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A MEMORY OF SUMMER '02

1 名前:池田屋 投稿日:2002年12月11日(水)23時32分33秒
2chで書いてたんですが、前回の大圧縮で落ちてしまい移動してきました。
しばらくは今まで書いた分をアップしていきます。

『A MEMORY OF SUMMER '02』

2002年のハロプロ改編にまつわる話を描いています。
どこまでが実話でどこまでが妄想か、そんなところもお楽しみください。
ほぼ旧メン視点です。ごくまれに違う人も、、、
2 名前:池田屋 投稿日:2002年12月11日(水)23時35分48秒
前スレ(現在dat落ち)[お前ら・・・モー娘はもう終わりだ。]スレ内連載
http://tv2.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1032148645/14-

緑板で書いた2作品、
『回帰・2002.04.19(改訂)』
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/green/1019479712/116-218n
『さみしい日』
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/green/1019479712/79-109n
にも繋がった話となっています。
3 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時37分57秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(1)-1
4 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時38分46秒

「あー、もうすぐ4月かぁ。早いよねえ」

アスファルトの隙間からはい出してきた蟻の進路を
指でジャマしながら圭ちゃんが言う。
わたしも転がってる小石をいじりながらつぶいやいた。

「そっか、来週から4月なんだ…。お花見くらいしたいよねぇ」
「お花見ならこの前したじゃん」
「えっ? おいらやってないよ」
「やったじゃん。辻が焼そば食べられなくて駄々こねてたでしょ?」
「なんだ…ハロモニの話か。
 そんなんじゃなくて、おいらはもっとちゃんとしたお花見がやりたいの!!
 ねえ、なっちもそう思うでしょ?」
「…………」
「あれ? …なっち? ちょっとー」

なっちを振り返ると…
コンクリートの上に『大』の字になってかすかに寝息をたてている。
「なっちー、風邪ひくよ。こんなところで寝てたら」
そう言って肩を揺り動かした。
「…んー?…なにー? やぐちぃ?」
目をこすりながらゆっくりと身を起こしてくる。
…まったくこの人は…こんなかわいい顔してて無防備なんだから…
5 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時41分14秒
今日の娘。たちは東京のスタジオでゲネプロの真っ最中。
明日には石川入りして春のツアーが始まる予定になっていた。
久しぶりのアルバムを出した直後だったから…
いつものシングルメドレー的なライブとは違って、
メリハリのあるライブを、モーニング娘。のいろんな面を見せられそう。
それだけにみんな練習にも気合いが入っていた。
…そして休憩。
誰ともなしに火照った体を冷ますために3人でスタジオの外に出てきて…
午後の陽射しに温められたアスファルトが心地よく、3人とも腰をおろす。
知らぬ間になっちは横になって寝てたんだね……
6 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時41分50秒
「ねえ、なっちもお花見したいでしょ?」
「うん…でも今年はもう散っちゃったって話だよ。
 ここのところずっと暖かかったし」
「えー!そうなのー? お花見やりたいのにぃ」
「桜ももう咲いてないし、それにそんな時間ないの分かってるでしょ?」
圭ちゃんが冷静にツっこんでくる。
「そんなの分かってるよぉ。でも『言うだけならタダ』って言うじゃん。
 こんくらいのこと口にしてなきゃやってらんないよー、実際」
「…そういや、矢口。あんたもう平気なの?」
「何が?」
「『何が?』って、あんた大泣きしたとかヘコんだとか、
 一昨日会ったときににそんなこと言ってたじゃない」
「あー、あれね。もう大丈夫。
 なんか昨日ラジオで話したらすっきりしちゃった」
「…あんたさー、あんなことラジオで話して大丈夫なの?
 また怒られるんじゃないの? 知らないよー」
7 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時42分40秒
圭ちゃんがおどかしてきた。
でもあれくらいなら大丈夫だよ、きっと…
もっとひどい失言してきたから、あれくらいね…

「えー? なになに? わたし聞いてないよー。
 矢口、なんか失敗したの?」
「なっちは一昨日休みだったからねー」
「別にたいしたことじゃないよ……
 今の自分を見てヘコんで…昔のことを思い出して…感傷的になって…
 それで大泣きしたってだけだよ……」
「昔のことって…また……?」
「そう。またあの頃を思い出してただけ…
 どんなに怒られたって忘れようとしたってやっぱ忘れらんないよ」
「…………」
「わたしたちはこんなに変わっちゃったのに……
 モーニング娘。はこんなに変わっちゃったのに……
 そんなこと考えてたらずーっと涙が止まらなかった…」
「なっちも分かるよ…」
8 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時44分23秒
またアスファルトに仰向けになってなっちはつぶやく。

「…なっちもちょうど昨日のラジオの収録で語ったんだ。
 『人生』ってなんなのか。
 『生きる』ってなんなのか。
 自分は何を残せるのか?
 自分で生み出したものを残せるのか?
 そんなことをね、語ってみた……
 それでBGMに『21世紀』をかけてくれるように頼んでおいた…」
「へぇ、なっちも昨日だったんだ…
 矢口も昨日語ったんでしょ? すごい偶然だね」
「そんなことないよ圭ちゃん。みんなそういうのを思い出す時期なんだよ。ね、矢口?」
「そうなのかな……
 でもこの時期になるとやっぱり不安だよね…
 これからのモーニング娘。はどうなっちゃうんだろうとか、
 今年は誰も辞めなかったけど、いつ急にまた『卒業します』って言われるんだろうとかね……」
圭ちゃんは
「…これからの『モーニング娘。』か……」
と言ったきり黙ってしまった。
9 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時45分04秒
「わたしたちにはどうすることもできないよ…
 紗耶香のことだって…」
わたしは慌ててなっちの言葉を遮る。
「ちょっと、なっち、紗耶香のことは…」
口に人さし指をあてて、それ以上言わないよう合図した…
「あ、ゴメン…圭ちゃん」
「ううん…気にしないで」

圭ちゃんに紗耶香の話はあまりしたくない…
紗耶香にとってモーニング娘。の中での一番の理解者であり、
プッチモニで一緒で、地元も一緒だった圭ちゃんは
紗耶香の脱退にも復帰にも終始わたしたちには何も語らなかった。
そのことが逆に紗耶香の抱えている問題の深刻さをわたしたちに分からせることになった。
だからわたしたちは極力圭ちゃんの前では紗耶香の話はしないようにしている…
「でもさ、これからあと何年かモーニング娘。続けるとしてもわたしたちは何か残せるのかな?
 今の活動を記憶に残してくれる人っているのかな?」
そんななっちの言葉が棘のように心に刺さった……
10 名前:矢口真里編(1)-1 投稿日:2002年12月11日(水)23時45分48秒
「矢口さーん!そろそろ再開するみたいですよー!!」

石川がかん高い声を張り上げて迎えに来た。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
わたしの声に二人がやれやれといった感じで立ち上がる。

「ちょっと今日は黄昏れすぎたね」

なっちの言葉に石川がきょとんとしてる…
そんな石川を見て、3人で顔を見合わせて苦笑した……

11 名前:矢口真里編(1)-2 投稿日:2002年12月11日(水)23時46分35秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(1)-2
12 名前:矢口真里編(1)-2 投稿日:2002年12月11日(水)23時47分19秒
コンサートも各地を回って今日は大阪公演の初日。
木曜にオールナイトニッポンをやって、昨日韓国に日帰りで行って、
今日早朝に大阪へ出発。
さすがにキツイ。睡眠不足で頭がガンガンする…

「つじー!かごー!
 ほら、これ韓国のお土産」
二人にそれぞれ韓国海苔とアカスリグッズをを手渡しする。
「「ありがとございます」」
「矢口さん、韓国に行ってきたですか?」
加護が聞いてくる。
「うん、昨日ね。焼肉とか石焼きビビンバとか食べてきたんだー」
それを聞いた辻がうらやましそうな声を出した。
「いいなあ。辻も焼肉食べに行きたかったあ!」
そう言いつつ韓国海苔の袋を開けようとしている。

「こらー! 辻! なんで今開けようとしてるのよ」
「いや、ちょっと味見してみようと思って」
「もうすぐリハーサルでしょ! 少しの間我慢しなさいよ!」
「カレーうどんに入れたらおいしいかな?」
「聞いてんの? 辻!」

辻はわたしの怒声も気にせず袋を開け続けている。
それに加護も一向にわたしの怒鳴り声なんか構わずに聞いてくる。
13 名前:矢口真里編(1)-2 投稿日:2002年12月11日(水)23時47分57秒
「ねえ、矢口さん。今晩外に出れますかねえ?
 せっかく大阪に来たんだからお好み焼き食べたいんですよー」
「ちょっと加護ー、あとにしてくれる。辻を止める方が先なんだから」
「あ、タコ焼きもいいかなあ」
「加護、少し黙ってて!」
わたしが強く言うと
「もういいですよーだ。ごっちんのとこにでも行ってこようっと」
って、あっかんべーをしながら走っていってしまった。
辻は相変わらず韓国海苔の袋を手に持ったままだ。
ホントにこいつらは、もう……
「辻! カレーうどんに入れてもおいしくないから。
 どうしても今日中に食べたかったら、あとで御飯にでもかけて食べな。
 それがてっとり早くて一番おいしいから……
 …だから今はやめときなって」
わたしが諭すように言うと、ようやく辻も袋を手から放した。
こういう風に最初からしおらしく言うことを聞いてくれればかわいいのになあ。
14 名前:矢口真里編(1)-2 投稿日:2002年12月11日(水)23時48分59秒
……あとは加護か…
もうすぐ出番だってのに……
わたしはココナッツ娘。の楽屋の扉を叩く。
「ミカちゃーん!
 ちょっと加護を探してくるから、先に辻と一緒に舞台袖まで行っててくれる?」
奥の方から
「はーい、分かりましたー」
ってミカちゃんの声が聞こえた。
「ヨロシクねー」
辻のことはミカちゃんに任せて加護の姿を捜しまわる。
まったくー、どこ行ったんだよ、加護は!

「あ、よっすぃー。加護のこと見かけなかった?」
「加護ならそこ曲がったところでごっつぁんと座って話してますよ」
良かったー。簡単に見つけられそうで。
「さんきゅー、よっすぃー」
「矢口さんも大変ですねえ、相変わらず」
よっすぃーはいつも通りの微笑を浮かべつつ歩いていってしまう。

また怒って逃げられないように、今度はこっそりと近づいた。
近づくにつれてごっつぁんと加護の会話する声が聞こえてくる。
15 名前:矢口真里編(1)-2 投稿日:2002年12月11日(水)23時49分44秒

「あいぼんは今回実家に帰らないの?」
「うん…」
「なんでよー? ここから近いんだったら帰ればいいじゃん」
「だって、明日もライブあるし、その次の日もPOPJAMの収録があるし、
その次の次の日もうたばんがあるし、加護だって忙しいんだよ……」
「電車で帰れば1時間くらいで着けるんでしょ?
 めったに帰れないんだから、お母さんと会ってくればいいのに…」
「お母さんは明日来るからいいの……
 それに一回帰ったら、また別れるのが悲しくなるじゃん」
「……そっかー、あいぼんは強いね…
 あいぼんが強いから、あたしアイス食べたくなってきちゃったよ」
「なにそれー? ごっちんわけわかんないよー」
「アイス食べに行こっか?」
「えー? ごっちんのオゴり?」
「うん。オゴったげる」
「やりぃ。ごっちん大好きー」
そう言って立ち上がってきた二人と目が合った。
16 名前:矢口真里編(1)-2 投稿日:2002年12月11日(水)23時50分24秒

「あ、やぐっつぁん、どうしたのー?」
返答につまる。今の会話を聞いて加護を怒れるほどわたしは冷徹になれない。
「うん。そろそろリハが始まるから加護を迎えにね…」
加護はごっつぁんの後ろに張り付いて離れようとしない。
見かねたごっつぁんが加護に声をかける。
「あいぼん、アイスはリハが終わってからにしようよ。
 だからとっとと済ませちゃってきなよ。そしたらわたしも早く終われるし」
「…うん……」
加護はアイスが食べられないことよりも、ごっつぁんと離れるのがイヤみたいだった。

「ほら、加護、行くよ!」

ここは変に同情しないほうがいい。
独りよがりな同情は逆に加護の中にしまってある寂しさを呼び起こしてしまう。
今は『強さ』を演じている加護のままにしといてあげよう…
わたしの気持ちが分かったのか加護は廊下を歩き始めた。
わたしは
「ごっつぁん、ゴメンね」
とだけ言ってその場を離れた。
ごっつぁんは
「ううん」
とだけ言って、『にへら』といった感じで笑って首を軽く振った……
17 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時51分25秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(1)-3

18 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時52分37秒
みんな眠そうな目してるよなあ。
6時前から起き出して出発の準備してたんだからしょうがないか…
わたしは年上チームのバスのいつもの定位置、
いちばん後ろの席でみんなが乗り込んでくる様子をながめる。
一番最後になっちが乗り込んでくると、バスは待ってましたとばかりに出発した。

なっちが眠い目をこすりながら、これまた定位置のわたしのとなりに座ってくる。
わたしはちょっと声をひそめてなっちに尋ねた。

「ちょっと、なっち! 昨日はどこ行ってたのさー!」
「えっ? どこって仕事に決まってんじゃん」
「違うって、夜だよ夜。
 せっかくおいらも早く終わったからさあ、
 夕ごはん一緒に食べようと思ってホテルに来たら、なっち帰って来てないし……
 昨日は仕事終わるの早かったんでしょ?」
「うん。えーと…7時くらいだったかな」
「じゃあそれからどこ行ってたのさー。朝イチで札幌まで行くっていうのに」
ほっぺたを膨らませて怒ってるフリをする。
「…オトコじゃないでしょうね?」
「ちょっとなに言ってんのさー。滅多なこと言わないでよ、矢口!」
なっちは必死になって否定する。
19 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時54分29秒
「あやしい…あやしいなあ、安倍さん。素直に吐いた方が身の為ですよ。
 誰にも言わないからー、どこ行ってたのよぉー、正直に言いなさいって!」
「なんもないって。あやしくないって」
なっちは頑なに言おうとしない。
「じゃあ何なのよ、その眠そうな目は?
 なんでそんなに眠いわけー?」
「べ、別に…朝早いんだからみんな眠いでしょ?
 矢口だって天然パーマ少し残ったまんまだよ」
「う……なっち、人が気にしてたこと言ったなー。
 いいよ、じゃあわたしも言ってやろうっと」
息を吸い込むと前に向って大声で叫ぶ。
「みなさーん! 昨日なっちはねえ、とんでもないことをしでかしてくれましたよー」
そこまで言ってなっちに口を塞がれる。
「ちょ、ちょっと、矢口! 何を言う気さー!」
「何って『なっちが朝帰り』とかそんなことかなあ」
ニヒヒって笑ってやった。
「朝帰りなんかしてないよぉ。
 ちゃんと12時くらいには帰って来てました!」
「じゃあいいじゃん。
 誰と一緒にいたかくらい教えなって。
 それとも何? 一人でお台場で遊んでたっていうの?」
20 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時55分33秒
「……そりゃ一人じゃなかったけどさ…」
「ほらー、一人じゃないんじゃん。
 誰ー? 吐け、吐いちゃいなって。
 矢口さんに全部話してごらん」
なっちの脇腹を小突いて話をせかす。
「ちょっと…分かったから、話すから、やめてよー」
なっちがくすぐったがって身をよじる。
「はいはい。最初から素直にそう言いましょうね」
「…………」
「で?」
「…………」
「こらっ! なっち!」
「……分かったって。言うって。言いますって」
「ほら、早く」
「うーん……」
「なっち!」
「…うーんとね……懐かしい人と会ってた…」
「なによー? それ、全然分かんないよ。
 北海道から元カレとかでも来てたの?」
「…矢口ー、オトコのことから頭を切り換えなさいって」
「えー? じゃあ昔の友達とか?」
「…あー…うん…昔の友達…
 …ちょっと違うけど似てるかなー」
「そんなの分かるわけないじゃん、おいらに」
21 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時56分14秒
「矢口も良く知ってるよ、とっても良く……」
「えー? おいらも知ってるの?」
「矢口はうらやましがるかもなあ」
「……もう分かんないよー。降参、降参。
 だから教えてよー、なっちー」
なっちはちょっと得意そうに鼻のあたりをこする。
「ヘヘ…、聞いてびっくりするなよぉ」
「うん、うん。早くー」

「……実は福ちゃんと会ってたんだ」

なっちの思わぬ発言に耳を疑う。
「へっ? 今なんて言った?」
「だからー、福ちゃんと会ってました」
なっちがもじもじしながら照れるように言う。
「えーっ? ちょっと待ってよ。なんで明日香が……
 それにもう連絡とってないんじゃなかったっけ?
 いっつも寂しそうに明日香のこと話てたじゃん」
「…うん、そうなんだけどね。
 昨日わたしのステージを見に来てた。
 それが終わったあと楽屋に来てくれてた…」
22 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時57分06秒

『辞めたあともライブ見に来るから』

そう言って娘。を去っていった明日香だったけれど
実際に来てくれたのはホンの数回……
前回会ったのは去年の裕ちゃん卒業の大阪城ホールまでさかのぼる。
そんな明日香が訪ねて来るなんて……
…それになっちの昨日のステージって?

「ねえなっち、昨日の仕事って何だったの? ステージって何?」
「うーんとね…きくちさんとのお仕事」
「きくちさんって、フジの?」
「うん」
「…それで?」
「きくちさんのやってる番組で『FACTORY』っていうのがあるのね。
 …いろんなアーティストを集めて一般のお客さんを入れて
 生ライブそのままを放送する番組なんだけど…
 昨日それの収録があって、オープニングでなっちが歌ったのよ」
「なっち一人で?」
「うん。あ! 演奏とかは坂崎さんたちにしてもらったんだけどね」
「え? アルフィーの?」
「うん」
「で、何? 娘。の曲を歌ったの?」
23 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時57分46秒
「まさかー。だってお客さんの中にはタトゥーいれてる人とかもいるんだよ。
 そんな中で娘。の曲歌うわけないじゃん」
「ちょっとー、どんなライブなのよ? タトゥーって…」
「すっごいロックなライブ。それこそダイブとかしちゃいそうな感じ」
「えーっ? マジで?
 で、そんな中、なっちは何を歌ったのさ?」
「えーとね……ブルーハーツを2曲…」
「ブルーハーツ? なっち好きだったっけ?」
「ううん」
「じゃあ、きくちさんに歌わされたんだ?」
「ううん、それも違うの。曲はわたしが選んだの。
 どうしてもその2曲が歌いたかったから」
「ふーん…わたしはブルーハーツはよくわかんないや。
 でも、なんか思い入れがあったんだ?その曲に」
「…うん」
「でもいいなあ。生バンドでソロでしょ?
 よく事務所がOKしたね。そんな機会めったにないよ。
 わたしなんかには一生なさそうな話だなあ……」

きっとなっちだからこその企画だったんだろうなあ。
…わたしがソロで歌うなんてありえない話だよ……
あ…マズい。
なっちが心配そうな顔をしてこっちを見てた。
24 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時58分25秒

「…あ、ゴメン。おいらのことはいいからさ…
 …それで、なんでそこに明日香が来てたのよ?」
「よく分かんないんだけどね、きくちさんが招待したみたい。
 なんか和田さんがどうとかって明日香が言ってたけど、詳しいことはよく分かんない」
「そうなんだ…
 でも、ずるいよー。なっち一人だけで明日香と会ってたなんて。
 おいらも呼んでくれればいいのにー。元祖ミニモニ。の3人でしょー」
「矢口ならそう言うと思ってたよ」
「思ってんだったら、呼びなさいよねー。
 なんで呼ばないのさー!」

なっちが何か言おうとしたそのとき、いきなり前の席に座っていた圭ちゃんが振り向いた。
「なっちは明日香と二人っきりが良かったんだよねー」
「「圭ちゃん!!」」
なっちが大慌てで聞く。
「何、圭ちゃんずっとわたしたちの話聞いてたの? CD聴いてたんじゃないの?」
「あー、これ? もう止まってるけど」
耳からヘッドホンをとってひらひらとわたしたちに見せる。
そして前を向くといきなり歌い始めた。
25 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時59分02秒

 ♪誕生日に泣いた
  空の星に泣いた
  あなたの事考えながら泣いた
  夏の夜

なっちと顔を見合わせる。
「「 ? ? ? 」」
「また圭ちゃんが始まっちゃったよ…」
「いいじゃん。今日はノってあげようよ、矢口」
「えーっ! やるのー?」
わたしの反応はおかまいなしになっちも歌い始める。

 ♪眠れなくって泣いた
  寂しくって泣いた
  あなたの事わからずに泣いた

なっちがこっちを向いて上を指差す。
分かりましたよ…
やればいいんでしょ。
おいら得意の高音ハモを魅せてやろうじゃないの。
26 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月11日(水)23時59分37秒
 ♪好きで 好きで 好きで 好きで 好きで
  朝も昼も夜も真夜中でも
  Love You Love You Love You 止まらない
  涙 涙 涙 涙 涙
  何回目でしょう
  あなたのことで泣くの
           (「好きで×5」より)

圭ちゃんはわたしたちがノってくれたのがうれしかったのか
後ろの席に移動してきて歌い始めた。
昔のモーニング娘。の歌らしく3人でタイミングをとって息を合わせて歌う。
やっぱ3人で歌ってもこの歌はしびれるなー。
ハモるのって気持ちいいよなー。
こういう歌、また歌いたいよなあ……

それまで喋っていた石川とよっすぃーがこっちを振り向いて驚いた顔をしている。
ごっつぁんは相変わらず寝たまんま…
あれ? カオリは? カオリだって歌えるはずなのに。
そう思ってカオリの方を見すかした。
そこには外をジッと見つめて、少し寂しげな顔があるだけだった……
27 名前:矢口真里編(1)-3 投稿日:2002年12月12日(木)00時00分21秒
やっぱりなっちがやってるからやらないのかな…
嫌いあってるわけではない二人。
かといって仲がいいわけでもない二人。
でもお互いに信頼しあってる。
不思議な二人の関係。
そんな二人に振り回されてるわたしと圭ちゃんだけどね…

それにしても明日香かぁ……
いいなあ、なっち。
小生意気でぶっきらぼうな口調で、でもそれでいてどこか憎めない明日香。
わたしもなんだか無性に会いたくなった。
でも今のわたしのままじゃ会いづらいなあ……


娘。は今日も札幌でコンサート。

今夜はお寿司にでも連れていってもらおう……
好きなものを食べてる間はイヤなことも忘れられるから……


28 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時00分59秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(1)-4

29 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時01分39秒
今日のライブはさいたまスーパーアリーナ。
去年運動会で来て以来だから今日で2回目。
でも去年と違うのは2万5000人の前で歌うということ。
さすがにこれだけの大人数の前で歌うのは緊張する。
みんな緊張した顔でリハを迎えていた。
リハの順番待ちの間、圭ちゃんと客席のパイプ椅子に座った。

「あたし昨日なっちの放送ビデオで見たよ」
「おいらも一昨日かな、ビデオで見た」
「矢口はさ、あれ見てどう思った?」
「『どう思った?』って……
 いい表情で歌ってるなあとか、いいステージだよなあとか…
 そんなもんかなあ。
 あ、凛々しいなっちはいいなあって思った」
「うらやましいとは思わなかった?」
「えっ?」
「あたしは思ったよ。正直なっちがうらやましかった。
 きくちさんにあのステージを用意してもらって、
 バンドのメンバーまで豪華に揃えてもらって、
 自分の歌いたい歌を歌わせてもらえる。
 うらやましく思わないわけないじゃない」
「……圭ちゃん?」
30 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時03分45秒
「矢口だってそう思うでしょ?
 あんただって歌いたくもない歌を歌って何年堪えてるのよ?」
「そりゃそうだけどさ、それこそ何年も堪えたから慣れちゃったよ……
 ……どうしちゃったの? なんか変だよ、今日の圭ちゃん」
「……ゴメン。なんかさ、あの映像見てたらすごいイラついたんだよね」
「…………」
「たぶんなっちにイラついたとか、そういうことじゃないと思うんだけど…
 強いていうなら自分にイラついたんだと思う」
「なんでよ? よく分かんない、それ…」
「あの曲ってなっちが選んだんだよね?」
「この前そう言ってたね」
「歌ったあとに明日香と会ったんだよね?」
「うん…そうだね…」
「矢口はなっちがなんであの曲を選んだか気付かなかった?」
「えー? ニッポン放送に行く前にちょっと見ただけだからなあ…」
「なっちはね、たぶんあの2曲に自分と明日香への思いをのせて歌ってた。
 最初はわたしも気付かなかったけど歌詞を調べてみたら分かった。
 あれだけメッセージ性の強い曲を選んだのは
 そういう意味だったんじゃないのかなって…
 まあ、あたしが勝手にそう思ってるだけなんだけどさ」
31 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時04分34秒
「ふーん…
 でも仮にそうっだったとしても、なんでそれで圭ちゃんがイラつくのさ?」
「なんていうのかな…
 なっちはストレートに自分の気持ちをああやって自分なりに表現してたのに
 自分はいったい何をやってるんだろうってね……」
「…………」
「こないだなっちが言ってたじゃん。『自分は何を残せるのか』って。
 けっきょくさ、あたしは番組でイジられてるだけで、あたしたちの本来の目標だった
 『歌』で何にも残してないんじゃないかなって、そんな風に思ったんだよね」
「そんなことないって。圭ちゃんは充分『歌』で何かを残してるよ……」
「…ありがと、矢口…でもみんながそう思ってくれてるわけじゃない。
 そう思ってくれてるのはごく少数だよ…
 それは自分がいちばんよく分かってる……」

圭ちゃんの言葉にわたしは何も返してあげることができなかった。
圭ちゃんの気持ちは少なからずわたしの気持ちでもあった。
わたしだって何にも残せてないよ……
32 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時05分27秒
ステージの上では石川とカントリー娘。の3人が歌っている。
いつも通りに石川のハズしっぷりが会場中に響き渡る。
「ある意味さ、石川の歌の方がみんなの記憶に残るよね」
ちょっと笑いながらボソッと圭ちゃんに言った。
「それは言えてるかも」
二人でクスクスと笑い合った……

そのとき会場の脇からさくらさんが入ってくるのが見える。
「ねえ、圭ちゃん。あそこにさくらさん来てるよ」
「あ、ホントだ。手振ってみようか?」
二人してさくらさんに向かって手を振る。
さくらさんは気付くとこっちに来て、わたしたちのとなりに座った。
「客席の方にいても大丈夫なの?」
さくらさんは心配そうでまわりをきょろきょろと見回している。
「はい、まだ大丈夫です。リハのときはいっつもこんな感じですよ」
「ふーん、そうなんだ。でも不思議だなあ、この誰もいない客席ってのは…」
わたしたちが何も感じないこの空間に、さくらさんはしきりと感動している。
漫画家さん独特の感性でもはたらいているのかな?
33 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時06分01秒
「そうだ、真里ちゃん! 昨日ミュージックステーション見たよ」
「あ、ありがとうございます。でも昨日のは恥ずかしかったんですよねー」
「えーどうして?」
「だって…頭の上で風車がぐるぐる回ってたんで……」
「そんなことないよー、かわいかったよ」
「…そうですかー? それならいいんですけど…
 そういえば加護から聞きましたよ。
 一昨日加護といっしょにもんじゃ食べに行ったんですよね?」
「そうなのよー」
「あの子のことだからすごい量食べましたよね? びっくりしませんでした?」
もんじゃ好きの圭ちゃんがさくらさんに尋ねる。
「うん、大丈夫。みんながみんなすごい量食べてたから。
 明太子もちもんじゃとぜんざいもんじゃってのがおいしくてさー」
「「ぜんざいもんじゃー?」」
二人して驚きの声をあげる。
「そう。あずきとおもちがドロドロになっててねー、焦げたところがこれまたおいしいんだ」
「想像もつかないなあ。おいらは辛いもんの方が好きだから明太子がいいや」
「真里ちゃんならそう言うと思ってたよ」
さくらさんが軽く笑う。
34 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時06分53秒
「『もんじゃ』ってモーニング娘。の中じゃちょっとしたキーワードなんですよ」
「そうなの? なんで、なんで?」
本のネタに使えるとでも思ったのかさくらさんは興味津々だ。
「もんじゃ好きな人多いよねえ、圭ちゃん?」
「そうだね…好きな人多かっ'た'ね」
しまったー。圭ちゃんにはこの話まずかったよー
もんじゃっていったら紗耶香じゃない。
なんでわたしこんな話しちゃったんだろ……
まずいよー、誰か助けてー。
少しの沈黙……
ちょうどそこに
「おはようございまーす」
よっすぃーの声。
よっすぃーはさくらさんの横に座って雑談を始める。
えらい、よっすぃー!! いつもいいとこで現れてくれて助かるよー。
35 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時07分28秒
「よっすぃー。この前乗ったボートね、今度台湾まで行くんだって」
「そうなんですかー? いいですねー。
 あたしも台湾行きたいですねー」
「おいおい、よしこ。台湾ってどこだか分かってるのかい?」
「あー、圭ちゃんヒドイなあ。台湾くらい分かるよぉ。
 中国の端っこの方の小さい島でしょ?」
「お、よく知ってんじゃん」
「知ってるよ〜。
 こないだごっちんの家に遊びに行ったときにユウキ君からおみやげもらったもん」
それを聞いた圭ちゃんがガクッとコケる。
「あんたねえ、EE JUMPが撮影に行ってたのは上海だよ。
 上海と香港と台湾がごちゃごちゃになってんじゃないのー?」
「まあいいじゃないですか」
「よっすぃーは相変わらずアバウトだねえ」
「ダメですか?」
「いや、好きだよ。そういうの」
さくらさんにそう言ってもらって、よっすぃーが喜んでる。
圭ちゃんは呆れ顔だ。
36 名前:矢口真里編(1)-4 投稿日:2002年12月12日(木)00時08分11秒
よっすぃーは少し話すとまたフラーっとどこかに歩いていってしまった。
「よっすぃーは面白いねえ」
さくらさんが感心する。
「でも寒いときの方が多いですよ」
「よっすぃーはね、ギャグがどうとかじゃなくてね行動そのものが面白いの。
 そういう意味じゃよっすぃーの面白さはテレビ的っていうよりマンガ的なのかな…」
「そんなもんなんですかね……」

わたしにはよく分からなかった。
でも最近のよっすぃーって前にも増してフワフワしてるよなあ……


37 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時08分53秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(1)-5

38 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時10分27秒
シャッフルユニットのレコーディングも済んで、
ミュージカルの稽古も佳境にさしかかった5月中旬。
5期メンバーもようやくわたしたち年上メンバーに慣れ始めてきたみたい。
1部のメンバーが稽古に行ってしまった後、がらーんとした楽屋の端の方で
突っ立ったままの紺野と小川に声をかけた。
「イス空いてるんだから座りなよ。
 なっちもカオリもいないし、誰に遠慮することもないよ」
紺野がか細い声で答える。
「…はい…」
小川と2人、空いているイスをわざわざ端の方に持っていって座る。
5期メンバーももう少し他のメンバーと交流持ってくれればね…
しょうがないか…わたしだって年上チームにいることがほとんどだもんなあ。
けっきょくのところ全メンバーと絡めるのは石川くらいなもんだね……
39 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時10分58秒
「あのー…矢口さん…」
「なにー?紺野」
振り向くと紺野が食べかけのチョコパンを持ったまま立っている。
「あのー…先日は誕生日プレゼントありがとうございました」
「うん。どうだった? 紅茶飲めた?
 フレーバーティは好みがわかれるからねー」
「あの…アプリコットティーは好きな味だったんですけど
 アップルティーはちょっと苦手な味でした…」
「そっかー。アプリコットの方が好きかー。覚えておくね」
「はい…ありがとうございます…」
それだけ言うとまた小川のところに戻っていく。
話しかけられてもあんま話すことってないよなあ、実際。
なに話せばいいかわかんないし……
40 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時11分40秒
一人静かに台本を読んでいると後ろでいきなり紺野の悲鳴があがる。
座っていた椅子を蹴り倒してしまって、楽屋中にそのけたたましい音が響き渡る。
「ちょっと、紺野どうしたの?」
見れば紺野がチョコパンを持ったまま手足をばたばたとさせている。
顔はもう半泣き状態だ。
隣にいた小川も何が起こったか分からず呆然としている。
「紺野ー、どうしたー? なにがあったの?」
紺野は手足をばたばたとさせたまま、息も絶え絶えに答えた。
「…虫……虫……ハエが…いるんですぅ……」
「そりゃあハエくらいいるでしょ」
「…ハエ…ハエが……手に…手にとまったんです…」
あんた、そんなことで泣いてるのかい……
「もうどっかにいっちゃったみたいだから、ひとまず落ち着きなよ」
「…………」
「大丈夫?」
小川が慰めつつ紺野が倒したイスを立ててあげている。
41 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時12分31秒
「しっかしさー、紺野が泣くなんて珍しいね。
 普段厳しいレッスンとかでも絶対泣かないのにさ」
「…あの…わたし、虫とか超苦手なんです…」
「そうなんだ。意外だねー」
「…そうですか?」
「でもさー、なんでパンは手放さないのさ?
 普通手に止まったら真っ先にパンを放り投げちゃうでしょ!
 傍から見たら超笑えるよ」
「だって、パンは大事ですから」
そこだけはハッキリと即答する紺野…

「大事ねえ……
 …そうだ、それで思い出した!
 紺野さあ、美容院でパン食べるのはやめた方がいいよー。
 北海道じゃ知らないけどさ、あんま東京じゃそういう人はいないと思うよ」
「…そうですか…?」
「そうだよー。紺野が帰った後、裕ちゃんも大笑いしてたよ」
「えっ! 中澤さんが? どうしよう……」
42 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時13分03秒
「いや『どうしよう』って、別に裕ちゃん怒ってたわけじゃないよ。
 面白がってただけだから」
「…………」
「おーい、紺野聞いてる?」
「…………あ、はい……」
「……まあ、あんま食べ過ぎないように体重管理はしっかりしてね」
「……はい……」
うぅ…やっぱ疲れる。このコは苦手だなあ……

やがて一部の稽古が終わって楽屋にメンバーが帰ってきた。
「お疲れさーん」
帰って来たメンバーに声をかける。
「おっ、いいねえ。今日はみんなそのTシャツ着てるじゃん」
オールナイトニッポンの企画で作って、わたしがみんなに配った
『新垣仮面』と『ポン酢』のTシャツをほとんどのメンバーが着てる。
2部のメンバーはあまり着てくれないから、
1部のメンバーがみんな着てる姿を見るとなんとなくうれしい。
「新垣ー、また『新垣仮面』着てるの?」
新垣は自分のことを書かれたこのTシャツを気に入ってしょっちゅう着てくる。
「はい、やっぱり『新垣』ですから」
新垣がニコニコと答える。
43 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時14分06秒
「次のシリーズも早く作ってくださいよー。すっごい楽しみにしてるんです」
「次のはまだしばらく先かなあ。あんまりグッとくるネタが集まってないからねえ」
「あ、こないだラジオ聴きましたよー。
 わたしのこと喋ってくれてありがとうございました」
「いいよ、そんなの気にしないで。
 いつも聴いてもらってるからね、やっぱ名前出しておかないと…」
「格闘技の話は全然分からなかったんですけど…」
「そっかー、新垣は格闘技はダメかあ。まあ『とっても弱い』だからね」
新垣のTシャツの胸のあたりを指して言う。
「安倍さんにもさっき言われましたよ。
 今度は『少し強くなった』にしてもらいなって」
「そういうえばなっちは? まだ一人だけ稽古続けてるの?」
「安倍さんなら終わった後に外の風に当たってくるって言って、
 4階のバルコニーに行きましたよ」
「そうなんだ…
 …おいらもちょっと行ってこようかなあ。
 あ!…新垣も来る?」
「いえ、わたしは……」
44 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時14分40秒
新垣にとってなっちは憧れの対象だからこそ、普通の会話はまだ難しいのかな。
まあ、それでなくてもなっちとの会話はツっこめるようにならないと難しいからね……
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
新垣にそう言い残して別れた。

「なっちー」
バルコニーへ出る扉を開けながら呼びかける。
「おー、矢口ー。なにー?」
「おいらも涼みに来たー。
 ……!って、なんで辻もいるのよー」
風に当たっているなっちの側に、でーんと辻が仰向けになって寝そべっている。
「なんかね、わたしが食堂の前を通ったときに見かけてついて来たみたい。ね、のの?」
「ん? うん」
「辻!! あんたまたなんか食べてたのー?」
「ん? 食べてないよ。ゼリーを凍らせにいってただけだよぉ」
「そんなこと言って、ホントは1,2個食べてるんでしょー?」
「ううん。3個だったかな。おいしかったー」
辻がエヘヘと笑う。
「辻ー……」
もう怒る言葉も見当たらない。
45 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時16分00秒
「あー! また、なっちは着てないの?」
「なにが?」
「わたしのあげたTシャツ!!」
「あー、あの『ポン酢』とか『新垣仮面』ね」
「そうだよー! せっかくあげたんだから着てほしいのにぃ」
「だってー、みんな着てるんだもん。なんか変でない?
 ぜったい共演者の人たちに陰で笑われてるよ…」
「なっちが『ポン酢』がイイって言ったんでしょ。
 あれは着なさいよー」
「やだよー。それに矢口だってぜんぜん着てないじゃん」
「…う。おいらはいいのよ。おいらは作った人なんだから」
「矢口さーん、説得力ぜんぜんありませーん」
「……もぉー……Tシャツも着てくれないしさ…
 前にあげたマイナスイオンリングもしてくれないしさ…
 なっちはわたしのあげたもん何だと思ってるのよー」
膨れっ面をしてイジけてみせる。
「そういえば矢口はそのリングずっとしてるよね?」
「ホントは両腕につけてたのに、なっちが欲しいって言うから2個あげたんでしょー!!
 なっちもしなさいよー!
 …もうね、なっちがつけてくれるまでおいら絶対にはずさない!」
46 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時17分05秒
「家でしてるよー。お休みのときもつけてるって」
「ウソだねー」
「ウソじゃないって。ホントだよぉ」
「じゃあ今度いっしょにつけて番組に出てよ」
「それはダメ」
「なんで、そこは即答なのさ? ウソでもいいから『うん』って言いなさいよ」
「…だってさ、変な風に思われたらイヤじゃん。
 なっちと矢口がお揃いのリングつけてるとかって
 インターネットで悪口書かれるんだよ、きっと」
「そんなの気にすることないでしょ。
 しょっちゅうなんだからさあ」
「ダメなものは、ダメなの」
「なんでよー? 昔は明日香とお揃いの指輪して出てたりしたこともあったのに……」
言ってから『しまったー』って後悔する。
「・・・や・ぐ・ち」
「ゴメン、ゴメンなさい、なっち。もう言いません、裏なっち」
「ちょっとー、それは言わない約束でしょー。
 しかもついでに「裏なっち」とか言ったでしょ!」
それまでぐだーっとしてただけの辻が口をはさむ。
「安倍さんと福田さんってケンカでもしたの?
 一緒の指輪してたことは秘密なの?」
47 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時18分13秒
「ののー、知らなくてもいいことあるんだよー。
 知らない方がいいこともいっぱいあるんだよー」
優しげに言ってるけど、なっちの目が笑ってない…
しょうがない辻を助けてあげよう……
「うわーん、裏なっち怖いよー」
「ちょっと矢口、裏なっち裏なっちってさっきからねぇ…」
「辻、そのことはね、なっちのしまっておきたい思い出なの。
 他人に汚されたくない大事な思い出なの。
 だからね、ペラペラと口にしていいことじゃないんだよ」
「ちょっとー、言い出したのは矢口でしょー」
「ほら、裏なっち! ペラペラ喋っちゃダメでしょ」
「っ!…………」
「ってことなの、分かった辻?」
「ん?…よく分かんない。…でもまあ、別にいいや」
「…おまえなあ、じゃあ最初かっら聞くなよー!」
そのときなっちが慌てて言う。
「のの!! 爪!」
「あっ。ゴメンなさい…」
慌てて辻が口元から手を離す。
辻の爪を噛む癖はいつまでたっても治らない。
ここ最近は前にも増してひどくなってきた感じもする。
辻は何が不安なの?
何に怯えているの……
48 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時18分53秒
しばらく5月の心地よい風に当たっていると、圭ちゃんがやってきた。
「矢口、辻ー!! 何やってんのー? そろそろレッスン始まるよー」
「うん。分かったー。今行くー」
「頑張ってねー」
「じゃね、なっち。行ってくるわ。
 ほらっ! 辻、行くよ」
「起こしてー」
そう言って仰向けになったまま両手を前に差し出す。
「自分で起きろよー」
「早くー」
「しょうがないなあ。辻起こすと腕が抜けそうになるんだよね…」
ぶつくさ言いつつ辻の手を引っぱってやる。
「いってらっしゃーい」
なっちに見送られてバルコニーを出る。
49 名前:矢口真里編(1)-5 投稿日:2002年12月12日(木)00時19分31秒
バルコニーの扉を閉めるときにちらっと見えたなっちが、
なんだかめちゃくちゃかわいく見えた。
短い髪を風になびかせて遠くの景色を眺めていたなっちが……
はっ!
おいら何考えてるんだろう。
危ない、危ない……
あたまの中に一瞬浮かんだ妄想を吹き払った…

さっ、今日もレッスン頑張ろうっと!


50 名前:池田屋 投稿日:2002年12月12日(木)00時23分40秒
今日はここまでです。

しばらくぶりにこちらで書かせて頂いたら、
行数制限の違いに戸惑ってしまいました。
51 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月12日(木)02時02分19秒
なんだか色んなメディアで出たエピソードを只繋いだだけって感じですね
52 名前:池田屋 投稿日:2002年12月12日(木)22時12分09秒
>51 名無し読者さん
あれ? 最初にそう書いておいたつもりだったんだけどなあ。
説明足らずで申し訳ないです。
53 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時13分03秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(1)-6

54 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時13分57秒

「なんだかさあ、世の中ワールドカップ、ワールドカップって言ってるけど
 わたしたちには全然関係ないよねえ」
コンクリートのブロックに腰掛けたなっちが言う。
「圭ちゃんだけだよね、騒いでんの」
「昨日だって大騒ぎしてたけど、誰も分かんないって。
 日本が引き分けるとどうなるのさ? それになんで引き分けがあんのさ?
 優勝チーム決めるんでしょ?」
「…さあ? おいらだって全然分かんないよー」
「でもさあ、あのスタジアムの観客席? あれは1回行ってみたくない?
 なんかみんな歌っててすごいじゃん。
 音楽もなんにも鳴ってないのに歌声揃っててさ」
「えー、怖いよー。
 それに明日だか明後日だか札幌の街が大変なことになるかもしれないって
 ニュースで言ってたよー」
「ウソー! ホントに? 何でよー?」
「フーリガンとかいうやつ?
 なんか暴れる人たちが札幌に押し掛けちゃうかもしれないんだって。
 それで、お店とかで暴れたり壊したりするんだって」
「そうなのー? 彩っぺのお店とか平気なのかなあ…」
「いや、大丈夫でしょ。危ないのは飲食店とからしいから」
55 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時15分21秒
彩っぺのお父さんとお母さんは札幌で時計とアクセサリーを扱うお店をやっている。
…でも、彩っぺの結婚パーティー以来もう2年以上会ってない…
彩っぺもどうしてるかなあ……

ミュージカルが始まってもうすぐ2週間。
今日は休演日。
わたしたちは1ヶ月間通った豊洲のスタジオを離れ、
いつもの慣れ親しんだスタジオでミュージカルの歌やダンスの再確認。
まとまってのレッスンはなく、今日はほぼ自主練の形で…
中学生組も今日はみっちり学校に行っていて練習はお休み。
わたしとなっちはといえば、
休憩の合間にまたこうしていつもの場所で黄昏れていた…

「この前さ、義剛さんがメロンの差し入れ持って来てくれたじゃない?」
「うん」
「矢口たちがステージに行ってる間に、あれで生ハムメロンを作ってみたのよ」
「あー、そういえばケータリングで生ハム出てたね」
「そう。…してさ、加護やよっしーたちと食べてみたのよ。
 もう、したらマズいことマズいこと。全然合わなくてさ。
 なんであんなもん好んで食べる人がいるのかねえ…」
「えー! もったいないよー。
 義剛さんが持ってきてくれたの夕張メロンでしょー?
 普通にそのまま食べればいいのにー」
56 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時16分15秒
「だってさー、やってみたかったんだもん。
 …ちょっと前にね、シャケとアボカドの生春巻きってのを食べてさ、
 それがね、超おいしかったの。
 わたしアボカドって嫌いだったんだけど、意外な組み合わせで
 けっこうおいしくなるんだなあって分かって。
 でもやっぱ生ハムメロンはダメだったね…」
「で、加護やよっすぃーはなんて言ってたの?」
「……あれ? なんて言ってたんだっけ?」
「おーい! また自分だけかよっ!」
笑いながら三村さん風にツっこむ。
「少しは人の話も聞きなさいよねー。
 なっちは夢中になるとそれだけになっちゃうんだからさあ…」
「あ、やっぱり? 分かっちゃう?」
「何年いっしょにいると思ってんのよ……」
なっちはいつだってそう。
4年前に初めて会ったときから、話しだすと回りが見えなくなる人だった。
最初はなんて自分勝手な人だろうって思ったけど、ホントにただただ純粋に
話にのめり込んじゃう人だって分かって、それ以来気にならなくなった。
57 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時18分09秒
「今年のミュージカル、なんとなくつまんないよね……」
わたしのつぶやきになっちが反応する。
「去年みたいな一体感っていうの? そういうのがないねー…」
「うん……5期メンバーとかも慣れてきて自分から話してくれるようになったけど
 なんか違うんだよね。全体的に見たときにバラバラって感じ…
 なっちはそう思わない?」
「うーん…ミュージカルが1部2部に分かれてるしさあ。
 普段から5期メンバーとの仕事なんてあんまりないしさあ…
 それに年の近いメンバーで固まっちゃってるもんね……
 まあ、辻・加護は別だけども」
「もうね、このまんまでもいいと思うよ。
 無理して一体感なんて出さなくていいよ。
 そんなの自然に出てくるもんだしさあ、もう必要ないよ。
 ……この先おいら『年上派閥』主張しつづけるんだ。
 ただでさえ、辻・加護の面倒見るので精一杯なのに、
 小さいコドモとか入ってきたって面倒なんか見てらんないって。
 勝手にしてよって感じ……
 普段から主張しとかないとコドモまで押しつけられちゃうよ…」
58 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時18分41秒
「えー、大丈夫でしょー。
 今でさえ矢口にはタンポポとミニモニ。があるんだからさ、
 スケジュール的にもう仕事入れるのはどう考えても無理でしょ」
「そうだといいんだけど、分かんないからさあ。
 なっちも『年上派閥』コトあるごとに言ってよお。
 じゃないとなっちのところにもそのうち話がいっちゃうよ」
少しなっちをおどかして、釘をさしておく。
じゃないとなっち忘れちゃうからね……

「おー、やっぱり二人ともここにいたかー」
「あー圭ちゃん。今来たのー?」
なっちが振り返って言う。
「うん。今日はもう無理しないようにと思ってゆっくり来た」
「年だからねえ、お・ば・ちゃ・ん」
「こら矢口ー! あんた年上メンバーだけのときはやめなさいよー
 裕ちゃんの立場がなくなるでしょー」
裕ちゃんを引き合いに出すところが圭ちゃんらしくてかわいい。

「ちょっと待って!
 あたし今日はこんなノリで話にきたわけじゃないんだ…
 二人にちゃんとした話があってここに来たから…」
59 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時19分23秒
圭ちゃんがいきなりマジメな顔つきになる。
「どしたの、圭ちゃん? いきなり改まって」
そう言うなっちはまだ笑ったままだ。
「うん……」
圭ちゃんは話すかどうかまだ決めかねているようだ。
わたしはおふざけモードをやめて表情を引き締める。

「何かあった? 相談事?」
「……うん。相談事っていうか二人には話しておこうと思って……」
「何よー? 恐い顔しちゃって… そんな大変なことなの?」
圭ちゃんのただならぬ雰囲気になっちの顔からも笑みが消える。
「いつ言おうか迷ってたんだけど、なかなかタイミングがとれなくてさ……」
「「……うん。」」
なっちと二人うなずいて圭ちゃんに話を促す。
圭ちゃんは回りをちょっと確かめると、大事そうに淡々と話し始めた……
60 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時20分06秒
「5期メンバーもそろそろ慣れてきたよね……
 あたしたちがいちいち声かけなくても、自分達から動けるくらいには…」

「石川もよっすぃーも経験積んで、メインパートもやって
 今じゃもう全然心配いらないよね…」

「辻・加護は暴走することもあるけど、ああ見えてもやることはきちっとやってるし
 もう大丈夫だよね?」

「…でさ、ミュージカルも軌道にのって安定してきたところだし、
 もうすぐ新曲のレコーディングにも入るし、ちょうど今が話すのに
 いい時期なのかなあって、そう思ったんだ……」

「去年の秋頃からずっと考えてたことなんだけど…………」

圭ちゃんはそこまで言って一旦口を動かすのを止めてしまう。
そしてためらいがちに話を進める…
61 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時21分10秒
「去年の秋頃からずっと考えてたことなんだけど、モーニング娘。って何なのかなあって。
 あたしにとってモーニング娘。って何なんだろうって……
 …ちょっと前になっちが言ってたじゃない?
 『わたしたちは何かを残してるのか?』って。
 で、あたし振り返ったときに誇れるものを何も残してないって気付いたんだよね……」

「シングルのパートなんて数えるくらいだし、プッチモニの成功だって
 紗耶香やごっちんがいたからこそだし、昔の曲の明日香パートがあたしに
 まわってきたのだって他に歌える人がいなかったっていう消去法じゃない。
 今までにわたしの残したものなんて、なに一つないよ……」

「…みんなそんな風に思ってないよって言ったじゃない。
 ちゃんとメンバーまとめあげてるし、圭ちゃんのことみんな親ってるよ」
わたしは圭ちゃんに言う。
62 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時21分40秒
「……うん、メンバーがそう思ってくれてれば、それはそれでうれしいよ……
 でもね、世間的には違う。歌ってるあたしのことを見てる人なんてほとんどいない。
 あたしは歌手になりたいから学校も辞めてこの世界に入ってきたのに
 あたしを『歌手』と思ってる人なんてどこにもいない……」

「で、あたし考えたんだ……
 『保田圭』って誰なのか?
 『保田圭』って存在してるのかって……
 『保田圭』になるにはどうすればいいんだろうってね……」

「…………圭ちゃん?」

なっちが震える目で圭ちゃんを見つめる。

「……でさ、決めたんだ」

わたしは手で耳をふさいで下を向く。

「いやだ。おいらその話の続き聞きたくない!」

「…………ちゃんと聞いて矢口」
63 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時22分13秒
「いやだってば!! そんな話聞きたくないよ!!
 そんなのわたし絶対に認めないからね!
 もうこれ以上悲しいのはいやなの。
 さみしくなるのはいやなの。
 もうわたしどこまで堪えればいいのよ!!
 そんなのやだよぉ…………」

なっちがわたしの肩を抱いてくる……
そして目のあたりを拭ってくれた……

なっちが淡々と圭ちゃんに尋ねる。

「圭ちゃん、覚悟はできてるの?
 圭ちゃんが抜けたらわたしたちとうとう半分以下になるんだよ。
 昔の曲なんてパートすら割り振れなくなる…
 3人じゃ成り立たなくなるんだよ……」
64 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時22分48秒
「…去年裕ちゃんに託されたでしょ?
 『これからのモーニング娘。を4人で守っていって』って。
 あのとき、圭ちゃんが知り合いのカメラマンに頼みこんで写真を
 焼き増ししてもらって裕ちゃんにプレゼントしたじゃない?
 あの写真、裕ちゃんすごい感激してたんだよ。
 最後の記者会見のときにまで持ち込んでさ、
 しっかりとメンバー全員を記者会見させたじゃない。
 モーニング娘。は変わっちゃったけれど、変わっちゃったからこそ
 裕ちゃんや辞めていったメンバーの思いをわたしたち4人で守ってたんでしょ?」

裕ちゃんは、去年の卒業コンサートの翌日の記者会見に
圭ちゃんからもらった2枚の写真を自ら持ち込んだ。
1枚は横浜アリーナのデビューイベントで観客席を背にして撮った5人の写真。
そしてもう1枚は初めての紅白出場を決めて記者会見のときに撮った8人の写真。
裕ちゃんはそれ以外は自分がアップになっている写真しか持ってこなかった。
記者会見のステージ上でカオリへのリーダー役の受け渡し、
それを裕ちゃんは明日香・彩っぺ・紗耶香にもちゃんと見守らせた。
「永遠の8人」を最後まで守りきった……
65 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時23分20秒
なっちは続ける。
「残されるメンバーの悲しみ、圭ちゃんは分かってるよね……
 それでも圭ちゃんは決心したの?
 中途半端な決心じゃないんでしょうね?」

…圭ちゃんは、ゆっくりと首を縦に振った。


……やだよ、そんなこと……


……だめだよ、そんなの……


……そんなこと認めらんないよ……
 

「そんなのぜったいにやだーっ!!」

66 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時23分51秒
わたしは泣き叫ぶ…………

「辞めてくメンバーはいっつもそうだっ!!

 自分のやりたいこと見つけて、

 一人で悩んで、

 そのうち自分一人で決めて、

 みんなに言うのは決心したあとで、

 自分は清々しい表情してて、

 やり残すことがないように頑張ってて、

 めちゃくちゃ輝いてて、

 そして…………
 
 …………
 
 …………

 そして、わたしたちの前からいなくなるんだ…………」

「矢口……」

わたしの肩を抱いてくれていたなっちの目から大きな涙がこぼれて、地面に染みをつくる……
67 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時24分22秒
「……なっち、矢口。ゴメン…
 カオリも入れて3人には本当に申し訳ないと思ってる。
 4人しか残ってないってことも、残されるメンバーの悲しみも全部分かってる……

 でも、もう決めたんだ。
 あたしはあたしの道を歩きたい。
 今のモーニング娘。とは違う目標に向って歩きたい。

 だから二人にはきちんとわたしの決意を聞いて欲しい。
 あとから事務所の発表を事務的に聞かせるなんてことさせたくないから……」

わたしの肩を持つなっちの手にチカラが入った…

「……圭ちゃんの話、聞いてあげよう、矢口。
 後悔しないようにきちんと聞いておこう……」

ゆっくりと顔をあげた。
なっちの泣くまいとする唇を噛みしめた顔があった…
圭ちゃんの真っ赤に腫れ上がった大きな目があった…
68 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時25分19秒

…圭ちゃんが宣言する。

「わたし、保田圭はモーニング娘。を卒業します。
 二人との思い出、忘れないから。
 ここまでいっしょにやってきたこと、頑張ってきたこと、絶対に忘れない……」

最後の方はほとんど声にならなかった。
言い終わると同時に、わたしたち3人は抱き合っていた…
そして泣いていた。
声も立てず、ただひたすら泣いていた。


梅雨入り前の心地よい風が吹いていたその日……


わたしたちの心はすでに梅雨入りしていた……


……わたしたちが梅雨明けする日はいつか来るの?


……泣かない日がいつか来るの?


……晴れる日はいつやって来るの?



 ・  ・ 


 ・ 

69 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時26分29秒

わたしたち3人は肩を抱き寄せあって泣き続け、
そしてようやく落ち着きを取り戻す……

わたしたちは芸能人『モーニング娘。』。
泣き合って終わりというわけにはいかないのがつらい…

なっちが涙の乾ききらないその目をキリっとさせて、
鼻声で喋り出す。
「これから、どうするか決めておかないとね。
 余計なことは言わないように、きちっとラインを決めておかないと…」

「圭ちゃんの卒業って、もうつんくさんとかは知ってるんでしょ?
 卒業っていつになるの?」
さっきは気が動転してて気付かなかったことを改めて尋ねる。
「うん。いろいろと事務所と話し合ったんだけど、来年の春まで待つみたい」
「ずいぶんと先なんだね……で、メンバーへの発表は?」
「…さあ? そこいらへんは事務所の判断だから…」
「で、圭ちゃんは卒業のことをおいらたちの他に話したの? カオリには?」
「カオリには昨日の夜、ミュージカルが終わった後に話した……」
70 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時27分19秒
今カオリはリーダーという立場を気遣ってか、極力ニュートラルな立場にいようとしている。
わたしたち3人が話していても、その輪に加わることはほとんどない。
まあそれはなっちとの微妙な関係が原因でもあるんだけれど、
何にせよカオリにも話を通しておくのは当然だと思う…

「他のメンバーには?」
圭ちゃんは首を振る。
「ごっつぁんとよっすぃーにはそれらしいことを話したことがあるかな……
 でも…あの二人は知らないことだと思っていて」
そう言って圭ちゃんは手を合わす。
「え? なんで?」
「あの二人にはこれ以上重荷を負わせたくないから…
 話したのはまずかったかなあって思ってるからさあ…」
「まあ圭ちゃんが、そう言うなら……」
71 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時27分50秒
「もう他には言わないつもり。
 石川は今調子いいし、教えるとすぐに顔に出ちゃうコだから黙っておこうと思う。
 それと辻・加護と5期メンバーには精神的負担かけたくないから……
 ミュージカルの真っ最中だし」
「そうだね、それがいいと思うよ」
圭ちゃんの判断に賛同を示す。
「でもまあ、シャッフルまでは歌番組の出演もないしね、
 そんなに気にしないでも大丈夫そうじゃない?
 不安なのは矢口、あんたのラジオだけだよ……」
「分かってるよぉ。気を付けるから安心しててよ」
「すっごい不安なんだけど…」
そんなこと言いつつも顔は笑顔。
ようやく圭ちゃんの顔にもいつもらしさが戻ってきた。
72 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時28分35秒
「で、ソロになったあとの予定って決まってるの?」
なっちが聞く。
「まだ、ぜんぜん。
 あたし自身どうなるか全然わかんないよ。
 半年以上先のことだし」
「じゃあさ、それまでの間にできるだけ知名度あげないとね。
 やっぱりさあ、知られてるってことは大事だよ…
 おいらみたいに『でしゃばり』とか言われたってさ、
 知られてなきゃ何にも活動できないもん…」
「……あたしには無理だよー。
 だって歌わせてもらえないんじゃ、どうしようもないじゃない」
「圭ちゃんには武器があるでしょ!
 その誰にも負けないキャラクターが」
「えーっ? 喋るの苦手だからなあ…あたし。
 キャラとか言われたって『うたばん』でウインクするくらいが
 あたしの限界なんだけど…」
「まかせてよ、圭ちゃんのキャラの面白さ広めるからさ。ね?なっち」
「んー? まあ、圭ちゃんがいいならさあ」
73 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時29分08秒
「いいんでしょ? 圭ちゃん」
「何する気でいるのよー? 任せていいの?」
「大丈夫、大丈夫。おいらに任せなさいって。
 でも、後で文句言わないでよね」
「文句言うようなことなのかいっ!」
「まあ、まあ。圭ちゃん、ここは矢口に任せておこうよ」
圭ちゃんはなっちになだめられつつも、表情は疑問の顔。
うー、わたしって信用ないなあ。
しょうがないか、今まで失言でさんざん怒られてきてるからな……

「そろそろ戻んないとヤバいよね」
「そうだね、圭ちゃん来る前にもかなりの時間ここにいたしね」
「ちょっとさー、涙のあととか残ってない?」
なっちが顔を突き出してくる。
「うん大丈夫、大丈夫。いつも通りのかわいい顔」
なっちはしきりに目のあたりを拭っている。
「矢口、あたしは? 目とか大丈夫?」
「うん、圭ちゃんも平気。いつも通りの・・・な顔」
「ちょっと矢口! あんた今なんて言った!?」
「なんも言ってない、なんも言ってない」
笑いながら建物の角を曲がって、スタジオに向う……
74 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時29分47秒


「「「 ! ! ! 」」」



3人ともびっくりした。
角を曲がってすぐそこには……
建物に寄りかかるようにして、膝を抱えて座りこんでいる人影があった。



「「「 辻 !! 」」」



「辻! 今日って休みじゃなかったの?」
圭ちゃんが焦って聞く。

「辻ー、いつからそこにいたの?」
わたしも焦って聞く。

「のの? わたしたちの話、聞いちゃった?」
なっちが肝心なことを聞く。

辻からの返事は……なかった。
ただ爪を噛んでいるだけだった……
75 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時31分24秒
辻は立ち上がって
「なんも聞いてないです」
って言うと、スタジオの方に足早に歩き出した。

「おい、辻!」
わたしはあまりの驚きに追いかけることができなかった。
3人で顔を見合わせる。

「いいよ、わたしが行く」
なっちが建物の中に消えた辻を急いで追っていった。

残された圭ちゃんとわたし。

「どうしようか? まずいんでない?」

「いいよ。ここはしょうがない、なっちに任せておこう。
 3人でいったら逆に辻が不安になるだけでしょ……」

圭ちゃんが不安げにつぶやいた…


 ・ 

76 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時31分59秒
今日が自主練習という形でよかった。
辻はあの後スタジオに姿を見せることなく、なっちに連れられて帰っていった。
もちろん表向きは二人とも『体調不良』という理由で。

その後は圭ちゃんもわたしも、そしてカオリも自分の練習に打ち込んだ。

夜になってその日はみんな言葉少なに別れた……



家に帰って自分の部屋に戻る。
ラックから一枚のDVDを取り出した。

 『ライブレボリューション21 春
        〜大阪城ホール最終日〜』

77 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時32分41秒
真っ暗な部屋の中、映像が流れだす。

裕ちゃんの泣いている姿、

なっちや圭ちゃんの泣いている姿、

自分の泣いている姿、

またこんな別れを来年の春には迎えなければならない……

そう思うと泣けてきた。

何年経っても変わらない別れのつらさ……



わたしは泣き続ける…………


わたしはいつまでも泣き続ける…………


78 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時34分34秒
矢口真里編(1)
参考資料 「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.04.11放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.04.25放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.05.09放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.05.16放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.05.23放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.05.30放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.06.06放送分
     「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.06.25放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.04.04放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.04.11放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.04.25放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.05.02放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.06.13放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.06.20放送分
     「和田薫のオールナイトニッポンr」02.03.09放送分
79 名前:矢口真里編(1)-6 投稿日:2002年12月12日(木)22時35分14秒
     「MUSIX!」02.04.23放送分
     「ハロモニ」02.05.19放送分
     「HEY! HEY! HEY!」02.02.04放送分
     「ミュージックステーション」02.04.26放送分
     「Matthew's Best Hit TV」02.05.08放送分
     「うたばん」02.07.25放送分
     「ハコイリ娘。」さくらももこ(新潮社)
     「ミュージカル写真集『モーニングタウン』」(講談社)
     「oricon」8/5号 2002 No.29
80 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時36分14秒


     ◇      ◇      ◇

                       石川梨華編(1)-1

81 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時37分00秒

「石川ー、頑張ってるかー!」


「あれぇ!! 中澤さん! どうしたんですか?」


いきなり後ろから思いもよらない声をかけられてびっくりしちゃった。
いっしょにいたりんねちゃんとあさみとさとちゃんも
中澤さんの登場にびっくりしている。

今日は日本テレビの生田スタジオでお仕事。
カントリー娘。が3人に増えてから初めて出す曲で歌番組に出演する。
さとちゃんが入って、もうわたしの助っ人の役目は終わりだと思ってたのになあ。
そう思っていたから、レコーディングのスケジュールを聞かされたときはうれしかった。
わたしも含めて4人とも新曲の衣装は恥ずかしかったけれど、
歌を出せて、こうして歌番組に出演できてうれしいなあ。

中澤さんはわたしたちが座っていたソファーの近くまで来る。
それを見たあさみとさとちゃんが立ち上がろうとした。
82 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時37分42秒
「あ、ええねん、ええねん二人とも。
 すぐ帰るからそのままでええよ」
「どうしたんですか、中澤さん?」
「となりのスタジオでドラマ撮ってんのよ。
 石川が来てるってちょっと小耳にはさんでな、
 こりゃあ御挨拶しとかなアカンと思って来たわけよ」
「なーに言ってんですか、『御挨拶』だなんて……
 ドラマって、あれですよね? 保健の先生役ってやつ。
 もうオンエア始まってるんですか?」
「…確か来週からだったかな。あんた、ちゃんと見なさいよねー」
「見ますよぉ。これでもわたしちゃんとみんなの出る番組チェックしてるんですよー」
「ホンマかいな? どうせ最初と最後ちょこっと見るだけでしょ」
「そんなことないですよぉ。ちゃんと見てますって」
「ちゃんと見いや。今回はみんな気合い入ってるから、おもしろく仕上がってるで」
去年出たドラマが大コケして、途中で放送回数が短縮されたことは
中澤さんの前ではしちゃいけない話…
今回も同じにならないといいんだけれど……
83 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時38分22秒
「なー石川、ちょっといい?」
そう言って、中澤さんにスタジオの隅の方につれていかれる。
「なんですかー? 改まって?」
「あんたさー、ごっつぁんと明日会う?」
「明日はちょっと会わないと思いますけど…」
「そうか…会わへんか…」
「…あ、明後日だったら大阪でコンサートだからいっしょになりますよ。
 何かあるんだったら伝えておきましょうか?」
「あー、いや、別に何か伝えるとかそういうことでもないんだよね…」
「あのー…ごっちんがどうかしたんですか?」
「うん、まあたいしたことじゃないから…
 …会わんなら別にええわ」
「えー? なんか気になるなあ…
 たいしたことじゃないなら教えてくださいよぉ」
「ええねん、ええねん…
 邪魔して悪かったな。
 わたしもそろそろ戻るわ」
中澤さんはそう言って話を打ち切った。
84 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時39分01秒
中澤さんが帰ろうとしたときにプロデューサーさんに呼び止められて
「ちょっと出演していかない?」という話を持ちかけられている。
「じゃあ、ちょっとだけ」ということで話がまとまった。
カメラが回りはじめて中澤さんはわたしに二言、三言声をかけると
最後に
「『ごくせん』よろしく〜!!」
と叫んでスタジオを後にしていった……

「中澤さん、何だって?」
あさみが聞いてくる。
「んー? なんかよく分からないけど…『ごっちんと明日会う?』だって…」
「ふーん…」
「『会わないです』って言ったら『じゃあいいや』って言ってそれっきり…」
「……そういえば中澤さん、さっき市井さんとも真剣そうに端っこの方で話してたよ」
「えーっ? 市井さんとも?」
「梨華ちゃんはまだ来てなかったからねえ…」
85 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時39分39秒
今日は市井さんのユニットとの同時収録。
わたしたちが市井さんと顔を合わせることはないけれど…
もしかしたら中澤さんがわたしのところに来たのは何か市井さんと関係があるのかな?
市井さんともごっちんの話してたのかな?
ごっちんの話ってなんだったんだろう?
そんなことを考えながら収録してたら、全然トークの収録がうまくいかなかった……


 ・

86 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時40分30秒
翌日、朝早く、といっても8時過ぎにしばっちゃんから電話がかかってきた。
……なによー、こんな時間から。
眠い目をこすりながら携帯電話をとる。

「…なあにー? こんな時間から」
「あ、梨華ちゃん、おはよう。
 まだ寝てた?」
「…うん。寝てたよぉ」
「…じゃあ、まだ知らないか?」
「何がー?」
「新聞にさあ、後藤さんの弟さんの記事載ってるよ…」
「えーっ? 何それ? ぜんぜん聞いてないよー」
「やっぱそうじゃないかと思ってた…」
「で、内容はー?」
「うーん、なんか言いづらいなあ。
 近くにコンビニあったよね?
 あそこまで行って買った方が早いと思うよ」
「そんな大変なことなの?」
「大変っていうか……とにかく見た方が早いと思う」
「う…うん。じゃあちょっと買いに行ってこようかな…
 それじゃ一回切るねー」
87 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時41分16秒
「うん。じゃあまたあとで」
「あー、しばっちゃん! メロン、今日お仕事は?」
「今日は新曲のレコーディング」
「じゃああとでメールするね」
「うん。そんじゃね」

しばっちゃんとの電話を切ってから急いで顔を洗うと、
とりあえず近くに脱ぎ捨ててあったジャージに着替えた。
そしてまくら元に置いてあったマスクをつけ、帽子をかぶりコンビニに向う。
入口の近くに置いてあるスポーツ新聞を2,3紙とり、
ここ最近毎日飲んでいる牛乳のパックを一つ取ってレジに持っていった。

部屋に戻ってきて、買ってきたばかりの牛乳のパックを開けて一口。
そして適当にスポーツ新聞を一つ取って、芸能欄を開いた。
そこには……

88 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時41分49秒

  『EE JUMP ユウキ脱退!!
      中学生がキャバクラ通い』


新聞の見出しにデカデカとそう書いてあった……

……何この記事?
あのユウキ君がキャバクラ?
この前復帰したばっかりなのに……

そっか、中澤さんが昨日わたしに聞いてきたのはこのことだったんだ。
だから市井さんとも何か話してたんだ…

……中澤さん、まだ石川は頼りないですか?
市井さんには話してもわたしには話してもらえないんですか?
そのことがちょっとショックだった……
89 名前:石川梨華編(1)-1 投稿日:2002年12月12日(木)22時42分31秒
そうだ、よっすぃーは何か聞いてるのかな?
よっすぃーならなにかごっちんから聞いてるかもしれない。
携帯電話を手にとってかけようとしたけれど、慌ててやめた。
昨日の夜にメールしたばっかりだった……
そう、今日はよっすぃーの誕生日。
朝からこんな電話かけるわけにいかないよ……

はぁ……なんかブルーだなぁ……
いけないなあ、こんなことじゃ。

「ポジティブ! ポジティブ!」

一人っきりのマンションの部屋で牛乳を飲みながら叫ぶ石川梨華、17歳……
吉澤ひとみも17歳を迎えたその日……

90 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時43分21秒


     ◇      ◇      ◇

                       石川梨華編(1)-2

91 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時43分56秒
4月20日。
千歳空港行きの飛行機の中。
シートベルトの装着ランプが消えると、わたしたちの席の回りの通路を
おそろいのTシャツを着た人たちが行ったり来たり。
やっぱりね……言った通りになっちゃった…
寝たふり、寝たふりと…

羽田空港でバスの中で待機しているときに、矢口さんと安倍さんと保田さんが話していた。
今日はコンサート会場に向う人たちとはち合わせになるから、
飛行機の中はすごいことになるよって。
そして案の定、すごいことになってた。
飛行機の中とはとても思えない交通ラッシュが起こっている。
わたしたちの席の通路側は事務所のスタッフが固めてるけど、やっぱり不安だなあ。
全然気にせずに寝られるごっちんや安倍さんがうらやましいよ。
92 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時44分35秒
ごっちんは先週の事件以降、自分からは特に何もコメントするわけでもなく、
まわりのみんなもそのことについて特にふれることもなく、
いつも通りのモーニング娘。が続いていた………
ただ来るときのバスの中で楽しげに歌っていた矢口さん・安倍さん・保田さんの方が
気になっていた。いつも朝は静かな3人なんだけどなあ。


札幌の会場に着くと休憩もそこそこにすぐにリハーサルが始まる。
のどの調子は平気かなあ。
カントリー娘。のリハーサルはいつも通り一番最初。
カントリーのメンバーとは練習とテレビ番組の収録もあって
ここ2週間ほぼ毎日のように顔を合わせている。
まだぎこちなさが残っていたさとちゃんとの関係もかなりほぐれてきた。

「今日と明日が終わったらようやく一段落だね」
わたしがさとちゃんに話しかけると
「すごい疲れましたー。こんなに忙しいの初めてだったから…」
と返してくる。
新曲でのテレビ出演が終わって、札幌のコンサートが終わったら
カントリー娘。は久しぶりに牧場に帰ることになっていた。
93 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時45分53秒
「梨華ちゃん、けっきょく今回も牧場行けずじまいだね」
あさみがニコニコしながら言う。

「そうだよぉ。せっかく札幌まで来たのに牧場とは縁遠いよねえ…
 牧場のソフトクリーム食べてみたかったのに」
「そういえば、明日イベントやるところのソフトクリームもおいしいんだよ」
「イベント?」
「うん。梨華ちゃんは知らないだろうけど、明日札幌で新曲発売のイベントをやるの」
「……そうなんだー」

94 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時46分24秒
わたしは牧場にも行かないし、土日にやっている新曲イベントにも
一回も出たことがないから、同じユニットのメンバーとしてなんとなく寂しかった。
「いっしょにソフトクリーム食べたかったなあ…」
「あしたイベントやるところはねえ、ソフトクリームもおいしいんだけど、
 クレープもおいしいお店があるんだー」
そんなあ…あさみー、もうやめてよぉ。
わたしが甘いものに目がないって知ってるでしょー。
「まあまあ梨華ちゃん、そんな悲しい顔しないで。
 そのうち牧場においでよ。プライベートで来るしかないと思うけどさあ」
「…プライベートで北海道に行くなんて夢のまた夢だよぉー。
 なんかわたしが行く前に助っ人生活が終わっちゃいそうだなあ」
「縁起でもないこと言わないでよー
 そのうち来る機会があるって」
あさみちゃんはこう言ってくれるけど、そうかなあ…?
95 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時47分15秒
わたしたちがリハを終えると安倍さんと5期メンバーの出番。
観客席に座ってリハの様子を眺めていると、いつもとは違う光景がそこには見れた。
普段なら自分の歌に満足するとすぐにリハをやめてしまっていた安倍さんが
5期メンバーたちに歌の指導を始めたのだ。
5期メンバーには芸能人としての基本的な指導をすることはあったけれど、
歌に関しては安倍さんは決して注意することはなかった……
ううん、それは5期メンバーに限ったことじゃなくて、
わたしたち4期メンバーにもほとんど注意をしてくれたことがない。
そんな安倍さんが5期メンバーと声を合わせてみて、注意点を丁寧に指摘している。
見慣れないその姿に、隣に座っていた矢口さんと保田さんもちょっとびっくりしていた。
そして遠くの方で一人見ていた飯田さんも……
96 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時47分46秒
本番1公演目。
わたしたちの出番も終わって、ごっちんの新曲初披露も済んで、
アンコール前の『なんにも言わずにI LOVE YOU』…
その曲の半ば、間奏でそれは起こった……

矢口さんと安倍さんと保田さんが3人で曲を完全にリードし始めた。
この曲は元々のフォーメーションでも3人は間奏のときに中央で歌うことになっている。
今までは3人ともオケに合わせてそれぞれが別々にリズムを刻んでたのに、今日は違う。
3人で向きあって呼吸を合わせ始めた……
3人がステージの中央で曲をリードしてくれていた。
わたしたち他のメンバーもそれにつられて呼吸を合わせ始めた。
97 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時48分21秒

…………なにこれ? 今までと全然違う……!!


今までのライブでは感じたことのなかったものがそこにはあった。
自分のパートを必死に歌ってただけのときには気付かなかったものがそこにはあった。


歌うのってこんなに楽しかったんだ!!


ライブってこんなに楽しかったんだ!!


みんなに「ヘタクソ、ヘタクソ」って言われ続けて忘れてたけど、
わたしって歌うこと好きだったんだよなあ…
みんなとカラオケに行って歌いまくるの好きだったんだよなあ…
いつから歌うことに引け目を感じるようになってたんだろう。
今わたしはこうして楽しく歌っているのに、
なんでこれまでは楽しくなかったんだろう……
肩に乗っていた重たいものがスーっと下りた感じがした。
98 名前:石川梨華編(1)-2 投稿日:2002年12月12日(木)22時49分08秒
アンコールが終わって楽屋に帰ってくると、
みんな興奮覚めやらずといった感じで一斉に喋りだす。
小川や紺野が『泣きそうになっちゃいましたー』と言えば、
新垣なんかは安倍さんの方を羨望の眼差しで見てる。
あいぼんも高橋と何やら身ぶり手ぶりを交えて話している。
わたしもタンポポに入った頃に飯田さんや矢口さんが
こぼしていた愚痴の意味がようやく分かった気がする…

歌って気持ちだったんですね!

技術は関係ないんですね!

わたしでも何か伝えられるんですね!


『あんたがそう言うんは10年早いんじゃ!!』


中澤さんのツっこむ声が頭の中で聞こえた……


99 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時05分41秒


     ◇      ◇      ◇

                       石川梨華編(1)-3

100 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時06分31秒
今日はお昼過ぎから飯田さんとラジオの収録。
打ち合わせのときにその日の内容を聴いて、飯田さんと二人、
ぽかーんと口を開けてしまった。

スタジオ収録をちょっとだけした後にわたしたちの移動用のバスに乗って
OH-SO-ROのフリーペーパー作成という名目でバスツアー。
途中、天王洲でテレビ収録をしているメンバーを何人か拾って、
その移動途中と食事の様子を番組で収録するという…
他のメンバーが同乗してることは分からせないようにして、
豊洲のミュージカルの練習スタジオでそのメンバーたちを降ろしたら、
飯田さんとわたしはもんじゃ屋さんで食事。
なによ、これー?
ただの移動と食事だけじゃないの。
ここまでして収録するってことは、この先よっぽど時間がとれないのね。
ああ、もうやだなあ。世間はもうすぐゴールデンウィークだってのにぃ……

バスに乗り込むとわたしと飯田さんにカメラが手渡される。
東京タワーを通り過ぎながら車内で写真撮影をした。
わたしはカメラのシャッターを切りながら飯田さんに話しかける。
101 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時07分06秒
「こないだ初めて登りましたよー」
「初めてなの?」
「はい。グラビアの撮影で登ったんですよー」
「あー、あれね。拳銃構えてセクシーなポーズとってたやつ」
「そうです、そうです。あのときですよー。
 あのときねえ、窓際に立たされてめっちゃ恐かったんですよ。
 …でも、売店で買ったソフトクリームもおいしかったなあ」
「そうだったんだ…
 ……東京タワーね、わたしも昔登ったことあるよ」
「ありますかぁ?」
「…うん。東京出てきてすぐにねえ、和田さんにメンバー全員つれてってもらったの」

飯田さんは遥か上に見える展望台を見ながら、懐かしそうに振り返った。
そっかー、上京したときに連れてってもらったんだ…
そういえばなんとなくテレビで見てた記憶があるなあ……
102 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時08分20秒

少し早めに天王洲についてしまったので、品川駅の近くまでいって再び写真撮影。
飯田さんが京浜急行の赤い電車を見て興奮気味に写真を撮っている。
こっそり飯田さんのことも撮っちゃおーっと。
レンズを向けてパシャリと撮ったら気付かれた。

「あー、石川ー! 今撮ったでしょー!」
「はい、撮りましたよー。バッチリいい写真撮れました」
「ほんとにー? 石川の腕じゃ信じらんないなあ」
「大丈夫ですよー、今のは」
「だって石川、普段からうまくないじゃん。ぼやけちゃったりしてさあ…」
「…まあ、あれですよ…飯田さんと保田さんの絵の関係と一緒です。
 上手いのと下手なのは紙一重っていうじゃないですかぁ?
 わたしの写真も一歩間違えば芸術ですから」
「じゃあ石川の写真は圭ちゃんの絵といっしょってことでいいんだ?」
「あー、…それはちょっと困るかも。
 もう少しランク上げてくださいよー」
103 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時09分08秒
スタジオの駐車場に戻る途中、工事現場の片隅にたんぽぽが咲いてるのを見つける。
「あ、たんぽぽー!!」
わたしがうれしそうに声をあげると、飯田さんもうれしそう。
「石川ー、早くとりなよー、わたげもなってるよ」
飯田さんはカメラをかまえて、わたしがたんぽぽを摘むのを待っている。
「飯田さん、こんな感じでどうですか?」
「お、いい、いい。そんな感じ。いくよー」
「はーい」

パシャリ。

飯田さんにたんぽぽを摘んでる姿を撮ってもらった。
「飯田さんもどうですか?」
わたしもカメラを取り出して言う。
「…うん。わたしはいいよ」
「えーっ。どうしてですかあ?」
「わたしはいいの! どっちかっていえばこのわたげの方がいいんだよね」

わたしがカメラをかまえる前に飯田さんはわたげを摘むと
ふーっと息を吹きかけて飛ばしてしまった。
104 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時09分38秒
「あ! 飯田さんちょっと待ってくださいよー。
 せっかく写真撮ろうと思ったのにぃ」
「いいの、いいの。わたしはわたげでさ。
 写真なんかに残さなくったって、ちゃんとどこかで根を張れるから」
「……飯田さん?」

ああ、飯田さんがまた交信し始めてしまった。
わたしには意味がわからないよぉ……。
矢口さーん助けてくださーい…

スタジオに戻ってごっちんやよっすぃーたちと合流すると
バスは天王洲をあとにする。
バスの中ではみんなぐっすり寝込んでしまって…
気がつくと豊洲のスタジオに着いていた。
今日はミュージカルの軽い打ち合わせと、発声練習。
来週からの本格的な練習に備えての下準備だ。
わたしと飯田さんは食事も兼ねたラジオの収録が残っていたので
そのままバスで月島まで送ってもらった。


 ・

105 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時10分21秒

このラジオ企画が当初から行き当たりばったりだったので
なかなか食べるお店が見つからない。
スタッフさんたちが右往左往している。
「えっ! 加護がいるんですか?」
飯田さんがマネージャーさんに尋ねている。
「飯田さん、あいぼんがどうかしたんですか?」
「うん、なんかね、これから行くお店に加護が食べに行ってたんだって」
「あいぼんがですか?」
「うん。さくらさんとの取材で来てたらしいよ」
「あーっ。あいぼんの取材って今日だったんだー!
 まだお店にいるんですか?」
「もう食べ終わっちゃって、店は出たってよ。
 なんか今、商店街で買い物してるって」
「買い物ですかあ… 買い物できるところなんてあるんですかね?」
「さあ…?」
飯田さんも近くにいたスタッフさんも首をかしげる。
106 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時11分00秒
やがてあいぼんに付いていたスタッフさんがやってきて
わたしたちとOH-SO-ROのスタッフさんをもんじゃ屋さんの前まで案内してくれた。
何人かがお店の中に入っていって早速交渉。
わたしたちは店の外でやることもなくボーっと待っていた。
すると
「梨華ちゃーーーん!」
と大きな声が聞こえたと思ったらいきなり後ろから抱きつかれる。
「きゃっ!!」
思わず悲鳴をあげてしまった。
驚いて振り向くとそこにはよく見知った顔。

「あいぼーん!!」
「へへ、びっくりした?」
「びっくりするよー。もー、やめてよねー」
「はい、これー」
あいぼんはわたしの迷惑顔も気にせずにいきなり何かを口に押し付けてくる。
「ちょっと…なあにー、これ? そんなに押し付けてたら何だか見えないよぉ」
「いいから、いいから。あーん」
「んー、もう! しょうがないなあ」
わたしが観念して口をあけると、何かを口に放り込む。
107 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時11分32秒
「何よこれー? なんか固いよー」
「これー」
オレンジ色と白い色が混じったものが入っている袋をわたしに見せる。
「干しあんずー!?」
「うん。さっき買ったんだー」
「あいぼん…わたしダイエットしてるって言ったじゃん。
 甘いもの控えてたのにぃ!」
「一つくらい何ともないよお」
「違うんだってばー。気分の問題なんだって」
「…あ、飯田さんも食べますか?」
「ちょっと、あいぼん聞いてるのー?」
あいぼんはスタッフさんたちにも干しあんずを配ろうとして
ふらーっと行ってしまった。
「もうっ! わたしの言うこと全然聞いてくれないんだから…」
そんなわたしを見てさくらさんやまわりのスタッフさんが笑っていた……

あいぼんがスタジオに向うためのタクシー待ちをしてる間に
わたしたちはもんじゃ屋さんの中に入る。
飯田さんと向かい合って席についた。
飯田さんとこんな風にして二人っきりで食べ物屋さんなんかに
入ったことないから緊張するなあ。
108 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時12分28秒
「石川、この明太子もちもんじゃにしようよ。
 あたし好きなんだー」
「えっ? ここ来たことあるんですか?」
「ううん。昔ね、裕ちゃんと圭ちゃんとよくもんじゃ食べに行ってたの。
 その頃から明太子もちもんじゃ大好きなのよ」
「そうなんだあ…」

わたしたちが入る前のこと、違う…入った後のことなのかな?
3人でしみじみともんじゃをつついている姿が想像できた…
言えないこととか話してたんだろなあ、悩みごととかなんだろなあ……

注文したメニューが来ると飯田さんが焼き始めてくれた。
「どうなのよ、最近は? …石川梨華ホンネトークだよ」
大きなへらでもんじゃを焼きながら飯田さんがわたしに尋ねてくる。
「…ホンネトークですか?」
「うん」
「…そうですね……なんか今まで、改まってこれからどうしようとか
 考えたことなかったんですけど、最近気持ちにちょっとづつ余裕が出てきて
 そしたらいろいろ考えるようになりました……」
「うん」
「……反省する点とか、これからどう頑張っていきたいかなあとか考えて、
 でも…………」
109 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時13分11秒
「何をいちばん考えてる?」
「なに考えてるかなあ…………痩せなきゃ!!」
「えーっ!…そんな簡単なことを?」
「うん…そんな簡単なことをいちばん悩んでるかもなあ」
「でもねえ、あたしもそういう時期あったけどさあ、
 痩せたからきれいになるわけじゃないんだよ。やっぱり。」
「…………」
「あたしも昔さあ、18のときにちょっとダイエットしてすっごい痩せたわけ。
 で、そのときは『すっごい綺麗になったあ』って思ってたけど……
 今はもう全然ダイエットしてないのね。なんでもバリバリ食べるんだけど…
 でもその方がさあ楽しいんだよね、人生がさあ……
 だから石川もさあ、いいよもっと気楽に生きて……」
「気楽にですか?
 わたしには難しそうだなあ……
 …でも太らないために腹筋をすることとかもそうだし、そんなことから
 コツコツと地道にやればいいのかなあなんて……
 最近じゃそんな風には考えられるようにはなりました…」
「でも、それで声も出るようになるからね。
 根性も磨かれてくるし……いいことだと思うよ」
「ちょっとづつなんですよね、きっと……
 努力してればいつか絶対上手く歌えるようにもなりますよね……」
110 名前:石川梨華編(1)-3 投稿日:2002年12月19日(木)22時13分42秒
「うん……あと自分を褒めてあげるってことかな」
「褒める?」
「うん。
 『あたしは音とれなくても、こういう表現はわたしにしかできないじゃん』
 っていうね、そういう気持ちを自分に持ってあげる…」
「……うん……」

飯田さんの言ってることはいつも抽象的で分かりにくい…
でもわたしのことはちゃんと見ててくれてるんだなあってことは分かった…
タンポポは4人全員がほとんど集まることがなくて、先輩メンバーともまじめに
話すのはラジオくらいだったから、飯田さんの言葉がうれしかった。

これからも見守っててくださいね、
飯田さんは、わたしのお姉さんですから…
いつか飯田さんの悩みを聞いてあげられる日が来るように
石川はもっともっと頑張りますよ。
だからもうちょっとだけ待っててくださいね……


111 名前:石川梨華編(1) 投稿日:2002年12月19日(木)22時14分27秒

石川梨華編
参考資料 「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.03.12放送分
     「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.05.14放送分
     「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.05.21放送分
     「FUN」02.04.19放送分
     「ハコイリ娘。」さくらももこ(新潮社)
     「Chain! Chain! Chain!」(光文社)


112 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時15分22秒


     ◇      ◇      ◇

                       和田薫編(1)-1

113 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時15分55秒

「はあ? ふざけんな!! このクソ野郎!!」


受話器を思いっきり叩き付けた。
それでも怒りが収まらなくて電話器ごと壁に投げつける。
白い電話器の小さな部品が散らばってグレーの絨毯にぱらぱらと落ちた…

くっそー、なんだってユウキが狙われなきゃなんねえんだよっ!
今のユウキなんか叩いたって何にもメリットねえだろうに。
ふざけやがって、何が『記事出ますんでヨロシク』だ!!
目の前にいたら生きて帰さねえっつうの!
怒りのはけ口を求めて自分のデスクを思いっきり蹴っとばした。
山のようにつまれた書類の束が崩れ落ちる…

「おい! そこの片づけと新しい電話機持ってきておけよ」
何も言い返せない俺の部下たち。
「あとユウキに事務所来るよう連絡しとけ!」
そう事務所のスタッフに言い捨てて歩き出す。
114 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時16分25秒
「あのー……どちらへ?」
一人の社員が俺の剣幕にビビりながら聞いてくる。
「ああ? ボスんところだよ。ボスの!!」
どなりちらして言ったあとに一言付け加えた。
「あとな、いろいろ電話かかってくるだろうけど、いちいち相手しなくていいからよ。
 『知りません。分かりかねます』って答えときゃいいから。
 しばらく帰って来れねえと思うけど、ユウキは絶対に待たせとけ!
 それこそ縄で縛ってでも帰らすな!」

ったく、ムカツクよな。なんだって俺がこんな苦労しなくちゃなんねえんだよ。
やりたくもねえのに社長なんかやらせやがって……
ボスの部屋へ行く途中ひたすら愚痴ってた……

「会長! 和田来ました」
「おう。入っていいぞ」

部屋の奥に入って行き、ボスに示されたソファに腰掛ける。
ボスもデスクから移動してきて俺の向いに腰をおろす。
115 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時16分57秒
「ユウキの件なんですが…」
「ああ、こっちにもさっき連絡が来た」
「……どうしましょうかね?」
「どうって…ユウキ辞めさすしかねえだろ。
 中学生がキャバクラで飲酒ってのはイメージ的に悪過ぎる…」
「押さえっていうのは……?」
「……今回は無理だな……」
「…………」
「…………」

長い沈黙……
…部屋に重い空気が漂った。

「なんでですか?
 あそことは安倍の一件以来、手ぇ結んだんじゃなかったんですか?
 それで矢口の件は押さえられたじゃないですか。
 今回も何とかして押さえらんないんですかね?」
「今回ばっかりはな……難しそうだ…」
「…………わけは?」
「……まあ、分かるだろ?
 安倍のときと一緒だよ……」
「……安倍のときって……
 じゃあ、またやつらが?」
116 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時18分14秒

「ああ。そういうこった」
「しかし……ユウキを狙ったところでたいして意味がないと思いますが。
 正直なところ、ユウキのタレントとしての価値をやつらは「蚊」ほどにも
 思わないんじゃないですか?
 ユウキを貶めたところで得られるメリットは見当たりませんが……」
「ああ、俺もそう思うよ。おまえには悪いけど。」
「じゃあ、なんでやつらはユウキを狙ってきたんですか?」
「だから、それが安倍のときと一緒だって言ってるんだよ!」
「はあ? 意味が分かりませんが…」
「おまえなあ、あのあと脅しに屈してどれだけ利権持ってかれたと思ってるんだ?
 ハンパな額じゃねえんだぞ。
 やつらはタレント一人つぶすのなんてなんとも思ってねえぞ。
 安倍のときはこっちが屈したからそれ以上仕掛けてこなかったが、
 あのまんま逆らってたら、どこまでやられてたか……」
「……だから最初に言ったじゃないですか。
 あそこと深く関るのはやめた方がいいって……」
117 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時19分07秒
「うるせえな!! 仕方ねえだろ。
 あそこと組まなきゃ仕事取れなかったんだからな。
 おまえだってよく知ってるだろうが。
 あいつらのおかげでCM契約寸前までいってたの何本邪魔されたと思ってるんだ?
 どれだけプロモーション邪魔されたと思ってるんだ?
 あのまま邪魔され続けて全てを失えるかってんだよ!!」

ああ、分かってるよ。この金の亡者め!
お前があいつらと組んだから俺がはずされたんじゃねえか。
お前が欲に目が眩んだから路線修正できなくなったんだろうが!!
顔にはおくびにも出さず、ひたすらこいつを呪ってやった…

「……で、ユウキが狙われたわけは?」
「後藤!」
ボスが吐き捨てるように言う。
「後藤……ですか?」
「ああ…後藤だ。
 やつら自分のところの集金力が落ちてきたもんだから必死になってるらしい。
 後藤絡みのカネをもっと寄こせって言ってきやがった。
 つまりユウキを狙ったのは次は後藤本人を狙うっていう暗示だろ……」
118 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時20分22秒
「しかし……入ったときの経緯があるとはいえ、やつらには充分渡したじゃないですか。
 俺が預かってたプッチモニだって、後藤のソロだって、それに市井だって
 みんなやつらに渡してるじゃないですか…」
「やつらの力が弱くなってきてるのは分かってるだろ?
 やつらはそんなもんじゃ満足できなくなったってことだ……
 はしたカネじゃ自分たちの力を維持できなくなってきてるんだろ。
 だから、もっとカネになるもんをよこせってとこだろ……」
「……じゃあ…ユウキの記事の押さえがきかないってことは
 今回は屈しないってことですか?
 やつらとは手を切るってことですか?」
「…そうは言ってない。
 今回の件は取り引き材料として利用させてもらうさ。
 記事に載せちまえばやつらにも負い目ができるからな。
 折り合いをつけるときの切り札にしてやろうと思う」
「それじゃあ、ユウキはどうなるんですか?
 ユウキは切り捨てですか?
 ハメられただけのユウキを切り捨ててしまうんですか?」
119 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時20分54秒
「……ああ、そうなるな。
 どうせ問題児だったし、おまえもその方がいいって思ってるだろ?
 ちょうどいいんじゃないか? ヤツは辞める潮時だろ。
 あいつはこのまま芸能界いても芽ぇ出ないぞ。
 所詮は姉の七光りってやつだ」
そう言うとボスはガハハと大笑いした…

このヤロー!! 人間をなんだと思ってやがるんだ!
俺たちはモノを扱ってるんじゃねえんだぞ。
思わず拳を握りしめる……

「で、おまえはどうするんだ?」
「…俺にはまだより子。が残ってますから……」
「ソニンも切るのか? おまえも案外ヒドい奴だなー」

奥歯を噛みしめて屈辱に耐えた。
おまえとは違うんだ、ソニンだってやってやる。
ここでソニンまで切り捨てたらおまえと一緒じゃねえか。
120 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時21分42秒
「……いえ。ソニンもどうにかしてみせます」
「頼むぞー。お前にはカネ貸してるんだからなあ。
 俺のポケットマネーから貸したウン千万、あれは別にいいけどな、
 会社には損害出さないでくれよー」
「いえ。全額返済してみせますよ……」
「ああ。そうしてくれると助かるなあ」

くっそー絶対返してやる。
こんな口、二度ときけないようにしてやる。
俺がやってた森高とシャ乱Qで肥え太りやがったくせに何言ってやがんだ!

…そのあと怒りを押さえつつも今後のことについて2,3点、話を詰める。
「……もう失礼していいでしょうか?
 ユウキの件で事務所も大騒ぎになってると思いますので…」
「ああ、行っていいぞ。」
俺がソファーから立ち上がり、ドアの近くまで行くと呼び止められた。
「おい、和田!!」
「…はい?」
「お前、フジのきくちと組んでなんか動いてないか?」
ギクリとしたが
「いいえ」
と平静を装って答えた。
121 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時22分15秒
「きくちが持ち込んだ安倍の企画、今回はOKを出してやろうと思う。
 企画の主旨も申し分ないし、いちおう音楽業界に身をおいてた俺としても
 賛同できるところも多々あった」
「そうなんですか? 自分は内容を知らないので……」
「……まあいい。でもな今回っきりだ。
 モーニング娘。の根本を考えるのは俺だ。
 他のやつらが考えることじゃあない」
「……自分にはよく分かりません。
 ……急ぐので失礼いたします」

……会長室のドアを閉じた。
誰もいない廊下に出て、壁を力一杯に殴った。
手に血が滲んだが気にならなかった…
こんなことモーニング娘。のマネージャーをはずされたときに比べれば、
たいした屈辱じゃない。
おいしいところを全部かっさらわれたあのときに比べれば、
今回はまだまだスタートラインから始められる…
逆襲はこれからでもできる。
惰性でやってた社長業、いっちょ本気でやってやろうか……


 ・

122 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時22分54秒
ハーモニーの事務所に戻り、
悪く言えば事務所に出頭してきた形のユウキとじっくり話し合う。

「ユウキ、今回のことはもう俺のチカラじゃかばいきれない…
 おまえには辞めてもらうしか手段がない」

「僕がキャバクラに行ったのは事実ですから……
 それは仕方ないと思います……
 でもあの記事とは違うんです!! それは信じてください。
 行ったのは初めてだし、僕から行こうって誘ったわけでもありません。
 どっちかっていえば、断ってたのを無理矢理誘われたんです。
 行きたくなかったのを無理矢理……
 お酒だって飲んでません。
 いきなりコップに注がれたから、口もつけずに急いで店は飛び出したんです。
 これはヤバいぞって思って…
 そしたら、あんな記事になっちゃって……」

「俺は分かってるよ、お前がハメられたって。
 ただな…もうどうにもならないんだ。
 お前がそう言っても、何にも証明する手段がないんだ。
 記事書かせたやつらは店長から客引き、キャバクラのねえちゃんまで買収してる。
 お前が何言ったところで誰も耳を貸しちゃくれないさ…」
123 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時23分30秒
「…………」

「……チカラがなくてスマンな」

「いえ……、結局は店に入った自分のせいですから…
 潔く辞めようと思います……」

「ユウキ……」

「……一つ教えてほしいんですが…」

「ん? なんだ?」

「今回のことで姉ちゃんにも迷惑がかかるんでしょうか?」

「…………」

「……社長?」

「…うん。正直言ってな、俺には分からない。
 っていうか俺にはもうモーニングへの権限なんてないから
 何が起きてるのか知ることができない…
 でもな、これだけは言っておくぞ。
 もし後藤になにか起こったとしてもお前のせいじゃないからな!
 おまえが気に病むことじゃない。
 もちろん後藤本人のせいでもないぞ」
124 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時24分09秒

「…………」

「……恨むんなら芸能界そのものを恨め。
 芸能界に引っぱり込んだ俺を恨め。
 そしてもう関係ない世界で生きろ。
 それがおまえためでもある…」

「…………」

「せっかく高校進学断念して
 芸能界に生きる覚悟を決めたところだったのにな……」

ユウキはポロポロと涙を落としはじめた。
こいつにかけてやる言葉が見当たらなかった…
慰めようにも言葉が出てこなかった……
125 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時24分51秒
ユウキに付き添いをつけて帰らすと、今度はソニンを呼び出した。
ユウキと同様に今回の件を説明する。

「5月に予定してたアルバムは発売中止になる。
 それから今後の活動も一切白紙だ…
 テレビ出演は全部キャンセルになったから」

「……はい」

「お前には今後の身の振り方を考えておいてほしい。
 このまま芸能界引退するか、それとも続けるのか。
 もし続けるとしても厳しくなるっていうのは覚悟しておいてほしい」

「…………」

「まあしばらくは動きようもないんでな、ボイトレやダンスレッスンでもしながら
 じっくり考えておいてくれ」

「……わかりました」
126 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時25分52秒
説明するとソニンもまた涙…
そればかりかなぜか鼻血まで出して泣いた。
みるみる減っていくティッシュ…
こんなにこいつは血を流して平気なのだろうか……

けっきょくソニンはティッシュ一箱を使い切り、血は止まったものの、
ユウキと同様に涙ながらに帰っていった……


ソニンを帰らすとどっと疲れが出てきた。
これからテレビ関係者やレコード会社、広告代理店、すべてに謝罪しなくてはならない。
その困難さを思うと……

…真っ先に戦友であるあの男に電話をかける。
「ああ俺だけど、EE JUMPヤバいことになっちゃったよ……」
手っ取り早く今回の事情を話す。

「……だからさあ、来週の安倍の件はそっちだけで動いてくれるか?」

「ああ、うちのボスにも勘付かれてる節があってさ、
 これ以上俺が動くのはヤバいのよ…」

「…うん、安倍の件はOK出してやるって俺に言ってきやがった。
 まあ知らないってとぼけたけどな、完全にバレてるな、ありゃあ」
127 名前:和田薫編(1)-1 投稿日:2002年12月19日(木)22時26分23秒
「いや、それはバレてないだろ。
 まさかあいつを呼ぶなんて思いもしないだろ、普通は。
 安倍のためだけの企画って思ってるよ、ボスは」

「さあ? 来るんじゃねえの? そればっかりは賭けだからな…
 まあでも、物怖じするようなヤツじゃないし、
 一回来る気にさせちまえば、ヤツはちゃんと来るよ」

「まあ上手くやってくれや。
 今のままじゃヤツに登場してもらわんとダメかもしれんし……
 まあ、やれるだけのことはやってみるさ…」

「ああ、それと…
 来月に予定してたより子。のFACTORY出演、延期できる?
 やっぱいろいろとあるんで、ちょっと先延ばししたいんだけど…」

「ああ、助かるわ。
 この埋め合わせはなんかするからさ……」

電話を切って考え込む。
うーん、借りができちまったなあ……
埋め合わせっていっても今の状況じゃなあ……

和田薫、どん底まで落ち込んだ4月上旬の夜……

128 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時27分11秒


     ◇      ◇      ◇

                       和田薫編(1)-2

129 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時27分49秒

「おい、ソニン! おまえも行くか?」

やることもなく事務所の片隅で雑誌を読んでいるソニンに声をかける。
「えっ? どこにですか?」
「より子。だよ。より子。のライブ!」
「あー、あれ今日でしたっけ?」
「…しっかりしろよなー。いくらヒマだからってボケてんじゃねえぞ。
 おまえ、より子。としょっちゅうメールやってるって言ってたじゃねえか」
「だってもう1ヶ月近く何にも無しですから…」
「ったくー、しょうがねえなー。
 もう少し待ってろって。
 今はまだおまえにまで手が回らないんだからさ」
「はあ…」
「…で、行くのか? 行かないのか?」
「あ! 行きます。行きます」
「じゃあ支度しろ。もうすぐ出るから」
「はーい」
「近くだから歩きで行くぞ」
「えーっ!」
「『えー』じゃねえって。ただの素人さんにタクシー呼ぶわけないだろ。
 今のおまえはただの一般人なんだから」
130 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時28分26秒
会場に到着すると顔見知りのあの男に挨拶をする。
「よう、きくちさん! 悪いね、わざわざ出張ってきてもらって」
「なあに、たいした距離じゃないさ。クルマなら首都高ですぐだしな」
そうは言うが、仕事を途中で抜け出して、お台場から数十分かけて
わざわざ出てきてもらったことには感謝してもしきれない。
道だってゴールデンウィークなんだから混んでただろうに…

ソニンときくちさんと俺、3人で会場の後方に陣取ってじっくりと見る。
フリードリンクを後方で配っていて、俺らのことをチラっと見てくヤツもいたが
客層からいってそんなに気にするほどでもなかった。
まあ今の俺ときくちさんとソニンならモーニング娘。のファン以外
そんなに気にするヤツもいないか……

やがてより子。のステージも終わり……
人目につかない喫茶店に入って俺ときくちさんは打ち合わせ…
131 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時29分11秒
「で、どうだった? 今日のより子。は。
 初めて見ての感想は?」
「ああ…CDよりキたな。
 生で聴いた方が全然いい。
 曲も演奏スタイルもインパクトとしては申し分ないと思う。
 今ああいうスタイルでやってる人もいないから、
 オリジナリティっていう面でも有利ではあると思う」
「じゃあFACTORYへの出演は?」
「問題ないでしょ。
 あれくらい出来ればスカパラにぶつけても平気だと思うよ」
「しかしよりによってスカパラとはねえ。
 他の日はダメだったの?」
「まあね、松浦のスケジュールを考えるとその日か6日の
 どっちかしかなかったからさ。
 6日のFACTORYより、まだスカパラの回の方が観客に受け入れられると思うな」
「で、松浦の方はどうにかなりそう?」
「俺の方は大丈夫だけど、栗原さんの方がね…
 脚本の龍居さんが『ウン』って言わないらしい。
 松浦とはイメージが違い過ぎるって……」
「そりゃあ俺らだって思うもんな。
 より子。と松浦じゃ似ても似つかねえもん…」
132 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時29分45秒
俺はボスがなんでも利用する気でいるんなら、俺もボスを利用してやろうと心に決めた。
しかもボスみたいにすり減らす利用法じゃなく、相乗効果を生み出す利用をしようと誓っていた。
その対象が「ぶっ殺したい」とまで言った松浦だったのは皮肉だったが、
知名度・話題性ともにUFAでは松浦しか考える余地がなかった…

たまたま以前から進めていたより子。の母親の手記が完成したのが
今回の企画のきっかけになった。
俺はユウキ事件が一段落すると、さっそくこの話をドラマプロデューサーの
栗原さんのところに持ち込んだ。
これでドラマを作って欲しいと。
きくちさんを交えて検討して今回の計画が出来上がった。

・より子。というアーティストを世の中に知らしめる
・それに附随してCDや書籍等の売り上げ増を狙う
・話題作りのため松浦をドラマの主人公に起用する
・それと連動してより子。にFACTORYで歌わせる
・時間の都合をつけて松浦も何らかの形で歌わせる
・最終的には和田・きくち・栗原、それぞれにメリットを生み出す。
133 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時31分18秒
大筋はこんなところで3人がそれぞれのコネクションを使って動き始めた。
そして今日、より子。のライブを隠れ蓑にこっそりと打ち合わせをしている。

「でも、押し切る気でいるんだろ? 栗原さんは」
「もちろん。ここで松浦をとれなきゃ他の企画だって全部無意味だろ?」
「あんま松浦はスケジュール空いてないからなあ、決めるのはそろそろ限界だな…」
「ああ、分かってるよ…でも、どうせ栗原さんのことだ、
 龍居さんがOK出す前に、もうおたくの会長のところに持ち込んでるさ」
「そうかもな…
 …で、きくちさんの方は?」
「俺の方は順調。
 ちょうど松浦の特番作ってる最中だし、安倍のFACTORYも大成功だったから
 こっちは案外簡単にOK出るんじゃないの?」
「まあ、じゃあ5月下旬を目処ってことで……」
「そうね、そこいら辺までにはある程度確定させておきたいね」
134 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時31分55秒
2,3細かい点を詰めたあと、きくちさんは尋ねてきた。
「で、福田の方はどうすんの?
 あれ以来特に何にもしてないけど」
「いや、今は何にもしなくていいよ。
 本人にやる気が戻ればそれで上出来、上出来。
 それに今戻ってくるって言われても、手ぇいっぱいでどうにもできんよ」
「まあね……」
「あいつの誕生日くらいまでに結論が出ればいいさ。
 ちょうど18だから仕事もやりやすくなるし」
「福田の誕生日って?」
「ああ、12月の半ばくらい」
「よく覚えてんな」
「あー、まああいつの誕生日はいろいろあったからねえ。
 デビュー曲レコーディングしたのもあいつの誕生日だったんだよな」
「へぇー」
「…とにかくその頃までにあいつが覚悟を決めてくれれば、それでいいさ。
 ただね…今回のより子。のことがな……」
「何?」
「いやさあ、今回より子。のことは手段を選ばずって感じで売り出すわけじゃん?
 あいつがそれを見て反感感じなきゃいいんだけどなって思うわけよ」
135 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時32分27秒
「ああなるほど…」
「あいつはほとんどのことは我慢できるけど、
 歌を冒涜されるのだけは我慢できないやつだからな……」
それを聞いたきくちさんが軽く笑う。
「ハハ…、じゃあ今のつんくには相当御立腹だろ?」
「さあ、どうなんだろうなあ?
 あいつなりの基準点があるんだろうけど、俺にもよう分からん…」
「まあ歌いたい歌を歌えるのが一番さ。
 少なくともより子。は自分で曲作って、自分で歌ってるわけだから
 モーニング娘。ほどひどい状況にはなってないだろ?
 むしろ福田が気にするとしたらそっちじゃないの?
 矢口なんて痛々しすぎるぞ……」
「……つんくもな、つらいところだよな。
 いつまで言いなりになって曲作ってるんだか……」
きくちさんも今のモーニング娘。の楽曲には批判的だからな……
まあ歌番組作ってりゃあの人数でパートぶつ切り…
文句言いたくなるのも仕方ないか……
136 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時33分33秒
「そういや明後日、市井のライブ見に行ってやるんだよ」
「へえ、どこでやんの? 東京?」
「ああ。赤坂BLITZ」
「好きだねえきくちさんも…わざわざTBSまで出張ですか?」
「まあ吉澤も出てるからな。あいつ昔、HEY! HEY! HEY!手伝ってたことあるんだよ」
「ふーん…俺オトコに興味ねえもん」
「俺もあるわけないだろ!
 …それにしてもさ、市井ももう少しどうにかしてやれないの?
 こないだうちの番組来たけど、ああいうやっつけの曲じゃなくて、
 もう少し作りこんだモノとか提供してもらえないんかね?」
「…市井は難しいだろうなあ、今のままじゃ。
 市井にカネかけてもウチには利益ほとんど入ってこないから
 ボスも乗り気じゃないしなあ…
 市井にゃ悪いけど、俺には何にも……
 一緒にカラオケ行って気晴らしに付き合うくらいさ」
137 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時34分10秒
「…こないだHEY! HEY! HEY!の収録で見たけど、かなり良くなっては
 きてるんだけどなあ…
 ただ声に力がないな、やっぱり。声質が素直すぎるよ…
 どうせだったら誰かと組ませてツインボーカルでやった方が
 あいつにとってもいいと思うんだけど……」
「そりゃ、きくちさんが女の子グループ好きなだけでしょ?」
「ハハ…、そりゃあ否定できんわ…」

その後、きくちさんと別れて事務所に戻る。
事務所では先に戻ってきてたソニンが行くときと変わらず
部屋の隅の方で雑誌を読んでいた。
スケジュール表は真っ白で何にも目標なくただ毎日レッスンを続けるだけ。
顔にも精気がなくなってきたかな…

でも、ここが正念場…
ここが踏ん張りどころ。
もう少し待ってろよ、ソニン。
次はお前の番だからな。
138 名前:和田薫編(1)-2 投稿日:2002年12月19日(木)22時34分41秒
事務所のテレビをつければゴールデンウィークのUターンラッシュの
渋滞情報が流れている。
渋滞50キロ?
正月にEE JUMPの仕事のために東名高速を1日がかりで戻ってきたことを思い出した。
ああ…もうユウキの復帰はないんだよな……

それにしても…もう俺、何週間休みとってねえんだ?
キャバクラのおねえちゃんとでもどっかに遊びに行きてえよなあ……

…あ、ヤバっ…
俺も懲りてねえなあ、キャバクラには気をつけないと……


139 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月21日(土)01時57分43秒
羊連載中から読んでました。
早く続きが読みたいんですけど、
どうやらまだまだ先のようですね(w
楽しみにしてますので、頑張って下さい。
140 名前:池田屋 投稿日:2002年12月21日(土)23時53分30秒
>>139 名無しさん
どうもです。
最初から再開するかどうかはかなり迷ったんですけどねー。
4分の3くらいは終わってましたから、、、
のんびり待っててください。
141 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月21日(土)23時54分50秒


     ◇      ◇      ◇

                       和田薫編(1)-3

142 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月21日(土)23時55分49秒

5月下旬、再びボスの部屋を訪れる。

5月中、俺ときくちさんと栗原さんが動いた結果、
まずまずの成果を得ることができた。
2人には感謝することしきりだ…

・より子。をモデルにしたドラマをお盆前のゴールデンタイムに放送
・主演は松浦で内定
・FACTORYにより子。出演決定。スカパーとフジの深夜枠でTV放映
・同回のFACTORYのオープニングアクトに松浦起用の決定
・FACTORYで歌ったより子。の映像をドラマのエンディングに採用
・ドラマと同日のニッポン放送オールナイトニッポン.comのパーソナリティーに
 より子。の起用が内定

これは後から知ったことだったが、きくちさんがめちゃイケの片岡さんに頼んで
エンディングでより子。の曲を流すことも決定していた。
143 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月21日(土)23時56分35秒
「会長、お呼びと伺いましたが…」
「まあ、そこ座れや」
会長の言う通りにソファに腰をおろす。
「まあ、今回はいろいろと動いたみたいだが…」
「ええ。自分のできる限り動かさせてもらいました」
「ほぉ… それで? これで成果が出ると思ってるのか?
 こんなんでより子。に成果が出るかねえ……」
「ええ。出ると思いますよ」
「俺には松浦が得したようにしか見えないんだけどな」

かかった…かかりやがった。
あんたならそう見ると思ってたよ。
ゴールデン枠の主演に目が眩んだな…
松浦はあくまでもおまけなのに……

そんなことはおくびにも出さず…
「松浦が得するなら、それはそれで構わないと思いますが。
 結局はグループの中で利益が生まれればいいわけですから。
 それで少しでも自分の借金の埋め合わせになれば言うことはありません」
「そうか…松浦で稼げりゃ俺は言うことないな」
会長は上機嫌だ。
…そりゃそうだ。松浦は市井と違って利益率いいからな……
まあ、今はそう思わせておけばいい。
俺の結果が出るのはもっと先の話だ……
144 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月21日(土)23時57分41秒
会長は上機嫌で口が滑らかだった。
「ちょうどいい。お前にも教えておいてやる。
 …後藤は辞めさすことにしたから」
「は? 引退ですか?」
「違う、違う。モーニング娘。から辞めさすから」
「後藤をですか?」
「ああ」
「…しかし、なんで今さら?
 タイミングとしてはもう遅いような気がしますが。
 やるなら松浦を売り出す前の方が効果的だったかと……」
「俺も後藤をソロにさせる気なんてなかったさ。
 まあでも例のユウキの件以来な…
 もう後藤のことで揉めるのは面倒なんで、どうせなら
 後藤をソロにしてやつらに全部やっちまうことにした。
 それで今後はモーニング娘。には口出させんってことにして…」
「…そうなんですか? やつらがそれで引っ込むとも思えませんが…」
「まあ一時しのぎでもいいさ。やつらには充分くれてやったんだ、
 しばらくは文句も言うまい。
 やつらも喜んで後藤ソロでミュージカルの計画立ててきやがった。
 俺らのミュージカル見て、ぼろ儲けできるってことに気付いたらしいぞ。
 バカだなあ、あいつらも」
「はあ…」
「これで俺の思い通りに出来るってことだ…」
145 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月21日(土)23時58分30秒
ボスが含み笑いをしている…
相変わらずムナクソ悪いやつだ。

「ああ、ついでにな、保田も以前から進退伺い出てたんで、
 これを機に辞めさす方向でいくことにした」
「えっ?」
「やつには中澤のサポートに回ってもらおうと思う」

はあ? 何言ってんだ?
ここで保田を引き止めないでどうすんだよ。
後藤が抜けるってのに、保田まで抜けさせたら
曲の構成が成り立たねえじゃねえか。
残った3人でどうしろってんだ、ボスは?
保田が抜けちまったらホントにただのアイドルグループじゃねえか。
それに中澤にサポートなんていらないだろうが。
もしいるとしたって矢口や安倍みたいに喋れる連中じゃなきゃ
中澤のサポート役なんて務まらねえって。
保田は歌でサポートしてなんぼのやつだろうが……
146 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月21日(土)23時59分12秒
「つんくはもう知っているんですか?」
「ああ、もちろん」
「何か言ってましたか?」
「別に特には……『そりゃ大変ですわー』って言って、笑ってたぞ」
「そうですか…、笑ってましたか……」
まあつんくはもう笑うしかないだろう。
もうあいつに相談事を持ちかけるモーニング娘。のメンバーなんて誰もいない。
あいつらの間にはもうビジネスライクな関係しか存在してない。
今回のことも会長から突然聞かされたはずだ。
あいつにもちょっと話を聞いてみよう……

ボスの部屋をあとにするとそのままつんくの詰めているスタジオに向かった。

「つんく、ちょっといいか?」
「あー和田さん、何ですの?」
「次のソニンの曲なんだけど……」
「ああ決まったんですか、ソニンの復帰は?」
「いや、まだだけど、どうせなら早めに頼んでおこうと思ってな」
「そうですかー。まあ曲はいっぱい出来てるんで、
 適当に好きなの持ってってくださいよ」
つんくはまるでコンビニの弁当のように気軽な感じで言う。
147 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時00分17秒
「つんくよー、俺が欲しいのはそんな風に適当に扱わてる楽曲じゃないんだけどな。
 ちゃんとお前が歌い手を意識して作った曲が欲しいんだけどな…」
「意識してますよー、ちゃんと。
 誰が歌ってもそれなりのものになるように心掛けてますから」
つんくはあくまでも事務的に話す。
「じゃあ、今度の曲はソニンにしか歌えないような曲を作ってくれ。
 ソニンが歌う意味のある曲を作ってくれ」
「そんなん無理ですよー。
 スケジュールびっしりなんですから。
 いくら俺でも作れる曲数は限度がありますさかい」
「一部は他のやつに作らせればいいだろうが」
「じゃあ、新堂にでもソニンのことを考えて作るように言っときますわ。
 それなら和田さんもOKでしょ?
 最近じゃ新堂の方が評判いいんで、ちょっとジェラシー…なんてね」
「…………」
「あれ? おもろなかった?」
「……いや、別にいい。よく考えたらお前に頼む必要なんてなかった」
「何言うてまんの? ソニンでしょ、俺がプロデュースしないでどないすんですか?」
148 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時01分02秒
「だから…ソニンだから関係ないんだろ、お前には。
 もうEE JUMPじゃないんだから。
 俺はお前にソニンのプロデュースを依頼した覚えはないぞ」
「はあ? 和田さん、何言うてるかワケ分かりませんわ。
 そんな怒らんといてくださいよ」
「…………」

二人っきりのスタジオに沈黙が流れる。
意味もなく楽譜をめくるつんく…
興味のないつんくの楽曲リストを見る俺…
タバコに火をつけて、大きく煙を吐き出した…

「…お前もつまらないヤツになっちまったな……」
「そりゃ人間変わりますよ、5年や10年たてば…
 人間は今生きてる環境に適応してくんです。
 逆らったって無駄ですよ……
 流されるままでエエじゃないですか?」
「…………
 ……後藤と保田が辞めるんだってな」
「ああ…聞きましたか?」
「…それも流すままでいいのか?」
149 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時03分00秒
「そんなこと言うたかて、俺にはどうにもなりませんよ。
 そんなこと和田さんがいちばん良う知ってることじゃないですか…」
「…………」
「中澤のときだって、市井のときだって、自分はあとから聞かされるだけですわ。
 真っ先に俺のところに言ってきたのは福田だけやないですか……
 俺が聞くときには『脱退します。これは確定事項です』みたいなもんでしょ。
 後藤だって保田だって俺には辞める理由なんて全然知らされてませんよ」
「……そんな他人のせいばかりみたいに言うな。
 少なからずお前にも問題があるんだから。
 あいつらから相談されなくなったのはお前自身の問題だろうが。
 お前に信頼感を抱かなくなった理由があるからだろうが」
「…………」
150 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時03分31秒
「…けっきょくはあれだ、福田や石黒の言ってた通りになったってことだ。
 『このままじゃ音楽を嫌いになる』
 『この絶頂期に辞めるのはわたしにしか理解できないかもしれない』
 っていうな…
 あいつらが言ってたのはお前の未来予測そのものだったわけだ……
 適当な音楽作って、メンバーから段々信用されなくなって、
 『あの頃は良かった』って振り返る……
 そんな存在になっちまったんだよ、お前は」
「……別に信用なんてされんでもええですよ。
 覚悟を決めたときにそんなもん捨て去りましたわ」
「ああ。俺もお前が信用されてなかろうが憎まれていようが
 そんなことはどうでもいい。
 ただ、そんな状況でもお前のプロデュースから離れられない、
 お前に頼るしかないあいつらは悲惨だな……」
「…………」
俺は一つため息をついた。
「ハァ……
 こんなことじゃ例え福田が帰って来たってお前には任せらんないよ……」
「…え? 福田が帰ってくるんですか?」
「例えの話だ、例えの。
 でも今のお前を見たら絶対に復帰しようとは思わないだろうな」
151 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時04分19秒
少しは福田の話を出せばショックを受けるかと思って話してみた。
過去最高のつんく節の再現者である福田に見放されてるって知ったら
こいつはどう思うだろう……
少しは考え直すきっかけになるのだろうか……

「……今の俺の音楽そんなにひどいですかね?」
「さあ? 人それぞれだろ?
 商業的に音楽をやってるって意味じゃお前は最高のプロなんじゃねえの?
 感情もなにも無視して作り上げるお前の商売根性は立派だよ……
 別に俺はそれを否定するつもりもない。

 お前が曲を作れば、ハロープロジェクトのメンバー達が淡々と歌っていく…
 そんな光景がこれからもくり返されるだけさ。
 お前がそれで良ければ、それを続ければいい。
 今の俺はお前にあれこれ言える立場でもないしな、好きにすればいいさ」
152 名前:和田薫編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時05分02秒
俺は言いたいことだけ言い残すとその場を離れた。
つんくはその後、別れるまで無言だった。
俺の言葉に怒ったのか、無視することに決めたのか、
それともつんくの中で何か考えるものがあったのか、
それは分からない……

つんくよ……、今のお前は楽しいのかい?

楽しそうにメンバーを選んでた頃のお前や
本気でメンバーの卒業を悲しんでた頃のお前はどこにいっちまった?
他人に提供するなんてあり得ないって言ってたほど歌を大切にしていた
その気持ちはどこにいっちまったんだ?

俺は大阪にいた頃の脳天気な明るいお前がもう一回見たいよ。
大阪で上京を夢見てた頃のお前が……

153 名前:和田薫編 投稿日:2002年12月22日(日)00時06分48秒


和田薫編
参考資料 「和田薫のオールナイトニッポンr」02.02.09放送分
     「和田薫のオールナイトニッポンr」02.03.09放送分
     「うたばん」02.08.22放送分
     「走れソニン」02.08.29放送分
     「ソニンのオールナイトニッポンr」02.08.21放送分
     FACTORY #0093 02.06.08
     LF+R フライングLIVE vol.2 02.05.04

154 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時07分36秒


     ◇      ◇      ◇

                       安倍なつみ編(1)-1

155 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時08分21秒


「ののー、ちょっと待ってー!!」

矢口と圭ちゃんと別れたあと、スタジオの中に消えていったののを
わたしは必死に追いかけていた。
かろうじて見える後ろ姿……
ののは2階・3階と駆け上がっていく。
4階まで来ると黒いポニーテールが扉の中に吸い込まれていくのが見えた。
今日は使われていないダンスレッスンの部屋。
薄暗いまま、ののは照明もつけず部屋に飛び込んでいった……

わたしはようやく部屋の前までたどり着く。
心臓がバクバクいってて息は乱れたまま…

「ハァハァ……のの、入るよー……」

入口にある照明のスイッチを押した。
ののは……
ののは、わたしたち3人がスタジオの外で見かけたときと同じように
部屋の片隅に膝を抱えて座り込んでいた。
156 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時10分09秒
「のの……」

それ以上声が出てこなかった。
しょんぼりしてうつむいている姿を見ると
なんて声をかけていいのか咄嗟に思い浮かばなかった。

しばらく立ち尽くしてしまった後、
ののの側に行ってわたしはしゃがみ込む。
ののの組んでいる手をはずして、その左手をわたしの両手で
そっとつつんであげた。

やがてののはようやく顔をあげる。
顔をあげてわたしの方を見つめた。
不安そうな顔、泣きそうな顔、なんとも言い様のない表情だった。

「……のの……」

何も言わないのの。
わたしを見続けたまま……

「のの……わたしたちの話、聞いちゃったんだね?」

ののが力なくうなずく。

「さみしい?」

またののがうなずく。
157 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時11分00秒
「そっかー…、わたしもとってもさみしいよ。
 仲間がまたいなくなるんだもん」

すると、ののはわたしに握られていた手をすり抜いて
また自分の手を組んでしまった。

「…のの?」

「……安倍さんの仲間にののは入ってないもん…」

「何言ってるの、のの?
 みんな仲間でしょ?
 みんなモーニング娘。のメンバーでしょ?」

「……さっき言ってたもん…
 矢口さんと飯田さんと保田さんが仲間だって……」

ののはそんな前から聞いてたんだ。
きっと圭ちゃんのあとをつけてきたのかもしれないな…
圭ちゃんのあとをついてけばわたしたちがいるとでも思ったのかな…
158 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時11分34秒
「違うの、のの。
 それはね、そういう意味じゃないの。
 なんていうのかな……」

言葉に困った……
ののはどう言えば納得してくれる?
なんて言えば仲間だって分かってもらえる?
このままじゃののは心を閉ざしたまま……
また爪を全部かじってしまうなんてことになりかねない。
わたしは思いつくまま喋り出す。

「…のの、前に話してくれたことあったよね。
 4期のメンバーが入ってきたときに、梨華ちゃんとよっすぃーと
 加護ちゃんと『これから4人で助け合っていこう』って誓い合ったって。
 そのあと4人はちゃんと助け合って、ここまできたんだよね?
 助け合ったから4人とも頑張れたんだよね?
 ののはその最初に誓い合ったことを忘れちゃった?
 ののは約束を守らなかった?」

ののは無言で首を振る。

「…じゃあさ…その誓い合った4人だけを仲間だと思う?
 わたしたち年上メンバーや5期メンバーは仲間じゃないって思う?」

また首を振るのの。
159 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時12分20秒
「でも、誓い合った4人はなんとなく違う感じがするでしょ?
 どことなく4人で一つって感じがするでしょ?」

「……うん」

今度は声に出してののは答えた。

「わたしたちもね、昔そうやって誓い合ったんだ。
 一番最初は5人で…そして次は8人で……
 その日のことを忘れないでいようって、そう誓い合ったことがあるの。
 だからね、ののにも分かってほしい。
 わたしたちの中にある特別な思いを……

 ののたちはまだ全員残ってるから、これからいくらでも思い出を作れる…
 でもわたしたちの誓い合ったメンバーはもう4人だけ。
 半分になっちゃったの。
 これから圭ちゃんがいなくなったら3人になっちゃうの……
 なっちと矢口とカオリだけになっちゃうの……」

自分で話していて悲しくなってきてしまった。
ののを慰めるつもりが、逆に自分が落ち込んできてしまった。
自分で言ったセリフを反芻してさらに落ち込む…
160 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時12分58秒
3人になっちゃうんだ……
圭ちゃんが抜けて12人になったモーニング娘。……
わたしたち3人と9人の追加メンバーたち……
ハァ……やっぱ落ち込むよなあ……

すると、わたしの方にするすると手が伸びてくる。
その手はわたしの手をそっと握ってくれた。

「……のの。なっちのこと慰めてくれるんだ?」

「さっきのお返し」

「…ありがと、のの。
 なっちのへたくそな説明でも分かってくれたんだ…」

「……うん」

「…圭ちゃんの卒業はさみしいけどさ、
 まだこれから一緒にいられる時間も充分あるんだからさ、
 思い出いっぱい作っていこうよ。
 圭ちゃんもきっとそれを喜ぶよ。
 みんなでわいわいがやがや思い出を作るのがさ…」

「…そですね」

良かった……
ののに分かってもらえて。
最初どうしようかと思ったけど、こうしてわたしまで慰めてもらって…
これじゃあ、お姉さん失格だな……
161 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時13分45秒
ちょっとはお姉さんらしくしようと思って、
今までめったに取れなかったこんな時間だからこそ、ののに思いきって聞いてみた。

「…ねえ、のの?
 今のモーニング娘。のお仕事つらい?」
「ちょっとだけ…」
「どんなことがつらい?」
「…………」
「なっちに教えてよ」
「……どんどんバカになっていくこと」
「えっ?」
「学校行っても、全然分かんないの…
 先生がなに喋ってるか意味も分かんなかった。
 教科書開いても暗号みたいにしか見えないし…
 回りのクラスメイトは同じ教科書を普通に読んでるのに
 辻はノートにいたずら書きしてるだけ…」

ののの言葉に心の奥に刻まれている古傷が痛んだ。
そう、かつてわたしは似たような言葉を聞いたことがある。
あのときはみんな自分達のことで精一杯で、回りのことを見る余裕なんて
ほとんどなくて、その悩みに気付いてあげることができなかった。
誰一人その悩みに気付かずにあの日を迎えてしまった。
そして今わたしたちは同じ過ちを繰り返そうとしていたんだ。
ののの無邪気さと奔放さの裏にはそんなことがあったんだ…
162 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時14分19秒
「回りのクラスメイトに何か言われたの?
 勉強できないからってバカにされたの?」

もしそうだったら許せない!
勉強なんて出来なくったって、ののは立派に仕事してる!
他の中学生じゃできないほど頑張ってる!

「ううん、バカにしてくる人なんて誰もいないよ」
「ホントに?」
「うん…」

ずーっと気になっていたののがとった今日の行動…
わたしはその一番の疑問点を尋ねる。

「……じゃあ…なんでののは今日練習に来たの?
 今日はお休みだったでしょ?
 最後まで学校行くことになってたでしょ?」
「…………」
「言っていいんだよ、のの」
「…………」
「なっちに話してごらん。誰にも言わないから」
「……みんな、辻に気を使うんだもん。
 どうせだったらバカにしてくれた方が良かったのに…
 みんな『辻さんだからしょうがないね』って感じで見てて…
 ここに来ればそんな風に辻のことを見る人いないから…」
163 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時15分01秒
まったく思いもしなかったののの言葉だった。
『バカにされた方がいい』だなんて…
ののはクラスの中で特別扱いされてるのがきっといやなんだね。
ののは学校好きだったもんね。

「そっかー、そうだね。
 のののことを特別に見る人なんてここにはいないもんね。
 ……だけど、…ここでわたしたちのところに来ちゃったら
 ますます特別扱いされちゃうよ。
 ののの好きだった学校の友達も離れていっちゃうよ」
「でも……」

そう言ってののはまた爪を噛みはじめる。
わたしはののの手を優しく取った。
164 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時15分42秒
「のの、特別扱いされるのはしょうがない……
 だってわたしたちモーニング娘。なんだもん。
 …でもさ、そんな中にも前と変わらない付き合いしてくれる友達いるでしょ?」
「うん…なっちゃんとか…」
「じゃあさ、そのなっちゃんを大切にしなきゃだめだよ。
 前と変わらない友達でいてくれるなっちゃんを大切にしなきゃ…
 わたしたちはさ、ほとんど友達なんて作れないんだから……
 だから学校でののが来るのを待ってるなっちゃんを裏切っちゃダメだよ…」
「……うん……」
「勉強のことはさ、なっちもバカだからよく分かんないけど、
 なっちは中学校3年間ちゃんと通ってたから、
 今になってその大切さっていうのがすごいよく分かる……
 行けるときに行っておいた方がいいよ……」
「……はい」

ののが少しでも納得してくれたのを見届けると、
わたしは握っていたののの手を裏っ返して爪を見た。
「ののの爪、またボロボロになっちゃったね…」
ののは慌てて手を引っ込めようとする。
165 名前:安倍なつみ編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)00時16分20秒
でもわたしはののの手を離さなかった。
「のの、今度爪を噛みたくなったらなっちの手を握ればいい。
 じゃないといつまでたっても治らないよ……」
「でも…」
ののの手をギュって強く握りしめる。
「なっちは気にしないから。
 いつでも好きなときに握ればいい。
 不安になったら握ればいい。
 ね? のの」
ののがうれしそうにコクンとうなずいた。

「今日はさ、もう帰ろう。なっちも練習切り上げて帰るわ。
 ののは元々お休みだったし、なっちもいろいろありすぎて疲れちゃったよ……」
「うん」
「なんか食べに行こっか? のの、何食べたい?」
ののの口がデレーっと広がった。
「んーとね、何がいいかなあ」

そうそう、ののはそうやって悩んでない顔が一番だよ。
その顔がわたしたちを癒してくれるんだから。
特に今日みたいに大変だった日はなおさら。
きっと帰ればまた落ち込むんだろうけど、
それまではののの食べてる笑顔で癒させてよ。

ね? いいでしょ、のの?

166 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時17分11秒


     ◇      ◇      ◇

                       安倍なつみ編(1)-2

167 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時17分59秒
圭ちゃんの卒業を聞かされてから1週間近くが経ち、
そんな中でもわたしたちのミュージカルは滞りなく続いていて、
日常の忙しさの中で、ふとそんな重大なことも忘れそうになったりする。
あれからわたしたち旧メンバー4人も偶然聞いてしまったののも、
そのことを口にすることはなく、ただただ時間が流れていった。
きっとわたしたちの日常はこうして過ぎていってしまうのだろう。
その時間が貴重なものだったことに気付くのは、それを失ってからなんだろう…

今度出す新曲。
圭ちゃんの話を聞いた翌日にデモテープをもらった。
移動中のバスの中で一つのMDを矢口といっしょに聴く。
矢口と二人、思いっきり興奮した。
うれしさのあまり泣きそうになったのを二人して騒いでごまかした。
こんな曲、何年ぶりなんだろう。
歌詞に共感できたのなんていつ以来だろう。
『Memory 青春の光』や『ふるさと』みたいな曲はもう二度と歌えないと思っていた。
もう歌うことはないんだと諦めていた。
だからわたしはこの曲と出会えたことがうれしかった。
それと同時につんくさんの心境の変化にもびっくりしていた……
168 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時18分31秒
そして今日、ついにレコーディング。
レコーディングブースに入ってつんくさんが指示を出すのを待ちかまえる。

「あれ? つんくさん、どうしたんですか?」

つんくさんがレコーディングブースの中に入ってきて
わたしの後ろにある椅子に腰かけた。

「今日はな、中でやろうと思う」
「めずらしいですね。最近ずっと外だったのに…」

つんくさんはハピサマのレコーディングの頃までは
わたしたちの近くに身をおいて、細かい歌唱法や
歌い回しのアドバイスをしてくれていた。
でもそれはいつしかやらなくなり、レコーディングブースの外で
事務的に機械をいじくるだけの作業をつんくさんはするようになった…
つんくさんが機械をいじくってる姿を見て、
つまらなそうだなあって思ったのはいつからだったろう。
最初の頃はあんなに楽しそうにレコーディング作業に臨んでいたつんくさん……
いつからこんな『お父さん』みたいな人になっちゃったんだろう……
169 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時19分08秒
「今日は本気で録るから。安倍もそのつもりでな」

そう言うとつんくさんはわたしにマイクのスイッチを切るように指示してきた。
わたしは言われた通りにスイッチを切る。
これで外にはわたしたちの会話は聞こえない。

「…なんですか?」
「おまえには、このレコーディングに入る前に言っておきたいことがある…」
「…はい?」
「ちょっと違うな……おまえだからこそ言うんや。
 おまえにしか言われへんことがあるんよ…
 ちょっといろいろと考えさせられることがあってなあ……」

変なつんくさん。なんでいきなりこんなこと言い出すんだろう?
つんくさんのいつもと違う雰囲気に、わたしは何を言われるのか心配……

「今度の曲、うれしいか?」
「はい、めちゃくちゃ!」
「そうかー…、なんでうれしいん?」
「そりゃあ、だってこんなしっとりとした曲歌えるの久しぶりだし、
 歌詞にも共感できるところがあるし、わたしの歌いたかった歌って
 こういう歌だったから……」
「そうか…歌いたかった歌か……」
つんくさんはそこで一回言葉を区切って考え込んだ…
170 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時19分51秒
「……この曲の歌詞の意味、おまえなら分かるよなあ?
 俺がこの歌詞にこめた意味分かるやろ?」
「…はい、分かっているつもりです……」
「この歌詞はなあ、おまえのステージを見て思いついたんやで。
 おまえのブルーハーツのステージを見て……」
「…………」
「俺のこの曲に込めた思いはおまえと一緒や。
 この曲はホンマはな、二人が一緒になろうって歌やねん。
 一緒になって約束を叶えようって歌やねん。
 …分かるよな? この意味……」
「はい……」
「おまえがあのあと福田と会ったのかどうか、俺は知らん。
 福田がどう言ったのかも、どう考えてるのかも俺は知らん。
 ただな、この曲に込めた『決心』っちゅうテーマは、あいつへのメッセージでもあるんや。
 ……もう3年や、あれから。
 あいつもいつまでもフラフラしとってもしゃあない、宝の持ち腐れや。
 それに、そろそろ『決心』してくれんと、もうタイムリミットやで……」
「タイムリミットって……?」
171 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時20分23秒
「俺がこの先おまえらを自由に使っていける範囲はきっとますます狭くなってく。
 まあ、それは仕方ないことや、そういう道を選んだんやからな……
 おまえもそうや。
 うちの事務所に未来はないと思ったから、
 おまえの妹、ウチの事務所じゃなくてナベプロに入れたんやろ?
 後藤の弟みたいに扱われたらたまらんから、ウチの事務所につれてこなかったんやろ?」
「……いえ、そういうわけじゃ…」
「いいんや、別に。
 俺もよう分かっとるし……
 だけどな、今なら少しでも俺の自由のきく余地があるんや。
 だからな帰ってくるなら今しかないねん。
 俺があいつにかまってやれんのは今しかないねん……」

今の明日香がつんくさんの元に帰ってくるなんてことありえるんだろうか?
今みたいな音楽作ってるつんくさんを信用するのだろうか?
つんくさんが今作ってる歌を『歌う』なんてことありえない……
…すると、つんくさんはわたしの疑問を見透かしたように答えた。
172 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時21分07秒
「新曲はな、俺の『決心』でもあるんや。
 今の俺でもこんくらいのもん作れるっちゅう意思表示や。
 勝手に13人まで増やされても、俺はこんだけできるっちゅう意地や。
 今回の曲だって急遽変更したんやで。
 ホンマは全然違う曲やったのを、少しばかりワガママ言うて差し換えたんや」
「そうだったんですか……
 変更前の曲はいつもみたいな曲…?」
「そうや。いつもみたいな曲や。
 おかげで事前に発注しといた衣装が『Do it! Now』と全然合わへん」
つんくさんは自嘲気味に笑う。
「しょーもない曲しか作れなくなったわけやない。
 あいつや石黒がいなくなったんが悪いんや。
 あいつらがいなくなったから、俺の思い描く曲を作らなくなったんや。
 でもな、今回は違う。
 あいつらに見せつけてやんねん。
 俺が作った曲を。俺が作った歌詞を……」
「……でもそのこと伝わりますかね?
 今のわたしたちで……
 13人のわたしたちで……」
「そうや。それが一番の問題や…
 なんか感じとってもらわなあかんねん。
 そんでもってあいつの決心を促したいんや」
173 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時21分56秒
「…このことを話すのはわたしだけなんですか?
 カオリは? 矢口や圭ちゃんには?」
「…おまえだけや。
 こんなこと話すのはお前があのステージやったからやで。
 俺とおまえが似たような思い持ってるって分かったからな」
「でも……矢口たちにも伝えた方が……」
「あいつらはエエ。
 あいつらにはちゃんとあいつらにぴったりの歌詞を作っておいた。
 そこから何か感じとるはずや……
 ……だから今回の曲はおまえに頑張ってもらいたい。
 あいつへのメッセージを伝えるのはおまえしかおらん」

矢口たちにはちょっと後ろめたかったけど、わたしの思いも同じだった。
わたしがやらなくちゃ、わたしが伝えなくちゃ…
切符を渡すのはわたしの役目だ…

「って言ってもな、今回のメインで歌うんはおまえと後藤と高橋と紺野や。
 これはしゃあない……そうしろって言われてるからな……」
「ごっちんはともかく、紺野と高橋ですか?
 あの二人に歌いこなすことなんて……
 特に紺野は……」
「かまわん。どうせ歌番組に出ても高橋と紺野がかぶさるところは
 あいつら二人とも口パクにするつもりだからな。
 だからおまえと後藤がきっちり歌えばそれでエエ」
174 名前:安倍なつみ編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)00時22分28秒
「でもそれじゃあメッセージ性が薄れてしまうんじゃ……」
「それはちょっと考えてることがある。
 それを補う手段をな……
 まだ本決まりしてへんから言えんけど、まあ楽しみにしときや」

なんだろう? 補う手段って……
何か伝えることができる手段でもあるのだろうか……

「さあ、そろそろ始めるで」

つんくさんに言われてレコーディングが始まった。
つんくさんも一緒にリズムを刻んでくれて、
納得いくまで何度も何度も録り直した。
それこそ昔やっていたあの頃のように……
なかなかOKが出ないレコーディング。
つんくさんとわたしの真剣勝負。


夢は叶うよ……絶対に…………

そう信じてわたしはいつまでも歌い続ける。

175 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時23分13秒


     ◇      ◇      ◇

                       安倍なつみ編(1)-3

176 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時23分51秒
モーニング娘。はミュージカルが終わると凄まじい忙しさに見舞われていた。
ミュージカルの千秋楽で日本テレビの新番組の制作発表記者会見をやったかと思えば、
翌日からはテレビ収録の嵐だった。

ちょうど一週間前にシャッフルユニットのPVを撮影した。
5月の最初の頃にレコーディングした『きょうりゅう音頭』……
めちゃめちゃイヤだった。
なんでこんな歌、歌わなくちゃいけないんだろうって……
それでも仕事だと思って我慢した。
いつかちゃんと歌える日が来るさって思って気にしないことにした。

圭ちゃんの卒業発表はいつまでたっても事務所からわたしたちに発表されなかった。
いつまでもされない発表に圭ちゃんの卒業は取り止めになったのかなって
思うこともあったけど、圭ちゃんの意志の固さからみてそんなことはないんだろう。
圭ちゃんにそのことを聞こうとしたけど、また重苦しい雰囲気になるのが
イヤだったし、ゆっくりと話をする時間もなくて、そのままになってしまった…
177 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時24分55秒
矢口はといえば、卒業を聞かされて以来、
なにかにつけて圭ちゃんの話題を口にするようになった。
ワールドカップのときの話やケメ子命名の由来とかを
自分のラジオやTV番組でひたすら喋りまくった。
わたしもそれに合わせるように『ケメ子走り』の話や
チャック全開で生放送に出た話とかをラジオやTV番組でした。
少しでも圭ちゃんに注目が集まれば……
圭ちゃんの自分では気付いてない面白いキャラクターにスポットが当たれば……
圭ちゃんは嫌がるかもしれないけど、知名度を上げるって意味では役に立てると思っていた。
そしてそれができるのは矢口とわたししかいないとも思っていた。
わたしたちおしゃべりだもんね……
178 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時26分17秒
ののはあの日以来めちゃくちゃわたしになついてしまっている。
シャッフルで一緒だったこともあって、四六時中わたしの側にいるようになった。
そしてしょっちゅうわたしの手を握るようになった。
ののは体温が高くてちょっと暑かったけど、でもかわいいから……ま、いっか。
ののは「お菓子を食べない! 毎日腹筋!」っていう決心を最近して、
それを今のところ守っている。
不安に感じることが少なくなったのか、爪を噛む癖は治りつつあったし、
ストレスの発散を食事に持っていくこともなくなったみたい。

シャッフルユニットのPV撮影の翌日、ハロモニの生放送があった。
番組の撮影内容はイヤだったけど、裕ちゃん・カオリ・矢口・圭ちゃん・
それとわたし、昔のメンバーだけで揃って仕事できたことはうれしかった。
梨華ちゃんもいたけど、それはまあ、それ……
生放送の最中はとてもつまらなそうにしていたつんくさんが
番組が終わって子供達が帰るとうれしそうに話しかけてきた。
179 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時26分49秒
「おまえらー、新曲のPV撮影楽しみにしとけよー。
 それと中澤の新曲もなー」

…あ、これが言ってた例の『補う手段』ってやつだ、きっと。
わたし以外、そんな裏事情を知らないからみんなきょとんとしてたなあ。


昨日はシャッフルユニットで出演したミュージックステーションで
タモリさんにイヤミを言われた。
それも番組の最初で……
わたしたちに向けられた第一声が
「それじゃあ、売り上げ目標額を聞かせてもらいましょうか?」
だった。
そりゃあタモリさんから見れば、ううん誰が見たって
シャッフルはまじめに音楽やってるように見えないよ。
おカネ目的にしか見えないよ。
でもさ、わたしたちだって好きでやってるわけじゃないんだからさあ、
わたしたちに言わないでよ……
タモリさんくらいだったら、もっと上の方の人に言ってよ……


 ・

180 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時27分37秒
そして今日、わたしたちは全員揃って『Do it! Now』のPVを撮影する。
楽屋に入って手渡された衣装にみんな驚いた。
みんな真っ黒で統一されたシックな衣装。
てっきり衣装はジャケ写で使った赤の衣装だけだと思ってた。
5期メンバーはこういった衣装を着たことがないからちょっと興奮気味。
…すると誰よりもいちばん興奮してる人がわたしの前にやってくる。

「ねえー、なっちー、見て見て。似合ってるー?」
そう言って、カッコつけてポーズを決める。
「おー、いいじゃん! イケてる、イケてる。
 やっぱあれだね、矢口もそういう格好すれば大人っぽく見えるね」
「ヘヘ、やっぱそう?
 矢口のセクシーさ出ちゃってるかなあ?」
矢口はガハハと大笑い。本当に心の底からこの衣装がうれしそう。
「昔の明日香くらい大人っぽく見えてるかなあ?」
矢口のことばに、ふと気付く。
そういえばこの衣装って……
「ねえ矢口…、この衣装ってMemoryのときの衣装と似てない?」
「えーっ? 気のせいでしょー。
 ただ黒いからそう思うだけだよー」
「そうかなあ…」
だってこんなシックな衣装着るの何年ぶりかな?
Memory以来だよ、きっと……
181 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時28分10秒
メイクもみんな出来上がり、
「こちらでーす」
そう案内された扉からスタジオに入る。
入っていくとすぐに曲り角があって、その先は階段になっていた。
収録セットはこの先か……
ののと手をつないでしゃべりながら階段を登っていると、
前を歩いていた矢口とぶつかった。

「ちょっと矢口ー、いきなり止まんないでよ! もー…」

顔を前へ向けると矢口が呆然と壁をながめている。

「なっち……これ……」

矢口が指差す方を見る……

「……なにこれ…?」

……そこにはモーニング娘。のシングルがずらーっと15枚、
額に入れられて壁に飾られていた。
階段の途中から発売順に少しづつずらして並べてある。
…わたしは思わず『愛の種』に駆け寄った。
182 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時28分40秒
髪を切る前の裕ちゃん。
まだかわいさの残る彩っぺ。
大人っぽく見える福ちゃん。
笑顔のぎこちないわたし。
黒髪ストレートのカオリ。
そして『ASAYANプロジェクト』の文字。

…すべてはここから始まったんだ……
わたしはジャケットの『愛の種 モーニング娘。』の文字を指でなぞる……
そこから一歩づつ階段に沿って並べてある8センチのシングルたちをながめていく。
『モーニングコーヒー』
『サマーナイトタウン』
『抱いて HOLD ON ME!』
『Memory青春の光』
『真夏の光線』
『ふるさと』
ながめているうちに気がついた。
これって『Do it! Now』の
「一歩一歩でしか進めない人生だから立ち止まりたくない」の部分を
表してるんじゃないかって……
183 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時29分13秒
『LOVEマシーン』からは衣装もジャケットも大きく変わる…
8センチから12センチ用のジャケットに。
衣装も一気に派手になった。
そして
『恋のダンスサイト』
『ハッピーサマーウェディング』

それ以降のシングルは階段状に並べられず、『ハピサマ』と
同じ高さに並べられていた……
これは何を意味しているんだろう……
『ハピサマ』以降、成長を止めてしまっていた自分の姿になんとなく重ね合わせた……

『I WISH』
『恋愛レボリューション21』
『ザ☆ピース』
『Mr. Moonlight』
『そうだ! We're ALIVE』
全部のシングルをながめたわたしはその場をあとにして、メインセットの中に入る。
仕切りのカーテンをくぐると……
そこにはコンクリートがうちっぱなしにしてあるセットが広がっていた。
まるで倉庫の中みたいなセット。
これってやっぱり……

先に入っていた矢口がわたしを見つけると急いで近づいてくる。
「なっち! さっき言ってた通り……これって…」
わたしはうなずく。
「「Memoryだ……」」
二人の声がハモった。
184 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時29分59秒
撮影が進むにつれて、その疑念はどんどん深まっていく。
壁に寄りかかってせつない表情をしたり、固定したカメラワークを多用したり、
かつて経験した撮影が再び繰り返されている。
『Memory』のときは階段を下りて行って誰もいなくなった…
でも今回は旧メンバー4人が誰もいないところにむけて登って行く…
「これでガム噛めば完璧なんだけどねぇ」
矢口がつぶやいた。
「ガムじゃないけどさ、わたしあとで水飲むシーンがあるんだけど、
 これって何だと思う?」
「えー? なっち一人だけで?」
「うん……」
「分かんないなあ……
 そういえばさっき紺野がさ、『愛の種』のジャケット見上げて
 「一生忘れない〜」の部分撮ってるのよ。あれもわけ分かんないよね……
 今日は分かんないことだらけだよ……」

ゴメン、矢口。
意味は全部は分からないけど、なんで今日こんなことが起こってるかの理由は
わたし知ってる……
「一生忘れない」が『何』を指してるのかも分かってる……
でも言えないんだ。
これはわたしとつんくさんの『決心』だから……
185 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時30分50秒
この曲のPVを発売するときにおまけ用の映像を付けるからって、
デジカムを手渡された。
これで好きなように撮ってくださいって…

さっそくわたし、さっきのシングルが並べてある場所や
今までの受賞トロフィーが並べてある場所に行って撮影した。
そして……PVの撮影も終わり……
……楽屋からみんなが帰って、一人になったのを確認すると
わたしは自分にカメラを向けた……

今までのモーニング娘。の思い出…
今の娘。たち…
これからの自分の夢……

そんなことを一人っきりの楽屋でカメラに向かって喋った……
きっとこのシーンが使われることはないんだろうけど、
わたしがこのとき思っていた気持ちをどこかに残しておきたかったから…
少しでも気持ちが伝わると思ったから……
186 名前:安倍なつみ編(1)-3 投稿日:2002年12月22日(日)00時31分26秒
後日、出来上がったPVを見る。
最初から最後まで統一されたコンセプト。
画面から伝わってくる意思。
並べられたシングルと衣装、そして受賞した数々のトロフィーと楯。

つんくさん、この曲に賭けてるんだ…
この曲を第2のMemoryにしようとしてるんだ…
記憶に残るものにしようとしてるんだ……

187 名前:安倍なつみ編(1) 投稿日:2002年12月22日(日)00時34分30秒


安倍なつみ編
参考資料 「HEY! HEY! HEY!」02.02.04放送分
     「ミュージックステーション」02.07.05放送分
     「ハロモニ」02.05.19放送分
     「ハロモニ」02.06.30放送分
     「ハローランド」02.07.10放送分
     「MUSIX!」02.02.17放送分
     「MUSIX!」02.07.16放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.07.04放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.07.25放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.09.19放送分
     「Memory 青春の光」PV
     「Do it! Now」PV
     「TVガイド」7.20-7.26号
     「oricon」8/5号 2002 No.29
     「CD HITS!」9月号
     「ハコイリ娘。」さくらももこ(新潮社)

188 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時03分25秒


     ◇      ◇      ◇

                       飯田圭織編(1)-1

189 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時03分59秒

…………


……





…何よー、いったい…


…うるさいわねえ。


せっかく人が気持ちよく寝てるっていうのに……

190 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時04分31秒
目を覚ますとそこにはガラーンとした楽屋。
…あれ? みんなどこ行っちゃったんだろう?
広い楽屋をぐるーっと見渡すと、そこには一人……
あ…なっちだ……
なっちは一人、ミュージカルの3部に向けて化粧直しをしている。
ああ、どうしよ…声をかけるかどうか迷うな……

「……ねえ、なっち…他のみんなは?」

「あー、カオリか……加護たちならビデオテープとCD持って出てったよ。
 どうせいつもの部屋でしょ」

なっちは鏡を向いたまま、あたしのことを振り返るでもなく言う。

「ふーん……」

あたしも全然違う方を向いて、気のない返事をした。

あたしたちはずっとこうだ。
お互い気にしないふりしてて、実はもっとも意識しあってて、
会話もろくにしないのに考えてることは分かってて……

今だってそう……
あたしがなっちのことを意識してるように、
なっちもあたしのことを意識してる……

いつまで続くんだろうな、この運命の巡り合わせは……
191 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時05分07秒
そのときまた外で
「うぉーー!」
とか叫ぶ声が聞こえる。

あ、まただ… いったい何やってんの?

あたしは気になってドアの隙間からそっと廊下をのぞく。
声を発してる人の姿は見えず、また声だけが聞こえてくる。
あたしはなっちを楽屋に残し廊下に出てみた。
…そして声の聞こえる方に歩いていってみる。


「うぁーー!!」


カントリー娘。とココナッツ娘。の楽屋からそれは聞こえてくる。
カントリー娘。は今2部に出演してるから、アヤカかミカか……

「うるさーい!!」

そう怒鳴って楽屋の扉をガチャッと開けた。
192 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時05分39秒
「あ、あれ? よっすぃー?」

「……あー飯田さん、どうかしたんですか?」

予想に反してそこにはよっすぃーが一人でいた。

「『どうかした?』じゃないでしょーが!!
 廊下にまで声響かせて、何やってんのよー!!」
「『何』って、別に…ただ叫んでただけですよ」
「だから、その叫ばなきゃならない理由が分かんないって…」
「あー、あのですね、ヒマだからアヤカさんかミカちゃんがいるかなあって思って
 ここの楽屋覗いたら、誰もいなかったんですよ。
 そしたらなんか叫びたくなったんで、叫んでました」
「はあ? よっすぃー意味分かんないよ…」
「いやあ、一人だから叫んでも迷惑にならないと思って」

大丈夫かな、このコ……
なんで他人の楽屋入って叫ばなきゃならないのさ?
そもそも何で叫ぶ必要があるの?
よっすぃーはその疑問にすら気付いてないのかな……
193 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時06分30秒
「ねぇ、よっすぃー……
 何かあったの?」
「いいえー何にもありませんよー」
そう笑って答えるよっすぃーだけど…
「じゃあ、またあれが重い……?」
よっすぃーのあれが重いのはメンバー間には周知の事実なわけで…
去年紗耶香がMUSIX!に出たときも、クリスマス特番のときも
途中で倒れて収録を退席した。
そういえば紗耶香のときの退席はいろいろと噂を呼んだっけ…

「いやあ、全然。今じゃないし、いたって快調ですよ」
元気そうに答えるけど、何なんだろなあ、よっすぃーは……

「そんなことより、あいぼんのところに行きましょうよ」
うーん…、あたしの心配は『そんなこと』呼ばわりかいっ!
よっすぃーはあたしの背中を押して、半ば強引に連れていく。

「やだよー、あの部屋行きたくないよー」
「いいから、いいから」

その部屋の前まで来ると例の音楽が聞こえてくる……

 ♪Yeah! めっちゃホリディ
  ウキウキな夏希望〜

まったく飽きもせず毎日、毎日……
…ドアを開けると中では加護と高橋と新垣が踊ってる。
194 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時07分00秒
「あー、よっすぃー!!
 よっすぃーもやりにきたのー?」
「あたしは違うよぉ。
 飯田さんがね、やりたいって言うから連れてきたの」
「ちょ、ちょっと待ってよー。
 あたしやりたいなんて一言も言ってないよー」
「はいはい。
 じゃあいきますよお。
 ミュージックスタート!!」

加護の合図に高橋がCDラジカセのスイッチを押す。
またあの曲が最初から流れ出した…

 ♪Yeah! めっちゃホリディ
  ウキウキな夏希望〜

加護と高橋と新垣が揃って踊りだす。
3人とも振り付けバッチシで、息もピッタリ。
195 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時07分31秒
「あんたたちウマくなったねえ……」
「飯田さんも覚えましょーよ」
「いいよー、あたしは……」
「なんでー? 氣志團とかはよく踊ってるじゃないですかー?」
「あややと氣志團は別だよー。
 あたしはね、あややを踊ってるかわいいかわいいあいぼんが見れればそれで満足なのぉ」
いつもみたくぶりっこして言ってみた。
「オエー、おばちゃん気持ち悪いよぉ」
と、それを聞いた加護が逃げていく……

冗談で言ってるんだから、そこまで本気で引きつった顔しないでよー。
まだハタチなんだからおばちゃんなんて言わないでよー。
心はまだ16歳なんだからさあ……

ああ、でもこんなこと言ってるからオッサンとか言われるんだろうなあ。
でもオッサンっていったらみっちゃんなのになあ。
あたしみっちゃんみたいにお酒飲んで、人に絡んだりしないよお。
裕ちゃんや貴子さんみたいに浴びるように飲んだりしないよお。
なのになんでオッサンとか言われるんだろ?
こんなにかわいいかわいいカオリンなのに……
196 名前:飯田圭織編(1)-1 投稿日:2002年12月22日(日)01時08分04秒

「…………ださん!」


「……いださん!」


「…いいださん!」


「あ、なにー?あいぼん」
「またどこかにいってましたよー」
「えー? ウソだよー。
 最近あたし交信しなくなったもん」

よっすぃーと加護のあたしを見る疑わしい顔付き。
そうかなあ? あたし交信してるのかなあ……


…飯田圭織、今日も交信中。
ミュージカルが始まって間もない頃の出来事……

197 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時08分41秒


     ◇      ◇      ◇

                       飯田圭織編(1)-2

198 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時09分12秒

……先週、圭ちゃんから卒業の話を聞かされた。

ミュージカルが終わったあと、二人で食事に出かけて……
もんじゃ屋さんなんていう雰囲気のないところで聞かされたけど、
あたしたちには相応しい場所だったんだと思う。

またあたしの側から仲間がいなくなる……
そんな重大なことを聞かされてもあたしの心はショックを受けなかった。
涙は遥か昔に涸れ果てて、一滴も流れてこなかった。
いつからかわたしは何でも受け止められるニンゲンになっていた。
モーニング娘。に何が起こっても関係ない。
タンポポに何が起こっても関係ない。
あたしはあたしの道を進むだけ。
そんな風に仮面をつけて生きるようになったのはいつからだろう…
199 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時09分42秒
圭ちゃんと二人っきり。
お酒を飲んだ。
二人っきりで飲むのなんて初めてだったな…
思い出話に花を咲かせ、ときには笑い合ったり、ときには愚痴を言い合ったり、
いろんなことを話した気がする……
昔、泣くまで大喧嘩したこと…、一緒に遊びに行ったりしたこと…、
中には和田さんと3人で飲みに行った話なんかも…
4年間で培ってきた圭ちゃんとの思い出…
ウソのつけない圭ちゃん…
その素直さが大好きだったよ……

…どれくらい時間が経ってからだろう。
圭ちゃんに言われた…

「カオリ……涙拭きなよ……」

そう言ってハンカチをあたしの前に差し出してきた。

「へ? 何言ってるの圭ちゃん?
 あたし泣いてなんかいないよ」

あたしが言うと、圭ちゃんは無言であたしの頬をハンカチで拭った。
思わず圭ちゃんの手を取って、握られていたハンカチを見る。
…ハンカチにくっきりと残る雫の痕。
200 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時10分13秒
「……あれ?
 …あたし、泣いてるの?
 あたし、いつから泣いてた?」

「最初からずっと……」

「…なに言ってんの?
 あたし泣いてなんかいなかったよ」

圭ちゃんはちょっと笑みをみせて、ゆっくりと首を振った。

「カオリ最初から泣いてたよ……
 笑った顔してたけど泣いてた……」

「……ホントに?」

「うん…」

「…なんで?
 …あたしが泣いたの…?
 あたしが泣くわけないじゃん……
 あたしが涙なんて流すわけないじゃん……」
201 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時10分45秒
「……人間って悲しいとき泣くもんでしょ。
 言葉で伝えられないかわりに泣くんでしょ……
 …それともカオリはあたしとの別れ悲しくなかった?」

「ううん…
 悲しいに決まってるよ…
 そんな当然なこと聞かないでよ……」

「じゃあ泣いていいじゃん……
 泣いてあたしとの別れを悲しんでよ……」

「……うん」

その後どれくらい飲んだんだろう。
翌日ミュージカルがないのをいいことに相当飲んだ気がした。
顔が腫れるのも気にしないで好きなだけ飲んで、好きなだけ泣いた気がする…
タクシーでマンションに帰ってきたときには太陽が登りかけていた。
ちょっと寝て、重たい頭を抱えて無理してスタジオに行ったけど
案の定、圭ちゃんは来ていなかった……
202 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時11分21秒
……そんなことがあってから1週間がたち、
あたしは今日新曲のレコーディングに臨んでいる。

歌う前につんくさんに言われた。

「おまえもデビューしてからいろんなことがあったやろ。
 そんな思いを飯田らしく歌ってくれ」

珍しいなあ。つんくさんがそんなこと言うなんて…
それじゃあ、あたしの好きなように歌わしてもらおう。
あたしが考えるままに歌わしてもらおう。

 ♪最初のデートの帰り道〜

わたしが一曲気持ちよく歌い終えるとつんくさんは言う。
「お前は悲しい人間やなー。
 この二人はな、いつかは一緒になるんやで。
 一緒に約束を叶えようって歌やねん。
 もしかしたら今は離れとるかもしれへんけど
 いつか一緒に旅立とうって歌やねん」
「…そうなんですか?
 あたしはてっきりロミオとジュリエットみたいな
 悲しい話を想像して歌ってました…
 この二人は一緒になれないんだろうなあって」
203 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時11分52秒
「ちゃうちゃう。
 まあ、あれやな……おまえも大人の女になったっちゅうことや。
 そう簡単にハッピーエンドじゃ終われんって思ったわけや、おまえは」
「はあ、まあそうですね……」
「でもちゃうねん。
 この話はハッピーエンドでエエねん。
 悲しいって思ってたけど、実はハッピーエンドになるんや。
 この二人にはな、決心してもらってハッピーエンドにしてほしいねん。
 そんな歌なんやで、この曲は……」

つんくさんが曲に込めた思いを説明してくれている。
なんか今回の曲はこだわってるなあ…
でも出来上がったときにはあたしのパートなんてほとんどないんだろうなあ…
これだけ説明してくれてもあたしの表現する場なんてないんだろうなあ…
この曲はまたなっちが歌うのかなあ…
なっちのことだから喜んでるんだろうなあ…
そういえばなっち髪伸びてきたなあ…
あたしの前髪もかなりうざくなってきたなあ…
204 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時12分29秒

「…………だ」


「……いだ!」


「…いいだ!!」


「はい?」
「……次のテイク録るぞ」
「あ、つんくさん。あたしも決心しました。
 あたしこの夏、前髪切りません!」
「はあ? 何を言うとるんや、おまえは?」
「いや、だから、前髪を切らないって決心したんです」
「……はあ。そりゃええんとちゃうの?
 いくらでも伸ばしときー。
 おまえが決心したんなら……」
「はい。頑張って伸ばします!」
「…………」

……レコーディングは順調に進み、あたし個人の分は録り終わった。
パートは少ないかもしれないけど、今回の曲を歌うのは楽しみ。
季節を問わずに、しっとりとしたいい曲を歌えるようになれたのかなあって思うと
すごくうれしかった。
あとはタンポポにもいい曲をもらえたらいいのになあ……
205 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時13分05秒
レコーディングブースを出て、外のソファーに座って
曲の注意点の確認をしているとつんくさんに声をかけられる。
「なー、吉澤どこいったか知らへん?
 次の番あいつやのに、見当たらんのよ。
 さっきまでそこに座とったんやけどなあ…」
「えー? 分かんないですよー。
 あたしだってその中で歌ってたんですから」
「そりゃそうやなあ。
 ……困ったな、あんま時間あらへんのに…」
「あのー、あたし探してきましょうか…?」
「そうかー? そうしてくれると助かるわ。
 悪いなー、飯田」
「じゃあ行ってきますね」
あたしは部屋を出ると真っ先にトイレに向かった。

女子トイレの中に入ると声をかける。
「よっすぃー、いるー?
 大丈夫なのー?」
一つだけ鍵のかかったところを見つけると、小刻みにドアを叩いた。
「ねえ、いるんでしょ?よっすぃー!
 平気だったら返事してよー!」
206 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時13分39秒
よっすぃーはオーディションのときにあれが重なっちゃって
何にも言わずに1時間トイレから出てこなかったって加護が言ってたからなあ…
なんか返事してくれればいいんだけど……

「ちょっと、よっすぃー!
 無理だったらあたしがつんくさんに言ってくるよ。
 このままスタッフさんたち待たせておくわけにいかないからさあ」
するとかすかに物音がして、水を流す音。
「大丈夫、よっすぃー?
 レコーディングやれそう?」
すると、ドアがガチャッと開く…

「あ、よっすぃー…………

 …………へ? 誰?」

……出てきたのは全然知らない人。
あたしのことを一睨みするとそのまま行ってしまった。
めちゃ恥ずかしい……

気を取り直してロッカールームや自販機のおいてある部屋、
どこを探してもよっすぃーは見当たらない。
よっすぃーはいったいどこ行っちゃったのよ。
あたしはだんだん不安になってくる…
この建物の中にいるんでしょうね?
誰かに連れていかれたりしてないよね?
207 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時14分12秒

「よっすぃー!!」


廊下で思いっきり叫んだ。
いい加減出てきてよー!


「ハーイ!」


ふいに、よっすぃーが後ろから現れる。
顔にはいつもの微笑を浮かべて、何ごともなかったかのよう…

「ちょっとー、『ハーイ』じゃないでしょー!!
 みんなよっすぃー来るの待ってるんだよ。
 何してたのよー?」

「かくれんぼ」

「はい?」

「だから、かくれんぼです。
 見つけられなかった飯田さんの負けですね」

「かくれんぼって…
 …今、そんなことしてる場合じゃないでしょ」

「……いいんですよ。やりたかったんだから。
 すぐ戻りますよ」

そう言ってレコーディングに向かおうとした。
だめだ…これはリーダーとして、先輩として注意しなきゃ…
208 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時14分46秒

「待ちなさい、よっすぃー!!」


よっすぃーの肩をつかんで振り向かせた。

そのとき初めて気が付いた…
よっすぃーの表情……
微笑んでるように見えて、実はそうじゃない。
キュと口をむすんで、目を見開いて、
微笑んでるように見せるその表情……


「よっすぃー……
 …なんで?
 ……なんで泣いてるの…?」

「…泣いてなんかいませんよー」

「ウソだよ。よっすぃー泣いてるよ…」

「何言ってるんですか? あたしもう行きますよ…」

あ…、わかった…
圭ちゃんの言ってたことってこういうことだったんだ…
あたしもよっすぃーと同じように見えてたんだ……

「ちょっと、よっすぃー。こっちおいで!」

よっすぃーの腕をつかむと、さっきよっすぃーのことを探した
ロッカールームに引っぱりこんだ。
209 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時15分22秒
「ちょっと…飯田さん、こんなとこ連れてきて何なんですか?
 みんな待ってるって言ってたじゃないですか」

「……今よっすぃーがそのままレコーディング行っても、
 たぶんつんくさんからOK出ないと思う。
 そんな状態で行ってもちゃんと歌えないと思うよ…」

「…そんなことないですよ……」

「……最近さあ、よっすぃー、なんか変だよ。
 ミュージカルのセリフはよくとばしちゃうし、
 わけもわからず叫びだすし、
 ……それに体調管理だって…、
 ……みんな何にも言わないけどさ、
 もう少し節制したほうがいいと思うよ……」

「…………」

あたしは知っている…
過度のストレスで急激に太るってことを…
メンバーの誰にも言わずに自分の殻にこもり続けたコのことを…
よっすぃーは同じ道をたどろうとしているのかな……

「……何かあったんでしょ…?」

「…………」

「…あたしでよかったら聞かせてくれない…?
 それで少しでも気が晴れれば……」
210 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時15分54秒
「……飯田さんが悪いんですよ…」

「え? あたしが?」

「飯田さんが悪いんです……
 あの曲をあんな切なそうに歌うから……」

「…だって…あたしはあの曲を悲しい歌だと思ってたから……」

「…だからってあんな悲しそうに歌わなくったっていいじゃないですか!
 あんな悲しげな顔してまで歌うなんて……」

「…よっすぃー…?」

おかしいよ、よっすぃー……
そんなことで泣くようなコじゃないでしょ?
なんでも明るくとらえられるコでしょ?
もっとさばさばと感じ取るコでしょ?
なんで今回に限ってこんなマイナスに感じ取ってるの?
あの曲を…あの曲のテーマを聞いて悲しく感じ取るなんて…

「……ねえ、よっすぃー…
 …なにか隠してることあるでしょ…?」

「…何か知ってるでしょ?」

「…メンバーから何か聞かされてるでしょ?」

よっすぃーから返事はない……
211 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時16分25秒
「…大丈夫だよ、よっすぃー。
 きっとあたしも知ってることだと思うから……」

「……知ってるんですか…?」

「うん。知ってるから…聞いたから…
 ……だから言いたいこと言っちゃいなよ。
 我慢してたこと言っちゃいなよ。
 あたしでよければ聞いてあげる……」

「…………」

「…平気だよ。ここにいるのはあたしだけなんだから……」

「……あたし不安なんです…」

「…うん」

「不安なんですよね。
 メンバーが減っていくことが…
 仲間がだんだん減っていくことが……
 …正直、市井さんのときは加入してすぐだったし何とも思ってなかったんです。
 中澤さんのときも、それまでそんなに親しくしてたわけじゃなかったから…
 普通に部活の先輩を送りだすような感じで……
 そのときは悲しかったけど、過ぎてみればそんな悲しくなくて……
 それに中澤さんは辞めてもいっしょの仕事が多かったし……
 …でも、今回は身近な人が辞めてくから……」

「…そっか、そうだね……
 プッチモニで仲良かったしね……」

「……はい。
 だからプッチも一人になるのが不安で……」
212 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時17分01秒
……え?
よっすぃー何言ってるの?
圭ちゃんが辞めたらプッチモニは二人でしょ。
なんで残り一人になっちゃうのよ。
……

…一人って…
…まさか…
…もしかして……

「…ねえ? …もしかしてごっつぁんも辞めんの?」

「え…知ってたんじゃないんですか?」

よっすぃーは言ってマズかったって顔してる。

「…ゴメン。あたしが聞いてたの圭ちゃんだけだった……
 ごっつぁんまで辞めるなんて知らなかった……」

でもごっつぁんまでとは……
圭ちゃんのことだけでもショックだったのに…
よっすぃーはごっつぁんの卒業のことまで聞かされてたんだ……
213 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時17分41秒
「…よっすぃーはさ、ごっつぁんの卒業いつ聞かされたの?」

「……圭ちゃんから辞めようか考えてるって話を聞かされた後に
 二人っきりのときに聞かされました……
 『あたしも辞めることになると思う』って話を…」

「ごっつぁんが辞めることを他の人は?」

「ううん、誰も…」

「…じゃあ、ずっと一人で悩んでたんだ、よっすぃーは……
 誰にも言えないことを一人で悩んで……
 よっすぃーは二人といること多かったもんね……」

「…はい
 ……だから、あたし一人になったらどうなるんだろうとか考えて……
 あたしが一人で続けたって圭ちゃんとごっちんがいないプッチモニは
 プッチモニって呼べないわけで……
 それはあたしにとって市井さんと交代したときよりももっとつらいことで……
 そんなこと考えてても、たぶんプッチモニは解散なんだろうなあとか考えたり……」

「……いろんなこと考えちゃったんだね……」

「……はい。そしたらさっき飯田さんの歌を聴いてて、
 なんかめちゃくちゃ悲しくなってきちゃって……」
214 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時18分16秒
それからよっすぃーは自分の抱く不安を吐き出すように一気に語った……
親しいメンバーが辞めていくことへの不安。
プッチモニがなくなるかもしれないことへの不安。
自分がそのことに対してなんにもできないことへの不安。
よっすぃーは泣くことはしなかったけど、ときどき口をキュっと結ぶようにして
こみあげてくる感情を堪えて話をしていた……


じっくり話を聞き、よっすぃーを落ち着かせるとレコーディングブースまで
一緒について行ってあげた。
「つんくさん、今日よっすぃーあんまり体調良くないんで
 程々にしといてあげてください」
そう言い残すとあたしはスタジオを後にした。
215 名前:飯田圭織編(1)-2 投稿日:2002年12月22日(日)01時18分53秒

スタジオの外に出ると一息つく。

ハァ…11人になるのか……

本当に11人で済むのかどうか……

この先、何が起こるのか……

あたしもそろそろ決心するときが来てるのかな……

いつまでもこのままモーニング娘。続けてていいのかな……

いつまであたしは歌い続けることができるのかな……


飯田圭織、漠然と不安を感じ始めた6月中旬の出来事。

216 名前:飯田圭織編(1) 投稿日:2002年12月22日(日)01時19分28秒

飯田圭織編(1)
参考資料 「飯田圭織の今夜も交信中」02.06.06放送分
     「飯田圭織の今夜も交信中」02.06.13放送分
     「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.07.02放送分
     「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.07.23放送分
     「oricon」8/5号 2002 No.29
     「CD HITS!」9月号

217 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月22日(日)23時56分22秒
大量更新お疲れさまです。
このスレだけでは間に合わない予感(w
マターリ頑張って下さい。
218 名前:池田屋 投稿日:2002年12月24日(火)00時56分01秒
>>217 名無しさん
どうもです。
このスレだけでは中断部分までもいけそうにないですね(w
こんなに長かったのかあと自分でも驚いてます。
300レスちょいくらいまでしか入らなそうですね、、、

果たして新規で読んでくださってる方がいるのかどうか。
219 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)00時56分47秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(2)-1

220 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)00時57分28秒
7月7日、七夕。
わたしたちは朝7時からここフジテレビ向かいのメディアージュにいる。
中学生組はもうすぐ期末テストがあるはずなのに、今週もテレビ収録がぎっしり。
ミュージカルが終わってからロクに休みもない……

昨日は新曲のPVを録った。
昔みたいにPV撮影に2日も3日もかけないけど、
久しぶりに満足のいく撮影が出来たんじゃないかと思う。
わたしの好きなセピアな感じ、せつない雰囲気が出せたんじゃないかと思う。
出来上がりを見るのが今から楽しみ…

午前中に撮ったシャッフルユニットの公開録画は最悪だった。
お客さんが騒がし過ぎて自分達の声すらまともに聞こえなかった。
司会者の方の声も全然聞こえなくて質問にまともに答えられなかったし。
シャッフルと新曲初披露が逆じゃなくてホントに良かったと思う。
新曲であれやられてたらわたしも含めてメンバーみんなきっと楽屋でキれてたと思う。
…そう。新曲はキダムの記者会見と兼ねて、報道陣の前だけでの披露だった。
221 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)00時58分44秒
「ちょっと、辻! なっちのこと引っ張ってあげて!」

なっちがめざましテレビのカメラに待機部屋の入口のところで引っかかっている。
入口の近くにいた辻になっちを部屋の中に引っ張り込むように指示した。
まったくもう…時間ないのにカメラ好きなんだから、なっちは……

わたしの横にきたなっちにこっそり声をかける。
「なっち、早く整列しないとまたカオリがイライラしちゃうよ」
「…分かってるって。だってさー、今回の曲のポイントは?って聞いてくるんだよ。
 やっぱ気合い入ってるこっちとしちゃあ、答えてあげたくなっちゃうじゃん」
「…そりゃそうだけどさあ、それこそ曲披露のときに気合い入れればいいでしょー。
 今回の曲はそれができる曲なんだからさあ」
「ゴメンゴメン。気をつけるって…」
ホントに分かってるのかなあ…
二人が喧嘩したらメンバー全員困るんだからやめてよね……
222 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)00時59分29秒
200人を超える報道陣の前でキダムの制作記者会見。
特に思い入れがないことを話すのは苦労する…
みんな答えにつまりながら報道陣の質問に答えていた。
メンバーの誰一人として興味ないのにモーニング娘。は公式応援団として
応援しなければならない。
なんでわたしたちなんだろう?
なんでこの曲をキダムのテーマソングにしたんだろう?
自分達の活動に疑問はつのるばかり…

3時から『27時間テレビ』の生放送で新曲初披露。
それが済むと衣装もそのままに急いでフジテレビに移動した。

移動してすぐに『HEY! HEY! HEY!』のオープニングとイントロクイズを撮る。
イントロクイズ。モーニング娘。お姉さんチームで一緒になった
なっちとカオリが協力し合って答えてた。
やっぱり二人はずーっと音楽聴いてただけあって強い。
二人で答えすぎたから、わたしたちお姉さんチームは松本さんに
「あいつら休ませてくれんかなあ」
って言われてしまった。それでも答えてたらついに浜田さんに
「お姉さんチームしばらくお休みです」
って言われちゃった。
もっと、答えたかったのになあ……
それからは参加が許されても遠慮がちになっちゃった…
223 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時01分14秒
なんで他のチーム『ダイアモンド』くらい分からないのよ。
わたしのななめ後ろにいたなっちも、その横にいたカオリも
答えられない他のチームに焦れている。
けっきょくイントロクイズはわたしたちが圧倒的に答えていたにもかかわらず、
最後の大逆転ルールによって負けてしまった…

イントロクイズの収録が終わるとようやく休憩の時間がとれた。
ダウンタウンの二人とケミストリーが収録している間はわたしたちはお休み。
13人一部屋の楽屋でみんなお弁当を食べる。
何時間ぶりのまともな食事だろう…

わたしはお弁当を隣で食べていたなっちに声をかけた。
「ねえ、なっち。最近料理してる?」
「えー、なによ? いきなり」
「最近さあ、よくするようになったんだよね」
「へー。…なっちは最近あんましてないかなあ。
 ここんところ忙しいしさ、朝ちょこっとタマゴ焼いたりするくらいかなあ」
「なんかね、最近おいら目覚めたね。
 料理とかも出来なきゃダメだなって」
「ふーん……
 なんか最近いろいろと目覚めてんね…
 犬とかも飼い始めたりしてさ」
224 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時01分56秒
「…うん…これ以上モーニング娘。中心の生活してたらいけないなって
 思うようになった……
 少しは普通の生活も楽しもうって思うようになったかな…」
「普通の生活かあ…
 そんなの夢みたいな話だなあ……」
なっちが遠い目をしながら懐かしそうに振り返る。
「ミュージカルのときにさ、お父さんが10年くらい前の
 ホームビデオを持ってきてくれたのよ。
 したら、そこに家族でバーベキューしてる姿とか映っててさ、懐かしかったね…
 もうそんなことずーっとやってないし、どんな気持ちでお父さんが
 このビデオテープ持ってきたのか考えるとさ……」
「……ミュージカルの練習が始まる前に帰ったときは?
 あのときはそういう時間は取れなかったの?」
「……うん。やっぱり東京との往復のことも考えなくちゃならないし、
 そこまでの時間はなかったかな……
 あ、でもメロンがわたしのことを覚えててくれたのはうれしかったなあ。
 帰ったの2年ぶりだったのに、わたしのこと見たらすぐに分かってくれて…」
なっちが自分の家の犬のことを語るときはホントに楽しそうだ。
225 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時02分35秒
「おいらのところのクッキーもそうなるかなあ?
 かわいいんだけど、まだ完全になついてくれてなくてさあ」
「大丈夫でしょ。会える機会はいっぱいあるんだから、
 そのうちごっつぁんのところのタカみたいになつくって」
「……早くそうならないかなあ」
わたしたちは犬の話に花を咲かす。
そのうち辻や珍しいことにごっつぁんも加わってけっこう盛り上がった。
やっぱりみんなで食べる食事はおいしいね。
仕事終わってから家で一人で食べるごはんはおいしくないよ……

HEY! HEY! HEY!の次の収録に備えてわたしたちは全員浴衣に衣装替え。
順番に着付けしてもらって、わたしが楽屋に帰ってくるとまだカオリがいる。
「カオリ、行かなくていいのー?」
「うん、今行く。ちょっと待っててもうすぐで終わるからさ。
 まだ大丈夫でしょ?」
そう言って手元のマンガを読み続ける。
「カオリー、またマンガ? 好きだねぇ…」
「午前中のシャッフルのときに石井ちゃんに借りたんだー。
 明日の収録までに返すって言っちゃってるからさあ…」
226 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時03分10秒
カオリはなんだか4月くらいからマンガにハマってしまっている。
収録で一緒になることが多い石井ちゃんの影響かなにか知らないけど、
石川やメロンの斉藤さんまで巻き込んでハロプロの中にマンガブームを
起こそうとしている。
でもさあカオリ、じっと端の方で読んでるだけじゃみんな気味悪がって
近づいてこないと思うよ…

カオリがやっと着付けに出ていったと思ったら、なっちが入れ替わるように
楽屋に戻ってきた。
「あー、なっち、その浴衣かわいい!」
オレンジの地に白い花をあしらって、髪には花のアクセサリーを一櫛。
もー、この人は他人のくすぐりどころってのを適確に捉えてくるんだから…

…ああ、ヤバい…
……いつもの欲求が…
…どんどん昂ってくる……
227 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時03分42秒
「…ねぇなっち、……チューしていい?」

「はあ? 矢口、何言ってんの?」

「いいじゃん。チューしようよー」

「ちょ、ちょっと待ってよ…」

「いい?…するよ?」

強引に顔を近づけていって、チューをしようとした…
…その瞬間、なっちが顔を背けて逃げていく。

「あー! もうなんで逃げるのよぉ?」
「…だって恥ずかしいんだもん……」
「何でよぉ? 辻や加護にはさせてるじゃん!
 わたしにもさせてくれたっていいじゃないのよー!」
「ののと加護は別だよぉ…」
「…じゃあおいらも別にしろよー」

そう言ってまたなっちに近づこうとする。
またなっちが逃げる。
追いかけるわたし…
逃げるなっち……
228 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時04分15秒

「コラ待て、なっち、チューさせろー」


やっとの思いでなっちを捕まえたと思ったら後ろから軽く叩かれた。
「何やってんの?あんたたち!
 そんなことしてたら浴衣が乱れちゃうでしょ!」
「あっ、圭ちゃん。
 だってさー、なっちがチューさせてくれないんだもん。
 もう少しなんだから邪魔しないでよぉ」
「何考えてんのよ矢口……
 …そうだ、じゃああたしとする?
 あたしは抵抗しないからさ」
圭ちゃんがくちびるを突き出してくる。
「グエっ、いやいいです。いいです。
 そんなの突き出さないでください…」
「矢口ー! 『そんなの』って何よー!!」
わたしが圭ちゃんから顔を背けているその隙に…
ああ……なっちがわたしの腕から逃げていく……
「あ、ちょっと待ってー、なっち!」
「じゃあねー矢口、あとは圭ちゃんとごゆっくりー」
そう言い残すと辻と手をつないで楽屋の外に出ていってしまった。
「あー、なっちー!!」
追いかけようとしても、今度はわたしの腕をつかんで離さない人が……
ハっ! わたしたちいったい何やってたの…?
腕をつかまれて急速に興奮が冷めていくわたしがいた。
ゴメンよー圭ちゃん。やっぱりムリ。
229 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時05分45秒
ダウンタウンさんとケミストリーさんの収録が終わったらしく
わたしたちは収録スタジオに向かう。
わたしたちが集合を終えるとダウンタウンの二人が入ってきた。
なんだか浜田さんの様子がおかしい。
顔も真っ赤だし。
松本さんが
「僕一人やと思っといてくださいね」
って言っている。
そっか、ケミストリーさんとのコーナーは『居酒屋トーク』って聞いてたけど
浜田さんは収録中にそんなに飲んじゃったんだ…

わたしたちモーニング娘。はこれからくじ引きをしてチーム分け。
…やだなあ、浜田さんのチームにはなりたくないなあ。
230 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時06分16秒
最初にわたしがくじを引いて松本さんチームになると、
そのあとわたしと同じチームには高橋、圭ちゃん、なっち、ごっつぁん、小川、
よっすぃーって続く。お姉さんメンバーはみんなこっち。
浜田さんチームで一番年上になってしまった石川が泣きそうな顔をしながら
最後にくじを引くカオリに向かって叫んでる。
「飯田さ〜ん…こっち来てくださ〜い…」
カオリは運良くというか悪くというか、浜田さんチームのくじを引いた。
ホッとしている石川。
石川は責任感じすぎると回りが見えなくなっちゃうからなあ…
良かったね石川、カオリが入って少し余裕ができてさ。

そのあと金魚すくい対決、かき氷早食いリレー、足で触って何じゃろな対決と
順番に収録を済ます。
途中レモンのシロップをぶちまけちゃったり、
ゲームで全然活躍できなかったけど収録は楽しかったなあ。
きくちさん、日曜日はなかなか来れないけどまた番組に呼んでくださいね…
231 名前:矢口真里編(2)-1 投稿日:2002年12月24日(火)01時06分47秒
最後にもう一回着替えて新曲の収録。
歌収録を終えて楽屋に戻る頃には9時を超えていた。
今日の仕事はこれでおしまい。
みんなそれぞれの帰路につく。
……タクシーに乗ってから思い出した…

あ! なっちにチューするの忘れた!!


232 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時07分17秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(2)-2

233 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時08分03秒
「ねえ、なんでわたしこっちのチームになったのかなあ?」

新しいポッキーのCMの撮影。
最初わたしは大人数のチームの方のはずだったのに、
なぜかわたしだけ変更になってカオリとごっつぁんとよっすぃーと同じチーム。
圭ちゃんはシックなイメージのこっちのチームをうらやましがってたけど、なんでわたし?
よりによって背の高い3人と一番チビのわたし…
順当にいくなら石川でしょうに。ビターチョコのCMなんだから…

「みんなはなんか聞いてないの?」
わたしが聞いても3人は首を振るばかり。
「だいたいなんでいきなり4人に増えたのさ……」
やっぱり3人は無言…
「ちょっとー、聞いてるのー?
 わたし独り言言ってるみたいじゃない…」
「……聞いてますよぉ。
 …きっとあれです……矢口さんのセクシーさに負けて急に変更したんですよ」
微笑みながらよっすぃーが言う。
「……よっすぃー本気で言ってないでしょ」
「言ってますよぉ。なんてったって矢口さんあっての『セクシー8』ですから」
「もぉ…説得力ないなあ……」
まあいいけどさあ…
こっちのチームに移ったおかげでコスプレしないで済んだし…
234 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時08分42秒
 ・ ・

その翌日、名古屋でハロープロジェクトのコンサートのツアーがスタートした。
全員のリハが終わるとテレビ朝日のスイスペ用の『Do it! Now』の歌収録をする。
先週鶴瓶さんと国分さんと撮ったトーク部分からの続き。
…トーク収録は楽しかったな。けっこうホンネがしゃべれて。
なによりも1期と2期がモーニング娘。を支えているって言われてうれしかったなあ。


「裕ちゃん、裕ちゃん! ゲネプロのときのパンツの話、ラジオで話していい?」

わたしは赤い衣装もそのままに舞台袖で収録を見ていた裕ちゃんに話しかける。

ハロープロジェクトのコンサートのゲネプロのとき、
わたしたち29人は大きな一つの楽屋を全員で使っていた。
ふとわたしはみんながどんな下着を着けてるのか気になり、
みんなの下着を片っ端からチェック。
大谷さんがメチャメチャ派手だったりアヤカがやたらとセクシーだったりする中、
気を抜いていたのが裕ちゃん。
まさかあんなパンツはいてるとはね…
235 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時10分05秒
「あんたねえ、やめときぃや。また怒られるでしょ!」
「えー、大丈夫だよぉ、あれくらい。
 前はもっと過激な話もしてたんだからさあ」
「前とはちゃうやろー!
 今はなあ、マセた子供からウブな大人まで聴いてんやで。
 あんな話してみいや、事務所だけやなくてファンまで文句言うてくるで」
「うわ、裕ちゃん、すごい皮肉……」
「…まあとにかくあれや…話したらアカンっちゅうことや」
「そんなこと言ってー、ホントは自分のパンツばらされるのがこわいだけでしょー?」
「なんでや? あたし、ばらされて恥ずかしいパンツなんか着けてへんもん」
裕ちゃんがフフーンといった感じで笑う。
「ふーん……じゃあしゃべっちゃおうっと」
「アカン言うてるやろー!!」
「ほらー! やっぱりイヤなんじゃん。
 素直になればいいのにさー。あのパンツばらされたら恥ずかしいでしょー。
 あのパンツはまずいよねえ。気ぃ抜いてるもんねぇ」
そう言うとわたしの口を裕ちゃんがムニューってつまんでくる。
236 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時10分44秒
「矢口ー、そんなこと言うんはこの口か? この口が悪いんか?」
「うぁ、裕ちゃんやめてよー。矢口のセクシーな口になにするのさー」
「何がセクシーやねん。生放送で恥さらしたくせに」
「あー、傷付いてること言ったなー。けっこう気にしてたんだぞー」

こないだのミュージックステーションで『セクシーな部分は?』の問いに
『口』って答えたらみんなにバカにされてさ……
カオリなんかコトあるごとにマネしてくれちゃって…
「そんなら癒したろうか? あたしのこのセクシーなくちびるで」
「…いや、いい……」
「なんやねん、つれないなあ」
「裕ちゃんのキスはもういいよぉ…」
ああ…今のあたしみたいになっちも思ってたのかなあ。
なんかイヤだなあ、裕ちゃんと同じように思われてるんじゃ……
237 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時11分25秒
「裕ちゃんは明日もラジオあるんでしょ?」
「あたりまえやん。ライブ終わったら速攻で駅まで行って新幹線乗らなアカンねん。
 まあ明日はラジオ楽しみやからエエんやけどね…」
「えー? 何かあるの?」
「うん。より子ちゃんと和田さんがゲストで来んねん。
 …あー、和田さんはラジオには出ぇへんけどな」

より子ちゃんか…。前にレコーディングスタジオで会ったことあるんだよなあ。
あのとき『わたしにも曲作ってよ』って言ったこと覚えてるかな。
…あれももう1年くらい前のことか……

「矢口はより子ちゃんのことよく知ってるんやろ?」
「えっ!なんで? 一回会っただけだよ」
「そうなん? さっきより子ちゃんのアルバム見たら、裏に名前載ってるからてっきり…」
「…何それ? わたし聞いてないよ…」
238 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時11分55秒
「スペシャルサンクスのところに明日香と並んで名前載ってんやで。カオリもな」
「ウソ…ホントに?」
「ホンマやって。福田明日香の上にしっかり矢口真里と飯田圭織って書いてあるから。
 疑うんやったら後であたしの楽屋に来ぃや。
 より子ちゃんのアルバム持ってきてるから」
「そっか…ホントに載ってるんだ。なんかうれしいな…」
「それがねえ…面白いのよ、そこの部分。
 矢口とかカオリとか他の人には『モーニング娘。』とか何かしら肩書きが
 付いてるんだけど、明日香だけただの『福田明日香』なの。
 知らん人が見たら何者なんやっちゅう話や」
「ハハ…なんか明日香っぽいね。
 何聞かれても『わたしは福田明日香です』って言いそうだし…」
「そう思うやろ? それ考えたらあたしも笑えたわ」
そう言って裕ちゃんもちょっと笑った。
239 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時12分31秒
「…どうなん? 最近は明日香と連絡取っとらんの?」

わたしはうつむきがちに軽く首を振った。

「そっか…仲良かったのにね……」
「…………」
「…あたしは最近よく連絡取ってるよ。
 さっきも『明日より子ちゃんに会うよー』ってメールしといたし」
「……へえ」
「何やろなあ…。まあ去年からちょこちょことは連絡取っとったんやけど、
 最近特に増えたかなあ…」
「……そうなの?」
「うーん…『東京美人』のレコーディングしてから増えたかな、やっぱ…」
「えー? なんで『東京美人』が関係あんのさ?」
「なんや、気付いとらんのかい…
 あの曲は東京で挫折してる孤独な女の子への応援歌なんやで。
 その話つんくさんから聞かされたとき真っ先に明日香のこと思い出したわ」
「……挫折? 明日香が…?」
「まああのコはそんなこと口にはせえへんけど…
 …でもここ1,2年でいろいろとあったことは知ってるやろ?」
240 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時13分07秒
学校やバイト先にまで押し掛けてくるファンがいたこと…
そのせいで学校もバイトも辞めなければならなくなったこと…
週刊誌やストーカーに追いかけられたこと…
ファンを信用して写真を撮らせてあげたら、その写真を売られたこと…
辞めてからも明日香はモーニング娘。の呪縛から解き放たれていない…

…裕ちゃんは話を続ける。
「初めて会ったときの明日香ってさ、今の新垣や辻・加護と比べてもはるかに大人やったろ?
 なんかな…最近ようやくあのコの考え方が実際の年齢に追いついてきたって感じがするのよ。
 あのコの考えてることがようやく実現できるっていうね…
 そういう年齢に明日香もようやくなってきたんだなって…」
「じゃあ裕ちゃんはそんな明日香を応援したいんだ…? 『東京美人』でさ…」
「まあ明日香に限った話やないけどな。矢口かてそうやで。
 なっちもカオリも、紗耶香だってな……みんな応援したいんよ、あたしは。
 みんな東京美人になって欲しいねん」
241 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時13分38秒
「なーにクサイこと言ってんだよ、ゆーこ」

そう言って裕ちゃんの首をしめた。
ちょっとしたわたしの照れ隠し。
面と向かって応援してるって言われてもねぇ…

「コラっ。やめんかい矢口」
裕ちゃんもわたしの首をしめてくる。

「やめろよー、アホゆーこ」

半年ごとにしか裕ちゃんとはこうして一緒に遊べないけど、ホントはうれしいんだよ。
だから裕ちゃんの楽屋にもしょっちゅう行くんだ…
あんまり松浦や藤本と仲良くしないでよぉ…
242 名前:矢口真里編(2)-2 投稿日:2002年12月24日(火)01時14分10秒
「裕ちゃん、ソロライブ見に行くからね」

「なんやいきなり?」

「いいの! とにかく行くからね。
 それと…やっぱり…キスしたくなったらいつでもしていいよ……
 矢口でよければさ…」

わたしの言葉に裕ちゃんがキョトンとしてる。

…うれしいんだ。
こうしてわたしのことを分かってくれてる人がいて…
話さなくても分かってくれてる人がいて…

まだまだ裕ちゃんはわたしたちのリーダーだからね…
これからもわたしたちのことを影で支えていてね…


243 名前:矢口真里編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時18分28秒
矢口真里編(2)
参考資料 「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.06.13放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.07.11放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.07.18放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.07.25放送分
     「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.08.08放送分
     「中澤裕子のオールナイトニッポンサンデースーパー」02.04.14放送分
     「中澤裕子のオールナイトニッポンサンデースーパー」02.07.14放送分
     「中澤裕子のオールナイトニッポンサンデースーパー」02.08.11放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.05.23放送分
     「安倍なつみのエアモニ。」02.07.25放送分
     「27時間TV」02.07.07放送
244 名前:矢口真里編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時19分07秒
     「めざましテレビ」02.07.08放送分
     「HEY! HEY! HEY!」02.07.15放送分
     「HEY! HEY! HEY!」02.07.22放送分
     「MUSIX!」02.07.16放送分
     「スイスペ」02.07.17放送
     「GiRL POP」VOL.58-2002
     より子。「Aizenaha」
     GIRL POP FACTORY BBS

245 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時22分59秒


     ◇      ◇      ◇

                       飯田圭織編(2)

246 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時23分51秒
なんであたしの人生振り返っているんだろう。
なんでモーニング娘。やタンポポの歴史を語っているんだろう。

石川とOH-SO-ROの収録。
あと1ヶ月とちょっとであたしの誕生日。
石川がインタビュアーになってあたしに質問をしている。
オーディションの頃のこと…、なっちと初めて会ったときのこと…、
飛行機通学していた頃のこと…、タンポポが3人だった頃のこと……

やめてよ、大西さん!!
『愛の種』なんてBGMにかけないでよ!
泣きそうになってくるじゃん。
そんな中あたしへの質問は続く…

「あの3人で作った音楽っていうのは、すごい良かったね…楽しかったし…」
「…わたしと加護が入ったときはどんな印象でした?」
247 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時24分24秒
「それまで大人っぽいユニットって言われてたから、どういう風になるか
 すっごい不安だったな……
 …でも、今となって思えば良かったのかなって思う。
 音楽的にもさ、かわいらしくなったけどタンポポが大事にしてる音楽性っていうのは
 変わらなかったから、入ってきて良かったと思うよ…」
「…そうですか…よかった……
 わたしもカッコイイっていうかセクシーなタンポポをモーニング娘。に入る前から
 ずっと見てたから、わたしが入って崩れるんじゃないかって不安でした…」

石川とこんなことまで話せるようになったんだね…
……うん、4人になったときはイヤでイヤでしょうがなかったけど、
今こうして考えてみれば4人で残したものもいっぱいあるし、
タンポポとしては良かったのかなあって思う…
彩っぺと合わせて5人でタンポポなんだなあって思うよ…

っ!! だからやめてって言ってるじゃん、大西さん!
「何にも言わずにI LOVE YOU」とか流さないでよー…
泣いちゃうから止めてよー…


 ・ ・

248 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時25分18秒
それから2週間が過ぎ、ハロプロのコンサートも始まり
そして今日、わたしたちタンポポの4人は新曲をレコーディングしている。
9月の初めに出すっていうアルバムの中に入れる曲だとか…
アルバム用の曲『I & YOU & I & YOU & I』。
「何年たっても」か…、なんだか『Do it! Now』を思い出すな……
そのことを矢口に話したら
「何年たっても最初と変わらない新鮮な気持ちでいたいよね…」
って言われた。
最初と変わらない気持ちか…
彩っぺどうしてるかな……

「『大・中・小』って叫んでたの懐かしいよね」
わたしがポツリとつぶやいた一言に矢口が反応する。
「最初はさ、すっごい恐かったんだよ。
 本当はカオリと彩っぺの二人組のユニットでいくはずだったのに
 わたしも入れられてさ。
 ホント恐かった……」
「あー、そうかもねぇ。彩っぺ、態度露骨だったしね」
249 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時25分58秒
「でもさ、そのあと3人で苦労して、段々仲良くなって、
 1日1時間しか寝れない日とかもあったけど、
 あの頃に経験したことってやっぱり強烈に記憶に残ってるよ…」
「…なんか今回の曲さあ、彩っぺもいれて5人で歌ってる気ぃしない?」
「えー? 『I & YOU I & YOU & I』で、数えると5人だからとか言うんでしょ?
 そこまで考えてないって!
 今さら彩っぺのことを持ち出してくるつんくさんでもないでしょ?」
「…えー、そうかなあ…」

矢口はそう言うけど、この不自然にIとYOUを繰り返した意味は?
…なんでこのタイトルにしなくちゃいけないの?

「おいらこの曲すごい気に入ってるんだ!」
「うん、あたしも…」
「この曲シングルで歌いたいよねえ。
 歌番組とかさあ、この曲で出たいのに…
 タンポポの次のシングルってどうなってるんだろうねー?」
250 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時26分29秒
「『王子様と雪の夜』からもう半年だもんね…
 …でも『聖なる鐘がひびく夜』の後もそんくらい待たされたじゃない?
 もうそろそろじゃないの?」
「えー、でもあの時は彩っぺの卒業が挟まってたからさあ…」
「きっと何か考えてくれてるって。
 …だってもうすぐ夏のコンサート始まるのに『王子様と雪の夜』のまま
 いくわけないでしょ?」
「分かんないよー。『真夏の光線』とかも冬に歌わされてきたんだからさ…」

あたしたちの不安をよそにレコーディングは淡々と済んでいく。
石川が歌って、矢口が歌って、そしてあたし。
学校が終わってから来た加護が録り終わると、みんなでコーラス録り。

「石川と加護も上手くなったもんだよね。
 こんだけレコーディング早く終わるようになるなんてさ」

あたしがちょっと誉めてあげたら二人ともすごい喜んでた。
最初のレコーディングのときなんてどうしようかと思ったもんなあ……
紗耶香が卒業した武道館コンサートの翌日に録った『乙女パスタに感動』。
レコーディングブースで愕然とした思い出……
251 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時27分00秒
それまでのタンポポとあまりにも違う曲。
そして何より入ってきた二人との歌に対する意識の違い。
あの頃は毎日そんなことに悩んでたな……
言葉にすることが許されないそんな思いを絵に描いたこともあったっけ…


  『でもすき、、、
      大すき、、、
   わかってよ、、、
      心の中を、、、』
                   TANPOPO「すき」より


そして、それを乗り越えて今がある…
やっぱりあたしはタンポポが好き。
何が何でもタンポポが好き。
タンポポがあたし…
タンポポこそあたしの生きる場所…
それはメンバーが変わってもあたしの変わらない気持ち…
タンポポをあたしは愛し続ける……


252 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時27分46秒


飯田圭織編(2)
参考資料 「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.07.16放送分
     「タンポポ編集部 OH-SO-RO!」02.08.20放送分
     「飯田圭織の今夜も交信中」02.09.05放送分
     「うたばん」01.11.22放送分
     「飯田圭織 心のスケッチブック。」(近代映画社)


253 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時29分19秒


     ◇      ◇      ◇

 ◆ ◆ ◆

1999年12月25日「タンポポ畑でつかまえて」より。

愛するカオリン&真里へ
カオリン、真里っぺ。本当にありがとう。
二人に会えなかったら、いまの彩っぺはなかったと思います。
カオはなんだか知らないうちに、彩っぺの心の中をよくわかっていた気がします。
真里は一緒にいてチョー楽しかった。なんかホント、気の合うともだちって感じで、
真里とふざけているときはホント、素の石黒彩だったなあと思います。
タンポポって、本当に最高のユニットだって、あたしは思います。
ホント、つんくさんに感謝、感謝でございます。
二人といて、泣いたり笑ったり、本気でケンカしたり、青春してるって感じなんだもん。
自分が生き生きしているのを感じるんだよ。
タンポポはスケジュールもハードで、お互い限界までがんばっていたよね。
そのときも3人でいたから、なんか彩っぺがモーニングでもタンポポでもなくなったとしても、
心はずっとつながっていられる気がします。
3人で感じた最高の感動は、一生ぜったい忘れません。
私たちタンポポ3人を応援してくれたみんなも、本当にどうもありがとう。
254 名前:飯田圭織編(2) 投稿日:2002年12月24日(火)01時30分12秒
タンポポは2人になっても、この最高の2人を、ぜったいに応援して欲しいです。
彩っぺはこれから新しいスタートです。
カオリが前に言ってくれたよね。
「タンポポの花は2本になるけど、彩っぺはタンポポを育てる、水だったり光になるんだよ」って。
すごい嬉しかったよ。あたしも、ぜったいそうなりたい、と思っています。
2人の事が誰よりも誰よりも本当に大好きです。2人の歌がホントにホントに大好きです。
これからもすてきな歌を歌ってね。困ったときは、たまには頼ってよね。
本当にありがとう。愛しているよ。・・・・ from 石黒彩 でした

「あたしに約束して。
 あたしは、2人の歌声とかすっごい大好きなの。
 ホントに大好きだからこれからもいい歌を歌って、
 絶対にテレビで見てるあたしを感動で泣かせてください」

「新しいスタートをきる彩っぺに強く生きてほしいなって思うから
 カオリと真里から歌を贈りたいと思います……『たんぽぽ』…」

 ◆ ◆ ◆

255 名前:小川・高橋番外編 投稿日:2002年12月26日(木)23時17分59秒

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「ねえ愛ちゃん」

「なあに?まこっちゃん」

「あそこの丘の上に見える木さ、『親子の木』って言うんだって」

「へえー、よく知ってるねー」

「うん。さっき牧場の人に教えてもらったんだー」

「ふーん、『親子の木』かあ。なんかいい名前だねー」

「うん。そう思うでしょ?
 それでさあ…昔あの木のところにモーニング娘。がロケで来たことあるんだって」

「そうなんだー、珍しいね。こんなところまでロケに来るなんて。
 何のロケだったの?」

「やだなあ、愛ちゃん。気付かないのー?
 『ふるさと』のPVのロケだよー。
 あの木のところで先輩たちが映ってたじゃない!」
256 名前:小川・高橋番外編 投稿日:2002年12月26日(木)23時18分44秒
「…あー、言われてみたら、見覚えがあるわ…
 そっか、あそこであのPV撮ったんだー」

「あたしさー、あの曲大好きなんだ。
 モーニング娘。に入る前からずっと……
 それで、この前コンサートで歌ったでしょ?
 あれでもっともっとあの曲を好きになっちゃったかなあ…」

「まこっちゃん泣きそうになってたもんね。あたしの隣でさ」

「ありゃ、見られてたか…
 …うん、なんかねー…歌うたびに泣きそうになるの必死で我慢してたよ…」

「でも先輩たちもみんな我慢してたっぽかったよ。
 安倍さんとか、矢口さんがさあ…」

「泣けるんだよー、あの歌詞…
 心に染みるっていうか……
 とにかく泣けるの…
 ……でもさ…すごいと思うんだー」

「え?なにが?」

「…あの歌詞の内容と『親子の木』が。
 よくこんな場所探したなあと思って…
 それでよくこんなところまで来たなあって…」
257 名前:小川・高橋番外編 投稿日:2002年12月26日(木)23時19分58秒
「よっぽどつんくさんも思い入れがあったのかな?」

「そうなのかなあ…
 でもさあ、あの曲でここであんなPV撮ったら絶対に思い出に残るよねー。
 一生忘れらんないよね。
 だから先輩たちもあの曲への思い入れが強いのかなって思えたんだ…
 矢口さんがいっつも嘆いてるじゃん、『今回のPVもスタジオなんですか?』って。
 絶対『ふるさと』を意識してるよ、あれは……」

「なんかさ、まこっちゃんも相当意識してるね。
 めちゃくちゃペラペラ喋ってるもん」

「…うん。そりゃあ意識してるよぉ。
 あたしもあれくらいのものを歌ってみたいなあって。
 まだまだ全然無理だけど、いつかああやって心に残る歌を歌ってみたいなあって。
 ミュージカルの頃はよく分からなかったけど、
 『Do it! Now』と『ふるさと』を歌ってみて、
 ようやく先輩たちの言ってたことが少しだけど分かってきた気がするんだ……」
258 名前:小川・高橋番外編 投稿日:2002年12月26日(木)23時20分36秒
「…まこっちゃん……
 …あとで時間とれたら近くまで行ってみようか?
 あたしたちの思い出にもなるかもしれないよ」

「お!いいねえ。
 でもそんな時間あるかなあ?」

「うん…だからこの牛の餌、早くやり終えちゃお。
 それでお昼ごはんの時間になんとかして行こうよ」

「よしっ、気合い入れて早く終わらせるぞー!!」


--------------------------------------------------

259 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時22分26秒


     ◇      ◇      ◇

                       矢口真里編(3)-1

260 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時23分12秒
「矢口さん! これいいでしょ?」

ミニモニのリハーサルの合間、加護が右腕につけた黄色いミサンガを
自慢げに見せてきた。

「珍しいねー、加護が腕になんか付けるなんてさー」

「ごっちんとよっすぃーとお揃いなんです。
 さっき3人で付けたんですよ」

へへと笑いながら腕を振ってみせる加護はホントうれしそうだ。
それを見た辻がちょっとした嫉妬心が芽生えたらしく悪態をつく。

「お揃いくらいで喜ぶなよぉ。二の腕が揺れてるぞ」

「うるさいなあ。何にも付けらんないほど太くなっちゃった誰かさんよりましだろぉ」

「なにおー」

…また始まったよ。もう放っておこう。
こいつらにイチイチかまってたらこっちの身が持たないよ……
ミカちゃんがハラハラしながら二人のことを見てるけど、大丈夫だって。
そのうち勝手に仲良くなってるから…
261 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時24分17秒
7月28日。ハローのコンサート。
3週間かけてまわってきたコンサートも今日の2公演で終了。
最終日ということで高木ブーさんやキッズオーディションのメンバーも
今日はステージに立つらしい。
そのキッズの連中が廊下をウロウロしてる姿を見ると妙にイラつく。
緊張感がなくて加護や松浦を見かけるとはしゃいでいる。
わたしは絶対にこのコたちを仲間とは認めない…
自分の意志もないくせに大勢のお客さんがいるステージに立てて、
歌手になりたいわけでもないのに歌うことになるだろうこのコたちを…
わたしは歌いたくても歌えずにいるコたちをいっぱい知っている。
オーディションのときに一緒だったコ、ハロプロからやめていった仲間、
そして今もハロプロに残ってる仲間…、数えればキリがない。
そのことを考えたらキッズの子供達と同じステージに立つだけで気がひける…
今日だってみっちゃんやりんねや斉藤さんの気持ちを考えたら……
262 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時24分50秒
…さらにイラついたのが関係者の人が今日はいっぱい来ていたことだ。
最終日のせいなのか、ブーさんが来るからなのか、
それともキッズの紹介があるからなのかわからないけど、とにかく楽屋裏には人が多い。
暑いのは苦手なのにどこに行っても人だかりができている。
それに加えてハロモニやハローランドのカメラマン、写真集のためのカメラマン、
あちこちにカメラマンがいて誰が誰なのやらさっぱり分からない…
わたしたちもインスタントカメラを手渡されてメンバーをお互いに撮り合った。
2月頃に作った自作写真集の第二弾を出すんだとか。
なっちやカオリは人ごみがイヤなのか早々にどこかに消えてしまっていた…
263 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時25分22秒
「矢口ぃー!」

あ、また来たよ…

「なによー、裕ちゃん」
「そんなイヤそうな声出さんでもいいやろー」
「だってさー、どうせまた写真撮りに来ただけでしょ?」
「おー、よく分かっとるやん。
 でもなー、今回のは仕事用じゃないから安心しいや。
 …ほれ!」

そう言って裕ちゃんがポケットから何かを取り出した。

「あ、携帯!! いつ換えたのー?」
「換えたわけやないよ、別に。
 ちょっとそこいらから借りてきた」
「はあ? そこいらって…
 …何やってんのさ、裕ちゃん…」
「あたしの携帯、カメラ付いてないからさあ…
 矢口のこと撮りたくても撮れんのよー」
「そんなことしなくったってこの前送ってあげたでしょー」
264 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時25分58秒
ちょっと前に携帯換えたけど、忙しくてつい裕ちゃんに電話番号教え忘れちゃったんだよね…
大阪公演のときに裕ちゃんに怒られたから、その日の夜にホテルで自分のすっぴん写真撮って、
新しい番号と一緒にメールしてあげた。
そしたら裕ちゃんはその写真を気に入っちゃって待受け画面に使っている…

「だって、あれだけじゃ我慢できへんもん。
 キリっとした矢口の写真も欲しいなあなんて…」

裕ちゃんは携帯のレンズをこっちに向けて撮ろうとしている。
咄嗟にわたしはレンズを避けた。

「コラ、動いたらアカンって!」
「ちょっと待ってよー。それって本当は誰の携帯なのよ?
 やだよー、知らない人の携帯においらの写真が残るなんてさー」
「あー、大丈夫、大丈夫、気にしなくて。
 マネージャーから借りてきただけだから。
 それにあたしの携帯に送ったら削除しておくから心配せんでもええって」
「えー? なんか納得いかないなあ…
 …そんなにおいらの写真撮りたいの?」
265 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時26分41秒
「ウン!!! 撮りたい!」

裕ちゃん…気合い入れ過ぎ……
思わず吹き出してしまった。
しょうがないなあ…撮らせてあげようかな…

「1枚だけだよー。きれいに撮ってよね」
「お、やりぃ! 撮らしてくれるん?
 まかしときいや、いいの撮るから」
「なんか裕ちゃんまるで子供みたいだね…
 とても三十路には見えないよ」
「…まだなっとらんっちゅうねん……」

つぶやきながら裕ちゃんが必死に携帯の画面を覗き込んでる。
ちょっとして携帯から音が鳴ると、裕ちゃんが満足げにうなずいた。
まあいいか…これだけ喜んでもらえればわたしもうれしいよ……
266 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時27分25秒
「裕ちゃん、もういいでしょ?
 おいらそろそろ楽屋に戻んなきゃ…」

楽屋の方を窺いかけたそのとき、裕ちゃんがいきなり声をひそめて聞いてきた。

「なあ矢口ー、最近ごっつぁん変わったことあらへんかな?」
「別にー。いつもと変わんないよ。
 さっきもよっすぃーと加護と一緒に遊んでたみたいだし。
 いたって普通だけど…」
「そうかー? やっぱあたしの勘違いか……」
「……?」
「いやな、ごっつぁんのソロの時さ、曲名なんていったっけ…」
「『手を握って歩きたい』の方、それとも新曲のこと?」
「ああ、その『手を握って歩きたい』の方や。
 …その曲をさ、大阪で歌ったときに気になったんよね。
 ごっつぁん、歌いながら泣きそうになってたから…、あの明るい曲でさ…
 あのコはさあ、あんまり曲で感情昂らせて歌を乱すようなコじゃないから気になったんだ…
 ああ、珍しいこともあるんだなあって…」
「…へえ、おいら全然気付かなかったよ…」
267 名前:矢口真里編(3)-1 投稿日:2002年12月26日(木)23時27分55秒
「矢口はミニモニ。でスタンバってるところやからな、たぶん分からんやろ。
 ……でさ、ごっつぁんが降りてきてからちょっと声かけたのよ。
 『泣きそうになってたねー』って。
 そしたらいつもの照れ笑いしてそのまま行っちゃった…
 そんとき何かあるのかなあって漠然と感じたんだよね…」
「えー? 裕ちゃんの思い過ごしだよ、きっと。
 今日だっていつもと変わらずに歌ってるよ。
 新曲だって楽しそうに歌ってるし」
「…いや、何にもないんならそれでエエねん。
 ちょっと気になっただけやから…
 …本番前に変なこと言うてゴメンなあ」

裕ちゃんとはそこで別れて楽屋へ歩き出す。
…ごっつぁんは前と変わらないよ。
最近になってやたらとごっつぁんと話すようになったカオリはおかしいと思うけど…
後輩みたいに熱心に化粧の仕方なんか教わったりしてさ。
妙に加護のことも気にかけるようになったし…
去年の年末頃、加護がヤバかったときもそんなに気にしてなかったのに、
どういう心境の変化かねえ…
……なっちと辻の関係にでも影響されたかな…
268 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時29分20秒
その日のコンサート。
一回きりの練習で臨んだ『ハッピーサマーウェディング』のハワイアンバージョンも
うまくいったし、高木ブーさんとの共演もまあよく出来た方だと思う。
キッズのメンバーはステージに上がっても相変わらず緊張感がなくて、
見るとイライラしそうなので、極力見ないようにしていた。
つんくさんのウソくさい笑顔も見たくなかったし……

最後の『そうだ! We're ALIVE』を終えて、なっちと一緒に薄暗い廊下を楽屋に戻る。
明日は久しぶりのオフ。思えばこの一ヶ月間、目の回るような忙しさだった。
ようやく迎える休息に自然となっちの顔もわたしの顔もほころんだ。
明日は何をしようかなあ……

…あとは着替えて解散という段階になってマネージャーさんから指示があった。

「ひと休みして着替え終わったら会議室に集合」

唐突な指示。最初の予定ではコンサートが終わったらすぐに解散だった。
報告するマネージャーさんの顔も妙に強ばっている。
269 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時29分57秒
…あ! …ついにきたのか…
なんとなく察しがついた…

圭ちゃんから卒業の話を聞かされて約2ヶ月。
あれから何にもなくて、圭ちゃんとなっちとの3人の会話もいつも通りで、
ずーっとそのままの日が続くような錯覚を起こしてた…
あれは夢の中の出来事だったんじゃないかって思いそうなときもあったけど、
やっぱり現実なんだ……

わたしは思わず圭ちゃんとなっちとカオリの顔を見渡した。
コンサートが終わってホッとしていた顔から3人とも笑みが消えた…
3人も今日発表されることに気がついたんだろう。
辻は…、気付いたのかどうか分からなかったけど、なっちの傍から離れようとしなかった…

今日発表か……、ってことは圭ちゃんの卒業は年末なのかな…?
秋コンのラストか、彩っぺみたくお正月のハロプロライブ…
圭ちゃんには悪いけど中途半端な時期だなあ。
最後くらいぱーっとさせてあげればいいのに…
……ああ、やめよう。
頭を振った……
話聞く前からうじうじしてても仕様がないや…
今は圭ちゃんのほうがよっぽど不安なはずだよ……
270 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時30分40秒
「ちょっとおいらトイレ行ってくるね。
 先に行っててよ」

まだ着替えているメンバーに言い残すとトイレに向かう。
洗面台の前に立ち、思いっきり頬を叩いた。
そして鏡の中の自分に言い聞かせる…

 しっかりしろ、矢口!
 あらかじめ圭ちゃんから聞かされてるんだから。
 突然聞かされる4期や5期のメンバーを慰めるのはわたしの役目だぞ。

わたしが鏡の中の自分と向き合っている中、急にトイレの扉が開く。

「何やってんの? やぐっちゃん」

鏡の端からステージ衣装の白いショートパンツそのままのアヤカが現れる。

「あー、アヤカか…別に何もしてないよ。
 コンタクトずれたから直してただけ…」

咄嗟にウソをついた…
271 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時31分19秒
「フーン…
 …ねえ、このあとモーニング娘。も会議室に集められるの?」

「…えー? …そうだけど……
 …ひょっとしてアヤカたちも集められてるの?」

「うん。わたしたちの楽屋とメロンとカントリーの楽屋の全員が集められるみたい。
 早く帰りたいのにさあ、何言われるんだろうねー。
 つんくさんが来てるのって何か関係あるのかな?」

「……さあ?」

外人みたく肩をすくってみせた。
アヤカ、ゴメン。今は言えないから許してね…
272 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時31分47秒
トイレを後にして会議室に向かう。
扉を開くとそこには白い壁と大きなテーブル、それに茶色い椅子がいくつか並んでいる。
すでに先に来ていた圭ちゃんと石川とよっすぃーが奥の方に座っていた。
圭ちゃんはわたしが来ても顔を上げようとしなかった…
わたしも特に声をかけるでもなく石川の隣の席につく。
正面によっすぃーがいたけど目を閉じていて表情は分からなかった…

しばらくすると紺野、高橋、新垣がまとめて入ってきた。
この3人は初めての夏のハローのコンサートが終わって興奮気味なのか
楽屋にいたときからしきりと喋り続けている。
遠慮がちに新垣がわたしの隣に、他の二人が向かいの席に座った。
その次に入ってきたのがなっちと辻。
けっきょく辻もなっちの表情を見て、圭ちゃんの発表が今日だということを悟ったんだろう…
なっちの手をギュっと握りしめて離さないでいる。
二人は手をつないだまま新垣の横に座った。
なっちが座る直前にこっちを見て目で合図してきたので、
こっちも頷いてそれとなく返しておく。
辻のことはもうなっちに任すよ…
273 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時32分48秒
…カオリが部屋に入って来るとどこに座るか迷っている。
さんざん迷ったあげく、結局高橋の横、なっちの正面に腰を落ち着けた…
こんなとき落ち着きがないのは昔からのカオリのクセ。
それなのにカオリは、自分だけはいたって冷静ですってフリをしようとする。
本当はそんなバレバレの性格は直した方がいいんだろうけど、
そうやって動揺してる姿を見せるカオリが今日はなんだかうれしかった。
ドキドキしてるのはわたしだけじゃないって思えて…
きっとなっちや圭ちゃんも同じ気持ちだったと思う。
274 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時33分35秒
その後、加護とごっつぁんが手をつないで入って来た。
辻の表情とはうって変わって、加護はゴキゲンそのものだった。
リハのときよりもさらに進んで、今度はパーカーまでごっつぁんとお揃いにしている。
加護は辻に何か言おうとしたけど、なっちの手を握って
シュンとうつむいている辻の姿を見てやめてしまった。
本当は辻に自慢したかったんだろうなあ…ごっつぁんとお揃いを着てきたことを…
加護はカオリの横に二つの空いてる席を見つけるとごっつぁんを引っ張るようにして
つれて行ってそこに座った。
わたしの場所からは少し遠めに見える二人の姿。
胸にプリントされたお揃いのスヌーピーの絵柄が会議室の雰囲気と
マッチしてなくて妙に気になった……

最後に小川が駆け込んでくる。
一人だけ遅れてしまって相当焦っていた様子が窺える。
まだ何も始まってないことが分かるとホッと一安心。
入口に一番近いところの辻の横の席に座ると大きく息をはいた。
275 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時34分17秒
これで会議室に13人全員揃った。
でもなかなか話が始まる様子もない。
狭っ苦しい会議室に閉じ込められて時間だけが過ぎていく…
最初は話のはずんでいた5期メンバーもライブの疲れが出てきたのか口数がめっきり少なくなった。
加護だけが呑気に
「何の話だろうね?」
なんて、ごっつぁんに話しかけてる。
石川もわたしに何か話しかけようとしてたけど、年上のメンバーが一言も喋らないのを見て
遠慮してやめてしまった…
276 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時35分39秒
…待つこと20分近く。
ようやくつんくさんがやってくる。
つんくさんはスタッフからプリント用紙の束を受け取ると、
スタッフ全員に会議室から出るように要請した。
中には抵抗するスタッフもいたけど、つんくさんに懇願されて、
あるいは半ば強引に会議室の外に出されてしまった。
中に残った娘。以外の人はつんくさんとデジタルカメラをかまえたスタッフが一人だけ。
本当はつんくさんはカメラも外に出したかったみたいだけど、
それは事前に決まっていたみたいで無理そうだった。
圭ちゃんの卒業を聞かされてびっくりするわたしたちを撮るつもりなんだろう…
ASAYANのときから変わらない手法…
明日香のときも彩っぺのときもそうだった。
普通じゃない雰囲気とカメラが残ったことでどうやら石川も何を言われるか気付いたらしい。
まあASAYANをずっと見ていた石川なら気付くだろうな…
石川の表情が見る見る曇って、年上メンバーの方をちらちらと見出した。
…そう。わたしたちの内の誰かが辞める…
石川の推測は正しいよ…
277 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時36分38秒
つんくさんはスタッフを外に出すと、ごっつぁんと小川の席の間、
テーブルの一番端、いわゆるお誕生席についた。
それまでかけていたサングラスを外してテーブルの上に置くと、
わたしたちをぐるーっと一周眺め回す…
…そのあとは目を閉じてなかなか口を開こうとしなかった。


…10秒…20秒…30秒……そして1分……


…………


会議室に沈黙が流れる……


…………


…………

278 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時37分21秒
堪りかねたカオリが口を開いた…

「…つんくさん……?」

…ゆっくりとつんくさんが目を開く。

「わかっとるって…飯田…
 焦らんでもええやろ……」

…ぽつりとつぶやくように言う。

やがてさっき運んできたプリントに目を一旦落とすと意を決したように話し始めた……

「…今日はな、これからのモーニング娘。について話す…
 つらいこともあるかもしれへんけど、しっかり聞いてくれ……」

…ついに来た。

圭ちゃんの卒業…

これでもう後戻りはできない…

卒業の日に向かって走るだけ…

圭ちゃんとの思い出を作るだけ…

279 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時37分54秒
「…まず、今年の9月23日。
 あと2ヶ月弱やな…

 …この日は夏コンの最終日やけども、
 この日の横浜アリーナのコンサートをもって後藤が卒業…」


…はい!?

今何て言った!?

思わず席から立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待ってください。
 今つんくさん何て言いました?
 何か間違えてませんでしたか?」

わたしをちらっと見たつんくさんが、自分にも言い聞かせるように繰り返した……

「9月23日をもって後藤が卒業や……」

……ごっつぁんが卒業?
何それ…、わたし聞いてないよ…

ホントなの、ねえ、ごっつぁん?
ごっつぁんの方を見たけれど、ごっつぁんは視線を床に落としていて
みんなと目を合わさないようにしていた……
280 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時38分37秒
「矢口、座ってくれんか…
 話、まだ終わったわけやないで……」

「あ…すいません……」

5期メンバーよりも先に取り乱してしまった…
先輩失格だな…
でも…ごっつぁん卒業って……
今さら何で……
…じゃあ、圭ちゃんは? 圭ちゃんの卒業はどうなるのよ…

「…それから、来年の春。
 細かい時期はまだ決まっとらんけど、とにかく来年春に保田も卒業する…」

圭ちゃんの卒業もやっぱりあるんだ…
二人の卒業を聞いた5期メンバーがショックを受けている姿が目に入った。

そして…、特に加護が…、
ごっつぁんの横に見える加護が……、
目に見えて落ち込んでいく姿が見えた……
5期メンバーみたいにびっくりした声をあげるでもなく、
表情から生気が抜けていくのが分かった……
281 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時39分12秒
「…まずこの二人が卒業するっちゅうことを伝えとく。
 後藤も保田も卒業後はハロプロに残ることになっとるから…
 いなくなるわけやない。
 ちゃんとおまえらの近くでこれからも活動してくから、そんなに悲しまんでもええ。

 それと…、他の細かいことは今から配るプリントに書いてあるから、
 それを見ながら説明するな…」

つんくさんが手元にあった紙を半分に分けてごっつあんと小川に手渡した。
順番にプリントが回ってきて、新垣から受け取る。
受け渡す新垣の手が震えていたみたいだった…

全員に行き渡ったのを見届けると、つんくさんは切り出した。

「見る前に一言だけ言っておきたいことがある…

 …違うな……

 『言っておきたい』だなんて偉そうに言えるもんでもあらへんか……

 …『どうか聞いてください』やな……」

自嘲気味に笑うとおもむろに立ち上がった。
282 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時39分53秒
「ホンマすんません。
 俺の力不足のせいでこんなことになってもうて…
 みんなには迷惑な話やと思うけど、俺にはどうすることもできへんかった……
 つらいかもしれへんけど、みんな堪忍やで…」

つんくさんは言い終わると深々と頭を下げた…
あまりの突然の出来事に呆気にとられた。
回りのみんなもなんて言ったらいいのか分からずに顔を見合わせてしまっている。

…つんくさんがそのまま無言で椅子に座ると、
圭ちゃんが配られたプリントを手に取って見始めた…
それにつられてみんなもプリントを開く。
わたしも目の前に置かれたプリントをおそるおそる開いた…



……

目に飛び込んでくる文字の羅列……

283 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時40分40秒

  9月23日 後藤、モーニング娘。卒業
       飯田・矢口・加護、タンポポ卒業
       保田・後藤、プッチモニ卒業

       タンポポ、石川・紺野・新垣・柴田(メロン記念日)に編成替え
       プッチモニ、吉澤・小川・アヤカ(ココナッツ娘)に編成替え

  9月26日 タンポポ、新編成でシングル発売

  10月9日 プッチモニ、新編成でシングル発売

  今秋   平家、ハロープロジェクト卒業
       後藤・松浦・藤本、ユニット結成

  来春   保田、モーニング娘。卒業
       矢口、ミニモニ。卒業

       ミニモニ。、ミカ(ココナッツ娘)・辻・加護・高橋に編成替え
       矢口とハロプロキッズ数名で新ユニット
       保田、ハロプロサブリーダーに就任


284 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時41分20秒


…………!!


…なによ…これ……!


ごっつぁん卒業…


圭ちゃん卒業…


…それに…みっちゃんがハロプロを辞める?


……いったい何なのよ?
なんでこんなにいっぺんに……


ごっつぁんと松浦と藤本でユニット?
ごっつぁんはこのユニット組むために卒業するの?
…じゃあ、モーニング娘。って何よ!
残されるわたしたちはいったい何なのよ!!

285 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時42分04秒

それに…なによりも……


タンポポ編成替えって何……?


ミニモニ。編成替えって何……?


ハロプロキッズのユニット?


……わたしに全部手放せっていうの!


今まで一から作り上げてきたものを全部手放せっていうの!!


そして全部取り上げたわたしには子供のおもり?


バカにするのもいい加減にしてよね!!

286 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時43分44秒

わたしが何か言おうとするその前に、先に圭ちゃんが口火を切った…

「なんですか、これ?
 わたしこんなの聞いてないし、こんなこと認められません!」

そう言って持っていたプリントを机に叩き付けた。

「わたしが辞めるのは自分で何かを残したいから、
 何かを伝えることのできる人になりたかったから……
 
 こんな風に残ったみんなに迷惑を残すような形での卒業じゃ納得いきません!!
 こんな形で卒業したって心残りになるだけでちっともうれしくありません!!

 ……これを認めたら表現者としてダメだと思う…
 見ている人たちに気持ちを伝えられる人間になんかなれない!
 …それに、なによりも今まで応援してくれた人に顔向けができない!!」
287 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時44分52秒
「どんな顔して来週からのツアーに出ろって言うんですか?
 こんな話聞かされて笑顔でステージに立てって言うんですか?
 これ以上わたしたちに嘘をつかせたって、ファンはみんな気付きますよ。
 わたしたちが本当に笑っているかそうじゃないかなんて……

 …そのせいでわたしの卒業だって変に勘ぐられるかもしれない。
 わたしは自分の可能性を信じて辞めるのに、こんな風に他のいろんなことと一緒にされたら
 わたしがどんなことを言ったってファンの人はそれと絡めて考えてしまう。
 できることならもっと別々のかたちにしてほしかったです…」
288 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時45分24秒
「それから、何なんですか?
 このタンポポとプッチモニの編成替え!!
 わたしたちをバカにするのもいい加減にしてください!!

 わたしのことはともかく、ごっつぁんがいないでプッチモニ?
 カオリと矢口がいないでタンポポ?
 こんなこと誰が望むんですか?

 オリジナルメンバーがいなくなって、そのあと続けることに何も意味なんてないじゃないですか!
 わたしたちが必死に今まで頑張ってきたのは何なんだったんですか!!

 ユニットの名前を残すためなんかにわたしたちは頑張ってきたんじゃない!!
 ユニットとしての歌があったから、ユニットのメンバーだけで作りあげるものがあったから
 頑張ってこれたんですよ。

 名前なんてただの器にすぎない……
 わたしたちにとっては作り上げた過程の方がよっぽど重要なんですよ!
 その積み重ねがあったからユニットの名前にも愛着がわいたんですよ!
 それを機械の部品みたいに簡単に交換したりして……」
289 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時46分04秒
「オリジナルのメンバーが残らないんだったら名前だって変えればいいじゃないですか!!
 機械の名前みたく簡単に変えればいいでしょ!!

 それなら誰も文句いいませんよ!
 新しいユニットに新しい名前がつくんだから、当然じゃないですか。
 新しいユニットに今までの名前をつけること自体がおかしい!!
 …辞めていったメンバーや、応援してくれた人たちに申し訳ないって思わないんですか?

 …今までわたしたちがやってきたことってなんだったのよ……
 これまで頑張ってきたのって何だったのよ……

 こんなかたちで終わるためにわたしたちは活動してきたんじゃありません!!」

290 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時46分36秒
…圭ちゃんは一気にまくしたてた……

圭ちゃんがこうして言葉にして怒りを表すことは滅多にない…

最後の方は声がふるえていたかもしれなかった……

…小川や高橋はすでに泣き始めていた。
ごっつぁんや圭ちゃんが辞めることのショック、そしてユニットのいろいろなこと……
それらを一度に聞かされて、圭ちゃんの言葉を聞いて、衝撃は量りしれないだろう…
こんなこと初めてのはずだし……

わたしだってもう何も考えられない。
考えがまとまらない…
夢の中のように頭の中がふわふわしていた…

291 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時47分15秒
…次に口を開いたのがなっちだった。
圭ちゃんのときとは違って、ゆっくりとした淡々とした口調…
考え考え話す感じだった…

…なっちはたぶん怒っていた。
だからこんな静かな話し方だったんだ……

「モーニング娘。ってそんなに軽い存在なんですか?
 今までつらいことも悲しいこともいっぱい我慢してここまできたのに…

 我慢できたのは、モーニング娘。が大好きだったから…
 一緒にいたメンバーが支えになってたから……
 それがあってここまで大きくなってきたんですよ。

 そんなメンバーの気持ちを今日の発表は踏みにじってる……」
292 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時47分46秒
「…わたしたちって夢を売ってる商売じゃないですか…
 そんなわたしたちが夢も希望もない中身を見せちゃっていいんですか?

 わたしたちにとってモーニング娘。を辞めることは人生の転機なんですよ。
 大きな不安を抱えながら、悩みに悩んで決心することなんですよ。
 こんなに軽々しく扱ってほしくないです……
 …わたしたちにだって感情がある。
 言われたからって『はいそうですか』なんて簡単に受け止めることなんてできない…

 …それに…ユニットに新しく入るコたちだって、これからどうやって頑張れるんですか?
 最初からずっと頑張ってきたオリジナルメンバーが最後にこんな仕打ちを受けたのに、
 これからやっていくコたちはどこに希望を見い出せばいいんです?
 …どんな夢を持てばいいんですか?

 どんなに頑張っても最後はこうやってとりあげられることが分かっているのに
 どうして頑張れるんですか?
 頑張れば頑張るほど理想から遠ざかっていくのに
 どこにわたしたちは理想を求めればいいんですか?」
293 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時48分24秒

圭ちゃんのことば……

なっちのことば……

二人のことばがわたしに重くのしかかる……


圭ちゃんも、ごっつぁんも、みっちゃんも、

そしてタンポポも、ミニモニ。も、

何年もかかって築き上げてきたものをわたしは一度に失う。

わたしに残されたものってなんなんだろう……

わたしが築き上げてきたものってなんだったんだろう……


……つんくさんの声がまるで遠くの方で話すように聞こえてくる…
圭ちゃんとなっちの言葉を受けての弁解……

…でも、どうせつんくさんからは本心は聞けない…
少なくとも全員の前で、そしてカメラのある前で、つんくさんが本心を話すことはない…
…それに、つんくさんに責任があるわけじゃないことも分かってる。
つんくさんは言われた通りに動いているだけ…
嫌な役を押しつけられてわたしたちに報告してるだけに過ぎない。
そんなことはもう圭ちゃんだってなっちだって分かってる…
…それでも…頭では分かってても言わずにはいられない…
294 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時49分16秒

「…………
 
 ………
 
 …これを乗り越えれば新しいものが見えてくると思う。

 残るメンバーも辞めるメンバーもこれを乗り越えてさらにいいものを作っていこうやないか…

 今までもそうやって大きくなってきたんやろ……

 …………」


ぼんやりとしていた頭の中につんくさんの話す声がかすかに届いてきた。


…乗り越える?


わたしには乗り越えるものすらなくなったのに……


乗り越えた先にはなんにもなかったのに……


大事なものをいっぱいいっぱい失って乗り越えてきたのに……

295 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時49分49秒

つんくさんが何かを話してるのも構わずに頭を抱えてテーブルに突っ伏した……
声をあげなかったのは少しでも残っていたわたしの理性…
後輩に対するせめてもの遠慮…


誰もいなかったら、

ここにわたし一人だったら、

きっと泣き叫んでた……

大声で泣き叫んでた……



わたしから奪わないで


わたしから取らないで


わたしの大切な仲間を……


わたしの大切な思い出を……


わたしの夢を…………


…………


…………




296 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時52分43秒



…………


……!


…気がつくと誰かに肩を叩かれてた。

「矢口…、テレビのコメント撮り…
 矢口の順番だよ…」

「……うん…」

…顔をあげるとそこには目をはらした圭ちゃんの姿があった。
すでに会議室には年上メンバーの姿しか残っていない……

「…矢口……

 ……ゴメン…」

「……なんで圭ちゃんが謝るのさ…
 圭ちゃん、何にも悪いことなんてしてないじゃん……」

「…あたし……こんなに大きなことになってるなんて知らなかった…
 ごっつぁんが辞めるなんて知らなかった…
 こんなことになるなんて思ってもみなかったよ……」

「…圭ちゃんのせいじゃないよ……

 …圭ちゃんが悪いわけじゃない……

 ……

 …

 …おいら、コメント撮ってくる……」

ふらふらと歩きながら会議室を出てカメラの前に向かった…
指示された椅子に座るとカメラが構えられる…
297 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時53分23秒
……「卒業を聞かされてどうですか?」って聞かれた。

そんなの悲しいに決まってるじゃない…

そんな当たり前のこと聞かないでよ…

あなたたちにわたしの気持ちが分かるの?

こんなときにそんな無神経な質問してくるあなたたちに何が分かるの?

…みんな悲しいんだよ…

…みんなショックなんだよ……


わたしが無言のままでいると再び聞かれる…

「メンバーが卒業していくのは寂しいですか?」

黙っているわけにもいかなくて…、
涙をこらえながら懸命にコメントした……

「……寂しいっていうか…
 家族みたいな存在だから……
 ショックですね…すごく…」

それだけ言うのが精一杯だった…

後は涙が出て言葉にならなかった……
298 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時54分01秒

……


……


カメラの前を離れると人気のないところを探した。

そこで思いっきり泣いた…

…もう我慢なんて出来なかった……

声が洩れるのも構わずに号泣した……



……どのくらい泣いたんだろう。

自分が落ち着いてきたのが分かって…

ようやくモノを考えられるようになってきて…

……

…帰ろう…

…家に帰ろう……

…ここにはもう居たくないよ……


……




299 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時54分34秒

楽屋に戻ると、まだ3人が残っていた…


なっち…


カオリ…


圭ちゃん…


わたしが帰ってきたのを認めると真っ先に圭ちゃんが声をかけてくる。

「大丈夫なの?…矢口……」

「…うん。少し落ち着いた…
 …他のみんなは?」

「もうとっくに帰ったわよ…
 あんた、どれくらい帰ってこなかったと思ってるの?」

「…え? そんなに時間経ってた?
 3人共、おいらのこと待っててくれたんだ…
 …ゴメンね、心配かけちゃって……」
300 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時55分16秒
「…いいよ、そんなこと。気にしないで…
 みんな矢口の気持ちは分かってるから……
 座ってお茶でも飲んで少し休みなよ…」

圭ちゃんに肩を持たれて椅子まで連れていかれる。
わたしが座るのを見届けると、なっちがペットボトルから紙コップに
お茶を注いで無言でわたしの前に差し出した。

「…ありがと、なっち」

軽く首をふって微笑むなっち…

…差し出されたお茶を一口飲む。

…わたしの斜め前にはカオリが座っていた。
爪の先を自分の手のひらに押し付けたり離したりしながら
その自分の指の動きをじーっと見てる…
ぽっかりと心に穴が開いてしまっている…、
どこかに感情が飛んでいってしまっている…、
そんな感じだった……
思わず圭ちゃんの方を見て、カオリのことを目で指した。
301 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時56分03秒
「…さっきからずっとそのまま……」

圭ちゃんが悲しそうに言った。
カオリもショックだったろうな…
それこそカオリは娘。よりもタンポポのことを大切にしてきたかもしれなかったのに…
…それをカオリは失うんだ。

「…カオリ、…タンポポとうとう終わっちゃうね…」

わたしが話しかけてもカオリから反応はない…
…代わりに圭ちゃんから返事があった。

「…なんでタンポポまで変えなきゃなんないのよ。
 プッチはあたしとごっつぁんが辞めるから仕方ないけど、
 タンポポなんて全然関係ないじゃん。
 メンバー変更なんてしなくったってやっていけるじゃない…
 …やめてほしいよ……なんかプッチのせいでタンポポも変わるみたいじゃない……」
302 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時57分00秒
「…もういいよ…圭ちゃん…
 プッチモニのせいなんかじゃないよ…
 圭ちゃんとごっつぁんが辞めなくても、きっと変えられてた…
 みっちゃんの卒業やミニモニ。のことも考えると
 わたしたち個人がどうこうって問題じゃないと思う…

 ただ…みんな悲しかった……
 わたしたちに言えるのはそれだけ…
 わたしたちの誰が悪いとか誰がいいとか、そんなの関係ないよ…」

なっちが冷静に受け答えた。
たぶんなっちが一番回りが見えていたのかも…
なっちはユニットに入ってなかっし、圭ちゃんの卒業も事前に聞かされていたし、
一方的な通達にも慣れてたし…、
…だから回りのメンバーの気持ちも一番良く分かっていたのかもしれない……
303 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時57分35秒
「…うん。もうやめようよ圭ちゃん…
 圭ちゃんだってこれからが大変なんだから、そんなこと考えてる場合じゃないよ…」

「…そうだよ。矢口、良いこと言う!
 圭ちゃんはこれからなんだからね。
 最後まで走り続けなきゃだめだよ」

「……ありがとう…二人とも…」

…それっきりみんな黙ってしまった……
それぞれが思うこと、考えること、いっぱいあった。

304 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時58分08秒

4人だけの空間。

裕ちゃんの言葉を守って、4人でやってきて1年と少しが経った。


来年の春で3人になる。
…その先はどうなるんだろう。
2人になって…、いつか1人になっちゃうのかな……
そんなの寂しすぎるよ……

…なっちとカオリはどうする気でいるんだろう。
二人とも、やっぱりわたしをおいてどこかにいっちゃうの?
…わたしは置いていかれちゃうの?

不安にかられてつい出てしまった…
わたしたちの中で暗黙の了解の禁句……

「……ねえ。…なっちとカオリはこれからどうするの?
 辞めないよね?二人とも…」

「「…………」」

当然のように二人から返事はない…
305 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時58分38秒
「…ねえ、答えてよ。
 …わたし一人になるのイヤだよ…
 一人っきりになるのはイヤ……」

その先を言うのはためらいがあった……
…そんな日が来て欲しくなかったから…
でも…、言わなきゃわたしは一人になる。
この二人は覚悟を決めたらきっと素早く動く。

「……卒業するときは一緒にしようよ…」

やっぱり二人から返事はなかった…

「…ねえ約束して!! 辞めるときは一緒って」

「……大丈夫だよ、矢口。
 まだわたしは辞めないから…」

なっちがぽつりと言う。
306 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月26日(木)23時59分32秒
「そんなこと信じらんない…
 みんな辞める直前まで言わないんだから。
 卒業するときは一緒って約束してよぉ…
 じゃないとわたし不安で不安でこれからやっていけないよぉ…」

「…大丈夫。信じていいよ。
 まだわたしは辞めるつもりなんて全然ないから…
 それに…わたしが辞める決心をするときが来たら、きっと矢口も分かるよ…
 矢口もこのときだなって気付くと思う…」

「…おいらも?」

「そう。きっと矢口も決心するときになると思う…」

「…それっていつ? 近いうちに起こることなの?」

「…分からない。
 ただね…今わたしがモーニング娘。の中で叶えようと思った夢って半分にもなってない…
 40%くらいにしかなってないの。
 それがいつか倍になって、残りのちょっとを埋めて100%になるときが来る。
 そのときがわたしの辞めるとき…
 …その100%になるときには矢口にもいてもらわなくちゃいけないんだから、
 矢口はわたしより先に辞めちゃだめだよ。
 これ以上減ったらもうダメなんだ……」
307 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月27日(金)00時00分13秒
…なっちの夢?
強くなること?
気持ちを伝えられるような歌手になること?

それとも……

……




「……カオリは?」

「…………」

「…カオリ!」

「…ん?」

「カオリはどうするのよ? これから…」

「…あたしと約束してもしょうがないよ……」

「…どういう意味?」

「…あたしは約束を守れないから……
 守りきる自信がないから…」
308 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月27日(金)00時00分43秒
「…なによ、それ……?」

「今のあたしは自信を持って約束できない…
 矢口の気持ちは分かるし、そう思ってくれるのはうれしいけど、
 約束はできないよ…」

それって…辞めるかもしれないってこと?
いつ決心してもおかしくないってこと?

わたしはカオリにそれ以上聞く勇気がなかった…
なっちも圭ちゃんも深く聞こうとはしなかった…

考えをまとめるにはそれなりの時間がわたしたちには必要だった。
今日聞かされた様々なこと……
圭ちゃんとごっつぁんの卒業、ユニットの再編、
それに対するみんなのそれぞれの思い…
いろんなことがありずぎて……


……




309 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月27日(金)00時01分23秒
3人との別れ際、恐くなった…

また会えるよね。

4人して乗り越えられるよね。

ダメだよ…勝手にいなくなったりしたら…

わたしの支えなんだから……





……


自宅に向かうタクシーの中…

流れる夜景…

行き交う人たち…

310 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月27日(金)00時02分01秒

通り過ぎていく笑顔…

まっすぐな笑顔…

わたし、あんな風に笑えるかな…

今までも笑えていたのかな…


笑いの絶えない生活…

わたしの夢…

淡い夢…

…叶うときが来るの?

みんな笑って明日を迎えられる日が来るの?


…いつか、きっと…………


……


……


311 名前:矢口真里編(3) 投稿日:2002年12月27日(金)00時02分56秒


矢口真里編(3)
参考資料 「矢口真里のオールナイトニッポンスーパー」02.07.25放送分
     「中澤裕子のオールナイトニッポンサンデースーパー」02.08.04放送分
     「MUSIX!」02.08.20放送分
     「後藤真希ファイナル特番」02.09.22放送
     「みんな幸せにな〜れっ!(後編)」(竹書房)

312 名前:池田屋 投稿日:2002年12月29日(日)00時09分43秒
新スレに移転しました。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/yellow/1041086351/

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