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ファーストブレイク
- 1 名前:みや 投稿日:2002年10月14日(月)21時53分34秒
- ちょうど一年前、私は最後のゲームを戦った。
勝った方が優勝、というゲーム。
残り7分で15点ビハインド。
そこから、ディフェンスを3-2のゾーンに変え、相手の得点を押さえ込み、猛烈に追い上げる。
逆転したのは残り0秒7
ごっちんのスリーポイントだった。
全員ぼろぼろに泣いて、ビールかけもして朝まで大騒ぎだったあの日からもう一年が経ってしまった。
- 2 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)21時54分32秒
- 「姐さん、来てたんですか」
「ああ、みっちゃん、久しぶり」
みっちゃんは私と同期で、今は立派に社会に出て働いている。
大学院生として、いまだ親のすねかじりの私とは大違いだ。
彼女は、バスケの能力としては私よりも断然上だったはずなのに、怪我に泣かされてほと
んど試合に出ずに4年間を終えている。
- 3 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)21時55分25秒
- 今日は、今年の4年生たちにとっての引退ゲーム。
今日だけは、どうしても見ておきたかった。
「ゆうこー!!」
フロアの上でアップをしている矢口が小さな体をいっぱいに使って手を振ってくれている。
その矢口のうしろから吉澤が現れ、よしよし、と頭をなでていた。
矢口は振り向いてばかにすんなよー、見たいな感じだ。
そこには、去年までと同じ空気が流れているように見える。
- 4 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)21時56分37秒
- 去年の4部リーグで優勝した私達の大学は、今年は3部に昇格してリーグ戦を戦ってきた。
リーグ戦成績は1勝14敗で16チーム中15位。
4部で戦っていたときも、やっとのことで勝っていたチームだから仕方ないとは言えさ
びしい結果だ。
それでも、何とか1勝してそのおかげで最下位を免れて、今日入れ替え戦を戦うことに
なっている。
リーグ戦には一度も顔を出さなかった私だけど、4年生たちの引退ゲームになるこの入れ
替え戦だけは見ておきたかった。
- 5 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)21時57分22秒
- 試合が始まる。
スタメンは、矢口、なっち、ごっちん、吉澤、かおり。
去年の優勝チームのスタメンがそろって残っている。
私は、キャプテンだったけど、スタメンではなかった。
- 6 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)21時58分27秒
- 去年4部で優勝しているチームなのだから、今年の4部二位には楽に勝てるはず、と思って
いたのは甘かった。
第一クォーター、出だし5分でいきなり0-10と離される。
ベンチの圭坊がタイムアウトを取った。
「動きが硬いな」
となりでみっちゃんがつぶやく。
「みんな、負けたら降格ってのが頭にちらついて、がちがち。冷静なのは圭ちゃんくらいだよ」
圭坊は、ベンチでコーチ役をしている。
彼女にとってもラストゲームになる試合。
フロアに立ちたいことだろう。
でも、「交代、私と」とは言いづらいのは去年、私自身が経験して分かっている。
それが分かっていて、それでもこの役目は圭坊にしか出来ないと、私が去年の引継ぎの時に指名した。
- 7 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)21時59分00秒
- タイムアウト明け、エンドからなっちが入れたボールを矢口が運ぶ。
「1番! 1番!」
困った時のナンバープレイ。
矢口が左手人差し指を掲げ、たからかに叫ぶ。
なっちとごっちんが0度近くまで降りていった。
かおりと吉澤が、二人のマークマンにスクリーンをかけに動く。
外の二人は、それに従って動くと見せかけ、フェイクだけかけた。
スクリーンをかけに入ったかおりが、ターンしゴール下へ。
そこに矢口からのパスが通り、かおりは簡単なバックシュートを決めた。
ようやくスコアが動いた。
- 8 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)21時59分37秒
- 1クォーターは、この後互いに点を重ねて、13-22で終わる。
関東リーグ最下部の4部と3部の入れ替え戦。
そんな試合を見に来るのは関係者以外にありえない。
がらがらの観客席にいるのは、相手チームの選手の友人達ばかり。
うちのチームは、学校が遠いこともあり、私達の他は誰もいなかった。
- 9 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時00分39秒
- 2クォーター立ち上がり、相手に3本立て続けに決められたところで矢口となっちに代えて、
2年生の加護と辻を投入する。
二人は、相手のガード陣に前から当たり、簡単にボールを運ばせない。
私がいた頃と比べると、大分大人になったかな、と感じさせられる。
この子らは、入ってきた当初はディフェンスは全然しないし、オフェンスも小手先のテク
ニックのドリブルばかりで、まるで使えなかった。
それが今や、流れを変えるためにしっかりとディフェンスをするようになった。
加護は、ごっちんや吉澤をパス一つで自由に動かすようになっている。
辻も、きちんと周りにあわせた動きが出来るようになった。
- 10 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時01分40秒
- 二人のディフェンスから流れをつかんで、ターンオーバー即速攻、で反撃開始。
ごっちんと辻の二人が得点を重ねて行く。
点差を再び一桁まで戻したところで相手タイムアウト。
メンバーは変わらずコートへ戻る。
相手は、加護辻にかまわず、フォワードへパスを入れてボールをフロントコートへ持っ
てくるようになった。
インサイドの勝負が増えてくる。
かおりは、いいディフェンスをしているが、吉澤の方がどうしてもファウルがかさんでしまう。
遠目に見ても、いらだっているのがよく分かった。
オフェンスでも外へパスを出すべき場面で突っかけてしまう。
三つ目のファウルを取られ、圭坊が代わりに入り、同時に矢口、なっちもフロアへ、ディ
フェンスを通常のスタイルに戻した。
- 11 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時02分45秒
- 2クォーターも残り1分を切った。
点差は15点。
ここまでの試合を見ているとよく分かる。
相手の方が強い。
プレイしている本人達も気づいているだろう。
相手の速いパス回しに翻弄された挙句、圭坊の所で勝負、と見せかけてからの外へのパス
からスリーを決められ18点差。
このまま行くと、後半厳しくなってくる。
残り47秒。
- 12 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時03分50秒
- 矢口がボールを持って上がる。
矢口からなっちへ、なっちからローポストのかおりへ。
ボールは回るがシュートが打てそうな気配がしない。
かおりからボールが矢口へ戻る。
ごっちんが、右サイドから上がってきて外へ開いた。
矢口はボールを後藤へ預け、自分は逆サイド下へ降りる。
ごっちんは、1on1を仕掛けた。
左へワンフェイクの後右へドリブルをつく。
ディフェンスはついてくるが、バックチェンジで左へボールを持ち替えかわす。
中へ切れ込んで行くと、長身のセンターがカバーに入る。
ごっちんはそこで止まり、シュートフェイクを入れ相手を飛ばしてから自分が飛び、
ジャンプショットを決めた。
- 13 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時04分55秒
- 「ディフェンス、戻る!」
矢口の檄が飛ぶ。
4人はすばやく戻るが、ごっちんは戻らなかった。
ボールを持つガードに張り付く。
突然のことで慌ててボールが手につかない相手ガード。
こぼれたところをさらっていき、さらに一人かわしてドリブルシュート、連続得点を決めた。
- 14 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時05分46秒
- 「もう一本!」
明るさを取り戻したベンチから、声援が飛ぶ。
またも、前からつく。
今度は相手もきちんと対処して、すぐにパスを戻す。
ごっちんは、ボールの出た方にすぐに向かった。
ドリブルで上がって行こうとするのを止めに入る。
相手はバックターンでかわそうとするが、しっかりとついていき、ボールをはたいた。
転々と転がるこぼれ玉。
そこに、ごっちんと相手ディフェンスが同時に飛び込むが、一瞬早くごっちんがボールを確保する。
倒れこんだまま、走ってくる矢口にパスを出した。
- 15 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時06分33秒
- 「一本、時間使って!」
相手の戻りが早いと見るや、矢口は冷静に速攻をあきらめる。
残り21秒、時間を使うことで、自分達のオフェンスで前半を終わらせるようにする狙い。
ドリブルをつき、味方の上がりを待つ。
ゆっくりと上がって行くかおりと圭坊。
残り15秒、前半最後のセットオフェンス。
ボールをまわしつつ、チャンスを狙う。
インサイドはポジション争いが激しい。
外もスクリーンを使い、動きをつける。
残り3秒、左0度から、ごっちんがゴール下の二人をスクリーンに使い、ディフェンスを
振り切って逆サイドへ走る。
- 16 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時07分10秒
- 「はい! はい! 空いた!」
右サイドまで抜けてきて叫ぶごっちん。
なっちが、最高のタイミングでパスを出した。
左手でパスを受けターンし、ゴールへ向く。
足元を一瞬確認し、両手で構える。
ディフェンスが飛び込んでくるが、それよりも早く、ボールはゴールへ向けて放たれた。
「スリー!」
親指、人差し指、中指の三本を掲げ、ベンチが全員立ち上がる。
前半終了のブザーと同時にボールがリングを通り抜けた。
- 17 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時08分04秒
- スコア28-39。
後半に望みがつなげる点差にまでどうにか戻した。
それにしても、あんなに必死なごっちんを見るのは初めてのことだった。
研究が忙しいという理由で、これまでまったく試合に顔を出さなかった私。
学部とは違う大学の修士課程に進んだ為、彼女達とは大分疎遠になっていた。
そんな私に、かおり、圭坊、なっちという3人の4年生や、矢口をはじめ後輩達からも、
試合見にきてくださいよというメールは頻繁に届いていた。
だけど、電話まで掛けてきたのはごっちんだけだった。
今3年生の彼女。
来年は飛び級で大学院へと進むという。
特例で受けた大学院の試験。
受かるとは思ってなかった、と言っていた。
彼女にとってもこれが最後の試合になる。
- 18 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時08分51秒
- 後半開始。
あまり動きのよくないなっちの代わりに1年生の高橋が入る。
なっちは、このリーグ戦、前半を怪我で棒に振っていた。
自分が出られずに負け続けるチームを見るのは歯がゆいことだっただろう。
怪我の原因が、夏休みに彼氏と行ったサーフィンというのだからなおさらだ。
リーグ戦唯一の勝利はなっちの復帰戦で、彼女の41得点の大爆発で挙げている。
しかし、その後は怪我による運動不足が原因のオーバーウエイトで精彩をかいていた。
- 19 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時09分41秒
- 3クォーター立ち上がり、矢口−かおりラインで連続得点を挙げ7点差まで追い上げる。
キャプテンとして一年間チームを引っ張ってきたかおり。
人一倍責任感の強いかおり。
負けがこんだリーグ戦の間、ずっと悩んできたはずだ。
私の所に相談の電話の一本もあるかと思っていたが、あったのは毎回の試合結果の報告と、
今度は見に来てくださいという丁寧なメールだけだった。
ごっちんから電話で聞いたところによると、悩んでいる様子は無く、立派なキャプテン
ぶりだと言う。
無理しているのではなく、成長なのだといいけど、どうなのだろう。
- 20 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時10分23秒
- 3クォーター3分過ぎ、矢口−高橋−後藤の速攻で5点差にまで迫る。
しかし、流れがこちらに来たのはそこまでだった。
相手タイムアウトの後、1-3-1のゾ−ンを敷かれ攻めきれない。
インサイド吉澤とかおりが完全に押さえ込まれた。
かろうじて、ごっちんのミドルで得点する場面があるのみ。
ナンバープレイもゾーンを敷かれると通用しない。
ディフェンスでは、高橋の所を徹底してつかれ、次々と失点を重ねていく。
再び開く点差。
残り3分、吉澤のファウルで相手フリースロー、39-56となった所でタイムアウト。
- 21 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時10分55秒
- ベンチ裏に座っているので、メンバー達の会話や表情がよく分かる。
興奮気味に後藤に何かをまくし立てている矢口。
4つめのファウルを犯し、言葉無くうなだれている吉澤。
先輩達の会話をきょろきょろしながら聞いている高橋。
そんな中、さすがに圭坊とかおりは冷静に指示を送っていた。
4ファウルの吉澤に代えて圭坊が、高橋のところに石川が入る。
- 22 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時11分35秒
- フリースローは一本目だけ入り39-57と18点差。
二本目はかおりがリバウンドを拾い、サイドの矢口へ。
矢口から、中央に走るごっちんにパスがわたる。
2対1の場面。
ディフェンスを自分に引き付けて、ごっちんはサイドに走る石川へとパスを出した。
石川は、パスを受け、スリーポイントライン手前で止まる。
両手でセットし、シュートを放った。
スリー! というベンチの声。
ボールはパサッというきれいな音を立ててリングに吸い込まれた。
15点差。
- 23 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時12分32秒
- 石川は、入部して来た時は本当に弱い子だった。
性格的に弱いだけでなく、プレイにおいても何一つ光るものがなかった。
1年生にしてスタメンを奪った吉澤や、無邪気に生きる辻、その場その場の雰囲気を考え
つつ、常に明るく振舞える加護、そんな同期の他のメンバーと比べて、何も無い彼女は真
っ先にやめていくだろうと思った。
だけど、彼女にも何も無いわけじゃなかった。
強い意思。
なにごともやりぬくという強い意思。
他の誰よりも強い意思を彼女は見せてくれた。
何気なく私が言った言葉。
- 24 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時13分23秒
- 「石川、なんか特徴もたへんといつまでも試合出られへんで。うちのチーム、スリーが打
てる奴少ないから、スリーポイントシューターになるとかな」
それに答えるかのように、その日から彼女は毎日練習後、300本のシューティングを欠かさなくなった。
去年の、優勝がかかった最終戦、点差を明けられた場面で投入され反撃の口火を切ったのが石川だった。
それで自信をつけたのだろう。
今では立派なシューターになっている。
ただ、スリーポイントは入るのに、他のプレイはさっぱり、という問題点は変わっていないが。
- 25 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時14分02秒
- 石川がもう一本スリーを決めて12点差。
ベンチは一気に盛り上がりチャーミーコール。
あの雰囲気を、出来ることなら私ももう一度ベンチでフロアで味わいたい。
流れが変わるかと期待したものの、それでも相手は着実に得点を重ねてくる。
ディフェンスはざるの石川が2本続けて1on1で抜かれ、またも16点差まで明けられる。
残り19秒、3クォーター最後のオフェンス。
セカンドガードの石川がボール運びに不安があるので、どうしても矢口に負担がかかる。
体力的にそろそろきつい中、必死にボールを運ぶ矢口。
- 26 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時15分02秒
- 「最後一本! 中狭い、広げて」
インサイドの圭坊とかおりに指示を送る。
相手ディフェンスも、ややスタミナ切れの様子があり、パスはよく回る。
ただ、インサイドで勝負できるタイミングがない。
かおりが外で待つ石川へパスを出す。
もらって即シュートへ持って行こうとするが、ディフェンスのチェックが入る。
ディフェンスのプレッシャーに押されシュートは乱れた。
ボールはリングに当たり跳ね返る。
落ちてきたところをごっちんが拾い、そのままシュートと見せかけて、中へ切れ込んで行く。
一人かわして、二人目でとまり、ターンしてシュートを放とうとすると、三人目がカバーに入る。
- 27 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時15分39秒
- 「外! 開いてる!」
圭坊の声で、ごっちんは矢口にパスを出す。
矢口は、基本にのっとったきれいなフォームでスリーポイントを決めた。
相手の速攻が来る。
戻ったのは石川と圭坊。
「石川、ボールつけ!」
2対2の場面、圭坊が後ろから指示を送る。
石川につかれたボールマンはパスを出した。
パスを受けたプレイヤーはそのままランシューへ持って行く。
そのシュートを圭坊がブロックショットで叩き落としたところでブザーが鳴った。
- 28 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時17分03秒
- ベンチで巻き起こるけめ子コール。
いまいちよく分からない。
こういう、自分の分からないのりがチームに広がっていると、引退して1年経ったんだな、
というのを実感させられる。
隣で笑っているみっちゃんは、このリーグ戦も何試合も顔を出しているらしく、こういう
のりも分かっているのだろう。
- 29 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時17分43秒
- 2分のインターバルのあと、すぐに4クォーターに入る。
矢口、なっち、ごっちん、圭坊、かおり。
3年4年の5人で臨む最終クォーター。
点差は13点。
去年はここからひっくり返したじゃないか。
なんとか、なんとか、巻き返して欲しい。
- 30 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時18分21秒
- ジャンプボールはかおりが制しボールはなっちへ。
なっちは、そのまま一人で持ち込む。
相手と競り合いながらのシュートは、リングに嫌われ落ちた。
立ち上がりのリズムをつかめない。
開始2分で3本続けて決められタイムアウト。
- 31 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時19分13秒
- 「吉澤、私と交代。4ファウルは忘れて、精一杯のものを見せてみろ!」
ベンチに戻るなり、圭坊は吉澤にそう告げて、座った。
残り8分で19点。
限界の点差。
「前から当たっていこう。もうそれしかない。石川と加護、いつでも行けるようにしといて」
圭坊がクールに指示を送る。
石川と加護はただ、「はい」とだけ返事をした。
「ここからだからね。ここからが勝負。向こうもプレッシャーがかかってくる時間帯だから」
なっちも、先輩らしくなった。
プレイヤーとして調子悪い時も、それ以外の所でチームに貢献しようとする姿が見られる
ようになった。
- 32 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時20分28秒
- タイムアウト明け、最初のオフェンスは、矢口−吉澤―なっちとボールをまわして、
最後はごっちんがスリーを決めた。
16点差。
「ディフェンス! あたれ!」
圭坊がベンチから立ち上がり叫ぶ。
1-2-1-1ゾーンプレス。
正直言って、私達がプレイしてきた3部とか4部というのは大したレベルじゃない。
ディフェンスなんか、上のレベルの人が見れば穴だらけだ。
それでも、精一杯戦ってきた。
こんなレベルだからこそ、気迫がプレイレベルを上回ることが出来る。
相手としては、よし! いける! 勝てる! 3部昇格! というのがちらついた直後な
だけに、余計にあわてたのだろう。
面白いように、プレスに引っかかってくれた。
ごっちんがスチールしてそのままスリーポイントを決める。
なっちも負けじと奪ったボールをそのまま切れ込んでゴールに叩き込む。
圭坊の檄が利いたのか、吉澤もリバウンドを次々と奪う。
かおりは、プレスを破られた後の2対1になる場面をよくとめていた。
一本決める毎に盛り上がって行くベンチ。
ごっちんの連続スティールで一桁点差まで押し戻す。
残り4分、9点差。
- 33 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時21分20秒
- 「矢口やばいな」
みっちゃんがつぶやく。
チームの波に矢口一人が取り残されている感じだった。
完全にスタミナが切れている。
ディフェンスするのが精一杯で、パスが出せなくなってきていた。
ほとんどスティールからのワンマン速攻のような形で決めているからいいが、セット
オフェンスになったら、ガードがこうだと厳しい。
一桁点差に迫られて、相手タイムアウト。
チームの盛り上がりは最高潮に達していた。
- 34 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時22分25秒
- 「矢口、加護と代わるか?」
ベンチの中ではただ一人冷静に戦況を見つめていた圭坊が矢口に問いただす。
「最後まで行く。行ける」
「足動かなくなったら代えるからね」
「おいらはまだそんな老け込んでないやい」
「そんな口きいてる余裕あったら、いいパス出しなよ」
「わかってるよ」
試合の山場に差しかかっているにもかかわらず、ベンチの二人のやり取りに思わず微笑
んでしまう。
この子ら、学年は違うけど、圭坊は2年になってから入ってきたからほとんど同期みたい
な関係だった。
いつもおどおどして、隅っこで練習している感じだった二人がこんな緊迫した場面で軽口
が利けるまでになったんやな。
この子らが負けて泣くところは見たくない。
- 35 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時23分28秒
- タイムアウトが明けても勢いは止まらない。
プレスに引っかかることは少なくなってきたが、セットオフェンスでも相手の得点を
許さない。
オフェンスでは、なっちとごっちん、今日が最後となる二人のシューターが争うように
得点を重ねる。
前半の不調がうそのように輝きを取り戻したなっちは本当にすごい。
矢口も少し休んで、パスに冴えが戻ってきた。
残り4分で5点差。
- 36 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時24分28秒
- ここからがなかなか縮まらない。
一本決めては一本返される。
こちらがディフェンスでしっかり抑えると、今度は24秒オーバーでシュートが打てない。
一進一退、5点差のまま2分を切る。
ほとんどが空席の代々木第二体育館。
それでも、この時間になると異様な盛り上がりになってきた。
リーグ戦の重み。
自分達のプライド。
小さな舞台に過ぎないけれど、能天気な大学生なら経験することありえない大きな重圧の
かかるステージで戦っている。
ベンチには声援を送る一年生達がいる。
高橋以外の三人は、リーグ戦で試合に出ることはなかったそうだ。
彼女達も、リーグ戦の価値のようなものを、先輩達の姿を見て少しは理解してくれただろうか?
- 37 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時25分05秒
- 残り1分43秒。
矢口のスリーポイントが落ちたところ、リバウンドをかおりが拾い、外のごっちんへパス。
ごっちんは、今日4本目のスリーポイントを決め、ついに2点差。
相手ベンチの悲鳴、こちらのベンチの盛り上がり。
スリーが決まった瞬間、思わずみっちゃんも立ち上がり叫んでいた。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
1年生が、辻と加護が、石川が、ベンチから声を出す。
みっちゃんも、私も、スタンドから声を合わせた。
観客席は、次の試合の関係者が目立つようになっていた。
次は3部と2部の入れ替え戦。
3部で2位のチームの関係者達も、なぜか私達に合わせて声を出していた。
- 38 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時25分47秒
- 一方で、相手ベンチも必死に声援を送る。
ここまで来て負けられないのはどちらも同じこと。
プレイヤー達に、大きな大きなプレッシャーがかかる。
マンツーマンで張り付く。
パスを回す方も、それを追いかけるほうもその背中に受ける重圧。
シュートまでなかなか持ち込めない。
「5! 4! 3!」
会場全体からカウントダウン。
24秒計の数値が刻々と刻まれて行く。
ボールはアウトサイド右45度へ。
時間に追われ仕方なくシュートを放つところへ、矢口がチェックに入る。
足がついていかず体が流れ、ファウルを取られてしまった。
フリースロー3本、残り1分19秒、2点差。
ベンチの1年生達のため息が漏れる。
- 39 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時26分30秒
- 「矢口さーん! 年のせいでばてばてですかー? 加護が代わりましょうかー?」
「うっさい、黙って見てろ! 今逆転してやるから」
崩れ掛けた雰囲気が何とか立て直される。
矢口もチームもまだ死んではいない。
- 40 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時27分14秒
- うちのベンチサイドでのフリースロー。
辻と加護が、両手でかめはめ波ポーズを作り、念力を送っている。
フリースロー三本はすべて外れた。
三本目はエアボール。
念力を送った二人はハイタッチをかわしている。
1年前とまるでかわらない二人が、そこにいた。
- 41 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時28分09秒
- マイボールで試合再開。
「ここ一本決めるよ!」
かおりが珍しく檄を飛ばす。
なっちがボールを入れ矢口へ。
フロントコートまで上がる。
デイフェンスはパス回しを抑えるよりも、中への切込みを警戒した形。
矢口、なっち、ごっちんの三人で外でまわす。
24秒計が進んで行く。
インサイドで、かおりが吉澤のディフェンスへスクリーンをかけた。
吉澤は、スクリーンを使って逆サイドへ。
ディフェンスがついて行く。
吉澤はごっちんとアイコンタクトをかわし自分の後ろを指差しながらディフェンスに
スクリーンをかける。
ごっちんは、それを使いゴール下へ。
- 42 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時28分52秒
- 「空いた!」
ごっちんの、ベンチの、みっちゃんの声が、フロアに響く。
トップの矢口からノーマークのごっちんへ。
これ以上無いという絶妙なタイミング。
これで、同点! 誰もがそう思った瞬間だった。
ゴール下へ駆け込むごっちん、そこに向かってくるボール。
しかし、ボールは、ごっちんの手をはじく。
こぼれたボールは追いすがるごっちんの手を待たず、エンドラインを割った。
- 43 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時29分34秒
- 会場全体をため息が覆った。
全員立ち上がっていたベンチは、固まっている。
呆然とボールを見つめるごっちん。
矢口はひざに手をつく。
吉澤は頭を抱え、なっち腰に手をあてを立ち尽くす。
フリースローライン付近で、かおりが凍りついていた。
一瞬の静けさの後、相手チームの歓声が広がる。
- 44 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時30分11秒
- 「もう一回! もう一回! ディフェンスとめてもう一本勝負!」
私は、この試合、初めて立ち上がり、叫んだ。
チーム全体に流れた、もう、ダメだ、という空気。
それを払拭したかった。
思い出したようにベンチも再び声を出す。
- 45 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時31分06秒
- だけど、一度消えた流れが再び戻ってくることはなかった。
相手ボールからセットで時間を使って決められ4点差。
決めればまだチャンスが残る、という次のオフェンスもスティールを許してしまう。
あとは、ファウルゲームで時間を止めてフリースローが落ちるのを祈るのみ。
その祈りはむなしく、二本のうち一本は確実に決められる。
残り時間が押し迫り、吉澤はベンチの圭坊の方を見た。
圭坊は黙って首を横に振る。
- 46 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時31分43秒
- 残り5秒、相手フリースロー、7点ビハインド。
もはや希望は潰えていた。
「ラスト、しっかりリバウンド!」
圭坊の声がむなしくフロアに響く。
フリースローは落ち、リバウンドをかおりが拾う。
「スタート!」
矢口が速攻開始の合図にそう叫ぶ。
かおりはボールをサイドの矢口へ、矢口はハーフラインに上がってきたごっちんへパスを送る。
ごっちんは二つ三つドリブルであがっていきパスを出す。
パスの先には、懸命に走るなっちがいた。
ラストパスを受け、なっちは絵に描いたように美しい最後のランニングシュートを放つ。
リングにボールが吸い込まれると同時に、試合終了の、4部降格のブザーが鳴り響いた。
- 47 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時32分34秒
- フロアに飛び込んでくる相手チームのベンチメンバー達。
その姿を、うちのベンチメンバーは呆然と見つめていた。
なっちがゴールにねじ込んだボールが転々としている。
矢口が、そのボールを観客席まで思いっきり蹴りあげた。
コートの真ん中で、ごっちんが崩れ落ちていた。
なっちがその肩を抱き、立ち上がらせる。
顔を拭いながら吉澤はベンチに戻って来た。
- 48 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時33分32秒
- ベンチでは、圭坊が皆を出迎えていた。
戻ってくるメンバー一人一人と握手を交わす。
他は、全員泣いていた。
石川は、戻ってきた吉澤と抱き合う。
加護と辻は、涙を拭こうともせず立ち尽くしている。
かおりが戻ってきて、1年生たちの頭を軽く叩きつつ言った。
「ロッカーに引き上げてミーティング」
皆、それぞれに荷物をまとめ、引き上げて行く。
1年生は、鼻をすすりながらボールケースを集めていく。
ごっちんは、まだ一人で歩ける状態じゃなかった。
なっちと圭坊に両肩を抱かれ、ひきづられるようにフロアを後にした。
- 49 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時34分24秒
- 初めて入る代々木体育館のロッカーは意外なほど狭かった。
両手を広げれば、両方の壁に手が届きそうな細長く白い部屋。
そんな狭い部屋に、ただただ泣き声が響いている。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
地獄絵図だった。
ただただ、ごめんなさいと繰り返すごっちん。
かばんを壁に叩きつけ、言葉にならない叫びを上げ頭を抱える矢口。
吉澤も、支離滅裂な言葉を発し、自分を責めながら涙を溢れさせている。
それを抱き止める石川も鼻をすすらせていた。
なっちは、涙の止まらない辻と加護の頭に手を乗せ言った。
「ごめんね。勝てなくて、残れなくて」
なっちのこの言葉で、二人はさらに火がついたように泣き、なっちのユニホームにしがみついた。
- 50 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時35分45秒
- お葬式のような、という形容がばかばかしく感じられるほどの光景。
悲しみ、悔しさ、情けなさ、申し訳なさ、ありとあらゆる感情が、すべて涙という形
で現れている。
この部屋自体が感情の結晶となっていた。
「後藤、あんまり自分を責めるな」
かおりの言葉に、部屋の真ん中のベンチに座りこんでいるごっちんはうつむいたまま首
を横に振る。
「他にも、自分を責めてる奴がいるみたいだけど、今日の負けは、誰のせいでもなくて、
このチームの1年間の結果だから」
泣き声は収まるどころか、さらに強まっていた。
「後藤。後藤がいなければ、あそこまで追い上げられなかったし、リーグ戦ももっとひどい
展開だったかもしれない。それ以前に、去年優勝して上に上がることもなかったかもしれない。
だれも、後藤のせいで今日負けたなんて思ってないから」
かおりは、そう言って後藤の頭に手を置く。
- 51 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時36分43秒
- 「矢口以下、来年も戦う子達は、この悔しさを忘れないで欲しい。今日の負け、ひいては
3部で1勝しか出来なかったっていうのは誰のせいでもない、全員のせいだから。みんなの力
が少しづつ足りなかった。シュート力、ディフェンス、パス、ディフェンスからオフェンス
への切り替え、リバウンド、無駄なファウル、スタミナ、みんな何かしら心あたりがあると
思う。そのへんを考えて、また1年頑張って欲しい。本当に悔しいけど、この結果を真摯に
受け止めたいと思います」
涙を見せることも無く、かおりは淡々と語った。
去年までなら真っ先に泣いていたかおりからは信じられない姿だった。
「まだ、この後ここを使うチームがあるから、早く着替えて、空けましょう、解散」
かおりが明るく言葉を発しても、部屋の空気はまったく変わらないままだった。
私とみっちゃんは、噛み殺したような泣き声だけがこだましているその部屋を出た。
ずっとその場にいるには、私達はもう十分すぎるほどに部外者だった。
- 52 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時37分23秒
- 部屋の外で言葉もなく壁に寄りかかっていると、ユニホーム姿のまま、かおりが出てきた。
「お二人ともわざわざありがとうございます。夜の打ち上げにも来ていただけますよね」
先輩と後輩としてしゃべる時の言葉遣いだった。
二人とも打ち上げには参加すると答える。
「なあ、お昼食べにいかへん?」
「いえ、私は、最後まで試合を見て行こうと思います」
「そうか。じゃあ、あとで」
「はい。本日はありがとうございました」
これだけ言うとかおりは、またロッカーに戻っていった。
部屋の中の様子が気になりながらも、わたしとみっちゃんは代々木体育館を後にした。
- 53 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時38分07秒
- 表参道や青山通りをぶらぶらして時間をつぶす。
久しぶりに会ったみっちゃんやのに、たいした話しもしなかった。
あの子らは、いまどんな気持ちでいるだろう。
そればかりが気になっていた。
- 54 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時38分53秒
- 夕方、いつもの店で打ち上げが始まる。
うちらがついた時はまだ時間前だと言うのに、すでに飲んでいる奴がいた。
「ゆうこー! 遅いぞ。飲めー!」
矢口が、辻と加護を従えて、ビールを二本ほど空にしていた。
「あんたら、フライングやで。姐さん、なんか言ったりーや」
「あー、まあ、ええは。上の座敷行くで。フライング分は、自分で払っときや」
「あーい」
飲むな、と言える気分じゃなかった。
- 55 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時40分03秒
- 2階の座敷では、4人の1年生と、石川、吉澤の6人がいた。
4年生達と後藤はまだいなかった。
「ゆうこー! まあ、すわれや、なっ、なっ、飲もうや」
階段を上がってきた矢口が私に抱きついてくる。
去年までは、飲むぞーと私の方から抱きついて嫌がられていたのに。
矢口に引っ張られ、わたしとみっちゃんは、一番奥の上座に座らされた。
「おいっ、おまえら! 今日は裕子姐さんとみちよ姐さんのおごりだ! じゃんじゃん飲むぞ」
「おっー!」
矢口の掛け声に、辻加護や吉澤が勢いよく答える。
まあ、飲み放題やから、いくら飲もうとかまわへんけどな。
こんな時に、口は出さずに金だけ出すのがOBの役割なんやと思う。
- 56 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時41分47秒
- そうこうするうちに、4年生と後藤もやってきてメンバーがそろう。
うちの隣には圭坊が、向かいのみっちゃんの隣にはかおりが座った。
「今日は、わざわざありがとうございました。期待に添えない結果に」
「まあ、硬い話しは抜きや。お疲れさん」
「ありがとうございます」
圭坊が私のグラスに注ぎ、私は圭坊のグラスに注ぎ返す。
「みなさーん。グラスはいきわたりましたね。それじゃあ、キャプテンの飯田さんから一言!」
宴会係の加護にうながされ、かおりが立ち上がる。
「皆さんお疲れさまでした。今期は、結局残念な結果に終わってしまって、本当に申し訳
無いし悔しいし、残念です。3年生の矢口以下、来年残るメンバーは、今回のことは忘れず
に、必ず、次の糧になるように練習していってください。ほら、のどもとすぎれば」
「ながーい! 話しながーい!」
かおりの長い話しに矢口が突っ込むと笑いが起こる。
- 57 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時43分02秒
- 「あー、もう、矢口は最後まで先輩を立てるということを知らないんだから。もういい。乾杯!」
「乾杯!」
おつかれさん、とかおり、圭坊、なっちとグラスを合わせる。
ごっちんは、2年生席の方に入っていた。
- 58 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時43分58秒
- この子らとまともに話をするのは、私の卒業式以来だった。
そんなわけだから、話しは自然と今の私の暮らしぶりについてが中心になっていった。
今の私は、正直言って余り充実した日々、と言えたものではない。
教授から与えられたテーマを、卒業する為に研究している、それが正直なところだ。
だから、自分の話しとなると適当にお茶を濁したようなあいまいなことしか言えない。
なんとなくごまかすような感じで、私は昔話に話題を移行した。
かおりとなっちは、チーム結成以来のメンバーだった。
私が2年生の時、みっちゃんを中心にバスケ部を作った。
途中で辞めていった子もいる。
途中から加わった圭坊のような子もいる。
思い出話を語りだせば尽きることはなかった。
- 59 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時44分37秒
- 「はーい、みなさーん、注目! さてー、そろそろ、引継ぎを行いたいとおもいまーす!」
飲み初めて1時間が経った頃、毎年恒例の引継ぎ発表。
まずは、2年生の役職を1年生に引き継ぐ。
飲み会係や、主務、合宿係、経理など。
人数が少ない代は、矢口のように一人三役をこなしたりすることもある。
それにしても、経理になった紺野って子はボーっとしてそうだけど、大丈夫なんか?
- 60 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時46分41秒
- 次に、4年生から3年生へ引継ぐ。
本来なら、矢口キャプテンの後藤副キャプテン、となりそうだったけど、後藤も引退する
から誰が副キャプテンになるんだろう、というのが興味をそそった。
「副キャプテンの人選は散々悩みました。ついさっきまで悩んで悩んで決めました。石川!
あんたが今日から副キャプテン」
圭坊は力強く石川のことを指差した。
石川は、少しの間固まった後立ち上がり言った。
「よっすぃーじゃないんですか?」
「それはもちろん考えたけど、キャプテンとのつながりを考えた時に、吉澤だとどっち
もいけいけな感じになっちゃうから。サブちゃんはちょっと引き目の方がいいのよ。まあ、
あんたも暴走しやすいからその辺を直して行く必要がもちろんあるけどね」
吉澤が、梨華ちゃん頑張れ、と言うと石川は力強くうなづく。
- 61 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時47分54秒
- 「それでは、新副キャプテンの石川さんから抱負をお願いします」
新しく飲み会係になった小川が、早くもしっかりと仕切っていた。
「あのー、保田さんの後を継ぐのは、石川はすごい不安だけど、何とか頑張って矢口さん
を支えていきたいと思います」
「まだおいらって決まったわけじゃないぞー! 段取り無視すんなよこら!」
とは言うものの、そのあとすぐにかおりが来期のキャプテンとして矢口を指名した。
「じゃあ、矢口さん抱負をおねがいします」
「よし、お前ら、みんなおいらについてこい!」
「おー!」
「矢口真里、いっきまーす」
右手を上げ、そう叫んだ矢口は、テーブルのビール瓶を拾い上げると、腰に手をあてまる
で牛乳を飲み干すかのような勢いで飲み始めた。
- 62 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時49分06秒
- 「おいおい、大丈夫なんか?」
「まあ、ここにいるんはみんな身内やし、ええやろ。矢口も不安なんや、きっと」
キャプテンというのは重圧がかかる仕事。
私の時のように、上を目指すだけで戦っていた時ですら大変だったのに、今度は一度上を
知ってしまって、さらに主力が抜けるという状態で矢口はキャプテンを引き継ぐのだ。
降格の決まった今日、先輩達が抜けて行く今日、矢口でなくたって飲まずにはいられないだろう。
- 63 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時49分59秒
- 「では、次に引退して行かれる先輩方からお言葉を頂きたいと思います。まずは、安倍さん」
なっちが立ち上がる。
最初の頃のボールを持ったら全部シュートみたいなわがままプレイが4年間で薄れていった。
自分がエースなんだ、という誇りを持ちながら、チームの為に働くようになったなっち。
彼女は、卒業したら北海道に帰り、高校時代からの彼氏と結婚するそうだ。
- 64 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時51分44秒
- 「なっちは、いろいろあったけど、4年間楽しかったです。みんなと会えて、みんなと
バスケが出来て本当によかった。だけど、後悔もいっぱいあります。今日もそうだし、
今年のリーグ戦は、本当に迷惑ばかり掛けてしまいました。なっちは、悔しいよ。ホント
悔しい。でも、この悔しさは、去年優勝できたから感じられることでもあると思ってます。
4年間での一番の思い出は、やっぱり去年の優勝かな。みんな、覚えててよね、今年のなっ
ちはちょこっとかっこ悪かったけど、去年は得点王取ったんだから」
みんな、神妙に聞いていた。
「なっちは、卒業したら、北海道に帰って結婚します。みんなとこうして会うことも、
きっともうないと思う。そう思うとなんか寂しいけど、でも、みんなのことは忘れない
よ。だから、なっちのことも、忘れないでください」
なっちが座り、みんなが拍手を送る。
- 65 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時52分33秒
- 「わーかれろ! わーかれろ!」
拍手が鳴り止むと同時に、矢口主導で別れろコール。
「ぜったいに、わかれませんー! なっちは、幸せになりまーす。やぐちは、そうやって、
いーーーっしょうひがんでればいいんですーだ!」
なっちは立ち上がってそう言い、矢口に向かってあかんべー、をして見せた。
- 66 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時53分34秒
- 次に指名されたのは圭坊。
圭坊は、どちらかと言うと試合に出て活躍した、という印象は少なく、サポート役に徹して
くれた印象が強い。
学年が下の後藤や吉澤の方が、スタメンでバリバリ活躍している。
それでも、そんなことには関係なく、下からの尊敬を集めていた。
- 67 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時54分59秒
- 「去年、この席で二人の先輩を送ったわけだけど、あれからもう一年経ったのか、ってい
うのが、なんか、すごい短かったなあって、思います。もっと、いろんなこと出来たんじゃ
ないかなってね。そんな、後悔だけはみんなにしないで欲しいなって思います」
私は去年、優勝という最高の形で終わることが出来たけれど、それでも、今になってみ
ると後悔はたくさんある。
何が難しいって、後悔しないことくらい難しいことは無いのかもしれない。
- 68 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時56分07秒
- 「あと、これは私からのお願い。みんな、絶対辞めないで。絶対最後までバスケ続けて欲
しい。1年生なんかは知らないと思うけど、これまでに、途中で辞めていった子ってのが何人
かいます。それぞれに事情があったのはよく分かるけど、でも、残される方はすごく寂しい
し、私は、ずっとバスケを続けてきてよかったと思う。こんな風に負けてしまって、すごく
悔しいけど、バスケなんてやらなきゃよかった、とは全然思わない。バスケ部で得た物が何か
は、何年か経ってみないと分からないけど、続けてきてよかった、ってことだけは今でも分か
ります。だから、みんな最後まで続けてください。辞めないでください」
私がバスケ部で得たことはなんだったのだろうか。
1年経っても、まだはっきりとは分からない。
でも、一つだけ間違いなく言えることは、バスケをやっていて、この子
らと出逢えてよかったということだ。
- 69 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時57分03秒
- 「保田さん。もう一年一緒にやりましょうよ」
懇願するような声は、石川のものだった。
圭坊は、2年から入って来たので、学生連盟への登録をまだ3回しかしていない。
だから、留年という形で一年卒業を延ばせば、なっちやかおりとは違い、来年も選手登録
することが出来る。
「私、なっちと違うからさあ。卒業単位はまったく問題ないんだよねー」
「なにさ、その言い方。まるでなっちの卒業が危ないみたいに聞こえるべさ」
「危なくないの?」
「ぜんぜん、危ない」
みんなから笑いが漏れる。
結婚もピンチ、なんて矢口がまたも茶々を入れていた。
- 70 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時57分52秒
- 「では、最後に飯田さん、と行きたいところですけど、今年は残念ながらというか、喜ば
しいことにというか、後藤さんが飛び級で大学院に進学します。それで、後藤さんも今日の
試合がラストになってしまったので、後藤さんの方からも挨拶お願いします」
拍手を受けてごっちんはゆっくりと立ち上がった。
- 71 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)22時59分07秒
- 「なんか、ホント、最後のキャッチミスはごめんなさい。なんで、あんなミスしたのか、
ホント、自分でも分からないけど、ホント、ごめんなさい」
3年間輝き続けたごっちんだった。
チーム結成二年目に入ってきた彼女。
初心者同然だったのに、1年の秋のリーグ戦から、もうなっちと並ぶエースに成長していた。
そんな彼女に神様は最後になんて酷なことをしたのだろう。
「後藤は、ホントはもっとみんなといたかったよ・・・」
そこまで言ってごっちんは言葉を詰まらせた。
「あんまりしんみりさせんなよー」
「・・・ごめん」
「学内にいるんだろ。来りゃいいじゃんか。おいら達はいつでも体育館いるって」
矢口が、つまらなそうにコップを口に持って行きながら言っていた。
- 72 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時00分31秒
- 「うん。それで、かおりや、圭ちゃん、なっつあんとも相談して、後藤は来年コーチみた
いな形でチームにかかわっていこうと思ったんだけど、後藤のことコーチとして認めてくれ
ますか?」
「ごっつあん、まじで? まじで来てくれんの? 認めるもなにも、やぐちが誰にも文句
なんか言わせない」
「ホントにいいの? みんなを裏切って大学院行ったり、最後の最後の肝心なところで
ミスしちゃうような、そんな後藤でもいいの?」
「そんな細かいこと誰も気にしないっての。なあ」
矢口がそう振ると、全員でコーチ! コーチ!と大合唱。
ああ、体育会なんやなあ、と思わされる。
「ありがとう・・・。後藤は、後藤は、やっぱ、みんなと、バスケ出来て、よかったです」
「だーかーらー、しんみりさせんなっての。やぐちまで泣きそうになるじゃんか」
「ごめん」
涙ぐんだ声で話すごっちんに対して、やぐちも鼻をすすりながら言葉を返している。
1年生、2年生からの拍手が送られて、ごっちんのコメントは締めくくられた。
- 73 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時01分21秒
- 最後はかおりの番だった。
今日来てみて、1年前と一番印象が変わっていたのがかおりだった。
何かあれば真っ先に動揺し、真っ先に泣き出していたかおり。
そんな彼女が、今日は一度も涙を見せていない。
最後にここで泣くのかな、なんて期待してしまうのはわたしの意地の悪さだろうか?
- 74 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時02分41秒
- 「かおりは、1年間キャプテンとしてやってきました。ホント頼りないキャプテンだった
と自分でも思うよ。圭ちゃんやなっち、それにみんなの支えがなければなにも出来なかった
と思います。本当にありがとう。だけど、結局かおりの力不足でこういった結果になったの
はすごく悔しいです」
誰もが黙って話しを聞いていた。
かおりのせいじゃない、そう思ってもそれが口をついて出てこない。
「4年間での思い出は、たくさんありすぎて、なんだろう、古い話からすると、チーム結成
して初めての試合かな。あの頃は6人しかいなくて、ファウルできなくてさあ。昔は私も吉澤
みたいに、がんがん当たってファウルがかさむほうでさあ、みんなをはらはらさせてました。
吉澤も圭ちゃんがいるからって平気でファウルしてたけど、これからはそうはいかないんだか
らな」
吉澤は苦笑していた。
そして、はらはらさせられる対象だったわたしやみっちゃんも。
- 75 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時03分59秒
- 「かおりの話しは長いってのは、最近自覚してきたからそろそろやめるけど、最後に一つ
だけ。矢口は、多分かおりよりも、ずっとしっかりしてて、ずっと頼れるいいキャプテンに
なるから。みんな、矢口を支えつつついて行って上げてください」
軽く頭を下げてかおりは座る。
後輩達の暖かい拍手が送られた。
結局、かおりは涙を見せることはなかった。
- 76 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時05分23秒
- かおりの話しが終りしばらくした頃、店員がやってきてそろそろお時間の方なので、と告げて行った。
残りのビールをあおる者、素直に店を出る支度をする者、そこかしこの皿へ箸を伸ばす者さまざま。
そんな中をかき分けて、1年生の小川がわたしとみっちゃんの所へやってくる。
「あの、いくら頂けるでしょうか?」
こういう時の支払いは学年順と決まっている。
OBという立場になったのは私達が初めてなので、まだ相場が無い。
「いくら欲しい?」
「あの、加護さんが言うには、1万円頂いていこいと」
みっちゃんの言葉に、小川は節目がちに答えた。
「まったく加護め、余計な知恵付けやがって。しょうがねえなあ」
かばんから財布を取りだして、みっちゃんは素直に1万円払った。
- 77 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時07分03秒
- 「あっ、ありがとうございます」
「みなさーん。みちよ先輩からの、いーちまんえーん、はいりまーす!」
いつの間にか小川の横に現れた加護が、みっちゃんの一万円を高々と掲げた。
「いーちまんえん! いーちまんえん!」
バカの一つ覚えのように、一万円コールを起こしている。
なんでもコールすればいいってもんじゃないが、この場合のこいつらの狙いは分かりきっている。
「なかざわさーん。いくらいただけるのですかー?」
加護が私の目の前で両手の平を上に向け左右に動かしている。
「あんたら、うちが金無いの分かっててたかろうとしとるやろ」
「なーかざわさーーん。駄々こねてもむだでっせ」
「あー、もううっさいな。わかったは、ほら」
財布から諭吉さんを取りだし、加護の頭をはたいてやった。
加護は、その諭吉さんを掲げ、今度は辻とともに、一万円ダンス、などと分けの分からん
ことをしとった。
これで、今月は質素な暮らしせなあかんな。
でも、まあ、本当は、この子らのためなら、これくらいのお金を出してもまったく
惜しくなかった。
- 78 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時09分48秒
- みっちゃんと二人で店を出た。
店の前では、頬を赤く染めて管を巻いている吉澤とそれを囲むように石川後藤の三人がいた。
「なかざわさん、へいけさん。よしざわはー、がんばりますよー! ファウルもへらし
ます。リバウンド飛びます。らいねんは、なんてたって、後藤真希がコーチなんですから。
よしざわはー、頑張りますよー!」
酔っ払った吉澤の決意表明は、見ていてなかなかほほえましい。
ふらふらとしながら語る吉澤を横で支えている石川の世話女房ぶりも、絵になっている。
- 79 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時11分10秒
- 店の扉が開き、矢口が辻と加護にひきづられるように出てきた。
「やぐちさーん、しっかりしてくださいよ。起きてくださいよー。つぎの店行きますよー」
加護が耳元で叫んでも反応無し。
こんな小さな体であれだけ飲めば、こうなるに決まってる。
「やぐちさーん!」
加護と辻がいくら揺さぶっても効果はなかった。
「加護、辻、矢口のこと好きか?」
「酔っ払わなければ好きです」
「はは、そうか。しっかり支えたってな」
「はい。中澤さんも、たまには練習とか試合とか、来てくださいね」
「ああ」
酔っ払わなければ好きと言う辻。
そういえば、私自身も同じことを言われた覚えがある。
- 80 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時11分53秒
- 4年生達が店から出てきた。
少し赤い顔になっているなっち。
酔いつぶれかけている新垣に肩を貸して歩く圭坊。
かおりは、背筋をピンと伸ばし、私の目の前に立っている。
「ごめんねー。裕ちゃん、先に結婚しちゃって」
お酒の入ったなっちは、ご機嫌だった。
「なんや、なっち。結婚結婚て。実は出来ちゃった婚やないんか? お腹に赤ちゃん
おったりするんやないんか?」
「いやー、もう、裕ちゃん。エッチな目で見ないでよ」
私の肩をなっちはバンバン叩くと、トイレトイレ、と、店の中へと戻って行った。
そんな私達を、かおりはじっと見ていた。
- 81 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時13分15秒
- 「どうした? かおり」
かおりは、一度深く頭を下げてから切り出した。
「本日は、わざわざおこしいただいてありがとうございました。残念ながら、先輩達の作
ってくださった伝統を汚すような結果になってしまい申し訳ありません。これもひとえに私
がキャプテンとしての求心力がなかったせいだと思います。来期のキャプテンの矢口は、大
変しっかりした子です。チームを引っ張って、もう一度3部昇格にチャレンジしてくれると
思うので、変わらぬご支援を頂きたいと思います」
これだけ言い、もう一度深々と頭を下げた。
「別に、かおりのせいやあらへんて。頑張ったんやろ。精一杯やったんやろ。そら、
勝てるに越したことないけど」
私の言葉に、かおりはなにも答えず、じっと私の顔を見つめていた。
- 82 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時15分00秒
- 「どうしたん? なんか、言いたいことあるんか?」
そう問いかけると、少し間を置いてかおりは聞いて来た。
「裕ちゃん、かおりさあ、もう、泣いてもいいかなあ?」
突然のこの言葉に、一瞬戸惑ったけれど、私はすぐに言葉を返した。
「ああ。かおりはよう頑張った。もう無理せんでええで。泣きたかったら、思いっきり泣けばええ」
私がそういうと、かおりは、一歩踏み出して私に抱きついて来た。
「怖かったよ。苦しかったよ。勝てなくて勝てなくて。みんな頑張ってるのに勝てなくて。
かおりがキャプテンだからかな? って思ったし。だけど、キャプテンだから、不安なところ
見せられないし」
時折鼻をすすりながら話すかおりの言葉を、私は抱きしめながら聞いた。
この子は、こんなにか細かっただろうか?
私の腕の中のかおりが、強く抱きしめたら折れてしまいそうに感じた。
- 83 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時16分19秒
- 「かおりは、裕ちゃんみたいな立派なキャプテンになりたかったよ。でも、でも、かおり
はかおりでしかなくて、圭ちゃんや、なっちが、いないと、何にも出来なくて、なっちが
復帰するまで、試合も勝てなくて、みんな頑張ってるのに、最後の最後で勝てなくて、ずっ
と負けてばっかりで、雰囲気悪いし、かおりは、そんな状況を何にも変えられなくて」
ずっと、一人で戦ってきたんやろな。
自分の中で、いろんな葛藤があったんやとおもう。
私には、分かる。
「かおり、いいキャプテンだったよ。かおりがキャプテンでよかったと思うよ私は」
圭坊が、かおりの頭を軽く叩きながら言う。
- 84 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時17分24秒
- 「かおりがキャプテンで、なっちがエースはって、私がベンチでみんなのサポートしてさ。
それぞれに合った役割をみんなで担当して、最高のチームだった思うよ私は。最高のチーム
だと思うから、だから余計に、勝ちたかった」
「勝ちたかった。勝ちたかったよ。悔しいよ」
「かおり。今日のかおり、いいキャプテンっぷりやったで。今日しか見てないからわか
らへんけど、今日見た限りでは、うちなんかより、ずっと頼れるキャプテンやったで」
私は、かおりをしっかりと抱きしめた。
美しい黒い髪をなでる。
小刻みに震える肩が暖かかった。
「ごめん、すっきりした」
しばらくすると、かおりは体を起こし、元の表情に戻った。
- 85 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時18分11秒
- 「新垣、大丈夫か? なんか冷たいもの飲む?」
酔いつぶれて座りこんでいる新垣の為に、自販機を探しに行った。
「かおりは、ホント一年間頑張ってたから」
「ああ、なんか、今日よう分かったは。圭坊も、しっかりみんなのサポートしとったみた
いやしな。なんか、つらい役割押し詰めるみたいになってすまんかったな」
「ううん。私にあってる役割だったと思うよ」
「ホント、お疲れさんな」
圭坊は、新垣の座る階段に並んで座った。
私も、そのとなりに腰を下ろす。
- 86 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時19分31秒
- 「私ね、もう一年やってみようかと思ってるんだ」
「もう一年って、バスケか?」
「うん。かおりと違って就職も決まってないし、なっちみたいに結婚、ってわけでもないから」
「でも、まだ半年あるやん。圭坊なら、なんとかなるやろ」
「何とかなるかもしれないけど、そういうんじゃなくてさ、バスケやりたくなったんだよね、もう一年」
圭坊は、店の前の看板に目をやりながら続ける。
「ここんところ、就職活動が忙しくてさ、あんまり練習してなくて、それで試合でもぱっと
しなくて、なんか不完全燃焼なんだ。幸か不幸か、1年卒業遅らせても、迷惑かかるとこない
し、来期は後藤が専任でコーチやってくれるって言うから、私も思いっきりバスケしようかな
ってね。あっ、コーチ役が嫌だったってわけじゃないよ」
圭坊は、さっぱりした顔で話していた。
- 87 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時20分53秒
- 「正直言うとさ、決めたのはついさっきなんだよね。ずっと考えてたんだけど、さっき、
石川が、もう一年一緒にやろうなんて言うからさ、ああ、もう一年やってもいいのかな、ってね」
「まあ、圭坊がそう決めたってのなら、うちは何も言われへんけどな」
「裕ちゃんも、たまには練習来てよ。体動かさないと老けるの早いよ」
「そやなあ。なんか、今日の試合見てて、また、やってみたくなったは」
「でしょー。OBチームかなんか作ってさ、試合も出ようよ。なっちは、北海道行っちゃうか
ら無理にしても、かおりとさあ、後藤と、それにみっちゃんまで入れれば、数は足りるじゃん」
「あんた、まだOBにならないんやないんか?」
「掛け持ちってことで」
屈託なく圭坊は笑う。
この子らと会えて本当によかったな、と思った。
- 88 名前:ファーストブレイク 投稿日:2002年10月14日(月)23時22分35秒
- 「裕ちゃんももう一軒行くでしょ?」
「いや、帰るは。ここからは現役だけで、最後の別れを惜しむんやな。それに、これ以上
金づるにされてもかなわんは」
「そう簡単に帰れるかな?」
気づくと、私の後ろには石川と吉澤が立っていた。
「中澤さん。帰ろうなんて甘いですよ。強制連行です」
二人は、私の両脇につき、しっかりと腕を抱えて歩き始めた。
「あんたらなにすんねん。圭坊、なんとかしてーな」
「まあ、あきらめるんだね」
圭坊は、ただ笑って見ている。
- 89 名前:ファーストブレイク 終り 投稿日:2002年10月14日(月)23時23分09秒
- 「姐さんもつかまりましたか。なんか、今晩は付き合うしかないんとちゃう?」
みっちゃんも、右腕を後藤につかまれ、ひきづられていた。
なっちやかおりも、そんなうちらを見てけらけら笑っている。
飲み会係の小川が、2次会はこちらでございー、とばかりに店の前で出迎えていた。
「裕ちゃん観念した?」
「ああ、もう知らんで。朝までつきあわせたるからな。覚悟しいや」
なっちが後ろから聞いて来たので、私は吉澤と石川の頭を抱えてそう答えてやった。
さっきと逆に二人を抱えながら店へと入っていく。
明日から、を考えるのをやめて、今日はひたすらこの子達と飲むことにした。
- 90 名前:ファーストブレイク 終り 投稿日:2002年10月14日(月)23時23分59秒
- ファーストブレイク おわり
- 91 名前:作者 投稿日:2002年10月14日(月)23時37分38秒
- この話しは、赤板で書いていたスポーツ短編シリーズのラストです。
最後は、短編と呼ぶには少々長くなってしまいましたが。
このスレのこの話しだけ読まれた方は、こちらもご覧になって見てください。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=red&thp=1015079839
このスレのレス107から、計8本収録されています。
扱った競技としては、スピードスケート、アイスホッケー、カーリング、テニス、4×100mリレー、カバディ、10000m、高校野球となっています。
マイナー競技が半分くらい入ってます。
お付き合いいただきありがとうございました。
また、短編シリーズとは少し離れるのですが、同じくスポーツをテーマにした長編を書いてます。
白板の”氷上の舞姫”をよろしければご覧になってください。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/white/1034436450/
- 92 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月17日(木)22時39分39秒
- スポーツもので完結してる作品って、実はあまりないんですよね。
とても期待して読まさせていただきました。
感想は………期待以上です!!
読み終えた今、爽やかな気持ちになりました。青春っていいなぁ……
- 93 名前:作者 投稿日:2002年11月26日(火)21時24分32秒
- >>92
ありがとうございます。
そうですね、意外とスポーツもので完結したものって少ない気がします。
感想を読むと、伝えたいものが伝わった! というような気がしてうれしいです。
よろしければ、氷上の舞姫の方もお付き合いください。
- 94 名前:スコアーシート 投稿日:2002年11月26日(火)21時27分08秒
- いまさらながら、試合の得点経過(娘。チームだけ)出してみます。
特に意味はないんだけど、返レスがあまりに遅くなったのでそれだけじゃ難なので。
1クォーター 飯田 4 後藤 5(フリースロー1) 吉澤 2 安倍 2 13点
2クォーター 後藤 11(スリー1) 辻 4 15点
3クォーター 飯田 4 後藤 6 吉澤 1 石川 6(スリー2) 矢口 3(スリー1) 20点
4クォーター 後藤 15(スリー3) 安倍 11(フリー1) 飯田 2 28点
- 95 名前:スコアーシート 投稿日:2002年11月26日(火)21時37分28秒
- Min 2point 3point ft faul assist rb score
4 飯田圭織 40 4-12 0-0 0-2 2 2 7 8
5 保田 圭 13 1-3 0-0 0-0 1 1 2 2
6 安倍なつみ 26 6-18 0-3 1-2 2 3 1 13
7 矢口真里 36 0-3 1-3 0-2 2 5 0 3
8 後藤真希 40 13-21 4-7 1-4 3 1 3 37
9 石川梨華 3 0-3 2-3 0-0 1 0 0 6
10 吉澤ひとみ 27 1-9 0-0 1-2 4 0 5 3
- 96 名前:スコアーシート 投稿日:2002年11月26日(火)21時38分22秒
- Min 2point 3point ft faul assist rb score
11 加護亜依 4 0-1 0-2 0-0 1 2 0 0
12 辻希美 4 2-3 0-1 0-0 0 0 0 4
13 高橋愛 7 0-1 0-0 0-2 0 1 1 0
14 小川麻琴 0 0-0 0-0 0-0 0 0 0 0
15 新垣理沙 0 0-0 0-0 0-0 0 0 0 0
16 紺野あさ美 0 0-0 0-0 0-0 0 0 0 0
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