pure

1 名前:ココナッツ 投稿日:2002年10月08日(火)20時55分31秒
えーと、2作目に挑戦しようと思いました。
主な登場人物は石川・吉澤になりますが、全メン出します。
扱いが濃いー人もいれば、あっさりした人もいますが…。
まだまだ未熟者ですが、どーかよろしくお願いします。。。
2 名前:〜プロローグ〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時05分11秒


この世界に『死』という感覚は二つある。

一つは『肉体の死』。
その身体の機能が絶えてしまい、この世から存在が消え失せる事。
全ての人間が生の終りに必ず迎え入れなければならない自然の摂理。

もう一つは言うなれば『存在の死』。
その人物の生き方を否定し、その存在までも消そうと考えた人間の醜い心が生
みだしたうわべの死。

それを受けた人間は<壁>で区切られたこちら側に収容され隔離される。




ここは、存在を消された人間の集う場所。


3 名前:1章 〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時06分48秒

――――――――




狭い路地。
辺りには行き場を無くした浮浪者。
周りのものは全てが生気を発していない。
至るところにゴミが散乱して、その悪臭に思わず鼻をつまみたくなる。
赤茶けた色をしているはずのレンガで造られたたくさんの家。
皆同じ様なそれらの壁は上から下にいくにつれて黒く変色し、所々が欠けてい
て、多少ではあるが、様々な形のひび割れがその建物の生きてきた年代を静か
に告げているようだった。

日はもう真上に上がっていて遮る物の無いその街並み。
直に暑く照り付ける日差しは梨華の素肌を執拗に刺激する。
自宅から持ってきた日焼け止めも己の体から流れ出る汗によって、思いも空し
くその役割を果たせていなかった。
「これ以上焼けちゃったらどうしよう…」
サラサラとした細かい粒子の砂に足をとられてなかなか足が進まない。
靴の中にも進入してくるそれも今ではもう気にもならなくなっていた。
4 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時07分38秒

辺りには植物なんてものは一切存在しない。
水分を含む物の全てを拒み、見渡す限り枯れ果てた地面。
そんな所にポツンとそびえるこの街に飛ばされる事になった理由に今一度、考
えただけで心が沈む。
「…はぁぁ…」

ここから遥か向こうにある文明の差が違い過ぎる街。
何十mもの高層ビルがいくつも立ち並び、煌々と輝く電子の灯りが夜になると
目を覚ます。空飛ぶ車やヒト型アンドロイドなど、必ず一家に一台はある。
大きな<壁>の向こうにあるその活発な鉄の街。
梨華は国家が承認するその街の国営特殊警備隊の一人だった。
5 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時08分17秒


そこらで無限と言っていいほど現れるアブナイ奴ら。
一般市民に被害が及ぶ事も少なくない。
それどころか犯罪は当たり前のように頻繁に起きる。
高度な文明が発達した今の時代、かつて米国で簡単に銃が手に入る場所があっ
た。法律で禁じられてはいないために。

それが幾年前、ここ日本にも導入された。
今では誰でもこんな物を手にする事が出来る。
幾多の警備隊が使うようなハンドガン、狙撃用のライフルやミサイル、そして
あまつさえ一般人護身用の簡易麻酔銃らまで開発されている始末。
さすがに簡単にホイホイ購入できるような価格ではないが、それでも少し無理
をすれば手に入らない値段ではない。
そんな物が売られれば、全てではないが悪用する者が出てくるのは必然だ。
6 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時09分04秒

そいつ等を取り締まりお仕置きを与えるのが梨華の仕事。
けれど梨華の実績は良いものとは言えなかった。
同期の者達と比べても、梨華の仕事成績は最低ランク。
折れ線グラフに表すならば一番下スレスレの一直線。
与えられた及第点もろくにクリアした事なく、格闘・銃系統のテストなども
全て0点に近いほど。
しまいには警察学校始まって以来の落ちこぼれとまで呼ばれた。


この荒れ果てた砂漠の町。
これまでにここに追放された者たちの行動調査をする。
役所内で一番キツく、一番やりたくない仕事bP。
日中40度を軽く越し、そして夜は比べ物にならない程寒い乾燥地帯。
今回、その場所の調査任務を仰せつかったのが署内で一番成績の悪い梨華だ。

有無も聞かれず、何の意味も無く、ただ署の最高位のピンバッヂを胸につけて
踏ん反り返っているつるっぱげのデブ親父に「石川」と名指しで呼ばれただけ
で、それは決定してしまった。
7 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時09分41秒


ふざけないで。
そんな事やりたくない。
お前がやれ。
なんで私が。
否定と怒りの言葉は次々と頭に思い浮かぶ。
けれど思い浮かぶだけ。
結局最後はおとなしく「はい…」と頷き、言いなりになってしまった梨華。



「はぁ…」
ため息は尽きない。

<壁>のこちら側に来てから数時間。
右も左も分からないまま、梨華はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと砂の風
吹き荒れるこの街を徘徊していた。
8 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時10分13秒





「待て―――――っ!!!」
そんな時、それは本当に突然で。
向こうの方からバッグを抱えた少女と、それを追うひげの中年男の姿。
何事?と、梨華は首をかしげてその声の主らしき人物なる影を見つめていた。
「ドロボ―――――ッ!!」
普段の梨華ならここで秘めていた正義感が火を灯し、盗んだ奴を捕まえようと
必死で地の果てまでも追っていく事だろう。

しかし


9 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時10分43秒



「それは俺が盗んだバッグだぞ――――――っ!!!」
ひげの男性がものすごい形相で叫ぶ。
「ええっ!?」
その言葉を聞いた梨華は、道の中央で食い止めようと手を広げようかどうか躊
躇した。

「こっ…これはどうしよう…?」
冷静に今の状況を整理する。
最初にバッグを盗んだのはひげ男の方。
そしてその盗品を盗んだのが前を走る少女。
これは盗られた男につくべきなのか、それとも盗品を盗み返した少女につくべ
きなのか…。

その間に二人はドンドン接近してくる。
そのスピードは落ちずに、それどころかさらに加速しているかのよう。
梨華はその道のちょうど真ん中で立ち往生していた。
10 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時11分25秒


「ダメェェ――――ッ!!」
「えっ?」
結局ひったくりの少女を先に捕まえようとその少女の行く手を阻んだ。
梨華が叫びそれでやっとひったくりの少女が顔を上げた。
けれど、少女が梨華の存在を認識した時にはその少女と梨華の距離は2〜3メ
ートル程。
気付いた時には、二人とも相手の顔が既に目の前にあった。
「う、うわっ!?」
「キャアアアッ!?」

11 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時11分58秒


――――――――ズッダーンッ



哀れ、梨華と少女は当然の如く正面衝突。
二人して地面に尻餅をつく形になってしまった。
「「いったぁ…」」
あまりの痛さに二人とも動く事が出来ずにいた。
「…何すんだよ!」
「えっ、あっ、ゴメンなさい!」
ひったくりに謝る。
本当なら相手が反省しなくてはならない状況なのだが、怒鳴られれば反射的に
謝罪してしまうのが梨華の習性。


そして追いかけてきていた中年の男の声が響く。
「ひとみぃっ!ふざけんじゃねぇぞっ!!」
ひとみと呼ばれた少女の手からバッグをぶん取り、襟首を掴んで持ち上げた。
少女の顔が苦痛に歪む。
「今度こんな事してみろ!どっかに売り飛ばしてやっからな!!」
その男の拳がひとみの左頬に殴りつけられ、梨華は思わず顔をそむけた。

12 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時12分56秒

梨華は目を瞑ったままドサッ、という音がして一つの足音が遠ざかっていく。
そぉっと目を開けてみると、舞い上がった砂埃の中に少女がぐったりと横たわ
っていた。

「だっ…大丈夫!?」
慌てて走り寄り、少女の上半身を抱き上げる。
「…ごほっ…っはっ……ぐっ…!」
唇の端から血が滴っている。
殴られた時に自分の歯で口の中を切ってしまったんだろう。
「ちょっと…口の中見せて」

梨華の指がひとみの頬に触れるか触れないか位近づいた時に、それは彼女の手
によって振り払われた。
「離せっ…!…ごほっ…」
梨華を睨むその瞳は暗く、凍り付いている。
けれど綺麗に澄んでいてその奥底には生気がしっかりと感じられる。
13 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月08日(火)21時13分29秒

「くっそ…っ…!」
そのままひとみは梨華から体を離し立ち上がろうとした。
「ちょっ…そのままじゃ…!」
「うるさい…」
唸るように言い、さっき怒鳴られた時よりも数倍迫力がある。
梨華はそれだけで何も言えなくなってしまった。
フラフラとした足取りでひとみはそのまま歩き出した。
その背中を見送りながら戸惑う。
ほっていく訳にもいかなかったので梨華は後を追った。
「待って!」
また砂埃が舞った。

14 名前:ココナッツ 投稿日:2002年10月08日(火)21時18分33秒
え〜、最初はこんなカンジで…。
つーかサブタイトル…センスないなぁ、まんまやん(鬱
まぁ、とゆーわけでどーぞ、よろしくお願いします。

えーと、sageにしてありますがこだわりはありません。
メール欄の色を変えたかっただけなので、特に意味なしです。
15 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時25分53秒

「………」
「………」
足が砂に取られてなかなかうまく進めないけれど、どんなに離されようとも
梨華はひとみの背中を見つめ続けその後を追う。
もうそうしてから何分経ったろう。

「………」
「………」
「……何か用?」
振り返りもせず足早に、重苦しく口を開く。
「ケガ、心配だから」
梨華は本当に思っている事だけを率直に告げる。
「そんなの心配されなくてもいいよ」
「だって…ケガしちゃったの、私のせいだし…」
「まぁね」
「………」
梨華が口を噤んだ時、ひとみはそこで止まり振り返った。


「…ごめんなさい」
「………」
ため息をついて、また少女は歩き出す。
それをまた梨華は主人の後についてくる忠実な犬の様にぴたりとくっついて歩
いていく。
16 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時26分57秒

「なんでついてくるの?」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、怒りの視線を梨華に向ける。
「だから…心配で…」
「偽善?だったらお断りだよ」
皮肉ったらしく、梨華を見下したように吐き出した。

「違う!」
突如、大声を張り上げた梨華にひとみは目を大きく見開いた。
「違うよ!ただ…」
目が合う。
こちらを向いてくる瞳に強い意志を感じる。
こくりと喉を鳴らし、視線を自分の足元へ。
「…ただ?」
ひとみは小首を傾げ、俯き加減の首が持ち上がるのを待った。
けれどその首が前を向くことはなく、くぐもった声で
「……人の物を盗むって言うのは、やっぱりワルイコトだと思うの…
 それが、例え盗品だとしても…」
「………」
17 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時28分14秒


「じっとしててね」
「………」
バッグから救急キットを取り出し、その中から処置に必要だと思われる物を
見定め、まずはミネラルウォーターのペットボトルを渡す。
「はい」
「…何?」
「これでうがいして。飲んでもいいし」
「いいよ」
「ダメ、切れてるでしょ」
「………」
ひとみは観念して受け取ったペットボトルに口をつけて、ぬるまった水を口
の中に流し込み、それを吐き出した。
ピリッとした痛みが頬から伝わり、吐き出した水には血が混じっていた。
そうして何度かその動作を繰り返しその痛みにも慣れてきた頃、ようやく水
を飲み込んだ。
18 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時28分44秒
「これ口の中に入れてて」
そう言って小さく切り取ったガーゼをひとみの前に差し出した。
ひとみは黙ったまま、梨華の顔とガーゼを見比べ、ふぅ、と一度ため息をつ
くとそれを大人しく口に含んだ。
梨華はそれを見届けると、今度は殴られた頬に当てる為の湿布をひとみの頬
に合わせた大きさに切る。
ひとみの左頬は青紫色に変色して痛々しい。
一応女の子なんだから…と心のどこかで呟き
「ちょっと、痛いかも…」
と、ひとみの顔色を窺いながら切った湿布を貼り付けた。
「………っ」
思った通り、眉間を寄せて苦痛の反応を見せるひとみ。
「ごっ、ごめんね…ガマンして…?」
梨華はなるべく痛みを感じさせない様に撫でるように湿布を貼った。

「うん、これで何とか…」
処置を終え、ホッと一息つける状態になる。
「ゴメンね、私のせいで…傷はもう大丈夫だから」
言いながら梨華はひとみの横に腰をおろした。
19 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時29分21秒


「えっと…ひとみちゃん?」
唐突に、なんの恥じらいもなく『ちゃん』づけで少女の名を呼んだ。
「…名前言ったっけ」
「さっき…あの…男の人が…」
「あぁ」
小さな笑いを見せると、ひとみはそのまま目を閉じた。
閉じられた大きな瞳に映える長い睫と、砂漠で出会ったにもかかわらず白い
その肌に、視線を引き寄せられる。
(綺麗な顔…色も白いし、うらやましい…)
今見せた含み笑いででも少しばかりの胸の高鳴りは感じ取れるのにそれだけ
ではなく、ひとみがかもしだす中性的な雰囲気でさらに熱を感じる。
日ももう傾き始め気温も十分下がってきていたのに、体は熱くなっていた。
20 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時29分57秒
「変わってるね、こんなトコに旅行なんて」
少しの沈黙の後ひとみが急に口を開いた。
「え?」
「旅行じゃないの?こんな大荷物」
ひとみは梨華の荷物を指差す。
「あ、いえこれは…」
言いかけて梨華は口を噤む。


『機密は絶対的に他言無用、他者に情報を漏らす事は厳禁』


上司の言葉が頭に浮かぶ。
梨華の仕事は絶対条件として、無関係な人間に内容や目的・その他などを漏
らす事を禁じている。
(危ない…!うっかり話すところだった…)

「そ、そう旅行!世界中を旅行するのが私の夢なの!」
そんな気持ち、微塵もない。
あり合わせの言葉でその場を凌ぐ。
「ふーん、そう」
「あ、あははは」
21 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時30分34秒

「どんな所行ったの?」
ぐっ、と言葉に詰まる。
どうして、何故に、彼女は答えづらい所を的確に突いてくるのか。
これまた下手なことは言えない。
「え…、えーっと…」
「どこ?」
その大きな瞳は目を逸らそうとはしない。
自分も目を逸らす事はできなかった。

(どうしよう!国の名前、国の名前…!適当に!)
自分の住んでいるこの国以外にも、知ってる国名は幾らでもあるはずだった。
けれどこの少女に余計な事を喋ってしまわないかと言う不安から、梨華は必
要以上に焦ってしまっていた。
これも己の教官から何度も注意されてきた事だった。
「もしかしてウソ?」

(そうだ!そういえば…!)
ふと、そこで教官の顔を思い浮かべた梨華は顔を明るくした。
22 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月11日(金)21時31分05秒

「南の島とかぁ…」
ついこの間、その教官が休暇をとって南の島へと新婚旅行に行った。
それのお陰で、自分が苦手としている銃のテストがチャラになり、嬉しかっ
たのがとても印象に残っていたのだった。

「南の島…そう!南の島!」
得意げに胸を張る梨華。
どこの国なのかなどという事は、頭の片隅から抜け落ちている。
「…南の島、ねぇ…」
ひとみはそれを敢えて聞こうとはしなかった。
「そうそう!楽しかったよ〜、とっても!」
一言一言にいちいちかぶりを振って反応するひとみがすっかり信じ込んでい
ると梨華は思い、素で話題を進めていった。
まるで同期の友人と、食後のティータイムで談笑する時かのよう…

「色黒なのはそのせいか」
「なっ…!」

…にはならなかった。

「あ〜それとも、生まれつき、か」
「ひひひ人がききき気にしてる事…!」
気分が良かった梨華も、自分のコンプレックスを持ち出されすぐに落胆する。
口を動かすと頬が痛むのか、ひとみは湿布をさすっていた。
23 名前:ココナッツ 投稿日:2002年10月11日(金)21時31分43秒
更新しました。
24 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月12日(土)08時54分42秒
おもしろそうな設定なんで期待
25 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時17分45秒

「でもこの近くにホテルなんかないよ」
「えっ!?」
暗い心など一気に吹き飛んでいった。
「ある訳ない」
ひとみの言葉に梨華はゆっくりと首を動かす。

人の入りは激しいものの、その一方だけ。
悪人と呼べる悪人がここにはわんさかと集まっている。
復旧も何もない。
そもそも元の形も大していい物ではなかったはず。
と、梨華は学生時代に習った歴史の記憶を総動員させた。

ならばこんな錆びれた砂漠の町に宿泊施設はおろか、人と人との触れ合いを
生業としているサービス施設なんかも
「ある訳がないのね…」
また肩を落とす事になった。
26 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時18分21秒
「めずらしい、っていうか、初めてだよ」
そんな物好きなヤツ―――言われなくても察しが付いた。
自分だって好きでこんな所に来た訳じゃない。
そう言いたかったが、言えない状況にある梨華はそのまま首を傾けた。
「……そぉ?」
「よっぽど物好きなんだね、アンタ」
「ありがと…」
いきなり立ちはだかった困難に、これからどう対処していけばいいのか。
当てもないこの廃墟の町で、自分一人で何ができるのか。
のん気に現状調査なんて場合ではない。

「どうすんの?これから…」
「…分かんない」
急に胸の内に寂しさが込み上げてきた。
母親と離れてしまった幼い子どもの様に、見えないぬくもりを探す様に。
27 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時19分01秒
「どうしよう…、私これからどうしたらいい…?」
「んな事あたしに…」
「どうしたらいい?ねぇ、どうしたらいいの?」
「えっ…やっ、ちょっと…」
ひとみの腕を掴んで激しく揺さぶる。

「どうしよぉぉっ!」
周りの状況も省みず梨華は泣き出した。
これでは本格的に迷子みたいだ。
「ぉ…おぃ…」
「グズッ…ヒック…ック……ッ…!」
いきなり泣き出した梨華に、ただポリポリと頭を掻くひとみ。
「あんた年いくつだよ…」
「…ック、じゅぅ、なっなぁ……」
「………はぁ…」
遠くで何かの鳴き声が、小さく小さく聞こえた。

「おいで」
目を覆っていた両手を放し、歪んで見える目の前には白い大きな手が差し伸
べられていた。
「休める場所、探してやるよ」
ぶっきらぼうに言い放つそれも、不快には感じなかった。
いつしか涙も止まっている。
「………」
「来ないならそれでいいけど」
慌てて涙で頬に張り付いた髪の毛をはがし、顔を拭い首を横に振った。
「い…行く!」
ひとみは踵を返してまたしても先に歩き出していった。
また梨華も何回目かのそれに、今度はちゃんと本人の了解を得て後を追う。

28 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時22分03秒



後を追ってくる梨華を尻目に、ひとみは気にせず歩を進めた。
こんな事、ここに来てから初めてだ…。
それはまるで厄介な物を押し付けられたような感じで。
人付き合いは苦手なのだ。
他人と関わりを持つなんて、わずらわしいだけだ。
関係を持てば持つほど、後で辛い思いをするのだから。
だが今回はどういう風の吹き回しか、自分から他人に関わる様なマネを。

ポケットに手を突っ込んでだらだら歩く。
そうしながら熱い日に照らされた砕けたレンガの壁を見つめた。
屋根は剥がれ室内を外界にさらけ出しているその建物は、とても寝泊りでき
る様な場所ではない。
―――もっとマシな家があった筈。
都合の良い家があるかどうか、自信は無いし根拠も無い。
けれど最善は尽くしてやろうと思うのは何故だろうか。
まぁいい。
これ以上、この娘と関わりを持つ気はない。

「言っとくけど、きれいなベッドなんかないからね」
首だけ少し後ろに向け、それでも足は止まらずにそう告げた。
「うん」
見た目からしてお嬢様な彼女の、さっきの泣き顔からは考えられない返事。
不思議な娘。
ひとみはそう思いながらも口には出さなかった。
29 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時22分41秒


しばらく歩きながら、段々と辺りは光を失っていく。
完璧に温度も下がりだし、夕日ももうほとんど顔を出してはいない。
このままではマズイ。
「…しゃーない」
ひとみはそう呟くと、くるりと体を反転させもと来た道を行く。
梨華は一瞬躊躇ったが必死で追いかけた。
「ねぇ、どうして戻るの?」
眉を八の字にしながらおずおずと聞いてくる。
「そんなに心配しなくても寝る所くらい見つけてやるよ」
今度は少し歩を早めた。
30 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時23分16秒

辿り着いたのは古いコンクリート造りの小さな家。
昔はホテルの様な物だったのか、それらしき看板が風に揺られてキィキィと
不気味な音をたてる。
木製のドアの横には薄暗い階段があり、まだ上にも部屋があるらしかった。
梨華はコクリと喉を鳴らした。
「来な」
視線を促し、ひとみは鍵もかかっていないドアを開けた。

「今日はあたしの部屋に泊めてやるけど、明日になったら出てってもらう」
ドアを閉めるなり、ひとみは冷たくそう言った。
「部屋は明日になったら見つかるから」
「あ…ありがとう」
梨華は礼を言って室内を見回した。
31 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時23分48秒
灰色の壁。
錆付いていてキッチンとは言えなくもない水道。
木で作られた低いテーブル。
外の皮が剥げ、中のスポンジを露出したソファ。
壁側に何重にも積まれたたくさんの本。
生活に必要な、あるいは知識の元になる物、
その他には何も無いシンプルな部屋だったが、よく掃除されており
ひとみの性格がよく表れていた。
32 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時24分58秒
「あんたの寝る所は奥の部屋。
 そんなに汚くないからあんたでも寝れるでしょ」
積んであった本を一冊手に取り、ソファに寝転がって本を読み出した。
ひとみはあくまで梨華に提供する側として義務を果たすだけ。
必要以外の事は何もしないし言わなかった。

「さっきから聞いてればあんたあんたって…」
ぷぅと頬を膨らませ潤んだ瞳で講義する。
「そういう言い方って無いんじゃないですか?」
そんな梨華に肩を竦ませ、横目でひとみは
「…名前知らない」
「梨・華、石川梨華」
「…分かった『梨華ちゃん』」
相変わらずそっけない。
33 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時25分36秒
「あなたは?」
「知ってるでしょ?」
「そうじゃなくて名字!」
「聞いてどうするの?」
はらわたが煮えくり返ってどうしようもないが、
一応命の恩人とも言える人に変な事は言えない。
それにもし怒らせて「今すぐ出て行け」なんて言われたら、困るのは
自分だけなのだ。
「…教えてくれたっていいじゃない」
梨華はやや卑屈になった。

ひとみも他人とはあまり関わり合いになりたくないというのが心情だが、
それが元で明日まで気まずい雰囲気になるというのもひとみとしては避
けたかった。
持っていた本のキリのいい所まで読み上げると
「…吉澤」
一言そう言い残して、また読書に集中し始めた。
34 名前:1章〜落ちこぼれとひったくり〜 投稿日:2002年10月16日(水)13時26分10秒
更新終了。

>>24名無し読者様 レスありがとうございます!期待に背かないように
         日々精進を目指します。
35 名前:ココナッツ 投稿日:2002年10月16日(水)13時26分59秒
まちがった――――――!!
すいません、訂正です。(メール欄)
36 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月23日(水)19時36分04秒
今の段階では、ちょとレスしにくいので
とりあえず読んでる事だけお知らせしときます。

がんがってくらはい。
37 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時25分10秒

梨華はそれから案内された部屋へ荷物を運ぼうと、ソファの横の細い
入り口を真っ直ぐ進んだ。
その奥には一つ、こざっぱりとした小さく狭い部屋があった。
入ってちょうど自分の真向かいにシーツが少し乱れたベッドがあり、
その右横にはクローゼット。
それ以外には何も無かった。

最初に入った部屋と同じ、必要最低限の物のみ置かれている。
そしてまた、ここも綺麗に片付けられている。
ひとみはきっときれい好きなのだろう。
憎まれ口を叩き無愛想な少女の意外な一面を垣間見て、梨華は少しだけ口
元を緩ませてみた。

ゆっくりとベッドに腰を下ろす。
スプリングがギギィ、という鈍く古ぼけた音を奏でる。
38 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時25分58秒

「はぁぁ〜…」
ぼすんっ、と小さい枕に頭を埋めた。
「そうだ、報告しとかなきゃ」
そこで無精にも、ベッドの上からやや離れた所にあるバッグに手をうん
と伸ばし、微妙な体勢からゴソゴソと漁る。
奥底に沈んでいた小さい四角形の固形物の感触を感じ、ちょっとそのき
ついバッグの中からグッと引っ張り取り出した。
「ポケットに入れとけばよかった」
大事な事を後から気付く、自分の悪い癖。
いつになれば治るのだろう、と考えながらその小さい箱の蓋を開けた。
39 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時26分33秒

ピッ、と電子音の後に現れる電磁スクリーン。
そして青い背景が表れるが何も映ってはいない。
「あっ」
気付いた梨華は頭からすっぽりと毛布を被り、念の為に通信機の音量を
最小にまで下げ、自分も声を潜めて言った。

「え〜っと…《S−1048、石川梨華》」
それに反応を示し青い画面に言ったとおりの文字が写される。
そして聞こえる機械的な声。
『声紋確認…………』
チカチカと点滅を繰り返すその文字が消えた時、再び機械的な声が告げた。
『確認完了…本人ノ声紋ト完全一致……登録サレタ通信機ニ繋ギマス』
そうして画面が切り替わり、映し出されたのは見覚えのある部屋と
自分の敬する教育係。
しかしその教育係の顔は、穏やかとは言い難いものだった。
40 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時27分24秒
「あっ保田さ〜ん」
『何が「あっ保田さ〜ん」よっ!』
画面向こうのその人は梨華の顔を見受けるなり怒鳴り散らした。
どうやら教育者はご立腹のようだ。
「し、し―――――っ!大きな声出さないで下さい!」
『あたしだって出したい訳じゃないけどね、アンタ連絡すんのが遅すぎん
 のよ!着いたらすぐ連絡しろって言ってあったでしょ!』
「い…いろいろ諸事情がありまして…だから声抑えてください…」
まったく…とぶつぶつ言いながら落ち着いた彼女を見て、梨華は小さく
息をついた。


彼女の名は保田圭。
梨華と同様、警備隊の一員である。
されどもその能力は優秀で、隊員の中で常に上位の成績を獲得していた。
何の因果か横暴か、運悪く彼女は梨華の教育係として任命された。
現在はその警備隊の中でも特別で、実際の任務には携わらず他の隊員の
アシストやプレーンとして活躍している。
自分にも他人にも厳しい彼女。
けれどその人当たりはよく、上司などという線はとうに超え
まるで本当の姉妹の様で、梨華は心の底から信頼を寄せていた。

『で、そこどこよ?あんた今まで何やってたのよ』
「実はですねぇ…」
41 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時28分08秒
梨華は今までの出来事を大雑把に説明した。
するとスクリーン向こうの教育係はあきれ果てた顔をして
『一言言うわよ』
「はい」
『大馬鹿』
いきなり罵られた梨華は、唇を尖らせ精一杯の睨みを利かせた。
『拗ねたってダメよ』
「…なんでそういう事言うんですか」
『あのね』
はぁーっ、と大きなため息を吐いて圭は肘をついた。

『あんた出される前に話聞いてなかったの?』
「は?」
梨華のその返答に圭はピクッと眉をつり上げた。
『手帳の規程要項を見なさい!今すぐっ!』
「は、はいぃ!」
がばっ、と身を起こし開いたままのバッグをひっくり返して、中の
私物やらなんやらを全てそこらじゅうにぶちまけた。
その最後に出てきた自分の掌ほどの地味な手帳。
「あっ、ありましたぁ!」
『当たり前でしょ!32ページの一番最後読んでみなさい』
「最後ですかぁ?えーと…」
梨華は小さな文字で書かれた行を読み返した。
42 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時29分05秒


「“このページは地球資源の保護の為、再生紙を利用しています”」


『違う!誰がそんなもん読めって言ったのよ!』
「だって保田さんがぁ…」
『そうじゃなくて、黒文字の所の一番最後!ボケてんじゃないわよ!』
梨華の場合、本当に悪気なくやっている事なので余計、たちが悪い。
「ふぇぇぇ〜…ごめんなさぁい…」
大きな瞳を潤ませながら言われたとおりの所を読む。
「えーと…“注意事項・本隊の調査任務は多数が秘密調査である」
43 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時29分56秒



「その為、調査者は必要以上に現地の者、または関係者以外の者との
 接触を避けること”…」
『………』
「…これが何か?」
バンッ、と机を叩いた音がスクリーン向こうから聞こえる。
『あんた全然守ってないじゃないのよ!』
「えっ!そうなんですか!?」
『あああああああああ…‥』
圭は脱力したように頭を抱えてうずくまった。

『あんたのやってる事、違反ばっかじゃないのよ…』
とうとう叫ぶ声も元気も無くなったらしく、その言葉に迫力は無い。
「私、別に規則破ってなんかいないですよぉ」
『…はぁ…?』
「だってこれには、「必要以上」って書いてるじゃないですか」
梨華は手にしている手帳をスクリーンに向け、今言った場所を指差す。
「その時はあの子が傷を負っていたからその処置をしただけです、
 怪我してる人がいるのに接触を避けろ、なんて警備隊の名が廃ります」
自信満々な梨華は胸を張った。
圭はそれを冷ややかな眼差しで見つめる。
44 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時30分44秒
『…まぁ、そういう事なら』
「でしょでしょ?」
パッと顔を明るくさせる梨華。
しかしそこで圭は、人差し指を立て横に振りチッチッ、と舌打ちする。
『でも、問題はその後』
「え」
『怪我したのを処置したってのは構わない事よ、でもその後調子に乗って
 宿泊所を案内されるどころか、その子の家に上がりこむなんて…』
「……だ…だって…」
梨華は必死になって次の言葉を探そうとしたが、
『「だって」「でも」、言い訳の言葉は禁句!』
「…う…」
『以後、気をつけなさい』
「………」
『返事!』
「…はぃ…」
45 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時31分40秒
それから梨華は、この地域の街並み、気候、人々の様子などを
事細かに圭に説明した。
それを圭は自分の手元にあるキーボードに打ち込み、ファイル作成をした。
そして梨華に視線を戻し、笑顔ともしかめっ面とも言いがたい顔で告げた。

『今日はまぁこんなもんね、明日から本腰いれなさいよ』
「はい」
『報告、忘れんじゃないわよ?』
ニヤニヤと意地の悪い顔でそう言うと、梨華に反論させる間もなく
通信機の電源を切った。
「なっ…そんな事まで忘れませんよぉ」
梨華の呟きは伝わる事は無かった。

「もぅ…保田さんたらぁ…」
通信機をしまい込んだ後も、梨華は己の教育者に対するグチを言い続けた。
しかしその顔はどことなく楽しそうで。
自分の生まれ育ったあの鉄の街から、一人こんな所にまで送り出され、
それでいて初日から不安を感じさせるような町人達に出会い、梨華の精神
はもはやズタボロだった。
46 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月03日(日)14時35分38秒
けれど画面向こうにいた信頼する者の顔。
それだけでまた気力が取り戻せた様な気がする。
「うんっ、頑張んなくちゃ!ポジティブポジティブ!」
拳を握って力む。
「どんな事にも屈しない!それが挑戦の基本!」
と、意気込んでいた梨華。


その時、




――――――――ドンッ!ガッチャーンッ!



「ひぇっ…なっ…何!?いきなり…」
何かがぶつかる音と、何かが割れる音がしたのが分かる。
それは間違いなく隣の部屋から。
つまり、さっきひとみが本を読んでいた部屋から。

彼女に何かがあった。
そう考えるのが普通だ。
そう思った瞬間、頭の中を悪い思考が掠める。

泥棒!?強盗!?
この町ではあり得ない事ではない。
これも散々上から聞かされてきた事だ。
もし…もしあの子が襲われでもしていたら…。
封印した筈のネガティブ思考が顔を出す。
「と…とりあえず様子を見に…」
その足取りは本当にゆったりとしたものだった。
47 名前:ココナッツ 投稿日:2002年11月03日(日)14時36分38秒

更新終了。

>>36ひとみんこ様 そうですかぁ。うーんむずいですなぁ小説って…。
        皆様にレスいただける様、頑張りたいです。
        ありがとうございます。
48 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月04日(月)12時22分42秒

トタトタ、と軽い足音が奥の部屋に向かって小さくなっていく。
それを耳にしながらひとみは目を通していた本を無造作に投げ捨てた。
ソファから立ち上がって窓の黒いカーテンを隙間無く閉じた。

「………」
時計はもう8の時を指し始めていた。
胸に不安が覆い被さる。

なぜあの娘に構ってしまったのだろう。
なぜあの娘を家に入れたのだろう。
なぜあの娘は。

疑問しか思い浮かばない。

けれどそこに後悔の念はない。
自分からした事ではあっても、何故か今はそう思う。
不思議だ。
今日は何かおかしい。
49 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月04日(月)12時23分47秒
湿布を貼られた左頬に手を当てる。
そこにまだ残る痛みと共に頭の隅から掘り出される温もり。

―――――ちょっと痛いかも…

八の字に眉を下げながら、まるでそれが自分の痛みであるかの様な表情。
あの娘は一体何なんだろう。
なぜそんな表情をするのだろう。
なぜ見も知らぬ自分を手当てしたのだろう。
そしてまた自分もなぜ…。

あんな風にニンゲンと接したのは、ひとみは初めてだった。
今まで出会ってきたヤツらは皆、出会い頭に悪口雑言吐きまくるか、
ぶん殴ってくるか、もしくは体を求めてくるか…。
そんな出会いばかり。
50 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月04日(月)12時24分45秒

けれどあの娘は違う。
本気で心配そうな顔を、自分に向けてくる。
初対面のニンゲンにそんな顔をされ、ひとみは内心焦っていた。
どう対処していいものか分からない。
どうせなら自分に敵意を示してくれた方が、楽だ。
敵意を露わに近づいてくるなら、それなりの対応は慣れているのだから。

「石川…梨華」
その名前。
どうにも忘れそうになれなかった。
51 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月04日(月)12時26分06秒



――――――――カタン


「!!」

その小さな音に、ひとみは肩を振るわせた。
もうすでに条件反射の様になってしまっている。
木の板が石膏の壁に擦れ、静寂の中で響く。
それは悪魔が現れる事を知らせる。

もうすぐ。




――――――――キィ...


ゆっくりと、ドアは開かれる。


「よっすぃー」
暗い背景にゆらりと流れる金色の髪。
恐怖。
怯え。
それがひとみの体を支配した。
52 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月04日(月)12時26分49秒
「…遅かったね」
ゆったりとした口調。
その言葉はさっきの自分を心配する少女と同じ類のモノかもしれない。
もしかしたら、といつも思う、在り得ないそんな期待。

「………」
「今日は何時に帰ってきたの?」
期待と不安が入り混じる感覚。
下唇を強く噛んで、ただ無言で訴える。

あたしは何もしてない。
悪い事なんてしてない。

そんな言葉達を胸に秘め、ひとみはゆっくりと顔を上げた。
53 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月04日(月)12時27分43秒
「…あ…」
「ねぇ、何時?」
首を傾げて尋ねるその仕草は可愛らしいものではあった。
けれどひとみは知っている。
その顔の裏には影が潜んでいるのを。

「…ごめん、なさ…」
「よっすぃー」
初めて名前を聞いた時、頭にパッと思い浮かんだという。
“吉澤”の“吉”をとってつけた微妙な発音のあだ名。
にこやかに自分をそう呼ぶ彼女。
単純に嬉しかった。その時は。

「いつも言ってるよね…」
睨みつけるその眼は真っ直ぐに自分を捕らえていた。
「日が落ちたら外に出ちゃいけないって」


―――――――パンッ


気がついた時には、もう頬に右頬に鋭い平手打ちが走っていた。
54 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月04日(月)12時28分40秒



―――――――ドンッ!ガッチャーン!


「…っ!」
不意を打たれ身構える事も許されないまま、ひとみは吹っ飛びテーブルも
その巻き添えを食らう。
置いていた空のグラスが床に落ち、不規則に割れる。

「何で言う事が守れないの」
「……ごめ…なさぃ…」
「もう聞き飽きた」
光を宿さない黒い瞳で見下ろされる。
叩かれた頬を抑える事もしないで、その痛みに絶えた。
55 名前:ココナッツ 投稿日:2002年11月04日(月)12時29分42秒

更新終了。
56 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月17日(日)23時27分52秒




「…ぅして……」


ぽそぽそと聞こえてはくるモノの、話の内容までは分からない。
しかしハッキリしているのは、後姿をこちらに向けている人物は
泥棒や強盗などの類ではない事。
ひとみとその人物は顔見知りであろう事。
足元で尻餅をついているひとみよりも強いであろう事。

力量的なものではない。
力で勝負するなら後姿の人物はひとみにはまず勝てない。
身長差が、極端に言うなら大人と子供ほどにありすぎる。

しかしその人物はひとみよりも強い『何か』を持っている。

何故梨華はそう判断できたか。
それはこちらから見えるひとみの表情は、最初に見た盗人の顔で
はなく、自分と同じ年頃の怯えたただの女の子に見えたのだ。
57 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月17日(日)23時28分24秒


自分よりもひとまわり大きな性別の違う生き物に立ち向かってい
ったひとみ。
そのひとみをひれ伏す力。
見えないその力に向き合った訳でもないのに、少し背筋を凍らせた。

(この場合…助けた方がいいのかな…?でも、私部外者だし…
 第一どうしてあんな風になってるのかも分からないし…)
オロオロと、死角になってる壁の端から顔だけを覗かせ様子を探る
姿、なんとも情けないと自分でも思う。
(ダ、ダメよ!こんな事でくじけちゃ!)
気力を振り絞り梨華は一歩、前へと踏み出した。

58 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月17日(日)23時28分59秒




―――――ガンッ


(あっ!)
その音にひとみと金髪の人物が振り返る。
動転してまわりの事に気がつけなかった為に、足元の壁に膝を打ち付け
てしまったのである。
つくづくドジな自分を恨みたくなった。

(あ…どどどうしよう…)
「あ、あの…」
金髪の人物は視線をこちらに向けているだけで何も言おうとはしない。
ひとみは眉を下げて悲痛な面持ちで自分と金髪の人物を見比べている。
二人に共通するのは、明らかに『いい顔』とは言えない表情をしている事だ。
59 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月17日(日)23時30分57秒


梨華がただオロオロしていると、その金髪の人物が口を開いた。
「よっすぃー、また引っ掛けてきたの?」
ヒッカケル?
その言葉に梨華は複雑な心境で頭を捻った。
「違います…この娘は、違う…」
「…じゃあ何?この娘はどういう関係?」
彼女は冷たい口調で言い放った。

「ただ…ここに来るの初めてらしくて、それで…泊まる所もないから…」
「それで家に連れてきたって?」
フフ、と含み笑う。
その顔は妖艶に近いものだった。

「やっぱり引っ掛けてきたんじゃん」
「違…」
「違わないよ」
横目で梨華を睨みながら、また冷たく笑う。
60 名前:2章〜教育係〜 投稿日:2002年11月17日(日)23時31分27秒

「大体ここに来るって事は、それなりの事をしたんでしょ?」
「違うんです…矢口さん…ホントに、この娘は…」
矢口、それがこの女性の名前なのか。
それなりの事とは一体なんなのか。
この『矢口』とひとみの関連は?
それについてまた思考を巡らした。
61 名前:ココナッツ 投稿日:2002年11月17日(日)23時32分26秒
ちょっと更新。(やっぱageることにしました。。。)所詮寂しがりや。
…これ読んでくださってる方、いるんでしょうか…。
やっぱ読みにくいかな…(〜^◇^)<オモッテンナラカキナオセヨ
62 名前:チップ 投稿日:2002年11月18日(月)02時04分04秒
読んでますよ〜
全然先が読めないですねぇ
おドジな梨華ちゃん可愛いです。
63 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月18日(月)08時02分31秒
更新、お疲れさまです。

まだまだ導入部の様で、今後どんな展開になるのか楽しみです。
金髪少女、一瞬ごちんかと思たら、やぐっちゃんでしたか。
Sやぐ、結構好きです。(w
64 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時24分20秒


『もう少し周りの状況を把握しなさい』

いつだったか、圭にそう忠告された。

『あんたね、自分の事で手一杯なのは分かるけど、それじゃイザという
 時にヤバいのよ?』

イザという時の場合を聞いてみたが、圭は教えてくれなかった。

『自分で考えなさい』

それがまさか、こんな事で知らされようとは。

(ありがとう保田さん…でも内容をもっと具体的に教えて欲しかった…)

65 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時25分02秒

沈黙が続く。
(どうしよう...)
ひとみも、真里と名乗った小さな女性も、口を閉ざしていた。
見えないさるぐつわで縛られているかのように、その口はぴくりとも
動きそうにない。動かせない。
この場に立ったなら誰でもそうなってしまうだろう。
それが他ならぬ梨華であるならなおの事。

「ねぇアンタ」
真里がこちらを向いた。
「私…ですか?」
「アンタ以外に誰がいるのさ」
あからさまに挑戦的な態度を見せ付ける金髪の小さい女性に、梨華はムッ
としたままで、それでも一応「なんでしょう」と丁寧に返した。
66 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時25分37秒
「よっすぃーはやめときな」
「は?」
少しイヤな言い方になったかも…。
梨華以上にキツイ言い方をしている真里に比べたら、今の梨華の返答な
ど微々たる物なのだが、梨華は気にしてしまう。
「よっすぃーは動物なの」
「え?」
この人は何を言ってるの?
「ねぇよっすぃー?」
ひとみに微笑みかける真里。
ひとみはやはり何も言わず、動かない。
真里は右ポケットからマッチとタバコを取り出して、火を点けた。
小さく淡い輝きが辺りを照らす。
フッ、とマッチの先の火を吹き消し、床に落として靴で踏みつける。

小さすぎる彼女からはとても感じられない様な、敢えて言うなら梨華
にとっての“大人の女性”という雰囲気をタバコを咥えた彼女に見出す。
その火に、しばしの間見惚れてしまった。
67 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時26分28秒

真里が一息つくと、煙に乗せて“大人”の匂いが漂った。
梨華は正気を取り戻す。
「よっすぃーはあたしの言う事はなんでも聞くんだよね?」
空いてる方の左手で子供をあやす時のように、ひとみの頭を撫でた。
「ねぇ…」

優しく言ったかと思うと、真里は撫でていた手でひとみの髪の毛を
鷲掴み引っ張った。

「!」
「ねぇ、よっすぃー?返事は?」
「ちょ…ちょっと…!」
梨華は止めようと手を伸ばすけれど、それを反射的に引っ込めてしまう。

「ねぇ…?返事は?よっすぃー…」
「…っぐ…」
68 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時27分01秒
「そうだよね、よっすぃー?」
ひとみに問い掛ける真里の姿は、もはや異常としか言いようがない。
ひとみはただ黙ってその仕打ちに絶え、痛みに顔を歪ませているだけ。
そして―――

「…そぅです…」
ひとみがそう言うと、真里は満足したのかすぐに手を離した。
乱れた髪が重力に連なり束になって元通りになる。
そしてそこと真里の指から、抜けた何十本もの薄茶色い髪の毛がはらはら
と落ちていった。

69 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時27分49秒

「いい子」
真里はひとみの額にチュッ、と口付けた。
「でもさっきのよっすぃーは悪い子だったよ、矢口が決めた時間に帰って
 なくっちゃダメじゃん」
手ぐしでひとみの髪の毛を整えながら真里は言った。
「今度から守ってね」
「はぃ…」
うん、と満面の笑みで頷き、真里はドアに向かった。

「矢口帰るよ、オヤスミ」
「…おやすみなさぃ…」
今までの空気がウソのように流れていった。
けれど真里が去った後も、梨華の中にある恐怖の元が消える事はない。
まだ膝が少し震えている。

…怖い…。

ひとみの頭を撫でていた時と同じで、
ひとみの髪の毛を引っ掴んでいる時も、

真里は始終、笑顔のままだった。

70 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時28分42秒



「くっそぉ…!」

――――バンッ

真里が出て行ったドアに、ひとみが手近にあった本を思い切り投げつけた。
真里のいる前と、真里がいなくなった後でひとみの態度がまったく変わった。
さっきまでの怯えきった目とは対照的に、今ではギラギラと憎しみに打ち震え
目を見開き息も荒い。
そして大粒の涙が頬を伝っていた。
(…なんで…?)
「…くしょ…ちくしょぉ…」

梨華はそんなひとみを見て、胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
「…ぅっく…っく…ひっく…」
小さい子供のように声を上げて泣き出したひとみ。
(どうして…?どうして泣いてるの…?)
「ぅ…ぁぁぁ…」
静かに梨華はひとみに近づいていく。
ゆっくりと、刺激を与えないように。
(…泣かないで…)
71 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時29分29秒



―――――――――

―――――…



―――――轟音と爆音と、悲鳴が響き渡る


夕焼けでもないのに赤々と染まる建物。
物と肉が焼ける嫌な匂い。
激しく音を立てて燃えさかる炎が視界いっぱいに広がる。
辺りには、やけどを負ったたくさんの人々が、叫び、怯え、喚く。
その中で一人うずくまり、震えながら泣いている幼い少女がいた。
72 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時30分11秒


『…っく…っく…ひっく』

――――どうしたの…?


『…ぉとぅさんと…っく、おかぁさんが…なくなっちゃったぁ…』

――――だいじょうぶだよ、わたしがまもってあげるよ


『…っく…ぐずっ……』

――――わたし、りかっていうの


『…ひっく…り、かちゃん…?』

――――そうだよ、あなたはおなまえなんていうの?





『…ぉなまえ…あたしの…おなまえは……』




73 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時30分44秒


――――――――


――――…



「泣かないで」
「…!」
うずくまったひとみの肩を掴んで、抱くようにして胸に収めた。
ひっくひっくとしゃくりあげるひとみを、宥めるように背中を撫でてやる。
「大丈夫…泣かないで」
「…っ…!」
「大丈夫だよ…」
1回、2回...と背中を撫でるごとにひとみの息は落ち着いてくる。
もうすでにひとみは、梨華に全て預けている状態だ。

梨華はこれに似た感じに、どこかで触れた気がした。
遠い、遠い昔の記憶のどこかで。
74 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時31分43秒

しばらくの間、ひとみの背中を撫でていた。
「…もう大丈夫?」
ゆっくりと体を離すと、ひとみの目は落ち着きを取り戻し、そこから涙が
流れる事はなかった。

「びっくりした、いきなり泣いたから」
「………」
気恥ずかしさからか、ひとみは俯いてあまりこちらを見ようとはしない。
「初めに会った時とはえらく違ったし」
フフ、と笑みをこぼすと、ひとみはますます気まずそうに目を泳がせた。
梨華は「まってて」と言い残して自分の荷物の置いてある部屋に戻ると、
バッグの中の緊急キットから、携帯用のコールドスプレーとタオルを取り
出し、スプレーをタオルに吹き付けた。

そのスプレーは、特警の科学技術局で作られた特別な物であり、強さなどを
自由に設定できる。
必要があれば武器としてでも十分使用可能な、少し危険な代物であり、MA
Xに設定した時のその凍結の速さは並のものではない。
タオルは5・6秒ほどで凍りつく。
そして再びひとみの元に戻り、その凍らせたタオルを赤い左頬にあてた。
75 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時32分13秒

「そんなに酷くないけど、冷やしといたら気持ちいいでしょ?」
「………」
同じ場所だけにあてないよう少しずつ角度を変えて冷やしていく。
ひとみはさっきと同様おとなしく、何も言わずに梨華の処置を黙って受け、
何ともいえない表情で梨華を見ていた。
(え?)
そしてそのまま、ひとみはタオルのあてがっている梨華の手の上に、ゆっく
りと自分の手を重ねた。

ひとみの手は熱かった。
それは多分、冷たいタオルを手にしている自分の手の温度が下がっているか
らなのだが、梨華はひとみの手の感触に意識してしまった。
重ねられた手に視線を合わせながら、段々と頬が紅潮していくのが分かる。
76 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時32分49秒


「自分で出来る」
「あ…そうだね…」

(な…何よ!思わせぶりな目しないでくれる!?)
ひとみの手とタオルの間から自分の手を引き抜いて、右手で擦り温めた。
ひとみは冷たさに身を委ね目を閉じていた。

「…ないの?」
「えっ?」
「聞かないの?」
ひとみは目を閉じたまま尋ねてきた。
「聞きたい事いっぱいあるんじゃないの?」

確かにあった。

ひとみの事。
真里の事。
二人の関係。
77 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時33分40秒

「…聞かない事にする」
「………」
ひとみは頬に当てていたタオルを梨華に投げ渡す。
頬の赤みはもう大分とれていた。
「さっきまで泣いてたのにえらい変わりようね」
「泣いてたのはお互い様」
「!…私はちゃんと意味があったんだからいいの!」
筋の通ってない理由をはやし立て、梨華はひとみの挑発にムキになる。

「あたしだって理由くらいあるよ」
ひとみのからかい口調は治まらない。
「なんなのよ、それ!」
「聞かない事にするんじゃなかったの?」
「あ…」
今度は梨華が黙りこくる。
ひとみはゆっくりと立ち上がり、出入口のドアを見て言った。

「…矢口さんはね」

78 名前:3章〜見えない力〜 投稿日:2002年12月02日(月)18時34分13秒


「あたしを裏切って…あたしの父親を殺したんだ」


79 名前:ココナッツ 投稿日:2002年12月02日(月)18時34分51秒
更新少なくて申し訳ありませんです。。。


>>チップ様 ありがとうございます〜☆こういう梨華ちゃんが一番書き
      やすかったりするのです(w

>>ひとみんこ様 はい、まだ全然進んでません(爆
        更新をなるべく数多くやっていきたいです。
        ごっちんは後でもっと重要な役にします、ハイ。。。
80 名前:4章〜遠かった記憶〜 投稿日:2002年12月04日(水)19時55分46秒

『ねぇよっすぃー、今日から矢口よっすぃーの事よっすぃーって呼ぶね』
『なんですか?それ、矢口さん言葉の使い方間違ってますよ』
『んなのいいんだって!とりあえず、そうやって呼ぶから、いい!?』
『はい…別に』

あの笑顔は偽物だった。

あの優しさは偽りだった。

あの言葉はあたしを欺くための物――――。

81 名前:ココナッツ 投稿日:2002年12月04日(水)19時56分29秒

『よっすぃーかわいいねー、キスしてあげよーか?』
『からかうの止めてくださいよ』
『からかってないよー、本気だよ?矢口』

あの小さな体に潜んでいる真っ黒な悪魔。

誰にも気付かれる事のないよう、じっと息を潜めていたんだ。

時がくるまで。

82 名前:ココナッツ 投稿日:2002年12月04日(水)19時57分16秒
『よっすぃーは…優しい子だね』
『何言ってるんですか?急に…』
『ちょっとそう思った』
『…はぁ…』
『でもね、よっすぃー...気を付けないといけないよ』
『なんですか?』




『優しすぎる人はね…いつか思いっきりヤな事に出会うよ…』




そして思い出す、最初は理解できなかったあの言葉の意味。
あれは警告だったのだ。
ひとみに対する、真里の信号。

(もう信じない…誰も、信じてなんかやるもんか)
その時からひとみは、誰にも自分の心を開く事はなかった。
83 名前:ココナッツ 投稿日:2002年12月04日(水)19時57分46秒

それなのに、何故今自分は思い出したくもない過去を、こんな赤の他人
に話してしまったのだろう。
梨華は信じられない、と言った様な顔でこっちを凝視していた。
「…ウソじゃないよ、ここらへんじゃ人が殺されるなんて珍しくない」
ガリガリと頭を掻きながら、ひとみは梨華に言った。
「人が死ぬなんてごく普通の事なんだ、それが自然に任せた死だろうと
 誰かに手をかけられた死だろうと…ここじゃそれが当たり前なんだ」

ごく当たり前の事。
この町じゃ、誰かの死を悲しむなんて余裕はない。
次に死神に狙われるのは自分かもしれない。
無駄に涙を流しているヒマがあるのなら、少しでも余分に死神の死の鎌
から逃れる事を考えなければならないのだ。
ひとみは今までそうやって、この砂漠の中を生き抜いてきた。
84 名前:4章〜遠かった記憶〜 投稿日:2002年12月04日(水)19時59分26秒
「そんな…お父さんが死んだ時、悲しくなかったの…?」
甘すぎる。
この砂漠の町で、3日も生きてはいられない。
そんな甘さ、ここでは必要ないんだ。
「悲しいもなにも、あたしは親父が大嫌いだった」
少なくともそんな物が自分の中にあったとしても、ここではイヤでもそ
れを捨てなくちゃならなくなる。

「あんなやつが、あたしの父親だなんて思いたくもなかった」
「………」
「だからあいつが死のうが生きようが、あたしはどうでもよかった」
普通の子どもが父に持つ、親しみや愛情なんてこれっぽっちも要らない。

でもそんな物なんかに比べ物にならないほどの物があった。
父親なんかより、家族なんかより、唯一自分が手にしたいと思った。
85 名前:4章〜遠かった記憶〜 投稿日:2002年12月04日(水)20時00分16秒

悪人にどんな苦行を強いられる事よりも、
信じていた人に一度でも裏切られる事の方が数百倍も辛い。

「…もう寝なよ」

静かに梨華を寝室へと促した。
これ以上、自分の薄汚れた過去をさらけだす気は微塵もない。
たまたま魔がさしただけなんだ。
今日はたまたま。
86 名前:ココナッツ 投稿日:2002年12月04日(水)20時00分54秒
更新終了。もうあかんがな…(TT)
87 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月04日(水)23時21分14秒
なんであかんねん、めちゃいい感じやん、
って読み手と書き手は違いますもんね、スマソ。
いやでも、いしよしがどうなるか、
やぐがどう絡んでくるか気になるっすよ。続きが読みたいっす。
88 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時51分47秒



『…ぉなまえ…あたしの…おなまえは……』



もうかれこれ十余年も前の事だ。
それなのに、今でも記憶に残るあの光景と小さな少女。
煙と共に高く立ち昇るオレンジ色をした炎。
それをバックにあの少女はぼろぼろになって独り、消えた父親と母親を
捜し求めていた。

顔もうろ覚えで、声も姿もはっきりとは思い出せないのに、その言葉と
出来事だけが頭の片隅に残る。
89 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時52分36秒

薄暗い部屋の中、ベッドの毛布で体を包みながら梨華は目を閉じた。

(あの時のこと…どうしていきなり思い出しちゃったんだろう)

名前も覚えていない、小さかったあの子。
その小さな手を包んで一緒に歩いた。
行く当てもないのにただ歩いた。
歩き回っていればその子が泣く事はなかったから。

ひとみの時も、同じ気持ちになった。
小さく震える肩を見ていたら、自分の中で何かが沸きあがってきていた。
「でも…もぅ昔の事だよね」
いいかげん、モヤモヤと頭の中で考え込むのは無しにして、眠りにつこう
と梨華は静かに瞼を閉じた。
明日から任務につかなければならない。
無理やり任された事とはいえ、初めて自分一人で行う仕事なのだから、失
敗するわけにはいかない。

その内梨華はうとうとし始め、深い眠りに落ちていった。
90 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時53分09秒

翌日、
体内時計がそれほど正確に機能していない梨華の体は、朝っぱらには似つ
かわしい窓から聞こえるどこかの男達の騒がしい大声で目を覚ました。
「てめぇ、ふざけてんじゃねーぞコラァ!!」
「あんだと!殺っちまうぞ!?」

実に不愉快な目覚めに、梨華はのそのそと体をベッドから下ろし、まだお
ぼつかない足取りで居間へと向かった。
91 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時53分40秒
(あれ…?すごい静か)
居間からは物音一つ聞こえてこない。
ひとみは起きているのだろうか?
昨日よりは強く、でもやはりちょっとビクビクしながら、そぉっと顔を覗
かせてみた梨華。

「あ…」
ひとみはいた。
ソファに横になって、静かに寝息を立てていた。
読書をしたまま眠っていたのか、手には本が握られて胸の上に置いてある。
カーテンの締め切っているその部屋は、まだ薄暗い。
「もぅ…なんだってこんなトコで…」
梨華は少し怒った口調で囁く様に言うと、ひとみに近づいた。
そして何かに気付き立ち止まる。

「………もしかして、私にベッド貸しちゃったから…?」

92 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時54分14秒
「…ん?ぁ…起きた?」
大して音も立てていないのにひとみは目を覚ましてしまった。
ぼさぼさになった髪の毛をわしわしと手で掻く。
「…ぅあー、まだねみぃ…」
「…ごめんね…」
梨華のその言葉に、ひとみは眉をひそめた。

「なんでアンタ謝るの?」
「…だって、ベッド…」
少し申し訳なさそうに言う梨華に、ひとみはあぁ、と言いたそうな顔で、
ドン、とソファから降りた。
そして何事もなかったかのように、左右にコキコキと首を回して鳴らし、
ぐぅんっと大きな伸びを見せた。
だからあたしこんなに身長伸びたんだよねー、なんて言いながら。


「さて、行きますか」
「え?」
「あんたがこれから泊まるトコ」

93 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時54分47秒



昨日と変わらぬ日差しの強さ。
ジリジリと皮膚に感じる紫外線が、不安で不安でたまらない。
よりによって持ってきた服は全て半袖。
この町の気候も、梨華にとっては厳しい試練の一つだ。

「ぅあつ〜い…」
黒いジャンパーを着て汗一つかかずに、スタスタと前を行くひとみ。
「ねぇ…まだぁ…?」
「まだ」
心頭滅却すれば火もまた涼し。
どこの誰だ、そんな身も蓋もない事を言いのけたのは、
などと梨華は見も知らぬ人物にブツブツ文句を言った。
94 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時55分19秒

「こっち」
意識が朦朧としてきた頃、ひとみが少し大きな建物を示す。
ひとみに案内されるがままについて行くが、見たところ窓やドアなど
という入り口という入り口が一つもなかった。
「…これ何?家なの?」
梨華が尋ねると、ひとみは人差し指を立て「シーッ」と合図した。
それに梨華も思わず口を噤む。

それからひとみは人気のないところに梨華を連れてきた。
そこはちょうど建物が影となり日が差さずやや涼しい場所で、何か別
に建物が建っていた形跡らしい、砕けた木片やコンクリートの塊が残
っていた。
ひとみはキョロキョロと辺りを気にし始める。
95 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時55分56秒

そしてひとみはその建物の傍にある、一際大きなコンクリートの塊に
手をかけてゆっくりと横にずらした。
「あ」
するとその下に大きな穴が開いていた。
それはなかなか深く、人為的に作られた物に間違いない。
「入って」
「え、この中に?」
「早く、誰かに見つかる」
急かすひとみをちょっと不審に思いながら、梨華は恐々とその穴へと
降り立った。
96 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時56分27秒

(暗い…)
穴に入ると道が続いていて、奥の方は暗すぎて見えなくなっている。
後ろを向くと、ひとみが入り口を閉じているところだった。
完全に扉が閉じられてしまうと、もう自分の周りも見えない状態だった。
(は…はっきり言って怖ぃ…)

ビクビクしていると、急に腕をとられた。
「キャッ!」
「こっち」
「あ…ぅ、うん」
暗闇の中、ひとみに引かれて歩き始める。
前にいるということは腕を掴まれているので分かるが、もしそうでなかっ
たらそこにいるのかも分からないほどだ。
97 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時57分01秒

「何なの?ここ…」
入り口を見たときもそうだったが、ここが人の手によって作られている事
は明らかだ。
足元に何かがぶつかる事もないし、穴から続く空洞というよりもちゃんと
綺麗に道ができている。
「隠れ家」
「は?」
「いいから黙ってついてくりゃいいの」

(な、何なのよ!ちょっと聞いただけじゃない)
そう言ってやりたい梨華だったが、そんなこと言って手を離されでもした
ら…と考えると、どうしても言えなかった。
こんな暗がりの中で一人にされるなんてとんでもない。
どこに続くのかも分からないのに。
98 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時57分45秒

数分してそろそろ目も慣れてきたと感じる頃、梨華は言った。
「よくぶつからないね」
地面に何もないとはいえ、ひとみは一度も躓く事もなく歩いている。
「入る前に、片目瞑ってた」
「あ、なるほど」
つまり始めから片目を瞑って、暗がりに慣れさせていたという事だ。
そうすれば暗い穴の中も少しは認識できる。

(そういえばこれ保田さんに教えてもらったなぁ)
明るい場所から暗い場所に出動する場合などを想定しての事だ。
(私は一度も使った事なかったけど…)

しばらく歩いていくと、暗がりの中にうっすらと光が差し込んでいる
のが見えた。
「着いたよ」
そこは行き止まりで、正面の壁には自分の背丈ほどの梯子がかけてあ
った。
99 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時58分17秒


「よっ」
ズズズ、と重い音を響かせて、梯子のちょうど上にある板を動かした。
ひとみが先に梯子を上り、後から梨華もついて行く。

穴から這い出ると、そこには蛍光灯で照らされた灰色の部屋があった。
12畳はあるだろうか、ひとみの部屋と比べれば広い方に入る。
小さなテレビやラジオや椅子なんかも置いてあって、床にはポテトチッ
プスやら空になったペットボトルなどといった、栄養に偏りのある食べ
物のごみが散らかっている。
100 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時58分47秒
「またこんなもんばっか食いやがって…」
そうひとみが呟いたかと思うと、その辺の落ちているごみをせっせと片
付け始めた。
何だか滑稽だった。

いきなり片付けを始めたひとみを放って、梨華は部屋の中を探索する。
ひとみの言動から察するに、ここには誰かが住んでいる。
今はその姿は見当たらないが。
そしてまた奥に梯子があることに気付いた。

(2階もあるんだ)
上ってみよう、と勝手に梯子の所まで移動した梨華。
すると、
「えっ?」
101 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時59分18秒




「侵入者発見!」
「バーン!」




「キャアッ!?」
突然二人の少女が下りてきて、水鉄砲をこちらに向けて放った。
それは見事命中し、梨華は顔面をずぶ濡れにしてしまう。
「よっしゃ〜!敵は怯んだで!」
「今なのれす!てや――――!」
それだけでは飽き足らず、少女は丸めた新聞紙で梨華の頭をパカパカと
叩く。

「ちょ…ちょっと止めてぇ!」
「おっ!敵は抵抗しだしたで!」
「そんなことしても無駄なのれす!」
梨華の必死の祈願も足蹴にされてしまい、攻撃はさらにエスカレートし
ていってしまった。
102 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)16時59分52秒

「こらぁ!」
ところがそれはたった一回叫ばれた怒声でおさまった。
もちろん、それは梨華のものではない。

「お前ら何やってんだよ!」
ごみを片付け終わったひとみが少女二人に向かって叫んだ。
その姿はさながら、娘を叱る母の様。
「そんなんこっちの台詞やんか」
頭をお団子にした少女が言った。
関西弁だろうか、ふと自分が密かに恐れている上司の姿が思い浮かぶ。
「勝手に知らない人を入れてくるなんて非常識れす」
今度はポニーテールにしばった少女だった。
随分と舌っ足らずな口調が印象に残る。
103 名前:5章〜出会い〜 投稿日:2002年12月07日(土)17時01分04秒

「入るときは合言葉を言うんがオキテやろ!」
「そんなんイチイチ言ってられるか!」
罵声が飛び交う。
その中で梨華は顔中が濡れてしまった気持ち悪さも、いきなり水を
ぶっかけられた怒りも忘れ、ボーゼンと二人の言い合いを眺めていた。
104 名前:ココナッツ 投稿日:2002年12月07日(土)17時01分35秒
書き上げたところまで更新しました。

>>名無し読者様
 いやもうなんかスランプスランプですわ…。話もだんだん訳分から
 なくなってきてるし…。でも頑張ります!ありがとうございます!
105 名前:チップ 投稿日:2002年12月07日(土)17時40分17秒
あぁ〜なんか和やかなムードで一安心。
やっぱ四期がそろうと頬が緩みます。
スランプ大変だと思いますけど頑張ってくらさいね☆
106 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
川o・-・)ダメです…
107 名前:和尚 投稿日:2002年12月09日(月)00時02分07秒
申し訳ありません!
間違って投稿してしまいました。
削除依頼出しましたのでお許し下さい!
108 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時42分48秒

ギャアギャアとしばらく二人は喚き合っていた。
もうかれこれ30分は経っているんじゃないだろうか。
それなのに目の前の二人はいっこうに言い合いを収める気配はない。
「しゃーないやんか!腹減っとったんやから!」
「だからってお菓子ばっか食うな!野菜食え!野菜!」
おまけに喧嘩していた話題が微妙に変化している。
こうなってしまっては本当に親子の口喧嘩だ。

(…私はどうすればいいんだろう)
いきなりこんな所に連れて来られたかと思えば、チビッコ二人に水はか
けられるし、新聞紙で叩かれはするし、今では何故か喧嘩観戦をさせら
れている始末。
いいかげん立ちっぱなしも疲れるのでしゃがみ込んでいる。
これも仕事のうちなのか、と梨華は肩を落とした。
109 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時43分23秒

カクッ、と首をもたげると、Tシャツの袖をクイ、と引っ張られた。
「?」
いつの間にか、あの舌っ足らずの少女が梨華の横で正座していた。
何だかその格好が可愛らしく思えて、梨華はニッコリと笑う。
その笑顔に少女も嬉しくなったのか、口の端から八重歯をちょこっと
覗かせて、ニカッと笑った。
それから後ろに手を回してゴソゴソと何かを漁っている。
ポンと出てきたのは、ポテトチップスの袋。

「………〜っ…!」
ビリッ、という音と共に袋は開け放たれた。
おもむろに手を突っ込んでチップスをパリッ、と口に頬張る少女。
その顔は本当に嬉しそうだった。

ずっとその様子を眺めていたら、少女とバッチリ目が合ってしまった。
そしてまた少女はニカッと笑うと、ポテトチップスの袋を梨華に差し出
してきた。
110 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時43分58秒
「くれるの?」
少女は小さく頷く。
袋の中に手を入れて、適当なのを口に入れるとほのかなうす塩の味が口
の中に広がった。
お菓子なんて最近食べていなかったので、久しぶりだった。
「ありがとう」
三度目の微笑を梨華に向けると少女は言った。

「辻希美れす」
「希美…ちゃん?」
「皆はののって呼んでるのれす」
「そう、じゃののちゃんね」
嬉しそうに希美は頷くと、またパリパリと食べ始める。
その後も何度か希美は袋を差し出してくるので、その度に梨華は一枚づ
つチップスを貰って食べた。
111 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時44分28秒

「あの子はなんて言うの?」
梨華は亜衣を見て言った。
「あいぼんれす、加護亜衣っていうのれす」

「野菜はまずいっちゅーねん!」
「バカヤロー!好き嫌いすんなぁ!」
二人の口喧嘩は未だ続く。

「いつもの事だから気にしない方がいいのれす」
ポツリと希美が呟いた。
「ののもよっすぃーとかあいぼんとかとケンカするときもあるれすけど
 あの二人はいっつもケンカしてるのれす」
「ふぅん…」
112 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時45分02秒

「肉ばっか食うから太るんだぞ!」
「そんなんよっすぃーに言われたくないわ!」

些細な事で亜衣と喧嘩しているひとみ。
こんな言い方は相応しいとは思えないけど、ひとみは楽しそうだった。
笑顔だったとか、はしゃいでいるとかそういうのではなくて、雰囲気が
なんとなく暖かかった。
ひとみも亜衣も本気で怒っているのだろうけどそう感じる。
こんな喧嘩、梨華自身もした事があるだろうか、と少し思いつめた。

「もう二人ともやめるのれす!」
いい加減苛ついてきたのか、希美が二人に向かって怒鳴った。
ポテトチップスの袋は既に空になっていた。
「よっすぃーがうるさいんや!」
「お前人のせいにするか!?」
113 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時45分41秒


「うるっさいのれす!!!」

希美が一括すると、驚いた事に二人の口は動く事をピタリと止めてしま
った。
その小さな体には意外な力が込められているのだろう。
「あっちのお姉さんも困ってるのれす!」
希美は梨華を指差した。
急に視線を向けられた梨華は、戸惑ってついつい姿勢を正す。

「よっすぃー今日はちゃんと用があって来たんれしょ?」
「あ、あぁー…うん」
「じゃあさっさと話すのれす」
腕を組みながらひとみを見下ろす希美と、目線を逸らしながら頷くひと
みを見て、なにやらおかしかった。
(ののちゃんの方がしっかりしてる)
114 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時46分13秒

「実はさぁ、その娘、なんか旅行でこっち来たとか言ってんだけど…泊
 まる所がないからしばらくの間、あんたたちんトコで預かってくんな
 いかなぁ…って思ってさ」
それに梨華、希美、亜衣は目を丸くした。
全員同じ理由で驚いたわけではないが。

「旅行れすか?お姉さんものずきれすねぇ…」
希美は梨華が泊まることに関しては、特に何も思ってはいないようだ。
むしろその顔は笑っている。

しかしもう一人の少女は、そう思ってはいなかった。

115 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時46分45秒

「何言うてんねん!いきなりやってきて、訳わからんヤツ泊めろ言うん
 か!?そんなんできるワケないやん!」
ひとみとのケンカもあってか、亜衣は鼻息荒くする。
「あいぼん、そんな事ないれす、このお姉さんいい人れすよ」
「そんなん分かるか!今の今初めて顔合わしたんやで!?信用でけへん
 っちゅーねん!!」
プイ、と顔を背けて不機嫌まるだしの亜衣。
ひとみがそろそろと梨華の横に来て小さく囁いた。
(ほら、あんたも頼んで)
(あ…う、うん…)

「お、お願い、私…どうすればいいか分からないの…」
「………」
「お願いします、私をここに置いてください」
梨華はぺこりと頭を下げた。
「ほら、お姉さんも困ってるのれす」
116 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時47分21秒
「なあ、加護置いてやってよ」
「あいぼん」
「お願い…」
「……っ…」
さすがに3人で押されては、いくら気の強い亜衣でもタジタジだった。
亜衣は腕を組んで「うー…」と唸りながらしばらく考え込んでいると、
何か思いついたのか、いきなり顔を上げた。

「…分かった、泊めてやってもええで」
「ホント!?」
「ただし!…条件がある」
亜衣は人差し指をビッ、と梨華に向けて言った。
117 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時47分56秒

「あんたをここの食事係に任命する!」

「あいぼんナイスアイディアなのれす!」
亜衣と希美は二人でキャアキャア言って騒いだ。
「あんたはこれから毎日、うちらの分の食事を作る事!それができたら
 ここに置いてやってもええで」
「これでやっとふつーのご飯が食べられるのれす〜」
二人ともニコニコして、手を繋いで回ったりしていた。
「あ、あの…「ふつーのご飯」って?」
すると二人はそろって眉をひそめながら、グチのように呟いた。
118 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時48分28秒

「今まではなぁ、よっすぃーがご飯作ってくれたんや、別にまずいっち
 ゅーんやないんやけど、その…アレやねん」
亜衣はチラリと希美に視線を送る。
「偏りがあるのれす」
「何だよ、あたしはちゃんと栄養面に気を付けて作ってやってただろ」
横からひとみが口を挟んだ。
それに亜衣と希美が付け足す。

「栄養面とかの問題ちゃうっちゅーねん!」
「毎日毎日ベーグルサンドとゆで卵じゃ飽きるのれす!」
今度は二人でひとみに食って掛かった。
ひとみはそれに怯みもせず、果敢に立ち向かう。
119 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時49分16秒
「炭水化物(パン)と野菜(サンドする具)と動物性たんぱく質(卵)
 完璧メニューじゃん!どこがわりーんだよ!」
「メニューが問題や!」
「それしか作れないのれす!」
「うっ…」
ひとみはあっけなく撃沈した。

「お姉さんは、そんな事ないれすよね?」
「えっ?」
「この男女みたく、一品ばっか作るとかあらへんやろ?」
「男女って何だよ!」
この際亜衣は、ひとみを徹底的に無視する事に決め込んだらしい。
「い…一応、レパートリーはあるけど…」

一人暮らしをしている梨華にとって、料理は既にお手の物。
友だちや上司などにも、手製のおかずや菓子などはいつも好評だった。

「これでやっとベーグル&ゆで卵地獄から抜け出せるのれす…」
「よかったなぁ…のの…」
胸を撫で下ろし瞳を潤ませる亜衣と希美。
「大げさすぎんだよ、お前らぁ!」
それをひとみが拳で小突く。

「じゃ、じゃあ私、ここに置いてもらってもいいの?」
120 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時49分59秒

「あかん」

亜衣は腕を組んで梨華を見た。
「あ、あいぼん今さっき「いい」って言ったじゃないれすか!」
「ちゃうわ!もう一個条件があんねん」
亜衣はトテトテと走り出し、部屋の隅に丸めてあった汚れたボロ布を手
に取り、梨華の目の前で勢いよく広げて見せた。

そこには大きく赤いペンキで『RESISTANCE』の文字。

「…レジスタンス…≪抵抗運動≫…?」
「そや」
亜衣はこっくりと頷く。
レジスタンスとは『権力者への抵抗運動』という意味を持つ。
特に第二次世界大戦中、ドイツに占領されたフランスの対独抵抗運動が
これにあたる。
121 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時50分53秒
「あんたはこれに入ってもらう」
「え?」
「ここにおる以上、うちらは同じ釜の飯を食っとるんやから、これくら
 いどーって事ないやろ?」
「まだ食べてないけど…」と梨華は突っ込もうとしたが、亜衣の関西弁
で突っ込み返されたら自分では歯が立たないような気がしてやめた。

「入ってやんなよ、どーせ子どものお遊びなんだから」
ひとみがからかう。
「お遊びってなんやねん!うちらは真剣なんやで!?」
「そぉれす!この町の再建のために!」
二人は高々と拳を掲げ、宣言した。
それをひとみは冷ややかな眼差しで見つめる。

「…バカみたい」
「バカとはなんやねん!!」
「よっすぃー酷いのれす!!」
亜衣と希美の声を背に受け、ひとみは集めておいたごみを持った。
122 名前:6章〜弱き者達の願い〜 投稿日:2002年12月09日(月)21時51分29秒


「弱い奴は強い奴のいいなりになるしかないんだ」
そう言って、ひとみはごみを手にしたまま出て行った。


123 名前:ココナッツ 投稿日:2002年12月09日(月)21時52分13秒
レジスタンスについてはあるゲームから引用して、調べました。
知識は浅いので、突っ込みは無しで…(w

>>チップ様
 なんていうんでしょうかねぇ、この4人書くとこうなるんですねぇ。
 スランプ脱出!…にはまだなりませんけど、なんとか頑張ります!

>>和尚様
 気にしないで下さい〜☆
124 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月29日(日)20時34分25秒
おもしろいです。
マターリ待ってます。
125 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月10日(金)22時51分00秒
レジスタンス…
一時期ハマッたRPGを思い出しました。
作者さんのとはまた違うだろうけど(w
更新待ってますよほ。
126 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月02日(日)21時58分50秒
(0^〜^)マツゼェ!
127 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月17日(月)20時44分05秒
(0^〜^)マダマダマツゼェ!
128 名前:ココナッツ 投稿日:2003年02月18日(火)23時21分26秒
作者れす。。。
更新まったくない状況で本当にすいません。
一応生きている事だけお伝えします。
更新は今月中にはしたいと思っております。
ご迷惑かけて申し訳ありません。。。
129 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月20日(木)21時42分09秒
作者たん、ご報告サンクス!
マターリ待ってるよ!頑張って!
130 名前:ココナッツ 投稿日:2003年03月01日(土)00時10分38秒
どうも、ココナッツです。
誠に勝手だとは思いますが、しばらくpureを休止したいと思います。
理由は話の続きが全く書けないという事で、いつ更新が出来るのかまったく分から
ない状況にあり、おまけにこのスレを長い間放置しすぎてはおけないと考えました。
待っていてくれた読者様、本当にすいません。
もし今後、書けるかもしれない、と感じた場合、書き直すなり何なりしたいと思います。
その代わりと言ってはなんですが、スレのリサイクルとしてリハビリ中に書いていた
ものをあげたいと思います。こっちはもうほとんど書けているので、なんとか更新は
できます。そんなに早い更新はできませんけれど…。

>124−>127 >129
の読者様がた、レス&保全ありがとうございました。。。

それじゃ始めます。暗いです。黒いかも。
梨華ちゃん主人公でいきます。
131 名前:_ 投稿日:2003年03月01日(土)00時11分43秒
  
 ◇白の棺桶◇

*************
132 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時12分23秒


「好きなんです…」


震えながらそう言って、彼女は俯いてかたく拳を握りしめた。


私の目の前が白くなって、もう何も考えられなくなった頃に
あなたは彼女に向かって何かを囁いたみたいだけど、何て言ったのか私には聞こえなくて。

ただ

あなたの目の前の彼女は、とっても嬉しそうに笑って。

そして二人の影は一つに重なって。



ねえ


どうして?


ねえ



133 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時13分06秒


『…都内の某大学で、一人の女性が行方不明になりました』

すがすがしい朝に似つかわしい不穏なニュース。
シャワーを浴びて濡れた頭を乾いたタオルで少し荒々しく拭きながら、
私は冷たく冷やしておいた麦茶を片手にレザーのソファに腰掛けた。

『行方不明になったのは、英文科4年の市井紗耶香さん…』

その聞きなれた名前に少し動揺した感情が湧くのを感じたけれど、私はさほど慌てる事も
なく、じっとテレビの画面を見つめていた。

『紗耶香さんは前日に、同じ大学に通う後輩の方と電話で連絡をとっていたのですが、その
 後ぱったりと連絡が途絶え、それからついに何の情報も無く今日までの1週間が過ぎたと
 いう事です…それでは次のニュース…』
134 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時13分38秒


―――――プチッ


いつの間にか手にはリモコンが握られていた。
知人が行方不明になったという、決してただ事ではないこの事態を信じたくないという思いと
同時に、このニュースの言っている事が単なるデマカセなのだと言う事は考えなかった。
いつも当たり前の様に顔を合わせていた市井センパイが、このニュースで言っていた通り、
1週間前から全然姿を見せなくなっていたからだ。

いつも大学の中をうろちょろと動き回っていたセンパイには、一日最低3回は顔を合わせて
いて、会うことが無いのがめずらしいくらい。
もしかしたら風邪か、もしくは病気か怪我か…私はそう思っていた。

135 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時14分12秒


―――――♪♪♪〜…

突然鳴り出した携帯の着メロ。
少し放心状態だった私は、そんな事ぐらいで必要以上に驚いてしまって、慌ててそのメロデ
ィの発信源を散らかった部屋の中じゅう探し回る。
普段から汚い私の部屋では携帯を探すのも困難な状態になっていた。
「えっと…あれ?昨日はここに…あった!」
テーブルの上の雑誌の間に挟まっていた携帯をようやく見つけ出し、そのディスプレイを確
認もせずに即座に通話ボタンを押した。
指定の着信メロディが、誰なのかを教えてくれていたからだ。

『おはよー梨華ちゃん』
低血圧なこの人も、今日は何だか普通に話せるみたいだ。
この前、ちょっと用事があって朝早くに電話したらものすごく不機嫌な声で「…おはよ」っ
て言われたのはまだ記憶には新しい。
「おはようよっすぃー、今日は早いね」
『へへ、たまにはね』
自慢げに胸を張るよっすぃーの姿が目に浮かんだ。
136 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時14分44秒

「それでどうしたの?何か用事?」
『あーそうそうそう、あのさ』
いきなり慌てふためいた様子を見せるよっすぃー。
そうかと思えば電話口から『いてっ!』なんて声がする。
「どうしたの?」
『タ、タンスに足ぶつけた…いてー』
落ち着きなくうろちょろと部屋の中を動き回っていたらしい。
たまに早く起きたかと思えば…。
「…ばか」
『いって…あー、そんな事どうだっていいんだよ、それよりテレビ見た?』
「あ、今見てたよ、市井センパイのコトでしょ?」
『うん…あーいってぇ…』
ふーふー、なんて言いながら足を撫でている姿がまたしても用意に想像できた。
『市井さん、あの時は全然変わってなかったのに…』

137 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時15分55秒

実を言うと、さっきニュースで言っていた『前日に電話で連絡をとっていた後輩』とは、誰
でもないよっすぃーだった。
その日は久しぶりに英文科の先輩達に飲みに誘われたんだと言う。
よっすぃーの話では、市井センパイは普段と同じでどこも変わった所はなかったらしい。
それどころかアルコールが入っていつも以上にハイテンションで困り果てた、とも聞いた。
『まさかあの後に何かに襲われたのかなぁ…』
市井さんあれで結構キレイだしなぁ、なんてヤな事を軽はずみに口にするよっすぃーに、私
は苛立ちに似た少しの怒りを覚えた。
「よっすぃー変な事言わないで」
『あ…ゴメン』
ちょっとキツイ言い方をするとすぐシュンとして素直に謝ってくる。
自分に悪い所があるからこういう風になるんだけど、自分が間違ってない!と思ったら、否
応もなく反撃してくるのがよっすぃーの小さい頃からの特徴。
素直なのはいいんだけど、ちょっと頑固。

138 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時16分50秒

よっすぃーとは幼稚園からの幼馴染で、小・中・高そして大学も同じルートを辿って来た。
3ヶ月しか違わなくて年は私の方が上で一応は先輩にあたるんだけど、10年以上ほぼ毎
日のように顔を合わせていたらそんなものはとうに消え去ってしまった。
まぁその方がこっちとしても楽だからいいんだけど。

『…でもさ、ホントに市井さんどうしたんだろう』
「うん…」
『昨日も大変でさ、なんか記者みたいなのがわんさか家に来てさ、「市井さんの事について
 何か分かりませんか?」ってギャーギャーうるさくてさ、逆にこっちが知りたいってのに』
「そうだったんだ」
確かに昨日の帰り、大学の門の所にカメラを持ったたくさんのゴシップ記者たちがいた。
どこから情報が漏れたのか知らないけど、あれは昨日最後に連絡を取り合っていたよっすぃ
ーを待ってたんだ。
139 名前:−プロローグ− 投稿日:2003年03月01日(土)00時17分42秒

『それで今日はなんか警察が話を聞きに来るみたい』
「いつ?」
『午後、大学にそのまま来るんだってさ』
そっか、じゃ今日もよっすぃーは大変なんだ。
「ご苦労様」
『ホント』

ふと時計を見てみると、針はちょうどいい時間を指していた。
「あ、それじゃ私そろそろ用意するから、また後でね」
『そだね、あたしもたまには早めに行こうっと』
「毎日行けばいいのに」
『無理、あはは』
そう言って電話は切れた。
私もそろそろ支度を始めようと、クッ、と一気に麦茶を飲み干した。
暖かい日差しが窓から差し込んでキラキラとガラスのコップに反射する。
いつも通りの朝。

140 名前:ココナッツ 投稿日:2003年03月01日(土)00時18分31秒
こんな感じで、プロローグは終了です。
それでは最後にもう一度、
本当にご迷惑おかけいたしました。。。

141 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時03分52秒


―――ねぇニュース見た?
―――3年の市井さんが行方不明なんて知らなかった
―――そういえばここんとこ全然見ないなぁと思ってたんだよね

朝のニュースが引き金で、もう大学では行方不明と発表された市井センパイの話題で持ち
きりだった。
一日中、何処へ行ってもその話題が耳から離れる事はない。
それは大学の講義が全て終わった後からでも消えることはなかった。

午後の最後の講義が終わってすぐ、私はよっすぃーのいる教室へと向かった。
教室にはもうほとんどの学生は帰ってしまっていて、よっすぃーを含めた5・6人がちらほ
らと資料を片しているところだった。
私はたくさんのレポート用紙をしまい込んでいるよっすぃーをいち早く見つけ声をかけた。
「よっすぃー」
静かだったからそんなに大声を出さなくても声はよく響く。
よっすぃーは私に気付くとニコッと笑い、全部片付け終わるとゆっくりとこっちに来た。
「これから警察の人来るんでしょ?」
周りに聞こえないよう、小さく囁く様にして言った。
142 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時04分36秒
「うん、後…10分ぐらいしたら」
お気に入りだと言っていた腕時計で確認してからよっすぃーは笑う。
それに合わせて私も少しだけ笑い、
「足、大丈夫?」
「ん?あぁ、なんとかね」
「じゃ踏んでも大丈夫?」
「いや、それはちょっと…」
そしてまた二人で笑った。

「吉澤さん、またね」
教室に残っていた数人の人たちは、私たちの横を通って行くのと同時によっすぃーに手を振
っていった。
よっすぃーも「うん、また」と言ってヒラヒラと手を振りかえした。
教室にはもう私たち以外誰もいなくなっていた。
人の少なくなった廊下を二人並んでトボトボと静かに歩いていく。
よっすぃーの言うとおりなら、もう警察の人たちはやって来る頃だ。
「梨華ちゃん先に行って飯田さんに言っといてよ」
よっすぃーもそれを感じたのか、美術室の近くらへんまで来ると足を止めて振り返った。
「うん」
「いつになるか分かんないけど、なるべく早く戻るから」
「こういう言い方変だけど…がんばってね」
「はは、ありがと」
笑顔で手を振るよっすぃーに、私は曖昧に頷きながらその背中が見えなくなるまでそこから
動こうとはしなかった。
143 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時05分42秒

もう慣れてきた絵の具の匂いに包まれながら、私はそこで目を見張った。
美術室の真ん中でキャンバスに向かったままの飯田さんは、書きかけの絵に筆を動かそう
ともしないでただ呆然としている。
足元に置かれた使い古された水入れと、何種類もの絵の具のチューブが彼女がこれから絵
を書き足そうとしている事を示してはいたけれど、そんな気配は全く無い。
何だか入りにくい空気をなんとか乗り越えながら、私は美術室に足を一歩踏み入れた。

「吉澤が今事情聴取されてるんでしょ?」
何の伏線も張らないまま、飯田さんは口を開いた。
「えぇ、でも全然分からないらしいんです」
そんな私の言葉にも飯田さんははっきりとした反応は示さない。
少し俯くと、その綺麗な横顔は長い髪で隠されてしまった。
「紗耶香が行方不明だなんて、信じらんないよ…」
飯田さんは数メートル離れている私の所まで聞こえるかどうか分からないほどの、小さなた
め息を一つ吐いた。
144 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時07分07秒
市井さんが何の前触れもなく急に姿を消してしまった。
一切連絡は無く、手がかりは前日に電話をしていたよっすぃーだけ。
後からも何度か携帯に電話はしてみたらしいけれど、コール音は鳴るものの電話に
出たという話は聞かないままだ。
飯田さんがこんなに心配するのも、無理はない。

「部長〜、そんなに暗くなってどうすんの!」

その時背後から、まるで空気を読んでいないと言ってもいいくらいの明るい高い声が響く。
「矢口さん」
「よぉっす、まだ全員そろってないね」
小さな体には似つかわしい大きな声を張り上げながら教室に入ってきた。
白に近い金色の髪をくるくるといじりながら、矢口さんはショックを隠しきれない飯田さん
の背中をバシバシと叩く。
「ほぉらぁ、元気出しなってカオリ!」
これが人当たりの良い矢口さんなりの慰め方。
でも一番明るく振舞っている彼女自身が一番傷ついてる事も知っている。
それが分かっているから、飯田さんも何も言わない。

こんな時、私はどう振舞っていればいいのか分からない。
悪い方に考えないよう、矢口さんみたく明るくすればいいのか。
それとも、飯田さんみたくしんみりとした雰囲気を背負っていればいいのか。
145 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時07分41秒
「あの紗耶香だろぉ?多分いきなり旅行したい、とか言い出して一人で旅なんかしちゃって
 んだよ、自分勝手な奴だしさぁ」
それが単なる気休めで、飯田さんに対しての慰めである事は分かりきっていた。
だっていくら自分勝手で自由奔放で楽観的なあの市井さんでも、1週間もの間誰にも連絡
一つ入れずに姿を消したままだなんてあり得ない。
でもそれを信じきれない私たちはそれを有耶無耶の内に飲み込むしか、自分自身を保つ術
はない。

「よっすぃーは、あれか」
矢口さんはぐるりと部室を見回して言った。
部員には一応今日のよっすぃーの予定は知らされていた。
「でも聞いたって分かる訳ないよなぁ」
「ですよね」
残念だけどこれは事実だ。
前日に連絡を取り合っていたと言われても、本当にただそれだけで市井さんのその後の事
もその時いた場所も何も分からないのだ。
「あと来てないのは…なっちとあやゃとミキティと…」
矢口さんはそこで一旦口を噤む。
「…ごっちんか…」
146 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時08分12秒
我が美術部は非常に小規模なものだった。
週の活動も少なく、これといって目立った部ではない。
それが私がこの美術部を選んだ理由でもあるけれど。
他の部に比べれば部員もそんなにいないし、ほとんど帰宅部とは変わらない。
そんな部でも部員一人一人の個性は非常に強い。

市井さんやよっすぃーも、そしてさっき矢口さんが出していたなっち・あやゃ・ミキティ・
ごっちんという人たちも、みんなこの美術部のメンバーだ。
私はごっちん以外の人たちは、安部さん(なっち)・亜弥ちゃん(あやゃ)・美貴ちゃん
(ミキティ)って呼んでるけど。

「ごっちん…来るでしょうか」
私は不安を隠しきれずに、情けない面持ちをしていると思う。
それは飯田さんも矢口さんも同じだと思うけど。
「さぁ…ショック大きいと思う」
「後藤、あれで結構傷つきやすいとこあるからね…それに…」
何故みんなこんなにまで『ごっちん(本名:後藤真希)』という子の事を気にしてるのかと
いうと、市井さんはごっちんにしてみれば姉同然の幼馴染だからだ。
147 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時09分18秒

小さい頃からごっちんはずっと市井さんの後ろを追っかけまわしていた、と言ったら聞こえ
は悪いけど、市井さんを本当の姉の様に慕っていた。
それは今でも変わらず、ごっちんは市井さんにべったりだ。
いうなれば私とよっすぃーとの関係の様なもの。
まぁ、私は市井さんの様に『頼れるお姉さん』にはならないし、よっすぃーも私にべったり
という事じゃないけど。
どちらかと言えば私の方がよっすぃーを頼ってる感じ。

つまりそういう訳だから、みんなこの事件を通して一番の心配は市井さんであり、ごっち
んでもある訳。

「誰かごっちんに会った?」
矢口さんの問いに、私も飯田さんもただ首を横に振るだけ。
「…全然見かけてません」
「カオリも今日は見なかったよ」
「多分ごっちん来てないと思います、よっすぃーが言ってましたから」
よっすぃーとごっちんは同じ学年だから時々同じ講義を聞くことがある。
そういう時はいつも一緒にいると言っていたんだけど、「今日はごっちんの顔を見てない」
とよっすぃーが言っていたのを今になって思い出した。


148 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時10分20秒

「そっか…でもまぁ一応他のヤツにも聞いてみるか…」
矢口さんはまた金髪をいじりながら、自分の道具を持ち出して工作の準備を始めた。

私もそろそろ自分の作業決めないとなぁ…。
矢口さんが前回決定した石膏の製作に携わり、石膏粉やらステンレス製のボールやらを
集めだすのを見ながら、ポォっと虚ろにそんな事を考える。

実はもうすぐ近くの会館で『都内美術展』が行われるのだけど、我が美術部はこれに参加
すべく、それぞれ好きな作品を作り出している。
テーマは自由、各々の個性を最大限に生かす事がただ一つの条件。
ガラス細工なんかでもいいし、工芸品なんかもいい対象。
賞とかなんかも貰えたりするらしい。
みんなそれに向けて一生懸命自分の作品を完成させようとしてたのに、そこへ重なってしま
った市井さんの失踪。
あまりいい事態ではない。
149 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時10分50秒


「こんにちはぁ」

とそこへ、ちょっと幼く感じる高めの声がした。
赤いエナメルのバッグを可愛らしく両手で胸の前に抱え、ちょこんと入り口に立っている女
の子が一人、入り口からこっちを覗いている。
「よっ、あやゃ」
矢口さんが石膏粉で白く汚れた手を振り上げる。
「みんなまだ来てないんですねぇ」
亜弥ちゃんはきょろきょろと辺りを見回しながら中へ入ってきた。
「ミキティは?」
「あっと、なんかぁレポート提出してなかったみたいで今必死になって書いてます」
「ほーか」と、矢口さんはまた作業に戻る。
亜弥ちゃんがこっちに視線を向けてぺこっ、と小さくお辞儀をしてきたので、私もちょっと
微笑んで返すと亜弥ちゃんもガタガタと道具の用意を始めた。
150 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時11分29秒

「まだ皆さんだけですかぁ?」
「うん、あ、そーだあやゃさぁ、今日ごっちん見なかった?」
亜弥ちゃんは「いいえ」と小さく首を振る。
「今日は会ってません」
「やっぱ…来てないのかな」
「うん…」
飯田さんは相槌を打ちながら、乾いてしまった筆にもう一度潤いを取り戻させる為にパレッ
トの水彩絵の具に水を一滴垂らし、指でペタペタと混ぜ合わせた。
それでも、目の前の書きかけの絵に新しい色が加わる事はない。

亜弥ちゃんはその後ろにある鏡の正面にキャンバスを設置してデッサンを始めていた。
描いているのは自分の絵。
彼女が最も得意としている、肖像画。
その細い指に握られた4Bの鉛筆から、白いキャンバスに滑らかに書き足されていく曲線。
それはまだ彼女自身を象ってはいないけれど、いつもながら見事な手つき。
151 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時12分08秒

しかし、ふいに亜弥ちゃんの手がぴたりと止まってしまった。
「はぁ…」と掠れるようなため息と共に、彼女はその腕をだらりと垂らす。
「やっぱり止めた」
と、亜弥ちゃんはガタガタと今用意した絵を元の位置にしまい込んでしまった。

「何か飲み物買ってきます、みなさん何がいいですかぁ?」
手持ち無沙汰になった亜弥ちゃんは、ちょっと大きめの声で皆に聞こえる様に言った。
「んー、オイラ100%オレンジ」
「カオリは烏龍茶がいい」
「石川さんは何がいいですか?」
「私も、お茶で」
そう言うと亜弥ちゃんはピンク色の小銭入れをバッグから取り出して「いってきまぁす」と
登校していく小学生の様に飛び出していった。

私はその小さな背中を見送りながら、数十分前に別れたよっすぃーを思い出した。
よっすぃーは今頃どうしてるだろう。
「なるべく早く戻る」なんて言っていたけど、よく考えたら事情聴取される側が時間を設定
出来る訳がない。
その辺は私もよっすぃーもどこか抜けてるな、なんてくだらない共通点を発見して呆れなが
らもちょっとだけ嬉しかったりする。
152 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時12分55秒

「梨華ちゃん何にやけてんの?」
矢口さんに指定されて、私はすぐに我に返った。
「い、いえ何でもないです」
「ホントにぃ?怪しかったよ、かなり」
「何でもないですったら、さーて私も何かしよう」
我ながらしらじらしい台詞だとは思ったけど、この場を切り抜けられるならこの際そんな事
は構わなかった。

でも、ホントに何をしよう…。
実はまだ何を作るのか決めてない。
絵にしようかな、とも思ったけど、時々みんなから思いっきり批判されるから却下。
デッサンに到っては何も言われないけど、問題なのは絵の具を使う時。
何だかやたら赤っぽいのが多くて『写生』から遠くかけ離れてるらしい。
つまりは下手って事。
『見えるモノをそのまんまに写せってことじゃないけど、限度ってものがあるでしょ』
とまで言われてしまった事もある。
いっその事、ピンク色だけで抽象画を書こうかな。
153 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時13分36秒

「ねえ、なっちは?」
飯田さんがふと、思い出すように言った。
そういえば今ここに居るのは、事情聴取を受けているよっすぃー、レポート提出に追われて
いる美貴ちゃん、おそらく今日は姿を表さないであろうごっちん、その他は飲み物を買いに
いっている亜弥ちゃん以外、全員もうこの美術室にいる。
あと来ていないのは安倍さんだけ。
「いつもは誰よりも早くここに来るから、変だなとは思ってたんだけど…」と飯田さん。
「どうしたんでしょうね?」
「矢口、何か知らない?」
飯田さんは疑問を、部内で比較的安倍さんと仲の良い矢口さんに問い掛ける。
しかし矢口さんはそれに答える事無く、一切の動きを取りやめてボールに手を突っ込んだま
ま硬直していた。

「矢口?」
「えっ…」
二言目で、矢口さんはようやく顔を上げる。
「あ…ゴメン考え事してた」
ペロッ、と舌を出して肩を竦める。
「しっかりしてよ」
「ゴメンゴメン、うーんオイラは知らないぞ、なっち元気だったし」
「大学には来てるんだ、じゃ大丈夫だ」
そう言って二人とも何事もなかったかの様に作業に戻った。

154 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月02日(日)18時14分16秒
飯田さんはみんなと話した事で気が紛れたのか、さっきよりもだいぶ筆が進んでいる。
私は矢口さんの方を見た。

「あ、矢口さん!」
「え?」
「石膏に空気入っちゃいますよ」
「え、あ、ホントだ、やっば」
私は矢口さんが慌てているのを黙って見ていた。

石膏を作るにあたって、固まらないよう空気が入らないようにするのは基本だ。
私ならともかく、矢口さんが今さらそんな事でミスする筈がない。
矢口さんはしばらく石膏の入ったボールをじっと見つめていたが、ほっと息をついた。
どうやら大丈夫の様だった。
「サンキュ梨華ちゃん」
「いえ」
うん、いつもの矢口さん。
ちょっとおかしいな、と思ったのは気のせいみたい。
155 名前:ココナッツ 投稿日:2003年03月02日(日)18時14分58秒
更新終了ー。
156 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時10分34秒

そして、しばらく経った頃。
結局私は矢口さんの石膏粉の余ったのを貰う承諾を得て、石膏の彫刻を彫る事にしその
為のイメージイラストを書いていた。

「ただ今戻りましたぁ」
亜弥ちゃんが戻ってきた。
その背後には、彼女の代わりにジュースの缶を抱えたよっすぃーの姿。
「あれよっすぃー、もう終わったの?」
意外と早いんだな、事情聴取って。
テレビとかだともっと時間掛かってそうなのに。
それともよっすぃーが本当に早く終わらせたのかな?
亜弥ちゃんは「ありがとうございました」と言ってお辞儀し、持っていたジュースを3本ほど受け
取って飯田さんと矢口さんの所へ持っていく。
よっすぃーは残ったジュースを持って、軽い足取りのままこっちに来た。

「はい梨華ちゃん」
よっすぃーはぽん、と烏龍茶の缶を私に投げた。
それは微妙な形の放物線を描きながら、冷たさを背負って私の手の中へと収まる。
「ありがと」
「彫刻にしたの?」
机の上に広げられた書き途中のイラストを覗き込んで言った。
157 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時11分43秒
「うん、何にしようか迷っちゃった」
「もう2週間もないんだからね」
「分かってますぅ」
よっすぃーは笑いながら横の椅子に腰掛けた。
「間に合わなさそうだったら家に持って帰ってやるから大丈夫だよ」
「持ってったまんまにならない様にね」
「よっすぃーっ」
ケラケラといつもの様にじゃれあう。
その大半、私がからかわれてばっかりなのがちょっとしゃくだけど。
それが楽しくて、そして嬉しい事に変わりはない。
158 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時12分15秒

―――――――――――

「!」
急にぞくり、と何か冷たいモノを背中に感じて、私は後ろを振り返った。
飯田さんは真剣にキャンバスに向かって筆を滑らせ、亜弥ちゃんは矢口さんが石膏を作って
いるところで横からイチャモンつけては笑い、その反応を楽しんでいる。
誰もこちらを見ている人などいない。
「どしたの梨華ちゃん」
「…ううん、何でもない」
「ふぅん、あ、そんでさー」
と、よっすぃーは楽しそうにお喋りを始めて、私もそれに対しいつも通りに振舞った。
やっぱり気のせいだったんだ。
今の事と言い、矢口さんの事と言い、どうも今日の私は細かい所にうるさい。
疲れてるのかも…最近なんだか睡眠不足気味で。
私はあまり深く考えないようにした。
159 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時13分53秒

「よっすぃー事情聴取どうだったの?」
よっすぃーは、うーん、と首を捻り、
「市井さんの事とかあたしの事とか色々聞かれたけど…でも何も進展なさそう」
「そう…」
「他にも飲み会に参加した人に聞きに行くって言ってたけど…でも何も変わらないと思うな」
みんな酔っ払ってたし、とよっすぃーは飲み会での続きの様に、手に持っていた缶をクイッ
といい調子で呷った。
中身はただのコーヒーであることに変わりは無いけど。

「そういえばよっすぃー、ごっちんさー」
「あー矢口さん、松浦から逃げようとしてますねぇ?」
「うっさいうっさい!今それどころじゃないの!」
シッシッ、と亜弥ちゃんを邪険に扱う矢口さん。
でもやっぱりその動きは、なんていうかチョコチョコして可愛らしいと思った。

「あー、あたし電話してみたんですけどなんか「家から出たくないの」とか言ってすぐ切られち
 ゃって…結局それから連絡できそうになくて」
「そっか」
矢口さんは、悲しいというよりもどこか納得した様に頷いた。
「一応メール送っときました」
「ごくろーさん、ごっちんもあれで結構ナイーブなとこあるからなぁ」
「松浦みたいにですかぁ?」
「えーい、うるさいっ」
160 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時14分23秒


「すいませぇーん、おっくれましたぁ」
そこへレポート提出を済ませたらしい美貴ちゃんが、肩で息をしながらやって来た。
「ミキティ遅いよー、どーにかしてよー」
「え?何が?」
来てすかさず矢口さんに助けを求められる美貴ちゃんは首をかしげる。
矢口さんのソレは、さっきからからかわれてばかりの亜弥ちゃんをいい加減何とかさせてく
れ、という意の表れだと彼女はすぐに理解出来たようだ。
飯田さんは絵を書くのに夢中だし、私とよっすぃーは…使い方間違ってるかもしれないけど
…二人の世界に入っちゃってて…それを気にしてか亜弥ちゃんは残った矢口さんの所へ
行く、と言うわけだ。
矢口さん、人にはよく突っ込んでくるくせに、逆の立場になるとすぐ逃げるんだから…。
161 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時14分56秒

「矢口さーん、金髪のせいでバイトさせてもらえなかったのってほんとなんですかぁ?」
「あーうっせーなぁ、ホントだよホント」
「ダァメじゃないですか、松浦なんて面接受けた次の日から即オッケーでしたよぉ?」
「だぁーっ!オイラは今忙しいんだから、ミキティんとこ行けよっ」
そう言って矢口さんは名を出した彼女を指差す。
でも、美貴ちゃんはそれに対し、ぶるぶると高速で頭を振って見せた。
「矢口さん美貴に振らないで下さい、あやっぺうるさいんだもん」
「あ、ミキスケまでそういう事言うー」
「ミキティ!オイラを裏切るなんて後で酷いぞ!」
人数も揃ってきて大分賑やかになってきた。
ただ全員が来ている訳じゃないから、みんなまだどことなく浮かない顔をしているけど。

「あはは、矢口さんも大変だ」
よっすぃーは所詮他人事、とでも言うかの如く軽く笑う。
亜弥ちゃんと美貴ちゃんに翻弄されながら慌しく動く矢口さんのその様は、まるで小さい
時に見たテレビアニメのキャラクターと重ね合わせてしまった。
162 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時15分26秒

そんな事を思っていると、横でよっすぃーがぐぅぅっ、と長い伸びをしてみせる。
「うーん、あたしもそろそろ何か作らなきゃ」
「え?よっすぃーも何作るか決めてなかったの?」
よっすぃーは頷いて、悪戯っぽく笑う。
「「もう2週間もないんだからね」なんて言いながら、自分だって出来てないんじゃない」
「だってあたし作業早いもーん」
悔しいけどそれは事実だ。
よっすぃーは小さい頃から、なんていうか何をするにも手際が良すぎる。
私が3日間かけて練習して、ようやく習得したおいしい料理なんかも、よっすぃーは1日あれ
ば「梨華ちゃん出来たよー」なんて言って作ってしまえる。
『梨華ちゃんが下手なだけだよ』
なんてよっすぃーは言うけど…つまりあたしはとろい、って事言いたいのかしら。
手先は器用なほうなんだけど。
こういうのを器用貧乏っていうのかしら。
163 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時15分59秒


「ねぇー?誰かここに置いてあった石膏粉知らなーい?」
矢口さんが後ろの作業棚を指差して叫んだ。
みんなは口々に「知りません」を連呼し、各その首を横に振る。
「梨華ちゃんは…オイラのあげるって言ったもんね」
「はい」
「っかしーな、ちゃんとここに置いといた筈なのに…」
矢口さんはぶつぶつ言いながら、他の棚をあさり始めた。

「記憶力が減退したんじゃないですかぁ?」
すかさず亜弥ちゃんが茶々をいれた。
「うっさいな!オイラはまだピッチピチの二十代だぞ!」
「そんなの関係ないですよぉ、今の現代人はぁ…」
164 名前:−第一話 失踪− 投稿日:2003年03月06日(木)19時16分29秒

また二人が言い合いになるのを横で聞きながら、美貴ちゃんはもう二人には構ってられない
、というような顔をして飯田さんのところに移動して、絵を書いているのをじっと観察してはとき
どき何か話し掛けていた。
そうそう、私もそろそろ始めなくちゃ本当に間に合わなくなっちゃう。
「よっすぃーも何か作り始めないと、危ないよ」
「へいへい」
どっこいしょ、なんておばさんくさい事言いながらよっすぃーが立ち上がるのを見守ってから、
すっかり止まっていた右手を動かし始めた。
165 名前:ココナッツ 投稿日:2003年03月06日(木)19時17分01秒
更新終り。。。
166 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月10日(月)22時01分02秒
こっそり読ませて頂いております(w
市井ちゃんの失踪・・・無事なんでしょうか・・・。
知りたいような、知るのが怖いような・・・。
167 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時36分29秒


**********


次の日、3人ほど警察の人の姿があった。
昨日もやって来ていたのは知ってるけど、私はそれを自分の目で認識した訳じゃないから、
会うのは今日が初めて。
警察の人たちは大学の中へと姿を消していった。
それにしても…警察の仕事も大変だ。

あ、あそこで警察の人と話してるのって…。
168 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時37分06秒
「…さぁ、あの後すぐ帰りましたから…」
「そうですか、ご協力感謝します」
その言葉にやや頭を下げるその後姿からでも、凛とした自信が窺える。
やっぱりそうだ。
「保田さんっ」
私はその背中に向かって叫びながら駆け寄り、その隣に並ぶ。

「おはよう石川」
「おはようございます、保田さんも事情聴取されてたんですか?」
「まぁね、アタシも飲み会に参加してたから」
保田さんは気だるそうにあくびをかみ殺した。
「昨日よっすぃーも呼ばれたんですよ」
「あー、確か吉澤が一番最後に紗耶香と話したんだって?」
「仮定ですけどね」
よっすぃーが最後かどうかは分からないけど、他の誰もがよっすぃーが連絡を取った時間帯
以降に市井さんと話したと言う人が現れなかった、という理由から。
でも、あくまでそれは単なる予想にすぎない。
それが事実かどうか確かめる術は、今の所用意されてはいなかった。
169 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時37分48秒
「市井さん…どこ行っちゃったんでしょうか」
「さぁね、飲み会の時は至って普通だったし…っていうか酔っ払ってたし」
保田さんは市井さんと同じ英文科を専攻していて、彼女とは飲み友達(?)らしい。
美術部には入っていないけど、部員の人たちとも仲がいい。
怒ると怖いけど、みんなからはとっても慕われていてすごく頼りになるし、頭もいい。
それにお酒も強い…との噂。

「保田さん覚えてるんですか?」
「何が?」
きょとん、とした顔で保田さんは私の顔を見た。
「飲み会の時のこと」
「当たり前じゃない、つい最近だったのよ」
「そうじゃなくて…よっすぃー酔って、電話する以前の事あんまり覚えてないって…」
「弱いわね吉澤」
そりゃあ、ウォッカのストレートを平気で飲む保田さんに比べたら…、と言い掛けたのを途中
で制して、一応私は相槌を打っておいた。
170 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時38分44秒

「石川は来てなかったわね、あの時」
「あんまり行きたい気分じゃなかったんです」
私は大してお酒が好きな訳じゃないし、強い方でもない。
それに飲み会に行っていたのはよっすぃーや市井センパイ、保田さんのお友だちなど英文
科の人たちばっかりで知っている人もそんなに居なかった為、参加はしなかった。
「まぁ、ただ酒飲んで暴れるだけだから」
「…暴れたんですか?」
「私じゃないわよ、どちらかといえば吉澤よ」
なんとなく想像はしてたけど…。
だから次の日、私がよっすぃーの家に行った時、着てたシャツが破れてたのね…。
「大変ね、あの悪ガキの世話も」
「ホントですよ」
171 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時39分24秒

そんな事を話しながら、私たちは大学の中へと入った。
まだちょっと時間が早い為、人があまりいない。
騒がしい空間が、どちらかと言えば苦手な私はこの時間が一番好ましい。

「そんじゃね、石川」
「はい、また」
そうして私たちはいつも通り、世間話を終わらせて二手に分かれた。
余裕を持ってきている私たちは、講義が始まるまで暇つぶしをするのが日課になっていた。
保田さんはいつも図書室で読書してるらしいし、私は中庭でコーヒーなんか飲みながら、持
ってきたMDプレイヤーを聞いたりする。
ゆっくりとした時間の流れに、私はその身を任せるだけ。
172 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時40分11秒

「あ」

大学のちょうど真ん中にある中庭は吹き抜けになっていて、3階までの様子が見渡せる。
端っこにポツンと置かれたベンチに腰かけて、付けようとしたイヤホンを空中で彷徨わせた
まま、3階のテラスに視線が釘付けになる。
正しくはそこにいた人影に。

…ごっちん?

確証も自信もない。
でも普段、頼りにすらしていない自分の第六感が確かに反応して見せた。
昨日の事もあるからか、しばらく顔を合わせていない彼女を頭の中で勝手に想像して、安易
に決め付けているだけなのかもしれない。
もうそこには人影は無い。
曖昧な思考に少し苛つきながら、今度はそれが疑問へと変わっていく。

あんな所で何をしてるの?

彼女かも。
でも彼女ではないかも。
さらりと流れる茶の長髪だけで、彼女のそれと繋ぎ合わせるのはあまりにも不安定すぎる。
確定できるものなど持ち合わせていないのだから。
173 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時40分55秒

それから何分そうしていただろう。
随分と長い間放心状態だった気もするし、案外すぐに我に返ったとも感じる。
私はイヤホンから聞こえてくる曲に気付いた。
その流していただけの音楽は3曲目のものだった。
とすると、もうすでに十分は経過している。
あたりも大分人が増え、騒がしくなっていた。


あの階―――ちょうど(ごっちんの)人影が見えたところには美術室がある。
ただそれだけの事なのだけれど、なんとなくそれが気になった。
それがどうしてなのか、どうしてその事が気になっていたのかは分からないけど、
なぜか胸騒ぎがする。

174 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時41分39秒


「梨華ちゃん!」


「え…あ」
呼ばれて振り向くと、そこには矢口さんがきょとんとした顔で立っていた。
「あ…矢口さん、どうしたんですか…?」
「どうしたも何も梨華ちゃんこそ、ボーっと上見て何してんの?」
「あっ、あぁ…いえ、何も…」
矢口さんはますます分からないという顔をして、私が見ていたあの場所を見上げて首を
かしげた。

「あの…矢口さん、ごっちんから連絡きました?」
「へ?ごっちんから?」
私は縦に首を動かした。
それに矢口さんは反対に首を横に振る。
「なんも来てないけど」
「あ…そうですか」
それじゃあやっぱりよっすぃーに連絡するのかも、と私はもうそろそろやってくるだろう
よっすぃーをこの場で待とうと決めた。
175 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時42分17秒

「何?ごっちんがどうかした?」
「いえ…ちょっと、ごっちんがいた様な気がして…でもやっぱり見間違いかも」
私は再び3階のテラスを見上げた。
私の動きに連動し、目を細めてそこをじっと見つめる矢口さん。

「それに、もう十分くらい前だし…」
「はぁ?そんな前からずっと眺めてたの?何やってんだか…」
「はは…」
「ま、いいや…そろそろ行かないの?講義始まるんじゃない?」
「いえ、よっすぃーを待ってるんです」
176 名前:-第一話 失踪- 投稿日:2003年03月17日(月)13時43分09秒
矢口さんは納得し頷くと、
「そういや今日なっち来るってよ」
「あ、そうなんですか?」
「うん、メール来た」
そうか…安倍さんは元気なんだ。
でもやっぱり私の中で一番気になっているのは、さっきの人影。
ごっちんなのか、そうではない誰かなのか。
そんなことはもうどうでもいい。

「あ!悪い、ヤグチ先行ってていい?教授に呼ばれてたんだ」
腕時計を見せながら矢口さんは足踏みをする。
「どうぞ、多分よっすぃー遅いですから」
一言「悪いね」と言い放つと矢口さんは去っていった。
177 名前:ココナッツ 投稿日:2003年03月17日(月)13時43分54秒
更新終り。

>166名無し読者さま
ありがとうございます。
こっそりどころか、バンバン読んでください(w
市井ちゃん、今の所は…(秘
178 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月05日(土)23時50分52秒
がんがって!
179 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月28日(月)10時52分49秒
待ってるよ
180 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月18日(水)01時33分14秒
ほぜん
181 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)10時49分52秒
ho
182 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 20:16
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