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742617000027 Overcaffeinated mix

1 名前:作者 投稿日:2002年11月26日(火)20時07分27秒
いしよしで、書いている者です。
短めの話を、いくつか書きます。
よろしくお願いいたします。
2 名前:作者 投稿日:2002年11月26日(火)20時08分39秒

『時よ、止まれ キミは、美しい』
3 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時09分54秒
ない…。

誰もが、言葉を失った。
静寂が、楽屋の中をべっとりと包み込む。

唖然とする者。
首を捻る者。
悲しげに、天井を仰ぐ者。
反応は、それぞれだった。
しかし、考えている事は、皆同じだろう。

ない…。

「これって…」
最初に沈黙を破ったのは、安倍さんだった。
「やっぱり…」
それから、飯田さん。

一同、顔を見合わせて頷く。

「泥棒…」
全員の意見と声が揃った。
こんな場面においても、うちらモーニング娘。の息は、ぴったり。
あたしは、不謹慎にも、それを嬉しいと思った。
4 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時10分38秒
「よっすぃ…」
隣にいた梨華ちゃんが、不安気に、あたしの腕を掴む。
「うん…」
何となく頷いて、それから、
「わからない」と言う代わりに、首を捻ってみせた。

そう。
わからないんだ。

どうして、全員分の腕時計が、楽屋から消えているのか…。
5 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時11分51秒
気付いたのは、歌番組の収録直後だった。
「あー、疲れたねー」
「ほんとだねー。でもさ…」
ダラダラと本日の反省をしつつ、楽屋に戻る。

楽屋に戻った後、皆と冗談を言い合いながら、
あたしは帰り仕度を整えていた。

ふと、斜め前にいた紺野に目をやる。

あれ?どうしたんだろう。

様子がおかしい。
少し、気になった。
紺野は、自分のカバンをごそごそ探りながら、首を捻っている。

あたしは、からかうつもりで、その背中に声を掛ける。
6 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時12分41秒
「紺野、どうした?おやつでも探してんの?」

紺野はキョトンとして振り返り、
「あの…、ないんです」
そう言って、困ったように眉をひそめた。

「ないって、何が?」
「あの…、私の、時計なんですけど…」
「時計?」
「はい」

時計?
紺野、ぼーっとしてるから、どっかでなくしたのかな。
あたしは、ボンヤリ考える。
あ、そうだ、みんなに訊いてあげよう。

そう思い振り返った途端、
「ねーよ!」
矢口さんの、素っ頓狂な声があがって、思わず飛び上がった。

なんだ?
7 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時13分43秒
矢口さんは、慌てたように騒ぎ、飯田さんの肩を叩く。
「ちょ、ちょっとちょっと、オイラの時計がなくなってんだけど」
「時計?もう、疲れてるんだから騒がないでよ……あれ?」
帰り仕度中の飯田さんの動きが、突然止まった。
交信中というわけでは、ないらしい。
「カオリのも、ない…」
「あ!」
別の場所から、また声が上がる。
今度は、安倍さん。
「なっちのもないべさ!」

途端に、
「私も、私も」と、あちこちから聞こえ始め、
ちょっとした騒ぎになった。

よくよくカバンの中を見てみれば、あたしのも、ない。
8 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時14分32秒
ひとしきり騒ぎ、愕然とした一同。
自然と、無言になる。

全員分の腕時計が、ない。
消えている。
跡形もなく。

衣裳の関係で、収録の間中、
全員腕時計は外し、
それぞれのカバンにしまってあった。

何でなくなってるの?
ひどい。
誰の仕業?
誰の…。

妙な雰囲気が流れ、それから、黒く渦巻き始めた。
放たれている、ギスギスとした疑念を、あたしは頬で感じていた。
9 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時15分25秒
皆、わかっているんだ。
今日この楽屋に出入りした人間は、
メンバーとマネージャーさん以外、いなかったこと。
盗った人間がいるとしたら、この中にいる可能性が、高いこと。

よくないな、この雰囲気。
『オマエじゃねーのか?』
『嫌がらせだろ』
互いに、疑いの目を向けている。

「ま、まあまあ、もういいべさ。ね、みんな。諦めようよ」
真っ先に気を遣い、ニッコリ笑ったのは、安倍さんだった。

さすが安倍さん。言う事が違う。
娘。のギスギスを、最初から見てきた人だ。
キャリアが違うな。
年収が違うせいも、あるかもしれないけど。
10 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時16分18秒
「そうですねー、じゃ、安倍さん、オイラに時計貢いで下さいよ」
少し感心しつつ、あたしも安倍さんに合わせるため、冗談を飛ばしてみる。

こういう雰囲気は、どうも苦手だ。
ピース!にいきましょうよ。

メンバー達にも、
『まあ、なっちがそう言うのなら』的に、
諦めの色が流れ始めた。
もともと、それほど高価な腕時計を今日付けていた者は、いなかったのだ。

中学生メンバー達は、少々かわいそうかもしれないが、
仕方がない。
円満な関係が高収入を生むと、諦めようではないか。

「うーん、わかったよ。んじゃ、とりあえず帰ろーぜ。なんか、疲れた」
矢口さんが溜息混じりに、皆に声を掛ける。
11 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時17分40秒
よかったよかった。
これでいいんじゃない?
ね、梨華ちゃん。

あたしは、同意を求めようと、隣の彼女を見た。

あ…。

ヤバイ。
そう思った。

梨華ちゃんの瞳は、何やら、決意に満ちている。

「よっすぃー、あたしね…」
「あー!もういい、もういいから」

あたしは、慌てて彼女の言葉を遮った。
これでもあたしは、彼女の恋人だ。
決意の正体は、何となくわかる。

「よっすぃ、あたし…」
「梨華ちゃん!言わなくていいから!」
「あたし…」
彼女は、ぐっとコブシを突き上げる。
「犯人、捕まえる!」

やっぱり…。
あたしは、溜息をついた。

梨華ちゃん、お願いだから、混ぜっ返すのは、やめてよ。
12 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年11月26日(火)20時18分30秒
「梨華ちゃん、もう、いいじゃん。メンバーを疑うのは、よくないよ」
「だって、許せないもん。あの時計は…」
「あたしが、プレゼントしたやつだもんね」
「そう!大事なんだもん。絶対取り返すの!」

あーあ。ヤバイ。
そう思った。
気の抜ける甲高い声を持つわりに、彼女は強情かつ、強引だ。
多分、あたしが何言っても、聞く耳なんか持たないだろう。

「ややこしいことに、なりそうだなぁ…」

気合を入れる彼女を横目に見ながら、
あたしはまた、溜息をついた。
13 名前:作者 投稿日:2002年11月26日(火)20時20分45秒

とりあえず、今回はここまで、です。
更新は、マイペースで行います。
よろしければ、お付き合い下さると、嬉しいです。
14 名前:名無し 投稿日:2002年11月26日(火)20時51分16秒
ゲーテにうざい石川さん・・・シブイ

おもしろそうです。次回も楽しみです。
15 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月26日(火)22時18分58秒
あ、おもしろそうな予感。

次回を楽しみに待ってます2号!
16 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)22時55分16秒
寒さが、日に日に厳しくなっていく。
ガラスが砕ける時に奏でる、乾いた高音に似た冷気が、
鼓膜を突き抜けて、頬を撫でいくようだ。
澄んだ空気とこの季節特有の匂いは心地よいが、指先と耳が痺れる。
背筋を、容赦なく寒気が這う。
冬は、あまり好きじゃない。

それでも、仕事は順調に予定を黒く塗り潰していく。

睡眠時間が少ないのは、いつもの事。
慌しく過ぎる時間も、いつもと同じ。

でも、ここ最近、みんなヘンだ。
何がヘンなのかは、よくわからない。
けど、ヘンだ。
何かな…?
何だろう…。
あたしは、ほん少し、だけど、
確かな違和感を、感じずにはいられなかった。
17 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)22時56分06秒
ごっちんが卒業してから、もう一ヶ月半も経つのか。

十二人になった楽屋の雰囲気は、
秋に出来た穴から、北風がひゅうっと吹きこむ感じに、とてもよく似ていた。
何となく、ポッカリ隙間が空いているようで……、
冷たい風が窓を突き抜け、
メンバー間には、青が透けて見える。
さらに、新曲発売により、忙しさは、二割増し。

そんな時に起こったこの事件は、皆に、少しの苛立ちをもたらしていた。

何かが、おかしかった。
18 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)22時56分52秒
「はい、よっすぃ」
収録の合間、
梨華ちゃんはスタジオの隅に座り込んでいたあたしに、
ミネラルウォーターのペットボトルを手渡しながら、溜息を付く。

あの事件から、すでに三日が過ぎていた。

消えた腕時計は、まだ見つかっていない。
犯人の目星も、いまだついていない。
しかし、
『メンバーの中に、犯人がいるかもしれない』
その理由ゆえ、深く追求されることはなく、ウヤムヤのままになっている。

安倍さんや飯田さんといったリーダー格を中心に、
腕時計消失事件のことは、もう誰も触れなくなった。

ただ一人を、除いては…。
19 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)22時57分51秒
「ねぇ、よっすぃ。あたし、悩みがあるの…」
「悩み?何?」
あたしは、ペットボトルにささったストローから、
透明な水を思い切り吸い込んだ。
喉へと、潤いが流れる。
彼女はあたしのその様子をしばらく見つめ、もう一度溜息をついた。

「あたしね、考えたんだけど…」
「だから、何を?」
「チャーミー石川と、石川梨華、どっちがいいと思う?」
「はぁ?何の話?」
あたしは、少々呆れて首を捻った。
何の話か、さっぱりわからなかった。
彼女の話には、いつも前置きが足りない。

「何の話?」
もう一度問う。
彼女は右斜め上を見上げ、
うーんと一声唸り、それからあたしに視線を戻す。

「私立探偵チャーミー石川と、私立探偵石川梨華と、どっちがいいかなって」

おいおい…。
ネーミングの話かよ…。
どういう悩みなんだよ…。

あたしの溜息が、空気を揺らした。
20 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)22時58分28秒
時計を取り返そうと、ここ数日の彼女はすっかり探偵気取りだった。
しかしながら、
彼女の探偵としての仕事ぶりは、見事に的外れ。
『尾行しよう』
と言ったかと思えば、
トイレの個室までついて行って圭ちゃんに怒られ、
『聞き込みをしよう』
と言ったかと思えば、
紺野にその日食べた晩御飯のメニューを、事細かに聞いていた。

晩御飯のメニューでは、
時計の在り処はわかりそうにない。

そらに、廊下の曲り角や楽屋の隅から、
こっそり且つ、ねっとりとメンバー達を観察する彼女は、怪しい事この上なかった。
21 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)22時59分03秒
おかげであたしは、すっかり疲れ果てている。
彼女の怪しい行動のツケは、全部こっちに回ってくるのだ。
不思議がって不安になる年下メンバーの表情を誤魔化し、
聞き込みついでに余計な一言を言い放つ彼女の代わりに、謝ってまわり、
なかなか大変な思いをしている。

惚れた弱みと、諦めてはいるのだけれど…。

「ねぇ、梨華ちゃん、もう諦めようよ」
「だめ!絶対犯人見つけるんだからっ!」

悪いけど、その調子じゃ、一生見つけられないと思う…。
22 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)22時59分52秒
それでも彼女は、腕組みして考えこむ。
「でもね、色々調べてはみたんだけど、怪しい人、いないんだよね」

強いていうなら、一番アヤシイのは、目の前にいるキミなんだけど…、
そう言いたい衝動を抑え、言葉を、ぐっと飲み込んだ。

下手なこと言って拗ねられると、部屋に入れてもらえなくなる。
貴重なデートの時間は、大事にしたい。
やはり、惚れた弱み、
彼女には、どうしても逆らえないあたしだった。
ちょっぴり、情けなかったりする。
23 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)23時01分12秒
「もうさ、やめとこうよ。やめといた方が、いいと思う」
あたしは、できるだけやんわりと、諦めるよう促す。
しかし、彼女の耳には、届かないようだ。
「うーん、マネージャーさんとか、スタッフの人でもなさそうだし、うーん…」
眉間に皺を寄せて、考えこんでいる。

「だからさぁ…、メンバーを疑うのは、よくないよって、何度も言ってるじゃん」
「でも、気にならない?何でこんな事が、起こったんだろうって」

確かに、
梨華ちゃんの言う事は、一理ある。

あたしも、気には、なっていた。
誰が、どうして、
何のために、あんな事をしたんだろう。
24 名前:時よ、止まれ キミは美しい 投稿日:2002年11月29日(金)23時01分50秒
どうして全員分の腕時計を盗る必要があったのか、
恐らく、何かしらの事情や理由が、あるに違いなかった。
物欲ゆえに盗ったという事は、考えにくい。
そもそも、消えていたのは腕時計のみで、
財布やアクセサリーの類いは、そのまま残ってたわけだし。

それに、時計にしたって、
圭ちゃんや飯田さんのブルガリやグッチならともかく、
諭吉一枚で買えるあたしのスウォッチまで、盗っていく理由は、見当たらない。

でもね…。
探偵石川梨華は、まったくアテにならないからさ…。

混ぜっ返してメンバー関係をギスギスさせるのも、気が進まなかった。

「梨華ちゃん、あのさ、やっぱり…」
「あっ!そっか!」
「な、何?」
「あたし、トイレ行きたかったんだ。忘れてた」

あっけらかんと言って、
彼女は踵を返してスタジオの出口へと向かい始めた。

あたしは、また、溜息をつく。
トイレに行き忘れるような探偵さんは、
やっぱりアテにならない…。
25 名前:作者 投稿日:2002年11月29日(金)23時08分44秒

レス、ありがとうございます。

>14 名無し 様
ありがとうございます。
この言葉の響きがとても気に入っていたので、タイトルに使ってみました。
楽しみにして頂けて、光栄です。

>15 名無し読者 様
ありがとうございます。
その予感が外れないよう、頑張ってみます。
期待に添えられるかどうかは、わかりませぬが。
26 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月30日(土)03時33分23秒
更新お疲れさまです。
なぜ時計なのか…
暫く考えましたが、犬並みの頭にはわかりませんです。
的外れな石川さん、かわいいですよね。ちょっとリアルで(w
27 名前:リエット 投稿日:2002年11月30日(土)04時18分20秒
無邪気な石川さんも、石川さんに頭の上がらない吉澤さんも、すごく魅力的です。
謎がそっくりそのまま残ってますが、石川さんの名推理を期待!
28 名前:名無し 投稿日:2002年11月30日(土)15時01分50秒
コレは狙ってるのか?だいたい作者は、本当に作者なのか?
だいたいスレタイの意味がわからない。何が真実かもうわからない。
でも最近飼育が新しい動きが見えて楽しくなってきている。
作者さんには意味がわからなかったらスレ汚しすいません。
29 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時35分14秒
その日は、朝から降り始めた雨が、街と地面を覆っていた。
濃いグレー、淡いグレー、窓の外には、灰色の色彩が、必要以上に溢れる。

テレビ局のスタジオというステンレスに閉じ込められたあたし達は、
今日も無難に笑い、
いつも通り『モーニング娘。』の枠に入って仕事をこなしている。

時間は、午後十時。

『お疲れ様でした』が、空気中に乱れ飛んだ。

「さ、帰ろう帰ろう」
皆で、ぞろぞろと楽屋に戻る。
狭い上に小道具大道具が立ち並ぶ廊下ゆえ、
蛇行しつつも一列になって歩く。
足音は、十二人分、掛ける、二。
30 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時36分27秒
よくある風景だった。

こういう時に、
一番後ろでダラダラ歩いているのは、大抵ごっちんだった事を、ふと思い出す。
今は、あたしが一番後ろ。
皆の背中を視線で追い掛けながら、疲れと眠気を引き摺る。
振り返った時に誰もいないのは、少し寂しいもんなんだ、などとも思う。
31 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時37分23秒
「あっ!!」
楽屋に辿り着くやいなや、梨華ちゃんが甲高い悲鳴を上げた。
はっきり言って、やかましい。
何だ何だ、と、皆の視線が、一斉に彼女に集まる。
顔面蒼白。
幽霊にでも出くわしたかのような表情の彼女。
たっぷり十秒の空白を置き、
『あっ!!』と言ったまんまのポカンと開いた口を、やっとこさ動かす。

「あれ…、見て…」

そう言って彼女は、楽屋の奥の方を、ゆっくり差し示した。
32 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時38分16秒
「まあ、よかったよね」
「うんっ」
「でも、何でだろうね」
「うんっ」
「聞いてる?」
「うんっ」
あたしが何を言っても、『うんっ』しか返って来ない。
どう考えても、話をちゃんと聞いている様子はない。

帰りのワゴン車の中、隣の席の梨華ちゃんは、
語尾にハートマークが付きそうなほどの、超ご機嫌だった。
彼女の視線は、ニヤニヤと、自分の左手首に落ちている。
そこには、消えたはずの、あの腕時計。
うっとりと、梨華ちゃん浮かれモード。

彼女が楽屋で発見したのは、幽霊などではもちろんなく、
あの日消えたはずの、全員分の腕時計だった。
恐らく、
番組収録中か取材中、メンバーが出払っている間に、
犯人がこっそり返していったのだろう。
33 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時38分54秒
『きっと良心が咎めて、返しに来たんだよ』
『よかったよかった、事件解決』
『さあ、この事はさっさと忘れよう』
そんな雰囲気が、メンバー間に流れ、
それぞれの腕に時計が光るようになった以外は、普段通り。
何の変化もなかった。
梨華ちゃんの怪しさも、まあ一応、『普段通り』の範疇だ。

「ねぇ、その締まりのない顔すんの、やめてよ、梨華ちゃん」
「ひどーい、だってぇ…」
ニヤニヤを崩さないまま、彼女は頬を膨らませて怒ってみせる。

おお、すげーな…。
なかなか、器用な顔の筋肉をしている。
少々気色の悪い表情ではあったのだが、思わず感心してしまった。
34 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時40分41秒
彼女は、さらにニヤニヤと含み笑うと、あたしを見つめる。
「去年のね、あたしの誕生日、思い出しちゃって。よっすぃが、この時計くれた時」
なるほど。
ニヤニヤは、そのせいか。
「あー、そう」
あたしは、適当に返事をした。
彼女の口元を、ムリヤリ押えつけたい衝動を、我慢する。
正直、その話をされるのは、イヤだった。

去年の彼女の誕生日、二人だけで、お祝いをした。
ツアー中だったせいもあって、
地方のホテルの一室で、ささやかにパーティ。
圭ちゃんが用意してくれたワインも手伝って、非常に楽しかった…気がする。
同時に、恥ずかしかった…気もする。
あの時あたしは、しこたま酔っていた。
もともと、アルコールは、飲み慣れていないうえに、弱い。
大量に流し込んでしまった、ボルドーの液体は、
あたしに、何やら恥ずかしい言葉を吐かせた。
35 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時41分47秒
梨華ちゃんに時計を手渡しながら、
大真面目にキメた台詞は、確か、こんな感じ。

『キミの時間を、止めたい』

あたしは一体、何キャラのつもりだったんだろう…。

間違いなく、ミスムンの男役の余韻と、ワインのせい。
素面じゃ、こんな事、絶対に言えやしない。
っていうか、言わないよ。言わない。
メンバー達の評判はともかく、あたし、女のコだぜ。
恥ずかしい…。
36 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時42分49秒
どういうわけか、梨華ちゃんは、ウットリしてたけどさ…。
どういうわけか、ウットリついでに、メンバー全員に暴露されたけどさ…。

ああ、恥ずかしい…。

「あの時のよっすぃ、すっごくカッコよかったぁ。キャッ」

まだ言うか。
とりあえず……、

「あのー、石川さーん、ウザイんですけどー…」

呟いて、あたしはそっぽを向いた。

『時間と止めたい』…か。
よっぽど幸せだったんだろうな、あたし。
それとも、単に調子にノっただけの言動だったのかな。

まあ、そんな事はどうだっていい。
結局、犯人は、誰だったんだろう。
それが少しだけ、気掛かりだった。
37 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時43分52秒
次の日の空き時間の楽屋、
「ちょっと、あの…、来てもらえませんか?」
そう言って、あたし相談を持ちかけて来たのは、高橋だった。

ピンと来た。
もしかして、あの事件に関する相談なんじゃないだろうか。

迷惑なことに、梨華ちゃんも同じことを思ったらしい。
「あたしも行く!」
と、なぜか右手にキャンディ、左手に諭吉を握りしめて、張り切り始める。
「梨華ちゃん…、ソレ、何のつもり?」
「え?やっぱり、情報料必要かなって。探偵っぽいでしょ?」

まさか、そのどっちかで、高橋を懐柔するつもりなんだろうか。
『越後屋、そちもワルよのぅ』
『お代官様も。ひっひっひ』
こんな感じ?

なるほど。
38 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月04日(水)21時45分00秒
「梨華ちゃん、来なくていいから。つーか、来ないで」
「ええー!ひどいよ、あたしも行きたいぃ、よっすぃぃ」
甲高い声を無視し、あたしは高橋を連れ楽屋を出た。

「よ、吉澤さん、あの、いいんですか?
 石川さん、ちょっと本気で泣いてた気がするんですけど…」

「うん…。そうだね」

「大変なんですね、吉澤さんも」

「うん…、そうだよね」

あたしの口から、深い深い溜息が、漏れる。
きっと、今夜のデートは、中止だろう。
39 名前:作者 投稿日:2002年12月04日(水)21時56分07秒

レス、ありがとうございます。
>26 名無し読者 様
ありがとうございます。
なぜ時計なのかは、まだ内緒です。
表現しきれるかどうか、不安はたくさんあるのですが、
頑張ってみます。

>27 リエット 様
ありがとうございます。
この話の石川さんは、どちらかというと、『迷』の方なので、
期待できるかどうか、わからないのです。

>28 名無し 様
こちらこそ、すいませんすいません、深く考えないで下さい。
単に個人的な趣味で使ってる事柄が、多数あります。
意味は、わたくしの見当違いでなければ、なんとなく…。
40 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月04日(水)22時46分34秒
面白くなって来ましたねぇ。
更新、楽しみにしておりまする。
41 名前:名無し 投稿日:2002年12月04日(水)22時49分12秒
ならば作者さんの趣味に自分も付きわさせて戴きます。

「あのー、石川さーん、ウザイんですけどー…」
この名言が聴けてよかったです。
ロックが死すともいしよしは死にません。
42 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時19分57秒
廊下を歩き、人気のない曲り角までやって来た。
薄暗いその場所は、愛の告白には不向きだが、重要な相談事には向いてそうだ。
あたしは、そこであらためて高橋に聞き直す。

「そんで、相談って、何?」
「あの…、実は…」
「実は…?」
「あたし、見ちゃったんです。……犯人」
「え?」

訛りが出ないよう、気を付けようとしているのか、
それとも、記憶を出来るだけ正確に伝えようという決意なのか、
高橋は、大きく息を吸い込で、ゆっくりと口を開く。
43 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時21分47秒
「昨日、あたし収録の途中で一度楽屋に戻ったんですよ…。
 トイレに行くついでに、少しメイクを直そうかと思って、
 それで、楽屋の前まで行ったら、ドアがほんの少し開いてたんですよ。
 中に人の気配がしたから、マコっちゃんとか、あさ美ちゃんだったら、
 ちょっとビックリさせてやろーかのー、なんて思って、
 ドアの隙間から、こっそり中を覗いたんです…。
 そしたら…。見えたんです。見ちゃったんです…」

そこで一旦言葉を切った高橋は、キョロキョロと辺りを見回した後、
あたしの耳元に顔を寄せて、ボソボソと囁いた。

「あの…、安倍さんが、時計を返してるとこ」

……え?
安倍さん?

予想外の名前だった。
思わずあっけにとられてしまう。
耳の中が、錆びてるのかとさえ思った。
44 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時24分23秒
頭をぶんぶんと振って、何とか思考する力を取り戻す。

「ほんとに、安倍さんだったの?」
「はい。間違いないです。あたし、もうビックリしちゃって…」

そりゃそうだよなー。びっくりするよ。
ちょっと、意外な犯人……、いや、待て待て、
落ち着いて考えてみよう。

犯人?安倍さんが?
いくらなんでも、それはどうだろう。
返してただけで犯人、と、決め付けるのは、ちょっと安易過ぎる気がする。
それに…、
例え本当に安倍さんが犯人だったとしても、
どうして盗ったのか、そして、なぜ返したのか、
その辺りの理由がよくわからない。
何か、事情があるんじゃ…。
45 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時27分24秒
あたしの頭の中で、腕時計と安倍さんが交互に回る。

うーん…。わからん。
まあ、どちらにしろ……。

「高橋、それさ…、うち以外の誰かに、話した?」
「いえ、まだ誰にも話してないです」
「そっか。ならよかった。オイラ達だけの、秘密にしとこ」
「やっぱり、そうした方がいいんですよね」
高橋は納得したように頷き、ニカっと笑う。
「もちろん、誰にも言いませんよ、吉澤さん、指きりしましょう」
「よしよし、偉い偉い」

ぐりぐりと頭を撫でてやって、
♪指きりげんまん。
小指を絡め、仲良く高橋とユニゾン。
46 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時29分31秒
そこで、
あたしは、なぜか背後に違和感を感じた。

ん?何だろう。

不思議に思いつつも、さらにユニゾンを続ける。
♪嘘ついたら針千本、飲まーす。

歌が進むにつれて、背後の違和感は、どういうわけか寒気に変化していく。
なぜだろう、すごく、イヤな予感がする。
あたしはそれに、『まあ、いっか』で蓋をして、
とりあえず最後まで続けてみることにした。

♪指きったっ。

「よっすぃー!」
「うわっ!」

突然の甲高い声に、あたしは飛び上がって驚いた。
恐る恐る振り向いてみる。
すると、そこには……。
47 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時32分13秒
「で、どういう事?」
腕組みしながらあたしを睨む彼女。
「いや、だから、何もないって」
「嘘ばっかり!」
その唇は、いかにも不機嫌そうに歪んでいた。

さっきからずっと、あたしと彼女は、同じような問答を繰り返している。

あれからすでに一時間以上経過しているのにも関わらず、
彼女の機嫌は、一向に良くならない。

「あたしに隠れて、高橋と何してるの?ねぇ、何?よっすぃ」
「だから、何もしてないって」
「そんなわけないじゃない。仲良さそーに小指なんか絡ませちゃって、ひどいよ」
彼女はブツブツ言いながら、すっかりふれくされた様子でそっぽを向く。

まいったな。
でも、言えないよな…。
梨華ちゃんにバレると、絶対ややこしくなっちゃうだろうし。
よし。
48 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時33分57秒
針千本飲んでも誤魔化し続ける事を決意し、あたしは、笑顔を作る。

「いや、別に梨華ちゃんが怒るような事は、何もないよ、ハハハ」
「嘘。絶対何かある。その笑顔が怪しい」
「ないよ。ないない。なんにもない」
「じゃあ、なんで高橋と指きりなんてしてたの?」
「んー…、えーっと、なんとなく」
「…もう、いい!!」

どうやら完全に怒らせてしまったらしい。
彼女は「よっすぃーのばか!」と、捨て台詞を残し、走り去っていった。

はぁ…。
天を仰いで深く息を吐く。
あーあ。まいったな。
こいつは、困った……。
49 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時34分52秒
「♪ですね、ですねですねですね」

「ちょっと一旦止めて!アヤカ、そこ入るの少し遅い!
 小川も、もっと自信持って動いて!全然出来てないよ!」
夏先生の厳しい声が、スタジオ全体に響き渡る。

新しいパート割り、新たなプッチモニ。
受け継がれた『ちょこっとLOVE』。
弾むメロディとは裏腹に、
リハーサルの雰囲気は、ピンと張り詰めた緊張感に満ち満ちていた。

「はい!ちょっと休憩!」
苛立ちながらパンと手を打って、夏先生がスタジオから出て行く。

それを見送ってから、あたしは飲み物に手を伸ばす。
さっきから、ひどく喉が乾いていた。
リズム、呼吸、雰囲気…、
全てが汗とごちゃ混ぜになって散らばっていき、心も体も、水分が足りない。
本日は、かなりのハードスケジュール。
50 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時36分49秒
「大丈夫?」
あたしは飲み物を差し出しながら、
スタジオの隅に座り込んでいる小川に声を掛ける。
かなり疲れているに違いない。
彼女は飲み物を受け取りながら、すいません、と力なく笑った。
その表情はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出してしまいそうだ。

「ねぇ、小川、大丈夫?焦んなくていいからね」
「…はい」
彼女は額に浮かんだ汗を気にしながら、ふーっと息を吐く。
「吉澤さん、あたし…、プッチモニとしてやっていけるんでしょうか…」
「え?何言ってんの、やっていけるに決まってんじゃん」
「ダメなんですよ、やっぱり、あたしじゃ…」
「小川…」

俯く彼女に、どんな言葉を掛ければいいのか、
あたしは少し迷った。
こういう時、もし圭ちゃんだったら、何と言うのだろう…。
51 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月12日(木)22時37分46秒
「大丈夫だって。頑張ろうよ。ね?」
そう言った後で、あたしは心の中で舌打ちした。
ああ…、情けない。
もっとうまいこと言えないのかよ。
無難な言葉しか浮かばなかった自分に、腹立たしさを感じた。

「気を遣わなくていいですよ、吉澤さん」
「いやいや、気ぃ遣ってるとか、そういうんじゃないんだけど…」
「やっぱり…、やっぱり…」

そこで、小川の頬に、とうとう雨が降りだし始めた。
52 名前:作者 投稿日:2002年12月12日(木)22時43分34秒

レス、ありがとうございます。

>40 名無し読者 様
楽しみにして頂けて、嬉しいです。
飽きられる事のないよう、できる限り頑張りますです。

>41 名無し 様
付き合って頂けるんですかー。
ありがとうございます。
とても嬉しいです。
作者は苦しみを味わっておりますです、はい。
53 名前:名無し 投稿日:2002年12月13日(金)01時46分48秒
今度は雨でキタ───!!
この小説は何かしてくれそうでドキドキしながら読んでいます。
更新お疲れ様でした。次回も楽しみにお待ちします。
54 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月26日(木)01時04分07秒
そこはかとなく文章構成の上手さを感じマッス…
自分も同様に期待です。石、吉、高、などキャラがリアルに感じられます。。
55 名前:リエット 投稿日:2002年12月26日(木)04時19分31秒
謎も気になるけど、それぞれの人間関係も気になる……。
作者様、更新待ってます!
56 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時16分02秒
「お、おいおい、どうしたの?泣かないで、泣かないでよ」
焦るあたしの声は届いていないのか、
小川はしゃくりあげながら『やっぱり』を繰り返す。
何が『やっぱり』なのか、さっぱりわからないが、オロオロしてる場合ではなさそうだ。
やはりここは、きっぱり言わなければならない。

「小川、こんくらいで泣いてちゃダメ!小川は誰がなんと言おうとプッチモニ!」

励まして煽るつもりだったのだが、それを聞いた彼女は顔を上げ、
流れっぱなしの涙はそのままに、あたしをキッと睨んだ。
その眼差しの真剣さと力強さに、思わずひるんでしまう。

「あ…いや…、あのね…」
「……」

じっとあたしの目を見ている小川。
約三秒後、目付きが一層鋭くなったのと同時に、突然彼女は叫びだす。

「なんでそんな事が言えるんですか!!」
「え?」
「あたしは…、あたしは、納得できません!!」
57 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時17分01秒
あまりの勢いに、あたしは唖然とすることしか出来なかった。
小川はさらに声を荒げる。

「どうして変わっていくんですか!!
 なんでそれを受け入れられるんですか!?
 悲しいとか寂しいとか、思わないんですか?もう平気なんですか?
 あの時、みんな、みんな泣いてたのに、時間が経ったら忘れちゃうんですか?
 何事もなかったみたいに、当たり前みたいに…。
 あたしは、変わって欲しくなんか、なかったです…」

彼女の顎から伝い落ちた雫が、床で小さな小さな水溜りを作った。
あたしは返す言葉を見付けられないまま、その行方を何となく目で追っていた。
58 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時17分38秒
「すごく大きなチャンスだって、言われました。
 でも、あたし、怖いです。寂しいです。
 後藤さんはもういない、プッチモニにも、娘。にも。保田さんだって…。
 それなのに、もうみんな平気な顔して、いつも通り…。
 そーゆーの、わかりません、納得できません…」

小川は声を上げて泣き始める。
まだ何か言いたそうな様子だったが、
嗚咽にかき消されて、もう言葉としては出て来ない。

頭の中で、何かと何かが、繋がった気がした。
ああ、そうか…。そういうことか…。
謎は、全て解けた。
それがいいことなのか悪いことなのか、答えは出したくないけど…。
59 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時19分07秒
彼女の頭を撫でる。
その綺麗な黒髪は、あたしの手に滑らかな感触を返す。

このコが感じてるプレッシャーとか寂しさとかそーゆーモノを、
この掌から吸い取ってあげられたら、どんなにいいだろう…。
思ってはみても…。無力。

「時間は、誰にも止められない。
 乗り越えるしか、ないんだよ。
 小川なら、大丈夫、乗り越えられる」

やりきれない気持ちを抑え、
あたしは、ただそれだけを、泣きじゃくる彼女に伝えた…。
60 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時20分30秒
穏やかな午後。
他のメンバーは取材で出払っているため、
楽屋の中には、あたしと安倍さんの二人だけだった。

朝方まで降っていた雨が嘘のよう。
窓の外では、晴れ上がった空とビル群の灰色、
それから、街路樹のほんの僅かな緑の上で、太陽がキラキラと跳ね回っていた。
並んで座り、二人してそれをボンヤリ眺める。

切り出したのは、やはり安倍さんの方だった。

「昨日よっすぃーが小川いじめてたって、噂になってるよ」
「げ!?ひっでーなー安倍さん。そういう事言うんですか?いじめてないですよ」
「そうなの?」
「うーん、でも…まあ、ある意味いじめてたのかもしれません…」
「そっか…。なっちも、ある意味いじめてたのかも…」

目を伏せた安倍さん。
その頬には『自分が情けなくて仕方ない』と、書いてあるかのように見えた。
61 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時22分23秒
きっと、責めているのだろう。自分自身を。
それに気付いたあたしは、ほんの数センチだけ、話題をズラす。

「あの…、いつ、気付いたんですか?」

うん、と一つ頷いて、彼女は、躊躇いがちに口を開く。
「気付いたのは、なくなった事がわかってすぐ…。
 それで、みんなが帰った後こっそり呼び出して、問い詰めたんだ。
 少し前から様子おかしかったのはわかってたし、
 もしかしたら、って思って。
 責めるつもりなんてなかったし、力になれたらって思ってた。
 でも、何をしてあげればいいのか、よくわかんなくてね…。
 なっちさー、余計な事したかもしれない…」
62 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時23分23秒
安倍さんの視線は窓ガラスを通り抜け、
黒い点にしか見えない、遠くを横切る鳥を追いかけていた。
あたしも同じ様にそれを追いかけながら、
「……間違っては、なかったと思いますよ。正解かどうかは、わかりませんけど」
半ば独り言のように、呟く。

「そっかな…。あー、なっち、やっぱりダメだな。
 やっぱりリーダーとかそういうの、向いてないな。
 あらためてわかった。
 もし…、もしも…、
 気付いたのがなっちじゃなくてカオリだったら、どうしてたんだろ。
 なっちみたいに、口をつぐんで時計を返してたのかな。それとも…」

あたしは、あえてそれには答えなかった。
ただただ、黒い点を目で追い掛け続けた。
答えは多分、人数分あるんだろう。
でも結局、誰も、何もしてあげることができない。
63 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時26分33秒
時間を止めることなど、できないんだから。
どんなに願ってみても、
例えかわいい後輩の願いでも、
時間を止めてあげることなど、不可能なんだから。
あたしが伝えた言葉も、安倍さんがとった行動も、
間違いでは、ないのだろうけど…。

気持ちがわかり過ぎて、胸が痛い。
時計を奪うことで気持ちを表した小川の想いが、痛い。
64 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時27分13秒
時間は誰にとっても平等に流れ、変化は必ず訪れる。
みんな、平気なんかじゃない。
あたしだって、多分安倍さんだって。
平気じゃない。
けど、乗り越えていくしかない。
時間は、望みもしないのに勝手に流れ、
変化は、どんなに拒んでも勝手に訪れる。
きっと、そういうものなんだろう。
うちらは、見守ってやる事しか、できないのかもしれないけど、
信じてるから、頑張れ。
一緒に、頑張ろう。
ね、小川。

黒い点が、遠ざかって空に溶け込んだ瞬間、バラバラに浮かんで来た言葉達。
それを後でこっそり、小川に伝えようと思った。
65 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時27分58秒
「ねぇ、よっすぃー。あたし、本気で探偵の勉強してみようかと思うの」

数日後の楽屋、思いつめたような表情の梨華ちゃんが、とんでもないことを言い出した。

「はぁ?なんで?」
「だって、カッコイイし」
「はぁ?もう、いい加減にしてよ」

呆れるあたしに構わず、彼女はおどける。

「まず、格好から入らないとね。
 ほら、あの人、『探偵物語』の松田優作みたいに、颯爽とベスパを駆るとか…」

「ベスパ?ダメだよ。スクーピーかディオにしないと。スポンサー的に」

「うーん、じゃあ、『私立探偵濱マイク』みたいに、くわえタバコで、スマートな感じ…」

「ダメダメ。梨華ちゃんにはタバコじゃなくてポッキーの方がお似合い」

「ええー」
不満そうに顔をしかめる彼女。
「それじゃ探偵じゃなくて、走る広告塔みたいじゃない」

なるほど、その通り…。
66 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時29分11秒
「ってかさ、なんでそんなに探偵やりたいのさ」
「だって…」
梨華ちゃんは、さも当然の事のように言う。
「探偵って、観察力とか洞察力優れてる感じじゃない?
 悩んでる人がいたりしたら、すぐ気付いてあげられそうだから」

え?
それって…。

思わず、唖然としてしまった。
気を取り直し、あたしは彼女に問う。

「梨華ちゃん、もしかして…、気付いてたの?」

彼女はニッコリ微笑んだ後、
「さあ?何の話?」
首を傾げてみせた。

こいつ、まさか、確信犯…?
いや、まさか…ねぇ。
67 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時30分33秒
もしかしたら…、
メンバー全員気付いてたりして…。
いや、まさか…ね。
でも、
なんかいいなー、いい感じかもなー、うちらって。

自然と笑顔になっているであろう自分の頬に、ほんのり嬉しさを感じた。

「ねぇ、梨華ちゃん。時間を止めたいって、思ったことある?」
「うんっ。いっつも思うよ」

彼女の腕があたしの腕に絡み、頬に一瞬だけ唇が落ちた。

「例えばね、こういう時」

悪戯に笑う彼女は、何だか妙にかわいい。

あたしも笑顔を返し、
「さーて、今日も頑張るかー」
ゆっくりと歩き出す。
68 名前:時よ、止まれ キミは、美しい 投稿日:2002年12月26日(木)19時31分19秒
浮かんだ言葉は……、

時よ、止まれ。
キミは……、いや、違う。

『キミ達は』、美しい。




   fin.
69 名前:作者 投稿日:2002年12月26日(木)19時33分38秒

『時よ、止まれ キミは、美しい』完結です。
しばしお休みをしまして、また別の話を書きます。
またお付き合い頂けると、嬉しいです。
70 名前:作者 投稿日:2002年12月26日(木)19時39分39秒

レス、本当にありがとうございます。

>53 名無し 様
何かしてしそうで何も起こってないような気がして、
ビクビクしながら書いてます。
お待せして、申し訳ございません。

>54 名無し読者 様
とんでもないです。恐縮です。
キャラは、私の好みなのかもしれません、デス。

>55 リエット 様
待って頂けて、嬉しいです。
嬉しさを胸に、次の話を頑張りたいと思います、です。
71 名前:名無し 投稿日:2002年12月26日(木)21時38分57秒
とりあえずお疲れ様でした。
みんな優しくて良かった。

名探偵チャーミー(w期待です。
72 名前:リエット 投稿日:2002年12月27日(金)13時22分20秒
最後まで見事に騙されてました。
無関係に見えたいくつかのエピソードが(探偵のことも含めて)、
全て一つのメッセージを伝えていたのですね。
爽やかに終わっていますが、随分と重いテーマだと感じました。
73 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月03日(金)00時30分31秒
ただの萌え小説じゃない、なにかメッセージ性を感じました。
読後感が爽やかでいい感じっス。

74 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月05日(日)04時28分03秒
よかったです。
75 名前:作者 投稿日:2003年01月10日(金)17時07分23秒
では、別の話を始めようと思います。
その前に、レスを。

>71 名無し 様
ありがとうございます。
自分は根性なしなので、
都合よくみんないい人に書いてしまいがちなんですよ。

>72 リエット 様
ありがとうございます。
そうですね、テーマは重めですね。
嬉しいお言葉、感謝しております。

>73 名無し読者 様
いい感じですか。すごく嬉しいです。
そんなにたいしたモノではないので、申し訳ないような気もしてます。

>74 名無し読者 様
読んで頂けただけで、もう幸せでございます。
76 名前:作者 投稿日:2003年01月10日(金)17時08分08秒

『プラスティック・タイムマシーン』
77 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時09分43秒
どうして、あんなことを言ってしまったんだろう…。

『梨華ちゃん、ごめんね…』
そう言ったきり、下唇を噛んで口をつぐんだよっすぃーの眼差しは、
まるで迷子の子供のそれのように、不安と涙で潤んでいた。
傷付けた。
多分、これ以上ないくらいに。
よっすぃーのあんな表情を間近で見たのは、初めての事だった。

驚いた。後悔した。
でも…、もうダメだ。
もう、どうにもならない。
世の中には、おかしな事、不思議な事、たくさんたくさんあるけど、
あたしが彼女を傷付けた事実が、消えてなくなるなんて事は、絶対にないだろう。
78 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時10分56秒
あたしも、好きだよ。
そう言えばよかったのに。
ただそれだけを言えばよかったのに。
実際にボロボロと口からこぼれてしまった言葉は、
もっと長ったらしくて、ふざけてて、だけど残酷な台詞だった。

あたしは、多分、苛立っていたんだと思う。
からかわれて振り回される事に。
いつもいつも、優位な場所に立つよっすぃーに。
仕返しのつもりだったのかな、あたし。
ああ、なんて、バカバカしい。
79 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時13分46秒
天井を見上げるのを止めて、目を閉じた。
赤くなったり青くなったり、はたまたオレンジだったり。
パッパッパっと、擬音でもつけようかと思うくらい、忙しく入れ替わる色と光。
部屋の中には、そんなテレビの明かりだけが渦巻いている。

もう夜中だというのに、あたしの腕には蛍光灯に光を灯す力がわいてこない。

ソファに体を横たえて、ほんの少しだけ、まどろむつもりだった。
こんなトコで眠っていたら、喉の調子が悪くなるのは間違いないし、
下手したら、風邪を引くかもしれない。
せめて、ベッドまで行かなきゃ。
そして出来れば、いつものようにマスク付けて眠りたい。
わかってる、わかってるけど…、
どうしても起き上がる事が出来ない。
もう何時間経ったのだろう。
『ほんの少し』は、すでに言い訳になってしまっている。
80 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時15分07秒
仕事から帰って来てのは、間違いなく夕方だった。
それからあたしがした事といえば、
憂鬱な気分を誤魔化そうとテレビだのビデオだのつけて、
それから、ああ、疲れてるんだなー、なんて、ボンヤリ考えただけ。

瞼を閉じたまま、意識は勝手に天井へ昇って、溶け込むように空気に混ざっていくようだ。
それと同時に、あたしの全ては後悔という名の過去に押し流されていく。

そのうちにあたしは、完璧な眠りへと旅立ってしまったようだ。
81 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時16分37秒
夢を見た。
果てのない真っ暗な空間。そうとしか呼べない場所に、あたしは立っている。
何だろ、ココ。
思わず首を捻る。

「…かわ…いしかわ…石川!」
ふと、誰かがあたしを呼ぶ声に気付いた。

誰?誰だったかな。
この声、この口調…、この人は…、えーっと…、
しばしの間、思い浮かぶ顔と声を照らし合わせる事に没頭する。

「あ、そっか、保田さんだ」
言い当てると、視界の端に、突然仁王立ちの保田さんが現れた。
「何ですか?」
訊きながら、保田さんと視線を合わせる。
それから、何気なく周りの様子を見回す。
82 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時19分16秒
どうやらあたしの他にこの場所に存在しているのは、
保田さん、それと、約一メートル四方と思われる大きさの、不思議な箱がひとつ。

箱……。
んー?箱?なんだ?コレ。

キョトンとしたあたしを手招きして、保田さんはポンポンとその箱を叩いて笑った。

「さあ、石川、この箱に入りなさい」

……はぁ?

「え?あの…、嫌です。あの…、何ですか?その箱」
拒否する姿勢を見せておいて、あたしは質問を返した。

色はグレーってとこだろうか。
頭の中が霧に覆われているみたいにボンヤリしていて、
その色がどんな色なのか、何と言う名前だったのか、忘れかけている感じもする。
で、何だろう、この箱…。
安っぽいくて、インチキ手品師の道具にも近い。
この中に、せくしー衣装のおねーさん入れて、布被せて『はい、消えました』、
ってな感じの…。
ま、手品にはわりと付き物の、鳩さんとかが出てこないだけマシかな。
83 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時21分05秒
「いいからいいから、黙ってこの中に入りなさい」
保田さんはあたしの手を無理やりに引っ張り、箱の中に導こうとする。
「え?だから、嫌ですってば」
一応抵抗しておく。
が、聞き入れてもらえる様子はなく、
「オラオラ、早く入れってんだよ!」
チンピラ然とした保田さんに、ぐいぐい引っ張られては箱の側面へと押されてしまう。

箱の上面の蓋を開けた彼女。
煩わしい洗濯物か何かと間違えてるんじゃないかと思える勢いであたしを中へと押し込め、
ニヤっと笑うと、ヒラヒラ手を振った。
『バイバイサヨナラまた明日』、そんな意味だろうか。
84 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時22分38秒
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。痛いですよ、何するんですか!」
叫んで起き上がろうとしても、保田さんの両手に押さえ込まれる。
「石川ぁ!あんた、やる気あんの?」

あるわけないでしょ。だいたい、何に対するやる気なんですか。
いや、っていうか、やる気あろうがなかろうが、
膝の関節はそっち側には曲がらないんですってば。
いた、いたたた…。

顔をしかめる。
と、突然視界が闇に閉ざされた。

『with love』

保田さんのキメ台詞だけがぐるぐると回って…、それから……、
85 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時23分40秒
目が覚めた。
はっとして飛び起きる。
眩しい。
反射的に目を細めたことで、朝が訪れていることに気付く。

「んー、今何時?」

壁に掛けてある時計の短針を確認。
思わず愕然としてしまった。

「やばっ!遅刻だ!」

とりあえず着替えを適当に引っ掴み、大慌てで出かける準備に取り掛かかる。

朝っぱらからマネージャーさんに大目玉くらうのが確定。
もう、やだ…。
溜息はそこそこに、点けっ放しのスイッチ達はそのままに、
あたしは、ダッシュで家を出た。
86 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時24分23秒
「テレビ東京までお願いします」

タクシーの中。
後ろへと流れ行く景色を眺めながら、シートに体を預け、力を抜く。
最悪の気分だ…。
唯一の救いは、街の喧騒が窓ガラスで遮断されている事だろうか。

もともと物静かな人なのか、芸能人だからと気を遣ってくれているのか、
運転手さんは、行き先に頷いたきり、一言も喋ろうとしなかった。
静かな車内で、あたしは改めて溜息をついた。

まずいなぁ、もう収録始まってるかな。
さっきから繰り返し眺めている腕時計に、あたしはもう一度視線を落とす。
何回見直そうが、やはり変わらない。
集合時間からは、すでに一時間以上過ぎている。
87 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年01月10日(金)17時26分20秒
やはりソファで寝たのがいけなかった。
髪はこれ以上ないくらいにボサボサ。
昨日の疲れは、そのまま繰り越されていて…。

メンバー達やマネージャーさんに、何て言おうかな。
そして……、
よっすぃーに、どんな顔して会えばいいのかな。
本当に最悪。
昨日の悩みさえ、そのまま繰り越されている。

お願い、誰か…、
誰でもいいから…、時間を戻してよ。
そしたら、言えるのに。
悩みは、消えてなくなるのに。

無理…だよね。
虚しい願いは、景色と共に後ろへと流れて行く。

とりあえず、遅刻の言い訳でも、考えるべきかな。
88 名前:作者 投稿日:2003年01月10日(金)17時27分31秒

更新しました。
こんな感じの話をマイペースにやっていこうと思っています。
よろしければ、お付き合い頂けると嬉しいです。
89 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月10日(金)17時37分54秒
おっ更新されとる!
保田…お前はいったい何者なんだ。
90 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年01月10日(金)21時24分59秒
何か・・・いい感じっすね〜^^
言葉が綺麗!!!感動しました。
私も作者さんのマイペースに付き合って行きますっ!どこまでもっ!!!
それでは、更新楽しみに待ってます!
91 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月12日(日)00時35分18秒
おっ、面白そうですね。あと、個人的にこのスレのタイトルがなんか好き。
(○^〜^)<かっけー
92 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
川o・-・)ダメです…
93 名前:92 投稿日:2003年01月31日(金)08時11分06秒
スレ汚し申しわけありません。
作者様読者様に御迷惑をおかけしたことを心よりお詫びいたします。
削除依頼出させていただきました。

作品、読ませていただいております。
これからも楽しみにしております。
94 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時47分42秒
タクシーは緩やかに走り、無事目的地前へと滑り込む。

「ありがとうございました」
言いながら、一万円札を運転手さんに渡した。
「あ、それと、領収書もらえますか?」

かしこまりました、といった感じの厳粛な面持ちで、
運転手さんは、釣り銭を取り出す。
「本当に……、ココでいいのかい?」
確認するように言われて、あたしは少し戸惑った。

ココでいいのかい?って……。
いいに決まってるじゃない。
今日ハロモニの収録だもん。

……あ、そうか、駐車場まで入った方がよかったですか?って意味か。

「ありがとう」

もう一度お礼を言って、あたしはタクシーを降りた。

さて……。
95 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時48分54秒
憂鬱で重い両足を交互に引っ張り上げながら、テレビ局の廊下を行く。
車内であれこれ思い浮かべた遅刻の理由のいくつかを、頭の中で復唱してみた。

『ドアの前に鳩の大群がいて出られなかったんデス』
うーん、これは駄目だよね、余計に怒られそう。

『ちょっと気分が悪くて…』
そういう嘘をつくのもどうかと思うし…。

『悪夢にうなされて、寝不足なんです』
あー、何でもかんでも保田さんのせいにするのは、ちょっとひどいよね。

仕方がない。
溜息を一つついて、あたしは気合の拳を固めた。
ストレートに、『寝坊しました』と謝ろう。
96 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時49分42秒
「おはようございます!すいません、もう、ほんと反省してます、ほんとすいません」

早口にまくしたてながら、集合場所だった楽屋のドアを開ける。
左胸は、早いリズムを刻んでいた。
緊張ではなく、恐ろしさに身構える感じ。
幾度も繰り返したシミュレーションでは、
ここでマネージャーさんか矢口さんの怒声が飛んで来る。

来るぞ、来るぞ。
『何やってんだ、石川!遅刻だぞ!』
とか。
『ふざけんな!スタッフさん達にどれだけ迷惑かけてるかわかってんのか!』
だとか。
『やる気ないやつぁー帰れ!』
だったりとか。
97 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時50分53秒
罵倒がもたらす平手で頬を打たれるかのような痛みに耐えるべく、
あたしは、ぎゅっと目を瞑ってその時を待った。

首を縮めて、身を縮めて、一体どのくらい待っただろうか。

おかしい…。
あたしは目を瞑ったまま首を捻った。
いつまで待っても、怒声や罵倒は、飛んで来ない。

そーっと瞼を開けてみると……、
98 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時52分05秒
「あれ?」

思わず声を上げてしまった。
この楽屋には、自分以外の十一人が、ひしめき合っているはずだった。
しかし、そこには人っ子ひとりいなかった。

「え?何で?」

拍子抜けしつつ、楽屋の中を見回す。
一瞬、もうすでに収録が始まっているのかと思ったが、
それにしては、荷物の一つさえないのは、ちょっと妙だ。
誰かがいた気配は、どこにも感じられない。

「あれ? あ、もしかして……」
部屋を間違えたのかな?
いや、
ハロモニ収録時は、いつも同じ楽屋だ。
角を曲がって三番目の部屋。
ここは、確かに三番目。
間違えてはいない。
ってことは、楽屋の場所が、いつもと違う所へ変更になったのだろうか。
99 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時52分49秒
あたしは慌ててドアを閉め、楽屋の表示を確認する。
思った通り、いつもあるはずの場所に、『モーニング娘。様』の表示はない。

じゃあ、どの楽屋だろう。
誰かに訊こうと、身を翻して駆け出そうとしたその時、

「あれ?何してるんですか?」

あたしと同じように首を捻りながら、走ってこちらにやって来るADさんが見えた。

何してるんですか?って言われても…。
こっちが訊きたい。
100 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時53分39秒
「石川さん、先週何か忘れ物でもしたんですか?」
「へ?いや、違います…」
「そうですか。じゃ、何でここに?」

何でって訊かれても、ねぇ…。

「え、いや、だって収録が…」
「あ、そうか」
あたしの言葉を先読みして、ADさんはぽんと手を打った。
「明日の収録、九時からですよ。集合時間忘れちゃったんでしょう?」
「は?」
「明日よろしくお願いしますね、それじゃ」
話が見えず、思わずキョトンとしてしまったあたしに気付く様子はなく、
ADさんは爽やかに一礼して去って行く。

……あれ?
何か、おかしい気が……。
なんだろ、何かが、ヘンだ。
混乱するあたしの頭は、違和感の正体をなかなか見つけ出せなかった。
101 名前:プラスティック・タイムマシーン 投稿日:2003年02月13日(木)18時54分54秒
「い・し・か・わ……。なにしてんのぉぉー!!」
マネージャーさんの怒声。
耳鳴りを我慢しながら、あたしは、携帯を耳元から少し遠ざける。

「すみません、あの、今テレビ東京なんですけど…」
「もう!!いい加減にして頂戴!!」
「……すみません。でも、あの…」
「言い訳はいいから!!急いでタクシー乗って、こっち来なさい!!」
「はあ…。わかりました。すみません」
「とにかく、急いでね!!」
「はい、すみません…」

携帯のボタンを一つ押し、通話を切る。
ディスプレイに表示された通話時間は三十四秒。
あたしが三十四秒の時間でまともに喋ることは出来たのは、「すみません」だけだった。
マネージャーさんの迫力に圧倒されて、質問する隙を見つけられなかった。

おかしい、絶対おかしい。
ぐるぐると、頭の上と中で疑問が回る。
それへの答えは見えそうで見えない。

でも、とりあえず、タクシーに乗らなきゃ。
あたしは、携帯を鞄にしまい、全速力で走った。
心臓が、口から飛び出してしまいそうなくらい大きく弾んでいるのは、走っているせいだけではなさそうだった。
102 名前:作者 投稿日:2003年02月13日(木)18時58分23秒

更新が大変遅くなり、しかも少量で、質的にもどうだろう、といった具合で、
大変申し訳なく思っております。
レス、ありがとうございます。

>89 名無し読者 様
お待たせして、申し訳ございません。
この話の保田さんは何者なのか、書いてる本人もよく分かってないかもしれません。

>90 ヒトシズク 様
もう本当にマイペースで、申し訳なく思っております。
たいした話ではないのです。

>91 名無し読者 様
期待外れに終わってしまいそうでございます。
スレのタイトルは、Slip knotの曲タイから取ってしまいました。

>93 92 様
いえいえ、気にしないで下さい。
お気遣い、ありがとうございます。
103 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月18日(火)23時34分52秒
待ってますよー
104 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月05日(土)23時43分44秒
待ち

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