闇に咲く華
- 1 名前: 投稿日:2002年10月21日(月)00時06分21秒
- この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等には一切関係ありません。
- 2 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時07分59秒
足元で震えている男を見下ろしながら、彼女は小さくため息をついた。
男は、かつて所属していた事務所からかっさらってきたジュラルミンケースを彼女の前に
差し出しながら、自らの命を乞う。
そこに詰まっているのは、限りなく白く、そして汚い魔法の粉。
「五秒あげる・・・・・・その間に私の視界から消えてみなよ。そしたら命だけは助けたげる」
その言葉に男の顔がパッと明るくなる。
瞬間、男は彼女に背を向けて走り出し、重く冷たい扉に手をかけ、全力で開けようとする。
その姿に浅ましさを感じながら、彼女はそれをおくびにも出さずに見つめ続ける。
「一・・・・・・二・・・・・・三・・・・・・」
扉は開かない。
男の顔に改めて恐怖の色が浮かぶ。
「・・・・・・四・・・・・・五。 残念だったね」
- 3 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時09分13秒
サイレンサーの先から鈍い発射音。
血と脳漿の華が舞い、黒く味気のない鉄の扉にささやかな彩りを添える。
何の感情もこもっていない爬虫類のような瞳でそれを見届けた彼女は、携帯を取り出して
事務所で待っているはずの相棒に連絡を入れた。
「・・・・・・あ、紺野? 片付いた」
『お疲れさまです。 死体はどうしました?』
「まだここに転がってる」
『いつもの倉庫ですよね? なら、目の前の海にでも放り込んどいてください』
「了解。 今回のギャラは?」
『後払いですね』
「じゃ、貰ってから帰る」
『わかりました、平家さんにはこちらから連絡しておきます』
「悪いね、頼む」
- 4 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時10分02秒
携帯を切ると、彼女は転がっているケースを拾って肩に担いだ。
男がどうやっても開けられなかった扉を片手で軽々と開けると、かつて男であった物体を
引きずりながら彼女は外へ出る。
海に投げ捨てる瞬間、軽い絶望感が彼女を襲った。
――― コイツも、違った。
水面に波紋が広がり、黒く濁った海が男の死体を飲み込んでいく。
水平線に浮かんでいたはずの太陽は既に姿を消し、冷たく鋭利な三日月だけが
空から彼女を見下ろしている。
彼女は空を見上げることなく、何度目かのため息をついてその場を後にした。
- 5 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時11分04秒
――― ダレカアタシノノゾミヲカナエテヨ ―――
- 6 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時13分55秒
「お疲れ、手間かけさせたな」
雇い主は向かっていたPCから顔を上げると、大して感謝もしていないような口調で
彼女を出迎えた。
街外れの公団住宅、誰もここでこんな会話が交わされているなんて想像しない場所。
彼女は無言のままケースを雇い主に渡すと、その手を平家の目の前へと持っていく。
平家は苦笑いを浮かべながら、小さめのボストンバッグを彼女に差し出した。
「はいはい、これな」
ボストンバッグに無造作に詰め込まれた万札の束。
彼女は中身を確認すると、枚数を数えることはせずに立ち上がった。
「ちょい待ちいな、ゆっくりしてけばええやん」
「・・・・・・紺野を待たせてるんで」
「そない無愛想で人生オモロいかあ?吉澤」
- 7 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時14分45秒
雇い主は缶ビール片手にチビリチビリとやりながら、目の前の現金にしか興味のない
彼女をからかう。口は悪いがいつもの軽い挨拶だから、彼女もさして気にしない。
気にはしないが、かといって気分が良くなるわけでもない。
仕事の後は気分が沈む。
彼女は話を早く切り上げたかった。
「・・・・・・話がないのなら、これで」
「まあ待てて」
平家がCD−ROMを一枚、投げてよこす。
彼女がそれを受け取ると、平家は口元をほんの少し歪めてニヤリと笑った。
- 8 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時15分51秒
「次の依頼や ――― 断ってもええけど。 紺野とでも相談して決めてくれや」
彼女はディスクを不機嫌そうに見つめた。
平家の元で働くようになってから今まで、仕事の依頼を断ったことはない。
それを知っていて「断ってもいい」と言う平家の台詞が、今日に限って少しだけ耳に障り、
普段なら即答するところをわざともったいつけて答える。
「・・・・・・考えておきます」
「明後日までに返事くれ」
そう言った平家の顔は、既にビジネスマンのそれになっていた。
ただし、そこにはいつも血なまぐさい香りがつきまとう。
彼女のような連中を手元に集め、どこからか取ってくる後ろ暗い依頼を
それぞれに振り分けては、間で莫大な手数料を掠め取る。
それが、彼女の雇い主 ――― 平家みちよの仕事だった。
- 9 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時17分04秒
相棒はディスプレイを前にうつらうつらしていた。
音をたてないように彼女は部屋のクローゼットを開けると、まるでゴミでも捨てるように
バッグをその中へ投げ込む。
溢れかえっている似たようなバッグや紙袋 ――― 当然万札が中に詰まっている ―――
のせいでスペースは殆どない。
そろそろ根城の替え時かと思いながら、彼女は着替えを取り出して気配を消したまま
シャワールームへと向かった。
――― 血の匂いが鼻につく。 返り血など、一滴も浴びてはいないのに。
一仕事終えた後のちょっとした儀式。
全ての皮膚を剥かんばかりの勢いで身体中を洗うけれど、それは身についたまま
決して離れようとしない。白い泡たちまでもがどす黒い紅に染まっていくようで、
彼女は毎回己の黒さと醜さ、そしてやり場のない怒りを感じる。
こうやってしか生きる術を持たない自分に対して。
- 10 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時17分42秒
バスルームから出ると、紺野が烏龍茶を用意して待っていた。
彼女は酒や煙草を嗜まない。思考能力、運動能力がてきめんに落ちるから。
ストイックなまでの自己節制が、彼女を彼女たらしめている。
「お疲れさまでした・・・・・・平家さん、何か言ってました?」
彼女はそれに答えず、グラスを手に取って烏龍茶を一気に飲み干すと、黙ったまま
平家から受け取ったCD−ROMを紺野に手渡した。
「もう次の仕事ですか? 働きすぎると身体に毒ですよ」
軽口を叩きながら紺野はディスクをPCに突っ込む。
いくつかのロックを紺野が手馴れた手つきで解除していくと、依頼の内容と
依頼人の個人情報がディスプレイ一杯に表示される。
彼女はソファに身体を投げ出し、何も言わずにその様子をじっと見つめていた。
事務所のクスリを持ち逃げしたチンピラの後始末などではないことだけを祈って。
- 11 名前:エピローグ 投稿日:2002年10月21日(月)00時18分53秒
「どうします? 受けますか?」
紺野が振り返る。 断る理由もない。
彼女は頷き、そしてようやく口を開いた。
「・・・・・・内容は?」
「ガード、ですね。3日後から一週間。あんまり血の匂いはしなさそうですよ ―――
吉澤さんにはつまらない仕事かもしれませんが」
紺野の皮肉には気づかないふりをする。
ここのところつまらない血を浴びる仕事が続いていた。
どんなクズが相手でも、『殺す』という行為には憂鬱さがつきまとう。
そして、その後で必ず自分の呪われた過去と向き合わなければならないことと、
その虚しさ加減を彼女は知っていた。
リハビリには、ちょうどいい。
「明日中に平家さんに連絡しといて。明後日クライアントに会えるように」
「わかりました」
- 12 名前: 投稿日:2002年10月21日(月)00時19分58秒
- 今日はここまで。
- 13 名前: 投稿日:2002年10月21日(月)00時22分22秒
- エピローグじゃねえよ!プロローグだよ!何考えてんだ自分!
- 14 名前: 投稿日:2002年10月21日(月)00時24分38秒
- ・・・・・・いや1レス目で気づいたんだけれども後の祭りでそのまま押し切っちゃえーって。
ああ前途多難な予感。
- 15 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月23日(水)10時24分35秒
- よしこんって珍しい組み合わせですよね。
今後の展開が楽しみです。
>エピローグじゃねえよ!プロローグだよ!
知ってて演出的にやってるのかと思ってた(w;
- 16 名前:名無し読者。 投稿日:2002年10月24日(木)18時45分51秒
- なんか面白そう!
続き、楽しみに待ってます。
- 17 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時11分46秒
――― 20XX年、辿りつくべき場所を探す彼女の物語。
- 18 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時12分21秒
戦いを求めるカラダ、安息を求めるココロ。
きっとそれは彼女の中で矛盾しない。
- 19 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時13分11秒
目深に被った帽子、色の濃いサングラス。
大きめの長袖TシャツとインディゴブルーのGパンは、待ち合わせ場所にはあまりに
不似合いで、彼女は最初、その人物が依頼人であることに気づかなかった。
彼女もまた、Gパンにジャケットをはおっただけのラフな格好ではあったのだが。
「・・・・・・吉澤さんですか?」
読み流していた英字新聞越しに見えた顔は、確かに平家から預かったディスクのデータと
一緒だった。 多分彼女と同世代の人間なら、皆一度は何かしらのメディアで見知って
いる顔 ――― 先日突如引退宣言を発表した、トップアイドル高橋愛。
高橋にとって少々不幸だったのは、彼女が芸能界にまるで興味がなかったこと。
そして、不必要なことをあまり口にしないこともあげられるかもしれない。
- 20 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時14分39秒
彼女は黙ったまま、高橋を値踏みするように上から下へと視線を動かし、手にしていた
新聞を手近なテーブルへポンと放り投げる。
高橋は彼女の仕草に微かな嫌悪を覚えたものの、芸能人の習性でそれを表情に出すことは
決してしない。
「あ、ひょっとして人違いでした?・・・・・・すいません、待ち合わせしてたものですから」
「・・・・・・いや」
ようやく彼女が口を開いた。
その尊大な口調に、ほんのわずか高橋の眉が動く。
「たぶん合ってるよ ――― 高橋さん」
一分の隙もなくスーツを着こなしているビジネスマン、昼下がりの会話を楽しむ上流婦人。
そんな人々が、この場所には不釣合いな彼女たちを好奇の目で眺めながら通り過ぎる。
都内某高級ホテルロビー。
彼女たちの初対面は、高橋にとって「最悪」の一言で表すことができるものだった。
- 21 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時15分42秒
――― 30分後、二人は待ち合わせのホテルから少し離れたファミレスの一番奥の席で
向かい合う。
オーダーを入れる店員、学校サボリの学生たち、携帯で商談を進めるサラリーマン。
喧騒の中で二人の席だけが奇妙な沈黙を保っているが、誰もそちらに注意を払う者はいない。
安いコーヒーをすすりながら何も喋らずこちらを見つめる彼女に、高橋の頭の中で
不安と恐怖と好奇心とがぐしゃぐしゃになって入り混じる。
最初の挨拶からここに来るまで、何せ一言も口を開かない。 無愛想にも程がある。
年齢も自分とそんなに変わらなさそうなこの人が、ボディガードなんてできるんだろうか。
そのくせ追いかけて歩いてきた背中は妙に大きく感じられて、不思議なほどの安心感を
与えてくれる。
どんな生活を送ればこんな雰囲気が身につくんだろう。
業界にいてたくさんの人と出会ったけど、こんな人一人もいなかった。
高橋もまた、何も言えずに目の前の人物を見つめていた。
- 22 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時16分55秒
「心当たり、あるの?」
「・・・・・・え?」
唐突な質問が高橋の思考を中断させる。
主語も目的語もないその問いに、高橋は目をぱちくりさせる。
彼女は相変わらずコーヒーをすすりながら高橋の顔を見つめていた。
「狙われる心当たり。 でなきゃ普通はガードなんて頼まない。 しかもこんなうさんくさい奴に。
きみくらいの有名人なら、警察か事務所に頼めばなんとかしてくれるもんでしょ」
「・・・・・・それがわからないからお願いしてるんです。
相手がわかってないと守れないようなボディガードを依頼した覚えはありませんが?」
- 23 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時18分15秒
自分よりはるかに歳上の人間がゴロゴロいる芸能界でトップをはるだけあって、高橋の
頭の回転も速かった。 彼女の無礼な態度に、皮肉を交えて切り返す。
それを聞いて、彼女は声をたてずに笑った。
その顔に、高橋は出会った瞬間の不快さを思い出す。
「・・・・・・いいね、気が強い子は好きだよ」
「それはどうも」
「しかしまいったな・・・・・・対策も何もたてられないね、これじゃ」
彼女はおどけたような顔で自分の頭をかく。
その仕草があまりにコドモっぽくて、高橋は少し意外な印象を受ける。
ああ、こんな表情もできるんだ。
第二印象の修正が必要かもしれないと、高橋は思った。
- 24 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時19分11秒
「受けてもらえるんですか?」
「ま、前金貰っちゃってるからね。 仕事はするよ ――― ただ」
「ただ?」
「何の対策もたてらんないから、とりあえず24×7時間、ベッタリひっつくことになると
思うけど、それでもいい?」
高橋は一瞬眉をひそめ、そして見事なまでにその表情を消す。
「・・・・・・構いません。 むしろそうしてもらえたほうが」
「ベッドの中まで一緒だよ?」
少しの間ぽかんとした顔をした後、その言葉の意味するところを理解して
高橋は真っ赤になってうつむいた。
彼女はからかうように笑い、「冗談だよ」というふうに手を振った。
- 25 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)22時20分32秒
「結構純情なんだ」
「知りません!」
「まあいいや、とりあえず引き受けたから。今夜0時から一週間、よろしく」
彼女は意地悪げにもう一度笑うと乱暴に伝票をひっつかんで立ち上がり、高橋が
顔をあげた瞬間には既にレジで会計を済ませていた。
何者なんだろう、あの人。
ヤバい人に頼んじゃったかも。
高橋は店を出る彼女の後姿をぼんやりと眺めながら、明日からの一週間に思いを巡らせる
ことしかできなかった。
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月25日(金)22時22分44秒
- >>17-25
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月25日(金)22時25分32秒
- >>15 そういうくくり方はちょっと・・・・・・。申し訳。
>>16 過度の期待は禁物です。
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月25日(金)22時26分04秒
- それではまた。
- 29 名前:第一章 投稿日:2002年10月30日(水)00時01分26秒
性善説と性悪説、彼女は後者を頑ななまでに信じる。
隠し事と裏切りだけがこの世を形づくってる。
- 30 名前:第一章 投稿日:2002年10月30日(水)00時02分59秒
「・・・・・・ギャラはいつもどおりで。 ・・・・・・そう、とりあえずすぐわかること全部。
平家さんの資料だけじゃちょっとわからないトコあってっつーか全然足んないから。
・・・・・・うるさいな、それを調べるのがお前の仕事だろ?
あ?サインくれ? ・・・・・・わかったよ、仕事が終わったら貰っといてやっから。
六時までに紺野の方に伝えといて、んじゃよろしく」
とびきり怪しい依頼人だった。
ボディガードの依頼は、大概の場合依頼人にきちんとした襲われる理由がある。
理由があるはずなのに、高橋はそれを決して口にしない。
表向きは「引退に反対する狂信的なファンから身を守る為」だけれど、脅迫状が
届いたとかの報告もなければ届きそうな気配もない。
まっとうな仕事をしている警備会社なんていくらでもある。 ただの警護ならそっちに
頼めばいいことなのに、なぜわざわざ平家を通じて依頼してきたのかもわからない。
可愛い顔して大した食わせもんだね、あれは。
彼女は携帯を切ると、事務所ではなく平家の元へと足を向けた。
- 31 名前:第一章 投稿日:2002年10月30日(水)00時03分43秒
「来ると思っとったわ」
突然の訪問者にも驚きもせず、平家は相変わらずの軽い口調でそう言った。
その向かい側には、こちらもいつものように不機嫌な表情を隠さないでいる彼女。
用件は互いに口にしない。 言わなくてもわかること。
平家は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、昼間だというのにチビチビとやり始めた。
「わざと隠しとったわけやないんやけどな」
「・・・・・・どっちでも構わないですけどね。
一応プロですから、危険の種はあらかじめ取っておかないと」
「調べさせとんのやろ?」
「・・・・・・ええ、まあ」
「ならそっちから聞きいな、うちは守秘義務あるさかいな」
「そう言うとは思ってましたけどね」
- 32 名前:第一章 投稿日:2002年10月30日(水)00時05分26秒
彼女はビールのかわりに差し出された麦茶を一口ふくんだ。
それきり、部屋の中を沈黙が支配する。
互いは互いを信用していない。
ただ生きていくために互いを利用しているだけだ。
必要なければ捨てるし捨てられる関係。
彼女にとって平家は効率よく仕事を得るためのただの窓口に過ぎないし、
平家にとっての彼女もまた何人、何十人といる手駒のなかの一人に過ぎない。
時計の針の音が、やけに大きく響いていた。
- 33 名前:第一章 投稿日:2002年10月30日(水)00時06分34秒
「だーっ、そんな身体中から殺気出して睨むなや。
もうちょいあんたも物事軽く考えるクセつけたほうがええで」
平家が緊張に耐え切れず、といった風におどける。
それでも彼女の表情は変わらない。 冷たい眼の底で何かが蒼く光っている。
平家はその様子をみて諦めたようにため息をつくと、僅かに残っていたビールを飲み干した。
「しゃあないなあ、もう」
「何か言う気になりました?」
「あんた、今の仕事やめて取調官やりいな」
「興味ないです ――― それよりも」
「わかっとるって」
- 34 名前:第一章 投稿日:2002年10月30日(水)00時09分20秒
平家が缶を握りつぶして言葉を続ける。
クシャッという音が部屋中に響いた。
「けどな、正味のトコうちもよくわかってないねん」
「・・・・・・」
「・・・・・・コラコラ吉澤、無言で安全装置外すなや」
言葉ほどには平家は彼女を恐れていない。
立ち上がって彼女に背中を向けると、平気な顔で冷蔵庫から二本目のビールを取り出す。
ここで撃っても彼女は得をしない。 平家はそれをわかっている。
「とりあえず言えるのは」
350ml缶から僅かに泡が零れ落ちる。
「あんたの過去に関係はなさそうや、いうことだけや。
ま、頼まれてもあんなトコからの依頼は受けへんけどな」
「・・・・・・そういうことにしときましょうか」
静かに安全装置を元に戻し、そこでようやく彼女は身体の力を抜いた。
- 35 名前:第一章 投稿日:2002年10月30日(水)00時10分33秒
――― CODE:A to CODE:F
目標ニ特ニ変化ナシ、観察ヲ続ケル ―――
――― CODE:F to CODE:A
了解、ソレデハ引キ続キ健闘ヲ祈ル ―――
- 36 名前: 投稿日:2002年10月30日(水)00時13分25秒
- >>29-35
- 37 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時32分47秒
大体が基本的に女という生き物はおしゃべりで、それが話題のつきない若いうちならば
たった二人集まっただけでも騒々しさは並大抵のものではない。
そもそもが彼女が無口すぎるのだ。
――― 事務所のドアを開けた瞬間、彼女は平家の家で元に戻したはずの安全装置を
再び外そうかという衝動に襲われていた。
「あ、お帰りなさーい」
紺野の声もいつもよりオクターブが高い。
こんな仕事をしていると同年代の友人と知り合うこともない。 紺野にとって他人と
出会うということはそれだけで大事件だから、多少のことは大目に見ようと彼女は
いつも思うのだが、このやかましさには閉口する。
事務所のソファには小娘が一人、来客というにはあまりに我が物顔で横になっていた。
- 38 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時33分56秒
客は身体をこちらに向けることもせず、ポテチを口にくわえたまま頭だけを動かして
帰宅した彼女に挨拶する。
「おつかれさまですー、久しぶりですね」
「昼間電話したばっかだろ ――― それよりも」
「そんなに急かさないでくださいよ、あんまり仕事ばっかと過労死しちゃいますよ?」
「大きなお世話。 いいから早くよこせって」
彼女はテーブルを挟んだ向かいのソファに座る。
客はよっと勢いをつけて起き上がると、背もたれの向こうに置いてあったバッグから
一束の書類を取り出した。
彼女はそれを受け取ると、読みながら黙って親指で背中側のクローゼットを指差す。
同時に、客の顔が一気にほころんだ。
「へへ、だから吉澤さん大好きです」
「里沙ちゃんも現金だねー」
紺野が呆れたようにつぶやいた。
- 39 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時34分48秒
彼女はざっと新垣が持ってきた書類に目を通す。
その横ではきっと夕方から延々と続いていたであろうたわいのない雑談が、
飽きることなくまだ続く。
「えー、この映画、なんかつまんなさそう」
「面白かったよー、あたし一回見に行ったもん」
「うそ、いつ?」
「封切り直後」
「なんで誘ってくれなかったのお?」
「え、だってあさ美ちゃん忙しそうだったから」
「そっか・・・・・・あたしの休みが不定期なのがよくないんだよね」
「違うってば、なんでそこでブルー入るかな。 むしろ悪いのは・・・・・・」
新垣が横目で紺野の雇い主の姿を追う。
瞬間、彼女が彼女らしからぬ大きな声で新垣を呼んだ。
「新垣!」
「わっ! あ、あの、えっと、別に吉澤さんが悪いってわけじゃなくてですね、えっと・・・・・・」
- 40 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時37分04秒
彼女が不機嫌な顔で新垣を目の前に座らせる。
その視線の先が手元の書類にあることに気づいて、新垣もまたビジネスの顔つきに戻る。
情報屋。
幅広い人脈とどこへでも潜りこめるフットワークの軽さで、すべての情報を手に入れ、
必要とする人間へ必要に応じた価格で売りさばく。
それがどう使われるかまでは一切関知しないのが情報屋のルール。
そのかわり、見返りさえあればどんな危険な情報でも職人の技で手に入れる。
ここ一年ほどの間で、新垣里沙は誰もが一目置く情報屋として名を売り始めており、
彼女もまた新垣の腕を高く評価する人間の一人だった。
- 41 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時37分56秒
「・・・・・・どういうことだよ、これ。 殆ど何もわかってないじゃん」
「見たまんまですよ、どういうことって言われても。 今日一日だけじゃそれが限界です」
新垣もまた、彼女に負けず劣らずの不機嫌顔になっていた。
職人のプライドは、いつだって空よりも高い。
それをズタズタにされたのだからその表情も当然だった。
「 ――― タダモノじゃないですよ、この女。 あたしの勘ですけど。
業界じゃ本名ってことで通してたみたいだけど、限りなく怪しいです。
それらしい戸籍は見つかったんですけど、何かいじってあるっぽいんですよね。
ひょっとしたら日本人じゃないかも。・・・・・・証拠はないですけど。
でも普通の人間じゃないですよ、絶対」
- 42 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時38分56秒
「地元どこだっけ・・・・・・福井?」
「そうです。 あくまで戸籍上は、ですけど」
「両親は既に死亡、か」
「それもちょっと不自然だったみたいですけどね、地元の人の話だと」
新垣はそう言うと彼女を手招きし、その必要もないのに声を落として耳打ちする。
いつだって本当に重要そうな事は形には残さない。
新垣の記憶の全てを買えるなら何億出してでも、という連中がわんさといる。
「・・・・・・」
「どう思います?」
「・・・・・・面白そうだな」
「でしょ?」
- 43 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時40分19秒
新垣の報告を聞いて少し考えたあと、彼女が口を開いた。
「新垣、お前ちょっと腰すえて調べて来い。 一日だけじゃ無理でも二、三日あれば
なんとかなるだろ? 紺野はその間、東京に出てきてからの足取り追っかけ直して。
あたしは情報待ちながらのんびりガードしてるわ ――― 新垣の報告がホントなら
多分最終日まで何も起こらないだろうしね」
彼女の言葉に、新垣がわざとらしく顔をそらした。
すねた子供のように視線が宙を舞う。
二つ返事で良い答が返ってくるとばかり思っていた彼女は、その仕草に小首をかしげる。
三人の中で紺野だけはその理由がわかっているらしく、全身で笑いをこらえている。
- 44 名前:第一章 投稿日:2002年11月03日(日)18時41分34秒
「そりゃまあ、吉澤さんの頼みですから? やれと言われたらやりますよ? けど・・・・・・」
「けど、なんだよ」
とうとうこらえきれなくなって紺野が噴き出す。
それと同時に、新垣がアメ玉をねだる子供のように両手を彼女へと差し出した。
ようやく理由がわかり、彼女は苦笑いを浮かべてまたクローゼットを指差す。
「ったくしょうがないな、新垣は」
「ほらほら、やっぱりそこはお仕事ですから。 貰えるモノは貰っとかないと」
その答がツボに入ったのか、彼女が久しぶりに声を出して笑った。
そしてそんな彼女をみて紺野は思う。
こうやって笑ってたほうが吉澤さんらしいのに ――― と。
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月03日(日)18時42分45秒
- >>37-44
- 46 名前:LVR 投稿日:2002年11月05日(火)21時55分36秒
- 面白いです。
毎日更新をチェックしてますので、頑張ってください。
- 47 名前:第一章 投稿日:2002年11月09日(土)00時09分21秒
戦いの予感に身が震える。
彼女は自分の内なる声に耳を塞ぎ己の過去を否定するがそれが心の奥底にある本音だと
彼女の身体は知っている ――― イノチノヤリトリガデキル。
- 48 名前:第一章 投稿日:2002年11月09日(土)00時10分10秒
別の意味で彼女は死にそうになっていた。
トップアイドルとはかくも凄まじいスケジュールを消化するものかと、まるで興味が
なかった芸能界の裏側を垣間見た彼女は、芸能人に対する認識を改めていた。
チャラチャラ歌って踊って喋ってるだけかと思ってたけど、こりゃスゴイわ。
TV歌番組収録・レギュラーラジオ番組の録音・コンサートのリハーサル・音楽雑誌の
インタビュー・雑誌連載中のコラムの執筆・バラエティのゲスト出演etc・・・・・・。
これでも引退前で仕事を減らしているというから驚く。
一つの場所に3時間以上いるのはコンサート本番とホテルと自宅で睡眠を取るときだけ
だというから、普段の仕事量たるやハンパなものではない。
新垣に「過労死しますよ」なんてからかわれていた彼女だが、その言葉は高橋にこそ
ふさわしいと彼女はしみじみ感じていた。
- 49 名前:第一章 投稿日:2002年11月09日(土)00時10分58秒
「大丈夫ですか? 疲れてるみたいですけど」
依頼三日目、TV局からTV局への移動の車内。
後部座席、隣に座る彼女を気遣うように高橋が声をかけた。
「大丈夫。 慣れてない種類の疲れってだけだから」
「でも吉澤さんタフな方ですよお。 こないだ新人のマネージャーさんなんか
一日でダウンしちゃいましたから」
「痛いのとかには慣れてるけどね・・・・・・ちょっと芸能人尊敬し始めてるとこ」
彼女はそう言って身体中から力を抜くような仕草を見せる。
心配そうに覗き込む高橋に、彼女は薄笑いを浮かべた。
「あ、心配しないでいいよ。 仕事はするし、襲われてもちゃんと助けたげるから」
- 50 名前:第一章 投稿日:2002年11月09日(土)00時11分42秒
むしろ身体が勝手に動くだろうから、と言ったほうが正しいのかもしれない。
彼女はそういう風に育てられたし、土壇場で何か考えてからじゃないと動けないような
ヤツはプロじゃない。
しかし、「100%に近い確率で何も起きるはずのないボディーガード」という仕事が
これほど精神的に疲れるものだとは、彼女も予想していなかった。
・・・・・・刺激が、欲しい。
一瞬そう考えた自分の思考に、彼女は愕然とする。
三日前まで、あれほどのんびりしたいと思ってたのに?
理性と本能がせめぎあい、理性のほんの隙間から漏れてきた抑えつけたはずの本能。
その醜い感情に彼女の憂鬱はさらに深まった。
- 51 名前:第一章 投稿日:2002年11月09日(土)00時12分39秒
「何か起きれば、こんな疲れはぶっ飛ぶんだけどね・・・・・・」
「・・・・・・襲われた方がいいとでも?」
「いやいや、そうは言ってない」
この三日間、彼女は襲われるどころか怪しい人物が存在するという気配さえ感じていない。
高橋自身も命の危険を感じているようなそぶりは見せず、スタッフたちの話によると
却って普段よりも気分よく仕事に臨んでいる様子だという。
それは引退間際のハイテンションというにはあまりに不自然だった。
――― こりゃ、新垣の読みが当たったかな。
そろそろ新垣から連絡が入る頃だ。 報告次第では紺野に戦闘準備をさせないと。
そう考える彼女の本能は快楽を予感し、理性はますます憂鬱さを深めていく。
「明日からコンサートでしょ? 舞台袖でのんびりしてるさ」
彼女はそれ以上自分と向き合うのが嫌になっていた。
話をそらし、窓の外へ目を向けるとそれきり口をつぐむ。
高橋は何か言いたそうに彼女を睨みつけていたが、諦めたのか目を閉じて眠りに入る。
夜の東京を、黒塗りのキャデラックが走り抜けていった。
- 52 名前:第一章 投稿日:2002年11月09日(土)00時15分27秒
全ての仕事を終え、彼女と高橋はホテルへと戻る。
時計の針は午前0時。
労働基準法など糞食らえの毎日では、いくら若くてもココロもカラダもすり減るばかり。
いつものように高橋は部屋のドアを開けるなりベッドに倒れこんで眠りについた。
高橋の眠りが深いことを確かめると、彼女は携帯を握りしめ音を立てずに部屋を出る。
収録中に、新垣からの連絡が入っていた。
着信履歴を呼び出してコールバックすると、一仕事終えた後の満足したような声が
電波に乗って聞こえてくる。
『あ、吉澤さん? やっぱ当たりでした』
彼女は軽くため息をつき、戦いが不可避であることを理解する。
- 53 名前:第一章 投稿日:2002年11月09日(土)00時16分21秒
「・・・・・・紺野には伝えてある?」
『もちろん』
「じゃ、詳細はそっちから聞く。 公安は動いてんの?」
『それだけハッキリわかんなかったんですけど、見た限りその気配はないです・・・・・・
気づいてないってことはないと思うんですけどね』
「・・・・・・」
『どうしました?』
「・・・・・・いや、何でもない。お疲れ」
続いて紺野を呼び出す。
身体の奥底で昂ぶってくる血の疼きに、彼女は自分で気づかないふりをする。
「・・・・・・うん、今電話で話した。 今回は紺野にもちょっと働いてもらうから。
とりあえず今から言うモノ持ってココに来て ―――」
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月09日(土)00時17分46秒
- >>47-53
- 55 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月09日(土)00時19分26秒
- >>46
がんばってみます。毎日更新はさすがに無理ですけど。
- 56 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月09日(土)01時37分36秒
- 先が読めない…。
紺野さんがどんな働きをするのか楽しみです。
- 57 名前:第一章 投稿日:2002年11月14日(木)21時04分24秒
正義の味方なんかじゃない。 だから、誰が死のうと構わない。
ただ、自分をハメようとした連中にはそれなりの報復を。
・・・・・・嘘。 ただ血が血を求めるだけ。 そして彼女にスイッチが入る。
- 58 名前:第一章 投稿日:2002年11月14日(木)21時05分01秒
昼夜二回まわしを四日間ぶっ続け。
最後の一儲けを企む事務所が悪いのか、それとも高値のチケットを買うファンが悪いのか。
ファイナルライブは当然のごとく全ての公演がソールドアウトで、チケット強盗なんかの
ニュースが日々ワイドショーのトップを飾る。
最終日のチケット価格は天文学的な数字を記録し、ネット上のオークションや会場近くの
ダフ屋では密かに史上最高値の記録を日に日に更新しながら、高橋の最後のツアーが
始まっていた。
そして観客もスタッフもメディアも誰も彼もがそこで起きるはずの惨劇を
予想できるはずもない。
新垣が取ってきた情報 ――― 極左系キ印集団の国内テロ計画と高橋愛の素顔、そして
その二人の間を取り持った某国不審船団の経路に、一ヶ所を破壊するだけにしては
お釣りがくるほどの火薬の取引情報。
- 59 名前:第一章 投稿日:2002年11月14日(木)21時05分54秒
彼女は海辺に作られた特設ステージの舞台袖で高橋のリハーサルを眺めながら、
新垣と紺野の報告から導き出した結論を頭の中で反芻する。
やらかすのは、最終日最終公演アンコール直後。
標的は会場に五万人はいるであろう一般市民。
目的達成後はそのまま海上に脱出、国外亡命。
見せかけの犯人は某国工作員もしくは狂信的な高橋ファン ――― ということに
されているであろう自分。 自分には戸籍がないことから、恐らくは前者だろうと
彼女は考える。 今回の依頼、要は身代わりとして雇われたと彼女は気づいていた。
自爆テロに見せかけた大量殺戮まで、あと三日。
生温い潮風が彼女の頬を撫でていく。
- 60 名前:第一章 投稿日:2002年11月14日(木)21時07分12秒
「紺野、お前ならどこ狙う?」
コンサートも一日目、二日目を無事に終える。
彼女は宿泊しているホテルのロビーに紺野を呼び、真夜中の密談を繰り広げていた。
テーマはいわずもがな。 この仕事、ナメられたら終わりなのだ。
狙うのは相手の裏。 それもできるだけ痛快に、そして思い切り嘲り笑うように。
紺野もそれがわかっているから、交わす言葉は少なくて済む。
「会場以外に、ってことですよね。
本気で戦争起こしたいなら、交通系と通信系のインフラを何ヶ所か同時に。 あと皇居。
混乱させたいだけなら新宿とか渋谷とか池袋とか、人の集まるところ ――― それに
したってたくさんありますけど。 見た目の派手さだけなら都庁とか東京タワーとか
国会議事堂とか、こっちもまあたくさんありますね」
「やっぱ爆破系だと思う?」
「・・・・・・そうですね、一番手っ取り早いですし、マーケットでもちょっとした量の火薬が
動いたっていう報告がありましたし。 でも ――― 」
「でも?」
- 61 名前:第一章 投稿日:2002年11月14日(木)21時08分40秒
「自爆系だとちょっと手の打ちようがないですよ。 時限装置とかなら解除できますけど、
人間魚雷みたいなカミカゼだけは止めようがないですから」
「そこは賭けだよなあ」
彼女は天井を睨む。
理性と本能のせめぎあいに悩んでいた表情は既に消え、戦いだけを求める瞳が宙を彷徨う。
「ただ、大金注ぎこんで育て上げた工作員をむざむざ自爆させるとは考えづらいんですよね」
「・・・・・・そうだな、勝負してみるか。 あたしのクルマ使っていいから」
「じゃ、当日の夕方くらいから一気に終わらせるようにします」
「場所の見当つけるのはとりあえず紺野に任せるわ。 外れても別にどってことないし。
人数はお前一人で大丈夫?」
「楽勝ですよ。 それより、会場のほうはどうします?」
彼女がニヤリと笑う。 その絶対零度の微笑に、紺野の背筋が凍りつく。
「爆破させるさ。 一ヶ所くらい成功させてやんないと向こうが調子に乗らないだろ。
別に観客からギャラ貰ってるわけじゃないしね。 逆にその後まとめてぶっ叩くこと
考えたら、そこだけは成功してくれないと困るからな」
――― 高橋引退まであと二日。
- 62 名前:第一章 投稿日:2002年11月14日(木)21時09分29秒
――― CODE:F to CODE:A
明日夕刻ヨリ予定ドオリ作戦決行 ―――
――― CODE:A to CODE:F
了解、今回接触ノ恐レアリ、十分ニ注意サレタシ ―――
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月14日(木)21時11分13秒
- >>57-62
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月14日(木)21時13分29秒
- 更新短すぎ。
>>56
こんな感じで働きます。
- 65 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)01時36分08秒
- これが真実かどうかは知りませんが、ようやく輪郭が見えてきましたね。
紺野さんの働き、納得しました。
- 66 名前:名無し 投稿日:2002年11月19日(火)21時55分56秒
- この手法の小説は読んだ事が無かったので正直やられた感があります。
5期メンの役どころが絶妙なので彼女の登場にも期待してしまいます。
素直に面白いです。頑張って下さい。
- 67 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)22時49分43秒
午後四時三十分。
最後の昼公演が終わり、客の入れ替えが始まる。
高橋は楽屋で一息つきながら最後のステージに思いを馳せ、彼女は少し離れたところで
予想される事態にテンションを高めていく。
彼女の読みどおりなら、四時間半後には都内で大規模な花火が上がる ――― 恐らくは
三桁を超えるだろう死者つきで。
しっかしまあとんでもないこと考えつくよ。
彼女は高橋を冷たい眼で見つめる。 鏡越しのその視線に気づいた高橋は、小首をかしげて
振り返る。 その仕草にファンが騙されるのも無理はない、と彼女は内心舌を巻く。
「どうしたんですか? 怖い顔して」
「いや、今日で最後だからさ。 気合入れ直してただけ」
よく言うよ、仔猫ちゃん。
- 68 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)22時51分10秒
「ビーンゴ」
同時刻、東京タワー。 塔の中央部、展望台の女子トイレ。
使用中止の札が下がった個室の内側、見るからに怪しい包みが一つ。
「もうちょっとセンスいい場所に仕掛ければいいのに・・・・・・」
爆発すればタワーの上半分が間違いなく吹っ飛ぶ量の火薬を目にしても、
決してひるむことはない。
紺野は手早く包みを解き、迷うことなく解体に取りかかった。
その熟練の職人の手捌きは相棒が徹底的に仕込んでくれたもの。
五分もかからないうちに包みはただの火薬へと成り下がる。
札さえ外しておけば誰かが見つけて通報するだろう。
紺野は地上に戻ると、そのまま向かいのビルの屋上へと潜りこむ。
「あれだけじゃつまんないですからね」
紺野の読みでは、あと二ヶ所。 都庁周辺と議事堂周辺。 時間は残されていないのに、
わかっているのかいないのか、紺野はのんびりと遊んでいる。
- 69 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)22時52分57秒
午後八時三十分。
コンサートも中盤を迎え、客席はこれ以上ない熱気に包まれる。
特効の花火がステージを彩り、その中で高橋が王者の風格で凛と歌う。
彼女は舞台袖から観客席を見つめ、そろそろ来るはずと身体をほぐす。
シナリオでは、彼女を爆弾テロの犯人にする予定なのだ。
爆発後も彼女が生き残っているようでは都合が悪い。
ステージ中に何か動きがあるだろうと、彼女は予想していた。
静かに歌い上げるバラードセクションが終わり、ここからアンコールまでは
アップテンポな曲が続く。
その曲の合間のMC中 ――― 彼女は背中にひんやりとしたモノを押し付けられた。
・・・・・・来た。
「ついてこい」
他のスタッフには聴こえないくらいの小さな低くくぐもった声が、彼女の精神を
快感に昂ぶらせた。
- 70 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)22時54分45秒
同時刻。
「あっちゃ、間に合わないかなあ」
紺野は東京都庁の前へと来ていた。
議事堂の方は既に解除し終えたものの、目の前の建物の馬鹿げた高さに憂鬱になる。
これでは探すだけでも一苦労だ。 仕掛けられている爆弾が一つだとも限らない。
「・・・・・・低いとこにあるのを祈るしかないか」
爆発のエネルギーは上と横へ広がる。
大きな被害を与えるなら、土台にも近い低層階に仕掛けるのが最も効果的ではあるのだが、
なんせ高さだけではなく面積も無闇に広い。
「ま、頑張ってみますか」
紺野は一つため息をつくと、都庁内部へと侵入した。
- 71 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)22時56分11秒
午後八時四十分。
使われていない楽屋で対峙する身元不明の二人組、そして彼女。
まったく惚れ惚れするね。
無駄なことは一切口にしないその態度。
靴音を立てない足さばき。
野生の猫のような身のこなし。
警戒を怠らないその視線。
そして何より全身にはりめぐらされた殺気と、決して取れることのない身体に染み付いた血の匂い。
彼らが彼女たちの業界で「プロ」という言葉で呼ばれる人種であることを、彼女は
痛いほどに理解している。
- 72 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)22時57分32秒
「で、御用は?」
彼女はおどけてそう訊いた。
そんなことは訊かずともわかっているのに、戦いの匂いが漂ってくると妙にハイテンションに
なるのが自分でもわかる。
出入口側に一人、彼女の正面に一人。 男たちは縦に並び、彼女の動きを牽制する。
今さら理性などものの役にも立ちはしない。
身体の奥底が、普段は封じ込めたいと願っている野獣の血が、目の前の二人を殺せと叫ぶ。
あたしの望みを叶えてくれる者。
その予感が彼女を一層昂ぶらせる。
- 73 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)22時58分41秒
戦って戦って、死力を尽くして戦いぬいた挙句にそれでも力及ばず殺されたい ―――
それもできるだけ惨めに無様に嘲笑われるように。
それこそが、彼女が手にかけてきた人々への鎮魂歌。
それでこそ彼女は理性という苦しみから解き放たれると信じている。
――― 彼女の望みを叶えた者、未だゼロ。
- 74 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)23時01分37秒
平然とした彼女の態度に、男たちは微かに戸惑いの色を見せる。
その隙を彼女は見逃さない。
足元のパイプ椅子を蹴り上げると同時に懐のホルスターから銃を抜く。
サイレンサーと椅子が転がる音で消された銃声の直後、手前の男は眉間に小さな穴を
開けてどう、と倒れた。
出入口側の男も彼女の瞬時に反応して銃を抜く。
適当に撃ってるんじゃないかと思うくらい乱暴に男が撃ち出す弾丸は、しかし
彼女が一秒前に存在した地点を正確に撃ち抜いていく。
やるじゃん。 けど、まだまだ甘いね。
所詮二十代入ってからの教育なんてそんなもんか。
彼女は狭い部屋の中を不規則に飛び、動き回る。
跳弾が耳横を通り過ぎるたびにえもいわれぬスリルと興奮を感じ、彼女の動きは
ますます速くなる。
やがて男がそのスピードについていくのにも限界が近づき、焦りと恐怖の表情が男の顔に
浮かぶ頃 ――― 彼女は男のこめかみに銃をつきつけた。
「バイバイ」
男が最後に見たのは、快楽のあまり歪んだ彼女の笑顔。
- 75 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)23時03分53秒
そして暗闇に華が咲く。
冥い紅に彩られた、美しくも醜い華が咲く。
原料は、愚かにも彼女に立ち向かった者たちの血。
その美しさは散りゆく命の儚さ故。
そしてその醜さは奪う者の良心の痛み故。
目の前を覆い尽くす赤いフィルターが徐々に消えると同時に彼女は理性を取り戻し、
抱え切れない後悔と共に彼女の中のスイッチが切れる。
死ねなかった後悔。
殺してしまった後悔。
彼女はその場に立ち尽くす。
- 76 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)23時04分40秒
また、死ねなかった。
マタ、殺スコトガデキタ、ダロ?
違う。あたしはこんなこと望んじゃいない。
嘘ツキ。ナラ何故アンナニ楽シソウニ戦ウ? 何故爆破サセロナンテ軽ク言エル?
身体が勝手に動くだけ。 忘れたい過去に縛られてるだけ。
ナラバ忘レレバイイ。 時給八百円デ働クふりーたーニデモナレバイイ。
そんなことできない。あたしが殺してしまった人たちが、それを望んでるとは思えない。
ソンナコトシタクナイ、ダロ? アタシハ戦イヲ求メテル、ト何故認メナイ?
血ヲ見ルノガ好キダト。人ヲ殺メルノガ好キダト。限リナイ歓ビヲ感ジルト何故認メナイ?
「ああああああああああああっっ!!!!!!!!!!」
自分の叫びが彼女を我へ返らせる。
気がつけばシャツは汗で湿り、握り締めた拳から血が滲んでいた。
- 77 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)23時05分19秒
大きくため息をつく。
どれくらいそうしていたのだろう。
彼女が時計を見上げると同時に、ステージの方からひときわ大きな歓声が上がる。
そしてその声が、まだ残された仕事があると彼女に告げているようで、素に返った彼女の
心を深く深く沈ませる。
仕事は最後まで。
彼女は自分に言い聞かせるように呟き、楽屋のドアを開けてステージへと向かう。
今日、これからさらに襲いかかってくるであろう憂鬱に向き合うために。
- 78 名前:第一章 投稿日:2002年11月20日(水)23時05分57秒
- >>67-77
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月20日(水)23時10分32秒
- レス多謝。
>>65 納得していただけたでしょうか。
>>66 実は五期の○○は××で△△が□□だったりするのです。ネタバレにつき一部伏字。
- 80 名前:スレ隠しのための次回予告 投稿日:2002年11月20日(水)23時15分13秒
- 吉澤と高橋は、紺野のある重大な秘密を知ってしまった。
三人の人生を揺るがすような、その秘密とは一体―……!!
次回! 『紺野=変温動物』
はたして紺野は魚類・両生類・爬虫類のどれだっ?!?!
…っていうかそんな秘密ドコで知ったんだー!!
ttp://ikinari.pinky.ne.jp/より転載
・・・・・変温動物はむしろ後(略
- 81 名前:リエット 投稿日:2002年11月21日(木)00時57分49秒
- これから一体どうなるのか・・・・・・。
次回に、予想外の展開がありそう。
だって、次回予告が(w
- 82 名前:名無し 投稿日:2002年11月21日(木)13時57分35秒
- やっぱりね。五期の○○は××で△△が□□だと思ってたよ。ネタバレにつき一部伏字。
更新お疲れ様です。次回も楽しみです。
- 83 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時28分36秒
午後九時三十分。
三度目のアンコールを終えた高橋が、舞台袖へと戻ってくる。
綺麗な瞳に涙を浮かべ、その細い両手に花束を抱え、いかにも名残惜しそうに。
袖で眺める彼女は知っている。
それは高橋の一世一代の大芝居であり、心の底では冷たく笑っていることを。
その証拠に彼女の姿を見つけた高橋の表情が、誰の目にもわかるほどに凍りついていく。
なぜそこにあなたが?
一瞬で乾ききった瞳が、無言のまま彼女に問いかけてきた。
彼女はそれには答えない。
客席と高橋の両方に目を向けながら、油断なく次の事態に身を備える。
そして高橋が完全に袖に消えた瞬間 ――― 腹の底に響く轟音と甲高い悲鳴が響きわたり、
人間の皮膚が焼ける匂いと黒い煙が会場中を覆いつくした。
- 84 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時29分34秒
爆風に吹っ飛ばされながらも彼女は高橋を見失わなかった。
すかさず立ち上がって高橋の手を引き無理矢理立ち上がらせると、一目散に出口へ
向かって走る。 次々と誘爆されていく複数の爆弾が会場を粉々に破壊していく音を
背中に聞きながら。
警備員と消防の群れを逆行して進むのにはかなり手間取ったが、それでも二分も
かからずに辿りつく。
出口で二人を待ちうけていたのは、彼女の頼もしい相棒。
後部座席に高橋を放り込むように押し込むと、彼女も隣へと飛び込む。
同時に紺野がアクセルを吹かし、派手なスピンターンを決めると車は夜の闇へと消えていく。
彼女は車の中で息を整えながら、首の後ろで微かに爆死した人たちの怨念に
呼び止められているような気がしていた。
- 85 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時30分28秒
「そっちはどうだったよ」
「とりあえず三ヶ所は解体しました。 まだあるかなって思ってたけどニュースじゃ
報道されてないんで、多分それで全部かと。 御丁寧に全部九時半にセットして
ありましたから。あ、あとちょっと悪戯しておきました」
「上出来、ご苦労さん」
「これからどうします? 一応海沿い走ってますけど」
「それは彼女に訊いて」
そこまでの会話に、高橋は呆然として二人を見比べていた。
仕掛けた悪戯を見破られ、逆に仕掛け返された子供のように。
紺野はその表情をバックミラーで確認するとしてやったりの表情を浮かべ、
彼女は何の興味もない、といった風に窓の外に目をやった。
- 86 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時31分53秒
会場周辺の混雑を抜け、車はゆっくりと夜の街をひた走る。
「・・・・・・どこまで知ってたの? いつから知ってたの?」
表情も声色も造る余裕のないまま、高橋が彼女に尋ねる。
彼女は視線を戻すことなく面倒そうに口を開く。
「そうだな、とりあえずきみの本当の名前から日本に来た時期と理由、それから
今日これから横浜港へ向かいたいんだろうってことくらいまでは」
「信じられない・・・・・・五年間、誰にもばれずにここまで来たのに・・・・・・」
「腕のいい情報屋がいるもんでね ――― そいつでも調べるのに丸三日かかったんだから、
そこは自慢していい」
彼女はよっと声を出して座り直すと、そこでようやく高橋に視線を向けた。
「しかしアイドルが工作員だったなんて思いもよらなかったよ、ソン=ソニンさん」
- 87 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時33分08秒
その言葉を聞いて、高橋 ――― ソン=ソニンは力が抜けたように座席に身体を沈めた。
今度はソニンの視線が窓の外へと向く。 それは既にトップアイドルとしての光を失い、
捕虜になった絶望感で虚ろになっていた。
彼女はそれを見て紺野に顎で合図する。 紺野は軽く頷くと、運転しながら誰に話しかける
でもないように訥々と語りだした。
「五年前に来日、北陸でつつましやかに暮らしてた一家をさらってそこの家族に
なりすましてから福井へ引っ越し、と。 途中で両親役が死んでるのは仲間割れですか? そのへんは正直どうでもいいですけどね。 本来の目的は日本人を何人か拉致して
あなたの祖国へ連れてくことだったんでしょうけど、福井のクラスメイトが応募した
オーディションに受かっちゃったもんで、そのまま上京・・・・・・ま、福井より東京の方が
人も多いですし他人にも興味ないから仕事もしやすいと考えたのではないかと」
- 88 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時34分13秒
「で、芸能界に入ってみたらあれよあれよという間に人気が出て、ならばこの立場を
利用してやろうっていう同胞が現れた、と。 大まかな流れはこんな感じでいいんですかね?」
ソニンは外を眺めたまま微かに頷く。
「で、いちばん不思議なのがなんで平家さんと連絡がついたのか、ってことなんですけど。
あの人、確かに人脈は広いけど政治的なことにはあんまり関わらないんですよ。
どうやったんですか?」
「・・・・・・一緒に行動してた日本の左翼のグループがあって・・・・・・そこにいた人が
勧めてきた・・・・・・平家っていうやつに頼めばいいのを紹介してくれるぞって・・・・・・
そいつは裏切者で直前になって逃げちゃったけど・・・・・・」
- 89 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時34分57秒
「・・・・・・そいつの名前は?」
「イイダって言ってた」
その名を聞いた瞬間彼女の身体が引き締まる。
黙っていても汗が流れ鼓動は早くなり、勝手に身体が戦闘態勢に入ってしまう。
同時に、彼女たちの行動よりもさらに裏で描かれていたであろう絵が
彼女の脳裏にはっきりと思い浮かび、あの日の新垣の報告が思い出される。
『当局が気づいてないってこと、ないと思うんですけどね』
・・・・・・やっぱ来たか。 たぶんあたしが絡んでることも気づいてるだろうな。
ったく、平家さんも適当なこと言って。
何が関係あらへん、だよ。 バリバリ絡んできてるじゃんか。
「紺野、横浜港。十二時には絶対間に合わせろ」
「了解です・・・・・・けどその前に」
「?」
「窓の外、見てください」
午後十時、紺野の悪戯が実を結ぶ。
永田町・新宿・芝公園の方向から三発、特大の花火が同時に上がった。
- 90 名前:第一章 投稿日:2002年11月24日(日)19時37分22秒
奴らは基本的に、事件が起きるまでは手を出さない。
だから不穏分子を見つけたら、さりげなくそそのかして罪を犯させる。
それを手ぐすね引いて待っている。 その気になれば奴らだけで一個師団殲滅可能なくせに。
「ねえ、ちょっと! 十二時に何があるの? あたし何か変なこと言った?」
突然態度が変わった彼女を見て、ソニンが不安そうに彼女の腕にしがみつく。
まるで捕虜が命乞いをするかのように。
「・・・・・・そうだよね、あたしを警察とか公安に売り飛ばせば金一封だもんね」
拗ねたように諦めの表情を見せるソニンに、彼女はいつもの不機嫌な表情で答えた。
銃の中の残弾を確かめながら。
「そんなことはしない・・・・・・仕事は仕事。 爆弾解体は、あたしをハメようとしたから。
ただそれだけ。 貰った金の分の仕事はしないと、今後の営業に関わるからね」
「仕事?」
「今日の十二時までが契約期間ってこと、忘れてません? 」
紺野が悪戯っぽく笑った。
「それまでは吉澤さんはボディガードですよ、あなたの」
- 91 名前: 投稿日:2002年11月24日(日)19時38分14秒
- >>83-90
- 92 名前: 投稿日:2002年11月24日(日)19時39分50秒
- >>81 予想は当たってたでしょうか。
>>82 あら、バレてましたか。修行して出直してきます。
- 93 名前:懲りずに次回予告 投稿日:2002年11月24日(日)19時42分56秒
- 可愛くてみんなに愛されている赤ずきん紺野。
今日はお母さんに頼まれ、森の向こうに住んでいるおばあちゃん平家の家までお使いです。
赤ずきん紺野が森を一人で歩いていると、悪賢い狼新垣が現れました。
「クスクス、きみ凄く可愛いね。どこまで行くの?」
なんと狼は赤ずきん紺野をナンパしはじめたのです!
はたしておばあちゃん平家は赤ずきん紺野を助けることができるのか!?
次回、『襲われるくらいなら襲ってやる!!』爆笑オンエア、乞うご期待!
あと一回か二回で一章終わります。終わったらちょっとの間充電します。
- 94 名前:リエット 投稿日:2002年11月24日(日)21時50分44秒
- 名前が出てきて始めて正体を知りました(w
一章も終わりに近づいているようですが、謎が増えた気がします。
- 95 名前:名無し 投稿日:2002年11月25日(月)12時37分55秒
- 一つだけわかったのは次回に彼女が出るってことだけ
- 96 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時00分07秒
午後十一時四十分。
人気の無くなった横浜港倉庫地帯に止まっている車が一台。
彼女は二人を車に残し、ソニンから聞いた合流予定地点へと斥候に出る。
ソニンは暗闇に沈むように消えていく彼女の後姿を見ながら、紺野に尋ねた。
「あの人、いつもあんな感じなの?」
クールでタフで、意地悪かと思えば子供っぽい表情も見せる。
そして何より、自分を殺そうとした連中の仲間を「仕事だから」と平気な顔で守るかと
思えば、何の罪もない、助けられたはずの多くの人間を見殺しにする。
ソニンにとって彼女は、あまりに掴み所が無い人間と言えた。
- 97 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時04分11秒
「『仕事』の一言で何でも片付けられちゃうものなの? 自分が死ぬ ――― っていうか
もう殺されかけてるのに、なんでその仲間を守ろうとするの?」
「・・・・・・なんででしょうね」
紺野は前を向いたまま応じる。
闇は深く、ヘッドライトを消すと何も視界に入らない。
「・・・・・・たぶん、誰も信用してないからじゃないですかね ――― 自分自身の感情さえも。
自分自身の拠り所がないから、せめて交わした契約を守ることで自分を確かめてる気がします。
ま、ただの私の想像だし、それが正しいかどうかもわからないし、
人間の感情や行動や理由なんて、一言で言い表せるようなものでもないですけれど」
「・・・・・・そうだね。 けど、それってなんか哀しくない?
あなたも信用されてないってことでしょ?」
紺野が小さく肩をすくめた。
「そうですね。 けど、私は気にしてないですから。
それに・・・・・・昔に色々あったみたいですしね、吉澤さん」
それきり二人とも黙ってしまった。
車の中に静寂が流れしばらくしてから、コンコン、とサイドウインドーを叩く音がした。
「・・・・・・もう来てる。 行くよ。 紺野はここで待ってて」
- 98 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時06分09秒
午後十一時五十五分。
暗闇の中に、小型のモーターボートのエンジン音だけが微かに響いていた。
恐らくはこれで沖合まで出てから本船に乗り換えるのだろう。
彼女に負けず劣らず無愛想な顔をした女が一人、ハンドルを握ったまま前を向いて立っていた。
「・・・・・・ありがとうございました」
ソニンはそれだけ言い残して、ボートへと飛び移った。
もっと何かを伝えたかったような気もするが、ソニンのなかでそれは言葉にならなかった。
彼女は少しだけ唇を歪め、彼女なりの別れの挨拶を済ませる。
女は二言三言ソニンに話しかけると、ボートをゆっくりと動かし始めた。
ボートが闇に飲み込まれ、沖を眺める彼女の視界から消えたその瞬間 ――― 彼女は
ある意味懐かしい種類の殺気を背後に感じた。
- 99 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時08分10秒
「・・・・・・っ!」
身体がフルオートで反応する。
とっさに銃が抜かれると殺気の方向へと腕が上がり、その気も無いのにトリガーを
引き絞る ――― 正確には引き絞ろうとした瞬間に彼女の動きは止まったのだが。
殺気とは別にもう一人、振り返った彼女の背後に女が立っていた。
彼女の首筋に鋭利なナイフを突きつけながら。
その銀色が夜の闇に妖しく光る。
彼女は腕を伸ばしたまま銃を手放し、鈍い金属音がコンクリートに跳ね返った。
「お利口さん。 腕、鈍ったんじゃないの?」
「おかげさまで平和な暮らししてますから・・・・・・お久しぶりですね」
彼女は表情を変えずに呟き、女は声を立てずに笑った。
- 100 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時11分32秒
「で、このナイフをどけて欲しいんですけど・・・・・・今日の標的はあたしじゃないでしょ、
イイダカオリ小隊長殿?」
「確かにね・・・・・・っていうかフルネームで呼ばないでよ、よそよそしいわね」
女があっけないほど簡単にナイフを引っ込めると、彼女は悠々と落とした銃を拾い直す。
その行為に、もう一人の女が警戒心を露わにする。
「小川も久しぶりじゃん、元気だった?
殺気の消し方は相変わらずヘタクソだし、銃もあんま上達してないみたいだけど。
そっちも年々レベル落ちてるんじゃない?」
「それは言わないお約束。 潜入捜査ばっかりで久しぶりの実戦だし勘弁してやってよ。
小川もこれで結構頑張ってんだから ――― 憧れてた吉澤に近づくために、ね」
- 101 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時13分06秒
飯田はそう言うと、銃をしまうように合図した。
小川は渋々、と言った感じで銃口を下げるが、警戒を解こうとはしない。
「不満そうだな・・・・・・別に撃ってもいいよ、これを爆発させたければの話だけど」
彼女はジャケットの裏側に吊るしていたパイナップル ――― 手榴弾を見せつける。
ソニンのガード中、万が一のために紺野に用意させたものだ。
挑発に乗りかけて銃口を向ける小川を、飯田が厳しくたしなめる。
「この単純バカ、今のあんたが『死なずの吉澤』に勝てるわけないっしょ!
カオリはまだ死にたくないんだからね、挑発乗るなら二人のときにしてよね!」
- 102 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時14分04秒
- 「別に好きで死なないわけじゃないんですけど・・・・・・。 ま、いいか。
それより何の用ですか? 人の仕事の裏で好き勝手やってくれちゃって」
「別に何もないわよ ――― あなたがあらかた片付けてくれたからね。
こっちの手間省けて助かっちゃったわ。 治安維持への御協力、ありがとうございました」
飯田がおどけて微笑む。 栗色の髪が潮風に揺れる。
黒のボディスーツが身体の曲線を浮き立たせている。
その端整な顔と誰もが憧れるスタイルの奥で、瞳だけが笑っていない。
「後は結果を見届けて報告するだけ。 売国奴には死を ――― 鉄の掟、忘れちゃった?」
「・・・・・・忘れたいんですけどね」
やっぱりそうだ。
いつだってコイツらは犠牲が出てから動き出す ――― いや、犠牲を自分たちの手で
作り上げてからのうのうと仕事にかかる。 何も起きなければ自分たちの居場所が
なくなるのがわかっているから。
そして彼女は、自分も同類だということを痛いほどに身にしみてわかっている。
- 103 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時15分37秒
「じゃ、今日のところはこれで引くわ。 またいずれ会うこともあると思うけど・・・・・・」
「その日が来ないことを祈ってます」
彼女の答が可笑しかったのか、飯田は声をあげて笑った。
その後ろで小川は相変わらずの視線を彼女に送っている。
「ま、そのうちにね。 ・・・・・・そうそう、もう一つの鉄の掟、覚えてる?」
「もちろん」
彼女は本気で嫌そうに返事を返した。
「そう、それならいいわ。 あ、あとね、一応今回はあなたに気使ったのよ?
今日の十二時までが契約だって聞いたから」
「嘘つき。 あたしと正面切って構えるのが面倒だっただけでしょ?」
「・・・・・・ふふ、それもあるけどね。 じゃ、いずれまた」
飯田はそう言うと、闇の中へ気配を消していく。 小川もそれに続き、埠頭にはまた
静寂が戻る。
- 104 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時16分30秒
午前零時五分。
空と海が溶け合った水平線の彼方に、微かな爆発音と共に赤い光が見えた。
彼女はそれを確かめると、海に背を向けて紺野の待つ車へと戻る。
決して後ろは振り返らずに。
彼女の耳の奥に、飯田が残していった言葉が鳴り続けていた。
『鉄の掟、覚えてる?』
――― 裏切者にも死を。
- 105 名前:第一章 投稿日:2002年11月28日(木)00時17分18秒
- 第一章・了
- 106 名前: 投稿日:2002年11月28日(木)00時18分30秒
- >>96-104
- 107 名前: 投稿日:2002年11月28日(木)00時22分59秒
- >>94 ええもう自分でも何がなんだか。
>>95 出してみました。
予告どおり充電というか休憩というかお休み期間に突入します。
年明けてからちょっとして身のまわりが落ち着いたらまた。
- 108 名前:第二章予告編 投稿日:2002年11月28日(木)00時25分54秒
- 悪の大魔王を倒すべく、
愛する恋人新垣と旅をする吉澤。
そして遂に長かった戦いは終わりを告げようとした…。
何と悪の大魔王は2人の親友平家だったのだ・・・・・・!!
平家「俺はずっと、新垣が好きだったんだよぉぉっ!!」
あまりにも辛いカレーに号泣する平家…。
吉澤「新垣は渡さねえぞっ!!」
次回!「愛の檄から108%カレー★」
・・・・・・誰かこの予告でホントに書いてくんないかなー
- 109 名前:名無し 投稿日:2002年11月28日(木)11時54分35秒
- 色々でてきたなぁ。あの人も出すのかな・・・
( ^▽^)<しないよ
- 110 名前:リエット 投稿日:2002年11月29日(金)02時19分08秒
- まさか最後、そういう展開になるとは……。
第一章は終わりましたが、まだ序章といった感じですね。
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月30日(土)12時27分19秒
- あげ
- 112 名前:近況報告 投稿日:2002年12月17日(火)11時54分26秒
- 年明けたら必ず書きます
年末までは忙しすぎてどうもならんので
それまでこのスレは適当に皆様の落書帳にでもしといてください
>>109 そのうち出るかも出ないかも
>>110 終わりは自分にもいまいち見えてないです
それではみなさまよいおとしを
- 113 名前:第二章・プロローグ 投稿日:2002年12月28日(土)13時52分30秒
- 首相官邸地下。
「報道規制は?」
「解除しました。 一両日中にはメディアに載るかと」
「花火の準備は?」
「順調です」
「なるべく派手に煽ったり。 平和ボケしとる連中の目え覚ますには、並大抵のことや
通用せえへんからな」
「・・・・・・あの」
「ん? 何や?」
「この方法しかないんですか? もっと他にやりようがある思うんですけど・・・・・・」
「オレのやり方に文句あるんか? 戸田みたいに養成所あたりに飛ばしてもええねんで?」
「・・・・・・いえ」
「わかったら出てきや、ちっと考え事したいんでな」
- 114 名前:第二章・プロローグ 投稿日:2002年12月28日(土)13時53分39秒
- 『・・・・・・続いてのニュースです。 先日、東京湾の特設コンサート会場にて発生した
爆破テロ事件について、警察庁と公安は某国過激派グループの犯行であるとみて捜査を
続けると共に、引き続き厳戒態勢を敷いて不法入国者を取り締まっていく方針を
発表しました。 また会場で発見された、銃で撃たれた痕のある外国人と思われる男性の
身元確認を急ぎ、行方不明となっている高橋愛さんの消息についても広く情報を募る
とのことです。 それでは続いて明日の天気を・・・・・・』
- 115 名前:第二章・プロローグ 投稿日:2002年12月28日(土)13時54分33秒
イゴコチ? いいわけじゃなかったけど、そう悪いわけでもなかった。
トモダチ? 多いわけじゃなかったけど、それなりに仲いい子はいた。
スリルとサスペンスと死が隣り合わせにあった毎日。
人が聞いたら、突拍子も無い嘘だと思って大笑いされるか、ちょっとアタマがアレな
奴なら涙の一つもこぼして同情されるような世界と日常。
だって仕方がないじゃない。
あたしはそれ以外の世界を知らなかったし、そこにしかあたしの居場所はなかったんだから。
――― 地の底を這いずり回って身につけたのは、忌まわしい技術と醒め切ったココロ。
- 116 名前:第二章・プロローグ 投稿日:2002年12月28日(土)21時27分48秒
――― CODE:A to CODE:F
定期連絡、目標は特ニ異常ナシ ―――
――― CODE:F to CODE:A
了解、引キ続キ健闘ヲ祈ル ―――
- 117 名前:第二章・プロローグ 投稿日:2002年12月28日(土)22時36分39秒
- >>113-116
- 118 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月29日(日)22時18分34秒
- 第1章と2章では主人公が違うのかな?
今、何となく一人称から「あの人」か?という印象を受けたんですけども。
とにかくまた気になる出だしで次回更新が楽しみです。
- 119 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時08分26秒
身体中の皮膚がチリチリとざわめく。
次の戦いは、遠くない。
――― 死ねるチャンスが、近づいてくる。
- 120 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時09分34秒
「そない怖い顔すんなや、吉澤ぁ」
あのテロ事件から一週間。
彼女は、あれ以来どこかしらへと姿を消していた平家を、ようやく例の公団住宅で
つかまえることに成功していた。
「・・・・・・地顔です、気にしないでください。 どこ行ってたんです?」
「いうても気にするわボケ。 うちもたまには休ませてえな。
それより一体何やねん、急にウチ来て? ギャラは前払いで払ってあるやろ?
それとももう次の仕事でもしたくなったんか?」
- 121 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時10分21秒
いつもながらにすっとぼけている平家の目の前で、彼女はポーカーフェイスを崩さない。
崩さないまま、さりげなく懐から銃を抜いて残りの弾数をチェックするフリをすると、
平家の笑いが妙に引きつったものに変わる。
「・・・・・・物騒やな、おい」
「撃たれたくなかったら正直に答えてくださいね?」
「なんでこういう時だけあんた楽しそうな顔になんねん・・・・・・」
「別に楽しかないですよ」
- 122 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時11分38秒
平家のリアクションに満足したのか、言葉とは裏腹に片頬だけ動かして彼女は銃をしまう。
それでも瞳の色は変わらない。 何かを咎める、情け容赦のない目つき。
「ぶっちゃけて言いますよ・・・・・・こないだの依頼、平家さん『あそこ』絡みだって
知ってたでしょ? っていうかあそこから直で依頼受けたんじゃないですか?」
彼女の遠慮のない、前置きすら置かない言葉に明らかに平家の顔色が変わる。
何も答えずともその変化が、彼女の言葉が事実であることを雄弁に物語る。
「・・・・・・何のことや?」
「とぼけたって無駄ですよ。 最後の最後で連中に接触しちゃいましたから」
平家がふう、とため息をつく。
「さよか、なら隠しとってもしゃあないな・・・・・・けど、最初に断ってもええ言うたやろ?」
- 123 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時13分34秒
- 「『しゃあないな』じゃなくて! あそこ絡みの仕事は絶対受けないって、前にちゃんと
伝えてあるでしょう? その理由も知ってるじゃないですか、なのになんであたしに
押し付けたんですか?」
「・・・・・・民間業者は弱いもんやで」
珍しく熱くなる彼女を横目に、平家が煙草に火をつける。 薄紫の煙が立ち上り、
揺れるそれを平家は目を細めて見つめ、しばらくしてから実はな、と前置きして話し出した。
「あの依頼のちょっと前に、ウチから依頼した仕事でヘマこいたアホがおってな。
別に大した仕事やなかったから、その時はほっといたんやけど・・・・・・ちょっとして
そいつが別件でパクられたんよ。 で、始末の悪いことにウチから依頼されたって
吐いてまいよって。
そこであいつらの御登場や。 今やっとる裏仕事を今後も見逃してやるかわりに・・・・・・」
「ソニンのガードにあたしをつけろ、と」
- 124 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時14分30秒
「御名答」
平家がさも驚いた、というような顔で芝居がかった拍手を送る。
そのわざとらしい仕草に彼女はげんなりし、早く続きを話すよう手をふって促す。
「なんや吉澤、ノリ悪いな・・・・・・まあええわ。
まあ、あいつらが出てくほどでもないこまい事件をこっちで処理したってる、いう
側面もあるからな。 持ちつ持たれつの関係を維持してきましょ、いうことやけどね
――― 表の言い分は。 翻訳すれば『逆らったら潰す』になるけど」
そこまで話した平家は、見るからに苦々しい顔つきになっていた。
「なんで向こうはあたしを指名してきたんです? 他の人じゃなくて」
「そんなんあんたが一番ようわかってるやろ」
確かにそうだ。
売国奴と裏切者には死を ――― それが連中の掟。
ミッション中に仮にどちらが死んでも、どちらかの目的は達成される。
- 125 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時16分07秒
「吉澤、とりあえず当面あんた身柄隠しい。 部屋は用意したるから。
ウチと関係してるてはっきりした以上、いつどこで戦闘になるかわからんで」
彼女は不機嫌に口をつぐむ。
別に、根城を変えるのは前々から考えていたことだから問題はない。
しかし、平家の言葉の裏側にある醜い自己保身を、彼女はしっかりと見て取っていた。
それを口に出すほど子供ではないが、かといってそれを皮肉らないほど大人でもない。
「・・・・・・そうですね、当分は平家さん通さずに仕事するようにしますよ」
- 126 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時16分54秒
このまま彼女を飼っていると、自分の仕事がやりづらくなる。
しばらくの間、どっかで遊んでてくれや ――― また飼い直す時まであんたが生きとるか
どうかはわからんけどな ――― それが平家の本音。
彼女の言葉に平家が気づかないわけもなく、平家は渋い顔でそっぽを向く。
彼女はそれを哀しげに見つめ、一言だけ言い残して席を立った。
「けど、何かあったら絶対呼んでください。
拾ってもらった恩、まだ返してないですから――― 」
- 127 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時17分57秒
――― CODE:A to CODE:F
目標ハ拠点ヲ変更スル模様、次回報告ヲ待テ ―――
―――CODE:F to CODE:A
了解、引キ続キ観察ヲ続ケヨ ―――
- 128 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時19分06秒
- >>119-127
- 129 名前:第二章 投稿日:2003年01月01日(水)16時23分11秒
- あけましておめでたく。
今年は更新期間が開くかと思いますがマターリお付き合いいただければ。
>>118 変わらない予定です。どうなるかわかりませんが。
こちらもあちらもなにとぞよろしくおねがいします。
- 130 名前:第二章 投稿日:2003年01月12日(日)01時03分27秒
「・・・・・・すっげえな」
思わず素に戻って呟いた彼女の隣で、紺野がクスリと笑った。
それが恥ずかしかったのか、彼女はまたすぐにいつもの不機嫌な表情を作り上げるが、
その目は目の前の建物から動かない。
「お金って、あるとこにはあるんですねえ・・・・・・身柄隠すって雰囲気じゃないですけど」
平家が約束どおりに用意した部屋は、都内一等地の超高級マンション、しかも二部屋。
かつての2LDK・築十年とは大違いだ。
クローゼットの中で唸っていた札束を全部積み上げて入居を頼んでも、恐らくは管理側に
身元調査されたあげく御丁寧にお引取り願われるような、由緒正しき人々の住む場所。
「あの人の人間関係だけはいつまでたってもわかんね」
三日前に平家名義で届いた小包の中の地図と鍵を頼りに、ここへ辿りついた二人。
これが彼女を『切った』ことへの平家なりの詫びだということを、彼女も紺野ももちろん気づいていた。
- 131 名前:第二章 投稿日:2003年01月12日(日)01時04分54秒
ちょっとした要塞並のセキュリティ、専属の庭師に整えられた中央吹き抜けの庭園を
抜けて、二人は一階の角部屋の鍵を開ける。
「・・・・・・広すぎ」
「戦車五台くらい入るんじゃないか?」
そんじょそこらのホテルのスイートなど問題外のスペースがそこにあった。
家具や生活用品が入っていない分、感じる広さは実際よりもさらに大きい。
ここと、この真上の部屋が当面の二人の拠点となる。
「上の部屋、いらないですね」
「新垣あたりに貸せばいい副収入になるかもな」
「里沙ちゃん、ああ見えていいトコのお嬢さんらしいですよ? 実はここらへんに住んでたりして」
紺野の言葉に、部屋の中を見回していた彼女の動きが止まる。
彼女は、両親を知らない。
親がいる、ということがなぜか無性にうらやましく思えた。
「・・・・・・どうしました?」
「何でもない。 さ、狭苦しい事務所に戻ってさっさと引越しの準備しよ」
無理におどけた彼女の表情に、紺野はほんの少し眉をひそめた。
- 132 名前:第二章 投稿日:2003年01月12日(日)01時05分36秒
彼女は引越しが嫌いだ。
平家に拾われてから、何回か根城を変えた。
引越しのたびに新しい部屋は彼女を新鮮な気分にさせてくれるけれど、その一方で
それまでの部屋を失う寂しさがどうしようもなくつきまとう。
所詮自分は根無し草。 地に足がついた生活なんて、夢のまた夢。
別にそれを望んでいるわけでもないのだが。
どんなに広くて綺麗な場所を提供されても、そんなマイナスの感情は決して消えない。
そして、初めてこちら側に来た時に平家が用意してくれた木造築四十年のアパートに
住み始めたときのような喜びに出会えることは、きっとないだろうと彼女は思う。
初めて彼女が得た、自分が存在しても許される場所。
- 133 名前:第二章 投稿日:2003年01月12日(日)01時06分32秒
「ボーっとしてないで働いてくださいよー」
常にボーっとしたような顔の紺野からせかされ、彼女ははいはい、と返事して最後の
ダンボールを運び込む。 一般人に見られると少しばかりやばい品々が多いから、当然
業者には頼めない。 紺野と二人、二日がかりの引越もようやく形がついてきていた。
「さてと、あとは部屋の中を綺麗にするだけですね」
紺野がくたびれはてた顔で呟くが、それでもその表情にはどこかしら満足感らしき
ものが見える。
「今日のところはもういいだろ・・・・・・メシにしよ。 紺野、何か食べたいものある?」
「こういうときは、お蕎麦を食べるのが正しい日本人ってものですよ」
なぜか得意満面の紺野の言葉をかき消すように、彼女の携帯が鳴った。
『吉澤さあん、どこいっちゃったんですかあ!?』
- 134 名前:第二章 投稿日:2003年01月12日(日)01時07分26秒
「・・・・・・いや確かに連絡しなかったのは悪かったけどさ」
近くに蕎麦屋がなく、最寄の駅まで出た二人はズルズルと蕎麦をすすっていた。
仲間はずれにされて泣きそうなコドモも引き連れて。
電話の主は新垣だった。
昔の事務所を訪れてみたら誰もおらず、平家に電話してもお茶を濁すだけで口を割らない。
少しためらったものの、中に侵入してみたらもぬけの殻で、そこでようやく直接連絡する
ことを思いついたのだという。
「いくら連絡取れないからって不法侵入するなよ・・・・・・それが仕事とはいえさあ」
「連絡くれない吉澤さんが悪いんです」
「・・・・・・お前、これが初めてだろうな?」
「さあ、どうでしょうねえ?」
彼女に蕎麦をおごらせて御機嫌の新垣がすっとぼける。
その顔を見て、彼女は苦い顔で蕎麦湯を飲み干した。
- 135 名前:第二章 投稿日:2003年01月12日(日)01時08分12秒
「それで、何か用でもあったの? 里沙ちゃんの方から来るなんて珍しいじゃない」
ひたすら食べることに熱中していた紺野が顔を上げた。
その言葉に新垣がそうそう、という感じで手を叩く。
「うん、ちょっとお願いしたいことがあって」
「仕事?」
「まあそんな感じ」
平家の斡旋が期待できなくなった今、彼女たちは自分で食いぶちを探さなければいけない。
仕事の依頼ならば諸手をあげて歓迎したいところだったし、どこでどうつながっているのか
皆目見当もつかないが、政財界の大物にもアポなしで平気で会えるという新垣の
コネクションは『現在無職』の二人にとってかなり魅力だった。
- 136 名前:第二章 投稿日:2003年01月12日(日)01時08分57秒
上質の固定客を掴める可能性。
それを理解しているから二人の期待も否が応にも高まる・・・・・・が、新垣の意地悪げな
笑顔が妙に引っかかる。
「たぶん、吉澤さんは嫌がると思うんですけど」
新垣が彼女の方に向き直った。
「断らせないですからね、約束破ったんだから」
「約束?」
彼女が怪訝な顔をする。
・・・・・・こいつとなんか約束してたっけか?
しばらく考えた末に、はたと思い当たった彼女が頭を抱える。
新垣は、さっきの紺野を超えるような得意満面の笑顔でこう答えた。
「高橋愛のサイン、貰ってきてくれなかったでしょ?」
- 137 名前: 投稿日:2003年01月12日(日)01時10分06秒
- >>130-136
- 138 名前:第二章 投稿日:2003年01月17日(金)01時02分17秒
日本であって日本でない場所。
光り輝くシャンデリアと敷き詰められた赤い絨毯、まるで小銭のように飛び交うチップ。
黒服のディーラーが銀色の玉を狙ったところへ正確に落とせば、その向かい側には
まるで手品師のようにカードを扱う女ディーラー。
少し離れてみれば、スリーセブン求めてレバーを引き続ける者が後を絶たないスロット台。
一生かかっても使い切れない金を持つ者たちが、さらなる金とスリルを求めて集う場所。
なけなしの金を注ぎこんで、一発でかいのを当ててやろうとする連中も集う場所。
そんな人間たちの熱気で溢れかえる豪華客船のパーティールームの片隅で、
彼女は一人いつものように烏龍茶をすすっていた ――― ただ一ついつもと
違うのは、そのスタイル。
後ろで軽く縛った髪と黒のタキシード。 細身のパンツが長い脚をさらに際立たせる。
彼女は『男』になっていた。
- 139 名前:第二章 投稿日:2003年01月17日(金)01時03分28秒
『男女ペアじゃないと入船できないんですよお、お願いしますって』
『そんなのお前の都合だろ? あたしは絶対ヤだ。 他のヤツ当たれ』
『だってリサ友達いないんですもん、仕事で絡む人はいっぱいいるけど』
『だったら金払ってでも頼めばいいじゃん、その仕事仲間に』
『今回は純粋に遊びなんですもん。 お金払って遊びにつき合わせるのってなんか
やらしいじゃないですかあ。 吉澤さんも営業するチャンスだと思えば』
そんなこんなの押し問答に敗れた彼女。 結局「本場のカジノで遊びたい」という新垣の
熱意に押し流されて無理矢理同伴させられたのだが、彼女は終始驚きっぱなしだった。
TVで何回も見た政治家が執拗なボディチェックを受けている横を、顔パスで悠々と
通り抜ける。 かと思えばどこぞの王国の第何王女だかと親しげに挨拶を交わし、世界中の
誰もが知っている会社のCEOとブラックジャックに興じる。
紺野が以前口にしていた「お嬢様」どころか国賓級の扱いに、しまいには彼女も驚くこと
さえ忘れていた。
「・・・・・・一体何者だよ、お前」
「え? ただのしがない情報屋ですよ」
- 140 名前:第二章 投稿日:2003年01月17日(金)01時04分26秒
・・・・・・それにしても。
目を血走らせてルーレットにハマりだした新垣から少し離れて、彼女はホール中を見回す。
そうそうたる名士が揃っているこの会場に、妙な ――― 本当に微かな ――― 違和感を
彼女は感じていた。
しかし、それの正体が自分でも掴めない。 遠い記憶の中にそれとつながるものがある
ような気がしたけれど、まるでハッキリとした形は成さないまま、胸の内の黒雲が
広がっていくような感覚に陥る。
気のせいか。
そう思いかけたとき、彼女が立っている方とは反対側の部屋の隅に、見たことのある
横顔を見つけた。
- 141 名前:第二章 投稿日:2003年01月17日(金)01時05分54秒
胸元の開いたシルクのロングドレスが長身に映える。
黒を基調とした中で、その形のいい唇に塗られた赤いルージュが見る者の目を引き付ける。
向こうも彼女の姿に気がついたらしく、柔らかな微笑を浮かべるとゆっくりと彼女の方へ
近づいてきた。
「意外と早く会えたわね?」
「・・・・・・会いたくないって言ったでしょ」
飯田圭織。
かつての同僚、そして先輩。 今では憎むべき仇敵。
彼女は警戒心を露にして身構える。
「そんなに警戒しないでよ、今日は半分遊びなんだから・・・・・・吉澤は何でここに?」
「バカガキのお守りで止むをえず、です・・・・・・そっちは?」
「あら、脱走者にそんなこと言えるわけないじゃない」
それもそうだ。
遊び半分とはいえ仕事は仕事。 任務の内容を軽々しく話すほど、奴らはあたしを
信用しちゃいない ――― 彼女は心の中で自分の半生を少し呪う。
- 142 名前:第二章 投稿日:2003年01月17日(金)01時06分44秒
しかし飯田はあっさりと口を割った。
「ま、ホントに大したことじゃないけどね、室長の護衛なんて」
「室長・・・・・・って畑さん来てるんスか?」
「ああ、吉澤は知らなかったっけ・・・・・・畑さん、更迭されたわよ。 後任はあの人」
飯田が軽く顎をしゃくり、彼女は視線をそちらに移す。
その瞳に映るのは、どう贔屓目に見ても胡散臭いブローカーにしか見えない怪しい男。
この男が極右に近い国粋主義思想を持っていることなど、誰も気づかないに違いない
――― 面と向かって話さえしなければ。
「寺田!?」
「叩き上げで昇りつめちゃうんだから、それなりに大したもんだとは思うわ」
- 143 名前:第二章 投稿日:2003年01月17日(金)01時08分30秒
飯田が微かに苦味走った顔を見せるが、彼女はそれに気づかない。
それよりも、心の中に先程から引っかかっていた違和感の正体を理解できた方が、
彼女には重要な事件だった。
「当分あなたに構ってるヒマはなくなっちゃうのよね・・・・・・残念だけど」
「・・・・・・何やらかすつもりですか」
「あの人の思想、知ってるでしょ? そのうち本格的に動き出すわよ、それまでは内緒。
またそのうち会うこともあると思うわ、それまでは生きててね」
飯田はそう言うと、ドレスの裾を翻して去っていった。
最後に、男装もイケてるわよ、と言い残して。
彼女はそこに立ったまま去っていく飯田の背中を見送り、そして自分の想像が間違って
いないことを確信していた。
- 144 名前:第二章 投稿日:2003年01月17日(金)01時09分26秒
「あたしに関わらなければそれでいい」
『嘘ツキ。 アタシヲ殺セル奴ナンテ、アイツラ以外ニ誰ガイル?』
- 145 名前: 投稿日:2003年01月17日(金)01時11分39秒
- >>138-144
- 146 名前: 投稿日:2003年01月17日(金)01時13分44秒
- 次回予告の方が本編より面白いっちゅう状況は
なんとかしないといけないなーと思いつつ。
しかし話が進まない・・・・・・。
- 147 名前:いいかげん貼るのやめようとは思うんだけれども予告 投稿日:2003年01月17日(金)23時24分18秒
- 運命の出会いの夜、吉澤に手痛い敗北を喫した小川。
物陰から見守る平家は「今度は私が小川を救う!」と誓う。
平家の胸に燃える愛は奇跡を起こすのか!?
そして小川に禁じられた思いを抱く吉澤の未来は!?
次回「平家のドキドキ課外授業♪」 乞うご期待!!
- 148 名前:一応 投稿日:2003年01月31日(金)08時08分49秒
- http://csx.jp/~b-syndrome/
こっちにも貼っておきましょう
- 149 名前:第二章 投稿日:2003年02月08日(土)14時42分48秒
潮風が心地いい。
カジノの中の熱気をさますように、彼女の頬を撫でて過ぎていく。
しかしそんなことは彼女にとってどうでもよかった。
港に停泊したままの船の甲板から、彼女は紺野に連絡を入れる。
脳裏に焼き付けたパーティーの面子、そしてそれぞれの業種・人脈・金の流れ・
背後関係を徹底的に調べるように伝える。
――― そして、新垣についても。
過去や経歴を詮索しないのがこの業界の常とはいえ、一介の情報屋が持つ人間関係に
しては、あまりに不自然すぎる豪華さだ。 一年ほど前に平家から紹介されて、それから
何の疑問も持たずに彼女は新垣を使ってきた ――― しかし。
なぜ数日間連絡が取れないくらいで家に侵入する?
なぜこんなメンバーのパーティーに顔パスで入れる?
そしてなぜ『都合よく』飯田とはちあわせる?
彼女の勘が正しければ、飯田の言う『本格的に動く』前に彼女は恐らく粛清される。
――― 彼女は、誰も何も信用しない。
- 150 名前:第二章 投稿日:2003年02月08日(土)14時45分47秒
持つべきものは有能な相棒。
パーティーから数日後、紺野がいつもと同じのんびりとした顔で報告書を上げてきた。
特にこれといった仕事もなく、例のだだっ広い部屋で暇を持て余していた彼女は、
ようやくか、といった感じでそれを受け取る。
天才ハッカー、紺野あさ美。
仮想空間にある全ての事象は、彼女の手のひらの中にある。
例えそれが米国国防総省のスーパーコンピュータの最深部に隠されている情報でも、
その気になった紺野なら調べることなどたやすいことだ。
その意味では、新垣をも超える情報収集力を持っていると言えるかもしれない。
ただし、それはあくまで「記録されている情報」を調べる能力。
時として、形に残されていない情報にこそ本当に知りたいことが隠されていることがある。
だから彼女は紺野だけでなく新垣を使う。 それに関わった人間の心理を知りたいから。
仮想空間は仮想空間。 現実に行動を起こすのは心を持った人間そのものだから。
- 151 名前:第二章 投稿日:2003年02月08日(土)14時46分43秒
彼女はプリントアウトされた報告書を手に取ると、真っ先に各人の金の流れを調べる。
奇妙な使途不明金がないか。 それが国内のどこかへ送金されていないか。
そしてそれぞれの背景をチェックする。
政治的思想、軍事産業への関わり具合、王族ならばその国の産業構成から主要産業の
対日輸出費までも。
ビンゴ。 あの日の勘は、間違っていなかった。
子供のようにブラックジャックに燃えていたCEOの裏の顔は、世界の武器弾薬を
ほぼ一手に取り仕切る大物ブローカー。
あの王女の父親が治める国は、東南アジア最大の原油輸出国。
寺田は根回しを既に終えている ――― 恐らくは統幕議長から現場の司令官クラスまでも。
あとは叛乱分子もしくはその予備軍を始末して、国内の左翼政治家を一掃するだけ。
国民などはあとでどうとでもできる。 逆らう者は殺せばいい。
二・二六事件以来の超大型クーデター。
革命後の理想形は総統率いた第三帝国。
世界を我が手に ――― 寺田の狙いは、そこにある。
- 152 名前:第二章 投稿日:2003年02月08日(土)14時47分35秒
そして、新垣。
某保守系政党、タカ派で知られる超大物議員の妾腹。 母親は民族系政治結社代表の一人娘。
この血筋なら国家機密など楽勝で手に入る。 各省庁から圧力をかけさせれば、
民間企業のトップだって言うことを聞かざるを得ないだろう。
つまりはどこかしらの企業や団体に所属している人間、そしてその家族の情報なども
たやすく手に入れられるということだ。 まさに情報屋にはもってこい。
そして彼女は新垣の父親の名を見て絶句する。
元首相、現在は日本のフィクサーとして権力を思うがままに振るう男 ――― 山崎直樹。
その途方もない財力で『あの場所』を作り上げた張本人。
「・・・・・・紺野、仕事終わったばっかで悪いんだけどさ」
「何ですか?」
「もう一つ調べて欲しいところがあるんだ」
「いいですよ、何です?」
紺野の返事と同時に、部屋のチャイムがけたたましく鳴った。
彼女はそれを無視しながら重く低い声で呟く。
「JCIA ――― 内閣情報調査室」
- 153 名前:第二章 投稿日:2003年02月08日(土)14時49分03秒
- >>149-152
- 154 名前:AKILAN 投稿日:2003年02月14日(金)23時22分03秒
- 独特のイロがありますね。続き期待
- 155 名前:第二章 投稿日:2003年02月20日(木)22時03分37秒
内閣情報調査室。
この国の諜報機関の大元締。
それをさらに裏から支える非合法戦闘集団がある ――― 正式名称・内閣情報調査室付特殊工作機動隊、通称『特機』。
諜報活動や治安維持といったJCIAの表の仕事とは別に、金さえ貰えば営利誘拐から傭兵の
ようなことまでやってのける、日本最強の特殊部隊。
その存在は常に闇に隠れ、歴代首相ですら知らない者もいるという。
パレスチナ・チェチェン・チベット・そして数年前のNY・南北朝鮮。
二十世紀後半から戦争の匂いがするところには常にいるといわれるその集団の行動原理は、
きわめて単純。
自国の国益と金のためなら、どんな犠牲も顧みない。
それを脅かす者がいれば、直ちに粛清 ――― 即ち死を。
- 156 名前:第二章 投稿日:2003年02月20日(木)22時04分07秒
首相官邸地下。
「あっちの様子はどないやねん」
「・・・・・・大人しくはしてます。 ある程度覚悟は出来てるみたいで」
「さっすが山崎の娘やな、ある意味尊敬するわ。 ま、自分が無駄死にやてわかったら
そうもいかんやろうけど」
「・・・・・・どういうことです?」
「囮や、囮。 ホンマに消したいヤツはこっちや」
指で弾かれた一枚の写真。 そこに写るのは懐かしい笑顔。
「お前にやってもらうで ――― 中澤」
- 157 名前:第二章 投稿日:2003年02月20日(木)22時05分13秒
「そ、粗茶でございます」
「ありがとう」
紺野がおっかなびっくりでお茶を勧めると、鳴り止まなかったチャイムの主は、
その外見に似合わない綺麗な日本語で答えた。
(ちっちゃい方の人、新聞で見たことありますよ・・・・・・っていうかさっきの報告書
調べてるときにも出てきましたけど)
(なんでこんな一般庶民の家にお忍びで来るんだ?)
(私に訊かれても・・・・・・吉澤さんが営業したんじゃないんですか? パーティーの時に)
(話もしてないって。 新垣とは仲いいみたいだったけど)
(さすがお嬢様ですねー)
- 158 名前:第二章 投稿日:2003年02月20日(木)22時05分51秒
突然の訪問者二人。
そのうちの一人は、彼女があの船上で見かけた人間であり、もう一人はその付き人。
ミカ=トッド。
東南アジア、某イスラム系国家の第四王女。
二十年ほど前、その国の国王が日本人を第四王妃として迎えたことは、国内でもちょっと
したニュースになった。
その娘が、今目の前にいる。
しかも、わざわざ身分違いの彼女を訪ねて。
どうやら人を間違えているようでもないらしい。
紺野でなくても不思議に思うのは当然だった。
- 159 名前:第二章 投稿日:2003年02月20日(木)22時06分37秒
ひそひそ話をしていても埒があかない。
彼女はとりあえず用件を訊くことにした。
「えっと、ミカ=トッドさんですよね? うちみたいなとこへ、どんな御用なんでしょう?
それから、どうやってここがわかったんですか?」
「あ、突然の訪問についてはお詫びします。 なにしろ時間がなかったもので・・・・・・。
この部屋については、ミス・平家から教えていただきました」
おつきの女性がミカに代わって答える。
・・・・・・平家さんて、何者?
っていうか身柄隠せとか言いながらホイホイ人に教えるなよ、ったく。
渋い顔の彼女。
その顔を見て、紺野がクスリと笑う。
「用件については、王女の方から」
女性がミカを促す。
ミカは軽く頷くと、真っ直ぐ彼女の目を見据えて言った。
「単刀直入に言います ――― リサを、救い出してください」
- 160 名前:第二章 投稿日:2003年02月20日(木)22時08分31秒
- >>155-159 更新。短いけど。
>>154 ありがとうございます。マッタリ待ってていただけると。
- 161 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時34分01秒
持て余すほどに広い部屋の空気が、その質を変える。
四人が向き合うリビングに全ての空気が圧縮されたような雰囲気。
紺野が唾を飲み込む音が、奇妙なほどに大きく響く。
ミカは相変わらずに彼女を真っ直ぐ見つめ、彼女もまたミカの目の向こう側から何かを
探り出そうとする。
しばらくの間、誰も口を開けないまま時間だけが過ぎていった。
「・・・・・・話、読めないんだけど」
口火を切ったのは彼女が先。
その瞳に浮かぶのは、疑惑と警戒。
- 162 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時35分13秒
「言葉のとおりです。 リサは今、命の危険にさらされています。
事情があってこの国の警察などには頼れません。
ですからあなたに救ってもらいたいのです。 彼女は私の大事な友人ですから」
「・・・・・・いや、訊きたいのはそういうことじゃなくて」
彼女は小さくため息をついた。
素なのか演技なのか、ミカの表情は変わらない。
彼女はミカを試すように、ゆっくり言葉を区切りながら話す。
「あなたと新垣が知り合いだっていうのはこないだ見たから知ってる。
あいつが結構なお嬢様だってこともね。 知りたいのはそういうことじゃない。
まず、なぜ新垣が命の危険にさらされてるのか。
なぜ警察には頼れないのか。
そしてなぜあなたが新垣が危ないということを知っているのか。
なぜあなたみたいなお姫様が新垣を気にかけているのか。
何よりなぜあたしに頼むのか、ってこと」
- 163 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時35分59秒
「あたしも身の安全は確保したいんでね、そうホイホイ依頼に飛びつくわけにも
いかないんだ ――― 新垣はともかく、その後ろの連中とちょっと厄介事抱えてるから」
・・・・・・よく言うよ。 身の安全? あんなに死にたいと思ってる奴が?
彼女は自分の心の声に耳を塞ぐ。
「答えてもらえないようなら依頼は受けない。
情報屋なんて他にもいるし、正直アイツに信用置けなくなってきたところだから」
彼女はそこまで一気に話すと、軽く息を吐いた。
張り詰めた雰囲気は変わらないものの、ほんの少し心の中に余裕が出来始める。
アタマに血が上って突っ込んでくヤツは、真っ先に背中から撃たれて二階級特進。
いつだってクール&ドライじゃなきゃ戦場では生き残れないことを彼女は知っている。
- 164 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時36分51秒
ミカは別に困った風でもなく、彼女の言葉を聞いても特に表情を変えることもしなかった。
ただ、何故わざわざそんなことを訊くのだろうという戸惑いだけは隠さずに。
「・・・・・・失礼。 事情はあなたの方でも御存知かと思ってましたので」
「話読めないって最初に言ったでしょ?」
「わかりました。 私とリサの関係を話します。 あなたの方でも得るものがあるでしょうから」
ミカは居住まいを正すと、しっかりとした口調で話し始めた。それはまさに王族というに
ふさわしい威厳に満ちていて、彼女は少し気圧されるとともに、日の当たる道を歩いて
きたミカへの微かな嫉妬が心をよぎった。
「リサは古くからの ――― そう、本当に生まれた頃からの友人です。 彼女の父親の
仕事の関係上、彼女もまた我が国を訪れることが多く、いつからか私たちは姉妹の
ような関係になっていました。 彼女の父親というのが ―――」
「山崎直樹、ね」
「その通りです」
- 165 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時38分01秒
「で? あなたと新垣の関係はとりあえず理解したことにしてあげるけど、残りの質問にも
答えてもらわないとね」
「・・・・・・あなたの方がよく御存知かと思いますけれども」
そこで初めてミカは表情を崩した。 からかうような憐れむようなその表情に、彼女の
顔はあからさまに不機嫌になっていく。 彼女はその手の冗談を好まない。
そんな彼女の性癖も、ミカが発した言葉によってどこかへ霧散する。
「二週間前の事件を御存知ですか?」
二週間前 ――― その言葉が示すものは一つ。
前代未聞の国内大量虐殺事件。
あの人が灼ける匂い、助けられたはずの人々の怨念が彼女の後ろ髪を掴んで離さない。
「・・・・・・だいたい読めた」
彼女は静かに目を閉じ、そう答えることしかできなかった。
クソッタレ。
新垣は何もしてねえじゃんよ。
- 166 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時38分49秒
「新垣を監禁してるのが特機の連中、その理由があの爆破事件であたしを手助けしたこと
――― あいつらが言う『裏切者』に協力したこと、あたしが『売国奴』に協力すること
を知っていたくせに ――― ってことでしょ? だから警察なんかにも頼れない」
「そこまでわかっていらっしゃるなら何も言いません」
唾を吐きたくなる衝動をこらえながらも、微かな冷静さで寺田の差し金だろうと考える。
自らの野望の障害になる不穏分子は早めに抹殺する。 それだけの力を彼は手にした。
飯田の言葉が彼女の頭に甦る。
『あの人の思想、知ってるでしょ?』
あのヤロウ、世界征服戦争でもおっぱじめる気かよ。
「最後の質問。 それを何故あなたがあたしに依頼するの?」
「リサが監禁されているのが、我が国の大使館だからです」
ミカが、哀しみに満ちた重い声で低く呟いた。
- 167 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時42分09秒
- 「父は寺田氏のクーデターが成功すると踏んでいます ――― そのための資金援助も
惜しんではきていないし、これからもそうでしょう。 革命後のこの国で最恵国待遇を
受ける為には、ここで寺田にさらに恩を売っておきたいと考えたのだと思います。
御存知の通り、我が国から輸出される石油は寺田にとっても喉から手が出るほど欲しい
資源でしょうし」
「・・・・・・小難しいことはいいよ。 要は、金のために新垣を売ったってことだよね?」
「残念ながら否定できません」
ふう、と彼女が大きく息をついた。
「これでホントの最後。 新垣が山崎の隠し子だってことを知ってるのに、何で寺田と
あなたの父親はそんな無茶をするの? 山崎っていや特機の生みの親だよ?」
「申しわけありません、そのあたりのことまでは私レベルでは何とも・・・・・・。
ただ、リサが彼女の父親と不仲だ、というのは本人に聞いたことがあります」
情報屋稼業は父親に頼ってやってたわけじゃないってことか。
パーティー以来の疑念が少し晴れた彼女が、微かに安堵の表情を見せた。
ま、全部疑いが晴れたわけじゃないけどね。
- 168 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時43分26秒
ミカが少し緩んでいた唇を噛み締め、改めて王族の威厳に満ちた声で彼女の顔を見上げた。
それは断ることを許さない、それでいて友を思う感情に満ちた毅然とした台詞だった。
――― 少なくとも、彼女にはそう見えた。
「正式にあなたに依頼します。 依頼人はミカ=トッド。 ギャラはあなたの欲しいだけ。
依頼内容は新垣里沙を我が国大使館から助け出すこと。引き受けていただけますね?」
「時間ないって言ってたよね・・・・・・期限は?」
「三日後深夜零時、特機本部に引き渡す予定になっているようです」
「上等」
彼女はほんのわずか口唇を歪め、そして右手を差し出した。
ミカがそれを握り返す。
――― 契約成立。
- 169 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時43分56秒
――― CODE:A to CODE:F
戦闘発生ノ可能性アリ、対策ヲ ―――
―――CODE:F to CODE:A
了解、予定ドオリ人選ヲ始メル ―――
- 170 名前:第二章 投稿日:2003年03月04日(火)21時44分51秒
- >>161-169
- 171 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時04分57秒
戦闘モードに入った彼女と紺野。
ただしそこで抱く感情は天と地ほどに離れている。
「どうするんですか?」
「出たトコ勝負しかないだろ」
「それじゃ勝てるわけが・・・・・・」
「それでもいいよ。 実際のトコ方法はそれしかないし、それで負けたら死ぬだけの話」
二人の前提が違うから、話が噛みあうわけもない。
――― 生き延びることができるのか、それさえも求めてないのか。
- 172 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時05分29秒
それでも彼女は無意識下で生き延びる為の最善の策を取る。
それは彼女が常に心に抱いている欲望の故。
・・・・・・ただで命くれてやるのはつまんない。 戦って戦った末に落としたい命。
「輸送してるクルマを狙う。 現金強奪と要領は一緒でしょ。 街中でドンパチ始められるほど向こうも手はずは整ってないと思うしね・・・・・・たぶんだけど」
「たぶん、ってそんな」
「・・・・・・契約は守る、それだけ。 余計なこと言ってないで輸送ルートのシミュレートしな」
紺野はこれ以上逆らうと自分の首が危ない ――― それは決して比喩ではなく ――― と
判断してこっそりとため息をつくと、PCの前に座ってキーボードを叩き始めた。
- 173 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時06分38秒
「どうします?」
「誰か適当に見繕っとけや、死んでも構わんヤツを」
「・・・・・・そんな人間はいませんが」
飯田はウンザリしながら寺田を睨みつける。
寺田が特機の中枢に関わりはじめてから、何でもアリの裏の仕事が格段に増えた。
そこで得た資金がどこに流れていってるのか、誰もが容易く想像できるが決して口にはしない。
突き詰めようとしたら粛清されるのは目に見えている。
「アホ、今回の本命は別のトコや。
新垣拉致ってミカ使うてまで吉澤おびきだしたんも、『あれ』と組まれると厄介やからや。
ま、新垣は山崎のクソ親父押さえるっていう意味もあったからな、あれはあれでええわ。
山崎押さえて『あれ』消してまえば結構これからが楽になるさかい」
「『あれ』って?」
「飯田、ちょっと考えてみりゃすぐわかるで。 わからんようなら矢口と隊長入替えるで?」
からかいを含んだ歪んだ笑いが部屋中に響く。
飯田はいたたまれなくなって無言のままその場を後にした。
- 174 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時07分29秒
「裕ちゃんは?」
「室長の命令で矢口と一緒に養成所 ――― 使える人が少なくなったからね、適当に
使えそうなコ上に引っ張ってくるんじゃないの?」
「マトモにモノになりそうな若いのって小川くらいしかいないからなあ・・・・・・」
荒々しく自室のドアを閉めた飯田に、特機入隊以来の付き合いになる安倍が雑誌を
読みながら興味なさげに答える。
飯田圭織、特機第一小隊長。
安倍なつみ、特機第二小隊長。
命があるだけめっけもののこの世界で、二人は生き延び続けてきた。
裏切りが日常茶飯事のこの世界で、自分の背中を預けられる人間なんてそうはいない。
決して普段の仲は良くないけれど、互いは互いを理解しつくしている。
- 175 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時08分00秒
「・・・・・・死んでもいいヤツつけろってさ」
お題はもちろん新垣護送について。 長い付き合いだからいちいち全てを言葉に出すことは
しないけれど、この二人の間ではそれで十分通用する。
飯田は自分の椅子にドカリと腰を下ろすとそのまま机に突っ伏した。
自分の部下を殺せと言われて軽々しくはいそうですかと言える上司に下はついてこないし、
それ以上に飯田の優しさがそれを許さない。
袂を分かったとはいえ彼女だって飯田の可愛い後輩には違いない。 でなきゃあの埠頭で
とっくに殺している ――― いやもっと前に。 安倍や飯田にとってかけがえのない仲間を
失った時に。
仕事と私情の間で悩むそんな飯田を、安倍は天使のように優しく見つめる。
- 176 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時08分59秒
「相変わらずだねえ、室長もカオリも。 ま、どうせ言うこと聞くつもりもないっしょ?」
「確かにね。 カオ、自分でやろうかな」
「あ、カオリにはちゃんと同じ日に別の仕事があるんだわ。 裕ちゃんに伝言頼まれてたの
忘れてた」
飯田がはあ、とため息をつく。
「最近忙しすぎだよー、第二小隊もちょっとは働けってばさ」
「全部片がつくまでは我慢我慢。 なっちも一緒の仕事だからさ」
「あら久しぶり。 で? カオは何やればいいの?」
「すごいよ、総隊長と第一小隊長となっちのオールキャスト御出陣」
- 177 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時10分39秒
安倍がおどけたように軽く微笑む。
しかしその瞳の奥に潜む微かな哀しみの色を飯田は見逃さなかった。
「裕ちゃんとカオとなっち? ・・・・・・そういうことかー。
やっと室長の言ってた意味わかったわ」
「そ。 その三人でも勝てるかどうかわかんない相手。
現場に出てこなくてもあの情報網と人脈が厄介なんでしょ、室長には。
裕ちゃんなんか『三人とも生きて帰れんかもしれへんなあ』って笑ってたさ」
「そだね・・・・・・三人で明日香と彩っぺに会いに行けるかな?」
「『何しに来たの? 邪魔』とか言われそうだけどね」
「明日香なら言うだろうねー。 で彩っぺは裕ちゃんと飲んだくれてんの」
「うっわー、絵が浮かんでくる」
- 178 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時11分12秒
- そして二人は顔を見合わせ、今度は二人で笑った。
それはとてもとても哀しい笑顔。 でも、もう後戻りはできない。 上官命令は絶対なのだ。
全てが終わった後に何かがそこに残るのかはわからないけれど、全てが終わった後に
自分が生き残っているのかさえわからないけれど。
「全部片がついたら、かあ・・・・・・。 みんな幸せになれるのかな?」
「さあ? この国の人は間違いなく不幸せになるだろうけどね。 戦争なんてやるもんじゃないって」
それでも、止まれない。
- 179 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時11分57秒
寺田から中澤に下された指令 ――― 裏切者・平家みちよヲ抹殺セヨ。
- 180 名前:第二章 投稿日:2003年03月15日(土)16時12分34秒
- >>171-179
- 181 名前:次回予告を久しぶりに貼ってみる 投稿日:2003年03月16日(日)13時12分50秒
- 真夜中の校舎に現れる、すすり泣く小川の幽霊!!
そして、今明かされる家庭科教師吉澤の密かな野望とは!?
IQ300の天才少年探偵飯田の頭脳がフル回転する!!
次回「真夜中の名探偵、調理実習の呪われた過去!!」お楽しみに!!
- 182 名前:只今鬱モード突入中 投稿日:2003年03月16日(日)13時15分06秒
- っていうかもう書けないかもしれません
パトラッシュ、ねむくなってきちゃったよ
- 183 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年03月17日(月)22時51分53秒
- 作者さま、はじめまして。
面白いです。一気に読んでしまいました。
組織を維持するために粛清があるのは、もう末期状態ですかね?
よっすぃ〜に生き延びて欲しいです。
続きも楽しみに待ってます!
- 184 名前: 投稿日:2003年03月23日(日)15時30分16秒
- >>183
ありがとうございます。ゆっくりゆっくり待ってていただけると。
- 185 名前:第二章 投稿日:2003年03月23日(日)20時03分35秒
再び二人きりに戻った事務所。
ディスプレイとにらめっこしながら彼女と紺野の作戦会議。
「・・・・・・ここしかないでしょうね、時間帯や交通量や民家の位置なんかを計算に入れると」
「やっぱり?」
「一般人のコトとかを考えると・・・・・・」
極力無駄な人死には避けたい。
そう思いながらも、いざとなったらどうでもいいと感じてる自分とそれを冷ややかに
見つめる自分がいるのもいつものこと。
- 186 名前:第二章 投稿日:2003年03月23日(日)20時06分08秒
「仕方ないね・・・・・・逃げられっかな?」
「五分五分かそれよりちょっと低めで」
「・・・・・・ま、特機相手にそれだけあれば御の字かもね」
少しだけ挑発の混じったその言葉を紺野は聞き逃さない。
些細な言葉が人のプライドをいたく傷つけてしまうことはよくあることだ。
「・・・・・・あと一時間待ってください。 もっといい場所探します」
「無理すんなよ」
「させてるのは誰ですか?」
肩をすくめる彼女とキーボードを叩くことに没頭する紺野。
- 187 名前:第二章 投稿日:2003年03月23日(日)20時07分20秒
「じゃ、頼むね。 無理は絶対しなくていいから」
「しますよ・・・・・・言っても無駄ってわかってますよね?」
「・・・・・・」
笑えない沈黙が二人の間を通り過ぎる。
飯田の言葉は痛いほど理解できる。
・・・・・・それでも。
憧れが憎むべき敵に変わった今、それを超えることで全ての雑音を消すことが
できると小川は信じている。
- 188 名前:第二章 投稿日:2003年03月23日(日)20時07分53秒
第一小隊のお荷物。 入隊から何の成長もない足手まとい。
別れ別れになってからだいぶ経つ憧れにも、そう言われた。
裏側のエリート街道を突っ走っていく予定だった小川にとって、
それは言いようのない屈辱。
「たとえ囮でも、そこで手柄あげればMVPになれますよね?」
飯田は何も答えられない。
・・・・・・あなたを評価するべき人間は、その時この世にいないかもしれないんだよ。
- 189 名前:第二章 投稿日:2003年03月23日(日)20時08分23秒
様々な想いを抱えながら、歯車は動き始める。
- 190 名前:第二章 投稿日:2003年03月23日(日)20時12分24秒
- >>185-189
- 191 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時18分24秒
「・・・・・・紺野も無茶するよな」
「誰かさんのおかげで」
軽口を交わしながらも視線は闇の中から外さない。
作戦決行二時間前、二人は新垣を救うべく車の中で待ち受ける。
驚くべきはその場所。
「・・・・・・・ホントに逃げられんの?」
「計算どおりなら」
「それがイマイチ当てにならない」
「完璧ですって」
首都東京のど真ん中、首相官邸から歩いて数分 ――― 特機本部の目の前で、
二人は静かに待機する。
- 192 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時19分03秒
理屈はわかる。
100%の確率でここを通ると言い切れる場所。
この時間のこの場所ならまず一般市民はいない上に、隙のない特機の連中が唯一緊張を
緩めそうな場所。 逃げるにしたって、首都高の渋滞もこの時間なら関係ない。
ただし ――― ほんの一瞬でも動きが止まれば、ほぼ間違いなく蜂の巣にされる危険地帯。
「死にたくなければちゃんと働くことですね」
「・・・・・・死にたいんだってば」
「今月のお給料払ってからにしてください」
- 193 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時20分21秒
交わすジョークは不安か緊張か興奮か。
紺野が震える自分の膝を握り拳で抑え込む。
無理もない。
これまで紺野の仕事は情報収集や裏工作、交渉など裏方に限られてきた。
銃弾が飛び血が流れる実戦の場に立つのはほとんど初めて。
「死んだら金払っても意味ないよな」
「じゃ、お互い二十五日までは生き延びましょ」
- 194 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時20分55秒
睡眠薬で眠らされた『荷物』を積み込んで走る二人。
一人は御機嫌、一人は不機嫌。 道のりは順調。
「こんなくだらない仕事するために入ったわけじゃないのになー。 ま、気楽だしいいか」
「うるせ、黙ってやることやれよ。 死にたくなきゃの話だけどな・・・・・・このミッション
しくじったりしたら、後がないからさ」
「それはマコトの都合でしょ? あたしは別にどうでもいいもんね」
「さすが上に可愛がられてるヤツは言うこと違うね」
「そういうこと。 早いトコ後藤さんみたいになりたいよ」
「・・・・・・あんたのそういうトコ、直した方がいいと思う」
「だって所詮囮の仕事に何を求めろっていうのさ? しかも絶対失敗しない保証つき」
「・・・・・・ナメてかかってもいいけどさ。 藤本をあんなんにしたのはあの人だよ?」
「そこはひっかかるけどねえ。 ま、お手並み拝見といきますか」
- 195 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時21分53秒
薄暗いアパートに響く安っぽいチャイム。
「あらま、久しぶりやん」
「おう、元気しとった?」
「おかげさんでな。 ちゅーかウチの飼い犬の方が血い余り過ぎて困っとるみたいやけど」
「こないだは悪かったな、ヤな思いさせて」
「ホンマやで。 吉澤のヤツ、マジギレしとったもん」
「勘弁してえな、ウチも宮仕えやから上の命令には逆らえんのよ」
「ええわええわ、気にせんでも。 どっちにしろ姐さんの頼みやったら断れへんもん」
「・・・・・・したら、もう一つだけ頼み聞いてくれるか?」
「ん、ええよ、何? ・・・・・・だいたい想像つくけどな」
一瞬のうちに背後に現れた二つの殺気を無視して尋ねる。
「悪いなみっちゃん。 ・・・・・・死んでや」
- 196 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時22分38秒
「来ましたよ」
「・・・・・・」
紺野の言葉に反応しない彼女。 そんな言葉よりも、闇に浮かぶヘッドライトに
身体と精神が否が応でも反応する。
腕。 ちゃんと動く。
脚。 問題なし。
指。 これもOK。
目。 きちんと見えてる。
耳。 針が落ちる音さえ聞こえそう。
心。 多少興奮してるけど大丈夫。
戦闘準備完了、ぬかりはなし。
怖いのは、些細な油断と計算違い。 そして、死にたいと思っていたさっきまでの ―――
むしろ普段の ――― 自分の感情。
そして目的のクルマが路駐していた自分たちの横を通り過ぎようかというとき、
彼女はアクセルを目いっぱい踏み込んで前に出る。
そんな感情なんかはもう捨てた。 今は身体が血を求めてる、ただそれだけ。
衝動に身を任せて依頼を消化していくことが自分のすべて。
- 197 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時23分09秒
それぞれの場所で、それぞれの理由で。
――― 戦闘開始の、ベルが鳴る。
- 198 名前:第二章 投稿日:2003年03月30日(日)23時23分50秒
- >>191-197
- 199 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時28分01秒
挨拶代わりにまずは一発。
サイレンサー抜きの轟音は、期待した音を聞かせないままフロントガラスに優しく
受け止められる。
「ちっ、やっぱ防弾かよ」
狙いを即座にタイヤに変える。 こちらは予想通り。
一瞬で丸剥げになったタイヤに足をとられて、くるくるとコマネズミのように回転する
GTR。 ナンバーはもちろん大使館ナンバー。
「紺野、援護!」
そう叫ぶや否や、彼女はドライバー連中には構いもせずにこちらを向いたトランクの鍵に
向けてぶっ放す。 三発目で我慢しきれなくなったトランクが悲鳴をあげて降伏すると、
その中にはクソ生意気な情報屋。
- 200 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時28分40秒
目標発見、生命に別状はない模様。
ほんの一瞬だけホッとすると、そこで初めて彼女は運転席に目をやる。
それぞれドアの陰に隠れこちらを向いている二人。うち一人はついこないだにも見かけた顔。
「小川か・・・・・・」
こちらの感情を手に取るように知られている ――― いくらなんでも、可愛がってた
後輩を即座に殺すようなことはしないだろうと。 恐らくは飯田の人選。
もう一人は知らない顔。 年のころは小川と変わらないぐらいだろうか。
スリムな身体の下に、鼻につくような殺気と血の匂いをかぎとって、彼女は憂鬱になる。
あれ、面白がって人殺せるタイプだな。
――― かつての自分のように。
- 201 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時29分25秒
「・・・・・・っつー、普通こんな場所でぶっ放すかな」
「だから言ったじゃん、油断するなって」
「なんかムカついたー、一発入れとかないと納得できないー」
「ちょっ、何してんのアイ? ここでムリしなくたっていいでしょ!?」
身を隠していたGTRのドアを、思いっきり音を立てて閉じる。
もうあと何分か持ちこたえれば、本部の連中も救出に来るだろうに。
相方の声を無視して、アイと呼ばれた人間が敵陣めがけてダッシュをかける。
「ったく可愛い顔して血ぃ昇りやすいんだからっ」
小川が止むをえずに援護射撃。
彼女はそれに動じずに突っ込んでくる敵を待ち受ける。
「紺野、こっち引き受けるから新垣攫って車に乗せとけ」
限りなく冷静な口調。
知らぬ顔とはいえ相手は特機。
死ねる可能性が大きくなる瞬間を、彼女は極上の笑顔で出迎える。
- 202 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時30分47秒
- 真正面から突っ込んでくる足元へ二、三発。
アイはそれを軽やかなステップでかわすと、一気に彼女との間合いを詰める。
・・・・・・強え。 ひょっとしたら小川よりも戦闘能力だけなら上いくくらいに。
体さばきが並ではない。 まるでダンスを踊っているかのような切り返しを
見せつけられたと同時に、アイが突然彼女の視界から消えた。
その瞬間に踵に走る衝撃 ――― 水面蹴り。
両足丸ごと前方に払われた勢いを利用して、バク転で体勢を立て直す彼女。
その隙に一瞬で彼女に詰め寄るアイ。
絶対にこめかみへと決まるはずだった左フックは、彼女の右手に止められていた。
- 203 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時32分29秒
「強いね・・・・・・けど、まだまだ」
余裕を見せる彼女。
止められるはずのない拳を止められたアイが、驚いた顔のままで硬直する。
「これならウチの紺野の方がまだイケてる」
「・・・・・・だってよ、あさ美」
今度は彼女が驚く方。
クルマの陰にいたはずの小川が、アイの後ろから静かに近づいていた。
静かに笑みを浮かべながら、かといって納得した笑みではなく。
しかし驚くべきことはそこではない。
後頭部に突きつけられた、冷たい鉄の感触。
- 204 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時33分11秒
「――― すみません、吉澤さん」
聞きなれた声。
パニックになりかける頭を一瞬で冷やして事態を理解しようとする。
・・・・・・裏切られた? 誰が? 誰に?
些細な油断と計算違いは、すぐ目の前に隠れていた。
思考はそこで止まった。
アイの手刀が彼女の延髄に落ち、小川の拳が鳩尾に入る。
ほんの数分の救出劇は、彼女の敗北と同時に終演ベル。
彼女が最後に見たのは、相棒だと思っていた人間の哀しげな笑顔だった。
- 205 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時33分52秒
――― CODE:A to CODE:F
目標確保成功、コレヨリ本部ヘ護送 ―――
―――CODE:F to CODE:A
了解、潜入捜査御苦労。 次ノ指示ガアルマデ待機スルヨウニ ―――
- 206 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時34分37秒
- >>199-205
- 207 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時35分29秒
- 第二章・了
- 208 名前:第二章 投稿日:2003年03月31日(月)01時36分05秒
- でわさようなら。
- 209 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月01日(火)00時43分58秒
- さようならかよ!
- 210 名前: 投稿日:2003年04月02日(水)07時56分09秒
- >>209
つかれちゃったから当分おやすみ。
もどってくるかもこないかも。
- 211 名前:第三章・プロローグ 投稿日:2003年04月26日(土)17時56分00秒
夢を見る。
同じ夢を何度も何度も繰り返す。
それはまだ見ぬ追憶の情景であったり、その手にかけた人々の呪詛であったり。
懐かしく思うこともなくなった。
良心の痛みもなくなった。
そもそも夢の意味を探るなんて、自分の趣味じゃない。
――― けれど、起きた後には必ず胸のどこかが苦しくなる。
彼女の寝覚めは、いつも悪い。
- 212 名前:第三章・プロローグ 投稿日:2003年04月26日(土)17時56分49秒
深い深い闇を照らす、冷たさに満ちた光。
それは歓びと絶望の訪れを彼女に告げた。
生まれてさえこなければ。
生まれてきたからこその。
覚えているはずもないのに、彼女はその瞬間を今でも思い出せる気がする。
昔の作家は、彼女を、そして同じ環境で生まれた人間たちをこう名づけた。
――― コインロッカー・ベイビーズ。
彼女は、人にあらざるモノから生まれた。
- 213 名前:第三章・プロローグ 投稿日:2003年04月26日(土)17時57分21秒
これはきっと夢。
そう。
それはただ過去のことを繰り返すだけの。
なのになぜ、こんなにも意識がはっきりしているのだろう。
- 214 名前:第三章 投稿日:2003年04月26日(土)17時58分02秒
「やーな夢、見ちゃったな・・・・・・」
カーテン越しの空は茜色に染まり、朝の訪れを告げている。
時刻は午前五時十五分。
あと十五分もすればドアの向こう側の廊下は人の行き交う音で騒がしくなり、
そしてまた昨日と同じ一日が始まる。
何とはなしに小さなため息をついて軽く伸びをすると、身体中の関節からバキバキと
音がした。
「むー、さすがに昨日はちょっとキツかったからなー」
誰に聞かせるでもないそのひとり言に、二段ベッドの上で眠っていた相棒が目を覚ます。
ボサボサになった髪の奥に、これ以上なく整った顔立ちと果てしなく眠そうな瞳。
快適な睡眠を妨害された側にできることは、布団をかぶって眠り直すか軽い皮肉で
チクチクと刺してやることくらい。
- 215 名前:第三章 投稿日:2003年04月26日(土)17時58分37秒
「・・・・・・珍しく早起きだね」
「いえいえ、いつものイシカワさんほどではございません」
「うっそ、私寝坊した?」
からかい返すような口調に相棒 ――― 石川梨華の瞳がぱっちりと開く。
布団をはねのけてベッドから飛び降りる ――― そして失敗して頭から落ちる ――― 姿を
見て彼女は思わず吹き出しながら、それでも落ちてくる相棒をしっかりと受け止めてやる。
「慌てなくてもいいと思いますよ、お嬢様?」
時計を指し示してやると、意地っ張りな相棒は照れ隠しのふくれっ面で
彼女の手をふりほどく。
- 216 名前:第三章 投稿日:2003年04月26日(土)17時59分12秒
「・・・・・・言われなくてもわかってたもん」
「はいはい」
彼女は肩をすくめてもう一度笑う。
朝のほんの些細なくつろげる空間。
それがあるからこそ彼女は今日一日を生き抜ける。
カーテンを開け、光を身体中に浴びる。
雀の鳴き声が遠くで聞こえた。
――― 地獄の一日がまた始まる。
- 217 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月26日(土)18時00分07秒
- >>211-216
- 218 名前: 投稿日:2003年04月26日(土)18時00分39秒
- 保全がわりってことで。
- 219 名前: 投稿日:2003年04月30日(水)21時34分01秒
- http://2style.net/maido/R3_temp.swf?inputStr=%88%C5%82%C9%8D%E7%82%AD%89%D8%81E%91%E6%8EO%8F%CD
実験。
- 220 名前: 投稿日:2003年04月30日(水)21時38分00秒
- 失敗した。
http://2style.net/maido/R3_temp.swf?inputStr=%88%C5%82%C9%8D%E7%82%AD%89%D8%81E%91%E6%8EO%8F%CD
- 221 名前: 投稿日:2003年04月30日(水)21時41分39秒
- 挫折。
- 222 名前:∬´▽`∬( ´D`) ◆ULENaccI 投稿日:2003年05月01日(木)10時38分17秒
- http://2style.net/maido/R3_temp.swf?inputStr=%88%C5%82%C9%8D%E7%82%AD%89%D8%81E%91%E6%8EO%8F%CD
じゃない?
%半角じゃないとあかんやろ
- 223 名前: 投稿日:2003年05月03日(土)22時10分10秒
- 半角になってくんないんだなこれが。
http://2style.net/maido/R3_temp.swf?inputStr=%88%C5%82%C9%8D%E7%82%AD%89%D8%81E%91%E6%8EO%8F%CD
- 224 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時10分53秒
「おはよう」なんてのんびりとした挨拶は、石川くらいにしか通用しない。
周り全てが仲間であり敵。
気づかないうちに背後を取られ、内臓ぶちまけられようが頭を吹っ飛ばされようが
文句は言えない ――― 言うヒマもないだろうが。
むしろやった側が英雄であり優等生。
やられた側は嘲笑と侮蔑を全身に浴びながら、裏の海へと投げ捨てられる。
ここはそんな人間たちを育てる機関。
特殊工作機動隊付属養成訓練所 ――― 通称養成所の中に、彼女たちは集められた。
- 225 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時11分34秒
豊かになったこの国の社会でも、彼女たちのような生まれ方をする人間たちは存在する。
コインロッカーや橋の下や時には道端に ――― まるでモノのように ――― 捨てられた
彼女たちの一部を引き取って、「国の為だけに死ぬ」人材を育て上げる場所。
守るべきものも失うものもない彼女たちは、国にとってまさにうってつけの消耗品。
過酷な訓練の途中、たとえ「不幸な事故」が起きても誰に責められることもない。
そして生き残った連中は、一人前の工作員として特機本隊へと配属され ――― そして
やはり死んでいく。
大方は「国の為に」と信じこまされた私利私欲の為に。
- 226 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時12分20秒
そんなことは彼女も重々理解している。
隔離されたこの空間でも、外の世界の情報は様々流れ込んでくる。
外部の世界を知らなければ、ある意味仕事にならないから。
けれど、それを知ったからといって決して逃げたり戦ったりしようとは思わなかった。
中には脱走を試みる勇敢な者もいたが、その全ては捕らえられ、
見せしめとして処刑されていた ――― しかも仲間であったはずの訓練生の手で。
別に死ぬことが怖いわけじゃない。
自分に勝てるヤツがいるとも思わない。
・・・・・・だけど。
- 227 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時12分52秒
ココロの中の疑問はたった一つ。
そして導き出される解も常に同じ。
ココ出たところでドコ行けばいいのさ? 樹海でサバイバルでもしてろってか?
十何年もここで暮らして、今さら一般社会に馴染めるわけないじゃん。
運命には抗えない。
あの冷たい箱の中に押し込められた時、あたしの生きる場所はここしか無くなったんだ。
――― 殺して殺して死んでいく。
それしか道が残されていないことに、彼女は気づいていた。
だから、無駄な抵抗もしなかった。
- 228 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時13分36秒
配給された食事を無理矢理口に突っ込んで、慌しい朝食を終えようとしていたとき、
背後から彼女の肩を叩く人影があった。
「・・・・・・」
「何もしないからさあ、それ引っ込めてよ」
「気配絶って近づくのって、趣味悪くない?」
「お? S級のエリートに認められちゃったよ。 フジモトもそろそろ昇級かな?」
後ろは振り返らないまま、しかし肩越しに構えた銃をゆっくり懐にしまい直す彼女。
不意に現れたその人物は、軽口を叩きながら彼女の隣に腰を下ろす。
「っていうか、気づいてたんなら振り向けよう。 あたしがバカみたいじゃんか」
「みたい、じゃなくてきっとそうなんじゃない?」
- 229 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時14分53秒
藤本美貴。
彼女が、石川同様養成所のなかで心を開く数少ない仲間。
石川とは少し違った藤本の明るさは、元来のんびり屋の彼女のテンションを
否応なく上げてくれる。
腕もピカイチ。
S級とA〜C級に分けられた養成クラスの中で、藤本が未だA級にとどまっているのは
養成所内でのちょっとした謎といってもいいくらいになっている。
「ホントにいい加減こっち上がってきなよお、いつまでA級で遊んでんのさ」
「いやいや、フジモトにはムリでしょー。 素行悪いしアタマ悪いし嫌われもんだし。
こないだもまた懲罰房入れられそうになってさあ、まいっちゃうよね」
「あ、それ訊きたかったんだ。 噂だけ聞いたんだけどさ。 またなんかやらかしたの?」
「教官室の酒かっぱらって飲んでたらみつかっちゃってー」
「・・・・・・やっぱバカだ」
「キミに言われたくないな、キミに」
- 230 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時15分24秒
二人、顔を見合わせて笑う。
周りの訓練生が、笑いあう二人を怪訝な目で眺めながら通り過ぎていく。
笑いあえる人間関係など、彼女や藤本の周りを除けば皆無に等しいから。
一人死ねばライバルが減る、他者に対してはその程度の認識。
かといってこの二人に銃を向けたりするものはいない。0.1秒で惨殺されるのが
目に見えている。
戦闘能力ではS級でもトップを行く彼女と、何でもありならそれを凌ぐとまで言われる藤本。
ライバルが減るのは有難いが、自分が生き残ってこその話。
- 231 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時17分23秒
まるで学校のようなチャイムが鳴る。
そろそろ訓練が始まるらしい。
「あ、やべ。 急がないと・・・・・・っていうかなんか話あったんじゃないの?」
「うん、けど夜でいいや。 そっちの部屋行くよ」
「わかった。梨華ちゃんにも言っとく?」
「どっちでもいいよー。 あーあ、憂鬱な一日が始まるねえ」
「今日の訓練、聞いてる?」
「S級は基礎訓と爆処理と暗号解読・・・・・・だったかな? うちらは一日かけて山中模擬戦」
「げー、解読嫌いー」
「やっぱヨッスィの方がバカじゃん?」
「・・・・・・アタマ使うのは梨華ちゃんに任せてるもん」
「自分でバカを証明してどうする」
「うるせうるせ。 ・・・・・・やば、ホントに遅刻する。 んじゃまた夜にねー」
そしてパタパタと駆けていく二人の足音。
遠ざかるもう一つの足音を聞きながら、彼女は少しだけ夜が楽しみになる。
- 232 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時20分21秒
なぜこんな夢を見るのだろう。
自分を責めるため?
あの娘たちの怨念?
・・・・・・バカバカしい。非科学的なことおびただしい。
それでも、そんな季節があった。
徐々に身体に染み付き始めた血の匂いの中で、だけどそこに誰かがいた穏やかな日々。
- 233 名前:第三章 投稿日:2003年05月08日(木)00時20分59秒
- >>224-232
- 234 名前: 投稿日:2003年05月08日(木)00時24分22秒
- ちょっとやる気出してみた。
またボチボチがんばってみるつもり。
- 235 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)23時41分30秒
- ヨンデルヨー
マッテルヨー
- 236 名前:第三章 投稿日:2003年06月05日(木)03時55分49秒
バタバタと倒れていく仲間たちを横目に、彼女は涼しい顔で基礎訓練を終える。
ここでの基礎訓練は、「別に命のやりとりはありませんよ」レベルの訓練。
走る、飛ぶ、泳ぐ・・・・・・。 基礎的な能力の底上げを目的にしているとはいえ、
内容はなかなかにヘビー。
工作員というよりは私兵養成機関。
最近はその色が濃くなってきている気がしているのは、何も彼女に限ったことでは
ないけれど、それに疑問を挟もうとは思わない。
挟んだところで訓練が緩くなるわけでもなし、生きていく為にはそれに従うしか
方法はないのだから。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月05日(木)04時02分55秒
「だいじょぶ?」
「・・・・・・」
なんとかかんとか訓練についていく程度の体力しかない石川を彼女が気遣う。
とはいっても、一般人と比べればとてつもない運動能力であることに変わりはないのだが。
石川は何も言えないまま、差し出された水を一気に飲み干してようやく一息つく。
フォワードとバックス。
特機の編成は、戦闘や諜報要員であるフォワードと、情報処理や戦闘指示を出す
バックスに分けられる。それらを組み合わせて一つの小隊や中隊が成り立っており、
バックス志望の石川にとっては、体力系、戦闘系の訓練はキツいだけの意味なし訓練。
ここ最近は明確な区別がなくなってきているとはいえ、石川の理想とする姿には
程遠いというのが目に見える現実。
それでも泣き言を言わないのは、ここにしか生きる場所がないのを彼女同様に
理解しているから。
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月05日(木)04時03分43秒
「夜さ、美貴ちゃん来るって」
「何しに?」
その冷たい視線と口調に、いつものこととはいえ彼女は辟易とする。
悪く言えばガチガチで融通の利かない石川と、「日々を楽しく面白く」がモットーの
藤本の性格が合わないのは当たり前といえば当たり前。
もっとも、藤本は石川など相手にしていない節もある。
あんな余裕のないバックスの指示で動くフォワードなんていないよ。
いつだかに藤本が述べていた石川評。
あんな好き勝手に動くフォワードいらない。
同じく石川の藤本評。
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月05日(木)04時07分46秒
間に入る彼女にしたらたまったものではないのだが。
人間関係などに気を配るよりは自分が生き残ることだけ考えていたいと思うのは、
ここでは誰もが同じこと。
間に入らざるをえないのは、二人をなだめられる力を持った人間が彼女以外にいないから。
さらに大きな理由は、彼女がまだ心の奥底まで醒めきっていなかったこと。
いずれ死に別れる仲間なら、生きている時間だけはせめてその仲間と共に。
彼女の基本理念は、いつだって正しくていつだって間違っていた。
- 240 名前:第三章 投稿日:2003年06月05日(木)04時11分02秒
「・・・・・・さあ? なんか話あるって言ってたけどね」
「どうせ悪いことのお誘いなんじゃないの? 私、興味ないから」
彼女は軽く肩をすくめて、それ以上は何も口にはしなかった。
来るなと言ったって藤本は来るし、意地っ張りの石川はきっと席を外すなんて気の
きいたことをするわけもないから。
うちらフォワードをなだめてすかして使えなきゃ、立派なバックスにはなれないよ。
そんなことを心の奥でぼんやり考えながら。
さらに悲劇的な ――― それは彼女にとってだけかもしれない ――― ことが
起きることなど、カケラも思いいたらずに。
- 241 名前: 投稿日:2003年06月05日(木)04時13分58秒
- >>236-240
短いですごめんなさい・・・・・・って読んでる人は数少ない。
自己満足のためにあげてみてるので同板の話の更新を
楽しみにしてる人にはごめんなさい。
- 242 名前: 投稿日:2003年06月05日(木)04時15分14秒
- >>235 アリガトネーマッテテネー
- 243 名前:235とは別人 投稿日:2003年06月07日(土)01時41分03秒
- >> 短いですごめんなさい・・・・・・って読んでる人は数少ない。
ソンナコトナイヨー マッテルヨー
- 244 名前:第三章 投稿日:2003年06月14日(土)21時29分54秒
「ヨッスィ、なんか面白いこと内緒にしてるやろー」
「仲間はずれはズルいよー」
いきなり飛んできた不意打ちのフライングチョップとドロップキックを
間一髪でかわしながら、彼女は器用に頭を抱える。
・・・・・・こいつら、聞いてたのかよっ。
S級最大の問題児。 というよりは、養成所史上最強の問題児たち。
存在そのものがテロリストの爆弾小娘。
小さな身体にどれだけの血を流し込めばこの暴徒たちは満足するのか、
誰にも未だにわからないまま。
- 245 名前:第三章 投稿日:2003年06月14日(土)21時31分41秒
二人のせいで戦闘不能に陥った訓練生は数知れず。
壊された備品の損害総額、青天井。
養成所での戦闘不能、イコール死。
なまじっかコドモなせいで、心の痛みを感じない二人。
蜻蛉の羽をむしる程度の気軽さに、無数の訓練生が犠牲になってきた。
小悪魔を通り過ぎて悪魔と呼ばれる二人。
その二人がなぜか、彼女や石川の前では天使の笑顔を見せる。
フォワード辻とバックス加護。
無敵のコンビはいつだって元気いっぱい、好奇心旺盛。
- 246 名前:第三章 投稿日:2003年06月14日(土)21時32分34秒
「別になんもないってば」
「嘘やー、絶対なんか隠してるー」
「隠してるー」
ピーチクパーチクさえずるコドモたちを適当にあしらいながら、彼女は隠しきれないと
気づいている。 元々隠し事も得意ではないのだが、それよりももっと気になること。
目の奥が笑っていない。
こいつら、その気になったら今この瞬間に互いの相棒以外の全てを殺しにかかれる。
負ける気もしないけれど、こんなところで意味のない命がけのバトル繰り広げるほど
バカじゃない。
「・・・・・・美貴ちゃんが夜うちらの部屋来るってだけだよ」
「つじも行くー」
「かごも行くー」
- 247 名前:第三章 投稿日:2003年06月14日(土)21時33分37秒
彼女はため息をつく。 諦めの表情を隠しきれないままに。
もしも断ったら ――― 二人は自分たちに秘密を持ったことを後悔させるような
強行手段に出るだろう。例えば藤本を殺すような。
それを黙って見逃せるほど他人に無関心ではないし、お人好しな性格がそもそも
それを許さない。
無意味な人殺しは好きじゃない。 ましてや、数少ない友人と呼べる存在同士がする
殺し合いなんて。
「・・・・・・いいけど、夜だからあんまりうるさくしちゃだめだよ。
教官とかに見つかったら懲罰房行きなんだからね」
「りょーかいっ」
二人のユニゾンとおどけた敬礼に、彼女はやるせなくなる。
別にこいつらが悪いわけじゃないんだよね。
それしか人との関わり方を知らないだけなんだから。
天使と悪魔の両面を持つ二人の背中を見ながら、彼女は微かに心の奥に痛みを覚えた。
- 248 名前:第三章 投稿日:2003年06月14日(土)21時34分30秒
そう。
このときは何もわかっちゃいなかった。
自分の大切なものだけを守れるこの二人が、いちばん正解に近い生き方だったかもなんて。
- 249 名前:第三章 投稿日:2003年06月14日(土)21時35分10秒
- >>244-248
- 250 名前:第三章 投稿日:2003年06月14日(土)21時35分52秒
- ちょっとずつちょっとずつ。
- 251 名前: 投稿日:2003年06月14日(土)21時39分47秒
- >>243 まあゆっくりと待ってていただけると。
- 252 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月14日(月)15時16分30秒
- 投票してくれた皆様ありがとう
- 253 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時29分57秒
そいつは窓からやってきた。
「窓、開けといてね」の警告どおり計画通り。
石川はそんな藤本に呆れた顔というよりは蔑みの表情を見せ、藤本は藤本で
涼しい顔で二人の部屋へと不法侵入。
「いいかげん普通に入ってくること覚えたら? イヌやサルじゃないんだから」
「こっちの方が面白いじゃん、悪いことしてるっぽくてさ」
「ぽいんじゃなくて悪いんです。 話終わったらさっさと帰ってね」
「別にあんたに用があるわけじゃないもんねーだ」
あいもかわらずの二人の会話は、彼女の頭を悩ませる。
- 254 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時30分37秒
殺気だった目で見つめあう二人。
街中なら悪くともちょっとしたケンカで終わりそうな空気は、ココでは
何でもありの殺し合いのゴングと一緒。
ブリザードの如く凍てつく二人の間の雰囲気に、彼女は慌てて間に入る。
なんであたしこんなことしなきゃいけないんだろ。
「落ち着きなってば、梨華ちゃんも絡まないの」
「別に絡んでないもん。 ふーん、ヨッスィは藤本さんの味方なんだ?」
「なんだー、嫉妬してるなら最初からそう言ってくれればいいのに」
藤本がふざけて後ろから抱きつくように彼女の首に手を回す。
頬と頬が触れるくらいの距離に顔が近づくと、一人仲間はずれの石川の頬が
ヒクヒクと動き出す。
やばいやばい、矛先変わっちゃうよ。
- 255 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時31分14秒
「美貴ちゃんも勘弁してってばさあ」
「いいじゃんいいじゃん、ヨッスィもまんざらじゃないっしょ?」
「ふーん、やっぱそういうカンケイだったんだ? なんなら教官に言って部屋変えてもらう?」
「だーかーらー、なんでそう険悪になるかなあもう」
だんだんと上がっていく三人のトーン。
同じペースで下がっていく部屋の体感温度。
抱きついたままの藤本、冷たい視線の石川、足りないアタマをフル回転させる彼女。
身体中が冷たい汗を感じ始めた頃、開けっ放しの窓から入ってくるチビッコ二人。
「・・・・・・あれ、何かの訓練?」
「のの、天然ボケもええかげんにしときや・・・・・・」
- 256 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時32分10秒
爆弾小娘二人のおかげで、なんとか人が生きていける程度の温度に戻った
彼女たちの相部屋。 相変わらず彼女にとっては針のムシロであっても、
そんなことは周りの人間たちにはお構いなし。
ガン飛ばし続ける石川、知らんフリで挑発する藤本、その場の雰囲気に一切気を配らない
辻に、気づいているのに気づかないフリで逃げようとする加護。
「いや、そんなジーッと見られると照れるんですけど。 あれ、ひょっとして
シットしてたのはあたしじゃなくてヨッスィに?」
「どこからそんな発想が出てくるのか確かめていい? その足りなさそうなアタマ
三つぐらいに叩き割って」
「ヨッスィ、おなかすいたー。 なんかないー?」
「のの・・・・・・あんたのその太い神経羨ましいわ・・・・・・」
・・・・・・いや、ちゃっかりお茶入れて飲んでるキミの方が凄いと思うよ、加護。
- 257 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時33分44秒
彼女が誰にもわからないようにひとつだけため息をついた後で、微妙になり始めた
部屋の空気を変えるように無理して作った笑顔が、本題への入口。
この雰囲気が延々続くよりは、さっさと話を終わらせた方がいくらかまし。
「美貴ちゃんさ、なんか話あったんじゃないの?」
「おお、忘れてたよ。 あんまし絡んでくる人がいるもんだからさ」
「絡んでるのはそっちでしょ? 人の部屋まで来て何がしたいの?」
「別にアンタの部屋に来たつもりはないんだけどねー、ヨッスィの所へ来ただけで」
「『相部屋』っていう日本語御存知? 知らなかったら教えてあげるけど?」
「二人とも・・・・・・話進まないから勘弁して・・・・・・」
辻と加護はマイペースにお茶を飲みながら、のほほんとこの風景を観察中。
その二人でさえも驚くビッグニュースを、藤本は「忘れていた」と言い切ってしまった。
「えっとね、来週選抜やるみたい」
- 258 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時35分07秒
部屋の空気が一瞬にしてとがったものへと変わる。
辻加護はおろか、話を早く終わらせたがっていた彼女までが目の色を変える。
「いつ!どこで!」
「方法は!」
「誰が選抜すんの!」
「合格するの何人なの!」
マシンガンをぶっ放せ。
ここぞとばかりに襲い掛かる血走った目に、藤本は少しばかり引きながらも ―――皮肉を
交えることは忘れずに ――― 不自然なほどの冷静さで的確に答えていく。
「試験は来週。 フォワードとバックス4人ずつ選んで試験。
バックス志望は実戦なしのペーパーとシミュレーション。
よかったねえ、イシカワさん?
フォワード志望は互いに1on1のタイマン勝負、組み合わせは抽選みたい。
選抜されるのは各二人、試験官は現役特機メンバー。 これでOK?」
- 259 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時35分52秒
選抜試験。
養成所に生きる人間たちにとって、ただ一つの希望の光。
監獄にロックをかけられた籠の鳥たちが、地獄の日々から脱出できる唯一のチャンス。
受験者は原則S級のみ。
合格者は当然特機本隊へ。 しかし、不合格者に再受験の道は原則残されていない。
受けたくても受けられないから。
――― ということは。
受かれば天国、落ちれば文字通り地獄の命がけサバイバルマッチ。
彼女たちがまだA級にいたころ、一人の天才がバトルロイヤル方式の試験で
その他の有望な訓練生たちを全員叩きのめしてしまったが故に1 on 1方式に
切り替えられたことは、伝説になって語り継がれている。
- 260 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時38分19秒
天国への扉が遠くに見えて、石川や辻加護が興奮するのも無理はない。
無理はないが、そんなときでも冷静さを失わない人間が一人。
「・・・・・・それ、どこで手に入れた情報?」
彼女の顔を見て藤本はへへっ、と笑う。
その悪びれない態度が藤本のいいところでもあり悪いところ。
「今朝言ったっしょ? 懲罰房行きかけたって」
「・・・・・・どっちが目的だったんだか」
「内緒内緒。 ま、いいコトもあったしね」
「いいこと?」
彼女は首をかしげる。
少し考えた後で、彼女は自分の想像に寒気を覚えた。
- 261 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時39分49秒
鉄壁の管理体制の教官室に忍びこまれた事。
トップシークレットのはずの試験情報を手に入れられたこと。
情報漏洩の危険があるにもかかわらず、犯人を見逃していること。
意味することは、一つ。
教官連と藤本の間で交わされた、何らかの裏取引。
「ま、そんなわけでフジモトも試験に参加しますんでおてやわらかにー」
A級訓練生の一言で幕を開けたサバイバル。
当人の口調は笑っているのに、顔はこれまでの微笑を消した阿修羅の表情。
さっきまでのヤンチャな笑顔はどこへやら。
- 262 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時40分53秒
「明日から殺し合いだから ――― この部屋なんか四六時中狙われるんじゃない?
S級のエースと天才の相部屋なんて、狙ってくれって言ってるもんだし?
あんたら二人が試験までにいなくなれば、うちらは間違いなく合格ラインに届くしね。
そうでしょ、辻加護?」
二人が口元に微笑を浮かべながら同意する。 それは獲物を前にした猟犬の顔。
三人の態度の変化に動揺を隠せない彼女と、変わらず藤本を睨み続ける石川。
藤本が部屋に入ってきたときの冷たさよりも、幾万倍もの凍てついた空気。
「静かに眠れる最後の夜だからさ、今日くらいは襲うのやめといたげる。
一週間、うちらに怯えて眠りなよ。 御希望なら今トドメさしてあげてもいいけど?」
「おあいにくさま。フォワードだろうがバックスだろうが、伊達にトップは張ってないの。
試験前に死にたきゃ襲ってくれば?」
石川の台詞に藤本の頬が引きつる。
「上等。 お互いベストで試験迎えましょ・・・・・・あんたらが死ななければね」
- 263 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時45分33秒
三人が部屋を出て行ってからも、彼女の動揺はおさまらなかった。
なんで? なんで? みんなあんなに仲良かったじゃん。
そこまでしてみんな外へ出たいの?
――― 仲間が殺しあうなんて ―――
そんな彼女を少しだけ呆れた目で眺める石川が、子供に諭すように
一言だけ呟いた。
「死にたくなけりゃ殺すしかないんだよ」
- 264 名前:第三章 投稿日:2003年07月16日(水)23時46分06秒
- >>253-263
- 265 名前: 投稿日:2003年07月16日(水)23時46分50秒
- ・・・・・・なんか文章変わったっぽい。
- 266 名前: 投稿日:2003年07月16日(水)23時47分41秒
- でわまたそのうちに。
- 267 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月17日(木)01時03分50秒
- キテター
緊迫してきましたなー。
タノシミタノシミ
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月18日(金)15時24分39秒
- おどろくほど面白かった。
こんなのを見逃していたなんて鬱。
作者さん、すごいっす。
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月21日(月)01時37分05秒
- 一気に読んでしまった
これに気付かなかったとは、漏れのバカ!
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月01日(金)15時22分31秒
- 初めて読みました。
すごいおもしろいですよー毎回緊張して気が抜けません。
最後までついていかせてもらいます
- 271 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時17分21秒
たぶん、知っていた。
あそこにいる以上、そんな日が来るって。
今なら言える。
あたしが甘かったんだと。
――― そして正しかったと。
- 272 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時18分00秒
昨日と同じ朝は二度と来ない。
頭で理解しようとしても、現実がそれを拒否するように、容赦なく自分の命を奪いにくる。
ベッドを抜け出して部屋のドアを開けようとした瞬間に、彼女と石川の背筋を走る違和感。
ドアノブを回したまま固定して、蝶番のビスを外して反対側からドアを開ければ、
そこには辻お得意の爆弾トラップ。 そのままドアを開けていれば一瞬でドカンの
危険極まりない火薬の山。
笑顔で肩を叩き合った友たちは、最も危険な敵へと姿を変えた。
- 273 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時18分48秒
「よろしくっ」
笑わない瞳に満面の微笑。
S級軍隊格闘技訓練に突然表れた藤本。
「・・・・・・昇格おめでと」
力いっぱい仏頂面の彼女と石川。
ここに藤本がいる理由などただ一つ ――― 裏取引の原因と結果。
選抜試験受験資格は原則S級訓練生のみ。
藤本と教官連の会話はいたって単純。 侵入したコト黙っててやるから選抜受けさせろやコラ。
朝も昼も夜も狙われ続ける彼女たち。
- 274 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時21分16秒
藤本の正拳が彼女の頬に紅いラインを描き出す。
訓練中の武器使用は許可された場合のみ。そんなルールなどお構いなし ――― いや多少
遠慮しているのかもしれない。
なぜなら目に見えるような武器は持っていないから。
握りこまれた手のひらに収まる暗器でもなければ、彼女が間合を測り間違えるはずもなく。
本気の眼差しが痛い。
・・・・・・ホントに、殺す気なんだ。
- 275 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時22分06秒
切り返す彼女の回し蹴りにはスピードもパワーも感じられない。
どこかで浮かんでくる躊躇いが、相手に致命傷を与えようとする自分の身体を制御する。
この期に及んでまだ殺し合いを避けようとする彼女。
アタマじゃわかってる。
自分だって藤本か辻がいなければ試験はかなり楽になる。
生き残ってナンボ、そのためなら手段は問わない。 藤本たちは正しいことを
しているだけ。
カラダが、ココロが、それを拒否するだけ。
- 276 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時22分36秒
石川もまた戦争中。
バックス必需品の個人用ノートPCに侵入してきたハッキングプログラムを駆除するのに
四苦八苦。 仕掛けたのはもちろん爆弾小悪魔の頭脳労働担当・加護亜依。
もちろん石川も黙ってはいない。
書き換えられていくプログラムを上回るスピードで修正プログラムを打ち込んでいく。
コイツがパーになってしまったら、選抜なんて話にならない。
それだけの情報を手元のPCに叩き込んである。
それは石川本人だけではなく、フォワードの命運さえ握るもの。
- 277 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時23分06秒
バックスは情報が命。
全ての情報をその手元にかき集め、そのなかの必要なものの取捨選択があって
初めてフォワードに指示を出せる。
感覚で指示を出すバックスに命を預けるフォワードなどいない。
それは3歳児が運転する車の助手席に乗るようなもの。
一つ彼女と石川が違うのは、石川は彼女ほど甘くない。 そして何より有能。
ウイルスを全て駆除すると、時限爆弾つきのウイルスをサーバーを通じて手当たり次第に
バックス訓練生のPCへとぶち込んでいく。 期限はもちろん選抜当日。
売られた喧嘩はキッチリ買う。
その気の強さがなければ、養成所で生き残ることなど出来なかった。
同部屋の相棒が良心の葛藤に悩む中、片割れは既に戦いの愉悦に身を投じていた。
- 278 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時23分47秒
そして、誰よりも濃密でどんな時代よりも純粋に悩み続けた一週間が終わる。
己の武器と誇りと生への欲望をそれぞれ抱えて迎えた運命の日 ――― 選抜試験、到来。
- 279 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時24分41秒
- >>271-278
- 280 名前:第三章 投稿日:2003年08月19日(火)00時28分18秒
- わあびっくり。レスいっぱい。夏休みは偉大だ。
>>267 さほど期待せずに待ってていただけると。
>>268 絶対驚くほどではないと思われますが。
>>269 むしろ賢いのではないかと。
>>270 追い越されそうで不安です。
- 281 名前: 投稿日:2003年08月19日(火)00時28分58秒
- それではまた当分先に。
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月21日(木)22時16分02秒
- ひぃぃぃ!
選抜試験をよっすぃーがどうやって切りぬけたのか
他のメンバーはどうなったのか?
先が非常に気になります。大人しく待ってます
- 283 名前: 投稿日:2003/09/24(水) 21:32
- おヒマな方はもうしばらく待っててください
>>282 どうしようか考えてはいるんですけども微妙。
- 284 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/25(木) 19:23
- ものすごく暇なので待ちます
- 285 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/28(日) 03:31
- シュリとか亡国のイージスより厳しいな
- 286 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 01:54
-
彼女は暗い部屋の片隅で膝を抱える。
眠れない。
眠らない。
その日がついに訪れた。
受験有資格者は前日に発表された。
予想通り彼女と石川、そして辻加護藤本他三名。
受験拒否は許されない。
逃げたら死、負けても死。 生き残る術は唯一つ。
開き直ったつもりなのに、それでも彼女の葛藤は治まらない。
石川は既に呼び出され、意気揚々と受験会場へ向かった。
・・・・・・あそこまで自分は割り切れない。
それでも現実は目の前に迫り来る。
- 287 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 01:54
-
太陽が燃える音が聴こえそうな程に静まり返った部屋で、彼女の精神は少しずつ少しずつ
その重圧に耐え切れないまま蝕まれていく。
殺せ殺せ殺せ。
逃げろ逃げろ逃げろ。
死ね死ね死ね。
単純な三択問題が頭の中を駆け巡る。
――― そして彼女のココロは逃げ道を見つけた。
- 288 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 01:55
- 配られた書類がパラパラと音を立てる。
それを念入りに読む者、ざっと目を通す者、ハナから読む気さえない者。
十人十色、人それぞれ。
書類の中身は「立派な人殺しのセンスがありますか」的履歴書。
目を通すのは国内無敵の現役特機メンバー。
「面白いの、いそう?」
「まあボチボチやな・・・・・・。 違う意味で引っかかるヤツはおる」
「違う意味?」
鼻ピが尋ねる。オフィスヤンキーが答える。
ニヤリと笑ったヤンキーは、手にした資料をパン、と叩いた。
- 289 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 01:56
-
「ま、とりあえずそれは後まわしにしとこか。 みんな資料読んだか?」
「読んだー」
「読んでないー」
「読む気ないー」
幼稚園もかくやというようなお気楽な人間の集まりが、世界各国の裏側で暗躍する
連中だなんて誰が思うだろう。
「あんたら頼むからきちんと読んでえや、自分らの後輩になるんやで?」
「別にこんなん読んだってわかんないじゃん、実際やらせてみないと」
「まあな、実際のトコ後藤みたいなヤツもおるからなあ・・・・・・」
「ほえ、呼んだ?」
- 290 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 01:58
-
眠さをどこまで我慢したらこんな表情ができるのか、という顔でサカナ顔が頭をあげる。
書類審査はリギリ通過、実戦試験は断トツトップ。 受験者全員皆殺しかつ試験方法変更の
伝説を作り上げた張本人は、きわめてのほほんとした目でヤンキーを見上げる。
「後藤、よだれよだれ」
「あう」
口元を拭くその仕草はまだまだコドモの匂いを隠さない。
それでも手にかけた人数は数知れず。
戦場に立った瞬間に人格が豹変することを、仲間以外は誰も知らない。
知った頃には死んでいるから。
- 291 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 01:59
-
「ねー、それよりさあ、いちーちゃん何でこないのー?」
「紗耶香はなっちと一緒に合コン中」
「何だよそれー」
「行きたかった?中南米の共産ゲリラの皆さんと、自己紹介なしの実弾撃ちあいだけど」
「・・・・・・謹んで御遠慮」
鼻ピが眠たげな後藤をなだめながら笑う。 その横で苦笑いしながらヤンキーが話を進める。
石黒彩と中澤裕子。
問題児たちを一手にまとめる特機のリーダー格。
「んじゃ、今日のスケジュール説明するで。 説明するほどのもんでもないけどな。
午前中がバックス、午後がフォワードの試験な。
バックスは明日香と圭坊、フォワードは圭織、矢口、後藤が中心になって見たってや。
そんな難しいこともないやろけど、なんかあったら言うてきて」
「裕ちゃんたちはー?」
「ちっとばかし用があってな・・・・・・適当に後で合流するわ。 そんな時間もかからんやろけど」
- 292 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:01
-
石川が受験会場の扉を開けたとき、そこにいたのはクソ生意気なチビ一人だけだった。
この一週間、藤本と辻が彼女を狙い続けたように、石川と加護もまた互いに潰し合おうと
水面下の戦いを繰り広げていた。
「・・・・・・こないだはどうも」
「こちらこそ結構なお返しをいただきまして」
加護が送り込んだウイルス、石川が送り返した改良型。
加護の表情を見る限り、駆除には成功したらしい。
石川は軽く舌打ちしながら、加護の隣に腰をおろす。
「っつーかえげつないで、アレ。 養成所のサーバーごとイッてもうたんやない?
ウチでもそこまではせえへんかったのに」
「訓練生ごときに破られるシステム作る方がバカなのよ」
「並のヤツには破れんて・・・・・・」
「ま、あたしはチョコチョコあいぼんのプログラムいじっただけだし?
怒られるのはあいぼんでしょ」
ここまで来ればあとは運。 選抜に選ばれるヤツなんて、どいつも大した差は
ないのだから。
だから二人は余裕を持って互いと会話できる。
- 293 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:01
-
くだらない話をしながら時間は過ぎる。
そして指定された集合時刻を過ぎた頃、二人はやがてそこで起きた異変 ――― 何も
起きない異変と言うべきかもしれない ――― にそろそろ気づき始める。
「・・・・・・やっぱ、変だよねえ?」
「梨華ちゃんもそう思う?」
二人の後に続いて入ってくる者がいない。
前日の発表によると、あと二人バックス受験者がいるはずなのに。
さらに、藤本がリークした情報 ――― 試験管であるべき特機メンバーさえ現れない。
「どうする?」
「待つしかないんやない? っていうかたぶん梨華ちゃんのせいやと思うけど」
「あ、やっぱり?」
時計の針は、ゆっくりと進む。
- 294 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:02
- 「・・・・・・あ」
最初に異変に気づいたのは、猫目の女性だった。
手にした資料以外の受験生のデータを引っ張り出そうと、養成所のサーバーに
アクセスしたとたんに手持ちのPCが凍りついた。
「どうする、明日香?」
「どうもしないよ、別に」
「そう言うと思った」
福田明日香と保田圭、特機バックス。
最前線で動くフォワードたちを操る特機の頭脳。
言葉とは裏腹に福田の表情は不機嫌そのもの。
それもやむなし、何せココのファイアーウォールを作り上げたのは、福田明日香張本人。
数年前の話とはいえ、訓練生ごときに破られた屈辱は並大抵のモノではない。
- 295 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:03
-
福田は自分のPCを保田のそれに繋ぐと、怒涛の勢いで修正プログラムを打ち込んでいく。
打ち込んでいきながら、そのプログラムの精巧さと悪辣さに舌を巻く。
・・・・・・うまいコト作ってあるわ、コレ。
普通の訓練生レベルじゃ手も足も出ないだろうな。
十五分ほどかけて福田が保田のPCごと修正を終えると、保田が発信元をトレースし始めた。
現時点で生きているPCは2台のみで他は全滅、試験なんかは以ての外。
この二人しか考えられない。
「・・・・・・コイツらだね」
「さっすが圭ちゃん、シゴト早い」
福田がディスプレイを覗き込む。
石川梨華と加護亜依、か。
ま、とりあえず合格にしといてあげましょ。
福田は密かに ――― 保田にも気づかれぬよう ――― 笑った。
・・・・・・実はあんたらよりも先に侵入したヤツがいるんだけどね。
- 296 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:05
-
「へ?」
「・・・・・・っていうことは・・・・・・」
「聞こえなかった?二人とも合格」
「フォワードの試験が終わったら正式発表すると思うけど、まあとりあえず」
集合時刻を十分ほど過ぎて控え室にやってきた福田と保田の言葉に、石川と加護が
顔を見合わせる。
結局他の受験生は来場さえしなかった。
手持ちの武器が死んでる状態で、試験を受けるのが得なのか損なのか。
どっちにしろ死ぬなら前者を選ぶべきと思うのは、少しばかり浅はかなのかもしれない。
もう一つだけ、ゼロに等しい確率で残された道を選ぶ者もいる。
それは決して報われることのない願い。
「来なかった連中も強制招集かけてあるから ――― 来れなかったっつーのが正しいんだろうけど。
そろそろ追手も追いつく頃でしょ」
- 297 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:05
-
それはともかくとして、控え室に来て、バカ話をして、それで試験終わり。
あまりにも拍子抜け。 生き延びることができた実感など湧きようがない。
「結構いい出来だったよ、あのプログラム。 訓練生レベルにしちゃ上等」
「ま、まだまだ修行は必要なんだけど。 今日のところはってことで」
福田と保田の言葉で、ようやく肩の荷が下りたように加護がため息をついた。
その傍らで石川は自信作をあっさりクリアされたことに微かな戸惑いを見せる。
「よかったあ・・・・・・。 最悪落とされたら、フォワードの試験に飛び入りしたろかって
思ってたけど」
「無理だね。 ってかそいつはちょっと認識甘すぎ」
- 298 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:06
-
その言葉と同時に、加護の鼻孔から流れる紅い筋。
二人とも何が起きたのかさえ把握できない。
保田が血に汚れた拳を拭きながら意地の悪い笑みを浮かべる。
見えない裏拳。
「圭ちゃんよっか弱いクセにフォワードなんて務まるわけないでしょ」
「あたし、前じゃ使い物にならないからって後ろに回されたんだ」
石川の脳裏に彼女のことが思い浮かぶ。 そして軽く頭を振り、まずは自分の身を
守れたことに感謝し、そして目標を定めた。
アレを十分かそこらでサーバーごと立て直されるとは思わなかった。
福田と保田。 とりあえずは、あんたらに勝つ。
- 299 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:08
-
「やってもうたなあ・・・・・・」
「毅然として対応すればよかったのにねえ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、何の話?」
「焦っとるのが何よりの証拠や」
石川が闘志を燃やしている頃、所長室の中で中澤が手持ちの38口径にマガジンをつっこむ。
カシャンという音の横で、石黒が既に抜いた銃の先を向ける。
その先には命乞いをする一人の女性 ――― 養成所長、信田美帆。
「いっくらなんでも昇級一週間で選抜受験はないやろ」
「・・・・・・しょうがないじゃない、優秀なんだから」
「日程の連絡を入れたのが二週間前。 藤本の昇級が一週間前。
で、いきなり選抜試験。 何かあったって考えるのが自然でしょ?」
信田の頬を冷たい汗が流れ落ちる。
「・・・・・・弱み、握られたやろ」
- 300 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:08
-
「どうせ流れたのは日程と内容ぐらいやとは思うけどな、トップシークレットが
漏れた、っちゅう方が重要やねん」
「藤本を処分するなりなんなりしとけばさ、アタシらもまだかばうことできたんだけどさ」
信田は観念したように言葉を発しない。
中澤と石黒は、ほんの少しだけ辛そうな表情を見せながら信田の表情を探る。
何も否定しないその姿を見て、二人は心の片隅で安心する。
言い訳無用。 捕まったなら何かを喋る前に死ね。
特機のスピリットは、養成所のような末端まで行き届いている。
そしてもう一つ。 心の痛みはどこかへ置いておかなければいけないこと ―――
例え仲間であろうとも、正確な情報をフィードバックできない者にはそれ相応の処分を。
信田の隠蔽行為は、特機本体だけでなく、上部組織であるJCIAや下部組織である
養成所への裏切り行為と判断された。
「・・・・・・ゴメンね」
石黒の銃が微かな火花を飛ばす。
瞬間、信田の眉間に黒い穴が開いていた。
- 301 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:09
-
中澤がゆっくりと首を振る。
「・・・・・・後味悪いな」
「裕ちゃんは優しすぎるから・・・・・・」
仲間を撃ち殺した後悔は、一生忘れることのできないもの。
それでも、そのときの二人には他に道もなく。
「優しいわけやない。 みんなに一生引きずるモノを背負わせたくないだけや」
「それを優しさっていうんだよ。 それに・・・・・・」
「なんや?」
「養成所上がりはみんなそれを経験してる。 乗り越えなきゃタフにはなれない」
「・・・・・・いつまでこんなこと続けなあかんのやろなあ」
「さあ?」
副長の立場で石黒は笑った。 笑うしかなかった。 トップが情に流されるのなら、副は
誰よりも非情にならなければという信念めいた重圧の故。
それでもただひとつだけ言えること。
「アタシがなんかやらかしたらさ、裕ちゃんが殺してよね」
- 302 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:10
-
些細な、そしてそれぞれにとって重要な時間が過ぎた。
そして午後。
午前に起きた事件の顛末を知ることなく、彼女は控え室に向かう。
その瞳は限りなく紅く。
意思を飛び越えた何かを胸に秘めて。
- 303 名前:第三章 投稿日:2003/10/11(土) 02:11
- >>286-302
- 304 名前: 投稿日:2003/10/11(土) 02:13
- >>284 ホントにヒマなんですねー・・・・・・
>>285 両方とも未読未見ゆえ反応できずに申しわけなく。
- 305 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 17:53
- マジおもろい
- 306 名前:名無し靖幸 投稿日:2003/11/13(木) 00:59
- いつも読んでます。
へぽたいや。
- 307 名前:生存報告 投稿日:2003/11/13(木) 23:59
- 生きてます。来月アタマくらいまでにはなんとかしたく。
>>305 そのひとことで報われたり報われなかったり。ありがとう。
>>306 もうちょっと待ってていただけるとありがたく。なぜなら三週間ハネムーンのふりをして旅に出てるからです。
- 308 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:35
-
闇が、充満していた。
飯田・矢口・後藤のフォワード試験官組。
百戦錬磨のその三人でさえ、一瞬たじろぐような深い深い闇。
学校の教室のような造りの部屋の四隅から、突然扉を空けた見知らぬ侵入者へと
受験者たちが各々殺気を投げかける。
廊下側手前に、爆弾小悪魔・辻希美。
窓側手前、バランスの良さでは藤本を凌ぐと言われるS級訓練生、里田舞。
廊下側後ろ、元「最強のA級」藤本美貴。
この程度の殺気なら適当に受け流せる。
くぐった修羅場は数知れず。 そんな三人の足を止めたのは、入口から最も遠い所から
伝わってくる波動。
その違和感に他の受験生たちも気づいているようで、決してその人物に背中を見せず、
気配を探りながら警戒を怠らない。
天才と呼ばれながら、その才能の片鱗さえも見せなかった彼女。
それが本気になった様子に、受験生たちは一抹の不安と恐怖と緊張を覚える。
- 309 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:37
-
「カオリ、でかいクセに立ち止まられると後ろが迷惑」
その雰囲気を壊したのは、つい先程までおやすみモードだった後藤。
最年少にして最強の特機エースは、押し付けられる殺気にあてられたように、
好戦的な態度を露にする。
「この程度の殺気、戦場出れば珍しくもないじゃん・・・・・・あ、ある意味珍しいか」
振り返る飯田と矢口。
後藤はニヤリと笑った。
「こんな弱っちいの集めたって、そこらの少年兵一人よっか役立たずでしょ」
- 310 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:37
-
「・・・・・・安い挑発、あんたの悪いクセだよ」
三倍ほどに膨れ上がった部屋中の殺気を無視して飯田がなだめる。
矢口はといえばケタケタと笑いながら、「そういやそうだ」と部屋の前に備え付けられた
教壇らしきものの上に飛び乗って腰をおろした。
「ごっつぁんの言うとおりだわ。オイラ一人でもラクショーで勝てそうだもんね」
もちろん飯田も矢口も気づいている。 この挑発に彼女が乗ってくるのかを後藤が試したと
いうことを。 だから火に油を注ぐような言動で、それを煽った。
明らかに彼女一人だけ、身体に纏うオーラが違う。 穏やかな殺気とでも言えばいいのか。
今すぐ特機に入れても何の違和感もないような感覚。
- 311 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:38
-
これが本当の姿だとしたら、無試験で特機に上げてもいいくらいの「強者」のオーラ。
挑発に乗るようなら、まだまだ所詮は訓練生。 クール&ドライが売りの特機には
不似合いの極致。
――― そして彼女は、その挑発を受け流した。
聞こえていなかったわけでもなかろうに、穏やかな表情の奥に紅く光った瞳を宿したまま、
彼女は唇を少し歪めただけだった。
「あたし一人であんたたち三人でも勝てるけどね」
言葉にはしないが、その意思だけは明確に伝わる。
飯田たち三人は、それを苦々しく見つめながら、教壇の前に立った。
――― 今年も面白くなりそうだ。
そんな思いも胸に秘めながら。
「それじゃ、説明始めます」
特機フォワード選抜試験、開始。
- 312 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:38
-
ルールは至って単純。
何でもありのバーリ・トゥード。 但し飛び道具は使用不可、刃物は使用可。
戦闘不能もしくはギブアップで試験終了。 後者を選んだ受験生、未だゼロ。
概して、土壇場になるとバックスよりフォワードの方が腹が据わるらしい。
どうせ死ぬなら道連れに、は特機フォワードとしては最低限のノルマ。
そしてもう一つ。
過剰な負傷を負った場合は、勝ったとしても不合格。
特機の本来の仕事は一対一の格闘にあらず。その先にあるミッションを
クリアできないような負傷を負う者に、特機の仕事は任せられない。
- 313 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:39
-
ごく簡単な説明の後、四人が対戦相手を決めるクジを引く。
結果は、辻VS里田。
そして、藤本VS彼女。
辻と里田は「今の」彼女と戦わずに済んだ安堵のため息を少しだけ漏らし、
そして目の前の敵を倒すことに全神経を注ぎ込む。
藤本。 強い者と戦える興奮、そして己の命を投げ出すことになるかもしれない恐怖を
無理矢理押さえ込んでガンを飛ばす。
彼女は相も変わらずの様子で、挑戦的な視線を受け流しながら強張りかけていた
全身の筋肉をほぐす。
試験官三人に連れられて、養成所内の格技場に辿りついた四人。
――― 生きてドアを出られるのは、二人。
逃げ場所は、もうない。
- 314 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:39
-
格技場の中央に向かい合う辻と里田を、別室のモニタから特機メンバーが眺める。
午前中の選抜で合格した二人も一緒だ。
「どっちー?」
「里田に一万」
「同じくー」
「ちっちゃい方に三万でー」
「明日香ってばギャンブラー」
飛び交う声の中で、石川と加護はその呑気さに舌を巻く。
こいつらは、人の命が金よりも軽いことを知っている。
所詮兵隊の命など使い捨てだということを。
二人は、交わされる会話にどこかしら影が差していることに気づいている。
自分たちの命もまた使い捨てだと割り切っているからこその言葉の響き。
そして石川と加護もまた、そういう世界の入口から中に進んだ。
不謹慎だとは思っても、先輩たちを責める気にもなれず、二人は静かにモニタを見上げた。
- 315 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:41
-
開始の合図直後に、辻が飛び出した。
抜群の筋力をフルに生かしたダッシュで、一気に間合を詰める。
長期戦になれば、体格とスタミナで不利。 そう判断しての速攻。
待ち構える里田もそのあたりは十分に理解している。飛び込んでくる辻に左ジャブを
放って牽制すると、一瞬動きの止まった辻に、退きながらの右ボディ。
こんなんで終わるとは思っちゃいないよ。 時間かけて楽しもうよ。
辻はひるまず特攻を繰り返す。 里田の武器であり弱点は、その長い手足。
射程距離が広いかわりに、懐に入られるとかなり脆い。 もちろん辻も理解している。
足を止めての打撃戦が、辻の勝機は最も高い。
にげるなよー、一緒にあそぼうよー。
- 316 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:41
-
辻は愚直に里田めがけて突進する。
里田はそれを紙一重でかわしながら離れ際に一発、二発と入れていく。
単調な繰り返しが幾度か続いた頃、モニタを眺めていた石川と加護の後ろの扉が開いた。
「おっ、おかえりー」
「何してたの?」
目の前のメンバーたちの反応で、入ってきた人間が特機のメンバーだと気づく二人。
金髪碧眼のオフィスヤンキー、鼻ピ茶髪のインチキパンクス。
「遅くなってスマンな、引き継ぎやってたさかい」
「誰のー?」
「シノからりんね」
「ふーん」
誰も興味を示さないのは、信田が何かヘマをしたのだろうと気づいてるから。
そして特機の懲罰は死あるのみ。
死んだヤツのことよりも、自分が今どうやって生き残るかの方が遥かに重要。
- 317 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:43
-
「それよっかどうなの、今年の連中は? バックスは終わったんだろ?」
「そこに立ってんのがそれ」
「おう、明日香と圭のおめがねにかかったヤツなら安心だね。 アタシ、石黒彩。 よろしく」
差し出された右手に、慌てて手を差し出す二人。
「あ、石川梨華です」
「加護亜依です」
「適当にがんばってな。 バックスでもヘマやらかしたらコレもんだから、
気合入れざるを得ないだろうけど」
石黒がクビを手刀で切り落とす真似をしながら豪快に笑った。
それを見た二人は、頼もしい先輩を得た安堵と己の仕事への緊張を改めて感じる。
「彩っぺ、遊んどらんとちゃんと見いや」
「あーい」
金髪の言葉に我に返ったように、二人は再びモニタを見上げる。
そこには、この僅かな時間の間にボロボロに傷ついた辻の姿があった。
- 318 名前:第三章 投稿日:2003/11/30(日) 14:44
- >>308-317
- 319 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/01(月) 10:36
- あげ忘れ
- 320 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/02(火) 17:16
- 更新待ち続けてDog daysな一読者です。
今回も面白かった。
- 321 名前:読者 投稿日:2003/12/02(火) 18:55
- おもしろいなぁ。
飽きというものを感じさせない。
次回も期待しております
- 322 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/03(水) 22:24
- 毎回、待つかいがあるんだよなぁー
- 323 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:40
-
ほんの一瞬目を離した隙に見せた、里田のラッシュ。
辻の間合には入らないように、遠めの距離からの突き蹴り連打。
カウンター重視の戦い方を切り替えた里田のラッシュに、
辻はどうしようもなくただその場でガードするのみ。
下がっても里田の距離から出られるわけでなし、玉砕覚悟で突っ込めばカウンターの
ヒザヒジが待っている。故にカメのように身体を守る。
「だいじょぶや、全部ガードしとる」
そう呟いた加護の声は、まるで自分自身に言い聞かせているよう。
つないで握りしめた手のひらの汗に、石川は加護の願いの強さを思う。
相棒の痛みを分け合いたいと祈る、加護の願いの強さを。
- 324 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:40
-
最初は、特に意識する存在ではなかった。
親に捨てられ国に拾われ、気がついたときには常に隣にいた。
何となく一緒にいるうちに、いつの間にかコンビに見られるようになっていた。
それが居心地悪かったわけではなく、むしろ良かったからこそ比較されるのを加護は
嫌った。 だからバックスを選んだ。
マトモに立ち向かえば、自分は全てにおいて辻に勝てないことを知っていたから。
それでも加護は祈る。
ずっと一緒に昇級してきた相棒のために。
ウチ一人で上に上がったってつまらんやん。
のの、負けるな。
- 325 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:41
-
辻は考える。
一見天然のように見えて ――― それは決して間違ってはいないのだが ――― 実は
理屈でモノを考える辻。
クールに見えて実は激情家、アタマに血が上りやすいのは加護。
二人の違いは「考えたことを言葉にできる」かどうかの差。
だから二人の間では、リーダーシップは加護が取る。
スタンディングの打撃戦なら勝ち目があると思っていたのに、そうは問屋が卸さなかった。
里田のガードと長いリーチの前に、打撃戦どころか懐にすら入れない。
どうするどうする。 こまったこまった。
とりあえずあの腕と脚が邪魔だよなー。
なら、片方だけでも使わせないようにしよう。
よし、作戦決定。
- 326 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:41
-
直線的なダッシュをやめて、辻は里田の周りをまわりだす。
弧を描くステップに、里田は戸惑いをみせる。
もとよりスピードだけなら辻の方が上。
今度は逆に、辻がヒットアンドアウェイ。 ローキックを一発入れては里田の射程外へと
ステップを踏む。
里田は焦る。
このまま突っ込んで来続けてくれれば楽だったのに、スピードで上回る相手に
フットワークを使われては、一気にこちらが不利になる。
焦りは余計な力を身体に入れ、先程まで自分が見せていたフットワークは
見る影もなくなる。
めくらめっぽう突き出す拳も脚も、空しく空を切るばかり。
だがしかし、辻の作戦はまだ完結しない。
- 327 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:42
-
繰り返したローキックと焦りのせいで、足が止まる里田。
それを見た辻が、ようやく本気モードに入る。
そろそろいいかな?
自分の脚に力をこめる。
スピードを上げて様子を見る。 里田は明らかに辻の動きについてこれていない。
よし。
決断すると攻撃も早い。
里田のサイドにまわると、それまでローキック一本やりだった足への攻撃を、
足払いに切り替える。
反応する間もなく倒れこむ里田。 懸命に前受身をとるものの、背中に辻の体重を
感じて全てを悟った。
詰み。
- 328 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:42
-
辻の出した答は、グラウンド勝負。 これなら足技はとりあえず封じられる。
バックを取れればなおよしだったが、こんなにうまくいくとは思わなかった。
里田の背後からチョークスリーパー。
どんなに鍛えていようが、脳への血流を抑えられたらそれまで。
最後の抵抗を見せる里田も、辻の怪力の前には1分持たなかった。
不意に重くなった里田の身体から腕を放して立ち上がる辻。
完全に落ちている里田の身体をつついて、反応がないのを確かめると、ようやく
辻も戦闘体勢を解いた。
ふー、おわったあ。
合格者一人目、辻希美に決定。
- 329 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:43
- >>323-328
- 330 名前:第三章 投稿日:2003/12/07(日) 17:47
- とりあえずキリのいいトコまでと思いまして。
>>320 「車のない男には興味がない」と言われないようにしたいと思います。
>>321 書いてるほうは結構飽き気味だったり。
>>322 あるようにも見えない気がしないでもなく。
読者数:レス数=1:1っつースレも珍しい。
- 331 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 02:16
- まじおもろい。
マジで楽しみだから、飽きないでください。お願い。
- 332 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:36
-
加護がモニタを見ながらため息をつく。
石川もその様子を見て心なしかホッとする。
「はいはーい、全員金持っといでー」
「ちっくしょ、次は負けね」
福田が賭け金を徴収し、矢口が仏頂面で次の予想に入っている横で、
中澤と石黒の奇妙な会話。
「どうやろ?」
「うーん・・・・・・ちょっと精神的に弱いかな」
「確かにな・・・・・・あの程度であたふたしてるようじゃなあ」
「でもまあ、それなりの素質はあると思うけどね。 選抜されてくるくらいだし」
「そんならキープしとこか」
「ん、じゃあ回収させとく」
「しっかし上もロクでもないこと考えつくわ。 知っとる? うまくいったら
量産体制に入るらしいで」
「個体差ってもんがあるだろうに・・・・・・ウチらザク扱いかっつーの」
- 333 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:36
-
完全に落ちた里田が運び出され、辻が別室に呼ばれたところで、格技場の隅に
待機していた二人が立ち上がった。
彼女は相変わらず穏やかなオーラを身体から漂わせ、対照的に藤本は触れるもの全てを
傷つけるような殺気で対抗する。
それでも、身体が震える。 それは恐怖か歓喜か。
長い付き合いなのに、知らなかった。 気づかなかった。
ヨッスィがあれほどまでだったなんて。
数分後には決着がつく。
生か死か。
- 334 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:37
-
「んじゃ次はー?」
「藤本に一万」
「藤本二万でー」
相変わらず万札が飛び交う監視室。
辻が大穴を開けた前回と異なり、オッズは五分。
藤本派は保田・福田・石黒。 彼女に賭けたのは飯田・矢口・後藤のフォワード組。
中澤は不参加。
「真っ二つかあ」
「絶対ヨシザワだって、オイラ好みの顔してるしー」
「根拠は何なのよ、根拠は」
保田の言葉に、フォワード組が何を言い始めるんだろうといった風に
互いの顔を見合わせる。
「あ、そっか。 圭ちゃん、控え室見てないんだもんね」
「ちょっと、何かあったの?」
「別に・・・・・・何もなかったんだけどさ」
飯田がモニタを見上げる。
「あの娘、たぶん強いよ。 昔の後藤とおんなじ目してたもん」
- 335 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:37
-
「昔の後藤?」
「うん。 選抜試験の頃の後藤」
伝説となった二十人皆殺し。
手当たり次第、という言葉が最もふさわしかった悪魔の瞳を、特機のメンバーは
忘れてはいなかった。
キリングマシン ――― 殺人機械。
感情さえも捨て去った、一体の人形。
「・・・・・・似てないよ」
後藤が面白くなさそうに呟く。
後藤にとってもそれはあまり思い出したくない過去。
未だ消えない心の傷を負ったその日のことを、後藤はできるだけ思い出さないように
していたのに、あの紅い瞳を見た瞬間に記憶を無理矢理叩き起こされた。
残りのメンバーも、飯田の言葉に一様に無口になる。
「そうそう簡単にはいかんかもしれんで」
暗くなった部屋の雰囲気の中で、興味なさげに中澤が煙草に火を点けた。
- 336 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:38
-
「どういうことだよ裕子ー」
「言うたとおりやって」
「もしかしてあれ? 気になるヤツがいるとか言ってたやつ?」
石黒の問いには答えず、中澤は上を向いて紫煙を吐き出す。
数秒の後、そのまま天井を見つめていた中澤が諦めたように頭をかき、
長いままの煙草を灰皿に押し付けると、言っていいもんかどうか、と前置きして
話し出した。
「――― アイツ、人殺したことないらしいわ」
- 337 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:39
- 一斉に部屋中がざわめく。
「はあ? 養成所の中に十何年いて? S級のトップ張ってて? 訓練中も
プライベートも? だいたいどうやってトップになったのさ?」
矢口が驚くのも無理はない。
養成所のトップとなれば、その座を奪いたいと思う訓練生は数知れず。
歴代のトップ連中もまた、昼夜の区別なく襲ってくる相手を軒並み撃ち殺しながら
その座を守ってきたし、守れなかったときは撃ち殺した側がトップの座に座るのが伝統。
「基礎能力が違いすぎたらしいねん」
「どういうこと?」
「わざわざ本気出さんでも、いうことやろ。 適当に手加減しながらでも ――― ちゅーか
相手を気づかいながらでも勝てたんやろ、今までは。 そんだけ圧倒的な力やったら、
襲う側も手え出そうなんてそのうち思わんくなるやろしな」
「納得いかない。 それだけじゃトップにはなれないでしょ?」
保田の言葉に、中澤が視線を後藤に向けた。
「前回でS級全滅したさかいな。 今のS級のフォワード、半分は当時のA級がそのまま
スライド昇級しとんねん。 そらトップになるなんて楽勝やろ」
- 338 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:39
- 石川と加護が顔を見合わせる。
そういえば ――― 二人とも彼女との付き合いは長いが、彼女が訓練生を殺した、という
話は聞いたことがない。
だからこそ、藤本の「選抜までに殺す」という言葉を聞いたときに焦ったのだが。
「けどな、本気の殺し合いしたコトないヤツが今になって急にできるようになるとは
思えんやろ? せやからそう簡単にはいかへんのとちゃうかって言うたんや。
お互い仲良かったらしいしな。 な、そやろ?」
突然振られた言葉に、慌てて加護がうんうんとうなずく。
その返答を聞いてか聞かずか、中澤が再び煙草に火を点けて顔を上げる。
なぜだかその様子が、とてもイライラしているように石川には見えた。
「ま、お手並み拝見っちゅうことやね」
中澤につられて見上げたモニタの向こう側に、いつもとは違う彼女の顔があった。
- 339 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:40
- >>332-338
- 340 名前:第三章 投稿日:2003/12/11(木) 01:43
- 年内にもう一回くらいいければいいけど・・・・・・。無理っぽいな。
>>331 それはどうも無理っぽいッス。だって飽きてるもの。
- 341 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/11(木) 10:24
- またあげ忘れた
- 342 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/12(金) 00:56
- そんなこと言わないでこんなこんな夜に…
ぼくが欲しいものはそんなものじゃなくて
きみの作品 そう作品読みたいだけ
- 343 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/12(金) 00:58
- >>340
じゃあせめてこの章の終わりまでは飽きないで。
マジおもろいんだもん。頼む。お願い。
- 344 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/16(火) 22:49
- ぐいぐい惹き込まれてるんですが?
飽きても書いてくれ
- 345 名前: 投稿日:2003/12/28(日) 21:34
- やっぱり年内は無理でした。
>>342 いきなり歌われても困ってしまうわけで。どんなことをしてほしいの僕に。
>>343 いけるとこまではまあなんとか。
>>344 鬼のような励ましありがとうございます。
良いお年を。
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/10(土) 02:46
- 作者様はじめまして。
久しぶりに一気に読んでしまいました。
引き込まれる作品ですね。正直飽きても続けてほしいです。
- 347 名前:第三章 投稿日:2004/01/25(日) 18:54
-
叩きつけられていた殺気が消えた。
身体をほぐし、格技場の中央へ足を進める彼女の背中から。
それはいつかの朝よりもとても静かに、しかもその時以上に完璧に。
視覚と聴覚。
それだけを頼りに ――― 本当に苦し紛れに ――― とっさに頭の上に十字に出した腕の
交差した地点に、藤本の足が見えた。
「あっちゃあ、やっぱ大技って通用しない?」
おどけた言葉とは裏腹に、本気で気配を消した上で背後からのフライングニールキック。
まともに脳天に食らってたら、その場で選抜は終わっただろう。
藤本の笑顔を見ながら、彼女は心のギアを一段上げる。
・・・・・・さすがにちょっとは本気出さないと勝てないか。
- 348 名前:第三章 投稿日:2004/01/25(日) 18:54
-
「やっるー、ゴング前の奇襲かあ。 花束と栓抜持ってたら完璧だったのにね」
「プロレスじゃないんだから・・・・・・ってか余裕見せすぎ。あの娘、特機ナメてんじゃないの?」
――― 交わす言葉は別室から。
彼女を責めるのは矢口、褒めるのは福田 ―――― と思いきや、実は逆。
賭けた金とは別に、純粋に二人が特機を強くしたいと望んでいるからゆえの台詞。
金のことは忘れたかのように、二人が睨みあう。
「所詮挨拶替りでしょ。 本番はこっからだって。 二人ともカリカリしないの」
氷のような数秒間の後、石黒が自分の仕事を思い出したように、二人の仲裁に入った。
それと同時に彼女の瞳の紅が一段と輝き始め、藤本の殺気がこれまで以上に危険を告げる。
「あんなもん一発で沈むとでも思ってんの? あのコ、やっぱアタマ足んないよ」
「・・・・・・梨華ちゃん、美貴ちゃんにはものすごく毒舌やんな・・・・・・いつものことやけど」
本気のバトルが、ようやく始まる。
- 349 名前:第三章 投稿日:2004/01/25(日) 18:55
-
向かい合う二人。
共に動かずとも、主導権を取ろうと様々なフェイントを織り交ぜながら構えをとる。
やがて痺れをきらした藤本が飛び出した。
「こういう神経戦、好みじゃないんだよねっ」
左ジャブが彼女の右ガードを弾く。 空いたところへ、弾丸のような左フック。
彼女は左手でそれを掴むと、パンチの方向へ流しながら手首を極めた上で折りにかかる。
とどめは腕をとられてガラ空きになった藤本の延髄への右ハイキック。
やばっ。
- 350 名前:第三章 投稿日:2004/01/25(日) 18:55
-
前屈でかわした藤本の目の前に、空振りした彼女の右足が着地する。 刹那、その右足が
ハイキックの軌道を逆になぞるように藤本の首へと飛んできた。 右腕一本犠牲にする
覚悟でガードにかかると、極められかけの左腕に違和感を感じる。
飛んだ?
彼女の全体重が藤本の左腕にかかる。 同時に、宙に浮いた彼女の左足が藤本の両足を
刈りにくる。
犠牲にするのは、右腕ではなく左腕。
極められた左腕を思い切りブン回して、軽量ともいえない彼女の身体を無理矢理引き剥がす。
あっぶねー、飛びつき裏十字かよ。
それでも笑みが抑えられない。 本気の彼女とやりあえる喜び。
彼女もまた紅い瞳の奥に微かな笑みを浮かべている。
しかし、それが意味するものは少し異なっていた。
- 351 名前:第三章 投稿日:2004/01/25(日) 18:56
-
「・・・・・・この程度? 本気になるまでもなかったね。 最強のA級なんてこんなもんか」
「なっ・・・・・・!」
並のヤツなら最初の左フックで終わってる。
それを切り返してくるなんて普通ならできないはず。
切り返された自分もそう。たとえS級の連中だって、今の彼女の攻撃を
凌ぎきれるとは思わない。
・・・・・・それなのに、半ば遊び半分といわんばかりの彼女の言葉に、藤本の血が頭に
逆流する。
「・・・・・・つまんないから、終わらすよ」
- 352 名前:第三章 投稿日:2004/01/25(日) 18:56
- >>347-351
- 353 名前:第三章 投稿日:2004/01/25(日) 18:57
- ちょっとだけ更新。
>>346 みなさん鬼のような励ましを・・・・・・。ありがたいです。
- 354 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/25(日) 22:31
- 更新キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
面白いなあ。
頑張ってください。
- 355 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/26(月) 23:13
- ぐわわわ!続き待ってました!!
ちょっとでもなんでもいい
マターリ待ってますんで
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/01(日) 01:39
- 鬼になるべきか?(w
楽しみにしています
- 357 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/02/23(月) 01:45
- バタフライしたいくらい待ってます
- 358 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:32
-
「里やんと一緒のやられ方でいい?」
彼女の言葉と同時に藤本が飛び出す。
ナメんな。
こっちだって死にそうになりながらココで生き抜いてきたんだ。
あっさり終わらされるほどヤワじゃないんだよ。
そう憤りながら飛ばしたローキック。
――― しかし、藤本の右足は空を切る感覚を覚えただけだった。
瞬間、目の前を飛ぶ彼女の姿。
ただ条件反射だけで、両手がガードを作り上げていた。
- 359 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:33
-
藤本のローをジャンプしてかわした勢いでの二段前蹴り。
受けに回っていた彼女がようやく自分から攻め始めた。
一撃目の左でガードを弾く。
ニ撃目の右が藤本の顎を掠める。
着地するとそのバネを利用して突き上げるように拳を顔面に飛ばす。
頭を揺らされた藤本は、その拳が眼前に迫り来るまで、何が起きたか理解していなかった。
拳が飛んでくる。 ガードは間に合わない。
ならばかわすのみ。
瞬間的な判断は、彼女の拳の形を認識すると同時に間違いであったと気づく。
飛んできたのは、正拳ではなく三本貫手。
- 360 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:33
-
鼻筋を中指が走り、人差し指と薬指が寸分違わず自分の目を潰しに来るのを見て、
藤本は咄嗟に拳の軌道上を後ろに飛ぶ。
本気の目潰しは、左右に顔を振るくらいではかわせない。
しかし、この判断ミスが全てを決めた。
飛んだ先を狙って、一瞬で体勢を立て直した彼女がローキックのお返し。
ガードさえもままならず、不安定な状態のまま足を刈られた藤本が宙を舞う。
決死の受身さえも彼女の詰め将棋の範疇。
「ゆっくり眠りな」
藤本がそれに気がついたときには、首に彼女の腕が絡みついていた。
- 361 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:34
-
――― 楽しい。
彼女は心の奥底で笑う。
強い者と戦うことがこんなに楽しいことだとは思わなかった。
無論、最後に必ず自分が勝つとわかっているからこそなのだが。
S級トップを張り始めてから、雑魚の相手ばかりでウンザリしかけていたけれど。
ヒリつくような緊張感と、人を傷つける快感。
悩むことなど何もなかった。
殺せ。
殺せ。
殺せ。
ココロの声が、全ての行為を肯定する。
- 362 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:36
-
どうせこんな道でしか生きられないのなら、それを極めてやろうじゃないか。
つい数時間前までの良心の痛みは霧のように消え、ただ目の前の獲物を狩ることに
全てを注ぎこむ彼女。
別の人格というよりは、もっと曖昧かつ投げやりで即物的な感情。
踊らされるだけなら、せめてそれを楽しんでやるよ。
守るものなど、何もないから。
自分の瞳に紅いフィルターがかかっていることに、彼女は自分で未だ気づかず。
やがて腕の中の身体が、ぐったりと力をなくした。
バイバイ、ありがと、楽しかったよ。
- 363 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:36
-
藤本は思う。
あんたとやりあうために無理矢理上にあがったんだよ。
人を殺したことのないヤツが、特機に上がるなんて冗談じゃない。
それは養成所に生きる全ての訓練生への冒涜。
ならば自分が彼女を殺す。 殺せなければ自分が殺されてやる。
――― いずれ死に別れるまでは仲間と共に。
そんな理念は毛ほどの価値もないことを教えこんでやりたかった。
いずれ自分の手を汚す日が来ることを。
笑いあった仲間を殺す日が来ることを。
- 364 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:37
-
上層部を脅した昇格も、ここ一週間の挑発も、全てはそれを伝えるため。
そしてそれが伝わったことを感じながら、納得していない自分がいる。
本気の彼女とやりあえること、今日しかない。
あと数十分後には、「敗者=死」の掟に沿った処分が待っている。
まだだ。
こっからはアタシ個人のバトル。
「日々を楽しく面白く」 ――― こんな面白え喧嘩相手、そうはいない。
快楽主義者のスイッチも、ようやく全開モードに突入。
一世一代の演技が実を結ぶ。
- 365 名前:第三章 投稿日:2004/02/28(土) 00:38
-
「・・・・・・強え」
誰もが息を飲んで静まりかえる部屋の中で、矢口がボソリと呟いた。
無論石川も加護も何も言葉が出てこない。
まさかの瞬殺。
藤本の強さを目の当たりにしてきている二人だから尚更。
それよりももっと恐ろしいこと。
こんなに狂気じみた彼女を初めて見た。
養成所最強を誇りながら、それでものほほんと笑いながら皆の相手をしてくれていた
彼女とは、何か ――― というよりは全てが ――― 違う。
ぐったりとした藤本の身体を見下ろす彼女の微笑を目の当たりにして、背筋が凍りつく
ような錯覚を覚える。
「・・・・・・ヨッスィ、怖い」
加護が一言発した言葉が、その部屋の雰囲気を端的に物語るなか、
中澤と石黒が同時に呟いた。
「甘いね」
「まだ終わってへんで」
- 366 名前: 投稿日:2004/02/28(土) 00:39
- >>358-365
- 367 名前: 投稿日:2004/02/28(土) 00:45
- >>354 まああんまり頑張る気もないんですけどもとりあえずボチボチと
>>355 月1レスとかでも許されますかね?
>>356 急かされないと書けないっていう部分があることは否定できないのです
>>357 ロングシュート決めたらどんな顔するか教えてくれる方が嬉しかったりします
- 368 名前:◆ULENaccI 投稿日:2004/02/28(土) 01:03
- 月に3レスぐらいは(w
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/01(月) 14:41
- 靖幸ちゃん?
作者さん、自分のペースで頑張って下さい
- 370 名前: 投稿日:2004/03/14(日) 04:26
- ほんとに飽きた
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/15(月) 00:16
- >>370
無理。
- 372 名前: 投稿日:2004/03/16(火) 01:25
- >>371 何が?
- 373 名前:生存報告 投稿日:2004/04/09(金) 14:39
- もうちょっとまっててね
- 374 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:25
-
倒れた藤本の身体を軽く蹴飛ばす彼女。
その無様な様子を鼻で笑って背を向けた瞬間、彼女の背中を紅いラインが斜めに走った。
「アホ、余裕見せすぎなんや」
別室の中澤の呟きをよそに、まだまだ戦闘は終わりを告げない。
右袖に隠し持っていたナイフで、隙だらけの彼女の背中に切りつけた藤本、
間一髪で致命傷になる前に身体を捻って逃げ切った彼女。
「・・・・・・ってー」
「あんまナメてっと死ぬよ?」
「やってくれんじゃん」
そういった彼女の顔は、誰の目にもわかるほどに歪み笑っていた。
「本気で殺してやんよ」
- 375 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:26
-
「・・・・・・汚い」
呟いた石川の言葉に特機連中が呆れかえる。 無論、隣に立つ加護も。
冷たい目線の理由がわからずオロオロする石川を、後藤が鼻で笑う。
「あんた馬鹿? 実戦で汚いとかやり直しとかあるとでも思ってんの?
あのチビちゃん ――― 辻っていったっけ? ――― でさえきちんと落ちたかどうか
確認してんだよ? ・・・・・・ったく、アスカさーん、なんでこんなの合格させたん?」
後藤の言葉にぐうの音もでない石川をよそに、福田が不機嫌な表情で答える。
「選択の余地がなかったんだよ、あんま突っ込まないでくれる?
だいたいフォワードだって似たようなもんでしょ?」
「それ言われると痛いんですけどねー。 どっちが合格しても使いもんには
ならなさそうだし」
- 376 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:26
-
一発で仕留めるなら、「斬る」よりも「刺す」。
その自重で全てを斬れる日本刀などならともかく、せいぜい刃渡り数十センチの
ナイフなら、それは実戦を経てきた者には自明の理。
どうしても、というならば腕・脚の関節部。 関節や腱を壊してしまえば、相手の戦闘力は
格段に落ちる。 故にとどめも刺しやすくなる。
それをわざわざ筋肉で覆われている背中に斬りつけるなんて、正気の沙汰とは思えない。
考えられるのは、相手を殺す気がないか、それとも戦闘そのものが目的になっているか。
――― いずれにしても、「ミッションクリア」が至上命題の特機で通じる言い訳ではない。
あの一瞬で全てを見抜いた上での福田と後藤の会話。 そしてそれは、モニタを見上げる
全員 ――― 石川と加護を除く ――― にもうんざりするほどに理解されている。
- 377 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:27
-
彼女がステップを踏む。
その足さばきの軽やかさとは裏腹に、アタマに血が上っているのが傍目にもはっきりわかる。
右ローから中段へ左後ろ回し、流れるように右ハイキック。
必死の形相でガードする藤本の身体が、ほんの少し流れるのを確認した彼女の右ストレート。
全ての攻撃が藤本の左から来るのは、その右手に鈍く光る刃物を避けるため。
刃物がいちばん怖いのは、それでガードが出来るから。 渾身の力を込めた攻撃を
それで受け止めれば、これ以上ないカウンターになる。
その程度の理性は残っている彼女、徹底して藤本の左を攻める。
そしてもう一つ。
- 378 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:28
-
攻められっぱなしで半ばヤケになったか、藤本が右手のナイフを振り回し始めた。
とはいっても、その動きはさすがに「最強のA級」。
一般人の目には止まらない速さで、しかし確実に彼女の急所を抉るように斬り、突く。
彼女の左胸めがけて銀色の悪魔が襲い掛かるその瞬間 ――― 彼女は微笑を浮かべた。
――― ゲームオーバー。
攻撃をナイフに頼れば頼るほど、懐は空きやすくなる。 彼女が狙っていたのは
まさにこれ。 ほんの少し身体をズラして藤本のナイフを避けると、ガラ空きになった
鳩尾にショートストレート。
耐え切れずに前のめりに沈みかける藤本の延髄に手刀を落とすと、今度こそ本当に
藤本の身体から力が抜けた。
――― 合格者二人目、決定。
- 379 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:28
-
しかし彼女は納得しない。
ほぼ無傷で勝ったとはいえ、皮一枚でも背中に傷をつけられたことが許せない。
倒れた藤本の頭にサッカーボールキック、無抵抗の藤本の身体が格技場の床を転がる。
倒れてなおも攻撃をやめない彼女の姿に、それを別室で眺めている人間たちの
背中が凍る。
「・・・・・・ありゃ、完璧イッちゃってるわ」
「やぐっつぁん、止めてくれば?」
「狂ったヤツは相手にしないことにしてるんだ」
それが本音半分冗談半分だということは誰にでも理解できた。
決して勝てないわけじゃない。 むしろ普通にやっても問題なく勝てるだろう。
がしかし、戦えば戦うほどに洗練されていった彼女の動きと、動くもの全てを敵と
みなしている彼女の精神状態を見れば、こんなトコで身内同士の削りあいは無意味という
ことも理解できる。
「ま、心配すんなや・・・・・・そろそろ来るやろ、ギリギリ間に合う言うてたし」
中澤の言葉に、誰もが一斉に振り向いた。
- 380 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:29
-
蹴る。
引き起こしては放り投げる。
マウントポジションを取って殴り続ける。
もはや息があるかどうかもわからない藤本を相手に好き放題の彼女。
ヒトではなく獣と化した彼女が気づいたのは、傍らに転がる銀色。
殺せ殺せ殺せ。
内なる声に耳を塞ぐことなく、彼女はためらわずにそれを手にした。
――― 今度こそホントに。 バイバイ。
逆手に握ったそれを藤本の左胸めがけて振り下ろそうとしたその瞬間、
爆発音と共に刀身が粉々に砕け散った。
- 381 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:30
-
「やっるー、さすが特機一のスナイパー」
「当然っしょ、紗耶香とはここが違うべさ」
そう言って自らの腕を叩く童顔の女性と、真横でむくれるショートヘア。
「あ、すっげえ失礼。 今回助けに行ってあげたのはどこの誰だったかなー?」
「裕ちゃんとアスカが勝手に寄越したんだべさ、なっちは頼んでないもの」
「んだよ、せっかくイチイが休暇返上で行ってやったのに」
安倍なつみと市井紗耶香。
任務を終えて養成所への御登場。
「っていうかこれ、試験中? ひょっとして別に撃つことなかったんじゃない?」
「紗耶香が『とりあえず止めとけば?』っていうからっしょ、なっちのせいじゃないって」
「あーもう、わかったってば。 いっつもなっちはそうだよね・・・・・・。
ま、とりあえずそんなことより ――― 」
「あれ、だよね」
二人の視線の先には、狩を邪魔された一匹の獣。
- 382 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:32
-
砕け散ったナイフを見ながら、彼女は笑う。
こっちよりあっちの方が強そうだ。
こっちよりあっちの方が美味そうだ。
ゆっくりと立ち上がると、視線を二人にロックオンする。
この衝動を満足させてくれよ。
そういわんばかりの視線。
「あーあー、なっち、紗耶香、聞こえとる? 殺さん程度にやっといてや」
そして、別室からマイクを通じて緊張感のカケラもない中澤の声。
それが彼女の神経を逆撫でする。
「それは指令かい?」
「お金もらえないなら、イチイ働かないよー」
「・・・・・・わかったわかった、今日明日の夕飯おごったるさかい」
「んじゃ契約成立、っと」
「なっちはやんないからね、紗耶香一人で充分っしょ?」
「ま、あの程度なら」
- 383 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:35
-
ナメるな。
藤本戦とは比較にならないくらいに頭に血が上った彼女が、一瞬で間合を詰める。
が、しかし。
「確かに速いけど・・・・・・」
拳も。 蹴りも。 彼女が繰り出す攻撃の全てが、市井の身体にかすりさえしない。
「悪いけど、所詮訓練生レベルなんだよね」
渾身の右ストレートがかわされた瞬間、彼女は自分の負けを理解した。
先ほどの自分と同じように、あっさりと懐に入られた上での鳩尾ショートストレート、
そして延髄への手刀。 今までの自分をコピーされた、あまりに屈辱的な負け方。
薄れ行く意識の中で、彼女は市井の高笑いを聞いたような気がしていた。
「ま、ボチボチ鍛えたげるから」
- 384 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:36
-
――― 殺す。 きっといつか。
屈辱は、忘れない。
- 385 名前:第三章 投稿日:2004/05/09(日) 12:36
- 第三章・了
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 12:39
- がんばってみた。
返レスはちと省略させていただきたく。
いつかどこかであいましょう。
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 18:27
- もしかしておしまいですか?
何はともあれ面白かったです。お疲れ様でした。
- 388 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/05/09(日) 21:08
- ・・・テキトーだな
- 389 名前:サクラ 投稿日:2004/05/13(木) 23:59
- この話マジ好き。
頼むから続きかいて〜ToT
作者さんしかこういうの書けないからー。
お願い。
- 390 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/14(金) 04:08
- レスはsageで。
落します。
- 391 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/15(土) 16:45
- いつかまで待ってる
- 392 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/11(金) 04:47
- まだ待ってる
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 18:23
- もちろん待ってる
- 394 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/09(月) 17:03
- まだまだ待ってる
- 395 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/04(土) 23:52
- きっと待ってる
- 396 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 20:50
- 諦めません読むまでは
- 397 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/05(日) 22:27
- 静かに待ってます
- 398 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/10(木) 19:40
- 面白い!!もう全読みしました!初レスですが作者様!最後のレスからだいぶ経ちますが心を鬼にさせてもらいます、更新いつまでも待ってます!
- 399 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/20(日) 16:02
- いつまでも待てますよー。
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