名前を呼ぶから、あたしの頭の中はぐっちゃぐちゃのパニックになってた。
「関係ないじゃん、あんたに」
初めて『あんた』なんて言った、いちーちゃんに。
それで、初めて殴られた。
あたし、吹っ飛んだけど、どこか現実感がなくて。
現実には人殴ってもそんなハデな音がするわけじゃないんだなぁ、とかぼんやり考えてた。
それでも、殴られた頬はものすごく痛くて熱くて、口の中には血の味がしてて、それがあたしに今このときが現実なんだってことを教えてた。
81 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時09分30秒
「関係なかないよ、関係ないわけないだろ!」
あたしが泣きたいのに、いちーちゃんが泣き出した。
『バカじゃないの、なに熱くなってんの』、言おうとしたら声がつまった。
いちーちゃんが泣いてるのがうつって、あたしまで泣き声になってた。
「帰ってよ」
言いながら、ナイフをとった。
いちーちゃんの顔がまっしろになった。たとえじゃなくて、ほんとに色がなくなってくのがわかった。
「後藤」
呼ぶ声は震えてた。
「これからリンゴ剥いて食べるんだから帰ってよ。やぐっつぁんとこ帰りなよ」
わざわざ名前なんか出したら嫉妬してるみたいだって、言ってから気づいた。
言いたいことはそういうことじゃないのに、やっぱりあたしはバカなんだなぁと思った。
自分を冷静に見てる自分が、ちょっと離れたところにいた。
遠くから聞こえてくるみたいで、自分の声が。
しゃべってても遠かった。
「ほんと疲れたよ。静かにしてくれたっていいじゃん。ほっといてくれてもいいじゃん。そうすることにしたんでしょ? ちゃんとそうしなよ。あたしも一人でカタつけるから。ごとーは一人でなんだってやれるから」
82 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時10分04秒
ここからは、もう何十回も見たシーン。頭の中のVTRで何百回も繰り返したシーン。
「静かにしてほしいんだ。お願いだから。眠たいんだよ、頭も痛い。だから静かにして。それで眠れるから」
久しぶりに泣いたからなのか、涙が止まらなくなってて、変な声だった。
吐き出す言葉も、自分のじゃないみたいだった。
いちーちゃんが近づいてきた。
怖かった。
『この人といっしょにいちゃいけないんだ。絶対ダメなんだ』
頭の中が、ダメとかイヤとか、悲鳴でいっぱいになって、これ溢れたらどうなっちゃうんだろうと思って怖かった。
「来ちゃダメ」って何回も言った。
言ったのに、いちーちゃんはきかなかった。
いちーちゃんのくせに、ぐじゃぐじゃの泣き顔して、抱きしめてきた。
いちーちゃんの体は熱もってるみたいに、ひどく熱かった。
83 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時10分51秒
ここまでだったら、きっと感動モノだった。わりといい話になったかもしれない。
でも、あたしといちーちゃんの結末は、そういうふうにはならなかった。
抱きしめられた瞬間に、あたしの怖いのが溢れて、溢れた分が、たぶん手に流れた。
体じゅうに、右手にも、力が入って。その右手は、ナイフを握ってた。
いちーちゃんはその瞬間、一言も声をもらさなかった。
黙ったまま、いちーちゃんのおなかのところが真っ赤になっていった。
いちーちゃんはあたしの頭を抱えるようにして、よけいに強く抱きしめた。
「ねぇ後藤。後藤さ……自分のこと大切にしてよ。他人を守ろうとか、する前に、自分のことしっかり守ってやれ。そんでいいんだから。それで何も……っ、悪くないんだから。生まれてきた人みんな、幸せ、になる権利と義務があるんだよ。だから絶対、お前は……幸せになんなくちゃ」
苦しそうな息してるくせに、いちーちゃんは止まらずに言いつづけた。
「お前は悪くない。悪いことなんかしてない。……ッ、胸はって、自分のことちゃんと………」
84 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時11分23秒
あたしの頭の中は真っ赤で、いちーちゃんの声を上手に聞き取れなかった。
「いち、ちゃん……血、が。血が出てる」
「ん……それ、ゆっくり抜いて。抜いていいんだったかな、まぁいいや、抜いてくれる?」
震える右手を左手で抑えて、ゆっくり、いちーちゃんからナイフを抜いた。
あたしの手の先、ナイフの先端から、キレイな赤い滴が、いくつも床に落ちていった。
いちーちゃんの手が、あたしの頭をごしごし乱暴に撫でた。
「何も心配しなくてい、よ。こないだの病院、裏から入れてもらう、からっ……。だぁいじょぶ、だよ。こんな脇腹、女の子の力で刺したって、たいしたことに…なるわけないだろ」
それから、いちーちゃんはケータイで、よく使ってるタクシーの運転手さんを呼んだみたいだった。車が来るまでに、太腿の傷でお世話になった病院にも電話を入れてた。
あたしは、傷がなかったことになればいいと思って、見ていたくなくて、タオルをいっぱい持ってきて、いちーちゃんのおなかを覆った。だけど、タオルはどんどん赤くなっていって、なかったことにはならなかった。
85 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時12分00秒
いちーちゃんは、自分の血が止まらないのに、それより、あたしの涙が止まらないのを気にしてた。
「後藤、泣かないで。事故に遭っただけだよ。この後…何が起きても、それは事故の被害だから、そんなこともあるって、……っく、思わなくちゃいけないんだよ。ね、約束して。自分のこと、責めないって約束…してよ、後藤」
いちーちゃんはもうこのとき、自分の仕事がどうなっていくか、正しく予測してたんだと思う。
だけどあたしは、体が熱くて、頭の中が赤く染まってて、何も考えられなかった。口の中がしょっぱいのは、あたしの血のはずなのに、いちーちゃんの血が流れ込んできてる気がして、すごく怖かった。
いちーちゃんは呼んだ車に乗り込んで、いっしょに乗ろうとしたあたしを押し返した。
「出してください」
低い声で言うのが聞こえて、ドアが閉まって、それが、あたしたちのお別れだった。
もともと1コのものだったのかもなんて思うくらいベタベタにいっしょだったあたしたちは、だけどそれでもう、永遠にサヨナラになった。
86 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時12分37秒
オフが明けて、いちーちゃんは風邪を口実に仕事を休んだ。写真集の件で立場がまずくなってたこともあって、マネージャーは、あたしたちの前でも不機嫌な顔を隠さなかった。
あたしだけが事実を知ってたのに、あたしはお見舞いにも行かず、連絡もしなかった。いちーちゃんが戻ってきても無視を続けた。あたしのせいで立場が悪くなってる、体にも傷を作ってるあの人に、謝りもしなかった。
謝ることで、許すことを無理強いしたくなかった。あの人に無意味な負担をかけたくなかった。
憎まれるのがいいと思ったんだ。
あたしはいちーちゃんの体にも心にも傷ばっかりつくる。消えようと思ってもまた迷惑をかける。だからもう、離れてあげることしか、できなかったんだ。いちーちゃんが幸せになるために、あたしにできることは、離れたところで憎たらしく元気でいること。それだけだった。
87 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時13分09秒
間もなく、いちーちゃんは脱退することになった。
「歌い手として勝負したいから」
メンバーの前でいちーちゃんはそんなふうに語って、それは嘘じゃなくて、あたしもずっと前からきいてた彼女の夢だった。だけど、『アイドルの仕事もある程度きちんとしてから新しいことに取り組みたい』って言ってたのに、こんなに早い時期に抜けることになったのは、やっぱりどう考えても、あたしのせいだった。
脚と脇腹に傷があったら、着られる衣装が限られるし、そうでなくても、立場は悪くなってた。いちーちゃんがアイドルを続けていくには厳しい状況に、あたしが追い込んだんだ。
あたしは泣いた。脱退を寂しがる涙なんかじゃない。自分の罪があんまり重いことを思い知らされて、自分のことが憎くてたまらなかったんだ。
88 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月07日(月)22時13分43秒
脱退を発表した後も、いちーちゃんは笑顔を絶やさなかったけど、やぐっつぁんは目に見えて落ち込んでた。
あたしのせいで、好きな人から引き離されることになるんだと思ったら、本当に申し訳なくて、やぐっつぁんのためにできることはなんでもしようと思った。いちーちゃんの代わりはできないけど、代わりに笑わせるっていうか、笑われることならできると思ったんだ。よしこは『償いのつもり』って言ったけど、償えるなんて思ってないよ。
あたしは、いちーちゃんにも、やぐっつぁんにも、二人に関わるたくさんの人たちにも、許されようとは思わない。そんなこと考えること自体が、許されないことだと思うから。
だけど、死ぬこともできないあたしは、できることをやるしかなかった。
やりたいことなんてもう何もないから、他人があたしに望むことをできるだけこなして、そういうふうに人生使おうと思ったんだ。
89 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月07日(月)22時14分38秒
でも、やっぱり、あたしは人を傷つけるばっかりで。
よっすぃ〜を泣かせて、梨華ちゃんを壊した。やぐっつぁんは寂しそうなまま。いちーちゃんは今も痛そうな顔してる。
誰のなんの役にも立たないどころか、誰にもマイナスしかあげられない。
あげく、今さら自分のしたことにショック受けて、商売道具なくして、仕事に穴あけて。みんなにイヤな思いさせてる。
なんで。
これ、言ったらおしまいだって思うけど、でも考えずにいられないよ。
なんで、あたし、生まれてきたんだろう。
なんのために、あたしは。何をするために。
『そんなことないよ』って言ってほしいんじゃない。そういうつもりで言ってない。
本当にもう、わからないんだ。
あたしが生きてるその意味が。
理由が見つからないんだ、もうずっと。

――――――――――――-―――――――――――――
90 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月07日(月)22時18分23秒
>>65
>>66
>>67

ありがとうございます。
一言でもいただけると励みになります、本当に。
丁寧に書いていただいたりすると、
ナントカも木に登る状態で、書くスピードがあがったり(笑)。
91 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月07日(月)22時19分37秒
ついに主役、語る。
って、筆談と唇と身振り手振りでこんだけしゃべったら
めっちゃくちゃ疲れそうですねぇ・・・。
92 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月07日(月)22時20分54秒
この後をまだ、ただの一文字たりとも書いてないので
次回更新は遅くなると思います。
まったり、お待ちいただければ幸いです。
93 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月08日(火)01時52分19秒
すげぇ・・・。
作者さん、ホントにスゴイですわ。
息をするのも忘れるぐらい、引き込まれました。
いや、筆談と唇と身振り手振りだけで語る後藤さんもスゴイけど(笑)
作者さんの文章力は、もっとスゲェ。神ですよ。
94 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月08日(火)10時44分22秒
筆談でのやり取りの一瞬の差、話し言葉よりぐんぐん迫ってきますね。
言葉のやり取りより、何かえぐるように突き刺さってきます。

何かこのスレは余所と違って軽いレスがしにくいな。
それだけ引き込まれてしまします。
95 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月08日(火)14時37分03秒
今までのを含めて一気読みさせていただきました。
自分は恋愛ものはクドク感じて読みにくかったんですが
この作品は流れるように描写が綺麗ですらすら読めました。
この話をリアルにすら感じさせてしまう作者さんの文章力は本当に素晴らしいです。
これからも頑張って下さい。
96 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時17分38秒
話し終えたごっちんは、ペンを置いて、ソファに身を沈めた。
疲れきって憂いだけが漂うその横顔に、あたしはかける言葉が見つからなかった。
失望なんてもんじゃない、自分に絶望してる人に、何を言えばいいのか、まるでわからなかった。
『やがて火が消えあたりには寂しさとけだるさが残り
僕はまだ旅の途中だと気がつく夜更け』
ピアノと弦が奏でる楽曲が耳に流れ込み、テレビがつけっぱなしだったと今さら気づく。
ごっちんは祈りを捧げるように瞳を閉じて、静かに息をついてる。
あたしの言葉を待っているようでもあり、もはや何も待ってはいないようにも見えた。
「ありがとう、話してくれて」
あたしの言葉に、瞼だけを持ち上げる。他は動かさない。
「ごめんね、今、まともに何も言えそうもないよ」
ショックは受けてる。悲しい、のかもしれない、パニックぎみで自分の感情すら、よくわからない。今、ほんとは泣きたい。でも絶対に泣きたくない。
そして、聞く前と聞いた後で変わらないものも、この胸に確かにある。
97 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時18分24秒
「1コだけ、訂正させてほしいんだ」
ごっちんはけだるく頷いた。
「『マイナスしかあげられない』ってやつ。あれは間違ってるから、絶対に」
そっとごっちんの肩を抱き寄せてみる。
「あたしは、たくさんもらってる、プラスのもの」
たまに見せるごっちんの子供みたいな笑顔があたしを癒す。色っぽい笑顔はあたしをドキドキさせる。あんまりうまくない冗談に温かさを感じる。絶妙な天然ボケには問答無用で笑いを誘われる。なんにもしてないようなときだって、その首筋、腕、腰、どこだっていい、見てるだけで泣けてきそうになる。これだってきっと、プラス。『あなたを見てると泣けてくるの』なんて、たぶん一生言えっこないけど。
「そりゃあ、悲しいこととか、苦しいことももらってるけどさ………ごっちんがくれるものは全部、イヤじゃないよ」
もどかしさや切なさまでもが愛しくなるのは、それは多分、ごっちんがあたしにくれるものだから。
98 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時19分08秒
斜めに抱いたせいで、ごっちんの顔はあたしの胸のあたりにきている。その視線は鎖骨のあたりに泳いで、あたしの顔を見ない。
「バカだと思われそうだけど、あたしさ、やっぱり、ごっちんが好きだよ」
バカだ。ごっちんが自分にうんざりし、自分を汚したくてつきあってきたという人たち。彼らとあたしと、どこも違わないだろうに。きっと愛なんて、語られるだけ、彼女には重いだけなのに。
「ごめんね、迷惑なのわかってるけど………」
声が揺れた。水滴がごっちんの頬に落ちていった。
「あのね、愛してるよ。大好き、だよ……っ」
嗚咽まじり、カッコ悪い愛の言葉。だけど、ごっちんは話し終えて初めて、その瞳をあたしに向けてくれた。
涙堂の下あたりに、優しい指を感じた。
99 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時19分57秒
「ごっちん」
視線が穏やかに交差する。
いつもなら、ごっちんが目を閉じて、後は抱き合うだけ。
だけど今、ごっちんは、何かをさがしてるみたいに、あたしを見つめている。
何か言おうとして、口を開きかけ、だけど半開きのまま、唇はどんな言葉も紡がない。
「ごっちん?」
それが合図だったみたいに、ごっちんは唇を動かした。
『スキ』
それが『好き』だと気がつくのに時間がかかった。
あたしたちの抱えてる『好き』に意味の相違があることがわかってから、ごっちんは明らかにこの言葉を避けていた。それが彼女なりの誠実さだったのだ。
なぜ今、それを口にするのだろう。
素直に喜べない自分が情けない。だけど、不安だった。まるで遺言みたいな厳粛さで言われたその言葉は、嬉しいより不吉なものを感じさせた。
「ごっちん」
『信じてもいいの?』なんて昼のメロドラマみたいなセリフが頭をよぎる。訊けるはずもなく、他の言葉をさがそうとして、だけど、うまく考えられない。
100 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時20分41秒
ふいにテーブルの上にあったケータイが震え出して、テーブルを響かせる。
ごっちんは、ワンコールでケータイを取り上げて、そのままディスプレイを眺めている。
ケータイの番号を知るほど親しい人が今の彼女に電話をかけてくるのは不自然だったが、ケータイは3回を超えて振動音を発していた。
耳ざわりになってきて、
「メールにすればいいのにね」
と話しかけたけど、ごっちんはディスプレイを見たままだ。
留守番電話サービスに接続したのだろう、着信音が鳴り止む。途端にごっちんは親指をボタンに走らせはじめた。今の相手にメールを打っているらしい。
市井さんじゃないんだなと思った。ごっちんは市井さんを無視する方針を変えないつもりらしいから、相手が市井さんなら電話にもメールにも応えないはずだ。
送信ボタンを押したごっちんは、ケータイを持った両手を自分の膝の上に投げ出して、あたしに笑いかけた。
『つかれたよ』。そう言ってるみたいに見えた。
101 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時21分22秒
「ごっちん、今日はもう寝たほうがいいよ」
あたしが言い終わらないうちに、ごっちんの手の中でケータイはまた震えた。
ごっちんはちょっと顔をしかめながらディスプレイを覗き、それから今度は通話ボタンを押した。ケータイを耳にあてるけど、もちろん「もしもし」は言えない。
電話の相手はごっちんが無言のままでも話しつづけているのだろうか、ごっちんはそのまましばらくケータイからの音声に耳を傾けていた。途中、ケータイを指先で何度か軽く叩いた。最後に、何を訴えようとしたのか、爪の先がコツコツコツ、と速く高い音を連続させて、それからごっちんはケータイを耳から離した。電話は切れたようだ。
『ごめん』とごっちんの唇が動いた。
さっき、たしか『好き』だと言われたはずだったが、今もう、ごっちんは他の誰かに悩まされている。それを謝ったのだろう。
「ううん、大丈夫だよ」
すでに涙が止まっていたあたしは穏やかに微笑むことに成功した。
ごっちんはもう一度、『ごめん』と伝えてきた。
102 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時22分21秒
「だから、いいって―――――」
言いかけたあたしに、そうじゃないと首を横に振る。
「どうしたの?」
ごっちんは、ぐちゃぐちゃに書き込みの入ったノートのはしに、小さく書いた。
『でかける』
「な、今から? こんな時間に一人で出ちゃダメだよ、こんなときなんだから」
あたしはなんとか怒らずに言えたけど、ごっちんはとっくに切れたはずのケータイを見つめて上の空だった。
「さっきの電話………誰からだったの?」
こんな夜中、普通じゃない体をおして出かけるなんて言いだすのは、きっとその人のせい。
ごっちんはその人物を明かすのをためらったけど、やがてケータイの最新履歴を画面に呼び出して、あたしに見せた。
ディスプレイに浮かぶ発信者。登録名は『りかちゃん』。
あたしはため息をつきたい気持ちを抑えた。
自嘲的な響きをこめて「よっすぃ〜はかっこいいなぁ」とつぶやいたときの梨華ちゃんのツラそうな顔。不安定になってることは、わかってる。そして、ごっちんはそれを放ってはおけない人だ。
103 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時23分03秒
「ごっちん、さっき、あたしになんて言ってくれたか、覚えてる?」
『あたしを好きだと言ったくせに』と責めるようなことを、つい言ってしまう。頭では納得してるのに、どうしても行かせたくなかった。
ごっちんは、一瞬、唇を真横にぐっと結んでから、また『ごめん』と言った。ノートの新しいページ、その真ん中に小さな文字を入れる。
『言うべきじゃなかった』
これが計算なら、なんて狡猾で巧妙なんだろう。『好き』の真意は明かさない。嘘だよとも本当だよとも言わず、口にしたことそのものについての反省だけ見せる。『嘘なんか言うべきじゃなかった』のか、『本当のことだけど、傷つけるから言うべきじゃなかった』のか。あたしには測りようもない。
この手の暗算が無意識にできてしまうのなら、やっぱりこの人は罪しか積めない人なのかもしれないなと思った。
「わかった。行きなよ、あたしは帰るから」
104 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月12日(土)16時23分47秒
あんな告白の後だから、わかる。
拒まないのが優しさだと考えるところに間違いはあっても、ごっちんはごっちんなりに、あたしや梨華ちゃんを大切にしたいのだ。
残念ながら、『大切なのだ』とは少し違う。そもそも恋愛対象として、ごっちんの目に映っているのかどうかさえ怪しい、あたしも梨華ちゃんも。それでも、ごっちんは『優しくしたい』のだと思う。誰より優しくしたい相手にそうできず、自分にも優しくなれない人の、儚い望み。
「途中までいっしょに行こうか」
やわらかく言えた。
あたしがもしもごっちんに優しいとして、それは努力とは違う。押さえつけても溢れ出す、それはほとんど本能みたいなもの。
だから、こうやって微笑み合っても、指をからませて手を握っても、あたしたちが持ち寄る優しさは、いつまでも異質なままで混ざり合うことがない。
105 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月12日(土)16時26分00秒
冷たい手を引いて月もない空の下、あたしは祈る。
夜よ、どうか。
どうか、闇色に塗りつぶしてほしい。
混ざれないあたしたちを黒く塗って、すべてを包んで隠してほしい。
彼女の罪過を、あたしの孤独を。
彼女の孤独を、あたしの罪過を、どうか、黒く。黒く。
106 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月12日(土)16時30分46秒
>>93
>>94
>>95

うわ、すごく濃い感じのレス、ありがとうございます。
調子が悪くなると「レスくれ病」に陥りがちなんですが、
皆様のおかげで禁断症状おこさずにすみました(笑)。
感謝しつつ、今後も書きつづけます。
107 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月12日(土)16時32分47秒
しかし、現実世界は大変なことになりましたね。
おおみそかにNHKに出ることがそんなに大切なことなんでしょうか。
業界の計算はよくわからないですねぇ……。
108 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月12日(土)16時34分57秒
それはそれとして、ここは今後もマイペースで続きます。
謎はあらかた解けましたが、この先も展開に工夫を
していこうと思っていますので、続けて読んでいただけると
とてもうれしいです。
109 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月14日(月)14時10分16秒
85年組が好きなもので、ごまっとう・6期加入と立て続けで凹み気味。
ほんとこの小説に現実逃避しそうですよ。
話が動いて来たようで続き楽しみにしてます。
110 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月14日(月)15時40分50秒
同じ事務所からは2組しかでれませんからね。
新プッチモニは本当にCD出るんでしょうか。
優しくなりたいと願う時点で誰よりもすでに優しいという歌もあったなぁ・・・
続きに期待してお待ちします。
111 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月15日(火)00時00分01秒
この物語が良いものだと知ってはいましたが
今日初めて読みました。

探してた後藤を見つけた。もどかしいけれど胸が詰まるほど愛しい。
112 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時03分48秒
翌日、あたしもそんなに強いわけじゃないから、梨華ちゃんと目を合わせられなかった。
昨日の別れ際を思い出す。終電近いターミナル駅。乗り換えで別々のホームに向かうとき、ごっちんは階段の手前であたしの手をきゅっと握った。
「ごっちん、どした?」
まるで愛されてるかのような感触を手の中に感じて鼓動が高くなったけど、覗き込んだごっちんの顔は想像したような甘いものにはなってなかった。仏頂面の迷子。不安を押し隠すあまり表情が硬くなってる、泣き出す前のあの感じに似ていた。
「どうしたの? 気が進まないの?」
梨華ちゃんに会いに行きたくないんだろうか。
ごっちんが声を失っていると知っていて繰り返し電話をかけてきた梨華ちゃん。
あの告白の中でごっちんは『梨華ちゃんを壊した』と書かなかったか。
なんとなく、嫌な予感がした。
「ごっちん、今日はやっぱり遅いしさ、梨華ちゃんにメールして、またにしてもらったら?」
だけど、ごっちんは頷かなかった。
『そういうわけにはいかないよ』と言うかわりに、ふっと寂しそうな笑顔になった。あたしの腕からごっちんの指が離れていき、温かかったそこに外気が冷たかった。
113 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時04分47秒
ごっちんのこと、市井さんのこと、梨華ちゃんのこと。考えるほどに出口が遠くなっていく。出口のかわりに壁だけが見つかって、動かせない事実にたどりつく。
痛感する。
あたしたちは、きっと、みんな一緒には幸せになれない。
人の気持ちを踏み越えないと、愛ひとつ、語れない。
「よっすぃ〜? 着替えないの?」
矢口さんに言われて、汗を吸ったジャージのままでぼんやりしていたことに気づく。
「よっすぃ〜まで風邪とかやめてよぉ?」
飯田さんが言う『まで』はもちろん、ごっちんを引き合いに出してのことだろう。
「や〜、うちは大丈夫っすよ、頑丈がとりえなんで」
「ごっちんなんてさー、昨日メールしたのに返してこないしさー」
「あ、矢口もレスもらってないよ、昨日」
「あーそうなの? 寝てたのかな」
レスがないこととか、今いないこととか、その不在を強く感じてもらえるのは、その存在の強さの証し。
なんてことない会話なのに、切なかった。噂されてるあの人は、きっと知らない。自分がいた場所に、自分の影がくっきりと残ってることも。それを愛しく思ってる人たちの存在も。
114 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時05分23秒
「よっすぃ〜はレスもらった?」
感傷から引き戻すタイミングで訊かれた。
あたしがごっちんにメールを送ってるはずと決めてかかってきたのは、やっぱり梨華ちゃんだった。
「いや、昨日メールしてないや」
梨華ちゃんと二人でいるときにケータイがまた震えるのは、ごっちんに負担になるんじゃないかと思ったから。
「そうなんだ」と受けた後で、梨華ちゃんは訊かれないのに、「あたしもメールはしなかったな」と続けた。
『は』にかすかなアクセントを感じたのは、あたしの嫉妬のせいかもしれない。
昨日好きな人に会えたからか、今日の梨華ちゃんはやけに機嫌がいい。
だけど、その整った笑顔を、いつものようにかわいいとは思えなかった。この笑顔は何かに似ていると思って、ああ、あれだと思い当たる。
「あなたの幸せをお祈りさせてください」と擦り寄ってくる人たちのにこやかな顔。
理由はわからない、ただ漠然とうすら寒いものを感じていた。
115 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時06分00秒
■■■
仕事が終わったのは23時。まだ起きてるかと思って、メールを入れてみた。
『ごっちーん、今からそっち行ってもいい?』
返信はなかった。スケジュールによっては、明け方から仮眠をとったり、かと思えば夜の21時に寝たりする暮らしの彼女だけど、今は自宅療養である以上、この時間なら起きてるんじゃないかと思ったのに。
シャワーとかトイレとか、電話に出そこなう状況はいくらでも考えられたので、あたしはとりあえず、ごっちんの家に向かった。
飯田さんや矢口さんが、ごっちんのレスひとつ来た来ないを話題にしてることを、話して聞かせたかった。彼女が苦しそうに吐き捨てた「意味が見つからない」の、その意味になりうるひとつでもふたつでも、教えたかったんだ。
テレビ局の階段を一段とばしで、ずんずん降りた。エレベーターじゃイヤだった。走り出したい気分そのままにカバンを揺らし、受付で言う「おつかれさまです」もほとんど叫んで、横断歩道を渡る。地下鉄の階段をダッシュで下へ下へ。
116 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時06分36秒
まるっきりハイテンションのまんまでごっちんのマンションにたどりつく。エントランスで玄関チャイムを押したけど、返事がない。3度目を押そうとしたとき、ピザ屋の制服を着た男の人が、どこかの部屋から返事をもらって、それでホール入口への扉が開いたから、便乗で入れてもらった。
1秒でも早く会いたくてエレベーターの中、そんな自分がおかしくなる。昨日も会ったじゃん、そんで痛い話聞いたばっかりだ、たしか。あげくに他の人のところへ流れられたんだ、しかも。思い返して本当に頭の悪いことやってるなと思う。覚えてないわけじゃないのに、あたしの心臓は、それら不穏な事象より、単純にもうすぐあの人に会えるそのことへの期待をリズムに変えて奏でている。なんてバカ単純、恥知らず、能天気な体。呆れてみても止められない。
117 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時07分08秒
その部屋の前に立ち、あたしは待ちきれない気持ちでチャイムを2度鳴らした。
やっぱり返事はない。
もう一度、鳴らしてみると、返事はないものの、ドアの向こうでかすかに物音がした。壁に何かぶつかるみたいな、ちょっとした音だ。
3度目を鳴らしながら、ドアに口を近づけて
「お〜い、ごっちーん、いないのかぁ?」
廊下に響かないように気をつけながら、ささやく。
やっぱり、人の気配がドア一枚向こうで動いた気がした。
急に怖くなった。
気分が悪くなって、倒れていたりするんじゃないかと思って、いてもたってもいられなくなる。
「ごっちん!」
呼びながら、ドアノブを下へ引いて体を押し当ててみた。
ダメだ、引いてみる。
あっけないくらいにドアは開いて、あたしは転びかけて、なんとか踏みとどまる。
そして目に飛び込む光景。
118 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時07分43秒
靴を脱ぐスペースのすぐ先、その狭い廊下、会いたかった相手は腰が抜けたようにフローリングの床に体をぐにゃり預けていた。そしてその腰あたり、のしかかる体がひとつ。
「なにやってんの?」
ごっちんは空ろな目をただ、あたしに向けるだけで、答えたのはその上にあった体、つまり梨華ちゃんだった。
「よっすぃ〜、取材早く終わったんだね」
あの顔。『あなたの幸せ』祈り始めそうな顔。愛想ばっかりよくて、熱いようで冷めた目つき。
その手が、ごっちんのパジャマ、上から3つ目のボタンにかかっていて、あたしの全身に猛スピードで血が走る。
「梨華ちゃん、ごっちんは今、病気なんだよ? 知ってるよね」
失声症で胃炎。ついでに、これはマネージャーが洩らしてくれたけど、生理が止まるくらい栄養失調ぎみ。
「大丈夫だよ」
確信もってるみたいな言い方。彼女の体のことはよく知ってると、そう含んでる口調。
パジャマがはだけたごっちんの首筋、鎖骨あたりに、鬱血の跡が見えた。まだ紫にも青にもならず赤いままのそれが、あたしの目に痛かった。
119 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時08分22秒
「とりあえず、どいてよ。鍵は開けっ放しだし、あたしも来たし」
梨華ちゃんはまるでとりあわずクスクス笑い。
昨日の夜、ごっちんがメールに返信できなかったことを、梨華ちゃんだけは知っていた。自分がその腕の中に閉じ込めていたのだから。知りながら、罪悪感どころか優越感をもって、あたしにごっちんからのレスがきたかどうか訊いてきた梨華ちゃんは、どうやらもう、あたしの知ってる同期で親友の石川梨華とは違う人間になりつつあるようだった。
「場所がどこでも誰がいても関係ないよ。相手が真希ちゃんでさえあれば」
いつもと違う呼び方をするのは絶対に故意。所有権を主張して、あたしを挑発する方法。
「ここでとかそういうの、趣味悪いよ、それ。あたしも暴力振るいたいわけじゃないから、本当にやめてくれないかな」
自分が出せる一番低い声が出てるなと思った。意識したわけじゃない、ただ『どけ』とその二文字を言おうとしたら、オクターブ近く声が下がっていった。
「番犬みたいだね、よっすぃ〜」
「なに?」
「低い声でうなってご主人様を守るんだ?」
120 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時08分54秒
梨華ちゃんは立ち上がったけど、それはごっちんを解放してあげようというより、あたしとの対立に備える態度。
「ごっちんが守ってほしがってると思ってる?」
小バカにした、笑い声まじりのささやき。
「ごっちんが欲しいのはね、静かで物思いにぴったりな夜なんかじゃない。考えなくて済む夜。意味がいらない夜だよ、わかるでしょ?」
言われていることの意味はわかりすぎるほどわかって、だからよけいに胃のあたり焼けついて体、熱くなる。
「本気で言ってるわけ?」
梨華ちゃんが『意味』という言葉を使ったことが気に障る。
『本当にもう、わからないんだ。あたしが生きてるその意味が』
ごっちんのあの告白を、梨華ちゃんも聞いたんだなと思った。あたしだけに話してくれたわけじゃなかった。そのことがあたしの胸に刺さる。
考えてみれば、ごっちんはあたしより梨華ちゃんを優先することのほうが多い。昨日のように。ごっちんの気持ちは、もしかしたら。
121 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時09分38秒
考えかけたそのとき。
弱気になりかけるあたしの脳裏に、ヒーローさながらのタイミングで現れたのは、最大のライバルであるはずのあの人だった。
『勝手に負けた気になったりしないでさ、そのまんまを受け止めようよ』
安易に負けに逃げ込むなと教えてくれた声が、その響き方までそのままに甦る。
深呼吸。
そう、負けるのは、負けてからでいいはず。
あたしは梨華ちゃんとしっかり目を合わせる。睨みすぎないで、だけど視線にしっかり力をこめて。
「あれだけの話きいて、梨華ちゃんの答えは『考えるのやめて逃げましょう』なんだ?」
あたしを無視したのか、あるいは答えのつもりか、梨華ちゃんは、床に座り込んだままのごっちんに手を伸ばした。
小さな動物をじゃらすみたいにごっちんを触る。首から耳、顎、頬。手はしなやかに滑って、ごっちんは特に異を唱えることなく、されるがままになっている。繊細な指先にからめとられるように、その顔を少し上に向けて目を閉じた様子は、まるで何かに祈りをささげているかのようだった。
梨華ちゃんはそんなごっちんをうっとりと見下ろしている。
122 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時10分18秒
宗教的だ、と思った。上から差し伸べられる手。おとなしく触られるままに抵抗しないごっちん。それを見下ろして微笑む存在。
梨華ちゃんはあたしに一瞥をくれた後、ごっちんにご託宣でも授ける調子で宣言した。
「意味なら、わたしがあげる」
背中に熱くて冷たいものが走った。
「意味も理由も、わたしが与えてあげる」
怖い、と思った。弱ってる人に酷なくらいのタイミングで甘いささやきを与える梨華ちゃんが、あたしは心底怖かった。
ごっちんはその託宣にじっと耳を傾けているのか、閉じた瞳を開こうとしない。
つかまってしまっている。楽な選択肢をはねのけられるほど、今のごっちんは強くない。そうするには、彼女は苦しみすぎていた。
「ダメだよ」
それでも、あたしはいっしょに逃げるわけにはいかなかった。
「ごっちん、それはダメだよ、わかってるでしょ?」
他人から安易にもらおうとしちゃいけない。すぐにも崩れるまやかしに身をゆだねちゃいけない。自分で見つけなくちゃいけない。梨華ちゃんじゃいけない、あたしでもいけない。後藤真希が見つける意味じゃなくちゃ、文字通りに意味がない。
123 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時11分03秒
ごっちんは、あたしを見ようとしない。
つかのまの安穏、それが見せかけであっても、彼女はすがりたがってる。
ごっちんの細い四肢に透明に光る蜘蛛の糸。
からみついて彼女を透き通る檻に閉じ込める。
「ご主人様が迷惑がってるよ?」
勝ち誇った揶揄。
まだ負けない、でも今は勝てない、と思った。ごっちんがもうすっかり弱ってしまっていて、そんな彼女にあくまで悩め、考えろ、逃げるなとは言えなかった。そうかといって弱さにつけこんで依存させることは、あたしにはできない。
「おいで、ごっちん。休んだほうがいい」
あたしは、ごっちんの肩に手をかけた。ごっちんの目が反射であたしに向くけど、その目はどこにも焦点が合わない。
「ズレたこと言わないでよ」
梨華ちゃんはいつもと同じ高くて透明な声を響かせる。女の子らしい声がいつもと違う言葉を発していく、その違和感が、あたしに恐怖を抱かせる。
「眠れないから、寝るんじゃない。今までだってそう。よっすぃ〜だってわかってたでしょ?」
一人で眠る夜が怖いから、ごっちんは好きでもない誰かと眠る。イヤになるほど突きつけられてきた真実が、また、あたしを苛む。
124 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時11分47秒
「それは、知ってる。そこに甘えてきたのはあたしも同じ。だけど、今ここまで弱ってる人を、弱みにつけこんでどうこうなんてできないよ」
梨華ちゃんは鼻で笑った。アイドル然としたそのかわいい顔が、それと裏腹な凄みを見せ始めていた。
「優しいね、よっすぃ〜は。でも、ごっちんがそんなこと望んでると思う?」
すぐには言葉を返せなかった。ごっちんは梨華ちゃんのこともあたしのこともその瞳に映そうとはしない。フローリングの溝でも観察してるみたいに、床に目を落としている。
優しくされることを、ごっちんはたぶん望んでない。たとえば玄関先でもおかまいなし、ドアを開けるなり問答無用で抱きしめてくる腕を、望んでるのかもしれない。思考をふさいでくれる腕を。
「体調悪いときくらい、体を大切にしてほしい。それだけだよ」
結局、梨華ちゃんの質問に正面から答えることは、あたしにはできなかった。梨華ちゃんは、とても無邪気そうに見える顔であたしに笑いかけた。
「体なら、たぶん大丈夫だよ。昨日、試したから」
125 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時12分25秒
「…やめなよ、そういうこと言うの」
「なんで? わかってたでしょ? 今さら怒るようなことかなあ」
「ムカついてるから言ってるんじゃないよ。そういうこと言うの、ごっちんがかわいそうだと思わないわけ?」
梨華ちゃんは意味がわからないという顔をした。
「思わないよぉ。二人で楽しく夜を過ごしました。体も大丈夫そうでした。心配してる人には『大丈夫です』と教えてあげました。何が悪いの?」
「そういうこっちゃない―――――」
言いかけたとき、ごっちんが立ち上がった。
怒り出すのかと思ったけどそうではなく、背中を預けていた壁のすぐ隣のドアを開けて、身を滑り込ませるようにして消えていく。
閉じられたドアの向こうから水が流れる音と、かすかなうめき声。
あたしは長方形のドアノブに手をかけた。鍵をかける余裕はなかったのだろう、ドアはすんなり開く。ごっちんは、床に座り込み、左手で便座につかまって、右手で水洗レバーを押しつづけていた。
「……っ、………」
額に汗の粒が浮かび、眉根はきつく寄せられていた。吐けるものが胃に入ってないらしく、吐き気があるのに吐けないことが苦しそうだった。
126 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時13分00秒
「ごっちん……」
あたしはその背中に手をあてたけど、ごっちんは左手を振って、あっちへ行けというジェスチャーを見せた。
「優しくないね」
トイレの正面の壁にもたれて、細い腕を胸の前で組みながら、さっきと反対のことを梨華ちゃんが言った。
「自分の気持ちばっかりだよね、結局。体がどうでも、ごっちんが求めてるものが何かくらい、わかるでしょ? 今だって、ごっちんはドアの外にいてほしかったと思うよ? 背中を撫でたいのはよっすぃ〜の自己満足じゃない」
違う、と言いたくて、言えなかった。
愛情ってなんなんだろう。
彼女が望むことと、彼女が幸せに近づくことが同じじゃないとき、後者を選ぶのは自己満足なんだろうか。
あたしは、ごっちんに体を壊してほしくない。思考を放棄した盲信で救われた気にもなってほしくない。元気になって笑って、好きな人と仲良くしていてほしい。
短く言うなら、幸せになってほしい。幸せにしたい。
だけど。
幸せになる資格がないと思い込んでる人にとって、それは迷惑でしかないのかもしれない。
127 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時13分37秒
わからなくなりそうで、こんなときにまた、あの人の顔が浮かぶ。あの人がかつて、ごっちんに言ったこと。筆談で聞いたのに、なんでだろう、ちゃんと彼女の声で耳に聞こえる。
『だから絶対、お前は……幸せになんなくちゃ』
あたしは、トイレから出て梨華ちゃんの真正面に立った。
ごっちんは吐き気がおさまったのか、あたしの背中をすり抜けて洗面所へ入っていく。
その気配を背中に感じながら、あたしは宣言した。
「ジコマンでもジコチューでもいいよ、ごっちんには幸せになってもらう、絶対に」
梨華ちゃんは、瞼を少し下げ気味にして、うざったそうに目線をあたしに寄越す。
「わかった、よっすぃ〜はひとりよがりしてればいいよ。わたしはもっと直接いくから」
腹は立たなかった。
どっちが間違ってるのかなんて本当はあたしにもわからない。
梨華ちゃんには、ごっちんといっしょに破滅する覚悟がある。
あたしは何がなんでもごっちんと幸せになりたい。
どっちが上でも下でもなく、ただ、あたしたちは滅ぶのも幸をつかむのも、一緒にはできないだけだ。
128 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時14分14秒
口をゆすいできたのだろう、タオルを口元にあてたごっちんが洗面所から出てきた。
土気色の顔で、それでもいつものように冷めた無表情で強さを演じる。自分のことで揉めているあたしたちに何を言うでもなく、ただ一瞥をくれただけで、リビングへぺたぺたと歩いていく。どちらに帰れとも帰るなとも言わないごっちんを追って、あたしと梨華ちゃんもリビングへ入る。
「紅茶入れるね、グランマニエ垂らしたやつ好きでしょ?」
梨華ちゃんはソファに座るごっちんに声をかける。ごっちんはテレビ画面に目をやったまま鷹揚に頷いた。見る気もなさそうに、次から次、無数にあるケーブルのチャンネルをザッピング。普段どおりにMTVで止まる。
それは奇跡的なタイミングだった。
「君が好きで愛しくて 君のいない場所をさがした」
5.1チャネルのスピーカーから流れ出す市井さんの声。
梨華ちゃんが紅茶葉の入った缶を取り落として、それが大理石の流し台を叩く音が響く。
ごっちんは、ワン・フレーズだけでチャンネルを替えた。
129 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時14分56秒
あたしは黙ってごっちんの手からリモコンを取り上げた。
チャンネルを戻す。
「無色透明ロード 君に続いてる
君に会いたいって願う
あたしの気持ち 続いてる」
プロモーションVTRの市井さんは、まっすぐにカメラのまんなかを見ていた。今はちょうどまるでごっちんを見つめてるみたいな目線。
ごっちんは、動揺を見せずに目を伏せて、テーブルの下段から雑誌を引っぱり出した。これも大して気乗りしなさそうにページを繰る。
「いつまでもは逃げられないよ」
あたしはごっちんの隣に座って、画面の市井さんを見ながら言った。
ごっちんはあたしの声が聞こえていないかのように、完全に無視を決めこんでいる。
「ごっちん、こっち向いて」
あたしが声に力をこめてはじめて、ごっちんはため息まじりに雑誌を閉じた。
「市井さんからメールとか電話きてるんでしょ? 無視すんの、やめなよ」
ごっちんは、テーブルの上にあったノートと黒のボールペンを手にとる。
キッチンの方でしゅんしゅんと湯がわく音が聞こえていた。梨華ちゃんも黙って、こちらをうかがっているのがわかる。
『あたしをいちーちゃんに会わせたいの?』
130 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月16日(水)05時15分32秒
会わせたくないに決まってる。市井さんと二人で話した夜、『後藤に会いたいな』とつぶやいた市井さんのあの熱っぽい眼差し、艶っぽい顔つき、温かな声の響き。思い出すにつけ、会わせたくないと強く思う。会わせたら、大切な人はあっという間に攫われてしまいそうで。
「会わせたくないよ、本当はね。だけど……会わなかったら、ごっちん、一生、市井さんのこと引きずると思うんだ。そんなツラそうなの、黙って見てられないよ」
ごっちんは石のように体を強張らせて動かなかった。その瞳もほとんど動くことはなくて、ただ、あたしが想像するに、彼女の頭の中だけがフルスピードで動いてたくさんを考えていた。
「紅茶入ったよ」
梨華ちゃんが言いながら、ごっちんの前にカップを置いた。
ごっちんは、紅茶の色を瞳に映しながら、何かを考えつづけている。
やがて急に、自分の髪に両手の指をからませて頭を抱えた。うつむいたその顔はハッキリと苦痛を訴えていて、思わず『もういいよ』と言いたくなる。だけど、あたしはそれを言うわけにいかなかった。言っちゃダメだと自分に言い聞かせた。
131 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月16日(水)05時16分47秒
梨華ちゃんは違った。
『直接いく』の宣言どおり、少しもためらわなかった。
「ごっちん、いいんだよ、無理に考えなくて。頭痛いんでしょ、無理しないで」
甘美な許しと癒し。
梨華ちゃんの手がごっちんの肩を抱いて、ごっちんは誘われるように、梨華ちゃんの肩に自分の小さな頭を預けた。その目をつむって、髪に触れる梨華ちゃんの手をおとなしく受けている。
あたしはそれを責めることはできず、それでも胸がまんなかからバリバリ裂けそうに痛くて、見ていられなかった。
「よっすぃ〜、今日は」
帰ってくれと梨華ちゃんが言う。
そんなこと言われる筋合いは、とか、ごっちんの体が心配で、とか、言おうと思うのに言えなかった。痛がる手を無理に引くことが、あたしにはどうしてもできなかった。
「ごっちん、今日は……帰るね。明日、また来るから」
聞き手のない言葉を残し、あたしは立ち上がる。
ごっちんが小さく頷いたようにも見えたけど、それは梨華ちゃんの腕の中のことで、よくわからなかった。
132 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月16日(水)05時26分34秒
>>109
レスありがとうございます。
でもドロドロ暗くて、どうも逃避先には向いてないかも?
ここでよければ、どうぞ逃げ込んでやってくださいませ。

>>110
レスありがとうございます。
優しくなりたいと願う時点で…かぁ。
なるほど、深いですね。
うちの後藤さんは優しい、のかなぁ。

>>111
読んでくださって&レスありがとうございます。
うちの後藤さん、気に入っていただけたようで嬉しいです。
それにしても読む前から「良いものだと知って」らしたんですか?
ちょっと不思議かも。あんまり良いものじゃなくて恐縮ですけど、
これからも読んでいただければ幸いです。
133 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月16日(水)05時28分32秒
今回は本当にageるつもりでageました。
10より下だと書きにくいので。
ウロチョロして、すみません。
134 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月16日(水)05時33分31秒
今回の内容について、フォローを。

今回、書きながら大岡裁きの
「手を放したほうが本当のお母さん」てやつを
思い出したりしました。
それも真理でしょうけど、手を放せない気持ちも、
私はわかる気がします。
悪役を作らずに書いていけたらいいなと思います。
135 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月16日(水)06時43分10秒
>>132
以前に案内板で評判を聞いていたのですが
何故だか今迄読まずに居ました。

石川も吉澤も幸せにしようとしてるのには間違いないわけで
だけど吉澤の選択を信じたいです。
136 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月16日(水)17時44分23秒
人が何かに縋り付くのも当たり前だし、人がいなきゃ孤独に成りたいなんて思わなわけで
後藤さんや石川さんが弱いんじゃなくて、よっすぃーが非凡なんだと思う。
よっすぃーの弱さこそが強さだと思いました。
更新頑張って下さい。
137 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月16日(水)19時37分48秒
「手を離した方が本当のお母さん」って話。オイラおかしいって子供の頃から思ってました。
子供のその場の痛みとか考えるなんて状態じゃなくて、
そんな時こそ、母親は母親をあることを選んで、子供を助けるものであって欲しい。
腕がとれるとかじゃなくて、もっと大切な事ってあると思うのにって思います。
それでも、人間だから目先の痛さでいっぱいになっちゃう事もあるのかもしれないけど。。。

頑張ってください。すごい楽しみにしてます
138 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月16日(水)19時58分28秒
愛する人の幸せが自分の幸せってのは理想だけれど
そんな風に割り切れるものじゃないと判っているだけに
読むのが辛くなるほど切なくなります。
それでも読まずにはいられないというジレンマ…
更新頑張ってください。
139 名前:通りすがり 投稿日:2002年10月17日(木)09時22分06秒
「手を離した方が本当のお母さん」は、そう言う場合も有るだろうけど
基本的にそれは男性視点だと思う。
「女」は、愛する対象が、痛がっても、壊れても、自分の方に引き寄せると思う。
そこで手を離せるのは「男」だと思う、「女」にはそんな自己犠牲は出来ない。
女性として「男」になるのには、強靱な精神力が必要だと思う。
こんな考えは私だけかも知れないけれど。



140 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月17日(木)22時59分41秒
139の通りすがりさん。それちっと問題発言だと思うぞ。
141 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月20日(日)23時55分50秒
ごっちんが声を失って4日。
今日発表のチャートで、市井さんの4曲入りマキシは発売5日目にして初登場第8位を記録、発売からずいぶん経つあたしたちのシングルを軽々と踏み越えていった。
今日発売の音楽ランキング専門誌に目をやった矢口さんは、ちょっと口数が減って、だけどスタッフの声がかかって楽屋を出るとき、このところなかったようなビッとした顔になっていた。

「矢口さん、かっけぇ、今日の」
「え? 今日なんかカッコイイことやったっけ?」
「あのテンション炸裂ツッコミっぷりが」
「んだよ、そりゃ。ダンスがステキとか言われたいなー」
収録終わりで、笑いあいながら楽屋へ戻る。笑っていたかった。
昨日、あたしは死にかけた。だから今日は、笑っていたかった。
142 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月20日(日)23時56分38秒
ゆうべの帰り道、帰巣本能だけで歩いてたら、赤い歩行者信号を睨みながら道を横切ってしまっていた。カローラに轢かれかけた。
転んだだけで済んだけど、クラクションとブレーキ、タイヤがアスファルトをこする音が耳に残って離れない。金切り声みたいな高い音。
納得した。こんなふうにして、覚悟も何も、すべて置き去りのままで死ぬこともきっとあるんだと思った。それが今たまたま自分に訪れなかっただけで。理屈じゃなくて、あたしは悟った。いつだって誰だって死ぬんだってことを。だからどうじゃないし、なんの結論も出やしないけど。そうなんだな、ってわかったんだ。
143 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月20日(日)23時57分27秒
ごっちんの不在を少しずつ飲み込みつつある楽屋、喧騒に紛れるように梨華ちゃんがするりと寄ってきて、ごく親しそうにあたしの肩に手を置く。そのまま耳元に顔を近づけてきて、知らない人が見たら、あたしたちこそカップルみたいに見えるのかもなと一瞬そんな皮肉なことを考えた。
「伝言」
梨華ちゃんの声があたしのノンキな考えを砕く。耳に吐息がかかって、背中がぞくっと震える。場合によっては興奮しそうな距離で、だけど今のあたしと梨華ちゃんでは、ゾクゾクの正体はただ、戦慄。
「『来ないで』」
ことさらにゆっくりとその4文字を発音して、それだけで梨華ちゃんは、あたしから離れていく。
誰から、と訊かなくてもわかる。
指先を薄い紙で切った感じに似ている。血が流れ出す直前、白っぽい皮膚の裂け目。
あたしは自分の血を見るのがイヤで、涙を流すのもイヤで、傷口から目を切った。
結論とか核心とか真意とか。そういうものに近づきたくなかった。
この後にラジオの収録がある。まだ仕事が残ってる。
あたしは自分の胸がとんでもない早鐘を打っていることに気づかないふりで、
「圭ちゃーん、もう出るってー」
いつもより高い声を出した。
144 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月20日(日)23時58分14秒
そうやってうずくまっていたせいで、伝言の差出人へメールを出すのに、丸一日以上がかかった。
恋敵が言ったことは本当なのか、本当だとして、その4文字は4文字以上のどんな意味をもつのか。
真意を確かめることが怖くて、すごすごとうちへ帰って、惰性で仕事に出て。このままでは、これ以上コイツとはつきあえないと思うほど自分がキライになりそうだったから、限界点の近く、真夜中の街灯の下、ひとりで無理やり賭けに出た。
目の前を今度通る車が、もしも青かったらメールを打とう。30秒以内に打とう。青じゃなかったら、頭からシャワーを浴びて眠ろう。
どうして、そんな芝居じみたことを考えたのか、わからない。
わからないけど、芝居じみたことがしたかった。
あたしは賭けに勝ちたかった。
145 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月20日(日)23時59分05秒
深夜の住宅街のことで車どころか人も通らない。
数分が経ってようやく遠くから車の走る音が近づいてきた。その音で相当なスピードが出ているのがわかる。目を閉じて、音がここへ来るのを待った。
頭の中で適当にカウントダウン。5、4、3、2………来た。
今。
瞼をあげる。
濃紺のアリストが、街灯を受けて一瞬、車体を煌かせ、また闇へ消えていった。
紺色はもちろん青色のうちだ。そう思いながら、あたしは最初から負けるつもりなど毛頭なかった自分に気づく。ブルーグレーの車でも、窓に青いシートを貼った白い車でさえも、あたしは青い車と認識したに違いない。
「賭けになってないじゃん」
ひとりごちた。自分のバカさ加減が急におかしくなって、あたしは丑三つ時の路上でしのび笑った。
146 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月20日(日)23時59分53秒
静か過ぎる真夜中の歩道に、あたしの親指がケータイのボタンを叩く音だけ、虫の声より小さく響く。
『伝言きいたよ。あれって有効期限いつまで?』
改行ボタンを1回押した。もう1回。さらにもう1回押す。
そこに一文だけ、加える。
『会いたいよ』
打ってすぐ、読み返さずに送信ボタンを押した。ためらう自分がイヤだったから。
じっとなんかしてられなかった。待つことは今のあたしには恐怖だった。
ケータイをパンツの後ろポケットに入れて、誰もいない横断歩道、地面を強く蹴って、久しぶりに本気で走り出す。
たったったったった。
いいリズム、我ながら。
はっはっはっはっは。
短い呼吸、そうだ、この感じ。頭の中に直接、自分の息遣いが響く感じが好きだった。
芸能人じゃなくて期待のバレー部員だったころ、あたしは走ってばかりいた。ボールを使った練習よりもロードワークが好きだった。シンプルに脚を前へ前へ出して、それが刻んでいくリズムとか、他に音が聞こえなくなっていく感じとか、そんなものを愛してた。
単純になりたい。
呼吸の切れ切れ、そんなことを強く願った。
147 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月21日(月)00時00分49秒
数百メートルで脚を止め、膝に手を置いて、荒い呼吸が静まる間、心臓の音を聞いた。
耳が聞いてるのか、体が鼓動を感じてるのか、わからないけど、音は大きく聞こえてる。
どっどっどっどっど。
速く速く、押し寄せるみたいな調子。こんなにも強い、あたしの音。
確信する。きっと、単純になれるはず。
根拠はただ、この音。
あたしは、もう一度、シンプルになれるはず。まっすぐ、いけるはず。
好きだから会いに行こう。会ったらすぐに抱こう。そして彼女お得意の「ごめん」を言わせずに、代わりにあたしが「愛してる」と言いつづけよう。

お尻でケータイが震えた。流れ出す電子音が平板に音符をなぞっていく。つきあい始める前から、彼女のためだけに設定しておいたメロディ。どんな名曲もこうして着メロになってしまえば、どこかマヌケで、それでも今、旋律が自動的にあたしの頭に歌詞を連想させて、胸を締めつける。
『今 煙の中で 溶け合いながら 探しつづける愛のことば
 傷つくことも なめあうことも 包みこまれる愛のことば』
148 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月21日(月)00時01分51秒
通話ボタンを押した。
「もしもし?」
返事が聞こえるはずがないのだったと気づいて、それならどうして、彼女は電話をくれたのだろう、と思った。
「ごっちん、あの―――――」
言いかけたとき、電話の向こうで、短く息をのむような音が聞こえた。
「ごっちん?」
ぷつ。
「え?」
切れる音。通話が。あるいは、他の何かもいっしょに。
その後に、ただ空しい、あのツーツーいう音が、だんだんボリュームを増していく。
彼女につながったものが唐突にちぎれて、あたしは世界がブラックアウトしたみたいな感覚に呆然となり、しばらくそこに立っていた。
かけなおした電話に応えたのは、慇懃丁寧な留守番電話接続サービス案内。
頭に乳白色の靄がかかる。それはまるで濃い霧のようにあたしの視界を奪う。
あの息をのむ音は彼女。声じゃなくてもわかる。あれは彼女の音だった。
だったら、電話をかけたのも切ったのも彼女なのか。それとも。
かけたのは彼女で、
切ったのは、誰だ―――――?
149 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月21日(月)00時03分23秒
>>135
150 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月21日(月)00時08分11秒
上は操作ミス。ごめんなさい。ああ、いまだに慣れない。

案内板はちょくちょく覗くんですが、自作の名前を
あげていただいたのは知りませんでした。
企画板であらすじ紹介していただいたときには
まるでいっぱしの小説扱いだなぁ、と感激しました。
紹介してくださった皆さん、ありがとうございます。
とても励みになります。
151 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月21日(月)00時14分30秒
>135〜140
皆さん、レスありがとうございます。
やっぱり、いろんな考えがあるんだと、それが確認できて
作者的にはとてもうれしいです。
あれもこれも、その人なりの形でアリだよねっていう、
「いろいろアリ」な感じを書くための三角(四角?)関係なので。

次回更新は少し先になりそうですが、今後も
ご意見ご感想など、いただければ幸いです。
152 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月21日(月)01時47分14秒
あぁ、この歌がきましたか。
ここのよっすぃーにはハマりすぎです。
泣ける・・・。
153 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月21日(月)19時38分00秒
三角(四角?)関係が急激に動き出しましたね。
好きな人を疑い始めたらきりが無いとはよく言ったもんです。
154 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月26日(土)23時47分07秒
更新が早いながら、その内容の濃さにただただ感服です。しばらくぶりの間に
とても話が進んでいてびつくりしました(w
本当にこの先の展開が読めなくて、その分とても楽しみです。どう転んでも、
自虐的な後藤さんに救いがあればよいのですが…
155 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時10分45秒
翌日、容疑者の一人から電話があった。
単刀直入をモットーとする市井さんは、「吉澤に頼むのは筋違いだってわかってるんだけど」と一言だけ前置きを入れて本題に入った。
「後藤に会いたいんだ。いっしょにマンションに行ってくれないかな」
この時点で、市井さんの容疑が晴れて、同時に犯人は確定した。
市井さんは、自分に嫌疑がかかっていたことなど知るよしもないまま続ける。
「後藤が失声症になった次の日。吉澤と会った翌日ね、会いに行ったんだけど、会えなかったんだ。モニターであたし見ると開けてもくれなくて。アイツ、ホント容赦なくってさ」
ごっちんから一番ツライ話を聞かせてもらったその日、市井さんも本当はごっちんを訪ねていた。ごっちんは、それを拒んで、それから何時間後だったのか、あたしに大切なことを話してくれた。
話したかったんだと、今になってわかる。その日も大切な人に冷たくするしかなかったごっちんは、きっと誰かに懺悔を聞いて欲しかった。
いろんなことが、いつだって後からわかる。
156 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時11分33秒
それにしても、ごっちんのやることは徹底している。
市井さんは今、再デビュー曲をリリースしたばかりで、テレビ、ラジオの歌番組をまわって多忙の極み。それは同じ稼業の人間なら容易に想像できることで、そんな中を会いにきてくれたのに追い返すあたり、まったく「容赦がない」。
市井さんは藁にもすがりたい気持ちなんだろう。あたしを頼るなんて、いろんな意味で誇りが傷つくことだろうに。
「モニターにあたしが映って見せて、開いたらいっしょに入るってことですか?」
「無茶なやりかただってわかってるよ。吉澤にもイヤな思いさせるよね」
市井さんは謝罪の言葉を口にしながら、それでも嘆願を撤回するつもりはないみたいだった。もう、なりふりなどかまうつもりはないのだと、そういう覚悟が伝わってくる。
「…わかりました」
「吉澤、本当に? ありがとう」
「でも」
無邪気に喜ぶ市井さんに、釘を刺すことを忘れない。
「あたしが行っても開くかどうか、わかりませんよ」
聞き返す声が聞こえたけど、説明したくないから、かまわずに続ける。
「それでもよければ、今日の24時ごろ、現地で」
157 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時12分07秒
■■■
マンションへは、あたしが先に着いた。
『市井さんよりは』先に、だ。ごっちんからあたしへの電話を切った犯人は、多分とっくに部屋にいるだろう。彼女はラジオの収録からの直帰組で、新曲のダンス・レッスンに入ったあたしたちより少し早い帰りになったはずだから。
なりふりなら、あたしももう、かまうつもりはなかった。
ごっちんを好きな人が何人いようと、ごっちんに好きな人がいようと、あたしは直線でいくことに決めていた。彼女が痛がるんじゃないかとか、誰かを傷つけるんじゃないかとか、自分が痛い目にあうんじゃないかとか。臆病に迂回するのは、もういい。
「悪い、遅れた」
市井さんはサングラスをはずしながらエントランスへ入ってきた。
「おつかれ。ごめんね、頼んどいて遅くなって」
「いえ、おつかれさまです。ハードですよね、今」
「まー嬉しい悲鳴も、そう長いことないと思うけどね」
ご謙遜を、とは言えない。いつどうなるかわからないのが、あたしたちの生きてる世界だから。あえてフォローはせず、インターホンに目をやる。
「行きますか」
158 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時12分47秒
「うん」
短い返事だったけど、市井さんの声が上ずったのがわかった。
抜き打ちのように無理やり会いに行ったら、ごっちんがまたどんな反応を見せるか、わからない。怒り出すかもしれないし、PTSDぎみな拒否反応を見せるかもしれない。
怖いのだ、この人だって。あたしと同じだ。
好きな人のことは、いつだって怖い。
「あの…先に言っときます。今日たぶん、あたしたちだけじゃないですから」
「え?」
「たぶん部屋に梨華ちゃん、いるんで」
市井さんは、一瞬、言葉を失った。
梨華ちゃんに断りもなく話すべきじゃないと思ったから、ルバートではあえて話さなかった。今日はもう、ごまかしようもないから、目で見てショックを受ける前に伝えておく。市井さんのためじゃない。市井さんがショックを受けるのを目の当たりにして、ごっちんが傷つかないために。
「そっか。ん……と、先、言ってくれてありがとね」
市井さんは、内心は穏やかじゃないだろうに、すぐに平時の声を取り戻していた。
「市井さんて」
「ん?」
「………いいです。じゃ、ちょっと離れててくださいね」
ごっちんと似てるなと思った。意地の張り方、強がり方。悔しくなったから言わない。
159 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時13分28秒
部屋番号と呼び出しボタンを押す。
予想はしてたけど、応答がない。
ベッドからだと、受話器までわりと離れてるんだよなぁ、とロクでもないことを思い出した。もう一度、押す。
しばらくして、ちゃっと受話器の上がる音が聞こえた。向こうにはあたしが見えてるはずだけど、こちらからは見えない。
「こんばんは、吉澤ですけど」
送話マイクに向かって話しかけると、機械を通してくすくす笑いが聞こえた。
「よっすぃ〜、おつかれさま」
予想通りの梨華ちゃんの声に今さら驚かない。ちょっとばかりイライラするだけで。
「……おつかれ。開けてくれる?」
「んー、真希ちゃん、寝てるんだけど……いいよ、開けるね?」
ロックが解除されて、あたしの体に反応した自動ドアがゆっくりと左右に割れた。

一言も話さないまま、エレベーターは21階まで昇った。
降りた途端、廊下を吹き抜けた風に、ふるっと体が震えた。
市井さんは、自分が青い顔をしてるくせに「吉澤、大丈夫?」なんて声をかけてきた。この人のこういうトンチンカンな優しさを、ごっちんは好きだったのだろうなと思った。
160 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時14分10秒
ドアを開けてくれたのは、もちろん梨華ちゃんだった。
慌てて着込んだみたいな、ごっちんのジャージのパンツとTシャツ。
「市井さん? よっすぃ〜に連れてきてもらったんですか? ふふふ」
イヤミで笑うというよりは、心底おかしそうに笑みをもらした。
「悪いね、ジャマして。顔見たら帰るから」
市井さんは、腹が立たないはずがないだろうに、律儀に愛想をふりまく。
「ジャマじゃないですよ、一段落したところだし」
一片の曇りもない梨華ちゃんの笑顔は、言葉の意味を落としそうになるくらい、純真に見えた。
市井さんは言われた言葉と向けられた笑顔に戸惑ってるけど、あたしはもう、そこにはかまわない。挨拶だけ、しておく。
「昨日は電話で、どーも」
梨華ちゃんは、少しも動揺しなかった。勝手に他人の電話を切ったことになんのコメントもせず、口角をあげたまま、手のひらで寝室を示した。
「真希ちゃんならベッドにいるよ?」
廊下から覗いた寝室は青かった。照明は落ち、オーディオのディスプレイが放つ光だけが部屋全体をぼんやり青く染めている。
161 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時14分56秒
梨華ちゃんの言葉通り、ベッドにごっちんはいた。
真っ白な羽毛布団から裸の肩をのぞかせて、うつぶせに横たわっている。遠目にも、その肌がしっとりと汗ばんでいるのがわかる。枕の上に乗せた頭は壁のほうを向いて、ぴくりとも動かない。けだるい空気、くたりと投げ出された体。ついさっきまで、ここで行われていたことが、簡単に想像できた。
あたしの肩の上から部屋を覗いた市井さんの体が、悲しいくらい硬直していくのがわかった。
「起こしましょうか?」
自分のもののように、梨華ちゃんが言う。
「あ、いや……」
市井さんが断ろうとして、その声が聞こえたのか、ごっちんの肩がわずかに動いた。
「あ、起きちゃった?」
梨華ちゃんは、ベッドに座って、ごっちんを覗きこむ。
ごっちんは、肘をついて少しだけ上半身を起こした。
まだ意識がきちんと覚醒しないようで、のろのろした動きだ。
梨華ちゃんはそんなごっちんの顎を片手でつかまえて口づけた。
「……っ、………」
薄暗闇の中でもごっちんが眉をひそめたのがわかったけど、抵抗らしい抵抗はしていないように見える。
162 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時15分35秒
何かがおかしい、と思った。ごっちんのだるそうな感じ、風邪で熱があるときみたいな動きの鈍さと倦んだ空気。
唇を離した梨華ちゃんは、ごっちんの首から肩を指でくすぐり、ごっちんはそれを拒むように、自分の肩を両手で抱く。震えを抑えるようにしながらベッドに沈んだ。
「ッ………」
苦しそうに荒い呼吸を繰り返す。
「真希ちゃん、まだ足りなかったかなぁ。カラダ熱い?」
からかうような梨華ちゃんの声に、市井さんが何か思い当たったように顔をあげた。
「石川…お前、まさか」
梨華ちゃんは殺気を帯びた気配をわざとのんびり受け止めて、
「まさか、なんですかぁ?」
湿度の高い視線を市井さんにからませる。
「お前、後藤に何した」
市井さんの声には、彼女らしからぬドスがきいていたけれど、梨華ちゃんの笑顔は満開の花のようだった。
「愛あるセックス」
163 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時16分16秒
「ふざけんな! 何、飲ませた。どれだけ、どれくらい前に、どういう方法で。答えろよ」
「ふざけんな」の後は怒鳴らず、声を低く低く抑えていた。声が震えているのは、尋常じゃない怒りのせいだろう。
そのときになって、鈍いあたしにもようやく、ごっちんの体になんらかの薬が作用しているのだとわかった。
梨華ちゃんはまったく悪びれずにすらすらと答えた。
「リキッド・タイプのをジュースに混ぜて、2時間くらい前に。たぶん2、3回分をまとめて。主成分はヨヒンベかな」
「この……!」
あたしは梨華ちゃんの胸ぐらをつかんだ。なんの薬であれ、2、3回分の用量をいちどきに飲めばよくないに決まってる。ましてそれがいわゆる『クスリ』なら、なおさら。
「体がよくないこと知ってるくせに…っ」
目の前が赤く見えた。ああ、あたしの声も震えてるなと思った。
164 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時17分01秒
「だったら、よっすぃ〜は今日、何しに来たの?」
梨華ちゃんはもう笑ってなかった。
「真希ちゃん抱きに来たんでしょ? それ以外に何があるの? 誰かさんのせいでPTSDみたいな厄介なもの抱えてとっくに壊れちゃってる人を後生大事に守って、どうするつもりなの?」
的確に心臓をえぐる言葉。市井さんがぐっと息をつめた。
「梨華ちゃん、それは」
「わたしは待たないよ? どうせ壊れてる心なら、心がなくなるまで抱いてあげる。考えられなくなるまで、めちゃくちゃになればいい。わたしがいっしょに行ってあげる」
言いながら梨華ちゃんはごっちんをあおむけにして、上半身をこちら向きに起こさせた。ごっちんは朦朧とした瞳にほとんど感情を宿さなかった。
それでも、背中から抱きすくめられると、それだけで体はびく、と反応を見せる。梨華ちゃんが首筋に口づけると、鼻から抜けるように甘い吐息が洩れた。声にならない、けれどそういうときのごっちんの声。
165 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時17分40秒
「やめろ!」
市井さんが叫んで、意識が混濁したままのごっちんの目が一瞬、市井さんを映した。
「やめて、石川、お願いだから」
梨華ちゃんはごっちんを抱きかかえたままで
「今やめたら、ツライのは真希ちゃんなんですけど」
白けた調子で言い放つ。
「それともタッチ交代します? 市井さん、したことないんでしょ? 真希ちゃんと。今なら多分させてくれますよ」
「梨華ちゃん!」
あたしはごっちんの胸からずり落ちそうになっているタオルケットをしっかり体に巻くようにして、梨華ちゃんの腕の中からごっちんを奪った。
「よっすぃ〜が交代したいの?」
ごっちんの体は熱くて、目に見えないくらい細かな震えが、抱いてはじめて伝わってきた。
このまま放っておくのがごっちんに酷なことは、間違いないみたいだった。
「交代、するよ」
166 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時18分24秒
あたしは絶句した。言おうとしたセリフを、一瞬早く、市井さんが口にしていた。市井さんの腕が、静かに、けれど確実にあたしを押しのけて、ごっちんをタオルケットでくるむようにして抱きしめた。
途端、ごっちんはあからさまに嫌がって、さっきまで満足に動けなかったはずの体で必死に抵抗を始めた。市井さんを平手で叩いて、体を遠ざけようとする。
市井さんは、それでもごっちんの体を放さなかった。
「後藤。『もしも』って一回だけ、今だけ、言わせて」
市井さんの力があんまり強すぎて、ごっちんは抵抗できないどころか、苦しそうだった。
市井さんの声があんまりかすれて、あたしはそれを悲しいことのように思った。
「もしも、あのときケガなんかしないで、ちゃんと守れてたら。あたしの体にも後藤の心にも傷をつくらなかったら……あたしたち、ずっと一緒にいられたよね」
ごっちんは心の何かを殺すように、ぎゅっと目をつむった。
固く閉じられたその瞼は、けれど涙を抑える役割は果たさなかった。
167 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月27日(日)00時19分08秒
「あの頃、言わなかったんだ。言えなくなる日がくるなんて思わなくて、言わないままにしてた。二人でずっと、へらへら遊んでられると、思ってた」
市井さんは、ごっちんの頬に頬をくっつけた。体温を確かめるみたいにぴったりと。ごっちんは、されるがままになっていた。
「急にあんなふうに、いろんなことが起きて、ビックリしたし、怖かった。それより強い感情がちゃんとあったのに、あたしバカで、驚いて反射みたいに逃げたんだ」
ごっちんに話しかけることをやめて、矢口さんとつきあった市井さん。
「だけど……ごめんね、遅くなったけど、わかったよ。怖くても驚いても何しても変わらないものを、望んでも望まなくても、あたしは持ってる。変えられないんだ、これだけは」
市井さんは、吐息が触れそうな距離でごっちんの顔を見つめた。
ごっちんも見つめ返す。正確には、動物が恐怖を感じて威嚇するときみたいに、市井さんを睨みつけていた。
市井さんは、何ひとつ迷わずに、たぶん初めて言うであろうその言葉を口にした。
「愛してる」
涙っぽい鼻声が、ぽつんと部屋に響いた。
168 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月27日(日)00時20分05秒
ごっちんの目が大きく見開かれたようだったけど、市井さんがすぐに強く抱きしめたせいで、その表情がよく見えなかった。
ただ、ごっちんの体の震えが、抱きしめられたままでも止められないで大きくなっていくのが見えた。
あたしは、たぶん世界で一番見たくなかった景色を今、目にしている。だけど、それは、あたしが心のどこかで待ちわびた景色だった気もした。
「後藤、愛してるよ」
「……っ、ぅあ……」
最初は本当に小さな声だった。
それが次第に大きくなっていくのを、あたしは目を閉じて、聞いた。
ごっちんが6日ぶりに発した声は、まるで生まれて初めて声をあげたときの、そう産声のような、ひたすら無垢な泣き声だった。
「ぅぁああああああああっ………」

169 名前:駄作屋<感謝の言葉> 投稿日:2002年10月27日(日)00時21分59秒
企画板で投票してくださった皆さん、本当にありがとうございます。
「うれしい」とか「励みになる」とか、ありふれた言葉しか思いつきませんが、心から喜んでいます。

レスも特に多くいただいてるわけじゃないし(作品の拙さの割には驚くほどたくさんもらってますが)、知る限り感想や評価もほとんど見かけなかったのに、何がどうして、こんなにたくさんの票をいただけることになったのか、分不相応な出来事に驚くばかりです。とてもうれしいのは間違いなくて、でも正直、これまでsageぎみで地味にやってきてたので、少し戸惑いを感じてもいます。

連載中の予選通過ということで、今後「こんな結末になるなら投票しなかったのに」のようなことがあるかもしれません。結果的に期待に応えられないことがあるかもしれませんが、応える努力だけ、ここでお約束します。これまでも一生懸命に書いてきましたし、これからもそうするつもりです。
読んでくださってる皆さんには、最後までおつきあいいただければ幸いです。
170 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月27日(日)00時26分53秒
>>152
「くだらない話で安らげる僕らは
その愚かさこそが何よりも宝物」
が、この二人にハマるし、サビがうちの二人に
ハマったので使わせていただきました。

この小説では、実在の映画や音楽を、いくつか舞台装置的に
使わせてもらってます。ファンの方を不快に
させてしまったら、ごめんなさい。
どうか、ご容赦ください。m(_ _)m
171 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月27日(日)00時32分15秒
>>153
展開は早くなってきたかも、今回さらに。
よくマンガ家さんとかが
「キャラが勝手に動き出して」とか言うのを
鼻で笑ってたけど、今はわかる気がしてきました。

>>154
内容…フツウにネクラなCPモノなんですが、
そう言っていただけるとうれしいです。
改行少ないし、まとめて読むとツラそうですが、
おヒマなときにでもまた読んでくださいね。
172 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月27日(日)01時10分13秒
泣けてきました。
終わりまでつき合わせてください
続きを待たせていただきます。
173 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月27日(日)14時24分06秒
だめだ石川っ!お前の愛し方じゃ後藤は幸せになれねぇよっ!!

と、画面に拳を叩きつけるほどにのめりこんでおります。
続きを知るのが怖いけど楽しみです。
174 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月27日(日)17時38分21秒
更新お疲れ様です。
今回の更新でもわかるように企画板であれだけの投票があるのも当然だと思います。

石川が後藤を無くしてしまったら彼女の思いはどこに向かってしまうのかが心配です。
市井の最後の一言と後藤の最後の行動には心がかなり動かされました。
175 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月28日(月)00時44分20秒
吉澤、市井、石川。
吉澤と市井は何処か通じるものを感じるけど、石川は全く考えが異なる。
だから3人が同時に幸せになれることは、きっとないんだろうな〜
とか、思いながら読んでますた。
全てはごっちんにかかってるんでしょうか…。
痛くて切なくてオモロくて、眼が離せない小説です。ガンガッてください。
176 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時20分21秒
ごっちんは、ただ泣いた。生まれ落ちたその日のように、他に手立てがないみたいに。
市井さんは、泣きじゃくる背中をぎこちなく上下に撫でていた。
あたしは頭がショートしかかって、ベッドの脇に膝から崩れ落ちた。
梨華ちゃんはクローゼットに背中を預けてかろうじて立ってるみたいだった。
四角っぽい関係の、これが結末。
生殺与奪。角張った四字熟語が頭に浮かんだ。
ごっちんから声を奪ったのが市井さんなら、再び与えたのも市井さん。泣かせるのも市井さん。
君臨する、彼女の王。
あたしたちは最初から、三角関係でもなければ、四角関係でもなかった。
最初から最後まで、好きな人はきっと、わき目も振らずにただ一人を愛してた。愛されたその人も、昔からずっと彼女を愛してた。
あたしは今、恋を失った。
だけど、本当はそれは、最初から失われていたものだったんだ。
万力で心臓を締め上げるみたいに、キリキリと左の胸が痛んだ。比喩表現じゃなくて、ただリアルに心臓が痛かった。
177 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時21分04秒
けれど、数十秒か、数分の後。
「はなして」
響いたごっちんの声は、耳を疑いたくなるくらいに冷たかった。愛がかなった人の声ではなかった。
「放してくれる? 熱いし」
3年越しで愛を告げてきた相手に対して、やっと出るようになったばかりの声で、紡いだ言葉がそれだった。
「後藤」
市井さんの手から力が抜けていくのが、あたしの目にもわかる。
感動的ですらあった涙まじりの抱擁を、ごっちんはいとも簡単に抜け出してみせた。
すとん、と身軽な猫のようにベッドを降りる。白いタオルケットをマントのようにまとって立つその姿は、どこかこの世ならぬ者のようだった。
「聞かなかったことにしとく」
宣言するごっちんの目は、あたしと梨華ちゃんと市井さんの真ん中あたりを睨んでいた。けほん、と咳払いをしたけれど、それは言いにくいことだからではないみたいだった。喉を少し気にしただけで、ごっちんは市井さんをはねつけるのに、わずかのためらいも見せなかった。まだ赤いその目で、平然と続けた。
「新曲、ヒットしてるみたいだね。寝られるときは早く寝て、ノド大事にしてね」
178 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時21分45秒
「後藤こそ、喉……急にしゃべっちゃダメだよ」
ついさっき腕に抱いたと思った存在がもう遠いことに、市井さんは呆然としているようだった。どこから何を言うべきか迷っているのがわかる。
「後藤、あたし―――――」
「いちーちゃん。さっきの言葉、昔のごとーに聞かせてやったらきっと、すごく喜んだよ。泣いて喜んだだろーね。そう思ったから、あたしが代わりに泣いといた。でも」
声はまだかすれがちだったけど、ごっちんは話し続けた。
「もう、いないんだ」
そこだけ、声が強かった。かすれず、震えなかった。
「あなたの知ってる後藤真希は、もういない」
いつも市井さんに向けてきたあの低温な笑顔をつくる。
「忙しいとこ来てくれてありがとう。でも、もう帰ったほうがいいよ」
「後藤は…後藤だよ」
市井さんはベッドから降りて、ごっちんの正面に立った。ごっちんは目を合わせようとはせず、下品なくらい色っぽく微笑んだ。
「ごとー、今、クスリ効きすぎでキツイんだよね。ヤリたくて気が狂いそうでさ。いちーちゃんの知ってるごとーもこんなだっけ?」
179 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時22分22秒
「ごっちん」
ツライことをこれ以上言わせたくなくて、名前を呼んだ。
「わかったら帰ってくれるかな。梨華ちゃんも」
前半を市井さんに言って、ごっちんは梨華ちゃんに視線を流した。
「とりあえず、今日は帰って」
口調こそ穏やかで、けれど内容は厳然たる命令だった。
梨華ちゃんは、命令に反抗しようとはしなかったけど、服従して出て行くこともなかった。その大きな瞳が「かなしい、かなしい」と叫んで、ごっちんを見ていた。
梨華ちゃんが嫌った梨華ちゃんの弱さは、きっとごっちんの近くにいるとき、一番さらけ出されてしまう。根拠なく、そう思った。ごっちんは何を思うのか、それ以上、梨華ちゃんに何も言わずにいた。
沈黙は市井さんが破った。
「帰るわけにはいかない」
強い眼差しが、ごっちんを見つめたけど、ごっちんは聞かせるための大きなため息をついて、市井さんの手をとった。
「後藤?」
無言のまま市井さんを引きずっていく。その先は、玄関ではなくリビング。
あたしも梨華ちゃんも、わからないなりについていった。
180 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時22分57秒
リビングに入ると、ごっちんは市井さんの手を放して、両手で寒そうにタオルケットの前をあわせなおした。腕を組んで、イライラしてるみたいにぱたぱたぱた、足で床をたたく。
「そこの床」
ダイニング・テーブルの脇を顎で示す。
「いちーちゃんの血が染みてるんだよ。もう忘れちゃった?」
ハッとした。まるでそこに、そのときの赤い色が甦った気がして。
市井さんも息を呑んだけど、それでもひるみはしなかった。
「忘れてないけど、それが何?」
「何って」
「いい加減ふっきりなよ、あんな事故のことは。済んだことだろ」
「事故?」
聞き返すごっちんの声は低くも高くもなく、感情を含まない。
「事故だよ、刺そうと思って刺したわけじゃないんだから」
あのとき、追いつめられてたごっちんの心。そこに、市井さんを刺すことなど考えもしないで(当たり前だ、ナイフを取り出したとき、ごっちんは市井さんが部屋を訪ねてくることを予期してなかった)置かれていたナイフ。そして、怖がっていたごっちんの体に手を伸ばした市井さん。
3つが集まってしまったための事故だと市井さんは言う。
181 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時23分30秒
「だから、後藤はもう」
「事故じゃないよ」
続けようとした市井さんを、ごっちんの声がさえぎった。
冷え冷えと、冴え凍るような声だった。
「刺そうと思って刺した、うざかったから刺したんだよ。それでも事故?」
「ごっちん!」
自分の声が割れてるのがわかる。
ごっちんは、あたしを振り返った。
「よっすぃ〜、怖いの? 大丈夫だよ、よしこのことは好きだから。ナイフじゃないもの、いっぱいあげる」
背中のあたりが冷やりとした。市井さんの目の前でこんなセリフが吐けるごっちんに、狂気のような熱を感じた。
あたしは後ずさりしたけど、ごっちんは口元に笑みを浮かべて、あたしの頬から顎、ラインを確かめるみたいに指先を滑らせる。
避ける間もなく、唇が触れた。
182 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時24分08秒
ごっちんの唇はいつになく熱くて、そして―――――。
ごまかしようもないくらい、震えていた。クスリの作用とは異質な感じがした。
それであたしは気づく。渾身の演技が今、繰り広げられていることに。後藤真希が孤独な舞台に立っていることに。
『おねがい』
唇を離したごっちんが、市井さんと梨華ちゃんに気づかれないように口の動きで伝えてきた。意を汲んで、あたしはごっちんの体を抱き寄せる。
共演者に、換言するなら共犯者に、なろうと思った。
ごっちんは体をぴったりくっつけて、あたしの腕に指をからませながら、二人を振り返った。瞼をだるそうに少し下げて、伏し目がちに冷めた視線を流す。
「いられるとジャマなんだけど?」
183 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時24分48秒
■■■
玄関ドアが閉まるのを、ごっちんはあたしの腕の中で、親の仇でも見るような目で睨んでいた。
ドアが鈍い音を立てて閉まるなり、あたしの腕からすり抜けてドアに走り寄った。すがりつくようにドアノブを握り締めて、けれど開けなかった。こらえるように数十秒、そこに立ち尽くしてから、鍵とチェーンをかけて、あたしを振り返った。
「よしこ………」
弱い顔をしていた。舞台がはねて今、これがきっと彼女の素顔。
「ごめんね、よしこ。イヤな役、押しつけて」
市井さんと梨華ちゃんに憎まれる役。
「そうだね、やな役だよ。本当に、あの二人に憎まれるくらい愛されてたら、どんな役でもツラくないのに」
言いながら、ごっちんに近づいた。ごっちんもあたしに歩み寄る。
抱きしめた体はやっぱり震えていた。
「よっすぃ〜」
ごっちんの手が、弱々しく、あたしの着てるシャツを引っぱった。
「おねがい。だいて」
184 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時25分23秒
ついさっき梨華ちゃんがごっちんを抱いたはずのベッドに、ごっちんを押しつけて、その腰に馬乗りになった。
タオルケットをはだけてしまえば、ごっちんは一糸まとわぬ裸だった。
青白い光の下で見る彼女の裸は、幻想的になまめかしくて、自分の体温が上がるのを感じる。
首筋に顔を埋めたら、それだけで、小さなうめき声があがった。
細い首に何度も何度も口づけて、うなじに舌を這わせるうちに、ごっちんは瞳を潤ませて、
「ん、あ……っ、よしこ…」
何かをねだるように、あたしの名前を呼んだ。クスリに苛まれる体が、早くゴールに着きたがってる。
それだけしか望んでないこと、あたしは知ってる。きっと、あの人以外なら誰だってかまわないこと、知ってる。
歌が聞こえる。彼女の吐息に混じって、フルボリュームで。
『今 煙の中で溶け合いながら 探し続ける 愛の言葉
 傷つくことも 舐めあうことも 包み込まれる 愛の言葉』
185 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時25分56秒
深く口づけた。
ごっちんの口の中は、唇の冷たさと裏腹に熱くて、ごく簡単にあたしの理性をとばす。舌が引きつりそうなくらい、口の中をさぐってまわった。
「んん……っ、ぅ」
吐く息といっしょに洩れる声があたしを変えていく。あたしはみるみる一匹の動物に還る。
脇腹から胸、手のひらで撫で上げる。乳房に触れたら、ごっちんの体がぴくり、とはねた。
柔らかくて、温かくて、不思議だった。この人はこんなにも小さな子供みたいで、それなのに、誰かを育て、包み、癒すための豊かなふくらみを持ってる。
そのことが不思議で、どうしてか、とても哀しかった。
泣きたくなって、吸いついた。
加減もしないで、音を立てて、強く強く。
「あ、は……っ、う」
スマートじゃない愛撫。上手にしようと、もう思えなかった。
赤ん坊みたいに、唇で突起をちゅくちゅく揉んだ。
「う、く…ああん……っ」
186 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月28日(月)23時26分32秒
快楽なのか苦痛なのか、ごっちんの瞼は固く閉じられていた。その鼻にキスひとつ。
「目ぇ開けてて? あたしのこと、見てよ」
「ん、ごめ………ふ、あ」
開かれたその瞳は、涙をためて揺れていた。
揺れながら、それでも、そこにあたしを映していた。
「……よしこ?」
あたしの髪をつかんでた手が、頬を触ってくる。
「泣いてる、の?」
「泣いてないよ。ごっちんが泣いてるから、そういうふうに見えるだけ」
薄い嘘を一枚、二人の間に差し入れて、何か言おうとするのをキスで黙らせた。
手のひらを下へ下へ、寄り道しながら、おろしていく。やせっぽっちになってしまった彼女の体、確かめるように、ゆっくり。
全部ぜんぶを触りたかった。
汗に湿る脇の下から腰への滑らかなライン。肉の薄い腹、そのまんなかに小さく口を開ける臍。全部ぜんぶ。彼女を形づくる全部を自分のものにしたかった。
「……っく、あ……ん」
体のすべてが性感帯みたいだった。過敏で淫靡で、あたしの手がすることに、いちいち細かな反応を返してくる。
喘ぐ弱い声があたしを煽って、喉が渇いてたまらなかった。
187 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月28日(月)23時27分21秒
終わりにごっちんの体の芯の部分にそっと触れた。
「あッ、やぁ…んっ」
のけぞる腰をつかまえて、反射的に閉じかける脚を無理に割る。
柔軟な体が悲鳴をあげるくらいに大きく開かせて、そこに顔を埋めた。
海の味がした。
「いやっ……あっん、よっすぃ…うあ」
舌をしめつけてくる柔らかな感触。みだりにみだらな声。
舌が海を泳ぐ音は呆れるくらいに下品で、くちゅくちゅ粘るその音は、あたしに優しさや思いやりや誠実さや、たくさんのものを忘れさせた。
彼女への恋も愛も、いっしょに遠ざけることができればいいのに、と思った。
「うんっ…あ、よっすぃ、も……やぁっ」
指を1本、2本。無理に3本目で、腰ががくがく震え出す。
しっかり押さえつけるように体をあわせ、しぼりつくすみたいに中を掻き出す。男がするような乱暴な抜き差し。これは加虐で、それとも被虐。
「ん…っく、ふあ、あんっ、やあん」
考えることを放棄して快楽に酔う体。交ざるのはただ、肌と肌。
白っぽい熱の終わり、墨を流したマーブル模様の頭の中、歌と彼女の声だけ、聞こえてる。
『今 煙の中で 溶け合いながら 探しつづける愛のことば
 もうこれ以上 進めなくても 包みこまれる愛のことば』
188 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月28日(月)23時29分41秒
>>172
ありがとうございます、終わりまでよろしくです。

>>173
石川さん…ほんとツライ役回りにしてしまって、申し訳ないなと。
189 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月28日(月)23時31分35秒
>>174
ああ、石川さん、ほんとに。このままでは終わらせません
とだけは言っておきます。

>>175
実は結末、いまだにハッキリ決まってなかったり。
じっくり考えてみます。
190 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月28日(月)23時33分18秒
今回更新は、R指定ぽい描写があります。
苦手な方、申し訳ありません。
191 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)00時11分47秒
ああ、しまった・・・
ラスト、歌詞まちがえました、致命的ミス。
ごめんなさい。
192 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月29日(火)11時44分08秒
後藤ギリギリだね、薄い膜一枚で保っているね良い方にも悪い方にも。

四人それぞれの形の愛の言葉を見つけて欲しいです。
更新お疲れ様でした。続きも楽しみにお待ちします。
193 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時45分53秒
どちらが先に寝たのだったか覚えてない。
何時間もずっと互いの熱を伝え合って、いつのまにか泥のように眠りこけていた。
先に目を覚ましたのはごっちんで、あたしはごっちんが電話をかける声で目を覚ました。
「はい、休みますけど、でももう1週間になるんで。…………そう、ですね、まったく同じスケジュールはまだキツイかもしれないんですけど。………とりあえず明日。はい、そうですね、ありがとうございます。はい………はい、すみません」
電話は事務所につながっているようだった。
194 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時46分33秒
「はよ」
ごっちんが通話切ボタンを押したのを見てから、言った。
「おはよ。そろそろ起こしたほうがいいかと思って、わざとここで電話してみた」
振り返ったごっちんは、あたしの鼻の頭あたりに視線をすえている。目を見ないのは、昨日の夜が恥ずかしいからかもしれない。
「ん。今、何時?」
「8時。10時に○スタなんだよね?」
梨華ちゃんが、泊まるつもりで予定を話してたんだろうな、と思い当たる。
「うん。余裕だね、こっから近いし」
「シャワー浴びてきなよ。朝ゴハンつくるから」
言い置いて部屋を出て行こうとする背中に言う。
「明日、仕事出んの?」
「とりあえず朝イチで事務所行って、ちょっと話して決める」
どこまで彼女は知ったのだろうと不安になった。
不安になったところで結果は変わらないし、変えられないけど。
黙っているべきか、明日になってごっちんが事務所で聞かされたりする前に言うべきか迷ったけれど、あたしが結論を出すより先にごっちんが口を切った。
「新曲、ごとーのポジションないんだよね」
195 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時47分12秒
おなかすいたよね、と言うのと同じくらいに軽い調子だった。それが救いでもあり、また演技なのかと思うと憂鬱でもあった。
ごっちんの回復は読めなかったから、彼女の回復を待って新曲リリースを遅らせるという選択肢を事務所は捨てていた。あたしたちはごっちんの失声症から4日目にデモテープをもらい、一昨日からレコーディングに入っている。並行して昨日はダンス・レッスンで振りを体に叩き込んだ。
『ごっちんはどうなるんですか』と誰も訊かなかった。訊きたくなかったわけじゃないけど、訊いてはいけない気がしてた。
「歌パートとか振りとか今さら変更してみんなに迷惑かけるよりは、リリースしてしばらくしてから『あーあ、間に合わなかったね』って戻ってくるのがいんじゃないかって。まー、そうだよね」
不満をまるで滲ませずに淡々と言った。
その目が透き通って、白目が青っぽく見えていた。
センターをはってきた人のプライド。歌うことが大好きな人の情熱。たった6日の不在で傷つけられたものはたくさんあるはずだったけど、ごっちんはまるで普段通りだった。
196 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時47分52秒
梨華ちゃんに薬を飲まされたこと、市井さんに愛を告げられたこと、歌をとりあげられたこと。
その心にたくさんを抱えたまま、「フツウ」を演じようとするごっちんに、あたしは慰めなど言えるはずもなかった。尊厳をかけた演技を続けてる人に、「もうそれやめていいよ」なんて、誰が言えるだろう。
代わりに言えたのは、
「今日の夜さ、また来てもいい?」
それが精一杯だった。
ごっちんはまばたきで頷く。
「いいよー。あー、でも多分、梨華ちゃん来るけど」
「あ、そうなんだ?」
「うん、お粥作りに来てくれるってメールきてた」
「……へぇ…」
昨日(たぶん昨日だけじゃないはずだ)、クスリを飲ませて無茶なことをした人だ。あたしへの連絡も許さず、軟禁に近いことをした人が、どうして今日はお粥を作りに来るのか、そういう感覚が理解できなかった。
あたしの不審を感じたのか、ごっちんは庇うように言った。
「梨華ちゃんはねぇ、なんか、やけにキツイときと、すっごい優しいときがあるんだよね。ホントは優しい人なんだけど、ごとーがイライラさせちゃうときがあるみたい」
なんとなく、わかる。このところの梨華ちゃんの不安定さは、軽度の二重人格みたいに見える。
197 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時48分27秒
「わかってるんだけどね………」
ごっちんは独り言みたいにつぶやいた。あたしはコメントのしようがなくて、
「お粥作りに来るとかだったら、うちがいてもオッケーだよね。あたしも味噌汁作りに来るよ」
と笑ってみた。
ごっちんは、今夜作られる味噌汁に対してなのか他の何かへなのか、「ありがと」と言った。
「洗濯機まわすから、シーツ入れといて」
言い残して、今度こそ部屋を出て行った。
あの人の名前すら口にしようとしない彼女に、「カット」の声がかかるのはいつなんだろう。
汗を吸ったシーツをベッドから剥がして胸に抱えながら、あたしはしばらく動く気になれずに立ち尽くしていた。
198 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時49分02秒
■■■
レコーディングはなかなか進まなかった。
計算外に絶不調な人がいて、時間を食ってしまったからだ。
「矢口、ちょっと今日はもうええわ。明日またやろ」
つんくさんが一端ブースを出ながら、矢口さんにそう言うのを、あたしたちは遠巻きに見ていた。
矢口さんは歌もダンスも覚えが早くて、こんなことは本当に珍しいことだった。
うつむいた耳がうっすら赤くて、メンバーの誰もが声をかけられなかった。
矢口さんはMP3プレーヤーのイヤホンを乱暴に耳に突っ込んで、ぼそりと
「お先に失礼します」
と言った。声が消え入りそうに小さくて、あたしは考えずにスタジオを出ていく背中を追いかけた。追いかけるあたしを誰もが止めずに黙認してくれた。
199 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時49分38秒
エレベーターホールで追いついて、自販機がいくつも並んでる談話室に誘った。
矢口さんは「ありがと」とやっぱり赤い耳のまま、そう言った。
バンドマンふうの男の人が何人か、そこここのテーブルでだべってたけど、特にあたしたちをジロジロ見るような人はいなかった。
向かい合って紙コップ入りの甘ったるい紅茶を飲みながら、あたしは何を言おうか考えていた。
『大丈夫ですか?』とか―――大丈夫じゃないよ、見ればわかる。
『何かあったんですか?』とか―――あったよ、どう見ても。
『もしかして』とか―――、そんなことは訊けるはずもない。
だけど矢口さんは、あたしよりはるかに大人で、だから心配して追いかけてきた後輩に、仏頂面を向けて押し黙っているようなことはしなかった。
「ごめん、心配かけちゃったね、なんか」
「あ、いや、調子悪いときって誰でもあるし」
矢口さんは「そうだね」と笑って、でもその笑みを一瞬で消した。
「なんで、追いかけてきてくれたのかな、よっすぃ〜は」
どく、と自分の動悸を強く感じた。
200 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時50分23秒
「え、なんでって」
矢口さんは、また笑った。でも今度の笑顔はいつもの矢口さんのそれとは違っていた。
見る人の心を和らげるあの笑顔じゃなくて。
笑ってるより、嘲笑ってる、そういう顔。
「よっすぃ〜も知ってるんだ?」
この人に慌てさせられたのは二度目だなと思った。
一度目はごっちんへの気持ちを見抜かれたとき。
今は。今もやっぱり見抜かれてる。何を。
「な、にが、ですか?」
かくかくした言い方になってしまった。
矢口さんは黒目がちなその大きな瞳を、あたしにまっすぐ向けてきた。
「矢口が誰とつきあってたか。別れた原因になったのは誰か」
やっぱり、そのことがらみだった。ぎゅっと心臓をつかまれたようになったけど、動揺を顔から隠すことには、なんとか成功したと思う。
「矢口さん、もしかして昨日」
ごっちんの部屋を追い出されて、もしもあの人がまっすぐ帰らなかったなら、行く先は矢口さんだったんじゃないか。レコーディングで矢口さんがうまく歌えずに眉間に皺を寄せるのを見た瞬間に、あたしはそう考えていた。はずれてくれたらよかったけど、悪い予感に限って全部あたっていく。
「紗耶香? 来たよ、泊めた」
201 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時51分08秒
市井さんに腹が立った。弱すぎる、そんなこと。弱いのは時にしかたないけど、許されない弱さも、時にはある。
「そんなの、追い出せばよかったのに」
矢口さんは、ははっと声をたてて笑った。
「言っとくけど、よっすぃ〜が想像してるようなことはないよ。まー、たいがいヒドイことはされたけどね」
「ヒドイこと……」
「理由も言わずに泣きっぱなしだしさ、泣き止んだと思ったら寝てるしさ、寝たと思ったら………違う子の名前、呼ぶし」
致命傷。
矢口さんは、別れたときに市井さんからその原因となる人の名前を聞いていなかったのだろう。これは予想通りだ。そうでなければ、ごっちんにいくらなんでもあんな打ち解けた笑顔は見せられないはず。
同じグループ内で気まずくなるに決まっていることを、市井さんがわざわざ明かすはずがない。矢口さんのためもあるだろうけど、何よりも、ごっちんのためにならないことをあの人がするはずがなかった。
永遠の秘密にできるなら、それでよかった。だけど。
202 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時51分55秒
「別れ話されたとき、『好きな人をどうしても忘れられない』って言われて、あたし訊いたんだ、それは誰なのか。そしたらアイツ、『年上の男の人』って言ったんだよね。フツウの社会人だって」
それは単純に正反対を言ったのだろう。年下の女の子で芸能人、後藤真希だとだけは悟られたくなかったから。杜撰な嘘だったかもしれない。だけど市井さんの気持ちもわかる気がした。
「眠ってるくせにさ、涙ぽろぽろ流して呼ぶんだよ、何回も。何回もさ……。あたしはなんなんだっつーの」
何も言えなかった。許されない弱さも確かにあるけど、市井さんの弱さが、あたしには他人事じゃなかったし、どこか愛しくもあった。
「バカみたいだよね、矢口」
ああ、そうかと思った。矢口さんが嘲笑ったのは、自分自身のことだったのだ。
翳りある表情が皮肉にもキレイで、さっきから矢口さんの一人称が『オイラ』じゃなかったりすることにも気づく。梨華ちゃんに限らない。誰だってきっと何人かの自分を抱えてるんだと思った。
203 名前:駄作屋 投稿日:2002年10月29日(火)23時52分39秒
「最初からずっとアイツ、あたしのこと好きじゃないんじゃん、そしたら。紗耶香の好きな人なんて、昔からあたしよりよっぽど近くにいたんじゃんか。ヒドイよね。楽しかったことまで全部、さかのぼって壊してくなんてさ……」
梨華ちゃんとごっちんの関係を知ったとき、同じことをあたしも思った。楽しかったデートも、忘れられない夜も、時間ごと嘘になっていくのが切なかった。
あたしは自然と矢口さんの頭に手を伸ばしていた。細くて柔らかな金髪にそっと触れる。
先輩に向かって失礼にならないかとか、そんなことは考えなかった。
あたしは黙って小刻みに震える矢口さんの頭を撫でて、矢口さんも黙ってうつむくばかりだった。まっしろなテーブルに、ぽたぽたっと水滴が落ちた。
「矢口さん」
「嘘ばっかりに、なっちゃうよ……紗耶香との時間も、ごっつぁんとの時間も」
裏切られたと思わないほうがおかしい。あたしも、最初に知ったときは、ごっちんと市井さんは、自分たちの関係に距離をつくるために矢口さんを利用したのだと思った。
204 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年10月29日(火)23時53分32秒
「ごっつぁんは、矢口に同情してたんだね。矢口の好きな人に愛されてんのが自分だって知ってて、『かわいそうに』って思ってたんだろーな。はは……」
「矢口さん、それは」
違う。ごっちんは、市井さんの気持ちが本当に矢口さんに向かったと思っていた。愛し合ってる二人を、精神的にではなくて、物理的に引き離したと思って責任を感じていたんだ。同じ『自分のせいで、かわいそうなことになった、ごめんなさい』でも、矢口さんが想像してるのとは違う。
説明しようと思ったけど、それはできなかった。矢口さんが次の言葉を落としたから。
「ごめんね、よっすぃ〜。あたしはごっつぁんを許せない」
「や、ぐちさん……」
うつむいたままの矢口さんが、どんな顔をしているのか、あたしにはわからなかった。それを知るのは怖いことのように思えて、あたしはただ、矢口さんを撫でていた手をそっと離すだけだった。
205 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年10月29日(火)23時55分14秒
>>192
ねぎらいのお言葉をありがとうございます。
そうですね、4人、もしくは5人それぞれに
納得できる物語を、考えたいです。
206 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月29日(火)23時57分45秒
熱があるのに、自己校正が間に合わないくらいのペースで
続きが浮かんで書かないでいられない……。
書いても更新まで間を置いてじっくり校正する手もあるし、
これまでそうだったのに、なんでか今は待ちたくない。
単純に熱のせいかなぁ。
207 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年10月30日(水)00時00分43秒
どうも、このスレにも収まらないかも。
書けば書くほど読者が減る気がしないでもないなぁ……。
208 名前:名無し 投稿日:2002年10月30日(水)00時40分33秒
嬉しい。今日も更新されてる!いつも楽しみにしています。
これまでROMってましたが、思い切ってかきこんでみました。
矢口まで敵になるんだろうか。ごっちん・・・。
209 名前:名無し娘。 投稿日:2002年10月30日(水)01時40分15秒
激しくて官能的。だけどこんなに悲しいセックスは無いと思った。

矢口に対して吉澤は、言わなければならない事を言えなかったのでしょうか。
それはダメだ吉澤!ダメだダメだ!!  (恥ずかしいくらいのめりこみ)
210 名前:名無し読者。 投稿日:2002年10月30日(水)12時44分28秒
いや、物語が進むにつれ、読者は増えてますよ。(オイラを含め)
あまりに名作だから、スレ汚しになってしまいそうで
軽いコメントを書き込み難いだけだと思われ。
恥ずかしいほどハマってる読者多数なので、ガンガッて下さい。応援してます
211 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月30日(水)20時08分17秒
作者さんが乗ってきているのが伝わる更新ペースですね。

そうか4人じゃなくて5人だったか。
市井が一番強い人間だと思っていたけどやっぱり矢口という逃げ道はあったんですね。
では矢口はどこに逃げれるのか、それが悪い方へ行ってしまわない事を願います。
212 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時38分51秒
呼ばれて仕事に戻ったけど、今度はあたしが不調だった。ブースの中、マイクの前。集中しなくちゃと思うのに、うまくいかない。
「なんや、今日はみんな調子悪いなぁ」
ヘッドホンをはずしながら、つんくさんが首をひねった。
あたしはただ「すみません」を繰り返すばかりだった。
仕事はちゃんとしたい。悩んでるときも、悩む自分に酔って仕事の質を落としたくない。責任とかなんとかより、カッコ悪いのがイヤだ。誰に迷惑かけるとかより、自分が自分に嫌われそうなのがイヤだ。
だけど、どうしようもなく今がたぶん青い春で、あたしたちは。
不安定に縦に横、揺れっぱなしに揺れて、一日も同じではいられない。
いろんなこと、もうわかってるのに、悟るのは無理。冷静になれない。
「まぁ自分らくらいやったら、そんなんもおもしろいんやけどな」
つんくさんは優しく笑ってくれた。
自分を蹴っとばしたくなった。
幼いのがイヤ、弱いのがイヤ。
もっと大人に、もっと強く。
もっと、もっと――――――――、もどかしかった。
213 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時39分27秒
■■■
予定より遅くなった帰り道。電車を降りて、ごっちんのマンションまであと少し。
あたしと梨華ちゃんは並んで歩いていた。どうせ目的地が同じなら、避けても無駄なことだ。
「昨日は楽しかった?」
冷たく整った笑顔で梨華ちゃんは、好きな人の抱き心地を訊いてくる。
楽しかったか? 楽しかった、とても。
あの甘い声、匂い、肌の感触、熱。イヤになるくらい楽しくて気持ちよくて、泣けてきてしかたなかった。
「あれってネット通販で買えるんだよ。ちょっと高いけど。URL教えようか?」
「梨華ちゃん」
「そんな怖い顔しなくても」
アイドル・スマイルくずさない梨華ちゃんから目をそらして、あたしは前を向いたままで言った。
「梨華ちゃんのそれも、演技だよね」
「はい?」
「無理してる。だってミス・キャストだもん。それ、梨華ちゃんに似合ってないよ」
言いながら、これはいつかのごっちんのセリフだったなと思い出す。
『梨華ちゃんには似合わないから、やめときなよ』
そう言われた梨華ちゃんは、たしか『わからないくせに』と怒った。
214 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時40分00秒
「ごっちんの真似? そういうこと簡単に言ってほしくないんだけどな」
「真似じゃないし、簡単にも言ってない。あたしだって梨華ちゃんのこと、知ってるつもりだよ」
シビアな世界に同時に飛び込んだあたしたち。同じ悔し涙を流したり、同じタイミングで笑顔になったり、違うことで悩んだり、それを交換しあったり。言葉、目線、それから、もしかしたら気持ち、数えられないほど交わしてきた。
「うちら、どれだけ一緒にいたと思ってんの?」
ねぇ矢口さん。吉澤が思うに、時間はやっぱり嘘になったりはしませんよ。
振り返ってみて苦いものになっちゃったり、切ない思い出になっちゃうこともあるけど、どれもこれも、きっと嘘にはならないよ。
梨華ちゃんは笑って半開きだった口を、ふっと閉じた。その横顔に影が落ちた。
「わかりあえないよ」
そう言って、あたしを誘うでもなくスーパーに入っていった。
あたしは梨華ちゃんの開けた自動ドアが閉まる前に滑り込んで、
「お粥、なんか具とか入れんの?」
さりげない言葉で、梨華ちゃんの隣をキープした。
215 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時40分41秒
「どうしてそんなに健全でいられるの?」
野菜コーナーでネギをカゴに入れながら、梨華ちゃんは目線も寄越さないで訊いてきた。
「健全、かなぁ。そうでもないよ」
ごっちんを好きになってあたしは、見知らぬ自分に出会った。自分の後ろ向きなところとか、意外に根の暗いところとか、あたしが面食らうようなあたしを、たくさん見つけた。
梨華ちゃんはあたしの言葉など聞こえないのか無視なのか、半分ひとりごとみたいにつぶやく。
「好きな人の幸せのために身を引きそうなタイプだよね、よっすぃ〜って」
呆れているようにも、感心しているようにも聞こえる。
「ごっちんが笑ってくれるなら…とか考えてそう。そのために自分が泣いてばっかりでもいい、とか」
「はは、そんなに強くはなれない、かな」
あたしは絹ごし豆腐を一丁、ビニール袋で包みながら、苦く笑った。
梨華ちゃんは、またあたしの言葉を聞かずに淡々と言う。
「『自分から遠いところでもいいから幸せに』っていうのは、キレイだけど。それって恋愛とは違うよね」
乳製品の陳列棚に手を伸ばすと、クーラーの風が腕を撫でた。
ヨーグルトを物色しながら、あたしは梨華ちゃんに返事ができなかった。
216 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時41分16秒
精肉コーナーに並ぶパックをいくつか見比べながら、梨華ちゃんはごく穏やかに言った。
「わたしは、泣かせても自分のものにしたい」
肉のパックに触れる指先が見せる日常と、常ならぬ言葉の強さ、裏腹な声の甘ったるさ。不協和音の光景に、頭がじんじんした。
売り場の奥、職人さんたちが包丁をふるうのがガラス越しに見える。まな板の上は鶏だろうか、どんどん切り分けられていく。
首から上がなく、羽をむしられた鳥の体。
肉の桃色と、脂肪の白色、そして血の赤色。
「殺しても手に入れたいの」
ハッと振り返った。
梨華ちゃんは奇妙なくらいに無表情だった。
言葉にほとばしる激情を、顔にはまったく見せずに、鶏肉のパックをビニール袋に入れる。
長めに手入れされた桜色の爪が、パックにかかるラップにキ、と一瞬引っかかった。
ラップはそんなことでは破れないが、梨華ちゃんは眉間に薄い線をあらわした。
肉を冷やすためのクーラー機が稼動しすぎてるのか、スーパーはやけに寒くて、あたしは鳥肌の立った自分の体を、そっと抱きしめた。
217 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時41分53秒
■■■
「おつかれさまー」
ごっちんが明るい声で迎えてくれたことに、なんだかすごくホッとした。
彼女の声が今日も聞ける。そんなことがうれしくて、あたしは抱きしめたい気持ちを苦労して抑えた。
「じゃーん、食材買ってきたぞー。おいしいの期待しててね」
梨華ちゃんはスーパーの袋をごっちんにかざして見せる。
「おー、って、お粥なのに食材? 卵とかあるけど」
「今日はちょっと中華粥ふうに鶏と生姜を入れようかなーって。もちろんネギもね」
「うあー、おいしそーだね、それ」
梨華ちゃんがごっちんに見せる笑顔は、あたしですら目を奪われるくらいに優美だった。
ごっちんも安心したように笑っている。
「へへ、今日は優しい梨華ちゃんだね」
「んー? いっつも優しくしてるでしょー?」
「あはっ、それスゴイね。よく言いました」
ごっちんは、袋をのぞいて、
「あ、とうふだ。味噌汁つきだもんねー」
と、あたしにも笑顔を向けてくれた。
ちょっと子供っぽく見えるごっちんがかわいくて、あたしはごしごしっとその頭を撫でた。
218 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時42分31秒
ファミリー・タイプの高級マンションのことで、システム・キッチンは二人で入っても十分なスペースがある。
おたまの味噌を菜箸で混ぜて鍋に溶かしこみながら、なんとなく梨華ちゃんの様子をうかがった。
梨華ちゃんは調子のはずれた鼻歌をゴキゲンに歌いながら、鍋の具合を見ている。
どうも考えすぎてるな、と自分でおかしくなった。『殺しても』はそれくらいの強い気持ちがあると言いたいだけで、何も実際にどうこうなんて、そんなバカなことがあるはずもないのに。
「よし」
火を止めた。オーソドックスに豆腐とワカメだけ入れた味噌汁をお椀に注ぐ。
「じゃー、梨華ちゃん、これ先に出しちゃうねー」
「うん」
219 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時43分09秒
ごっちんはソファに横になっていた。昨日、満足に寝てないし、体調も良くはないのだろう、わずかな間に寝入ってしまっている。
「ごっち〜ん…」
耳に口を寄せて、小声で呼んでみる。額を覆う長めの前髪に指で触れると、
「ん……」
かすかに声をもらしてその目を開ける。
「んあ……よしこ?」
「おはよ」
ごっちんは口を手で覆って、平和そうな大あくび。
「おはよ〜。あ、味噌汁だー」
「なんの変哲もないけどね。合わせ味噌の配分にはちょっと自信アリ」
体を起こすごっちんにお箸を渡してやる。
「いいにおーい。食べてもいい?」
「どーぞー。もうお粥もできると思うよ」
言いながら、あたしはキッチンの様子を見に立った。
背中で「おいし〜」と響く声があどけなくて、体がふわふわ温かくなった。
220 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時45分05秒
けれど、平和はつかのま。
キッチンに近づいて、ほのぼのした気持ちは急速に冷えていった。
梨華ちゃんはさっきと変わらず鍋の前に立ち、けれどさっきとは明らかに違う、底冷えするような暗い瞳で鍋を見ていた。
その右手が何かを握っている。
手のひらからはみ出した部分がキラ、と照明を返したことで、わかった。
小さなガラス瓶、だ―――。
鳥肌が立った。
「梨華ちゃん」
「えっ!?」
梨華ちゃんは一瞬でそれをスカートのポケットにしまいこんだ。あたしに見えにくい角度のことで、さっきから見ていたのでなければ気づかなかっただろう。
「あ…」
訊きたい。『何を入れたの?』。でも。
「ごっちん、おなか減ってるみたいだからさ、まだかなって」
訊けよ、訊け。大切なことのはずだ。
さっきの梨華ちゃんのセリフがリフレインする。
『殺しても手に入れたいの』。
「あ、うん、今もっていく」
「……うん」
いいのか、持っていかせて。ごっちんに食べさせて大丈夫なのか。
でも、だってそんなわけない。梨華ちゃんのことは知ってる。まさか、そんなはずが。
疑念と信念がせめぎあって、あたしは言葉をなくした。
221 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時45分56秒
梨華ちゃんは、夜色の瞳のままで、ごはん茶碗にお粥をよそった。
鶏肉だけが入ったお粥。白くつやつや光るごはんの粒にネギと細く切った生姜を散らしてあるそれは、ほこほこと湯気をたてておいしそうだ。
おいしそうに見える、何も知らなければ。
ごっちんのごはん茶碗を、梨華ちゃんは震える手でテーブルへ運んだ。
ごっちんは、その震えを見ないはずがないのに、何を問いかけることもなく、「おいしそー」と無邪気に笑った。
銀色のスプーンが照明の光を白く返している。ごっちんはそれを右手にとって、茶碗を左手に持った。
「あ」
梨華ちゃんが小さく声を洩らし、あたしの耳に届いたそれは当然ごっちんにも聞こえたはずだけど、ごっちんは笑顔のままでスプーンにぱくりと食いついた。
「うん、おいしーね」
微笑みかけられた梨華ちゃんの顔は、真っ青だった。
ごっちんは、かまわずまた一口。さらに一口。
「ごっちん!」
「や、待って! お願い、待って!」
あたしが止めようとするのと、梨華ちゃんが叫ぶのが同時だった。
222 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時47分28秒
「うわぁ、ビックリしたぁ。なに、二人とも。ごとー、おなか減ったよう」
「そ、それ……調味料まちがえて入れたから、作り直すからっ」
梨華ちゃんは慌てふためいて、あたしは早く止めなかったことを後悔した。
体温が下がっていく気がした。血の気が引くってこういうことなのかと思った。
ごっちんはまだ笑顔のままだった。
「んー、そうなんだ? でも、おいしーからいいよ。塩加減もいいし。味の素ちょっと入ってるよね、これ。実はキライじゃなかったりして」
料理屋の娘のくせにねと続けて、また笑う。
「でも間違えたのっ、食べないで!」
泣き出しそうに高い声。ごっちんは、そこで初めて笑みを消した。
静かに言う。
「間違えてないよ」
「間違えたの!」
「間違えてない」
「間違えたって言ってるじゃない!」
「何も間違えてないよ、大丈夫」
睨んでるわけじゃない、むしろ優しい目をしているのに、こんなにも人を圧倒する眼差しがあること、あたしは初めて知った。
梨華ちゃんはとうとう泣き出した。
目を閉じ、それから開けて、あたしは笑った。
笑顔でごっちんにお願いする。
「あたしもいい?」
「んー?」
223 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時48分11秒
「そんなにおいしんだったら一口ちょうだいよ、ごっちん」
「よっすぃ〜?」
梨華ちゃんが止めたそうに、あたしの名前を呼ぶけど、かまってられない。
あたしも行くだけだ。ごっちんが自分の罪をそんなふうに裁くなら、あたしもいっしょに罰を受ける。監獄でも地獄でも、彼女の行き先があたしの行き先。
けれど、あたしの覚悟をかわすように、ごっちんはふわりと極上の笑みを浮かべた。
「ダ〜メだよーだ。ごとー、おなか減ってるんだよね、すごく。よしこはガマンしなさい」
一瞬、本当にそれだけのことみたいに見えた。このお粥は単純においしくて、それ以上でもそれ以下でもなくて、ごっちんはおなかが減ってるから、あたしに食べさせてくれない。そんなフィクションを信じさせる力がごっちんの笑顔にはあった。
だけど部屋には、梨華ちゃんの嗚咽が小さく弱く聞こえていて、そんなのは嘘でしかないんだと無情に告げていた。
それをBGMにしてスプーンを動かしつづけるごっちんが、あたしにはわからなかった。
狂気じみた強さに気圧されてあたしはただ、彼女が走るその先に、懸命に目をこらすだけだった。
224 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時48分48秒
「入ってちゃいけないものが入ってたら」
食べながら、ごっちんは言う。
「気がつくよ。ごとーはいちお、料理屋の娘だからね」
「っ、でも……」
「よくわかんないけどさ」
ごっちんは、スプーンを持った右手を宙に止めて、何かを口走りそうな梨華ちゃんを制した。
「入れ忘れたみたいだよ、梨華ちゃん」
「………え?」
「入れるはずだったもの、たぶん入れ忘れてる。動転してたんだね、よしこがウロチョロしてたし」
「そ……んな、え?」
入れ忘れた―――何を。あの小瓶の中身。
梨華ちゃんはあれを入れそこなったんだろうか。
ごっちんは確信があったから笑えたんだろうか。
「ていうかさ。梨華ちゃんも本当はあんまり好きな調味料じゃなかったんでしょ。入れたくなかったから、入れないことにしたんだね、きっと」
あたしも、梨華ちゃんがあの瓶の中身を鍋に入れるところを見たわけじゃない。鍋を睨んでる梨華ちゃんを見ただけで。
そうなのかもしれない。
だって、梨華ちゃんだ。あたしの親友だった人で、ごっちんにも親友だった人。今はねじれてしまってるけど、いつか親友に帰れるはずの、かけがえのない人。
225 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時49分27秒
「ありがと、梨華ちゃん。ごとーはこの味が好きだよ。入れてくれなくて、うれしい」
「あ……、わた、わたしはっ」
「あ〜、なんだっけな題名忘れちゃったけど、前に読んだマンガでさぁ、『食べることは信じること』っていうの、あったんだよね」
茶碗はキレイに空になっていた。ごっちんは、彼女にしては本当に珍しく、説明を試みていた。
「その『信じる』ってさ、悪いものは入ってないって思えることがそうなのかなって思ってたんだけど。たぶん、そーじゃなくてさ……たとえ毒が入ってても、この人が食べさせてくれるなら食べるっていう、なんだろ、覚悟かな、そんなもんを言うんじゃないかって、最近思った」
スプーンを茶碗にからんと置いて、律儀に両手を合わせる。
「ごちそーさま。ほんとにおいしかったよ」
「っあ、ああ……」
梨華ちゃんは膝からその場に崩れ落ちた。
あたしは、ごっちんに確信があったわけじゃなかったことに慄然とした。
死んでもいい。殺されてもいい。そういう目を初めて見たし、そういうときに笑う口元を初めて見た。
226 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時50分01秒
ごっちんは、梨華ちゃんの華奢な体を柔らかく抱いて、ぽんぽんとたたくように背中を撫でた。
「ごめんね」
謝るその声は、ひどく優しい響き方をした。
梨華ちゃんは泣きつづけるばかりで、ごっちんは梨華ちゃんを抱きすくめたまま神妙な顔をしていた。罪に対し罰を受ける人の、決意の顔だった。
「ごとーといると梨華ちゃん、自分のキライな自分になってっちゃうよね」
昨日、あたしが思ったのと同じことをごっちんは口にした。それから懺悔を始める。
「苦しんでんの、ずっと知ってたのに見ないふりしてた。近くにいてほしかったから、気づかないふりしたんだ。梨華ちゃんが苦しんでるのに。大切な人が悲しんでるのにね」
幼い子に絵本を読んで聞かせる調子で、ごっちんは続けた。
「どうすれば、梨華ちゃんの痛みが減るのか、ごとーは一番最初からわかってた。なのに、自分が寂しいから、そうしなかったんだ。だから、梨華ちゃんがたまにあたしにキツくあたっても、痛くしても、あたしはどっかでホッとしてた。少しはおあいこになるんじゃないかと思って、勝手にホッとしてた」
227 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時50分34秒
この二人の関係は、ずっとずっと罪の交換だったのかもしれない。
そして、それはそのまま、今ここにあるもうひとつの関係にもいえることなんだろう。
あたしは事実に気づくことから逃げ切れず、鈍い痛みを静かに受け止めていた。
「お互いに悪いことして、変なバランスとって、どんどん痛くなって……そういうのはもう、いいよね」
絡まった糸を今、ごっちんが解きほぐそうとしていた。梨華ちゃんはその気配に怯えたように顔をあげた。
「ねぇ、梨華ちゃん。ごとーの最後のワガママきいてくれる?」
梨華ちゃんの泣きはらして真っ赤な目が、ごっちんの青みを帯びた目を見つめる。
「梨華ちゃんから、言ってほしい」
終わりの言葉を、ごっちんは梨華ちゃんに委ねた。もう庇いきれない梨華ちゃんの気持ちを、それでも斬って捨てることができないごっちんの優しさ。あるいは残酷。
梨華ちゃんは、また新しい涙の粒を、頬から鎖骨へ落としていった。
「お願い、梨華ちゃん」
うながすようにごっちんは言い、梨華ちゃんは一生懸命にごっちんの望みに応えた。
「んぅ…わかれよう…っ、ごっちん……、わたしたち、わかれよー、ね………」
228 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月01日(金)23時51分14秒
ごっちんは目を閉じて、噛みしめるように、その言葉を聞いていた。
大切そうに、聞いていた。
「………はい」
返事をして再び目を開けたとき、ごっちんの目も赤く染まっていた。
「…ふぇっ…うああああん………」
梨華ちゃんの高い泣き声は、本当にまだ分別もつかない子供みたいだった。痛そうな声が部屋に響いて、あたしはぐっと唇を噛んだ。
この先、この人がもう二度と、こんなに泣くことがなかったらいいのに。心からそう思った。
ごっちんは涙をその瞳にいっぱい溜めながら、こぼさずに宙を睨んでいた。その腕がしっかりと梨華ちゃんを抱きしめていて、あたしはもう、ここにいるべきじゃなかった。
「よしこ」
出て行こうとするあたしを、ごっちんが呼び止める。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに」
あたしは肩越し、精一杯に笑った。
「ううん。また、電話するから」
ごっちんは頷くかわりに微笑んでくれたけど、その瞳は潤んで揺れていた。
ああ、好きだったんだと、納得した。
229 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年11月01日(金)23時52分00秒
ごっちんは梨華ちゃんのことが大好きで、できることなら梨華ちゃんに恋したかったんだと思う。けれどそれは叶わずに、彼女は今、失われた望みに墓を作ろうとしている。
苦しかったのは誰で、苦しめたのが誰か、もうあたしには特定できなくなっていた。
あたしたちの『好き』には種類がありすぎて、溢れる『好き』に溺れずに泳ぎきるのは、きっと、とても難しい。いつのまにかあたしたちは岸から遠いところに流されてしまって、もうずいぶん前から、泳ぐことに疲れている。
「ごっちん」
聞こえないように玄関、靴を履く自分の足元に向かって、その名前だけ呼んでみる。
「ごっちん」
あたしはどこまで泳いだら、彼女に『愛してる』以外の『好き』が言えるだろう。
梨華ちゃんのように強くなって、『別れよう』とか『大キライだよ』とか、言ってあげられるのだろう。
ほどけかかった靴紐をそのままにドアの外へ出たら、廊下の端、ベランダの向こう、夜空が黒々と広がっていた。
分厚そうな雲が切れて、細い三日月があたしを照らした。
230 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年11月01日(金)23時57分34秒
>>208
レスありがとうございます。
ROMでも読んでくださるだけで嬉しいです。
ただ、ここでは作者はROMの存在を知りえないので
レスしてもらえると、さらに嬉しいです。
ほんと、ありがとうございます。

>>209
レスありがとうございます。
吉澤さん、ミスですね。
でも吉澤さんが常に強く正しく行動できたら
そもそも、この小説はないかも(w
231 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年11月02日(土)00時07分12秒
>>210
レスがスレ汚しになるなんて、そんなこと絶対ないですよー。
自分の書くものだから愛着はたっぷりあるけど、
名作だとはとても思えないし(w
どーぞ、感想くれてやってもいいというときには、
レスくださいませ(ああ、また「くれくれ」に)。

>>211
書きたいシーンが間近に迫るとペースあがりますね。
今回更新分を早く書きたかったんです。
矢口さんは、今後のキー・パーソン、かもしれません。
232 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年11月02日(土)00時11分26秒
ようやく、結末のひとつめ。
今回更新分はわりと早い段階から頭にありました。
説得力をもって書けたかどうかが、とても心配ですが、
ちょっと今、無事更新できてホッとしてます。
それもあって、次の更新は、
少し間があくかも(しょっちゅう言ってますが)。
233 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月02日(土)02時35分37秒
また泣いてしまった
234 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月02日(土)16時16分00秒
今までは吉子が強くて梨華ちゃんが弱いと思っていたけど、
今回更新分を読んでイメージが逆転しました…

235 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月02日(土)17時39分01秒
切ないです・・泣きました・・
5人5様の人間模様、この先どうなるのか。引きこまれまくりです。
次回更新、楽しみに待ってます。
236 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月02日(土)22時25分26秒
更新お疲れ様です。
後藤さんの石川さんに対する強さや優しさが切なくて泣きました。
今回の更新で確信しました。間違いなくこの作品は名作だと思います。
今までバラバラだったピースが今回で一つ埋まった感じがしました。
でもまだ市井さんや矢口さんなどのピースは当てはまる場所が見つかりません。もちろん後藤さんと吉澤さんのも。
この全てが集まって「リストラ」が完成するのが楽しみでなりません。
迷惑かもしれませんが心から応援しています。本当にゆっくりでもいいので更新頑張って下さい。
長レスすいませんでした。
237 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月02日(土)23時02分52秒
あぁ、密かに応援してた梨華ちゃんが…。
梨華ちゃんと一緒に、切なくて寂しくて泣きますた。
いつもながらこの小説は、心に響きます。
この先も、楽しみにしてます。頑張って下さい。
238 名前:名無し娘。 投稿日:2002年11月03日(日)21時43分05秒
ずるいよ、ごっちん。
自分が壊れるのは良くて、相手が壊れるのは嫌だなんて。

「卒業写真」を歌うように穏やかに昔を語れる後藤であって欲しい。
239 名前:名無しごまファン 投稿日:2002年11月04日(月)15時03分09秒
ごまっとうの「Shall we love?」の歌詞がごっちんにリフレインしまくりで
聴きながら読んでいてものすごく切なくなりました。
ものすごく奥が深いお話で、もう何度も何度も読み返しています。
作者さん、お待ちしておりますのでゆっくり頑張ってください。
240 名前:パンダ 投稿日:2002年11月04日(月)15時27分25秒

やばいくらいに、作者様の文章力に飲み込まれました。

切なげで、それでいて愛しさをふくむ吉澤の一人称は
読んでいくうちにとても泣けてきます・・・・

この小説は本当に素晴らしいです。
これからも頑張ってください!
更新楽しみに待っています・・・
241 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月09日(土)00時03分38秒
「うん、来週からレッスンとか。収録入んのはね、まだちょっと先。あんまり早いと、新曲間に合ったじゃんて言われちゃうし」
もうすぐ日付が変わる時間、電話の向こうはちょっと複雑そうな声。
復帰がうれしくて、でも新曲を歌えないことに何かは感じてるはず。
電話越しでもそれが感じとれるのは、うぬぼれじゃなく、あたしだからだと思う。
クールっぽい声の下で響いてる、他の人には聞こえない音、あたしだけが聞いてあげられる。超音波をキャッチできるコウモリみたいに、あたしだけ、ごっちんをキャッチできる。
「まー、でも、休めるときなんてめったにないんだしさ。ゆっくりしときなよ、たまには」
「そーだねぇ。そっちは? 娘。さんたち、今キツイんでしょ、スケジュール」
耳に羽虫が入った感じがした。
『そっち』も『さん』もイヤだった。遠いみたいで、すごくイヤだと思った。
「『そっち』ってどっちだよ」
「あはは、どっちだろ」
ごっちんは、あたしの言葉を軽いツッコミに受けとって笑う。
「あー、や、笑いごとじゃなくて」
ケータイを持つ親指と人差し指に力が入った。
242 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月09日(土)00時04分14秒
「そういうふうに言われんの、ちょっとやだからさ…」
電波が途切れたのかと思うくらいの完全な沈黙が一瞬だけ。
声が尖っていたかもしれないと後悔しかけたとき、ごっちんの声がはっきり聞こえた。
「ふぁい」
笑った。
「なんだ、そのやる気ない返事ー。はい、その場でヒンズー・スクワット50ねー」
「ええっ。てか、ヒンズー・スクワットがわかんないし」
「うん、体育会系ネタだった、すんません。もういいです」
いつものあたしたちのテンポが、どこか懐かしかった。
いつかまでは、あたしはごっちんの声を聞くとうれしくて楽しくて、そればっかりで。
その頃のことを、急に、懐かしいと思った。
懐かしいと思う自分が、悲しいと思った。
ごっちんの声で泣きたくなるあたしになったのは、一体いつからだったろう。
「ごめんね」
ごっちんの『ごめん』が苦手になったのと、たぶん同じころからだ。
「いや知らなくて普通だし」
「いや、それじゃなくて」
スクワットの前の話。
243 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月09日(土)00時04分53秒
「あ……うん」
取り繕うみたいにえへへと笑ってみるけど、今度は、ごっちんがマジメな声を聞かせてくれた。
「なんかね、ちょっとうれしかったよ。怒ってくれるよしこで、うれしかった」
高くない声は、大人と子供の中間みたいで、いつもこんなふうに唐突に、あたしの胸を熱くする。
「おう」
照れ隠しで低く返すと、ごっちんが笑い混じりに吐く息が聞こえた。
「みんな、元気?」
「うん。ごっちん、近いうちに復帰するって朝きいてさー、みんな喜んでたよー。メールめっちゃ多いでしょ、今日」
「ん、いっぱい、もらった」
かすかに声が曇った気がした。送話部分から唇が遠くなったみたいな、声が薄くなる感じ。
「おーい、ごっちん?」
「んあ、聞こえてるよー」
「どうかした?」
「あはっ、よしこって、耳いいねぇ」
『あたしはごっちんのコウモリだからね』と言ったら、また笑うだろうなと思った。
かわりに単刀直入に訊く。
「なに悩んでんのさ?」
ためらうような沈黙が何秒か続いて、やっとで、ごっちんは言った。
「んー、あのさ…やぐっつぁん、元気かな?」
244 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月09日(土)00時05分30秒
ばくん、と心臓が大きく跳ねた。
『あたしは、ごっつぁんを許せない』
矢口さんのあの声、誇りを踏みつけにされた人の悲しみと、怒り。
「なんか、最初とか、すっごいたくさんメールくれてたんだけど、急にくれなくなっちゃったからさ。ごとー、なかなか治んないし、アイソつかされちゃったのかなと思って」
明るさを装う声はいつもより高めで、その音の不安定さがそのまま、ごっちんの心の不安みたいに聞こえた。
「大丈夫だよ」
嘘かもしれないことを、あたしは迷わず口にする。
「矢口さん、ちょっと調子悪そうだったから、それでじゃない? アイソつかすとか、そんなん、ありえないよ」
欺瞞じゃない。あたしは覚悟してるだけ。「大丈夫」を嘘にしないこと、ごっちんを守ることをただ、決めてるだけだ。
「うん……ごめん、そんな気にしてるわけじゃないんだけどさ」
そういうふうには聞こえなかったけど、あたしは「うん」と頷いておいた。
「ていうか、それより、気になってること、あって」
想像できる。そもそも、この電話はそれを聞きたくてかけてきたはずだ。
「うん?」
245 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月09日(土)00時06分06秒
「あー………梨華ちゃん、さぁ。どうだったのかな、今日とか」
その名前を声に出すときのごっちんの緊張が、痛いくらいに伝わってきた。
嫉妬したくなるくらい、ごっちんの気持ちが深いことを感じる。
まして、今日の梨華ちゃんは、これも嫉妬したくなるくらいキレイで。
そう、ちょっとないくらい美しかった。
「元気だったよ。っていうか、元気そうに、ちゃんとしてたよ」
楽屋で見せた伏し目がち、どこか遠い目線。それは弱さかもしれないけど、傷ついた顔までもが大人びて、弱さだけを感じさせはしなかった。
仕事中、いつも以上にテンションあげていこうとする彼女の高い声の隣、あたしも仕事のことだけ考えた。
あたしは梨華ちゃんに「大丈夫?」とは訊かなかった。これからも訊かないだろう。
「大丈夫」なんて口で言うのは簡単で、でも、本当に「大丈夫」なところまで、すぐには立ち直れない、誰だって。
わかってるのは、大丈夫そうに振る舞えるだけの強さが梨華ちゃんにはあるってこと。彼女がもう、弱くはないってこと。それで十分だ。
246 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月09日(土)00時06分41秒
「そっか……ごめんね、よしこにこんなこと」
「なんで、だって梨華ちゃん、うちの親友だもん」
クサイかもしれない、梨華ちゃんはそうは思ってないかもしれない。
でも、いい。昨日、信じきれなかったことを、あたしはいつか謝って、それできっと、やりなおす。
昨日、絶不調だった矢口さんは今日、スマッシュ・ヒットな冗談を連発してた。昨日、遠巻きにされてた人が今日、みんなの笑い声のまんなかにいた。
あたしたちみんな、壊れたら直すだけ。壊れても直すだけ。
あーあ壊れちゃったねと言ってなんでも捨てられたら、いろいろ楽かもしれなくて、でもそんなのはきっと壮絶につまらない。
あたしたちは何度でも。きっと無限に何度でも。
「ごとーも。ごとーも、梨華ちゃん、親友だよ」
「知ってるよ、そんなの」
そして一番の親友にあげたい名前が本当はもうひとつあるってこと。
もう、本当は知ってる。最初から、よく知ってた。
247 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月09日(土)00時07分17秒
「あのね、よしこ」
でも待って、言わないで。
ケータイがだいぶ熱くなって、耳と筐体の間に汗が滲む。
「………なに?」
アンテナを引っこめるのは、愚かな気休め。
聞きたくなかった。
ごっちんの言いたいことなんか、わかりたくない。今のごっちんの声を全部キャッチしたら、あたしは。
「うん、あー…なんか、電話だとあれかも。今、どこいんの?」
深夜で比較的よく流れてる都内、信号待ちのタクシーの中。行き先変更を告げたら、ごっちんの部屋まで30分とかからないだろう。
「あー、もう、うちの近くなんだよね」
「そうなんだー。んー、じゃ…明日とか、仕事つまってんのかな?」
仕事は午後からで、予定では22時あがり。
「ん〜、一日つまっちゃってんだよね。明後日もキツそうだし」
「そっか、新曲あるしね。あー…したら、また電話するよ」
「うん、ごめんね」
「ううん。じゃー、また―――――」
「ごっちん」
切ろうとするのを呼び止めた。反射的にそうしてた。逃げおおせた、よかったと自分で思ったくせに。
248 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年11月09日(土)00時08分12秒
「え?」
「なんか用事だった?」
「やー、うん、でも……急がないし」
「そ? じゃあ、また。ちゃんと安静にしてなよね」
もごもご言うのを、あたしは聞き返さない。キッカケなど、与えない。
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
おやすみ、ごっちん。
ごめんね、別れ話を聞いてあげなくて。

『おやすみ』の後、あたしが電話を切るのをしばらく待ってる気配があった。お互い、電話を切れないでいることに気づいていて、だけどもう一度、声をかけなおすことが、あたしたちにはできなかった。どれくらいかして、向こうでボタンを押す音が聞こえて、通話は切れた。
すっかり熱をもったケータイを、ようやく耳から離したら、ディスプレイが汗に濡れていた。
緑色のバック・ライトが消えて、手の中が真っ暗になったとき、急に鼻の奥が痛くなった。
耳の深いところから、ヴーンとモータの振動みたいな音が聞こえて、ああ、鼻と耳はつながっていると思った。
外は、あたしの代わりに雨だった。
249 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年11月09日(土)00時10分16秒
>>233
ありがとうございます。
身に余る言葉です。「また」がまた、うれしい。

>>234
石川さんには土壇場で強くなってもらいました。
登場人物みんな10代だし、誰かがずっと強くて
誰かがずっと弱いってことがないように、不安定ぎみに
書きたいなと思ってます。

>>235
ほんと、身に余ります。うれしいです。
作者から見て愛しい作品には違いないですが、
泣けるようないいもの書いてるかといったら、それは全然…。
他人様の涙にふさわしいもの、書けるようになりたいですね。

>>236
後藤さんにも今回、強くなってもらいました。トラ復活(笑)。
「泣きました」と「名作」は、本当にうれしいんですけど、
なんと答えていいやら。答えるより応えたい、かな。
タイトルの解釈、作者の意図どおりにとらえてくださってて
うれしかったです。ありがとうございます。
250 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年11月09日(土)00時11分06秒
>>237
人が壊れちゃって壊れっぱなし、ああ可哀想ね、という話が
作者は苦手なので、これまでの彼女からすると、
あっさりしすぎかもなと思いながら、ああいう形にしました。
心に…かぁ。過分なお言葉、本当にありがとうございます。

>>238
ここの後藤さん、わりとこれまでヒドイ人だったので、
ちょっとでも名誉回復できてるといいんですが。
「卒業写真」を歌うように…ステキな言葉ですね。
現実では、カバーよりオリジナルを歌ってほしい気もしますけども。(^_^;

>>239
ごまっとうには複雑な気持ちですが、あのジャケの後藤さんは好み。
まだ聴いてないんですよー。聴きたい、期待。>Shall we love?
うれしいお言葉をたくさん、ありがとうございます。
でも、あんまり読み返していただくとアラが目立ちそうです(笑)。

>>240
文章力…。絶対そんなことないですけど、でも素直にうれしいです。
吉澤さん一人称については、最近よく、吉澤さんでよかったと思います。
後藤さんとかにしてたら、途中で書けなくなったと思う。
そこだけはいい判断だったなと自分で。
251 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年11月09日(土)00時12分13秒
前回更新分は作者には思い入れのあるシーンだったので、
とても好意的なレスをたくさんいただけて、うれしかったです。

今回更新は短い上に、話進んでないですね。
今月中ぐらいで完結させられるといいなぁと思ってるんですが、
年内くらいになっちゃいそうな感じ。
書いては消し、消しては書き。3歩すすんで2歩さがってしまう。
次の更新は、また遅くなりそうです。ごめんなさい。
252 名前:名無し娘。 投稿日:2002年11月09日(土)09時48分15秒
大事な事を伝えるのに言葉は選んで選びすぎる事はないですよね。
言葉を選んでくれてる、というのがまた嬉しかったりするので。
…何のために選んでるのか考えると痛い事はありますが(苦笑)
253 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月09日(土)23時26分23秒
更新お疲れ様です。
ここの小説の登場人物達は不変的でなく流動的で一回の更新ごとに登場人物達も
更新されて挫折を味わったり成長していくのがとても楽しいです。
Mr.Childrenの「蘇生」という歌を知っていますか?どこかこの小説に通じるものを感じました。
254 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時46分03秒
会わないまま、何度か太陽が昇ったり落ちたりを繰り返した後、ごっちんは帰ってきた。
「みんなに迷惑かけて、すごく申し訳なかったなと思ってます。これから、体とかちゃんといい状態に保って、仕事を一生懸命、やっていきたいです」
2週間近くぶりでメンバーの前に立ったごっちんは、考え考え、意味を噛みしめるようにそう言った。
「おかえり!」
「ごっちーん!」
みんな口々にごっちんに声をかけて、ごっちんは抱きついてくるメンバーを受け止めて、うれしそうだった。
すべてが元通りのようで、けれど間もなく、ごっちんが休養に入るよりはるか前の「元」に戻ってしまうことを、そのとき、誰も知らなかった。

それは、ごっちんの声から始まった。
「やぐっつぁん、借りっぱなしだった、これ。ごめんねー」
楽屋でごっちんは、DVDのケースを差し出しながら、矢口さんに声をかけた。休養前とまるで変わらない調子。
だけど、矢口さんは、以前と同じ矢口さんではなかった。
無言だった。
「ああ、うん」とか言葉にもならない声だけもらして矢口さんは、一言もなく、差し出されたDVDを受け取った。ごっちんの目も見ないままに。
255 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時46分33秒
それは何気ないたったひとつの挙動で、でも、ごっちんにメッセージを伝えるには十分な振る舞いだった。『話しかけてくるな』と伝えるには、十分だった。
ごっちんは、一瞬、金縛りにあったかのように、動かなかった。立ち尽くして数秒が経ってから、まず顔をうつむけて、それから矢口さんに背を向けた。
短くて静かな出来事だった。
だけど、それは、あたしたちの中では小さなことに終わらない類の出来事に違いなかった。
それから二度ほど、ごっちんが矢口さんに声をかけて、やっぱり返事をしてもらえないのを、あたしが見たし、きっとメンバーも見ていた。
まるで湖面に投げ入れられた小さな石を見ているようだった。
石は小さくても、波紋は広がる。石が入ったときに小さな音がしたきり、その後のすべては音もなく、誰にも止めようがなく、広がっていく。
256 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時47分07秒
矢口さんに無視されて、ごっちんがしたことは、本人に理由を問いつめることでもなければ、他の誰かと話すことでもなく、ただ黙ることだった。
あれだけジャレついていたのが嘘のように、ごっちんは矢口さんに近づかなくなった。矢口さんだけでなく、他の誰にも自分から話しかけることをやめていた。
その日の朝には再会を喜んだはずなのに、ごっちんはほんの数時間の間にだるそうな横顔だけを見せるようになった。
矢口さんの気持ちも、ごっちんの思惑も、あたしにはわかっていて、けれどあたしが動くことが正しいのかどうか、判断できなかった。
矢口さんの知らないごっちんの罪を明かせば、今の怒りは解けるかもしれないけど、新たな怒りが生まれるかもしれない。
ごっちんはごっちんで、二人の問題がメンバーを巻き込んだ大きな対立につながるのを避けるために、自分から一人になろうとしているようだった。争うくらいなら降りる。ごっちんの冷めた眼差しに、そういう意志が見てとれた。
「ごっちん、弁当食べよ」
あたしはごっちんの思惑を無視することにしたけれど、ごっちんはそういうあたしの思惑を無視した。
「んあ、ごとーはいいや。もう出るし」
257 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時47分57秒
閉まったシャッターに話しかけてるみたいな手ごたえのなさを感じた。
言葉はいつもとたいして変わらないのに、落とされたままの目線とか、笑わない口元とか、体ごと振り返ってはくれないところ、全身で拒絶されているような感覚が、あたしの胸を貫いた。
ごっちんは、誰に言うでもないような、気のない「おつかれさまです」を残して、一人、リハビリがわりのボイス・トレーニングに出かけていった。
258 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時48分31秒
■■■
それから数日、いつ見ても、ごっちんは一人だった。目を閉じ、イヤホンを耳に入れて、唇を結んでいる。文字通りの見ざる聞かざる言わざる。
収録に参加するようになって、収録現場では笑顔を見せるものの、カメラがまわらない場所では表情をなくしていた。
無視されて怒っているとか、気弱になっているとか、そういうこととは違うようだった。
電源が切ってあるように見えた。表情を変えるのに必要な電流というものがあるならば、それが流れてない、そんな感じがした。
「ごっちん、お茶しに行こーよ」
待ち時間が長いのをキッカケに、意を決して声をかけたのは、復帰から1週間が過ぎたときだった。
「んー、やめとく。外出んの、だるい」
「なんだよ〜、たまにはいいじゃん」
二人とも声のトーンは明るくて、かつ、まったり低め。なんでもない友人どうしの会話に聞こえるように。誰より、自分たちにそう聞こえるように。
「1時間あったら、お昼寝タイムでしょー」
「せっかく1時間もあるんだから、行こーよ」
あたしはごっちんの手首を握った。
また細くなってる気がして、それだけで胸が疼いた。
少しだけ声を下げて、あたしは繰り返した。
「行こうよ」
259 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時49分09秒
局内の喫茶室。窓際の一番奥、四人がけのテーブル。
向かい合って座って、お互いメニューも見ないで注文する。
ウエイトレスが行ってしまうと、ごっちんは所在なさげに窓の外を見やった。
あたしは、横顔に声をかける。
「久しぶりだね」
「毎日会ってるじゃん」
ごっちんは、カメラ用の笑顔をあたしに向けた。
「会ってないのと同じだよ」
作り物の笑顔を責めるように、あたしはつぶやいた。
お互い、続く言葉を持たなくて、沈黙が薄い帳になって下りてくる。
アイスティーとアイスカフェラテが運ばれてくると、ごっちんはガムシロップの入った銀のポットをあたしの方に滑らせながら、ぼそっと言った。
「よしこが会いたがってないんじゃん」
電話で何度か「会いたい」と言われたのを断ったのは、確かにあたしだった。
「…ごめん。なんか、怖かったんだよね」
だって、わかってたから。
ストーカー事件以来、常に2人以上の人間をそばに置いてきたごっちん。2人が3人になっても、2人が1人になることはない。選択肢は0、2、3、4………。「1」だけがありえない。
梨華ちゃんと別れた今、次にごっちんがすることは決まっていた。
260 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時49分45秒
「そう言われると、言葉につまるけど」
ごっちんは、グラスの中をストローでかきまぜながら、カフェラテの茶色と白色が混ざっていくのを見ていた。
「そうだね、今日は、そういう話しようと思ってないし」
「うん……。なに?」
ごっちんは、相変わらずの率直さで切り込んできた。今さら「お茶」もないし、あたしも世間話をする気はなかったから、率直に尋ね返した。
「矢口さんのこと、どう思ってんの?」
「どうって? 元に戻るだけだよ。もともと、あたし、誰とも仲良くなかったし」
なんとなく、言葉の後に、飲み込まれた言葉の気配を感じた。
「『市井さん以外は』?」
指摘にごっちんは少しも慌てなかった。
「そうだね、いちーちゃんとは仲良かったかもね」
「今は関係ないんだ? もうすぐ、市井さんツアーから帰ってくるよね?」
「関係ないよ、よしこが何をこだわってんのか知らないけど」
もう何度も繰り返されたやりとり。いつも平板な響き方をする、ごっちんの「関係ない」。
261 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時50分18秒
「あたしはストーカー事件の後、一回全部なくしてるんだよね。いちーちゃんしかいなかったときにいちーちゃんなくして、一人だった。間であたしの勝手でやぐっつぁんに近づいたり、梨華ちゃんとかよしこ、かまってくれたけど」
そんな程度の認識なんだな、と思った。この人は、自分に対する他人の気持ちを低く見すぎてる。
「あたしは、もともと一人で、今はただそこに戻るだけだからさ。よしこが気にすることないよ」
後半は「よしこには関係ないよ」に聞こえた。あたしは、そこには触らないで反論した。
「なんで戻らなくちゃいけないの? せっかく築いた人間関係でしょ? 矢口さんにいきなりああやって無視されて、なんとも思わないわけ?」
「そりゃ思うよ、あたしも人間だし」
ごっちんは苦笑いをした。
「やぐっつぁんに相手にしてもらえないのはツライし、よしこに避けられるの、キツイよ。梨華ちゃんとも話したい」
また市井さんをぬかした。だけど、それ以外のところでは本音を言っているようにみえた。これが本音だと、あたしが思いたいだけのことかもしれないけど。
262 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時50分52秒
「でも、全部はあたしが気にしなければいいことじゃん。あたしがおとなしくしてれば避けられたことが、いっぱいあったんだよ、これまで」
ごっちんは傷をえぐるようにして、自分の罪過を並べていく。
「あたしがいちーちゃんにベタベタしなかったら、いちーちゃん、ストーカーに襲われなかった。あたしがうじうじ気持ち揺らさなかったら、あたし、いちーちゃん刺さなかった。やぐっつぁんだって、いちーちゃんと別れなくて済んだ。あたしが自分の寂しさ埋めるために勝手なことしなければ、梨華ちゃんもよしこも、今ごろとっくに他の誰かと幸せになれてるよ」
市井さんの怪我も、矢口さんの傷心も、梨華ちゃんの苦痛も、あたしの懊悩も。
ごっちんがいなかったら、なかった。それは紛れも無い事実で。だけど。
「そんなの、おかしいよ」
何かが間違っている。『自分さえいなければ』とか、『生まれてこなければ』とか、そんなふうにしか聞こえないセリフは、誰が言っても絶対に間違っていると思った。
あたしは具体的な反論をしなかったけど、ごっちんはあたしの言いたいことを見通したように、話し始めた。
263 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時51分28秒
「ごとーはね、すべての人に幸せになる権利があるなんて、思えないんだ。そういう権利がないヤツっているんだと思う。だって、人のこと不幸にするばっかりのヤツが、自分の幸せのためだからって好き勝手動いたら、不幸にされる人の幸せはどうなっちゃうの? おかしいじゃん」
本当は論破されたがってるはず、これが本音じゃないはず。言い聞かせても胸の中でぱちぱちと何かが爆ぜる。
「そうやって、ごっちんは、あたしのこと、不幸にするんだ?」
「え?」
「ごっちんが自分のこと嫌ってんの見んの、あたし、すっごいイヤなんだよ? 立派に不幸だよ、これ。そんなに他人のこと不幸にしたくないんだったら、そのへん考えてよ」
ごっちんは、ため息を吐くように、声もなく笑った。ひどく疲れてるみたいだった。
「よしこ、もう、やめときなよ。ごとーなんかやめなよ、いいことないから。あたしが言おうと思ってたこと、もうわかってるんでしょ? そういうことにしようよ。元に戻ろう」
別れ話を始めているのだとわかったけれど、あたしはわからないふりがしたかった。
「ごっちん、何いってんのか、わかんないよ。元に戻るとか、わかんない」
264 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月12日(火)00時52分01秒
ごっちんは、きゅっと唇を結んで、それから口を開いた。
「別れよう」
言われると、やっぱり痛いものだった。あたしは当たり前にそれを確認しただけだった。
「梨華ちゃんときと、だいぶ待遇ちがうじゃん」
『いやだ、別れない!』とか『ごっちん、ひどい!』とか叫んでもよさそうだったけど、あたしはなぜか普通にツッコミを入れていた。
「よしこは言ってくれない気がしたんだよね、なんとなく」
「そうだね、心にないことはもう、言わない」
あたしは梨華ちゃんじゃないから、彼女が選んだ言葉を選べない。好きな人に「サヨナラ」が言えるほど、大人にはなれない。でも自分が弱いのだとは思わない。あたしはあたしの言葉を続けるだけ。
「別れないよ。あたしはごっちんが」
言わせてはくれなかった。ごっちんは立ち上がって、あたしの唇にそっと人差し指をあてた。
「先、戻ってる」
唇から指が離れて、ごっちんは踵を返した。
それで終われば、ごっちんらしいクールな別れ話だったけど、このときはそのまま終幕にはならなかった。
265 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年11月12日(火)00時52分42秒
ごっちんが歩き出そうとした方向に人影が立ちふさがった。
ごっちんの背後の席に着いていた人が、立ち上がって通路に出たところだった。
人影は、その人らしからぬ低い声を響かせた。
「死になよ、ごっつぁん」
266 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年11月12日(火)00時57分17秒
>>252
>>253

短い更新にもレスくださって、ありがとうございます。
身の回りのことに照らして考えてもらえたり、
好きな歌やなんかを重ねてもらえるというのは、
とても光栄なことだなと思います。
励みにさせてもらってます、ありがとうございます
(ちなみに「蘇生」は知らなくて、歌詞だけチェックしてみました。
前向きな詞ですね。今度聴いてみたいと思います)。
267 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年11月12日(火)00時58分29秒
某所でアドバイスを受けて、今回からage更新。
しかし、なんか、やっぱり緊張する・・・。
268 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年11月12日(火)01時00分18秒
次回は分量によっては次スレかなぁ。まだ大丈夫か。
今回、意外と早かったですが、今後も更新は不定期で。
完結はおそらく年内な感じです。
269 名前:パンダ 投稿日:2002年11月12日(火)11時11分44秒

な、なんと!?急展開ですね。
別れ話を告げられたよしこはこれから一体どうでるのか?
「しになよ」って言った人は・・・あの人ですかね??
後藤は、一人で色々と考えすぎだと思います。
もうそろそろ、誰かに頼り、寄りかかっていく人を見つけてもいいのではないでしょうか。
耳を塞ぎ眼を閉じて、後藤は一体いつまで自分を罰すればいいのでしょうか・・
後藤のことを、真剣に幸せになって欲しいと告げているよしこの気持ちも考えてあげて欲しい!

完結するまで、ずっと付き合いますので作者様、頑張ってくださいね!!応援しています!
270 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月12日(火)14時17分26秒
後藤弱すぎ。もう人と触れ合うのが怖くなってるね。
弱さを優しさと勘違いしてしまいそうになるけどよっすぃーの強さこそが真の優しさだと思う。

更新お疲れ様です。次回も楽しみに待たせてもらいます。
271 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時15分09秒
矢口さんは、ごっちんを席へ押し戻して、自分はあたしの隣に腰を下ろした。
「やぐっつぁんがなんで」
投げつけられた言葉の過激さに圧倒されたのか、ごっちんはふらふらとイスに座り込んだ。
「ごめん、あたしが呼んだんだ」
最初は、あたしが誤解を解こうかとも思った。
ストーカー事件もごっちんが市井さんを刺したことも知らない矢口さんは、ごっちんが単なる優越感で、矢口さんを憐れんでると思ってる。好きな人の好きな人が、自分に異様に優しいという状況では、誤解も無理はない。
ごっちんはごっちんで、ストーカー事件後も自分が市井さんに愛されているとは知らなかった。市井さんと矢口さんが別れたのは、物理的に距離が隔たってしまったせいで、それは自分の責任だと考えている。
それぞれ情報に偏りがあったせいで、ごっちんと矢口さんは完全に行き違ってしまっていた。
両方の事情をよく知るあたしが仲裁をするべきかもしれないとも考えた。
だけど、矢口さんの気持ちは、あたしの手に負えるとは思えない。説明すれば誤解は解けるかもしれないけれど、怒りまでは溶かせそうもなかった。
272 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時15分52秒
「ずっと、後ろで聞いてもらってた」
ごっちんの目が鋭角的な光を見せた。乱暴なやり方なのはわかってる。だけど、本人に道を開いてもらうしか―――これは矢口さんのことに限らず―――もう、手はなかった。
「初耳な話がゴロゴロで頭おかしくなりそうなんだけど」
矢口さんは肘をテーブルにくっつけて腕を組み、ごっちんを睨んでいた。
ごっちんはつい今しがた、『ストーカー事件』と口にしたし、市井さんを刺したと実質、語った。矢口さんにしたら、衝撃的な言葉の連続だったはずだ。
テーブルの上に組まれた小さな両の手。右の中指が何かを追い立てるように、左中指の付け根を叩いていた。
「そんなに生きてたくないんだったら、死んでみせなよ」
その場の勢いの言い方ではなかった。いたって冷静に、その言葉は選ばれていた。
「矢口さん」
あたしは腹話術の人形みたいだった。何か言おうと口を開くのに、声帯を持たない人形のように、声が、言葉が、出てこなかった。
ごっちんは、締めつけるような矢口さんの視線をただ受け止めて、睨み返しはしなかった。深い沼のようなその瞳に、どんな種類の興奮も浮かべずに矢口さんを見ていた。
273 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時16分47秒
ウエイトレスがあらためて矢口さんに水を運んでくる。
「ミルクティーください」
どこか場違いな言葉だった。
ミルクティーが場違いになるような会話をしていることが、急に怖くなった。
ごっちんは、ゆっくりとまばたきをひとつだけ。それから、ほんの5度分くらい、首を傾けた。
「ごめんね、やぐっつぁん。ごとー、死ねないんだ」
本当に申し訳ないと思ってるみたいに聞こえた。
腋から腰へつたう汗は、今にじんだばかりなのにやけに冷たかった。
「一回、失敗しちゃったんだ。すごくツラかった。だから、ああいうことはもう、できないよ」
自分に向けるはずだったごっちんのナイフは市井さんを傷つけた。永遠にごっちんを責め苛む最悪の記憶。
初耳の惨事がもうひとつ増えても、矢口さんは顔色を変えなかった。ごっちんを射抜いていた視線をグラスの丸い水面に移す。
「ごっつぁんさ。死ねないってことがどういうことか、わかる?」
ごっちんは答えずに矢口さんの次の言葉を待った。矢口さんもはじめからごっちんの答えを期待してはいないみたいだった。
274 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時17分38秒
ミルクティーがテーブルに置かれて、矢口さんはカップの底に沈めた角砂糖をスプーンで叩いた。
「死ねないってことはね、生きるしかないってことだよ」
言葉遊びじみていて、けれど、そうでないことを矢口さんの目が声が伝えていた。
「ごっつぁんはさ、もしかして、何かするために自分は生まれてきたって思ってる?」
ごっちんの口元がぴく、とわずかに震えた。
「目的があって、人生っていうのは、それに向かってて。そうじゃないとダメって思ってる?」
『なんで、あたし、生まれてきたんだろう。
なんのために、あたしは。何をするために。
理由が見つからないんだ、もうずっと』
ごっちんが悲しい記憶を話してくれた夜、その手がノートに書きつけた言葉には、求めて手に入らない悲しみ、苦さが溢れていた。
ごっちんは素直に、こくんと首を縦に振った。
矢口さんは、『うん』と一度それに頷いてから、優しく、はっきりと、ごっちんの答えを否定した。
「ちがうよ?」
275 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時18分17秒
矢口さんを見るごっちんの瞳に、表情のカケラが戻りつつあった。惰性にまかせるように言葉を耳に流すのではなくて、聞こうとする意思が目に宿りはじめていた。
「目的とか理想が最初にあって、それに向かっていくっていうのは。それはただのパターンAだよ。改造版のひとつっていうか、そんなようなもんだと思う」
矢口さんはミルクティーのカップを持ち上げて、でも気が変わったみたいに、すぐに元に戻した。
「初期設定、教えてあげる。うちらはね、生まれてきちゃったから生きてくんだよ。とりあえず死ぬまで、しかたないから生きていくんだ」
それはごく簡単平易な言葉で、だけど、『しかたない』という言葉は、諦めよりも覚悟を感じさせた。
「目的とか意味とか、ほんとは後付けなんだと思う。道歩いてるうちに、おもしろいもん見つけるかもしんないし、誰かに会うかも。そしたら、なんか楽しいこと起こるかも。たまにムカつくこととか泣いちゃうこととかあって。けど、好きな人とかにも会ってさ」
276 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時18分56秒
あたしたちはいつもマジメな話をするのが照れくさい。
本気の顔を見せると相手に引かれるんじゃないかとか、細かく気にして、『今、語り入ってたね』なんて自分で茶化しては笑う。あたしもごっちんもそうで、矢口さんだって普段はそう。バランスのいいポーズは得意で、ポーズくずすのは苦手。
だけど矢口さんは今、ポーズを気取らずにそこにまっすぐ立っていた。
「目標のためにあるんじゃなくて、人生は。ジンセイとか言うとあれだけど、でも、人生はさ。暮らしだと思う。どこへ歩くとか、たいして大事じゃなくて、歩いてることが、たぶん。それで、それだけのことにみんな同じに値打ちがあるっていうのは、矢口はね、なんか納得できるんだ」
教科書が「人の命の平等」なんて言葉で説明することを、この人は道徳でも倫理でもなくて、信念として自分のものにしてるんだなと思った。
277 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時19分39秒
「人生が目標までの道なんだったらさ、目標でかいほうが価値あるってことになってもおかしくないと正直、思うけど。生きるってことは単に道そのものだと思ったら、そこには優劣なんかないし、だから誰が優先じゃないし、誰は後回しじゃないし。なんか、わかりにくいかもしんないけど」
ごっちんは、『そんなことない』と言うかわりに、首を軽く横に振った。
矢口さんはまたカップをとる。今度はゆっくり傾けて喉を潤して、ソーサーに戻しながら言った。
「言いたいことは、だから。誰に権利があって誰に権利がないとか、そういうもんじゃないから。みんな歩いてるだけなんだから」
あたしは気がついて、矢口さんの横顔を見た。
『死ね』が裏返しのメッセージであることに、ごっちんももう、気づいているだろうか。
278 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時20分22秒
「そりゃぶつかることもあるんじゃん、たまには。でも、そういうのもアリでしょ。一回ぶつかって、そっから歩けないですなんて、そんなん拗ねてるだけじゃん。人とぶつかってこすれたりしたら、それは血も出るし、痛いし。でも、そんで止まっちゃったら自分がかわいそうだと思わない? 『だるまさんころんだ』みたい、息つめて体がちがちにしてさ。窮屈そうで見てらんないよ」
矢口さんの長いメッセージはきっとただ一言のためにある。ただ一言を、ごっちんの耳が素直に聞けるように。そのために。
あたしの耳に、そして絶対にごっちんの耳にも今、聞こえてる。
矢口さんの声の後ろ、通底して流れるメッセージ、ただひとつの言葉。
『生きろ』
279 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時20分58秒
「待ってたんだよ? ごっちんが訊いてくんの。『やぐっつぁん、なんで無視すんの?』って、いつ訊いてくれんだろーと思って、ずっと待ってた」
矛盾なようだけど、矢口さんは話すために無視したんだなと思った。無視を契機にして、ごっちんと向き合うつもりだったんだと思った。
「ごっつぁんさー、矢口のこと、どうでもいいのかよ。なんで、そうやってすぐ諦めんの? みんなからも離れちゃってさ、なんだよ、それ。ごっつぁんと口きいたら、そいつも矢口が無視すると思ってるわけ? なんだと思ってんだよ、矢口のこと。いきなり無視するなんて、悪いのこっちじゃん。なんで責めないの? なんの遠慮なんだか、わかんないよ」
矢口さんは一息に言い立てて、ごっちんは目を伏せた。睫毛ごしの視線を、そっと矢口さんに合わせる。
280 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時21分32秒
「やぐっつぁん、さっきから聞いてたんだよね」
「うん」
「じゃー、ストーカーって言ったの、聞こえた?」
「……うん」
もうほとんど中身の入ってないグラスを、ごっちんは両手でぎゅっと握った。
「あたしのストーカーだったんだ。いちーちゃんは関係なかったのに、あたしの近くにいたから、巻き込まれた。ケガして写真集ポシャッて。あたしが悪かったんだ、危ないのわかってたのに離れられなくて、ケガさせた」
「でも、それは―――――」
「それだけじゃない。その後、近づいてくるいちーちゃんが怖くて、あたし、ナイフでいちーちゃん刺した」
今度は矢口さんが押し黙る番だった。
あたしは黙っていられなかった。
「ごっちん、そうだけど、それ、ちょっとちが―――――」
「違わない。いちーちゃんとやぐっつぁん、遠距離恋愛にしちゃったの、あたしなんだ。あたしが二人を引き離した」
ごっちんが能動的、積極的に市井さんを刺したみたいで、そういう響き方があたしはすごくイヤだった。だけど、ごっちんは自虐的に言いたいんだろうと思った。その気持ちもわかる気がした。
281 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時22分08秒
「ごめん」
消え入りそうな声だった。
「許してくれなんて言わない、憎んでくれていいよ。だから、今だけ、聞いてくれる? ごとーが謝るの、聞いてほしいんだ」
矢口さんは口をつぐんだまま、小さく頭を下げた。頷いたのだと思う。
「あたしね、やぐっつぁんに嫉妬してた。自分が悪くて、いちーちゃんと離れたのに、なんかイヤで不満で。楽しそうにいちーちゃんの隣にいるやぐっつぁん見てて、なんで、そこにいるのがあたしじゃないんだろーって思ってた」
してないはずがなかった、嫉妬など。目の前に好きな人と、その恋人。一時期でも、ごっちんはそういう光景を毎日見ていた。
「あたしが本当に悪いのは、実際にしちゃったこともそうだけど、いちーちゃんがいなくなったときに」
ごっちんはテーブルの上に投げ出した両手、そのうっすら赤い手のひらをじっと見ていた。
それをぐぐっとグーに握って、そうすることで次の言葉を搾り出した。
282 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時22分44秒
「いなくなって、どっかでホッとしてた。もう二人を見なくて済むんだって。いちーちゃんの顔、あたしが絶対話しかけられないいちーちゃんの顔、見なくていいんだ…って思っ―――――」
声をつまらせた。
『事故じゃないよ。刺そうと思って刺した』
市井さんの告白の夜、ことさら偽悪的に放たれたあのセリフは、ごっちんのもうひとつの罪の告白でもあったのかもしれない。ほんのわずかでも、市井さんの腹部の傷を喜ぶような心の動きが自分にあったこと、そういう自分を、ごっちんは絶対に許したくなかったのだろう。
手が犯した罪と、それから心が犯した罪に、ごっちんはもう長い間、苦しんできたに違いなかった。
「ごめんなさい。ごめ、なさ……っ、やぐっつぁん、いちーちゃ…ごめん」
ごっちんは首を折ってほとんど真下を向き、長い前髪がその瞳を覆い隠していた。肩がとても細かく震えて、テーブルの上、拳がとかれた指先はいかにも頼りなかった。
283 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時23分19秒
隣で生唾を飲む音が聞こえた。
矢口さんは、カップの淵を人差し指で落ち着きなくなぞりながら、小さな唇を開いた。
「それで、矢口のこと何かとかまってくれたんだ。自分のせいで別れたと思って」
責めるような調子ではなかったけれど、ごっちんは『ごめんなさい』を繰り返すだけになっていた。
「とりあえず、明らかに事実と違うとこからいくけど」
『数多くの間違いのうち、まずは』というニュアンスで、矢口さんは話し始めた。
「うちらが別れたのは、紗耶香が脱退を言い出すより前だよ」
市井さんの話でもそうだった。ごっちんは二人が別れた正しい時期を知らないまま、思いこんでしまっていたのだろう。
「いつだったか、2日連続でオフもらえることになって、オイラうれしくってさ。紗耶香とどこデート行こっかなぁとか、笑っちゃうようなノンキなこと考えてた。もうウッキウキで『どこ行こっか』とか訊いたら……別れ話されたよ。いきなり『忘れられない人がいるんだ』って言われた」
ごっちんは瞳にかぶさってくる前髪を、あえてかきあげようとしなかった。瞳を隠したがるように、うつむいていた。
284 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時24分01秒
2日連続オフの初日が、ごっちんが市井さんを刺してしまった日だったはずだ。その前に市井さんは矢口さんと別れていた。別れた上で、ごっちんのマンションを訪れていたのだ。
2週間ほど前の市井さんのあの告白は、本当なら1年以上前にごっちんに届けられるはずのものだったんじゃないか。確信的にそう感じた。もしも、その日、ごっちんが市井さんの言葉を先に聞けたなら、すべてはまるで違っていたのだろう。もしもナイフより早く、市井さんの言葉が二人をつないだなら。
「オイラはね、ごっつぁんが知ってると思ってたんだ。アイツがずっとずっと好きな人が誰か。それでオイラのこと憐れんでるんだと思った」
「そんな」
弱い声といっしょにごっちんは反射的に顔をあげた。頬が水に濡れて光っていた。
「うん、そうだよね。ごっつぁん、そんなヤツじゃないのにな」
矢口さんはごく穏やかな目をしていた。
「ていうか、わかってた気もする。自分が誤解してるって。なんか、どっかで間違ってるぞって。だから、否定してほしかったんだ、ごっつぁんに。『なに無視してんの、違うよ、誤解してるよ、こうだよ』って言ってほしかった」
285 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時24分38秒
恋人同士なみの緻密なかけひきは、仕掛ける人の、相手への愛情を感じさせた。
「ごめんね、ごっつぁん。戻ってきたばっかで不安なときに、ひどいことして」
ごっちんは、ふるふると首を横に振った。声のかわりに涙が出て、うまく口がきけないようだった。
抱きしめたい、と思った。こんなときなのに、こんなときだからなのか、愛しくてたまらなかった。
「ごっつぁんが紗耶香にしたことは」
ごっちんの体がわずかに揺れた。審判を受ける人の緊張が伝わって、あたしは呼吸がしづらかった。
「あたしが許す許さない言うことじゃないし、もし言う立場だったとして………許せない」
「矢口さん」
あたしはこちら側にあった矢口さんの右手首をテーブルの下でつかんでいた。
矢口さんはかまわずに続けた。
「やっちゃったゴメンナサイで逃げ回ってる今のごっつぁんは、許せない」
ごっちんは、判決主文を聞いた被告のように、静かに「事実及び理由」が語られるのを待っていた。水をたくさん含んだ瞳に赤みはなく、ただ澄み切って矢口さんを映していた。
286 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時25分19秒
「カッコつけて、『自分はいいんだ、すみっこでじっとしてるから』とかさ、そんなんイジケてるだけじゃん。好きな人をとっくの昔に巻き込んどいて、今さら『危ないから引き返しましょう』って、なんなんだよ、それ。その間で傷ついた人が報われないだろ、それじゃ。そんなん、絶対、許さないからな」
気づいた。
矢口さんの『許さない』とか『許せない』は、許せないから罰を加えてやるとか、そんな偏狭なことじゃない。
誤りを見逃さずに正して、まっすぐな道を進ませる、それが『許さない』ということ。矢口さんにとって『許さない』は、キライな人間に使う言葉ではないのだろう。
「責任をとりなよ、いい加減に。自分の気持ちと、あの子の気持ちに、きっちり向き合って、ちゃんとケリをつけなよ。そうやって出した答えだったら、もうどんなんでも、誰にも文句なんか言えないんだから。全部アリなんだからさ。もう全部いいから―――――」
市井さんの言葉を思い出した。みんなが素直になったときに出る答えが本当。それだけだとあの人は言った。
「素直になりな」
287 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時25分54秒
ごっちんは涙で喉もつまるくらいに泣いて、小さな猫の鳴き声みたいな泣き声が、弱く響いていた。
矢口さんの小さな手が、ごっちんの頭を撫でた。
「ちゃんとしておいでよ。どういうふうに決めてもいいから。ごっつぁんの好きでいいからさ」
ごっちんは泣きながら、それでも首をしっかり縦に振った。
凪いだ海のように動かなかった心に今、風が吹きこもうとしていた。
ごっちんの心に風を通したのは、市井さんではなく、まして、あたしや梨華ちゃんでもなかった。
恋愛感情が至上のものとして扱われる、夢見がちなあたしたちの世界観は、案外、恋に溺れる人の悔しまぎれのいいわけから生まれたのかもしれないと、ふと思った。
それが確説かどうかはともかく、ごっちんと矢口さんの間には恋愛でない何かが確かに息づいていて、それは決して小さくなくて、そのことがあたしは少し悔しくもあり、うれしかった。
「ごっちん、あたしも一緒に行く」
「よっすぃ〜」
矢口さんの目が心配そうに、あたしを見る。あたしは「にっこりと」という形容が似合うような笑顔をつくる。
「市井さんと決闘してきます。あたしはごっちんと違って諦め悪いんで」
288 名前:駄作屋 投稿日:2002年11月14日(木)22時26分28秒
矢口さんは、一瞬、面食らったような顔をして、それから笑った。
「紗耶香ね、今日でツアーはねて、明日、明後日は一日オフのはずだよ」
明日はあたしたちも珍しく午後までで仕事が引ける日だ。
ごっちんは中指で涙を拭いながら、のろのろと立ち上がった。
「ごっちん」
立ち上がるごっちんの目に静謐な光が、眼差しに柔らかな力が宿っていた。
「やぐっつぁん、いろいろ、ほんとにごめん。それから……ありがとう」
素直な仕草でぺこりとひとつ、頭を下げた。
「どうしていいかわかんないけど、とにかく会ってみる。ほんとはずっと…会いたかったから」
「うん」
矢口さんは、一片の曇りもない笑顔をごっちんに向けた。多分並々ならぬ自制心をもって。
すっと伝票をとって肩越し、ごっちんがあたしを見る。
「うん?」
「明日……いっしょに、来てくれる?」
あたしも精一杯の笑顔をつくった。なけなしの自制心で。
「行くよ。ジャマにされても絶対、行く」
頷くごっちんの顔がほのかに笑みを含んでて、見せるためじゃない笑顔をあたしは久しぶりに見た。だから、あたしはこれでよかったんだと思った。
289 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年11月14日(木)22時27分19秒
「よっすぃ〜ってさ」
二人残されて、矢口さんが言う。
「男前だね」
「矢口さんこそ」
笑いあった。あたしと矢口さんのいつもの距離感。ごっちんのことで遠くなってたものが、きちんと取り戻せたことに、あたしはホッとしていた。
本当はそれ以上に胸を占めてやまない気持ちがあったけれど、考えたくなかった。
よかったんだと思いたかった。
「紗耶香さぁ、ケンカ弱っちそうだから、手加減してやってよね」
「弱っちそうって」
笑みがこぼれた。なんとなく、愛情を感じた。
「てか、よっすぃ〜、すげぇ力なんだもん。さっき腕つかまれたとき、マジ痛かったよぉ」
「やべ、すんません。大丈夫でした?」
「まー………わかるけどさ」
ぽつん、と言った。『わか』られて、悔しいような切ないような、変な気持ちになった。
泣きたくなったけど、あたしはここで泣いたりはしないのだと決めていた。
「よっすぃ〜さぁ、明日、あんまり無理すんなよ」
えへへと笑うしかなかった。
無理なんか、する気満々だった。
290 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年11月14日(木)22時32分04秒
>>269
熱いレスをありがとうございます。
あの人……今回、大活躍(かな?)でした。
どうぞ完結までよろしくです。

>>270
そうですね、後藤さん、よわよわ。
今回更新でちょっと変わってきた、かも。
続きもどうぞ読んでやってくださいませ。
291 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年11月14日(木)22時32分55秒
今回は特に512字の縛りが苦しかったな〜。
長いセリフが多かったもんで、途中で切るに切れなくて、
結果、やけに字数の少ないレスが続くことになったり。
2ちゃんねるのエロ系の板でちょっと書いたときは
(省略されました)に注意しながらだったし、
やっぱり、字数制限の苦悩は掲示板連載につきものかも。
でも、無駄に長かったところがサッパリしたりとか、
単なる校正じゃできない工夫にもつながって、おもしろい気もしますね。
292 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年11月14日(木)22時34分30秒
この後はラストまで作者的に書きたいシーンが多いので
案外、早く終わるかも。終わらないかも。
更新3回分くらいかな、もっとかな、それくらいです。

次回更新時に次スレを立てさせていただきます。
同一板に同一作品の稼動スレが3枚ってどうなんだろうとも
思いましたが、やっぱりここは青板で。
完結したら余った容量も、ゆっくり消化させていただきたいと
(ちょっと今はこの作品で頭がいっぱいで詳細は未定ですが)
思ってますので、顎さん、皆さん、ご容赦ください。
293 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)03時04分04秒
こんな展開になるとは…
スゲー感動しますた
294 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)20時25分31秒
大量更新お疲れ様です。
言葉の重さや大切さを考えさせられました。
どこの国の話かは忘れましたが森や動物に囲まれ生きている部族には「自然」という言葉が存在しないのだと言っていました。
人は存在し無いものを伝えるために言葉を作り覚えるのなら、矢口さんが後藤さんに言った言葉はすでに誰かが使用していた言葉だとしても矢口さんが後藤さんに伝えるためだけに創られた言葉だと思いました。
矢口さんの不器用で人間くさい言葉が身に沁みました。
すいません。どうしてもこの小説にレスをする時は無駄に長く書いてしまいます。
完結するまでしばらく黙っています。頑張ってください。
295 名前:名無し娘。 投稿日:2002年11月16日(土)21時47分04秒
光が射して来た。
一見バクチにも見える吉澤の行為だったけど、
二人を信じている彼女だから起こせる奇跡のように思えた。

みんながどう生きるのか、知って行くのが楽しみです。
296 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年11月17日(日)16時27分29秒
>>293
レス、ありがとうございます。
展開が意外なものになっているかどうかは
書いてる本人にはわからないことなので、
楽しんでいただけたようで、ホッとしています。

>>294
しゃべらせすぎた感はなきにしもあらずですが、
やっぱり、私は書き手だし、言葉を扱う人間として
言葉の力を信じたかったので、前回はああいう更新になりました。
好意的に受け止めていただけて、よかったです。
レスはもらうと本当にうれしいので、完結を待たないでも
よかったら、また感想をきかせてやってください。

>>295
仕掛け人の吉澤さんに注目してくださったことに感謝。
前回の話は矢口さんのファインプレーであり、
同時に吉澤さんの隠れたナイスプレーのつもりだったので。
作者としては意図したことが伝わった、
書いてよかったという気持ちです。
ありがとうございます。
297 名前:駄作屋<新スレ案内> 投稿日:2002年11月17日(日)16時28分29秒
書き始めたとき、こんなに長くなるとは予想も
しませんでした。恐縮ですが、第3スレのご案内です。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/blue/1037517102/
長い話で恐れ入りますが、最後まで読んでいただけると
とてもうれしいです。

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