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HQ.R
- 1 名前:うわさの姫子 投稿日:2002年11月29日(金)21時32分41秒
- HQ.R
- 2 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時34分15秒
- -1-
「ちょっと、小林さん、アンタ先月も確か同じ様なこと言ってたわよねぇ」
電話の向こう側で大家のオバちゃんの声が不機嫌そうにとがった。
「はぁ」
「はぁ、じゃないわよ。来月にはまとまった金が入るからって、かれこれ3ヶ月じゃないの。そりゃあこのご時世だから、あんたもいろいろ大変だとは思うけど。こっちも商売だからね。大体、事務所として使うからって約束だったのに、アンタいつの間にか自分のアパート引き払ってそこに住み着いてるっていうじゃないの。そういうのもね、大目に見てあげてんだから、ぐだぐだ言わずに今月末までにそこの家賃3か月分。きっちり払ってほしいんだよねぇ」
「いやぁ…今月末っていうのは…ちょっと」
「いーや、今月末。1日でも遅れたら荷物まとめて出てってもらうからねっ!」
ガチャン。どんな言い訳も受け付けないというように高い音を立てて、一方的に電話は切れた。
ちっ。俺は小さく舌打ちして使い古した安っぽいスチールデスクの上に子機を放り投げた。そして、そのまま、これまた古い事務椅子をぎぃぎぃ鳴らせて大きくのけぞって体を伸ばした。
- 3 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時35分29秒
いよいよ、ヤバくなってきたな。
ポケットからくしゃくしゃになったショートホープを取り出して、口にくわえる。
火をつけないでぶらぶらと揺らす。
今月に入ってからまだ一件も仕事がない。平成大不況の波は場末のこんな小さな事務所にも容赦なく襲い掛かってきたわけだ。まぁ、元々景気がいいときでも大して実入りのいい仕事でもなかったが。こんなことならアイツの言うとおり魚屋か八百屋にでもなりゃよかったかな。
それにしても、だ。
いい加減に何か金になる仕事をしないと、いよいよここも追い出されることになると本当に行くところがなくなる。ホンモンのホームレス一直線だ。大体アパートだって好き好んで引き払ったわけじゃない。大家のばばぁの言葉を思い出す。とっくの昔に家賃滞納で追い出されてしょうがなくここに住み着いてるだけだ。
まぁ、こんなやくざな商売でおまんまを食ってこうなんてこと自体がバカバカしい話だよなぁ。
「はぁ?探偵?何考えてんの?ドラマや小説じゃあるまいしやってけるわけないじゃない。いい年してバッカみたい」
アイツの歯切れのいいセリフが頭に浮かぶ。
ふふん。自嘲の微笑が自然と漏れる。
確かに、馬鹿だよなぁ。
- 4 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時36分18秒
俺は立ち上がって、コーヒーメーカーから淹れっぱなしの泥のようなコーヒーをマグカップに注いだ。カップを持ったまま窓際にたって、数週間ぶりにブラインドを上げて窓を開けてみる。といっても見えるのは隣の雑居ビルの薄汚れたグレーの外壁と、数週間どころか建ってからまだ一度も開けたことはないだろうと思われる場末のスナックの埃で黒く煤けた窓ガラスだけだ。
それでも、きんと凍るような、冬の空気が俺の頬を撫でた。
苦味以外の味のないカップの中の黒い液体を啜る。
まぁ、何とでもなるさ。
何があっても、どうなっても所詮は俺一人の問題なんだから。
そのままぼんやりとコーヒーを啜っていると、さっき机の上に投げ出した電話が鳴った。
一瞬、仕事の依頼を期待して。世の中そんなに上手く出来ちゃいないさと、どうせ大家のばばぁがまだ何か言い足りなくてかけてきたんだろうと思い直す。うんざりしながら通話ボタンを押す。
- 5 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時37分12秒
「おー、あー、もしもし?小林?ひーさしぶりだなぁ。オレオレ、山田」
こっちがもしもしとも言わないうちに威勢のいい声がまくし立てた。大学時代の同級生の山田だ。もうここ数年会ってもいない。
「ああ」
「いやー、元気か?どうしてる?お前まだアレ、やってんの?探偵」
「ああ」
「やってんのか。あー。丁度よかったよ。アレだよな、探偵ってアレだろ、要するに何でも屋だろ?仕事やるよ、仕事。どーせ暇だろ?」
山田は昔から何でもずけずけモノを言う人間だった。むかつかないと言ったら嘘になるが、機関銃のような畳み掛ける口調とあっけらかんとした明るさでそれほど苦にはならない。
- 6 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時37分52秒
「どんな仕事だ?」
「アレだよアレ、ボディーガードっちゅーの?オレさぁ、今アレ、あのゲーノー関係の仕事しててさぁ、ほら、ちょっとアレ、いろいろあってさー。まートラブルって言うほどのもんじゃないんだけど。ウチの女の子、女の子ってアレだぜ。アイドル。超アイドルのさ、身辺警護っていうかさ。なかなかいい奴がいなくてさぁ。ホラ若いヤツとかだといろいろ問題あるしさー、何せ相手がアイドルだから。口が堅くて信用できるヤツ探してたんだよ。んで、そういやオマエ探偵とか何とか胡散臭いことやってたなーって突然思い出してよ。ま、詳しいことは後で話すから、とりあえず事務所に来いよ。お前今どこ?まぁ夕方には来れるだろ。6時に。事務所、場所言うからメモしろよ」
山田は俺の返事も聞かずに、事務所の住所と電話番号を一方的に告げると電話を切っていった。まぁ、返事なんてしなくても、渡りに船。アイドルの護衛なんてぞっとしないが背に腹は代えられない。むしろありがたい話だった。
何とか、首の皮一枚つながったってとこか。
まぁ、この世の中、たまには上手く行くこともあるさ。
- 7 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時38分35秒
- -2-
山田の言った「事務所」は立派な芸能プロダクションだった。ヤツは俺のことを胡散臭いと言ったが、それよりももっと胡散臭い山田からは想像がつかなくて、内心驚いていた。
通された会議室は綺麗に磨き上げられたリノリウムの床に新しい大テーブル、けしてウチの椅子みたいにぎしぎし音を建てることのない油圧式の機能的な事務椅子が整然と並んでいた。その機能一点張りで多少寒々とした印象の会議室の壁一面に安っぽい笑顔を貼り付けた小娘たちのポスターが何枚も貼られてるのに違和感を感じる。まぁ、芸能プロダクションなら当然なんだろうが。
山田の言っていた「超アイドルの女の子」。
オレは壁のポスターを眺めたが、辛うじて知っているのは、その沢山のポスターの中で一番大人数で写っているポスターに書かれた「モーニング娘。」という名前だけだった。
一様に薄っぺらい笑顔を浮かべた10代の少女達。どの子も可愛らしいことは分かるが、一人一人の区別は全くつかなかった。みんな同じ顔に見えた。
- 8 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時39分26秒
しばらく待たされて、手持ち無沙汰でタバコが吸いたくなったが、灰皿が見当たらなくて止めた。しょうがなく出された薄いお茶を啜っていると、ドアがノックされた。
やはりこちらが返事をする前に、せっかちな様子で山田が入ってきた。
数年前のやはり大学時代の友人の結婚式で会って以来の再会。心持ち後退したやつの額を見て「老けたな」と言おうと思ったがお互い様だということに気づいて止めた。
「やー、わりぃわりぃ。待たせたな。久しぶりだなぁ。やー、何だオマエ老けたなぁ。おっさんじゃねーか」
やはりお互い様だったようだ。
「まぁ、その方がいいんだよな。ウチの大事な商品に傷つけられちゃたまんねーからな。いや、ちょーどいいよ。オマエになら見向きもしないだろうからな」
山田はがはははと笑った。相変わらず失礼が服を着て歩いているようなやつだ。
「まさかオマエアイドルとか興味ないよな?まぁでも興味なくてもモームスぐらいは知ってるだろ。モームスだよモームス。モーニング娘。」
- 9 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時39分59秒
「アレだろ?」
俺はさっき見ていた「モームス」のポスターを顎で指した。
「そうそう。ウチの主力商品よ。こんなかの一人がさぁ、なんつーのアレ、ファンよ。ちょっといっちゃってる。アブナイやつにさぁ。まぁそんなんはいっぱいいるんだけど、中にはたまーにほんとーにヤバいのとかいてさぁ。まーストーカーっつーの?付きまとわれてさー。結構マジやばくなってきたんだよねー。そーゆーの大体アイドルにはよくあるからさぁ、まぁこっちもそれなりに処理してんだけど、今回のはなかなか一筋縄じゃいかないってゆーか。まぁここだけの話、彼女の周りで変な事故とか起こっちゃったりしてさぁ。なんつーの、この業界、ファンって味方であり敵じゃない?結構難しいんだよねぇいろいろ。とにかくスキャンダルが怖いからさ。身内で穏便に処理したいわけよ。それでオレがオマエに白羽の矢を立てたってわけ」
- 10 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時40分33秒
山田の話は相変わらず、無意味な指示語だらけで思いついたことをぽんぽんと並べているだけような話し方だったが、それでも不思議と内容は理解できた。
つまり、そのモームスとやらのメンバーの一人が熱狂的なファンに付きまとわれて、危害を加えられる恐れがあるが、出来ることならそんなことは表ざたにしたくない、ということらしい。
「で、俺は何をすればいい?」
単刀直入にたずねると、山田はへらへらと薄ら笑いを浮かべている顔を少しだけ引き締めて簡潔に言った。
「もちろん彼女の身辺警護。そのイカレた野郎を彼女に近づけないこと。それと、出来ればそのイカレポンチの正体を突き止めてほしい。犯人さえ分かればこっちでいくらでも手は打てるから」
ちゃんと喋れるなら、最初からちゃんと話せよ。
普段のちゃらちゃらした喋り方は見せかけだ。こいつは昔から頭も切れたしデキるやつだった。こんなデカイ会社でそれなりの地位についているのは当然のことなのかもしれない
- 11 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時41分05秒
「そんじゃ、ウチのカワイコちゃん連れてくっから。まぁ、心配ないとは思うけど、アレだ、一応言っとくけど、絶対手ぇ出すんじゃねーぞ。まぁオマエみたいなおっさんには鼻も引っ掛けないとは思うけど。ウチの大事な大事な金の成る木の一人なんだからな」
「ションベンくさいガキは趣味じゃないからな。安心しろよ」
山田ははははと白々しく笑って会議室から出て行こうとした。
「待てよ」
俺は山田を呼び止めた。
「何で、わざわざ俺なんだ?」
「あー?さっき言っただろ?お前みたいなしょぼくれたオヤジを探してたって」
「嘘だな、見たとこそれなりに手広くやってそうだし、条件にあったボディーガードなり大手事務所の調査員なりをいくらでも用意できるだろ?」
- 12 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月29日(金)21時41分37秒
肩越しに俺を見ていた山田の目がぐっと鋭くなった。
「友情だよ。どーせ一人で探偵ごっこなんかやってたって食えるわけなんてねぇし。仕事を回してやったんだよ。持つべきものは心優しい友達だろ?」
口調はふざけ半分だが、顔は少しも笑っていない。
嘘だということはすぐに分かった。
大体山田は友達のために何かしてやるような優しい人間じゃない。
山田も俺が嘘だと思っていることは百も承知のはずだ。
つまり山田はこう言ってわけだ。
「おまんまにありつきたかったら余計なことは聞くな」と。
確かに、俺はおまんまにありつかなきゃいけない。それもかなり切実に。
俺はお利巧さんに口を閉じた。
- 13 名前:姫子 投稿日:2002年11月29日(金)21時47分26秒
- 本日の更新はここまで。
で、小林って誰だよ。
だって男×娘。で萌えたかったんだもん(自分が)。
娘。の登場は次回。
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月29日(金)22時26分58秒
- さっすが姫子タン!
- 15 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月30日(土)18時52分11秒
-3-
また、しばらく会議室で待たされた後、山田は二人の女を連れて戻ってきた。二人のうちどちらが「モームス」なのかは、モームスをよく知らない俺にも一目で分かった。明らかにそこら辺にいる小娘とはつくりが違う。もう一人の女はスタッフか何かだろう。
「おう、アレだ、まぁ、とりあえず二人とも座って」
山田が言うと、きびきびとした動作で、スタッフらしき女が俺の向かいに座った。その後に続いて「モームス」がのろのろとその隣に座る。
- 16 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月30日(土)18時53分03秒
俺は斜め前に座った「モームス」を見た。
茶色く染めた髪。不健康そうな青白い肌。何でもない、黒いパーカーとジーンズ。背中を丸め気味に腰掛けて、ぼんやりと自分の爪を眺めている。
目の前に座った小娘は俺の頭の中のアイドル像とはずいぶんかけ離れていた。なんつーか、もっとはつらつとした、笑顔の少女を想像していたのだが、目の前にいるのは、妙に虚ろな目をした、おとなしい少女だった。もちろん伏せた目元の異様に長い睫毛やすらりと伸びた首筋など容姿の美しさは飛びぬけていたが、そこには俺が勝手にイメージしていた芸能人としてのオーラとかパワーといったものは全く感じられなかった。まぁ、本当にそんなものが存在するのかどうかも怪しいもんだが。
「モームス」は視線を感じたのか、不意に目線を上げて俺を見た。
嘘みたいにでかい目をしたガキだなぁ。
- 17 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月30日(土)18時53分37秒
目が合う。普通ならすぐ目を反らせるかなんかしそうなモノなのに。「モームス」は何の表情もない目でまじまじと俺を見返してきた。変なガキだ。そう思ったとき、彼女はお人形さんのように形のよい唇の端を不自然に歪めて、一瞬笑顔のようなモノを作った。そしてゆっくりとまた、自分の指先に視線を落とした。
アレが笑顔だとしたら、可愛くないガキだな。
そのとき、俺はそう思った。
「あー、アレだ、この前話した、ボディーガード。オレの学生時代の友達で信用できるヤツだから。しばらく行動を共にするからな」
山田は俺が思ったよりもいくらか高圧的な態度で、「モームス」に言った。
「小林です」
一応、「モームス」に名乗る。
「モームス」は条件反射のように、さっきより心持ち愛想のいい笑顔を作って顔を上げた。なんとなく、彼女のイメージに合わない丁寧な挨拶。
「モーニング娘。の吉澤ひとみです。よろしくおねがいします」
へぇ。
吉澤ひとみ、か。
- 18 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月30日(土)18時54分11秒
その後は事務的な話に終始した。
吉澤ひとみは自己紹介以外は一言も口を利かず、ぼんやりとそこに座っているだけだった。
山田が連れてきたもうひとりの女は姫野といって現場のマネージャーらしかった。小柄な体に丸い顔をしている。見た感じ30前後のまぁ、マネージャーらしい歯切れのいい話し方の女だ。
人の出入りの多い芸能界ではどこから話が漏れるかわからない。俺が吉澤ひとみのボディーガードだということは、山田とその姫野というマネージャー、そして吉澤ひとみ本人しか知らないということ。俺は現場マネージャーアシスタントとというわけのわからない肩書きを名乗るように言われた。
芸能界になんてなんの興味も知識もない俺がマネージャーの振りなんて通用するのかと山田に尋ねると、山田は「まぁ現場に行ってみればわかるよ。何やってんだかよくわかんねぇ人間がどれほどうろうろしてるか、よ」とニヤニヤ笑って言った。
とにかく一日中吉澤ひとみから目を離さないこと。
それが俺の仕事だった。
- 19 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年11月30日(土)18時54分42秒
「んじゃ、そういことで。まぁ現場で何かわかんねぇことがあったらさ。こいつ、姫野ちゃんに聞いてよ。後はまぁ、お前がボディーガードだってバレねぇ様に、特に外部の人間にはな。そんで、アレ、折角だから今日から働けよ。吉澤家まで送ってって。落ち着くまではこっちで車出すから。吉澤の送り迎えもお前の仕事な。ほんじゃまぁひとつよろしく」
- 20 名前:姫子 投稿日:2002年11月30日(土)19時00分29秒
- 本日の更新は以上です。
小林(*´Д`)ハァハァ(自分が)
別にいしよし卒業したわけではありません。
>>14
姫タンがんがる!
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月30日(土)19時08分35秒
- ヒーメタン!オイッ!!ヒーメタン!オイッ!!
- 22 名前:ばぶぅ 投稿日:2002年11月30日(土)21時18分47秒
- 「一日中吉澤ひとみから目を離さないこと」
それが仕事なんて美味しすぎるぞ、小林。
とにかく、続きが楽しみです。
姫子たん、ガンガレ!
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月01日(日)14時32分03秒
- 姫子たんの新作ですか!
姫子たんの文章、最高です。楽しみ!
- 24 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月01日(日)21時35分39秒
-4-
吉澤ひとみの送り迎え用に用意されていたのは、普通の白いカローラだった。俺は姫野からキーを受け取って、吉澤ひとみの家の住所を聞いて車に乗り込んだ。
「おつかれさまでした」
姫野に挨拶する。吉澤ひとみの声を聞いたのは自己紹介以来なのに気づいて、俺の頭の中にある「アイドル」とか「17歳」とか「女子高生」だとかのイメージよりずいぶんおとなしいガキなんだなと思った。
吉澤ひとみは当たり前のように車の反対側に回りこむと助手席に乗り込んだ。
当然リアに座ると思っていた俺はすこし驚いて。でも「後ろに座らないのか?」と聞くのもおかしいような気がして、そのまま車を発進させた。
何気なく車内の時計を見ると7時30分をまわっていた。渋滞を縫うように走り首都高に乗る。
- 25 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月01日(日)21時36分13秒
さて、36のおっさんが、17歳の小娘、しかもアイドルと車の中で二人っきりになった場合一体どんな話をしするのが正しいというのか。でもまぁ考えたところで答えが出るわけがない。共通の話題なんぞ明らかにない。
隣に座った「モームス」を見るとカバンから携帯を出してなにやらちゃかちゃかとメールを打っている。
別に俺はこの小娘の話し相手に雇われたわけじゃない。
彼女も俺とおしゃべりするつもりはないらしい。
無理して会話をすることもないと思い直して、気まずい沈黙は無視することに決め込んだ。
無言のまましばらく車を走らせていると、隣からくすり、と小さな笑い声が聞こえた。この気まずげなシチュエーションに似合わないその笑い声に反射的に隣を見る。どうやら携帯のメールを見て笑いを漏らしたようだった。
視線に気づいたのか彼女も俺を見た。
「あ、ごめんさない。メール」
彼女は手にした携帯を少しあげて見せた。俺は眉を上げて返事をして視線を進行方向に戻した。
しばらくすると、ぱたんと携帯を閉じる小さな音がして、彼女が膝の上に置いたカバンの中をごぞごぞしている気配がした。そしてその後は眠ったのか身じろぎをする気配も感じられなかった。
- 26 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月01日(日)21時36分45秒
「本物の探偵なんですか?」
突然。吉澤ひとみが物静かだったのでいつの間にかこいつを隣に乗せていることも意識から抜け落ちてぼんやり運転していた俺にはそう感じた。彼女は声をかけてきた。
それは何の前置きもなくて、まるでぽんと目の前に投げ出されたような問いかけだった。横目で見ると、彼女はちょっと不思議なぐらいまっすぐ俺を見ていた。
「ああ、まぁ、一応」
何となく、胸を張って探偵だなんていうのも滑稽な気がして言葉を濁した。
「へぇ。かっけー」
彼女は俺にと言うよりもつぶやくようにそう言った。
「あ?かっけー?」
「あ、いや、何でもないです」
何だ?かっけーって。
彼女はまた当たり前の様に口を閉じた。どうやら納得したらしい。
またしばらく無言の時間が続く。
何だか捉えどころのないガキだな。
それが俺の吉澤ひとみの印象になった。
事務所で見た疲れ切ったような虚ろな表情。ちらりと見せた卑屈にも見える不器用そうな笑顔。かと思うと、まっすぐに背筋を伸ばして助手席に座っている凛とした横顔や、突然質問を投げかけて子供のようにまっすぐ俺を見つめて答えを待つ姿。
どれが、本当の吉澤ひとみなのか。
- 27 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月01日(日)21時37分48秒
「拳銃とか、持ってるんですか?」
また、突然口を開く。
は?
拳銃?
「いや。そんなもんは」
「なーんだ持ってないのか」
「日本でそんなもん持ってるのは警官とヤーくんぐらいのもんだろ」
「ドラマとかでは持ってるじゃないですか。ばんばーんって」
吉澤ひとみは両手を前に突き出してピストルを撃つ真似をしてみせた。
「本気で言ってるのか?」
「…持ってたらおもしろいなぁと思って」
彼女はつまらなそうに口の中でちぇっと小さく舌打ちした。
おいおいまじかよ。小学生じゃあるまいしドラマと現実の区別もつかないのかよ。
俺が呆れたように彼女を見ていると、彼女はえはははぁと気の抜けたような笑顔を見せた。
あああああ。まったくもってわからねぇ。
「あ、そうだ。名刺か何かください」
「は?名刺?」
「だって、あたしのこと護ってくれるんですよね?何かのとき、連絡とかしたいんで」
「ああ」
俺はジャケットのポケットをごそごそとまさぐってようやく端の曲がった名刺を見つけて彼女に渡した。ここしばらく名刺を渡すような依頼もクソもなかったからな。
- 28 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月01日(日)21時38分44秒
「こばやし、ゆうさく」
彼女は名刺の名前を声に出して読んだ。何だかそれがこそばゆいように感じた。
携帯を出すと俺の携帯の番号を登録し始めた。それが終わると、分厚い手帳を出してきて几帳面に俺の名刺をしまう。そして、また何事もなかったかのように背筋を伸ばしてまっすぐにフロントガラスを見つめた。その横顔はとてもクールで賢明そうに、何か憂いを含んでいるようにさえ見える。
「何で、隣に座ったんだ?」
「は?」
「後ろじゃなくて、助手席に」
「ああ、だって前の方がよく景色が見えるじゃないですか。ヨシザワ、ドライブ好きなんですよ」
かといって、口を開けば子供だ。
何なんだ。本当に何なんだコイツは。
- 29 名前:姫子 投稿日:2002年12月01日(日)21時45分57秒
- 本日の更新は以上です。
よしこば(*´Д`)ハァハァ(いいかげんしつこい)
UFAさん映画化の依頼待ってます。
>>21
ヒューヒューありがとうヒューヒュー。
>>22
そういわれると確かにそうだな。
>>23
文章ですか。かなり力技のような気がしますが。
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月02日(月)13時03分45秒
- 新作、待ってました!
よしこばですか?(w
姫子さんの描く吉は大好きなので、更新期待しまくりです。
- 31 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月02日(月)17時46分35秒
- エロゲーみたいなノリがイイ!!
- 32 名前:リエット 投稿日:2002年12月03日(火)10時07分30秒
- コロコロ表情の変わる吉澤さんかわいー!
- 33 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月03日(火)19時49分28秒
-5-
芸能人なんつーもんは都内の豪華なマンションに一人暮らししているもんだと勝手に思っていたが、吉澤ひとみは埼玉の、しかもどちらかというとのどかな部類に入る、これといって何の特徴もない町に家族と住んでいた。
市内に入るとてきぱきと道順を説明する。
「そこの公園の角を右に曲がって、まっすぐ行って、ローソンの手前です」
似たような集合住宅が立ち並ぶ一角の、何の変哲もないマンションの前で車を止めた。夕方のラッシュに巻き込まれたこともあって事務所を出てから1時間半近く過ぎていた。時計を確認すると9時前だ。
「あ」
車から降りようとした吉澤が小さな声をあげた。
吉澤の目の先を追う。
暗がりでよくわからないが、マンションの入り口の段差にうずくまるようにして座っている人影が見えた。
「例のストーカーか?」
「わかんない…」
吉澤はおびえているというよりも眉を寄せて、怪訝そうな顔をして答えた。そのあやしい人影をじっと見つめている。
「中からロックしとけ」
俺は車を降りるとその人影に近づいた。
- 34 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月03日(火)19時49分58秒
背中をまるめて石段に腰掛けた男は明らかにおかしかった。
黒いジャンパーをきて背中に大きなリュックを背負っている。痩せぎすの体、ぼさぼさに伸びた髪。
…何よりも不気味なのは、ニヤニヤと笑いながら、さも愛しそうに、頬を擦り付けんばかりに顔を近づけて、自分が腰掛けている石段を撫で回しているのだ。
「おい」
声をかけるがこっちには見向きもしない。
「おい、何してるんだ」
もう少し大きな声で話し掛ける。
男はゆっくりと顔をあげた。
「なぁんだよぉう」
不満そうに妙に間延びした声をだす男。
銀縁のめがねに妙に肉の厚ぼったい顔。若いのか年をとっているのかわからない気味の悪い顔だった。
「ここで、何してるんだ」
「べべべべつにいいだろぉう」
引きつった声で答えながらも、及び腰に立ち上がりかける。
そしてその途中で。
俺の後ろに視線を向けて、とまる。
しまった!と思ったが遅かった。
ヤツのどんよりと曇っていた目が嫌な感じに輝いた。
- 35 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月03日(火)19時50分47秒
「ひひひひひひーちゃん!!!」
愚鈍そうな男だと思ったのに、ヤツは風のように俺の横をすり抜け車の中の吉澤ひとみに向かって駆け出した。
「待てっ!」
慌てて追いかける。
ヤツが車まで辿り着く寸でのところでヤツの馬鹿でかいリュックに手が触れた。
リュックを掴んで力いっぱい引っ張った。
車の中、フロントガラスの向こうに、でかい目を目一杯見開いて怯えた顔をした吉澤ひとみが見えた。
ズデーン。
威勢のいい音がして、ヤツは仰向けにひっくり返った。
俺はその上にのしかかり肘で体を押さえつけた。
「ややややめろよなななにすんだよぉう」
「うるせ。黙れ」
「やややややめてくれよぉ」
情けない声。男の体からは燻したような、煙た臭いような異様な匂いがした。気分が悪い。
「名前は?」
「やややや」
「名前は?」
ぐい。ヤツ押さえつけている腕に体重をかける。
「いいいいうよいうからはなしてよ」
ヤツが逃げないように、ゆっくりと体を起こす。ちょうどヤツのリュックの首根っこの辺りを掴んだまま、ヤツの体も起こす。
- 36 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月03日(火)19時51分20秒
そのとき、目の端に何か大きく動くものが映った。
フロントガラスの向こうの吉澤だった。
両手を大きく振って、何かを伝えようと口をぱくぱくさせている。
(あ?)
目と口の動きで尋ねる。
(…が・う!……ち・が・う!!)
吉澤の口の動きは必死に「違う」と伝えようとしているようだった。
(ちがう?)
(ちがう、そのひとじゃない)
必死に、俺がひっ捕まえている男を指差し首を振っている。
「なななななまよすぃこだぁ」
気持ち悪い声に、男を見ると、捕まえられていることも忘れて、吉澤を穴があくほど見つめている。緩んだ口元は今にも涎を滴らせそうだ。
そうか、狂信的なファンっていうのはこんなに不気味なものなのか。
大事な飯の種に穴を開けられてはたまらん。
何が違うのかどうなっているのかよくわからんが、とにかく魂が抜かれたように吉澤を見つめ続けている男の首根っこを引っ張って、吉澤が見えないマンションの角まで連れて行った。
- 37 名前:第1章 おかしな二人 投稿日:2002年12月03日(火)19時51分57秒
吉澤から引き離されるのが無念そうではあったが、男は俺を事務所の人間だと思ったらしく、その後は素直だった。事務所の人間に嫌われるとコンサートのチケットが買えなくなるとかファンクラブから追い出されるとか、そういう話があるみたいで、本当かどうかもちろん俺は知らないが、とにかくしきりに謝っていた。俺はなるべく威圧的な態度を崩さないようにして免許証を出させ、住所と名前を控えた。ついでにあんまり意味はないと思ったが、2度と吉澤の自宅付近に近寄らないという念書も書かせて無罪放免にしてやった。
- 38 名前:姫子 投稿日:2002年12月03日(火)20時04分52秒
- 本日の更新は以上です。
この章のタイトル「ヲタキショい」にした方がよかったかな。
突然ですが、皆さんは小林を俳優に例えると誰を想像しますか?
参考に聞かせてもらえると嬉しいです。
>>30
自分の吉澤のイメージを伝えられるようにがんがります。
>>31
Σ(゚Д゚)。もしエロなくても許してね。
>>32
どうも吉澤のイメージって一定しなくて。
- 39 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月03日(火)21時47分50秒
- ひーたんと呼ぶモーヲタ・・・まさか、オレか!?
小林は真田広之を想像しますた。
ちょっと背が低いかな?
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月03日(火)22時57分30秒
- 踊る大走査線のぎばちゃんとかかな。
- 41 名前:30 投稿日:2002年12月04日(水)00時56分02秒
- 小林のイメージっすか・・
う〜ん、自分は佐藤浩市かなぁ。ちょっとくたびれた中年オヤジって
ところが似合いそうで(w
- 42 名前:通りすがり 投稿日:2002年12月04日(水)03時18分01秒
- 痛くない男×娘。の時代の予感。(語呂悪し
- 43 名前:名無し読者。 投稿日:2002年12月04日(水)13時19分14秒
- 小林=俺と言いたいところだが(W
イメージとしては渡部篤郎かな。
- 44 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年12月05日(木)16時51分11秒
- くたびれた椎名桔平。
唐沢でもいいかな。
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月05日(木)21時50分17秒
- 高嶋政伸でひとつ
- 46 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月06日(金)15時28分11秒
- 冗談じゃなく、竹中直人。
- 47 名前:名無し 投稿日:2002年12月06日(金)17時07分49秒
- 感想も書かずにすまんが寺脇康文。
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2002年12月14日(土)07時24分41秒
- まだかな?
- 49 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月14日(土)07時24分44秒
- まだかな?
- 50 名前:48・49 投稿日:2002年12月14日(土)07時27分59秒
- ぎゃあ!!
二重投稿!しかもageちまった!!
すみません。逝ってきます…
- 51 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月04日(土)18時21分31秒
- (0^〜^)マターリマターリ
- 52 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月03日(月)19時46分16秒
- (0^〜^)マダマターリ
- 53 名前:CD-R 投稿日:2003年02月09日(日)22時05分14秒
- もう書いてはくれないんですか?
- 54 名前:待ってる人 投稿日:2003年03月01日(土)20時52分46秒
- (0´〜`)<………
- 55 名前:こんな感じで・・・ 投稿日:2003年03月03日(月)00時02分15秒
- 「もう、大丈夫だ」
私は車に戻り、助手席のドアを開け彼女に言った。
「ありがとうございました・・・」
どこか、陰鬱そうな顔をし、彼女はボソッと言った。まあ、あんなヤツに出くわしたんだから、無理もないだろう。
「と・・・これが、ヤツの住所氏名、それに、もうここに近づかないという念書だ。また現れたときのために取っておくと良いだろう」
助手席から降りてきた彼女に、ヤツが書いた下手くそな字の念書を手渡す。
「はあ・・・」
やはり、こんな紙切れでは不安なのだろうか・・・ましてや、山田が言っていたストーカーのヤツとは違うと言うのだから、完全に不安が拭われる訳はないだろう。
「さて・・・君の部屋まで送った方がいいのかな?」
「いえ、ココで良いよ・・・今日はありがとうございま〜す。それじゃ!」
先ほどとはうって変わって陽気な声で応え、彼女はオートロックを解除して自宅マンションに消えていった。
私は彼女を見送ると、車に乗り込み引き返していった。
- 56 名前:私は小林・・・名はまだ無い。 投稿日:2003年03月03日(月)23時54分20秒
- 日付も変わろうかという頃、再び事務所に戻り山田を待つ。
あいつは何やらミーティングだとか言うので、事務の子に空いてる部屋に通され、弁当とお茶を頂きながらテレビのニュースに耳を傾ける。
流石は大人気のアイドルグループを抱える事務所とだけ有って、出された弁当も安物なんかではなく芸能界御用達のとこのもらしく、いい材料を使っている。
テレビのアナウンサーが北の国がミサイルで脅迫云々と言うニュースを読み始めたとき山田が部屋に入ってきた。
「いやー、わりいわりい。なんつーの?局と新番組のことでいろいろネタを練ってるうちに話題がのっちゃてさー。吉澤を本当に世界に行かせてジョークを・・・」
これ以上あいつを喋らせ続けると夜が明ける・・・
「解った解った。で、その吉澤のことだが・・・」
私は彼に、送っていった際のいわゆる追っかけ?と言うヤツとの出来事を伝える。
「エー!また、新手のオタかー?いやんなっちゃうなー。で、そいつの正体とか突き止めれたか?」
「ああ、住所氏名と彼女に対する念書を書かせて、吉澤に渡しておいた。詳しくは彼女に聞いてくれ」
「いやー!流石は探偵だけある!この調子ならストーカー野郎もすぐにご用だな♪」
- 57 名前:私は小林・・・名はまだ無い。 投稿日:2003年03月04日(火)00時28分00秒
- 「で、明日の朝もお迎えするんだろ?いつ頃行けば良いんだ?」
「そうだな、明日は午後からプロモ撮影だったかな。10時頃に迎えに行ってよ。スタジオの場所は・・・」
彼は明日の撮影場所を言い、その曲に関して云々と数分しゃべり続けた。
「あ、わりいわりい。つい調子が乗っちゃったな。そうそう、社長にお前のこと話したんだけどな、気に入ったらしいぜ。取りあえず向こう3ヶ月、これで吉澤のボディーガードをやってくれないか?って」
そう言うと彼は胸ポケットから厚みのある封筒を取り出し、私に手渡した。
「!・・・これで3ヶ月?」
「取りあえず契約金って形でな。働き次第では給料も別に出すって言ってたぜ。どうせ金が無くて困ってたんだろ?それでお前の事務所を綺麗にしてみたらどうだ?あ、あと、もうちょっといい服を買えよ。現場に行ってもらうと言っても、マネージャーの手伝いみたいなものだから、そう気は使わなくて良いけどな」
「解った。ともかく、感謝するよ。このご時世にこんないい仕事をくれて」
「なーに、言ってる!友達じゃないか!友達!」
そして、私は事務所を出てカローラに乗り、我が家と化した探偵事務所に戻っていった。
- 58 名前:私は小林・・・名はまだ無い。 投稿日:2003年03月04日(火)22時51分15秒
- 吉澤の所属事務所から借りたカローラを我が家の前の路側に乗り上がらせて駐車する。
私の探偵事務所としてるビルの一階はダンススクールが入っているが開くのは10時頃なので、それまでに車を出せば文句は言われまい。
鍵を開け最近はリビングルームと化している応接室の電気を付ける。応接室と言っても、安物の応接セットと私のデスク、それと調査ファイルを収納してる棚が有るぐらいだ。よれよれのジャケットをソファに放り、事務椅子に腰掛け山田から契約金と言って渡された封筒の中身を確認する。
「これはこれは・・・」
封筒の中身に私は思わず口走っていた。中身の厚さは1センチほどの一万円札が入っていた。恐らく百万はあるだろう。これなら、滞納してるここの家賃三ヶ月分を支払っても、しばらくは生活が出来そうだ。つくづく、私は自分の仕事の見窄らしさを痛感する。
まあ、しばらくは枕を高くして寝られるというわけだ・・・そう思うと眠気が一気に溢れかえってきた。
- 59 名前:私は小林・・・名はまだ無い。 投稿日:2003年03月04日(火)23時02分20秒
- インターホンが鳴る音で眼が覚める。時計を見ると時刻は午前八時。誰だこんな時間に・・・と言っても思い当たるのアレぐらいしかない。私はパジャマのままドアを開けた。
「ちょっと小林さん。下の車あんたのかい?困るよ、無断駐車なんてされちゃ。ただでさえ家賃を三ヶ月も・・・」
案の定、そこにいたのは大家の婆さんだった。これ以上文句を言われたくないので私は手にしていた物を婆さんに渡すことにした。
「すいません。取りあえずこれを・・・」
三ヶ月分の家賃と住み着いてることを大目に見て貰っていることを考えて、私は婆さんに昨日貰った契約金から40万を支払った。
金さえ貰えば、あの五月蠅かった婆さんも態度を豹変させ、あまり迷惑にならないうちに車も移動してくれとだけ言うと退散していった。
「さて・・・支度をするか・・・」
- 60 名前:私は小林・・・名はまだ無い。 投稿日:2003年03月04日(火)23時17分18秒
- 髭を剃り、昨日と対して代わり映えのしない服を着て、車を吉澤の自宅へと走らせる。途中、コンビニエンスストアでサンドイッチとエスプレッソを仕入れ朝食を済ませる。そして約束の10分前頃、彼女の自宅マンション前に車を乗り付ける。部屋まで呼びに行こうとドアを開けようとすると、マンションから彼女が現れ昨日と同じく助手席に乗り込んできた。
「おはよーございまーす」
昨日会ったときよりは多少ましな笑顔で言った。
「やあ、おはよう。呼びに行こうと思ったが解ったようだね」
「うん、いつもこれぐらいに迎えに来て貰っていたからさ」
朝の会話はそれぐらいに留まり、私はスタジオに送り届けるため車を発進させた。隣の彼女は携帯電話をいじくりメールを撃ち込んでいる。車は都内に入り、営業を開始した店が目立ってきた。
「ちょっとスタジオに行く前に寄りたいところがあるんだが、いいかな?」
私は彼女に訊ねた。
「エ?いいよ。どこにいくの?」
「なーに、詰まらんところさ」
そして私は車を紳士服量販店の駐車場に滑り込ませた。
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