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いつでもあなたはそばにいて。【2】

1 名前:いち作者 投稿日:2002年10月06日(日)16時54分52秒
 同じ板で書かせていただいていた話の続きです。
 流し読みでも目を通していただければ幸いです。
 前スレ↓
 http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/green/1029546904/
2 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)16時55分54秒


 本格的に暑さが厳しくなってきた季節。
 相変わらず、あたし達モーニング娘。は多忙な日々を過ごしていたけれど、
 それなりに遊んだり、食事に行ったり、メンバー同士のコミュニケーションは
 欠かすことはなかった。

 その相手が少し前までは、よっすぃとごっちんだったんだけど。
 よっすぃとごっちんは、今までと何も変わらぬ仲の良さを保持していたけれど。 

 ――――


3 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)16時56分39秒

 「石川ぁ、帰るわよ」
 「あっ……はい、待ってください」
 「圭ちゃん石川、お疲れー」
 「梨華ちゃんバイバ〜イ」
 「お疲れさまでしたー」

 レギュラー番組の収録が終わって、あたしと保田さんは2人して、早々に
 楽屋を後にする。背中から追い掛けてくるメンバー達の声の中に、当然の
 ようにごっちんの声が混じっていて、それだけであたしはどうしようもなく
 やるせない気持ちになっていた。 

 ( 梨華ちゃんバイバ〜イ………かぁ )
 何の感情も篭らない、軽い口調で。きっとごっちんにとっては何気なく口に
 したであろう言葉。単なる挨拶に過ぎない。それは、何ら今までのごっちん
 の態度との変化はなかった。

 変わったのはただ1つ。
 あたし自身に他ならないんだ。


4 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)16時57分21秒

 ( ごっちんの中には、もうあたしへの関心なんて残ってないんだね )
 「………」
 誰にも気付かれないようにそっと溜息をついた。

 
 ごっちんとの間に会話がなくなって、2週間くらいが経っていた。
 保田さんからの予想もしなかった告白を受けて、あたしは自身の寂しさを
 紛らわせる意味もこめて、その想いに答えて。
 付き合い初めてから、ほぼ毎日、保田さんと一緒に夕飯を食べ、1人暮らし
 の家まで送ってもらうのが、恒例になっていた。


5 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)16時58分00秒

 
 ある意味、雰囲気に流されて付き合い始めたとは言えなくもないけれど、
 知識が豊富で向上心の高い保田さんと一緒にいて、得るものは多かった
 し、何より楽しかった。
 
 そして、余計なことを考えなくてすんだ、という利点もある。でも、それは自
 分がとても嫌な人間であることを再確認させられるようで、深く考えようとは
 しなかったのだけれど。
 
 「ほらあ、モタモタするんじゃないの。石川ってホントとろいわね〜」
 「保田さんが早いんですよぉ、もぉ」

 保田さんとの距離は、確実に縮まっていて。あたしが彼女を頼ってしまう
 機会も、当然の如く増えていた。
 

6 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)16時58分34秒

 「おーい圭ちゃん、石川襲うなよぉ」
 「ちょっと矢口!でっかい声で何てこと言うのよ!!」
 「梨華ちゃん、催涙スプレー持ってきな、スプレー」
 「よ〜しざわぁ〜!!」
 「キャハハハハ、圭ちゃん、その顔怖すぎー」 
 「矢口さん、あんまり煽らないでくださいよぉ」 

 そして、今までは何処かあたしに遠慮しがちで、どことなく距離を置いて
 いたように思うよっすぃや矢口さんとも、会話を交わすことが増えつつある。
 誰とでもフランクに話す保田さんは、あたしと他のメンバーとの掛け橋の様
 な役割をも果たしてくれていたんだ。 
 

 ………
 でも、反対に減ったこともある。


7 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)16時59分07秒

 「あれー。ごっつぁんもう帰るの?ご飯食べに行こうよぉ」
 「ゴメンねえ、よしこぉ。今日は可愛い後輩たちに、夕飯をご馳走する約束
  なんだよぅ」
 「ふーん。最近仲いいみたいじゃん?」
 「まね。よっすぃはやぐっつぁんと仲良く食事でも行きなさいな」
 「何だよー。今度は一緒に行くんだからね?」
 「はいはい。じゃ、また」


 楽屋の外にまで漏れてくる、明るい声で交わされる楽しげな会話に、あた
 しは思わず立ち止まって聞き入ってしまっていた。
 変わらない、よっすぃとごっちんの「親友」という関係性。
 やっぱり変わってしまったのはあたしだけ。

 ――― 仲間に入れない、あたし。親友だとは、到底認めてもらえない。


8 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)16時59分48秒

 不意に、激しい孤独感に苛まれて、あたしは見える筈もない、楽屋の壁を
 黙って睨みつけていた。そんなあたしに、不思議そうに保田さんが振り向い
 て、話し掛けてくる。

 「何?石川、なんか忘れ物?」
 「あ……いえ、何でもないです」
 「そ。じゃ、行くわよ」 


 そう言って差し出された保田さんの手を握ることに、もう抵抗なんかはなく
 なっていたけれど。チクリと胸に小さな痛みが走るのは、やっぱり自分自
 身への嫌悪感があるからかもしれない。


9 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時00分20秒

 ―――
 「じゃ、また明日ねー」
 「ごっちんごっちん、お寿司食べたい、お寿司ぃ〜」
 「すーし、すーし!!」
 「辻加護うるさいよっ。紺野たちは何が食べたい?」 
 「あ………じゃあ、お寿司で……」
 「はー? 紺野、言うようになったねー」
 「ふふふふ」

 ………
 卒業するって決まったから。ごっちんは、少しでも後輩たちを可愛がって
 あげたかったのかな。それとも、あの子に。
 いつだって一生懸命で真っ直ぐなあの子に、特別な感情を持っていたり
 するのかな。

 自分が邪推するようなことじゃないと分かってるはずなのに、理性に感情
 が追いつかなくて、そんなことばかり考えてた。


10 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時00分54秒

 「すーし、すーし!!」
 「すーし、すーし!!」
 「もー。うるさいから少し静かにしろってー」 
 あたしと保田さんが廊下に出てすぐに再び楽屋のドアが開いて、ガヤガヤ
 と廊下が一気に騒々しさを増した。

 盗み見るようにして、あたしはそっと後ろを振り向いてみる。
 辻ちゃんや加護ちゃんを始めとした、数人の中学生メンバーを引き連れて
 楽屋を出て行くごっちんの後ろ姿は、紛れもなくモーニング娘。を引っ張っ
 てきた貫禄が滲み出ていて。
 
 「しょうがないなー、今日は特別に回らない寿司に決定!」
 「やったー!!ごっちん好きー」
 「ごっちん好きー!」
 「ったく、調子いいなぁ辻加護は」
 苦笑するごっちんの声が、段々と遠のいていく。


11 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時03分05秒

 「すみません後藤さん、ごちそうさまです」
 「いーっていーって。たまにはね、先輩らしいとこ見せないとね」 
 申し訳なさそうな、それでいて嬉しさを隠し切れない弾んだ声の彼女は、
 きっとこれ以上ないほど幸せそうな顔をしているんだろう。
 ( よかったね、紺野 )
 
 それを目にするのはあんまり辛いから、あたしは再び明るい会話に花を
 咲かせる彼女達に、背を向けた。

 …………

 入った当時は「最年少」というポジションであったはずの彼女は、いつの間
 にか立派なお姉さんの立場になっていたんだ。
  
 それは、年上のあたしに対しても同じこと。
 本来なら、周りに甘えたっておかしくない年齢なのに。
 ごっちんは、支えられる立場じゃなく、いつだって支える側に回ってた。


12 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時03分41秒

 あたしは、ごっちんの姿さえ、正視することが出来なくなっていた。
 その姿を目で追うことすら、怖くなっていたんだ。
 「元気いいわね、アイツらは」 

 ふと見ると、保田さんもまた、ごっちん達の集団を振り向いて見ていた。
 その口元には、案の定優しそうな笑み。保田さんの大きな目が、大事な
 ものを愛でるみたいに、細められている。
 
 知ってる。
 保田さんは、あたしと違ってごっちんの弱さもちゃんと認めていて、その上
 で彼女を支える術を知っているんだって。
 慈愛に満ちた微笑は、理由もなくあたしに深い罪悪感を覚えさせた。

 むしろ、保田さんが選ぶのがあたしなんかじゃなくて、ごっちんだったら
 良かったのに。そうしたら、きっとあたしは安心して2人を見守っていくこと
 が出来る。心から祝福することが出来る。
 そうしたら、ごっちんの辛そうな顔は見なくてすんだ。


13 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時04分19秒

 苦しむべきは、あたし1人でいい。
 ごっちんにこそ、誰かがついていてあげて欲しいのに………。


 ――――
 ―――――
 「じゃ、石川。今日はどこいこうか」
 「あ、観たい映画あるって保田さん言ってましたよね?」
 「あー。じゃ、今日はそれ行くか。まだ時間早いし」
 「はい」

 けれど、今日もまた何らこの事態に進展はなく。
 相変わらずあたしの心の中には霧がかかって晴れないまま、日々は過ぎ
 て行くんだ。――― そう、きっと、ごっちんが卒業するまで。
 ううん、卒業しても、それからも。

 「あれ、あれ観たいのよね。何だっけ、あの怖いヤツ」
 「えっと……『パニックルーム』ですか?」
 「いや、何だっけ。違うなぁ……えっと、あ、あ、ア……」
 「『アザーズ』?」
 「そう、それ!」


14 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時04分53秒


 あたしはごっちんを想い続ける。だからきっと、霧は晴れない。



15 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時05分29秒

 ( ばいばい、ごっちん。また明日… )

 心の中でそっと挨拶を告げて、あたしと保田さんはごっちん達とは逆方向
 に向かって歩き出す。今日もまた、色々な後悔を抱えたまま。
 ( 顔も見れなかった )
 ( おはようも、ばいばいも、言えなかった )
 ( 声が、聞きたいな……一緒に笑いたいな……… )

 自分が何をしてるかくらい、ちゃんと分かってる。
 心の何処かで釈然としない気持ちを抱えていることくらい、意識してる。
 でも、対処の仕様がなかった。
 あたしが選んだのはごっちんじゃなく、保田さんなんだから。逃げたのは
 他でもない、あたしなんだから。  
 

 でも、離れれば離れるほど、気持ちは募るばかり。
 一緒にいたい、触れていたい。また、あの柔らかな笑顔で、落ち着いた
 そのトーンで、「梨華ちゃん」って、名前を呼んで欲しいの。


16 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時06分00秒

 『梨〜華ちゃんっ』
 『あははは、また、眉間に皺寄ってるよぉ〜』
 『その癖直しなよ。可愛い顔が台無しだぞ』


 ……思い出すだけで、無償に悲しくて切なくて。

 何度泣いたか、分からない。
 ここしばらくの間、あまり食欲も沸かなかったけれど、保田さんと食事する
 時は無理をしてでもご飯を詰め込んでた。そうしなきゃ、あたしはとことん
 無神経な人間になってしまうと思ったから。


17 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時06分52秒

 よっすぃと別れたとき、もう自分が消えてしまうんじゃないかと思うくらい
 ショックを受けて、立ち直れないくらい落ち込んで。けれど、結局は時間が
 徐々に傷を癒してくれた。

 だから、今回だって、時間が解決してくれるはずだったのに。
 神様は意地悪だ。それとも、これはあたしへの罰なのかもしれない。
 
 ごっちんとの距離が開けば開いた分だけ。泣けば泣いた分だけ。
 保田さんと親しくなればなる分だけ、あたしの心を、ごっちんが占める割合
 が増えていくんだ。
 そしてあたしは、もっと自分を嫌いになってく。


18 名前:8 like crying 投稿日:2002年10月06日(日)17時07分38秒


 そして、7月も半ばに差し掛かった猛暑のある日。

 ごっちんが、倒れた。




19 名前:いち作者 投稿日:2002年10月06日(日)17時09分50秒
思ったより長い話になってしまったため、不肖ながら2本目のスレッドを立たせて
いただきました。
前回から読んで下さっている方、もしくは初めて目にして下さる方、どうぞよろしく
お願いいたします。このスレで完結予定ですので…
 
20 名前: 投稿日:2002年10月06日(日)17時19分31秒
もしかしてレスいちばん乗り?
これは嬉しいぞぉ(意味不明な・・・)
ごっちんが倒れた?どぉなっちゃうんだ?
梨華たん自分に自信を持て。
がんがってください。
あともしも〜の方ですでにいしごま微妙にはじまってます。はい。
21 名前: 投稿日:2002年10月06日(日)18時37分52秒
始めまして。読ませてもらってます♪
作者さん、小説家じゃないんですか?!っていうくらい
描写とか心理とかお書きになるの上手ですね。
ごっちんしっかりしろーーーーーーーーーーーーー??!
22 名前:ROM読者 投稿日:2002年10月06日(日)23時43分35秒
油断してたら始まってた。(w
私をどこまで切なくさせれば気がすむのでしょう。
それぞれの思いの終着駅はあるのでしょうか。
23 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月07日(月)00時57分08秒
続きを読まずにはいられない状態ですよ。
石川逃げないで、頼むから・・・もうそれしか言えないっす。


24 名前:名無しごまたん 投稿日:2002年10月07日(月)02時11分54秒
川o・−・)ノ<新スレおめでとうございます

そして新スレ一発目から、切なさ全開ですな…
切ない梨華ちゃんの独白部分も好きですが、
独白の間に挟む、会話のタイミングも絶妙だなぁといつもソンケーしとります
がんがってください
25 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年10月07日(月)15時04分35秒
なっなんとごっちんどうしたんやーーー!!
梨華たん逃げたらあかんヤッスーのためにもごっちんのためにも
自分の気持ちと向き合ってほしいっす!!
でも辛いのはごっちんも同じだとおもいます。
この後がすごく気になります!!がんがってください!!
今日は大学からレスしています。
26 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月07日(月)20時49分27秒
新スレおめでとうございます!
この話の影響で切ない系のいしごまにすっかりはまってしまいました(w
本当に引き込まれる展開で、更新ペースが早くて嬉しいです。
27 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時50分42秒

 それは、本当に突然の出来事で。

 朝からごっちんはいつも通りで、具合の悪さなんて微塵も感じさせなかっ
 たんだ。そう、本当にいつもの通り。

 その日の収録は夏のライブに向けてのレッスンが主で、合間合間に各々
 が雑誌などの撮影が入っているのみ。
 
 夕方を過ぎればラジオ撮りの入ってるメンバーもいたけれど、それはほぼ
 年長メンバーが中心で。とにかく昼間は、皆すっぴんにジャージ姿という
 非常にラフな格好で、広いダンススタジオは早くも熱気に包まれていた。


28 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時51分23秒

 歌は元より、ごっちんのダンスの切れは娘。内では当然トップグループに
 入る。夏先生曰く、「矢口と後藤は上手」だって話。
 ( といっても、そんなことはわざわざきっぱり言われなくてもメンバー間で
  は当然意識してたりするけれど )

 「ほらっ、加護、辻、動き遅れてるよっ!プロなんだから、疲れてるなんて
  言い訳、通用しないんだよっ」
 「はい、すみません!」
 「紺野!! 動きが小さいッ!もっと自信もって動きなさい」
 「すっ、すみませんっ」

 「……矢口、後藤」
 「はい?」

 なかなか思うように進展しないんだろう、夏先生がふうっと大きく溜息をつ
 いた後、おもむろに矢口さんとごっちんを手招きする。

 「悪いけど、アイツらに個別指導してやってくれないかな」
 短い言葉でそれだけ告げると、夏先生はすぐに踵を返し、今度は飯田さん
 の方へと向かって行ってしまった。「ほらぁ、飯田、またリズム違う!」


29 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時52分00秒

 メンバーがメンバーに教えるということ。それは、とかく人数の多いこのグル
 ープ内においてはそう珍しいことじゃないとしても、先生から直に頼られる
 なんてことは滅多にあるもんじゃない。 
 ――― それは、単にダンスができるから、という安易な理由だけではなく、
 2人に対する、先生の信頼の度合いが違うから。

 「はぁーい。じゃごっつぁん、紺野教えてやってくれる?辻加護はミニモニも
  タンポポも一緒だから、矢口の方がいいっしょ」
 「おぃーす。じゃ、後藤は紺野の指導に回りマース」

 のんびりとした口調で矢口さんに答えながら、ごっちんは真っ赤な顔で必
 死になって振り付けを覚えようと苦心している様子の紺野に近付いて。
 「あんまり、肩に力入れない方がいいよ」
 「はいっ…」
 ――― 力んで固い表情だった紺野の顔が、ぱっと輝いた。


30 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時52分36秒

 凄いんだ、本当に。矢口さんも、ごっちんも。
 自分が覚えなきゃいけないところだって、まだまだ残っているんだろうに。
 見えないところで、練習してる。泣き言も、愚痴も言わずに。

 ( …はは、やっぱり……敵わないなぁ、矢口さんにも、ごっちんにも )
 だからこそ、よっすぃは矢口さんを選んだ。
 ごっちんは、あたしから離れた。この先、ごっちんが卒業した後、もうあたし
 が誰かに頼っていくことは出来ないから、それをきっと見越した上で。
  
 
 そんなところでも、ごっちんはあたしの上を行くんだ。だからどうだって言う
 訳じゃないけど、グループの中心に立つ機会が多い彼女だからこそ、人
 一倍責任を感じて手を抜いたりしないんだって、思い知らされる。

 そして、いつも通りの「切れのいい」ダンスを何気ない顔でこなしていた彼
 女が、実は相当に体調を崩していたなんて、誰に分かるだろう。
 それは、リーダーの飯田さんも副リーダーの保田さんでさえも、気付かな
 かったことで。


31 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時54分47秒

 今までモーニング娘。が出してきた曲の大部分で、重要なパートを任され
 ていることの多いごっちんには、必然的にダンスの面でも、目立つ箇所が
 至極多くなる。
 だから、気が抜けないのも分かる。ごっちんの性格から言って、完璧な
 状態でステージに臨みたいのも分かる。

 彼女が決して、体調の悪さを自ら訴えないことくらい、簡単に想像できる。

 なのに………あたしは、やっぱり気付かなかった。彼女の不調に。

 ――――


32 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時55分26秒

 誰に何を言われようと、揺るぎようのない 「卒業」 への決意を固めていた
 ごっちんは (勿論、まだメンバーには彼女の脱退は告げられてはいなか
 った)、自分がモーニング娘。でいられる時間が僅かな期間しか残されて
 いないことを当然理解していた。
 
 そして、その居場所を。メンバーとの繋がりを、とてもとても大事にしていた。
 心から、大切に思っていたんだろう。

 だから、きっと具合の悪さも表面には出さないんだね。
 心配をかけまいとして、限界まで我慢しちゃったんだ。 


33 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時55分57秒

 …………
 それが偶然か、それとも何らかの因果か。
 その日の練習の出来に満足していないメンバーが、自主的に居残り練習
 をすることになった。


 「さて、もうひと頑張りするかね」
 「…後藤さん、わたし変なところあったら、どんどん注意してもらえますか?」
 
 うーん、と伸びをしながらテンションを上げるように声を高くして宣言した
 ごっちんに、ごく自然に話し掛けるのは紺野だった。

 当然、そんな積極的な後輩の態度にごっちんが「NO」などと答える訳も
 なく。ごっちんは顔を綻ばせながら
 「よっし、紺野やる気みたいだから後藤もとことん頑張っちゃうぞー」
 などと、本気だか冗談だか分からない口調で言い放つ。


34 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時56分34秒

 ごっちんと正対して真剣な顔をしていた紺野の表情が、そんなごっちんの
 言葉を受けて、嬉しそうに破顔した。
 やっぱり、後藤真希は何処か人の心を惹き付ける魅力を持っている。
 今の彼女の言葉に元気づけられたのは、紺野だけじゃなく、少なくともここ
 にもう1人、いるのだから。

 ( そうだね。……頑張らなくちゃね、ごっちん )

 彼女が、このモーニング娘。から巣立っていくのなら、あたしだってベスト
 な状態でごっちんを送りだしてあげたい。
 面と向かって「頑張ろうね」などと能天気な言葉を掛けることは出来ない
 けれど、あたしは前向きに、そんなことを考えていた。

 
 欲を言えば、もう少し ―――― そう、ごっちんが居なくなってしまう前に、
 少しでも距離を縮めておきたいとは思わなくもないけれど、保田さんと付き
 合い始めたことをメンバー全員が知っている今の段階で、それが叶うとは
 思えなかったし、それを望むほどあたしも馬鹿ではなくて。


35 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時57分08秒


 ちょっとずつ。そう、本当にちょっとずつ。
 
 よっすぃと付き合い始めたり、別れたり。安倍さんと2人きりで話しても緊張
 がなくなってきたり、歌でソロパートが増えたり、カントリー娘。にレンタルさ
 れたり。写真集を出したり、保田さんと食事に行ったり、付き合い出したり。

 ごっちんを想って、泣いたり。

 様々な挫折や少しの自信を積み重ねてきたあたしは、人よりは遅い速度
 だとしても、成長できているのかもしれないと、感じるようになっていた。
 色々なことを経験する、
 色々な涙を流す、
 自分の痛みが、他人の痛みとして受け取れるようになる。
 ――― 大人への階段を、着実に昇り始めている自分。


36 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時57分50秒

 でも、大人へ近づけば近づくほど、仮面を被るのが上手になっていて。
 子供の頃のように、無鉄砲な行動に出るのが怖くなっていて、結果的には
 臆病者だと自身を嘲笑したくなるような、弱虫しか残らない。


 だけどね、ごっちん?
 あたしは、石川梨華という人間は好きにはなれないけれど。あなたという人
 が、――― あたしが愛した人が、そんな自分を「好き」だった、って認めて
 くれるのなら、少なくともあたしは、石川梨華を嫌いにはなれないの。

 ――――
 ―――――


37 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時59分17秒

 「んじゃ、さっそく始めようか」
 「はいっ。えっと、……じゃあ、この曲を……」

 メンバーや、モーニング娘。という居心地のよい空間を大事に思うが故の
 姿勢が、残された時間を、微妙に距離感のある後輩らとの共有に使った
 り、或いはあたし達から見たらほぼ完璧に見える筈のダンスの出来に納
 得ができず、居残りを進んで申し出るという行動に繋がるのだろう。


 マンツーマンで紺野と向かい合うごっちんを見て、一旦顔でも洗いに行って
 いたであろうよっすぃが、タオルを首に巻いたまま不思議そうな顔をする。

 「あれー? ごっつぁん、残るの?だって全然できてるじゃん!」
 「やー、ちょっとねー、今日あんまし気が入ってない感じだったしさ」
 「そうかなぁ?」
 疑問を残した表情のまま首を捻るよっすぃの子供じみた動きに、ごっちんは
 楽しそうに、でも何処か憂いを帯びた表情で、軽い笑い声を上げた。
 「あははははっ。それはそうとさぁ」


38 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月09日(水)23時59分53秒

 “後輩を指導していたから、自分の練習が出来なかった”

 客観的に見ていたらそう思える事実も、ごっちんは決してそんな表現はし
 なかった。後輩を教えてあげるのは、自らの意思なんだから、とでも思って
 いるのに違いないんだ。いつだって思いやりに溢れている彼女なら。

 「よっすぃさー。ミスムンの振りのとき、やぐっつぁんばっか見るのやめなよ
  ねえ。目がやらすぃーぞ。ハハハハ」
 「あっ、それを言ったなてめぇ!だって可愛いんだもんさぁー」
 「ま、後藤はそんなやぐっつぁんの肩を抱いたりしちゃうんだけどね」
 「言うなぁ、ちくしょー!」

 さり気なくごっちんが話題をすり替えていることに、よっすぃが気付いている
 のか、それとも素で照れてるのか分からないけれど、じゃれ合う2人に妙
 な緊張感など微塵もなくて、心からお互いに気を許しているのが伝わって、
 微笑ましい光景にあたしは安心してしまう。 


39 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月10日(木)00時00分33秒

 「なに、よっすぃTシャツでレッスンやるの?」
 「え、なんかマズイ?」
 「ジャージ2枚重ねとかで……なるべく厚着してやった方が…」
 「どぉゆう意味だよーッ!!」

 笑いながらよっすぃがごっちんの頭を軽く小突いて、ごっちんが愉快そうに
 ケラケラと笑い転げた。更によっすぃは飽き足らないみたいで、ごっちんの
 長い髪の毛を両手でくしゃくしゃと崩し始める。

 「やぁめてー」と甲高い声を上げるごっちんの姿は、あまりブラウン管を通し
 て見せる彼女のクールなイメージとは程遠いものがあって。
 
 当然、あたしにはその会話に入ることは出来ないけれど、こうして遠くから
 見ているだけだったけれど。それでも、ごっちんがとにかく笑っているという
 ことは、少なからずあたしにとっては救いになっていた。
 ( 良かった……ごっちんとよっすぃが、仲良しで…… )

 ごっちんが笑っているなら、あたしの中の罪悪感も、少しは拭われる。
 自分からは何も行動を起こさないなんて卑怯かも知れないけど。



40 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月10日(木)00時01分08秒

 「あれ、なんだまだ練習してたのか?遅くならないうちに帰れよ」
 「はぁ〜い」
 「中学生組プラス高橋は、もう帰れ!明日も仕事はあるんだぞ」
 「……はぁ〜い」

 居残りレッスンを開始して1時間半ほど経った頃、当初は数人残っていた
 メンバーだったけれど、中学生組は「遅いから」と呼びに来たマネージャー
 に、半ば強制的に帰らされることになった。
 
 「それじゃ……後藤さん、今日はありがとうございました」
 「はいよぉ。気をつけて帰るんだぞ」

 小川に手を引かれて渋々、といった面持ちでスタジオを出て行く紺野が、
 少し膨れっ面になっていて。
 ああ、本当にあの子は、ごっちんが好きなんだなぁ、なんて思った。


41 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月10日(木)00時01分44秒


 好きだから、離れたくない。少しでも、一緒にいたい。
 それは、依然あたしがよっすぃに常に付きまとっていた頃に抱いていた想い
 と何も変わらなくて、あたしは紺野の純粋な恋心が分かる気がしたんだ。
 そして、今のあたしが、その頃のように感情だけで行動できなくなっている
 ことも、同時に認識したりして。

 ―――――


42 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月10日(木)00時02分22秒

 他に残っていたメンバーは個別のラジオ番組やソロの仕事の為に1人、
 また1人とダンススタジオから姿を消していく。
 
 「じゃあ、石川、後藤、最後はちゃんと戸締りして帰るのよ」
 「ほ〜い、圭ちゃんお疲れー」
 「お疲れさまでした」 
 「終わったらシャワー浴びて、風邪ひかないようにね」

 最後に残った年長組の保田さんも、ラジオ撮りがあるとのことで、手早く
 身支度を済ませると、さすがに副リーダーらしい気遣いの言葉と共に、
 次の仕事場へと去って行ってしまった。

 付き合ってるのに。
 保田さんは、あたしを想ってくれているのに。
 同じスタジオの中で練習しながら、あたしは自分の意識が保田さんでは
 なく、ほぼ全神経をごっちんに向けていたことに気付いていた。


43 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月10日(木)00時03分10秒

 それを申し訳なく思うと同時に、それでも止められないほど自分がごっちん
 を未だ好きでいることが、不思議で。
 側にいてくれたから、ごっちんを好きなったんだと思ってた。
 いつも、辛いときに支えてくれたから、ごっちんを好きになったと思ってた。

 なのに、随分距離ができてしまった彼女のことを、あたしはもっともっと、
 好きになってしまっているんだ。


 ―――― すぐ隣りで、いつでも話し掛けられる位置で、自分の振り付けを
 丹念に確認する作業に没頭しているごっちんは、あたしの視線に気付く
 気配もない。
 端整な横顔。1つに束ねられた長い髪。
 ( やっぱり、……やっぱり、あたし )

 この人が、好き。
 ごっちんが、誰より好き。



44 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月10日(木)00時04分19秒


 保田さんに対して、どれだけ失礼なことをしているかも分かっていたけど。
 勿論それを、あたしが彼女に告げることなど、きっとこの先ありはしない
 だろうと、思ってはいたけれど。

 …………
 それこそがあたしの、飾らない、偽りない本心だったんだ。
 あたしは本気で、ごっちんが好きだったんだよ。

 


45 名前:いち作者 投稿日:2002年10月10日(木)00時05分14秒
 更新しました。

 >>20 @さん
 新スレ最初のレスです。ありがとうございます!もちろん、「もしも〜」の
 作品の方もすぐに見に行きましたよ(w  私の楽しみの1つですから。

 >>21 葵さん
 初めまして、読みにきていただいてありがとうございます!風&月でも書かれ
 てる方ですよね?いしごま作家さんが来てくださるのは本当に嬉しいです。

 >>22 ROM読者さん
 はい、いつの間にか2スレ目に入ってしまいました。後藤誕生日に1スレ
 使い切るくらいで終わる予定だったんですけども(w  どうか最後まで(ry

 >>23 名無し読者さん
 嫌な切り方してますね、自分。なかなかネガティブから脱出できない石川
 ですが、もう少し盛り返すまでまたお付き合いください。よろしくです。

46 名前:いち作者 投稿日:2002年10月10日(木)00時05分48秒
 >>24 名無しごまたんさん
 紺野さんに祝ってもらうなんて光栄です(w  ありがとうございます。
 お褒めの言葉、恐縮ながら嬉々として受け取らせていただきます。

 >>25 いしごま防衛軍さん
 なんと、大学からレスをくださったのはいしごま防衛軍さんが始めてですね。
 毎回チェックしていただいて、本当に頭が下がります。

 >>26 名無し読者さん
 ストックも段々減ってきました(汗)が、更新はなるべく定期的にしていきたいと
 思ってますので、良ければまた読みにきてくださいね。


 この小説の中ではなかなか時間が進まない為、未だ7月の話です(w
 できればまた次の更新時にまた目を通していただけますように。
 

47 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月10日(木)00時20分47秒
二人っきり、、、なのにこの不安はなんなんだろう。ごっちんの体調も気になる。。。
更新お疲れさまです!毎回楽しみに読んでます。初リアルタイム♪
48 名前:ROM読者 投稿日:2002年10月10日(木)07時03分10秒
なんか読んでいて緊張します。梨華ちゃんにも頑張って
欲しいけど、ちょっと複雑。
49 名前: 投稿日:2002年10月10日(木)19時09分55秒
今の心境でふたりきり・・・
どぉなるんでしょう。紺ちゃんの気持ちも気になるトコ
毎回楽しみです。
50 名前:ジョセフィーネ 投稿日:2002年10月10日(木)19時34分46秒
自分、部活で後輩の指導してるんですが、後藤さん凄いなぁって
つくづく思います。ここの後藤さんはとてもリアルですし、本当に
こういった感じで指導していると思います。それにしても…二人っきりの
部屋…この後の展開、気になります!
51 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年10月10日(木)23時24分22秒
ごっちん無理するなーーー!!そんなに簡単に梨華たんのこと忘れられるはずない!
いったいどうなるんでしょうか?気になります!!紺野陛下にもがんがってほしい
です!!更新ドキドキしながら待っていますよ!!
52 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時32分00秒


 ( はぁ〜、2人っきりって、何だか気まずいなぁ… )
 ( 好きなのに。ただ、好きってだけなのに )
 ( 意識してるのって、あたしだけだよね。…バカみたい )

 口に出せない想いを、何度も心で反芻して、あたしは再びごっちんの存在
 を強く意識しながら自分のダンスパートの練習を再開する。

 「…♪♪〜……♪」
 「……♪……♪…」
 聞きなれた音楽と、2人分の息遣い。2人分のステップの音が響く。

 気が付いたら、広いスタジオの中に残っているのは、いつの間にかあたし
 とごっちんの2人だけになっていた。
 特にその後の仕事が控えていなかったあたしは、上手く帰るタイミングを
 逃してしまったんだ。
 

53 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時32分47秒

 改めて、今この場で2人っきりなんだということを認識して、あたしはダンス
 に集中することなんて当然出来なかった。
 淡々と練習をこなすごっちんをチラチラ横目で見ながら、あたしは必死に 
 何か話し掛けるきっかけを考えていた。

 
 真剣な瞳。額に浮かぶ汗。
 固く唇を結んだまま、淡々とダンスの振りを確認する作業を繰り返す。
 ――― そんなごっちんに、改めて自分がどれほど心惹かれているのか、
 あたしは否が応でも意識せざるを得なかった。

 あの唇で。あの瞳で。あたしを捕らえた彼女の告白。
 『好きだったよ』

 数週間の時間を置いて、距離ができて、それでも耳にこびりついて離れな
 いあの時の言葉。目に焼き付いたまま、今でもあたしの胸を深く抉る、ごっ
 ちんのあまりに無感情な表情。
 ……強がりで、意外と頑固な彼女が見せた、偽りの笑顔。

 何にも出来ない無力な自分。
 彼女の力になれない頼りない自分。


54 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時33分31秒

 きっと、きっと。
 人の気持ちに鈍感で、周りに迷惑をかけてばかりのあたしが堂々と口に
 できることではないけれど。
 
 あの時ごっちんがあくまで淡々とした態度を崩さなかったのは、彼女なり
 に精一杯の虚勢を張った結果だったんだ。


55 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時34分05秒

 自惚れているわけではないけども、ごっちんが常にあたしの側にいてくれ
 たことを考えると、自然に答えは導き出される。ただし、あたし自身がそれ
 に気付いたのは、彼女に別れを告げられた直後という、何ともあたしらしい
 とは思わずにいられない、タイミングを逸した時期だったとしても。

 ごっちんは、本気であたしを想っていてくれたこと。
 包み込むように、あたしに寄り添っていてくれたこと。
 「好きだった」から。
 同情でも憐れみでもなく、「ごっちんがあたしを好きだった」から。

 優しかったんだ、ごっちんは。いつも、あたしに優しくて。
 それは彼女がずっと胸に秘めていた想いを告げるときも、続いて決別の
 言葉を口にするときも、その根底にある思いやりが失われることはなかった。


56 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時34分56秒

 その結果が、あの無表情なんだ。
 ごっちんは、元々の気質なのか、それともモーニング娘。という大所帯の
 グループ内において優遇された立場にいたせいか、不満や憤りの感情を
 大っぴらに顔や態度に出すことはほとんどなくて。

 代わりに、一切の感情を排除してしまう。怒りや悲しみとともに、喜びや
 楽しいといったプラスの感情でさえ、一緒くたに打ち消してしまうところが
 あったから。


 今更。――― そう、もう全て「今更」のことだって思わずにはいられない
 けど、あたしはこの時、1つの決意を固めていた。

 偶然、2人が残っただけかも知れない。だけど、心の奥底では、こうなる
 ことを願っていたのかも知れない。とにかく、2人になれる機会なんてこの
 先あるかも分からなかったから、何とかこのチャンスを生かしたかったんだ。

 ………
 許して欲しい、なんて偉そうなことは言えない。
 ごっちんが、あたしを無視してるわけでもない。
 でも、何か話したかったの。ちゃんと顔を見て、話したかったんだ。


57 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時36分02秒

 バクバクと高鳴る心臓が、口から飛び出るんじゃないかと思うくらい緊張
 して、あたしは何度か深い深呼吸を繰り返す。  
 ( ……大丈夫……うん、大丈夫。ここで頑張らなきゃ、いつ頑張るって
  いうの、あたしは )

 自分に言い聞かせて、覚悟を決めて、顔を上げた瞬間。
 ドンっという、重いものが落下するような鈍い音に、咄嗟に反応したあたし
 が目にしたのは、既に床に崩れ落ちたごっちんだった。
 ( ―――――― )
 「え……?」

 ダンスの得意な彼女が、珍しく足でも滑らせて転んだのかな、なんて、
 一瞬脳裏を過ったのはそんな考えだったけど。
 「ごっちん……?」
 起き上がるどころか、ピクリとも動かないごっちんを見て、凄く嫌な予感が
 したんだ。


58 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時36分39秒

 蒸し暑いはずなのに、全身を激しい悪寒が走り抜けて。
 ぞっとした。足が動かない。ごっちんに、駆け寄ることも出来ずに。

 「ごっちん、ごっちん!?」

 必死な問い掛けに、一向に反応を示さないごっちんに、あたしはようやく
 事態の深刻さをじわじわと実感し始める。
 「やだ、いや、ごっちん!!」 

 倒れた体勢のまま、動かないごっちんを目の当たりにして。
 全身から、血の気が引いていく気がした。眩暈がした。足元が、ふらついた。
 ( ……何が、起こったの? )


59 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時37分14秒

 ごっちんが、床の上に倒れて動かない。
 たったその一文だけで表現できるこの状況をあたしが理解するのに、たっぷり
 10数秒は要しただろう。

 「……なんでっ!?」
 あたしの疑問に答える声は、当然あるはずもなく。
 ひたすら立ち尽くしてごっちんを凝視するあたしの喉はカラカラに乾いてい
 たけれど、とても唾を飲み込む余裕すらなくて。

 どうして?

 ドウシテ!?どうして!?ごっちん、どうしたの、どうして倒れてるの!?
 だって、あんなに楽しそうにみんなとお喋りしてたじゃない、さっきまで普通
 の顔してダンスのレッスンしてたじゃない、どうして、そんな、

 何で、何でえ!?
 ごっちんが、倒れてるの?どうして、どうして、どうして………


60 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時37分55秒

 「やだっ、やだぁっ!!…誰か、誰かあっ…!!」

 人が倒れるところなんて、ドラマでもなければ見たことなんてない。
 免疫がないせいもあるかもしれないけど、何より「元気だと思っていた筈の」
 ごっちんが倒れてしまったことに何よりショックを受けた。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!
 意識は?呼吸は?脈は?ごっちん、何かの病気でも……!?
 
 どうしようどうしようどうしようどうしよう

 完全にパニック状態に陥ってしまって、混乱して。
 あたしは、他のフロアにいるであろう大人を呼んでくるだとか、携帯電話で
 救急車を呼ぶだとか、普通なら簡単に頭に浮かぶであろう行動すら、起こ
 せないで居た。


61 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時38分36秒

 どうするの?
 どうすればいいの?
 ごっちんはどうなっちゃうの?


 「やだ、ごっちん、やだ、どうしよう、やだぁっ……」

 腰から下の力が抜けて、あたしは気付いたら床にへたり込んでいた。
 視界が歪んで、倒れているごっちんの姿の輪郭が、妙に朧げに映る。
 ぼろぼろと、頬を伝う熱い液体。 
 「やだぁああああっ、やだ、やあっ…」 

 情けないくらい取り乱したあたしは、倒れたごっちんを前に体が竦んで、
 号泣していた。どうしよう、どうしよう、なんで、どうしてごっちんが、嫌だ、
 怖い、ごっちんが、どうしよう、怖い怖い怖い ――――


62 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時39分52秒


 「…梨華ちゃ、…泣くなよぉ〜…」
 「…っごっちん!?……わっ」
 
 掠れた声があたしの名前を読んで、あたしは反射的にごっちんの方へ近
 付こうとした。…のだけれど、座り込んだままの体勢だったことに気付いた
 その時にはもう、勢いよく床の上に倒れ込んだ後だった。

 ガツン、と肘に強い痛みが走ったけど、あたしはそれでも絶対にごっちん
 からは目を逸らさずに。こんな時に、自分のことなんて気にしていられな
 かった。ただ、目の前のごっちんしか、既に頭になくて。
 「ごっちん、ごっちん……!」


 床に手をついて、全力で身体を持ち上げて、必死になってごっちんの元へ
 駆け寄った。そう、あんなに必死になることなんて滅多にないってくらい。
 ただ、ごっちんの側へ行きたくて、行かなきゃって。

 「!……ごっちん、ごっちん…っえぐっ…」
 「ヘーキ…立ちくらみ、しただけ、ただ」


63 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時40分57秒

 立ちくらみだけの筈がない。そんなに蒼白な顔色してるのに。

 涙が溢れて嗚咽を漏らしてるあたしを見て、ごっちんは僅かに苦笑した様
 に見えたけど、すぐにまたその瞳を閉じる。
 呼吸を整える仕種を見せた後に、薄く目を開いたごっちんは、開口1番に
 言ったんだ、「誰にも言わないで」って。
 
 「でも、だけどっ……」

 納得なんてできる筈なくて、涙を拭きながらなおも食い下がるあたしに、
 『ちょっと休んでいたら治るから』、なんて小学生みたいな言い訳をする
 彼女が心配でない訳はなかったけど。

 ――――
 とにかく、こんな床の上にいつまでも寝ているわけにもいかないから、あた
 しは何とかない力を振り絞って、ふらつくごっちんの身体を支えてすぐ隣接
 する部屋へと移動した。
 柔らかいソファの付近まで来ると、ごっちんが崩れるようにソファに倒れ込
 んだ。


64 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時41分52秒

 汗を掻いて肌に張り付いたTシャツの胸の辺りが、大きく上下していること
 からも、ごっちんの息が酷く荒くなっていることが分かる、何より ―――
 移動してくるときにごっちんの体に腕を回したとき、あたしは愕然としたんだ。

 その体の細さに。異常な体温の高さに。

 ソファに横たわって、荒い息を吐くごっちんを見て、体が震えた。
 怖い。怖い。怖い。
 いつもと同じように振舞っていただけに、こんなにも体調が弱りきっている
 彼女を見て、自分がいかに無力であるか。変えようのない現実を、容赦な
 く突きつけられた気分だった。とにかく、あたしは怖くて堪らなかった。
 

 「ごっちん……病院、行こ?救急車、呼ぼうよ」
 「平気」
 「平気じゃ、ないじゃないっ…!」
 目を瞑って、消え入りそうな声で答えるごっちんに、一層の不安が増す。
 治るはずがないじゃない。こんなに、こんなに具合が悪そうなのに。


65 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時42分31秒

 「誰か、呼ぼうよぉ…」
 怖くて、怖くて。このままごっちんが大変なことになったらどうしようって。
 涙は引いていたけれど、あたしの内心は酷く怯えてた。また、気を抜いた
 ら激しく泣き出してしまうだろうと、簡単に予測できるくらいに。

 どう言っても、ごっちんが首を縦に振ることはなかった。目を閉じて大丈夫
 だと繰り返す彼女の側を、あたしは例え一時でも離れることなんて出来な
 い。その動向から、目を離すことが出来ない。

 どこか、遠くへ行ってしまう。この場を離れたら。この、繋いだ手を離したら。


66 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時43分15秒

 「大丈夫……だから、…そこに、」
 細い声で、ソファに横たわったままのごっちんが、しっかりとあたしの顔を
 見つめて、あたしの手を握って。
 「そこに、いて…?」
 「……だって………」
 「そこに、いて」
 「……うん」

 今まで見たこともない程弱々しいごっちんに、それでも凛として自分の主張
 をはっきりと口にする彼女に気圧されて、どうしたらいのか分からずただ震
 えてたあたしは、小さく頷くのが精一杯だった。

 
 初めて、必要とされたと思ったんだ。あたしは、ずっと、いつも、ごっちんに
 甘えて頼ってばかりだったけど、その時初めて。
 ごっちんに、必要にされてると感じて。とても、とてもね。
 ―――――
 あたし、嬉しかったんだよ。ごっちん、あたし、嬉しかったの。
 だけど、涙を堪えるのに精一杯で。溢れそうな気持ちを伝えることは出来な
 かったの。


67 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月13日(日)21時44分15秒


 倒れてしまったごっちんを、抱き締めたくなる衝動を。
 ずっとね、あたし、必死になって耐えていたんだよ?

 あなたと違って、ポーカーフェイスの上手くない、あたしは。 
 きっと、ごっちんが「八の字眉」ってからかう、そんな、表情で。




68 名前:いち作者 投稿日:2002年10月13日(日)21時45分11秒
 更新しました。ごまっとう、すごいことになりましたね…(苦笑

 >>47 名無しさん
 リアルタイム、ありがとうございます。何だか微妙に恥ずかしいです(w
 卒業を告白してから、初めて2人きりなりました、ここにいしごま。どうなるでしょう。

 >>48 ROM読者さん
 石川が真面目すぎる為、彼女にとっては辛いばかりの展開ですね。
 この先のキーとなるメンバーは………誰にしましょうかね(w

 >>49 @さん
 なかなか紺野が出せません。石川視点なので…。しかし、現実には紺野
 と石川って同じユニットなんですよね。未だ慣れないです。

 >>50 ジョセフィーネさん
 初レスですよね、ありがとうございます!部活やってらっしゃるんですか、
 後輩の指導って何気に気を遣いますよね。お疲れ様です。今後の展開、
 また見に来てくださると嬉しいです。
69 名前:いち作者 投稿日:2002年10月13日(日)21時45分55秒

 >>51 いしごま防衛軍さん
 皆が皆、互いに気を遣って意地張って無理してる感じですね。苛々。
 暴走キャラが1人くらいいた方が、もっとサクサク話が進んだかもしれないです(w

 現実世界も何だか大変なことになってますが、いしごまの世界観は変わらず
 いきたいと思います。とりあえずは娘。新曲を早く振りつきで見たい今日この頃。
 また次回更新時に、よろしくお願いします。

70 名前:ROM読者 投稿日:2002年10月13日(日)23時15分11秒
どうなるんだろう。なんだかすごく痛そうな・・予感が。
てか、もう片足突っ込んでます?
71 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年10月14日(月)08時58分44秒
確かに暴走キャラが一人いたらもっと簡単に進んだとおもいます。
でも、この切なさがいいんです!!危険な状態ながらごっちんと梨華たん
前に進むチャンスではと思っております!!けどごっちんmが心配っす!!
この後が気になります!
72 名前:ジョセフィーネ 投稿日:2002年10月14日(月)17時10分41秒
いつでも小説読んでます!
後藤さんの様態が気になります。大丈夫とは言ってますけど…。
頑張ってくださいね。
73 名前:1450 投稿日:2002年10月14日(月)23時33分10秒
ああ、何だかめちゃめちゃ辛い展開になってますね。
梨華たんも、告白したいのに出来ないという切ない立場で…
ごっちんが何を考えているのか気になります。次の更新が待ち遠しいです。
74 名前:名無しごまたん 投稿日:2002年10月16日(水)19時21分59秒
ごっちん絡みならなんでも食えるオイラですが、
この作品を読むたびに、いしごまが最高である事を再確認しまふ
にしても、ごっちんに一体、何が起こるのだ・・・


75 名前: 投稿日:2002年10月20日(日)14時20分37秒
いしごま不足です。。。
ここの小説読んでは切なくなってます。
梨華ちゃんははじめてごっちんに必要とされてると気づきましたねぇ
続きが気になります。
76 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時11分25秒

 ―――――― 
 「気分はどぅ?」
 「ん…へーき。ごめんね、こんな時間まで」

 
 どのくらい時間が経ったんだろう。時計なんて気にしている余裕なんてな
 かったから、ごっちんが倒れてどの程度の時間の経過があったのかは
 当然分かるはずもなくて。

 静かな部屋に、コチコチと時計が秒針を刻む音と、苦しそうなごっちんの
 不規則な呼吸音だけが響いている。

 申し訳なさそうに目を伏せてソファに寝ているごっちんの顔色は、誰が見て
 も分かるくらいに真っ青になっていた。
 自ら「健康優良児だ」って言って憚らなかったごっちんの、こんなに具合が
 悪そうな様子を、あたしは初めて見たんだ。


77 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時12分19秒

 保田さんなら。
 よっすぃなら。
 安倍さんなら、矢口さんなら、飯田さんなら。
 もっと、早く気付いていたのかも知れない。
 一緒にいたのがあたしじゃなかったら、ごっちんが倒れる前に、様子がお
 かしいことをいち早く発見出来ていたかも知れない。

 …そう考えたら、自分の不甲斐なさに呆れを通り越して、怒りさえ沸いて
 来た。心底、自分がろくでもない人間に思えた。


 あたしはお医者さんなんかじゃないから、ごっちんが病気なのか、慢性の
 疲労からくる過労で倒れたのか、どちらとも分からないけれど。
 少なくともあたしにとって、その病状が問題なのではなくて。

 ごっちんは、大丈夫なの?
 寝てるだけで、大丈夫なの?

 「あたしにできること、ない……?」

 どれだけ、彼女が苦しんでいるときに、役に立つことが出来るか、それだけで。


78 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時12分54秒

 「梨華ちゃん……」
 か細い声で、あたしを呼ぶごっちんは、いつも堂々としているその姿から
 は想像できないほど小さな子供のように儚く見えた。

 いつでもあたしは、ごっちんに対して“強さ”を求めていたの。
 傷ついても笑っていられる、辛さをも打ち消してしまう、そんな強さをごっちん
 なら持っていると信じていて。

 ……だけど。こんなに小さなごっちんに、あたしは何て酷なことを望んで
 いたんだろう。
 もしかしたら、このままごっちんは消えてしまうんじゃないかって馬鹿な
 考えを笑えないほど、それは切実な問題にも思えたんだ。


79 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時13分38秒

 「ごっちん。あたし、やっぱり誰か呼んでくるから、ちょっと待っ ―― 」
 「いいっ!」
 居たたまれなくなって、椅子から立ち上がり掛けたあたしのジャージの裾
 を、真っ直ぐに伸ばしたごっちんの腕がしっかりと掴んでいて。
 何処か切羽詰ったような声で、ごっちんは鋭くあたしを制した。

 「いいから、誰も呼ばないでいいから」
 「でも……」
 「梨華ちゃんがっ」
 あくまで、他人を呼ぶことを拒否するごっちんに、反論しかけたあたしに
 対して、ごっちんはぼそりと呟いた。

 「梨華ちゃんが、ここにいてくれればいいよ」
 「…ごっちん…」
 ――――――――


80 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時14分29秒

 ( …………やだ、もう、やだ……いやだよ…何で…… )

 目頭が熱くなって、唇が震えた。最近異常に涙脆いあたしは、ここでも
 胸に込み上げるそれを抑えるため、一瞬だけ、上を向いた。
 

 ( どうして、こんなときに。こんな大変なときに )
 
 ごっちんが頼る相手が、あたしなの?
 どうして今更、立場が逆転した立場にいることができるの?
 ――― あたしに、ごっちんを支える力なんてないのに。


81 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時15分12秒

 目を伏せて話すごっちん。その彼女があたしのジャージの裾を掴む腕の、
 何て細くなったことか。
 いつから、ごっちんはこんなに痩せてきたんだっけ?
 いつから、面と向き合って話す機会を失っていたんだっけ?

 こんなになるまで、どうしてあたしはもっと彼女を気遣ってあげなかったのか。


 「…それに、誰か呼んだら……」
 「ごっちん…?」
 言い辛そうに口篭って、ごっちんは言った。
 「多分、卒業すること話しちゃいそうな気がする…」


82 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時15分50秒

 “卒業”。モーニング娘。を脱退すること。
 それは、ごっちんは目下あたし1人に打ち明けていることであって、他の
 メンバーらはもちろん、スタッフさん達とて大部分の人は知らないことであ
 っただろう。

 体が弱っているときは心も弱っているから。
 おそらく、隠し事なんて出来ない。
 『どうしたの?』なんて尋ねられたら。きっと、嘘をつくのが苦手なごっちん
 は、喋ってしまうのに違いない。

 だから、ごっちんは誰も呼ばない。
 あたしが付いてさえいてくれればいい ―――― 。
 ( 信頼してくれているのかな、あたし )
 不謹慎なことではあるけれど、他でもないごっちんに信頼されているって
 ことが、純粋に嬉しかった。


83 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時17分14秒

 同時に、嬉しさを感じている自分に、一層の嫌悪感が増す。
 頭の中を、保田さんの笑顔が過って。
 『ほら、石川。今日は夕飯ごちそうするわよ』
 『本当に、ここでいいの?ちゃんとマンションまで送るのに』
 …………

 保田さんに大事に思われてるのはとても嬉しい。そして、あたしも保田さん
 がとても大事で、とても好き。
 好きだけど、とても、とても好きだけど。

 ごっちんに対する気持ちは、きっともっと別な次元にあるのかもしれない。
 今、あたしが何を優先するかって聞かれたら、迷いなく答えられる。

 “ごっちんの側にいることが、何よりあたしにとって大切なんです”

 自分がどれだけ最低な人間であるか、自覚してる上でも、その想いは変わらないんだ。


84 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時17分54秒

 「ったく、情けないなぁ」
 手の平で顔を覆って、ごっちんは搾り出すような小さな声で呟いた。
 その手が僅かに震えているのが分かるから、あたしは彼女に何て言って
 あげたらいいのか分からなくなる。

 下手なことは言いたくない。けれど、上手い言葉は思いつかない。

 「ごっちんは、少し頑張り過ぎなんだよ。表に出さないけど、ごっちんが、
  どれだけ頑張ってるか、見てる人は見てるんだから……」
 「……みんな、同じように頑張ってるよ……」

 「ごっちんは、誰より頑張ってる!ちゃんと、みんな知ってるんだよ!」

 ――― 勢いよく言い切ってしまったとはいうものの、あたしには続く言葉
 がない。だって、あたしには当然、言える権利なんてないもの。
 言わずもがな、あたしは鈍感だったから。ごっちんが無理を押して仕事を
 しているのは見ていたのに、倒れるまで気付かなかったんだから。

 資格はない。あたしが、ごっちんの頑張りを「見ていた」人間だとは、到底
 口にしてはいけないんだ。
 

85 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時19分10秒

 しばらく黙っていると、ごっちんが「…ねえ」と、意外にはっきりした口調で
 あたしに呼び掛けた。
 「どうしたの?」
 答えると、ごっちんはもそもそとソファから身体を起こした。

 「ごっちん、待って、無理しないで!」
 「ちょっとだけ。後藤のワガママ、聞いてもらってもいい?」
 「え……?」

 返事を待つ間もなく、ごっちんの華奢な指が、あたしの頬に伸ばされて。
 キスされるのかと思った。
 抱き締められるのかと思った。

 けれど、ごっちんのとった行動は、そのどちらでもなく。

 「もう、しないから。もう、言わないから。今だけ、今だけだから、ちょっとだ
  け、愚痴らせて。ちょっとだけ………」


86 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時19分52秒

 あたしの首の後ろに、軽く腕を回して、ごっちんはそのままあたしの肩に
 彼女の額を押し付けた。
 こんなに接近することはほとんどなくて、微かにごっちんの香水と汗の混
 じった匂いがふわりと舞って。心臓が、痛いくらいにドクドクと高鳴る。
 
 少し湿ったTシャツごしに伝わってくる、熱っぽいごっちんの体温。同じよう
 に、あたしの熱も、心臓の鼓動も伝わっているのかと思うと、余計に緊張
 して体が強張ってしまって。

 「……ごっちん」
 どこに置いていいのか分からず、彷徨った挙句の果てあたしの両手は、
 結局彼女の柔らかな長い髪の毛を撫でていた。
 母親が幼子をあやすように、優しく、優しく。


87 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時20分30秒

 「辞めるのが、寂しいんだ」
 「1人が怖いんだ」「メンバーと離れるの、嫌なんだ」
 「同期がいるの、うらやましかった。皆、苦しさを分かち合える同期がいて、
  後藤はずっとうらやましかった………」

 頭をあたしの肩に乗せたまま、ごっちんは矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
 滅多に聞くことはなかったごっちんの弱音。
 こんなに真剣に、彼女の悩みを聞くのは、初めてだった。

 ( ……ごっちんが…… )

 「もう、どんどん話が進んじゃってる」「止まらないのは分かってる」
 「でも、気持ちがついてこなくて怖い」
 「……怖いよ……」

 ( ごっちんが、こんなに苦しそうだよ…… )
 自分にとって、大事な人が苦しんでいて。
 その相手に、素直に「好き」だって言えない自分がいて。
 それだけで、あたしの目頭は熱くなる。どうしようもなく、心が震える。


88 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時21分04秒

 「…後藤が辞めて、誰も寂しがらなかったらどうしよう」
 「みんなが、後藤のことなんて応援してくれるとは限らないもん……」
 「ヤダなぁ。みんな、後藤辞めてせいせいしてたら、…ヤダなぁ」

 「ごっちん……」
 最後の方は冗談めかしてはいたけれど。あたしの肩に額を押し付けて俯い
 ていた彼女が、どんな顔をして言ったのかは分からない。

 でも、それは紛れもなく彼女の本音が吐露されたもので。
 嘘でも、気休めでも何でも、あたしは「そんなことないよ」って、言ってあげ
 れば良かったんだ。
 ごっちんだって、多分それを望んでいたはずなんだ。

 不安も悩みもない人間なんていない。あたしにとって、完璧な存在に見えた
 ごっちんだって、例外じゃなかった。


89 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時21分41秒


 本心は、言えなかった。
 「辞めないで」とは、あたしには言えなかった。そんな権利もない。
 その代わり、「大丈夫だよ」なんて、軽々しく口にすることも出来なくて。

 だって、こんなにごっちんは震えている。
 大丈夫なんて、言えないよ。
 ごっちんなら大丈夫なんて、言えないよ。

 初めて、その時あたしは思ったんだ。特別扱いされることが多かった彼女
 だけれど、その特別扱いに誰より困惑していたのは、ごっちん自身だった
 のかも知れないって。
 内面は普通の女の子なのに、周囲はそれを許さなくて。

 クールだ、無表情だ、なんて言われ続けて、その声と自分の内面とのギャ
 ップにきっと彼女は苦しんでいた。

 ―――― 後藤はねー。クールじゃないよ……子供なんだよ


90 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時22分25秒

 だから、あたしは言えない。「ごっちんなら大丈夫だよ」なんて。
 安心させる為にそう言ったって、きっとそれは余計にごっちんに負担を掛け
 てしまうだけだって、ようやくあたしは思うことが出来たから。

 どれだけ時間がかかってしまったんだろう。
 どれだけ遠回りをしてしまったんだろう。
 本当に、ごっちんがいなくなってしまう直前になって、彼女の抱える不安
 や悩み、弱さに気付くなんて。何て皮肉なんだろう。
 
 そしてあたし自身が、どれだけごっちんの存在を必要としているのかも。

 「ごっちん。……ごっちん……」

 「ごめんね、梨華ちゃん。もう、これっきりにするから…。もうちょっと……
  もうちょっとだけ……」


91 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時23分03秒

 馬鹿みたいにごっちんの名前を呼ぶしか出来ないあたしに、彼女は今に 
 も泣き出しそうな掠れ声で、そう言ったんだ。

 ごめんね、と怖いんだ、と交互に繰り返すごっちんは、きっともう、精神的に
 も肉体的にも、限界に達していたんだろう。そうでなきゃ、あたしの前であん
 なに弱い姿を見せるはずなんてない。

 そう、思っていたけれど。


92 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時23分40秒

 「ごめんね。圭ちゃんにばれたら、怒られちゃうね……」
 「………ごっちん……」

 ごっちんの髪の毛を撫でる手が、びくりと震えたのに、彼女は気付いたの
 だろうか? 冷や汗が、背中を伝った。

 彼女はもう、完全に受け入れているんだ。あたしが保田さんと付き合い始
 めたこと。何の不満も、疑問も持たずに。
 それがさも、当たり前のことの様に。

 見られていたのかもしれない。楽屋で、あたしが保田さんに抱き締められ
 ていたところも。コンサートのリハーサルの合間に、素早くキスをされた所
 も。毎朝、真っ先に目を合わせて微笑み合う瞬間も。

 ……知らないはずがない。
 仕事が終わって、毎日一緒に帰っているあたしと保田さん。
 それを見送る、ごっちん。


93 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時24分51秒


 ――― 『後藤はずっと、梨華ちゃんが好きだった』

 ( …何で?何でよ…… )


 何で。 あたしがすること為すこと、ごっちんを傷つける結果にばかり
 なってしまうんだろう。
 あのときの言葉がまだ有効ならば。まだ少しでも、ごっちんの気持ちが
 あたしに残っているならば。
 ………なんて、あたしは残酷なことをしているんだろう。

 ( ……本当は、あたしは、ごっちんが……… )


94 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時25分33秒

 本音を告白してしまえば、どれだけ楽になってしまえることか。
 けれど、散々楽な道を選んできたばかりだったあたしに、その選択をする
 ことは出来なかった。
 そうすれば、あたしと保田さんの間で、よりごっちんに負担を掛けてしまう
 って目に見えている。

 あたしが本音を口にすれば、保田さんも傷つける。
 ごっちんを、馬鹿にし過ぎてる。

 だから。

 「…圭ちゃん…怒るかなぁ……ハハ、笑って許してくれるかなぁ…」
 「大丈夫だよ。保田さんは、優しいから」
 「………そうだね……圭ちゃん、優しいし、大人だもんね……」
 「大丈夫だよ。分かってくれるもん」


95 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時26分17秒

 あたしの肩に額を押し付けている、ごっちんの表情をあたしが見えないよう
 に、ごっちんからもあたしの表情が見えないことは分かっていた。
 ……だから。

 「保田さんは、優しいから」

 ―――――

 「ごめんね、梨華ちゃん。ホント、ごめん……」
 「うん……。平気だよ……」
 「ごめん…」
 「全然、平気、だからっ」

 ( 優しいよ、みんな優しいよ。優しすぎるの )

 誰より優しかった彼女を、こんなにボロボロになるまで傷つけたのがあたし
 だとしても。ごっちんの、その瞳の奥に常に灯されている穏やかな光は、
 ずっと失われることがない。ごっちんが、“後藤真希”である限り。


96 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時26分51秒

 「ごっちん、大丈夫だからね……ッ…大丈夫、だから…っ」

 ( 優しすぎて……辛いよぉ…… )

 「ありがと、梨華ちゃん」
 「……ッ……」


 ―――― あの時あたしは、泣いたんだ。
 声を決して漏らさぬように、彼女に絶対に悟られないように。
 ごっちんの頭を同じ調子で撫で続けながら、密かに、あたしは、涙を流して
 いたんだよ。

 言いたかった。「ごっちんが好きだよ」って、大声で叫んでしまいたかった。
 だけど、だけど……どうしても、言い出せなくて。


97 名前:9 alone with her 投稿日:2002年10月20日(日)22時27分51秒


 こんなにも、こんなにも。
 あたしの心の中はごっちんでいっぱいで。
 こんなにも、こんなにも。
 触れるだけで泣いてしまうくらい、ごっちんが好きなのに。

 ――――

 すれ違ってばかりのあたし達。
 もし、素直に抱き合って、気持ちを伝えることが出来たならって、何度も思い
 ながら、あたしはひたすら、唇を噛み締めて、――― 泣いたんだ。




98 名前:いち作者 投稿日:2002年10月20日(日)22時28分40秒
 1週間ぶりの更新です。最近、石川苛めてばかりな作者です(w
 ですが、苛められてこそ彼女の可愛らしさが出るものと思って……(意味が違いますかね)

 >>70 ROM読者さん
 痛い展開には……作者の文章力では中途半端な描写になってしまう可能性が大
 なんですけども(ニガワラ  片足と言わず、両脚もろとも突っ込んでもら(ry

 >>71 いしごま防衛軍さん
 ここまで話が進んでしまうと、誰を暴走キャラにしても嫌な印象になってしまうかも
 しれないですね。仮に保田さんが暴走したら……もう誰にも止められないし(w

 >>72 ジョセフィーネさん
 ありがとうございます!後藤も強がってますが、多分大丈夫きっと大丈夫♪(安直)
 …というよりも、どちらかというと精神状態がやばいかもです。登場人物ほとんど… 
99 名前:いち作者 投稿日:2002年10月20日(日)22時29分35秒
 >>73 1450さん
 更新が少し遅れ気味になってしまいました、申し訳。後藤が考えてることは……
 石川視点だと分かりにくいですかね。言ってみればそれがこの話の軸なんですけども(w

 >>74 名無しごまたんさん
 ビジュアルからいしごまに傾いた作者ですが、この2人は最高です。最強です。
 この後は、ASA○AN風に言うと、「今後、驚愕の展開が!」な感じですか(古)

 >>75 @さん
 いしごま不足……現実は確かに。ただ、11月発売の卒業ライブでパワー補充予定
 です(w   自分も@さんの作品読んではほろっとしたりマターリしたりです。

 それでは、最近私事で更新が遅れがちになるかもしれませんが、どうぞ続きも
 お付き合いいただけますように。今後もよろしくお願いします。
100 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年10月20日(日)22時56分43秒
ああ切ないですよーーーー!!なんとかなってくれー!!
逆にヤッスーが暴走したらうまくいくかもしれませんよ(^^;;
更新ドキドキしながら待っていますよ!!
101 名前:名無しごまたん 投稿日:2002年10月21日(月)02時27分37秒
今後、驚愕の展開なんスか!
さらに切ないヨカーン
ハンカチの用意をしとかねば…
それにしても、ここのごっちんは愛しいなぁ
102 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月21日(月)08時54分11秒
石川視点だとセツナイ話だけど
後藤視点で見ると石川の気持ちは
伝わってないですよね(T_T)
誰が動くのか楽しみにしてます。

103 名前:ROM読者 投稿日:2002年10月21日(月)09時41分57秒
横アリ卒コンで思いっきり泣いてきたので、どんな展開になってもついていく
心の準備はできてます。でも、できれば頬が思わずポッとなるような・・・。
104 名前: 投稿日:2002年10月21日(月)17時57分08秒
「梨華ちゃんが、ここにいてくれればいいよ」
このコトバに涙しそうになりました。
いち作者さんはすごすぎる!(謎?
そろそろホントのコトを言うトキでしょうか?
きっと泣くなぁ。。。
105 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月21日(月)23時14分39秒
いしごまの抑えた愛情が凄まじく切ない。それしか言えません。
もう目が離せないほどどっぷりこの作品にのめりこんでいます。
106 名前:コウ 投稿日:2002年10月22日(火)18時50分27秒
なんて切ないんだろ。。。
この作品読むと胸がキューーンってなります。
107 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時50分23秒

 ―――――
 
 もう、彼女は何事もなかったような顔をしていた。


108 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時51分18秒

 「大したことじゃないんだ、たまに、ちょっと胃がね、痛むの」
 「でも……」 
 「神経性の胃炎だってさ。ストレスが原因、とか言われちゃったよ」
 ――――
 
 ごっちんが倒れたその翌日、集合時間のギリギリにやって来たその彼女は、
 収録の空き時間にあたしを廊下まで連れ出すと、自分が倒れたことを誰に
 も言うなと、固く口止めした。 
 あたしの手を引いてコソコソと楽屋を出て行くごっちんに、保田さんが一瞬
 チラリと視線を投げ掛けたような気がしたんだけれど、その表情までは分か
 らなくって、あたしにもそれを確かめる勇気なんてなかった。

 だって、後ろめたいことなんてしてないもん。
 これは、浮気なんかじゃないもん。そりゃ、確かに心惹かれてるのはごっちん
 だけど…、純粋に、彼女の体が心配なんだもん。

 誰に言うでもなく、良い訳じみた考えを抱いている時点で、あたしはそれを
 無意識のうちに「決して正しくない行動」だと、認識していたんだろう。

 ――――


109 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時52分07秒

 「『神経性』って……ごっちん、あの、やっぱり」
 「何でもないよ? 卒業のせいじゃないよ? だって、ストレスなんて誰でも
  抱えてることじゃん。ただ単に、後藤の体調管理がなってないだけ」

 『色々悩んでることがあるんでしょう?』
 『本当は、卒業したくないんじゃない?』
 『後輩の指導だって、負担になってるんじゃない?』

 聞きたいことは山ほどあったけど、はっきりとそれを口にする前に、ごっちん
 は緩やかに頭を振って、更には穏やかな微笑さえ浮かべてあたしの言葉
 を遮った。

 『でも昨日は、ただの胃炎じゃないでしょ?だって、すごく熱があったよ?』


 でも、本当に聞きたいのはそんなことじゃない。


110 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時52分54秒


 ( あたしの、せい? )
 ………… 


 聞きたくても、それだけは聞けない。いくらあたしが馬鹿でも能天気でも、
 救い難い無神経な人間であっても、それは聞けない、けれど。
 
 客観的に考えて、好きだった人に告白して、その相手がすぐに別の人と
 付き合い始めるのって、耐えられるものなの?
 そりゃ、あたしの返事も聞かずに、気持ちを伝えて、すぐにそれを忘れる
 よう言ったのはごっちん本人だけど、でもね?

 ……あたしだったら、耐えられないよ。
 だって例えば、あたしがごっちんに告白したとして。正直な気持ちを伝えた
 として。
 次の日から、仲良く一緒に帰宅するごっちんと紺野の2人なんて目にした
 ら、ショックで寝込んでしまうかもしれない。だって、辛すぎるよ、そんなの。


111 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時53分33秒

 「絶対に、誰にも言わないでね? 梨華ちゃん、頼むから」
 「だけど……」
 「大丈夫だから! 今までだって何回かあったの、昨日みたいなことは。
  その度に病院なんて行ってる暇はないの!」  

 声を荒げるごっちんに、あたしはそれ以上口答えすることは出来なかった。
 「もう、皆と一緒にいられる時間、少ないから……」

 そして、小さく付け加えるごっちんの表情は、心なしか少し沈んで見えて。


112 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時54分19秒


 結局、ごっちんは病院に行くという結論を下すことはなかった。
 大丈夫、大丈夫と繰り返すごっちんへ、それでも意地になって説得を続ける
 あたしに向ける彼女の目が、段々険しいものに変わっていくのに気付いてか
 らは、あたしはもう、それを口に出すのは止めた。

 ただ、勇気がなかっただけの話。
 ごっちんが望むことでないのなら、それ以上諭そうとするだけ無駄な話。
 何故なら、ごっちんは他人には異常に気を遣うくせに、自分が気を遣われる
 のを酷く嫌う一面があって ―――― 更に、人一倍頑固だったので。

 そして、あたしはごっちんに嫌われたくなかった。怒らせないように、ビクビク
 と怯えていたんだ。
 
 体調の悪い人へ、診察を受けることを勧めるのが間違ってるはずがなくて、
 ごっちんもあたしも、それを理解していない訳はないのに、お互いに後一歩を
 踏み出すことができなくて。


113 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時55分03秒


 『いいじゃない。ごっちんが、大丈夫だって言ってるんだから』
 『これ以上しつこくして、うざったく思われるのはやだよ』
 『何かあったら……また、あたしが看病してあげるんだ』
 『あたしが、ごっちんを守ってあげるんだ』
 ―――――


114 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時55分56秒

 ………それこそが、本当の気持ちだったのかもしれないね。
 大事な“友人としてのごっちん”の隣りにいる資格を失ったあたしにとって、
 それはあたしが堂々と彼女の側に存する大義名分となり得たから。
 
 ごっちんを、守ってあげたい。
 嘘偽りのない、心からの思い。ごっちんが、あたしにしてくれていたように、
 今度はあたしが彼女を守ってあげたいと思っていたの。

 なのに、そんなシンプルな想いさえ、あたしはごっちんの不調という理由が
 なければ自身を肯定してあげることさえ許されないと思ってた。
 頭の中では、いつだってごっちんに近付く為の言い訳を考えながら、それ
 を行動に移すことはなくて、それでも。

 あと僅かな時間しかないと思ったら、それを止めることは出来なかったんだ。
 訝しげな保田さんの視線を、時々感じないではなかったけれど、ぼうっと
 物思いに耽っている時間も増えていて、そのほとんどがごっちんのことを
 考えるのに費やされていた。


115 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時56分39秒

 保田さんのことはすごく尊敬していて、一緒にいて楽しかったけど。
 時々、とても苦しくなるときがあって、息切れがした。

 どうしても、今の自分が許せなかった。
 だけどどうしたらいいのか分からなくなってた。
 保田さんすら離れて行ってしまったら、本当にあたしは独りぼっち。

 ちゃんと、それを分かっていたのに。
 やっぱりあたしは、ごっちんばかりを想ってた。
 ………ごっちんを好きだと思う気持ちが、薄れることはなかったんだよ。

 ―――――
 ――――

116 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時57分39秒

 ………
 レギュラー番組収録の合間、1人でぼんやりと雑誌を読み耽っていたあた
 しの目の前に、誰かが立つ気配を感じて、あたしはゆっくり顔を上げた。

 「梨華ちゃん、ちょっといいかな?」
 「え?」
 ひどく懐かしい気がする、よっすぃのハスキーで落ち着いた声。
 ちょっと前までなら、この声が発する言葉1つ1つに、一喜一憂していたの
 に、人って短期間でこんなにも変わってしまうものなんだね。

 「よっすぃ、なんか、ちゃんと話すの久しぶりだね」 
 「そう……だね」

 あたしの言葉に、よっすぃは照れ臭そうに、懐かしそうに目を細めて笑った。
 「座って?」
 「ん…」


117 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時58分17秒

 1人で占領していたソファから少し腰をずらして促すと、よっすぃは曖昧に
 頷くと微妙に遠慮がちな態度で、静かにあたしの隣りに腰を下ろした。
 ふと気付く。
 楽屋の中には、あたしとよっすぃの他には5期メンと、その彼女らと一緒  
 に遊んでいる辻加護しかいなくなっていることを。

 先輩メンバーとごっちんの組み合わせでごっそりと人がいなくなっている
 時は、大方あたし達依然に付き合いの深かった人達の楽屋が近くにある
 可能性が高い。そういえば。

 市井さんが、今日は同じ局で仕事なんだっけ。
 ぼんやりと思い出しながら、あたしは楽屋に先輩メンバーやごっちんの姿
 が見えなくなっていることに1人納得していた。


118 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時59分00秒

 「なんかさぁー、人いないよね」
 「ふふ、そうだね」

 多分、よっすぃも同じことを考えていたみたいで、小さく視線を楽屋に巡らし
 た後小声で言った。性格も全く違うよっすぃと同じことを考えていたという事
 がおかしくて、あたしは思わず笑みを漏らす。

 ――――
 あれほど恋焦がれていたときのような、激しい胸の高鳴りも今はない。
 むしろ、旧友に対するような安堵感が、あたしの胸を占めていた。
 今なら、よっすぃの気持ちが分かるんだ。
 心変わりしたよっすぃを、責める気持ちなんて沸くはずがない。

 だって、人を好きになる気持ちは理屈じゃないもの。
 理性で、他人を好きになる気持ちは決められないもの。もしそうできるの
 なら、こんなに辛い思いを味わうことだってない。


119 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)21時59分38秒

 だから、理屈じゃない。
 だから、よっすぃがあたしじゃなく、矢口さんを選んだことだって理屈じゃない。
 
 そう思ったら、かつてよっすぃに対して抱いていた嫌な感情は全部、溶けて
 なくなっちゃう気がした。
 少しは、大人になったのかな。

 代償は、とてつもなく大きなものだったけれど。
 出来れば、それを失わずにあたしは気付くべきだったけれど。


120 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時00分25秒

 そのよっすぃはというと、彼女の恋人である矢口さんが(多分、だけれども)
 市井さんの元へ行ってしまい、手持ち無沙汰になってあたしの所へやって
 来たのだと、最初は漠然と考えていた。
 でも、普段より数段真剣な目をしているよっすぃが口にしたのは、思いも
 よらないこと ―――― ううん、何処かで、いつかは聞かれるんじゃないか
 と予想していたことだった ――― 話題を切り出した。すなわち、

 「ねえ、梨華ちゃんはさ、その……圭ちゃんと、付き合ってるじゃん?」

 言い辛そうに、よっすぃはモゴモゴと口を動かして言った。
 「よっすぃ…………ふはっ」
 普段の男っぽい爽やかなイメージとは程遠いその姿に、あたしは思わず
 吹き出してしまう。

 「ちょっと、何笑ってんだよー、真剣な話なのに!」
 即座に頬を膨らませて抗議してくるよっすぃが、とても懐かしくて。


121 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時01分11秒

 ここに、ごっちんがいたらなぁ。
 何もかも、元どおりだよ。
 もちろん、よっすぃは矢口さんと一緒でいいんだ。ごっちんも、あたしの恋人
 なんかじゃなくていいんだ。

 『バイバイ、梨華ちゃん』

 ただ、そこにいて欲しいんだよ。
 もう、モーニング娘。でいられる時間は少ないのに、ごっちんとの係わりは
 驚くらい稀少になってしまっていた。
 
 同じ秘密を共有している2人なのに。
 どうして、笑顔で一緒にいることが出来ないんだろう。
 気軽に挨拶の言葉を掛けることさえ出来ないんだろう。


122 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時02分41秒

 「………っ…」
 「梨華ちゃんっ!?」
 
 ふと、思い出しただけなのに。止める間もなく、あたしの目から涙が零れ
 落ちていて、よっすぃが目を見開いてあたしに近寄った。
 「あは……なんで…涙なんか……」
 「何で泣くの!?ウチ、なんかマズイこと言ったぁ!?」
 「……っちがっ……ッ…」

 ごっちんのことを考えるだけで、涙が出るなんて。相当涙腺弱くなってるみ
 たいだ。もともと、そんなに自分が強いとは思っていないけど、ここまで精
 神的に脆いだなんて。

 「梨華ちゃん、どうしたんだよぉっ。ちょっ、何でっ…?」
 「ごめん、よっすぃごめんね…っ…」


123 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時03分21秒

 知らないうちに、それを支えてくれていたのがごっちんだったんだ。 

 弱いあたし、泣き虫なあたし。
 負けず嫌いで、意地っ張りで、人前で泣かない代わりに陰で散々涙を
 流してきたあたしを、黙って支えてきてくれたのがごっちんだったんだ。

 後輩がいる前なんかで、泣くべきじゃないって教えられてきた。
 保田さんは、「私がついててあげるから泣けばいい」って言ってくれた。
 でも、涙っていうのは、自分の意志で止められるものじゃないんだ。少なく
 とも女優さんなんかじゃない、あたしには。

 「…っく、ご、ごめ、よっ…すぃ、っご、めんねっ…」
 「なに、え?ちょっと待って訳わかんないよどうして泣くの梨華ちゃん?」
 オロオロとあたしの顔を覗き込むよっすぃの声が優しくて、ますます涙が
 止まらなくなる。


124 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時03分58秒

 「あー、よっすぃが梨華ちゃん泣かしとる!」
 「ホントだぁ〜!よっすぃが梨華ちゃん泣かしてるぅ」
 「う、うるさいな、違うってえ!」

 同じ楽屋で笑い声を上げていたはずの加護ちゃんや辻ちゃんが、いつの
 間にか驚いたような表情で、あたし達の方に視線を向けていた。

 ( ダメだよぉ、こんなとこで泣いたらよっすぃに迷惑かけちゃうのに… )

 必死に彼女達に弁解するよっすぃに申し訳ない気持ちはあるのだけれど、
 1度堰を切って溢れ出した涙がそう簡単に止まらないのを、あたしは経験
 上知っている。

 「よっすぃ〜…ごめん〜…」
 「や、だから、梨華ちゃん何で泣くさー!?」
 「泣〜かした、泣〜かした!!」
 「おばちゃん怒るで、怒るで、火ぃ吐くで!」
 「うるせーお前らあー!」


125 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時04分39秒

 怒号のように飛びかう(ある種ふざけ合いとしか思えない)やり取りの中、
 あたしはある少女と目が合った。
 ( ……あ…… ) 

 涙で膜が張ったように歪んでいる視界の中では、微妙な彼女の感情の
 波までは読み取ることは出来なかったけど、少なくともその少女からは
 敵意だとか、軽蔑だとか、嫌な感じは伝わってこなくて。

 ( 紺野…… )
 心配してるくれているのか、それともこの状況を把握しきれずに困っている
 のか。あまり気持ちを顔に出さないところは、どこかごっちんに似てる。
 口元をぎゅっと結んで、瞳を逸らさないで、ひたすらあたしだけを見つめて
 くる後輩の少女。


126 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時05分24秒


 ……ああ、そうか。

 『なんかね。守ってあげたくなるよ、紺野って』

 あたしに対してだけじゃ、なかったね。
 誰にだって優しい、ごっちんは、皆に優しかった。

 同期という存在のなかったごっちんは、きっと孤独になることを誰より恐
 れていて、必要以上に周囲に気を遣っていたんだ。

 そして、他に3人の同期がいながらも、初ステージを前に大怪我をして、
 スタートで遅れを取らざるを得なかった紺野。結局、紺野はその後回復を
 待って初舞台を踏んだけれど、「自分1人だけが……」なんて孤独な想い
 を抱かなかったはずがない。
 そして、ごっちんは、そんな気持ちを誰より理解してあげられたはずで。
 
 『後藤さん、ここ、教えて欲しいんですっ』

 真剣に取り組む紺野に、いつも真正面から向き合ってあげていたごっちん。
 紺野がごっちんに惹かれるのが当然であれば、ごっちんだって1人で努力
 を重ねてきた紺野に、気持ちが傾いたっておかしくない…。


127 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時07分58秒


 痛いよ。辛いよ。こんなこと、気付かない方が良かった。 
 ごっちんの気持ちが離れていくところなんて、見たくないよ。
 ( ……嫌だ、そんなの。やだよぉ…… )

 「ふわぁ〜…、よっすぃ〜!」
 それ以上紺野の視線を受け止めていることが出来なくて、あたしは隣りで
 未だに加護ちゃんたちの暴走を止めるのに躍起になっているよっすぃの
 胸の中に倒れ込んでいた。
 
 「よっすぃ、よっすぃ〜っ…あたし、バカだよ、本当、バカだよぉっ…」
 「な、ちょっ待って、梨華ちゃん、泣くなぁ〜」

 慌てるよっすぃの胸の中、あたしは能天気にも、久しぶりに感じる彼女の
 体温が、相変わらず低いなぁなどと考えていた。


128 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年10月27日(日)22時08分58秒


 ――― 誰かに寄りかかっていなきゃ、立っていることすら出来なかった。
 本当は、ごっちんに支えてもらいたかった、でも。
 いつか、ちゃんとあなたと向かい合えるその日までに、あたしは1人で
 立てるようになってなきゃいけなかったの。自分で、そう決めてたの。

 今は、無理だとしても。
 必ず、自分の力でまた、ごっちんの横に並べるように。




129 名前:いち作者 投稿日:2002年10月27日(日)22時10分38秒

 更新しました。明らかにペース落ちてます、申し訳ありません。

 >>100 いしごま防衛軍さん
 100get!おめでとうござます!でも何も出せません(w  毎回のレスに励まされ
 てますよ。今回のキーとなったのは、あの人でしたが、いかがでしょうか?
 
 >>101 名無しごまたんさん
 大袈裟に言い過ぎましたね、驚愕の展開には程遠いかも…(汗) 後藤さん、愛しいですか。
 ありがとうござます!何考えてんだか分かりにくい人ですけどね、この話の中だと(w

 >>102 名無し読者さん
 そうですね、石川視点で進んでいるので、石川の辛さはほとんど後藤には伝わって
 ないかもしれません……とりあえず、このまま話は進んでいきますが、どうぞまた読み
 にきて下されば光栄です。
 
 >>103 ROM読者さん
 どんな展開になっても、どうか怒らず最後までお付き合いいただけますでしょうか。
 出来ればご期待に沿った内容になるといいんですが……。( ^▽^)<頑張ります!

130 名前:いち作者 投稿日:2002年10月27日(日)22時11分54秒
 >>104 @さん
 ここぞというときしか、後藤は本音を言わないのですw(自分の中では)。
 石川も、板挟み状態なんですよね。誰かがまた話を動かせば状況は変わりますが。

 >>105 名無しさん
 嬉しいお言葉、ありがとうございます!文章がワンパターン化して感情の表現には
 ほとほと困っているのですが、また頑張りますのでよろしくお願いします! 

 >>106 コウさん
 お久しぶりです、また寄っていただけて嬉しいです。最近また復帰されたんですよね、
 また楽しみに読ませていただいてます。よろしくお願いしますね。

 というわけで、次回もまた私用で更新が遅れるかもしれませんが、どうぞまた
 お目通ししてくだされば光栄です。では、また次回更新時にて。

131 名前:ROM読者 投稿日:2002年10月27日(日)23時35分40秒
>明らかにペース落ちてます・・って私の単細胞の脳みそでは
追いつけないほどすごい展開になってます。更新毎に前の方か
ら読み返さないと。梨華ちゃんはネガティブが性分なんですか
ね。それよりごっちんは大丈夫なのかな。心配です。
132 名前:コウ 投稿日:2002年10月28日(月)19時07分49秒
ごっちんの心はまだ梨華ちゃんに・・・?
作者さんの細かい心の描写の一つ一つに感動してしまいます。
そしてこれからの展開がすごく気になります。。
133 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月29日(火)21時35分49秒
続きが怖いような楽しみなような・・・
とにかく期待して待ってます!!
134 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年10月29日(火)23時59分41秒
100ゲットしてたんですね。気づかなかった。ありがとうございます!!
しかしながら、切ないです。でも梨華たんが泣いている傍でよしこがあいぼん
とかと言い合いしてる光景を思い浮かべるとなんかいいですねー。
紺野陛下はいったい何を思って梨華たんをみつめていたのでしょうか?
気になります。うう〜この後どうなるのか・・・・
135 名前:きいろ 投稿日:2002年11月03日(日)22時48分46秒

すごく、なんといいますか・・・・
こんな不思議な感情で小説を読むのは初めてです。
小説を読んで泣いてしまったのも初めてです。

それぞれの個性がしっかりと出されていて、心理描写もとても上手いですね!

早く後藤に石川さんの気持ち、気づかせてあげたいものです・・・
136 名前:きいろ 投稿日:2002年11月03日(日)22時49分56秒

す、すいません感動しすぎてageてしまいました・・・

本当にすいませんでした・・
137 名前: 投稿日:2002年11月10日(日)16時19分46秒
浜崎あゆみの「ボヤージュ」を聞きながら見ていたら、
感動しました。…まだ完結ではないですけれど。
「いつもあなたがいた」みたいな歌詞の時、ちょうど梨華ちゃんが
自分の気持ちに気付くシーンだったので、泣きました。
頑張ってください。

138 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時24分08秒

  …………

 「落ち着いた?」
 「うん……ごめんね」
 「いいって、ハイ、これ」
 柔らかい声と共に、よっすぃが気遣うようにあたしの顔を覗き込んで。
 あたしは、彼女に手渡された冷たい烏龍茶の缶を握り締めたまま、小さく
 頷いた。涙は、とうに止まっていた。
 
 結局あの後、本格的に涙が止まらなくなってしまったあたしの手を引いて、
 よっすぃは自販機の置いてある休憩室まで連れて来てくれた。
 
 ……まだあたし達が「恋人同士」として付き合ってる頃、仕事の合間を縫っ
 て、2人してよく抜け出してはここでお喋りをよくしたんだ。
 それは懐かしくてちょっとほろ苦くて、そんな甘い思い出のはずなんだけど、
 こんな状況だけに今は、沈んだ雰囲気によってかき消されていた。


139 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時24分47秒

 楽屋を出る前、よっすぃは後輩たちを振り返ると、いつになく真剣な表情で
 言ったんだ、「保田さんにも矢口さんにも内緒にしといて」って。

 いつもなら「やだよ〜ん」なんて騒ぎ出すであろう辻ちゃんや加護ちゃんで
 さえ、有無を言わせぬよっすぃの様子に唖然としてた。
 お茶らけた雰囲気は片鱗も見せず、毅然とした態度のよっすぃは少し、昔
 の彼女を彷彿させていて、あたしは訳もなくドギマギしちゃってた。

 勿論、後輩である5期メンは黙ってこくこく頷いていた。そして、それでも
 あたしは紺野の顔だけは、見ることが出来なかった。
 ( また逃げちゃった、あたし。…紺野の顔、見れない )


140 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時25分28秒

 あたしは、何を恐れていて、何を望んでいるんだろう?
 自分の気持ちが分からない。
 一体どうすれば、満足できるんだろう。救われるんだろう。
 何も分からなかった。


 ―――
 ぼんやりとした頭でそんなことを考えていたら、よっすぃが普段よりも幾らか
 低いトーンで口を開いた。
 「あのさぁ梨華ちゃん?」


141 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時26分04秒

 友達から恋人へ、そしてまた友達へと戻ったよっすぃは、普段はふざけて
 いることも多いけど、依然のようにはしゃぎ合うことも減ったけど、何だか
 ぐっと、大人になったように感じた。
 実際に、綺麗になったと思う。元々、類を見ない美少女ではあったけれど。

 それは、年下の友人である彼女と少し距離ができてしまったようで、寂しく
 もあったけど、とても頼もしい存在にも思えてくる。
 ( よっすぃって、こんな大人っぽい顔、するんだなぁ…… )
 矢口さんの影響かもしれない。
 彼女と一緒にいて、よっすぃに得るものは多いだろう。仕事への取り組み、
 周囲への気配り等々。

 「何か、最近の梨華ちゃんって明らかに様子おかしいと思うんだけど…」
 「そっ…んなこと、ないよっ!?」
 思わず裏返った声を上げるあたしに、それでもよっすぃはクスリとも笑わず
 淡々と言い放った。
 「そんなこと、あるよ。見てれば分かる」
 「………」


142 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時26分41秒

 優柔不断で勇気のないあたしが、ごっちんや保田さん、紺野のことを考えて
 足踏みしたまま一歩も進んでいないそのうちに、よっすぃはいつの間にか
 ずっとずっと、あたしの先を歩いていたことに気付かされる。
 昔から、よっすぃは努力家で、色んな人に好かれる女の子だった。
 そんなよっすぃが好きだった。その隣りに並んでいることが誇りだった。

 …随分、差をつけられちゃったなぁ。
 ネガティブにそんなことを考えていたら、段々と気持ちが落ち込んでいく気
 がしたんだけど。

 「なんか、悩んでることがあるんなら」
 久しぶりに聞く気がする、落ち着いた優しいトーンのよっすぃの声には不思議
 な魔力が込められてるみたいで。
 
 「ウチがさ、いくらでも聞くから。頼りないかも知れないけど」
 「……そんな、ないよ……。悩みなんて」
 一応否定はしてみたけれど。
 ……話してもいいのかな。よっすぃになら、打ち明けてもいいのかな。
 そんな気持ちにさせられる。


143 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時27分23秒
 

 「やだな。悩みなんて……っ」

 笑おうと思った。

 「あたし、あたしっ……」

 よっすぃに笑って見せてあげなきゃ。
 そうしなきゃ、よっすぃが心配するから。
 別れたはずの『元恋人』に、元気がないなんて心配させるなんて、情けない
 ことはしたくなかった。

 だから、「平気だよ」って、意思表示するためにも笑わなきゃ駄目だったんだ。
 笑わなきゃ、あたしは…… 

 ――― 『卒業するんだ』 ―――― 

 ( いっぱいあるよ、悩みなんて。いっぱいいっぱい、あり過ぎて… )


144 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時27分56秒

 「梨華ちゃん。いいよ、無理しないで」
 「よっすぃ〜……」

 もう、自分1人で抱え込むことは限界にきていた。
 誰かに打ち明けたい。誰かに泣きつきたい。ごっちん、ごめんなさい。
 ――― あなたがあたしを信頼して打ち明けてくれたのに、それを裏切って
 本当にごめんなさい。

 だけど。もう苦しくて、苦しくて、どうしようもないんだ。

 「よっすぃ………ごっちんがね、ごっちんが……」
 既に涙声になってしまい、唇が震えて上手く喋れないあたしの言葉に被せ
 るように、よっすぃが怪訝そうな表情のまま口を開いた。

 「もしかして梨華ちゃん、知ってるの?ごっちんが卒業すること……」
 「え…?」


145 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時28分33秒

 いきなり正解を言い当てられて、一瞬頭をガツンと殴られた気がした。
 でも。―――― なんで?
 胸を強く突かれた様な鋭い痛みが走る。
 「何で……知ってるの?よっすぃも、ごっちんから聞いたの?」
 「え、いや、ぁの」

 だって、ごっちんはあたしにだけそれを言ったはずなのに。
 自分だけが、彼女の重大な秘密を一緒に抱えていると思っていた密やか
 な優越感が、一気に崩された気持ちになって、胸が苦しくなった。
  
 
 ―― もうすぐ、メンバー皆にも発表するんだ。でも、最初に梨華ちゃんに
 言っておきたかった ――


 あの時、だってごっちんはそう言ったの。
 だから、あたしにだけ打ち明けてくれたんだと思ったの。
 ごっちんが、少しでもあたしを特別扱いしてくれたことが、嬉しかったの。


146 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時29分12秒

 「そっか……当たり前だよね、よっすぃはごっちんの親友だもんね」

 でも、そうだよね。考えれば、すぐ気付くことじゃない。
 
 やっぱりあたしの勘違い。
 だって、1番の親友であるよっすぃに、ごっちんがそんな重要なこと話さない
 筈がないよ。…あたしなんかより、ずっと信頼して、ずっと仲が良いよっすぃ
 にこそ、ごっちんは相談したい筈だもの。

 「違うよ、聞いたわけじゃない、ごっちんからは」
 あからさまに落ち込んだ声と顔になったあたしに、よっすぃは慌てたように
 頭を振って、慌てて弁解を始めた。

 「けどさ、なんつーか……分かるじゃん、ごっちんもさぁ、最近様子変なの」
 「最近……」
 「そ。絶対変。聞いても応えないけどね。妙に空元気っつーか、さ」

 …よっすぃは、気付いてたんだ。
 思わず小声で独り言を口にしたあたしの言葉を耳ざとく聞きつけて、よっすぃ
 は「当たり前じゃん」と口を尖らして抗議した。


147 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時29分45秒

 「で、聞いちゃったんだ。事務所の人と、ごっちんの会話。7月28日の代々木
  公演の後に、メンバー達に正式に発表しますって。もしかしてって、ピーン
  てきた。だから、全部ウチの推測だった……んだけど」

 「7月28日?」
 よっすぃの言葉を反芻するあたしに、小さく彼女は頷いて見せる。
 「そう。その日に、ちゃんと発表されるって」
 「……じゃあ、事務所の人が言ってたって、ことは、正式発表される、って
  ことは………」

 分かってはいたことだけど、改めて他人の口からその事実を聞かされると
 激しい動揺が襲ってきて、心臓がバクバクと高鳴り始めた。
 そんなあたしの胸の内を代弁するかのように、よっすぃがある種諦めに近い
 投げやりな表情で、呟いた。
 「もう、覆らないってことだね。ごっちんの卒業……」
 「…………」


148 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時30分25秒

 ( もう、止められない。ごっちんが、モーニング娘。を卒業することは )

 目の前が真っ暗になる気がした。
 止めようのない現実だってことは、ちゃんと理解してるつもりだった、でも
 何処かで期待している自分もいたの。
 嘘なんじゃないかって、冗談なんじゃないかって。
 “やっぱり、やめたよ卒業すんの”

 そんな風に緩く笑って、ごっちんが言ってくれるの、待ってたの。
 そんな淡い希望すら、今や打ち砕かれちゃったんだ。

 「つーかさ、梨華ちゃんは聞いてたの?ごっちん本人に」
 「え?」
 「いやさ、何か今までの梨華ちゃんの態度からすると、そんな風に思えた。
  それに、“よっすぃも”って言ったじゃん、今さっき」
 「あ……」

 はっきりとした自己嫌悪から、あたしは思わず口を噤んだ。あたしに向ける
 よっすぃの表情が、僅かに寂しそうな色を湛えていたのが分かったから。
 ( またやっちゃった、あたし…… )


149 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時31分04秒

 自分のことしか考える余裕がなくて、よっすぃの気持ちなんて考えてなかった。
 
 例えば、よっすぃとごっちんの2人だけに秘め事があったら、あたしは多分
 が傷つくのと同じことで。
 あたしとごっちんの2人だけの秘密によっすぃが気付いたら、彼女が除け者
 にされたという疎外感を感じるのも当然のこと。 

 「あの……」
 「言われたの? ごっちんに」
 「………」
 答えることが出来なくて、俯いていたあたしの顔を覗き込んだよっすぃの
 表情は、不思議なくらい穏やかだった。
 「はは。梨華ちゃんて、隠し事できないタイプだからね。…やっぱ、言われ
  たんだ、ごっちん本人から」 


150 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時31分46秒

 それでも。どんなに明るい口調で、何気ない声色で言ったとしても。
 3人1組で仲良しだったあたし達 ―――― そして自他共に認める親友同士
 であったよっすぃとごっちんだけに、ごっちんがあたしにだけ卒業を漏らして
 いたという事実は、よっすぃにとってどれだけのショックなんだろう。 

 「そっか……ごっちん、梨華ちゃんには言ってたんだぁ…」
 「あの、よっすぃ…?」
 「いや、別に責めてるんじゃないし、イジケてんでもないから」

 ( 本当は、だって……ごっちんがあたしにだけ卒業を告げたのは、… )

 “告白”の内容は2つだったもの。
 「好き」って気持ちと「バイバイ」って別れの意味。
 
 ――― そして、ごっちんはこうも言ってた。『卒業するのが怖い』って。


151 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時32分18秒

 …………
 だったら、何でごっちんは卒業なんてしなくちゃならないんだろう?
 一体そんなこと、誰が決めたんだろう?
 どうしてこんなに無情に物事が決まっていくんだろう?
 心地良い居場所を離れる者と、送り出す者。
 ずっとずっと、一緒に手を繋いでいるのは、罪なこと?
 そう思うことすら許されないの?
 …“ゲイノウカイ”って、そういう場所なの?

 確かに、自ら進んでこの世界に足を踏み入れたのはあたしの意志に他なら
 ないとしても、それを決意した当時、あたしはまだたった15歳の子供で。
 先輩メンバーの市井さんが卒業したときだって、そりゃ悲しいには悲しかった
 けれど、特別な感傷は抱かなかった。
 
 “別離”の本当の意味を知るには、あの頃のあたしは幼過ぎて。 


152 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時32分50秒

 「モーニング娘。」が、卒業と加入を繰り返しているグループだってことは
 今に始まったことじゃないし、それがあったからこそごっちんもあたしも
 よっすぃも出会えたんだし、それはちゃんと分かってる。 
 だけど、痛いよ。
 やっぱり辛い。
 当たり前に一緒にいた人が、手を伸ばせば届くところにいた人が、もうそこ
 に居なくなってしまうのって、寂し過ぎるよ。


 「なんだぁ……思い過ごしじゃ、なかったんだ。ショックだな〜」
 よっすぃだって辛い筈なのに、まるで茶化す様な口調で言って。
 色々な思いが渦巻いて黙りこくったままのあたしを気遣うように、わざと
 ふざけたような明るい態度でヘラヘラ笑うよっすぃ。
 
 あたしより年下なのに、2人して落ち込むことに何のメリットもないことを
 理解してる彼女は、そんな風に明るく笑っているんだ。


153 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時33分26秒

 「あの、違うのよっすぃ。ごっちんはね、きっとよっすぃに言ったら決心が
  鈍っちゃうから、…だから言えなかったんだよ」
 「…でもさぁ、どうせなら本人から言って欲しいじゃんねえ」
 「そうだけど、あの……」
 「やぁ、梨華ちゃんを困らせようと言ってんじゃないんだ、ホントに」

 1人になったらきっと泣くくせに。
 よっすぃもごっちんも、あたしの前じゃ弱さを見せない。
 あたしが頼りないからだって分かってるよ?
 
 でも、本当に辛いときは素直に泣いたっていいじゃない。…それが、友達
 じゃない。メンバーであるのって、イコール仲間ってことでしょう?
 あたしはよっすぃのこと、大事な友達だと思ってるんだよ。

 「でもさぁ」、とくぐもった声でよっすぃが再び口を開いて、そんな彼女の瞳
 は相変わらず穏やかで。それでも隠しようもない痛みを堪えた辛さが溢れ
 出ているのを感じてしまうから、あたしは切なくてたまらない。


154 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時34分11秒

  「ったくごっつぁんも水臭いんだよなぁ、梨華ちゃんには言って、アタシには
  言ってくれないんだもんなぁ」
 「よっすぃ、それは…」

 ( だから、だからね、本当は……ごっちんがあたしにだけ言ったのは… )
  
 『バイバイ』

 “さよなら”を告げるため。
 ごっちんなりの、けじめをつけるため。
 ……そこに、あたしの気持ちなんて反映されない。

 「違うの、あのね、よっすぃ……ごっちんがあたしに打ち明けたのは、他に
  理由があって…」
 「え?」
 「――― あ」

 取り残された、なんて表情の寂しげに口元を歪めるよっすぃを見ていたら、
 あたしは言うつもりのなかったことまで告げようとしていることに気付いて
 慌てて口塞いだ ――― けど。


155 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時34分50秒

 「なに?ごっちんが、卒業のこと以外で梨華ちゃんに打ち明けたことって」

 妙なところで妙に鋭いよっすぃは、この時も例外なく、大きな目をキラリと
 輝かせながらずいっとあたしを覗き込んできた。
 「何を言ったのかな?ごっちんは。梨華ちゃんに言って、ウチには言わなか
  ったことってのは、何なのかな?」
 「あの、その……」

 昔、とても大好きだった彼女の瞳。長い睫毛に縁取られたどんぐり眼で
 見つめられると、あの頃よっすぃに抱いていた好意が再燃するかのような
 思いに捕われて、あたしは急いでそれを打ち消す。
 「それは……」

 ――― どうしよう。言ってもいいのかな。
 既にあたしは、ごっちんとの約束を破ってしまってる。
 ごっちんなら、きっと自分の口から卒業を伝えたかったはずなのに、あたし
 はあたし自身の弱さのせいで、彼女の思いを壊してしまった。
 

156 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時35分25秒

 だけど。
 ――― 『好きだったよ』
 ( ……好き……“だった”、ってだけだもんね… )

 “今も”、ごっちんがあたしを好きな訳じゃない。
 打ち明けられた時点で、それは過去形になっていたんだ。
 そう、どうして今までそこに気付かなかったんだろう。

 そうだよ、ごっちんにとって、あたしを好きだったことなんて既に昔の話。
 だったらいいじゃない、話したって。
 だって、痛いんだよ。胸が、とても。
 誰かに話したいの。聞いてもらいたいの。その相手は、きっとあたしには
 1人しかいない。


 「あのね、よっすぃ。……その時。卒業するって打ち明けられたときね。
  ……ごっちんに、好きだったよって言われたの」
 「はぁ!?」

 元々大きな目をさらに見開いて、よっすぃは素っ頓狂な声を上げた。


157 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時36分08秒

 保田さんには、当然言えない。
 でも、よっすぃなら……よっすぃになら、泣きついてもいいのかな。
 分かってくれるかな。
 正しい答えをくれるかな。
 この暗闇の中から、あたしを導き出してくれるかな。

 「でも、でもさぁ?だって梨華ちゃん…」
 虚を突かれたんだろう、よっすぃが驚いたように、ぽかんと口を開けた。

 「言われたの、ごっちんに」
 あたしは自分に言い聞かせるように、もう1度、噛み締めるように告げた。
 「ごっちんが、梨華ちゃんを……?だって今、梨華ちゃんは…」
 「……うん」


158 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時36分53秒


 分かってるよ、よっすぃの言いたいことは。だったらどうして、今保田さんと
 付き合ってるのかってことでしょ?
 …あたしも不思議だよ。本当に好きな相手はごっちんなのに。
 どうして2人、これ以上近付くことが出来ないんだろう。
 何がいけないんだろう。 

 
 ごっちんからの「告白」を吐露したあたしを前にして、よっすぃは何かを思案
 するように宙を睨みつけていたけれど、しばらくして視線はそのまま、
 「ねえ、梨華ちゃん?」と思ったより冷静な声で言った。

 「…なに?」
 別によっすぃの言葉はあたしを責めるような響きは含まれていないのに、
 何故かあたしは尋問を受ける被告人のような気分になっていた。


159 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時37分32秒

 「さっきウチが梨華ちゃんに言おうとしてたことの続き」
 「え?」
 「ほら、梨華ちゃんて圭ちゃんと付き合ってるじゃん?て」
 「あぁ……」

 更に追い討ちをかけるようにあたしの気分は重くなる。
 その事実に間違いはないのに、自分のしていることが正しいとは思えない
 と、何処か冷めた目で自身を分析しているあたしがいることに気付くから。

 「その割に、梨華ちゃんてごっちん見てることが多いよね、って」
 「 ―――― !」
 「圭ちゃんと付き合ってるけどさ。もしかしたら、梨華ちゃんて本当はごっちん
  のこと、好きなのかなぁって…」

 一際大きく、心臓が高鳴った。握り締めた拳の中で、じっとりと汗が噴き出
 してくるのが分かって、不快感が増す。
 逸らすことが許されないような真っ直ぐな眼差しで、しっかりとあたしを見据
 えてくるよっすぃの視線から逃れることが出来ないあたしは、さながら蜘蛛の
 巣に捕らえられた無力な蝶々みたいだ。


160 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時38分08秒

 「…そんなこと、ない…」

 それでもあたしの口から放たれたのは、否定の言葉。
 今更、あたしが本当の想いを口にしたして、事態が好転する訳じゃない。
 まして、それで一体誰が得をするというの? ……意味ないよ。
 あたしがごっちんを『好き』な気持ちは、周りの人に迷惑をかけるだけ。
 
 保田さんにも。
 ごっちんにも。
 よっすぃや矢口さんを含めたメンバー皆にも。
 あたしが我慢すれば済む問題なの。

 ――― そう、決心していたのに。


161 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時38分42秒

 「嘘だね」
 「え?」
 「梨華ちゃんが、ごっちんを好きじゃないはずないよ。梨華ちゃんは気付いて
  ないみたいだけどさ。どんな目でごっちんを見てるか知らないだろうけどさ」
 「……何が言いたいの?」

 硬い声で応じるあたしに、それでもよっすぃは動じる様子もなく、大きな目を
 僅かに細めて見返してくる。 

 「完璧、恋する乙女の目って感じだよ?」
 「!……ちがっ…!!」 

 彼女にそんな気持ちがなかったとしても、その言葉はあたしを見下している
 ようにしか思えなかった。そんな風に響いてきた。
 それだけ卑屈になっていた自分に気付くのは瞬時で、あたしはカッと全身
 が熱くなるような感覚に陥った。


162 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時39分21秒

 「めちゃくちゃ切なそうな目で、いっつもごっちんを目で追ってる」
 「違うもん!!」
 「ちょっと、目が潤んでるときもある」
 「違うっ!」
 「…ごっちんに素通りされると、泣きそうになってるときもあるし」
 「違う違う、違う違うもん、絶対違うもんっ…」

 全部、見透かしているかの様に口にするよっすぃの言葉を必死になって否定
 するあたしに、勝ち目はない。それでも、あたしは馬鹿みたいに首を振って
 よっすぃを否定するしか出来なかった。
 論理的な思考は、頭の中には存在していなかった。

 「…こんなの、ウチが言うべきことじゃないかも知れないけど」
 ためらうように間を置いて、それでも迷うことなくよっすぃはきっぱり言った。

 「梨華ちゃん、ごっちんを好きなんでしょ?」
 「――― あたしは、保田さんと付き合ってるの!」


163 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時39分52秒

 思わず、叫んでいた。
 一瞬、よっすぃはピクリと眉を動かしたけど、対してその表情が変わることは
 なくって。ああ、よっすぃも相変わらずポーカーフェイスが上手なんだなぁ、
 なんてあたしは場違いなことを考える。

 「…そゆこと、聞いてんじゃなくてさ。っつーか、知ってるし。梨華ちゃんと圭
  ちゃんが付き合ってることは」
 「……じゃ、何を答えればいいの…?」
 「本当の気持ち、教えてよ」
 「………」
 「梨華ちゃんの、本当の気持ち」

 静かな声で話しているのに、抗いようのない威圧感を含んだ声。
 もう、どんな目的を持って、最初に楽屋でよっすぃがあたしに話し掛けてきた
 のか、分かりかけていた。


164 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時40分32秒

 それだけ、不自然だったんだ。あたしの態度。

 部外者のはずのよっすぃにでさえ疑念を抱かせるほど、保田さんの横で
 笑っているあたしには常に「不自然さ」が付きまとっていたんだろう。
 ちゃんと、してるつもりだったのに。
 保田さんのことは好きで、一緒にいるのも楽しかったのに。
 ……笑っちゃうよ。あたし、やっぱり演技下手なんだなぁ。 

 「あはは…」
 「梨華ちゃん?」
 「駄目だなぁ、あたし。何やっても、どうしても、裏目に出ちゃうんだもん」
 
 自分の不甲斐なさに呆れを通り越して気付いたら笑みが零れてた。
 突然自虐的に笑い始めたあたしに、よっすぃはさすがに怪訝な顔をして、すぐ
 に心配そうな瞳の色を湛えて優しい声になる。
 「…言わないから」
 「よっすぃ…」
 「ごっちんにも、圭ちゃんにも誰にも言わないよ。でも、梨華ちゃんの本心が
  知りたい。友達として。…興味本位なんかじゃないから。どうしても嫌だ
  ってんなら、もう聞かないよ」


165 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時41分06秒

 言うか、言わないか。
 自問自答するまでもなかった。もう、心は決まってる。
 ……そう、きっと覚悟はしてたんだ。よっすぃの吸い込まれそうな目を見て
 いたら、きっと打ち明けられずにはいられないだろうって。

 「…あたしね。よっすぃが好きだった。でも、よっすぃは矢口さんを好きになって
  別れた。いっぱい、泣いて、泣いて、泣いて…」
 「……」
 微かによっすぃの顔が曇ったけれど、あたしが伝えたいのはそこじゃない。
 気にせずに先を続ける。

 「そんなとき、ごっちんが……ううん、そのずうっと前から。よっすぃと付き合う
  前から。多分、だけど。いつもね、側にごっちんがいてくれたの。辛い時は
  いつも、ごっちんがいてくれたの」
 「うん」
 「それが、当たり前になってたの。……あたしの、中では」
 「…そう」

 簡単に相槌を打つよっすぃに、あたしは更に言葉を繋いだ。


166 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時41分39秒

 「ごっちんはあったかくって、頼りになって、かっこよくって、優しくて。いつの
  間にか、好きになりかけてた。そしたら、意識しちゃって上手く話せなくな
  ってて。触れられると、心臓が飛び跳ねるし、呼吸は上がるし、ホント…、
  どうしようもないくらい、意識するようになっちゃって」
 「………」
 「まともに顔を見れなくなって。話し掛けられても返せなくて。手を握られたら
  振り払ったり。無意識に避けたりするようになって、……」
 「うん」

 胸が張り裂けそうな痛みを堪えて、あたしはそれでも言葉を紡ぎ出す。何度
 思い出しても目頭が熱くなるような、寂しそうなごっちんの瞳。 

 「本当は、いっぱり喋りたかった。遊びたかった。食事したり、買い物行ったり
  したかったんだ。でもね、あたし、最低でしょ?付き合ってるときもその前
  もごっちんは優しかったのに、恋人と別れてようやく、ごっちんの大切さに
  気付くなんて。散々、…ないがしろにしてきたのに!」
 「……梨華ちゃん」


167 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時42分17秒

 思わず声を張り上げるあたしに、よっすぃは痛ましげな視線を向ける。
 それでも、憐れみよりも包み込むような慈愛に満ちた想いを感じて、あたしは
 何とか手を握り締めて続けていた。指の感覚は無くなっていた。

 「好きだって、思ったよ。自覚してた、あたしはごっちんが好きだって。でも、
  やっと分かったその直後にごっちんは卒業するんだって……あたしには、
  言っておきたかったって……」

 視界が涙で滲んで、あたしは慌ててそれを袖で拭った。まだ泣くわけには
 いかないんだ。ちゃんと、自分の口から話すまでは。

 「それで、その時に言われたの。ごっちんに、『好きだったよ』って。もう、その
  時には過去形だった。好き『だった』って。ごっちん、言うだけ言って自己満
  足しちゃうんだもん……」


168 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時42分57秒

 真剣な顔で話を聞いていたよっすぃが、僅かに首を傾けて口を開く。
 「梨華ちゃんはなんて答えたの?」
 「……答えさせて、もらえなかった…」
 「はぁ?」
 「だって、言われたんだもん、ごっちんに!」

 ぽかっと口を開けてまたもや唖然とした声を上げるよっすぃを見てたら、無償
 に悔しくて情けなくて恥ずかしくて、あたしは感情を爆発させてた。
 きっとそれは、八つ当たり。どうしようもないけど、何かあるとすぐ八つ当たり
 してしまう癖は治っていないようだった。

 「梨華ちゃんの気持ちは分かってるからって。後藤のこと好きなはずないって、
  言われて、言われちゃって、あたしの本当の気持ちなんて、気付いてくれな
  いし、あたしも言えるわけないし、だってあたし酷いことしてきたんだもん!」
 「ちょっ、梨華ちゃ、落ち着いて…」

 ――― 落ち着いて話せる内容じゃなかった。


169 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時43分39秒

 「ごっちんに甘えてばっかりで、迷惑かけてばっかりで、ごっちんが傷ついて
  るもの知らないで、頼ってばっかで…馬鹿だったからあたし、自分しか見え
  てなかったから、……あたし……」

 とうとう、会話が切れた。というより、あたしはそれ以上続けることができなく
 なった。心拍数が上がって、体が震えていた。
 ゆっくりと手の平を開いて見ると、白っぽく変色しているのが分かった。 

 「…………」
 「…………」

 微妙な沈黙の間を破ったのはよっすぃだった。

 「…やっぱ、梨華ちゃん好きなんだね。ごっちんのこと」
 「………」
 胸がいっぱいになってたあたしは、口には出さずに2、3度頷いた。それだけ
 で充分だった。「そっか」と答えて、よっすぃはふうっと大きく息を吐く。


170 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時44分13秒

 「ってことはなんだぁ、両思いなんじゃん、ごっちんも梨華ちゃんも。両思い
  なのに、お互いに遠慮して気持ち隠して」
 
 図星なだけに、よっすぃの呆れたような物言いは胸に痛い。
 それは何度も何度も、あたし自身が考えてきたことだったから。
 そう、確かに「両思い」なはずなんだ。
 ……もし、ごっちんの気持ちがまだあたしに向いているならば、の話だけど。

 「でも、梨華ちゃんはごっちんが離れていっちゃうのが寂しくて、で、圭ちゃん
  に傾いた、と。そーいうわけなんだね?」
 的を得たよっすぃの解説に、あたしはまた頷く。こうして客観的に聞くと、また
 随分と自分お馬鹿さ加減が浮き彫りになるみたいで気が重い。


171 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時44分51秒

 責められるのかな、と内心身構えていたあたしに、よっすぃは予想外に気の
 抜けた声で言った。
 「まぁ、今の内容はウチの心の中にだけしまっとく。ウチが首突っ込む問題
  じゃないし、圭ちゃんのこともあるから梨華ちゃんもごっちんには言えない
  んだろうし」

 「…よっすぃ…」
 ( どうして、そこまで分かっちゃうのよぉ〜… )

 思いがけぬ優しい言葉に、泣きそうだった。普通なら、「馬鹿だね」の一言
 くらい貰って当然のはずなのに。それだけのことあたしはしたのに。
 泣かないように唇を噛み締めていたら、口の中に鉄の味が広がった。ます
 ます涙腺が刺激される。……泣くな、あたし。


172 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時45分29秒

 再び、気まずい沈黙がその場の空気を支配し始めて数分後。
 「ちくしょー………」
 よっすぃが項垂れたまま振り絞るように呟いた。
 「何だよ、ウチ、ごっつぁんの親友だと思ってたのに…」
 「……よっすぃ?」

 「何にも、力になれてないじゃん」
 「………」


 俯いたまま肩を震わすよっすぃに、重い言葉に、あたしは初めて気がついた。
 ――― 涙を堪えていたのは、あたしだけなんじゃなかった。
 よっすぃだって。よっすぃだって、そうだったんだって。

 「矢口さんのことが好きだって言ったとき、ごっつぁんは協力はしないけど
  応援はしてるって言ってくれて。何かね、変にベタベタしてなくて、嬉しか
  った。その時言ったのに」
 「……」
 「今度は、ごっつぁんに何かあったら、何でも話聞くからねって」


173 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時46分08秒

 ―――
 あたしに優しいごっちん。
 紺野に優しいごっちん。
 よっすぃにも、加護ちゃんにも辻ちゃんにも、5期メンバーにも。
 態度には出さなくても、先輩メンバーを密かに気遣ってるのも、知ってる。
 昔、胃痛で倒れたこともあったね。
 つい最近、ストレスと疲労が蓄積されて倒れたこともあったね。

 あたしが知らない間に、ごっちんは至るところで気苦労を溜め込んでた。
 歌もダンスも練習を怠らなかった。
 あたしが知ってるごっちんの頑張りは、きっとほんの一部。
 ……知らなかった、でも考えたら当然だった。


 「矢口さんと付き合えることんなって、自分ばっか浮かれてはしゃいで。
  その裏で、ごっつぁんがどれだけ1人で悩んでたのかも知らないでっ…」 
 

174 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時46分44秒

 よっすぃと、あたし。
 あたし達より付き合いの長い矢口さん、仲の良いメンバーの色恋沙汰の中
 で気を揉まれて。
 「卒業」っていう自分の大きな問題も抱えて、だけどそれを人には相談でき
 ない立場にいて。


 「………」
 「ウチがちょっとでも落ち込んでたりすると、すぐ気付いてくれたのに。
  何で、アイツは隠すんだよ。頼ってくれないんだよぉ!そんなに、ウチは
  頼りないのかよぉっ……」

 
 なのに、いつも笑顔を絶やさなかった。
 追い詰めてた。
 何も、何一つ、あたしは力になれない。


175 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時47分25秒

 「何だよ卒業って。何だよ梨華ちゃんが好きだったって。何で、そんな大事
  なこと話してくれないんだよ。何で、アタシは気付かなかったんだよぉ!」
 「…よっすぃ〜…っ」
 「何でだよっ…!!」

 白いよっすぃの頬の上を、涙が筋を伝って流れ落ちた。
 声を殺して肩を震わせ泣いているよっすぃを、あたしは純粋に綺麗だと
 思った。綺麗だけど、とてもとても悲しい光景だった。


176 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時48分07秒

 あたしばっかり、悩んでると思ってて。
 ごっちんは、自分が孤独だと思ってた。

 「…ごっちんの、馬鹿ヤロォっ…!」
 「よっすぃ…。…ッ…」

 でも、違ったね。
 そうだよ、だってあたし達、3人で仲が良かったんだ。よっすぃが、間に
 入っていてくれたから、皆が仲良くなれたんだ。強い絆を作ることが出来
 たんだ。…元々は、よっすぃこそが、きっかけだったんだよ。

 時の流れは、嫌なことや辛いことを風化させてくれるけど、大事な思い出
 さえ失ってしまうこともあって。あたし達にとってそれが、3人の絆だったと
 いうこと、今更ながら思い出した。


177 名前:10 thoughtfulness 投稿日:2002年11月10日(日)19時48分55秒


 ねえ、ごっちん。
 こんなに、あなたを思って泣いてくれる人がいるよ。
 あたしだって、同じだよ。
 この場にはいない他のメンバーだって、ごっちんを好きな人はいっぱいいて、
 心配してくれる人だっていっぱいいる。
 

 だから、お願い。
 もう一度、心からの笑顔を見せて?
 そうしたらあたしは、何の迷いもなく、あなたに好きだと告げられるのに ―――





178 名前:いち作者 投稿日:2002年11月10日(日)19時50分05秒

 2週間ぶりの更新になってしまいました(汗
 ストックがあまりなかった上に私用が重なりまして…(言い訳です)
 存在自体をかなり忘れられてるかも知れませんが、もし気付いて下さる方が
 いましたら感謝御礼申し上げます。

 >>131 ROM読者さん
 更にペースが落ちています。真申し訳ないです。そうですね、更新毎に読み
 返していただけるといいかもしれません。とても分かり辛いす、自分の文章;

 >>132 コウさん
 後藤の片思い歴は長いので、今どうなんでしょう。分かりにくい文面上から
 推測してやってください(w  コウさんの話も楽しみにしてます!
 
 >>133 名無しさん
 怖いですか〜…どうなんでしょう、このスレでは終わるはず(予定)なんです
 けども、どうぞ続きも読んで下さると嬉しいです。
179 名前:いち作者 投稿日:2002年11月10日(日)19時50分47秒

 >>134 いしごま防衛軍さん
 石川以外の4期メンバーが出てくると場面として明るくなる罠(w
 運動会でも相変わらず4期+後藤は仲良かったみたいなので、そんな雰囲気を
 出せたらいいんですけども^^    

 >>135 きいろさん
 初レス、ありがとうございます!きいろさんも小説書いてらっしゃる方ですよね。
 泣いてくださったのは、ほとほと作者冥利に尽きます。お互い頑張りましょう。

 >>137 葵さん
 その歌は……自分もかなり「いしごまテーマ」として好きな歌です。マジです(w
 近い感性を持ってるようですね…お互いに。今回更新分もどうぞ聴きながら…

 さすがに宣言なしに2週間空けるとまずいかと思いましたが、やってしまいました・・・
 どうかまだお付き合いいただけるならばよろしくお願いいたします。
 では、また次回更新時に。

 ちょっと更新量が大目だったので、今回更新分です→>>138-177

180 名前:みらな〜ぃ 投稿日:2002年11月10日(日)20時26分39秒
いつも陰で読ませて頂いてますm(__)m
ホント作者さまの文章力に涙涙です(>_<)
自分もマターリ人間なのでこういう展開大好きれす♪
次回はごっちん登場ですかね?
マターリ保全系で楽しみに待ってます(*^▽^)
181 名前:北都の雪 投稿日:2002年11月10日(日)20時37分44秒
ずっと読んでましたが
初めて感想書かせていただきます。

かなり感動です。
よっすぃ〜の涙、そして
「…ごっちんの、馬鹿ヤロォっ…!」
友達の役に立てないのってかなり辛いですよね。
ごっちんもっと素直に・・・
182 名前:1450 投稿日:2002年11月11日(月)12時59分45秒
大量更新乙です。今少し放心状態です(w
よっすぃ〜を含めた85'Sの人間関係がやけにリアルで、やっぱり現実と
シンクロしてしまいました。
また次回更新を楽しみにしています。マターリ頑張ってくださいね。
183 名前:きいろ 投稿日:2002年11月12日(火)11時26分49秒

よしこ切ない・・・
更新楽しみに毎日待ってます!!
石川、ちゃんと自分の気持ちに正直になれ〜・・
184 名前:いしごま防衛軍 投稿日:2002年11月13日(水)16時55分41秒
うう〜〜切ないです。これからどうなっていくのかすごく気になります!!
固唾を飲んで見守っております。がんがってください!!
185 名前:コウ 投稿日:2002年11月13日(水)20時58分22秒
ぅあぁー。ツボですよ。
作者さん、上手すぎ。
ごっちん出てこなくても、梨華ちゃんの心の描写ですっごい存在感あって・・・。
よっすぃーの深い友情も心に響きました。
続きをすごく楽しみにしてます。
186 名前:  投稿日:2002年11月14日(木)00時04分45秒
かなり感動です・・・
ってか、自分は後藤ヲタですがさらに後藤ヲタになりました!
最高です、作者さん!頑張って下さいね
187 名前:ROM読者 投稿日:2002年11月17日(日)00時53分41秒
>とても分かり辛いす、自分の文章;
そうじゃなくて、読み応えがあるのです。石吉後の交錯する心理描写
は絶妙であると同時に、読むにつれ現実とオーバーラップしてとても
入り込み易く、知らず知らずのうちに涙が出ています。
188 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月18日(月)12時38分19秒
熱い友情だなあ・・・
昔のように、いしよしごまの三人が仲良くできる日が来ますように・・・
189 名前: 投稿日:2002年11月19日(火)15時25分38秒
やっぱこの小説最高ですよ。あの曲とピッタリですって。

眩しい海焦がれた季節も 雪の舞い下りた季節も
いつだって振り向けば 貴方がいた

何度道に迷ったのだろう その度に暖かい手を
差し伸べてくれたのも あなたでした

ってところがこの小説の梨華ちゃんの心理に近いなと思いました。
190 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時44分42秒

 ―――― 覚悟するのは、簡単だった
 ―――― 夢がそこにあったから


 ごっちんの夢が「ソロになる」ということなら、モーニング娘。から卒業する
 ことに何の迷いも悩みもないかもしれないけど。
 あたしには、分からない。
 覚悟なんて、出来てない。

 初めて歌う、こんなに大人っぽい歌が、ごっちんへの卒業ソング。
 理解できない、したくない。
 ……だって、離れたくないんだもの。それが、ただのワガママでも。
 取り消すことが、不可能だって分かっていても。


191 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時45分23秒

 1度くらい、ごっちんとツートップで歌ってみたかったな、なんて無駄な
 願いは届かない。本気で望んでいるわけでもないし、それを実現させ
 ようとする熱意だって、きっとあたしにはなかった。
 問題なのは歌唱力じゃない、ダンスの上手さなんかじゃない。
 13人のグループのセンターに立つという、自信。
 あたしに、きっと1番足りないもの。

 
 「うわぁ〜、やっぱりライブでソロがあると緊張します!」
 「ははっ。頑張れ、紺野。後藤も出来る限りフォローするからさ」
 「はいぃいっ」
 「どもってんじゃん、駄目じゃん」
 「ダメとか言わないでくださいよぉ。何で笑うんですかぁ〜」
 ――――
 

192 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時46分16秒

 うらやましかった。
 屈託なくごっちんに接する後輩が。
 うらやましかった。
 すくすくと、太陽の光をいっぱい浴びたひまわりが成長するように、
 素直に伸びていける後輩が。
 
 「…石川?」
 黙々と自分のパートと振りを丹念に確認する保田さんが、あたしを見て
 小さく微笑んで見せた。保田さん流の、あたしへの愛情表現。
 だいじょうぶです、やすださん。 
 声には出さずに唇だけ動かして見せると、保田さんは安心したように
 肩を竦める。あたしが知らない間に、凄く心配を掛けているんだろう。

 分かってるのに。自分が嫌になるくらい、保田さんからの深い愛情を
 感じるのに。……それに、きちんと応えることのできない自分がもどか
 しくて、申し訳なかった。
 

193 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時47分09秒

 尊敬する元教育係、そして今はあたしの恋人である保田さんを見習って、
 あたしもまた自主練を始めた。
 体を動している間だけは、頭の中の霧が晴れるんだ。
 だから、新曲ラッシュで鬼のように忙しい期間はある意味、あたしに
 とっては救いだったのかも知れない。

 毎日が、そんなことの繰り返しだった。
 ―――
 ――


194 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時47分49秒

 新曲PRの為の各局音楽番組出演ラッシュが相次いで、それがようやく
 一息ついてきた7月の終わり。
 
 忘れもしない7月28日、代々木公演の後。
 「今日は、皆に発表しなきゃならんことがある」

 珍しく沈重な面持ちのつんくさんに、あたし達モーニング娘。のメンバー
 全員が、1つの部屋に集められてた。
 「…何かなぁ?」
 「ねえ。なーんか妙な雰囲気だよね」
 「……ごっちん、どうかした?」
 「何でもないよ……ホラ加護、前髪乱れてる」

 どこか落ち着かない表情のごっちんを見て、もしかしたら先輩たちの誰か
 は、これから行われるであろう「重大発表」が何であるのか、見当がつい
 ていたかもしれない。

 飯田さんや安倍さん、矢口さんも保田さんも、既に何人もの卒業生を見
 送っている。新曲に込められた意味、13人と過去最多のメンバー、動き
 のない最近のモーニング娘。から考えると、これから「誰か」が卒業する
 ――― その日が着々と近付いてきていることを、時期的に予想し得ない
 ことはないだろう。


195 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時48分23秒

 逆に、ごっちんの隣りで彼女の手を握ったままウキウキと明るい表情を
 見せる加護ちゃんは、きっと何も知らないはずで。その無邪気な笑顔が
 この後の発表でどんなにか落ち込むであろうことを考えたら、何だか涙
 が出そうになって、あたしは親子のように仲良く手を繋ぐ2人から視線を
 逸らしていた。


 そして、あたしと同じくその話を知っているよっすぃは、重大発表の内容
 に多分気付いているのに違いないけれど、意外なくらい冷静な顔。
 決してそれは、冷たいとか興味がないとかではなくて、よっすぃは彼女
 なりに悩んで、自分で納得する結論を導き出せたからだと思う。

 よっすぃは、ごっちんを見ていた。
 ごっちんを見ているよっすぃを、あたしは見ていた。


196 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時48分58秒

 ……そう、よっすぃはいつだって真っ直ぐで、自分に後ろめたいことなんて
 ないんだろうね。ごっちんに対しても、何に対しても。
 いつだって後ろ向きで、ネガティブなあたしとは大違いだ。

 なんて、いつになく暗い気持ちに陥ってるあたしを他所に、つんくさんは
 気付くはずもなく、重々しく口を開いた。
 「実はな……」

 ――――
 ごっちんの近くに居れるはずもなく、あたしは彼女から離れた席で、つんく
 さんの話を聞いていた。耳からつんくさんの話は入ってくるけれど、あたし
 の目線はずっと、加護ちゃんの手を握るごっちんにばかり注がれていた。
 堂々と、じゃなく。
 こっそりと、盗み見るように。
 一度も、ごっちんと目線が絡むことはなかった。そう、一度も。
 だって、当のごっちんは顔を伏せる加護ちゃんばかりを気にしていたから。
 離れて座っているあたしのことなんて、きっと意識の範疇にだって存在
 しなかったのに違いない。あたしの、ことなんて。 


197 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時49分32秒

 ――――

 予想外のことまで発表された。
 タンポポもプッチモニも、オリジナルメンバーがいなくなる。
 ミニモニ。から矢口さんが抜ける。
 平家さんが、ハロプロから卒業する。
 そして。
 ごっちんだけじゃなく、保田さんまで卒業してしまうこと。

 ( 嘘だ!保田さんまで…!? )

 ざわっと、全身の毛が逆立つような感覚。
 固い表情の保田さんに、翳りが差して見えた。
 ――――


198 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時50分04秒

 衝撃の発表の後、つんくさんが立ち去っても楽屋はお通夜のように静まり
 返っていて、誰もその沈黙を進んで破ろうとはしなかった。

 張り詰めた緊張の糸が切れたのは、一瞬の間のこと。

 ガタン、と椅子の倒れる音がして、俯いていた皆の顔が一斉に彼女に
 向けられた。赤らんだ顔で、そして真っ赤に充血した潤んだ瞳でその場
 に勢い良く立ち上がったのは、紺野だった。
 普段は大人しい彼女の突然の行動に、先輩メンバー達を初め、揃って
 鼻の頭を赤くしてすすり泣いていた他の五期メンバーも、唖然とした様に
 口をぽかんと開けて、紺野を見上げていた。

 立ち上がり、机に両手をついてしばらく、紺野は俯いていた。
 パラパラと両の頬にかかる漆黒の艶やかな髪が、彼女の表情を覆い隠し
 ていて、紺野がどんな顔をしているのかは窺い知れない。
 でも、きっと泣いている。
 小さな背中が、小刻みに震えていた。


199 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時50分41秒

 誰も声を掛けることが出来なくて、勿論、あたしも。
 初めて経験するメンバーの卒業が、最も敬愛する先輩であること。
 想像し難い大幅なユニットのメンバー変更。
 どれほどの過大な精神的ストレスが、成長途上の中学生の頼りない
 双肩にのしかかったのだろう。

 はっはっ、と荒く息を吐くのが聞こえた。
 興奮して、涙が出て、胸が詰まりそうなんだ。
 ……だって、分かるよ。紺野の姿は、ごっちんに卒業を告げられて、
 つまり「別れ」を告げられて、1人で泣いてたあたしの姿と被るんだ。

 「紺野」
 
 静かな声で、ごっちんが彼女の名を呼ぶ。
 純然たる固い決意を秘めた淡々とした態度で、なのにやっぱり紺野を
 見つめる ――― そして加護ちゃんの手を握り締めているごっちんの
 瞳の奥は、あくまで優しい。そして、悲しい。


200 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時51分20秒

 名前を呼ばれた瞬間、はっきりと目に見えて紺野の体がビクリと震える
 のが分かった。
 明快な反応を示した代わりに、紺野は決して返事をしようとはしない。
 「……紺野」
 「……………」
 もう1度、ごっちんは呼んだ。紺野は沈黙したまま。

 「ひっ……く」

 抑え切れない嗚咽が漏れる。
 紺野は俯いて口元を覆い、逃げるように出入り口のドアからするりと抜け
 出て行ってしまった。バタバタと遠ざかる足音。
 「あさ美、あさ美!?」
 「あさ美ちゃんっ!」
 連鎖反応のように次々立ち上がり、椅子を蹴倒したことに気付く様子も
 なく、紺野を追って部屋を出て行く五期メンバー達。
 

201 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時51分58秒

 「高橋?」
 その最後尾につけていた高橋を、ごっちんは相変わらず静かな声で
 呼び止めた。素直に立ち止まり、ごっちんを見返す高橋。
 「……ごめん。紺野、よろしくね」  
 下手に自分が慰めるより、同期の絆を買ったんだろう。ごっちんは僅か
 に寂しそうな感情を隠そうともせず、ぼそりと言い放った。

 高橋の大きな瞳がごっちんを捉えていた。
 他に言いたいことはあるのかもしれないけれど、彼女はこっくりと首を
 縦に振る。ポニーテールが軽やかに揺れた。


 バタン、と出入り口のドアを高橋が閉めるのと同時に、大きな泣き声
 が上がった。
 「やだぁっ……」
 紺野のように、その悲しみの感情を包み隠さず出してしまえるのは、
 きっと最年少として可愛がられてきた子供ならではの特権。
 「ごっちんが、やめるなんて、やだぁああっ!!」 
 

202 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時52分35秒

 子供なのに負けず嫌いで、時々大人びてませた一面を覗かせることの
 ある加護ちゃんだったけれど、この時ばかりは本当に「子供」だった。
 わあああんと大声で泣きじゃくり、ごっちんにすがりつく加護ちゃんは、
 1人の幼い子供だった。
 狭い部屋に、甲高い泣き声が響いた。
 けれど、誰がどうしてそれを咎められようか。

 俯いて唇を噛み締める安倍さん。
 諦観したように、目を伏せている飯田さん。
 口元を歪め、しきりに目を擦る矢口さん。
 凛とした表情で、ごっちんを見つめるよっすぃ。
 所在なさげにオロオロとして、加護ちゃんとごっちんを交互に見やる
 不安な表情の辻ちゃん。

 あたしは。
 ―――― あたしは今、どんな顔をしているんだろう?


203 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時53分12秒

 高橋が去り、加護ちゃんが泣き喚き、ごっちんが加護ちゃんをあやす様に
 して頭を撫でる。しばらくすると、加護ちゃんは泣き止む代わりにごっちん
 の胸に顔を埋めて微動だにしなくなった。
 口元をぎゅっと結んで、目を伏せて、加護ちゃんの頭を撫で続けるごっちん。

 穏やかに見えるその表情が、実は必死に涙を堪えていたこと。
 ………あたしは、あたしだけは、気が付いてあげたかった。
 だけど、顔を上げることができなかったから。
 ごめんね、ごっちん。
 あの時、あたしはあなたの姿を見ていることが辛かった。
 保田さんと目を合わせることもできなかった。

 あの日、あの時、本当にあの時間をあの空間で過ごすことが痛かったんだ。 
 居たたまれなかったんだ。
 ごっちんも、保田さんも、あたしを「好き」だと言ってくれた人達が、もう
 一緒にはいてくれないことを、冷たい現実を突きつけられた瞬間だったから。


204 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時53分51秒

 コチ、コチと秒針を刻む時計の音が静かな楽屋に響いていた。
 次に沈黙を破ったのは、毅然とした声のよっすぃだった。

 「ごっちん」
 「…よっすぃ」

 やっぱり、親友に隠していたという後ろめたさがあるんだろう、ごっちん
 がよっすぃに呼ばれた瞬間、彼女の声に罪悪感が混じったのを、あたし
 は聞き逃さなかった。そしておそらく、よっすぃも。
 「まず、ちょっと文句言わせて」
 「ゴメン」
 「まだ言ってないじゃん」
 「………」
 「ウチに黙ってるなんて、水臭い」
 「…ゴメン」
 「すっごい、寂しい、今」
 「………ゴメン」
 「だから」

 短い単語で交わされる会話が、いかにも彼女達らしかった。
 2人の友情に、余計な装飾はいらないんだ。言わなくても、ちゃんと
 通じ合える仲なんだから。その結束の固さは絶対的だ。 
 1度言葉を切ったよっすぃは、唇を舐めると大きく息をついた。


205 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時54分42秒

 「だから、これからは、何でも話して。ちゃんと、頼ってきて」
 「よっすぃ」
 「じゃなきゃ、ウチはごっちんを親友だなんて認めないよっ」
 「…よっすぃ」
 「以上!」
 ニカッと笑って、よっすぃは親指を立てた。馬鹿みたいにストレートな
 言葉で、馬鹿みたいに真正面からぶつかっていけるよっすぃ。
 馬鹿みたいなんだけど、本当に ―――― あたしには、到底真似でき
 ないことだね。体裁も何も考えずに、本音を言えて、それでいて誤解
 を招くことなく分かり合えることが出来るんだもの。

 「よっすぃ、ありがと」

 ほらね。
 そうやって、ごっちんを、一瞬で笑顔にできる。
 

206 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時55分23秒

 ――――
 何だか、そんな2人のやり取りに妬けて、
 あたしは、顔を動かさずに目線だけを動かして保田さんを見つめた。

 保田さんは、誰をも見ていなかった。
 正確に言うと、じっと部屋の隅を眺めて難しい顔をしていた。当然、その
 視界の中にあたしは入ってなどいなくって。
 ( ……どうして、保田さんまで…… )


207 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時56分10秒

 あたしが泣いてたとき、保田さんは側にいてくれるって言った。
 付き合おうって、言ってくれた。
 好きだよって、言ってくれた。
 ……だけど、卒業の話があるなんて、一言だって触れなかった。

 知ってるよ、保田さんが、真面目で嘘のつかない人だって。
 確かに嘘はついていない。だって、卒業の話なんて今の今まで夢にも
 思わなかったことだもの。 
 誰とも視線を合わせようとしない保田さんは、卒業を黙っていたことを、
 後ろめたく思っているのかもしれない。少なくとも、保田さんの表情は
 自身の卒業話を「喜ばしい」と考えているそれには見て取れない。

 保田さんは真面目な人だから。
 「言うな」と言われたら頑なに口を閉ざす人だから。
 だから、誰にも卒業を告白しなかったのは分かる。……だけど。 

 ごっちんの卒業のことで頭がいっぱいで、その他のことを考えている
 余裕なんてなかった。だから、保田さんの微妙な感情の揺れにもまるで
 気付かなかったんだ。
 本当は、保田さんは気付いて欲しかったかもしれないのに。


208 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時56分49秒

 一緒にご飯を食べに行って、家まで送ってもらって。
 一緒にレッスンして、一緒に映画を観て。
 一緒にいたのに、色々お話したのに、あたしは何を見てた?


 何も察しなかった自分が1番嫌なのに、心のどこかで「裏切られた」
 なんて感じてる自分もいる。
 あたしが鈍感だったのに、「どうして話してくれなかったの?」なんて
 考えてる自分もいる。
 ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ?

 誰にそう思っているのか、あたし自身になのか、保田さんになのか、
 つんくさんになのか、社長に対してなのか、
 それとも、ごっちんに対してなのか。
 もう分からないよ。考えることが多過ぎて、頭の中が飽和状態。


209 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時57分28秒
 
 きっと、あまりに多くの変化を突きつけられて、神経が麻痺してしまって
 いるのかも知れない。
 あり得なかったことが、現実になっていく。
 積み重ねてきた世界が、一瞬で崩壊してく。
 そうだ、きっと、もう痛みを感じる機能が麻痺していたんだ。
 頭に浮かぶのは、ただただ無数の疑問ばかり。


210 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時58分12秒


 「いやだ、やめちゃやだぁ、ごっちんヤダぁぁぁあ…っ!!」

 加護ちゃんのように、素直に泣けることもできないし、

 「頑張ってね、ごっつぁん、圭ちゃん。プッチは……任せて」

 よっすぃのように、胸を張って送り出すこともできなかった。
 
 紺野のように、悲しみの感情を露にすることもできなかった。
 
 涙1つ、零すこともできなかったんだもの。


 ――― きっと、あたしの顔は石像のように固まってた。頬の筋肉は
 収縮することを放棄してしまったかのようにピクリとも動かない。


211 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)00時59分14秒

  『分かってるよ、梨華ちゃん。娘。のメンバーは皆、仲間思いだもんね。
   梨華ちゃんだってそうだよ。大丈夫、知ってるから』

 ( あたしは、……そんないい子なんかじゃない )

 顔を強張らせて1人椅子に腰掛け、ひたすら部屋の隅へと視線を固定
 させている保田さんを見つめながら、あたしはごっちんを思ってた。
 保田さんが卒業することを知らされて、保田さんを見つめながらそれでも
 あたしの思考はごっちんに関することで占めされてた。

 ごっちんを想ってた。

 許されなくても、保田さんという恋人がいても。その恋人でさえも、自分
 の側からいなくなってしまうことを知らされても。
 あたしは、ごっちんを想い続けた。 
 いつになったらこの背徳感から逃れられるんだろう。
 考えることすら、放棄してたんだ。 


212 名前:11 crack 投稿日:2002年11月24日(日)01時00分13秒


 麻痺していたの。悲しいことがあり過ぎて。
 本来なら笑って祝ってあげなきゃいけないはずの「卒業」を、どうしても
 心底応援してあげることなてできなくて、
 自分自身のエゴの為に。
 正直に生きることすら、とっくに放棄していたあたしは…。 
 



213 名前:いち作者 投稿日:2002年11月24日(日)01時01分38秒
 いつの間にか2週間毎更新っぽい流れに……遅くて本当に申し訳ないです。
 気付けばすっかり冬になってしまいましたね。秋には終わる予定だったのですが…(w

 >>180 みらな〜ぃさん
 おハツです!ありがとうございます!!マターリ待ってくださっているのなら
 本当に嬉しいです。更新遅い作者ですが、これからもよろしくです。

 >>181 北斗の雪さん
 こちらもおハツです!ずっと読んでいてくださったのですか、ありがたいです。
 なかなか出番のなかった吉澤さん、ようやく出せました。好評のようでよかったです^^

 >>182 1450さん
 マターリし過ぎてしまいますた(w 遅くなって申し訳ないです、真面目に。
 リアルだと言ってもらえるとリアル系書いてる者としては嬉しい限りです。

 >>183 きいろさん
 毎日待ってくださるというのに、この更新の遅さ…(汗) どうか見捨てないで
 いただけると良いのですが。石川さんが素直になるのもいつのことか…(ニガワラ
214 名前:いち作者 投稿日:2002年11月24日(日)01時02分18秒
 >>184 いしごま防衛軍さん
 ハイ、どんどん重い話になっていますが、リアル系としては外せない事件まで
 やってきました。そろそろ……いや、後藤を出したいです、ちゃんと(w

 >>185 コウさん
 石川の心理描写も何だか支離滅裂なことに。ほとんど石川さんの独壇場で
 話が進んでいるだけに、そう言っていただけるとホッとします。
   
 >>186   さん
 後藤ヲタっすか!更に後藤ヲタっすか!!それはいち作者としては嬉しい
 限りですね^^ この勢いで更にいしごまヲタになってくだされば…(w

 >>187 ROM読者さん
 フォロー心から感謝です。自分でも書いてて訳が分からなくなるときがあるもので;
 DVDで石吉後の姿を見て、リアル感を勉強中です(w
215 名前:いち作者 投稿日:2002年11月24日(日)01時02分54秒
 >>188 名無し読者さん
 話の初期ころとではかなり文体も石川の心情も違いますからね。
 きっとまた昔のように……なればいいなと思いつつ、また暗い展開に(ry

 >>189 葵さん
 ああ、そうやって文で載せていただくと本当に胸に染みる歌詞ですね。
 そんな綺麗な言葉がここの石川さんの心理に近いと言っていただけると
 本当に感激します。ありがとうございます。

 たくさんのレスをいただきまして、本当に感謝の気持ちが尽きません。
 更新が遅くて申し訳ないのですが、絶対に最後まで書き上げますので
 どうぞお付き合いいただけますよう…
 では、また次回更新時に。

216 名前:ラブごま 投稿日:2002年11月24日(日)01時48分13秒
そうか、舞台裏ではこんなやり取りがあったのか・・・と普通に思ってしまいました(w
リアル過ぎですよ!作者様。
どうなってしまうのか、続きが気になる〜!!
217 名前: 投稿日:2002年11月24日(日)10時05分39秒
「この現場に居たのかよ!」
と矢口風に突っ込みたくなるくらいリアルですよ。なんか本当に
〇〇はこんな風に思ってたんだ〜って納得しちゃいました。
作者さんのペースでどうぞ。「いつでもわたしは見ています。」
218 名前:ROM読者 投稿日:2002年11月24日(日)11時06分26秒
>リアル感を勉強中です(w
今以上にリアルになったら、作者様=関係者説を推進して(略
卒コンDVDを見て、あらためてごっちんはみんなに愛されていたんだナ
と思いました。あと、ハロプロ運動会でずっとごっちんと手を繋いでいた
加護ちゃんを見てまた泣けました。
219 名前:きいろ 投稿日:2002年11月24日(日)21時33分03秒

更新されてる!!
嬉しいです。更新の速さは作者様のペースで・・まったりと進めてください。
梨華!はやく自分の本当の気持ちを後藤にぶつけてやれっ!!!
220 名前:名無しごまたん 投稿日:2002年11月25日(月)23時18分00秒
いつもながらスゴイ。
あの28日の代々木ライブ後の楽屋に迷い込んだかのような臨場感でした。
つうか今まで、ごっちんが辞めることばっか考えてたけど、
そう言えばそうですよね。圭ちゃんも辞めちゃうんですよね。
梨華ちゃん・・・ガンガレ。
この先もますます目が離せないです。
221 名前:コウ 投稿日:2002年12月01日(日)00時52分18秒
ごっちんの卒業がリアルに甦ってきました。
圭ちゃんも切ないっすねー。
ごっちん、一体ごっちんはどんな気持ちで梨華ちゃんを
想ってるんだろ・・・。
続きが楽しみです!
222 名前:1450 投稿日:2002年12月01日(日)01時06分52秒
>ごっちんを想ってた。
このフレーズがとても心に染みました。切ないなー。
コウさんと一緒で、私もごっちんの気持ちが気になります。
223 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月03日(火)08時56分17秒
age
224 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月03日(火)09時06分15秒
>>223
…なんで?
225 名前:読者。 投稿日:2002年12月07日(土)23時17分17秒
圭ちゃんの気持ちを考えるとつらいとこですが、
やはりりかごまには幸せな結末をむかえてほしいものです。
りかちゃんの内面がきちんと描かれていて、ついつい感情移入してしまう。
たのしみにしてます。またーりと。
226 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時10分37秒

 ――― 真夏。
 けれど、蝉の鳴き声も久しく聞いていない。冷房のガンガン効いた建物の中で
 過ごすことの多い最近では、季節を肌で感じることも少なくなっていて。
 窓の外は強い日差しが照りつけていたけれど、日焼け予防の為にもなるべく
 直に太陽の光を浴びることは避けていた。
 
 忙しい人の流れ。夏になると、街中は鮮やかな色使いが増える。
 じぃっとアスファルトの路面に視線を落としていると、光と熱を反射して目に入り、
 焼けつくような痛みを感じる。
 
 そう言えば、紫外線って目に良くないんだよね。
 これ以上肌も黒くなるのはまずいなぁ。 

 どうでもいいようなことを漠然と思い出しながら、あたしは窓の外に注いでいた
 視線を室内に戻し(その瞬間視界が真っ暗になって頭がぼうっとなった)、目前
 に黙って座っている後輩の少女と目を合わせた。


227 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時11分24秒

 「晴れてるね」
 「はぁ…暑そうですね……外」
 「北海道はもっと涼しいんでしょ?」
 「ふふふ。夏は暑いですよ。ただ、東京の暑さってなんか違いますよね」 
 「へえー。そうなんだ」

 当り障りのない会話ながら、何となく身構えてしまうのは、あたしが彼女……
 紺野あさ美を苦手としているからで。
 というより、あたしにできないことを、彼女はいともたやすく出来てしまえること
 が、一種のコンプレックスをあたしに抱かせているだけなんだけど。
 
 「東京の暑さはどう?」
 「……なんか、疲れます」
 「疲れる?ふぅん、変わった表現だね。こんなお仕事してるからじゃない?」
 「どうなんでしょうね」
 「安倍さんとか飯田さん達はどうなんだろ」
 「ああ、もう『慣れた』って言ってましたよ。こっちに来てから長いし」


228 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時12分05秒

 そう言って柔らかく笑う紺野が、ドキッとするほど大人びて見えた。
 中学生、思春期、多感な年頃。成長の度合いが早い年頃だという理由もある
 にせよ、ここ最近の彼女は誰もが認めるほど成長著しい有望株でもあった。
 
 ミュージカルでの主役。
 ダンスや歌、台詞などの覚えの早さ。
 素直で純粋、少し天然が入ったマイペースな性格、
 あたしがよっすぃを好きでいた頃 ――― 悪く言えば恋愛に溺れていた当時、
 行動の全てをよっすぃという同期の少女に結びつけようとして、自分の成長を
 疎かにしていたあたしとは正反対に。

 紺野あさ美という少女は、恋愛することによって格段のステップアップを踏んで
 いるように思えた。
 一応“アイドル”である少女が、恋愛を仕事に響かせることが良いことだと、
 世間は思わないだろうけれど。
 紺野の場合、そんな一般論は当てはまらないように感じた。
 ごっちんを熱っぽい眼差しで見つめるようになって、ごっちんに話し掛けること
 が増えるようになって、明らかに紺野は今までより練習熱心になっていた。 


229 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時12分44秒

 1つ1つ高いハードルを目の前に置かれるたびに、全力でそれを乗り越えようと
 努力を怠らない紺野は、確実に飛躍を遂げていて、それをあたしはずっと間近
 で見てきていたから。

 昔。
 矢口さんには敵わないと諦めて、よっすぃから身を引いたことがあった。
 そして今、同じような境遇に面している。
 あの時、身を切り裂かれるような痛みを覚えたこと、忘れていない。
 だけど。

 ( あたしに、紺野と張り合うような資格なんてあるか分からない…… )

 よっすぃに失恋したときと決定的に違うのは、
 あの頃よっすぃとあたしが付き合っていて、
 現在あたしが好きな相手とあたしに、特別な繋がりなんてないってこと。 
 ――――


230 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時13分21秒


 『後藤はずっと、梨華ちゃんが好きだったから』


 2人きりで、屋上で受けたあの時の言葉。それが最も深い傷跡となって、今も
 あたしの胸に焼きついてるんだ。
 きっと、ごっちんのあの時の告白こそが、あたしが彼女に思いを告げられない
 最大の要因。
 
 何も知らない無知な自分だったら、ごっちんに告白することに躊躇いなんて
 なかった。きっと、素直に言えてた。
 それが出来ないのは、どれだけ悔やんでも、泣いても、もう取り返しのつかない
 行為を重ね続けてきた過去があるから。
 ごっちんを傷付けてきた自分に気付いているから。 
 そして、どうしようもないくらいごっちんを好きになってしまっているんだよ。


231 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時13分55秒

 あたしと紺野は、同じ人を好きでいるけれど。
 違うのは、あたしは自身の弱さのためにその想いを抱え込んで、別の人に
 頼ってしまった。そして彼女は、素直に好意を表している。
 それだけ。
 たったそれだけの話。
 そしてあたしは今、先輩の保田さんと付き合っている状態にあり、いくら本当に
 好きな彼女 ――― ごっちんその人への想いが強まったとしても、本心を打ち
 明ける気なんて持っていなかった。
 だって、そんな馬鹿なことどうして出来る?
 ごっちんの優しさを踏みにじってきたあたしに、どうしてそんな権利がある? 


 胸に秘めるだけの恋。
 時間が経てば、いずれ忘れることが出来るだろう。本気で保田さんを愛せる
 ようになるだろう。逃げるように考えてたあたし。
 ――――


232 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時14分33秒

 正直、気分は沈んでいた。
 先日にごっちんの卒業が発表されたばっかりで、あたしは他のメンバーとは
 違って(よっすぃもだけど)事前にその事実を知っていた、だけど。
 卒業するのはごっちんだけではなくて、来年には保田さんも卒業してしまう
 ことを知ったんだ。
 保田さんは何の素振りも見せずにいたから、何も言ってくれなかったから。
 気が付かなかった。気が付けなかった。

 ごっちんの時のように、後になってからその人の気持ちに気付くってことが
 どれほど自分にとって深い傷跡を残すか知っていたあたしだけど、またも
 同じような失敗を重ねてしまったこと。
 もう、取り返しがつかないこと。
 自己嫌悪に陥る事件ばかりが起きてしまい、陰鬱な気分が続いている。 
 

233 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時15分13秒

 「大幅なユニット人員変更とメンバーの卒業」という重大発表の後、みんなは
 以前にも増してチームワークが良くなった。特にごっちんとの残された時間を
 大事に使おうっていう姿勢が強くなったと思うんだ。
 それは良いことだけど、とても、良いことだけど。

 あたしはごっちんと前のように親しくすることが出来ずにいて。
 ごっちんも心なしかあたしを避けているようにも思えて。
 保田さんとの距離も微妙に開いた気もする。

 付き合っているのに、重要な秘密を隠していた側と、何も見抜けなかった側。
 こんなこと望んでいるわけじゃないのに。
 結束が強くなるメンバーを他所に、あたしは微妙に仲間から浮いていることを
 意識せずにはいられなかった。


234 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時15分47秒


 そんな中、突然の紺野からの申し出。
 ―――― 「すみません、石川さん。ちょっとお時間ありますか?」

 断る理由もないし、何より控えめだけど芯の強そうな眼差しから逃れられず
 あたしは短く承諾の返事をした。
 ホッとしたように小さく微笑む紺野は、年相応に幼く見えた。

 …………
 ………


235 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時16分34秒

 「あの、それでですね」
 「…え?何だっけ」
 ぼうっと物思いに耽っていたあたしの意識を呼び戻したのは、遠慮がちに
 呼びかける紺野の声だった。
 TV局の中の喫茶室は冷房がよく効いていて、ノースリーブの剥き出しの肩に
 急に冷気を感じ、あたしは無意識に身体を震わせる。
 
 「…寒いですか?」
 「あ、ごめん。今ぼーっとしてて……。少し冷えるね、ここ」
 慌てて取り繕うあたしを見て、紺野はつられるように「確かにちょっと寒いかも
 ですね」とふんわり笑う。

 「それで、紺野の話ってなぁに?」


236 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時17分04秒
 
 出来るだけこの場の空気を和やかにしようと、あたしは意識して優しい口調で
 問い掛ける。まあ、意識しなくてもあたしの声じゃ威圧感なんて出しようもない
 んだけれども。
 「石川さん。あの、タンポポ……よろしくお願いします」

 ( ……へ? )

 てっきりごっちん関係の話をされるんだと踏んでいたあたしは、予想外の紺野
 の言葉に軽く面食らって言葉を失った。
 緊張したようにぺこりと頭を下げる紺野。
 ごっちんの卒業を知ったとき、最も激しく動揺したと思われる彼女だったけれど、
 自分なりに納得できる答えを見つけたんだろうか。 
 予想外に紺野があたしに向けてきたのは、新生タンポポの話題だった。


237 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時17分42秒

 「わたし、シャッフル以外でユニットって初めてだし……それに、タンポポって
  ユニットの中でも1番歴史があるじゃないですか?ちょっと不安で……」
 「…そっか。怖いよね、初めてじゃ」
 「そうなんですよ。飯田さんも矢口さんもいなくなるし……」
 「だけど、チャンスだって思わなきゃ。もうすぐ1年でしょ?」
 「はぁ……いつの間にか、そんなに経ってるんですよね…不思議な感じ」
 
 か細い声で答えながら、はにかみ笑い。
 何処もおかしいところなんてない。不安そうなのは当たり前だし。
 だけど。

 「トーク苦手なので、ラジオとかも…怖いです」
 「慣れじゃないかなぁ?あたしだって、そんなに得意じゃないよ」
 「そんなことないですよ。それに石川さんて、声がすごく可愛くてうらやましい」
 「紺野だって」
 「わたしは、ダメです。すぐどもっちゃうし、ふふふ」


238 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時18分21秒

 ( それだけ……? )
 まだ、何かある。
 直感だけど、そう思った。何故なら、もし本当にユニットのことだけで相談に
 来るのであれば、おそらく新垣だって一緒に連れてくるはずで。
 責任感の強い紺野が、年下の新垣を放っておくなどとは考えられない。
 つまり、彼女が本当に切り出したい話題は、新垣の前では話し難いこと。

 「ね、紺野?」
 「はいっ」
 俯きがちだった顔が、弾かれたように上がる。小さく揺れる瞳にあたしが映って
 いた。何だかあたしも不安そうな顔をしてる。
 はぁ、先輩失格かなぁ。
 頼りなかろうが、取り得がなかろうが、あたしは紺野の“先輩”なんだ。
 あたしが不安そうな顔をしていたら、紺野の心配を余計に増やすだけだろう。 

 無理にでも、笑顔を作る。こうしていれば、多少強引な手段であるけれど、
 少しは小心な自分をごまかすことが出来るから。
 「他に何か、聞きたいことがあるんじゃない?」
 「え………」
 戸惑ったように紺野の目が見開かれた。


239 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時19分09秒

 「あ、別になければないでいいんだ」
 「石川さん…」
 「不安なことや悩みごとなんて、無い方がいいに決まってるもんね」
 「………」

 紺野の大きな瞳の奥が不安そうに揺れるのを見たとき、何となく罪悪感を感じ
 てしまい慌てて取り繕うあたしは、やっぱり情けない。
 それでもあたしの言葉は紺野の心情に揺さぶりをかけたようだった。
 
 軽く唇を噛んで、紺野はしばし沈黙する。
 あたしも無理に彼女の口を割ろうなどとは当然考えているはずもなく。
 話したくないなら話さなくていいんだ。今度こそ、彼女が口にするであろう“相談”
 は、あたしの想像通りの内容であろうから。
 そう、後藤真希に関する話題を、彼女は持ち出してくるんだろう。

 「………えっと、あの……」
 「ん?」
 「…………」
 「…………」


240 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時19分57秒

 数秒とも数分とも取れる沈黙が流れる。あたしの中には既に時間経過に
 関する認識なんてなかったから、2人して口を噤んでいた時間がどの程度
 だったかなんて見当もつかなかったけれど。

 代わりに、あたしはじっと紺野を観察していた。
 視線を床に落としたり、窓の外に走らせたり、氷の溶けかかったアイスティー
 のグラスを手に取ったりと、妙に落ち着きを無くしたようにソワソワとした様子
 を見せる紺野。

 しばらく経った後、おもむろに紺野はアイスティーをぐっと飲み干し、ゆっくりと
 した動作でグラスをテーブルへと戻した。
 コツン、と音を立ててテーブルへ置かれたグラスからは水滴が幾筋も流れ
 落ちている。
 「あの、石川サンッ」
 と同時に、紺野がようやく口を開いた。 


241 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時20分33秒

 「失礼なことを聞きます。話したくなかったら、答えてもらわなくても構いま
  せん。だけど、嘘はつかないでください。お願いします」
 「……紺野?」
 「お願いします」

 真剣な口調。真剣な眼差し。
 きっぱりと言い切って、紺野はあたしを見つめた。逸らすことなく、真っ直ぐに。
 ああ、やっぱりきたか。
 観念せざるを得なかった。むしろ、心の何処かであたしはその質問を望んで
 いたのかも知れない。同じ人を好きな紺野には、本心を知っていてもらいたか
 ったのかもしれない。だからと言って、それを知った紺野がどんな行動に出る
 かなんて予想もつかなかったけれど。

 よっすぃと付き合っていたけれど。
 保田さんと付き合っているけれど。
 ごっちんを密かに見つめる度に、目が合うことの多かった紺野。彼女にだけは
 きっとあたしの気持ちはばれているだろう。 
 よっすぃ以外に、その想いを打ち明けたことはなくても。


242 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時21分14秒

 紺野に答えることなく、あたしは一瞬目を閉じた。
 闇の世界にちらちらと過るのは、心からの想い人の優しい笑顔。
 ( ………ごっちん…… )

 一方で、あたしに手を差し伸べている人の強い瞳。
 ( ……っ……保田さん…… )

 心の中で色々な思いが交錯して、色々な感情が渦巻いているのを顔に出さ
 ないようにするのは大変だった。けれど、何とかあたしは口を真一文字に結ん
 だまま、紺野の顔を見返した。 
 すうっと軽く息を吸い込んで、紺野がその問いかけを口にした。


243 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月08日(日)22時21分56秒


 「石川さんが本当に好きなのは、誰なんですか?」

 あまりにストレートで、あまりに難解な、あまりに残酷な質問を。

 ――――



244 名前:いち作者 投稿日:2002年12月08日(日)22時23分49秒
 更新しました。気付けばもう師走に入っていますね。
 遅いペースですが、放置ではありませんので……なるべく忘れられないうちに
 更新するよう心掛けたいと思います(w

 >>216 ラブごまさん
 実際どんなやり取りがあったのか不明ですが、後藤の卒業特番見る限りでは
 中学生組の動揺が激しかったなぁ〜と思いまして。あれがネタ元です(w

 >>217 葵さん
 いやぁ、嬉しいお言葉ありがとうござます!(照) あと、実際に矢口さんから
 突っ込みなんぞ受けようものなら、記念にテープレコーダーに録音し(ry
 
 >>218 ROM読者さん
 自分はただのいしごまヲタですよ(ニヤリ
 あとハロプロ運動会では、かなりカットされてましたがいしごま率高かったとか。
 かごまも萌えましたねえ。( ^▽^)<手を握ってー♪ (;´ Д `)<(音程が…)
245 名前:いち作者 投稿日:2002年12月08日(日)22時24分23秒
 >>219 きいろさん
 優しいお言葉に感謝です。初期の頃の更新の早さが謎です。頑張ってたなぁ(w
 うじうじした展開ですが、ちゃんと決着つけさせますので…

 >>220 名無しごまたんさん
 パソ入院中だったんですか。自分のも最近調子悪いんですよ、不便ですよねえ。
 復帰してからもまた読んでくださって光栄です。そろそろ保田さんも出したいです。

 >>221 コウさん
 考えてみれば、後藤が卒業してもう2ヶ月半経つんですよね。この話の中では未だ
 夏真っ盛りなんですけど(w  (+´ Д `)<出番がないー

 >>222 1450さん
 モノローグばっかりでなかなか話が進まないのが申し訳ないのですが…(ニガワラ
 訳分からん作者ですが、どうか最後まで付き合ってやってください!
246 名前:いち作者 投稿日:2002年12月08日(日)22時24分59秒
 >>223>>224 名無しさん、名無し読者さん
 読者様のagesageはご自由で。更新遅いんでなかなか上がりませんけど(w
  
 >>225 読者。さん
 一応分類としては「いしごま」な話なんでしょうが、今のところ石川主役ですからね。
 石川の内面ばかり書いてるせいで、周りの面子の描写がおろそかになってるのが
 悩みです。早くやすごま登場させないと、話が進まない…(w


 先日まで行われていた飼育の板別トーナメントですが、まだ中途半端に進行中の
 自分の作品にありがたくも票を入れてくださる方がいたことを、ここに心から感謝の
 意を述べたいと思います。(何か偉そうな物言いだなぁ…;)
 票を入れてくださった皆様、本当にありがとうございました!
 完結するまで精一杯がんばりますので、よろしくお願いします。

247 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月08日(日)23時12分43秒
遂に紺野嬢が動きましたね!
梨華たんが素直になってくれればよいのですが・・・続きが楽しみです!!
248 名前:ROM読者 投稿日:2002年12月08日(日)23時14分25秒
いきなり直球ど真ん中のこんこん・・すっげ。
でも梨華ちゃんも逃げないでほしいナ。
249 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月09日(月)15時36分51秒
当の本人達(石川と後藤)以外全員気づいてそうな雰囲気ですね(^^;)
年末もそして来年もマターリと続き待ってます
250 名前:きいろ 投稿日:2002年12月10日(火)18時22分27秒


更新きた♪

紺野がいきなり核心にきましたね。
けれど・・石川はおそらく本当の気持ちを告げられないのでは?
これからの展開に期待です。
251 名前:名無しごまたん 投稿日:2002年12月10日(火)22時49分48秒
真っ直ぐなこんこん…イイ!
なんだか紺野も無性に応援したくなります。
さて、梨華ちゃん。どうする?
252 名前:1450 投稿日:2002年12月11日(水)20時52分52秒
梨華たんは言うのか?言うのか?素直になってくれ〜!
と思いつつも、こんこんもお圭さんも良い人ばっかりなので、皆を応援
したくなってしまいます。
253 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時15分03秒


 ある程度、予測していた台詞ではあった。だけど、あたしの中でそれを
 上手く交わせる返答などは浮かばず、更にその場しのぎの言い訳すら、
 口をついて出ることもない。
 紺野なら ――― 察しの良い紺野なら、その微妙な沈黙だけで理解した
 はずだろう。あたしの『本当に好きな人』が、現在恋人として付き合っている
 あの人なのではないことを。

 最も、紺野がそれを見越して質問を投げ掛けてきたことくらい分かってる。
 あたしと保田さんが付き合っていて、その関係性を微塵も疑っていないの
 であれば、たった今彼女が放った問い掛けは全くの愚問なんだから。

 ―――― 『石川さんが好きなのは、誰なんですか?』

 その答えこそ、今紺野との間に流れる無音の空間。
 問題を起こしたくないなら、上手くこの場を切り抜けたいのなら言えばいい、
 “あたしが好きな人?……決まってるじゃない、保田さんだよ”
 そんな風にでも。
 微笑を浮かべて言えばいいだけだ。
 でも、出来ない。本音を言えば、紺野の瞳がそれを「許さなかった」。



254 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時16分06秒

 テーブルを挟んで向かい合う紺野との間に、しばらく会話がなかった。
 紺野はあたしから視線を外さない、そしてあたし自身も彼女の姿から目を
 逸らすことはなかった。
 逃げない、もう、あたしは。逃げていたら駄目なんだよ。
 心の中で反芻し、自分に言い聞かせる。何度も何度も。

 「あたしが好きなのは………」
 
 脳裏を過るごっちんの名を噛み締め、罪悪感に駆られながらもあたしは
 彼女の名前を口にしようとした。それでも、どうしてもあと一歩のところで
 詰まってしまう。
 ごっちんの姿と同時に、保田さんの姿も浮かぶから。
 紺野の揺ぎ無い視線を正面から受け止めた。大きな丸い瞳が、何故か
 唐突によっすぃのことを思い出させる。



255 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時16分51秒

 ……ねえ、よっすぃ?教えてよ。
 あなたがあたしと付き合いながら矢口さんを好きになったとき、それを
 ごっちんに伝えるとき、今のあたしの様に悩んだのかな。
 矢口さんに想いを告げるとき、怖くなかったのかな。
 あたしに別れを切り出すとき、何を考えていたの?

 今になって思う。
 よっすぃと別れたとき、というよりは別れざるを得ない状況だったあの当時、
 あたしは勝手に「あたし以外の人」を好きになったよっすぃが酷い人だと
 思って、散々泣いた。どうしてって泣き喚いた。
 よっすぃの行為が、どれだけ勇気のいることだったか。今なら少しは理解
 出来る気がしたんだ。

 打ち明ける相手こそ違えど、平穏な日々の暮らしの中で、人間関係に波
 を立てることの怖さは常に付きまとっていて。
 あたしはそれを嫌という程感じている状況にあるから。

 「好きな人…は……」



256 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時17分25秒

 本心を隠して、
 保田さんとの付き合いを順調に見せ掛け、
 本当に保田さんを好きなように演技して、
 そうしていれば、何も変化なんてない。得るものがない代わりに、失うもの
 だってないんだ。
 ………だから、あたしは今まで必死になって隠してきた。誰にも気付かれ
 ないように、包み込んで、人知れぬうちに消化しようとしていた。

 ごっちんを好きな気持ちを。


 それでも、よっすぃがあたしに矢口さんに心変わりしたことを正直に告げた
 様に、本心を隠して生活することにはきっと限界があるんだね。
 その想いが、大きければ大きいほど。
 心に皹が入って、そこから溢れ出す感情の波はいつしか、自分自身でも
 コントロール出来ないくらいに肥大してしまってる。



257 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時18分02秒

 ねえ、ごっちん。
 本当は、誰よりも先に、あなたに打ち明けるべきだったんだよね?
 きっとそれが正解。もう取り戻せない答え。
 「あたしは……ッ」 

 唐突に視界が歪んだ。頭の中が破裂しそうなほど熱くなっている。
 間を置かずして、あたしの頬を熱い液体がぽろぽろと滑り落ちていくのを
 感じたけれど、それを拭う気にはならなかった。
 ただ、目の前で僅かに口を開けて驚きの表情に変化する紺野を見つめていた。
 「石川さん?」

 微妙に困惑した声色で紺野が腰を浮かせる。
 涙を流し続けたまま、あたしは片手で紺野の動きを制した。
 「ゴメン、大丈夫…だから」
 「だけど」
 「大丈夫、……ごめん。……ごめんね」
 
 何か言いたそうな顔のまま、それでも紺野は大人しく口を噤むと静かに
 椅子に腰を下ろした。そして気が付いたように自分の鞄を漁り、「どうぞ」
 とやっぱり何処か遠慮がちな声で白いものを差し出す。
 真っ白な、ぱりっとアイロン掛けされたハンカチ。



258 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時18分36秒

 「あの、使ってください」
 「…ごめんね。最近、すごい涙腺弱くて…」

 まるで紺野の性格をそのまま現したようなそれは、お日様の匂いがして。
 ありがと、と短く答えて受け取ったハンカチを目元に当てて、あたしは無言
 のまま少しの間だけ泣いた。

 ―――――
 ―――


259 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時19分14秒

 「本当は…」

 あたしが落ち着くのを待っていたんだろう、神妙な表情で紺野がゆっくりと
 話し始めた。

 白いハンカチを握り締めたまま、あたしは黙って耳を傾ける。
 突然、先輩が目の前で泣き出したという事態はさすがに紺野にとっては
 衝撃だったのだろう(情けない…)。
 この状況を作り出した当人であるとの認識があるせいか、あたしが黙って
 涙を流すのを、紺野は申し訳なさそうに見ていた。
 
 「本当は、わたし、答え知ってます。石川さんの好きな人、知ってます」
 「うん…」
 
 紺野の言葉に、驚きも動揺もなかった。むしろ『全く分からない』と言われた
 方が余程びっくりするだろう。
 何度も目が合っていたんだ。同じ人を挟んで。



260 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時20分11秒

 「吉澤さんじゃない。それは、昔好きだった人。保田さんでもない。今は
  付き合ってるみたいですけど、どちらかというと尊敬に近い感情のよう
  に見えます」
 「…………」

 遠慮がちだけれど ―――― 容赦ない紺野の言葉に、自分の胃へと次々
 に石が投げ込まれているような鈍い痛みが走る。
 重い言葉に、重い痛み。だけど、堪えなければならない試練。

 「そう…見える?」
 「見えます」
 言い淀むことなく、きっぱりと言い切って紺野はあたしを見返した。

 「後藤さん。ですよね?」
 「………」
 「後藤さんが、好きなんですよね」
 「それは……」



261 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時20分58秒

 揺ぎ無い確信を持った声。
 もはやその言葉に、疑問符は含まれていない。
 そして、彼女の嘘偽りのない真実を述べた言葉に、反論する気もなく、
 だからと言って素直に認めることもできず。
 ( 駄目だなぁ……あたし、自分に正直になるって決めたのに )
 
 正面からぶつかってくる紺野を、あたしだって真正面から受け止めたい。
 頭ではそう思うのに、小心者な感情がついてこないんだ。
 「石川さん!」
 ぐるぐる交錯する思いを上手く口に乗せることがままならなくて、無言
 を押し通すあたしに、焦れた態度で紺野が口を開く。
 
 「どうしてですか?どうして、素直に後藤さんに気持ちを伝えないんですか?
  それを隠して保田さんと付き合うことが、どれだけ酷いことか…」
 「分かってるよぉ!」

 カッと顔の温度が一気に上昇する感覚に襲われた。あたしは無意識のうちに
 紺野の言葉を遮って、声を荒げて叫んでいた。
 甲高い自分の声が、悲鳴のようにも思えた。
 


262 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時21分56秒

 「石川さ…」
 「紺野に言われなくても、分かってる!どれだけ自分が最低なことしてるか
  くらい。保田さんに対しても、ごっちんに対しても…」

 自覚があるからこそ、的を得た言葉は胸に痛くて、あたしは思わずムキに
 なって反論する。知らず知らずのうちに興奮が高まっている状態にあった
 けれど、紺野も怯まなかった。

 「じゃあどうしてですか!?」 
 頬が紅潮して、口調を荒げる紺野の姿は、今まで1度も見たこともなかった。
 メンバーの中でも、こんなに取り乱している彼女の姿を目にしたことがある
 子はいないかもしれない。
 普段、紺野はとても温厚な少女だった。

 「紺野には、わかんないよっ……分かるはずないよ!あたしにはね、
  気持ちを伝える資格なんてないの、あたしは、あたしはっ……」



263 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時22分40秒

 テーブルについた握り締めた拳が、ぶるぶると震えている。
 肌に直接触れる木製のテーブルが、ほてった体にひんやりと心地良く
 感じていた。
 「散々酷いことしたの。いっぱい、ごっちんを傷つけるようなことをしてきた
  の。何も考えずに、ごっちんのきれいな心を踏みにじって、自分ばっか
  辛い目にあってるなんて思ってて、たくさん八つ当たりして……」

 頭がずきずきと痛み出して、こめかみを強く押さえる。ごちゃごちゃに混乱
 した脳の中に、輪をかけて靄が立ち込めているような感じさえ覚える。
 自分が何を言いたいのか、何を言っているのかも分からない。

 「今さら、どうして……ごっちんに告白なんて出来るのよ……」
 ただ1つ言えるのは、自分に対して激しい嫌悪感を持っているということ。
 ――― それだけだった。

 「だけど、それでも……」
 
 いきなりトーンダウンした声で、紺野が乗り出していた身を引きながら
 小さく切り出した。
 「わたし、後藤さんは石川さんのことを好きだと思いますよ」



264 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時23分21秒

 慰めてくれているのだろうか?
 自己嫌悪気味に、相変わらず霧がかった脳裏の片隅で、あたしはそんな
 ことを考える。そうだね、紺野は優しい子だから。

 「いいよ、紺野?無理しなくても。あたしのことなんか、慰めてくれる必要
  ないんだから。全部、自分の責任なんだから」
 「……少なくとも、後藤さんは石川さんを、とても気に掛けてる。とても。
  とても、気にしてる」

 あたしの言葉を無視する形で、紺野は呟いたのが聞こえたけれど、あえて
 それに答えようとは思わなかった。
 ――― それはね、紺野。昔の話なの。もう、きっとごっちんの心に、あたし
 への想いなんて欠片も残っていない。
 あるとしたらそれは、ただの同情だよ。 
 


265 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時24分12秒

 紺野はごっちんが好きなんだよね?
 あなたの大好きなその人は、とても優しい人なの。だから、よっすぃと別れて
 情緒不安定だったあたしを支えてくれた。
 あたしを気にしてくれてるのは、その延長に過ぎないんだよ。
 紺野はごっちんをよく見ているから分かるでしょ?


 「あたしは、……ごっちんが好きだよ」
 「石川さん…」
 大きな瞳が小さく揺れた。
 これで、彼女の最大の疑問には答えたことになる。

 ―――― 『石川さんが好きなのは、誰なんですか?』

 「ごっちんのことが、好き……ずっと、好き…」
 「だったら」
 「でも、でもね!」

 ごっちんがあたしに向けるのは、もう“愛情”じゃないんだ。
 あたしも、もうごっちんに対して“愛情”を持つべきじゃないんだ。



266 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時24分59秒

 「もう遅いの。全部遅いんだよ。……保田さんと付き合っていれば、いつか
  きっと、保田さんを心から好きになれる」
 「そんな…」
 「そう信じてる。そうでなきゃ、こんなことできないよ」
 
 小さく開かれていた紺野の口元が、絶望の為か僅かに歪んだ。
 あたしを見据える瞳の奥が泣き出しているように見えて、心の中にぎしぎし
 と捩れるような鈍い痛みを感じた。 

 「酷いじゃないですか、そんなの……すごく、酷いことじゃないですか!」
 「分かってるってば!」
 「分かってません!全然分かってませんよ!石川さんは、自分が辛くて
  寂しいから誰かに一緒にいて欲しいだけじゃないですか!!本当なら、
  ちゃんと保田さんを好きになってから付き合うべきじゃないですか!?」
 「………ッ」
 
 ( 分かってる )

 これ以上ない程の正論を突き付けられた。



267 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時25分36秒

 「本当に、保田さんが何も知らないと思ってるんですか?部外者のあたし
  にでさえ気付くような気持ちを、いつも石川さんのそばにいる保田さんが、
  気付いてないと思ってますか?」

 核心を突かれて、今度こそ本当に返す言葉を失った。

 それはいつも、心の奥底にあった疑念だった。

 ( だから、あたしは保田さんの側に居続けるしかないの )



268 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時26分11秒

 いつも考えていた。無意識のうちにごっちんの姿を目で追っていることに、
 保田さんは何も感じていないのかなって。
 それとも単純に気付いていないだけ? ―――― 保田さんのような人が?

 保田さんに軽蔑されること。嫌われてしまうこと。
 それらを仮定として考えたとき、あたしの胸を支配するのはいつも“恐怖”
 という名の感情だった。
 「1人」になることの怖さ。「孤独」の寂しさ。

 だからこそ、あたしは保田さんといつも寄り添うようにそばにいたんだ。
 一緒にいればいずれ、心が動くだろうと考えたから。
 ごっちんを好きになったときも、そうだった。
 ――――


269 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時26分51秒

 だけど。
 保田さんと付き合い初めてどのくらいになる?
 あたしの想いに変化はあった?ごっちんの存在の比重は変わった?
 ………何も。何も、変わってなどいなかった。
 むしろ、離れれば離れるほど、ごっちんへの想いは募っていく。
 そして、保田さんに対して感じるのは重く押し潰されてしまいそうな程の
 “罪悪感”ばかり。

 尊敬していた。楽しかった。
 ――― だけど、それが決してごっちんに対するような「愛情」に変わらない
 ということを、当事者のあたし自身が1番よく分かっているはずだったのに。
 食事に行って、映画に行って、お互いの家を行き来して。
 普通の「恋人同士」の付き合いを続けてきた2人。

 愛情に変わることのない弱い心を支えてもらうため、あたしが保田さんに
 対して取って来た「思わせぶり」な行為の数々は、結局あの優しい恋人を
 『利用してきた』という事実に他ならない。
 知っていた。
 表面上は気付いていないフリをしていても、きっと保田さんに向ける思い
 の根底にそれらはあったんだ。



270 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時27分37秒

 そう、あたしは言い訳ばかりしながら保田さんを「利用」していた。 
 裏でこんなに酷いことを考えてる女なんだって知らない、優しいあの人を、
 信頼しているフリをしながら利用して ――――

 違う。
 保田さんはもしかしたら、とっくにそれに気付いていたのかもしれない。
 気配りの人で、他人の微妙な感情の変化をすぐ発見することに長けていた
 彼女であればこそ、あたしが本当に好きな人が誰であるかくらい、気付いて
 いても何もおかしくなんてない。

 だけど、保田さんの態度は何も変わらなかった。責めるでもない、嫉妬する
 でもない、ごっちんに辛く当たるでもない、いつだって平静な顔をして、あたし
 の手を取って、笑顔でいた。

 保田さんが、ごっちんに対するあたしの“想い”に気付いていると、あたし
 自身も何処かで気付いていながら何もしなかった。
 保田さんだけを好きなフリをして、付き合いを続けてきた。罪悪感には目を
 瞑って、保田さんと付き合ってた。



271 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時28分22秒

 ……だから、あたしはごっちんに告白なんて出来なかったんだ。
 心が恋人を裏切っている段階で、それが許されざることだと分かっていた
 からこそ、これ以上保田さんを傷つけたくなかったからこそ、本心を隠して
 やって来た。
 でも、そんな行為が1番保田さんを惨めにさせていたということは考えられ
 ないだろうか?


 「保田さんは…、きっと石川さんの気持ちが自分には向いていないことに、
  気付いていると思います。そして、後藤さんはおそらく、石川さんのことを
  好きでいると思います。それでも」
 「もういいよ、紺野。もう、やめて」
 「止めません!それでも、石川さんは本当の気持ちを隠すつもりなんですか!?」



272 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時28分56秒

 「だから、今更遅いのよ。あたしのせいで、たくさんの人に迷惑かけてる。
  ごっちんを傷つけて、保田さんを利用して、紺野にだって嫌な気持ちさせ
  てるでしょう?全部、あたしが弱いせい。あたしが我慢していれば済んだ
  ことなの、だから…」

 「だけど、それで誰かがッ」
 「紺野、やめ…」
 「誰かが、石川さんを責めたことなんてありますか!?『あなたは酷い人だ』
  って、責めたことがありますか!?」
 「…………」



273 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時29分37秒

 誰かに。
  

 ――― ほらあ、モタモタするんじゃないの。石川ってホントとろいわね〜

 ――― ってことはなんだぁ、両思いなんじゃん、ごっちんも梨華ちゃんも

 ――― 可愛い後輩なんだ、石川は、矢口の、かわいい、こうはいなんだよぉ 


 ――― 梨華ちゃんが、ここにいてくれればいいよ…
 

 責められたことなんて、ない。たったの、1度も。
 保田さんもよっすぃも、矢口さんも、ごっちんも。皆みんな、優しくて、笑顔
 を絶やさなくて、温かくて。
 安心して涙が出そうなくらい、あたしを包んでくれてた。



274 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時30分20秒

 「生意気なこと言ってるのは分かってます、だけど、辛いじゃないですか。
  誰が悪いんじゃない。お互いに傷付けないように気を遣ってる、それだけ
  のことなんだと思います。だから、自分から心を開かなきゃ……」  

 ( みんな無理してた。きっと、本心を隠してたのは、あたしだけじゃなくて、
  お互いに、お互いを傷つけないように。仲を壊さないように…… ) 
 

 「わたし、後藤さんに告白するつもりなんです。好きですって、伝えます」
 「!」

 唐突な言葉に、ドキリと一際高く心臓が飛び跳ねて、あたしはその音が
 紺野に伝わったのではないかと一瞬ヒヤリとしてしまった。

 「……そう、なんだ」
 「はい」
 必死になって動揺を隠そうと思ったけれど、残念ながらあたしの思惑とは
 裏腹に、激しく狼狽する気持ちをそのまま表すかのように、笑えるくらいに
 あたしの「アニメ声」は震えていた。



275 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時31分03秒

 「だけど、きっとわたしは振られると思います。多分、『ありがとう』って。
  きっと、そう言って振られると思います」
 「え…」

 大きな瞳で、紺野は真っ直ぐにあたしを見つめた。
 黒い双眸に、戸惑った間抜けな表情の自分が映し出されている。

 「だって、後藤さんには他に好きな人がいるんですから。後藤さんてね、
  石川さんのことよく見てるんですよ。…見てないようで、ちゃんと、気に
  してるから」
 「そんなこと…あるはずないよ。気付かなかったもん、そんなの」
 「そんなこと、あるんですよ」

 ごっちんに告白されたときから、偶然にでも目が合うことなんて無くなって
 いたんだ。
 あたしが見ていたのは、彼女の後姿ばかりだった。
 楽しそうに後輩たちと戯れる、そんな後姿ばかり目にしてきた。 

 「後藤さんが石川さんをよく見ているように、わたしも後藤さんをよく見て
  ましたから。分かるんです、微妙な感情の変化とか、色々」



276 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時31分53秒

 無理矢理に唇を曲げて笑ってる。紺野の微笑は、そんな印象だった。
 辛そうに笑みを浮かべる紺野は、やっぱり辛そうな目であたしを見据えた
 まま、なおも言葉を繋いでいく。
 予め、考えてあったことを読み上げていくかのように。

 「最初は、何でもできてカッコいい後藤さんのようになりたかった。でも今
  は、わたし、石川さんになりたいです」
 「どうして……?」
 「後藤さんに大事に思われる石川さんに、なりたかった」

 消え入りそうな声で、囁くように紺野が言った。
 ほとんど溶けかかったアイスティーのグラスが崩れ落ちて、涼しげな音
 を立てる。ほとんど異世界の出来事のように、それは遠い音に聞こえた。

 「でも、わたしが石川さんになれるはずがなくて、きっと後藤さんに応えて
  もらうことができるはずもなくて、だからわたしは、――― だからわたしは、
  石川さんに素直になって欲しいんです」



277 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時32分35秒

 「 ――― あたしの気持ち伝えたくらいじゃ、何も変わらないよ」
 「そんなことありません」
 「ねえ、紺野聞いて?ごっちんはね、優しいから、友達思いだから、あたし
  のことも友達として大事にしか思ってないんだよ。だから」

 諭すように一言一言考えながらゆっくり喋るあたしの言葉に被せるように、
 紺野はゆるく首を振る。
 肩下まで伸びた黒髪が、ちらちらと舞った。
 眉間に寄った皺が、彼女なりの苦悩を色濃く表現しているように見えた。 

 「だって今のままじゃあんまりにも、後藤さんが辛そうなんですもん…」

 “辛そう”。
 たった一言なんだけれど、その言葉は今のごっちんの状態を表すには
 あまりにも的確過ぎた。的確過ぎるから、余計に悲しかった。
 空元気のような明るさ。
 痩せていく体。
 たまに見せる、翳のある表情。
 目の前で倒れたあの瞬間のこと。



278 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時33分15秒

 「苦しそうなんですもん…」
 そう話す紺野こそが、誰より苦しそうに見えた。今にも泣き出しそうな顔で
 ごっちんの名前を口にする紺野が、あたしの目に儚く映る。 
 伏せ目がちな目を縁取る睫毛が、小刻みに震えていた。

 「このままじゃ……後藤さん、壊れちゃいます。後藤さん、きっと、そんなに
  強い人じゃないんです。分かるんです、後藤さんだって、まだ16歳の女
  の子なんです。わたしと、たった2歳しか変わらなくて、なのに、誰よりも
  完璧な人だと思ってて。だけど、好きになればなるほど、それは違うって
  気付いたんです」


279 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時33分57秒

 『完璧な人』

 ごっちんを客観的に分析した場合、そんな表現を使われることがある。
 確かに彼女は特に「不得意」というジャンルを持っておらず、(あるとすれば
 トークが苦手ということくらい)、初めて挑戦することであってもソツなくこなす
 器用さをも持ち合わせていた。

 後輩の指導にあたりながら自身の練習も欠かさない。
 滅多に怒らない。人前で泣かない。
 でも、付き合いが深くなればなるほど、彼女の内面を知れば知るほど
 それらがごっちんの「努力」によって形成されたものだと気付かされる。

 『努力嫌い』と公言しながらも、ごっちんは無類の努力家なんだ。
 力を抜けばいいところで抜けばいいのに、彼女は自分に厳しい。けれど、
 決してそれを表面には出さない。

 「涙を見せない人が強いとは限らないし、笑ってばかりの人が常に楽しい
  とは限らない。そんなこと、当たり前のことかも知れませんけど、それを
  実感できるのには時間がかかっちゃいました」



280 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時34分30秒

 ( ……ごっちん… )

 「いつも、わたしは後藤さんに助けられてばっかりで、なのにわたしが
  後藤さんを助けることなんてできない。後藤さんが、人の手を借りる
  ことが必要だなんて思えなかった。ずっと、そう考えてたんです」

 ( ごっちんは、いつだって人を助ける側だったね。自分を支えてくれる人
   が必要だなんて、思わせない強さを見せてくれてたよね )

 「わたしなんかが、劣等生のわたしなんかが、後藤さんを助けることなん
  てできるわけないって思ってた」
 「そんなこと……」

 ( あたしは、あなたを支えることが出来たのかな? ) 


281 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時35分07秒

 「わたしが後藤さんに告白して、後藤さんに気持ちを受け入れてもらえる
  のなら、わたしは喜んで全てをあの人に捧げるつもりでいます。
  どんなに辛くたって、厳しいことだって、乗り越えて、後藤さんを支えよう
  って思ってます。決意はできてます。だけど……」  

 何処までも、紺野のごっちんに対する気持ちは純粋で、穢れなくて、迷い
 だってなくて、あたしの存在なんて必要ないんじゃないかと思わせられた。
 
 だけど、紺野はそれでもあたしから目を逸らさない。
 どれだけ澄み切っているんだろう、彼女の心の中は。
 あたしは、それに敵うんだろうか。
 勝負するようなことじゃないことくらい、分かっているけれど。

 「後藤さんが必要としている人が、わたしじゃなかったら。ううん、わたし
  にはその相手が誰か、分かっていますけど……潔く、身を引きます。
  身を引く、なんて言えるほど後藤さんに近づけたわけじゃないけど」


282 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時35分53秒

 苦笑して、紺野は目を細めた。
 紺野の言う「その相手」が暗にあたしのことを指し示しているのだという
 ことは、言及するまでもなかったけれど、どうしてもあたしは素直に認め
 ることは出来なかった。
 些細な疑心暗鬼に陥っていた、そんな感じだろうか。

 どうして紺野は、そんなに他人の気持ちを尊重しようとして、自分の想いを
 抑え込もうとするんだろう。
 どうして、こんなあたしなんかの応援をしようとしてくれるんだろう?
 あたしは、そんなに人に支持されて然るべき人間じゃない。
 むしろ、もっと糾弾されるべきなんだ。そうしなきゃ、あたしは罪悪感に押し
 潰されてしまう。 

 俯いて、唇を噛み締めるあたしに、紺野は穏やかな声を発した。

 「石川さん、約束してください」


283 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時36分45秒

 ゆっくりと顔を上げて目にした紺野は、柔らかい微笑を湛えていた。
 いつもの、彼女だった。ふんわりとした綿菓子のような笑顔の、いつもの
 紺野あさ美が、そこにいた。

 「後藤さんが卒業してしまう前に、ちゃんと石川さんも告白してください。
  わたし、思うんです。気持ち隠したままじゃ、2人とも誤解したまま別れ
  別れになってしまう。わたしは後藤さんが好きだから、救ってあげられる
  ものなら、わたしが力になりたいけど……」

 ( 紺野なら、力になれるよ )
 そう思ったけど、上手く口をついて言葉にならなかった。
 黙って、あたしは紺野を見つめ返す。

 「きっと、石川さんが本音を後藤さんに告げることができたら、何だか全て
  が上手くいくと思うんです」
 「…そんな簡単にはいかないよ。あたしは……、保田さんと付き合ってる
  んだし」
 「知ってます、けど…」


284 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時37分27秒

 ネガティブな発言ばかりを繰り返す自分に、いい加減嫌気も差していたの
 だけれど、どうしようもなかった。そんな風に、自分を追い詰めていたんだ。
 ……それじゃ、何も解決になるはずなかったのに。

 「迷惑かけられないよ。そもそも、ごっちんがあたしを好きでいてくれるとは
  思えないし。…正直、自信ないんだ……」
 「そんなことないです!」
 「紺野?」

 「まだ14歳の、未熟なコドモの意見だと思ってもらって構いません。でも、
  後藤さんを好きな気持ちは本物だから、分かるんです。後藤さんの心の
  中には、いつも『誰か』大事な人がいる。いるんです。表立って出さない
  けれど、とても大事に思ってる『誰か』が」
 「………」

 ( ごっちん…… )



285 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時38分13秒

 勝手な考えだって、非難されるかもしれない。
 だけど、本当は、いつだってこの溢れ出しそうな想いを伝えたい気持ちが
 あった。きっかけさえあれば、全てを投げ出して、告白してしまいたかった。
 2人きりになったとき、必死になって堪えていた想い。

 保田さんのことを思って、そしてごっちんを好きであろう紺野のことを思って、
 無理矢理押さえ込んできた気持ち。
 ごっちんを好きな気持ち。

 本当は、自分の口から、告げたかった。
 あたしを「好きだった」と言ってくれたあの人に。


 「ちゃんと、石川さんの言葉で聞いてください。そして、石川さんも正直に
  告白してください。勝手な意見なのは分かってます、だけど、だけど……」
 「もう、いいよ」
 「石川さん」
 「……分かったから……紺野の気持ち、伝わったから……」
  


286 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時39分07秒

 本当は、誰かに背中を押してもらいたかったのかもしれない。
 ただ、それまで自分から行動を起こす勇気がなかっただけで、ごっちんに
 想いを伝えるという行為を、誰かに肯定してもらいたかった。
 言い訳なんて出来ない。保田さんの存在が大切だという気持ちに変わりは
 なくても、ごっちんを好きな気持ちは本物だった。

 「すみません、取り乱して……無茶なこと言って………石川さんにだって、
  色々事情あるのは当たり前なのに……ごめんなさい」
 「……ね、紺野?」
 「はい」
 「ありがと…」

 
 安心したように息をつく紺野を見て、彼女がどれだけごっちんを慕っている
 のか、言葉にしなくてもその気持ちの大きさが垣間見えた気がした。
 確かに紺野はごっちんに憧れていて、その思いは本物で。
 だけど、彼女が望むのは愛すべきその人の幸せだと言う。


287 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時39分44秒


 懐かしい、だけど切ないあの時のごっちんの言葉に、それはよく似ていた。
 
 『後藤が望むのはね、梨華ちゃんが心から笑ってることなんだ。そして、
  その笑顔を作れるのは後藤じゃない。だから、もういいんだ。今まで、
  ちょっとでも後藤のこと頼ってきてくれた、それだけでいい……』 


 だから少し、涙が出そうになった。


288 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時40分44秒

 「約束するから」
 「……え?」
 「紺野に、約束するよ。ごっちんに、本当の気持ちを伝えるって」
 「石川さん……」
 「玉砕覚悟、だけどね。もうあたしの一方通行かもしれないし」
 「…そんなことないですっ……約束、ですよぉ?」

 みるみるうちに紺野の愛らしい唇がへの字に歪み、透明感のある瞳が
 充血していく。今度は、紺野が泣き出す番だった。
 「うん、約束」
 「よかった……」

 胸の内にあった複雑に交錯する様々な思いが、彼女の涙で救われる、
 そんな気がした。紺野の涙は純粋で。
 保田さんのこととか、他にも考えることはあったけれど、それでもその時
 あたしは本当に、ごっちんのことだけを考えてた。

 自分が、許されると思った。ごっちんに、ちゃんと告白してもいいんだって、
 そう思えたんだよ。


289 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時41分22秒

 ………約束、したんだ。


 あたしは、本気であの時決意したの。
 本気で、ごっちんに気持ちを打ち明けようと思ったの。
 何度も、何度でも。
 ―――― あなたの心に届くまで。


290 名前:12 stand face to fase 投稿日:2002年12月21日(土)19時42分02秒


 例え今、あたしの声がごっちんに届けようのない状態にあるとしても、
 あなたの姿が見えなくても、振り向いてもらえなくても、
 気付いてもらえるまで何度でも呼び続けるよ。
 
 ねえ、ごっちん? ごっちん。
 ごっちん、ごっちん、ごっちん。
 お願い。
 ちょっとでもいいんだ。
 どうかあたしの声に耳を傾けて欲しいんだ。

 きっと、耳を澄まさないと聞こえないような、小さな小さな呼び掛けしか、
 あたしはすることができないから ――――




291 名前:いち作者 投稿日:2002年12月21日(土)19時43分14秒
 更新しました。かなり寒いですね、ここ最近。
 マイペースにやっていこうと思いますので、よろしくお願いします。

 >>247 名無し読者さん
 紺野嬢、ようやく石川嬢と対面しました。よく喋ってます(w
 こんな展開になりましたが、いかがでしょうか?一応ここらが転機のつもりです。

 >>248 ROM読者さん
 そうですねえ、やすす……遅ればせながら誕生日おめでたいです。(本当に遅過ぎ)
 紺野と石川、どうしても石川が誰かを呼び捨てにするのに違和感が…(w

 >>249 名無し読者さん
 気付いてそうですねえ(苦笑)。鈍いのは当の本人たちでしょう…苛々(w
 開始当初はこんなに長くなるとは思ってもいなかったのですが、年越しそうな勢いです;
292 名前:いち作者 投稿日:2002年12月21日(土)19時43分47秒
 >>250 きいろさん
 回りくどい展開かと思いきや、1人くらいサクサク話を進めてくれる人物がいないと
 とんでもなく長い話になりそうですからね(w  紺野は長台詞も喋らせ易いのです。

 >>251 名無しごまたんさん
 紺野と石川の対面、こんな結果になりました。作者的には、娘。はみんな良い子
 に見えているのです(w  平和主義なので……。ラストはどうしましょうかね。

 >>252 1450さん
 いしごまな話ですが、後藤は出番ないし保田さんや紺野も何気に応援されている
 し、もう上手いこと丸め込んでしまおうかと考えたり考えなかったり(w

 遅い更新で押し通していますが、年内に出来ればもう1回、のつもりですが、
 おそらく年を越すことになるのではないかと思います。
 思ったより長い話になってしまいましたが、良ければもう少しお付き合いくださいませ。
293 名前:いち作者 投稿日:2002年12月21日(土)19時45分16秒
今回は多めの更新だったので、今回更新分です↓
>>253-290
294 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月21日(土)20時26分38秒
紺野が凄く大人ですね。単純だけど難しいことなんですが
石川も後藤も自分の気持ちに素直になって欲しいです。
295 名前:ラブごま 投稿日:2002年12月21日(土)21時44分32秒
大量交信乙です。
すごいですね、こんこんは色々考えてたんだなあ。
梨華たんはどうするのか、そしてモノローグの意味が非常に気になる…
296 名前:ROM読者 投稿日:2002年12月22日(日)00時46分24秒
すごい繊細な心理描写ですね。読みながら涙目になってます。
さて、ただものではないいしごまヲタの作者様はどうするの
でしょう。ん?違った。梨華ちゃんはどうするのか。
297 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月22日(日)01時10分52秒
大量更新、お疲れ様でした。
今回更新分を読む前に、横アリのDVDを観ました。
最後のひとりひとりのメッセージでのいしごまが、この作品に重なりました。
抱き合うことなく、笑顔で握手・・
いろいろ考えてしまいました。
そしてこんこんの言葉、ひとつひとつが染みました・・
何てイイ子なんだぁ(泣)
石川さん、素直に向き合って後藤さんに想いを伝えて下さい。
298 名前:1450 投稿日:2002年12月22日(日)03時02分05秒
更新の度にハラハラしながら読んでます。
痛くて切なくて、本当に梨華たんに感情移入してしまいますた…
紺野さんもいい子だし、ヤッスーもいい人だし、皆幸せになって欲しいですね。
次回更新、楽しみです。
299 名前:1450 投稿日:2002年12月22日(日)03時14分30秒
↑ageちゃいました、すみません。。。
300 名前:きいろ 投稿日:2002年12月22日(日)08時54分43秒

大量更新おつかれさまです(●^−^●)
じれったいぞー石川〜。
紺野は自分の言いたいことをみんな言ってくれたようなきがします。
あーすっきりした。
301 名前:北都の雪 投稿日:2002年12月23日(月)22時11分19秒
紺野はすごいですねえ。
紺野にしてみれば石川は敵なはずなのに
その背中を押すとは。
後は石川が約束を守るだけ。
そしてごっちんはどうするのか。
保田さんは・・・
302 名前: 投稿日:2002年12月25日(水)18時28分17秒
おひさしぶりです。2ヶ月ぶりぐらいに来て
まだここの小説が続いてると知ったとき嬉しくなりました。
でもついに紺野が動きましたねぇ。えらいぞ紺野(w
303 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月05日(日)21時42分52秒
更新まだかな〜?
304 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月08日(水)12時18分44秒


保全!!!

楽しみに待ってますよ。
305 名前:いち作者 投稿日:2003年01月09日(木)00時00分21秒
どうも、更新滞り過ぎな作者です。
全く私的な関係ですが、もう少しの間更新が出来そうな状態になりません。
レスをくださった皆さん、次回更新時に必ず返レスさせていただきますので、
どうかその際気付いてくださったら目を通してやってください。
放置ではありませんので、一応書き込んでみました。
何の音沙汰もなく更新を停滞させてしまい、申し訳ありません。
306 名前:77 投稿日:2003年01月11日(土)18時18分23秒


マターリマターリ(●´ー`)
頑張ってください。
307 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月12日(日)15時21分06秒
マターリ待ってますよー。
308 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月19日(日)23時14分31秒
保全!!期待してます。
頑張ってください。
309 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時07分57秒

 ジージジジジジジ……
 ジジジジージージジジ……
 

 8月も中旬に差し掛かり、気が付いたら蝉の鳴き声が変わっていた。
 1人暮らしをしているマンションから仕事へ向かう間、蝉の鳴き声なんて耳
 にする機会は滅多にないけれど、夏のツアーで地方の旅館へ泊まるとき
 等に、その大合唱が朝の目覚まし代わりになることもあった。
 疑いようもなく、季節は真夏。
 そしてそれは、そろそろ残暑に差しかかろうとしていた。



310 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時09分04秒
 
 「石川。ちょっといい?」
 「あ、ハイ……」
 
 コンサートのリハーサルの合間、タオルで滴る汗を拭いながら軽い調子で
 話し掛けてきた保田さんに連れられて、2人で特設の休憩室へ来ていた。
 先客はいない。
 外はじりじりと照り付ける日差しで焼けるように熱く、室内は室内で蒸す
 ような暑さ。何処にいても、全身から汗が吹き出してくる。

 正直、暑さと疲労でヘトヘトだった。「足が鉛のように重い」、という表現を、
 あたしは身を持って痛感している。
 冷房の涼しさに慣れてしまっている体には、休憩室の扇風機の風でさえ
 生温いものに感じて、それが少し不快に思えた。
 これがライブ本番ともなれば、その熱気でさえ興奮の源になるのだけれど。



 
311 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時09分37秒
 
 「ほい」
 「ありがとうございます」
 簡易の椅子に腰掛けると同時に、保田さんがよく冷えた缶ジュースを
 あたしの投げて寄越した。慌てて両手でキャッチする。
 よく冷やされた缶が、火照った身体に心地良い。
 こういうさり気ない心配りはあたしにはないものだ。

 プシュっと音を立ててプルタブを開けて初めて、とても喉が渇いていたこと
 に気付く。一口つけると、そのまま一気に飲み干してしまった。
 「本当はビールの方が良かったんだけどねえ」
 あたしが一息にジュースを1缶開けてしまうのを物珍しそうに眺めていた
 保田さんが、笑みを交えて口を開いた。
 
 「何言ってるんですかぁ、仕事中に!」
 「冗談じゃないの。ボケたんだから、突っ込んでよ」
 割と本気の目をしてるから、判断が難しかったりするのに。 
 「分かりにくいです!!」
 「カタイわね、石川は…」 


312 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時10分41秒

 ――― 紺野との約束は、未だ果たされていない。
 ごっちんへ告白するのは、ちゃんと保田さんにも全ての事情を話してから
 だって、自分で決めていた。
 元々、あたしが弱いせいでこんなことになってしまったんだから。
  
 勝手に自分から目を塞いで、霧の中に迷い込んだ気分になってうじうじと
 悩んでいた自分自身の責任。

 「っとに暑いわねー。バテるわ、本当に。年のせいかしら…」
 「…………」
 「ちょっと、突っ込みなさいよ!!」
 「え、またボケたんですか、今の?」
 「当たり前じゃないの!」

 それでも、滅多に口にできるような話題じゃなかったし、忙しい時期だった
 ことも相まって、あたしはなかなか保田さんへと切り出すタイミングを掴めず
 にいたんだ。
 そんな中、突然訪れた「2人きり」の空間。

 ( 今、ここで……言えるかな… )


313 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時11分20秒

 保田さんに、ごっちんを想っていることを伝えると考えただけで、激しい
 緊張感が込み上げる。付き合っている「恋人」に対し、他の人が好きだと
 告げることはつまり、言葉にするまでもなく“別れ”を匂わせていることに
 他ならないのだから。

 「あの、保田さん。何かお話でも…?」
 「あんたが、でしょ?」
 「!」

 冗談の応酬を続けているような軽い口調で、さらりと流すように保田さんが
 言った。一瞬言葉を失って、あたしはまじまじと彼女の顔を見返す。
 「何言ってるんですか。…保田さん?」 
 保田さんは笑っていなかった。
 真剣な表情で ―――― そう、何時だって保田さんは何に対しても手を
 抜いたりなんてすることはなくって、何をするのだって全力投球でぶつか
 る人で、そんな所があたしも大好きなのだけれど ―――― その曇りの
 ない透明感溢れる強い眼差しで、あたしを見据えていた。

 あんまりにも彼女の視線が強過ぎて、睨まれているようにすら感じる。
 蛇に睨まれた蛙って、こんな気分なのかな。
 保田さんには限りなく失礼なことだけど。


314 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時11分53秒

 あたしは今、保田さんにどう向き合おうとしてるんだろう。
 心の準備が出来ていない。
 言い訳をする?
 真実を伝える?
 泣く?笑う?
 あたしは………
 「石川は、さぁ」

 それでも躊躇するあたしよりも先に、保田さんが薄笑いを浮かべながら軽い
 溜息と共に言葉を吐き出す。
 彼女の伸ばされた手が、あたしの頬に添えられた。
 汗ばんで、熱を持った保田さんの手の平。
 この手を、あたしは手放そうとしている ―――― こんなにも熱い想いを抱え
 た保田さんの、頼りがいのある手を。その温もりを。

 「……後藤のことが、好き?」
 「え!?」
 「好きなんでしょ?」
 ――――


315 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時12分30秒

 『圭ちゃんと付き合ってるけどさ。もしかしたら、梨華ちゃんて本当はごっちん
  のこと、好きなのかなぁって…』

 最初に気が付いたのは、よっすぃだったっけな。それとも、ただ単によっすぃ
 が誰より早くあたしに本音をぶつけてきてくれただけ? 
 
 『後藤さんが、好きなんですよね』 

 ほとんど面と向かって接したことのない紺野にさえ、あたしの秘めた想いは
 おそらくバレていて、その上年下であり後輩でもある彼女に、不甲斐ない
 あたしの背中を押して貰ったりもした。 
 

 ちゃんと、自分自身の口から保田さんには伝えなきゃいけないと思ってた。
 なのに。
 そんな真剣な瞳で、あたしを見ないでください。
 そんなに真っ直ぐにあたしのこと見ないでください。
 保田さんには、こんなに汚いあたしのこと正視されたくないんです。
 そんなの勝手だと思うけど、こんなことって。


316 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時13分06秒

 「前から思ってた。いつ聞こうかって考えてたけど、ようやく聞けたわ」
 普段と変わらない落ち着き払った声のトーンで保田さんが話すから、あたしは
 その話題に緊張するよりも先に、呆気に取られてしまった。
 「保田さん……」
 「私の言いたいこと、分かってるわよね、石川?」
 「やすださ…」

 保田さんに先行して言わせるなんて。そんなことって……… 


317 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時13分42秒

 彼女が、恋人で誰よりもあたしに対して親身になってくれた保田さんが、それに
 気付いていないだなんて都合の良すぎる話なんだ、そもそも。
 覚悟はしていた。していたつもりだった、少なくともさっきまでのあたしは。
 「あたし、あの……」
 でも、いざとなると頭の中が真っ白になって、言おうと思ってシミュレーションして
 いた筈の台詞の1割だって出てこない。
 伝えたいこと、何も言葉にならない。

 いい子でありたいわけじゃないんだ。
 本当に、頭が回らなかったの。 
 保田さんと目が合うのを、逸らさないように。耐えるのに精一杯で。

 「馬鹿ね。あんた。私に隠せるとでも思ってた? あんたがいつも誰を見ていて、
  誰の行為にいちいち一喜一憂していたか、私が分からないとでも?」
 穏やかな口調だけに、逆にそれが嵐の前の静けさのように感じた。
 心の中にさざ波が立って、激しくあたしの感情の綱を揺さぶっている。
 大袈裟な仕種で肩を竦めて息をつき、保田さんは小さく首を傾けて口を開いた。


318 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時14分17秒

 「石川の欠点の1つ。演技下手過ぎ」
 「なっ……」
 「それから思ってること、顔に出過ぎ」
 「それは……」
 「人の顔色覗い過ぎ」
 「………」
 「分かりやす過ぎて、馬鹿で、純粋で、ネガティブで。年下の辻加護にも平気
  でからかわれるし、すぐ泣くしすぐ笑うし甘えるし頼るし、天然ぶりっこだし、
  人懐っこくて意外と努力家で、……それから負けず嫌い」
 
 言葉を切った一瞬、保田さんが泣いてるように見えた。
 すぐにそれは錯覚だと気付いた。
 あたしを見つめる保田さんは、柔らかく笑んでいたから。 

 「だけど、私にとっては全てが可愛いんだ。好きだから、あんたが」
 「ごめんなさい、保田さん!」
 「どうして謝るのよ?」
 「だって、だって……」
 
 口の端をくっと吊り上げるようにして笑う、独特な保田さんの癖。
 そうして保田さんは僅かに笑みを浮かべながら、あたしの頬に添えた手を優しく
 首の後ろに回した。
 ほぼ同時に、あたしは保田さんに抱き締められる。
 「もう1度言うけど。ほんと、馬鹿ね」


319 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時15分01秒

 保田さんの息が、直接感じられる程の近い距離。 
 多分、今あたしがガチガチに硬直して、その原因が緊張からくるものであること
 も、保田さんには伝わっているんだろう。

 「石川の演技が下手なことなんて、今に始まったことじゃないし。いくら隠そうと
  したってね、分かるのよ。私にも、そして当然、あんたのことをよく見てる他の
  メンバーにもね。別にこれは石川を追い詰めてるんじゃないのよ。
  ただ、考えてることが分かり易いの。後藤と違ってね」

 保田さんの腕が、吐息が、あたしの全神経を麻痺させる。
 ごっちんの名前が保田さんの口から出た瞬間、自分の体がくっと強張った。
 彼女の体がいつもより熱く感じたのは、きっと気のせいじゃない。夏のうだる
 ような暑さのせいだけでもない、きっと。


320 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時16分34秒

 「……後藤もさ。あんなにポーカーフェイスな子じゃなかったのよ、昔は。
  昔っつっても、ほんの2、3年前 ――― そう、あんたら4期メンバーが
  加入してくる前のこと。後藤がまだ、最年少だった頃」

 あたしを抱き締めながら、保田さんは何故かごっちんについての思い出を
 次々と吐き出していた。
 顔を見なくても、記憶の中に思いを馳せている保田さんの穏やかな表情が、
 手に取るように分かる、あたしには。
 その思いを肯定するように、保田さんの声はとても優しく響いていて。
 

 「甘えてばっかりだったわ。いっつも矢口やなっちとつるんでね、馬鹿やって
  騒いで裕ちゃんや私に怒られて、拗ねると紗耶香に甘えて。
  それでも、楽しそうだった。怒ったり泣いたり笑ったり、表情がコロコロ変わ
  って、見てて飽きないし、可愛かった。……可愛がられてた」


321 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時17分08秒

 ( 知ってます、保田さん )
 ( 見た目よりもずっと幼くて可愛いごっちんのこと )
 ( だってそれは、何も今と変わらないんだもの )


 今となってはもう笑い話になるけれど、モーニング娘。入りする前のあたしは
 人一倍その特異なアイドルグループに興味があって、
 そしてその中でも一際異彩を放つ年の近い彼女 ――― ごっちんに対する
 感情は、羨望とも嫉妬ともつかぬ複雑な思いだった。
 ( もちろん当時はまさか自分自身がごっちんのことをあだ名で呼べるほどの仲
  になるだなんて想像だにしないことではあったけれど ) 

 興味が強かったからこそ、ブラウン管の中のアイドル達を目にする際、否が応
 でもあたしは後藤真希の姿を追ってしまっていた。例えそれが無意識の中の
 行為であっても。


322 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時17分50秒

 そしてその度目にする彼女は、大人っぽい風貌とは裏腹によく笑い、よく泣き、
 よく食べ、よく寝て、或いは人の話を聞いていなかったりと、まさに我が道を
 地で行く奔放ぶりに唖然としては強く憧れた。
 可愛がられているのが分かった。
 優しい先輩に囲まれ、ヒットを連発するシンデレラ・ガール。
 羨ましかった。
 女の目から見ても、魅力的だと思っていた。

 だけど、彼女とあたしは違う「特別な」人種だとの考えを拭うことはなくて、
 それは娘。入りした後しばらく消えることのない想念だった。
 もしかしたら、あたしはつい最近までその頃の思いを捨てきれてはいなかった
 かも知れない、とも思う。
 その「特別扱い」を誰より嫌ったのは他でもない、ごっちん自身だったけれど。


323 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時18分32秒

 「…紗耶香が卒業して、加護の教育係になって。世間では『ゴマキ』なんて
  通り名が浸透して、あの子の内面を無視したもう1つの人格を勝手に作り
  上げられていった。それでも、気にするようでもなくて、笑顔だった」

 ごっちんは、偽りの笑顔を見せることはないけれど、
 時々自虐的な笑みを見せることもある。
 きっとみんな、それに気付いていたのに、何も働きかけることをしなかった。

 「…本当は、ごっちん嫌なんですよね。『ゴマキ』って呼ばれるの。何だか自分
  のことじゃないみたいだって」


324 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時19分09秒

 
 市井さんが卒業した年の夏、ごっちんと安倍さんが話していた内容、偶然
 耳にしてしまったことを覚えている。
 「特別扱い」されている同士通じるものがあったのだろうか、ごっちんは年の
 近いあたしやよっすぃの前では決して見せることのない気弱な表情で
 振り絞るように、安倍さんに縋り付くように。
 “ごとぉって、腫れ物扱いされてるみたい” 
 そう呟いた後、へらへらと取り繕うように笑っていた。
 安倍さんに頭を撫でられて、照れたような安心したような曖昧な表情で。

 それはまだあたしが、ごっちんを「後藤さん」って呼んでいる頃。
 相も変わらず、ごっちんと安倍さんの「不仲説」が煙立っていた頃。


325 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時20分00秒

 「パブリックイメージってやつよね。私らみたいに本名すら覚えられてない脇役
  からしたら、ある意味贅沢な悩みだって思えなくもないけど」
 「今は、保田さんだって……」
 「覚えられてる意味合いは大分違うけどね」 

 軽く笑みを浮かべる保田さんの口調に自嘲的なものは含まれておらず、本心
 から彼女がおかしいと思っていることを感じて、自分でも不思議なんだけれど
 何故かあたしは、幾許かの安堵を覚えた。
 ごっちんを、見守っていて欲しい。
 他ならぬ保田さんに、あたしは求めてた。
 勝手だとは百も承知していたけれど、保田さんならそれに答えてくれると思って。 

 「ごっちん、いつも言ってた。『後藤はクールなんかじゃないのにな』って。
  あたし、その意味分かってるつもりでした。でも本当は、全然ごっちんのこと
  分かってなんてなかったかも知れない…」


326 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時20分31秒

 薄手のカーテンのような、傍目には気付かない程度の隔たり。
 そんな見えない壁が、確かにあたしとごっちんの間には存在していた。
 だけどそれは、時間が解消してくれていて、そしてよっすぃや保田さんとの付き
 合いが深くなるにつれて、ほとんど気にも留めなくなっていた、けれど。

 「なんて言うか、あんたと後藤は互いに遠慮し合ってるところがあったのよね。
  見ていて分かるくらい。あんまりタイプの違う2人だから、価値観の違いを
  恐れて相手の領域に踏み込むのを恐れてるって感じかしら」
 「…難しいです」
 「今のは独り言だと思ってくれていいわよ」

 空になったアルミ缶をぐしゃりと握り潰して、保田さんは無造作に屑篭へと
 放り投げる。緩やかな放物線を描いて、潰れたアルミ缶は屑篭の縁にぶつかり
 音を立てて床へ落ちた。

 チッと軽く舌打ちして、保田さんは律儀に缶を拾って屑篭へ投げ捨てた。
 あたしは口を噤んだまま、保田さんが話すのを待っている。
 自分の想いを言い出すタイミングを見計らっていた。そしてそれ以上に、保田
 さんの考えていることを聞いていたかった。
 ごっちんについて、何を感じていたのか。


327 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時21分10秒

 「――― 後藤がね。石川のことをよく見ているのには気付いてたわよ。
  だけどあの子、吉澤とも仲良かったし。相変わらず矢口やなっちともいい関係
  だったし。誰に対してもフラットで、後輩も増えて責任感ついて。
  心配なんてしてなかった」

 ――――
 いつからごっちんがあたしを好きでいてくれたのかは分からない。
 ごっちんも、そのことについては何も触れてはいなかった。
 だけど、その薄い薄い心の溝が、ただでさえ孤独感に浸り易い立場にいるごっちん
 を、少しずつ ――― だけど確実に、追い詰めていったのかもしれない。


328 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時21分59秒

 「何処から何処までが無理してるのか、全然分からないの。後藤が加入してから
  今まで、1番長い付き合いのはずなのに。
  ひょっとしてこれは辛いんじゃないか、これは出来ないんじゃないかってこと、
  感じさせないのよ」

 「気付いたのは、石川と付き合い始めてから。それまでしょっちゅう石川のことを
  見てた後藤が、全く興味を失ったって言わんばかりに石川を気に掛ける仕種が
  なくなったの。不自然なくらいにね」

 「……それで、思った。見なくなったんじゃない、わざと『見ないようにしてた』んじゃ
  ないのかって。単なる憶測だったけど。もちろん後藤本人に聞くなんてできる
  わけなかったけど」 


 それから、漠然とした不安を後藤に抱くようになった。
 そう呟いて、保田さんは深く溜息を漏らして肩を落とした。


329 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時22分36秒

 激しく波打つ自身の鼓動を感じながら、それでもどこか冷静に保田さんの言葉を
 聞き入れている自分もいる。1つ、分かったことがあって。
 保田さんは、そう、ごっちんをとても慈しんでいたということ。
 表面きって甘やかすのではなく、あくまで影からひっそりと、その成長を見守って
 いたのだって。

 そうでなきゃ、ごっちんの視線の先にあるものなんてそう簡単に気付くはずはないし、
 心配することだってない。単なる後輩に対するそれとは、違うように思えた。 
 何より、保田さんの言葉1つ1つには本心から響く優しさに溢れていた。
 「保田さん、ごっちんのこと本当に大事なんですね」

 思っていたことが、そのまま口をついて出た。
 意に反して、保田さんは何故か苦い表情を浮かべ、自虐的に笑った。「違うわ」
 呟くように言葉を吐いて、ゆるく頭を振る。
 「保田さん?」
 どこか痛々しい姿に見えた。……どうして?
 ささやかな疑問に対する答えは、すぐに保田さんから放たれた。


330 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時23分35秒

 「嫉妬してたの」
 「え?」
 「嫉妬してたから。私は、後藤に」

 相当言い辛い内容で、保田さんの中でもそれを口にするのには軽い葛藤があった
 んだろう。保田さんはあたしの方を向いてはいたけれど、あたしと目が合うのを
 避けるように、その視線は軽く逸らされていた。 
 「…私は、石川が思ってる程立派な人間じゃないし、大人でもないのよ」
 「……」
 「無邪気に甘えてくる後藤を、時として鬱陶しく思うことだってあったんだから」
 「…保田さんが?」
 「そして、そんな風に思ってしまう自分が、何より大嫌いだった」

 小さな驚きが胸を占める。保田さんも、あたしのようにごっちんに対して罪悪感の
 様な気持ちを抱いていることを察した。
 どんなに疲れているだろうと思えるときも、保田さんがグループの中で、個人的
 な感情の起伏で爆発したことはあたしの覚えている限りは1度も、ない。 
 そんな保田さんでも、人には言い難い思いを抱えていることを知らされた。 
 …誰だって、完璧な人間なんていないんだって。


331 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時24分08秒

 ――――
 
 「後藤はさ、いつもクールで、誰に対しても平等で、優しい。
  私にはない、人を惹き付ける力を持ってる」 


 …………
 歌に対する姿勢も、練習熱心なところも、負けず嫌いな性格も、認めていたけれど
 自分がそれに劣るは思っていなかった。
 可愛い後輩、そして彼女の最も辛い時期、即ち加入直後から何かと面倒を見て
 きた妹のような存在。
 親友でもあり、何よりごっちんが最も信頼していた彼女の教育係である市井さん
 の卒業後は、より一層気に掛けてきた。
 “嫉妬してた”
 だからといって、いつも表舞台で輝いているごっちんと、どうしたって裏に回らざる
 を得ない自分を比較して、後ろ暗い気持ちを覚えることがない訳じゃなかった。

 釈然としない思い。
 けれど、それを決して彼女に打ち明けることはなかった。当然、それは誰のせい
 でもなく、ましてごっちん自身のせいでもないのだから。
 普通ならば嘘偽りなく吐露するのを憚るであろう胸の内を、保田さんは罪を告白
 する罪人のように辛そうな表情で、一言ずつ口にしていた。


332 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時24分44秒

 きっともう、保田さんが今後それを誰かに打ち明けることはないんだろうな。
 彼女が今あたしを前に全てを告げてくれているのは、彼女自身の為じゃない、
 ここにはいないごっちんの為でもない。
 勇気の持てない、一歩を踏み出せないあたしの為。
 それくらい、鈍感なあたしにでも分かるよ。
 ……保田さん。
 
 「私は、何に対しても1番になれないのかって本気で悩んだこともあったのよ。
  自分じゃ全力投球しているつもり。何だって全身全霊で取り組んできた。
  だけど、それだけじゃどうしようもないこともあるんだって思い知らされたわ」

 ( 努力だけじゃ、どうにもならないこと… )

 メンバー随一といっても過言ではない保田さんがそう言うのだから、それは実際
 言葉にするととても重みがあって、易々とそれを否定するなんて不可能だった。


333 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時25分23秒

 「石川が気になり始めた頃、あんたは吉澤と付き合ってて、あの当時あんたの
  態度って嫌になる位あからさまで、全然回りも見えてなくて。
  呆れて注意する気にもならなかったくらい」
 「すみません…」
 「別に、その時は告白するつもりなんて毛頭なかったんだけどさ」
 
 よっすぃと付き合っていたのは今年の初夏までだった。
 なのに、こうやって他人の口から聞かされたり、自分でも時々にしか思い出さなく
 なることにふと気付くと、それがもう随分昔の出来事に感じてしまう。
 幸せだった。よっすぃが好きで。
 ほんの数ヶ月先、ごっちんを好きでたまらなくて、保田さんと付き合っていて、
 板挟みになって悩むなんて思いもしなかった。

 「けど、その関係が壊れたのを知ったとき、言い方は悪いけどチャンスだと思った。
  弱ってるところに付け入るなんて、そう考えたりもしたけど、だけどさ。
  見るからに元気無くした石川見てたら、やっぱり何とかしてあげたいとか思う
  ようになって……」
 段々と低くなる声を無理に張り上げて、保田さんはすぐに付け加えた。


334 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時26分04秒

 「もちろん、その石川のすぐ側に後藤がついてることは知ってた。
  ……だからこそ焦ったのかもしれない」

 
 保田さんから「好きだ」って気持ちをぶつけられたのは、既にあたしの中では
 ごっちんに惹かれている時だった。
 想いが通じないことを知って、絶望的な気持ちになって、泣きじゃくってたあの
 時。保田さんはあたしにとって唯一無二の救世主のようなものだったんだ。
 
 「石川に告白したとき、正直駄目もとだった。でも受け入れてくれた。嬉しかった。
  だけど……いつも、心の片隅に不安が付きまとってた」
 後先考えずに、その腕にすがりついた。
 抱きとめてくれる存在があることが何より、自分の支えになると信じてた。


335 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時26分37秒
 
 「いつか石川は、私のもとを離れるんじゃないかって」
 「後藤が石川を好きなのは薄々気付いていて、もし石川も本気で後藤に惹かれた
  ら、私が敵うはずないって思っていたから」
 「とうとう、それが杞憂で終わることを許してはくれなかったみたいね」
 「…………」
 
 一方的に喋った後、保田さんはあたしの顔を見て困ったような、悲しそうな
 複雑な色を湛えた瞳で静かに笑った。
 「何で、あんたが泣くのよ」
 白い指があたしの頬を這う感触。「私が泣くのが普通でしょう、この状況じゃ」
 そう言いながらも、保田さんが涙を見せる気配は全くなく、あたしの涙を拭って
 いた指が今度は髪に移った。


336 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時27分16秒

 「もう1回、聞くよ。後藤のこと好き?」
 「……ぃ…」
 「聞こえない」
 「…はい」
 「ちゃんと、自分の言葉で言いなさい」
 「ごっちんが、好きですっ、……っごめんなさ」
 「ごめんなさい、は余計だわよ。あんまし保田サンを見くびらないでよね」

 今度は、はっきり分かった。
 ぶぁっと目から溢れ出した涙を。

 「っう、っく、や、すださ」
 「いつ、石川から言ってくれるかって待ってたのよ」
 「……あた、あたし、……っ」
 「言っておくけど、負け惜しみじゃなくてね」
 「……っうえっく…ひうぅう、う〜…」
 「周りにはバレバレの態度のくせして、絶対に後藤に気持ち伝えようとはしなくって。
  私にも馬鹿みたいに気を遣ってさ。見てられなかったわよ」
 「う、うぅー…っふぁあ」


337 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時27分53秒

 後から後から溢れ出ている涙に困惑する一方で、口から出るのは嗚咽としゃっくり
 ばかりで。不規則に乱れてる呼吸を整える余裕すらなく、泣いた。
 「どうして泣くのよ、責めてるわけじゃないのよ? こんなに物分りのいい恋人、
  他にいないんだからね。多分」
 
 だからこそ、そんな優しい恋人を傷つけてしまったという罪悪感を拭い去ることが
 出来ないってこと、保田さんは気付いていないのかな。
 怒鳴られたり泣かれるのなら良かった。
 だけど、保田さんはその場の感情任せに人を罵倒なんて絶対に口にしない。
 ( だって、ほら )
 
 「私、石川のことは好きだけど………後藤のことだって、嫌いじゃないのよ」

 ( こんなに優しい )
 
 ――― 嫌いじゃない、どころか。
 咄嗟に頭に浮かんだそれを口にするのは、寸前で留まった。
 照れたような微笑を浮かべる保田さんの表情があまりに穏やかで、余計なことを
 言い足して彼女の思いやりに水を差すなんて不精なこと。
 その代わり、言葉にならない分だけ涙がぽろぽろ止めどなく流れ出てた。


338 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時28分31秒

 「もぉ〜、泣くな」
 「…う、う」
 「泣くな、バカ」
 「ごめ、んな、さい…」
 「泣くな、それに謝るな!」
 お互いに汗ばんだ体で抱き締められて、保田さんの熱い腕の温度を感じながら
 馬鹿の1つ覚えみたいに「ゴメンナサイ」ばかり繰り返してた。


 ごっちん、あたし達の周りには、こんなにお人よしな人ばかり。
 自分より、先ず他人を優先させる、そんなお人よしな人ばかり。


 「あんまり気が長い方じゃないけど、待ってるわ」
 「……あ、たしッ…」
 「あんたが、後藤ときっぱり決別して帰ってくるの」
 「ヒッ…く、う…ふぇ…」
 「なんてね」


339 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時30分56秒

 いっそのこと、『特別な人』なんていない方がいい。作らない方がいい。
 そんな悲しい結論さえ浮かんできてしまって、優しい言葉を掛けてくれれば
 くれるほど、保田さんの心遣いが余計に染みたんだ。
 ごっちん、あたし今頃になってようやく気付いてるよ。
 自分がどんなに恵まれた環境にいたかって。


 「でも、『待ってる』ってのは本当。大人の魅力ってのはね、失ってから気付く
  ものなのよ。泣いて『捨てないでくださ〜い』って泣いて拝み倒すくらいの
  意気込みがあったら、また考えてやってもいいから」
 「……ふぇっ、う、うう…」
 「笑うとこでしょ、今のは」
 溜息交じりに呟いた保田さんの腕が、あたしを抱き締める腕が僅かにきつく
 なって、声に出さない彼女の深い想いを感じた。
 だけどあたしは、ただ泣いていた。それしか出来なかった。

 ………………
 …………


340 名前:13 separation 投稿日:2003年01月25日(土)23時31分37秒


 大切なもの、それは1つじゃないの。
 大切な人、それは1人じゃないの。
 あたしは周りにいる全ての人が好きで、大事なんだ。
 温かさに触れて、優しさに包まれて、今は心からそう思ってる。
 

 ――― あたし達、幸せになる義務があるんだよ?
 応援してくれた友達の為に。自分の本当の想いを認めてくれた人のために。
 たとえ2人が、通じ合えなくたって。
 ねえ、ごっちん。
 だから、泣かないで。そんなに悲しそうな顔で、あたしの前で。




341 名前:いち作者 投稿日:2003年01月25日(土)23時32分30秒
 ああ、気が付いたら1ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
 気紛れにでも待ってくださっている方がいましたら、本当に感謝の一言に尽きます。
 たまたま本作に目を通してくださった方(がいるのなら)、ありがとうございます。 
 もう忘れられてるかもしれませんが、レス返しさせてください。


 >>294 名無し読者さん
 1人くらいさくさく物事を進める人物が欲しかったのですが、意外とはっきりしてそうな紺野に
 白羽の矢が立ちました(w 彼女は台詞が長くても違和感ないし、使い易いキャラですね(w 

 >>295 ラブごまさん
 更新の間が空いてしまいましたが、そろそろ終盤が近付いていますので石川のモノローグ
 の意味も分かるかと思います。いや、作者の力不足で分かりにくいかもしれませんが…
 
 >>296 ROM読者さん
 只の小心者の作者としては、飄々とした後藤より(いい意味で)小心者の石川の方が
 扱い易いです。まあそれは主役張ってる時点でばれてるかもしれませんが(w
342 名前:いち作者 投稿日:2003年01月25日(土)23時33分05秒
 >>297 名無し読者さん
 横アリラスコン、いいですね。明るく見送ろうとする中、最後のメッセージで泣く石川、
 花束抱えて泣き笑いの後藤に涙涙です。いしごまらしいですよね>抱き合うのではなく握手

 >>298 1450さん
 毎回ハラハラしていただいてるということで、そろそろ決着が付きそうな勢いです。
 確かに嫌な人物はいないんですよね。リアルの世界を書いてるので、単に作者の好みですが;

 >>300 きいろさん
 じれったいですね、そうですよね。( ^▽^)<でも石川、がんばってるんですよー!
 自分も書いていて爽快でした>紺野。でもネガティブ全開な石川もなかなか(ry

 >>301 北都の雪さん
 あまり皆を引っ張っていくタイプではない分、みんなに支えられるのがやたらと似合う様な
 イメージなんですよね、自分の中で石川という存在は。そしてまたも出番のない後藤を
 よそに、ヤッスー今回見せ場です(w

 >>302 @さん
 お久しぶりです!自分も@さんの作品再開されて嬉しいですよほ。
 もっとさくさく更新できていれば今ごろは別の作品を書いていたかもしれませんが…(汗 
343 名前:いち作者 投稿日:2003年01月25日(土)23時34分03秒
 >>303 名無し読者さん
 ようやく更新できました!本当にお待たせしました。気が付いてもらえるでしょうか?

 >>304 名無しさん
 保全ありがとうございます。待っていてもらえて嬉しいです。お好みの展開かは
 分かりませんが、とりあえず読んでいただけるとありがたいです。

 >>306 77さん
 マターリ更新させていただきました。 (●´ー`●)ありがとう

 >>307 名無し読者さん
 いやあ、本当にマターリさせてしまいました。申し訳。
 ( ´ Д `)<しかも後藤、まーだ出番ないしぃ。………重ね重ね申し訳(ry

 >>308 名無し読者さん
 保全ありがとうございます!まだ見捨てられていないようでホッとしてます。
 気が付いたら流し読みでも目を通してやってください。
344 名前:いち作者 投稿日:2003年01月25日(土)23時34分43秒
 たくさんのレス、ありがとうございます!
 初期の更新ペースはどこへやら、言い訳はできませんが遅筆な作者で申し訳ないです。
 あと数回の更新で完結となる予定ですので、どうか最後までお付き合いいただければ
 幸いです。
 2スレ目で終わるかと思いきや、3枚目立てると思います。まとまらなくて…
 一応今回更新分です >>309-340
 では、また次回更新時に。 

345 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)23時48分17秒
更新キタ━━━━━━(゚∀゚≡゚∀゚)━━━━━━!!
待ってました、そして泣きました。
切ないよ圭ちゃん。。。そして梨華たん。。。
346 名前:北都の雪 投稿日:2003年01月25日(土)23時56分25秒
ほんとに恵まれてますよねえ。石川さん。
保田さんも紺野さんもかっこいいです。
もうそろそろ後藤さんを・・・(笑

作者さん、いつまであなたを待ってます。
自分のペースでまったりと。
347 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)00時29分46秒
ついに圭ちゃんが動きましたね
次は誰が・・・

何ヶ月でも待ってますよ〜
348 名前:kou 投稿日:2003年01月26日(日)00時56分09秒
待ってましたよ〜。
圭ちゃんの優しさが切ないですね。
次はごっちんくるのかな。続き楽しみです。
349 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)19時21分59秒
『世界で一つだけの花』をたまたま聞きながら読んでいたら
涙が止まりませんでした。圭ちゃんの優しさと梨華ちゃんの正直すぎる態度を
うまく表現できてる作者さんに脱帽です。
これからも頑張ってください。
350 名前:きいろ 投稿日:2003年01月26日(日)19時42分31秒
更新お疲れ様です。
やはり大人の女性は違いますね(●^−^●)
ここで、話急展開しますか!?
これからの展開に期待!!
351 名前:ラブごま 投稿日:2003年01月26日(日)23時35分44秒
何と言うか、とにかく作者さんの底力(?)に脱帽です。
圭ちゃん、何ていいヤツなんだぁ〜
果てしなく気になってやまない梨華たんのモノローグ、今回もめちゃくちゃ意味深
ですね。とにかく最後までスッポンのようについていきます!
352 名前:ROM読者 投稿日:2003年01月28日(火)02時05分11秒
誰かのためではなく、自分のために勇気を持ってほしいですね。
梨華ちゃん?
353 名前:297 投稿日:2003年01月30日(木)15時08分56秒
更新、お疲れ様でした。
うわぁ〜、今回もせつないです・・(涙)
どうしても実際の保田さんに重なってしまいますね。
大人だよなぁ・・
自分から一歩踏み出す勇気・・ここの石川さんが早く行動に移せますように。
354 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月11日(火)03時45分19秒
ここの石川は腹が立つ!
さっさと後藤に告白しろ!おまえがうだうだしてるせいで、周りの
人間がどんどん傷ついてんだよっ!って普通に思っちゃうほど、
作者さんの手腕はすごい(笑)
355 名前:いち作者 投稿日:2003年02月18日(火)18時26分32秒

 当初は2ヶ月くらいで終わる予定でいた駄作者でございますが、大幅に予定変更
 して3スレ目まで立ててしまう上、内容もなかなか進みません。
 本当にこれは作者の至らなさ故ですので…。更新の度にレスをくださる方、たまたま
 お目通しいただいた方様々な方がいらっしゃると思いますが、例外なく苛々した思い
 をさせてしまっているのではないかと小心者の作者も反省してます。申し訳(ry

 言い訳しても始まりませんので、あと何度かの更新で終わるつもりでいますが、
 また気長に待っていただければ本当に幸いです。

 そしてありがたくもレスをいただいた方へレス返し。させていただきます。
356 名前:いち作者 投稿日:2003年02月18日(火)18時27分38秒
>>345 名無し読者さん
 随分とお待たせしてしまいました。内容が内容だけに、どんどんダークな気分に
 なってくる小説ですが、更新を喜んでいただけると本当に嬉しいです。

 >>346 北都の雪さん
 そろそろ後藤さんを……出しました!本当にちょびっと(w
 実際石川は表面上はいじられキャラですが、脆そうな感じを受けるので回りが
 フォローに回りそうだなと。勝手な作者の主観ですけどね。

 >>347 名無し読者さん
 次はようやく彼女(某G)出番です。お待たせしました。
 次回はかなり会話が多くなりそうです。やっぱり会話が多いとテンポが良いっす。
357 名前:いち作者 投稿日:2003年02月18日(火)18時28分23秒
>>348 kouさん
 女の世界で22歳(この小説ではまだ21)と18歳(同じく17)の年の差ってかなり
 大きいですよね。だからお圭さんは大人な対応なのです…大人ぶってるのです…(多分)
 レス感謝してます。頑張らなきゃと自分に鞭打ってます。 

 >>349 名無し読者さん
 音楽を聴きながら読まれてる方が意外と多いんだなぁと再確認しております。
 いい曲ですよね>「世界で〜」。自分は暗い気持ちにならないと書けないので、専ら
 中島みゆ(ry

 >>350 きいろさん
 ネガティブな石川視点を書いていると、他の登場人物書くのが楽しいです。
 突発的に( ^▽^)<いぇ〜いチャオー♪ みたいなことをさせたくなります…
 急展開といってもそんなことになったら非難ごうごうでしょうかね(w
358 名前:いち作者 投稿日:2003年02月18日(火)18時29分45秒
>>351 ラブごまさん
 スッポンのようにですか(w ではリタイアなんてもってのほかですね。
 文章力ないので似たような展開を繰り返してるのが歯がゆいのですが、とにかく
 最後まではきっちり仕上げますのでよろしくです。

 >>352 ROM読者さん
 ( T▽T)<人間って……悲しいね……簡単には……変われないよね…
 ( ´ Д `)<ソレヲカエロッテイッテンダロ
 Σ( ;^▽^)<ご、ごっちん!?
 ( ´ Д `)<――― (シーン)…

 >>353 297さん
 考えてみると、もう半年も前の話を書いているわけですが、実際の保田さんは
 現在の方が色々思うところ多いかもしれないですね。卒業間近…
 そろそろ石川もアクティブになる!!かも?です。
359 名前:いち作者 投稿日:2003年02月18日(火)18時31分44秒
 >>354 名無し読者さん
 一瞬ドキッとしますた(w  確かに作者でも苛立つくらいにウジウジしている
 ここの石川ですが、どうぞ温い目で見守ってやってください。
 多分、成長するはずですから。多分…

 
 というわけで、これ以降は次スレへ移行させていただくことにしますた。
 どうも中途半端なところで切れそうなので…
 次スレで(今度こそ本当に)完結予定です。どうぞよろしくお願いします。
360 名前:いち作者 投稿日:2003年02月18日(火)19時03分42秒
次スレです。同じく緑板に立てさせていただきました。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/green/1045560784/l50

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