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うららかな午後
- 1 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年10月24日(木)22時56分45秒
- 初めまして。えびちゃ丸と申します。
お目汚しかとは思いますが おつき合い頂ければ幸いです
一貫制女子学園のアンリアルもの。登場は一応4期メイン。CPはいしよしで。
事件事故はなるべく起こらない方向で、
いずれはドタバタものにしていきたいと思っています。
読み切りの短編を連ねる形で、一つ一つ完成してからあげていくので、
あげ始めたらそれなりの更新速度かと…
それでは、ヨロシクお願いします。
- 2 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月24日(木)23時00分31秒
- 今日で春休みもおしまい。明日からは新しい一年が始まる。
いつの頃からだろう。こんな季節になると決まって、あの丘に登ることを思い立つ。
だから今日も、あの丘へと向かう。ただそれだけのこと。
あの丘なんて呼んではみたけど、実際それはどうといったものでもない。
確かに多少見晴らしが良い位のことはあるし、一応てっぺんは公園になってる。
でももう、小さな街見渡してはしゃぎ回る年でもないし…
公園たってベンチがあるだけのしょぼいモンだし…
ホントにそれは、学校の裏にある小さなでっぱりにすぎない。
でも今日は、そんなことはどうだっていい。
だって、あの丘に行きたいだけだもん。
誘われた梨華ちゃんにしてみれば、良い迷惑かもしれないけど、
一応いっこ年上なんだから、ちょっと位のワガママ許してくれるよね。
- 3 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月24日(木)23時03分53秒
- 約束の時間に幾らか遅れて、梨華ちゃんがやって来る。
えっスッキップしてない? ピンクのワンピースが揺れている。
遠目でもわかる浮かれぶり。
ネガティブモードは困ると思ってたけど、このハイテンションもやや難物。
はてはて、どうしたものか… などと悩んでいるヒマはない。
「ハーッピィー! ちょっと遅れちゃったね。おべんと作ってたの。」
突進といっても過言ではない勢いで抱きついてくる。
こちらの当惑なぞどこ吹く風、
「さて第1問。このバスケットの中身は何でしょう?」
手にさげていたバスケットをかざして、クイズ大会の開始。
「1.ひとみちゃんへの恋心 2.よっすぃ〜への愛 3.よしこへのLove」
「どーれだ?」
軽く眩暈がする。お弁当持ってきたって言ったじゃん。
でも答えとかないと露骨にスネるしなぁ…
「1? かな?」
半疑問形の答えは完全放置ですか? 無言で満面の笑みを浮かべている。
「ねえ正解? っていうか正解あるの?」
問いつめるあたしの鼻の頭を、軽く人差し指で制する。
「答えは後の、お・た・の・し・みっ!」
とどめに「チュッ!」のポーズでウィンク。
可愛いけれどため息がこぼれる。
- 4 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月24日(木)23時05分19秒
- やっぱ一人で行った方が良かったのかな。少しだけ後悔。
っていうか梨華ちゃんは何も悪くないんだよね。
あたしが勝手に誘って、勝手に後悔したりしてる…
何も言わず来てくれて、しかもこんなに乗り気になってくれてるのに…
あたし一体何やってんだろ。
「はぁー。」ため息が止まらない。
「ごめんね、ひとみちゃん。」
そんな時、うつむくあたしの更に下から梨華ちゃんの声。
「私ばっかり勝手にはしゃいじゃって… ごめんね… 」
かわいらしい眉毛を八の字にして、泣きそうな顔で見上げている。
「悪いのはいっつも私。ごめんね、怒ってるんでしょ。」
「何をですか? 怒ってませんって。」
地雷を踏んでしまったかも知れない。謝らなきゃいけないのはこっちなのに。
「遅刻だってちゃんと謝ってないし…」
「そんなこと全然気にしてませんって。」
「あたしの方がお姉さんなのに、全然しっかりしてなくて…」
ネガティブ回路に火が入ってしまったようだ。
「ホントに怒ってなんかいませんから。」
「ううん。ひとみちゃん怒ってるもん…」
「だから怒ってないって言ってるじゃないですかぁー。」
「ううん。ひとみちゃん怒ってるもん…」
「怒ってるもん…」
- 5 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月24日(木)23時07分00秒
- 道ばたで膝を抱え、いじける梨華ちゃん。
口に出したらきっと不謹慎だって怒られるだろうけど、ホントにかわいいなぁー。
あたしもしゃがんで、目線を合わせる。
「何で怒ってるって思うの?」
「……」
うつむいてもじもじしたまま黙りこくっている。
これが「萌〜っ」てやつだろうか、解る気がするね。
「ねえ教えて。」
「…だってさっき敬語使ってたもん…」
そんなこと気にしてたんだ。確かにケンカの時とか敬語使ってるかもしれない…
けど、困ってるときも敬語になっちゃうって気づいて欲しいな。
「じゃあ今は?」
「もう使ってない…」
- 6 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月24日(木)23時08分27秒
- めまぐるしくモードチェンジを繰り返し、ようやく平常モードに。
この間ほんの三分足らず。どの梨華ちゃんも可愛くて大好きだ。
そうだよね。やっぱり二人で行かなきゃね。
モードなんて関係ない。どの梨華ちゃんも梨華ちゃんだもんね。
けどやっぱり、平常モードが一番安心できるのも確か…
せめて何とかこの隙に、丘の上まで行けたらいいな。
「じゃあ上に着いたらお弁当食べよう。楽しみにしてるから。」
「うん。」
目指す頂を見つめ、出発の号令。
「じゃあ行こっか!」
「オウ! 行くぞコノヤロー!!」
振り返るとそこにはもう、さっきまでの梨華ちゃんはいなかった。
猪木モードの彼女は、右手をクイクイと動かし、執拗に挑発のポーズを繰り返す。
あたしにも? やれと?
とにかく梨華ちゃんとあの丘に登りたい。
だから今度はため息の代わりに、あたしはクイッとあごを出す。
「ナンダコノヤロー!」
「行くぞコノヤロー!」
ともかく。訳のわからぬ猪木面を保ちつつ、ウチら二人は丘へと登り始めた。
- 7 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年10月24日(木)23時13分37秒
- 何せ初めてなもので、文字数制限結構ひっかかってます(汗
少し計算し直してから、再出発したいと思います。
ではひとまず。
- 8 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時46分21秒
- 崩れた石段を子鹿のように駆けてゆく梨華ちゃん。
くたびれ果てた犬よろしく、後を追うあたし。
何だかちょっと滑稽な構図。体力自信有るんだけどなぁ。
近頃少し、体が重たいような気もする。きっと気のせいだけど。
まあそんな足でも、二十分とかからずに頂へとたどり着く。
ウチらが行ったのはそんなささやかな丘に過ぎないから。
頂上の公園はちっぽけだけど、二人で座るには十分。
見晴らしの良い場所を選んで、芝生に腰掛ける。
「景色だけは無駄に良いんだよねぇ、ここ。」
つぶやくあたしの横で、梨華ちゃんは荷物をごそごそやっている。
「お茶持ってきたんだ、ひとみちゃんもどう?」
持たされたバスケットがやけに重たいと思ったら、水筒も入れてたんだね。
差し出された冷たいお茶を飲みながら、辺りを見回す。
いつ来ても華々しい物なんて何もない場所だけど、今日はひときわ平凡に落ち着いてるような気がする。
予定通りだ。悪くないな、と思う。
- 9 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時47分09秒
- 「天気良くて良かったね。」
「そうね。何だか眠くなるくらい。」
「春だもんねー。明日から学校ダルいなぁー。」
「ひとみちゃんは学校でも寝ちゃうんだから同じなんじゃない?」
「ひっでー。」
クラスでの出来事、部活の話、弟の悪口…
ウチらは芝生に寝ころんで、えんえんそんな他愛もない話を続けた。
そして時々、思い出したようにお茶を飲んだ。辺りはまったくもってありふれた春の陽気。
のんびりと静かに、飛行機雲が伸びてゆく。
そんなまったりとした雰囲気を破る梨華ちゃんの言葉。
「ねえ、去年の今のことって憶えてる?」
「はいっ?」
「去年の今日のこんな時間、どこで何してたかしら私達?」
勢いよく体を起こしたかとおもうと、真剣な顔でこちらをのぞき込んでくる。
「平家先生の引っ越し手伝いに行ったのってもっと後だったけ?」
「うん。多分。」
「鯉のぼり大会応援行った日かな? ほら、ののちゃんが出たやつ。」
「それゴールデンウィークの時じゃん。全然違うよ。」
「何してたっけ…」
ご丁寧に腕組みまでして、真剣に考え始めてしまった。
こうなるともう手のつけようがない。
- 10 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時48分12秒
- 「ひとみちゃんも考えてよ。あたし一人で考えてない? さっきから。」
ふくれっ面をしながらこづく。
「でもあたし、三日前の記憶だって怪しい位だもん。」
「何でも良いから言ってみて。思い出せるかも知れないでしょ。」
仕方が無いから考えてはみるものの、やっぱり思い出せやしない。
「何も思い出せないよー。」
「ほらほら、諦めない。そうやってすぐに諦めちゃうの、悪い癖だぞ。」
「ひとみちゃんなら出来るって。ポジティブ! ポジティブ!」
そう言いながら両手で小さなガッツポーズ。
あれ? 完全に応援団モードに入っちゃってません?
あたし一人で答えを探せと? いつの間に?
困ったことになってしまった。
- 11 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時49分05秒
- けれど、もうどうにもしようがない。半ば投げやりに答える。
「寝てたんじゃないかな。きっと。ほら、去年も春だったし。」
真剣な眼差し、おまけに問いつめるような口調。
「自信あるの? それ。」
もしかして激しくラッキー? 一発目から意外と良いとこいった? 理由は解らないけど。
とにかくこれを逃す手はない。あたしも負けないように、なるたけ真剣な顔つきで言う。
「もちろん! 去年の今頃は春だった。それは確か。」
あたしをみつめる眼差しは変わらない。判決を待つような一秒間が過ぎる。
「そうよね。去年も春だったもんね。寝てたかも知れないね。」
大きく長く息を吐いてから、そう言って笑った。
「きっとそうだよ。」
何だか愉快な気分。笑う梨華ちゃんを見てると、間違いなくそうだったような気がしてくるから不思議だ。
「だから。ひとみちゃんは出来るコだって言ったでしょ。ね。」
「よしよし。」抱き寄せて頭をなでてくれた。
あたしは不覚にも腕の中で大爆笑してしまう。
「何がおかしいのよー。」
お姫様は顔を真っ赤にしてふくれっ面。
それでもいつしか、笑い止まないあたしにつられて、笑い始めてくれたけど。
- 12 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時52分48秒
- ひとしきり笑い転げたらお腹も空いてきたので、ウチらは昼食をとることにした。
「考え事したからお腹空いちゃったね。」
梨華ちゃんは上機嫌、鼻歌まじりでバスケットからお弁当を取り出す。
ピンクのリボンがかけられたランチボックス、いかにも梨華ちゃんらしいね。
「ねえ、美味しい?」
食べる前から聞かれても困るけど、今日も見栄えは上々だ。
「どう? どう?」
いや。だからまだ食べてないんだけどね。埒があかないのでまず一口。
「おいしー!」
「でしょ。でしょ。」
その日梨華ちゃんの作ったお弁当は、本当に美味しかった。
料理が苦手な彼女の労作であることまで考えれば、ミラコーと呼ぶに値する出来だ。
「唐揚げころもサクサクだね!」
「玉子焼きもそぉ〜とぉ〜いけてるYO!」
普段言葉選びに苦心させられていることもあって、自然と誉め言葉があふれてくる。
「良かった。大変だったんだから。」
「うん。有り難う! ホントにサイコー!」
あたしの食べっぷりにご満悦な梨華ちゃん。
いつも今日くらい美味しく食べてあげられたら、毎回こんな笑顔が見られるんだな。
ゴメンね。あたしにも辻加護くらい雑食性があったらなぁ…
- 13 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時53分58秒
- 「ほらほら、見てばっかいないで梨華ちゃんも一緒に食べようよ!」
と言ったところで、信じられない光景が。
っていうか、一体地雷はどこにあった訳?
例の八の字眉毛の渋い顔。何でそんな顔するの?
「でもひとみちゃん、物足りないと思ってるでしょ。」
「思う分けないじゃん。」
「ううん。思ってるもん…」
「梨華ちゃんが作ってくれた料理があって、しかもとっても美味しいんだよ。物足りないなんてあり得ない。」
一瞬顔を赤らめたような気もしたけど、すぐさま俯いて続ける。
「ううん。絶対に思ってるもん…」
「何でー? 今度は敬語だって使ってないよ。」
「でも顔に書いてあるもん…」
困った言いがかりだ。こっちが泣きたくなっちゃうよ。
- 14 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時54分41秒
- 「何処に書いてあるってのさー。」
「ホラ。ここと、ここと、ここと、ここにも。」
そう言いながらあたしの顔を、ちょんちょんと指さしてゆく。
「これはホクロだって、前から言ってるじゃん! あたしホントに満足だもん!」
「あらあら。嘘つきは閻魔様に舌ぬかれちゃうんだから。」
冷たい微笑みを浮かべながら、勢いよく立ち上がる。
「これを見てもそんなセリフが吐けるかしらね、ヨシザーさん。」
何これ? お蝶夫人モード? 初めて見るよ。
つーかその両手に握られた物は何? 素敵すぎる。
「あなたは要らないんでしたわよね。オホホホホ。」
右手のゆで卵と、左手のベーグルサンドを交互にちらつかせながら、正に得意満面といった風。
「今日は独り占めかぁ。なーんて素敵なんざましょ。」
ベーグルの輪から勝ち誇った顔でのぞき込む。
「ほらほら。何か言うことはないの? 何も言わないと一個だってあげないんだから。」
「むう。けち。」
「オホホホホ。いいざまですわね。」
「むう。けち。」
- 15 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時55分48秒
- それからウチらは、とびきり美味しいベーグルを食べた。
「いっぱいあるから沢山食べてね。」
いやいや言われなくとも食べますとも。もう2コ目突入してますよ。
それにしてもあのバスケット、そんなに大きく見えないけどなぁ。
次から次といろいろ出てくるモンだね。まだ何か入ってるんじゃなかろうね。
「やっぱり今日のは上出来だぁー。おいしー!」
よしよし。梨華ちゃんが自作の弁当に感動してるこの隙に…
「どれどれ何が入っ……ゴェ。」
突然の空からの贈り物、背中に直撃。
ちょ…ちょっと梨華ちゃん、割り箸片手にフライングボディープレスって何よ? あたしそんなに悪いことした?
「まだだめ!」
「何も跳ぶことないでしょ、口で言えば良いじゃん! ベーグル吐くかと思った。」
「口にはウインナ入ってたんだもん。そんな余裕なかったもん。」
「その割には高く跳んでたんじゃない?」
「だってそう習ったし。」
そんな技どこで習うの…? って解っちゃいるけど。
- 16 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時57分15秒
- 「辻?」
「うん。ののちゃん。私はパワーが足りないから、スピードと切れで勝負しろって。」
とほほ。何やってんだよぉバカガキ。まあ確かに空飛ぶ梨華ちゃんって良い響きだけどさ。
他の人にこんな技使ったらどうすんのさ。
まだあたしの背中に上に覆い被さっている梨華ちゃんをとりあえず降ろして。っと。
「他の人にこんな事してないよね。」
「しないよ。」
良かった。とりあえず一安心。
「とにかく、もうその技禁止!」
「せっかくマスターしたのに。ひとみちゃんがダメなら他の人にやっちゃおっかなぁ…」
何て事言うんだこの人は。もう。
「ダメダメ! 他の人には絶対ダメ!」
「もしかして妬いてくれてる? 嬉しい! 習って良かったぁ!」
「…じゃあ。たまにはやってもいいけど、跳ぶ前には声をかけること! わかった?」
「はーい!」
何やってんだあたし達?
- 17 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時58分33秒
- それにしても、乙女が跳んでまで隠しておきたいものって何? カナーリ期待しちゃうんですけど。
「梨華ちゃーん、いい加減中身見せてよぉー。」
「まだ待って! もうちょっと食べてから。ゥグ。」
あらら。焦って唐揚げ詰まらせちゃって、梨華ちゃんもホントは早く見せたいんだね。何か悪い事しちゃったかな。
「ゥグ。ゥグ。」
えっ! マジ大丈夫? いや、ヤバイよこれ。
「お茶のんでお茶! 早く早く!」
そしてようやく、秘密のアイテム御開陳の時間がやってくる。
「それでは、本日のラストアイテムを発表しまーす。」
「わーい! 何だろー?」
もう幼稚園のおゆうぎ会状態。あたしは体育座りで、パチパチと手を叩く。
「じゃじゃーん!」
??出てきたのは飲み物のビン??
バスケットにまだそんな物まで入ってたのはびっくりするけど、一体だから何なんだろ?
「お・さ・け・でーす!」
そう。梨華ちゃんの秘密は小さな小さなワインだった。
- 18 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)02時59分35秒
- 高校生にもなれば、お酒なんてそう珍しい物でもない。
実際部活の先輩なんかに、呑まされたりもすることだってあるし。特にウチの部は…
でも。こんなもののために、朝からあんなはしゃいでたんだなぁ…
わたしはもう、梨華ちゃんが愛おしくてたまらない。
今すぐにでも抱きしめてあげたい気持ち。でもここはガマンガマン。
「あー。梨華ちゃんってば不良!」
「もう。これだからお子様は困っちゃう。お酒なんて普通なの普通。」
あなた普通で空跳ぶ人ですか?
きっとお家に置いてあったやつだろうな。お店で買うなんて出来ないもんね。
ドキドキしながら、バスケットにワインを忍ばせる姿が鮮やかに想像できる。
キョロキョロあたり見回しながら、しかもわざわざ電気消したりして。
「おまわりさーん! ここにイケナイ子がいますよー!」
得意満面の顔。ホントになんて愛おしいんだろう。
「私、まじめなだけのつまらない女の子じゃないんだから。」
- 19 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時03分22秒
- 「かんぱーい!」
二人で分けたら、紙コップの半分にも満たないようなロゼ。
梨華ちゃんは「えいっ…コクン」てな具合に一気に飲み干しちゃってたけど、この量なら心配ないよね。
蘊蓄たれるワイン通に自慢してやりたい。
17の乙女がこそこそとバスケットに忍ばせた逸品ですよ。
甘酸っぱい背伸びと、清冽な乙女のドキドキ200%ですよ。
あたしだってまだお酒の味なんて良く分かんないけど、これ以上の物があるはずがない。
もう今日の目論見は失敗かも知れないけど、どうでも良くなっちゃったなー。
とてもいい気分。3個目のベーグルを片手に横になる。
「ひとみちゃんお行儀悪いよ!」
「ウインナくわえながら空飛んだ人に言われたくなーい。」
「もう。」
「お酒のむような不良に言われたくなーい。」
「もう。じゃあ、私も!」
結局二人して芝生に寝そべって、真っ青な空を見てた。
春の午後。あたたかな陽差し。柔らかい風が吹いてる。
どれ位経ったか解らないけど、梨華ちゃんの寝息が聞こえはじめた。
もちろん何だかあたしも眠い。
暖かな陽差しと甘い春風に包まれて、眠くならない方が変だよね。
あたしも静かに目を閉じる。
- 20 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時11分13秒
- ベーグルの夢を見た。とっても大きなベーグルの夢。
あたしと梨華ちゃんはベーグルの中にいる。
って別にサンドされちゃってる訳じゃなくて、あの輪っかの中に。
ベーグルから見上げる空はとても青くて、とても高くて、あたし達は幸せだった。
梨華ちゃんは笑ってるし、ベーグルは美味しいし、おまけに空はきれいだし。
こんな素敵な事ってないと思う。
気分が良ければ食も進む。
そのうちあたしは、ウチらを囲んでた巨大ベーグルを食べ尽くしてしまった。
目の前に広がる新しい世界。辺りにはいくつものベーグルの山。遠くにはゆで卵まで見える。
梨華ちゃんは笑ってて、空も相変わらず真っ青だ。
でもあたしは笑えなくなってしまった。
- 21 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時11分49秒
- ねえ梨華ちゃん。隣にいるの男の人誰?
「ひとみちゃんよりも男前で。」
「ひとみちゃんよりも力持ちで。」
「ひとみちゃんよりもカッケー人よ。」
「おまけにひとみちゃんよりヘタレなの。」
「じゃあねひとみちゃん。今までどうも有り難う。」
梨華ちゃんは幸せそうに笑ってた。空も相変わらず青かった。
そして、周りには美味しそうなベーグルが沢山あったけれど、
あたしはそれを食べたいとは思わなかった。
その場に座り込んで、ただ地面を見つめていた。
- 22 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時12分41秒
- ベーグルの夢を見た。とっても大きなベーグルの夢。
あたしは大きなベーグルになっていて、しかもその中にちっちゃなあたしと梨華ちゃんがいる。
って別にサンドされちゃってる訳じゃなくて、あの輪っかの中に。
二人はとっても幸せそうで、ちっちゃい梨華ちゃんもやっぱり可愛かった。
二人は仲良く手をつないで、多分空を見上げてる。
「ダメだって!」
薄々わかってた事だけど、そのうちちっちゃなあたしはベーグルに手を出した。
「バカよしこっ!」 何であたしを食べるわけ?
別にかじられても痛くはないけど、悲しい思いをするのはアンタなんだよ!
「だからダメだって!」幾ら叫んでみても、あたしの声は届かない。
何も知らずバクバク食べ続けるちっちゃなあたし。
幸せそうに梨華ちゃんと手をつないで、幸せそうに空を見上げながら。
もう一口で外の世界が見えちゃうっていうのに。
「食べちゃダメ!!」
- 23 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時14分53秒
- 「まだ三個残ってるけど、一個もダメ?」
驚いた顔であたしを見つめる梨華ちゃん。私寝言いってた? いやそりゃ驚くわな。
「ううん、いいよ。変な夢見てただけだから。」
梨華ちゃんは結局ベーグルを取らないで、あたしの横にちょこんと腰掛けた。
そしてチョンチョンと、自分の足を指さす。いつもの膝枕のサイン。
「どんな夢見たの? 教えてくれる?」
そしてあたしは、さっきの夢の話しをした。梨華ちゃんはその間、ずっと髪をなでていてくれた。
きっとその手が、暖かだったからだと思う。
話し終わる頃にはもう、梨華ちゃんの膝に顔を埋めて号泣していた。
- 24 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時17分37秒
- 「大丈夫だよ。」
優しい声。膝枕から顔を見上げる。やっぱり胸大きいね。
じゃなくて、この角度からも可愛いね。いやそれでもなくて。
「何でそんなことわかんのさぁ。」
「だってひとみちゃんよりアフォな人いないもん。」
「何でそんなこと言えるの? 六十億もいるんだから何人かはいるよ。」
「いないよ。」
「中国とかインドじゃ、毎日スゴイ数人間増えてんだよ。」
「いないよ。ひとみちゃんよりアフォな人はいない。」
喜んじゃいけない気もするけど嬉しい。やっぱアフォだから?
「私がどれだけひとみちゃんのこと好きか知らないアフォは、ひとみちゃんだけだもん。」
- 25 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時18分46秒
- 「それより私の方が不安よ。」
「何でさ?」
「だってひとみちゃんもてるじゃない。何で私なのかなって。」
「はいっ?」
「ウチの学年の子だって、結構ひとみちゃんファン多いんだよ。」
「それに下級生から、しょっちゅう告白されてるのだって知ってるよ。昨日だってあったでしょ。」
確かにそれは事実。でも昨日の出来事を、しかも春休み中だってのに何故梨華ちゃんが?
いや。心当たりはあるけど。それだけにかえって不安。
「何で知ってんの?」
「21世紀はどんな情報だって買える時代なんだから。」
得意気な梨華ちゃん。このセリフからするとソースはあのガキで間違いない。
「もしかして加護?」
「うん、あいぼん。掴めん情報は無いから任しときって。いつも教えてくれるの。」
何で知ってんだアイツ? それより余計な尾ひれ付けてないかの方が心配。
「あたしどう答えたって?」
「うん。『87番目の恋人で良ければ喜んでって。』優しいねひとみちゃん。」
「はいっ?」
- 26 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時19分45秒
- きっちり断ったってのに。あのガキいつか殺したる!
っていうかその87っていう数字。私自身正確に覚えてないけど多分合ってる。何で?
それより梨華ちゃん、そんなこと聞いて「優しいね」って何? 悲しいよ。
いやまて、ウチらこんな話ししてたんだっけ。何かもっと大事なこと言いたかったんじゃ。
「でもさ。」
ぐるぐる止まんない思考を遮る声。
「『14は梨華のための永久欠番だから、86人目の恋人だね。』って言ってくれたんでしょ。ありがとね。」
待ってよ梨華ちゃん。その心から嬉しそうな顔は何、ありがとって一体?
あたしのそのセリフ自体、あんま意味わかんないんですけど。そんなんでいいの?
「嬉しかったんだから… ひとみちゃんにはこんな気持ち分かんないでしょ。」
「特別だなんて素敵よね! ちょっぴり泣いちゃった。」
「あっでもすぐ泣きやんだからね。ほら私いっつもひとみちゃんのこと困らせてばかりでしょ。」
「こんなんじゃいけないなって、反省してるんだから。だって私ひとみちゃんみたく可愛くないし、綺麗じゃないし、スリムじゃないし、明るくないし…」
大仰な身振りでまくし立てるように続ける。キターッ! 暴走モード!
- 27 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時20分35秒
- 「待って!ストーップ! ストップ梨華ちゃん!」
世界最高の枕に別れを告げ、体を起こす。
「加護の言ってることは嘘! それよりあたしの話を聞いて!」
「えっ、あたし永久欠番じゃないの…」
あっやばい、今度はフリーズしそう。両肩をつかんで揺すぶる。
力の抜けた首がぐらぐらしてるけど、ゴメンね、今は許して。
「だから。あたしの話を聞いて!」
「あたしが好きなのは梨華ちゃんだけ。恋人だって一人だけ!」
ようやく梨華ちゃんの目に光が戻る。
「永久欠番?」
「永久欠番っ!!」
「盗塁王?」
「盗塁王っ!!」
「ランキング1位?」
「違うよ!統一チャンピオンだよ!」
「WBC? WBA?」
「だから統一チャンピオンだって!」
何とか話しが出来るとこまでリソース持ち直したみたい。
不安定なのはいつものことだから気にしない。とりあえず、良かった。
- 28 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時21分33秒
- 「あのね梨華ちゃん。もてるったってみんな女の子ばっかでしょ。」
「ウチ女子校だもん当たり前じゃない。」
「女の子相手に妬いてどうすんのさ。梨華ちゃん解ってる? あたしだって女の子なんだから。」
「ひとみちゃん、私も女の子だよ。」
思うように進まない会話。
でもこれは梨華ちゃんのせいじゃない。きっとあたしのせいでも。
それだけじゃなくて、多分誰のせいでもない。
だからあたしはいつだって不安になる。
「………でもベーグルの外の世界には、男の人だって居るんだよ。」
あたし今きっと、ものすごく情けない顔してる。
梨華ちゃんの微笑みが涙でゆがんで見える。
優しい小さな手招きも。チョンチョンと、足をさす仕草も。
「涙でべちゃべちゃになるよ。」
「いいよ。」
「鼻水だってずるずるなんだから。」
「うん。いいよ」
ゴメンね梨華ちゃん。何でだろう。今日はあたしの方こそ不安定みたい。
お酒のせい? それとも春のせいかな?
- 29 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時22分42秒
- 膝に顔を埋めて、それでも涙が止まらない。
髪をなでてくれる暖かな手。
優しい吐息。柔らかな足。
こんなに確かに梨華ちゃんを感じられるのに。それでもあたしはやっぱり怖い。
あたしは女の子。男の人じゃない。
こんなに可愛くて優しい梨華ちゃんだもん。男がほっとくわけないじゃん。
いつまでも女子校の中にいられるわけじゃない。
きっといつか、あたしなんか要らなくなっちゃう。
それはきっと遠い先の話しじゃない。
しかも多分、それが普通で当たり前のこと。
きっとその方が、梨華ちゃんは幸せになれる。
ゴメンね梨華ちゃん。
そのときはあたし、笑って見送るから。今日はこうやってもう少しだけ泣かせてね。
- 30 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時23分22秒
- 「フフッ ひとみちゃんてば可笑しいね。」
「何で笑うのさぁ。」
いやホントは聞かなくたって解ってる。あたし情けないね。
これじゃ"男の人の代役"すら失格だよね。
「だってひとみちゃんってば、アフォな上に自信家さんなんだもん。」
「えっ?」
「女の子相手なら誰にも負けない自信があるみたい。違う?」
梨華ちゃんはあたしの体を起こすと、眼を見つめ笑った。
「私は自信ないよ。だから女の子が相手だってヤキモチ妬いちゃう。」
それからあたしを、ギュッと抱き寄せる。
トクッ…トクッ… 柔らかな胸を通して、梨華ちゃんの鼓動が伝わる。
「こんなに側にいても、いつでも不安。」
「ベーグルの外に出たら、男の人にもヤキモチ妬かなきゃいけないんだもんね…」
「すごく怖いの…」
- 31 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時25分35秒
- 抱きしめる腕に、さらに力が入る。まるでその震えを隠すかのように。
「でもね私。どんな人より、ひとみちゃんのこと想ってるから。」
「女だからとか、男だからとかじゃなくて、ひとみちゃんが好きだから。」
「梨華ちゃん…」
あたしも強く抱きしめ返す。
男の人? 世間の目? そんなもんは関係ない。私はこの腕を放さない。
アメリカ大統領だろうが神様だろうが、知ったこっちゃない。
少なくともそう。今年の今日のこの瞬間。
ここにいるあたし達を引き裂けるものは何もないもの。
それだけは、何よりも確かなこと。
…のはずだった。
きっかけは梨華ちゃんの言葉、いや、ナメクジと言うべきか。
「ひとみちゃん。ナメクジよりも大好きだよ。」
「ほえっ?」
思わず素っ頓狂な声を出し、腕をほどいてしまった。
「何それ? ナメクジって?」
「あれっ? 雌雄同体じゃなかったっけ? それじゃゾウリムシは? あれっ?」
的違いにあわてふためく梨華ちゃんの仕草に、思わず吹き出してしまった。
「カタツムリはどうだっけ? あれっ? あれっ?」
止まらないお姫様の口にキスの封。
「梨華ちゃん。あたしもナメクジより愛してるよ。」
- 32 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時26分50秒
- 残りのベーグルをつまみながら、それからしばし馬鹿話。
「私ひとみちゃんの子どもなら産めそうな気がする。」
「あたしだって赤ちゃん生みたいよぉ。」
「いいけど私が先だよ。私の方がお姉さんなんだから。」
いやでも実際、梨華ちゃんならホントに産むような気もするなぁ。
妊婦姿も可愛いんだろうな。この細いお腹がポーンなんて膨らんじゃって。
って、鼻水付いちゃってるよ服。胸と足んとこにしっかりと。
「ゴメン梨華ちゃん。べちゃべちゃにしちゃって。シミ残んなきゃいいけど。」
「全然いいの。私嬉しいの。」
「何が?」
「あんな可愛いひとみちゃん見るの初めてだったし。このままとっとこうかなぁって…」
「洗ってよ!」
「でも記念品だもん。今日はひとみちゃんの鼻水記念日!」
梨華ちゃんホントに洗わないでとっときそうで怖いなぁ。ちょっと嬉しい気もするけど。
でもやっぱり今日の目論見はダメだったね。いやもうそんなこと、あんまり気にしてないけどね。
- 33 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時28分54秒
- 「あーあ。結局失敗かぁ。」
「何が?」
「ウチらの毎日ってさ、ほら戦場っていうか何? お祭り騒ぎばっかでしょ。」
「確かにそうだよね、毎日すごいもんね。」
「だから何もない平凡な一日が欲しいなって。」
「そーお? 私はお祭り騒ぎ楽しけどなぁ。ひとみちゃんと一緒なら。」
「うん。勿論あたしもそうだけどさ。何となくね。」
「ふーん。」
平凡な一日が欲しかった。
いつか梨華ちゃんに、他に特別な人が出来たときのために。
あたしを忘れようと、いろんなものを捨て、いろんなものに封をする。
そんなとき、捨て忘れてしまうような平凡な思い出が。
記念品とか記念日って、真っ先に捨てられたり封印されたりするんじゃないかなって。
だからささやかでありふれた、それでいて楽しい思い出が欲しかった。
そしたらあたしのこと忘れても、まだ梨華ちゃんの中に残っていられるような気がして。
そう、いつまでも梨華ちゃんの側に。
でももういい。あたしは絶対忘れない。それだけでいい。
今日のこんな可愛い梨華ちゃんを知っているのはあたしだけだもん。
今日ワンピースを鼻水まみれに出来たのはあたしだけだもん。
- 34 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時30分46秒
- そうと決まれば記念日は多い方がいいよね。たとえ鼻水記念日だって。
「今日は鼻水記念日で、おべんと当美味しかった記念日で、ベーグル記念日326だ!」
「何なのベーグル記念日326って?」
「梨華ちゃんと一緒にベーグル食べた日のこと。今日で326回目だから。」
ポカンと口を開けあきれ顔の梨華ちゃん。
「良く覚えてるねぇー。」
「うん。だってあたし梨華ちゃんもベーグルも大好きだもん!」
顔を真っ赤にして、とびきり可愛いや。
梨華ちゃん可愛い記念日に至っては一体何日目なんだ? 出会ってから毎日なのは確かなんだけどね。
家に帰ったら計算してみるかな。
「ねえねえひとみちゃん。」
「なーにー?」
「おべんと美味しかった記念日は何回目?」
「えっ… 1? かな?」
「ひっどぉーい! もう作ってあげないんだから。」
ふくれっ面でポカポカ叩かれる。
「嘘うそ、多すぎて数えらんないだけだよー。」
「もー!」
ホントにそうなると良いよね、梨華ちゃん。
- 35 名前:丘の上の公園で 投稿日:2002年10月25日(金)03時32分12秒
- 「へっ…へっくちん。」可愛らしいくしゃみ。
日暮れにはまだ時間があるけれど、そういえば辺りもそろそろ冷えてきた。
立ち上がり服に付いた草を払う。
「それじゃそろそろ降りるとしますか。」
「うん。」
手早く後かたづけを済ませ、出発の号令。
「それではいざ! 我らが戦いの日常へ!」
「オウ! 行くぞコノヤロー!!」
やっぱそうくるんだね。
ハイハイ。解ってますって、あたしもちゃんとやりますよ。
「オウ! 行くぞコノヤロー!!」
そしてウチらは丘を降りる。まるで、谷間を駆ける子鹿のように。
あるいは、くたびれはてた犬みたく。
- 36 名前:丘の上の公園で −エピローグ 投稿日:2002年10月25日(金)03時34分47秒
- −−翌日 石川梨華高校3年 吉澤ひとみ高校2年 始業式の朝。
相も変わらずいちゃいちゃと、駅から学校までの道を行く二人。
「昨日楽しかったね。」
「うん。可愛いひとみちゃんが見れて嬉しかったな。」
「それはそうと加護の野郎! 今日という今日は生まれてきたこと後悔させたる!」
あのガキには言わなきゃならんことが山ほどある。
梨華ちゃんとの甘い生活を守るために。
吉澤ひとみ。今日一日、非情なスナイパーになることを誓います!
「あんまり酷いことしたら可哀想だよ。」
「ダイジョウブ。手加減しなくてもアイツ死なないから。」
「ひとみちゃん… 怒ってる姿も最高に素敵ね…」
いや梨華ちゃんこそ最高に可愛いよ… って今は加護に集中しなきゃ。
「梨華ちゃん 昨日のこと誰にも言ってないよね。」
「うん。昨日はお風呂入ってすぐ寝ちゃったもん。」
よし。第一段階クリア。情報洩れてたら間違いなく捕まんないからな。
油断させといて近づいてきたところを一気に。これしかないね。
- 37 名前:丘の上の公園で −エピローグ 投稿日:2002年10月25日(金)03時35分31秒
- そろそろ校門が見える頃、決まって聞こえてくる可愛らしい声。
ものすごいスピードで後ろから近づいてくる。
「りかちゃん おっはー! よっすぃ〜 おっはー!」
振り向かなくてもOK牧場。これは間違いなくのの。
二人の隙間に駆け込んできて、ぶら下がるように掴まる。
よし。第2段階クリア。いよいよ敵も近い。
「ののちゃん先輩になる気分はどう?」
「きんちょうマンマンれすけど がんばりますよー。」
梨華ちゃん何だかホントのお母さんみたい。
料理も上手くなってきたし、良い奥さんになるだろうなぁ… って今は集中集中。
敵はあのガタイで最新イージス艦より敏感。
どんなに注意したって、注意しすぎってことはない。
さーてそろそろだ。
- 38 名前:丘の上の公園で −エピローグ 投稿日:2002年10月25日(金)03時36分30秒
- 「待ってーな のの。朝から元気すぎや。」
「よっしー! 梨華ちゃん! オハヨーさん!」
そう。いつだってこのタイミング。
あたしとののの隙間に入ってきて、これまたぶら下がるように掴まってくる。
捕獲成功。第3段階もクリア。
「あのさーあいぼん。教えて欲しいことあるんだけどさー。」
そうそう。出来るだけ優しい声で。
「学園内のことやったら掴めん情報なんてあらへんで! 任しとき!」
「そっかーヨカッター。そしたら知らないなんて言わないでね。」
腕もがっちりキープした。言い逃れだって赦さない。
最終段階無事クリア。もう逃げられないよ仔猫ちゃん。
- 39 名前:丘の上の公園で −エピローグ 投稿日:2002年10月25日(金)03時37分39秒
- 「聞きたいのは加護さんの商売についてなんだけどね。」
微笑みを浮かべつつ、あくまで冷静に。これがスナイパー吉澤の美学。
あせる獲物のそぶり、勝利の美酒は格別ですな。
「…よっしー。その話し長くなりそう?」
黒目がちな潤んだ瞳。そんなもん今日のあたしには通用しないよ。
「ちょびーっとね。」
ほらほら、俯いてしょんぼりしたマネしても無駄。手加減なしだよ。覚悟しな。
「したらウチから先に一つだけええ? 時間とらへんから。」
「いいよ。なーに?」
末期の一言くらい聞いてやろう。
どう謝ったところで赦しちゃやんないけど。
- 40 名前:丘の上の公園で −エピローグ 投稿日:2002年10月25日(金)03時39分02秒
- 「あんなー。サンニーナナや。」
はいっ? 何それ新手の暗号? ゴメンナサイって意味?
「326やない、昨日は327回目のベーグル記念日やで。」
「………」
力の抜けたあたしの腕をするりと抜け、小悪魔の微笑み。
「で。よっしーの話しって何なん?」
「………」
「ないんやったら先行くで。商売人に朝の時間はごっつ貴重なんや。」
スタスタと遠ざかる背中。立ちつくすあたし。
「あいぼん待ってくらさい ののも一緒に行くのれす。」
- 41 名前:丘の上の公園で −エピローグ 投稿日:2002年10月25日(金)03時41分15秒
- 「ねえ!ひとみちゃん!ひとみちゃん! 返事して!返事してよぉ!」
梨華ちゃんが泣きそうな顔であたしの手を握ってる。
ゴメンね梨華ちゃん。あたし今魂抜ける寸前。返事できなそう。
そんなときまた、遠くから小悪魔の声がする。
「泣きなや梨華ちゃん! 今日は手加減したったさかい、しばらくしたら戻って来るやろ!」
手加減? 今日は?
ねえあいぼん。アンタこれ以上まだ何か知ってんの…
「よっすぃ〜! ののもナメクジよりは愛してるのれす!」
追い打ちをかけるののの声、アンタたち一体… 何故…
「ねえ!ひとみちゃん! 返事して!返事してよぉ!」
梨華ちゃんが泣きながら、あたしの手を握ってる。
ゴメンね梨華ちゃん。あたし今脱魂中。返事は戻ったらするからね。
その日の始業式に吉澤ひとみ(高2)の姿はなかった。
体は保健室で、石川梨華(高3)の泣き声を、
そして魂は、風の歌を聴いていた。
そう。丘の上の公園で。
−− 了
- 42 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年10月25日(金)03時57分46秒
- とりあえず、一発目「丘の上の公園で」終了です。
基本的にくれくれ君体質だと思うので(何せ初めてなのもので確かなことは…)、
もし読まれた方がいたら、感想やアドバイスなど頂けると嬉しいです。
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月25日(金)09時48分31秒
- くるくるモードの変わる石川さんがめちゃキュートです。
まるで私の自作機のようだ(w
さっきまで機嫌よくサクサク動いていると思えば、いきなりフリーズ(汗
でもそれだけに放っておけずにいろいろご機嫌をとるんですよね
吉澤さん石川さんマジックにどっぷりです。
そして極め付けなのが難波金融道な加護ちゃん。吉澤さんごときは相手にならないってか?
しかし保健室で甘甘な時間が持てたんだから結局はOK牧場ですよね、吉澤さん(w
- 44 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年10月26日(土)04時05分08秒
- >43さん
レスどうも有り難うございます。うれしいもんですね。
在庫吐き出し直後で強気なことは言えませんが、早めに2本目も… と思っています。
今後も加護ちゃんには、関西商人としてたくましく&誇り高く頑張ってもらう予定です。
- 45 名前:花冷え 投稿日:2002年10月27日(日)23時31分49秒
- いよいよ新学期がはじまった。とはいえ高校に入るとクラス替えとかないから、そう変わり映えはしない。
「ごっちん起きてー、授業終わったよ。」
「んぁ。もう放課後かぁ…」
窓際でねむる彼女を起こすのはあたしのお仕事。これも去年と変わらない。
ごっちんはよく眠る。そして誰も彼女を起こさない。ガミガミとうるさい教師でさえ。
あたしみたいな例外を除いては。
彼女のオーラがそうさせるという見方もあるけど、この件に関しては、あたしはあいぼんの意見に賛成している。
「理事長の意志がはたらいとるんや。」
実際ウチの学校はおかしい。何がって第一、授業料がベラボーに安い。だいたい高校で公立の半額くらい?
学園の運営は理事長の趣味。そう考えないとつじつまが合わない。
初等部・中等部・高等部さらには大学まで揃え、全てが女子校。理事長の趣味推して知るべし。
ごっちんの居眠りについてもこんな噂がある。
「窓際で眠りこける後藤、かわいいやんけ! アリやアリ! あんまうるさくいわんと寝かしたり。」
そう言ったとか何とか。何回か会ったことあるけど、言いかねない人なのは確か。
- 46 名前:花冷え 投稿日:2002年10月27日(日)23時36分04秒
- まだ半分眠った声で、ごっちんが言う。
「よっしー今日は?」
「うん。部活顔合わせの時期だから行っとかないとさ。」
「そっか。じゃ、また後でねぇ。」
「うん。」
ごっちんと別れた私は体育館へ。だけどちょっぴり気が重い。大体これからの展開想像つくから。
部活の顔合わせは、いつだって同じ状況だもんね。
ウチみたいな一貫性の学校だと、結構中学と高校とが一つの部になってたりする。
そうじゃなくて中高別になってると、中学生の時から入る部を決めてる子が多い。
体育系はおおむね後者。今日ももう新入部員いっぱい来てるんだろうなぁ。
体育館のすみに集まって、3年生から順に自己紹介。
やっぱバレー部は新入部員けっこういるね。
「2年A組の吉澤ひとみです。ポジションは特に決まってません。」
「キャー!」
あたしゃ珍獣ですか? 何故名乗っただけで悲鳴をあげるのかね。
そして止まないひそひそ声、手を振ってる子までいるよ。とほほ。いつまで経っても慣れないね。これには。
「ハーイ、新入生黙って! 続けるよ。」
キャプテンの号令でようやく自己紹介は次の子の番へ。
ふぅ…でもまあとりあえずこれで一仕事済んだ。
- 47 名前:花冷え 投稿日:2002年10月27日(日)23時38分17秒
- 挨拶の後、キャプテンに声をかける。
「今年もヨロシクお願いします。」
「うん。ヨロシクね。今日は顔合わせだけだから。ご苦労様。」
「今年はいいとこまで行きたいですね。」
「そうね。おかげさまで新入生もけっこう入ったし。さーて何人ものになるかな。」
「頑張りましょう!」
「そうだね。」
そんな話しをしてから、首からさげたカードにポンと判子を押してもらう。
そこでポケットのメモを見る。ハイハイ。次はソフト部ですね。
「2年A組の吉澤ひとみです。ポジションはサード・ライト・リリーフなんかやらせてもらってます。」
「キャー!」
…とほほ。そいでまた、判子をポンッと。ハイ、これにて本日のお仕事終了。
ここからがあたしの本当の部活の時間。
グラウンドから校舎を見上げる。最上階のすみの部屋。ちゃんと明かり付いてるね。
肌寒いような春の陽暮れの中で、その灯りは何とも暖かに感じられる。
さーて、梨華ちゃんの待ってる部室へGO!
- 48 名前:花冷え 投稿日:2002年10月27日(日)23時40分02秒
- 階段を登り、音楽室やら家庭科室やらの前を通過。
廊下の行き止まり、美術室の脇、そこがウチらの部室。
なんでウチらだけこんな辺鄙な場所なのかはよくわかんないけど、
とにかく愛しの我が家に付いた。
「ただいまー!」
勢いよく引き戸をあけて、おきまりの挨拶。
「おかえりー。」
コタツに入ったごっちんがお出迎え。
きょろきょろ室内を見回すが他に人の姿はない、まだ帰ってきてないのかな?
「ごっちんだけ?」
「ひどいねよっし−。あたしじゃ不服?」
「ちがうけどさ、この部屋こんな静かなの珍しいじゃん。」
「そーだね。年度初めは挨拶回り多いからねぇ。それよりお茶煎れたけど飲む?」
「うん。お願い。」
そう言って、あたしもごっちんの向かいに腰掛ける。
- 49 名前:花冷え 投稿日:2002年10月27日(日)23時55分55秒
- 時計を見た。5時半か。陽が落ちるとまだ冷えるね。特にこの部屋はとびきり。
普通の教室よりまだ広いとこに、二人きりなんだから当然か。
とにかく、ごっちんの煎れてくれたお茶が有り難い。
「冷えるね。ストーブつける?」
「めんどくさい。それより今日はどうだった?」
ごっちんはいつでもこの調子。喰う寝る以外のことで自分から動くことは滅多にない。
「うん。なんかキャーキャー言われてげんなりしちゃった。」
「よしこ人気だから。」
「どうなんだかね。体動かすのは好きだけど、この時期行くのヤだよ。で。ごっちんは何処も行かなかったの?」
「うん。わたしは名簿だけだからさ。」
「あいぼん、ごっちんには甘いよなぁ。」
「そうかもねぇ。」
そう言ってフニッと笑う。この無邪気な笑顔が人気の秘密なんだろうね。
憧れの後藤さんと一緒の部活に!
ばかばかしい話しではあるが、これはけっこうな殺し文句らしい。
体育系の部活では、新人確保は至上命題。
だから「後藤真希」の名にはかなりの需要がある。
名簿に後藤さんがいたから入部したのに、本人はいっこうに現れない。
客寄せのためだけ「後藤真希」が名簿に載っている。そんな部活が実は沢山ある。
- 50 名前:花冷え 投稿日:2002年10月27日(日)23時57分18秒
- ごっちんの名前がやたらと名簿に載ってるのも、
あたしが部活の顔見せをはしごするのも、これがウチらの部の活動の一部だから。
ウチらは名前や顔、あるいは腕を貸すかわりに幾らかのお金をもらう。
今みたいな顔見せの時期だとか大会のシーズンなんかが、一番の稼ぎ時。
まあ何だかんだ便利屋みたいに利用されてるから、年中忙しいと言えば忙しい。
そしてそうやって稼いだお金が、ウチらの活動の資金に充てられている。
…はずである。
正直ウチの部活について説明するのはなかなか骨が折れる。
あたし自信よく解らなかったりもするし。
とりあえず生徒手帳の部活動一覧なんてページを見ると「企画部」が正式名称ということになっている。
本当に部活の名前? 入っている本人でさえ、首をひねりたくなるが…
バレー部はバレーを、バスケット部はバスケットをする部活。
ならばウチは、企画をする部活、ということになるのだろうか。
- 51 名前:花冷え 投稿日:2002年10月27日(日)23時58分41秒
- 「悪いちょっとそれ取って。」
「んぁ。珍しいね、お勉強?。」
「気になることあってさ。」
「ふーん。」
誰の物とも解らない古ぼけた辞書が手渡される。
【企画】(きかく)
1.新しい事業・イベントなどを計画すること。
2.事業・イベント。プラン。
1.の部分は二重線でつぶされていて、2.の方が乱暴に赤丸で囲われている。
この赤線自体もずいぶん昔のものみたい。
歴代の先輩達も、「企画部」の名に疑問を持ってきたんだね。少し涙がこぼれる。
「で。何調べたの?」
「キカク。」
「あれま!」
ごっちんってば、肩をすぼめて目を丸くしてる。
「わたしもさっき調べた。」
ちょっと驚き。ごっちんはこういうの全然気にしないんだと思ってた。
「ごっちんも疑問に思ってたなんて意外だったよ。」
「わたしだって気になるさぁ。時々はね。それでさ…よっしー。」
「何?」
「辞書ひいてちょっとは疑問とけた?」
「全然!」
「わたしもだー。」
二人して顔を見合わせ笑った。
- 52 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時01分24秒
- そんなとき廊下からもにぎやかな声。
「帰ったでー。」「たらいまー! 」
中学生コンビ。二人揃って仲良くご帰還。
挨拶もそこそこに、駆け込むようにしてコタツに滑り込む。
「昨日とちがって今日はえらく寒いのれす。氷河期到来れすかね?」
「氷河期ちゃうわこんなん毎年ある話しや、"花冷え"っちゅうんやで。」
「へぇー。あいぼんは、もの知りれすね。」
「二人ともお帰りー。でも後藤もそんなコトバ知らなかった。あいぼんホントに物知りだよねぇ。」
「もっかい寒くなるくらいなら、はじめっからゆっくりくればいいんれす。」
「なんやのの。何に怒ってるん?」
「春とかいう勘違いやろーれすよ。」
「アハッ。つーじー面白いねぇ。」
「怒ってもしゃあないやん。」
「れも寒いのはいやなのれす。」
「………」
ほう。ようやくこっち向きやがったか。ガキども。冷ややかな視線を送る。
「何やよっしーは怖い顔して。お帰りも言うてくれへんし。」
「知っとるか、のの。こんなん"怒りんぼさん"言うんや。」
「あー、それは知ってたー。」
「後藤もそのコトバは知ってるよー。」
「………」
- 53 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時02分50秒
- 何なんだこの暢気な会話は。
どーでも良いけど、君達コタツが四角いのは知ってる? いや。ごっちんも含めて。
「狭い!! 何で二人ともあたしのとこ入ってくるわけ? 他空いてんじゃん。」
「ここがいちばん入り口に近いのれす。それにののたちはスリムらから、狭いはずありません。」
「そーやそーや。イヤならよっしー出てったらええねん。」
あたしなめられてる? いや、確実になめられてるか。
「ごっちーん。何か言ってやってよー。」
「大人気だねぇ。良かったじゃん。」
助け船を出す代わりそう言って、フニッと悪気なく笑う。とほほ…
もう完全に動く気配を見せない二人は、ごっちんまで巻き込んでにぎやかに雑談を始めている。
特にこだわる理由はないけど、自分から出てくのはなんかシャク。
はぁ…仕方ないのか? あきらめて話しの輪に加わる。
- 54 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時04分38秒
- 「ところで遅かったじゃん。どこ回ってたの?」
左脇に座るののに聞く。
「園芸部のお手伝いとぉ、そのあと買い出しれす。」
「そっか、買い出しか。ご苦労ご苦労。」
のののお団子頭をポンポンとなでる。
「てへへ。」
はにかんだように笑う。
いったんあきらめちゃえば、手元にお団子って状況は意外と悪くないね。
「そや、ごっちん。今日冷えるから鍋にしたいんやけど。」
「んぁ。でも醤油切れてなかったー?」
「ちゅうか、いろいろ切れてたから、まとめて買うて来た。」
「なら大丈夫だ。まかしといて。」
えらいえらい。今度はあいぼんのお団子をなでてやらねば。
- 55 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時07分50秒
- これはあたしたちにとってはありふれた会話。
この部室は何故か、炊事設備まで完備している。
だからウチらは、夕食をとってから帰宅、というのが基本的なスタイルになっている。
夕食を自宅で食べなくなると、学校が始まったことを実感する。妙と言えば妙な話し。
ただ、こんな生活に慣れてしまった。それだけのこと。
まぁ、稼いだお金は、こんな所にも消えていっているわけだ。
炊事も買い出しも、特に当番が決まっているわけではないけど、
たいがいは料理の得意なごっちんが腕をふるうことになる。
だから残りの人間が、進んで買い出しにいくよう心がける。そんな無言のシステムができあがっている。
今日のあたしは買い出しを忘れてなかったか? そんな無粋な詮索は無用。
時間だってまだ早かったし、"買い出しは複数で行くべし。"そんなお約束も別にあるのだ。
いちいち頭で考えてるとかじゃなくて、生活に染み込んでしまっている習慣。これは忘れようがない。
この買い出しのルールは、量がハンパじゃないからいつの間にか自然に出来たもの。
生活の知恵ってやつだね。
- 56 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時09分30秒
- 「で、何鍋にするのぉー?」
「鯛買うてん。半額にしてもらったんや。」
調理担当と買い出し担当の情報交換。夕食前定番の会話。
「おかしもいっぱい買ってきたのれす。」
おやつ担当が随時自由に発言する。これも定番。
「ベーグルちゃんと買って来たよね?」
「2コしか残ってなかった。でもきちんと買い占めてきたで。」
ベーグル担当の鋭い追求も忘れてはならない。
「れも、おかしはいっぱい買ってきたれすよ。」
「かっぱえびせんとぉ… フランとぉ… フランのいちごとぉ… あれ?あと何らっけ?」
ヲイヲイ、ポッキー買おうよ… じゃなくて何かおかしいぞ。
そうだ! 見本展示がまったくないじゃん。
いつもだったらそこで、つまみ食いしようとしてごっちんに叱られるってのが入るはず。
- 57 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時14分42秒
- 「ねえ、品物は!」
無視を決め込むお団子たち。この距離で聞こえないはずないのだが、念のためもう一度。
「アンタら、さっき手ぶらじゃなかった?」
「へい!」「そーや。」
あっさりと訳がわからんことを言うね。君達。
「どうしたの? 忘れてきたか?」
2コだけとはいえベーグルが入っているのだ。ベーグル担当としては無視できない問題だ。
「アフォか。忘れるわけないやろ。じゃんけんや。」
「梨華ちゃんは弱えーのれす。」
「馬鹿ガキ! オマエら覚えとけよっ!」
あたしは部室を飛び出していた。
じゃんけんだと? アイツら梨華ちゃんに荷物持ち押しつけやがったな。
じゃんけんと言えば、ののはグーしか出さない。
「のののグーで砕けない物なんてないのれす。試してみるれすか?」
そして手近な壁の一つも砕いてみせる。
「ほら。」
そんなこと言って無邪気に微笑む相手に、どうやって勝てと?
今日は醤油も買ったらしいし、いつもよりずっと重いはず。
一人じゃどうにもなるはずがない。帰り遅いわけがやっと解ったよ。
寒空の下途方に暮れている姿がたやすく想像できる。
待ってて梨華ちゃん今行くよ。あたしは階段を駆け下りる。
- 58 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時16分00秒
−− 一方そのころ部室では −−−−−
相変わらずコタツでくつろぐ3人の姿。
「なぁ ごっちん。」
「んぁ。 なーにーあいぼん?」
「お見通しやったやろ。」
「まーね。」
加護と後藤は、ニマッと微笑みを交わす。
「したら。そろそろえーかー?」
「アハッ あとちょっと待とう。」
二人は再度、ニマッと微笑みを交わす。
「さすがごっちん、わかっとるなー。」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
- 59 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時17分52秒
- 階段を降りきったところに、梨華ちゃんの姿。
やっぱり途方に暮れた感じで、壁に寄りかかっている。
「あっ! ひとみちゃん。」
こっちに気づいて視線が合う。…とりあえず泣いてはいないみたい。よかった。
足下には、けっこう重そうな買い物袋が、1、2、3・・・6個も。
ちょっと試しに持ってみたけど、正直2個でも辛いかも。
「良く持ってこれたね。」
「うん。ここまでは何とか。でも階段どうしようって、困っちゃったの。」
確かに。これ持って階段は無理だよな。っていうか、ここまでだって相当だろ。
けなげな梨華ちゃんを思うと、ガキどもへの怒りが甦る。
「それであいぼんが、"ほな助っ人呼ぼか!"って。」
「…ほえ? じゃんけんって言ってたような…」
「うん。私負けちゃったから荷物番。」
「………」
- 60 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時21分22秒
- これはとんだ勘違い。説明をうけたあたしは、すこし呆然としてしまった。
荷物持ち押しつけたんじゃなくて、荷物番させただけなの?
辻加護にひどいこと言っちゃったかな。いや、何も言わないアイツらも悪いよなぁ…
「おっちょこちょいな、ひとみちゃん。」
こっちの状況を話したら、さすがに梨華ちゃんも笑っていた。
「もー。そんな笑わなくてもいいじゃーん。」
恥ずかしくて思わずふくれ面。そのほっぺを、指でツンツンつつかれる。
「でもさあ、ひとみちゃん。何も言われないのに来てくれたの…?」
「…うん。梨華ちゃん困ってるかなぁって…」
そんな嬉しそうな顔されると照れるな。勘違いしてただけになおさら。
「何も知らないのに?」
「…うん。まあ。」
だからそんなに嬉しそうな顔しないでって。へへ。困ったな。ポリポリと頭をかく。
「きっと運命だね! 梨華うれしい!」
…ほぇ? 運命? 何の?
当惑するあたしに、梨華ちゃんはぎゅっと抱きついてきた。
- 61 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時22分49秒
- あたしの話し聞いてた? 何か勘違いしてない?
っていうか、こっちがまだ何か勘違いしてるのか? もう良くワカラン。
ただ梨華ちゃんの冷え切った体。
その体温だけがやけに鮮やかだった。
「梨華ちゃんの体すごく冷えてる。」
「うん。ずっと待ってたから。でも今は暖かいな。」
「はは。あたし階段走ってきたばっかだから。」
梨華ちゃんの腕にさらに力が入る。
「私のため?」
「そうだよ。梨華ちゃんのため。」
あたしもギュッと強く抱きしめ返した。
その方が早く二人の温度が近づく気がしたから。
- 62 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時25分37秒
- 「けだものや。けだものがおるで。」
「不純同性交遊ハケーン。」
「チューれす! チューしてるのれす!」
…とほほ、こいつらのこと忘れてたよ。
階段の上から、二ヤニヤ顔の悪魔たちが降りてくる。
ごっちんを真ん中に仲良さげに手をつないで。
「おろ!2匹おったんかい。 あんまし引っ付いてるんで解らんかったわ!」
「チューれす! チューしてたのれす!」
「してませんっ!!」
梨華ちゃんが真っ赤になって、子悪魔2匹の相手をしている。
そして悪魔の親玉は、あたしの肩に手を置き満面の笑み。
「もうちょっとゆっくり来た方がよかったかな?」
「いえ。今で結構です。」
それからウチら5人は仲良く部室に帰った。
「おかしの入った袋は、絶対ののが持つのれす。」
結局ののが4袋、ごっちんとあたしが1袋ずつ。梨華ちゃんはあいぼんの手を引いて。
不思議と寒さは感じなかった。
で。
元気にはしゃいでるののを見たら、そもそも助っ人なんて要らなかったんじゃ…とも思ったけど、
多分ムダな質問になるから言わなかった。
- 63 名前:花冷え 投稿日:2002年10月28日(月)00時26分53秒
- いつも通りの美味しい夕食。
悪魔達の食卓には新鮮な笑いのネタが一品追加。
みんなしてにぎやかに笑って、いつも通り家路につく。
今日は少し寒かったりしたけど、特に何もおこらない、平和な一日でした。
- 64 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年10月28日(月)00時31分20秒
- 更新しますた。
ぐずぐずな感じですが、とりあえずは続けていきたいと思っています。ペコリ。
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2002年10月28日(月)23時29分07秒
- とても和みました〜。
続きお待ちしております。
- 66 名前:桜鯛 投稿日:2002年10月30日(水)00時25分23秒
- −−− 食後の一コマから
「鯛はうまかったのれす。買って正解れしたね。」
「そや、のの。何で鯛って真っ赤なんか知ってるか?」
「知らないれす。」
「エビやらカニやら、真っ赤なモンようさん食べとるさかいこんなんなるんや。」
「へぇー。やっぱりあいぼんは、もの知りなのれす。」
「ひとみちゃん。ののちゃんがフランのホワイト沢山くれたんだけど。」
「食べ物くれたぁ? めずらしいね。」
「やっぱりポッキー買った方が良かったのかな?」
「さぁ?」
全てを見ていた後藤だけが、コタツでニンマリと微笑んでいた。
- 67 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年10月30日(水)00時31分41秒
- >65さん
レスありがとうございます。
まったり更新で続けていこうと思っておりますが、
よろしければこれからも読んで下さいませ。
- 68 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時41分28秒
- 「よっさん、ちょっとええか?」
2時間目の日本史が終わったところで、中澤さんが手招きをする。
中澤さんは日本史の先生。
『歴史なんて所詮は弱肉強食。それだけ覚えといたらええねん。』これが口癖。
多少乱暴なとこはあるけど、なかなか解りやすい授業だと評判がいい。
おまけに、気さくな関西弁と面倒見の良い性格もあって、生徒からは何かと頼りにされている。
何でも『歳ばれるやろ。』とのことで、"先生"と呼ばれることを極端に嫌う。
一体何歳に見られたいの? かなり無理が…
みんな薄々はそう思ってるんだろうけど、本人の強い希望なのでしかたない。
あたし達は尊敬と愛、そして微量な憐憫を込めて、"中澤さん"と呼ぶことにしている。
「昼は部室で食べるんやろ?」
「はい。」
「したらみんなに伝えといて。ちょっと遅なったけど、今日辞令交付やるで。」
「はぁ。」
そしてウチら"企画部"の顧問でもある。おまけに、"企画部"の創立メンバー。
この人こそが諸悪の根源と言っても良いかも知れない。
「ホナ頼んだで。また後でな。」
そう言い残して教室を出ていった。
辞令交付か… あたしは少し気が重い。
- 69 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時43分25秒
- 昼休み、ごっちんと連れ立ち部室へ。
中学生コンビと梨華ちゃんは先に帰っているようで、賑やかな声が廊下まで響いている。
部室には案の定三人の姿。仲良くカルタ取りをしていた。
梨華ちゃんが読み方。辻加護直接対決の構図。
ウチの部では今カルタが大流行。3日くらい前にあいぼんが自作してから。
「石川さん 愛しているよ 誰よりも。」
「へい!」
「ひとみちゃん 石川さんとは 呼ばないで。」
「へい!」
「何や梨華ちゃん、ののの近くのばっか読んでめっちゃムカツク!」
「わざとじゃないもん。次はあいぼんの目の前のやつかもよぉ。ポジティブ!ポジティブ! じゃぁ次の読むからね、ほら。」
「キスしても いいからダーリン 理解して!。」
「へい!」
「何やまたののの前のやんか、絶対こんなんひいきや。」
…ねぇ梨華ちゃん。そのカルタ読むの恥ずかしくない?
廊下までガンガン聞こえてるんですけど…
ここ数日間何度も繰り返したコトバを飲みこんで、帰宅の挨拶。
「ただいまー。」
「おかえりなさーい。」「おかえりれす。」「おかえりさん。」
三人三様の返事を聞きながら、ウチらはコタツに入る。
- 70 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時44分56秒
- コタツの上にはピンクの弁当箱。梨華ちゃんがあたしに作ってきてくれるものだ。
毎日のことで、当たり前みたくなってるけど、この光景にはいつでも頬が緩む。
「お弁当食べてね。今日は美味しいよ。」
優しく微笑みながら梨華ちゃんが言う。
近頃少しずつだけど、腕も上がってきてるみたいだし、本当に嬉しい。
「うん毎日ありがと。それじゃ、いただ…」
頂きますを言い終える前に。あいぼんの元気な声が響いた。
「はいなっ!」
手にはカルタの"お"のフダ。『おべんとう食べてね今日はおいしいよ』。
「ゴメンあいぼん、今のは違うのよ。カルタじゃないの。」
わたわた慌てつつ言い訳する梨華ちゃん。
「やっぱひいきやんけ。ウチが取ったらナシって何やねん。」
半べそをかきながら睨むあいぼん。
「止めや止め。こんなんやってられへん。」
そう言ってフダをぶちまける、今度はののが半べそ。
「負けそうらと止めなんて、ずるいのれす。」
「ねっ。ねっ。二人ともケンカは止めよう。ねっ。」
必死に割って入る梨華ちゃん。部室はいつの間にか大騒ぎ。
こんな状況を止められるのはごっちんだけなんだけど…
焼きそばパン片手に笑い転げてる。ダメだこりゃ。
- 71 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時46分18秒
- 笑い止んだごっちんが何とか場を収めて、部室はようやく平静を取り戻す。
あまりにもリアルすぎて危険だということで、『いしよしカルタ』は永遠に封印されることになった。
あたしと梨華ちゃんが「以後気を付けます。」と謝らせられたのはイマイチ納得いかないけど…
辻加護はとっくに仲直り。早くも『新・いしよしカルタ』の打ち合わせで盛り上がっている。
こんな騒ぎも、いつもといえばいつもの事。
平和な昼下がりを壊したくないのはあたしも同じ。
それでも言われたものは仕方がない。さっきの話しを口にする。
「今日『辞令交付式』だって… 中澤さんがみんなに伝えとけって。」
一瞬にして部内の空気が凍り付く。
『辞令交付式』何でこんな仰々しい名前なのかは知らないけど、実際はたいしたものではない。
新しい部長を決めたり、一年の抱負とか言わされたりする位のもの。
本当にたいしたものじゃないんだけどね。
それでもやっぱり、あたしは気が重い。
「まあ避けて通れないことなんだから、気楽にいこうよ。」
ごっちんがそう言って、昼休みは散開ということになった。
- 72 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時49分20秒
- 午後の授業。あたしはいつもより上の空。
そして矢口さんのことを思い出していた。
矢口真里。企画部の司令塔と呼ばれた女。
あたしがこの部に入ったのも、矢口さんがきっかけだった。
あたしは半年だけ、正式にバレー部に所属していたことがある。中一の時に。
自分で言うのも何だけど、ずば抜けてうまかったと思う。
レギュラーは当然。チーム1のポイントゲッターだった。
それを面白く思わない人がいる当然だろう。
けれどあたしは、上手く身を処す位の術は身につけていた。…つもりだった。
小さないじめがあった。あたしにではなく同級生達に。
自分のことなら我慢は出来る。でも…
「アンタみたいな下手くそ、やめちゃいなさいよ。」
体育館の隅。そう言いながら手を上げる先輩を見た瞬間、あたしは切れてしまった。
「言いたいことはあたしに言って下さい。殴りたいならあたしを殴って下さい。」
もうどうにでもなれ。思い切りにらみつける。
「王子様にでもなったつもり?」
「なら先輩は意地悪なママ母ですか?」
パンッと殴られ、頬に鮮やかな痛みが走る。
反射的に振り上げ返した手は、無言の表情を前に行き場を失う。
”アンタさえいなかったら…”
- 73 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時53分35秒
- その表情を見たら、完全に力が抜けてしまった。
瞬時に全てがモノクロに変わってしまったような、やるせない感覚。
そして次の瞬間、あたしは気を失っていた。
「あちゃぉぁ〜!」
訳のわからないかけ声と、激しいあごの痛みと共に。
気づいたのはバレー部の部室。
ぬれタオルをあごに、ベンチの上で寝かされていた。
キャプテンと、さっきの先輩、そして金髪の小人がいる。
「ごめん、オイラてっきり喧嘩かと思ってさぁ。」
あたしはどうやら、脱力していたところに強烈な跳び蹴りを喰らったらしかった。
小人は繰り返しへこへこと頭を下げた。これがあたしと矢口さんとの出会いだった。
矢口さんが無類の喧嘩好きとして有名だということは、後になって知った。
- 74 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時54分53秒
- それから部室で、キャプテンからの事情聴取。何故か矢口さんも臨席して。
先輩の言い分はこう。「下級生への教育」「誰もが通る道」「バレー部のため」それを吉澤が誤解している。
次はあたしの番。「言うことはありません。生意気な態度を取って申し訳ありませんでした。」
もちろん言いたいことも沢山あったけど、その日は何もかもめんどくさく思えた。
先輩の言う通りなのかな、あたし自意識過剰だった? 一瞬そんな風に思ったりもしたし。
でもきっと、一番の原因はあの表情。
"あんたさえ いなければ"
あたしの一等まんなかの部分で、くりかえし響いていた。
さよならバレーボール。そんなセリフが自然と浮かんでくる。
「退部させて下さい。」
その場で退部を申し入れた。
- 75 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時56分34秒
- キャプテンはもちろん、その先輩までもが引き留めに回る。
「吉澤の代わりなんていないのよ。考え直して。」
「理由を教えて。部のために私も気を付けるから。」
「すみません。退部させて下さい。」
そして話しは堂々巡り。それさえも何かベタついた、鬱陶しいものみたく感じられた。
しばらくして、端から静かに見ていた矢口さんが口を開く。
「あのさぁ。この件オイラに任してくんない。」
いつ決着が着くとも思えなかった話しが、小人の一言であっさりと終わった。
何だか思い切り拍子抜け。でもとても有り難い事ではあった。
矢口さんが、揉め事仲介屋として有名であることは、後になって知った。
- 76 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)18時58分32秒
- 私は矢口さんと二人で部室を出た。
「任せろ」なんて言ってたから、またいろいろ聞かれるんだろうと、少しげんなりしていた。
けれど意外にも、「バレーは好きなんでしょ。」「…まあ。」歩きながらそんな会話を交わしただけだった。
そしてグラウンドを少し行ったところで、
「オイラ部室こっちだから、それじゃ! 蹴り入れてゴメンね。」
そう言って、てくてくと去って行ってしまった。
別に詮索好きとかじゃなくて、あの状況から救ってくれようとしただけなのかな。
あたしは後ろ姿に向かって声を掛ける。
「有り難うございましたー。」
ビクッと身を震わせ、振り返る矢口さん。
「吉澤! あんたってマゾ?」
蹴りに対するお礼じゃないって… 慌てて、違う違うとジェスチャーを送る。
「キャハハハ! びびったー。」
そのまま、大声でけたたましく笑いながら、行ってしまう。
面白い人だなぁ。
その日は結局名前すら聞かず別れた。奇妙な金髪の小人、そんな印象だけが残った。
矢口さんが、大のゴシップ好きだということは、このときはまだ知らなかった。
- 77 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時00分51秒
- それから、休み時間や放課後なんか、忙しげに走り回る金髪の小人が目に付くようになった。
聞いてないから解らないけど、遠巻きに気をつかってくれてたのかも知れない。
もちろんあたしが、部を辞めたこと家族に言い出せなくて、必要以上に放課後もて余してたせいもあるとは思う。
部の友達とつるむのはイヤだったし、いまさら女子校然とした仲良しグループに入る気もしなかった。
結構ぼんやりと、一人で居ることが多かったような気がする。
あれ以降も矢口さんから、バレー部の話しを聞かれる事はなかった。
でも。「よう!」「こんにちはー。」なんて、暢気に挨拶だけを交わす間柄にはなっていた。
そんなある日の放課後のこと。その日も、どこで時間をつぶすかと、ぼんやりと下駄箱へ向かってたあたし。
「アンタ時間も力も余ってんでしょ。ちょっと貸して!」
強引に腕を引っ張られ、図書室に連れ込まれる。
「配架整理今日中なの、手伝って。ガキどもは倒れるし、みんな出払ってるしで… お願い。」
とにかく必死なのだけは解った。あそこまでされて断れる人もそう居ないとは思うのだが…
「はぁ。いいですけど。」
曖昧な返事をした途端、矢継ぎ早に指示がとぶ。
- 78 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時04分59秒
- 「これそっち。」
「高い棚よろしく。」
「早くそれ取って。」
間断ない指示に、容赦なく動き回らされる。
たまの隙を見て、「図書委員なんですか?」なんて当然な質問をしても、
「ウルサイ。殴るぞ。」とか「黙れ。従え。」とか、理不尽な答えしか返ってこない。
そして余計な質問なんか一切浮かばなくなる位動き回った後、ようやく図書室での仕事は終わった。
「今何時?」
「6時25分です。」
「よっしゃセーフ! ちょっと待ってて、判子もらってくっから。」
ニッコリ笑って弾丸のように飛び出していった矢口さん。その無尽蔵の元気に心底舌を巻いた。
一人残されたあたしは、図書室での数時間を反芻していた。
乱暴で理不尽きわまりなかったけど、不思議とイヤとは感じなかったな。そう思ったんだ。
しばらくして戻ってきた矢口さんは、さっきまでとは別人のように穏やかな口調。
「部室おいでよ。お茶くらい出すからさ。」
あたしは、今並べ替えられたばかりの本棚をぼんやり眺めていた。
「きれいになったなぁ…」
「キャハハハハ! しみじみ言うから何かと思えば、でも確かにそうだねぇ。」
二人してしばらく、本棚を眺めていた。
- 79 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時07分36秒
- そして矢口さんの後をついて階段を上る。
この上部室あった? もしかして美術部?
いろんな疑問が湧いたけど、矢口さんは「行きゃ解る。」の一言。
「ただいまー。」「失礼しまーす。」
「おかえりなさーい。」
結局着いても何部かは解らずじまい。無理もないけどね。
やたらと広い部室。あの日はストーブの側で梨華ちゃんが本読んでたんだ。
「ガキどもどう?」
「熱下がってきたみたいで。今はぐっすり寝てます。」
しかも布団が二組しいてあって、氷嚢あたまに辻加護が寝込んでたし。
「あの… この子たちは?」
「馬鹿なくせに風邪までひける器用なガキ。ちなみに双子。」
そうそう、あの言葉けっこう後まで信じてたよなぁ…
「もしかして小学生じゃ…」
「うん。4年。」
「何でここに…」
「元気になったら本人達に聞いて。オイラも良く分かんない。」
「はぁ…」
「それよりコタツで待ってて、簡単に何か作るから。」
「はぁ…」
そして雑炊ごちそうになって帰ったんだ。
矢口さんの名前を知ったあの日。梨華ちゃんと出会ったあの日。
あれからいつの間にか、自然と部室に通うようになってったんだよなぁ…
- 80 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時08分50秒
- 中1も終わりの頃になると、あたしもすっかり部の一員みたいにこき使われていた。
「オイラがイロハ叩き込んだる。」
いわば教育係みたいな形で、矢口さんがいろんな事を教えてくれた。
こまごまとした手伝いやら何やらで、右に左に走り回る毎日。仕事を済ませると矢口さんに報告。
「こりゃもう立派な戦力だ。」
背伸びをしながら頭をなでてくれるのが無性に嬉しかった。そんなある日のこと。
「はい。今日はここだけ行ってきて。」
部室へ行くと、一人きりコタツでくつろぐ矢口さんから、仕事のメモを渡された。
『バレー部 16:00〜18:30』
あの日以来、バレー部に顔を出すのは初めてだった。
「ほら返事っ!」
「…はぁ。」
気の抜けた声を出したあたしをコタツの中から見上げる。
「嫌なの?」
「いや。ちょっと気まずいなぁって…」
- 81 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時10分45秒
- 顔を出してはいなかったけど、噂は届いていた。
あたしが辞めてから少し後。あの先輩も退部したとのことだった。
一瞬あたしのせいかとも思ったけど、どうやら全く違うとのこと。
「男つくってラブラブだとよ。」
矢口さんは忌々しげに毒づいてたけど、あたしは「何だかね。」って笑っちゃった。
まあ直接の当事者はいなくなったにせよ、気まずいよなぁ…
「バレー今でも好きなんでしょ。」
座ったまま、目も会わせずに矢口さんが言う。
「まぁ…」
「なら行きゃいいじゃん。」
「はぁ…」
「なんならバレー部に戻ったって良いんだよ。」
「………」
あまりに当たり前みたく吐かれたこの言葉は、正直ショックだった。
「この部にあたしは要らないって事ですか?」
「ウチの部に要るとか要らないとかじゃないよ。」
息の荒いあたし、まったく冷静な矢口さん。
「じゃあ何なんですか?」
一瞬振り返り、あきれた顔をしたかと思うと、鏡を出して枝毛の処理を始めてしまった。
- 82 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時12分21秒
- あたしは収まりがつかない。
「何なんですか。教えて下さい!」
手を止めずに矢口さんが言う。
「決めるのはよっすぃー。ウチの部の問題じゃないつーの。」
「バレー好きな人がバレーやるのって変?」
「いいえ。」
「バレー好きな人がバレー部入るのって変?」
「いいえ。」
正論なのだろうが腑に落ちない。
「じゃああの日は、何で止めなかったんですか。」
「辞めたがってたんじゃなかったっけ。」
「………」
これまた正論に違いないのだが…
「それにさ。」
「あのまま部にいたらよっすぃーバレー嫌いになりそうだったから。そういうの寂しいじゃん。」
- 83 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時14分05秒
- 「で、行くの行かないの? そろそろ時間やばいよ。」
「行きますよ!」
「そうそう。呼ばれてんだから行きゃーいーの。」
矢口さんはずっとさばさばとした調子で、かえって何だか気恥ずかしくなってしまう。
『よっすぃーはウチの部に必要だよ。』そんなコトバを言って欲しかった訳じゃない。
でも。甘ったれた自分を完全に見透かされちゃうとね。
イヤミの一つでもいってやりたい、そんな感じ。
「矢口さん。」
「何?」
「ウチの部のウチの部って何度も言ってますけどね。あたしの部でもあるんですからね!」
「そりゃそうだ。」
口調は淡々としたもので、何も変わりはしなかったけど、鏡越しに見えた矢口さんは確かに微笑んでいた。
「ほれ。はよ行け。」
「いってきます。」
矢口さんとあたししか知らない。
けれど多分あの日が、あたしが本当に企画部の部員になった日なんだと思う。
- 84 名前:センチメンタル今昔 投稿日:2002年10月30日(水)19時25分02秒
- 「吉澤さん! ぼんやりしない!」
現実に引き戻す教師の声。そういや授業中でしたね。
「ふぅ。」あたしは小さくため息をつく。
矢口真里。企画部の司令塔と呼ばれた女。
行動力、指導力、統率力… いやあらゆる面において、彼女こそが完璧な企画部員だった。
状況はますます悪化して行く。
矢口さんにすら出来なかったことを、あたしなんかにどうしろと?
勝ってるのって、身長くらいだよなぁ… でもそれで何をすれば?
窓際のごっちんを見る。すやすやと午後のお昼寝中。やっぱ大物は違うね。
『辞令交付式』。自分が企画部員であることを思い知らされる最大の瞬間。
大したことじゃないってのは重々解ってるけど、気が重いよ。
あたしも寝ちゃおっかな。そしたら少しくらい背が伸びるかも知れないし。
伸びてどうなるもんでもないだろうけど。使い道は後で考えよう。
他に良い考えなんて浮かびっこないしさ。
教科書を立て、机にうつぶせて目を閉じる。
「ほら!吉澤さん! 居眠りしない!」
教師の投げたチョークがストライクで飛んでくる。
…とほほ、眠らせてももらえないのね。
「ふぅ。」あたしはも一度、小さくため息をついた。
- 85 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年10月30日(水)19時56分43秒
- 更新しました。
手元にあっても、余計なことどんどん足しちゃいそうなので…
ホントはさくさく行きたいんですが、話しがなかなか進みません。
仕方ないので、まったりやってこうと思っています。 ぺこり
- 86 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月30日(水)22時34分08秒
- ROMってましたが、素敵です、いいです。
又、ちょくちょくれすさせて貰います。
- 87 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月02日(土)21時45分19秒
- >ひとみんこさん
レスどうもです。
少しずつではありますが続けていきますので、これからも是非ごひいきに。
- 88 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)21時48分18秒
- 放課後。部室へ向かう足取りは重い。
「ただいまー。」
「オッス!」
扉を開くと、聞き慣れた声が返ってくる。やっぱりね。
「アタシ待たすなんて、あんたらも偉くなったもんねっ!」
目をギラギラさせながら保田さんが待っていた。
不覚にも視線が合ってしまった。少し石化。
「アハッ、圭ちゃん相変わらずだねぇ。いつ来たの?」
ごっちんは耐性があるらしく、いつも通りののんびりペース。
「2時間前からいるわっ!」
「はは、そりゃまた早く来たもんだ。そうだ、お茶煎れるけどいる?」
「当然いただくわよっ!」
元々卒業生がやたらと顔を出す部ではある。保田さんが来るのだってそう珍しいことではない。
けど今日は少し特別。間違いなく大挙してやって来るから。これが問題。
ウチのOGは一人増えるごと、指数関数的にタチが悪くなるのだ。
去年まで味方だった矢口さんも、今年からは敵に回る。
最悪の野次馬OGになることは間違いない。石化した頭がさらに痛む。
- 89 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)21時50分47秒
- 「ねぇ圭ちゃん、いちーちゃんいつ頃来るってぇ?」
「サヤカは今日来ないわよっ!」
「今日も? 圭ちゃんまた仕事押しつけたんでしょー!」
「ウルサイわねっ! エライんだからそれ位当然なのよっ!」
市井さんと保田さんは同じ職場で働いてるらしい。
保田さんの弁では「市役所勤務よっ!」とのこと。あたしは信じてないけど。
役所で姿見たことないし… 昼間っからこんなとこいるし…
ホントの仕事が何なのかは不明。だけど二人が同僚で、市井さんが尻ぬぐいさせられてるらしいのは確か。
保田さんはしょっちゅう顔を出すのに、市井さんの姿は滅多に見ない。ここ半年くらい特にそう。
お茶を煎れたごっちんが席に戻る。
「ねぇ後藤。アタシの分は?」
「いちーちゃんイジめる人にはあげません。」
「んまっ!」
市井さんは、ウチのOGには珍しく常識を持った人。おまけに頭だっていい。
けどあたし達の前では、せっかくお持ちの常識を使っては下さらない。
従って明晰な頭脳は、もっぱら悪用されるのみ。早い話が悪ノリ魔神。
来れないのかぁ… ごっちんには悪いけど少しホッとしたかも。
- 90 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)21時52分25秒
- 「やっほ〜い!」
…ホッとしているヒマなんて無かったね。今日は。
けたたましいかけ声と共に、悪ノリ小人登場。ものすごくハイテンション。
「………」
出迎えたウチらは、テンションだけじゃなくて、その格好に絶句する。
完璧なガテン系ルック。頭にバッチリ白タオルの鉢巻き。おまけにツルハシまで担いで…
「ちょっと矢口! そのナリ何なのよっ!」
「いや、ほら。現場から直接来たから。」
現場って何ですか? ねぇ?
「やぐっつぁん大学行ったんじゃなかったっけ?」
「キャハハハハ! 大学? 速攻休学!」
「あれま。」
「それよりごっちん。オイラもお茶! 汗かくとノド乾くんだよ。マジで。キャハハハハ!」
すみません。…何がおかしいのかまったく解りません。
『上京してキャンパスの女王になる!』って言ってたじゃないですか… 何が起きたんですか…
まだ一月も経ってないような気がいたしますが。
- 91 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)21時56分45秒
- 結局説明は、「憧れの人が現場で働いてるとこテレビで見た。」それだけ。
何でも今日まで橋かけてたそうです。谷に。タコツボ住まいで。
確かにアドリブだけで生きてるようなとこあったけど、これ程とは…
あきれるウチらをよそに、お茶を一気に飲み干した矢口さん。
「水泳部でシャワー借りて着替えてくる! んじゃ後で!ばっはは〜い!」
そのままの勢いで飛び出していった。ツルハシも置かずに。
「アハッ、やぐっつぁんも相変わらずだね。」
「連絡つかない訳ねっ! ったく!」
そう。辞令交付式が遅れたのは矢口さんのせい。
例年なら春休み中にやっちゃうんだけど、音信不通だったから。
「去年の部長おらんかったらカッコつかへん。」
そういって延ばし延ばしになっていたのだ。
ともかく、小さな嵐が通り抜け。部室にしばし静寂が戻る。…既にちょっと疲れた。
「で。アンタら仕事はどうしたのかしらっ!」
だけど息をついてる暇はない。
そうですね。保田さんの言うとおり。結構今日も手伝いに呼ばれてたんだ…
「キリキリ稼ぐのよっ!」
保田さんに見送られ、ウチらはしばし平常営業に戻る。
帰ってきたら、まだ人が増えてるのかと思うと気が重い。
- 92 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)21時58分37秒
- 仕事を終え部室に戻ると、すでに大騒ぎが始まっていた。
もちろん中澤さんがその中心。とりあえず全員集合済といった具合。
「ただいま。」小さく挨拶をすませ、すぐさま平家先生の姿を探す。
創部以来、企画部のオブザーバーを勤めてきたという平家さん。
無法地帯に残された、ささやかな良心。今日も定位置の部屋の隅、あきらめ顔をして座っていた。
「みんな帰ってます?」
「あんたで最後。」
「もう始まっちゃってるんですね。」
「今日も裕ちゃん荒れ気味やで。気ぃつけや。」
そういえば既に頬が真っ赤。いつにも増してハイペースかも。
矢口さんにからみつきながら、執拗に酒をすすめめている。
「もう結構飲まれてるんですか?」
「スマンカッタ。止められへんかった。」
「はぁ…」顔を見合わせてため息のユニゾン。
そんなとき、大騒ぎの中からひときわ目立つ高い声。
「ひとみちゃーん! 跳ぶよー!」
その声とほぼ同時に、空から梨華ちゃんが降ってくる。
平家さんもろとも、見事に押しつぶされる。
「もー! さびしかったんだからー!」
大声で叫ぶお姫様の下敷きになりつつも、念のため平家さんに確認。
「お酒? 梨華ちゃんにも?」
「…スマンカッタ。」
- 93 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時00分31秒
- 部屋の隅で始まった新たな騒ぎに、酔っぱらい女が気づく。
「よっさん帰ってきたんか! お帰りのチューさせっ!」
これまた年齢を感じさせない見事なダイブ。首をひねって、せめて唇は死守。
「ダメー! ひとみちゃんは私のだもん!」
耳元で梨華ちゃんの大声が聞こえたけど、ここから先はよく解らない、
あたし畳しか見えなかったから。
「ののもチューれす!」「ウチもや!」なんて声が次々して、
上に人がドスドス積み重なっていく衝撃が続いた。
いっしょに人間山脈の底辺で押しつぶされてる平家さんが、絞り出すように呟く。
「大人気ですな… 吉澤さん。」
「…申し訳。」
しばらく為す術もなくうめいていた。
「ヤッスーもチューするぅー!」
恐鳥の叫びのような声が響いて、潮が引くように皆がどくまでは。
「んまっ! 失礼な連中ねっ!」
保田さんは不満気だけど、とりあえず静かになる部室。そこで中澤さんの号令。
「人も揃ったみたいやし、そろそろ始めよか。」
- 94 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時12分24秒
- さながら、サラリーマンの忘年会。それぞれの体勢で余興の始まりを待つ。
次が自分の番であろうと、人の不幸は思い切り楽しめ。そう教育されている。
飯田さんの膝にのの、ごっちんの膝ではあいぼんが笑っている。
そして何故かあたしの膝にも甘えん坊モードの梨華ちゃん…
可愛いけど身動きとれないよ、こりゃちょっとまずいかな。
中澤さんの状況を確認。なんだ。ちゃんと平家さんと安倍さんが側にいるね。
ゴメンナサイ。防波堤役、今日はお任せしますね。
「オッス! 今夜もキリキリ行くわよっ!」
司会の雄叫びが響く。例年まずは前部長による引継の挨拶からスタートする。
創部以来一度たりとも企画の達成を為しえていない我が部。
この挨拶は前年度部長による謝罪と反省、そして顧問&OGによる吊し上げという構図になる。
今日は中澤さん出来上がっちゃってるから、OG出る幕は無いと思うけど…
ちなみに『辞令交付式』の最大の見物、つまりは最も凄惨な場面とされている。
「前部長、前行き。言わなアカン事ぎょうさんあるんとちゃうか。」
厳しい眼差しに促され、へこへこ頭を下げながら矢口さんが進み出る。
パチパチと拍手の音。あたしももちろん拍手を送る。
- 95 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時19分27秒
- 「本日付けで前部長となります。矢口真里です。」
「そんなん知っとる! 他言うことあるやろチビ!」
すかさず入る怒号には一切耳を貸さない。
「いろいろとご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした。」
さらりとそう言って、ペコリと頭を下げる。
「その"いろいろ"いう奴聞かせぇ言うとるんや!」
止まらない酔っぱらい。飛びかからんばかりの勢い。
矢口さんは平然と顔を上げ、中澤さんを見て微笑む。良くできるよね…
「ねえ裕ちゃん。いつまでも"若く"、"きれいに"いられる秘訣って知ってる?」
ヲイヲイ。何言い出すんだよ。
「そんなん知っとったら、苦労せぇへんわ!」
語調は相変わらずだが、明らかにキーワードに反応している。
「何やねん、もったいつけんとはよ言いや。」
術中にはまったようだ。明らかに矢口さんペース。
「それはね。過ぎ去った時間ににこだわらず、今日という日を信じること。」
「そんなんホンマかいな?」
「うん。叶姉妹のお姉ちゃんの方が言ってたもん。」
「ほう!」
明らかにご都合主義のでまかせ。信じる方がどうかしてる…
爆乳姉妹の発言にしちゃうあたりサスガの小技だけど…
- 96 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時21分24秒
- 「オイラこれって裕ちゃんにスゴク相応しいコトバだと思う。」
「そうか〜。ウチに相応しいか… やっぱ巨乳の時代やなぁ…」
中澤さん。別に巨乳なんてコトバ出てません…
おんおん涙まで流して、何に感動してるのやら… まったく。
「やっぱあんたはええ子や!」
防波堤を軽々飛び越えて、矢口さんに抱きついた。
「裕ちゃんゴメンね。オイラ企画達成できなかったよ。スゴク残念、心残りだよ。」
「でもね。ここは潔く後輩たちに全てを託す。裕ちゃんの若さと美しさのためだもん。仕方ないよね。」
中澤さんを抱き止めた矢口さん。泣きまね口調でささやくと、ウチらを見てニヤリと笑った。
うわっ。この小人、全部ウチらに押しつけやがった。お酒のペース早かったのも作戦なの?
「やぐち〜。ウチも頑張るさかいな〜。」
相変わらず意味不明の感涙にむせぶ中澤さん。
過程はともあれ、酔った中澤さんは泣かせたもん勝ちなのも確か。
早くも無傷で勝ち抜け決定と言ったところか。
とにかく最悪の展開。
- 97 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時26分23秒
- 「今年の部長は石川ね。後はヨロシク頼んだよ!」
前部長としての大仕事、新部長の指名。これもまたさらりと済ませ、席に戻る。
梨華ちゃんが部長になるのは既定路線だから問題ない。
だけど矢口さんが、ここまで鮮やかに敵方に回るとは…
今日位は…なんて、少し期待してたあたしが馬鹿だった。
「じゃあ次もキリキリ行くわよっ!」
続いて部員による新年度の抱負。学年順に企画への意気込みを語ることになる。
この挨拶は、企画への取り組み方が明確で具体的なほど尊いとされる。
企画ねぇ… そもそもこれが問題なのだ。
ウチらが一度も企画を達成できないのも、そのハードルの高さ故…
企画部の創部理由、そして永遠の悲願。"中澤裕子の成婚"
部活の取り組むべき課題なのか? これ。
始まりから、無理が大手を振って歩いてる以上、道理は引っ込まざるを得ない。
何を言っても詮無いこと。よくよく思い知らされてるんだけどね。
「したらまずは加護からや! ビシッと頼むで!」
中澤さんからの指名をうけ、あいぼんがやる気なく進み出る。
- 98 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時28分38秒
- 【加護亜依の計画】
「まずな、ウチが魔法使いになんねん。」
「そんで中澤さんと、どっかエエとこの奥さんととっかえっこする。それで終いや。」
「ハァ?」あまりに投げやりかつ意味不明な意見に、みな口あんぐり。もちろんあたしも。
ガツン。ものすごい音。またもや軽々と防波堤を飛び越え、げんこつのプレゼント。
「ゴルァ! おどれ裕ちゃん結婚できひんでもエエんかい!」
「痛いがな、痛いがな。」
脳天を両手で押さえ、しゃがみ込むあいぼん。正直これは笑えない… 他人事でも…
「ウチは言うことあらへんで!」
「何でやねん! やる気ないんかい!」
ものすごい形相で睨まれて、半泣き。
「そやかて去年と同じやもん。いつか天下獲ったる。それだけやん。したら世界中の男よりどりみどりやんか。」
「やったら最初からそう言やええねん。もうエエわ! 次、辻!」
こんな横暴な教師って…
ごっちんの膝に逃げ帰ったあいぼん。意外にもケロリとした顔で笑っている。
「ごっちん言う通りヅラかぶってきて正解やったわ。おおきに。」
「アハッ、良かったねぇ。」
あいつ予定通りかよ… 教師が教師なら生徒も生徒。
- 99 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時30分16秒
- 【辻希美のアイデア】
「テレビを見ていてひらめきました。ずばり、これら!と思ったのれす。」
珍しく自信満々。「ほう!」期待の視線が集まる。
「能書きはええ、はよ言い。」中澤さんはつれない反応だったけど。
「ちょっと見てくらさい。」
めげずにののはコタツにノートを広げた。みながぞろぞろと集まり、頭を寄せ合いのぞき込む。
つたない手つきでまず大きなマル。そしてちょっと離れて小さなマルを3つ描いた。
「あのれすね、まずさいしょの人が3人に親切にするんれす。」
そう言うと、大きなマルから小さなマルに矢印を3本引く。
「れれすよ。親切にされた3人は、さいしょの人れなくて、別の3人にそのお返しをするんれす。」
小さなマルから離れた所に、さらに小さなマルを3つ描き矢印で結ぶ。
「こうしていけば、親切がずっとひろがっていくんれす。さいごには世界中の人がしあわせになれると思うんれす。」
「…どうれしょう?」
渾身の説明を終えたののは、不安気に中澤さんの顔をのぞき込む。皆も酔っぱらいのリアクション待ち。
さっきの加護よりはましな話しだとは思うけど…
中澤さんは依然しかめっ面で、わしわしと頭をかきむしっている。
- 100 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時32分53秒
- 「なるほど。親切を他の3人に贈るねぇ… 言うてみたら『ペイ・フォワード』幸福の先贈りって感じやな。」
おっ、これは好感触? ののもやや興奮気味。
「OKれすか!」
「良い考えやとは思うで。でもアカン、こりゃペケや。」
良いけどダメってどういうこと? もちろん一番納得いかないのはののだろう。
「どうしてれすか?」
「世界中幸せにしてどうすんねん。ウチだけ結婚できればええんや。」
…今日の中澤さんは絶好調。世界中に幸福をもたらす奇跡のシステムも瞬殺。
コタツに出来ていた人だかりは、ため息混じりに、のそのそと元の位置へ。
「…納得いかねーのれす。」
「のんちゃん。カオリはとっても素敵なアイデアだと思ったよ。」
「そうれすか。えへへ。」
あまりの一刀両断ぶりに茫然としていたののも、飯田さんの言葉にようやく笑顔を取り戻す。
確かにののらしい可愛い意見だったね。
あたしも声を掛けようとしたところで、いまいましい呼び出しが。
「はい次! 吉澤!」
まあ実は、多少自信が無くはない。
ちょっとした思いつきだけどね。少なくとも殴られることはないだろう。
- 101 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時36分34秒
- 【吉澤ひとみの大作戦】
「えー。吉澤は考えました。今まで足りなかった物は何か。」
「御託はええ言うとるやろ! はよ始めんかい!」
すかさず入るヤジも計算のうち。バッと手をかざし勢いを遮る。
「ストップ中澤さん! そこに大きなヒントがあるんです!」
「ほう、何や?」
「ズバリこうやって無視されてきた部分にこそ、結婚への近道があるはずです!」
よしよし。食い付いてきてるね。
「いえ。ものすごく基本的で簡単なことです。まずは自己分析から始めましょう。そして標的を絞る!」
「後は獲物を狩るようにじりじりと! 名付けて、恋のスナイパー大作戦!」
もちろんまだ全然具体的じゃないけど、作戦自体に自信はある。親指をビッと立て決めのポーズ。
「ひとみちゃんっ! 素敵!」
梨華ちゃんの目がハート。任せておくれ新部長! あたしがついてるよ。
肝心の中澤さんの方も好感触。早くも感動でうるるんモード。
これほどうまくいくとは思わなかったけど、泣かせたもん勝ち。
勢いでもぎ取った勝利ってなとこだね。
- 102 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時38分42秒
- 梨華ちゃんから祝福の抱擁を受けるあたしのもとに、皆も集まってくる。
ただし視線はかなり冷たかったけど。
あきれ顔であいぼんがつぶやく。
「よっしぃー、これじゃアカンねん。」
「何でよ。」
「知らんやろけど、もうウチが4年前にやってんねん。」
「えっ?」
「時間経ったぶん状況悪なっとるし。」
「………」
「中澤さんは、まっとうなやり方やったら結婚なんかできひん。」
「………」
「みっちゃん。やっぱウチやっぱダメなんや。ずっと一人で生きてかなあかんのや。」
中澤さん、背骨無くなったみたいに脱力してる。
確かに泣かしたもん勝ちなんだけど、この泣きはマズイ…
「よっしー、自分で責任とるべさ。」
見事ななっちスマイル。
「逝ってよしっ!」
保田さんもまた見事… 完全に針のむしろ。みんなの視線が痛い。
どうするあたし? 舌噛んで死ぬか?
それより窓からダイブの方が早いか、せっかく4階だし…
- 103 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時40分45秒
- そんなときマリア降臨。
「ねえ裕ちゃん。後藤も考えたんだけどさぁ。聞いてくれる?」
「慰めなら無用や! あんたかて腹の底じゃエエ気味や思っとるんやろ!」
「アハッ。」
「ほら見い、やっぱそうやんけ!」
グズる中澤さんを、ごっちんはあやすように膝に抱く。
「なんや、お情けなんていらん言うてるやろ。」
言葉とはうらはらに、ギュッとしがみついてる。
ごっちんお母さんみたい。優しく頭をなでながら、まるで子守歌みたいな柔らかな声。
「裕ちゃんはね。このままでいいんだと思う。」
「こんなにかわいいんだもん。すぐにいい人みつかるよ。」
「ごっちん〜。」
べそべそに泣き崩れる中澤さん。
化粧ボロボロで、目なんかパンダ状態だったけど、確かにとっても可愛く見えた。
急転直下。これでめでたく大団円。晴れてあたしの死刑も執行猶予となる。
「さあご飯にするべさ! 今日は北海鍋。海の幸たっぷりだべ!」
「ズワーイ!」
大はしゃぎの辻加護がカニの舞。みんなも次々ダンスの輪に加わり、ようやく修羅場も終わりを告げた。
- 104 名前:Mission Impossible 投稿日:2002年11月02日(土)22時44分33秒
- 鍋を囲んでの夕食。
「中澤さん赤ちゃんみたいれしたよ。」
「エエ年こいてけったいなお人やで。」
「おどれらに言われとうないわい!」
「キャハハハハハ!」
「あっ食べちゃダメー、それカオのホタテ〜!」
「ヲホホホホ! もう手遅れよっ!」
これだけ人が多いとなおさら美味しく感じるね。
「みなさーん! チャーミーの抱負も聞いて下さいよー!」
新部長は一人甲高く叫んでいたけど、敢えて無視。ゴメンね… 梨華ちゃん。
「チャーミーって言ってる時点で聞く価値無いべさ。」
「そやな。」
みなさん、さすが良くご存じで…
「ひとみちゃんは聞いてくれるよね?」
うわっ、ピンポイントですか?
「挑戦! それははかなく美しい…」
返事も聞かず、右45度上方を凝視してチャーミーワンマンショーが始まる。
ねぇ、梨華ちゃん。あたし座ってる必要ってあるの?
「よっさん頑張りや。」
「ライバルは少ないほどいいのれす。」
ねぇ、みんな。カニ残しといてくれるような優しさは… ないよね。
とにかくその夜部室には、
いつまでも絶えない賑やかな笑い声、そして新部長の演説が響いていた。
- 105 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月02日(土)22時45分50秒
- 更新しますた。
今回一部元ネタあります。念のため。
- 106 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月05日(火)20時46分51秒
- 一気に読んでしまった。
何気ない日常というか、普通に暮してる中での
ちょっとした事件を見てる感じがツボにはまりました。
すげぇ面白いです。それぞれいいキャラしてて、最高です。
- 107 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月07日(木)00時06分24秒
- >>106さん レスどーもです。
これから少しずつドタバタにしていくつもりですが、
日常の中のちょっとした事件、というのは変えずに行きたいと思ってます。
- 108 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時09分21秒
- 毎月の第3土曜。ホントは学校休みのはずなんだけど、部室が一番にぎわう日。
元々月ごとに人が集まって、ウチらを借り出す調整なんかをやってたんだけど、
いつの間にかこの日に『競り』が行われるようになってしまった。
自分にどんどん値が付けられ、落札されてゆく。
気持ち悪いと言えば気持ち悪い話なんだろうけど、慣れというのは恐ろしい。
「吉澤ひとみ4月分完売しました。」なんて張り紙を見るのは正直爽快ですらある。
今ではウチらの労働力に限らず、様々な物が『競り』にかけられる。
園芸部の花や野菜、手芸部の作った小物。化学部謹製のほれ薬なんてのもあった。
もちろん全ての仕掛け人はあいぼん。
準備から運営に至るまでのあれこれを、小さな体でテキパキと仕切りまくっている。
基本的に『競り』には部の代表しか参加できない。
無論あいぼんさえ許せば個人の参加だって出来るが、この資格には独特のこだわりがあるらしい。
厳格かどうかは別として、高いハードルであることは間違いない。
個人で『競り』に参加したとなると、校内でも一目置かれた存在になれるというから愉快な話。
- 109 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時11分33秒
- 賑わいのメインは『競り』そのものよりむしろ、部室の前に出る様々な屋台や露店。
こっちは届け出次第で誰でも参加自由だから、ホントにちょっとしたお祭りみたい。
もともと女子校なんて退屈なモンだから、ここぞとばかりに皆がはりきる。
昼時を当て込んだ軽食、不要品のリサイクル、自作のアクセサリーなんてとこが定番だけど、
試験の予想屋とか恋愛よろず相談なんて、怪しげな店も出るから見逃せない。
とにかく大した繁盛ぶりで、部室の内外は結構なにぎわいになる。
ウチらは朝から大わらわ。今日も8時集合。
始まるのは昼過ぎだけど、他の人たちが動き出す前に準備を済ませるため。
10時過ぎ。露店の人たちが準備を始める頃には、ウチらはもう一段落。
今日ももう、お茶を飲みながらリラックス中。
特にトラブルが起きなきゃ、このまま競りを待つだけなんだけどね。
これだけ人が集まると、露店の場所争いみたいな小さな問題は必ず起こる。
主催ってことになってるから、注文やクレームに対応しないといけない。
だからまあ、待機中ってとこ。
- 110 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時13分01秒
- あいぼんはねそべって出品リストを確認中。
「今日競りはどんなもん出んの?」
「年度初めやさかいな。初競りご祝儀でいろいろ出てるわ。」
「用済みの備品なんかも結構あるから、落札先きまったら運ぶん頼むで。」
「のの、料理研究会の屋台な。今日は焼きそば出すらしいで。」
「それは食い逃せないのれす!」
「がんばりや!」
「そや梨華ちゃん。今日始めに挨拶したってや、一応就任の顔見せやらんとな。」
「解った! チャーミー頑張るね!」
「がんばらんでええ…」
いつでも元気なあいぼんだけど、この日ばかりはホントに感心する。
小さな体で全くの休みなし。
あいぼんは核燃料で動いてる。そんな噂が流れるくらいの働き。
ホントに核積んでたとしても、あたしも驚かない。正直頭が下がるよ。
「すみません…」
そんなとき、トントンとノックの音。早くもトラブル発生かな?
- 111 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時15分10秒
- 「企画部はこちらでよろしいでしょうか…」
扉を開けたのは、いかにも内気そうな女の子。
「加護さんに相談にのって頂きたいことが…」消え入りそうな声。
普段見るのが、ずかずか勝手に用事済ませてく人ばっかだから、ちょっと新鮮。
きっと飛び入りの参加希望者だろう。ここまで直前ってのは珍しいけど。
指名を受けたあいぼんが、露店の並び図を見せながら対応する。
「見いひん顔やな、自分何年なん?」
「中学2年生です。」
「なんやウチらと同じやん、ののこの子知っとる?」
「知らないのれす。」
「あの…転校生なんです。正式には明後日からの。」
「ふーん、まあええか。ちょっと外れたとこしか余ってへんけど我慢してや。」
「あの…」
「ココとココどっちがええ?ウチはこっちがお奨めやけど。」
「決めたら学年と名前書いといてや。出席番号とかそんなん空欄でエエから。」
話をしながらも、テキパキと書類を準備し手渡す。
「…あの、大変申し上げにくいのですが…」
「ん? なに?」
「…『競り』に参加させては貰えないでしょうか。」
「…わたし、部の方に買って頂きたいんです。」
間を外して帰ってきた返事に、あいぼんの目つきが変わる。
- 112 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時16分35秒
- 「アカンとは言わへんけど、審査厳しいで。で、何売んねん。」
完全に商人の表情になったあいぼんに、またもや小声でおどおどとした返事。
「…あの、自分を売りたいんです。」
「自分を売りたい。」って言われても… あたし達ですら目が点になってしまう。
何でも彼女の説明はこう。
転校したてでどの部に入って良いか解らない、だから競り市で自分を評価してくれた部に入りたい。
いまいち理解不能だけど、本人はいたって本気みたい。
「お金は結構ですから、競りに出して欲しいんです。」
丁寧にそう言い、深々と頭を下げる。だがあいぼんの反応は冷たい。
「そんなん自分で何とかしいや。つまらんもん出して競りの品位落としとうない。」
「あの… よろしくお願いします。」
何度もそう繰り返し、決して頭を上げない。これでは埒があかない。
「自分なんかスポーツでもやってたんか? 記録持ってるとか。」
「いえ…特に。」
「したら何かおもろい特技でもあるんか?」
「あの… ありません…」
「ほな、しゃあないな。あきらめてんか。」
あいぼん完全にあきれ顔、ウチらの方を見てお手上げのポーズ。
- 113 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時18分34秒
- そこでまたもや間を外した返事。
「あの… 特技はありませんが… 忍者です。」
ほえっ? 今アナタ何て言いました? あたし完全に理解不能。
だけどあいぼんは、いたって冷静。
「おもろいやん。ええんちゃう。」そう言ってニヤリと笑う。
ここから先の会話。あまりに骨太すぎてあたしはクラクラ。
「ほんま忍者なん?」
「…はい、忍者です。」
まるで中学1英会話みたいなやりとり。
「そうか、せやったら話は別や。あいぼん特選商品で出させてもらうで。」
「恐縮です。」
ねえ。これってそんな簡単な話し?
「本人忍者言うてるんやから、忍者なんやろ。」
真偽に頓着していないのか、自分のめがねに自信があるのか、嬉々として書類づくり。
ヲイヲイ。ホントに大丈夫なんか?
「お茶どうぞ。忍者さん。」
「どうも有り難うございます。」
「忍者さん、せんべいもあるのれす。」
「恐れ入ります。」
もう何か馴染んじゃってるし…
お願いみんな教えて。忍者ってそんなにありふれてますか?
- 114 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時20分27秒
- 「したら11時半なったらもっかい来てな。」
「はい。それでは失礼します…」
出来上がった書類を持って女の子は帰っていった。けっしてドロンとは消えずに扉から。
残されたウチらはしばし忍者話。
「後藤忍者って初めて見たよ。アハッ。結構普通っぽいんだねぇ。」
「そらそやろ。見抜かれてもうたらアカンねんから。」
…とほほ。ごっちんもあの子が忍者ってとこは認めちゃってるのね。
「普通忍者っていくら位するのかなぁ?」
「そんなんナンボ積んでん惜しないで。」
…梨華ちゃん、普通忍者は売ってません。
「忍法でおかし出してもらえばよかったのれす。」
…のの、それ忍法っていうか魔法。
もちろんあたしも黙ってらんない。
「ねえ!"はいこの子は忍者です。"なんて、みんな信用するわけないじゃん。」
「アフォかよっしー。ウチが太鼓判押してんねんで。」
あいぼんは自信満々。
「あいぼん特選商品が売れんかったことあるか?」
「ないけどさぁ…」
…コイツ売れりゃいいのかよ。とにかくあたしは頭が痛い。
- 115 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時23分31秒
- 痛む頭はおいてきぼりに、今日も競りは始まった。
一旦始まってしまえば、後かたづけまであたしは一段落。遠巻きに様子を眺めていた。
あいぼんの言ってた通り、初競りご祝儀ということなのだろう。
いつもの1割り増しくらいの値段で、早くも吉澤ひとみ5月分完売。何となくホッとする。
「完売おめでとう。今年もよろしくね。」あさみさんが声を掛けてきた。
あさみさんは園芸部の新部長。
あたしが行くことは少ないけど、園芸部には梨華ちゃんなんかよくお世話になってる。
この園芸部は花や野菜作るだけじゃなく、何故か牛まで飼っている。
おまえら酪農部かよっ!てな勢いだけど… とにかくウチのお得意さまの一つ。
「はぁどうも。」
曖昧な返事をしたあたしに今度は耳打ちしてくる。
「今日最後にスゴイ隠しダマが出るって噂聞いたんだけど。何?」
…あいぼん仕事早いね。さっきの今で情報操作済みなのね。
「ウチの部にも関係あるもの?」
あさみさん必死。教えてあげたいけど、口止めされてるしなぁ。
「よく解らないんですけど、あいぼん特選なのは確かですよ。」
言われた通りの答えを返す。
「ほんとに特選?」
「ええ。」
「!!」
- 116 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時25分49秒
- この後も何人かに同じようなことを聞かれた。
みんな「あいぼん特選」だと知ると、急にびっくりする。ホントこっちが驚くくらい。
中には「部に戻って予算組み直してくる!」なんて走ってっちゃった人もいたし…
ものすごい価値があるのね、「あいぼん特選」って。あらためて感心。
とにかく競りも終盤になると、謎の隠しダマの正体をめぐって、会場がざわつき始める。
部室前の露店の人たちまで、一時休業して見物に来る始末。もの凄い人だかり。
そんな中ついに競りもオーラス。隠しダマの登場となった。
「ほな、最後いこか。いきなし出品決まったんで情報いかんでゴメンな。」
ざわつく会場があいぼんに注目。
「でも間違いなく逸品やから勘弁したってや。ズバリあいぼん特選や。」
「特選」との言葉に、会場中から「おおっ!」と歓声がわく。
「したら出てきて、自分で宣伝しいや。」
満場の視線を集めながら、あの子が場の中央に。
一転、会場全体が静まりかえり、独特の緊張が漂う。
- 117 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時29分01秒
- 「…あの、紺野あさ美と申します。中学2年生です。」
例の消え入るような声で自己紹介。
群集心理という奴だろうか、ここでも何故か「おお!」と会場からため息。
「転校生なのですが… どの部に入って良いものか決めかねております。」
再び「おお!」の声。もう何がなにやら…
「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします。……以上です。」
ざわめく会場。無理もないと思うが…
そこで再度あいぼんの登場。
「でな。何でこの子が特選かっちゅうことや。気になるやろ。」
みんな無言で首をたてにふる。
「この子実は忍者やねん。」
一瞬にして、首の動きが止まる。
「な?そやろ?」
こんどはみんなあの子に注目、食い入るようにその答えを待つ。
「…はい。忍者です。」
ここでざわめきは最高潮に。
いや。当たり前だよね。だっていきなり忍者だもん。
騒然とした雰囲気を制することもなく、淡々と話しをすすめるあいぼん。
「ほな、今日の最終。中2忍者いくでー。もちろん一点限りや。」
「始値は本人の希望通り0円から。バンバン参加したってや。」
そして「ぽん」と軽く手を叩く。競りの開始を告げる合図。
- 118 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時30分53秒
- 合図と同時。室内はまたもや水を打ったように静まりかえる。買い手がつかない?
あの子には悪いけど、仕方ないと思う。
だってこれだけの説明じゃみんな手出せないでしょ…
そんなことを思うヒマがあったかどうか、しっかりとは思い出せない。
とにかく一瞬の沈黙の後。それはものすごい勢いだった。
まるで津波でも来たみたいに次々と入札の声。
良く聞き取れないけど、もの凄いペースで値段はね上がっていってるみたい。
ここにいる人たち正気? またかなり頭痛くなってきた。
あいぼん。あんた、危ないクスリとか配ってないよね…
そうじゃなかったら一体これ何? それくらいの盛り上がり。
一瞬あさみさんの姿が見えた。もの凄い必死で声出してる… 普段から想像つかなくらい…
忍者と園芸って何か関係あるの… 何も解らない。解りたくもない。
市場経済は理屈じゃない。ここにあるのは狂った勢いだけ…
あたしホントにコワくなってきた。
- 119 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時32分58秒
- そんな喧噪がどれだけ続いたのか。
失神寸前だったあたしに聞かれても解らない。
ただ気を失うかもって正に直前。信じられない値段が入った。
「ひゃくまんえ〜ん!」
はい? これって女子校生が出せる金額?
信じられない値段に、寸前までの騒ぎが嘘のように静まる。
あたしだけじゃない。そこにいるみんなが言葉を失っていた。
ただあいぼんだけを除いて。
「はい。百萬円入りました。他ございませんか?」
もちろんこれ以上の値を付ける人がいるはずもない。
「ございませんようでしたら、百萬円にて落札です。」
ハンマープライス。
どよどよとざわめく会場。競り史上最高値更新。もちろんぶっちぎり。
みなが落札者を一目見ようと身を乗り出す。もちろんあたしも。
だけど騒ぎと人混みの中で、その姿を見ることは出来なかった。
ただ、頭が痛かった。それこそ割れるように。
「ハーッピィー! やったー!」
この声には明らかに聞き覚えがあったから。
- 120 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時35分44秒
- あいぼんの指示で前に呼ばれ、落札者があいさつ。
「部長になったら絶対競りに参加したかったんです。」
「初めてでとっても緊張したけど、落札できてとってもとってもハッピーですっ!」
「以上、チャーミー石川でした!」
あいぼん特選商品。中2忍者の一点物。本日の目玉。企画部落札にて決着。
出来レース? やらせ? あいぼんの脱力ぶり見たら、そんな疑惑がわく余地もない。
あきらかにチャーミー石川のスタンドプレー。
のりのりの落札者だけを除いて、会場全体にやるせなさと脱力感が漂う。
今年度の初競りは、チャーミー新部長の歴史的暴走劇にて幕を閉じた。
「ほな、今年もよろしくな… 落札品運ぶん手伝って欲しい人はよっしーに声かけたってや。」
「もちろん一萬円以上のもんは運賃無料やで…」
あいぼんの声で、ようやくみんな席を立つ。重たい空気を引きずって。
とにかくこれにて競りは終了。無事かどうかは解らないけど…
ちなみにあたし、ものすごく痛いです。あたま…
- 121 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時37分07秒
- 痛む頭はおいてきぼりに、商品搬送の仕事。
ののとあたしとごっちんが運搬係。今日はとにかく荷物が多い。
ウチら3人がかりでも、結構汗まみれ。
だけどその方が気が楽かも… 余計なこと考えなくて済むから。
部室に帰ったら、梨華ちゃんとあいぼん大げんかしてそう…
室内の片づけだって結構残ってるだろうし…
おまけにもう居るんだよね。…忍者。
ののとごっちんは全然気にしてる風でもないけど、あたしゃ気が重いよ。
だって二人の仲裁すんのあたしでしょ…
残念なことだけど、集中すると仕事がはやく終わるって本当。
いつもの2倍くらいの荷物。半分の時間で運んじゃった。
帰宅拒否というわけにも行かず、とりあえず部室前には戻る。
露店の人たちも後かたづけを始めてる。もうどうしようもないよね。
意を決し、開けたくはない扉に手をかける。
「ただいま…」
- 122 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時40分14秒
- 意外にも3人は仲良くお茶を飲んでいた。
良く見れば、後かたづけも終了済みみたいだし。どういうこと?
「忍者さんってけっこう力持ちなのよ。仕事も早いし!」
「結果オーライや。ええ買い物したわ!」
「恐縮です…」
にこにこ顔の梨華ちゃん。上機嫌なあいぼん。予想外の展開。
「みんなも帰ってきたことやし、精算すませとこか。」
あいぼんはそう言っておもむろに畳をはがし始めた。
畳の下には隠し金庫。器用にダイヤルを回し札束を取り出す…
…ねえ。その金庫何? しかも札束? っていうか奥に金色の物体なかった?
声にならない言葉は、何もないのと同じ。
呆けるあたしなんかそっちのけ。慣れた手つきで領収書の準備。
「ほなちゃんと百萬払うたで。きっちり勘定したら領収書きったてや。もちろん宛名は空欄やで。」
「あの… お金は結構ですから…」
「アホか! 払うもんは払う。これが商人のけじめや。」
とりつくしまのない商人。忍者も諦めて、札を数え始める。
「百枚… ありました…」
「よし。ほんだらアンタも、めでたく企画部員やな。」
「よろしくお願いします。」
ねえ。ホントに展開骨太すぎて、あたし思いっきり置いてけぼり。
- 123 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時45分22秒
- 「アハッ。よろしくね。」「よろしくれす。」
置いてきぼりはあたしだけ? みんな早くも仲良しモード。
いい加減慣れなきゃとは思いつつも、この人達のマイペースぶりはすさまじい。
「そうだ。入部祝いで外食行っちゃおっか!」
そこで梨華ちゃんがいきなりの提案。
「パフェが食いてーのれす!」
「あ、いーねー。後藤もパフェ希望!」
「わたしは白玉あんみつ希望です。 …忍者ですから。」
「最高れす! ののもダブルで頼むのれす!」
…なんか忍者もすでに馴染んじゃってるし。
「そんな喰ったら太るでぇー。」
「臆病者は引っ込んでろなのれす!」
「もちろんウチかて食べたいんやけどな。それよりのの、半分コして替わりにぜんざいも頼まへん?」
「エクセレントれす!」
あたしが神経質すぎるのかな? 信じたくないけど。
まあそれはともあれ、このメニューだったら、いつもの甘味処で決定だろう。
「あたし食欲無いから、ところてんだけでいいや。」
一応希望は伝えとかないとね。
「よし! だったら"ちろり庵"行こっか。賛成の人ー!」
「はーい!」
部長の提案は満場一致で可決。何だかあっけなくいつものペース。
いいんかな? こんなんで。
- 124 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時47分09秒
- 「そや、出かける前にちょっとエエか?」
思い出したようにあいぼんが言う。
「入部したてで悪いんやけど、部費払ってもらえへんやろか?」
部費? 何それ、思い切り初耳です。
口を開こうとしたが、あいぼんの殺気に制される。
「…あの、幾らでしょうか。」
「えっとな。九十萬円や。」
うわっ。また骨太ペースに逆戻りかい。って忍者もさくさく払っちゃってるし。
「それとな。競りの手数料。百萬の十パーで十萬や。」
あいぼんの商人モードは止まらない。まあこっちは定額通りだけど。
結局忍者さん、手元に一円も残んないのね…
札を勘定し金庫にしまったあいぼん、くるりと振り返って続ける。
「梨華ちゃん。落札者からもちゃんと十%とるさかいな。」
「えっ。部のお金から出すんじゃないの?」
「あんな勝手されたらたまらん。ペナルティーや、梨華ちゃんが払い。」
「なんで? 聞いてないよ。」
「当たり前や。言ってへん。」
わたわた取り乱す梨華ちゃんを、あいぼんは全く相手にしない。
確かに今日は暴走しちゃったけど、そんなのいつものことじゃん。
ちょっとこれは可哀想。あたしも黙ってられない。
「ちょっとひどいんじゃない!」
- 125 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時48分11秒
- 「ウチひどいか?」
「そぉーとぉー極悪!」
「したらどないしたらええねん。」
「どうもこうもないよ! 十万円なんて非道すぎる!」
そこまで言ったところで、あたしはまんまと罠にひっかかった事に気づく。
「したら十萬は勘弁したる。そやけど、今日は梨華ちゃんとよっしーのおごりやで。」
何であたしまで巻き添え? 後悔してもいまさら遅い。
「アハッ!さんせー!」
「おごりらと百倍うめーのれす!」
「おごられるのは大好きです。…忍者ですが。」
この勢いは止められない。
「梨華ちゃん、きちんと反省するんやで。おごりでエエな?」
「…うん。ひとみちゃんと一緒だったら。」
…とほほ、梨華ちゃんまでそう来る?
こうなったらもう諦めが肝心なんだろうね。
民主主義は理屈じゃない。ここにあるのは狂った勢いだけ…
- 126 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時49分53秒
- そしてウチらの帰り道。いつもの甘味処へ向かう。
諦めてしまえば足取りも軽い。
新入部員、実はあたし以来。なにせ辻加護の方が企画部歴長いんだもんなぁ。
あたしにとって初めての後輩。そう思えば、ぜんざいの一杯や二杯、ちっとも痛くない。
むしろおごらせろって感じ?
「ウチの部ちょっと変わってるけど驚かないでね。困ったことあったら何でも言ってよ。」
「はい… 有り難うございます。」
ホント礼儀正しい子、ガキどもとはえらい違い。けっこう、けっこう。
紺野あさ美ちゃんか、可愛い子だね。これからどうぞよろしくね。
「でも良く競りのこと知ってたね。誰から聞いたの?」
「前から存じ上げておりました。 …あの、忍者ですから。」
…忍者ね。ちょっと変わったとこはあるけど、何にせよ後輩っていいもんだよね。
つーかちょっと待て。忍者の間で評判になってるのか? ウチら。
「あの… 加護さんはとても有名です。仲間がよくお世話になっています。」
「………」
あいぼん…あんまり危ない商売に手出さないでね。お願い。あたしのためにも。
- 127 名前:バザ〜ルでござる 投稿日:2002年11月07日(木)00時51分28秒
- 前を歩く4人の姿に目をやる。
商人あいぼん。ののは武道家もしくは戦士。ごっちんは賢者だろうね。
たぶん梨華ちゃんはお姫様。そしたらあたしは勇者かな?
そして新たに忍者がプラスですか。よく解らないパーティーだこと。
まあでも負ける気はしないね。どんなモンスター相手でも。
バカバカしい考えに思わずクスリとしてしまう。
みんなにも教えてあげよっかな…
ってどこ行ったのよ。一瞬のうちにみんないなくなってるし。
「隙あり!」
そしてお尻に強烈な痛み。いわゆる痛恨の一撃ってやつ。辻加護のカンチョー不意打ち。
「あるだろ普通、隙ぐらい!」
涙目で怒鳴りつけるさなか、再度痛恨の一撃。
「やったー! 隙あり!」
ごっちんや梨華ちゃんまで… そんなにはしゃいで…
あたしだって、やられっぱなしって訳にはいかない。
それから不毛なカンチョー合戦が始まる。…もちろんいつしか忍者も参戦。
ごめんなさい前言撤回。
多分こいつらみんな遊び人。しかも異様にHPが高い。
まあ、どんな相手だって負ける気がしない、そこは同じだけどね。
吉澤ひとみ高校2年。今日、初めて後輩が出来ました。
- 128 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月07日(木)00時54分08秒
- 更新しました。
それと次週あたり忙しいので、やや間が空くかもしれません。 念のため。
- 129 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月07日(木)03時16分16秒
- 最高です。
寝ようと思ってたのに一気に読んでしまったのです。
川’ー’川は出ますか?
次回更新楽しみにしております。
- 130 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年11月07日(木)03時23分09秒
- うう〜ん。面白いです。
暗い、冬の校舎がなぜか目に浮かびます。
ひとつの教室の明るさだけが目立つ感じの。う〜ん。面白い。
更新、マイペースでがんがってください。
- 131 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月08日(金)00時31分29秒
- 最高っす。あんたすげぇよ!!
もうこれ以上に言う事ない。
続き待ってまっせー。
- 132 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月09日(土)01時13分49秒
- レスありがとうございます。
読んで下さってる方いたんだなぁと、どっきりしてしまいました。
>>129さん
期待にそえる形か解りませんが、娘。は全員登場させる予定です。
人数増えると筆力が追いつかない現状ですが、
”まずやっちゃえ”精神で頑張ります。
>>名無し香辛料さん
娘。に感じる”終わらない放課後”、”家族”みたいな感覚。
そこらを書けたらなと思ってる次第です。
更新不定期気味になるかも知れませんが、とりあえずがんがります。
>>131さん
過分なほめ言葉、恐縮です。
これからも是非ごひいきにして下さいませ。
- 133 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時16分45秒
- 紺野が、企画部に落札されてはや一週間。
今ではまるで、昔から部員だったみたいにのびのび暮らしている。
あたしたち上級生にはもちろん、同級の辻加護にまで"さん"付け。
丁寧すぎるほどの物腰。それは相変わらず。
だけど不思議と、そこに窮屈さや無理は感じられない。
「それがこの子のペースいうことなんやろ。」
中澤さんはそう言ってたけど、確かにそんな感じ。
とにかくものすごくマイペースだよね。
転校生はただでさえ注目されるってのに、競り史上最高値まで記録しているのだ。
よっぽど周りがうるさかろうと思うんだけど、本人はいたって暢気。
「そういえば皆さんに良く声をかけて頂きます。」
…いや、そんなレベルの騒ぎじゃないでしょ。
"逃した魚"効果もあるんだろうけど、"企画部紺野はやはり大物。"
早くもこれが学内の定説になっちゃってる。もちろんあたしも賛成だけどね。
- 134 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時17分53秒
- 「ウチの部どう? やってけそう?」
「はい。とても勉強になります! 落札して下さった石川さんに感謝です!」
あたしの心配なんてどこ吹く風。昨日も目を輝かせながら言っていた。
何でも忍者にとって、これ以上の環境はないとのこと。
「辻さんからは体術を。加護さんからは情報収集を学んでいます。」
ホント勉強熱心だよね… 良いことなんだろうけどさ…
仕事を終え部室に帰ると、今日ものの師範が組み手の指導中。
「倒しても気をぬかない! 今のじだい、ヨロイつけてる人なんて居ないんれすよ!」
「はい!」
忍者ってさすがだと思う。のの相手にここまで組み手出来る人初めて見た。
いくらののが手加減してるとはいえ、こんな驚異的なことってない。
世界一レベルが高い練習風景かもしれない。
お世辞にも格闘技通とはいえないあたしでも、思わず見入ってしまう。
「はい。れは今日はこれまれ。」
「押忍!ありがとうございました。」
練習を終えた二人。キャーキャー騒ぎながらあやとりなんか始めてる。
たどたどしい不器用な手つき。なんかこのギャップも凄いよなぁ。
- 135 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時19分02秒
- 「ちょっと早いけど買い出し行っちゃおっか。」
「へい!」「はい!」
あたしの提案に手を止め、すぐさま元気なお返事。よしよし。
片肘ついてお休み中のごっちんに声をかける。
「ごっちーん。ウチら買い出し行ってくるよ。」
「んぁ。ヨロシクねぇ。」
「今日も寄り道してくるわ。」
「そっかぁ。ご飯前だからあんま食べすぎないでねぇ。」
「うん。」
実はここのところ、買い出し帰りに"ちろり庵"に寄るのが日課みたくなってる。
忍者に教えてあげられる事なんてあまり無いけど、やっぱり喜んだ顔は見たい。
あたしのそんな気持ちのせいかもしれない。
紺野はここの白玉あんみつが、えらく気に入ったみたい。
よっぽど食べ過ぎなけりゃ部費から出してもらえるわけだし。
まあ、お買い物係りの特権ですな。
「じゃあ行こっか。」
いざ出発というときになって、意外にもののがグズった。
「今日も"ちろり庵"行くんれしょう。」
「うん。そのつもりだけど。やなの?」
「イヤれはないれすけろ…」
珍しいこともあったもんだ。甘味処行きを渋るとは…
- 136 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時20分27秒
- てっきり寝直したとばかり思ってたごっちんが口を開く。
「大丈夫だよ。後藤にまかせな。」
「ほんとれすか?」
「ホントれすよぉ。」
口まねをしながらのごっちんスマイル。良く分かんないけど、これでののも落ち着いたみたい。
「あっ!そうら!」
何を思いついたのか、いきなり窓際へ駆け出した。そしておもむろに窓を開け、大声で叫ぶ。
「あいぼーん! のの"ちろり庵"行ってるから、後でごっちんと来てねー!」
「わかったー!」
中庭で働くあいぼんのものだろう。これまた随分と大きな声が返ってきた。
ちょっと微笑ましい風景。紺野もにこにこ笑ってる。
でも、そういうことだったのね。なんかごっちんには敵わないなぁ… あたしは少し苦笑。
いつかああいう先輩になれたらいいな。
でもここはとりあえず、厳しい先輩として一つ確認。
「のの。一応、買い食い・寄り道は校則違反なんだから、大声で言わないの。」
「校則なんて破るためにあるって、えらい人言ってたもん。」
「誰よ?」
「あいぼん。」
…そういや、こいつらは後輩じゃなかったね。言うだけムダでした。
紺野、今度はくすくす笑い。あたししまらない先輩だね。 …とほほ。
- 137 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時22分09秒
- 手をつなぎ、商店街へ買い出しに。
部外の人なんかは、あいぼんが一番の買い物上手だと思ってるんだろうけど、
実はこれはあたしの得意分野。後輩に良いとこ見せるチャンスです。
あいぼんは自分から値切らない。おまけに値札より高く買っちゃうことまである。
"商売人の心意気"にまで値段付けちゃうから。
「おっちゃん。これホンマ800円なん?」
「おう!」
「ごっつぅ活きええなぁ!」
「あたぼうよ! 近海もんの獲れたて。初もんだぜ!」
「ホンマに800円でエエんか?」
「うるせーやガキんちょ! ゴタゴタ言わず持ってけドロボー!」
「よっしゃ。惚れたでおっちゃん! 釣りはいらへん。とっといてや!」
「ありがとよ!あいぼん! おっちゃんも愛してるぜ!」
結局200円損をする。こんなやりとりが頻発。
もちろん買った品自体は上物も上物。1000円でだって到底買えないはずのもんだけどね。
800円って言ってんだから800円で買えばいいじゃん。
何度も小言を言ったけどあいぼんは聞かない。
「商売はなぁ、お金ちゃうねん。気持ちやねん。」
あくまで商売人としての己を貫く。夕食の買い物くらい主婦の視点で出来ないもんかね。
- 138 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時24分10秒
- あたしは違うよ。安くなる物は安く買う、これ当たり前。
人呼んで街の値切り王。もちろん今日も絶好調。
可愛い後輩のリクエスト「里いもの煮っ転がし」。
これだけの材料、あたしより安く揃えられる人はいないだろうね。
「野菜だったらここのお店がいいよ。お奨め。」なーんてアドバイスしてみたりして。
紺野もかなり感心してたみたい。ヨカッタヨカッタ。
ちゃんとベーグルも沢山買えたし、本日も上々ですな。
それではいざ、"ちろり庵"へ!
買い物袋という名の戦利品を下げ、
値切り王さま御一行、凱旋行進のスタート!
「おーい! ひとみちゃん!」
進軍ラッパの代わりに、八百屋のおじさんの声が響いた。
何ですか? 今さら値切ったお金は返しませんよ。
「はい?」
振り返るとおじさんの手にはあたしの財布。
「忘れてるよ。これ。気を付けなきゃ。」
「ドーモスミマセン。」…とほほ。
おじさんの笑い声が痛い。とことんしまらないね、あたし。
- 139 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時25分42秒
- おじさんは、さらに明るく続ける。
「そーだ、ののちゃん。イモ好きだったろ。」
「へい。」
「商品になんねえクズイモだけどな、いるかい?」
「ありがとうなのれす。」
段ボールいっぱいのサツマイモ。軽々と担ぐのの。
「おお!楽勝で担ぐねえ。そんならあいぼんの分も持ってくか?」
「へい。いただくのれす。」
二箱も? おじさん、なんちゅー大盤振る舞いだよ。
「こんなに頂いちゃっていいんですか?」
「まーな。時期外しちまった上にクズイモじゃぁ腐らすだけだからよ。」
「味はちっと落ちるかも知んねぇけどよ、勘弁してくれな。」
有り難い話しなんだけど少し複雑な気持ち。
「おいちゃんありがとねー。」
「おう! 気にすんねい!」
再度凱旋行進の開始。主役は完全にののが持ってっちゃった感じだけど。
でもまあ紺野も喜んでるみたいだし、やっぱヨカッタヨカッタだよね。
- 140 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時27分14秒
- さてさて件の"ちろり庵"。ウチらがここをひいきにするのには訳がある。
旨い!安い!量多め! これ、もちろん重要。
だけど女子校そばの甘味処、そこらへんは皆かなりのハイレベル。
この店にはさらなるプラスαが。何といっても店員がめちゃ可愛い。
「いらっしゃーい。」
のれんをくぐると美人店員のお出迎え。このスマイルが無料とは恐れ入るね。
「今日も笑顔最高です!」ビッと親指を立ていつものあいさつ。
「お世辞言っても何も出ないよー。それより奥の席でいいべか?」
いつも通り軽くいなされ、席に案内される。
「んまー、のの。その箱何だべ。」
目を丸くして段ボールに驚いてる。まあ無理もないか。
「イモれす。」
「むっ!なっちの悪口いうのはこの口だべか?」
両ホホをつままれ、しゃべれないのの。言い訳も出来ない。
「…あの、本当にサツマイモなんです。」
かわりに紺野が真実を釈明。
「あらー。勘違い恥ずかしいべー。」
照れながらそそくさと、メニューを取りに戻ってしまった。
そう。ウチらがひいきにする理由。明かしてしまえば極めて単純。
安倍さんが働いてるからなんだね。
- 141 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時29分32秒
- 「ゴメンのの。お詫びにトッピング一品無料にするべ。」
帰ってきた安倍さんの言葉。
ののはふくれっ面から一転、メニューくびったけでトッピング選び。
ののは食いしん坊だから、選ぶのに時間がかかる。
ここで世間話をするのがいつものパターン。
「それにしても最近よく来るべさ。」
「ええ。紺野がここの白玉お気に入りなんですよ。」
「あら、紺野ちゃんそうなんだべか?」
「はい。ここの白玉は完璧だと思います。」
「嬉しこと言ってくれるね。よし、今日だけ特別! 紺野ちゃんもトッピング選ぶべさ!」
「ありがとうございます!」
これまたすぐさま、メニューにくびったけ。
二人してあれやこれやと楽しそうに、トッピング談義を始めている。
そんな光景をちょっと眩しそうに見つめていた安倍さんがつぶやく。
「紺野ちゃんは転校生って感じがしないね。小学生の時からウチの学校にいたみたいだべ。」
そうそう。それなんですよ。あたしが思ってたこと。
やっぱり安倍さんわかってるよなぁ。さすが卒業生だ。
- 142 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時31分56秒
- ウチの学校は確かに、小中高とエスカレーター式。
だけどみんなが小学生の時から入ってくるわけじゃない。
中学・高校から入学してくる子もけっこういるから。
入学時期によって、小入生・中入生・高入生なんて呼ばれてる。正式な名前かは知らないけど。
そんでやっぱり、それぞれ独特の雰囲気があるんだよね。
小学校からずっとウチの学校の小入生。
完全に純粋培養って感じで、ものすごーくマイペースな子が多い。常識ぶっとんでる位に。
ののやあいぼん、ごっちんなんかが良い例。
中入生もほとんどそれに近いけど、少しは常識あるような気がする。かく言うあたしが中入生だけどさ。
高入生の人達は少し可哀想。人数も少ないしね。
ウチの学校独特の雰囲気に馴染めないと、結構辛いみたい。
ウチらが当たり前だと思ってるまったりとした雰囲気。
それが何だか、だらしない馴れ合いみたく思えるらしい。
まあ明らかに紺野は小入生の雰囲気だよね。
このマイペースぶりは絶対そうだ。
ののとかあいぼんと一緒に、ランドセル背負ってる姿が目に浮かぶよ。
- 143 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時34分28秒
- そんなことぼんやり考えてたら、紺野が急に口を開いた。
どうした? すごく真剣な表情。
「…あの、安倍さん。相談に乗って頂きたいことがあるのですが。」
「何だべ?」
「…大変申し上げにくいのですが。」
あまりに深刻な口調に、安倍さんの顔つきも真剣になる。
あたしも思わずつられてしまう。
「トッピングの替わりに、ところてんを注文するのは無しでしょうか。」
何言い出すかと思えばそんなことかい。ウチらは思わず大爆笑。
「…やはりダメすか。残念です。」
ツボに入ってしまったのだろう。笑い転げながら安倍さんが答える。
「OK、OKだべ。ばんばん注文するべさ。」
「ありがとうございます!」
紺野は一転満面の笑み。ところてん一つでホント嬉しそうな顔するね。
結局紺野は、白玉あんみつ+ところてん。のの、白玉あんみつに生クリーム。あたし、ところてんオンリー。
メニューを取り終えた安倍さんは、相変わらず爆笑のまま厨房に戻っていった。
「…あの、わたし何かおかしかったでしょうか?」
「ちっともわかんねーのれす。」
「…ですよね。」
直後の二人の会話。この雰囲気が正に小入生って感じなんだよね。
- 144 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時35分39秒
- 「でもさーアンタら。なんで生クリームとところてんにしたの? 決め手は何よ?」
あれだけ真剣に何を話してたのか。ちょっと気になる。
「えーとれすね。」自信満々ののの。
「迷う余地なんかまったくねーのれす。」
「小ピピンが生きてたころから、白玉あんみつには生クリームと決まっているのれす。」
…迷わないであんだけ時間かかってたの? つーか小ピピンって誰よ?
良くワカラン子だよまったく。…まあ、らしいっちゃらしいけどね。
「で。紺野は?」
「…あの。」おどおどと自信なさげな口調。
「わたしも実は生クリーム案には大変心を揺らされたんです。」
「…しかし。どうしてもこのお店のところてんを試してみたかったんです。」
…そうですか。
二人の答えきいても、話しの過程がちっとも見えないのはあたしだけ?
いやホントに、らしいっちゃらしいんだけどさ。
「…あの。」
おろろ、紺野ゴメンよ。まだ話し続いてたんだね。
「吉澤さんが食べているのを見て憧れていたものですから。」
- 145 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時37分02秒
- あ。あたし今ちょっと感動。筋違いな感じもするけど、少しだけ先輩気分。
ヨカッタ。"ちろり庵"来てヨカッタ。
「紺野ちゃんはアフォれす。くれくれ〜って言えばよっすぃーはくれるのれす。」
「やっぱり生クリームにするべきれしたね。」
うるさいぞのの。いーじゃんいーじゃん。"吉澤先輩と一緒"のとこてんでさ。
あっ。でも「先輩、少し分けて下さい。」なんてのも聞いてみたかったかも。
「おう! どんどん食えよ!」なんて言ってみたりしてさ。
「…でもあの、恥ずかしいです。」
あたしを上目使いで見る紺野。バカバカ。ところてん位ばんばん分けてあげる。
だけどお願いだからその恥じらいを無くさないでね。
ホントに可愛いモンだね。後輩サイコー!
仕事先で下級生相手にすることは多いけど、
自分の部活に後輩がいるってのはやっぱり格別ですな。
思わずホホが緩んでしまう。
- 146 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時39分56秒
- 「はーい。おまちどうさまだべ。」
安倍さんが品物を持ってくる。紺野とののは大歓声。
白玉あんみつフルトッピング。おまけにののにもところてん付。
「店長にはナイショだべさ。」
二人のよろこぶ様子を確認すると、なっちスマイルとウィンクを残し帰っていった。
何事もなかったように立ち去る後ろ姿。ちょーかっけー!
いつか、ああいう先輩になりたいなぁ。
あたしがぼんやりしているさなか、後発組が到着する。
「アハッ。何でよしこボーっとしてんの?」
「わからないのれす。」
「…はい。わたしも解りません。」
「安倍さん見てやらしい想像でもしてたんちゃうか。」
「なるほろ。」「ほぉう。」「…なるほど。」
3人同時にゆっくりと首をタテに振ってる。
そうそうこれこれ。何かここら辺のテンポが似てるんだよね。
クスリと笑いかけたけたけど、笑いは強制終了させられる。
「ねえ! 本当なのひとみちゃん!」
梨華ちゃんに首根っこつかまれたから。
- 147 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時41分33秒
- 「違う違う! あいぼんオマエ変なこと言うなよ!」
睨み付けたあたしの視線をさらりと受け流し。ニヤニヤ顔のあいぼん。
「ちゅーかなよっしー、今日梨華ちゃんは元々えらくご立腹なんやで。」
「なんでよ。」
「自分の胸に手ぇ当てて、良ーく考えてみるんやな。」
意味ありげにそう言うと、そそくさと注文をはじめてしまう。
「安倍さーん。ウチところてんと梅こぶ茶!」
「あー、後藤もそれと同じの!」
「あの… 梨華ちゃんは注文しなくていいの?」
八の字眉毛のふくれっ面で相変わらず襟元をつかんでる。
かなり危険な状態なんだけど、心当たりはまったくない。
「怒ってるって何を?」
聞いてみても何も答えてはくれない。
「ねえ。教えて梨華ちゃん。」
再度の問いかけに、ようやく襟から手を離してはくれたけど、
今度は完全なしょんぼりモード。このモードはホントにヤバイ。
「口もきいてくれないの? ねえ。」
- 148 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時42分49秒
- 永遠のような一瞬が過ぎ、だんまりを決め込んでた梨華ちゃんが口を開く。
「ののちゃんはあいぼん呼んだのに。ひとみちゃんは私呼んでくれなかった。」
…そんなことでしたか。
「ひとみちゃんは私呼んでくれなかった。」
「呼んでくれなかったんだもん…」
そしてポカポカとあたしを叩く。あれま。子どもみたいになっちゃって。可愛いらしいこと。
梨華ちゃんも実は中入生。だけどこのテンポは小入生のそれだよな。そんなこと考えてた。
そんなとき、何の脈絡もなくあたしの口からこぼれてきた言葉。
「何も言わなくたって君なら来てくれる。僕はそう信じていたんだ。」
ホントに無意識。あれれ、あたし今何言った? "僕"って言ってなかった?
ニヤニヤ顔の小入生トリオ。紺野は不思議そうな顔で見ていた。
「ひとみちゃん本当? 私来て良かった!」
俄然元気を取り戻した梨華ちゃんに、思いきり抱きつかれたところで、安倍さんが注文を取りに来る。
「あれま。今日もお熱いことで。取り込み中悪いけど、梨華ちゃん何にするべか?」
「えーっと。ひとみちゃんと同じやつお願いします!」
「そんじゃ。ところてん一つ追加だね。」
「はいっ!」
- 149 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時43分50秒
- あいぼんが小声で紺野に耳打ち。
「紺ちゃん。こりゃ明日が見物やで。」
「…はぁ。」
そう言われたって訳がわからない紺野。ポカンと口開けてる。
訳なんてわかって欲しくないよ、永遠に。
それがムリなら、せめてもうちょっと時間が欲しかった。
あたしのこと少しは先輩だって認めてもらえるまではさ…
とほほ、ここのところ忙しくて完全に忘れてた…
とりあえずさっきの状況乗り切ったからOK。今はそういうことにしときたい。
あのまましょんぼりモードだったら、どうせ「責任とりや。」とか言われて、
間違いなく今日もおごらされてたとこだったもん。
梨華ちゃん上機嫌だし、ところてんおいしいし。ヨカッタヨカッタ。
…だよね。…とほほ。
- 150 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時46分40秒
- 食べ終えて店を出ると、あたりはもう日暮れ時。
みなでぶらぶらと学校を目指す。
「なあのの知っとるか? 今みたいな時間を黄昏言うんやで。」
「たそがれっちゅうんは昔の関西の言葉で、誰やねんって意味なんや。」
「ふーん。」
「お日さん落ちてきたら、人の顔かてよう見えへん。誰やねんってなもんや。」
「そやさかいこんなん呼ぶようになったんや。」
「へー。あいぼんはものしりなのれす。」
そこで急に立ち止まったガキ二人。あたしをビシッと指さして言う。
「「誰やねん!」」
…あたしは誰かって? こっちが聞きたいよ。
多分今は吉澤ひとみ。明日のことは解らないけどさ。…軽くため息。
「…でも今日は月が出ていますから、吉澤さんのお顔もはっきり見えますよ。」
励ましてくれてるんだよね。紺野ありがとね。
そう。空には大きなお月様。
- 151 名前:先輩への道 渋滞中 投稿日:2002年11月09日(土)01時55分50秒
- 「紺ちゃん明日は満月や! "お月見"しよな。」
月に気づいた紺野の言葉。意を得たりとばかりはしゃぐあいぼん。
「アハッ楽しみだねぇ。」
「楽しみれす!」
ごっちんも、ののも嬉しそうだね… うかれる三人を見ながら再度ため息。
さっきからずっと腕にしがみついてる梨華ちゃんに、解っちゃいるけど聞いてみた。
「梨華ちゃん"お月見"好き?」
「…大好き。」 …とほほ。
「よっしー明日はいろいろあるで! ぎょうさん芋喰って元気つけとこな!」
落ち込んだ背中をあいぼんが叩く。
いろいろあるんですか… あたしゃホントに気が重い。
どうして4月に”お月見”なのか、何故みなこんなにはしゃいでるのか、
理由が解るはずもなく、一人不思議そうに見つめていた紺野。
それでも最後にぽつりと一言。
「わたしも"お月見"、楽しみになってきました。」
…とほほ。ここのテンポは合って欲しくなかったな。
前略 神さま
せっかく可愛い後輩が出来たのに、あした"お月見"ってどういう事ですか。
理由、詳しく教えて下さい。出来ればあしたになる前に。
かしこ
- 152 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月09日(土)01時59分15秒
- 更新しました。
- 153 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年11月09日(土)02時17分10秒
- かーわーいーいー。
ダメだ。超ツボです。もう一人ひとりのキャラが可愛すぎます。
でも、お月見ってどういう意味なんだろう?
次回更新期待してます!がんがってください!
- 154 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月09日(土)21時36分10秒
- やっぱあんたすげぇ!
キャラの書き分けが絶妙。
続き期待してるっす。
- 155 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月13日(水)01時37分36秒
- レスいつもありがとうございます。励みになります。
>>153 名無し香辛料さん
お月見、出オチな感じであまりヒネリ無いんですが…
まあこれからも、こんな感じでやってきますが、見捨てないで下さいませ。
>>154さん
キャラの書き分け、書いてて一番楽しい部分です。
暴走し始めて、訳わからん事にならんと良いのですが…
その時は是非、生あたたかく見守って下さい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今回は【紺野視点】で物語が進みます。
分かりづらいかも知れませんが、ご容赦の程を。
- 156 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時39分44秒
- 「紺ちゃんは明日お昼来るん禁止や。」
「…どうしてでしょうか。」
「あのれすね。」
「アカンのの、秘密にしとかな。」
「てへへ。すまねーのれす。」
「お月見」が一体どんな物なのか、結局昨日は教えて頂けませんでした。
部のみなさんは、いたずら好きですが、決して意地悪ではありません。
きっと知らない方が面白い。そういうことなんだろうと思います。
吉澤さんは少し憂鬱そうな顔をされていましたが、
他のみなさんはとても楽しみにされているようでした。
一体今日は何が起こるんでしょう。とても気になってしかたありません。
ドキドキしながら部室の扉を開けると、辻さんと加護さんがお餅をついていました。
「団子作ってもええねんけど、お餅の方が好きやろ。」
なんて素敵なことでしょう。お餅はわたしの大好物です。
「お手伝いした方がよろしいでしょうか。」
「今はまだええよ。茶でもしばいといてや。」
「もうすぐ最初のが終わるのれす。」
辻さんと加護さんのお二人は、絶妙のコンビ。
ぺったんぺったんとテンポ良く杵の音が響きます。
- 157 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時41分36秒
- 「紺野に食べさせるって、二人とも朝から大張り切りだったんだよ。」
後藤さんがお茶を煎れてくれました。
「…とても嬉しいです。」
「お餅好きなんだ?」
「はい、とても大好きです。」
「楽しみに待ってな。あの二人のお餅は絶品だよ。お月見名物なんだから。」
後藤さんの柔らかな笑顔。楽しみは膨らむばかりです。
「れきたよー。」
どうやらお餅がつき上がったようです。
「ウチら2ウス目ついとるさかい丸めんの頼むな!」
わたしも手を洗い、ちぎって丸めるお手伝いをします。
つきたてのお餅はとてもあつあつです。
「ちょっと食べてみ。」
後藤さんのお言葉に甘えつまみ食い。
何を付けないでもとっても甘い。最高のお餅です。
水加減、きめの細かさ共に申し分ありません。
…絶品。後藤さんがおっしゃったことは本当でした。
「おいしいれすか?」
力強く杵を振り下ろしながら、辻さんの声。
「はい、完璧です!」
- 158 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時43分15秒
- 「授業さぼって準備したかいがあったれすね。」
「そやな。完璧いわれたら本望や。」
さりげなく交わされたお二人のお話。
…わたしのためにせっかくの授業を休まれたのでしょうか。
とても嬉しいのですが、なんだか申し訳ないことです。
「…あの、わたしもさぼった方が良かったでしょうか?」
「アハッ、ただのフライングだから。別に授業出たっていいんだよ。」
「はい。」
今度のお餅つきでは、わたしも是非フライングして、この技を学ばねばなりません。
このお餅がお月見の秘密ということなのでしょう。確かにこれは素敵です。
「お月見最高です。」
ぽつりと漏らしたわたしの声を、後藤さんは聞き逃しませんでした。
「アハッ。まだまだだよぉ。」
このお餅以上の存在などあり得るというのでしょうか?
どうやらお月見は、わたしの想像の可能域を完全に越えているようです。
解らないというのは、こんなにも素敵な事なんですね。
企画部に入って日々驚きの連続ですが、また一つ新たなことを学べました。
- 159 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時44分42秒
- 「ただいまー!」
明るいあいさつと共に帰ってらした石川さんの格好は、いつもと全く違っていました。
目映いばかりのピンクのドレス。おとぎの国から抜け出してきたみたいです。
けれど驚いているのはわたしだけ、他の方達はさも当然といった風。気にも止めていません。
「…あの、演劇部でお仕事ですか?」
「違うよ。今日は生徒会の会議に行くの。」
「梨華ちゃん大根やさかい、演劇部からなんてお呼びかからんで。」
加護さんの茶々にみなさん大笑い。
「もう! あいぼんのいじわる!」
一瞬むくれた石川さんでしたが、上機嫌は相変わらず。
ドレスの裾が舞うのを楽しむかのように、くるくると回っています。
月見との関係は全く想像出来ませんが、素敵な事が始まりそうです。
後藤さんに聞いてみました。
「お月見と会議は関係があるのでしょうか?」
「アハッ。会議はただの仕事、お月見とは別だよ。」
これは関係がなかったようです。
まだまだ見えないお月見の全容。楽しみは続きます。
- 160 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時45分50秒
- 沢山つまみ食いをしましたが、それでも沢山のお餅が出来ました。
「さて餅も出来たしそろそろやろな。」
加護さんの言葉とほぼ同時に、廊下から歓声のようなものが聞こえ始めました。
「アハッ、来たねぇ。」
「たまげるれすよー。」
石川さんは起立して、念入りに髪の毛を整え始めました。
いよいよなのでしょうか。
あくまで忍者としての勘ですが、
いらしていない吉澤さんが鍵を握っているのに違いありません。
「ほな紺ちゃん、これ付けや。」
加護さんがサングラスを下さいました。
見れば石川さんを除いて、全員がサングラスをかけています。
みなさんとてもお似合いですが、わたしには自信がありません。
「………」
「はやくするのれす!」
一瞬ボーっとしてしまったようです。
辻さんの必死の声に促され、わたしも急いでサングラスをかけます。
そして、その直後のことでした。
- 161 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時47分12秒
- 「Yeah! ただいま帰ったよ Baby!」
扉を華麗に開ける吉澤さんの姿がありました。
黄色のスーツが、とても良くお似合いです。
部室に入った吉澤さんは、ターンを決めながら扉を閉めます。
流れるようとは、正にこのような身のこなしを言うのでしょう、
そのままの勢いで石川さんにひざまづき、優しく手の甲へキスをしました。
「ダーリン! お帰りなさい!」
飛びつくようにして抱きついた石川さんを軽々と受け止めると、
今度は長くて深いキス。まるで活劇の一場面のようです。
目の前でこんなに濃厚なキスを見るのはもちろん初めてです。
わたしは赤面してしまいます。
吉澤さんの腕に抱かれ、カクンと力の抜ける石川さん。
まるで本物のお人形さんのようです。
「アハッ、梨華ちゃん失神しちゃったよ。」
「きょうはなんかい、気を失うれしょうね?」
「まあ5回は下らんやろな。」
これすらも見慣れた光景だと言うのでしょうか。
皆さん普段と変わらない口振りで、愉快そうに話しをされています。
一方ただ口をパクパクと動かすばかりのわたし。
「………」
- 162 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時49分40秒
- 「紺ちゃん。まあ、これが月見やねん。」
「お月見… ですか…」
後藤さんと辻さんのお二人も、うんうんと頷くばかり。
恥ずかしながら、相変わらず何が何やら解りません。
ですがわたし今、とても胸がドキドキしています。
「今がチャンスれすよ。サングラス外してみるといいのれす。」
「アハッ、今のうちだねぇ。失神しちゃってるから。」
サングラスで隠されてはいますが、
お二人ともとてもいたずらな目をしているに違いありません。
外してみたい。でも、恐ろしいような気もします。
どうしたらいいのでしょう。
しばらくは身を固め、逡巡していました。
「ほいなっ!」
結局サングラスは、後ろに回り込んだ加護さんの手によって外されてしまいました。
そして突然に、眩い光がわたしを包みます。
「!!」
何というはしたないことでしょうか。
気づけばわたしは、吉澤さんに強く抱きついておりました。
- 163 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時51分12秒
- 離れなくてはならない。
それは解るのですが、体が言うことを聞きません。
「Oh! 積極的なお嬢さんだね!」耳元で優しい声が響きます。
心臓が激しく脈打つのが解ります。
きっと今のわたしは、耳まで真っ赤になっているに違い有りません。
胸の鼓動は止みません。いえそれどころか、次第に速度を増しているようです。
張り裂けそうとはこのような事を言うのでしょう。
依然言うことをきかない体、高まる胸の痛み…
苦しい。気が遠くなるような痛みです。
"忍び難きを忍ぶ者こそが忍者である。"
忍びの道に入ったときから、何度となく聞かされてきた教え。
忍耐こそが忍びの真髄…
しかしもうこれ以上耐えることは出来そうもありません。
紺野あさ美は忍者です。
わたしは、忍者として生き、忍者として死にたい。
確かに頼りない落ちこぼれかも知れません。ですがわたしは忍者です。
忍者として生きることが叶わぬ以上、自ら舌を噛むほか道はない。
そのように考えた正にその時です。
スッと後ろから加護さんの手が伸びたのが見えました。
わたしに再びサングラスをかけて下さったようです。
- 164 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時52分43秒
- 体中の力が抜け、ようやく腕をほどくことが出来ました。
その場にだらしなく崩れ落ちたわたしを、吉澤さんが助け起こして下さいます。
「大丈夫かい? お嬢さん。」
「…申し訳有りませんでした。取り乱しました。」
「何でだいお嬢さん? むしろお礼を言わせておくれ!Thank you so much!」
そしてホホに優しくキスをして下さいました。
茫然とするわたしの肩に加護さんが手をかけました。
「な? スゴイやろ。これが月の魔力やねん。」
少しずつ胸の鼓動が治まるにつれ、先ほどの行動が思い起こされます。
わたしは、何というはしたないことをしてしまったのでしょうか。
「…このような失態を演じては、もう部にとどまることは出来ません…」
「ええねん、ええねん。女の子やったらそれが普通やねんから。」
「…ですが…」
「ウチらかてみんな通ってきた道やねんから。」
「………」
「そうれすよ。」「アハッ、恥ずかしながら。」
辻さん、そして後藤さんまでも?
「もちろんウチかてそうやで。」
皆さん同じリズムで、ゆっくりと首をタテに振っています。
- 165 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時54分29秒
- 「どや。もう餅つけたか? 裕ちゃんにも分けたってや。」
そんな時、勢いよく中澤さんが入ってらっしゃいました。
「なんや、もう月経仮面も来とるんかいな。」
吉澤さんの姿を見つけびっくりされています。
「はは、Lady! 今日はキッスはしてくれないのかい?」
「餅食うてからな、ちょっと待っとってや。」
「う〜ん つれないねLady!」
「辻加護、今日もエエ仕事したな。満点や。」
吉澤さんそっちのけでお餅をほおばり、OKサイン。
「おおきに。」「てへへ。」
「ごっちん、ウチにも茶煎れてくれへんか?」
「はーい。」
いつもと変わらない中澤さんのペース。
それも確かに驚きですが、先ほどの言葉は何なのでしょう。
わたしはそちらが気になって仕方有りません。
「月経… 仮面ですか?」
「まあ、そんなん言うのデリカシーないオバチャン連中だけやけどな。」
加護さんが笑いながらの説明。
「ウチらはミスタームーンライト呼んどる。生理期間入ったよっしーは男前度が大幅UPするんや。」
「………」
- 166 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時56分18秒
- "ミスタームーンライト"
生理期間中の吉澤さんは男前度が大幅UPする。裸眼での直視が危険なほどに。
もし女性が直視してしまえば、間違いなく「月の魔力」に魅入られてしまう。
まるで先ほどのわたしのように。
あまりの危険さ故、この日の授業参加はもちろん禁止。
公欠として学校から正式に認定済みとのこと。
人呼んで「ミスタームーンライト」。
神の見えざる采配か、男前度が最大限までUPする時、空には必ず満月が輝くのだといいます。
「………」
「まあ、せやからウチらの月見はグラサン必携や。」
「…はぁ。」
いくら加護さんの言葉とはいえ、自分が体験していなければ信じられない話しです。
あれ? でも。
「…あの、中澤さんは大丈夫なんでしょうか…」
「中澤さんは女として枯れとるさかいな。」
ガツン! 光速のげんこつを落とされ、加護さんは半べそです。
「アホ抜かすなガキが! カラコンやカラコン。カラコン入れてんのや!」
「…カラコン? ですか?」
「色の付いたコンタクトレンズれすよ。」
そういえば今日の中澤さんは、異人さんのように真っ青な瞳。
「…なるほど。」
- 167 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)01時58分11秒
- 「ちなみに、よっしーは明日になったら何も憶えてへんから、安心して甘えてええねんで。」
「恥ずかしがらなくてもいいのれす。」
なるほど。そういうことでしたら、少し抱っこをしてもらいたいです…
こんなこと普段は決して言うことはできません。
わたしもお月見は大好きになれそうです。
さっそく抱っこをお願いしようと思ったところ、低くうなるような声がしました。
「だめー! 絶対だめー!」
失神されていた石川さんが、気を取り戻されたようです。少し残念です。
「紺ちゃん。気い落とさんでもエエで、後何回かは絶対チャンス有るからな。」
加護さんがこっそり耳打ちして下さいました。
それからみなでお餅を食べました。
あんこにきなこ、納豆餅。ただでさえ完璧なお餅がより一層輝きを増します。
スーツ姿の吉澤さん、ドレスをまとった石川さん。
「ダーリン! あ〜ん。」
「Oh〜! 最高だよ ハニー!」
「もう! お口にあんこ付いちゃってるよ、おちゃめなダーリン。」
お二人の格好も、不思議とお餅にそぐわしい物のように感じられました。
サングラスをかけながらのお餅、初めてでしたが最高でした。
今度お家でも試してみたいと思います。
- 168 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時00分02秒
- そんな時石川さんがおねだり口調で言います。
「ねーあいぼん。今日の会議ダーリンと行ってもいい?」
「あー、かめへんで。ウチもハナからその気やったさかいな。よっしーもそれでエエか?」
「当たり前さ! 僕たち二人を引き裂けるものなんて何もないのさ!」
「あーん! ダーリン最高!」
またしてもきつく抱きしめ合うお二人。
「なら時間そろそろやで、つづきは向こう行ってやってんか?」
「死人出たら処理が面倒や」と言うことで、吉澤さんはサングラス装着。
石川さんをお姫様抱っこして出発の準備完了です。
「やっぱ月経仮面ちゅう感じやんか。」
「アハッ、若い子は月光仮面自体知らないでしょ。」
「しらねーのれす。」
「…はい。」
その姿で盛り上がっていたところ、
フト何かを思い出したように加護さんが口を開きました。
- 169 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時01分19秒
- 「そやよっしー、一つエエか?」
「なんだい お嬢さん?」
「よっしーにとっての決闘の美学ってどんなんや?」
これまた突然の質問です。しかし吉澤さんは決めポーズで即答。
「『決して逃げない』ただそれだけさ!」
「いやーん ダーリンかっこいい!」
石川さんはメロメロ。何でもおノロケの材料になってしまうんですね。
加護さんも苦笑しています。
「すまんウチが聞き方間違ったわ。」
「『右のホホを打たれたら左のホホを差し出せ』これは決闘の美学に反するやろか?」
「何いってるんだい。それこそ美学そのものじゃないか!」
「そーか。そーか。時間取ってスマンカッタな。」
「ははっ。お安い御用さ!」
「そんなら会議と梨華ちゃんヨロシク頼んだで。」
「OK! それじゃあ行って来るよ!」
爽やかな笑顔。石川さんを抱えたまま、華麗に扉を開きます。
とたんに廊下から歓声が。そして次第に遠のいて行くのが聞こえました。
- 170 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時04分03秒
- 「あいぼん決闘するんれすか?」
不思議そうな辻さん。そうです、わたしも気になっていました。
「何でもないねん。ちょっと聞いときたかっただけや。」
「ふーん。」
その会話はそれでおしまい、きっとただの思いつきだったのでしょうね。
ウチの部では良く見られる光景です。
お二人が出かけた後も賑やかに、お餅が進みます。
サングラスをかけたままというのは不思議な感じもしましたが、
「せっかくの月見やし」ということでしたので、わたしもそのままにしておきました。
いつしか、お腹は一杯に。
ですが食べる手は止まっても、楽しいお話は尽きません。
「…あの。石川さんはサングラスなしでも平気なのでしょうか。」
「ウチも前聞いてみてん。」
加護さんが興奮気味に教えて下さいました。
「『ひとみちゃん普段からこれ位素敵だよ』やって。」
「…はぁ。」
「梨華ちゃんにとって月見は、よっしーが積極的になる日くらいの意味しかないねん。」
「まあ普段から『月の魔力』にイカレてもうてるっちゅう訳やな。」
「…なるほど。」
石川さんにしばしば、安定を欠く言動が見受けられる理由が解ったような気がしました。
- 171 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時05分36秒
- 辻さんのホホに付いたきなこを拭いながら中澤さんがおっしゃいました。
「そや辻。みっちゃんとこ持ってったりや。今日のもエライ出来エエから喜ぶで。」
お餅は、お得意さまに配るのが慣例だということです。
「そうれすね。さっそく行ってくるのれす。」
こんなに素晴らしいお餅を惜しげもなく配る。素晴らしいことだと思います。
「紺野も辻の手伝いしたってや。」
「はい。」と返事をしようとしたのですが、加護さんの言葉に遮られました。
「なんや。ののは一人やったらお使い出来へんのかいな?」
あれ? 少し意外な感じです。どうしたのでしょう。
てっきり「ウチも一緒に行く。」とおっしゃるのかと思ったのですが。
「一人れダイジョウブれす。ののれきるんれすよ。」
「したらのの、お得意さん回りも任したで!」
「ガッテンなのれす!」
加護さんはさっそく。配達先のメモとお餅を準備します。
「いってきまーす!」
結局辻さんは一人で、沢山お餅が入った袋を担ぎ飛び出して行かれました。
- 172 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時07分19秒
- 辻さんが出られた後の部室は、先ほどまでとは一転、緊張した雰囲気が漂います。
口を開いたのは中澤さんでした。
「でや、加護。どないやねん?」
「何がですのん?」
「そやからその決闘の方はどないやねん?」
サングラスを静かに外し、加護さんが答えます。
「やるかやらんかも分らん。のの次第や。」
「あんた。負けたら承知せんで。」
「ウチらの問題や。口出し無用やで。」
加護さんのまなざしは、厳しい商人のものでした。
「まあ。好きにしたらエエわ。あんじょう気張りや。」
中澤さんはそんな視線など気にもかけず、
立ち上がって加護さんの肩をポンポンと叩きます。
「したら後でな。日ぃ暮れたらまた来るわ!」
行きがけの駄賃とばかり、ひょいひょいと二つ三つお餅を取り、その足で部屋を出て行かれました。
- 173 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時09分06秒
- サングラスをかけ直した加護さん。
甘えるように後藤さんの膝に座ります。
「なぁ、ごっちん。いろいろあるかもしれへんけど、ウチのやり方でやらせてもらってエエか?」
もういつも通りの可愛らしい声の調子に戻っています。
「つーじー仲間外れにならない?」
「当たり前や。ウチがそんなことするわけあらへん。」
「アハッ。そりゃそうだ。」
「したらウチのやり方でエエ?」
「うん。お任せします。」
一体何の話しなのでしょう。わたしには全く解りません。
しかし忍者の勘が、大変な問題であると告げています。
くつろぎながらお話ししている二人を見ながら、体に緊張が走ります。
「でな。」
加護さんがこちらを向かれました。
「紺ちゃん。頼みあんねんけど、聞いてもらえんやろか。」
「…はい。」
- 174 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時10分41秒
- 加護さんの依頼は、「生徒会の会議を見て来て欲しい」というものでした。
「会議で何が起きるのでしょう。」
「いや、ウチかて分からん。ちょっと情報封鎖されてんねん。」
「まあ、何もないんやったらその方がええねんけどな。」
加護さんはそう言って、一枚の写真を下さいました。
「何かあるとしたらこの女や。この女だけ見といたらエエわ。」
「はい。」
そして加護さんは天井を指さされます。
「上の道使ってや。まあ2分とかからず着くわ。」
加護道・あるいはあいぼんロードと呼ばれる、天井裏に縦横無尽に張り巡らされた道。
噂には聞いていましたが、実際通るのは初めてです。
「ちょっと狭いけどな、大丈夫やろ?」
「はい。 …忍者ですから。」
それからわたしは、加護道を抜け生徒会室の真上に着きます。
部屋からは何か、大声が響いていました。
「生徒会室用」と記されたのぞき穴から、中の様子をうかがいます。
「!」
大声の主はやはり、先ほど加護さんに頂いた写真の女性でした。
- 175 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時11分57秒
- 「石川先輩! 吉澤先輩! 今すぐ着替えて来てください!」
「なにを?」
「そのふざけた格好をです! 一体何なんですか!」
「えー、だって今日はお月見だもん。ね。ダーリン。」
「ああ、そうだよハニー!」
石川さんを膝に抱き、お二人はいつものペースです。
一方写真の女性は、怒りにぷるぷると身を震わせています。
会議に出席されている他の部の方達は、一同不思議そうな顔をされています。
お二人の格好など、いつもの事といえばいつもの事なのでしょう。
"何故この子はこんなに怒ってるの?"そんな眼差しです。
「ふざけないで下さい!」
「Oh! お嬢さん。僕たちはいつだって本気さ! 愛におふざけはないんだよ。」
「素敵! 私も本気よダーリン!」
そして熱い抱擁。みなさん「おお!」と歓声を上げ拍手を送られています。
一人取り残された具合で、なおさらお腹立ちなのでしょう。
かみしめた唇が、白くなって行くのが見えました。
「まいどー!」
その時、元気なかけ声と共に勢いよく扉が開きました。
みながそちらに注目します。
お餅を下げて微笑む、辻さんの姿がありました。
- 176 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時13分29秒
- 「お月見れすから、生徒会にもおもちをお届けに上がりました。」
辻さんは人気者なのですね。
他の部の方達も、手を振ったり、「ののちゃんエライね」なんて声をかけたりされています。
「てへへ。」辻さんは少し照れてから、袋の中からお餅を取り出します。
そのたどたどしい仕草に、場の雰囲気が和らいでいくのが分かります。
ですが。写真の女性だけは別のようでした。やはり先ほどと変わらぬ口調。
「アナタ一体何なんですか!!」
「ののれすよ。」
辻さんはサスガです。ちっとも動じず、いつも通りの笑顔で続けます。
「柴田さんどこれすかー?」
部屋の隅から、柴田さんと呼ばれた女性が手招き。
辻さんはテトテトと走り寄るとお餅を手渡します。
「へい。おもちなのれす。今日も満点れすよ。」
「いつもありがとね。」
あたたかな光景を皆が眩しげに見つめる中、
一人怒りに打ち震えている方がいらっしゃいました。
もちろん写真のあの方です。
- 177 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時15分44秒
- 辻さんの側に歩み寄ると、見下ろすように冷ややかな視線を送ります。
室内全体に、緊張したムードが漂いました。
しかしそのような雰囲気を、あたたかに溶かしたのはやはり辻さんでした。
「お腹がすくとおこりっぽくなるれすよ。」
「へい。」
にっこりと微笑んでお餅を差し出します。
あのように笑いかけられて、心を許さない者がいるはずがありません。
みなさん安堵のため息。写真の女性もゆっくりとお餅に手を伸ばしました。
「!!」
信じられないことでした。
一瞬自らの任務を忘れ、その場に飛び出しそうになるほどに。
なんとあの女は、辻さんのお餅を払いのけたのです。
よろけた辻さんはしりもちを付いています。
周りの方がすぐさま助け起こして下さったようですが、
あの女は全く気に止めてもいません。
顔を桃色に上気させながらヒステリックに叫び始めます。
「はっきり申し上げます! あなた方企画部は我が学園のガンです。」
- 178 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時19分01秒
- 「我が生徒会は、必ずあなた方企画部を駆逐してみせます! 健全な学園生活のために!」
あまりの剣幕に皆が押し黙っていました。
「亜弥ちゃん… なんてこと言うの…」
先ほど柴田さんと呼ばれた方が、心配そうに声をかけます。
写真の女性はイライラとその様子を見ていましたが、
言葉が終わるのを待たず再度大声で叫びました。
「もう結構です。私一人でも闘わせて頂きます!」
一瞬の沈黙の後、爽やかな吉澤さんの声。
「OK Baby! その申し込み喜んで受けよう!」
「また君と会えるならどんな形でも構わない! 僕は嬉しいよ!」
「ダーリン格好いいけど、ちょっとイヤー!」
そして石川さんの甲高い声。それをきっかけにたちまち騒然となる室内。
「近日中に正式に使いを出します。首を洗って待ってらっしゃい!」
写真の女は忌々しげにそう言い残し、部屋を飛び出していってしまいました。
「ゴメンねみんな。松浦も悪い子じゃないんだけど…」
「とりあえず今日は会議中止。次回はまた連絡するから。」
ざわつく室内に柴田さんが声をかけ、その日の会議は終了となったようです。
わたしものぞき穴に封をして、急いで部室へと戻りました。
- 179 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時20分45秒
- 報告を聞く加護さんは、大変辛そうな顔をされていました。
「紺ちゃんイヤな仕事済まんかったな。」
いえ、多分一番辛かったのは加護さんでしょう。
辻さんがしりもちを付かれた話。
お顔が真っ青になっているのがサングラス越しでも分かりました。
報告を終え間もなくすると、廊下が騒がしくなり始めます。
そろそろ吉澤さんが戻られるのでしょう。
「ただいま帰ったよ!」「ただいまー。」「たらいまー。」
3人仲良く帰っていらしたようです。
辻さんはすぐさま、加護さんの元にやってきました。
「あいぼん、ごめんなさい。お餅を一つ落としてしまいました。」
「ののはやっぱりダメらったのれす。」
恥ずかしそうにそう言った辻さん。
「ダメなんてことちっともあらへん。」
「止められるとしたら、ののしかおらんかったんや。ゴメンな。」
そう言って優しく抱きしめる加護さん。
「変なあいぼんれすね。」
訳のわからない辻さんは、キョトンとされています。
「れも、すぐに洗ったから、焼けば食べれるのれす。」
「そやな大丈夫やな。半分ウチにも分けてな。」
「へい。」
辻さんの微笑みに、加護さんにもようやく笑顔が戻りました。
- 180 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時24分15秒
- 一方石川さんは相変わらずご立腹でした。
「ダーリン! さっきのあのセリフは何なの! この浮気者!」
吉澤さんの目を見つめ、厳しく問いただしています。
部室に戻られたのですから、吉澤さんはもちろんサングラスを外されています。
こんな事ができるのは石川さんだけだと思います。大変なことです。
「ははっ! あんなのは決闘のための社交辞令じゃないか。」
「社交辞令でも止めて下さい!」
「ゴメンよハニー! でも信じておくれ、僕には君だけなんだ。」
「もうっ調子良いんだから! でもさっきも格好良かったよダーリン!」
そして抱き合うお二人。本当に仲良しさんです。
それをからかう皆さん、完全にいつもの雰囲気です。
「そや、よっしー。」
朗らかな加護さんの呼びかけ。
「なんだい、お嬢さん!」
爽やかに吉澤さんが答えます。
「その決闘なぁウチが仕切らしてもらうで、ごっちんも承諾済みや。」
「Oh!No! 僕一人で闘うよ。お嬢さん方を戦いに巻き込むなんてゴメンさ。」
- 181 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時26分25秒
- 「女ちゃうねん。」
ここで加護さんの口調が変わりました。
決して声を張り上げているという訳ではありません。
しかしその静かな落ち着きは、先ほどまでのものとは明らかに変わっています。
皆が注目する中、加護さんは静かにサングラスを外されます。
「ウチはな、女である前に商人や。」
「商人としての加護亜依がこのケンカ買うた言うとるんやで。」
吉澤さんの目をまっすぐに見つめ、毅然とした言葉。
「矢口さんがおった頃はな、ウチらにケンカぶってくるアホなんておらんかった。」
「物わからん赤子かて避けて通ってたんや。」
「矢口さん辞めて昨日の今日でこんな騒ぎや、ナメられてんのは残されたウチらなんやで。」
「なあよっしー、ウチにナメられたまま黙っとけ言うんか。」
「OK! わかったよ! でも無理はしないと約束しておくれ。」
その言葉を聞くと加護さんは、ゆっくりとサングラスを戻されました。
「そやからよっしー大好きやねん。」
もういつもの楽しげな口調です。
- 182 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時44分02秒
- 「そしたらしばらく祭りやで。新部長エエなー?」
「うん。ダーリンと一緒だったら何でも良いよ。」
「ごっちんは?」
「アハッ、あいぼんにお任せ。頼んだよー。」
「よっしー最前線で戦ってもらうで!」
「もちろんOKさ!」
「ののもえーか?」
「お祭りはらいすきなのれす!」
「紺ちゃんもええな?」
「はい。頑張ります。」
こんな素敵な企画部を、ガンだなんておっしゃる方の気持ちが分かりません。
部を挙げた戦争の開始です。わたしも忍者として、腕が鳴ります。
「ほなお月見の続きといこか。」
「こっからが本番れすね。」
ですが、まるで何事もなかったかのようにお月見再開の合図。
「…あの、何か調べおきましょうか?」
念のため加護さんに聞いてみましたが取り合ってもらえませんでした。
「ええねん。まずはお手並み拝見や。やりたいようにやってもらおうやないの。」
「祭りやねんから、楽しまな損やで。」
「それより荷物運ぶん手伝ってくれへん?」
ニンマリと笑った加護さん。
その笑顔は商人のものだったのでしょうか? ちっとも判断が付きませんでした。
ですが、何が起きても大丈夫。不思議とそのように感じました。
- 183 名前:月に叢雲 投稿日:2002年11月13日(水)02時48分15秒
- そのあと皆で屋上に上りました。
夜は冷えるとのことでお布団まで持って、ちょっとしたお引っ越しのようです。
日が暮れるに従って、空には月が輝き始めます。
大きな満月を背景に、吉澤さんと石川さんはダンスを踊っています。
月夜の舞踏会。とても素敵な光景でした。
「とてもきれいれしょう。これがお月見れす。」
「…はい。」
見惚れるわたしの隣で、辻さんが微笑んでいました。
手には焼き餅が握られています。
「紺野ちゃんの分もあるれすよ。」
七輪で焼いたお餅は、この世の物とは思えない香ばしさでした。
「おっ! もうダンス始まっとるやんか。」
中澤さんと平家先生も一升瓶片手に登場です。
その後もOGの皆さんがお料理を持って次々と来て下さいました。
皆さんの笑い声を伴奏に、美しく踊り続けるお二人。
何て素敵なお月見なのでしょう。
ちなみに石川さんはその後、7回ほど気絶されたので、
沢山抱っこをしてもらうことが出来ました。
少しはしたないような気もしますが、
どうやらわたしも、お月見が大好きになってしまったようです。
- 184 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月13日(水)02時49分11秒
- 今回更新分ここまでです。
- 185 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月13日(水)03時24分53秒
- >>155-184
念のため。今回更新部分です。
- 186 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年11月13日(水)05時06分22秒
- >月経仮面
大 爆 笑 。
そしてお月見…。よっちぃとっても素敵でした(w
より一層のバカップル具合がいいですねー。もっと読みたくなります。
ホントに面白いです。がんがってください。
…お餅すっごい美味しそう(w
- 187 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月14日(木)10時09分36秒
月齢と同じと言う事は、よっすぃ〜28日周期なんでしょうか?(w
いつもいつもの、おあふぉな雰囲気、大好きです!
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月14日(木)21時19分27秒
- 何回言えばいいのやら・・・あんたマジで最高!
今日も大爆笑させてもらった!!
濃いキャラばかりで、ずっと読んでいたいよ。
続き期待してるっす。
- 189 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年11月19日(火)23時15分02秒
- えびちゃ丸さま
はじめまして。楽しく読ませていただきました。
よっすぃ〜好きとしては、月の魔力にクラクラです。
これからも楽しみに読みに来ます!
よろしくお願いいたします。
- 190 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月20日(水)17時11分07秒
- レスのお礼です。
レスが付くのを見るたびに、ヲレ以外にも読んでる人いたんだ…
ビクつきながら感動しています。本当にありがとうございます。
>>186 名無し香辛料さん
お月見喜んで頂けたようで幸いです。
餅つきに関しては、ハロモニあたりでマジやって欲しい…
良い餅が出来るはず、頑なに信じています。
>>187 ひとみんこさん
健康少女よっすぃ〜は、規則正しく28日周期ということで。
"アフォだね"といわれる文章を目指して、これからも頑張りたいと思います。
>>188 名無しさん
一応ラストまでの展開は頭にあるのですが、書くと増えてしまう罠。
当分続くことになりそうです。変わらずおつき合い頂ければ幸いです。
>>189 ななしのよっすぃ〜さん
ここでのよっすぃ〜、翻弄&振り回される役周りが多いような…
でもアフォな文を目指す以上、そんな吉澤さんが不可欠なんです。
納得いかない事もあるかも知れませんが、ご寛恕のほどを。
とりあえず忙しさも一段落つきました。しばらくは平常営業出来そうです。
ただし、平常営業自体も定期的ではありませんが…
- 191 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時13分19秒
- お月見の次の日はいつだって憂鬱だけど、今朝は特別。
「ののは女の子れある前にののなのれす!」
「女である以前に忍者。…わたしもそう言えるよう頑張ります!」
駅から学校までの道、辻紺野ともに意味不明。
「ねえ、これ何?」
「わからん事ある方が楽しいやろ。」
あいぼんはニヤニヤ笑うばっかだし…
一体何したってんだ? 昨日のあたし。
「とっても素敵だったよ。ダーリン。」
この人はやっと口を開いたと思えば… おまけに朝から目がハート。
いや。お月見の翌日はいつだってこんな具合だけどさ。
でも、紺野に嫌われてはいないみたい。
とりあえずそれはヨカッタヨカッタだよね。
一遍ビデオで見たけど、あたしアレだもんなぁ…
でもやっぱ気にはなる。一時間目終了後。今日も堂々と重役出勤してきたごっちんに聞いてみた。
「あたし何したの? 昨日?」
大寝坊してきたはずだろうにまだネムそう。
「んぁ? お祭りだから力ためとかないとねぇ。」
また寝ちゃうし… つーかお祭りって何?
いくら揺すっても、もう目を覚ましてはくれない。
何のことかは全く分からないけど、ものすごくイヤな予感がする。
- 192 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時15分47秒
- 昼休みになっても放置プレイは続いた。
「いい加減教えてよー。お祭りって何なのさ!」
「まぁまぁ。よっしーもうちょい待ちや。」
さっきからこればっか。
他のみんなも「あいぼんの許可がないとしゃべれない。」の一点張り。これじゃ埒があかない。
コトン… そんな時、部室の入り口で小さな音がした。
ん? 見れば扉の隙間に大きな封筒が。ネズミのマークが入ってる。何だこれ?
手を伸ばしたところで声がかかる。
「ああそれウチ宛や。ちょっと取ってんか?」
「何それ?」
「情報や。21世紀はどんな情報かて買える時代なんやで。」
ってあいぼん、情報売ってんのアンタじゃなかったの?
「こまごましたモンは買った方が安つくねん。時間の方が貴重やさかいな。」
封筒の中身を眺めながら教えてくれた。
何でも学園内には、あいぼんの他にも情報屋が存在するとのこと。
このネズミ印は近頃売り出し中で、「まぁまぁ使える」そうです。
「ウチが直接出張らなアカンもん以外はここ使うことにしてもええな。」
…そうですか。
あたしの知らない世界。学園内にも結構あるんですね…
- 193 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時17分11秒
- 「よっしー、見てみ。」
呆れるあたしに手渡されたのはこれまたネズミ印が入った書類。
中身は何だか履歴書みたいなかんじ。
松浦亜弥。高校一年。今春入学。
松浦コンツェルン社長令嬢…
えっ? そこまで読んだところで思わずびっくり。
松浦コンツェルンって超有名な会社じゃん。日本有数の金持ち企業じゃなかったっけ。
そんな金持ちのお嬢さんがウチの学校にいたなんて…
「ねえこれってマジであの松浦コンツェルン?」
「そや。」
「あのチョー金持ちの?」
「まーな。」
驚くあたしを見つめニヤニヤ顔。何がそんな楽しいんだよ。
「こんな情報集めてどうすんの、誘拐でもすんの?」
「誘拐はせん。割り合わんからな。」
「じゃあ何すんのさぁ。」
…だからあいぼんその笑顔コワイよ。
そして、じらすようにゆっくりと返された答え。
「まあ今回は決闘や。」
ほぇ?「ケットー?」
「そや決闘や。」
全く意味が分かりません。
- 194 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時18分49秒
- それから昨日の出来事について詳しく説明を受けた。だけど理解できたのは以下の3点のみ。
・企画部は松浦亜弥からケンカを申し込まれた。
・直接申し入れを受け入れたのはあたし。
・これから少し忙しくなるかも知れない。
ヲイあたし、何てことしてくれたんだよ…
「よっしーさっきの書類ちゃんと見たか?」
追い打ちを掛ける声。見てないよ2行くらいしか…
「この子、理事長推薦で入学してんねんで。」
「えっ? 理事長がウチの部つぶそうとしてるって事?」
「いや。そう言うわけやないやろけどな。少なくとも味方はしてくれへんやろな。」
「はぁ…」
確かにウチの部は目立つかも知れないけど、ここまで正面切って何か言われるのは初めて。
正直何が起こるのかも分からないけど、とにかく不安。何故って、ねえ。
「なんらかウキウキするれすね!」
「そやな!」
「後藤も初めてだから楽しみだぁー。」
「…わたしも実はドキドキしてます。」
「ひとみちゃん! 頑張ろうね!」
「………」
みんなものすごく浮かれてるし。
これは絶対ロクでもないことが起こる。悲しいけどきっと間違いない。…とほほ。
- 195 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時20分52秒
- 放課後、部室に柴田さんがやってきた。
柴田さんは生徒会長。でも目立ちたがりとか出しゃばりとか、そういうのとはまったく無縁。
普通の学校だったら、生徒会長なんて目立ちたがり屋の権化みたいなもんかも知んないけどね。
ウチの学園みたいにのんびりしたとこだと、
わざわざ生徒会なんか入って、人のために働こうなんて人間は極マレ。
柴田さんだって自ら進んでそうなったわけではない。
俗に言う"頼まれ生徒会長"って奴。
皆から頼りにされてるし、頼まれごとは断れない。
いわば生徒会長の称号は、有能さと人の良さの証し。
つまりキングオブいい人って感じ、いやクイーンオブいい人って言うのかな?
まあとにかくホントにいい人なんだ。ウチらもスゴクお世話になってる。
梨華ちゃんとも仲がいいし、別に来るの自体は珍しい事じゃない。だけど、今日はちょっと複雑。
「ゴメン梨華ちゃん。大変なことになっちゃったよ…」
何でも松浦亜弥の伝言係を頼まれてしまったそうで…
正式な宣戦布告。何故か仲よしの柴田さんから告げられるのね。
柴田さん、たまには断ることも覚えてください…
- 196 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時22分45秒
- 「これ見て。」柴田さんが一枚の紙を広げる。
ぞろぞろと集まってのぞき込む。みんなとても嬉しそうな顔。
何なんだろ。あたしもちょっとドキドキしてきた。
だけど文面は完全な肩空かし。書いてあったのはたったの2行。
『・一部室あたり月額八萬円の賃料を生徒会に納付すること。
・上記のものを除き、校内における生徒間での金銭のやりとりを禁ずる。』
意味不明。理事長のサインがあるのが怖いけど。
「何すか、これ?」
「校則に追加だって。松浦が理事長にかけあったの。」
ほぇ。校則ってそんな風に決まるもんなんかいな? 何故かみなあいぼんの顔色を伺う。
「ウチの部はエエわ、でも他の部どうすんねん。家賃とやら払うん無理やろ。」
柴田さんは申し訳なさそうに説明を続けた。
「それ以上に部費上げるから大丈夫って松浦は言ってた。でも企画部は今まで通りだって…」
ウチらは生徒会から一銭のお金ももらっていない。だからその分自由に振る舞ってこれた。
部費を上げてその分家賃を取る。露骨な企画部つぶし。
おまけにこれじゃ自由な立場どころか、収入まで断たれちゃう。
やっぱり自然とあいぼんに目がいってしまう。
- 197 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時24分10秒
- 「さよか。ウチは別に構わんで。お客さんがそれで困らんならな。」
あいぼんはやっぱり冷静だった。
「財閥のお嬢さんが考えつきそうなことや。てっぺんから物言って、自分は土俵に降りてけえへんのかいな。」
ただ、さっきまでの楽しそうな表情は完全に消えていた。
「つまらん。」
吐き捨てるようにそういうと、それ以上口を開くことはなかった。
みなにもしらけた雰囲気が漂う。冷たい沈黙が部室を包んだ。
しかしそれも一瞬のことだった。すぐさま乱暴に扉が開かれたから。
「ねえ! これ何!」
初めは園芸部のあさみさん。その後も次々と人が来る。あいぼんの言う"お客さん"たちが。
どうやらこの新校則、ウチの部だけじゃなくて全部活に告知されてたみたい。
いつの間にかまるで競りの日みたいな大騒ぎ。
部室は生徒会長による新校則説明会場に早変わりしてしまった。
「だから。少なくとも家賃分は部費の支給額上がるから大丈夫。」
柴田さん必死の説明。だけど会場はおさまらない。みながあいぼんに注目する。
- 198 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時27分57秒
- 「あいぼん! こんな校則みんなで無視しちゃおう!」
「加護ちゃん何とか言って! 企画部の人来てくんないとウチ困る。」
「ウチだってそう! 大会出るのに人数足んないもん。」
「ねぇ何とか言って! ねぇあいぼん!」
みなの声に促されるようにあいぼんが立ち上がった。スゴク楽しげな顔で。
まだ口を開いてもいないのに、みながその表情に安心する。もちろんあたしも。
言葉を待って静まりかえる一同。
「この校則は破らん。」
「あっちが降りてこん言うなら、むこうの土俵の上で戦ったろやないか。」
そう言って、ののと紺野にホワイトボードを借りてくるよう指示を出す。
ザワつく室内にさらに一言。
「まあみんなも落ち着いてや。茶くらい出すさかい。」
残されたあたし、梨華ちゃん、ごっちんは、お茶の準備に大わらわ。
みなにお茶が回って、不思議なまったりムードが漂い始めたところで、辻紺野ペアが帰ってきた。
「へい! 一番でっかいの借りてきたのれす!」
「よっしゃ、そんだら対策会議始めよか。」
- 199 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時30分35秒
- 対策会議は、不満点を汲み上げる所から始まった。
次々と出てくる発言を上手にさばきながら、ホワイトボードに整理していく。
「ホナもうエエか? また思いついたらすぐ言ってや。」
不満が出きったところで、腕組みしながらホワイトボードを眺める。
みながその発言に注目。しかし出てきたのは意外な言葉。
「結局みんな今まで通りがエエ言うことか? そりゃ無理やな。」
失望の色が会場全体を包む。そこでさらなる一言。
「この新校則守るんは大前提や。そんならいっそお金やめてまおか?」
お金いらない? あいぼんのセリフとは思えない。
真意をつかみかね、みなが首をひねる。
「なぁ、生徒会長さん。クーポン券はお金と違うやろ。」
急に話を振られた柴田さんは慌てながら答える。
「そりゃねえ。別モンでしょ。」
うんうんと、ゆっくりと頷くあいぼん。
「したらクーポンにしようや。みんな、どや?」
あいぼんの説明はこう。
競りをはじめ、今までお金を使っていたあらゆるやりとり。
それらをクーポン券でこなしてしまおうというもの。
これなら校則違反にはならないと。
- 200 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時32分26秒
- 「まぁウチらは手伝いに来てもらえれば良いんだけどさぁ。」
運動部の人たちなんかは、そんな雰囲気だったけど、やっぱり反対は出た。
口火をきったのは、あさみさん。
「待ってあいぼん。ウチら売り上げで肥料とか飼料買ってるんだよ。クーポンじゃ無理。」
それをきっかけに次々と疑問の声。
「最初どうすんの? クーポン買わなきゃいけないなら校則違反じゃん。」
確かに、もっともな話。
「クーポン集めても使えないんじゃ意味無くない? 企画部それでいいの?」
あたしもそれは気になった。せっかく働いてもクーポンじゃ夕飯の食材すら買えない。
こんな疑問予想済みだったのだろうか。あいぼんは落ち着いて聞いた。
「なぁみんな、今まで何にお金使ってたか教えてくれへん?」
「部のお金だけやなくて、お小遣いなんかも含めてや。」
これまた次々と膨大な使い道が上げられ、あいぼんはそれをホワイトボードで整理。
そして出きったところでまたも腕組み。
「これまた全部は無理かもしれんな。そやけど、どやろ。」
そして皆の方を振り返り続ける。
「購買部やそこらの商店街はもちろん、市内全部で使えるクーポン、ウチが作ったる。」
- 201 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時34分23秒
- 突飛な発言にみなが驚く。
「ホントなの? 市内全部で使えれば便利だけど。」
「ああホンマや。そやけど自販機なんかは無理やな。そこらは勘弁してや。」
自信満々なあいぼん。
「最初は? 最初はどうする?」
「まあ換金は商店街のおっちゃんらに頼もうや。ウチがしたら校則違反やからな。」
恐ろしいことなのだが、そんなの出来るの? その手の疑問がまったく出ない。
「したらクーポン制でええやろか?」
あいぼんの言葉にみなが頷いている。
"商いは信用が一番。"日頃何度も繰り返している言葉。
今日まで築き上げて来た信用。その堅牢さに驚くやらあきれるやら…
「したら詳細決まったらまた連絡するわ。」
「あいぼんヨロシクね!」
「頑張ってね!」
とにかくみんな納得して帰ってしまった。恐ろしいことだ。
急に寂しくなった部室に最後まで残っていたのは柴田さん。
「あいぼんゴメンね、迷惑かけちゃって。」
「エエねん。生徒会かてウチのお得意さんやんか。気にせんといてや。」
そして誰もいなくなった。
大量の湯飲みと、大きなホワイトボードを残して。
- 202 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時35分28秒
- 部屋の片づけをしながら、聞かずにはいられない。
「ねえ、あんな約束しちゃって大丈夫?」
「ウチが商売の約束破ったことあるか?」
コイツ即答。いや… ないけどさぁ。
「全市内だなんて、商工会議所にコネでもあんの?」
「ないで。たかだか13の乙女にそんなもんあるかいな。」
ヲイヲイ何が大丈夫なんだよ。ヤバイじゃんかよ。
商店街のおじさんたち位は協力してくれるだろうけど、市内全部なんて…
「でも大丈夫や。」
だからその自信は何? 何が大丈夫なんだよ…
「ねぇ、みんなぁ…」
助けを求めようと振り向いて、目に映る光景。
湯飲みを洗ってる梨華ちゃん。ホウキがけするごっちん。
スゴイよね。こんな非常識な状況でもみんな全然動じてない。
いや、でもね。あたしもあいぼんなら何とかしちゃいそうな気はするんだよね。
ホントにね… 何だかね…
「あいぼん、頑張ろうね。」
「そやな。」
こうやってみると小さな女の子でしかないんだけどなぁ…
- 203 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時37分40秒
- 部屋の片づけも終わって一段落。さっきまでの喧噪が嘘みたい。
ごっちんがのんびりと口を開き、みなに戦慄が走る。
「ご飯どうする? お米も炊いてないよぉ。」
「大変なのれす!」
「どうしよう!」
「えっ!」
…ウチの部にとっては夕食の方が大問題なんだね。完全にいつものペースだ。
「したら外行って食べようや。行きたいとこあるんや。」
結局あたしも企画部員。外食って聞くだけでワクワクしちゃう。
「が〜いしょく! が〜いしょく!」
みなと一緒に外食の大合唱。部長の決断を待つ。
「よしっ! 今日は外食行っちゃいましょう!」
部長とてもちろん乗り気。結局お外で食べることになりました。
みんなで仲良く街に出る。
「こっちやこっち。」あたしの手を引いて店への案内。とても無邪気なあいぼん。
ホントにこれはさっきまでのあの子なの? 不思議な感じです。
だけど手を引かれていった先。やっぱり同一人物だと思い知らされる。
「あいぼん… ここってお店?」
「ちゃうわ。飯喰う前に一仕事しときたいやんか。」
ニヤリとしながらのこの言葉。
「市内の話しやったらココで頼むのが一番やろ。」
…本気? あたしゃアンタが恐ろしい。
- 204 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時39分36秒
- 「まだおるやろ。大丈夫や。」
あいぼんはズカズカと中に入って行く。居るって誰が?
「市長や。」
ねえ、本気なの? 市長が中学生のガキの相手なんかするか?
「これは商談や、年齢なんて関係ないねん。」
本人はいたって本気みたい。市長室の灯りを確認して得意顔。
「やっぱまだ居ったな。」
そして何の躊躇もなく扉をノック。止めようにもそんな隙まったくなかった。
「市長さ〜ん。儲けばなしやで〜、開けたってや〜。」
あいぼんのかけ声には魔力でも宿ってるの? 何故だか扉が開いてしまう。
それも確かに驚きだけど、その日の驚きに際限はなかった。
扉の向こうのあの姿、不覚にも目があって石化してしまった。
「オッス!」
「ほら吉澤! 入り口でポケっとすんな!」
扉を開けてくれた市井さんに促されてようやく動けるようにはなったけど、この光景は何ですか?
市長の椅子に深く腰掛け、不敵に微笑んでいた人。
それは間違いなく保田さんでした。
- 205 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時42分02秒
- 「市井さんこんなとこで何やってんですか?」
問題の核心に触れる勇気がない。あえて遠くから聞いてみた。
「秘書。」
いまさら何聞くんだ? 市井さんはそんな口調。
「ってことは保田さんは?」
「市長。吉澤お前知らなかったのかよ。」
…ヤッパリそうなのね。
「知りませんでした…」
市役所勤務。それは繰り返し聞いていた。それすら信じちゃいなかった。
だけどこんな事になってるなんて、ウチの市は大丈夫なんか…
「で加護、儲け話って何なのっ?」
「ローカルマネーや。」市長と中学生は早くも商談を始めている。
マネー? あいぼんアンタさっきまでクーポンって言ってたじゃん。
「まあモノは方便や。」
悪びれずそう言うと、後はあいぼんの独壇場。
"ローカルマネー"特定地域だけで流通する貨幣のことだそうで…
国の法整備が完全ではない今こそ導入を急ぐべきだと、
地域振興・税金対策、次々とその利点が語られる。
そして決め手はこの一言。
「単位は円やなくてヤッスーにしたらええ、しかも保田さんの肖像入りで出すんや。」
「イイわねっ! 話し詰めるわよっ!」
思い切り食い付いた保田さん。ホントに大丈夫か、ウチの市は…
- 206 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時47分12秒
- 中学生と市長は細かくて複雑な打ち合わせ。
「後は二人に任せよう。」市井さんの言葉に甘え、ウチらは隣室へ。
「あたし知らなかったです… まさか市長だなんて。みんな知ってた?」
そして思い切り馬鹿にされる。
「よっすぃーはもの知らずれすね。」ここぞとばかり、ののの言葉が痛い。
「いつからなんですか?」
「半年前だよ。」
そうか…、それ以来市井さん忙しくなったんだね。でも未だに信じられない。
「ポスターとか見たことないですよ。っていうか保田さんの写真なんか貼ったら死人出るでしょ。」
市井さんは壁を指さす。
「顔写真は無理だった。印刷所に泣いて断られたから。だからほれ。」
壁には確かに見覚えのあるポスター。
一面の黒地の真ん中に真っ赤な"K"の文字。そして白抜きのロゴ。"帝国の建設"
アレって選挙ポスターだったのかよ…
「映画のポスターだとばかり思ってました…」
みんなは再度大爆笑。…とほほ。だけど、絶対こんなのおかしいよ。
映像は危険だって、新聞もテレビも顔流さないんだってさ…
しかも市長としての正式名は保田圭ではなく"K"だそうで…
あたしが知らなかったのも無理ないと思う。
- 207 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時49分46秒
- 「でもさぁ、圭ちゃん評判いいんでしょ?」
市井さんに甘えるようにしてごっちんが聞く。
「まーね。そこはほら、秘書の市井さんが有能だからね。」
「ひゅーひゅー。いちーちゃん言うねぇ。」
「でも圭ちゃんやっぱスゴイと思うよ。アレで結構細かいとこまで気づくしさ。」
照れながらもまんざらではなさそうな市井さん。そう言い残して、お茶菓子を取りに行ってしまった。
でも確かに、保田さんは見た目ほどには無茶苦茶じゃない。
人の苦労とか分かってあげられる人だし、弱者への配慮も忘れない。
しかも地道な積み重ねとか、そういうの全然苦にしない。
おまけに怪物並みの行動力。実際政治家向きなのかも… 顔と暴走癖を除けば…
そこでふと恐ろしいことを思い出してしまった。
さっき肖像入りで出すって言ってなかったか?
死人出るじゃん。間違いなく。
それを話したら、みんなの顔色が一気に変わる。
帰ってきた市井さんも、これまた即座に青ざめた。
「ヤバイよ止めなきゃ!」
…そうか、普段もこうやってブレーキ役に大忙しなんでしょうね。
- 208 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時52分05秒
- 青ざめて市長室へ戻ると、商談は無事成立したようで、二人ともスッキリとした顔をしていた。
「圭ちゃん! 肖像入れんのヤバクない?」
市井さんの必死の訴え。
「んまっ! 秘書の分際で失礼ねっ!」
保田さんは取り合わない。
「それ大丈夫や。ウチに考えあんねん。」
あいぼんは鉛筆と紙を要求。
すらすらと何かを書いたと思うと、市井さんに見せる。
「これなら死人は出んやろ。保田さんかて満足してくれるやろしな。」
「おお!」
市井さん、歓声を上げあいぼんと抱き合う。
何が書かれたのか、みなが我先にのぞき込む。
『( `.∀´)』
この肖像画ですか… 確かにいいとこついてるかも。
「加護! これイケテルっ!」
保田さんも思いっきり気に入ったみたいだしね。
とにかくクーポン作戦は大成功みたい。
印刷から流通基盤の整備まで、全部市で面倒見てくれるって事になったらしい。
あいぼん、さっきの今で公約果たしちゃったのね。
保田市長も怖いけど、あたしゃやっぱりアンタがコワイ。
- 209 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時53分24秒
- みなが一安心したところで甘えるようなごっちん。
「いちーちゃん。晩飯おごってよぉ。」
「そやな。ウチら今日はおごってもらう資格あるんとちゃうか。接待してや。」
あいぼんも便乗。そして一同"接待接待"の大合唱が始まる。
「せーったい! せーったい!」
何故か保田さんまで加わって。
「ったくしょーねー奴らだなー。」
市井さんもあきらめ顔。
「したらあと30分待ってな、仕事片づけてくっから。」
一同大歓声。市長"K"までみなにハイタッチして回ってる。
「圭ちゃん。明日もまだまだ仕事あんだからね。今日は酒無しだよ!」
「ちっ! 優しさに欠ける秘書だわねっ!」
一同今度は大爆笑。
ウチの市は市井さんで持ってるのかも、マジでそう思った。
とりあえずウチらは、隣の部屋で仕事が一段落するのを待つことに。
- 210 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)17時56分19秒
- 梨華ちゃんに頭をなでられ、「計算通りや。」と完全に得意気なあいぼん。
「保田さんの肖像じゃない方が良かったんじゃないの?」
「そうれす。名前らって、"ヤッスー"なんて変なのれす。」
「分かってへん、それはちゃうねん。」
あたしたちの茶々も全く気にかけない。
「なあ梨華ちゃん。もしお札の絵がよっしーだったらどうする?」
「えっ!それスゴイ嬉しいな! あたし絶対使わないでとっとく!」
ありがとね梨華ちゃん。あたしも梨華ちゃんの肖像入りだったら絶対使えないと思うよ。
と、そこで勝ち誇るあいぼん。
「ほらみいや。お金なんて流通せな意味ないねん。」
「保田さんの絵が入ってんねんで、みんなバンバン使うこと請け合いや。」
確かに… 保田さんが印刷されたもんをタンスにしまっときたくはないよね。
感心のため息を集めながらさらにだめ押し。
「おまけに偽造対策にもなるんや。保田さんの顔なんてみんな描きたないさかいな。」
「天下獲るために自前の貨幣持っとるんは絶対条件やさかい、前から考えとったんや。」
コイツは、ホントに底が見えない…
「でも学校では絶対にクーポン呼ばなあかんで! エエな?」
恐ろしい子だよ、まったく…
- 211 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)18時16分25秒
- その後「料亭」の合唱も空しく、ファミレスで接待を受けました。
どうやら市井さんの自腹みたい。バカ食いしたからそれでも大出費だったはず。感謝です。
そして件のクーポン券。
ゴールデンウィーク開けには流通が始まってしまいました。しかも完全に市内全域で。
正に保田市長の豪腕恐るべしといったところ。市内・学内ともに評判は上々みたい。
「今まで来なかった子も来てくれるからな。こっちが礼言いてえよ。」
闇換金を頼んだ商店街のおじさん達には、逆に感謝までされちゃう始末。
「今は1円=1ヤッスーやけど、そのうち絶対価値上がる。家賃分くらい楽勝でペイするで。」
あいぼんも、本当に嬉しそうだ。
とにかく変なクーポンが出回り始めた以外は変わりのない日々。
そんなある日の放課後、部室に突然松浦亜弥がやってきた。
「あなた方! 何で泣きついてこないんですか!」キンキン声で怒鳴ってる。
ずっとウチらの反応を待ってたんだろう。
あれから特に何のコンタクトもしなかったからなぁ。
結局じれて、自分で来ちゃったんだね。ちょっと可愛いかも。
- 212 名前:柳に風 投稿日:2002年11月20日(水)18時24分23秒
- 「高い家賃払ってんねんから、入るなら入場料とるで。金銭や無くてクーポンでやけどな。」
余裕でいなすあいぼん。
「空中ですからこれは入ったうちにはいりません!」
ムキになって怒鳴り返してる。空中ってアンタ、小学生?
最初はクソマジメな高入生かと思ってたけど、意外と雰囲気似てんじゃない?
梨華ちゃんと目を合わせ、二人のやりとりに笑ってしまう。
「とにかく私は諦めませんからね!」
「さよか。頑張ってな。」
ぷりぷりと帰って行く後ろ姿にあかんべーを送る。
「けったいな女やでまったく。」
お手上げのポーズで振り返ったあいぼんに、ごっちんが声をかけた。
「あの子も寂しいだけだと思うから、これからも遊んであげなね。」
「まあな。直接来るならいつでもケンカ上等や。」
そして部室に広がる笑いの輪。
松浦さんは気づいてるのかな?
ウチの学園の雰囲気に染まり始めちゃってるってこと。
「それに戦争は金になる。今回よう分かったわ。」
…むしろあたしゃこっちのガキの方が恐ろしいよ。
ホントの戦争は勘弁してね、頼むからさ。
とにかく今日も平和な一日。
まだまだ波風は立つかもしんないけど、何だかそれが待ち遠しい位です。
- 213 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月20日(水)18時26分17秒
- 更新しました。
それと法律とかつっこまれても分かりません。念のため。
- 214 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年11月20日(水)22時57分05秒
- えびちゃ丸 さま
更新お疲れさまです。
いや〜保田さんが市長ですか。そんな市に住みたいような住みたくないような...。
読んでて楽しくて楽しくて笑いが止まりません。
そこで、お願いがあるのですが、もしよろしかったらですが、こちらの小説を保存させていただいてよろしいでしょうか?
よろしくお願いいたします。
現在http://kuni0416.hp.infoseek.co.jp/text/index.htmlで保存しています。
- 215 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月24日(日)18時59分51秒
- 214>> ななしのよっすぃ〜 さん
各メンバーの設定は一応予定通りのもの、かなり無理はありますがお許し下さいませ。
それと保存の件ですが、こんな駄文でよろしければどんどんどうぞ。
誤字脱字含めて、読み返すとしんどい部分もありますが、もう公開済みのものですので。
正直何だか、今さら嬉し恥ずかしな感じです。
- 216 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時02分14秒
- 波乱など自ら望むものではない。放っておいても向こうから、憂鬱な季節はやってきた。
中間試験の到来。
目標はズバリ潤滑な進級。赤点を3科目以上とらなければそれでいい。
しかしこれがなかなかの難関。去年はずいぶん苦しめられた。
高校に入ったとたん、急に難しくなったんだもん。
おかげで受けたくもない補習をどれだけ受けさせられたことか…
何かと忙しい部活だから勉強するヒマがない。
それを言い訳にしたいんだけど、補習組はあたし一人。
創部以来初とのこと。中澤さんにもほとほと呆れられてしまった。
「今年はシャンとしてもらわなウチが恥ずかしい。」
鶴の一声で『補習回避 緊急プロジェクト』が結成。
仕事の減ってくる試験一週間前から、OGによる特別授業のシフトがみっちり組まれた。
今日はその初日、理系科目を教えに飯田さんがやってくる。
「いっぺんカテキョやってみたかったの!」
飯田さんは現役の大学院生。近くの国立大で天文学を専攻してる。
もちろん学力的には問題ない。だけどあの浮かれぶりは… 正直とても不安。
最近の天気と同じ、気分はしとしとの雨降り。部室に向かう足取りも重い。
- 217 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時03分52秒
- 部室に帰ると、既に飯田さんスタンバイ済み。
「まずは数学から行くよ。」
ズドンと参考書を積み上げる。わざわざ伊達めがねまで掛けて、ノリノリ女教師モード。
指示棒で座るよう促される。…指示棒なんて良く持ってますね。
「ハイ。よそ見しない!」
ノートすら開く前から、いきなりのお叱り。心なしか飯田さん楽しそう…
それよりよそ見するなって前に、勉強する環境じゃないと思うんですけど…
遠巻きにニヤニヤと辻加護の視線。気になって仕方ない。
「早く仕事行けよぉ。」
「今日はなーんにもありませーん。」
アカンベーをして、憎まれ口のユニゾン。
「お前らは勉強しなくていいのかよぉ。」
「試験勉強なんてせなあかんのアホだけや。」
「補習なんてありえねぇのれす。」
いまいましいガキども、あたしだって中学生の時は補習なんて受けてないよ。
でも今は、史上初の補習娘。… 言い返せない自分が悔しい。
「のんちゃんもあいぼんも邪魔しないの。」
「言うこと聞かないとお尻ペンペンしますよ。今日はよそで遊びなさい。」
「へーい。」
渋々ながら、ようやく部室を出て行った。
飯田さん、今ちょっと先生っぽかったです。…幼稚園のですけど。
- 218 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時05分42秒
- ともかく邪魔者もいなくなり、本格的に勉強の開始。
静かになった部室に、カリカリとシャーペンの音が響く。
といってもあたしの勉強はなかなか進まなかったけど。
この音は紺野と梨華ちゃんのもの。二人とも無言で集中してる。
耳を澄ませば遠くにごっちんの寝息。
ガキ二人がいないとホントに静かになるね…
「ぼんやりしない!」
そこでまたピシャリと指示棒で叩かれる。…とほほ。
「集中!」
そんなこと言われても何にも分かんないんだもん。
「アンタ石川の事ばっか見て勉強に集中してない!」
緊急の指示が飛び、部屋の隅に外を向いて座らされる。
「これで集中できるよね。」
完全に孤立。逃がれようのない飯田さんとのマンツーマン。
「あんた何点取りたいの?」
「40点です…」
「じゃあこの3パターンだけ完全にマスターしよう! うまくいけばもっと点とれるよ!」
「でも試験範囲こんないっぱいありますよ…」
「ウルサイ! かおりん先生が信用できないの?」
飯田さん、指示棒で頭叩くのは止めて下さい… 痛くはないけど悲しくなります。
「じゃあまず1パターン目、10回やってみよう!」
「はい。」
もう仕方がない。渋々命令に従う。
- 219 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時07分26秒
- だけどそれからの授業はとても分かりやすかった。
っていうか簡単な問題を繰り返しやらされただけだけど。
数学は基本さえ押さえれば50点は堅いとのこと。それで問題無いのだという。
「これ解いてみな。」
次に指示されたのはスゴク難しそうな問題。こりゃ無理です。
今まで簡単な問題解いてただけじゃん…
異議申し立ては無言で却下。仕方なく渋々と解いてみる。
あれ、意外といける?
全部はサスガに無理だけど、それでも途中までは解けるようになってた。
たった1時間でこんなの初めて。自分でも驚き。
思わず飯田さんを見上げると、頷きながら優しく微笑んでいた。
「飯田さん、ありがとうございます!」
あれ? お礼を言ったら表情一転。ものスゴク怖い顔でにらまれた。…なんで?
「先生と呼びなさい!」
そこがポイントでしたか…
「…ありがとうございます飯田先生。」
「がんばったね! エライエライ。」
今度は頭をなでなでしてくれました。満面の笑顔で。
続いて2パターン目突入。またもや簡単な問題の繰り返し。
だけどさっきまでとは違う。渋々じゃなくて真剣に取り組む。
- 220 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時08分33秒
- その様子に飯田さんも安心したみたい。
鉄壁のマンツーマンを崩して、紺野や梨華ちゃんにも出張指導。
ホントに飯田学習塾みたいな雰囲気。
それにしてもあたし、数学の才能有るんじゃない? 2パターン目も楽々クリア。
「よしよしその調子。」飯田さんの言葉が嬉しい。
集中できたから時間が飛ぶように過ぎてゆく。
「じゃぁ。ちょっと休憩しよっか。」
時計見たら、もう2時間も経っちゃってた。
こんなにまじめに勉強したの初めてかもしんない。
隔離から解放され、梨華ちゃんが煎れてくれたお茶を飲む。
「ひとみちゃん、はかどってる?」心配そうにのぞき込まれる。
「バッチリ!」
自信あり気な様子を見てホッとしてくれたみたい。梨華ちゃんも笑顔に。
「でも飯田さんホントに教えるの上手だよね。」
「うん。そぉーとぉーイケてる!」
「…わたしも、沢山教えて頂きありがとうございます。」
生徒三人の絶賛。
「だから、先生って呼びなさいって何度言わせるの!」
怒ったフリはしてるけど、飯田さんもまんざらではない様子。
「でも石川も紺野もよく勉強してるね、カオリ感心したよ。」
「わーい!飯田先生にほめられちゃった!」
「…恐縮です。」
「………」
- 221 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時10分50秒
- 飯田さーん、一人忘れてませんか?
ほら、窓際で熱心に勉強してたあの子。
たった数時間でみるみる実力UPしちゃったあの子ですよ。
あたしの熱い視線に気づいて、ようやくこっちを向いてくれた。
笑顔でさらりと残酷な一言。
「吉澤。あんたはもうちょっと頑張らなきゃね。」
…とほほ。何だよ何だよ。ここでも一人だけ仲間はずれかいな。
「でも飯田さん、あたしなんかよりののは良いんですか?」
ののには悪いが、一人おバカ扱いは寂しい。
あいぼんがスゴク勉強できるのは知ってる。でもののは絶対あたしの仲間だろ。
「高校入ったら補習組なっちゃうかもしれませんよ。」
おそるおそる言ってみた。
「ウルサイバカ! のんちゃんはいい子だから大丈夫なの!」
で、すかさず帰ってきた言葉がこれ。…いきなりバカ呼ばわりですか。
でもいい子と勉強は関係ないじゃんよぉ…
ウチの部でいつも思うこと。明らかにののは甘やかされてる。
中澤さんはじめ年上はもちろん、同学年のあいぼんまで激甘。
当然溺愛の最右翼は飯田さん。"のんちゃん至上主義"といっても過言ではない。
- 222 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時12分33秒
- あたしもののは大好きだけど、みんなちょっと行き過ぎ。
やっぱり少しは言っとかなきゃね。
「でもアイツ漢字とか全然書けませんよ…」
「吉澤。のんちゃんバカにしたら承知しないよ。」
うわ、ものすごい勢いでにらんでる。
じりじりと距離を詰められる。ものすごく怖い。
でもあたし今そんなに悪いこと言いましたか…
「…あの、少しよろしいでしょうか。」
そこで紺野が手を上げた。
ありがとね紺野。今アンタが口開いてくれなかったら、あたし確実に殺されてた。
「何なの紺野?」
不機嫌に振り向いた飯田さんに怯むことなく続ける。
「辻さんは大変頭がよいと思います。日頃体術を習うわたしが言うのですから完璧です。」
「優れた論理的思考の持ち主でなければ、あのような技を練り上げることは出来ません。」
「エライ紺野! アンタやっぱ分かってるね。」
がっちりと手を握り合う二人。
あれれ? 気づけば紺野までふくれっ面でにらんでません?
そうでしたそうでした。近頃じゃ紺野も甘やかし一派でしたね。…とほほ。
完全に追いつめられたあたし、梨華ちゃんに哀願の視線を送る。
- 223 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時13分54秒
- 「飯田さん! ひとみちゃんはののちゃんの悪口なんて言ってないです。」
「じゃあ何なの?」
「あのほら。ののちゃんが可愛いから、心配してるだけです。だよね?」
梨華ちゃん必死のフォロー。これにすがらなければ、あたしに明日はない。
「そうです!あまりに可愛いから。要らない心配までしちゃって…」
「ハハハ…」命がけの作り笑い。
「心配する気持ちは分かるけど、アンタやっぱりバカだねー。」
ようやく飯田さんも笑ってくれる。
「そうですよね、あたしバカ。嫌んなっちゃうなー、もう。」
バカバカ言われるのは悲しいけど、殺されるよりはまし。
「のんちゃんは絶対補習組なんかになんないもん。」
「ハハハ… そうですよね。ののいい子ですもんね。」
気を抜いちゃイケナイ。話し合わせなきゃ。
「もちろんそれもあるけどね。何よりのんちゃんは特待生だからね。」
「ハハハ… そうですよね。特待生ですもんね。」
「!?」
「えっ? 特待生?」
「そうだよ。だから補習なんて受ける必要ないの。」
- 224 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時15分23秒
- 何だそりゃ、ののが特待生だと? そんな話し聞いたこと無いよ。
私立にはありがちな話しだけど、ウチの場合成績上位3名までが特待生。
確か授業料が免除されるんじゃなかった?
あたしにゃまったく縁がないから良く知らんけど…
「のののののってそんなに成績良いんですか?」
驚きのあまりうまく言葉が出ない。
飯田さんは落ち着いて笑ってるけど。特待生なんてスゴイじゃんか。
「まー成績そんな良くはないけどさ。でものんちゃん特待生だよ。」
むむ? 成績良くないだと。何か話しが違わないかい?
でも確かに、ののの成績がそんなにいいはず無い。ってことは?
そうだ。冷静に考えれば、特待生は勉強だけじゃない。
スポーツとか"一芸"って言うの? そっちの特待生もあった。
それだったら成績悪くたって特待生。おまけに赤点とっても補習なし。ありえる話しだ。
「格闘技か何かですか?」
「違ーう。のんちゃんそんな、おてんばさんじゃなーい。」
その大きな瞳は飾り物? でも今そこにつっこんでるヒマはない。
のののスゴイとこ、他に何あった?
「分かった! 大食いの特待生でしょ!」
またもやジロリとにらまれた。
- 225 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時17分05秒
- 「吉澤! アンタやっぱのんちゃんバカにしてない?」
ヤバイ雲行き怪しくなってきた。何の特待生かマジで知りたいだけなのに。
「ホント知らないんです。教えて下さいよー。」
返ってきた答えは。思い切り予想外のものだった。
「音楽。ピアノだよ。」
ピアノだと? 信じられない。
「でもピアノ弾いてるとこ見たことないですよ。」
「そりゃそうだよ。のんちゃんピアノ弾けないもん。」
「ピアノの特待生なんですよね?」
「そうだよ。」
どういう事ですか? それで理解しろと?
もっと説明して下さい飯田先生。繰り返しお願いして、ようやく話しを聞かせてもらえた。
ただし交信モードで。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あるところにのんちゃんという女の子がいました。
のんちゃんは、とっても可愛くてとっても優しい女の子。
神さまは、そんなのんちゃんのことが大好きでした。
だから神さまは、のんちゃんに沢山の才能をプレゼントしてくれましたとさ。
おしまい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「分かった? つまりそう言うこと。」
「…分かりません。」
「ホントに分かんないの?」
「はい。」
「吉澤アンタやっぱりバカだね。」
…とほほ。
- 226 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時19分10秒
- 「しょうがないわね。まったく…」
それからの説明は、ある意味交信モードより驚きだった。
何でもののは、奇跡のピアニストとして有名だったらしい。
特別なレッスンを積んだというわけではなく、生まれながらのピアノ弾き。
楽譜も読まず、ただ心のまま鍵盤と戯れる。
決して技巧的ではない。だが聞く者の心に明るく灯をともす。そんなあたたかな音楽。
みながその才を認め、その成長を心待ちにした。
決して当時のののに何かが足りなかったというわけではない。
ただ、世界中のみなが知っていた。
少女の小さな指が成長し、一つ隣のキーに届くようになるたび、
奇跡と呼ぶ他ない旋律が生まれ、新たな音楽の扉が開かれていくことを。
いつしか少女が、全ての鍵と戯れる日が来る。
それは音楽にとり、新たな世紀の到来を告げるものとなる。
みながその日を信じ、成長を心待ちにしていた。
…本当でつか?
「普通、天才だー!とか何とか、マスコミ大騒ぎでしょ。」
「はい。」
「でもね、のんちゃんは特別。みんなで優しく見守ってたの。」
「みんなのんちゃんが大好きだったんだろうね。」
「カオリものんちゃんのピアノだーい好き。」
「………」
- 227 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時20分52秒
- 「でもさっきピアノ弾けないって言ってませんでした?」
「うん。そうだよ。」
「??」
しかし少女に悲劇が起きた。
いわば、神に愛されすぎたが故の悲劇。
みなが待ちわびた少女の成長。それはある日、ピアノすらも越えてしまった。
「のんちゃんの腕力に耐えるピアノが存在しなくなっちゃったんだ。」
「!!」
ののが無心でピアノと戯れるとき、それはつまり、腕力が全開に解き放たれるとき…
神の与え給うた剛力。岩をも砕くバカ力。
確かに、そんなに頑丈なピアノあるはずもない。
「ウチの理事長音楽好きじゃん、才能無いくせに。」
「…はい。」
「きっと、のんちゃんの音楽が忘れられないんだと思う。だからずーっと特待生のまんま。」
「だからのんちゃんは補習組なんかならないの。分かった?」
「…はい。」
「弾けなくなったのって、いつくらいからですか?」
「うーん。多分小学校2・3年じゃなかったかな?」
「………」
「石川は聞いたことあったっけ?」
「何度かあります。私もののちゃんのピアノ大好きですよ。」
「…わたしも聞いてみたかったです。…残念です。」
「大丈夫! いつか頑丈なピアノが出来るって!」
- 228 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時22分09秒
- みんなはそんな話しで盛り上がってたけど、あたし全然違うこと考えてた。
多分レベルが違う話なんだろうけど、あたしがバレー部を辞めた時のこと。
大好きなバレーボールが二度と出来ない。
自分から辞めるなんて言い出したくせに、あたしはかなり落ち込んだ。
ホントに落ち込んだ…
ののは違う。
止めたいなんて考えたこと、ホンのちょっとだって無いだろう。
それなのに神さまから音楽を奪われたんだ。強引に、しかも突然に。
ちっちゃな、10歳にもならない女の子が…
神さまのバカヤロウ! 何度繰り返しても、ののに音楽は帰ってこない。
こんなとき、誰を恨めばいいんだろう。どれだけの涙を流せば…
先輩方がののに甘いわけ、何だか少し分かる気がした。
「でもほら、他の楽器だってあるじゃないですか!」
「吉澤。アンタなに涙目になってんの?」
「だってヒドすぎます。」
気づけばあたしは完全に涙目。いや。ボロボロ泣き崩れていた。
小さなののに降りかかった想像もつかない絶望。
あたしに何がしてやれるって言うの?
- 229 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時24分14秒
- 「他の楽器は興味ないみたい。練習すれば上手になるとは思うけど、そういうのってやっぱ違うでしょ。」
分かってるんです。自然にこぼれ出すあたたかな旋律。
それは練習で積み上げるものじゃない。
他の何かなんかじゃ、代わりになんてなるはずがない。
それでも何か言わずにはいられない。
出来ることなんて何もない、それは分かってるのに。
「楽器ダメならうた歌ったって良いわけだし!」
梨華ちゃんの胸に顔を埋め、あたしの涙は止まらなかった。
飯田さんが笑いながら言う。
「吉澤。アンタやっぱりバカだね。」
「バカがどうかなんて関係ないです!」
笑われたって関係ない。あたしは飯田さんをにらみつける。
「吉澤はバカ。ホントにバカ。」
そう言った飯田さんは、とても優しい顔をしてた。まるでマリア様みたいな。
「だけどとっても優しいバカだ。」
「カオの話ちゃんと聞いてた?」
あたしの目を見つめ、ゆっくりと続ける。
「のんちゃんは、神さまからいっぱいの贈り物をもらったの。」
「ピアノなんて、そのウチの一つでしかないんだから。」
- 230 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時25分59秒
- ののがピアノを弾けなくなるかもしれない。
そんな噂が流れ、世間は大騒ぎになったという。
でも本人はいたって暢気。「ピアノは弱っちいのれす。」笑ってそう言ったそうだ。
ののにとってピアノはおもちゃの一つに過ぎなかった。
ピアノで遊ぶには大きくなりすぎた。ただそれだけのこと。
だが周囲の反応は違う。
何かのホールの落成式の時だそうだ。
真っ二つに崩れ落ちた新品のピアノ。
紛れもない現実を目前に、みなの不安は確信に変わる。
もうこの子のピアノを聞くことが出来ない。
あまりに残酷な神の仕打ちに、誰もが言葉を失った。
自分を見つめ、ただ押し黙る大人達。
ののは人の気持ちが分からない子じゃない。
理由は分からないにせよ、いけない事をしてしまったと感じたのだろう。
次第にののの表情も寂しく曇る。
あとは悲しみの連鎖反応。誰が悪いわけでもない。
ますます声を失う会場。それを見てますます沈むのの。
重たい空気に押しつぶされ、喘ぐようにみなが口をつぐむ。
「なんやののアフォやな。ピアノ高いねんで。」
朗らかにそう言ったあいぼんを除いては。
「てへへ。すまねーのれす。」
そしてののに笑顔が戻った。
- 231 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時27分46秒
- 「カオリね。あいぼんにはスゴク感謝してる。」
飯田さんは静かに言った。
奇跡と称えられたピアノ。
いつも隣にいた二人。一番近くで、誰よりも繰り返し奇跡と接してきたあいぼん。
神さまがピアノを奪った日。もしかしたら笑顔まで奪われるかも知れなかったその日。
ののの笑顔を守ったのは、ののの音楽を一番愛していたはずのあいぼんだった。
「かわいそうでかわいそうでカオリ涙が止まらなかったの。」
「でもそんな泣き顔のんちゃんに見せるわけに行かないでしょ。だから一人で会場の隅に居たんだ。」
そこにやってきたのが、ちいさなあいぼん。
「ののが飯田さん探しとる。そば行ったってや。」
それでも飯田さんの涙は止まらなかった。
「ののが笑ろてんねんで。ピアノ位いつか何とかなるやろ。」
あいぼんは涙をこらえながら言ったそうだ。
「飯田さんがそんな顔しとったらののが不安になるやんか。」
「なあ、笑ろてや。」
小さなあいぼんの精一杯の笑顔。
この子達は自分が守らなければ、二人の前では「もう泣かない」。
飯田さんは心に誓ったのだという。
- 232 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時29分45秒
- 「神さまがのんちゃんにくれた贈り物。きっと一番はあの笑顔だもんね。」
そう言って笑う飯田さんは、ホントに聖母さまみたいだった。
それから続いて唐突に「カオリが神さまからもらった贈り物」講座が始まった。
思い切り交信モード入ってて、ほとんど理解できなかったけど。
ののの笑顔も、あいぼんの優しさも、全部飯田さんが神さまからもらった贈り物だそうです。
おまけに企画部のみんなも飯田さんへの贈り物だとのこと。
だからあたし達は常に感謝を忘れてはイケナイらしい。
って神さまに? 飯田さんに?
「もちろんカオリも感謝してる。みんなにも神さまにも。」照れのない優しい微笑み。
飯田さんはこういうことサラリと真剣に言えるからスゴイと思う。
かえってこっちが気恥ずかしくなっちゃう。
「みんなありがとね。」
ずっとそのままでもいたいような気もしたけど、ちょっと聞いてみた。
「それじゃ飯田さんがもらった一番の贈り物って何ですか?」
- 233 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時31分15秒
- 「のんちゃんに決まってるじゃない。」
もち即答。何聞くの? ってな具合。
そうでしたね。サスガ"のんちゃん至上主義"
「カオリ決めたの。もしのんちゃんの笑顔を奪おうってなら、神さまだって許さない。」
これまた真剣なお顔でおっしゃる…
サラリと神さま向こうに回してケンカ上等宣言。
あたしは不謹慎なのでしょうか。
神さまのお尻を叩いて叱る飯田さんの画が浮かんで、思わず吹き出してしまう。
「何笑ってんの。」
「いえ、別に。」
しばらく不思議そうに見ていた飯田さん。
「そうだ! カオリケーキ買ってきてたんだ。」
これまた突然ですこと…
「あの二人も呼んどいで。」
"のんちゃん"の大好きなイチゴケーキ、調達してきて下さったそうです。
ちなみにあたしだって大好きですがね。
- 234 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時32分54秒
- 「そんじゃ吉澤。早く探してきて。」
「はーい。」
部室の外に出る。雨足が強くなっているみたい。
あの二人どこに行ったのかな?
この雨の中、サスガに外って事はないだろう。
だったらきっと、中澤さんか平家さんあたりからかって遊んでるに違いない。職員室へ向かう。
「すみません。ウチのガキども来てません?」
職員室にはぽつんと平家さんの姿。
「知らんな。どないしたん?」
「いえ、探してるんですけど見つからないもんで。」
「またかいな。ホンマあのガキどもは鉄砲玉やな。」
平家さんは苦笑混じりに言った。
「そや。これ運ぶん手伝ってくれへん? したらウチも探すん手伝うよ。」
脇には大量の資料の山。また貯め込んだんですね。かなり重そう。
それでも一人で探すよりはましか。
「運んだら、見つかるまで付き合ってくださいよ。」
「わかったわかった。助かるわー。」
交渉成立。二人で資料を山分けして運ぶ。
「いつもスマンな。」
「いいえ。」
実はあたしには、もう一つの狙いがあった。
そう。ちょっとさっきの話を確かめてみたかった。
- 235 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時38分05秒
- 平家さんは音楽の先生。
声楽のプロを目指してたとかで、留学経験まであるらしい。
飯田さんの言葉が嘘だとは思わないけど、やっぱり"のんちゃん至上主義"だもんね。
のののピアノがどの位のものだったか、ここは専門家の意見も聞いておきたいところ。
でも答えはあっけないもの。
「アレはホンマ奇跡やね。」
平家さんは遠くを見ながら続ける。
「ウチにあの千分の一でも才能あったらなぁ…」
平家さんがそんなこと言うなんて…
驚きの視線に気づいてか、ごまかすように明るく笑った。
「そやけどみんなの猫っ可愛がりな。ピアノとか全く関係ないで。」
「特にカオリ。ありゃ完全に病気やな。」
「そうですよねぇ。」
「なんや。吉澤かて人のこと言えんぞ。辻には甘々やんか。」
…言われてみればそうかもね。ちと苦笑。
それからはしばらく、二人とも無言。
何かしんみりしちゃったのもあったけど、実際荷物が重すぎた。
「こまめに整理しましょうよ…」
「スマンスマン。これからは気ぃつけるわ。」
「そのセリフ前にも聞きました。」
「そりゃスマンなぁ。」
全く反省のない笑顔。
まったくあたしの周りには、憎めない笑顔が多すぎる。
- 236 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時39分49秒
- 階段を上る途中、虹が架かってるのが見えた。
お天気雨というやつだろう。雨はまだ降り続いている。
「きれいですね。」
平家さんとその光景に見とれる。
こんなに近くで虹を見るのは初めて。
虹は七色だって言うけど、あれは絶対嘘だと思った。
その日の虹は、とても大きくて、沢山の色にあふれてた。
ののの話をしてたからかな? 何だか不思議と美味しそうに思えた。
それからこんな事言ったらみんなにバカにされそうだけど、
輝きの一つ一つに、梨華ちゃんの笑顔が詰まってるみたい。
そんな優しい光。
信じられないような美しい光景。
ぼんやりと立ちつくすあたしを、突如雷鳴のような轟音が襲う。
「グヮラ!グヮラ ガシャーン!!」
虹消えた? それどころの騒ぎじゃない。辺りの光景は一転。
お天気雨って思ってたのは気のせい? 太陽なんて見る影もない。
何起きたの? 理解できないでいるあたし。
隣で平家さんが絞り出すようにうめく。
「またやりおった…」
「資料頼んだで!」
言うが早いか資料をあたしに預け、猛ダッシュで音楽室に駆けていった。
- 237 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時41分49秒
- 重たい荷物に喘ぎながら音楽室に到着。信じられない光景に言葉を失う。
見事に真っ二つに割れたピアノ。初めて見たよ…
「オドレら! 年1ペースでピアノ割るアフォがどこにおるんじゃ!」
見事に壊れたピアノの前でうなだれる少女たち。怒鳴り散らす教師。
あまりに意味不明な構図。どんな名探偵もこの関係を説明は出来まい…
つーか出来たところで誰も信じないよ。
シュンとしてお説教を受けていた二人。だけどその神妙さも1分と持たなかった。
「ワタシ ニホンゴ ワカリマセーン。」
「エイゴ ツカテクダサーイ。」
「な、なんや?」
小悪魔二匹、突如インチキ外人モード。
あっけにとられる平家さんを置き去りに、笑顔で部屋を飛び出していった。
「堪忍なー!」
「ごめんなのれす!」
「ヌカったわ!」残された平家さんは軽く舌打ち。だけど意外と冷静なのが不思議。
「年1って、そんなによくあるんですか?」
「まあ、しゃあないやろ。」さばさばと力無く笑っていた。
雨が降り、外で遊べない事が続くこんな時期。
わずかな油断の隙をつき、退屈した二匹の悪魔がピアノで遊びに来るのだという。
梅雨の初まりを告げる風物詩だそうで…
- 238 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時43分23秒
- 「壊すのエエから、弾くとき呼べ言うてるんやけどなぁ…」
「まあちょっと聴けたし、怪我もなかったみたいやし、今年はヨカッタヨカッタやな。」
…なんか論点ずれてるし。
何から驚いていいかも分からない非常識事態。
さっき見た虹の余韻。そして転がるピアノの残骸。やたらと鮮やかで圧倒的。
「片づけ手伝ってな。」
「…はい。」
平家さんは鼻歌交じりにホウキがけ。
「参ったなぁ。どないしよ。」
何度もそう繰り返してたけど、明らかに嬉しそう。
「びっくりしたやろ。」
「…はい。いろんな意味で。」
細かい破片以外は業者に任すとのこと、作業自体はすぐ終わった。
「あの… ホントにスミマセンでした。」
謝るあたしに、平家さんは心からの笑顔。
「ウチあの子達の音楽の先生やねんで。」
「もちろんウチが育てたわけやない。それでもこんな嬉しいこと無いわ。」
ピアノ壊されて喜んでる音楽教師初めて見た。
まあ真っ二つに壊れてるとこ見たの自体初めてだけどさ。
「いつか頑丈なピアノ出来るといいですね。」
「そやな。でも困ったな、どないしよ。」おどけながら笑う平家さん。
奇跡の音楽なんて、こんな暢気な先生がいなけりゃ生まれないのかもね。
- 239 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時45分00秒
- 部室に戻ると、すでに辻加護の姿があった。
「帰るの遅いから先に食べてるよ。」そしてつれない飯田さんの言葉。
小悪魔達は早くも鼻の頭に生クリームをつけケンカの真っ最中。
「のののれす!」「ウチのや!」
どうやらケーキの分け前争いのよう。
って、人数分買ってきたって言ってなかった?
「お前らそれあたしのケーキだろ!」
異議申し立てに急遽ニセ外人に変身。
「ニホンゴ ゼンゼン ワカリマセン。」
「アナタ ダメナ ニホンジンネ。」
もう何を言っても聞きゃしない。
「ひとみちゃん、私の分けたげるから。」
「よしこ、後藤のもちょっとあげるよ。」
…とほほ、かたじけない。
まったくガキども、誰のために帰るの遅くなったと思ってんだよ。
まあ、奇跡の音楽がケーキで聴けたんだから安いモンだけどさ。
「お前らちゃんと紺野も入れて3人で分けんだぞ!」
「それからケンカすんな!」
「はーい!」
すぐさま声を揃えてよい子のお返事。天使の笑顔。
3秒後にはてっぺんのイチゴ誰取るかで言い争い始めてたけど。
- 240 名前:神さまの贈り物 投稿日:2002年11月24日(日)19時50分00秒
- 「先着順れすから、イチゴはののがもらいます。」
「そんなんズルいで。クジ引いて決めようや。」
「…あの。手裏剣の的当て競争で決めるのはどうでしょう。」
「ウワッ、忍者が何か抜かしとるわ。」
「それなら腕相撲できめるのれす。」
「アカンアカン。ウチまだ死にとうない。」
必死で言い争う3人を優しく見守っていた飯田さん。おもむろに立ち上がる。
「もーらい!」
突如イチゴ戦争に参戦。ちびっ子たちの頭越し、鮮やかにイチゴを食べてしまった。
あまりの出来事に三人とも茫然としてる。
「やっぱり奪ったイチゴは最高だね。」
高らかに勝利宣言。 …真顔でおっしゃることですか?
そしてみんなの大爆笑。お子様たちまで腹を抱えて笑ってる。
確かにみんな神さまの贈り物なのかもしれない。
「飯田さんったらおかしいね。」
あたしの腕をバンバン叩きながら笑う梨華ちゃん。
少なくともこの笑顔は、あたしへの神さまの贈り物。もちろん一番の。
恥ずかしくて口には出せないけどさ。
神さま。この世にケーキがある限り、飯田さんからお尻ペンペンされないで済みそうですよ。
みんなの笑い声に包まれて、あたしはぼんやりとそんなこと考えていたのでした。
- 241 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年11月24日(日)19時50分36秒
- 更新しました。
- 242 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2002年11月24日(日)21時21分50秒
- 215>> えびちゃ丸 さま
保存の承諾いただきありがとうございます。
さっそく、今回更新分までHTML化しました。
更新スピードに負けないよう頑張って保存します。
http://kuni0416.hp.infoseek.co.jp/text/index.html
奇跡のピアノ、聴いて見たいですよ!
よっすぃ〜はアフォ〜だけど優しい子です。
はじめは利口そうだったんですけどね。(笑)
最近はすっかりアフォ〜キャラが定着しましたね。
ちょっと昔を思いだしちゃいました。
>>アメリカ合衆国の大統領は?
(o^〜^)>>『ソビエト』
最高でした。
では、次の更新も楽しみに待ってます!
- 243 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月25日(月)01時14分36秒
- そうか、何回でも言わせたいのだな?
あんた最高だよーーーーー!
回を増すごとにメンバーそれぞれの人間性がわかって
非常に興味深い小説に。おまけに爽やかな気持ちにもさせてもらえる。
いやいや、いつまでもいつまでも読んでたい。
次にも期待っす!
- 244 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年12月12日(木)03時39分20秒
- 間が空いてしまいましたが、まずはレスのお礼です。
いつもどうもありがとうございます。
>>242ななしのよっすぃ〜さん
メンバーからアフォ呼ばわりされて、腹立てたり、認めちゃったり、ムキになって反応する。
そんな”よっすぃ〜=アフォ”の構図が好きだったりします。
とりあえず悪意はない、ということで一つお許しを(w
>>243さん
はらはらドキドキの物語は書けないので、まったり読み流せるものが書けたらと思ってます。
常にマンネリ隣り合わせではありますが、そこらはやや諦めています。
これからも変わらず、おつき合い頂ければ幸いです。
- 245 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時45分02秒
- 『緊急プロジェクト』のおかげで赤点は無事回避。
ヨカッタヨカッタ先輩達に感謝。さてさてみんなにも報告を。
なんてこと思ってたら部室は大変なことになっていた。
あたしが試験勉強に集中した副作用。お子様たちが思い切り退屈していたのだ。
「かまえー。かまえー。」「あそべー。あそべー。」
辻加護は床に寝っ転がって大合唱。
それから紺野。無言でじっと物欲しげな顔するのも止めてね…
遊ばないと殺す。もしくは呪う。そんなムードで部室爆発寸前。
コイツらの相手すんのどれだけ大変か…
普段でも持て余し気味だってのに、ココまで気合い入ってると凄まじいぞ。こりゃ。
一人じゃどうにもならない、助っ人頼むよ。
そんな当前のお願いは、スマイルで完全にスルーされる。
「みーんなひとみちゃんを待ってたんだよ。」
「よしこ遊んでおやりよ。」
ねえ。何故にあたし限定? あたし企画部の子守番?
お子様たちの熱い視線。二人の意味ありげな笑顔。
ただいま企画部、完全に一致団結中。あたしだけ除いて。
こんなときはあきらめが肝心なんだよな。経験上。
悲しいけどイヤってほど思い知らされてるもんね…
「…わかったよ。遊びゃいいんだろ、遊びゃ。」
- 246 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時46分19秒
- 「やったー!」
根負けしたあたしに、みんな大喜び。
梨華ちゃん、ごっちん、辻、加護、紺野。何故か全員でハイタッチ。
…そうか。そういうことね。だんだん展開が読めてきた。
お子様たちだけじゃない、みなさん退屈なさってたのね。
こういうときウチの部でやる遊びといえば決まってる。分かっちゃいるけど聞いてみた。
「で、何して遊ぶ?」
「激しく缶けりー!」
お子様たちは声を合わせて叫ぶ。残りの二人も笑顔で頷いてる。ヤッパリそう来ましたか。
「激しく缶けり」いわば、缶けり界のバーリトゥードと考えてもらえば間違いない。
試験前に存在を知った紺野。
「修行にもってこいです! 是非参加させて下さい!」
興奮しながら言ってたもんね。
いつかこの日が来るとは思ってたけど、いきなり今日とは思わなかった。
ごっちんも梨華ちゃんも、これにはいつだって参加拒否。
だけど"大好き"だってんだからヒドい話し。
「かーんけり! かーんけり!」
気づけばごっちんや梨華ちゃんまで加わって缶けりコールが始まってしまった。
- 247 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時48分32秒
- この缶けり、缶を蹴るのは同じだけど、その課程があまりに自由。
だいたい反則は「窓を割ること」「他人を傷つけること」位のもの。
普通断っておくことか、これ?
矢口さんですら相当気が乗ってるときしかやろうとしなかった。
そう言えばどれだけ過酷なものか想像してもらえるだろう。
おまけに今日みたいな雨の日は、校舎内でやるもんだからなおさらタチが悪い。
「なぁよっしー、缶けりでええやろ。」甘え声のあいぼん。
「………」無言で見つめる紺野。
「勝つ自信がないなら、しっぽ巻いて逃げてもイイれすよ。」挑発的なのの。
まあ、あたしの答えは決まってるけどね。
実はあたしもこの缶けりは嫌いじゃない。つーか大好き。いざとなると一番熱いって評判です。
単純といえば単純なゲーム。あたしは必死で守るだけ。
何故か不動の不文律。いつでもあたしが鬼をやるって決まってる。
制限時間30分、缶を守り切れたらあたしの勝ち。そんなシンプルなところが性に合ってるのかも知れない。
「誰が逃げるって? 3人まとめてかかってきな!」
「よっしゃ! したらウチら放送かけてくるで!」
答えを聞いた3人は、大喜びで部室を飛び出していった。
- 248 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時49分37秒
- 「ひとみちゃん! 燃えてるね!」梨華ちゃんの熱い眼差し。
当たり前じゃん、今日は絶対勝つよ。声援に笑顔で応える。
今までだって矢口さん・辻・加護のトリオを向こうに、それなりの勝率を上げてきた。
矢口さんという司令塔を失った辻加護、それはただのガキでしかないって事を証明してみせる。
例え紺野が忍者だろうと、正直負ける気はしない。
"ピンポンパンポン"
あたしの闘志が沸点に達したところで、校内放送がかかった。
まあこれは一種の災害警報みたいなもの。いきなりやったら、あまりにも危険だから。
「へい。企画部よりお知らせなのれす。たらいまより、『激しく缶けり』を開催いたします。」
「ちょっと騒がしなるけど堪忍したってや。30分後開始やで。」
「…初参加で緊張しておりますが、わたしも全力で頑張ります。」
「応援よろしくなのれす。」
"ピンポンパンポン"
放送を終えたガキどもは、それぞれ缶を片手に帰ってくる。
「手加減しないよ。」
「のぞむところれす。」
早くも火花を散らしながら、缶が手渡される。
「じゃあ、行って来る!」
あたしは梨華ちゃんにウィンクを送りながら、急いで部室を出た。
- 249 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時50分37秒
- ここからが「激しく缶けり」の特殊なとこ。あたしは缶を好きなところに隠すことが出来る。
缶の数は蹴り手と同じ3つ。どこに隠すかが勝負の明暗を分ける。
今回はちょっとしたアイデアがある。
この前のピアノ真っ二つ事件以来、辻加護は音楽室を避けて通ってる。平家さんの恨めしげな泣き言のおかげだ。
一個を音楽室に隠しといて、二人をマークしとけば負けはないだろう。
まあ一応念のため、他の二個は音楽室から出来るだけ遠いとこに、これで完璧だね。
なるべく人に見られないように気をつけながら、手早く缶を置いて部室に戻った。
「もう置き直し出来ないよ。いい?」
「OK!」
念を押すコミッショナーのごっちん。あたしが頷いたのを確認すると、いつもの通りフニッと笑う。
「さてと。じゃあ準備は終了だ。あとは時間までお茶にしましょう。」
開始まであと15分。大概こんな感じでお茶を飲むことになる。
実はこの時間が意外と重要。隠した場所を巡って情報戦。
もちろん黙秘したっていんだけど、30分って時間は短いようで長い。
勝手知ったる校内をあらゆる手段を使って探すわけだから、ココでうまく攪乱しとかないとかなり不利になる。
- 250 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時51分23秒
- でもあたし、今日は完全黙秘するつもり。置いた場所完璧だから。
こんな時は何も言わない方がかえって効果的。
「ヒントぐらいええやろー。」「ズバリ教えろなのれす!」「…お願いします。」
絡みつきながら執拗に「教えろ」攻撃を繰り返すお子様たちを放置して、ただじっと梨華ちゃんを見る。
そう、これも作戦の一つ。梨華ちゃん見てれば、時間なんてすぐ経っちゃう。
これで余計なこと言ってネタバレする心配もない。完璧すぎる。
「あんまり見つめられると私恥ずかしいよ…」
顔を真っ赤にして上目遣いの梨華ちゃん。はっきり言って断然可愛い!
「ごめん、ちょっと協力して。しばらくこのままでいい?」
あたしの言葉に照れながらコクンと頷く。そんな仕草もやっぱり可愛いね。
「はーい。開始の時間だよー。」
ほれ見たことか、気づけば早くも開始を告げるごっちんの声。
「ちぇっ! けちんぼやな。」
舌打ちするお子様たち。何とでも言って下さい、全ては完全な勝利のため。
「い〜ち、に〜い、さ〜ん…」
あたしはすぐさま目をつぶって、百数え始めた。
- 251 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時52分27秒
- ……そして20分後の部室。
「いてて、もうちょっと優しくやってよぉ。」
治療を受けるあたしの姿がありました。
「ちゃんと消毒しないとダメなんだから。ガマンしなさい。」
不満の声など気にもせず、梨華ちゃんは嬉しそうにお説教。
「もーまったく、女の子がこんなに擦り傷作っちゃって。」
梨華ちゃんが缶けりを好きな訳はこれ。終了後に看護婦ごっこが出来るから。
傷だらけになるのはいつも同じだけど、とにかく今日は消毒剤がしみる。…とほほ
「もうウチらの敵やないな。」
「そうれすね。よっすぃーの時代はおしまいなのれす。」
遠巻きに得意気な辻加護が忌々しい。
「お前らに負けた訳じゃないぞ、活躍したの紺野じゃん。」
「ウチらかてちゃんと一個倒したやんな。」
「そうれすよ。れも紺野ちゃんは大活躍れした。」
「…ありがとうございます。お二人の指示のおかげです!完璧でした。」
言い返せない自分が悲しい、正直今日は完敗だった。
- 252 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時53分35秒
- 辻加護コンビをマークしてる間に、鮮やかにしてやられた。
紺野があれほどやるとは… 忍者恐るべし。
「アハッ、こりゃ最短記録だね。」
ごっちんの意地悪な笑顔。はしゃぐお子様たち。
結局一人も捕えられず、ものの10分で決着が付いてしまった。
音楽室は良いアイデアだと思ったんだけど、逆に思い切り見抜かれちゃった。悲しい誤算。
辻加護に唯一蹴られたのがここだというのだから救われない。
「でも、ののとあいぼんは反則ギリギリだったよ。」
「廊下で思いっきり人とぶつかってたじゃん。あの子ケガしてたらあたしの勝ちだぞ。」
あたしはせめてもの異議申し立て。
「覚えてませーん!」
即座に声を揃えて見事なお返事。憎たらしいったらありゃしない。
「覚えてないって、お前らなぁー」
まだまだ食い下がるあたしに、コミッショナー裁定が下った。
「よしこ、あきらめな。」
ごっちんがあたしの肩に手をおく。負け確定か、…とほほ。
お子様たちはその言葉にニンマリと微笑む。
「したら、やるべき事やってきてもらわんとな。」
そう。敗者には罰ゲームがまってる。っても缶けり中壊しちゃった箇所の修繕だけど。
- 253 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時54分20秒
- ウチのお子様たちが全力で駆け回る訳だから、あたりはしっちゃかめっちゃかの大騒ぎ。
壁が欠けたり戸が外れたり、缶けりより修理の方が時間がかかるから馬鹿にならない。
だけど今回は意外と楽かも。ホントに鮮やかにやられちゃったからあんま直すとこなさそう。
喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら…
ただこれは手間や時間の問題じゃない。プライドの問題。
お子様たちは、お尻をペンペン叩きながら「罰ゲーム」コールの真っ最中。…耐え難い屈辱。
「はいはい。行ってきますとも。」
とにかく孤独な、校舎修理の旅がはじまった。
結局今日の修理は一箇所、音楽室前の廊下だけだった。
壁にめり込んだ空き缶を取り出して、ヒビを塗り直せばそれでおしまい。
正直慣れちゃってるから、これ位だったら10分もあれば直せる。
多分そこらの建築屋さんと同じくらい優秀。自慢していいのか分かんないけどさ…
でもまたここでも大きな誤算。今日はそんなんばっかだ。
始めるまでかなり時間がかかっちゃった。
「なぁ頼むでホンマ。ウチも音楽室もボロボロや… もう堪忍したってや…」
平家さんの泣きに随分と付き合わされちゃったから。…とほほ、申し訳ありません。
- 254 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時55分16秒
- 「大変や思うけどガキどもの管理頼むな。アンタだけが頼りやねん。」
「ホントにすみませんでした。」
ますます泣きモードに拍車がかかる平家さんに頭を下げて、なんとか修理に取りかかるる。
ののが蹴ったから、思ってた以上に深くめり込んでる。取り出すだけでも一苦労。
「ふぅ。」
小さくため息をついたところで不意に後ろから声をかけられた。
「あの、何してるんだすか?」
聞き覚えのあるアクセント。振り返るとそこにいたのは、さっき廊下で辻加護がぶつかっちゃった子だった。
作業するあたしを不思議そうに見つめていた。
「うん、缶めり込んじゃったから。ちょっと壁の修理。」
…罰ゲームやらされてますとは言いたくない。でもまあこれでも嘘じゃないよね。
「缶って壁にめり込むもんなんだすか?」
「いや、普通はありえないと思うけど。あのお団子頭が蹴るとめり込むんだ。」
「!!」
随分驚いてるみたい、無理もないけど。これでもかって位目を丸くして、何か面白い。
ここでちょっとした好奇心。もっと驚いたらどんな顔するんだろ?
驚かせる材料ならまだまだある。音楽室を指さして、も一つおまけにサービス情報。
- 255 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時56分03秒
- 「あの子すっごい力持ちなんだよ。この前もピアノ軽〜く真っ二つ。」
「さっきもそれで平家先生にスゴク愚痴られちゃったよ。」
「………」
あたしの言葉に表情一転。完全に放心状態になっちゃった。
たしかに驚かせるつもりだったけど、こんな過敏に反応するなんて…
それにしても人間って、極限まで驚くと表情消えるんだね。
いやそんな悠長なこと言ってられる感じじゃない。ほんとに魂抜けちゃってるよ。
ちょっとしたイタズラのつもりだったのに。何か悪い事しちゃったな。
どうも今日のあたしは少しズレてる。さっきからずっと思い通りに事が運ばない。
何とか話題を変えないと、
「それよりさっきはケガなかった?」
「はい。ダイジョブでした。」
あたしのせめてもの問いかけに、うつろな瞳ままぶんぶんと首を振る。
「ホントごめんね。ウチのガキども、馬鹿力な上に視界狭いから。」
「いんだす、いんだす。ぼっと立ってたワタスが悪いんだす。」
「そんでは失礼するだす。」
相変わらず上の空でそう言い残して、フラフラおぼつかない足取りで去って行ってしまった。
- 256 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時57分01秒
- 一人取り残されたあたしは、少ししょんぼりと壁塗りの作業を続けた。
悪い事しちゃったな。ものすごく微妙な後味だけが残った。
ようやく部室に帰ると、ごっちん一人っきりでお出迎え。
ガキどもが大騒ぎだろうと思ってたから、これまた何だか拍子抜け。
「よしこお疲れ。結構時間かかったね。」
「うん。平家さんものすごく泣き入っちゃっててさ。」
「アハッ、まぁほら。みっちゃんはぼやくの仕事みたいなもんだから。」
無邪気なごっちんの笑顔、へこみ気味だっただけにホントに救われるね。話しながら向かいに腰掛ける。
「みんなは?」
「買い出し。さっき出てった。」
「そっか。」
「大はしゃぎだったよぉ。記録更新のお祝いだーって。」
「ちぇっ、何だかなぁ。」
悔しがるあたしを、にこにこと見守ってたごっちん。
「まぁ、雨の中喜んで買い出し行ってくれたんだから良いじゃん。」
そう言っていつも通りお茶を煎れてくれた。
二人きりの静かな部室。あたたかなお茶。ゆっくりと刻む時計の針。
ごっちんはのんびりと、あくびなんかしてる。
ちょっと気だるい雨の午後。ウチの部には良くある光景。
ようやく、いつものペースに戻って来れたって感じだ。
- 257 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時58分05秒
- 「どしたのよしこ?」
呼びかけられてふと我に返る。ごっちんが不思議そうな顔で見てた。
「何か珍しく真剣な顔してたよ。」
珍しく真剣? ちょっと引っかかる言い方だけど、確かに難しい顔してたかもしれない。
あたし、さっきの女の子のこと考えてた。
「うん。何かあたし今日、ダメだな〜と思ってさ。」
「記録更新されちゃったこと?」
「それもあるんだけどね。」
音楽室前での出来事をごっちんに話す。
「アハッ、普通ピアノ壊すなんて信じられないもんねぇ。」
「うん、それはあたしもそうだけどさ。魂ぬけたみたいに驚いてたから。」
「何か悪い事しちゃったな。」
あたしがつぶやくのを見守っていたごっちん。
「アハッ、そっか。」
「でもとりあえず、その子ケガなくて良かったじゃん。」
そう言って優しく笑った。
特に何を言ってくれるって訳でもない。だけどごっちんの笑顔にはいつも救われる。
これだっていつもと変わらない、ありふれた風景。
なのに、なんでだろう。今日のあたしはやっぱりおかしい。
いつも通りの穏やかなごっちんの笑顔に、突然に浮かんだ小さな疑問。
わけの分からないもやもやが、次第に大きく頭の中で渦巻き始める。
- 258 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)03時59分10秒
- いつも優しい笑顔であたしたちを見守ってくれるごっちん。
ウチの部のみんなは明らかに、そんなごっちんに一目置いてる。
崇拝者みたいな雰囲気な年少組はもちろん、あたしも梨華ちゃんもそう。
ものすごく頼りにしてるし、どこか特別だと思ってる。
だけどウチらのそんな特別に思う気持ちが、ごっちんを独りぼっちにしちゃってない?
何で突然そんなことが頭に浮かぶのかまったく解らないけど。
とにかくもう、そんな不安で頭がいっぱい。
今日の缶けりだってそうだ。ごっちんは絶対参加しない。
それが分かってるから、みんな誘おうとすらしない。
ごっちんだったら、楽勝でこなせるはずなのに。
買い出しもそうかもしれない。ごっちんは料理番。だから出来るだけウチらで行くようにしてる。
いつも「めんどくさ〜い。」って笑ってるけど、ホントは一緒に行きたいときだってあるんじゃないのかな。
あたし誘った方がいいのかな、いくら口ではめんどくさがってても、強引に引っ張ってったほうが。
市井さんが良くそうするたみたいに… どうしたらいいんだろう。ぐるぐると止まらない考え。
- 259 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)04時00分17秒
- 「よしこどしたの、ホントにおかしいよ?」
再度声をかけられて我に返る。心配そうにごっちんが見つめてた。
「ねぇごっちん、一つ質問していい?」
「んぁ、いいよ別に。でも、何か怖いねぇ。」
目をパチパチとさせながら、きっちりと座り直す。そんなに改まられても困るんだけど…
でも聞いてみるなら今しかない。何だかそんな気がした。
「あのさ、何でごっちんは缶けりやんないの? やっぱめんどくさい?」
あたし直接は聞けなかった。なんて聞いていいのか分かんないし。
ホントは、何を聞きたいのかさえよく分かってないんだもん。
ただ訳の分からない不安、何かを聞かずにはいられなかった。
そしてこれが、あたしのできた精一杯の質問。
「何だそんなことか。」
ごっちんはびっくりしたみたいな顔してたけど、笑って答えてくれた。
「違うよ、よしこ。」
「後藤はねぇ、笑ってるみんなを見てるのが好きなの。」
「多分ね。一番缶けり好きなの、わたしだと思う。」
のんびりと、でも一言一言しっかりとそう言って、静かに頷いた。
- 260 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)04時01分21秒
- 今日はどうも、勘違いばっかのあたし。だから、またこれも勘違いなのかも知れない。
だけどごっちんの笑顔は、あたしの疑問全部に答えてくれたみたいな気がした。
少なくともあたしのもやもやは、全部きれいに晴れてしまった。
「でもさぁ、たまには一緒にやろうよ。あたしのチームでさ。」
「まあ、このまま最短記録ずっと更新され続けるようなら考えても良いかな。」
「それは絶対ない。あたしあいつらにはもう負けないもん。」
「ほぅ。今日も始まる前はそんなこと言ってた気がするけどねぇ。」
そして二人で顔を見合わせて笑った。
それからあたしは一人反省会開始。ごっちんが笑いながら相づちを打つ。
「紺野は意外と手強かった。今度からしっかりマークしとかないと。」
「ほぅ。」
「次もまた音楽室ってのは意外といけるかも。平家さんには悪いけど。」
「あらら。」
のんびりとそんな事してるうちに、買い出しチームがご帰還。
部室はにわかに賑やかになる。
- 261 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)04時03分28秒
- 「よっしー弱すぎや。餃子でスタミナつけんとアカン。」
お気遣いどうも。今日のメニューは手作り餃子だそうです。
みんなでわいわいと餃子を作る。
「まあ次もウチらの勝ちは決まったようなもんやな。」
「うるさいなぁ、お前ら今度は見てろよー!」
「よっすぃーは口ばっかりれすからね。」
「…次回も頑張りたいと思います!」
言い争うあたしとお子様たち。梨華ちゃんとごっちんが笑いながら見てる。
そして山盛りの餃子が完成。いつも通りの賑やかな夕食が始まった。
お子様たちはホットプレートに群がって、争うように餃子を頬張る。
それにつられるように、あたしたちも驚くくらいのハイペース。
確かに缶けりのあとは普段の何倍も美味しく感じるんだよね。勝っても負けてもさ。
焼いても焼いても側からなくなる。常に焼きあがり待ち状態。
箸とお皿を握りしめ、みんな真剣にホットプレート見つめてる。
これでいいのか女子校生? かなり不思議な光景だ。
- 262 名前:缶けり 投稿日:2002年12月12日(木)04時09分12秒
- そんな中、真顔で紺野がつぶやいた。
「…勝利のあとのお食事は、格別のおいしさですね。」
「そやな!」「へい!」
ニヤニヤ顔のお子様たち、その後はイヤミったらしく美味しい美味しいを大連発。
…ちくしょう、お前ら何食っても美味しいって言うくせに。
今度は絶対に勝ったる。あたしは強く心に誓う。
でもホントに餃子が美味しかったのも確か。
あんなに沢山作ったはずのなのに、みんなでぺろりと平らげちゃった。
「もう食べられへん。」
「…苦しいです。」
お子様たちは、はち切れそうなお腹押さえながら寝っ転がってる。
ののなんて食べ過ぎで言葉も出ないみたい。
アンタたち何もそんなになるまで食べなくても…
とか言ってるあたしもかなりお腹苦しいけどね。寝っ転がって天井を見つめる。
あたしだけじゃない、梨華ちゃんもごっちんも横になる。
ただいま企画部、全員が消化活動に専念中。ホントにこれでいいのか女子校生?
ってまあ、これだって良くあると言えば良くある光景だけどさ。
ウチの部には。
だからそう。
この日がこのメンバーで缶けりできる最初で最後になるなんて、
その時は誰にも気付けるはずなかった。
- 263 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年12月12日(木)04時13分17秒
- とりあえず、今回更新ここまでです。
- 264 名前:ヒトシズク 投稿日:2002年12月12日(木)16時52分27秒
- お・・おもしろい!!!缶けり最後っ!?
今後どうなるんでしょう!?すごい楽しみです!!!
更新楽しみに待ってます!
- 265 名前:名無し香辛料 投稿日:2002年12月12日(木)21時52分35秒
- 相変わらず、面白いです。
企画部がやると、缶けりでさえもスケールがでかくなる(w
最後の文は意味深ですね…。一体誰が…。
更新、心待ちにしています。
- 266 名前:ミラコーな午後 投稿日:2002年12月30日(月)00時08分13秒
- 「あいぼんなんて だいっ嫌い!」
昼下がりの部室に響くののの声。
やれやれ。こりゃまたあいぼん荒れるなぁ。
みなが顔を見合わせたところで、信じられない歓喜の声が続いた。
「よう言った!! のの!!」
「やったーあいぼん!」
大はしゃぎの二人。
なにこれ? どーゆーこと?
ウチらが茫然と見つめる中、ののは満面の笑顔でガッツポーズ。
「うまれてはじめて"ら"がいえた!」
その言葉に、あいぼんは力無く肩を落とす。
「…あかん、のの。"だ"や。」
そしてもう二度と"だ"が言える日は来なかった。
- 267 名前:続・ミラコーな午後 投稿日:2002年12月30日(月)00時11分29秒
- 「"大好き"って言ってもらえば良かったじゃん。何も"大っ嫌い"じゃなくたってさぁ。」
「…せやけどな。」
あたしの疑問に、あいぼんは力無く笑う。
「統計的に望み薄やな、0/107328923やもん。」
「…そうですか。」
…あいぼん、あんたそれいつから数えてんの?…
「"だ"が付く言葉なんて他にもいっぱいあんじゃん。何も"大っ嫌い"じゃなくたってさぁ。」
「…せやけどな。」
あたしの疑問に、あいぼんは力無く笑う。
「"大好き・大嫌い・飯田さん"、のののボキャブラリーにはこれっきりやねん…」
「…そうですか。」
…のの、いつか保田さんの名前も覚えてあげてね…
- 268 名前:市のお仕事 1 投稿日:2002年12月30日(月)00時13分39秒
- いつもと同じ、のんびりとした昼下がり。
今日は、真っ昼間から保田先輩が遊びに来ています。
保田先輩は市長さん。せっかくですから少し"市のお仕事"についてお勉強をしてみましょう。
と言うお話。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「保田さん一つ伺いたいんですが…」
「何なの、吉澤?」
「この"市営金山"って何ですか…」
"市役所組織図"を見ながらのあたしの質問に、ニヤリと笑った保田さん。
「出るモンは出る! それだけの事よ!」
自信たっぷりに言い切った。
「…でも、ここらで金が出るなんて初耳なんですけど…」
「ヲホホ! 文句があるなら市長室までいらっしゃい! タプーリ説明したげるわよ!」
「…結構です。」
- 269 名前:市のお仕事 2 投稿日:2002年12月30日(月)00時15分53秒
- ちょっぴりクラクラしてしまった吉澤さんですが、浮かんだ疑問は早めに解いておくのが吉。
界隈きっての情報通、加護さんに質問をしてみることにしました。
というお話。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねえあいぼん、ここらホントに金なんて出るの?」
あたしの質問にニヤリと笑ったあいぼん。
「まあ地質的には出んやろな〜 地質的には。なぁ市長さん。」
意味ありげな視線を保田さんに送る。
「そうだったかもしれないわね。ヲホホホホ。」
そして笑みを交わし見つめ合う二人。
…ねえあいぼん、アンタもしかして一枚かんでる?
わたしの不安げな視線など気にせず、あいぼんは朗らかに続ける。
「よっしー覚えとき! 地面から出てくるっちゅうことは産直や。何かと好都合なんや!」
「……」
「まっ、出てくるモンはしゃあないやろ。もちろん細かいことは乙女の秘密やけどな!」
「……」
「ヲホホホホ、吉澤! 秘密を知りたければ市長室までいらっしゃい! タプーリ説明したげるわよ!」
「…結構です。」
…ねえあいぼん、お願い。それ秘密のままにしておいてね。
- 270 名前:市のお仕事 3 投稿日:2002年12月30日(月)00時17分39秒
- かなりクラクラしてしまった吉澤さんをよそに、市長と中学生は朗らかに話を続けているようです。
悲しいかな人の耳は、聞きたくない話しほど拾ってしまう。
というお話。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「加護、次は油田よ油田!」
「まぁ、焦らんとボチボチ行きましょうや。」
ジロリとにらみつける保田さんの視線など意にも介さず、あいぼんは続ける。
「オイルはメジャーが強いさかい、戦争ぶつにはあと半年はかかりまんなぁ。」
「分かった、半年後ね! キリキリ行くのよっ!」
「へいへい。」
そして意味ありげな笑みを交わし、見つめ合う二人。
…ねえあいぼん、半年って何? お願いだからもう少し待って…
- 271 名前:市長のお仕事 投稿日:2002年12月30日(月)00時22分36秒
- 心底クラクラしてしまった吉澤さん。
話しの輪から外れ、何とかこの過酷な現実からの逃避を試みます。
と言うお話。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
正直何も考えたくない。多分これって、普通の女子校生は聞いちゃいけない話しだと思う。
相変わらず悪魔のような微笑みを交わす二人から、こっそりと離れる。
「吉澤! あんた何昼間っから布団敷いてるわけ?」
だけどそんなあたしを、保田さんは見逃さなかった。
「いや。みんな夢オチにできないかなぁ… なんて。」
作り笑顔でとり繕って、それでも布団を敷く手は止めない。
とにかくこの状況から逃げなくちゃ。本能のレッドシグナルが告げている。
「吉澤!」
「…はい?」
何とか布団に潜り込んだあたしに、保田さんはとびきりの笑顔で一言。
「イイユメミロヨ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
…不思議と悪夢は見なかった。
ひたすら保田さんばかり出てくる夢を、悪夢と呼ばなければ、の話しだけど…
- 272 名前:えびちゃ丸 投稿日:2002年12月30日(月)00時47分43秒
- 間が空いてしまったので、保全代わりに小ネタです。
容量が限界に近いので、次回から引越す心づもりです。
次スレ立てて、まだここが残っていたら、移動先貼りたいと思ってます。
今回もレス下さった方どうもありがとうございました。
ちんたらペースながら、1スレ分続けて来られたのは皆さんのおかげです。
これからもよろしくお願いします。
余計な話
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
十回短編集にも投稿したので、時間のあるときにでも読んで頂ければ幸いです。
- 273 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年01月03日(金)07時06分12秒
- えびちゃ丸さま
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月26日(日)12時59分32秒
- ほぜむ
- 275 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年02月04日(火)21時12分12秒
- 更新を期待しつつ、保全!!
- 276 名前:えびちゃ丸 投稿日:2003年02月06日(木)22時22分52秒
- 保全ありがとうございました。
かなり間が空いてしまいましたが、新スレ立てました。
のんびりとではありますが、続きを書いていきたいと思っています。
よろしければ、そちらでも変わらずおつき合いいただければ幸いです。
金板:「うららかな午後2」
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