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君の腕に抱かれて

1 名前:名無しさん 投稿日:2002年11月15日(金)18時37分06秒
拙い文かとは思いますが、書かせていただきます。

おもな登場人物は市井、石川、後藤、中澤、飯田です。
よろしくお願いします。
2 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)18時38分08秒

闇に溶け込むような黒いセダンが、砂利道をライトもつけずに走っていく。
見事なもんだ。危なっかしさなど微塵もない。
運転席の中澤はまるで休日のドライブを楽しむかのように軽やかにハンドルを切る。
私が習慣的に煙草に火を点けたとき、車が止まった。
「ここや」
窓から眺めると、中澤が指差した先には使われなくなって久しいであろう廃工場が佇んでいた。
「相手はやくざや。市井、十分で片付けろ」
無言で煙草を咥えたまま車を降りた。

3 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)18時38分41秒

煙草から立ち上る紫煙が、夜空へと吸い込まれていく。
右手はポケットに突っ込んだまま、廃工場へと入る。
黒いスーツの、デブとノッポ。猿ぐつわを付けられ縛られている子供。
それらを確認すると、私はつかつかと近寄っていく。
「金は持ってきたのか?」
答える必要などない。金など持ってきてはいないのだから。
「聞いてんのか!?止まりやがれ、さもねぇとこいつ殺すぞ!」
デブは子供に向かって銃を突きつけた。
「……死ね。馬鹿野郎が」
ノッポが、私に向かって銃を構え、引き金を引いた。
しかし、弾はまるで見当違いのところに飛んでいった。
「…?」
ノッポはさらに二度、引き金を引いた。が、二発とも一発目と同じ弾道を辿った。
当然、私には掠りもしない。
4 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)18時39分36秒
「どうなってやがんだ!?」
デブが子供に向けていた銃を私に向けたつもりで、撃った。
もっとも、その銃は私のほうなど向いちゃいない。
弾丸は奴の視界の中の俺を貫いた事だろう。
「…ちっ、能力者か」
ノッポは呟くように吐き捨てると、辺り構わず銃を乱射した。
そのうち一発が、頬を掠める。
大きく目を見開き、ポケットから漸く右手を出した。
そしてその右手を開いたまま、奴等の方に向けた。
5 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)18時40分09秒
勝負はすぐに済んだ。
黒スーツの胸元には黒い小さい穴が一つずつ。若干の狂いもなく、心臓を貫いていた。
血がどくどくと、溢れ出すように流れ、円状に拡がっていく。
二人が息絶えたのを確認する。
人質となっていた子供は、いつのまにか気を失っていた。
どこまで見ていただろう。こいつらの胸元に穴が開くまでを見ていたのだろうか。
人の死ぬ所なんて見るもんじゃない。
こいつが出来れば俺がここにきた時点で既に気を失っていればいいのだが。
私は煙草を地面に落とし、足で踏み付けて消した。
そしてその小さな体躯を担ぎ上げ、廃工場を出る。
6 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)18時40分44秒
廃工場の外では、中澤が車を降りて待っていた。
「早かったな。さすがや」
中澤が開けたドアから、子供を横にして寝かせた。
「そうでもないですよ。ちょっとくらいましたし」
そういうと、傷跡を指でそっとなぞる。
「ほお、珍しいな。お前の能力なら大抵無傷で済む思ったけどな」
「能力について多少知ってたみたいですね」
「そうか…。どっかから情報漏れてるんかな?まぁええわ。お疲れさん。事務所まで送ってこか?」
「いえ。今日は結構です。歩いて帰りますんで」
「おお、そうか。…しかし、お前がしがない探偵なんやってんのは惜しいなぁ」
「しがないは余計じゃないですか?」
「はっ、充分しがないわ。あれだけ名を売った市井が今じゃ迷子のペット探しに奔走しとるなんて、泣きたなる。どや?戻ってけぇへんか?口聞いたるで」
「聞き飽きましたよ。答えは分っているでしょう?」
「そか…。気が変わったらいつでも言えよ」
7 名前:作者 投稿日:2002年11月15日(金)18時42分31秒
今日はこんなもんで。
一応オリジナルのつもりですが、様々な作品の影響が強く出ているところもあるかもしれません。
見苦しい部分もあるかと思いますが、何卒ご容赦をば。
8 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月15日(金)22時25分35秒
おもしろそう!期待!!
9 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月16日(土)01時26分15秒
所々「俺」になってるけど市井ちゃんは男?
10 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時24分58秒
雪がはらはらと舞い降りる。
なんとなく、手のひらでそのひとつを受け止めてみた。
それは最早結晶の形など残しておらず、薄汚れた色をしていた。
「さむっ…」
両手を顔の前でもみ合わせ、息を吹きかけた。
ぬくもりは一瞬で手に伝わり、そして薄れて消えていく。
そんな事を何度か繰り返していると、なぜか私はマッチ売りの少女の事を想った。
彼女の見た最後の夢もこんな風に消えていったのだろうか。
11 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時25分36秒
道の隅で白い息を吐きながら、マッチを売る少女。
その前を行く人々は誰一人、彼女の声に耳を貸さない。
やがて少女はそのマッチに火を灯し、夢を見たまま、その場に倒れ込む。
もう、彼女の口からは白い息も、マッチを売る声も漏れなくなる。
それでも人々は彼女の前を通り過ぎる。その歩みを緩める事もなく。
その空想の間、私は常に傍観者であった。
少女の声も聞いている。足早に歩く人の気持ちもわかる。
ただし、そこに何の干渉もしない。
ただ、眺めているだけ。罪の意識も、何の正義も持たない―――。
12 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時27分21秒
慣れた道を通り、慣れたドアを開け、慣れた部屋に着く。
今日も何の変わりもない、何の変哲もない日常であるはずだった。
少なくとも、先ほどまではそう思っていた。願ってさえいた。
しかしその願いは、見慣れた部屋に突如現れた見慣れぬ少女によって打ち砕かれたのだ。
13 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時28分03秒
肩辺りまで伸びたストレートの髪、虚ろな瞳。
「…似てる」
儚げで、触れたら消えてしまいそうなその少女に、別の誰かの面影が重なる。
見た目は似ても似つかない。ただ、その佇まいや表情から受ける印象が、連想させたのだ。
「……看板を見なかったのか。今日は依頼は受け付けていない」
気を取り戻し、私は少し高圧的に言った。
しかし少女は何も応えない。ただ、焦点の合わない瞳で、私のほうを向いているだけだった。
「…いきなりの来訪で、何の応答もなしってのはちょっと失礼なんじゃないの?」
「……」
「え?」
何も聞こえなかったが、少女の口の動きを認めた私は、耳を傾けた。
「……わすれ………のに…」
「聞こえないな、もっとはっきり…」
そう声をかけたとき、少女は糸の切れた人形のようにその場に倒れこんだ。
14 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時28分41秒
「なんだってんだよ…」
突然の来訪者にベットを奪われた私は、する事もなくいたずらに無駄を貪っていた。
傍らの灰皿には煙草の吸殻が山を成している。
何杯目かのコーヒーを飲み干すと、恨めしそうに寝室を睨んだ。
壁に遮られ、少女の足が見えるだけだが、起きた気配はない。
どうしてこうも落ち着かないのか、自分自身わからなかった。
自分の部屋に、見知らぬ誰かがいるせいかもしれない。
もともと他人と付き合うのは得意でなかったが、あの事以来、他人の交わる事を避けてきた。
人として異端な能力を手に入れ、愛しき者を失ったあの時から、誰にもその傷跡を見せずに自分の殻に閉じこもってきたのだ。
誰かに傷口に触れられるのを極端に恐れて。
15 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時29分12秒
そもそも、私は生まれ持った能力者ではなかった。
人工的な能力者なのだ。
人間は脳の全てを使いこなしているわけではない。
ならば、普段使われていない部位になにがあるのか?
数々の名のある研究者達が、この人体最大の謎に迫らんと日夜研究を重ねた。
その研究が齎した副産物が、能力の開発である。
16 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時30分00秒
サイコキネシスやテレパシー、等など。一般に超能力と呼ばれる類のものを、脳の眠っている部分から無理矢理引き出すのだ。
もちろん、適正はある。適正の低い人間の能力を無理に引き出せば、その人間は狂う。
秘めている能力も十人十色、さらにそれの使い方で多様性は跳ね上がる。
私には適正があった。しかも、かなり特異な能力適正が。
それに目を付けたある組織―中澤の所属する―が私の能力を目覚めさせた。
光を操る能力。光を屈折させ視界を狂わせる事も、光を収束し膨大な熱量を生み出す事もできる。
17 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月16日(土)16時31分01秒

その力は、人が手にするべきものではなかったのかもしれない。
私は、その力に溺れた。促されるまま他人を殺し、破壊した。
それは、恐ろしく無邪気な行いだった。
子供が蟻を踏みにじるような、要らなくなった人形を切り裂いてしまうような。
大きすぎる力は、私自身をまるで神か悪魔かのように錯覚させ、道徳を奪った。
若かったのだ。愚かで、無様で、無垢だった。
そして、己の力を過信した私は、全てを失った―――。
18 名前:作者 投稿日:2002年11月16日(土)16時34分17秒
今日はこんなところで。

レス感謝です。

>8さん ありがとうございます。頑張りますんでよろしくです。

>9さん 市井は女の設定で書いてます。俺となっているのはこちらのミスです。すいません。

期待に応えられるように頑張りますんでヨロシクです。
19 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時17分08秒
「ん…。」
どうやらかなり長い間過去に浸っていたらしい。
窓からは朝を告げる光が差し込んでくる。
どうも、いけない。思い出すたびに、いつまでもかつての愚かな自分を戒めたくなる。
どんなに悔いても、何も戻っては来ないと言うのに。
「ここ…どこ?」
少女は目を擦りながら、のそのそと起き上がった。
「……お目覚めかい?」
私は椅子に座ったまま、ひじを机に立て、口の前で手をくんで尋ねた。
こうすれば、ある種の圧力をかけることが出来る。
大抵の真っ当に生きてきた人間は、萎縮して素直になる。
20 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時17分59秒
大抵の真っ当な人間は、萎縮して素直になる。
「あなた…だれ?」
どうやらこいつはそのマットウナニンゲンに当てはまらないらしい。
「それはこっちの台詞だよ。いきなり部屋に現れて寝床を占領されたんだ」
「あ、すみません。…布団、ちゃんと洗った方がいいですよ」
「…ご忠告どうも。さぁ、お家は何処?」
「…さぁ?」
と首を傾げた。そんな仕草など今時そうそう見かけるものではない。
「言ってる事がわからない?つまりは、帰れってこと」
「いえ…わかんないんです」
この手の嫌がらせは多い。よくある子供の賭け事だ。反応を見て楽しもうって腹だろう。
「何が。日本語か?Go home!これで通じたかな?」
「いや、あの…そうじゃなくて…お家が、わかんないんです…」
21 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時19分04秒
「こりゃ参った。記憶喪失か。そりゃ大変。警察に電話しなくちゃ」
私はまるで予め用意された台本を読み上げるようにいった。
「…あのぉ…信じてないでしょ?」
「当たり前。そんな都合よくいって堪るかっての。次は何?実はどこか遠くの国のお姫様?それともある組織に命を狙われてる?」
「なんでそんなに意地悪するんですかぁ…」
少女は顔を伏せて嗚咽を漏らし始めた。
「参ったな…。わかった。私が悪かった。お嬢さん、どうか泣き止んでくれ」
「……」
「コーヒーでも入れようか。そこに掛けててくれ」
私は机の前のソファを指差した。
22 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時19分37秒
古いコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
コーヒー豆を煎る喧しい音が朝の静粛な雰囲気をぶち壊す。
「ブラックでいい?砂糖は切らしてるけど、ミルクぐらいある」
「ブラックで結構です」
「…さぁ、出来た」
小さいコーヒーカップにコーヒーを流し込む。
コーヒー独特の香ばしい香りが鼻先を掠めた。
23 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時20分52秒

「…苦いですね」
コーヒーを口に含むと、開口一番少女は小さな声で呟いた。
「だから言わんこっちゃない。ミルクを持ってこよう」
「いえ、大丈夫です」
少女は眉間に皺を寄せながら、また一口コーヒーを啜る。
私は無言で席を立つと、冷蔵庫から袋に入ったミルクを取り出し、少女の前に置いた。
「すいません」
「いや…そんなに不味そうに飲まれたらこっちも堪らないんでね」
「…すいません」
と俯いたまま少女はミルクを一つとってフタを開け、
カップへと垂らし、コーヒーにミルクの白が混ざるのを、少女はじっと眺めた。
程よく混ざり合ったそれを、少女は口へと運んだ。
「…おいしい」
「だろう。コーヒーには自信がある。さぁ、話を聞かせて貰おうか」
24 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時21分44秒

「…記憶がないんです。今日朝起きたらここにいて…。どうやってきたのか、何にもわからないんです」
「……落ち着いて、話して。まず、名前を聞こうか」
「石川、りかです。名前は覚えています」
「では、自分の家族のことは?」
「……覚えていません」
「自分の家も覚えてないんだったっけ?」
「はい…」
「ほかに覚えている事は?」
「…なにも。ただ…変なんですけど、あなたとは初めて会った気がしません」
私は吹き出しそうになるのをやっとで堪えた。今時、こんな古い使い回しを聞くことになろうとは。
「変な意味じゃないんです。本当に、ずっと前から知っているような…」
必死に説明する石川を宥めて、私はこれからどうするかを考えた。
25 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時24分22秒
警察に連れて行こうか。捜索届けが出されていれば一発で解決するだろう。
しかしその際に何を言われるかわかったモンじゃない。
私は石川を、不可抗力とは言え一晩泊めてしまっている。
私を目の敵にする奴等にまたとない好機を与えてしまう。
警察との険悪さは、探偵業の経歴の長さと優秀さに比例する。
ならばどうするか。中澤を頼ろうか。
中澤なら何とかしてくれるだろう。
一度抜けた組織の力を借りるのは癪だが、それ以上にあの組織に借りを作りたくはない。
何かと世話を焼いてくれた中澤の為に、私は今なお組織の手先となって働いてはいるが、私は組織を恨んでいるのだから。私から、愛する人を奪ったやつらを。
26 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時25分06秒

「どう?何か見覚えあるものはある?」
「いえ…ありません」
探偵業の基本は、結局足に落ち着く。
体力の続く限り、途方もなく聞き込みをする。
とりあえず私は石川をその辺を適当に連れて回る事にした。
石川が何か思い出すなり、誰か石川の事を知る人物に行き当たれば儲けもんだ。
無謀にも思えるが、何もしないよりはましだ。
「……しかたない。他の所に行くか」
私は石川の前を歩き、車に乗り込んだ。
煙草に火をつける。なかなか石川が車に乗り込んでこない。
不審に思いバックミラーを除くと、石川が見知らぬ男となにやら話していた。
様子から見て、とても旧知の知り合いのようには見えない。
27 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時25分36秒
私が車から降りた時、男は石川の手を掴んだ。
石川がそれを振り払うと、男は拳を振り上げた。
しかし、振り下ろした拳は空を切る。
光を少し屈折させてやった。
男は不審そうにあたりを見回し、私に気付いた。
まるで幽霊でも見たかのような声をあげ、後ろに尻餅をついた。
無理もない。奴には今、私がいきなり目の前に現れたように見えたのだろうから。
私は能力を解いて悠々と男に近づく。
「女に手ぇ上げるもんじゃないよ。おたくもいい大人なんだから」
「…くっ。邪魔すんじゃねぇ!」
男はピストルを取り出し、私に狙いを定めた。
28 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月17日(日)01時26分30秒
が、その指が引き金を絞る前にピストルは天高く舞い上がった。
「そんなんじゃ私はやれないね。出直して来な」
「てめぇ、なんだってんだ?俺等にたてつく気か?」
男は私に蹴り上げられた腕を抑えながら粋がった。
「あんた等が何モンか知りませんけどね、大切な依頼主に手ぇ出そうってんなら放っとくわけには行かないでしょ」
「依頼主…?くくっ、てめぇはまたとんだ疫病神を拾っちまったな。同情するぜ」
「疫病神には違いないね。おかげで少し風邪気味だ」
「…すいません」
「くくっ…ははっ!しらねぇなら教えてやるよ。そいつは…」
言い切る前に、男の頭が破裂した。
私は素早く石川の前に立ち、頭を抱くようにして視界を遮った。
「なんですか…?今の音」
「見ないほうがいい」
「変な臭い…気持ち悪い」
「とにかく、行こう。ここにいちゃまずそうだ」
29 名前:作者 投稿日:2002年11月17日(日)01時27分20秒
少しですが、更新しました。
30 名前:リエット 投稿日:2002年11月18日(月)02時33分56秒
面白いです。
でもこの先、一筋縄ではいきそうにないですね……。
31 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)01時08分40秒
幸い、私の背に男の脳の一片がつくことは無かったようだ。
軽く、安堵の溜め息をついた。
あれは、確かに能力によるものだ。
あたりに不審な人影が見えなかった事と、私たちに何の被害も無かったことを考えれば、あれは恐らく能動的なものではなく、寧ろ受動的、大方なにかキーワードを被害者が言うと発動するタイプだろう。
32 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)01時09分46秒
「あの…」
「ん…なに?」
「さっきの人、どうなったんですか?」
声が少し震えていた。あの男の末路を、朧気ながら感づいている証拠だ。
「死んだよ。脳みそぶちまけて、ね」
「そうですか…」
石川は悲しげに睫毛を伏せて、何も言わなくなった。
「知り合いだった?」
「いえ?違いますけど」
「そう。悲しそうだったから」
「だって、人が死ぬのは悲しい事じゃないですか…」
私には、到底理解できぬ感情だった。
人の死を見慣れすぎた為か。いや、私だって他人の死は悲しい。
それは私の知り合いに限った話だが。
価値観が違うのだろう。それとも、何も知らないだけか。
33 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)01時10分24秒

「さっきの奴は、君に何か言ってた?」
「ついて来いって言われました」
そのあとの顛末は私も見たとおりだ。
一体男は何者だったのか。男を殺した能力者は何者か。
男は何故石川を狙ったのか。最後に言いかけた言葉は何だったのか。
わからない事が多すぎる。
深い溜め息をつくと、私はケータイを取り出して電話を掛けた。
「…なんや、お前から掛かってくるんは珍しいな」
電話した先は、中澤だ。
34 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)01時11分22秒
能力者に関しては、私なんかよりよっぽど詳しい。
「聞きたいことがあります」
「どんな?」
「さっき、ある男の頭がいきなり破裂しました」
「…近くに、それらしい奴はおったか?」
「いえ、怪しい人影はなかった」
中澤は少し沈黙した後、静かな声で言った。
「ちょっと前に、こんな報告があった。ある小さな村が全滅したっちゅうんや。組織は、能力者の仕業と考えて、すぐに調査した。しかし、何のこたあない、村人同士で殺しあったんや」
「…おかしいじゃないですか」
35 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)01時12分00秒
「そう、おかしい。それなら、一人、生き残りがおるはずなんや。しかし、おらんかった。何故やと思う?」
中澤はいやにもったいぶった。もしかしたら、口にする事を拒んでいるのかもしれない。
「最後に残った奴は、村人の死体に殺されたんや」
「…意味がわかりませんが」
「まぁ、無理もないわ。実は、その最後の生き残りがその事件を引き起こした張本人やった。自分で、死体を操り自分を殺させた。そいつは強い暗示を掛ける事が出来たんや。死んだことさえ気付かせないほど強い暗示をな」
私は沈黙した。中澤は少し躊躇った後、続けた。
「そこは貧しい村やったし、治安も良くなかった。やから、可能やったんかも知れん。人間のどす黒い部分なんてちょいと突付けば出てくるからな」
見知った顔が殺しあう。私はその惨状を想像した。
良い気分のするものではない。
36 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)01時12分31秒
「…そいつが、生きていたとでも?」
「その可能性は無いとは言い切れんが、まぁまず無いな。似たような能力の持ち主かも知れんし、全く関係のない能力かも知れん。ただ、うちの知る限りじゃ思い当たるのはそんなとこや」
「そうですか。ありがとうございます」
「…またなにかあれば言えよ。助けたる」
「やけに親切ですね。気持ち悪い」
「気持ち悪いは余計や」
そういうと中澤は電話を切った。
37 名前:作者 投稿日:2002年11月19日(火)01時13分58秒
更新しました。

>リエットさん。レス、感謝です。この先はまだ色々と思案中ですが、楽しんでいただければ幸いです。
38 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時51分40秒
「どこに行くんですか?」
中澤との電話の後、私は無言で車を飛ばしていた。
よほど寂しい思いをしていたのだろう。控えめな口調で話し掛けてきた。
「とりあえず事務所に戻るつもり。色々体勢を整えないといけない」
「私の…せいですか?」
「気にすることはないよ。乗りかかった船だし」
とはいえ、正直とんでもない厄介ごとに巻き込まれた気がしないでもない。
39 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時52分11秒

予想通り、と言っていいだろう。
事務所はこれでもかというほどに荒らされた。
「これは…」
「いずれとは思っていたけど、もうここを嗅ぎつけたのか。品の無いやり方だよ」
私は机の引き出しを開けて、必要そうなものだけをポケットにしまう。
もっとも、それほど大事なものなどこんなところに置いちゃいないが。
「とりあえず、長居は無用。多分まだその辺にいるはずだから、仕掛けてくるようなら車に乗る前か直後ってとこか」
「…どうしたら…?」
「気にせず、私の後ろにいればいい」
「…はい」
荒らし方からみて、それほど厳しい相手ではないだろう。
やり方が雑すぎる。ただ暴れただけのようだった。
40 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時52分48秒
しかし、こちらには守らねばならないというハンデがある。
どうしたものか。
細心の注意を払って、事務所を出る。
幸い、車はまだ無事のようだ。
「…怖い」
石川が私の腕に自分の腕を絡ませてくる。
「心配ない。私に考えがある…良く聞いて」
絡められた腕を解きながら、耳打ちする。
41 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時54分11秒
とてもじゃないが上手くいくとは思えない。
しかし、やらないよりは幾分かましだろう。
私達は車には乗らず、歩いた。
一つ目の曲がり角を曲がる際に、あたりの光を屈折させる。
そいつはすぐに私達を追って、曲がり角を慎重に曲がってきた。
そして、急に走り出し、私達を追い抜く。
光を少しばかりいじって創りだした私達に追いつこうとして。
ここで、私は能力を解いた。そいつは戸惑って辺りをきょろきょろしだす。
後ろからそっと近づいて、手をポケットに突っ込んだまま、その指をそいつのわき腹に突きつけてやった。
42 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時54分42秒
「ここまでだな」
「げっ…!」
昔のテレビで見たドラマの真似事だったが、思った以上に効果があった。
「あぁ…だから監視なんて向いてないっつったのに」
「愚痴ってないで、来てもらおうか。聞きたいことが山ほどある」
指を更に強く突きつける。
「こんなところでそんな物騒なもん撃てるか?撃てないよねぇ…?」
「…試してみるか」
「いえ、滅相もない。ごめんなさい、何でも喋りますから命だけは…」
43 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時55分19秒


「あのぉ…その人、どうするんですか?」
私の指に急かされて躓きながら階段を昇る空き巣を見て、石川が言った。
「さぁ。とりあえず吐くだけ吐いてもらって、その後はどうするかな」
汚れた事務所に入る。空き巣の腕を後ろ手で縛り上げ、ソファへと投げた。
その際に、ポケットに突っ込んだ手をひらひらと見せびらかしてやった。
「…やられた」
「今時こんな手法が通じるとは思わなかったけどね」
吉澤は諦めたように溜め息をついた。
44 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時55分59秒
「何が聞きたいんすか」
「そうだな。とりあえず、名前は?」
「吉澤です」
「そんなにかしこまらなくていいよ。もっとリラックスして」
「じゃあ、これ解いてくださいよ」
縛られた手を示して、少し甘えたような口調で言う。
「残念だが、そいつは無理な相談だね。次の質問。吉澤、あんたの雇い主は?」
「……」
吉澤は俯いて沈黙した。
45 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時56分39秒
「この時期の海は寒いだろうなぁ。なぁ、石川」
「えっ、…あぁ、そうですね」
「ふやけちまった皮膚を魚達がパクパクパク…悲惨な最期だねぇ」
「分りましたっ!喋ります。だから、魚の餌だけは…」
「いい子だ」
「…中澤さんです」
「……なぜ?」
なぜ中澤が私を監視する必要がある?
「知りませんよ。理由なんて、聞く必要ないですから」
吉澤の瞳に、従順な輝きが宿る。
46 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)20時57分12秒
それは中澤、ひいては組織への信頼を意味しているのだろう。
過去の自分が過ぎる。
「…次の質問へ移ろう。ここでいったい何を探した?」
「別に、何も」
「じゃあ、この惨状をどう説明してくれる。掃除したばかりだったのに」
「嘘!?あれで…」
「あぁ嘘だ。さぁ、私は嘘をばらした。今度はお前が自分の嘘を告白する番だよ」
「理不尽だ…」
「何か言った?」
「いえっ、なんでもないです。…このことに関しては、私はあなたに感謝されてもいい」
吉澤は目の前の私を見つめながら話し出した。
47 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)21時00分09秒
「今日、あなた達が出て行った後に不審な二人組が事務所に入っていった。見覚えのない奴らだった。不審に思って、依頼主の振りをして事務所に入ったら、いきなり銃を向けてきた。だから、懲らしめてやった。その際に少しばかり散らかしちゃったけど」
「…その二人は?」
「逃げたよ…もしかして、信じてない?」
妙に口調が軽くなっている。これがもともとのこいつの口調なのだろう。
「いや、信じよう。…お前はこれからも私を見張る?」
「それが命令だから」
「監視すべき場所で戦闘。そのうえ、監視を告白。罰を受けるかもしれないね」
「いや。見張れとしか言われてないんで。ばれてはいけないなんて言われてない」
私はつい吹き出した。吉澤はしてやったりといった顔をしてにやりとほくそえんだ。
「わかった。ありがとう。ただ、見張るんであればプライバシー侵害にならない範囲で頼むよ」
吉澤はにやりとして、「わかった」と言った。
48 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)21時00分45秒
吉澤を解放した後、私達は車で移動を開始した。
とりあえず、あの事務所に留まる事は得策ではない。
車を行く当てもなく走らせながら、私は思案に耽った。
なにはともあれ、このまま一人では厳しいだろう。だれか、協力者を探さなければならない。
私はケータイを取り出し、電話帳を適当に眺める。
いた。最適な協力者が。
「もしもし、保田さん?」
「どうした?」
「頼みがあります」
「断る。お前と関わるとろくなことがないわ」
「そう言わないで、頼みますよ」
事務的な口調に疲れた私が先に音をあげた。
「…話ぐらいなら聞いたげる」
49 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)21時01分25秒

「…というわけなんで、ちょっとこいつ預かって貰えませんか」
私はこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
「断る」
「頼みますよ。保田さんしか頼る人いないんですよ」
「…報酬、はずみなさいよ」
「断る」
私はにやりとして言った。
「…帰ってもらいましょうか」
相変わらず冗談が通じない。
どうやら腹をくくるしかないらしい。
50 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月19日(火)21時02分58秒

石川を預けた私は、広い川原に向かった。
つけている奴がいる。吉澤ではない。
確かな殺意が感じられる。奴には、私に殺意を抱く理由がない。
気配を消しきれていないところを見ると、それほどの使い手でもないらしい。
もしかすると、私を誘い出す為にかもしれないが。
ここまで来れば、仕掛けてくるだろう。
視界が広く、人通りのない川原なら、どこから来ても対応できる。
石川の方は保田に任せて大丈夫だろう。
私は煙草に火を点けた。
さぁ、根競べだ。
51 名前:作者 投稿日:2002年11月19日(火)21時03分42秒
更新しました。
52 名前:リエット 投稿日:2002年11月20日(水)00時39分16秒
更新早くて嬉しいです。
今一番期待しています。頑張ってください。
53 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時31分03秒

そいつはすぐに出てきた。せっかちな奴らしい。
まだ若く、真っ直ぐな黒髪が肩まで伸びている。
いきなり撃たれた。
しかし、弾は逸れている。
私とてのんびり手をこまねいていたわけではない。
既にあたりの光を屈折させておいた。
無言で銃を乱射した後、そいつは手を横に勢い良く滑らせた。
辺り一帯の背の高い草が薙ぎ払われる。
かまいたちという奴か、私は身体を逸らして交わす。
割に合わない能力だったのだろう。そいつはこめかみの辺りを押さえて肩で息をしている。
まだ自分の能力を使いこなせていない所を見ると、新米か。
私は能力を解き、問い詰める為に近寄る。
54 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時32分28秒
不意に銃声が鳴った。瞬間的に身をかわしたが、私のわき腹を銃弾が貫いていた。
追跡者は、もう一人いたのだ。気配を消す事に長けた奴が。
まんまとはめられてしまった。
「迂闊だねぇ。駄目でしょ、油断したら」
第二の追跡者は、けらけら笑いながら近寄ってくる。これまた若く、いかにも意地の悪そうな目をしていた。
「高橋、後は任せておけ」
漁夫の利をまんまと得たやつは、得意げに言った。
それを聞いてか否か。かまいたちを放った、高橋と呼ばれた奴は、草むらに伏せてしまった。
よほど、無理をしていたらしい。
55 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時33分04秒
「無様だな、おい」
傷口を蹴り上げられる。刺すような痛みが私の脳天まで突き抜けた。
「とりあえず、死んどけ」
のぼせ上がっている。
こういうときに隙は生まれる。見事なまでに隙だらけだ。
足を、針の先ほどに収束した光の矢で貫いてやった。
「ぎゃあぁぁ!!」
聞き苦しい叫び声を上げて、そいつは転げ回った。
「駄目だろ、油断したら」
ふらつきながらも立ち上がり、見下ろすように言ってやった。
56 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時33分48秒
尚も叫び続ける。やかましい小動物のようだ。
この分なら、高橋とか言う奴の方に話を聞いた方が手っ取り早い。
「おい、立ちなよ」
顎を掴んで、顔を上げてやる。
高橋はぼんやりと薄目を開けた。
「小川…?」
「小川?あいつのことか。それだったらあそこで叫びまわってる。ここで仕掛けてきたのは正解だったな。あれじゃ近所迷惑で苦情が来るとこだよ」
私の皮肉にも何の反応を示さず、高橋はうわ言のように何か呟いている。
「聞きたいことがある。お前らの目的は何だ?」
「……言えない」
「殺されるから、か」
高橋は無言で頷いた。
57 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時34分51秒
「ならば、イエスなら首を縦に、ノーなら首を横に振れ。いいな?」
「でも…」
「それなら大丈夫だ。お前が掛けられた暗示には引っかからない」
私はカマを掛けてみた。もちろん、何の確証もなく。
高橋は驚いたような表情のまま、無言で頷く。
はったりだったが、高橋の頭は破裂しない。能力が発動していたら貴重な情報提供者を失うところだった。
しかしこれで、敵に暗示を掛ける能力者がいることがハッキリした。
58 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時36分36秒
「お前らの目的は石川か?」
高橋の首が縦に振られる。
「そのために、お前は私の消しに来た?」
これには高橋は首を横に振った。黒髪が靡く。
「私を誘い出した?」
高橋は小さく首を縦に振る。
「助けて欲しいか?」
首が縦に振られる。私は無防備に曝け出された首筋に手刀をくれてやった。
「ありがとう。つかれただろう、少し眠れ」
返事はない。急所は外したから死にはしないはずだ。
まだ喧しく喚いている小川は放っておいた。そのうち、誰かが気付くだろう。
59 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時37分24秒
私がその場を去ろうとした時、目の前に黒いコートを着た人影が現れた。
現れた、という表現は適切ではないかもしれない。
いつのまにか、そこにいた。そんな表現がしっくりくる。
今まで喚いていた小川が黙った。怯えた目で、ぴくぴく震えながら、この幽霊のような女をみつめた。
「…あんたが、こいつらに暗示を掛けた張本人か」
「アタリ。しかし、初めて会ったのに高橋を丸め込むとはね…」
「…どういう意味だ」
「私の能力は言わば信じる心を源とする。強い信心でもってすれば、無効化することも出来る。もっとも、そんな事はほぼ無理なんだ。それなのに、あんたは条件付とは言え、やってのけた」
「私は関係ない。あいつが馬鹿正直なだけだ」
私は高橋の方を横目で見た。まだ草むらに顔から突っ伏したままだ。
60 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時38分13秒
女はくくっと笑った。そうかと思うと、次の瞬間は悲しみに暮れる。
「悲しいよ。高橋。あんたは目的に殉じきれないんだね…。弱い者は迷う。迷いは伝染する。だから」
女はコートのポケットから取り出した銃を高橋に向けた。
反射的に私は女の視界を歪めた。銃弾は高橋の体三個分ほど逸れた。
「あんたか…?ふふっ、おもしろい。自分を殺そうとした奴を庇うんだ?」
「知ったこっちゃない。ただの情報の見返りだよ」
「素直じゃないね。ホントにおもしろい。あんた、名前は?」
「市井」
「私は飯田」
「あんたの名前なんて興味ない」
飯田はまた笑い、優しい表情で私を見た。
61 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時39分06秒
何かを見透かすような、癪に障る視線だ。
暫く見つめあった後、飯田は俺の後ろの二人に視線を移した。
「高橋、小川。あんたらはもう帰ってこなくていい。二人とも、一緒にどこへでも行け。どこに行っても変わらないだろうけどね」
いつのまにか気を取り戻していた高橋は、両手を地面に付いて体重を支えながら、その言葉を聞いていた。小川は今度は大声で泣き出した。
「市井、あんたとはきっとまた会う」
そう言い残すと、飯田はくるりと身を翻して、颯爽と去って行った。
暫く後に私は立ち上がった。
立ち上がると傷口から血が更に溢れ出す。
手で何とかそれを抑えながら、まだ動こうとしない高橋と小川を置いたままその場を去ることにした。
62 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時39分45秒

今の状況は、思っている以上に悪いようだ。
保田の下へと戻る車の中で、私は思考を巡らせた。
石川を狙うやつらの目的は何なのだろう?
少なくとも、それは石川の命ではないらしい。
殺す事が目的なら、わざわざこんな遠まわしの手段を使わないはずだ。
一体、奴等にとって石川はどんな意味を持つのだろう。
私は面倒をつれて私の下へ転がり込んできた、身元も知らない少女のことを思った。
もしかしたらどこかの国のお姫様なのかもしれないとばかげた発想が浮かんだ。
まぁ、このことについてはいずれ答えが出るだろう。
それ以上にやばいのは、私のわき腹から湧き出てきやがる、この血だ。
穴はまだ塞がらない。意識が時折飛びかける。
ともかく、急がなければ。
63 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時40分25秒

階段を昇ると、二三人の男がその辺に転がっていた。
おそらく、保田にやられたのだろう。
そんじょそこらの奴が束になっても敵う相手ではない。
私は無謀な挑戦者達を跨いで、戸を開ける。
「市井、右に一歩ずれなさい」
入ってすぐ、保田の声が届いた。私は反射的にその言葉に従う。
私の左、今までいたところに、窓ガラスを突き抜けて銃弾が飛び込んでくる。
64 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時41分06秒
保田は石川を庇いながら、また窓の外を強い瞳で見つめる。
「次は左」
従順に動く。だが私はパブロフの犬ではない。
また、銃弾が喧しく床に突き刺さった。
保田の能力は、攻撃の軌道を読む。
本人が言うには、見えるというよりは分かるという感覚に近いそうだ。
「石川を頼むわ。大丈夫?」
「多分、あまり長くは持たないね」
「充分。すぐ済むわ」
保田は石川を私に託すと、引き出しからごそごそと狙撃銃を取り出した。
65 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時41分43秒
窓際に平然と近づきながら、部品を組み立てていく。
保田の体が右にずれる。保田の左を銃弾が掠める。
無駄だ。保田に、遠距離からの銃撃が当たるはずが無い。
それが例え、後ろに立っただけの人に銃を向ける危険な奴であっても。
「右に」
保田はスコープを照準を合わせながら、短く言った。
「くっ…」
私はそれに従ったが、わき腹の痛みの所為か、左腕を少し削られた。
66 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月20日(水)20時42分33秒
「だ…大丈夫ですか?」
「…心配ないよ」
涙目で困惑する石川を宥めるように、優しい口調で諭した。
今ここでパニックに陥られては、助けられる者も助けられない。
保田の銃が一発、鳴いた。
「一丁上がり…ちょっと、市井!?」
目の前が霞む。どうやら、保田は狙撃に成功したようだ。
その事実が私の体を安堵で包み、睡魔を呼び起こした。
67 名前:作者 投稿日:2002年11月20日(水)20時43分32秒
更新しました。

>リエットさん。 勿体無い言葉、ありがたいです。頑張らせていただきます。
68 名前:リエット 投稿日:2002年11月21日(木)02時02分27秒
すごいスピードで流れていきますね。
謎が解かれては謎が増えて。何処に向かっていくのでしょう?
69 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時30分52秒
…頭の下に、何かがある。
石川の足だった。
膝枕をされるような形のまま、私は石川を見上げた。
「気が付いた?動かないでね。まだ塞がってないから」
その凛とした表情は、今までの石川のものではなかった。
あの時、初めて石川を見たときと、同じ印象を受けた。
不思議と懐かしい。
70 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時31分29秒
「もうちょっとだから、そのままじっとしててね」
石川の手が私の髪を撫でる。
恥ずかしいような変な気持ちになって、私は視線を逸らした。
傷口が塞がりかけている。
私のわき腹へと向けられた、石川の手から発せられる光の為か。
この感覚、覚えがある。
「まさか君は…?」
「私の事、忘れちゃったの?」
「真希…?」
瞬間、記憶がフィードバックする。
71 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時32分03秒



 「どうしても行くの?」
 背中から、真希が寂しそうな声で呼びかけてきた。
 「あぁ。このまま野垂れ死ぬよりはましさ。中澤さんも言ってくれたんだ、私には適正があるって」
 「じゃあ、私も行く…!」
 「お前は駄目だ。危ない」
 「嫌!私には、いちーちゃんしかいないもん…」
 孤児だった私たちは、お互いしか傷を舐め合う仲間はいなかった。
 いや、作ろうとしなかったのか。
72 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時32分43秒


 「お前等は今日から組織の一員や。うちの指揮下に入る」
 「…ところで、真希には適性はあったんですか?」
 「……今はまだ何とも言えんけどな、あるのは確かや。お前と組ませる。守ってやり」
 中澤は優しい目で言った。俺と真希は、意味もわからずに顔を見合わせて笑った。


 「血が…止まった!?真希…お前」
 「あはっ…自分でもびっくり。でもこれで、もしいちーちゃんが怪我しても治してあげれるね」
 無邪気に笑う。それが最後に見た笑顔だったかもしれない。
73 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時35分11秒

 「どうしてっ…!一人で無茶しやがって…!」
 「あはっ…。だっていちーちゃんをもう悲しませたくなかったから。
知ってたよ?ずっと、人を殺すのを躊躇ってた。殺すたび、心を痛めてた。
このままじゃ、いちーちゃんの心が先に死んじゃうと思った…」
 「なんだよそれ!はやく自分の怪我を治せよ!死ぬなんていうなよ!」
 「…それがね、自分のは治せないみたい…。サヨナラだね…もう、顔がぼやけて見えな…
  …嫌だよぉ…一緒にいたい…よぉ…」
 「真希!おい!!真希ぃぃい!!」
74 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時36分06秒

不意に腹部に感じた重みで、私は現実へと舞い戻らせられた。
石川が私の腹部へと頭を預けて、寝息を立てている。
「…人を癒す能力なんて、初めて見たね」
一部始終を静かに見守っていた保田が、口を開いた。
「……どうして…?」
どうして、だろう。
重なった面影。真希と同じ、人を癒す能力。―――私の監視を命じる中澤。
75 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時36分43秒
「保田さん…もう少し、こいつの事見ててもらえますか?」
「…中澤の所へ行くのか?」
「はい」
「真実は時に残酷だ。後悔しても知らないよ」
「覚悟しています」
石川を起こしてしまわないように、そっと保田へと渡す。
ポケットからケータイを取り出して、中澤へと掛ける。
「なんや、どうした?」
「会って聞きたいことがあります。時間をとってもらえますか?」
76 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時37分29秒
「かまへんけど…電話じゃいかんのか?」
「出来れば会いたい」
「分った…。時間と場所はこっちで指定させてもらうで」
急いてしまう気を何とか抑えて、戸を開け外へでる。
戸の向こうでは、吉澤がどこぞの家の塀に寄りかかって、こちらを見ていた。
「どこ行くの?」
「中澤に報告する必要はないよ。中澤に会いに行くんだから」
77 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時38分09秒
「そう。でも一応しとく。それが私の仕事だから」
「熱心だな」
「どうも。なぁ、あんた、私のこと恨んでる?」
「なぜ?」
「だって、さっきあんたらが危ないってのに、何もしてやらなかったから」
吉澤はちょっとしたイタズラを見つかった子供のように、上目遣いで尋ねてきた。
「いや、気にしちゃいないよ」
元々、あてにもしていない。そう思ったが、口にはしなかった。
78 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時38分41秒
「じゃあ、急ぐから」
車の乗り込むと、キーを捻り、アクセルを踏む。
待ち合わせ場所までは十分もかからない。
煙草に火を付けて深く吸い込んだ。
吸い慣れたはずの煙草が、やけに不味く感じた。
79 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時39分26秒


中澤との待ち合わせ場所に、随分早く着いてしまった。
ポケットから煙草を取り出し、火を灯す。
やはり、不味い。それでも煙を肺へ送り込み、吐き出す。
煙が、夜空へと溶けていく様を、なんとなく眺めた。
思えば、煙草を吸うようになったのは真希が死んでからだ。
80 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時40分03秒
「早いな」
中澤が闇から滲み出るように現れた。
「悪いな、こんな時間しか暇がないんや。んで、何の用や?」
「言うまでもない。もう読み取っているんでしょう?」
「…この能力使うんは嫌いなんやけどなぁ。すまんな」
「いいですよ。とりあえず、答えてもらいましょうか」
81 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月21日(木)21時40分36秒
「……だいたいお前の思ってる通りや」
「あなたの口から聞きたい」
「しゃあないな…」
中澤は溜め息をついた。白くなった吐息が、闇に飲まれていく。
「後藤には、とんでもない能力適正があった。あいつは、神になれたんや」
82 名前:作者 投稿日:2002年11月21日(木)21時44分18秒
更新しました。

>リエットさん。 どうも話を広げるのが苦手で…。もともと短編ばっかり書いてましたから。

明日か明後日あたりには、多分完結します。
83 名前:リエット 投稿日:2002年11月22日(金)00時14分21秒
急展開……。
短編書きの人だとは思いもしませんでした。
この長さでも、十分引き込まれます。
84 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時10分23秒
「……」
私は唖然とした。神。そんな単語を中澤の口から聴くとは思っても見なかった。
「まぁ神って言っちゃあ誤解もあるがな、そんなようなモンや。
全てを、自分の思うとおりにする能力。傷を癒すってのはその一端や。
…考えてみりゃ、それはえらい原始的かつ単純な能力なんや」
「…どういうことですか?」
「考えてもみぃ。お前の光を操る能力。うちの他人の心を読む能力。
 他の能力。それだけやない。人が歩く。食べる。考える。
 全てはその、自分の思い通りにするってことを根としとる言うても、過言やない」
話が飛びすぎていて、良く飲み込めない。
そんな能力を得てしまったら、人間は一体どうなってしまうのだろう。
85 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時11分25秒
「もっとも、その能力を完全に目覚めさす事は出来んかった。
 能力者は能力者を呼び、生み出す。他の能力が刺激となって目覚める事も多いんや。
 だから、後藤をお前と組ませた」
「……そして、あんな無茶をやらせた。私たちの絆を使って、真希を殺した…!」
中澤は悲しい目で私を暫く見つめた。
その目は、迷える子羊を眺める顔の見えない神父を連想させた。
86 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時12分22秒
「その一方で組織は、後藤の脳細胞を採取して、培養しようとした。……神を生み出そうとしたんや」
神が創りし人間が、その創造主たる神を作り出そうとする。
馬鹿らしい、矛盾だらけの話だ。
「後藤が死んだあの日、培養してた脳細胞に異変が起きた。全部、消えてしもたんや。
 しかし、組織は最近その行方を突き止めた。どこやったと思う?」
「…石川」
「ビンゴ。うちは、後藤は必ずお前の所に現れると踏んでた。だから吉澤にお前を張らせた。
そして案の定、後藤は現れた。石川の脳へと宿って。寄生と呼んでもいいかもしれん。ずっと、息を潜めてたんや。
石川の脳の中で、石川を乗っ取るほど成長するまで、な。そして、今、お前の下へ現れた」
真希は、脳細胞となってまで、私に会いに来た。
石川と言う、宿主を得て。
87 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時12分56秒
信じられない話だったが、中澤の目はとても嘘を言っているようには見えなかった。
「なんでそんなことが…?」
「言うたやろ。後藤の能力は、全てを思い通りにする。…お前と離れたくなかったんや」
「……」
「もっとも、今はまだ石川の意識の方が支配しとるようやけどな。
 後藤の意識が表出して、石川から主導権を奪うのは遠い話ではないな」
真希が、まるでエイリアンか何かのように思えた。
無実の少女を支配し、取り込む。B級ホラーのようだ。
88 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時15分07秒
そんなくだらない妄想の為か、背筋に寒気が走った。
その瞬間、
「ぐっ…!なんや…?」
中澤がいきなり蹲り、頭を押さえた。
「流れ込んでくる…!押さえられん。一体…?……くっくっく、はっはっはっ!!」
いきなり立ち上がったかと思うと、中澤は大声で笑い出した。
「何が…?」
「石川の意識と後藤の意識が融合した。石川が後藤を受け入れたようやな」
「は…?」
89 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時16分11秒
「二人には共有できる想いがあった。それが大きな要因やな」
わけがわからない私を、中澤は満足げに眺めた。
「わからんか?お前にはわからんやろうな」
「何が言いたいんですか」
「人の生きる本能って事や…。温もりとか情と言い換えてもいいかも知れん。それより、早いとこ戻ってやれ。いまあいつらはえらく不安定や」
結局中澤はそれ以上何も言わなかった。
後味が悪かったが、私は中澤の言うとおりにする事にした。
90 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時20分12秒

保田の部屋へと向かう階段には、前とは違う男達が倒れていた。
懲りないもんだ。
私はそいつ等を嘲笑いながら跨ぎ、ドアを開けて愕然とした。
散らかった、どころではない。
破壊の限りを尽くした、そんな表現が適切だろうか。
机は真っ二つにされ、ソファは風に吹き飛ばされた紙切れのように壁際に投げられていた。
その他の、決して多いとはいえない家具のほとんどは破壊され、そこらの壁には大きな穴が開いている。
91 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時20分50秒
「保田さん…一体何が?」
私は倒れていた保田を抱き起こし尋ねた。
肋骨が折れているようだが、幸い致命傷には至っていない。
あの保田がここまでやられるとは。相手は大体予想がつく。
「…悪い。油断した…」
「あいつは、石川はどこに…?」
「解らん…すまん」
保田は息も絶え絶えに答える。
92 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時26分52秒
「教えてあげよっか?」
「…吉澤。いつからそこに?」
「ついさっき」
「教えてくれ。石川を取り戻さなくちゃいけない」
「実は、命令に変更があったんだ。監視するのが、あんたから石川に変わった。それで、今日も監視してたんだ。そこで、この様さ」
「傍観者を気取ってたって訳か」
「言い方悪いね。任務に忠実って言って欲しいな。それで、石川を攫った奴をつけたんだ」
「…続けてくれ」
無言で頷いた後、吉澤を続けた。
93 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時27分34秒
「石川を誘拐したのは、A・C(アース・チルドレン)とか名乗るやつら。ダッセー名前だよね。
 奴等は人類を全部抹消して地球を浄化しようっつうイカれた目的を掲げてる。
 名前もダサけりゃ、目的もダサい。人のいない地球なんてつまんないってのに」 
吉澤はいつもにまして饒舌だった。私は軽く苛立った口調で言った。
「無駄話してる時間はあるのか?」
「無いね。ゴメン。 
 …実は、先に中澤さんに報告したんだ。そのときの言葉をそのまま伝える。
 『おそらく石川に奴等の目的を成すための引き金を引かせるつもりやろう。
  もっとも今のあいつにゃそこまでの能力はないんやが…なにか策があるはずや』」
94 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時28分08秒
やつらがなにをしようとしていても知ったことではない。
「言っとくけど、一人でどうにかなる相手じゃないよ。あいつら、狂ってる」
「やってみなければ分らない」
「…その人は私が看とく。止めないから、早く行った方がいい。」
吉澤が保田を抱きかかえる。吉澤の表情が一瞬、苦痛に歪んだ。
95 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時29分29秒
「お前も…?」
「あんたには関係ない。私がヘマしただけだよ」
「…すまない」
吉澤に保田を完全に託すと、私は立ち上がった。そして、足早に歩き出す。
「ただ…、これだけは先に言っとく。なにを見ても、気は確かに持ちなよ」
「心配してくれるのか?」
「まぁ、そんなとこ。やっぱり、私には監視なんて向いてないみたいだね。情が移って、いけない」
若い。若さゆえの、優しさなのだろう。
これから先、訪れるであろう選択と淘汰の後に、こいつはその優しさを持ち続けることが出来るだろうか。
96 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時30分06秒
「だから、あの娘を助けてやって欲しい。手伝ってやれないのが悔しい」
「任せとけ」
私は車のキーがポケットに入っていることを確認してから、吉澤に背を向けた。
「…飯田。あいつには気をつけたほうがいい。この人をやったのもそいつだ」
掠れかけた声が、後ろから辛うじて聞こえた。
97 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時30分39秒

よくある雑居ビル。
吉澤に示された場所だ。
ここに石川がいるはず。
私ははやる気持ちを抑え、平然とした装いでビルへと入っていく。
「てめぇ、なんのつもりだ!」
早速お出ましらしい。銃の乱射と言うお出迎えが待っていた。
98 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時31分40秒
しかし私はすでに光を屈折させていてため、銃弾は全て無駄弾になる。
奴等の一瞬の混乱に乗じて、私は素早く攻撃に転じる。
攻撃するイメージを練ると、小さい光の玉が私の周りに無数に生じる。
そこから、細い光の矢が乱れ飛ぶように生まれる。
辺りから悲鳴が幾つも発せられる。
どんなに叫ぼうが、手加減する気も看護してやる気もない。
99 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時32分17秒

私は闇雲にビルの中を走り回り、石川を探した。
途中、何度も雑魚どもを蹴散らした。
そして今、一つの扉の前に立つ。
―――――なにか、いる。
ただならぬ気配が、その中から隠しきれぬように溢れてくる。
木々のざわめきのような、金属の擦れあうような、不快な感覚…。
意を決して、その扉に手を掛ける。
100 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時32分49秒

私は扉の向こうを見て、吐きそうになるのをなんとか堪えた。
惨過ぎる。正気の沙汰じゃない。
何個も並ぶカプセルのような物に満たされた液体の中に、幼い子供が幾つものコードに繋がれて、浮いていた。
脳みそを剥き出しにされて。
これが、アースチルドレン、地球の子供達を名乗る奴等の崇める対象であり、目的を果たす為の術なのか。
「悪趣味だな。神経を疑うね」
「必要悪よ。しょうがない事なの」
カプセルの片隅に隠れていた飯田が答える。
101 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月22日(金)20時33分21秒
その瞳には涙を溜めている。
自分のしたことを悲しく思う気持ちがあるならば、何故こんな事ができるのだろうか。
「場所を変えよう。あんたとは話したいことがある」
もうこれ以上ここにはいたくなかった。
私はに中澤のような、心を読む能力はないが、それでも感じる。
この子達の、泣き声が。
「…奇遇だね。私もそう思ってた」
102 名前:作者 投稿日:2002年11月22日(金)20時36分26秒
更新しました。

>リエットさん。毎度レス感謝です。そう言ってもらえると嬉しいです。
103 名前:リエット 投稿日:2002年11月23日(土)00時40分38秒
前回言われたように、そろそろ終盤なのでしょうか?
飯田が敢えて行動する理由が気になります。
104 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)01時54分02秒

飯田は無言で、私のことを意に介さずといった風に歩いていく。
廊下には何人か私に足なり腕なりを貫かれた奴等がのた打ち回っていた。
私も無言でついていく。さっきみた映像がまだ脳裏に焼きついてはなれない。
やがて、何もない無機質な部屋へと導かれた。
「何のために、生きている?」
先を歩いていた飯田がいきなり振り返り、私に問いかけた。
「唐突だね。そんな哲学をあんたに語る気はないよ」
「人に言えないようなそんな軽いものなのか?見損なった」
飯田は嘲笑うような声で言った。
105 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)01時54分45秒
「どう思われようと構わない。ただ、私は私のために、あんた達を止める」
「くくっ、くだらない。そんな理由で、私達の目的を邪魔させない」
「くだらないかな。それ以上に大切な事など、私は知らない」
私の言葉を聞いてか聞かずか、飯田の目に殺気が宿る。
私は反射的に能力を発動させ、空間を歪ませた。
次の瞬間、信じられない速さで飛び掛ってくる。
私に向かって一直線に。
私は体を横に投げ出すようにして、間一髪でかわす。
106 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)01時55分25秒
壁に大きな穴を開けた飯田は、私の方を平然と向き直った。
「私の生まれた所は、自然に溢れた素晴らしい土地だった」
突然、何を言い出すかと思えば。
年老いた老婆が昔を慈しみ懐かしむような口調で飯田は語りだした。
「草木が生い茂り、空が青くて、人が優しくて。春になると桜がいっぱい咲いた」
私の返事を求めているのだろうか。暫くの沈黙があった。
他人の過去など知ったことではない。
107 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)01時57分01秒
再び飯田が飛び掛ってきた。またしても私に確実に向かってくる。
自分に暗示を掛けているのだろう、人間では俄かに有り得ない動きだ。
飯田の全体重を乗せた拳が振り下ろされる。反応しきれずモロに食らった。
背中から壁に吹っ飛んだ。背に激痛が走る。
「夏になると蝉の声がいっぱい聞こえた。秋には山が真っ赤に染まった」
表情を変えず、息一つ乱さず飯田は続ける。
そこで漸く気づいた。飯田の瞳は、開いてこそいるが、何も見てはいない。
何も映さない瞳。現実以上に大きなものを見ている瞳。
真希も死ぬ間際、そんな目をしていた。
つまり飯田は、私を感覚で捉えているのだ。
108 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)01時57分37秒
背中が痛い。もう飯田の攻撃をかわす事は出来ないだろう。
私は意を決して攻撃に転じた。
光を収束させる。私の周りに幾つか眩い光の玉が生まれる。
飯田を貫くイメージ。光の玉は光の槍を生み、飯田へと襲い掛かる。
しかしそれは難なくかわされた。
「冬には真っ白な雪がたくさん積もった。皆で雪合戦をした」
話の隙をついて私は更に仕掛けた。
それも飯田は半身になって避けた。
109 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)01時58分42秒
「全部、宝物だった。大好きだった。大切だった!それを奪ったのは他ならぬ人間だ!」
飯田の口調がおかしくなってきた。相当錯乱している。正気の目ではない。
「桜は枯れ、蝉は死に絶え、山は色褪せ、雪は汚れた!
 人間は愚かで醜い。母なる地球を汚し、互いに殺しあう!」
「お前だって人間だろうが!」
つい、ムキになって叫ぶ。
飯田の目が、妖しく笑った。
110 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)01時59分50秒
「そう。だから消すの。人間全部。そうすれば、元に戻るの」
急に優しい口調で、飯田は諭すように言う。
「…それで解決のつもりなら、お前等はトンだ大馬鹿野郎だね」
「うるさい!何のために戦う!それすら持たない奴に文句を言われたくない!」
「私は、愛する人を守る為戦う。もう、失いたくはない」
飯田は、母なる地球を守る為に。
私は、大切な人たちを守る為に。今、殺しあう。
「エゴだね」
「お互い様だよ」
私が言い終わるか言い終わらないかという所で、飯田が突進してくる。
111 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)02時00分51秒
私は光の矢を飯田に向かって放つ。
いくつかが飯田の身体を貫いたが、それを気にも留めず、飯田はスピードを緩めることなく向かってくる。
しかし、飯田が私のもとまで届く事はなかった。
私の二三歩先で、飯田は倒れこんだのだ。
飯田の足は有り得ない方向に曲がり、目鼻口からどす黒い血が流れ出している。
なにが起きたのか。私はすぐに理解した。
能力の過使用。身体が耐え切れなくなり崩壊したのだ。
112 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)02時01分26秒
私は背の痛みに耐え起き上がると、飯田のもとまで歩み寄った。
「なんで…私が負ける?」
ヒューヒュー言いながら、飯田は呟く。
「運が悪かった。それだけだよ」
「とどめを。殺してよ」
「断る…と言ったら?」
「このままでは、私の心は折れてしまう。私がこの手で殺めてきた全てが無駄になる」
「……」
113 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)02時02分18秒
「ふふ…。実はとっくに折れていたのかもしれない。
 そうやって言い訳して、他人の所為にして、誤魔化してきたのかもしれないね…。
 …だけど、もう疲れた」
寂しい口調だった。さっきまでの狂ったような飯田とはまるで別人だ。
大きすぎるものを守ろうとした代償だろうか。
こいつは、こうやって何度も自我を無理矢理奮い立たせてきたのだろうか。
「私のこと、軽蔑する?」
「いや、敬意を表しよう。さようなら、強き人よ」
私は掲げた手を振り下ろす。
光の矢が、飯田の胸を貫いた。
114 名前:作者 投稿日:2002年11月23日(土)02時04分26秒
更新しました。

>リエットさん。えぇと、次回の更新でラストになります。おそらく明日の夕方には更新できると思います。
115 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時38分36秒

背に受けた傷は思った以上に深いらしい。
歩くのさえ困難だ。
なんとか扉まで辿り着いたが、ここから先どうしたものか。
いや、行くしかないのだ。
私は扉を体重の全てを掛けるようにして開けた。
116 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時39分17秒
「よぉ。お疲れさん」
「なんで、ここに…?」
そこには腕組みをしたまま壁に寄りかかる中澤がいた。
「大方、予想はついとるんやろ?」
「私を囮にした。そんなところですか」
「人聞き悪いなぁ。ちょいと便乗させて貰っただけや。目触りやったんでな、ここのやつら」
「……石川は見つかりましたか?」
117 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時39分56秒
「いる場所はわかっても、まだ辿り着けん。
 思ったより敵さんの数が多くてな。お前がもっと削ってくれるかと思ってたんけどな」
私は壁に手をつけ、歩き出す。
無様なもんだ。自分の体重すら支えられない。
「おい、どこ行くんや?石川はあっちやで。ちょうど鎮圧したみたいや」
身体を返す。中澤が指差した先を辿ると、突き当たりに扉が見えた。
「肩、貸して貰えませんか?」
「ええで。それぐらいの借りはあるしな」
118 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時40分39秒
その部屋は広いオフィスのような所で、そこらへんに敵かどうかすらわからない死体が転がっていた。
石川は黒いソファの上に身を横たえていた。
目の下に隈が出来ている。
「疲労が激しいみたいやな。寝息一つ立てん」
「奴等は石川になにを?」
私は石川の傍に膝をつき、石川の髪を撫でながら聞いた。
119 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時42分54秒
「…能力の強制覚醒及び慣らし運転。見たやろ、あのカプセル」
「あれ全部を、石川一人に?」
「そうや。石川を原動力にして、あの子らの能力を一気に開放しようって魂胆やろ。
 無茶な事させよるで、ホンマ。だが、まだ完成はしてないようやな。
 あれが完成してたら、もうどうしようもなくなるとこやった。やつらも焦ってるんやな」
「あなたたちも、変わらないんじゃないですか。石川を使って何をする気です?」
私の問いには答えず、中澤は扉の方を振り返った。
「あかんな。やつら、来るで」
120 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時43分50秒
両開きの扉が勢い良く開いて、人影が無数に飛び込んできた。
一瞬で、この部屋は戦場の最前線に変わってしまったらしい。
「蹴散らせ!石川に手ぇ触れさすな!」
中澤の怒号が飛ぶ。
銃声が響き、風が吹き荒れる。
乱れ飛ぶ罵声と、人間のものとは思えない悲鳴。
それらはこの騒動の中に見出された結末へと収束していく。
勝負はあっけなくついた。
地球の子供達の最後の抵抗は、数人の命を道連れにしたのみで終わった。
121 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時44分21秒
暫しの静けさの後、石川が目を開いた。
「気が付いたのか?」
石川は無言で、辺りを見回した。
私の声は聞こえてないらしい。
石川の瞳から、涙が一筋、零れた。
「石川…」
「とりあえず、引き上げや。負傷者には手を貸してやれ」
中澤が手下達に声を掛ける。その声には安心した響きがあった。
122 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時45分03秒
中澤の手下が石川に手を貸そうとした時、石川は瞼をそっと閉じ、両の手を大きく広げた。
その手から、眩い光が漏れ出す。
誰もがその神々しさすら感じられる姿に目を奪われた。
「何する気だ…?」
私は中澤の方を顧みた。
中澤の能力ならば、石川の考えも読めるはずだ。
「……馬鹿な。なんて事や」
123 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時46分37秒
「一体…?」
「ありえへん、気でも狂ったんか!?」
「中澤さん!」
私が叫んで、やっと中澤はこちらを振り返った。
そして、静かに呟く。
「……あの娘、この世界を消す気や」
「え…?」
石川の身体から、零れるように光が漏れ始める。
124 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時47分21秒
光を纏った石川は、美しかった。
讃えた微笑は、私に本か何かで見た聖母マリアをはっきりと意識させた。
その光の所為だろうか、出血が止まり、傷口が塞がっていく。
それも、生きている者だけでなくもう死んでしまった者も含めて。
「そんなこと…」
「あの娘の能力ならできるんや。新しい世界を用意して、私らをそっちへ移すつもりらしい…」
「そんなことしたらッ!」
「…まず、死ぬな」
中澤は穏やかな表情で言った。
125 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時48分38秒
その表情が私は気に食わなかった。
「…なんで、笑ってるんですか」
「え…?」
中澤は自分が優しい微笑を浮かべている事に気付いていなかったらしい。
「なんでやろうな…。きっと、あの娘、石川と後藤、二人の気持ちが伝わってくるからやろうな」
石川から漏れる光が更に強くなる。
126 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時49分40秒
「抑えようとしても、いやでも流れ込んでくる。
 優しい。暖かくて、まるで母親の腕の中みたいや。眠なる…」
いきなり、中澤は崩れるようにその場に倒れた。
健やかな寝息が聞こえてくる。いつか中澤はその能力の所為で安眠できないと嘆いていた。
その中澤が、安らかに眠っている。
気付くと、今まで争っていた者達も、皆折り重なるようにその場で眠っていた。
今まで殺しあっていたのに、まるで遊びつかれて寝てしまった子供のように。
光はやがて視界を遮るほどに強くなった。
127 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時50分30秒
「…やめろ……。なんでお前がそこまでしなくちゃいけないんだ!?」
「私には、それが出来るから…」
石川は目を閉じたまま、静かに答えた。
優しい、母のような口調で。
私はまた、守れないのか。
何も出来ずに、また失うのか。
「なんで…」
「泣かないで…。大丈夫、悲しみなんて全部私が消してあげる」
強い決意を秘めた表情に、かつて愛した人の面影が重なる。
「まって…」
「さようなら…」
その声は、石川のものか、真希のものか。
私の脳がそれを理解する瞬間、視界が全て光に包まれた。
128 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時51分17秒

そして今、用意された世界を、私は生きている。
能力者の存在しない、平穏な世界。
吉澤をこの前、街で見た。
私のことなど憶えてはいないようだった
中澤も飯田も、この世界のどこかに生きているのだろう。
全ての記憶を失い、新たな日々を生きているのだろう。
129 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時51分54秒
何故、私の記憶は残ったのか。
もしかしたら、自分のことを忘れないでという、彼女の精一杯の我侭だったのかもしれない。
身を賭して、この世界の創り手となった彼女の。
この平和も、いつまで続くのだろうか。
火種はどこにだって転がっている。
揺り篭から転げ落ちた世界は、どこへ向かうだろう。
諦観に似た視点で、私はすべてを眺めた。
私は、どこへ行けば良いのだろう。
断ち切れぬ思いを抱えたまま。
130 名前:君の腕に抱かれて 投稿日:2002年11月23日(土)18時52分29秒
おわり。
131 名前:作者 投稿日:2002年11月23日(土)18時53分04秒
一応、オチ隠し。
132 名前:作者 投稿日:2002年11月23日(土)18時55分24秒
とりあえずこれで完結です。
筆力不足で表現しきれない部分も多々あり、見苦しい所も多かったかとは思いますが、感想等いただけたら幸いです。
それでは。
133 名前:リエット 投稿日:2002年11月25日(月)00時28分22秒
お疲れ様でした。面白かったです。
最後に残る後味がまた絶妙でした。
次回作、楽しみにしております。
134 名前:庵野雲 投稿日:2002年11月27日(水)23時04分17秒
面白かったじょ。
後藤が新しい世界をつくろうとしたとこで、何て不遜な事をするやつだと思ったが、
それが能力を持つ者がいない世界と分かって、納得。
135 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時33分08秒
あばらの隙間で、風の音がする。
どうやら、私の体を通り抜けていったらしい。

「ごめんね…。まきちゃんを…殺してあげれない…」

まだ硝煙の残る銃を両手で握ったままのりかちゃんが泣き崩れる。

「りかちゃんのせいじゃないよ…。わかってたことなんだ」

私はりかちゃんの傍にしゃがみこんで、頭を抱く。

「全部…全部私が悪いの…」
「そんなことない。誰も悪くないよ」

そう、誰も悪くない。皆が皆、自分の正義の為にやったことだ。
136 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時34分32秒

圧政に苦しむ民衆を救う術はなにか。
それは、革命を起こす事だ。
そう考えた博士がいた。
とはいえ、民衆は餓えに苦しみ、とても武器を持って戦える状態でない。
それすら、独裁者の企みだったのだから。
博士は考えた。ならば、一人で何人分もの戦力を有した者がいれば良い。
しかしそんな都合のいい人間などそうそういるものではない。
だから、博士は私を作り出したのだ。

私はもともと博士の助手をしていた。
運良く、博士の発明に適した人間だったそうだ。
そして私は、首を縦に振っていた。
137 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時35分20秒

博士は紛れもない天才だった。
だが、その才気ゆえに疎まれてもいた。
時代が彼を持て余したのだ。
そして、彼は狂気に取り付かれた。

博士は見事に私を創りだした。
不老不死の人間。何千何万もの人間の犠牲を肩代わりする存在。
それが私だった。
138 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時36分45秒

博士は私に言った。
革命の夜には、口笛を吹く。それが合図だ。

私はそれを待った。息を殺して、身を潜めて、待った。
しかし口笛が聞こえてくる事はなかった。

やがて独裁者は倒れ、善意なる長が国を治める。
平和が訪れた。それは、私の存在の否定を意味した。
139 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時37分27秒

りかちゃんはその博士の曾孫にあたる。

何の因果だろう。
人間であることを放棄して、山奥で暮らす私と彼女が出会ってしまったのは。
二人が、惹かれあってしまったのは。

彼女は私を愛してくれたし、私も精一杯彼女を愛した。
幸福だった。私達の間の僅かな隙間に気づかないほどに。

やがて、時が経ち、その隙間は巨大なものとなり私達の前に立ち塞がった。
彼女は、年をとった。私は、変わらない。
全てを知った彼女は、私の願いを聞き入れてくれた。

そして、今に至る。
140 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時38分20秒

りかちゃんは銃を今度は自分の頭に向けた。

「なにを…!?」
「ごめん…」

細い指が引き金にかかる。私は反射的にその銃を叩き落としていた。
りかちゃんは私の方を見ず、俯いたまま言った。

「…あなたは変わらない。私は変わる。それがとても怖い…」

私は何も言えなくなった。ただ、涙が零れた。
大丈夫。そんなことない。
そんな言葉が、まるで無責任のように思えて、言えなかった。

その隙に、りかちゃんは立ち上がり銃を拾っていた。
141 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時38分54秒
「来ないで」

駆け寄ろうとした私を彼女は制す。

「お願いがあるの…。聞いてくれる?」
「…なに?」

「私をずっと抱いていて?まきちゃんの傍に、ずっといさせて…」
「……」

口笛はまだ聞こえない。
142 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時39分28秒
次の瞬間、りかちゃんは引き金を引いた。
私の答えを待たず、彼女は永遠になった。

私はよろよろと立ち上がった。
心臓が早鐘のように、不穏な旋律を奏でる。
りかちゃんの元まで歩くと、不意に力が抜けたような感覚に襲われた。
膝から落ちた。痛みはない。

りかちゃんを抱きしめた。
少しだけ暖かい。この温もりもすぐに消えてしまうのだろう。
143 名前:永遠の隙間 投稿日:2002年12月01日(日)20時40分02秒

私は目を閉じた。
全ての感覚を閉ざすようにして、りかちゃんを抱く腕に力を込める。
腕の中の存在だけを感じるように努めた。

口笛はもう聞こえない。
144 名前:作者 投稿日:2002年12月01日(日)20時40分36秒
おわり。
145 名前:作者 投稿日:2002年12月01日(日)20時41分34秒
すれ流し
146 名前:作者 投稿日:2002年12月01日(日)20時46分02秒
また懲りずに書かせて頂きました。

レス感謝。

>リエットさん 最後は結構悩んだんで、そう感じていただけたなら嬉しいです。

>庵野雲さん その辺は表現が難しくて、悩みました。納得していただけたようで、幸いです。

では。
147 名前:リエット 投稿日:2002年12月01日(日)20時55分13秒
うわー、短編が専門というだけあってさすがです。
ゾクゾクしました。
148 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時17分22秒
細く透き通った糸のような声に、広く包容力のある声が絡む。
誰もが目を閉じ、歌を歌った。
聖なる歌。
私達が信じる、神を讃えた詩。

やがて、詩は終幕を迎える。
余韻が教会に静かに響く。
私は目を閉じたまま、耳を澄ましてその余韻を辿った。
余韻が消える頃には、私の中の迷いも綺麗に消えていた。
149 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時18分02秒

「行こう。我等が神のために」

司祭さまが、威厳のある声で高らかに宣言した。
私は剣を高く掲げて、おうと答えた。

「あいかわらずリカは綺麗な声で羨ましいね」
「そんな…。ひとみこそ、暖かい声で、憧れる」
「……死なないでね」
「………あなたも」
私は辛うじてそう言葉にした。
色んな思いが渦巻いた。
私の大切なひと。目の前のひとみも然りだ。
私の知らない他人。同じ空の下で生きる人。
天秤に掛けた結果に、なぜか後ろめたさを感じた。
150 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時18分37秒

街の中を一段となって駆ける。
その中には、仰々しい鎧を身に付けている者や、まったく普段着といった者など、様々だった。
そんな私達を繋げているもの。
一般に信仰とかと呼ばれるもの。
そして、私達が向かう先にいるものたち。私達が敵を呼ぶ者たち。
私達とは違う信仰で結ばれているものたち。
道の隅に避ける人々は、私たちのことを見ていた。
私はその視線を避けるように下を向いて走った。
怖かったのだろう。否定されるのが。
揺ぎ無いものであるべきものが揺らいでしまうのが。
151 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時19分17秒

戦場に着いた。
あちらも、こちらと同じように、格好やら何やらがバラバラだった。
私は、自分の姿を敵の集団の中に見た。
投影したのかもしれない。
私の脳髄中に迷いが行き渡る前に、その場の全員が駆け出した。
奇声をあげながら。
もしかしたら、皆も私と同じように迷いを抱いていたのかもしれない。
奇声を上げることで、それを押し潰そうとしたのかもしれない。
152 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時19分58秒

二つの人波が交差する。
共鳴が起き、暴動が跳ね上がる。
私は夢中で剣を振るった。
そのたびに、血飛沫が舞った。
誰かの悲鳴があがった。
それでも私は振るい続けた。
そして全てが終わった後、そこに立っているのは私だけになっていた。
153 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時20分32秒

私は教会の戸をなんとか押し開けた。
当然、誰もいない。
私は手を胸の前で組み、歌った。
神に、勝利を捧げる詩。
私の細い声だけが、教会に響いた。
包んでくれる低音は聞こえない。
それでも私は歌いきった。
そして目を開けた。
神の画が施されたステンドグラスに反射した、自分の姿が目に入った。
返り血を浴びた獣が、そこで笑っているような気がした。
神の画の影で。
154 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時21分11秒
おわり。
155 名前:単旋律の聖歌 投稿日:2002年12月06日(金)18時21分49秒
―――――――――
156 名前:作者 投稿日:2002年12月06日(金)18時23分37秒
レス感謝です。

>リエットさん。 専門っていうか、単に長い話が書けないだけで…どうも話がごちゃごちゃになってしまいます。
157 名前:リエット 投稿日:2002年12月12日(木)07時04分38秒
聖誕祭をリアルにしたような感じで、ものすごく引き込まれました…。
季節に合っていますが、切ないですね。
158 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時46分21秒
そこは白かった。
他に表現のしようもない。
例えるのなら、まだ誰にも踏むにじられていない雪原。
159 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時47分23秒
市井はそこに憧れた。市井だけではない。
誰もが、憧憬の眼差しでもってそこを眺めながら、暮らしていた。
けれど、心のどこかで諦めてもいた。
手の届かない場所。そんな風に思ったのかもしれない。
しかし、市井だけは違った。
160 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時48分13秒

「私、行こうと思う」

ある日、市井は仲間の前で静かに決意を口にした。
誰も何も言わなかった。
市井の、波一つ立てない湖のような瞳に圧倒されていた。
161 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時49分13秒

「本当に行っちゃうの?」

仲間の中で一際長身の女が漸く問う。
それは仲間全員の気持ちだった。

「あそこに行ったらもう帰って来れないんだよ?」

その口調は優しかった。
長身の女は、懇願するような目で市井を見つめた。
162 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時49分58秒

「裕ちゃんだって、もうずっと音信不通なんだよ?」

続いて、小柄な少女が俯いたまま言う。
小さな肩を小刻みに震わせ、泣いているようであった。

市井の前に、そこに旅立った者があった。
『裕ちゃん』からはその後、何の音沙汰もない。
163 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時50分34秒

市井たちは大きな家で暮らしていた。
いつも笑い声が絶えず、暮らしは楽しかった。
何の不自由もない。全てが保障されていた。
しかし、それはどこか皆が皆を監視しているようでもあった。
164 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時51分07秒

「それでも私は行くよ。行ってみなければ、わからないもの」

小柄な少女は遂に両手で顔を覆い、声をあげて泣き出した。
市井は小さく、ごめんと呟くと、立ち上がる。
皆に背を向けて、ドアへと向かった。
市井の背中に声を掛ける者はいない。
市井はドアに手を掛ける。
ドアを開けるという行為は、人生に似ていると市井は思った。
165 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時51分32秒
期待と、一抹の不安を感じながらドアを開ける。
ドアの向こうは不確定であり、ドアのこちら側は確定している。
言わば向こうが未来であり、こちらは過去だ。
人生とは、つまりはその繰り返しなのだろう。
そんなことを思いながら、市井はドアを開け、未来へと踏み込んだ。
手を離すと、ドアは勝手に閉まった。
すると、小柄な少女の泣く声は聞こえなくなる。
無意識に市井は振り返っていた。
市井には、大きな家がいつもより大きく見えた。
それは何者の侵入も拒んでいるようだった。
すこしだけ家を眺めた後、市井は踵を返し、そこへと向かった。
166 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時52分02秒

そこは事実、白かった。
何もない。誰もいない。
市井の前に旅立ったはずの『裕ちゃん』もいなかった。
辺り一面、白かった。
空も大地もない。あったとしても、それは白でしかない。
市井は自分の姿が段々薄れていくのに気付いた。
白い絵の具で薄めていくように、少しづつ白に侵食されていく。
166 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時52分39秒
身体がちょうどアイボリーのように見えるまで、市井はそれを眺めていた。
そして、理解した。
――だから、白かったのだ。
市井は自分が来た道を振り返ったが、そこには白い空間が広がっているだけだった。
大きな家は見えない。
だが市井は不思議な確信で、この向こうにあの家があると信じた。
市井はなにか叫ぼうとした。
しかし、その言葉が声になる前に市井の身体は白に溶け込んだ。
167 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時53分15秒
おわり。
168 名前:白い世界 投稿日:2002年12月31日(火)00時54分31秒
――――――――――
169 名前:作者 投稿日:2002年12月31日(火)00時58分30秒
レス感謝です。

>リエットさん。 毎度本当に感謝です。そう言ってもらえると嬉しいです。

来年が皆様にとっていい年でありますよう。
170 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)21時59分30秒
「そんなッ!やっとここまで来たんですよ?」
「そうは言われましても…それは皆様そうですから。すいません」
病院は今ベットが空いていないらしく、入院は順番待ちになるらしい。
「多分、二三日すれば空くと思うんですけど…とりあえず、応急処置できるだけの物は用意します」
そう言うと、受付の看護婦はいったん奥の部屋に行き、包帯と塗り薬を持って戻ってきた。
渡された包帯は使い古しらしく、所々汚れていた。

「ごめん。なんか順番待ちみたい」
「謝らなくていいよ。しょうがないもん」
「とりあえず、薬もらったから、それ塗って包帯しとこうか」
私は不器用ながらも、なんとか梨華ちゃんに包帯を巻いてやった。
171 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時00分00秒
「まるでミイラだね」
梨華ちゃんは汚れた包帯の先を少し揺らしながら、笑って言った。
私はその冗談に笑ってやることも、言い返すことも出来なかった。
「私…どうなるのかなぁ…」
「きっと…きっと治るよ」
きっと、なんて言って断言できない自分が苛立たしい。
「ひとみちゃん…私のこと嫌いになったなら、すぐに言ってね…?」
「そんなことッ!…あるわけないじゃんか」
私の言葉を聞いて彼女はすこしだけ微笑んだけれど、またすぐに俯いてしまう。
172 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時00分34秒
「無理しなくていいんだよ…私、ぐちゃぐちゃのバケモノみたいになってくんだよ…?」
「…どんな姿してても、梨華ちゃんは梨華ちゃんだよ」
私は無意識に彼女の肩を抱き寄せてた。
小さく震える細い肩に触れた手に、包帯の下に隠された彼女の体温がゆっくりと伝わってくる。
「ずっと、一緒だよ…」
私は彼女の耳元で、精一杯の気持ちを込めて囁いた。
彼女は無言で、何度も頷いた。
173 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時01分12秒
全てが不足していた。
この辺で一番大きい病院ですら、満足な治療が出来ない。
そもそも、彼女の病気に治療薬などまだないのだ。
突如発生した奇病。
それは崩壊した国の復興を目指していた人々に、絶望を促した。

その奇病は感染してもかなりの間、発症はしない。
充分な潜伏期間の間に体中に行き渡り、症状が出た頃には全てが手遅れになっている。
発症するとまず、皮膚が焼け爛れたようになり、ひどい痛みを感じるそうだ。
そして二週間も経たない内に、死に至る。
理由も、対抗策もないらしい。
それを考えるべき国政は、もはや機能していない。
つまり、約二週間、ただ死を待つ以外ないのだ。
174 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時01分49秒

やっとの思いで病院へと辿り着いてから三日目。
ようやくベットが空いたらしく、梨華ちゃんは入院する事になった。
この時点ですでに発症してから一週間が経過していた。

飯田とネームプレートをつけた看護婦に病室へと案内される途中、そこら辺の病室から人間のものとは思えないうめき声が幾度も聴こえた。
その度に梨華ちゃんは私の服の裾を握って震えた。
「ここです」
背の高い看護婦がドアを開ける。
病室は四人部屋で、梨華ちゃんのベットは右の窓側だった。
「それでは、お大事に」
飯田は案内だけすると、そそくさと行ってしまう。
私は梨華ちゃんがベットに横になるのを手伝い、自分も付き添い用の椅子に腰掛けた。
175 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時02分29秒
「そこの人はね、どうなったと思う?」
いきなり、梨華ちゃんの隣のベットに寝ていた老婆が話し掛けてくる。
どうなったと思う?そんなこと、聞くまでも無い。
ベットが空く。正常な状態ならば、その理由は主に二通りだろう。
だが今の状況では、そのうち一つはまず有り得ない。
私達が答えないでいると、
「死んだよ。昨日の夜さ。いきなりうめきだしたかと思ったら、あっさり死んだ」
「……そうですか」
「あっけないもんさ、人も国も。ミサイル一つでどーん、さ。はっはっは」
老婆は甲高い声で笑い出した。
笑い出すと止まらないらしく、息苦しそうにしながらも笑い続けた。
「その人、あんまり相手しないほうがいいですよ。なんか、いっちゃってるみたいだから」
向かいのベットの若い女性が、頭の横で指をくるくる回しながら言う。
176 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時02分59秒
「なんか、ショックなんですかね、色々と。あ、私藤本って言うんですけど」
「藤本さんも…私と同じ?」
「うん。多分。なんか微妙に種類違うらしいんですけど」
「違う?」
「ええ。私のはなんか皮膚とかには出ないそうです。まぁ、死ぬってとこは同じですよ」
藤本はあっさりと死を口にした。
「いくつも…種類があるんですか?」
「そうみたいですね。私が知ってるのは、あなた…えぇと、お名前は?」
「あ…石川です」
「石川さん。石川さんみたいに皮膚に出るのと、私みたいに外見上は何の変化もないのと。あと神経がいかれる、ちょうどそこのおばあさんみたいなの。私の両親はそれだったみたいですね」
「あなたは…藤本さんは身体の方大丈夫なんですか?あの、頭が痛い、とか」
「頭が痛いとかは無いですけど、すごくだるいんです。今じゃもう身動き一つとるのも大変ですね」
「………」
何を喋ればいいのかわからなくなって、私は無言で床を見つめていた。
177 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時03分32秒
「えぇと、付き添いの人のお名前は?」
「吉澤です」
藤本は意味ありげな笑顔を作ると、
「いいですね、傍にいてくれる人がいて。私なんか、家族全滅ですからね」
「それは…」
「あぁ、慰めなんていいですからね。そんなの、何の得にもなりませんから」
そう言って彼女は自嘲的に笑った。
暫しの沈黙の後、藤本は私達への興味が尽きたのか、窓の外を眺め出した。
178 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時04分07秒
梨華ちゃんは疲れたのか、いつしか寝てしまった。
私は暇を持て余し、病室を見渡した。
藤本はまだ窓の外を見ていた。
私もその視線を追い、外を見てみたが、何も無い。
あるのは嫌味なほど晴れた青空と、崩れたビルの無惨な姿だけだった。
こんなものを何時間もずっと眺めて、何が楽しいのだろう。
隣の老婆は寝ているようだったが、目が半ば開いているような気がして無気味だった。
もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない。
そんなことが脳裏を掠めたが、何とか諌めてかき消した。
残る一人の患者にも付き添いがいた。
患者はまだあどけなさが残る少女で、付き添いは金髪の女性だった。
親子にしては年が近いようだが、姉妹にしては年が離れすぎている。
179 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時04分52秒
私が訝しげに見ていると、
「あぁ…その二人、親子らしいですよ。私も聞いてびっくりしたんですけど」
「そうなんですか…。びっくりしました」
「でしょう?なんでも、高校生の時に産んだ子らしいですよ」
目の前でこんな普通に話しててもいいものなのかと、私はその親子を顧みたが、二人ともまったく気にしていないようだった。
それどころか、何も聞いていないようにさえ見える。
母親はただ少女の手を両手で握り、少女は天井をじっと見つめていた。
いつのまにか藤本はまた外を眺めていた。
180 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時05分32秒
「ひゅー!どーん!ひゅー!どーん!」
老婆の奇声のような大声で、私は起こされた。
どうやら、眠ってしまっていたらしい。
「また始まりましたよ。最近は毎晩こうなんです」
当たり前のように藤本は起きていて、老婆を見つめながら私に言った。
私は梨華ちゃんが起きてしまわないか心配したが、彼女はぐっすりと眠っていた。
包帯のせいで顔が半分以上隠れていて、寝顔を確認する事は出来なかったが、彼女の規則正しい寝息は私を安心させた。
「ぎゃあ!どーん!ぎゃあぁあ!」
再び老婆が叫び声をあげる。
「なんでも、あの日見た光景らしいんですけどね、繰り返してしまうそうなんです」
藤本は淡々とした口調で言う。
――あの日。全てが狂った日。
181 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時06分08秒

空を覆い尽くすかのような戦闘機。
雨のように降り注ぐ爆弾。
おそらく奇病の原因はその時の爆弾に搭載されていた化学兵器かなにかなのだろう。
私はその日、梨華ちゃんと町を歩いていた。
ちょうど信号で止まった時に、警報が鳴り響いたが、その頃にはすでに空は暗くなっていた。

「ひゅーぅ!」
戦闘機が風を切り、爆弾を投下する音。
「どーん!」
爆発音。
「ぎゃあ!」
見知らぬ誰かの悲鳴。
「どーん!ぎゃあぁあ!」
それが何度か繰り返されて、ようやく静かになった頃には、町は跡形もなくなっていた。

「大丈夫なんですか?医者呼んだほうが…」
「放っておけば大丈夫ですよ。じき収まりますから」
「はぁ…」
いつしか老婆はまた死んだように眠り、私もまた意識が溶けるように眠りに落ちていた。
182 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時06分43秒

梨華ちゃんが入院してから三日目。つまり、発症してから十日目の夜だった。
私は誰かのうめき声で目が覚めた。
老婆のものではない。親子のものでも、梨華ちゃんのものでもない。
藤本だった。
歯を食いしばり、時折獣のような咆哮を響かせる。
「大丈夫!?」
駆け寄った私を、藤本の咆哮が拒んだ。
そのとき、私の服に紅い染みが出来た。
見ると、藤本の歯は藤本自身の血で赤く染まっている。
「見るなぁ…!触るなぁッ!」
「医者を…」
私は勢い良く病室を出て、走った。
183 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時07分23秒

ナースステーションは既に明かりが消えていたが、奥の部屋から話し声が聞こえる。
「すいません!藤本さんが…!!」
私は息切れしながら、大きな声で呼びかけた。
「…どうしました?」
しばらくして出てきた看護婦は、私達を病室へと案内してくれた飯田だった。
疲れた様子で、大きな目の下にできた大きな隈が痛々しい。
「藤本さんが…大変なんですッ…」
「…どんなふうに?」
「血が出るくらい歯を食いしばって…苦しそうなんです!早く来てください!」
「……それだけ?」
飯田は長い髪を掻き揚げながら、冷淡に言い放った。
184 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時07分56秒
「もうしわけないんですが、それくらいのことでお呼びにならないで頂けますか?」
「それくらいって…!本当に苦しそうなんです!」
「それは単なる発作です。心配する事はありません」
「でもッ…!」
食い下がる私を、飯田は冷たい目で真っ直ぐと見つめて、
「忙しいんです。すいませんが、失礼しますよ」
すっと踵を返して、また奥の部屋へと戻ってしまう。
私は落胆しながら、病室へと戻った。
185 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時08分31秒
病室へ戻ると、藤本はもう落ち着いたらしく、目を閉じて眠っているようだった。
親子は二人とも既に眠っているようだったが、まだ手を握り合ったままだ。
ほぼ一日中、その格好を崩さない。
そういえば、と母親のことを思った。
どこでどうしているのだろうか。生きているのだろうか。
少しだけ心配したが、そのために泣けない自分が薄情なようで嫌になった。
186 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時09分10秒
私は椅子に戻り、梨華ちゃんの頭を撫でた。
毎日投与される薬のおかげで、痛みはだいぶ治まったと言っていたが、その副作用で髪は全て抜けてしまっていた。
彼女の美しかった黒髪を思い出すと、少し悲しくなった。
なんでこうなったんだろう。彼女が、何をしたというのだろう。
彼女は、私の知る誰よりも優しかった。
私の知る誰よりも清らかだった。
それなのに。
187 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時09分50秒
次の日の朝、少女は母親に手を握られたまま、息絶えていた。
最初、誰もその事実に気が付かなかった。
少女はいつものように寝ているように思われたからだ。
梨華ちゃんは私の胸に顔を埋めて、泣いた。
「はっはっは!ひゃっはっは!ひー!」
老婆は、どこからそんな声が出るのだというほどに笑う。
老婆の皺だらけの肌を涙が伝う。
それが笑いすぎの為か、悲しみの為か私にはわからない。
「あぁ〜あ、先越されちゃったか」
藤本が表情をかえずに言う。
私は藤本を睨んだ。
「…そんなに睨まないで下さいよ。しょうがないことなんですから」
なにがしょうがないと言うのだろう。
どこに必然があるというのだろう。
少女は天に召された。まったく抵抗の出来ない、強大な力のために。
母親は、既に冷たくなっているであろう少女の手を、まだ握り続けていた。
まるで、いつものように。
188 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時10分29秒
飯田が医者を連れ立って病室に入ってきた。
医者はすこしだけ、聴診器を少女の胸に当てると、飯田に何か言って去っていった。
「…残念です。あの、お母さん、どうか気を落とさないで下さい」
飯田の慰めも、まるで聴こえていないようで、母親はただただ、優しい眼差しで少女を見つめているだけだ。
「…その人、裕子さんって、実は結構おしゃべりだったんですよ」
藤本が、母親と飯田の方を向きながら言う。
「でも、私とかが裕子さんと話してると、のぞみちゃん、無言で裕子さんの服の裾を握るんです。寂しそうな目で」
のぞみちゃん、というのは、どうやら少女の事らしかった。
189 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時11分04秒
「そんなことが何回かあって、裕子さんはまったく話さなくなりましたね。二人ともずっと無言で、手を握りあってたんです」
そして、二人は今も手を握り合っている。
飯田は諦めてどこかに行ったようだ。
「…泣かないで」
「……うん…でもぉ…」
梨華ちゃんはまったく泣き止む気配がない。
私は彼女が泣きやむまで、頭を撫でていた。
梨華ちゃんが寝たのを確認すると、私も急に眠気が襲ってきて、意識が途絶えた。
190 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時11分42秒

目覚めると、私の腕の中にあったはずのぬくもりが消えていた。
「…石川さん、行っちゃいましたよ」
藤本の声が聞こえた。
「どこにッ!?」
「そんなの、知りませんよ」
私は立ち上がって、駆け出そうとした。
「あなたも、行っちゃうんですか?」
「…?」
「皆、そう。私の前からは、皆いなくなっていく…」
いつもつまらなそうにしていた藤本が初めて、弱みを見せたような気がする。
けれど、私には一刻の余地も無く、すでに病室を抜けていた。
親子はまだ手を握り合っていて、老婆はなにか呟いていた。
191 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時12分58秒
走り出したものの、探す当てなど無い。
それでも、私は無我夢中で駆けた。
廊下の向こうに人影が見えた。
「廊下を走らないで下さい。危ないですから」
飯田だった。
「梨華ちゃんはッ!見ませんでした!?」
「…あぁ。さっき、ナースステーションから薬を一瓶、持って行きましたね」
「どうして!?止めなかったんですか!」
私は飯田に掴みかかった。
「別に必要な薬じゃなかったですから」
飯田は私の手を払いのけながら、冷静に言い放った。
192 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時13分42秒
「何の薬です?」
行く当てをなくした拳を握り締めながら、聞いた。
「…死ぬための薬です」
「…どうしてそんなものをッ!みすみす渡したんですか!?」
「…どうして止める権利があるんです?苦しんでも、治る当てが無くても、生きろと言うんですか?」
「くっ…!」
「あなたはどれだけ彼女の苦しみを知っているんです?そして、どうしてそれが全てだと言い切れるんです?…人の苦しみなんて、その人自身にしかわからないものですよ」
完全に圧倒されて私が暫く言い返せないでいると、
「回診中ですので。失礼します」
私は、梨華ちゃんを見つけ出して、どうしようというんだろうか。
死ぬことを思いとどまらせる?そんなこと、エゴじゃないのか?
飯田の言葉が胸を圧迫する。
…それでも。
私はまた駆け出した。
ずっと一緒だよと言った、その気持ちに偽りは無かった。
すくなくともあの時は。今はどうだ?
わからなかった。ただ、会いたい。その思いだけが、私を突き動かした。
193 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時14分19秒

明かりの消えた、一階の軽食レストランであったであろう場所で、漸く梨華ちゃんを見つけた。
彼女は、小さな水槽に浮かんだ魚を眺めていた。
「……探したよ?」
「…ごめんなさい」
魚はとっくに死んでいて、今は無惨に水面を漂っていた。
「……どうする気?」
梨華ちゃんは無言で、薬の瓶から一錠、白い錠剤を取り出して、水槽に落とした。
濁った水の中を、微量の泡を吐きながら錠剤は沈んでいき、一気に溶けた。
すると、濁っていた水槽の水は少しだけ透明度を取り戻し、浮いていた魚はその身の表面を溶かされた。
194 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時14分51秒
「一粒じゃ、足りないかなぁ…幾つ呑めばいいんだろう?」
「…私を置いていくの?」
「……いっぱい、迷惑かけてごめんね。もう、ひとみちゃんの好きにしていいから」
彼女は、綺麗に巻かれた包帯をゆっくりと取った。
露出された自分の変わり果てた肌を見つめながら、
「もう…戻れないの」
少しだけ微笑んだ。
「私も…ひとみちゃんも」
そう言うと、梨華ちゃんは白い錠剤を二錠、飲み込んだ。
糸の切れた人形のように崩れ落ちる彼女を、私はなんとか受け止めた。
195 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時15分23秒
「…迷惑な事なんかッ!あるわけないじゃんか…」
「ふふっ…ありがとう。私、幸せだったよ?ひとみちゃんに会えて、良かった」
「私もだよ…」
彼女の手から落ちた薬の瓶を拾って、そのまま咽喉に流し込む。
少し引っかかって飲みづらかったが、なんとか飲み込んだ。
「どうして…!?」
「言ったじゃん…ずっと一緒だってさ…」
意識が朦朧としてくる。視界が霞んで、彼女の顔さえ見えなくなる。
「ばか…ばかぁ…」
馬鹿だなんてひどいな。全部梨華ちゃんの為だって言うのに。
196 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時15分53秒
それでも、彼女が私のために泣いてくれているであろうと思うと無性に嬉しくなって、私は微笑んだ。
彼女を抱きしめる腕に力を込めると、暖かい温もりを身体中に感じる事が出来た。
やわらかく、彼女は瞼を閉じた。
それを見て、私は心の底から安らかな気持ちになって、彼女の首筋に顔を埋めて、私もまた視界を閉ざした。
197 名前:壊れた魚 投稿日:2003年01月27日(月)22時16分26秒
おわり。
198 名前:作者 投稿日:2003年01月27日(月)22時17分00秒
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199 名前:作者 投稿日:2003年01月27日(月)22時17分32秒
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