カクテル・テクニック
- 1 名前:ルパン4th 投稿日:2002年10月10日(木)00時45分12秒
- 3作品目になります。
ずっと「よしごま」を書いてきたのですが、今回は「いしよし」でいきたいと思います。
概略は以下の通りです。
CP:いしよし
設定:アンリアル
物語:シリアス
人物:吉澤、石川、後藤、アヤカ、飯田……etc
いしよしもアンリアルも書くのが始めてなので、感想や指摘を頂けると嬉しいです。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2002年10月10日(木)00時50分58秒
昼と夜の顔を持つ街―――新宿
他の街が眠りにつくと、目覚めるクラブ街
バブル期には一夜にして、何百万という金がこの街に飲み込まれては消えたいう。
この街に渦巻くのは、顔色窺う大人の駆け引きと安っぽい口説き文句。
華やかできらびやかなこの街の煌きに、心奪われたものは身を滅ぼすとさえ言われる。
老いも若きも、男も女も……
- 3 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)00時52分55秒
「もぉ悔しい〜!あと少しだったのにぃ!!」
「残念でした、来月がんばんなって。まっ来月も2位は私だと思うけどネ」
ドンとカウンターを拳で叩きながら、真希は悔しさを体中で表現した。
その真希の隣で満足そうに微笑みながら、余裕たっぷりの言葉を投げたのはアヤカだった。
「そんな余裕持てるのは今のうちだからね!来月は絶対逆転してやるぅ!!」
「ハハ、楽しみ楽しみ」
「もー、ひとみ何とか言ってよ。ひとみも次はアタシが2位だと思うでしょ?」
「なーに言ってんの、次回も私だと思うでしょ?ひとみ?」
それまでカウンターの中で黙々とシャンパングラスを拭いていたひとみは、ふたりに言い寄られると、少し顔を上げ苦笑しながら「……さあ」と呟いて再びグラスに視線を落とした。
- 4 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)00時54分22秒
真希とアヤカ、この二人が先程から何の2位争いについて言い合っていたかというと、別に徒競走の順位でも何でも無く、先月の指名率の成績についてだった。
ここは高級クラブ街の一角にあるクラブのバーカウンター。
そして、真希とアヤカはここのホステスというわけだ。
つい5分程前に終わった開店前のミーティングで先月の指名率の成績が発表され、アヤカが2位、真希が3位だった。その差がほんのわずかだった為に真希は先程から悔しさを隠せないでいた。
そして、ふたりに言い寄られ肩を竦めるひとみはここのバーテンダーだった。
ひとみは整った顔立ちをしていたが、それは女性的というよりは中性的で、長身と華奢とは言えない体型が一層彼女の中の男っぽさを魅力的に引き出していた。
そのルックスが、「一昔前の水商売丸出しのクラブではなく、女性でも楽しめる店にしたい」というビジョンを持つオーナーの目に止まり、ここでシェーカーを振っているというわけだった。
- 5 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)00時56分46秒
「フンだ。どーせちょっとしか変わらないじゃん」
「それでも、2位は2位ですぅ」
二人の間で再び論争が始まりかけた時、背後からタキシードに身を包んだ男が近寄ってきた。
「こら。お前らどうせ張り合うなら、トップ目指して張り合えよ」
「「あっ、オーナー」」
真希とアヤカが振り返るのと同時に二人の声がみごとにハモった。
ひとみもチラリと男を見て会釈をすると、「救われた」とばかりに真希とアヤカに背を向けて、所狭しと並べられたボトルの整理をし始めた。
「オーナー、トップは無理ですよぉ。ねぇ、真希?」
「そうそう、うちの店は圭織がトップをやってるから成り立ってるの。うちらはそのおこぼれを相手するだけ」
アヤカの振った言葉に真希は、緩いウェーブのかかった髪を指に巻きつけながらつまらなそうに言い放った。
- 6 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)00時57分57秒
「おまえらなぁ、こんな所で油売りながら屁理屈言ってる暇があったらメイクでも直しとけよ。あと30分で開店だぞ」
半ば呆れた様にオーナーは二人に言うと、「そうだ」と呟いてポケットからなにやら取り出した。
「おい吉澤、おまえに用があったんだ。忘れるとこだった」
「えっ?」
3人の話を聞き流しながら整理をしていたひとみは、急に名前を呼ばれて驚いた様にオーナーを振り返った。
「悪いが買出しに行ってきてくれないか。いつもの酒屋のとこに新人が入ったらしくて、酒の仕入数間違ったんだ。これに買ってくるもん書いてあるから、あと金もな」
オーナーは一方的に用件を言って、メモと金をひとみの手に握らせた。
- 7 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)00時59分19秒
「分かりました。すぐ行ってきます。」
「あー、アタシも一緒に行くっ!」
受け取った物をポケットにねじ込みながらカウンターから出てきたひとみに、真希は素早く腕をからめた。
「バカ、おまえは行くな。」
「えーっ、何でですかぁ?」
「うちのbRがこの時間にうろついてみろ。他の店からの引き抜きの嵐だぞ」
「ハッキリbRって言わないで下さいよ。来月はbQになるんだから」
「bR」の単語に敏感に反応し反論する真希を尻目に、ひとみはさり気なく腕をほどくと足早に店を出た。
- 8 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時01分01秒
「あとはリキュールが2本にウォッカが3本っと」
最後のボトルをかごに入れると、ひとみはレジに向かった。
歩く度に瓶がガラガラと派手な音を立てる。
「1万と3650円になります」
「あ、CLUB Moonlightで領収書切って下さい」
「はい」
店員が領収書を書いている間、ひとみはボンヤリと外を眺めていた。
窓ガラスに黒いベストにワインレッドの蝶ネクタイをつけた自分の姿が映る。
いつからこんな格好が板につくようになったのだろう?
いつからこんなに夜の街を軽く歩けるようになったのだろう?
ガラスに映る自分が急に自分ではないような錯覚に陥り、目を逸らそうとした時
- 9 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時01分39秒
「助けて!…やっ……めて」
「そんなに逃げんなよ」
「おとなしくしてりゃ、いい事してやっからさぁ」
道路を挟んだ向かいにある奥まった路地から、女の叫び声と男達の卑猥な言葉が耳に入ってきた。
またか……
こんな光景この街じゃ珍しくない。
最初はひとみも助けようとした。しかし助けたところで女の方も酔って我をなくしているか、ドラッグをやってるかだ。
次第にこんな事のために血を流すのがバカバカしくなり、自然と無表情で通りすぎる術を覚えた。
それも自分がこの世界に染まっていった証だった。
- 10 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時03分02秒
「おまたせしました。こちら領収書になります。」
やけに丁寧な店員の言葉にひとみは我に返ると、領収書とボトルの詰まった袋を手に店を後にした。
「こら…おとなしく……しろってんだよ!」
「ヤッ!……嫌ーーーー!!」
ひとみが少しの胸の痛みを無視して、格闘を続けている男女の横を通り過ぎようとした時、通りかかった車のヘッドライトが襲われている女の顔を照らした。
その一瞬の顔を視界の端で捕らえた瞬間、ひとみの中の細胞がドクリと波を打った。
反射的に女の方に顔を向けたが、すでに女の顔は暗闇に溶け込んで見えない。
次の瞬間ひとみの足は、もつれ合う男女の方へ向けられていた。
- 11 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時04分26秒
「やめなよ」
声を低く押し殺して威嚇する様に、女を追い詰める二人の男の背中に言葉をぶつける。
こんな場合は自分を男だと思わせた方が有利だ。幸いこんな格好もしているし、周りも暗い。
元からのハスキーボイスを低くすれば、簡単には見抜かれないだろう。
「なんだ、おまえ」
振り返った男達の目を見て、ひとみの頭に危険信号が点滅した。
ヤバイ……こいつらイっちゃてる
目は赤く充血し血走っていて、視線はすでに座ってる。
おそらく覚醒剤の常習犯だ。
こういう奴らが一番タチが悪い。見境なく何をしてくるか分からないからだ。
こんな時は少しでも早くカタをつけるに限る。
- 12 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時05分44秒
「うちの店の娘に手出すなって、言ってんだよ!」
咄嗟の嘘をわざと汚い言葉で怒鳴って、相手の一瞬をついて割り込むと女を後ろに隠すような体制をとる。
「あっ?うちの店の娘?…ハッ!こんな純情そうな娘がお水だって言うのか!」
「おまえ、でたらめ言ってんじゃねぇよ!ぶちのめすぞ!!」
相手の言葉にひとみはチラリと後ろの女を見て、思わず心の中で舌打ちした。
黒い髪を肩までたらし、化粧をしてるかどうかすら分からない擦れていない顔立ち。
眉をハの字にし怯えた目で、震えながら自分の服を握り締めている。
その姿は誰が見ても、『水商売』という職業とは縁遠かった。
「あっ?どーなんだよ!おまえ、この娘知ってるなら名前言ってみろよ!!」
一瞬の動揺を相手が悟ったのか、勝ち誇ったかのように怒鳴ってくる。
- 13 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時07分07秒
「リカ」
「あ?」
何のためらいも無く、相手を睨み付けながら答えたひとみに相手の動きが止まった。
「だから彼女の名前、リカ」
「そんなでたらめ通用するとでも思ってんのかよ!!」
我に返った男の一人が、勢い良くひとみのむなぐらを掴んだ。
「…っ!」
思わずひとみは顔を見せまいとそむける。
「おい、おまえ…女か?おいこいつ女だぞ!」
「マジかよ!」
まずい……気づかれた。
いくら声を低くしてみても、女は女だ。
大の男二人に力ずくでやられたら、勝ち目は無い。
- 14 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時08分12秒
「へぇー、よくも騙してくれたな。おまえも可愛がってやるぜ」
女だと分かって気を抜いたのか、相手のむなぐらを掴む力が緩んだのをひとみは見逃さなかった。
最後のチャンスとばかりに、足で思い切り相手の腹に蹴りを入れる。
「ぐぅ…!!」
低いうめき声と共に、男は仲間を巻き込んで倒れこんだ。
男二人がもつれあっている間に、ひとみは先程買ったウォッカのボトルを素早く開け、男達と自分の間に境界線を作るようにそれを流した。
「くそっ!女のくせになめやがって!!」
「ただで済むと思うなよ!!」
- 15 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月10日(木)01時09分11秒
やっとのことで立ちあがった男達が拳を振り上げ襲いかかってきたのより、ひとみがマッチに火を点け流し込んだウォッカに向けて投げた方が数秒早かった。
「うわっ!なんだよ、いきなり!!」
「危ねぇ!!」
一気にウォッカを流した所だけ燃え上がる。
「今のうち、早く!!」
ひとみは、彼女の物だと思われる小さなボストンバックを引っ掴むと、恐れを忘れて呆然と立ちすくんでいる女の手を取りその場から駆け出した。
- 16 名前:ルパン4th 投稿日:2002年10月10日(木)01時15分17秒
- 初更新はここまでです。
初っぱなから、物騒な展開で申し訳ないっす(^^;
しかし、何度経験しても新スレを立てるのは緊張しますね。
早くはないですけど、頑張って更新しますんでよろしくお願いします。
- 17 名前:オガマー 投稿日:2002年10月10日(木)01時41分46秒
- おもしろそうです。
期待w
- 18 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2002年10月10日(木)16時42分03秒
- カッコイイです。
面白いし。期待です。
- 19 名前:名無し。 投稿日:2002年10月10日(木)20時31分56秒
- よっすぃーがめっちゃかっけ〜です!期待してます!!
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月11日(金)18時27分48秒
- すごい面白そう。がんばって下さい。
- 21 名前:名無し 投稿日:2002年10月11日(金)19時36分00秒
- よしごま書いてた作者さんのファンでしたが、いしよしもいいですね。引き込まれます。この先の展開楽しみに待ってますね。
- 22 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月16日(水)02時24分14秒
- よしごまを書いているのは知っていましたが
いしよしも凄くいいです
続き楽しみにしています
- 23 名前:モン太 投稿日:2002年10月16日(水)18時20分44秒
- なんか良い感じですね(w
作者さんの作品全部大好きっすよ!!
いしよしも期待してます!!
- 24 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時31分52秒
いったん街に逃げ込めばこっちのものだった。
細い路が迷路のようにクネクネと走っている街だ。昼間でも迷うというのに、ましてやこんな夜に迷わず走るにはそうとうな土地鑑をもってなければ無理な話だった。
「ここまで……くれば…大丈夫」
狭い路地を右に左に折れて、いつもよりずっと遠回りをして店まで帰ってきた。
相手に店の名前がバレたら必ず店まで因縁をつけにやって来る。そういうヤツらだ。
しかし、相手はとっくにひとみ達を見失ったようだった。
「あの……本当にありがとうございました。」
ひとみが呼吸を整えていると、女は深々と頭を下げて丁寧に礼を言った。
その姿がこの夜の街にはあまりにも不釣合いに思えて、思わずひとみの唇から微かな笑みが洩れた。
「べつに……私が勝手に助けただけだから」
汗ばんだ髪を掻き揚げながら、ひとみはわざと興味無さそうに言い放った。
そんなひとみの返事に女は困ったように、ひとみを見詰めた。
そして、その時始めてひとみは女の顔をまともに見た。
- 25 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時33分32秒
走ったせいだろうか頬は少し紅潮して、薄い唇からはまだ時折荒い呼吸が洩れている。
闇を知らない瞳は、まだ恐怖が残っているのか少し潤んでいるように思えた。
そんな彼女にひとみの鼓動は、走った後のそれとは違うリズムを刻みだす。
「あの…わたし石川梨華です」
「梨…華……」
「そうです。あの、どうしてあの時『リカ』って言ったんですか?わたしすごく驚いて……」
そう確かにあの時、男達に『名前を言ってみろ』と問い詰められたひとみは何の迷いもなく自分を『リカ』と呼んだ。
もちろん梨華はひとみを全く知らない。
それなのになぜ?……手を捕られて走っている間中、梨華の頭はその疑問でいっぱいだった。
「ただ…思いついた名前言っただけだよ。でも、まさか本当に梨華って名前だとはね……すごい偶然」
思いつき?偶然?
にしては、あまりにもキッパリと答えなかった?
梨華はまだ納得ができなかったが、初対面のしかも助けてもらった恩人を問い詰めるわけにもいかないので、湧きあがる疑問に終止符を打った。
- 26 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時36分38秒
「ところで…行くあてはあるの?石川さん」
それを聞かれると梨華はだまって首を横に振る事しかできなかった。
そんな梨華を見て、ひとみは軽く溜息をついた。
「やっぱりね……どうせ親と喧嘩でもして家出でしょ?早く帰った方がいい。ここは石川さんみたいな娘がいる所じゃないよ」
「帰れません!もう、戻る場所なんてないんです!!」
それまでのしおらしさが嘘のような梨華の剣幕に、ひとみは一瞬たじろいだ。
「ごめんなさい……でも、本当に帰る場所なんてないんです」
自分でも驚いたのか、梨華は今度は小さな声で繰り返した。
「そう言われてもね…」
「どこでもいいんです。どこか泊まる場所ありませんか?」
「とにかく……いったん入らない?」
- 27 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時37分53秒
梨華の質問を無視して、ひとみは親指で店のドアを指した。
いきなりの言葉に、梨華は再び困ったような顔をした。
そんな梨華を察してひとみは言葉を足した。
「私吉澤ひとみ、この店のバーテンダー」
「わかった?」とでも言うようにひとみは片眉を器用に持ち上げると、店の中に消えて行った。
ひとみの言葉に梨華は改めて、建物全体を見渡した。
派手な電光色やうさん臭い呼び込みは全くなかった。
ホテルの様な分厚い扉と、その扉の上に控えめな青白い蛍光灯で“CLUB
Moonlight”と綴られている。
それらが、この店の高級さをかもし出していた。
梨華は「大丈夫」と自分に言い聞かせると、深呼吸をして扉に手をかけた。
もちろんこんな店に入るのは生まれて始めてである。梨華は異次元に入り込むような気分で、そっと扉を押し開いた。
- 28 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時39分54秒
『異次元』と思ったのは過言ではなかったと、梨華は店に一歩踏み入れて思った。
外の控えめさが嘘のような、眩いばかりの広い店内。
そこからは常に男と女の笑い声と、グラスが合わさる音が絶えない。
そしてどのテーブルでも、露出度の高いドレスに身を纏った女たちが綺麗な微笑みを男達に投げていた。
その光景を見て、梨華の頭にいつか映画で覚えた『ハーレム』の文字が浮かんだ。
「入って来ないから、帰ったのかと思ったよ」
店内に魅入っていた梨華は、ひとみの言葉で我に返った。
一足早く店に入ったひとみは、入り口付近にある彫刻の施させた柱にもたれていた。
その姿があまりにもまわりの空気に自然に溶け込んでいるから、梨華は急に自分が場違いな所にいることを実感して恥ずかしくなった。
- 29 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時41分14秒
「やっぱり…帰ります」
そう言ってもう一度扉に手をかけた時、ひとみに腕を捕まれた。
「まぁ待ちなよ、帰る場所なんてないんでしょ?」
その言葉が梨華の足を再び止めた。
そう、梨華には本当に帰る所が無かったから。
「今夜は私の部屋を貸してあげるから」
「…でも」
「こういう時は好意に甘えるもんだよ?」
確かにそうだった。どこで夜を明かそうか途方に暮れていた梨華にとっては、なによりも有難い言葉だった。
「どうする?」
「一晩だけ…お世話になります」
「OK」
可笑しそうに笑うひとみに、梨華は何故知りもしない自分にこんなに優しくしてくれるのか理解できなかった。
- 30 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時42分41秒
「じゃあ、悪いけどちょっと待っててくれないかな?」
「え?」
「オーナーにことわってくるから」
そう言ってひとみは梨華をバックルームに通した。
そこはホステス達の控え室らしく、ちょうど空時間なのか真希が何を見るでもなしに雑誌を捲っていた。
「あっ、ひとみ。遅かったじゃん」
「ん、ちょっと迷子の子猫を拾ってね」
ひとみの言葉に真希はうしろにいた梨華にチラリと視線を移した。
「ふ〜ん。珍しいじゃんひとみが拾いもんなんて」
「ハハ、そんなことより今日真希んち泊まらせてよ」
「べつにいいけど…どして?」
「彼女…石川さんをうちに泊めるから」
「……へぇ」
- 31 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時44分36秒
それからひとみがオーナーの所に行ったため、部屋には梨華と真希の二人だけになった。
気まずい空気に押し潰されそうになりながら、梨華はそっと真希を垣間見た。
金髪に近い髪を背中までなびかせ、豊満なバストとキュッと引き締まったウエストは服の上からでも息を呑むようなラインを描いている。
感情の色を持たない瞳は、どこかミステリアスで惹きつけるものを持っていた。
「何?」
「ご、ごめんなさい」
そっと見たはずだったが、視線を敏感に感じ取った真希の言葉に梨華はドキリとして咄嗟に謝ってしまう。
「石川さんだっけ?下の名前は?」
「梨華です」
「ふ〜ん梨華ちゃんか。可愛い名前だね」
そう言って自分を見詰める真希の視線に、なにか複雑な感情が見え隠れしている気がした。
- 32 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時46分27秒
「運いいね、梨華ちゃん」
「えっ?」
「ひとみはね……滅多に人なんか助けないよ」
梨華にとっては以外な言葉だった。
出逢ってまだ数時間と経ってないが、ひとみのたくさんの優しさに触れた気がしてたから。
「どうしてわたしを…」
「さあね、ひとみ本人に聞けば?」
今度は真希の口調にハッキリと冷たい感情を感じた。
そしてそれは自分への嫉妬心だと梨華は直感した。
- 33 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年10月21日(月)00時47分30秒
「真希さん、3番テーブルにご指名です」
「はい」
ボーイらしき人が顔を出し、真希を呼んだ。
真希は返事をするとスッと立ち上がり、すれ違いさまに梨華の耳元に言い残した。
「この街は全てが虚像だよ。笑顔も会話も……時には優しさもね」
真希の言葉を理解できずにいるうちに、ひとみが戻ってきた。
「おまたせ、行こうか?」
「は、はい」
店を出る時に梨華が店内に目をやると、右に左に笑顔を振りまきながら慣れた手つきで水割りを作る真希の姿があった。
『全てが虚像だよ』なぜかその言葉が梨華の胸の中に深く刻み込まれていた。
- 34 名前:ルパン4th 投稿日:2002年10月21日(月)00時59分58秒
- >>24-33更新しました。
>17オガマー様
「いしよし」未熟者ですが、期待に応えられるようがんばります(w
>18名無しどくしゃ様
カッコイイと言ってもらえると嬉しいです。
頑張って更新するんでよろしくです。
>19名無し。様
よっすぃ〜、もっともっとカッコよく書きたいっす!
>20名無しさん様
面白そうと思ってもらえて嬉しいです。
最後まで「面白い」と思ってもらえるようがんばります(w
- 35 名前:ルパン4th 投稿日:2002年10月21日(月)01時07分38秒
- >21名無し様
ファンだなんて…照れますね(w
銀板の方で引き続き「よしごま」を書くんで、そっちもよろしくです。
>22名無し読者様
「いしよし」は始めてなんで、戸惑うことばかりです。
続きを待ってもらって感謝です!
>23モン太様
自分の作品を全部読んでくれてるみたいで、すごい嬉しいです(泣
頑張りますんで、これからもよろしくです
たくさんのレスをもらったにも関わらず、更新が遅くなってすいませんでした。
これからはコンスタンスに更新できるよう頑張ります。
- 36 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月24日(木)21時13分48秒
- お待ちしてました!
展開がまだよくわかりませんね
気になりますw
続きお待ちしております頑張ってください!
- 37 名前:名無し。 投稿日:2002年10月25日(金)00時50分45秒
- やっぱりルパン4thさんの作品だけあって微妙によしごまちっくな予感!いしよしと分かっていてもよしごまシーンを期待してしまいます(w
- 38 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時03分41秒
ひとみのアパートは店から15分ほどの高層ビルの谷間にあった。
「ごめんね…ぼろアパートで」
「そんなことないです」
お世辞にも綺麗とは言えないきしむ階段を上りながら、気遣うひとみに梨華はブンブンと首を横に振りながら言った。
野宿することを思えば、今はどんなにボロでもお城のように思える。
- 39 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時05分08秒
「あーら、ひとみちゃんじゃないの」
ひとみがドアに鍵を差し込んでいると、隣のドアが勢い良く開いた。
派手な服をきて厚化粧をしているが、どう見ても肉付きのいい中年男である。
「あっスギさん。これからお店ですか?」
「そーよ、まったく不景気で嫌んなっちゃうわ。そんな事よりひとみちゃんこそどうしたのよ?」
「ちょっと、彼女を送りにね」
そう言ってひとみは後ろに隠れるようにしていた梨華を指した
「あら可愛いじゃないの。やるわねぇ、ひとみちゃんも」
「そんなんじゃないですよ」
頭からつま先までサーッと舐められるように見られて、思わず梨華の背筋に冷たいものがはしった。
- 40 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時06分34秒
「あなた可愛いけど……そのピンクのブラウスはどうかと思うわ」
「ご、ごめんなさい」
妙な視線を避けたいのか、指摘をされて恥ずかしかったのか分からなかったが、梨華は意味もなく謝るとブラウスの胸元をギュッと掴んだ。
「そんなことよりスギさん、時間いいんですか?」
「あらやだ!遅れちゃうわ。それじゃあねひとみちゃん、今度かわいい男の子紹介してね」
勝手に人の服にケチをつけたのを悪びれる様子もなく、中年男はきつい香水の香りを残して慌しく階段を降りて行った。
「ごめんね。驚いたでしょ?」
ひとみの言葉にまだ体の強張りが解けない梨華は頷くことしかできない。
「あの人スギさんっていってね、この近くでオカマバー経営してるんだ。言われたことは気にしなくていいよ。あの人、人のファッションにケチつけるのが趣味だから。ここら辺じゃね『スギさんのファションチェック』とかいって有名なんだ」
梨華の緊張を解そうとしてるのか冗談めいた口調で話すひとみに、梨華はまたひとみの優しさに触れた気がした。
- 41 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時08分15秒
ひとみの部屋は『片付いている』というより、むしろ『殺風景』という方が当てはまる様な感じだった。
シングルのパイプベッド
小さのテーブルにソファ
ぎっしりとつめられている本棚
古い型のテレビ
生活に必要最低限の物だけが配置させた部屋は、どこか無機質で寂しげに思えた。
「気に入らない?」
キョロキョロと部屋を見廻す梨華に、ひとみはボストンバッグを隅に置きながら訊いた。
「そんなことないです!本当に一晩借りていいんですか?」
「ハハ、かまわないよ。それからね、その敬語やめてくれないかな?」
「でも…」
初対面の人と気安く馴染めない性格である。
それに、見た目からしてひとみは自分より年上のように梨華には思えた。
- 42 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時09分41秒
「石川さんって、いくつ?」
敬語にためらう梨華を悟ったように、ひとみは切り出した。
「今年で18です」
「えっ、うそ……私のひとつ上じゃん」
「え?じゃあ…17歳」
自分より年下だと聞いて、梨華は耳を疑った。
「ハハ、まぁこんな仕事してるから年齢はごまかしてるけどね」
「虚像……」
「え?」
急に梨華は真希の言った言葉を思い出した。
「真希さんが『この街は全てが虚像だよ』って言ってたから…」
「真希が、そんなことを?……へぇ、真希がねぇ」
梨華の言葉にひとみは意味深に頷いた。
- 43 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時11分10秒
「まぁ、半分は虚像かな」
「えっ?」
「真希みたいな仕事はね半分『嘘』を売ってるのかもしれない。年齢を偽って、時には嘘の話題でお客さんを喜ばせる。もちろんお客さんだってそれに気がついてるし、職業を偽ったり偽名を使う人もいる。……『真実は明かさないし追求しない』それがこの世界のルールなのかもね」
ひとみの話を聞いて、梨華の頭に店内で見せていた真希の笑顔が浮かんだ。
「吉澤さんも、仕事で嘘ついてるんですか?」
「私?」
いきなりの質問に、ひとみは驚いたように梨華を見た。
「私は、バーテンだからね。ただ酒を作ってるだけだよ」
そう言って、笑いながらシェーカーを振る真似をするひとみに、梨華は何故だかホッとした。
ひとみの優しさは本物だと思いたかったのかもしれない。
- 44 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時13分23秒
「そうだ、一杯作ってあげようか?」
「いいの?」
「いいよ。ただし、店じゃないからたいしたのはできないけどね」
「それでもいい」
梨華にも人並みの大人の世界への憧れはあった。
カクテルなどトレンディードラマの中でしか見たことがなかった。
「オレンジがあるから、スクリュードライバーかな」
冷蔵庫の中を見てそう言うと、ひとみはオレンジジュースを取り出した。
「ジュースで作るの?」
「まぁ、見てなって。すぐできるから」
そう言いながら、ひとみは厚手のグラスにジュースとウォッカを4:1の割合で入れると慣れた手つきで素早くかき混ぜ、カクテルグラスに注いだ。
- 45 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時14分39秒
「はい、スクリュードライバーでございます」
少し気取った口調でひとみは、グラスを梨華の前に差し出した。
「これで出来上がり?振らないの?」
テレビで見るようなシェーカーを振るのを期待していた梨華は、少し残念そうにひとみを見た。
「全部のカクテルにシェーカーを使うわけじゃ無いんだ。こういう作り方を『ステア』って言うんだよ」
ひとみの並べ立てる専門用語を理解できなかったが、とりあえず梨華は初めて知る大人の味に胸をときめかせた。
- 46 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時15分41秒
そっとグラスを口に運び、一口飲んでみる。
「これ?本当にお酒?」
それが梨華の正直な感想だった。
見た目もそうだが、味も普通のオレンジジュースと大して変わらない。
「ハハお酒だよ。飲みやすいけど強いから――」
「気をつけて」と言おうとしたら、梨華はすでにグラスを飲み干していた。
嫌な予感がひとみの頭によぎる。
- 47 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時16分53秒
「おいし〜」
「ちょ、ちょっと石川さん?大丈夫?」
「あぁ〜!人に敬語使うなとか言っといて、『石川さん』はないでしょぉ?」
どうやら、全然大丈夫ではない様子。
梨華は完全にできあがっている。
頬を桜色に染めてご機嫌の梨華を見て、ひとみはカクテルを飲ませたことを後悔した。
「なんとか言ってよぉ〜。ひ・と・みちゃん」
「ひとみちゃん!?」
一瞬、唯一自分を『ひとみちゃん』と呼ぶオカマのスギさんの顔とダブり悪寒が走ったが、それよりも梨華の変貌振りにひとみは驚いていた。
- 48 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時18分18秒
「あのさ、石川さん…」
「あっ、また『石川さん』って言う!」
「じゃあ……梨華ちゃん」
「フフ、なあに?」
呼び方が気に入ったのか、梨華はニッコリと微笑んだ。
「梨華ちゃん…私、仕事に戻らなくちゃいけないんだけど……」
「うん。いってらっしゃ〜い」
『いってらっしゃ〜い』と手を振られても、こんな状態の梨華を残して行けるわけない。
それに、なによりも飲ませた自分に責任がある。
「とりあえず、水持ってくるから待ってて梨華ちゃん」
「うん。いってらっしゃ〜い」
完全に酔いつぶれてる……
ひとみは溜息をつきながら、再びキッチンへ向かった。
- 49 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時19分40秒
「梨華ちゃん、はい水」
「………」
「梨華ちゃん?」
ひとみがコップを手に戻ると、梨華はベッドの上で寝息をたてていた。
「…なんだ寝ちゃったのか」
ひとみは苦笑しながら、用済みとなったコップをテーブルに置いた。
この調子なら朝まで目覚めないだろう。
布団を掛けてやろうと立ち上った時、梨華の荷物の傍に何か落ちているのに気づいた。
ひとみが何気なく拾い上げたそれは学生証だった。
R音楽大学付属高等学校
ピアノ科3年
石川梨華
「へぇ……ピアニストの卵なんだ」
ポツリと独り言を呟いて、ひとみは学生証をボストンバックの外ポケットに戻した。
そしてベッドの脇まで歩み寄り、梨華の寝顔をゆっくりと覗き込む。
- 50 名前:Menu1 出逢いはスクリュードライバーの味 投稿日:2002年11月01日(金)02時21分12秒
「本当に驚いたよ。こんなことってあるんだね……リカ。いや……梨華ちゃん」
見つめられているとも知らずに、梨華は穏やかな寝息を立てている。
そんな梨華の頬にひとみはそっと手を添えた。
まだアルコールが残っているのか、火照った頬が冷たい手に心地良い。
「梨華ちゃん、知ってる?スクリュードライバーの別名……」
答えが返ってくる筈もない相手にひとみは呟いた。
「女を酔わせて口説く時に使うから……“Lady Killer”って呼ばれてるんだよ」
そう言った後頬に添えた手に一瞬力が入り何かをためらったが、やがて自嘲するような笑みを残すと、ひとみは静かに家を出て夜の街へと戻っていった。
- 51 名前:ルパン4th 投稿日:2002年11月01日(金)02時27分32秒
- >>38-50更新しました。
>36名無し読者様
>展開がまだよくわかりませんね
ストーリーが動き出すのにもう少しかかります。
気長に見守ってやって下さい(w
>37名無し。様
>微妙によしごまちっくな予感
よしごま……もしかしたら一瞬出てくるかもしれません。
でも今回はあくまでも『いしよし』です(w
- 52 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月01日(金)08時27分55秒
- リカ? 梨華? ・・・・・・・・?
どう展開して行くんでしょうね?
楽しみです、がんがってください。
- 53 名前:オガマー 投稿日:2002年11月02日(土)05時04分01秒
- 気になります。
期待してますよほ。
がんがってくださいねw
- 54 名前:かな 投稿日:2002年11月04日(月)21時48分45秒
- おもしろいです☆これから、よっすぃ〜とリカちゃんはどうなるのやら・・・
続き大いに期待しまっす(^0^)
- 55 名前:七誌乃独者 投稿日:2002年11月12日(火)23時28分52秒
- 吉澤がカッケーですね。
実はいしよし苦手だったんですが・・・(ヲイ)この作品
そんなことカンケーなく早くも注目です。
- 56 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月02日(月)18時23分15秒
- ( ´ D`)待ってるのれす
- 57 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時49分29秒
カーテン越しに射し込む光に夢を奪われ重い瞼を開いた梨華は、始め自分がどこにいるのか分からなかった。
頭の回転がじょじょに回るにつれて、昨夜の出来事がスローモーションで蘇ってくる。
男達に襲われそうになったこと
ひとみに助けられたこと
ひとみの家に泊めてもらうことになったこと
はじめてカクテルを飲んだこと
一夜明けた今では全てが夢のように思えたが、テーブルに置かれた昨日のカクテルグラスが、それらの事実を物語っていた。
- 58 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時50分38秒
その時、梨華はグラスの隣にメモが添えられているのに気づいた。
そっと取り上げてみると、急いでいたのか走り書きの文字で簡潔に書いてある。
梨華ちゃんへ
おはよう。よく寝れた?
朝ご飯は冷蔵庫のもの何でも使っていいから
あと鍵はポストの中へ入れといて。
メモを読み終えて時計を見ると、すでに針は午後を回っている。
いくら疲れていた上に酒を飲んだからって、初対面の人の部屋でよくもまあこんなに熟睡したものだと、梨華は自分を少し情けなく思った。
「……どうしよう」
梨華はメモの重石代わりに載せられていた、鍵を手に取って呟いた。
- 59 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時52分23秒
メモにはポストに入れといてくれればいいと書いてあるが、「はいそうですか」と鍵を投げ込んで「さようなら」という訳にはいかない。
それに何よりも、もう一度ひとみに会ってちゃんとお礼を言いたかった。
かと言って、ひとみがもう店に出勤しているのかどうかも定かじゃなかったし、例えそうだとしても店まで迷えず行ける自信はなかった。
「なんとか…なるよね」
少しの間迷ったあと、鍵をキュッと握り締めそう自分に言い聞かせると、梨華は手早く身支度を整えてひとみの家を後にした。
- 60 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時53分45秒
青空よりも電光色の方がお似合いの街は、夜の賑わいが嘘のように昼間はひっそりと静まり返っていた。
人影は無く細い建物の隙間から時折、ノラ猫の間延びした鳴き声が聞こえるだけだった。
昨日は暗かったせいで遠くに感じたのか、ひとみの店は以外に家から近く簡単に見つけることができた。
扉には“CLOSE”の札がかけられ、人のいる気配はない。
そっと扉を押してみたが、鍵がかかっているのかビクとも動かなかった。
『やっぱりまだ来てないのかな』
諦めが頭をよぎり、引き返そうとした時…
「うちの店に何か用かな?」
急に声をかけられて梨華は驚いて声の方を振り返った。
- 61 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時54分48秒
緩いウェーブのついたキャラメルブラウンの髪を揺らしながら、柔らかく微笑む表情はどこか親近感があり親しみやすさを感じる。
「私ここの店の者だけど、何か用?」
思わず見惚れていた梨華は、訊き返されてやっと我にかえった。
「あの…ひとみちゃん来てますか?」
「ひとみちゃん?……ってひとみの事?プッ、アハハ」
一瞬唖然としたあと吹き出した相手を、梨華は不思議そうに見つめた。
「ご、ごめん。ひとみを“ちゃん”付けで呼ぶの初めて聞いたから、おっかしくて……あ〜苦しい」
笑い涙を指でスッと拭うしぐさも妙に色っぽい
- 62 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時55分50秒
「ひとみねいるよ中に、今ジャンケンに負けてお昼ごはん買わされに行ってきたとこ」
そう言いながら片手に持っていたコンビニの袋を軽く持ち上げた。
「まだねスタッフ専用口しか開いてないから、裏に回ろう」
促されて梨華も後ろに続く。
「あっ私ねアヤカ。貴女は?ひとみの……友達?」
「石川梨華です。昨日、ひとみちゃんに色々お世話になって…」
「あぁ、貴女が梨華ちゃん。真希から聞いた」
「真希さん……」
「うん昨日バックルームで会ったでしょ。私と同期で仲もいいよ。今も来てるから」
真希から受けた冷たい印象と、アヤカの親しみやすい暖かさがあまりにも対照的だったので、梨華は二人が仲が良いというのは少し信じられなかった。
- 63 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時56分58秒
「さ、どうぞ。入って」
重厚な正面扉と違って、何の塗装もされていない簡易扉を開けるとアヤカは梨華を招き入れた。
少し進んでドアを開けると、見覚えのあるバックルームにつながっていた。
「二人ともカウンターにいるから行こ。」
アヤカに誘導され、さらに続くと今度は店のフロアに出る。
梨華は改めてゆっくりとフロアを見廻した。
木目調のテーブルがいくつもゆったりとした間隔で置かれ、それを囲むようにレザー張りのソファが配置されている。
床には毛足の長い絨毯が敷き詰められ、おそらく足音すらしないだろう。
そんな店内の一角に備えられたカウンターにひとみと真希の姿が見えた。
- 64 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時57分47秒
主役のいない広いフロアに二人の声だけが響いている。
「真希、これは?」
「うぇ、ひとみ……これアルコール強すぎ」
「そう?色はキレイだと思うんだけどなぁ」
「今ねひとみがオリジナルカクテルを考案中なの」
遠くから二人のやりとりをみていた梨華にアヤカがそっと耳打ちした。
「ひとみ、真希お待たせ」
「もぉアヤカ、ひとみに付き合ってたら仕事前に酔いそうだよ」
アヤカの声に不満を言いながらも笑顔で振り向いた真希の表情が、梨華を捕らえると一瞬にして凍りついた。
ここまであからさまに嫌われると梨華も開き直ったのか、昨日より真紀を怖いと思わなかった。
ただ昨日のバックルームの真希も店内での笑顔の真希もどちらも偽りで、今ひとみに向けて笑っていた真希が本当の彼女なのだろうと梨華は感じていた。
- 65 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時59分04秒
「あっ、梨華ちゃん!」
何本ものボトルと睨めっこしていたひとみが、ようやく梨華の姿に気がついた。
「どうしたの?」
「これ返しに……本当にありがとう」
驚いているひとみに梨華は家の鍵を差し出した。
「わざわざ返しに来てくれたの?ポストに入れといてよかったのに」
梨華の手から鍵をヒョイと取り上げてポケットに入れながら言うひとみに、梨華の心は少しだけ痛んだ。
これでもうひとみと逢うこともないだろうと思うと急に寂しさを覚える。
もしかしたら鍵を返すことを口実に、もう一度ひとみの顔を見たかったのかもしれない。
「親のところに帰る気にはなった?」
軽く言うひとみに梨華は今度は悔しくなる。
やっぱりこの人は私を“違う世界の人”と一線を引いている
真希さんやアヤカさんの様に馴染むことはできないの?
- 66 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)22時59分48秒
ひとみの問いに梨華はそっと首を横に振った。
「両親は……中学の頃に事故で死んだから」
「……え?」
梨華が中学3年生の時、両親の乗っていた車に飲酒運転の車が対向車線から突っ込んできて、二人ともあっけなく還らぬ人となった。
その後梨華は伯父の家に引き取られたが、授業料の高い音楽校に行かせてほしいと言えるはずもなくただひたすら悲しみをピアノの練習に打ち込んで特待生として入学し、この3月に卒業した。
3年間特待生だった梨華に学校は幾度となくヨーロッパ留学の話を薦めてきたが、これ以上伯父に迷惑もかけたくなかったし、何よりも自由が欲しくて家を飛び出したのだった。
「…ごめん、ほんとに帰る場所なかったんだ。」
「いいの。もう気にしてないし」
決まり悪そうに前髪を掻き揚げながら謝り俯いたひとみに、梨華は前向きな返事をしたが空気は重く静まり返ってしまった。
- 67 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時00分35秒
「ほ、ほら!辛気臭い話しはやめてお昼食べよ?梨華ちゃんも一緒にどう?」
重い沈黙を破ったのはアヤカだった。
アヤカは袋の中身をカウンターの上にあけると、梨華を座らせた。
「あぁ!アヤカ、鳥五目にしてって言ったのにこれシャケじゃん!」
「しょーがないでしょ。売り切れてたんだから」
「もう、アヤカのバカ」
「なによ。バカ真希」
おにぎり一つで言い合いを始めた真希とアヤカに、ひとみは「いつものことだから」と肩を竦ませ苦笑した。
そんな3人に梨華にも自然に笑みが生まれる。
きっと真希なりに気を使ったことが分かっていたから、なおさら嬉しかった。
- 68 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時01分29秒
「で、梨華ちゃんこれからどうするの?」
やっと落ち着いて遅い昼ごはんをパクつきながら、アヤカが梨華に訊いた。
「とりあえず仕事見つけなきゃって思ってます」
真希やアヤカのような仕事はできそうにないと思った梨華は、コンビニなどのバイトを探すつもりだった。
「なーんだ、じゃあうちで働けばいいじゃん」
「え?いや、わたしは……」
「大丈夫!梨華ちゃん絶対メイクしたら可愛いくなるよ。すぐにbRの真希に追いつくって!」
「アヤカ……」
真希が隣で睨むのを無視して、アヤカは梨華を褒めまくっている。
どうやらアヤカは思いたったらすぐ行動に移すタイプらしい。
- 69 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時02分26秒
「ね、ひとみもそう思うでしょ?」
「ん?…ん、まぁ」
昨夜、梨華が男に襲われそうになったのを知っているひとみは、曖昧な返事で濁した。
「ちょうど今夜オーナー来るしさ、紹介してあげるよ」
「オーナー?」
アヤカの口から出たオーナーという響きに梨華は少し興味をもった。
こんな立派な店を仕切るオーナーとはどんな人物だろう?
きっとすごいお金持ちで、紳士な人に違いないと梨華は想像を膨らませた。
「寺田光男、34歳。この店の他にも銀座と六本木に店を持つ、この世界じゃちょっとした顔」
そんな梨華の心を読み取ったように、真希がアヤカに代わって淡々とオーナーのプロフィール説明した。
- 70 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時03分20秒
「なんだお前ら、昼間っから俺の悪口か?」
真希が説明を付け足したのと同時に、いつからそこにいたのか寺田が口を挟んだ。
「噂をすれば影…だわ」
アヤカは梨華にそっと耳打ちした。
「誰だその娘?関係者以外、店に連れ込むなって言ってるだろう」
寺田の視線に捕まって、梨華に緊張が走った。
見た目にも高級そうなスーツを一糸乱れずきっちりと着こなし、堂々と立つその姿には圧倒的な存在感がある。
「あ、あの石川梨華と申します。申し訳ありませんでした勝手にお店に入って」
知っている限りの敬語を並べて深々と頭を下げると、梨華は急いでこの場から立ち去ろうとした。
- 71 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時04分34秒
「オーナー、梨華ちゃんがうちの店で働きたいって」
逃げ腰の梨華を無視して、アヤカが寺田に言った。
しかもかなり話がずれている。『働きたい』などと言った覚えはないと梨華は心の中でアヤカをほんの少し恨んだ。
「…ほう」
寺田の目が、一気に品定めするような視線に変わった。
顔から体のラインまで、確認するようにじっくりと眺めてくる。
「石川さん……だっけ?こういう仕事の経験は?」
首を横に振る梨華に、かまわず寺田は近寄ってくる。
「髪を染めて……うんメイク映えしそうな顔立ちだね、君」
ジッと見つめてくる視線にいやらしさは無く、真剣なプロの眼差しだった。
寺田にとっては目の前にいる梨華はが自分の店にとって
使えるか、使えないか…
有益か無益か…
それしか、意味を持たなかった。
「…いけるかもしれないな」
寺田がそう呟いて、梨華の肩に手を置いた時…
- 72 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時05分37秒
「嫌っ!」
梨華の体が拒否反応を起こし、反射的に寺田の手をはらった。
頭の中に昨夜、自分を追い詰めた男達の顔がフラッシュバックする。
そんな梨華に、寺田の表情が怪訝なものに変わった。
「君ねぇ肩触られたくらいで嫌がってちゃ、この業界じゃやってけないよ。……それじゃあ、忙しいからこれで」
梨華に興味を無くした寺田は、「無駄な時間を潰した」とばかりに梨華から離れた。
「待ってください、オーナー」
そんな寺田の背中に言葉を投げたのは、それまで黙って見ていたひとみだった。
「なんだ吉澤、オリジナルカクテルできたのか?」
「いえ、そうじゃなくて……その」
ひとみにしては珍しく、言いよどんでいる。
「あの……梨華ちゃんを働かせてあげて下さい」
「男嫌いじゃホステスは務まらない。彼女には無理だ」
ひとみの言葉を寺田はピシャリと打ち消した。
- 73 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時06分57秒
「そうじゃなくて…ピアニストとしてです」
「な…に?」
突拍子もないひとみの提案に、寺田は眉をピクリと動かした。
「あそこにあるピアノ、今はオブジェになってますけど本物ですよね。」
そう言ってひとみは、ちょうどカウンターの向かいの隅に堂々と置かれているグランドピアノを指さした。
「梨華ちゃんは、R音楽大学の付属高校に通ってたんです。」
「あっ!…梨華ちゃんがピアノの生演奏をするってわけね」
ひとみが言わんとすることを理解したアヤカが、指をならして言った。
寺田は「本当なのかと」言いたげに梨華を振り返った。
昨夜、寝ている間に学生証を見られたことを知らない梨華は、そんな寺田にただ頷くことしかできない。
- 74 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時07分52秒
「今、生演奏をBGMに飲むお店って流行ってるよね」
顎に手を添えて考え込む寺田を推すようにアヤカは、ひとみに言った。
アヤカの言葉にひとみもゆっくりと頷く。
そんな事の成り行きに一番ついていけないのは梨華自身だった。
好きなピアノを仕事にできるのは嬉しいし、おそらく普通のバイトより給与も高いから生活もなんとかなるだろう。
しかしそれ以上に嬉しいのは、ひとみとこれっきりにならなくて済むことだった。
昨日会ったばかりでおかしいのは解っているが、ひとみに惹かれる自分を梨華は否定できなかった。
「今ここで何か弾けるか?」
「えっ?…あ、はい」
じっと考え込んでいた寺田の咄嗟の問いかけに、梨華はつられて頷いてしまった。
- 75 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時08分58秒
「こっち、こっち」
アヤカの手に取られて梨華はピアノの前に座らされた。
「……すごい」
ピアノの蓋を開けると、梨華は感嘆の溜息をついた。
それもそのはず、それはピアノを弾くものなら誰もが憧れる一流ブランド“スタンウェイ”のピアノだった。
試しに和音を少し鳴らしてみる。
長年使っていなかったせいで音程が少し狂っていたが、音色の深さは確かなものだった。
不安そうにひとみを見つめたら、微笑んで力強く頷いてくれた。
そんなひとみを見て落ち着いた梨華は、深呼吸をひとつするとゆっくりと鍵盤に指を滑らせた。
- 76 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時10分24秒
梨華が選んだ曲は、ヴェートベンのピアノ・ソナタ“月光”だった。
この店の名前に掛けたのも理由のひとつだったが、卒業試験で弾いたのがこの曲だったから、譜面はもちろんのこと細かいテクニックまで指が憶えていた。
時には哀しく、ある時は情熱的に梨華の指が音に表情を与えていく。
それは聞く者を恍惚にさせるような、そんな音色だった。
「……綺麗な…曲」
最後の音の余韻が鳴り止んで梨華が鍵盤から手を離すと、アヤカは溜息まじりに呟いた。
「どうですか、オーナー」
「あ?……あぁ、想像以上に…すごいな」
ひとみの問いかけに寺田は我に返ると、あっさりと梨華の実力を認めた。
「ほんとすごい…ね、真希?」
「…ん」
先ほどから黙っていた真希はアヤカの振りに短く返事をしただけだったが、その視線はピアノの鍵盤を捕らえたままだった。
- 77 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2002年12月07日(土)23時11分27秒
「ピアノに故障とかはないのか?」
「故障はしてないですけど、音程が狂ってるので調律したほうがいいと思います」
「そうか…あと音響も確認したほうがいいな」
梨華の腕に勝算を読み取った寺田は、すでに経営者の顔で頭の中でソロバンを弾いていた。
「とりあえず準備があるから一週間後から店に出てくれ」
「は、はい」
こうして梨華の“CLUB Moonlight”での採用が決まった。
あとから思えばこの時すでに梨華の運命の歯車は動き出していたのだが、この時の梨華には知る由もないことだった。
- 78 名前:ルパン4th 投稿日:2002年12月07日(土)23時20分54秒
- >>57-77更新しました。
>52ひとみんこ様
>リカ? 梨華? ・・・・・・・・?
その答えはもう少し先になります(w
ストーリーの展開が遅くてごめんなさいm(_ _)m
>53オガマー様
期待してもらってるのに、更新しなくて申し訳ありません!
これからもがんばります!
>54かな様
>これから、よっすぃ〜とリカちゃんはどうなるのやら・・・
本当にどうなるのやら……(w
これからもよろしくです。
- 79 名前:ルパン4th 投稿日:2002年12月07日(土)23時27分00秒
- >55七誌乃独者様
いしよし苦手なのに読んでくれてありがとうございます。
吉澤をもっとかっこ良く書けるようがんばります。
>56名無し読者様
「ごめんなさい」もうその一言しかありません
これからもよろしくです。
何の断りもなく1ヶ月以上更新せずに申し訳ありませんでした。
また待っていてくれた方がいらっしゃったら、ありがとうございました。
初心に戻ってがんばりますので、これからもよろしくお願いします。
- 80 名前:チップ 投稿日:2002年12月08日(日)00時05分45秒
- わーい♪更新ご苦労様です。
放棄せず書いていただけただけで嬉しいのれす。
梨華ちゃんとごっちんが仲良くなる日は来るのかなぁ?
- 81 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月03日(金)21時04分27秒
- 川o・-・)保全です
- 82 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時48分51秒
「一週間の準備」というのは店の準備と同時に、梨華がCLUBで働くための準備期間でもあった。
夕方から仕事のアヤカに連れられて、梨華は昼間は新宿・渋谷・銀座を歩き回った。
美容院で流行りのカットとカラーリング
化粧品を揃えアヤカにメイクテクニックの伝授
パーティドレスを何着かアヤカから貰いそれの着こなし方
その他にも歩き方、姿勢、さらにはナンパのあしらい方など数え切れないほどの項目を叩き込まれた。
アヤカや真希のように直接客と接しなくても手を抜かない、それが寺田の経営方針のようだった。
そんな目まぐるしい毎日の中で、日ごとに確実に綺麗になっていく自分を梨華は嬉しくも怖くも感じてるのだった。
- 83 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時49分55秒
この日も買い物をしに来ていた梨華とアヤカは、用事が済みアヤカの仕事時間までコーヒーショップで時間を潰していた。
「ほんとに梨華ちゃん綺麗になったよね」
目の前でレモンティーを口に運ぶ梨華に、アヤカはしみじみと言った。
実際「そんなことないですよ」と、はにかみながら笑う梨華は一週間前の垢抜けない梨華とは別人のように思えた。
「梨華ちゃんが毎日綺麗になっていくんで、ひとみ落ち着かないんじゃない?」
アヤカの冗談に梨華のカップを持つ手が一瞬揺れた。
- 84 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時50分57秒
結局、生活が落ち着くまで梨華はひとみの家に世話になる形になった。
しかし一緒に住んでいるといっても、今のところは夜の仕事をしているひとみとは生活時間が逆転していて、ほとんどすれ違いだった。
きっと今頃、ひとみはベッドの中だろう。
ひとみと同じ家に住むようになって梨華が一番驚いたのは、ひとみはまったく素の自分を見せないことだった。
別に冷たいとかそっけないのとも違く、むしろ優しいし冗談なども言うのだが、その全てが必死で何かを隠すための演技のように梨華には思えてならなかった。
そんな梨華の予想を裏付けるように、ひとみは時々じっと一点を見つめて物思いにふけていることがある。その時のひとみの目は何かを決意したような強い瞳のようにも深い悲しみを帯びているようにも見えた。
そして、そんなひとみにしだいに特別な感情を膨らませる自分の心を梨華は止めることも否定することもできなかった。
- 85 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時51分50秒
「――華ちゃん?梨華ちゃん?」
不思議そうに目の前で手を振るアヤカに梨華は我に返った。
「あ、ごめんなさい。ボーッとしちゃって…」
「ハハ、急にどっかと交信しちゃうから驚いたよ」
可笑しそうに目を細めるとアヤカはクルクルとコーヒーをかき回した。
「あの、アヤカさんはどうして今の仕事に?」
梨華の質問にアヤカは手と止め、少し驚いたような顔をした。
「あ…ごめんなさい。急に変なこと聞いて」
「フフ、別にいいよ」
謝る梨華にアヤカは微かに笑うと、再びカップに視線を移して「そーだなぁ」と懐かしそうに口を開いた。
- 86 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時52分49秒
「うちの両親はね私が7歳の時に離婚したの。私は母親に引き取られてね、母は私を育てるために夜の仕事をするようになった。でもね…母は独りで生きられるほど強い人ではなかった。いつも夜中に母が知らない男と帰ってくるのを、私は布団を頭までかぶって息を詰めて見ていたの。……母を憎みながらね」
そこで一口コーヒーを飲んで腕時計をチラリと見ると、アヤカは再び口を開いた。
「でね、中学を卒業すると同時に家を飛び出したの。その後はもうボロボロの生活だったわ。犯罪と紙一重の事で一日を繋ぎとめてね、そんな時オーナーに声をかけられたの。もう「どうにでもなれ」って思っていたから、エロいオヤジと話をして金もらえるんならいいと思って話にのったわ。でもね想像以上に甘くはなかった、うちのクラブって会員制でしょ?だからオーナーは私達に『一流』を要求してきた。英会話に経済、ゴルフに下ネタまで、全ての話題を提供できるホステスをオーナーは必要とした。何人もの子が辞めて行く中で、私はがむしゃらに勉強したの。成果をあげた分だけ見返りが大きくなるのも嬉しかったけど、誰かに必要とされることが一番嬉しかったのかもしれない」
- 87 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時53分43秒
カップの中で渦巻くコーヒーに自分の過去を重ねているのか、アヤカはそこから視線を外さなかった。
そんなアヤカの言葉に梨華は聞き入っていた。目の前で優雅に話すアヤカにはそんな暗い過去の影はどこにも無くて、作り話のような錯覚まで起こしそうになる。
「結局、私も母と同じ仕事を選んだの。皮肉でしょ?あんなに憎んだ母の仕事なのにね。でもね……私は母のように男には頼らない。母のような…愛し方だけはしないわ。それが私が唯一残した…プライド」
最後の言葉をキッパリと言うと「少し喋りすぎたかな」とアヤカは微笑んだ。
- 88 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時54分25秒
アヤカの話しを聞き終えて、梨華は自分を恥ずかしく思った。
両親を事故で亡くした自分が世界一不幸だと、悲劇のヒロインに陶酔していたように思えて梨華はいたたまれない気持ちになった。
誰もが他人には言えない暗い影を持っているのかもしれない。真希もオーナーも……そして、ひとみも――
「あの、ひとみちゃんは…どうやってこの仕事に?」
ほぼ衝動的に梨華はひとみの事を口にしてしまった。
「ひとみ?…あぁ、ひとみがうちの店に来た日のことはよく覚えてるわ」
アヤカの瞳が過去を捕らえるように鋭くなったのを見て、梨華は思わず生唾を飲んだ。
- 89 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時55分11秒
「ちょうど一年前の大雨の夜だった。いきなり店にずぶ濡れの姿で入ってきてね、オーナーに土下座して働かせてくれって頼んだの。客の目もあったからオーナーはすぐに追い出そうとしたんだけどね、『働かせてくれ』の一点張りで譲らなかった。それから三日三晩、店に来ては頼み込んでね、ついにオーナーが折れたの。まぁ、あの容姿だからオーナーも許したんだろうけど……後にも先にもオーナーをまいらせたのは、ひとみただ一人よ。」
アヤカの言葉を梨華はさらに信じられない気持ちで聞いていた。
いつも涼しげな表情でひょうひょうと物事をこなすひとみが、何故そこまで今の店で働くことにこだわったのだろうか?
「それからバーテンとしての腕前を磨いてね、今じゃオーナーが一番信頼してるスタッフじゃないかな」
梨華の困惑な表情を見てアヤカはそう付け足した。
- 90 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時56分25秒
それから店に行くアヤカと駅で別れて、梨華はひとみの家を目指してブラブラと歩き出した。
3月ともなるとだいぶ陽が伸びて、5時をまわっても高層ビルの谷間に夕陽がわずかに顔を出している。
まだ、ひとみは家にいるだろうか?
寝起きの顔で面倒くさそうに仕事に行く準備をするひとみを思い浮かべて、梨華はひとり笑いをかみ殺した。
そっと鍵をまわしてドアを開けたが、部屋の電気は消えていた。
もう出かけてしまったのかと小さな溜息をついて、部屋に上がり電気のスイッチに手を伸ばしかけた時、梨華はリビングの光景を目にして息を呑んだ。
- 91 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時57分15秒
そこには暗い部屋の中でソファに座り込むひとみの姿があった。
その表情は計り知れない怒りを溜め込んだような怖い顔で、梨華は言葉をかけることができなかった。
ひとみは何度もマッチに火を付けては、炎の中で芯が溶けるのを残酷な眼差しで眺めている。
揺れる炎を瞳に宿して、そこに何を見ているのかは分からなかったが、梨華の気配に気づかないほどひとみはじっと燃える芯を見つめていた。
「ひとみ…ちゃん?」
やっとのことで梨華は名前を呼んだ。
梨華の声にひとみの体がピクリと動き、我に返ったようだった。
「あ、梨華ちゃん。おかえり」
そう梨華に言葉を返すひとみはいつものひとみで、先ほどの恐ろしい表情は姿を消している。
- 92 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時58分00秒
「ひとみちゃん、何して――」
「そうだ、やっとオリジナルカクテルできたんだよ」
梨華の質問を掻き消すかのように、ひとみは不自然に言葉を重ねた。
そんなひとみの態度に、梨華は見てはいけないものを見てしまったのだと悟った。
「けっこう自信作かも」
笑いながらそう言って手招きをするひとみに、梨華は黙って近づいた。
なるほどオリジナルカクテルを考えていたのは嘘ではなかったらしい。
テーブルには幾つものビンやレシピを書いたメモが置かれている。その片隅に置かれた灰皿の中で、先ほどのマッチがまだ燻っていた。
- 93 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時58分43秒
「じゃ〜ん。これこれ」
梨華が隣に座るとひとみは大げさな効果音をつけながら、得意そうにカクテルグラスを梨華の前に差し出した。
少しゴールドがかった琥珀色の透明な液体が、逆三角形をしたカクテルグラスになみなみと注がれている。
グラスの淵にはスノースタイルという技法をつかって、塩をまるで雪のように見立てた装飾がされている。
シンプルだが、落ち着いたシックな感じのカクテルだ。
「…キレイ」
ひとみからグラスを渡されて梨華は思わずグラスの中に魅入った。
- 94 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)02時59分38秒
「『ムーンライト』って名前なんだ」
「あ、お店の名前から取ったの?」
「うん。…まあね」
言われてみれば街の灯りを移しこむカクテルが、冴え渡った月夜の光を映す湖面のように思えた。
「飲んでみて?」
「いいの?飲んじゃって?」
芸術作品を壊してしまう気がして、梨華は飲むのがもったいなく思えた。
「いいよ。でも一口にしてね、また酔っ払われると困るから」
笑いながらそう促すひとみに、梨華も微笑んでゆっくりとグラスを口に運んだ。
シャンパンをベースにしているのだろうか?フルーティな味が口に入る瞬間、グラスの淵の塩と若干混じって甘さを引き出している。
- 95 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)03時00分26秒
「おいしい」
ほのかな甘さがシャンパンの炭酸と一緒に喉を通り抜ける感覚に酔いしれながら、梨華はつぶやいた。
その言葉にひとみは安堵の笑みを洩らした。
「よかった…本当はね『ムーンライト』って店の名前から取ったんじゃないんだ」
「え?」
そうだとばかり思っていた梨華は怪訝な表情をひとみに向けた。
そんな梨華にひとみは口許を緩めると言葉を続けた。
「この前梨華ちゃんのピアノ聞いて思い浮かんだんだ」
「私の…?」
戸惑う梨華にひとみは照れ臭そうに頷いて、少し掠れた声で付け足した
「だから梨華ちゃんには一番に飲んでほしくて…」
ひとみの言葉に梨華は言った本人以上に照れてしまう。
- 96 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)03時01分07秒
「梨華ちゃん唇に塩ついてる」
照れ臭い空気を破るようにひとみが笑いながら言った。
「やだ…恥ずかしい」
反射的に俯いて唇に手を持って行こうとした梨華の腕をひとみはさえぎった。
「ひとみちゃん?」
ひとみの不可解な行動に梨華は思わずひとみに顔を向けた。
その瞬間――ひとみの唇が自分のそれにそっと重ねられた。
何が起こったのか解らないまま、梨華は視界の端でカクテルグラスが手からすべり落ちていくのを見ていた。
- 97 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月12日(日)03時02分05秒
「……ゃ」
カシャリとグラスが床に散る乾いた音で梨華は我に返ると、思わずひとみを拒むように身をよじった。
「ごめん急に……忘れていいから。…じゃ私、もう行くね」
触れられた唇に手をやったまま呆然としている梨華に、ひとみは髪を掻き揚げながら決まり悪そうに小さな声で謝ると、上着を掴んで部屋をあとにした。
ガチャリとひとみが出ていく音が暗い室内に響いたあとも、梨華は夢心地の気分から醒めなかった。
確かに今、自分はひとみとキスをした――
でもどうして?
なにがなんでも働きたいとオーナーに詰め寄ったというひとみ
暗い部屋でひとりマッチの火を怖い顔で睨みつけていたひとみ
優しい眼差しに戻ったかと思えば急にキスをしてきたひとみ
どれが本当のひとみなのか?それともそのどれもが偽りのひとみなのか?
頭の中が飽和状態になって、無意識に梨華は唇を舐めた。
しかし、もうそこにはひとみの跡は無く、シャンパンの淡い味だけが残っていた。
- 98 名前:ルパン4th 投稿日:2003年01月12日(日)03時06分57秒
- >>82-97更新しました。
>80チップ様
梨華ちゃんとごっちんにはもう少しだけ平行線を辿ってもらう予定です(^^;
放棄はしないので気長に待ってもらえれば嬉しいです。
>81名無し読者様
こんな駄文に保全をつけてくれてありがとうございますm(_ _)m
もう少し早く更新できるようがんばります
- 99 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年01月12日(日)09時53分57秒
- ウーン凄くロマンチックで好きです。この作品。
なんかリアリティーな感じが心引かれたますた。
更新待ってますよぉ〜
- 100 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月12日(日)21時14分31秒
- 前々から注目してますた。アダルティーな感じがたまりません。
よしこの作るカクテルうまそうだなー
- 101 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時10分16秒
梨華が寺田の店でピアニストとして働きだして一週間が経った。
梨華の仕事は順調と言ってよかった。華やかな女達の集団を目の前に自己紹介させられた初日は息が詰まるほど緊張したが、同じホステスというライバルじゃないと知ったからか、みんな親切にしてくれた。
ただ、真希だけは相変わらずの態度だったが……
「ふぁ〜〜今日も無事終了!っと」
今日ラストの客を見送ると真希は、今までの艶かしさが嘘のような大きな欠伸をした。
今は3月、年度末の接待でこの業界では『稼ぎ時』の時期だ。
今日一日で何度、客と意味もない乾杯をしたかわからない。
『今度、肝臓の検査しよっかな』
ふとそんな事を思い、とても二十歳前の娘が考えることじゃないなと真希は我ながら苦笑した。
- 102 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時11分17秒
今日ラストの客は真希が有する顧客の中では一番羽振りの良い石橋貴明だった。
何の仕事をしてるのかは真希も知らなかったが、時々フラッと店に来ては必ず真希を指名し、ドンペリをあけたり真希の誕生日に子犬をプレゼントしたりしていた。
「その大欠伸を見たら石橋さんも真希を指名しなくなるわね、きっと」
欠伸に続いて伸びをしていた真希にアヤカが笑いながら近づいてきた。
「んぁ〜?あ、アヤカ…お疲れ」
「お疲れさま。ね、飲み直さない?」
そう言ってアヤカは、客があけ残していったワインボトルを掲げた。
同じ飲むでも、仕事で飲むのと同僚と飲むのでは美味さが違う。
すぐに二人はワイン片手にお喋りに花を咲かせた
話題はエロおやじに、嫌味なおやじ、ケチなおやじなど今日来た客の悪口だったが……
「でさ、M商事の森田社長。経営ヤバイらしくて、ずっと財布の中身気にしながら飲んでんの!」
「アハハ、森田社長ってあのカツラ社長でしょ?」
「そうそう、絶対カツラだよね。あの頭!」
その時涙を浮かべて笑うアヤカの目に、片付けを終えた梨華の姿が目に入った。
- 103 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時11分59秒
「あ、梨華ちゃ〜ん!一緒に飲もうよ」
梨華を誘うアヤカに、真希の表情が曇った。
「…でも」
そんな真希を見て、梨華は言いよどんだ。
「いいから、いいから。はい!」
そんなこと構わずアヤカは梨華の腕を引っ張って座らせると、グラスを持たせた。
「あ…でも」
困ったように梨華はアヤカと真希を交互に見た。
真希は白けた顔してグラスを口に運んでる。
- 104 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時12分54秒
「もぉ〜、どうして真希は梨華ちゃんと仲良くできなきかなぁ?梨華ちゃんが嫌い?」
溜息をつきながらアヤカが真希に言う。
「…べつに、嫌いじゃ……ない」
真希はアヤカと視線を合わせずに拗ねたように、呟いた。
梨華に冷たくするのはお門違いだということは真希にだって分かっていた。
ただ、梨華を見てると羨ましかった
素直で純粋で
ピアノという才能にも恵まれて
ひとみと一緒に暮らしていて
ひとみに気に入られていて
自分が失くしたものや叶えられなかったものを全て持っているような気がして、どうも梨華を目の前にすると冷たくしてしまう。
そして、その度にそんな自分自身に嫌気がさすのだった。
- 105 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時13分57秒
「あ、私やっぱり……帰りますね」
気まずさを感じて梨華が席を立とうとした時、二人の平行線の原因であるひとみがこちらに来た。
「梨華ちゃん悪いけど、今日先帰ってて」
一緒に暮らしているひとみと梨華は、当然ながら一緒に帰っている。
ひとみの言葉がさらに場の雰囲気を悪くなることを気にして梨華は焦った。
「ひとみ、これから何か用あるの?」
さすがにまずいと思ったのかアヤカがうまく話をそらせた。
「オーナーにこれ事務所に持ってけ、て言われたんですよ」
そう言ってひとみは手にしていたファイルを見せた。
- 106 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時14分42秒
「あ、これアンケート用紙じゃん。見せて見せて」
言うのと同時にアヤカはひとみからファイルを奪った。
真希と梨華もつられて、それを覗き込む。
「これなんですか?」
食い入るように見るアヤカと真希に梨華は聞いた。
「あれ、梨華ちゃん知らない?うちの店はね一般会員とゴールド会員に分かれてるの。ゴールド会員ってのはね年会費が高くて政界やトップ企業の重役、スポーツ選手や人気芸能人。いわゆる『大物』といわれる人しかなれないの。その分サービスもすごいんだけど…でね、そのゴールド会員だけに配られるのがこのアンケートなの」
アヤカの説明を聞いてもう一度ファイルに目を落とすと、なるほどニュースや新聞でよく見かける名前が名を連ねている。
しかしその事よりも、どの人もマメにアンケートに答えていることに梨華は驚いた。
- 107 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時15分46秒
そのアンケートを店から少し離れたビルにある寺田の事務所に届けるというひとみと、店の前で別れて梨華は一人部屋へと帰った。
さすがに深夜になると大通りを走る車の音も聞こえない。
梨華はすぐに風呂を沸かしひとみと重ならないように、ひとみが帰ってくる前に入った。
チャポン
湯船に肩までつかり疲れが抜けていくのを感じながら、梨華はひとみの事を考えていた。
キスをしたことなど夢かと思うほど、ひとみはあれからも普通に接してくる。
でも確かにあの時ひとみは自分の唇に触れてきたのだ。
『ひとみちゃん、私のことどう思ってるんだろう?』
あの日以来、梨華はますますひとみにときめくようになった。
梨華はカウンターでシェイカーを振っている時のひとみが好きだった。
カウンターの向かい端に置かれたピアノからひとみの姿はよく見える。
シェイカーを振るたびにひとみの短い髪が揺れ、普段は隠れて見えない赤いピアスがチラリと髪から覗かせる。そしてひとみの手の中から七色のカクテルが自由自在に産み出されるのだ。
そんなひとみの姿をピアノを弾きながら見るのが梨華の小さな幸せになっていた。
- 108 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時16分37秒
そんなひとみを思い浮かべて梨華は風呂の蒸気ではない体の火照りを感じ、早々に風呂を出た。
ひとみが帰ってきてるかと思ったが、まだ部屋はシーンとしている。
タオルで水気を取りながら、梨華はドライヤーを使おうと棚に手を伸ばした。
しかし、手が滑ってドライヤーは下の棚に置かれていたひとみの本などを巻き添えにして派手に床に転がった。
「やだ、片さなきゃ」
髪を乾かすのを後回しにして、梨華は散らばったひとみの私物に手を伸ばした。
そうとう手にしてないのか、どれも埃を被っている。
その時、本や雑誌に紛れていた一枚の写真に目が止まった。梨華は何気なくそれを拾い上げて息を呑んだ。
- 109 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時17分57秒
そこには、中学生の頃だろうか?体育館らしき所を背景にジャージを着てるまだ幼さの残るひとみが笑顔で写っていた。
そして、その隣には自分……いや、自分にそっくりな子が同じく笑顔でひとみと腕を組んでピッタリと寄り添っている。
梨華は自分の目を疑い、思わず写真に釘付けになった。
もちろんこれは自分ではない。双子はもちろんのこと自分には従兄弟などもいないから親戚でもないだろう。
『世の中には自分と同じ顔が3人いる』そんなくだらないジンクスが頭をかすめた。
それにしても似ている……
梨華は写真をひっくり返してもう一度凍りついた。
2000.12.18
ひとみ&リカ 部活中にて――
よりにもよって、字こそ違うが名前まで一緒だとは……
その時、梨華はある事を思いあたってハッとした。
そしてそれが確信へと変わるのと同時に梨華は自嘲の笑みを洩らした。
- 110 名前:Menu2 淡い恋心はリトル・プリンセス 投稿日:2003年01月18日(土)02時18分49秒
「バカみたい……私」
きっと写真の中の二人は友達以上の関係だろう
そして何故かは知らないが二人は別れた。が、ひとみはまだ彼女、リカを想っているのだ。
そう、あの時のキスは
梨華にではなくリカへのキス――
「なんで同じ顔で同じ名前なのよぉ……」
梨華の頬に自然に涙が伝った。
そんな梨華をあざ笑うように、写真は梨華の手から離れヒラリヒラリと宙を舞っていた。
- 111 名前:ルパン4th 投稿日:2003年01月18日(土)02時23分34秒
- >>101-110更新しました。
>99名無しどくしゃ様
>なんかリアリティーな感じが心引かれたますた。
今回はリアルさを重視してるので、そう言って頂けると嬉しいです
>100名無し読者様
>よしこの作るカクテルうまそうだなー
よかった!カクテルを表現するの難しくて毎回苦戦してるんですよ(w
- 112 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年01月18日(土)10時55分08秒
- ・゚・(ノД`)・゚・なんか切ない。胸キュンしますた
にしても登場人物がおもろいですなw
- 113 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年01月18日(土)21時11分58秒
- なんか切ないですね・・・
これからどうなるか目が離せませんね^^
これからもがんばってくださいね!
- 114 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)01時52分53秒
あれからなんとかひとみが帰ってくる前に写真をもとの場所に戻して、ひとみには気づかれずにすんだ。
しかしその夜、梨華は眠れずに朝を迎えた。
幾度か浅い眠りにまどろんだが、その全ての夢にひとみに抱きしめられた自分と同じ顔のリカが現れては梨華の眠りを妨げた。
今日の仕事のシフトは梨華が休み。ひとみが出だった。
しかしひとみは用があると言って午前中から出かけてしまった。
ひとみがドアを閉め出て行ったのを確認すると、梨華は大きく溜息をついた。ろくに寝ていないのに頭は恨めしいくらい冴えている。
テレビのチャンネルをいじってみたり家事をしようと立ってみたりしたが、昨日の写真が頭から離れない。
結局、梨華は昨夜写真を滑り込ませた本や雑誌の山へ手を伸ばした。
- 115 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)01時53分48秒
『写真なんて本当は無くて、あれは夢だったんだって思えればいいのに』
そんな梨華の願望を裏切って、写真はすぐに見つかった。
昨日と同じ笑顔でひとみとリカが自分に微笑みかけている。
ほんとうに中学時代の自分とそっくりである。まるで写真の中にいるのが自分のような、そんな錯覚に陥りそうになる。
「……中学」
ふとその単語が引っかかって梨華は思わず小さく口にした。
そうだ、これは中学校に通っていた頃の写真である。という事は当然ひとみは卒業アルバムを持っているだろう。
そして、そこにはリカも載っているはずである。
『見てみたい――』
衝動的に梨華はそう思った。
もしかしたら他の写真はそんなに自分と似ていないかもしれない。
いや、そうではなくても『リカ』についてもっとよく知りたい。
居候の身で部屋を探るのは気が引けたが、すでに梨華の『見たい』という欲望に火が点いていた。
- 116 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)01時54分51秒
もともとそんなに広い部屋ではない。収納スペースなど限られている。
拍子抜けするくらい簡単に目的の物は発見できた。
それは押入れの下の奥に眠っていたいかにも引っ越してから一度も開けてないようなダンボール箱の中に封印されていた。
まるでツタンカーメンの墓を探し当てたように、梨華の鼓動は速まる。
白い埃を一面にかぶったアルバムを、そっと手で払うと文字が現れた。
平成12年度 S女子中学校 卒業アルバム
ひとみが私立の女子中に通っていたとは、少々驚きだった。
そっとアルバムをめくってみる。
どこの学校も卒業アルバムのつくりなどたいして変わらない。ひとみのアルバムも例外なく教員の写真に続いて、3年1組から順に個人写真が始まっていた。
ひとみとリカを見逃さないように梨華は慎重に一人一人の顔を確かめながらページをめくっていく。
そして梨華の手は3年2組のページで止まった。
- 117 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)01時56分20秒
そこにはセーラ服を着た黒髪のショートカットのひとみが、まだあどけない笑顔で微笑みながら写っている。それは他の子達と何も変わらないごく普通の中学生だった。
そして今度はリカを探そうと目を彷徨わせていたが、その名前を見つけて梨華は愕然とした。
寺田リカ(故)
「……!」
リカだけにつけられた名前の後ろの文字を理解するのに数秒かかった。
リカは中学校を卒業することなく亡くなったのだ。
そういえばリカの写真だけ夏服の時の写真である。おそらく個人写真を撮った時には、もうこの世の人ではなかったのだろう。
何がなんだか分からなくなって、梨華の頭はクラクラした。
自分と同じ顔をしたリカは2年前に亡くなっていた――
- 118 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)01時57分31秒
ひとみは初めて自分を見た時どう思っただろうか?
ひとみは自分の瞳に誰の面影を探していたのか……
やり切れない脱力感に襲われて、梨華は肩を落とした。
そしてボンヤリと卒業写真のリカを見つめて、梨華はもう一度ハッとした。
寺田リカ(故)
寺田リカ……寺田?
いつもは「オーナー」と呼んでるためなかなか気づかなかったが、オーナーの苗字も「寺田」である。
「……まさか」
――リカがオーナーの娘?
脳裏に浮かんだ疑問を振り払うように梨華は頭を振った。
- 119 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)01時58分36秒
そんな話、あまりにもでき過ぎている。
「寺田」なんて珍しい苗字じゃないし、だいいちリカが寺田の娘だとしたら、リカは寺田が17歳の時の子という計算になる。
いくらなんでも若すぎるだろう。
しかし一度沸いた疑問はなかなか消えず、逆になぜか確信に近づいている気がした。
『寺田リカについてもっとよく知りたい』
リカを知ることで、ひとみが必死で隠し通してる素顔が分かる気がして、梨華は卒業アルバムを手に家を出た。
- 120 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)01時59分18秒
とりあえず梨華はひとみが卒業した中学校に行ってみるつもりだった。
アルバムを見ると学校は埼玉にあるらしい。新宿からなら埼京線をつかって1時間もあれば行ける距離である。
が、しかし梨華は救いようのない方向音痴だった。ただでさえ何十本という電車が東西南北に向かって発車している駅なのに、それを一人で乗ったことない電車を使って知らない町へ行くのは梨華にとっては海外旅行をするようなものだった。
それでも駅員に聴き、交番に聴き、地元の人に聴きを繰り返してなんとか梨華はひとみの中学校の校門の前まで辿りついた。
しかし梨華の方向音痴が功を奏したのか、ちょうど授業が終わり生徒が帰宅する時間になっていた。
梨華はひとみとリカの担任だった保田先生に話を聞くつもりだった。
深呼吸をすると梨華は帰宅する生徒の波に逆らって校舎に向かった。
- 121 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時00分32秒
校舎を入ったすぐ脇に事務室があった。
そっと覗いてみると、頭のハゲた小柄な事務員が奥で暇そうに新聞をめくりながらお茶をすすっている。
「すみません」
受付のガラスをノックしながら梨華は声をかけた。
梨華に気がつくと事務員は重たい腰をあげて、受付の方へやってきた。
「はい、なにか?」
生徒でも教員でもない梨華を事務員は怪訝そうに見ながら口を開いた。
「あの、保田先生にお会いしたいんですけど」
「保田?あぁ、英語の保田先生?」
保田が英語の教師なのかどうかまでは調べておかなかったが、とりあえず梨華は頷いた。
- 122 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時01分24秒
「面会のお約束はとってありますか?」
「あ、いえ。約束はしてないんですけど…」
「あなた卒業生かなにか?」
「いえ、卒業生ではないんですけど…」
「じゃあ、用件は?」
「それは……」
こういう時うまいこと嘘をつけないのが梨華の性分である。
梨華は事務員の質問に答えられず俯いた。
「困りましたなぁ……」
黙り込む梨華に事務員は、弱った様にハゲた頭を撫でながら唸った。
ここまで来て何ひとつ情報を得られずに帰るのは、梨華も悔しかった。
必死で保田に会える方法を考えるが名案は浮かばない。
- 123 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時02分13秒
「寺田さん!?」
その時、廊下から驚いたような声がした。
声の方に目をやると女教師が、幽霊でも見たかのような顔をして口をパクパクさせている。
それはアルバムの写真より少し老けたが、まぎれもなく保田先生だった。
「あっ、保田先生ちょうどいい所に。この人が先生に会いたいと…」
困り果てていた事務員はホッとしたように、保田に説明した。
「あなた…寺田さんのご姉妹かなにか?」
保田はまだ信じられないような顔をしながら梨華に話しかけた。
亡くなったはずの元教え子にそっくりな人がいきなり現れたのだから無理もない。まさに保田は幽霊を見ている心境だった。
- 124 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時03分34秒
「あ、あの私寺田リカさんの知人なんですけど……つい最近リカさんが亡くなったことを知って…その、リカさんについて知りたいと思って――」
冷静に聴けば矛盾した話だが、驚きで動転していたのか保田は梨華を教室に通してくれた。
生徒が帰ったあとの教室は寂しいくらいに静まりかえっていた。
グランドの方から運動部の掛け声が時折聞こえてくる。
ついこないだまで高校生だった頃の自分を思い出して梨華は懐かしさを覚えた。
「ごめんなさいね、こんな教室で。職員室はうるさいもんで」
そう言いながら保田は面談の時のように、二つの机を向かい合わせにくっつけた。
「ほんとうに驚いたわ、寺田さんにそっくりなんだもの」
向かい合わせに腰かけて、梨華の顔を改めて見ながら保田はそう口にした。
- 125 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時04分17秒
「あの先生は、ひとみちゃんとリカさんの担任だったんですよね?」
「フフ吉澤さんと寺田さん、懐かしいわ」
二人の名前を聞いて、保田は懐かしそうに目を細めた。
「当時二人は仲良かったんですか?」
「えぇ、とっても。吉澤さんがバレー部のエースでね、寺田さんがマネージャーだったの。いっつも二人でいたわ。恋人なんじゃないかなんて噂があったくらいにね」
「…恋人」
「あぁ勘違いしないで下さいね。女子校じゃ男っぽい子に憧れる子が多いんですよ。恋に一番興味がある時期だけど出会いがないですからね。でも大抵の子は卒業してちゃんと男性の人を好きになるわ」
女子校に偏見を持たれると思ったのか保田は、少し慌てたように付け足した。
けれど梨華は、二人が噂でも一時的なものでも無くちゃんと愛し合ってたことを知っている。皮肉にも自分を見つめるひとみの視線を通して……
- 126 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時05分14秒
「あのリカさんは……どうして亡くなられたんでしょうか?」
梨華の質問に保田の瞳に影が降りた
「ほんとうに可哀そうだったわ、家が火事になってね……」
「……火事」
事故か何かと思っていた梨華は驚いた。
「ええ、12月の年の瀬のことだったわ」
ひとみの家で見つけた写真は日付けが12月18日だったから、おそらくそれが最後の写真になったのだろう。
だからひとみはあの写真を捨てられなかったのだ。
「あの、どうして火事に?」
「最初は放火かと思われたみたいだけど犯人らしき人も見つからないで、結局タバコの不始末ってことになったそうよ」
「あの、亡くなったのはリカさんだけなんですか?」
「いいえお母さんも一緒に……」
そう言うと保田は涙ぐんで、目頭を押さえた。
- 127 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時06分11秒
「あのお父さんは……」
涙ぐむ保田にさらに質問するのは気が引けたが、これで父親も亡くなっていればオーナーがリカの父親である可能性は否定できる。
「寺田さんのご両親は上手くいってなかったみたいでね…離婚はしていなかったけどずっと別居していたみたいよ」
「じゃあお父さんは火事には巻き込まれなかったんですね?」
「ええ、でもお葬式にも顔をださないでねぇ…」
リカの父親に怒りがこみ上げたのか、保田は手にしたハンカチをギュッと握りしめた。
「あの…リカさんのお父さんの名前は?」
「さぁ、そこまでは……」
名前まで分かればオーナーかどうか判断できるが、それが分からないとなっては手がかりは行き詰りだった。
- 128 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時07分19秒
「あの…ひとみちゃんのその時の様子は?」
「あんな吉澤さんは…初めて見たわ」
その時のひとみを思い出して、保田は小さな溜息をついた
「もう周りが手をつけられなくらい荒れてねぇ…バレー部も辞めて、高校にも進学しないで……」
そうやって今の夜の世界に流れ着いたのかと思って、梨華は胸が潰れる思いがした。
「あのひとみちゃんのご両親はその時何も?」
そんな風に娘が荒れていく姿を両親は止めなかったのかと、ふと梨華は不思議に思った。
「吉澤さんは……ご両親がいないの」
「……え?」
「生まれた時から施設で育ってね、ここにもバレーの特待生で入学したのよ」
ひとみがそんな生い立ちだったとは……梨華はまたしても愕然とした。
- 129 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時08分28秒
これ以上はリカについて何も聞けないだろうと思い、梨華は脱力感に襲われたまま保田に礼を言って席を立った。
「あっ、そうそう1つ思い出したわ」
教室のドアに手をかけた梨華の背に、保田が言葉を投げた。
「寺田さんが亡くなった後、吉澤さん今のあなたみたく寺田さんのお父さんについて聞いてきたわ」
「えっ!?」
「それで何度も警察に『火事の原因は放火だ』って掛け合ったみたいだけど、証拠も何もないし中学生の言うことなんて聞いてもらえなかったみたい」
保田の言葉を聞いて梨華の頭にあるワンシーンが蘇った。
燃えるマッチの炎を残酷な眼差しで見つめていたひとみ――
あの時ひとみは炎の中に、2年前の火事を見ていたのだ。
- 130 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年01月28日(火)02時10分08秒
保田と別れ入ってきた校門をくぐる頃には、梨華の中に一つの確信が生まれていた。
『ひとみね、オーナーに土下座して働かせてくれって頼んだの。』
いつかのアヤカの言葉を梨華は思い出した。
ひとみはオーナーの店で『働きたかった』のではない、オーナーに『近づきたかった』のである。
たぶんその目的は、オーナーへの……いや、リカの父親である寺田への
復讐のために――
- 131 名前:ルパン4th 投稿日:2003年01月28日(火)02時16分05秒
- >>114-130更新しました。
>112名無しどくしゃ様
>にしても登場人物がおもろいですな
そう思ってくれると嬉しいです。
リアル感を出すために娘。に限らず現実の名前を拝借しています。
>113ヒトシズク様
おっ!ヒトシズクさんじゃないですかぁ〜
実はヒトシズクさんの作品いつもROMってます(^^;
お互い更新がんばりましょうね
- 132 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年01月28日(火)19時41分00秒
- 梨華タソがよっすぃーの部屋を漁る…ムフフ
って、以外な事実がハカークしますたね。
は、早く続きを(;´Д`)
- 133 名前: Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)22時50分55秒
鍵盤の上に指を滑らせながら梨華は目を閉じて店内の音に耳を傾けた。
派手にコルクを開ける音
卑猥な冗句で盛り上がる狂喜に近い笑い声
酔いに任せて口を渡る口説き文句
いったいここにいるどれくらいの人が自分のピアノの存在に気づいているだろうか?
怖いまでにジッと聴かれる演奏になれていた梨華だったが、最近『BGM』という演奏手法をようやく理解できるようになった。
相手に問いかけるように弾くのではなく
会話と会話の間を埋めるような、そんな弾き方。
- 134 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)22時52分55秒
最後の和音が響き終わると梨華は鍵盤から指を離し、そっと目を開けた。
厭味なまでに明るい店内には、相変わらず喧騒が絶えない。
その中で耳を澄ませると聞こえる、シェーカーを振る音。
梨華の視線が行き着く果てはいつもカウンターの中のひとみの姿だった。
……ひとみちゃん
あの日保田を訪ねたはいいが結局その真相をひとみに聞けるはずもなく、何の進展もないまま時間だけが悪戯に過ぎていく。
そして、過ぎ行く時の中で梨華の自信に満ちた確信は、徐々に色あせた不安へと変わっていくのだった。
あの日、保田の話を聞いて梨華がひらめいた推測というのはこうだった。
- 135 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)22時53分58秒
2年前、家だけでなく寺田親子の命を奪った火事は『タバコの不始末』として片付けられた。
しかし、ひとみは警察が出した結果に納得ができず自ら火事の原因をつきとめようとした。
そして何かしらの手掛かりを探り当て、ひとみはリカの父親である寺田光男が放火したと確信した。
ひとみはすぐに警察にその事を持ち寄り、寺田を逮捕するよう言ったが警察は取り合ってくれなかった。
そこでひとみは自ら寺田に制裁を加えるためにこの店に姿を現した……
こんな筋書きが頭にひらめいた時、梨華は自分がまるで名探偵のように思えたが、月日が経つにつれていくつかの矛盾にも気づいた。
- 136 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)22時55分33秒
まずオーナーが自分を始めて見た時の様子だった。
もし2年前に死んだはずの娘と瓜二つの女が目の前に現れたら、いくら冷静なオーナーだって動揺を隠せないはずである。
しかし、あの時のオーナーからはそんな様子はみじんも感じられなかった。
となると、やはりオーナーとリカは全く関係がないと考えるか、オーナーは娘の顔を知らないかのどちらかという事になる。
2つ目の矛盾はひとみである。
もし梨華の考えてるようにオーナーに復讐するためにこの店に来たのなら、なぜ行動にうつさないのか?
確かアヤカは一年前にひとみが『働かせてくれ』と店に来たと言っていた。
しかし一年経った今でもひとみは復讐の気配すら見せていない。
それどころかオーナーが一番信頼してるほど、ひとみはオーナーに従順だった。
- 137 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)22時56分38秒
そんな矛盾点が見えてくると、やはり血縁やら復讐などは自分の妄想が産み出した産物のように思えてくる。
それならそれで良いのだが、梨華の心の奥底では常に一抹の不安が残っていた。
復讐などという忌まわしいものでひとみの手を汚して欲しくなかった。
それに今ひとみを救ってやらないと、永遠にひとみは暗く深い闇の中に墜ちていってしまう気がしてならなかった。
せめてオーナーとリカの血縁関係が是か否かが分かれば少しは進展するのだが、一緒に暮らしているひとみの過去を調べるのさえ難題である梨華にとって、雲の上の存在であるオーナーを調べることは『卑弥呼が邪馬台国において絶大的な権威を持つにいたるまでの過程』を調べるようなものだった。
- 138 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)22時57分22秒
「…ゃん……ちゃん。梨華ちゃん!」
どこを見るでもなしにボーッとしていた梨華は、目の前で手を振り続けながら名前を呼ぶアヤカの声で我に返った。
「あっ……アヤカさん」
「どうしたの?具合でも悪い?」
やっと焦点のあった梨華にアヤカはいかにも心配そうに聞いた。
「いいえ大丈夫です。ごめんなさい仕事中にボーッとして……」
「本当に大丈夫?もうすぐ店終わるから頑張って」
アヤカの言葉につられて店内を見回すと、先ほどまであれ程やかましかった店内は客もまばらになっていた。
終電が近づくと一気に客は引く。どうやらアヤカも客を見送ったところだったらしい。
- 139 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)22時59分42秒
しかし客がいる以上『BGM』は奏でなくてはならない、梨華は小さく溜息をつくと譜面をめくった。
とその時ゴールド会員だけが通される個室のドアが開き、中からオーナーにエスコートされながら客が出てきた。
「いやぁ寺田君、きみの店は実に素晴らしいね。」
出てきた客は政治に全く疎い梨華でさえニュースなどで見たことのある政治家だった。
かっぷくの良い体格を高級ブランドのスーツで包み、白髪の目立つ頭は綺麗に後ろに流すように整えられている。テレビで見るよりもずっと威圧感のある男だった。
「ありがとうございます。」
褒められたオーナーは最敬礼するように深々と頭を下げたが、男はそんなオーナーには目もくれず店のナンバーワンホステスである圭織に厭らしい視線を投げていた。
「あぁ忘れるところだった。はいこれね」
「いつもありがとうございます」
「じゃあまた来るよ」
「いつでもお待ちしております」
男は手にしていた例のアンケート用紙をオーナーに渡すと、戸口で待っていた運転手を伴って闇に消えていった。
- 140 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)23時00分35秒
「……アヤカさん」
「ん?」
一連の光景を目で追いながら梨華は、ピアノの傍でそれを一緒に眺めていたアヤカに口を開いた。
「オーナーって結婚してるんですか?」
「はぁ!?」
突然の質問にアヤカは素っ頓狂な声をあげて、梨華の方を振り返った。
「いえ、ふと疑問に思って……」
「いや、してないと思うよ。結婚指輪してるの見たことないし……まっ、オーナーはお金と結婚してるみたいなものよ」
最後の冗談にアヤカは自分で笑いながら言ったが、笑わない梨華を見てすぐに真顔になった。
- 141 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)23時01分41秒
「急にそんなこと聞いてどうしたの?」
「いえ、クラブを3軒も持っているオーナーはどんな暮らしをしてるんだろうって」
「フフ、そんな人の奥さんは幸せだろうな?って?梨華ちゃんでもそんな欲あるんだ」
「ち、ちがいますよ。私はべつに…」
「いいのいいの、女なら誰だって一度は玉の輿に憧れるわよねぇ」
アヤカは良い人だが、どうも話をすり替えて納得する癖がある。
「あっそうだ、梨華ちゃん」
「はい?」
「そんなにオーナーについて知りたいならあの人に聞けば?」
「あの人?」
「ほら、ひとみと同じアパートに住んでる……えーっと」
思い出せそうで思い出せないといった感じのアヤカを見ながら、梨華は嫌な予感がした。
「それって……スギさん、ですか?」
「そう!その人!スギさんよ!」
喉のつかえが取れたアヤカはパチンと指をならした。
そんなアヤカを見て『あぁ、やっぱり』と梨華は落胆した。
- 142 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)23時03分02秒
「でも、どうしてスギさんが?」
あのオカマのスギさんとオーナーとが知り合いだとは、梨華にはどうしても思えなかった。
「まぁ直接面識はないと思うけど、あの人顔広いし噂話に目がないから、もしかしたらオーナーのことも知ってるかもしれないよ」
なるほど、そういう事なら合点がいく。
確かにスギさんはどこぞの社長が警察沙汰になったという噂からどこぞの野良ネコが子ネコを何匹産んだまで、大小関係なく噂話のネタを持ち合わせていた。
しかしスギさんに自分から話しかけるのは、どうも気が乗らなかった。
梨華にとってスギさんは苦手人物の一人だった。
会うたびにファッションチェックをされるのも嫌だったが、なんというか根本的に生理的に合わない人間だった。
そのスギさんに話を聞くのかと思うと、梨華の口から自然に溜息が出た。
- 143 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)23時03分47秒
結局なんだかんだとアヤカと話してるうちに最後の客も帰ってしまい、めくった譜面を弾くことなく梨華はピアノを閉じた。
カウンターに目をやると、ちょうど片付けを終えたひとみと目が合った。
「よし、帰ろっか?」
ワインレッドの蝶ネクタイを緩ませながらひとみが梨華の方にやって来る。
「うん」
ひとみを見ていたらなぜか急に後ろめたい気持ちになって、梨華は視線を外しながら返事をした。
- 144 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)23時04分34秒
春もすぐそこまで来ているが、やはり夜中はまだ冷える。
三日月がやや傾き始めた夜空の下を、梨華とひとみは何を話すでもなく家路へと向かっていた。
「梨華ちゃん……」
「うん?」
急にひとみが道路を見つめたまま低い声で呼んだので梨華は少し驚いた。
「こないだは……ごめんね」
「…こないだ?」
「うん。だから、その……こないだは急に変なことしちゃって。…ごめん」
切れ切れに言うひとみの言葉で、梨華はやっとひとみがこないだのキスのことを謝っているのだと気づいた。
あれから様々なショックを体験し過ぎて、ずいぶんと昔の事のように感じられたが、思えばあのキスから全てが始まったのである。
- 145 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)23時05分48秒
「梨華ちゃん……怒ってる?」
「ううん。怒ってなんかないよ」
まるで悪戯をした子供のような顔で自分を見るから、梨華が微笑みながら首を横に振ったらひとみは安心したように笑った。
「ひとみちゃんは…好きな人いる?」
許した代わりに梨華は少し意地悪な質問をしてみた。
「えー?いないよ、そんな人」
笑いながら答えたひとみに梨華は虚しさを覚えた。
『実は昔の恋人にそっくりだから思わずキスしちゃったよ』と告白された方がどんなに楽だろうと思った。
「梨華ちゃんは?いる好きな人?」
「私?わたしも……いないよ」
もし寺田リカの存在を知らなければ、素直に「ひとみちゃんが好き」と言えたかもしれない。
けれど事実を知ってしまった以上それはできなかった。
- 146 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年02月07日(金)23時06分51秒
いつになったら自分は『寺田リカの幻』ではなく『石川梨華』としてひとみの隣に並ぶことができるのだろうか?
そのためにも梨華は、氷のように閉ざされた呪縛の中からひとみを助けなければならないと思った。
そして全てが明るみになり終わったその時こそ
――ひとみに想いを伝えよう
夜更けの三日月に梨華はそう固く誓った。
- 147 名前:ルパン4th 投稿日:2003年02月07日(金)23時14分02秒
- >>133-146更新しました。
>132名無しどくしゃ様
漁っちゃいました梨華ちゃん(w
こんな駄作を待っていただいてありがとうございます。
さて冒頭で「いしよし小説です」と書いたにも関わらず、二人のシーンが少なくて申し訳ありません。
きっと「いしよし」好きの人をがっかりさせているだろうと思ってるのですが、最後までお付き合いしていただける人がいたら光栄です。
- 148 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月07日(金)23時25分36秒
- 更新おつかれさまです。
毎回更新楽しみにしてますよー。
すっかりこの作品にひきこまれてます。
- 149 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年02月08日(土)11時24分22秒
- いしよしシーソ少なくても話しがおもしろいので自分はオッケですがな。
でもこれからあると期待して付いて逝きます(;´Д`)
- 150 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月12日(水)04時34分40秒
- 更新期待下げ。
面白いです。かなり。
いしよし好きじゃないのに面白い。
- 151 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時02分30秒
先ほどから梨華は動物園のクマのようにアパートの廊下を行ったり来たりしていた。
なんの事はない、ただ隣人のスギさんを訪れるだけの話なのだが、どんな事でも嫌なことを進んでやるのには勇気がいる。
その勇気を奮い立たせられずに梨華は30分もウロウロしていたのであった。
「ふぅ〜〜」
覚悟を決めて深呼吸をし、インターホンを押そうとしたその時……
「ちょっと!そこのピンクのアンタ!部屋開けなさいよ!」
ドタドタと勢いよく階段をかけ上がってきたのは、会いたいけど会いたくないスギさんそのものだった。
- 152 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時03分56秒
「え?あ、でも私鍵もってないんですけど……」
いきなり現れて部屋を開けろと言われても、梨華がスギさんの部屋の鍵を持ってるはずがない。
「バカね!アンタの部屋を開けるのよ!」
「えっ!?」
目の前のオカマが何を言ってるのかさっぱり理解できず、梨華は目をパチクリさせた。
そんな梨華に構わずスギさんは梨華の腕を引っ張ると、了解も得ずに梨華の部屋の中に入った。
急いでドアを閉めると、スギさんは外の様子を伺うようにドアにもたれた。
「あ、あの……」
「しっ!」
梨華が言葉を発すると同時にスギさんは人差し指を立てて言葉を制した。
相変わらず何がなんだか分からない梨華だったが、どうやら静かにしなければいけないらしい事だけは理解し、スギさんと同様外の物音に耳をそばだてた。
- 153 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時05分05秒
と、すぐに先ほどのようにドタドタと階段を上る音がし、その後にスギさんの部屋のドアをガンガンと叩く音が聞こえてきた。
「ちょっと!スギさんいるんだろ?今日こそ家賃払ってもらうからねっ!!」
やっと状況が飲み込めた。
どうやらスギさんは家賃を滞納していて大家さんに追いかけられていたらしい。
そのあと大家さんも根気強く怒鳴っていたが、諦めたのかやがて静かになった。
「まったく、歳のくせに元気なんだから」
大家がいなくなったと知ってスギさんは、ドアから体を離すと悪態をついた。
「あの…どれくらい滞納してるんですか?」
「たった3ヶ月よ。3ヶ月ぐらいであんなにワァワァ怒鳴ってケチな大家だと思わない?」
いや3ヶ月も滞納してるのに追い出さない大家さんは親切だと思う、と言いたかったが、めんどくさい事になりそうだったので心の中で止めておいた。
- 154 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時05分53秒
「じゃあ、これで」
「ま、待って下さい!」
そう言って礼も言わずに出て行こうとしたスギさんを梨華は慌ててとめた。
会いに行くのをためらっていたら、あっちからやって来たのである。こんなチャンスを逃す手はない。
「なによ?」
止められたスギさんは、明らかに嫌そうに梨華を振り返った。
「あ、あの。聞きたい事があるんですけど……」
「なに?わたしのファッションセンスを知りたいの?」
「違います!」
きっぱりと梨華は否定した。早く本題に入らないと、このままスギさんのペースに飲み込まれてしまいそうだ。
- 155 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時07分07秒
「あの、寺田オーナーについて知っていたら教えて欲しいんですけど…」
「寺田オーナー?…あぁ、あんたの店んとこの寺田ちゃん?」
「知り合いなんですか?」
「ぜんぜん」
梨華はガクッっとこけそうになった。
ふつう知り合いでもない人を「ちゃん」付けで呼ぶだろうか?この人の価値観にはついていけない。
「寺田オーナーについてなら、何でもいいんです。知ってることがあったら教えて下さい。」
「知ってたとしても、なんでアンタに教えなきゃいきないよ」
「隠まってあげたじゃないですか!」
「あら?交換条件をしようって言うの?最近の子は怖いわねぇ〜」
大げさに嘆きながらスギさんは、ずかずかと部屋に上がりこみ勝手に冷蔵庫からビールを取り出し開けた。
- 156 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時07分58秒
「寺田ちゃんねぇ〜」
ゴクゴクとビールを美味そうに流し込むと、スギさんは珍しく神妙な顔つきになった。
「あの人については誰も詳しい事を知らないのよ」
「え?」
「もう2年くらい前になるかしら、突如夜の世界に現れてね。世の中不景気だって言うのに歌舞伎町のど真ん中に店建てて、あれよあれよと言う間に銀座と六本木にも店を構える実力者にのし上がったのよ」
「オーナーがお店建てたのって2年前なんですか?」
寺田リカとその母親が焼死したのも2年前である。
単なる偶然なのか、それとも何か関係あるのか梨華には見当もつかなかった。
「ところで、アンタ何でそんな事調べてるのよ?」
飲み干したビール缶をペコペコと弄びながら、スギさんは不審そうに梨華を見つめた。
「い、いえ。なんとなくですよ…」
「フン。ほんとに最近の子は何に興味もつか分からないわね」
つまらなそうに鼻をならすとスギさんは「とんだ長居をしたわ」とブツブツ言いながら玄関に向かった。
- 157 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時09分04秒
「あ、そうだわ」
「はい?」
ドアのノブを回す手を止めると、スギさんは思い出したように梨華を振り返った。
「そんなに寺田ちゃんについて知りたいなら石橋ちゃんに聞けば?」
「石橋……ちゃん?」
「ほらアンタの店に真希とか言う生意気そうな娘がいるでしょ」
「真希さんですか」
いつも無表情な真希に「生意気」という言葉が妙にマッチしている気がして、梨華は吹き出しそうになった。
「その娘の客にいるでしょ石橋って奴が」
「その人がどうして……」
「石橋ちゃんは元ブンヤなのよ」
梨華が質問し終える前にスギさんは答えた。
「ブンヤ?」
「新聞記者のことよ」
「はぁ…」
「もう物分りの悪い子ね!つまりね元新聞記者の石橋ちゃんなら、人の過去を調べるのはお手の物ってわけよ」
何を言っても歯切れの悪い梨華に、スギさんはイラついたように言いきると梨華の部屋から出て行った。
- 158 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時10分15秒
「…新聞記者」
やっと静かになった部屋で梨華はひとり呟いた。
確かに元新聞記者の人なら寺田オーナーの過去を調べるのも可能かもしれない。
しかし石橋に会うには真希を介さなければならない
どうしてこうも苦手な人にばかり頼まなくてはならないのだろう。
思わずめげそうになるが、これもひとみのため、いや自分のためである。
「よしっ」
誰もいない部屋で梨華は小さく自分にエールを送った。
- 159 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時10分48秒
*
- 160 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時11分27秒
営業時間が終わりピアノを軽く拭き終えると、梨華は真希の姿を探した。
今日ひとみは休みである。石橋について真希に聞くなら今夜しかない。
フロアに姿はなくバックルームに行くと、無造作に帰り支度をしている真希がいた。
しかもいつも一緒のアヤカもいない。絶好のチャンスである。
「…あの」
恐る恐る背後から声をかけてみる。
背中だけでも威圧感があるように思えた。
振り返った真希は珍しい相手に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに背を向けると「なに?」とぶっきらぼうに返事をした。
「真希さんに聞きたいことがあるんですけど…」
「だから、なに?」
もしかしたらスギさん以上に手強い相手かもしれない。
不機嫌オーラを放つ真希に、梨華は早くも泣き出しそうになる。
- 161 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時12分17秒
「真希さんのお客さんに石橋さんっていますよね?」
顧客の名前を出されて、初めて真希は手を止めて梨華を見た。
「それがどうしたの?」
その声は先ほどよりも冷たく警戒を帯びている。
仲間の顧客を横取りするのはホステス界では御法度である。
急に自分の顧客を詮索された真希が、梨華に警戒の色を示したのは当たり前と言えば当たり前だった。
「石橋さんに頼みたい事があるんで、会いたいんですけど…」
「は?石橋さんに頼み?なにそれ」
「それは、その…」
どうやらスギさんの時のような誤魔化しは、真希には通用しなさそうである。
「言えない内容ならアタシには関係ない」
俯き躊躇う梨華にそういい残すと、真希は梨華を押しのけるようにドアの方に向かった。
- 162 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時13分26秒
「ひとみちゃんのためなんです!」
何か言わなきゃ言わなきゃと思って、口から出た言葉は梨華自身も予想してなかった言葉であった。
しかし、その言葉に真希はピタリと歩みを止め振り返った。
「…ひとみの?」
その表情には先程の冷たさはなく、どちらかと言うと動揺しているように思えた。
しかし真希を引き止めるのに成功したもののその後の言葉が続かず、二人の間に重苦しい空気が流れた。
「どういう意……」
「お疲れ〜〜!!」
沈黙を破った真希の言葉にバカ明るい言葉が重なったと思ったら、アヤカが勢い良く入ってきた。
- 163 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時14分34秒
「あら、珍しい取り合わせですこと」
何も知らないアヤカは二人を見比べながら、おどけたように言う。
そんなアヤカに真希は小さく溜息をつくと再びドアの方へ歩き出した。
「あれ?真希もう帰るの?どう、たまには3人で飲まない?」
梨華が止める前にアヤカが真希に声をかけた
「悪いけど今夜は用事あるから」
アヤカの誘いを真希は淡々と断った。
「そっか、じゃまた今度。それじゃあ梨華ちゃんこれからどう?」
「えっ?あ、その…」
真希のようにキッパリと断れるはずもなく、梨華は助けを求めるように真希を見た。
そんな梨華に真希は相変わらず感情のない視線を投げながら口を開いた。
- 164 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時15分54秒
「アヤカ…梨華ちゃんも今日は用事あるんだって」
「え?そーなの?なんだ早く言ってよー。ごめんね引き止めて」
真希の言葉を聞いて、アヤカはすまなそうに梨華を開放した。
「ごめんなさい。また今度誘って下さいね」
「うんOK。じゃあまたね」
アヤカに別れを告げてバックルームを出ると、一足早く廊下を歩く真希の姿があった。
梨華は無言でその後姿を追っかける。
助け舟を出してくれたのは、石橋を紹介してくれる気になったからだろうか?
それともやはり全くそんな気はないのだろうか?
- 165 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時16分47秒
外に出ると真希は店が呼んであったタクシーにさっさと乗り込んだ。
しかし真希を乗せたタクシーはドアを閉めず、いっこうに出る様子がない
それは梨華が乗るのを待ってるようにも思えて、梨華は困惑した。
「…何してんの?早く乗れば?」
痺れを切らした真希の声だけが、タクシーの中から聞こえる。
「いいんですか?」
「アンタと話すのは嫌だけど、ひとみのためなら……しょうがないじゃん」
梨華が遠慮がちにタクシーに乗ると、真希は窓に肩肘をつく格好で梨華にソッポを向けていた。
その姿が照れてるように思えて少しだけ梨華は苦笑した。
- 166 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時17分39秒
会話もなく沈黙を保ったまま、タクシーは深夜の道を右へ左へとスムーズに折れて行く。
10分ほど走ってタクシーが止まった場所は、高級マンションが立ち並ぶ所だった。
ここはバブル期に建設業者がいわゆる『オクション』というやつをこぞって建てた地区で、今では値崩れをし破格の値で取引が行われている。
そんなマンションの一つが真希の部屋だった。
「…すごい」
「見惚れてないでさっさと入って」
呆気に取られながら高層マンションを仰ぎ見る梨華の背中を押しながら、真希はオートロックにキーを差し込んだ。
「うわーっ、広〜い」
真希の部屋に入って梨華は思わず子供のような声をあげた。
「真希さんってすごい所に住んでるですね」
「まあね、だてにbRやってない」
真希への苦手意識も忘れて素直な感想を述べる梨華に、真希は僅かに笑みを洩らした。
- 167 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時18分38秒
「で、ひとみのためって…どういう事?」
しかしその僅かな笑みをすぐに消すと、真希は梨華に本題を促した。
「その…」
ここまで来てしまった以上、真希に全て話すほかなかった
梨華はこれまでの経緯を真希に隠すことなく話した。
偶然自分と瓜二つの寺田リカの写真を見つけてしまったこと
もしかしたら寺田リカはオーナーの実の娘であるかもしれないこと
寺田リカは2年前に火事で亡くなっていたこと
その火事がオーナーのせいで、ひとみはオーナーに復讐を考えてるのではということ
- 168 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時19分47秒
「そんな話……信じろって言われても」
梨華の話を聞き終えると真希は、夢物語でも聞いてるような顔をした。
今まで一緒に働き、しかも密かに想いを寄せていたひとみが、オーナーへの復讐を企んでるなど信じられなかったし、信じたくもなかった。
「もちろん今は私の想像にすぎません。この事実を除いては…」
そう言って梨華は例の寺田リカとひとみの写真を真希の前に差し出した。
「……!」
差し出されるままに写真を受け取った真希はそこに写る寺田リカを見て言葉をなくした。
「これで少なくとも寺田リカさんの存在については、信じてもらえると思います」
「こんな事って……」
目の前の梨華にそっくりな寺田リカを見て、真希は梨華の話を認めざるおえなかった。
- 169 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時21分05秒
「ほんとに、ひとみは復讐を考えてるの?」
「それは、まだ分かりません。だからオーナーの過去について知りたいんです。そのためには石橋さんに会って頼みたいんです。」
「…なるほどね」
真希は長い髪を掻き揚げると、しばらく何かを考えていた
「石橋さんって私的なこと話さないから何も知らないのよね。元ブンヤってのも今始めて聞いたし」
「えっ?」
意外だった。いつも来店しては真希を指名しているから、てっきり真希は石橋のことを良く知っているだろうと思っていたのだ。
「じゃあどこに住んでいて、今は何の仕事してるとかも分からないんですか?」
「うん、ただ無職でないことは確かだと思う。あとサラリーマンじゃなくて自営。それも結構うまくいってる」
- 170 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時22分05秒
なんでそんな事を断定できるのかと首を傾げる梨華に、意味ありげな笑みを見せると真希は話を続けた。
「まず無職の人は頻繁にクラブなんかに来ない。それから普通サラリーマンは給料日近辺によく来店するけど、石橋さんの場合は不定期に来る。しかも来るたびにドンペリを開けたりするのは仕事が上手くいってる証拠」
「すごい」
真希の観察力に梨華は感心した。
「でも、詳しいことは本人から聞かなきゃ分からないな」
「…そうですよね」
オーナーについて調べる最後の切り札である石橋がダメとなると、また梨華は行き止まりにぶつかってしまう
- 171 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時23分05秒
「しかたない……いっちょカマかけてみますか」
必死で次の手段を考えていた梨華を無視して、真希は緊張感のない声を出した。
「……?」
真希の言わんとする事が理解できずにいる梨華を、真希はチラリと見て溜息をつくとわざとぶっきらぼうに言った。
「今度石橋さんが店に来たらそれとなく聞いてやるよ。オーナーの過去を調べて貰えるかどうか…」
「本当ですか!」
真希の言葉に表情を明るくさせると、梨華は思わず真希の手を取った。
「何度も言うけどアンタのためじゃない。ひとみのためよ」
『ひとみ』というフレーズを強調して言うと、真希は乱暴に梨華の手を解いた。
- 172 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年03月23日(日)02時24分15秒
「もちろん分かってます。よかった真希さんが協力してくれて、よろしくお願いします」
照れを隠そうと必死に冷たい態度をとる真希に、どこまでも明るく振舞いながら梨華は握手を求めた。
「……くだらない」
「真希さんて本当は優しいんですね」
「……バカ」
視線こそ合わせなかったものの、真希は差し出された梨華の手にかすめるように触れた。
素直な梨華と素直になりきれない真希
水と油だと思っていた真希を、ひょんな事から強い味方につけることに成功した梨華だった。
- 173 名前:ルパン4th 投稿日:2003年03月23日(日)02時32分11秒
- >>151-172更新しました。
>148名無し読者様
こんな駄文に引き込まれて下さりありがとうございます。
これからも更新頑張りますのでヨロシクです
>149名無しどくしゃ様
いしよしシーン少なくてもOKと言ってもらえてホッとしました(w
もちろんクライマックスにはいしよしシーンをドカッっと…(ry
>150名無し読者様
いしよし好きじゃないのに読んでもらいありがとうございます。
更新を待ってくれてる人がいると知って嬉しかったです
本当に毎度毎度、更新が遅れてすみませんm(_ _)m
しかも今回よっすぃ〜出せなかったし……
なるべく早い更新を目指しますので、これからもよろしくお願いします。
- 174 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年03月23日(日)11時17分55秒
- おもしろいぃ〜面白過ぎるぅ〜氏んじゃうよぉ〜(;´Д`)
続きが気になって夜も寝れまへん。更新待ってます。
- 175 名前:チップ 投稿日:2003年03月23日(日)14時46分59秒
- シャイなごっちん、ええ子やないかぁ(泣)
マッタリ待ってますんでがんがってくらさい。
- 176 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月26日(土)01時29分57秒
- まだかな〜
- 177 名前: Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時13分56秒
石橋貴明は曜日時間に関係なくいつもフラリと店に現れる。
今夜も例外なく閉店まもない時刻に石橋は顔を出した。
「真希さん石橋様からご指名です」
やっとうるさい客が帰って一息ついた真希のところへボーイがやって来た。
「…すぐ行くわ」
石橋の名前を聞いて疲れた頭が少しだけシャンとする
『オーナーの過去を調べて貰えるよう頼んでやる』なんて梨華に格好つけたものの、どうやって石橋に話をつけるか良い考えが浮かばずにいた。
- 178 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時15分22秒
今夜は天気が悪いせいか、閉店間際の店内はいつもより閑散としている。
そんな店の一番奥のテーブルに石橋の姿を見つけて真希は歩み寄った。
「こんばんは石橋さん」
「やあ、真希ちゃん久しぶり」
ニッコリと営業スマイルで挨拶をすると、真希は石橋の横に腰掛けた
「今日はずいぶん遅いのね」
「仕事が忙しくてね」
何食わぬ顔で水割りを作りながら真希は石橋の言葉に内心ニヤリとした。
石橋が仕事の話題を出してくるのは珍しい。このまま上手く話を繋げばオーナーの話題に持っていけるかもしれない
「大変ね。そういえば石橋さんて何のお仕事してるんだっけ?」
「たいした仕事じゃないさ」
「えー?気になるな教えてよ」
「言うほどの仕事じゃないよ」
客である石橋に不快感を与える訳にはいかない。あくまでも自然に話しを持っていかなければならなかった。
- 179 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時16分01秒
「じゃあゲームしよっか?」
「ゲーム?」
「私が石橋さんの職業当てられたらドンペリを開けるの」
「真希ちゃんが当てられなかったら?」
「そうね負けたら……」
ゲームのルールを考える真希を横目に石橋はそっと溜息をついた
「…真希ちゃん」
「はい?」
不意に呼ばれて隣を振り返った真希は、石橋の堅い表情にドキリとした
「さっきから俺の何を探ってるんだい?」
「べ、べつに…」
咄嗟に言い訳をしようとしたが言葉が続かない。
「真希ちゃんこれまで一度も俺の職業に興味持たなかったよね。それなのに今夜はやたらしつこく聞いてくる……魂胆があるとしか思えないな」
僅かに氷が溶け始めた水割りで喉を潤し、どこを見るでもなしに遠くに視線を投げながら石橋は言った。
その声には怒りや不快感は感じず、まるで父親が娘を諭すようなそんな口調だった。
- 180 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時16分59秒
「実は…お願いがあるの」
「お願い?」
石橋はグラスをテーブルに置くとチラリと真希を見た。
「石橋さんは元新聞記者なんでしょ?」
真希の言葉に石橋は片眉を吊り上げた。
「どこで聞いた、そんな話」
「私が直接聞いたんじゃないけど……スギさんから」
「フッ、あのお喋り野郎」
スギさんと聞いて石橋は懐かしむように鼻で笑った。
「元新聞記者の石橋さんなら人の過去を調べるのは得意でしょ?」
「あまり得意になりたかないがね」
「実は調べてほしい……」
「真希ちゃん」
早く商談を終えたくて焦る真希を石橋は止めた
- 181 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時17分51秒
「俺は酒の席で仕事の話をするのは嫌いなんだ」
「………」
そう言われると真希は何も言えなくなる
ホステスという勤務時間である以上、客である石橋が嫌がる事はできない。
「…それに」
「それに?」
「俺の仕事は高いよ?」
「どのくらいするんですか?」
あくまでも依頼者は自分ではなくて梨華である。
しかし惚れた弱みかひとみが絡んでいる以上、真希も協力せざるおえない
「そうだな……一夜だけ俺の恋人になってもらおうか?」
「それは……」
「そうしたら総理大臣の過去だろうが何だろうが調べてやるよ」
「断ります」
迷いもなく真希はキッパリと断った
『ホステスだからって体を売りにしない』それが真希のポリシーである。それを崩してまで石橋に媚びることはしたくなかった。
- 182 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時19分06秒
「ハハハ!」
そんな真希に石橋は急に笑い出した
「やっぱり俺の思った通りだ」
「?」
「真希ちゃん。君は本物のホステスだよ」
「…石橋さん?」
何を笑っているのか理解できずにキツネに摘ままれたような顔をしている真希を横目に、石橋は再びグラスを手にすると愉快そうに話始めた。
「いやね真希ちゃんがもし俺の要求を飲み込んだら、仕事はしないつもりだった」
「どうして?」
「真希ちゃんは誰とだって寝るようなホステスじゃないだろう?それと同じさ、俺だって誰の依頼でも受けるわけじゃない。つまり“本物”としか仕事はしないのさ」
そう言って石橋はニヤリと笑った。
- 183 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時19分59秒
「それじゃあ、調べて貰えるんですね?」
石橋の美学を理解できたわけではなかったが、どうやら梨華との約束は果たせそうだ。
「まあ、話の内容によるけどね」
「調べて欲しいのは……」
言いかける真希を石橋は再度遮った。
「さっきも言ったが、俺は酒の席で仕事の話をするのは嫌いなんだ。この店の裏に駐車場があるだろう?店が終わったらそこに来てくれ」
「分かったわ」
「あとスギさんから俺が元ブンヤだって聞いた奴が本当の依頼主だろう?そいつも一緒に連れてきてくれ」
ぬかりなくそう付け足すと、石橋は何ごとも無かったように冗談話をしながら閉店までゆっくりと酒を飲んでいた。
- 184 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時20分38秒
- *
- 185 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時21分31秒
人目を盗んで梨華に石橋との事を耳打ちしたあと、真希と梨華はひとみに怪しまれないように店の裏で落ち合った。
駐車場に着くと霧雨の向こうで一台の車が2度パッシングをした。
そのライトを頼りに行くと濃紺のBMWが止まっており、二人が車に寄るのと同時にロックが解除されドアが開いた。
「どうぞ」
運転席に腰掛けたまま石橋は車に乗るよう促した
それを合図に真希が助手席に梨華が後部席に乗り込んだ。
「驚いたな……誰かと思えばピアニストさんじゃないか」
石橋はバックミラー越しに梨華の顔を覗き込んだ。
- 186 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時22分22秒
「石川梨華です。よろしくお願いします」
「これは失礼。石橋貴明ですよろしく」
そう言ってルームランプをつけると内ポケットから名刺を取り出して、梨華と真希に渡した。
石橋探偵事務所 所長
石橋 貴明
「探偵さんなの?」
名刺を見て真希は思わず聞き返した
「事務所って言っても、俺と雑用のバイトの子しかいないがな」
真希の言葉に石橋はニヤリと笑った
「どうして新聞記者を辞めたんですか?」
梨華の質問には答えず、石橋は煙草を一本取り出しマッチで火をつけた。
リンの燃える微かな匂いが車の中に漂う。
雨が入り込まない程度に細く窓を開け、深く煙草を吸いゆっくり吐き出すと石橋は口を開いた。
- 187 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時23分56秒
「もう20年近く前になる。俺がブンヤになって5年くらいの話だ。その頃の俺は結婚して子供もいて仕事に夢中になっていた。俺のペンで世の中の悪事を裁いてやろと意気込んでた歳だ。今考えると笑っちゃうくらい青い夢だ」
トンと灰皿に吸殻を叩き落して、石橋は自嘲するように笑った。
「スキャンダルを取ろうと朝から晩まで情報求めて歩き回ってな。そうそう、その頃よくスギさんにも情報を横流ししてもらったよ。」
スギさんとそんな古くからの付き合いだったとは驚きだった。
「仕事一筋だった俺はいつしか女房とすれ違い始めてね、娘が交通事故で病院に運ばれた時もでっかいヤマを追ってて見舞いのひとつも行ってやれなかった」
「娘さんは…どうなさったんですか?」
これ以上人の不幸を聞きたくなかったが梨華は聞き返さずにはいられなかった。
- 188 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時25分13秒
「奇跡的に助かってね……元気にしてるだろう」
「だろう…って?」
石橋の微妙な口調に今度は真希が尋ねた
「娘が退院したと同時に女房は娘を連れて出てったんだよ。離婚届だけを残してね」
「その後一度も逢ってないんですか?」
「あぁ…今じゃ娘も真希ちゃんくらいの歳だ。もう街ですれ違ってもお互い分からないだろう」
そう言って石橋は真希を見つめた
その視線はどこか寂しげで真希が初めてみる石橋の表情だった。
「ふっ…少しお喋りが過ぎたな。さあ仕事の依頼を聞こうか」
気を取り直すように短くなった煙草を灰皿に押し潰すと、石橋はもう一度ミラー越しに梨華を見た
それを合図に梨華はゆっくりと話始めた。
- 189 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時26分12秒
- *
- 190 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時26分54秒
梨華の話を全て聞き終えた石橋は黙り込んでいた。
先ほどよりも勢いを増した雨がガラスを叩く音だけが車内に響いている。
「……なるほど」
やっと口を開いた石橋は唸るように呟いて煙草に手を伸ばした。
暗い車内にマッチの青白い閃光が一瞬煌めく
「ピアニストさんの話が全部真実だとしたら…」
「したら?」
待ちきれないように真希が後を促した
「寺田が放火をした原因は保険金目当だろうな」
ゆっくりと吐き出した煙がフロントガラスに当たって砕けるのを見つめながら、石橋は無感情に言った。
- 191 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時27分57秒
「保険金…ですか?」
「あぁ、寺田親子の死と店を出した年数が一致する事から考えて間違いないだろう」
「そんな……ひどい」
石橋の言葉に梨華はギュッと唇を噛み締めた。
「今からその罪を立証することはできるの?」
梨華とは反対に真希は冷静な口調だ
「悪いが、それは難しいな」
「どうして?」
さらに突っ込んでくる真希に石橋は溜息をつくと説明をした
「放火っていうのは現行犯じゃないと逮捕されにくいんだよ」
「現行犯?」
「あぁ…放火なんてマッチ一本あればできるだろう?」
頷く真希に石橋はマッチを一本擦った
「そのマッチが炎と一緒に燃えちまえば指紋も証拠も残らない。あとは目撃者さえいなければ完全犯罪さ」
そう言って石橋はフッと目前のマッチを吹き消した
- 192 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時29分06秒
「じゃあオーナーは何の罪も背負わないんですか?それじゃあリカさんが……ひとみちゃんが可哀そう」
妻と娘の命を奪ったオーナーが金に囲まれ思うがままに暮らしている。
ひとみはまだあんなにも寺田リカを愛して苦しんでるというのに……
悔しさとオーナーへの憎しみで梨華の瞳から一粒の雫がこぼれた。
「まぁまだ断定した訳じゃないさ。本当に寺田がリカの父親なのかも放火犯かも調べてみなきゃ分からない」
そんな梨華をなだめるように石橋は言った
「じゃあオーナーの過去を調べてくれるのね?」
「ここまで聞いて調べなきゃ探偵の名がすたるよ」
真希の言葉に石橋はニヤリと笑った
- 193 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時30分00秒
「それからピアニストさん…」
「はい」
今度はミラー越しではなく、ちゃんと振り返って石橋は梨華に言った
「そのバーテンをちゃんと見張っといてくれ」
「見張っとく?ひとみちゃんをですか?」
「ああ、そのバーテンずいぶん寺田を憎んでるだろ?」
「まだオーナーに何もしてませんけど…」
「だから何かしないように見張ってて欲しいのさ。じゃないと刑務所にぶち込まれるのが寺田じゃなくてそのバーテンになりかねないからな」
確かにもし寺田リカを殺したのがオーナーなら、ひとみはオーナーを殺しても足りないくらい憎んでいるだろう。
想像だけで身震いをして梨華は石橋の言葉に強く頷いた。
- 194 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時30分58秒
「あと真希ちゃん」
「なに?」
自分も何かできる事があるのかと真希は神妙に聞き返した
「この仕事のギャラの件だけどね」
「え?」
先ほどの『俺の仕事は高い』という言葉を思い出して、真希の頭に嫌な予感がよぎる
「俺ん所の犬が最近子犬を産んでね。一匹貰ってくれないか?」
「そんなことでいいの?」
高額な値段を吹っかけられると思っていた真希は面食らった
「なーに子犬を死ぬまで面倒みるのは結構金かかるよ。十分なギャラさ」
そういって石橋はいたずらな目で笑った
『子犬には俺の名前をとって“タカ”にしろよ』なんて冗談を残して石橋は梨華と真希を車から降ろした
- 195 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年05月11日(日)21時31分48秒
二人が雨の闇に消えていったのをミラーで確認すると石橋はシートを倒して体を預けた
「放火犯に復讐を誓うバーテンと元恋人に瓜二つのピアニスト…か」
本当に三流サスペンスにでもなりそうなネタである
しかし梨華が嘘を言ってるようにも思えなかった。それになによりも石橋の中で眠っていたブンヤの勘と好奇心がうずき始めている。
「久しぶりに面白い仕事になりそうだぜ」
そう独り言を呟くと石橋は静かにエンジンを吹かしアクセルを踏み込んだ
- 196 名前:ルパン4th 投稿日:2003年05月11日(日)21時40分19秒
- >>177-195更新しました。
>174名無しどくしゃ様
毎回レスありがとうございます。
面白いと言ってもらえることが何よりの励みです
>175チップ様
本当はもっとシャイで素直になれないごっちんを書きたいんですがね、いかんせん文章力がなくて…(w
>176名無し読者様
こんな駄文を待ってて貰ってありがとうございます。
またしても更新を滞ってしまい申し訳ありませんでした。
いいかげん愛想をつかせた方も多いと思いますが、それでも読んでくださる方がいらっしゃいましたら気長に見守ってやって下さい(w
- 197 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年05月18日(日)17時25分24秒
- 更新お疲れ様です。
格好いいなぁ貴さん(w
ヲイラいつまでも待つあるよ〜
- 198 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月04日(金)00時51分12秒
- 待ってまーす。
- 199 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月22日(火)21時43分09秒
- いつまでも待ってマス
- 200 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月11日(月)18時54分41秒
- hozen
- 201 名前: Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時27分04秒
梨華はカウンターに座って、片付けをするひとみをボンヤリと見つめていた。
ひとみは店が終わるとグラスを一つずつ丁寧に拭き、ちらばったボトルを綺麗に並べ揃えてから帰る。
そんな事をしているから当然ひとみはいつも帰るのが最後だった。
そしてそんなひとみを誰にも邪魔されることなく見つめていられるこの時が、いつしか梨華にとって大切な時間となっていた。
「梨華ちゃん?どうしたのボーッとして?」
ボンヤリする梨華にひとみはグラスを拭く手を止めて梨華の顔を覗きこんだ。
「な、なんでもないよ!」
急に顔を寄せられて梨華は慌てて首を振った
一瞬ひとみにキスをされるかもと思った梨華の顔はみるみる赤くなる。
「ハハ変な梨華ちゃん」
そんな梨華をよそにひとみは笑うと再びグラスを拭き始めた。
- 202 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時27分49秒
「ねぇ、ひとみちゃん…」
「ん?」
あれから石橋から連絡はない。
ひとみを見張ってろと言われてもこうして一緒にいることしかできない梨華だった。
「ひとみちゃんは…どうしてバーテンになったの?」
「え?どうしてって言われてもなぁ…」
急な質問にひとみは唸った。
「まっ、時給がいいからかなやっぱり!」
少し考えたあとキッパリとひとみは笑いながら言い切った
本当にそれだけ?
本当はオーナーに復讐するためじゃないの?
ねぇ教えて、知りたいよ真実の貴方の姿
「…そっか」
喉までこみ上げてくる疑問をなんとか飲み込むと梨華はひとみに作り笑いを返した。
- 203 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時29分16秒
「ねぇ、ひとみちゃんが最初に覚えたカクテルって何?」
「ん?最初?」
気を取り直すように梨華は話題を変えた
「…ルビーカシスだよ」
梨華の質問にひとみは磨き上げたグラスを透かしながら目を細めた
ルビーカシスとはシャンパンとカシスをブレンドしたカクテルで、ほのかな甘さの飲み易さもさることながら、その綺麗に透きとおった真紅の色が昔から女性に慕われてきたカクテルの王道である。
「ルビーカシス…そういえばひとみちゃんのしてるピアスもルビーだよね」
「え?あぁ…これね」
梨華の言葉にひとみは無意識に耳につけたピアスに手をやった。
「何か関係あるの?」
妙にひとみが神妙な顔つきになったので梨華はマズイ事を言ったのかと不安になった
「いや、何でもないよ。片付けも終わったし帰ろう梨華ちゃん」
そんな梨華にひとみは笑って言うとカウンターを後にした。
- 204 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時29分46秒
*
- 205 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時30分27秒
次の日、梨華は携帯の着信音で目を覚ました。
「…もしもし?」
音を頼りに携帯を手繰り寄せると梨華は着信者も確認せずに耳に押し当てた
『梨華ちゃん!』
寝起きの頭に真希の声が響き渡る
「真希…さん?」
『もう、まだ寝てたの?何時だと思ってるのよ』
真希の呆れ声に梨華が時計に目をやると針は11時を回っている。
隣のひとみの布団もすでにもぬけの殻になっていた。
どうやらかなり熟睡していたらしい。
- 206 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時31分01秒
『もしもし?梨華ちゃん起きてる?』
すっかり電話を忘れて部屋を見渡していた梨華の耳に再び真希の声が届いた。
「あ、ごめんなさい。おはようございます真希さん」
『おはよ。ところで梨華ちゃん今そこにひとみいる?』
「ううん。出かけたみたい」
『そう、それなら良かった』
「どうしたんですか?」
やっと頭が冴えた梨華は真希の真剣な声に携帯を握り締めた。
『石橋さんから連絡が入ったの』
「…ぇ?」
『今から事務所に来いって言うんだけど来られる?』
「もちろんです」
それから真希と待ち合わせ場所を決めて電話を切ると梨華は朝食もとらず家を飛び出した。
これで全てが明らかになる
寺田リカとオーナーの関係も
ひとみが復讐を考えているのかも
全て全て…今日で終わる
そして今度こそ、ひとみに想いを伝えられる
- 207 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時31分31秒
小さな雑居ビルが所狭しと立ち並ぶ場所に石橋の事務所はあった。
人ひとりがやっと通れるくらいの狭い階段を上った二階に『石橋探偵事務所』と書かれた錆びれた小さな看板が立て掛けられていた。
梨華と真希は顔を見合わせて頷くと、遠慮がちにドアをノックした
「どうぞ」
石橋の低い声が中から聞こえると真希はゆっくりとドアを開けた
昼間なのに薄暗い部屋の奥のデスクに石橋は深く腰掛けていた。
「やあ、久しぶり」
デスクの上に積み上げられた資料や本の隙間から石橋が顔を出して笑っている。
「狭くて悪いがそこに座ってくれ」
石橋は部屋の隅に備え付けられた、小さな応接セットに二人を座らせると奥の部屋へと消えていった。
- 208 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時32分12秒
石橋がいなくなったのを確認して梨華はゆっくりと部屋の中を見回した
ずいぶん古いビルなのだろう壁紙や天井の所々にシミがある
梨華達が座っているソファも一応革張りだが、いろいろな所から綿が顔を覗かせている。
デスクの上には最近では珍しい黒電話とノートパソコンがミスマッチに並んでいる。
そして壁に置かれた大きな本棚には溢れんばかりに本が並べられ今にも崩れそうである。
「片付けは苦手でね。いくら片付けても次の日にはこのありさまだ」
奥からコーヒーを持ってきた石橋が苦笑しながら梨華に言った
「いえ、そんな……立派な事務所です」
ジロジロと人の職場を眺めていたのを見られて梨華は慌ててお世辞を言ったが『立派』という言葉が返って皮肉めいたように思えて小さくなった。
「ハハハ、素直な人だね」
そんな梨華に石橋は得に気を悪くした様子もなく笑った
- 209 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時32分50秒
「そんなことよりも早く教えてよ。石橋さん」
それまで黙って二人のやり取りを見ていた真希が痺れを切らせたように割り込んだ。
「あぁそうだった。えっと資料をどこにやったかな……」
真希の言葉に石橋はデスクの上の山をかき分けて、やがて「あった、あった」と一つの茶封筒を手に戻ってきた
嫌でも3人の間に緊張と重苦しい空気が流れる
「話を……聞かせて下さい」
緊張で梨華の声が掠れた
「うん。やっぱりね……ピアニストさんが想像した通りだった」
少し伸びかけの髭を撫でながら石橋は低く淡々と言った。
梨華のこめかみに冷たい汗が流れる
「想像した通りって…どこまで?」
声は平常を保ってるが真希も顔が蒼ざめている。
真希の言葉に今度はゆっくりと頷くと石橋は茶封筒から一枚の紙切れを出して、梨華の前に広げた
- 210 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時33分40秒
「寺田リカの戸籍謄本だ」
石橋に言われて梨華は恐る恐るそれを覗き込んだ
父 寺田光男
長女 リカ
紙切れ一枚にあたりまえの様に並んで書かれた名前。
その並んで書かれた意味の重さを考えて梨華は歯を食いしばった
「寺田オーナーとリカは正真正銘の親子だったわけだ」
「じゃあ、やっぱりオーナーが…放火犯?」
突きつけられた現実に愕然とする梨華に代わって、真希が尋ねた。
「…おそらくね」
石橋はタバコに火を点けると、溜息にように煙を吐き出した
「おそらくって?」
曖昧な言葉に顔をしかめる真希に石橋はさらに口を開いた
- 211 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時34分28秒
「こないだも言ったが放火は証拠が残りにくい。2年経った今となっちゃ自首でもしない限り犯人を確定することはできないさ」
「じゃあ、どうしてオーナーが犯人だと思ったんですか?」
希望を求めるように梨華は石橋に食い下がった
「寺田が全財産を相続したからだ」
そんな梨華に石橋はキッパリと言い放った
「リカの母親、つまり寺田の妻の実家は資産家だったんだ。調べて分かったんだが、2人は若い時に恋に落ち結婚を反対されて母親は実家と勘当して駆け落ちしたそうだ」
勘当までして駆け落ちした相手を殺すなんて梨華には想像もできなかった。
「けれど育ちが違う2人の間にはすぐに溝ができた。それは子供、つまりリカが産まれても修復することはなかった。リカが物心つく頃には寺田と妻はすでに別居していたそうだ」
それでオーナーは初めて自分を見た時も娘に瓜二つだと気づかなかったのかと、梨華はやり切れない脱力感に襲われた。
- 212 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時35分01秒
「それでもオーナーが離婚をしなかったのは奥さんの財産が目当だったから?」
サスペンスドラマにでも使われそうな台詞を真希は口にした。
「さあ、寺田がそこまで考えていたかどうかは分からない。だけど火事があった半年前に奥さんのご両親が他界し一人娘だった奥さんが全財産を相続したのは事実だ」
「じゃあ、オーナーはその金を狙って放火を……」
さすがの真希もそこまで聞いて蒼ざめた
「動機としては十分に考えられるな。実際、法律上夫である寺田が財産も保険金もすべて手に入れたのだから…」
そこまで話して3人の間にしばらくの沈黙が流れた。
それぞれが2年前に起きた忌まわしい事件に思いを馳せているようだった。
- 213 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時35分42秒
「ひとみちゃんは……どこまで知ってるのかしら」
最初に沈黙を破ったのは、呟くような梨華の声だった
「そうだよ。ひとみはどこまで知ってて、オーナーに復讐する気なのかな?」
梨華の言葉に真希はハッとしたように梨華を見た
「たぶん放火犯であることは知ってるだろうな」
「じゃあ、やっぱり復讐を?」
低い声で言う石橋に梨華はすがるような視線を送った
「俺はどこまでバーテンとリカが愛し合ってたのかは知らないが、死んだ恋人の実父の店で偶然働いてるとは思えないな。」
「でもどうして行動に移さないの?ひとみがうちの店に来てもう1年だよ?」
「……問題はそこさ」
- 214 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時36分23秒
真希の問いに石橋の目が鋭く光った
「実は調べてて俺はひとつの疑問を持った」
短くなったタバコを灰皿に押し付けながら言う石橋の言葉に、再び3人の間に緊張感が流れた。
「…疑問って……何ですか?」
そんな石橋に恐る恐る梨華は訪ねた
「寺田の金回りの良さだよ」
「それは…奥さんの財産を相続したからじゃ……」
すぐに言葉を返した真希を制して、石橋は言葉を続けた
「確かに寺田は財産を相続した。だがいくら資産家の財産って言ってもせいぜい3億ぐらいだろう」
3億という莫大な金があれば金回りが良くても不思議じゃないと梨華と真希は顔を見合わせ首を傾げた。
- 215 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時37分51秒
「3億あれば歌舞伎町に土地を買って店を開くぐらいはできるさ。けれど寺田はそこからさらに銀座と六本木にも立て続けに店を出している。東京のど真ん中に店を3軒建てようと思ったら、何十億って資金がいるよ」
「それは、新宿の店が儲かったからじゃないの?」
経営論など全くわからない真希は納得いかないように質問をした
「確かに新宿の店は当たっている。けれどこの不景気にいくら儲かってるからって2年で店舗を増やすことはできないだろう」
不思議そうな顔をしている2人に石橋はニヤリと笑って説明した
「じゃあオーナーはその資金をどこから……」
「分からない。けれどバーテンさんはそれを知ってるんじゃないかな?」
「ひとみちゃんが!?」
石橋の意外な言葉に梨華は思わず大声を出した
「だとしたらバーテンさんがなかなか復讐に行動を移さないのも納得できる」
「どういう事?」
思わず真希は身を乗り出して石橋を問い詰めるように言った
- 216 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時38分26秒
「おそらく寺田は何らかの悪事を働いてその資金を調達しただろう。その悪事をバーテンさんは知ってるんじゃないかな?しかしまだ決定的な証拠が見つからない。放火の事で懲りてるだろうから今回は決定的な証拠が見つかるまで警察に言うつもりは無いだろう」
「決定的な証拠が見つかったら…?」
梨華はゴクリと生唾を飲み込んだ
「全てを暴露して一気に天国から地獄の底まで蹴落とすつもりじゃないのかな。」
「それなら、私達も協力してさっさと証拠を見つければいい話じゃない」
何のことは無いといった感じで真希は言った
「ダメだ!寺田はすでに殺人を犯してるヤツだぞ。もし探られてるのがバレたらそれこそ皆殺しにするくらいの覚悟だろう。」
「だったら……どうすればひとみちゃんを救えるの?」
泣き出しそうな顔で梨華は石橋にせまった
- 217 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時38分56秒
「バーテンさんが何を知ってるのか知らないが、10代の小娘一人で相手にできるヤツじゃない。いいかい?ここから先は君がバーテンを守るんだ」
「…私……が?」
一瞬何を言われてるのか理解できずに梨華は目をパチクリさせた
「そうだ。おそらくバーテンさんの行動を一番怪しまれずに詮索できるのは一緒に暮らしてる君だろう。そして元恋人にそっくりの君になら心を開くかもしれない。辛いかもしれないがそれを利用してバーテンが何を知ってるのか探り出すんだ。俺はその間に知り合いの刑事に話をつけておく」
「そんなこと私に……」
「君にしかできないんだよ。バーテンを救うのも殺すのも君次第だ!」
戸惑う梨華に石橋はきつく言い放った
- 218 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時39分36秒
*
- 219 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時40分10秒
強い風に奮闘しながらひとみは線香に火をつけ墓に添えた
リカが死んでから2年間、欠かさず週に一度は花をたむけに来ている
しばらくの間両手を合わせて思い出の人と心を通わせたあと、そっと目を開くと墓石を見つめた
「もう2年になるんだな……」
生き残った者は死んだ人を心に刻み込んで前を歩くべきだと世間は言う。しかしひとみの時は2年前で止まったままだった。
石川梨華に出会うまでは……
- 220 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時40分45秒
「ねぇリカ…私はどうしたらいい?」
梨華を初めて見た時、ひとみは心臓が止まるかと思った。
リカを失って2度と自分は誰かを愛すまいと誓った。
しかし同じ名前で同じ顔をした梨華にひとみの心は揺れ動いた
しかしその気持ちはリカの幻に対するものなのか、別人である梨華に対するものなのかは、ひとみ自身にも分からない。
あの時、自分は誰とキスをした?
自分はいつも誰と会話をしている?
リカと梨華――
今の自分はどちらを必要としているだろう?
- 221 名前:Menu3 過去はルビーカシスの中に 投稿日:2003年08月25日(月)02時41分19秒
そっと耳からピアスを外し手の平に乗せてみる
リカの誕生石だったルビー……卒業式の日に渡すつもりだった。
しかしそれを渡せることなくリカは永遠にひとみの傍から消えた
その日以来、寺田への復讐の証としてそのピアスをつけてきた
「こんなことで迷っている場合じゃない」
そうこの2年復讐だけを考えて生きてきたのである。
梨華の存在に戸惑っていては寺田への復讐などできない
「リカ……もうすぐだよ。もうすぐ何もかも終わらせてみせるから」
力強く誓うと、ひとみは再び墓石に手を合わせ静かに家路に向かった
- 222 名前:ルパン4th 投稿日:2003年08月25日(月)02時54分16秒
- >>201-221更新しました
>197名無しどくしゃ様
貴さんカッコイイですかね?もっとしぶ〜く書いてあげたいんだけど(w
>198>199>200名無しさん様
待っててくれてありがとうございました
放置しかけたものを更新する勇気になりました
何の断りもなく放置をしてしまい申し訳ありませんでした
何ヶ月も空けたくせに、複雑なストーリーで見放される方も多いとは思いますが、完結までマイペースに更新していくので今後ともよろしくお願いしますm(__)m
- 223 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月25日(月)07時13分18秒
- 更新待ってました!
これからどうなっていくのか、続きがすごく気になります。
完結する日までついていくので、作者さんの納得の行く作品にしてくださいね。
- 224 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)11時49分12秒
- 更新されたーーー!!!!!!
いくらでも待つので、作者さんのペースでがんばってください。
更新ありがとうございます。
- 225 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年08月25日(月)13時57分29秒
- 画面にこれでもかってぐらい顔近付けて読んじゃいました(w
作者様のペースでいいですよ。ヲイラは完結するまでついてくつもりっす。
- 226 名前:京 投稿日:2003年08月25日(月)18時04分17秒
- 待ってましたぁ!!これからもず〜っと読み続けます!
作者さん、あせらずゆっくりがんばって!!
- 227 名前:京 投稿日:2003/09/21(日) 22:14
- 待ってます★
- 228 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 00:21
- 更新待ってまーす。
- 229 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 19:49
- ほぜん
- 230 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:15
- ……熱い
熱い……誰か…タスケテ
気づけば、炎がひとみのすぐそこまでチロチロとその手を伸ばしている
逃げなきゃ…
早く……逃げないと
炎に捕まらないように急いで踵を返す
『たす…け……て』
走り始めたひとみの耳に誰かの声が聞こえた
『だれ?……誰かいるの?』
『助けて…ひとみ』
声を頼りにあたりを見回すひとみ
- 231 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:16
-
『リカ!!』
『ひとみ…熱いよ……助けて』
炎の中にリカを見つけて急いで駆け寄るが、すでに火の手が回っている
『リカ…今助けるから』
『ひとみ…死にたくないよ』
『待ってて…もうすぐ』
「……ちゃん」
もうすぐでリカの手に触れられるのに、許さないとばかりにその手を炎が遮る
『リカ…』
『…ひとみ』
「……みちゃん」
『リカ……リカぁ』
『ひとみ……サヨナラ』
「…ひとみちゃん」
- 232 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:17
-
「リカぁぁぁあ!!」
助けられなかった相手の名前を叫びながら、ひとみはガバリと起き上がった
「ひとみちゃん大丈夫?」
まだ半分夢の中にいるひとみの前に梨華の心配そうな顔が映る
「よかった無事で……リカ」
うわ言のように呟いてひとみは梨華を強く抱きしめる
「え?ちょ、ひとみちゃん?」
もちろん梨華はなぜ抱きしめられるのか理解できない
「リ……カ」
もう一度呟くとひとみは梨華の肩に顔を埋め込む形で気を失った
- 233 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:17
-
「どうしたの?ひとみちゃん!」
急に全体重を預けられて、慌てて梨華はひとみを支えた
そしてやっと尋常でないひとみの様子に気がついた
Tシャツは汗で色が変わるほど濡れているし
呼吸も苦しそうに熱を帯びている
「やだ、すごい熱!!」
ひとみの額に手をあてて梨華は思わずその熱さに驚いた
「どうしよう……」
とりあえずひとみを寝かせたのはいいが何をしてよいか分からず梨華は立ち往生してしまう
もう深夜3:00である。どこの病院も閉まってるだろう
- 234 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:18
-
梨華は携帯を握り締めるとなぜか真希のダイヤルを押した
『…もしもし?』
何度目かのコールでやっとかったるそうな真希の声が返ってくる
「真希さん!!」
『なに、怒鳴らないでよ。飲みすぎた頭に響く』
梨華とひとみは今日休みだったが、真希は出勤だったのだ
おそらく店で帰り支度でもしていた頃だろう
「真希さん…どうしよう」
『何があったか知らないけど、落ち着いて』
震える梨華の声とは正反対に真希の声はどこまでも冷静だ
- 235 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:19
-
「なんか…ひとみちゃんがうなされてて」
『うん』
「それで心配だったから起こしたら、すごい熱で」
『うん』
「私、どうしていいか分からなくて……」
『うん』しか真希は相槌を打ってないのに、なぜか梨華の焦りは落ち着いてくる
『わかった。今店を出るところだから、これからそっちに行くよ』
「ありがとう」
真希と電話を切ると梨華はホッと安堵の溜息をついた
- 236 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:20
-
とりあえず体温計を寝ているひとみの腋の下になんとか滑り込ませる
そして計っている間にタオルを水で濡らしてひとみの額にそっと置いた
「ひとみちゃん……ごめんね」
熱で紅潮した頬に手を添えて梨華はそっと呟いた
一つ屋根の下に暮らしているのに好きな人の体調にも気づけなかった自分が情けなくなる。
こんなんではとても寺田へ復讐するひとみを止められそうにない。
ネガティブ癖が梨華の思考を占領しかけた時、遠慮がちにドアを叩くノックが聞こえた
急いでドアを開けるとコンビニの袋をさげた真希が立っていた
- 237 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:21
-
「ごめんなさい。こんな夜中に…」
「ほんとだよまったく。で?ひとみの具合はどうなの?」
言葉では迷惑そうに言っているが、その瞳は心配そうに部屋の奥を覗きこんでいる。
「今、熱計ってるとこなの」
そう言うそばから、体温計が測定終了の合図を告げた
それを聞いて真希も部屋に上がり込む
「……9度5分」
「けっこう高いね」
体温計が表示した数字を確認すると、二人は辛そうに呼吸をするひとみに不安の視線を投げた
- 238 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:21
-
「とにかくアタシは氷枕つくるから、梨華ちゃんはTシャツを着替えさせて」
「え……?」
「だから着替えさせてって……なに、もしかして変な想像したの?」
顔を紅らめた梨華に真希はからかうような笑みを洩らした
「ち、ちがいます!」
慌てて否定しようとして思わず大きな声が出てしまった
それがいかにも肯定しているように思えて、梨華の顔はますます紅くなる
「はいはい冗談、冗談。ほら病人の前で大きな声ださないで。じゃよろしくね」
そんな梨華をたしなめると、真希は来る途中コンビニで買ってきた氷を持って、さっさと流しに向かった。
梨華も気を取り直してタンスから適当にひとみのTシャツを引っ張りだす
- 239 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:22
-
「ひとみちゃんごめんね。すぐ終わるから1回起き上がって」
熱でうなされているひとみに優しく声をかけ、なんとかひとみの上半身だけ起き上がらせると、梨華は後ろにまわってひとみのTシャツを捲くった
発汗しているのかひとみの背中はうっすらと汗ばんでいる。それをタオルで丁寧に拭いてやり、なんとか新しいTシャツに着せ替えた
「氷枕できたけど、そっちはどう?」
「こっちもできました」
戻ってきた真希に梨華は頷いてみせると、真希が作った氷枕と交換して再びひとみを横に寝かせた
- 240 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:23
-
二人の介抱のおかげか、それからしばらくしてひとみは安らかな寝息を立てた
「もう大丈夫みたいね」
そんなひとみの様子をみて真希は安心したように言った
「本当にありがとう。真希さんがいなかったらどうなってたか…」
「あはっ、ほんと梨華ちゃんて変わってるよね〜」
そんな梨華に真希はおかしそうに笑いながら壁にもたれるように座った
「え?」
「だって好きな人の看病できるなんて同居してる奴の特権じゃん」
「……でも」
「それもよりにもよって恋敵のアタシを呼ぶなんてね。変わってるとしか思えないよ」
確かに少し前の梨華なら真希ではなくアヤカに助けを求めていただろう。
それをなぜ咄嗟に真希に電話をしたのか梨華自身理解できなかった
- 241 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:24
-
「ほんと不思議ね。どうして真希さんに電話したのか自分でも分からないの。きっと真希さんならどうにかしてくれるって思ったのかな」
「ふっ……アタシが一番暇人だと思っただけじゃん?」
梨華の言葉に照れたように髪を掻き揚げると、真希はわざとクールな笑みを洩らした
「ねぇ……梨華ちゃんはひとみが好き?」
安らかな呼吸と共に上下するひとみの胸をボンヤリと見つめたまま真希はポツリと呟くように言った
急な言葉に梨華はうろたえを隠せない
「え?……う、うん」
思わず勢いで頷いてしまう
「あはっ、ほんと素直だね」
そんな梨華に真希はまたしてもおかしそうに笑った
- 242 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:25
-
「真希さんも……ひとみちゃんが好き?」
「うん。好き……だったよ」
「え?」
不自然な過去形に梨華は思わず怪訝な顔を向けた
そんな梨華をチラリと見ると、真希は再びひとみに視線を戻し話を続けた
「アタシだったら耐えられない。好きな人の元カノが自分にそっくりだなんて……それでもひとみを想い続けるアンタを見て完敗だと思ったよ」
「そんなことないです……私だって時々リカさんとひとみちゃんが付き合ってた時の頃を想像して、どうしようもなく嫉妬しちゃうの。だって…死んだ人には適わないから」
そう、どうあがいたって死んだ人には適わない。
きっとひとみの胸の中には自分の知らないリカとの大切な想い出がいっぱい詰まっているのだろう。
果たして自分はその隙間に入りこめるだろうか?
- 243 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:26
-
「アタシさぁ、“クラブ『シャボン玉』”から引き抜きの声かかってるんだよね」
「え?…本当ですか!?」
クラブ『シャボン玉』といえばこの業界の老舗中の老舗である
たしか昔そこのホステスが、どこかの国の王に見初められ王妃になったくらいである。
その王妃も夫に先立たれ日本に帰国し、今では何とか婦人と呼ばれて時々マスコミを賑わしているが……
とにかく、そこから引き抜きの声がかかることはホステスをしている者にとって永遠の憧れである
「まぁ、まだ行くと決めた訳じゃないけどね」
「もったいないですよ!真希さんなら絶対そこでも活躍できるのに!」
「はは、ありがと。でもひとみの件が片付くまでは今のところにいるつもり」
「…すいません」
別に梨華が悪いわけではないが、つい謝ってしまう
- 244 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:27
-
「なんで梨華ちゃんが謝るわけ?ま、そういう事だからひとみは梨華ちゃんに譲るわ」
そう言うと真希は「そろそろ帰るわ」と立ち上がった
気づけば外はボンヤリと白み始め、遠くでカラスの泣き声が聞こえる
「じゃあ、ひとみの看病よろしくね」
「はい」
靴を履きながら真希は念を押すように梨華に言った
「あ、そうだ梨華ちゃん」
「はい?」
ノブに手をかけたまま真希は思い出したように梨華を振り返った
「アタシが梨華ちゃんに会った時言った言葉覚えてる?」
「虚像…?」
- 245 名前:Menu4 アフター・ミッドナイトに復讐を 投稿日:2003/11/24(月) 02:27
-
『この街は全てが虚像だよ。笑顔も会話も……時には優しさもね』
あの時真希がすれ違い様に梨華の耳に囁いた言葉を、梨華は今でもはっきりと覚えてる
「そう虚像。アタシは今でもこの街をそう思ってる。だから教えてよ真実の愛ってヤツがこの街にもある事をアタシに見せつけて……」
そう言うと真希は梨華の言葉も聞かず出て行ってしまった
ひとり取り残された梨華は、ゆっくりと真希の言葉を反芻してみる
「真希さん約束するわ。ひとみちゃんを絶対守ってみせるから」
そう呟いて梨華はひとみの唇にそっと自分の唇を重ねた
嵐の前の静けさの様な気持ちで、梨華は穏やかな寝息を立てるひとみをいつまでも見つめていた。
- 246 名前:ルパン4th 投稿日:2003/11/24(月) 02:42
- >>230-245更新しました
>223名無し読者様
続きを楽しみにしてくれてるのに、なかなかストーリーが進まなくてすみません
>224名無しさん
できるだけブランクを空けないよう頑張りますので、マターリ待って頂けると嬉しいです
>225名無しどくしゃ様
画面からは顔を少し離してお読み下さい(w
いつもレスくれて本当にありがとうございます
>226>227京様
読み続けてくれてありがとございます
期待に応えられるよう頑張ります
>228>229名無し読者様
待っててくれてありがとうございます
皆さんいつもいつも待っててくれて本当にありがとう。
それなのに肝心ないしよしシーンがあまりなくて本当にすみませんm(_ _)m
どうか見捨てないでやって下さいまし
- 247 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003/11/24(月) 10:48
- 看病キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
ごっちんイイ!続きが楽しみだぁ。
- 248 名前:京 投稿日:2003/11/28(金) 11:56
- 待ってました!!
すっごい痛い話なのに、心あったまります。
暇人なんで、あと10年くらい待ちます(笑
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 11:59
- 保全
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/11(日) 17:55
- ho
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 18:02
- がんばってください
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/04(木) 23:11
- 楽しみに待ってます。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/05(月) 09:33
- 終わっちゃったかな?
- 254 名前:京 投稿日:2004/05/03(月) 00:29
- ほぜん。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/06(日) 15:13
- ho
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/06(火) 23:20
- hozen
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 19:31
- ほ
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