Blue Flame

1 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月24日(日)05時45分53秒
はじめまして。ぴけという者です。
娘。小説に初挑戦します。頑張りますんで見守ってやってください。
内容は辻が主人公の、現代ファンタジーものです。
2 名前:プロローグ 投稿日:2002年11月24日(日)06時01分35秒
 人気のない、暗い路地裏…
 一人の少女がすすり泣く。
 「こ、来ないで…」
 少女の前には、男が立っている。片手には古びたハンディカム、しかしそれには
不吉な力が込められていた。
 「へへへ…おとなしくしてりゃ、痛くないから」
 不気味に笑う、男。眼鏡に映る少女の顔に、さらに怯えの色が増した。
 刹那、ハンディカムのレンズが激しく光り出した。
 「きゃああああああ?!」
 崩れるようにしてその場に倒れる少女。
 「一丁あがりっと」
 やがて光は収まり、ハンディカムは機械音のような獣のうめきのような音を立て
て再び沈黙した。
 ぴくりとも動かない少女を背に、その場を立ち去る男。
 「魂の盗撮か…最高だ」
3 名前:プロローグ 投稿日:2002年11月24日(日)06時24分39秒
 「ここ数日多発している女子高生連続襲撃事件の続報です。今夜8時過ぎ…」
 ニュースキャスターが今しがた起こったばかりの事件を伝える。女性、しかも
高校生ばかりが不審な男に襲われ、しかも襲われた女性は例外なく意識不明にな
るという怪奇な事件だった。
 「何だか怪しいなあ…」
 テレビの前で寝そべり、お菓子をつまみながら少女は呟いた。
 少女の名は辻希美、この春高校生になったばかりの15歳だ。
 後学のために、と最近たまにだけれど見始めたニュース番組だけれど、何だか
どの事件もあいつらが絡んでるように見えてしまう。一体どれだけの人間があい
つらに侵されているのか、考えただけでも頭が痛い。
 いいや、明日飯田さんに聞いてみよっと…
 大して考えたわけでもないのに頭が痛くなってしまった希美は、さっさとテレビ
の電源を消すとベッドに入りこんでしまった。
 あれ…明日の宿題まだやってない…いいや、あさ美ちゃんに見せてもらおう…
4 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月24日(日)06時28分23秒
今日の更新はこんな感じです。
また明日更新します。
5 名前:りゅ〜ば 投稿日:2002年11月24日(日)23時14分49秒
魂ですか。おもしろそうです。
更新期待。頑張ってください。
6 名前:読み人 投稿日:2002年11月25日(月)00時41分40秒
面白そうですね。
期待してます。
7 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月25日(月)08時11分37秒
>>5
まだここの仕組みがよくわかってないので不慣れな点が多いとは思いますが、
気づいたことなどあったら是非ご指摘ください。
>>6
期待に添えられるよう、がむばります。

それでは、少しだけ更新です。
8 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月25日(月)08時13分47秒
 「ほはあはんひっへきまふ!(お母さん行って来ます!)」
 トーストを口いっぱいに頬張りながら、希美は玄関を飛び出した。いくら学校が家の近所にあるからとは言え、走っても間に合うかどうかの時間だ。
 (でも駆け足には自信があるんだもんねっ)
 そんな悠長なことを考えながら、希美は猛ダッシュで通学路を駆け抜ける。やがて生徒の群れが視界に入るが、駆け足のスピードは緩まない。ポニーテールを揺らしながら、生徒たちの人波をかき分け、ひたすら走り続けた。
 学校の教室に入るのと授業開始の予鈴が鳴るのは、ほぼ同時だった。
 「はあっはあっ、あさ美ちゃん、宿題見せて!」
 希美はおとなしそうな狸顔の少女を見つけると、そんなことを言いながら側へ駆け寄る。
 「あっののちゃんおはよう」
 「あーもう朝の挨拶はいいから宿題見せて!」
 「えっ、何時間目のやつ? 二時間目? 三時間目?」
 「違う違う一時間目のやつ! 早くしないと先生来ちゃうよお!」
 不意に背後から希美の肩が叩かれる。
 「何もう、邪魔しないで…よ…」
 振り返った希美の視界には、当の一時間目の教師が苦い顔をして立っていた。
 「辻ぃ、何を慌ててるんだ?」
 「いや、何でも…ないです…」
 ただでさえ小さい希美の姿が、さらに縮まった。
9 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月25日(月)08時15分34秒
 「あーあ、ダッシュして登校したのに宿題写せなくて、結局損しちゃったよ」
 「駄目だよののちゃん、宿題はちゃんとやって来なくちゃ」
 「何だかおなかすいちゃった」
 級友の諫言もなんのその、相変わらずの能天気だ。
 一時間目が終わった後の休み時間。希美と狸顔の少女・紺野あさ美は机を向かい合わせてお喋りに興じていた。
 「ののちゃん、昨日の“きょうの出来事”見た?」
 「うん、最初だけ見た」
 すると、あさ美の表情が曇り始める。
 「女子高生連続襲撃事件、あれ怖いよね」
 「そうだね、うちらも一応女子高生だしね」
 希美は八重歯を出して笑って見せた。
 「だって意識不明の女子高生が発見される場所って、どんどん近くなってるし…」
 「そう言えばそうだね」
 「ねえ、ののちゃんは怖くないの?」
 「へえっ?」
 「だって、ののちゃん全然怖がってるように見えないから」
 そりゃあんな環境にいればねー、透明な台詞が宙に舞う。そんなこと一般人のあさ美に言ったって仕方がないし、第一信じてくれないだろう。
 「そんなことないよ、もし実際犯人と出遭ったら怖くてオシッコちびっちゃうって」
 「もう…」
 あさ美は馬鹿にされたと思ったのか、頬を河豚のように膨らませた。そんなあさ美を余所に、希美は考える。
 級友を脅かしているこの事件、何とかならないかな…
10 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月25日(月)08時17分20秒
今日はここまでです。
短いですかね?
11 名前:読み人 投稿日:2002年11月25日(月)12時47分53秒
ご自分にあったペースで書くのが一番でしょう。
面白い作品を期待しています。
12 名前:りゅ〜ば 投稿日:2002年11月25日(月)18時15分03秒
私もここにきて短いですが、いい感じだと思います!
更新量もちょっとずつでもいいと思います。
おもしろそうなので更新期待です。がんがってくらさい!
13 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)00時36分08秒
 放課後。
 希美は友人たちのカラオケの誘いを断わって、一目散にある場所へと向かった。
 都心から少し離れた住宅街。駅から伸びるアーケードの途中に立つ、古びた雑居ビルの前に希美は立っていた。この建物の三階に、希美のアルバイト先である「中澤事務所」が入っているのだ。
 エレベーターで三階に上り、事務所の看板のかけられたドアのノブをゆっくりと「回す」。事務所に入りたての頃は回すコツが掴めなくてノブを焦がしてしまい、希美は幾度となく叱られたものだった。このドアノブはある特殊な力にしか反応しない。希美がドアノブを
回せるということは、彼女自身の持つ力の存在を意味していた。
 「おはようございまーす」
 挨拶しながら部屋の中に入る希美の視界に、奇妙な光景が映る。そこでは金髪の、希美よりさらに小さな少女が机に突っ伏して何やらブツブツと独り言を呟いていた。
 「うっさいなあ、少しはおいらの言うこと聞けよ」
 「はあ? そんなこと言ってないじゃん」
 「お前はキッズ以下だな」
 白熱する独り言に気圧されながらも、希美は少女に声をかける。
 「あの…矢口さん?」
 すると金髪の少女は机に向けていた顔を希美の方へと向けた。
14 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)00時37分41秒
 「ああ、辻か」
 「またミニマムさんたち?」
 「まあね、訓練を兼ねてコミュニケーションを…ってうるさいっちゅんだよ!」
 何かに反応し、再び机に向き直る少女。
 彼女の名前は矢口真里。ここの事務所では希美の先輩に当たる。希美とは違い、事務所の立派な社員だ。
 「いいなあ…ののも矢口さんみたいな能力、欲しいなあ」
 「こんなのうるさいだけ…」
 真里が言い終わらないうちに、机の上から丸めた紙が飛んでくる。
 「痛てっ、何すんだよコンニャロ!」
 「ぷっ」
 「辻ー、笑い事じゃないんだぞ!」
 机の上の何者かと奮闘する真里と、それを見て笑う希美。そして…
 事務所の入り口から、スーツを着た長身の女性が現れた。
 「飯田さん!」
 「圭織ぃ」
 「今日はのんちゃんと矢口だけ?」
 「さっきまでなっちもいたんだけどさ、ファックスで仕事入って現場に向かった」
 「そっか…じゃ、ちょうどいいかな」
 長身の女性は手に持ったファイルを開きながら、そう言った。
 飯田圭織。彼女もまた、事務所の社員である。事務所の所長である中澤が“上がらみの仕事”で不在がちなので、仕事の斡旋は専ら彼女の担当になっていた。
 「あっそうだ飯田さん」
 希美は昨日から気になっていたことを圭織に聞いてみることにした。
 「昨日ね、ニュース番組で見たんだけど」
 「へえ、偉いねのんちゃん。圭織が言ったことちゃんと実行してくれてるんだ」
 「うん」
 元気な返事に、満足そうに大きな目を細める圭織。しかし番組が始まってからわずか五分ほどで寝てしまったのは、口が裂けても言えない希美だった。
15 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)00時40分01秒
 「でね、そのニュース番組で言ってたんだけど…」
 「それってもしかして、女子高生連続襲撃事件のこと?」
 「そうそうそれそれ! でもどうして…」
 「実はね、その事件の解決の依頼が入って来てるんだ」
 「ということはやっぱり…」
 「そう、この事件には“邪霊師”が関わってるってこと」
 圭織は真顔になって、きっぱりと答えた。
 
 精霊使い。
 世の様々な自然現象を司る精霊たち、彼らとコンタクトをとることによってその力を我が物とすることが出来る人々。
 精霊使いになれるのは数少ない、資質のある人間のみであり、様々な儀式を経た末に精霊に認められた者だけが精霊使いの称号を得ることができるのだ。
 しかし、その資質を秘めた人間が精霊の中でも性質の悪いもの ―邪霊― に魅入られてしまう場合がある。彼らは邪霊の思うが侭に行動し、一般社会を大きくかき乱す。それが“邪霊師”と呼ばれる者たちの正体である。
 そんな邪霊師たちの起こす事件を追い、彼らの力を喪失させることを生業とした精霊使いがいる。彼らは凶祓い(まがばらい)と呼ばれ、邪霊師たちの脅威となっていた。
 表向きは便利屋として活動している中澤事務所。しかしその実体は邪霊師たちの起こした事件を解決する、凶祓いたちのプロフェッショナルが集まる団体なのだ。
16 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)00時41分38秒
 「それじゃその事件ってやっぱ、おいらの担当?」
 真里が横から口を挟む。
 「そだね、なっちもいないことだし…」
 「飯田さん、ののにも手伝わせて!」
 「のんちゃん?」
 希美の突然の発言に、圭織は戸惑いの色をみせる。 
 「その事件って、ののの高校の近くで起こってるんだよね? だったらそこら辺に詳しい人がいたほうがいいし、それに…」
 希美の脳裏に、あさ美の不安そうな顔が浮かんだ。
 「のんちゃん。圭織がこの前出した課題、できるようになった?」
 「ううん」
 「じゃあダメ。裕ちゃんも最初に言ってたと思うけど、邪霊師と対峙するからには必ず危険が伴うんだよ?」
 「辻の力じゃ焼きイモも焼けないじゃんか」
 キャハハと笑う真里にムッとする希美だったが、事実と大して変わらないので俯いているしかなかった。
 「のんちゃんには、はい、この仕事」
 圭織はファイルから一枚の書類を取り出し、希美に渡す。
 「…これは?」
 「うちの表の仕事。飼い猫探しだけど、ちゃんと精霊の力も必要とする立派な仕事だよ」
 はじめはきょとんとしていた希美だが、やがて、
 「うん、わかった! 行って来るよ!」
と勢い良く事務所を飛び出した。
17 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)00時42分25秒
「まだまだガキンチョだね。上手いこと騙されちゃうんだから」
 真里の言葉に、
 「のんちゃんだっていつかは貴重な戦力になる。だからそれまでゆっくり育てていかなきゃ…」
 「甘いなあ圭織は。おいらとか圭ちゃんなんて、ここに入ってすぐに裕ちゃんに実践投入されたんだよ?」
 「まあまあ。じゃ、これ例の事件の調査ファイルね」
 圭織はそう言って、真里に一枚の書類を渡した。
 書類に目を通していた真里だが、やがてその顔が曇ってゆく。
 「なあ圭織…」
 「はい?」
 「今回の標的ってさ、小さい?」
 「そんなことないよ。サングラスに口ひげを生やした中年男だけど」
 「で、全身毛だらけ?」
 「それは圭織も見たことないから何とも…」
 「つうか人間じゃない?」
 「は? …ちょっと待って!」
 真里から書類を奪い取る圭織。そこには、可愛らしい猫の写真が張ってあった。
18 名前:読み人 投稿日:2002年11月27日(水)00時51分20秒
更新途中だったら申し訳ない。
いよいよ物語が回転し始めた〜って感じですね。
がんばって!
19 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月27日(水)00時52分19秒
>>11
自分のペースで、ですか。
そのうち自分にあったペースを発見したいですね。

>>12
はじめまして。私もとある有名小説を見てここへ…
で、すぐに書き始めてしまいました。

娘。小説を書くのも初めてなんですが、さらに三人称小説を書くのも初めてです。
慣れないことばかりですね…

20 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月27日(水)01時07分21秒
あれれ、りゅーばさん、はじめましてだなんて失礼な。
今日は一日寝てないので、頭が妙ちくりんということで勘弁してください…
21 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)15時06分48秒
 ―標的の名前は田代まさし。被害者の女子高生全員が田代に襲われた後意識不明に陥っていることから、魂魄掠奪能力(若しくはその機能のある霊具)を保有していると思われる。犯行現場は第一犯行現場から徐々に西南西の方角に移動、このことから予測される次の犯行現場は○○町五丁目三十四番地から半径500メートル以内と推定され…―

 さすがは保田さん、いい仕事してる。
 かつて事務所で働いていて、今は警察の情報処理関連の職業についているという先輩の作成したと思われる調査ファイルを見ながら、感嘆の息を漏らす。
 エレベーターの中であらかた書類に目を通した希美は、雑居ビルの入り口付近で標的の写真部分だけを破り取った。そして、残りの書類を握り締めて“力”を込める。
 書類は、小さな炎を上げて燃え始めた。
 発火能力、それが希美の力だった。精霊使いにおける“炎使い”の領域の一つである。しかしその力はあまりに小さい。凶祓い組織の大手・「AYU RADY」所長で炎使い最強と謳われる浜崎あゆみの繰り出す炎は鉄をも溶かす、と以前希美は聞いたことがあった。それに比べ自分の炎は何とか細いことか。
 確かに自分の能力はまだまだ弱い。でも、この位の相手なら何とか…
 実践経験のない希美だったが、書類を見て相手の実力に大体の見当をつけていた。まったく素人判断の見当なのだが。
 黒いシワシワになった燃えかすを、スニーカーで踏み潰す。
 飯田さんが渡す書類を間違えたのは、神様がくれたチャンスだ。
 圭織や真里の驚いた顔を想像しながら、炎使いの少女は日の暮れかけた街の向こうへと消えていった。
22 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)15時08分12秒
 数分後、希美の後を追いかけ圭織と真里がビルの外に出る。
 「あいつ、現場に向かったな」
 アスファルトにこびりついた黒い煤を見つけ、舌打ちする真里。
 「のんちゃんが危ない」
 「圭織、急ごう」
 圭織は無言で走り出した。綺麗な長い髪が風に揺らめく。
 まったく、辻のことになると本当に甘いんだからなあ…
 半ば呆れつつ、真里も三人の小さな従者を従え圭織の後を追った。 

 誰かに尾行されている。
 問題の区域に入って間もなく、希美の勘がそう訴えた。
 今のところ、大した力は感じられない。邪霊師ではなく、邪霊師の作った霊具を所有しただけの男、といったところか。先程まで緊張でがちがちに固まっていた希美の心が少しだけ和らぐ。
 相手は自分がただの女子高生だと思い、霊具の餌食にしようとしてるらしい。
 事務所のかつての先輩・保田の調査ファイルによると、被害者は全て、道の袋小路で倒れていたという。ならば、逆に罠にはめてやる。
 希美の足取りが段々と速くなる。追う追跡者。背中に嫌な空気を感じながら、歩き続ける。歩きが早足になり、ついには駆け足になる。スニーカー越しに響き渡る自分の足音。後ろの追跡者の荒い息遣い。心臓の鼓動。全てがリアルに聞こえてくる。精神が研ぎ澄まされてゆく。
 全速力で走り始めた少女の目の前に立ち塞がる、大きな壁。行き止まりだった。
23 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)15時11分28秒
「へへへ、お嬢ちゃん…いきなり走り出すなんて、酷いじゃん…」
 声に振り向くと、そこには写真で見た通りの男が立っていた。よれよれのスーツにくたびれたネクタイ。見た目はただの中年男にしか見えなかったが、薄い色のサングラス越しに見える目は陰鬱そのものだった。
「後姿はたっぷり盗撮させてもらったよ。次はお嬢ちゃんの大事なものを撮らせて…いや盗らせてもらおうか…」
 ハンディカムを片手に、少しずつ側へとにじり寄る田代。しかし、二人の間に立ち上る小さな炎がそれを邪魔する。
「あちっ!」
「あんた、田代でしょ?」
「…なんで、俺の名前知ってんの」
「凶祓いの名にかけて、お前を倒す!」
 正確には見習いだけどね。心の中で希美はそう付け加えた。
24 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月27日(水)15時13分42秒
「驚いたな…お嬢ちゃん、凶祓いなの」
 急ににやけだす田代。
 何か企んでいる? 希美に緊張が走る。希美の発動させた炎も、大きく揺らめく。
「まあそう緊張すんなよ…緊張してるのは俺も一緒だからさ。ほら…」
 田代はスーツの内側からごそごそと何かを探った。
 手に握られていたのは…殺虫剤のキンチョールだった。
 秋風のように吹きこむ、寒々しい空気。
 まさか、緊張とキンチョールをかけてるの? あまりにも下らない駄ジャレに呆気にとられる希美を、突然炎が襲いかかる。
「きゃあああ!?」
「バーカ、キンチョールってのは可燃性なんだよっ! それから…」
 田代がハンディカムを構える。ハンディカムは禍禍しい音を立てて光を発し始めた。
「あ…」
 希美の意識が急激に薄れてゆく。
「このハンディカムの能力の発動条件は、“相手をびびらせる”こと…最初お嬢ちゃんが自信満々なのには焦ったけど、炎出すの見て「おーいしぃじゃーんっ」って思ったよ」
 田代の下らない台詞を聞き終わる前に、希美の意識は完全に失われた。
25 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月27日(水)15時16分31秒
本日の更新は以上です
只今、他の作者さんたちの作品を読んで勉強中…
26 名前:読み人 投稿日:2002年11月28日(木)01時05分01秒
更新おつかれです。
盗撮者田代って…(w;
意外なような、そうでもないような…田代かぁ。
しかし、面白そうな展開ですね(w
27 名前:りゅ〜ば 投稿日:2002年11月29日(金)13時22分24秒
田代にはワラタ!
それにしても、オモロイです!
発想が最高です。
これからも頑張って下さい。
28 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月30日(土)04時13分07秒
「…お前何やってんだよ!」
 圭織より一足先に袋小路に辿りついた真里が、倒れている希美の側でハンディカムを回している田代に向かって叫ぶ。
「いや、パンチラを撮ろうかと思って」
「キショ、変態かよ!」
「新しい駄ジャレをですね、あの、ミニにタコっていうんですけど」
「つまんねーんだよ! 食らえ!」
 真里の足元から、三つの小さな影が飛び出す。それは一瞬にして田代のスーツを切り裂き、頬に傷をつけた。
「おい辻、しっかりしろって!」
 呆気にとられる田代を尻目に、真里は希美に駆け寄りその体を揺さぶった。しかし、返事はない。
「へえ…おねえちゃんももしかして、凶祓い?」
 背後の嫌な空気に気づき、振り向く真里。
「お前、辻を返せ」
「おっと、まだ質問は終わっちゃいねえよ。あとさっきの攻撃、そのちっこい奴らを使ってやったのかい?」
 田代が指差した先には身長5センチほどの、真里と同じ顔をした小人たちが立っていた。
「うるせーよ!」
「ちっちゃいからって馬鹿にするなぴょん!」
「何かこいつむかつくっぱ!」
 口々に田代を罵る三人。
 彼女たちを使役し、風を操る。それが真里の能力だった。
29 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月30日(土)04時14分49秒
 一方…
「…ここ、は?」
 希美は今自分が倒れている場所が先程の路地裏の行き止まりではなく、まったく別の場所であることに気づく。
 倒れている体を起こし、辺りを見まわした。学校の教室ほどの広さの空間、そこには希美と同じくらいの年頃の少女たちがいた。みな今の状況に絶望しているのか、うなだれていたり、すすり泣いていたりしていた。
「ねえ、あなたもあいつに捕まったの?」
 希美の近くにいた少女が、話しかけてくる。 
「うん。ねえ、ここはどこなの?」
「多分…あいつが持ってたハンディカムの中。だって、あそこの大きな円い窓が光ったと同時に、女の子がここに現れるから」
 そう言って少女は、空間の向こうを指差す。確かに大きく円形のガラスが宙に浮いていた。
「あのガラスを何とかしたら、ここから出られるかな」
「何とかって、宙に浮いてるのに…」
 少女の言葉の途中で希美はガラスの方向に右手をかざし、力を込めた。
 鮮やかな小さな炎が、ガラスから立ち上る。
「あなた、一体…!?」
 この騒ぎに、それまで沈痛な面持ちで塞ぎこんでいた他の少女たちが希美の前に集まってくる。しかし彼女たちの希望とは裏腹に、炎はやがて勢いをなくして消えてしまった。
 のんちゃん、のんちゃん、聞こえる?
 希美の意識に、問いかけてくるものがあった。
30 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月30日(土)04時20分51秒
「飯田さん?」
 よかった…無事なの?
 声の主は心からほっとしているようだった。
「ううん、実は…」
 希美はこれまでの経緯を説明した。田代に遭遇した状況、田代の持つ霊具とその能力、そして現在自分のいる場所…拙い説明だったが圭織には理解できたようで、こんなことを伝えてきた。
 のんちゃんさあ、アレ持ってる?
「あれって…?」
 もう、圭織がいつも言ってるっしょ? もし危険な目に遭ったら、圭織が渡したアレを使いなさいって。
「…あ、ああ! アレ、ね」
 思い出したように、希美は胸ポケットから白い小さな袋を取り出す。
 今度そのレンズみたいなヤツが光ったら、それを投げつけるんだよ。
 希美はその言葉に大きく頷き、宙に浮く大きなレンズを睨みつけた。
31 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月30日(土)04時21分56秒
 その頃、真里は田代と交戦の真っ最中だった。
 しかし霊具を使えること以外はただの素人である田代と、風使いの中でも上位にランクされる真里とでは、実力が違い過ぎた。
「ぐ、ぐへっ!」
 何度目かの風の衝撃を受け、地面に突っ伏す田代。その姿は風に切り刻まれ、ところどころから血が滲んでいた。
「これでおいらの実力もわかったろ? さっさと奪った魂を解放しな!」
 主人に倣い、小さな三人も腰に手を当て絶叫する。
 しかし相手からは、不気味な笑い声が聞こえてくるのみ。
「くくくく…この霊具には発動条件があってさ。相手をびびらせてからでないと、魂を捕獲できないんだよ」
「無駄だね。お前が何をしてもおいらをびびらせることなんて出来ないよ」
「そうか…何をやっても“無視”ってやつかい?」
 田代が懐から何かを取り出し、投げつけてきた。新たな霊具の可能性を考え身構える真里の前に、大量の何かが飛びこんで来る。
「む、む、虫ぃいいいいい!?」
 投げられたものはゴムで出来たおもちゃの虫だったが、虫嫌いの真里には充分効果があった。周りに散らばる黒い塊に囲まれ、真里は思わずその場でうずくまってしまう。
「…さよなら、凶祓いのお姉ちゃん」
 田代のハンディカムのレンズが、ゆっくりと光ってゆく。
32 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月30日(土)04時24分09秒
 突然、ハンディカムのうめき声が絹を引き裂くような絶叫に変わる。
 レンズから漏れ出した光はすぐに引き、代わりに夥しい閃光を発しはじめた。
 あまりの眩しさに、真里は思わず目を伏せる。この閃光の前にはサングラスも役に立たないらしく、田代も両手で目を覆っていた。
 光の洪水がおさまってゆく。そこには、十数人の女子高生たちがきょとんとした顔をして立ち尽くしていた。
「へへっ、大成功かな」
 彼女たちの真ん中で、希美が大きくVサインを決めた。
「おまえなー…」
 呆れと怒りと不安からの解放で、真里は何とも言えない表情をした。
「くそ、何が一体どうなってんだ」
 目の前で起こったことをまだ把握しきれない田代の前に、一人の女性が姿を見せる。
「のんちゃん、矢口。後は圭織に任せて」
 満を持してのリーダー登場に、希美と真里の顔が綻んだ。
「3対1…こりゃ「だーいじょーぶだぁ」じゃ済まされんな。逃げるか」
 そう言って三人の隙間をくぐり抜けようとする田代。しかしその動きは一瞬にして止まってしまった。
 圭織の突き出した両掌の先には、白い表紙の本が浮かんでいた。本はひとりでに開き、田代の体とハンディカムから何かを吸収し始める。
「心のスケッチブック…邪まなる者をその内に封じ込めろ!」
 心に思い描いたスケッチブックに、相手の能力を封印する…邪悪なものに作用する霊具の作成、人の精神に直接話しかける“交信”と並ぶ、圭織の能力だった。
 霊具を操る能力を奪われた田代はその場に倒れ、ハンディカムはただのがらくたと化した。
33 名前:第一話「盗撮者」 投稿日:2002年11月30日(土)04時26分00秒
「やったね、これで一件落着!」
 満面の笑みを湛え喜ぶ希美のセーラーの袖を、真里が引っ張る。
「一件落着、のわけないだろ! 元はと言えばお前が黙って勝手に現場に行ったのがそもそもの原因だぞ?」
「でもそれは、飯田さんがののにあのファイルを渡すから…」
 希美は上目使いで圭織のほうを見た。
「…オホン。のんちゃんには、あとでちょっとお話があります」
「えーっ!」
「良かったね辻ちゃん、またふくろうの話だぞきっと」
 希美の耳元で真里が囁いた。圭織のお説教は比喩を多用するのはいいのだが、何だか回りくどいわけのわからない話になり、最後には必ずふくろうは朝飛んではいけないという結論になるのだ。
 これから訪れるであろう退屈な時間に辟易しながらも、いつかは自分一人の力で手柄を立てようと心に誓う希美だった。
34 名前:ぴけ 投稿日:2002年11月30日(土)04時36分31秒
無事、第一話終了です。
気になったことがあったら書き込んでくださいね。

>>読み人さん
架空の人物を登場させられる程の力量はまだないので…
田代のキャラに頼ってしまいました。

>>りゅ〜ばさん
田代で喜んでいただけて光栄です。第二話もそれ系の人が登場…しても
いいものかどうか思案中です。
35 名前:リエット 投稿日:2002年12月01日(日)21時17分10秒
おお、飯田さんかっこいいです!
36 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月02日(月)04時14分40秒
 その男は虚言症だった。初対面の人間には必ずと言っていい程、自分を虚飾するのだった。例えば…
「暴走族の元ヘッドだった」
「ブラジルとドイツにサッカー留学したことがある」
「キックボクシングの達人だ」
 全部、嘘だった。実際は暴走族のただの使いっ走りだったし、ブラジルやドイツに行ったこともなかった。キックボクシングに至っては一度道場を見学しただけの話だった。
 男の嘘に心惹かれる者もいた。男の真似をして大型バイクの免許を取る女、お揃いのアクセサリーを身につける女、ニャンニャン写真を撮る女…しかし結局最後には男の嘘は見抜かれ、悲惨な末路を遂げるのだった。
 何回目かの悲劇にみまわれた時、男は強く願うのだった。
 完璧な、誰にも見破れない嘘が欲しい…
「その願い、叶えてやろうか?」
 男の前に現れる、丸坊主の男。がっちりとした体格で袈裟を着こなすその男は、もう一度男に問いかける。
「お主の願い、叶えてやろうか? この霊具で…」
37 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月02日(月)04時15分52秒
 とあるケーキ屋から出て来る、至福の表情を浮かべた二人の少女。
「あさ美ちゃんおいしかったねーあのケーキ」
「ののちゃん、おいしいからって7皿も食べたらお夕飯食べれなくなっちゃうよ」
「そう言うあさ美ちゃんだって6皿食べたじゃん、しかもずっと無言で」
「それは…」
 口篭もるあさ美。まあ、どっちもどっちなのだが。
 希美とあさ美は、今日が土曜で半ドンということもあって学校近くのケーキ屋でお茶をしていたのだ。ただし普通のお茶ではなく、「1000円でケーキ食べ放題」付きのお茶だったのだが。
 春の日差しが心地よい。おなかも満腹だ。二人はいつもぽーっとさせている表情をさらに緩め、駅の方角へと向かっていた。
「あれ、ののちゃんの家ってこっちのほうだっけ?」
 あさ美が思い出したようにそんなことを言った。
「うん、今日もバイトだから」
「ねえ、ののちゃんってどんなバイトしてるの?」
「えっ?」
 思いがけないことを聞かれ、うろたえる希美。何でも屋でアルバイト、とは口が裂けても言えなかった。事務所の所長・中澤裕子にきつく口止めされているからだ。
 その結果、希美の口をついて出た言葉は、
「う、うん…喫茶店で働いてるんだ」
だった。
「へぇー、喫茶店かあ。何て名前のお店?」
「…みそぢ」
「みそぢ?」
「うん、喫茶『みそぢ』」
「…変わった名前の、お店だよね」
 希美は「誰がみそぢやてぇ!?」と激昂する裕子の姿を想像し、密かに身震いした。
38 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月02日(月)04時17分24秒
「おはようございまーす!」
 いつものように元気な挨拶で事務所に入る希美。しかし室内には誰もいなかった。
 事件でも起こってみんな出払ってるのかな…
 そう思った矢先のことだ。さっきまで壁だった場所にゆっくりと人らしき姿が現れた。
「自分、この事務所の人間か?」
「そうだけど、何!?」
 希美はただならぬ雰囲気を感じ、さっと身構えた。その言葉に呼応するかのように、人らしき姿は徐々にはっきりとした輪郭を描く。
「何や、自分めっちゃ弱そうやな」
 希美と同じくらいの背格好の少女は、関西系のイントネーションでそう言った。
「なっ…」
「強そうなヤツやったら不意討ちしたろ思ったけど、そんな必要なさそうや」
 こいつ、敵だ!
 本能的にそう察知した希美は、少女の足元近くに狙いを定め炎を放った。しかし少女は身じろぎ一つさせない。
「うわ…しょっぼい炎やなあ。うちなら…」
 少女の円らな瞳が光る。次の瞬間、希美の足元から炎の柱が吹き上がった。
「熱っ! あんたも炎使いなの!?」
 驚きを隠せない希美に少女は、
「お前のマネをしただけれすよ、てへてへ」
と嘲笑った。すぐに自分の舌足らずを馬鹿にされていることに気づき、頭に血が上る。
「のの、そんな喋り方しないもん!」
「のの、そんら喋り方するんらもん!」
 少女に向かって二度、三度炎を放つ。しかしそれらは全てかわされ、身代わりの観葉植物が湿っぽい煙をあげた。
「まだ実力の差がわからないみたいれすね…おしおきれすよ!」
 少女が腕に力を注ぎ込む。その時、事務所のドアが勢い良く開かれた。
「そこまでにしとき!」
39 名前:ぴけ 投稿日:2002年12月02日(月)04時23分40秒
>>リエットさん
はじめまして。
かっこいい飯田さん、作者も好きです。ヘタレな飯田さんも良いですけどね。

今回の更新はここまでですが、アホなことをして他スレの作者さんに迷惑をかけてしまいました。
ごめんなさい…
40 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月03日(火)04時22分08秒
 入って来たきつく表情をしかめた美人の女性、彼女がこの事務所の所長・中澤裕子その人だった。
「中澤さんっ!」
 思わず裕子の名前を呼ぶ希美。しかし例の少女はと言うと、しれっとした顔でこんなことを言ってくる。
「邪魔せんといてんか、今からこのアホにうちの実力見せつけたるとこやったのに」
 少女の生きの良さに、裕子は微笑んだ。
「…確かに後藤の言うように、即戦力になりそうやな」
「もしかして…あんた所長さんか?」
 そこでやっと少女の表情が和む。
「中澤さん、この子…」
 恐る恐る希美が裕子に聞いた。帰って来た答えは、
「今日から同じ事務所で働く仲間や」
という、希美にとっては最悪なものだった。
41 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月03日(火)04時24分22秒
 加護亜依、というのが少女の名前だった。自分より幼く見えるのに、同い年であるということが希美に衝撃を与えた。それよりもショックだったのが、彼女が後藤真希の弟子を名乗っていることだった。
 後藤真希。凶祓いきっての優秀な炎使い。しかし彼女の真価はむしろその剣の腕にあった。愛刀「破魔御影」に炎を纏わせ繰り出す、剣技の数々。真希の剣捌きを見たのは後にも先にも一度きりだったが、希美は一瞬で彼女に心酔してしまった。
 真希が事務所にいる時は必ず、希美は指導を乞うた。だが真希は、いつも眠たそうな顔をしてこう言うのだった。
「…辻には辻にしかできない、能力の伸ばし方があるよ」
 その度に希美は思うのだった。ああ、後藤さんはあまり人に教えたくないタイプなんだな、と。そう思うことで、自分自身を納得させていた。だが。
「短い間やったけど、師匠と修行もしたんやで」
 自慢げにそんな話をする亜依を見て、希美はある思いを強くするのだった。
 後藤さんはののが落ちこぼれだから、何も教えてくれなかったんだ…

42 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月03日(火)04時25分49秒
 希美が一人落ち込むのを他所に、裕子と亜依の会話は続く。
「わざわざ大阪から後藤があんたを引っ張って来たちゅうことは、それなりに期待してええんやろ?」
「取り敢えずここにおる半人前より役に立つわ」
「ののだって…!」
 亜依の一言に食ってかかろうとする希美を、裕子が制す。
「辻ちゃん、自分でもわかってるやろ? あんたの実力が、凶祓いを名乗るにはまだまだやってこと。だからあんたのこと、まだ実戦には投入出来へん」
「……」
「今大事なんは、自分の力を少しでもコントロールできるようになること。圭織も言うてたやろ…さ、今日は大した依頼もあらへんし、ティッシュ配りでもして貰おか」
「はい…」
 大きく肩を落として事務所を後にする希美。その丸まった後姿を、裕子は優しい目で見送っていた。
「中澤さん…あの子にはこの仕事、ちときついんちゃう?」
 希美がいなくなって、亜依はそんなことを口にする。それは蔑みからではなく、一般人に毛が生えた程度の実力しかない希美のこれからのことを思っての発言だった。
「そうかも知れへん。でもな、それがあの子の…決して避けられへん運命なんや」
 亜依が感じるよりもずっと重い意味が、裕子の言葉にはあった。
43 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月03日(火)04時27分16秒
 事務所から少し歩いた場所にある、駅のバスターミナル。そこで希美は、道行く人に事務所の電話番号が記されたティッシュを配っていた。
「中澤事務所でーす、宜しくお願いしまーす」
「何でも屋でーす、家の掃除から迷い猫探しまで、相談請け賜りまーす」
「速い仕事で有名な、中澤事務所でーす」
 無視するもの、わずかな反応を見せるもの、ティッシュを手に取るもの…しかし確かな手応えはなかった。そのうち希美の呼びかけも、段々といい加減なものになってくる。
「三十路女で有名な中澤事務所でーす」
「電波とドチビといもっ子も待ってまーす」
「給料少な目中澤事務所でーす、宜しくー」
 半ばやけくそだった。確かに自分は半人前だ。それはわかってる。だからこそ、早く強くなりたい。あの亜依とかいう子のように、そしていつかは後藤さんのように…
 数分後。やけっぱちの宣伝文句が悪かったのか、柄の悪そうな男が話しかけてきた。
「へえ、いい子いっぱいいるんだって?」
 その男はTシャツの上にだぼっとした黒の長袖を羽織り、胸の間からチラチラとシルバーアクセサリーを覗かせていた。
「いや、ほんとはただの何でも屋です…」
 自分の軽率さを恥じ、本当のことを話す希美。しかし…
「知ってるよ。でも何でも屋は表向きの仕事、その実体は…凶祓いのプロフェッショナル集団、だろ?」
44 名前:ぴけ 投稿日:2002年12月03日(火)04時28分47秒
本日の更新は以上です。
45 名前:りゅ〜ば 投稿日:2002年12月09日(月)20時01分13秒
ののの相棒登場れすね^^
どういう展開になっていくか楽しみです。
更新期待してるので頑張って下さい!
46 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月14日(土)01時05分25秒
 何故それを、と希美が言う前に男が言葉を継ぐ。
「くくく…俺は邪霊師じゃねえよ。ただ、便利な霊具を貰っただけだ。だが、交換条件があった…それは、中澤事務所を潰すことだ」
「あんた、一体何者!?」
「まあいきり立つな。俺はガキには興味ねえんだ。それより事務所に戻ってお姉ちゃんたちに伝えな。お前らは、必ずこの押尾学さまがいただくってな」
 ぞっとするような視線に、希美は身を震わせた。そんな様子を見て、押尾と名乗った男は高笑いをして去って行った。
 数分後、駅前のロータリーから希美の姿が消えていた。
47 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月14日(土)01時07分04秒
  別に戦いを挑むわけじゃないんだ。そう自分に言い聞かせながら、希美は押尾の跡を尾行する。
 自分に凶祓いとしての実力がないのはわかっている。この前の田代との戦いでも、それは嫌と言うほど身に染みた。もっと、もっと強くなりたい。
 現状は強くなる為の方法論すら授かっていない。事務所の先輩たちはもっと集中力を高めろと言うばかりだ。自分がアルバイトの凶祓い“見習い”で、何の役にも立たないから、そんな気休めみたいなことしか言ってくれないんだ。
 でも、誰の力も借りずに何らかの手柄を立てることが出来たら。自分だってちゃんと役に立つんだって証明できたら、もしかしたら。
 その思いが、希美を押尾の尾行に走らせていた。尾行は何でも屋の基本、と以前に圭織に教えられたことを思い出す。「尾行の動きは16ビートを刻みながら」という変てこな理論を無視して独自の尾行テクを発揮、圭織に褒められたことで希美は自分の尾行術に絶対の自信を持っていた。
 木陰に隠れ、曲がり角の手前に身を潜め、希美は押尾の跡を追う。やがて押尾は、古びた工場らしき建物の中に入っていった。
 ここが、やつのアジト…
 あいつは中澤事務所を潰す、と言った。そんな危険な人物の潜む場所を把握するということは、事務所にとって大きなプラスになるはず。やった、ののにも手柄が立てられる…
 そう思った瞬間、頭に鈍い痛みが走った。遠ざかる意識の中、希美は自分が何者かに背後から襲われたことを理解した…
48 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月14日(土)01時10分18秒
 廃墟と化している工場の中。
 押尾とその仲間たちは、天井の梁から吊り下げられている少女の目覚めを待っていた。
 やがて希美は、自分の体をきつく縛る縄の感覚に目を覚ます。
「お目覚めかい?」
「あんたは!」
 希美は自分の置かれている状況に気づき身をよじるが、振り子のように左右に体が揺れるだけだった。
「縄をほどけ!」
「そんなこと言える立場じゃねえだろうよ。まあ、まんまと俺の罠に嵌ってくれて、嵌めた俺としても嬉しい限りだぜ」
 不敵に笑う男に、
「マナブさんはハメるの好きですもんねえ」
と後ろの部下らしき男が茶々を入れた。
 くそっ、こんな縄くらい…
 腕に力を込める希美だが、炎の出る気配はない。精霊の声が聞こえないのだ。
「おっと、力を使おうとしても無駄だぜ。ここは今、俺の能力のフィールドにあるからな…そろそろ3分か、『お前には精霊の声は聞こえない』」
 押尾の言葉が、希美に絡みつくような感覚を与える。
「な、なにコレ…」
「俺がある男から貰った霊具…俺はそれを「LIV(Lip of Instant Virtue)」と名づけているんだが…これを使うと、俺の嘘は3分間だけ“現実”になるんだ。まあ、自分より明らかに実力が上の人間には効かねえし複数の嘘はつけねえし範囲は限られてるし、色々と制約はあるんだけどよ」
 押尾が喋っている間にも希美は能力の解放を試みる。しかしやはり精霊の声は聞こえなかった。
49 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月14日(土)01時11分48秒
「さて…」
 希美に背を向け、一人の男に耳打ちする押尾。すると、耳打ちされたその男はでかい態度で希美の前まで歩いて来た。
「♪言いたいことも言えないこんな世の中じゃあ、ポイズンッ!」
「……」
「こいつは俺の入ってた族のヘッドだった男だが、俺の能力で手下にしてやった。おい反町、しっかりやれよ」
「はいっ、マナブさん!」
 反町と呼ばれた男には妙な暑苦しさがあった。そう、まるでキリマンジャロコーヒーを飲むためだけにキリマンジャロに登ってしまうような。
「さて本題だ。今回お前を罠に嵌めたのは、いくつか質問があるからだ。まず…中澤事務所には何人の凶祓いが所属してる?」
「言えない」
 押尾は希美の答えを予測していたらしく、すぐに反町に合図を送る。
「おいてめえ、このGTSを舐めてんのか」
「GTS…?」
「グレートティーチャーソリマチだよっ!」
 反町の平手が飛んだ。きっと睨み返す希美。
「気の強いお嬢ちゃんだ…でもな、何が何でも吐いてもらうからな」
 押尾の唇が、狂気で歪んだ。
50 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月14日(土)01時13分43秒
 希美が押尾に監禁されてからかなりの時間、反町の折檻は続いた。
 それでも希美が口を割らなかったのは、自分が何かを喋ればみんなに迷惑がかかってしまうという思いと、曲がりなりにも凶祓いとしてのプライドからだった。
「おいおい、折角のかわいい顔が青痣だらけだぜ? 顔面崩壊する前にさっさと吐いちまえよ」
「お前なんかに…絶対に言うもんか…」
 朦朧とした意識を奮い立たせ、希美は押尾を睨む。
「いいだろう…反町、やれ!」
「ポイズンッ!」
 意味不明な雄叫びを上げ、反町は希美を打ち据えた。
 その光景を悠然とした表情を装い眺めていた押尾だったが、内心には焦りがあった。この小娘から何かしらの情報を得て、あの坊主に報告しなければならない。失敗すればこの霊具を取り上げられかねない。いや、命を奪われる可能性だってある。それだけの脅威を、その男は押尾に与えていた。
 押尾が「お前には精霊の声は聞こえない」という台詞を最後に吐いてから何分たっただろうか。希美はぼんやりと考える。もしかしたら3分を経過しているかもしれない。この身を拘束する縄くらいは焼き切れるだろう。でも、自由になったところで奴を倒せるわけではない。せめて、奴の能力さえ封じることができたら…
51 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月14日(土)01時15分15秒
 身に湧く焦りを鎮めようと、部下に用意させた椅子に座る押尾。そして懐から煙草の箱とライターを取り出すのを希美は見逃さなかった。
 例え小さくともそこに火があれば、正確な場所に炎を放つことが出来る。希美の脳裏に小さな光明が訪れた。
 押尾がライターに火をつけ、煙草を口に咥える。
 煙草の先がまるで蛍の光のように、ゆっくりと赤く色づいた。
「今だ!」
 希美は体に残っていた全精力を振り絞り、炎を呼び出した。押尾の煙草から発生した炎が、煙草を通して口内を焼く。
「ぐあああああっ!?」
 押尾が椅子から転がり落ち、悶絶する。
「てめえ、よくもマナブさんを!」
 反町が希美に襲いかかるが、急に標的の体が下に落下したので拳は虚しく空を切った。希美が梁と自分の体を繋ぐ縄を焼き切ったのだ。
「野郎ども、やっちまえ!」
「お前らなんかに、絶対負けない」
 希美は縄をほどき、襲いかかる反町たちに向かって炎を放つ。炎を見ただけで逃げ出すもの、肌を焦がされのた打ち回るもの、それぞれだったが結局希美の前に立つものはいなくなった。
 やった…のの、一人で敵に勝ったんだ!
 顔面をパンパンに腫らしながらも、希美は喜びを隠し切れない。
 しかし…
52 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月14日(土)01時23分13秒
 口内を焼かれそのまま気を失っているかのように見えた押尾だったが、意識ははっきりとしていたのだった。
 押尾は怒りで腸が煮え繰り返っていた。まさかあのクソガキがこんな反撃の仕方をしてくるとは。許せねえ。だが、ラッキーなことにガキは勝利に浮かれて俺の存在を忘れてる。舌は…辛うじて動かせる。連発して嘘はつけないが、たった一言で相手を沈黙させてやる。
「そうだ…中澤さんに連絡しなきゃ」
 希美が押尾に背を向け、携帯電話を取り出す。
 チャンスだ。もう一度、もう一度「お前には精霊の声は聞こえない」と言えれば、俺の勝ちだ…この「LIV」を手放すわけにはいかねえ。
「お前には…ぶごっ!?」
 押尾は口をぱくぱくさせているだけだった。それもそのはず、押尾の顔はボール状の水に包まれていたからだ。
「あれ…留守かな?」
 自分の背後でそんなことが起こっているとはつゆ知らず、携帯に耳をあてる希美。
 呼吸が出来ず意識の薄れる押尾の前に、一人の女性が現れる。
「ダメでしょ、か弱い女の子をいじめちゃあ」
 この水の力はお前のものか!? と言いたかった押尾だが、言葉は水泡となるだけだった。
 くそったれ…俺はこの「LIV」でもっとビッグになる…はずだったのに…
 意識を失い、再び地面に倒れる押尾。薄れゆく意識のせいだろうか、目に焼き付けられた女性の姿が、押尾には天使に見えた。
53 名前:ぴけ 投稿日:2002年12月14日(土)01時52分40秒
今回の更新はこれにて終了です…

>>りゅ〜ばさん
「先を進むあいぼん、後を追うのの」みたいなライバル関係が表現
できればいいなと思っています。まだ先の話ですが。
54 名前:名無し 投稿日:2002年12月14日(土)21時29分48秒
更新おつかれさんです
やはり汚塩にトドメをさすのは天使ですか
55 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月15日(日)14時22分50秒
「のの!」
 声をかけられ、希美は後ろを振り向く。そこには、見慣れた顔が立っていた。
「安倍さん!」
 本来の年よりも幾分童顔なこの女性・安倍なつみもまた、事務所で希美の先輩にあたる人物だった。
「でも、どうしてここへ?」
「別件でこの男を追いかけてたらさ、もうののが倒しちゃってんだもん。びっくりしたよ」
 希美を不意討ちしようとしていた押尾にとどめを刺したことは、なつみは言わなかった。
「ののも偶然こいつに会って、中澤事務所を潰して女どもを食いまくってやるって言ってたから尾行してアジトだけでも掴もうって思ってたら…」
 一生懸命に説明する希美の頬に、なつみが手をあてる。
「よくがんばったね…」
 すると、薄い水のヴェールのようなものが希美の顔を覆い、腫れていた顔はみるみるうちに元へと戻っていった。
「さ、あとは警察にまかせてうちらは事務所に帰ろっか」
「うん!」
 手を繋ぎ、廃墟を後にする二人。
「ところでのの、裕ちゃんにはどう説明すんの?」
「もちろん、ののがたった一人で敵をやっつけたって…」
「それじゃ裕ちゃんに怒られるから、なっちのほうから説明してあげるよ」
 夕陽に照らされ伸びる二つの影、それはまるで姉妹のようだった。
56 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月15日(日)14時23分43秒
「のんちゃん、どうしていつも危ないことするの!?」
 圭織の悲鳴にも似た声が、事務所内に響く。
 裕子は急用で外出したとのことで叱責を一つ減らされた格好になった希美だが、これはこれで厄介なのだった。
「まあまあ圭織、ののも反省してることだし…」
 なつみが二人の間に入り、圭織をなだめた。
「でも…」
「ま、辻はまだまだ弱っちいからなあ」
 椅子に座り胡座を掻きながら、真里が意地悪そうに言った。
「あないな実力で邪霊師とやりあったら、お前死ぬでえ」
 隣ですっかり事務所に溶け込んだような亜依が、真里に同調する。
「確かに今ののと邪霊師が戦ったら死んじゃうけどさ」
 なつみの無意識の発言が希美に追い討ちをかけた。
「うんうん、死んじゃうよね」
「死ぬ死ぬ」
 死ぬ死ぬって言うんじゃねーよ! 希美は心の中で密かに毒づくのだった。
57 名前:第二話「虚言症」 投稿日:2002年12月15日(日)14時25分14秒
「押尾が沈黙したか…」
 薄暗い闇の中、男が呟く。
「所詮はたかが一般人、われわれのような邪霊師とは違い脆いものよ」
 忌々しそうに、別の男が舌打ちした。
 そこへ袈裟を着た、いかつい男が現れる。
「わたしの霊具がまた無駄になったか…まあよい、奴は未熟だった」
「おお、無道」
 無道と呼ばれた男は二人の前に立った。
「最早一刻の猶予もない。駒は揃った。次は我等が、行動に移るのだ」
「すると、クイーンが?」
「ああ、いよいよ始動するのだ。我々の作戦が」
「我ら“昏き12人”の出番か…」
「これから忙しくなるぞ」
 そして前触れもなく一人、また一人と闇の中へと消えていった。
58 名前:ぴけ 投稿日:2002年12月15日(日)14時36分53秒
ちょこっと更新でごめんなさい。第二話を終わらせたかったので…

>>りゅ〜ばさん
名前のところ、気づかなくてごめんなさい。
元ネタは、根幹的なものはないです。枝葉については多少使ってますが…

>>名無しさん
押尾を倒すのはこの人以外に考えられない、って感じです。
59 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)00時29分00秒
 中澤事務所のあるビルの地下に存在する、トレーニングルーム。
 希美は無造作に置かれた木人形を相手に、炎を操る練習をしていた。
 炎の放出には様々な方法がある。特定の場所から炎柱を吹き上げる、波状に炎を巻き起こす、火炎放射器のように炎を出す、自らの武器に炎を宿らせる…しかし希美には、大まかな場所に炎を発生させるという初歩的な技術しか身についていなかった。
 先日の活躍? が何とか認められ、希美がトレーニングルームを使用できるようになったのはつい最近のことだ。表の仕事の合間に、希美はよくこの場所を利用していた。
 一体の木人形に向け、左手をかざす希美。次の瞬間、木人形が燃え上がった…かに見えたが炎はすぐに消えてしまう。材質に特殊な加工が施されていて、そう簡単に着火しないようになっているのだった。
 かつて事務所に所属し、天才と謳われた炎使いはこの木人形を一瞬にして灰にしたという。一度だけ事務所の先輩・後藤真希に聞いた話だ。真希の剣技をしきりに褒める希美に、自分より上の実力者と思われる一例として挙げたのだ。
 意識を木人形に戻し、次々と炎を起こす希美。その額には汗が流れ、精霊の声を聞くことの消耗度を表していた。
 頑張らなきゃ…
 疲れ切った心身を奮い起こし、希美はもう一度掌を木人形のほうへと伸ばした。
60 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)00時32分21秒
 鬱蒼とした森の中で、剣を携えた少女が男を追う。
 都市部から離れた寂しい村で起こった、神隠し事件。はるばる情報を聞きつけ事務所を訪れた村長の依頼で、後藤真希はここへやってきた。その結果、最近村に赤い髪の不審な男が出没しているという噂を耳にし、その後を追っているのだった。
 男は急に逃げるのをやめ、真希の方に振り返る。
「何だお前…どうして俺を追うんだよ」
「あんた、村の神隠し事件に関わってるでしょ?」
「どうでもいいけどさ、お前ちょっと魚ってるよな」
「なっ…」
 一瞬の隙に出っ歯の男は、ロンドンブーツを履いた足で蹴りを繰り出してきた。その攻撃を背に負った名刀「破魔御影」を抜き、受け止める真希。結果、男のロンドンブーツが燃え上がった。
「あちあちあちあち! 何すんだよっ!」
 慌ててロンドンブーツを脱ぎ捨てる男。
「何すんだよはこっちの台詞だよ…」
「ちっ…お前の言う通り、俺様は村の神隠し事件の当事者だよ」
 真希は眠たげな瞳を見開き、刀を構えた。刀身に、紅蓮の炎が浮かび上がる。
「さらった人たち、返してもらうからね」
「へっ、返すかよ!」
61 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)00時34分57秒
 男は懐から数枚の黒い手紙を取り出す。そして、
「ブラックメール送信、ズキューン!」
と叫びながら投げつけた。目にも止まらぬ速さで真希に襲いかかる手紙。
「あの方から貰ったこの霊具、効果は相手の体を操り指定した場所へ移動させることだよーん…って、え?」
 寸前で動きを止めた手紙は落ち、真希の足元でバラバラになって燃えはじめた。
「あんたの攻撃はそれだけ? じゃ、今度はこっちから行くよ」
「そんな、俺のブラックメールが打ち落とされるなんて…」
 刀を正面に構え、間合いを詰める真希。その威圧感に思わず後ずさる男が、急に前のめりになって倒れた。
「…使えん男だ。小娘相手に手こずるとは」
 新たに現れた男が、血で汚れた剣を拭いながらそう言う。鋭い目つき、濃ゆい顔、どこから見ても只者ではなかった。
 さっきの奴とは実力が違う、そう感じた真希は刀の炎を勢いよく燃えあがらせる。
「あんた邪霊師でしょ、こいつの仲間?」
「仲間だと? 馬鹿を言うな。こいつは俺たちの野望を達成するための手駒よ」
 肌が透けるような網のTシャツを着た男が、真希の問いを一笑に伏した。
「さて…貴様、手練の凶祓いのようだが相手が悪かったな。昏き十二人が一人、この大神源太の剣の錆にしてくれる!」
 いきなり真希に向かってくる大神。動きの素早さに、真希の反応が一瞬だけ遅れた。空気を切り裂く剣を、辛うじて刀で受け止めた。
「あ、危なかったぁ…」
「甘いぞ!」
 大神の剣が、突如まばゆい光を発した。あまりの閃光に、思わず真希は目を閉じかける。そこへ、剣の一撃が襲う。
62 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)00時35分57秒
 完全に目を閉じていなかったお陰で大神の攻撃を交わした真希だったが、その代わりに目が眩んでしまう。
「くくく…俺が邪霊師と知りながら、能力の見極めを誤ったようだな。さあ、この「ブレイドオブザサン」で止めをさしてくれるわ」
 大神が剣を振り上げたその時だ。
「おっさん待ちな、あんたの相手はうちらがするよ」
 真希が声のする方へ振り向くと、そこには二人の少女がいた。一人は色白のボーイッシュな感じ、もう一人は色黒の、女の子を強調したようなルックスだった。
「何だきさまら」
 三人からの攻撃に対応できるよう、体勢を変える大神。
「あなた、大神源太でしょ? 筋金入りの邪霊師、関わった犯罪は数知れず…あとは怪しい会社を設立して会員から巨額のお金を騙し取ったりしてるみたいね」
「梨華ちゃんそれマジ? じゃあさ、こいつ倒せばうちらの株も上がるわけか。カッケー!」
 少女たちの会話から真希は、彼女たちが凶祓いの中でも“はぐれ”と呼ばれる存在だということを認識した。
 どこの組織に属さない凶祓いは、はぐれ凶祓いと呼ばれ他の凶祓いたちからは忌み嫌われていた。というのは彼らは組織間のしがらみなど関係なく行動し、時には同業者の仕事を横からさらってしまうからだった。彼らには国家権力の後ろ盾はまったくない。故に手っ取り早く功績を上げ、自分たちの名声を高めることに固執していた。
63 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)00時36分58秒
「俺を倒す? ならばおしゃべりしてる暇などないぞ!」
 二人が話しているところへ、大神が剣を振り上げ襲う。
 色黒の少女は素早く伏せつつ地面に手を当て、
「氷の精霊たちよ、あいつの自由を奪って!」
と叫んだ。地面に生える草々がみるみるうちに凍りつき、さらにその凍気は大神の足元を絡め取る。
「こしゃくな!」
 動きの鈍った大神に、色白の少女が立ち向かう。
「食らえ、雷撃球!」
 少女が両手を掲げ作り出したバレーボール状の雷球が、大神に襲いかかった。しかし大神は周りの木々を瞬時に切り倒すことで防御壁をこしらえ、攻撃を凌ぐ。倒れた木は、少女の放った雷球によってあっという間に黒焦げになってしまった。
「まだまだいくよ!」
 少女の周りに複数の雷球が出現する。
「オーケー、貴様の強さはよくわかった。だが今は時間を無駄にするわけにはいかないのでな…ここらで退散させてもらおう」
「逃がすかっ」
「ふん、輝けブレイドオブザサン!」
 大神が剣を斜に構えると、例の強烈な光が閃く。三人が思わず目を伏せた後には、大神の姿は消えていた。
「もう、よっすぃー。最初から連続で雷球を叩き込んでいれば…」
 色白の少女を咎めるように、色黒の少女が話しかける。しかしその口調は多分に甘さを含んでいた。
「ははは、ごめんよ梨華ちゃん」
「あのさ…」
 二人の会話に、真希が割り込んできた。
64 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)00時38分09秒
「何? わたしたちに何か用?」
 パートナーに対しての言葉とはうって変わって威嚇するような口調になる、“梨華”と呼ばれた色黒の少女。
「まあまあ梨華ちゃん、落ちついて」
 “よっすぃー”と呼ばれた色白の少女はそう言うと真希の方に向き直り、
「あたしたちはあんたを助けたわけじゃない。あんたは目的の男をあいつに倒された。あたしたちはあいつを追っていた。ただそれだけのこと。簡単だろ?」
と言った。
「うん、確かに」
「あんたとは気が合いそうだね。あたしの名前は吉澤ひとみ。で、こっちの子があたしのパートナーの石川梨華。あんたは?」
「後藤真希」
「ふうん…お互いにこういう仕事をやってる以上は、また会えるかもね」
 ひとみは爽やかに、そんなことを言った。
 そして二人はその場から去って行った。時折、梨華が複雑な顔をして真希の方を振りかえっていた。
 変な子たち…
 真希はしばらくの間彼女たちに思いを馳せていたが、やがて面倒くさくなったのか、考えるのをやめて森を去った。
65 名前:ぴけ 投稿日:2002年12月22日(日)00時42分41秒
今日の更新終了です…
66 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)15時05分28秒
 一人の男がオフィス街のとあるビルのエントランスにいた。複数の企業がテナントで入っているらしく、ひっきりなしに人が往来している。周りの話し声、靴音、電子音…全てが慌しい。
 ロビーの隅には警備員が二人、暇そうな顔をして突っ立っている。何事も起こらない平和な世界で、彼らはまるで案山子のようだった。
 優男風のその男は、人の流れをぼんやりと見つめていた。そしてウエーブのかかった長めの髪の毛を掻きあげると、おもむろに腕時計を覗いた。
「そろそろ…か」
 男が静かに目を閉じる。次の瞬間、男の周りで何かが爆発した。突然の爆発音に、誰もが男のいる方向を向いた。
 血相を変えて男のほうへ駆け寄る警備員たち。
「きみ、一体何を…」
 警備員の一人が男の肩を掴んだその時、手が吹き飛ぶ。
 声にならない叫び声を上げ、のた打ちまわる警備員。
 さらに複数の爆発が起きた。呆然とその様子を見ていたサラリーマンの一人が爆発に巻き込まれ、無残な肉塊と化す。
 隣にいた女性が絹を切り裂くような悲鳴を上げた。
「テ、テロだあっ!」
 誰かの叫びにも似た台詞を合図に、人々はその場から逃げ出そうとする。しかし。
「逃がしゃしないわよ」
 目つきの鋭い、グラマーな女が逃げ惑う人々の前に立ち塞がる。無視して駆け抜けようとした人間は何故か皆、泡を吹いて倒れていた。
 若干の霊感のあるものにはそれが見えていた。女の両手から何条にも伸びる、紫色の鞭のような物体。それらが倒れている人々の首に絡みついているのを。
 さらにもう一人の男の出現によって、この場での惨劇は確定される。
67 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)15時42分06秒
「おいおい、少しはわしの出番も残しといてえな」
 その小柄な口の大きい男は、何の前触れもなく風を起こした。風は強風となり、やがて嵐に変わった。
 嵐の渦に飲み込まれた人間は、紙屑のように方々へ飛ばされた。壁に叩きつけられる人、宙に舞い上げられ天井に激突する人…運良く出口のほうへ飛ばされる人もいたが、どの道五体満足では済まされなかった。
「やり過ぎよ、TMR」
「栄子はん、あんたかて」
「どうやら我々は本来の目的を忘れて楽しんでしまったみたいだね…」
「ふふ、河村さんが一番楽しんでいたみたいだけど」
 栄子と呼ばれた女がそう言うと、優男は気障な笑みを浮かべた。
「さて、彼は上手くやっているのかな?」
68 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月22日(日)15時43分08秒
一階で惨劇が繰り広げられているその頃…
 オフィスビルの最上階。何重にも施された警備網をまるで何事もなかったように通って行く一人の男。まるでアイドルになれそうなほどのルックスとは裏腹に、瞳の奥には狂気が隠されていた。
 頑丈に出来た扉すらも、彼には空気同然だった。突如扉が視界から消えるのに驚いたのは、重厚な椅子に座っていた初老の男性だった。
「な、何だ!」
「はじめまして、元・警視庁特別犯罪対策のお偉いさん」
「それを知っているとは…きさま何者だ!?」
「稲垣吾郎といいます。ぼくも元・精霊使いですよ…まあ、上に立つ人間はぼくのことなど知らないでしょうけど」
 男はシニカルな表情を浮かべ、そう言った。
「一体わたしに何の用だ!」
「単刀直入に言います。死んで下さい」
「馬鹿を言うな!」
 怒りのため席を立った男だが、すぐに無言になる。男の体は、徐々に得体の知れない何かに飲み込まれ、やがて消滅した。
「…任務完了」
 稲垣は一言だけそう言うと、静かにその場から離れた。
69 名前:ぴけ 投稿日:2002年12月22日(日)15時44分29秒
短めですが、本日の更新はここまでです。
70 名前:読み人 投稿日:2002年12月26日(木)01時34分32秒
なにが起きてるんでしょう・・・
とても気になります。
71 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月29日(日)15時32分21秒
  オフィスビル襲撃事件は42人の死傷者と一人の行方不明者を出す大惨事となった。
 白昼堂々と行われた破壊行為は瞬く間にマスコミに取り上げられ、テレビ局各局は報道特別番組を編成した。現場で起こったことの詳しい状況や犯行目的、犯人像などが多角的な視点から論じられ、気の早い軍事評論家の中にはイスラム系テロリストの犯行だと声高に主張するものまで出始めた。
 翌日、とあるマスコミ宛てに一通の手紙が届く。

 ― 我々の行為は終わらない。まずは、一人。次は、二人目。 昏き十二人 ―
 
 心無い者の悪戯かと思われたが直後に別の高層オフィスビルが襲撃を受け、手紙は犯人からの犯行声明文と断定された。
 目的も不明、犯人像も不明、わかっているのは犯人が“昏き十二人”を名乗っていることぐらいだった。
72 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月29日(日)15時33分35秒
 中澤裕子は、新興ベッドタウンからあまり離れていない場所にある巨大な敷地の正門に立っていた。表向きは政府関連の研究所施設とされている場所だ。
 正門前の詰所にいたガードマンが裕子の姿を確認し、近づいて来る。
「当施設は関係者以外立ち入り…」
 お決まりの言葉を言われないうちに、無言でカードを突き出す裕子。それを見たガードマンは、
「…こっこれは大変失礼しました! どうぞお通り下さい!」
と慌てて正門を開いた。
 先を進む裕子の前に、小ぢんまりとした建造物と、それに見合わない巨大な鉄扉が姿を現す。目線の高さにはバレーボール大の半球形突起があった。
 裕子は突起に掌を当て、軽く集中した。地響きのような音を立て開いてゆく鉄扉。
 さすがはお偉いさんの施設、うちの感応器とは性能がちゃうわ…
 時々機嫌を損ねてしまい、相当の力を使わないと回すことの出来ない事務所のドアノブを思い出し、裕子は苦笑した。
 建物内のエレベーターに乗り込む裕子。エレベーターは巨大なスキャンマシーンになっていて、地下へ降りている間中ずっと裕子の身体的・精神的データを読み取っていた。
「…照合完了、EM−no.0619ト認証サレマシタ」
 機械音声とともに、エレベーターが開く。
「遅かったやないか、中澤」
 エレベーターホールの前に、薄いサングラスをかけた男が話しかけてきた。
73 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月29日(日)15時35分36秒
「つんくさん…」
「何や、けったいな顔して」
 つんくと呼ばれた男は、白い大きな歯を見せ笑いかける。
「このうっさいスキャンマシン、何とかしてくれません? 何で毎回個人情報を照合するのにモウ三十路やら未ダ独身やら言われないけないんですか?」
「ああ、俺の趣味や」
 つんくを睨みつける裕子。
「それより、みんなもう集まっとるで」
「…東京中の凶祓い組織のトップたちを集めて、やっぱり例の事件についてですか?」
「ま、その話は会議室に入ってからにしよか」
 会議室へと続く長い廊下を歩き始める、つんくと裕子。
「ところであの子は元気にしとるか?」
「…元気にしてますよ」
「つれない返事やなあ」
 そう言いつつもにやけるつんく。
「つんくさんの目的はわかってますから」
「あの子には才能がある。それはお前もわかってるやろ? あの力さえ使いこなせるようになったらナンバーワンになれる可能性だって…」
「つんくさん、ええ加減にして下さい!」
「はいはい、わかってるがな」
 裕子の剣幕に押されるように、つんくはその話題を止めて会議室の扉を開いた。
74 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月29日(日)15時36分36秒
 百畳はありそうな大きな部屋に、壁にかかる巨大なスクリーン。部屋の中心に置かれた大きな円卓には既に東京でも名うての凶祓いたちが着いていた。その中でも一際目立つのが銀色のファーを首に巻いた金髪の女性、彼女こそが東京最大の凶祓い組織「A」の会長にして最強の凶祓いと噂される浜崎あゆみであった。その彼女が、だるそうに口を開く。
「東京中の有名な凶祓いたちが集まってきてるのにさあ、一人だけ遅れてくるなんて、カンジ悪いよねえ」
 裕子はそれを聞こえなかったかのように無視して、自らの席に座った。合わせてつんくも自らの席、つまりは議長席についた。その瞬間、にやけた顔は凶祓い総元締めの表情へと変貌する。
「全員揃ったようやな…」
「議長、宇多田さんがまだ来ていないようですが」
 凶祓いの一人がそう発言する。
「宇多田は今回は欠席や。何でも渡米中とか言うてたけど、あいつはもともとこっちより向こうのCIAと仲がええからな…さて、今回の議題に入るで。最近世間を賑わしてるオフィスビル襲撃事件なんやけど、みんなもう知ってるな? あれは…邪霊師たちの仕業や」
 つんくの発言にざわめく凶祓いたち。疑惑が確信に変わったことで、裕子の胸にも動揺が走る。
「建物の破損具合や被害者たちの負傷状況からして相手は複数、現場周辺の精霊たちのざわめきからするとランクB級の邪霊師たちやろな…もしこれらの推測が正しいなら、六年前の小室の反乱以来の大事件に繋がるかもしれへん。そこでみんなには協力体勢を取りつつ、邪霊師たちを捕縛して欲しいねん」
75 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月29日(日)15時37分22秒
 そこへ、浜崎が立ちあがって異論を投じる。
「つんくさん、そんなことでうちらを集めたわけ? ランクB程度ならあゆの事務所の人間で充分、わざわざちっぽけな事務所の人間を呼んでまで話すことじゃない」
 そう言いつつ、自分の斜め向かいにいる裕子を見下ろした。
「何やて!?」
 これには堪らず裕子も声を上げた。
「あら、本当のことが気に障ったかしら」
「オマエさっきから何やねん! 文句があるんやったらはっきり言いや!」
「じゃあ言わせてもらうけどさ、なんであゆとあんたみたいなオバさんが同列に扱われないといけないわけ? はっきり言って超ムカツクんだけど」
「言わせておけば、このクソガキ!」
 裕子が立ち上がり、両手で円卓を叩く。
「最近政府関係の仕事についてるせいで、自分の分をわきまえてないんじゃない?」
「そっちこそお偉いさんがバックについてるからって、調子こいてるんやないでえ!」
76 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2002年12月29日(日)15時38分01秒
 一触即発の二人に、つんくが仲裁に入る。
「中澤も浜崎もやめんかい。それよりも相手は“昏き十二人”を名乗っとるが、ホンマのところ組織の実体、規模、何一つわからへん。東京中の凶祓いの力を結集するんは、奴等の正体を見極める為にも絶対に必要なことなんや」
「具体的には?」
「東京各地に精霊感応者を配備した。大掛かりな精霊術を使こうたらすぐさま最寄の事務所に連絡する手はずになっとる」
 それから事務所ごとのエリア分けや各事務所の協力体勢の確認などの説明がなされ、程なく議会は解散した。
 次々に部屋を出る凶祓いたち。しかし裕子はつんくに呼び止められた。
「中澤、ちょっとええか?」
「何ですか?」
「実は二件の事件で、二人の人間が行方不明になってるねん」
「それがどういう…」
 訝しがる裕子につんくが、
「二人とも、元警視庁特殊犯罪対策の幹部だった人間…つまりは俺の元・上司たちや」
と告げた。
 警視庁特殊犯罪対策…裕子の聞きたくない単語だった。
「もしかしたらこの二人に他に何か接点があるかもしれへん。わかったら真っ先にお前に知らせるから、ええな」
 裕子は無言で頷くと、後ろを振り返ることなく会議室を後にした。
77 名前:ぴけ 投稿日:2002年12月29日(日)15時44分42秒
 本日の更新は終了です。 

 >>読み人さん
 ビル襲撃の場面、もっと派手に表現できなかったかもしれないと反省してます…
 こういうシーンは技量がないとなかなか難しいですね。
78 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2003年01月04日(土)01時08分43秒
 連日のように報道される、オフィスビル襲撃事件。犯行声明文がその度にマスコミの元へ届き、さらに報道は加熱する。
 事件発生時からの謎は解かれるどころか一層深まり、事件の不可解さは視聴者をテレビに釘付けにした。
 一方ここ中澤事務所においても、圭織、なつみ、真里、亜依の四人はテレビの前にかぶりついていた。ただしそれは、一般視聴者とは別の意味合いがあるようだ。
「こいつバカじゃん! どう見たって邪霊師たちの仕業だっつーの!」
 しきりにイスラム過激派による犯行説を訴える軍事評論家を指差し、真里が毒づく。
「しょうがないよ矢口、邪霊師と言う存在すら一般には知られてないんだから」
 そんな真里に、なつみが声をかけた。
「これくらい大きな事件は、やっぱり大手の凶祓い事務所に解決依頼が来るんやろな。
事件のせいか一般の依頼はあらへんし…なあ飯田さん」
 亜依のぼやきにも似た台詞に、
「うーん、このままだと今月のお給料、厳しいかも」
と圭織が答えた。
「そんなあ、うち大阪から出てきたばかりでピーピーやのに、そらないわ」
 不満の募る亜依の前に、運悪く学校帰りの希美が現れた。
79 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2003年01月04日(土)01時10分13秒
「おはようございまーす」
「のの、あんたはええなあ。家族と暮らしてるし、ここはバイトやし」
「亜依ちゃんなに、いきなり」
 早速の口撃に、面食らう希美。
「大して悩みもなさそうやし、うちあんたが羨ましいわ」
「の、ののにだって悩みくらいあるもん!」
 希美は口を尖らせて反論した。しかし…
「悩み言うても、学食の揚げパン売り切れたとか、そんなんやろ?」
「辻はお気楽極楽だからな」
「あんまりぼーっとしてちゃダメだよ」
とメンバーに心無い発言を浴びせられる。
「でもまあ、のんちゃんはそのままでいいと思うよ」
「飯田さん…」
 圭織の微妙な発言に何故か救われる希美だった。
 そこへ二人の人物が事務所に入ってくる。
 事務所の主・中澤裕子と炎の剣士・後藤真希である。
「あれ裕ちゃん、ごっつぁんも。二人一緒なんて珍しいね」
「この子とは下で遭うたんや。それより全員揃うてるな、大事な話するからみんなこっち来てや」
80 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2003年01月04日(土)01時11分05秒
 その言葉に、テレビを消し裕子のもとへ集まる少女たち。
「最近起こったオフィスビル襲撃事件、あれに邪霊師が関わっとんのはみんな知ってるやろ? で、今日はつんくさんに呼ばれてある指令を貰って来た。それは…」
「もしかして、邪霊師討伐?」
 なつみの発言に、
「そうや」
と裕子は簡潔に答えた。一同に緊張が走る。
「しかもこれはうちだけの仕事やない。東京中の凶祓い組織を巻き込んだ、大プロジェクトや」
「それで、実際おいらたちはどう動けばいいのさ」
 真里が腕組みして裕子に聞く。御丁寧に、しもべの小さな三人も同じ格好だ。
「高位の精霊感応者をつんくさんのほうで手配してる言うてたけど、うちらには圭坊っちゅう強い味方がおる。あの子ならどんな些細な精霊力でも見逃さないはずやし、元はうちの事務所にいた人間や。で、こっちは圭坊の報告にいつでも対応できるよう二人一組で行動する。ええな?」
 希美は喜びを隠し切れずにいた。日ごろ先輩たちから聞かされている、邪霊師というものの恐ろしさ。その恐怖心を遥かに上回る好奇心が彼女を支配していたのだ。ここ数週間の地下室でのトレーニングによって多少自らの火力が上がっていたのも、原因の一つだった。
 早く戦いたい、自分の力を試してみたい…!
81 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2003年01月04日(土)01時11分56秒
 しかしそんな希美の様子に気づいた圭織は、
「今回はのんちゃんはお留守番だからね」
と釘を刺した。
「ええっ!?」
「今回の相手は今までとはわけが違うんだから、ダメ」
「飯田さんお願い! のの、頑張るから」
 必死に食い下がる希美を横目に、亜依がかったるそうに呟く。
「のの、お前が行っても足手まといになるだけや。おとなしく言うこと聞いとき」
 実力差があるとは言え年の変わらない少女の言葉は、希美の負けん気に火をつけるだけだった。
「亜依ちゃんが行くんだったら、ののも行く!」
「のんちゃん、いいかげんにしなさい!」
「いいかげんにするのは圭織のほうだよ」
 なつみが割って入る。
「なっち?」
「いいじゃん、やらせてあげようよ」
 圭織はただでさえ大きな瞳を見開いて、
「無責任なこと言わないで! のんちゃんはまだ、凶祓いとして半人前なんだから!」
とまくし立てた。しかしなつみも負けていない。
「圭織はのののことを子供扱いし過ぎだよ。そんなに圭織が過保護じゃ、ののだって成長できないよ!」
 お互いに譲らない二人。どちらも希美のことを考えての発言なのだが、いつもは優しいお姉さんたちが対立しているのを見て希美は戸惑うばかりだ。
82 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2003年01月04日(土)01時12分58秒
「なっちも圭織も落ちつけって。じゃあさ、二人の意見の真ん中を取るってのはどう?」
 真里が慌てて仲裁し、裕子のほうを見た。
「せやな、なっちの意見も圭織の意見も正論なんやけど…今回は矢口の言う通り、辻には通常業務に付きつつ何かあったらうちらのサポートをしてもらう、これでどうや?」
 裕子は希美に近づき、そう言った。
「…うん、わかった!」
 大きく頷く希美。
「とにかくや。向こうからやって来ることはありえへんけど、“昏き12人”を名乗るような邪霊師に遭うたら気ぃつけるんやで」
「あっ…」
 それまで眠たげな顔をして突っ立っていた真希が、声を上げる。
「何や後藤、急にそんな声出して」
「後藤、その昏きなんとかの一人に遭ったかも」
「ええっ!?」
 驚きの声をあげるメンバーたち。
「ちょっとアンタ、いつ遭うたの!」
「えーと、この前の神隠し騒動の時だから…一週間前くらいかな」
 真希は平然とそんなことを言った。
「ごっつぁん、どうして早く言ってくんなかったのさ! 昨日もおいらと事件の話したじゃんか!」
「だって、聞かれなかったし」
「…まあええわ。それより後藤、そいつがどんな奴やったか詳しく聞かせてくれへんか」
「うん、いいよー」
 裕子は真希を自分のデスクに呼び寄せ、昏き12人についての話をし始めた。
83 名前:第三話「黄昏」 投稿日:2003年01月04日(土)01時14分02秒
「よかったね、のの。裕ちゃんからお許しが出て」
 なつみが希美の右肩に手を置き、話しかける。
「しっかり頑張るんだよ」
「あーい」
「でも危ない目に遭いそうになったら、無理しないで圭織や他のみんなの助けを呼ぶんだよ」
 圭織が希美の左肩に手をやり、心配そうに見つめる。
 希美を挟んで、圭織となつみの目が合う。二人はお互いの顔を見合わせ、そして笑いあった。
 そんな二人の間で、はじめての任務に不安と喜びを交える希美がいた。
84 名前:ぴけ 投稿日:2003年01月04日(土)01時24分29秒
 みなさま、あけましておめでとうございます。
 今年最初の更新になります。第三話はこれで終了、第四話は少しでも
 人の目に付くよう、一回の更新で書き切る予定です。
 まあそれ以前に、この作品が読むに堪えるものにしなくてはならない
 のですが…
85 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年01月07日(火)01時49分57秒
あけましておめでとうございます。今年も宜しくw
更新お疲れ様です。
いつの間にか推しメンなっちが出てきててかなり嬉しいです!
よすぃこも少しでてきて嬉しいです。
残りの、まだ出てきてないメンバーがいつ、どのような形で出てくるかが楽しみです。
86 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月09日(木)01時46分12秒
 都心の一等地に最近建てられた、高層ビル。
 低層フロアに商業テナントが、高層フロアにオフィスの入ったこの建物はオープンしてすぐに話題になり観光名所と化した。
 政府も自衛隊の出動を考えるような緊急事態に於いて、実質的なビルのオーナーは至って無関心だった。
「うちのビルが襲われる理由などない」
 その一言で、警察の出動すら断わってしまった。よってビル内には民間の警備員が4、5名、建物内を行き交う人々もまばらである。
 異変が起こったのはあまりにも急だった。建物を出ようとしたビジネスマンが、何の前触れもなく炎に包まれ倒れた。倒れた先には、赤のボディースーツと赤のヘルメットに身を包んだ三人組の男がいた。
 男たちは三方に散ると、手から放った炎であっという間に警備員たちを火だるまにする。その様子を見たテナントに残っていた僅かな一般人も、我先にと逃げ出し始めた。
「よし、警察や凶祓いが来る前に手早く燃やしてずらかるぞ」
「わかったぜ」
 親分格らしき男の指示で、他の二人があちこちに火をつけ始めた。
 数分も経つことなく、立ち並ぶ店から次々と火の手が上がる。
「こりゃあやり過ぎたか?」
「できるだけ派手にやれとの稲垣様のご命令だ。やり過ぎということはないだろう」
「じゃあ最後に大きな一発、いきますか」
 三人組の一人が右手を上げ、炎の塊を生み出す。ところが、炎はすぐに小さくなり消えてしまった。
87 名前:ぴけ 投稿日:2003年01月09日(木)01時47分02秒
「どうした!?」
「ぐうっ…手が凍る!」
 右手を抑えしゃがみ込む男。燃え盛る炎の中、四人の黒ずくめの少女が男たちの目の前に現れる。
「ねえ、こいつら邪霊師?」
「いや、霊具を使っている一般人だよ」
 幾分幼さを残す面立ちの少女の問いに答える、ショートカットの少女。
「何だよつまんねえ! 折角あたしたちが出張ってきたのにさあ…これじゃ仕事する甲斐がまったくないっての! あーもうムカつくなあ!」
 ピーチクパーチク喋り続ける活発そうな少女を、
「うっさいよ、今日はあの方もいるんだよ」
と窘める最年長の少女。そして四人の少女たちとは反対側から、彼女が現れた。
 流れるような金髪、あくまでも温もりを感じさせない大きな目、サイボーグのように整った顔立ち。浜崎あゆみは無言のまま三人組の前に立ちはだかる。
「あんたらはこのあゆが相手してあげる」
「あゆ!? もしかしてあんた、浜崎あゆみか?」
「ほ、本物の精霊使いだあ! 俺らのボディースーツで作られた精霊力とはわけが違う!」
 ひと睨みされただけで怖気づいた二人は、口々に四人の少女に向かって逃げ出し始めた。浜崎と対戦するくらいなら、まだ少女たちのほうがましだと考えたのだろう。しかしながらその考えは、非常に浅はかだった。
 四人の横を通り過ぎようとした男たちが、ビデオの一時停止のような形で動きを止める。男たちは、少女たちの力で氷漬けになっていた。
88 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月09日(木)01時48分02秒
「…あんたはどっちにやられたい?」
 残った男のほうへ詰め寄る浜崎だが、男の立ち振る舞いには余裕があった。
「へへ、小物相手でも容赦しねえってか? 立派だねえ浜崎さんよ。もしかしてあんた…焦りが出てんのかい?」
 それまで無表情だった浜崎が、僅かに顔を歪ませた。
「どういう意味?」
「ちょっと小耳に挟んだ話さ。最近じゃあんたより中澤事務所の後藤真希の方が最強の炎使いに相応しいってな」
 浜崎の背後からゆらっと炎が立ち上ったかと思うと、その炎は忽ちのうちに勢いを増し、ビルの天井を嘗め尽くし始めた。
「このあゆが…誰より劣ってるって」
「浜崎の時代は終わったって、凶祓いたちの間では専らの噂だぜ」
 男の言葉に、炎はますます盛ってゆく。先程男たちが放った炎とあいまって、ビルの1フロア全体が炎熱地獄と化していた。
 よし…もっと怒って炎を出すんだ。この炎に紛れ込んで、ここから逃げ出してやるぜ。
「浜崎さま、このままではわたしたちも危険です!」
 部下の少女の言葉も、まったく届いていないようだった。
「今だ!」
 男はそう叫ぶと、全身に炎を纏って炎の洪水に飛び込んだ。しかし…
 それまでフロア全体を包んでいた業火は魔法がかかったように消え失せ、しかも男の放った炎まで跡形なく消滅してしまう。
「!?」
「あんたの挑発なんて見え見えなんだよ」
 男の側に浜崎が立つ。その顔にはやはり、表情がなかった。
 彼女の両手から放たれる二本の虹。それが男の見た最後の光景だった。虹のような七色の炎に、男の体は骨も残さず焼き尽くされたのだ。
89 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月09日(木)01時49分13秒
「ねえ…これ、どう思う?」
 何事もなかったかのように、四人の少女のほうを振り返る浜崎。
「奴らはハズレだと思います」
「多分今頃は本命のビルが襲われているかと」
「確かに、先程ここから北東の方角で大きな精霊力を感じました」
「でも今現在、その場所からは精霊力のかけらも感じられません。一体どこへ消えたのか…」
 四人の答えを聞いた浜崎は、
「追跡もさせてくれない訳…」
と忌々しそうに地面を蹴りつけた。
 そんなところへ、厚底のサンダル音が近づいて来た。小さなハリケーン・矢口真里の登場である。
90 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月09日(木)01時50分49秒
「あっちゃー、遅かったか」
 悔しがる真里に、少女の一人が声をかけた。
「中澤事務所所属の矢口真里さんですね?」
「うん、そうだけど」
「風を操る凶祓い。三体の亜精霊のようなものを使役する、事務所の斬り込み隊長」
「残念だけど全ては終わった」
「敵はわたしたちが掃討しました。用がないのなら速やかにここを立ち去って下さい」
 一度に四人の少女に話しかけられ、戸惑いを見せる真里。そんな様子を見た浜崎は、
「…雑魚が」
と呟いた。勿論真里に聞こえるように。
「誰かと思えば女王様じゃないの。最近かなり天狗気味の」
 真里も負けじとやり返す。
「チビが目の前をチョロチョロしてると、目障りなの。どっか消えてくんない?」
「はぁ? どこにいようとおいらの勝手だろ!」
「あゆさあ、今超虫の居所悪いんだよね…早く消えないと消し炭にしちゃうよ?」
 浜崎の両手のネイルから、炎が溢れ出す。
「やってもらおうじゃん!」
 即座に真里は風をその身に纏わせた。浜崎の視界から真里が消える。
91 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月09日(木)01時51分40秒
「この前の凶祓い会議の時も裕ちゃんにつっかかったって言うし、前からあんたのこと気に入らなかったんだよね」
 風の精霊によって驚異的な素早さを得た真里が浜崎の背後をとる。しかし当の浜崎本人は後ろを振り向こうともしない。
「…あんたは敵の炎使いに焼き殺されたってことにしといたげる」
「なっ…!」
 突き刺さるような殺気の波に、真里は本能的に身を引く。そこへ大きな炎の渦が襲いかかった。
 三人の小間使いである、まりっぱ・ミニマム・おやびんたちに風の防御壁を作る真里。猛り狂う炎は、すんでのところで遮られた。
「何すんのさ! 焼け死ぬところだったじゃんか!」
「当たり前でしょ、焼き殺すつもりなんだから」
 いつの間にかフロアの四方には、四つの大きな炎の塊が蠢いていた。
「げっ!」
「言っておくけど、コレ、ただの炎じゃないから」
 浜崎の言う通り、炎の塊はみるみる膨らんでゆく。
「もうすぐ破裂して、四方八方に炎が飛び散るよ。名づけて…“花火”」
92 名前:ぴけ 投稿日:2003年01月09日(木)01時59分36秒
自分で言っておいて何ですが、やはり分割で更新していこうと思います。
ちょっと時間が…ごめんなさい。

>>りゅ〜ばさん
あけましておめでとうございます。
なっち推しですか。この作品が辻主人公を標榜していることからも、なっちの
存在は外せないです。もちろんよしこも話が進むにつれ登場回数が増えます。
これからもよろしくです。
93 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月09日(木)09時30分41秒
ごっつぁんと浜崎の直接対決はあるんだろうか?
辻の成長も楽しみですが、そっちもほんのり期待です(w
94 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月12日(日)15時01分25秒
 巨大な火の玉が凄まじい音を立てて破裂し、炎の欠片が真里目がけ飛んで来た。欠片の一つ一つがさっきの一撃と同程度の威力を持つと判断した真里は、一際分厚い空気の防御壁を作り出す。しかし、数発続くと思われる欠片の衝撃に耐えられそうにはなかった。
 甘く見すぎたかな…
 適当に浜崎と遊んでおいて、後から遅れてやって来るであろう裕子を待つ。いかに浜崎あゆみとは言え、二人の凶祓いを相手にするほど馬鹿ではない。真里はそう踏んだのだ。
 しかし真里は自分の考えが甘かったことに気づく。彼女に逆らった同業の凶祓いが消されたという噂を思い出し、自らの行動を悔いる真里。
 防御壁が幾度とない炎の脅威に晒され、最早これまでかと思われたその時だ。激しい炎が緩やかに灰色に変わってゆき、やがて完全な石と化したのだ。
「お前、うちの矢口に何すんねん!」
 煙の向こう側から現れたのは、中澤裕子。見つめたものを石化させるという彼女の能力で、真里を炎から守ったのである。
95 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月12日(日)15時02分27秒
 ところが裕子の登場にもまったく動揺を見せない浜崎。
「…焼死体が一人増えた」
 一言だけそう呟くと、もう一度巨大な火球を生み出した。
「裕ちゃん、あいつおいらたちを殺す気だよ!」
 裕子にしがみつく真里。
「うちにまかせとき。あんな奴には絶対負けへん」
 そう言って裕子は浜崎を自らの視界に入れた。周りを取り囲む炎が、煤けた床が、モノクロームの世界へと変貌していく。
「あゆを石化させるってわけ。やってみればいいじゃん」
 火球を破裂させようと、意識を集中させる浜崎。しかしそれを遮ったのは他ならぬ彼女の部下たちだった。火球の周囲を、自分たちの凍気で取り囲む。
「さあ、今のうちに早く逃げて!」
「浜崎様は正気を失っています。ここはわたしたちが何とかしますから」
 避けられる戦いなら、意味のない争いならばここで断わる理由など何もない。
「お前等、おおきにな」
 それだけ言うと、裕子は真里を連れてその場からいち早く逃げ出した。その後ろ姿を睨みつけながら、浜崎が少女たちに言う。
「あんたたち、どういうつもり?」
「浜崎様、落ちついて下さい。凶祓い同士の戦闘は、基本的には禁止されています」
「そんなの関係ない。邪魔な奴等はみんな、焼き尽くしてやる」
「第一中澤事務所は、凶祓いの総元締め・つんくさんの手がけた事務所です。万が一のことがあれば…」
 その言葉に、ようやく浜崎は自らの炎を収めるのだった。
96 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月12日(日)15時03分50秒
一方裕子と真里は…
「矢口、ホンマに大丈夫か? ケガないか?」
 人目を憚らず、真里の体を触りまくる裕子。
「もう大丈夫だってば…うわっ、変なとこ触るなよバカ裕子!」
「こんなに顔も煤けてしもうて…あのサイボーグ女、今度遭うたらきっちり締めとかんと、あたしの気が済まされへん」
 鼻息荒い裕子に真里は、
「ところで裕ちゃん、圭ちゃんからの報告は?」
と訊いた。
「それなんやけど、向こうもさっぱりらしいわ」
「ええっ、圭ちゃんの能力でも相手を特定できないわけ!?」
「どんなカラクリ使うてるかはわからへんけどな。ま、今頃はなっちと圭織が圭坊んとこ向かってるみたいやから、新しい情報も入ってるかもしれへん」
「だといいんだけどさ…」
 裕子の楽観的な発言に、真里はがっくりと肩を落とすのだった
97 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月12日(日)15時04分36秒
 さて、中澤事務所の最年少の二人組はというと…
「なあ、何で留守番なんかせなあかんねん?」
 不機嫌そうにぼやく亜依。
「しょうがないよ。少ないけど、通常の依頼だってあるんだから」
「通常の依頼なんてしょぼいもん、自分一人で充分やろ…」
 希美に背を向け、亜依は大きく溜息をついた。
 二人以外は誰もいない事務所。いつ鳴るともわからない電話を、希美と亜依は暇を持て余しつつ待っているのだった。
 しかし何で関西凶祓い界・期待の星がこんなとこで燻ってなあかんねん。アキ男のおっさんにもこないな扱い受けたことあらへんのに…ああ暇や。目の前のアホは「十回十回ゲームやろっか」とか言い出すし…せや。
「なあ、のの」
 急に亜依は希美のほうへ振り向く。
「なに、亜依ちゃん」
「暇つぶしついでにトレーニングルームにでも行こか」
「えっ? う、うん」
 突然の亜依の提案に、わけもわからず頷いてしまう希美だった。
98 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月12日(日)15時05分26秒
 事務所の地下トレーニングルームに着くや否や、亜依は希美に、
「のの。ちょっとあの木人形に向かって炎出してみい」
と言った。
「わかった」
 希美は小さく頷くと、目線の向こうにある木人形に向かって炎を打ち出した。人形の右肩部分が、鮮やかな炎に包まれる。
 その様子を黙って見ていた亜依だが、不意に、
「自分…どんな感じで力、使うてる?」
と希美に尋ねた。
「えっと、まず炎の精霊さんの声に耳を傾けて…それからでっかい炎を想像して、その炎が巨人さんが使うようなコップの中に入っていて、それで…」
「あーあー、もうええ」
 希美の要領を得ない説明に、亜依は首を左右に振る。
 あかん。こいつ、多分飯田さんの指導受けたんやな。あの人の説明、わかりにくそうやからなあ…
「あんなあ、のの。これからあいぼんさんが精霊術の上手な使い方教えたるさかい、耳かっぽじってよう聞くんやで」
「“あいぼん”って?」
「…向こうでそう呼ばれてたねん」
 亜依はそう言って少しだけ寂しげな表情を見せたが、すぐに気を取り直し、
「まあええわ。とにかく今の自分のやり方、めっちゃ無駄やで。せやなあ…例えて言うなら、穴のでかい水鉄砲で水打ち出すみたいな」
と講釈の続きをはじめた。
99 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月12日(日)15時06分25秒
「ミズデッポウ?」
「…ええわ、うちが見本見せたる」
 亜依の雰囲気が変わってゆく。希美は少しだけ嫌な予感がした。
「いいれすか、よく見ておくのれすよ」
 やっぱり。だからそんな舌足らずじゃないって…
 希美の心の訴えを他所に、亜依は遠くの木人形に向かって掌をかざす。掌から勢い良く放出された炎は標的に向かって真っ直ぐと伸び、木人形をあっという間に火だるまにしてしまった。
「凄い!」
 目を円くする希美に対し亜依は、
「正直、ののとうちの精霊力に大した差なんてないねん。うち、パワータイプやあらへんしな。せやのにこんだけ炎の扱いに差あ出んのは、力の使い方の問題やねん」
と言った。
「それが、水鉄砲の話?」
「そうや。水鉄砲は穴が小さいほど勢い良く遠くへ飛ぶ。それとおんなじで、炎をイメージする時に大きな炎を思い描いたらあかんのや」
「なーるほど」
100 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月12日(日)15時07分19秒
 そこへ、トレーニングルームに置かれた電話がけたたましく鳴り響いた。
「お電話ありがとうございます、中澤事務所です」
 受話器を取り、緊張した面持ちで応対する希美。
「はい…はい、かしこまりました。それでは二人ほどそちらへ向かわせますので。場所のほうは…では料金等詳しいことは後ほど。はい、ありがとうございます」
「ほう…舌足らずのくせに客対応はできるんやな」
 一息ついた希美に、亜依がちょっかいを出す。
「うん。中澤さんにしごかれたから」
「どうせ『もっとしっかり喋りなさい』とか言われてたんやろ」
「……」
 本当のことなので、何も言い返せない希美だった。
「それより、仕事の依頼やろ? やっとこの暇な時間から解放されるわ! ほらのの、ぼけっとせんとさっさと現場に向かうで!」
「ま、待ってよ亜依ちゃん!」
 一人階段を駆け上がってゆく亜依に、慌てて追従する希美だった。
101 名前:ぴけ 投稿日:2003年01月12日(日)15時14分33秒
本日の更新は終了です。
しかしこれでまだ第四話の半分程度…
一気に更新しようとした自分の無謀さに涙が出ます。

>>名無し読者さん
ごっちんと浜崎ですか? それは先のお楽しみとして…
102 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時23分55秒
空から降り注ぐ太陽の光、それは夏のものと殆ど変わらなかった。ただ初夏であるが故に風はさらっとしていて、気持ちがいい。
 亜依と希美は、高級住宅街にあるという依頼主の屋敷へと向かっていた。立ち並ぶ家々のどれもが瀟洒なつくりになっていて、二人の目をひく。
「なあ…依頼主って大金持ちなんやろ?」
「うん、報酬も仕事の成果次第でいくらでも払うって」
「はあー東京モンは羽振りがええなあ。大阪じゃそんな依頼人おらへんかったわ」
 そんなことを話している亜依と希美の前に、一人の少女が現れる。彼女は、希美の姿を確認すると手を振ってこちらへやって来た。
「ののちゃーん」
「あっ、あさ美ちゃん」
 希美もそれに気づき、あさ美のほうへと駆け寄る。
「どうしたのあさ美ちゃんこんなとこで」
「塾の帰りなんだ。ののちゃんは?」
「うん、これから仕事…じゃなくて友達の家に遊びに行くところ」
 思わず口が滑りそうになり、慌てて訂正する希美。いくら精霊使い、特に凶祓いが世間的には存在を伏せられているとは言え、親友にまで秘密にしなくてはならないというのは希美にとって辛いことだった。
103 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時24分57秒
「のの、誰やこの娘?」
 二人の間に亜依が話って入る。
「あっ、紹介するね。ののの友達で、紺野あさ美ちゃん。あさ美ちゃん、この子はバイト先の子で加護亜依ちゃん」
「えっと、紺野あさ美です。ののちゃんとは同じ高校のクラスメイトで…」
 礼儀正しく自己紹介を始めるあさ美。しかし、
「自分、タヌキに似てるって言われへん?」
という亜依の毒舌に言葉を失ってしまう。
「ご、ごめんあさ美ちゃん。この子大阪の子だからジョーダンきつくて…」
「冗談やあらへん。どっから見てもタヌキ面やないか」
「タ、タヌキ面…」
 あまりのショックからか、あさ美は金魚のように口をパクパクさせる。
「亜依ちゃん!」
「いいよののちゃん。わたし、どっちかと言うとタヌキに似てるし…」
「それよりあさ美ちゃん、高一になったばっかで塾なんて大変じゃない?」
 何とか希美は話題を変えようと、希美はそんなことを口にした。
「いい大学に入るためには今から頑張らないと」
「凄いねあさ美ちゃん」
「そんなことないよ…あっ」
 時計を見やるあさ美。
「どうしたの?」
「これからお母さんと一緒にお買い物の約束してるんだ」
「そっか、じゃまた明日」
「うん、学校でね」
 少しずつ小さくなってゆく級友の姿を見送りながら希美は、
「じゃ、うちらも行こっか」
と亜依に言った。しかし何故か浮かない顔の亜依。
104 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時26分52秒
「どうしたの亜依ちゃん」
「ええな自分。あの子、親友やろ?」
「そうだね、学校一の親友だよ」
 希美は亜依の問いかけに、胸を張って答える。
「親友か。うちにもおったな、そんなん。でもな、精霊力の発現といっしょに、みんなうちから離れてしもた…」
 希美は自分の言葉が亜依に与えたものをはじめて理解した。精霊使いの中でも優秀な人間ほど、使い慣れないうちは精霊力を暴発させてしまう。希美のように、はじめから自らの意思で精霊力を使う使わないの制御ができるケースは稀なのだ。
「ごめん、亜依ちゃん…」
「ま、有能な精霊使いなら誰でも通る道やさかい。そんなんより、早よう依頼主んとこ行かなくれる報酬もくれへんようなるで」
 勢い良く駆け出す亜依。希美は亜依の後を追いながらも、その寂しそうな背中に彼女の隠された一面を見るのだった。
105 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時28分07秒
 程なくして依頼主の豪邸に辿り着く二人。玄関前に設置されたインターホンを押すと、二十分経ってようやく使用人らしき老人が出迎えてくれた。
「見て見て亜依ちゃん、鹿の剥製だよ!」
「アホか、そんなんではしゃぎよって…ってこの下に敷いてるの虎の毛皮やないか!」
 見たこともないような内装や調度品の数々を目の当たりにして、テンションの上がる亜依と希美。さらに、赤い絨毯の敷かれた階段を下りて来る人物が二人の目を釘付けにした。
「まあ、こんな子供たちが何でも屋ざますか? 本当に仕事を頼んでも大丈夫ざますか?」
 扇のように広がったヘアスタイルや指先のごつい宝石がついた指輪、派手な装飾を施されたドレス…あまりにステレオタイプの富豪夫人の登場に、二人は思わず顔を背けて笑いを堪える。
「のの、依頼人の前で失礼やで!」
「だって、ざますって本当に言う人、はじめて見たんだもん…そういう亜依ちゃんだって」
「何か問題でもあるざますか?」
「い、いえ!」
 慌てて向き直る二人。
106 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時28分54秒
「それで、依頼内容は…」
 希美が本題に入る。
 使用人の話によるとここ最近、午後三時になると何故か屋敷の食料庫にある食料が根こそぎなくなってしまうという。もしも何者かの犯行によるものならば是非とも捕まえてほしい、というのが今回の依頼内容だった。
「賊を捕らえたあかつきには、いくらでも報奨金は差し上げるざます」
 その言葉に亜依は色めき立った。
「ほんまか!? これでやっと金欠から解放されるわ!」
「やったね亜依ちゃん」
「お前も嬉しないんかい?」
「ののはバイトだから、時給制なんだよね…」
 落ち込む希美に亜依は、
「よっしゃ、今度あいぼんが何か奢ったるわ」
と慰めた。途端に瞳を三日月型にして喜ぶ希美。
「そろそろ午後三時でございますね…夫人に代わり、わたくしめが食料庫に案内致します」
 使用人に連れられ、二人は問題の場所へと向かう。食料庫はスーパーにあるような業務用のものと何ら遜色のない、立派なものだった。
「……」
「口開いてるで、自分」
 これだけの食材があれば一体どれだけの料理が作れるのだろう、などと想像の世界に浸っていた希美を亜依が我に返す。
「それでは、よろしくお願いします」
 使用人が倉庫から退出し、扉を閉めた。大きな部屋に静寂と冷気が満ちる。
107 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時29分54秒
「亜依ちゃん、寒いね」
「当たり前やろ、食料庫なんやから…そんなんよりのの、気い引き締めや」
「えっ?」
「これだけの食料が根こそぎなくなるなんて、普通やない。しかもこの屋敷のセキュリティーをかいくぐって盗むなんて、一般人のできるこっちゃないで」
「う、うん…そうだね」
 希美は不安な表情を見せる。
「そないなマネができるんは…」
 亜依がそう言いかけた時、どこからともなくバリバリと何かが裂ける音が響き渡った。
「な、何これ!?」
「シッ、静かにしいや!」
 しばらく息を潜めていると、奥のほうでごぞごそという音が聞こえてくる。
「よっしゃのの、先手必勝や。さっき教えた通りに炎出すんやで」
「わかった!」
 音がする方に構えを取る希美。小さな炎を想像し、掌を目の前に突き出す。すると炎が地を這い、遠くの標的らしきものを捉えた。
「うわあっちいい!」
 熱さに思わず姿を現す男。
108 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時31分04秒
「やったよ亜依ちゃん!」
「喜ぶのはまだ早いで」
 亜依が希美を諌める。その言葉の通り、希美の炎は男に大したダメージを与えていないようだった。さらに奥からもう一人の男が登場する。
「どうしたゴルゴ!?」
「おうレッド、どうしたもこうしたもねえよ。変な炎が…ん?」
 ようやく亜依と希美の姿を確認する男たち。
「何だお前ら?」
 目の細い、筋肉質な男が二人に近づいてきた。
「何やって、そっちこそ何者やねん!」
「つうか、変態?」
 希美は白い眼差しを二人に向ける。男たちは、何故か黒の全身タイツを身に纏っていたからだ。
「このゴルゴ様を変態扱いとは、いい度胸してるじゃねえかお嬢ちゃんたちよう」
 筋肉質の後ろから、小柄な顔の濃い男がしゃしゃり出て来た。
「アホか、これでも食らえ!」
 亜依がそう叫ぶと、ゴルゴと名乗った男の頭上からバレーボール大の岩石が落ちてくる。
「がっ?!」
 岩石が頭に炸裂し、ゴルゴは自分の頭を抑えた。
「今の岩、亜依ちゃんが?」
「おう、うちは人のモノマネしたり周りの風景の保護色を纏ったりできるんやけど、本職はれっきとした土使いやで」
 亜依は得意げな顔をしてそんなことを言う。それを聞いたゴルゴたちは、
「おいレッド、今の聞いたか?」
「おうよ、ゴルゴ」
と顔を見合わせて笑い合うのだった。
109 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時32分09秒
「お前ら、何がおかしいねん!」
「いや、さっきの炎といい、もしかしてお前ら精霊使いなのかってな…それにしてもこんなガキンチョが精霊使いとは、精霊使いの世界も随分レベルが落ちたもんだ」
「そうだな」
 明らかに自分たちをバカにしている二人に対して、
「コソドロ風情にそんなん言われたないわ!」
と亜依が激しく抗議した。
「な、何ィィ、コソドロだとお!? これは立派な食料調達の仕事だぞ! そして俺たちゃ食料調達が…」
「あ、命!」
 亜依の抗議に対する答えなのだろうか、ゴルゴとレッドは自らの肉体で“命”の文字を模す。
「うちらも負けられへん!」
「えっ、ののたちもやるの?」
「当然やないか! ほないくで、命!」
「……命」
 亜依の剣幕に押され、渋々命ポーズをとる希美。
「なかなかやるじゃねえか! じゃあこれはどうだ…炎!」
 レッドが火の文字を体で表現し、その後ろでゴルゴも火のポーズをとりつつ何度もジャンプする。その形相は必死そのものだ。
「負けるかい!」
「亜依ちゃん…」
「ええから、早う!」
「…炎」
「もっとやる気出せや! メラメラッ、とか言うてみい!」
「炎…メラメラ…」
110 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時33分06秒
「ちっ、やるじゃねえか! ゴルゴ、もっと高く跳べ!」
 亜依と希美に激しい対抗心を燃やす、全身タイツの二人。
「今や、あのアホどもに炎をぶっ放したれ!」
「炎! 炎!」
 いつの間にか、人文字合戦を楽しんでしまっている希美。
「あーもう炎はええねん、ホンマの炎出しいや!」
「うんわかった!」
 亜依の指示で放たれた希美の炎が、無防備な状態の二人を直撃した。
「ぐあっ!」
「熱ちーなお前、不意討ちとは卑怯だぞ!」
 ゴルゴが涙目になって訴える。
「ひっかかるほうが悪いんやろ!」
 威勢の良い亜依を見ながら、希美は改めて彼女の凶祓いとしての能力の高さに感心した。最初の不意討ちといい、今の攻撃といい、亜依の策はものの見事に成功していたからだ。
「…ガキだと思って甘く見ていたが、どうやら本気になる必要があるな」
 体勢を立て直したゴルゴとレッドが、こちらに向かって歩いて来た。
111 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月19日(日)12時34分02秒
「のの、うちはあの筋肉やったるからあんたは濃ゆい顔を頼むで!」
「わかったよ、亜依ちゃん!」
 返事をしつつ、希美はゴルゴに向かって炎を放射した。しかし炎は狙いを外れてゴルゴの頭上をかすめてしまう。
「あれっ!?」
「ははは…驚いたか」
 狙いが外れたのではない。ゴルゴの体が地面にずぶずぶと沈んでいったのだ。
「気いつけや! そいつ、影使いやで!」
 レッドの相手をしつつ希美の様子を見ていた亜依が、そんなことを叫ぶ。
「えっ、ハゲ?」
「誰がハゲやねんアホンダラ! 影や影!」
 そんなやり取りをしている間にゴルゴは自らの体を影に完全に沈め、さらに希美の影へと素早く移動した。背後から突然現れるゴルゴに、希美の対応は大きく遅れる。
「ううっ!」
 至近距離からの打撃を避けきれなかった希美は、食料棚まで吹っ飛ばされた。衝撃で缶詰やら何やらが棚から落ちてくる。
「のの!」
「おっと、人の心配なんてしてる場合じゃないぜ?」
 レッドがその豪腕を亜依に向かって振り回す。紙一重の所で攻撃をかわす亜依だが、レッドのラッシュはさらに続く。
「くそ、これでも食らえや!」
 亜依は岩の塊を発生させ、レッド目掛けて投げつける。しかしレッドの拳の前に岩は粉々に砕け散ってしまった。
「俺はゴルゴのように特殊な力は使えないが、その代わりに精霊力を全て肉体強化に使っているのだ。お前の攻撃など効かんわ!」
112 名前:ぴけ 投稿日:2003年01月19日(日)12時38分29秒
今日の更新は終了です。
113 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年01月23日(木)19時16分27秒
ドキドキの展開ですね。辻加護コンビの漫才やりとりも笑いました。
やはり辻には加護ですよね。続きが非常に気になります。
紺野さんの存在も気になる…ただの親友なのだろうか?!
114 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時01分25秒
 再びパンチの応酬で亜依を追い詰めるレッド。
 こらえらいことになったわ、まずはこの筋肉バカを黙らせんことには…
 亜依がそんなことを考えていると突然、
「ちょっとタンマ!」
と希美が叫んだ。訝しげな顔をするゴルゴたち。
「おいおいおい、そんなのがまかり通るとでも思ってんのか?」
「こらオッサン!」
 そこへ亜依がしかめ面で話に加わる。 
「子供相手にタンマもなしなんて、情けないんとちゃうんか? それとも何か? こんなガキ相手に全力出さなあかんほど、オッサンらいっぱいいっぱいなんか?!」
「…よ、よし! 一分だけだぞ!」
「次はないからな!」
 亜依の剣幕に圧されたのか、二人は口々にそんなことを言ってきた。
「のの、作戦タイムや。こっち来いや」
 手招きに応じて、希美は亜依の元へ駆け寄った。
 
115 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時02分57秒
「お前にしてはナイスアイデアやないか」
「うん、亜依ちゃんだったら絶対いい考えを思いついてくれるって思ったから…」
 最早希美は亜依を完全に信頼していた。
「よっしゃ。実はさっきええ作戦思いついたねん。ちょっと耳貸し、あんなあ…」
 声を潜め、耳打ちし合う二人。それを見てしびれを切らしたのか、
「おい早くしろ、もうすぐ約束の一分だぞ!」
とレッドが急きたてた。
「うっさいボケ、もう済んだわ!」
「言っておくが、お嬢ちゃんたちの策にハマるほど俺たちは間抜けじゃないからな」
 斜に構えチッチッチと指を振るゴルゴに、
「おじさん、全然かっこ良くないよ」
と希美の正直な一言が突き刺さった。
「よくもこのダンディーな俺様にそんな暴言を…! 作戦タイムは終了だ、もう許さねえ!」
 ゴルゴは吸っていた葉巻を吐き捨てると、再び自分の影に身を潜めた。
「じゃ、さっき話した通り濃ゆい顔は無視していくで!」
「オッケー、あいぼん!」
 希美と亜依の二人は周辺の影を避けるようにして、レッドのほうへ立ち向かっていった。
「一対一がだめなら二人がかりか? ガキの考えることは単純だな!」
 希美が炎を放ち、亜依が岩を投げつける。しかしそれらはみなレッドの拳によってかき消され、打ち砕かれる。
「これならどうや!」
 亜依が両手を天に掲げると、レッドの頭上から大量に大小の岩が降り注ぎはじめた。だがこれもレッドの前には通用しなかった。
116 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時03分51秒
「俺の拳に砕けないものはない!」
「まだまだいくで!」
 意識を集中させ、2メートル大の巨大な岩を作り出す亜依。その大岩が、レッド目がけ飛んでくる。
「学習しねえ奴だな! こんな岩、俺のパンチ一発で…」
 岩に向かって拳を振るうレッド。だが手応えはなく岩は風船が破裂するかのごとく霧散した。代わりに中から飛び出して来たのは、大量の缶詰。
「どや、避けられるか?」
「なめるな!」
 襲いかかる缶詰をパンチのラッシュで潰していくレッド。しかし数秒後にレッドの身に異変が起こった。
「あっぎゃあああああ!」
「どうしたレッド!?」
 相方の悲鳴に思わずゴルゴは姿を現した。
「アホ、ひっかかったわ! その缶詰はな、あらかじめののが炎でグツグツに熱してたんや!」
 煮えたぎった缶詰の中身が次々にレッドに降り注ぐ。飛んで来た缶詰を全て潰してしまったレッドは全身やけどの状態で地面を転げた。
「やったね!」
 亜依に向かってピースサインを送る希美。
117 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時04分43秒
「こうなったら俺ひとりでもお前らを…」
 自らの姿を影と一体化させようとするゴルゴ。しかしそれを制するように、希美が食料庫の蛍光灯のスイッチを切る。
「へっへー、これでもう影の中には入れないよね?」
 極端に窓の少ない倉庫であるが故に差し込む自然光は弱く、薄くなった影にゴルゴは入ることができなかった。
 うろたえる影使いを、二人の少女が取り囲む。
「ちくしょう、まさかこんなガキどもに!」 
「いっせーのせでやったろか」
「うん、いいね」
「ほないくで、いっせーの…」
 突然、ゴルゴの背後で大きな音が聞こえて来た。空気は歪み、何もない空間がバリバリと音を立てて裂けてゆく。裂け目の向こうは暗くて何も見えず、ただ男の声がするだけだった。
「きさまら、たかが食料調達に何を手間取っている?」
「は、はい! 今戻ります!」
 ゴルゴは倒れているレッドを抱えると、裂け目の方に向かって走り出した。
「これはただの一時撤退だ! 次に会った時は“昏き12人”の名にかけて決着つけてやるから、覚悟しやがれ!」
 ゴルゴは捨て台詞を残して裂け目の向こうへと消えていく。再び轟音を上げ、閉じてゆく裂け目。残されたのは、空間が裂けるという突然の出来事に言葉を失う二人だった。
「な、何今の?」
「…わからへん。でもな、たった一つだけ確実なことがあるわ」
「えっ?」
「あいつが“昏き12人”を名乗った、ってことや」
 空間の裂け目があった場所を、無言で見つめる二人だった。
118 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時05分28秒
 暮れかけた夕陽が、二人の帰路を照らす。
「しかし散々やったな。あいつら取り逃すは報酬もらえないわ」
「うん、そうだね」
「自分が悪いんやで。あんなに食料庫めちゃくちゃにして」
「あいぼんだって…」
 そこではたと何かに気付く亜依。
「のの、今うちのことあいぼん言わんかったか?」
「うん、言ったけど」
「何でやねん、急に呼ばれたら恥ずかしいわ」
 すると希美は八重歯を見せて、こう言うのだった。
「あいぼんは友達にあいぼんって呼ばれてたんだよね。だったらあいぼんって呼んでもいいじゃん、ののとあいぼんはもう友達なんだから」
「のの…」
 思わず涙ぐみそうになり、希美から顔を背ける亜依。
「どうしたの、あいぼん?」
「…目にゴミが入ってしもた」
 服の袖で目をごしごしと擦り、亜依は希美の先を歩き出した。
「ほら、早よう事務所に帰らんと! お説教も待っとるやろしな」
「うん、そうだね!」
「何や、これから怒られるかもしれへんのにお前うれしそうやな」
「ふふふ」
 亜依に追いつき、その手を繋ぐ希美。二人の頬を、オレンジ色の夕焼けが照らしていた。
119 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時06分09秒
 すっかり日の暮れた中澤事務所に、訪れる人の影。
 黒のパンツスーツに身を包んだその女性の名は、保田圭。かつて中澤事務所に所属していた元・凶祓いである。
 圭の働く警視庁の情報関連施設をなつみと圭織が訪れたのは午前中のこと。しかし圭の手に入れていた情報はほんの僅かだった。しょうがないっしょの台詞を繰り返す二人を送り出す圭だったが、その時点で実はある程度の目星はついていた。
 圭の能力を持ってしても犯人像は全く掴めない。唯一面の割れているメンバーの大神源太にしても、数ヶ月前からまったく行方がわからない。そして事件が発生した時の一瞬を除けば、その後はまったく精霊反応を見せない。これらのことから、考えられる方法は一つしかない。ただ、確信はなかった。
 でも、可能性の一つとしてみんなに教えておく必要はあるかもしれない。
 それが圭をここへ向かわせた理由だった。
 それにしても懐かしいな、あれから半年しか経ってないのに…
 胸に迫るさまざまな想いをしまい込み、圭は古びた建物の中に入っていった。
 エレベーターを上り、事務所の扉の前に立つ。とある出来事で能力の大半を失ったとは言え、これしきの精霊感応器を作動させることくらいは圭にとって容易いことだった。
 みんなびっくりするだろうな。あたしがここに来るのって初めてだし。
 そんなことを考えながら扉を開ける圭だが、逆に驚いたのは他ならぬ圭自身だった。まず飛びこんで来たのが、二人の子供を中澤事務所の凶祓いたちが取り囲んでいるという光景だったからだ。
120 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時07分40秒
「ちょっとちょっと! 何なの一体?」
 凶祓いたちの輪の中に入りこむ圭。
「あ、圭ちゃん」
「ケメコだ」
 一瞬だけ圭の方を向くメンバーたち。しかしまたすぐに子供たちの方に向き直ってしまう。
「お前ら、まさか依頼の失敗ごまかそう思てそんなん言ってるんやないやろな?」
 二人の子供に疑いの眼差しを向ける裕子。
「ホンマやて! 目の前でそいつら、あっという間に消えてしもたんや!」
 亜依が手足をばたばたさせて裕子に訴える。
「ねえ、何があったの?」
 圭は隣にいた真希にそう聞いた。
「あのね、あそこの子供たち…辻と加護って言うんだけど…あのコたちが別件の仕事で例の“昏き12人”に遭ったんだって」
「それ、本当?」
「うん、確かに“昏き12人”を名乗ったって」
 淡々と話す真希を見て相変わらずだなと思いつつ、圭の思考には「名を騙る便乗犯」という可能性が浮かぶ。しかしそれは希美の言葉によって完全に消滅した。
「あいぼんの言う通りだよ! 空間がバリバリって裂けて、そこからそいつら現れたんだって!」
 空間、という言葉に反応する年長者たち。
「空間…使い?」
 真里がふとそんな言葉を漏らした。
「空間使い? いちーちゃん?」
 空間使いという単語を聞き異常にはしゃぐ真希。
 周りの反応に戸惑う二人に、圭がそっと近づいた。
「ねえ、その話もっと詳しく聞かせてくれないかな」
121 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時08分28秒
 希美と亜依は屋敷の食料庫で起こった出来事をこと細かに話した。全ての話を聞き、圭は静かにこう言った。
「この事件、空間使いが絡んでるよ」
「空間使いって、あの空間使いかい?」
 なつみが目を白黒させて圭に問い質す。
「ええ。もしかしたらって思ってここに来たけど、このコたちの話を聞いて確信を持ったわ。“昏き12人”の中には確実に空間使いが存在してる」
 自信を持ってそう答える圭。
「ねえねえ飯田さん」
 希美が圭織の袖を引っ張る。
「何のんちゃん」
「空間使いって何ですか?」
「空間使いってのは、精霊の中でも特殊な部類に属する“空間の精霊”を使役して空間同士を繋いだり新たな空間を作り出す精霊使いのことだよ…ってこれ、前に圭織が教えたことじゃん」
「てへへ、忘れてました」
 呆れつつも、そんな希美を見つめる圭織の眼差しは暖かい。
「で、その空間使いってのは誰なわけ?」
 真里が圭に訊ねた。
「空間術は精霊使いの中でもごく限られた人間にしか使えないものだから、自ずと絞られていくわ。ま、あたしはこいつが一番怪しいと思うけど」
 そう言いつつ、手にした鞄から一枚の書類を差し出す圭。
122 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時09分26秒
 稲垣吾郎…日本有数の凶祓い組織「ジェイズ」内の一チーム・ファイブリスペクトのメンバー。優秀な空間使いであり、数々の実績を上げている。記憶に新しい「デビアスタワー立て篭もり事件」は彼の力なくしては解決できなかったであろう。

「この人って、有名な凶祓いなんでない? 圭ちゃん、ホントにこの人怪しいの?」
 なつみの疑問に圭は、
「実は最近、この稲垣が行方をくらましてるって噂があるんだ。ジェイズ側はひた隠しにしてるけどね」
ときっぱり答えた。
「確かに怪しいわ…ほなこうしよか。うちがジェイズの事務所に行って真相を確かめてくる。他のメンバーは奴らがいつ事件を引き起こしても対応できるよう、引き続き指定エリア内の巡回。加護にも加わって貰おか」
 裕子の指示に、頷くメンバーたち。
「それと、辻にはとある人物に会って事務所へ連れて来て欲しいねん」
「誰ですか?」
「今は事情があってここを離れとるけど、今でも立派な中澤事務所所属の凶祓いや」
 勘のいい真希はすぐにそれが誰を指しているのかに気付く。
「えーっ、後藤も行きたい」
「駄目や。うちの主力のお前が抜けてどないすんねん」
「…裕ちゃんのけち」
 悪態をつく真希を無視し、裕子は話を続けた。
123 名前:第四話「接近」 投稿日:2003年01月27日(月)02時10分10秒
「空間使いの術を破るには、絶対にそいつの力が必要やねん。なに、あんた一人じゃ荷が重いやろうから、圭坊つけたるわ」
「え、あたし?」
 思いもしないところで名指しされ、戸惑う圭。
「人手が足りひんし、あんたもあのコのこと良う知ってるやろ。頼むわ」
「…わかった」
 圭は渋々了承するのだった。
「とにかく、これで奴らの正体を暴く糸口が掴めたわけや…その前につんくさんに連絡せえへんと、またあの女王気取りにいちゃもんつけられるわ」
 そう言って、裕子は自分のデスクの受話器を取りに行った。
「…あなたたち、貴重な情報ありがとう。おかげで事件の解決に一歩近づいたわ」
 圭は希美と亜依の前に立ち、笑顔でそう言った。
「なあ、聞きたいことあるんやけど」
 不躾な亜依の申し出。
「何かしら?」
「おばちゃん、何者やねん」
「お、おばちゃん…」
 衝撃発言に、思わず圭は言葉を失ってしまった。
「こら加護、圭ちゃんはこう見えてもまだ若いんだぞ」
「でも確かに圭ちゃん、おばさん臭いもんね」
「うん、おばちゃんおばちゃん」
 口々に心無い発言を繰り返すメンバーたち。
「ちょっとあんたたち、どういう意味よ!」
 圭は目を剥いた。どっと笑いが起こり始める。
 表面上はむくれながらも、圭の胸の内には仲間と触れ合うことへの喜びが確かに存在していた。  
124 名前:ぴけ 投稿日:2003年01月27日(月)02時15分43秒
第四話、更新終了です。

>>りゅ〜ばさん
いつも感想ありがとうございます。
辻加護のやりとりは自分でも書いていて楽しいです。
紺野については…後々。
125 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月02日(日)15時21分22秒
 東京郊外にある寂れた寺。かつて“昏き12人”の一人である織田無道が住職を務めていたその寺も今は訪れるものはない。
 境内に満ちた不気味なほどの静寂。それを幾分も乱すことなく、何もない場所から一人の男が現れた。空間使い・稲垣吾郎である。
「クイーン。いらっしゃるんでしょう?」
 寺の本堂のあるほうへ語りかける稲垣。しかし返事はない。
 稲垣はそのまま本堂に向かって歩き始めた。本堂を取り巻く濃厚な瘴気の中、稲垣は涼しい顔をして歩いてゆく。そしてついに本堂の入り口に立ったところで、建物の中の人物が声を発した。
「何しに、ここへ来た?」
「…つれないですね。同じ志を持つ仲間じゃないですか」
「馬鹿言わないで。あんたの目的は知ってるから」
 何者をも寄せつけないその態度に、稲垣は苦笑する。
126 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月02日(日)15時22分47秒
「まあいいでしょう。今回ここに来たのは、ただの報告ですよ。標的の8人目が、落ちました」
「そうか」
「しかしぼくらの犯行であることが悟られるまで、そう長くもないでしょう。それまでにクイーン、あなたに施された霊具が完全体になることが必要不可欠です」
「……」
 沈黙する、クイーンと呼ばれた本堂の中の人物。
「しかし恐ろしいものですね。かつて天才と謳われたあなたが、今では邪法中の邪法に手を染めるとは。復讐心、というやつですか?」
 突然、本堂の中が光り入り口から黒い炎が放出される。黒い炎は渦を巻きながら空を焦がす勢いで宙に舞った。
「…仲間をバーベキューにする気ですか?」
 呆れながら稲垣が空間から姿を現す。入り口の障子は丸い形に綺麗に焼き切られていた。
「お喋りは長生きできないよ」
「これは手厳しい」
 焼き切られた障子から、ちらりと見える背の低い少女の姿。彼女を見つめる稲垣の視線は畏怖とも嘲笑ともとれるものだった。
「まあとにかく、計画は続けますよ。残りはあと4人ですから」
「いや、あいつだけは…わたしのこの手で」
「了解。所詮ぼくらはクイーンの手駒なわけですから」
 皮肉めいた言葉を残し、稲垣は空に溶けていった。
 本堂に一人残った少女は、かつて無念のうちに死んでいった仲間のことを思うのだった。
 もうすぐ、もうすぐ仇をとるからね…
127 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月02日(日)15時23分44秒
 気持ちのいい、よく晴れた朝。
 窓からベッドへ差し込む光に、希美は暫しまどろむ。
 初夏の朝の光はあくまでも優しい。蒲団が太陽の匂いを漂わせ始める。
 もう少し寝ていたいな…
 そんな希美の時間を叩き起こすものがいる。
「オラ希美、いつまで寝てんだよ!」
 その人物はノックもなしに部屋に上がり込むと、乱暴に希美の蒲団を引き剥がした。
「……!?」
「ったく、バイト先の先輩と待ち合わせしてんだろ? さっさと起きな!」
 希美の視界に飛び込む、希美に少し似た女性。紛れもなく、希美の姉である。今こそ落ちついたものの、数年前まではいわゆる“ガングロギャル”そのものであり、朝起こされるたびに空恐ろしい顔を見せられたものだった。
「うう、わかったよう」
 言葉とは裏腹にベッドの上をもぞもぞする希美。
「お前何余裕こいてんだよ、もう先輩来てっぞ」
「わかってるってばあ…って、え!?」
 その言葉に慌てて希美は飛び起きた。着の身着のままで、階段を転げ落ちるように一階へと駆けていく。
128 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月02日(日)15時24分34秒
 一階のキッチンでは、何故か希美の母親と事務所の先輩・保田圭が和やかに談笑していた。
「あら希美」
 のん気な声を出す母親。
「あら希美って、お母さん…」
「おはよう、辻」
 母親に悪態をつきかけた希美だったが、圭がいることに気付き慌てて、
「あっ保田さんおはようございます!」
と挨拶した。
「まったくこの子は…早く着替えてっしゃい、保田さんもう結構お待ちなんだから」
 希美が階段を昇り始めると、また何かを話しはじめる二人。
 やっぱ二人ともおばちゃんだから気が合うのかな…
 そんな考えを瞬時に打ち消す希美。圭に知れたらただ事では済まなそうだ。あのつり目で睨まれると結構怖いのだ。
129 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月02日(日)15時25分16秒
「それでは、娘のことよろしくお願いしますね」
 玄関前で、圭に頭を下げる希美の母。どうやらバイト先のみんなで一泊二日の旅行に出かけるという理由を信じているようだ。
「じゃ、行って来ます」
 母親に手を振り、希美たちは出発した。
 圭の話によると、その空間使いは千葉のとある山中で古傷を癒していると言う。無論、これから圭たちの向かう場所はそこである。
 希美の家から最寄の駅に向かって歩く二人。目の前でぴょこぴょこ揺れる青いリュックを、圭は複雑な思いで見つめていた、そんな視線に気付き、後ろを振り返る希美。
「保田さん、どうかしたんですか?」
「え? うん、辻はいい環境に恵まれてるなって」
 希美は小首を傾げた。
「精霊使いっていうのは、もともとが凶祓いの家系でない限り必ず不幸な生い立ちになっちゃうんだ。訓練されてない精霊使いには必ずと言っていいほど、力の暴発が付きまとうからね。気味悪がられて他所の家に預けられたり、身内や周りの人間を傷つけたり…」
「じゃあ…ののは?」
「だから、辻は本当に珍しいタイプなんだよ。力が弱いとは言え12才を超えていたのに能力に覚醒して、しかも暴発させることなく使いこなしてるんだから」
 落ち込みかけた希美を力づけるように、そう言う圭。
「ふうん…」
「だからさ、家族は大事にしなきゃ駄目だよ」
「わかりました」
 希美は素直に頷いた。
130 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月02日(日)15時26分02秒
 休日だという事もあって、多くの人で賑わう商店街。この商店街を突っ切ると、都心へと伸びる私鉄の駅がある。
「あれ?」
 急に希美が声を上げる。
「どうしたの辻?」
「うん、なんか…ごっちんに似た人があそこに…て言うかごっちん?」
 辻が指差す方向に目をやると、そこには確かに見慣れた顔が佇んでいた。
 真希は二人の姿に気付くと、勢いよく手を振ってくる。
「もう、圭ちゃんも辻も遅いよお」
「あんた何でこんなとこにいんの?!」
 真希に圭が詰め寄る。
「だって…いちーちゃんに会いたかったから」
 あまりに単純明快な答えに圭は呆れるばかりだ。
「あのねえ。巡回はどうすんのよ巡回は」
「んー、やぐっつぁんには代わりの人間寄越したから」
 いけしゃあしゃあとそんなことを言う真希。
131 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月02日(日)15時26分56秒
「あのさあ、あんた何やってんの?」
 その頃、真里は目の前にやって来た人物に説教していた。
「な、何言ってんのやぐっつぁん。ごとーだよ、ごとー」
「つうかさ、突っ込んでもいい? 後藤は後藤でも、あんたユウキじゃんか!」
「いや、真希だって…ほら、♪だいじょおぶきっとだいじょおぶー」
「大丈夫じゃねえよ! ごっつぁんはどこ行ったんだよ!」
 女装した真希の弟・ユウキはついに観念してカツラをアスファルトに叩きつけた。
「ちくしょう、だからこんな役嫌だったんだ! 姉ちゃんにバレないからって言いくるめられたけど、ガキの頃じゃないんだからバレるっての!」
 真希に瓜二つの顔をしたユウキだったが、さすがに本人に成りすますには無理があった。
「…あんたも大変だね」
「同情なんていらねえYO! もうぐれてやる!」
 泣きながらその場から逃げ出すユウキ。そんな後姿を見守りながら、真里が呟く。
「ぐれるのはいいけどさ、キャバクラには行くなよ…」
132 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月02日(日)15時27分52秒
プチ更新…
133 名前:113 投稿日:2003年02月02日(日)21時30分34秒
ユウキにはちょとワラタ。
やすののごまの三人はどうなるのか気になります。
134 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月09日(日)15時03分07秒
 関東近郊にありがちな、雑木林と田畑に囲まれた地帯を電車がひた走る。
 電車の中で、希美を除いた二人の話は“市井紗耶香”の話題で盛り上がっていた。特に真希のはしゃぎようは最早異常とも言える状態だ。憧れの先輩・真希、それと話には聞いていたけどこの前まで一度も会ったことのなかった元先輩・圭と一緒だという喜びは何だか中途半端なものになってしまった。
「で、市井さんってどんな人なんですか?」
 圭と真希の話にまったくの蚊帳の外だった希美がそんなことを聞いてきたのは、間もなく目的地に着こうとしていた時だった。
「いちーちゃんはねえ、後藤の剣の師匠なんだよ」
 真希は嬉しそうにそう言った。
「あんたねえ、それじゃ紗耶香がどんな奴かって説明になってないでしょ」
「あはは、そうだね。じゃあね…いちーちゃんは、とにかくカッコイイんだ」
「まったく…」
 そんな真希の様子に呆れながら、圭は希美に凶祓い・市井紗耶香について説明し始めた。
 東京に点在する各凶祓い組織の協力体制を確立させ、さらには中澤事務所設立に際し大きく貢献した人物・つんく。彼がある日中澤事務所に連れてきた少女が、紗耶香だった。やがて当時欠けてしまっていた主戦力をまかなえるまでに成長した彼女だったが、今から半年前にとある事件によって負傷、今も千葉の山中でその傷を癒しているのだという。
「…半年前の事件って、何ですか?」
 希美にとって、何でもない質問の筈だった。しかし、圭の表情は途端に曇り出す。
135 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月09日(日)15時04分10秒
「それは…」
 口篭もりながら、顔を車窓へと向ける圭。
「辻は事務所に来たのが4ヶ月前だから知らないかもしれないけど、半年前に受けた依頼でね…」
「後藤!」
 圭が真希の方を向き睨みつける。睨まれた理由のわからない真希の台詞はそのままぱっと散ってしまった。
「ご、ごめん圭ちゃん」
「ん、いや、もう昔の話だから…ね」
 圭のフォローも虚しく、場に重い空気が流れる。
 そんな折に、駅弁を積んだワゴンが通り抜けた。
「旅のお供に駅弁はいかがですか? 『あわびちらし』に『おむすびころりん』…」
「すいません、『おむすびころりん』くださいっ!」
 突然の絶叫に辺りを見まわす圭と真希。何のことはない、声の主は側にいる希美だった。
「…辻、あんたさっき駅弁食べたばっかでしょ?」
「だっておなかすいたんだもん。ごっちんも食べようよ。保田さんも食べますよね?」
 呆れて下を向く真希、苦笑して頷く圭。
 こうして場の空気はふたたび壊れることなく、三人は目的地のある駅へとたどり着いたのだった。
136 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月09日(日)15時05分39秒
 中澤事務所のある町の、外れにある小さな病院。
「圭織、最近こっち来えへんから心配したんやで」
 白衣を来た女性が圭織を正面の椅子に座らせ、そう言った。
「最近色々忙しかったしね…」
 圭織は申し訳なさそうに女性を上目使いで見る。
「ま、しゃあないわな。とにかく例のもの、早よ見せて」
「うん」
 圭織が目を閉じ、何かを念じ始めた。現れたのは白い表紙の本、圭織の能力である精霊力封印が具現化された“心のスケッチブック”だ。
「…どう、みっちゃん?」
 白い本に手を触れる女性。
「今回もけったいなモン、溜め込んどるな…うわ、何やこれ。心の盗撮? キショいわあ…」
 そんなことを言いつつ女性が本に手を触れ始めると、小さな呻き声やら大きな慟哭やらが本の中から響き渡り、やがて消えていった。
「終わったで」
「ありがとう、だいぶスッキリしたよ。さすがはみっちゃんって感じだね」
 平家みちよ。町の外れにある病院の女医という顔の他に彼女が持ち合わせているもの、それが“解呪”の能力を扱う精霊使いというもう一つの顔だった。
 圭織の能力は、正確に言えば自分自身に邪霊を憑依させるという呪いをかけるものである。それをたった今、みちよが解呪したのだ。
「でもな、あんたの本の一番最後のページのアレだけは、どうしても解呪出来へん」
 かけていた眼鏡を外し、みちよは首を振る。
137 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月09日(日)15時06分34秒
「はは、もう圭織の体の一部みたいなもんだからね」
「アホなこと言いな。あないなバケモノが体の一部なんて、シャレにもならへん。大体今の封印状態かて完全なものやあらへんし」
「いいんだよ」
 みちよに対し、圭織はきっぱりそう言った。
「圭織があの子の苦しみを半分背負うだけで、あの子が笑っていられるのなら、圭織はそれでいいんだと思う」
「本当にそれでええんか? あんたの封印能力は落ちるし、それにいつアレが暴発するかわからへんよ」
「うん、これを背負ったのは、あたしの運命だと思ってるから」
 圭織の気丈な態度に、みちよは涙ぐみそうになった。
「ごめんな、私の力が及ばんばっかりに…」
「ううん、みっちゃんがダメなものを他の解呪師が解けるわけないよ。だから、自分を責めないで」
「圭織、あんたって奴は…」
 そこへ看護婦がやってくる。
「平家先生、次の患者さんがお待ちです」
「あ、ああ、せやったな…」
「じゃみっちゃん、あたし行くね」
 席を立ち、診察室を出る圭織。
「何かあったら、真っ先に私のところに来いや」
 背中に暖かな言葉を感じつつ、病院を後にする圭織だった。
138 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月09日(日)15時07分50秒
 東京・ウォーターフロントのビジネス街に聳え立つビルのワンフロアに、凶祓い事務所「ジェイズ」はあった。単身「ジェイズ」を訪れた裕子は、特にこれといった問題も無く目的の人物に会うことが出来た。
「おっ中澤、久しぶりだべ? 相変わらずババア臭えなあ」
 事務所の応接室に現れた、軽そうな男。しかし彼こそがジェイズ最強の凶祓いチーム「ファイブリスペクト」のリーダー・中居正広だった。
「…その節はどうも」
「ああ、この前の上海に逃げた邪霊師の件か。そっちのジョンソンが同行してくれたおかげでいい仕事になったわ。俺は中澤と行きたかったんだけどよ」
「何馬鹿なこと言ってるんですか、さっさと本題に入りますよ?」
 中居の冗談を跳ね除ける裕子。それに合わせ、どこか浮ついていた中居の表情も引き締まる。
「…わかってるよ、吾郎のことだろ?」
「ええ」
 応接室のソファーに腰掛ける中居。裕子とちょうど向き合う形になった。
「悪いけどさ、その件に関しちゃうちはノーコメントだ」
「随分な話ですね。つんくさんのプロジェクトには参加しない、情報は教えないじゃ、彼を匿ってると取られても仕方ないですよ?」
139 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月09日(日)15時08分57秒
 口調のきつくなる裕子を威嚇するように、中居は足を組んだ。
「随分と偉くなったじゃねえか、中澤。つんくの後ろ盾のせいか? 事務所立ち上げの際にはうちも結構仕事を回したはずだぜ?」
「それとこれとは関係ないじゃないですか! それより今回の事件に稲垣吾郎が関わっているかどうか、あなたたちは知っているんでしょ!? かつて仲間だったのなら…」
「今でもだ」
 前髪を口で吹いてから、中居が立ち上がる。
「どういう…ことですか?」
「中澤、お前も凶祓いなら知ってるだろ。精霊使いの素質を持ったガキを集めて凶祓いのエリートを育てる、それがうちのシステムだ。吾郎とはガキの頃から一緒に釜の飯食った仲だし、連絡が途絶えた今でもあいつは俺たちの仲間だってことには変わりねえんだ」
「中居くん…」
「でもな」
 そう言って中居は裕子に背を向けた。
「吾郎はある時期から変わっちまった。そう、デビアスタワー立て篭もり事件を解決した直後からな。それ以来、あいつの消息はぷっつりと途絶えた」
「デビアスタワーって…」
「そうだ、51人の死傷者を出したあのホテル・ファーイーストの跡地に建ったデビアスタワーだ」
 裕子の顔が青ざめる。思い出したくない出来事が頭をよぎった。
140 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月09日(日)15時10分02秒
「とにかく、今回の件に関してはノータッチというのは上層部の結論でもある。つんくの提唱している凶祓い組織の団結には賛同しているけど、俺たちはつんくの手下になったわけじゃないからな」
「わかりました…」
 悲痛な面持ちでソファーから離れ、応接室を出ていこうとする裕子。
「ところでお前らもこの件からはさっさと手を引いたほうがいいぜ。俺たちと同じ思いをしたくなけりゃな」
「どういうことですか?」
「ホテル・ファーイーストの大火災が原因でお前んとこの事務所から失踪した奴が、“昏き12人”に関わってるってことだよ。中澤、お前も薄々は気付いてたんじゃねえか?」
「やめて! もう言わないで!」
 凶祓い会議の時に、つんくから聞かされた話。次々と消されていく警視庁特殊犯罪対策の元幹部たち。ホテル・ファーイーストの跡地に建てられたデビアスタワー。全てが繋がった時に、あの名前が出てきてしまいそうな気がした。必死に自分の考えを否定する裕子だが、中居は冷徹にこう言い放った。
「今回の事件の首謀者は、福田明日香だ」
141 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月09日(日)15時17分46秒
更新終了。
元気があればもう一回更新する予定です。

>>113さん
小ネタを仕込まずにはいられないのです…
ののやすごま、珍しい取り合わせだと思うのですが如何ですか?
142 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時13分32秒
 何だか面倒臭いことになってる…
 その日何度目かの訪問者を追い返すと、ショートカットの少女は深い溜息をついた。すっきりとした目元にも、少々疲れがたまっているようだ。
 自分がこの千葉の山中で休養をとっている間に、東京ではとんでもない事件が起こっているとのことだった。その事件には空間使いが関わっているらしく、ここを訪れた凶祓いたちは口々に彼女の助力を求めるのだった。
 随分前にうち捨てられたと思しき廃屋を改良し、市井紗耶香は負った傷の治療に専念していた。しばらく仕事を離れてゆっくりしたい。それが事務所を一時的に離れた理由だったが、何をどう取り違えたのか、他の凶祓い事務所の人間は彼女がフリーになったと勘違いしたようであった。
 ちゃぶ台と古い箪笥の置かれた簡素な部屋。そこに落ちつく暇もなく、招かざる客の気配を感じ取る紗耶香。
 大抵の凶祓いたちは自分が中澤事務所所属だと告げると、諦めて帰っていった。それでも食い下がるもの、実力行使に訴えようとするものは悉く撃退してやった。さて、今回はどうしたものか…
 対面した後のやり取りを思案しながら玄関に出た紗耶香を待ち受けていたのは、一組の若いはぐれ凶祓い・吉澤ひとみと石川梨華だった。 
143 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時16分45秒
 片や男物のラフな格好をした色白の美少女、片やピンクを基調とした服装の、フリフリのミニスカートを履いた色黒の美少女。対照的な組み合わせだと紗耶香は思った。
「市井…紗耶香さんですね?」
 ひとみが紗耶香に話しかける。
「そうだけど…何か用?」
「市井紗耶香さん。有能な空間使い。どこの事務所に所属していたかは失念しましたが、現在は負傷を理由にこの地で静養中…ですよね?」
 梨華が手元のファイルに目をやりながら、紗耶香に確認する。
「うん、大体あってる。で、あんたらもあたしの空間術目的で来たんだね」
「話が早いですね。そうなんです、紗耶香さんの力が必要なんです」
144 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時17分34秒
 目を潤ませながら紗耶香に近づく梨華。妙な雰囲気にたじろぐ紗耶香に、ひとみが言葉を重ねる。
「実はあたしたち、ある人物を追っているんです。でも、そいつがある空間術師に匿われてることで足取りが一向に掴めなくて…」
「それであたしの力を…まあ空間使い自体が稀少な存在だからねえ」
 そう言いつつ二人の顔を交互に見やる紗耶香。そして、
「最近多いんだ。あんたたちが追っている男と関係あるかどうかわからないけど、最近起こった事件関連で東京中の凶祓いたちが動いてるみたいでさ。毎日のように力を貸してくれって言ってくるんだよね」
とうんざりした顔で言った。
「あたしたちは組織とは関係ありません」
「はぐれ凶祓いってわけ? でも関係ないよ。あたしは来る人間全員にこう言ってるんだ。
あたしをここから連れ出したきゃ、力ずくで連れ出すことだねって」
 二人の表情が変わる。でもそれはこういった展開を待ち望んでいたような、喜びの表情だった。
「表に出な。相手、してあげるよ」
145 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時21分06秒
 木々に囲まれた地帯から解放された、草の生い茂った野原。そこで、1対2の決闘が行われようとしていた。
 紗耶香がこういう形に持ち込んだのは、二人の気配を感じた時から好戦的な何かを感じ取っていたからだ。しかしその他に、自分の力がどれだけ回復しているかを計るに見合う相手だったからということもあった。
「いつでもいいよ。かかって来な」
「本当にいいんですか? あたしたち、結構強いっすよ」
 ひとみが一歩前に出る。
「自信たっぷりだね。その自信、木っ端微塵に打ち砕いてあげる」
 どこからともなく、二振りの長短不揃いな剣を取り出す紗耶香。それを合図に、弾けるように二つの影が紗耶香に襲いかかった。
「氷の精霊よ、凍える息を吹きつけよ!」
 梨華が凍気で紗耶香に攻撃を仕掛ける。しかし紗耶香の持つ長剣の発する気が、梨華を凍気ごと吹き飛ばした。
「きゃあああ!」
 まるでワイヤーで吊るされたように、天高く舞いあがる梨華。
146 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時22分09秒
「梨華ちゃん!」
 梨華の様子に気を取られてしまったひとみの目の前に、紗耶香が素早く移動する。
「あんたも吹っ飛ぶ? この魔剣『退聖』で」
 物凄い気を発しひとみを吹き飛ばそうとする魔剣。しかしこれを何とか堪えたひとみは、肉弾戦に打って出た。
「はあああああっ!」
 風を切り、紗耶香の頬を掠める右フック。ひとみの攻撃はそれだけでは収まらない。
 不規則に繰り出される拳と蹴り。しかもそれぞれにひとみの操る雷霊が込められていた。一撃でもヒットすればただでは済まない猛攻を、紗耶香の持つもう一つの魔剣が次々とさばいてゆく。
「くそっ、邪魔だその剣!」
「魔剣『ウィラポン』は精霊力に反応しあたしを防御してくれる…あんたの攻撃は全部無駄だよ」
 このままでは埒があかないと悟ったのか、一旦紗耶香から離れて、倒れている梨華の元へ走るひとみ。
「梨華ちゃん大丈夫!?」
「あたしは大丈夫…それよりよっすぃーの手が」
 拳による攻撃を捌かれた時にであろう、ひとみの拳には小さな切り傷が刻まれ、そこから血が滲んでいた。
「こんなのかすり傷だって。それより、やっぱり市井さんを無傷で連れ出すことは出来ないみたいだ」
 紗耶香のほうへ向き直るひとみ。それと同時に、彼女の周辺から複数の雷球が浮かび上がる。
147 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時23分00秒
「雷使いの本領発揮、ってわけ」
「あたしたちはこんなところで立ち止まってるわけにはいかないんだ…是が非でも協力してもらいますよ!」
 雷球がさらに倍に増え、一斉に紗耶香に襲いかかった。
 あっという間に閃光に包まれる紗耶香。生身の人間ならばあっさりと命を落としてしまうほどの電撃の雨あられだ。
「ちょっとよっすぃーやり過ぎじゃ…」
 あまりの激しい攻撃に驚く梨華だが、閃光が消えてまったくの無傷の紗耶香が現れたことにさらに驚く。
「ふう、とっさに空間の歪みを開いてなければ危ないところだった」
 ひとみの攻撃を凌ぎ、一息つこうとした紗耶香の視界に、信じられない光景が映る。それは、ひとみが先程の何倍もの大きな雷球を天に掲げているというものだった。
 さっきの雷球は囮か、勘が鈍ったな…
 紗耶香がそのことに気付くと同時にひとみは、バレーボールのアタッカーのように雷球目がけて高く飛び、今まさにアタックを決めようとしていた。
 再び空間の裂け目を作ろうとする紗耶香だが、とても間に合いそうにもなかった。
 確実に行われるであろうひとみの攻撃、それを止めたのは少女の叫びだった。
「いちーちゃん!?」
148 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時30分16秒
 真希は目を疑った。もう少しで紗耶香の住む小屋に着くかというところで、何者かに襲われている紗耶香を発見したからだ。しかも、彼女に今まさに攻撃しようとしていたのは、あの鬱蒼とした森で出会った二人の少女だった。
「あんたは確か…後藤真希」
 真希の存在に気づくひとみ。雷球はいつの間にか消滅している。
「これは、どういうこと?」
 つかつかとひとみの前に詰めかける真希。後続の圭と希美は、まだ状況がいまいち掴めていなかった。
「いや、どういうことって言われても…」
「いちーちゃんに何しようとしてたの!?」
 そこへ梨華が慌てて真希とひとみの間に立ち塞がる。
「あんた何者! よっすぃーをこんなところまで追いかけて来て!」
「は? 何のこと?」
「とぼけないでよ、あたし知ってるんだから! あの時からあんた、よっすぃーに変な色目使ってたでしょ!?」
「何それ、わけわかんないこと言わないでよこのアゴン」
「アゴン!? よくも言ったわねこのサカナ君が!」
 こうなれば売り言葉に買い言葉だ。二人の間に炎と氷の空気が漂い始める。
149 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月10日(月)03時31分21秒
「ちょ、ちょっとどうして二人ともケンカしはじめてるのさ?」
 今度はひとみが二人の間に割って入る。
「よっすぃーは黙ってて!」
「よっすぃーには関係ないよ」
「ええっ!?」
 二人の剣幕に押され、言葉を失うひとみ。
「今あんたよっすぃーのこと、よっすぃーって呼ばなかった? 馴れ馴れしい!」
「いいじゃん、呼びやすいんだから」
 最早ひっちゃかめっちゃかな状態だ。
「保田さん…あれは何ですか」
 その一部始終を見ていた希美が圭に聞いてくる。
「さあ? 痴話ゲンカ…かな」
 圭が首を大きく傾げた。
「つうかあんたらさ…知り合いだったわけ?」
 三人のやり取りを遠くから眺めていた紗耶香が、ぽつりとそんなことを呟いた。 
150 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月10日(月)03時32分20秒
更新終了。
151 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月17日(月)01時29分43秒
 この状況を纏め上げたのは、やはり年長者の圭だった。
「つまりあんたたち…吉澤と石川だっけ? は紗耶香に協力を要請したところ、協力する条件が紗耶香に勝つことだったと。で、後藤はこの二人と以前会ったことがある。これでいい?」
 頷く一同。ただ、梨華だけはまだ少し不服そうな顔をしているが。
「でもね、実はあたしたちも紗耶香に協力を要請しに来たんだ。あたしはもう事務所の人間じゃないけど、この子たちは現役の中澤事務所所属の凶祓いだからね」
 そう言って圭は紗耶香と真希、そして希美へと視線を移した。
「そんな…うちらのほうが先約なのに!」
 堪らず叫ぶひとみ。梨華も、
「そうですよ! 紗耶香さんは自分をここから連れ出したければ力ずくでって言ったんです。あなたたちも紗耶香さんと戦わなければ権利は得られないはずです!」
と主張してきた。
「何馬鹿なこと言ってるの、紗耶香は中澤事務所の人間よ! それが何であたしたちと…」
「確かにそれもそうかな」
「ちょっとあんた何納得してんのよ!」
 思わず目を剥く圭に、紗耶香はこう続ける。
「だってさ…この子たちがあたしに体張ってぶつかってきてるのに、事務所の人間が来たからってはいおしまい、じゃ納得できないでしょ。それにあたしも来た人間全員にかかって来いって言ってるなんて言っちゃったし」
「ちょっとあんた、あたしたちと戦う気?」
 圭は冗談でしょう、とでも言いたげに紗耶香を睨む。
「えー、後藤いちーちゃんと戦いたくないよ」
「うん、あたしも後藤や圭ちゃんと戦いたくない…だから、その子と」
 そう言って紗耶香は後ろの方でまごまごしている希美を指差した。
152 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月17日(月)01時32分02秒
「へえっ?」
 それまでまったく自分とは関係ないところで話が進んでいたものだから、急に自分の名前が出たことで驚く希美。
「いちーちゃんは知らないと思うけど、辻はまだまだ凶祓い見習いなんだ。ちょっと無理だよ」
「後藤、あんたが事務所に入りたての時、あたしがあんたを見習い扱いしたことなんてあった?」
 紗耶香の問いに真希はかぶりを振る。
「…紗耶香、あんたまさか」
 圭の脳裏にあの時の出来事が浮かぶ。しかし紗耶香はそれを否定するように、
「大丈夫。ハンデはあげるよ。その子があたしに傷一つでもつけたら勝ちってことにするから」
と平然とした顔で言った。
「それでいい?」
 ひとみと梨華のほうへ振り向き、紗耶香は同意を求めた。
「あたしたちはそれで構わないです」
 淡々と答えるひとみだが心の中では、
 この人かっけー!
 などと思っていたりする。
「その子が負けたら、あたしたちに交渉権が回って来るんですね?」
 梨華は念を押すような言い方をした。
「そういうこと。じゃあ早速はじめようか、おチビちゃん」
 紗耶香の視線が希美を捉える。その瞳の奥に、希美は何か底知れぬ恐ろしいものを感じ取るのだった。
153 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月17日(月)01時33分25秒
 希美たちが廃屋の手前にある野原に着いた時には真上にあった太陽が、今は大分傾いている。
 いくらハンデがあるとは言え、こちらは実戦経験に乏しい凶祓い見習いである。ある程度の時間をもらって、圭と真希は空間使い・市井紗耶香について希美に説明していたのだった。
「どう辻。あたしたちの言ったこと、頭に入った?」
「うーん、入ったような、そうでないような…」
 頼りない希美の反応に、圭は頭を抱える。
「ちょっとしっかりしなさいよ…あんたの肩に中澤事務所の未来はかかってるのよ?」
「うん…」
「あのね辻」
 そこへ真希が、希美と目線が合うところまで膝を落とし話しかける。
「いちーちゃんの持ってる二本の剣。攻撃の『退聖』と防御の『ウィラポン』。それといちーちゃん自身の空間術。この三つのコンビネーションの隙をつけば、あんたは勝てる。わかった?」
 圭の説明では反応の乏しかった希美が、ぱっと顔を輝かせた。
「さすがはごっちん! 凄くわかりやすかったよ、ありがとう!」
「いえいえどういたしまして」
「じゃ、行って来るね!」
 勇猛果敢に戦場へと歩いて行く希美を送り出しながら、
「はぁ、あたしには後輩へのアドバイスは向いてないのかね」
と圭がぼやく。
「辻には圭ちゃんの説明はちょっと理論的過ぎたかな。あの子、単純だから」
「あんた人のこと言えないでしょ」
 真希は顔を緩ませて笑うのだった。
154 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月17日(月)01時34分25秒
「どう、覚悟は出来た?」
 日が落ちかけ、強くなった風に目を細めながら、紗耶香が希美に問う。
「はい!」
「ハンデはあげてるんだから、手加減しないよ」
「望むところです!」
 草原で対峙する二人を見守る、真希と圭。ひとみと梨華。草の葉が囁くような音を立てて風に揺れていた。
 静寂の均衡を破ったのは希美だった。懐から圭織に貰った小さな巾着のような霊具を取り出し、空に向かって放り投げる。巾着はまばゆい光を周囲に振り撒き消滅した。
「目くらまし? でもそうはいかないよ!」
 希美が次に取るであろう行動を予測し、紗耶香は剣を構える。閃光の隙に希美が放った炎は、魔剣ウィラポンによって簡単に防がれてしまった。
「じゃあこれは?」
 またしても希美は懐から何かを取り出し、斜め上方に向かって投げつけた。
「同じ手は通用しないよ! この手の霊具は発動する前に叩き落とせば…」
 天高く跳び上がり、巾着に斬りつける紗耶香。しかし意外に固い手応えとともに、飛び散る細かな飛沫と刺激臭。
「やった!」
「…なかなかやるじゃない」
 希美の投げつけたのは霊具ではなく、小壜に入ったガソリンだったのだ。
155 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月17日(月)01時35分21秒
「ちょっとマズイよよっすぃー」
「いや、そうでもないみたいだよ」
 ひとみの視線が紗耶香に注がれる。少量とは言えガソリンが体にかかったのだ。引火すれば大変なことになるはずだった。しかし紗耶香は余裕の笑顔。
「でもね、攻撃が当たらなきゃ引火しないでしょ?」
「じゃあ、当てて見せるよ!」
 小さな体からは考えられない勢いで、紗耶香に襲いかかる希美。しかし繰り出す炎は悉くウィラポンによって打ち落とされる。
「打つ手なし…か」
 思わず圭がそんなことを呟く。
「でもさ、まだ辻にもチャンスはあるんじゃない? 揮発したガソリンが引火する可能性だってあるんだし」
「その可能性は限りなく低いわ。後藤、あれを見て」
 真希は何かに気付き、小さな声を上げる。紗耶香は魔剣・退聖の力を小出しにして気化したガソリンを遠くへ飛ばしていたのだ。
 一方、そのことには気付かずに連続の炎攻撃をしかける希美。しかしその何れもがウィラポンに退けられてしまう。
「どうした、威勢の割にはこんな程度?」
「…まだまだ!」
 反発する希美だが、力の消耗は隠し切れない。肩が呼吸によって、激しく上下していた。
156 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月17日(月)01時36分59秒
「そろそろ結果を出してあげないとあの二人も待ち切れないみたいだから、切り札を出させてもらうよ」
 紗耶香はそう言うと、空間に小さな穴を開けそこに剣ごと突っ込んだ。次の瞬間、希美のすぐ近くから紗耶香の剣が現れる。
 剣は希美の喉元数センチ手前を掠め、再び空間へと消えていった。あまりの突然の出来事に、希美は息を呑む。
「どう、驚いた? 空間と空間の間に抜け道を使ってこんなことも出来るんだ。あんたが本当の敵なら今ので終わりだよ」
 遠くから二人の戦いを見つめるひとみと梨華にも、その技の恐ろしさは伝わっていた。
「梨華ちゃん。あの技の対処方法、今から考えておいた方がいいかもね」
「えっ?」
「もうすぐ、うちらの出番だってこと」
 ひとみの腕から、無意識のうちに電気がほとばしった。
 そんな様子を横目で見ながら、紗耶香は苦笑する。
「あの子、早くあたしと戦いたくてウズウズしてるみたいだから手っ取り早く行くよ!」
 再び空間に穴を作り、手を差し入れる紗耶香。すると希美は自らの姿を草に隠し始めた。
「これならどこから剣が飛び出して来るか、わかるもん!」
「なるほど…草を切る音で剣の出現場所を把握するつもりか。見習いにしちゃ、中々うまいこと考えるじゃないか」
 それでも紗耶香の余裕は崩れない。その理由はすぐに明らかになる。
157 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月17日(月)01時39分34秒
更新終了。
158 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時28分10秒
「なら、こんな攻撃はどう?」
 ブチブチという草の断ち切られる音。その音から剣の場所を想定し、とっさに希美は身をかわそうとする。しかし。
「うわああっ!」
 その小さな体は、一瞬にして遠くへと吹き飛ばされる。紗耶香は剣を突き出すと同時に、退聖の力を使ったのだ。
 草のクッションによって地面に墜落する時の衝撃は多少緩和されるものの、それでも希美には大きなダメージとなった。
「…あんたも、タフだねえ」
 紗耶香の瞳に映るのは、よろけながらも懸命に立ち上がる希美の姿。苦痛に顔をしかめながらも、その表情は決して死んではいなかった。
「絶対に、負けられないんだ」
 そう。自分が負けてしまったら、ここまで来た意味がなくなる。それは圭にも真希にも、そしてわざわざ自分を指名してくれた裕子にも申し訳が立たない。思えば今まで自分は凶祓い“見習い”という地位に甘えていたのかもしれない。見習いであることで先輩メンバーに可愛がられ、そういう現状に満足していたのかもしれない。でも、彼女が事務所に来てから、何かが変わった。自らの足でしっかりと立つ彼女。自分も変わらなきゃ、とてもじゃないけれど彼女には追いつけないのだ。
 そうだよね、あいぼん。
 意を決したように紗耶香を睨みつけると、希美は果敢に突進していった。
159 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時31分58秒
「さすがは中澤事務所の凶祓い、あたしの後輩だよ!」
 二つの剣を上下に構え、希美の攻撃に備える紗耶香。
 希美は掌に発生させた炎を何度も紗耶香にぶつける。そして紗耶香はそれを次々に打ち落としてゆく。そんな行為が、幾度となく繰り返される。
「このままじゃ、辻のほうが不利だわ」
 ふと発せられた圭の言葉に、
「圭ちゃん、後藤は辻が勝つと思うよ」
ときっぱり言ってみせた。怪訝そうな顔をする圭に、
「多分、辻が勝つよ。何となくだけどね」
と真希は答えた。まるで、当たり前の出来事の様に。
 その間に、希美が紗耶香に仕掛けていた炎の連続攻撃が収まる。希美が大きく後ずさり、紗耶香との距離をとったのだ。
「どうした、もうスタミナ切れかい?」
「…そんなこと、ないよ」
 虚勢を張っていても、希美の顔に疲労の色が出ているのは誰の目からも明らかだった。
160 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時32分57秒
「忘れてないよね。あたしにはこういう攻撃方法があるってことを」
 紗耶香が空間の穴に剣ごと手を差し入れた。
「忘れてないよっ!」 
 草に身を伏せる希美。
「それは通用しないって言っただろ!」
 希美の背後から魔剣・退聖が迫る。草の千切れる音でとっさに希美は刃をかわすが、待ち受けるは退聖の特殊能力。
 しかし希美は、剣に向かって手を伸ばす。そして空間内の、剣を持つ紗耶香の腕を思い切り握り締めた。
「えっ、ちょっと!」
 予想外の希美の行動に、紗耶香は退聖の力を抑えきれない。力を発動させた退聖は希美を吹き飛ばそうとするが、希美は掴んだ腕を決して離さなかった。結果、紗耶香自身が引っ張られることになり、体勢を大きく崩した。
「今だ! 行っけえ!!」
 希美のフリーなほうの手が、紗耶香目がけて炎を放射する。
 だが一瞬だけ、紗耶香の反応の方が早かった。無情にも魔剣ウィラポンが希美の渾身の炎をかき消した。
 絶望を味わう間もなく、力を使い果たした希美の体が宙に舞う。
161 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時33分52秒
「決まったね…」
 遠くで見ていた梨華が呟いた。
「…次はうちらの番だよ」
 ひとみと梨華が、揃って紗耶香の前まで歩み寄る。
 しばらく放心状態で離れた場所に倒れている希美を見ていた紗耶香が、二人の接近に気づいた。
「紗耶香さん、連戦で悪いけど約束ですからね」
「まさかあの子相手に全力を使った、ってことはないですよね?」
 今にも飛びかかって来そうな二人を前に、紗耶香は気の抜けた顔をして、
「終わりだよ終わり。あんたたちとは戦わない」
と言った。
「はぁ!?」
 やる気満々だったひとみは収まらない。
「どういうことですか、説明して下さい!」
 梨華もやや怒り気味に詰問する。
「勝ったんだね、辻が」
 いつの間にか、真希が紗耶香の元へ来ていた。圭も一緒だ。
「何よそれ、あんただって見たでしょ! 紗耶香さんの一撃であの子が飛ばされるのを」
 早速梨華は真希に突っかかる。
162 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時35分22秒
 そこへ紗耶香が、無言で自らの袖をめくった。ウィラポンを握っていたほうの手首が、少しだけ腫れている。
「…市井さん、どうしたんですか、これ?」
 ひとみが怪訝そうに訊ねた。
「どうしたもこうしたも、あの子にやられたんだよ」
「えっ、でも…」
 そこへ、圭が説明を加える。
「低温やけど。辻の狙いははじめからそれだったのよ。紗耶香の袖のボタンを、気づかないように徐々に熱してね」
「とにかくあたしは負けた。圭ちゃん、後藤。あたし、協力するよ。もちろん事務所への復帰も込みでね」
「やったあ! いちーちゃーん!」
 紗耶香に抱きつく真希。まるで子供のような反応に、紗耶香は苦笑する。
「紗耶香、ありがとう。そして事務所復帰、おめでとう」
 圭も歓迎の態度を紗耶香に紗耶香に見せた。
 そんな様子を落胆の眼差しで見つめるひとみと梨華。
「そんなあ…これじゃあたしたち、無駄足じゃない」
 梨華は口を尖らせて不満を露にした。
「そうだね」
「もう帰ろ、よっすぃー」
 しかしひとみは梨華の呼びかけには応じず、真希たちのほうへ話しかけた。
「あの、お願いがあるんですけど」
「んあ? 何?」
 するとひとみは、まじめ腐った顔でこんなことを言うのだった。
「お願いです、あたしたちをあなたたちの事務所に入れて下さい!」
163 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時36分53秒
 突然のひとみの申し出に驚く面々だが、一番驚いているのはひとみのパートナー・梨華だ。
「ちょ、ちょっとよっすぃー何を言い出すの!?」
「これから別の空間使いを探すには時間がかかるし、探してる間にも誰か他の人間が大神を匿ってる奴の空間術を破ってしまうかもしれない。つうか今ここにいる人たちが一番早いかも。だったら大神を倒すまで、この人たちと一緒に行動してもいいかなって」
「それにしてもいきなり事務所入りなんて…あたしたち、今までも二人で頑張ってきたじゃない! それにこの人たちだって迷惑かもしれないし」
「んー、裕ちゃんに聞いてみなくちゃわからないけど、後藤は大歓迎だよ。よっすぃーだけでもうちにおいでよ」
 後藤の一言に、
「何言ってんの、よっすぃーが事務所に入るんだったらあたしも入るに決まってるじゃない! でもね、大神を捕まえるまでの間だからね!」
と敵意を剥き出しにする梨華。
「何だか、賑やかなことになりそうね…ってみんな何か忘れてない?」
 圭の素朴な疑問。
164 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時38分48秒
「忘れてるって…あ!」
 紗耶香は草原の奥へと駆け出すと、倒れている希美を両腕に抱きかかえて戻って来た。
「…小っちゃいくせに意外と重いな、この子」
「あはは、そうだ。辻のことすっかり忘れてた」
 真希が、眠っている希美の顔を覗き込む。ついさっきまで戦っていたとは思えないほど、安らかな寝顔だ。
「じゃあこの子をよろしく頼むよ」
 紗耶香が、希美を圭に引き渡す。
「あたしたちと一緒に来るんじゃないの?」
「いや、ちょっと荷物を整理してから行くからさ。圭ちゃんたちは先、行ってて」
「うん、わかったよ。行くよ、後藤」
 真希に出発を促す圭。
「いちーちゃん、早くしてね!」
 一生懸命紗耶香に手を振りながら、その場を立ち去る真希。連れてひとみと梨華も後をついていった。
165 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時39分30秒
「ちょっと、この子重くない?」
 希美を抱えつつ、山を下りる圭。すでに汗まみれだ。
「圭ちゃん、デスクワークで体なまってるんじゃない? それとももうおばちゃん現象?」
「…そんなことないって!」
 事務所内で亜依に“おばちゃん”扱いされて以来、その言葉に敏感な圭は急ぎ足で坂道を掛け出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ圭ちゃん!」
 後を追う真希。結果的に後続の二人は取り残された。
「ねえよっすぃー、上手いこと考えたよね」
「えっ、何が?」
 急に梨華にそんなことを言われ、首を傾げるひとみ。
「だってさ、大神だけでなく大神を匿ってる奴を倒せば、あたしたちの知名度は飛躍的に上がるじゃない。あの人たちと一緒に行動してれば、そういうチャンスも増えるもんね」
「…なるほど、そういう考え方もあるよね。全然思いつかなかったよ」
 ひとみの答えに、呆れる梨華。
 ま、でも、そういうとこがよっすぃーのいいところなんだけどね。
「どうしたの梨華ちゃん、にやにやしちゃって」
「ううん、何でもない。行こ、あの人たち見失っちゃう」
 日のすっかり暮れてしまった山の中に、カラスの間抜けな鳴き声が響き渡る。
166 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時40分29秒
 一方、ひとり草原に立ち尽くす紗耶香。
「そろそろ、出てきな。いるんだろ?」
 すると、物影から一人の男が現れた。
「…へへ、俺の存在に気付くとはさすがだな、空間使い・市井紗耶香」
「何だか協力の要請じゃないみたいだね…何者だい?」
「俺か? 俺は“昏き十二人”が一人よ。どうやら俺らの仲間が空間術の秘密をあのチビに見られちまったみたいでな…後を追ったらお前に辿り着いたわけさ」
 男は両手から糸のようなものを垂らし始める。
「…動物憑きの精霊使いか。精霊は蜘蛛? それとも蚕?」
「これを見りゃわかるだろっ!」
 男が両手を天に広げると、紗耶香の体が宙に浮く。四肢には男の糸が絡みつき、まったく身動きが取れない。草原には、すでに無数の糸が張り巡らされていたのだ。
「蜘蛛の巣、ってわけ」
「そうだ、お前は俺の巣に引っ掛かった哀れな蝶よ。俺の存在に気づきながら、仲間を返しちまったのが敗因だったな」
「なああんた」
 俯きながら紗耶香が男に問う。
「あたしが一人ここに残った理由、わかる?」
「俺の力が強力過ぎたから、巻き添えにしたくなかったからだろ」
「違うね。あたしの力にあの子たちを巻き添えにしたくなかったからさ!」
167 名前:第五話「事務所の先輩」 投稿日:2003年02月19日(水)15時41分27秒
 何もない空間に一つ、また一つ穴があく。
「な、何だこれは!」
「あんた、空間使いが仲間にいながら何も知らなかったの? いかに空間使いとは言え、そう簡単にボコボコ空間に穴をあけられないんだよ。だから空間使いは空間の安定しない場所、つまり空間の精霊の力の及びやすい場所を戦場に選ぶんだ」
 空間の穴は男を取り囲む様に、数を増してゆく。
「そして空間使いの許可しない、空間に呑み込まれた物体は…」
 穴から逃げ回っていた男が、ついに地面に空いた穴に足を取られた。男の足首から先が、空間へと消えてゆく。
「あっあっ足があああ!」
 草原をのた打ちまわる男に、紗耶香は冷たい視線を投げかける。
「空間へと消えてゆく物体の行方はあたしにもわからない。ただ一つだけ言えるのは、呑み込まれたのが人間ならば、その人間は生きてはいないってこと」
「ひいい!」 
 突如現れた大きな穴が、男の全身を覆った。
「けれど、あたしは無益な殺生はしなけどね」
 穴から解放された男は気絶していて、しかも小便まで漏らしていた。
「うーん、まだ八割程度かな。力の回復は」
 力を失った糸を振り払い、地面へと下りる紗耶香。
 こりゃ事務所が狙われてるかも…
 紗耶香はこれから起こり得るであろう出来事を憂う。そして紗耶香の想像する通り、“昏き十二人”の矛先は中澤事務所に向けられていくのだった。
168 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月19日(水)15時42分14秒
更新終了。
169 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月22日(土)11時29分51秒
レスしてないけど読んでますよ〜。
面白い。頑張って下さい。
170 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月25日(火)02時48分27秒
 ここは、空間使い・稲垣吾郎によって外界と遮断された世界。
 “昏き十二人”のメンバーたちはこの場所を拠点にして、数々の襲撃事件を決行していた。つんく選りすぐりの精霊力感応者たちにもまったく居場所が掴めないのは、至極当然の話だったのだ。
 そして稲垣の前にメンバーが多数、揃っていた。
「吾郎君、我々を全員呼び出すなんてどういうことかな?」
 前髪をかき上げ、優男がにやつく。
「全員…? 何人か、欠けているようだが」
 ガタイのいい、袈裟を着た坊主が辺りを見まわして言った。
「ああ、脱落したからね」
 周りに湧き上がる疑問を、稲垣はたった一言で説明した。
「脱落って、どういうことやねん」
「具体的に説明してくれないとわからないじゃない」
 小柄な金髪男と釣り目の巨乳女が稲垣に詰め寄る。
「空間術はとても特殊な性質を持っていてね、ごく限られた人間にしか扱えないんだ。その数少ない空間使いの一人に、東京中の凶祓い事務所が接触をはじめたんだ。それで、それを阻止しようと蜘蛛糸使いを差し向けたら返り討ちにあった。そういうことだよ」
「ふん、まるで他人事だな」
 剣を抱えた顔の濃い男が、遠くで稲垣を皮肉った。
171 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月25日(火)02時49分17秒
「いずれここが凶祓いたちに知られるのも時間の問題だと思っていたからね。それより、君たちに今回集まってもらったのは頼みたいことがあるからなんだ」
「それはクイーン直々の命令なんだろうね?」
 にやけたまま、そんなことを訊いてくる優男。だが、目は笑ってはいない。
「ぼくの、独断だ」
 その台詞を言い終わらないうちに二つの影が稲垣を襲う。喉と胸につきつけられる、二人の腕。
「…何を、偉そうに」
「クイーンを差し置いて俺たちに命令だと?」
 その様子を見て釣り目の女が、
「やめなよ! うちらが仲間割れしてどうすんのさ!?」
とヒステリックに叫んだ。
「…君たちに頼みたいのは、クイーンに施された霊具が完全体になるまでの時間稼ぎ。それはクイーンの願いでもあるんだ」
 稲垣は顔色一つ変えず、淡々と語る。
172 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月25日(火)02時50分55秒
 夢。
 見たこともない、怖い夢。
 ののの、知らない世界。
 お父さんもお母さんも、お姉ちゃんもいない。知らない人たちが、ののの周りを取り囲んでる。
 ここはどこだろう。昔の時代劇に出てくるような、古いつくりの家。その家の中で、ののは知らない人たちに罵声を浴びせられている。何を言っているのかはわからないけれど、怖い。
 怖いのは、ののに注がれる知らない人たちの視線。殺意に満ちた、その瞳。
 でももっと怖いのは。
 その人たちが一瞬にして、青い炎に包まれてしまうこと。
 炎の中で人の形をしたものが、あっという間に黒い塊に変わってゆく。
 不吉な呻き声と、焦げ臭いにおいを撒き散らして、踊る肉塊。
 次々に崩れ落ちる、かつて人だった黒い炭。
 誰が、こんなことを?
173 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月25日(火)02時51分42秒
 最悪の目覚めだよ…
 希美はそんなことを思いつつパジャマから制服へと着替える。
 もう、マロンがののの蒲団の上に乗っかって寝るから変な夢見ちゃったよ。
 気分を一新させようと、窓のカーテンを全開にした。しかし外に広がるのは、今にも泣き出しそうな梅雨空だ。
 天気は悪いけど、頑張らなきゃね。
 足元でじゃれつく愛犬を適当にあしらい、急いで階下へ駆け下りた。もちろん今日も、遅刻印の大盛りソングだ。
「お母さん、朝ご飯朝ご飯!」
「はいはい、出来てるわよ」
 飛びつくようにテーブルに座る希美。母も姉も呆れ顔だ。
「希美、早く食べないと遅刻するぞ」
「わはっへるよ!」
 父親の諫言も何のその、口にものを詰めこみながらも希美はゆっくりペースだ。
「まったくしょーがねーなあ希美は」
「本当よ希美、もう高校生なんだからもっとしっかりしないと」
「まあ見た目は高校生には見えんがな」
 父親の一言に、笑い出す一家。希美も何故か笑ってしまう。
「笑ってる場合か? 本当に遅刻するぞ」
「いっけない! じゃお父さんお母さんお姉ちゃん、行って来ます!」
 食事もそこそこに、希美は慌てた様子で家を飛び出して行った。
174 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月25日(火)02時52分26秒
 いつものように、遅刻寸前で教室に滑り込む希美。早速、クラスメイトの紺野あさ美に注意を受けた。
「ののちゃん、いつもギリギリなんだから」
「えへへ、でもいつも間に合ってるよ」
「あのねののちゃん。本で読んだんだけど、よく遅刻する人はそうでない人より大病を患う確率が高くなるんだって」
 へえ、と他人事のように感心する希美。しかしその後で、
「まあ…大病なら既にやってるんだけどね」
と付け加えた。金魚が豆鉄砲を食らったような顔をするあさ美。
 希美は去年の春、突然病に倒れた。医者の説明によると心臓の病気だったようで、今年に入ってやっと完治したばかりだった。退屈な病院生活の反動の賜物が、凶祓いのバイトなのかもしれない。
「ねえ、ののちゃん。病院生活って、どうだった?」
 あさ美にそんなことを訊かれ、考え込む希美。そして、
「あんまり覚えてない。だって退屈だったんだもん」
と答えた。
「病院での生活って、何もすることがないってよく言うもんね」
「ホントだよ。でね、病院に三十路の看護婦がいたんだけど…」
 そこへ一時間目の科目の教師が現れる。希美は嫌がおうにも自分の席に戻らざるを得なかった。
 あの看護婦さん、元気にしてるかな。そう言えば何となく中澤さんに似てたような気がする…
 希美は看護婦の顔を思い出そうとしたが、それはしっかりとした像を結ばず、霧のよう
175 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月25日(火)02時53分16秒
 いつものように、希美の放課後は中澤事務所に直行だ。最近は年長のお姉さんメンバーも入ったので、事務所に行くのがますます楽しくなった。
 吉澤ひとみ。電気を自在に操る雷使い。おおらかで男前な性格はすぐに事務所の人間に受け入れられ、まるで昔からいるような存在と化している。
 石川梨華。褐色の肌を持つ氷使い。ひとみとは違い大人しい感じだが、まだ環境に慣れてないためであろう。何となく生真面目な印象を希美は受けた。
 そして市井紗耶香。事務所の先輩。後藤真希の剣の師匠。そして精霊使いの中でも稀少と言われる、空間使い。希美とは一戦交えた仲ではあるが、そんなことを感じさせないくらいサバサバしている。男らしいのだが、ひとみの“男らしさ”とは違い何となく硬派な感じだ。
 紗耶香の復活はもちろん、ひとみと梨華の事務所一時的加入についても所長の裕子は歓迎した。その時の言葉も、
「まあ、これから色々忙しくなるからな。紗耶香の参入は心強いし、そこの二人もなかなか使えそうや。うちは別に構へんで」
とあっさりしたものだった。
 でも中澤さん、色々忙しくなるとか言ってたけど、どういうことなんだろう。市井さんが“昏き十二人”のアジトを探ってるみたいだけど、その後のことは多分一依頼としてどこかの事務所に振り分けられるってあいぼん言ってたし…
 しかしいくら考えてみても答えらしきものはまったく出て来ない。希美は答えを出すことを諦め、再び事務所に向かって歩き出した。
176 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月25日(火)02時54分06秒
 事務所には珍しいことに、紗耶香を除いて全員のメンバーが揃っていた。これだけの人数が揃うのを見たのは希美にとって初めてのことである。
「のの、遅いべさ」
 希美が事務所に入るやいなや、なつみが声をかけてきた。
「だって学校があるだもん」
「らって学校があるんらもーん、か? 学生は気楽でええなあ」
 すかさず亜依が横から茶々を入れてくる。いつもならそこで反論する希美だが、今日はそうならなかった。
「そんなこと言って、お前も学校行きたいんだろう? 楽しいぞー、学校は」
 亜依を、後ろから抱きかかえるようにして持ち上げる背の高い人物。
「わわっ、何すんねん! 離せ、離せやよっすぃー!」
「ははは、高い高ーい」
 さすがの亜依も、ひとみにかかればまるで子供である。
「ところで、どうして今日はみんな集まってるの?」
 希美は気になって、椅子に座ってる真里に声をかけた。
「ああ、何か今日はつんくさんが事務所に来るみたいだからって裕ちゃんが」
 三人の亜精霊を掌で遊ばせながら、そんなことを言う真里。
「つんくさんが?」
「あれ、辻はつんくさんに会ったことあったっけ」
「はい。事務所にアルバイトの面接をしに来た時に」
「そっか、あん時偶然来てたもんな」
 希美は初めてつんくに会った時のことを思い出した。
177 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月25日(火)02時56分31秒
いつもながらの、ちょこっと更新です。

>>名無し読者さん
レスどうもです。
稀少な読者さんで大変有り難いです。
これからも頑張って期待に添えたいと思います。
178 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月26日(水)01時46分23秒
 希美は初めてつんくに会った時のことを思い出した。
 茶色に染めた頭に、黒のスーツと赤いシャツにド派手なネクタイ。最初にあった時は如何わしい職業の人に見えた。その人がまさか凶祓い界のお偉いさんだと知ったのは、希美が凶祓い見習いとして認められてからずっと後のことだった。
「でも、つんくさんってまだ若いのに、どうしてそんなに偉いんですか」
 希美は何となく思ったことを口にする。呆れかえる真里。
「お前なー、そんなことも知らないのか? つんくさんは、六年前に凶祓い・小室哲哉の起こした反乱を鎮めた凶祓い集団“紗嵐弓(しゃらんきゅう)”のリーダーだったんだ」
「ふーん…そうなんですか」
「まあ辻はもともとこっちの世界の人間じゃないから実感わかないんだろうけど、ちっちゃな頃から精霊使いの世界にいたおいらたちからすれば、つんくさんは英雄的存在て感じかな」
 そんな真里の言葉を耳にし、つい先ほどまでひとみとじゃれあっていた亜依がこちらへやって来て、含み笑い。
「何だよ、加護」
「だって矢口さんのちっちゃな頃って、今でも充分ちっちゃいやないですか」
 これには思わず希美も笑いを堪えきれない。
「お、お前らだってちっちゃいじゃんか!」
「うちらはまだまだ伸び盛りやもんな、なあののー」
「うんうん!」
 亜依の言葉に、希美は大きく頷いた。
「ちくしょう、可愛げのない…おいらだってまだまだ…さすがにもう伸びないか」
 はしゃぐ二人を恨めしそうに睨む真里だった。
179 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月26日(水)01時47分19秒
 一方、こんな賑やかな事務所の中で一人だけ浮かない顔の者がいた。裕子である。そんな裕子の様子を遠目で窺いながら、なつみと圭織が何やら囁きあっている。
「ねえ圭織、裕ちゃんどうしたの?」
「さあ、つんくさんが事務所に来るって聞いてからずっとあの調子だから」
 圭織が眉をしかめた。
「でもさでもさ、裕ちゃんがああいう顔する時って、大抵何か大事なことを決めてる時なんだよね」
 なつみの発言は、圭織にある日の出来事を思い出させた。無論、発言したなつみ自身にも。
「ふたりとも何話してんの?」
 小声で話す二人の間に、仮眠から醒めたばかりの真希が入って来た。不意を突いたような真希の登場の仕方に、ぎょっとするなつみと圭織。
「ご、ごっつぁん!」
「おはようごっつぁん、もう仮眠はいいのかい?」
「ん、昨日入った依頼が夜中だったから…でも大分寝たから」
 そう言って真希は大きく背伸びをした。
 その時だ。事務所のドアが開かれ、一人の男が二人の少女を引き連れてやって来た。
180 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月26日(水)01時48分05秒
「何や、俺の知らない間に随分と賑やかになったもんやな」
 つんくは事務所内を見渡し、笑う。そんなつんくの後ろについてくる、笑顔の少女と不機嫌な顔の少女。
 真里が自分の席から立ち上がり、つんくの前に歩み寄った。
「ああ、ちょっと重要な伝達事項があってな。それでみんなにも集まってもらったんや…おっ」
 つんくの目に亜依が止まる。
「あんたがつんくさんか」
「おーお前が加護か。話は聞いとるぞ、中々腕が立つんやてな。未来の中澤事務所をしょって立つオーラがビンビンに来てるでえ」
「ほ、ほんまか?」
「あいぼん、つんくさんの言うことまともに聞いちゃだめだよ。事務所に入る前、ののに『お前はイチローになれる素質、持ってるわ』なんて言っちゃうくらいだから」
 希美がそう言うのを聞いて、亜依の表情は忽ち曇ってしまった。
「何や、お世辞かいな」
「いや、ホンマやて。辻も本当にイチローになれる可能性あるんやって…ん、自分も新入りか?」
 つんくは次に部屋の隅で梨華と話しているひとみに視線を移した。ひとみはそれに応じつんく側にやって来る。
「はい、この前事務所に入ったばっかですけど」
「自分、何か天才的に美少女って感じやな」
「は?」
 いきなりそんなことを言われて、困惑するひとみ。その向こう側から、鋭い梨華の視線がつんくに突き刺さった。
「…まあええわ。これからも頑張りや」
 何やこの事務所、いつの間にか居心地悪うなったな…
 そんなことを一人ごちるつんくだった。
181 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月26日(水)01時49分06秒
 一方…
「ここが、中澤事務所…か」
 不機嫌な顔の少女が、つまらなそうに呟く。
「おともだちいっぱい、って感じだよね? ♪はっしゃいじゃって良いのかなー?」
 笑顔を湛えた少女が、口を窄ませおどけて見せた。
 つんくがやって来たことにようやく気付いたのか、裕子がやって来た。
「つんくさん、後ろの子たちは…」
「ああ、俺の秘書みたいなもんや。こっちが松浦亜弥で、こっちの子が藤本美貴」
 つんくは後ろを振り返り、二人を紹介した。
 何っちゅうか、人形みたいな子たちやな。
 それが裕子の彼女たちに対する印象だった。まあ、今の裕子の心理状況も影響しているのだろうが。
「ところで今日、俺がここに来た理由、もう分かってるやろ」
「ええ…」
 沈痛な面持ちで、裕子は頷いた。
「東京中のオフィスビルを襲撃している、“昏き十二人”。いや、奴等の本当の目的はとある地位にいた人間の抹殺や。当時の警視庁特殊犯罪対策の幹部だった人間が九人も殺されとる…これだけ彼らに深い恨みを抱いてる人間を、俺は一人しか知らへん」
 裕子には最早、言葉を発することも出来なかった。外部の人間である中居の発言と、身内とも言うべきつんくの発言では、重みが違い過ぎるのだ。
「“昏き十二人”を操っとんのは、福田や」
182 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月26日(水)01時50分03秒
 つんくの一言は、側にいた圭織やなつみの耳にも届いていた。思わず、つんくの元へ詰め寄る二人。
「今、何て言ったんですかつんくさん!? 明日香が、“昏き十二人”の首謀者なんですか!? 冗談はやめてください!」
 圭織はつんくを大きな瞳で睨んだ。
「う、嘘だべ。福ちゃんが、そんなことするはずないべ?」
 なつみは嫌々をするように身を揺らす。だがつんくは、
「ホンマや。もう裏も取れてんねん」
と断言した。
 只ならぬ年長者の反応に、真里や真希をはじめとして、亜依、希美、ひとみと梨華もつんくの元へ集まり始める。
「みんなも聞いてくれ。今東京中を騒がせ、恐怖を与えている存在・昏き十二人のボスは…かつてこの中澤事務所に所属し…」
 何かを感じ取ったのだろう、真里の顔が青ざめてゆく。
「お前らの先輩でもあった…」
 希美は隣にいる亜依の手を強く握り締めた。
「福田明日香なんや」
183 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年02月26日(水)01時59分55秒
 これだけの人数がいるにも関わらず、事務所の中はまったくの無音状態になってしまった。それだけ、つんくの言葉には破壊力があった。誰もが皆、衝撃のあまり一言も喋ろうとはしない。明日香のことを直接知らない真希や亜依、希美も話には聞いていたし、ひとみや梨華もその雰囲気に飲まれていた。この場で自らを崩していないのはつんくの後ろにいる少女たち・亜弥と美貴だけだった。
「そこでや。俺からお前らにお願いがあるんや。お前らが敵の空間使い対策に市井を確保したことは知ってる。他の事務所の人間が新たな空間使いを探すにはかなりの時間がかかるやろう。必然的に敵の空間術を破るのは、お前らの役目になる。せやけど、その後のことについては…」
 つんくはそこで一呼吸起き、そして、
「この件からはスッパリ手を引いて欲しいねん」
と言った。しかし、裕子の口から出た台詞はそれを完全に覆すものだった。
「それは、できません」
「…中澤。その言葉はお前らの手で福田に対して何らかのけじめをとる、そう捉えて構へんのか?」
 裕子は少しの間俯いた後、はっきりと、
「ええ、構いません」
と言った。その顔は決意に満ちていた。
「そ、そんな…なっち、福ちゃんと戦うなんて出来ないよ…」
 明らかにうろたえるなつみの肩を抱き、圭織が心配そうに裕子を見つめる。それに対し、裕子は心配ないよという態度を視線で表した。
「中澤。かつての仲間と敵味方として戦う辛さは、この俺が一番良う知ってる。今からでも遅くない、この件から手を引いてくれ」
「いえ、寧ろあたしたちにやらせてください」
 裕子の視線は決して折れなかった。
184 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月26日(水)02時01分11秒
更新終了。
相変わらずのプチ更新で申し訳ないです…
185 名前:和尚 投稿日:2003年02月27日(木)00時45分58秒
一気に読ませていただきました。
かつての仲間が敵味方になってしまった・・・非常に気になる展開です。
更新待ってますので頑張ってください〜♪

186 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年03月03日(月)18時33分46秒
うわ〜。首謀者があの人だったなんて…。
これからどうなっていくんでしょう。
ちなみにいしよしいちの三人の戦いのとこ、かなり萌えました(w
ののもかっこよかったです!
187 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)01時51分40秒
「中澤、お前…」
「明日香は今でもあたしたちの仲間です。でも、仲間だからこそあたしたちにしかできないこと、仲間だからこそあたしたちのやるべきことがある。そう思うんです」
「俺は、かつての仲間だった男をそいつの命を奪うことでしか救えへんかった。お前らには、その覚悟はあるか?」
 つんくの「命を奪う」という言葉に反応するメンバーたち。なつみは必死に自分の耳を両手で塞いでいる。他の娘たちも同じ気持ちだ。それは裕子とて例外ではなかっただろう。だが、
「はい」
 裕子は力強く、そう言った。
「しゃあないな。お前らの好きにせえや。他の事務所には俺から訳を説明したるから」
 つんくは裕子の覚悟に負け、承諾した。いや、もしかしたら始めからこうなることを予見していたのかもしれない。
「そんなの、嫌だよ」
 そこへ、一人の少女の声が通る。なつみだった。
「なっち…」
「なっちにはそんなことできない。裕ちゃん、忘れたの? この小さな事務所を福ちゃんと一緒に五人で立ち上げたじゃない。仕事が少なくても、みんなで一緒に頑張ってきたじゃない。それを何だべさ、苦労を共にした仲間が敵になったからって殺すって言うの!?」
 昂奮しはじめるなつみを圭織が、
「なっち、裕ちゃんはそんなつもりで言ったんじゃ…」
となだめるも逆に、
「圭織もそっち側? オリメンの絆も何もありゃしないよ!」
と食ってかかる始末だ。
188 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)01時52分33秒
「この事務所には聞き分けのない子供がいるみたいね」
「あはは、だだっ子みたいですねえ」
 そしてなつみは無神経な言葉を投げつける美貴と亜弥を一瞥すると、
「わかったよ、もういい!」
と一人事務所を飛び出してしまった。
「なっち!」
 追いかけようとする裕子を、つんくが制した。
「つんくさんどいてください!」
「安倍もええ大人や。冷静になれば、中澤の考えも理解できるやろ」
「でもつんくさん」
 そこへ美貴が一歩歩み出た。
「安倍さんを一人にするのは状況的に好ましくないのでは…敵の格好の餌食になってしまいます」
「せやな。よし辻、お前は安倍の後を追ってくれ」
「は、はいっ!」
 つんくに名指しされ、飛び上がるように走り出す希美。
「つんくさん、もし敵に遭遇してもなっちなら大丈夫じゃない?」
 希美が部屋から出るや否や、真里がそんなことを言った。
「俺が心配してるのはその逆や」
「逆ぅ?」
「安倍の奴、怒りに任せて手加減でけへんかもしれへんからな」
 つんくはそう言うと、にやりと白い歯を見せて笑った。
189 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)01時53分59秒
 降りしきる雨の中、なつみはあてもなくさまよい続ける。
 冷たい雨が、なつみの体に染み込んでいく。骨身に食い込むような寒気はなつみに冷静さを取り戻させたものの、心に残るわだかまりまでは拭い去れなかった。
 裕ちゃんの言いたいことはわかるよ。でも…
 明日香が自分の敵として目の前に立ち塞がる。そんな光景は、なつみにとって耐えうるものではなかった。
 裕子、なつみ、圭織、今は現役を退いている石黒彩、そして明日香。たった五人で立ち上げた凶祓い事務所。その中でも背格好の似ていたなつみと明日香はすぐに仲良くなった。そして二人の操る精霊の属性もあって、よくコンビを組まされ依頼に当たった。彼女に対する思い入れはその分、深かったのだ。
 …福ちゃん。なっち、どうすればいい?
 焦点の定まらない視線を路上に投げかける、なつみ。降り注ぐ雨の軌跡と自らの前髪から零れ落ちる雫の軌跡とが、重なる。その時。
 紫色の蛇のような何かが、なつみの足元に襲いかかった。辛うじてステップを踏みそれをかわすなつみ。鞭の一撃で、アスファルトが毒々しい煙を発し始めた。
「何をぼーっとしてるんだい?」
 なつみの視界に、胸を強調したボンテージ風の格好をした女が現れる。
「空間の歪みを探している市井を仕留めたほうが早いと思ったけど、稲垣の言う通り一人ずつ潰してくのも案外簡単かもねえ」
 蛇のような何かは、彼女の持つ鞭だった。その鞭を唸らせ、女は不敵に笑った。
190 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)01時56分07秒
「あんた…“昏き十二人”?」
「その通りさ。あたしは昏き十二人が一人・栄子。クイーンの意志により、あんたたちを抹殺するためにやってきた」
「クイーンって、福ちゃん? だったらあんたは嘘吐きだ、福ちゃんがそんなこと言うはずがないよ」
「ははっ、クイーンはあんたたちのことはもう仲間だとは思ってないさ!」
 栄子が腕を交差させ毒鞭を振るう。複雑なその動きを避け、なつみは栄子に向かってボール上の水球を生じさせる。
「あんたが水使いだってことは知ってるよ。でもそれはあたしにとって好都合」
 なつみに放った鞭を戻し、水球に差し込む。すると鞭が水球を吸収し始めた。
「毒の属性は親水性、ってわけ」
 苦笑するなつみ。
「そ。あんたに勝ち目はないってこと。さあ、あたしの毒鞭でさっさとあの世に逝くんだよ!」
 栄子の鞭が四方八方に分裂する。幾条にもなった鞭のうちの一撃を、不覚にもなつみは食らってしまった。
「あうっ!」
「ほーら」
 白い肌にケロイド状の跡が残る。それをあっという間になつみの右手が元に戻す。
「ふん、回復させる暇なんて与えてやるもんか。それっ、踊りな!」
 二度、三度鞭を振るだけで、その軌跡は無数に増える。先ほどの一撃で毒の危険性を身をもって感じたなつみだが、避けるのが精一杯でなかなか攻撃に転じられない。それはなつみの中に存在する心の迷いが多分に影響していた。
「…なかなか厄介だね」
191 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)01時57分24秒
 攻撃の手を緩めることなく、栄子は突然なつみに質問した。
「捨てられた仲間に何故そこまで固執する?」
「捨てられた? 福ちゃんはなっちたちのことを捨てちゃいないし、福ちゃんは今でもなっちの友達だよ!」
「友達…あたしにもいたよ、江梨子って子がね。でもあいつは自分がのし上がるためにあたしを利用しようとした。だから消した。友情なんて嘘臭いもの、存在しないんだよ!」
 縦横無尽に毒鞭が飛び交う。なつみはその軌跡の合間を縫って、栄子に近づいた。
「じゃああんたが今、福ちゃんに従ってるのはどうして? 友情? それとも信頼?」
「笑わせないで。クイーンもあたしも、お互いを利用してるだけ。クイーンはあたしたちを使って目的を達成し、あたしたちはクイーンの力でやりたいようにやる。ただそれだけさ」
 その言葉に、なつみの表情が変わる。
「あんたたち、福ちゃんを利用してるだけなんだね…」
「その通りさ、何が悪い? 世の中、利用して利用される関係しかないんだよ。友情なんて信じてる奴は甘ちゃんさ!」
 何本にも分かれた鞭の一本が、なつみの首に巻きついた。
「そろそろ茶番も終わりだよ…」
「…許さない」
「は? 何か言った?」
「福ちゃんを利用する奴は、許さない!!」
192 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)01時59分12秒
 なつみの目がかっと見開かれる。弾丸のような水粒がいくつも生じ、弾丸のように栄子に向かっていった。
「ムダだと言ったろ、水分と言う水分はあたしの毒鞭で…」
 もう一つの鞭を水粒に向かって振るう栄子だが、途端にその色を失った。超高速の水粒は鞭を突き抜け、次々と栄子の体に打ち込まれていく。
 通常では考えられない圧力を加えられた水粒は、まるでBB弾のように栄子の体に食い込む。一粒一粒は大したことはないものの、まるでマシンガンのように発射される水粒は栄子に大きなダメージを与えた。
「汚い大人たちに友達を奪われた福ちゃんの心の傷を、さらに広げようとする奴は、なっちが絶対に許さない!」
 栄子の両腕から毒鞭が消えてゆく。それでもなつみは攻撃をやめなかった。無数の弾丸に、栄子の体が踊る。
「やめて! それ以上やるとその人死んじゃうよ!!」
「…のの」
 遅れて駆けつけた希美の声で、やっと我に帰るなつみ。栄子の肌には無数の痣が刻み込まれ、中には血が吹き出ている個所もあった。
193 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時01分14秒
 栄子を警察関係者に引き渡した後、事務所への帰り道を歩くなつみと希美。雨は相も変わらず降り続けていたが、その勢いは弱まっていた。
「安倍さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
 なつみを自分の傘に入れながら、希美はそんなことを言う。
「何、のの?」
「福田さんと安倍さんって、どんな感じのお友達だったんですか?」
「どんなっても…うーん、難しいなあ」
 しばらく考え込むなつみだが、
「言葉には表せないくらいあったかくて、お互いに信頼しあえる、そんな関係かな?」
という答えを出した。
「ふうん…よくわからないけど、凄い関係ですね」
「ののはそういう友達、いないの?」
「学校ではあさ美ちゃん、事務所ではあいぼんが友達かな」
「ふふ、どっちも大事にするんだよ」
 なつみは微笑みながら、希美の頭を撫でる。照れ臭そうに笑う希美。
194 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時02分54秒
「ところでののは、友達とケンカした時どうやって仲直りする?」
 今度はなつみが希美に逆質問だ。
「えっ…そうですねえ、取り敢えずケンカになりそうになったら、こっちから謝ります」
「じゃあケンカの原因もわからない、会ってもくれない場合はどうする?」
「えーっ…そうですねえ…えーっと…」
 一生懸命考えを巡らせてるのか、希美はしきりに頭を左右に傾けた。
「いいよ、ゆっくりで」
「…会ってくれるように、その子の家まで行きます。で、頑張って相手を説得します」
 希美がようやく出した解答に、なつみは目を細めた。
「そうだよね、会ってみないとわからないよね」
 福ちゃんに、会ってみる。会って、こんな馬鹿げたことはやめるようにって、説得する。話し合わなければ、今の彼女を理解することはできないんだ。
 なつみの心に、一つの決意のようなものが生まれていた。
195 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時03分54秒
 つんくたちの帰った中澤事務所。
 なつみが事務所を飛び出した後、程なくしてつんくたちもその場を去った。
「なあ裕ちゃん。やっぱおいらたち、明日香と戦わなくちゃなんないのかな?」
 憂鬱そうに真里が口を開く。
「失踪してからの明日香が、何を考えて行動してきたのか。会ってみないと、わからへん。その結果、戦うことになるかもしれへんな」
 裕子は眉間に皺を寄せて、それに答える。
「でも、明日香のしてることは現実にたくさんの人たちを巻き込んでる。ほっとけないよね、裕ちゃん」
 圭織が裕子の側に立ち、大きな瞳で見つめる。
「そうやな。そして、それを止めるのは、うちらしかおらへん」
 裕子の視線が窓の外へと向く。途切れることのない雨の軌跡が、銀色の糸のように硝子を流れていた。
「中澤さん。気になること…あるんやけど?」
 そんなところへ、亜依が珍しく低姿勢で裕子に尋ねた。
「何や?」
「福田さんが失踪したのって、何でなんですか?」
 裕子・圭織・真里。三人の表情が硬くなる。
196 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時04分48秒
「それは…」
「後藤も、聞きたいな」
 亜依の質問に、真希が追随した。明日香が失踪したことで空いた穴を、埋めるような形で事務所入りした真希。何故明日香が失踪したかを風の噂で聞いていた真希だったが、詳しいことまでは知らなかったし、また事務所内でもその話題には触れないと言うのが不文律になっていたのだ。
「あたしも知りたいです、中澤さん」
 梨華が、座っていた椅子から立ち上がる。続いてひとみも、
「確かにうちらはある意味部外者かもしれないですけど、やっぱり知りたいんです」
と言った。
「わかった…話したるから、みんな落ち着きや」
 思い出したくない。口にも出したくない。それは、明日香がそこまで追い込まれていたことに気付けなかった自分たちの不甲斐なさを認めることになるから。でも今は、話さなければならない。そう裕子は、思うのだった。
「今は政府公認の独立した団体である凶祓い組織も、かつては警視庁の下部組織に過ぎない時代があったんや。うちらを統括していたのは、警視庁特殊犯罪対策っちゅう部署やった。大層な名前やけど、実質は金と利権を抱えたクズの集まりや」
 裕子が、遠い目をして語り始める。
197 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時06分01秒
  精霊使いと一口に言っても、その使役する精霊によって様々である。強力な戦闘能力を有する精霊使いもいれば、そうでないものもいる。
 より子は精霊の力を使って人の心を読む能力を有する、まったく戦闘能力のない精霊使いであった。そんなより子と親友だったのが、福田明日香。ある依頼で行動を共にした彼女たちは、瞬く間に親しくなった。
 より子はまた、優秀な精霊使いだった。対象の深層心理まで読み取ってしまう能力の高さは当時の警視庁特殊犯罪対策の幹部たちの目に止まり、しばしば彼らの個人的な依頼まで持ち込まれることもあった。
 そして。ある日のことだ。より子の所属する事務所に、より子指名で警視庁特殊犯罪対策の幹部から一つの依頼が持ち込まれた。
 それは至極簡単な依頼だった。拘置所に拘留されているある男に会い、その心を読む。それだけだった。彼女一人を拘置所へ向かわせることを懸念したのか、二人の幹部が同行することとなった。だが、それが仇となった。
 依頼は成功だった。より子が男から得た情報は、幹部たちを十二分に満足させるものだった。礼を述べる彼らに、より子はこう言った。
「もう、あなたたちには協力できません」
198 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時06分46秒
 慌てふためく幹部たち。彼らが自分たちの心の内をも読まれてしまっていたことに気付くのに、そう長くはかからなかった。賄賂、利権、数々の不道徳な行為…それらの露見を恐れた幹部たちは、ひどく短絡的な行動をとった。彼らは口封じのために、刺客をより子に差し向けたのだった。
 異常な事態にいち早く気付いたのが、明日香だった。上からの圧力に屈しより子を守れない所属事務所に代わり、彼女がより子の庇護者となった。だが、邪霊師と精霊使いのボーダーライン上にいるような刺客を日々相手にする明日香の疲労は、日増しに濃くなってゆく。
 そこへ、一人の男が二人に救いの手を差し伸べた。彼は警視庁特殊犯罪対策の中でも穏健派と称される幹部だった。彼は隠れ家として、とあるシティーホテルを手配する。
 そのホテルの名は、ホテル・ファーイースト。51人の死傷者を出した大火災の舞台となった場所である。
 そしてより子は、老朽化したホテルと共に灰となる。
 より子と共に行動していたはずの明日香は、その日を境に消息を断った。
 ホテル・ファーイーストの大火災との関連を噂された特殊犯罪対策は、うやむやのうちに解散となった。ただ、十二人の幹部は大企業の相談役などの役に就き、のうのうと生きていくことになる。
199 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時07分57秒
「…というわけや」
 裕子が話し終わると、ひとみは近くにあった机に拳を叩きつけた。
「ちくしょう、汚いやつらだ!」
「そんなことを中澤さんは、いや凶祓い組織の人間は黙認していたんですか!?」
 目にうっすらと涙を溜めている梨華。
「あいつら、何一つ証拠を残さなかったんだよ。唯一の証拠だったはずの、ホテルに放火した炎使いは真っ先に明日香に…」
 圭織は実行犯と思しき人物が、数日後に東京湾の倉庫で無残な黒焦げになって発見されたことを語った。
「そないな連中、殺されて当然のことやないか!」
 亜依までが、話の内容のあまりの酷さに激昂する。
「おやおや、みなさんお怒りのようですねえ」
 そこへ、場違いな嬌声がする。全員の視線がそこへ集中した。嬌声の主は、松浦亜弥。不自然なほどの笑みを湛える少女。
「あんた、まだ帰ってなかったんだ」
 真希が冷たい視線を亜弥に投げかける。しかし亜弥はもっと私を見てと言わんばかりに、
「松浦も、その事件にいろいろと興味があったんですよお」
と独特の語り口調で周囲を煽った。
200 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時09分39秒
「興味も何もあんたに関係ないじゃん。さっさと消えな」
 真里が言葉で亜弥を威嚇した。亜弥を取り囲む視線が段々と刺々しくなっていく。
「まあまあみなさん、仲良くしましょうよ。そうだ、そこのお団子の子と色黒の子。松浦とユニット組みません? ピンクのカツラ被って…」
「誰が組むかアホンダラ!」
「絶対にイヤ!」
 口々に叫ぶ亜依と梨華。
「あんた、無事に帰りたいんやったらおとなしくここから立ち去りや」
 裕子は静かな、それでいて頑なな態度で亜弥に通告した。
「あやや、松浦はお邪魔みたいですねえ。じゃあお望み通り消えますけどお、何かお客さん来てますよお?」
 意味深な言葉を残し、亜弥は事務所を出て行く。
201 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時11分04秒
 亜弥の言葉通り、事務所の外で精霊たちが激しく騒いでいた。裕子たちがそれに気付く間もなく、窓ガラスが破られ複数の人間が事務所に侵入する。
 輝く剣を持った、くどい顔の男。
「大神!!」
 大神の姿を発見するやいなや、ひとみが叫んだ。
「まさかお前らがこの事務所の人間とはな…まあいい、この前の決着をつけてくれるわ」
 白いワイシャツを着た、ロングヘアの優男。
「はーい、か弱き子猫たち。ぼくは河村隆一、よろしく」
「何や自分、めっちゃキショイで!」
 男の持つ妙な雰囲気に、顔を顰める亜依。
「よっしゃああ、いよいよ俺の出番やでえ! お前ら覚悟せえよ!!」
「なんかあんたさあ、お湯の切れたポットみたいだよね」
「そうそう、お湯が切れてて押すとフカフカフカッ、って誰がポットやねん!」
 真里の言葉にノリツッコミで応える、口の大きな、背の低い金髪男。
「お前ら、その金髪の三十路には近づくな。石にされるぞ」
 そして外の空間の裂け目から顔を覗かせる怪僧・織田無道。
「了解、ぼくの能力は距離を選ばないからね」
 河村はそう言うと、両手を広げる。それをきっかけとして、爆発しはじめる椅子、机、本棚。
「爆弾使い…ならこれはどう?」
 河村の技を見た圭織が、懐から小さな巾着を取り出し宙に投げる。巾着は水の精霊を呼び寄せる霊具だった。
「あーあ、ぼくの爆弾が湿気っちゃったじゃないか」
 思わずぼやく河村だが、特に焦った様子もない。
202 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月04日(火)02時11分58秒
「炎の剣士、刀を抜け!」
 大神が太陽の剣・ブレイドオブザサンを構える。名指しされた真希はにやりと微笑み、背中の愛刀を抜いた。
 同時に獲物を振るう二人。刀と剣の鍔競り合いが始まった。
「こんな狭いところに仲間がいたら、あの光る技は使えないんじゃない?」
「なめるな、お前ごときこの俺の慈王流剣術で斬り伏せてくれるわ!」
「大神はあたしがやる!」
 そこへひとみが割って入った。突然の雷撃に、真希の剣を跳ね除けその場を離れる大神。
 その頃部屋の隅では、風使いと風使いがお互いの力をくすぶらせ合っていた。
「お前知ってるか? 同じ属性同士の戦いはな、精霊は強いほうに味方するんやで」
「じゃあおいらの勝ちだね」
 鼻で笑う真里。
「ほざけ、じゃあ実際にやって見せたるわ」
「上等じゃん!」
 二人がそれぞれの精霊に呼びかけ始める。しかし、何か様子がおかしい。
「ちっ、もう限界かいな」
「?」
 困惑する真里を他所に、空間の裂け目へと駆け込む金髪男。大神と河村もそれに続く。
「裕ちゃん、あいつら…」
「限界飽和…狭い空間で複数の精霊を使役することで起こる現象や。あいつら、短期決戦目論んでたみたいやな」
 裕子は忌々しそうに、窓の外にぽっかりと開いた空間の裂け目を睨んだ。
「今日はほんの挨拶代わりだ。だが貴様らは今日から常に俺たちに命を狙われることになるのだ。ここにはいない市井紗耶香同様にな」
 無道が声を殺して笑うと、空間の裂け目は徐々に閉じていった。
203 名前:ぴけ 投稿日:2003年03月04日(火)02時20分47秒
更新終了です。

>>和尚さん
どうもありがとうございます。
明日香と彼女を知る娘。たちの心情描写が今後の課題だったりします…
これからも頑張って更新するので、よろしくお願いします。

>>りゅ〜ばさん
HP拝見しました。BBSは置かないのですか?
いしよしいちの戦闘シーンは流れるような展開を心がけてみましたが如何ですか?
のの、格好よかったですか? 娘。小説で格好いいののっていうのは珍しいと思う
ので、稀少な一例になりたいですね。
204 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月05日(水)15時21分24秒
「…ここも違うか」
 紗耶香が溜息をつくと、目の前の空間の裂け目は申し訳なさそうに閉じていった。足元には、意識を失い倒れている男。
 昏き十二人の潜伏先を探すべく、紗耶香が旅立ったのはちょうど一週間ほど前。その間、多くの“昏き十二人”を名乗る連中に襲われてきた。ついさっきも、この倒れている男と一戦交えた末に撃退したのだった。
 相手もよく考えたもんだね。それとなく怪しい場所を何箇所か設けておいて、そこに刺客を潜ませるとは。でも、もうそれも終わりだよ。
 紗耶香は最後の候補地を一つに絞り込んでいた。そこがもし違うのなら、相手が自分よりも何枚も上手だとしか思えない。だが、紗耶香には確信があった。
 空間の脆い場所に穴を空け、その場所と別の空間を繋げる空間術。支線は数多くあるけれど、本線はたった一つなのだ。そして、そこは多分あの場所に間違いない。
 そこまで考えて、紗耶香の表情が少し渋る。
 あの場所には間違いないんだろうけど、あそこの主はちょっと厄介なんだよね…
 これから待ち受けている少々骨の折れる仕事にうんざりしながらも、紗耶香はその場を後にする。
「俺を倒しても、お前らは結局クイーン…福田明日香様に始末されるのだ…」
 男が最後に残した言葉を振り払いながら。
205 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月05日(水)15時22分44秒
 禍禍しい気に満ちた、寂れた廃寺。
 ここを訪れた最後の人間が稲垣吾郎、それからは誰一人としてこの場所を訪れてはいない。それは畏怖か敬遠か。しかし、明日香にとってそんなことはどうでも良かった。
 本堂の真ん中に座り、瞑想する明日香。四方には漆黒の亀・龍・虎・鳥を象った彫像が配置されている。彫像は、稲垣たちの殺戮によって得られた負の魂を明日香に浴びせ続けていた。負の魂は明日香の炎と一体化し、やがて黒い炎となってゆく。
 魔道に墜ちた人間にしか扱えない、邪念に満ちた黒い炎。明日香はそれを完全に自分の手中に収めようとしていた。
 あたしたちに優しい顔をして近づき、より子の命を奪ったあの男。あいつだけは、絶対に許さない…
 あの男を亡き者にするため、親友の仇を取るためだけに、明日香はここまできたのだった。
 突如、黒い炎が明日香に襲いかかる。黒炎を自分のものとするための最終局面が訪れたのだ。
 最初に彼女の頭の中に浮かんだのは、中澤事務所にいた頃の楽しい想い出だった。
 あの頃は何もかもが楽しかったな…
 裕ちゃん…
 圭織…
 彩っぺ…
 黒い炎に侵される、想い出。
 事務所が軌道に乗り出してから、立て続けに現れた三人の“後輩”。
 矢口…
 圭ちゃん…
 紗耶香…
 灰になり、この世から消滅していく、想い出。
 そして、掛け替えのない親友。
 なっち…
206 名前:第六話「苦悩」 投稿日:2003年03月05日(水)15時29分10秒
 事務所が立ちあがってすぐに、コンビを組まされた。自分の能力が高いが故に、周りの人間から疎まれてきた二人はすぐに心を通わせた。プライベートでも、ずっと一緒だった。
 太陽のような笑顔、大好きだった。時に年下のあたしよりも子供っぽくなるところ、大好きだった。昂奮すると訛りが出るところも、意外に頭の固いところも、みんな、みんな、大好きだった。
 面白い友達が出来たんだ、今度会わせてあげるよって約束、結局果たせなかった。
 ごめんね、なっち…
 明日香の両瞼から涙が零れ落ちる。だけどそれは暗黒の炎の舌先で舐め取られ、跡形なく蒸発した。
 最後の最後まで大切にしていた想い出までが、焼け落ちてゆく。
 そして明日香の心からは、全てが消えた。どす黒く渦巻く、禍禍しい炎を除いて。
207 名前:ぴけ 投稿日:2003年03月05日(水)15時30分38秒
プチ更新です。第六話を終了させました。
208 名前:和尚 投稿日:2003年03月05日(水)21時01分01秒
明日香ー!!(号泣)
209 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時21分10秒
 それは二月で一番寒い、ある日のことだった。
 行き交う人の息も白く凍る、商店街。
 頭上に覆い被さる雲が、寒気を下界に押し込めている。
 希美はポニーテールを振りながら、“アルバイト募集”のチラシを張ってそうな商店を回っていた。
 何か刺激のあるバイトがしたい。それまでの入院生活の退屈さにうんざりしていた希美は、必死にアルバイト情報誌をチェックした。しかし、彼女の気に入るような職業はなかった。第一、中学三年生を雇ってくれるような場所など載っていなかったのだ。
 そこで希美は自宅から程よく離れた町の商店街に赴き、自分の足でアルバイト先を探すことにしたというわけだ。
 しかしながら、ここでも「高校生以上」という条件が立ち塞がった。どこの店先の張り紙にも、同じ文句が並ぶ。希美はただ、項垂れるしかなかった。身を切る寒気、かじかむ手足、段々と希美の表情が曇ってくる。
 そうこうするうちに、空から白いちらちらしたものが降ってきた。
 うそぉ、今日の降水確率は0%だって天気予報で言ってたのに…
 いつもの希美なら「わーい、雪だ雪だ!」とはしゃぐところなのだが、こんな状態では素直に喜べない。白いダッフルのフードを被り、そそくさと商店街を走り抜ける希美。
 そしてついに商店街の外れの方まで来てしまう。ここから先には住宅街が広がっていて、店もまばらだ。とてもじゃないけどアルバイト募集をかけている店はありそうもなかった。
 寒いし雪も降ってきたし、もう帰ろうかな…
 そんなことを思いかけたその時、希美の目に何かが止まった。
210 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時22分18秒
「アルバイト募集(簡単な雑務)・女性ばかりの楽しい職場です・仔細は××××−××××まで」

 紛れもなく、アルバイト募集の張り紙。しかし、張られていた場所は古びた怪しい建物だった。簡単な雑務って何だろう、そう思いつつ希美はポケットの携帯に手を伸ばす。
「はいっ、仕事は敏速、明朗会計、確実な依頼解決がモットーの中澤事務所です!」
 ダイヤルを打ち込んだ数秒後、やかましい声が聞こえて来た。
「あのお、えっとですね、アルバイトの張り紙を見たものなんですけど…」
 希美が率直にそう伝えると、
「何だよ、仕事の依頼じゃないのかよ。張り切って電話出て損したじゃん」
と声の主は不満を漏らす。
「圭織ぃ、アルバイト希望の子みたいだけど」
「え、マジで?」
「マジでも何も圭織が書いたんじゃん、アレ」
 そんなやり取りが受話器の向こう側で交わされた後、
「只今代わりました、中澤事務所の所長代行です」
と今度は落ちついた声の女性が電話に出た。
「あのですね、アルバイトの募集をしているということで、詳しい話を聞きたいんですが…」
 そんな希美の言葉に、
「それでは張り紙の張ってある建物の三階に上がってよ。事務所の中で話すからさ」
と声の主は途端にくだけた話し方になった。
「はい、わかりました」
 電話を切った後、早速建物の中に入る希美。何だか胡散臭いものを感じないわけではなかったが、便利屋という職業に興味がないわけでもなかった。ついでに、紅茶の一杯でも飲ませてくれるかもしれないという不純な動機もあった。
211 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時23分13秒
 エレベーターは古臭い音を立てて三階に止まる。目の前には“中澤事務所”と書かれた看板のかけられた、鉄のドア。ドアホンを押しノブに手をかける希美だが、何故かノブが回らない。
「すいません、アルバイトの面接に来たものですけど、ドアを開けて下さい!」
 数分の間ドアと格闘の末、ついに希美はそう叫んだ。中から、
「あれえ、開けられないのかよ」
「しょうがないよ、まだ力の使い方を知らないんだから」
という声が聞こえてくる。
 程なくして、ドアが内側から開けられた。現れたのは、金髪で背の低い女性。希美も自分の背の低さには自信があったが、目の前の女性は希美よりさらに5センチほど小さかった。
「何だよ。おいらの顔になんかついてる?」
「いや、小さいなあって思って」
 希美はありのままの感想を述べる。
「な、何だ! お前初対面の人間に向かって失礼だぞ!」
 小さい女性は憤慨して奥へ引っ込む。代わりに現れたのは背の高い、黒髪の綺麗な女性だった。
「こんにちは。あなたが電話の子でしょ? 寒いだろうから早く中に入りな」
 そう促され、希美は事務所の中に入るのだった。
212 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時24分04秒
 事務所は簡素な作りになっていて、4,5組の机と椅子と電話と観葉植物が置かれているくらいだった。
「応接室とかあればいいんだけど、うちは小さい事務所だから…適当なとこに座っていいよ。あっ、自己紹介遅れたね。あたしは中澤事務所の所長代行・飯田圭織。で、そっちのちっこいのが矢口真里」
「えっと、辻希美15歳です」
「これからビシビシ鍛えてやるから、よろしく!」
 圭織に紹介され、鼻息荒くそんなことを言う真里。希美の頭に疑問が浮かぶ。
「へぇっ? これからって…どういうことですか?」
「外の張り紙の字が読めたんでしょ? あれはね、カオリジナルペンで書いたんだ。だから希美ちゃんは、合格」
 笑顔でそう言う圭織。しかし希美にはさっぱり理解できない。
「圭織、この子あんたのこと電波な人だと思ってるみたいだからちゃんと説明しないと」
 横で真里が呆れた顔をして口を挟んだ。
「あ、そっかそっか。実はね、このペンで書いた文字はある特殊な力を持った人間でないと見ることが出来ないんだ」
 圭織は懐から小さなペンを取り出し、希美に見せた。
「特殊な…ちから?」
「そう、例えば…こんな力!」
 真里がそう言うや否や、突風が希美に向かって吹きつける。ダッフルのフードが後ろにずり落ちた。
「え、え、今の、何?」
「お前さあ、部屋に入ったらフードくらい外せよ…なんちって」
 得意げに話す真里を、驚愕の眼差しで見つめる希美。
213 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時25分15秒
「特殊な力って言うのはね、今矢口が使ったような力のことを言うんだ。ねえ希美ちゃん。あなたは精霊って、信じる?」
 圭織は大きな瞳で希美を見つめた。吸い込まれそう、などと思いつつ希美は質問に答えた。
「精霊って…妖精さんみたいなものですか? うーん、ののはいたらいいな…って思いますけど」
「いたらいいなって言うか、実際にいるんだなこれが。この世を構成するありとあらゆる物質には、精霊がいるの。例えば風には風の精霊、水には水の精霊、そして、炎には炎の精霊がね。その精霊を使役することで、さっきの矢口みたいな力が使えるようになるってわけ」
「へえー、凄いですね」
 他人事のように感心する希美に、
「何感心してんだよ、その精霊を操る力がお前にもあるってことなんだぞ」
と真里が突っ込む。
「え…ののに、ですか?」
「そう。圭織たちは精霊の力を使って、便利屋の依頼を解決してるの」
「……」
 すると何を思ったのか、希美は力んだりあちこちを睨んだりとおかしな行動を始めた。
「何やってんの、お前」
「えっと、ののにもさっきの矢口さんのみたいなの、できるかなって」
 真里が腹を抱えて笑い出した。思わずむっとしてしまう希美。
「お前アホやなー…圭織、説明してあげなよ」
「あのね希美ちゃん。精霊使い…精霊を使役して力を使う人のことをそう呼ぶんだけどね、例外を除いて精霊使いになるためには精霊と契約しなくちゃだめなんだよ」
214 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時26分07秒
「契約?」
「簡単に言うと、精霊さんたちとの約束のための儀式ってとこかな。まあ、そんな難しいものじゃないんだけどね。『これから先、あなたの力を貸して下さい、お願いします』、そんな感じかな?」
「契約すれば精霊の力が使えるってことだよ」
 圭織の横で真里が補足した。
「わかりました…ところで、聞きたいことがあるんですけど」
 希美は遠慮がちに圭織に訊ねる。
「何、希美ちゃん?」
「さっき例外を除いてって言ってましたけど、例外ってどんな場合なんですか?」
「それは…」
 刹那、口淀む圭織。
「おいらみたいに高い素質を持ってると、契約する以前に力が使えたりするんだ。ま、そのせいで色々酷い目にあったりもしたけどさ」
 真里は笑顔を絶やさずそう希美に説明した。高い素質を持った未訓練の精霊使いは力を制御できない、そういう説明をさせないためのフォローをしたつもりの真里だったが、圭織の真意までは知る由もない。
「とにかく、希美ちゃん。あなたを中澤事務所の一員として、心から歓迎するわ」
 途中で圭織の表情が沈んだので何事かと心配した希美だったが、再び笑顔に戻ったことに気を良くし、
「はいっ、よろしくお願いします!」
と元気に返事をするのだった。
215 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時27分01秒
「邪魔するで」
 男はチャイムも鳴らさずに、事務所内につかつかと入って来た。
 その姿を見て希美はぎょっとする。どう見てもまともな職業の人間に見えなかったからだ。
「あっ、つんくさん」
 圭織と真里がつんくと呼ばれた男を出迎える。
「何や、今日はお前ら二人か。じゃあこの仕事は矢口に行って貰おか」
 そう言ってつんくは一枚のファイルを取り出した。
「待ってました! みんな仕事で出払って暇だったんだよねー」
 ここぞとばかりに張り切る真里。
「詳しい仕事内容はファイルに書いてるさかい、頼んだで」
「はいよっ!」
 つんくの手からファイルを奪い取り、真里は勢い良く事務所を出て行った。
「つんくさん、こめんなさい。事務所の窓口みたいな真似させちゃって」
「気にせんでええわ、そんなこと…ところで、この子は? 新人か? 何や、来とるねえ…凶祓い界のイチローになれる素質、持ってるで」
 そこで初めて希美の存在に気づき、そんなことを言うつんく。
「あの…今日からアルバイトでここで働いてもらう子なんですけど」
「…辻希美です」
「俺は寺田光男。まあつんくって通り名のほうが有名かもしれへん」
 つんくは目立ち気味な歯を見せて笑った。
「ところでつんくさんは、ここの所長さんなんですか?」
「所長は俺とちゃうで。俺はそうやな…凶祓いの総合プロデューサーってとこやな」
「マガバライ?」
 希美は本日何回目かの疑問を口にした。無理もない、希美にとっては見るもの聞くもの全てが初めてのことなのだから。
216 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時27分58秒
「凶祓いって言うのは、精霊使いの中でもある仕事を職業とする人間の名前だよ。つまり、圭織たちは凶祓いなんだ」
「で、俺は東京にいくつも点在する凶祓い事務所のまとめ役…ちゅうことや」
「はあ…そうなんですか」
 二人の説明に曖昧に頷く希美。
「ところで飯田。この子はもう契約、済ませたんか?」
「え、まだですけど」
「久しぶりやから俺も立ち会うたるわ」
 そう言ってつんくは腕まくりをする。しかしそれを制する圭織。
「その必要はもうないですよ、これがありますから」
「何やその布切れ?」
「圭織が作った霊具なんですけど、精霊使いの素質がある人間が触ることで簡単に属性が判別できちゃうんです。凄くないですか?」
 圭織は得意そうに布切れをヒラヒラさせる。
「というわけで早速これ、触ってみてくれない?」
「は、はい…」
 差し出された布切れを、恐る恐る握り締める希美。
 布は瞬時のうちに真っ赤に染まった。
「やはり炎か」
 つんくの発言に、圭織が眉を寄せる。
「いや、何となくそんなんかなあって思うてたんや」
「そうですか…希美ちゃん、あなたは炎の精霊を使役する素質があることがわかったわ。あとは炎の精霊と契約を結ぶだけ」
217 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時36分48秒
 事務所の入り口のドアが再び開かれる。現れたのはデニムのジャケットを羽織った、茶髪の少女。年は希美より少し上くらいだろうか。背中に背負った刀が、カジュアルな服装にやけに不釣合いだと希美には感じられた。
「あれ、つんくさん」
 少女はつんくの姿を確認すると、その表情を緩めた。
 そんな少女の様子を横目で窺いながら、希美はこの人も“精霊使い”なのだろうかと思考を巡らせる。
「後藤、お前仕事の途中やなかったんか」
「現場が近くになったんで、ちょっと寄ったんです」
 つんくは少し考えていたが、急に、
「せや、後藤、この子連れてってや」
などと言い出した。
「ん、この子新人ですか? 別に後藤は構わないけど…」
 希美に視線を移し、あっさり答える刀の少女。
 慌てたのは当の本人ではなく、圭織だった。
「ちょ、ちょっとつんくさん! この子はまだ契約も済ませてないんですよ! もしもこの子の身になにかあったら…」
「お前の霊具、持たせたらええやないか。ちょうどええ社会見学や。この子にも凶祓いっちゅう職業を説明する手間が省けてええやろ」
 つんくは悪びれずにそんなことを言う。

218 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月09日(日)15時37分36秒
「希美ちゃんはいいの? 危ない目に合うかもしれないよ?」
「ののは大丈夫です! それにつんくさんが言うように、大丈夫なんですよね?」
 つんくのほうを見る希美。つんくもどうなんや、と言いたげに圭織をサングラス越しに凝視する。
「まあ、圭織の霊具があれば大丈夫だと思いますけど…」
「ほな決まりやな」
「わかりました…ごっつぁん、今回の標的はそんなに強くないんだよね?」
「うん。邪霊師って言ってもランクはD級みたい。ものの数分で片付くかな」
 少女の変わらない表情の中にも、自信が窺える。それは希美にも何となく伝わっていた。
 圭織は後藤と呼ばれた少女から希美へと向き直ると、小さな小袋を手渡した。
「これを希美ちゃんの懐にしまっておいて。希美ちゃんを、守ってくれるから」
「はい、わかりました」
 事務所を出て行こうとする少女。希美はそそくさとその後を追った。ばたん、と扉が閉まる。
「…つんくさん、これで良かったんですよね?」
 圭織が独り言のようにそう呟く。
「ああ…」
 つんくも窓の外を見つめたまま、頷くだけだった。
219 名前:ぴけ 投稿日:2003年03月09日(日)15時40分25秒
第七話、前半?終了です。
今回は挿話的な感じで書いてみました。

>>和尚さん
福田の心理描写はもっと書きこみたかったのですが、それは後に取っておいても
いいかな、などと思ってしまいました。
220 名前:和尚 投稿日:2003年03月10日(月)00時27分56秒
更新お疲れ様です。
精霊のなんたるかを飯田さんを通じて始めて知りました。
つんくと圭織が何を考えているか気になります。

明日香の心理描写をもっと書き込みですか!?
これ以上書いていたら悲しくて帯状の涙を流しちゃいますよぉ
221 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時13分29秒
 アスファルトの上にうっすらと積もる雪。
 その上にしっかりとした足跡と、たどたどしい足跡が刻まれる。
 真希と希美は終始、無言だった。いや、真希の雰囲気に気圧されて希美が話しかけられないのだった。それでも希美は何とか真希と会話を交わそうとする。
「あの…後藤さん」
「何?」
 後ろを振り返ることなく問いかけに答える真希。
「後藤さんって、おいくつなんですか?」
「…17」
「後藤さんも…精霊使いなんですよね?」
「…そうだけど」
 真希の返事はあくまでもそっけない。そんなやり取りが2,3度繰り返されると希美はすっかり無口になってしまった。
 辺りをすっぽりと包む、静寂の世界。雪を踏むキュッという音が、やけに響き渡る。
 この人、のののこと嫌いなのかな…
 希美の胸に、そんな不安が渦巻き始めていた。
 二人はやがて、小さな公園に辿り着く。
「あの…誰かと待ち合わせですか?」
 希美はさっきから気になっていたことを口にした。つんくに言われ真希の後をついて来たものの、目的や理由などさっぱりわからなかったからだ。
「うん。悪い奴を、やっつけるんだ」
 真希はそこではじめて希美のほうを振り向く。そして、何気なく公園のベンチの方を指差した。
 そこで待っていたのは、薄汚いコートを来た不精髭の男だった。
222 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時15分13秒
「待ちくたびれて先にひと暴れしようかと思ってたところだったぜ」
 男は濁った目をぎらつかせながら、下卑た笑いを見せる。
「そうならないように、ゆっくり早足で歩いて来たよ」
 真希は静かにそう言った。舞い降りた雪が真希の頬に落ち、あっと言う間に気化してゆく。
「その後ろのガキは助っ人か? 大した戦力にはならなさそうだが」
「…この子は圭織によろしくって頼まれてるんだ。手を出したら、殺すよ?」
 背中の刀に手をかける真希。
「別に俺は構わんが、こいつらが何て言うかねえ…」
 男の背後に、数匹の異形の生き物が現れる。ソフトボールに細い手足がついたような、一つ目の小さなバケモノ…男が召喚した堕ちた精霊 −邪霊− だった。
「邪霊師よ、この名刀「破魔御影(はまみえ)」の名にかけてあんたをたたっ斬る!」
 真希が背中の刀を抜き、正面に構えた。美しい刀身から、紅蓮の炎が吹き上げる。
「ふん! 先程つかなかった決着、今ここでつけてやるわ!」
 男が合図すると、背後の邪霊たちが真希目がけて襲いかかってきた。それを流れるような太刀捌きで、一匹残らず切り伏せる真希。
「あんたのその弱い邪霊じゃ、あたしは倒せない」
「言ったな…ならこれはどうだ?」
 男の言葉で、先程の倍以上の邪霊が喚び出された。それらが雨あられのように真希目がけ飛び込んでくる。
223 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時19分47秒
 真希の遥か後方で、希美はただ呆然と立ち尽くしているだけだった。ある程度の精霊力がないと見えないはずの邪霊が、圭織に持たされた霊具の影響か希美にも見えるようになっていた。だから余計に目の前で繰り広げられている光景が信じられなかったのだ。
 けれど襲いかかる変てこな生き物たちを縦横無尽に斬りまくる雄姿を見て、希美には先程までの真希の態度の理由が何となくわかったような気がした。
 そこへ、真希の刀の軌跡から逃れた邪霊の一匹が苦し紛れに希美に向かってくる。突然のことで、腰を抜かしてしまう希美。
 だが邪霊は圭織の霊具によって、希美の体に触れる寸前で跡形もなく消滅していった。
 希美は邪霊というものの恐ろしさ、そしてその邪霊を次々と打ち倒してゆく真希の凄さというものを実感するのだった
224 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時20分42秒
「これでもうお仕舞だね」
 刀に付着した邪霊の残骸を振り払い、真希は男を睨みつけた。
「なあ、俺が無策でお前の誘いに乗ったとでも思ってるか?」
 しかし男はその不快な笑みを絶やそうとはしない。
「…どういうこと?」
「こんなもんを手に入れたのさ」
 男がポケットから取り出したものを見て、顔色が変わる真希。
「驚いたか! この札は中級邪霊、精霊で言うところの第三種を呼び出すための霊具だ。これがあればお前など物の数ではないわ!」
「ちょっとあんた、やめ…」
「もう遅いわ…ぐはあああ!?」
 邪霊を呼び出す呪文を唱え始めた男が、急に苦しみ出す。やがて男の全身が干からび始め、ものを言わぬうちに絶命した。
「あーあ、その札は自らの命と引き換えに邪霊を呼び出す霊具だよって言おうと思ったのに。それにしても…」
 真希は目の前のそれを見て、溜息をつく。そこには、体長2メートルはあるかと思われる水蛇が鎌首を持ち上げていた。
225 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時21分57秒
 のんちゃん、のんちゃん。
 希美の頭に、優しい声が響く。辺りを見まわす希美。
 違うの、これは圭織がのんちゃんの頭の中に話しかけてるの。
「…飯田さん?」
 希美の呼びかけに、
 そうだよ、圭織だよ。ごっつぁんはもう敵を倒した? これが凶祓いっていうお仕事なんだよ。
と状況を知らない圭織は暢気な言葉を返す。
「あの、飯田さん、実は今…」
 希美は倒れた男と入れ替わるようにして巨大な透き通った蛇が現れたことを報告した。
 え、それって中級邪霊じゃない! のんちゃん、早くこっちに戻って!
 途端に慌てふためく圭織。
「じ、実はさっきから腰が抜けて動けないんです…」
 ええっ何それ! いいから早く逃げな!
「そんなこと言われても…」
 このままでは埒があかないと思ったのか、圭織は今度は水蛇と対峙している真希に話しかけた。
226 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時22分56秒
 ごっつぁん、ごっつぁん! 今どうなってるの?
「んあ?」
 んあじゃなくて、何か中級邪霊がいるって話じゃない。相手は下級邪霊しか呼び出せないって話はどうなったのよ?
「んー、まさか相手が自分の命と引き換えに中級邪霊を呼び出すとは思わなかったから…でもまあ」
 そこで真希は意識を水蛇へと向ける。
「後藤の敵じゃ、ないけどね」
 猛り狂う水蛇。その狂暴な瞳が光ったかと思うと、空中に数個の水球が出現し真希に襲いかかってきた。
「危ないっ!」
 希美は力いっぱい叫んでしまう。しかし真希の斬撃に、水球はあっという間に蒸発してしまった。
「そこのあんた、辻とかいったっけ?」
「は、はい!」
「そこから一歩も動かないほうがいいよ。水球に巻き込まれて溺れたくなかったらね」
 真希はそれだけ言うと、水蛇に向かって袈裟懸けに刀を振るう。だが敵もさるもの、自ら作った水のヴェールで攻撃を無効化した。
「…伊達に中級だけのことはあるよね、あんた」
 一旦下がる真希だが、再び刀を構え直し先程と同じ攻撃を試みる。刀の一撃を遮るように現れる水の防御壁、しかし真希は振り下ろした刀を瞬時に返して逆向きに斬りつけた。連続攻撃に耐えきれず防御壁は蒸発、真希の二の太刀が水蛇の胴体に食い込む。
227 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時23分44秒
 刀の炎によって蒸発し始める水蛇の体。しかし蒸発はすぐに収まってしまう。空から降ってくる雪が水蛇の体に次々と吸収されていくからだ。
 自らの体を傷つけられた水蛇は、その巨躯を屹立させる。その高さはゆうに3メートルを超えていた。これにはさしもの真希も少しばかり戸惑う。
「…頭を攻撃しようと思ったんだけどなあ。ま、いいか」
 水蛇が容赦なく水球を真希目がけ飛ばしてくる。器用に避け続けていた真希だが、突然宙に浮いた水球に向かって走り出すと、その上に飛び乗るように跳躍した。そして水球に刀を突き刺し、炎の力で急激に蒸発させる。結果、軽い爆発のような現象が発生し真希を天高く舞い上がらせた。水蛇の遥か頭上で、上段に刀を構える真希。
 炎を纏った刀が、水蛇を頭から真っ二つに切り裂いた。離れ離れになった胴体が、形を失いながら地面にばしゃばしゃと降り注ぐ。
 その一部始終を、口を開けて凝視していた希美。彼女の前に、一仕事終えたばかりの真希が歩いてくる。
「これが、凶祓い。本来の目的だった邪霊師の捕獲には失敗しちゃったけどね」
 まるで散歩にでも行って来たかのような涼やかな表情は、希美の心に驚愕を与えると共に、ある種の憧れのようなものを抱かせた。
 何か精霊使いって、凄い…今はまだ実感がないけれど、ののにも精霊使いの素質があるって飯田さん、言ってた。ののも、いつかは後藤さんみたいに、なりたいな…
「ほら、ぼけっとしてないで、事務所に戻るよ? あんた、まだ儀式も済ませてないんでしょ?」
「えっ、は、はいっ!」
 先に歩き出す真希の後を、小走りについて行く希美。
 雪はもう、すっかり止んでいた。
228 名前:第七話「辻が初めて事務所に来た日」 投稿日:2003年03月14日(金)01時25分33秒
「取り敢えず、10回やってみよう!」
「はい!」
 圭織の呼びかけに、希美は溌剌と答える。
 精霊の力を借り、自由に使えるようにするための儀式。それを成功させるためには呼び出された精霊と儀式を受ける人間が契約を交わさなければならないのだが、成功するかどうかは儀式を受ける人間の集中力にかかっていた。
 その集中力を養うために、圭織はここ数日間付きっきりで希美に指導しているのだった。
「まずは青い地球を思い浮かべてみて」
「はい!」
「それでね、その地球がどんどんどんどん小さくなっていって、あっ、日本とかも小さくなっていってね、それで…」
「は、はい」
「で、小さくなった地球が突然、ばーんって…」
「???」
 しかし圭織の教え方が特殊なのか、希美はあまり上手く行かないようだった。しかも、
「お、差し入れじゃん…どれどれ、ラッキー! ケーキだ!」
と真里が冷蔵庫を覗き込みながら言おうものなら、
「えっ、ケーキ?! ののも食べたいですっ!」
「こら、のんちゃん!」
と意識がそっちに行ってしまい、圭織に叱られる始末だ。
 
 結局希美が精霊と契約を交わすまで、二週間弱かかることになる…
229 名前:ぴけ 投稿日:2003年03月14日(金)01時33分52秒
第七話更新終了です。
希美が凶祓い見習いとなった経緯が上手く描けていたら
これ幸いです。

>>和尚さん
物語終盤で書こうと思っている、なっちと明日香の心理描写は物語の核に据えたい
題材です。上手く書き切ることが出来たらいいなと思ってますが、果たして技量が
追いつくかどうか…
230 名前:和尚 投稿日:2003年03月19日(水)00時07分26秒
更新お疲れ様です。
圭織の特殊な教え方に笑ってしまいました(笑)
試しに圭織の教えをやってみました。
・・・・・
・・・

???・・・辻さんと同じになりました(苦笑)
231 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時19分03秒
 都内にある、打ち捨てられた建物。
 しかしその地下には、大規模な研究所が設けられていた。
 誰が、何のために作ったのか。そしてどういった研究をしているのかを知り得る人間は、研究所の中でもごく一部に限られていた。
 そしてこの研究所の所長の椅子に、一人の男が座っている。髪には白いものが混じり、その目は絶えずあちこちを探っていた。
 くそ…じわじわと私を追い詰めるつもりか…
 徳光和夫。彼は警視庁特殊犯罪対策の元幹部で最後の生き残りであり、福田明日香とより子に宿泊先を手配した張本人でもあった。
 焦燥している徳光のもとへ、私設警備員の一人が現れる。
「所長! 研究所前、異常ありません!」
「ふう…君、これで何回目の報告になると思う?」
「通算27回目であります!」
「わかった…持ち場に戻りたまえ」
 うんざりしたような徳光の言葉に、そそくさと部屋を出て行く警備員。
 明日香が消息を絶ってから今までの間、徳光の不安が消えることはなかった。どこかでのたれ死んだ、そう信じ込んだ時期もあった。だが、かつての同胞たちが次々と消されていくのを目の当たりにし、明日香の仕業だと確信した。いつ自分のもとに明日香が現れるかという恐怖は常に彼を取り巻き、胸を掻き毟るような焦りが襲い続けた。だがそんな悪夢のような日々も、今日で終わる。

232 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時20分15秒
 所長室の自動扉が再び開く。先程の研究員か、と思いかけた徳光の表情が凍りついた。
「久しぶりね、徳光さん」
 現れた少女は寸分も表情を動かすことなく、言葉だけを冷淡に発する。その双眸は徳光に真っ直ぐに向けられ、瞳は闇を凝縮させたような色を見せていた。
「ひ、久しぶりだね明日香ちゃん!」
 徳光は明日香の姿を見るなり、顔をくしゃくしゃにして泣き崩れた。
「君が姿を消してからの間、私の心にはいつも後悔と悲しみが渦巻いていたんだ! 私のせいで若く有望な命を散らせてしまった、私がもう少し注意深く他の幹部の動向を探っていればより子君をむざむざ死なせることはなかったのに…」
 激しく体を震わせ、机を両の拳で叩く。
 耳まで真っ赤に染め、鼻水さえ垂らす徳光に、無機物的な視線を送る明日香。
「茶番はもういいよ…早く死んで」
「く、くくっ…もう昔のような泣き落としも通用しないか。改めて挨拶しよう。待っていたよ、福田明日香君。君が死ぬのをね!」
 勢い良く右手を挙げる徳光。それとともに4,5人の男女が明日香の入って来た扉から現れ、彼女を取り囲んだ。
「これは…」
「私もまだまだやりたいことがあるんでね…やり手の凶祓いを用意させてもらったよ」
 それぞれの精霊に呼びかけ始める凶祓いたち。明日香は彼等を一瞥すると、掌から黒い炎を浮かび上がらせた。 
「な、何だ?」
「黒い炎!?」
 自然界には有り得ない黒炎の存在に、騒然とする面々。
「ヤバイ…防御…」
 凶祓いの一人がそう言い終わるか終わらないかのうちに、黒炎に全員が飲み込まれ消滅する。床に残るは、五つの奇妙な形をした影だけだった。
233 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時21分50秒
「こんな奴等で、あたしを倒そうとしたのか?」
 五人をあっという間に片付けた明日香の力にたじろぐ徳光。しかしすぐに顔を顰め、
「君の力は凶祓い時代から評価してるつもりだよ、明日香君」
と口元を曲げて見せた。同時に現れる、やけに大きなサングラスをかけた金髪の女性。
「はじめまして…かな? 福田明日香さん」
 七色の炎を操る最強の凶祓い・浜崎あゆみはテンガロンハットを脱ぎ、明日香に向かって投げつけた。ハットは綿菓子のように、黒炎に溶けていく。
「お前も、あたしの邪魔をするのか」
「あらら、正気を失っちゃってるみたい。ま、無理もないか。魔界の炎として忌み嫌われてる黒い炎を使ってるんだからさ」
 浜崎は薄く微笑むと、背後から七色の炎を揺らめかせた。
「くはは、さしもの君も最強の凶祓いには叶うまい! 浜崎君。あまり派手にやらないことだ。私の所長室が、使い物にならなくなっては困るからな」
 徳光は醜悪な笑顔を浜崎に向けるも、まったく無視された。
「…まあいい。とにかく、後は宜しく頼むよ。高い報酬を払っているのだからな」
 床が開き、座っている椅子ごと徳光の体が沈む。
「逃すか!」
 明日香は徳光のいる方向目がけ、黒く禍禍しい色の炎を迸らせた。しかし、煌く虹色によって、完全に遮られる。
「ははは、あゆを倒さなくちゃあのおっさんには会えないよ。そんなこと無理だろうけど」
「…あくまで邪魔するというつもりなら、あんたも消すまで」
234 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時22分53秒
 浜崎が精神を集中し、己の精霊に呼びかけた。七色の炎が、見る見る間に竜の形を成していく。天井まで届こうかという竜の長い首が、各々左右に大きく揺らめく。特殊合金で出来ているはずの天井の材質が溶け、ぼたぼたと床に落ちていった。
「どう、あゆの炎は? 綺麗でしょ…どの炎に焼かれたい?」
 あくまで無表情のまま、浜崎のことを空虚な目で見つめ続ける明日香。
「それとも…全部?」
 浜崎の貌が狂気に満ちる。彼女は七匹の炎竜全てを明日香の元へ差し向けたのだ。目を閉じてみる。開けば、そこに見えるのは人の形も成さない消し炭。浜崎の脳裏に、勝利の二文字が過る。
「この世から存在ごと消してあげるよっ!」
 駄目押しにと、明日香の側まで近づいて高熱の炎をぶつけようと、側まで近づく浜崎。だが明日香と目が合った瞬間。
 七匹の竜が姿を消した。ぽかんと立ち尽くす浜崎。
「ナンバーワンだけが、全てじゃない」
 そう言い残して、明日香は徳光の降りていった穴に身を投じた。直後に訪れる、無味乾燥な、沈黙。
235 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時23分56秒
 あの女が黒い炎を使いこなすとは言え、力はあゆの方が上だった。状況だって、断然あゆが有利だったはず。なのに、何故…炎を収めた?
 一人残された浜崎は、床を睨みつけたまま動かない。
 このあゆがあんな奴に気圧されて、退いた? そんなの、そんなの認めない。あゆはいつだって女王でなくちゃならない。ナンバーワン以外に何の価値があるって言うの? 邪魔なものは全て焼き払い、目の前には何もない。それが、あゆの生き方だったはず。じゃあ、どうしてあゆは…?
 そこまで考えて、ふと何かを思い出す浜崎。
 そうだ、あの瞳だ。昏く深く、それでいて何の存在も感じさせないような、あの双眸。
 あれは、死人だ。
 ははは、なあんだ。簡単じゃん。死人なんて相手にしたってしょうがないじゃん。死人だからナンバーワンなんて関係ない。死人だから今更死ぬことなんて、恐れない。あゆとは最初から、構造が違うんだ。そんな奴を相手にしたって、無駄なだけ。だからだ。簡単だ。
 浜崎は徐々に、そして段々と高らかに笑い声を上げる。そして笑い声が掠れても、引き攣っても、止むことはなかった。
236 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時25分25秒
 今頃は浜崎があの目障りな小娘を始末しているところか…
 徳光だけしか知らない秘密の隠し通路を抜け、地上の駐車場へと辿り着く。
 しかし経緯はどうあれ、浜崎なんぞにこの研究所の所在地がばれてしまった。「あいつ」に頼んで、研究施設ごと移動させてもらおうか。いや待てよ。ここで得られた研究の成果と引き換えに、「あいつ」により良いポストを用意させようか。私もかつては警視庁特殊犯罪対策の幹部だった人間だ。私には、もっと相応しい場所があるはずなのに…このまま「あいつ」の操り人形で終わるのは御免だからな。
 くくく、と低い声で笑いながら徳光は愛車のドアに手をかけた。刹那、徳光の表情が苦悶のそれに変わる。
「あぎゃ!」
 ドアに触れた右手を左手で抑えながら、その場にしゃがみ込む徳光。そんな姿を、一言も発さずに見つめるものがいた。
237 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時26分08秒
 恐る恐る顔を上げた徳光の顔が、固まる。目の前に立っていたのは紛れもなく、福田明日香だった。
「ひ、ひいっ! なななな何でお前が!」
 尻餅をついた状態で無様に後ずさりする徳光だが、黒い炎がちらりと鼻先を掠めたことでまた悶絶する。
「はあああ…顔が顔が顔がぁ!」
 徳光の鼻は溶け去り、グロテスクな鼻骨が顔を覗かせる。
「そうやってさ…より子も死んだんだ」
 明日香は少しも動じることなく、徳光の両指を炎で切断した。
「ぎゃひぃ! やめろ、やめてくれ! 俺はまだ死にたくない!」
「より子もそう思ったろうね」
「頼む、頼むよう! こっ殺さないでくれ!」
 徳光は涙を流し、鼻水や涎まで垂らしながら懇願した。
「あんたの嘘泣きはもう見飽きた…」
 徳光に眼差しを向けながらも、まるで視界に入ってないような感じで答える明日香。その掌には、黒い炎が踊っていた。
「そっそうだ、いいことを教えてやろう! より子を消せと命令したのは…」
「消えろ」
 最後の悪あがきをしようとする徳光が、黒い炎に包まれる。後には、彼が生存していたという痕跡は何一つ残らなかった。
238 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時27分11秒
 昏き十二人が中澤事務所に宣戦布告しても、高校生の希美は学校に通わなければならない。いつ敵に襲われてもいいように事務所のメンバーが必ず一人は登下校を共にしてくれるし、学校にいる時も対策は万全だった。その秘密は、希美が提げ鞄につけている小さな白いぬいぐるみにあった。
 昏き十二人が事務所を襲撃した、翌日のことだ。
「飯田さん、これは?」
 ぬいぐるみを差し出す圭織に、希美が不可解な顔をして訊ねた。
「あのね、圭織が作った霊具で、名前は“すのっぴぃ”って言うんだよ。これは万が一のんちゃんに邪霊師が少しでも近づいた時に、大声を出して教えてくれるの」
 圭織は希美の背の高さまで腰をかがめて、子供に説明するようにそう言った。希美はそういう圭織の態度が好きなのだけれど、子供扱いはしないでほしいなという気持ちも混ざり、複雑な表情になる。
「だから、もしすのっぴぃが大声を出し始めたら、できるだけ圭織たちの近くのほうへ逃げるんだよ」
「…はい、わかりました」
 多少力をつけたとは言え、まだまだ事務所の中ではお荷物だ。わかっていることだったけれど、改めてそう感じ希美は頭を垂れる。
「あっ、何やのの、飯田さんにまた何か貰ったんか? 飯田さん、うちもそれ欲しいわあ」
 亜依がすのっぴぃを目ざとく見つけ、おねだりをする。
「あいぼんは必要ないでしょ!」
「…そんなに怒らんでもええやん」
 目くじらを立てる希美に対し、怪訝そうな顔をする亜依だった。
239 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時28分34秒
 とまあ、このような経緯から希美は鞄にすのっぴぃをぶら下げていた。幸いなことに、貰ってからすのっぴぃが大声をあげたことは一度もない。
 鬱陶しい雨の中をくぐり抜け、校舎に入ってゆく希美。下駄箱には何人かのクラスメイトが、長々とおしゃべりを楽しんでいた。
「おはよー、みんな」
「あっ、希美…」
 クラスメイトの一人が、気まずそうな顔をする。
「どうしたの?」
 希美は顔を覗くようにして様子を窺った。
「あの…さあ、まだ本人に聞いたわけじゃないんだけど…あさ美がね、親の都合で北海道に転校しちゃうんだって」
 希美の目に映るもの全てが色を失う。駆け抜ける靴の音、遠くで聞こえる生徒たちの話し声、細かな雨音、それらがワンテンポ遅れて、聞こえてくる。
 いつの間にか、希美は駆け出していた。
 嘘だ、嘘に決まってる。だって、本当だったら真っ先にののに話してくれるはずだもん。転校なんてしないよね、あさ美ちゃん?
 本人に直接確かめたいという思いが足の動きとシンクロし、全速力で希美を教室へと運ぶ。思い切り開けた教室の扉の向こうに見えたのは、いつもと変わらずぼけっとした顔で席についているあさ美の姿だった。
「あさ美ちゃん!」
 飛びかかるようにしてあさ美の両肩を掴み、前後に大きく揺さぶる希美。
「わっ、ちょ、ちょっとののちゃん…」
「あさ美ちゃん転校なんかしないよね、ね、絶対しないよね!?」
 するとそれまで目をぱちくりさせていたあさ美の表情に翳りが見え始めた。
240 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時29分15秒
「うん…実はね…」
 あさ美はいつも以上のゆっくりしたペースで話し始める。父親が脱サラで飲食店を開くことになったのだが、この不景気の中東京ではなかなか店舗スペースが確保できない。そんな折、親戚のツテで札幌にちょうどいい場所があるとのことで家族揃って札幌に引っ越すことに決まったのだと言う。
「そんな…どうしてもっと早くののに言ってくれなかったの?」
「うん…機会を見てののちゃんには話しておこうと思ったんだけど、何かアルバイトで忙しそうだったから…」
 希美は愕然とした。確かにここ何週間かは事務所の用事で家を空けていた。携帯電話も、電源をOFFにしていた。でも、まさか親友の身にそんなことが起きてるなんて想像もつかなかった。希美の心に拭いがたい罪悪感が広がる。
「ごめんね、ここのところ忙しかったから…」
「ううん、私が直接ののちゃんに会って伝えるべきことだったのに、やっぱり面と向かって言えなくて…」
 二人の間に、優しいような、悲しいような空気が流れる。そんな空気を振り払うように、希美が一つの提案を出した。
「そうだあさ美ちゃん、ののが送別会してあげる! きっとクラスでもやると思うけど、それとは別のこの世でたった一つの送別会、してあげるよ!」
「…本当?」
 大きな瞳に涙を溜めながら、希美に聞くあさ美。
「うん、約束!」
 もう既に涙をぼろぼろ流しながらも、希美はそれ以上の力強い笑みでそれに答えるのだった。
241 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時31分00秒
「…というわけなんだけど」
 所変わって、中澤事務所。この世でたった一つの送別会、と大風呂敷を広げておきながら内容について何も考えていなかった希美は、早速事務所の仲間たちに相談を持ちかけたのだった。
「アホかお前! 今おいらたちがどういう状況に置かれてるのか、わかってるのか!?」 
 怒りを露にしたのは事務所の中間管理職的存在の真里だ。そしてもちろんこの人もいい顔をしない。
「のんちゃん、気持ちはわかるけどさ…そのあさ美ちゃんって子を危険な目に合わせちゃう可能性だって、無くもないんだよ?」
 所長代行である圭織は希美に、優しいんだけどしっかりとした口調で言う。最早事務所の人間全員が的にかけられているという状況で、この判断は正しかった。
「わかってるよ…でも…」
「よっしゃ、うちがドラえもんならぬドラあいぼんになったろやないか!」
 沈み込む希美に声をかけたのは亜依だった。
「あいぼん…」
「転校する子っちゅうんは、この前の膨れたタヌキみたいな子やろ? ののの親友は、うちの親友てことになるわけやし」
 亜依はそう言って少し顔を赤らめた。
「よーし、じゃああたしも参加するぞー!」
 横から割り込んできたのはひとみだ。
「友達のために送別会ってさ、かっけーじゃん! 辻の友達ってどんなのか見てみたいし、それに何か楽しそうだし。ねえ梨華ちゃん?」
 後ろの方で本を読んでいた梨華に呼びかけるひとみ。いきなり話を振られた梨華は、
「えっ?! あ、うん、私も…いいと思う…」
と曖昧に答えるのみだった。
242 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年03月24日(月)01時31分52秒
「おいおいおい、凶祓いがそんなに集まったらますます敵さんに狙ってくれって言ってるようなもんじゃん! お前ら何考えてんだよ!」
 真里は怒りを通り越して最早呆れましたよといった感じで、そう吐き捨てる。
「だったらさ…一杯作ればいいじゃないっすか、これ」
 ひとみは希美の鞄に下がっているものを指で弄くりながら、平然と言った。すのっぴぃである。これには圭織も仰天する。
「ちょ、ちょっとよっすぃー! これはそう沢山作れるものじゃないんだから、そんな無茶なこと…」
 するとひとみはつつつと圭織の側まで近寄り、
「お願いしますよ…圭織さん」
と後ろから抱きしめた。
「…もう、しょうがないなあ」
ひとみの反則技に顔を真っ赤にしながら、圭織は了承した。
「さすがはよっすぃーや」
「…よっすぃーの、馬鹿」
 それぞれの反応を見せる亜依と梨華。
「えー、圭織、マジで?」
 不満げな表情を浮かべる真里。そして圭織は、
「ただし。すのっぴぃが声を上げ始めたら、速やかに送別会を中止して、その子を安全な場所へ移動させること。わかった?」
とひとみたちに言い聞かせた。
「よかったなのの。飯田さん、オッケーやて」
 亜依にそう言われてはじめて、希美の顔に笑顔が戻るのだった。
243 名前:ぴけ 投稿日:2003年03月24日(月)01時40分39秒
以上で今回の更新は終了です。

>>和尚さん
いつも感想レス、感謝です。
???な感じが伝われば幸いです。
244 名前:和尚 投稿日:2003年03月29日(土)02時35分38秒
飯田さんを後ろから抱きついた吉澤さんにニヤけちゃいました。
紺野さんの送別会、無事に終わる事が出来るのか?
ワクワクしながら楽しみに待ってます。
245 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年04月15日(火)12時07分20秒
七話の後藤さんがかっこよすぎて撃沈しました。
辻ちゃんはどんどん成長してきてますね。
次回、パーティという事で、楽しみです。
更新お待ちしております。
246 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)13時49分33秒
 あさ美が学校に来るのは今週の土曜日が最後、ということでクラスメイトたちによる送別会は学校が終わってすぐ開くことになった。必然的にもう一つの送別会はその後、ということになる。
 舞い込む依頼が少ないのをいいことに、事務所を送別会の出し物のアイデアを披露する場にしている希美たち三人。そしてその輪に微妙に入り損ねてる一人。
「あんたたち、裕ちゃんがいないからってくつろぎ過ぎ…」
 真里が横からしれっとした目でそんなことを言う。
「矢口さんも一緒にやりませんか?」
「昏き十二人がいつ攻めて来るかわからないのに、そんなイベントする気になんないっての。地下でトレーニングしてたほうがよっぽどマシ」
 希美の誘いにもまるで素っ気無い。
「さあて、新必殺技でも編み出して来よっかなあ。あ、石川も一緒に行く?」
 輪を作る三人の側でまごまごしている梨華と目が合った真里は、軽く誘ってみた。
「私は…」
 梨華が何かを言いたそうなところへひとみが、
「駄目ですよ、梨華ちゃんはうちらのチームなんですから」
と遮った。
「あっそ。じゃおいらだけでも行ってくるわ」
 厚底のサンダルを鳴らしながら、地下のトレーニングルームへと繋がる通路へ入って行く真里。 
247 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)13時50分28秒
「ねえよっすぃー…」
 不安そうに梨華が問いかける。
「何、梨華ちゃん?」
「私たち、こんなことしてていいのかなあ。だってこの事務所に入ったのだって、元々は大神やそれ以上の標的を倒すのが目的だったじゃない。それをこんなお遊びみたいな…」
 俯く梨華の肩にひとみは、軽く手を置いた。
「確かにあたしたちの目標は大物邪霊師を倒して有名になることだけどさ、敵自らこちらにおいでになるんだったら、こっちはでーんと構えてればいいんだよ。それにたまには息抜きも必要だしさ」
「せやで。梨華ちゃんみたいにいつも張り詰めとったら、そのうちぷつーんと切れてまうで」
 亜依の横槍に梨華は「何よ、年下の癖に生意気ね」と思ったが口には出さなかった。
「で、結局出し物の目玉はどうするの?」
 希美が、さっきまで三人で話し合っていた議題の結論を促す。
「あれか。さっきの案でええんとちゃう? 季節外れやろけど、見た目綺麗やしな」
「うん、あたしも賛成。その子札幌に転校するんだよね。ならぴったりだと思うな」
「じゃあそれで決まりね! でさあ、のの思ったんだけど、個人的な出し物も…」
 楽しそうな会話を繰り広げる希美たちを他所に、梨華は一人思考の螺旋階段を昇り始めていた。
248 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)13時52分27秒
 よっすぃーはああ言ってたけど…私は何だか不安だな…そりゃよっすぃーは一人でも充分戦えるからいいけど、私はまだ単独での戦闘能力は覚束ないし…でもこの事務所には氷術を使える人いなさそうだし…矢口さんの風術が近いのかな、飯田さんもオールマイティーな気がする…でもよっすぃーと離れ離れになりたくないし…
「…だよね…」
 もしわたしが一人の時や、希美ちゃんと一緒の時に敵に襲われたらどうしよう…でもそんな時は年上の私が守ってあげなきゃ…でもそんなに自分の実力に自信があるわけじゃないし…
「…ちゃん、梨華ちゃん…」 
 だったら少しでも自分の力を伸ばすために練習しなくちゃ…でも練習したからって必ず伸びるもんでもないんだよね…
「梨華ちゃん、聞いてる!?」
「えっ?」
 ひとみにようやく現実に引き戻される、梨華。
「だから、送別会の日までに、個人の出し物を用意しておいてね」
「…そ、そんな急に言われても」
 突然降って湧いたような話に困惑する梨華に、
「自分、当日までに用意出来ひんかったらカンチョーの刑やで」
と亜依が追い討ちをかける。
「ええっ、何それ!」
「カンチョーするのはうちやなくで、ここにおるノノ先生や」
「ええーっ、ののがやるの?」
 そう言いつつも何故か希美は嬉しそうだ。
 …何で、こうなるの?
 どこかのコメディアンみたいなことを呟いてしまう梨華だった。
249 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)13時53分10秒
「何や、えらいことになってるらしいな」
 圭織の“心のスケッチブック”に手を当てつつ、白衣の女性・平家みちよは複雑な顔をしてみせた。
「えっ、何が?」
「話は中澤姐さんから聞いたで。あんたら、例のテロ組織に狙われてるんやてな」
 みちよの勤務する小さな病院の診療室。白いカーテンで仕切られた空間に、緊張が走る。
「…まあね。いつ敵に襲われるかわからないから、牛乳が手放せないよ」
 少しの間だけ表情を強張らせた圭織だが、すぐに笑顔を作りそんなことを言った。
「あんたらが敵にやられるとか、そういうことはあんまり心配してへん。中澤事務所は凶祓い界の小さな火薬庫やって、みんな言うとるしな」
 事務所の顔にして高位の水使い・安倍なつみ、小さな斬り込み隊長・矢口真里、帰ってきた二刀流の空間使い・市井紗耶香、そして「最強」の座を脅かす炎の剣士・後藤真希…小規模ながらも抱える人材のレベルはトップクラス。小さな火薬庫の異名は的外れではない。
「ただ…うちが心配してるのはな」
「これの…こと?」
 圭織が指差す先を見て、みちよは頷いた。
 心のスケッチブックに閉じ込められた、禍禍しき存在。
「せや。自分の封印してる、それのことや。特にあの子から絶対に目を離したらあかんで」
「うん、わかってる…」
「こいつを封じとる封印は二人の間に跨ってる不完全な代物や。あの子が追い込まれれば、それだけ暴走の可能性も高くなるんやで。あの子を一人にしたらあかん。わかっとるな?」
 みちよはきっぱり断言した。圭織はただ、頷くだけだった。
250 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)13時55分23秒
 梨華は焦っていた。
 いつの間にか決まってしまった、自分の送別会参加と出し物の披露。
 納得のいかないことは多々あったが、ひとみも参加するのであれば仕方ない。それにこの頃までにはやってやる、みたいな覚悟のようなものもできていた。
 しかしながら、出し物についてはまったく思い浮かばなかった。元々人前で何かを積極的にするというようなタイプではなかったので、全く思考が及ばなかったのだ。
 商店街をぼんやりと歩きながら、またしても思考スパイラルに陥る梨華。
 出し物だなんて…あと三日しかないのにどうしよう…亜依ちゃんはさっそく「もう決まったでー」なんて言ってたけど…わたしは何をすればいいんだろう…そうだ、歌でも歌おうかな…でもちょっと前によっすぃーと初めてカラオケボックス行った時に「うん、梨華ちゃんの歌、良かったよ…」って言ってたけど顔引き攣ってたし…
 上の空で商店街を通り過ぎる梨華に、誰もが振り返る。
「…寒っ、風邪でもひいたかな」
「さっきまで蒸し暑かったのに…」
 あまりに思考に熱中し過ぎて、軽く冷気が漏れていることに本人はまったく気付いていないのだった。
 そんな梨華の思考を止めたのは、どこからともなく漂ってくるある食べ物の匂いだった。
 そうだ、別に出し物っていってもこういうのは駄目だなんて誰も言ってないよね。わたし、料理の腕には意外と自信あるし…亜依ちゃんや希美ちゃんもいつも食べ物の話してるし…そうだ、そうしよう!
 思考迷路の出口を見つけた梨華は、何故かスキップをし始めた。思わず振り返る人々。
「な、何だあれ」
「…寒っ」
 先程とは別の寒々しさが、周囲を覆った。
251 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)13時57分34秒
 かつては日本有数の老舗ホテルだった場所。
 それが焼失した後に、外資系企業のオフィスとショッピングセンターを擁する高層建造物の建った場所。
 しかし今では、誰も寄り付かない廃墟と化していた。
 オフィスで働くビジネスマンを人質にして立て篭もった事件は、結局人質犯人合わせて15人の死者を出す結果になった。事件と関係してか、直後にビルのオーナーであったデビアス証券が撤退。それに合わせて他企業も次々とここから立ち去り、最終的にこの場所にテナントは何一つ入らなくなった。
 ただの無駄な建築物となったビルは国によって厳重に封鎖され、誰一人として建物内には入り込めないようになっていた。しかし。
 月明かりのさし込む、だだっ広い何も無いフロア。一人は月明かりに照らされ、もう一人は影の中にいた。
 
252 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)13時58分14秒
「…珍しいですね。あなたが姿を現すなんて」
 月光に晒された男・稲垣吾郎が影の男に話しかける。男は一言も発さず、稲垣に向かって何かを話しかける。
「わかってますよ。クイーンが、福田明日香がこちらに向かってるんでしょう? 予想通りですよ。復讐を果たした彼女は必ずここへ来る。織田無道の持たせた霊具の性質から言って、目指す場所はここ以外に考えられない…」
 稲垣の説明に、男が頷く。
「あなたが福田明日香を利用しろ、と言った時は耳を疑いましたよ。でも、従って正解だった。彼女の名前を出すことで、ぼくの目的はより達成し易くなった。目的? あなたはご存知の筈ですよ。アレを探すんですよ、アレを…くくくく」
 声を殺して笑いはじめる稲垣。
「もちろん場所がわかったら真っ先にあなたに報告しますよ。ぼくもそこまで馬鹿じゃない…」
 そこで稲垣の表情が変わる。ついさっきまで話しかけていた男のいた場所には、暗い影が立ち込めているだけだった。
「…この空間はぼくの力によって一つの出口からしか出られないはずなのに。恐ろしい方だ」
 大きく取られた窓から見える月を見つめる稲垣。夜はまさにこれから、更けようとしていた。
253 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時00分04秒
 そんな月を、酒混じりの溜息と共に見つめるものがもう一人、いた。
 中澤事務所の主の裕子である。
 誰もいなくなった事務所のデスクで、一人缶ビールをあおりつつ、また溜息。
 昏き十二人からの宣戦布告で、いつメンバーに危険が迫ってきてもおかしくない状態。なのに自分は相も変わらず政府要人の身辺警護。昏き十二人のアジトを探っているはずの紗耶香からはまったく連絡もなく、まさに膠着状態である。アルコールに頼ってしまうのも、無理は無い。
 また辻加護に「中澤さん、お酒くさあい」とか言われるんやろな…
 そんなことをぼやきつつ、また缶に口をつける。
 裕子を悩ませる事象は、それだけではなかった。
 福田明日香。
 なつみを説得した。他のメンバーにも理解してもらった。でも、自分自身は?
 かつて苦労を共にした仲間。それは裕子にとっても同じことだ。一番年上である彼女が、一番年下だった明日香の冷静さに助けられたことも一度や二度ではなかった。
 そう、かつての明日香ならまだ話し合いの余地はあるかもしれへん。ただ…
 福田明日香が、かつての彼女である保証など、どこにもない。
 もし明日香がメンバーに牙を向いた時のことを考える。あの子たちにかつての仲間を手にかけることなど、させられる筈が無い。彼女に手を下すのは、自分以外にいない。だが、つんくに大見栄を切ったのはいいものの、果たして本当に自分にそれだけの覚悟はあるのだろうか。
 なあ、どないしたらええんやろか…?
 裕子は首にかけていたペンダントを開き、中の小さな写真に映った少女に語りかけた。
 
254 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時01分02秒
 感傷に浸る裕子を、電話のベルが現実に引き戻す。営業時間外であるために裕子は無視を決め込んだ。何でも屋に営業時間などあってないようなものなのだが。
 しかし受話器は執拗に返事を催促する。根負けした裕子は不承不承電話に出ることにした。
「はいもしもし中澤事務所です…って何や、圭坊か」
 声の主はかつて事務所に所属していた保田圭だった。
「やっぱりそこにいたんだ。留守番電話にならないから怪しいとは思ってたんだけどさ。どうせ一人でビールでも飲んでたんでしょ?」
「せや圭坊、今からこっち来て一緒に飲まへん?」
「あのね裕ちゃん。そんなことより知らせたいことがあるんだけど」
 圭は酔っぱらいの戯言を跳ね除け、本題に入る。
「何や?」
「さっき、旧デビアスタワーの前に大きな精霊反応があった。属性は炎。多分…明日香だと思う」
「それ、ホンマか?」
 自分で言っておきながら、と裕子は苦笑した。圭の精霊感応力は一流の精霊感応者をも凌ぐことを誰よりも知っているのは、他ならぬ裕子だった。
「と言うことは、そのデビアスタワーってとこに昏き十二人もおるっちゅうことか」
「それがね、建物の中には何の反応もないんだ。大きな精霊反応も、その前で消えたし。もしかしたら、稲垣の空間術で外界と隔てられてるかもしれない」
「…全ては紗耶香にかかってる、か」
「そうだね。うちらは紗耶香の報告を待つしかない」
 圭の言葉を聞き、裕子は飛び切り重いため息をついた。
255 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時01分52秒
「結局、待つしかないっちゅうことか。堪らんなあ」
「でもさ、紗耶香がやる子だって言うのはあの時の依頼で証明済みでしょ?」
「確かにな」
 裕子は思い出す。圭織、なつみ、圭、そして紗耶香。彼女たちの大きな犠牲がなければ、あの依頼は成し得ることはできなかっただろう。そしてなつみはこの件をきっかけにさらなる能力の向上に成功したし、紗耶香もどうやら休養中に何かを得たらしい。
 ただ、圭織と圭坊は…
「ちょっと裕ちゃん、聞いてる?」
「ん、ああ、聞いてるで」
 圭の能力喪失について考えていたことを悟られないために、裕子は生返事をした。
「とにかく、紗耶香がタワーへの道を切り開いた時にいつでも臨戦体勢を取れるようにみんなに言っておかなくちゃね」
「…せやな」
「あたしは部外者だし一緒に参戦はできないけど、みんなのバックアップは最大限にさせてもらうから」
「圭坊のバックアップなら百人力やな」
「まあ情報のことなら、このビューティーケメコにお任せあれ」
 裕子はわざとおえっ、と言ってみる。それに対し圭は何よお、と反駁して見せた。受話器の中で広がる、明るい空気。
「じゃあ裕ちゃん、何かあったらまた知らせるから」
「わかった、頼むわ」
 そして電話は切れた。
 窓の外の月を眺める裕子。月は相変わらず煌煌と輝いていて、それが目に眩しかった。
256 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時02分41秒
 あさ美の転校する土曜日がやって来た。
 朝のホームルームで担任の先生があさ美を教壇に呼び、今日付けで転校することを生徒たちに説明した。続いてあさ美自身が別れの言葉を告げる。教室のあちこちからすすり泣く声が漏れ始めた。
 希美はと言うと、あさ美と別れる悲しさよりも今回の送別会を成功させようという意気込みの方が僅かに優っていたため、涙を流すことはなかった。
 自分の席へと戻ろうとするあさ美に、希美が声をかけた。
「今日の送別会、絶対にあさ美ちゃんに喜んでもらうから!」
「うん、楽しみにしてる」
 あさ美は嬉しそうに頷くのだった。
 そして放課後、希美のクラスの有志による送別会が近所のファミレスで開かれた。高校入学から二ヶ月ほどしか経っていないにも関わらず、あさ美たちの共有する思い出話に見事に花が咲く。
「でもさあ、学年一の秀才を失うなんてウチの学校にとって大きな損失だよね」
「ホントホント」
「えっ…そんなあ…」
 クラスメイトの言葉に、複雑な表情を見せるあさ美。
「どうせののはアホですよー」
 そこへ先日の中間試験も散々だった希美が割り込んでくる。
「しっかし不思議なコンビだよねあんたたちって。うちのクラスの垂れ目大食いコンビ、片や秀才、片やmachineをマカロニって読んじゃうおバカさんだもんね」
 希美の周囲がどっと沸く。そんな様子を、遠くの席で観察している怪しげな三人。何故か三人とも色の濃いサングラスをかけていた。
257 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時03分27秒
「何かさあ、超盛り上がってるじゃん」
 ひとみが我が妹の姿を見守るかのような眼差しで、希美のいる方を見やる。
「そんなん言うてる場合やないやろ。うちらの“目玉”は夕方までに見せんことには、意味があらへんのやから」
 亜依が眉を潜めて、サングラス越しにひとみを窘めた。
「ねえ亜依ちゃん…さっきからずっと聞こうと思ってたんだけど」
 梨華が遠慮がちに亜依に訊ねる。
「何?」
「どうしてわたしたち、サングラスなんかかけなくちゃいけないの?」
「それはなあ…極秘任務やから」
 自信たっぷりに答える亜依。梨華はそれ以上、何も聞けなかった。
「あっ、あいつら席立つぞ」  
「よっしゃ、ののに合図送ろか」
 亜依は希美の近くに小石を発生させ、軽くテーブルに転がしてみる。それに気付いた希美は亜依たちのほうを向くが、すぐに視線を逸らしてしまった。
「何やあいつ、うちらのこと無視しおった!」
 こんな怪しい格好じゃ無視されても仕方ない、とは口が裂けても言えない梨華だった。
258 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時04分27秒
 ファミレスの前で友人たちと別れを告げる、希美とあさ美。
「楽しかったねえ」
 希美はあさ美にそう話しかけた。
「うん。でも、ののちゃん主催の送別会はもっと楽しいんだよね?」
「もっちろん!」
 胸を張り断言する希美。そこへ、不審な少女が姿を現した。
「やいお前ら、うちらについて来て貰おか」
 コントに出てくるヤクザ風演技をしてみせる亜依。
「あの…あなたは?」
 ぽかんとした顔であさ美が訊ねた。
「うちはなあ、泣く子も黙る超絶悪党集団・関東亜依盆組の構成員やでえ!」
「…何してんの、あいぼん」
 希美が何事もなかったかのように声をかける。血相を変えて希美の手を引っ張る亜依。
「アホ! 折角の名演技が台無しやんか!」
「名演技って、さっきの?」
「せや、ヤクザ登場はドッキリの基本やろ。それをお前っちゅう奴は…」
「…わけわかんないよ」
「だから、あのタヌキが騙されたら『大成功!』ってな…」
「あの…加護さん、ですよね?」
「うわっ!」
 急にあさ美に声をかけられ、うろたえる亜依。
「この間、ののちゃんと一緒にいた…」
「何や、覚えてたんかいな。しゃあない、『大川栄策もビックリ、露天風呂でドッキリ作戦』は中止や。これからうちらで送別会したるから、あの車に乗りいな」
 亜依はそう言って、道路脇に止めてある銀色のワゴンを指差した。
259 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時05分28秒
 五人を乗せた車は、郊外へと向かってひた走る。
「皆さん、ののちゃんのバイト先のお友達なんですか?」
 後部座席で亜依と希美に挟まれながら、あさ美が質問する。
「そうだよ。あたしたちは辻の後輩になるのかな、この前入って来たばかりだし」
 運転手のひとみが、バックミラー越しにあさ美に答える。
「ええっ、わたし吉澤さんたちのほうが先輩かと思ってました」
「紺ちゃん、ある意味正解やで」
 亜依の言葉に、項垂れる希美。事務所では先輩でも、凶祓いとしては他の三人に大きく遅れをとっているのは事実なので仕方がないが。
「でもわたしも転校する前に行って見たかったなあ、喫茶『みそぢ』」
「何やそれ?」
「えっ…バイト先の店の名前だって、ののちゃんが」
 希美は以前適当にあさ美にそう言ったことを思い出し、顔を顰めた。途端ににやつく亜依。ひとみも意味がわかったのか、含み笑いをしている。
「三十路か。中澤さん怒るでー?」
 亜依の言葉に、ぶんぶん首を振る希美。
260 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時06分13秒
「でもあさ美ちゃんって、高校一年生なのに随分しっかりした感じだね」
 それまで黙っていた梨華が、あさ美に話しかけてきた。
「そんな…リカさんだって、日本語が凄く上手で」
「えっ?」
 一斉に疑問符を投げかける四人。
「あれ、リカさんって外国の方じゃないんですか!? だって肌も黒…いや日焼けした感じだし…」
 あさ美は梨華をフォローしようとするものの、逆に墓穴を掘り始めた。
「そう言えば梨華ちゃんって黒いよね」
「今日からサンコンって呼んだろ」
 後ろでそんなことを囁き合う二人に、
「ひどーい!」
と梨華は半泣き状態だ。
「まあまあ梨華ちゃん、今日はあさ美ちゃんの送別会なんだし」
「そうだね…そう言えばよっすぃー、いつ車の免許なんて取ったの?」
 思い直した梨華は話を別の方向へと振ってみた。しかしこれがまずかった。
「いや、車の免許なんて持ってないけど」
 水を打ったように静まる車内。そして、
「よっすぃー、今すぐや、今すぐ車止めんかい!」
「ええー、折角ちょっと慣れてきたのに」
「わっ、ちょっとよっすぃー車の運転雑!」
「車の運転なんて適当にやってれば大丈夫だから」
「嫌や、うちこんな所で死にとうない!」
と右に左にの大騒ぎとなった。希美と亜依は叫びまくり、梨華はシートベルトを強く握りながらオロオロ、あさ美に至っては文字通りタヌキ寝入りを始めた。
 無免許運転のワゴンは奇跡的にこの後事故を起こすこともなく、無事目的地に
261 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時07分36秒
 東京都に属しながら、山と自然に囲まれた場所に建てられた無人の山荘。そこはひとみと梨華がはぐれ凶祓いをしていた時によく利用した場所だった。
 元々は古びた外装の山荘なのだが、今は亜依の能力(物の色を自由に変えられる)によって綺麗な白色に輝いていた。
「うわあ、綺麗…」
「綺麗なのは中だけやないで、さあ入った入った!」
 亜依に促され、建物の中に入るあさ美。続いて希美もその後を追う。
 三人が山荘に入ったのを確認する、ひとみと梨華。
「梨華ちゃん、すのっぴぃは?」
「うん、よっすぃーに言われた通り、山荘の周りの木々に括りつけておいた」
「そっか…じゃあ大丈夫だね。それにもし昏き十二人の奴らが来ても、あたしと梨華ちゃんでぶっ倒してやるし」
 ひとみはそう言って、梨華にガッツポーズを見せた。
「うん…」
「ねえ梨華ちゃん」
 急にひとみは真面目腐った顔をする。
「ど、どうしたのよっすぃー?」
「あたしさ、小学校の時はこの能力のせいで学校をいくつも転校してたんだ。誰かに触れるたびに電気が漏れちゃってさ、『ビリビリよしこ』とか言われて敬遠されて。その中でもたった一人だけ仲良くしてた友達がいて…でも機会がなくてサヨナラすら言えずに別れたんだ」
 昔話が照れ臭いのか、ひとみはワゴンの車体に背を凭せ掛けて空を見上げた
262 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時08分29秒
 昼下がりの空は、柔らかな青色に染まっている。真昼の輝くような空とも、夕方の強烈なオレンジ色の空とも違う、優しい曖昧さのある、空。
「何だかすごくわかる気がする。あたしも中学生の時に仲良しの子がいて、毎日一緒に帰ってて、『じゃあまた明日ね』って言う時はいつも何か寂しかったなあ」
 梨華はひとみの隣に移動し、同じような体勢を取る。
「ちょっと違うような気もするけど…まあ友達ってやっぱ大切じゃん。だからさ…今回のあの子の送別会は成功させたいんだ。邪霊師たちに邪魔なんか絶対にさせない」
 無言で梨華は頷いた。
 山荘の玄関のドアが開き、
「梨華ちゃん、よっすぃー、何してんのー! 早くこっちおいでよー!」
と希美が顔を出して手招きする。
「わかったわかった! 梨華ちゃん、行こっか」
「うん」
 山荘に連れて入る二人。空は少しだけ、時間の経過によって茜がさしていた。
263 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時09分33秒
 山荘内部の造り自体は至ってシンプルだった。
 玄関から続く階段を降りるとすぐにダイニングルーム、奥には立派な暖炉。天井を見上げれば小ぢんまりとしたシャンデリアが釣り下がっていた。しかし。
 部屋の所々に垂れ下がっている「加護亜依プレゼンツ・the送別会」とお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれた垂れ幕。テーブルと暖炉の間に設置された舞台装置らしきもの。壁には何故か「あいぼんランドへようこそ!」という張り紙が張られていた。
 目が点になる四人。
 ふふふ、このあいぼんさんの空間プロデュース技術に驚いて声も出ないようやな。極めつけは…これや。
 亜依は隠し持っていたラジカセのスイッチをオンにする。
 ♪ディンドンディンドンディンドンディンドン…テーテケテーテーテーテケテケテケ…
 テープから流れる、明らかに亜依が吹きこんだであろう奇妙な音楽。それは某テーマパークの行進曲に聞こえないこともなかった。
「ねえあいぼん…」
 ようやく希美が口を開く。
「何やのの、もう感極まったんかいな?」
「あのさあ、この音楽…キモいんだけど」
「何やて! これは世界の歌姫、セリーヌ・アイボンヌのイントロやで! それを気色悪いなんて…これだからジャリは…」
 憤慨しながらひとみと梨華の顔を見やる亜依だが、同意するものはいなかった。
「こ、紺ちゃんはどや?」
 あさ美は躊躇いながらも、
「あの…私もちょっと…気持ち悪いと思います」
とはっきり言った。
「…さよか」
 がっくり肩を落としてラジカセのスイッチを切る亜依だった。
264 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時10分45秒
「コ、コホン…気を取り直して。あー本日は晴天なり本日は晴天なり。それではタヌキ娘、いや紺野あさ美の送別会の送別会を始めたいと思います」
 各々がテーブルについた後、亜依がマイク片手に壇上で仕切り始めた。
「あいぼんの標準語、何かヘン」
「うっさいわボケ! …オホン、まずは個人の出し物を披露させていただきたいと思います。では、エントリーナンバー1番は私加護亜依で『あいぼんの超魔術』」
 亜依はおもむろに懐からコインを取り出し、左手に何も持っていないのを見せてから左手でコインを握る。
「わかった! コインが二枚に増えるってやつでしょ? のの、先週の『プリンセスマヤヤのハッピーマジック』で見たよ」
「アホか! このあいぼんさんが他人と同じマネするわけないやろ。よう見てみ、さっきまで一枚だったコインが…」
 堅く握った拳を下向きに開く亜依。すると、大量のコインがバラバラと音を立てて落ちて来た。思わず目を丸くする四人。
「凄いです、加護さん凄いです!」
 あさ美は手を叩いて亜依を賞賛した。
「まだまだ驚くのは早いわ。次はな…」
 こうして、次々とマジックを披露する亜依。最後は部屋の暖炉を消してみせるという大技であさ美を驚かせた。
「ねえねえよっすぃー」
 希美がひとみに耳打ちする。
「あれってさあ、絶対に精霊術使ってるよね?」
「へえ、辻にもあれがわかったんだ。確かにあれは使ってるね。じゃあうちらもさ、気兼ねなく使っちゃおうか」
 ひとみはいたずらっぽい笑顔を見せた。
265 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時11分28秒
 亜依に続き、ひとみが舞台の壇上に上がる。
「続きまして、エントリーナンバー2番・吉澤ひとみで『人間発電所』」
 ひとみは山荘のどこからか持って来た電球を取り出し、ソケットの部分を軽く触った。電球が仄かに明るくなる。
「えっ、どういう仕掛けになってるんですか!?」
 あさ美がひとみに近づき、色々と探り回す。当然のことながら仕掛けなどどこにもない。
「ふふふ、じゃあ次行くぞ。ハンドパワーで、あいぼんの髪の毛を逆立てます」
「そ、そんなことしたらうちの髪の毛抜けてまうやんか!」
 早速亜依は協力を拒否した。
「大丈夫大丈夫」
「大体何でうちやねん! 梨華ちゃんもおるし今日はののも髪下ろしとるやないか! うち絶対嫌や!」
 亜依が駄々をこねている隙に、ひとみが素早く亜依の額あたりに手をかざす。亜依の前髪は、静電気の力によって上へと逆立ち始めた。その惨状に、噴き出す希美たち。
「あいぼん、ハゲ…」
「ハゲとちゃうわ! ちょっと人より後れ毛が前髪に集中しとるだけや! おいそこの黒いの、何笑ろとんねん!」
 あからさまに黒いの、と言われ落ち込む梨華。
 実はひとみは隠し芸ではなく、これがやりたかっただけのために亜依を指名したのだった。
266 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時12分14秒
「ねえみんなおなか空いたでしょ? 実は私、料理作ってきたんだ。エントリーナンバー4番・石川梨華で『ラブラブ手料理』、なんちゃって」
 希美がニワトリや羊の鳴きマネを披露している間に、いつの間にか梨華はピンクのエプロン着用でキッチンで何やら作っていたようだった。
「そんな裸エプロンみたいな格好してから、何作ってたん?」
「それは見てのお楽しみ」
 作ったものに相当の自信があるのか、やけに強気な梨華。
 そして、梨華がキッチンとテーブルを往復して運んできたものは焼きそばだった。
「うわあ、おいしそう!」
 焼きそばの匂いを嗅ぎつけ、希美が舞台から飛んでくる。
「のの、自分まだ出し物の途中ちゃうん?」
「いいのいいの、早くみんなで食べようよ!」
 無言で頷く隠れ食欲大魔人・あさ美。
 というわけで出し物エントリーは一旦中断、食事休憩をとることになった。
「いっただっきまーす!」 
 派手な合掌をかます希美に、その横でさりげなく合掌するあさ美。
「梨華ちゃんの手料理か…どんなだろ」
 二人に続いてひとみも箸を焼きそばに伸ばした。しかしひとみはある事に気づく。亜依がまったく箸をつけていないのだ。
「あいぼん、食べないの?」
 すると亜依は、
「この焼きそば、臭いねん」
と言い出した。
267 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時12分57秒
「臭いって!?」
 焼きそばの出来に自信を持っていた梨華が聞き返す。
「あんなあ、何かトイレの匂いがすんねん…」
「そんな…」
 不安になって希美とあさ美のほうを見る。勢いが良かったのは最初だけで、今や二人とも皿の上のモノと睨めっこ状態に陥っていた。
 重い空気に変わる食卓。そのプレッシャーから抜け出そうと亜依は、
「せや! そろそろ日が暮れるころやん。紺ちゃん、見せたいもんがあるから表出よか」
と言い出した。渡りに舟、といった感じで席を立つあさ美。希美もそれに続き、あっという間に三人は外へ出ていってしまった。
 取り残されたトイレ臭い焼きそばと、梨華。
 どうしていつも私ってこうなんだろう…
 激しく落ち込む梨華に、ひとみが声をかける。
「梨華ちゃん、今回は失敗だったかもしれないけどさ、また作ればいいじゃん。失敗は成功の母って言うしさ」
「よっすぃー…」
「それよりうちらも早く外に出ないと。今回の大トリは梨華ちゃんの能力にかかってるんだからさ」
「…そうだね。梨華、がんばる」
 共に山荘を出た二人だったが、梨華はひとみが結局焼きそばに一口も口をつけていないことには気付かなかった。
268 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時14分16秒
 一足先に大きな一本の木の前までやって来た亜依たち。木には一枚も葉がなく、まるで蝙蝠傘の骨組みのように枝を広げていた。
「これが、出し物の目玉?」
 訝しそうに希美に聞くあさ美。
「そう焦らんといてや…あっ、やっと来たわ」
 ひとみと梨華が遅れてやって来た。
「あいぼん、夕陽は?」
「ちょうどええ頃やで」
 ひとみにそう聞かれた亜依は、木の向こう側を凝視した。夕陽はオレンジに燃え盛り、周りの空をうっすらと茜色に染めていた。
「じゃ、はじめるか。辻、あさ美ちゃんに目隠しして」
「あーい!」
 あさ美の視界が暗くなる。希美の手によって目が覆われたのだった。
「えっ、何、何?」
「…もういいよ」
 すぐに視界を覆っていた手が取り外される。そしてあさ美の眼前に飛び込んで来た光景は。
 空を覆い尽くす木々の枝。そのあちこちに、太陽の破片が美しく散りばめられていた。
「……」
 絶句するあさ美。木の枝はびっしりとクリスタルのようなもので埋め尽され、それぞれが夕陽を反射して輝いていた。一つ一つが小さな夕陽のように、仄かに、でも力強く橙色を放っていた。
 これは梨華の力のよって生じた氷の結晶による、天然のイルミネーションだった。
「綺麗だね、あさ美ちゃん」
 あさ美の隣に並んでいた希美が、木を見上げながら言う。
「本当に綺麗だよね…凄いよ…本当にこの世でたった一つの送別会だった…ののちゃん、わたし絶対に今日の日の事忘れないから」
 二人の胸に、万感の思いが迫る。
「ダメダメ、そんなんじゃ感動が足りないなあ…」
 木の幹の影から、一人の男が姿を現す。白の丈の長いシャツを着た、甘いマスクの優男。
269 名前:第八話「別離」 投稿日:2003年04月30日(水)14時15分11秒
 希美は約束していた。あさ美を楽しませる特別な送別会にすると。
 亜依には自信があった。例え邪霊師が襲ってきても、自分の力で撃退できるほどの。
 梨華は確信していた。この送別会が何事もなく終わる事を。
 ひとみは誓っていた。自分がいる限りは絶対に誰にも送別会を邪魔させないと。
 だが四人の思いは、儚く砕け散る。
 ボンッ、という小さな爆発音。
 あさ美の胸に、夕陽よりも鮮やかな血の花が咲いた。
「あさ美ちゃん!!」
 魔法がかかったみたいにゆっくりと倒れ込むあさ美を、希美は呆然と見ていることしかできなかった。
270 名前:ぴけ 投稿日:2003年04月30日(水)14時24分37秒
今回分の更新は終了です。随分間が開いてしまいました…

>>和尚さん
「かおりさんの犬になりたい」的なイメージで書いてみました。
現実同様、ここのよっすぃーもどんどん弾けていく予感が。

>>りゅ〜ばさん
作者が“剣士”という職業に憧れていることもあり、後藤さんの描写は毎回
命がけなのです。
271 名前:和尚 投稿日:2003年05月07日(水)00時04分05秒
滅茶苦茶気になるトコで終了ですか(泣)
稲垣吾郎も気になるし、明日香も気になるし、
特に気になるのが紺野さん!!
次の更新が激しく気になります!!
272 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月12日(月)05時04分06秒
ああー紺野嬢、無事でいてくれー
273 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時06分13秒
 さっきまで、あんなに笑っていたのに。
 さっきまで、元気にはしゃいでたのに。
 今ではもう、返事もしてくれない。
 どうして。
 どうして、こんなことになったの?
 突然現れた男の精霊攻撃を受け倒れたあさ美を、希美は表情を強張らせたまま見つめ続ける。感情が事実に追いつけないのだ。
 胸から、口から血を流しているあさ美。希美の瞳に、鮮烈な赤が焼きつけられる。
 赤。赤。血の色。
 赤。赤。炎の色。
 いつか見た、悪夢。燃え盛る屋敷、血を流す人々。
 希美の意識が、宙を彷徨う。
274 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時10分06秒
 一方、亜依たち三人は咄嗟に事実を判断した。男を三方から取り囲む。判断は冷静だが、心の中は悔しさと怒りに満ちていた。
「あんた、昏き十二人でしょ? 事務所を襲撃した時に、いたよね?」
 梨華が掌に冷気を迸らせながら、男に聞く。
「覚えてくれていて嬉しいなあ。そう、ぼくの名前は河村隆一。昏き十二人のメンバーさ」
「そんなんどうでもええ。何でや、何で紺ちゃん狙ったんや?」
 亜依の怒気を含んだ問いかけに河村は、こう答えた。
「何でって…そっちのほうが楽しいからに決まってるじゃないか、ふふふ」
「何やて!?」
「あいぼん!」
 河村に襲いかかろうとする亜依を、ひとみが止める。しかしひとみ自身、怒りで肩が震えていた。
「河村…お前に聞きたいことがある。お前が現れたにも関わらず、邪霊師対策の霊具はまったく反応しなかった。何故だ?」
「ふふふ…それは『彼』に聞いたほうがいいんじゃないかな」
 河村が視線を斜め後ろに向ける。いつの間にか、もう一人の男がそこにいた。
「はじめまして。この業界では『音無』って呼ばれてます。まあ、本名じゃないんですがね…」
 黒装束を身に纏った男は、声を殺して笑う。
275 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時10分57秒
「なるほど、大体は想像がついたよ。あんた、音術士だろ? 空間術と音術の併用で、うちらに気付かれる事もすのっぴぃを反応させることも無くこの場所に現れたってやつか」
「その通りです。おかげで、難なくその娘を殺す事ができま…?!」
 音無が言葉を言い終わらないうちに、ひとみは音無に接近、雷撃を含んだ強烈なアッパーを見舞わせた。
「からくりはわかった。とにかく、紺野をこんな目に合わせたお前らだけは、絶対に許さない!」
「いきなり殴りつけるなんて、野蛮なコだなあ。でも、これで組み合わせは決まったね」
 河村の言葉に、倒れていた音無が起き上がる。
「この娘は私に任せてくれ」
「いいよ。じゃあぼくはそっちの子猫ちゃんたちを」
 じりじりと三人に近づく河村たち。ひとみたちもそれに合わせ、迎撃体勢に入った。
 その時。
 その場にいた誰もが、急激な異変を感じていた。
 押し潰されそうな圧迫感。いや、自らの身にびりびりと伝わる、恐ろしいまでに強大な精霊力。
「な、なんやねん!」
「新手の敵!?」
 辺りを見回す梨華。しかしその圧倒的な精霊力は、明らかにあさ美の側にいる人間のものだった。
276 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時12分52秒
「まさか…辻?」
 ひとみの額から冷や汗が流れる。これほどまでの力を感じたのは、生まれて初めてのことだったのだ。だが、その場にいた誰もがそうだったに違いない。
「おいおい、冗談は抜きにしようよ。このバケモノみたいな精霊力がこのコのものだって? きっと何かの間違いに、決まってる!」
 河村が何かを投げつけるようなモーションをとった。河村の操る、爆薬の邪霊によって作られた、「不可視の手榴弾(インビジブル・パイン)」。
 だが、それは希美に届く前に消滅した。いや、正確に言うと、希美から発せられた何かによって、蒸発した。
 それは見るもの全てを魅了するかのような、澄んだ蒼色をした炎だった。
「蒼い…炎」
 亜依が思わず呟く。現役最強の炎術士・浜崎あゆみですら出すことの出来ない、蒼色の炎。それを今彼女は、目の当たりにしていた。
「そんな…蒼い炎は「炎の大精霊」にしか扱えないはず…まさか、この娘は…」
 音無は熱に浮されたようにそんなことを言った。
 ふと、希美が立ち上がり、河村を視界に入れる。普段の希美からは考えられないような、冷たい表情。その瞳には、色が無かった。
「…さっきの貧弱な攻撃は、お前のか?」
「は、ひっ…」
 突然矛先が自分に向けられたためか、声も出ない河村。
「本当の攻撃と言うものを教えてやる…ただし、お前の命と引き換えにな」
 希美が目を閉じるや否や、蒼い炎は不死鳥を象る。
277 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時13分42秒
「この不死鳥が羽ばたいた時、超高熱の熱風によってお前は死ぬ」
「う、うわあああ!」
 闇雲に爆弾の雨あられを希美と不死鳥に仕掛ける河村だが、全ての行為は無為に終わった。
「のの、待ちいや! そないなことしたらあさ美ちゃんが…」
「私の知ったことか。それよりこのままだとお前等も超高熱の餌食になるが…まあ防御しても無駄だろう。諦めろ」
 地に這う虫でも見るような目つきで亜依を見る、希美。
「…のの、どないしたん? ふざけとんのか? どうせまた『冗談れすよ、てへてへ』とか言うんやろ?」
「亜依ちゃん、今の希美ちゃんは、希美ちゃんじゃない…」
 震える亜依の肩を、梨華が抱きしめた。
「何だかわかんないけどさ、あたしが一発殴って目、覚まさせてやるよ」
 ひとみが一歩、前に出た。咄嗟にひとみの手を掴む梨華。
「よっすぃー! 無茶だよ!」
「大丈夫」
「あ、足だって、震えてるじゃない!」
「武者震いだって」
「わたし、絶対行かせないから!」
 ひとみは梨華に、力強く微笑む。そして梨華の手を振り解くと、一直線に希美に向かっていった。
「うおおおおおおお!!」
「死にたがりの馬鹿か? いいだろう、望み通り、お前から最初に屠ってくれる」
 希美の周囲が、焦土と化した。草木も、大地すらも、空気に溶けていく。そんな高熱地獄のさなかに、弾丸のように飛び込むひとみ。
278 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時14分35秒
 結果的に、ひとみが高熱地獄を味わうことはなかった。希美の精霊術が解けたのだ。炎の不死鳥も、空気と一体化するように霧散していく。
「う、ううう…」
 同時に、その場に崩れ落ち苦しみ出す希美。
「辻!」
 攻撃の体勢を解き、ひとみは希美の元へと走った。亜依と梨華もそれに続く。
「ううっ…あと一歩で、この体が我が物に還るところだったのに…口惜しいぞ…」
「何だよ、何言ってんだよ!?」
 ひとみが希美の肩を強く揺すぶる。しかし希美はそれに答えることなく、意識を失った。
「何や、ののの身に何が起こったんや!?」
 亜依がひとみの服の袖を、ぎゅっと掴む。
「わからない、わからないよ…」
 ひとみも事態の急変に、心が落ち着かない。
 希美たちの様子を見守っていた梨華が、いち早く突き刺さる悪意に気付く。河村と音無が、いつの間にか至近距離まで近づいていたのだ。
「ぼくはね…相手を追い詰めるのは好きだけど、自分が追い詰められるのは大嫌いなんだよ…」
 河村の周りに無数の精霊反応を感じる。しまった、希美ちゃんが気を失った隙に爆弾を作っていたんだ! 
「くっ、氷の精霊たちよ! 比類無き頑健な氷壁を大地に打ち立てよ!」
「遅いね!」
 河村が爆弾を起爆させ始める。
 強烈な爆発音と共に、辺りは濛々とした砂煙によって覆われた。
279 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時15分32秒
 砂煙が晴れ渡る頃。そこには新たな少女が一人、立っているだけだった。
「近くに面白い精霊反応を感じたから寄ってみたら…あややぁーって感じ」
 松浦亜弥は辺りを見まわす。山荘の周りには草木一本生えておらず、地面の一部はドロドロに溶けていた。
 目を閉じて、残った精霊反応を確かめる亜弥。
「ふむふむ、なるほど。どこかで感じたことのある気配、と思ったらあの子たちだったんだ。それに、邪霊師の方も一人…二人」
 そんな独り言を呟き、亜弥は自らを満足させた。
 さっきまでここで戦ってたみたいだけど松浦には関係無いから…いっか。それより…この面白い精霊反応、「あの方」に報告しないとね。
 自らの周りに淡い桃色のシャボンをいくつも作り出す亜弥。やがてその姿はシャボンに包まれ見えなくなり、シャボンが全て弾けたあとには本人の姿も消えていた。
280 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時17分37秒
 時を少し遡る。
 夕闇を切り裂くようにして走る、青い車体。
 スポーツカーを操るのは中澤事務所所長代行・飯田圭織だった。
 病院でみちよに言われた、「あの子から絶対に目を離したらあかんで」という言葉。それが妙に気になって、結果誰にも告げることなく車を出していた。
 この緊急事態に事務所の責任者がいなくなるなど、通常有り得ないことである。でも、そんな常識を遥か超えたところに圭織の気持ちはあった。
 のんちゃんを、放っておくわけにはいかない…
 車が希美たちのいるであろう山荘へと続く林道にさしかかった時のことだ。錐で突かれたような痛みが、圭織の胸を襲った。次いで、全身が焼けつくような感覚。
 精霊たちが怯えていた。道の向こうで起こっている出来事に。そこから立ち上る、常軌を逸する精霊の気配に。
 もう限界だった。圭織は車のドアを開くと、転げ落ちるようにして外の地面に伏した。額から、全身から、夥しい量の冷や汗が流れる。
 この全身が炎で炙られたような感じ…林の向こうから伝わってくる、恐ろしく強力な精霊反応…もしかして…
「その通りだ、凶祓い…」
 圭織の意志とは関係なく、心のスケッチブックが踊り出る。狂ったようにめくられ始め
る本が最後に開いたのは、あの忌まわしいページ。
「蒼…焔…王…あなた…封印を…?」
 空を舞う本を見上げ、息も絶え絶えに問いかける圭織。
281 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時18分28秒
「ふん…ひよっ子のお前に封印されたこと自体がそもそもの間違い。あの娘の感情が大きく揺らいだおかげで、私もここまで意識を取り戻すことが出来たのだ」
 本は圭織を嘲笑うかのようにふわふわと宙を上下する。
「でも…圭織が無事だってことは、封印が完全に解けた訳じゃ…なさそうだね」
 圭織は渾身の力を振り絞り、立ち上がった。
「もう一度、昏き闇へと還してあげる」
「馬鹿を言うな! あの時は側に何人もの優れた凶祓いが傍らにいたが、今はおまえ一人ではないか! 仮にも四大精霊の一角を占めるこの私を…」
 狂ったような本の動きが、ぴたりと止む。本は眩い光に包まれ、再び圭織の元へと戻ろうとしていた。
「蒼焔王…長い間本の中に閉じ込められたせいで、圭織の仕掛けには気付かなかったみたいね」
「な、何を…はっ、これは!」
 圭織の四方にいつの間にか置かれていた四体の小さな置物。それは亀、竜、鳥、虎の四獣を象った精霊力増幅装置だった。
「封印に綻びが出来た程度なら圭織の力で充分、修復できる」
「くっ、折角の機会だったと言うのに…ぬかったわ! だがな、良く覚えておけ! 封印が完全なもので無い限り、私は必ず甦り、あの娘の肉体を我が手中に収める。その日を、楽しみにしていることだな!」
 スケッチブックが大きな音を立てて、ページを閉じる。そしてそのまま、圭織の胸へと吸い込まれていった。
 しかし圭織にはほっとする暇などなかった。封印に綻びが出来るほどの精神的な動揺。希美の身に何かが起こったことは明白だからだ。
 早く、のんちゃんのところへ…
 圭織は疲弊した体を引き摺り、暗い林道の奥へと進んでいった。
282 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時19分41秒
 ひとみは砂煙に乗じてその場から逃げ出した音無を追っていた。
 しかしそれが罠であることにすぐに気がつく。お目当ての人物がすぐに姿を現したからだ。
「待っていましたよ、雷使い」
「これは…」
 訝しがるひとみに、音無は人を馬鹿にしたような表情でこう語る。
「いきなり私を殴りつけたあなたの性格上、あの場からいち早く逃げようとする私を必ず追いかけると思ってましたよ。おかげで私たちはそれぞれの望みを叶えることが出来る」
「わたしたち?」
「私、こう見えても根に持つ性質でしてねえ…私はあなたに殴られた報復を。そして河村さんは…」
 そこでひとみははじめて自らの行動の拙速さを思い知る。
「弱きものをを狩る喜びを」
「…くそっ!」
 音無の言葉の意味を理解し、激しく後悔するひとみ。生きているかどうかもわからないあさ美、気を失った希美を背負って砂煙から離れた梨華と亜依。河村は間違い無く彼女たちを狙っているのだ。
「さて。あなたの考えていることはわかりますよ。早く私を倒し、あの娘たちと合流したいのでしょう?」
「わかってるんだったら…さっさとやられな!」
 手に込めていた雷撃を音無に投げつけるひとみ。しかし攻撃はいとも簡単に音無の手によって払われてしまう。
「焦ってますね。対精霊攻撃用の手袋を嵌めているとは言え、こうもあっさり凌げるなんて…集中力が欠けてるんじゃないですか?」
 音無はそう言って余裕の笑みを見せた。
283 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月19日(月)23時30分48秒
今回分の更新は終了です。
何だか月一ペースに・・・もう少し筆を早く進めたいものです。

>>和尚さん
毎回楽しみにしてくれてありがとうございます。
遅筆で申し訳ないと思っているのですが・・・

>>名無し読者さん
今回の紺野はこんな感じです(←どんな感じだよ)。
284 名前:和尚 投稿日:2003年05月20日(火)10時30分24秒
更新お疲れ様です。
あっち、こっちと気になる展開(特に辻、紺野)が続出です。
辻さんが怖かった・・・(ブルブルブルブル)
次回更新楽しみです。

自分も遅筆なモンでその事は全然気になさらないで下さい。
285 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)14時47分19秒
 梨華の胸には二つの感情が葛藤していた。
 一つは、不安。
 あさ美は胸と口から血を流している。よしんば胸への攻撃が浅くても、心臓に多大なダメージがあることは明白である。早く然るべき処置をしなければ、命が危ない。
 希美は気を失っているようだ。とにかくさっきの希美の豹変ぶりは原因がわからない。とにかく、一介の凶祓いが持つような精霊力ではないことは確かだが。
 このような状況下で、一番頼りにしたい存在が、いない。それが梨華の抱える不安の最も大きな原因だった。
 よっすぃーがいないと私、どうしたらいいかわからないよ…私の氷術は攻撃サポート用でしかないし、もしこんな状況で邪霊師にでも襲われたら…
「梨華ちゃん、どないしたん?」
 そう言われて、梨華は隣にいる少女の顔を見る。
 亜依ちゃんもどちらかと言えば攻撃サポート用の精霊術だし…ああ、こんな時によっすぃーがいてくれたら…でもよっすぃーとははぐれちゃったし…
「ううん、何でもない…」
「それより、紺ちゃん置いてうちらだけでも移動せな。邪霊師たちに気付かれるかもしれへんし」
 梨華の氷壁は結果的に、河村の爆撃を防ぐことができた。そして巻き起こった砂煙に乗じてその場を離れ、現在は亜依の能力によって自分たちの姿を周りの景色に溶けこませているのだった。しかし、精霊力を察知することの出来る邪霊師にこの手は通用しないだろう。
「私たちが囮になって邪霊師からあさ美ちゃんを遠ざけるってこと?」
「せや。やっこさん、そろそろうちらの隠れとる場所に気付きそうやしな。行動は早いほうがええ」
286 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)14時50分10秒
 自信あり気に答える亜依に感じる、軽い反発心のような感情。これが梨華の抱えるもう一つの感情だった。
 何と言っても亜依は自分より年下だ。ならば、私がみんなを引っ張っていかなくちゃ駄目なんだ。こんな所で不安に苛まれてる場合じゃない。だって私は「お姉さん」なんだから。
 この感情は普段の梨華らしからぬ自信に溢れたものだが、同時に「亜依が年下である」事実だけに依存した脆いものでもあった。よって、亜依にイニシアティブを取られてしまうと焦りにも似た反発心が生まれるのだった。
「でも、下手に動くことで逆に相手にこっちの居場所を知られちゃうかも…」
「アホか、ここでじっとしてるほうが余計危ないわ!」
 いつもならここで黙り込んでしまう梨華だが、危機が迫っているという状況が彼女を強気にした。
「亜依ちゃんがいくら大阪で名の知れた凶祓いだったとしても、私より年下でしょ! ここは私の指示に従うべきじゃないの!?」
「年なんか関係あらへんやろ! うちは最良の方法を選んでるだけや! 屁タレは屁タレらしく言うこと聞けばええねん!」
 しかし亜依も負けてはいない。普段どちらかと言えば軽んじている相手からの反論ならば尚更だ。
「へ…屁タレって何よ!?」
「屁タレは屁タレや! よっすぃーがおらんと何も出来へんくせに!」
「そ、そんなことないもん!」
「しっ!」
 普段気にしていることを指摘されて逆上する梨華を、亜依の目が抑えつける。おどろおどろしい、悪意にも似た邪霊の呻き声。
「…うちが出る。梨華ちゃんはここで隠れとき」
 亜依が自らの保護色を解く。梨華はその時、亜依の後姿を見送ることしか出来なかった。
287 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)14時51分30秒
 やっぱ梨華ちゃんも連れてきた方が良かったんかな…
 暗闇と鬱蒼とした木々の葉に包まれた山の中腹を下りながら、亜依はそんなことを考える。
 河村の使う爆薬の邪霊は炎の眷属だ。梨華の氷の精霊とは相性が悪いだろうと考え、置いてきてしまったが、これから立ち向かう相手は亜依一人では少し苦しいものがあった。
 またうちの悪い癖、出てもうたな。
 亜依は大阪の凶祓い事務所に所属していた頃、若手凶祓いのホープとしてもてはやされていたが、ある時当時の上司にこんなことを言われた。
「個人プレイだけじゃ解決出来へん事件もある。加護、たまには協調性を重んじるっちゅうのんも大事なことやで」
 当時の亜依にとっては受け入れがたい苦言だった。頭の中で描く戦略と、その戦略を最大限に生かすことの出来る能力。個人行動に走らせてしまう要因は、充分過ぎるほどあった。
 しかしある時に起こした仕事のミスをきっかけに、亜依は自分の考えを改めた。希美とはじめてコンビを組んだ時にはこれが自分の持ち味だとさえ感じられた。それだけ自分が凶祓いとして成長したのだと思った。
 でも結局、何も変わってへんやん…何が事務所期待のホープやねん。自分よりも明らかに劣ってると思うてたののが、あんな凄い力、隠し持ってた。何か自信、なくしてもうたな…
 徐々に鬱モードに入っていく亜依を正気に戻したのは、背後から感じる邪霊の気配だった。
288 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)14時53分49秒
「何や、追ってる思ったらいつの間にか追われとるやないか」
 亜依は迫り来る人影に向かって拳大の石を作り出し、連射した。石は相手に当たる前に爆発によって砕け散り、ぱらぱらと音を立てて地面に落下する。
「…獲物が攻撃するなんてさ、ルール違反だと思わないかい?」
 河村は目にかかった前髪をかき上げ、嫌な感じの笑みを見せた。
「誰が円らな瞳のバンビやねん。うちを舐めとったら痛い目逢うで」
「いくらぼくが美しいからって、そんなに見つめないでくれよ…すぐに暖めてあげるから…」
 両手を広げ、亜依にゆっくりと近づく河村。
「キショいわボケ!」
 亜依は河村に先程よりも大きな、石と言うよりは岩に近い代物を投げつける。大きく後ろに下がりつつ、河村はそれを爆破した。
「…自分の弱点、見えたで」
「弱点? 何のことだい?」
「自分の懐で能力は使えんってことや!」
 亜依は岩を発射しながら、自らも河村に向かって突進する。余裕だった河村の顔に焦りの色が浮かんだ。
「くっ!」
 亜依との距離を取るように、後ずさりつつ岩を破壊する河村だが、距離は徐々に縮まりつつあった。爆破した岩の破片が、河村の右肩を直撃する。
「爆破に巻き込まれないように距離を取ろう思っても無駄やで。さっきみたいに破片が襲うさかいな」
「破片は君にも襲いかかるぞ!」
「心配御無用。うちには、これがある」
 亜依は河村との距離を詰めつつ、あるものを形成する。
 自分の前面をすっぽり覆うような、岩の盾。
「ほなさいなら、ナルシルトさん!」
289 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)14時55分43秒
 うろたえる河村目がけ、とどめの一撃をお見舞いしようとした亜依だが、それは未遂に終わった。足元で光る、何か。
 まさか、地雷…?
 地面からの爆発は無防備だった亜依の足元を直撃した。勢いを無くし、その場に倒れる亜依。
「ぼくはね、手榴弾だけじゃなくて地雷も作ることが出来るんだ…ぼくから逃げようとする余力が残るくらいには威力を軽減しておいたけどね」
 河村は自分の仕掛けた罠に亜依が嵌ったのを見て、悦楽の表情を浮かべた。
 一方亜依は、受けたダメージ以上に悔しい思いをしていた。
 くそっ…このあいぼんさんを策に嵌めるなんて、ええ度胸しとるやないか! しかし真っ向勝負はやっぱりきついかも知れへんな…
「さあ、早くぼくから逃げておくれ…じわじわと追い詰めてあげるよ」
 威嚇のような爆発を宙で起こしながら、亜依に近づく河村。
「待ちなさい!」
 そこへ響く、素っ頓狂なアニメ声。
290 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)14時56分19秒
 木々の間から姿を現したのは、梨華だった。
「梨華ちゃん!」
「亜依ちゃん、今助けるからね!」
 亜依に微笑みかける梨華。
「愛しのハニー、君もこの美しいぼくに追われたいのかい?」
「氷の精霊たちよ、あいつの足元を凍らせて!」
 梨華は地面に手を当て、祈った。大地は徐々に凍り始め、凍気が河村の足元に忍び寄る。
「無駄なことを」
 だが河村が地面に起こした爆発によって、凍気はかき消されてしまった。
「そ、そんなあ…こうなったら奥の手よ!」
 そう言いつつ、亜依の手を取る梨華。
「そんなんあるなら早よ出しいな!」
「わかった!」
 梨華はそう言うと、亜依を連れて河村とは逆のほうへと走っていった。
「つまり、逃げるっちゅうことやな」
「そうとも言う…」
「期待した自分がアホやったわ…」
 がっくりと肩を落とす亜依だった。
291 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)14時59分27秒
「そんなに焦らないで。ゆっくり戦いを楽しみませんか?」
「うるさいっ!」
 少し前から、戦法を拳による肉弾戦に切り替えたひとみだったが、その攻撃は一度たりとも音無には当たらなかった。
「ちくしょう、すばしっこい奴め!」
「そんなに空振りばかりしていると、体力の消耗を招きますよ…」
 切れのいい拳撃を繰り出しながらも、ひとみの直感が違和感を訴える。
 こいつ、素早いんじゃない。何か、やってるんだ…
 しかしその答えが出ないまま、徒に拳を振るい続けてしまう。
 そして音無は、ひとみのスタミナが切れ始めた瞬間を見逃さなかった。手にしたナイフがひとみの頬を掠める。
「おや? もしかして疲れてるんですかねえ? 私のナイフがかわせないなんて」
 刃についた赤い染みを見つめ、音無は嬉しそうにそう言った。
「次は皮一枚じゃ済みませんよ。こう見えても私、ナイフ捌きは得意なんです」
 空いていた手にもナイフを握り締め、音無が襲いかかる。矢継ぎ早に迫る二つの銀色は、ひとみを防戦一方にさせた。
292 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)15時00分07秒
「御託並べてないで、さっさと仕留めたらどうだい!?」
「生憎その手の挑発には乗りませんよ…私の戦法は、冷静に追い込んで…」
 音無がナイフをひとみに向かって走らせる。
「刺す!」
 雨あられのようなナイフ捌きの後に、強烈な一撃。背後の木にまで追い込まれながらも、ひとみはかろうじてこれを避ける。
「追い込んで…」
 だがそこへ再び鬼のようなナイフ捌きが襲う。流れるような刃の動きが、ひとみに僅かな隙を作らせた。
「刺す!」
「あぐっ!」
 ナイフが深々とひとみの腿を突き刺した。
「これでボクサーの命とも言うべきフットワークの良さは失われましたね」
 ニヤリと笑う音無。足に食い込む刃を払いのけるひとみだが、失われていく血と共に体力は奪われる。
「さて楽しかった一時ももうおしまいです。最後は苦しまぬように、一突きで殺して差し上げましょう…」
 くそ…こんなところで殺されるのか。大神も…倒していないのに…やらなくちゃいけないことも…たくさん、あるのに…
 ひとみの体が、悔しさで震える。
「おやおや…死ぬのが怖いのですか。他愛もないものですね」
「違う…」
「まあ、あなたが優秀なボクサーで助かりましたよ」
 ひとみにナイフを向ける音無。後ろの木に倒れ込むひとみ。衝撃で、何枚かの葉がひらひらと落ちてくる。そこでひとみは、あることに気付く。
 一枚、また一枚。ひとみの疑念は、確信に変わる。そして、朦朧とした意識の中でひとみは昔のことを思い出すのだった。
 それはひとみがまだ高校に通っていた頃の話。その時のひとみの居場所は専ら町の小さなボクシングジムだけだった。
293 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)15時01分36秒
「ひとみちゃん、優秀なボクサーの条件ってわかるかい?」
 練習が終わった時のこと、ひとみはジムのオーナーに突然そんなことを聞かれた。
「…何ですかね? フィジカルな強さとか精神力とか…」
「それもあるわな。でもな、世界を掴むにはそれだけじゃ足りねえんだな」
 オーナーはしたり顔でそう言った。
「世界を掴むって、何かカッケーっすね」
「まあな。で、他は何だと思うよ?」
「うーん…」
 そこでひとみは答えに詰まってしまう。
「ここだよ、ここ」
「顔がゴリラに似てるってことですか?」
「馬鹿野郎、ここだよ!」
 オーナーは自分の耳を指差した。
「耳!?」
「ああそうよ。優秀なボクサーは、音で相手の動きを読むんだ。フットワークを刻む音、ストレートを絞り込む時の筋肉の締まる音…耳が悪きゃどんなに肉体精神的に強くてもセンスがあってもモノにはならねえんだ」
「そうなんですか…」
「そうよ。耳が良ければ万事が万事、オッケー牧場だ!」
 オーナーは自分のギャグに受けたのか、いつまでも笑っていた。
294 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)15時04分30秒
 オッケー牧場ねえ…
 そんな昔のことを考えながら、無事な足の方で気付かれないように地面を引っかいてみる。
 やっぱり…
 そして今のでズレは掴んだ。後は…この体にどれだけ力が残ってるかだ。
「さあ、一気にいきますよ…」
 音無が力を溜めている…筋肉を解放する音…まだ聞こえない…まだだ、もう少し待て…
「死ね!」
「今だ!」
 音無とひとみの腕が、同時に伸びる。相手を貫いたのは、ひとみだった。
「うぐえええ…どうして…?」
「あんたが音使いだってこと、すっかり忘れてたよ。まさかこんな使い方するとはね。音、ずらしたろ? あんたはあたしが音を敏感に察知することを逆手にとった。道理であたしの攻撃が当たらないはずだよ」
 顔面に電撃混じりのストレートを食らった音無は、それっきり一言も話すことなく地面に伏した。
 やれやれだ…
 ひとみは上着の袖を引き千切り、腿に巻いて止血した。そして木々の向こうを睨みつける。
「次はあんたの番だよ」
「威勢のいい…だが音無ごときの小物にてこずっているようでは、俺には勝てんぞ」
 黒い網Tシャツを着込んだ太陽の剣士、大神源太。
「へへ、ちょっとくらいピンチなほうが、カッケーだろ?」
「強がりを言うな。慈王流剣術の恐ろしさ、骨身に味わって死ぬがいい」
 第2ラウンド開始…か。梨華ちゃんたちのことも心配だけれど、こっちはこっちで大変かもね…
 ひとみは少しだけ苦笑いし、それから大神の方へ向き直った。
295 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)15時05分39秒
 河村の魔の手から逃れようと、山中を駆け抜ける亜依と梨華。亜依は河村との戦闘により足を負傷しているため、梨華が亜依のペースに合わせる形になる。
「何やうち、足手纏いみたいやないか…」
 不貞腐れながらも、梨華に追従する亜依。そんな亜依に梨華は、
「ううん、元はと言えば私があんなこと言ったから…」
と声をかけるのだった。
「うちも一人で飛び出すべきやなかった。まあお互い様やな」
 亜依は全速力の苦しさに顔を歪めながらも、気丈にそんなことを言って笑った。
 ひっそり静まり返った山の中。上を見上げれば闇と同化した緑が空を覆っている。そんな暗闇と静寂に満ちた空間において、付かず離れずの追跡をしている影がある。河村だ。
「あいつの気配はさっきから感じてる。まるで、私たちを弄んでるみたい…」
「いや、あの変態ナルシストの目的は別のところにあんねん」
「亜依ちゃん、どういうこと?」
 亜依の顔を梨華が覗き込む。
「あいつはここから少し行ったところにある工事中の道路にうちらを追い込む気やねん。道路の橋が作りかけで、行き止まりになってる。そこに追い込まれたら袋のネズミ、ってわけや」
「えっ、じゃあ別の場所に逃げないと…」
「策っちゅうのんは、過信したらあかんねん。さっきのうちもそうやった。だからうちは、敢えてあいつのトラップにかかったる」
296 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月25日(日)15時06分23秒
 亜依の頭には、既に一つの策が浮かんでいた。油断した相手の足元を掬うような、そんな策が。だが、そういった戦法の経験が無い梨華には理解できない。
「あのね亜依ちゃん、言ってる意味がよくわからないんだけど…」
「後で説明したる。それとその亜依ちゃん、ってのやめてくれへんか? こそばゆうてかなわんわ」
「え、そうなの?」
「ののもよっすぃーも『あいぼん』って呼んどるから、梨華ちゃんもうちのことあいぼんって呼んでや」
 それはどちらかと言えばよっすぃー以外の人間とは距離をとりがちな梨華に対する、亜依なりのアプローチみたいなものだった。
「…うん、わかった亜依ちゃん…じゃなくてあいぼん」
「そうそう、それでええねん。せや、梨華ちゃんはあだ名とか呼ばれたい名前とかあらへんのか?」
 梨華は一瞬戸惑ったが、やがて、
「…チャーミー」
と恥かしそうに答えた。呆気にとられる亜依。
「何やねんそれ、キショ」
「えー、何でー?」
 不満そうに口を尖らせる梨華を見て亜依は内心、
 こいつ…案外調子乗りなとこ、あるかもしれへんな。
と呆れるのだった。
297 名前:ぴけ 投稿日:2003年05月25日(日)15時11分11秒
細々更新…

>>和尚さん
二つの場面をザッピングさせながら、戦闘特有の臨場感を出す…難しいです。
298 名前:和尚 投稿日:2003年05月31日(土)04時35分35秒
更新お疲れ様です。

加護さん、いしかーさんのお姉さんみたい(苦笑)
敵、河村に『変態ナルシスト』と言った加護さんに尊敬してしまいました(笑)

難しいとか言いつつ、戦闘特有の臨場感がタップリ出ている作者様を凄いと思っています。
299 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)13時53分19秒
「どうした。俺を倒すんじゃなかったのか?」
 目の前の巨木を剣の一閃でなぎ払う大神。
 ひとみはというと、さっきから身動きひとつすることなく精神を集中させていた。
 あたしはあいつに、勝たなければならない。絶対に勝たなければいけない、理由があるから。梨華ちゃんにも話したことのない、大神を追っていた本当の理由。
 だから、梨華ちゃんや辻を気にかけたままの状態じゃ、いけないんだ…
 彼女たちを頭の隅に追いやるのではなく、信頼をかける。これがひとみなりの精神の集中方法だった。
 梨華ちゃんとは今まで二人で幾度もピンチを切り抜けたことがあるし、あいぼんだってそこらの凶祓いとはわけが違う。信頼しても、いいよね?
 ひとみの両の目に、強い光が宿る。最早心に一片の迷いもなかった。
「大神、お前に聞きたいことがある」
「何い?」
「お前は吉澤龍三という男を知っているか?」
 ひとみの問いに、大神はとある事実に気がつき、唇を歪める。
「ほう。貴様、龍三の娘か。成る程、良く似ている」
「あたしのオヤジとお前は、お互い別の凶祓い組織に属しながら仕事上のパートナーとして数々の依頼を解決してきた。だがお前は十三年前のある日突然、オヤジを殺した」
 大神はひとみを牽制するように、剣を一振りした。
「それで龍三の敵討ちというわけか。笑わせてくれる」
「いや違うね」
「何?」
「殆ど家には帰って来なかったし、気に入らないことがあればちゃぶ台ひっくり返すし、碌な父親じゃなかったけれど、一流の雷使いだったらしい。あたしはあんたを倒すことで…」
 ひとみは両手に雷撃を込め始める。
「オヤジを超えたいんだ」
300 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)13時55分18秒
「…貴様のようなヒヨッコが龍三を超えられるか! 増してや俺に勝つなど!」
 ひとみ、大神ともに動き出す。
「はあああああっ!」
 先に仕掛けたのは大神だった。瞬間移動のようにひとみの側へ接近すると、手に持つ剣を中段から水平に大きく振るった。ひとみは剣の軌跡を紙一重のところで避け、逆に大神の懐に飛び込む。
「ボティーががら空き!」
 そのまま雷撃の乗った拳を大神に叩き込もうとするひとみ。だが突然の閃光により攻撃は遮られた。
「俺の特技を忘れたか!」
 大神はひとみの目が眩んでいるうちに次の攻撃に出る。それを阻むものは、無数の雷球。
「下手に近づくと感電するよ」
「小癪な真似を…」
 そのうちの幾つかの雷球は近くの木々に落ち、瞬く間に黒炭化させた。
「もう切り倒した木で防御する方法は使えない…覚悟しな!」
 ひとみが意識を集中させる。それを機にして空中に漂っていた雷球が、一斉に大神に降り注ぎ始めた
301 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)13時56分39秒
 雷球の発する光の中、大神の断末魔が木霊する。光が収まったあとに残っていたのは、地面に刺さる大神の愛剣のみだった。
「これは…?」
 ひとみがおかしなことに気付く。大神の剣が、上向きに地面に刺さっているのだ。
 その一瞬の戸惑いがひとみの隙を生む。地中から、剣を握った大神が飛び出したのだ。
「詰めが甘いぞ、龍三の娘よ!」
 そんな、剣を避雷針代わりにして自身は地中深くに逃げ込んだ…!?
「食らえ、慈王流剣術奥義・光陰!」
 剣を前方に突き出し、そのまま突進する大神。避けなければ串刺しにされるのは必至だが、とてもではないが避けられるようなスピードではなかった。
 避けられないなら…弾く!
 ひとみはそのまま大神のほうへ体を向ける。そして剣先が目の前に来た時、空を切り裂くようなアッパーで、剣の軌道を逸らした。目的を果たせず一旦退く大神。
「光陰を拳で防ぐとは…だがそれなりの代償は払ったようだな」
 ひとみの右拳を、流血が濡らす。
 まだ、まだ左拳がある。ひとみはそう自分に言い聞かせるのだった。
302 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)13時58分40秒
「…どこに逃げようって言うんだい? そっちは行き止まりだよ」
 河村が梨華と亜依に向かって微笑みかける。空へ飛ぶのを途中で諦めたような、作りかけの道路。二人の背後には、何も無い。
 思わず後ろを向く二人。目の眩むような高さの先の、闇。ここから落ちたら無論、ただでは済まないだろう。
「く、来んなや!」
 亜依が特大の岩を河村に向かって放出する。河村の背の丈と同じくらいの大きさの岩は、爆弾によって木っ端微塵になった。
「精霊術の威力が弱まってるね。さっきの地雷が効いたのかな…さあ早くぼくの胸に飛び込んでおいで。苦しまずに死なせてあげるよ」
 河村は声を殺して笑い、亜依たちにゆっくりと近づいてゆく。
「ね、ねえ河村さん」
 突然、梨華が媚びた笑顔を作って河村に話しかけた。
「何だい? マイスイートハニーたち」
「私だけでも見逃してくれないかしら?」
「何やて!?」
 梨華の発言に目を剥く亜依。
「もともと私、中澤事務所の人間じゃないし。あなたたちを倒せば有名になれるかなって思ったけど、命には代えられないよね。だから…」
「お前何言うてんねん! うちらを裏切る気か!」
 二人が言い争う姿を見て河村は薄く笑い、髪をかき上げた。
「もういいよ、大根芝居は。特にそっちの黒い子、台詞が棒読みだよ…きみたちの芝居がただの時間稼ぎであることはわかってるんだ。目的はこれだろう?」
 河村の足元に漂う凍気。
303 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)14時01分22秒
「気付かれてもうた。梨華ちゃんの大根芝居のせいやで…」
「ご、ごめん…」
 二人の表情に絶望の色が濃く映る。それに気を良くした河村は、
「こんな貧弱な凍気、爆弾を使うまでもないね」
と軽やかに飛び上がり、二人により近い場所へと着地した。
 ぴしっ、という軽く掠れた音。
「え…」
 河村の足元のアスファルトに亀裂が走る。亀裂はやがて大きな裂け目となり、道路は完全に崩壊し始めた。
「アホがひっかかったわ! うちらの本当の目的は、即席道路にお前が足を踏み込むことやったんや!」
 行き止まりの高架道路の行き止まりから先を、梨華の張った薄い氷の板で延長させる。その上に、亜依がアスファルト風の色を施す。そして亜依と梨華がいる場所だけはしっかりとした地盤をつくっておく。足を踏み入れれば崩壊するトラップに河村はまんまとかかったわけだ。
「ならば君たちのいる場所へ飛ぶまで!」
 河村は自らの足元遥か下で強烈な爆発を起こす。爆風で空高く舞いあがった河村の着地点は、亜依たちのいる場所。
「そう来ると思ったわ。でもな…」
 亜依が静かに目を閉じる。突然河村の肩にのしかかる、巨大な岩。
「な、何だこれは!」
「自分…うちの作った岩、いくつ爆破したと思とんねん。体のあちこちに砕け散って小石状になった岩と土の精霊がくっついとんで」
「そんな…うっ、うわあああっ!」
 河村は岩の重みによって、そのまま道路下の闇へと落ちていった。
304 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)14時11分13秒
「正義は勝つ!」
 派手にVサインを決める亜依。
「凄いねあいぼん…わたしたちを罠にはめようとした相手のさらに上を行くなんて」
「ここはうちの最大の武器やからな」
 亜依は自分のお団子頭を指差し、にかっと笑った。
「でもな、今回の作戦が成功したんは、梨華ちゃんのおかげなんやで」
「えっ、そうかなあ」
 一歩下がった亜依の言葉に、少しだけ年上としての自尊心をくすぐられる梨華。だが、
「あの梨華ちゃんの大根芝居がなかったら、相手もあそこまで油断せえへんかった思うで」
と言われガクっと肩を落とす。
「それよりあの人…もう襲って来ないよね?」
「この高さから落ちたらまず無事では済まへん…せやけど、このまま放っておくわけにもいかんやろ?」
「うん…凶祓いじゃないあさ美ちゃんを襲ったくらいだもんね。復活したらまたどんな手を使ってくるかわからないし」
 二人は意を決して、河村が落ちていった闇の下へ降りてゆく。
305 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)14時13分19秒
 二人の視界に飛び込んで来たのは、河村の邪霊を封印している圭織の姿だった。
「え…飯田さん?」
「飯田さん、何やってんねん?」
「ああ、さっき目の前にこいつが落ちてきたからさ」
 圭織は白い本をぱたりと閉じる。
 しばらく沈黙する二人。言わずもがな、今回の出来事を招いたのは自分たちのせい、という思いがあったからだ。
「飯田さんあの…」
 沈黙に耐え切れなくなって口を開こうとする梨華を、
「話は後で聞くから。それより、よっすぃーとのんちゃんは…?」
「ののは紺ちゃんって子と一緒に、ある場所に隠してる…よっすぃーは…わからへん」
 亜依は下を向いたまま、そう答えた。
「よっすぃーならきっと大丈夫だよ。それよりあいぼん…」
 梨華が亜依に耳打ちする。はっとする亜依。
「せや! 飯田さん、紺ちゃんって子がさっきの邪霊師に大怪我負わされてん! 早よ処置せえへんと…」
「わかった。その場所に案内して」
 圭織に言われ、そっと目を閉じる亜依。土の精霊の声を聞いているのだ。
「飯田さん、あっちや」
 自分で指差した方向へ歩こうとする亜依を、圭織が呼び止める。
「あいぼん、あんた足怪我してるじゃない。ちょっと待ってて」
 懐から取り出した白い布を亜依の傷ついた足に巻く圭織。
「これを巻いておけば傷の治りが早くなるから。石川、あんたはあいぼんをおぶってあげて」
 てきぱきと行動し指示を出す圭織に、梨華は純粋に尊敬の念を抱くのだった。
306 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)14時17分01秒
 その頃大神とひとみは一進一退の攻防を繰り広げていた。
 大神はひとみに雷球を使わせまいと、接近して剣撃を繰り出す。ひとみもその刃をかわしながら、大神に決定打を食らわす為の隙を窺う。
「あの集団の中では炎の剣士が一番精霊力を秘めていると思っていたが、貴様もさすがは龍三の娘だな」
「あたしなんて、まだまださ…でも」
 ひとみの左フックが大神の頬を掠め、焦げ目を作った。
「あんただけは、絶対に倒す!」
「見上げた根性だ。よかろう。もし俺を地に伏すことができたのなら、龍三の死の真実を教えてやろう」
「何っ、オヤジの死の真実だって!?」
「だがな、あの世で龍三に聞いたほうが早いかもしれんぞ!」
 大神が剣を高く掲げる。刀身から溢れる、夥しい量の光。
 しかしひとみは立ち止まることなく、大神に向かって突進してくる。
 ひとみの目を覆うものは、色の濃いサングラス。ファミレスで希美たちの送別会を遠巻きに見ていたときにかけていたものだ。
307 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)14時17分59秒
「サングラスとは、考えたな!」
 光での目晦ましが通用しないことで、改めて迎撃の体勢を取ろうとする大神。
「遅い!」
 ひとみは大神の懐に入り、左の拳を大神の腹にめり込ませた。直後に大神を襲う、強烈な電撃。
「ぐばっ!」
「やったか!?」
 しかし大神は後ろによろけるだけで、大きなダメージを受けていないようだった。轟音と共に開く、空間の扉。
「今のは効いたぞ…この続きはデビアスタワーでやるとするか。お前の仲間もタワーへの入り口を探り当てている頃だろう」
「待て! 逃げるのか!」
 空間の向こうへと消えて行く大神を追おうとするひとみの眉間を、鋭い剣圧が襲う。二つに割れるサングラス。
「なめるな! 俺は逃げも隠れもせん。デビアスタワーで、待っているぞ…」
 ゆっくりと閉じてゆく空間を、忌々しそうに見つめるひとみ。そして空間は完全に口を閉じた。
「よっすぃー!」
 希美やあさ美を隠している場所へと向かう途中でひとみの姿を見つけ、駆けつけた梨華たちの存在に気付くことも無く、大神の消えた先の方向を睨みつけるひとみだった。
308 名前:第九話「蒼炎」 投稿日:2003年05月31日(土)14時19分09秒
「のんちゃんはただ、気を失ってるみたい。でもこの子の受けた傷は…」
 圭織があさ美の胸に何かを振りかけながら、悲痛な顔をする。
「そんな…! じゃあ紺ちゃんは…」
 亜依がうろたえるのを制するように、
「あたしの霊薬では応急処置がやっと、ってこと。後は医療のスペシャリストに任せるしかないわ」
と圭織は付け加えた。
「じゃああさ美ちゃん、助かるんですね!」
 梨華が今にも飛びつきそうな顔で圭織を見た。笑顔で頷く圭織。
「よかったあ…」
「でも、今回のこと…どう言っていいか…うちらはあさ美ちゃんを危険な目に合わせただけじゃなくて、送別会のことを認めてくれた飯田さんの信頼まで裏切って…」
 ひとみの発言に、項垂れる二人。
「それは圭織も一緒だよ。その上事務所の所長代行が、こうしてこんな場所にいるわけだし、リーダー失格だね」
「そ、そんなことないです!」
 梨華は圭織の言葉を懸命に否定した。
「ありがとね。石川がそう言ってくれると嬉しいよ」
「それより飯田さん…ののが、突然変なことになったんや。いつものこいつからは考えられへんような恐ろしい感じになって」
「そのことは、今はまだ言えない。いつかみんなに話す時が来る。でも、今は…ごめん。ただ、のんちゃんは絶対に、のんちゃんだから…これだけはわかって。それと、このことはのんちゃんには絶対に言わないで。お願い…」
 圭織の強い意志のようなものを感じ、三人はそれ以上何も追求できなかった。
309 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時22分04秒


 わたしはどこにいるのでしょう?
 目を覚ました時、飛び込んで来た白で統一された世界はあたしにそんなことを考えさせた…本当にどこなんだろう、ここは。
 そのうちあたしは、ここが病院のベッドだと悟った。消毒液と、生に反する何かの匂い。それがここがどこかを教えてくれた。
 懐かしい匂い。退屈な入院生活。中澤さんに似た看護婦さん。次々と浮かんでくるキーワードの中、あたしはとても重要なことを思い出す。
「あさ美ちゃんは!?」
 そうだ。あさ美ちゃんはあの時邪霊師に攻撃されて、胸から血を流して倒れて…
310 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時23分22秒
 病室のドアが、そっと開かれた。
「…あいぼん?」
 見慣れたお団子頭は、紛れも無く加護亜依のものだった。
「何やのの、目え醒ましてたんか!」
 亜依は希美が体を起こしているのを見るや否や、どかどかと病室に上がり込む。
「あいぼん。あたし…」
「ああ、自分、あん時のごたごたで気絶してもうてん。それでこの凶祓い御用達の病院へ運ばれたっちゅうわけや」
 すらすらと出てくる言葉と裏腹に、どこかぎこちない亜依の態度。しかし希美にはそんな些細な変化に気付かないくらい、あさ美のことが心配になっていた。
「あの…えっと…あさ美ちゃんは…?」
「紺ちゃんか…紺ちゃんもこの病院で、入院しとる。ののより重傷やけど、命に別状はあらへん。ただな…」
 そこで亜依は言いよどんでしまう。
「何?」
「あんなあ、実はな…」
「そこから先はボクが話すよ」
 病室にいきなり現れる、白いタキシードの男。
311 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時26分13秒
「ハァイ、ボクこういうものです」
 男は希美のいるベッドまで近づくと、希美に一枚の名刺を手渡した。
「…ミッチロリン星王子・ミッチー…?」
 希美は名刺に書かれている文字をそのまま読み上げる。
「ミッチーです。よろしく辻ベイベー」
 男はベッドの前に跪き、そのままウインクをしてみせた。
 しばらく名刺とにらめっこしていた希美だが、
「…どうぞ」
とミッチーと名乗る男に名刺を返してしまった。
「連れないなあ辻ベイベー…」
「この人な、刑事さんなんやて」
 遠目で様子を見ていた亜依が、呆れた顔をしてそう言った。
「保田ベイベーとちょっとした知り合いでね、彼女の頼みで今回の事件を担当してるわけなんだけど…ちょっとだけややこしいことになっちゃったんだ。あ、これもう一枚の名刺」
 希美が受け取ったもう一枚の名刺には、「警視庁特殊犯罪取締課刑事・及川光博」と書かれていた。
「特殊犯罪取締課って、何ですか?」
「かつて凶祓い組織を統括していた警視庁特殊犯罪対策は、幹部たちの不祥事によって解散。君たちは政府直轄の組織になったわけだけど、警視庁は警視庁で精霊使いの所属する部署を新たに作ったのさ。それが警視庁特殊犯罪取締課ってわけさ」
 及川刑事はそう言いながら、窓ガラスをちらちら見ていた。どうやらガラスに映った自分の姿をチェックしているようだ。
312 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時29分24秒
「あの…」
「分かってるよ。紺野ベイベーのことだろう? 彼女の怪我についてなんだけど、加護ベイベーが言ってた通り命には別状ないんだ。ただ、記憶の問題が残る」
「どういうことですか?」
「精霊使いの存在は決して公になってはならない。その理由がわかるかい?」
「え…っと」
「社会っちゅう単位において、異端は常に排除される危険性を孕んどんねん。それが自分たちより能力の高い人間なら、尚更や」
 亜依の言葉には、言葉以上の重みがあった。
「そう。かつて西洋では魔女狩りという悪習が数世紀に渡って続けられた。精霊使いという存在が世に知らしめされた時に、現代の魔女狩りが行われないとは言いきれないんだよ。だから日本における精霊使いと呼ばれる存在は、時の権力者に擦り寄ることによって社会から弾かれることを防いできたんだ。権力者が自分たちの存在を隠してくれるからね」
「それとあさ美ちゃんと、どういう…」
「彼女は邪霊師によって瀕死の重傷を負わされた。彼女が事の全てを話せば、必然的に当時一緒に行動していた君たちの存在がクローズアップされてしまう。それを未然に防ぐために、彼女の記憶を一部消去しなければならないんだ」
313 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時30分44秒
「そんな…」
 何かを求める様に亜依の顔を見る希美。しかし亜依は希美の顔を見ることが出来ず、俯いてしまう。
「今回のボクの仕事は記憶操作された後の紺野ベイベーの『事実』に基づき事件を処理する事なんだけど、問題はこの『記憶操作』。例えば彼女が君たちと山荘でパーティーをしたという事実を別の事実に書き換えるとする。すると、書き換えの副作用で君たちに関する記憶すら消去されてしまう場合があるんだ」
 希美の瞳から、ゆっくりと光が消えてゆく。
「悲しいことだけれど、その場合は諦めてもらうしかない。まあボク個人の意見としては、そのほうがきみにとっても、彼女にとっても幸せなことだと思うけどね」
「…あさ美ちゃんに、会わせてもらえますか?」
 目も虚ろな希美が、やっと発した言葉。だがそれすら、
「ダメだよ。彼女の両親がこの病院に来ているんだ。彼女は君たちとファミレスの前で別れた後、精神異常者にピストルで撃たれたということになってる。そこへきみがやって来たらそれまでの工作がまったく無駄になるだろう?」
という及川刑事の言葉にかき消された。
「そう…ですか…」
「まあ辻ベイベー、きみの怪我はラッキーなことに軽い。早く体調を戻して、昏き十二人との対決に備えることだね。それじゃボクはこれで。バーイ」
 及川刑事はやって来た時と同じように、軽やかな足取りで病室を後にした。
314 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時31分59秒
「…まったく昏き十二人の爆弾使いといいあの刑事といい、ナルシストにロクなやつはおらんなあ。なあのの」
 扉が閉じたと同時に悪態を吐く亜依。しかし、希美の反応はない。希美は窓の外の景色を見ているようで、その実何も見ていないようだった。
「あさ美ちゃんがうちらのこと、忘れるわけないやないか。なあ」
「あいぼん…あたしね…」
「何やのの、言いたいことあんなら、何でも聞いたるから」
「あたしね、学校辞めるかもしれない…」
 亜依の表情が凍りついた。普段色々なことに頭の回る亜依も、今回ばかりは思考が止まってしまう。希美が学校というものをいかに大切にしてきたかを考えると、下手なことは何一つ言えない。
「体の調子が悪うなると、心の調子もおかしなるんやて。奈良のおばあちゃんがそう言うてた。そのことは体良うなってからで、ええやん」
 そう言うのが、今の亜依の精一杯だった。希美はそれに反応することもなく、ただ窓の外に目を向けている。亜依もまた、窓の外を見ることにした。
 亜依がやって来た頃には明るかった空が、段々と赤く色づく。その間、二人は何も喋らなかった。
「ほな、うちもう行くわ」
「うん…」
「暇を見てまた来るさかい。ここやったら、邪霊師に襲われる心配もないしな」
「うん…」
「ほな、な」
 亜依が病室のドアを閉める。乾いた音が、ぱたりと響いた。
315 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時36分38秒
 希美のいる病室を後にして、病院の玄関を出た亜依が出くわしたのは、良く見慣れた眠たげな顔だった。
「あいぼん…辻、どうだった?」
「し、師匠…」
 今まで我慢していた亜依の感情が、一気に解放される。
「うわああん、ししょおおお!」
 真希に抱きつく、小さな体。
「うち、ののに何も言ってあげられへんかった! ののがあないに悩んでるのに、何一つアドバイスしてあげられへんかった!」
 亜依は泣きじゃくった。むざむざ大切な人を危険な目に合わせてしまった後悔。凶祓いという職業の現実に直面した衝撃。自分の存在が相手から消えてしまうかもしれないという不安。これ以上周りの人間に迷惑をかけたくないという重責。それらを何一つ親友から払拭できなかった自分の不甲斐なさに、涙を流した。
 真希は何かを言うわけでもなく、ただ亜依の溢れる感情を体で受け止めていた。流れる川の水をそのまま流すように。広がる熱を、そのままくるみ込むように。
316 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時37分37秒
「なあ、師匠…」
 亜依が口を再び開く頃には、彼女の感情も落ち着きを取り戻していた。
「何、あいぼん」
「うちな、ののを高校辞めさせとうないねん。だってそうやろ? ののはうちらと違うて生粋の凶祓いとちゃうねん。まだ真っ当な人生を送るチャンスがあるやんか。でも、学校辞めたらその道はきっと永遠に閉ざされる。うちは、そんなののを見とうないねん」
 亜依は真っ直ぐに真希を見詰める。真希もまた、亜依から視線を外そうとはしなかった。
「ねえあいぼん。でもね、それって最後には辻が決めなくちゃいけないことだと思うんだ。そしてあの子が決めた結果を、黙って見守る。協力できることがあったら、後ろから背中を押してやる。うちらにできることって、それくらいだよ」
「でも師匠…」
 何か言いたげな亜依の頭を、くりくりと掌でこね回す真希。
「手を握って前に引っ張るだけが手助けじゃないってこと」
「そうなんかなあ…」
 何度もそう呟く亜依を他所に、最早小さくなった病院を真希は振り返る。
 自分が一番納得できる答えを出すんだよ、辻…
317 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時38分22秒
「…裕ちゃん、ごめん」
 圭織は目の前でお冠になっている裕子に、頭を下げる。
 政府直々の依頼のために事務所を空けていた裕子に、ことの成り行きを一から説明するのは圭織にとって骨の要る作業だった。裕子が表情を変える度に、胃が牛乳を欲する。
 だがそれは裕子にとっても同じことだった。ある程度の情報は事前に圭織から連絡を受けていたとは言え、圭織の説明は要を得ない部分もあったりするので、その分余計に苛立ちが増えた。
 結局圭織が全てを説明するまでに、二人はへとへとになっていた。
「圭織らしいわ。特に所長代行の椅子を空にして事務所を出てくあたりが」
「うう…」
「もうええわ。やったことは仕方ないやろ。その紺野って子も助かったみたいやし。でも問題なのは…辻に施された封印や」
 裕子の顔が険しくなる。
「圭織、話は裕ちゃんから聞いたよ」
 突然開かれる事務所の扉。
 事務所の顔にして高位の水使い・安倍なつみと、かつて事務所に所属し今は警視庁の情報関連組織に身を置く保田圭の姿。
「ののの体に封じられた蒼焔王が一時的に覚醒したんだってね…」
 なつみの言葉に、圭織はただ頷くのみだ。
「以前から指摘されてた封印の脆弱性が、ついに露になった…ってこと?」
 圭はそう言って硬い表情を作る。
318 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時39分26秒
「うち、圭織、なっち、圭坊…紗耶香を除いてあの依頼に関わった人間全員が揃ったちゅうわけや。これから何について話し合うか、わかってるやろ?」
 裕子が他のメンバーの顔を窺いながら、そんなことを言った時。
「中澤ぁ、俺を除け者にせんといてや」
と軽い調子の声が聞こえて来た。
「その声は、つんくさん?」
 なつみが聞き返す間もなく、つんくは事務所に上がり込んで来た。その脇を固めるようにして帯同する、スーツにタイトスカートの少女と、派手なヘソ出しルックの少女。
「辻の中の蒼焔王が目ぇ覚ましたらしいな…」
 つんくはいつもの浮ついた笑顔を見せてそう言う。ただし、目は笑っていない。
「完全覚醒には至ってません」
 つんくの中にある何かを弾き返すような口調で答える、圭織。
「…なら問題ないやろ。引き続き辻のこと、よろしく頼むわ」
「ちょっと待って下さい!」
 圭が異論を唱える。
「何や、保田?」
「あたしはつんくさんの考えに、前々から疑問を持っていました。あの子の記憶を操作した上でランクの低い精霊と契約させて、蒼焔王を使役する能力が備わるまでうちの事務所で鍛える。そんなこと、本当に可能なんですか?」
319 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時41分17秒
「んなもん、やって見いひんことにはわからないやないか」
 青いサングラスの奥の目が、鋭く光る。
「…かつての特殊犯罪対策と言うてることが一緒ですよ」
「聞き捨てならんな。ほな、どないすればええねや?」
「それは…」
 つんくを皮肉るも、逆に質問をつき付けられ裕子は二の句が告げない。
「私は」
 そこへそれまで黙って聞いていたスーツ姿の少女・美貴が口を開く。やや釣り上がり気味の円らな瞳は、温度を発していない。
「その子を殺すのがベストだと思います」
「なっ…」
 美貴の冷酷な言葉に気色ばむのはなつみだ。
「不完全な封印、いつ蒼焔王が完全覚醒して暴れ出すかわからない…ならばすぐにその芽を摘み取るのが最良の方法なのでは? 半年前にどうしてあなたたちはその方法を取らなかったのですか?」
「あんたねえ、自分の言ってる言葉がどういう意味かわかってる!? ののを殺す!? そんなこと、できるわけないべさ! ののはまだたったの十五歳なんだよ? それをどうして簡単に殺すなんて…」
 感情を露にするなつみに対し、美貴はあくまでも鉄仮面のような冷たい微笑を浮かべるのみだ。
320 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時45分18秒
「無駄なヒューマニズムは身を滅ぼすだけですよ、安倍さん」
「何を…!」
 激昂するなつみを見て、つんくを挟んで美貴の反対側に立つヘソ出しルックの少女・亜弥がこう口添える。
「松浦はですねえ、その蒼焔王さんとかいう人をいっそのこと目覚めさせちゃうのが一番だと思うんですど。もしかしたら松浦たちの強い味方になってくれるかも…まあその辻って子の意識は完全になくなっちゃいますけどね」
 亜弥は挑発する様に、圭織に向かってウインクする。本人の振る舞い同様、大袈裟な動きを見せる目と口。表情豊かとも取れるが、時にその豊かさは人を愚弄しているようにも見える。
大きな目をさらに大きく見開いて、圭織は亜弥を睨みつけた。
「おお、怖っ」
「何やあんたら。この前からうちらのこと、挑発するマネばかりしくさって。うちらと喧嘩したいんか? 返答によっちゃ、可愛らしい石の彫刻が二体ほど立つで」
 裕子が椅子から立ち上がる。全ての物体を石化させる視線が、二人を睨めまわす。
「仮にも事務所の所長とは思えない発言ですね」
「松浦たちは別にいいですけどー、恥をかくのは中澤さんですよお?」
 俄かに生じた一触即発の空気。それを留めたのはつんくだった。
321 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時46分48秒
「松浦、藤本。悪いんやけど席、外してくれへんか?」
「何ですかそれー、あの方に怒られても知りませんよお?」
 口を尖らせ抗議する亜弥。
「私たちはあの方に命じられてつんくさんの元に付いてるんです。それを席を外せとは、どういう意味だかわかってるのですか?」
「頼む、今回だけや」
 つんくの哀願に、
「…わかりました。今回だけですよ」
と美貴は了承した。後ろも振り返らずに事務所を立ち去る美貴。
「あっミキスケ待ってよお!」
 慌てて亜弥も美貴を追うようにして部屋の外に出て行ってしまった。
「何なんですか、あの子たち…つんくさん、一体どういう教育されてはるんですか?」
 二人がいなくなるや否や、裕子は不満を述べた。
「あいつら、ある人からの預かり物やねん」
「ある人って…」
「俺が凶祓いになりたての頃から世話になっとる人や。その人に、『社会勉強のためにも、ぜひ彼女たちをお前の側に置いてくれ』って頼まれたんや」
 つんくは困ったような表情を作って、そう言った。
「社会勉強になってるとはとても思えないんですけど」
 圭の軽い皮肉を交わすように、
「ほな、本題に入ろか」
とつんくが切り出した。
322 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時48分00秒
「半年前、お前等は力を合わせて辻の中の蒼焔王を飯田の本の中に封印した。それはその場におった人間全員の合意の元で行われた。そうやな?」
 無言で頷く裕子たち。
「そしてその間に辻に別の炎の精霊と契約させ、蒼焔王を制御できるまで凶祓いとして訓練を積ませることにした。成功するかどうかわからん、危険な賭けや。でもお前らは敢えてその賭けに乗った。それは何故や?」
 つんくがかけていたサングラスを、外す。
「かつての友人と同じ道を歩ませとうなかったからちゃうんか?」
 俯き、ペンダントを弄る裕子。
「辻の記憶に絶望に縁取られた過去を見たからとちゃうんか?」
 目を逸らすことなく、つんくを見つめる圭。
「生き別れた妹の姿がだぶったからとちゃうんか?」
 唇を噛み締める、なつみ。
「そして…辻が実験室に入る直前で見せた笑顔を守りたかったからとちゃうんか?」
「…そうです。あたしは、のんちゃんの笑顔を守りたかった。壊したくなかった。だから、あたしの能力が半減することになっても、蒼焔王を封印したんです」
 圭織は瞳をまっすぐにつんくに向け、そう言った。
「なら、方法は一つしかないわな」
「さすがつんくさん、いつもはヘラヘラしててもやっぱり凶祓いの長だねえ」
「あんなあ…あの人は蒼焔王の力をモノにした辻を見てみたいだけやで」
 感心するなつみに、裕子がしれっとした目でそんなことを言う。
「おお、もうこんな時間や! 松浦と藤本待たせとるから、今日はこのへんで失礼するわ」
「ちょ、ちょっとつんくさん!」
 つんくは登場した時とは違い、そそくさと事務所を出て行った。
323 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時48分59秒
 静まり返った病室。
 希美の思考は、さっきから同じ場所をぐるぐる回っている。
 あさ美ちゃんが邪霊師に襲われた理由。それは自分がアルバイトだとは言え凶祓い見習いだからだ。自分が高校に通う限り、いつあさ美ちゃんのような犠牲者を出すとも限らない。だから自分は高校に行かないほうがいいのではないか。
 でも、こうも考えられる。邪霊師が狙っているのは「凶祓い」である自分であって、「辻希美」は何の関係もない。今凶祓いを辞めてしまえば、自分は邪霊師と何の関係もなくなる。でもそれは一緒に戦ってきた仲間を見捨てることになる。
 瞑っていた目を開く。薄暗い病室の白い天井は、何も教えてくれない。
 ののは、どうしたらいいんだろう…
 そこへ、本日二度目の来客が訪れる。
「おう辻、面会に来たぞ。元気にしてた?」
 上下ジャージというラフな格好で現れた、吉澤ひとみ。
「よっすぃー…下、締まってなかったの?」
「うん…まあ」
 面会の時間はとっくに終わっているはずだった。
 ひとみの背後から聞こえる、情けない声。
「ねえよっすぃー、やばいよー…」
「梨華ちゃん」
「よっすぃーったら病院の扉、いきなり壊しちゃうんだもん」
 何故か梨華は半泣きである。
「いや、何か邪魔だったからさ」
「はは、よっすぃーらしいや」
 希美が口を大きく広げて笑う。
324 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時49分58秒
「それより、体調はどう?」
 ひとみはベッドまで椅子を寄せ、どっかと腰掛けた。隣にちょこんと座る梨華。
「お医者さんはあと2、3日で退院できるって。でも、あさ美ちゃんはちょっと時間がかかるみたい」
「そう…なんだ…」
 梨華が悲痛な表情を見せた。
「それよりさあ、よっすぃーたちに聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何、希美ちゃん」
「よっすぃーたちも昔は学校に通ってたの?」
「まあね。梨華ちゃんとは同じ学校に通ってたんだ」
「それは結構、初耳です」
 両耳を引っ張る仕草をする希美。
「でも梨華ちゃんはさ、学校が終わった後に凶祓いの養成学校にも通ってたんだよね」
「うん。うちは家族ぐるみで凶祓いだから…」
 梨華は少しだけ、申し訳なさそうな顔をした。
「ところでよっすぃーは学年で言えば高校三年生だよね。どうして学校やめちゃったの?」
「それはいろいろと事情が…学生じゃない方が色々動きやすいし」
「そっか。よっすぃーたち、大物邪霊師を倒して有名になりたいんだもんね」
 それから三人は、と言っても梨華は頷いているのが主だったが、他愛も無い話で盛り上がり、梨華とひとみが病室を出たのは大分後になってからだった。
325 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時50分44秒
 既に消灯された廊下を、出口に向けて歩く二人。
「梨華ちゃん、気付いた?」
 唐突なひとみの言葉。
「え、何が?」
「あいつ、悩んでるみたいだった」
「あいつって、希美ちゃん?」
「ああ。学校の話をし始めたとき、一瞬だけ、思いつめた顔したんだ。やっぱり今回の事件で色々苦しい思い、してんだろうなって」
 廊下の窓から洩れる街灯の光がひとみの横顔を僅かに照らす。
「そっか…そうだよね…凶祓いっていう職業が原因で、友達を巻き込んじゃったんだもんね…苦しいね」
 梨華はそっと目を伏せた。
 それ以上、二人は何も言わなかった。希美が悩んでいることの、苦しんでいることの答え。それは誰が出さなければならないのかを知っているからだった。
326 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年05月31日(土)14時51分51秒
 夜が過ぎ、朝を迎えた。
 碌に眠れないままの希美を、騒がしい訪問者が襲う。
「やっっほぉーい!」
 事務所の突撃隊長は、面会までも突撃スタイルだ。
「あっ、矢口さん」
「ほら、差し入れ持って来たぞ」
 小さな体に釣り合わない、両手の大きな手提げ袋。
「何ですか? ケーキ? アイスクリーム?」
「アホかお前、病人がそんなもん食うかよ。病人の食べ物って言ったらこれが定番でしょ」
 袋から取り出した、赤い果実。
「あ、りんごだ」
「お前あんま嬉しそうじゃないな。そんなんだったら持って帰るぞ」
「え、え、嬉しいですとっても嬉しいです!」
 焦る希美の姿を見て、真里はキャハハと笑うのだった。
327 名前:ぴけ 投稿日:2003年05月31日(土)14時58分48秒
いつもより、少し多めに更新です(あくまでも当社比)。

>>和尚さん
この板は上手な方が多いので、へこむこともしばしばです。
戦闘シーンや情景描写、心理描写…課題山積みでございます(泣)。
和尚さんはもちろん、いろいろな方からのアドバイス、お待ちしております。
328 名前:名無しくん 投稿日:2003年06月01日(日)19時50分40秒
更新お疲れ様です。
辻が今後どのようになっていくのか・・
紺野の記憶は・・すっごく期待してますよー
329 名前:和尚 投稿日:2003年06月07日(土)12時09分16秒
大量更新お疲れ様です。

すいません、シリアスなシーンなのにミッチー登場で爆笑しちゃいました。
どこでもミッチーはあんな感じなんですね(笑)
辻さん悩んで考えがグルグルしてます。
いい方向に向かってくれたらいーなぁ〜。

更新頑張って下さい。
330 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時38分33秒
 林檎の赤い皮が、器用に剥かれてゆく。
 ただし、剥いているのは真里の使役する小さな三体の亜精霊。
「うちの御主人は人使いが荒いっぱ…」
「てやんでい、冗談じゃねえよ」
「ちっこい人間は心もちっこいぴょん」
 文句を言いつつ、林檎を剥く亜精霊たち。
「お前らがちっこいって言うな!」
 亜精霊に向かって本気で怒る場面も、最早お馴染みのものである。
「あの…矢口さん」
 希美が恐る恐る訊ねる。
「何?」
「矢口さん、怒ってないんですか?」
 すると矢口は呆れたような口調で、
「まあこの大事な時に、って感じはするけど、やっちゃったもんはしょうがないじゃん。そんなこと考えてないで、辻は早く体治しな」
「はい…」
「それよりお前、体の調子はどうなんだよ?」
「元気ですよ」
 しかし真里は一瞬だけ翳る希美の表情を見逃さなかった。
「…おいらの目は誤魔化されないぞ」
「な、何がですか?」
「お前、悩んでるだろ」
 病院で目を醒ましてから、初の目上の訪問者である真里。希美は思い切って全てを打ち明けることにした。
331 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時39分32秒
「アルバイトを…辞めたいだって?」
「はい…もうこれ以上色んな人に迷惑、かけたくないんです」
 希美が沈痛な面持ちで答える。
「もしかして、今回の紺野って子が怪我した件でか?」
「それもあるけど、でもののが凶祓いでいる限り絶対に同じようなことが起こらないとは限らないと思うんです」
 真里は少しの間だけ、林檎を剥く亜精霊のほうへ目を向ける。再び希美へと移した視線には、苛立ちのようなものが含まれていた。
「辻。お前さあ…そんな半端な気持ちで凶祓い、やってたわけ?」
「えっ…?」
「凶祓いはさ、自分だけじゃなくて周りの人間をも危険に巻き込んじゃうような、そんな仕事なんだよ。そのことを覚悟の上でなきゃ、凶祓いなんてやっちゃいけないんだ」
 病室に、林檎を剥くしゃり、しゃりという音だけが響く。
「友達が、いや譬え家族が傷ついたとしても凶祓いは凶祓いであることをやめちゃいけない。どうしてだか、わかるか?」
 希美はかぶりを振る。
「それは凶祓いが邪霊師に真っ向から立ち向かえる、唯一無二の存在だからなんだよ。人々の暮らしを蝕むあいつらを止めることができるのは、おいらたちだけなんだよ。だから…」
 真里は鋭い目つきで希美を見据えた。
「こんなことくらいでガタガタ言うんだったら、この世界やめちまえ」
「……」
「じゃ、おいらはこれから事務所によらなきゃなんないから。林檎、食べな」
 亜精霊たちが希美に向かって林檎を投げ渡す。彼女たちは満足そうな表情で、真里の掌へと戻っていった。
 一陣の風を残し、病室から立ち去る真里。後ろ手で扉を閉めた時、こちらを見つめる人影に気付いた。
332 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時40分44秒
「あんたも不器用だねえ。言いたかったことはあんなことじゃないでしょ?」
「そんなところで盗み聞きしてるやつに言われたくないっての」
 廊下のソファに座っている女性が、軽く微笑む。
「あの子何気にあたしのこと怖がってるからさ」
「それは圭ちゃんのことが怖いんじゃなくて顔が怖いんだよ」
「どういう意味よ!」
 憮然とする圭。そんな圭の表情を見て、真里はキャハハと嬌声を上げた。
「それよりここ、出ない? どうもおいらには病院の雰囲気って合わないみたい」
「そうね」
 真里の提案に同意し、圭は病院の出口へと歩いていった。
333 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時43分42秒
 外は相変わらずのはっきりしない天気で、艶の無い雲が空に広がっていた。
 真里はそんな憂鬱な空を見上げながら、
「実はさ、さっき辻に言ったこと…あれ昔おいらが裕ちゃんに言われたことそのまんまなんだよね」
と言った。
「矢口、裕ちゃんにそんなこと言われてたんだ」
「うん。おいらや圭ちゃん、紗耶香がほぼ同じ時期に事務所に入ってさ…紗耶香はすぐに力を制御できるようになったし、圭ちゃんなんか元々そうだった。でもおいらはいつまでたっても力を暴走させてばかりでさ…で、ある日ついに裕ちゃんに言っちゃったんだ。凶祓いをやめたいって」
 病院の玄関から続くポプラ並木。朝日に透かされた緑の葉が、さらさらと揺れた。
「そしたら裕ちゃん、鬼ババみたいな顔して凄く怒ってさ。何か裕ちゃんの話聞いてるうちにおいらもがんばんなきゃ、って思ったんだ」
「矢口がある時期から急に力つけてきたのは、それが原因だったわけ」
「ま、直接の恩人はこいつらなんだけどさ」
 そう言って真里は、服の襟に隠れていた亜精霊を摘み上げた。
「な、何しやがんでい! ドタマカチ割るぞ!」
 何故か工事現場用のヘルメットを被っている亜精霊。真里に摘まれぶんぶんと小さなツルハシを振り回している。
「相変わらず妙ちくりんなもの、連れてるんだ」
 苦笑する真里。そこへ別の亜精霊が真里の首をよじ登り、耳の穴に顔を近づける。
「大親びん、大変だぴょん…」
 無言で頷く真里。そして圭にこう告げる。
「ごめん圭ちゃん、先に行ってて。すぐ済ますからさ」
「わかった。あんまり無茶するんじゃないよ」
 圭はそう言うと、並木道の向こうへと消えていった。
334 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時44分59秒
 圭の姿が完全に見えなくなると、真里は呟く。
「お前らもつくづくしつこいねえ。ストーカーかよ?」 
 木の上から飛び降りた、一人の男。金色の髪と、太いベルトを繋ぎ合わせて作ったような服は男の目立ちたがり屋の性格をよく表していた。
「失礼なやっちゃな。俺らは命令に従ってるだけやで」
「あ、そう」
「それよりええんか? お友達、帰ってもうたで」
 へらへら笑いながら話しかけてくる男を真里は軽く睨むと、
「お前みたいな雑魚、おいら一人で充分だよ」
と吐き捨てた。
「面白いやないか…俺が雑魚だかどうか、その身で確かめてみい!」
 男が力を急激に解放する。巻き起こる風は木々を揺らし、葉を散らせた。
 目の前で起こった現象に、二、三人の通行人が足を止める。
「ちくしょう、TPOわきまえろよな!」
 真里がその場から逃げ出す。追う男。
「何や、怖気づいたんか?」
「馬鹿野郎! 朝っぱらからあんな目立つ場所で力使えるかっての!」
「俺は別にええねんけど…ま、広い場所のほうが戦いやすいわな」
 真里が戦いの場に選んだのは、高層マンションを建設予定の更地だった。
「じゃ、そろそろはじめますか」
 男の方に向き直ると、真里の周りに一陣の風が吹いた。
335 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時46分05秒
「自分の事務所で戦った時はめっちゃ消化不良やったからな。思い切りやらしてもらうわ!」
 男が強烈なかまいたちを走らせる。真里は素早いステップでこれをかわすと、亜精霊に命じて突風を吹きつけさせた。風の勢いで引っこ抜かれる、「建設予定地」の立て看板。男はそれを避けることもなく、自らの風でずたずたに破壊した。
「どや、俺の風は? レベルの差、感じたとちゃうんか?」
「……」
「自分もなかなかのモンやけど、俺に比べたらお粗末さまさまや。こう見えても俺、「昏き十二人」の中やったら上から数えたほうが早いんやで」
「さっきからさ、うるさいんだよね」
「何やて?」
「お湯の切れた電気ポットみたいにフカフカフカフカ。おいら、お前みたいな口から先に生まれたような奴って大嫌いなんだよね。つうかチビだし」
 男のにやついた表情が消える。
「つうかお前もチビやんけ!」
 男の手から放たれる、数条のかまいたち。真里の腕を掠め、傷つける。
「一瞬でボロ切れにしたるわ!」
 かまいたちの数が徐々に増える。真里は腕をクロスさせ顔面を防御するも、かまいたちの勢いは止まらない。
「さっきまでの勢いはどないした? 反撃できるもんなら反撃してみい!」
「なら…お言葉に甘えて」
 真里が前面の防御を解いて、男に向かってゆく。真里の体には最初の一撃を除き、傷一つついていなかった。
「ち、風の防御壁か!」
「気付くのが遅いんだよ、この電気ポット!」
 亜精霊による突風でバランスを崩させた後の、上段蹴り。精霊攻撃と直接攻撃のコンビネーションは決まったかに見えた。しかし。
336 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時47分04秒
「…自分、おもろい攻撃するやないか」
 確かに手応えはあったはずなのに…そう思った真里の足の先には、薄緑色に輝く刃があった。
「これは…霊具!?」
「霊具とちゃうで。稀代の精霊刀鍛冶が打った、幻の精霊刀・風刃や」
 男は刀と言うには少々短いその刃で、真里を押し返した。真里は体勢を戻し、男との距離を取る。
 精霊刀…ってことは紗耶香の「退聖」「ウィラポン」みたいなもんか。ということは…刀自身が精霊力を…?
「悩んでる場合やないで!」
 男が刃を振るう。物凄い旋風が土砂を巻き上げはじめた。
「うわっ、何すんだよ電気ポット!」
「電気ポット言うな! 俺にはTMRっちゅう立派な名前があんねん! ちなみに公務員の息子や!」
「んなこと聞いてねーよ!」
 真里は亜精霊の力で天高く跳躍する。TMRの作った旋風を飛び越え、頭上から攻撃するつもりなのだ。
 しかしそれは拙攻だった。空中で無防備の真里に、風の刃が襲いかかる。
「うああああっ!」
 とっさに身をよじりかまいたちの直撃を避ける真里だったが、一条の風が真里の背中を切り裂いた。傷は浅かったものの不安定な姿勢のまま、地面に落下する真里。
「アホか。さっきの旋風は風刃によるもの。今のかまいたちは俺の力。つまり、俺は同時に二系統の力を使えるっちゅうことや」
 倒れている真里に近づきながら、TMRはしたり顔でそう言った。
337 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時49分45秒
「電気ポットのくせに…ムカつく」
 真里はゆっくりと身を起こし、攻撃のための体勢をとる。
「減らず口叩けるのも、今のうちやで」
 TMRが風刃を頭上にかざすと、周りにいくつもの旋風が巻き起こる。それは言わば小型のツイスターと呼べる代物だった。
「げ、マジ?」
「正面から突っ込めば旋風の餌食、頭上を攻めればかまいたちの格好の標的や…自分、終わったな」
「終われと言われて終わるわけないだろっ!」
 真里はTMR目がけ、三体の亜精霊を放出する。三体それぞれが強力な風を纏う、風の銃弾だ。
「…そんなチンケなもんに頼ってるやつに、俺が負けるか」
 TMRの周りに渦巻いていた旋風が一つになり、強固な風の壁を作る。哀れ小さな三体は、風によって弾かれてしまった。
「ほな、そろそろホンマに終わりにしよか」
 再び分裂した旋風が、真里を取り囲む。旋風の輪は、徐々に小さくなっていった。
「なあ、凶祓いなんて無力やろ? 俺もその無力さに失望した質やねん。所詮綺麗な水なんて、汚い水に汚される宿命なんや」
 そう言って真里を嘲るTMR。
「そんなの、お前らの勝手な言い草だね」
「ほざけ! まあええ、明日香はんはその無力さに嘆いて今のシステムを根底から覆すつもりや。かつては天才と呼ばれたお人が、全ての秩序を破壊する…その決断を下すのに、どれほどの苦しみがあったんやろな…」
 じりじりと近づく旋風が大地に這う草を千切り、小石を跳ね飛ばした。真里は目を細めつつも、決して相手から視線を外さない。
338 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)14時50分40秒
「まあそんなこと言うたかて、お前らにはわからへんやろな。俺にはわかるで? 明日香はんの苦悩が。明日香はんは完璧主義やさかい…」
「お前が明日香のことを語るな!」
 TMRを射抜くような視線で睨む真里。そのあまりの鋭さに一瞬たじろいだTMRだが、
「ふん、どの道お前は死ぬんや。俺の旋風に切り刻まれてな!」
と再び風刃を天に掲げた。
「何だそれ? 元気があれば何でもできる、ってか?」
「な、何やねん…あっ!」
 真里の揶揄にTMRはようやく、自らの手元に風刃が消えていることに気付いた。TMRは間抜けにも拳を天に掲げているだけであった。
「それとも我が生涯に一片の悔いなし、って感じ?」
「くそ、俺の風刃が…どこや、どこやねん!」
「じゃーん、ここでしたー」
 うろたえるTMRを馬鹿にした表情で、真里は懐から風刃を取り出した。収束し、消えて行く旋風たち。
「な、いつの間に!」
「さっき亜精霊で攻撃したろ? でもあれってさあ、三体のうちの一体はこれだったんだよね」
 真里は地面に落ちている小石を拾い上げる。
「じゃあ残りの一体は…」
「そ、お前の風刃をこっそり奪い取ってたわけ」
「てやんでい、力仕事ならおいらに任せな!」
 ヘルメットを被った亜精霊・ミニマムが力瘤を作った。
「へえ、これが精霊刀…」
 歯を剥き出しにして悔しがるTMRを他所に、薄緑色の刃をまじまじと眺める真里。何故だか、不思議と手に馴染むような気がした。
339 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)15時03分34秒
「まあ、お約束の展開としてちょっと使ってみるか」
 真里がTMRに視線を向ける。
「そーれ…」
「わ、アホ、やめろ!」
「飛んでけ!!」
 刃を掬い上げるようにして上に降ると、TMRの体は捻りを加えながら
物凄い勢いで上空へと旅立っていった。
「それにしても明日香…一体何考えてんだよ」
 TMRの言葉を思い出し、かつての友人に思いを馳せる真里。
 既存のシステムを根底から覆す。それがどういう意味を持っているか、真里には分からなかった。ただそこに感じるのは、親友の敵をとるという目的以上に大きな、何か。
 特殊犯罪対策の元幹部たちの殺害は別としても、ではそれ以外の行為に何の意味が?
 もし一連の行動が、明日香の意志によるものでないとしたら…?
340 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月08日(日)15時04分16秒
 考え込む真里を邪魔する、とある現象。
 握り締めた風刃が、何故かヌルヌルしている。風刃が汗をかいているのだ。さっき手に馴染んでるように感じられたのは、単に風刃の脂汗によるものだったのだ。
「何この刀、キショ…」
 顔を歪めて風刃を捨てようとする真里を、
「やめて! 捨てないで!」
とかん高い声で哀願したのは他ならぬ風刃自身だった。
「刀が喋った!」
「俺風刃! 新しい御主人、どうもよろしくっ!」
「出会ったばかりで悪いけどさ、さよなら」
 風刃を地面に置こうとした真里を、
「アンタ、アタシを捨てようってのかい! 冗談じゃないよ!」
と咎める風刃。
「つうか何でおばさん口調? しかも江戸っ子風」
「頼むよう、俺を捨てないでくれよう!」
「えー、でも…」
「そ、そうだ! さっき御主人も見ただろあの力! これから先、絶対俺が役に立つ時が来るって!」
 真里はさっきの現象を思い返す。確かに、一瞬にしてTMRをロケットのように吹き飛ばした力は真里には真似の出来ないものだった。
「うーん…」
「だろ! だろ! あんたが嫌だって言ってもさ、俺はついていくぜ!」
「しょうがないなあ…」
 風刃のあまりのしつこさに、ついに真里は折れた。
「マジすか! いやあ、国民的風使いの御主人と行動できるなんて嬉しいなあ!」
「どうでもいいけどさ、唾飛ばすなよ…何か臭いし」
 つうか国民的風使いって何だよ、と心の中で突っ込まずにはいられない真里だった。
341 名前:ぴけ 投稿日:2003年06月08日(日)15時10分25秒
更新終了です。

>>名無しくん
紺野については後々(略)
まあいろいろあったりするんですが…

>>和尚さん
ミッチーはたまにシリアスなドラマにも出てるので、そういう彼を元に書いてみたのですが
少しおふざけが過ぎたようです。
342 名前: 第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時21分55秒
 分厚い雲を割り、久しぶりの太陽が天高く昇る。だが、希美の心は未だ梅雨空のままだった。
 自分はどうするべきか。学校を辞めるべきなのか、凶祓いをやめるべきなのか。どちらも簡単に放り出せるようなものではないことくらい、希美にもわかっている。でも、両立できるほど半端な代物でもないこともまた、真実であった。
「のの」
 扉から覗く、人懐っこそうなうな笑顔。
「安倍さん…」
 なつみは病室にある丸椅子をベッドに寄せ、そこへ腰掛けた。
「体のほうはすっかり良くなったのかい?」
「うん…今日お医者さんに診てもらったら、明日にでも退院できますよって。凄い回復力だって、驚いてました」
「そっか、やっぱりののも凶祓いだねえ」
 凶祓い、という言葉が希美の胸を刺す。
「ん、どした?」
 希美の変化に気付いたなつみは、柔らかな表情でそう聞き返した。何もかも受け容れてくれそうな雰囲気に、希美は思わず口を開く。
343 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時24分00秒
「あの…安倍さんに聞いてもらいたいことがあるんですけど…」
「なっちで良かったら何でも」
「のの、迷ってるんです。学校を取るか、凶祓いを取るか。あさ美ちゃんが…ののの友達なんですけど、その子が今回のことで大怪我しちゃって。それでののが学校に残ってることでまた同じようなことが繰り返されるかもしれないとか思って…ののはバイトだけれども、凶祓いってお仕事は凄く大切だってわかってるつもりだし…でも学校には大切な友達がいっぱいいて、でののも学校が大好きだし、どうすればいいのかなって…」
 希美の苦悩をなつみは真摯な顔をして耳を傾けていた。そして、
「それはなっちにもわかんないなあ」
と言った。
「ええっ、そんなあ…」
「だってなっちにはさ、ののの中の学校と凶祓いの比重がわかんないもの。なっちはさ、凶祓いの比重が学校のそれを遥かに上回ってたから凶祓いに専念したんだけど…それは自分の持ってる力が制御できなくて学校生活に暗い影を落としてたからなんだろうねえ」
 なつみは遠い目をしてしみじみと語る。
344 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時24分42秒
「じゃあ、じゃあののは」
「だから、それはのの以外には誰もわからないし、誰も答えをののに押しつけられないんだよ。それに、のの自身が答えを見つけないことにはその選択肢は意味をなさないんだ。わかる?」
「…はい」
 希美は俯いたまま、答える。
「じゃあ、安倍さんは帰るよ。裕ちゃんが事務所に集まってくれって。昏き十二人の件で大きな動きがあったみたいだからね」
 なつみは何かを考え込んでいる希美の様子を確認すると、暖かな笑顔を残して病室を立ち去った。
 希美はなつみの言葉を何度も反芻していた。
 自分自身が見つけ出した答えじゃなくちゃ、意味がない。確かにその通りだ。あとは自分で導き出した答えを実践するだけ。
 希美は自分の思考に一つの区切りをつけ、白い天井に向かって大きな溜息をついた。
 そんな希美の想いを測ったように、なつみは暫し立ち止まっていた扉の前から移動する。
 ふう、あとは真打ちに任せますか。
 そうひとりごちて、なつみは日の当たる廊下へと歩いていった。
345 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時25分55秒
 裕子は自らの机に就いたまま、ずっと出入り口のドアを凝視していた。
 いよいよ、時が来たのだ。
 中澤事務所に、事務所所属の凶祓いたちが集まる。
 最初に扉をくぐったのは、亜依。
「…早いなあ、加護」
「当たり前ですわ中澤さん。うちは、ずっとこの時を待ってたんや」
 裕子に声をかけられた亜依は、真剣な表情を作る。
「…ここに来てからはじめて見る顔やな。でも、悪くない」
 亜依の内に秘められた想いを感じ取ったのか、そう言って裕子は微笑んだ。
 それからすぐに、雷使いと氷使いのコンビが現れる。
「中澤さん…あたしたちも参加して、いいんですよね?」
 梨華が遠慮がちに裕子に聞く。
「何アホなこと言うてんねん。自分らはもう、うちらの仲間やで」
「中澤さんがダメだって言っても、あたしたちは行きますよ」
 知りたいことがあるから。超えたいものが、あるから。ひとみはその台詞を心の中だけに刻みつけた。
 続いて姿を見せたのは…
「あれおばちゃん。自分も参加するん?」
「おばちゃんは余計だっての。あたしにはもう戦闘能力はないけれど、あんたたちのサポートくらいはできるからね」
 亜依のおばちゃん発言をかわしつつ、力強い発言をする圭。
346 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時27分19秒
「矢口は? 圭坊、辻の見舞いに行った矢口を迎えに行ってたとちゃうん?」
「矢口ならもうすぐ来ると思うけど…」
 裕子の問いに圭が答えたと同時に、小さな金髪頭がひょっこり顔を覗かせる。
「いやーちょっとばかり手間取っちゃってさ…おやおや皆さんお揃いで」
 おどけながら、裕子を取り囲む輪の中に入ろうとする真里。服の背中の部分がざっくりと割れていることにいち早く気付いたのは、梨華だった。
「矢口さんその傷は…」
「はは、背中の部分が見えてセクシーだろ?」
「矢口ぃ!」
 真里の背中の傷を見た裕子が、近くへ駆け寄る。
「どないしたん、血ぃ出てるやないか…なっちに早よ治してもらい」
「わかってる…ってなっちいないじゃん!」
 辺りを見回し、大げさに驚く真里。
「はいはーい」
 そこへタイミング良くなつみがやってくる。
「なっち、背中がムズムズするから早くやっちゃってよ」
 真里が子供のように無防備に背中を向けると、なつみは目を閉じて掌を傷にかざした。薄い水の幕が、傷口を覆ってゆく。
「安倍さん病院に行ってたんですよね。ののちゃん、どうでした?」
「あの子自身も色々悩んでたみたいだけど、何とか自分で答えを見つけ出せそうな感じだったよ」
「そうですか…」
「…ほら、治療完了だよ。矢口のセクシーな背中毛もちゃあんと復活させといたからね」
 梨華と話しながらも真里の傷の治療をしていたなつみが、そう言って真里の背中を叩いた。
「おいら背中に毛なんて生えてないっての!」
 一人むくれる真里を他所に、裕子が口を開く。
347 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時28分00秒
「これで全員か…」
「中澤さん、ごっちんがいません」
「後藤なら、さっきからあそこにおるやないか」
 ひとみの疑問に指を指し答える裕子。そこには、机に突っ伏して爆睡している少女がいた。自分の名前を呼ばれ目覚めた真希は、俄かに大きく伸びをする。
「…ん、呼んだ?」
「緊張感のない子やな…まあええ、ほな、始めるで」
 話を切り出す裕子に、
「ちょっと待ってや、飯田さんもおらへんやないか」
と亜依が待ったをかけた。だが裕子は、
「圭織はな、寄る場所があるんやて」
とはぐらかすだけだった。
348 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時28分45秒
 希美は夢を見ていた。
 長い黒髪の、優しい眼差しの女性。
 彼女は、希美の教育係。
 彼女と修行をしている、夢。
 彼女ははじめて炎を生み出すことに成功した希美に、こんなことを言った。
「そうそう、のんちゃん。すごいでしょ? 何もないところから、炎が出るんだよ。のんちゃんの契約した炎の精霊さんが、のんちゃんに力を貸してくれてるんだけどね。でも人は今よりずっとずっと昔には、みんな精霊さんの声を聞くことが出来たんだって。人が元から持っていた、でも失われつつある力。それを使えることの意味を、よく考えるんだよ…」
「……」
 希美は「意味」を考えてみたが、よくわからなかった。そんな様子を見て自分の話を聞いていなかったと勘違いした彼女は、希美の名前を呼ぶ。
「のんちゃん、ちゃんと聞いてる?」
「え…と、聞いてますけど、わからないんです」
「のんちゃん?」
 そこで希美の夢が途切れる。なのに、ベッドの上の希美を見下ろしているのは夢に出てきたのと同じ人物だ。
349 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時29分49秒
「あれ…飯田さん…」
「ふふ。何だか寝言、言ってたみたいだよ」
「え、それは、その…」
 希美は恥かしさのあまりシーツで顔を隠す。再び顔を出すと、やはり圭織は優しげな眼差しで見つめているのだった。
 しばらく無言になる二人。希美はなつみには言えた自分の悩みも、圭織には中々切り出すことが出来ない。それは決して心の距離が遠いからではなく、むしろ近いが故のことだった。
「あのねのんちゃん」
 沈黙を破ったのは圭織だった。
「昔ある所に物書きさんがいたの。その人の本はそんなに売れなかったんだけど、少ないながらも彼の文章に感動する人がいて。そんな彼にも彼女が出来て、ある日彼女に一緒になりたいと告白されました」
 いつものように、要領を得ない圭織の例え話。しかし希美は真剣に耳を傾けていた。圭織はさらに話を続ける。
「二人で暮らすためには、彼女を養わなきゃいけない。でも、今のままの収入だと彼女に負担をかけてしまう。収入を増やすためには物書きをやめて他の仕事を探さなくちゃいけないんだけど、彼は物書きという職業を愛していた。この後、彼はどうしたと思う?」
「え…と、物書きさんはその彼女と仕事がどっちも大事で…あっ」
 そこで希美はあることに気付く。自分が抱えている問題と圭織の例え話、この二つの構造が何となく似ているのだ。
350 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時30分49秒
「飯田さん…それって」
「圭織はこう思うな。彼女と仕事のどっちが大事かなんて、そんなもの決められないじゃん。どっちも大事だったら、やっぱりどっちも捨てちゃ駄目なんだよ。だからきっと、その物書きさんは仕事を続けながら頑張ってその彼女を養い続けたんじゃないかな」
 希美は迷っていた。「凶祓いと学校生活、どちらかを取らなければならない」ではなく、「どちらも両立させることは可能だろうか」ということに。なつみが病室を訪れた時から、その命題は自分で見つけ出していた。ただ、実践する自信がなかった。現にあさ美を危険な目に遭わせてしまったという事実が大きく道を阻んでいたからだ。
 だけど道は開かれた。どちらも大切なものならば、どちらも失いたくないのなら、それはきっと手放してはいけないもの。ならば、その二つを守るまで。
「あの…飯田さん、あたし」
「はい、これ」
 圭織は言いたいことはわかってるよとばかりに、手のひら大の正方形の紙を手渡した。紙にはまるで魔方陣のような不思議な文字列が書き記されていた。
「これは?」
「まだ試作品の段階なんだけどね。これに精霊力を込めると、瞬時に術者をもう一枚の紙のある場所まで運んでくれるの。もう一枚は紗耶香が出かけた時に渡したから、これを使えば目的地へ辿り着けるはず」
「ということは、もしかして…」
 希美の問いに圭織は力強く答える。
「そう。昏き十二人の潜伏先への入り口が、見つかったってこと」
351 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時31分35秒
 やべえ、約束の時間に遅れちまう…
 ヒップホップ風のいでたちの男が、身につけた鎖を鳴らしながら目の前の廃墟に向かって急いでいた。
 自分たちが普段屯しているストリートに現れたいかつい顔の坊主に、変てこな道具を貰ったのは今からちょうど1ヶ月前のこと。袋叩きにしようとしたところ全く歯が立たなかった。
「力が、欲しくはないか?」
 その一言は、男の中に眠る暴力への衝動をかき立てるに充分だった。
 坊主に命じられるまま、道具を使い人間の魂を集め続けた。集められた魂がどういった使われ方をするのかにはまったく興味がなかった。ただ、己の欲望のままに男は動いた。
 召集がかかったのは突然のことだった。同じく道具を使う「同志」は、俺らみたいな人間を集めて戦争でも仕掛けるんじゃねえか、などと推測していた。
 男が巨大な廃墟の中に駆け込む。ここは昔、大勢の人で賑わう観光名所だったらしい。男はまだ人としての道を外れる前に、華々しいオープニングセレモニーをテレビで見たことがあった。
 がらんとした、かつてはロビーとして使われていたであろう場所。薄暗いその場所の中央に立っていたのは、紛れもなく例の怪僧だった。
352 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時32分26秒
「確か、お前は…」
 訝しげに男の顔を凝視する、怪僧。
 男が、怪僧の足元に転がっている何かに気付く。はじめは布切れのように見えたそれを凝視していた男は、思わず身を縮み上がらせた。
 それは男と同じくストリートで道具を受け取っていた仲間たちの、すっかり変わり果ててしまった姿だった。
「まさか、Mッパゲ…よしかず…小浜島?」
 何かを確認するように仲間たちの名を呼ぶ男だったが、勿論返事はなかった。
「お前も仲間の後を追え…」
「うわああああああっ!」
 男は逃げ出した。今まで漠然としていた疑問が全て解けたような気がした。何故自分たちは道具を渡されたのか。何故魂を集めさせられていたのか。そして何故、ここへ来るように命じられていたのか。
 だが、もう遅かった。
 男が背を向けたまま、乾いた音を立てて倒れた。遅れて、鎖の落ちる金属音が鳴る。男の顔には既に生気は宿っていなかった。
353 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月14日(土)15時33分05秒
 怪僧が水晶玉を懐に仕舞い込む。と同時に聞こえるのは、緩慢な拍手の音。
「見事な手際だったよ、住職」
 黒いワイシャツを胸元まで開けた格好の男が、空間の歪みから舞い降りる。
「クイーンは?」
「タワーの最上階にいるよ…黒い炎が流れ込む魂を食らっている。まああと半日ってところだろうけどね。その時には人が集まっていそうな場所にでも放り出すさ」
 稲垣はまるで朝食を買いに行く時のような爽やかな顔をして、そう言った。
「そうか…俺は自分の作った霊具が活躍するような機会さえ貰えれば、その他のことは瑣末なことにしか思えん」
「住職自慢の霊具には、もうひと働きしてもらわなければ」
 怪僧・織田無道が目を細める。
「…奴らが、来るか」
「向こうの空間使いがここへの入り口を見つけたみたいなんだ。ま、それも全て計算のうちなんだけど」
「全てが計画通りというわけか」
 その問いには答えず、稲垣は再び空間に切れ目をつけた。
「多分もうすぐここへやってくるはず。住職の霊具を試す、いい機会になると思うよ」
 空間のクレバスに、黒いシャツが飲み込まれていった。そんな後ろ姿を眺めつつ、無道が呟く。
「…食えない奴め」
354 名前:ぴけ 投稿日:2003年06月14日(土)15時34分28秒
更新終了。
355 名前:和尚 投稿日:2003年06月17日(火)15時54分02秒
大量更新お疲れ様です。

いいなぁ〜ミニマム。一匹・・・いや一人欲しいです(笑)

さて、いよいよ決戦ですね。明日香が、辻が・・・決戦に携わる人達がどのようになっていくのかとドキドキします。
次回更新楽しみです。
356 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時08分38秒
 一方、中澤事務所では…
「敵の本拠地へと続く空間の裂け目が見つかった、って連絡が紗耶香からあったわ」
 若き凶祓いたちの前で、圭はそう告げる。
「それじゃあ…」
「今日集まって貰ったんは、あいつらと決着をつける為や」
 裕子は「あいつら」という部分を殊更強調するように言った。それがメンバーには、逆に昏き十二人が首魁・福田明日香の存在を認識させた。
 なつみの、そしてかつて明日香とともに仕事に赴いていた面々の表情が強張る。望まない形での再会。それでも、彼女に会わなければならない。その思いがなつみの胸に深く刻み込まれる。
「今までに捕まえた連中のうちの何人かは、霊魂捕縛系の霊具を所持していたわ。魂を集めていた目的はわからないけど、何らかの儀式を行っている可能性が高いわね」
「ギシキ?」
「ええ。降魔儀式や死者再生の儀式、その他にも人間の霊魂を触媒とした儀式はいろいろあるわ。どの道、放ってはおけない」
 亜依の疑問符に答える圭。その瞳に強い正義の光が宿る。
357 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時09分43秒
「外に大人数で乗り込める車、用意しておいたからみんなでそれに乗ってや」
「…中澤さんは来ないんですか?」
 梨華が不思議そうな顔をする。
「どうしても断われへん仕事があんねん。それが済み次第、駆け付けたるから」
 裕子の顔が無念で苦味走る。本心はその仕事を放り出してでも敵地に向かいたいのだ。ただ、政府直々の依頼とあっては断わるわけにはいかない。下手をすれば凶祓い界から干されてしまうかもしれない。小さいながらも組織の長として、それだけは避けたかった。
「わかったよ裕ちゃん、じゃあおいらたち行って来るから」
 そんな気持ちを汲んだのか、真里が元気良く立ち上がる。
「昏き十二人の馬鹿野郎たちをぶっ飛ばして、そんで明日香をここへ連れて来るからさ」
「矢口…」
「そうそう、ここはなっちたちに任せるべさ」
 なつみが裕子に向かって微笑みかける。
「そういうこと。裕ちゃんは安心して仕事に行って来ていいから」
「なっち、圭坊…」
 裕子は少しの間だけ下を俯いていたがやがて、
「ほな、明日香のこと、頼むな」
と言った。
 ゆっくり頷く凶祓いたち。一人、また一人扉の向こうへ消えてゆく彼女たちの後姿を裕子はいつまでも見守っていた。
358 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時10分22秒
 病棟の壁が、うっすらとオレンジ色に色づく。
 希美は人目を避けるようにしてとある病室に向かっていた。
 不審がられてもいい。怒られてもいい。一目でいいから、あさ美に会いたい。希美の感情を支配するのはその一念のみだった。
 あさ美の病室の手前で、希美はドアの前に一人の警備員が立っているのに気付く。さすがは凶祓い御用達の病院、セキュリティーも万全のようだ。
 こういう時は…あ、あった。
 希美が短パンの右ポケットから霊具を取り出す。みんなと合流する前に何かあったら、と圭織が希美に持たせたものだった。
 一見蚊取り線香のような形のそれに火をつけ、警備員の足元へ放り投げる。
「…何だこりゃ、あれ、何だか…」
 不審なものを発見した警備員だったが、煙を直接吸い込んだのかあっさりと眠りについてしまった。
 ゆっくりと病室の扉を開ける希美。扉の向こうには、ベッドの上で眠るあさ美の姿があった。
 昨日及川刑事から聞かされた、あさ美の記憶操作の話。最悪の場合、希美の存在自体が消去されてしまう。そのことが希美の心に大きく影を落としていたが、今なら胸を張って主張することが出来る。
 あさ美ちゃんは絶対に、のののことを忘れない。
 根拠はもちろんない。でも、そう信じられるような気がした。
 希美は忍び足でベッドに近づく。恐る恐るあさ美の顔を覗き込む希美に、まったく予期しない出来事が襲いかかった。あさ美の瞳がぱっちりと開いたのだ。
359 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時12分02秒
「おはよう、ののちゃん」
「わあっ!?」
 不意討ちを食らった希美は思わず飛び跳ね、尻餅をつく。
「あああああさ美ちゃん…」
「ののちゃん、お見舞いに来てくれたんだ」
 目をぱちくりする親友を他所に、あさ美はにっこり微笑んだ。
 敵地に乗り込む前にあさ美の顔を見たい。そう思って立ち寄ったのだが、まさか意識が戻っているとは思わなかった。
「うん…あの…」
「ごめんね…交通事故なんかに遭っちゃってののちゃんの送別会に参加できなくて。でも何だか変なの。交通事故に遭ったはずなのに、何故だか誰かに拳銃で撃たれたみたいな感じがして…あ、ごめん変な話しちゃって」
 あさ美が申し訳なさそうに謝る。もしかしたら既に記憶の操作が行われているのだろうか。直接聞くわけにもいかず、困惑する希美。
「ううん、いいよ…」
 希美は何を言っていいのかわからず、それきり黙り込んでしまう。
「そうだ…ののちゃん、今日何の日だかわかる?」
 思い出したようにあさ美がそんなことを言った。
360 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時13分32秒
「え…と、ハトの日?」
「違うよ、今日はののちゃんの誕生日でしょ?」
「あ…」
 そう言えば昨日の夜にお姉ちゃんが見舞いに来て、家に帰ったら楽しみにしてなとか言ってたっけ…ここ最近バタバタしたから、すっかり忘れてたな。
 希美は自分ですら忘れていた誕生日をあさ美が覚えていてくれたことが、ただ単純にうれしかった。
「お誕生日、おめでとう。プレゼント用意出来なくてごめんね」
「あさ美ちゃんが退院してからでいいよ」
 はにかむ希美に、また何かを思い出したようにあさ美が話しかける。
「ねえ、ののちゃん」
「何あさ美ちゃん」
「わたしね、夢を見たんだ。ののちゃんと二人で、綺麗な夕陽を見ているの。その夕陽の光が、宝石みたいにキラキラ光ってて。もしわたしが退院したら、ののちゃんと一緒に見に行きたいな」
 希美ははっとする。それはあの日に、あさ美と一緒に見た夕陽の景色にどことなく似ていたからだ。
361 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時21分47秒
 そしてそのことは、希美に大きな勇気を与えた。
「じゃああたし、もう行くね」
 すっと立ち上がる希美。その顔は、決意に満ちていた。
大丈夫。ののは必ずここへ戻って来る。そして、二人でもう一度あの場所から見える夕陽を見に行くんだ。だから例えこれから記憶がいじられるとしても、あさ美ちゃんものののこと、絶対に忘れないで。
希美は口には出さずとも、心であさ美にそう語りかけていた。
表情に何かを感じ取ったのか、あさ美が歩き始めた希美を呼び止める。
「ののちゃん…また、またお見舞いに来てね」
 希美は振り向き、あさ美に向かって大きくVサインを作った。それはここを再び訪れること、そしてあさ美が希美のことを絶対に忘れないという確信から来るものだった。
362 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時22分56秒
 車に乗り込んでから、二時間以上経っただろうか。
 市街地を離れ、雑木林と畑だらけの場所を通りぬけてゆく凶祓い一行。
 いつまでたっても到着しないことに、ついに亜依が不平を漏らした。
「なあおばちゃん、もうちょい飛ばしてくれへんか?」
「あのねえ、あたしはこう見えてもお国の機関で働いてるんだからそんなことできるわけないでしょ」
 圭はハンドルを握り締めたまま、口を尖らす。
「ま、ええわ。誰かさんの運転と違って安心やしな」
 亜依はわざとらしくひとみのほうを見る。
「何だとー」
「わ、何すんねんよっすぃー!」
 すかさず亜依をくすぐりはじめるひとみ。
「うっさいなあ…お前らカップルかよ」
 ヘッドホンを耳に当てて激しい音楽を聞いていた真里はそう言って辟易した。カップルという言葉に反応し、ひとみに何とも言えない視線を投げかけるのは梨華だ。
「ほら、目的地に着いたわよ」
 圭が車を道路脇に停める。窓からは、有名な霊峰とその麓に広がる無気味な樹海が見えた。
363 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時24分05秒
「…これってもしかして」
「そう、かの有名な青木が原樹海よ」
 なつみの呟きに、圭がそう答えた。
 「還らずの樹海」の二つ名を持ち、人の寄りつかない魔の空間。この場所に、敵のアジトへと続く空間の裂け目があるというのだ。
「こんな場所に紗耶香さんは一人で入っていったんですね…」
 梨華が不安げに、窓の向こうの樹海を覗いた。
「さ、怖がってる場合じゃないよ。さっさと車を降りて」
 圭に促され、一人づつ車を降りた。アスファルトを踏みしめる度に、それぞれの表情が引き締まってゆく。
「…いつまで寝てんのよ。あんたも早く降りなさい」
「…んあ?」
 寝ぼけ眼で周囲を見渡す真希。
「あれえ、もう着いたの? いちーちゃんは?」
「あんたって本当に緊張感ないよね…」
 圭は大きく一つ、溜息をつくのだった。
364 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時25分08秒
 人を迷わせ骸にする魔の樹海も、圭にかかっては近所の雑木林同然だった。類稀なる精神感応力によって、難なく紗耶香の待つ場所へと辿り着いた。
「多分、ここら辺だと思うんだけれど…」
 光さえ挿さぬ深き森の中に、圭は小さな青いテントを見つける。そこへテントの主が、布の隙間から顔を出した。
「みんな遅いよ…」
「いちーちゃん!」
 それまで眠そうに列の最後尾を歩いていた真希が、紗耶香に飛びついた。
「うち、あんなん見たことあるわ。ドッグフードのCMで」
 口をぽかんと開けながら、亜依がそんなことを口走る。
「ったくどいつもこいつも。これだから女所帯ってやつは…」
「矢口ぃ、あんただって裕ちゃんとラブラブじゃん」
「げっ、違うっての!」
 二人を皮肉る真里を、さらになつみが茶化した。
「さてと…紗耶香、空間の裂け目は?」
 紗耶香にくっつく真希を引き剥がしながら、圭が訊ねる。
365 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時26分01秒
「待ってて。今開くから」
 そう言うと、紗耶香は目を閉じ集中し始めた。
 一方、テントの中を物色するひとみ。と、まごまごしながらひとみの後ろをついて歩く梨華。
「へえ、かっけー…」
「ちょっとよっすぃーやめなよ、テントって言っても一応人の家なんだし」
「何かさ、サバイバルって感じだよね」
「もう、そんなこと言って…」
 そんなやり取りをしている二人の目の前に、突如空間の裂け目が現れた。
「きゃあ!」
「市井さん、こんなところに裂け目を…」
 言いかけたひとみの目があるものを捉える。
「伏せろ、梨華ちゃん!」
「えっ?」
 ひとみは戸惑う梨華の体を無理やり屈ませた。直後、裂け目を飛び出す邪霊の群れ。
「なるほど、ただじゃ通してくれないってわけ」
 紗耶香が両脇から二本の剣を取り出す。
366 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時27分14秒
 次々と裂け目から湧いてくる邪霊に紛れて、一人の男が紗耶香に襲いかかる。紗耶香はその一撃を短いほうの剣で受け流した。
「けけっ、気にいらねえなあ」
 男は地面に着地すると、潰れたような声でそう言った。
「お前、昏き十二人か!」
 真里が戦闘体勢をとる。他の面々も攻撃に備え構える。
「稲垣は全員ここを通してやるみたいなこと言ってたけどさあ、俺納得いかないんだよねえ…お前らなんて俺ひとりで全滅させてやんのにさ」
 Tシャツに短パン姿の男が、下卑た笑みを見せる。
「無属性の邪霊召喚術に長けた邪霊師みたいね…意外と力、ありそうよ」
「さすがは圭ちゃん、それだけ判れば充分。みんなは先に行ってて」
 紗耶香が男に剣を向けた。
「そうは行くか!」
 男が両の手を前に組むと、裂け目の周りに夥しい数の邪霊が集まり始めた。吸い込むだけで肺が爛れそうな瘴気を吐き出しながら、裂け目を塞ぐようにひしめき合う邪霊たち。
「邪霊のカベってやつ? 大したことないじゃん。みんな、おいらの後について来な!」
 真里はそう言うと、懐に忍ばせた風刃を取り出して一降りした。強烈な風の塊が、邪霊の群れをなぎ倒す。空間を突き抜ける風を追う、真里。
367 名前:第十話「凶を祓う者」 投稿日:2003年06月18日(水)02時28分07秒
「矢口ってば、いつの間にあんな力を…」
 呆気に取られたなつみたちを、
「ほら、あんたたちも早く!」
と紗耶香が促す。慌てて真里の後を追って裂け目に入るメンバーたち。
「あっ、待て!」
 さらにその後を追おうとする男の目の前に立ち塞がる、白刃。
「あんたの相手は、あたし」
「邪魔をするなあ!」
 男は邪霊を紗耶香に向けて解き放つ。だが、紗耶香は魔剣「ウィラポン」によって邪霊の攻撃をガード。もう一振りの魔剣「退聖」で怯んだ邪霊たちを空の彼方へ吹き飛ばした。
 あまりの早業に呆然とする男を、峰打ちで地に伏させる紗耶香。
「巷じゃ最強の凶祓い剣士は後藤って言われてるらしいけど、あたしもまだまだ捨てたもんじゃないでしょ?」
「二刀流ならあんたが最強よ」
 紗耶香は剣を鞘に収めて苦笑いした。
「ところで圭ちゃん、どうしてここに? みんなと一緒に向こうに行けばよかったのに」
「うん…まあ、ちょっと」
 圭が言い淀んでいると、空間の向こうから禍禍しい邪霊を纏った男がやって来た。もう一人の空間術士・稲垣吾郎。稲垣は無様に倒れている男を一瞥する。
「馬鹿な奴だ…ぼくの言う通りにすれば良かったものを。まあ、どちらにせよぼくがあなたの足止めをする予定だったんですけどね。市井紗耶香さん」
「わざわざそちらから出迎えとは、光栄だね…」
 樹海に降り立つ稲垣を、紗耶香は挑発するような目つきで睨み倒すのだった。

368 名前:ぴけ 投稿日:2003年06月18日(水)02時34分53秒
聖誕祭的更新。本当は17日に間に合うように更新…いや本当は
17日までにエンディングを迎えようと計画していた無謀な作者
でした…

>>和尚さん
今ならまりっぱ姉ちゃんと親びん付。なんちて。
一応十一話、十二話でこのお話をまとめる予定です。
張りっぱなしの伏線は次スレにでも(要望があれば)…
369 名前:和尚 投稿日:2003年06月23日(月)00時24分41秒
更新お疲れ様です。

市井VS稲垣・・・空間術士の戦い、明日香との戦い等ドキドキしながら楽しみです。
辻ちゃんどうなるのかなぁ〜・・・。

伏線は是非お願いしたいです。特にいちーさんとごとーさんの出会いを!(自分、いちごま大好きなので)
後まりっぱ姉ちゃんと親びん、そしてミニマムは工事現場のヘルメット、ヒゲのオプション付きで頂きます!(笑)
370 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時01分24秒
 空間の裂け目を抜けると、そこは天高く聳えるタワーの下だった。
 禍禍しい建造物から立ち込める瘴気に、思わず亜依がむせ返る。
「何だよ加護、びびってんのか? 怖いなら帰っていいぞ?」
「こ、これは武者震いや!」
 真里の言葉に強がるように、亜依は足元に落ちていた小石を蹴飛ばす。しかしその小石は前に飛ぶことなく粉々に砕け散った。
「な、何やねん!?」
「あいぼん気をつけな、敵だよ!」
 なつみが咄嗟に水のバリアを前面に張った。
「ようこそ、デビアスタワーへ」
 玄関口から一つの影が姿を現す。鈍く光を放つ水晶玉と、それによく似た双眸を持つ僧侶。
「あ、お前はあの時の坊主!」
「よく覚えていたものだ…そのお礼代わりに、こんなものを見せてやる」
 奇怪な坊主・織田無道は水晶玉を頭上に放り投げると、持っていた錫杖をその水晶玉へと向ける。刹那、それは大きなスクリーンとなってどこかの場所を映し出した。
「…これは?」
「このタワーの最上階だ。我等の集めた魂は、すべてこの場に収束されている」
 映し出される景色から、寒々しさのようなものが伝わる。張り詰める濃密な瘴気、床から噴水のように溢れる病める魂、そして。
371 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時02分31秒
「福ちゃん…福ちゃんなの?」
 なつみがよろよろと前に出る。なつみが見たのは、魂の流れに身を浸す一人の少女だった。彼女は確かに福田明日香、だがなつみのよく知る明日香ではなかった。
 鑿で削ったようなこけた頬、生気のまったく感じられない肌、そしていかなる輝きさえも飲み込んでしまう深い闇を湛えた、瞳。
「お前ら、明日香に何をした!?」
 驚きで口の利けないなつみに代わるように、真里が無道に訊ねた。返答によっては、弾け飛びそうな程の怒りを抑えて。
「心外だな…彼女は自ら望んでああなったのだ。我等に一片の咎もないわ」
「明日香に何をした、って聞いてるんだよ」
 真里の言葉に凄みが増す。無道は肩を竦めながら、
「黒き炎を操ることを可能とする儀式を施した。本来は複雑な手法をもってしか成し得ぬ邪法なれど、我が霊具によって魔界の炎は地上にもたらされた。ただ黒き炎を保つ為には猶多くの魂を必要とする故、彼女はあのように昏き魂の流れに身を浸さねばならない」
と言った。
「そ、そんな…」
「安倍さん!」
 崩れ落ちそうになるなつみを、ひとみが駆け付け支える。
「早く福田明日香のもとへ行かねば、取り返しのつかないことになるぞ。飽和状態になった黒炎が肉体を破壊し始めるからな」
 言葉とは裏腹に、無道は悦楽に唇を歪めた。俺の霊具が、俺が福田明日香を狂わせたのだ。あの天才と呼ばれた炎使いを。無道の中を、歪んだ自尊心が駆け抜ける。
「福田明日香に与えた霊具・黒龍環は俺の作り出した霊具の中でも最高傑作。お前たちが彼女の元へ駆けつけることで、究極の完成を見る。さあ、早くタワーの最上階へ向かうがよい!」
372 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時03分38秒
 高笑いし始める無道を、冷ややかな目で見る一同。
「何やこいつめっちゃむかつくけど、今は寄り道してる場合とちゃうわな…」
 亜依はさも不愉快そうに吐き捨てた。
「…加護の言う通りだ。こいつが通してくれるんだったら、さっさと上に行こう。なっち、しっかりしなよ」
 本来みんなを指揮するべきなつみはこんな状態だ。ならば自分が一番しっかりしなければ。真里はいの一番に無道に飛びかかりそうになるのを堪え、そう言った。
「うん、矢口の言う通りだね。みんな、行こうか」
 なつみは少しだけ気を戻したようで、先陣を切って先に進む。
 一人、また一人と無道の横を通り抜ける中、ただ一人その場を動こうとしない者がいた。梨華である。
「梨華ちゃん!?」
 後ろを振り返る、ひとみ。
「私は、ここに残る」
 引き締まった表情で言葉を放つ梨華に、
「ほほう、それはどういう意味だ?」
と無道が訊く。頭上に広がるスクリーンは再び水晶玉に姿を変え、無道の手のひらへと収まっていった。
「自らの力に自惚れ、人の命を弄ぶこいつを…わたしは絶対に許せない!」
「物好きな娘だ。戦う意志はないと言うこの俺に牙を剥くか?」
 そう言いつつも無道の瞳は鈍く光る。まるでこの時を待っていたかのように。
373 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時04分42秒
「じゃあ、あたしも残るよ!」
 梨華を気遣い、ひとみがそんなことを言う。しかし。
「よっすぃーは先に行ってて」
「でも!」
「よっすぃーには、やらなきゃいけないことがあるんだよね?」
「えっ…」
 梨華の一言にひとみは戸惑い、視線を下に落とす。
 どうして…? 梨華ちゃんには何も話してなかったのに…
「隠したって、一緒にいればそれくらいのこと、わかるもん。有名になりたいって、やっぱどこか嘘臭かったし。大神とどんな因縁があるのかわからないけど、やらなきゃいけないことがあるんだったら立ち止まっちゃだめだよ」
 梨華はあくまでも優しく言い含めるように、ひとみにそう言った。
「でも…」
 そう言いかけたひとみの横腹を、刀の鞘でつつく真希。
「あの子なら、大丈夫だよ」
「ごっちん」
 相変わらず眠たそうな顔で、でもその目にははっきりとした確信のようなものがあった。
「後藤さん!」
 そんな真希に向かって大きく叫ぶ梨華。
「よっすぃーのこと、ちょっとだけ、頼んだからね!」
 真希は任せて、とばかりに親指を立てた。
「梨華ちゃん…あたしに理由があるように、梨華ちゃんにもそこに留まらなきゃならない理由があるんだね。わかった。ここは梨華ちゃんに任せるよ」
 力強く微笑み、前に向き直るひとみ。そしてもう、後ろは振り向かなかった。
374 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時06分01秒
「さて、無謀な娘よ。お前が無駄死にする前に、せめて名前だけでも聞いておこうか」
 二人きりになった無音の空間に、無道の声がこだまする。
「梨華…石川梨華」
「石川、とは。まさかあの石川家の出か?」
 この質問を、何度聞いたことだろう。氷使いの名門・石川家。父、母、二人の娘…家族全員が凄腕の凶祓い。主に要人の暗殺を生業とする一家と同じ姓を持つものとして、この質問をされるのは当然の話であった。
「…苗字が一緒だから、よく言われるけど」
「それもそうだ、あの石川家の人間がこんな場所にいる筈もなし」
 無道は鼻で笑い、それから錫杖を構えた。
「あんな、あんな人を人とも思わない人たちと一緒にされたくないわ!」
 梨華の脳裏に冷たい微笑を浮かべる連中の顔が浮かぶ。梨華を見る時の、まるで小虫でも見るかのような目つき。思わず身震いがした。
 梨華が右手に凍気を集中させる。そして、
「氷の精霊たちよ、不浄なる魂を凍てつかせよ!」
と叫んだ。掌から発せられる、凍気の波。
「愚か者が!」
 無道の背に突如現れる、後光のような輪。それが梨華の凍気を吸収し、さらには勢いはそのままに梨華に向かって跳ね返した。
「きゃああっ?!」
 寸での所で凍気の塊を避ける梨華だったが、バランスを崩し膝をついてしまう。
375 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時07分26秒
 無道は自信たっぷりに、自らの霊具を説明した。それと正反対に、梨華の自信はあっという間に萎んでゆく。
 うう…わたしじゃやっぱり無理だったのかなあ…
 非常時にも関わらずネガティブモードに入る梨華。
「どうした…よもやその程度の実力で俺に立ち向かおうとしていたのか?」
 無道が水晶玉を左手に、梨華に近づく。
「貴様のような腰抜けには、この水晶玉で充分よ。己の力のなさを悔やみながらあの世にゆくがよい!」
 ゆっくりと怪しげな光を放ち始める水晶玉。その光をぼんやりと眺めながら、梨華はかつて彼女自身に浴びせられた罵声を思い出す。
 まさかこの程度の氷術も扱えないとは
 我が家の恥さらしだわ
 あんたの姉であること自体、汚点だわ
 こんなお姉ちゃん、いらなーい
 …そうだよね、やっぱりわたしは落ちこぼれ。よっすぃーと一緒じゃなきゃ何もできやしない。さっさとみんなと一緒について行けばよかったんだ…
 何もかも諦めかけた梨華の精神に、語りかけてくる者があった。
 なーに言ってんの、あんたは。
 梨華の背後でシャンパンを抜いたような軽い音。空間に突然現れた声の主は素早く何かを無道に向かって投げつけた。無残に砕け散る、水晶玉。
376 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時08分09秒
「なっ…誰だ!」
 しかしその女性は、着地に失敗し思い切り尻餅を打ってしまった。
「あいたたたた…一応成功かな」
「飯田さん!」
「石川さあ…さっきからネガテブな発言、多いよ? もっとポジテブに考えなきゃ」
 圭織は立ち上がり、尻についた埃を払って言った。
「…貴様、どこからやって来た! この空間は貴様らの仲間が入って来た時点で外界からは閉ざされていたはず」
「それが、天才かおりんにかかれば何の問題もないんだなあ。二枚一組で発動する移動精霊術、今のところは一回こっきりしか使えないけど。これがもっと早く完成してたらあんたたちの姑息な作戦なんて、成功しなかったのにね」
 圭織はそう言って焼け焦げた正方形の紙をひらひらさせた。梨華の背中にも同様の紙が張りつけられている。
「ところで石川、みんなは?」
「先に上の階に向かってます。最上階に明日香さんがいるみたいで…」
「そっか…」
 圭織はしばらく何かを考え込む。凶祓い事務所設立時のメンバーとして思うところがあるのだろう、そう梨華は理解した。
「そうだ、のんちゃんは?」
「希美ちゃんですか? いえ、わたしたちとは一緒じゃないです」
「え、まだ来てなかったの! おっかしいなあ、のんちゃんにもこの霊具を渡したんだけど…」
 訝しげな顔をする圭織に、恐る恐る梨華は聞く。
「あの飯田さん、希美ちゃんにあげた霊具の片方は誰に張りつけたんですか?」
「紗耶香」
「背中に、ですか?」
「うん」
「紗耶香さんには…」
「ううん、言ってない。だって紗耶香、急いでたみたいだし」
 屈託のない笑みを浮かべる圭織に、様々な意味で不安を抱いてしまう梨華だった。
377 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時08分55秒
 梨華の不安は的中していた。
「うう、飯田さんのウソツキ…」
 希美は、恨み言を呟きながら当てもなく樹海をさ迷っていた。
 これを使えば紗耶香の元へ瞬時に移動できる、という圭織の言葉を信じてさっそく霊具を使ってみた希美。しかし移動した先には誰もいなかった。咄嗟に希美は躊躇なく圭織の霊具を使用したことを後悔した。
 まあ実際のところは圭織の霊具のせいではなく、圭織が紗耶香に何の断わりもなく霊具を張り付けたために、樹海の中でそれに気づいた紗耶香が霊具を丸めて捨ててしまっていたからなのだが。
 ふと希美の視界に、何かが木の枝からぶら下がっているのに気付く。よくよく目を凝らしてみるとそれは、自殺志願者のなれの果てだった。希美は総毛が逆立つような感覚を覚える。
「何? なんなの、ここ…」
 半分涙目になりながら、急ぎ足で現場を通り過ぎる希美。ここがどこかはわからないが、何だか不吉な場所であるのは確かなようだ。
 とにかく、さっきの人みたいになるのだけは御免だよ…
 そうひとりごちた直後、希美の感覚がそう遠くない場所に強力な精霊力を捉える。
 もしかしたらあっちにみんながいるかもしれない…!
 希美は駆け出した。が、何かに躓き地面に突っ伏す。恐る恐る覗き見たその物体は…やはりこの樹海に迷い込んだ元・人間だった。
「ひ、ひええええ!」
 ネズミ花火のように走り出す希美。しかしその方向は精霊反応があったのとは真逆であった。
378 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時10分03秒
 さて時は少しだけ遡り、敵の本拠へと続く空間の裂け目の側。
 紗耶香は双剣を構え、稲垣に襲いかかる。だが、剣がまるで稲垣を避けるが如く斬撃は僅かに外れてしまう。
「お忘れですか? ここの空間の歪みについてはぼくはあなたより詳しいことを」
 所々に歪められた空間が、攻撃を阻害していた。紗耶香は思わず舌打ちをする。
「くそっ!」
 それでも怯むことなく、紗耶香は更なる二刀流を浴びせようとする。そんな時だ。紗耶香の立つ場所が昏い大きな口を開いたのは。
「あなたのために特別に用意した場所です。一度さ迷えば二度と抜け出すことの出来ない空間の牢獄。はっきり言って、ぼくにとってもあなたは一番邪魔な存在だったんです」
「うっ、うわああああ!」
 裂け目を満たす黒に次第に浸食されてゆく紗耶香。空間が完全に閉じてしまうと、紗耶香の存在は完全に消えてしまった。
「そんな…紗耶香が…」
 あまりに突然の出来事に、我を失う圭。
「保田さん。あなたも、彼女の後を追って孤独な空間で朽ち果てますか?」
 圭のほうを向き、不敵な笑みを浮かべる稲垣。圭は自身を取り戻し、こう言った。
「死ぬ前に…死ぬ前に教えて欲しいの。あなたの本当の目的を」
「いいでしょう。最早他の凶祓いが駆けつけたところで、手遅れだ。退屈凌ぎに、少しだけ話しましょう」
379 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時11分04秒
 稲垣は空間に小さな穴を開け、そこからワインのボトルとグラスを取り出した。
「シャトー・マルゴー。ワインの貴婦人と称される最高級のフランスワインです。死出の旅立ちの前に、いかがですか?」
「気持ちだけ、いただくわ」
「そうですか…では、何から知りたいですか?」
「まず、あなたの本当の目的は何?」
 栓を開けることなく、ワインをグラスに注ぎ込む稲垣。空間使いならではの芸当だ。
「自分自身の変革、かな」
「どういうこと?」
 訝しげな顔をする圭を他所に、稲垣は話を続けた。
「ぼくの転機は、デビアスタワーの立て篭もり事件に赴いた時に訪れた。一見警察の手で解決出来そうな事件だったけれど、人質の中に心臓発作を起こした急病人が出たことにより様相は一変する」
「空間使いのあなたの出番ね」
「そう。ぼくは事件を迅速に解決するために、犯人のいるフロアに繋がる空間の歪みを探した。そして、その場所に裂け目を入れた時にとんでもないものを見た」
 稲垣の表情が変わる。まるで、何かに憑かれたように。
「怨念の奔流、とでも言えばいいのだろうか。古代から綿々と積み重ねられた憤怒、無念、悔恨。例えば、朝廷軍に虐殺された東夷のものども。例えば、反乱を起こし討たれた関東武士。さらに大震災、空襲…この地で生まれた怨念が全て、このデビアスタワーに集まっていた」
 熱に浮かされたような稲垣を、凍る思いで見つめる圭。背筋を、冷や汗が流れていった。
380 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時12分10秒
「ぼくは考えた。この膨大な負の力を何とかできまいか。文献を漁り、年老いた凶祓いたちのもとを訪ねた。結果、この力を使ってあるものを探すことにしたんです」
「あるものって…何よ」
「…箱」
 稲垣の言葉は、圭を戦慄させるに充分だった。
 箱。
 その昔、異国の地でスーパーウェポンのように扱われていた代物の俗称。
 一度「箱」を使えば、大地は息絶え、水は腐水に変わり、空気は淀み荒んだという。
 それとは逆に、瞬時にして荒廃した土地を緑生い茂る場に変えたともいう。
 覇権を握った権力者が、必ず最後に求めるのが「箱」だったという話すらある。
 しかし、「箱」が歴史の表舞台に出ることも存在を証明されることも、ただの一度もなかったという。
「驚いたわ。まさかそんな御伽噺を信じてここまでの昏迷をもたらしたなんて」
 圭は冷静を装うが、内心は動揺していた。
「箱」の存在は、精霊使いならば誰しも心のどこかで信じざるを得ないものだったからだ。言い伝えられる力が精霊の力と相通じているからか、それとも「箱」という言葉自体に何らかの説得力があるのか、定かではないが。
「信じる信じないはあなたの自由ですが。ぼくは「箱」が日本のどこかに隠されていると見ています。だから負の力同士が引かれ合う性質を利用して、場所を特定する。そしてぼくはこの場所に閉ざされた負の力を解放するために、ある凶祓いに接触した。それが…福田明日香です」
381 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時13分14秒
「まさか、そのために明日香を」
 圭の目つきが険しくなった。
「怨念の奔流はまるで人体を流れる血液のように循環している。その力のベクトルを解放するためには、その怨念たる魂を外へ吸い出してくれる精霊使いが必要だったんです。そして今、彼女はぼくの目論見通りにその任務を実行してくれている。ただ、所詮は生身の人間ですから限界が来れば彼女の体は耐え切れずに粉微塵になるでしょうね」
「あんた…最低だね」
「何とでも言って下さい。「箱」の力の偉大さの前にはささいなことです。復讐心に狩られて闇を心に抱く彼女はぼくの計画の礎にぴったりだった。そして彼女の高名は怨念の呼び水となる魂集めに役に立ちました。色々な意味で、彼女には感謝していますよ」
 稲垣は狂った笑みを湛え、グラスのワインを飲み干した。
「少々長話になってしまいましたね。そろそろ終わりにしましょうか…」
「そうね。紗耶香、もういいよ」
 意外な圭の言葉に、稲垣は目を剥く。突然目の前で十字に引き裂かれた空間の闇から現れたのは、完全に葬ったと思っていた紗耶香だった。
382 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時14分13秒
「圭ちゃん…話長いぞ」
 眉を顰める紗耶香に、
「こいつが企んでることの全容を知る必要があったからね…ちょっとくらい我慢してよ」
と圭は悪びれずに言った。
「ぼくの空間の牢獄を破るとは…」
「あんたの閉鎖空間に落ちる直前に、自分で作った小さな空間の裂け目に隠れたんだ」
「そういうことですか。なら話は早い。今度はさ迷う余裕もなく暗黒空間にばら撒いてあげますよ!」
 稲垣が目を瞑る。凄まじい破裂音とともに、紗耶香の目の前を何かが通り過ぎた。目の前にあった木が、草が、食い千切られたように昏き空間に飲み込まれてゆく。
「ぼくの空間術の真骨頂です。移動する空間の入り口からは、絶対に逃げられない」
「それはお互い様。あたしにも、切り札はあるんだ」
 紗耶香が二つの剣を交差させて構える。するとどうだろう、瞬く間に紗耶香は四人に分身した。
「分身の術とは。ならば四人まとめて消し去れば済むこと」
 先ほどの暗黒空間の入り口が、再び紗耶香に襲いかかる。大地を抉り取る空間だが、その場から紗耶香は消えていた。
「どこへ消えた…?」
 辺りを見まわす稲垣。紗耶香は、十字に剣を構えて稲垣の四方を固めていた。
「もう、逃げられないよ」
「何を言う。こんな包囲網など、ぼくの空間術で…」
 空間術を使おうとした稲垣の表情が歪む。空間はまったく開くことなく、逆に自分の周りが立方体の硝子状の透明な何かに覆われていることに気付いたからだ。
「こんなもの、暗黒空間で削りとってやる!」
 稲垣は硝子の向こうの暗黒空間を自らの元へ呼び戻す。しかし暗黒空間の入り口は硝子越しにぷるぷると震えているだけだった。
383 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時15分15秒
「そのキュービックは捕獲対象とあたし以外の何者をも寄せつけない!」
 弾かれたように、稲垣の元へ飛びかかる四人の紗耶香。四隅から対角線上を駆けぬけてゆく八つの白刃の前に、稲垣は成す術もない。四人が再び一人に戻ると、稲垣は体中から血飛沫を上げて崩れ落ちた。
「二つの魔剣の力を合わせることで発動する必殺技、その名も「キュービック・クロス」。どう?」
「み、見事…だ。だが…ぼくは箱の在り処を知るまでは、死なない」
 稲垣がよろけながらも背後に空間の裂け目を作り出す。
「まずい! 紗耶香、またさっきの技で…」
「駄目だ、あの技は一回使ったらしばらくは使えないんだ」
 圭と紗耶香がそんなやりとりをしてる間に、稲垣は裂け目の向こうへと消えていった。
「あの傷ならそう遠くへはいけないはず。あいつはあたしが追う。紗耶香は早くみんなのもとへ!」
「でも圭ちゃんにはもう精霊使役能力が…」
 躊躇する紗耶香に圭は、
「大丈夫。いくら何でも死に損ないに返り討ちに遭うほど落ちぶれちゃいないから」
とウインクをしてみせた。
「わかったよ圭ちゃん、よろしく頼む」
 紗耶香は圭が森の作り出す闇に消えるまで、ずっと圭の背中を見送っていた。
384 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時15分57秒
 場所は戻って、デビアスタワーのロビー。
 睨み合う、織田無道と飯田圭織。先に口を開いたのは無道の方だ。
「そこにいる口だけの小娘では、ちと物足りなかったものでな。お前は確か俺と同じく霊具技術者、今ここで優劣をつけようではないか」
 だが圭織は無道から視線を外して、梨華に話しかけた。
「圭織の能力ってさ、実践向きじゃないっしょ? だから、ここは石川に任せる」
「ええっ!?」
 強力な援軍が来たとばかり思っていた梨華は、期待を裏切る発言に耳を疑った。
「そんなあ、わたしの実力じゃ、無理です…」
「大丈夫だって。あいつ、そんなに強そうじゃないし。それに石川もよっすぃーと二人で色々と依頼をこなしてきたんでしょ? だったら大丈夫!」
「え、でもそれはよっすぃーと一緒だったから出来たことで…わたし一人じゃ、とても…」
「だ・か・ら!」
 尻ごみする梨華に、圭織が業を煮やす。
「その考えがネガテブだっちゅうの。もっとさ、わたしだったらできるって考えないと。ほら、こう、ポジテブに」
「そんなこと急に言われても…これは生まれ持った性格だし…」
 身振り手振りで「ポジテブ」の素晴らしさを語る圭織の健闘虚しく、梨華の心は深く閉ざされたままだ。
「しょうがないなあ。じゃあこれ、使ってみなよ」
 そんな梨華に手渡されたのは、銀色のブレスレット。
385 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時17分50秒
「圭織の自信作の一つ。これをつけるとポジテブな人はよりポジテブに、そうでない人もそれなりに…じゃなくて劇的にポジテブになれるんだ」
「え、本当ですか?」
「うん。例えばさ、ごっつぁんなんて昔は引っ込み思案で神経質だったのに今じゃすっかりあの通り」
 梨華は今の真希を頭に思い浮かべた。
 あの子が。それは劇的な…変化だ。
 そして少し悩んだ後、
「わかりました、やってみます!」
と意を決してブレスレットを腕にはめた。と同時に体を駆け巡る稲妻のような衝撃。
「その小娘にどのような霊具を授けたかは知らぬが、この織田無道を打ち破る力があるとは到底思えぬ。そうら、俺の霊具の力を思い知るがよい!」
 無道の背後にある属性防御用霊具・八鏡輪が回転する。止まった場所は、炎。鏡から、紅蓮の炎が勢いよく吹きつけ始める。
「氷の精霊よ、全てを凍てつかせる極寒の風を起こせ!」
 梨華が強く念じると、凍気を孕んだ突風が無道を襲った。属性を無効化するために八鏡輪を氷へと戻す無道。しかしその顔にさっきまでの余裕はない。
「急にその娘の精霊力が上がったぞ、一体何をした!」
「ふふ、さあね」
 不敵に微笑んで見せる圭織。そして自らの力に驚く、梨華。
386 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時18分54秒
 凄い威力…さっきの、本当にわたしがやったの? ううん、わたしがやったんだ。わたしの、力が。何だか、空も雲もお日様もみんなわたしを応援してくれてるような気がする。これが、ポジテブになるってこと? 何だか幸せな気分、みんなに向かって叫びたい。
 ハッピー!!!
 次第に梨華の顔が自信に満ち溢れてゆく。ついでに何故か、右手の小指も立ってゆく。
「気色の悪い奴め!」
 無道は再び八鏡輪を回そうとする。だが、輪が凍気で凍りついてしまいなかなか回転しない。
 ようやく輪が炎の面を見せた時、既に梨華の放った氷の楔が鏡を捕らえていた。二つの属性は相克し、鏡面にじわじわと皹が入りはじめる。そして八鏡輪は粉々に砕けた。
「ば、ばかな! 俺の霊具が!」
 自分の霊具に絶対の自信を持っていた無道のショックたるや、計り知れない。
「あんたは確かに使う人間に合った霊具を作ることにかけては優れていたけど、自分自身が使う霊具に関してはさっぱりだったね」
「まだ…まだ福田明日香に施した黒龍環がある! あれこそが我が霊具の真骨頂! あれは誰にも解けぬわ!!」
 追い討ちをかけるかのような圭織の言葉に対し無道は狂ったように叫び、自らの胸に錫杖を深深と突き立てた。
「ちょっとあんた何を!」
「ふはははは、我が魂もまた、黒龍環の餌に…」
 鮮血を散らし、床に伏す無道。
387 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時19分30秒
 圭織は無道の残した「黒龍環」について考えていた。無道があれほどまでに自信を持つ霊具。その得体の知れない霊具から友人を救うことは、果たして可能なのだろうか。全ては彼女自身に会わなければわからないことだった。
「チャーオー! ハッピー!」
 梨華はまだ向こうの世界に行っているらしく、しきりにくるくると奇妙なポーズをとっていた。圭織は無言で浮かれポンチに近づき、ブレスレットをひったくった。
「あれ、わたし…」
「効果テキメン過ぎ」
 要領を得ない梨華を尻目に、呆れた顔をして圭織はすたすたと先を歩く。
 石川って意外に単純そうだから大丈夫だと思ったけど、まさかこんなに簡単にひっかかるなんて。
 実は例のブレスレット、どこにでも売ってるようなただのブレスレットだったのだ。
388 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時20分07秒
 なつみ、真里、真希、ひとみ、亜依の五人はひたすら非常階段を昇り続ける。
「…いつになったら、着くんだよお」
 息を切らせながら真里が愚痴る。
「あかん、うちの可愛らしいあんよが筋肉質になってまう」
「しょうがないって。ビルの電力系統なんて探してる暇ないんだから」
 やや遅れがちの亜依と、後に続くひとみ。
「ん…あ…」
 器用に眠りながら走る、真希。
 そしてなつみは、他の四人の遥か先を走っていた。
 走ることの得意ではないなつみだったが、限界などはとっくに超えていた。
 全ては、友に逢うために。全ては、友を救うために。
 そんななつみの背に圧倒されながらも、亜依は正直に自分の疲れを訴える。
「ああもうしんど! よっすぃー、おぶってや…って、あれ?」
 しかし後ろを振り返ると、そこにはひとみの姿はなかった。ついでに真希の姿も。
 あまりのことに度肝を抜かれた亜依は、真里に向かって叫んだ。
「大変や矢口さん! よっすぃーと師匠が、おらへんねん!」
「何だって!」
 慌てて階下へと足を向ける真里。そして遥か頭上を行くなつみに、
「なっち、ごっつぁんとよっすぃーが! なっち、おいなっちってば!」
と呼びかけるが、足を止めることなくやがて真里の視界から消えていった。
389 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時20分56秒
 ひとみと真希が消えた理由。
 それは、敵の力により途中のフロアへ強制移動させられていたからであった。
 階段を駆け登るひとみに音もなく忍び寄った、文字通りの「影」。
 そして気がつくと、このだだっ広いがらんどうのフロアに連れてかれていた。
「待っていたぞ、吉澤ひとみ」
 柱の影からゆらりと現れる、鋭い眼光。太陽の剣の使い手・大神源太。
「あんたを倒して親父のこと、聞かせてもらうよ」
「今日は連れがいるようだが」
 大神に言われ、後ろを振り向くひとみ。立っていたのは、寝ぼけ眼の、炎の剣士。
「え、ごっちん!?」
「何か変な影によっすぃーが引き込まれたからさあ、あたしも影の中に入っていったんだよね」
「そんな、どうして…」
「あの子に、よっすぃーを頼むって言われたし」
 そう言って真希はふわっと微笑みかける。
 一方、大神の側にはひとみたちをここまで連れてきた不気味な「影」が。影からはやがて、一人の男が浮かび上がる。黒いスーツに身を包んだ、甘栗頭のくどい顔。以前、辻加護と一戦を交えた影使い・ゴルゴ松本だ。
390 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時22分05秒
「アニキ、向こうが二人なら俺も加勢していいっすよね?」
「好きにしろ。ただし、あの雷使いは俺がかたをつける」
「わかりました。じゃあ俺はあの剣士のほうを…」
 その様子を見ていた真希とひとみは。
「そう言えば、こうやってごっちんと一緒に戦うのってはじめてだよね」
「よっすぃーの標的はあの剣持ってる奴だよね。存分に戦っていいよ。後藤は、あの影使いが邪魔しないようにフォローするから」
「…わかった。頼むよ」
 二人はお互いに目を合わせる。それ以上、言葉はいらなかった。
 ひとみが静かに目を閉じる。ふわふわと宙を漂う、雷球。
「まずは挨拶代わりだ!」
 浮上を止めた雷球が、唸りを上げて大神に襲いかかる。剣を抜いた大神は大きなモーションで雷球を一刀両断する。
「アニキ、例の技を!」
「輝け、ブレイドオブザ・サン!」
 瞬く間に光り輝く刀剣。仲間がいるからであろう、瞑ってしまうほどの光ではないが思わずひとみたちは目を伏せてしまう。その隙にゴルゴは真希の背後へと忍び寄った。
「ごっちん!」
「影ってのはな、光が強ければその分強くなるんだよ!」
 真希の影がするすると全身を伝い、真希自身を縛り上げる。
391 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時23分40秒
「んあっ、くっ!」
 辛うじて自由な右手で刀を抜き影を振り払おうとするが、手応えはまったくない。
「バーカ、影が刀で斬れるかよ!」
 ゴルゴの嘲笑を無視するように、刀を振り回す真希。稀代の名刀のなせる業か、柱や窓に斬撃が飛ぶ。柱には亀裂が走り、窓ガラスは真っ二つに割れ落ちた。
「むっ」
 大神が唸る。斬撃の一つが大神の鞘紐を切り落としていたからだ。
「ゴルゴ…その娘を何とかしろ」
「へい!」
 真希の体の自由を奪っていた影が、ついに刀を持つ右手にまで及ぶ。自由こそ奪われないものの、最早強烈な斬撃などは望めなかった。
「ごっちんを離せ!」
 目を細めながらも、ゴルゴに立ち向かおうとするひとみ。その行く手を、太陽の剣が阻んだ。
「行かせぬ!」
「邪魔だ!」
 大神の懐に入ったひとみは、腹部に雷霊の篭もったスペシャルブローを見舞った。手応えあり、そう見たひとみだがその目論見は見事に外れる。
「…効かぬわ!」
 大神の剣がひとみの脳天目がけ振り下ろされた。
 紙一重で剣をかわしたはずのひとみだが、額に手をやるとぬるりとした熱い感触。傷は浅いが、ダメージは決して小さくない。
「お前の攻撃はこれで防ぐことが出来る」
 破れた網Tシャツの下から顔を覗かせる、ラバースーツ。ひとみはその用意周到さに歯軋りする思いだ。
392 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時24分45秒
 とにかく、この光を何とかしなきゃ…
 ひとみは思いを巡らせる。
 この眩しい光を封じるには、大神の剣を何とかしなくちゃ駄目だ。でもどうすれば…下手をすればあたしにもあの男の影が伸びてくるだろうし…光と影、同時に何とかできないかな…
「よっすぃー、鞘!」
 その時に真希が叫んだ言葉が、ひとみの苦悩を一度に解決した。ひとみは転がるように鞘の転がっている場所へ移動すると、その鞘を真希に向かって投げつけた。
「ごっちん頼んだ!」
「あいよっ!」
 真希は思い切り体を捻り、刀の峰で鞘を弾き返した。勢いよく飛んでゆく鞘を、手でキャッチしようとする大神。しかし。
「そうだよな、この鞘は大事な鞘、切るわけにいかないもんね!」
 ひとみは空中に舞う鞘を横取りし、素早く大神の剣に被せた。光は消え、フロアに元の光陰の割合が戻った。
「やばいっ!」
 真希の体の呪縛を解き、影に逃げ込むゴルゴ。
「逃がさないよ」
「バカが、影に斬撃はきかないってさっきも言っただろう!」
 しかし真希はゴルゴの消えた影の辺りに刀を突き立てた。次の瞬間、刀身から噴き出した炎が影に向かって注ぎ込まれる。
「ぎえええええ!」
 柱の影から、火だるまのゴルゴが飛び出てきた。自慢の甘栗頭も焼け焦げてしまい、戦闘不能なのは明らかだった。
393 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時25分49秒
「よっすぃー、あとはそいつを!」
「わかった!」
 大神に向かって構えを取るひとみ。一方の大神は、鞘を被せたまま剣をひとみに向ける。
「剣を抜いている暇などない…このまま慈王流の奥義で仕留めてくれる」
 ひとみは山荘での戦闘を思い返した。
 慈王流奥義・光陰。
 まるで光のような疾さで剣による突きを繰り出す技は、到底避けようがない。鞘に剣が入っているため串刺しにされることはないだろうが、逆に打撃による人体破壊が待っている。
 この前は拳を犠牲にして何とかかわすことが出来た。でも、今度は刀身が鞘に守られているから厄介だ。こうなったら…
 ひとみの目に決意の炎が宿る。同じく、大神も「光陰」の構えを取る。
「さあ、この一突きで地獄に堕ちろ!」
 鞘の先をひとみに向けて突進する大神。ひとみは、微動だにしない。
 きっと親父もこの一撃に倒れたんだろうなあ…でもあたしは、これで親父を超えて見せる!
 鞘の先が鼻先にちらつき始めた時、ようやくひとみは拳を構えた。そしてひとみの体が下に沈んだと思うと、次の瞬間には大神がもんどり打って床に倒れていた。
 相手の勢いを利用しつつ、さらにはカエル跳びによる強烈なアッパー。加えて肌の露出している部分への雷撃。ひとみの持ちうる実力を最大限に引き出した攻撃であった。
394 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時26分35秒
「ひゅー、よっすぃーやるねえ」
 そんな真希の言葉には反応せず、ただ倒れている大神を見下ろすひとみ。
「…あんたがこの前去り際に言った言葉の意味、約束通り聞かせてもらうよ」
「では…教えてやろう。お前の父・吉澤龍三を殺したのは、俺ではない」
「な、何を!」
 狼狽するひとみ。だが大神の言葉はさらに続く。
「俺が龍三に斬りかかったのは事実だ。だが、失敗した。奴を殺したのは…別の男だ」
「誰だ! 誰なんだよそいつは!」
「や、山崎…山崎直樹に会え」
「山崎? そいつが親父を殺した男なのか!」
「当たらずも遠からずだが…直接手を下したのもまた、別の男だ…俺ごとき、龍三の足元にも…及ばんわ」
 その時だ。窓の外から、ふわりと一つの紫色をしたシャボン玉が入り込んで来た。風に運ばれたそれは、大神の顔の横でぱちんと割れる。
「ぐがっ!?」
 突如、悶絶し始める大神。
「どうした、大神!」
 ひとみは大神の肩を揺すぶる。だが、大神は既に事切れていた。
「ちくしょう! やっと親父を超えられると思ったのに! これじゃ、これじゃまた振り出しじゃないか…」
 立ち上がり、憤りを露にするひとみ。その横に真希が寄り添う。何も言葉はかけなかった。ただ、側にいた。真希には、ひとみの思いが理解できたからだ。
 でもねよっすぃー。
「誰かを超える」、それだけに拘ってたら、それは必ず最後に悲しい結果を生んじゃうんだよ…
 真希は心でひとみに語りかけるのだった。
395 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年06月27日(金)01時27分21秒
 再び階上へと向かうひとみたちを見ている、一人の少女。
 ビルの外、大きなシャボン玉の上にちょこんと座る、松浦亜弥。
「フライングは駄目ですよぉ、大神さん。おかげであなたのこと、殺さなくちゃいけなくなっちゃったじゃないですかあ」
 そんな言葉とは裏腹に、亜弥はいつもの華やかなスマイルを浮かべる。
「でも、あの子たち…」
 亜弥は先程まで目の前で戦っていた、二人の少女の姿を思い浮かべる。
 変幻自在の影使いを、一刀の元に焼き払った後藤真希。
 そして己の拳のみで、太陽の剣士を粉砕した吉澤ひとみ。

 …殺しちゃって良いのかな?

 さっきとは種類の違う、残虐さを帯びた笑み。
「なーんてね。がまんがまん。松浦たちはあ、あの方の命令に従うだけ。でも…いずれは松浦の望みを叶える命令を下してくれるかもね」
 不自然なまでに明るい笑みを湛えた少女は少しずつシャボン玉の中に埋もれてゆき、やがてシャボン玉とともに弾けて消えた。
396 名前:ぴけ 投稿日:2003年06月27日(金)01時35分38秒
更新終了。
しかしもう少しサクサクと進めないものか・・・と自分に突っ込みを入れつつ。

>>和尚さん
この分だと明日香登場まで時間がかかるかもしれません。
冗長になるかもしれませんが、今暫くお付き合い下さい。
397 名前:和尚 投稿日:2003年07月03日(木)13時29分04秒
緊迫した戦闘の中、様々なネタが仕込まれているのに笑ってました。
とりあえず、辻ちゃんが無事に仲間のトコまでつけます様に・・・(笑)
松浦さんが何か企んでそうな予感・・・

ええ、お付き合いさせて頂きます!
398 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時40分45秒

 非常階段を昇り切ったなつみ。
 彼女が目の当たりにしたのは頑丈そうな鉄扉と、その前に座り込む男の姿だった。
「悪いんだけどさ、そこ、どいてくれないかな。なっち、会わなくちゃならない人がいるんだ」
 静かに、それでいて有無を言わせぬ意志を込めてなつみは言う。
 扉の前の男は何も答えない。年はなつみと同じくらいだろうか、しかしまばらの不精髭に覆われたその顔は、疲労にやつれているようだった。
「ここから先へは誰一人として通すなと…クイーンに言われている」
 まるで砂漠の砂のように、渇ききった声。
「なっちは、福ちゃんに会わなきゃいけないんだ」
「クイーン自身がそれを望んでいない。特に安倍なつみ、お前だけは絶対にここへ近づけてはならない…それが俺に与えられた、最後の命令」
 天井から、ぱら、ぱらと細かい砂粒が落ちて来た。やがてそれは細い糸のように床へと流れ始める。
「これは…」
「俺の使役する邪霊は、砂の属性。砂は無限の渇きを有し、ありとあらゆる水分を吸い尽くす。干からびたくなければ、ここを立ち去れ」
399 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時41分49秒
 なつみは男を、静かに睨めつけた。
「言ったっしょ? なっちは、絶対にここを通らなければなんないって」
 なつみはいくつかの水球を作り出す。が、天井から洩れる砂が絡みつきどろっとした液体となって床に落ちた。
「無駄だ。俺の能力とお前の能力は、相性が悪い」
「それはお互い様」
 なつみが水を生み出せば、すぐさま男が砂で打ち消す。そんなやりとりが、幾度となく繰り返された。やがてそれは、意外な結末を生む。
 床に溜まっていた泥が、なつみの足元を飲み込んでいた。それはやがて蒸気を発生させながら固い砂の塊に変わる。
「これでお前は身動きが取れない」
 足もとの呪縛を解こうとするなつみ。しかし、砂の足枷は容易には外れてくれない。
「自分の水の力で砂を砕いたらどうだ? ただ、俺の砂が即座に捕らえてしまうが」
「こんなことで動きを封じたと思ったら大間違いだべさ!」
 強がるなつみだが、足はまったく動かない。さらに、異様な光景をなつみは目撃する。男の周りの砂が何箇所か盛り上がり、徐々に人の形をとり始めたのだ。
「我が砂の僕たちによって、一滴残さず水分を吸い尽くされるがいい」
 成す術のないなつみに、砂人形たちがにじり寄り始めた。
400 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時43分15秒

 亜依は辟易していた。
 一体、どこまで続いてんねんこの階段。
 ひとみと真希の失踪がちょっとした休憩を与えてくれたものの、先に行こうという真里の意見によって再び階段を駆け登ることになった。
「ああ、明日は筋肉痛でパンパンなんやろな…矢口さんはもう年だからその次の日ですかね?」
 気晴らしに真里をからかおうと、後ろを振り向いた亜依は不思議な光景を目の当たりにした。
 一心不乱に足を動かしている真里。だが一向にこちらへやって来ない。彼女は遠い目をしながら、その場で足踏みをしていたのだ。
「どないしたんですか矢口さん、そんなファミリートレーナーやってる子供みたいなマネして…」
 亜依は恐る恐る真里に近づく。真里は亜依の存在に気づくことなく、息を切らせながら足踏みを続けていた。
「矢口さーん?」
 呼びかけてみる。反応はない。
「矢口さん、矢口さん?」
 デコを叩いてみる。やはり反応はない。
「おーい、パグチマリー!」
 くしゃみをする時の顔がパグに似ていることからつけられたあだ名を呼びながら、ぐらぐらと揺すってみる。弾みで横に倒れてしまう真里。それでも電動の犬のぬいぐるみのように、へこへこと足を動かしていた。
401 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時44分12秒
「な、なんやねんこれ…」
「ご主人様は、術をかけられたっぱ!」
 唖然とする亜依に話しかける、かっぱ姿の小さな亜精霊。亜依は亜精霊「まりっぱ」の首根っこを摘み上げた。
「な、何するっぱ!」
「その話、詳しく聞かせてや」
「その前に、おいらを離すっぱ!」
 足をばたばたさせながら、元気に叫ぶまりっぱ。姿形だけでなく、中身もそっくりだ。
「わかったわかった、本体に似てうるさいやっちゃな」
 まりっぱを解放してやる。すると別の亜精霊が現れて亜依に説明しはじめた。
「大親びんが、階段を走ってる時に誰かに術をかけられたぴょん! 精霊反応を感じたから間違いないぴょん! きっと今もこの近くに隠れてるに違いないぴょんよ!」
 亜依は辺りを見回してみた。この狭い空間、余程変な術を使わない限り外へ逃げられらい。まだこの付近に潜んでいると考えていいだろう。
 さて…不意討ちのヒキョーモンを炙り出したろか。
 亜依が瞳を閉じると、いくつもの石つぶてが発生する。
「おらっ!」
 石つぶては四方八方に飛び散り、壁や天井に跳ね返った。
 ある場所に目をつけた亜依は、無言でこれでもかというくらいの大きな岩を作り出し、その場所目がけて衝突させた。
 ぎゃっ、という蛙が潰れたような声。
402 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時45分42秒
「やっぱりここやったか」
「く、くそう…どうして俺の場所が」
 灰色の布切れを纏った男が、呻きながら岩の下から顔を出す。
「さっきここらへんの壁や天井や床を小さい水玉模様に変えててん。水玉が動いたら、どう考えてもおかしいやろ?」
「ク、クイーン…申し訳ない…」
 男は口惜しそうにそう言って、倒れた。
 一仕事終えた亜依は大きく息をつくと、真里の方を見やる。真里は相変わらず横になったまま足を回転させていた。
「いつまでやってんねん!」
 関西仕込みのツッコミで真里の頭をどつく亜依。その衝撃に、真里の目から星が出る。
「……?」
「あかん、もう一発いったろか」
「あれ…おいら…」
「わ、矢口さん!?」
 頭をひっぱたくモーションを取りかけていた亜依は、即座に手を引っ込めた。
403 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時46分37秒
 夢から覚めたばかりのような真里に、亜依は事の経緯を説明する。途端に真里の顔が怒りで紅潮する。
「ちくしょう! せこいマネしやがって!」
「まあ敵はやっつけたんやし、先を急がな…」
「それもそうだな…あれ、いてて」
 何かに気付き、頭をさする真里。
「どないしたんですか?」
「何かさあ、頭が痛いんだよね…コブも出来てるし」
「それは大親びん、そこにいる…ぎゃ!?」
 真実を伝えようとする「親びん」を、必死の形相で亜依は握り潰した。
「何だ加護、何か知ってんのか?」
「え、あ、いや…敵にでもやられたんと違いますか!?」
「…むかつく」
 真里は足元に倒れてる男の頭を思い切り蹴飛ばすと、てけてけと階段を昇り始めた。
 亜依は握り拳を開きつつ、
「お前、矢口さんに余計なこと言うたら…平成の必殺仕事人ことあいぼんさんが、八年地獄をかけたるさかい…覚悟しいや」
 一見無邪気そうに見える少女の、悪魔の素顔に親びんは無言でコクコク頷いた。
404 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時48分09秒

 空を貫かんばかりの背徳の塔。
 その最上階の砂に埋め尽くされたフロア。
 なつみは身動きの取れないまま、門を守る男の放った砂人形たちに襲われていた。その姿は砂に覆われて見る影もなかった。
「クイーンがかつて最も信頼し、心を許していたパートナー…か」
 男は忌々しそうに呟く。
「だが結局はクイーンを救えなかったばかりか、いけしゃあしゃあとこの場に現れるとは…」 
「確かに、そうかもしれない」
 砂の山から、声がする。
「お前、まだ生きていたのか?」
「なっちは福ちゃんの心の痛みをわかってあげられなかった。むざむざあの子を魔道に堕とさせた。だからこそ…」
 砂の塊が急激に膨れ上がり、一気に決壊した。強烈な鉄砲水は周りの砂人形を次々に破砕してゆく。
「会って、話をしなくちゃだめなんだよ」
「クイーンを救うことのできなかったお前が、今更何を話す!?」
 男は周囲の砂を巻き上げる。だが、その砂は既に多量の水を含んでいて使い物にはならなかった。
405 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時49分24秒
「それでも話してみなくちゃ、何もわからないんだよ」
 なつみは集中し始めた。競り上がる水の壁、天井に届かんとしているそれは、今にも崩れ落ちそうだった。
「…この場所でそれだけの量の水を集めるとは、さすがはクイーンが認めた凶祓い。だが、俺の命に代えてもここを通すわけにはいかんのだ!」
 天井から壁から床から、高圧の砂が水壁に打ち込まれてゆく。だが砂の条は、水に溶けることなく弾かれた。
「…開け、水の門!」
 男の目の前の水壁が、がばっと開く。飛び出して来たのは、巨大な鉄球にも似た水の塊だ。男は何の抵抗も出来ずに水球に押し潰された。
「こ、これしきのことで…」
 男は床に手を突き立ちあがろうとするが、水球によるダメージがそうはさせなかった。
「無理しない方がいいよ。普通だったら衝撃で気絶してるはずだから」
「…ク、クイーンは…お前に最期の姿を見られたくないと言った…だから俺は」
「あんた、本当に福ちゃんのこと、慕ってるんだねえ」
「!?」
406 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時50分34秒
 なつみはひざまづき、男に目線を合わせて微笑む。
「福ちゃんの高名を利用する奴、私利私欲のために従う振りをする奴…福ちゃんをクイーンって呼ぶ奴は、そんな奴が殆どだった。でも、あんたは違う。命がけで、福ちゃんのこと守ってくれたんだね…」
 敵と向かい合わせていると言うのに、なつみの笑顔は決して曇らなかった。男は俯き、やがて少しづつ語り始める。
「俺とクイーンが出会ったのは、彼女が親友を糞野郎の策略で失った直後だった。元は俺も糞野郎によって差し向けられた刺客だったが、クイーンの深い悲しみと絶望に触れ考えが変わった。俺は一生、この人について行こうと思った」
 なつみは目を伏せた。男の話がさらに続く。
「はじめはクイーンを慕う人間の集まりだった俺たちの前に現れたのが、稲垣吾郎だった。あいつはクイーンの心の闇につけ込み、織田無道の霊具でただの復讐鬼に変えてしまった。そして復讐を果たし終えた彼女は…自滅への道を選んだ。俺は…それを止められなかった…」
407 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時51分17秒
 無念のためか、男の頬に一筋の涙が光る。それを見たなつみは、
「ふふ、男の子がそんな簡単に泣いちゃ駄目だべさ。なっちが、なっちが必ず福ちゃんを助け出すから…あんたはそこで待ってな」
と子供をあやすように言った。
「昏き十二人の名の由来は、元警視庁特殊犯罪対策の幹部の人数。俺たちは奴等の犯罪、事件後の天下り先を長い年月をかけて調べ上げたんだ。その間も、クイーンは事務所の仲間…特にお前の事を懐かしそうに話していたよ…」
「そっか…」
 なつみが立ち上がる。そして、男の背後の分厚い鉄の扉に手をかけた。
「お前なら…クイーンを助けることができるかも知れないな」
「ありがとう」
 背中で答えるなつみ。
 鉄扉が少しずつ開くと、むせ返るような瘴気が流れ込んで来た。
408 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時52分19秒

 樹海は既に闇を蓄えはじめていた。
 ぼくの…ぼくの計画はまだ終わらない!
 空間の裂け目を利用しながら最短距離で樹海を抜けようとする一人の男。
 全身を切り刻んだ刃傷は致命傷ではなかったが、確実に体力と精霊力を削ってゆく。
 やがて、稲垣吾郎は空間術を使うのをやめた。
 前のめりになり、肩で息をしながらも稲垣は樹海の外に向かって歩いてゆく。
 箱の力を手に入れる事。それは稲垣にとって悲願に近いものだった。それさえ手中に収めれば、彼が現在最も恐れている存在をすら越える事も可能だった。
 少しずつ、掠れてゆく稲垣の目の前に現れた人物がいた。
「何や、随分弱ってるやないか」
「…お前は」
 青いカラーコンタクトが稲垣を見据える。
「事務所の所長、自らお出ましってわけですか。それにしてはかなり遅いようですが」
「これでも無理やり、仕事終わらせて来たんやで」
 樹海には似合わぬスーツ姿の女性・中澤裕子は眉間に皺を寄せてそう言った。
「ぼくに…とどめを刺しに来たんだったら御生憎様。あと数回は空間術を使えるんです。まあこの場合は攻撃ではなく退避用に使いますけどね」
「そんなんちゃうわ。うち、ある人に伝言頼まれてんねん」
「伝…言?」
409 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時53分09秒
「伝…言?」
「せや。中居くんからやで」
 その名前を聞き、稲垣の表情が変わった。
「今でも、あいつは俺たちの仲間だ…あんたの事、そう言うてた」
「勝手な…」
「……?」
「勝手なことを言うな!」
 言葉を荒げる稲垣。それは普段の澄ましている彼からは想像できないほどのものだった。
「仲間だと! あいつらはぼくが抱えていた苦悩を知らない! 二つの属性の精霊を自在に使役する中居正広! 身の丈ほどの精霊剣を使いこなす木村拓哉! 召喚士でありながら単身韓国に渡り陰陽術を学んだ草g剛! 自らの精霊力で肉体を究極まで鍛え上げた香取慎吾! なのにぼくはただの空間使い…これほど惨めなことがあるか!? 彼等に並び追いつこうとする行為の、何が悪いんだ!」
「仲間の絆に、実力の差なんて関係あらへん…」
「ぼくらのチーム名・ファイブリスペクトは五人がお互いをそれぞれ認め合っている証拠に名づけたんだ、それをぼく一人が足を引っ張っているなんてそんな耐えがたいことがあってたまるものか! だからぼくは…」
 稲垣の言葉は、そこで途切れた。銃弾のような何かが、彼の眉間を貫通していたからだ。
 ゆっくりと膝をつき、前のめりに倒れる稲垣。
 裕子は辺りを見回す。木々の向こうから聞こえる、葉と葉が擦れ合う音。
「そっちか!」
 物音のしたほうへ、裕子は走り出した。
410 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時54分19秒

 それから少しして、真の狙撃手は姿を現す。
「哀れな人…」
 黒いコートに身を包んだ彼女は稲垣の骸を冷たく見下ろしていたが、やがて興味を失ったのか樹海から見える夜空を仰ぎ見た。
「流石はミキスケ、中澤さんに気配を悟られずに稲垣を仕留めちゃうなんて」
 不意に彼女の前に浮かび上がるシャボン玉、そしてその中の松浦亜弥。
「亜弥、あなたはデビアスタワーに向かったんじゃなくて?」
 美貴は何の表情も浮かべず、そう聞いた。
「多分、あの子たちなら福田さんを倒せると思ったからさ。松浦たちはお呼びでない、って感じかな? うーん、でも正直に言えば戦いたかったなあ、なんちゃって」
 難しい顔をしたかと思うと、急に満面の笑みを浮かべる。ころころと表情を変える亜弥に対し、美貴はこんな一言を放つ。
「戦いたかったって…どっちと?」
「もちろん、福田さんと…かな」
 亜弥の笑みに狂気を見出す美貴。だがそれを無視するように、
「私はあの連中に福田明日香は倒せないと見てる。亜弥が行かないんだったら私が行くわ」
と宣言した。
「ええっ、ずるいよミキスケェ! 抜け駆けだぞ!」
「…じゃあ、これで決める?」
 美貴はポケットのコートから一枚のコインを取り出した。表に人の顔が、裏に鷲が刻まれた外国のコインだ。
411 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時59分04秒
「なーるほど。いいね」
 微笑むことで了承する亜弥。
 コインを親指に乗せて弾こうとする美貴に、
「ちょーっと待った!」
と亜弥は叫ぶ。
「ミキスケ…そのコイン、両面とも同じ絵柄ってことはないよね?」
「…これでどう?」
 コインの表と裏をしっかりと見せる仕草に、亜弥は満足する。それを見て、美貴はコインを親指で宙に弾いた。
 小さな円は、涼やかな金属音と共に銀色の軌跡を描いた。そしてゆっくりと美貴の掌に吸い込まれてゆく。
「さあ…どっち?」
「うーん…表!」
「じゃあ、私は裏で」
 右手の甲に被せていた左手が取り除かれる。コインは…
 裏。
412 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)05時59分53秒
「決まりね」
「えーっ、絶対表だと思ったのに…あっ、ミキスケ何かやったでしょ!? 絶対そうだよ、ずるいよぉ!」
 頬を膨らませる亜弥。
「何かやったの『何か』を証明できたら、もう一回賭けてもいいわよ」
 美貴はやはり表情を変えることなく、黒いコートを翻すと樹海の奥へと消えていった。
 そんな後姿を見送りながらも未だ不満げな亜弥。
「やっぱりずるいよミキスケ…松浦も福田さんと戦いたかったのにぃ。それにしても…ミキスケってば『何使い』なんだろうねえ、稲垣さん?」
 既に息絶えている稲垣に向かって、真顔でそんなことを問いかける亜弥。
「…ってもう、死んでるか。あはは」
 そして能天気な笑い声を上げると、再びシャボン玉と共に姿を消した。
413 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)06時01分07秒
 物音に反応して裕子が駈け付けた先にいたのは、稲垣を追っていた圭だった。
「何や、圭坊か」
「…って裕ちゃん何してるのよ、こんなところで」
 目をぱちくりさせ驚いている圭に、
「政府からの仕事、つんくさんに無理言うて早めに切り上げさせてもらったわ。お上はカンカンやったけどな」
と裕子は胸を張って言った。
「…裕ちゃんらしいよ」
「当たり前やん。明日香には、うちも会わなあかんのやから」
 会って、万が一の時は。裕子はその言葉を飲み込んでいた。
「そんなこと言ったら、あたしだって明日香とは古い付き合いだったんだから」
 圭には裕子の決意したことをよく理解していた。その上で、万が一のことがあったら現在は部外者の立場にある自分が明日香に止めを刺さなければとも思っていた。
「それより裕ちゃん、あたし今稲垣吾郎を追ってるんだ」
「稲垣なら、向こうの場所で倒れとるわ」
 そう言って、裕子は自分の眉間をピストルの形にした人差し指で指した。
「そんな…まさか裕ちゃん」
「うちやない。稲垣に恨みを持つ組織内部の犯行か、或いは第三者の仕業か…」
 圭は大きく溜息をついた。
「こうなった以上、後はやることは一つだね」
「せやな、なっちたちが待ってる。行こか」
「うん」
 先へと進む二人の前に立ちはだかる、小さな影。
414 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)06時01分54秒
「何よ! 敵!?」
「おんどりゃあ、覚悟しいや!」
「ひ、ひいいいっ!」
 暗闇に浮かび上がる鬼の形相のような三十路に、今にも噛みつきそうな狛犬顔。
 希美は突然の奇面フラッシュに、人生の終わりを覚悟した。
「あれ、辻やん。自分何してんねん」
「誰かと思ったら辻じゃない。まったく、びっくりさせないでよ」
 はた迷惑そうな二人に希美は涙目になって問いかける。こっちは危うくあの世に逝きそうだったんだぞ、と。
415 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)06時02分43秒
 圭の帰りを待っていた紗耶香の目にしたものは、裕子・圭・希美という妙な取り合わせだった。
「い、市井さあああん!」
 希美は紗耶香の姿を確認するや否や、紗耶香の胸に飛び込んで来た。
「ど、どうしたんだよ急に」
「こ、怖かったのれす! 急に子泣き爺と砂かけ婆が!」
 目の前の二人を見て、噴き出す紗耶香。
「何笑ってんねん、紗耶香…」
「それより裕ちゃん、あのおちびさんには教育が行き届いてないようだけど」
「あいつにはあとでたっぷりお仕置きせなあかんなあ…」
 穏当でないことを話し合う圭と裕子。
「何はともあれ、これで全員揃ったわけか…」
 切り株の上に座った紗耶香は、希美を膝の上に乗せながらそう言った。
「なあ紗耶香、稲垣が死んでもうた訳やから敵の本拠地は異空間にはないわけやろ。何とかして明日香のいる場所の近くまで一気に行くこと、出来へんやろか?」
 裕子の問いかけに、
「うん、あたしもそうしようとは思ってたんだけど…肝心の明日香のいるフロアがどこなのか…」
と答える紗耶香。
「今ならわかるわ…明日香は、デビアスタワーの最上階にいる」
 圭が目を瞑りながら、そう言い切った。
「さっすがは圭坊やな」
「じゃあ行くとしますか…辻、あんたも行くだろ?」
 紗耶香の言葉に希美は「もちろん」と言いたげに頷いた。
416 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)06時03分39秒

 魔の扉を開いた先は、渡り廊下になっていた。
 奥に進むにつれ、瘴気は濃厚になってゆく。
 それでも、なつみは先に進むことを決して止めなかった。
 歩を進めていると、何故か明日香との過去を思い出す。
 事務所を立ち上げた、五人の力を合わせて頑張った時代。
 年も背格好も近かったなつみと明日香は仕事もタッグを組まされることが多かった。総じて仲の良かった二人だったが、時に仲違いもあった。

「…福ちゃんは頭が固いべさ!」
「なっちみたいな頑固者、見たことないよ」
 主に作戦の組み立ての相談をする時のことだった。当時はまだまだ精霊使いとしても未熟で、精神的にも安定していなかったなつみ。それに対し、精霊使いとしては早熟な存在だった明日香。大抵は明日香の言うことの方が理に叶っているのだが、最終的には明日香がなつみの考えに合わせて作戦を変更した。
「なるほど、良く分かったよ」
「じゃあ今回の邪霊師捕縛作戦は、この方法でいい?」
「うん…ってそれって結局福ちゃんの言ってた通りになるんでないかい?」
「そうだけど。でもなつみの案をちゃんとベースにしてるから」
「何か…納得いかないべ」
 そう言いつつ、不承不承明日香に従うなつみだった。

 あの頃は、福ちゃんに迷惑かけてばっかりだったなあ…
 でもさ、なっちもあれから変わったんだよ?
 かわいい後輩もできてさ。
 より子ちゃんのこと、気付いてあげられなかったけど…福ちゃんに、手を差し伸べてあげられなかったけど…
 今度はしっかり手を伸ばすから…
 なつみが奥の部屋へと続く扉に手をかけようとしたその時。
417 名前:第十一話「それぞれの理由」 投稿日:2003年07月05日(土)06時04分31秒
 本能だった。咄嗟に身を伏せたなつみが、再び立ち上がるとそこにはもう扉は存在していなかった。四角いスペースにちりちりと燻る黒い炎、そして。
 虚ろな瞳でなつみを捉える、少女。
「ふ、福ちゃん…?」
 なつみが見た明日香は、最後に見た明日香とはそれほど変わっていなかった。確かに頬は少しこけているものの、昔の明日香を想起させるには充分であった。
 そんな明日香に対し、なつみは笑顔を作り話しかける。
「ねえ福ちゃん、会いに来たよ。ちょっと背、伸びたんじゃない? なっちもさあちょっとだけ背が伸びたんだよ…懐かしいなあ…」
 そんななつみの言葉を遮る、明日香の冷たい声。
「お前は…誰だ?」
 一瞬にしてなつみの時が凍る。
「じょ、冗談…だよね? どんなになっても福ちゃんは福ちゃんだし…なっちはなっちだよ…だからなっちのこと忘れたりするわけないよ…ね?」
 それは確信のようでもあり何かにすがっているようでもある悲痛な叫びだった。それでも無慈悲な、温もりのない声は響き渡る。
「お前は…私の邪魔をするのか?」
 明日香は両手を広げる。掌に漆黒の炎が、灯った。
「そんな…ねえ、嘘だって言ってよ福ちゃん。なっちだよ、ほら、裕ちゃんと、圭織と、彩っぺと五人で一緒にずっとやって来たじゃない。二人でさ、色んな事件、解決したじゃない…」
「邪魔をする奴は…消す」
 なつみはようやく気付いた。明日香の瞳に、なつみが映っていないことに。

 何かが、なつみの中の何かが音を立てて崩れた。
418 名前:ぴけ 投稿日:2003年07月05日(土)06時09分12秒
更新終了。
第十一話も終わり、残すは最終話のみとなりました。

>>和尚さん
辻ちゃん、無事に(?)合流というわけにはいかなかったようです・・・
自分で書いててちょっと怖かったです。
419 名前:つみ 投稿日:2003年07月05日(土)13時02分49秒
次が最後か・・・寂しいの・・
420 名前:和尚 投稿日:2003年07月08日(火)23時39分36秒
子泣き爺と砂かけ婆(笑)自分も想像してみました・・・怖かったです(泣)

ここからがメンバー達の正念場、頑張って欲しいです。
最終話楽しみにしております。
421 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時10分33秒


 かつては披露宴やパーティー会場として使っていたであろう、広々とした場所。
 しかし黒き炎によって嬲られ、今や見る影もない。
 総ガラス張りだった窓は全て破られ、夜風がビル内に吹き込んでいた。
 福田明日香は、床から吹き上げる怨霊に身を委ねながら、空虚な瞳をなつみに向けている。
「福ちゃん…どうして」
 言葉になるかならないかの境界線のような声を発するなつみ。だが、その声は明日香には届かない。
「目障りだ、消えろ」
 明日香の両手で燻っていた黒炎が一気に燃え上がる。黒い炎の鞭はまるで獲物を探すかのように二、三度うねった後、なつみ目がけて襲いかかってきた。
 空気を焦がす匂い。漆黒の闇を思わせる炎の色。建物全体を揺らすような、何かが爆ぜるような音。黒き炎が迫り来るのを五感で味わいながら、なつみは微動だにしない。
 ああ、なっちここで死んじゃうんだ。でもしょうがないよね…福ちゃんをこんなにしたのは、なっちにも責任があるんだから。
「何やってんだよ、なっち!」
 弾けるような声が、なつみの憔悴しきった思考を中断させる。それと同時に吹き荒れた突風が黒炎を押し戻した。
「…矢口」
「なっち…言いにくいんだけどさ、あれはもう明日香じゃないよ」
 颯爽と現れた真里は、目線の先の呪われた少女を一瞥してそう言った。
「加護、なっちを安全な場所へ。明日香は…おいらがやる」
422 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時11分57秒
「加護、なっちを安全な場所へ。明日香は…おいらがやる」
 真里の指示に、後ろから姿を見せた亜依がなつみを後方へ連れて行く。
「安倍さん、大丈夫ですか…?」
「…うん」
 精彩を欠くなつみの横顔に、亜依はそれ以上言葉を継ぐことができなかった。

「明日香…あんたとはさ長い付き合いだけど、いろいろあったよね。でもさ、もう憶えちゃいないんだろ?」
 一歩前に出る真里。明日香は冷たい視線を真里に向かって投げかけたままだ。
「だからさ、おいらが思い出させてやるよ。ちょっと刺激が強すぎるかもしんないけど」
 真里の前に踊り出る亜精霊たち。真里と亜精霊たちの意識が一つになった時、強烈な風が吹き荒れた。燃え残っていた椅子らしきものが、勢い余ってそのまま夜景の向こうへと消えていった。
 だが明日香は体をよろつかせるだけで、何事もなかったかのように体勢を整える。
「…こんなものか?」
「まさか!」
 亜精霊たちをピストルの弾丸のように放出させる。無言で手で払いのける明日香の目の前に、突進して来た真里の姿が現れた。
「おいらの得意なのは接近戦だってことまで、忘れたのかよ!」
 容赦なく襲いかかる、蹴りの嵐。執拗なまでに繰り返される下段蹴りの後に真里が見せたのは、モーションさえ見せない上段の回し蹴りだった。
423 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時13分01秒
 しかし真里の足に伝わるのは全て、防がれたような固い感触。真里の全ての攻撃は、最後の回し蹴りまでもが明日香の腕によって遮られていた。
「炎使いの懐に入ったことを、後悔しろ」
 空いているもう片方の手で、黒炎の塊を生み出す。炎球は真里の腹を抉るようにヒットし、その勢いで真里は部屋の前の廊下まで飛ばされた。
「矢口さん!」
 思わず真里に呼びかける亜依。
「そんな情けない声出すなよな…でもまあ、これがなきゃおいらのお腹にでっかい穴が空いてただろうけど」
 倒れたままの状態で、真里は風刃をぶんぶん振り回す。
「しかし…あの黒い炎はかなりヤバめなんだけど」
 再び大広間に現れた真里の服は、腹の部分だけ溶けかかっていた。
424 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時14分03秒
「御主人! 俺は刀なんだから、盾代わりにしないでくださいよぉ!」
 風刃が、悲鳴に似た声を上げる。
「しょうがないだろ? お前で防がなきゃ、おいらは矢口(上)と矢口(下)になってたんだからさ…それにしてもくそっ、『風使いは格闘術を学んだ方がいろいろ便利だと思う』って誰に言われた言葉か、忘れてたよ」
 真里は相も変わらず邪霊が溢れる場所に立ち尽くしている、黒炎の少女に目を向けた。
「焼かれずに生き残ったか。ならば…今度は確実に、仕留める」
 黒い炎が津波のような形を成して、真里に向かってくる。真里は風刃を一振りし、荒れ狂う風によって炎を何とか押し留めた。
「…精霊刀による力の行使。だが、そう長くは持つまい」
「ちくしょう、ほら風刃! もっと頑張れ!」
 風刃を叱咤する真里。しかし、
「ご、御主人…俺もうだめですよお。うっすら頑張ってんすけど…」
と弱音を吐き出した。
「ああもう使えない奴! つうかうっすら頑張るって何だよ!」
 そんな突っ込みも虚しく、真里の体は均衡を破った炎の波によって洗われた。波はやがて炎の渦巻きとなり、黒炎の中で踊る人形を作り出す。
「ああ…矢口さんが火だるまになってもうた…どないすればええねん…」
 呆然とその様子を眺めている亜依。
425 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時14分45秒
「や、や、矢口が!」
 慌てて水を作り出そうとするなつみを、亜依が征した。
「何するべ、あいぼん!」
 亜依は黙って見ててや、と言った視線をなつみに投げかけた。
 明日香が違和感に気付く。
「おかしい…黒炎が魂を、貪らない」
「そりゃそうさ、今焼かれてんのはおいらの身代わりだから」
 明日香の頭上に響く声。
 真里は風刃を天井に突き刺してぶらさがていたのだ。
「自分が燃やしたんは、うちの作った岩の人形や!」
 遠くから明日香に向かって叫ぶ、亜依。
「謀った、な」
「手加減できなかったら、ごめんよ!」
 明日香目がけて襲いかかる真里。大きく振りかぶる風刃をかわそうと、明日香の右手が前面に翳される。炎を繰り出す暇はない。真里の一撃は、確実に決まると亜依は確信した。  
426 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時15分58秒
 だが。
 なつみは見てしまった。
 掌に刻まれた、大きな傷痕を。
 そして思い出した。何故、そして誰のためにその傷を負ったのかを。

 突如、刃の軌跡上に現れたなつみを前にして、真里は攻撃を中途半端にせざるを得なかった。刃の切先はなつみの右肩を抉り、そしてその機を見逃さなかった明日香の手によって、二人とも炎の洗礼を受けざるを得なかった。
「ぐあっ!」
 床に転がるなつみと真里。なつみが咄嗟に出した水のバリアによって直撃こそ避けたものの、水属性を持たない真里はかなりの大ダメージを追ってしまった。
 亜依は気が動転していた。
 何でや、何で安倍さんが福田明日香かばわなあかんねん…
 目の前で繰り広げられたわけのわからない惨劇に、思わずこう叫ぶ。
「何でや! 何でなんや安倍さん!」
「ごめん…でも、あの傷を見たら、自然と体がああなってたんだよ…あの傷は、なっちと福ちゃんを結ぶ、想い出の傷だから…かな」
 なつみは床に伏せながら、うわごとのようにそんなことを言った。
427 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時16分58秒


 なつみが、明日香と初めてコンビを組んで仕事に当たった時のことだ。
 依頼内容は、火事で炎に巻かれた親子を救出すること。
 それだけなら消防車を呼べば事足りることだったが、もちろん凶祓い事務所に依頼するほどのことだから一筋縄で行くはずがない。
 その火は、邪霊師の放ったものだった。
 炎使いの邪霊師を追っていた凶祓いが一軒家に火を放つのを目撃、彼自身の属性が水でも炎でもなかったので親交のある事務所へと連絡した。
「至急、水使いと炎使いを手配してほしい」との依頼を受けて現場に向かったのが、安倍なつみと福田明日香の新人凶祓いコンビだった。
「なっちたち二人での初仕事だね」
「…私一人でも、充分だと思うけど」
「折角コンビを組むんだし、お互い助け合おうね」
「好きにすれば? 私は、やりたいようにやるから」
 全く噛み合わない会話を交わしながら、二人は炎渦巻く建物の中に入っていった。
428 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時18分11秒
 自らの炎によって、邪霊の炎を屈服させる。
 生み出した水によって、炎を打ち消す。
 やり方は違えど、確実に二人は親子の元へ向かうための道を作っていた。但し、明日香はなつみの倍の作業をこなしていたが。
「これで退路はできた。後はあの部屋の向こうにいる親子を助け出すだけだけど…」
「じゃあ、なっちが行くよ!」
「ちょっと…」
 なつみは明日香の制止も聞かず、部屋まで走っていった。
 それは能力を如何なく発揮するパートナーへの焦りだったのかもしれない。しかし、その焦りは結果として危険を招く。
 ドアノブを握り締めた途端、中から悲鳴が聞こえた。
「な、何!?」
 扉を開けると、そこには多数の火霊に囲まれている親子の姿があった。精霊・邪霊の類は通常一般人には見えないのだが、邪霊が炎を纏っている為に親子の肉眼でもその姿を確認できたのだった。
「トラップ…ドアノブに精霊使いが触れると、火霊が召喚されるような装置を仕掛けてたのね」
 忌々しそうに呟く明日香。その怒りは卑劣な罠を仕込んだ邪霊師に向けられたものだが、なつみにはそれが自分の拙い行動に対するものに思えて仕方なかった。
429 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時19分22秒
「早く行かないと。あの親子たちが危ない」
「…う、うん、わかった」
 明日香に促され、部屋に入るなつみ。
 そこは、燃え盛る炎と熱気の坩堝だった。うつ伏せに倒れている母親と、その横で目を腫らし号泣する娘。その二人を威嚇するように、火の玉のような火霊たちが飛び回っていた。その数、ざっと十三。
「なっちは消火活動に専念して。私は、こいつらを片付ける」
「そんな、いくら福ちゃんでも無理だべ!」
「早くしないと、助かるものも助からないよ」
 冷静な言葉が、なつみの胸を突く。
 そうだ、今はやらなくちゃいけないことを、やるだけ。
 なつみは目を閉じて意識を集中させる。二つの水球が、スプリンクラーのように水飛沫を飛ばす。それを合図に、明日香が弾かれたように火霊の元へ走る。瞬時に三体が屠られ、床に燃え滓を落とした。
 仲間を倒され、怒り狂うもの。構わず、本能のままに親子に向かって襲いかかるもの。建物に火をつけるもの。明日香はそれらの邪霊を区別することなく、一体一体丁寧に葬ってゆく。
 一方のなつみも、部屋の壁に延焼した炎を確実に消してゆく。そして炎をあらかた消火し終わった時、なつみの目に映るものがあった。
430 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時20分42秒
 倒れている母親に向かって今まさに襲いかかろうとしている、二体の火霊。明日香は子供に向かってくる火霊を迎撃しようとしていた。
 なつみの胸に不安が過る。確かに明日香は天才だ、それはなつみも重々承知している。明日香とコンビを組まされると聞いた時、一番に喜んだのはなつみだった。明日香の戦術理論や膨大な精霊力に、羨望のような感情もあった。
 そんななつみだからこそ、明日香が母親に襲いかかる火霊よりも先に子供に向かってくる火霊駆除を優先する。そう考えたのだ。その感情は、彼女をある行動に走らせる。
 再び収束した水球が、火霊にぶつけられる。火と水は激しくせめぎ合った後、白い蒸気をあげて消滅した。しかしなつみの消耗は意外なほどに大きい。
 うそ…こんなやつらを福ちゃんは一人で相手を?
 なつみの体を立ちくらみが襲う。その背後に、煮えたぎった瞳を標的に向けた火霊が浮かび上がる。
「危ないっ!」
 明日香の声がしたと思った瞬間。
 明日香は、なつみの目の前に立っていた。怒り狂う火霊を、右手で受け止めながら。
「まったく…世話が焼けるなあ」
「ふ、福ちゃん?」
 苦痛に歪む明日香の顔。だがなつみに向ける眼差しは、暖かかった。
431 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時21分32秒
「あの二体は『トラップ返し』だったから、放っておいてもよかったのに」
「え、どういうこと?」
 明日香の手を焦がしていた火霊が、消える。直後に建物の外で強烈な精霊反応と、男の悶絶する呻き声。
「これって…」
「わたしの炎を邪霊の中に注入したんだ。異変を感じた火霊が召喚士の元へ戻った時に、炎が噴き出すようにね」
 なつみは明日香が天才と呼ばれる所以を改めて思い知らされた。それと同時にこの稀有な天才を信じる事が出来なかった自分を恥じた。
 明日香の掌の火傷は思ったより深く、なつみの癒しの水をもってしても傷痕を消す事は出来なかった。そしてそのことは、なつみの心にある道標を立てることになった。

 どんなことがあっても、明日香の事を信じる。と。
432 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時22分26秒


 明日香の炎の前に倒れた、なつみと真里。
 冷酷無比な狩猟者は、残る亜依に目を向ける。
「く、来るな!」
 床の石材を盛り上がらせて防御壁を作ろうとする亜依。
 だが、頑健なはずの石の壁は熱されたバターのように、容易く引き裂かれる。亜依の表情が青ざめた。
 な、なんやねんこのバケモノは…このままやったら、あの黒い炎にやられてまうわ。策は…こいつに泡を吹かせるような策は…
 なかった。先程の戦いを見るからに、とても小手先の戦法が通用するとは思えなかった。
 見つめるだけで冷や汗が出そうな黒い炎を両腕に纏い、亜依に近づく明日香。
 …こんな場所で死にとうない。遣り残したこと、まだいっぱいあんねん。せや、東京タワーにもまだ登ってへんわ。それから、東京名物て言うてた『八段アイス』っちゅうやつもまだ、食うてへん…ああそう言うたらあれも、これもやってへん。こんなとこで、こんなとこでやられたら、あいつに合わす顔…ないやないか!
 ギリギリまで追い詰められた亜依の精霊力が爆発する。天井に皹が入り、やがて亀裂となったそれは大きな岩盤となって明日香の頭上に降り注いだ。
 ビル全体を揺るがす轟音とともに、濛々とした土煙が舞い上がる。その威力に驚いたのは、亜依自身だった。
433 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時23分08秒
「は…はは、やれば、できるやないか」
 分厚いコンクリートの岩盤は、綺麗になつみたちのいる場所を避けて明日香を押し潰していた。天井にぽっかりと空いた穴からは、月明かりが差し込んでいる。
 これで奴が無事なら天地がひっくり返っても敵わない。亜依がそう思った矢先の出来事だった。
 コンクリートをまるで薄紙のように突き破る、黒炎の柱。天上の月を焦がさんばかりに立ち上った炎の中から現れたのは…福田明日香。
「…嘘や」
 嘘でなければ夢だ。亜依はそう思った。そう、これは飛び切りの悪夢だ。眩暈のような感覚に襲われ、目を瞑る。
 明日香が掌を前面に突き出した。禍禍しい炎が螺旋を描き、震える少女に向かってゆく。
 次に亜依が目を見開いた時、そこには刀を下向き上段に構えた少女が立っていた。栗色の綺麗な髪が、亜依の鼻をくすぐる。
「師匠…」
 信じられない面持ちで、真希の後姿を見つめる亜依。真希は刀で黒炎を受け止めると、そのまま明日香に向かって跳ね返した。黒炎の主は、無表情のままそれを叩き落す。
「ここからは、あたしが相手するよ」
 刀を青眼に構え、真希は明日香を睨みつける。
「わたしの炎を…弾き返すとは」
 明日香は空洞な眼差しを、目の前の相手に向けた。
434 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時24分05秒

 真希と共に現れたひとみは、その間になつみと真里を安全な場所へと退避させていた。
「大丈夫ですか矢口さん、安倍さん!」
「おいらは大丈夫だけど…なっちが」
 ひとみの問いに答える真里自身、浅い傷ではなかったがなつみは肉体的損傷より精神的打撃の方が遥かに上回っていた。
 すっかり青くなった顔。膝を抱え震えている姿は、まるで雨ざらしの捨て猫のようだった。
「安倍さん…一体何が」
「なっちは多分…今の明日香が受け容れられないんだと思う。それでもきっと頭の中では、戦ってるんだよ」
 真里はなつみの背中をさすりながら、そう言った。
 今にも心が折れそうななつみと、怪我を負いながらも友人を支えようとする真里。そんな二人の姿を見て、ひとみは心が熱くなるとともに一種の闘志のようなものが湧き上がる。
「矢口さん。安倍さんを…頼みます」
「ちょっと待った」
 それを真里に留められ、拍子抜けのひとみ。
「何すか矢口さん」
「ごっつぁんの邪魔、すんなよ。それによっすぃー、あんたじゃ…ごっつぁんの足手纏いになるよ」
 軽くむっとするひとみだったが、真里の真剣な瞳に黙らされた。そして、静かに真希と明日香のいる方を見つめた。
435 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時25分19秒

 真希は黒炎を受け返した時から、相手の凄まじい実力を感じていた。
 真希と入れ違うようにして行方を眩ませた、天賦の才を持った炎使い。
 凶祓いとして裕子の事務所に入った時から、常に比べられていた存在。事務所の先輩や同業者から語られる明日香の話を聞いて、自分より上の実力だと思ったし、希美や亜依にもそう言った。
 だが、いざ本人を目の前にするとその見通しが甘かったことを痛感する。生来の実力に加え、今の明日香は得体の知れない力に蝕まれている。真希は明日香の左腕に嵌められた、黒龍をあしらった腕輪に目をやった。
 あれが下で生臭坊主が言っていた霊具か。あれを何とかすれば…でも、そんな手加減が利くような相手じゃないよね。
 ま、何はともあれ一戦交えてみますか。
 真希は背中に付けていた刀の鞘を、腰に付け替えた。そして、明日香の前に構えていた刀を、鞘にしまう。
「…ごっちん、どうして?」
「あれが、本来のごっつぁんのスタイルだからさ」
 訝しげに首を傾げるひとみに、真里はそう言う。
436 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時26分28秒
「どういうことですか?」
「よっすぃーはさ、陽世流抜刀術って聞いたこと…ある?」
 ひとみは首を振る。
「陽世流抜刀術…炎使いの名門・後藤家、つまりごっつぁんの実家ね。その後藤家が代々伝えている、居合の刀法だよ。ごっつぁんは、その抜刀術の伝承者なんだ」
「…かっけえ」
 こんな状況においても賞賛の心を忘れないひとみを他所に、真里は険しい顔をする。
「でも、ごっつぁんが抜刀術を使ったのをおいらはたった一度しか見てないんだ。あの思い出すだけでムカツク、白い鍵の女との一戦ただそれだけ。明日香は、それに匹敵する相手だってことか…」
 
 お互いに一直線に対峙する、真希と明日香。
 真希が体勢を低くし、鍔に手をかける。
「お前は剣士か…ならば」
 明日香はその腕から、黒い炎を巻き上げる。そしてそれは形を変え、垂直に尖った形を作り出した。それはまるで、炎の刀。
437 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時27分19秒
「へえ…そんなこともできるんだ。流石は天才だね」
 軽口を叩きつつも、真希の胸には一抹の不安が過る。構えも取らず、炎の刀をただぶら下げているだけの明日香。刀の腕に関しては素人なのは間違いない。ただ、真希の直感が何かを警戒していた。
 一歩ずつ、間合いを縮めながら真希は明日香に近づいてゆく。剣気は漲り、ただ横溢の時を待っていた。
 明日香の目がかっと見開かれる。真希の直感通り、明日香の炎の剣はその丈を伸ばしたのだ。まるで槍のように突き出される一撃を、真希は紙一重で避ける。鍔に矯められていた力が、解放された。
 居合斬り。本来ならば、居ながらにして電光石火に抜刀し相手を倒す刀技。しかし真希は、それを立て続けにやってみせた。まるでナイフでも扱うかのように、際限なく。それが陽世流抜刀術の極意であり、真髄でもあった。
 炎を帯びた斬撃の乱れ打ちを明日香がかわせるはずもなく、まともにそれを食らって後ろへ吹き飛んだ。
「明日香…」
 思わず真里が呟く。どう見ても、真希の圧勝だった。
 亜依は自分の師匠の雄姿を、昂奮して見ていた。
 さすがや、さすがはうちが師匠に選んだ人や!
 昂奮は喜びに変わり、真希に飛びつこうと駆け出す。
「来るな!」
 予想もしなかった真希の叫びに、身を固める亜依。
438 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時28分35秒
「まだ、まだ終わってないんだよ」
 真希自身も信じられぬ思いでその様を眺めていた。
 確かに黒龍環を斬った感触はあった。しかし。
 未だに呪いの腕輪は明日香の左腕に取り憑いていた。
 体に無数の切り傷を負いながらも、明日香は立ち上がった。
 そして真希が、よろけながら片膝を突く。
「ごっちん!?」
 ひとみは目を疑った。明らかに一方的に明日香を斬り倒したはずの真希の右腿が、鮮血にまみれていたからだ。白い肌から流れる赤は、床に滴り落ち、そして蒸発した。
 炎の耐性を持つ真希だからこそこの程度で済んだが、その他の者ならあっという間に傷口がグツグツのシチューになっていたことだろう。
「…もう、潮時だ」
 明日香は固まった顔のまま、そう呟いた。
「お前たちも…そして、わたし自身も」
 黒い炎が明日香を覆う。そしてそれはまるで風船のように膨らんでいった。いまだかつてない濃厚な瘴気を含んだ、凶悪な炎のヴェール。
「…抜刀術は、使わせないってわけだ」
 真希は、苦悶の表情を浮かべて皮肉った。瘴気を含んだ闇の炎の一撃が、徐々にだが真希の体を蝕み始めたのだ。
439 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時34分44秒
 真希は自らに課せられた「最強」の二文字を憎んでいた。こんなくだらないもののためにお父さんは命を失い、そしてあたし自身も束縛されてきた。純粋な炎使いという解釈からすれば、「凶祓い界の女王様」浜崎あゆみがいる。失踪した福田明日香もいる。自分は別に、最強なんかじゃなくて、いい。
 ずっと、そう思ってきた。
 でも今この時だけは、「最強」が欲しい。それも中身の詰まった、本物の「最強」が。
 強き願いが、真希に力を与えた。
 次の攻撃に、全てを賭ける。それは彼女自身の、不退転の決意だった。
 はじめの一閃で黒炎のヴェールを切り裂き、次で決める。
 真希は口を真一文字に結び、それから攻撃の体勢に入った
 黒炎の一歩手前まで踏み込み、愛刀で真っ二つに切り伏せる。視界に現れる、明日香の姿。だが、居合抜きをその身に叩き込む前にあるものが見え、息を呑んだ。
 それは、無数の黒き炎の塊だった。
「骨まで残らず、焼き尽くされるがいい」
 次々と身に降りかかる黒炎。真希は明日香用にとっておいた居合抜きを炎の塊に使わざるを得ない。一、二、三、四…次々と打ち落とされる黒い炎。五つ目の炎を切り落とそうとした時に、鋭い音が響いた。

440 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時35分48秒
 真希の愛刀「破魔御影」。名匠の逸物とされるその刀が根元からぽきりと折れ、切先は弧を描いて地面に突き刺さった。
「そんな…!」
 慄然とする真希に、容赦なく襲いかかる炎の群れ。
「くそっ、ごっちん!」
 ひとみは真希の元へ駆け出す。一瞬でも自分の実力に引け目を感じたことをひとみは恥じていた。もっと早く真希と共に戦いに参加してればこんなことには…そういった後悔が頭を巡る。しかし、とてもではないが間に合いそうになかった。
 その時、全ての黒炎が一瞬にして白く色づき、動作を止めた。一瞬の隙に、その場から逃れる真希。白い呪縛をすぐに解いた黒炎たちは、標的を失い床を溶かしながら消えた。

「情けないなあ。もっとしっかり凍気出しなよ」
「でも…あれで精一杯なんですよお」
 大広間の入り口に現れた、二人の少女。背の高い少女がもう一人の少女の肩を小突くと、もう一人の少女は申し訳なさそうに眉を八の字に曲げた。
441 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時36分50秒
「梨華ちゃん!」
「お待たせ、よっすぃー」
 パートナーの登場に、意識せず表情を綻ばせるひとみ。
「あんたはもう、休んでていいから!」
「…何言ってるんだか」
 真希は梨華のそんな言葉を鼻で笑いつつも、ある種の安堵を得ていた。
「次から次へと…目障りだ」
 明日香の背後に次々と浮かび立つ黒い炎。荒れ狂うエネルギーは四方八方に飛び散り、床や壁に穴を空けていった。
「梨華ちゃん、行くよ!」
「うんっ!」
 目で合図するひとみと梨華。二人は明日香を挟み込むように二方向に散る。
「お前らなど、近づく前に灰にしてやるわ」
 再び炎のヴェールを纏おうとする明日香。しかし、炎の動きは何故か鈍い。明日香は遠くにいる人物に目をやる。圭織は炎の精霊の活動を抑える、水霊を封じ込めた壷を解放していた。
「あんた、本当にもう明日香じゃないんだね。圭織、悲しいよ。でも、今その呪縛から解き放ってあげるから…」
「このような水霊で…わたしの力が抑えられるとでも!」
 明日香が周りの水霊に抵抗しようとするも、既にひとみが明日香の目の届く場所まで近づいていた。
442 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時37分40秒
「はあああっ!」
 自らの拳の射的圏内に入れようとするひとみ。そんなひとみを、無情にも炎の槍が貫く。
「あほ! 何やってんねんよっすぃー!」
 亜依の悲痛な叫びが響く。ところが、腹を貫かれたひとみは笑顔を見せた。刹那に溶けてゆく、ひとみの姿。
「これは一体…」
「本物はこっちでした」
 明日香の背後から聞こえる、ひとみの声。振り向く間もなく、雷撃の篭った拳を顔面に叩き込まれた。
「やったねよっすぃー!」
 梨華はひとみに向けてブイサインを作る。梨華の作った氷の鏡にひとみの姿を映すという、コンビならではの攻撃だったのだ。
 パンチの威力に体を仰け反らせる明日香だったが、足は地についたまま。反撃を試みようと、両手に黒炎を纏わせる。
「お前ら如きに、わたしが…」
「あんた、あたしのこと忘れてない?」
 明日香の懐には、真希がいた。
 叩き込まれる、鞘つきの刀。両腕に伝わる、いくつもの骨が折れる音と内臓をひしゃげるような感覚。
 今度こそ…そう思った真希の心が、恐怖に凍る。明日香はそれでも倒れることなく、血に濁った目で真希を捉えた。
443 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時38分45秒
「よっすぃー危ない!」
 咄嗟にひとみの手を引き、明日香の元を離れる真希。
 明日香の体が、俄かに痙攣を始めた。口からは鮮血が零れ、立っているのもやっとといった風体なのにも関わらず、この場にいる全員に伝わる呪われし力は最早想像を絶していた。
 それは突然のことだった。明日香の右肩が、弾けるように飛沫を上げたのだ。それは血ではなく、忌々しき色を塗り込められた…炎。
 体のあちこちから噴出する炎はやがて明日香の全身を、覆う。
「福ちゃん!」
 なつみが大きく叫び、明日香の元へと近づこうとするも、真里に腕を掴まれる。
「何するんだべ! 福ちゃんが、福ちゃんが!」
 だだっ子のように泣き喚くなつみを、真里は無言のうちに制した。真里のもう片方の手は固く握り締められ、そこからは一筋の赤い水が。
「織田無道が言ってた、飽和状態がやって来たってわけ…」
 圭織が水霊を込めていた壷を落とす。既に明日香の力を押さえ込むには、余りにも無力だった。
 そして巨大な炎の球体は完成した。黒い炎は明日香の心のように、明日香自身を包み隠す。それはいかなる攻撃も明日香には届かないことを意味していた。
 誰もが心に絶望を抱いたその時。
444 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月12日(土)15時39分15秒
 ぽっかり空いた天井の穴あたりから、何かが裂けるような音が聞こえてきた。直後に降って落ちる、四人の人影。
「何や、ここはどこやねん紗耶香!」
「ちょっと、もう少し場所を考えなさいよ!」
「あはは、急いでたからさ」
「…どうでもいいんですけど、みなさんどいてくれませんか?」
 裕子と圭、紗耶香に圧し掛かられ、希美が潰れたカエルのような声でうめいた。
 そんな場違いなサンドイッチを見て、亜依が呟いた。
「あんたら、タイミング悪過ぎや」
445 名前:ぴけ 投稿日:2003年07月12日(土)15時56分27秒
更新終了です。

>>つみさん
実は続編の下書き、やってます。
日の目を見ることは…ある? って感じですが。
本人的には「あの伏線がこの伏線が!」って感じでやる気まんまんっぽいですが。

>>和尚さん
メンバーの正念場であるとともに、実は作者自身の正念場だったりします。
最終話のなっちと明日香の話はどうしても書きたい話だったので、いろいろ苦労しました。
逆にここを上手に書ききらなければ、「だめだこりゃ」って感じです。
でも実際のところどうなんだろう…みなさんの感想お待ちしてます。
446 名前:つみ 投稿日:2003年07月12日(土)17時37分19秒
よっしゃ!!来た!!
明日香はいったいどうなるのでしょうか?
次が楽しみです。
それと・・・続編の下書き・・・みたいですねぇ〜〜
447 名前:和尚 投稿日:2003年07月14日(月)12時47分15秒
一人一人の心の葛藤があって、読んでてドキドキしています。
そして『これから!』というトコで次回に続くかよ〜とジタバタしてる自分もいます(笑)
いちーさん、なかざーさん、圭ちゃん、辻ちゃんの登場で明日香がどうなるか気になるトコです。
頑張って下さい。
448 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時52分29秒

 裕子は周りを見渡し、現在の状況を把握しようと試みた。
 視線を宙にさまよわせるなつみ、火傷に喘ぐ真里、そして右腿からかなりの血を流している真希。
 あいつらは、もう戦わさせられへんな…
 なつみが精神的に打撃を受けている理由や、誰が真里や真希にここまでの傷を負わせたのかに思いが行きそうになるのを堪え、裕子は冷静に判断した。
 直接の攻撃能力を持たへん圭織と圭坊を除いた、メンバーが戦力…ちゅうことか。
 次に、炎の球体と化した明日香に目を向ける。一瞬にして相手が一筋縄でいかないことを肌で感じ取った。精霊力だけで判断するならば、今の明日香は事務所に所属していた頃よりも弱い。だが、その低下分を補って余りあるほどの闇の力に取り憑かれているように裕子には思われた。
 どないしたんや、明日香…
 裕子の心がふと、在りし日の少女に傾きかける。が、そこで感傷に浸っている暇はなかった。自分にはこの戦況を乗り越えさせる義務がある、そういった使命感が彼女を支えていた。
449 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時53分22秒
「なあ紗耶香」
 自らの心の揺れを鎮めるように、裕子は隣にいた紗耶香に話しかけた。
「…何、裕ちゃん」
「自分、あとどれくらい…余裕あるん?」
「切り札は、稲垣吾郎と戦った時に使っちゃったよ」
 苦笑する紗耶香を見て、裕子は肩で大きく息をした。
 あとはあっちの白黒コンビとちびっこ供か…
 ひとみと梨華の表情は固まっている。完全に明日香に気圧されている、そういった様相を呈していた。
 あいつらには後でいっちょ、気合入れたるか。でもあいつらであれならちびっこ二人はさぞ…
 裕子は隅で震える若き凶祓いを想像した。しかし。
「のの、今更何しに来たん? 遅過ぎてヘソが茶あ沸かすわ! 豆腐の角に頭ぶつけて死ね! 風邪ひけ!」
「頑張ってここまで来たのに、あいぼんの馬鹿!」
 あいつら、役に立つんかいな…
 先行きに不安を覚える裕子だった。
450 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時54分49秒

 激しく燃え盛る炎の球体に、裕子は視線を向ける。
 瞳に映ったありとあらゆるものを石化させる、裕子の能力。
 意思を持たない黒き炎には効果覿面だった。あっという間に石に変わってゆく炎。しかしこれがただの時間稼ぎに過ぎない事を、裕子は知っていた。
「さて、これからどないするか…や」
「裕ちゃん」
 裕子の元へ歩み寄る、真里と真希。
「明日香があんな風になっちゃったのは、腕に嵌めてる霊具のせいらしいんだ。あれさえ外せればもしかしたら…」
「確かに黒龍環を斬った感触はあるんだ…壊れるまでにはいかなかったけれど、相当の損傷にはなってるはずだよ」
 口々に告げる真里と真希。その顔は僅かながら精彩に欠いているようだった。
451 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時55分41秒
「矢口ぃ、こんなにボロボロになってもうて…大変やったやろ? 今裕ちゃんが抱きしめたるさかいなあ」
「な、何すんだよ、わ、痛い痛い! ヤケドがまだ治ってないんだってば!」
「いちーちゃん…後藤、いちーちゃんが来るまでがんばんなきゃって、ずっとそう思って戦ってきたんだよ…」
「そっかそっか、後藤は偉いなあ…よしよし」
 まるで愛犬とその飼主のような二組を冷ややかな目で眺めつつ、圭が、
「それより、これからどうするの? 明日香から黒龍環を外すって言っても、あの炎球の中にいられたんじゃ手も足も出ないわよ?」
と言った。静まり返る一同。
「あの…」
 そんな中、申し訳なさそうに声を上げたものがいた。
 希美である。
452 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時56分47秒

「何や自分、おしっこ行きたなったん?」
 亜依が希美をからかう。
「違うよ!」
「言いたいことあるんやったら、言ってみい」
 裕子が希美に近づき、言葉を促した。
「あのえっと、外からの攻撃がだめなら…中から攻撃すればいいと思うんですけど」
「おまえなー、外から攻撃できないのにどうして炎の中に…」
 言いかけた真里がある人物を見て、はっとする。
「ん、何?」
 突然の視線を投げかけられ、紗耶香は首を傾げた。
「紗耶香の空間術なら、炎球の中から攻撃できるんじゃないかな」
「でも、いちーちゃんには炎耐性はないよ。それに…」
「そうね。もし紗耶香が空間の歪みを利用して剣を伸ばしても、腕ごと灰にされてしまうわ。第一、あの炎球の大きさじゃ中に何かが入り込むのは無理よ」
 真希の言葉を圭が継いだ。再び訪れる沈黙。
 その沈黙を引き裂いたのは、亜依だった。
「やったら、あの炎球膨らませたらええねん」
453 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時57分32秒
「…なるほどな。で、どうやって膨らす?」
 裕子の問いに、亜依は待ってましたとばかりにしゃべり始める。
「炎球に、なるべく大きな負荷をかけたるんですわ。うちの力で岩石で固めたり、梨華ちゃんが氷漬けにしたりして。呪縛から解放されようと炎球が大きく膨らむ、その一瞬に市井さんの空間術で球の内部を誰かに攻撃させればええんです」
「その方法なら確実に内部の明日香に攻撃が届く。ただ問題なのは…誰が『猫の首に鈴をつける』かってことだね」
 圭織が目を伏せて、言った。
454 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時58分29秒

 裕子の力によって石化していた球体に皹が入る。
 その割れ目から黒い炎が噴き出し、やがてそれは龍の形を成した。
 石に覆われた物体は再び炎に包まれ、元の炎球に姿を変えた。炎より生まれし龍が、裕子たちを威嚇するように、上方を大きく旋回している。
「最早一刻の猶予もないっちゅうわけか。加護の言うてた作戦を速やかに実行せなあかんわな」
 裕子が眉を寄せる。圭織は裕子の指示を仰ごうと、
「どうする、裕ちゃん…」
と訊いた。
「まずはあの邪魔な炎の龍を上手い事引きつなあかん。吉澤、石川…頼めるか?」
 ひとみと梨華は無言で頷く。ひとみの表情は強張り、梨華は小刻みに足を震わせていた。
「…怖いか?」
「いや、そんなことは…」
 首を振るひとみだが、その額には一筋の汗が流れていた。
「無理せんでもええ。辻加護は、特に辻は実践経験がないから実感でけへんと思うけど、でもここにおる全員が明日香の力にビビってる。うちかて…怖いわ」
「中澤さん…」
 梨華が不安そうに裕子を見つめる。
455 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)12時59分44秒
「でもな。一対一で明日香に立ち向かうわけやないんやで。なっちがおる。圭織がおる。圭坊もおる。紗耶香も矢口も後藤も辻加護も、みんな自分らの仲間なんや。みんなが笑顔でここから帰るためにも、自分らの力が…必要やねん」
 裕子の凶祓い事務所に身を寄せるまで、ずっと二人きりで戦ってきたひとみと梨華。今の今まで、心のどこかに自分たちは二人きりであるという意識が残っていたのかもしれない。それが明日香の力を目の当たりにし、心が萎縮した。
 だが二人にもう迷いはなかった。ひとみからは力みが消え、梨華の震えも止まった。
「…あたしたちは、あの龍の相手をすればいい。あとは、みんながうまくやってくれる。楽勝だよね、梨華ちゃん」
「うん!」
 梨華の瞳に映るパートナーの姿。ひとみに寄せる信頼は、そのまま仲間たちへの信頼に繋がる。
 黒い炎を巻き起こし暴れる龍に、敢然と二人は立ち向かっていった。
456 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時00分23秒
「よっしゃ。うちと加護は炎球を何重もの石のコーティングを仕掛ける。圭織は、膨張した炎球からの防御、頼むわ!」
「任せとき!」
「わかったよ!」
「紗耶香は膨張した炎球の内部と外を繋ぐ空間の通路を作る、ええな!」
「やってみる」
「あとは…」
 それぞれに指示を出し終えた後に裕子は、希美に目を向けた。
「空間の通路を抜けて、明日香の黒龍環を外すんは…自分や」
「え…ののが?」
「せや。炎属性を持ってる自分にしか、出来へんねん」
 戸惑う希美を他所に、圭織が待ったをかける。
「裕ちゃん、それは無理だよ! のんちゃんはまだそんな…」
 同じく炎属性があるはずの真希でさえ、あれだけの大きなダメージを負った。これほどまでの強力な炎球を作りだし尚且つ龍を召喚しているからには、炎球内で明日香のできることはたかが知れていた。
 それでも、のんちゃんに任せるには危険過ぎる。だったらいっそのこと…
457 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時01分35秒
「…他に誰がおんねん。まさか自分が行く言うんちゃうやろな?」
 裕子に思ったことを指摘され、言葉の出ない圭織。
「圭織…あたしも辻がやるのが、ベストだと思う」
 圭が裕子の意見に言葉を添える。
 頭では理解できる。炎球内に入るのは炎属性を持つ人間であることが望ましいことを。それに亜依や裕子の攻撃が炎球の膨張を誘発させるのにおあつらえ向きである事や、圭織の持つ水霊系の防御霊具は圭織にしか扱えない事もわかっている。
 それでも、この子を危険な目に遭わすことはできない…

「圭織は過保護過ぎだよ。ののだって凶祓いなんだから、それくらいのことはやって見せるよ」

 声が、聞こえた。圭織は声の主と思しき人物のほうを振り向く。
 なつみは焦点の定まらない視線を泳がせたまま、ずっと呟いていた。
「福ちゃん…ごめんね福ちゃん…」
 さっき聞こえた声は、圭織の内なる声。でも、いつもはなつみが圭織に向かって言っている言葉でもあった。いつもの彼女なら圭織に向かってそう言ったであろう、その想像が形を成したのだった。
458 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時02分20秒
 圭織はもう一度小さく縮こまっている少女を見つめる。いつもの太陽の笑顔も、今は見る影もない。
 彼女と圭織の間には、浅からぬ縁があった。同い年の、同じ北海道出身の凶祓い。後で知った事だが生まれた病院まで一緒だった。
 表だった力を行使できるなつみを、羨ましく思う時があった。裏方に徹する事でしか自分の能力を発揮できないことに苛立ちを覚える、そんな時期もあった。後輩たちが次々に出来て、二人に静かな時が訪れた。嫉妬も羨望もない、友情ともまた違う、でもどこか深い場所で繋がっているような、そんな関係。
 何もかもが違う二つの時代。でも、圭織には共通する一つの意識があった。
 なっちはあたしにはないものを持っている人。圭織にしか出来ないことがあるように、なっちにしかできないことがある。
 だから。
 なっちが心を見失っている今は…
「…のんちゃん」
「何ですか、飯田さん?」
 希美が圭織を、緊張に潤んだ目で見上げる。
「力一杯、やっておいで!」
「…はいっ!」
 圭織にもできることならば、代わりにやってあげるべきなんだよね。
「決まったな。ほな、各自作戦通りに動くで!」
 裕子の号令に、メンバーの声が重なった。
459 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時03分14秒

 ひとみたちは、黒炎龍を屋上へと誘い出していた。
 広い場所を得て、禍禍しき生物は生き生きと空を舞う。
「梨華ちゃん、召喚の条件ってわかる?」
 龍の体に雷撃を浴びせながら、ひとみが梨華に訪ねた。
「一、召喚者に召喚士としての才能があること。二、触媒となる核を用意すること。水霊ならコップの水を、火霊なら松明の炎…。三、…」
 すらすらと本を読むが如く文句をそらんじる梨華。
「さっすが凶祓い学校に通ってただけのことはあるね! じゃあさ、その核ってやつを破壊すればあの龍は形を崩して消滅するんじゃないの?」
「うん、理論上は…」
 自信なさげに梨華は答えた。
「駄目だよ梨華ちゃん。中澤さんはうちらを信じてこいつを任せてくれてるんだからさ。もっと自信、持たないと」
「でも…」
 梨華の弱音に漬け込むように、龍の口から黒炎が吐き出される。コンクリートが赤熱し、形を歪めた。
「大丈夫だって、いいもの見つけたから」
 ひとみはそう言ってあるものを指差す。それは、大きな貯水タンクだった。
460 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時04分26秒
「よっすぃー、もしかしたらあの中の水で…でも中に水が入ってるかどうか…」
「それはやってみないとわかんない。でも試す価値はある。あたしが合図したら梨華ちゃんは氷弾でタンクを壊して、黒炎の龍に水を浴びせてよ。何だったら凍気を混ぜて凍らせちゃってもいい」
「…わかった。よっすぃーを信じる」
 梨華は小さく頷くと、貯水タンクに向かって走り出した。
 一方ひとみはその場に立ち止まり、上空を飛ぶ炎龍に向かって雷球を投げつけた。龍は爛れるように熱い息を吐くと、ひとみに向かって一直線に急降下し始めた。
「よっすぃー!」
 その様子に気付いた梨華が、タンクに手を向ける。
「待って梨華ちゃん!」
 龍の口がひとみに近づく。五メートル、三メートル…頭上の熱は昂ぶり、ひとみの脳天を焦がす。あまりの暑さに気がどうかなってしまいそうなのを、敢えてその場に踏み止まった。
 そして距離が二メートルほどに縮まった時、ひとみが叫んだ。
「今だ!」
 梨華の手から数発の氷の弾が、貯水タンクにうち込まれる。穴から、噴水のように水が溢れ出し、龍の体を打ち据えた。
461 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時05分10秒
 鉄砲水は白い蒸気を上げつつも、黒炎の動きを留めていた。返す刀で、梨華は水に凍気を込め始める。
「氷の精霊たちよ、悪しき炎龍の体を凍てつく水で覆い尽くせ!」
 氷点下の衝撃が、龍の体に伝わってゆく。今や黒炎の龍は完全な一本の棒としてひとみの頭上に聳え立った。
「よっすぃー、でもこれじゃただの一時凌ぎだよ!」
 思いきり叫ぶ梨華。自分の凍気が黒炎に通用しないことは、梨華本人がよくわかっていることだった。そんな彼女にひとみは、余裕の笑顔でこんなことを言う。
「真っ直ぐになったらさ狙いやすいでしょ、核が」
「まさか…」
 梨華がそう言い終わる前に、遥か頭上で閃光がした。龍の体と、そしてひとみを貫く稲妻。一直線に走った黄色い亀裂は、黒炎より生まれし龍の核を見事に打ち砕いた。
 龍の形を維持しきれなくなった黒い炎はまるで夜の闇に溶け込むようにして、空に消え失せる。ひとみは、その場に倒れ込んだ。
462 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時05分55秒
「よ、よっすぃー!」
 梨華が、ひとみの倒れた場所へと駆けつける。雷属性があるとは言え、自らのフルパワーをまともに食らったのだ。倒れるのも無理はない。
「馬鹿! あんな無茶なことするなんて…」
「へへ…流石に真っ直ぐな雷撃は打てないからさ」
 梨華に膝枕をされながら、ひとみはにっ、と笑いかける。
「もう…」
 涙ぐむ梨華を見つめながら、ひとみはいつまでもその笑顔を絶やさなかった。
「みんな、大丈夫かな…」
「絶対大丈夫…あの人たち、かっけーから…」

 そんな様子を遠くから窺う、圭と裕子。
「裕ちゃん。あの二人、なかなかやるじゃない」
「せやろ? うちの事務所の期待の新人やで」
「でもあの雷使いはともかく、もう一人の黒いのはまだまだね。何か精霊力を出し惜しみしてるみたい。あたしに預けてくれたら、ちょっとはマシにしてあげるわよ?」
「あいつ屁タレやから、圭坊のシゴキに耐えられるかどうか…」
「…楽しみだわ」
 圭の瞳が、ちょっとだけ怪しく光った。
463 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時06分37秒

 それより少し前。
 昏いオーラを放出しながらじわじわとコンクリートを食んでゆく炎球を前に、裕子と亜依が身構えていた。
「用意はええか、加護? 土壇場で『加護、怖いですぅ』とか言うなよ」
「そっちこそ『あいたたた、腰痛が…』なんて言わんといて下さいよ!」
 二人は顔を見合わせ、そして笑った。
「なあ加護…」
「何ですの、中澤さん」
「自分の炎球膨らすっちゅう考えがなかったら、うちら全員黒焦げになるとこやったわ。おおきにな」
 殊勝な態度を示す裕子に、
「自分はここで食うてますから」
と自らの頭を指差すあくまでもいつも通りの亜依。
「…かわいくない奴っちゃ」
「それよりええ加減にこっちから仕掛けんと、まずいことになるんちゃいますか?」
「わかってるわ!」
 裕子が炎球を激しい勢いで睨みつける。瞬時にして石の塊と化す炎球を、さらに亜依の岩石が覆い尽くした。
 岩石を視線でコーティングし、さらに岩石で覆う…そんな行為が数回繰り返された。
「…まるで、パイ生地やな」
「うちらの役目はここまでや。一旦退くで」
 圭織たちの待機する場所まで戻る、亜依と裕子。
464 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時07分25秒
 一仕事負えた亜依を、希美が待ち構えていた。
「どうだった、あいぼん?」
「こっちはバッチリや! 自分、しくじったら簀巻きにして多摩川に流したるさかいな!」
「大丈夫だもん!」
 そこで亜依は急に真面目腐った顔をする。
「ええか。勝負は一瞬や。福田明日香の姿見たら、ダッシュで腕の霊具を奪うんや。自分の炎でどうこうしようなんて考えるんやないで」
「うん」
「そうね。向こうは闇の力に支えられた炎使い、そうでなくとも地の実力からして辻とは天地の差がある。勝機は相手の一瞬の隙を突くこと、これに尽きるわ」
 圭はそう言いながら、優しく希美の肩に手を置いた。
465 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時08分21秒

「じゃあ…いくよ。辻、準備はいい?」
 意識を一点に集中させながら、紗耶香は希美に訪ねた。無言で答える、希美。
「お前はチビの癖に力があるから、明日香にタックルかませ!」
「んあ…頼んだよ…」
 怪我人のくせに勇ましい真里と、怪我人らしくもう眠そうな真希。
 真里に対してもそうだが、真希には特にみっともない真似はしたくない。自らの目標である彼女には特別の思い入れがある希美は、身を固くした。
「のんちゃん…頑張るんだよ」
 そして、希美を妹のように我が子のように見守ってきた圭織。
 自分には、これだけの先輩がいる。親友がいる。仲間がいる。
 だから…大丈夫。
 そして子供のように震える、なつみ。
 いつも自分と同じ目線で一緒にいてくれた、先輩。春のお日さまのような、柔らかい笑顔。今は奪い去られた、笑顔。
 それを、取り戻すんだ。
466 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時09分07秒

 何重にも封じられた石のカプセルが、俄かに胎動し始める。
「そろそろや。圭織は飛んでくる岩石の破片や熱風のガード、頼んだで!」
 裕子の依頼に圭織が頷いたと同時にカプセルは爆発、黒い炎は大きく膨張した。
 それより少し早く、紗耶香によって作られた空間の通路が口を開く。
「じゃあ、行って来る!」
「のの、絶対に成功させるんやで! ほんで、うちを八段アイス屋に連れてってや!」
 見詰め合う亜依と希美。そこにあるのは紛れもなく、友情。
 十四の瞳を背に受けて、小さな背中が空間の狭間へと消えて行く。
467 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時10分21秒

 だが通路を抜けた先に希美を待ち受けていたのは、絶望。

「誰が来るかと思えば…」
 黒い炎の主・福田明日香は面白くもなさそうに呟いた。
 その立ち姿は、既に奇襲者が訪れることを見越してのものだった。
 空虚な双眸が希美に向けられる。圧倒的な、恐怖。
 全員が忘れていた。明日香が、かつては生え抜きの策士であったことを。いや、忘れていたのではない。闇に心を絡め取られた明日香が、まさか策士としての能力を保持していたとは思いもしなかったのだ。
「そんな…全部、全部知ってたの!?」
 希美の問いに、明日香は答えなかった。
 炎のドームの中は、熱された空気で満たされていた。耐性のないものならば、肺にダメージを負ってもおかしくはない位の温度だ。
「恐怖を顧みず、わたしの懐までやって来た勇気を…称えてやろう」
 明日香の手のひらの上で舞い上がる、炎。その昏き黒に、希美は身の竦む気がした。病める魂から生まれた、希望なき炎。
「そしてその勇気に敬意を表して…苦しまずにこの世から消してやる」
 手のひらが希美に照準を合わせた。
 腰から下が、崩れ落ちそうになった。
 肩が腕が膝が、がたがたと震えた。
 希美は、死を覚悟した。

 二つの瞳が、閉じられる。
468 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時12分40秒

 最初に浮かんだのは、圭織の姿だった。
 裕子、圭、紗耶香、真里…先輩たちの顔が浮かぶ。
 ある日突然やって来た、ひとみと梨華のことを思う。
 真希の力強い後姿が、思い起こされる。
 炎の中に飛び込む寸前に見た、なつみの心細そうな表情。
 そして、ライバルでもあり親友でもある、彼女の声が聞こえてくる。

「絶対に成功させるんやで! ほんで、うちを八段アイス屋に連れてってや!」

 希美は前に踏み出していた。
 恐怖とか、萎縮とか、そう言ったものとは無縁の境地。
 明日香の手で渦巻いていた黒炎が、希美の方へと一直線に伸びてゆく。
 体をすっぽりと覆う、絶望の炎。
 塗り潰された希望。
 昏き、黒。
 しかし。
 黒と黒の隙間に灯った小さな蒼色。
 それは朝日が昇るように、若芽が芽吹くように、
 少しづつ広がってゆき、
 ついには昏き闇を払い落とした。
 だから。
 揺らめく、蒼。
 薄れゆく絶望。
 体を包む、希望の炎。
 明日香へと真っ直ぐに向かってゆく蒼い迸りは、やがて明日香を巻き込んでいった。
469 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時13分27秒

 いっぱいに膨張しきった黒炎のドームは、突如放たれた蒼い光と共に消滅した。巻き起こる土煙に、視界は遮られる。
「な、何が起こったんや…」
 突然の予想もしなかった現象に、裕子が呆気に取られる。
「まさか…蒼焔王?」
 圭織は思い当たる唯一の原因を探ってみる。だが、まったく反応はない。宿主の危機を感じて身を守ったのか、それとも…
 土煙が薄れてゆき、徐々に明らかになってゆく状況。かつて炎球の中心だった場所に立ち尽くす、一人の少女の姿が見える。
「あれは…」
 真里は目を細める。視界は見えずとも精霊反応で少女が誰なのか、わかるはずだった。でもこの時ばかりは、肉眼を信じたいと思った。
「嘘や」
 亜依が一言だけ、そう言った。紗耶香が首を振り、真希が目を伏せる。
 
 魂が抜けたように立ち尽くしているのは、
 福田明日香。
 彼女の足元には、希美が倒れていた。
470 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時14分19秒


「のの!」
 叫び声をあげたのは他でもない、なつみだった。
 炎球が消滅する際に発した蒼い光が、なつみを我へと返したのだ。
「よくも、よくもののを!」
「待つんや!」
 怒りに煮えたぎり飛び出さんばかりの亜依の体を、裕子が食いとめた。
「何すんねん! ののが…ののがあいつに殺されたんや! いくら中澤さんたちの昔の仲間言うたかて、あいつだけは絶対に許さへんのや!」
「…落ちつき。左腕を…明日香の左腕を見てみい」
 涙で滲む視界を拭い、明日香の腕を凝視する亜依。
 黒龍環は、外れていた。
 福田明日香を狂わせた、悪魔の霊具。砕け落ちたそれは、横たわっている希美の握り締めた手の中にあった。
「…うう」
 それまでぴくりとも動かなかった希美だが、ここではじめて呻き声のようなものを上げる。それは彼女が生きているという、何よりもの証拠だった。
 なつみが希美の元へと駆け出し、明日香から離す。傷ついた希美を、全員が迎え入れた。
471 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時15分08秒

「あ…みんな…それに、安倍さん」
 ようやく意識がはっきりして来たのか、それでもまどろんだような眼差しでなつみたちを見る希美。
「のの、大丈夫か!?」
 亜依のまだ渇かない涙の後を見て、
「あいぼん、泣いてたの?」
と希美が訊ねた。
「泣いてたんとちゃうわ! ののの帰りが遅過ぎて欠伸してたんや!」
 急に慌て出す亜依を、さらに姐さん連中が囲みはじめる。屋上から、ひとみと梨華も降りて来た。
「ようやった、ようやった」
 希美の頭をくしゃくしゃにする裕子。年上メンバーになすがままにされる少女の姿を見つめながら、なつみはある思いを胸に秘めていた。
472 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時15分57秒

 一本の枯れ木のようにその場に立ち尽くしていた明日香。だが、急に明日香は裕子たちの方へと体を向けた。
「お前たちは…生きてここから返さない…死ね!」
 明日香の背後に噴出する、炎の柱。その色は、沈みかけの夕陽のように紅かった。
「まさか、黒龍環が外れたのに!」
 真里の声を皮切りに、次々と迎撃態勢をとる一同。そんな中、彼女たちのさらに一歩先に出るものがいた。
「福ちゃんとは、なっちがやる」
「なっち…」
 心配そうになつみを見る裕子。しかし先程までとはうって変わって、真冬の流水のように透徹した表情がそこにはあった。
「はじめから…はじめからなっちがこうすれば良かったんだよ。そうすれば、矢口も、ごっつぁんも、そしてののも傷つかずに済んだ。なっちの弱さが、みんなを傷つけちゃったんだよ」
 明日香の生み出した炎の柱が、うねりながらなつみの元へ押し寄せる。それを打ち消したのは、透明な無数の水球。
「あんな小さなののまでが、福ちゃんに立ち向かっていった。なっちはそれを黙って見てたんだ。最低だ。でも、ようやくわかった。門を閉ざされたら諦めて帰るんじゃなくて…」
 なつみが水球の一つに呼びかけた。水は形を変え、やがて一頭の虎になる。
「力づくでも、こじ開けるってね」
473 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時16分43秒
「面白い、やれるものならやってみたら?」
 明日香を取り巻く炎柱の一つが龍に姿を変える。炎の龍は、なつみの従える水虎に襲いかかった。水より生まれし虎もまた、牙と爪で龍に応戦する。
 竜虎の牙と爪が、鱗と毛が触れ合う度に水蒸気を発する。幾度となく繰り返される行為に、周囲は瞬く間に湯気に覆われた。
 二頭の召喚された霊獣が絡み合い相克している間も、なつみと明日香は攻撃の手を緩めない。残りの水球をマシンガンのように一斉砲撃するなつみの攻撃に、明日香は深紅に染まった炎のカーテンで防戦する。
 その様子をじっと見ている圭に、真希が話しかける。
「圭ちゃん…福田明日香の精神、探ってるでしょ?」
 かつて希美に宿った蒼焔王と対峙した際に、能力の大半を失ってしまった圭。だが、相手の能力や時として思考すら読み取ってしまう能力だけは残されていた。
「後藤はこう言う時だけ鋭いなあ…」
「もしかしてさ、彼女…もう元に戻ってるんじゃない?」
 圭の表情が変わる。
「何故止めないの、って言いたいわけ?」
「ううん。きっとこれは必要な儀式だから。なっつぁんにとっても、福田明日香にとっても」
 真希は圭にそう言って、それからまた眠そうな目をなつみたちに向けた。
474 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時17分45秒

「闇に心を乗っ取られてるくせに…中々、やるんでないかい?!」
「この程度で事務所の顔を名乗ってるの? …期待外れもいいところ」
 喋るのにも息切れしてしまうほど、二人の精神疲労度は高い。
 激しい精霊術の掛け合いに、周りにいた全員が息を呑んでいた。
 精霊術のみで言えば真希をも凌ぐ高位の水使いと、かつて天才と呼ばれた炎使いとが戦っているのだ。その戦いぶりに心を奪われても、誰も文句など言えないはずだ。
 だが、勝負は意外にあっさりと決まる。勢いに任せて炎の龍を屠った水虎が、炎の垣根を飛び越えて明日香に飛びついたのだ。
「…勝負は決まった。早く殺しなよ」
 天井に空いた穴から見える夜空を見上げながら、明日香は言った。
 だがなつみは水虎を元の水球に戻し、霧散させた。
「福ちゃん…」
「何?」
「いつからの付き合いだと思ってる? なっちは騙されないべさ」
「…知ってたんだ。なっちも性質が悪いね」
 明日香は倒れたまま肩を竦めてみせた。
475 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時18分40秒
「さっき、福ちゃんのことを慕ってついて来たって言う人に会ったよ。福ちゃんはさ、ああいう人たちのためにも戦ったんだよね?」
「…結局は変な霊具にいいように操られただけだけど」
 あくまでも冷静にそう言う明日香を見て、なつみの表情が綻ぶ。
「はは、福ちゃん、昔のまんまだ。いつも落ちついてて、ちょっぴり皮肉屋でさ。理詰めで色んなこと考えてるけれどたまーにおっちょこちょいなとこ、あってさ」
「わたしがおっちょこちょいだったら、なっちはおっちょこちょいの達人になれるよ」
 二人は、昔と変わらぬ楽しい会話を交わした。
476 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時19分39秒

 そんななつみたちを遠くから見守る、凶祓いたち。
「あの二人、本当に仲が良かったんですね」
 圭織の手を握り、希美が嬉しそうに言った。
「そうだね。圭織もちょっと妬けちゃうかな」
「うちらもああいう風になりたいもんやなあ、なあのの?」
 そこへ亜依が、希美の顔を覗き込んでそう言った。
「ののとあいぼんは…飯田さんと安倍さんみたいな感じかな」
「何やそれ。腐れ縁っちゅうことか?」
「あいぼん、どういう意味?」
 そんな希美たちを他所に、梨華はお得意の八の字眉毛た。
「梨華ちゃん、どうしたの?」
「うん。これから明日香さん、どうなるのかなって…」
 ひとみに今の率直な気持ちを語る梨華。
「そりゃあ霊具に操られてたとは言え、これだけの大事件を引き起こしたわけだから…このまま終わり、ってわけにはいかないと思う…」
 曖昧なひとみの答えを、複雑な気持ちで聞いている裕子たち年長の凶祓い。正規の凶祓い事務所に数年在籍するものなら、皆知っていることだったからだ。
477 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時20分38秒

「なっち…そろそろここを、離れた方がいい」
 それまで和やかに話していた明日香の表情が、変わる。
「…どうして?」
「なっちも知ってるよね? わたしが起こしたこの事件が、凶祓い界は元より一般社会にとっても重大な犯罪だってことを。そう言った犯罪者が、どういう末路を辿るかを」
「で、でも福ちゃんは黒龍環に操られてたし…悪いのはあの稲垣ってやつと織田無道ってやつっしょ!」
 明日香は首を横に振った。
「でも元はと言えば、わたしの復讐心が原因。より子を失った悲しみに、徳光たちを憎む心に負けてしまった弱い心が原因だから」
「そんなことないべさ! 福ちゃんは強い心の持ち主だよ! なっち、ののにいつも話してるんだ、なっちの理想の女性像は色んな意味で強い人だって。それって、福ちゃんのことなんだよ!?」
 なつみの円らな瞳から、涙が溢れる。明日香はなつみの頬に手を当て、それから止めど無く流れる涙を拭いながら言った。
「早く行かないと…多分わたしの精霊力が弱まったことで、他の事務所の凶祓いたちがやってくるはず。重罪人のわたしと親しげにしてたら、なっちたちも疑われるよ?」
「そんな、そんなの構わない! なっちは…」
「馬鹿言わないで!」
 明日香の声がフロアに響いた。
478 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時22分29秒
「もしなっちがわたしと一緒に捕まったらどうなると思う? 事務所は? 仲間は? お願い、冷静になって。そして早く、ここから立ち去ってよ!」
「ううっ…福ちゃん…」
 項垂れるなつみの横に、裕子がついた。そして年少メンバーを部屋の外に出るように促した。それに合わせ、明日香に寄って行く圭織、真里、紗耶香、圭。
「明日香。会ってすぐにお別れするのは寂しいけど…元気でね」
「圭織、かわいい後輩もいるんだから交信は控えめにね」
「罪を償い終えたら、絶対おいらたちの元に戻ってきなよ!」
「矢口は相変わらずちっちゃいなあ…牛乳飲みなよ」
「また会おうよ、明日香」
「紗耶香は放浪癖を直して、ちゃんと裕ちゃんたちの手伝いをすること」
「明日香のこと、忘れないから」
「圭ちゃんは警視庁の情報関連施設で働いてるんだよね。これからもみんなを影で支えてあげて…」
 一言、二言の言葉を交わして立ち去ってゆく少女たち。言葉は短くとも、そこには深い思いがあった。
「明日香…短い間だったけど、あんたに会えて嬉しかったわ。まるで事務所立ち上げ当初に戻ったみたいやった」
「裕ちゃん…なっちを、よろしく頼みます」
 そしてなつみの肩を抱きかかえながら、裕子が大広間を出てゆく。
 
 明日香一人が、部屋の真ん中に横たわっていた。
479 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時23分16秒


 かつん、かつんと響く靴音。
 数発の銃声。
 黒いコートを翻し、その少女は現れた。

「福田…明日香ね?」
 抑揚のない声。しかしそれは昂ぶる何かを隠しているようでもあった。
「あんたは…わたしを捕らえに来たの? それとも…殺しに? どちらでもいい。どうせ覚悟はできているから」
 まるで他人事のような言い草の明日香。
「わたしの名前は藤本美貴。後者の用事で来たのだけれど、別に事務所の命令を受けてここへ来たんじゃないわ」
「どういう…こと?」
「わたしともう一人の子はある人物から極秘の任務を与えられた。一つは、あなたたち『昏き十二人』の本拠地に潜入した中澤事務所の人間を監視し目的の達成を見届けること。もう一つは『箱』を一人締めしようとした稲垣吾郎の抹殺。三つ目は我々と浅からぬ繋がりのあった大神源太の言動を監視し、不都合があればこれを抹殺すること」
 明日香は、少し考え込む振りをしてから、
「わたしを殺しに来たのは、個人的な目的で…ってこと」
と言い切った。
「御名答。単刀直入に言うわ。わたしは、あなたたちの戦いぶりを見て…」
 そこではじめて美貴は、笑った。
「あなたを殺したくなったのよ」
480 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時24分38秒

 しんと水を打ったように静かな大広間。
 明日香はゆっくりと体を起こし、立ち上がってから言った。
「さっきも言ったと思うけど、殺したいのならどうぞご自由に。このまま凶祓い連中に捕まっても、警察に捕まっても、大方の割合で死刑に処されるんだから」
「それじゃつまらないのよ」
 こつ。
 美貴が一歩、明日香に近づく。
「わたしももう一人の子も根っからの狩猟者でね…生きた獲物じゃないと、仕留めても嬉しくもなんともないの。だから、あなたには本気で戦ってもらいたいわ」
「あんた、正気? こんなボロボロになった人間を捕まえて本気を出せ? 馬鹿げてる」
 こつこつこつ。
 美貴が明日香の顔に自らの顔を近づけて、言う。
「わたし、知ってますよ? あなた、あの子たち相手に本気…出してなかったでしょ?」
 明日香の総毛が逆立つ。音の出るような勢いで、美貴を睨みつけた。
481 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月19日(土)13時25分26秒
「そうそう、それよ。そんな表情のあなたが、見たかったの」
「何を証拠に?」
 それでも猶抵抗する明日香に業を煮やしたのか、美貴はとっておきの切り札を出した。
「しらを切るならいいわ。じゃあ、こういうのはどう? わたしを殺さないと、あの子たちを尾行している数百発の弾丸が瞬時に頭上から降り注ぐ…というのは」
 普段まったく表情を変える事のない美貴が見せる、魅惑的な笑顔。ただ、それは血に塗れし産物。
「そんなこと…」
「できないと思ってる? わたし、やる時はやるわよ。嘘だと思うなら大広間の外に出れば? あなたの部下が、雨あられの弾丸を御馳走様して倒れてるから」
 明日香を、四本の炎柱が取り巻く。なつみに見せた落陽色の炎ではなく、天高く昇る、白い太陽のような煌煌とした炎。
「あの子たちには、指一本触れさせやしない!」
「やればできるじゃない。じゃ…はじめましょうか。命のやり取りをする、ゲームをね」
 美貴は目を細めて微笑む。
482 名前:ぴけ 投稿日:2003年07月19日(土)13時33分02秒
本日の更新はこれにて終了です。

>>つみさん
明日香の出番、もう少しだけあります。
話のタイトル通り、「明日への望み」に繋がるような内容が書ければ…と思います。

>>和尚さん
そう言って頂けると、「綴り手冥利」に尽きます。
しかし全員が一堂に会すると、書くのが正直しんどいです。そして全員を
描き切っているか、非常に不安(いやもう既に…)。某大作作者さんの爪の
垢でも煎じて飲めばいいのかしら、などと。
483 名前:つみ 投稿日:2003年07月19日(土)13時38分04秒
更新きましたね!!
明日香とミキティの戦いが・・・・
しかしミキティの能力は・・・
484 名前:和尚 投稿日:2003年07月20日(日)14時46分33秒
せっかく、大団円だったのに・・・ミキティ登場ですか(泣)
何だかイタイ事になりそうなんですが・・・(動揺)
485 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)12時55分26秒

 対峙し、睨み合う二人。
 先に行動を起こしたのは美貴だった。
 コートのポケットから取り出される、数枚のコイン。美貴はコインを握り締めたまま、親指と人差し指だけを立てて見せた。まるでピストルの形のように。
 突然、銃声のような音と共に何かがその人差し指から放たれる。一発、二発、三発。弾丸と化したコインは正確に標的の頭と心臓を狙い、飛ぶ。
 明日香は顔色一つ変えず炎を翻し、凶弾を無に帰した。
 …攻撃に精霊反応がない。どういうこと?
「流石は天才、と言いたいところだけれど…これはどう?」
 明日香の考える間も与えることなく、美貴は更なる攻撃に打って出る。ポケットから掴み出されたのは、指の隙間から零れそうなくらいに大量のコイン。
「質より量ってわけ? 浅はかね」
「その余裕がどこまで続くか…見物だわ!」
 美貴の両手から連続して放たれた弾丸の群れは、さながらマシンガンを使っているようだった。
 だが明日香は、炎の幕を張ることなく弾丸に向かってゆく。手に握られた、炎で象られた刀。
 刹那。明日香の正面の弾丸は全て切り落とされ、残りの弾丸は明日香の体を掠めて壁と床を穿ち崩す。
「後藤真希の連続居合抜きを見よう見真似でやってみたけれど、なかなか難しいな…」
 幾つか手傷を負ったものの、明日香は倒れることなく刀を美貴に向けた。
486 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)12時57分21秒

 美貴の心に戦慄が走る。
 後藤真希の居合抜きは陽世流抜刀術の真髄のはず。それを不完全とは言え、見よう見真似でやってのけたのだ。まさしく天才と言うより他にない。
 それだけに、その天才が絶望に顔を歪ませる顔を…見てみたい。
 美貴は残酷な笑みを顔に浮かべた。
「大したものね…ただ早くわたしを殺さないと、あなたたちの仲間が危ないわよ」
「次で、決めるから」
 明日香が炎の刀形態を解く。炎は小さな渦となって、明日香の手のひらを踊り始めた。
「それはこっちの台詞」
 美貴の手には再びコインが握り締められていた。
 コートの翻る動きの軽さ、そして先程のマシンガンのような攻撃。相手のコインはもう余り残っていないだろう。だけど何の策もなく弾を無駄打ちするような浅はかな相手では、決してないはず。
 なら、小細工を仕掛けられる前に速攻で仕留めるのみ。
 明日香が美貴に向かって、走り出した。
487 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)12時59分45秒

 接近戦?
 目の前の炎使いが遠距離攻撃に長けるタイプと見ていた美貴の脳裏に、疑念が過る。だが、それ以上の思考時間を明日香は与えなかった。
 懐に飛び込んだと同時に繰り出される、激しい突きと蹴り。美貴は矢継ぎ早に放たれる攻撃をかわしつつ、コインによる反撃に打って出ようと右手を構えた。
 遅れること数秒、明日香の左正拳突きが美貴の顔を狙う。
「遅いっ!」
 今まさに弾丸が発射されようとしたその瞬間。
 正拳突きに見えた明日香の拳が開き、炎が噴き出した。
 予測のつかなかった行動に、慌てて美貴は顔を仰け反らせる。
 弾丸は軌道を逸らし、穴の開いた天井から見える夜空へと消えて行った。
「…あの距離からの炎をかわすなんて、どこから派遣されたかは知らないけどさすがは暗殺者ね」
 即座に美貴から離れた明日香は、余裕の表情でそう言った。
 それに対し、美貴が焦りの色を濃くしているように見えた。
「…天才の二つ名は伊達じゃないってこと? でもね…こっちには切り札はあるから」
 美貴が黒いコートを脱ぎ捨てる。コートは形を変え、夥しい数のコインになってじゃらじゃらと床に落ちていった。

488 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時03分54秒
「今から見せてあげる。本当の…地獄を!」
 床に散らばったコインが空へと浮上してゆく。それらを無造作に掴み取ると、美貴は右腕を明日香のいる方向へと真っ直ぐに伸ばした。
「意外と物覚えが良くないんだね。わたしの炎の前に、あんたの弾丸は意味をなさない」
「それはどうかしらね」
 明日香は思う。敵を目前にして弱みなど見せたくはないが、本当は相当体にガタが来ている。霊具に操られていたとは言え、真里や真希との連戦。さらに、数発にせよさっきの美貴の弾丸も身に受けた。いつ倒れてもおかしくないような、状態。
 けれどここで倒れるわけにはいかない。死ぬなら死ぬでいい。ただ、せめて自分の目の前にいる少女は倒さなければならない。野放しにするには、あまりにも危険過ぎる。それは明日香の直感だった。
 さっきみたいな弾丸の雨は、炎の壁では防ぎきれないだろう。かと言って、炎の刀による居合抜きは精霊力の消費が著しい。今自らの身に残っている精霊力で、それができるかどうか。
 迷っている暇はなかった。美貴は既に、弾を打ち出すモーションに入っている。
 明日香はその左手に炎を纏わせ、刀を象らせた。
489 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時04分46秒

 気合とも奇声とも取れる叫び声を上げながら、明日香が美貴に向かって突進する。
「蜂の巣志望ってわけ? なら望み通りスカスカの蓮根みたいにしてあげる!」
 破裂音と共に打ち出される、大量の弾丸。明日香は足を止めることなく、目にも止まらぬ速さで弾丸を打ち落としていった。
 しかし幾つかの打ち損じた弾丸が、明日香の肩や足を貫通した。
「ぐっ!」
 標的を目前にして、明日香はがくりと膝を落とす。
「あら残念ね。もうちょっとであなたの間合いだったのに」
 明日香を見下ろす美貴の表情は、弱らせた獲物に止めを刺そうとする、狩猟者のそれだった。
「ここまでわたしを追い詰めてくれたのはあなたがはじめてよ。まあ、わたしが標的の前に姿を現すことなんて、滅多にないんだけど」
「それが…あなたの敗因」
「はあ?」
 美貴は自分の耳を疑う。確かに、目の前の女は「敗因」と言った。
 負け惜しみ? それとも…
 答えは、すぐに出た。
 肩口から脇腹にかけて噴き出す、鮮血。血の飛沫が、明日香の顔や体に飛び散り、小さな染みを作った。
 美貴は明日香の高速の居合抜きによって、斬られていたのだ。
「そ…そんな…まさか、炎の刀身が、伸びた…?」
 床に伏せた美貴が、息も絶え絶えにそう言う。
「暗殺者は相手の死角から襲うのが本文。慣れないことはするものじゃない。さあ、あの子たちに仕掛けられた罠を外して」
「ふふ…『慣れないことはするものじゃない』か…わたしもそう思うわ」
 美貴は、笑っていた。
 
 明日香の体が、反り返る。音もなく、弾丸は明日香の胸を貫いた。
490 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時06分49秒

 ゆっくりと倒れ込む明日香と入れ替わるようにして、体を起こして立ち上がる美貴。
 明日香に斬られた傷はすっかり消え、切り裂かれた衣服の痕だけが残っていた。
「強い相手と楽しむ方法は二つあるわ。一つは力を力でねじ伏せる方法。これは亜弥…って言ってもわからないだろうけど…彼女が好む方法。そしてもう一つが…」
 美貴の顔に浮かぶ、悪魔の微笑。
「だまし討ち」
 倒れている明日香を見つめる、狂気の瞳。
「手をピストルの形にするのはダミー。そんなことしなくても弾は撃てるわ。それと、わたしは自分の所有物である金属を自在に操ることが出来るの。もちろん、炎で蒸発した金属も例外じゃないわ」
「なるほど…わたしが斬った弾丸の一つを、常に背後に忍ばせていたってわけか…」
 明日香は、立ち上がった。全身からは血の気が引き、肌を青白くさせながら。
「まだやるって言うの、その体で。そんなにあの子たちが、大事?」
「あの子たちは…こんなわたしのことを見捨てないでいてくれた、仲間だから」
 目の前の少女を睨む、明日香。美貴はそんな視線をものともせず、さらに話を続けた。
「そうそう。どうしてわたしがだまし討ちを好むか、説明してなかったわね。それは、相手が突然の事態に絶望する表情が見たいからよ」
「御生憎様。わたしには…もう絶望するだけの材料は、存在しない」
「あなた自身にはね。でも、あなたが仲間と慕うあの子たちの身に何かが起こるとしたら?」
 瞬時に凍りつく、明日香の表情。
491 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時08分25秒
「あなたを殺してからにしようと思ったけど、先にやったほうが面白いものが見れそうね。愛しい仲間たちが凶弾に倒れるさまを、指を咥えて見てるがいいわ」
「そんなこと…!」
 美貴に向かって飛ぶ明日香の炎。美貴はそれを避けつつ、正確に弾丸を明日香に撃ち込む。炎には最早弾丸を溶かすだけの力はなく、ダイレクトに明日香の肉体を穿った。
 それでも、明日香は倒れない。
「驚いた。あなた、不死身? 霊具の黒炎に体を蝕まれ、後藤真希の刀に体を切り刻まれて、そしてわたしの弾丸を何発も受けながら…まだ生きてる。信じられないわ」
「わたし自身も驚いてる。復讐の為だけに動いてた時とは違う、充実感。わたしは、あの子たちを明日へ送り出すために…あなたを倒す」
492 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時10分37秒
「あははははははははっ!」
 美貴が、腹が裂けたように笑い出す。けれどその顔は、怒りによって朱に染まっていた。
「あなた馬鹿じゃない!? わたしを倒す? どうやって! 血まみれのボロ雑巾の分際で! その上」
 明日香の周りに徐々に塵状になっていた金属が集まり始める。やがて、それは無数の弾丸へと姿を変えていった。
「これだけの弾丸を至近距離で受けたら、さしものあなたも絶対に助からない! やっぱり、一足先に死んで!」
「もう一度だけ言う。あんたには、絶対に手を出させない…」
 明日香が溜息のように漏らす言葉。美貴の目がかっと見開かれるのと同時に、弾丸たちが明日香の体を縦横無尽に嬲っていった。
 床が流血に塗れ、そのぬらつきの中へついに明日香は倒れる。頭部こそは無事だったが、その他の全身は弾丸によって所々が食い荒らされていた。
 その様子を眺めていた美貴が、ようやく表情を和らげる。そして、散らばった弾丸を回収しようと両手をいっぱいに広げた。夜の蝙蝠たちが洞穴に集うが如く、掌に戻ってゆくコインたち。
 そのコインの一つが、美貴の右手を吹き飛ばした。
493 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時12分59秒

 突然の事態に、左の手で吹き飛んだ部位を押さえ美貴は屈み込む。
「あ…あ…ど、どうしてわたしの右手が!」
「コインの一つに…わたしの炎を仕込んだ。あんたの元へ帰る時…に…暴発、する…よ…うに…」
 口元に軽く微笑を湛え、目を閉じる明日香。そしてそれ以上、何も喋らなかった。
 指の間から絶え間なく滴り落ちる、血の流れ。送られ続ける、痛み。
 美貴は物言わぬ明日香を、忌々しげに睨みつけた。
 結局、こいつの苦渋に満ちた顔は見られなかった。これじゃわたしの一人損じゃない。
 とにかく右手の損傷が酷い。とてもではないが、遠く離れた裕子たち一行を全滅させるだけの力は放てそうにもなかった。
 安心しなさい、福田明日香。今はあの子たちをどうこうする気はないわ。だって、あの方はそれを望んでいないんだもの。
 でもいつか、この痛みはあなたの仲間に返してあげるから…
 コインは瞬時に霧散し、黒いコートとなって美貴をくるみ込む。そして、そのまま大広間から消えてなくなった。
494 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時14分05秒


 明日香を襲った銃弾の雨を発動させる時に美貴は、精霊力を隠しきれなかったのだろう。
 その瞬間は、樹海を歩く何人かのメンバーに伝わった。
「…明日香が」
 真里がそう言ったきり、濡れた地面にしゃがみこんだ。
 面々の足取りが重くなる。紗耶香は歯を食いしばり、希美は何度も後ろを振り返った。
「戻りましょう! 福田さんが刑に処されることなくその場で惨殺されるなんて、やっぱりおかし過ぎる!」
 ひとみが叫びながら、元来た道へ戻ろうとする。
「ちょ…吉澤…」
「止めないで下さい! 確かにあたしは部外者なのかもしれないけれど、それでも凶行を見過ごすなんて絶対にできない!」
 裕子が宥めようとするも、ひとみにまったく退く気持ちはなかった。
 踵を返そうとするひとみ。だが、目の前には圭が立ち塞がっていた。
「吉澤、やめな」
「保田さんどいてください!」
「そんなにここを通りたいんだったら、あたしを殺してからにしな」
 圭はひとみをひと睨みする。
 圭自身だって辛い。だが、今明日香を襲っている凶祓いと何かしらの問題が起きた場合、最悪の場合は事務所が凶祓いの世界から追放されてしまうかもしれない。
 それともう一つ。メンバー一精神感応力に優れている圭は、明日香の相手がどれほどの実力かを感じ取っていた。圭の感覚が確かならば例えここにいるメンバー全員でも、敵う相手ではなかった。
495 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時15分05秒
「よっすぃー」
「何だよごっちん!」
 真希に肩を叩かれ、振り向くひとみ。
「圭ちゃんだってさ、辛いんだよ。それに…」
 真希が目を向けた場所。そこに佇むのはなつみだった。
「さ…こんな場所で立ち止まってないでさ。行こうよ」
 気丈に振る舞うなつみ。だがそれが精一杯のやせ我慢であることは、誰の目からも明白だった。
「安倍さん…」
「行くよ、よっすぃー」
 真希に促され、再びみんなと合流するひとみ。
「…圭坊」
「裕ちゃん」
 立ち尽くす圭の側に寄る、裕子。ようやく圭の表情から、険が取れた。
「何や憎まれ役やらせたみたいで、済まんな」
「いいよ。あたしはもう事務所の人間じゃないんだから、憎まれ役でも保田大明神にでもなるよ」
「何言うてんねん。圭坊は今でも立派な、うちらの仲間やで」
「ありがと、裕ちゃん」
 互いに微笑む二人。それでもその笑顔に翳りが注していたのは、やはり明日香のことがあるからだろうか。
 
 誰一人言葉を口にするわけでもなく、ひたすら樹海をかき分ける。
 沈黙に俯きながら行進する11人の姿は、まるで葬列のようだった。
496 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時16分27秒
 血生臭い大広間に、今度こそ一人取り残された明日香。
 全身の銃創から伝わる痛みが、定期的に意識を揺り起こそうとする。
 その意識も、強風に煽られる蝋燭の炎のように揺らめき、確実に消えようとしていた。
 視力はとうに失われ、血が流れる感覚も痛みも、最早感じられなくなっていた。
 わたしは…死ぬのか。
 明日香は冷静に、そう思った。体が、五感全てが、無の坩堝に放り込まれてゆく。
 暗闇に閉ざされようとする意識の前に、小さな灯りが灯る。
「迎えに来たよ、明日香」
 その声は紛れもなく、炎の中に命を散らせた親友だった。
「より子…遅い」
 明日香は思わず頬を膨らませる。より子はただ、微笑んでいた。明日香にはその笑顔がひどく懐かしいもののように思えてならなかった。
「ちゃんと仇は討ったから…そっちに来ても、いいでしょ?」
 より子は少し迷ったような素振りを見せたが、やがてゆっくりと頷いた。
 自らの体が、急速に「モノ」へと変化してゆく。せめて操られたまま死ななかったのが、唯一の救い…か。それもこれも、あの子たちのお陰かもね。
 ありがと、なっち。

 明日香の体から温かみが、消えた。
 新たな世界に旅立った明日香の顔は、月の明かりに照らされて微かに微笑んでいた。
497 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月28日(月)13時18分05秒


「福田明日香が沈黙しました…如何致しましょうか?」
 オールバックにした眼鏡の男が、長身を跪かせてそう言う。それまで難しそうな顔をして書類の山に目を通していた初老の男が、顔を上げた。
 白髪の混じった髪が年齢を感じさせるものの、それを補って余りあるほどの激しい欲望を秘めた眼光。
「誰が福田明日香を? 例の娘たちか、それとも…」
「藤本美貴です。もっとも、彼女も無傷というわけにはいきませんでしたが」
 少しの沈黙の後、男は書類を机の上に置いて、言った。
「瀬戸。『白い鍵の女』を解放しろ。『箱』の封印を解かせるぞ」
「かしこまりました。藤本と松浦にはどのような指示を」
「引き続き寺田についていろと伝えておけ。あいつだけは、油断がならない」
「…承知いたしました」
 瀬戸と呼ばれた男が立ち上がる。その姿は、一瞬の眩い閃光と共に消えた。


 テロ集団「昏き十二人」を率いた福田明日香がとある事務所の凶祓いによって処刑された、という通達が東京中の凶祓い事務所になされた。
498 名前:ぴけ 投稿日:2003年07月28日(月)13時26分05秒
更新終了。
順調に行けば、次回にはエンディングを迎えられそうです。

>>つみさん
藤本の能力はこんな感じです。
どうやって金属を「所有物化」するのかは近日公開予定。
しかも金属自体は精霊力で動いていないという、暗殺にはもってこいの能力
だったりします。

>>和尚さん
明日香、こんなことになってしまいました。申し訳。
499 名前:つみ 投稿日:2003年07月28日(月)13時29分38秒
何か凄い事になってきましたね〜・・・
明日香は最後の力も使い果たして散っていきましたね・・
藤本の能力は斬新ですね^^
そして『白い鍵の女』を解放して『箱』の封印を解かせる?!
次回からが楽しみですね!!


なっち卒業だすね・・・・
500 名前:予想 投稿日:2003年07月28日(月)14時29分46秒
『白い鍵の女』=鈴木○み?
Whitekeyって歌、歌ってたしね!!
501 名前:和尚 投稿日:2003年07月28日(月)23時05分25秒
素直に泣きました・゚・(ノД`)・゚・。
502 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時47分40秒


 梅雨が明けた。
 真夏の光線が、町のあちこちに降り注ぐ。
 気温もぐんぐん上昇中、にも関わらず文明の利器であるクーラーを使えないかわいそうな事務所があった。
「あづい…」
 希美が机に伏し、スライムのように体をとろけさせる。
「クーラーが故障したんやて。飯田さん、新しいクーラー買ってえな」
 亜依もまた、汗を滴らせながら奥の席に座る圭織に訴えた。
「結局『昏き十二人』の一件も他の事務所が解決したってことになっちゃったからね…お金は次の依頼が成功するまでは入ってこないし」
 溜息混じりにそう言う圭織。そこへ、電話のベルが割り込んで来た。
「はい、中澤事務所ですが…はい、はい。わかりました」
 受話器を置く圭織に、
「何ですか、依頼やったらうち行きまっせ! もう師匠も矢口さんも長期の依頼で出てつまらん思うてたとこやから…」
と亜依がにじり寄ってきた。
503 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時48分16秒
「残念でしたー、これは圭織の私用です。ちょっと事務所あけるから、あいぼんものんちゃんも留守番お願いね」
 しかし圭織はそう言って亜依をあしらうと、さっさと事務所を出ていってしまった。
 沈黙が、暑さを倍増させる。
「依頼かなんかがあれば、このクソ暑い蒸し風呂から解放されるちゅうのに…せめて梨華ちゃんがいてくれたら…」
 今回の件が片付いたら元のはぐれ凶祓いに戻るはずだった梨華とひとみだが、裕子が梨華を「人間クーラー」として任命することにより、もう暫く事務所のお世話になることになった。ただ、今はちょっとした依頼で二人とも席を外してはいるが。
「市井さんもどっか旅に出ちゃったしねえ」
 紗耶香は「ちょっくら旅に出ます」とだけ書かれた置き手紙を残して、どこかへ消えてしまった。もともと放浪癖があるとのことで殆どのメンバーは心配していなかったものの、真希だけはひどい荒れようだった。結局、真里が宥めるようにして長期の依頼を見つけてきて一緒に連れて行ったのだが…
「それより自分」
 亜依が思い出したように希美に声をかける。
「何、あいぼん?」
「今日、紺ちゃんに会いに病院、行くんやろ?」
 弾かれたように立ち上がる希美。
「あっあっあっ、忘れてたあ!」
 手足をばたつかせ、希美は転げるように出口へ向かう。
「あれ、あいぼんは行かないの?」
「まあうちは次や。感動の再会を邪魔しとうないし」
「うん…じゃ、行って来るね」
 希美がばたんと閉める、ドアの音。
 亜依は全開にされた窓から、真っ青な空を仰ぎ見る。
「東京も…悪うないわ」
 そんなことをひとりごちて、首を窓の外へ突っ込んだ。
504 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時49分10秒

 無人となった老朽化した洋館の前に立つ、ひとみと梨華。
 洋館の管理者からの依頼でやって来た二人を、早速瘴気が迎える。
「やっぱりワケ有りってわけね」
「そうこなくっちゃ。行こ、梨華ちゃん」
 すたすたと先を歩くひとみに、梨華が声をかける。
「ねえよっすぃー。わたしたち、今回の一件が終わったらまたはぐれ凶祓いに戻るんじゃなかったの? わたしなんか中澤さんに「クーラー係」として任命されちゃうし…」
「あたしはもう少しあそこにいてもいいかなって。みんないい人たちばかりだし。梨華ちゃんは、嫌?」
 屈託のない笑顔を向けるひとみ。
「…ううん。わたしもみんないい人たちだと、思う。じゃあ、もう少しみんなのお世話になっても、いいのかな」
「オッケー牧場! じゃあ、何の問題もなし!」
 分厚い木で出来た扉を、ひとみは力任せに引き開けた。
 夏の熱気のように、外へ漏れ出す瘴気。
「意外と手ごわそうだな…気合入れて行くよ、梨華ちゃん」
「うん。梨華、頑張る!」
 二人は洋館の中へと、消えていった。
505 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時49分57秒

「海だぁ!」
 目の前に広がる海岸を前にして、嬌声を上げるのは真里だ。
「こんなんだったらさあ、水着なんかも持ってくれば良かった! うちらの仕事って暢気に海水浴なんてできないしねえ…」
 真希の返事はない。紗耶香が黙って東京を離れてしまってから、ずっとこの調子なのだ。
「いちーちゃん…」
 いつもより二割増のぼーっとした表情で、海を見つめる真希。だがその瞳にうつるものが海ではないのは、真里の目から見ても明らかだった。
「そ、そうだごっつあん! 用件が早めにカタがついたらさ、海で遊ぼっか! 海で泳いだり一緒にスイカ割りしたりしてさあ…」
 真希の表情が変わる。機嫌が直ったと思った真里は、さらに得意の口車で真希のテンションを上げようと試みた。
「そうそう、折角夏なんだからさあもっとテンション上げてこうよ! 何だったらキノコの帽子つけて一発ギャグやってもいいし…」
「海…」
 それまで何を言っても「いちーちゃん」としか反応しなかった真希が、はじめてそれ以外の言葉を口にした。
 よっしゃ、もう少しだ! 頑張れまりっぺ!
 真里は自分自身にそんなエールを送りたい気分だった。しかし。
「海…いちーちゃんと一緒に行く約束、してたのに…一緒にビーチバレーやったり、オイル塗りっこしようねって、約束したのに…」
「…ダメだこりゃ」
 真里が、肩を竦める。
「いちーちゃんの、バカヤロー!!!」
506 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時50分59秒
「へっくし!」

 山の中に木霊する、飛び切り大きなくしゃみ。
「誰かあたしのこと、噂してんのかね」
 紗耶香はしれっとした顔をして、再び歩き出した。
 ここは山陰の有名な霊峰。実は紗耶香は、この山に住む名職人と名高い精霊鍛冶師を訪ねてやって来ているのだった。
 理由は、真希の折れた愛刀・破魔御影の復元させるため。必要と有れば、鍛冶師ごと東京に引っ張ってくるつもりだった。
 代わりにこれもなかなかの業物である「紅葉曼戎(もみじまんじゅう)」を手渡しておいたものの、そこらの刀では真希の炎に耐えられないのは明白だった。
「出る時は面倒臭かったから後藤に何も言ってなかったけど…まああいつも十七だし、大して怒ってないだろ。それより刀が直せるって聞いたら喜ぶだろうな、後藤」
 自分の考えが甘かったと知るのは、もう少し、先の話。
507 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時52分26秒

 警察の情報関連施設。
 毎日のように立て続けに発生する邪霊師による犯罪に追われ、職員たちに休日はない。
 なつみが圭のもとを訪れたのは、ちょうど圭がパソコンの画面と睨めっこしている時だった。
「なーにやってるのさあ、圭ちゃん」
「…見ればわかるでしょ。仕事よ、仕事」
 やんわりとしたなつみの態度に辟易したように、圭はこれ見よがしに溜息をつく。
「それにしても相変わらず殺伐とした職場だねえ…どこ見てもコンピューターばかり。なっちだったらこんな空間、耐えられないよ」
「でもそのコンピューターが、あんたたち凶祓いに送る邪霊師のデータ作成に大きく尽力してるのよ。あたしからすれば、仕事の大事なパートナー…ってとこかしら」
 すぐに、圭は自らの言葉に不適切な部分があったことに気付く。なつみは先の事件で、かつてのパートナーを永遠に失ってしまったのだ。
508 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時53分05秒
「そ、それより今日はどうしたのよ」
「うん、実はね。圭ちゃんに一緒に来てもらいたい場所が、あるんだ」
 圭の動揺を他所に、なつみはそんなことを口にした。
「へえ。なっちからのお誘いなんて、珍しい。もうすぐ昼休みだから、それまで待って…」
「だめ。今すぐ、来て欲しいんだ」
 なつみの有無を言わせぬ物言い。
「…わかったわよ」
 圭はパソコンの電源を切り、奥にいた同僚をこちらへ呼び寄せた。
「最近頻発してる例の記憶喪失事件…いくつか過去の似た事件例をピックアップしてみたから、あとは江成くんのほうでまとめておいて」
「はいっ、保田さん!」
 江成と呼ばれた丸刈りの青年は元気良く返事すると、再び自らの持ち場へと戻っていった。
「それじゃ行きましょうか。案内して」
 なつみはゆっくりと、頷いた。
509 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時53分46秒

 ついこの前来たばかりなのに、もうそれは大分遠い日のことのように思えた。
 昏き十二人との決着がついたらすぐ、あさ美に会いに行こうと思っていた。
 しかし物事というものはそうそううまく行くものではない。明日香との交戦で傷ついた希美は念のためということで、平家みちよの勤務する病院にまる一日軟禁されてしまった。  
 ようやく解放されたと思いきや、今度は夕方出たっきり戻って来ない娘を心配する家族の顔が待ち構えていた。心配から転じた怒りを、友人が急病で倒れて病院にいたという理由を述べることで鎮めるまでに相当の時間がかかった。特に姉の怒りはひどく、説得するまでに三発、鳩尾にいいものを食らってしまった。
 そんなこんなで、今日の今日まであさ美を見舞いに行きたくても行けなかったのだ。の割りには夏の暑さでその用事を忘れかけていたのは、希美らしいと言うか何と言うか。
510 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時54分31秒

 早くあさ美ちゃんに会いたい!
 はやる想いは、希美の歩みを自然と駆け足に変えていた。
 病院の玄関を入ると、遠目からでもわかるど派手な白いタキシードの男が視界に入る。
「ハァーイ、辻ベイベー」
「あ…変な刑事さん」
「変な刑事はあんまりじゃないかい? ボクの名前はミッチー、忘れたのかい?」
 そう言って及川刑事は口の端を上げて笑って見せた。
「はあ…で、ミッチーさん今日はどうしたんですか?」
「昏き十二人の件、解決おめでとう」
「ありがとうございますっ」
 希美は律儀に頭を下げた。
「そんなきみに教えたいことがある。昨日、紺野ベイベーに本格的な記憶操作が施された」
 希美の表情が、強張る。
「過去の例から言って、消された記憶とともに幾つかの人間に関する記憶も消えてしまう可能性がある。もしかしたら、きみのことを憶えてないかもしれない。それでもきみは彼女に会いたいかい?」
 見舞いに来たのだろう、希美の後ろを数人の女の子たちが通り過ぎた。
 そんな後姿を見つめながら、希美ははっきりこう言った。
「会ってみないと、何もわからないから」
「…何だかこの前のきみとは別人みたいだ。ちょっとだけ頼れるお姉さんになった、ってとこかい? わかったよ。彼女はこの前と同じ病室にいる」
 及川刑事は肩を竦め、かなわないなと言いたげに苦笑した。
 希美は一礼すると、再び病院の奥へと駆け出して行った。
511 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時55分27秒

 ゆっくりと扉を開く。
 奥にはあさ美がいるはずだった。
 だけどそのあさ美は本当にあさ美なのだろうか。
 一瞬だけの不安を、希美は振り切る。
 例え自分のことを忘れてしまっても、絶対に思い出させる。そんな気持ちで希美は病室に足を踏み入れた。
 あさ美が、笑顔で迎える。先にここを訪れた時と変わらない、柔らかな笑顔。
「あさ美…ちゃん?」
「ののちゃん」
 自分の名を呼ぶ、友。
 彼女はやはり自分のことを忘れてはいなかったのだと、希美は嬉しさで泣き崩れるような思いに駆られた。
 希美はあさ美の近くに椅子を寄せ、腰掛ける。
「体の調子はもういいの?」
「うん、大分良くなったって、お医者さんが。まだ動き回るのは無理だけど、もう少ししたら退院できるんじゃないかって」
512 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時56分30秒
 にこやかに話すあさ美を、いきなり両の手が襲う。希美の指はあさ美の頬肉を摘むと、ぶるんぶるんと上下に揺らし始めた。
「ひょ、ひょっとののひゃん…」
「良かった…本当に良かった…」
 希美は泣いていた。自分の不注意がもとであさ美に傷を負わせてしまってから、今の今まで、希美の心にはある種の緊張に支配されていた。それが一気に緩んでしまい、そのまま涙へと繋がったのだ。
「…うん、わたし、頑張って早くよくなるから。そしたら約束してたこと…一緒に遊びに行こうね…」
 涙を流したまま、希美は頷く。
 病室の窓から挿す光が、仲良く並ぶ二つの影を映し出していた。
513 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時57分32秒


「うん、ここで停めて」
 車を運転する圭の横で、なつみはそう言った。
 道路を隔てて、美しい海と白い砂浜が見えた。
「なっち、ここは?」
 圭の問いに、なつみは目を細めて答える。
「ここはね、なっちたちの…始まりの場所。ほんとは矢口やごっつぁん、紗耶香や他のみんなも連れて行きたかったんだけどさ」
「そうなんだ…」
「車、降りよ? 裕ちゃんたちが待ってるから」
 なつみは率先して車を降りた。圭もそれに続く。
 階段を伝って、砂浜に降り立つ。
 そこに、裕子と圭織、そして…つんくが立っていた。
「なっちも圭ちゃんも遅いよお!」
「この三人でどないして時間潰せっちゅうねん」
 渋い表情の裕子と圭織。
 つんくはいつも通りの趣味の悪いサングラスをかけて、
「まあええやないか。今日も御天道さんが燦燦としてるわけやし、みんなで水着になって海水浴はどうや?」
と下品に笑った。すぐさま、
「そんなアホなこと言うて。今日は大事な用事でここに来たんでしょう?」
と裕子に突っ込まれる。
514 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)03時58分20秒
「あのつんくさん、どういうことなんですか」
 状況が飲み込めず、圭はつんくに詰め寄った。
「あいつの葬式、ここでやったろう思てな」
 つんくは懐から、小さな箱を取り出した。
「あいつの葬式ってもしかして…」
「せや。福田との…最後のお別れや」
 つんくはもう、笑っていなかった。
「明日香…こんなに小さくなっちゃって」
 圭織が、つんくの持つ箱に触れる。
「あいつの遺骨、持ち出すのに相当苦労したねんで? まあ、凶祓い組織の総元締めの地位を最大限に利用させて貰ったわ」
「ここに、福ちゃんの骨を撒くんですね」
「ああ。ここは、お前らが事務所の結成を誓った場所やからな」
 なつみにそう言うと、つんくは海に向かって一歩前に出た。箱の蓋が外され、明日香の欠片が海風に舞う。
「さよなら、明日香…」
 圭が、そっと呟く。
515 名前:第十二話「明日への望み」 投稿日:2003年07月31日(木)04時01分38秒

 俄かに強まる海からの風に、その場にいた誰もが目を細めた。
 それは明日香の、最後のメッセージのようだった。 

 なつみは思う。いつかは、自分も明日香と同じように戦いの中で散る日が来るかもしれない。でも、その日が来るまで明日香や、自分たちの意志を必ず後輩たちに伝えよう。それがきっと、彼女の意志でもあるから。
 なつみの胸に甦る、友の笑顔。散り散りになった明日香が、青く広がる空を目指して飛んでいっている。そういう風に思えた。

                Blue Flame   
                             FIN
516 名前:ぴけ 投稿日:2003年07月31日(木)04時13分12秒
というわけで「Blue Flame」、取り敢えずは完です。

>>つみさん
次回が楽しみとは、勿体無いお言葉…
その場合は、続編扱いになったりするんですかね。
ちょっと気の早い話ではありますが。

>>予想さん
分かり易い表現で申し訳。
やっぱり白い鍵と言えばヤンジャ…いや鈴木○みですよね。

>>和尚さん
そこまで言っていただけるとは…
喜びでこっちが涙出そうです。 
517 名前:ぴけ 投稿日:2003年07月31日(木)04時21分56秒
生意気なようですが、あとがきなど少々…

今回の作品は自分にとって初めてづくしでした。
初めての娘。小説。
初めての三人称小説。
初めての飼育での小説…
数え上げれば限が無いのですが、そんな状態で書き始めました。
で、ここまで辿り着いたわけです。
一応この作品の主題である「辻の成長」「なつみと明日香の友情」は書き切れた
ような気がしますが、いかがでしょうか?

 最後に、これまでこの作品を辛抱強く読み続けてくださった読者のみなさま、
それとこの場をお貸し下さった管理人様に深く感謝の嵐です。

 それでは、また。
518 名前:ぴけ 投稿日:2003年07月31日(木)04時23分30秒
そして蛇足。
容量が余っているようなので、ちょっとした番外編を書いてみようかな…
などと思ってます。
もう少しだけ、お付き合い下さい。
519 名前:つみ 投稿日:2003年07月31日(木)08時50分41秒
終わっちゃった〜〜(泣)
何か中途半端な感じが・・・
で・・・でも番外編や続編を心待ちにいたしております!!
520 名前:和尚 投稿日:2003年07月31日(木)13時10分36秒
完結お疲れ様でした。
いろいろと伏線というか気になる所がありますので、次回は是非お願いします。

番外編楽しみに待ってます。
521 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月03日(日)12時25分00秒
とっても楽しく読ませてもらいました。2作目もつくってみてはどうでしょうか?
522 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月05日(火)17時07分24秒
では、番外編などを少々…

タイトルは「霧氷と雷光」です。
523 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時08分01秒



 クラスに必ず一人はいるような子。
 休み時間になると一塊になって、「わたしたち友達なんですぅ」って感じのオーラを出しているような子。でも、集団の中ではそんなに目立たない子。

 もしも。
 あたしと彼女が精霊の力を持っていなければ…
 あたしたちは友達になんて、絶対になれなかっただろう。
524 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時08分52秒


 耳に流し込むのも億劫な授業が終わる。
 それまで強制的に教室の椅子に抑えつけられていた生徒たちは、種が弾けるみたいに方々へ散っていった。
 揃って学食に出かける子たち。机を囲んでめいめいの弁当箱を開き始める仲良し三人組。雑誌を広げて意味もなく馬鹿騒ぎし始めるグループ。
 あたしはそのどれもに属することなく、自分の机に足を載せつつ、後ろの壁に椅子を凭せ掛けていた。
 向こうが避け始めたのが先か、こちらが威嚇し始めたのが先か…とにかく気がついた時にはクラスの鼻つまみものになっていた。まあ、然して問題じゃないけど。
 理由はただひとつ。
 あたしは、人とは違う能力を有している。
525 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時09分47秒

 「それ」が発現したのは、ささいなきっかけからだった。
 友達の手をとった時に、静電気が走った。
 はじめは偶然のことと捉えていた友人たちも、それが恒常化するにつれ、徐々にあたしを避けていった。
 決定的な出来事は中学に上がったばかりのある日。こちらに引っ越して来たばかりの、何も知らない馬鹿がふざけてあたしの襟首を掴んだ。
 次の瞬間、そいつの体を強力な電流が駆け抜けた。
 あたしの身に起こった超常現象はやがて「吉澤は常にスタンガンを持ち歩いている」という妙な話に擦り替えられ、以後危険人物として周りの人間により一層避けられるようになった。
 ほぼ同じ時期に親父が死んだということもあって、あたしの心は真っ直ぐに荒れていった。男女問わずその手の人間には喧嘩を売って、悉く電流を浴びせてやった。でもそれは電流の発動のさせ方がよくわからないうちだけの話で、わりとコントロールが利く様になるとつまらなくなってやめた。
526 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時10分54秒

 電流が流れ出す際、必ずと言っていいほど誰かの呼び声がした。
 呼び声の求めるままに心を重ねると、面白いように体から電流が迸った。
527 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時11分29秒

 こうして、今のあたしの立場は完成する。
 孤独な、一匹狼。
 溜まったフラストレーションは専ら近所のボクシングジムに通うことで発散していた。
 広大な学び舎の中では、いつも一人。
 でもあたしは、寂しくない。
 やらなければならないことが、あるから。
528 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時12分07秒


 小さな頃から、ずっと親父の背中ばかり追いかけてたような気がする。
 親父は、あたしが知り得る限り「最強」に相応しい男だった。
 滅多に家に帰って来ない、父親としては最低だったけれども一人の男としては本当に…かっけー奴だったんだ。
 一番印象に残ってるのが、親父と一緒に銭湯に行った時のこと。
 きっと危ない仕事を生業としていたのだろうが、湯船に十数人の男が押しかけて来た。親父はまだ小さかったあたしを背に、その男たちをあっという間に地に這わせた。
 そういった言わば修羅場みたいなものは親父と一緒にいると必ず遭遇する(だから家に寄りつかなかったのかもしれない)ことだったが、あれは圧巻の一言だった。
「大丈夫か、ひとみ」
 親父はあたしを背から下ろして、馬鹿でかい手であたしの頭を撫でつけた。その時の岩みたいにゴツゴツした感触は、多分忘れることはないのだろう。
529 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時12分49秒


「…さん、吉澤さん…」
 知らない声が聞こえる。目を開けると、そこには怯えた表情の見知らぬ少女が立っていた。あたし、知らない間に眠りこけてたみたいだった。
「…何か用?」
 できるだけうざったそうに、そう言った。ハリネズミの防衛本能、何となくそんな言葉が思い浮かぶ。
「あっ、あの…二年生の先輩が、吉澤さんはいるかって…今、教室の外に…」
 するとその女生徒は、ますます青い顔になって口篭もった。視線が落ちつかず、あちこちを泳いでいる。少しだけ、申し訳無い気持ちになった。
 あたしは返事をする代わりに椅子を思い切り前に倒し、反動で体を起こした。そのアクションにびくつく可哀想な子を尻目に、教室の外へとゆっくり歩き始める。
 大方「先輩方のご指導」か何かなのだろう。うちの学校がいくら有名な女子高だとは言え、そんな感じのとんがった連中は少ないながらも存在していた。入学して以来、度々「ご指導」のために呼び出され、その度にご指導し返してやった。あたしの記憶が確かならば、もうそんなことをする馬鹿はいないはずなのだが。
 だけど、教室の外で待ち受けていた人物は想像していたのとは程遠い、華奢な美少女だった。

 それが、彼女との出会い。
530 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時13分46秒


 あたしの姿を確認すると、その子は俯きがちに儚げな微笑を浮かべた。
 八の字に下がった眉、潤んだ瞳、ほっそりとした輪郭…薄幸の、といった冠の似合いそうなその少女には、確かに見覚えがあった。
 石川梨華。
 新入生の間で瞬く間に噂となったその二年生は、あっという間に彼女たちの憧れの存在になった。成績優秀な優等生、良家のお嬢様。噂だけなら、彼女はまったく非の打ち所がなかった。
 一度だけ、彼女が登校する姿を見かけたことがある。取り巻きに囲まれ歩くその姿は、あまり幸せそうには見えなかった。
 兎に角、学校に男子がいたなら間違いなく「学園のアイドル」として祭り上げられるような存在があたしの目の前に立っている。何もかもが、あたしとは正反対な立場の人間。とても、不思議な気分だった。
「吉澤…ひとみちゃんね」
 想像していたよりも、随分高い声だった。この人、一体どこから声を出してるんだろう。
「そうですけど、あの…石川先輩、あたしに何か用ですか?」
 さっきの子にしたのと、同じような対応。それでも石川先輩はまったく物怖じせずにこう言った。
「ここじゃ、言いにくいことなの。場所、変えていい?」
531 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時14分18秒
 あたしは、訝しげな表情を作って見せた。場所を変える必要がある話? ぼーっとしている時に耳にした、レズカップルがこのところ大量発生してるという噂を思い出し、思わず鼻で笑う。
「何かおかしいこと、言った?」
「いえ、別に…それより、ここで話せない話って何なんですか? 手短に済ませたいんですけど」
 再び、一刺し。あまりに完璧な防御機構に、我ながら呆れてしまう。でも、先輩の発した言葉は予想もつかないものだった。
「あなたのお父さんの秘密、知りたくない?」
 何故、彼女の口からそんな台詞が? あたしの胸に驚愕の感情が満ちてゆく。
 先程とは違い、石川先輩の瞳には強い意志のようなものを感じられた。不覚にもその瞳の光に、一瞬だけ心を奪われた。
 何はともあれ、一笑に伏して遠ざけるような類の話でないことだけは確かだった。
「わかった。放課後、学校裏の喫茶店で」
 あたしは学校帰りにいつも立ち寄る喫茶店を待ち合わせ場所に指定し、後ろも振り返らず教室に戻った。
532 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時15分56秒


 その喫茶店は、こぢんまりとした小さな店だった。
 うちの高校自体が最寄の駅から遠く離れていることや、住宅街の中に埋もれていることもあって客の出入りも少ない。うちの高校の人間などは殆どが利用しないだろう。そこが良かった。
 有線のジャズ音楽が緩慢に流れる店の中で、あたしは石川先輩を待っていた。彼女がどれだけあたしを待たせていたかは問題でなく、頭の中は彼女の残した言葉のことでいっぱいだった。
 親父の秘密。娘であるあたしの知らない、それでいて石川梨華が知る秘密。それが一体何なのかは想像もつかないけれど、聞いてみたかった。親父の背中が、少しだけ近くなるような気がしたから。
 先輩が喫茶店に現れたのは、日も暮れかけようとしていた時だった。彼女はあたしが座っているテーブルの向かいにつくと、
「ごめん、授業が長引いちゃって」
と申し訳なさそうに謝った。何か、仕草の一つ一つが女の子、って感じだ。あたしには到底真似できない。
「いいよ。そんなことより…」
 あたしは学校での言葉の答えを促した。けれど、
「あのね。ひとみちゃんに、手伝って欲しいことがあるの」
とスルーされる。
533 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時17分06秒
「ちょ、ちょっと、学校で言ってた親父の秘密って何なんですか? それを聞くためにここに来たんですけど」
「お願い、話を最後まで聞いて」
 潤んだ瞳でそう言われると、何か変な気分だった。取り敢えず、大人しく指示に従う。
「化学くんって…知ってる?」
「はあ、うちの学年の物理教師ですから」
 そう答えつつあたしは化学くんの顔を思い浮かべる。青白い顔の色、いつもにやけた表情、どこを見てるかわからないような糸目、べったりと額にはりついた前髪…一言で言えば、キモい。物理の教師なのに化学くんとあだ名されるのは、薄汚れた白衣のせいだろう。
「その化学くんが、夜な夜なうちの生徒を物理室に呼び寄せて何かをしてるの。わたしは何をしてるのか突き止め、彼がしている不道徳な行為を白日の元に晒したいんだけど…それをひとみちゃんにも手伝って欲しいんだ」
 目が点になった。確かにそれが事実だとすれば、大問題だ。けれども、それを何故彼女が解決しなければならないのだろう。
「何すかそれ。そんなの、警察に任せればいいじゃないですか。どうして石川先輩が、それに何であたしが…」
 言い終わる前に、先輩は目の前のコップを手にする。それから、おもむろにそのコップを逆さにした。
「何を…あれ?」
 水が落ちてこない。最初から水が入ってなかったのか。いや、そんなはずはない。ここに来てから、先輩はコップに一口もつけてない。じゃあ一体…
534 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時18分01秒
 その疑問はあたしを行動に走らせた。彼女の持つコップを強引に奪い取る。と、掌に伝わる冷たい刺激。
 コップの中身と彼女の顔を交互に見やる。コップの中身は、完全に凍りついていた。目を細め、微笑する石川先輩。
「おどろくことないじゃない。だって、ひとみちゃんだって精霊使いなんだよね?」
「せ、精霊使い?」
「平たく言えばわたしや、あなたみたいな特別な力を持っている人たちのこと。こういう力を振るう時、誰かの声が聞こえない? それが、精霊よ」
 心臓を鋭い何かで貫かれたような衝撃。あたしの力がどういう経緯で発揮されているのかとか、そういうことは問題ではなく、あたしの特別な力を見抜かれてしまったという驚き。冷や汗が頬を伝わった。
535 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時18分33秒
 あたしの反応に満足したのか、彼女は微笑んだまま話を続けた。
「最近生徒たちが次々に入院する現象が起きてるわ。わたしは化学くんが全ての原因だと思ってる…今までの傾向からすれば、あいつは今夜標的を連れてくるはず。これ以上被害を広げない為にもひとみちゃん、あなたにも」
「やめてください!」
 あたしは無理やり石川先輩の話を中断させる。
「先輩とあたしが、特別な力を持ってることはわかりました。でもどうしてあたしたちが? あたしは、この能力で随分苦しみました。その力で、今度は人助けでもしろと? はっきり言って、賛同できません」
 彼女はそっと瞳を伏せ、それからあたしの心の芯を真っ直ぐ見据えるように言った。
「今夜九時に、校門の前で待ってる」
「そんな勝手な!」
 席を立つ石川先輩。あたしはその後姿に更なる言葉を投げかけようとした。しかし。
「あなたはきっと来る。あなたのお父さんも、「人助け」を生業とする精霊使いだったから」
 からんからんという、ドアのベルの音だけが鳴り響く。
 親父が…あたしや先輩のような、特殊な力を持っていたってこと?

 その疑問は、所在なさげに宙を漂っていた。
536 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時19分29秒


 家の近所のボクシングジム。
 親父のことが邪魔して、トレーニングにも身が入らない。
 いつもはストレス解放の意味を持つ行為も、今日は苦渋を上塗りするだけだった。
「おう。どうしたよ、ひとみちゃん」
 見慣れたゴリラ顔が近づいて来る。あたしに声をかけてくるのは、ジム内でもこの物好きなオーナーだけだ。
「いや、別に…」
「パンチに腰が入ってねえんだよなあ」
「そんなこと…ないですよ!」
 言葉を振り払う様に、パンチングボールにパンチのラッシュを浴びせる。オーナーはその様子を黙って眺めていたが、やがて、
「今日はノー牧場だ。家に帰ってクソして寝ろ」
と言った。
「はあ?」
「あのなあ…クソを我慢して試合に臨むボクサーがどこにいるんだ?」
 あたしの考えなどお見通し、ってわけか。あたしはかぶりを振ってから、
「わかりました。スッキリさせてから、明日また来ます」
とオーナーに告げた。
「ん、オッケー牧場!」
「あ、そうだ」
「何だ?」
「あの…あたし一応女なんで、クソとか目の前で言わないで下さい」
 オーナーは頭をぽりぽり掻きつつ、
「オッケー牧場…」
と呟いた。
537 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時20分17秒


 家の玄関の前に立つ。
 小さな、古びた引き戸。その向こうには、あたしを待っている人がいる。
 今まで、意図的に親父が何をしていた人だったかを聞かないできた。聞いたら、きっとあたしは親父と同じ道を歩むことになるから。母さんを、悲しませてしまうから。
 でも、幸か不幸かあたしは答を手にしてしまった。もう前に進むしかない。そんな強い意志の元、玄関をくぐった。
「ただいま、母さん」
 声を聞きつけ、出迎えてくれる母さん。
「ひとみ、お風呂の用意できてるから。あんたの好きなベーグルも冷蔵庫の中にあるわよ」
「母さん…ちょっと、話があるんだ」
 何かが伝わったのか、母さんは、
「とりあえず、上がんなさい」
とだけ言って居間へと消えていった。彼女の表情があたしの心を刻む。その痛みを堪え、居間に上がった。
538 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時21分04秒
 ちゃぶ台の前に座る、母さん。こんな小さな体であたしを今まで育ててくれたかと思うと、涙が出そうになる。
「…父さんの、話だね」
 あたしはゆっくりと、頷いた。
「親父は…精霊使い、ってやつだったんでしょ?」
「そこまで知ってたのかい。なら、隠し立てはできないねえ」
 母さんは大きく溜息をつき、それから一つ一つ、語り始めた。
 親父が特殊な力を操る、精霊使いと呼ばれる存在だったこと。
 精霊の力を駆使して様々な依頼を受ける仕事についていたこと。
 そしてその業界の中で、親父はかなりの腕の持ち主だったということ。
「そうか。そうだったんだ…」
 あたしの中でもやもやしていたものが、はっきりと確信に変わる。そして精霊使いの世界とあたしを繋ぐ唯一の存在は…石川梨華だ。
 柱時計に目を移す。時計の針は八時を回ろうとしていた。
「ありがとう母さん…おかげですっきりしたよ。じゃ、これから風呂入るから」
 そう言って、あたしは居間を出た。気持ちはもう、決まった。
 あたしは今夜、この家を出る。
539 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時21分40秒

 風呂上りに近所を散歩、と言った感じで学校に向かった。
 ベーグルを齧りつつ、夜の闇に浮かぶ月を見上げる。欠けた月の形は、何となく石川梨華の顎を思い出させた。
 今日の今日まで、与えられた力が何のために存在するのか、わからなかった。
 でも、その意味を、その未来を彼女が、教えてくれるかもしれない。
 直接そう言われたわけじゃない。
 確信があるわけでもない。
 ただ、何となくそんな気がした。
 今はただ、導かれるままに。
540 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時22分25秒


 校門前に、先輩はいなかった。
 校舎の時計は九時をとっくに過ぎていた。
 意外と待ち合わせ時間を守れないタイプだったりして。
 それとも、化学くんが現れず計画は中止とか。
 あたしは首を左右に振った。きっとあの手のタイプは忠犬ハチ公みたいにいつまでも待ってるに違いない。じゃあ何故…
 ここであたしの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。
 もし、あたしを待っている時に化学くんと鉢合わせてしまっていたら?
 結論を出すよりも速く、体が動いた。
 門扉に手をかけ、それを支点にして体ごと向こうへ飛び越す。
 …あたし、ちょっとかっけーかも。
 なんて、そんなこと思ってる場合じゃなかった。わき目も振らず、物理室へと走っていった。
541 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時23分23秒

 静まり返った、物理室のある別棟。
 でも、廊下の奥の方にある物理室からは確かに明かりが洩れていた。
 あたしはゆっくりと、物音を立てないように近づいてゆく。
 その時だ。
「きゃああああああ!」
 絹を裂くような女の子の悲鳴。まさか、石川先輩!
 一気に駆け抜け、部屋のドアを乱暴に開けた。
 そこには、信じられない光景が広がっていた。
 床を覆い尽くすように広がる、水のようなもの。それが教壇に立つ男の体からこんこんと涌き出ていた。男は化学くんで、化学くんの口からは…てかてかとした粘液に塗れた触手が伸びている。その触手の先には、悲鳴の主である石川先輩が絡め取られていた。
「い、石川先輩!」
 あたしは倒れている彼女の元へ近づく。
「ひとみちゃん、助けて!」
 顔を上げた先輩は、ほっとしたようなそれでいてまだ強張った表情をしていた。あたしは化学くんを睨みつける。
「今日はついてるなあ…石川くんに続いて、こんなにかわいい子が来るなんて」
 化学くんはべったりと貼りついた前髪をかき上げ、広い額を露にした。
542 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時24分12秒
「おい、先輩を離せ!」
「慌てないで。石川さんはぼくが前々から狙いをつけてた子なんだ。きみの相手は、彼女をじっくりと味わった後に…してあげるよ」
 悪寒がした。前からこいつのことは好きじゃなかったけれど、今日の感じは格別だ。眼鏡の奥から覗く目は、陰湿そのものだった。
 ぬめぬめとした触手が、石川梨華の褐色の足に絡みついている。女のあたしから見てもこの光景は何とも淫靡で…ってそんなこと考えてる場合じゃないから。
「先輩、あの力は使わないんですか!?」
「…効かないの」
 喫茶店で話した時とはうって変わって、頼りない返事が返ってくる。もしかしたらこっちが本来の彼女の姿なのかもしれない。
 とにかくこの触手を何とかしなきゃ。そう思ったあたしは、床に這う触手を思い切り殴りつけた。いつものように、電流を込めて。
「ぎゃん!?」
 驚いたのか、化学くんはしゅるしゅると触手を引っ込めて口の中に収納し始めた。
「そんなんじゃダメ! もっと電流を流して!」
 横からそんな叱責を受けた。んなこと言ったって…
543 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時25分10秒
「妙な力を使うみたいだけど…ぼくには敵わないよ」
 先輩の言葉を証明するように、化学くんはけろりとした顔で教壇に突っ立っていた。
「くそ…普通の奴なら気絶してるはずなんだけど」
「あいつは邪霊の力に支配されてるの。最早人間とは言えないわ」
 少し疲れた顔をしながら、石川先輩は言った。
「失礼だなあ。あの坊主はぼくに素晴らしい力を与えてくれたんだ。奴の言ってた『来たるべき日』が来るまで、好き勝手にこの力を使わせてもらうよ。きみたちのようなかわいい子を楽しむ為にね!」
 化学くんの口から再び触手が吐き出される。あたしはそれを軽いステップでかわしたけれど、腕に突然感じる生暖かさ。腕にもう一つの触手が、絡みついていた。
「触手が一つだとでも思ったかい? へへへ…」
「キモいんだよ、離せ!」
 あたしは纏わりつく触手を腕ごと、机に叩きつけた。だが触手は猶も肌に吸いついたままだ。
「黒い肌もいいけど、白い肌もまた何とも…」
 下卑た笑みを浮かべる化学くん。こいつ、凄くぶっ飛ばしたいんだけど。
「ひとみちゃん、そいつに触らせちゃダメ!」
「もう遅いよ」
 さらに別の触手が襲いかかる。あたしの四肢は気持ち悪い四本の触手によって完全に自由を奪われた。
544 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時26分08秒
「氷の精霊よ、不浄なる触手を凍らせて!」
 先輩の声とともに凍気みたいなものが集まって、次々に触手たちに襲いかかる。でも、触手に凍りつく様子は見られない。
「石川さん。ぼくにきみの力は効かないんだよ。今はこの子と楽しんでる途中だから、大人しく見ていて」
 そう言い終わるや否や、体の力ががくんと抜けた。もしかしてこいつ、触手であたしのエネルギーを吸い取ってるとか?
「さあおとなしくなったかな? これであんなことやこんなことを…うひひ」
 その時だ。さっきまであたしの側にいたはずの先輩が、化学くんに体当たりをしかけたのだ。転がるように倒れる二人。
 起き上がった化学くんの顔は朱に染まっていた。
 ぱんっ。
 彼女を立たせると、いきなり平手打ちを見舞わせた。
 かっと頭に血が昇る。気付いた時には四本の触手に、ありったけの電流を流していた。もんどり打って倒れる化学くん。それから触手の束縛が緩んだのを確認し、尻餅をついたままの標的に向かって一直線に突っ込む。
「わ、待って、話せばわかる…!」
 頬を、右のフックが捉える。化学くんは眼鏡をふっ飛ばしながら、だんご虫みたいに丸まって壁に叩きつけられた。
「お前みたいな奴と話し合いたくないっつーの」
545 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時26分44秒
「ひとみちゃん!」
 不意に襲いかかる、柔らかい感触。石川先輩が抱きついてきたのだ。
「ちょ、ちょっと先輩…」
 暖かいその体は、少しだけ震えていた。あたしは彼女の震えが止まるまで、その身を預けることにした。
546 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時27分31秒

 だいぶ落ちついたのか、先輩は少しずつ色んなことを話し始めた。
 自分が駆け出しの「凶祓い」(化学くんみたいな奴を退治することを目的とした職業らしい)であること。
 依頼人から、うちの学校に嘗て名を馳せた凶祓いの娘(つまりあたしのことだ)がいて、既に能力に目覚めていると聞いたこと。
 あたしを待っている時に化学くんと出くわしてしまい、やむを得ず「先生を待ってたんです」と嘘をつき一緒に物理室へ向かったこと。
「で、こいつはどうするんですか? 警察に引き渡すとか?」
 一通り話を聞いた後、でんぐり返し状態のままのびている化学くんを指差した。
「ううん。わたし、事務所に属してない凶祓いだから…仲介人に身柄を引き取ってもらうの」
「そうなんですか、先輩何かかっけーっすね」
「そんなんじゃないけど…それより」
 石川先輩が、遠慮がちに目を伏せる。
547 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時28分08秒
「何ですか?」
「その…先輩、って言うの、止めて欲しいな。何だか他人行儀じゃん? これからもひとみちゃんに手伝ってもらうことがあるかもしれないし」
「先輩は何って呼ばれたいんですか?」
「普通に梨華ちゃん、でもいいけど…そうだ、チャーミーっていうのは?」
「…梨華ちゃん、でいいです」
「あ、そう…」
 何故か項垂れる先輩…いや梨華ちゃんか。
「じゃああたしのこともひとみちゃん、ってのやめて下さいよ。なんかあたし、そういうキャラじゃないし」
 梨華ちゃんは少し考えた後、いくつかの候補を挙げた。よっすぃー、ひーちゃん、ひとぴょん、とみこ…本当にセンスないんだなあ、この人。
「…よっすぃーで、いいです」
 再び項垂れる梨華ちゃん。まあ正直、とみこってのも悪くなかったけれど。
548 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時28分45秒
 家に帰り、荷造りを始めようと自分の部屋に入ったら既に部屋の真ん中には小さなバッグが置かれていた。
 母さん…
 隣の部屋で寝入ってるかもしれない母さんのことを思う。これから旅立つ娘に対して、どういう気持ちで荷物を用意したのだろう。仕事のためとは言え、散々家を放ったらかしにしておきながら最終的には彼女を残して死んでしまった親父。そんな母さんを置いていってしまう、あたし。
 でもあたしが凶祓いの仕事をはじめたら母さんに迷惑をかけてしまうだろう。かと言ってこのまま大人しく家で縮こまってなんか、どう考えたっていられない。苦渋の決断だった。
 物音を立てないように、玄関を出る。後ろは振りかえらなかった。振りかえったが最後、最初の一歩を踏み出せなくなるような気がしたから。

 行って来るよ、母さん。
549 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時29分46秒


「ええっ!?」
 あたしが凶祓いとして一緒に働きたいという主旨の話をすると、梨華ちゃんは目を丸くして驚いた。
「何をそんなに驚いてるの? 誘ったのは梨華ちゃんのほうだし」
「やだちょっと、誘っただなんて」
 何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にする梨華ちゃん。確かに学校の廊下で話すような話題じゃないけどさ。
「断わったってダメだよ。あたし、もう家出て来ちゃったし」
「でも…わたしはよっすぃーに手伝ってもらおうと思ってただけだし、それによっすぃーを危険な目に合わせちゃうかも」
「何言ってんの。あたしより弱いくせに」
「なによそれ、ひどーい!」
 梨華ちゃんは泣きそうな顔をして抗議した。第一印象は何か幸薄そうなお嬢様、って感じだったけど懐に入ると結構お茶目な子なんだ…
 そう思った矢先の出来事だった。
 はじめにそれの存在に気づいたのは梨華ちゃんだった。それまでの笑顔が、ゆっくりと消えてゆく。まるで、凍らされたバラの花のように。
550 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時30分59秒
 廊下の向こうから、その人はゆっくりと近づいて来た。氷のような、冷たい視線。
「柴…ちゃん」
「久しぶりね、梨華ちゃん」
 柴ちゃん、と呼ばれたその人はあたしたちと同じ、白いセーラーを着ていた。でも、こんな人学校にいたっけ…?
「どうしてここに?」
「あなたのお母様の言いつけで、あなたのことを見張っていたの」
 その人はそう言うと、それまでの氷の表情を緩めた。口から覗かせる大きめの前歯には愛嬌すらあった。でも。
「わたし、あの家には帰らないから」
 梨華ちゃんは強い態度で、その人に言い切った。さっきまでの梨華ちゃんからは考えられない、頑ななまでの意志。
「わかったわ。別に連れ戻しに来たわけじゃないし。でもこれだけは言っておくね。あなたのお父様もお母様も、あなたが外の世界で仕事をすることには反対みたい。だから、次に私と会う時は…覚悟しておいて」
 それだけ言うと、その人はあたしたちを通り過ぎて下り階段へと消えていった。
「誰、あの人…」
「わたしの、家庭教師だった…ひと」
 梨華ちゃんの表情は、心なしか寂しそうに見えた。
551 名前:霧氷と雷光 投稿日:2003年08月05日(火)17時31分36秒
 しばらく、何とも言えない沈黙があたしたちを包んだ。
 聞きたいことはたくさんある。でも、どれもこれも切り出していいのかわからないものばかりだった。そのうち、梨華ちゃん自ら沈黙を破る。
「よっすぃー、いいよ」
「…いいよって、凶祓いとして一緒に働くこと?」
 梨華ちゃんは無言のうちに頷いた。そして、
「できればパートナーである前に、友達として…ね?」
と遠慮気味に言った。
「友達か。いいね」
 あたしに断わる理由など、ある筈もなかった。


                   「霧氷と雷光」 FIN 
552 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月05日(火)17時43分18秒
というわけで、ちょっとした番外編の短編を書かせていただきました。
見ての通り、短編は非常に苦手です(汗)。

>>つみさん
中途半端…まったくその通りで。
例え続編があろうとも、一球入魂の意気で作品を書き上げるのが作者の務め。
でないと第一部・完(略)。

>>和尚さん
伏線張りまくり小説とお呼び下さい…
しかも番外編でまた伏線張ってるし。
全部回収できるか、心配です。

>> 521名無しさん
ありがとうございます。
続編はもちろんなのですが、もう少し容量に余裕があるようなのでもう一本
番外編を描いてみようかと思います。
553 名前:つみ 投稿日:2003年08月05日(火)18時41分34秒
よっすぃ〜と梨華ちゃんの過去編っすか!!
次回の番外編も待っています!
554 名前:和尚 投稿日:2003年08月05日(火)19時08分58秒
また気になる方が登場しました(苦笑)
続編に出てきそうな予感です。

>全部回収できるか、心配です。
信じてますよ。全部回収できるって(微笑)
555 名前:んあ 投稿日:2003年08月13日(水)18時14分33秒
     \ヽ ぶ り ん こ 保 全 隊 見 参 や で! //

  \ヽ 極悪なのれす! //

          , -ー- 、         , -ー- 、
        ∋0.ノハヾ.0∈      @.ノノハヾ.@
          ( ▼D▼)       ( ▼д▼)
          ("O┬O        ("O┬O
       ((  ())`J())-))       ())`J())-))    キコキコ


           \ヽ よ っ し ゃ 次 の 保 全 ま で 待 機や ! //

   \ヽ 極悪なのれす! //

          , -ー- 、           , -ー- 、
         ∋0ノノハヾ0∈       @ノノノハヾ@
          (... . .  )         (... . .  )
          (... . . つ         (:. . . つ
   ((      (()-(()`J(()        (()-(()`J(()   キコキコ

556 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月16日(土)15時04分43秒
次の短編、行きます。

タイトルは「ナニワ凶祓道」(深い意味なし)
557 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時07分26秒




「おはようさーん!」
 今日も元気だ朝が来た。アイーン体操でもしたい気分やな。
 加護亜依は、勢い良く事務所のドアを開けた。だが、椅子に座っているもので返事をする人間は、いない。
 何や、相変わらず辛気臭い連中やな。
 心の中でそう毒づくと、亜依はさっさと自分の席についた。
 大阪の名門であるこの凶祓い事務所に亜依がやって来てから、既に半年が過ぎようとしていた。だが、亜依は事務所の殆どの人間と打ち解けてはいなかった。
 亜依は机に突っ伏し、睡眠の体勢に入る。ここの凶祓い事務所の場合、仕事を得る為にわざわざ電話で自分たちを売り込む。現に今も、ひっきりなしに事務所の社員が方々に電話をかけ続けていた。
 アホくさ…どうせ大きな仕事はうちに回って来るんや。自分らは精々ゴミカスみたいな仕事、こなしたらええねん。
 目を瞑りながら亜依は、そんなことを考えていた。
 亜依は事務所の正社員でないにも関わらず、事務所一の成績をあげていた。ひとえに彼女の能力の賜物なのだが、それを快く思っていない社員は多かった。
 事務所の扉が凄まじい勢いで開かれる。
558 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時08分20秒
「♪もぅおっなやみむよおう、あーなたのかみぃきっとはえてくるう〜しんじてよろこびだきしめぇよお、りぃぃぶいずぅわんだふぉ〜!」
 陽気に歌いながら事務所に入ってきたのは、身の丈二メートルはあろうかという大女であった。
「みんな元気に仕事しとるか!?」
「…どうでもええけど、その歌やめてくれへんか?」
 亜依は自分の頭を撫でながら、膨れ面をして大女を睨みつけた。
「おおハゲ、おはようさん。今日も元気一杯やなあ。子供は元気が一番やで!」
 意にも介せず、大女は豪快に笑い飛ばす。
 和田アキ子。
 凶祓い事務所の老舗である「クリーク」の大阪事務所の所長。若い頃は「道頓堀のビッグフット」の名で大阪中を荒らし回ったというが、今もその力は健在である。
「うっさいわ! ハゲとちゃうわ!」
「それより、自分宛てに仕事やで」
 和田は亜依に、一枚の紙を手渡す。依頼内容と、詳細の書かれた書類だ。
559 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時09分28秒


 依頼内容:通天閣周辺で、若い女性に痴漢行為を働く邪霊師が出没しているようなので、至急退治して欲しい
 邪霊師の特徴:ハゲ エロオヤジ
 備考:問題の邪霊師は特殊系の能力を有しており、ランクD〜Cが予想されるので充分に注意されたし


「はん…楽勝やないか。こんなんやったら、一生懸命営業してるあいつらに仕事譲ったってええで」
 亜依は蔑んだ目で社員たちを見回す。一瞬にして部屋に不穏な空気が立ち込めはじめた。
「お前なあ、喧嘩売る相手間違うとるで。倒さなあかんのは邪霊師で、うちの社員やない」
「わかっとるわ」
 口ではそう言いつつも、亜依の心には強い不信感が渦巻いていた。
 邪霊師でも凶祓いでも一緒や。所詮人間なんて一人ぼっち、馴れ合いなんか必要あらへんわ。
560 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時10分02秒
 そんな亜依の胸のうちを知ってか知らずか、和田が問いかける。
「加護、お前うちの事務所に来てからどれくらいや?」
「…半年くらいになるかな」
「そろそろ本格的にうちの事務所に骨埋める気い、ないか? もちろん、これまで以上の待遇は保証したる」
 木の枝のような太い指のついた手で、亜依は肩を叩かれる。
 相変わらずおっさんみたいやな…
 そんなことを考えつつ、亜依は首を横に振った。
「もう少し、もう少しだけ…待ってくれへん?」
「…まあ、好きにせえ」
 能力が発現してすぐに、亜依は凶祓いの管理する矯正施設に入れられた。力をコントロールできるようになると、亜依は迷わず大阪に出た。
 一人前の凶祓いになること。それは亜依の大きな目標だった。そしてそのためには、優れた師匠に師事しなければならない。そのために大阪でも大手である今の事務所に転がり込んだのだった。
 和田は確かに素晴らしい凶祓いだった。しかし亜依が理想とする凶祓い像には程遠かった。そこで亜依は、ひとまず事務所預かりという形で在籍することに決めた。いつでも自分が師匠と認めた人間についていけるようにするためである。
「じゃ、行って来ますわ」
 そう言って亜依が事務所のドアノブに手をかけた時だった。
 頑丈そうな木の扉が、一瞬にして吹き飛んだ。
561 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時11分12秒

「な、何やねんな!」
 突然の出来事に、亜依は扉の向こうにいる人物にまくし立てた。扉を破壊した張本人は、担がれた御輿の椅子に腰掛けながら、気だるそうな声を出す。
「邪魔だなあ…どいてよ、チビ」
「お、お前は」
 そう言いかけた亜依を、集団が押し退ける。
「いらっしゃい深田さん!」
「久々の大阪はどうでっか?」
「長旅お疲れでっしゃろ、ささ、どうぞこちらへ」
 さっきまで営業電話に余念のなかった社員たちが、一斉に御輿の前に群がったのだ。
 純白のマントに身を包んだその少女が御輿を担ぐ四人の従者に指示すると、従者たちは肩から御輿を下ろした。
「あーあ、恭子疲れちゃった。早くアッコさんに挨拶して、ご飯食べて寝たいなあ」
 席を立ち、事務所の中に入ろうとする少女の前に亜依が立ちはだかった。
「待ちいや!」
「何か用、チビ?」
 少女が亜依を見下ろす。可愛らしい顔と裏腹に、相当背が高い。
「このあいぼんさんをチビ呼ばわりするとは、いい度胸してるやないか。いくら本家の凶祓いとは言え、見過ごすことは出来へんなあ」
「…和田さあん、このチビ何者なんですかあ?」
「無視すんなやコラぁ! あんた深キョンやろ。東京じゃ姫扱いされてるみたいやけど、こっちでもみんながみんな同じ扱いしてくれる思たら大間違いやで!」
562 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時11分58秒
 深田恭子。「クリーク」若手ナンバーワンと噂される凶祓い。かつての老舗も今や誇れる人材は彼女を含めて数人しかおらず、周りの人間も蝶のように花のようにと扱ってきた。おかげで増長ぶりも激しく、その噂は遠く大阪まで伝わっていた。
 足元でまくし立てる亜依を無視するように再び歩きはじめようとする深田に、亜依の強烈な一言が突き刺さる。
「おいこら、ブタ!」
 深田の歩みが止まった。
「その白いマントの下は一目にも晒せんような、ブヨブヨボディーなんやろ! みんな影であんたのこと何て言うてるか知ってるか? 豚キョンやで豚キョン! うまいこと言いよるわ!」
「…恭子、ブタじゃないもん!」
 振り向き、鬼面の形相で亜依を睨む深田。さらに挑発するような視線を返す亜依。
 二人の視線が、火花を散らす。その勢いに呑まれ、部屋の両隅へと散ってゆく社員たち。   
 決戦の場は出来上がった。
563 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時12分50秒

 深田の左手の爪から、勢いよく水が溢れ出す。水の流れはやがて超高圧の水の刃と化した。
「恭子のことブタって言ったからには、それ相応のお仕置きしてあげなくちゃね」
「お仕置き? それはこっちの台詞やで。返り討ちにしたるから、鳴いて養豚場に帰りや」
 深田の顔が朱に染まる。怒りはそのまま行動となり、五指から噴出される水のカッターが事務所の壁を切り裂いた。
「事務所壊す気か!」
「大丈夫…恭子のポケットマネーで直してあげるから。あんたの治療費は払わないけど」
「…上等や!」
 亜依が深田に突進を仕掛ける。狙い澄ました様に床を破壊する、水流。それは亜依の勢いをまるで削ぐことはできなかった。
564 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時13分57秒
「大阪土産や、受け取りぃ!」
 深田の目の前に突如出現する、巨大な岩。しかし深田はかわすことなく、岩に向かって両腕を突き立てた。岩を穿つ水流によって、深田の両腕はずぶずぶと岩に突き刺さりはじめる。
「あんたの岩なんて、恭子にかかれば…」
 岩に裂け目が走り、それは無数の皹となって岩全体を駆け巡った。大量の噴水とともに、岩が砕け散る。
「湯豆腐同然」
 余裕たっぷりに微笑む深田。亜依はというと、一端距離をとってから再び深田の元へ走り出した。
「…また懲りずに岩攻撃? だからそんなものは…」
 そう言いかけて、自らの指に違和感を覚える深田。指先を見ると、小さな指サック状に岩がこびり付いていた。
「パイプのトラブルはクラシアンに電話しいや、間に合わへんやろうけどな!」
「ちくしょう!」
 急いで指に絡みついた岩を振り解く深田だったが、時既に遅し、亜依が懐まで近づいていた。
565 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時14分34秒

「お前等何してんねんドアホ!」
 二人の動きを止めたのは、和田の地響きがしそうな程の罵声だった。
「加護、お前はさっさと仕事に向かい! 深田もそいつと喧嘩するためにここへ来たんとちゃうやろ!」
 亜依は無言で深田に尖った視線を投げつけると、そのまま階下へと通じるエレベーターに乗り込んでいった。
 そんな様子を忌々しげに見ながら、深田が、
「和田さん…変なチビを雇ってるんですね」
と皮肉を込めて愚痴った。
「でも、手強かったやろ」
「全然。精霊力だって大したことなさそうだし」
 しかし自信たっぷりな口調とは逆に、その顔には焦りが見えた。
 ただの攻撃に見せかけておいて、恭子の水流を封じるなんて…
 恭子は自分が亜依の策略に嵌められたことに、今更ながらに苛立ちを覚えていた。
「あいつの最大の武器は、あのちっこい頭に詰まってる頭脳や。「クリーク」には絶対必要な人材なんやけどなあ…」
 和田はそう口惜しそうに呟くのだった。
566 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時15分13秒


 雑多な商店街を麓に抱える、大阪のシンボル。
 亜依は標的の邪霊師を求めて通天閣までやって来ていた。
 まあ、うちほどの凶祓いになると某名探偵の孫みたいに、出かける先々で事件が起こるもんやけど…
 しかし物事はそうそう上手くはいかない。待てど暮らせど、一向に精霊反応を感じることが出来なかった。
 そうこうするうちに、あっという間に通天閣の向こうの空が赤く染まり出す。亜依の心にも、夕焼けのような焦りが広がりはじめていた。そんな時。
「おう加護、自分こんなことで何してるん?」
 くたびれた茶色のコートに身を包んだ、中年の男。
「…何してようが、うちの勝手やろ」
 亜依は男の姿に気がつくと、つまらなそうに悪態をついた。
 男は亜依が事務所に入ったと同時につけられた、「教育係」。
 だが彼はすぐにお役御免となった。亜依の凶祓いとしての実力が、彼の実力を追い越してしまったからである。
「まあそう言わんと。それより邪霊師を探し回って腹ペコやろ? すぐ近くにうまい串焼き屋あんねん」
「…おっさんのオゴリやで」
 男は顔一面に生えた髭をくにゃっと曲げると、背を向けて歩きはじめた。
567 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時16分02秒

 商店街の外れにある小さな串焼き屋。
 夕飯時ということもあって、店内は多くの人で賑わっていた。
「しかしホンマ自分、よう食うなあ」
 男が呆れ気味に亜依の様子を眺める。
「凶祓いの基本は腹ごしらえやん! これでもおっさんの薄給考えてセーブしてるんやで!」
 皿の上には既に、無数の串が散乱していた。まるで串の盛り合わせだ。
「嬢ちゃんよう食うなあ」
「まだまだや! おっちゃんもう一丁頼むわ!」
 店の親父にそう言うと、亜依は再び手に握られた串焼きを貪りはじめた。
「ところで加護、手がかりは掴めたんか?」
「うっさいわ、おっさんは黙っとき」
 亜依は不機嫌そうに、串カツを齧る。
 亜依は、男のことを完全に軽視していた。力のない凶祓いなど、何の役にも立たない。目障りなだけ。あの事務所にいる能無しと一緒に肩寄せ合っていればいい。そう思っていた。
568 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月16日(土)15時16分36秒
「精霊感応者と組まんかったんか? お前の精神感応力じゃあいつの居場所割り出すんは、難儀やで」
「…何で他のやつの力借りなあかんねん。今度のターゲットは邪霊師ランクDもしくはCや。必要ないわ。それにうちは一人のほうが性に合ってんねん」
 何故かむきになる亜依を静かに見詰めて、男は、
「個人プレイだけじゃ解決出来へん事件もある。加護、たまには協調性を重んじるっちゅうのんも大事なことやで」
と言う。
「協調性なんてクソ食らえや! うちはうちのやり方でいく。大体うちより弱いあんたにそんなん言われとうないわ!」
「ははっ、厳しいこと言いよる。でもな、俺かて昔は切れる頭で色んな事件、解決してきたんやで」
 亜依は最後の一本を無造作に皿に放り投げる。からん、と寂しい音がした。
「昔のことはよう知らんけど、その古びた頭からは古びた策しか出て来えへんやろ。弱いくせに師匠面せんといて」
 ゆっくり席を立ち、亜依はそのまま店を出てしまう。
 男の苦笑だけが、店の中に残った。
569 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月16日(土)15時24分17秒
更新終了。これで前半終了って感じですかね。
少なくて申し訳。

>>つみさん
吉澤の過去編は消化不良だったかも。
時が戻るなら書き直したいかもしれない、って感じです。
いや、いつの日もそう思ってるんですけど…

>>和尚さん
伏線の回収作業…また、増えます(つんく♂風)。
自分で穴掘ってその中に落ちてる感じですね。
さあ、加護の過去編書き終わったら次は新章だ!(空元気)
570 名前:つみ 投稿日:2003年08月16日(土)15時27分40秒
あいぼんの過去編っすか〜!
強い師匠を探してるあいぼんを
助けるのはやはりあの人ですかね^^
571 名前:和尚 投稿日:2003年08月17日(日)20時34分05秒
これは盲点でした!関西といえばあの人でしたね(笑)
この時の加護さん突っ張ってますな〜。
良い事言ってるのに加護さんったら(苦笑)
次の更新で加護さんに変化が訪れるのでしょうか?非常に楽しみです。
572 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時23分14秒


 日が暮れた。
 しかしその薄闇こそが、邪霊師が悪事を働くには好条件だと亜依は考えた。
 痴漢行為か…ランクの割りにはセコいことする奴っちゃ。まあ待っとれ、今に尻尾掴んだる。
 人通りの少ない路地裏に張り込み、通り掛かった女性を襲う邪霊師を待つ亜依。そこで役に立つのは、亜依の能力の一つである「保護色」。
 亜依は土の精霊に働きかけ、自らの体の色を周りの景色に溶け込ませる能力を有していた。これを発動させれば、高位の邪霊師でなければ彼女に気付くことはないだろう。
 亜依の目の前を通り過ぎる、会社帰りらしきOL。そして、彼女の背後に忍び寄る怪しい人影。
 敵か!
 咄嗟に身構える亜依。しかし。
「なあネエちゃん、茶あでも飲まへん?」
 ただのナンパ男だった。
 …紛らわしいわ!
 亜依は小さく作った石をナンパ男に投げつけた。男は小さな呻き声を上げ、ばったりと地面に倒れた。
「な、何でやねん!」
 驚いたのは亜依だ。あんな程度の小石で気絶するなどとは思ってもみなかったからだ。保護色を解き、男に近づく亜依。
「おい自分、しっかりしいや!」
「あ…うう…」
 大きく口を開ける男。その奥には怪しく光る目が、二つ。
573 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時24分06秒
「ひっかかったわ」
「な…」
 男の体内に潜んでいた存在は外に飛び出すと、亜依の体に巻きついた。
「げへへへへ、久しぶりのオナゴや!」
 にゅっと顔を出す、タコ入道。脂ぎった禿頭が亜依の鼻先に突き出された。
「わての名前は横山ノック。ねえちゃん、顔に似合わずええ乳してるなあ」
 ノックと名乗った男は、両手を亜依の胸に這わせた。
「っっっキッショいんじゃボケがあああああ!!!」
 亜依はノックを突き飛ばし、その上に大量の岩を打ち下ろした。ノックはあっという間に大小の岩に埋もれてしまう。
「思い知ったか!」
「ねえちゃん甘いでえー」
 岩の下から声がする。と同時に岩の隙間から黒い液体が洩れ出し、やがて人の形を成した。
「ワシはなあ、邪霊の力で体を自由に液化できんねん。ねえちゃんの岩攻撃なんぞ、これっぽっちも効かんわ」
 対峙して初めてノックと相見える。禿げた頭頂部、濃い眉毛、下がった眦、緩んだ頬。
 爽やかさの欠片もない容貌は、エロオヤジそのものだった。
「変態の上にバケモノっちゅうわけか。最悪やな」
 亜依は挑発の言葉をかけながら、ノックをどうやって倒すか思案する。
 相手の属性は溶液系…炎や氷ならともかく、うちの土の属性とは相性が悪いな。ファイルにはランクD〜C書いてたけど、あてにならへんな。
574 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時25分23秒
「他に仲間はおらへんようやな。ワシ相手によう一人で来たわ、たっぷり可愛がってやるさかい…」
 舌舐めずりをしながら、再び亜依ににじり寄るノック。
「うっさい! お前なんかうち一人で充分や!」
「抵抗するおなごをいたぶるのんも、たまにはええか」
「寄るなこのタコオヤジ!」
 亜依が石礫の雨をノックに浴びせた。だがノックの体は雨を受ける水溜りのように、波紋を描いて揺れるだけだった。
「へへへ、効かない言うたやろ」
「…なら、これはどや?」
 再びノックの体を突き抜ける石礫。
「だから言うてるやろ、そんな攻撃は…」
 ノックの顔色が変わる。石礫が確実にノックの体を削り取っているのだ。
「な、何やと! ワシの体が小さくなっていきよる!?」
「石を軽石みたいに多孔質化させたんや。自分の液体化した体なら、ものの数分でバラバラやで」
「…こな…くそ…」
 実体化すれば石礫の大ダメージを受けてしまう。ノックは成す術もなく、路地裏の向こうの大通りに文字通りばら撒かれた。
「任務完了。楽勝やったな」
 一息つく亜依の背後から、聞き覚えのある声がした。
575 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時26分38秒
「まだや! あいつはめっちゃ渋太いねん!」
 かつて加護の「教育係」だった男。
「何言うてんねん。おっさんも見たやろ? あのハゲはうちにやられて…」
 誇らしげに語る亜依の表情が変わる。背後に感じられる、複数の邪念。振り返ると、そこには群集が集まっていた。
「おい、なめたマネしくさって」
「おなごやから手加減したったけど」
「ワシの楽しみ邪魔する奴は…殺したる」
 次々に口を開く人々。その声色は全てノックのものだった。
「ど、どうなってんねん…」
 予期せぬ出来事に、男は厳しい表情でこう言った。
「加護…確かに自分の策は舌を巻くもんがある。でもな、それが却って奢りになってんねん。その奢りが招いたミスは二つや。一つは単独で事に当たろうとしたこと。そして決定的なんは…相手の特性を考えへんかったことや」
「な…」
「相手は液体や。バラバラにしたらそんだけ標的が増える。しかも路地裏の先は…繁華街や」
 亜依は歯軋りする思いだった。今目の前にある危機が、自分の奢りが招いたものであるということが亜依の焦りを色濃くする。
「こうなったらお前ら全員相手したるわ」
「待てや加護、無闇に攻撃仕掛けたら一般人も巻き添えになるやないか。どや、ここは一つおっちゃんと組んでみいひんか?」
 少し考え込む亜依だったが、
「わかった。組んだるわ」
と呟いた。
「誰かと思たらクリークの落ちぶれ凶祓いやないか。ケツの青いのんとロートルが組んだところで、ワシを倒せる思うたら大間違いや」
「やってみいひんと、わからんで」
 それまで緩んでいた男の表情が、きっと引き締まった。亜依ははじめて男の素顔を見たような気がした。
576 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時27分31秒

 路地裏で睨み合う、凶祓いと邪霊師。
「俺が囮になったるから、加護はこいつら全員を囲うような檻を作ってくれへんか?」
 男は背後の加護に目配せをしつつ、小声で言った。
「自分はどないすんねん」
「俺はお前の教育係やど。もうちょっと信用せえ」
 亜依は目を疑う。今までくたびれた中年だと軽んじていた男の顔つきが、精気に溢れたものに変わっていたからだ。
 無言で頷く亜依から、ノックの取り憑いた群集へと目を向ける男。
「ま、そういうこっちゃ。お前の相手は、俺がしたる」
「お前、後ろのおなごより弱そうやないか。ものの数分でミンチにしたるわ!」
 獣のような咆哮を上げ、サラリーマン風の男が襲いかかる。続いて女子高生が、さらにパンチパーマの中年女性が男に群がった。あっという間に男は群集に取り囲まれた。迫り来る拳、掻き毟ろうとする爪…男は防戦の一方だ。
「おっさん!」
「俺のことはええ、それより早く檻を!」
「…もう知らんで!」
 亜依は路地裏を離れた。そしてそこでアスファルトに手を置き念じると、幾条ものコンクリートの柱が生えてくる。天高く聳える柱は、路地裏の入り口と出口を完全に塞いだ。
577 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時28分54秒
「これでええんか!?」
「上出来や!」
 男は目を閉じ、精神を集中させた。
 刹那、男の足元に浮かび上がる魔方陣。そこから光が溢れ、男と群集を包む。吹き飛ぶ路地裏の段ボールや、据え置かれていたガスボンベ。群集たちは一様にもがき苦しみ、口から茶褐色の不快な液体を吐き出した。
「ぐえええ…な…何やこの力は…?」
「破魔属性の精霊術や。但しお前にしか効かへん術やけどな。これを習得するのに、十年かけたわ…全てはお前を倒すだけのためにな」
 破魔属性の精霊術の中でも特殊な、「対特定邪霊術」。特定の邪霊のみに対応する使い勝手の悪い、しかも習得する精霊使いの能力を半減させてしまう精霊術。男はこれを横山ノックを倒すためだけに習得していたのだった。
 一箇所に集まり始めるゲル状の物体に、男は止めの一撃を加える。物体は白い煙を上げて消滅していった。
「終わった…全てが終わったんや」
「おっさん!」
 膝から崩れ落ちる男を見て、亜依はコンクリートの檻を解除して駆け寄る。アスファルトに跪き、男の体を支えた。
578 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時29分40秒
「あいつは…止めを刺そうとすると必ず上手く逃げてまう性質の悪い邪霊師やった。奴の起こした目立った犯罪と言えば痴漢だけやったさかい、情報局も邪霊師ランクを低く見積もってたみたいやけど…」
 息も絶え絶えに語る男。対特定邪霊術は術者の生命力を大きく削り取っていた。
「おっさんの話はつまらんねん。もう寝ときや」
「アキ男のおっさんはそれをよう知ってた。俺が対特定邪霊術を習得するまで待ってくれたし、才能のある若い凶祓いが現れるまでファイルは出さへんかった…」
「何でや、何でそこまでしてあいつを…」
 悲痛な声を上げる亜依に、男は微笑んだ。
「ノックは…娘の仇だったんや」
「……」
「もう十年も前の話や。ノックの襲った被害者が、たまたまうちの娘やった。でもな、運の悪いことに娘は僅かながら精霊使いの素質、持ってた。逆上したノックは…」
 男が言葉に詰まる。
「もうええやないか。おっさんは仇、取ったんや…」
「はは、そやな…」
 弱々しく笑っていた男が突然、その両目を大きく見開く。男の胸には、一本のナイフが生えていた。亜依の腕の中で激しく痙攣する、男の体。
579 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時30分32秒
 亜依がナイフの飛んで来た方向を振り向くと、そこには倒したはずの横山ノックが立っていた。その顔は、怒りの為か茹蛸のように真っ赤に染まっている。
「俺の楽しみ邪魔するからこないなことになるんや! ザマないわ!」
 ノックは亜依にバラバラにされた時に、予め本体だけは通行人に憑依させず、事の成り行きを見守っていたのだった。
 無言のまま男を地面に横たわらせ、立ち上がる亜依。その瞳は、真っ直ぐにノックだけを捉えていた。
「…待ちいな。自分の術はワシには効かへんのや。それにワシも体の大部分を失うてる。ここは一旦退却させてくれへんか?」
「お前だけは…許さへん」
 亜依は右手を天に掲げると、掌の上に巨大な岩を作り出した。人の体の二倍はあろうかというその巨岩は、ノック目掛けて襲いかかる。
「無駄や」
 しかし巨岩はノックの体を擦り抜け、後ろの雑居ビルの壁を破壊した。
「お前アホやろ? 何度言うたらわかる…」
「アホは、お前や」
 そこでノックは初めて耳元でしゅううう、という音に気付く。
「あれ…体が自由に…動かされ…へん…」
 ノックの背後の壁面を抉った岩の下敷きになっている、緑色のガスボンベ。そこからは超低温のガスがノックに向かって噴き出していた。
「液化炭酸ガスや。さしもの自分も、これには勝てへんやろ」
「んなアホな…ワシが…こ…んな…」
 先に男の攻撃によって体の大部分を失ったノックは、瞬く間に凍結した。
580 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時32分33秒
「殺さへんで。お前なんて、殺すほどの価値もないわ」
 亜依は物言わぬ氷の彫刻を一瞥すると、すぐさま男の元へ駆け寄った。
 男は既に、事切れていた。
 だが亜依がノックを倒したのを知っているかのように、その顔は安らかだった。
「…へへ、コンビプレイもたまにはええなあ思うてたのに。おっさんもなかなかやるやん、そう思うてたのに…」
 男を抱き起こす亜依。手にはもう温もりは伝わらなかった。
「これじゃ…師匠て呼びたくても、呼べへんやないか…」

 亜依と男に、静かに夜の闇が降りていった。
581 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時33分26秒

 亜依が事務所に戻ると、そこには和田と深田がいた。
「お疲れさん。詳細は聞いてるで」
 亜依は何も答えない。
「おっさん…死んだんやてな」
 その言葉に亜依は身を震わせたが、すぐに業務報告に入った。一片の淀みもない、完璧な報告。
「じゃ、報告も済んだし…うちは帰らせてもらうわ」
 徐に踵を返す亜依。その背中は泣いているように、和田の目には映った。
 ぱたん、という扉の締まる小さな音。
「多分あいつ…周りで人が死んだんは、初めてなんやろな」
「恭子はもう何人死んだのか判んなくなっちゃいましたよ」
 のほほんとした顔でそんなことを言う深田。和田は溜息を一つ、大きく吐いた。
「ところで例の件、どうなった?」
「やっぱりデマだったみたいですよ。大体おかしいと思いません? 「白い鍵の女」が討伐されたのはもう随分前の話じゃないですか。それが今頃になって現れるなんて…」
「いや。三年前、東京に「白い鍵の女」が現れてあの後藤真希と交戦したっちゅう噂もある。引き続き警戒せなあかんことには、変わりはあらへんで」
 クッションの利いた椅子の背に体を預け、和田は厳しい表情を作った。
582 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時34分26秒


「おはようさーん!」
 加護亜依の元気な声が事務所に木霊する。
 相変わらず社員たちの反応はない。
 ま、ええわ。
 そんな諦めにも似た気持ちで、亜依は自分の席に座った。
 今でも時々、男のことを思い出す。
 協調性を重んじるのも、たまには必要…か。
 亜依は何気なく周りを見渡してみる。営業に余念のない、協調性とは無縁な社員たち。
 あかん、こいつらと協調するなんて考えられへんわ…
 亜依の視線が事務所の窓へと移る。ビル越しに見える空は、雲一つない青空だった。
 今日はええ天気やなあ。こんな日は、うちが一発で惚れるような師匠が現れたり…せんやろな。
 そんなことをぼやきながら、机に突っ伏す亜依だった。
583 名前:ナニワ凶祓道 投稿日:2003年08月21日(木)00時35分02秒

「…くしゅん」
 新大阪駅に降り立った少女が、くしゃみをした。
「誰か後藤の噂でもしてるのかねえ」
 腰に鞘をぶら下げたその姿に、早速鉄道警察が反応する。
「おい君!」
「んあ?」
 警官の顔が切羽詰まってるにも関わらず、少女の表情は至って緩やかだ。
「んあ、じゃないやろ! 何やねんそれは、もしかして刀とちゃうやろな!?」
「うん、刀だけど」
「な! ちょ、ちょっと来てもらうで!」
 警官が真希の腕を引っ張る。
「あ…そっか」
 銃刀法違反、という言葉を少女は思い出した。
 東京じゃ中澤事務所の名前出せば一発なんだけど…ま、いっか。そんなに急ぎの用でもないし。
 そんなことを考えながら、真希はずるずるとホームを引き摺られてゆく。

 真希と亜依が出会うのはまだほんの少し、先の話である。
584 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月21日(木)00時40分31秒
「ナニワ凶祓道」終了。
やっぱり短いのはまとめるのが難しいです…

さて次回からは待望(…なのか?)の新スレに移行したいと思います。
準備が出来次第このスレにて報告したいと思っているので宜しくです。
585 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月21日(木)00時42分10秒
>>つみさん

最後にあの人を出してみました。
ストーリーにあんまり絡んでなくて申し訳ない限りです…
586 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月21日(木)00時45分28秒
>>和尚さん

大阪と言えばやはりこの人ですね!
加護短編を書こうと思った時から出すことを決めていました。
如何でしたでしょうか?
587 名前:つみ 投稿日:2003年08月21日(木)10時04分05秒
ノックッッッ!!
エロ親父が来ましたね^^
ここでもやはり白い鍵の女が気になりますんね・・・


新スレ移行待ってま〜す^^
588 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月24日(日)00時57分45秒
>>つみさん
エロ親父、成敗! って感じです。
本当はもう少し手強い敵にしたかったのですが…

そんなこんなで(どんなこんなだ)新スレ移行です。
こちらからどうぞ。

http://m-seek.on.arena.jp/cgi-bin/read.cgi/sea/1061653004/
589 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月24日(日)01時01分52秒
ごめんなさい、やらかしました。
正しくはこちらからです。申し訳。

http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sea/1061653004/


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