国民ニ非ザルコト

1 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月12日(火)19時18分03秒
めちゃめちゃ短編です。
森板にスレが立てられずここにきました。
許してください許してください。

ちょっと時代物です。
勉強不足なのであんまり深いところは突っ込まないで下さい(w
それからいしよしです。

ありえねぇよ!な展開になります。
2 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月12日(火)19時18分57秒

1941年12月8日の真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争。

『大東亜共栄圏』をスローガンに、戦争は激しさを増していった。

大人たちは戦争の為に一生懸命働いた。

女性は生活費を抑えてぎりぎりまで我慢していた。

子供たちは空いた腹を抱えて歯を食いしばっていた。

男性は軍隊に召集されて実際に戦地へ赴いた。

彼らは愛する家族と別れ、死の恐怖と直面した。

そして何百万、何千万もの人間が“お国の為に”命を落とした。

1942年6月のミッドウェー海戦での大敗北で戦局は一変した。

次第に不利となったが、政府は構わず戦争を押し進めた。

その結果、少年たちまでも戦地に行かねばならなくなったのである。

東京某区に、吉澤少年は住んでいた。
3 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月12日(火)19時20分31秒

吉澤は幼い頃に両親を失った。
4才の時、父は済南事件――第2次山東出兵における中国国民革命軍との武力衝突、済南城を占拠――で戦死。
母は何とか吉澤を育てていたが、風邪をこじらせ肺炎になり、栄養のあるものも薬もない中で死んでしまった。
当時の吉澤は7才であり、とても1人で生活できるような術は無い。
だから誰かに頼るしかなかった。
しかし、戦時中である。
1人でも家族が増えると生活が苦しくなるからといって、数少ない親戚にも引取りを拒否された。
普通なら泣いているのだが、吉澤は幼いながらも、いつも奥歯を噛み締めて冷静さを装っていた。
親戚に、
『お前みたいな子供なんか引き取れる余裕は無い』
と、どんなに冷たい目で言われようと、無表情で頷くだけだった。
この状況を見かねて、隣の石川家が手を差し伸べてくれた。
石川家の子供たちは3姉妹で、決して余裕のある状態ではなかった。
それでも吉澤を引き取ってくれた。
『うちにもやっと息子ができたな』
話が決まった時、石川家の父はそう言って喜んでいた。
4 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月12日(火)19時21分46秒

幼馴染ではあるが、石川家の3姉妹とは遊んだことが少なかった。
今もそうだが、この頃も男の子は男の子としか遊ばず、女の子と遊ぶことなどあまりない。
最初は吉澤が恥ずかしがって、3姉妹に話し掛けられても逃げてばっかりいた。
そして3姉妹の中では真ん中の梨華と年が近く、いちばんに仲良くなった。
少し抵抗はあったが、母親に甘えたがる年頃なので、養母にも素直に甘えた。
父親、というものをほとんど知らない吉澤は、養父にもよくなついた。
本当の親子のように、吉澤はいつも養父の膝の上に座っていた。
養父も吉澤が膝の上に座るのが気に入っていた。
食事の時までも座っていて、養母に行儀が悪いと怒られても、2人は全く気にしなかった。
だが、日を重ねるうち、なつきすぎて家族の誰かに1日中くっつくようになった。
養父が出かけている昼間は養母、養母が忙しい時には3姉妹の誰か、といった具合に。
しかし学校ではそんな素振りはちっとも見られず、しっかりしているらしい。
要するに吉澤はええかっこしぃなのだ。
相当な甘えん坊ぶりに困った両親は、吉澤と特に仲のいい梨華に頼み事をした。
たまたま梨華にくっついている時、梨華は頃合を見計って言った。
5 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月12日(火)19時22分53秒

『ね、ひーくん』
『なぁに?りかちゃん』
『ひーくんってだれかがそばにいないと、なんにもできないよね?』
この言葉に吉澤がムッとする。
『そんなことないもん』
『そぉ?ごはんもおとうさんがいないとたべられないじゃない』
『そんなことないもん!!』
『おかあさんがいないときがえもできないじゃない』
『そんなことないってば!!』
多少当たっているので、ムキになって吉澤が言い返す。
梨華は心の中で、しめた、と思った。
『じゃ、なんでもひとりでできるの?』
『できるよ。あたりまえじゃん』
『ふーん。ぜったい?』
『ぜったい!!』
『それならさ、ゆびきりげんまんしよ?』
『いいよ!!』
『ゆーびきーりげんまん、うっそついたら?』
『はりせんぼんのーます!!』
『ゆびきった!やくそくね』
『おう!!』
乗せられて約束をした以上、この日から吉澤は自立せざるを得なくなったのである。
6 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月12日(火)19時24分53秒
超短いですね。
短すぎる。
ごめんなさいごめんなさい。

でもここらへんで今日は失礼しまふ。

文句などなどお待ちしておりますです。
7 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年11月13日(水)17時02分39秒
えっ? 続き有りますよね?
8 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月14日(木)15時00分26秒
>ひとみんこさん
初スレありがとうございます。
ってか…初回の交信なのに短くってごめんなさい。
誤解をさせてしまいまして…。
いや、続きはあるんですけど…ええ。
すみません、逝ってきます。
9 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月14日(木)15時01分02秒

吉澤が11才になった年。
外で遊んでいると、町役場の人が吉澤に近づいてきた。
『これをお父さんに渡してくれ』
渡されたのは、宛名に養父の名前が書いてあるだけの封筒だった。
『わかりました。どうもごくろうさま』
『う、うん』
町役場の人は複雑そうな笑顔で吉澤から目線を逸らし、帰っていった。
吉澤が家に帰ると、養父が珍しく家にいた。
『あのね、お父さん』
『何だ?』
新聞を読んでいた養父は吉澤を見ずに返事をした。
『これ、役場の人が渡してくれって』
顔を上げた養父は差し出されたものを受け取ると、顔を強張らせた。
それからゆっくりと封筒の端を切り、切り口を下にして中身を出そうと軽く振る。
赤い紙が1枚、養父の手のひらにはらりと落ちた。
『お父さん…?』
赤い紙の意味など、教えてくれなくたって知っている。
開きかけた養父の唇は小刻みに震えていた。
『…ひーくん、お母さん呼んでくれないか』
わずかな間を置いて、養父が静かに封筒を置いた。
『わかった。お母さん、お父さんが呼んでるよ!おかーさーん!!』
わざと元気な声で、吉澤は養母を探した。
10 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月14日(木)15時01分57秒

召集令状が来てから3日後の夜、吉澤は養父に呼ばれた。
『なぁに?』
『ちょっとな。こっちおいで』
と、養父は吉澤を膝の上に座らせた。
久し振りに膝の上に座らせられた意味が、吉澤には何となくわかっていた。
嬉しい反面、変に緊張していた。
『ひーくんも大きくなったなぁ』
『えへへぇ』
精一杯の作り笑顔で養父の顔を見る。
養父は優しい表情をしていた。
『わかってると思うけど、お父さんは明日、戦争に行くんだ』
『うん…』
養父の顔をまともに見られず、吉澤は前を向いた。
振り子時計の音が静かな部屋に響いている。
『お父さんがいない間、ひーくんがお母さんやお姉ちゃんたちを守るんだよ』
『……』
『ひーくんはいい子だから、わかるね?』
『……』
『ひーくん、お返事は?』
『…うん…』
しぶしぶ頷くと、恐らく安堵から、養父がため息をついた。
11 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月14日(木)15時02分36秒

さっきの会話が嫌でたまらなかった。
いい子なんかじゃないから、誰も守れないから、行かないで。
そう思っても、なぜか言葉にすることは出来なかった。
『よーし。それじゃ、早く寝なさい』
くしゃっと頭を撫でて、養父は吉澤を立たせた。
『えと…おやすみなさい』
『ああ、おやすみ』
そして養父は、全て読んだはずの新聞を広げて、読み始めた。
部屋から出る間際、名残惜しさが押し寄せてきた。
『おとうさんっ…』
養父は気にする様子も無く、新聞を1枚めくった。
『何だ?まだ寝ないのか?』
吉澤が養父の背中を見つめながら訊いた。
『お父さん…絶対に帰ってくるよね?』
『……』
『…ねぇ、帰ってくるでしょぉ?』
鼻がつまってきて、変な声になった。
養父は怒ったような口調で言った。
『くだらんことを言ってないで、早く寝ろ』
もう養父の姿は、涙で完全にぼやけてしまった。
12 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月14日(木)15時04分27秒

1939年、吉澤が15才の時。
養父の戦死を記した紙が家に届いた。
国民徴用令――16才以上45才未満の男性、16才以上25才未満の女性を軍需産業に動員する法令――により、いちばん上の姉が地方の工場に動員された。
いちばん下の妹はまだ食料が充分にある、父親の実家に早めに疎開した。
吉澤は中学校の受験をせず、芋などの栽培をして食事の足しにしていた。
家族は、母と梨華と吉澤だけになった。
ある夜のことだ。
晩ご飯の時、ちゃぶ台を挟んで梨華といつものように向かい合って座った。
食料が少ない世の中で成長期の吉澤は、早く食べ終えてしまった。
茶碗と箸を置いて顔を上げると、ふいに梨華と目が合った。
すると梨華はふっと優しく微笑んだ。
吉澤の心臓が大きな音を立て、体が硬直する。

いつも潤んだ目。

綺麗な形の唇。

細めの首筋。

柔らかそうな体つき。

急に梨華のことが、気になった。
13 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月14日(木)15時05分07秒

本当に一瞬だったが、吉澤は梨華しか見えなくなっていた。
『ひーくん?』
笑顔のまま、梨華が尋ねる。
『…何?』
やっとのことで返事をする。
できるだけ変だと思われないように、慎重に。
『私のごはん、いる?』
その言葉で我に返る吉澤。
『…何で?』
『私のごはん見て、ちょっと羨ましそうにしてたから』
『えっ…』
そういう、意味じゃ、なかったんだけど、なぁ…。
がっかりすると同時に、安堵感が吉澤の体に広がった。
『ごはん、食べる?』
尚も梨華は訊いてくる。
いつの間にか、安堵感は恥ずかしさに変わった。
『いや、梨華ちゃん食べなよ』
『いいの?』
『うん。ごちそうさまでした』
吉澤は足早に自分の部屋に戻った。
14 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月14日(木)15時06分37秒
とりあえずここまで。

交信が短くてごめんなさい申し訳ありません。

次から吉澤思春期編です。
15 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月14日(木)15時48分40秒
ちょっと胸に来る、いい感じですねぇ。
更新、短くても全然かまわないですよ。また〜り待ってます。
16 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月14日(木)17時02分45秒
いい感じです
続きマータリ待ってます(w
17 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月15日(金)19時03分47秒
レスがふたつ!
ありがとうございます。
(どっかでレスのことスレって書いた気が…)

>名無しさん
ありがとうございます。
自分のペースで倉庫逝きにならぬようにがむばります。

>名無しさん
ありがとうございます。
まーたりお待ちくださると嬉しい限りです。
18 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月15日(金)19時04分17秒

砂糖や木炭などが1940年に切符制となり、翌年には米が配給制となった。
梨華も工場に動員されるだろうと思われたが、その通知は来なかった。
代わりに、千人針――白木綿の腹巻に千人の女性が1針ずつ赤糸で縫いとめ、4銭(死線)を越えるように5銭の白銅貨を縫い付ける弾丸よけで、出征する兵士に贈られる――をつくる作業を強いられた。
ある日、吉澤が栽培用の柔らかい土を探していると、
『今日の夕方、隣町で米の配給がある』
という噂を聞いて、急いで家に帰った。
町内の配給は終わったばかりなので、これはいい機会である。
どさくさにまぎれてもらってしまおうという作戦だ。
家では梨華が庭の芋に水を遣っていた。
『梨華ちゃん!!』
息も荒く帰ってきた吉澤を見て、梨華は驚いた。
『どうしたの?そんなに急いで…』
『隣町でね、米が配給されるんだって!行こうよ!』
『だって切符がなかったら…』
『そんなの忘れたって言えば平気だよ!』
『でも…』
と、煮え切らない梨華の手を掴み、吉澤は言った。
『ね、行こうってば』
しょうがない、とでも言うように梨華は微笑んだ。
19 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月15日(金)19時05分29秒

『待ってっ…ひーくんっ』
『梨華ちゃん、早く!』
隣町まで走っている間、吉澤は梨華の手をずっと掴んでいた。
いや、掴んでいるというより引っ張っていたと言う方が正しいのだが。
それだけでも吉澤はどきどきした。
『…走れないよぉ!』
『あとちょっとだから頑張れ!』
配給の場所もどこだかわからないのに、あとちょっと、なんて言ったことを後悔した。
適当に隣町の路地を曲がると、長い行列と配給車が見えた。
『梨華ちゃん、あそこだ!』
走った勢いで列に並ぶと、汗が一気に噴き出してきた。
前を見ると、幸いなことに切符はいらないようだ。
米を入れてもらう木綿の袋を手に握りしめて順番を待つ。
後ろにはまた人がたくさん並び、吉澤はちょっとした優越感を感じた。
ようやく自分たちの前の人に順番が回ったところで、
『もう米が無い。配給は終了だ』
と、配給係が言った。
『そんなっ…』
吉澤は配給車に駆け寄るが、相手にしてもらえなかった。
後ろの人たちも文句を口にしたが、諦めて帰った。
そこへ雨まで降り始め、泣きっ面に蜂だった。
20 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月15日(金)19時06分22秒

びしょ濡れになって家に帰ると、養母は婦人会の集まりに出かけたようだった。
『お母さーん!…あれ?いないのかぁ』
『私、拭くもの持ってくるね』
梨華は濡れた足のまま、風呂場に向かった。
『無駄骨だったか…あー、服が張り付いて気持ち悪ぃ』
玄関で独り言を言って上着を脱ぐ。
上半身裸になって服を絞ると水が出てきた。
『はい、手ぬぐい持ってきたよ』
そこへ梨華が戻ってきた。
『ん、ありがとう』
手ぬぐいを受け取って自分で拭こうとすると、
『あーぁ、こんなびっしょりになっちゃって』
と、吉澤の体を拭き始めた。
吉澤は驚き、変になりそうだった。
『いいから自分でやるって!』
そう言って手ぬぐいを奪い取ったが、
『いいからお姉さんの言うことを聞きなさい!』
なんて手ぬぐいを奪い返された。
『3ヶ月しか変わんないじゃんかよぉ…』
言い返すものの、梨華に無視された。
21 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月15日(金)19時07分17秒

梨華は吉澤の髪の毛、顔、腕の順にそっと拭いていった。
吉澤は今にも梨華を抱きしめたい衝動に駆られた。
自分より少し低い梨華の服は、彼女の体に張り付いて、はっきりと体の線がわかる。

濡れたうなじ。

以前より少し痩せた肩。

体には不似合いなほど豊かな胸。

そのうちに拭き終わり、梨華は顔を上げた。
『はい、終わったよ』
『…ありがと…』
目が合うと、また梨華は優しく微笑んだ。
そこで吉澤を何とか止めていた堤防が決壊した。
『…えっ?ひーくん…』

気が付くと、吉澤は梨華を抱きしめていた。
『梨華ちゃん、冷たい…』
『…ちょっと…ひーくんっ…』
強張った梨華の体が、吉澤を押し返そうとする。
構わずに吉澤がうなじに顔をうずめる。
どこで覚えたのかわからないが、ぺろっとなめると、梨華の体がびくっと動いた。
22 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月15日(金)19時08分32秒

『い…やぁ…ひーくぅぅん…』
半泣きのような梨華の声がしたので、吉澤は一旦、体を離した。
拒まれたことが悲しくて、梨華に訊いた。
『…そんなに、嫌なの…?』
すると梨華は真っ赤な顔をして俯いた。
『ちょっと…ひーくんが…怖かっただけ…』
『……』
『ひーくんのこと…初めて、意識しちゃって…』
胸のあたりで手を握り締める梨華。
吉澤は意を決して梨華の顔を両手ではさみ、上を向かせた。
『梨華ちゃん…』
梨華は困ったように眉をハの字にしている。
潤んだ目は不安そうに瞬いた。
吉澤がゆっくり顔を近づけると、梨華は目をぎゅっとつぶった。
ただ唇を重ねあうだけで、何の技術も無い。
それでも吉澤の頭の奥は、痺れるような快感に襲われる。
急に梨華の顔が見たくなって唇を離す。
『…ぷはっ…はぁ…』
と、梨華は息を止めていたようだった。
ほんの少しだけ笑うと、梨華が頬を膨らませた。
23 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月15日(金)19時09分34秒

何だか出し惜しみしているようで申し訳ありませんすみません。

とりあえず交信はここまで。
24 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月15日(金)22時52分41秒
幼いけど真剣な二人の恋の様子が素敵だと思います。
マターリ更新おまちしております。
25 名前:ぶらぅ 投稿日:2002年11月16日(土)17時14分46秒
石川も意識やっとしたのですかね?
この後どうなってくのか気になりますね
マータリ待ってます
26 名前:かものはし 投稿日:2002年11月17日(日)18時30分17秒
とても面白いですね。
続き楽しみにしています!
27 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月18日(月)17時41分47秒
わお。
3こもレスが!

>名無しさん
ありがとうございます。
ここのいしよし、幼いんです。
でも幼いなりに一生懸命、恋してます。

>ぶらぅさん
ありがとうございます。
石川さんの意識は抱きしめられてからですんで。
遅すぎですかね。

>かものはしさん
ありがとうございます。
まーたりとお待ちください。
28 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月18日(月)17時42分22秒

1943年正月――吉澤、19才。
吉澤と梨華はあの雨の日以来、何も無く、ただの姉弟に戻ろうとしていた。
ふたりとも、感情を体の関係にまで進められるほど、大人ではなかった。
そんな折、吉澤に学徒出陣の指令が下りた。
「何でっ…何で行くのよ!?」
梨華は母親に言った。
「19才の子も…出陣しなきゃ、ならないのよ…」
それを聞き、梨華が両手で顔を覆った。
「もう嫌!お父さんだけで終わらないなんて!!」
「梨華ちゃん…」
吉澤が梨華の肩に手をかけると、強く振り払われた。
「どうして…どうしてひーくんまで行かなきゃなんないの!?ねぇっ!!」
梨華は泣きながら吉澤の胸を叩いた。
「家族が…またいなくなるなんて嫌!!どうして行くの!?」
「……」
「何とか言いなさいよぉっ!!」
「……」
「…嫌ぁ…どうして…ふえぇぇぇん…」
梨華は泣き崩れた。
吉澤の足元で泣きじゃくる梨華を、母親が部屋に連れて行った。
29 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月18日(月)17時43分17秒

およそ9ヶ月後の10月20日。
学徒出陣壮行会を翌日に控え、吉澤は母親が寝た後に梨華を部屋に呼んだ。
「ひーくん、こんな遅くに何…?」
「うん…ちょっとさ、話がしたいなって…いい?」
「いい、よ…」
ふすまを閉め、敷いてある布団の上に、吉澤と向かい合って座る。
「あの、梨華ちゃんはさ、前に“どうして戦争に行くの”って言ったよね」
「うん…」
「答えはね、簡単なんだ。国が戦争を決めたからだよ」
そう言うとすぐに梨華が言った。
「わかんない」
「国民を戦争に使ってもいいって法律があるからだよ」
梨華は真っ直ぐに吉澤を見て言う。
「わかんない」
「政府の人が戦争に行くとね、政治ができなくなるからだよ」
だんだんと梨華の目に涙が浮かんできた。
「納得できない」
「じゃあ、言うね。戦争に行かないと、非国民だって責められて、本人だけじゃなくて、家族まで傷つけられるんだよ。一生懸命みんなが奉仕している国に…」
「……」
「お父さんが出征する前に、言われたんだ。お父さんがいない間はお前が家族を守れって」
30 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月18日(月)17時44分14秒

「それとこれとは…」
梨華が反論しようとしたが、吉澤は遮った。
「もし戦争に行かなかったら…生きて帰ってきたって、お母さんも梨華ちゃんも、傷つけることになる…お父さんとの約束を破ることになる…」
「そんなの理不尽だよ…」
梨華の目から涙がこぼれた。
「…みんな、みんな、そう思ってるはず…」
吉澤はおもむろに梨華を抱きしめた。
腕の中で、梨華が震えながら泣いて言う。
「ひーくんが非国民って言われても、国に傷つけられても怖くないっ…」
「…ありがとう…ごめんね、梨華ちゃん」
「謝らないでよぉ…ひーくんなんて嫌い…」
「嫌いでいいよ」
「大っ嫌い…」
「大っ嫌いでも構わない」
「うっ…うぇぇん…」
梨華は吉澤の肩に顔を押し付け、声を押し殺して泣いた。
「できるだけ早く…帰ってくるからさ…」
「…うぁぁぁぁん」
吉澤がそっと梨華の背中を撫でてやると、余計に泣いてしまった。
泣き疲れた梨華は眠ってしまい、吉澤はそっと梨華を抱きしめながら横になった。
31 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月18日(月)17時45分41秒

翌日、早朝に吉澤は家を出た。
出かけに、母親と梨華が玄関で見送ってくれた。
「ひーくん…ちゃんと帰ってくるのよ」
「お母さん、心配しないで。力仕事とか、任せちゃってごめんね」
「そんなことはいいのっ…」
母親は必死に涙を堪えていた。
梨華はというと、虚ろな目で吉澤の足元を見ていた。
「梨華ちゃん?」
呼ばれて顔を上げる梨華。
吉澤は梨華と目が合うと、泣きそうな梨華に代わって優しく微笑む。
「梨華ちゃん、笑ってよ」
「…無理っ…」
「無理にでも笑って…?」
すると梨華が1秒だけ泣き笑いの顔をした。
吉澤はにっこり笑顔をつくった。
「では、行ってきます」
玄関を出て、吉澤は駅まで全速力で走った。
駅のホームに着くと、他の学生もたくさんいた。
隣にいた人に訊いてみると、学徒出陣壮行会から、そのまま陸海軍に配属されるらしかった。
通じるはずも無いが、心の中だけで梨華に、さよなら、と叫んでみた。
32 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月18日(月)17時46分35秒
それから1944年。
空襲などで家のガラスが割れて飛び散らないようにテープを貼っていた時。
「石川さーん、役場の者です。次の配給日が決まりましたよ」
「はーい。梨華、ちょっと行ってきて」
「うん」
玄関に行くと、役場の人に1週間後に配給だと聞かされた。
「それとね…」
悲しそうな表情をしながら、役場の人は鞄からひとつの封筒を取り出した。
「昨日、届いたんだけど…これ…」
受け取ると、吉澤の名前が書いてあった。
梨華はめまいを覚えた。
「じゃ、急ぎますんで…」
役場の人はそそくさと帰った。
梨華は乱暴にその封筒を開けた。




吉澤の戦死を知らせる紙だった。




「うそ…うそ…ひーくんっ…!!!」
梨華はその紙をくしゃっと握りつぶしてその場に座り込んだ。
その夜は吉澤の部屋で吉澤の服を抱きしめて、一晩中泣きはらした。
翌日、吉澤の耕した芋畑で、大きな芋が取れた。
33 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月18日(月)17時49分13秒

こんな展開になりました。

とりあえず、交信はおわりです。

あいかわらず短いですが…。
34 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月18日(月)18時36分22秒
。・゚・(ノд`)・゚・。よすぃ…。思わずホロリしてしまいますた…。
35 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時03分25秒
今日は理解して!(ry を聞きながら。

>名無しさん
レスありがとうございます。
よすぃにホロリしていただいて。
でも喜んでいいのか複雑です。
36 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時04分32秒

更に1945年のことである。
3月10日、午前0時。
突然、東京に空襲警報がけたたましく鳴り響いた。
334機のB29が轟音と共にやってきた。
梨華と母が支度を済ませて外に出ると、真っ黒なはずの空が赤く染まっていた。
驚いた梨華は真上を仰ぎ見た。
そこには焼夷弾――M69といい、筒の尾部から、揺れを防ぐ為に約1mのリボンが飛び出し、火がつくようになっている――が落ちてきた。
「…火の…雨…?」

もしかして、ひーくんも、最期にこんな空を見たのかな…。

ねぇ、ひーくん、教えてよ。

その真っ赤な、とおーいお空の上から、教えてよ。

私、ひーくんがいなくても、ちゃんと生きられる…?

吉澤を思い出した時、母の声がして現実に引き戻された。
「ぼーっとしてないで早く!!」
梨華はこんな非常事態に想いに耽ったことを恥じた。
非難する途中、火だるまになって助けを求める人を見た。
何人も灼熱地獄で逃げるに逃げられず、燃えて絶命した。
梨華は、ごめんなさい、と叫びながら走って逃げた。
37 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時06分17秒

翌朝、火の手も引いた時間に、梨華と母は家に帰ってみた。
運良く、母と梨華は軽いやけどを負っただけである。
石川家は半分焼けてしまっていた。
家の中もめちゃめちゃだったが、全焼しなかっただけよかった。
燃えたのは、台所と両親の寝室だった。
吉澤の部屋は、吉澤が出て行った時のまま、何も無かったように無事だった。
そして、吉澤の耕した芋畑も燃えてはいなかった。
「よかったわね、梨華…ひーくんのものがたくさん残ってるから…」
父の遺品が数少なになったためか、母は少し安心したように言った。
梨華は曖昧に返事をしたが、本当はちっとも嬉しくなかった。

燃えた方が、私にはよかった。

そんなことを考えるなんて、不謹慎だってわかってるけど。

全部燃えてしまえば、諦められたのに。

ひーくんを思い出して、つらくなることなんかないのに。

どうして死んでも、私のそばにいてくれるの?

苦しいよ、ひーくん…。

38 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時09分18秒

東京大空襲から約半年後の8月15日、終戦が知らされた。
9月に、地方に出ていた姉が帰ってきた。
妹も疎開先から戻ってきた。
そうして戦後の辛い生活が何ヶ月も続いた。
家族全員で働いても、闇市で売っているものの値段に手の届く給料はもらえなかった。
時には些細なことで――特にお金のことで――姉妹がけんかをすることがあった。
働くのなんかもう嫌だ、とか、アメリカに逃げたい、とか言ったりもした。
母親はそれでも娘たちを強く叱った。
『そんなことじゃ、お父さんにもひーくんにも笑われる』
そう言って励ました。
梨華は特に、吉澤のを思い出したくなかったので、がむしゃらに生きた。
ひとりで買出し列車に乗って地方に行き、食料の調達をした。
米軍のくれるチョコなどを子供に混じって貰ったこともあった。
変わったことといえば、吉澤の部屋が母のものになった。
だが相変わらず、庭にあった吉澤の芋畑は取っておいた。
水を遣ると、声が聞こえてきそうだった。
あの日――初めて吉澤を意識した日の思い出。

『梨華ちゃん!!隣町でね、米が配給されるんだって!行こうよ!』

梨華は耳を塞いでしゃがみこんだ。
39 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時10分54秒

湯川秀樹がノーベル物理学賞を受賞した1949年。
姉は結婚し、地方の農家へ嫁いでいった。
ひとりいなくなった分、梨華の部屋は少し広くなった。
そうして年頃の梨華にもお見合い話が来た。
「どう?もう結婚してもいい頃だと思うの」
仲人さんに言われ、梨華の頭にふと吉澤の声が浮かんだ。
いろいろなことがありすぎて、思い出す吉澤の顔には靄がかかっていた。

『できるだけ早く…帰ってくるからさ…』

吉澤がそう言って戦死して、何年たっただろう。

「相手の人も早く結婚したいみたいなのね。梨華ちゃん、どうかしら」
返事を急かすような仲人さんの態度。
母もやや期待するような表情をしている。

『梨華ちゃん、笑ってよ』

涙でしっかりと見えなかった吉澤の顔。

「すごく礼儀正しい人よ。優しいし、梨華ちゃんにお似合いよ」
これでもかと言わんばかりのだめ押し。

ねぇ、ひーくん。

私だけ幸せになっても、いいの…?
40 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時11分45秒

会ってみます、とだけ返事をしたら、仲人は喜んで帰った。
母も浮かれ気味に晩ご飯の準備に取り掛かった。
「お父さんがいたら喜んでたんでしょうけどねぇ」
そんなことも言っていたが、聞こえない振りをした。
再来年には、きっと妹にもお見合い話が来るに違いない。
何だか、何もかも面倒臭くなり、梨華は夕方に散歩に出た。
近所では気分が晴れないので、ちょっと遠くまで歩いて、川沿いにやってきた。
子供たちが楽しそうな声を上げながら、走り回って遊んでいる。
その姿に、自分と吉澤を重ねてしまう。

あの頃はまだ、何も知らずに済んでいた。

子供から大人になって、知らなくていいことまで知ってしまった。

例えば、戦争のこととか。

例えば、吉澤がいつの間にか心の中にいたこととか。

簡単に終わらせられる話ではないことがたくさんあった。

でも今はもう、どうでもよく感じる。
41 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時12分36秒

向こうから右足の欠けた兵士が、松葉杖をつきながら歩いてくる。
帽子を目深にかぶり、顔があまり見えない。
必死に歩いている姿を見ていられなくて、梨華は土手に腰を下ろした。
何もすることが無かったが、夕焼けは梨華を感傷的な気分にさせた。
それから、流行っている“リンゴの歌”を口ずさんだ。
この歌は元々、『そよ風』という映画の主題歌だった。
美空ひばりという、大人びた少女の歌う曲。
焼け跡で明るいこの曲が流れると、救われたような気持ちになる。
「あーかーいーりんごーに、くちびーるよーせーてー…」
兵士がゆっくり、こちらに近づいてくる。
歌を一旦中止して大きく息を吸う。

じゃりっ、じゃりっ。

規則正しいテンポで歩いている。
再び梨華は歌い始めた。
「だーまーあーってみーてーいーる、あーおいそーらー…」
ちょうどそのフレーズを歌い終わったところで、兵士が真後ろで止まった。
構わずに歌おうとすると、声がした。




「…音痴」

42 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時14分37秒

その声の、何と懐かしい響きを持ったことだろう。

最初に見てわからなかった自分が嫌になった。

しかしすぐに嬉しさが込み上げてきて、梨華は振り返って見上げた。

その兵士は、にやっと笑った。

笑うと歪む特徴のある、薄い唇。

昔から数えては眺めていたほくろ。

あんなに色白で滑らかだった肌。

今は黒ずんでしまっている。

梨華は立ち上がる。

兵士が帽子に手を掛け、そっと取った。

「…ただいま、梨華ちゃん…」

梨華は返事の代わりに、その兵士の体に抱きつき、肩に顔を押し付けて泣いた。

43 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時16分20秒

「よしてよして、倒れちゃうってば!」

「ひーくんのばかぁぁぁぁ!!」

「へへ、足が爆弾で吹っ飛んじゃってさ」

「ばかぁぁぁぁぁぁぁ」

「戦力にならないって置いていかれてさ」

「うあぁぁぁぁぁぁん」

「ついでにどっかの島に流されちゃってさ」

「どじぃぃぃぃぃぃぃ」

「そんで帰ってくるのが遅くなっちゃった」

「もぉぉいぃぃよぉぉ」

「あのー、ほら、“非国民だ”って言われちゃうね」

「いわれないぃぃぃぃ」

吉澤が片手で梨華の背中を軽く叩く。
44 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時18分45秒

まだ泣きやまぬうちに、梨華は言われた。

「ね、梨華ちゃん」

「なんなの、なによぉ」

「帰ってきたしさ、結婚しよっか?」

「…!!ふえぇぇぇぇぇん…」

いっぺんに感情が押し寄せてきて、梨華はまた泣いた。

「えっ!何で泣いてんの?あれ?変なこと言った?」

気持ちをわかってもらえなくて、梨華はムッとする。

自分で抱きついたくせに、逆に突き放して歩いて行ってしまう。

「…知らない!!」

「待ってよぉぉ、梨華ちゃぁぁぁん」

情けない声に、梨華は笑いながら立ち止まる。

「もうこれ以上は待ちませんよぉぉぉだ!」

「…?」

言葉の意味がわからない吉澤に笑いかけ、梨華は精一杯、伸びをした。

今までの、窮屈さを跳ね除けるように。

45 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時19分37秒

こんな終わり方でした。

何ともまぁ、変な話だなぁと自分で思ったり…。

もしよければ、短編をもうひとつくらい…いいですか?
46 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月20日(水)21時20分50秒
それと。

某板でこのスレッドを紹介してくださった方、ありがとうございます。

『おお!?載ってる!?』と思ってビクーリしますた。
47 名前:チップ 投稿日:2002年11月20日(水)23時06分55秒
梨華ちゃんの泣き叫びに胸がぐりっとなりました。
表現がすごく綺麗で好きです。
短編一つと言わずどしどし書いて欲しいですねぃ♪
48 名前:リエット 投稿日:2002年11月21日(木)01時51分05秒
面白かったです。
終始飽きることがなく読めました。
次回作、期待していますので頑張ってください。
49 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月24日(日)18時08分54秒
設定もよかったし、面白かった。
次回作お待ちしてます♪
50 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月28日(木)17時11分41秒
どうも、ありがとうございます。

>チップさん
嬉しいです、有難うございます。
でも、胸がぐりっとなるのは…痛いですよね…。

>リエットさん
ありがとうございます。
ちょっと引っ張ったかな…と思っていましたので。

>名無しさん
ありがとうございます。
ご期待に添えられるでしょうか…。

51 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月28日(木)17時12分28秒



『嫌い』ということ








52 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月28日(木)17時13分17秒

横須賀市某所。
外国の人も多く住む場所のひとつだが、その近くに、梨華は住んでいた。
梨華は高校3年生の秋を迎え、受験勉強に励んでいる。
1・2年生の頃はアイドルになりたい為に、オーディションを受けまくった。
しかし結果はいつも『不合格』。
あまり太ってもいなかったし、ルックスも悪い方ではなかった。
それなのに、落ちつづけた。
どうして落ちたのか、本人はわかっていない。
けれど周囲の人たちはわかっている。
梨華は音痴だから。
…いや、本当に、ちょっとだけ、少しだけ、微妙に、音痴なわけで…。
とにかく、オーディションで勉強が疎かになり、母親にかなり怒られた。
とりあえず5教科6科目を頑張ろうと思ったが、数学に挫折し、文系私大の3科目にした。
漢字が読めない梨華にとって、日本史ほどわからないものはなかった。
普通の受験生ならビックリするほど簡単なレベルから始めた。
ひとつ年下の幼馴染である真希も同じ予備校だが、真希は国公立・トップレベルの授業を取っていたたために、梨華より数倍も勉強ができた。
時々、一緒に勉強をするのだが、いつも真希は教える側になってしまい、自分の勉強どころではなくなるのだった。
53 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月28日(木)17時14分08秒

『ねぇ、これ、何て読むの?げんけい?』
『あは。梨華ちゃん、それは“はらたかし”って読むんだよ』
『そうなの!?あとね、ぞうにんあたまって何?』
『それは…“くろうどがしら”でしょ?』
『えっ!頭でカミって読むわけないじゃん!』
『いや、そう読むことになってるの』
『だったら頭を“紙”とか書いてくれればいいのに!もう!』
『…あのね、そんなことしたら意味が通じなくなっちゃうんだよ』
『だってわかんないもん!』
『ならさ、何で世界史にしなかったの?』
『カタカナはかんじゃうから…』
『…(書くだけなのに?)』
『あ、真希ちゃん!』
『はい?』
『それと、ゆきふねってどういう人?』
『…“せっしゅう”だよ…(授業聞いてないな、こりゃ)』

こんなレベルでも、それでも梨華は行きたい大学があった。
梨華の仲良しの先輩――柴田あゆみと言って、大学生になってからアイドルになった――が行く学校に入って、コネを使ってテレビに出たいという非常に不純な動機からだった。
54 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月28日(木)17時15分18秒

ある日の予備校からの帰り道のことだ。
音の少し外れた鼻歌を歌いながら、家路を急ぐ。
「ふふっ。この調子、か…」
梨華はチューターの平家に誉められて上機嫌だった。

渋い顔で模試の成績表を見る平家。
『…あの、どうでしょう…?』
『ふむぅ…』
あまりよろしくない反応である。
前回よりも、総合すると偏差値が3も上がったのに、この反応。
ちょっと頑張ったんだけどな、とがっかりしながら下を向く。
(早く帰りたいし、怒られる前に目薬さしとこうかな…)
どこまでも、とことん、アイドル根性を見せる梨華。
と、いきなり平家が机を強く叩いた。
『ヒッ!何ですか!?』
思わずブレザーのポケットにあるロートCキューブを握りしめる。
『この調子や、石川!これなら志望校のH大も受かるで!』
『本当に!?』
『漢字の全部音読み病と全部訓読み病を治したらイケる!』
『わかりました!梨華、がんがります!』

現代文について一切触れない平家は、ものすごく優しい。
55 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年11月28日(木)17時16分36秒

交信短いですがお許しくださいごめんなさい。

キリの悪いところですが、次は長めに交信しますので…。
56 名前:リエット 投稿日:2002年11月30日(土)03時36分52秒
今回は雰囲気が違いますね。
後藤さんが頭いいって新鮮です。
57 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時26分51秒

ハハハ、作者アフォだよ作者。
会話がかみ合ってないよ。

>>53

『そうなの!?あとね、ぞうにんあたまって何?』
『それは…“くろうどがしら”でしょ?』

『そうなの!?あとね、だいがくあたまって何?』
『それは…“だいがくのかみ”でしょ?』

って脳内変換してください。
直すの忘れてました…鬱。

>リエットさん
そうですか、雰囲気が。
でも明るいのはここまでですね。
本来、作者はネクラなので、暗いハナシになってしまいます…。
58 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時28分34秒

「大学に入ったら、まず柴ちゃんに会ってぇ…」
すでにその気になっている梨華。
歩きながら独り言を呟くのは、彼女だけに許された特権だろう。
浮かれていて、後ろの足音にちっとも気付いていない。
「スタジオ見学させてもらおうっと!」
スタジオなんて、小学校のNHK見学以来だ。
角を曲がり、空き地とお墓に挟まれた薄暗い道に入る。
ここは夜になると人も通らず、ひっそりとしていた。
梨華はいつもここを遠回りして家に帰るのだが、今日ばかりは浮かれていて、気が付かなかった。
「よぉーし、まず勉強だ!ふぁいっ!」
平家の作戦にノッてしまい、やる気になったらしい。
両手でガッツポーズをとると、急に後ろから口をふさがれた。
(えっ!?)
声を上げる暇も無く、梨華は空き地の奥へと引きずられていった。
教科書がたっぷり詰まった鞄が、道路に落ちる。
(なんなのなによぉ!こわいぃぃ!!)
逃げようとするが、羽交い絞めのせいで、もがくことしかできない。
そのうちに空き地の隅で突き飛ばされて倒れた。
「いたっ!…きゃっ!」
暗がりで見えたのは、体格のいい男がひとり。
そいつは梨華に馬乗りになった。
59 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時29分25秒

「やっ…やめっ、んぐっ…」
男の大きな手が口を塞ぎ、急に呼吸が苦しくなる。
「ううー、むううー!!」
その手をはずそうとしてひっかいてみるが、何の効果も無く、逆に両手首を掴まれて身動きがとれなくなった。
男は制服のリボンを剥ぎ取り、それで手首をきつく縛り、シャツを引きちぎった。
「むううう、んんー!!」
お気に入りのピンクのブラと、健康的な褐色の肌が夜の空気に晒される。
更にブラをずりあげられ、体には不釣合いだと言ってもいいほど、ふくよかで形のいい乳房が現れた。
男がそれにむしゃぶりついた。
ぬるぬるとした感触が這いずり回る。
梨華にはそれが、気持ち悪い、としか形容できない。
(やだっ…どうしてこんなっ…)
そうして男が梨華の乳首を甘噛みした。
恋愛にオクテで、未経験だった梨華は、痛みだけを感じた。
「んうー!!!んんんー!!!」
梨華の高い声が、ますます高くなる。
縛られた手で叩いても、結局は男の頭を自分の胸に押し付けるだけだった。
60 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時30分26秒

男が一旦、体を離したので、梨華は安心してしまった。
だが、男は梨華の下着に手を掛けた。
(ちょっと!!何やって…!!)
スカートがめくれるのも構わず、ばたばたと足を動かして抵抗してみる。
すると左の頬に鋭い痛みが走った。
瞬時に、口内に血の味が広がる。
(…いた…い…)
頭の奥から視界もぼやけてきて、体の動きが鈍くなった。
男は梨華がぐったりしたと同時に、下着も剥ぎ取った。
次に下着を、梨華の口にねじ込む。
(…いやっ!!)
その行為で、梨華が意識をはっきりと戻した。
(汚いっ…やだぁぁ!!)
叫んでみても、くぐもった声が小さく響いただけである。
男の荒い息が梨華の体に触れ、鳥肌が全身に立つ。
梨華はまた足をばたつかせようとしたが、殴られるかもしれないと思い、やめた。
できることなど、手を握り締めて我慢するだけ。
男は気をよくしたのか手を這わせ、あそこへ指を乱暴に突っ込んだ。
(…いたいぃぃぃぃぃぃぃ!!!)
男が不器用にベルトをはずす、かちゃかちゃ、という音が聞こえた。
61 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時32分00秒

梨華の目の端から、目薬ではない、本物の涙がこぼれた。

(私…犯されちゃうんだ…)

自分でも触ったことのないところを触られて。

ただでさえ初めてなのに、指であそこをひっかきまわされて。

(こんな…全然知らないヤツに…)

愛する人とするはずのこの行為。

友達は、気持ちいいことだと言っていた。

だったら答えて欲しい。

これは誰にされても、気持ちいいことなのか。

梨華もそういうことに興味がないわけではなかった。

少し憧れたりもした。

でも、今はひたすら、忌まわしく感じる。

(誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)
62 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時33分06秒

そのときだった。
「てめー!!何やってんだ!!!」
少年にしては、ちょっと高い声。
ハスキーボイス、というのだろうか。
男の手がぴたりと止まって、急いで後ろを振り返る。
近づいてきたのは、ジャージ姿の人。
暗いので、男の子だか女の子だか、見当がつかない。
急いで男がベルトを締めなおす。
だが男にそんな余裕も持たせず、ハスキーボイスの子は男の胸倉を掴み、立ち上がらせた。
「こんなトコで何やってんのか訊いてんだよ!!答えろよ!!!」
男が発した言葉は――少なくとも、日本語ではなかった。
「…れ?」
その子が一瞬、緩んだために、男は手を振り払って逃げた。
「あっ!待てコラー!!!」
その子は道路まで追いかけたが、見失ってしまったようで、すぐに戻ってきた。
「…怪我とか、してない?」
少年と見まがうくらいの、凛々しい顔をした女の子。
梨華の口に詰められた下着を取り、手首のリボンをほどいた。
(…助かった…っ…)
起き上がると、その子がジャージの上着を脱いで、梨華の肩にかけた。
梨華はその子に抱きついて、子供にかえったかのように、泣いた。
63 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時41分24秒

ちょっと休憩。
けっこうこういう話はいっぱいあって、たぶん読まれた方は、
『またこんな話かよ!!いらねーよ!!』
って思われたかもしれません。
でも、きちんと理由があるんです。
それは完結させてからいいますけども。
64 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時42分32秒

えっと、最初はジョギングしてたんすよ。
あの、ちょっと体力づくりに。
ってかバレーボルやってて。
一応レギュラーなんすよ。へへへ。
そんでー、いつものように走ってたんすけどー。
いつも暗くてウチでも通らない道があって。
はい?だってお墓っすよ?怖いじゃないすか。
オバケとか、UFOとか。
アレ、うそ臭いっすよね、吹き替えの証言って。
アメリカの農家の人が『おら、見ただ』とか。
イギリスの女の子が『あたしも見たわ』とか。
トドメはオーストラリア人で『アタイも見たわぁ』って。
今の真似、ちょっと似てません?
あ…はい。すんません。
で、いつもみたいに通り過ぎようと思ったら。
何か視界の隅っこに、見えたんすよ。
茶色い、鞄みたいなのが。
そんなところにぽつんと落ちてるから。
おかしいなって思ったんす。
誰かの落し物にしたって、鞄だけっすよ?
65 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時43分38秒

そんなもんで、鞄を拾ってみたんすね。
っつーか…うちの学校指定のじゃん!って思って。
最初は意味わかんねーって感じで。
したら、空き地にいたんすよ!
男の人が誰かの上に乗ってて、その誰かは絶対に女の子だな、と。
だって、ハイソックスが見えたから。
やべーなこりゃって感じで。
とりあえず叫んでみましたけどね。
てめー!!何やってんだ!!!って。
したら、男がもたついてるから、走ってって、胸倉掴んだんす。
立ち上がらせたらアレが見えちゃって。
情けねーって思いました。
で、答えなかったから、また言ったんす。
こんなトコで何やってんのか訊いてんだよ!!答えろよ!!!って。
あ、もう再現しなくていいっすか?うるさいっすね。
したら、日本人だと思ってたのが。
たぶん、いや、きっと外国人っす。
ちょっとビビリましたよ、言葉がわかんなくて。
何言ってんだろーと思った瞬間に逃げられて。
追いかけたけど足が速い速い。
ウチ、精進しますって思いました。
66 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時45分01秒

で…こっからも言うんすか?
ちょっとかわいそうなんすよね。
はいはい、わかってますよ。
女の子は…口に…下着を詰め込まれてました。
だから、それを取ってあげました。
そんで…両方の手首を…制服のリボンで縛られてて。
それもほどきました。
よく見なくてもわかるんすけど、女の子は…。
シャツを引き裂かれて…ブラもズリあげられてて。
胸が見えてて…歯形とか、付いちゃってて…そこが赤くなってて…。
女の子は、呆けてたみたいなんすね。
でも、ウチがジャージの上着の方を脱いで、肩にかけてやると。
すぐにウチに抱きついて、大泣きしちゃいました。
え?泣いてないっす…目にゴミが入っただけっす…。
その女の子って…。
友達の、幼馴染なんす…。
よく見かける子だったんす。
向こうはウチのこと、あんまり知らないみたいっすけど。
もう、いいっすか?
全部…話したと、思うんで。
ってか、マジな話、帰りたいんす…。
67 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月05日(木)15時46分13秒

ここまで交信終了。

えーと、気分を害された方がいらっしゃったら、ごめんなさい。
68 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月11日(水)23時00分51秒
笑っちゃいけない展開なのに、小ネタにニヤニヤ
この後どうなるのか。続き期待してます。
69 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)12時53分32秒

いろいろ師走は忙しいです…。
やっと交信。

>名無しさん
小ネタはハロモニその他からもらいました。
何かシリアスさに欠けて間抜けな文章になってますね(汗
70 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)12時54分31秒

警察で事情聴取を終え、その足でひとみは真希の家に向かった。
インターホンを押すとすぐに真希が家から出てきた。
「よっすぃー、早く上がって」
「うん、おじゃまします…」
今日も真希の家は、みんなが出かけている。
部屋に入ると、ひとみはへなへなと座りこんだ。
「あれ!?どうしたの、よっすぃー!?」
「…もぉ嫌だぁぁ…」
そうしてひとみが泣き始めた。
「警察の、ひとっ、みんなで、ウチを、囲んでさっ…」
「囲まれたぁ?」
「いろいろ、しつこいくらい、訊くんだ…」
「そっかそっか。ほら、これで鼻水拭いてね」
「うん…」
真希はひとみにティッシュボックスを渡してベッドに座った。
「で、よっすぃーのこったから、ふざけながら話したんでしょ?」
「…なんで、わかるの?」
「だってよっすぃー、辛いことがあるとさ、みんなの前じゃふざけて、我慢してるけど」
「けど?」
「アタシにしか、泣き顔見せないじゃん」
71 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)12時55分19秒

ひとみはティッシュで流れる鼻水と涙を押さえた。
「…だって…ごっちんが、いちばん、仲いいから…」
そう言うと真希が、いひひ、と下品に笑った。
「そーんなにアタシが好き?付き合っちゃう?あは」
「嫌、です…」
しゃっくりをし始めたひとみ。
単語が変なところで途切れてくる。
「アヤシイ噂も出てるんだよぉ、アタシとよっすぃー」
「知ら、ん…」
「だからキセージジツとか作らない?あは」
真希の手がいやらしくひとみの首に絡む。
すかさずひとみが逃げた。
「つく、れません」
「何だよぉ。そんなに梨華ちゃんがイイのぉ?」
「……」
「一目ぼれのパワーって強いんだねぇ」
「…茶、化すな」
「アタシは梨華ちゃんの幼馴染だから、じゃんじゃん利用してよ」
「じゃ、しゃっ、くり、止めて…」
「水でも飲みな。息止めて飲むんだよ。あは」
「……」
72 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)12時56分31秒

確かあれは、去年の初めだったと記憶している。
放課後は図書室で勉強しているという真希に借りた漫画を返そうと思い、部活を抜け出した。
「国公立狙いは大変じゃのぉ…」
スポーツ推薦で大学に行こうと思っていたひとみなので、高校入学当初から勉強はしていなかった。
真希が医者になりたいという話を聞いたのは、仲良くなってすぐだった。

『アタシさ、医者になりたいんだよね』
『マジっすか!?』
『うん。アタシの好きな人、歌手を目指してたんだけど、ノド壊してさ』
『ほぉ…(いきなりコイバナ…?)』
『歌いすぎじゃなくて、病気でね。今もリハビリ中』
『そっか…』
『だから、アタシがね、完全に治してさしあげようってワケ』
『…へぇ』
『っつーか、治すついでにその人もゲットしちゃおうかなって。あは』

正直な話、恋をそういう力に持っていけることが羨ましかった。
今まで付き合った人は、どいつもこいつも揃ってヤりたいだけだった。
仕方なく思って体を許したこともあったけれど。
胸の奥の、虚無感。
「…ま、いいんだけどさ…」
思い出をさっさと仕舞いこんで、図書室のドアを開けた。
73 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)12時58分51秒

図書室は、学校の中でも隔離された空間。
それは距離的な、地理的な理由ではなく。
静かで、喧騒が遠くに響いて、すうっと本の中の世界に滑り込める。
ひとみもそれがわかるので、
『学校は嫌いだけど図書室がいちばん好き』
と言う真希の気持ちもわからないではない。
机がある場所は、いくつも並ぶ大きな本棚を通り抜けて、奥にあった。
途中で面白い本がないか、寄り道をする。
本を手に取っては、戻していく。
(っつーか図書室の本、ボロイな)
などと思いつつ。
真希はいつも、左端の机で、真ん中に座って勉強している。
話し掛けようと思って、息を吸った。
『……だよ』
『…って…その…』
真希以外の声が聞こえてきて、そのまま息を止める。
(誰と話してるんだろ?ちょっと覗いちゃお♪)
そう思い、本棚に身を隠しながら顔だけを出して様子を窺う。
すると、真希の隣に誰かがいて、ノートを並べて楽しそうにしゃべっていた。
(あの子…誰だろう?同級生じゃないっぽい…)
夕日を背に浴びたその人から、目を離すことはできなかった。
74 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)12時59分53秒

真希にからかわれた時の、頬を膨らませる仕草。

真希の話を、優しく見守るように聞く表情。

それだけでひとみは恋に落ちた。

理屈なんかいらない。

常識なんかいらない。

女の子が女の子に恋をすることの何が悪い。

性別なんか問題じゃない。

人が、人として、人を好きになっただけのこと。

他人は、こんなの変だ、って思っちゃうかもしれない。

性格を知った上で人を嫌いになるのは簡単だけど。

性格を知らないで人を好きになるのはすごく、難しいんだよ。

だから。

一目ぼれって、そぉ〜とぉ〜、素敵なことじゃ、ない?

75 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)13時01分03秒

その後、彼女が真希の幼馴染だということがわかり、ひとみは色んなことを聞き出そうとした。
『あの人、名前は何て言うの?』
『んー?石川梨華』
『石川さん、同い年?』
『学年はうちらよりひとつ上』
『クラスとか、わかる?』
『担任は裕ちゃんだってさ』
『ふぅん。国公立狙い?それとも私立?』
『私立だって』
『そ。文系?理系?』
『文系らしいよ』
『ほう。選択は日本史?世界史?』
『日本史だけど』
『英語は好きなの?』
『好きなんじゃないの』
『現代文はできる?古典は?漢文は?』
『ってかウザイよ!!明日は中間テストでしょ!!やんなよ!!』
『はぁ〜…また、会いたいなぁ…』
『もしかしてよっすぃーさ…梨華ちゃんのこと、好き?』
『だぁぁぁぁい好き♪…あっ!』
こうして、真希にひとみの気持ちはバレたのだった。
76 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)13時03分10秒

あの時からもう2年。
ひとみは依然として片思いなわけで。
「…で、石川さんはどうしてる?」
やっと泣き止んで、ひとみは真希に尋ねた。
「うーん。メールしても電話しても反応無し。家から出る様子も無し」
「…そっか…」
少しがっかりしたらしいひとみに、真希が怒った。
「しょうがないでしょ!梨華ちゃんはねぇ、危ない目に遭ったんだよ!」
「知ってるよ、ウチは見たもん!!」
「バカ!!そういうことじゃないよ!!よっすぃー、本当に同じ女の子なの!?」
「生物学上じゃオンナですけど!」
「だったら!梨華ちゃんの気持ち…わかるでしょ?」
言い返そうと思って真希を見ると、目に涙を溜めていた。
「…ごっちん?」
「アタシだってさー、ショックなんだよ…」
真希が頭を抱えてベッドに横になった。
「アフォな幼馴染で…昨日まで人に対して恐怖心なんて、持ってなかったあの子がさ…」
「……」
「誰に心を開くわけでもなく、自分の部屋で自分以外の人を避けてる…」
「ごめん、ごっちん…。ウチって本当に無神経だ」
「…ん。よっすぃーは梨華ちゃんが心配なだけだよね…」
その後、真希はぐっすりと眠ってしまった。
77 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月13日(金)13時04分56秒

はひー。
交信終了です。

次の交信は早めの予定です。
78 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月15日(日)20時42分26秒
そうだったのか!
今回部分を読んでから前回部分を読み返すと、笑えたはずの小ネタが
切ないですね。よっすぃ…
79 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時19分00秒

これから交信。

>名無しさん
小ネタに裏アリよっすぃーに黒髪アリ。です。

さっきのベストアーティストの頭…どうしたんだろう(w
80 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時19分32秒

梨華は事情聴取の後、家に帰って眠ることもできなかった。
一睡もせずに迎える朝日は目にまぶしすぎる。

憎しみと、恐怖と、怒りと、後悔。
この感情だけで、梨華は時を過ごした。

携帯にメールが来ても、見る気にならなかった。

電話が掛かってきても、取る気にならなかった。

ごはんも食べたくない。

水も飲みたくない。

家族と話もしたくない。

ひたすら、自分の体が汚く思える。

梨華は何回も風呂に入り、体を洗った。

洗っても洗っても、汚れている感じ。

『私…汚いよぉ…』

湯船に落ちた涙は、ゆっくりと沈んでいった。

81 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時20分42秒

翌日は学校を休んだが、受験勉強もあるので、登校しようと思った。
ちょうど出かける時に、真希が迎えに来た。
「梨華ちゃーん、一緒に行こうよぉ!」
その声が懐かしくて、断る気持ちはとっくに失せた。
学校の門の前では、梨華を助けた子に会った。
その子の名前は『吉澤ひとみ』で、偶然にも、真希のいちばんの仲良しさんだということも聞いた。
彼女はおずおずと梨華の前に来て、
「あの、おはよう…ございます」
と言った。
彼女が笑いかけると同時に、鳥肌が立った。

目の前のビジョンは闇に変わる。

校舎への道はあの暗い道路。

ひとみちゃん(真希ちゃんが教えてくれたっけ)の顔は…

あの、男…?

「…イヤッ!!!」
「あっ、梨華ちゃーん!!」
梨華は失礼だとわかっていながら、ろくに挨拶もせず、走ってその場から逃げた。

82 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時21分39秒

息を弾ませて教室に入ると、クラスの子が梨華の周りに集まってきた。
なぜかみんな、あの出来事を知っているようだ。
男子が遠巻きに、ニヤニヤしているのが見えた。

何で…?

ああ、そうか。

噂って、広まるの早いから…。

「大丈夫だった?」
「いつも怖いよね、あそこの道路」
「私も通るのやめようっと」
「許せないよね、そういう男」

口々に慰めの言葉をかけてくれる。

だけど結局はヒトゴト。

真剣に梨華の心の傷を癒そうとする言葉は、いつまで経っても出てこない。

だから、彼女たちが興味本位で近寄って来たようにしか、思えなかった。

83 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時22分53秒

事件の翌朝に梨華と会ってから1週間。
ひとみはその間、梨華に逃げられっぱなしだった。

朝、校門の前で挨拶しようとして、走って逃げられた。

昼休みに話し掛けようして、トイレに逃げられた。

放課後、一緒に帰ろうと思って待ち伏せしていて、気が付いたら裏門から逃げられた。

それが毎日のこと。

「…何で逃げるんじゃー!!!」
昼休みの教室は騒がしくて、ひとみ一人が叫んでも、誰も気に留めやしない。
さっきまで爆睡していた真希が隣の席で、眠そうに答える。
「逃げてるんじゃなくてさぁ、避けてるんだよぉ。ふわーぁ…」
「どっちも同じだっつの!!」
最初のうちは事件のショックだろうと目をつぶっていたひとみも、いい加減、キレ始めた。
「ってかぁ、しょうがないんじゃん?」
「何で!!」
「よっすぃーはぁ、思い出させちゃうんだよ。犯人をさ」
「だからって!!あんなに逃げるか、フツー!!」
「んー、気楽に待ちなさいって」
そういって真希は再び机に突っ伏した。
84 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時24分12秒

「っつーか、ごっちんはおかしいと思わないの?あの避けようを」
「んー?そうだねぇ…」
くぐもった生返事が聞こえる。
「だいたいさ、お礼くらいは言ってもいいと思うんだよね。そりゃ、親御さんは挨拶にいらっしゃったけど、きちんと本人からは聞いてないし……」
いつまでもくどくどと語るひとみに、今度は真希がキレた。
「ってゆーか話、長げーよ!!」
突如、真希は机を叩いて立ち上がり、ひとみの胸倉を掴んだ。
ひとみの叫び声すら聞き流していたクラスメイトが、一斉に静まり返る。
「ぐ…苦しいッス…」
「そこまで言う暇があるなら、さっさと梨華ちゃん本人に訊いてこい!!!」
寝不足のせいで充血した目が、ひとみの気弱な核心を突く。
「だ、だって…」
「何よ!!」
「ウチが行ってもちゃんと話をしてもらえるかわかんないし…犯人を思い出させるなら…カワイソウだし…」
この態度に、真希はワイシャツごと、ひとみを引っ張っていく。
「イテテ!何すんだよぉ!」
「うっさい!黙ってついて来な!」
ひとみの弁当の蓋は開いたまま、手付かずだった。
85 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時33分08秒

真希は教室を出て、視線を浴びながら3年生の校舎へと足を運ぶ。
もちろん説教することも忘れない。
「何がカワイソウだよ!」
「だって事実…あ、ののにあいぼん、おっはー」
ひとみの姿を見て呆然とする後輩に、苦笑しながら挨拶する。
なぜか真希の歩く速度は増した。
「アンタが好きになった人でしょ!ヒトゴトみたいによく言えるよね!!」
一方的な言葉に、さすがのひとみも嫌になり、開き直る。
「じゃ何て言えばいいんですかぁ?エーエーどうせウチは無神経ですよーだ」
こう言ったのは梨華の教室に着く間際だった。
「…バカ!!」
真希が急に振り返ったと思うと、次の瞬間、ひとみの体は宙を舞っていた。
周囲は急に背負い投げをした真希と、丸見えなひとみのスカートの中を、息を呑んで見ていた。
「うっ…腰打ったぁ…」
半ベソで起き上がると、ちょうど梨華の教室の手前だった。
「帰ってきたら一生、卵とベーグル禁止!!」
と、真希は怒りを撒き散らしながら帰って行った。
置いてきぼりにされた意味を、ひとみはすぐに察した。
立ち上がって制服についた埃を取っていると、
「…ガイジンなんか大っ嫌い!!」
こう叫ぶ甲高い声が聞こえた。
86 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時33分51秒
(…石川、さん?)
ドアから教室の中を覗くと、人だかりの中に梨華が見つかった。
「ガイジンの映画の話なんかやめてよ!!」
顔を真っ赤にして、目に涙をたくさん溜めて、猛抗議している。
(…何なんだよ!!)
一瞬で、ひとみは冷水を浴びせられたように冷静になった。
それと共に、梨華に嫌悪感が湧いた。
ひとみが手をきつく握り締め、教室に入り、そのまま人を押しのけて梨華の前に出ると、いくらか加減をしつつ、梨華の右頬を叩いた。
梨華は驚きと怒りと恐怖が混じった表情で、ひとみを見上げた。
「…何すんのよ!」
「落ち着いてください。っつーか、話があるんで」
と、ひとみが梨華の肩を乱暴に押して、教室から出て行く。
「やめてよ!どこに連れて行く気よ!!」
「屋上っす」
「授業があるでしょ!!離してよ!!」
梨華はなおもひとみを振り切ろうとしたので、ひとみがため息をつく。
「ふぅ。手荒な真似はしたくなかったんすけど…」
「…何する気…きゃぁっ!」
ひとみが軽々と梨華をお姫様抱っこした。
「屋上までダッシュしまーす♪」
梨華にニッコリと微笑む顔は、少し冷たかった。
87 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月18日(水)22時34分57秒

ここまで交信です。

あんまり…需要ない小説書いてるように思えてきた(汗
88 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月18日(水)23時04分45秒
えーと、需要あります。
前作に引き続き、更新とても楽しみにしてます。
89 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月18日(水)23時16分11秒
需要あります。ありまっせ。
石川も吉澤も複雑な心理状態ですね。
でも、ああ分かる分かる。と思いながら読ませてもらってます。
吉澤さんは石川さんを癒せるのだろうか・・? 楽しみです。
90 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月20日(金)03時00分21秒
需要、ここにもありますw
何というか、今までありそうでなかった感じがしますよ。
吉、石を救ってあげて欲しいです。
91 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)15時57分26秒
すっごいネガティブでしたね、すいません。

>88 名無しさん
ありがとうございます。
前作も見ていただいて、ありがとうございます。
>89 名無しさん
わかっていただいてますか!
ありがとうございます。
意味不明な話になってきてるのでどうかと思ったんですけどね…。

>90 名無しさん
需要がありますか!
ありがとうございます。
ありそうでなかった感じですか?
そうですかね?
92 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)15時58分41秒

「…あらよっと!」
ひとみは梨華を抱えたまま、重い鉄扉を、足で蹴って開けた。
既にチャイムが鳴り、授業は始まっている。
グラウンドから、笛の音と生徒の笑い声が空に高く響く。
梨華はずっとひとみにしがみついていたが、突然、両手を離されて落っこちそうになった。
腰を打つ寸でのところで地面に手を付いて立ち上がることができた。
「ちょっと!危ないじゃないのよ!」
「いやぁ、反射神経いいっすね」
ひとみは先程の笑顔のまま、的外れな返事をした。
「…で、話って何よ」
手の砂を払いながら、梨華がひとみを睨みつける。
落とされかけたショックで、怒りをちょっとだけ忘れた梨華。
「ええ。さっきの発言、撤回してもらえませんか」
「どうしてよ!」
「ずっとウチを避けてたことは気にしてないんで、撤回してください」
「ガイジンなんかにどうし…」
「撤回してください」
ひとみの微笑が、梨華には無表情に見えてきた。
何にも動じないで発言の撤回を強く言うひとみを見て、梨華は焦ってきた。
「でっ、でもあなただって見てたでしょ!私はガイジンに襲われたのよ!?」
「そうでしたっけね」
冷たく言い放った笑顔は、ちっとも崩れない。
93 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)15時59分48秒

「ガイジンなんか日本にいなかったらよかったのに!」
「そうですか」
「ガイジンは日本人をナメてるの!」
「へぇ」
「ガイジンはみんな犯罪者よ!」
「なるほど」
「だからガイジンなんて大っ嫌い!!」
梨華が腹から叫びきり、肩で息をすると、ひとみは相槌も打たずに黙った。
「……」
「黙ってないで何とか言いなさいよ」
「……」
時おり強く吹く風の音が、ふたりの沈黙をいっそう盛りたてる。
ひとみが優しく話し出す。
「…ウチも、その“ガイジン”のひとりなんですよ」
梨華はどう見ても日本人のひとみを見て、眉を顰めた。
「えっ?」
「あの、ウチはひいおばあちゃんがロシア人でして」
「…ロシア…」
「血は8分の1ですけど、あなたを襲った人とウチとは…同じ“ガイジン”なんです」
ゆっくりと、ひとみは梨華との距離を詰める。
94 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時00分34秒

「全然違う!あのガイジンとは違う!!」
にじりよってくるひとみからなぜか逃げたくなった。
ひとみから目が離せなくなったまま、梨華は後ずさる。
「同じです。あなたがどう否定しようが、同じなんです」
「…ちっ…違うぅ…」
そうして泣きそうな顔になる。
とうとう行き場がなくなり、背中にフェンスがぶつかった。
「ねえ、石川さん…」
ひとみが梨華に合わせて少しかがむ。
「ガイジンはみんな悪いヤツだって考え方、ズレてますよ…」
「…っく…ふうぅ…」
必死で涙を堪えながらひとみを見た。
依然として、ひとみは笑顔だった。
「あなたを襲った人が日本人なら、どうです?あなたはきっと『男なんて大っ嫌い』って言うでしょう」
梨華は小さく頷いた。
こぼれた涙を払いもせず、手を握り締めていた。
「だったら、どうして…」
ひとみが梨華の代わりに、ほっぺたの涙を拭った。
「どうして犯人を“男”ではなく、“外国人”として嫌いになるんですか?」
95 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時01分18秒

尋ねられて、梨華は混乱してしまい、しゃがみこんで泣き始めた。
そんな姿を目にしても、ひとみは構わず話を続けた。

「“嫌い”ってことは敵意であって、相手との関係を断ちたいってことです」

「その最上級が無関心、もしくは無視ですけど」

「あなたは、外の世界から目を背けて閉じこもるつもりですか」

「いい外国人もいれば、悪い外国人もいるんです。日本人も同じです」

「悪い日本人だって、どこにいても罪を犯しますよ」

「ガイジンってひとまとめにした人たちが悪いなんて、言わないで下さい」

「あなたが全部悪いって責めてるわけじゃありません」

「憎むべきポイントがズレてるだけです」

「『罪を憎んで人を憎まず』って言葉、知ってますよね」

「今はその言葉を理解するのは無理かもしれません」

「けど、いつか、わかってほしいっす」
96 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時02分13秒

言い終わると、ひとみはそっとしゃがんで、梨華の頭を撫でた。
涙でぐしゃぐしゃの顔になった梨華は、ひとみの目をじっと見た。
ひとみがにこっと笑う。
その瞬間に梨華がひとみに抱きついてきた。
「おっと!」
バランスを崩してしりもちをつく。
梨華は抱きしめられたまま、ひとみの肩に額を押し付けて泣きじゃくった。
ひとみが背中を軽く叩いてやると、泣き声に混じって聞こえた。

『ひとみちゃん』

ひとみは名前で呼ばれることが苦手だが、梨華が呼んでくれるのはちっとも不快ではなかった。

だから、耳元でそっと言ってみる。

恥ずかしいから、チャイムにまぎれて聞こえないくらい、小さな声。

『梨華ちゃん』

好きな人の名前を呼んだだけで、ひとみの胸の奥は、ぽかぽかしてくるのだった。
97 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時02分55秒

そのまま、ふたりは屋上で時間を過ごした。
やっとのことで梨華が泣き止んだのは、日が暮れかけた頃だった。
「…ごめんね」
梨華が肩から顔を離す。
ひとみの制服は、肩のところだけ濡れて、色が濃くなっている。
「いろいろキツイこと言って泣かしちゃって、ごめんなさい」
謝ると、梨華は黙って首を横に振った。
「あの…」
何となくひとみが呼びかけると、梨華と目が合った。
数秒間、何も言えなくなる。
「…ひとみちゃん?」
ひとみは顔を真っ赤にして俯いたので、梨華が慌てた。
「あ、ごめん、勝手に名前で呼ばれるのって嫌だよね、ごめんね?」
「…そんなんじゃ…ないっす…」
返事をして以来黙っている上に、心なしか体が小刻みに震えている。
どうしたんだろう、と思った時。

「えっと…あなたが好きです」

やっと言えた告白。

どーなってもいい、とひとみは思った。
98 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時05分39秒

数ヵ月後、梨華は死にそうになって大学に合格した。
ひとみに告白されたあの時、梨華は
『でも…あなたのこと、何も知らないし…』
『名前も顔も知ってますよ』
『…ひとみちゃんは女の子で…』
『ご希望なたら男になるっす』
『…ぁっ!その節はどうもお世話に…』
『助けたお礼として付き合えってんじゃないっす』
『けど私…ヴァカだし…』
『いや、ごっちんから聞きましたけど』
『あ…今、絶対浪人するって思ったでしょ?』
『考え飛躍しすぎっす!被害妄想っすよ』
『じゃ、ひとみちゃんも同じ大学に入ったら付き合おう?』
なんて言ってしまったのだった。
というのも、真希から話を聞く限り、ひとみが賢いとは思わなかったからだ。
しかしひとみも1年後、梨華と同じ大学にいとも簡単に進学した。
もちろん真希も志望校に受かり、めでたしめでたし。
ひとみは、世界のジョークショーで終わるほどアフォではなく。
たぶん梨華より成績はよかったはずである。
何も言わなかったが、梨華としてはかなり悔しかったに違いない。
かくして、ひとみと梨華はめでたく付き合うこととなった。
99 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時09分35秒

だが、梨華の傷は完全に癒えてはいない。
犯人は逮捕されたが、精神的にダメージが大きいのは裁判だった。
梨華はストレスから怒り、怯え、泣いた。
『どうして早く有罪にしないのよ!!』
『イテ!リモコン投げちゃだめだよぉ、ね?』
『こんなの、デートもできないよ!!』
『まぁ、別に梨華ちゃん家で一緒にいられるからいいよ』
『一緒にお買い物できないじゃない!!』
『暗いところとか、背後の足音とか、もう平気なの?』
『…怖い…』
『でしょ?だから一緒に家にいたらいいじゃん』
『…復讐なんかされたら…どうし、よ…ふえぇぇん』
『ネガティブはだめ。泣いたら悲しくなるし』
『…ごめ…ごめ、ん…』
『ずっとそばにいるからね』
これがひとみ流の、梨華の受け止め方である。
暗闇どころか電気の消えた教室のような薄暗いところも苦手だ。
学校へ行けば緊張状態がずっと続いて疲れ、帰宅後は眠ってしまう。
外へ出かける時、ひとみが一緒なら、肩にひとみの手を置くことで、少しは緊張が和らいだ。
しかし帰りが夕方を過ぎれば、梨華はもう最寄の駅から一歩も動けない。
こういうものは、時間が解決してくれると、言っていいのだろうか。
100 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時11分05秒

それと、もうひとつ問題があった。
ようやく付き合い始めたのはいいとして、
アイドルになりたいと以前から梨華は言っていたが、ひとみは猛反対していた。
『梨華ちゃんの歌を聞いた人は泡を吹いて倒れるから』
(↑遠まわしに音痴だと言いたいらしい)
とか、
『超音波並みの声はコウモリを呼び集めるから』
(↑実は甘ったるい高い声が好きだと言いたいらしい)
とか、どうにかこうにかして諦めさせようとしていた。

本当の理由は、梨華ちゃんが他の男の目に晒されるのが嫌だから。

ひとみの気持ちも知らず、それを言う度に梨華を怒らせてしまい、ひとみの頬にはモミジができるのだった。
ただ、どんなに激しいケンカでも、ふたりは決して“嫌い”という言葉は口に出さなかった。
昔からの夢だとは知っているが、ひとみは考え抜いた末に、こう言った。

『アイドルになるなら、ウチだけのアイドルになって!!』

梨華はなぜかこの言葉にいたく感動し、オーディションや柴田のコネを全て断った。

ふたりだけの室内コンサートは、今日も近隣の騒音公害となっている。


〜fin〜


101 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時11分39秒

終わりました…。
あの、結局何が言いたいかっていうとですね。

ふたつのテーマは『対外関係』なんです。
外国と関わるのは、話題になっている人だけではないんです。
誰しもが関わっている問題だってことです。

えっと、これ以上言うと頭おかしい人に思われるのでやめますね(w

次回は、もいっちょ短編で、ちょっとエロイです。
102 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時12分21秒









『堕落論』






103 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時13分14秒










…ウチは…もう、どうなったっていい…。
















104 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時14分02秒

『ママぁ、あのひとなんでよごれてるの?』

『しっ!見ちゃだめよ』

『うわ、きったねーガキだな』

『どうりでくせーと思ったよ』

『あれって男の子?女の子?』

『どーでもいいから行くぞ』

『ねー、寒そうだよ、可哀想…』

『上着一枚でよく頑張ってるな』

『あの子、まだ子供だよね?』

『警察に言った方がいいのかな』

『それより保健所だろ』

『犬とか猫と一緒に処分しろってか』

あはははは、ははははは。

105 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時14分46秒

もう、冬だって忘れてた…。

この公園、ベンチしかないでやんの。

ウチ…いわゆる『家なき子』だな、犬はいないけど…。

…誰か助けて…って何度も思ったことがある。

どっかのおばさんが、お金をくれたりしたけど…。

服を買うより、まず…お腹がすいてたから…。

金くらいもっと出せよ、あのケチババァ…。

…風邪引いてるな…頭、痛い…。

う…目の前…白くなってきたよ…。

あ…れ…?誰か、来る。

警察かな…。

また…捕まるのか…。

“…大丈夫?起きられる?”

ああ、何か…すっげーあったかい…。
106 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月23日(月)16時16分00秒

キリが悪いんですが、今日はここらへんで失礼します。

ちょっと買い物に逝ってきます。
107 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時51分19秒

お買い物で、あやうくぞねヲタに引きずりこまれるところでした…。

友達がぞね大好きなもので…。

これから交信です。
108 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時51分55秒

…ん?ここ、家…?

『ひとみ、ドライブに行くか?』

お父さん、急に何?

『ひとみ、おいで』

お母さんももちろん行くんだよね。

うん、行く行く。

家族が揃ってるなんて珍しいね。

こんなの久々だよ、ほんとに。

ドライブって、ちょっと死語っぽいけど。

えへへ、マジでうれすぃー。

っていうか…車、乗ったばっかなのに…。

…眠くて…ごめんね、寝るよ。

109 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時52分31秒

ん…。

車、揺れすぎて起きちゃったな…。

…あれ?

いつの間にこんな、山に…。

ちょっと、お父さん?

そっちは崖…!

お母さん、お父さん止めてよ!!

ねぇっ!!何でシカトしてんの!?

しかも何で微笑んでんの!?

やだ…やだ…

死にたくないよぉぉぉ!!!

やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

110 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時53分24秒

「…ねぇ、ねぇ…」
びっくりして起きたら、知らない女の子がいた。
「すごくうなされてたよ?平気?汗びっしょりだね」
あの、あったかい声…?
ここって、この子の部屋かな。
すげー、小物もピンクまみれ…。
この布団もピンクだしな…。
「ふふっ。きょろきょろして、どうしたの?」
部屋を一通り眺め、視線を女の子に向けた。
「あなた、公園のベンチで倒れてたから、運んできたの」
ウチをひとりで?
めちゃくちゃ力持ちだな、この子。
あ、それより…。
起き上がったら、ピンクのシーツが黒くなっていた。
「あ、お布団汚れちゃったね」
ウチの服は砂とかいっぱい付いてるし、垢とかどろどろで…。
それに、臭いのに…。
女の子は不思議そうな顔をして、また笑った。
「ふふふ。お風呂に入ろっか?」
111 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時53分59秒

手を引かれて、風呂場に行く。
歩くたびに、砂がさらさらと床に落ちていく。
その砂はウチの思考そのものだった。
だんだんと何も考えられなくなってくる。
「ここだよ。狭くてごめんね」
久し振りのお風呂は、湿った匂いが懐かしかった。
「さ、脱いで」
女の子がお姉さんぶって、ウチのシャツの裾を掴む。
ウチは無気力にバンザイをして脱がせてもらう。
そのうち全部脱いだけど、ウチの体は垢で真っ黒だった。
垢の喪服、と言ったら言い過ぎだろうか。
「はい、足元に気を付けて」
女の子はスカートを脱いで短パン姿になり、トレーナーの袖をめくった。
ドアを閉めて、小さな空間にふたりだけ。
彼女がシャワーの温度を手でみた。
「頭、洗ってあげるから、座って」
差し出された腰掛けに座ると、足にお湯がかかった。
「熱くない?」
ウチは小さく頷く。
「目、つぶって」
まぶたを強く閉じたら、何にも見えなくなった。
112 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時54分32秒

女の子はウチの右耳をお湯が入らないように押さえた。
じわじわと、頭皮に染みるお湯。
反対側の耳も押さえられ、完全にお湯で頭が濡れた。
シャンプーのポンプを2回、押す音がする。
そしてどろりとした、冷たい液体の感触。
同時にいい匂いがする。
でも、髪の臭さと相まって、複雑な感情が沸き起こる。
「爪たてちゃったらごめんね」
女の子の手が髪に絡み、泡が立っていく。
「かゆいところとか、ない?」
ウチは小さく首を横に振る。
昔…こうして、お母さんに洗ってもらったな…。
「流すよ」
またお湯がかけられ、泡が体をつたって流れていく。
「ん…まだ髪の毛、くっついちゃってるね」
そうして、また洗われる。
今度は泡が首筋や背中に流れてきた。
ワケもなく、ウチはぞくっとした。

この子の手は、すごく気持ちがよかった。

113 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時55分29秒

「はい、流すよ」
2回目のリンスも終わって、女の子がタオルでウチの顔を拭いた。
まぶたを開けると女の子のトレーナーが濡れていた。
ふいに彼女と目が合う。
にこっと笑ったその顔は優しかった。
「次は体だね」
と、女の子はボディーソープをスポンジにたっぷりつけた。
そして音の外れた鼻歌を歌いだした。
ウチの腕をとって、ゆっくりこする。
どんどんこそげ落ちていく、古い皮膚の組織。
泡の中に黒いそれがはっきりと見えた。
自分が違う人間に変わっていくような、そんな気がした。
不安とも、焦燥感とも少し違う感じ。
女の子は何を気にするでもなく、ウチの体を洗いつづけた。
その手が胸に触れた時、ウチは少しビクッとした。
でも、やっぱり鼻歌の調子は、変わらなかった。
足も洗ってもらった時、彼女の顔に汗が見えた。
うっすらと額ににじんだ汗。
髪を耳にかける仕草にウチはドキドキした。
ウチの髪からは、小さくて、冷たい雫が落ちている。

114 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時56分03秒

「お湯、かけるよ」
体の泡を流すと、排水溝に垢がたまって、詰まりそうになっていた。
久々に見た肌はやけに白くて、こんな色してたっけって思った。
「顔はまだ洗ってないよね」
女の子は濡れたタオルで顔を拭いた。
それだけで、白いタオルが黒ずんでしまった。
「ほくろ、たくさんあるね…」
初めて気が付いたのだろう。
顔も真っ黒だったから。
全て終わると、女の子と再び目が合った。
「キレイになったね…」
そう言うと、彼女の顔が近づいてきた。
目を開けているのに、視界がふっと暗くなる。

唇に、柔らかい感触。

ウチ、キス…されてる…。
やっと自覚した瞬間、女の子の唇が離れた。
「お風呂、浸かってて?ご飯つくるから…」
何で、この子はウチを連れてきたんだろう…?

115 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時56分59秒

体も温まったところで、ウチは風呂場のドアを開けた。
すると、音を聞きつけてか、すぐに女の子が飛んできた。
「もう出たの?」
彼女は青いジャージの上下を抱えている。
もう、この子の前で体をさらすことには慣れた。
「お風呂、気持ちよかった?」
と、バスタオルを棚から出してウチの体を拭く。
女の子が手際よく、水滴をタオルで吸っていった。
「えっとね、この下着は私のだけど、使ってないからどうぞ」
ウチの年には情けないかもしれない。
それでも動きたくなくて、全部着せてもらった。
ジャージはぴったり。
ブラだけが少しゆるかった。
頭も拭いてもらったところで、電子レンジの機械音がする。
「あ、レンジ…」
ウチは去ろうとした女の子の服の裾を掴み、ぐっと抱き寄せた。
「…どうしたの?」
彼女もウチの背中に手を回してきた。
何でこんなことをしたのか、自分でもわからない。

とにかく、この子を抱きしめたかったんだ。
116 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時58分19秒

時間の感覚が無くなっていたから、風呂から上がったらもう夜8時だった。
女の子はすぐにご飯を用意してくれた。
とりあえず、礼儀なので、
「…いただきます」
と小さく言った。
「どうぞ。そうだ、私の名前、言ってなかったよね」
女の子が言った。
ウチは作ってくれたスパゲティを頬張っていた。
「私はね、石川梨華…あなたは?」
名前…。
言いたくなくて、黙ってスパゲティに喰らいついた。
女の子は微笑みながら、ウチを見ていた。
何でか恥ずかしくて顔が上げられなかった。
食べた後、空になった皿をテーブルに置く。
女の子がそれを持って立ち上がった。
「おかわり、する?」
ウチは頷く。
女の子はキッチンへ行って、スパゲティを皿に盛る。
帰ってきて、彼女がこう言った。
「名前、言いたくなったら、言ってね?」
やっぱり、ウチはうんともすんとも言わず、再び食べ始めた。

117 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時58分54秒

食事のあとは、お礼のしるしに片づけを手伝った。
洗うのはウチで、食器を片付けるのが女の子…石川さん。
会話なんてものはちっともなくて。
水の流れる音と、食器がガチャガチャ言う音だけしかなかった。
言葉を発するのはいつも石川さんだった。
愚痴とか、世間話とか、アイドルの話とか。
ウチの知らないことばっかり。
そんなもんで、ウチはたまに頷いたりしてるだけ。
片づけが終われば、髪と爪を切って整えてもらった。
ウチはまた眠くなった。
あれだけ寝たのに…どうしてだろう…。
目をこするウチの仕草を見て、石川さんは、
「あ、眠い?もう寝よっか?」
と言った。
歯を磨いたら、寝室に連れて行かれた。
手を引かれると、ウチは母親を思い出して悲しくなった。
「あなたはベッドで寝て。私、ソファーで寝るから。じゃ、おやすみ」
ドアを閉められ、ふとベッドを見遣る。
シーツが新しいものに代わっているのに気付いた。
風呂に入ってる間に替えたらしい。
どうでもいい、早く眠りたい。
電気を消し、もぞもぞと布団の中に潜り込んで、目を閉じた。

118 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月25日(水)18時59分29秒

ここまで交信。

短いっすね、本当に…。
119 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時08分16秒

やっとエロイシーンに突入。

あの、エロイもの書くのは初めてで難しかったんで…。

笑ってやってください、作者の力量の無さを。
120 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時09分46秒

お、とうさ…ん…

おかあ…さん…

…体が痛いよ、ねぇ…。

真っ暗だよぉ…怖いよ…。

ん…?まぶし…。

あれ…ここって…。

あ、看護婦さんとかいる…。

…病院かぁ…。

って…何か、忘れて…あ!!

お父さんとお母さんは!?

どこ!?どこなの!?

やめろ、離せよ!!

お父さんとお母さんはどこにいんだよ!!

121 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時10分25秒

…は?

今、何て言ったの?

嘘…看護婦さん、嘘言わないでよ。

おかしくて笑っちゃうよ、えへへへ。

ちょっとさぁ、お医者さんまでどうしたの?

っていうかドッキリなんじゃないの?

カメラとか仕込んだんだろー。

…どうしてそんな暗い顔してんの…。

嘘だって言ってよ!!

冗談だって笑ってよ!!

何が一家心中だよ!!

ウチだけ助かったってどういうことだよ!!

ああ、もう…。

病院なんか…逃げてやる!!

122 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時11分15秒

点滴、引っこ抜いたから…血が…逆流してる…。

っていうか、どこだよここは?

もう…帰るところも、無いし…。

学校も…あさってから期末だし…。

卒業式も出れないじゃん…。

まだ、ウチ、中3なのに…。

もう、ホームレス…?

生きてく手段なんて…ないじゃん…。

…あ?話し掛けんなよ、リーマンジジィ。

タ○リそっくりだな、お前。

何だよ?何の話…え?

援交…?

…お金、くれるの?

123 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時12分06秒

4万円…?

お金、もらったけど…。

気持ちよくもなんともなかった…。

でも…仕事だと思えば…何人でもいいや…。

お金がもらえるんなら、それで…。

あ、今日は違う人だ。

いいよ、お金もらえるならいくらでも。

…は?ちょっと…。

何だよ!離せよ!!

騙しやがって!!

金なんか持ってねーよ!!

ジジィどっか行け!!

うあぁぁぁぁぁ!!!

124 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時13分21秒

ありゃ…ウチ、ぞうきんみたい…。

ボロボロだなぁ…へへへ…。

寒い…お腹すいた…。

ゴミでも何でも、食べなきゃ、死ぬ…。

イッテェ!殴るなよ!!

いいじゃねーかよ、ゴミでも食ってやってんだぞ!!

漁ってるわけじゃないっつーの!!

やべ、みんな集まってきた…。

くそ…逃げるか…。

橋の下とか、安全そうだしな。

でも他にホームレスとかいたら…。

ま、いっか。

仲良くさせてもらおう。

125 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時14分36秒

やっぱし橋の下っているもんだなぁ。

すいません、ウチも入れさせてくださいよ。

うわ、ありがとうございます。

ご飯までごちそうしてもらえるなんて。

寝る場所、少しでいいんで分けてください。

はい?一緒に寝ろって?

ははは、勘弁してくださいよ。

…マジっすか?

ヤらせないなら金出せ?

何言って…イテッ!!

ウチ、かなり甘かった…!!

くそぉ!!みんな一緒じゃんか!!

逃げなくちゃ、いつか死ぬ!!

死にたくないよぉぉぉぉ!!!!
126 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時15分38秒

「…ねぇ、ねぇ…大丈夫?」
また、嫌な夢を見た。
「夢見が悪いんだね…」
石川さんは、心配そうな顔でウチを見ていた。
「安心して眠れるまで、私がいるから…」
そう言った彼女は私には優しすぎた。
やおら起き上がり、ウチは石川さんを抱きしめてキスをした。
彼女は抵抗もせずに、キスに応えた。
何度も何度も角度を変えて、長くくちづける。
「…んん…ふ…」
ウチはそこで舌を差し込んだ。
「んぁっ…ぁ…」
彼女の声に、ウチは冷静になりながら、口中を犯す。
しつこく石川さんの舌を吸い上げる。
「…ん、ん…」
石川さんが喉を鳴らして、ウチの唾液を飲んだ。
更にウチは冷水を浴びせられたように、心が落ち着いた。
彼女は立っていられなくなり、ウチにもたれかかる。
その瞬間を計って、キスをしたままベッドに横たえた。
唇を離すと、石川さんは
「もっとぉ…」
と言って、ウチを抱きしめた。

127 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時16分39秒

ウチは、興奮なんてしていない。
性的な興奮なんかは起きる気配がしない。
機械的に、ただサイボーグのように。
ひたすら石川さんを攻めるだけ。
耳にキスをして、首筋に舌を這わせる。
彼女の肌はさらさらしていて、きめが細かい。
胸に触ると、柔らかい乳房にぽつんとしこった感触がした。
石川さんは寝巻きにしているTシャツの裾をズボンの中に入れていた。
乱暴にシャツをズリあげると、
「らめっ…」
なんて、舌ったらずに抵抗する声が聞こえた。
当然その意見は無視。
シャツの下には、剥き出しの大きな乳房があった。
女の子って、本当はこういう体なんだろうな…。
そんな意味の無いことを思いながら、それに吸い付く。
「…はぁ…やんっ…」
唾液をたっぷり塗りつけて、左の乳首を口に含んで甘噛みする。
右の乳首は手のひらで転がしたり、時々つねったり、引っ張ったり。
その度にびくっと動いて声を漏らす彼女。
左が飽きたところで顔を移動して、右を攻める。
片手では持て余すほどの乳房をぎゅっと握りしめても、ウチは満たされなかった。
128 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時17分56秒

「…も、もう…」
息も絶え絶えに、石川さんが言った。
ウチはまず、まだ鎖骨のあたりに引っかかっていたTシャツを脱がした。
服はうざいので、ベッドから放り投げる。
「投げちゃ…だめっ…」
いやらしい顔で訴えるから、何も言わせずにくちづける。
石川さんの腕がウチの首に絡みつき、彼女はいっそう積極的になった。
そのままズボンと下着に手を掛けると、石川さんは自分から腰を浮かせた。
ズボンも取り払ってしまうと、薄暗い部屋の明かりに石川さんの裸体が浮かび上がる。
「…あなたも、脱いで…」
彼女はウチのジャージに手を掛けた。
脱がされるのは時間がかかるので、自分で全て脱いだ。
「やっぱり…キレイ…」
ウチの体を見て、石川さんが呟いた。
何度キスをしても、彼女は飽きることなくウチの唇を求める。
そして、今度はウチが下になった。
ウチが彼女にしたのと同じように、ウチを攻めてくる。
鎖骨が好きみたいで、ずっとキスされたり、舐められていた。
ウチの息は荒くなるけれど、形式だけのものだった。
彼女はたまに、ウチを見て微笑む。
一生懸命な石川さんには悪いが、一切感じない。
129 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時18分53秒

未だウチの乳首をぺちゃぺちゃやっている石川さんを止めさせ、横たえた。
そして足を掴み、足の指の隙間からしつこく舐める。
「…うぅ…んぁ…」
歯を食いしばって、眉間に皺を寄せて、気持ちよさを表現する彼女。
それから足首、ふくらはぎと順番に舐めていく。
やっと内腿にたどり着くと、石川さんは震えた。
だからわざと、反対側の内腿に移動する。
「ぅん…いじわるぅ…」
ウチは彼女を無視して、ゆっくり茂みに触る。
それだけで石川さんが声を漏らした。
「…っはぁ…んぅ…」
既にびっしょりで、ずいぶん焦らされていたことを知る。
足をぐっと開かせると、生温い匂いがした。
そこはぬらぬらと光っていて、部屋と同じ、ピンク色だった。
襞を指で開いて、噛み付くように舐めまわす。
「ぅうっ…んっ…」
腰がびくびく動くので、石川さんの足を腕で固定して、顔から離さないようにする。
鼻に、小さく硬いものが当たった。
それに気が付き、乳首と同じ要領でそれを攻める。
「あっ、あっ、ん…」
次から次へと、あそこから愛液があふれてきた。
130 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時20分16秒

「…うーっ、んぅっ…はっ、あぁ…」
声が出る間隔が短くなり、絶頂が近いことを示す。
ウチは蕾を丁寧に剥きあげ、ぷっくりと出た真っ赤なそれを強く吸った。
「はぁぁ、ああっ、やあぁぁぁ!!」
大きく腰が浮き、痙攣したと思ったら、彼女は脱力した。
あそこから唇を離すと、糸がつうっと引いた。
彼女の表情は恍惚としていて、でもどこか虚ろだった。
シーツを握りしめたまま、天井を見ている。
ウチはその表情にムカついて、また足を開かせた。
「…ふぇっ!?」
イった直後ってすごく敏感なんだよね。
ウチは舌を尖らせ、舌先だけで蕾を攻めた。
「んぁぁぁ!へんにっ、なるぅぅ!」
それから急いで口をずらし、指を2本、あそこに挿れた。
「んん…ん…」
石川さんは少なくとも初めてではなさそうで、痛がらずにゆっくりと指をのみこんだ。
動かすと、彼女が両手を伸ばしてウチを求めた。
「ねえっ!だ、抱いて、て…!」
こう言うので、仕方なく口を離した。
彼女の腕の中に収まり、指はそのままに彼女の首に左腕を回す。
彼女を安心させたくなくて、動かす指の速度を上げた。

131 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時21分34秒

「はっ、はっ、ふぅっ、んっ…」
どんどん彼女が指を締め付けてくる。
彼女から染みてきた液体が手にかかり、濡れていく。
耳元で喘ぐ声を聞いていると、いつかの自分を思い出す。
名前も知らない男に体を売った、あの頃の自分を。
「んあっ、はぁっ、きもち、いい…」
耳に掛かる吐息が熱い。
あの男たちも、こうして楽しんでいたのだろうか…。
考えていることとは反対に、体の下腹部が熱くなっている。
「ねぇっ、いっ…い、くぅ…」
堕ちるところまで堕ちた。
もう何も…怖くない。
彼女の中で、指をクッと曲げた。
「いっ、くっ…のぉ…っ、ん、んんんん!!!」
石川さんが強い力でウチの指を締め付け、震え、果てた。
激しく呼吸をする彼女に軽くキスをする。
指を引き抜くと、どろどろした白濁液がべっとりとついていた。
わけもなく、ウチはそれをじっと眺めた。
そのうちに白濁液が指と指の間をつたって手の甲に流れた。
ウチが急いで手を舐めつくすのを、石川さんはボーッと見ていた。
気が付けば、ウチのあそこはびしょ濡れで、シーツにぬるっとしたものがついていた。
感じてなんか…なかったのに…。
132 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時23分07秒

とりあえずここまで交信。

エロくも何ともなくて…許してくださいごめんなさい。

133 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時23分46秒


そしてエロ隠し。

駄文なんでこうもしないと…。

134 名前:作者もどきな人。 投稿日:2002年12月27日(金)14時25分28秒


ヤパーリうまく書けないもんですね…。

修行します…。


135 名前:名無し茄子 投稿日:2002年12月27日(金)15時18分16秒
ずっとROMってました。
更新お疲れさまです!!
今回は思わずレスしちゃいました[笑]
いやぁ…作品の雰囲気が独特で、私の心をぐっとつかむんですよね。
こんな作品に出会えて光栄です。
これからも応援してますので頑張って下さい!
136 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月27日(金)19時00分42秒
吉澤さんにはそういう過去があったんですね…。そうか。
あとは石川さんの素性が気になります。
エロ部分は、淡々とした描写がかえって甘美な感じで、すごく萌えますた。
続き楽しみにしてます。
137 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時08分22秒

あけましておめでとうございます。

>名無し茄子さん
読んで頂いてましたか!
ありがとうございます。
今まで書いたものは全て未熟なものですので、精進します。

>名無しさん
吉澤、苦しすぎる過去ですね…。
駄文に萌えていただいてありがとうございます。
石川さんについては…そ、そのうちに(汗
138 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時08分54秒

ウチは、石川さんの希望で腕枕をしてやっている。
石川さんはウチをずっと抱きしめていた。
鎖骨のあたりに、おでこをくっつけながら。
何だか、真夜中にふたりっきりのような、そんな気がした。
彼女の髪を撫でながら思った。
誰もいないのなら、言ってしまおう。
「吉澤、ひとみ…」
「…ふぇ?」
「…名前…」
夢うつつの世界から現実に戻った彼女は、ウチから少し頭を離した。
「ひとみ、ちゃん…?」
上目遣いでウチの目を見てくるのが、ちょっと恥ずかしかった。
だから、小さく頷いて目を逸らした。
「ふふ…ひとみちゃん、かぁ…」
石川さんが嬉しそうに笑って、再び鎖骨のあたりに顔をうずめた。
「実はね、昨日、ひとみちゃんを見た時にね…」
掠れた声で話し出す彼女。
「この子、おっきな仔犬さんだなぁっていうのが、第一印象で…」
仔犬か…。
確かに捨て犬ではあっただろうけれど。
「私がお家に連れて帰らなきゃ、って思ったの…」
139 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時09分34秒

石川さんって、ウチの飼い主になるのかぁ。
なんて考えていたら、
「…ずっと…ここにいて、いいんだよ?」
と、言われた。
胸の奥に、変な安心感が浮かんできた。
でも、出て行けなんて言われたって、出て行く気はない。
きっと、無意識のうちにだけど、最初からそのつもりだった。
彼女はすでに、規則正しい呼吸を繰り返しながら眠ってしまっている。
ウチはまだ目が冴えて、ずっと石川さんの髪をいじっていた。
石川さんのことを考えながら。

見る限り、お嬢様の彼女。

ウチと正反対の境遇。

すごく穏やかな性格してて、育ちもいいんだろう。

世の中の汚れなんてちっとも目にしたことが無いような。

そのくせに好奇心だけは旺盛。

神様だけじゃない、世の中も不公平だ。

…堕としてやるよ。

…どこまでも堕としてやる…。

140 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時10分11秒

気が付けば寝ていた。
腕の中に石川さんはいなくなっていた。
今が何時か確かめようと思って壁掛け時計を見たら、まだ8時だった。
数時間しか寝ていないのに、起きてしまった。
柔らかいベッドの上とか、慣れないところで寝たせいか。
ため息をついた時、ドアが開いた。
「…起こしちゃった?」
すぐに首を横に振る。
白いダッフルコートの彼女がベッドの傍に来て、
「私、これからお仕事なの」
と言った。
ウチはじっと彼女を見つめる。
見上げながら、視線ははずさない。
「あの…朝ご飯はテーブルに用意してあるよ」
ふいに彼女が寂しそうな顔になった。
ああ…この子、我慢してる。
絶対に我慢してる。
「…夕方には帰るね。お昼ご飯、冷蔵庫に入ってるから」
石川さんは早口で言い終わると、ウチに背を向けながら部屋を出た。
「行ってきます…」
ドアの向こうで、独り言に近い声が聞こえた。
141 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時11分17秒

それから玄関の扉が閉まり、鍵をかける音がした。
静まり返った部屋の中で、ウチは下腹部に手を伸ばす。
あそこから出た液体は、相変わらずぬるぬるしていたけど。
すっかり冷たくなって気持ちが悪かった。
興奮なんて…しなかったはずなのに。
と、数分も経たないうちに、玄関の鍵をがちゃがちゃ回すのが聞こえた。
石川さんが帰ってきた…?
注意して耳を澄ませていると、疑問は確信に変わった。
部屋のドアが開くと、顔を真っ赤に染めた彼女が立っていた。
「…マフラー、忘れた…」
しかし、この部屋にマフラーはない。
昨日、リビングにコートと一緒に掛けられていたのを見た。
石川さんは部屋の中のクローゼットを開けて、
「あれぇ?どこにやったかなぁ?」
とか、白々しく言っていた。
ウチはベッドから出て、無意味に手を動かす石川さんを後ろから抱きしめた。
「…仕事、休みなよ…」
息がかかるように、そっと耳元で話し掛ける。
「…だめだよ、休めないよ。ほら、離して?」
彼女の手がウチの両腕を掴む。
掴んだところで、ウチの腕をちっとも引き剥がそうとはしない。
142 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時12分06秒

「…いいから、休んじゃいな…」
ウチはそうして、髪で隠れた彼女の耳にキスをした。
彼女より背が高くてよかったかも、と思う。
「んっ…ゃっ…」
肩をすくめて見せる石川さん。
でも、まんざらでもなさそうな表情。
口は半開きで、目は潤んでいる。
ウチは彼女の髪を耳に掛け、今度は直接舐めた。
「…はぁ…んん…」
耳たぶをゆるく噛んだり、唇で挟んだら、石川さんがウチによりかかった。
奥まで舌を差し込むと、彼女がウチの腕を強く掴んだ。
足が震えていて、立っていられないらしい。
ゆっくり座り込む石川さんに合わせて、ウチもしゃがんでいく。
しばらくそうしていたが、ふっと舌を離す。
とろんとした目でウチを見上げる彼女。
すると、ウチの顔を冷たい両手が挟んだ。

石川さんからの、2度目のキス。

昨日は触れるだけのキスだった。
今日は積極的に舌も使ってくれた。
きっとこれから、ウチはまた彼女を抱く。
143 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時19分29秒

…いいよ。

抱いてあげるよ。

一日中、抱いてあげる。

気を失うまで、抱いてあげる。

面倒臭いなんて、絶対に思わない。

求められれば、2倍、3倍にして。

その体を、めいっぱい愛するよ。

ああ、ほら…。

我慢しないで。

喘ぐ声が、聞きたいんだ。

気持ちいいって言ってごらん。

ウチに溺れて、沈んでごらん。

144 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時20分17秒

ねぇ、ねぇ。

仕事よりも何よりも。

快楽の方が大事なんでしょ?

キモチイイことが好きなんでしょ?

ご飯なんていらないくらい。

睡眠なんて忘れるくらい。

…おいで。

こっちにおいで。

汚れた下界が好きな、美しい天使。

快楽を覚えたばかりの、清純な天使。

今から、君を。

淫乱な娼婦に、堕としてみせる。







〜fin〜


145 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年01月05日(日)13時22分00秒

終わりました。

来週からイギリスに、2ヶ月ほど飛んできます。

帰ってきたら書きますので…。

本当、中途半端なヤツでごめんなさいごめんなさい。
146 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月12日(日)12時35分53秒
何かツボにはまりました。すごくよかった。
次回作は春になるんですね。お帰りお待ちしてます。
147 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月10日(月)20時17分59秒
待ってます保全
148 名前:名無し。 投稿日:2003年03月08日(土)01時42分34秒
作者さんが旅立ってから早二ヶ月。
いつまでも待ちます。
149 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)14時56分04秒

すいません、帰ってきました。
いやはや何ともはや。

>146 名無しさん
ツボですか、ありがとうございます。
もっと修行しますので、なまぬるく見守ってください。

>147 名無しさん
保全、ありがとうございます。

>148 名無し。さん
余裕で2ヶ月過ぎてますよね…。
お待たせしました、ごめんなさい。

交信します。
短いです。ごめんなさい。

150 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)14時56分44秒
















堕落論 〜another story〜











151 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)14時57分17秒


私は『偶像』だった。

いや、今も人の心に『偶像』として生きている。

自分から望んだ世界だと言っても、『私』はそこにいなかった。

テレビ・雑誌などでもよく見かけるアイドルなんて、そんなもの。

別に、それが嫌なわけじゃない。

私は『私』がいないことに、少し飽きてきただけ。

でも、仕事をやめよう、なんて少しも思ったことは無い。

『偶像』に魅せられて仕事を始める人。

『偶像』でいることに嫌気がさして仕事をやめる人。

そんな人を何度も、何度も見てきた。

どちらにしろ、ある種の不幸を背負うことだと、身をもってわかった。

この仕事は、いつも不幸からの脱却を許さない。


152 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)14時58分05秒

「あれ?石川、一緒に行かないのか?」
矢口さんが帰り支度をする私を見て、不思議そうに訊いた。
今日は珍しく、夕方までしか仕事がないため、メンバーはみんなで焼肉に行くそうだ。
「えっと…胃の調子があまりよくなくて…」

嘘。

行きたくないだけ。

『行きたくない』とはっきり言えばいいのに、嘘をついた。

「そっか…お大事にな」
「はい。お先に失礼します」
メンバーが一斉に『バイバイ』と言ってくれて、笑顔で楽屋のドアを閉めた。
みんなの笑い声とか、話し声とか、そういった騒音が遠ざかる。
すると、私の心が急速に冷えていくのがわかった。

私の嘘にすっかり騙された矢口さん。

騙された矢口さんを見て安心する私。

蔑むべきは、どちらでしょうか。


153 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)14時58分41秒


マンションに着いてタクシーを降りると、まだ夕方で、空が赤かった。
何となく、マンションの前の公園に行く。
入ってすぐ右に砂場があり、誰かの忘れ物か、赤いスコップが落ちていた。
そして左にはブランコと木のベンチ…ベンチに、誰かが寝ていた。

伸びきった髪の下の顔が見えなくて、性別もわからない。

長袖のシャツはボロボロだし、ズボンも真っ黒で擦り切れている。

靴は穴が開いていた。

(ホームレスか…)
もう帰ろうと思って踵を返した時、何か胸騒ぎがして振り返った。
私は吸い寄せられるように、ゆっくり近づいた。
歩を進めるごとに、変な臭いが強くなってくる。
すこしかがんで顔をよく見ると、女の子だとわかった。
「…大丈夫?起きられる?」
話し掛けても返事はなく、がちがちと震えていた。
丸まっていると仔犬みたいで、放っておけなくなった。
私はコートを脱いで彼女に掛けて、そっと起こす。
「家に…来ない?」
口から自然と出た言葉。
(私…何言ってんだろ…)
心と思考が、矛盾する。
154 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)14時59分11秒


彼女はすごく衰弱していて、歩かせるのが困難だった。
歩かせるといっても、ほとんど彼女を引きずるようにしていた。
ふと、彼女の横顔を見て思った。
垢で真っ黒だけど、本当はすごく美人さんなんだ、って。
肩にのしかかる体重が、彼女をリアルに感じさせる。

すれ違った人にじろじろ見られた。

遊んでいる子供たちが、不思議そうに指をさしていた。

そりゃ、見るのは当然だと思う。

ムカツクのでもなく、悲しいのでもない。

嬉しくも無いし、恥ずかしいのとは違う。

…変な感覚…。

部屋で彼女をベッドに寝かせたら、つい座り込んでしまった。
けれど、彼女が起きた時の為に、お風呂の準備もしなければならない。
ご飯も食べるだろうし、着替えも必要なんだっけ。
もしかしたら、風邪をひいているかもしれない。
急いでコートを着なおして立ち上がる。
規則正しい呼吸を聞きながら、私は部屋を出た。


155 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)14時59分49秒

買い物は予想外に長引いてしまった。
「やば…早く帰んないと起きちゃってるかも!」
もし起きていて帰ってしまったら、2度と彼女には会えない。
そう思うと、すごく不安になる。
買い物を終えて急いで帰り、お風呂の準備をしていた。
と、苦しそうな声が聞こえた。
「ぅう…や…め…」
何かと思ってベッドに近づく。

彼女は汗びっしょりで、うなされていた。

私と種類は違うけど、重いものを抱えているのだと、直感した。

私が起こすと、彼女はやおら起き上がって、きょろきょろし始めた。
ここがどこなのか、あまりわかっていないようだった。
公園から運んできたことを教えると、納得したように視線を落ち着けた。
それから、少し困ったような顔で、彼女がシーツを見ていた。
汚れたことを気にしているらしく、私はお風呂に入るように言った。
彼女の手を握ると、わずかにビクッと動いた。
だから、私はもっと手に力を込めた。

私もあなたと一緒だよ、って伝えるように。

156 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)15時00分21秒


脱衣所に案内しても、彼女は自分から動く気配がなく、私は彼女の服を脱がせてやった。
顔だけじゃなくて、体も真っ黒だけど、それでも元々は色白であることがわかる。
背も高くて、目も大きくて…。
地黒の私にとって、人生で最も欲しいもののひとつを、彼女は持っていた。

私も彼女も、重い荷物を背負っている。

そういう点では、ある意味、同じ人種だと言える。

なのに、かたやアイドル、かたやホームレス。

この違いが生まれたのは、神様のいたずらですか?

私は神様なんて信じない。

だから、神様を恨む時もある。

半ばネガティブになりながら、服の袖を捲くる。
シャワーのコックをひねってお湯を出す。
熱くないか確認して、彼女の頭をゆっくり濡らす。
無防備に目を閉じた彼女を見ていて、私は彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。


157 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)15時00分59秒


彼女の体が、綺麗になっていく。
黒ずんだ垢はお湯と泡とで渦をつくりながら、排水溝へと流れた。
その様子がしっかりと脳裏に焼きついて、何故か少し鳥肌が立った。
顔も拭いて洗い終えると、彼女と目が合った。
「キレイになったね…」
私はそう呟いて、吸い寄せられるように、彼女にキスをした。

泣きたくなるような安心感。

柔らかくて、男の人とは全然違う。

彼女を好きかどうかなんてわからない。

単に、人恋しいだけだと思う。

そばにいてくれるなら、誰だっていいの。

私は彼女にお風呂に浸かるように言って、台所に戻った。
指で唇をなぞると、仕事を始める前に、すごく好きだった彼のことを思い出した。
急に体の奥が疼いて、下腹部がじわっと熱くなった。
湧き出た欲情を打ち消すように、コンロの火を強くした。
お湯が沸くまでに、黒くなったシーツを替えた。

158 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)15時01分37秒

彼女はすぐにお風呂から出た。
駅ビルの中で買ったジャージを用意した。
彼女の好みもわからなかったから、無難な青色を選んだ。
私は彼女に下着から何から、全て着せてあげる。
彼女も私に任せっぱなし。
頭を拭いてやっていると、レンジのピーッという機械音がした。
台所に戻ろうとタオルから手を離した時、彼女に抱きしめられた。

私と同じ匂い。

体温がしっかりと伝わってくる。

彼女は、強く、強く、私を包む。

また、体の奥で炎が揺らめきだす。

…私、おかしいのかな…。

冷静を装って、彼女に訊く。
「…どうしたの?」
手を回し、私も彼女を抱きしめる。
彼女からの返事はなかった。


159 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)15時02分18秒

夕食の時、私は名前を教えた。
教えなくても、たいがいの人が知っている名前を…。
今日もブラウン管には私が映っているから、テレビは点けない。
テレビが点いていて当たり前のこの時代。
彼女はそんなことに気を止める様子はなかった。
ちょっぴり、ほっとした。
彼女は私を知らないみたいで、ただ黙々と、私が作ったスパゲティを食べ続けていた。
私も食べ終えて、片付けに取り掛かった。
すると彼女はすっと横に立って、洗い物を手伝ってくれた。
もちろん、何も喋らない。
愚痴などのつまらない話をするのは私。
でも、彼女はそれなりに相槌を打ってくれる。
メンバーとかマネージャーにすらしない話を聞いてもらうだけでも、楽しかった。
片付けの後は、伸びきった爪と髪を整えた。
耳の後ろを切りすぎたことは…内緒…。
そうして、彼女が目をこすりはじめたので、寝かせることにした。
どこに行くにも、私は彼女の手を引く。
ふと見ると、彼女は悲しげな目をして俯いていた。

やっぱり、何かあるんだ。

私まで辛くなった。

160 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月11日(火)15時03分00秒

ここまでです。
久々に書いたもので、ところどころ変な表現があると思います。
ご指摘などなど、おまちしております。
161 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)15時26分39秒
お帰りなさい。待ってましたー。(^^)
162 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)22時52分59秒
おかえりなさい。
another storyもイイですね。
こういう事情だったんですね・・
先を読むのが楽しみです。
163 名前:名無し 投稿日:2003年03月15日(土)23時52分11秒
おかえりなさいませ!
いやぁ、梨華ちゃん視点が読めるだなんて(泣
待ってて良かったです。これからも頑張ってください。
164 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月28日(金)16時05分47秒

ずいぶんと交信の間が開いてしまいました。ごめんなさい。

>161 名無しさん
帰りました。
お待たせしてごめんなさい。

>162 名無しさん
帰りました。
読んでいただけて嬉しいです。

>163 名無し さん
帰りました。
がんがります、有難うございます。


165 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月28日(金)16時06分40秒

彼女を寝かせてから私もお風呂に入った。
(…夢じゃないんだ…)
見知らぬ他人を家に招きいれて、かいがいしく世話をして。
まだ、名前も知らない人。
湯船に浸かりながら、浴室で彼女にキスをしたことを思い出す。

…また、体が熱くなる。

(…ダメ!何考えてんの)
勢い良く浴槽から出て、スポンジで体を洗い始める。
胸を洗おうとして、スポンジを落としてしまった。
何気なく、胸に目が行く。
ぬるぬるした手で左手を乳房に置いた。
すぐさま勃起した乳首が手のひらで感じられる。
(…もういいや…)
寂しい体に、快楽を与えるだけ。
親指と人差し指でそっと挟み、徐々に力を入れていく。
強く摘んだら、少し声が出た。
(聞こえちゃう!)
我に返り、スポンジを拾い上げてまた洗い始める。
でも、無駄な抵抗をしただけ。

166 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月28日(金)16時07分24秒

体中の泡を流そうと、シャワーのコックをひねる。
勢い良く出たお湯が体を滑り落ちる。
さきほどの刺激のせいか、胸にお湯がかかると、小さな疼きが起きた。
(我慢…できない…)
立ったまま、右足を浴槽の淵に乗せ、シャワーをあそこに当てる。
もちろん、胸をいじることも忘れない。
「…ぁっ…ん…」
シャワーを左右に揺らす。
あるいは、シャワーを近づけて、イキそうになったら遠ざける。
今日の仕事でへとへとになったことも忘れ、没頭する。

彼と別れてからは、男の人とちっともしていなかった。

そんなのに慣れっこだったのに、今になってどうして?

彼女にキスしたから?

彼女に抱きしめられたから?

人のぬくもりを、思い出したから?

欲しい…欲しい…欲しい…。

そうして、久し振りにイッた。

167 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月28日(金)16時08分21秒

お風呂から出て、寝る支度をしていると、声が聞こえた。
「…ううぅ…」
彼女はまた、うなされていた。
急いでベッドの傍に行く。
薄暗い中で見えたのは、私まで苦しくなるような現実。
脂汗を額に浮かべながら、歯を食いしばっている。
泣きそうな顔で布団を掴みながら。
「し…く…い…」
彼女が何を言っているのか、よく聞いてみる。

『しにたくない』

間違いでなければ、そう聞こえた。
私には大きなショックだった。
死にたくない、だなんて…。
生命の危機に出会うほど、悲しい命を生きてきたのだろう。

私は仕事でたくさんのお金を稼いでいる。

裕福な生活を送りながら、それでもぐずぐずと文句を言う。

ひねくれた、人間。

168 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月28日(金)16時08分59秒


「…ねぇ、ねぇ…大丈夫?」
揺さぶって起こすと、彼女は薄目を開けて私を見た。
いや、ぼーっと私のいる方に目を向けただけ、と言ってもいい。
「夢見が悪いんだね…」
彼女は意識をはっきりさせたらしく、目をぱっちりと開けた。
「安心して眠れるまで、私がいるから…」
微笑むと、彼女が起き上がった。
どこへ行くのかと思ったと同時に、彼女に抱きしめられた。
そして、乱暴にキスされた。

胸の奥が切なくなって、たまらない。

彼がいた頃の、懐かしいこの感じ。

私も彼女の唇を求める。
長く口付けていて、息が苦しくなり、
「んっ…はぁ…」
喘ぐ振りをして呼吸をすると、彼女が舌を差し込んできた。
私もそれに応えて舌を絡め、彼女の背に手を回す。

頭の中が…とろけそう…。

169 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月28日(金)16時09分41秒

「…ぁん…んん…」
ざらついたものが私の中で暴れまわる。
気が付けば、彼女に舌を吸われていた。
舌が持っていかれる感覚に、背筋がぞくぞくする。
二人の唾液が混じり、口の端からこぼれそうになった。
私は喉を鳴らして飲み込む。
眩暈を感じ、彼女にもたれかかる。
彼女に舌を吸われたまま、私はベッドに横たわった。
ふと唇が離れ、不安になってつい、
「もっとぉ…」
なんて、甘えてしまった。
彼女は素早く触れるだけのキスをして、目をじっと見詰めながら私の髪を撫でた。
それから彼女は私に被さって、耳にくちづける。
くすぐったくて首をすくめたら、耳の後ろから首筋をゆっくり舐められた。
そのまま彼女の手が私の胸に置かれる。
自分で触るのとは全然違う、ドキドキ感。
彼女がTシャツを上に引っ張り始めた。
(ごめんね…裾、ズボンの中に入れちゃって…)
彼にも言われた変な癖。
脱がしにくいから直そうとは思っていたけれど。
痺れを切らしたのか、彼女は無理矢理シャツを引っ張り上げた。

170 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年03月28日(金)16時10分46秒


本当にキリが悪いんですが、ここまでで…。

それに短いし…。

ごめんなさい…。
171 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月01日(火)01時28分13秒
なんか、こうゆうの大好きです。
続き待ってます!
172 名前:名無し 投稿日:2003年05月06日(火)21時07分29秒
保全
173 名前:七氏 投稿日:2003年06月15日(日)07時10分02秒
パソの前でもだえてしまいますた

続き激しく待ってます!
174 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月15日(日)20時11分21秒
hozen
175 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月17日(木)22時26分29秒
hozen
176 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年07月22日(火)16時50分11秒

ごめんなさい、もうちょっとお待ちください。

テストが多くて、まだ夏休みに入ってないので…。

8月になったら、交信します!!!!

それまで…どうか、どうか…許してください…。
177 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時43分54秒

シャツも伸びるし、私はカタチだけの抵抗をした。



そういえば…彼は私が抵抗すると優しく笑ってくれた…。
かわいいね、って何度も囁いてくれた…。



…あぁ。
また…ダブらせようとしてる…。


意識を彼女に戻したら、彼女は私の胸を弄っていた。
意地悪な触り方。
遊んでるみたいに、口に含まれる。
ずっと胸ばかり攻められて、私は我慢ができなくなった。
もう、自分でもわかるくらい、下の方はじゅくじゅくしてる。

「も、もう…」

彼女は乱暴にシャツを脱がす。
クールな顔だけど、ちょっとは興奮しているのかもしれない。
彼女に服を放り投げるから目で怒ったら、キスされた。
彼女の唇は冷たくて、悲しかった。


178 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時44分33秒


私だけ裸になるのが嫌で、彼女にも脱いでもらった。
ホームレスみたいな生活をしていても、女の子の体をしていた。
真っ白で…もっと、欲しくなる。

「やっぱり…キレイ…」
見つめていると、少し困ったように、彼女が俯いた。
私は深く口づけて、彼女を横たえた。
彼女の、キレイな鎖骨。
食べたいくらい。


ねぇ、私、もっとあなたとひとつになりたい。

今日初めて会ったひとだけど、愛したい。

全然違うようでいて、そっくりなあなた。

彼女は私。

私は彼女。

そう言えるように。

たとえあなたが望まなくても。

私は望むの。

ねぇ、今、何考えてる?


179 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時45分04秒


夢中で彼女の胸を吸っていたけれど、急にやめさせられた。
そうして私は足をしつこく舐められる。
もどかしくて、全身の神経がぴりぴりする感じ…。
「…うぅ…んぁ…」
私は少しだけ奥歯を噛み締めた。
我慢なんてする必要なかったのに。
さんざん焦らされた後、彼女はそっと茂みに触れた。
「…っはぁ…んぅ…」
声を漏らしながら、この子はすごく優しい子なんだろうな、って思った。
足を思いきり開かされて、私の羞恥心はピークに達した。
彼女がそこに触れたかと思うと、ぬるっとした感触と快感が、押し寄せてきた。


…心臓の奥底から、切なさが込み上げてくる。


絶頂を迎える寸前、私はいつもその切なさに悩まされる。

強すぎる快感に困っているから?
相手を好きで好きでしょうがないから?


考える意味はない。
答えが出ないまま、また快楽の頂上へと上り詰めた。


180 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時45分49秒


余韻、というのだろうか。
罪悪感とか、背徳感のようなものだろうか。

わからない。

なぜだかわからないけど、切ない。

すると彼女はムッとした顔で、また私の足を開いた。
「…ふぇっ!?」
ちょっと間抜けな声が出ちゃったけど…。
さっきと同じ要領で、彼女は私を攻める。
「んぁぁぁ!へんにっ、なるぅぅ!」
我を忘れそうな程の快楽に包まれ、彼女が私の中に指を挿れた。
私の指よりも細くて長い指…。
「んん…ん…」

また、切なさが押し寄せてきた。

私はとにかく抱きしめてほしくて、彼女にせがんだ。
彼女はそっと覆い被さってきたけれど、指はもっと早く動いた。

ぴちゃっ、ぴちゃっ。

とても淫らな、水音がする。


181 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時46分43秒


「んあっ、はぁっ、きもち、いい…」
彼女の耳元でそう言うと、彼女が大きく息を吸ったのがわかった。
何かを言おうとしてやめた、という感じに。

訊きたいけど訊けない。

体の奥がきゅんきゅんと疼いて、また絶頂が近いことを知らせる。
「ねぇっ、いっ…い、くぅ…」
そうして彼女は私が弱いポイントを指で触った。


…ホワイトアウト。


私の目の前は、真っ白に霞んで…。


彼女が私の愛液でべとべとの手を舐めていた。






182 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時47分40秒


私はイった後しばらくして、彼女に頼んで腕枕をしてもらった。
懐かしかったけど、新鮮。
彼女が抱きしめてくれると心地よくて、甘酸っぱいような胸の奥。
髪をゆっくり撫でてくれて、うとうとしていた時。

「吉澤、ひとみ…」

彼女の名前…?
きっとそうだろうと思いつつ、訊き返した。
「…ふぇ?」
「…名前…」

よしざわ、ひとみ。

そう言ったよね。
「ひとみ、ちゃん…?」

彼女は小さく頷いた。

ヨシザワ、ヒトミ。


「ふふ…ひとみちゃん、かぁ…」

私は彼女…ひとみちゃんを初めて見た時の感想を話した。
ひとみちゃんは私をあまり見なかった。

「…ずっと…ここにいて、いいんだよ?」

私がそう言うと、ひとみちゃんは柔らかな笑顔を浮かべた。

183 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時48分21秒


いつの間にか寝ていた。
起きたら7時半。
…いけない!今日も仕事なのに!
ひとみちゃんを起こさないように、かつ、急いで支度をする。
8時を過ぎて準備が完了したところで、部屋を覗く。
ひとみちゃんは起きていた。
「…起こしちゃった?」
そう訊くと、首を横に振ったので安心した。
「私、これからお仕事なの」
ひとみちゃんが、私をじぃっと、仔犬みたいな目をして見てる。

寂しいよ。行きたくないよ。

「あの…朝ご飯はテーブルに用意してあるよ」

行きたくない…。

「…夕方には帰るね。お昼ご飯、冷蔵庫に入ってるから」

もっと一緒にいたい…。

「行ってきます…」
私は呟いて、玄関を出た。




184 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時49分05秒


エレベーターのボタンを押して待つ。
いろんなことがフラッシュバックする。

ひとみちゃんの、茶色い目。

ひとみちゃんの、細い指。

ひとみちゃんの、白い肌。

ひとみちゃんの、…。

エレベーターが来た。
扉が開いて、私は足を一歩だけ進めて止まった。

ひとみちゃん…。

ひとみちゃん…!!!

もう、仕事なんてどうでもいい。
携帯の電源を切って、玄関まで走って戻る。

「…マフラー、忘れた…」

そう言って帰ってきた私を、ひとみちゃんは笑顔で迎えてくれた。


185 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時49分35秒


「あれぇ?どこにやったかなぁ?」
わざとらしく、意図を気付かれないようにゴソゴソとクローゼットを漁る。

ひとみちゃんはわかってる。
絶対にわかってる。

背中に視線を感じて、心臓が高鳴る。

ふと、彼女がベッドから出てきて私を抱きしめる。
「…仕事、休みなよ…」
耳元で言われたら…体の力が抜けるじゃない…。
「…だめだよ、休めないよ。ほら、離して?」
この言葉が形式的だって、自分でもわかってる。
体が、許してくれない。

今ならまだ引き返せる。
だめ、休んだりなんかしたら。
みんなに迷惑が…。

…ひとみちゃんからだめ押しの一言。
「…いいから、休んじゃいな…」

無断で仕事を休むの、ひとみちゃんのせいだからね。

エレベーターに乗る前から、覚悟してたけど。



186 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時50分08秒


そうして、私とひとみちゃんはその日、一日中、体を貪りあっていた。

電源を切っていたから、携帯も鳴ることはなかった。

翌日、私はこっぴどく叱られた。

けれど、叱られている最中もひとみちゃんのことばっかり…。

仕事から帰れば、ご飯も食べずに体を重ねる。

そんな生活がずっと続いた。

いつからか、ひとみちゃんは甘えるようになった。

私が疲れていて拒む日は、私を抱きしめて離さない。

疎ましいのに、離れたくない。

ねぇ、私、知ってたよ。

あなたが私を堕とそうとしてたってこと…。

でももう、気付いたでしょ?

逆に、あなたは私に堕ちたんだよ。

ふふ…。

アイシテル。












〜fin〜
187 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年08月12日(火)19時52分44秒

おわりました…。

本当に、ごめんなさいです。

ホゼンしてくれた方々、ありがとうございます。

次回は作者の中でのマイブームCPにチャレンジします。
いしよしは大好きですが、ちょい浮気。
そのCPは…






















あやみき(ボソッ)
188 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月14日(木)17時55分04秒
お待ちしてました(ボソ
そして、お待ちしてます(ボソソ
189 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)17時44分30秒
お待ちしております(ボソッ
190 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時17分11秒


更新が遅くなりました。


初のCPでドキドキしてます


191 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時17分44秒
















悲しき玩具














192 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時18分48秒

平成って時代は、ずいぶん前に終わった。

そんな時代なんて、受験生の時に歴史の教科書で覚えたくらい。

現在は、平成とは生活スタイルが多少似ている。

お祭りとか、伝統行事なんかも残っている。

ただ、ピンポイントで科学技術の進歩が著しすぎた。

機械化を楽しむ人が多い中。

ここから見れば、手も足も伸ばせないような、窮屈な世界になってしまった。

藤本美貴、18歳。

やっと大学生になったけど。

東京に出てきて、自由な一人暮らしだけど。

…狭いよ。

美貴の周り、何もないのに。

193 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時19分48秒

こういう気持ちを、幼稚園からの同級生のまいちゃんは

『ふさぎこんでる』

って言った。

美貴は基本的には明るいけど、根本的に根暗。

根暗な部分を、意地で他人に隠してる。

まいちゃんにはそれがわかるみたい。

だてに大学まで一緒じゃない。

お互いをよく知ってるから、まいちゃんは

『どっか行こう!元気出せ!』

って軽く笑った。

まいちゃんはいつもにこにこしてる。

だから美貴も、まいちゃんに負けないように

『うん』

って笑った。

194 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時20分49秒

『もう夏も終わりだしね』

と、まいちゃんは縁日に連れてってくれた。

縁日なんて、いつ以来だろうか。

古い神社の階段をゆっくり上る。

子供たちがはしゃぎながら美貴のそばを駆け抜けていった。

汗をかいた首筋に、生ぬるい風を涼しく感じられた。

上りきると、境内までの石畳の両サイドに屋台が隙間なく並んでいる。

昔のことなんて知らないはずなのに、懐かしい。

でもよく見ると、やはり機械化は進んでいる。

綿菓子も、焼きそばも、かき氷も。

全部機械が作っていて、人間はその動作をチェックしてるだけ。

昔の人が見たら、どう思うだろう?

味気なさに足下をすくわれながらも、美貴とまいちゃんは歩いた。

195 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時21分19秒

境内に近い屋台に、人だかりができていた。

『あれ、何かね?』

まいちゃんは興味津々だった。

一見、食べ物を売っている屋台には見えなかった。

すれ違う人の声を聞いた。

『育成ゲームの人間ロボット版だってさ』

『人を育成ゲームにするって趣味悪いよね』

勝手な言い分だよ。

お前らは散々、ロボットを育成ゲームに使ってるくせに。

気にいらなけりゃ電源切ってリセットするのに。

美貴がすれ違った人の背中をにらんでいたら、まいちゃんに

『ほら、行ってみよう』

って服を引っ張られた。

196 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時21分53秒

人をかき分けて屋台の前に立つ。

見て、びっくりした。

台の上には2歳くらいの女の子のロボットがずらり。

白いTシャツにデニムのスカートを履いた、女の子。

まるで射的の的のように並んでいる。

それらは足を投げ出して人形のごとく座っていた。

寝ているのか、瞼を閉じて。

まいちゃんがロボットたちの隣に立っている金髪の女性に声をかけた。

『あの、これって何ですか?』

『あ?あんた、買う気あるんか?』

『いえ、その…この子が興味あるみたいで!!』

まいちゃんは美貴の肩をがっしりとつかんだ。

『えぇっ!?美貴がぁ!?』

197 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時22分29秒

びっくりしていると、その女性は顔を輝かせた。

『ほんま!?買うてくれるんやったらサービスすんで!』

『いや、まず説明を…』

『せやな、何かわからんと買う気にもならんしな。
まぁ、簡単に言うとこれは育成ロボットなんや。
ご飯なんかは人間の子供と同じもんでええ。
トイレとかは必要なし。なぜなら食べた分のエネルギーを全部使ってまうから。
水に濡れても平気や。むしろ風呂に毎日入れんと壊れる。
大まかなことは以上。じゃ、お会計に…』

『ちょ、ちょっと待ってくださいよ!』

『何やぁ、結局あんたも買わんのかいなぁ』

『っつーかいくらなんですか、これは!』

『あんた、所持金いくら?』

『はぁ?今は…』

美貴の財布の中には、3000円しかなかった。


198 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時23分03秒

『せ、1500円くらい…』

『嘘付け!その倍はあるやろ!』

『え!!何でわかったんですか!?』

『あら、っていうことは3000円あるんやね』

『…カマかけやがって…』

『じゃ2000円にしとくわ。で、あんたにはこの子がええな』

女性は女の子を抱きかかえて、その頭をぽんぽんと叩いた。

すると、女の子の目がぱちっと開いた。

『ほれ、この人どうや?』

そして美貴とその子の視線がぶつかった。

大きな目で、上目遣い。

よくわかんないけど。

本当によくわかんないけど。




か、かわいい…。



199 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時24分20秒

『ん?なんや、あんたのこと気に入ったみたいやで?マジでお買いあげ決定やな』

『確かにこっち見てるけど、どうして美貴が買わなきゃなんないの?美貴、買わないかもよ?』

女性は、急にまじめな顔になった。

『気に入った人と過ごすのが、この子らの幸せなんや。
よう考えてみ、この子らはロボットや。
人間そっくりに作ってあるいうても、所詮、人間の女みたいに結婚もできんし子供も生めん。
俗に言う女の幸せは享受できん。
それとな、この子らは気に入らん人と一緒にいたら、すぐに壊れて死んでまうんよ。
壊れてしもうたら、この子らの人生はそこでおしまい。
あんたも嫌いな人と24時間365日おったら死にたいやろ?
そういうメンタルな部分は人間そのものやで。
気に入った人と、一瞬でも長くいることが幸せなわけよ。
ある意味、この子らは私の子供やねん。
子供には幸せになってほしいと思うのが、親心やろ?
せやから、あんたに…もらってほしいんよ…。
せめて、この子が最初に気に入ったあんたに…』

女性は、女の子を美貴に抱っこさせた。

女の子は、にへーっと笑って強くしがみついてきた。

すごく、その子を愛しいと思った。

200 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時24分57秒

『ってわけで、2000円な』

渋々お金を出すと、黙って見ていたまいちゃんが訊いた。

『あの、値段って決まってないんですか?』

『あぁ。お客の所持金によりけりやね』

親切なんだか不親切なんだか。

『でな、これが私の携帯の番号。説明書とかが一切無い代わりに何かあったらいつでもかけてきいや』

『そうだ、この子の名前、教えてくださいよ』

『そんなん自分で勝手に決めたらええのに…。一応、この子のモデルもいることやし、教えたるわ。
この子の名前は亜弥っていうんよ』

『亜弥ちゃんか…。他の子は何て名前なんですか?』

『それは企業秘密やがな。他にも買うてくれるんなら…』

『いいえ、もう結構です。さよなら』

美貴、何かうまくはめられた気がするんだけど…。

まいちゃんは、やっぱりにこにこしてた。

201 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時26分56秒














202 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時27分33秒








203 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003年09月04日(木)14時28分55秒

>188さん
ありがとうございます、お待たせしました(ボソ

>189さん
お待ちくださり、ありがとうございます(ボソソ
204 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)19時18分32秒
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
密かにお待ちしてました(ボソッ
続きお待ちしております(w
205 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/11(木) 07:33
続き超期待。
206 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/12(日) 01:23
保全
207 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:36

亜弥ちゃんを抱っこしながら、まいちゃんを駅まで送る。
初めて見る周りの景色に、亜弥ちゃんはきょろきょろしていた。
駅に着いて、まいちゃんがいたずらっぽい笑顔で言った。
「これから子育て、頑張ってね〜」
夕方の雑踏の中で彼女の笑顔だけが、ひどく明るい。
「…誰のせいだと思ってんの?」
「そんなことはいいとしてさぁ」
「オイオイ」
「亜弥ちゃんはみっきーに会えて幸せなんだよねぇ?」
まいちゃんが亜弥ちゃんのほっぺたを触った。
もちろん、亜弥ちゃんはきょとんとしながらまいちゃんを見つめていた。
「んー?亜弥ちゃんのほっぺ、気持ちいいじゃん」
「どれどれ?」
まいちゃんが楽しそうに言うから美貴も触ってみたけど。
こ、これが子供の肌か…。
もうすぐ19才になる肌とは大違い…。
触り比べてみて、ちょっと悲しくなる。

っていうか、本当にこれ、ロボットなのかなぁ。

人間と変わらないところが怖い。

現代の、科学技術が進みすぎたことを、実感させるから。


208 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:36

それからまいちゃんと別れた。
まいちゃんは最後に、
「亜弥ちゃんが、いつでもみっきーの元気の素になるといいね」
って、駅のアナウンスに潰されそうな、小さな声で言った。
もちろんあの笑顔は変わらなかった。

…亜弥ちゃん、ロボットじゃん。

とっさにそんなことを思ってしまった。
美貴は、返事のしようがなくて曖昧に笑った。
そんなことを思い出しながら、アパートに亜弥ちゃんとふたりで帰る。
家に誰かと一緒に帰るのなんて、何年ぶりだろう。
懐かしくて、胸の奥がふわふわする。

亜弥ちゃんをロボット扱いしていた自分がアホくさい。

そばにいてくれるだけ、ありがたいのに。

ドアの前に立って、鍵を開ける。
「亜弥ちゃん、ここが美貴の家だよ」
ドアを開けて中に入ると、美貴にはいつもの部屋だけど、小さい亜弥ちゃんの目にはどう映ったのか。
狭いしボロいしで、いい印象では無かっただろう。

でも、ここで美貴と一緒に暮らしていくんだよ、亜弥ちゃん。


209 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:37

美貴は亜弥ちゃんを降ろして先に手を洗い、ハンドタオルを濡らす。
そうして立ち尽くす亜弥ちゃんの手を濡れタオルで拭いた。
それが終わるとまた抱っこして、亜弥ちゃんをベッドの淵に座らせる。
美貴はそのまま床に座って、亜弥ちゃんに目線を合わせた。
「自己紹介がまだだよね。美貴は、藤本美貴です。み・き」
何で敬語なの?って自分で自分につっこんだりして。
亜弥ちゃんは美貴をじっと見てる。
「みっき?」
まいちゃんがしきりに『みっきー』と言っていたので、そのせいで覚えたのかも。
「いやいや、美貴。小さい“っ”は要らない」
亜弥ちゃんが首を傾げるのって、可愛い。
「みきぃ?」
呼び捨てって何か嫌だな。
「美貴ちゃん、って言ってみ?」
自分にちゃん付けですか。キモイ。
また自分でつっこんでるし。
「んー、んー…」
亜弥ちゃんは言おうとして一生懸命。
「みき、たん」
「うまく言えないね。“ちゃん”だよ」
「たん」
「“ちゃん”だってば」
「たん」


210 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:37

しばらくそんなやりとりが続いて、亜弥ちゃんは楽しくなってしまったのか、
「たん!たぁん!」
と、美貴を指して喜ぶ始末。
“美貴たん”なんて呼ばれるの、最初は嫌だった。
恋人が甘えてる時みたいな呼び方だったから。
けど、こればっかりはしょうがない、って諦めた。
亜弥ちゃんが呼びやすい名前で呼んでくれればいいし。
むしろ、亜弥ちゃんになら呼ばれてもいいかなぁ、なんて思い始めた。
少し眠くなって、亜弥ちゃんを抱きかかえながらベッドに横になる。
寝かしつけるように亜弥ちゃんの頭を撫でる。
髪の毛だって、人形やヅラみたいなキシキシしたものではない。
さらさらして気持ちいいくらい指どおりが滑らか。
亜弥ちゃんを作った人、すごいなぁ。
そのうち、亜弥ちゃんは寝てしまった。

亜弥ちゃんは子供特有の体温の高さまで人間と一緒だった。
ほかほかして、気持ちよくて。
やっと安心できる存在を見つけたような気がした。

まいちゃんの言った通りになるかも。

亜弥ちゃんが、美貴の、元気の素。

胸の奥がふわふわしたまま、美貴は寝ちゃったんだ。


211 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:38



うぁぁぁぁぁぁぁぁん。



「なっ、何!?」
時刻は既に午後8時、頭の上で急に泣き声がして、美貴は飛び起きたんだけどもさ。
寝ぼけ眼で見えたのは、先に起きて泣いていた亜弥ちゃん。
何故泣いているのか見当もつかなくて、おろおろした。
「何?どうしたの?」
亜弥ちゃんの目から流れる涙を指で拭ってやり、とりあえず膝の上に乗せる。
すると亜弥ちゃんは美貴の服をしっかりと握りしめ、肩のあたりに顔を押し付けてきた。
美貴が抱っこしたら泣き声がもっと大きくなったように思えたのは、亜弥ちゃんの顔が耳に近いから?

さっそく泣かせてしまって、申し訳ない気持ちが半分。

もう半分は、亜弥ちゃんが泣いた原因がわからなくて困った気持ち。

小さい体をしゃっくりで大きく揺らして、何を考えているの?

「よしよし、亜弥ちゃん、どうしたの?」
美貴が訊いても、泣いてばかり。
そのうちにイライラしてきて、美貴も無口になった。
亜弥ちゃんの背中をさする手は止めないけど、泣き声がひどくうっとうしい。

何で泣き止まないの。

何で笑ってくれないの。


212 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:39

泣き声にまぎれて、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、ちょっと待ってください」
亜弥ちゃんをまたベッドに座らせて、急いでドアを開ける。
すると大家の稲葉さんがいた。
嫌な予感はしていたけど。
「あ、こんにちは」
「いや、こんにちわやなくてさ、どうしたん?めっちゃ子供の泣き声しとるし」
美貴は入居以来、周りにうるさくないようにとできるだけ音を立てないようにしていたから、稲葉さんが来たのも無理は無い。
こんな小さいアパートなら、亜弥ちゃんの泣き声は全ての部屋に響き渡ってしまうだろう。
咎めるような厳しい顔の稲葉さん。
睨んでいるのは、目の前の美貴を通り越した、部屋の奥。
「すいません。しばらく親戚の子供を預かることになっちゃって」
「せやったら私に報告してぇな。何で黙っとったの?」

うるさいのは亜弥ちゃんなのに、どうして美貴が怒られなきゃなんないの?

「…ごめんなさい」
美貴は悔しくて涙が出そうなのを隠すために、謝るふりをして頭を下げた。
「あんただけのアパートやないんやで。そこんとこ、よう覚えといて」
稲葉さんは早口でそう言って、ドアを閉めた。

「…そんなん、わかってるよ」

213 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:39

泣きやまぬ亜弥ちゃんに近づいて、目線の高さをあわせる。
「ねぇ、亜弥ちゃん…」
亜弥ちゃんは顔を真っ赤にして、泣いている。
「…何で泣いてるの?お腹空いた?お風呂入りたい?」
やっぱり、頷きもしないで声をあげるだけ。
何をしたらいいのか、わからない。
亜弥ちゃんを膝に乗せて抱きしめると、鼓膜が破れそうなくらい、大きな泣き声。

亜弥ちゃんの泣き声が、美貴には遠く聞こえた。

ふとした瞬間に思い出す音楽のように、頭の中で響き渡っているだけ。

隣の部屋から壁をドンドン、と叩かれた。

ほら、うるさいって言われてるよ。

美貴が悪かったなら謝るよ…。

早く泣き止んでよ…。

何でもするから…。

泣かれるのだけは嫌だよ…。


214 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:40

「…ぅ…っく…」

気がつけば、美貴が泣いていた。
目じりからぼろぼろと涙が流れていくばかり。
(だめだよ…泣くの、やめなきゃ…)
目をこすって、ずるずると鼻水をすすって、歯を食いしばる。

すると、亜弥ちゃんが徐々に泣き止んだ。

きょとんとした顔で美貴を見てる。

まだ涙の残る目で、首を傾げる亜弥ちゃん。

(…可愛い…)
さっきまで亜弥ちゃんが嫌でしょうがなかったのに、そう感じた。
深呼吸して、美貴は独り言のように話し掛ける。
「美貴が泣いてちゃ、ダメだね…」
亜弥ちゃんの涙の跡を手で拭ってやった。
笑いかけてやると、亜弥ちゃんが小さな手を伸ばした。
何をするのかと思ったら、美貴の真似をして、美貴の顔を、涙の跡を払うように触った。
ちょっと、心があったかい。
「…ありがとう」
美貴を見上げる亜弥ちゃんの頭を撫でたら、亜弥ちゃんもやっと笑った。


215 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:40


結局、亜弥ちゃんが泣いた原因は何だったのかというと。
たぶん、美貴が寝入りすぎて放置されたことが悲しかったのだろう。
午後5時半に寝たのに、起きたのが午後8時ということを考えたら、そんな結論が5秒で出た。

そんなことに気がつかない美貴って…。

亜弥ちゃんが泣き止んでからは、ご飯も食べた。
何を食べさせればいいのか迷ったけれど、美貴が普段食べているものと同じのにした。
びっくりするくらい、亜弥ちゃんは少食だった。
そりゃ、子供だからある程度は少ないだろうけど。
おかず2品を2口ずつ、ご飯を3口、お茶を3口でお腹いっぱいになるらしい。
亜弥ちゃんに食べさせた箸で美貴も食べるから、間接キスになる。
でも、いかんせん相手は子供だし…。
食べ終わって、お風呂も一緒に入った。
亜弥ちゃんはぽよぽよしていて、子供の体ってこんななのか、と実感させる。

湯船につかって10数えることも教えた。

背中も洗いっこした。

誰かと一緒にお風呂に入るのが楽しいことを、思い出した。

…ここで言っておく。
別に美貴はロリコンの変態親父じゃない。
216 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:43

交信終了です。

<204さん
お待たせしました。
プレッシャーに弱いのであまり期待しないでください(汗

<205さん
ありがとうございます。
超期待されてもプレッシャーによ(ry

<206さん
ほぜん、ありがとうございます。
217 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:46

ご注意。

子供の頃の亜弥ちゃんはサルっぽいだとかいろいろありますが。

現在の亜弥ちゃんを子供にしてご想像ください…。


218 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/11/02(日) 14:47

でもやっぱりあれですね。

美貴たんがお母さんちっくになっていきますね(苦笑
219 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/03(月) 02:24
心が温まる話しでつね

次回更新楽しみに待ってます
220 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 21:40
次回も楽しみにしています。
221 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/12(金) 01:10
お待ちしてます。
222 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:20

亜弥ちゃんが家に来て2日目。
今日は晴天。
泣かせた(放置した)お詫びも兼ねて、服と靴でも買ってやろうと思った。
そう言えば午後からバイトがあった。亜弥ちゃん、どうしよ。
まぁ、それはさておき。
ぐっすり寝ているのを邪魔するのは嫌だったけど、せっかちな美貴はそっと揺り起こした。
「亜弥ちゃん、亜弥ちゃん」
亜弥ちゃんは薄く目を開けて、美貴の顔をにらん…いや、見ていた。
「そろそろ起きようね」
「…んー…」
亜弥ちゃんはイヤイヤをするようにうつ伏せになった。
美貴には時間がないんだから、二度寝されては非常に困る。
「ほら、起きなさい!」
抱き上げようとしても、シーツをしっかりと掴んで離さない。
(…何?この握力は…)
とりあえず、シーツを掴んだままの亜弥ちゃんを、向かい合うように膝の上に乗せる。
「起きた?はい、おはようございます」
頭を小さく下げて挨拶をするが、亜弥ちゃんはきょとん。
「…?」
「起きたら、言わなきゃいけないんだよ。言ってごらん?」
「…はよ、じゃいます…」
美貴の真似をして、亜弥ちゃんは目を擦りながら頭を下げた。

223 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:21

朝ご飯はパンにした。
他人に食べさせながら自分も食べるという動作に慣れるのは、きっとまだまだ先の話だ。
美貴の隣でもぐもぐと、一生懸命にパンを咀嚼する亜弥ちゃんに話し掛けた。
「今日はお買い物に行こうね」
「おかいもん?」
「…あ」
パンくずがぼろぼろと亜弥ちゃんの膝の上に落ちる。
美貴はすぐさま台ふきの上にそれを払った。
「亜弥ちゃん、喋るときは、ごっくんしてからだよ」
ジェスチャーつきで言うと、わかってくれたのか、
「あい!」
と、亜弥ちゃんは大きく頷いた。
パンが亜弥ちゃんの喉を通過したのを確認し、オレンジジュースを飲ませる。
3口ほど飲んだところで、亜弥ちゃんがコップを押しのけた。
もういらない、というサインだろう。
亜弥ちゃんはそのまま立ち上がろうとした。
「ちょっ、ちょっと待って」
パンくずが亜弥ちゃんの口の周りに付いていたので、テーブルの上に払ってやった。
そのまま美貴はパンを口に頬張り、急いでジュースで流し込もうとする。
亜弥ちゃんは美貴をじっと見たあと、いきなり美貴の膝の上に座った。
「ん?どうしたの、亜弥ちゃん?」
美貴が顔を覗き込むと、亜弥ちゃんはにへーと笑っただけだった。


224 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:21


「さて、そろそろ行こうか。亜弥ちゃん、行くよ」
支度を終えて、美貴は玄関でお出かけするのを待ち構えていた亜弥ちゃんに声を掛けた。
「あい!」
「はい、こっちのあんよ出して…はい、反対も」
亜弥ちゃんを買ったときに履いていた靴を履かせて、玄関を出る。
一緒に歩こうと思ったけど、よたよたとおぼつかない。
段差で転んだら大変だと思い、やっぱり抱っこする。
楽しそうに抱きついてくる亜弥ちゃんの頭の上で、美貴はため息をついた。
(甘いなぁ、美貴って…)
道を歩いていると、井戸端会議しているおばさんたちとすれ違った。
美貴の方をチラッと見て、ひそひそとおしゃべりが始まる。
(亜弥ちゃんのこと、美貴の子供だと思ってないでしょーね…)
それはそれで、しょうがないと思った。
美貴も子供が産めない年齢ではないわけだし。
(まぁ、いっか。それにしても…重た…)
だんだんと亜弥ちゃんがずり落ちてくる。
抱きなおして体勢を保とうとするけど、どうもうまくいかない。
抱っこに苦戦しているいるうちに駅前のデパートに着いた。
エレベーターで子供服売り場に行く。
扉が開くと、子供広場で子供の騒ぐ声が聞こえた。
泣き声から笑い声まで、果ては奇声までとバリエーションが豊富。

225 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:22

亜弥ちゃんと一緒に服を見て回る。
最近の子供服ってお洒落で可愛い。
でも…それなりの値段だから、シンプルなものしか買えない。
今回はパジャマ1着と普段着2着を買った。
これを亜弥ちゃんが着たら絶対に可愛いだろうな、と思うものを選んだ。
帰ろうと思ったら、同じ大学のゴージャス学生・飯田さんを見かけた。
飯田さんには1回だけ、バイトを紹介してもらったことがある。
時給の悪い家政婦のバイトだったけど…。
一応、挨拶をしておこうと、亜弥ちゃんを抱っこしたまま飯田さんに話し掛けた。
「こんにちは、飯田さん」
「あ、ミキティ。どうしたの、こんなところで」
「この子の服を買いに来たんですよ。ね、亜弥ちゃん」
顔を覗き込むと、亜弥ちゃんは飯田さんをびっくりしたような顔で見つめていた。
飯田さんを初めて見た時も、美貴は目を丸くした。
それくらい、ゴージャスだってこと。
どこぞのお嬢さんらしいけど、どこぞの世界と交信する人。
「うわぁー、可愛いねぇ。この子、ミキティの子?」
「いや、その…親戚から預かってるんですよ」
「ふーん。怪我には気を付けてあげてね。じゃ、カオリ行くから」
どうして急に怪我の話を…?そしてなぜ、子供服売り場に…?
疑問だらけの人を見送って、ふと亜弥ちゃんを見る。
亜弥ちゃんは、飯田さんの華やかさにうっとりしていた。
ゴージャス、好きなのかな…?


226 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:23


バイトがあるからと、美貴はまいちゃんに頼んで亜弥ちゃんを預かってもらった。
まいちゃんは美貴のアパートからそう遠くないアパートに住んでいる。
時計で計ってみたら、歩いて7分だった。
まいちゃんにそれを言ったら、くだらないよって一蹴されたっけ。
美貴は全国チェーン系列の某薬局でバイトしている。
もう、とにかく亜弥ちゃんのことで頭がいっぱい。
泣いてないかな、とか、まいちゃん困らせてないかな、とか。
最初は単なるロボットだからって冷え切った考えをしてた。
なのに、こんなにハマるなんて思いもしなかった。
美貴と亜弥ちゃん、すごく相性がいいのかも。
「へへへ…」
品出しをしながらにやけてしまう。
「…美貴ちゃん、ひとりでニヤニヤしてると気持ち悪いよ?」
「り、梨華ちゃん!いやいや、今のは営業スマイルだよ!」
バイト仲間の石川梨華ちゃん。
大学で薬学部にいるから、勉強のついでにバイトしてる子。
梨華ちゃんは大きなダンボール箱を美貴の隣に置いた。
「何かいいことあったんでしょ?はい、これも品出ししてね」
「もうすぐ閉店なのにまだ出すの!?」
「うん。明日、特売だからしょうがないよ」
「…わかった。ありがと」
この分だと、残業かなぁ…ガックシ。

227 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:23

猛スピードで品出しを終え、美貴はさっさと退勤させてもらった。
ダッシュでまいちゃんのアパートに向かう。
アパートが見えたとき、子供の泣き声が聞こえた。
「…亜弥ちゃんだ…」
まいちゃんの部屋が近づくごとにうるさくなっていく。
これなら稲葉さんが訪ねてきたのも頷ける。
急いで行ってドアをノックし、お迎えを知らせる。
「まいちゃん、美貴だよ!お迎えに来たよ!」
すると、困った顔のまいちゃんが亜弥ちゃんを抱っこしながらドアを開けてくれた。
「みっきー、待ってたよ〜」
「…たぁん!」
亜弥ちゃんは美貴を見つけるとぴたっと泣き止み、まいちゃんの腕の中で暴れ始めた。
「はいはい、亜弥ちゃん、みっきーに抱っこしてほしいんだね」
そして半ば美貴に飛びつくようにして、まいちゃんの腕から逃げ出す亜弥ちゃん。
「預かってすぐに寝たよ。すごく静かだったんだけどねぇ」
「ありがとう、まいちゃん。亜弥ちゃん、いつ起きたの?」
「うん、ついさっき。起きてキョロキョロしたと思ったら泣き出したの」
「そっか…」
亜弥ちゃんが美貴を探してたんだと思うと、少し切ない。
「そうそう、亜弥ちゃんさ、“たん”って言ってたけど、何?」
「…美貴の…ことらしい…」
子供のセンスってよくわかんないね、とまいちゃんは笑った。

228 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:24

自分のアパートに戻り、亜弥ちゃんと晩ご飯タイム。
スーパーのお惣菜ばっかりだけど、亜弥ちゃんと一緒なら何でもおいしい。
亜弥ちゃんは甘えているのか、美貴の膝の上から離れない。
美貴が小さい頃、お父さんの膝の上でお父さんと一緒にご飯を食べたことがあった。
今の状態は、まさにそれ。
でも亜弥ちゃんは少食だから、亜弥ちゃんの方が早く食べ終わってしまう。
亜弥ちゃんは美貴の箸が動くのをじっと見ている。
ふと、膝の上の亜弥ちゃんがから揚げをひとつ、手でつまんだ。
「こら!食べ物を…」
手でつかんじゃだめ、と言おうとして黙ってしまった。
亜弥ちゃんが、美貴にから揚げを差し出していたから。

「たん、あー」

美貴が亜弥ちゃんに、あーんして、っていうのを真似してる。

にこにこして言うから、何も言えなくなっちゃって。

美貴はから揚げにパクっとかじりついて、笑顔で亜弥ちゃんに言った。
「うん、おいしーよ。ありがとう、亜弥ちゃん」
「…あいがと」
亜弥ちゃんは何故か照れていて、でもかわいかった。

ちょっとだけ、幸せな気持ちになった。
229 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:27

交信しました…遅くなってすみませぬ…。

<219さん
温まりますか?ありがとうございます。
子供の亜弥ちゃん、自分も欲しいです…。

<220さん
お待たせいたしました、すみません…。

<221さん
本当にお待たせいたしまして…何と言ってよいやら…。

230 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:28


次回もあやみきが続きます。
全然短編じゃねぇじゃん、自分…。



231 名前:作者もどきな人。 投稿日:2003/12/12(金) 14:30



おそらく、もっと長くなります…。
っていうかストーリーは決まってるんですが。
どうしても成長していく亜弥ちゃんが書きたいんです…。
232 名前:あやみき信者 投稿日:2003/12/12(金) 18:57
いやいやいやいや!!!
長文大大大歓迎ですよ〜☆
ってか今日見て、更新されてるのを見てホントに嬉しかったです^^
この作品は今までに見たことのない視点だし、なによりも、
赤んぼ亜弥ちゃの可愛いスギです^^;

マイペースでもいいので、これからも頑張って下さいね☆
結構、素で期待してます(プレッシャー?w)
233 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/12(金) 21:51
ものすごく面白いんですが?
読んでてこっちまで笑顔になるんですが?
亜弥ちゃんを愛しいと思うんですが?
最高です、長編無問題。
234 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/12(金) 21:51
めちゃめちゃめちゃめちゃ可愛いんですけど!
ゴロゴロ転げまわるくらい可愛い。可愛すぎる。
もう、どんどんあやみき続いちゃってください!
そして、成長してく亜弥ちゃんを……ハァハァ
235 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/31(水) 21:50
お待ちしてます。
236 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/05(月) 23:58
なんじゃこりゃああぁぁぁああ!!
やばいって、まじやばいって。こんなのダメだよ…!!
読みながら自分の頬をバシバシ叩かないと意識が飛んでいきそうでした。
もうだめだ、お願いだからうちの子になってくれ。

あっでもこれから大きくなったら……亜弥ちゃんと美貴たんは…。

やっぱ亜弥ちゃんは藤本さんのものですよね。
うちの子になってくれとか失言もいいとこでした。
どうにも興奮を抑え切れなかったもので。長文スマソ。
237 名前:絶詠 投稿日:2004/01/06(火) 23:06
はじめまして。
今日見つけてドバーッと読みました。なんですか!?これは!
可愛すぎる!松浦さん可愛すぎる!藤本さんもいいキャラしてます!
またーりとお待ちしております。
238 名前:サクラ 投稿日:2004/01/10(土) 04:39
ねぇ、確かどっかに『国民ニ非ザルコト』って言う同じタイトルで
よっすぃ〜と梨華ちゃんがでてる小説ありましたよねぇ???なんか第2次世界大戦が
バックグラウンドみたいなやつでよっすぃ〜が男役のやつ。
239 名前:名無し 投稿日:2004/01/10(土) 09:32
238へ
この小説の始めの方にありますよ。
240 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/13(火) 22:22
お、お願いします…更新…を……
ちっちゃい亜弥ちゃん不足・゚・(ノД`)・゚・
241 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:37

亜弥ちゃんはかなり、几帳面らしい。
まぁ、ロボットだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど…。
「たん、はよじゃいますぅ」
「…ぉぁょ」
亜弥ちゃんはやっとつかまらないで歩けるようになった。
一緒に暮らし始めて早や2週間目。
5日目くらいまでは美貴が起こしていたのに、今では美貴が起こされるようになった。
バイトや授業の有無に関わらず、きっちり午前7時に起こしてくれる。
亜弥ちゃんはゆさゆさ揺すったり、ぽかぽか叩いて起こす。
(亜弥ちゃん…目覚ましにはかわいすぎる…)
くだらないことを考えながら、まだ布団の中でうとうと。
「たん、おっきすんのぉ」
“おっき”とは“起きる”ということらしい。
「…美貴、おっきヤなのぉ」
ついに美貴まで子供言葉になる始末。
ワンテンポおいてから、亜弥ちゃんが衝撃的なことを言った。

「おっきしないとぎゃくえびよ!!」

「…はぁぁ!?」
あ、亜弥ちゃん、今、何と?
美貴はがばっと起きて亜弥ちゃんに聞く。
「亜弥ちゃん、誰に教わったの…?」
亜弥ちゃんはニコニコしながら答えた。
「まいまいー」
「…あんにゃろ…」

242 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:40

亜弥ちゃんは少しずつ言葉を覚えてきて、美貴の言うことをわかってくれたり、わからなかったり。
時々、まいちゃんとかから余計な言葉を覚えてくるので困る。
意味なんかわかるわけがないのに、テレビで言ったこともすぐ真似する。
子供の学習に対する能力って凄いんだなぁ…と実感した。
すっかり習慣となったが、ご飯の時には美貴の膝の上に亜弥ちゃんが座る。
朝ご飯の時もテレビをつけているが、亜弥ちゃんはテレビに夢中でご飯を食べてくれない。
「ほら、亜弥ちゃん、ご飯食べよ?あーんして?」
「うん」
返事をしても顔はテレビのほうを向いたまま。
時間も無いし、仕方なくテレビを消した。
「あ!」
亜弥ちゃんはムッとした顔で美貴を見上げる。
美貴は怒った顔で言った。
「ご飯を食べない人には見せません。はい、あーんしなさい」
そうすると亜弥ちゃんはしゅんとして、小さく口を開けた。
美貴が一口食べさせると、やっとご飯に集中してくれた。
ため息をひとつついて、亜弥ちゃんに今日の予定を話す。
「今日は矢口さんのおうちに行くんだよ」
「あい」
「美貴が帰ってくるまで大人しくしてるんだよ」
「あい…ぅあ」
「ぬわっ!」
亜弥ちゃんは返事ついでに、美貴が持ってたみそ汁のお椀をひっくり返した。

243 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:40

矢口さんは美貴より2歳年上で、高校の部活の先輩だ。
彼女は背が低いからセッターとしてやっていたわけだけど、17歳――つまり高校2年で子供を産んだ。
それは美貴が入部した直後に知ったから、その時は既に育児と学業を両立させていたことになる。
学年の離れた人なのにあだ名をつけてもらったり仲良くなって、いろいろ面倒も見てもらったんだ。
矢口さんは高校を卒業したら結婚し、実家を出た。
『いつでも遊びに来ていいよ!うっさい双子怪獣がいるけどね!』
なんて言っていた。
大学が決まって電話したら、矢口さんの家は大学の近くだとわかった。
まさかまだお世話になることは無いと思っていたけど、亜弥ちゃんのことで頼らざるを得なくなって。
平日、学校やバイトの時だけ亜弥ちゃんを預かって欲しいと電話でお願いしたら、快諾してくれた。
『1匹増えただけじゃ何も変わんないからさ!キャハハ!』
ということで、美貴に怒られたショックでしくしくと泣く亜弥ちゃんを連れて矢口さんの家に行く。
校舎が見えるくらい大学に近い、立派な一戸建ての矢口家。
旦那さんは関西出身で有名企業の社員だって、ちょっと自慢してた。
インターホンを押すと、すぐに矢口さん…ではなく怪獣2匹が出迎えてくれた。
「「みきちぃー!」」
「あぁ、おはよー」
4歳になる双子の怪獣・のの&あいぼん。
本当の名前は希美・亜依なんだけど、あだ名で呼んでもらう方が好きなんだって。
ふたりとも、矢口さんの真似をして、美貴をあだ名で呼ぶ。

244 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:42

「おう、ミキティ!今日も目つき悪いな!キャハハ!」
矢口さんがエプロン姿で出てきた。
「……。矢口さん、今日も亜弥ちゃんをよろしくお願いします」
「まかせとけ!キャハハ!」
ののが不思議そうな顔で美貴に聞く。
「ねぇ、みきちぃ。どしてあやちゃんはないてるんれすか?」
「ん?ちょっと悪いことしたから怒っただけだよ」
そうとわかると、ののとあいぼんは亜弥ちゃんを一生懸命に慰め始めた。
「あ、矢口さん、そろそろ行きますんで…」
「いっておいで。今日は何時のお迎え?」
「4時くらいです。お願いします」
雰囲気で美貴が行くのがわかったのか、亜弥ちゃんは寂しそうな顔で見てくる。
「たぁん…」
しかもさっきまで涙目だったから、うるうるしてて。
でも時間は非情にも止まらない。
「亜弥ちゃん、またね。すぐ帰ってくるから少しだけバイバイだよ」
美貴は歩き始めながらバイバイをした。
あいぼんがお姉さんぶって亜弥ちゃんに言う。
「うちらとあそんどったら、みきちぃもすぐかえってくるで、がまんしぃや」
半分泣きそうな顔で、亜弥ちゃんは美貴に手を振った。
「「いってらっさーい」」
怪獣たちも手を振ってくれた。
何だか、胸の奥がきゅーんと切なくなった。

245 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:42

今日は2・3・4限の日。
お昼休みも亜弥ちゃんのことが気になるが、3限に小テストがあるので勉強に費やす。
食堂でご飯を食べながら教科書を見ていると、
「みっきー、おはよー」
と、まいちゃんの声。
まいちゃんは美貴に話し掛けたついでに前に座り、ご飯を食べ始めた。
美貴は今朝のことを思い出して怒った。
「あのね、まいちゃん!」
「ん?みっきー、あーんして」
亜弥ちゃんと時々食べさせあってるせいか、反射的に口をあけてしまう美貴。
「あー…ん!?」
美貴の口にまいちゃんがねぎを突っ込んだ。
すぐに水を飲んで流し込むけど…く、草っぽい感触が…オェ…。
「美貴、ねぎが嫌いだって知ってるじゃん!」
「好き嫌いはいけないよぉ、特に教育上悪いね」
ニコニコと悪びれる様子も無いまいちゃん。
そうだ、教育上で思い出した。
また水を一口飲んで、話し始める。
「まいちゃんには亜弥ちゃんを預かってもらったり、ありがたいと思ってるけどね」
「うんうん、ありがたく思って」
「でもね、亜弥ちゃんに逆エビとか教えたでしょ!」
「あ、実践したの?一応教えたんだよね、こう足首を…」
「教えるな!」
「次はジャーマンスープレックスかなぁ」
「言ってるそばから!」

246 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:43

「まぁ、それは冗談だけどね」
「その割には顔がうっとりしてたけどね」
「みっきー、亜弥ちゃんと暮らしてから元気になったよ」
思いがけない言葉に、ツッコミも忘れる。
まいちゃんはいつも突拍子もなく真面目な会話を始める。
いや、顔がいつも笑顔な分、そう思えるだけかもしれない。
「…そっかな?」
「うん、ふさぎこんでたみっきーとは違うもん」
「ふさぎこんでた美貴は何色?」
「えっと、群青色」
「今の美貴は?」
「そうだねぇ…ピンク」
「美貴、すごい女の子っぽいね」
「それくらい違うってこと」
昔から、まいちゃんは美貴を色に例えてきた。
まいちゃん曰く『雰囲気が見える』のだそうだ。
別に超能力だとか天才だとかではなく美的感覚だと思う。
笑った目の奥で何を考えているかわからないが、美貴はまいちゃんの例え方が好きだった。
「あ、今度の土日も亜弥ちゃん、よろしくね」
「最近バイト入れすぎじゃない?みっきー」
「うーん。お金ためないとさ、実家にも帰れないし」
「じゃ、帰るときは一緒に帰ろうよ」
「いいよ。どうせお隣さんだしね」

247 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:43

美貴は軽く頷いて、教科書に集中しようとした。
まいちゃんはご飯をさっさと食べて、教科書とにらめっこする美貴をニコニコ見ているだけ。
そのうちに、あと10分で3限が始まる時間になっていた。
観念して教科書を閉じた。
「はぁ…。全然覚えらんないよ…」
ふぅ、とため息をつくとまいちゃんが言った。

「みっきー、頑張ってね」

この時点でまいちゃんが省略した言葉がわかったけど、わざと訊いてみた。
「何を?バイト?」
ワンテンポ置いて、ふふっと笑ったまいちゃん。
「ううん、テ・ス・ト♪」
「何だか楽しそうな顔してるね」
「別にぃ〜。じゃ、あたし次は4限だけだから図書館行くね」
「そう。じゃーね」
手を振って、まいちゃんが見えなくなると、美貴は小さく笑ってしまった。
何も言わなくても、まいちゃんの言いたいことはわかった。

『亜弥ちゃんの為に、頑張ってね』

って。

応援してくれてんだか、からかってるだけなんだか。

まいちゃんに、ばれちゃったみたい。

亜弥ちゃんを美貴の実家に連れて帰ろうと思っていたこと。

美貴の育った家とか、いつも見ていた景色とか、亜弥ちゃんに全部見せたいこと。


248 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:44

4限を終えて、ダッシュで矢口さんの家に向かう。
息を切らしながらインターホンを押すと、玄関から飛び出てきたのはやっぱり怪獣2匹。
「「みきちぃー!」」
「ただいま!はぁ、はぁ…亜弥ちゃんは?」
ののが2階を指差して言う。
「ずっとねてたからいまおこしてるのれす」
「そっか。今日は何して遊んだの?」
今度はあいぼんが庭を指差す。
「ひるごはんまでどろだんごつくったんやでぇ」
「それから?」
「おやつまではおままごとだったのれすが…」
そこまで話すと、ふたりともしゅんとしてしまった。
「どうしたの?」
「あやちゃん、とちゅうでねてしもてん」
「ちょっとさびしかったのれす」
そんな様子に、子供ながらにそんなこと思うんだなぁ、と変に感心してしまった。
「そっかそっか」
そう言ってふたりの頭を撫でると、照れ笑いしつつも喜んでくれた。
そして亜弥ちゃんを抱っこした矢口さんが玄関から出てきた。
「あ、お帰り!」
「たぁーん!」
亜弥ちゃんは矢口さんから降りて、一目散に美貴に向かって走ってくる。
全速力なんだろうけど、見てるとよたよたしてて、ちょっと怖い。

249 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:45

亜弥ちゃんは美貴の足にぶつかると同時にぎゅーっとしがみついて、よろけそうになってしまった。
頭を撫でながらうまく引き離す。
「ただいま亜弥ちゃん」
「おかーりちゃい、たん」
亜弥ちゃんは美貴の顔を見て、にへーと笑った。
いつもお迎えの時は本当に嬉しそうに笑うから、美貴も笑っちゃって。
その顔がキショイとか、矢口さんにつっこまれてしまう。
(だって可愛いんだもん…)
とりあえず手を繋いで、矢口さんと怪獣たちに挨拶する。
「今日もありがとうございました」
「気にすんなよ!次はいつ?」
「えっと…来週の月曜です」
「了解!またな!」
「あっ、あやちゃん!」
そろそろお別れという時になって、思い出したようにあいぼんが亜弥ちゃんに耳打ちした。
「な?わかった?」
「うん!」
亜弥ちゃんとあいぼんとののは、顔を見合わせて笑った。
「何をナイショ話したんだぁ?」
矢口さんが不思議そうにあいぼんとののに訊く。
「「ないしょ!ないしょ!」」
「何でもいいけど、いたずらすんなよ!じゃ、またなミキティ!」
「はい、またお願いします」
「「ばいばーい」」
「ちゃいならー」
子供3人の別れを惜しむ声は夕方の住宅街によく響いて、懐かしい雰囲気がした。

250 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:45

晩ご飯の時、亜弥ちゃんはいつも先に食べ終わる。
でもここ2・3日、心なしか食べる量が増えたような気がする。
「おこめもっとぉー」
「あ、食べるの?はい、あーん」
ご飯を食べていると、ドアをノックする音がした。
「亜弥ちゃん、ちょっとごめん…はーい、どちらさまですか?」
ドアを開けると、そこには稲葉さんがいた。
「1回こっきりの登場やと思うたら大間違いやで!」
「…は?」
「そんなことはどうでもええねんけど!今月の家賃まだ?」
「あ!すいません、銀行に行ってくるの忘れて…」
亜弥ちゃんをお迎えしてそのまま帰ってきちゃった…。
あぁぁ、ウハウハしながら銀行の前を素通りした自分が憎い!!
「ごめんなさい、明日…」
「給料日が今日や言うから待っとったのに!」
稲葉さんは美貴に弁解する隙間も与えてはくれない。
「はい…」
「子供泣かせてうるさくするわ、毎月の家賃は延滞するわ、何やの一体!」
亜弥ちゃんは家賃と関係ないだろ。
むかつきながらも深く頭を下げて謝る。
「すみません…」
「すみませんじゃ済まんねん!ウチの生活費かかっとんねんから!」
「申し訳ありません…」
「申し訳あったら困るっちゅーねん!」
いちいちうるせぇよ、稲ババァ…!

251 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:46

すると、うな垂れる美貴の真横を何かが通り過ぎた。

「な、何やねんこの子!」

「うぁー!」

顔を上げて稲葉さんを見て驚いた。

亜弥ちゃんが泣きながら、稲葉さんをぽかぽか叩いている。

もしかして、亜弥ちゃん…。

「こらっ、やめなさい!」
美貴は亜弥ちゃんをすぐ抱っこして、稲葉さんから引き離す。
「…バカなんだから…」
小さく呟いて亜弥ちゃんに言う。
「ごめんなさい、しなさい?ごめんなさいは?」
「…めちゃぁー…。ごめちゃーい…」
泣いて謝る亜弥ちゃんに稲葉さんの表情が変わった。
一歩引くような感じの顔で、
「ま、まぁ痛くも無かったしええわ…」
というので、美貴はここぞとばかりに早口で言った。
「家賃は明日払いますので、待ってください。お願いします」
「しましゅ…」
「…あー、もうええわ、ほなまたな」
亜弥ちゃんの涙目が効いたのか、稲葉さんは怒るのを諦めた。
稲葉さんがドアを閉めていなくなると、亜弥ちゃんがビービー泣き始めた。


252 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:46

「ほらほら、泣かないでよ。また稲葉さんに怒られるから」

口では困っていたが、亜弥ちゃんが可愛くてしょうがなかった。

「たぁーん…」

亜弥ちゃんは泣きながら美貴に抱きついてきた。

膝の上で抱きしめて、背中をさすってなだめる。

「別に美貴、いじめられてたわけじゃないよ?」

小さな手。

小さな足。

しゃっくりだけで大きく揺れる、小さな体。

抱きしめるだけで、亜弥ちゃんの細さを実感する。

そんな体を張ってまで、いじめるなと言わんばかりに。

誰に教わるでもなく、美貴を守ろうとしたなんて。

優しい子だね、亜弥ちゃん。

美貴は優しい亜弥ちゃんが大好きだよ。


253 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 15:47




3日後。
「こら、亜弥ちゃん!」
「う?」
「ティッシュはおもちゃじゃないんだよ!もう!」
亜弥ちゃんは稲葉さんとの一件以来、『ごめんなさい』を覚えた。
「こんなにティッシュ出しちゃって…。めっ!」
箱から全て取られたティッシュを1枚ずつ、片付けていく。
「…めちゃーい」
上目遣いで美貴の様子をうかがう亜弥ちゃん。
(謝ればいいと思ってんだから…)
そんな亜弥ちゃんの目論見をわかっていて許してしまう美貴は、甘い。
「……」
亜弥ちゃんは、顔だけ怒っている美貴を見てニッコリ。
「たん、だいしゅき!」
誰がこんなこと言えって教えたんだか…。
だいたい見当はついてるけどね。
(ま、いっか…。粋なことを教えてくれるじゃない、あの怪獣たちは)
ふにゃふにゃな笑顔で亜弥ちゃんを抱っこして美貴も言う。

「美貴も亜弥ちゃんが大好き〜!」

「しゅき〜!」

お互いにそう言い合って、狭い部屋のなかでじゃれる。



今日も親バカ、継続中です。





254 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 16:01

たくさんのレス、ありがとうございます。
やっと交信できますた…。
何だか忙しくて風邪ひきました。

>あやみき信者さん
そ、そんなに誉められると調子こいてしまいます(w
ありがとうございますぅ。
赤んぼ亜弥ちゃんか赤んぼ美貴たんにしようか悩んでたんです(暴露

>233 名無し読者さん
ありがとうございます!
癒し系のものが書きたかったので書いてしまいましたが…。
まだまだ続きますよ!!

>234 名無しさん
まわれまーわれメリゴー(ry
ありがとうございます、うちの亜弥ちゃんは可愛くしますよ!!
もっと可愛くしたいと思います。
そしてハァハァな展開は期待しないほうがいいかと。

>235 名無し読者さん
お待たせいたしました、どうもすみません。

>236 名無し読者さん
ジーパァァァン!!!(w
やっぱり欲しいですよね、ロボ亜弥たん。
一家に一人、誰か作ってくんないかなぁ(w
ちなみに、あやみきの展開は作者も決めておりません。
ウヘヘ。

>絶詠さん
はじめまして、ありがとうございます!!
あやみきのふたりはとにかくキャラ重視しております。
またーりお待ちください、交信が少なくてごめんなさい。

>サクラさん
そうです。そのお話は自分の作品でございます。
印象に残ってくださるなんて、嬉しい限りです。

>239 名無しさん
わざわざありがとうございます!

>240 名無し読者さん
不足でしたか!!ごめんなさい。
カルシウムやビタミン並みにあやみきは不可欠ですね(w

255 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 16:02


今回は悪いキャラなI葉さんですがお許しを。

いつかどこかでいい役が回ってくるでしょう(w

またリアルあやみきを書きたいんですけどねぇ。

256 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/01/20(火) 16:03


まだまだ続きますよ、あやみきは…。


どこまで書こうか作者もわかりません。


よろしければこんな駄作におつきあいください。

257 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/20(火) 16:13
待ってたかいがあった……
も、萌えすぎてしにそうです……なるべく早く続きを…w
258 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/20(火) 22:28
更新キテタ━━━━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━━━━!!!!
この小説だいしゅきーーーーーーー!!!!!!!
259 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/23(金) 05:58
あやみきってホントにいいもんですね・・・萌えつきた。
260 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/02/07(土) 03:45
嗚呼、また欲しくなってきた。
ちっちゃい亜弥ちゃん不足です…。
261 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:41

春休みに突入したので交信いたします。

>278 名無し読者さん
甲斐の無い文章ですみません。
今回はけっこう短いです…。

>258 名無し読者さん
交信シチャイマス━━━━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━━━━!!!!
だいしゅきといってもらえて光栄でございます。

>259 名無飼育さん
萌えつきるのはまだ早いかと思われ。
あやみきはフォーエヴァーなので、これからも萌えポイントがたくさんあるはず!
一緒に見守りませう!

>260 名無し飼育さん
ちび亜弥ちゃんはミネラルと並ぶ不可欠要素ですね。
交信遅くてごめんなさい。

262 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:41

亜弥ちゃんと暮らし始めて1ヶ月。
子供が生活するリズムに合わせることにも慣れた。
いたずらを未然に防ぐこともよく考えるようになった。
もう何があっても怖くないぞって勢い。
でも、ちょっと困ったことが起きた。

「たぁん…たぁん…」
布団の中で、亜弥ちゃんは苦しそうに美貴を呼んでいる。
亜弥ちゃんは熱を出した。
休日の朝、珍しく寝坊したなと思ったら、寝ながらうめいていた。
嫌な予感がして、おでこに手をやったらかなり熱かった。
(ロボットなのに発熱…?メンテナンスに来てもらおうかな)
とりあえず熱さまシートを亜弥ちゃんのおでこに貼り付けた。
けど、亜弥ちゃんは嫌がってはがしてしまった。
仕方が無いので、代わりに濡れタオルを乗せたら大人しくなった。
「亜弥ちゃん、大丈夫だよ。すぐ中澤さんに電話するからね」
「たぁん、くるちぃよぉ…うぇぇん…」
とうとう泣き始めてしまった亜弥ちゃんのそばで、美貴は戸惑いつつ電話をかけた。
「もしもし?中澤さんですか?」
「あぁ?誰や?」
コワッ。声が怖い人なんて初めてだ…。
「…先月、露店で亜弥ちゃんをいただいた藤本です…」
「あっ、あんたか!どないしたん?」

263 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:46

「その…亜弥ちゃんが熱を出してですね」
「ほんまに?そら困ったなぁ」
何か、中澤さんの後ろですごくざわざわしててうるさい。
「いや、ヒトゴトみたいに言われても…メンテナンスに来てもらえませんか?」
「うーん。すまんけど、これからロンドン行かなならんねん」
「はぁ?何でですか?」
「りょ、学会…」
「今、旅行って言いかけましたね」
「そんなことあらへんがな!かんだだけや、ボケ!」

お、当たり。けっこうわかりやすいな。

「しかも今、空港ですよね?」
「…話を戻すで!熱やろ?そんなん愛のある看病したったら治るはずや!」
「待ってくださいよ!原因は何なんですか?」
「知らんわ!人間も時々、熱出すやろ?大丈夫やて、ほな時間やから!」
「あっ、ちょ…」

プツッ…ツー、ツー、ツー。

中澤さんは、本当に亜弥ちゃんを作った人なのか…。

それから何度も電話をかけたが、一回も繋がらなかった。
(何かあったら電話しろって言ったくせに…!!!)
美貴が一人で怒ってる間にも亜弥ちゃんの熱は上がったようで、激しく泣き始めた。


264 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:47

「くる、ちぃよぉ、うっ、うくっ、たぁん…」
亜弥ちゃんは泣きながら布団から両手を出して、その手が何度も宙を彷徨いながら美貴を探していた。
熱にうなされているのとは少し違うように見えたから、美貴は。
小さな涙がぽろぽろとこぼれたのを見た途端、美貴は申し訳なくなった。
「ごめんね、苦しいよね…ごめんね…」
掛け布団をめくってタオルを取って、ホッカイロ状態の亜弥ちゃんを抱き上げる。
慣れているはずの抱っこが切ない。
「どこが苦しいの?痛いところは無い?」
背中をさすりながら聞くと、不思議な答えが返ってきた。
「…たく、たくさん…」
「たくさん痛いの?」
訊き返すと、亜弥ちゃんは首を横に振った後、頷いた。
「そうじゃないのぉ、たくさんくるちいのぉ…」
「あー、たくさん苦しいの?そっかそっか」
言葉の組み合わせがおもしろくて、つい笑ってしまいそうになるのを我慢する。
最近の亜弥ちゃんは言葉を組み合わせることを覚えたばかり。
だから、変な言葉になることが多い。
(笑ってる場合じゃないんだけどね…)
とりあえずそのまま、背中をさすったりしていると、亜弥ちゃんの呼吸が落ち着いてきた。
それにどんどん重くなってきた。
たぶん、寝始めたから全身の力が抜けてきているのだろう。
美貴は起こさないようにまた布団に寝かせて、そっとため息をついて座り込んだ。


265 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:48

何かあったらすぐ対処できるように、美貴は2時間ほど亜弥ちゃんのそばにいた。
ぼーっとしながら辛そうな亜弥ちゃんの寝顔を見てると、美貴まで苦しい。
ふと台所に目をやって、思い出した。
(あ、そう言えばしょう油が切れてたなぁ。冷蔵庫も空っぽだし…)
起きる気配がなかったので、美貴は財布を持って家を出た。
駅近くのスーパーは夕方ということもあり、子連れの主婦とか制服姿の高校生とかでにぎわっていた。
「卵としょう油と…」
独り言を言いながらスーパーの中をぶらぶらしていた。
すると、急に目の前を小さな子供が走っていった。
どうやら迷子になりかけて、お母さんを見つけて駆け寄ろうとしていたらしい。
その親子は手を繋いで帰って行った。
美貴は立ち止まって、右の手のひらをじっと見た。
左手にはカゴ、右手には…いつもなら亜弥ちゃんの小さな手があった。
亜弥ちゃんがいないことに気がついて、寂しくなる。
(あーっ、もう早く帰ろうっと)
さっさとレジで精算して、早足でスーパーを出る。
ビニール袋をぶらさげて歩くうちに、嫌な予感がした。
予感というか、普通の人ならわからないだろうけど、亜弥ちゃんの泣き声が聞こえた。
これで何度目だ、稲葉さんに怒られるの…。
そんなことはともかく、何かあったらマジで、かなり困る。
全速力でアパートに戻って、急いでドアを開ける。
むわっとした空気が美貴を迎えてくれる。
「暑っ!亜弥ちゃん!?」


266 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:49


入ろうと思ってドアを閉めたが、入れなかった。
だって、亜弥ちゃんが玄関先で泣いていたから。
「たんっっ!!!」
亜弥ちゃんは美貴を見つけると、がばっと立ち上がった。
(うわ、来る!!)
そう思うが早いか、亜弥ちゃんがタックルみたいに抱きついた。
「あ…」
意外にも、亜弥ちゃんは熱くなかった。
「たぁぁぁん、もういっちゃやなのぉぉぉ」
ぎゅうっと強く強く抱きついて、ビービー泣いている。
美貴は亜弥ちゃんをそっと引き離して、目線の高さをあわせるようにしゃがむ。
左手の親指で亜弥ちゃんの涙を拭ってやる。
「ごめんね、買い物に行ってたんだよ。よいしょっと」
抱っこしてテレビの前まで歩き、亜弥ちゃんを膝の上に乗せて座る。
亜弥ちゃんは美貴にぴったりと貼りついたまま、泣きじゃくる。
「亜弥ちゃんは泣き虫だなぁ。何で泣いてたの?」
頭を撫でていると徐々に亜弥ちゃんは泣き止み、美貴に言った。
「たんが、どっかいっちゃうゆめみたの」
「うん」
「たーんってよんでもいっちゃうの」
「うんうん」
「あのね、すごぉくこわかったの」
「そっかぁ」
「でね、おっきしたらね、ほんとにたんがいなくなっちゃったの」
そりゃ子供には怖かっただろうから、美貴は何度も謝った。


267 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:49

翌日。
亜弥ちゃんはケロっとしていて、あんなに苦しがっていたのが嘘みたいだった。
朝ご飯を食べさせながら、亜弥ちゃんに言う。
「亜弥ちゃん、元気になったね」
亜弥ちゃんはいつものにへーという笑い方をした後、
「にゃははは」
なんて、亜弥ちゃんはそんな笑い方をするようになった。
「ごっちょーさま」
これは亜弥ちゃんなりの“ごちそうさま”らしい。
何度教えてもうまく言えないけど、美貴も覚えは悪かったし、いつか言えるようになるだろう。
「はい、おそまつさま」
美貴もやっと朝ご飯を食べて、カタイ文章の新聞を読み始める。
新聞は昔に廃止されかけたみたいだが、文化のひとつということで残った。
本当は必要ないんだけど…新聞の勧誘が断れなくて…。
新聞に熱中していると、亜弥ちゃんが、
「たん、こっちのてをだして」
というので、新聞を読んだまま左手を出す。
(…ん?何か手首が…)
視線を手首に移すと、美貴の手首に、引越しの時に使ったすずらんテープがぐるぐる巻きにされていた。
どこから見つけてきたのか…。
「…亜弥ちゃん、これは何かな?」
すると、亜弥ちゃんの手首にもすずらんテープがぐるぐる。
亜弥ちゃんと美貴の手首はそのテープで繋がっていた。
「もう、たんがどこにもいかないよーにしてるの」

亜弥ちゃんはまた美貴の膝の上に座って、にゃははと笑った。

268 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:53
以上で本日の交信は終了です。

短いですよね…。すごく…。

しかも間違えました。

264 ×『熱にうなされているのとは少し違うように見えたから、美貴は。』
     ↓
    ○『熱にうなされているのとは少し違うように見えたから、美貴は亜弥ちゃんの小さな手を握った。』

でした。
269 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:54


かなり間抜けなので、自分でさらしage。

交信のアピールと共に戒めの意味もこめてあげました。

270 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/09(月) 23:58

次回、ちび亜弥&あまあまみきたんのお話(『悲しき玩具』)はお休みします。

その代わりに、ネクラ亜弥ちゃんとアホみきたんのお話をひとつ、書こうと思っております。

けしてネタ切れとか、そんなんではございません。

…気分転換なんですよ、本当に!!
271 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 10:36
……萌え死んでもいいでつか?・゚・(ノД`)・゚・
272 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/02/11(水) 10:23
「ごっちょーさま」←可愛すぎ
273 名前:絶詠 投稿日:2004/02/11(水) 17:05
うわぁ〜もぅ〜(壊)
可愛すぎる!!
サイコーですよ!!もぅ!
次回の更新も待っております♪
274 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:10

どうも、遅くなりました。
すっごく書き溜めていたので…。

>271 名無飼育さん
だから萌え死んだら(ry

>272 名無し飼育さん
あっ、ごっちょーさま可愛いですか!?
ありがとうございます!!
作者からすると意外なところがツボなんですね!

>273 絶詠さん
サイコーとかおっしゃられてもはずかちぃです…(照
今回の交信は結構最初が暗いので…ひかないでくださいね。


では、いきます。
275 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:11

もう、こんな生活嫌だよ。

どうして毎日、クラスのみんなにいじめられるの?

睨んでも怒ってもやめてって言ってもやめてくれないし。

先生たちに相談しても、見て見ぬふりするし。

両親には迷惑をかけるから、言いたくない。

別に不仲ってわけでもないけど、言いたくない。

あたし、一体どうしたらいいんだろう。

学校も行きたくない。家にもいたくない。

だからって歓楽街は怖くて行けない。

あたしには居場所なんてないんだ。

あたしを好きになってくれる人はいないんだ。

掃除の時間、男子がわざと大きな声で言ってた。

『あいつ、分厚くてキモイ眼鏡かけてるよな』

『前髪長いしいつも下向いてるし、顔とかよく見たことねぇよ』

『絶対ブサイクだって。しかも喋んないから余計にキモイ』

『あいつ死んじゃえよー』

言われなくてもわかってる。

生きていく自信がない…。

276 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:11

今日は仮病を使って学校を休んだ。

午前10時、家には誰もいない。

あたしはお風呂場で、左手首にカミソリをあてた。

つまり、よくある自殺の手段を選ぼうとしているだけ。

手首を切ったらすぐにバスタブにたまっている水に浸すらしい。

カミソリは買ったばかりで鋭く光り、鈍く反射している。

早く、早くあたしの血管を切り裂いて。

血は枯れるまで、ひたすら流れてほしい。

死に近づくあたしを想像するだけで鳥肌が立った。

もうすぐ死ねる、と思うと心臓が高鳴った。

このつまらない世界から解放されるなんて、どれだけ素晴らしいことか。

苦痛だけと生きるより、死んでゼロに戻ることの方がよっぽど楽しいはず。

明日、きっとこのマンションは報道陣に囲まれるだろう。

あたしをいじめた奴らに人殺しという名の足かせを嵌めてやる。

今までのことに思いを馳せるのは終わりにして。

あたし自身を終わらせなければ。

あたしは右手のカミソリを強く握りしめた。


277 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:12

ピンポーン。

ピンポンピンポーン。

カミソリを持ったまま、硬直する。

これから死ぬっていうのに一体誰なんだろうか。

あたしはしばらく無視していた。

しかし、しつこくインターホンを鳴らされている。

ドンドンドン。

しまいにはドアまで叩かれた。

ドン、ドドン、ドン、ドドン。

リズミカルに叩かれると、無性に腹が立った。

同時に、訪問者を無視してまで死のうという気持ちが減った。

あたしはカミソリを置いて、風呂場から玄関に向かう。

覗き穴から見ると、黒のパンツスーツを着たかわいい女の子がいた。

ドアを開けたあたしは、すごくいぶかしげな顔をしていただろう。

「…何ですか?」

「あっ、こんにちは!松浦亜弥さんですか?」

「…そうですけど」

「私は今日、あなたの未来のために未来から来ました!イェイ!」

…はい?

278 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:12

亜弥はとりあえず、少女を家に上げた。
「…どうぞ…」
「おじゃましまっす」
リビングに案内して、ソファーに座らせる。
「お茶とかいらないから、お構いなく!はぁ、喉渇いた」
「……」
変なテンションの少女に、冷蔵庫にあったジュースをコップに注いで渡した。
「イヤァ、催促しちゃったみたいでごめんねぇ。いただきまぁす」
亜弥は少女がジュースを飲み終えると、質問した。
「…あの、さっき未来から来たって言ったよね?」
「うん、そう」
少女はありがとうと言いながら亜弥にコップを返した。
「…何で?あなたは誰なの?」
「そりゃ、まだまだナイショだね」
いたずらっ子のように笑いかけられ、亜弥は体の力が一気に抜けた。
「教えちゃうと未来で何かと面倒になるからね。でさ、これから亜弥ちゃんって呼ぶけどいい?」
亜弥は少女の話を半分聞かなかった。
こんなわけのわからない子のせいで死ねなかったと思うとムカツク、と感じたのだ。
「…帰って!!帰ってよ!!」
亜弥が立ち上がって少女の腕を引っ張る。
「えっ!?名前で呼ばれるの嫌だった?」
「そんなのどうでもいい!!帰んないなら警察呼ぶから!!」
少女は亜弥に引きずられ、玄関から放り出されそうになった。
「ちょい待って!わかった、全部話すから待ってってば!!」
「何なの!!」

279 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:12

「亜弥ちゃんは今日で死ぬんだよ!!それを阻止するためにここに来たの!!」
「…え?」
「本当だよ…」
亜弥が少女の腕を放すと、家の中は急に静かになり、二人の荒い息遣いだけが玄関に響いた。
少女は服装を整えて話し始めた。
「…亜弥ちゃん、カミソリで手首切って自殺する予定だったでしょ?」
「……」
「そうなんでしょ?明日あたり新聞とかでニュースになるから、知ってる」
「…だって…」
亜弥はぺたんとその場に座り込み、呟いた。
「だって、死にたいんだもん」
少女もしゃがみこんで、話を続ける。
「よく聞いて。今日、亜弥ちゃんは必ず死ぬ」
「…え?」
「運命なんだよ、亜弥ちゃんの。望まなくても今日、死ぬよ」
少女の端整な顔立ち、真剣な眼差しを真っ直ぐ受け止めた亜弥。
「じゃぁ、早く死なせてよ…死にたいよ!!!」
そう叫ぶと、亜弥の目から涙がぼろぼろと流れた。
少女は亜弥の眼鏡をはずし、優しく涙をはらってやりながら、静かに言う。
「嫌だ。亜弥ちゃんが死んだら、怒られちゃうもん」
「…誰に?」
「これから亜弥ちゃんと出会う人に」
「…その人、どんな人?」
「さぁね?私も知らないから何とも言えないんだ」
「……」
亜弥の視界はかすんでよく見えない。
けれど少女が微笑んだのが雰囲気でわかった。
生命にぐらついていた亜弥は、不思議な少女によって落ち着きつつあった。

280 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:13

その後、ふたりはリビングに戻り、温かいお茶を飲んで一息ついていた。
会話がしばらく無かったが、思い出したように亜弥が口を開いた。
「…あっ、あの」
「ん?」
「…あなたの名前…まだ知らないんだけど」
「あー、ごめんごめん。私は藤本…」
そこで言いよどんでうつむいたので、亜弥は急かすように訊いた。
「下の名前は?」
「……」
変な態度を疑問に思いつつ、再び訊く亜弥。
「ねぇ…名前は?」
すると、ぱっと顔を上げて笑顔で答えた。
その笑顔が少し悲しさを帯びていたことなんて、亜弥は見抜けなかった。
「美貴だよ。私は藤本美貴。どんな呼び方してもいいよ」
「じゃぁ、美貴た…」
言いかけて、亜弥は口をすばやく手で押さえた。
「どした?」
亜弥は顔を真っ赤にして小さな声で言う。
「…美貴ちゃんって言おうとして、美貴たんって…」
その一言に、美貴は手を叩いて爆笑した。
「あはははっ!別に言わなくてもよかったのに、それいいね!かわいいかわいい!」
亜弥が顔を赤くしたまま怒る。
「笑わないでよ!!ちっともかわいくないし!!」
ヒーヒー言いながら美貴は亜弥をいたずらっぽく見る。
「えー、そうなの?充分かわいいと思うけどなぁ…私のあだ名も亜弥ちゃんも」
「んなっ…」
亜弥はさっきよりも更に真っ赤になって、のぼせたんじゃないかと思うほど。

281 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:14

亜弥が手で顔をあおいで、わずかでも顔の熱を冷まそうとしている。
かわいいと言われて、卑屈な亜弥が顔を覗かせる。
その瞬間、頭の中は血の気が引いたように冷静になった。
「あたし…絶対に人としての魅力ないよ。かわいいなんて言われる資格もない」
「…何で?」
「クラスの男子にキモイって言われるし…女子には毎日いじめられるし…」
「うんうん」
「親はイイコにしてろってプレッシャーかけるし、髪も染めないで真面目にしてるだけなのに…」
今日知り合ったばかりの子に、こんなに話したことはなかった。
亜弥自身、話しながらそれを不思議に思っている。
「…小学生の頃に目が悪くなって眼鏡を掛けはじめたんだけど、ずっと自分の顔とかすごく好きで、自分でもかわいいって思ってたけど、ブサイクって男子みんなにからかわれて…。
それからは前髪も伸ばして、ポニーテールも下のほうで結ぶようになったの。下を向く癖もついて、あまり顔を見られないようにしてた。
もちろん誰かとしゃべりたくもなくなったし、友達もいなくなったし…」
美貴は亜弥が話し終えるまで、ただ黙って聞いていた。
「ふーん。それで死にたくなったわけだ」
「…まぁね」
「あっそう」
特に何も言われなかったので、亜弥は軽く肩透かしをくらったような気分だった。
「で、亜弥ちゃんはオシャレするの嫌い?」
「嫌いじゃないけど…」
「だよね。体型も細めだし、服も何気に可愛いし。眼鏡、ウザくない?」
「…ウザくなくはないけど…」
「ウザいんでしょ?よし、わかった」
「はい?」
「さぁさぁ、出かけるぞぃ!!」
今度は美貴が亜弥を引っ張る番となった。

282 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:15

マンションの外に出るや否や、美貴は亜弥の上下を確認しつつ前後左右をうろうろしながら歩いた。
「…歩きにくいんだけどぉ…」
「我慢して!亜弥ちゃんに危険が近づかないようにしてるの」
近所のおばさんたちがジロジロ見てくる。
駅近くのマンションの前まで来た時、上を見ていた美貴が拳をつくった。
「どうしたの?」
「亜弥ちゃんしゃがんで!!」
「えっ!?」
わけもわからずしゃがむ亜弥。
「…ッラァ!!!」
美貴が叫ぶのと同時にガシャーンという音が頭の上で聞こえた。
その直後、大量の砂と何かの破片が亜弥に降りかかってきた。
「亜弥ちゃん、大丈夫!?怪我してない!?」
美貴が亜弥を立たせ、全身についた砂を払ってやっている。
「…何があったの?」
「植木鉢が落ちてきたんだ。重たい陶器の鉢だったよ」
「嘘…」
「嘘じゃないよ。これでわかったでしょ?亜弥ちゃんは今日、死ぬ予定なの」
「こんなのは…」
「偶然じゃないよ。そのうちに実感すると思う」
美貴が頭の上の土を払ってやると、亜弥が眼鏡を取って目をこすりはじめた。
「痛ぁ…砂が目に入っちゃった」
その仕草に、美貴が血相を変えて亜弥の手を取った。
「亜弥ちゃん、目ぇこすっちゃだめ!砂じゃなくて破片かもよ!眼科に行こう、眼科!」
異物が入った目からあふれる涙でほとんど何も見えない亜弥の手を、美貴はしっかりと掴んでいた。

283 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:15

「…嘘つき」
亜弥は診察を終え、眼科の待合室で美貴の隣に座ると呟いた。
「何でぇ?」
「コンタクト作るなんて一言も言ってない!!」
軽く睨むと、美貴は亜弥の頬をつついて笑った。
「目の中の異物を取ろうとも言ってないけどね」
屁理屈を言われて言い返せず、亜弥はぷいっと向こうを向いた。
「怒らないでよぉ、亜弥ちゃぁーん」
美貴はニヤニヤしながら亜弥の前に回りこんだ。
「すっごくかわいいのに、怒ってたらもったいないよぉ?ほら、見てごらん」
差し出されたポケットミラーをおそるおそる、亜弥は覗く。
「あ…」
眼鏡のレンズで隠れていた顔の半分が、久々にはっきり見えた。
何と言うか、懐かしい感じ。
「松浦さーん、松浦亜弥さーん」
受付で名前を呼ばれたので、会計を済ませなくてはいけない。
「あ、お金…」
美貴の勢いに押されて財布を持ってくるのを忘れた。
亜弥が戸惑っていると、美貴が亜弥の肩を叩いた。
「いいよ、私が出すから」
「そんなの悪いよ!」
行こうとする美貴の服を、亜弥が掴んだ。
「払わせてよ。何かあった時のために、5万円貰ってきたんだ」
ほら、と美貴はポケットから5枚の紙幣を出した。
「…じゃぁ、お言葉に甘えて…」
そっと服を放すと、美貴は何故か嬉しそうに笑って、受付に歩いていった。

284 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:15

眼科のある建物を出ると、
「あっ!!」
と、美貴が叫んだ。
「今度は何?」
若干、亜弥はこの展開にはうんざりしてきた。
「亜弥ちゃん、髪の毛に砂が付いてるよ!」
「…で?」
何となく、美貴のすることがわかるようになってきた。
「髪の毛洗わないと虫が住み着くから、早く早く!!」
どうせ美容院に連れて行かれるのだろう、と先が見えた亜弥。
それはコンタクトをつけたから見えるようになったわけではないが。
抵抗しても美貴は強引だし、どうせ死ぬかもしれないし。
必ず死ぬのだとすれば、最後にもう一度、大好きな自分に会いたい。
明るくて、過剰なほど自信があって、アクティブな頃の自分に会いたい。
亜弥はそう思って、美貴の暴挙を楽しむことにした。
「はいはい、こっちだよ。気を付けてね」
「だからさぁ、歩きにくいんだってば」
美貴は相変わらず亜弥の周りをうろうろ。
いい加減に周囲の視線もふたりを変人扱いしている。
亜弥は恥ずかしくてたまらないが、一生懸命にうろうろしている美貴といると、楽しくなる。
美貴の警戒も激しいまま、美容院に到着。
普段は行かないような美容院の雰囲気に、亜弥は緊張する。
一方、美貴は慣れた様子で店員を呼び。ぼそぼそと小声で何か話していた。
亜弥がシャンプー台に案内される時、美貴は、
「いってらっしゃーい」
と、まるで子供のように手を振っていた。
亜弥も投げやりに手を振ると、例のいたずらっこのような笑みが返ってきた。

285 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:16

「…どう?」
「わぉ!めっちゃかわいいよ!!」
美貴の隣で美容師も笑顔で頷いている。
亜弥は前髪を切り、背中まで伸びっぱなしだった後ろ髪も肩までに整え、ついでに黒髪を茶髪に染めた。
最初は校則違反だと思ったが、ふとどうでもよくなった。
「これならいろんな芸能事務所からスカウトされまくるね!いやぁ、私の目に狂いはなかった!イェイ!」
大きな鏡に映る自分をじーっと見つめる亜弥。
「…かわいい」
「うん、本当にかわいい」
鏡越しに美貴を見ると、亜弥は体の中からムズムズするような楽しさが込み上げてきて、笑った。
何年振りかに、亜弥は笑った。
精算を済ませて外に出ると、通りすがる男性が振り返る。
久し振りの感覚に照れてしまい、下を向いてしまう。
すると、
「コラコラ、下を向かない!」
と言って、美貴が亜弥の背中を叩いた。
「下を向くと姿勢が悪くなって太るよ」
「そっ、それはやだ!!」
「だったら前か上しか見ないようにしなきゃね」
「っていうか前か上だけって、後ろから襲われたらどうすんの!」
「まぁまぁ。ところでお嬢さん、残りのお金は3万円以上あります」
「お金落としたら困るし、ポケットに入れるのやめたら?」
「イメチェンする時に行くところって、あとはひとつだけだよね?」
「あのさ、話聞いてないよね?」
「それはお互い様だよ。ねぇ、行くでしょ?ほら」
美貴が満面の笑顔で手を出す。
亜弥は大きく頷いて、美貴の手を取った。

286 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:16

「ねぇ、亜弥ちゃん。この時代でオシャレな服が買えるところっていうと渋谷とか原宿かな?」
駅のホームに着いて、ふたりはどこへ行くか話していた。
「あたしは…行ったことないからわかんないけど…」
「そうなの?未来で調べてきただけだし、私もわかんないや」
「わかんないのに行こうとしてるの!?まぁいいや…」
美貴は首をひねる亜弥を何となく見つめた。
コートの上からでもわかる、バランスのいい体。
ぱちくりきょろきょろ動く、大きな目。
彫刻のように鋭く美しい輪郭。
柔らかそうな唇。
見ただけで美貴の胸はきゅっと切なくなり、悲しくなって目をそらせた。
「ねぇ、未来の日本って、どうなってるの?」
亜弥が話し掛けてきた。
なるべくゆっくり亜弥の顔を見て答える。
「…そりゃ言えないよ」
「何で?」
「しゃべっちゃったら、他の人の未来まで変わりかねないから」
「ケチ!あたしにだけ教えてよ!」
「ダメダメ。絶対ダメ」
「あ、そ。でさ、気になってたことがまだあるんだけど…」
「何?」
「みきたん…は、いくつなの?」
初めて使ったあだ名にどぎまぎしながら訊く。
「ん、18才。もうすぐで19才」
「うそっ、2才も年上なの!?」
「イェス。他には?」
「何で喪服みたいな黒いパンツスーツ着てるの?」
「亜弥ちゃんに会うんならびしっと決めようって思って」
「ふーん…ケホッ」

287 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:17

亜弥が小さな咳をした後、美貴に向かって手を出した。
「何?何か欲しいの?」
「うん、小銭ちょうだい。喉がちょっと痛いから、売店で飴買ってくる」
美貴がポケットの中から大量の小銭を掴んで、手のひらに乗せた。
「好きなだけ持ってっていいよ」
「たくさんなんていらないから。じゃ、100円だけもらうね」
亜弥は美貴の手から100円をつまんで売店の方に走って行った。
「亜弥ちゃん、待って!ひとりじゃ危ないよ!」
そう言って小銭をポケットにしまおうとして、いくらか落としてしまった。
「あちゃー…」
しゃがんで1枚ずつ拾い終えると急に強い風が吹いた。
嫌な予感がして亜弥の方を見遣るが、亜弥は無事なまま歩いてこちらへ向かってくる。
ほっとしたのも束の間、がたんと大きな音がした。
亜弥の真横にある、大きい金属製の掲示板が倒れようとしていた。
「亜弥ちゃん!!」
叫んだ時には美貴はすでに走り出していた。
反射からか亜弥はすぐさましゃがんだのがせめてもの救い。
掲示板が亜弥の頭に接触するまで、あと1秒。
亜弥までの距離は約5メートル。
あんなのが頭を直撃したら脳挫傷。
さぁ、どうする。
美貴は一瞬で答えを出した。
掲示板を下から跳ね上げればいいんだ、と。
「…ドラァッ!!」
美貴は走る速度を落とさぬまま、掲示板の端を思い切り蹴り上げた。
ものすごく鈍い音がホーム全体に広がる。
すると、掲示板は重力に反してふわりと起き上がった。
その瞬間、美貴は全身で掲示板を押さえつけた。
「亜弥ちゃん、大丈夫!?」
「…うん…」

288 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:17

すぐさま駅員が駆けつけ、ペコペコ頭を下げて、掲示板を直して帰っていった。
亜弥は腰が抜けてしまったのか、ベンチに座ったまま動かない。
手足を投げ出して、その姿はまるで人形。
「…亜弥ちゃん」
美貴が亜弥の隣に座ると、電車の到着を知らせるアナウンスが響いた。
「ん?」
「元気?」
「…ちょっと怖かった…」
「そっか」
特に返す言葉もなく、美貴は亜弥の手を取る。
そして亜弥の手をそっと動かし、手を繋がせた。
亜弥はそこでやっと意識を取り戻したかのように、美貴の顔を見た。
美貴が微笑んだ。
「もうひとりでどっか行っちゃ、ダメだよ」
「うん」
「いつ、どんなものが襲ってくるかわかんないんだし」
「うん」
「まだまだ1日は長いから、気をつけないと」
「うん」
「亜弥ちゃんを死なせたくないんだ…」
美貴は繋いだ手に少し力を入れた。
手の温もりよりも、その力の入れ方にあたたかさがあって、とても優しい。
亜弥もにっこり笑って手を握り返す。
大きな音をたてて、電車がホームに滑り込む。
「さ、行くよ、亜弥ちゃん」
「っていうかさぁ」
ドアが開き、乗り込みながら亜弥が不満そうな声を出す。
「どうしたの?」
「もう12時半だよ?お腹すかない?あたしもうぺっこぺこ」
「じゃぁ、向こうに着いてからご飯にしよっか」
お嬢様のお気に召すまま、と歌うように美貴は呟いた。

289 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:17

昼食も済ませ、服もたくさん買って、今はひと休み。
渋谷のカフェで向かい合ってすわる美貴と亜弥。
亜弥は興奮が収まらないようで、ひたすらしゃべっている。
「さっきの服もかわいかったねぇ」
「あぁ、うん」
「っていうか、あたしが着れば何でもかわいくなっちゃうんだと思うけど」
「かもね」
「ねー、みきたん」
「ん?」
「何なの?さっきから上の空でさぁ。しかもボーッとしてる顔、コワイ」
ぷぅっとふくれっつらの亜弥。
「うーん、かわいいかわいい」
「話を逸らさないで!あんたの話してんのに!」
「亜弥ちゃんかわいいよー」
「…何かムカツク…もぉ、知らない!」
美貴はぼーっとしているようで、実は亜弥を見ていた。
たった数時間でこれほど変わるなんて、誰が想像できただろう。
「だいたいみきたん、あたしを洋服屋さんに置いてどっか行ってたでしょ?どこ行ってたの?」
過去と未来の人間が仲良くするなんて、きっとイケナイことなのに。
美貴は亜弥と会話しながら別のことを考えていた。
「ふふん、ナイショだよ」
「あー!またナイショって言ったぁ!秘密多すぎ!こうしてやる!」
「ココアとるなよぉ!自分のまだあるでしょ!」
「ん〜、おいし〜♪」
「くっそぅ…」
明るくて素直で、すごくいい子だ。
一緒にいて嫌な気分は全くしない。
ずっと前から友達だったような気さえしている。
それは勘違いの見当違いだってわかってるけど…。

290 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:18

スクランブル交差点のスターバックス前で信号待ちをしながら、美貴は服が入ったたくさんの紙袋を持ち直した。
手や肩にかかる重みは痛いはずなのに、どうしてか嬉しさも感じる。
それは隣ではしゃいでいる子のせいか…。
「ねぇ、みきたん」
「ん?」
「次はどこに行こっか?」
「えぇぇー、まだ行くのぉ!?もう午後5時だよ?」
「お金はまだあるんでしょ?」
「えーと。電車賃を引いたらあと2千円…かな」
「じゃ、さ。夜までブラブラしてぇ、晩ご飯食べて帰ろうよ」
「あのね、亜弥ちゃん」
美貴が怒ったような声を出した。
亜弥は相変わらず楽しそうに周りをキョロキョロ。
「何?あっ!あんなところにも看板があるんだねぇ」
「話を聞きなさい!あのね、早く家に帰って大人しくしないとダメだよ」
「何で?外の世界は危険がいっぱいだから!」
そこでちょうど信号が青に変わり、歩き出そうとしたが。
けたたましいエンジン音と共に、正面の道路からトラックがふたりに向かって突っ込んでくる。
美貴は紙袋と亜弥ごと抱きかかえて、人が居ないところを狙って横に飛んだ。
トラックはガラス張りのスターバックスに衝突し、割れた破片が八方に飛び散った。
「イテテ…亜弥ちゃん、怪我は?」
美貴は亜弥を立ち上がらせながら自分も立ち上がった。
「うん、擦り傷くらいだから大丈夫…」
亜弥の肘からはうっすらと血が滲む程度だったので、美貴は安堵のため息をついた。
そして冷静になって見渡してみる。
悲痛な叫び声や泣き声でパニック状態の渋谷。
粉々のガラスや砂を払ってやりながら、静かに言う。
「…やっぱり帰ろうよ、亜弥ちゃん」
亜弥は静かに頷いた。
ほどなくして、救急車のサイレンが聞こえた。

291 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:18

電車の中で美貴はただ、震える亜弥の手を繋いでいた。
時々、亜弥が泣きそうな顔で美貴を見てくるので、手の繋ぎ方を変えた。
いわゆる、恋人つなぎ。
こんなことをしていいのかと迷ったけれど、仕方が無い。
もっと安心してほしいし、傍で守っていることをわかってほしくて。
電車を降りて亜弥はふと立ち止まった。
亜弥の視線の先には倒れてきた掲示板。
美貴はこころもち、繋いだ手に力を入れた。
「…亜弥ちゃん、行こう」
悲しげな亜弥を連れて改札を抜けると、亜弥の地元。
「…こっちだよ」
亜弥は小さな声で手を引っ張り、歩道橋を上がる。
その力がとても弱くて、美貴まで悲しくなってしまう。
「…?」
美貴は何かの音が聞こえて、空を見上げて歩道橋の真ん中で立ち止まる。
ヘリコプターが飛んでいた。
「どうしたの?」
亜弥が振り返り、美貴にたずねた。
「いや、何でもないんだけどさ」
「変なみきたん」
照れ笑いをして前を向いた時、ヘリコプターの音が徐々に近づいてきた。
低空飛行かな、と思ったが何か違うのでまた見上げる。
ヘリコプターは煙を出しながらどんどん真下に下りてくる。
落ちてくる、そう直感した美貴。
「走って!!」
「えっ!?」
急いで歩道橋を駆け下り、走る。
と、すごい爆風と焦げる臭いが周囲を包んだ。
その勢いで亜弥と美貴は前のめりに倒れた。

292 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:19

「…大丈夫?亜弥ちゃん」
「うん…」
普段は穏やかな地元だが、さきほどの渋谷のようにパニック。
立ち上がって振りかえると、炎上したヘリコプターや乗用車。
「…こんなに…」
「ん?」
亜弥は目に涙を溜めて、美貴を見た。
「あたしが今朝死ななかっただけで、こんなにひどいことが起きるの!?」
「…そうだよ」
「他の人が犠牲になってるじゃない!!何であたしだけ!!」
「亜弥ちゃん…」
亜弥は美貴の胸倉を掴んで揺さぶった。
美貴は抵抗しなかった。
「答えてよ!!あたしひとりのためにみんなが死ぬの!?」
「…でも、亜弥ちゃんを死なせるわけにはいかない」
「何でよ!!」
「亜弥ちゃんと、これから出会う人のために」
そう答えると、亜弥は揺さぶるのをやめて美貴の肩を叩き出した。
「…もう、嫌ぁ…」
亜弥は下を向いた。
ぽろぽろ流れる涙は炎でオレンジ色に染まり、不覚にも美貴はそれを綺麗だと思ってしまった。
サイレン、消防車、警察官のカオスの中。
美貴はたまらず、亜弥を抱きしめた。
「ごめんね」
亜弥は何も答えず泣いている。
ずっと泣くのを我慢していたのだろう。
「午前0時が過ぎれば、全部終わるから…」
今日の運命を変えるだけなのに。
あと6時間だけど、絶対に彼女を死なせない。
未来を変えるためには、今を変えるんだ。

293 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:20

「ただいま…っつっても誰もいないか」
「おじゃまします」
ようやく家に帰って、すぐさま自室に案内する亜弥。
まだその目は赤いが、明るくしようと一生懸命な亜弥を見て、美貴が泣きそうだった。
「ね、亜弥ちゃん。家族のみんなは遅いんだね」
「うん。両親は共働き、妹は塾。どうぞ」
ドアを開けると、割と女の子らしい部屋。
擦り切れたり破れたりした、たくさんの紙袋を床に置く。
「っていうことはさ、晩ご飯とか、いつもどうしてるの?」
「いつも作り置きされてるから、チンして食べるの。あ、適当に座って」
美貴がベッドの淵に腰掛けると、亜弥も隣に座った。
亜弥が足をぶらぶらさせながら美貴に訊いた。
「…ねぇ」
「どうした?」
「12時過ぎたら、みきたんはどうするの?」
「帰るよ」
亜弥がハッとしたように美貴の顔を見る。
見るというか顔を覗き込んだ。
「どこに?どこに帰るの?」
「…いや、未来に」
亜弥のアップに顔を赤らめ、美貴はあとずさった。
しかし亜弥はお構いなしに寄ってくる。
「どうしても帰らないと…ダメなの?」
「うん」
しゅんとする亜弥。
「そっか…」
美貴はこれ以上距離が縮まるのは困ると思い、立ち上がって亜弥に言う。
「でもほら、これから出会う人だっているわけだし」
「だから誰なの?いつ会うわけ?」
「…詳しくは知らないけどさぁ」
そう答えたら、亜弥は仏頂面になった。

294 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:20

「怒らないでよぉ、亜弥ちゃん」
美貴が頬をつつくと、亜弥に上目遣いで見られた。
「怒ってるわけじゃないけど…」
「けど?」
「……」
何も言わないので、美貴は亜弥の頭を撫でた。
「で、何なのさ?」
亜弥が下を向いてすっと立ち上がり、床にうずくまって座ると小さな声で言った。
「…その、みきたんと、一緒にいれたら楽しいのになって…」
「…マジ?」
「うん」
「あのね、亜弥ちゃん」
「ん?」
美貴は亜弥と同じようにうずくまる。
「そりゃ…亜弥ちゃんと一緒にいたら私だって楽しいけど…。
私は未来の人間だから、過去の人間とはずっと一緒にはいられない…」
そこまで言うと、部屋がぐらりと揺れた。
そして本棚の上の方にあった辞書が何冊か、亜弥の頭めがけて落下する。
「危ない!」
美貴は見をていして辞書の雨から亜弥を守る。
後頭部や背中に本の角が当たったりもしたが、亜弥には傷ひとつつけさせない。
揺れもおさまりしばらくして、美貴が顔を上げる。
「…痛くなかった?」
「うん…」
半ば押し倒すような形になり、美貴は亜弥の顔を見てドキッとした。
亜弥が潤んだ目で美貴を見ていたから。
言葉にしなくたってわかる。
無意識のうちに誘っている目。
「…亜弥ちゃん」
そして亜弥はそっと目を閉じた。

295 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:21

美貴だって、亜弥のことは嫌いじゃない。

むしろ今日1日しか一緒にいないくせに、好きになっている。

こう、亜弥は相性がぴったりというか。

好きな人がいなかったから、ちょうどいいことはいいが。

なぜ、亜弥なんだろう。

どうして亜弥だったのだろう。

同性の恋愛は、未来ではそこまで嫌がられないけど。

過去と未来の人間は共生できない。

亜弥を未来に連れて帰りたい。

時間を止めてこの時代に生きていたい。

でもこんな気持ちは許されない。

逡巡した結果、美貴は亜弥からそっと離れた。
「…亜弥ちゃん、お腹すいたよぉ」
向こうを向いてわざと明るい、甘えるような声で言う。
精一杯の亜弥の勇気を無駄にして、美貴苦しかった。
亜弥が起き上がる気配がした。
「…そっか。もう7時過ぎてるもんね」
そう言うと、亜弥は静かに部屋を出て行った。
「ごめんね…」
美貴は面と向かって謝れない自分に苛立ち、舌打ちして床を拳で叩いた。

296 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:21

「ねぇねぇ、このシチューおいしいでしょ?」
「……」
「うちのお母さん、実は料理うまいんだよね」
「……」
「っていうかふたりで食べると味が変わるのかなぁ」
「……」
さっきから、ずっとこんな調子。
亜弥だけがしゃべって、美貴は黙り込んで。
食べる作業だけの美貴に、見かねて亜弥がスプーンを置く。
「ねぇ、みきたん」
「……」
「さっきから何なの?」
「……」
「黙り込んじゃってさ。そんなにあたしとキスするの嫌だった?」
そこで美貴の体がぴくっと動いた。
「あー、やっぱり嫌だったんだぁ」
「そんなこと…ないけど」
「やっとしゃべったね」
「……」
「また黙ったし…」
ふう、と大げさにため息をつく亜弥。
「あのね、あたし、キスされなかったこと引きずってないよ?」
亜弥は言い終えると、またスプーンを手にとって食べ始めた。
「だからさ、ね。楽しく食べようよ」
「……」
「だってあたし、諦めてないもん」
「…はい?」
「みきたんのこと、諦めないよ。未来までくっついてくか、みきたんをこの時代にとどまらせるよ」
「マジで?」
「マジだよ。っていうか、好きな人とかいないよね?」
亜弥がにこっと笑うと、美貴も笑顔になった。

297 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:22

食後はふたりで片付けをした。
途中で亜弥の妹が帰ってきて、姉の変貌振りにかなり驚いていた。
美貴に関しては、亜弥の友達だと言ったので、挨拶をしただけだった。
美貴がお風呂に入ろうとすると、亜弥まで入ってきて、ギャーギャー言いながら一緒に入浴。
今はお風呂上がり、部屋で亜弥が美貴の髪を拭いてあげているところ。
泊まっていけと亜弥は言ったが、0時を過ぎたら美貴は帰ると言い張るので、美貴はそのままスーツ姿。
亜弥はジャージを寝巻きにしている。
「はぁー、気持ちよかったよねぇ、みきたん」
「うん、ちょっとお風呂が狭かったけどね」
「しょうがないでしょ!ふたりで入ったんだからぁ」
時刻はすでに午後10時。
「はい、拭き終わったよ」
「ん、ありがとう、亜弥ちゃん」
数時間前に気まずい時間を過ごしたのが嘘のように、ふたりの距離は埋まっていた。
「…あと2時間だね」
「そんなこと言わないでよ、みきたん」
ふくれっつらで、亜弥がベッドに座る。
「へへへ、ごめんってば」
美貴もベッドに行き、亜弥の隣に座った。
そしてどちらともなく手を繋ぎ、そのままたくさん話をした。
テレビの話とか、アイドルの話とか、ほとんど亜弥がしゃべっていた。
それでも相槌をうったり、笑ったり、美貴は満足そうに亜弥の話を聞いていた。
「…うー…眠い…」
亜弥はそう言って、引き込まれるように寝てしまった。
美貴はベッドから降り、亜弥に布団をかけてあげた。

298 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:22

何となく、部屋にあるテレビをつけてニュースを見る。
今日の事故のことが特集されていた。
重軽症者はいるものの、死者は0名。
亜弥はものすごく泣いていたが、死者が出ないことは何となくわかっていた。
だからこそ亜弥を励ますこともできたのだと思う。
ほっとして時計を見る。
もう11時50分。
何だか咳が出るが、変なウィルスでも吸い込んだのだろう。
まだ亜弥の両親は帰ってこない。
そろそろ自分の役目も終わりだろう。
亜弥の顔を見ているだけなのに心臓がはねて息苦しい。
「…さよなら、亜弥ちゃん」
聞こえないくらい小さな声で、規則正しい寝息を立てる少女に言う。

「火事だ―――――!!!!」

と、どこかから聞こえてきた大声。
「え!!!」
だから咳き込んでいたし、息苦しかったのも気のせいじゃないのか!
最後の最後でここまでやるか、神様!!
「亜弥ちゃん、起きて、亜弥ちゃん!」
しかし亜弥は一向に起きない。
「…くそっ」
先に亜弥の妹を外に出して逃げさせる。
ドアを開けると煙が中に入ってきた。
火元はどうやら真下の部屋。
今の季節は冬ということもあり、火の周りが異常に早い。
ガラスが割れる音がしてリビングを見ると、ベランダから燃え移ったのか、すでにリビングが火に襲われている。
ぼーっとしていると焼け死ぬ!!

299 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:23

「亜弥ちゃん、起きて!!起きないと死ぬよ!!」
「…うぅ…ん?」
「下の部屋が火事なんだよ!早く逃げないと!」
「えっ!?」
「早く、行くよ!」
美貴は亜弥の手をとってベッドから引っ張り出す。
部屋から出ると、真夏のように暑かった。
「あつっ…」
急いで玄関を出て下に降りようとするが、1つしかない階段から降りようとする。
しかし、大きな爆発が下から巻き上がった。
「きゃぁっ!!」
階段からは火の海。
こうなれば、上に逃げるしかない。
ここは10階建ての9階、屋上に行けば少しは時間稼ぎも出来るだろう。
「亜弥ちゃん、屋上だよ!!」
亜弥の手を引っ張ったまま階段を上がり、屋上に繋がる扉の前まで来る。
ノブを回しても開かなかった。
体当たりしても、分厚い鉄の扉はびくともしない。
そうこうしているうちに煙が上がってきた。
「みきた…苦し…ゲホゲホッ」
亜弥が咳き込み始めた。
「肝心な時に…!!オラオラ!!」
美貴は足で思い切り蹴飛ばしてドアを開けた。
外に出て、美貴はまた足で扉を閉める。
「みきたん…怪力なのね…」
「…まぁ、ね」
消防車のサイレンとパトカーのサイレンが輪唱しながら近づいてきた。
遠くに見えた観覧車の時計は、11時57分を表示していた。
たぶん、これでもう安心だろう。
「ね、亜弥ちゃん」
「何?」
「私、亜弥ちゃんに嘘ついてた」

300 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:23

「え?嘘?こんな時に何?」
「私さぁ、本当は人間じゃないんだよ」
「は?」
「小さい頃、ひどい事故に遭って…脳と心臓だけは人間。その他は全部、人間に似せた機械」
「…何、それ…」
「亜弥ちゃんを守ってた時、気付かなかった?かすり傷ひとつ、負わなかったよ。鉢を殴った時も、掲示板を蹴った時も…痛くなかった」
「そんな…」
「あと、私の本当の名前は藤本美貴じゃない。私のひいばあちゃんのばあちゃんが藤本美貴っていうんだ」
「……」
「藤本美貴はこの時代の人でね、過去と未来を行き来できるようになったら、亜弥ちゃんを助けてっていうのが、遺言らしい」
「あたしを…」
「そう。亜弥ちゃんと、藤本美貴の未来を変えることになるんだよね。でもさ、笑っちゃうんだけど、死ぬ前の亜弥ちゃんとは面識がないんだってさ。
かなりアホだよ、亜弥ちゃんが死んだのをニュースで知って、ピンと来たんだって。助けないとって、思ったらしい。
だからいつ亜弥ちゃんと出会うかも、私は知らないわけさ」
「へぇ…」
ちらっとまた時計を見る。
もう11時59分。
「さぁ、もう行かなくちゃ」
「やだ!!行かないでよ!!」
亜弥が美貴に抱きつく。
美貴が優しく、亜弥の腕をほどいた。
「ごめんね、バイバイだよ」
そうして美貴はものすごい速さで走って柵を乗り越える。
「みきたぁん!!」
亜弥が追いかけてくる前に、美貴は叫んだ。
「この顔、よく覚えといてね!!!」
意味不明な言葉を残し、美貴は飛び降りた。

301 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:24

亜弥が追いかけて下を見るが、あの少女の影はどこにも無かった。
最初に名前を名乗ることをしなかったのも、名前を聞いた時に悲しげな笑顔を浮かべたのも。
全部、優しい嘘。
亜弥は少女がいなくなったことに泣いた。
行かせたくなかったが、優しく拒否された。
『これが運命なんだから』とでも言いたそうな目をしていた。
1日だけの恋だけどしょうがないよ、って聞いた気がした。

「…誰か…誰かぁ――――!!!」

亜弥は叫んだ。
死にたがっていた自分を見つけてくれた少女。
死ぬなとか、少女は何も口にしなかった。
でも、少女のおかげで死にたくなくなった。
また会いたいから、あの少女に。
今度は守ってもらうんじゃなくて、自分から動こう。
未来を変えるには、自分から動かなきゃ。
涙だらけの、ぐしゃぐしゃな顔で叫んだ。

「あたしはここにいるよ!!誰かぁ―――!!」

結局、全ての火は消えて消防車も撤収したのが明け方だった。
両親はマンションに着くなり火事になっているので愕然としたらしい。
そして亜弥がいないことに、妹共々パニックに陥ったという。
屋上で亜弥が見つかって、家族みんなが亜弥を抱きしめて泣いていた。
生意気だけど少しだけ、家族のありがたみがわかったように思えた。

302 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:24

その後、ドキドキしながら学校へ行くと、あまりの変わりように教師も驚いていた。

男子はチヤホヤするようになったし、ウィンクすればイチコロ。

女子はというと、亜弥が性格もはっきりしてからはちょっかいを出さなくなった。

それどころか友達もたくさん出来て、笑顔が絶えなくなった。

今まで知らなかった世界が、一気に開けた。

時々は、あの変な少女を思い出すけれど、寂しくはなかった。

あたし頑張ってるよ、って伝えたい。

そして高校3年、受験の春。

中間試験目前のクラスに、教育実習生が来た。

「えっと、これから2週間よろしく」

茶色い髪に、細い手足、黒いパンツスーツ。

亜弥の目は大きく開く。

「名前はまぁ、こんな感じです」

書かれた名前は『藤本美貴』。

ふと、少女のことばを思い出す。

『この顔、よく覚えといてね!!!』




また、ゼロから会えたね。


303 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:25

はぁー、終了です。

書き溜めた割には勢いで書いたので、いろいろ不備な点がありますがお許しを。

304 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:26


まったく、この話は変ですねぇ(ニガワラ

甘いやら怖いやらシリアスやら。

作者が壊れていることを端的に(全体的に)表しているかのようです(泣
305 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/02/21(土) 21:28


まぁ、それでも大目に見てやってください。

次回からはちゃんと子供亜弥ちゃんとママみきたん(!!)を再開させますんで。

でわ。
306 名前: 投稿日:2004/02/21(土) 23:24
キャ〜!ミキティ、カッコいい!!
最高です。すっごく面白かったです。マジで。
素晴らしすぎて感動しちゃいました。はぁ〜

子供亜弥ちゃんとママみきたん(!!)の続き待ってます。
頑張ってください。
307 名前:あやみき信者 投稿日:2004/02/22(日) 04:39
作者もどきな人。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

LOVEw
                            ,oo.、
                    。  ノノハヽ'ノノハヾヽ
                     。川VvV(‘ 。‘*从
                      ゙(`ヽ''~゙/'--'(:l:゙)´
                       ノi`ン⌒`ヾ,;-'゙ン'
                     ;'´ /ん、/,; , ,iツ~´
                     ゙く;ヘ^l`;〜;、!_
                     ''─' ゙'`'´ー‐
308 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/23(月) 00:37
うっわぁ〜!!!!かなり感動しました!!!!
なんて良い話なんだ・・・(感泣)
一つのドラマを見た気分。
なんか癒されました。
子供亜弥ちゃんとママみきたん(!!)まったり待ってます。
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/11(木) 11:51
ちっちゃい亜弥ちゃん待ってます!
310 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/23(火) 21:14
そろそろ膝の上に乗ってきて「にゃはは」って笑う女の子の話が読みたいです。
作者さん、お願い…。
311 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
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312 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
从‘ 。‘ 从
313 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
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321 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/03/31(水) 01:45

遅くなりましたが交信いたしました。
レスありがとうございます。

306 :桃さん
そ、そんな感動なんてしないでください(照
作者はただ現代のあやみきが書きたかっただけで…。
ハッ!何でそんなこと言わせるんですかぁ〜!
307 :あやみき信者さん
この結婚式みたいなAAは…。
作者もあやみき信者さんLOVEで(相思相愛
308 :名無飼育さん
癒されました?
や〜、意味不明ですよ。
どうしてこんな話を書いたのか作者もよくわかりませんし…。
309 :名無飼育さん
お待ちくださり、ありがとうございます!
遅筆なんです、自分…。
310 :名無し飼育さん
遅くてごめんなさい。
膝の上に乗ってほしいですよねぇ…(妄想

322 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/03/31(水) 01:48

みなさまの予想通り、今回も泣きました。泣かせてしまいました。

泣き虫な亜弥ちゃん。

これは現実の子供よりひどい泣き虫です。

そんな亜弥ちゃんがどう変わるのかをお楽しみに。
     ↑
自分でプチネタばらし?(w

323 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/03/31(水) 01:53

最近、子供に関する非常に痛ましい事件・事故が起きています。

虐待とか暴行とか、ひどいことばかりです。

作者はそんなニュースに胸を痛めながらもこの作品を書いております。

それはなぜか。

子供についてもう1度考え直して欲しいからです。

えらそうなことばかり言ってますが、考えてみてください。

きっと面白いはずですよ。

ではまた。
324 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/31(水) 03:04

以前は小さい子が苦手でした。そんなに小さな子供と接する機会も
なかったですし。でも、遠い場所に離れて暮らしてる姉の家へ
居候させてもらったことがあります。約一年程。忙しい姉に代わり
俺は毎日姉の子供(2歳)の面倒を見ました。最初は扱いに困りました。
泣かれるとどうしてよいか分らずにオロオロしていました。
でも時間が過ぎるにつれ、その子も俺に懐いてくれて。姉が居なくても
俺が居ると安心してくれて。この子は俺が守ってやらなきゃって、
自然にそう思いました。そんな日々はとても面白く優しい気持ちになれました。
小さな命は尊いです。

長文レスすみません。作者さまに感慨を受けてしまいました・・・
これからも頑張って下さい。応援しています。
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/08(木) 17:38
私もイトコに目が見えない中1の子がいます。
生まれつき見えないので物を見た事が無いです。
身体も発育が遅く、足のサイズは小学三年生ほどしかありません。
この作品を見てとても共感できる部分がたくさんありました。
作者さん、更新お待ちしております。
326 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/06(木) 13:56
お待ちしてます。
327 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/21(金) 23:14
そろそろ続きをお願いできないでしょうか?
328 名前:ぶんぶん 投稿日:2004/05/22(土) 15:34
待ちますよ・・・ひたすら待ちます・・
329 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/28(金) 09:49
まだまだ待ちます
330 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/30(日) 15:37
いつまででも、待っております
331 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/01(火) 19:41
私ま〜つわ。いつまでも待〜つわ・・・・更新まだかな。
332 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/09(水) 04:13
待ってます!
333 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:47
一体どうしちゃったんでしょうか?
334 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/25(金) 18:58
まもなく4ヶ月が経ちます……更新を…
335 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
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336 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
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340 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
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345 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
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346 名前:从‘ 。‘ 从 投稿日:从‘ 。‘ 从
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347 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/06/28(月) 02:04

交信致しました。
本当に久々でした…。
レス下さった皆様、長い間挨拶のひとつもしませんで、申し訳ございません。
言い訳にするつもりは無いのですが、なかなか学校の方が忙しくて…。
ようやく成長したと思ったら季節ハズレな12月。
なんじゃこりゃ!と思わないでくださいね(エヘ

では、次回までごきげんよう。
348 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/28(月) 21:04
どっかの漫画で読んだことがあるんだが…
こういう作者様の内容の兄弟育児漫画。
気のせいじゃないだったらいいんですが
349 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/29(火) 23:08
ああ、○ち○ん○僕?
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/02(金) 23:12
更新待ってました!!
亜弥ちゃんかわいいです!!
351 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/08(木) 18:19
この作者の表現の仕方もおもしろいが
原作ネタあります!って書いてたほうがよくないか・・・?
セリフまわしとかそのままだしさ・・・
352 名前:名無しです 投稿日:2004/07/08(木) 19:48
更新乙です。
ちっちゃい亜弥ちゃんとママたん…本当イイ!!
353 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/07/08(木) 20:09

作者でございます。

えぇと、確かに某漫画には多々影響を受けております。

セリフをいただいたのも確かです。

信じる信じないはみなさまの自由ですが。

特に『パクってやれ!』と思って書いたわけではありません。

でも、このことを不快に思われた方がいらっしゃることでしょう。

お詫び申し上げます。

ごめちゃーい。

354 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/08(木) 22:34
別にパクッた意識がどうとかじゃないんだよ。
台詞や心理描写まで丸パクなのがまずいんだ。
今後はまんまな描写はやめた方が賢明かと。
355 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/09(金) 05:28
何もそんな言い方しなくてもいいんじゃないでしょうか?
読ませてもらってる一読者ですし。
こうした方がいいよっていうのはイイと思いますが。
このレスで気分を害されたら申し訳ないです。

作者様。
スレ汚し失礼致しました。
356 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/09(金) 05:28
下げ忘れ。
357 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/09(金) 07:34
一度こちらをお読みになることをオススメします。

http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/imp/1048246085/39-42
358 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/07/09(金) 20:48

作者です。

みなさまからのご指摘などなどを参考に、削除依頼してきました。

ご迷惑おかけしました。

これからもあやみき…もとい、駄文を書かせてください。
359 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/22(木) 23:09
あやみき待ってますよ!!
360 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/01(日) 17:26
待ってる待ってる
361 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/03(火) 06:41
  _,,_
从#‘ 。‘)<あげちゃメッ!
362 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/31(火) 23:02
まだかなあ
363 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:18

どうもお待たせいたしました。
夏も忙しかったので、9月になってしまいますた。
お詫びに、ちび亜弥ちゃんのお話をひとつ。
それから、もうひとつのお話をうpします。

364 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:19

「はあぁぁぁ…」

12月、通帳の残高を見て、美貴はため息をついた。

バイトの勤務日数と勤務時間を増やした。

『黄金伝説』も参考にして、かなり節約もしてるはず。

なのに、このままじゃ実家に帰れない。

お金が減っていく理由は至って簡単。

美貴の隣にちょこんと座るこの子。

おいしそうにシュークリームを頬張る金食い虫のせい。

「たん、これねぇ、おいちいよ!」

「そう?よかったねぇ」

「たんもたべる?あーん」

「あ、あーん…」

…くぅぅ〜。

か、かわいい…。

365 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:20

何だかんだ言って、美貴は亜弥ちゃんに甘い。
否、激甘だ。
買い物に亜弥ちゃんを連れて出かけたら最後。
「たん!これかってぇ」
とか、
「たん!これほしいぃ」
とか、別に必要無いものを欲しがる。
前に一度だけ、あの目に負けてお菓子を買ってあげたのが原因。
おねだりすれば買ってくれると思い込んでいるようだ。
だから最近の買い物は、美貴だけで済ますようにしている。
亜弥ちゃんが駄々をこねると、かなり周囲に迷惑だから。
泣くわ喚くわ暴れるわ、さながら怪獣のよう。
どれだけ優しくなだめたって、聞きやしないんだ。
ほっといたらそのうちに泣きつかれて大人しくなるんだけど。
それまでが大変で…つい買ってやったり…。
矢口さんは怪獣が2人もいるから、美貴の2倍イライラしてるんだろうな。
そう思って聞いたら、
『いや、うちのはバカだからさ、金が無いからまた今度買ってやるって言えば「じゃ、今度ね」ってうまく騙されてくれるんだよ。キャハハハ!』
だって。
買い物の間、亜弥ちゃんを預けるのは、もっぱらまいちゃんの家だったりする。
まいちゃんもようやく亜弥ちゃんの扱いに慣れたらしく、
『今日ね、亜弥ちゃん語が理解できたの!相変わらず変な日本語だよねぇ』
と、預けている時間にあった出来事を報告してくれる。
親ばかかもしれないけど、亜弥ちゃんは誰にでも可愛がられるんだなぁ、と美貴は思った。

366 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:20

かなりテレビっ子の亜弥ちゃん。
亜弥ちゃんはテレビで聞いた言葉がお気に入り。
ひとつめは『誰か助けてください!』である。
かの有名なドラマだか映画だかのCMを見たらしい。
まず部屋の中で叫んで、台所にいた美貴は思わず振り向いてしまった。
次は一緒にスーパーへ買い物に出かけた時。
偶然、まいちゃんが預かれなくなって、渋々連れて行った。
すると、例のごとくお菓子が欲しいと駄々をこねて喚いてしまった。
『買わないって言ってるでしょ!だめなものはだめ!』
と怒っていたら、
『だれかたすけてくだしゃい!!』
なんて泣きながら言うもんだから、知らない人から見れば美貴が悪者。
まるで意地悪してるお母さんのように見られた。
恥ずかしくてたまらず、亜弥ちゃんを抱っこしてその場を去った。
学校でまいちゃんにそのことを愚痴ったら、
『お菓子ぐらい買ってあげればいいのに。そりゃみっきーが悪いよ』
って言われた。
美貴はともかく、亜弥ちゃんの健康には人一倍気を使ってるんだから、ほっといてよ。
お菓子ばっかり食べて、ご飯を食べなくなったら困るでしょ。
…ん?ちょっと待って。
まいちゃんの発言は亜弥ちゃんのおばあちゃんみたい。
ってことは、美貴は亜弥ちゃんのお母さんってことだよね。
つまり、まいちゃんが美貴のお姑さん!?
うげぇっ。
あんなお姑さんなんかいらないよ!

367 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:21

そんな美貴だって、欲しいものはたくさんある。
年頃だし、女の子だし。
いつも立ち読みで済ます美貴が、珍しく買った雑誌。
それは女子大生向けのファッション雑誌。
表紙のモデルさんが綺麗で、
『こんな風になれればなぁ』
と、何となく思ったからだった。
ご飯の後、亜弥ちゃんが熱心にテレビを見ていたけど、美貴にはその番組は面白くなかった。
ふと思いついて雑誌を手に取り、ぱらぱらとめくってみた。

あ、マフラーかわいいなぁ。

オトナっぽいコートだけど、美貴には似合わないかも。

白のブラウスって、スーツ用しか持ってないし。

このベージュのベスト、あったかそう。

紺色のパンツって汚れが目立たなくてよさげ。

新しいブーツもいい感じじゃん。

自分がその服を着ていると想像して、わくわくする。

ただし、モデルさんが着ている服の値段を見て、ため息をひとつ。
っていうか、最近の美貴、ため息つきすぎじゃない?
幸せが逃げちゃって、ついでにお金も逃げちゃったんだろうな。

368 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:21

誰のせいでもないが、自分の貧乏を恨んで、雑誌を閉じる。
今度はテーブルの上に散らばっていたチラシに目を遣る。
質屋のブランド物の安売りチラシがあった。
某ブランドのシルバーリング…。
シンプルで、みんなが持っているようなデザイン。
でも、一度は指にはめてみたい!と思った。
だがしかし、やっぱり高いもんは高い。
他の人からしたら、大した値段じゃないかもしれないけど。
時給の安いバイト&仕送りが少ない美貴としては、だ。
預金通帳の残高も照らし合わせてみますと、どうでしょう。
あらまぁ、すごいこと!
あのシルバーリングひとつだけで、1ヶ月分の生活費が吹っ飛びます!
恐るべし貧乏マジック!
エスパー伊東もびっくりのインチキ手品!
ほら、BGMに『エレクトリカル・パレード』流して!
はいぃ〜!
エスパーのせいで美貴がちょっこすおかしなことになりましたぁ!
って、ふざけてる場合か、美貴。
気をしっかり持つんだ、しっかりせい!
そういえば、現代社会論の授業で時事問題を取り上げるって言ってたな。
あれは少人数クラスだったっけ。
ということは、授業中に当てられる可能性は高い…。
先生がウザイんだよね、変なイントネーションで聞き取りづらいし。
しょうがないから、先生のために予習してやるか。
美貴はチラシの下にあった朝刊を取り出し、1面から読み始めた。

369 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:22

スポーツ面もテレビ欄も読み尽くして、時刻は午後8時半。
長いこと新聞に熱中していたようだ。
そろそろお風呂の時間だから、準備しないと。
「やれやれ、おしゃれも大変だ」
ババくさい台詞を吐いて、よっこらしょと立ち上がる。
「亜弥ちゃ…ん?」
呼んだところで、テレビの前に亜弥ちゃんがいない。

じょきっ、じょきん。

変な音がした方向を見ると、亜弥ちゃんがうずくまって何かをしている。
それも台所のゴミ箱の前で。
音から判断すると…やっぱり!
テレビの上に置いてあったハサミが無くなってる!
どうしよう、もし間違って指とか切っちゃったら…!!
「ちょっ、亜弥ちゃん!!」
急いで亜弥ちゃんの肩を掴んで振り向かせる。
「なーにぃ?」
亜弥ちゃんの表情はすごく楽しそうだった。
(こっちの心配も知らないで、何なわけ、その笑顔は!)
美貴はハサミを取り上げた。
「怪我したらどうするの!勝手にハサミ使っちゃ、めっ!」
久々に大声を出したせいか、亜弥ちゃんは面食らった顔をした直後、泣き顔に変わった。
そして、駄々をこねる時と同じか、それ以上の悲痛な声を出して泣く。
しかし今回は何かが違う。
「ちがうもん、ちがうのぉ!」
そう、亜弥ちゃんが反論してきたのだ。

370 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:22

「違う?何が違うの?」
亜弥ちゃんは涙と鼻水その他で顔をぐしゃぐしゃにしながら、グーにした手を美貴に差し出した。
その手には何か、紙切れが握られている。
「何、これ?」
まだ泣きじゃくって言葉が出てこないらしい亜弥ちゃんの手から、その紙を受け取る。

それは、さっき美貴が見ていたチラシのシルバーリングの切り抜き。

不器用にも四角く切り抜いてある、それの意味。

『あの、あのね』

『いまは、おかねがないから』

『おとなになったら、おかねもちになって』

『たんにほんもの、かってあげるの』

『いまは、これあげるから、まっててね』

泣きながらも、途切れながらも。
亜弥ちゃんは美貴に大きなプレゼントをくれた。
切り抜きを握りしめたら、涙がうっすらあふれた。
その後、何だかおかしくて、笑いながら亜弥ちゃんを膝の上に乗っけた。
「ふふっ…ばかだなぁ」
美貴が笑ってるのを見て、亜弥ちゃんは、泣きながら笑った。

371 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:23

で、結局。
何でこんなに貧乏なのか、レシートを確認したところ。
亜弥ちゃんの冬服がほとんどだということがわかった。
ただのアホじゃん、こんなことに気付かない美貴って…。
じゃ、もう冬服は我慢してもらって。
食べ物をちょっと豪華にさせてあげようかな。

「たん、これほしい」

「昨日も食べたじゃん、プリン」

「やだー、たべたいの」

「本当に?これひとつだけだよ」

「やったぁ!」

お父さん、お母さん、美貴はひとつ、賢くなりました。
『妥協する』ってことを覚えたんです。
駄々をこねて騒がないように、たまには折れることも必要だって。
子供だから、どうせそのうちに忘れてしまうみたいだし。
あ、もうすぐ今年も終わるので、北海道に帰ります。
亜弥ちゃんと一緒に。
…ついでに何なんだけど…。
仕送りが無いと帰れないかもしれない…。
よろしくお願いしまっす!
372 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:24

ここで一旦、ちび亜弥ちゃんのお話は中断です。

本当に飽きっぽいですね、作者は…。

以降はちょっと長く続くなるお話を書きます。
373 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:25

わかる人にはわかるお話。

わからない人には非常に想像しづらい武道のお話。

最初は美貴様がメインのお話。

美貴様に武道をやらせてみました。
374 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:26




『合気道部!』




375 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:26

私立ハロモニ。女子大学は女子大の中でもトップレベル。

現役時代にタカをくくって受験し、受からなかったのが悔しかった。

つらい浪人時代を終えて、やっとこの大学に入学したばかり。

しかも念願の一人暮らし。

大学までは自転車で30分、電車で3駅。

都心に近い大学だけど、大学の周辺は昔ながらの商店街。

大学に入ったら自由だ!と意気込んでいた。

生活費のこともあるから、もちろんバイトもしたい。

でも、やっぱり勉強していろんな資格も取りたい。

サークルなんか入らないで、自分のやりたいことをやろう。

そう思ってた。

学部のガイダンスで行った校舎には、たくさんの学生。

学生たちは新入生をサークルに勧誘しようと一生懸命。

ガイダンス終了後、大きな掲示板を見ながらボーッとしていると、

『アンタさぁ、友達いないでしょ!』

金髪の、ちっちゃい…ギャル?

こんな非常識な、ありえない第一声から始まった。

376 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:27

「…はい?」
初対面の人に向かって、あまりにも失礼じゃないか。
半分、呆気にとられながら聞き返す。
「聞こえなかった?身長が四捨五入して1メートルしかないからね!って違うだろッ!キャハハ!」
ベタなノリツッコミでどんどん話を進めていく金髪ギャル。
こういう人、だいぶ苦手なんですけど…。
「あの…」
「だからァ、友達がいないんだったらうちの出店おいでよ!」
美貴はいつの間にか友達がいないと確定されている。
どこのサークルなのかも名乗らないので、危険だと思って断ろうとした。
あの有名なレイプサークル系だったら怖いし…。
「いや、これから帰っ…」
逃げ腰の美貴の腕を、小さな手ががっしり掴む。
小さいくせにすごく力が強いってことがわかった。
そしてニッコリ笑うギャル。
「どーせ暇だろ?よし、行くか!出店はあそこ!」
「ちょっ…いいなんて一言も言ってないんですけど!」
「まーまー、とりあえず話聞くだけでもいいじゃん」
ギャルが向かう方向を良く見てみると、手作りと思しき大きな看板。
看板にはサークルの名前がデカデカと書いてある。
その文字を見て、抵抗するのをやめた。
逃げる前に出店に着いちゃったってのもあるし。
出店にいた人がさっきのギャルとは違って優しそうだったし。
ギャルはギャルでどっか行っちゃうから安心したし。

377 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:27

「はーい、こんにちはぁ」
「…どうも」
遠慮がちに座ると、目の前に座っている人が笑顔で話し掛けてきた。
微笑みひとつで美貴の警戒心を解いた人、初めて。
「まずは入学おめでとう!どこの学部?」
「あ、商学部です」
本当は法学部がよかったんだけど、商学部にしか受からなかったから…。
それを言うのは美貴のプライドが許さないから、言わなかった。
「うわぁ、私は経済学部なんだけど、頭いい学部だよねぇ」
「そんなことはないですけど…」
謙遜でも何でもなく、美貴は確実に頭の良くない部類に入るだろう。
それでも学内で一番と言われる学部に入ってしまっただけ。
この大学の中でそう考えるのは、やっぱり奢りだろうか。
「出身はどこ?」
そう聞かれた時、ちょっと困ってしまった。
北海道の真ん中らへん出身なんて、田舎者扱いされそうって思ったから。
「あー…北海道です」
「マジで!?私も北海道だよ!」
「えっ!本当ですか?すごい偶然ですね!」
あまり乗り気ではなかったのに、いつの間にか美貴も笑顔で喋っていた。
都内の有名進学校出身が多いと聞くこの大学で、仲間を見つけたみたいで嬉しかったから。
「じゃぁ、一人暮らし?下宿?」
「一人暮らしです」
「いいなぁ。私、大学の寮に住んでるから、門限とか厳しくて大変なの」
「そうなんですかぁ」
春の日差しは意外と強く、日焼けしそうなほどあったかい。
目の前の人は眩しそうに目を細めた。

378 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:28

「でさぁ、重要なこと忘れてたよ」
B4サイズの紙――いわゆるチラシ――を差し出し、説明を始めた。
それは白黒のコピーで、真ん中には袴をはいた人が人を倒している写真が載っている。
「私たちは体育会合気道部なんだ。合気道って知ってる?武道なんだけどさ」
合気道なんて言葉、聞いたこともなかった。
何だか申し訳なくて頭を少し下げた。
「…ごめんなさい、全然知らないです」
「あぁ、別にいいよ。割と有名なんだけど、まだ知らない人も多いんだ。警察でも使われてる護身術みたいな感じなの。うちの部活は試合がなくて…っていうか、武道に興味ある?」
武道といえば剣道か柔道くらいしか頭に思い浮かばない。
けど、試合がない武道ってどんなもんなんだろう?
興味がないと言ったら嘘になる。
「まぁ…ちょっとは…ありますけど…」
そう言うと、彼女は何か企むような笑顔になった。
こんな笑顔もかわいいな、と思ってしまう美貴は頭が悪いだろうか。
「ねぇねぇ、合気道がどんなもんか、見たくない?」
「うーん…」
「時間ある?あるんだったら体験してみない?他にたくさん1年生来るからさ。友達にもなれると思うよ。どうかな?」
早口でまくし立てると、彼女が美貴の手をぎゅーっと握った。
「ね?行こうよ?」
ずいっと身を乗り出してきた。
この人も力が強くて…に、逃げ切れない…。
「じゃぁ、ちょっとだけ…」
「よし、そうと決まったら部室に行こう!お菓子もあるし!」
何だか『お菓子あげるから一緒に行こう』って誘拐するおじさんに引っかかった気分…。

379 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:28

部室は学内のコンビニの角を曲がって奥に行った階段を降りたところにある、学生会館の1階にあった。
「はい、到着〜」
ドアは開けっ放しにされているが、かなり分厚い鉄の扉だった。
中を覗くと、8畳ほどの狭い部屋。
しかも、ロッカーやら本棚があるせいで余計に狭くなっている。
「あら?いらっしゃーい」
出迎えてくれたのは小さな茶髪の人と、1年生らしき子が3名。
「この子、稽古に参加してくれるってさ」
「どうも…」
美貴はちょこんと頭を下げた。
すると、その人は嬉しそうに手招きした。
「わぁー、本当!?早く入って入って!」
恐縮しているような他の子たちの視線が気になって入りづらかったけど、
「ほら、遠慮しないでいいよ」
と、さっきの笑顔が綺麗な人に背中を押された。
美貴が部室に入るのを確認すると、彼女は来た道を戻っていってしまった。
「あ、すいません」
そう言ってすぐ近くの椅子に座ると、紙コップに入れたジュースを出してくれた。
「5時から稽古があるんだけど、この子達も参加してくれるんだよ」
1年生らしき子たちが美貴に会釈をした。
いかにも武道なんてしなさそうな、大人しそうな子たち。
どっかのお嬢様って雰囲気が漂っている。
まぁ、ピンキリとは言え、この女子大に入学するくらいだからお金持ちの子は多いだろう。
ボーッとしていると、隣の子に
「ねぇ、学部はどこなの?」
と聞かれて、当り障りのない会話をした。

380 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:29

それからどうにか表面的にだけども仲良くなった頃。
「よぉし、そろそろ稽古の時間だね。胴着と袴と帯とTシャツ用意するから、ちょっと待ってて」
先輩は部室を出て、向かいの部室へ入っていった。
どうやら2つも部室があるらしい。他の子たちは口々に、
「稽古、楽しみだね」
とか、
「ドキドキするよね」
なんて喋っていた。
すぐにさっきの人が出てきて、ひとりひとりに袴とかを渡してくれた。
「みんな同じような身長だし同じような体型だから、サイズは一緒だよ。さ、行こうか!」
そして両方の部室のドアを閉めて、美貴たちを先導するように先に歩いていった。
美貴はその後ろを歩いていた。
学生会館の裏に当たる通路を通り、来たところとは違う階段を上る。
まだ通路は続いていたが、壁に代わって左手にはフェンスが現れた。
そのすぐ下は道路で、道路を挟んで向こうに大きな建物がある。
「あれが体育館。あそこの柔道場で稽古するんだよ」
先輩は建物の少し下の方を指差した。
大きな窓がたくさんある、やや広めの柔道場。
大学の中身もトップレベルなら、設備もトップレベルらしい。
「体育館さぁ、新しくなったのはいいんだけど、ここの橋を渡らないと行けないんだよぉ」
確かに部室の人が言ったとおり、右に曲がって橋を渡った。
橋を渡ればすぐに体育館の入り口であり、玄関ホールで靴を脱いでスリッパを履く。
靴は入り口のビニール袋に入れて持ち歩かねばならないらしい。
ケチな美貴は袋を何枚か持って帰ろうと思ってしまった。
それを言ったら、
「わかる!生ゴミとか入れるのに欲しいよね」
なんて笑ってた。

381 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:30

玄関ホールの廊下をまっすぐ行くと奥にはトレーニングルームがある。
トレーニングルームの入り口の隣には大きなガラス張りの窓があった。
そこからプールが見えるのだと、先輩が教えてくれた。
他の子たちも一緒になってプールを覗き、設備のよさに驚いている。
「ほら、こっちだよ」
と、声が後方で聞こえたので振り返る。
「あ、すいません」
慌てて駆け寄ると、部室の人がドアを開けてくれた。
中に入ると更衣室で、普通に会社にあるようなロッカーがあった。
しかも暗証番号つきのオートロック式。
「ここに貴重品とか着替えとかも、全部置いてって平気だから」
「はい」
それぞれが自分の好きなところに荷物を置いたところで、
「いやー、やれやれ追いついたよぉ」
「こっちこっち!着替えるから早く入んなよ!」
と、さっきの出店で会った先輩と金髪ギャルがもう2人、1年生を連れて入ってきた。
「あ、お帰り!じゃぁ、さっさと着替えちゃおうか。じゃぁ、まずTシャツ着て。胴着に挟んであるでしょ?」
部室で会った人がお手本になって、見様見真似で着替え始める。
なかなか帯の結び方がややこしく、先輩に結んでもらった。
袴以外のものを着ると、普通に柔道着のようだ。
「ここまでOK?そしたら袴は道場で着ちゃおうね。袴を持って移動!」
ロッカーの鍵を閉めて、更衣室を出る。
すぐそばの階段を降りると、柔道場だった。

382 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:30

道場に入ると、見学者の子も椅子に座って何人かいた。
左側の壁には誰かの写真のパネルと旗みたいなものが飾られている。
あれは何だろうと思って近づこうとしたが、
「よぉし、袴を穿くからこっちにおいで」
と呼ばれしまった。
またもや見様見真似で袴を着たが、初めての感覚にちょっと照れくさい。
「んー、ちょっと皺寄っちゃってるな」
と、金髪ギャルが美貴の袴の皺を直してくれた。
「あ、どうも」
「いやぁ、オイラの見込んだとおりだな!袴が似合う!」
金髪ギャルは満足そうに頷いた。
「そんなことないですよ」
「マジだって!最後に鏡で見せてやるから!」
そこに、身長の高い人がやってきた。
「矢口ぃ、さっそく1年生に絡んでんのぉ?」
「あ、先輩!この子、袴がめっちゃ似合うんですよ!」
「本当だ、強そうだぁ」
背の高い人は美貴を見てにこっと笑った。
すると、部室で会った先輩が美貴たちに話し掛けてきた。
「そろそろ稽古だから、ここの線に沿って横一列に並んで」
なんて言っているうちにてきぱきと正座で座らされた。
他の先輩たちは右側の壁に沿って座っていた。
5畳ほど向こうに、美貴たちと向かい合うようにして1人の先輩が座る。
すぐそばに例のパネルと旗があった。
よく見るとヒゲの生えたおじいさんの写真だった。
旗は白地で、黒い文字で『ハロモニ。大学体育会合気道部』と書いてある。

383 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:31



道場でのそれぞれの位置

――――――――――――パネル――――――――
|                      |
|                      |
入      1            4  |
口      年            年  |
|      生            生  |
見                      |
学                      |
者                      |
|        2年生     3年生   |
―――――――――――――――――――――――




384 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:31

4年生の先輩は1人しかいないようだった。
目つきの鋭い、厳しさを感じさせる雰囲気の人。
その人はパネルの方に向かって手を付いて土下座のように礼をすると、ふと立ち上がってパネルの前まで歩いてきた。
そしてパネルに背を向けて座り、
「黙想」
と静かに言った。
黙想の意味くらいは美貴だって知っている。
目を閉じて10秒ほどして、
「やめ」
と聞こえた。
それからその先輩はパネルの方に体を向けて、
「あのパネルの方を向いてちょうだい」
と言った。
1年生がそれに従うと、
「正面に礼」
と言って礼をした。
次にまたパネルに背を向けて、
「お互いに礼」
と言って礼をしたから、1年生も従った。
何が何だかわからないけれど、これが礼儀なんだろうな、と美貴は思った。
その人はすっと立ち上がって、さっきまでの厳しい顔とは違う、優しい笑顔になった。
「えーと、新入生のみなさん。ご入学おめでとうございます。この合気道部の4年生の保田です。今日は忙しいのに稽古に参加してくれてありがとう。来てくれたからには絶対につまらないなんて言わせません。じゃぁ、安倍」
「はい、お願いします」
トテトテという擬音語付きで、背の低い人が保田さんに呼ばれて来た。

385 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:32

「まずは、合気道って何だろうかってところから始めようか。合気道は流派にもよるけど、うちは試合がありません。だから地味だって思われがちだけど。最初は単なる護身術って思ってくれてもいいよ。んー、例えば…」
そうして安倍さんが保田さんの手首の少し上あたりを掴んだ。
「まぁ、新宿とかで変なおっさんにこう、がっちり掴まれちゃったとするよ。腕を振っても、当然女の子の力じゃほどけません。こんな風に引っ張っても相手が男じゃ少し無理があるよね?」
保田さんは掴まれた腕を動かしてみせるが、安倍さんの手が離れる気配はない。
「けどね、こうやって手をパーにして、手のひらを下にして…アイーン!」
保田さんがアイーンをすると同時に、安倍さんの手がするっと取れた。
正直、美貴は嘘くさいと思ってしまった。
それを見透かしたように、保田さんが言う。
「別にこれはやらせじゃないよ。やってみるとわかる。じゃ、みんなでやってみよう!」
すると、金髪ギャルたちが美貴たちに駆け寄ってきて、
「一緒にやるぞ!」
と誘ってきた。
慣れない袴の裾を踏みそうになりながら立ち上がると、さっそく金髪ギャルが腕を掴んできた。
「ほら、無理矢理でいいからほどこうとしてみ?絶対取れないから」
「はい…ふんっ!」
いくら振ってみても引っ張っても、全然取れない。
「じゃぁ、さっきのとおりにやってごらん。手をパーにして、下に向けて、せーの…」
「アイーン!」
すると、さっきまでがっちり持たれていた腕が抜けた。
「あぁっ!抜けた!」
「そう、うまいじゃん!」
美貴は感動のあまり、自分の手をしげしげと眺めてしまった。

386 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:32

ふと見回すと、他の子たちも美貴と同じような反応をしていた。
かなり無邪気に喜んでいる。
そう言えば先輩たちはみんな、自分の袴をはいていて、名前が刺繍されている。
それぞれ、黒の袴にオレンジ色の刺繍。
『ハロモニ。大学合気道部』の隣に名前が入っている。
保田さんは『保田圭』。
安倍さんは『安倍なつみ』。
背が高い人は『飯田圭織』。
出店の人は『里田舞』。
部室の人は『木村麻美』。
そしてこちらの金髪ギャルは『矢口真里』。
意外とかわいい名前だな、と失礼ながらもそう思った。
「はーい、一旦やめてこっち見て!」
保田さんが手を上げた。
「次の技、よく見ててね。じゃぁ、飯田」
「はい、お願いします」
飯田さんが出てきた。
「次は喧嘩とかで胸倉を掴まれた時だね。まぁ、女の子同士で胸倉掴むなんてあまり無いけど、こんな風に…」
保田さんの胴着の襟を飯田さんがぐいっと掴んで引き上げた。
「この子は私より背も高いし、こんな風にがっちり持たれてガン飛ばされたりでもしたら怖いよね?だから、襟を掴んでる肘を相手の内側に動かしてやると…」
保田さんがちょっと肘を動かしただけで、飯田さんの体勢がいとも簡単に崩れてしまった。
「ほら、こんなになっちゃうんだ。嘘だと思うでしょ?とにかくやってみよう!」
今度は里田さんが美貴のところにやってきた。

387 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:32

「ね、思いっきり胸倉掴んでみて」
「はい、失礼して…」
里田先輩の胴着の襟をぐいっと持ち上げた。
「おっ、力強いねぇ。その方がよく効くんだけど…ホイ」
「うわっ!」
肘を体の内側に動かしただけなのに、美貴はふらふらと足元がおぼつかない。
「すごいでしょ?不思議でしょ?」
手を離して、きょとんとする美貴を笑っている里田さん。
「何でこんなになるんですか?」
「うーんとね、それは力の逃がし方にあるんだよ」
「逃がし方?」
「そう。もう1度つかんでみて」
美貴が胸倉を掴むと、里田さんが美貴の腕を指差した。
「ほら、胸倉を掴めって言われたら、自然と上に持ち上げちゃうでしょ?」
「はい」
「それはつまり力が上に行ってるってこと。でも横に行く力は無いから、横には弱いんだ。その方向に動かしてあげるだけ。指1本でもできるよ。やってごらん」
美貴の手を離させて、里田さんが美貴の胸倉をがっちりつかんできた。
「掴まれた側とは反対の手で肘を持つの。それを自分の手前に引っ張って…」
「こうですか?」
途端に体勢が崩れたので、ちょっと嬉しい。
「うん、そうそう」
里田さんが胴着と体勢を直して、聞いてきた。
「ところでさ、高校で何かスポーツやってた?」
「高校は何もやってないんですけど、中学でちょっとだけバレーやってました」
「本当に?いいことだねぇ」

388 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:33

「…何でですか?」
「バレーやってた人はだいたい体が柔らかいから怪我もあんまりしないしね」
「なるほど…でも、バレーから離れて久しいし…」
「大丈夫、保田さんは高校の時に吹奏楽部だったんだよ」
「運動経験がなくてもいいんですか?」
「いいんだよ。むしろ運動してない方が余計な力を使わないからうまくなるよ」
すると、保田さんの声が再び響いた。
「はーい、じゃぁ次の技やるからね。安倍」
「はい、お願いします」
と、安倍さんが呼ばれたところまでは一緒。
二人は正座で向かい合って座った。
安倍さんが保田さんの腕を掴んで押したが、保田さんはびくともしない。
それどころか保田さんが腕をちょっと動かしただけで、安倍さんがコロンと倒れてしまった。
「これが最後の技になるんだけど、こんな風に座った状態でやります。1年生のみんなは先輩の腕をがっちり掴んで押してください。力ずくで先輩を倒してみてね。じゃ、始めて!」
美貴に駆け寄ってきたのは、ちっちゃい木村さんだった。
木村さんは美貴の前に座った。
「さっきの見たでしょ?やってごらん」
「はい、行きます」
美貴は力には少し自信があったので、思いっきりグッと押した。
しかし木村さんは涼しい顔で、ちっとも動く気配がしない。
「ほら、もっと押してみなよ」
「くぅぅぉぉぉ!」
変な声を出して美貴が前のめりになって更に押すと、木村さんがふふっと笑った。
「いいね、力が強いね。でも…」
「うわ!」

389 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:33

押している力とは関係無く、いとも簡単に木村さんの腕が美貴を押してきた。
美貴は後ろに倒れそうになってしまったが、すんでのところで止めてくれた。
「…?」
「あははっ、不思議そうな顔してるねぇ」
この時の美貴の顔は真剣だったから、ちょっと怖かったんじゃなかろうか。
木村さんの顔がちょっと引きつってるようだった。
「いや、普通は不思議に思いますよ」
「そりゃそうだね。私は今でも不思議だな」
「今でも?」
「うん。上の学年とやるともっとすごいよ。本当に弄ばれてる感じ」
「…そうなんですか…」
自分より小さい、しかも細い人に負けた。
美貴の自信が崩れて、ちょっと悔しかった。
木村さんがそれを見越して、
「もう一回やってみる?」
と聞いてきたので、また腕を掴んだ。
「やります!」
「よし、押してきていいよ」
「おりゃぁぁ!」
でもやっぱり勝てなくて、美貴は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
また保田さんの声が響く。
「はーい、終わるから最初に座ったところに戻って」
そして、みんなが一斉に元の位置に戻り、保田さんも自分の位置に戻った。
「えー、これから合気道を続けるとどれくらいになるか、演武っていうのを見てもらいます。2年生は1年間やるとこれくらいになります。一組、前へ」

390 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:34

「「はい、お願いします」」
そう言ったのは里田さんと矢口さん。
前に出て向かい合って座ると、保田さんの
「始め」
と言う声と同時にふたりが立ち上がった。
お互いに走り寄ったと同時に、里田さんが投げられていた。
でもすぐに立ち上がって、また矢口さんの腕を掴みにかかる。
矢口さんは2・3歩動いたと思ったら、里田さんを投げていた。
何度投げられても、すぐに里田さんは立ち上がる。
そして、柔道みたいな投げ技をやったところで保田さんの
「やめ」
の声がした。
するとふたりは向かい合ってすわり、礼をして元の位置に戻った。
「これが合気道を1年間やってきた成果です。次は2年間続けると初段を取れます。それが3年生」
「「はい、お願いします」」
安倍さんと飯田さんが前に出てくる。
そして保田さんの声で同時に立ち上がり、投げられたのは安倍さんだった。
さっきの里田さんたちとの違いはよくわからないけれど、背の高い飯田さんは安倍さんをぽーんと投げ飛ばす。
「やめ」
保田さんの声がして、3年生が下がる。
「合気道を3年間続けたら、4年生で2段を取得できます。で、私は武道の経験なんて大学に入るまでは皆無でした。でも合気道はスポーツの経験が無くてもうまくなります。3年間続けたらどうなるか、見てもらいます」

391 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:34

保田さんが立ち上がり、前に出てくる。
すると飯田さんが木刀を持って出てきた。
「始め」
安倍さんの静かな声でお互いが立ち上がった。
飯田さんが木刀を振りかぶり、保田さんの頭をめがけて振り下ろす。
しかし保田さんはスッと動くと飯田さんの手を掴み、飯田さんは倒れた。
保田さんはいつの間にか飯田さんから木刀を取り上げていた。
そして飯田さんが立ち上がると、保田さんは木刀を飯田さんに渡した。
また飯田さんが斬りかかろうとすると、保田さんが倒す。
同じことを繰り返すと、飯田さんが下がった。
代わりに安倍さんが出てきた。
手には小さなナイフのような木刀を持っている。
安倍さんが間を詰めて、いきなり保田さんの腹部を刺そうとする。
でも保田さんは刺されずに、安倍さんを倒していた。
安倍さんが立ち上がり、もう一度刺そうとしても、保田さんが安倍さんを投げる。
次に起き上がると、安倍さんは小さな木刀を振りかぶって、保田さんの頭を刺そうとした。
が、保田さんは安倍さんの腕を押さえ、刑事ドラマで見るようにいきなりうつ伏せに倒してしまった。
立ち上がった安倍さんが下がり、再び飯田さんが出てきた。
安倍さんもまた出てきて、二人で保田さんの両腕を掴んだ。
保田さんが小さく深呼吸したと思うと、いきなり二人を振り回して投げてしまった。
あまりにも一瞬の出来事だったので何が起きたかわからなかった。
二人は起き上がってまた保田さんの両腕を掴む。
保田さんは腕の間をくぐったと思ったら二人を投げていた。
それから、起き上がった安倍さんがいきなり保田さんに飛び掛った。
保田さんはうまくかわして安倍さんをぽいっと投げ、次に飛び掛る飯田さんも投げた。
飯田さんが投げられ終わるが早いか、またも安倍さんが飛び掛る。

392 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:35

次々に投げられる二人。

投げられては立ち上がり、立ち上がっては投げられる二人。

二人をいとも簡単に、しかし真剣な表情で投げる保田さん。

受け身を取る二人、うまくかわす保田さん。

袴の擦れる音も、立ち上がる動きも。

何もかもが綺麗で見とれてしまった。

と、保田さんが両手を前に出して、終わりの合図を出した。

三人が元の位置に戻るまでの数秒に、荒い息遣いが聞こえた。

よく見たら、三人の髪の毛が少し乱れている。

安倍さんに至っては、ショートだからボサボサで。

美貴は素人だから合気道をよく知らないけれど。

今日やったような、ゆっくりのんびりやるものじゃないんだ。

本当はすごく激しい武道なんだ、ってわかった。

初めて見た演武に、心臓のドキドキが止まらない。

保田さんがまた前に出てきて、稽古の最初と逆の順序で礼をした。

393 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:35

「これで稽古を終了します。あと、せっかく来てもらったんだし、自己紹介してもらいたいから円になって座ろう。正座しなくていいよ。足は崩してね」
自己紹介とか、自分のことを喋るのはすごく苦手だけど、しょうがない。
みんなで円になって座ると、保田さんが、
「じゃ、そこの君から立って自己紹介ね。順番は反時計回りで」
と、美貴を指した。
「えっ…」
困っていると、隣に座った矢口さんが教えてくれた。
「まずは名前。出身高校と学部と趣味と好きな異性のタイプ、今日の感想」
「あ、はい…」
いっぺんに言われてもわからないが、とりあえず美貴は袴を踏まないようにそっと立ち上がる。
みんなの視線が一斉に集まるのがわかって恥ずかしい。
「えっと、藤本美貴です。出身は北海道立M高校です」
そこまで言ったところで、先輩たちみんなが、
「「「めーもーん!!!」」」
と叫んだ。
め、『名門』?どういうこと?
何とも不思議な掛け声だと思いつつ、続ける。
「学部は商学部です」
すると、矢口さんと安倍さんだけが、
「「めいもーん!!」」
と楽しそうに言う。
あのふたりも商学部なんだろうか。

394 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:35

あれ、次は何だっけ…。
困って矢口さんを見ると、
「次は趣味。それから好きな異性のタイプ、今日の感想」
「あ、趣味は…スポーツ観戦です。特にバレーボール」
「おッ!めいもーん!バレーボール最高!」
安倍さんが叫んで、小さな笑いが起きた。
「えっと…好きな異性のタイプは…」
言おうとしたところで矢口さんが大きな声で言った。
「同性でもいいよ〜!うちの部は偏見しないから」
「…あー、特にタイプはありません」
「無いのかよ!」
ちょっと漫才っぽくなったが、続けた。
「今日は無理矢理連れて来られた感じだったんですけど、楽しかったです」
「また来てくれるかな?」
そう尋ねる里田さんの笑顔に、どうも嫌とは言えなくて、
「あ、また…来ます」
と答えてしまった。
「待ってるよー!」
矢口さんの声と同時に拍手が沸いて、美貴の自己紹介タイムは終了した。
座って、隣の子の自己紹介が始まっても恥ずかしくて、火照る顔を押さえてしまった。
自己紹介にしては素っ気なさすぎだったかなぁ。
趣味はもう少し可愛げのあるのが良かったかなぁ。
お菓子作りとか…オェーッ。
なんてことを考えているうちに1年生の自己紹介は終わったらしい。

395 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:36

「えー、忙しい中、今日は来てくれてありがとう。まぁ、この部はこんな感じで楽しくやってます。明日が新入生歓迎期間の最終日だから、よかったらお友達も連れてきて一緒に遊びに来てね。それでは終わります」
あ、明日が最終日なんだ。
みんなが一斉に立ち上がると、里田さんが、
「1年生の子さぁ、こっちおいでよ。自分の袴姿、鏡で見てみな」
他の子がわらわらとその方向に行くので、美貴も何となく付いていく。
道場には壁に備え付けの鏡があった。
矢口さんが引き戸を開いて、照れと期待が入り混じった顔の自分が映る。

あ、白と黒のコントラスト。

以上が美貴の感想。

「うわぁ、こんな感じなんだぁ」
隣にいた子はかなり感動していて、部室で少し喋った子たちに関しては、
「袴って初めてだよぉ。写真撮っちゃおう」
なんて写メールで撮っていた。
それをヒトゴトのように(実際、ヒトゴトだけど)美貴は見ていた。
ふいに、ぽん、と右肩を叩かれた。
「何だか着慣れてる感じがするねぇ、キミ」
安倍さんだった。
「…そうですか?」
「うん。異様に似合うべ」
誉めてるんだかけなしてるんだかよくわかりませんけど…。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を言ったら、安倍さんはニコニコしながら大きく頷いた。

396 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:36

「さぁ、袴を畳んでみようか!」
木村さんがそう言うと、先輩たちがひとりひとりの隣に着て、教えてくれた。
美貴には保田さんが付いてくれた。
「ホラ、この紐をほどくのよ。そうしたら簡単に脱げるから」
「はい」
「次はこの真ん中のしきりみたいなのを軽く右に寄せるのよ」
「はい」
「そうそう…ゆっくり置いて皺どおりにするの」
「はい」
保田さんの丁寧な説明のもと、美貴は生まれて初めて袴というものを畳んだ。
畳んだ袴は保田さんのとは違って何だか汚い気もするけど、ある種の達成感を覚えた。
そこに矢口さんの声がした。
「みんな畳み終わったぁ?よし、着替えよう!」
里田さん、矢口さんと木村さんが先導して柔道場を出て、更衣室に戻る。
1年生もおずおずとあとに続く。
ハイテクなロッカーの鍵を開けて着替えている最中、
「これから軽く飲みに行くんだけど、みんな来れる?」
矢口さんが聞いてきた。
「実家に住んでる子は帰ってもいいし、途中で抜けても全然構わないよ」
里田さんも説明する。
「無理にお酒は飲まさないしね、お金もいらないから」
木村さんがだめ押し。
「よぉし、出てみようかなって思った人、挙手!」
美貴は一人暮らしだから時間は気にしなくてもいい。
とりあえず挙手してみる。
「あれ?これだけ?途中で抜けてもいいから行こうよ!」

397 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:36

矢口さんは挙手しなかった子に声を掛けて、結局、全員がとりあえず参加することになった。
とりあえず急いでくれということで道着を脱ぎ捨てる感じで着替えていく。
全員が服に着替え終わると、里田さんが言った。
「道着は2年生がやるように畳んでみて」
またもや見様見真似、でも知らないんだからしょうがない。
「畳み終わった?Tシャツとか貸して」
「あっ、ありがとうございました」
「いやいや、別にどうってこたぁねーよ」
矢口さんが大きなゴミ袋を持ってきて、その中に道着や袴や、お借りしたTシャツをどんどん投げ込む。
荷物をまとめていると、2年生がぼそぼそ話しているのが聞こえた。
「じゃぁ、今日はやぐっちゃんが道着係で」
「了解。まいまいとあさみは移動係だね。幹部も来るって?」
「うん、お伺いしたら来るってさ。今日は1年が10人いるから」
「そっか。場所は?」
「養老。席は20人分とってあるよ」
「わかった。じゃ、あとで」
ちっちゃいサンタクロースよろしく、矢口さんは更衣室から出て行った。
「はーい、移動するからついてきて!」
里田さんと木村さんに続いて更衣室を出た。
あとはそのまま居酒屋に移動するらしい。
他の1年生とぎこちないお喋りをしながら歩いていき、正門を出た。
門を出て横断歩道を渡ると、そこは飲食店や文房具店などが並ぶ商店街。
初めて足を踏み入れて、驚いた。
お嬢様の多い女子大の近辺とは言え、どこにでもあるような飲み屋が多いのだ。
飲み屋だけじゃなく、素朴な感じのご飯屋さんもたくさん見られる。

398 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:37

有名な全国チェーンの飲み屋、『養老の池』の前に到着。
「あー、ここでちょっと待っててね」
1年生と里田さんを残し、木村さんが先に店に入っていった。
間もなく木村さんがドアを開け、里田さんにOKサインを出した。
促されるままに店に入り、席につく。
すでにお通しと割り箸が置いてあった。
途端にメニューを渡されて、
「みんな、好きなもの頼んでいいよ!」
と言われた。
好きなものと言われても…。
そう思ったのは美貴だけじゃなくて、他の1年生も同じらしかった。
少しの沈黙を破ったのは里田さん。
「えっと、とりあえず私はウーロンハイで」
ま、マジで!?ウーロンハイを頼む女子大生って…。
美貴は面食らってしまった。
それがきっかけになり、1年生も注文し始めた。
1年生はわくわくした面持ちで甘そうなカクテルを選んでいる。
居酒屋でお酒飲むの、初めてっぽいなぁ。
こう言うと美貴は何度も飲んだみたいだけど、親とか兄ちゃんとか姉ちゃんと一緒に来ただけで…。
「おー、お待たせ!」
そこに矢口さんの声がした。
矢口さんだけでなく、飯田さんと安倍さんと保田さんも来た。
「あれぇ?まだ何も頼んでないの?」
そう言いながら、安倍さんが美貴の左隣に座った。
「あ、これから頼むところです。すいませーん!」
木村さんが店員を呼んで、各自好きなものを頼んだ。

399 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:37

と、いきなり、
「ねぇ、1年生だよね?」
「え?う、うん」
美貴はいきなり右隣の子に話し掛けられた。

少し低めの声。

金髪に黒いジャケット。

優男みたいな、中性的なかっこいい顔立ち。

でも、色が白くて、本当は美人さん。

「あ、よかった。何だかこの部活に馴染んでるっぽかったからさ」
そう言って美貴に笑いかけてくれる。
ちょっとナンパしてるような雰囲気の人だなぁ…。
「いや、サークルとか見学したのは今日が初めてだし」
「そうなんだ。ごめん、名前は何だっけ?」
「…藤本美貴」
「私は吉澤ひとみ。よろしくね」
「あぁ、どうも…」
美貴の無愛想な返事にも相槌を打った吉澤さんは、上着のポケットをゴソゴソやって、
「ごめんね、煙草吸ってくるんであっちに行くよ」
と、遠慮がちに美貴に言って、立ち上がった。
その『あっち』では、保田さんが煙草を吸っている光景…。
吉澤さんは会釈しながら保田さんに声を掛けていた。

400 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:38

(大学生にもなると何でもアリだなぁ…)
心の中でぼやきつつ、やっと運ばれてきた飲み物に口を付ける。
美貴はやや甘めのカクテルを頼んだ。
「ねぇねぇ、藤本さん…だよね。出身はどこだっけ?」
右隣が空いた美貴に話し掛けてくれたのは、安倍さんだった。
「あの…北海道です」
「本当に!?なっちもさぁ!」
自分のこと、『なっち』って呼ぶのかぁ…。
ここは北海道率が高い。
ってことは田舎モンだって言われない、そんな安心感にかられた。
「北海道のどこらへんですか?」
「んー、なっちは室蘭出身だよ。はぁ、ビールがおいしいねぇ」
安倍さんがジョッキのビールをグイッと飲むので、美貴もグラスの半分まで開けた。
「あぁ、無理して飲まなくてもいいから、ゆっくり飲みな」
「大丈夫です」
「うちはイッキとか絶対にさせないからさ。他のサークルはどうか知らないけど」
「まだイッキやるところもあるんですね」
「そうなんだよ。アホだよねぇ、女子大なのにさ」
ふと、胃が熱くなってきた。
さすがに空きっ腹にアルコールはしみる。
ちょうどいいタイミングで料理もたくさん運ばれてきた。
「さ、どんどん食べな。なっちはあんまり食べずに飲むから、食べていいよ」
「はい、いただきます」
美貴は主食が肉。
遠慮なく目の前の焼き鳥に箸を伸ばした。

401 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:39

本当は美貴、お酒に弱いんじゃないだろうか。
あれから3・4杯ほど飲んだところで、美貴の視界が揺らぎ始めた。
美貴は今、矢口さんと女子バレー談義に花を咲かせている。
「そうぉぉですよねっ!メグ・カナだけが選手じゃないっ!!」
「お前、話わかるじゃんか!オイラは竹下あってこそだと思うね!」
「確かにぃ、確かにそうですけどぉ、私は高橋に1票!」
「キャハハハ、何の選挙だよ!」
気が付けば、実家組の子たちは帰っていた。
「だからさぁ、打つってことも大事だけど、選手をどう使うかで試合は決まってくるんだよ。で、その点で竹下の……」
矢口さんの語りを軽く流しながら携帯を見ると、時刻はすでに11時半。
美貴は上京してから『あしたまにあ〜な』を見るのが日課なのに。
10分足らずだけど、あの番組をナメちゃいけない。
夜更かししてたらたまたま見つけたんだけど、都会のナウなイベント情報が満載なんだよ!
この東京砂漠に生きる若者たちに取り残されないための、美貴の小さな努力!
あぁ、コンビニに寄って家に帰ったらギリギリの時間。
「……だから、頭を使っていると同時に、選手との意思疎通が出来ないと……」
「す、すいません!」
「あ?何?」
矢口さんのバレー論を遮ると、ちょっと不機嫌そうな顔をした。
「まだ荷物も片付けてないんで、帰っていいですか?」
「おう、そうか。じゃ、駅まで送ってくよ。もうそろそろお開きだと思うけど」
美貴は視界の揺らぎを我慢しつつ、鞄を持って立ち上がる。
安倍さんや飯田さんやまだ残っている新入生その他に会釈をした。
さっきの吉澤さんはというと、まだ保田さんと煙草をふかしながら、ゲラゲラ笑っていた。

402 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:40

「あの、どうもお世話になりました」
駅に着いて、美貴は酔いも手伝ってか、深々とお辞儀をする。
「いやいや、また来てくれよ。楽しかっただろ?」
「はい。ありがとうございました」
「じゃぁ、またな!」
それから軽く矢口さんに会釈をし、改札を通る。
電車は来ていないけど、気分がよくて、階段を1段飛ばしで駆け上がる。
ホームには、まだハロモニ。女子大の学生がたくさんいる。
もうすぐ日付が変わるんだから、こんなに遅くまで出歩いてちゃいけませんよ、お嬢様方。
(ありゃ、やっぱりね)
変な金髪野郎にナンパされてる女の子たち。
美貴になんか声を掛ける奴は滅多にいないから、別にいいけどね。
頭の中で、お気に入りの曲を流して電車を待つ。
もちろん足をブラブラさせながら立つ、美貴独特の軽ヤンスタイルで。
今日はいつにも増して安定感が無い気がする。

というか、ソワソワする感じ。

何だか待ちきれなくて、たまらない感じ。

でも、不思議と笑みがこぼれてくる。

傍から見れば、美貴は確実に変人だっただろう。

(合気道部…かぁ)
今日の出来事を思い出していたところに、ちょうど電車がやってきた。
足取りも軽く、弾むように乗り込んだ。

403 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:40

翌日。
無事に『あしたまにあ〜な』を見た美貴は、午前中にクラス別ガイダンスを終えた。
午後の予定は何も無いし、自然に合気道部の部室へと向かった。
(確か、こっちの階段を降りて…)
美貴は物覚えは悪くなかったはず。
学生会館の1階にある部室に、すぐにたどり着いた。
「すいませーん」
そっと中を覗くと、矢口さんだけがいた。
「ん?おぉっ!昨日来てくれた藤なんとか!」
「…藤本美貴です」
矢口さんは嬉しそうに美貴を部室の椅子に座らせ、紙コップにジュースを注いでくれた。
「よく来てくれたなぁ、とりあえず飲めよ!」
「ありがとうございます」
「ガイダンス終わったばっかだろ?午後は暇?」
美貴の隣に矢口さんが座る。
「あぁ、はい。暇だったから…」
「よーし、暇ならまた稽古に出てみないか?」
「…はい!」
「そうと決まったら…あ、昼ご飯食べに行かねぇ?学食とか案内するし、おごるからさ!」
「え…でも、毎日ごちそうになるわけには…」
美貴がそう言うと、矢口さんは頭を下げてきた。
「そんなこと言わずに!頼むよ、お願いだから一緒に行ってくれ!」
その必死さに圧されて、美貴はきょとんとしながら頷いた。
矢口さんが頭を下げてまでおごろうとする意味を後になって知るとは、美貴自身も予測できなかった。

404 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:41

それからは毎日、何となく合気道部に通った。

そして、合気道にはまりかけてきた。

最初は人数がたくさんいたが、徐々に減った。

他のサークルに行く子もいたし、勉強に専念したいって子もいた。

それはある程度、仕方の無いことだと里田さんは言った。

結局、仮入部期間を終えて、本入部まで残ったのは4人。

東京都出身・政治経済学部・後藤真希。

彼女は本入部ギリギリになって入ってきた。

神奈川県出身・文学部・石川梨華。

実は美貴と何度も話をしているそうだが、美貴の記憶に無い。

埼玉県出身・法学部・吉澤ひとみ。

ただのナンパ野郎だと思っていたら、実はすごく気の合う人だった。

そして、『体育会』の意味も知らなかった美貴。

仲良くなれるか、合気道がうまくなるか、それはわからないけど。

部活の同期は大事にしなよ、と保田さんに言われた。

何かひとつ、続けられるものが欲しい、って。

借りた袴を見つめて、美貴は決心した。


405 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:42

これで、本日の交信を終了します。

ダラダラ続いてましたが、次回からは85年組を絡めていきます。



406 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:43


っていうか、合気道がどんなもんかわかるひと、いますかね?

演武って見る機会が少ないですからね…。

407 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/09/09(木) 12:45

前にみきたんが道着と袴を着ているのをハロモニ。で見た以来。

どうもあの凛々しさが忘れられずに書いてみました。

ご不満があれば作者までどうぞ。
408 名前:名無し読者 投稿日:2004/09/15(水) 22:26
あやみきがない…
409 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/23(木) 23:04
(゚听)コレヤダ
410 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 19:53
おもろいっす。がんがってください
411 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/24(金) 21:50
合気道って正直あまりわかりませんが、新作は面白いですよ。
85年組大好きなんで期待してます。頑張ってください。
412 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/25(土) 13:35
これからでてくるんじゃないの?
マターリまとうよ。
413 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:08

合気道部は体育会だけあって、礼儀に厳しい。

自分を指す時は『私(ワタクシ)』。

これは意外だったけど、『〜先輩』ではなく『〜さん』。

『〜ですか?』ではなく『〜でしょうか?』。

『〜ですけど』ではなく『〜ですが』。

先輩に会ったり、先輩がいる部屋に入る時は『こんにちは』。
それは道場に入る時も同じ。

部屋を出て行くときは『失礼します』。
これも道場を出て行く時に使う。

そして無礼をはたらいた時は『失礼しました』。

最後は『接待トーク』。
先輩を楽しませる目的で、じゃんじゃん話し掛けることらしい。
4月の半ばくらいに、これらの礼儀を叩き込まれた。
里田さん曰く、『まだまだたくさん礼儀はある』そうで。
美貴だけじゃなく、1年がみんな『ワタクシ』に軽く引いた。
よっちゃんさんは『ワタクシ』がなかなか言えなくて、困っていた。
まぁ、要領のいい梨華ちゃんやごっちんはすぐ覚えてたけど。
美貴は上司と上手におしゃべりできるが、接待トークで同期を売りすぎて梨華ちゃんに怒られた。
合気道だけじゃない辛さもある。
1年生の重要な仕事、『記録ノート』。
前日の稽古でやった技をボールペンでノートに書いていく、いわば日記のようなもの。
何をやったか、全て覚えていなければならないのがつらい。

っていうか、体育会ってめんどくさい…。


414 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:08

部活にも慣れた4月も終わる頃、“あるもの”が1年生に配られた。
「…体育会カード?」
よっちゃんさんが割と厚めの紙に書かれた文字を読んだ。
「そう。これはつまり、入部届だね。水性ボールペンで書くこと」
生年月日・現住所・電話番号・自宅・学部・学科など…。
更には証明写真も貼らないといけないらしい。
「遅くとも今週中にはこの箱に提出。あと、早く記録ノート書いて。じゃーね」
お菓子の空箱を部室の机の上に置いて、里田さんは去った。
部室には1年生4人が集合している。
「ふわぁぁ…やめるなら今ってことかぁ」
ごっちんが欠伸しながら言う。
「…誰か、辞めたい人いる?」
おそるおそる、梨華ちゃんが訊いた。
「何とも言えないね」
と、よっちゃんさんの反応はドライで、同感の美貴はそれに頷いた。
何となく見ると、ごっちんは既に水性ボールぺンを握っていた。
「あ、ところでさ」
よっちゃんさんが手を挙げると、真っ先に梨華ちゃんが反応した。
「えっ!やっぱり部活辞めるの?」
「ちげーよ。今日の稽古で着るTシャツ忘れたもんで、誰か貸してくんない?」
「何だ、びっくりしたぁ。あたしが貸してあげるよ」
「梨華ちゃんのシャツ、ちっさいから入んないよ」
「よっすぃーなら入るよぉ。伸びる生地だし。ほら、これ」
「…ピンクのワンポイント、うぜー」
「何なの、何よ!うざくないよぉ!かわいいよぉ!」
…むしろコイツらがうざい…。

415 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:09

ところで、記録ノートは2年先輩から教わりながらだが、以下の感じ。
普通のキャンパスノートに、日記のごとく油性ボールペンで綴る。
なるべく丁寧に、かつ素早く書かねばならない。

4月22日(水) 指導 保田

準備体操
二教 小手返し
柔軟

前受け身 後受け身

[技]片手両手取り呼吸法(最初は柔軟で)
  片手取り第一教(表・裏)
  片手取り入り身投げ(二態)
  片手取り内回転投げ(二年以上は捌きをつけて)
  片手取り外回転投げ
  片手取り小手返し(三態)
  片手取り四方投げ(表・裏)
  片手取り呼吸投げ(一年は三態、二年以上はできるだけ)
  座技呼吸法

[感想]たくさんの技をやりましたが、覚えきれない技があるので、自主練の時間を使って完璧にしたいです。

文責 石川

416 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:10


稽古の前に着替えながら、美貴はふと思った。
(1年って仲が良いのかねぇ…)
美貴は部室でよっちゃんさんと一緒にいることが多い。
よっちゃんさんはみんなと仲が良いけど、特にごっちんと気が合うみたい。
でも、ごっちんは1人が好きな様子。
気のせいならいいが、梨華ちゃんは美貴を避けているかもしれない。
(まだ4月だからしょうがないか)
1年生は部室で着替えることになっている。
道着に身を包むと、美貴は気合を入れるように白帯をきゅっと締めた。
1年生の仕事として、まずは救急セットと白タオルとビデオカメラとオレンジ籠と靴袋を持っていく。
救急セットは救急用品の他に筆記用具も入った、釣具を入れるようなボックス。
白タオルは真っ白なタオルをナップザックに詰めたもの。
ビデオカメラは練習を撮る為に使うもの。
オレンジ籠はOGがいらっしゃった時の袴や道着、その他諸々が入っていて、2人1組で運ぶ。
靴袋はランニング用の先輩方の靴が入ったボストンバッグ。
「じゃ、今日は梨華ちゃんとミキティがオレンジ籠ね」
よっちゃんさんはいつも指示を出す。
それはリーダーシップというか、一見まとまりのない美貴たちをまとめようとしているだけに見える。
別に悪いことじゃないけど、見下されてるって思うのは被害妄想かな?
「あ、よっちゃんさん、パネル持ってきて」
「あいよ」
パネルとは、合気道の開祖である植芝盛平先生の写真を額に入れたもの。
最初に見て不思議に思った写真はこれだった。
もうボロボロだけど、先生の目つきの鋭さも威厳も、何も変わらない。

417 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:10

荷物を運び終えると、急いで靴を並べる人が1人。
箒を道場のロッカーから出して、畳の上を掃き始める人が2人。
同じく道場のロッカーから雑巾とバケツを出して畳の汚れを拭く人が1人。
掃除が終わったらパネルと部旗を道場の壁に貼り付ける。
最後に幹部――4年生をこう呼ぶ――の袴と汗拭き用の白タオルを幹部の座る場所にセッティング。
なぜ『白』タオルなのか尋ねたところ、矢口さんは、
「え?知らねぇ。綺麗だからじゃん?」
と言った…。
全ての準備は1時間前から始めるけど、掃除が終わる頃にはもう稽古開始10分前。
準備している間も先輩方が来るので、入り口を常にチェックして挨拶することを忘れないようにする。
「1年生、もういいよ」
2年生にそう言われたら準備はおしまい、各自で準備体操やストレッチをしておく。
3年生の準幹部は稽古の7分前、幹部は5分前に着替えて来る。
そして畳に足を踏み入れる前に正面に礼をする。
まっすぐに袴に向かって歩く保田さん。
そこに安倍さんがファイルを持って歩み寄り、何かを保田さんに報告している。
まず幹部が袴を穿いたら、後輩達も袴を穿く。
白帯だろうが女子は袴を穿け、というのが監督のお言葉だから、美貴たちも穿く。
そろそろ保田さんが袴のある場所に着くと思った瞬間。

「袴下げて!」

…来た!!これはトレーニングをやるという合図。
今日が初めてのトレーニングだ。

418 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:10

前にトレーニングというものがあるからと、説明を受けたので少しわかっていた。
よっちゃんさんが急いで幹部の袴を道場の隅っこに移動させた。
それからいつもどおりに礼をする。
袴をはかずに礼をするのって、何かスースーして変な感じ。
頭を上げたところで、保田さんが、
「責任者、外に出て準備体操!」
と言ったので、今日はランニングということだ。
「はい、失礼します。みんな、外に出て」
安倍さんが保田さんの言葉を繰り返すように指示した。
責任者というのは主に3年生の仕事。
次に幹部になる学年として、全ての責任を負う。
もちろん、後輩が非常に無礼なことをすれば、責任者はプラスアルファできついトレーニングに…。
裸足で靴を穿くので、ランニングの後は足が臭くなるらしい。
道場の外に出た美貴たちは、円になって準備体操。
「番号早く」
いつもは大声でゆっくり番号をかけていくが、トレーニングの時は少し適当。
「いーち、にーい、さーん…」
美貴たちの声に、通りかかる学生が変な目をして見るので、少し恥ずかしい。
嫌だなぁ、と思っている間に体操が終わり、幹部が道場から出てきた。
「こんにちは!」
幹部は無視するようにさっさと裏門へと歩き始めた。
「2列!」
これは2列になって1年・2年・3年の順で幹部の後についていけ、ということ。
裏門からすぐ道路に出ると、幹部が走り始めた。
すると、一呼吸置いてから非常に響く声で、最後尾の安倍さんが叫んだ。

「おぉぉ――――――い、声出して行くぞぉぉ―――――――――!!!」

419 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:11

そして美貴たちも答えるように、限界まで声を出す。
「おぉぉぉぉ―――――――――――――――!!!」
説明を聞いて知っていたけれど、これはありえないと思う。
(っていうか、何だこの速さ!)
ランニングとはいうものの、今はダッシュ状態。
今はどうにか背の順で並んで走っているが、ついていけないかもしれない。
そんなことに構わず、安倍さんはまた叫ぶ。
「みぃぃ――――――――い、ぎぃぃ―――――――――――――!!」
これは『右』。
2列あるうち、右側が声を出せということ。
「えぇぇ―――――――――、さぁぁ―――――――――――――!!」
これは『えっさ、ほいさ』という掛け声の『えっさ』だけをとって変形させたと思われる。
何で『えーさー』なのかは誰も知らない。
そろそろ学校の裏にある川沿いまでやってきた。
「ひだぁぁ――――――――あ、りぃぃ――――――――――――!!」
もうわかると思うが、これは『左』。
今度は左側が声を出すから、右側は声を出さなくてもいい。
隣にいる梨華ちゃんのアニメ声が美貴の脳を直撃する。
川の周りを1周すると、美貴の速度は落ち始めた。
すると里田さんや木村さんがスイスイと追い抜いていき、しまいには最後尾のはずの安倍さんにも抜かれた。
(やば…息が苦しい…)
気がつくと美貴は半周遅れで、みんなの背中すら見えなくなっていた。
でも、隣にいて走ってくれたのは飯田さんだった。
「大丈夫?だめだと思ったら歩いていいけど、まずは限界まで頑張ってごらん」
飯田さんは涼しい顔でそう言った。

420 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:11

美貴は短距離なら好きだけど、長距離は苦手。
幼い頃に患った喘息が、未だに軽く残っているから。
しかも久し振りに走るから、余計にきつい。
『えーさー』の声が遠く感じられて、悔しくなった。
集団から少し遅れているのは、矢口さんだった。
確か、矢口さんも喘息があると聞いたが、美貴のとは比べ物にならないくらいひどいらしい。
それなのになぜ、美貴より早く走れるのだろう。
と、集団が川の遊歩道を外れて、すぐ隣の公園に入っていった。
そこでスクワットしている様子が半周遅れの美貴からも見えた。
ゼイゼイしながら公園にたどり着いた美貴の背中を飯田さんが撫でながら、
「スクワットしなくてもいいから、呼吸を整えな」
と言った。
美貴はこっくりと頷いて、ゆっくりゆっくり深呼吸をする。
少し落ち着いてスクワットに加わった頃、保田さんが叫んだ。
「やめ!!ダッシュやるよ!!」
みんなが大きな声で、はい、と返事をすると、保田さんと飯田さんが15メートルくらい離れた。
保田さんが頭の上で手を叩くと、ダッシュ開始の合図。
そして全員が飯田さんの前を通過するとすぐ飯田さんが手を叩いた。
延々と往復したあと、保田さんがまた叫んだ。
「ダッシュやめ!!」
それから歩き出した保田さんのあとに2列でくっついていく。
これで終わりかと思いきや、また川のほうに向かって走り始めた。
「みぃ―――――――――い、ぎぃ――――――――――――!!」
安倍さんの声が後ろでしたと思ったらすぐ追い抜かされて美貴は最後尾、むしろ周回遅れ。
何だか、こんな自分にがっかりした。
川の周りを3周すると、学校に戻る道に向かったので、安心した。

421 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:12


学校の手前まで来ると保田さんが歩き始め、ランニング終了。
しかし後輩達は保田さんよりも先に道場に戻り、お待ちせねばならない。
「失礼します!」
そう言って一礼をして、保田さんを走って追い抜かす。
1番最初に戻ってきた梨華ちゃんは道場の入り口に濡れた雑巾を敷いていた。
みんなは戻ってきても道場には入らずに、ドアの前で整列すると同時に、声を出す。
「ファイトファイトぉ―――!!」
「ファイト―――!!」
苦しそうな顔で叫ぶ1年生、肩を上下させる2年生。
こうして声を出すのは、走った直後に急に止まる体を温める目的らしい。
まだ1年生は恥ずかしいのか、全体的に声が小さい。
保田さんは厳しい顔つきのまま歩いてきて、靴を脱ぎ、道場に入る。
それまで叫んでいたが、保田さんが見えなくなると同時に、
「失礼します!」
と叫んだ。
続いて美貴たちも靴を脱ぎ、急いで道場に入る。
もちろん、『こんにちは』の挨拶は忘れずに。
道場でのいつもの位置に座ると、保田さんが言った。
「5分間小休止!」
美貴たちは返事として全員が、
「はい、失礼します」
と言う。
すると安倍さんが話し掛けてきた。
「誰か、足が痛いとか具合が悪い人いないべか?あ、ふじもっちゃんは?」
美貴は喉の奥からひゅうひゅうと喘息の音が聞こえてきたけど、これくらいならすぐにおさまるので、大丈夫だと返事した。

422 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:12

休憩の後、保田さんが袴を穿いたので、美貴たちも急いで穿いた。
そして普通の稽古に戻ったらしく、保田さんが飯田さんを呼んだ。
最近教わったことだが、幹部がお手本として技を見せるのを、『見取り』という。
「えーと、片手両手取り呼吸法です。最初は投げるんじゃなくて、ゆっくり腰の柔軟をしてください。それじゃ、片手両手取り呼吸法…最初は柔軟で、全員で始め」
言い終わるが早いか、全員が、
「お願いします!!」
と叫ぶ。
1年生は指導者の保田さんを除く好きな上級生のところに走っていき、『お願いします』と礼をして、一緒に稽古する。
これは新歓期間に先輩が美貴たちに駆け寄ってくれたのと全く逆。
美貴は矢口さんに付いた。
「おっ、藤本じゃん。前に喘息って言ってたけど、今日は大丈夫だったか?」
「はい。喘息も軽いものですし、どうにか平気でした」
「そっか。無理するなよ」
そう言って矢口さんが出してきた片手を、美貴は両手で自信満々に掴む。
が、しかし。
「藤本、半身が逆。片手両手取りは基本が逆半身だから」
「…失礼しました」
右半身から左半身に変えて、がっちり掴んでいるはずなのに、矢口さんはやすやすと動かしてみせる。
ランニングがだめでも、合気道にはあまり関係ないのか。
腰を曲げている状態でほっとしてしまった。
そのせいか、受け身を失敗してしまい、
「余計なこと考えながら合気道をやるな!」
と、矢口さんに怒られた。

423 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:13

今日だけで矢口さんに3回くらい怒られたものの、無事に7時稽古を終了した。
自主練が8時までで、片づけをして荷物を運び終えて着替えて、全てを終わらせて、8時半に正門前に集合。
そこで幹部と準幹部を待つ間、里田さんから連絡があった。
「1年生、今日はお疲れ様。初めてのトレーニングで疲れたでしょ?でもトレーニングは毎日やるわけじゃないからさ」
そう言われて、小さく安堵のため息をついたのは梨華ちゃんだった。
「で、明日は道場じゃなくて第4校舎の練習室で稽古やるから、準備は早めにね」
「「「「はい」」」」
1年生4人、綺麗に返事がハモった。
その時、幹部と準幹部がいらっしゃった。
みんなで挨拶すると、保田さんが矢口さんに何か指示をした。
矢口さんは急いで美貴たちのところにきて、
「1年生、幹部のごっつぁんに1人行って。おいらも一緒に行くから」
と焦って言った。
『ごっつぁん』とは、先輩が後輩におごることを言う。
ただでご飯を食べさせてもらう代わりに、礼儀も尽くさねばならないし、接待トークもしないといけない。
それは精神的につらいからあまり行きたくないが、幹部の好意を無駄にするわけにはいかない。
4人で誰が行くかアイコンタクトをとる。
早く決めろと目で合図する矢口さん。
すると、よっちゃんさんが手を挙げて、
「失礼します、私が行きます」
と張り切っていた。
「よし、それなら荷物もって幹部のところに行って」
と、矢口さんがリュックをしょいながらよっちゃんさんの背中を押した。

424 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:13

慌ただしく幹部(と幹部にごっつぁんになる2人)を見送る。
みんなで、失礼します、と大声で幹部の背中に向かって言う。
それから数分して、安倍さんと飯田さんが1年に手招きをした。
「えっと、昨日は後藤だったから…藤本と石川、うちらのごっつぁんに付き合え!」
飯田さんが長い髪を揺らして美貴たちを指差した。
「「はい、ごちそうになります!」」
これはごっつぁんの時に必ず言わねばならない。
残った2年に、失礼します、と挨拶をして移動する。
荷物を持って安倍さんと飯田さんの隣に付いた。
その目的はもちろん接待トーク。
「今日はサンクス前で飲むよ!」
コンビニの前に座って酒を飲みながら話すのが、準幹部はお好きなようで。
大学から割とすぐのコンビニに着くと、籠を持って安倍さんと飯田さんの後ろを歩く。
2人が選んだお酒を籠に入れて、自分達も好きなものを選ぶ。
ついでにおつまみのポテチなども籠に入れ、レジに向かう。
ごっつぁんの時、後輩はお会計の場にいてはならない。
籠を持っていた美貴はその場に残る。
梨華ちゃんはとりあえず先に店の外に。
袋に入ったお酒を店員から受け取ると、美貴も外に出る。
そしてお会計を済ませた2人が出てくると同時に、美貴と梨華ちゃんは、
「「ごちそうになります」」
と頭を下げる。
それを無視するかのようにコンビニの隣の駐車場に行く安倍さんと飯田さん。
それぞれ選んだお酒を両手でもってお渡しする。
梨華ちゃんはその間、おつまみのポテチの袋を取りやすいように開く。
「ああ、もういいから自分達のお酒を取りな」

425 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:13

「はい、失礼します」
安倍さんの一言で、美貴たちもお酒を手にとる。
プルタブを開けて、プシュッと良い音がする。
でもまだ飲んではいけない。
何故って?
先輩が飲むまで飲んじゃいけないから。
「じゃぁ、今日の初トレに乾杯!」
安倍さんが笑顔で言うと、美貴と梨華ちゃんはもう一度、
「「ごちそうになります」」
と頭を下げる。
ちなみに、忘れてはならないのが缶の持ち方。
缶の底に手を添えて、必ず両手で持たないと失礼にあたるらしい。
ごちそうになっている身分で、先輩と同じように片手で持つのはどうかということ。
「じゃ、自由に座って。あぐらかいていいよ」
飯田さんがドカッと豪快に座る一方、安倍さんはちょこんと控えめに座った。
美貴たちもそっと座って、お酒を一口いただいた。
「今日のトレーニングはどうだったよ?」
飯田さんが話し掛けてくれた。
「はい、なかなかきつかったです」
これは美貴の正直な感想。
梨華ちゃんはうんうん頷いていた。
「けどさ、1年生がちゃんと最後まで走りきったのは偉いべさ」
安倍さんはニコニコしている。
「そうそう、ついでだから教えてあげるけど、5月の第2週はコーキョマラソンがあるよ」

426 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:14

コーキョ…マラソン?
コーキョってあの『皇居』だよね?
美貴と梨華ちゃんは顔を見合わせて、頭の上に?マークを浮かべた。
そんな美貴たちを見て、安倍さんはクスッと笑った。
「1年はまだ知らないんかい。カオリ、教えてあげてよ」
「うん。皇居の近くにもうひとつ、ハロモニ。女子大のキャンパスがあるでしょ。そこから皇居までみんなで走って、皇居に行ったらマイペースで走るんだよ。走るのは1周だけね」
適当に相槌を打ちながら聞いていたが、それは…。
「皇居マラソンは道着で走るんでしょうか?」
頭の中に浮かんだ質問を、梨華ちゃんが訊いてくれた。
安倍さんが缶チューハイをぐびっと一口飲んでから、答えてくれた。
「んー?もちろんだべ。道着を着て、普通に街の中をえーさー叫びながら走るんさ」
美貴と梨華ちゃん、そこで絶句。
想像するだけで恥ずかしいし、やりたくない。
お構いなしに、飯田さんが人差し指を立てて言った。
「だから今日は体を慣らすために走ったわけ。まだまだ優しい方だよ」
今日だけで結構辛かったのに、美貴たちは一体どうなるんだろ…。
「…そうなんでしょうか…」
美貴はそれだけを言うのがやっとだった。
「ま、今日走ったのにはまた別の理由があるんだけどね」
意地悪っぽく笑って、飯田さんはおいしそうにビールを飲んだ。
「別の理由って…何でしょうか?」
そう言うと、安倍さんは持っていた缶をアスファルトの上に置いた。
次に、真面目な顔になって静かに言う。
「キミたちを…1年生を、試したんだよ」
飯田さんは優しい顔で頷いていた。
美貴は持っていた缶が自分の手の熱でどんどんぬるくなることも構わず、安倍さんの話に聞き入っていた。

427 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:14

保田さん…あぁ、カオリもなっちも陰では『圭ちゃん』って呼んでるんだけどさ。
これには深い事情があって…カオリ!笑っちゃだめだべさ!
あんたたちは圭ちゃんなんて呼んじゃいけないよ。
先輩に向かって馴れ馴れしすぎるからね。
…おっと、話を戻そうか。
今日、体育会カードが配られたっしょ。
もう書いた?まだ?
後藤は書いたんかい?早いねぇ。
ふふん、体育会カードを出せば、もう引き返せないよ。
っていうのは冗談だけどね。
家庭の事情とかでやっぱり辞めますって子もいるし。
そこで、だよ。
カードを出せば、もう部員としてやってかなきゃならない。
だから圭ちゃんは本当に1年生がやる気があるかどうか、見たかったんだべさ。
正式に入部してもいないのに、あんなトレーニングはありえないって思ったっしょ?
でも、うちは体育会だからね。
合気道だけがやりたいんだったら、サークルにでも行けばいいしょや。

今日のトレーニングでやる気が失せて辞めていくか?

それともトレーニングなんかに負けず体育会で合気道をやっていこうとするか?

『こいつらは卒業までこの部活でやっていけるだろうなって思ってるから、試したい』って。

圭ちゃんは昨日、そう言ってたよ。

428 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:14

何でそんなことするか、わかるかい?
そっか、わからないかい。
それはね、圭ちゃんには同期が一人もいないからなんだ。
最初に見て不思議に思ったっしょ。
4年生はひとりだけってヤグチから聞いたかい?
あの学年はね、みーんな途中で辞めてっちゃってさ。
なっちたちが1年の春、2年の圭ちゃんの同期は6人もいたけど、どんどんいなくなった。
特に夏合宿が終わって少しした頃かな。
夏合宿で幹部が交代するんだけど、新しい幹部の考えについて行けないからって。
なっちたちは初めての合宿を終えたばっかで、部活のシステムなんか何も知らない。
なのにさ、辞めていった先輩たちは幹部の考え方について愚痴るんだよ。
そんなこんなで、先輩たちがいなくなるのを飽きるほど見てきたよ。
ひとり、またひとりといなくなっても、圭ちゃんはニコニコ笑ってた。
でも圭ちゃんは2年の11月頃、ストレスから病気になった。
あぁ見えてすごく神経質な人なんだ。
目つきが鋭くても、きつい顔立ちしててもね。
あの負けん気の強い顔は、同期がいなくなってきた頃から見られたよ。
それから圭ちゃんは病気を限界まで我慢して、ギリギリの状態で1月の初段審査に合格したのさ。
で、しばらくぶりに復帰したら、圭ちゃんひとりしかいなかったわけ。
同じ時期、なっちたちの同期もいなくなったのさ。
どんなに頑張ってもだめだった。
なっちもカオリも、辞めると決意した同期を引き止めきれなかったよ。
その時の幹部は4人いてね。
結局、3月の春合宿までに残った下級生は圭ちゃん1人、なっちとカオリ2人だけ。
稽古が辛かったの何のって、言葉で表しきれないくらい。

429 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:15

圭ちゃんは初段合格直後にまた体調を崩してしまっていなかったし。
うちら2人だけで10人分の元気を出さなきゃいけなかったのさ。
毎日毎日、声が出なくなるまで声を出したよ。
『辞めたいよ』『辞めたいね』って、カオリとなっちはガラガラ声で愚痴ったもんさ。
そして3月の春合宿を終えたら圭ちゃんは準幹部となって、幹部になる準備をした。
なっちとカオリも補佐として圭ちゃんと一緒に部活の仕事に関わった。
最下級生だからまだ甘えていいのに、甘えられなくなったね。
今回の皇居マラソンだって、勝手に走るだけじゃないんだよ。
あんたたちが知らない手続きがいっぱいあるのさ。
OGに出すハガキの仕事をしながら、圭ちゃんは励ましてくれた。
圭ちゃんは『次の夏合宿が終われば幹部はアタシ1人だけど100人力よッ!』ってね。
なっちたちが2年になって、新歓期間になったんだ。
あんたたちも経験したように、ただ楽しく飲みまくる。
かたっくるしい礼儀も無しに、純粋に後輩と飲むのが楽しかった。
きっとあの辛さは報われるんだ。
きっと後輩達に恵まれるはずなんだ。
そう思い込んでね。
しばらくして、里ちゃんとあさみとヤグチが入ってきてくれてさ。
っていうか懐かしいよねぇ、カオリ。
今でこそヤグチとか威張ってるけど、あの子が1年の頃はオドオドしてたんだよ。
想像つかないっしょ?いひひ。
まぁ、何が言いたいのかっていうとさ。
辞めるなってことじゃなくてね。
辞めるのもいいし、続けるのもいいことなんだけどさ。
辛いこともあるけど、楽しいことはその倍以上あるってこと。
それはやっていくうちにわかるだろうから、今は何も言わないよ。

430 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:15

気が付けば、時計は既に10時を指していた。
梨華ちゃん共々、美貴も安倍さんの話の余韻に浸っていた時、飯田さんが言った。
「おっと、いけね!なっち、石川を家に帰さなきゃ!」
横須賀の実家から通っている梨華ちゃんは、片道2時間近くかかる。
「あぁ〜、ごめんね!じゃ、すぐ撤収!」
美貴と梨華ちゃんは残っていたチューハイを飲み干し、
「「ごちそうさまでした」」
と頭を下げる。
そして急いでポテチの袋やら空き缶やらをビニール袋に詰めて、コンビニのゴミ箱に捨てる。
片付けたら駅の改札前まで移動し、安倍さんが言った。
「じゃ、帰っていいよ」
「「はい。ごちそうさまでした。失礼します」」
またしても見事にハモってしまい、微妙に恥ずかしい。
頭を下げたら改札を通り、ホームまでの階段を上る。
ホームに行くと、梨華ちゃんがぽつりと言った。
「きついよね…」
美貴は意味が汲み取れず、眉間に皺を寄せて訊いた。
「何が?」
「この部活の全て…」
「…そうだね」
美貴は返事のしようがなくて、適当に答えてしまった。
ちょっと沈黙が訪れたところで、梨華ちゃんが乗る急行電車が来た。
「でも魅力的だよね!」
さっきとはうって変わって、明るい笑顔。
美貴はホッとした。
梨華ちゃんのことは全然知らないけど、うまくやっていけそうな予感だけはしている。

431 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:16

体育会カード提出期限日。
4枚とも綺麗に提出されていた。
それぞれに貼ってある写真を見たり、部室にあるテレビで合気道の演武ビデオを見たり。

「んあ、梨華ちゃん黒いねぇ」
のんびりとした声。

「ごっちんも目が半開きじゃん、眠そうだよ?」
負けず嫌いなアニメ声。

「ぶぇっくしょい!おっと、今の演武カッケー」
おっさんくさいくしゃみとハスキーな声。

「あっ、美貴が持ってきた箱ティッシュが無い!!」
鼻が詰まりながら怒る声。

部室の中で、個性豊かな声がする。

これから初めての合同稽古、初めての審査、初めての納会、初めての夏合宿が待っている。

みんなはっきりと口には出さないけど、話をしてみたら、部活は続けていくって決めたらしい。

もちろん、これからたくさんの問題が待っていることも承知の上。

そうだ、勉強もせずに合気道に没頭していることは、北海道の両親にはナイショにしとこう…。

432 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:16

お待たせいたしました。
ちょっと多めに交信しました。

408さま
確かにそうですね…。すみません…。

409さま
コレヤダですか、勘弁してください(泣)

410さま
おもろいと言っていただけて光栄です。がんがります!

411さま
合気道は名前だけでもご存知ならば嬉しいです。ぽじてぃぶで頑張ります!

412さま
そうです!マターリお待ちください。
433 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:19

お知らせです。

作品の中に合気道の技がいろいろ出てまいりますが。

それらは知っている人は知っていますし、知らない人は知らないので。

あえて細かい説明はしません。

知らない人は『あー、こんな技があるんだな』くらいに思っていただければいいです。

434 名前:作者もどきな人。 投稿日:2004/11/24(水) 13:21

次回の交信はまた暇があれば…。

ということで、失礼します(←合気道部的挨拶)
435 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/24(水) 21:52
待ってましたよ
436 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/02(木) 23:38
なぜにあげる?
437 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 16:34
夏合宿期待。
438 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/18(土) 16:54
ついうっかりアゲてしまってスミマセン。
439 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/20(月) 21:18
大学合気道部の風景がとても細かく描写されていて、
非常に楽しいです。
私は経験者じゃありませんが、経験者ならば、
あった、あったと、うなずける所があるんじゃないでしょうか。
マラソン風景、夏合宿風景も読みたいです。
是非とも続きをお願いいたします。期待してます。
440 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/12(水) 19:28
先刻発見しました。
合気道の事はあまり知りませんけど
運動部に入っていたので懐かしい感じがします。
圭ちゃんのお話しに結構共感できたり・・・。
更新お待ちしています。
441 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:07

正式に入部してから1ヶ月くらい経つのに、美貴たちはあまり喋らない。

部室にも気が引けるので、あまり行かない。

けど、よっちゃんさんは毎日いるらしい。

正直…美貴はあまりみんなと合わないんじゃないかって思う。

美貴と梨華ちゃんとの会話がそれをよく表している。

こういう時って、相手も同じように感じてるんだよね。

部活の仕事の伝達もうまくいかない。

そのことをちょっとよっちゃんさんに言ったら、軽く頷いただけだし。

本当にみんなと4年間、やっていけるかな。

442 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:08
5月の中旬、皇居マラソンの為にランニングが増えた頃。
「…合同稽古、でしょうか?」
月曜日の稽古後の集合時、矢口さんから聞かされた予定。
まだ慣れない敬語を使いながら聞き返した。
「そうそう。急に決まってさ、今週の金曜だよ」
そこでよっちゃんさんが手を挙げた。
「失礼します、一緒に稽古する大学はどちらの大学なんでしょうか?」
「あぁ、保利風炉女子大だな」
美貴はショックを受けた。
あの大学はなぜかアイドルっぽい巨乳の子が多い女子大らしい…。
道着を着たら美貴の胸なんかぺったんこに見え…って貧乳じゃねぇよ!!
と、一人で別の世界にトリップしていた美貴の脇腹を、梨華ちゃんが肘でつついて元の世界に戻してくれた。
矢口さんはそんなやりとりに気付かず、説明を続けていた。
「ちなみにその翌日は皇居マラソンね。で、合同稽古や皇居マラソンは部の正式な行事だから、正装…つまりスーツね。しかもパンツじゃなくてスカート。シャツは柄なしの白。ストッキングはベージュ。靴はミュールとかではなくかかとが低いパンプス。スーツが灰色だとかパンツしか持ってないって子はいる?いたら挙手!」
そう言われても誰も手を挙げなかったので、矢口さんが早口で言った。
「それならよし。じゃ、今日はこれで解散だから帰っていいよ。ごっつぁんも無し」
「「「「はい、ありがとうございました。失礼します」」」」
美貴たちが声を揃えて言うと、2年先輩たちはなぜか部室の方に走って行ってしまった。
嫌な予感がしたが、それは敢えて口に出さなかった。

きっと美貴と同じように他のみんなも、『何か』に気付いているだろうから。


443 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:09

「ねぇねぇ、この後ヒマある?ちょっとみんなで話そうよ」
少し凍りかかった雰囲気を壊したのはよっちゃんさんだった。
別に話す場所はどこでもよかったのだが、行きつけの駅前のファーストフード店に行くことになった。
そこで隅っこの4人席を取って、各自が食べたいものを買ってきて、いざ開始。
「で、何の話なの?」
美貴の隣に座るごっちんがポテトを摘みながらよっちゃんさんに訊いた。
ごっちんの正面にいるよっちゃんさんはニコニコしながら言う。
「いやいや、そんなかしこまる話じゃないんだよ。ただ、4人で話がしたかっただけ」
…どういうことだろう?
よっちゃんさんの隣の梨華ちゃんは首を傾げている。
美貴も梨華ちゃんも、表には出さないがごっちんもよっちゃんさんの真意がわからないんだろう。
何がしたいのかわからないけど、美貴はとりあえず話題を振ってみた。
「っていうかさぁ、今日の稽古って入り身投げが多くなかった?」
「あ、私も思った!片手両手取りのやつでしょ?四態あったよね!全然わかんなかったけど」
と、梨華ちゃん。
「そぉねぇ、なっちについたらバシバシやられてきつかったぁ」
と、ごっちん。
「意外と安倍さんって技がきついよね」
と、よっちゃんさん。
あぁ、たらたら話しているうちに何となくわかってきた。

よっちゃんさん、口下手だから言えなかったのかな。

それとも、優しいからハッキリと言えなかったのかな。

とにかくうちら、コミュニケーション不足だ、ってことでしょ?


444 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:09

「美貴さぁ、前受け身でどうしても肩を打っちゃって痣がすごいよ」
「んぁ。着替えの時にちょっと見えたけど、ミキティ大丈夫かい?」
「真希ちゃんも腰が痛いとか言ってたよね?平気?」
「…たぶん平気ぃ。あは。梨華ちゃんは健康だよねぇ」
「そんなことないよ、受け身でよく腰を打つ癖があるからちょっと…」
「それ大変じゃん!無理しないでよ?」

美貴とごっちんと梨華ちゃんの会話。

よっちゃんさんはニコニコしながら、黙って聞いていた。

一度しゃべりだすと止まらない、女子はかしまし。

「やっぱり体育会って規則が厳しいよねぇ」
「スーツのこととか、こんなことまで決まってるの!?って思わない?」
「それわかる!まず合気道部限定の敬語とかビビった!」
「っていうか、梨華ちゃん帰らなくていいの?」
「あっ、いけない!ごめんね、もう帰るね!」

梨華ちゃんは11時近くで帰った。

けど、その後もよっちゃんさんの終電ギリギリまでいろいろ話した。

こういう機会を設けたよっちゃんさんって、すごいって思った。

445 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:10

今日は週に1日だけオフの木曜日。
何てことはなく、火曜日と水曜日の稽古は終わった。
でも4人で話した月曜日以来、少しみんなとの距離が縮まった気がする。
美貴だけじゃなく、みんなが休み時間や空き時間は必ず部室に来るようになった。
一緒にお昼を食べるし、一緒におやつも食べるし、一緒に愚痴も笑い話もする。
今、美貴はよっちゃんさんと部室に二人きり。
梨華ちゃんとごっちんは3限がある為、ここにはいない。
美貴もよっちゃんさんもそれぞれ、部室にある漫画を読んでいた。
ふと、美貴はあることを訊いてみたくて話し掛けた。
「ねぇ、よっちゃんさん」
「何?」
よっちゃんさんは漫画に夢中で、顔を上げようとはしなかった。
美貴はそのまま続けた。
「月曜日、2年先輩たちってさ…」
「うん?」
「3年先輩に怒られた…のかな?」
「…さぁ、ね」
よっちゃんさんはまだ漫画を読んでいた。
でも美貴にはわかった。
ページをめくる手が止まってたし、何より。
よっちゃんさんの目が漫画ではなく、その先の床を見つめていたのを知っている。
「…よっちゃんさん、何か知ってるの?」
「いや、何も」

…何も知らないなら。

何で美貴の方、見ようとしないの?

446 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:10

翌日、金曜日。
一晩ゆっくり考えたけど、よっちゃんさんが何を隠しているのかは全くわからなかった。
「…これでいっか」
着慣れないスーツで鏡をのぞいてみる。
寝癖は直したし、目の下のクマはコンシーラーで隠したし。
シャツはアイロンかけたし、スーツにシワは見当たらないし、これでよし。
うーん、ちょっとストッキングがこそばゆい感じがする。
鏡の中の自分を採点している間に、出かける時間になった。
「よっし、行ってきます」
飼っているハムスターに別れを告げ、真新しいパンプスを履いて家を出た。
駅までの道のりで、かかとがカツカツと音をたてるのが何だか楽しい。
それから改札を通ってホームに行くと、着崩れしていないか、いちいち気になった。
(えへへ、スーツってカッコイイじゃん)
軽く浮かれモードで学校に到着する。
すると、周りの私服の学生たちがチラチラ見てきた。
このキャンパスには1・2年しかいない。
就職活動でもないのに、何でスーツを着ているんだろうって感じで。
ちょっと恥ずかしいけど、視線に気付かぬ振りをして、すたすたと歩く。
2限の語学の授業があるので教室に行くと、やっぱりびっくりされた。
ドア近くで足が止まってしまったので、流れで一番前の席に座った。
後ろからこそこそと喋る声が聞こえる。
きっと美貴のスーツについて言っているんだろうな、って思った。
まだクラスに馴染んでいない美貴は、ちょっと居心地が悪かった。

447 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:10

授業を終えると逃げるように教室から去り、部室に行く。
他のみんなと一刻も早く喋りたかった。
スーツで学校に来ると、恥ずかしいよねって。
部室に向かう間もチラチラと見られたけど、クラスの子に見られるよりかは恥ずかしくなかった。
少し息を切らせながら、やっとのことで部室に到着。
ドアが開いていたので中をのぞくと、そこには同士がいた。
着慣れないスーツを着ながらカップラーメンをかっ喰らう、同期のよっちゃんさん。
「よっちゃんさん、おはよ!ってか昨日まで金髪だったのにいきなり黒髪じゃん!」
「ん、おはぁ。気が向いたので染めたぁ」
口をモゴモゴさせながら、よっちゃんさんは答えた。
美貴はよっちゃんさんの隣に座って、話し掛けた。
「あ、気を付けて食べないとシャツに染みがついちゃうよ」
「わかってるさ」
とは言うものの、よっちゃんさんの勢いは止まらない。
ズルズルズルズルー。
よっちゃんさんのスーツ姿はすごい。
普段のボーイッシュスタイルからは想像できない、スカート。
でも足を組みながらカップラーメンをすする姿はちょっとセクシー。
あのよっちゃんさんが…と、にやけてしまいそうになった時、
「あれ?美貴ちゃんだぁ」
という甘い声。
「おはよ、梨華ちゃん」
「うん、おはよう。美貴ちゃんはお昼ご飯、まだ?」
そう言いながらお昼ご飯が入ったビニール袋を机の上に乗せた。
「まだだよ。3限が空いてるから、もう少し後でいいかなって」

448 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:11

答えながら、梨華ちゃんをしげしげと眺める。
この子もスーツがよく似合う。
もともとスタイルのいい梨華ちゃんだから、何だかOLさんみたい。
髪をアップにまとめているから、すごく大人っぽい。
いつもの趣味の悪…もとい、ピンクまみれの洋服に比べれば、シャキッとしててかっこいい。
だけど…。
美貴はたまらなくツッコミたくなって、お弁当を食べる梨華ちゃんに言ってしまった。
「梨華ちゃん、箸持ってる手の小指が立ってる…」
「え?あ、やだぁ!またやっちゃったぁ。てへ」
照れている(?)梨華ちゃんの様子に、ラーメンを食べ終わったよっちゃんさんもつっこんだ。
「うぉー、キショッ!」
「キショくないもん!」
この2人のやりとりには、美貴はついていけない。
「…どぉ〜ん…」
そこに意味不明な擬音語と共に登場したのがごっちん。
「おぉ。ごっちん、おはよ」
「…うむぅ…ぉは…」
片手に食べかけのおにぎりを持っている。
こりゃ、外で食べながら寝てたな。
部室に入るなり、すとんと椅子に座って食べ始めたごっちんも観察してみる。
黒のスーツによく映えるさらさらの茶髪、背中までの綺麗なストレート。
クールな表情をスーツがまた引き立てる。
「…ふがぁ…zzz…」
「真希ちゃん!食べながら寝たらダメだよ!真希ちゃんってば!」
子供みたいなごっちんを必死に起こそうとする梨華ちゃんと、足をばたつかせて笑うよっちゃんさん。
…みんな、普通にしてれば、イイ女なのにな…。

449 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:11

今日の稽古の準備はいつも通りでいいが、早めに道場に行かねばならない。
どうやら相手の大学は稽古開始10分前に到着するらしい。
2年先輩の指示を受けながら掃除をしたり、部旗を貼ったり。
準幹部も幹部も今日だけは早めに来た。
するといきなり、
「集合!!」
と保田さんの声がした。
それを聞いただけでも、相手の大学が来たことを知った。
急いで道場の入り口に行くと、既に相手の大学は整列していた。
我がハロモニ。女子大も整列をし、落ち着いたところで保田さんが挨拶を始めた。
「こんにちは、ハロモニ。女子大合気道部の主将兼主務の保田と申します。本日はお忙しい中、本校にお越しいただき、誠にありがとうございます。まぁ、とにかく楽しい稽古にしたいと思います」
保田さんが淀みなく言うと、相手の大学の主将らしき人が一歩前に出た。
「えー、本日はこちらの大学にお招きいただきまして、ありがとうございます。時間も迫っていることだし、とりあえず細かい挨拶はここまでにしましょう。とにかくよろしくお願いします」
相手の大学の主将と保田さんは仲がいいらしいことは聞いていた。
だからこんなにもあっさりまったりした挨拶なんだろう。
「じゃ、更衣室に案内して。貴重品を預かるのも忘れないで」
と、矢口さんがこそっと美貴の背中を押した。
事前に案内の仕方は教えられていたので、頭の中のマニュアル通りに動く。
美貴はビニール袋を握りしめて、
「更衣室は2階です、案内させていただきます」
と、先導する。
さっきまでは普通だったのに、急に緊張してきた。

450 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:12

更衣室に着いたらすぐに各自の貴重品をお預かりする。
本来は靴を入れる為のビニール袋が、貴重品でパンパンになった。
中にはブランド物の財布もある。
失礼します、と言って走って道場に戻り、オレンジ籠に入れる。
もうほぼ全員が袴を穿いていたので、美貴も急いで穿く。
そしていつもとは違う位置に座って相手の大学を待つ。
保田さんはいつものところで、その後ろに3年、2年、1年と並ぶ。
しかし保田さんはソワソワするのか、
「ヒマだから誰か投げてあげるわよッ!じゃぁ、なっち!片手取りから!」
安倍さんは大方予想していたのか、ちょっと笑顔だった。
「はい、お願いします」
腕を片手で掴まれるや否や安倍さんをぶん投げ、保田さんは笑い始めた。
「ホホホホッ!相手を待つ時間が楽しいのよねッ!」

つまり、エネルギーが余りまくってるわけだ。
一同、苦笑…。

すると、保利風炉大学の黒帯の人が1人、道場に入ってきた。
「あぁ、向こうの大学の部旗も貼るから、教えてあげて」
と、矢口さんに言われて梨華ちゃんが動いた。
部旗を貼っている回数で言えば、梨華ちゃんがナンバーワンだから。
ハロモニ。大学の部旗の隣に、向こうの大学の大きい部旗が並ぶ。
大きさこそ負けているものの、うちの小さい部旗は堂々としていた。
そうこうするうちに相手の大学も全員が揃い、時間通りに稽古が始まった。
いつもの『正面に礼』と『お互いに礼』をする。
いつもの『お願いします』よりかはちょっと気合の入る挨拶だった。
そして、招待校から交互に指導が始まった。

451 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:12

稽古前に先輩方から、
『合同稽古の時はとにかく黒帯の人に教えてもらえ』
と言われていたので、美貴は走って黒帯の人に付いた。
うちの大学では柔軟から始める片手両手取り呼吸法だったが、今回は違った。
最初から技をかけられて、しかも受け身がとりにくい。
びっくりしていると、何度か腰や頭を強く打ってしまった。
(何でこの人、しつこいくらい倒してくるんだよ!)
最初はそう思ってむかついていた。
でも、思うように受け身を取れなくなると、どんどん怖くなってきた。
やっぱり毎回のように頭を打つので、
(早く終われ〜!!)
なんて祈ったりした。
「やめ!!」
ようやく声がかかって、うちの大学の技になった。
うちの大学の技は、相半身片手取り入り身投げだった。
(さっきは頭を打ったりしたけど、まだ体は平気だな)
怖いもの知らずの美貴は、やっぱり次も黒帯の人に付いた。
美貴が技をかける時、相手はうまく受け身をとる。
美貴が技をかけられる時、なぜかうまく受け身がとれない。
悔しいというか、何というか。
それでもさっきの黒帯ほど痛い技ではなかった。
美貴は奥歯をぐっと噛んで、相手の技を受けた。
よっちゃんさんやごっちんや梨華ちゃんは、ちゃんと受け身がとれてるんだろうなぁ。

452 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:13

妙な喪失感が美貴の頭を支配し始めた頃、保田さんの、
「やめ!!」
という声がかかる。
ちょっとほっとして、『ありがとうございました』を言う。
急いで自分の位置に戻る時、腰のちょっと上あたりがキリッと痛んだ。
さほど気にすることのものでもなかったので、先輩には報告しなかった。
次は相手の大学の技。
両手取り呼吸投げだった。
ちょっと黒帯は懲りたので、美貴は茶帯の人についた。
この茶帯の人は、どうやら手加減というものを知らないらしい。
美貴はものすごい勢いで投げられ、受け身を失敗して背中から落ちてしまった。
その拍子に、気管から『ごふっ』という感じで息を吐いた。
「あ、大丈夫ですか?」
茶帯にそう聞かれて美貴はムカついた。
(技をかけた後でそう聞くくらいなら最初から加減しろ!!)
しかし相手は茶帯、美貴は白帯。
明らかに年上なので、こんなことは口が腐っても言えない。
「…はい、大丈夫です」
我慢して答えると、悪気はないのか、相手はニコッと笑った。
そしてまた続ける。
技をかけられる度に、前受け身が嫌いになりそうになる。
そして腰よりちょっと上のあたりがますます痛む。
キリッというのが、もっと鋭くなった。
もう限界かも、という時に、
「やめ!!」
が聞こえたので、びっこを引いて自分の位置に戻る。
その後、保田さんから5分間の小休止が伝えられた。
美貴は安堵のため息をついた。

453 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:13

「1年生、水を飲みに行っていいよ」
矢口さんからそう言われても、美貴は動けない。
ごっちんと梨華ちゃんは水を飲みに行った。
残ったのは、背の順では一番背の高いよっちゃんさんと、一番背の低い美貴。
「あの、よっちゃんさん」
彼女も座ったまま、動こうとしなかったので、聞いてみた。
「何?」
「腰、痛くない?」
「…うん。痛いかも」
よっちゃんさんがふと、腰を押さえて前かがみになった。
「だよね。美貴も、痛いし…」
そこで矢口さんが寄って来た。
「おい、吉澤どうした?腰が痛いのか?」
心配されていても、よっちゃんさんは、へへへ、と笑った。
「いえ…ちょっと打っただけですので」
言いながらも、泣きそうな顔。
そして慌てて立ち上がろうとするが、顔をくしゃっと歪めてしゃがみこんだ。
「よっちゃんさん!」
心配した美貴も立とうとして、崩れ落ちる。

まるでガラスをフォークで引っかいたみたいな、鋭い音のような痛み。

「ふ、藤本!お前もどうしたんだよ!」
驚いた矢口さんの声に、他の先輩たちが走ってきた。

454 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:14

「ヤグチ、どうした?」
安倍さんが矢口さんに聞いた。
「どうやら吉澤と藤本が腰を痛めたみたいで、立てないらしいんですが…」
ちらっと見ると、矢口さんはオロオロしてた。
保田さんも静かに近づいてきて、美貴たちに言った。
「藤本、吉澤。返事はしなくていいから、歩けないくらい痛かったら挙手しなさいッ」
美貴もよっちゃんさんも、そーっと手を挙げた。
「…どうしますでしょうか?」
安倍さんが保田さんに聞くと、
「とりあえず、稽古は一旦中止しよう。アタシが向こうの大学に言っておくから。で、ゆっくりでいいから道場の外のベンチに2人を運んで、楽な姿勢にさせてあげて。なっちは藤本、圭織は吉澤を運んで。あさみは体育課の事務員さんを呼んで。ヤグチと里田はこの2人の荷物をまとめて」
「「「「「はい、わかりました」」」」」
痛みの感覚に支配されていた思考でも、保田さんの指示の出し方には驚いた。
それぞれに、こんなに一斉に的確な指示を出せるなんて、すごい。
安倍さんが美貴の肩を、ポンポン、と叩いた。
「よーし、立てるかい?痛いのは左っしょ?肩貸してやるからね、ゆっくりでいいよ」
腰は左側が痛かったので、左腕を安倍さんの肩に回す。
実は非常に恐れ多いことなのだが、必死だった美貴は遠慮なくしがみつきながら立ち上がった。
よっちゃんさんも飯田さんに肩を貸してもらってやっとで立った。
直後、水飲みから帰ってきた梨華ちゃんとごっちんがびっくりしていた。
駆け寄ってきたけど、構うな、らしきことを言われていた。

梨華ちゃんなんか、美貴より泣きそうな顔しちゃってる。

ごっちんは悔しそうに俯いて、畳を見ていた。

455 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:14

相手の大学の人たちは気の毒そうにチラチラ見てくるだけ。
その視線に、異様にムカっ腹が立つ。
誰のせいでこんなになったと思ってるんだよ!って怒鳴ろうかと思った。
でも、そんな余裕は美貴にはない。
道場を出る前に、袴を脱がされて帯もほどかされる。
袴は梨華ちゃんとごっちんが畳むように、という指示が聞こえた。
道場の外に出ると、入り口すぐ横のベンチにうつ伏せに寝かされる。
「確かに1年生にはきつい技だったねぇ。なっちも危なかったもん。何の技で痛めたんだべ?」
「…全部の技ですが、最後の呼吸投げで…」
「ふむふむ。ありがとう。ちょっと腰のあたり触らせてね。どこらへんが痛い?」
安倍さんが小さな手を美貴の腰に当てる。
「ここかな?」
腰の真ん中を少し押すが、そこは痛くない。
「いえ…」
「じゃ、こっちかね?」
背骨に沿って右側を押された。
途端に、さっきのような鋭い痛みが蘇る。
「…!!」
ビクッと美貴の体が動いたので、安倍さんの手が離れた。
「あっ、ここか。痛かったかい?ごめんごめん。どうもありがとう」
すると、安倍さんが頭を撫でてくれた。
それだけで痛みが和らぐわけじゃないんだけど、何だかほっとした。
しかし、隣のベンチにいるよっちゃんさんは違った。

456 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:14

鼻をすする音とか、荒い呼吸とか、歯ぎしりとか。
ちらっと見ると、よっちゃんさんは歯を食いしばりながら涙をこぼしていた。
「ねぇ、吉澤。前に腰痛持ちだったって言ってたよね?」
飯田さんが静かに聞く。
「…はい…」
そう言えばよっちゃんさんは、本気でバレーボール日本代表を目指していたけど、腰痛がひどくなって断念せざるをえなかったという話を聞いた。
「それが再発した感じ?」
「…はい…うぅ…」
「吉澤!痛い?どの体勢が楽?」
「うつぶせでも…よろしいでしょうか…?」
「礼儀とか気にしなくていいよ、何でもいいよ」
「…失礼します…」

美貴たち、どうなるんだろう。

そんなことを考えている間も、安倍さんは頭を撫でつづけてくれていた。

すると、体育課の事務員さんが階段を駆け下りてきた。
その人は女性でよく受付のところにいて、電話係らしくよく受話器を耳にあてているのを見かける。
「この2人が腰やっちゃったんですね。救急車を呼んだから、もうちょっと待ってくださいね。5分くらいで来るって言ってたから」
きゅ、救急車!?
1人1台だから、2台来るんだよね。
美貴は驚いたが、この状況では当たり前かつ妥当な判断と思われる。
人生で初めての病院送りが、合同稽古とは…。
何とメモリアルなことだろう。

457 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:15

きりきりと鋭い痛みと格闘していると、救急車のサイレンが聞こえた。
それまで安倍さんは、ずっと美貴の頭を撫でていてくれた。
サイレンは美貴とよっちゃんさんの為なんだと考えると、変な気分。
嬉しいような、悲しいような。
すぐにその音は止み、体育館の裏口から救急隊員が走ってきた。
そこに保田さんも道場から出てきて、救急隊員と二言三言話をして、美貴たちのところに来た。
「よし、行くわよ」
と、うまく立てない美貴に肩を貸してくれた。
幹部先輩によりかかるなんて恐れ多くて、美貴はちょっと遠慮してしまった。
「あの、大丈夫ですので…」
そう言うと、保田さんはキツイ目つきを更にきつくした。
「アンタね、遠慮できるくらいの半端な痛みじゃ無いんでしょッ!顔見りゃわかるわよッ!怪我人は無遠慮でいいのッ!」
ついでに振り返って、
「吉澤、アンタもよッ!次に怪我してまた遠慮したら、アンタたちぶっ飛ばすわよッ!」
なんて、救急隊員も面食らう台詞を叫んだ。
美貴とよっちゃんさんはポカンとした顔で、小さく頷いただけだった。
飯田さんは保田さんの意見に完全に同意らしく、よっちゃんさんに肩を貸しながら大きく頷いていた。
安倍さんは優しい笑顔で、
「圭ちゃんらしいなぁ…」
なんて呟いていた。
保田さんの顔は真っ赤で、照れてるんだか怒ってるんだかわからない。
大事にされてるっていうのはわかるんだけどさ。
怪我すると、こんな扱いされる部活なのかな…?

458 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:15

美貴とよっちゃんさんはそれぞれ救急車に乗り込み――乗せてもらったと言う方が正しいけど――付き添いは誰が行くかで少し揉めているようだった。
「違う違う、アンタじゃなくてヤグチよッ!」
とか、
「なっち、アタシの代わりに稽古再開させといてッ!」
とか言う保田さんの声が聞こえた。
ストレッチャーの横にある椅子のようなものに座りながら、ちょっと不安になる美貴。
でも美貴の隣に、スーツに着替えた大荷物の矢口さんが乗り込んできた。
「じゃ、行ってください」
矢口さんの声に、バタンと閉められるドア。
そしてけたたましいサイレンと共に、発車した。
ゆらゆらと揺れる車内は消毒液のにおいが染み付いていて、天井から酸素吸入器みたいなものがぶらさがっていた。
救急隊員が無線か何かで、連絡をとっていた。
自分でもわかってる。
目をきょろきょろ動かして、落ち着きが無いのは。
とうとう救急車の中を見尽くして、美貴は視線を自分の手に戻す。
すると、矢口さんが肩を抱いてくれた。

車の揺れで体を動かされないように、しっかりと。

その手の温もりは、何故かお母さんを思い出させる温度。

ちっちゃいし、まだ子供っぽく見える矢口さんだし、1学年しか違わないけど。

やっぱり先輩なんだって思った。

459 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:16

出てきそうな涙を我慢していると、救急車は止まった。
すぐに隊員がドアを開けると、看護士さんが車イスを用意して待っていた。
またもや人生初、車イス。
違和感を抱いたまま車イスを看護士さんに押してもらう。
矢口さんは、受付のベンチで待っているから、と言って美貴を見送った。
救急隊員と看護士さんに挟まれてエレベーターで地下に行くと、レントゲンを撮ると言われた。
レントゲンを撮るのに、服を脱がねばならないので戸惑った。
しかもブラまで外して、緑色のポンチョみたいなものを着ろって。
…これはちょっと恥ずかしい。
そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど。
もたもたしていると、美貴が着替えに困っているのかと思った看護士さんが、手伝ってくれた。
レントゲン自体はベッドに乗って撮るので簡単だが、何度か撮った。
撮るたびに変な音がするので、早く終わって欲しかった。
撮り終わると再び道着に着替えて、車イスに乗って、エレベーターで戻る。
診察室に行くと、お医者さんが待っていた。
どうやら骨には何の異常も見られないが、筋に影が見えると言う。
だから筋を痛めたんだろう、ということ。
湿布を貼って絶対安静にしていれば、1週間もすれば治るらしい。
軽く説明が終わった時、矢口さんが入ってきた。
矢口さんもすごく不安そうだったが、説明を聞いてほっとしていた。
お礼を言って診察室を出ると、もう救急車はいなかった。

460 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:16

「道着じゃあれだから、藤本の荷物とスーツ、持ってきたよ」
矢口さんが大荷物だったのは美貴の荷物のせいだったと、初めてわかった。
「トイレで着替えて…っつーかひとりで着替えられる?」
腰は痛かったが、矢口さんにそこまでしてもらうわけにはいかない、と思った。
「いえ、大丈夫です…」
「本当に?じゃ、何かあったら呼べよ。あと、ストッキング穿くのは大変だから我慢しな」
「はい、わかりました」
と、病院のトイレに入る。
さすがに病院だけあって、トイレは広めにつくってあるし手すりもある。
蓋をした便座の上に座ったり手すりにつかまって、吾ながら器用に着替えていると思う。
矢口さんにはダメだって言われたけど。
…ストッキング穿きたいなぁ。
スーツに生足はちょっと…。
痛みも少しずつ引いてきてるみたいだし、穿いてもいいかなぁ。
でも穿いていったら『穿くなって言っただろ!』って怒られそうだし。
迷っている時にふと、気がついた。

あぁ、よっちゃんさんはどうしてるだろう。

どこの病院に行ったんだろう。

稽古はどうなったんだろう。

梨華ちゃんとごっちんは最後まで怪我しなかったかな。

こんな考えが出てくるってことは、余裕が出てきたってことだろうか。
自分の復活の早さに驚く。
むしろ、どんな状況でも周囲のことを考えられるようにしなきゃ。
先輩方に少しでも追いつかなくちゃ。

461 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:17

結局、ストッキングは穿かなかった。
トイレから出ると、矢口さんが受付のベンチで待っていた。
会計は明日、学生証を持って来れば、ここは学校と提携している病院だから診察料がタダになるらしい。
それと安倍さんからの伝言で、一応北海道の両親に連絡したということ。
ついでに、明日の皇居マラソンは欠席ということ。
「ま、疲れただろうから、飲めよ」
矢口さんから差し出されたのは、缶のお茶。
「ホットだよ。体があったまると思う」
「ごちそうになります」
美貴がちょこんと頭を下げると、
「いいってことよ」
と、言われた。
(あ、ごちそうになってるんだし、接待トークしないと…)
そう思って美貴は色んな話題を矢口さんにふった。
部活の話。
病院の話。
喘息の話。
授業の話。
テレビの話。
漫画の話。
何を話し掛けてるのか、自分でもよくわからない。
けど、話し掛けないといけないって感じた。
ちょっと話が途切れた瞬間、矢口さんが言った。
「元気、出たみたいだな」

462 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:18

「じゃ、帰るぞ」
矢口さんは当たり前のように言った。
美貴はつい、訊いてしまった。
「どちらにでしょうか?」
「アホ!お前んちだよ。ヤグチが連れてってやるから、帰ろう」
「…失礼しました」
「この病院は学校から2駅だから、近いだろ?」
「はい」
とはいえ、歩くのには遠すぎる。
外はもう真っ暗だし、どうするんだろう、と思ったが。
「じゃ、タクシー呼んでくるから待ってて」
たっ、たっ、タクシー!?
お金ないから電車でいいですか、って聞きたかったが、矢口さんの行動は早かった。
何か言いかけた美貴を無視して、矢口さんは病院にある、タクシー専用電話に向かい、受話器をとる。
「あ、もしもし?タクシー1台お願いしたいんですけど」
そして病院の場所を教えるとすぐ受話器を置き、目を見開く美貴に言った。
「こういう時のお金は部費から出るからさ、心配しなくてもいいぞ」
矢口さんのその言葉で、ほっとした。
「もしかしてお前、自分で金出すつもりだったのか?」
「…はい」
「そっか」
返事をした美貴に何かいうと思ったが、矢口さんはちょっと笑っただけだった。
それから5分もしないうちにすぐタクシーが来た。
矢口さんに支えられてタクシーに乗り、行き先を告げる。
運転手さんはスーツの美貴たちに興味を持ったのか、たくさん話し掛けてくれた。
おかげで、接待トークしなくて済んだ…。

463 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:18

右折と左折を繰り返して、30分くらいでタクシーは美貴のアパートの前に着いた。
「部屋まで付いてってやろうか?」
との矢口さんの申し出を美貴は断った。
「じゃ、明日は皇居マラソンだけど、しょうがないな。後期もあるから、今回だけ我慢しな」
軽く返事をすると、矢口さんが手を振った。
「また明日な」
そしてドアが閉まり、排気ガスの独特な臭いを残してタクシーは行ってしまった。
美貴はタクシーが角を曲がるまで頭を下げた。
見送ってから、ちょっとびっ子を引いて歩くが、最初に比べたら、かなり痛みはなくなった。
部屋について、鍵をあけて、とりあえず布団に倒れ込む。
次にお母さんから電話があったので、やおら体を起こして出る。
体を痛めるようなものはやめろと言われたけど、そこは譲らなかった。
電話を切ってまた布団に倒れ込む。
いろんなことがあって、一日が長かった。
携帯を見ると、保田さん、安倍さん、飯田さん、木村さん、里田さんのそれぞれからメールが来ていた。

『腰はどうなの?苦しみ悶える痛さならメールしなさいッ!』

『今度、ごっつぁんするべさ!』

『気にしてるだろうから報告するけど、吉澤は痛み止めも飲んだし、しばらく大丈夫』

『あさみもよく腰を痛めたんだけど、負けないで頑張ろう!』

『痛みを感じた分、もっと合気道がうまくなるよ!』

ちょっとだけ、涙がこぼれた。

464 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:18

ちなみに梨華ちゃんやごっちんからのメールはない。
ふと、スーツがシワになることを思い出して、着替える。
もちろんまだ腰が痛いので、半ばケンケンみたいにしてパジャマを着た。
ぴかぴかに真新しいスーツをハンガーに掛けて、見つめる。
そう言えば、先輩達のスーツの襟にはバッヂが付いてたなぁ。
2年生は合気道部所属であることを示す合気道バッヂだけ。
3年・4年は合気道バッヂに加え、体育会に1年以上所属することを示す体育会バッヂ。
先輩達と比べると、美貴たちには何も付いてないから寂しい。
里田さんは『夏合宿終わったらもらえる』といっていた。
…早く欲しいなぁ。
そういえば、よっちゃんさんはどうしただろう。
メールしようとして、やっぱりやめた。
美貴が考えるに、というか誰が見てもよっちゃんさんはプライドが高いと言うか、えぇかっこしい。
ということは、美貴なんかが心配したら嫌がるかな。
美貴もプライドが高いのか、梨華ちゃんやごっちんには心配されたくないから、メールする気は無い。
だって、わざわざ心配されたくてメールするようなのは嫌なわけで。
それは高校でバレー部にいた頃からの美貴自身の考え。
例えば、体育祭の途中から足が痛くてテーピングした。
でも、テーピングが見えないように美貴だけ長いジャージをはいていた。
基本は短パンだったから、かなり周りから浮いてたんだよね。
話が逸れたけど、あくまで推測だが、梨華ちゃんやごっちんもきっと、そのことをわかってメールしてこないんだろう。
とりあえず、先輩だけには返事しておこう。

465 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:19

翌朝、静かな雨の音で目が覚めた。
不思議といつもの寝起きの倦怠感は無く、すっきりさっぱり。
授業もあるのだけれど、今日一日くらい休んでもいいだろう。
テレビをつけてみると、午前中は雨だが、午後から晴れるという天気予報。
じゃぁ、皇居マラソンやるんだなぁ。
若干の寂しさを感じながら、体を起こして腰の湿布を貼りかえた。
急に冷たさに襲われたので、身を捩りながら横たわる。
それから美貴が最も幸せを感じる、二度寝をした。

週末は寝てばかりだったので、あっという間に月曜。

授業を終えて部室に行くと、意外とみんなは普通の態度だった。

大げさに心配されるのかと思ってたけど。

ただ、よっちゃんさんだけは腰痛が長引いているらしく、稽古はしばらく見学とのこと。

そのことにはあまり触れず、美貴は努めて笑える話題をふった。

それでよかったんだと、今でも思っている。

466 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:19

もう合気道ができなくなるんじゃないか、とか。

稽古に参加する同期はどんどんうまくなって自分は下手なままずっと見学なのか、とか。

よっちゃんさんはいろんなことを考えたし、つらかったと後で話してくれた。

いっそ部活を辞めようかとも思ったそうだ。

それでも、辞めなかった理由は何か。

同期や先輩がいたから、だそうだ。

話しながら涙ぐんだよっちゃんさんの表情を、美貴は忘れない。

美貴は単細胞なのか、腰が痛くても辞めようと思わなかったけど。

けど、美貴自身も、たくさん、たくさん、励まされた。

特に言葉にして何かを言われたわけじゃないけど、励まされた。

どんな理由であれ、美貴はここにいたいと思った。

だから今のところ、辞めたくはない。

このまま4人で引退までいこうね。

467 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:27

435さま
どうもありがとうございます。

436さま
まぁ、作者はあげても気にしませんが、お気遣いありがとうございます。

437・438さま
夏合宿は…そうですね、期待すべきポイントは多いと思います。

439さま
ありがとうございます。恐縮です。

440さま
運動部だったんですね!
ここの合気道部は女子大の運動部の中でも特に激しいですよ(w


遅くなりまして申し訳ございません。
小説(駄文)らしからず、すんなり時が過ぎなくてすみません。
それでもよければ読んで下さい。

468 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:27

年間予定なぞ書いておきます。

4〜7月…合同稽古、皇居マラソン、コーチ初稽古、監督初稽古、コンパ練、新入生歓迎コンパ、審査練、審査(1年5級、2年2級、4年2段)、トレーニング週間、前期納会
7〜8月…サマーキャンプ、夏合宿
9〜11月…皇居マラソン、新幹部紹介コンパ、合同稽古
11〜3月…審査練、審査(1年4級、2年1級)、トレーニング週間、後期納会、審査(1年3級、2年初段)、追い出しコンパ、春合宿

あまり重要でないものは短めに、省略していきたいと思います。

469 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/02/10(木) 15:28

特に同期との結びつきを細かに書いて行きながら、自分の好きなCPを書こうと思っております。

なかなか期待通りの方(CP)が出てこなくてすみません。

この小説(乱文)の中ではあの方はまだ受験生ですので…。
470 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/13(日) 09:31
あっ、更新されておりますね。
今回も楽しく読まさせてもらいました。
合気道部はなかなかハードなんですね。
イメージと違って辞める女の子も結構いそうだなと思います。
続きが楽しみです!
471 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/13(日) 23:16
大学体育会系の描写がリアルすぎて面白いです(w
夕方、道着や袴の集団が走ってましたなぁ・・・。


472 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:16

久々の交信、参ります。
その前にレス返しを。

470さま
合気道(体育会)はかなりハードです。
サークルだったら稽古に出る回数も自分で選べるのですが、体育会は稽古に絶対出るもの(らしい)です。
しかし、同期がいたから乗り越えられたと言う部員がたくさんいると教えてもらいました。
85年組はそんな理想の同期になれるのかどうか。

471さま
…ええっ!!袴で走るんですか!?
さぞ走りにくいと思います…。
そんな集団を見て、この駄文を読むとイメージが湧きませんか?(w

473 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:17

5月も20日を過ぎ、徐々に蒸し暑くなってきた。

「…だめ。全員もう一回やり直し」

とある日の昼休み、美貴たちは矢口さんにダメだしを喰らっていた。

何のダメだしかと言うと。

それは、“自己紹介”。

自己紹介ひとつにも、この部活独特の言い方がある。

今日、監督の初稽古に向けて、正装で練習中なわけで。

本当はコーチのはずだったのだが、都合が悪くなったので急遽、監督稽古になった。

「この自己紹介、よく使うからしっかり覚えて!」

あさみさん――本来は木村さんと呼ぶべきなのだが、OGに木村がもう2人くらいいるので呼び方を変えた――が注意すると、矢口さんの機嫌はもっと悪くなる。

「っつうかオイラが覚えろって言ったのに…。はい、もう一度!」

失礼します、ハロモニ。女子大学体育会合気道部一年部員藤本美貴、自己紹介させていただきます。

出身は北海道立M高等学校、学部は商学部商学科、趣味は音楽鑑賞です。

卒業までの4年間、合気道と勉学に文武両道で精進していく所存ですので、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします。失礼します。

こんな感じで名前・出身・趣味・今後の抱負を大きな声で言うのだけれど、難しい。

最初に、美貴が素直に趣味を『ネイルアート』と言って、全員が怒られてしまった。

ごめんね、みんな…。

保田さんだけは、現代っぽくてイイ!!とか笑っていらっしゃったけど。

474 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:18

「とにかく、コーチと監督は世界で活躍されてる方なんだから、きちんと失礼のないようにするぞ!じゃぁ解散」
2年先輩たちは全員3限に行ってしまわれた。
なぜか美貴たち1年4人とも、この時間の3限が空いている。
それは都合がいいことで、話し合いもできるし稽古の準備もできる。
とりあえず監督セット(監督用の道着・袴・帯・雪駄など)と白タオル&白バスタオルとオレンジ籠は準備できた。
「もうこれでいいよね。ごとー眠くなったから休もうよぉ」
という何とも勝手な提案に、なぜか従うみんな。
まぁ、ごっちんのわがままには慣れたし、むしろ本当に眠そうな顔をしてて可愛いからいいけどね。
美貴は部室の長椅子に座り、レポート用紙にも自己紹介文を書く。
口頭での自己紹介だけではわかりにくいだろうから、もちろん顔写真付きで。
それが終わっていたよっちゃんさんと梨華ちゃんはお昼ご飯を買いに行った。
ごっちんはまだのくせに、爆睡。
自己紹介文はたぶん、授業中に書くんだろうな…。
美貴がさっさと書いて自己紹介文を書き終えた頃、よっちゃんさんたちが戻ってきた。
よっちゃんさんはいつものようにカップラーメンを持っていて、梨華ちゃんはいつものペットボトルのお茶を持っていた。
見慣れた光景が、美貴にはとても優しい。
「おかえり」
「ただいま。ってか、梨華ちゃんと話してたんだけど、コーチと監督ってどんな人なんだろうね。ごめん、ごっちんさ、もうちょい奥行ってもらえる?」
よっちゃんさんはごっちんの隣に座りながら言った。
「んあ…」
ごっちんは寝ぼけ眼で奥にずれて席を空けた。
そしてまた熟睡…。

475 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:18

梨華ちゃんはそんなことを気に留める様子も無く、美貴に話し掛けた。
「コーチと監督ってね、関西出身なんだって。二人ともうちの部活のOGらしいよ。安倍さんに聞いたんだ」
「へぇ。おいくつぐらいなんだろう」
美貴の疑問に、よっちゃんさんが答えた。
「コーチと監督、1歳くらいしか変わらないんだって。コーチが31歳、監督が32歳…かな」
「ええっ!若くない?美貴、50くらいの人だと思ってた」
そこで梨華ちゃんがニヤ〜ッと笑った。
「うわ、その笑顔キモい。何か知ってるの?」
「キモくないもん!あのね、今までのコーチや監督は普通の仕事と兼業してたし、結婚したり出産したりしたから、交代が激しかったんだって。でもコーチと監督は職業が合気道の師範で、お二人とも独身なの。だからここ10年くらいは交代してないんだって。凄い情報でしょ!」
自慢げに体をくねらせて語る梨華ちゃんは半分無視。
「独身うんぬんは別にいいんだけど、10年ってことは…だいたい大学卒業してからずっと監督とコーチだってことだよね?やっぱ才能があるんだろうね」
美貴は何より、仕事が合気道の師範ということに驚いた。
よっちゃんさんもいろいろ知っているらしく、コーチと監督について話してくれた。
「そうらしいよ。で、お二人とも開祖の植芝盛平先生の、内弟子のひとりだった小林康男先生にずっと教わってるんだって。コーチは4段、監督は5段なのに、今も教わってるんだよ」
「すごい方々なんだねぇ…」
すっかり忘れてたが、梨華ちゃんがふくれっつらの上目遣いで美貴とよっちゃんさんのスーツの袖を引っ張った。
「無視しないでよぉ!」

「「キモッ!」」

476 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:19

その日の稽古の前、準備は予想以上に大変だった。
『立ちんぼ』と言って、監督やコーチをお迎えする際、入り口などに立ってご案内をする仕事がある。
それは1年には初めてなので、里田さんがよっちゃんさんと一緒に行った。
残された人たちは道場の掃除、タオルのセッティング、監督セットの確認、トイレが綺麗かどうかの確認…などなどかなり神経を使う。
師範稽古の時は、いつもギリギリの保田さんも早めに来る。
他の事に気を遣いつつ準備をさっさと終わらせて袴を穿いておかねばならないので、本当に忙しい。
そこにすごい勢いでよっちゃんさんが走ってきて、
「いらっしゃいました!!」
と叫んだ。
全員、慌てて道場の壁際に正座する。
ドキドキしながら待っていると、入り口付近から声が聞こえてきた。
そして接待トークをする里田さんと現れたのは…。
(なっ、何だこの人!?)

金髪、カラコン、豹柄のジャケット。

細身、色白、関西弁。

まるでイマドキのヤンママみたい。

みんなで一斉に挨拶する声が道場に響いた。
あまり気にするふうでもなく、監督は道場をぐるっと見渡した。
それからすっと座り、正面に礼をした。
「はい、お願いします」
まるで独り言のようだったが、美貴たち学生はあらん限りの声で挨拶する。

477 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:20

監督は至って普通に道場の更衣室に入る。
『失礼します!!』
挨拶が終わるが早いか、梨華ちゃんと矢口さんが監督用の道着と袴と帯、2つのハンガーを持って更衣室に入る。
これは『着替えつき』と呼ばれ、監督のお着替えを手伝う仕事。
大抵、監督が脱いだジャケットやらコートやらをハンガーに掛け、袴と帯をロッカーに置いて、道着を手渡ししたら出て行くというもの。
小さい子供じゃあるまいし、着替えなんか一人でできるから、要らないと美貴は思うけど。
監督が着替えている間、美貴たちはいつもの位置に座る。
もちろん更衣室の方を向いて、監督をお待ちする。
監督が出ていらっしゃったら、挨拶。
そして監督は美貴たちのすぐ横を通って、幹部の横、正面に近いところに座る。
保田さんが監督に、
「失礼します、稽古を始めさせていただきます」
と言い、いつものように正面に出て、礼をする。
そしたら準備体操から受け身まではいつもと一緒。
監督の受け身を見たが、監督は細身なので、学生と大して変わらないように見えた。
受け身が終わり、技に入る時、監督の稽古が始まる。
…と思ったら。
「せや、1年生4人はウチの名前、知っとるんか?」
立ち上がり、美貴たちの前にゆっくり歩いてくる。
「知っとる子、手ぇ挙げぇ」
美貴たちの前に仁王立ちする監督はちょっと怖い。
めいっぱい笑いを堪えている保田さんが、遠くに見えた。

478 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:20

とりあえず、4人全員知っているので手を挙げると、ごっちんが当てられた。
「あんた。ウチは何ちゅう名前か、言うてみい」
「あの…中澤裕子先生です」
答えると、監督はゲラゲラ笑った。
「知っとるやん!はよ言えやぁ」
冷たい表情だった監督が笑って、ちょっと安心。
「まぁ、そんなことはええねん。とりあえずあんた、こっちおいで」
あんた、と指差されたのは何と美貴。
「あっ!はい!」
出ると、監督に片手取りされた。
「片手取り一教、やってみ」
「はい!」
ぎこちないながらも、必死にやってみる。
「そうそう。よし」
誉められたのも束の間。
「じゃ、違う方法でやってみ?」
…はっ!?
片手取り一教ってこれしかやらなかったけど…。
うわっ、知らないよ!どうしよ!
「動かんやん。顔も強張ってしもて、可愛い顔が台無しやん」
監督の言葉に、少し笑いが起きる。
「知らんのかぁ。こうしたらええやん」
と、監督が美貴の手を掴んで上げると、そこをくぐって後ろから一教を取る。
「な?したら簡単やん」

479 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:20

とても楽しそうな監督だったが、技は見た目と大違い。
美貴の肘に触れている監督の手が動いたと思った瞬間、美貴は倒れこんでしまった。
(な、何てきつい…)
「あら?そうすぐに負けたらあかんがな!立ってみ?」
美貴は必死で立とうとするが、無様に暴れるだけでちっとも立てない。
ふっと押さえられている力が抜けたので、立とうとしたら、逆にまた押さえられてしまった。
美貴は激しく畳に倒れる。
「もっと元気に立ちあがらな!ここは根性で立て!立つんやジョー!」
(はぁ!?マジでうぜぇ!立ってやろうじゃんか!!)
「…ふんぬぅ〜!!」
「せや、ええ感じや!もう少しやで!」
渾身の力で立ち上がろうとする美貴。
しかし立ち上がれない。
「ま、だめやったら素直に畳を叩きなはれ」
監督の矛盾に、ちょっとした笑いが起きる。
美貴が畳を叩くと、監督はすぐに手を放してくれた。
「そんなこんなでな、一教は立ち上がれなくするのが目的ちゃうねん。
小手返しも四方投げも、他の技も全部そうや。相手を倒すんが目的やなくて、相手の戦う意志を失わせるのが目的やねん。
やけど、合気道の基礎やから、つまらんくてもとりあえずやっとこか。ほんなら、始め!」
こ、こんな稽古って…。
美貴だけじゃなく、初めて監督を見た1年はきょとんとしていた。
後から聞いた話だが、監督のこの独特なスタイルは、本部道場の婦人クラスや子供クラスでは大うけだそうで、本部道場やその他の道場のクラスも持っているという。
実は監督は自分の道場も持っていて、自宅兼道場なのだそうだ。
女性では珍しく師範として走り回っているので、かなりの有名人らしい。
そんなこと、稽古の前に教えてくれればいいのに…。

480 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:21

無事に稽古も終え、自己紹介も問題なく終えた。
というか、監督は自己紹介なんかほとんど聞いてなくて、渡された自己紹介文だけ読んでいるようだった。
袴付き――監督・コーチ・幹部が袴を脱ぐ時に袴をお預かりし、綺麗にたたむ――は美貴がやった。
稽古の後、監督はほとんど必ずシャワーを浴びるので、着替えつきが白タオルと白バスタオルを持ってさっさとシャワーに向かう監督を追いかける。
矢口さんが監督の服、梨華ちゃんがタオルセットという感じで。
幹部の保田さん、準幹部の安倍さんと飯田さんも急いで袴を脱いで追いかける。
監督を駅までお送りし、今日の感想(小言と言ってもいい)と次回の稽古の予定をお伺いする為だ。
幹部が出て行くと、もう監督は戻ってこないだろうから、片づけを始める。
剣・杖をまとめていると、着替えつきだった矢口さんと梨華ちゃんが戻ってきた。
心なしか、梨華ちゃんの表情は沈んでいた。
一緒に剣・杖を片付けているよっちゃんさんに小さな声で言う。
「ね、梨華ちゃんが沈んでるけど何かあったのかな?」
要らない白帯でまとめた剣をヒョイと肩に担いで、よっちゃんさんは梨華ちゃんを見た。
「ん…。後で、聞いてみるよ。途中まで帰り道一緒だし」
よっちゃんさんはそれだけ言うと、剣を道場の入り口まで持っていった。
美貴の言葉が聞こえていたのか、部旗を畳んでいるごっちんが美貴を呼んだ。
「ね、ミキティ」
「何?あ、画鋲入れかして。入れるよ」
美貴はごっちんの持っていた、部旗を貼る為の道具袋をもらい、画鋲をしまった。
「さんきゅ。ってか、梨華ちゃんも沈みやすいねぇ。うちらには何もできないけど」
ごっちんが言ったことを、美貴はすぐに理解できなかった。
「…どういうこと?」
すると、ごっちんはふふふ、と可愛く笑っただけだった。

481 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:21

監督の初稽古は、問題が無いわけではなかったけど、合格だったらしい。

翌週、コーチの初稽古を終えた。

コーチのお名前は『稲葉貴子』、監督とよく似ている。

よくしゃべるし、よく動くし、よく笑う。

細身なところも、マイペースで豪快なところもそっくりだ。

しかし監督と違うところは、監督はとにかく元気で合気道をされる。

『元気』は合気道の『気』の『元』だから、らしい。

対して、コーチは理論で合気道を考えるスタイルだということ。

円は直線――技なら力、受け身なら畳――にぶつからないということを基本にしている。

監督は体が疲れるが、コーチは頭が疲れる。

若い(と言ったら失礼か)学生をこれだけ疲れさせるのだから、お二人とも、よほどの体力の持ち主なんだろうと思う。

まだ、この時の美貴は…いや、よっちゃんさんも梨華ちゃんもごっちんも、監督とコーチの恐ろしさに気が付かなかった。

482 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:22

翌日、稽古の後のこと。
「再来週の土曜日、新入生歓迎コンパがあるから、コンパの練習しよっか」
里田さんが笑顔で言った。
新入生歓迎コンパとは、他のサークルのように現役だけで新入生を祝うコンパではない。
監督・コーチ・たくさんのOGに顔を見せると言う意味で、コンパを開く。
居酒屋では無いお店の部屋を貸しきって行うのだという。
その練習(これをコンパ練という)の為、美貴たち1年4人は安倍さん、矢口さん、あさみさん、里田さんに連れられて居酒屋へ向かった。
説明はほとんど矢口さんがした。
「えーと、コンパが終わっても時間が早くてさ、確か7時くらいかな。
まだ飲み足りないOGに居酒屋に連れて行かれるんだけど、その時に、いろいろしなきゃいけないことがあるんだよね。
まず“斥候”っていうのをやらなきゃいけないんだ。どういうもんか説明するね。
OGが指定した居酒屋に走って行って、その場にいる人数が入れるかどうかを店員に聞いてくるって役割ね。
ちなみに、居酒屋まではもちろん接待トークしなきゃダメだぞ。
接待トークは何となく慣れてきたとは思うけど。
まぁ…とりあえず後藤!」
いきなり呼ばれて、ごっちんは眠そうな目が少し開いた。
「養老に斥候してきて。人数は8人な」
「はい、失礼します」
鞄を持ったまま走ろうとしたので、矢口さんが呼び止めた。
「ちょい待ち!鞄は残ってる1年に預けてっていいよ。走るわけだし」
ごっちんは頷きながら梨華ちゃんに鞄を預けて走って行った。


483 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:23

ごっちんを待っている間、安倍さんが矢口さんをからかっていた。
「ヤグチもなかなか偉くなったもんだべ」
「いえっ!そんなことは…」
「たまにはなっちも接待してよ」
「私は構わないのですが、それでは1年生の練習になりませんので…」
「オマエ!単に接待されたいだけだろ!ラクしたいんだろ!」
「勘弁していただけないでしょうか…」
困っている矢口さんは少し、可愛かった。
そんなやりとりをしていると、すぐにごっちんが戻ってきた。
「こんにちは!失礼します、養老は8人入れるそうです」
「よし、行こう。今日は安倍さんが1番偉いOGということで、安倍さんお願いします」
「はぁ?何!?」
矢口さんも失礼にあたらない反撃方法を見つけたようだった。
「安倍さんが監督のつもりで接待するようにね」
安倍さんはギャハハ、と笑うと本気な顔で矢口さんの肩を叩いた。
よほど痛かったのか、矢口さんはうっすら涙目で、
「失礼しました…」
と謝った。
もちろん微妙な雰囲気が流れている。
接待しろと言われても、こんな状況でどうしろというのか…。
美貴とよっちゃんさんと梨華ちゃんは苦笑しながらその場に立っていた。
唯一、斥候に行っていて何も知らないごっちんは、
「何だか楽しそうだなぁ」
と呟いて、安倍さんの隣についていた。
何も察しないごっちんはある意味、大物だった。

484 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:23

養老に着くと、すぐ席に通された。
「さて質問です。偉い人たちが座る上座はどちらでしょ?」
里田さんが言うと、美貴たちはわからなくて黙ってしまった。
「ほらほら、わからないなら黙ってないで、“失礼します、わかりません”って言いなよ」
あさみさんが注意する。
美貴が何となく代表として、
「失礼します、わかりません」
とそのまま言うと、里田さんが笑顔で教えてくれた。
「上座は奥の方ね。判断が微妙な場合には、入り口に近いほうを下座にして。
で、最上(さいかみ)っていうのが、上座の真ん中の席。一番偉い人が座るところね。
逆に、最下(さいしも)ってのが、入り口のすぐそばの席。ここはいろいろと忙しいよ」
説明している間に、里田さん以外の先輩はもう座っていた。
「じゃ、適当にさっさと座って。どこでもいいよ」
美貴は一番近かった最下に座った。
今度はあさみさんが説明を始めた。
「だいたいごっつぁんとかで覚えてきたと思うけど、居酒屋っていうのは、最初にお皿の上にお箸が乗ってるから、テーブルに降ろすように。
コップも逆さまに置いてある場合がほとんどだから、ひっくり返して普通に置いて。コップに何かの柄がプリントされてるようなら、その柄を上座に向けるように」
みんな、頷きながら言われたとおりにする。
「こんなもんだね。そしたら、最下は…ミキティか」
「はい!」
「最初はビールで乾杯するから、瓶で…4本頼んで」
「はい、わかりました」
「ちなみに最初からコップが置いてなければ、ビールを頼む時に一緒に頼むように」

485 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:24

今度は矢口さんから説明される。
「ビール瓶の数が決まったら、次はおつまみを選ばなきゃならないんだけど、まずいちばん偉いOGに伺うこと!メニューを開いて、“おつまみは何がよろしいでしょうか?”ってね。さぁ、聞け!」
美貴は安倍さんに、
「失礼します、おつまみは何がよろしいでしょうか?」
と台詞そのままに聞いた。しかし、
「いや、いいよ。キミ達で勝手に頼んで」
と言われ、困ってしまった。
矢口さんは手でOKサインを出しながら、
「そうそう、だいたいこんな風に言われるから、お前らのセンスで頼んでいいんだよ。
基本は刺身とかの生もの、サラダ、揚げ物の3種類だね。だいたい1テーブルに1皿だから、今は何皿ずつ頼めばいい?」
何だか小学生の問題みたいだが、美貴は真剣に答える。
「2皿ずつ…です」
「そう!じゃ、頼んで」
テーブルの隅っこに置いてある、店員呼び出しボタンを押す。
すぐに店員が来て、美貴は悩みながら注文する。
「あ、ほらほら!接待トークが無くなってるよ、気を付けて!まぁ、注文している最下はまだいいけど」
里田さんが気付いて言ってくれた。
思い出したように接待トークを再開するよっちゃんさんたち。
注文を終えると、目の前に座っている里田さんは、笑顔で話し掛けてきた。
「最初は大変だけど、慣れたらラクだから、頑張ろうね」
励ましというか慰める感じだったが、素直に嬉しかった。
「はい」
「あ、いけない!ミキティからしゃべってもらわないといけないのに…じゃ、しゃべって!」
いきなりそんなことを言われても困るから…。

486 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:24

「はい、お待たせしましたー」
少し話したところで、店員さんが瓶ビールを持ってきた。
ここで再び矢口さんの説明が始まった。
「よし。ビールだけどな、なるべくテーブルの下というか…自分のお腹の前くらいで隣の奴に回すんだぞ。お皿とかもそうだからね。
で、ビールは今、2つテーブルを並べてるよな?だったら2本ずつ置いて。
それから、瓶の置く方向っていうのも決まってるんだ。ラベルがある方を上座に向けるんだよ。」
言われたとおりに瓶ビールを置くと、OKサインが出た。
「では、さっそくビールを注いでもらうんだけども…。
まずはみんな、コップを両手で持つのはわかるよね?それができたら次は注いでもらうときのコップの角度な。安倍さんとオイラで手本を見せるから見てて。安倍さん、お願いします」
「はいよー」
安倍さんがビールを出した時、矢口さんはコップを少し傾けた。
そして注いでもらう途中でコップを真っ直ぐに戻した。
「…とまぁ、こんな感じで。注がれる時と注がれ終わった時は、失礼しますって必ず言うこと。
もちろん、逆に自分が注いだりもするよ。
そういう時は、まず持った瓶のラベルを上にして、両手で注ぐこと。注ぐ時と注ぎ終わった時も、必ず失礼しますを言うようにね。
で、ベストな状態は、泡とビールが3対7くらい。ま、やってみようか」
美貴は里田さんのグラスに注ごうとする。
「失礼します…」
意味も無く緊張しながら、ビール瓶を傾ける。
(頼むから3対7で…3対7で…)
美貴のお願いも虚しく、結果は1対9。
里田さんは笑いながら、最初はこんなもんだよ、と慰めてくれた。

487 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:24

「よぉし、全員ビール注いだな?では、安倍さん、お願いします」
矢口さんが頭を下げるので、安倍さんは渋々、乾杯の音頭をとる。
美貴たちは両手でグラスを持ち、乾杯を待つ。
「えっと…コンパ練、頑張れってことで乾杯!!」
相手より下の位置でグラスをぶつけるのは、もうごっつぁんで知っていたから、そこまでうるさく言われなかった。
それからビールを飲みつつ接待トークを続けること5分。
料理が運ばれてきて、さっき言われたとおりにテーブルの下で横に回す。
刺身とサラダを何となくそのままテーブルに置く。
そこであさみさんが、
「ストップ!刺身は、わさびがある方を上座に向けてね。とにかく上座が食べやすいようにすること。
でね、刺身が来たらさりげなくしょう油さしを刺身のそばに置くとベターかな」
と言ったが、矢口さんが横から口を挟んだ。
「ってか、さりげなくとかってまだ難しくね?」
すると、安倍さんの手が矢口さんの頭を押さえつけた。
「こら、ヤグチ。あんたはさりげなくもできないクセにそういうことを言うんじゃないの!」
そう言われてちょっと眉間にシワが寄ったが、逆ギレするわけにはいかない矢口さん。
「うぅ…失礼しました」
「成長しないんだから、もー」
矢口さんも、安倍さんの前じゃ単なる後輩なんだなぁ、としみじみ実感してしまった。
ようやく揚げ物も運ばれてきて、頼んだものは全て揃った。
「あぁ、遠慮せずに食べていいよ」
安倍さんにそう言われ、少し恐縮気味でビニールに包まれたふきんを手にとる。
美貴がテーブルの上で袋を破こうとすると、里田さんが止めた。
「待って!ふきんと割り箸は必ずテーブルの下でやって」

488 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:25

もう空腹は最高潮に達していたから、すぐにでも食べたくてしょうがなかったのに。
肉好きな美貴は目の前のから揚げしか見えてなかったことを、うっすら後悔した。
「じゃぁ、食べてよし!」
1年みんなで、いただきますと言って、食べ始める。
空きっ腹に流しこんだビールがじわじわと効きはじめたので、我慢した後のおつまみは格別にうまい。
すると、里田さんがビールの入ったグラスを人差し指で何度も指している。
から揚げを貪っていた美貴はそれに気付き、里田さんの顔を見た。
目が合うと、里田さんはから揚げが乗った美貴の取り皿を没収した。
「気付かなかったのでから揚げ没収〜!」
きょとんとする美貴。
驚いているよっちゃんさん、梨華ちゃん、ごっちん。
安倍さん、矢口さん、あさみさんはくすくすと笑っている。
「実はね、グラスのビールが5分の1くらいまでに減っていたら、注ぎ足さないといけないんだよ。ほらほら、安倍さんのビールも減ってるよ」
梨華ちゃんが慌てて安倍さんにビールを注いだ。
(そういうことだったのか…!)
理解した美貴はすぐに謝り、ビールを注ぎ足した。
「失礼しました…」
里田さんは変わらぬ笑顔で、
「わかったらいいよ。返還します!」
と、美貴にから揚げを返してくれた。
優しいんだか意地悪なんだか…。
(…次からは、誰よりも早く気付いてやるぜっ!!!)
そう、里田さんは美貴の心に火を点けたのだった。

489 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:25

「もちろん、キミ達もビールが減ってたら注ぎ足されるわけだけど、ちゃんとグラスを両手で持って傾けてから注いでもらうんだよ。失礼します、は忘れずにね」
(…何か、頭痛くなってきた)
それはもちろんビールのせいではない。
いっぺんにコレだけの礼儀を教えられたら、誰だって疲れると思う。
あとは、接待トークが辛い。
知らない人なら質問することもたくさんあろうが、よく見知った人が相手では美貴の会話能力では非常に困難である。
いきなり里田さんが質問してきた。
「みっきー、接待トーク苦手でしょ?」
まだニコニコしているもんだから、余計に真意が掴めなくて困る。
怒ろうとしているわけでもなさそうだし、かといってただからかっているだけだとは思えないし。
素直に『はい』と返事をすべきか、ここは『いいえ』と答えるべきか…。
ちょっと返事に詰まってしまうと、
「毎日一緒にいる先輩が相手じゃ、確かに聞くことはないよね。でも、よく知ってる先輩こそ接待できてナンボだよ」
「…はい」
そう言われて初めて、素直に『はい』と返事をすべきだとわかった。
怒るんじゃなくて教えてくれようとしていたんだから。
そこから『どうすればいいのか』とか聞いて、話の輪も広げることができたろうに。
「頑張ろうね!」
っていうか、さっきから美貴は里田さんに励まされてばっかりだし…。
でも、へこんだ顔を見せるわけにはいかない。
美貴は誰にも見えないように、テーブルの下で拳を強く握り締めて我慢した。
そして差し障りの無い、質問を里田さんにする。
「コンパでどんな食べ物が出るんでしょうか?」

490 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:26

美貴の限界が近づいてきた10時過ぎ。
「…よし、石川もそろそろ帰らなきゃならないし、今日はここでお開きしよ!グラスに残ってるビールはちゃんと全部飲んでね」
安倍さんがそう言った。
正直、助かったと思った。
美貴のグラスにはわずかにビールが残っていて、美貴はそのニガイお酒を飲み干した。
「じゃ、先に出てていいよ」
いくらコンパ練でも、ごっつぁんはごっつぁん。
「「「「はい、失礼します」」」」
みんなでそう言ってさっさと店を出て、入り口を出たところで先輩方をお待ちする。
お待ちする間、隣に並んだ梨華ちゃんに話し掛けた。
「どうだった?」
「うーん、こんなに礼儀がいっぱいあるんだ、ってびっくりしちゃった」
今夜の美貴はお酒とストレスと疲れの勢い余って、ちょっと饒舌です。
「っていうか、終電平気?」
「ん…もうちょっとしかない」
「だったら、先に帰っていいんじゃん?美貴たちから言っておくよ?」
「いいよ、大丈夫…」
そのまま梨華ちゃんはプイッと前を向いてしまった。
本当に大丈夫じゃない時に限って、梨華ちゃんは『大丈夫』と言う。
ほとんど毎日のように家に帰るのは11時を過ぎているという。
だから大事に育てられてきた梨華ちゃんは両親に怒られているって聞く。
それなら早く帰ればいいのに、どうして強がるんだろ、って寂しくなった。
…いや、こんなことを思うなんて、美貴も末期かな。
そして出てきた先輩方におじぎしながら大きな声で4人揃って言う。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」

491 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:26

その週はコンパ練ばかりだった。

普通のごっつぁんが懐かしく思えるほどに。

他にもほっけの骨の取り方とか、焼酎の水割りの作り方とか、受験時代でもあり得ないほど多くのことを1日で学んだ。

この時期、美貴たちは先輩達の文句ばかり言っていたような気がする。

というか正直に言うと、相当辛かったせいか、今になってはあまり記憶に無い。

インパクトが強かった、初日だけは覚えてるけど。

それはよっちゃんさんも言っていた。

梨華ちゃんなんか、コンパ練のせいで初めて終電で帰宅した翌日、あまり怒らないお父さんにこっぴどく怒られたそうだ。

ごっちんはコンパ練があろうとなかろうと毎日寝てたけどね…。

1年の美貴たちはひたすらストレスがたまっていった。

コンパ本番を控えた翌週の水曜、すごい光景を目にすることなど知らずに。

492 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:28

とりあえず、今日はここまでにします。

体育会の礼儀の厳しさはもう止まりません(?)

でも、昔の体育会の方がもっと厳しかったと聞くことがあります。

どれだけ厳しかったんでしょうね…。
493 名前:作者もどきな人。 投稿日:2005/05/07(土) 01:30


次回は『ある儀式』とコンパ本番です。

果たして初めてのコンパは成功するのかどうか。

どうでもいいですけど、85年組にビール注がれたいですね(w
494 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/09(月) 11:45
続き乙です!
コンパ練って、コンパの練習ですか。
そんなものがあるとは夢にも思いませんでした。
続きが非常に楽しみです。^^

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