えんじぇる☆Hearts!2

1 名前:すてっぷ 投稿日:2002年12月19日(木)23時58分00秒
「Angel Hearts」のパロディで、アンリアルな話です。
よろしければ、お付き合いください。

前スレ:金板「えんじぇる☆Hearts!」
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=gold&thp=1030279992
2 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時01分04秒

運動部の部室用に建てられた棟の一階に、ラジオ体操部はあった。
中では30人程の生徒が練習用のジャージに着替えたり、掃除をしたりしているが、
どうやら梨華を勧誘した張本人、保田圭は不在のようだ。

「まいったなぁ。ウチさぁ、部員には不自由してないっつーか…
ロッカーとか? すでに足りてない状態なんだよねー」
梨華が入部を申し出ると、部長の矢口真里は困惑顔で言った。

「矢口さん、入部テストだけでもやってあげたら? もしかしたら物凄い才能を秘めているかも知れないんだし」
「うーん…。まぁ、ゆきどんがそう言うなら」
「ありがとうございます!」
梨華が頭を下げると、”ゆきどん”と呼ばれた生徒は梨華に向かって微笑みかけた。
「高等部三年の前田有紀と言います。『ひろしを称える会』との掛け持ちなので、
練習に顔を出せない事もあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
”ゆきどん”こと、前田有紀は、両手を揃えて深々と頭を下げた。
「あっ、こちらこそ、よろしくお願いします」
ひろし、って誰?
梨華は気になったが、初対面の相手に不躾な質問を浴びせるわけにはいかない。
3 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時03分01秒
「ひろし会も良いけど、ほどほどにしてよー? ゆきどんレギュラーなんだからさあ」
「わかってる。今年は私にとって最後の大会だし、こっちに力入れるつもり」
前田の答えに、真里が満足そうに頷く。
(先輩を、気安く『ゆきどん』呼ばわり…)
梨華は、驚いて真里を見た。
二年生が部長を務めている事にも驚いたが、彼女は上級生にも臆する事無く、強気な態度で部を仕切っている。
ただ、せめて敬語ぐらい使った方が良いのでは、と思わなくもなかった。

「じゃあ石川さん、とりあえずやってみよっか」
「あ、はいっ!」
真里の指示で、部員の一人が、長机の上に置かれたラジカセを操作する。
どうやら入部テストはこの場で行われるようだ。
普段の練習は体育館で行っているはずだが、この部室でも、梨華一人が演技するには十分過ぎるほどの広さがある。
「あたしが前でやったげるから、見ながらやってね」
真里が、梨華と向き合う。
「お願いします!」
ラジオ体操第一のメロディが流れ始める。
梨華は、大きく深呼吸をした。
4 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時05分37秒
「いや、石川さん……逆だから」
第一の中盤で突然、真里が動きを止めた。
体操は既に、体を左右にねじる運動を過ぎ、腕を上下に伸ばす運動に差し掛かっている。
「えっ」
真里よりもワンテンポ遅れて、梨華が体操を止める。
「逆…ですか?」
梨華は戸惑った。
おかしい。自分は、真里の一挙手一投足を正確に真似ているはずなのに…。
見よう見まねで演じている所為で動きが遅れる事はあっても、逆とは…?
彼女は一体、何が言いたいのだろう?

「だからさー。いい? 今ウチらは、向かい合わせに立ってるワケじゃん?」
「はい、立ってますね。向かい合わせに」
「ってコトはさ、逆ってゆーか、なんつったら良いのかなぁ…。
たとえば、ヤグチが右に移動したときは、石川さんも右に移動しなきゃいけないワケよ。
ところが今の石川さんは、ヤグチが右に移動すると、左に向かって動いてっちゃってんのね。
石川さんから見て、向かって右ってのは、ヤグチにとっては左なのよ。
つまり、あたしの鏡みたくなっちゃってんのよね、今の石川さんは。わかる?」
「……あっ」
梨華は、ようやく理解した。
5 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時08分27秒
「でも、真ん前に立たれると、やり辛いっていうか…どうしてもつられちゃうから」
「立たれると、ってあんたねー!!」
「きゃっ!?」
梨華に殴りかかろうとした真里を、数人の部員が慌てて取り押える。

「あーあ、もういいよ。次、合唱やろ、合唱」
冷静さを取り戻した真里が、投げやりに言った。
「がっ…合唱ですか!?」
心拍数が上がった。
ラジオ体操になぜ歌唱力が必要なのだろうという疑問以前に、
この場で自分の歌唱力を披露しなければならないという事実への驚きと不安が、梨華を支配した。
「そ。ラジオ体操の歌ぐらい、知ってんでしょ?」
「はあ、なんとなく…うろ覚えです、けど」
「まっ、フツーは小学生しか歌わないしね。ちょっとぐらい間違えてもいいよ」
「はあ、でも…」
(ちがうの、そういう問題じゃないの、そういう問題じゃないんですっ! お願い、察して! 理解して!)
梨華は、歌唱力にはあまり自信のある方ではなかったのだ。

「おーい、ヨネちゃーん。歌詞カード持ってきてー」
「はあーい」
部員の一人が、部室隅の戸棚に走る。
(ああああ、もうサイアク…)
6 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時11分00秒
「あの、前から気になってたんですけどー、矢口さんってなんであたしのコト、『ヨネちゃん』って呼ぶんですか?」
真里に”ヨネちゃん”と呼ばれた生徒が、一枚のプリント用紙を手に、戻って来た。
「はあ? なに言ってんの今さら。『ミキスケ』の『スケ』を取って『ヨネスケ』じゃん」
事も無げに真里が言うと、少女はしばらく呆然としていたが、
「…いや、明らかに取るトコ間違ってますよね。っていうか、『ミキスケ』がすでにあだ名なんで」
「なによ、コロ助の方が良かったナリか?」
「…ハイハイ、もういーです。ヨネスケでもコロスケでもスケスケでも、好きにしてくださいー」
投げやりな少女の態度に、真里の表情が一変した。
眉をひそめて、あからさまに不機嫌そうな顔をしている。
「あのね。ヤグチにあだ名つけてもらった人は大成する、って伝説があんの、あんた知らないの?
最近じゃあ、新入生の親が『どーかひとつ、ウチの子にステキなニックネームを付けてやってくださいませ』
っつってねー、菓子折り持って訪ねてくるぐらいなんだから!!」
「いーですべつに。あたし、すでに大成してますから」
やけに強気な少女である。
7 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時13分57秒
「藤本さんも矢口さんも、ケンカは後にして、テストの続きをやってあげたら? 石川さんが困ってるじゃない」
「あっ、いえ、私は別に」
このままうやむやになってしまえと願っていた梨華の思惑は、前田の一言によって打ち砕かれた。
(ゆきどんったら、余計なコトを…)

「あ、ああ…ゴメンゴメン。じゃあ、やろっか。ヨネちゃん、ホラそれ。石川さんにあげて」
取り繕うように、真里が言った。その口調に先程までの刺々しさは無い。
慌てて、藤本という生徒が、持っていたプリントを梨華に手渡す。
それには、一行目に下線付きの太字で『ラジオ体操の歌』とあり、空行を一行挟んで三行目から歌詞が綴られていた。
右下の空いたスペースには、楽しげに体操をする子供達のイラストが添えられている。
梨華がプリントに見入っていると、曲のイントロが流れ始めた。

やるしかない。
梨華は目を閉じ、大きく息を吸った。

「♪ぁああ〜たぅぁらっすぃーいぃぃぃ〜〜♪ あああさがぁぁ→きぃーたぁぁっ→→!」
夢中だった。
梨華が歌い始めた途端、ざわついていた部室がしんと静まり返った。
8 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時16分12秒
「いっ、いいいいいいい、いしかわさん、いしかわさん、いしかわさん」
1フレーズを歌い終えた所で、真里がうろたえた声で言った。
プリントを覗き込んでいた梨華は、おそるおそる顔を上げると、目の前の真里を見た。
「あの、もう判ったから。え、えっと……かえってください、おねがいします」
「えっ!? そ、それってもしかして…不合格、ってコトですか?」
無言で、真里が頷く。
確かに予測できない事態ではなかった。
それにしても、体操も歌も中断させられ、ろくに審査もせず部長の独断で、
しかも公衆の面前において即刻不合格を言い渡すとは、なんて酷い仕打ちだろう。
梨華は涙ぐみ、悔しさに震えた。
(なによなによっ! 私を誰だと思ってるの? ダイヤの原石よ? 私はこの部のサマージャンボなんだからっ!)
梨華は、昨日宝くじ売り場で出逢った保田圭という少女の言葉を思い出していた。
アンタには、才能がある。確かに圭は、そう言ったのだ。

「そうだ! あの、私、昨日、保田さんって人に…」
圭の名前を出せば、もしや入部を許してもらえるかも知れない。
使えるコネは、フル活用。梨華の座右の銘である。
9 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時18分23秒
「ちっ」
梨華の言葉は、荒々しく開けられたドアの音で遮られた。
一人の生徒が、両手をポケットに突っ込み、不機嫌そうに入ってくる。
噂をすれば影。入ってきた少女は、忘れもしない、あの保田圭であった。

「おい。遅刻しといて第一声が舌打ちかよ。オイラが小っちゃいからって甘く見てんなよな」
「ああ、悪っりぃー、矢口。今アタシ、虫の居所がソー・バッドなのよね。ったくあの駄菓子屋、ぶっ潰してやる!!」
梨華にとって救世主になるはずの圭だったが、どうやら今日は虫の居所が悪いらしい。
早々に退散しようと、梨華は鞄を抱えた。
「みんなも気ぃつけた方がいいよ、角の平家商店。あそこ絶対、『当たり』ヌイてあるから」
「あのね圭ちゃん。近所の駄菓子屋でくじ引きやる女子高生なんて、世界中どこ探しても圭ちゃん以外いないから」
「あっ、やっぱりそうなんですか!? ですよねー!! ああそっかー、どうりで。
あの、私も入学以来、毎日通い続けてるんですけど、一度も当たった試しが無いんですよー」
くじ引きには目が無い梨華だ。逃げようとしていた事も忘れ、梨華は夢中で喋った。
10 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時20分55秒
「あんた…」
圭が呟く。恐らく、昨日出会った梨華の事を思い出したのだろう。
「はい! 来ちゃいました! よろしくお願いしますっ!!」
自然と弾んだ声になる。
彼女が来ればこっちのものだ。なにしろ自分は、ダイヤの原石なのだから。
石川梨華がラジオ体操部にとって如何に貴重な存在であるか、圭が真里を説得してくれるに違いない。

「だれ?」
ゴトッ。
梨華の手から滑り落ちた鞄が、床に当たって鈍い音を立てた。
(『あんただれ?』って言った。あんた誰、って…あんた誰、って…)

「忘れちゃったんですか……まさかまさか保田さん、サマージャンボ欲しさに私のコト、騙したんじゃないですよね」
信じたくはなかったが、信じろという方が無理なのかも知れない。
一体なにを、誰を信じれば良いというのだろう。
そもそも、今ここに立っている私は本当に、『石川梨華』なのだろうか。
もしかすると自分を、可愛くて素敵な女子高生『石川梨華』だと思い込んでいる只の哀れな男、
たとえば『山崎権三郎(52)』(制服マニア)とかいう名の、むさ苦しい中年男だったらどうしよう。
11 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時23分20秒
「サマージャンボ…」
悩んだ末に圭はようやく昨日の出来事を思い出したらしく、あっ、と小さく言った。
「やっぱり…忘れてたんだ」
梨華は絶望した。
明日からは世捨て人のごとく、福引や暴飲暴食に明け暮れる日々を送ろう。
「バっ、バカねぇ〜。忘れるワケないじゃないのよ〜。
矢口。このコはね、アタシが昨日発掘した、我が部の黄金ルーキーで、ええっと……」
「石川です」
「あ、そうそうそう、石川ちゃんよ。面倒見てあげてね、期待の新人だから」
圭が言うと、真里は呆れたようにため息を吐いた。

「圭ちゃん…それ本気で言ってる? どーせイイカゲンな気持ちで連れて来たんでしょ?
あのね、言っとくけどこのコ、ホントすごいよ。箸にも棒にもかかんないからマジで」
「誰でも最初はそんなモンでしょうが。だったらどれ位のレベルで箸にも棒にもかかんないのか、言ってみなさいよ」
「滝壺で流しソーメンやるぐらい。それもナイアガラ級の滝で」
「え、マジ!? それザルでも掬えねーじゃん!!」
「ひどい! お二人とも、あんまりですっ…!」
梨華は泣いていた。こんな屈辱は初めてだった。
12 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時26分41秒
「サマージャンボ!」
泣きじゃくる梨華を咎めるように、鋭い口調で圭が言う。
「……っ、石川、です」
「サマージャンボ改め、石川」
圭は言い直すと、梨華の肩を抱き寄せ、
「明日の午前5時、富士山頂に集合」
耳元で囁いた。
「えっ、現地集合ですか!? しかも朝の5時!? っていうかなんで富士山!?」
梨華は酷く混乱していた。
「っさいわねー、黙って集合してりゃ良いのよ!!」
圭が声を荒げる。
梨華は消え入りそうな声でようやく、「…はい」と言うのが精一杯だった。

「圭ちゃん、一体なにする気よ?」
真里が、怪訝そうに圭を見た。
「ひと月だけ待ってな。このコ、アンタの望み通りの娘に育ててあげるから。
そのときは遠慮なく、たーくさん欲しがってみせてね、矢口さぁん?」
「バっカバカしい」
真里は挑発的な圭の言葉を鼻で笑うと、
「ホラみんな、とっとと練習!!」
三人のやりとりを静観していた部員達が、慌てて部室を出て行く。
13 名前:<第11話> 投稿日:2002年12月20日(金)00時29分29秒
「じゃ、アタシはお先に」
他の部員達に続いて圭も部室を出、梨華と真里だけが残された。
「石川さんも早く帰った方が良いんじゃない? 前乗りしないと間に合わないでしょ」
「はあ…」
梨華は戸惑い気味に答えた。
成り行きで、とんでもない事に巻き込まれてしまったものだ。
(一ヶ月か…私、生きて帰れるのかな)
折しも、今日は終業式であった。明日から、40日間の夏休みが始まる。
圭は一月もの間、富士山頂で梨華に一体何をさせるつもりなのだろう?

「あの、矢口さん」
「ん?」
「私、何を持っていったら良いんでしょうか?」
素朴な疑問だった。
ごく普通の女子高生である梨華に、富士登山の経験などある筈が無いのだ。

「…知らねーよ」
しかしそれは、真里にとっても同じ事であった。
 
14 名前:すてっぷ 投稿日:2002年12月20日(金)00時32分34秒

前回更新からずいぶん間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。。

次回は、さらに11話の続きを。
15 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年12月20日(金)00時49分35秒
新スレおめでとうございます。\(^▽^)/
ヤバイです、面白すぎます。
(森のほうのガッツ天使にもやられましたが)

先日連れに読んでみな、と「えんじぇる☆Hearts!」を薦めてみたところ、
『あ…た…たすけて…笑いすぎてくるしい…ヒー……』と
呼吸困難のようなメールが届きました。

これからも頑張ってください。
月並みな言葉ですが、応援しています。


いしよし暴走サンタからもう1年たつんですね。月日の過ぎるのは、早いものです。
16 名前:名無し娘。 投稿日:2002年12月20日(金)00時59分47秒
すてっぷさんは本当に油断のならない人です(^^;

しっかし天下御免の外れくじは予想以上の外れっぷりで(笑)
そんな彼女と呼吸する賭博衝動(保田)の富士修行・・・
その後を知ってるだけにどんな修行だったのか楽しみでなりません。
17 名前:名無し 投稿日:2002年12月20日(金)18時57分24秒
ひろし会!!
つっこみ気質の自分はすてっぷさんの小説を読むときはマニアックなボケを探してしまいます。
孝雄会もあるのかなぁ…

二つの作品を同時に書かれるのは色々大変な事だと思います。
ゆっくり頑張って下さい。
18 名前:名無し読者 投稿日:2002年12月22日(日)22時01分40秒
そう言えば昔ド○ゴンボ○ルでピ○コロが幼い悟○を鍛える為
連れ去ったって話があったような・・・。
19 名前:名無し読者86 投稿日:2002年12月25日(水)16時28分20秒
まずは新スレおめでとうございます。
実はラジオ体操ってカコイイかも…と着実と洗脳されてきている今日この頃w
英語だと「Radio-Gymnastics」ってなんかかっけ〜(あっているのかw)
とにかくお待ちしておりました!
次回更新の「サマージャンボ改めさんの修行篇」楽しみにお待ちしております!
20 名前:すてっぷ 投稿日:2002年12月29日(日)13時44分09秒
感想ありがとうございます!

>15 ごまべーぐるさん
ありがとうございます!
地道な布教活動までして頂いて…でも、こんなバカ物語を薦めてしまって、
ごまべーぐるさんの人格が疑われてないと良いのですが(笑)
しかし、この一年で、娘。を取り巻く状況もずいぶん変わってしまいましたよね。。

>16 名無し娘。さん
結果的には良い方へ転んだのだし、ある意味「当たり」と言えない事もないかも(笑
全員が微妙に普通じゃないのですが、中でも保田さんはちょっと突き抜けています。恐らく次回も。
21 名前:すてっぷ 投稿日:2002年12月29日(日)13時47分23秒
>17 名無しさん
ひろし→ぴろし→ピロシキと連想して、「ピロシキを頬張る会」とかにしようと思ったんですが、
そこまでいくと元が「ひろし」である事に誰も気付かないだろうと思ったので、止めました(笑)
次回は年明けになりますが…よろしければ、覗いてやってくださいね。

>18 名無し読者さん
富士山へ?ド○ゴンボ○ルはあまり詳しくないので…すいません。

>19 名無し読者86さん
どうもです!当初は、まさか1スレ使い切るとは…でもまだまだ続きそうです。
完結する頃には、86さんがラジオ体操マスターになってることを期待する今日この頃(笑)
あっているのかどうかは置いといて、とりあえず略して「RG」と呼びますか(呼んでどうするんだろう)。
22 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月05日(日)23時48分46秒

「はあっ、はあっ…」
(うすいっ…酸素が、酸素が薄いわ…)
翌朝、梨華は圭との約束通り、富士山の頂上に立っていた。
約束の午前5時までは10分も無かったが、圭は未だ現れない。
ああ、また騙されたんだ…梨華が失望した、その時、
「な、なに!?」
頭上に一機のヘリが出現した。
「やっ…保田さん、ずるい!! 自分だけズルイですよおっ!!」
梨華の真上に垂らされた縄ばしごに掴まって、圭が颯爽と降りてくる。
「早かったじゃん、イシカワぁ。どんぐらい待ったー?」
圭ははしごの上から言うと、梨華の身長ほどの高さから、スタッ、と軽快に地上へ降り立った。
「や、やす、やすだ、さん、ひぅ、ぃ、ひどいじゃ、ないですかぁ。じぶん、自分だけヘリ、ヘリコプター」
途切れ途切れに、梨華が言う。
徹夜の登山で、梨華の疲労はピークに達していた。
「は? 誰が歩いて来いっつった?」
「でっ、でも、ヘリで来るなんて、ひとことも、ひとこともっ…!」
「あはははは。冗談よ、ジョーダン、ジョークよ〜。登山も練習の一つでしょ? だからわざと言わなかったの」
圭は、涙目で訴える梨華の言葉を笑い飛ばした。
23 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月05日(日)23時50分52秒
「さてと。じゃ、下山しよっか」
梨華が、岩の上に腰を下ろそうとした時だった。
「え?」
着いたばかりなのに?
中腰のままで梨華が尋ねると、圭は、
「え?じゃないわよ。行くでしょ、温泉」
事も無げに言った。
「だってだって、来たばっかりですよ、私たち。っていうか何しに来たんですか、私」
「なに言ってんの。もう下りなきゃ、夜までに着けないでしょーが。それともアンタ、おフロ入んない気?
やだぁー、石川さんって見かけによらず、結構アレなのね〜。さては部屋とか汚いんでしょ〜。やだわぁ」
「そっ、そんなコトありません!! お風呂も毎日入りますし、お部屋だってちゃんと掃除してますっ!!」
「さ、行くよー」
圭は、涙ぐむ梨華を無視すると、大きなリュックを背負って歩き出した。
「…ぐすっ…なんなの、もう、なんなのよっ…」
泣きながら、それでも付いて行くしか無かった。
悔しかったが、今この場所で頼れるのは彼女しか居ないのだ。
梨華は重い荷物を再び背負うと、圭の後に続いた。
24 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月05日(日)23時53分08秒
「♪あーたぁらしーい、あーさが来た♪」
往路を終えた直後の梨華がほとんど虫の息なのに対し、圭の足取りは軽やかだ。
(なによなによぉっ! 呑気に歌なんか歌っちゃって…もうっ、見てなさい!)
負けず嫌いの梨華だ。早足で圭を追い抜くと、彼女を真似て鼻歌を歌い始めた。
「♪あぁぁたぁぁーらっC、あーさがっ…っ、けほっ、ごほっ、ごほっ」
しかし、すぐに息切れしてしまう。
今の梨華は、極度の疲労と酸欠で、呼吸をするのもやっとだった。
「バカね。無理しちゃって」
咳き込む梨華に、圭が酸素ボンベを手渡す。
梨華は奪い取るようにしてそれを受け取ると、吸口に口を当てた。
その様子を見ながら圭は、やれやれ、と肩を竦めていたが、急に真剣な顔になり、
「歌うんじゃない石川。囁くのよ」
梨華は顔を上げた。
歌うんじゃない。囁く…?
この人は一体、何を言っているのだろう?

「こーゆーのは上手けりゃ良いってモンじゃないの。ヘタならヘタなりに、魅せ方を考えればいいワケよ」
梨華は酸素を吸入する事も忘れ、圭の話に聞き入っていた。
25 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月05日(日)23時55分53秒
「むしろ巧いヤツなんか要らないし。ウチに入りたきゃ、条件は一つよ。セクシーであること。それ以外は必要ないわ」
梨華にとってそれは、意外な事実だった。
それなら昨日の屈辱的な入部テストは一体何だったのだという気がしたが、
真里と圭にはラジオ体操に対する考え方にかなりの隔たりがあるようだ。
単に、圭がいい加減なだけなのかも知れないが。
「音程を気にせず、囁くようにか細い声で歌ってみな。息も切れないし、アンタにはぴったりの歌唱法だと思うよ」
「は、はい!」
酸素ボンベをリュックに仕舞う。梨華は、静かに歌い始めた。
音程を気にせず。
その言葉は、どんな慰めや励ましよりも、梨華の心を楽にしてくれた。
囁くように、小さな声で。包み込むように優しく、優しく。
「そう。その調子、その調子」
ふっ、と微かに笑うと、圭は再び歩き始めた。
それは失笑とも受け取れたが、いやそんなはずはない、と梨華は自分に言い聞かせ、圭の後に続いた。
梨華が歌いながら近付くとなぜか圭は足を速め、山を下りるまで、ついに二人の距離が縮まることは無かった。
26 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月05日(日)23時58分59秒
こうして二人は一ヶ月もの間、山小屋で仮眠をとりながら、道中では合唱の練習を、
そして頂上に着くとラジオ体操の特訓、それが終わるとすぐに下山し、温泉宿で温泉に浸かるという生活を続けた。
資金が無いため勿論、宿には泊まらない。
梨華は内心、圭がヘリなどチャーターしなければ宿代ぐらいにはなったのに、と思っていたが、口には出せずにいた。

「完璧よ。もうアンタに教えることは無い」
「はい! ありがとうございますっ! 保田さんのおかげで、私、私…」
「ああもう、泣くのはまだ早いっつーのよ。まったく、バカなんだから…」
言葉とは裏腹に、圭の目にはうっすらと、涙が浮かんでいた。

「帰るよ、石川! あの小生意気な矢口真里を、『Gyafun!』と言わせてやるんだから!!」
「はい! 私必ず、あの小生意気な矢口さんを、ギャフンと言わせてみせますっ!!」
「おい、オマエが『小生意気』とか言うなよ! 先輩だろ!!」
「あっ、ゴメンなさい!」
梨華は慌てた。
圭は、口は悪いが礼儀を重んじる人間なのだ。
ともかく長かった特訓の日々は終わり、梨華は晴れて、東京へ戻ることが出来たのだった。
27 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月06日(月)00時01分57秒

「うそ、でしょ…」
梨華がそこに立った瞬間、真里の表情が変わった。
ラジカセからは、ラジオ体操第一のイントロが流れている。
体操が始まり、梨華が、すっ、と両手を上げた。
「コレがあの、箸にも棒にもかからなかった石川さんなの…?」
真里は、梨華の体操を食い入るように見つめている。
全てが完璧だった。
向かい合って模範演技をしている藤本美貴の動きに釣られて、左右を逆に演じる事もない。

「どう? 矢口。好きでしょ、こーゆーの。欲しかったらそう言って」
勝ち誇ったように、圭が言う。
「欲しい、欲しいです! あたしこのコ、すっごく欲しいよ、圭ちゃん!!」
真里は少しの躊躇も無く言った。
部長としてのプライドを捨ててまでも、自分を必要としてくれている。
梨華は嬉しさと優越感で一杯になった。
「まぁ焦んないの。このコは体操だけじゃないんだから」
圭が言うと、真里は怪訝な顔で、
「まさか歌? うそでしょー、そっちは絶対ムリだってえー」
「藤本、準備して」
圭の指示で、美貴がラジカセを操作する。
真里はぶつぶつと何か言っていたが、曲が始まると、諦めたのか大人しくなった。
28 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月06日(月)00時05分34秒
「わ。せくしーだっ」
梨華が歌い始めるとすぐに、真里が声を上げた。
登山中、激しい疲労と酸欠の中で極力、体力を消耗しないようにとか細い声で歌い続けるうち、
音程はともかくとして梨華のウィスパーヴォイスは確実に磨かれていった。
気付けば梨華はごく自然に、艶のある『セクシー歌唱法』を会得していたのだ。音程はともかくとして。

「矢口。このコの実力、認めたんなら何も聞かずにたった一言、『ギャフン』とだけ言いなさい」
「ぎゃ…ぎゃふん」
圭と梨華、二人が勝利した瞬間だった。
「ゴメン、ゆきどん。今年の大会だけど…スタメン、石川さんでいくから」
「ええっ!?」
同時に、前田の夏が終わった瞬間でもあった。

「さてと、じゃアタシはお先に…あっそうだ矢口、コレよろしくね」
圭が制服の胸ポケットから一枚の紙を取り出し、真里に手渡す。
「ヘリコプター、チャーター料として…ってなによコレ?」
「見りゃわかんでしょ、領収証よ。じゃ頑張ってね、石川」
梨華に手を振ると、圭は部室を出て行った。
「コラ待て! こんなモン部費で落ちるワケねーだろーが!!」
真里が慌てて後を追う。
29 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月06日(月)00時08分42秒
「あの、石川さん。申し訳ないんですけど…ロッカー、このコと一緒に使ってもらえますか?」
壁際に並ぶロッカーの一つを指して、美貴が言った。
「このコ、って…?」
梨華の周りには、美貴しかいない。
美貴自身の事を言っているのかと思ったが、だとしたら『このコ』という呼び方はしない筈だ。
「このコですよ」
開け放たれたロッカーの中を指差して、美貴が言う。
美貴が指した先を見て、梨華は目を疑った。
「プー、さん…?」
中には、真紅のベストを着た黄色い熊のぬいぐるみが入っている。
ロッカーの幅にぴたりと収まっている、かなり大きめなそれは、真里の身長よりもやや低いといったところか。
「はい。矢口さんのお友達なんですけど、全部で20人いるんです。
だからロッカー足りなくなっちゃって、うちらも共有して使ってるんですよねー」
「ねぇ、お友達、っていうか…ぬいぐるみ、だよね」
すると美貴が人差し指を口に当て、「しっ」とやる。
そして、真里が圭を追ったまま、まだ戻っていないのを確認すると、美貴は安心したようにため息を吐いた。
30 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月06日(月)00時11分10秒
「いいですか、石川さん。くれぐれもプーさんたちを、どーぶつ扱いしないようにお願いします」
周りを気にしながら、声を潜めて美貴が言う。
「動物扱い、ってどういうコト?」
釣られて、梨華も小声になる。
「だから、ぬいぐるみとか熊よばわりしないことと、あと、単位は『人』で。
数えるときは、一匹二匹とか一頭二頭ではなく、一人、二人とカウントしてください」
「数えるコトとか、あるんだ…」
「たまに、ですけど」
美貴はさらに、説明を続けた。
ロッカー開閉の際は、中のプーさんを傷付けないよう細心の注意を払うこと。
プーさんを汚さないよう、ロッカー周辺での飲食は避けること。
着替えの際は、プーさんの目をタオルで目隠しすること。
31 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月06日(月)00時14分33秒
「なんか最後のは、意味がよくわかんないんだけど」
「あたしもわかんないんですけど、たぶん教育上良くないとか、そーゆー理由なんじゃないでしょーか」
「教育上って、誰の?」
「プーさんの」
「そっ、か…」
梨華は天を仰ぐと、抑揚の無い声で続けた。
「そうよね。女の子の着替えシーンなんて、プーさんには刺激が強すぎるものね」
「そうですよ…。プーさんにはまだ、早いですよ…」
美貴が、ぽつりと呟く。
白々しい台詞を吐きながら、彼女もまた、解っているのだろう。

そういう問題じゃない、と。
 

32 名前:すてっぷ 投稿日:2003年01月06日(月)00時17分40秒
更新しました。長くなりそうなので、とりあえずここまで。
次回、さらに11話の続きです…。
33 名前:名無し読者86こと目指せRGマスターw 投稿日:2003年01月06日(月)01時54分03秒
すてっぷ様、明けましておめでとうございます!
新年早々の更新でも全開ですね!今年も突っ走っちゃって下さいw
あの霊峰にヘリで横付けする保田さんの画が容易に目に浮かび…
あの爽やかな歌をどう歌えばセクスィになるのかともう想像が膨らんで…
あの黄色い熊がロッカーに押し込められている様が頭から離れず…
新年早々脳内が大変な事になっておりますw
次回更新でのさらなる続きをお待ちしております!
34 名前:おさる 投稿日:2003年01月06日(月)18時41分10秒
 あけおめ! ことよろ! でごじゃいます。
第11話。今年の初笑いでした。お圭さんと梨華ちゃんの、バターン死の行進(嘘。
プーさんを人間扱いの、エキセントリック&アブノーマル(?)な矢口部長もグー。
「単位は『人』」って。 娘。で「めちゃイケ」乗っ取って、「数取団」やって欲しいっス。
すてっぷ株、今年も買い材料豊富で、堅調に推移せよ!
35 名前:名無し 投稿日:2003年01月06日(月)19時53分57秒
保田さんが最初ヘリで来たときはあんたにはいったいどんなバックがついているんだ…
と恐怖しましたが、ちゃっかり合宿(?)代から払っているところが保田さんらしくて安心しました。
そして今回一番注目すべき所は…ゆきど〜ん!!(涙&合掌 ひろし会で頑張って下さい…。

あっ、すてっぷさん あけでと!ことしく!みたいな! えっ?略すところ違うんですか?
36 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月07日(火)21時18分42秒
モニフラ体操部(ラ)の真の支配者は
矢口でも松浦でもなく赤シャツ1枚で下半身裸の黄色熊でしたか。

もはや言うべき事はありません。すてっぷさんの信じる道をお進み下さい。
37 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月08日(水)14時55分51秒
でも確かプーさんって実年齢3○歳で、あのお腹はビールっ腹なんですよね。
(作られた時の設定がそうだと前テレビで見ました。)

「プーさんにはまだ、早いですよ…」

可愛いキャラクターだよなぁ、プーさんw

もうすてっぷさんの作品は最高です。大好きです。一生ついていきます。
38 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年01月08日(水)19時33分30秒
007ばりの登場の圭ちゃんに萌えました。
ヘリで現れても許されるのは、ボンドと圭ちゃんだけです。
ゆきどんの不運にかわいそうと思いながらも笑ってしまいました。
ひろし会で活躍してくれることを祈って…。

>人格が疑われてないと良いのですが
大学の時のバカ仲間なので(w 今更何も隠すことはありません。
お気遣いありがとうございます。嬉しいです。


―――で、いしかーさんとヤッスーは夏休みの宿題はちゃんとやったのでしょうか。
それを考えると、夜も気になって眠れません。
39 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月10日(金)02時36分25秒
「あたらしい朝が来た」と「KISSがしたい」をフュージョンさせるべく
脳内が懸命に格闘していました。(笑)
40 名前:すてっぷ 投稿日:2003年01月13日(月)19時41分37秒
感想、ありがとうございます。
更新は、もうしばらくお待ち下さい。すみません。。

>33 名無し読者86さん
明けましておめでとうございます、RGマスター!(笑
色んな(アホな)場面を想像してもらえたようで…(笑)
黄色い熊たちは12話か13話あたりで再登場する予定ですので、
頭の片隅にでも置いといて頂けると嬉しいです。
新年早々バカ全開ですが、今年もよろしくお願いします!

>34 おさるさん
今年もよろしくです!こんなモノで初笑いして頂けるとは光栄です。
お圭さんといい矢口部長といい、チームえんじぇるよりもこっちの方が断然、
アブノーマルなメンツ揃いな気がしてきました。
あと、数取団だと間違いなく、プーさん=「人」は×でしょうね(笑

>35 名無しさん
こっちも負けずに、あけしく!(←略しすぎてなにがなんだか)
ゆきどんに注目してもらえるとは…!(笑
ヘリの件は、一応フォローしてみました。
散々ムリな設定作っといて今更、フォローも何も無いんですけどね(笑)
41 名前:すてっぷ 投稿日:2003年01月13日(月)19時45分35秒
>36 名無し読者さん
ありがとうございます。お言葉に甘えて、突っ走りたいと思います(笑
にしても彼はなぜ、下半身ハダカなんでしょうね…上だけ着てるから余計に、気になって仕方ないのですが。

>37 名無し読者さん
ありがとうございます。そう言ってくださる方がいる限りは、続けたいです。
プーさんって、オッチャンなんですか…しかもビールとか飲むんですか。。
じゃあきっと、「早い」どころか既にあらゆるコトを知り尽くしているんでしょうね(笑)

>38 ごまべーぐるさん
>大学の時のバカ仲間なので(w
安心しました。じゃあ結論として、全員バカということで(笑
夏休みの宿題は、絵日記とか自由研究なら、きっと素晴らしい大作が出来上がると思われます。
なので夜になったら、ちゃんと寝てください(笑)

>39 名無し読者さん
思わず想像してしまいました。ありがとうございました(笑)
42 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時38分27秒

二学期に入り、部のしきたりや練習にも慣れ始めた頃、
梨華は圭に関する奇妙な噂を耳にするようになった。
部員達によると最近の圭は、彼女らに対してやけに気前が良いというのだ。

『昨日ですねぇ、松浦がぁ、自販機で缶コーヒーを買おうとしてたんですね。
そしたら保田さんとバッタリ会っちゃってぇ、保田さん、隣の自販機にあった、
100円のフルーツ牛乳をおごってくれちゃったんですよぉ。
おごってくれるのはモチロンうれしいんですけどぉ、松浦が飲みたかったのって、
120円の缶コーヒーなワケじゃないですかぁ。
だからちょっと、フクザツな気持ちになっちゃったんですけどねぇ』
と、中等部二年の松浦亜弥。

『あたしも昨日、食堂でカレーライスの食券買おうとしてたら保田さんが割り込んできて、
アタシがおごるよ、って、カレーパンを差し出すんです。
断るワケにもいかなかったんで、受け取ったんですけど…正直、パン1個じゃ全然足りませんでしたね』
と、高等部二年のソニン。

『そーなのよ。最近なーんか、びみょーに気前イイんだよねー。あくまで、びみょーなんだけど』
とは、部長、矢口真里の弁である。
43 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時40分30秒
幸か不幸か梨華は未だに、他の部員達のような体験をした事が無かった。
コーヒーが飲みたいのにコーヒー牛乳ならまだしもフルーツ牛乳を飲まされたり、
カレーライスが食べたいのにカレーパンを食べさせられたり、出来る事ならそんな目には遭いたくないと思う反面、
圭が自分にだけはそうしてくれない事が、梨華には少し寂しくもあった。
(やっぱり保田さんは、私のコトまだ、一人前として認めてくれてないのかも…)

「…しかわ、石川。無視すんなよ石川!!」
「えっ」
自分を呼ぶ声に、梨華はハッとした。練習が終わり、これから帰宅するところである。
梨華が振り返ると、校門の前に横付けされたリムジンの窓から、圭が顔を出していた。
「やっ、保田さん!?」
梨華の知る限り圭は、確かに庶民だったはずだ。
こともあろうにそんな彼女が、運転手付きの高級車に乗っている。
人違い?
梨華は何度も目を擦って確かめたが、目の前に居るのはやはり、自分がよく知る保田圭その人であった。
「石川様ですね。どうぞ」
運転手が車を降り、ドアを開ける。
「え…乗るんですか、私」
梨華は困惑した。
44 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時42分17秒
「なにしてんの。早く乗んなさいよ」
圭が奥から身を乗り出し、不機嫌そうに言う。
「はあ…」
これから一体、何処へ連れて行かれるのだろう。
梨華は怯えながらも渋々、車に乗り込んだ。
「寿司行くよ、寿司。今日はアタシのおごりだからさー、思う存分楽しんでよね」
「えっ、お寿司ですかっ!?」
ついに来た。思わず、梨華は声を弾ませた。
「もう、好きなだけイっちゃっていいから」
「ホントですか!? やだぁ、それ知ってたら、朝ゴハンもお昼ゴハンも抜いてきたのにっ!」
圭は、フルーツ牛乳やカレーパンよりも遥かに高額な寿司を奢ってくれるというのだ。それも自分だけに。
梨華は有頂天になった。

「お嬢様。着きました」
20分程走っただろうか、二人を乗せたリムジンは停まり、運転手が言った。
「ありがと。もう帰っていいよ」
圭が言う。

「帰しちゃって、良かったんですか?」
走り去る車を見ながら、梨華は尋ねた。
運転手というものは普通、主人が食事を終えるのを外で待っているものではないのだろうか?
45 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時44分55秒
「ああ、あの人、時給で雇ってるから。待たせとくの勿体ないでしょ。悪いけど、帰りは電車で帰ってくれる?」
「時給!?」
お抱え運転手を、時給制で雇用!?
梨華は愕然とした。
最近の圭は、”微妙に”気前が良い。
梨華は、真里の言った言葉の意味を、ほんの少しだが理解できたような気がした。
当然、梨華の乗ったあの高級車も、レンタカーと考えて間違いないだろう。
(ううん。大丈夫よ、梨華。きっと、私にお寿司を奢ってくれるために節約してるんだわ。そうに違いない!)
お寿司に期待。
梨華は持ち前の前向きさで、すぐに立ち直った。
「いしかわー。なにしてんのよ、入るよー」
「あっ、ハイ!」
しかし、梨華は振り返った瞬間、
「くっ…!?」
言葉を失った。
二人の頭上には、派手な電飾に彩られた大きな看板。
”くるっくる寿司”と書かれている。
「ヘイ、らっしゃい!」
自動ドアの向こうから、従業員達の威勢の良い声が聞こえた。
派手な看板、軽薄な店名(”くるっくる”寿司)、自動ドア。
それらは、この場所が価格の安さに定評のある、庶民のための回転寿司屋であるという紛れも無い事実を意味していた。
46 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時46分51秒
(あああ、やっぱり…回転してるのね)
夕食時とあって、店内は混雑している。
重い足取りで中へ進みながら、ベルトコンベアに乗せられた無数の寿司達がひしめき合っている様子を、梨華はぼんやりと眺めた。
あくまで”微妙”。
梨華は、真里の言った言葉の意味を、ほぼ理解できたような気がした。
こうなると、もはや本当に奢ってくれるのかどうかすら怪しい。
所持金の少なかった梨華は、席に着くと、恐る恐る、店で一番安い皿に手を伸ばした。
「カッパ? ったくもー、なにシケたモン取ってんだかー」
圭が眉を顰める。
梨華は躊躇したが、一度手を掛けた皿を元に戻す訳にもいかず、
「美味しい! じゃあ次は、メロンとかイっちゃおーかなっ!」
河童巻きを頬張り、無理に明るく振舞った。
(保田さんってば、本当に全額おごってくれるつもりなのかしら…)

「あの、保田さん…急に、どうしちゃったんですか?」
梨華は、意を決して尋ねた。
当の圭は、皿の上の中トロに夢中だ。
47 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時48分51秒
「なにが?」
「みんなが噂してます。最近の保田さん、微妙に気前が良いって」
どうしても知りたかった。
なぜ突然、部員達に菓子や飲み物を奢るようになったのか。
そして、この場の支払いは全て、圭持ちと考えて良いのか。
「微妙!? 失礼ねー! オゴってもらっといて!!」
それまで上機嫌だった圭の表情が、一変した。
「あ、それ言ってたのは、矢口さんですけど」
「ヤグチッ…!」
圭はチッ、と舌打ちすると、悔しげに唇を噛んだ。
「でも、本当にどうしたんですか? もしかして、お小遣いが上がったとか?」
梨華が核心に触れると、圭は周囲を気にしながら小声で、
「実は、そのコトなんだけどね…」
圭に釣られ、梨華も身を屈める。
「ほら、アンタに譲ってもらったサマージャンボ。アレ当たっちゃってさぁ」
「うそおっ!?」
梨華は思わず、素っ頓狂な声を上げた。
圭が慌てて、唇に指を当てシーッとやるが、梨華の興奮は冷めない。
「やりましたね、保田さん! おめでとうございます!!」
梨華は圭の手を取ると、心から言った。
しかし、何故か圭は困惑顔で、梨華と目を合わせようとしない。
48 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時51分16秒
「いやあ、でもさ…アレって、ホントはアンタが買うはずだった宝クジじゃない? だから、なんか申し訳なくて」
「やだぁー、そんなの気にしないでくださいよ。だって、私がお金出したワケじゃないんだし」
「…そう。それ聞いて安心した」
梨華は、内心驚いていた。
圭は自分が思うよりも案外、優しい人間なのかも知れない。
「で、いくら当たったんですか?」
梨華はコンベアを流れてくる寿司を選びながら、何気なく尋ねた。
フルーツ牛乳、カレーパン、そして回転寿司。
梨華は、圭の部員達への振舞から考えて、当たったと言ってもどうせ大した額ではないのだろうと高を括っていたのだが、
「ああ。3億」
圭はガリを噛み砕きながら、信じられない言葉を平然と言い放ったのだ。
「さっ…!?」
3億も当てといて、くるっくる寿司!?
梨華は言葉を失った。
『私がお金出したワケじゃないんだし』
さっきはそう言ったが、前後賞あわせて3億円も当たったというのなら、常識的に考えて、話はまったく別だ。
「さ、さんおく、さんおく、さんおく…」
割り箸を持つ手がブルブルと震えた。
49 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時54分22秒
腑に落ちない。落ちよう筈がない。
宝くじ売り場で圭に出遭ったあの日、彼女の言葉に乗せられて最後の10枚を譲ったりしなければ、
大金は間違いなく梨華のものになっていたのだ。
こういう場合、当選金はせめて山分けするのが当然ではないのか?
しかし目の前の彼女は、たった一度の回転寿司で片を付けようとしている。全てを、終わらせようとしている。
怒りとも悲しみともつかない、言いようの無い感情が奥底から湧き上がり、目頭が熱くなった。
「なに泣いてんのよアンタ。あ、さてはワサビが沁みたな? もぅ石川ったら、子供なんだから〜」
「え、えへっ。ちょっぴり沁みちゃいまシタ!」
梨華は耐えた。そうだ、憎むべきは、目の前の敵ではない。
クラスの男子にからかわれた、幼いあの日。恋人を失った。大金も逃した。
そう、全ての元凶は、あの忌まわしい体操に他ならないのだから。
50 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)03時57分17秒
「でもアレよねぇ〜。こーゆーのってさぁ、なんつーの? いわゆる、あぶく銭ってヤツじゃん?
だからまぁ、パアーっと遣っちゃおうかなーなんて思ってんだけどね。卒業旅行、ベガスあたりでさ。
でもツキまくってるアタシのコトだから、カジノでまた3倍ぐらいに増えちゃったりとかね!」
「そ、そう上手く、いきますかね…」
憎むべきは、目の前の敵ではない。
梨華は必死に言い聞かせた。
「いやいや。ゲーセンのコインと一緒でさー、キープしたところでどうせそうそう来ないし、
帰り際にパアーッと遣っちゃおうと思って競馬ゲームで一点買いしたら大当たりしちゃって更にコインがザックザクなんて、よくあるハナシじゃない。
欲が無いほどツイちゃうモンなのよ、こーゆーのはさ」
「…そーですか」
初めて人を、憎いと思った。
可哀想な私。
けれど他人にこんな感情を抱いてしまう自分はやはり、来るべき日が来たその時、神の裁きによって地獄へと堕ちるのだろうか。
梨華は苦笑し、今度は何の遠慮も懸念も無く、大トロの皿に手を伸ばした。

これが、梨華と圭との一部始終である。
 
51 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)04時00分07秒

――

「お疲れ様でしたー」
練習が終わり、部員達が館内に散っていく。
片付けを始める者、仕上げのストレッチをする者、周りと談笑する者、様々だ。
「先輩、ラーメン行きません?」
「うん。行こっか」
梨華が、ストレッチをしながら美貴に答えると、
「あーっ、オイラも混ぜてよ」
真里が割り込む。
「おっつー。どうよ調子は」
梨華が顔を上げると、美貴の後ろには圭が立っていた。
「また今ごろ来やがった…」
真里が不機嫌そうに呟いたが、圭は平然としている。
「ホイ、差し入れだよー」
そう言うと圭は、真里に向かって何かの袋を放り投げた。
「…あのさ、圭ちゃん。もらっといてナンだけど…部員30人に対して、かっぱえびせん1袋というのは正直どうかと」
「なによ、文句あんの?」
圭の”微妙に”気前の良い状態は、一年近く経った今でも変わらない。
「まぁ、いーけど。で、遅刻の理由は?」
厳しい口調で真里が言う。
52 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)04時03分05秒
「いやー、最近、電車でGO!にハマっちゃってさぁ。今日は今日とて、5000円もつぎ込んじゃったわよ〜」
しかし、圭に悪びれる様子は無い。
相変わらずショボいな、と梨華は思う。
3億あったら、自分ならわざわざゲーセンに通ったりせず、筐体ごと買う。
「今ごろ? ってゆーかお言葉ですけど圭ちゃん。5000円あったら、えびせんが何コ買えるかしらね」
怒りもどこかへ飛んでしまったようだ。真里はすっかり呆れている。
「コレ分けるのメンドくせー。つーかむしろ要らない」
真里に配分を任された美貴が小声で毒づくと、
「そうだよねぇ。どうせ、一人あたり数本とかの世界だもんね」
亜弥がさらに小さな声で同調した。

「おっ、みんなもう集まってるやーん。自分ら、ホンマいっつも感心やなぁ」
「あ、みっちゃん」
真里に『みっちゃん』と呼ばれた女は、ラジオ体操部の監督である、平家みちよ。
モニフラ女子高校の音楽教師である彼女は、学校近くの駄菓子屋、『平家商店』の看板娘でもある。
53 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)04時05分50秒
「ったくどいつもこいつも遅刻三昧しやがって。言い訳するぐらいならしんでよね、マジで」
「なぁ矢口ぃ。なぁんでいっつも、アタシが来たとき練習終わってんの? 練習って、7時からやんなぁ?」
「はあ?」
真里が声を上げた。
「なに言ってんの、みっちゃん。ドコに夜の7時から練習始めるすっとんきょーな部があんのよ」
「え、だって矢口…」
真里に責められながら、みちよは訳が解らないという顔をしている。
その様子を見て、下級生達がざわつき始めた。
「矢口さん、ちょっと、矢口さんっ」
美貴が、真里の腕を引っ張っている。なにやら酷く慌てているようだ。
梨華は訳が解らないまま、部員達の輪に入った。
「ちょっ…なによ、ヨネちゃん」
「矢口さん、覚えてないんですか?」
「なにが?」
やっぱり…、と落胆した様子で美貴は頭を抱えた後、小声で続けた。
54 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)04時08分45秒
「ほら、おととしのエイプリルフール。明日から練習開始は7時にします、って矢口さん、嘘吐いたじゃないですか。
アレ、みんなは嘘だって気付いてたんですけど、平家さんだけはあの日以来、二年以上も騙されっパナシなんですよ」
「マジで!?」
真里が声を上げる。
梨華も初めて耳にする、驚愕の事実だった。
「あー。そーいえば、そーゆーコトあったなぁ」
過ぎた日を懐かしむようにしみじみと、真里が言う。
「ウチら、矢口さんがいつネタばらしするのかなぁって」
ソニンが言い、部員達が一様に頷く。
「バカ。忘れてたに決まってんじゃん。早く教えてよね、そーゆーコトはぁ」
「ねぇねぇ、なんのハナシ? みっちゃんも混ぜてぇな」
小声で揉める部員達の後ろから、みちよが顔を覗かせる。
「うっ…!」
真里は一瞬言葉に詰まったが、やがて、
「ゴメンみっちゃん。アレ……ウソだから」
静かに告げた。
「えっ。ウソ? ウソって何が? え? なに? え?」
みちよは、酷く混乱しているようだった。
部員達の間で視線を泳がせるが、皆俯いて、誰一人彼女と目を合わせようとしない。
55 名前:<第11話> 投稿日:2003年01月25日(土)04時13分27秒
「あー、ええっと……おつかれっしたぁー」
最初に逃げたのは、真里だ。
すると待っていたかのように、他の部員達も一斉に逃げ帰ってしまった。
「なぁ石川ぁ。ウソってもしかして、矢口がホンマはアメリカ人っていうやつ? アレ嘘なん?」
一人逃げ遅れた梨華の背後で、みちよが言った。
「それもたぶん嘘ですけど、そのコトじゃなくて…」
あれは確か、去年の秋だっただろうか。
度の過ぎた金髪をみちよに注意され、「私はアメリカ人なのでこれは地毛です」と言い逃れたという話を、
真里に聞いた事があった。
「練習時間のコトですけど、本当は…7時『から』じゃなくて、4時半から7時『まで』、なんです」
「あっ。なんだそっちかあ」
みちよは自分の額をぴしゃりと叩くと、照れたように笑った。
この人には、それだと気付かずに信じ込んでいる嘘がまだ、たくさんあるに違いない。
けれどそれでもいいサ、と梨華は思う。
だって騙すより騙される方が、人として、素敵だもの。

「ねぇ石川。4時半って、夕方だよね? 早朝じゃない、よね?」
「当たり前じゃん」
(平家さん、ファイトっ!)
 
56 名前:すてっぷ 投稿日:2003年01月25日(土)04時16分11秒
更新遅くなってすみません。
次回は久々、5期メンたち登場の予定です。
57 名前:名無し娘。 投稿日:2003年01月25日(土)09時16分21秒
・・・さすが宇宙不幸。
平家さんが出るだけで心の中に吹き消された直後のろうそくのような
暖かい灯りがともります。
58 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)09時43分39秒
始めまして。毎回すてっぷさんの作品を読んで元気をもらってます。
今回のも平家さんがもう(>_<)
思わず「プッ」って吹き出しちゃいました。最高です!!
時間だけでなく、外人…って(笑
59 名前:おさる 投稿日:2003年01月25日(土)20時02分39秒
 サイド・ストーリーもますます勢いづいて、「えじぇハー2」、大作のヨカーン!
 お圭さんのビミョーな羽振りの良さもいいけど、矢口部長のうそにイイ感じで振り回されてる
へーけさんの、「存在の耐えられないビミョーさ」(?)も、諸手を挙げて歓迎だぁー!
額をぴしゃりと叩いて、「なんだそっちかあ」だなんて……
「あな〜たは〜グランプリでしょ〜、強く生きなきゃダメなの〜」(by 東京ロマンチカ)

 沁みるねぇ〜(泣
60 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年01月25日(土)20時12分42秒
みっちゃん、いい子なのにね。・゚・(ノД`)・゚・。

それにしても、圭ちゃんのビミョーな金銭感覚はステキです。
他人にだけでなく、自分に使ってる分もビミョー。「電車でGO!」5千円分て…。

>夜になったら、ちゃんと寝てください(笑)
安心しました(w。これでぐっすり眠れます。




61 名前:名無し 投稿日:2003年01月25日(土)21時51分10秒
石川さんの精神力に脱帽です。
自分ならあの話を聞いた時、怒りを堪え切れずに渾身の右ストレートをお圭さんの
鼻っ面に間違いなくぶち込んでいます。
自分が思うに保田さんは「微妙」と言うよりも「ケt(ry
そしてやはり言わざる終えないでしょう、みっちゃんいい子なのにね…。
62 名前:名無し読者86 投稿日:2003年01月27日(月)16時11分36秒
更新お待ちしておりました!
嘲笑も、失恋も、憎しみも全てを力とし
エースとなった石川さん。う〜ん、スポ根!w
果たして、「え☆H!」は「セ共」をやぶりRGの頂点を掴む事が出来るのかっ!!
と勝手に脳内で盛り上りながら次回更新を楽しみにお待ちしております。
63 名前:もんじゃ 投稿日:2003年02月02日(日)10時24分20秒
私事の事情でしたが、やっとやっと続きを読めました。
今回も良いネタがあちらこちらに散りばめられていてサイッコーです。
梨華ちゃんのケナゲさにも、度の過ぎた矢口さんにも泣けました。
どうやら私もワサビが効いたみたいです。
64 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)21時51分00秒
「みんなは、『部活』と聞いて、まず何を連想する?
カオリはそうねえ…誰が何と言おうとやっぱり、『夏合宿』だなあ」
「うーん…ヨシザワが思い出すのは、部活終わりに梨華ちゃんと待ち合わせして、一緒に帰ったりしたコトですね。
彼女、帰りにたいてい宝くじ売り場でスクラッチくじ買うんですけど……一度も当たったコト無い上に、
削るのに使った10円玉を必ずと言っていいほどカウンターに置き忘れるんですよ。50円とか、100円のときもあったなぁ。
オマエいったい幾ら損すりゃ気が済むんだってハナシなんですけど、なんてゆーかそーゆートコも、梨華ちゃんらしいってゆーか」
「夏休みといえば、誰がなんと言おうとやっぱり合宿だよね。うちらお笑い部も、毎年ハリキってやってたし。
ああ、懐かしいなぁ…文化祭での単独ライブ権を賭けた、24時間耐久大喜利。夏の風物詩だったものね…」
圭織が、感慨深げに言った。

飯田圭織と、吉澤ひとみ。
ハロモニ女子学園ラジオ体操部監督と、最上級生部員。二人とも部にとって欠くことの出来ない、主要人物である。
愛以下、中学生部員達は、微妙に噛み合わない二人の会話に耳を傾けていた。
65 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)21時53分34秒
「梨華ちゃんのそういう、見かけによらずギャンブル狂なトコとかホントに好きだったんですけど…
彼女がお母さんに頼まれたおつかいの代金を使い込もうとしたときには、さすがに止めたなぁ。
でも彼女、『このお金は、使うんじゃないの。増やすんだよ!』って言い張るんです。しかも目がマジなんです。
そんとき思いました。ああこのコは将来必ず、ギャンブルで破滅するなぁって」
「部活といえばやっぱり、合宿しか思い浮かばないなぁ。他に連想のしようがないし。夏合宿以外に、ありえないもの」
「そんでー、ほらヨシザワって、わりと倹約家じゃないですかぁ。
だから梨華ちゃんみたいなコの側に居るのは、ヨシザワみたいのがちょうど良いんじゃないかなぁって。
なんだかんだっつってうちら、ちゃんと釣り合い取れてんだなぁーとか、しみじみ思ったりして。
でもそれも今となっては、悲しい思い出でしかないんですけど、ね」
「なんのハナシやねん…」
亜依が呟く。
66 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)21時56分10秒
「吉澤先輩のは、よく解らなかったけど…監督が夏合宿をやりたくて仕方が無いっていうのは、痛いほど伝わってきました」
あさ美が言うと、圭織は「よくできました」とばかりに笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。
「カオリ、ラジオ体操のコトはよくわからないけど、そんなカオリから見てもみんな、この2ヵ月でずいぶん上達したと思う。
毎日の積み重ねも、もちろん大事だけど…朝から晩までラジオ体操、寝ても覚めてもラジオ体操、みたいな?
そういう、短期集中の期間、っていうのも、やっぱり必要だと思うんだ」
「わたしもそう思います。せっかくの夏休みだし」
愛には、圭織が頼もしく思えた。
思えばあの頃のなつみも、今の圭織と同じ事を言っていたのだ。当時愛は小学生だったが、よく覚えている。
「実はね。いろいろと調べて、うちらの合宿にピッタリの場所を見つけたの。『健康優良寺』っていう、お寺なんだけど」
圭織が、黒板に大きく『健康優良寺』と書く。
「けんこう、ゆうりょうじ…」
胡散臭い寺だな、と愛は思った。名前が長すぎるし、その上ダジャレときている。それもほとんど救いようが無いレベルの。
67 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)21時58分57秒
「業界では有名なお寺ですよね。記録によりますと、うちの部でも過去に何度か、そこで合宿を行っているみたいですし」
「うん。さすが紺野、よく調べてるね」
「はいっ、ありがとうございます!」
あさ美は嬉しそうに言うと、さらに続けた。
「お寺の近くに、大きな公園があるんですが…そこでは季節を問わず年中、健康体フェチの老若男女が集っては、
毎朝ラジオ体操や太極拳に興じているんです。マニアの中には、『ラジオ体操の聖地』なんて呼ぶ人もいるそうですよ?」
「ごくろう、紺野。下がってよし」
「はいっ、ありがとうございました!」
やはり、あさ美は嬉しそうだ。よほど教育係の仕事が気に入っているのだろう。
「そういうわけで。終業式の翌日から二泊三日の予定で、お寺にもハナシつけてあるから。
みんなくれぐれも、お寺の冷蔵庫にこっそり、缶ビールと枝豆冷やしたりしないようにネ!
カントクが夜中に抜き打ちチェックしちゃうんだからっ! そんな悪いコは、お仕置きだぞおっ?」
「そんなコトより、監督……勝手に日にち決めちゃって、ひどいですよぉ」
麻琴が抗議する。
「そうだ! ひどいよ!」
続いて希美も。
68 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)22時01分23秒
愛はため息を吐いた。
部を想う圭織の情熱は嬉しいが、何の相談も無しに日程を決められて怒る部員達の気持ちもよく解る。
「のの、その日は『喰らう会』のイベントに呼ばれてるから行けないよ!」
学園中の大食漢達が、自慢の胃袋を競い合うクラブ、『喰らう会』。
希美が、”名誉会長”の肩書きを持つ幽霊部員としてそのクラブに所属している事は、愛も以前から知っていた。
「ねぇ、のんちゃん…もう食いしん坊は卒業しようよ」
「けっ。やなこった」
吐き捨てるように、希美が言う。
「のんちゃん…」
「だってその日は、うどんだもん! きつねだもん! ずっとずっと楽しみにしてたんだからなあっ!!」
よほど悔しいのか、希美はその目に涙すら浮かべている。
圭織は困惑顔で何事か考え込んでいたが、やがて諦めたように、
「…そう。それじゃ仕方ないね。チームワークを乱す悪いコは、レギュラーから外れてもらいます」
「はあっ!? く、くそうっ…!」
希美の表情が驚愕から怒り、そして失望へと目まぐるしく変化するのを、愛は見逃さなかった。
姉のように慕っていた圭織の仕打ちを、希美は自分への裏切りと取ったのかも知れない。
69 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)22時03分52秒
「ってーコトは、ウチがレギュラー昇格!? うっしゃあー!! がんばりまあーっす!!」
降って湧いた幸運に、亜依はすっかり浮かれている。
「やったね! あいぼんさん!」
亜依と同じく新入部員である里沙も、彼女と手を取り合い、まるで我が事のように喜んでいる。
「レギュラー…うどん…レギュラー…うどん…うどん…うどん…」
希美はしゃがみ込んで、頭を抱えている。
こんなにも悩んでいる希美を見るのは初めてだが、こんな事でこんなにも悩んでいて良いのだろうか。
他人事ながら、愛は本気で心配になった。
「よしよし。オマエは一生、讃岐うどんでも喰らっとけ喰らっとけ。この、くいしんBOWが!!」
「きつね…きつね…きつね…」
苦悩する希美には、亜依の罵倒もまるで耳に入らないようだ。
「ねぇ、よく考えよ? たった一度のうどんか、秋の大会までのレギュラーか。一度の快楽と、一生の栄光。
どっちが自分にとって価値のあるモノか、のんちゃんがおりこうさんなら、判るはずだよ?」
希美の隣に腰を下ろし、圭織が優しく諭す。
70 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)22時07分23秒
「どうする? うどん、諦める?」
圭織が問うと、ややあって、希美はこくん、と頷いた。
「なんだそりゃ。とんだ茶番じゃねーかよ、やってらんねー。ってゆーか夏休みは奈良に帰るつもりだったのによー」
「ドンマイ! あいぼんさん!」
床に足を投げ出し、亜依はすっかり不貞腐れている。
「おやつ、いっぱい持ってこうよ。ねっ」
里沙になだめられる亜依の姿を、愛はぼんやりと眺めた。
部内で厄介事が起こった時、結局、傷付くのはいつも彼女のような気がする。
(……や、気のせいやろ。うん。気のせい気のせい)
ともあれ、あと数日もすれば、待ちに待った夏休みが始まるのだ。
個人の実力強化はもとより、チームの絆をより強めることができたら…。
全てが上手くいって欲しい。もちろん、なつみのことも。
(今年は、良い夏になると、いいな)

「たいせつなものって、どうしていつも、失くしてから気がついちゃうんだろう」
「………」
いつでも、蚊帳の外にするつもりは無いが、周りも本人も無意識のうちにいつの間にかそうなってしまっている。
それが吉澤ひとみなのだ。
71 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)22時10分02秒
「よっすぃー先輩。バナナはひとたびお弁当箱に入れた瞬間、おやつではなくなるのじゃ。カットして弁当箱にブチ込め!
オイラは今までそうやって遠足を切り抜けてきた。おぬしもよーっく肝に銘じておけーい!」
「えっ。なんのハナシだい? セワシくん」
ようやく我に返ったようだ。ひとみが、部員達の輪に入ってきた。
「夏休み初日から、二泊三日の寺合宿をやります、って話」
面倒くさそうに、圭織が答える。
「マジっ?」
やはり聞いていなかったらしい。部員達の間に、『呆れ』のムードが漂った。
72 名前:<第12話> 投稿日:2003年02月02日(日)22時13分10秒
「んーじゃ、プレステ持ってってもいーっすか? 先輩に借りてるアレやりたいんですよ。揉みゲー」
「お寺にテレビなんかあるわけないでしょ…」
うんざりしたように、圭織が答える。
それでも、ひとみは引き下がらない。さらに身を乗り出すと、
「んなモン、ボウズの部屋から拝借しましょーよ。『ミニスカポリスメン』とか、先輩も観たいでしょ?」
「なにそれ、ポリスメンがミニスカなの? やだそれ絶対観たくないよー」
「えー。面白いのにー」
どうでもいい。心底どうでもいい。
愛は泣き出したい衝動を必死に抑えた。今年は良い夏にするんだ、絶対に。

ともあれ、あと数日もすれば、待ちに待った夏休みが始まるのだ。
 
73 名前:すてっぷ 投稿日:2003年02月02日(日)22時16分16秒
感想、ありがとうございます!

>57 名無し娘。さん
「宇宙不幸」凄いフレーズ(笑)
彼女の灯を、最後まで見守って頂けると嬉しいです。

>58 名無し読者さん
はじめまして!こちらこそ、そういうレスを頂けると本当に励みになります…ありがとうございました。
平家さんは後にまた登場しますので、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。。

>59 おさるさん
「えじぇハー2」、いよいよ収拾がつかなくなってきました。どうしましょう(笑)
平家さんは今後も登場しますが、言葉に出来ないビミョーさ(?)を出していけたらと思います。

>60 ごまべーぐるさん
>「電車でGO!」5千円分て…。
しかもきょうび、電車でGO!て…などなど突っ込みドコロ満載ですが、
最後まで呆れずにお付き合い頂けると、嬉しいです(笑)
74 名前:すてっぷ 投稿日:2003年02月02日(日)22時18分14秒
>61 名無しさん
同感です>右ストレート
確かに、保田さんは「微妙」とかのレベルじゃないですね(笑)
次回以降、みっちゃんのいい子っぷりをもっと出していきたいなぁと思っております。

>62 名無し読者86さん
ありがとうございます!
失恋も憎しみも乗り越え…この物語の真のヒロインは、石川さんなのではという気がしてきました(笑)
>「え☆H!」は「セ共」をやぶりRGの頂点を掴む事が出来るのかっ!!
見事にワケわかんないですね。暗号文みたい(笑

>63 もんじゃさん
ありがとうございます&おかえりなさいませ。
11話は、入れたいネタが多くてやたら長くなってしまったんですが、気に入ってもらえて良かったです。
泣いたのは感動して…じゃ、ないですよね?(笑)
75 名前:名無し読者86 投稿日:2003年02月02日(日)22時32分14秒
更新お疲れ様です。
長い間すてっぷフリークをやらせて頂いていて、
初めてリアルタイムを体験することができ、感激しておりますw
『ミニスカポリスメン』ですか…爆笑させて頂きました!(一瞬わからなかったですがw)
久々登場の「え☆H!」ですが、この相変わらずのユルさがたまらないデスw
次回更新も楽しみにお待ちしております。


76 名前:名無し 投稿日:2003年02月02日(日)22時41分26秒
更新お疲れ様です。
しかしなんてこった…。
自分はすっかりこの人達がメインの話だという事を忘れていた…。すいませんでした!! 

しかし石川さん…。今までにそんなに宝くじにお金を費やしていたなんて、
それなのにあの仕打ち!!すってぷさんは悪魔だ!!いや天使だ!!(自分は石川さんの不幸が大好きなんで)
他にも色々とツッコミたいところだが他の読者の方にもオイシイところを残しておかねば。
あと忘れないように吉澤さんが主人公だと覚えておこう。
あれ?違う?
77 名前:おさる 投稿日:2003年02月05日(水)15時59分17秒
 『このお金は、使うんじゃないの。増やすんだよ!』
もはや、西原理恵子の漫画並みのセリフです。石川さん、最高です!一生ついていきます!
 飯田と吉澤の2トップのボケボケぶりにもいよいよ磨きがかかってきましたね。
「えじぇハー」も「セク共」も道のりは険しいよなぁ(笑。読んでる分には面白いんだけど。
78 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年02月05日(水)19時50分56秒
アヤしいクラブ、またキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!
『喰らう会』。
( ´D`)のためにあるようなクラブですね。
ハロ女のクラブは奥が深すぎて、深すぎてもう…。



79 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月06日(木)16時46分27秒
いつもこの二人はかみ合ってないんですね(笑
最高です。なんだか今回は飯田さんがよっすぃーよりまともに見えました。
本当おもしろいです。辻ちゃん今度は行けるといいね、喰らう会のイベント(^^)
お寺の名前も…すごい…(笑
80 名前:すてっぷ 投稿日:2003年02月11日(火)18時02分00秒
感想、ありがとうございます!
13話は、もうしばらくお待ち下さい。すみません。。

>75 名無し読者86さん
リアルタイムしちゃいましたか…書いてるモノがモノだけに、ちょっと恥ずかしかったり(笑
こちらこそ、バカな時間を共有できて感激です!(笑)
屈強な『ミニスカポリスメン』達。ご想像頂けると幸いです。

>76 名無しさん
この人達…せくしー共和国のメンツが濃すぎるのと、更新が遅いのも手伝って、
主役なのに数ヶ月も放置してしまいました。。どうしましょう。
石川さんの不幸は、しばらくお休みします…というか、既に十分すぎるほど不幸なので(笑
81 名前:すてっぷ 投稿日:2003年02月11日(火)18時04分38秒
>77 おさるさん
この石川さんについてった日には、かなり酷い目に遭うこと請け合いだと思うのですが(笑)
飯田&吉澤が濃いので、他メンがあまり目立たないのが悩みどころではあります…。

>78 ごまべーぐるさん
今回も、『オニ喰い倶楽部』『ファミレス部』など、幾つものくだらない候補から厳選しました(笑)
ありえないクラブばかりですが、そろそろ打ち止めなカンジですね。

>79 名無し読者さん
飯田さんの方は、やや監督らしくなってきましたが…吉澤さんの、脱ダメ人間の日はまだ遠そうです。
お寺の名前、ツッコんでもらえてホッとしました(笑)
お待たせしてしまってますが、よろしければ、また読んでやってくださいね。。
82 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時24分21秒
「あいー。いる?」
返事は無い。
昼寝でもしているのだろうか?
音を立てないように、そっと、ドアを開ける。しかし、中には誰も居ない。
「あ、そっか」
(合宿だ、って、言ってたっけ…)
数日前、母に向かって嬉しそうに報告していた愛の姿を思い出し、なつみは苦笑した。
その夜、愛は性懲りも無くなつみへ、一緒に合宿へ行かないかと誘ったのだ。
勿論断ったが、ああもしつこくやられると、いい加減、参ってしまう。
中学三年の夏にラジオ体操部を辞めて以来、丸三年近くも説得され続けているのだ。
自分も、今は毅然とした態度を取っているものの、いつかは彼女の熱意にほだされて、
なし崩し的にそうなってしまうのではと思うと、ぞっとする。
しかしそれも、秋までの辛抱だ。
秋の大会が終わってしまえば、三年生は引退するのが普通だ。
だから秋まで我慢すれば、愛だって、諦めてくれるに違いない。
「いっか。置いてっちゃお」
なつみは、愛に借りていた本を机の上に置こうとして、ふと、壁に掛かったコルクボードに目を留めた。
ボードには何枚もの写真が、ピンで無造作に貼り付けてある。
83 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時26分28秒
麻琴や、学校の友人と思われる少女達と映っているものに混じって、中央に貼られている写真が、なつみの目を引いた。
場所は、学校の体育館だ。
赤いランドセルを背負った、まだ小学生の愛と、体操着姿のなつみ。
そして、二人の両側に、当時なつみの後輩だった、後藤真希と吉澤ひとみ。
後ろには、テニス部の石川梨華、同級生の市井紗耶香もいる。
そこに映る全員が、心から楽しそうに笑っている。
眩しい笑顔…なつみは思わず目を細めた。
つい、楽しかったあの頃に戻りたいと思ってしまう。
だからあの日以来、アルバムは開かないようにしていたのに。

「なっちだって、さ、やりたくないワケじゃないんだよ…愛」
なつみの入部を阻むものは、彼女自身の中にあるわけではない。
今でも演りたい気持ちはあるけれど、昔のように上手くは出来ない。
そんななつみの姿を見て、一番傷付くのは……。
「お願いだから、もう放っといてよ」
なつみは借りた本を手にしたまま、部屋を出た。
なんとなく、愛の居ない間にあの写真を見た事を、彼女には知られたくなかった。
 
84 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時28分20秒

――

もはや、体力の限界だった。
愛は立ち止まって、ハンカチで額の汗を拭うと、再び歩き始めた。
部員達は皆、重い荷物を背負ったまま、黙々と歩き続けている。
愛の記憶では、30分程前だっただろうか…希美がぽつりと「おなかすいた」と言ったきり、誰も言葉を発していないはずだ。
「骨川っ!? 骨川!!」
朦朧とする意識の中、ひとみの大声で、愛は我に返った。
振り返ると、一番後ろを歩いていた麻琴が、力尽きて倒れていた。傍にはひとみがしゃがみ込んでいる。
先頭にいた愛は部員達よりも少し遅れて、麻琴の傍へ駆け寄った。
「しっかりして、骨川!」
ひとみが麻琴を胸に抱くと、圭織が、麻琴の背負っていたリュックを下ろしてやる。
すると少し楽になったのか、麻琴は軽く右手を上げて微笑んだ。
「大丈夫です。ちょっと、転んだだけですから…」
自分達を安心させるための強がりだと、愛は思った。
昔からそうだ。子供の頃から、周りを気遣い、痛みを隠して強がるような所が、麻琴にはあった。
「麻琴、無理しないで。ちょっと休もうよ」
愛の言葉にも耳を貸さず、麻琴は頑なに首を振るばかりだ。
85 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時31分05秒
「だいたい、カントクのせいじゃんか…」
ぽつりと、希美が言った。
「な、によ…カオリが悪いって言うの?
カオリが、バスの時間をちゃんと調べてこなかったからこんなコトになったって、言いたいワケ!?」
「……言いたい、です」
「紺野っ!? 嘘でしょう!?」
部員全員の気持ちを代弁したのは、他の誰でもない、教育係のあさ美であった。
今日から愛達が合宿を行う『健康優良寺』は、人里離れた山奥にある。
全て任せろ、と胸を張る圭織に引率され、電車を乗り継いで山の麓まで来たまでは良かったのだが…
山頂の寺まで行くバスは、一日に、早朝のラジオ体操に間に合う時間に一本あるだけだったのだ。
愛達がバス停に着いた頃には、今日の運行は全て終了した後であった。
バス以外に交通機関が無いため、仕方なく寺まで歩く事にしたのだが、圭織はバスでの所要時間すら調べておらず、
山頂までどの位の距離があるのか、全く見当がつかない。
歩き始めて三時間。
今日中に、着けるのだろうか…愛は途方に暮れていた。
86 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時33分40秒
「責めてるのね…。のんちゃんは、カオリのせいできつねうどん食べ損なったコト、まだ根に持ってるんだわ…絶対そうよ」
「うわああああ!! きつねうどん言うな、きつねうどん言うなあっ!! 喰わせろおおおお!!」
突然、亜依が頭を抱えて絶叫する。
振りかぶってリュックを放り投げると、勢いで転倒した亜依は、坂道をゴロゴロと転がり落ちていった。
「どうして!? なんであいぼんが壊れるの!? 意味わかんないよおっ!?」
亜依の挙動を見て混乱しているようだ。圭織が素っ頓狂に言った。
「あいぼんさん、歩きながらずっと、『おなかすいた。飴ちょうだい里沙ボウ、飴ちょうだい里沙ボウ』って、小声でうわごとの様に、何度も…」
転がりゆく亜依を見ながら、里沙の顔がみるみる蒼ざめていく。
恐らくは、電車の中で持参の弁当と菓子を食い尽くしてしまっていた亜依の空腹は既に限界を超えていたのだろう。
これまでの付き合いの中で、臨界点に達した時の彼女の壊れ様が希美のそれを遥かに凌ぐ事を、
愛も薄々気付いてはいたのだが、まさかここまでとは…。
87 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時36分04秒
「わーっ!? たすけて愛ちゃん!! たすけてえええ―――っっ!!」
「あいぼんっ」
愛は我に返った。今は呑気に感心などしている場合ではない。
距離が開くにつれ、少しずつ小さくなっていく、亜依の絶叫。
急カーブが続く山道だ。低い姿勢のまま転げ落ちれば、ガードレールをくぐって崖に転落という最悪の事態も十分ありえる。
「待ってろセワシくん! セワシく―――ん!!!」
「あいぼん! あいぼん!!」
止まって、お願い、止まって。
ひとみに続いて、愛は夢中で走った。
「よし、行けるっ」
ひとみが、ダイブする。転げ落ちる亜依との距離は、2、3メートルというところか。
少しの間、二人は抱き合ったまま坂を転がっていたが、次第に速度を落とし、崖の手前でようやく止まった。
「良かったぁ…」
愛は地面にへたり込んだ。
ひとみが居なかったらと思うと、ぞっとする。
思えば、今まで呆れたり怒ったり馬鹿にした事は多々あったが、彼女に対して感謝の念を抱いたのは初めてかも知れない。
「きゃあ――っ!?」
しかし次の瞬間、安堵の声は絶叫に変わっていた。
愛の叫びが、急ブレーキの音に掻き消される。
88 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時38分38秒
無意識に、愛は両手で顔を覆っていた。
心臓が、これ以上ないほどの速さで脈打っている。
恐る恐る手を退けると、しゃがみ込んでいる自分の膝小僧が見えた。
「生き、てる…」
呟いて、ハッとする。亜依は、ひとみは無事なのか。
「ひぃ、ひぃぃぃぃ」
亜依は半べそで、ひとみの腕にしがみついていた。
どうにか、二人は無事なようだ。愛はホッと胸を撫で下ろした。
甲高いブレーキ音を立てて急停止したそれは、普通車ではなくバス、それも大型バスであった。
停車したバスと三人との距離は、1メートル足らずしかない。
運転手がブレーキを踏んだのが、もう1秒でも遅かったら…あまりの恐怖に愛は、意識を失いそうになった。
座り込んだままぼんやりと運転席の辺りを見上げていると、ぷしゅう、とドアの開く音がした。
「アンタら、だいじょーぶか!?」
運転手は、女だった。それもなかなかの美人だ。
年は二十代後半か、いや、見ようによっては前半に見えなくもない。少なくとも、十代ではないだろう。
女は顔面蒼白で、地面に座っている三人の間を行ったり来たりしながら、大丈夫か、とそればかりを繰り返している。
89 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時41分53秒
「みんな大丈夫!? 怪我とかない!?」
圭織や、部員達が次々と駆け寄ってくる。
愛は辛うじて頷いた。三人とも今はまだ、まともに話せる状態ではなかった。
「ああああ、どないしよどないしよ。ゴメンなぁ、ほんまゴメンなぁ。痛ないか? ホンマにどこも、当たってへんか?」
「あ、本当に、大丈夫です…」
「ほんまゴメンなぁ、なぁ恐かったやろ、痛かったやろ、寒かったやろ。ゴメンなぁ、ほんまゴメンなぁ、カンニンやでぇ」
「はあ…」
愛は戸惑った。
全面的に、悪いのは愛達の方である。それなのに、この腰の低さは一体?
なんとなく気まずくなって、ひとみや亜依と顔を見合わせていると、
「あれっ? アンタたち」
頭上から覚えの無い声が聞こえ、愛はバスを見上げた。
前方の窓から、一人の少女が顔を出している。
「あ、矢口さん」
麻琴の呼んだ名前を聞いても、しばらくは解らなかったのだが、
「矢口さん、ご無沙汰してます」
あさ美の口からその名前が出た時、愛はようやく思い出した。
以前から、彼女の名前はよく、あさ美に聞かされて知っていたのだ。
90 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時44分56秒
「小川麻琴に紺野あさ美、だっけ? 奇遇じゃん。なにヤってんのよぉ、こんなトコで」
悪戯っぽい笑顔が、小悪魔のような印象を与える。
彼女には恐らく、愛達が何のために”こんなトコ”に居るのか、おおよそ見当が付いているのだろう。
遠足や観光で、こんな偏狭の地に訪れる者など居ない。
この山を訪れる者のほとんどは、ラジオ体操か太極拳、そのどちらかを極める事が目的なのだ。
まれに、ヨガや少林寺拳法を学びたいという変り種も、居るには居るのだが。
「ねぇ紺野。誰なの、あのコ? 友達?」
バスの中の少女に聞こえないようにとの配慮からか、圭織が小声で問う。
「友達だなんて、そんな」
あさ美は、恐れ多い、とばかりに手を振って否定すると、
「あの人は、モニフラ女子ラジオ体操部部長の、矢口真里さんですよ」
「あ、そうなんだー。へぇ、あの子がねぇ…。えっ、じゃあ、もしかしてこの子が、みっちゃん?」
バスの運転手を指差して、圭織が言った。
「へっ?」
しかし差された当人は、きょとんとしている。
91 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時47分12秒

「すごいよねー。みっちゃんって、大型バスの免許なんか持ってるんだー。まさに監督の鑑、ってカンジだよねー」
圭織が、一列目の補助席から身を乗り出す。
愛達ラジオ体操部の面々は、同じく合宿で山頂の寺へ向かう途中だった、
モニフラ女子ラジオ体操部のスクールバスに便乗させてもらっていた。
座席が全て埋まっているとの事で、愛達は一人ずつ、左右の座席の間にある補助席を宛がわれている。
「あんなぁ、飯田さん。こんなコト言いたないけど、ウチら初対面やんか。
アンタがアタシの名前知ってんのもビックリしたけどな、なんでいきなりアダ名で呼んどんねん」
モニフラ女子ラジオ体操部監督の平家みちよは、慣れた手つきでハンドルを操りながら、不機嫌そうに言った。
92 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時50分46秒
「うんっ。ウチには紺野あさ美っていう、優秀な教育係兼諜報員がいてね。そっちのコト、色々と研究させてもらったの。
で、モニフラの監督さんって女の子だしカオリと年近いんだぁって思ったら、なんか親近感わいちゃって…
親しみを込めて、勝手に『みっちゃん』って呼ばせてもらってました!
あ、もしかして、『みっちー』の方が良かった? それとも『斉藤さん』?」
「名前変わっとるやないか!!」
「あんっ、すごーい! こんなベタベタなボケに、ちゃんとツッコんでくれるなんて! みっちゃんって、いい子だよねぇ〜」
「ハイハイもうええわ。あのね飯田さん、危険ですから、走行中は運転手にみだりに話しかけたりしないでくださいね」
「やだっ、みっちゃんたら。カオリ、えっちな話なんかしてないじゃんっ…」
「アホか! 『みだら』ちゃうわ、『みだり』やボケ!!」
「えへっ、知ってるけどー」
「くっ…!」
みちよの悔しそうな呻きが、二列目に座る愛の耳にもはっきりと聞き取れた。
93 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時54分20秒
「飯田先輩、大人しくしましょうよ。セクシー共和国の皆さんにご迷惑じゃないですか」
後方から聞こえてきた声に、愛は耳を疑った。
この声は、あさ美のものではない。そもそもあさ美が、圭織を『飯田先輩』と呼ぶわけがない。
「よ、よす、よす、よっすぃー先輩、どないしたん? 熱病にでも冒されたんとちゃう?」
愛のすぐ後ろで、亜依がうろたえた声で言った。
優等生で圭織の教育係でもある、あさ美の台詞なら、納得もいく。
しかし、この中で最もあり得ない人物が、その台詞を吐いたのだ。亜依がうろたえるのも無理は無い。
「…違うよ、あいぼん。吉澤先輩、きっと石川さんの前だから、いいカッコしたいんだよ」
あさ美が、後ろの亜依に小声で告げる。
体を捻ると、愛は後方のひとみを見遣った。
愛の後ろには、あさ美、亜依、麻琴、ひとみ、里沙、希美の順で座っている。
故意か偶然かは判らないが、ひとみの席は確か、石川梨華の隣だったはずだ。
席に着く時、ひとみが気まずそうにしていたのを、愛は思い出した。
中学時代、二人がどうやら恋人同士だったらしい事を、愛はかねてからあさ美に聞いて知っていたのだ。
94 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)00時58分08秒
「ほっほう、なるほど、そぉゆぅコトかぁ…フフフフフ」
「あいぼん、なに、する気…?」
愛はぎょっとして、不気味な笑みを浮かべる亜依に尋ねた。
しかし亜依は答えず、
「ねぇねぇ、よっすぃーせんぱーい! 余興がわりにいつものアレ、『すっぱだか大喜利』やってよ!!」
バスの隅々にまで響き渡る大声で言い放った。
「すっ…!?」
ひとみの席の辺りで、甲高い声がした。もしや、石川梨華だろうか。
「ちょっ、ちょっと、セワシくんっ!!」
たまらず、ひとみが席を立つ。相当慌てている様子だ。
「やってよー。ヒサブリに見たいよアレー」
「そんなっ、いつもやってるみたく言わないでよっ! お風呂で一回やっただけじゃんか!!」
やったのかっ…!?
愛はぎょっとして、ひとみを見た。
「一回やってりゃ十分だろ…」
ぼそりと、真里が呟く。
「ちょっとアンタ、座りぃ! 危ないやろ!!」
「あ、ハイ、すいません…」
みちよに叱られ、渋々着席する。
モニフラ女子ラジオ体操部員達の好奇の視線を浴びて、ひとみは耳まで真っ赤になっている。
95 名前:<第13話> 投稿日:2003年02月25日(火)01時02分11秒
「んっ?」
肩を突付かれて愛が振り向くと、あさ美が、小さな紙切れをそっと手渡してきた。
小さく折畳まれた紙切れを開くと、そこには希美の字で、こう書かれていた。

  ”プーさんがいる。イチバン後ろから5列目までの席、プーさんしか座ってない。こわいですたすけて。のの。”

体を捻って少し身を乗り出すと、後方に座る希美の姿が目に入った。
希美は左右に目を泳がせて、居心地が悪そうにしている。
さらに身を乗り出すと、愛の視界に、目を疑うような光景が飛び込んできた。
希美の両隣に、彼女とあまり変わらない大きさの、黄色い熊のぬいぐるみが鎮座している。
その後ろにも、さらに後ろの席にも、恐らく、窓側にも居るのだろう。
彼らの腰にはしっかりと、シートベルトが着用されている。
「……部員?」
(まさか、ね…)
愛の愚問は虚しく宙に浮いたまま、バスは頂上を目指して走り続ける。

セクシー共和国。
あらゆる意味で、愛達にとって最大の強敵となりそうだ。

あらゆる意味で。
 
96 名前:すてっぷ 投稿日:2003年02月25日(火)01時04分42秒
更新遅くなってすみませんでした。。
次回も引き続き、合宿編です。
97 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月25日(火)01時06分52秒
笑いすぎて苦しい。
98 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月25日(火)02時52分48秒
やばいです!
面白すぎて…
こんな時間に大爆笑!
もう最高ですね  (o^〜^o)
99 名前:名無し読者86 投稿日:2003年02月25日(火)05時14分12秒
更新お待ちしておりました!早起きして良かったですw
早速合宿編も波瀾含みのスタートで…朝から腹筋鍛えまくりです。
黄色い方達はこうきましたか!衝撃的な再登場でしたw
本スレ(?)に続きお疲れ様でした。
次回更新も心よりお待ちしております。
100 名前:名無し読者79 投稿日:2003年02月25日(火)08時06分43秒
もうおかしすぎてまた笑いが…止まらない(笑
よっすぃーかっこいいと思ったのに…あんなことをしてただなんて…。
辻ちゃん、あなたの気持ちわかります。
まわりにいっぱいいたら…、それもきちっとシートベルト着用…。
101 名前:名無し 投稿日:2003年02月25日(火)18時18分08秒
あの伝説のすっぱだか〜……。
吉澤さんが継承していたのか…。
この言葉には夢と愛と希望が無理やり詰め込まれているように思いました。

しかし言葉で遊ばせたらすてっぷさんの右に出る人はいないな。
102 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月25日(火)20時31分50秒
バスの後部座席がみんなプーさん・・・。

・・・み、見たいっ!

・・・トラウマになること請け合いだけど。
103 名前:名無し蒼 投稿日:2003年02月25日(火)22時48分48秒
ば、爆笑!!!!
お腹痛いです…(wそしてお菓子が喉につまりました(笑)
すてっぷさんにはいつも楽しませてもらったり感動させて貰ったりしてます。
見てみたいです(w プーさんの大群…。
続きお待ちしてます

104 名前:もんじゃ 投稿日:2003年02月26日(水)18時11分36秒
あらゆる意味。
久しぶりにワクワクする言葉です(笑)

卒業しないだけマシ。
本当ですね。私たちファンもいい子なのにね…。
105 名前:おさる 投稿日:2003年02月28日(金)18時06分49秒
後部座席がみんな「しげる」……みんな「しげる」……
矢口部長は……その中に紛れて……見えなくなってるはずだ……こわいっ
106 名前:すてっぷ 投稿日:2003年03月04日(火)23時29分17秒
感想、どうもありがとうございます。
14話は、しばらくお待ち下さい。すみません…。

>97 名無し読者さん
どうもです!次回もそうなってもらえると良いのですが。

>98 名無し読者さん
とんでもない時間に笑って頂けて…嬉しい限りです(笑)
よろしければ、最後までお付き合い下さいませ。

>99 名無し読者86さん
ラジオ体操もまだ始まらない時間に、早起きご苦労様です!
黄色い方々は次回以降も、え☆Hに多大な迷惑を掛ける事になりそうです(笑)
もう一つのスレはサイズも一杯になりましたし、しばらくはこちらに専念するつもりです。
(と言いつつ更新遅れてますが…)

>100 名無し読者79さん
吉澤先輩。脱ダメ人間かと思いきや、やっぱりダメでした…。
プーたちのベルトはきっと、石川さんや藤本さんが黙々と装着してあげたものと思われ(笑
次回もたくさん笑ってもらえるように頑張りますので、よろしければお付き合い下さいね。
107 名前:すてっぷ 投稿日:2003年03月04日(火)23時33分14秒
>101 名無しさん
どうもです。LOVE&DREAMのたくさん詰まった(笑)、「すっぱだか大喜利」は、
(心底くだらない形で)再登場しますので、記憶の片隅にでも留めておいて頂けると嬉しいです。

>102 名無し読者さん
辺り一面の黄色い物体…確かに、精神を病みそうですね。
その前に、目がどうにかなりそう(笑

>103 名無し蒼さん
お腹と喉、大丈夫でしょうか…と言いつつ、次もそうなってもらえると良いなと思ってたり(笑
プー軍団は、想像だけに留めといた方が良いかも…。
こちらこそ。いつもお読み頂き、ありがとうございます。感謝です!

>104 もんじゃさん
あらゆる意味でご期待に添えるよう、頑張ります(笑)
>私たちファンもいい子なのにね…。
娘。たちもヲタも、打たれ強くなるばかりですよね。困ったモノです。。

>105 おさるさん
しげるの大群に埋もれる矢口部長。傍目には恐いですが、本人にとっては至福のときかと…。
108 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月10日(月)17時50分01秒
ふつうによっすぃが『骨川』って呼んでるのにウケた。
109 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時01分19秒
「見ず知らずの10人の若者たちが、伝説の炭酸飲料『ファンタオレンジー』を作るため、
太陽の国『EHIME』にのみ生息すると云われる幻のフルーツ、『MIKAN』を収穫するチームと、
炭酸水を入手するチームとに分かれて旅をする。
道中、村人などから情報を得て絶妙な調合法で伝説の炭酸飲料『ファンタオレンジー』を完成させることが
このゲーム、『ファイナルファンタオレンジー』の最終目標なんだよ」
ひとみは得意げに言うと、ゲームソフトの入ったプラスチックケースを、愛の前で振ってみせた。
「愛媛かあ…行ってみたいなぁ」
「もぉ、分かってないんだから高橋はあ。『EHIME』は架空の街なの。愛媛じゃないんだってば!」
部屋の隅で荷物の整理をしていた圭織がその手を休め、抗議する。

「プレイヤーは勇者となり、みかん狩りと炭酸水、どちらのパーティでプレイするかを決めるんだけど…
あたしはとりあえず、みかん狩りの方を選んだ。だってどっちかっつーと、そっちのがまだ面白そうでしょ?」
「…まぁ、どっちか選べって言われりゃあね」
困惑気味に、希美が答える。
110 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時03分17秒
「最初はさぁ、『みかん狩りかよぉ、たっりぃーなぁ』とか思ってたワケ。だってみかん狩りだよ? RPGでさぁ。ありえないじゃん」
バリバリと煎餅を噛み砕きながら、麻琴が頷く。
余程関心があるのか、里沙は身を乗り出し、真剣な面持ちでひとみの話に聞き入っている。
「まぁ、そんなんでウチら、すっかりナメてかかってたんだよね。だけどいざ始まってみると、現実はそんな甘いモンじゃなかった」
ひとみの表情が曇る。
「え。現実、ってゆーか」
亜依の言わんとする事は、愛にも何となく分かった。
ひとみの言う『現実』とはゲームの世界での事だ。それは亜依や愛に言わせれば、虚構、幻想、妄想以外の何物でもない。
「深夜のみかん狩りは、危険を極めた。さすが、みかん『狩り』と言うだけあって、それはまさに『狩り』そのものだった…
勇者ひとみを含む五人のパーティのうち、二人が野犬に襲われて死に、一人は段々畑の段々から転落して死亡、
そして一人は合流直前、ラスボスとの死闘に倒れた。
111 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時05分47秒
たった一人生き残ったあたしは、四人の仲間たちの命と引き換えにようやく手に入れた果汁を持って命からがら、
炭酸水チームとの合流場所に決めてあった、とある廃校の調理実習室へと向かった。
実習室のドアを開けたとき、あたしのHPは残りわずか6ポイント。
既に到着していたもう一つのパーティには、梨華ちゃん似のOLさんがいて…ほとんど虫の息状態のあたしが、
愛媛みかんの果汁が詰まった瓶を手渡そうとすると、彼女はそれを受け取りもせずに言ったの。
『あ。それ使わないわよ?』って。
さらに彼女、
『ぶっちゃけ私たちぃ、冒険三日目ぐらいの頃にレシピ手に入れてたんで知ってたんですけどぉー。
ほら私、勇者様のケイタイとか知らないじゃないですかぁー?
うん、だから、合流してから言えば良いよねぇーとかって、みんなして言ってたんですよねぇー。あははっ』
ってケタケタ笑いながら言ってんの。こっちは仲間が四人も死んでるのに。あたし(勇者ひとみ)だって、もうほとんど死にそうなのに。
そして彼女の口から語られた衝撃の事実に、あたしは耳を疑った。
そう。伝説の炭酸飲料『ファンタオレンジー』は、無果汁、だったんだ…」
112 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時08分47秒
「無果汁、って……みかん狩りの意味は?」
亜依が尋ねた。
「ゼロだよ。200時間もプレイしたのにね。まったく無意味な事のためにカラダ張って、命懸けてさぁ…。
しかもあたし、ラスボスとの戦闘で体を毒に侵されてたんだけど…梨華ちゃん似のOLさんの台詞が長すぎたせいで、
聞いてる間にHP無くなっちゃって、エンディングを目前にして勇者ひとみはDEAD END。
血文字でぼんやりと浮かび上がってくる『GAME OVER』の文字がくっきりと現れる前に、あたしはリセットボタンを押してた。
であんまり悔しいから、今度はもう一つのパーティの勇者となってプレイしてみたのね。
炭酸水を入手するのが目的なんてなんか、すごくつまんなそうだからホントはやりたくなかったんだけど、とにかく悔しくて悔しくて。
したらこっちは予想通りというか、悪い意味で期待を裏切らないというか、本気でつまんないんだよ。とにかくね、ひたすら地味なの。
パーティ的には最終目的なはずの炭酸水なんか、冒険初日に立ち寄った街の酒屋であっさり買っちゃうしさ。
113 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時10分53秒
他にも一応、伝説の炭酸飲料のレシピを手に入れるとか、目標はあったんだよ。
だから街の人の話とか聞いて情報収集しようとするんだけど、そういうのはホラ、遊び人とかの方が得意だったりしてさ、
そういう場面では勇者なんか何の役にも立たないワケ。
じゃあってコトで、集めた情報からレシピを作ろうとすると、『そういう事は賢者の仕事ですから』とか言われちゃってさ。
だったらせめてみんなの活動資金を稼ごうと思い立つんだけど、その街ってのが平和すぎちゃって、用心棒とかのバイトなんかなくてさ、
しかも働こうとするとみんなして止めんの。『勇者様はそんな事しなくて良いんですよ』とかっつって、やらしてくんないんだよね。
たぶん、もう一コのシナリオとプレイ時間合わせるためだと思うんだけど…いくらやっても話がぜんぜん先に進まないんだよ、
大したイベントも無いのに。毎日毎日同じコトの繰り返しで、とにかくヒマでさぁ。
唯一の楽しみだった梨華ちゃん似のOLさんは毎晩、宿抜け出して遊び人と遊び歩いてるみたいだったし、
なんかあたしもだんだん腐ってきちゃって…踊り子がバイトしてた、街の酒場に入り浸るようになったんだよね。
114 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時13分29秒
で、あるとき酔い潰れてカウンターに突っ伏してたら、後ろから耳慣れた声が聞こえてくるワケ。
なんとなく聞いてたら、仲間たちがあたしのコトいろいろ言ってんだよ。
毎晩飲み歩きやがって勇者だからっていい気なモンだ、って。他にもさ、役立たず、とか散々言われてて。
きっとみんな、あたしが酔っ払って寝てたから聞こえてないと思ったんだろうけど、あたしにはしっかり、聞こえててさ。
みんなが帰った後で、もうすっかり酔いは醒めてたけど、それでも酔っ払ったフリして店を出ようとすると、
店の女主人が言うんだ、『今晩、帰り辛いんじゃない?』って。
『今夜だけは特別。この店、あんたの宿にしてあげるわ』って、言うの。
関西訛のある、綺麗な人で…生まれは京都だって言ってた。
五年前に旦那さんが失踪しちゃって、それ以来一人で店をやってるんだ、って。
あたしも寂しかったし、お酒の勢いも手伝って、その日は彼女の部屋でその…そう、なっちゃったんだけど。
115 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時15分41秒
でも朝起きると運の悪いことに、五年前に失踪したはずの彼女の旦那さんがひょっこり、
それこそひょうたん島もびっくりのひょっこりっぷりで現れてさぁ、『よっ、ヒサブリ。確か五年ぶりだよねー』とか言っちゃって。
かと思うとモノスゴイ剣幕で怒鳴るんだよ、あたしに向かって。
『テメー、他人の女房に手ぇ出してんじゃねーよ!』ってさぁ、『ぶっ殺してやる!!』とか言ってさ、超コワいの。
一瞬ひるんだけど、あたしは腰に差した剣を、というか、コントローラーを握り締めた。
選択肢が現れたら絶対に、『亭主と戦う』を選ぼうと思ってた。逃げるなんて、そんなコト絶対にしたくないもん。
この街ではモンスターとの戦闘なんか一度もなくて、レベル1だし経験値も0だったけど、この人のためなら…
裕子のためなら死ねるって、心からそう思えたから。
勝ち目なんかなくても、勇者として、いや人として、誇りだけは捨てたくなかったんだよね。
116 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時18分20秒
伝説の炭酸飲料を完成させるというゲームの最終目的を考えれば、明らかに愚かな選択だけど…
そもそも一体どんな理由があってあたしたちは炭酸飲料なんか造ろうとしてるのか、そのへんの経緯みたいなモノが
ゲーム中で一切語られていないことに気付いてしまったそのときのあたしにはもう、炭酸飲料なんかどうでも良くなってしまっていたし。
来るなら来い、ってカンジだった。そしてもしも勝つことができたら、そのときは…裕子を連れて逃げようって、本気で。
なのに現れた選択肢は、次の二つだった。

 →土下座する
  金で解決する

思わず、コントローラーをぽろりと床に落としちゃったよ。
亭主に許してもらうためにプライドを捨てるか、財産を失うか。
手段が違うだけでどっちも目的は同じ、『許してもらう』コトじゃん。なんつー、くだんない選択させんだって思った。
絶望したあたしは、それでもわずかに残ったプライドを守るために、それも今考えると本当にくだらない、
ゴミみたいなプライドのために、金で解決する方を選んじゃったんだ。

  土下座する
 →金で解決する
117 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時21分26秒
その場は丸く収まるよね。もちろん裕子とはそれっきりで、終わっちゃったけど。
でも、毎晩の酒場通いで所持金をほとんど使い果たしていたあたし(勇者ひとみ)は、
仲間の遊び人や踊り子や賢者、それから梨華ちゃん似のOLさんにまで借金を肩代わりさせるコトになっちゃって。
冒険を始めた頃はまだ、『居なくても良い勇者』で済んでたけど、終わる頃にはすっかり、『居ない方が良い勇者』だもんね…。
梨華ちゃん似のOLさんには、
『勇者様がお腰に提げていらっしゃる大層ご立派な剣より、道具屋で買った果物ナイフの方がよっぽど使えますわね。
リンゴだって剥けますし』
なんてやけにバカ丁寧な口調で皮肉られる始末だもん。
その後も色々あって、だけど優秀な仲間たちのおかげで、ウチらは伝説の炭酸飲料を完成させることができた。
表向きにはハッピーエンドだよ。エンディングも観れたし。
でもね、思ったの。
自分の命を投げ出して戦ったけど結局目的を果たすことができずに散っていった勇者と、
危険も冒さず何もせずにのうのうと生き永らえて最終的に目的を果たすことができた勇者。
どちらがホンモノの、”勇者”、なんだろう…って」
118 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時23分50秒
「ずいぶん後味の悪いゲームですね。というか、どちらを選んでも後味の悪さしか残らないというか…」
あさ美が言った。
「まあね。こんだけエンエン説明しといてナンだけど。一言で言っちゃえば、クソゲーなんだよね」
ならばその一言で済ませれば良いものを…愛は言い知れぬ脱力感に襲われた。
「ってゆーか、なんでそんなん買うたん? よっすぃー先輩ってやっぱり、アホ?」
「ばーか。どんな愚行にも、それなりの理由ってモンがあんだよ。
オイラだってなぁ、オビに『ときモメキャラ総出演!』なんて謳い文句が無きゃこんなゴミゲー、買っちゃいねーよっ…!」
ひとみは吐き捨てるように言うと、口惜しげに唇を噛んだ。
「7800円だって…悲惨だよね」
ひとみが手にしているソフトの値段を盗み見たのだろう、麻琴が愛に耳打ちする。
人気キャラクターさえ出演していなければ一体誰が買うのだろうかと首を傾げたくなる程の駄作だと分かっていても、
人気キャラクターが出演しているというただそれだけの理由から、口惜しいけれどやはり買わずにはいられない――。
愛にはひとみの気持ちが手に取るように解る。かと言って共感はできないが。
119 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時26分43秒
「キャラ重視。彼の才能をやっかむ人達の中には、皮肉を込めて『キャラ頼み』なんて呼ぶ人もいるけれど。
つまり、あくまで素材を活かす、っていうのが人呼んで天才プロデューサー、つんくさんのやり方なのね。
ごくごく稀に、あまりにもダメすぎて企画が素材を完全に殺しちゃってる作品も、あるにはあるんだけど…
それでもカオリは、やっぱりこの人すごいなって思うし尊敬してる。いろんな意味で、ホントすごいなって」
沈みゆく夕陽を見ているのか、空中を旋回するカラスの群れを見ているのか、
ぼんやりと窓の外を眺めながら、圭織が言った。
カラスが鳴きながら飛び交い、夕陽が沈む。
午後五時を知らせる鐘が鳴り、こうして今日も、長かった一日が終わってゆく…。
さて、今日の夕食は何だろう、と愛は思った。
寺の食事は質素だと聞くが、メニューはどうあれ大勢で囲む食卓は、きっと楽しいに違いない。
(なんか、修学旅行みたいやわ)

「いやぁ〜。さっすが、天才ハロモニ女子学園の皆さんよね〜」
モニフラ女子高校三年の、保田圭である。
彼女の後ろに続いて、モニフラ女子ラジオ体操部員がぞろぞろと入ってくる。
120 名前:<第14話> 投稿日:2003年03月19日(水)21時29分32秒
「まったく羨ましいわあ〜。練習にヒョッコリとも顔出さないなんて、よっぽど自信があるのかしらねぇ〜〜?」
麻琴にはいつも『勘が鈍い』と言われてしまうが、そんな愛にすら、これは賞賛ではなく嫌味だと直感させる程の棘が、圭の言葉にはあった。
「ひょっこり…ひょっ……ああ―――っっ!!」
突然、圭織が叫ぶ。
「練習っ! ウチら着いてからぜんぜん練習してないじゃんよ、高橋!!」
「あああ―――っ!!」
愛は、思わず立ち上がっていた。
赤くなった頬を両手で押さえる。まるで修学旅行気分で浮かれていた自分が、酷く恥ずかしかった。
「だいたいよっすぃーが、よっすぃーが変なハナシ始めるからじゃんか!!」
「えーっ!? あたし!?」
希美が、ひとみに詰め寄る。
「みんなっ、とにかく何かやろうよっ! せめてジョギングだけでも!!」
全員が圭織の言葉に頷くと、タオルやシューズを準備したり、身支度を整え始めた。
着くなりパジャマ姿でくつろいでいた亜依も、慌ててジャージに着替えている。

「オマエら……もしかしてアホだろ?」
真里の問いを、愛は無視した。
なぜなら、答える義務など無いからだ。
 
121 名前:すてっぷ 投稿日:2003年03月19日(水)21時32分24秒
なかなか更新できず、申し訳ないです。。

>108 名無し読者さん
呼ばれた方もふつうに返事しちゃってます(笑
122 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月19日(水)21時46分55秒
脱線しすぎ!あほらしすぎ!最高!
123 名前:名無し読者86 投稿日:2003年03月20日(木)02時27分25秒
更新お疲れ様でした!いや〜今回もお待ちしていた甲斐のある内容でw
かなりシビアな「FFO」にもしかしてすてっぷ様は某大作RPG続編を
やっていたのかなと…w
それにしても…勝てんのか?…このままでw
もう次回更新もお待ちしております!
124 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月20日(木)12時19分57秒
聞いてる方は楽しいゲームでした。
そんなゲームは早く売っちゃえ。
125 名前:おさる 投稿日:2003年03月20日(木)17時17分14秒
 ある居酒屋にて。
社員「お〜い、『ふく娘』アツ燗でもういっぽ〜ん!」
部長「今日はずいぶん飲むなぁ。新作ゲームのアイディアでも出たか」
社員「やっぱRPGっすよ。二つのパーティーで、最終的に『ファンタオレンジー』を
   作るってのは。どうすかっ」
部長「心して作らねばクソゲーだゾ。」
社員「な〜に、クソゲー買ったヤツはくやしくてそのクソゲーに無理矢理意味を
   見つけますって。それってクソゲーを通じて一種の『哲学』を買ったわけじゃないすか。
   俺らいい仕事したことになりますよぉ」
部長「じゃあ、クソゲーで損失作ってクビになっても、お前なら『哲学』にできるから大丈夫だな」
 部長の発言を、社員は無視した。なぜなら、答える勇気など無いからだ。
(遊んじゃいました。ごめんなさい)
126 名前:名無し読者79 投稿日:2003年03月20日(木)19時11分04秒
よっすぃーそんなゲームを…(^^;
お疲れ様です&高い買い物ご苦労様です(爆
梨華ちゃんとこのチームとなんだか波乱がありそうな予感が・・・。
楽しみにしてます。
127 名前:名無し 投稿日:2003年03月20日(木)21時47分44秒
さすが矢口だ…たった一言で今までの暴走を全て箱に収めた。
たった一言で……。

そして自分も色んな意味ですってぷさんを尊敬しています(w
128 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年03月22日(土)18時54分49秒
『ファンタオレンジー』って伸ばすのがポイントなんですね。
で、やっぱり缶入りは120円なんですか。
129 名前:名無し娘。 投稿日:2003年03月23日(日)23時37分04秒
もう前回から笑いっ放しです。
しかしわずか数ページの娘画像に釣られて雑誌を買い漁る自分には
”ときモメキャラ総出演”に釣られた吉澤を笑えません(スペースビーナス買ったし)

でもそれだけじゃない深い意味があるような無いような
笑いながらちょっと考える今回でした。(森板のとか読むと余計に)
130 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月27日(木)21時23分53秒
断言してもイイ。
作者は『ファイナルファンタオレンジー』の内容を考えるのに、かなりの時間を
費やしたに違いない。
私の飲みかけのファンタグレープを賭けてもイイ。
131 名前:すてっぷ 投稿日:2003年03月30日(日)23時20分14秒
感想、どうもありがとうございます!
レス遅くなってすみません。

>122 名無し読者さん
どうもです。誉め言葉と勝手に解釈させて頂きます(笑

>123 名無し読者86さん
ありがとうございます。またまたお待たせしてしまって、申し訳ないです。。
更新が遅いのは、某大作RPG続編をやっていたせい…ではなく(笑)。
ああいうのはやり始めると止まらないので、今は我慢してます(笑

>124 名無し読者さん
「10円で売ってたら買うかなぁ」レベルのゲームですよね(笑)

>125 おさるさん
ありがとうございます。勉強になりました(笑)
他人に騙された時に、口惜しいから、「高い勉強料払ったと思うことにしよう」とかって
強がるのと同じ?(笑

>126 名無し読者79さん
よっすぃー、ゲーム三昧でいつ練習してるんだろう…。
次回以降、石川さんチームと一波乱ありそうなので、よろしければまたお付き合いくださいね。
132 名前:すてっぷ 投稿日:2003年03月30日(日)23時28分46秒
>127 名無しさん
矢口は本当に、貴重なツッコミ要員です…。
色んな意味で…それって、喜んで良いんでしょうか?(笑

>128 ごまべーぐるさん
120円です。今なら「りろ&すてぃっち」のイラスト入りで、ちょっとしたお得感があります。

>129 名無し娘。さん
皮肉り方があからさまだった気もしますが(笑)、シャッフルの某音頭を初めて聴いた時の気持ちで書いてました。
当時あまりにアホらしかったので、発注の「音頭」を「温度」と勘違いして暴走するつんく氏の話を書きかけたぐらいです(笑
氏の書く詞も曲も好きなだけに、時にやっつけすぎな作品に出会うと残念ですね(また勝手なコト言ってます)

>130 名無し読者さん
ああいう、くだらな過ぎる話を思いつくのは早いのですが、文章化するのに時間がかかってしまいます。
アホすぎて挫折しそうになるので…(笑)
あと、個人的にはグレープが一番美味しいと思います。
133 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時31分42秒
「♪あーたぁーらっしーい、あーさがきたっ♪ きーぼーぉのあーさぁーだっ♪」
楽しい。
「♪よろこーびにむねをひーらけ♪ おーぉぞーらあっおっげぇー♪」
亜依は思う。
自分はただ歌うためだけに、この世に生を享けたのではないだろうか。
体操部門の補欠が決まった時、あれほど落ち込んでいたのが嘘のように、
今の亜依は『ラジオ体操の歌』を歌うのが楽しくて仕方ない。
基本に忠実に。そして何より、”楽しんで”。
沈んでいた時、ひとみがアドバイスをくれた。
入部したばかりの休日、ひとみに誘われ、二人でゲームセンターに行った時の事だ。
『嫌々やるぐらいなら止めた方が良いんだよ。厳しくても、部活は楽しくなくちゃ。でなきゃやってる意味ないだろ?』
真剣な顔になったかと思うと、
『っつーかコレ、なつみ先輩の受け売りなんだけどね』
ひとみはおどけて言った。
『………』
不安や苛立ちを全て見透かされたような気がして、ひとみの顔をまともに見れなかった。
そして気まずさと同時に、自分の中でひとみに対する尊敬の念が生まれた事を自覚すると、亜依は戸惑った。
134 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時33分35秒
認めたくは無いが、ラジオ体操に於いてひとみは、亜依よりも明らかに格上の人間なのだ。
認めたくは無いが、ひとみは…本当は、良い奴なのかも知れない。
『セワシくーん。バス釣りやろーよ、バス釣りぃー。やったコトないだろ、田舎モンだから。バスっつっても路線バスじゃねーぞぅ』
『なぁなぁ、よっすぃー先輩。そろそろ買い物とかもしたいねんけど。ってゆーかゲーセンぐらい奈良にもあんねん。バカにすんな』
それ以来、普段の生活態度はともかくとして、ラジオ体操に於いて亜依はひとみに一目置くようになったのだ。
そして翌日から亜依はまるで人が変わったように、練習に励んだ。
腹筋を鍛え、ボイストレーニングに励み、通学電車の中では課題曲をカセットテープが擦り切れるほど聞いた。
実際、テープは擦り切れて使い物にならなくなった。
見かねたあさ美が音源をCD-Rに焼いてくれたり、ポータブルCDプレイヤーは嵩張るから嫌だという亜依のために、
里沙がMDにコピーしてくれたりもした。
麻琴も宿題を教えてくれたりしたが、答えが間違っていたので、亜依は教室で大恥をかいた。
宿題は自力でやるべきと、彼女に教えられた気がした。
135 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時35分29秒
愛が作ってくれた歌詞カードに、希美が狂気じみた魑魅魍魎のイラストを描き添えた時には掴み合いの喧嘩になったりもしたが、
部員達との友情と自身の努力の甲斐あって、亜依はリードボーカルを務めるまでに成長したのだった。
ちなみに愛お手製の歌詞カードには後日、圭織が天使のイラストを添え、事なきを得た。

「♪ラジオーぉのこえにぃー♪」
皆の気持ちが嬉しくて、今日も亜依は友情の旋律を奏でる。呼吸は勿論、腹式だ。
卑屈な自分はもう居ない。
そう。文字通り、新しい朝が来た、のだ。

「なんかさぁ、なあーんか…普通、なんだよね」
1コーラスを聞き終えて、圭織が言った。愛がテープの再生を止める。
「普通?」
つまり、自分が平凡なヴォーカリストだと?
亜依は挑むような眼差しで、圭織を見た。
「うーん。まぁ、百歩譲って? 教科書通り。マニュアル人間。事なかれ主義。レールの敷かれた人生。みたいな?」
圭織は亜依の挑戦的な視線を物ともせず、冷酷に言い放った。
「監督、あの…途中から、なんとなく違う気がします。しかも、百歩どころか一歩も譲ってない気がします」
遠慮がちに、あさ美が言う。
136 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時37分29秒
「別に、あいぼんのコト否定してるワケじゃないの。ただ、もっとこう、インパクトがあった方が良いと思うんだ。
なんていうか…上手く言えないんだけど、みんな、基本はもう完成してるワケじゃない?
だからその上で全てを白紙に戻して、さらに新しいモノを作っていくっていう……
ああもう、なんだか自分でも何が言いたいのかわかんなくなっちゃったよっ。
ちゃんと構想まとめてから、またみんなに相談するから。でもみんな、すごく良かったと思う。特にあいぼん、素敵だったよっ」
「どーも」
不貞腐れて言った。
確かな根拠も無しに『事なかれ主義』とまで罵られ、亜依は内心穏やかではなかった。
素人が何をほざくのだ。『カオリ、ラジオ体操のコトはよくわからないけど』が口癖のくせに、そんな人間が一体、何を?
「あ、あの、今日はもう終わりましょっか。日も暮れちゃったし。真っ暗でナンも見えんで」
気まずい雰囲気を取り繕うような愛の一言で、この日の練習は終わった。
辺りはすっかり暗くなり、境内には夕飯を終えたらしい近所の猫が数匹集まって、亜依達の様子を遠目で窺っている。
137 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時39分48秒
(ネコは良いよなぁ…)
寝たい時に寝て、起きたい時に起き、気が向けば真夜中の集会に顔を出し、
お腹が空けば可愛らしい素振りで誰かに擦り寄れば良いのだから。
猫のように甘えたがりな自分なのに、東京へ来てからというもの、ずっと寂しさを押し殺して毎日を暮らしてきた。
自ら望んだ事とはいえ時々、寂しくてたまらなくなる夜がある。
もちろん祖母は優しくしてくれるし、自分が愛されているのも実感できる。
けれどやっぱり、おばあちゃんはおばあちゃんであって、おかあさんではないのだもの。
「せぇーわし、くんっ」
肩を叩かれて振り返ると、亜依の後ろにはひとみが立っていた。
「気にすんなよー」
「気にしてないよ、べつに」
口惜しいが、きっと強がりだと、ひとみには見抜かれているに違いなかった。
それでも弱みを見せる訳にはいかない。
自分はもう、甘えたがりの子猫ではいられないのだ。自分はもう、外界に放り出された野良猫と同じなのだから。
「ねぇ、後でアレやろっか」
ひとみが、亜依の耳元で囁く。
138 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時42分00秒
「いーだろ?」
「…うん」
念押しするひとみに、亜依は渋々頷いた。
(今日は、二人きりじゃないのに。みんなも、いるのに…)

いつだって、始めは気乗りがしないのだ。
けれどそのうち形振り構わず、夢中になってしまう。
楽しいとか気持ちが良いとか本当のところはよくわからないが、少なくともその間だけは、全てを忘れられる。
結局自分は大切な友達を、寂しさを紛らす手段に使っているだけなのかも知れないと思えて、亜依はまた少し落ち込んだ。
139 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時44分13秒

「じゃあ、まずは『あ』行で。あー、あめんぼだってぇー」
大浴場にひとみの間延びした声が響き渡り、亜依は身を硬くした。
たとえ亜依がシャンプーの途中だろうと、構わない。ひとみはいつも、唐突に事を始めるのだ。
「かー、カメレオンだってぇ」
亜依は目を閉じたままシャワーコックを捻りながら、くぐもった声でひとみに続けた。
「か!? 横方向!? ありえないよおっ!?」
圭織が素っ頓狂な声を上げる。
お笑い部の元部長である彼女にとって、あいうえお作文に於ける『あ行』とは『あいうえお』以外あり得ないのであり、
『あ行』を『あかさたな』として作文するなど邪道以外の何物でもないのだろう。

「さつまいものようにぃー」
ひとみは肩まで湯船に浸かり、余裕しゃくしゃくで続ける。
140 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時47分01秒
こっちの都合も考えろよ、と亜依は思う。
確か前回は夜中の三時に突然携帯が鳴ったかと思うと亜依が出るなり、
『い行いきまあーす。生きろぉぉぉ――っっ!!』
耳元から聞こえたひとみの絶叫で、一瞬にして目が覚めてしまった。
右手を怒りに震わせながらも亜依は、『絹ごし豆腐のように生きろ』とだけ応えると、携帯電話を耳から離した。
『死ぬなああああ―――っっ!!』
ひとみの叫びを最後まで聞き終わらないうちに亜依は電話を切り、そして呟いた。『血ぃ吐くまでやれ』と。

「さつまいものようにぃー!」
痺れを切らしたひとみが、催促のように繰り返す。
しかし亜依は答えない。
シャワーの途中なのだ。さすがの亜依でも、髪を洗いながら、あいうえお作文を続けることは不可能だ。
「さつまいものようにぃー!!」
ひとみが数回同じフレーズを繰り返したところで、ようやく亜依はシャワーを終えた。
「たくましく生きているんだぁー」
うんざりしながら亜依は、適当に考えたフレーズを続ける。
寂しさを紛らすどころではない。むしろ、鬱陶しい。
141 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時49分58秒
「なにをーっ!?」
破綻したな…亜依は直感した。
ひとみとのあいうえお作文は、まともに収束したためしが無い。
決まって途中で文章が続かなくなり、どちらかが意味不明な言葉を発して収拾がつかなくなるのが落ちなのだ。
亜依も負けじと、
「ハッタリばかりカマシやがって!!」
直前のフレーズとは何の関係もない、意味不明な文章で切り返す。
「えっ、『はまやらわ』までやっちゃうの!? 嘘でしょう!?」
もはや驚いているのは圭織だけだった。
他の部員達も始めは体を洗う手を止めて二人のやりとりを見つめていたが、そのうちに興味を失ったのか、
湯船で泳ぐ者達やアヒルのおもちゃで遊ぶ者、温泉たまごを頬張る者、各自思い思いにくつろいでいる。
愛などは入ってからずっと、『お寺にこんな広いお風呂があるなんてぇ〜。はあぁ、信じれんわぁ』としきりに感心している。
「まぁまぁ、怒らない怒らない」
ひとみは、どうやら強引に最後まで続ける気らしい。
「やんのか、てめえコラアアアアア!!」
「ラクダに乗ったよっ!」
「わーい♪」
最後のフレーズを言い終え、亜依は安堵した。しかしどこか清々しいのは何故だろう?
142 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時52分40秒
「よぉーし、ウチも温まろーっと」
亜依が洗い場を立ち、湯船に入ろうとすると、
「ちょっと、二人とも!!」
目の前に圭織が立ち塞がった。眉間に皺を寄せ、何やら怒っている様子だ。
「女の子が何やってるのよ、はしたない! すっぽんぽんで大喜利だなんてっ!!
……あ、もしかして、今のがさっき言ってた『すっぽんぽん大喜利』ってやつ?」
「違うよっ! 『すっぱだか大喜利』だもん!」
背の高い圭織に上から見下ろされて萎縮しそうになりながら、亜依はそれだけ言い返すのがやっとだった。
「あ、そっかぁ、そうなんだぁ。間違えちゃったよゴメンゴメン……ってバカ!! そんなコトはどうでも良いのっ!
あのね。大喜利っていうのは元来、色とりどりの羽織袴、つまり正装で行われる紳士の演芸なのよ! 神聖な出し物なの!
それをまっぱで! しかもお風呂で! 髪なんか洗いながら! そんなの絶対許されないんだからねっっ!!」
髪を振り乱して一気にまくし立てた圭織は、肩で息をしながら亜依をじっと見据えている。
「せんぱぁい…」
圭織の後ろで、ひとみが情けない声を出す。
143 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時55分06秒
「ねぇ聞いてあいぼん。こんなコトして、エンラク師匠やキクちゃんに申し訳ないと思わないの? ヤマダくんだって泣いてるよ?」
圭織は、俯く亜依の肩に両手を置くと、諭すように言った。その声音は優しい。
「…少なくとも」
監督はもう、自分を怒ってはいないのだろうか? 半信半疑で、亜依は切り出した。
「なに? 言ってごらん?」
パサッ、と布の擦れる音がして、亜依の足元に純白のタオルが落ちた。
黒マジックで大きく書かれた『健康優良寺』の文字を見ながら、亜依は静かに続けた。
「少なくともコンペーよりは、ウチのほうが、面白いと思うし」
亜依の肩に置かれた手が、ぴくん、と震えた。
「う…ん。それは、それは、確かにそうだけど。それは認めるけどっ! でも!!」
認めるんだ…と亜依は思った。けれど何故だろう、大して嬉しくもない。
「あのぅ、監督、監督。カントクっ!!」
麻琴が突然、うろたえた声で言った。
144 名前:<第15話> 投稿日:2003年03月30日(日)23時58分36秒
「なによもぅ。今大事な話してるんだから、後にしてよ」
「こっちも大事なお話が! たぶんこっちの方が大事なお話ですっ!」
「ねぇあいぼん。もう怒んないから、顔あげよ? 顔上げて、ちゃんとお話しよ?」
足元に転がる白いタオルを見ながら、亜依は、顔を上げるべきか上げざるべきか悩んでいた。
別に恥ずかしい事ではない、混浴じゃあるまいし。
頭では解っていても亜依としては、やっぱり隠すトコは隠したいモンだよね女の子なんだし、と思うのだ。
「ねぇあいぼん。顔上げて?」
「監督っ! 聞いてください、監督!」
間違いない。『健康優良寺』の手書き文字が寂しく躍る、この白いタオルの持ち主は…。

「せんぱぁい、オンナノコが何やってんですかぁ。すっぽんぽんでお説教だなんて、はしたないですよぉ」
大浴場に、ひとみの間延びした声が響き渡る。
「へっ?」
少しの間、圭織はきょとんとしていたが…やがて恐る恐る、自分の足元を見遣った。
肩に置かれた彼女の手が、ぐっ、と強く握られるのがはっきりと感じられる。
頭頂部辺りに圭織の視線を感じながら、亜依は、顔を上げるべきか上げざるべきか、まだ悩んでいた。
 
145 名前:すてっぷ 投稿日:2003年03月31日(月)00時01分04秒
次回は、15話の続きを。
146 名前:名無し読者86 投稿日:2003年03月31日(月)10時34分59秒
更新お疲れ様でした!!
ものすごいサービスですか?ネタもその他もw
特に横方向は革新的ですね。感服致しました!
次回続きも楽しみでしかたありません。


147 名前:サイレンス 投稿日:2003年03月31日(月)13時33分39秒
自分もギャグ書いてるんですが…
参りました。やばいです。酸欠で死ぬとこでした。
すてっぷ様は以前から知ってたんですが
これほどの方とは。

次回も続き楽しみにしてます!!
148 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年03月31日(月)20時52分07秒
そうか…ヤマダも泣いてるのか。
妻のケイコもさぞかし無念でしょうね。

ファンタが無果汁なのは、果汁を炭酸に入れると保存性が悪く、発売当時、食品衛生法で
保存料の使用も禁止されていたからだそうです。その頃は生の果汁を腐らせずに炭酸に入れる
技術もなかったとか。蛇足ですが。
149 名前:名無し 投稿日:2003年04月01日(火)18時44分25秒
こ、これが伝説の!?
ちきしょう…感動で目の前が歪んで見えらぁ〜。
どうにかして自分も参加する事はできませんか?
150 名前:名無し読者79 投稿日:2003年04月04日(金)20時02分02秒
あいぼん、夜中にそんなことをよっすぃーに…(笑
おもしろすぎる…それもよっすぃーまだ続けようとしてますよね…
最高です。でも、なんかうらやましいです、そういう先輩(爆
151 名前:もんじゃ 投稿日:2003年04月07日(月)23時07分57秒
ちょっぴりご無沙汰しちゃいました。
でもさすがすてっぷさん。
迷走してるというか、本筋とずれてるんじゃ…とか
様々な思いを抱かせることにかけては天下一品ですね。

…くやすぃ。

152 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時47分24秒

「しくしく、しくしく」
女のすすり泣く声が、静かな廊下に響き渡る。
「しくしく、しくしく」
圭織である。
風呂場での出来事が余程ショックだったのだろう、圭織は洗い場でも湯舟でも脱衣所でも泣きっ放しで、
部員達はほとほと困り果てていた。
「しくしく、しくしく」
「監督ぅ、元気出してくださいよぉ」
隣を歩く麻琴が慰めるが、圭織は一向に泣き止まない。
「しくしく、しくしく、しく、さんじゅうろく」
「うわぁ…」
亜依は思わず呟いた。
自らの不幸をも笑いに変えねばならない、芸に生きる者の悲しい宿命である。
「しくしく、しくしく」
しかし何より悲しいのは、そんな捨て身のネタが、つまらなすぎて誰にも笑ってもらえない事であろうか。
「わ、わあっ、上手い! 上手いです監督!」
圭織に気を遣っているのだろう、里沙が声を張り上げ大げさに拍手する。
「えーっ。ウマイかあ?」
率直な感想を述べた希美だったが、里沙に鬼の形相で睨まれ、
「あ、ああ、そ、そっかそっか。四九、三十六ね。ああ、そーゆーコトかぁ、やっとわかったー。そーゆーコトなら、うん。ウマイウマイ」
153 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時48分49秒
「カオリね、『すっぽんぽん大喜利』がいかに悪であるかについて、あいぼんに力説してたの。
なのに気付けば、そんな自分がすっぽんぽんだったの。それもワザとじゃなくて。ボケとかじゃなくて。つまり”天然”ってコト!
ねぇ小川、サイアクでしょ!? 恥ずかしすぎてカオリ、もう一生お嫁に行けないもんっ…」
すると麻琴が振り返り、後ろを歩く亜依へ困惑顔を向けてくる。
彼女はどうやら助けを求めているらしかったが、亜依はなす術もなく、ただ曖昧に微笑むだけだった。
「なに言っとんのぉーっ、お嫁さんぐらい行けますってぇ!!
だってすっぱだかでお説教してくれる奥さんなんてそうそうおらんけー、もう大人気やで大人気っ!!」
高橋愛。彼女は常に絶妙なタイミングで、ここぞとばかり的外れな発言を仕掛けてくる。
これもある種の才能だと、亜依は少し羨ましく思うのだった。
「そうだ、監督! お寺だけに、『すっぱだか説法』というのはどうでしょう!」
自らの思い付きが嬉しかったのか、あさ美が声を弾ませて言った。
154 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時50分00秒
「ある意味ありがたいよねー。ナマグサ坊主のウソくさい説教よりよっぽどありがたいモン」
「ただし、タメにはなりませんけどね」
「そりゃそうだ。ハハハハハ」
「あはははは」
ひとみとあさ美は、顔を見合わせて楽しげに笑い合っている。
「しくしくしくしく…」
ついに圭織は廊下にしゃがみ込み、本格的に泣き出してしまったようだ。
「ああもう、お願いだからみんなしてカントク泣かさないでくださいよぉぉ」
圭織の背中を擦りながら、麻琴が哀願する。
「しくしくしくしく……しくしく、シクラメン」
「ああもうっ…!」
今にも泣き出しそうな麻琴に、亜依は心から同情するのだった。
(とりあえず、ほっとくか)
亜依が、圭織の介抱は麻琴に任せて自分は部屋に戻ってくつろごうと歩き出した時だった。
廊下の突き当たりの部屋の襖が勢い良く開けられ、中から矢口真里が顔を出した。
「るっさいなぁー!!」
亜依の顔を見るなり怒鳴ると、真里はさらに続けた。
155 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時51分26秒
「ったくリゾート気分でハシャギやがって! 浮かれモード入ってんじゃねーよ!! ご近所迷惑でしょーが!!!」
「……ハ、ハイっ」
震える声で答えると、亜依は部員達の方へ振り返った。
「ぐすっ…小川ぁ、あのコ恐いよおっ」
驚きのあまり、圭織の涙も止まったようだ。

「おぉ!」
大部屋には既に布団が敷かれていた。
ここは旅館ではない。
布団を用意してくれる仲居など居るはずがないので、恐らくはモニフラ女子の面々が敷いてくれたのだろう。
(素敵やん…めちゃめちゃ合宿やん!)
亜依は感動していた。
だだっ広い部屋一杯に、数十枚もの布団が規則正しく敷き詰められている。
少人数の弱小クラブでは決して体験する事の出来ない、典型的な大所帯運動部の合宿風景ではないか。
「あのー、もしかして、ウチらの分まで敷いてくれたんですか?」
恐る恐る麻琴が尋ねると、真里は無言で頷いた。
156 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時52分58秒
「ありが…」
「松浦亜弥ですっ。あのですねぇ、松浦ぁ、ハロモニのみなさんが気持ちよく健やかに眠れますようにー、大きく育ちますようにー、
ってお祈りしながら敷いたんですよぉ。だってほら、”寝た子を起こすな”ってよく言うじゃないですかぁ」
麻琴が礼を言い終わらないうちに、一人の美少女が割り込んできて言った。
「違うよ、あやっぺ。”寝る子は育つ”じゃないの?」
少女の背後から言った、この生徒の名は、亜依も知っていた。
確かバスの中で副部長の保田圭に、スイカを持って来いだの、チーズ鱈を持って来いだのと散々こき使われていた藤本という生徒だ。
「そうだっけ? そっか! 別の言い方をすれば、そうとも言うのかなっ?」
「!」
亜依は愕然とした。自分の非を認めないのにも程がある。なんと図々しい、通り越してむしろ、清々しくすらある。
「や、別の言い方も何もさ…」
藤本の呆れ顔をものともせず、さらに松浦は爽やかな笑顔で続けた。
「な〜に? あたし何か間違ってる?」
一点の曇りも無いが、一分の隙も無い、完璧な笑顔。
(なんじゃ、こやつは…)
こいつ、只者ではない。亜依は言い知れぬ恐怖を感じた。
157 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時54分40秒
「ハロモニの皆さんには、えーっと、そのへんの…四畳半くらいのスペースありますよね、布団が二枚敷いてある…
そうそう、そのあたりです。その隅っこの。そこに寝ていただきますんで」
「ちょっとー!! 黙って聞いてれば勝手なコトばっか言って!!
私は監督の飯田圭織ですけど、あなた何者なの!? とりあえず名を名乗りなさいよね!!」
松浦の笑顔に気を取られている間に、両校の間で何やら揉め事が起きていたらしい。
生徒達は皆、部屋の中央に集まっている。
亜依も一足遅れて、生徒達の輪に入った。
「あ、すいません。申し遅れました、ソニンです。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。改めまして、飯田カオリンですっ」
当事者の二人は穏やかに挨拶を交わすと、
「じゃあ、気を取り直して…」
圭織の一言で、再び緊張状態へ逆戻りした。
158 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時56分27秒
「こっちは8人も居るのよ!? それを四畳半って! フトン二枚って!! ありえないよっっ!!」
「いやあ、布団が全部で52枚しか無いんですよー。でウチが50人なんで、52引く50で2、みたいな」
「ソコだよ、わかんないのは! なんで全体からそっちの部員数を引いちゃうワケ!? 不平等もイイトコじゃんっ!!」
圭織に責められると、ソニンはうんざりしたようにため息を吐いた。
「あ〜ら。貴女ごときが何をもって軽々しく、平等だ不平等だなんてほざいていらっしゃるのかしらん?
それを決めるのはアンタじゃないわよ、図々しいわね。神にでもなったつもり?」
モニフラ女子ラジオ体操部副部長の保田圭である。
圭は圭織の眉間の辺りをぴっ、と指差すと、
「早いモン勝ち。それが社会の、いいえ地球のルールよ。以上!」
鋭く言った。
「ぐうぅ…」
圭織が低く唸る。悔しげに唇を噛むと、彼女はそれきり黙り込んでしまった。
「あのぉ、お言葉なんですけれど」
全員が沈黙する中、あさ美が控え目に切り出した。
159 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)20時58分06秒
「50人というのは、違うと思います。パッと見、50人も居るようには見えませんし。
私の調査によりますと…亡霊部員の保田さんを含め、そちらの部員数はきっかり30人のはずなんですが」
亜依は周りを見回した。
自分達よりモニフラ女子の方が大人数である事は言うまでも無いが、確かにあさ美の言うとおり50人も居るようには見えない。
「なにが”亡霊”部員よ、”幽霊”部員って言いなさいよ! それ以前に、アタシは幽霊部員なんかじゃないわよ!!」
「まぁ、確かに圭ちゃんはゴースト部員だけど。コイツも含め、ウチの部員数は50だよ。嘘だと思うなら数えてみれば?」
激昂する圭とは対照的に、冷静な口調で真里が言う。
「んーじゃ、数えさせてもらいますよ。いーち、にーい」
ひとみがのんびりと、敵チームの部員数を数え始める。
こういう場合、整然と並ばせておいて数える方が間違いが無くて良いのではなかろうか。
亜依は思ったが、敢えて口には出さなかった。これ以上、厄介事を抱えるのは御免だ。
「……にじゅうはち、にじゅうく。あれっ、29人しかいないじゃん」
嫌な予感は的中した。案の定、ひとみは数え間違えたらしい。
160 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時00分00秒
「1人お休みですかー?」
「バカ。30だよ30。お前オイラのコト飛ばしただろ。
ちなみに、ちっちゃいから見逃しましたとかいう言い訳はこれまでの人生の中ですっかり聞き飽きたから言わなくていーです」
「すいません。ちっちゃいから見逃しました」
ひとみが仰々しく頭を下げると、真里はちっ、と小さく舌打ちした。
「でも、やっぱり30人なんじゃないですか」
麻琴が言った。
「だから違うってば。ほら」
真里は部屋の隅まで歩いて行くと、
「31、32、33、34、35、36、37」
一箇所にまとめて置かれているそれを、一体ずつ指差しながらゆっくりと数え始めた。
その様子を、全員が固唾をのんで見守っている。
「38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50。ハイ、きっかり50人でしたっ」
突っ込みたい。
カウントが一つ進む度に、亜依はそんな衝動と必死に闘っていた。
161 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時02分18秒
「可愛いけど…ぬいぐるみですよねぇ、それ。部員じゃない、ですよね?」
恐る恐る、愛が尋ねる。
真里が数えた31人目以降の部員は確認するまでも無く、黄色い熊のぬいぐるみに他ならなかったが、
生真面目な愛の事だ、直接本人に確かめなければ気が済まないのだろう。
しかし真里は素直に認めるどころか、愛を鋭く睨み付けると、言った。
「ぬいぐるみ言うなっ!!」
愛がびくん、と肩を震わせる。
「このコたちにはね、プーさん1号2号3号4号5号6号7号8号9号10号11号12号13号14号
15号16号17号18号19号20号、って名前が、ちゃんとちゃんとあるんだからねっっ!!」
真里はぬいぐるみ達の名前を息も継がずにまくし立て終え、肩で息をしている。
「……溺愛しているわりには、名前の付け方に微塵も愛情が感じられないのですが」
ぽつりと、あさ美が言った。
「あのー。こう言っちゃあなんですけどぉー、矢口さん」
ひとみが真里の前に進み出ると、
「部員ってーかさぁ。ウチらには、ムダにデカイ熊のぬいぐるみが20匹転がってるよーにしか見えないんですけど」
真里を見下ろしながら、挑発的に言った。
162 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時04分29秒
「わああああ。くまとかぬいぐるみとかにじゅっぴきとかああ。あはははは」
亜依の傍らに立っていた少女が両手をだらしなく垂らし、疲れたように笑っている。
誰だこいつは…見覚えのある顔。亜依は必死に記憶の糸を辿った。
「モーどっから手ぇ付けて良いかわかんないけどせめて単位は”人”でお願いしますねえ。えへへへへ」
「あ。思い出した。藤本さんだ!」
亜依は思わず声に出してしまった事を悔やんだが、後の祭りだ。
「えっ?」
名前を呼ばれた少女は亜依を見て一瞬驚いた後すぐに、
「あ、ああ、一年の藤本美貴です。どうも」
人懐っこい笑顔。
見たところ社交的そうな性格は自分と似ていると、亜依は思った。
「あ、どもどもー。奈良県から来ました、加護亜依です。えっと、中二です」
「加護さんですか。よろしくお願いしまあーす」
どことなく疲れた感じのする儚げな微笑が、部内での彼女の気苦労を窺わせる。
松浦亜弥。保田圭。そして、矢口真里。
目の前の頼りなげな少女は、その細い肩に一体幾つもの厄介事を抱えて日々を暮らしているのだろうか?
163 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時06分59秒
(ウチの方がまだマシかも…)
そう思いかけて、亜依は苦笑した。くだらない、どんぐりのせいくらべじゃあないか。
自分よりも不幸な人間を探しては、少なくともこいつよりはマシだと自分自身に言い聞かせながら今日を生きる。
他人と比べる事でしか自分の幸せってやつを確認できないだなんて。人間ってやつは、なんて悲しい生き物なんだ。

「ってーか、なに1匹につきフトン1枚で換算してんだよ! 百歩譲って、2コで1コのフトンに寝せろよなあ!!」
「はあ!? なに言ってんのアンタ!? プーさんはね、もともと森の住人なんだよ! フトン1枚でも狭いぐらいなんだから!!」
亜依が藤本美貴と挨拶を交わしている間に、ひとみと真里の小競り合いはいつしか熱を帯びていたようだった。
「先輩、助けてください。コイツとは価値観が違いすぎてハナシになりません」
「吉澤、ファイトっ!」
圭織に至ってはすっかり説得を諦めたらしく、生徒達の輪に入り、二人の様子を呑気に傍観している。
ひとみと真里は言葉の限りを尽くしたのか、二人の小競り合いはやがて無言の睨み合いに変わり、
静まり返った室内には何とも言えぬ緊張感が漂っていた。
164 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時09分10秒
(ちょっとウザ…もうどーでもええやんか)
恐らく他の生徒も同じく投げやりな気持ちでいたのだろう、背後で小さな舌打ちが聞こえて、亜依はとっさに振り返った。
「けっ。オマエはタタミのヘリにでも寝てろよ、チビスケが」
その呟きは、しんとした大部屋の中でやけに大きく響いた。希美だ。
こいつは、自分が誰に喧嘩を売ろうとしているのかを解って言っているのかっ…!
亜依がぎょっとして希美の顔を見た、その刹那。
びゅんっ、と風を切る音がしたかと思うと、亜依の視界は真っ暗になった。
そして恐る恐る目を開けると、天井が見えた。痛みは無い。
(そうか…フトン、フトンが敷いてあるからだ)
自分は今、布団の上に仰向けで寝ている。傍らには、無造作に投げ捨てられた枕。
亜依はようやく事態を把握した。
誰かによって放られた枕が顔面を直撃し、その勢いで後ろ向きに倒れた自分は今、仰向けで布団の上に居る。
自分に枕を投げつけた『誰か』の正体は、おおよそ見当が付いている。いやむしろ、あいつしか居ない。あいつしか、あり得ないのだ。
「おんどりゃああ」
亜依は、ゆらりと立ち上がった。頭がまだ、くらくらする。
165 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時11分11秒
「なにすんねん、痛いやろ!! 言うたんコイツやんけええ!!!」
亜依が希美を指差しながら涙ながらに訴えると、真里は薄笑いを浮かべて、
「あー、ゴメンゴメン。手もとが狂っちまったい、あはは」
事も無げに言った。
「アホかあああ!!」
亜依は逆上し、傍らに転がっている枕を引っ掴んだ。
「ゴメンで済んだらお巡りさんいらんね―――んっっ!!」
手が滑った。
放った瞬間に直感したが、枕は既に亜依の手を放れ、目標とはまるでかけ離れた方へ向かっている。
「ぎゃああっっ!?」
人ごみの中から聞こえてきた悲鳴は、亜依の良く知る人物。それも、亜依がこの世で最も恐れている人物のものだった。
「どどどどど、どうしよどうしよどうしよ」
”下手に手を出すと殺られる”
彼女とは今日が初対面だが、会った瞬間、亜依は本能的にそう感じていた。
「痛いわねぇ〜……誰よ?」
「ひぃぃ…!」
布団に膝を付いてむくりと起き上がった少女は亜依の予想通り、敵チームの副キャプテン、保田圭であった。
謝らなくては、と亜依は思った。
悪い事をしても誠意を持って謝れば、大抵の事は許される。幼稚園でそう教わったではないか。
166 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時13分42秒
「すすすすす、すいませんでしたすいませんでしたすいませんでした」
圭に歩み寄り、亜依は何度も頭を下げた。
「フフフフフ。すみませんで済んだら警視庁要らないのよ。つまり、すみませんでは済みません。オーケー?」
冷ややかな微笑。
急に寒気がして、亜依は半袖の両腕を庇うように抱いた。
「ぷぷっ、今のダジャレ面白いよ! ねぇ紺野、メモっといて。ねぇ早く」
「えっ、メモるんですか……えっと、すみませんではすみません、と」
何か嫌な事が、始まる予感がする。亜依は敵に悟られないようにゆっくりと後退りした。逃げるなら今しかない。
「きゃあっ!?」
やられた…! 亜依はとっさに後ろを振り返った。
「剛田っ!!」
ひとみが駆け寄る。
亜依のすぐ後ろでは、仰向けに倒れたあさ美が放心状態で天井を見つめていた。
左手には手帳、右手にはペンがしっかりと握られている。
「あらやだ、手元が狂っちゃった。ゴメンなさいねぇ〜」
悪びれもせず、圭が言う。
わざとだな…亜依は直感した。
目標ではなく、まずは仲間から襲う。
そうして亜依の恐怖心を煽り、じわじわと追い詰めた挙句にとどめを刺そうというわけだ。
167 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時16分23秒
「フフフフフ。面倒だから、全員まとめて地獄送りにしてあげる。みんな、殺っちまいな」
圭が言うと、モニフラ女子ラジオ体操部の全員が枕を手にまるで引き潮のように一斉に後ろへ下がったかと思うと、
横二列に整然と並び始めた。
(ほう、そっち側がアンタらの陣地というワケかい)

50対8。
戦闘能力の無いぬいぐるみを除いても、30人対8人。亜依達の方が圧倒的に不利である。
それでも、やるしかない。弱小運動部にも、それなりの意地とプライドがあるのだ。
「オイラに任せろ。全員必ず、沈めてやる」
真っ直ぐに前を見据えて、ひとみが言う。凛とした声。
(『勝ち目なんかなくても、勇者として、いや人として、誇りだけは捨てたくなかったんだよね』)
亜依は、ひとみの言葉を思い出していた。そうだ、勇者の武器は剣なんかじゃない。人としての誇り、プライドなんだ!
「ただし、梨華ちゃん以外」
「………」
たとえそれが、中途半端なプライドであったとしても。自分達には戦う以外、道は無いのだ。
168 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時18分54秒
二つのチームは向かい合い、しばらくの間”睨み合い”という名の無言の戦いが続いた後、
「畳のヘリにでも寝てろよとか言いやがって、絶対に許さないんだからね! みんな、行くよっ!!」
真里の一言により、”枕投げ”という名の過酷な戦いが幕を開けた。
「もー、カンベンしてよー。なんでこんなコトになっちゃうワケぇー?」
戦闘開始早々、不満顔で希美が言った。
「オマエのせいやろ!」
真里の一言が無ければ忘れる所だった。元はと言えば、全ての元凶は希美の余計な一言だったのだ。
ともあれ、戦いは始まってしまったのだ。
気持ちを切り替えて傍にあった枕を掴み、亜依が腕を振りかぶった瞬間だった。
「加護ちゃん、ゴメンねっ!」
聞き覚えのある声。亜依の視界の端にいつかの、いやついさっきの、薄幸な少女の姿が映った。
「えっ?」
亜依の発した声が、大きな音に掻き消される。今日二度目の衝撃が顔面を襲い、亜依はその場に崩れ落ちた。
「早っ…」
辛うじて、起き上がるだけの体力は残されている。しかし、そんな気力はもう無い。亜依は完全に戦意を失った。
169 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時21分45秒
(今のウチは…ミキやんより全然、マシちゃうな)
皮肉なものだ。まさか、自分よりも不幸だと哂ってすらいた美貴に落とされるとは…亜依は苦笑した。


「はあ、はあ、はあ」
頭上で、荒い息遣いが聞こえている。ひとみだ。
ひとみ以外の部員は全員、力尽きて布団の上に転がっている。
相手チームも数は減っているものの、まだ10人程が枕を抱えてひとみを狙っている。
「ここまでか…だけどアイツだけは、絶対に落とすっ!」
自分達に勝ち目は無いと悟ったのか、覚悟を決めたらしいひとみは目標を一人に絞ったようだ。
ひとみは因縁のある、その人物を睨み据えると、
「矢口真里っぺ、お前だ! 堕ちろおお――っっ!!」
枕を構えた。
「よっすぃーって――」
亜依は、彼女の声を聞いたのは初めてだが顔だけは知っていた。
「案外、凶暴な人だったのね。まるで血に飢えたケダモノみたい」
モニフラ女子高校二年、石川梨華。
バスでひとみの隣に座っていた少女だ。更に言えば、ひとみの、かつての恋人でもある。
「ちがっ…! そんなコトないよっ」
それまでの勝ち気な態度はどこへ行ったのやら、ひとみは急にうろたえ始めた。
170 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時24分40秒
「だったら下ろして」
ひとみを見据え、梨華が冷たく言い放つ。
「えっ…」
戸惑うひとみに、梨華は凛として続けた。
「無駄な抵抗は止めて、枕を下ろしなさい。今すぐ」
「………」
ふっ、と微かに笑うと、ひとみはゆっくり腕を下ろした。
次の瞬間、ひとみを狙っていた無数の枕が飛び交い、ひとみはゆっくりと布団に倒れた。
そして、うつ伏せになったひとみの後頭部を最後に直撃した、とどめの枕は……梨華が放ったものであった。
「何やってんだよ、よっすぃぃぃ…」
泣きそうな声で、希美が呟く。

「あっさり無抵抗キメやがって…プライドないんかい、お前は」
「セワシくん、オイラはねぇ。勝つコトだけがプライドを守るコトじゃないって、思うんだよ」
「………」
ちくしょう、泣くもんか。亜依は歯を食い縛った。
171 名前:<第15話> 投稿日:2003年04月13日(日)21時28分29秒
「あのね! 今みっちゃんに聞いてきたんだけど、引率者には別室が用意されてるんだって。
そんなワケだからカオ、みっちゃんの部屋で寝るね。良かったじゃん、みんな。一人分減るから、布団もひろびろ使えるねっ!」
いつの間にそのような情報を仕入れてきたのかは分からないが、圭織は嬉々として自分の荷物を纏め始めた。
「七人で二枚か…少なくとも、八人で二枚よりは全然マシだよね!」
領地を追われた麻琴が、布団の上を這いずるようにして亜依達の方へやって来た。
(マコっちゃんは前向きだなぁ)

例えばもしもあの時、土下座して謝っていれば、布団の一枚ぐらい譲って貰えていたかも知れない。
思い返せばそんな『もしも』の瞬間は、これまでに何度もあったはずだ。
それなのにこの中の誰一人として逃げ道を選択しなかったのは、何故だろう?

亜依が。ひとみが。希美が。いや、みんなが。
全員がそれぞれの意地を貫いて得た、四畳半の空間と二枚の布団は、どんな豪邸よりもきっと価値のあるものに違いない。
 
172 名前:すてっぷ 投稿日:2003年04月13日(日)21時32分17秒
感想、どうもありがとうございます。レス遅くなってすみませんでした。。
次回はさらに15話の続きです。

>146 名無し読者86さん
その他って何でしょう?(笑
横方向の場合「あいうえお」作文とは言わないのかも知れませんが(笑)、
楽しんでもらえて良かったです!

>147 サイレンスさん
ありがとうございます!
そんな風に言って頂けると、なんだか恐縮してしまいますが…素直に嬉しいです。
よろしければ、また読んでやって下さいませ。

>148 ごまべーぐるさん
妻の名前まで御存知とは…ごまべーぐるさんはもしや笑点ヲタというか、
ヤマダくんヲタなんでしょうか?(笑
あと、ファンタ情報、どうもでした。何かの役に立てたいと思います(笑)
173 名前:すてっぷ 投稿日:2003年04月13日(日)21時34分06秒
>149 名無しさん
どうもです。伝説の大喜利は……ご自宅にて思う存分お楽しみ頂ければと(笑)

>150 名無し読者79さん
先輩、無茶苦茶ながら続けようという気持ちはあったようです…。
ああいう先輩って人伝に聞くのは楽しそうですが、身近に居たらすごく嫌ですよね(笑

>151 もんじゃさん
どうもです。
読む人を不安にさせることにかけては自信がありますが、それ以上に
書いてる本人が一番不安だったりします…本当に終わるんだろうかコレ(笑)
174 名前:名無し 投稿日:2003年04月13日(日)21時46分28秒
戦場とはいつも孤独なもんなんですね。
ちきしょーー!!オレだって泣くもんか!!

でもこんだけの沢山のキャラ達を被らずにそれぞれの役割を
果たさせるすってぷさんの腕前に涙です。
175 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月13日(日)23時10分29秒
枕投げは、燃えるんだよねぇ。
176 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月14日(月)08時18分56秒
枕投げってそんなに命がけで、
もとい命削ってするようなものでしたっけ?(w
177 名前:名無し読者86 投稿日:2003年04月14日(月)18時36分58秒
更新御疲れ様です。御待ちしておりましたっ!
まさかセ共全部員中4割もいたとはw
この前哨戦がのちの闘いへの・・・になるんですねw
辻さんの開戦のきっかけ一言が今回のHRでした。
次回更新も待ち遠しいです。

178 名前:名無し読者79 投稿日:2003年04月14日(月)19時21分25秒
梨華ちゃん今回は出てこないのかな〜と思ったら(爆
よっすぃー(泣 惚れた弱みっすね〜(T〜T0)
プーさんに布団…おもしろいです(笑
のんちゃんの気持ちわかります。
何で…プーさんが…。
枕投げ楽しそうですねー。修学旅行を思い出します。
179 名前:サイレンス 投稿日:2003年04月15日(火)00時50分13秒
枕投げか〜。いや〜今回もやられました。
吉澤さんも少し粘っても、いや無理か梨華ちゃんじゃ。

プーさんの人間扱いに感動。
作者様、続きも腹筋鍛えて待ってます!!
180 名前:もんじゃ 投稿日:2003年04月20日(日)10時43分10秒
今回も清々しいほどのアフォっぷり。
松浦さんのスタンスもステキすぎ。
吉澤のヘタレっぷりもビシッと筋が通ってる。…のかな?
181 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)02時54分54秒

「ちょっとー。マクラ一人占めすんなよな!」
「がっ…!」
隣に潜り込んで来たひとみに素早く枕を抜き取られ、亜依は床に嫌というほど後頭部を打ち付けた。
布団が敷いてあるとはいえ、古い寺に備え付けの煎餅布団は殆どクッションの役割を果たしてはくれない。
「痛ったぁ…」
「あいぼん、つめてよー。寝らんないじゃん」
希美に肩を押され、亜依は渋々起き上がると、
「オラオラつめんかい、おんどりゃああ」
「あ、あ、なにすんだよー。狭いじゃんかよぉー」
隣で大の字になっているひとみを壁際へ追いやった。
「冷暖房完備のお寺でホント良かったよー。もしも扇風機だけだったら、暑くて寝らんないトコだもんネ!」
希美の肩越しに、麻琴の屈託無い笑顔が覗く。
(すごいなぁ。マコっちゃんはどんなときでも前向きなんだなぁ…)
182 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)02時56分31秒
「冷房は効いてっけどさー、みんなの体温が熱くて寝らんないよー。このへんだけぜったい、36度はあるもん気温」
冷房の効いた部屋で36度の室温というのはあり得ないが、希美の言う事もある意味正しいと言えなくも無い。
エアコンの設定温度は26度だが、亜依の体感温度は36度前後、つまり両隣に密着しているひとみと希美の体温に等しいのだから。

「暑い暑い。あああー……暑っちぃぃーなああ。っつーか三人も寝てんじゃん、こっち。そりゃ暑いよ! 暑いハズだよ!」
うるさい奴だ。亜依は舌打ちした。
暑い時に隣で『暑い』と口にされる事がどんなに暑苦しいか、こいつは何もわかっちゃいないんだ。
「ガマンしてくださいよー、こっちは四人も寝とるんやで」
隣の布団から、愛が身を乗り出す。
壁際に敷かれた布団にはひとみ、亜依、希美。
希美より向こうには麻琴、愛、里沙、あさ美の順に並んでいる。
七人は全員が壁の方へ横向きに、右腕を下にした格好で寝ている。
「おやすみなさーい」
とは言ったものの、このままの姿勢でもしも夜中に一度も寝返りを打たなかったとしたら…
翌朝、亜依の右腕は完全に死んでしまっているだろう。
183 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)02時59分13秒

―――

(あーあ、寂しいなぁ。夕暮れって、なんでこんな寂しいんやろ。おばあちゃん遅いなぁ。まだかなぁ)

亜依は居間で一人、夕飯の買い物に出掛けた祖母の帰りを、暇潰しに作ってみたお好み焼きをつまみながら待っている。
しばらくぼんやりしていると、不意にテレビから、耳慣れたあのメロディが流れてきた。

 ♪テンテケテケテケ テン!テン! ドンッ♪
 ♪テンテケテケテケ テン!テン! パフッ♪

(あ…笑点や。あーあ、もうすぐ日曜日も終わりかぁ…)

明日学校で友達に会えるのは嬉しいのだけれど、と亜依は思う。けれどやっぱり、早起きは辛いんだもの。

 ♪パラパパパパーパ パラパパパ♪

いつだってそうだ。
日曜の夕暮れ時に流れるこの旋律はやけに明るいその音色とは裏腹に、亜依の心に暗い影を落としては脳天気に去ってゆく。

『皆さま御機嫌いかがでしょうか。第二十万とんで五千七百二十五回目のSHOW点で御座います』
一見すると人の良さそうな、顔の長い男は、隙の無い笑顔で言った。
184 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時01分40秒
(あ…エンラク師匠や)
みかんを剥きながら、ぼんやりとテレビを眺める。
真夏なのにみかんというのも変だなあ…そう思った瞬間、亜依が剥いていたみかんは西瓜に変わっていた。

(わあっ、手でスイカ剥いてもーた! うわぁ、手がべとべとするぅ)
テーブルの下に手を伸ばし、ティッシュの箱を掴もうとするが、あと数センチの所で届かない。亜依は苛立った。

『それでは。まずはウォーミングアップ的な意味を込めまして、恒例のあいうえお作文なぞを。
えー、それじゃあ……あいぼんさん、いってみようか』
(ん…?)
自分の名を呼ばれた気がして、亜依は手を止めた。ティッシュの箱はまだ掴めない。
(まさか、ね)
空耳に決まっている。亜依は己の図々しさに苦笑した。
師匠が、いや大スターが、自分の名前を知っている筈など無い。もし知っていたとしても番組中に呼び掛けるはずなど…。

『あいぼんさん、あいぼんさん! おいコラ! 加護!!』
『えっ?』
(えっ?)
ようやく、ティッシュの箱に手が届いた瞬間だった。
恐る恐る顔を上げると、亜依の視界に映る景色はまるで変わってしまっていた。
185 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時03分39秒
『えっ? えっ!? えええっ!?』
目の前には、一つの空きも無く埋まっている観客席。
そして、観客達の注目を一身に集めているのは……紛れも無く、自分だ。
(うそっ!? ウチ、SHOW点に出てるっ!?)

『おいコラ加護。テメー何でもいいから言葉発しろっつーんだよ、このギャラ泥棒が!!』
人の良さそうな男の怒鳴り声に、亜依は凍り付いた。
『やれやれ。楽タローさんの代打なんてねぇ、アンタもとんだ災難だよね。まぁ、腹括ってひとつ頑張っとくれよ』
緑色の羽織を着た男が、亜依に耳打ちした。ウタマルさんだ…と亜依は思った。
『ってゆーか、楽ちゃんの代打!? めっちゃプレッシャーやん! コンペーならともかく!』
ハッとして、改めて自分の着ている衣装を確認する。
紫の羽織袴。
どうやら亜依は、何らかの理由で欠席せざるを得なかったこの衣装の主の代理として番組に出演しているらしかった。
『てめえ何か言えっつってんだろーが!!
あいうえお作文も満足に出来ねえのかい、お前さんは。このスットコドッコイ野郎が!! ヒョッコリひょーたん野郎が!!』
『ひぃぃっ…!』
(師匠めっちゃ恐いし…!)
186 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時05分43秒
人の良さそうなこの男に一体何が起こったのかは解らないが、どうやら彼が酷く怒っているらしい事だけはよく分かる。
亜依は混乱する頭で、必死に答えを探した。
『え、ええっと…』
ごくり。唾を飲み込む。
『それでは加護亜依、あ行でいかせていただきますっ』
すう、と大きく息を吸った。
人の良さそうなこの男を、自分は満足させられるのだろうか。人の良さそうな、馬面のこの男を、自分は。

『あー、あいぼんはぁ。
いー、いつも元気にぃ。
うー、うどんを食べてぇ。
えー、エビフライも食べてぇ。
おー、おかゆみたいなモンもぉ、たまに食べますぅ』
どうにか最後まで言い終えると、亜依は安堵し、袖で冷や汗を拭った。後は、男の反応を待つだけだ。

『がはははは! なんだそれ、オチてねーじゃん! 最低だよオマエ!!』
声でこそ笑っているが、男の眼光は鋭い。
面白くなかったんだ…亜依はため息を吐いた。
そして消沈する亜依に追い討ちを掛けるように馬面の男は、
『お〜い、ヤマダくぅ〜ん。あいぼんさんに、逆ザブトン三枚〜』
舞台の端に控えている、赤い羽織の男に命じた。
(え? 『逆』ザブトン??)
187 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時08分04秒
『んっ?』
亜依が、背後に何者かの気配を感じた時だった。
『ぐわああっ…!?』
頭の上にずしりとした重みを感じ、亜依は思わず呻いた。頭に、何かが乗っている。

『コレはザっ、ザブトン!? ザブトンが頭の上に乗ってる!?』
座布団とは本来床に、つまり足の下に敷くものだ。
しかし赤羽織の男が運んできた座布団は今、亜依の頭の上に乗っている。
そういう事、か…”逆”座布団の意味を、亜依はようやく理解した。

『ってゆーか、めっちゃ綿つまってるわぁコレ。めっちゃ重いぃぃ…』
三枚の座布団は思いの外、重かった。
まるで首の据わらない赤ん坊のように、亜依の頭は左右にぐらついている。

『コンペーでえーっす!! えー、わたくしの故郷であるチャーザー村は雨季になると…』
『がはははは! つまんねー。ったく相変わらずコンペーはテンションだけだなあ! やべマジつまんねー。
でもぶっちゃけ超超超超カワイイから、ザブトン三枚〜』
『えっっ!?』
(師匠にとって、可愛さの基準って!?)

『やったぁ♪』
オレンジ色の着物を着た男が座布団の上で小躍りする様を、亜依は複雑な思いで見つめた。
188 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時10分38秒
『ははは。安心しなさい、あいぼんさん。いっ平よりはキミの方が、まだ面白いから』
『むぅ。なんだかうれしくないぞっ…!』
それらの違いが全く理解できないのは、自分がまだ子供だからだろうか。
こん平もこぶ平もいっ平もそれからこの際ぺーやパー子だって、どれも似たようなものじゃないか、と亜依は思うのだ。

『えー。皆様も良く御存知のとおり、この”脱衣大喜利”では…逆ザブトンが10枚たまりました暁には、
足袋から順に一枚ずつ脱いでいってもらう決まりになっております。あいぼんさんはあと7枚ですなぁ。がはははは』
顔の長い男が愉快そうに笑う。
『だっ、脱衣大喜利!? 聞いてないもん、そんなの!!』
『っくしゅん!』
何者かのくしゃみの音がして咄嗟に顔を向けると、亜依は視界に、一糸纏わぬ姿で膝を抱える芸人の姿を捉えた。
『あっ! よっすぃー先輩が、すっぱだか大喜利だっ!!』
『サムイ…寒いよぉセワシくん。毛布をおくれよう…』
ひとみだった。
189 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時12分53秒
『よっすぃー先輩、逆ザブトン10枚たまったのっ!?』
『う、うううううるせー、わかりきったコト聞いてんじゃねーよ。このヒョットコどっこい野郎がああ』
余程寒いのか、或いは恥ずかしいのか、列の端で膝を抱えたひとみは全身をガタガタと震わせている。

『よっすぃーって――』
亜依は、彼女の声を聞いたのは初めてだが顔だけは知っていた。

(ちが、う…初めてじゃない。はじめてじゃ…ない)

彼女の顔を見るのも、そして声を聞くのも、初めてじゃない。自分は彼女を知っている。
けれど、それはいつ? 誰が? 何を? どうした?
自分は目の前の少女を確かに知っているはずなのだが、記憶が整理できない。亜依は混乱した。

『あいうえお作文でさえも、ロクに出来やしないのね。あなたって本当に、ダメなひと…』
一階のちょうど中央の客席から、舞台上のひとみに向かって言う。
ずいぶんと通る声だな、と亜依は思った。
(このアニメ声、たしか……マクラ、マクラ、投げ…)
190 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時15分00秒
メモ帳とペンを握り締めたまま倒れている、あさ美。
最も危険な前線に立ち、敵の格好の餌食にされていた、麻琴。
眉間に枕の角が直撃し、泣きながら散っていった、里沙。
大勢の敵に向かって臆することなく、憎まれ口を叩いていた、希美。
最後まで彼女なりの美学を貫き、プライドのために敗北を選んだ、ひとみ。
荷物で作ったバリケードの陰に隠れていた、圭織。
そして、やはり訛っていた、愛。

記憶の断片が、フラッシュバックする。
(これは何? これは現実に起こったコト? じゃあ、今は? 今おきているコトは、もしかして……)

夢…?
思いかけて、亜依はぶんぶんと首を振った。
(ちがう! 夢なんかじゃ、夢なんかじゃない!)

(『亜依や。良いかえ? 夢ん中でなぁ、こりゃあハァ夢なんだべぇってばさ自覚すっとなぁ、
その夢はハァ、とたんに醒めっちまうんだべやぁ。ああああ、恐ろしや恐ろしや。ハァなんまんだぶ、なんまんだぶ』)
祖母がよく言っていた。
夢の中で、これは夢なのだと自覚した瞬間、どんなに楽しい夢もたちまち醒めてしまう。
191 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時17分15秒
(でも、おばあちゃんはあんな喋り方しないぞ?)
いつの時代のおばあちゃんなんだよ。
やはり何かおかしいと思ったが、亜依は慌てて疑念を打ち消した。
夢じゃない、コレは夢なんかじゃない。
たとえ夢であったとしても、こんな楽しい夢、絶対に醒めてなんかやらないんだから。

『ねぇねぇ、あいぼーん。のの前から気になってたんだけどさー、チャーザー村ってドコにあんの? 日本?』
またも客席から声がして、亜依は顔を上げた。
(あ…ののや)
『ねぇねぇ、あいぼーん。歌舞伎揚げ食べる? おいしいよー』
座席にふんぞり返って菓子を頬張る希美は、先刻ひとみを罵倒した少女の隣に座っている。
『いま本番中やからいらへん。後で食べるから残しといて』
『ダメですうー。だって今すぐ食べなきゃ、シケっちゃうじゃんかよ。もうぜんぶ食べちゃうからねー』
『ってゆーか、客席から普通に話しかけんな!!』
亜依が怒鳴ると、希美は不貞腐れたように唇を尖らせ、
『んだよー、カタイコト言いやがって…。あっそうだ、梨華ちゃん、食べる?』
隣の席に座る少女に言った。
192 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時19分09秒
石川梨華。
その名を思い出した瞬間、亜依の胸がざわついた。
思い出したくなかった名前。
もしかすると自分は、楽しい夢から醒めたくなかったのではなく、彼女の名を思い出したくなかっただけなのかも知れない。

『ありがとう』
『おいしいでしょ?』
『うん、おいしいね』
『でしょ。ののコレ大好きなんだけどさー、カタチがさー、びみょーに食べづらいんだよねぇ』
『そうね。もうちょっと、平べったく作れば良いのにね』
『そうそう、そうなの! もうちょっと平べったくつくれば良いんだよ! なんで曲がってんだよってカンジだもーん』
希美が、梨華と親しげに話している。
彼女はひとみの幼馴染なのだから、ひとみの元恋人である梨華と面識があっても不思議ではない。
梨華に関する情報を、また一つ思い出してしまった。
夢から醒めてしまう。楽しい夢が、醒めちゃうじゃんか。
やめて! 亜依は思わず叫んだ。
しかし、楽しげに話す二人の耳には届かない。
193 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時21分48秒
『そうだ! ののさぁ、こんど手紙出そうかな』
『誰に?』
『歌舞伎揚げつくってる会社』
『何て書くの? もうちょっと平べったく作って下さい、って?』
『そう。もうちょっと平べったくつくってください、って書くの』
『ダメだよ、のの。歌舞伎揚げは、ああいう形だから歌舞伎揚げなんだもん。
形が変わっちゃったら、歌舞伎揚げじゃなくなっちゃうでしょ?』
梨華が優しく微笑む。
『そうだね』
梨華と笑い合う少女はいつの間にか、ひとみの顔に変わっていた。

『むぅ……なぁーんか、むかつく』
恨みや憎しみなんてどろどろしたものではないけれど、自分が石川梨華に対して良からぬ感情を抱いているのは確かだ。
この奇妙な感情の正体が何なのかは亜依自身にもよく判らないが、何となく、気付いてはいる。
この不思議な感情が、吉澤ひとみに起因している事に。
194 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時24分18秒
『突然ですがー! あいぼんさん、バスの中で私が貸したラーメンおつまみ! アレいつ返してくれるんですかあー!?』
亜依が思い詰めていると突然、里沙が二階席から大声で叫んだ。
『えっ……”貸した”って、アレ、くれたんちゃうの?』
戸惑い気味に答える。
バスの中で後ろに座っていた麻琴から手渡された菓子を一口貰ったのは憶えているが、
それが里沙のものだったのかは記憶に無い。
(…あ、思い出した)
しばらく考えて、亜依はハッとした。
里沙ちゃんからだよ。亜依に菓子袋を差し出した時、麻琴は確かにそう言っていた。
(返さなアカンのかぁ、アレ)
亜依は貰ったつもりでいたが、どうやら里沙にそのつもりは無かったらしい。
人付き合いとは難しいものだな、と亜依は思った。
一口しか食べていないのに一袋返すのも癪だが、こういう時こそ気前良く振舞わなくては、
関西人はケチだなどと誤解される恐れがある。

『再び突然ですがー! あいぼんさん、あいぼんさんってもしかして、吉澤先輩のコト…』
『わーっ、言うなぁ!』
いきなり核心を突いてきた里沙の言葉に、亜依はうろたえた。
195 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時26分28秒
『言うな里沙ボウ! 言うたらラーメンおつまみ返さへんで!』
すると里沙はしばらく悩んだ後、
『………じゃあ言わない』
『うんうん。里沙ボウはエエ子やなぁ』
里沙が物分りの良い中学生で助かった。亜依は安堵した。

『オイオイオイオイ。そこで何をごじゃごじゃごじゃごじゃくっちゃべってやがるんでい、このスットコひょーたん野郎が!!
お前さんのせいで何時間収録が止まってると思っていやがるんだい、あいぼんさんよう。ええ!?』
顔の長い男が、亜依に向かって怒鳴った。男は片膝を立て、今にも立ち上がって亜依に襲い掛かりそうな勢いだ。
『あっ』
(ヤバイ! 師匠のコト忘れてたよう!)

『もういい。すげームカついたから、あいぼんさんに逆ザブトン五枚』
『えーっ! 5枚も!?』
亜依は素っ頓狂に叫んだ。
こうなるともはや、後輩の為を想うが故の愛の鞭とは到底思えない。単なる嫌がらせではないか。
『おい山田!! 座蒲団持って来い!!』
『ハイただいまぁ』
赤い着物の座蒲団運びは陽気に言い、舞台袖へ消えたかと思うと、
『わっせ、わっせ』
座蒲団を抱えてまたすぐに戻って来た。
196 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時28分59秒
『があっ…! うおああああ』
容赦なく重い。
五枚も乗っているとはいえ、これが座蒲団の重さなのか?
常識では考えられない程の重力が、亜依の頭上に圧し掛かっていた。

『みなさまに、ザブトンと幸せを運びます! いつもニコニコ、山田タカオでええーっす!!』
陽気な声が、頭上から聞こえる。
亜依の頭が、重みでぐらぐらと左右に揺れる。
八枚の座蒲団と、成人男性一人を乗せた頭を支えている亜依の首は、限界寸前だった。

『どーりで重いと思ったら…』
いつだってそうだ。
日曜の夕暮れ時に流れるあの旋律も、山田の作り笑いも、こん平のつまらないダジャレも。
やけに明るいその音色とは裏腹に、亜依の心に暗い影を落としては脳天気に去ってゆく。

『ヤマダ乗ってたんかあ―――い!!!』
亜依は叫んだ。
この苦痛から逃れるためなら、自慢の喉が潰れてしまっても良いとさえ思った。
 
197 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時30分33秒

―――

「ヤマダ乗ってたんかあ―――い!!!」
自らの叫び声で、目が覚めた。
眩しさに一瞬目を閉じたが、二度目に恐る恐る瞼を開けるとそこには、
「あいぼん…大丈夫?」
亜依の顔を覗き込む、麻琴の心配顔があった。
ゆっくりと上半身を起こし、目を閉じて、ぶんぶんと首を振る。
こめかみの辺りを指で揉み解していると、やがて意識がはっきりとしてきた。
「……あぁ、夢かぁ」
助かった。
息をつくと、目覚める直前のおぞましい出来事が脳裏に甦り、亜依は身震いした。
頭に八枚の座蒲団と、成人男性一人を乗せた女子中学生。
あれがもしも現実世界での出来事だったとしたら…考えただけでぞっとする。
「顔、洗ってくる」
麻琴に告げると、亜依は荷物からタオルと歯ブラシを取り出した。
歯磨き粉は、確か洗面所に里沙のものが置いてあったはずだ。
「ねぇ、あいぼん」
擦れ違いざま、麻琴に呼び止められる。
「”ヤマダ”って……誰?」
麻琴の声は、微かに震えていた。
訊いてはいけない事を訊いている。そんな後ろめたさがあったのかも知れない。
198 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時33分25秒
「……ゴメン。後で話す」
短く言うと、亜依は逃げるように麻琴の前から立ち去った。
麻琴には悪いが、余りに色々な事があり過ぎて今はまだ気持ちの整理がつかないのだ。
とにかく、頭を冷やそう。
亜依が部屋を出ようとした時だった。誰かのすすり泣く声が聞こえて、亜依は足を止めた。
「ぐすっ。まりっぺは、畳のヘリなんかじゃないもん…っ」
寝言のようだ。
ぬいぐるみを左右に5体ずつ寝かせ、矢口真里はその真中の布団で眠っている。
同様に残り10体は後輩の藤本美貴が引き受けていたようだが、彼女は既に起床し、布団の上で荷物整理に勤しんでいる。
亜依は美貴に歩み寄ると、思い切って声を掛けた。
「藤本さん」
「あ、加護ちゃん。おはよう」
曇り無い美貴の笑顔に、亜依は救われた。
彼女とは昨日会ったばかりで話をした事もほとんど無いが、不思議と波長が合うような気がするのだ。
「おはよ」
「ミキティで良いよ。あたし的にはあんまり気に入ってないんだけど、みんなそう呼ぶから」
亜依が隣に腰を下ろすと、美貴は人懐っこい笑顔で言った。
「うん」
亜依は微笑んだ。ミキティ。次からはそう呼ぶ事にしよう。
199 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時36分18秒
「…っ、だいいち、まりっぺは緑色じゃないしそれにっ……畳より、フローリング派だしっ」
畳の縁に変身した夢でも見ているのだろう。真里の寝言はまだ続いている。
「夢にまで見るなんて、矢口さん……結構、気にしてたんだね」
ぽつりと、美貴が言った。
「あたしさぁ、たまに考えるんだけど」
「え?」
「人間ってどうして、自分より強そうに見える人について行こうとするんだろうって、たまに考えるんだけどね。それって、」
自分より強そうに見える人。美貴は真里の事を言っているに違いなかった。

「本当はそうじゃないコト、知ってるからなんだよね。きっと」
そう言うと、美貴は目を細めた。視線の先には、悪夢にうなされている真里の姿がある。
「……たすけて、たすけて…3号早くっ…」
強そうに見える人間は、強いのではなく本当は、弱さを隠しているだけに過ぎない。
だからこそ彼女は、真里を支えようと思うのか。

「ゴメン、ね」
真里に対する後ろめたさから、亜依は思わず言った。
オマエはタタミのヘリにでも寝てろよ。
決定的なその一言を言ったのは希美だが、亜依も心のどこかで彼女に同調していたのは事実だ。
200 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時39分15秒
「なんで? 加護ちゃんが謝るコトじゃないじゃん」
「ううん。ゴメン」
二度目は、美貴への謝罪だった。
私より不幸だなんて思って、ごめんなさい。そんな思いを込めたつもりだった。
「なんだそりゃ。ワケわかんないよー」
屈託無く笑うと、美貴は中断していた荷物整理に再び取り掛かった。
「3号、3号っ…!」
「……ってゆーかさぁ、ミキティ。早く起こしてあげたほうがええんとちゃう?」
「ああ、いいのいいの。面白いから」
弱者なりのささやかな反抗なのだろうか。パジャマを丁寧にたたみながら、美貴は事も無げに言い放った。
「あっそう。じゃあね」
他校の事だ、深入りはすまい。あっさり引き下がると、亜依は立ち上がった。
「うん。今日もがんばろーね」
「あいよー」
美貴と気安い挨拶を交わすと、亜依は部屋を後にした。


「あっ」
洗面所で顔を洗っていると、お気に入りのあのメロディが聞こえてきた。
「♪あーたぁーらしーい、あーさがきたっ♪」
音に合わせて思わず口ずさんでしまう。根っからのラジオ体操人だな、と亜依は思う。
201 名前:<第15話> 投稿日:2003年05月01日(木)03時42分16秒
(希望の朝、か…)
今朝の目覚めは最悪だった。
それなのに、”希望の朝”とは皮肉なものだ…亜依は苦笑した。

「♪よろこぉーびに、むねをいーだけ♪おおぞーらあー……あああ―――っ!?」
その事に気付いた瞬間、亜依は思わず声を上げていた。
「わっ、わっ、わっ」
歯ブラシを握ったままで、駆け出す。
「これ。廊下を走ってはいけませんよ。坊主のいいつけを守らない子は一生呪われるのですよ。祟られるのですよ」
途中で出くわした僧侶の忠告も聞かず、亜依は全速力で廊下を駈け抜ける。

なぜだ。
両校合わせて60人近くの部員がいながら、思考能力の無いぬいぐるみを除いても40人近くの部員がいながら何故、
誰一人として気付かない?

「みんなーっ!! ラジオ体操、はじまってるよ―――っっ!!!」
 
202 名前:すてっぷ 投稿日:2003年05月01日(木)03時45分12秒
感想、どうもありがとうございます。お待たせしてすみませんでした。。

>174 名無しさん
ありがとうございます。
被らないようにしようと思うと、どうしてもアクの強いキャラばかりになってしまうのですが…
そう言って頂けると、救われます。

>175 名無し読者さん
燃えますよねぇ。闘争本能だろうか…。

>176 名無し読者さん
命懸けとまではいきませんが、決まって、舞い散る埃で喉を痛めてた気がします(笑)

>177 名無し読者86さん
どうもです。なかなか更新できず、申し訳ないです。。
戦闘能力ゼロの部員が4割を占める部…大丈夫なんだろうか…。
辻さんの一言は、とんだところで尾を引いていたようです(笑)
203 名前:すてっぷ 投稿日:2003年05月01日(木)03時47分06秒
>178 名無し読者79さん
石川さんは久々の登場とあって、おいしいトコ持ってってもらいました(笑
笑顔のプーさんが、一人一枚ずつの布団に(全員仰向けで)寝ている光景を
想像しながらお読みいただけると幸いです。

>179 サイレンスさん
”集団でお泊まり”といえば、やはり枕投げですよね?(笑
更新ペース遅いですが、よろしければ次回も読んでやってくださいませ…。

>180 もんじゃさん
ありがとうございます。同じアフォなら清々しくないよりは清々しい方が良いですしね。
松浦さんは今後も一貫して、「あたし何か間違ってる?」の精神で(笑)
204 名前:名無し読者79 投稿日:2003年05月01日(木)08時47分13秒
あいぼんの夢…ふ、腹筋がぷるぷると震えております(笑
すごい座布団が逆座布団だなんて…おまけに山田さん…。
いつも優しいエンラク師匠がこ、恐い(T-T)←笑いすぎて涙が…。
気づいてしまうと意識する恋とはそんなものです。
いろんな恋模様がこれから出てきそうで楽しみです!!
205 名前:名無し 投稿日:2003年05月01日(木)18時08分54秒
き、き、キターーー!!いしよしかご!!!
そしてこの暴走振り!ピッチャーが投げたボールがキャッチャーにではなく
センターに届くと言わんばかりのおてんばぶり!!!すいません言い過ぎました!
そして今一度だけ確認させてください!!

主人公って誰でしたっけ?
いや!すいません野暮な事を聞きました!どうか聞き逃してください!
206 名前:サイレンス 投稿日:2003年05月01日(木)21時27分16秒
更新お疲れ様でした。
なんてこった。今回も見事に自分の完敗です。
笑いがまったく、止まらんです

次回ももちろん読ませてもらいます。
お師匠様、がんばってくだされです(w
207 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月01日(木)21時36分07秒
すてっぷさん、マジで笑点マニアだね。
208 名前:名無し読者86さん 投稿日:2003年05月01日(木)23時07分01秒
更新お疲れ様です。お待ちしておりましたw
ヤマダおっかねぇ〜、たしかに悪夢w
おびえる小川さんもやや黒の藤本さんもイイですね。
ラ体操部なのに朝に弱い皆さんに乾杯!
それでは次回更新もめっさ楽しみにお待ちしております。
209 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月02日(金)01時07分25秒
笑った。

すてっぷさま。
アナタの引き出しには一体何が詰まっているのか、一度査察してみたいです。(笑)
210 名前:おさる 投稿日:2003年05月04日(日)23時27分04秒
加護ちゃんが飛んでった先は、かの「後楽園ホール」なのか?
ならば加護ちゃん、まさに”Road to the showten”!
 子供の頃、笑点のテーマを聞くと翌日を想像してブルーモードになったもんです。
今でもそうだけど、だとすれば、あのテーマは思い出じゃなくてむしろトラウマ?
 それはさておき両校の皆さん、スタンプカード持って前庭に集合!
211 名前:すてっぷ 投稿日:2003年05月11日(日)16時31分27秒
感想、どうもありがとうございます!
16話は、もうしばらくお待ち下さい。。

>204 名無し読者79さん
どうもです。本番中にも関わらず、メンバーを怒鳴り散らす師匠。まさに地獄絵図です…。
なんとなく恋愛モノっぽくなってきましたが、このメンバーだけに、あまり期待しない方が良いかも?(笑

>205 名無しさん
夢なので(いつも以上に)何でもアリということで、存分に暴走させていただきました(笑)
いしよしかごにまで発展してしまい、この先どうなることやら…。
誰も気付いてないと思いますが主人公は一応、高橋サンのつもりです…きっとそのうち、らしくなるはず…。

>206 サイレンスさん
ありがとうございます。楽しんでもらえたようで、安心しました。
これからもバカを磨いて、さらに精進したいと思います!(笑
212 名前:すてっぷ 投稿日:2003年05月11日(日)16時33分46秒
>207 名無し読者さん
このために、テレビ観ながらメンバーの着物の色をメモってる自分がいました…。

>208 名無し読者86さん
どうもです。相変わらずお待たせしててスミマセン(笑
あんなに善良そうなお二人を、黒エンラク、黒ヤマダにしてしまい、罪悪感で一杯です。
全員どこか抜けてるラ体操部の人々ですが、次回も見守ってもらえると嬉しいです。

>209 名無し読者さん
楽しんでもらえて良かったです。
引き出しには心底くだらないモノばかり詰まっていそうで、恐くて開けられません(笑)

>210 おさるさん
そろそろ明日の準備しなきゃあ…って、現実に引き戻されてブルーになる時間帯でしたよね。
(そう思いつつ結局、寝る直前までランドセル開けないんだけど)
そういや子供の頃は、コンペー師匠がサイコーに面白いと思っていたのでした。今も好きだけど。
213 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時35分15秒
ここに、ひとかけのサイコロステーキがある。
ごくりと唾を飲み一呼吸おくと、愛は箸を構えた。
壊れ物を扱うように優しい手付きでそれを掬い上げると、透明のスープ、もとい、褐色のソースが、
椀の上に、もとい、皿の上に滴り落ちた。
愛は口角から涎がはみ出しているのも構わず、大口を開けてそれに噛み付いた。
豊かな肉汁が、口いっぱいに広がる。まさに至福のときだ――。

「こら高橋! たかがお豆腐にがっつかないの。みっともないでしょ!」
厳しい叱咤に驚きの余り、愛はろくに味わう事も出来ずにそれを飲み込んでしまった。
「…すいません」
圭織へ形だけの謝罪を済ますと、愛はうなだれた。
確かに、この妄想には少々無理があったかも知れない。それは重々承知している。
だが、この両者がまったく無関係であるとは誰にも言えまい。『豆腐ステーキ』という言葉だってある位だ。
「ハァ…肉が喰いたい」
ため息混じりに、希美が呟く。
愛は、ふっ、と自嘲気味に笑った。
確かに、この妄想には無理があった。
甘辛ソースに浸ったサイコロステーキと、吸い物に浮かんだ白い豆腐とでは…あまりにも、歯ごたえが違いすぎる。
214 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時37分21秒
愛の予想通り、昨夜も、そして今朝の朝食も、寺の食事は質素だった。
野菜中心の、所謂『精進料理』というやつだ。
育ち盛りの中高生にとって、三食肉抜きの食事というのは、ほとんど拷問に近いものがある。
合宿もまだ二日目が始まったばかりだというのに、愛の空腹は既に限界を超えていた。
(こんなんで、お昼までもつかなあ…)
「あーあ…」
愛の隣で、ひとみが重苦しいため息を吐いた。彼女もまた、極度の空腹に襲われているに違いない。
「鱈男は良いよなあ…」
「ハイ?」
愛は思わず、素っ頓狂な声で聞き返していた。
「タラ、ですか?」
なるほど、肉はあまり得意ではないひとみのことだ。
愛がサイコロステーキでそうしたように、ひとみもまた、吸い物の豆腐を鱈子か何かと妄想しているのだろう。
愛は自分勝手にそう解釈した。
「”タラオ”ってもしかして、タラちゃんのコトですか?」
するとひとみは里沙の問いには答えず、虚ろな目で、
「鱈男は良いよなあ…いっつもリカちゃんと一緒にいられてさあ」
愛とは妄想の種類が、根本的に違っている。
自分よりさらに重症らしいひとみを、愛は憐れに思った。
215 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時39分15秒
「っていうかタラちゃんって、アニメキャラじゃないですか…。お願いだからそんなの羨ましがらないでくださいよ…」
先輩想いの麻琴が、心配顔で懇願する。
「でもさ、タラちゃんって恵まれてるよねえ。品行方正だしー、みんなにちやほやされてさー、年上の彼女もいて。
あんなに恵まれた幼稚園児って、そうそう居ないんじゃない?」
背筋をぴんと伸ばし、優雅な箸遣いでたくあんを口に運びながら、圭織が言った。
「あれっ? タラちゃんって幼稚園行ってたっけ?」
小皿の上で少し湿気り始めている焼き海苔の束から、そのうちの一枚を箸で器用に掴みながら、亜依が尋ねる。
「まだじゃん? だってのの、タラオが、『リカちゃん幼稚園行けてうらやましいですぅーぅ』とか言ってるハナシ観たコトあるもん」
「あっ、それあたしも観た!」
麻琴は嬉しそうに身を乗り出すと、しみじみと語り始めた。
216 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時41分15秒
「リカちゃんが幼稚園から帰ってくるのさぁ、公園で、一人ぼっちで待ってるんだよね。
『たいくつですぅ』とか言って砂遊びなんかしながら。
で、そのうちだんだん日が暮れてきてさ、ブランコがキコキコ揺れてて。なんかスゴイ寂しそうなの、タラちゃん」
「えーっ、なんか切ないそれー」
圭織は既に食事を終え、背筋をぴんと伸ばして優雅に日本茶を啜っている。
無駄な体力を消費しないようにとの考えからか、談笑する愛達とは対照的に、モニフラ女子の面々は黙々と食事を続けている。
「……騙されてはいけません、監督。それが、奴の手なんです」
空になった椀を見つめながら、あさ美が静かに言った。
「紺野…それ、どういうコト?」
「思い出してみてください…悪の黒幕、もとい河豚田鱈男の隠れ蓑にされるが故、いつも損をしている小悪党がいるでしょう?
ヒント、『ひどいや姉さーん』が口癖。ちなみに好きな女子はカオリちゃんと早川さん、憧れの女性はお隣のウキエさんです」
「あ、わかった! カツオくんだ!」
「監督っ、お見事!」
パチパチパチ、という渇いた音が座敷に響き渡る。拍手をしているのは、もちろんあさ美一人だけだ。
217 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時43分22秒
「これは大げさな例ですが…例えば、台所でタラオさんがつまみ食いをしている現場をサザエさんに見つかったとしましょう。
『コラ! なにしてるのタラちゃん!』
と当然叱られるのですが、そこは冷静な我らが多羅尾さん、母親に鬼の形相で睨まれたくらいでびびるような男ではありません。
『えっ? だって、カツオ兄ちゃんは毎日(つまみ食いを)してるですよ?』
と何食わぬ顔でさらりと言い放ちます。
『えっ?』ココがポイントです。
まるで”つまみ食い”という行為が悪である事を今の今、初めて知ったというようなキョトン顔で驚いてみせるのです。
さらに、畳み掛けるように『だって、カツオ兄ちゃんは毎日してるですよ?』と続ける事で、
自分は叔父であるカツオさんの日課を真似ているだけであり、罪を犯しているという意識は皆無であったと、
見事なまでに自分を正当化した上、叔父の悪事を密告する事で母親の怒りの矛先を自分ではなく
彼へ向けさせる事が出来るのです。完璧です! まさに完璧なまでの大悪党ぶりです!」
「あさ美ちゃん…タラちゃんに何か、恨みでも?」
里沙が、おずおずと尋ねた。
しかし、あさ美は答えない。
218 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時46分28秒
「そして、親バカなサザエさんはまんまとタラオ氏の術に嵌り、
『くぅわああーつをおおぉぉぉ(カツオ)!! またアンタね! タラちゃんに変なコト教えるんじゃありませ――ん!!』
とヒステリックに叫びながら子供部屋へ怒鳴り込むと、勝男さんの坊主頭を拳骨でポカリと殴打します。
そんな状況でも妹のわかめさんは、またいつものことね、とでも言いたそうな呆れ顔で淡々と宿題に取り組んでいます。
一方、納得のいかないカツオさんは、
『ひどいやタラちゃん、言いつけるなんてえ…』
と恨めしげに抗議しますが、タラ男にとってはもちろんそれも計算のうち。
『ゴメンですぅぅ』
などと、とびきりシュンとしてみせるのです。もちろん、大人たちの見ている前で、です。
となると次の展開はみなさんももう、おわかりですね?
『かつおっ! タラちゃんのせいにするんじゃない!!』
とカツオさん、最後にはナミヘイさんに殴られてジ・エンド、というわけです」
一仕事やり終えた、そんな心境なのだろうか。あさ美は晴れ晴れとした表情で箸を置いた。
晴れやかな表情のあさ美とは対照的に、食卓はどことなく重苦しい雰囲気に包まれている。
219 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時48分38秒
「フフ…なるほどね。さすがのアタシも、そこまで歪んだ視点でアノ番組を観たコトはなかったけど…
言われてみると確かに、カツオちゃんが叱られる場面ではかなりの確率でヤツが絡んでいたような気がするわね」
敵チームの副部長、保田圭は感心したように言った。
「そうなんです。彼はいつでも損ばかり…もし私がカツオさんの立場だったら今頃間違いなく、非行に走っている事でしょう」
「まあ、走りたくても彼は、永遠に小学生なワケだから」
圭の言った言葉が妙に、愛の耳に残った。
”永遠の小学生”。甘美な響きだ。
受験も、将来のことも、両親への苛立ちも、それからややこしい恋愛問題も。
人生における全ての面倒な問題とまだ向き合わずに済んでいたあの頃が、永遠に続くのだとしたら……
愛には羨ましくもあり、同時に恐くもあった。
220 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時51分04秒
「ってコトはさぁ…タラちゃんは永遠に、公園でリカちゃんのコト待ち続けるのかなあ」
麻琴が、寂しそうに言った。
人生における全ての面倒な問題とまだ向き合わずに済んでいたあの頃が、永遠に続くのだとしたら……。
(楽しそうでは、あるけどなぁ)
けれども本当にそれは、幸せな事だろうか?
「…待ってないで、迎えに行きゃいいのに」
ぽつりと、ひとみが言った。

「ウチはやっぱ、早よオトナになりたいなあ。だってオトナになったら、楽しいコトいっぱいありそーやし」
「ハッ、甘いな…」
吐き捨てるように言ったのは、敵チームの監督、平家みちよである。
みちよは、意味もなく箸で吸い物をぐるぐるとかき混ぜながら、続けた。
「ええか? 子供の頃が楽しいコト8割、嫌なコトとかめんどくさいコト2割やとするやろ?
ああこのまま楽しい人生が続いていくんやろなあって笑いながら大人になったとたん、その比率が逆転すんねん。
つまり、たった2割の楽しいコトのために、めんどくさいコト8割もやらなアカンようになんのやで…」
その瞬間、カターン、と小気味良い音がした。誰かが食卓の上に箸を落としたらしい。
221 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時53分18秒
「す、すみませんっ!」
石川梨華だった。梨華は慌てて箸を拾い上げると、椀の上に揃えて置いた。
「カオリの大学の友達でね、こんな不幸な人がいるの……」
圭織は湯呑みを置くと、みちよの後を受けるかのように、ゆっくりと語り始めた。
「彼はハタチの誕生日、みんなにお祝いしてもらって、慣れないお酒をたくさん飲まされてベロンベロンに酔っ払ってしまった。
放っとけば誰かが介抱してくれるだろうなんて他力本願な仲間達に見捨てられた上に終電も逃して、
街をフラフラと徘徊していた彼は、酔ったイキオイで街角に貼ってあった選挙ポスターを片っ端からビリビリと破ってしまったの。
後で聞いたら彼、あのときは人生最高の気分だった、って言ってた。あくまで、その瞬間は、ね。
でも運悪く近所の人に目撃されて、即通報。彼は公選法違反の現行犯で逮捕されちゃったの。
次の日の朝刊には、彼の名前と年齢がしっかり載ってて…学校では笑い者、ううん、ある意味、英雄だったけれど。
222 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時55分36秒
でね、その時カオリ思ったの。ああ私たち、本当に大人になっちゃったんだ、って。
たとえば去年までの私たちなら、それこそ人を殺したってテレビや新聞に名前が出るコトは無かったワケじゃない?
だけどハタチを境に私たちは、酔っ払って紙切れ一枚破いただけで逮捕されるし名前だって公表されちゃうの。
大人になるって、そういうコトなのよ」
同志の言葉がよほど嬉しかったのだろう、みちよは腕組みしてしきりに頷いている。
しかし圭織の言う事は、愛には今一つ理解しがたいものがあった。
自分を見失うほど酔っ払うなんて、大人になるという事は、自制心を失うという事なのだろうか?
そんなのは大人だなんて言えないと、愛は思うのだ。

「あいぼん、どうしたの…すごい汗だよ?」
麻琴の言葉に、愛はハッと我に返った。
見ると、亜依が右手に箸を持ったまま、ガタガタと小刻みに震えている。
「ど、どどどどど、どないしよ、どないしよウチ、犯罪おかしてもーたかも」
「ええっっ!?」
愛は素っ頓狂に叫んだ。
亜依が、凶悪犯罪者?
たちまちに、周囲がざわつき始めた。
223 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)17時57分46秒
「何があったの、あいぼん。怒らないから、話してごらん?」
圭織が優しく語り掛けると、亜依は圭織を真っ直ぐに見据え、ゆっくりと頷いた。
(はあ…。さすがは監督やあ)
愛は感心していた。どんな状況にも動じない、これが大人の余裕というやつなのだ。

「実は…ウチがまだ小学生の頃、休みの日に、大阪のいとこの家に遊びに行ったんやけどな。
そん時ちょうど選挙やってて、公園の近くに、選挙ポスター貼ってあってん。
で、やったらアカン、やったらアカンって思いながらつい、そん中から厳選して、
ハゲのおっさんのデコに、マジックで……やってもーたんや」
衝撃的な告白だった。
圭織は短いため息を吐くと、俯いてこめかみを押さえた。何か、やり場のない怒りを押し殺しているようにも見える。
「おでこに何書いたの? まさか…マユゲ、つなげたりとか?」
眉毛、という単語を口にした時の里沙の表情は、愛が今まで見てきた彼女のどんな表情よりも輝いて見えた。
亜依はぶんぶんと首を横に振ると、
「デコの、デコの真ん中に油性マジックで、でっかく……『パゲ』って」
恥ずかしそうに目を伏せた。
224 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)18時00分12秒
「ぶ―――っっ!!」
「やっ、矢口さん!?」
矢口真里の身に一体何が起こったのだろうか、梨華が慌てて彼女の元へ駆け寄る。
「げっ、げほっ、ごほっ」
見ると、真里は胸を押さえてひどく咳き込んでいる。傍らには倒れて中身が零れ出してしまった湯呑み。
どうやら、飲んでいた茶を吹き出してしまったらしい。
「わははははは!! パゲ! パゲ! やばいツボった! 助けて石川あっ! あははは! パゲって!」
かと思うと突然笑い出し、真里は畳の上で体をくの字に折りながら苦しんでいる。
「さすがあいぼんだよー。ハゲじゃなくてパゲだもん。センスあるよねー!」
希美に賞賛され、亜依は照れくさそうに頭を掻いている。
「いっ、いやあ、そんなに面白いっすか? まいったなあ」
「そんなに面白いかなあ…?? カオってもしかして、笑いのセンス、ずれてる?」
真顔で尋ねられ、愛はただ、曖昧に微笑むしかなかった。
次の瞬間だった。
パンパンパン、と短い破裂音がしたかと思うと、廊下から見知らぬ女の声が聞こえてきた。
225 名前:<第16話> 投稿日:2003年05月31日(土)18時03分02秒
『やっべ! 弾みでつい発砲しちゃった!』
『弾みじゃないわよアンタ、なにやってんの!!』
『だから飛び道具は危ないって言ってるのにー。あたしみたくホラ、日本刀にしなよ武器』
音の異なる、三種類の声。
部屋の外には、少なくとも三人の人間が居るという事になる。三人とも、女だ。

「はっ、発砲!?」
亜依の声は、上ずっている。
「ににに、日本刀とか、言ってたけどっ…!」
素っ頓狂に、麻琴が言った。

「みっ、みんな、構えて。構えるの! いつ襲われても大丈夫なように、構えるのよ!」
何をどう構えれば良いのか、愛には皆目見当が付かなかったが、
「か、かんとく…何なんでしょうか、いったい」
それだけ訊くのがやっとだった。
「そっ、そうね。カオリ、ラジオ体操のコトはよくわからないけど……恐らく、あの人たちは」
全員が固唾を呑んで、圭織の言葉を待っている。

「強盗だと思うの」
予想通りの回答とはいえ、その瞬間愛は、ここに居る全員の血の気が引く音を、聴いたような気がした。
 
226 名前:すてっぷ 投稿日:2003年05月31日(土)18時04分48秒

相変わらず更新遅くてすみません。。
次回は、16話の続きを。
227 名前:名無し 投稿日:2003年05月31日(土)18時29分02秒
すてっぷさんきてる、きてるよーー!!
相変わらずラジオ体操を全くやりそうに無い雰囲気!
ここに来て遂に強盗ですか!!さすがだ……常人とは回路が違う(w
かなり失礼な事を言っているかも知れませんが謝りません、勝つまでは!
嘘です、すいません、ごめんなさい!

今回1番のヒット”多羅尾”
228 名前:名無し読者79 投稿日:2003年05月31日(土)20時18分52秒
パ、パゲ…(笑 パ、パ、パゲ…。失礼、取り乱しました。
矢口さん、私もあなたのように吹いていたかも…(爆
毎回×2、笑える要素満載で最高です。
よっすぃー、梨華ちゃんがいる前で言ってたんですかね…すごい…(笑
229 名前:Silence 投稿日:2003年06月01日(日)00時13分26秒
更新お疲れ様でした。
やばいですよお師匠様。ここまでサザエさんで笑ったのは
初めてです。にしてもよっすぃ最強ですわ。(w
これからサザエさんをみる時は『タラちゃん』は『多羅尾』
になりますね。(w
んじゃあ次回までゆったり待ってます!!
230 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月01日(日)01時38分57秒
パゲのおっさんは、もしかして毛布のエキスパート・ノ○ク師匠では…?
231 名前:名無し読者86 投稿日:2003年06月01日(日)04時26分28秒
お待ちしておりましたよっ!
いや〜今回もお待ちしていた甲斐のある内容で、
まだ日曜の夜ネタが続いていたとは・・・w
なんか少しづつ打ち解けてるしw
16話続きを又期待してお待ちしています!
232 名前:おさる 投稿日:2003年06月01日(日)12時45分45秒
 「世の中は清むと濁るで大違い ハケに毛がありハゲに毛がなし」とは言うけれど、
「パゲ」は扱いに困っちゃうな〜おじさんは。
 前回の黒エンラク、黒ヤマダに続き、今回は黒タラオでなにやら黒ずくめ。
 おそらくすてっぷさんには最近思わず黒気分になるようなことがあったと思われ(爆。
233 名前:もんじゃ 投稿日:2003年06月02日(月)00時02分39秒
ねぇラジオ体操は?合宿は?ってゆーか本筋は?

…もはやそんな小さなことにこだわっている場合じゃないようです。
タラオ考察に新しい敵。
先の展開が読めない…すてっぷさんの背中を追いかけるだけで精一杯です。
くやしいようなほっとしたような。

234 名前:禁断の質問 投稿日:2003年06月04日(水)21時01分01秒
これだけは言わせてください。

こ れ 何 の 物 語 で す か ?(w
235 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時39分58秒
「動くな! 動くと撃つぞ!!」
真っ赤なライダースーツにフルフェイスのヘルメットといういでたちの女は、亜依に拳銃を向けると、くぐもった声で言った。
「動かないと斬るぞ!!」
続いて、白い着流し姿の女が、亜依の眼前に日本刀を突きつける。
「どっ…どっちやねん!」
目の前に拳銃と日本刀を突きつけられ、亜依は今にも泣き出しそうだ。
「う、ううううう、うたうた、撃たれるか斬られるか、どどどどどっちか選べってコトじゃない!?」
麻琴が震えた声で言いながら、じりじりと後退りする。
「そんなああ…そんなん選びたくもないよおおお」
亜依が涙声で言うと、ライダースーツの女は亜依に拳銃を向けたまま、
「村田、もっかいよおーっく考えてみな」
着流しの女に言った。
「えっ……?」
村田と呼ばれた女は亜依の眉間に刃先を突きつけたままでしばらく考え込んでいたが、いきなり顔を上げると、
「あ、間違えた。動くと斬るぞ、だった」
「ハイハイそこまでそこまで」
二人の背後から、警官の制服を着た、一人の女が現れた。
一般的な婦人警官の制服にしては短すぎる丈のスカートから、網タイツの美脚が覗いている。
236 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時42分48秒
「村っち。目ぇ離すなよ」
ライダースーツは鋭く言うと、銃を下ろしてヘルメットを取った。
ショートカットに切れ長の目が少年のような印象を与えるその女は、亜依を見て不敵に笑うと、
「悪そうな顔してんねぇ、アンタ。イタズラとかマジ超スキでしょ」
そう言って、再び亜依の眉間に銃を突きつけた。
亜依は口元をひくつかせながら、無言で首を横に振っているが、部員達は皆一様にうんうんと頷いている。
三人の女は亜依の周りを取り囲むようにして立つと、何やら意味深な笑みを浮かべている。
どうやら強盗達は、完全に狙いを亜依一人に絞ったらしい。
状況を察した生徒達は誰からともなく、まるで引き潮のごとく亜依から遠ざかると、身を寄せ合って事態を傍観している。
「逃亡の恐れは無さそうね。二人とも、もう良いわ。銃を下ろしなさい」
制服姿の女が、命令口調で言う。
ちっ、と軽く舌打ちすると、ライダースーツが不満そうな顔で右手を下ろした。
しかし、着流しの方は相変わらず亜依に向けて日本刀を構えている。
237 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時44分46秒
「村田、下ろせっつってんのよ!」
「えー? だってヒトミン、”銃”って言ったし」
すると数秒の沈黙の後、
「ハイハイ確かにそーですね、すいませんでした。刀もですっ。刀も下ろしてください。っつーか仕舞え。危ないから」
制服の女が投げやりな口調で言い、村田と呼ばれた着流しの女は満足げに頷いて刀を下ろすと、鞘に収めた。
「はぁ…」
眼前に突きつけられていた凶器が無くなって、多少安心したのだろう。亜依が気の抜けたようなため息を吐いた。
両手をだらりと前に垂らし、口を半開きにして畳を見つめる亜依の姿は、その瞬間、実際よりも十は老けて見えた。
(あいぼん…無事で良かったわぁ)
しかし、手放しで喜ぶわけにはいかない。
凶悪な強盗犯が自分達を狙っているという状況は、何ら変わっていないのだ。
一体どうすれば良い…愛は、ちらりと部屋の隅を見遣った。
ここから荷物の置いてある場所までは、距離にして約5メートルというところか。
どうにかして、あそこまで辿り着けないものだろうか…携帯電話さえあれば、警察に通報できるのだが。
愛が考えを巡らせていると、制服の女が口を開いた。
238 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時48分01秒
「加護亜依。あなたを、公職選挙法違反容疑で逮捕します」
「逮捕っ!?」
思わず愛は、声を上げていた。
(逮捕ってコトは、この人たちって警察!?)
通報する手間が省けた、と愛は思ったが、同時に、そういう問題ではないような気もしていた。
「逮捕、ってもしかしてアンタら…刑事さん?」
目の前の物騒な連中がどうやら強盗ではないと判って安心したのだろう。
それまでカーテンの陰に潜んでいたみちよが、初めて口を開いた。
「そうなの、まだ巡査だけど…ってうるさいわね! 見てらっしゃい、そのうちドカンと出世してみせるわよ!」
「はあ、そうですか」
制服女に睨まれ、みちよは困惑顔で言った。

「大阪府漫才市たこ焼き公園前派出所勤務、斉藤瞳です」
制服姿の女は、そう名乗った。
「同じく、大阪府漫才市たこ焼き公園前派出所勤務、大谷雅恵」
ライダースーツの女。
「同じく、大阪府漫才市タコ刺し公園前派出所勤務、村田めぐみでごじゃる」
最後は、着流し姿の女だ。
「村田っ! また間違ってる! タコ刺しじゃなくてたこ焼きだって、何度言ったらわかんの!?」
制服の女…斉藤瞳が、ヒステリックに叫んだ。
239 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時50分04秒
「えー、いーじゃんどっちでも。それにどっちかって言うとあたし、たこ焼きよかタコ刺しの方が好きなのよ」
「オメーの好みなんかどーでも良いんだよ! テメーの勤務先ぐらいちゃんと覚えろっつってんの!!」
大谷が怒鳴る。
しかし当の本人は、呑気に着物の襟を正したり、前髪を気にしたり、まるで他人事のように振舞っている。
「あのー、お取り込み中、すみません」
あさ美だ。
彼女もみちよ同様、三人が強盗ではないと知ってすっかり安心したらしい。
「焼こうが刺そうが、そんなことはどうでも良いんですけど……
皆さんって三人とも、大阪府漫才市たこ焼き公園前派出所のお巡りさんなんですよね?」
「そうよ」
と、斉藤は短く答えて胸ポケットから警察手帳を取り出すと、誇らしげにそれを掲げてみせた。
大谷と村田が、その後に続く。
「村っち! それ定期だよ定期! 定期券だよ!」
「あっ!?」
愛の立っている位置からはよく見えなかったが、どうやら間違えて定期券を提示してしまったらしい。
大谷に指摘され、村田は慌てて持参の風呂敷包みを解き始めた。
240 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時51分58秒
「私達は全員、揃いも揃って大阪府漫才市たこ焼き公園前派出所勤務のしがない巡査ですけど、それが何か?」
ずいぶんと棘のある言い方だ。
なつみがよく言っていた。イライラするのは、カルシウムが不足している証拠だと。

『愛、良いかい? 牛乳が好きな人は、イライラしたり怒ったり、絶対にしないの。
だから世界中の人たちみんなが牛乳を飲めば、ケンカも起きないし戦争だって起きないんだよ?
愛は地球を救うなんて言うけれど、なっち的には愛より牛。地球を救うのは愛じゃなくて、牛だと思うんだ』
今日もなつみは、酪農同好会で乳絞りの練習でもしているのだろうか。
愛の誘いを拒み続ける、なつみ。ラジオ体操部より酪農同好会を選んだ、なつみ。
愛より、牛。
”愛”違いだとは解っていても、なつみの言ったその言葉がまるで自分に対して向けられた言葉のように思えて、愛は沈んだ。

「三人とも、ということは今現在、大阪府漫才市たこ焼き公園前派出所は……」
「お察しのとおり、もぬけの殻よ。恐らく私達全員、帰ったらタダじゃ済まないわね」
あさ美に答えると、斉藤は自嘲的に笑った。
241 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時54分13秒
「ちょーかいめんしょくぅー(懲戒免職)」
斉藤が、甘い声で腰をくねらせながら、両側に他の二人を携えて部屋の中央に進み出る。
「「「覚悟してまあーっす!!」」」
首をやや傾げ、可愛らしく敬礼する。
全員、見事なまでにぴたりと揃った動き…前もって練習していたのだろう、それも一度ではなく、おそらく何度も。
愛は、胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
「嫌なキメ台詞だなぁ…」
ひとみが、しみじみと呟く。
背後に人の動く気配を感じて、愛は後ろを振り返った。圭織が立っていた。
「あのねっ、派出所あけちゃうのもモンダイかも知れないけどさあ。
それより、いくらお巡りさんだからって拳銃はともかく日本刀なんか持ち歩いたりして…それって、銃刀法違反でしょ?」
「正当な理由がある場合は持ち歩いても良いんだよ? だから、あたしには日本刀を持ち歩く資格があるの」
「正当な理由って?」
「着流しが似合うから」
村田が平然と言い放つ。
「えっ…そ、そう、なんですか? 監督」
愛は半信半疑に尋ねた。圭織は確か、法学部の学生だったはずだ。
242 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時56分43秒
まさか、とは思ったが、もしかしたら、とも思った。
もしかしたら、着流しが似合うという正当な理由さえあれば、ドスや日本刀を持ち歩いても罪には問われないのかもしれない。
愛は改めて、村田の姿を眺めた。
端正な顔立ち。すらりとした長身の彼女には、悔しいほど完璧に、着流しが似合いすぎている。

「え、えっと、どうだったかなぁ、法律的には……ちょっと待って、六法全書調べてみるからっ!」
「おいおいおいおいっ。明らかに有罪だろ! 調べるまでもなく有罪だよ!」
「えっと、Aさんの庭に生えている柿の木がBさんの家の敷地にはみ出して…」
真里の指摘など全く耳に入っていないようだ。
圭織は畳の上に座り込み、分厚い六法全書を慌しく捲っている。
「でもぉ、もしそうだとしたらぁ、迷彩服着てる人はたとえば、ロケットランチャー持ち歩いても罪にならないってコトなのかなっ?
迷彩服さえ着てれば、公道で戦車を乗り回したり公園でひとり軍事訓練してみたりしても罪にならないってコトなのかなぁっ?」
モニフラ女子ラジオ体操部の、松浦亜弥である。
243 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)16時58分53秒
「そうだよー。ただし、あたしみたく、”似合ってる”コトが条件だけどね!」
「そっか! じゃあ、あたしだったら公道で匍匐前進したりとかぁ、公園でプチ軍事訓練したりとかしても無罪なんだぁ!
だってぇ、あのですねぇー、松浦ぁ、自慢じゃないですけど、全宇宙のありとあらゆる衣装が、ホント怖いくらい似合っちゃうんですよぉ」
亜弥の言葉には、妙な説得力がある。
ああ確かに、そうなのかも知れない。
この世に存在するどんな衣装や着ぐるみも、彼女に似合わないものは何一つ無い。愛は本気でそう思い始めていた。

「あのね、皆さん。村田の行為が違法だろうと合法だろうと、そんなコトはこの際どうでも良いワケなのよ」
「この場合、Bさんの敷地にはみ出した部分の枝に生っている柿の実は……」
分厚い六法全書を夢中で読み耽る圭織には、斉藤の言葉など全く耳に入っていないようだ。
斉藤は呆れたように肩を竦めると、急に真剣な顔で、
「加護亜依。あなたを、公職選挙法違反容疑で逮捕します」
と、制服のポケットから手錠を取り出した。
244 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)17時01分23秒
「ちょっ、ちょっと待ってよ! なんでウチがタイホされなアカンねん!!」
大谷と村田が両側から亜依の腕を取り、暴れる亜依を押さえつける。
「やめてください! 確かにあいぼんは大のイタズラっ子だけど…警察に捕まるような、そんな大それたイタズラなんてっ、」
友達想いの麻琴だ。
亜依を救おうと強気に飛び出したまでは良かったが、突然何かを思い出したようにハッとすると、何故か口篭ってしまった。
一体、何があったというのか…麻琴の顔が、みるみる蒼ざめていく。
「麻琴…?」
愛は恐る恐る、親友の名を呼んだ。
麻琴は愛の呼びかけにも気付かず、ぼそぼそと独り言を繰り返している。
「……パゲ…パゲ……」
彼女の呟きの中に幾度となく現れるそのキーワードが、愛の記憶を鮮明に呼び覚ました。

  『デコの、デコの真ん中に油性マジックで、でっかく……”パゲ”って』

眩暈がした。
亜依が逮捕される。
何かの間違いであって欲しいと、愛はただ祈った。
245 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)17時03分24秒
「加護亜依。
あなたは3年前の1999年4月、大阪府知事選のとある候補者……当時お笑い界のカリスマと言われていた、
日本が世界に誇る超人気コメディアン、イニシャルY.N氏の選挙ポスターの額にサインペンで落書きをした上、
同ポスターの両目に金属製の画鋲を突き刺した」
斉藤瞳は、亜依の罪状を淡々と語り始めた。
その真実は、愛の予想を遥かに超える、残酷なものだった。
(画鋲までっ…!)
愛には、法律の事はよく分からない。だが、落書きをするだけよりさらに罪が重くなる事だけは確かだろう。
「身に覚えが無いとは、言わせないわよ」
亜依の耳元で、囁く。
勝利の笑みを浮かべる斉藤とは対照的に、亜依は唇を噛んで、必死で悔しさに耐えているようだった。
「無駄な抵抗は止めて、大人しく捕まるんだな。おてんとさまは誤魔化せても、うちらセクシー三人娘の目は誤魔化せない」
「そうよ。マサオの目は細いけどフシアナじゃないのよ」
村田は腰に手を当て、誇らしげに言った。さらに何か言おうとして、
「村田、お前は黙ってろ」
大谷に制される。
246 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)17時05分44秒
「狙った獲物は逃さない。私達は人呼んで、『和製チャーリーズ・エンジェル』! それもフルスロットル!!」
芝居がかった大げさな口調で言い、斉藤が二人に何やら目配せする。
「ちょーかいめんしょくぅー(懲戒免職)」
甘い声で腰をくねらせながら、両側に大谷と村田とを携えて部屋の中央に進み出る。
「「「覚悟してまあーっす!!」」」
例によって三人は首をやや右向きに傾けると、可愛らしく敬礼のポーズを取った。
次の瞬間、
「ごめんくさーい、またまたくさーい」
亜依が、抑揚のない声で言った。
(あいぼん…!)
愛はぎょっとして、亜依を見遣った。
この期に及んで余計な事を…こいつは、犯罪者という自分の立場をわきまえているのだろうか。いや、いまい。
「ちがああああ―――う!!」
案の定、斉藤は烈火のごとく怒り出した。
247 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月08日(日)17時08分18秒
「チャーリーズ・エンジェルの”チャーリー”は、チャーリー浜の”チャーリー”じゃなあああ―――い!!!」
「あいぼんっ、怒らしてどーすんの!! 罪重くなっちゃうよ!?」
麻琴のうろたえた声で亜依はようやく事態を把握したらしく、ハッとしたように、
「しまった、つい!」
亜依の言動によって、婦警達は三人とも明らかに傷付いた顔をしている。
愛には法律の事はよく分からないが、もしも裁判になれば、これも恐らく何かの罪に問われるに違いない。
お願いだからこれ以上罪を重ねないで欲しいと、愛はただ祈った。

「空気が、読めないなんて……今日のあいぼん、いつものあいぼんらしくない」
圭織が呟いた。
こんな状況でいつものあいぼんらしく居られる方がおかしいんです、と愛は思ったが、口にはしなかった。
(あいぼん…)
ただ、恐かった。不安だった。
愛の脳裏に、両手首に冷たい手錠を掛けられ婦警達に連れられて少しずつ遠ざかっていく、小さな背中が浮かんだ。

「加護亜依」
仁王立ちの斉藤は亜依を睨み付け、腕組みすると、
「積年の恨み、たっぷりと晴らさせてもらうわ」
憎々しげに言った。
 
248 名前:すてっぷ 投稿日:2003年06月08日(日)17時12分17秒
感想ありがとうございます!

>227 名無しさん
次回まで全くやりそうにない…ポイントをラジオ体操だけに絞ればとっくに完結してるはずなんですが(笑)
「多羅尾」は「たらお」で変換すると一発で出てきたので、そのまま使ってみました。
恐らく、実在する地名か何かではないかと。

>228 名無し読者79さん
「パゲ」あたりがツボですか、なるほど…これからの参考にさせて頂きますね(笑)
石川さんに聞こえていたかどうかは別として、よっすぃー、ある意味積極的かも?

>229 Silenceさん
サザエさんは、最近見てないんですが…今一番気になっているキャラは、
波平さんの同僚で、妙にまつげが長くて少年のように綺麗な瞳をしたオジサンです。
またお待たせしてしまうかもですが、ゆっくりお付き合い頂けると嬉しいです!

>230 名無し読者さん
ギクッ…!(笑
でも毛布ネタ(?)は知らないかも…師匠って芸人時代、どんなコトやってたんでしょ?
249 名前:すてっぷ 投稿日:2003年06月08日(日)17時14分59秒
>231 名無し読者86さん
未だ日曜の夜ネタから抜け出せずにいます(笑
16話も前後編のつもりだったのに、結局終わらなかったし。。
話はなかなか前へ進みませんが、両校の親睦は深まりつつ、ある…?(笑

>232 おさるさん
どうもです。毎度勉強になりますです(笑
言われてみると確かに最近、毒キャラが続いてますね…
でも大丈夫、私生活においては何の問題もありませんですハイ(笑)

>233 もんじゃさん
>ねぇラジオ体操は?合宿は?ってゆーか本筋は?
答えられる質問は何一つとしてありません。とりあえず、忘れて下さい。
先の展開が読めないのは同感ですね。さーてこれからどうすっかなあって考えてるトコロです。
…すいませんでした。こんなんでよろしければ、最後までついてきてもらえるとすごく嬉しいです。

>234 禁断の質問さん
レス1によると、「Angel Hearts」のパロディでアンリアルな話、らしいです。
ちなみに、”Angel Hearts”って何だっけ?という質問は、もっと禁断です(笑)
250 名前:名無し 投稿日:2003年06月08日(日)18時43分36秒
まさにこの小説は『ドタバタ』だ。
矢口さんがあまり喋らないとこんなにも収拾がつかないものなのか。
高橋頑張れ!!無理にでもキャラ作って誰が主人公か教えてやれ!
251 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年06月08日(日)21時13分35秒
芸というのとは少し違いますが。

Y.N氏、K.R氏と昔土曜12時から「ノッ〇は無用」という番組をやってますた。
多分関西ローカルですが。そのあと1時から「ノンストップゲーム」というクイズ番組があり、
それにも出てますた。うちの母が昔その番組に出たのですが、Y.N氏について
「やっぱりハゲだった」と感想を漏らしてたのを思い出されます。

―――で。
今、ラ体部はお寺で合宿中ですたよね?

補足。
多羅尾は滋賀県甲賀郡に本当にあります。
252 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月09日(月)03時41分47秒
>Y.N氏、K.R氏

見てえなあ...ラブアタック。
253 名前:名無し読者86 投稿日:2003年06月09日(月)11時49分27秒
日曜の夜に日曜夜ネタがまた来ているとは・・・w
お次は海賊(ry・・・どこまでいくのか楽しみにしております!
そろそろ今シーズンへの早朝公園再復帰にそなえながらw
次回更新も楽しみにお待ちしております!
254 名前:名無し読者79 投稿日:2003年06月09日(月)19時29分41秒
また×2、パゲありがとうございます(笑
プッとまた噴出してしまいました。あいぼんどうなっちゃうんですかー。
和製チャーリーズエンジェル、村さん…おかしい、斎藤さん何に恨みが…
マサオ村さんに…そしてその3人につっこむあいぼん!!最高です。
255 名前:Silence 投稿日:2003年06月10日(火)13時50分51秒
更乙様(更新お疲れ様)です。
噛めば噛むほど味が出るなんてよくいいますけど、この作品は
読めば読むほど何が目的か分からなくなります(w
(いや、本当におもしろいって意味ですよお師匠様。
>波平さんの同僚で、妙にまつげが長くて少年のように綺麗な瞳をしたオジサン
居ますよねそんな人。確か「磯野さん、」ってセリフがやったら多い人(w
は〜い、それじゃあ次までマタ〜リ待ってます。

256 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時11分06秒

「そう、あれは三年前の春…警察官になりたての私は、大阪府漫才市たこ焼き公園前派出所に配属され、
忙しくも充実した日々を送っていました。ちなみにその頃、この二人は別の派出所にいたの。同期なのよ、ウチら。
で、まぁ、そんな同期の中でも? 警察学校時代から公私共にズバ抜けて成績優秀だった私のシゴトぶりはというと…
困っているお年寄りに道を尋ねたり、下校途中の小学生を毎晩自宅まで送り届けて夕飯をご馳走になったり、
困っているお年寄りを大胆なスカート丈で悩殺してみ・た・り。
自分で言うのもナンだけど、そりゃあもう配属されたばかりの新人とは思えないほど見事な仕事っぷりでね…
まさにコレが私の天職っ!だなんて浮かれていた矢先、あの事件は起こったのよ」
「困ってるお年寄りをさらに困らせてどーすんだよってゆーか悩殺してないで助けてやれよお年寄り」
事務的に指摘する真里をじろりと睨み付けると、斉藤は何事も無かったかのように再び淡々と語り始めた。
257 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時13分15秒
「統一地方選挙を目前に控え、日本中で激しい選挙戦が繰り広げられていたあの時期…そう、
町は至るところ選挙ポスターで埋め尽くされ、そのポスターに落書きをしようと企む悪餓鬼どもが大量発生する、魔の季節。
特にウチの管轄下はすぐ近くに小学校があるせいで、落書きの被害がケタ違いに多かったの。
例年なら犯罪とはいえ子供の悪戯だしということで、学校への指導だけに留めて防犯活動や捜査まではしてなかったんだけど…
その年に限って上層部の気まぐれで、『選挙ポスター落書き防止キャンペーン』なんてアホなキャンペーン立ち上げるコトになっちゃってね。
こっちは只でさえ忙しいってのにその上最悪なコトに、管轄する地域で最も被害の多かった派出所の責任者は、
その年の忘年会で『どじょうすくい』を演るという罰ゲームまで課せられるって言うじゃない。『どじょうすくい』よ? 信じられる?
さらに超最悪なコトに、当時新人だった私はまんまと先輩達の口車に乗せられてキャンペーンの責任者を買って出てしまう始末…。
それでもリーダーを任された以上、一件たりとも被害を出すワケにはいかないと、毎日躍起になってパトロールに励んだわ。
258 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時14分54秒
リーダー斉藤瞳のもと、徹底したパトロールと、黒い紙の中央に赤で”落書きする者には、死を”とだけ印字したビラを
学校を通じて児童達に配布したのが功を奏したのね、投票日の前日までウチの管轄下では一件の被害も出なかったの。
もっとも、被害が発生しなかったのはどこも同じ。実質、投票日までに一件でも被害を出した派出所が
自動的に所轄署管内ワースト交番の称号を与えられるという、それは厳しい状況だった…。
日本の警察ってなんて優秀なのかしら、っていうか、みんなよっぽどやりたくなかったのね……どじょうすくい」
「お巡りさんも色々と大変なんですねぇ。ささ、どうぞおひとつ」
モニフラ女子の藤本美貴である。
斉藤は、美貴に勧められた茶を一口啜ると、ホッとしたようにため息を吐いた。
「あと一日。本当にあと一日、だったのに……投票日の朝に、それは起こったのよ。
私がいつものように、愛犬メロンちゃん(チワワ・オス)の散歩がてら早朝パトロールをしていると、
公園の前に人だかりが出来てたの。何だろうと思って近付いてみると…もうお判りでしょう?
最後の最後で…情けないわよね、まったく」
ふっ、と自嘲気味に笑う。
259 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時17分37秒
「斉藤巡査が犯人のコト恨むのも、仕方ないよ…だってあの時のヒトミン、本当に可哀想だったもん」
村田が呟く。
「めぐみ、もう良いのよ。私もう、立ち直ったから」
涙ぐむ村田の肩に手を添えると、斉藤は微笑んだ。
「だって、あの時のヒトミン…マジックで”備品No.19990001002”と書かれた手ぬぐいでほっかむりして、
鼻と口の間に爪楊枝を挟んで。でも、そんな姿なのにオヤジ達の前ではすごく、陽気に振舞って……」
「って忘年会のハナシか! 後日談か! お願い、それは止めてっ! その件はまだ立ち直れてないのよおっ…!」
「あの日から、ウチら誓ったんだ。アタシと村っちで絶対にヒトミンの仇、とろうね…って」
「そうそう。あたしとマサオでねー、ヒトミンのカタキとろうねってよく言ってたんだよねぇー」
村田と大谷が顔を見合わせて、「ねーっ」とやる。
「ウソ吐けおまえら!! イチバン前で爆笑してたの誰だよっ!!」
「あ、やっべ。気付いてたんだ?」
「お客さんのカオ見る余裕とかあったんだー。すごいねヒトミン、舞台度胸あるぅー」
260 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時19分41秒
「もうわかったっ! わかったからその話を蒸し返すのは止めて! 心の傷なの! 一生消える事の無いトラウマなのよっ…!」
斉藤が叫んだ。目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「あいぼん…もう大人しく捕まってあげようよ。なんだか可哀想だよ、あの人…」
情にもろい麻琴は、斉藤の身の上話にすっかり同情したようだった。
「だっ、だっだっだっ、だけどさあ」
明らかに動揺した声。亜依だ。
「うちがやったっちゅー証拠がどこにありまんねん。それに、それって大阪で起きた事件でっしゃろ?
うちは東京に出てくる前、ずーっと、そらもぉ生まれてからずーっと、奈良の田舎で鹿と一緒に暮らしてましたんやで?
そんなウチが、なんでわざわざ大阪くんだりまで…おお嫌だ嫌だ、変な言いがかりつけんといておくれやすか」
「ねぇ…あいぼん、なんか変じゃない?」
麻琴が、愛に耳打ちする。
「うん。訛りすぎだよねぇ」
恐らく、今の亜依は極度の緊張状態にあるのだろう。
(無理もない、か…)
如何なる状況でも呑気に振舞っている亜依だが、今は自分が逮捕されるかされないかの瀬戸際なのだ。
261 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時22分34秒
「もちろん、証拠はあるわよ。だから懲戒免職覚悟でこんな所までわざわざ足を運んでるんじゃないの。
まったく、やってくれるわよねえ、加護亜依。あなたって、とんだ悪魔小僧だわ。
恐らく、犯行は深夜から明け方にかけて行われたんでしょう。
あれが昼間の犯行なら、目撃者もすぐに見つかったはず…それが一人の目撃者も出なかったんだから。
でもね、私達三人の三年余りにも及ぶ執念の聞き込み調査の結果…つい一月ほど前の事よ、
複数の女子中学生から有力な目撃情報を得る事が出来たの」
斉藤は、亜依の様子をちらちらと伺いながら、言葉を続けた。
「近くの女子校に通う、亀井さん、田中さん、道重さんの三人は、蚊の鳴くような声を揃えて見事なまでの棒読みでこう言ったわ。
『私たちは三年前、この場所で、奈良県立鹿煎餅小学校五年三組の加護亜依さんが、
日本が世界に誇る超人気コメディアン、Y.Nさんの選挙ポスターに落書きしているのを目撃しました。
間違いありません。確かにあれは、奈良県立鹿煎餅小学校五年三組の加護亜依さんでした』
とね。
262 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時24分53秒
道重さんだけがなぜかワンテンポずれていたけれど、三人は蚊の鳴くような声を揃えて見事なまでの棒読みで、
まるで示し合わせていたかのように、そう言ったのよ」
「示し合わせていたんでしょ、それは。明らかに。あ、ヨネちゃーん、お茶おかわりぃー」
「ハイハイ」
美貴は投げやりに言い、急須を手に立ち上がると、手招きしている真里の元へ向かう。
「棒読みだろうとワンテンポずれていようと、証言は証言だからな」
大谷が言った。
「そんなの、どうせ刑事さんたちが無理やり…」
消え入りそうな声で言う。亜依は泣いているようだった。
「おーっと危ない。ハイハイちょっとゴメンなさいねぇー」
急須を片手に、部員達の間を掻き分けよろめきながら歩く美貴の呑気な背中を、愛はぼんやりと眺めた。
(あいぼんが逮捕されるかもしれないっていうのに、この人たちって……)

「無理やり言わせたんや。ぜったい、そうに決まってる…」
「往生際が悪いわねえ、加護亜依!!」
斉藤が、声を荒げる。
「ゴボッ…!」
「矢口さん!?」
斉藤の声に驚いた拍子に、飲んでいた茶を吹き出してしまったらしい。梨華が、真里の元へ駆け寄る。
263 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時27分14秒
「鼻に! 鼻に入った! 痛いよ石川っ! ウソみたく痛いっ!」
「あーあ、バっカだなぁー。知んねーのぉ? 鼻と口ってつながってんだぜぇー」
「のんちゃん、もうっ! 誰彼かまわずケンカ売るの止めなさいっ!!」
圭織に叱られ、シュンとする希美の小さな背中を、愛はぼんやりと眺めた。
(ののは牛乳が嫌いだから、争いごとが好きなのかな? ねぇそうなの? なつみお姉ちゃん…)

「とっ、とにかく! 観念なさい、加護亜依」
斉藤は咳払いを一つして、続けた。
「N氏(ポスター)の両目に刺さっていた画鋲から、あなたの指紋が検出されたのよ」
今度こそ、終わりだ。
愛の脳裏に、両手首を手錠で繋がれてとぼとぼと歩いていく亜依の後姿が、くっきりと浮かんだ。
「ふっ…ふふふふふ。ふはははははは。わははははは! あっははははははは!!」
かと思うと突然、亜依が壊れたように笑い出した。
「あいぼんさん!?」
「ははははは!!」
里沙に肩を揺すられても、一向に正気に戻る気配が無い。
「くくくくくっ…ふふふ、ああそうさそうだよ。やったのはオレさ」
吐き捨てるように亜依が言った。
264 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時29分46秒
「なにしろあのオッサン、ポスターの中で一番パゲてたからなあ、そりゃあ書きやすかったよ。デコ面積広いしな!
だがなあ、刑事さんよお。オイラはまだ中二だぜ、子供なんだぜ、ええ?
オイラのような、いたいけなお子様は、たしか…少年法とかいったっけ? それとやらに守ってもらえるんだよなあ。
せいぜい補導されて親バレがイイトコだろ? いやあ、やっぱ犯罪は子供のうちに済ましとくモンだよなああ」
彼女の精一杯の強がりなのか、あるいは、本当に反省していないのだろうか。愛は苦悩した。
(やっぱり逮捕してもらった方が、あいぼんのためなのかな? ねぇそうなの? なつみお姉ちゃん…)

「開き直ったわね、この悪魔っ子が。
でもね。たとえ法が許しても、私達三人…人呼んで、『浪花のチャーリーズ・エンジェル』が許さなくってよ」
「あれっ? 『和製』じゃなかったの?」
三人は、ひとみの問いを全く無視している。
「人呼んで、『大阪府漫才市のチャーリーズ・エンジェル』の恐ろしさ、存分に見せ付けてやる!!」
大谷が言い放つ。
「あのー、どんどん範囲が狭なってますけども」
みちよが、カーテンの陰から顔を出した。
265 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時32分29秒
「そうですね、まず手始めとしましては」
たくあんをつまんでいた村田は、ティッシュで丁寧に指先を拭うと、ゆっくりと立ち上がった。
「『ハロモニ女子学園中等部二年の加護亜依(ロリコン)は、犯罪者です!』と書いた顔写真付きの貼り紙を、
日本中のありとあらゆる電信柱に貼りまくります。
万が一、迷い犬の貼り紙やえっちなチラシ等が既に貼ってある場合にも容赦なく、上から貼らせて頂きます」
「……あのー、お巡りさん達の行為の方が、よっぽど犯罪だと思うんですけれど」
あさ美の言葉に、生徒達全員が頷く。
「ってゆーか、”(ロリコン)”て! よっすぃー先輩ならともかく!!」
「ををーい!! 何言ってんだオマエ!!」
ひとみが血相を変えて、亜依に掴みかかった。
「うそ…」
石川梨華が、呟く。その視線の先には、
「ウソだよ! ウソに決まってんじゃん!」
すっかり取り乱している、元恋人の情けない姿があった。
「いいですか、市民の皆さん。私達の行為が犯罪だろうとなんだろうと、そんなコトはこの際どうでも良いワケなのよ。
斉藤がひとみを亜依から引き離すと、言った。
266 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時35分19秒
「凶悪犯罪を未然に防げなかった、一人の警官として。
そのために忘年会で恥ずかしい姿を晒す羽目になってしまった、一人の女として。
加護亜依、私はあなたを許す訳にはいかないの。あなたは私にとって…悪、そのものだから」
静かに言うと、斉藤は亜依の手を取った。
「あいぼ、あいぼんっ…!」
愛の上げた声は、ほとんど悲鳴に近かった。
冷たい手錠が、亜依の右手首に掛けられようとした、その時、
「……またですか。ああそうですか、またですか」
抑揚の無い呟きが、どこからともなく聞こえた。斉藤の手が、止まった。
「あさ美ちゃん、どうしたの…逆ギレ?」
麻琴が、恐る恐る尋ねる。しかし、あさ美はそれには答えず、虚ろな目をして言った。
「……いつだってそう。いつだって、そうなの。いつの世も、最後に罰を受けるのは結局、カツオさんただ一人なのよ」
「はあ?」
愛は素っ頓狂に尋ねた。
「お巡りさん。あなた方は、目の前の小悪党に気を取られて、その陰で笑っている大悪党の存在をお忘れではありませんか?」
267 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時38分56秒
「どういう、意味よ?」
訝しげに斉藤が言う。
隙をついて斉藤の手から逃れた亜依は、ひとみの陰に隠れてひっそりと事態を傍観している。
「あいぼんが落書きをしたポスターの人物、誰でしたっけ?」
「誰って、日本が世界に誇る超人気コメディアン……ハッ!」
金属音がした。斉藤が、手錠を落とした音だった。
「ようやく、気付いて頂けたようですね」
「あさ美ちゃん、どういうコト?」
愛が尋ねると、あさ美は寂しげに微笑んだ。憂いを帯びた、どこか物悲しい、笑顔。
「あいぼんが落書きをしたポスターの人物…N氏は、まさにあいぼんが落書きをしたその時の選挙で当選を果たした直後、
女子学生への強制わいせつ容疑で逮捕・起訴されたの。
確かにあいぼんのやった事は悪いけど、Nさんはそれ以上にもっとずっと悪い事をしていたのよ……許せないっ。
お巡りさん。なぜあいぼんが、数あるポスターの中から敢えてN氏のものだけを厳選したのか、わかりますか?」
「さあ…てきとーに選んだんじゃ、ないの?」
斉藤は困惑気味に答えた。
268 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時41分08秒
「違います。恐らく、あいぼんは見抜いていたんだと思います。
私達が見落としていた、大事な事を…あいぼんだけは、気付いていたのだと思うんです」
愛は、横目でちらりと亜依を見遣った。
案の定、亜依はまるで身に覚えが無いという表情で、瞬きを繰り返している。
「そうだよね、あいぼん?」
凛とした声で、あさ美が問う。
「もっ…もちろんやで。そんなん、モチロンですがな」
あーあ、言っちゃった。
愛には生徒達全員のため息が、聴こえたような気がした。
「いやあ、モー見た瞬間っ! コイツなんやあ、エロエロそーなカオしてんなあ〜って思いましてん。
なんや、近いうちにごっつぅヤバイコトやりよるんちゃうかなぁーってゆー予感がしたんどすわぁ。したらホラ、案の定どしたやろ?」
またも亜依の関西弁が、おぼつかなくなっている。それは彼女が極度に動揺している事を意味していた。
「つまり、おでこの落書きも両目の画鋲も、社会へ対するメッセージだったと?」
斉藤が、真っ直ぐに亜依を見据えて言った。
269 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時43分47秒
ひとみの背後から顔だけ覗かせ、うろたえながらも亜依は、
「そうそうそうそう。それそれそれそれ。メッセージですメッセージです。もうめっさめさ、メッセージどすねん!」
「うーん。なるほど」
それまで沈黙を守っていた保田圭が、箸を置いた。この状況下でまだ食事を続けていたとは…愛は愕然とした。
「メッセージと言うよりは、警告と言えるかも知れないわね。『気をつけて! このパゲ見たら、110番!』的な?」
「そうそうそうそう。それそれそれそれ。警告です警告です。もうめっさめさ、警告どすねん!」
「あいぼんが”悪”そのものだなんて、お巡りさんもサザエさんも、重大な間違いを犯しています。
真の悪は、カツオさんなんかじゃない…一番悪いのはタラオっ、タラオなんです!!」
険しい表情であさ美と対峙していた斉藤はやがて、ふっ、と優しく笑うと、
「どうやら、私達が追いかけていたのは悪魔なんかじゃなく…不思議な力を秘めた、エンジェルちゃんだったみたいね。
村田、大谷、帰るわよ」
「良いの? ヒトミン」
不安げな大谷に頷くと、斉藤は畳に落ちた手錠を、ゆっくりと拾い上げた。
270 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時46分02秒
「ヒトミン、どじょうすくいの恨み晴らさなくて良いの? どぜうだよ、どぜう」
「っせーな! 良いっつってんだろ!」
不安げな村田に怒鳴ると、斉藤は手錠をポケットに仕舞った。

「それじゃあ、邪魔したわね」
「刑事さん!」
亜依が叫んだ。斉藤が、ゆっくりと振り返る。
「もうしません! もう二度と、あんなこと…だから、えっと……ゴメン、なさい」
途切れ途切れの謝罪は、愛の胸を打った。亜依の、心からの言葉だと思った。
「一つだけ、言っておくわ」
斉藤は母のように、また姉のように優しく微笑むと、言った。
「あなたのペンは、落書きをするためにあるんじゃない。
あなたのペンは、幸福な物語を綴るためにあるのよ。人生という、真っ白なページに、ね」
自分の言葉に心酔しきっているのだろう。斉藤は、うっとりとした表情を浮かべている。
「わー。それってどうよ?」
「のんちゃんっ! やめなさい!」
間違いない。希美には、カルシウムが不足している。
帰ったらなつみに頼んで『牛乳嫌いの子供に牛乳を飲ませる方法』を教わろうと、愛は本気で考えていた。
271 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時49分18秒

「あのマサオさんって人…パトカー乗るのに、どうしてライダースーツ着てたんだろう」
麻琴が言った。
窓から、境内に停まったパトカーへ向かって歩いていく婦警達の姿が見える。
「藤本的には、ヘルメットの方が気になりますけどね。んーっと! よっしゃ、今日もがんばろ」
お茶汲み業務から解放された美貴が、大きく伸びをする。
「にしても…えっと、紺野さんだったかしら?」
「はいっ!」
あさ美が背筋を正して、圭に答える。
「今になって冷静に考えてみると、まるで説得力のカケラも無い説得の仕方だったけど…あの瞬間は納得しちゃったわよ」
「ありがとうございますっ。ぶっちゃけ、即興で考えた口からでまかせなんですけど…こう見えて私、頭の回転は早い方なんです」
そう言って胸を張るあさ美が、愛には頼もしく思えた。
「あさ美ちゃん…そのぉ、ありがとね」
両手をもじもじさせて照れくさそうに告げる亜依に、あさ美はぶんぶんと首を振ると、
「ううん……私、本当に許せなかったから」
ぽつりと言い、天を仰いだ。
つい、あさ美に釣られて全員が上を見上げたが、そこには天井が存在しているだけで他には何も無かった。
272 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時51分49秒
「何もノッ○に限ったことじゃないわ…。不正なお金を受け取ったり、陰でコソコソいかがわしいコトをしてみたり、
政治家の中には悪いことをしている人たちがたくさんいる。もちろんそうでない人も、いるけれど。
でもそんな時、捕まるのはいつだって、目立つところでチョロチョロと悪事を働くチャチなチンピラばかりなのよね。
罰を受けるべき真の大悪党達は、いつまで経っても平気な顔でのうのうとのさばっている…。
私は、そんな腐りきったこの世の中がどうしても、許せないん・ですっ!!」
あさ美は両の拳を握り締め、天に向かってきっぱりと言った。
「あさ美ちゃん! 偉いよあさ美ちゃん!」
愛の言葉をきっかけに、どこからともなく拍手が沸き起こる。
「でもノッ○(←実名)って言っちゃったねあさ美ちゃん!」
パチパチパチパチ。
麻琴の指摘が、拍手の音に掻き消される。
「なぁなぁなぁなぁ。”チャチなチンピラ”ってウチのコトかいあさ美ちゃん?」
パチパチパチパチ。
亜依の疑問が、拍手の音に掻き消される。
273 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時54分09秒
「皆さん、ありがとうございますっ! 紺野あさ美、これからも正義のために闘いますっ!」
やがて拍手もまばらになり、何気なく部屋の片隅を見遣ると、愛は視界に頭を抱えて座り込む矢口真里の姿を捉えた。
具合でも悪いのだろうか…湧き上がる生徒達の間を縫って、真里の元へ近づく。
「はあっ……。もーやだ、もーやだ、もーやだ。もーお、やだっ」
「あれぇ、どうしたんですかあ? 矢口さん」
真里は愛の姿を認めると、深いため息を吐いた。
「あのね。聞いてくれるかしら、高橋愛さん」
愛に答える隙を与えず、真里は喋り始めた。
「うちらって昨日の午後、ココに着いたばっかなのね。しかも、今はまだ朝の八時前なの。
つまり、山の麓であんたらに出会ってからまだ24時間経ってないってコトなのよ。
それなのに、なんだか少なくとも三ヶ月は経過しちゃってるよーに長く感じるのは一体どーゆーワケかしらね」
「えっ…さ、さあ」
何事かを皮肉っているのだろうか、あるいは、本当にこの一夜を三ヶ月もの長い時間として感じているのか。
後者だとしたら、大変な事だ。矢口真里は、何か大変な病に侵されてしまっているのかも知れない。
274 名前:<第16話> 投稿日:2003年06月15日(日)22時57分06秒
「矢口さん、それって大丈夫ですか!? 痛いトコとかありますかっ!?」
「お話中失礼しますっ。あのですねぇー、松浦ぁ、思うんですけどぉー、
それって、今がとーっても充実してるぅーってコトなんじゃないんですかね〜え?」
「あ、そっかぁ。そういうコトですかぁ」
愛は安堵した。きっと、亜弥の言うとおりに違いない。
真里はこの寺に来てからというもの、都会では経験できない充実した時間を過ごしている。
たった一日を三ヶ月もの長い時間として感じられるほどの、濃密な時を。
「いいえ。違います。断じて違うっ」
真里はきっぱりと言い切った。
(あ、違うんだ)

「いーかげん言わせてもらうけど。ほんっっと、あんたたちさあ」
疲れた表情で、真里が言う。
「バカも休み休みにしてくれるかなマジで。疲れるから」
愛はハッとした。
(あ、やっぱり皮肉だったんだ)
 
275 名前:すてっぷ 投稿日:2003年06月15日(日)23時00分18秒
感想、どうもありがとうございます!

>250 名無しさん
どうりで収拾つかないと思ってたら…そういうコトだったんですね(笑)
今回の高橋さん、地味ーに頑張ってます。

>251 ごまべーぐるさん
「ノッ○は無用」ってタイトルだけは聞いたことあるんですが…でもK.R氏って誰だろう?(汗
ノンストップゲームとやらは知りませんでした…というか、芸人時代のN氏ってほとんど記憶になかったり。
日々勉強しますです、色々と(笑)。あと、タラオ情報サンクスでした。

>252 名無しさん
ああああ、またもや謎の言葉(”ラブアタック”)が…(笑

>253 名無し読者86さん
もうすぐ早朝公園の季節なんですね。ってことはこの話、1年近くも続いてるという事になります。
…そろそろ本気で通常モードに戻したいと思ってますので、どうか見捨てずにお付き合い下さいませ(笑
276 名前:すてっぷ 投稿日:2003年06月15日(日)23時02分19秒
>254 名無し読者79さん
和製エンジェル達は書いてて楽しくて、ついつい長ーい話になってしまいました。
パゲネタ、機会があったらまた使いたいと思います(笑)

>255 Silenceさん
どうもです。この作品、書けば書くほどどこに向かって進んでいるのか分からなくなります(笑)
例のオジサン、只でさえキャラ薄なのに、磯野さんの同僚って設定しか判ってないのに…
台詞が「磯野さん」ですか…悲。
277 名前:もんじゃ 投稿日:2003年06月16日(月)02時00分04秒
夜中だってのに腹が痛いですぅ〜。
…笑いすぎで。
そっか。矢口さんに突っ込まれるまで気付きませんでしたが、
いや本当は薄々気付いてましたが、何もかも充実しすぎだと思います(笑)
278 名前:Silence 投稿日:2003年06月16日(月)09時59分54秒
甲乙(更新お疲れ様)でした。
もうダメ。面白すぎ。読むのもつらいくらいです。(w
『ウソみたく痛いっ!』が一番のツボでした。(なぜか
そんじゃあ今日も師匠様の文章に酔いながら休みます(謎
279 名前:名無し読者86 投稿日:2003年06月16日(月)13時23分56秒
更新お待ちしておりましたっ!(モノスゴク!w
あと2ヶ月ちょいで連載一周年ですね。
劇中では3ヶ月すぎたくらいでしょうか?
10月の大会までにはあとどれくらい・・・w
でも某人気バスケット漫画の例もありますので、
これからも存分に楽しまさせていただきます!長編(・∀・)イイ!w
280 名前:名無し 投稿日:2003年06月16日(月)18時35分41秒
社会問題にも鋭利なメスを入れるこの英断。
しかも一昔前の問題をわざわざぶりかえす様。
そして今まで沈黙を守り続けていた矢口さんが放った一言。
DBで言う精神と時の部屋状態。
そしてつっこみ放棄宣言。

涙で画面が良く見えません。全てが悲しみに満ちています。
281 名前:名無し読者79 投稿日:2003年06月16日(月)19時20分52秒
今回も和製いや浪花のいや、大阪府漫才市のチャーリーズ・エンジェル!
最高です。なんかひとみんが…どぜう…プッ(笑
そして、紺ちゃんの熱弁!私も妙に納得してしまいました、読んだ時は…
少し時間がたつとあれー?って感じで(笑
あと梨華ちゃんなんだかんだ言って、よっすぃーのこと…(爆
282 名前:すてっぷ 投稿日:2003年06月22日(日)23時55分14秒
感想ありがとうございます!
17話はお待ちを…そのかわりというか、森板に短編をあげましたのでよろしければ。。

>277 もんじゃさん
真夜中にホントお疲れサマですー(笑
内容が充実してるかと言われればほとんど自信ないですが、
脱線&暴走にかけてはちょっぴり自信アリです☆

>278 Silenceさん
ありがとうございます!ああいうときって、冗談かと思うほど痛くないですか?(笑
よろしければまた、ツボったネタなど教えていただけるとうれしいです。
283 名前:すてっぷ 投稿日:2003年06月22日(日)23時57分58秒
>279 名無し読者86さん
某バスケ漫画は、おい一試合何ヶ月かけてやっとんねん…ってカンジでしたもんね(笑
たぶん(←ってトコが情けない…)、ようやく折り返し地点ぐらいじゃないかと思ってます。
実はまだ登場してない人たちもたくさんいますし…。

>280 名無しさん
もちろん、一昔前のN氏の事など完全に忘却してたんですが…最近、
彼が芸能界に復帰したがってるという記事を読んで思い出したので、つい。
…と、こんな調子で予定外の話を入れてしまうので、いつまで経っても完結しないのでした。。

>281 名無し読者79さん
紺野さんの熱弁をはじめ、この物語は出まかせで一杯なので、どうか油断しないでくださいね(笑
まだまだ合宿編が続きますが、次回あたりようやく石川・吉澤メインの話になる…予定です。
284 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時28分46秒

「おなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいた」
ひとみは、まるで呪文でも唱えているかのように抑揚のないその声を、ぼんやりと聞いていた。
希美とは10年以上の付き合いになるが、ひとみの記憶する限り、
物心ついた頃から希美がそのフレーズを口にしなかった日は一日も無い。
希美の母に、彼女が生まれて初めて発した言葉が『メシ(飯)』だったと聞かされた時は、両親に心から同情したものだ。
「おなかすいた。って、何回言ったでしょーか?」
「6回」
畳に寝転がったままで、短く答える。
希美に限った事ではない。ひとみの空腹も、既に限界を超えている。
就寝前の枕投げや、たった今解決したばかりの亜依の落書き騒ぎは、生徒達の体力を根こそぎ奪っていた。
膝を抱えて胎児のように丸くなっている者。大の字になっている者。口を開けて放心したように天井を見つめる者…。
畳の上には両校の生徒達が、思い思いの体勢で無防備に横たわっている。
この光景。何かに似ている、とひとみは思った。
285 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時30分55秒
いつだったかテレビで観た、故郷の川で産卵を終え、力尽きてしまった鮭の群れ。
(そうそう、あのとき、ののったら…
 『ねぇねぇよっすぃー。しんじゃったシャケさんたちはどうなるの? たべられないの? もったいないよねえ』って、言ったんだ)
夏の終わりの海で見た、波打ち際に打ち上げられている無数の海月たち。
(そうそう、あのとき、ののったら…
 『ねぇねぇよっすぃー。クラゲさんってさあ、ナタデココににてない? ヨーグルトにいれたらナタデココになるかな?』って、言ったんだ)
ひとみの脳裏に、まだ幼かった希美の無邪気な笑顔が浮かんだ。

「ブッブー。最後のも入れると7回でしたー。実はのの、幼稚園のときから思ってたんだけどさあ、よっすぃーってアホだよねー」
瞼が、ぴくん、と震える。思わず、希美に掴み掛かっていた。
「んだとてんめえー、ゴラアアアア!! 最後のは問題文だろーが!!!」
悲痛な叫びだった。こんなの、ののじゃない!
いつからこんな娘になったのだろう…あの無邪気な五歳児は、一体何処へ行ってしまったのか。
286 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時32分55秒
「っせーな! 誰が問題文ふくめねーっつったんだよ!! こんなんマトモにやったらインチキ問題になんねーだろーが!!!」
空腹で余程苛立っているのだろう、ひとみに襟を掴まれても、希美は一歩も退かない。
「のんちゃん!」
圭織が一喝する。
希美はびくん、と小さく肩を震わせると、途端に大人しくなった。
「もうっ、二人して余計な体力使わないの! ますますおなかすいちゃうよ?」
「だってもうすいてるし。体力使っても使わなくてももうすいちゃったもん、遅いよ。ああもぅ、どーすりゃいいのさあああ」
希美は泣きそうな声で言うと、床にへたり込んだ。
(やれやれ…相変わらずだなぁ、ののは)

「のの」
ひとみの背後で、誰かが希美の名を呼んだ。
振り返らなくとも誰のものか判る。ひとみにとって忘れたくても忘れられない、声。
「え…?」
顔を上げた希美に、声の主がゆっくりと近付く。
「コレ、あげるから」
「えっ、いいの!?」
少女が微笑むと、希美は目の前に差し出された小さな袋を嬉々として受け取った。
パッケージに書かれた商品名までは見えなかったが、恐らく希美の好きなスナック菓子の類だろう。
287 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時34分59秒
「ありがとう、梨華ちゃん!」
無邪気に喜ぶ希美に、石川梨華は微笑んだ。
懐かしい二つの笑顔を、ひとみはぼんやりと眺めた。
(梨華ちゃん……)

  『はい。コレ、ののにあげる』
  『プロ野球チップスだ! やったあ! ありがとう、梨華ちゃん!』
  『おまけのカード抜いちゃったけど、良いよね?』
  『いいよ! だってのの、カードなんかにきょうみないし! ポテトチップだけで十分だもん!』

中学時代、梨華はひとみの家へ来る時には必ず希美の好きな菓子を持って来てくれるので、
当時小学生だった希美は、梨華によく懐いていたのだ。
始めは、
『ねぇねぇよっすぃー、きょうは梨華ちゃん来ないのー?』
と、ひとみに向かって無邪気に尋ねていた希美だが、そのうちに、
『ねぇねぇよっすぃー、きょうはおかし来ないのー?』
などと言うようになった。
思えば、希美の口の悪さはこの頃から既にその片鱗を見せ始めていたのだった。
288 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時37分25秒
「プロ野球チップスだ! やったあ! なっつかすぃぃー!!」
「!」
ひとみは一瞬、耳を疑った。梨華はやはり、微笑んでいる。あの頃のように、優しく。
(梨華ちゃん……。未だに、卒業してないんだ……)

  『なつみ先輩、ちょっと相談したいことがあるんですけど…』
  『どしたの、よっすぃー? 深刻な顔して。テスト悪くて退学にでもなっちゃった?』
  『いや。実は、梨華ちゃんが…野球チップス、何度買っても同じカードばかり当てちゃうって、すごい悩んでて』
  『なんだあ、そんなコトかい。そんなの、大人買いしちゃえば良いんだよ』
  『オトナ買い?』
  『そう。お金ためてさ、ドーンと箱ごと買っちゃうの。そうすれば、ある程度はダブらないハズだよ?』
  『そっか! 梨華ちゃんの場合、”選ぶ”からハズれちゃうんだ! 梨華ちゃんって物凄く、クジ運悪いから!』
  『そう。選択の余地を与えない、ってのが梨華ちゃんが当たりクジを引ける唯一の方法だからね!』
  『そっか! 先輩、ありがとうございました!』
  『zzz…』
289 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時40分25秒
その日、ひとみは六年分のお年玉を口座から全額引き出すと、梨華のために景品付のスナック菓子を箱ごと買えるだけ買った。
ひとみがそれを手渡すと、梨華は心から喜んでくれた。
カードが揃った事は勿論嬉しいが、それ以上に、ひとみの気持ちが嬉しかったのだという。
あの日ひとみが贈った大量のカードは、今でも梨華の部屋のどこかにあるのだろうか?
(それとももう、思い出と一緒に、捨てちゃったかな)
今となってはひとみの事を徹底的に嫌っている梨華だ、ひとみとの思い出の品など、とうに捨ててしまっているに違いない。

「ののって相変わらず、くいしんぼうなんだね」
「梨華ちゃん今でもこーゆーの好きなんだねー。おまけとか、くじ引きとかさぁ」
「そうなの。ちっとも当たんないんだけど」
希美と笑い合う梨華の横顔を見ていると、ひとみは胸が締め付けられた。
(ののには優しいんだ……って、当たり前か)
そもそも希美は、ひとみの所為で梨華と疎遠になってしまっただけであって、
二人はひとみと違いきっかけさえあればすぐに修復可能な関係なのだから。
290 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時42分31秒
「もぉ、アカン…限界やわ」
地獄の底から響いてくるような低音が聞こえて、ひとみは足元を見遣った。
平家みちよが畳の上を這いずりながら、じりじりとひとみに迫ってくる。
「買い出し、行くで」
言いながらひとみの手を借りて、みちよはゆらりと立ち上がった。
「マジ? みっちゃん、バス出してくれんの?」
床に転がる生徒達の群れに隠れてその姿は見えないが、何処からか矢口真里の声が聞こえてきた。
「せやから、そっちとこっちで荷物持ち一人ずつ出して」
「はいハロモニ集合ー」
先程までテーブルに突っ伏していた圭織が突然立ち上がり、部員達に手招きする。
「みんなっ、ジャンケンで買出し係決めるよ!!」
「んーじゃ、うちらもトーナメントやるよー。ホラみんな、二人一組になって!」
真里の呼びかけで、モニフラ女子の生徒達が部屋の中央に集合する。
みちよの言う、『そっちとこっちで一人ずつ』とは、両校から一人ずつ荷物持ちを選出せよという意味なのだろう。
291 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時45分02秒
「なぁなぁなぁなぁ、みんなで花火やらへん?」
「あっ、それカオも言おうと思ってたの! だって夏合宿といえば誰が何と言おうと、プチ納涼花火大会だもんねっ!」
食料にありつけると判った生徒達は、俄然はりきるのだった。

「あ、うそっ」
それは一瞬の出来事だった。
「よっすぃー……弱っ」
「まさか一発でカタがつくとはなぁ…」
希美や亜依だけではない。
圭織も愛も麻琴もあさ美も、そして中一の里沙までもが、ひとみに向かって憐れむような視線を投げかけている。
他の部員達が全員パーを出したのに対し、グーを出したのはひとみだけだった。
「………」
ひとみは、固く握られた自らの拳を見つめた。
昔からジャンケンには自信のある方ではなかったが、七人もの人数を相手に一斉に負けるとは…。
なんて運の悪さだ。ひとみは苦笑した。
292 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月08日(火)00時48分44秒
「そっちも決まったかー? 行くで」
「あっ、はい」
ひとみが振り返ると、
「あ…」
みちよの隣には、石川梨華が立っていた。
(梨華ちゃんもジャンケン、負けたんだ…)

  『あのね、私、ジャンケンに負けちゃって、あゆみちゃんに二段ベッドの上、取られちゃったんだ』
  『そうなの? 石川さんも、ジャンケン弱いんだ』
  『そうなの! もしかして吉澤さんも?』
  『うん。メチャ弱だよ。石川さんといっしょ』

二人が想いを告げ合った、宿泊研修の夜の事を、ひとみは思い出していた。
ジャンケンに負けて切り株を探しに出掛けたあの夜、星空の下で梨華を見つけた時の胸の高鳴り。今でもはっきりと覚えている。

梨華が、微かに笑った気がした。
彼女も自分と同じ、あの夜の出来事を思い出しているのだとしたらどんなに良いだろう、と、ひとみは思った。
 
293 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月08日(火)00時51分53秒

次回は、17話の続きを。
294 名前:名無し娘。 投稿日:2003年07月08日(火)01時39分21秒
少しずつ物語が動き出してますね。

本当に少しずつですが(笑)
関係ないけどウチの会社の朝はラジオ体操で始まります。
いつもラ体部の事を思い浮かべながらニヤニヤ体操しています。
295 名前:名無し読者86 投稿日:2003年07月08日(火)04時56分43秒
更新お待ちしておりました!w。
なるほど、そーきましたか…アレが前フリだったとは…
こうなると他にもフリはないかと読み直すこと必死ですw
あとガキさんの憐れむ視線…想像しやすいのは自分だけでは無い筈!w
それでは続きを心してお待ちしております。
296 名前:名無し読者79 投稿日:2003年07月08日(火)16時39分52秒
うわーよっすぃーと梨華ちゃんのなんとも言えない空気…。
どうなっちゃうんでしょう…気になって×2、大変です(爆
この買出しでどうなるか!期待して待ってます。
実際の二人もあまりジャンケン強くないみたいですし…。
ライブDVD参照…。よっすぃー弱かった(苦笑
297 名前:名無し 投稿日:2003年07月08日(火)23時53分28秒
切ない。それにしても切ない。

すてっぷさんの物語はセリフだけの話でも誰が誰だかわかる気がします。
しかも、その一言一言がネタ系のキャラクターたちの様に誇張されすぎた喋り方じゃないのが驚嘆。
298 名前:Silence 投稿日:2003年07月09日(水)13時57分17秒
更新お疲れ様です。
よっすぃーのじゃんけんの弱さに笑いました(w
辻ちゃんの『メシ(飯)』には非常に驚きました。
それじゃあ、次回もがんばってください。
299 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時23分24秒

――

ひとみは、考えていた。
バスの中、買い物の途中、そして今この瞬間もずっと考えているが、答えは出ない。
どうして、こうなっちゃったんだろう。
車窓に広がる緑をぼんやり眺めている梨華。
食品売場でカートを押しながら、みちよと楽しげに談笑している梨華。
無意識に梨華の姿を目で追っている自分に何度も気が付き、その度に、ひとみは傷付いていた。
(何回見ても、一度だって目が合わない)
つまり、彼女は私の事なんか見ていない。
「はぁ…」
何度目かの溜息を吐いて、また考える。
二人はどうして、こんな風になってしまったのだろうか。
宝くじ売場のカウンターに立つ梨華の背中を遠目に見ながら、ひとみは必死に答えを探した。
「すみません、お待たせしました」
小走りで戻ってきた梨華が、みちよに向かって言う。
一緒に待っていたひとみの事などまるで眼中になさそうな梨華の態度に、ひとみはまた少し傷付いた。
「サマージャンボか。アンタこないだも、買ったぁ言うてへんかった?」
みちよが尋ねる。
梨華の右手には、買ったばかりの宝くじの束が握られている。
300 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時25分09秒
「いろんな売場で買うようにしてるんです。その方が、なんとなく当たるような気がして」
ひとみは二人の少し後ろを歩きながら、みちよに向かって楽しげに語る梨華の横顔を見つめた。
(梨華ちゃん……)
厚さから見て、10枚程だろうか。
梨華は、”なんとなく当たるような気がする”という頼りない根拠から、
恐らく10枚程度ずつを複数の売場に分けて購入しているのだろう。
(キミは、選んじゃダメなんだよ……)
なつみの説によると、選択の余地を与えない事が、梨華が当選くじを引ける唯一の方法なのだ。
つまり梨華の場合、小分けにして購入するよりも一つの売場でまとめて買う方が、当選確率が上がるという事になる。

「最近は、1枚ずつバラで買うようにしてるんです。だけど、ちっとも当たんなくて」
「!」
(じゅ、10枚単位なんて可愛いモンじゃないっ、1枚ずつ選んでる!? うそだろぉぉ…!!)
どこまで選べば気が済むのだ、こいつは…!
驚くあまり、ひとみは提げていた袋を取り落としてしまった。
気付いた二人が、ビニール袋から零れ出た菓子やパンを、立ち尽くすひとみの代わりに拾ってくれている。
301 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時27分40秒
「あ、ゴメン」
慌ててしゃがむと、初めて、梨華と目が合った。
「はい」
「あ、ども」
しかし、ひとみに缶ジュースを手渡すと、梨華はすぐさま視線を逸らした。
「すいません」
みちよは、重くないか、と気遣ってくれたが、
「平気です」
短く答えると、ひとみはさっさと歩き出した。
これ以上、梨華の姿を見ているのには耐えられそうに無かった。
自分の事などまるで無関心な背中や、他の誰かを見ているだけの横顔なんか、もう見たくない。
そして、その一つ一つに傷付いている自分を見るのも、もう御免だ。
「アンタもアホやなぁ、せめて10枚1組で買いぃや。そしたらハズレても、300円は戻ってくるやんか」
「うん、それは大丈夫です。お店の人にお願いして、下1桁はちゃんと0から9までを1枚ずつ買うようにしてますから」
「あ、なるほど。意外としっかりしてんのやね。売る方にとってはトコトン迷惑な客やけどね」
二人の前を歩きながら、ひとみは小さく頷いた。
302 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時30分27秒
思えば、ひとみと付き合っていた頃、くじ引きに関して梨華は実に傍迷惑な中学生だった。
学校帰りに決まって立ち寄る駄菓子屋では、一回のくじを引くのに最低でも15分は迷っていたし、
CDショップで購入特典としてスピードくじを引ける事になった時、箱に右手を突っ込んだまま20分間微動だにしなかった事もある。
本人はいたって真剣なので周りに気を配る余裕など無いのだが、ひとみはいつも周囲の視線が気になって仕方が無かった。
駄菓子屋で順番を待つ小学生達の、梨華に対する哀れみにも似た視線や、年老いた女主人の迷惑そうな舌打ち。
スピードくじの箱を両手で支えながら時折ちらちらとひとみの顔を窺ってくる、CDショップの店員の困惑顔。
梨華に向けられる一切の哀れみや非難の視線をいつも隣で引き受けていたのが、ひとみだった。
しかしレギュラー入りが決まってからのひとみは部活動にのめり込むようになり、梨華と過ごす時間も次第に減っていった。
そして、梨華が福引で初めて大物を当てたと嬉しそうに報告してくれたその日、二人は別れたのだ。
(梨華ちゃんは、あたしのために大っ嫌いなラジオ体操、好きになろうとしてくれてたのにね)
303 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時33分15秒
二人で過ごす時間をもっと増やせば良かったのだと解ってはいるが、後悔はしていない。
結果として部は休部に追い込まれてしまったが、あの時の選択は間違っていなかったと、ひとみは今でも信じている。
(一度にふたつのことを欲しがるのは、やっぱり贅沢なんだろうか)
後悔はしていない、はずなのに、梨華を想うとこんなにも切なくなるのは何故だろう?
(今は、誰かいるのかなぁ…)
自分が放っておいたくせに今更こんな心配をするなんて、ずいぶんと虫が良すぎるかも知れないけれど。
いつも隣で、梨華に向けられる一切の哀れみや非難の視線を引き受けてくれる誰かが、今の彼女にはいるのだろうか?
ちらと振り返ると、梨華はひとみの視線には気付かず、みちよと楽しげに話している。
「あ、すいません」
すれ違いざま、肩がぶつかる。
犬を連れた中年の女はひとみを睨みつけると、ぶつぶつと何事か言いながら去っていった。
(あっ…)
再び歩き出そうとすると、思いがけず梨華と目が合い、ひとみは慌てて視線を逸らした。
この合宿中、彼女に情けない姿ばかり見られているような気がする。
誤魔化すように、ひとみは足を速めた。
 
304 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時35分57秒

「じゃ、アタシはコレ置いてくるから、アンタらこっから歩いてな」
みちよに促され、二人はバスを降りた。
挨拶代わりにクラクションを二度鳴らすと、バスは駐車場へ向かって走り去っていった。
「さてと」
両手の買い物袋を持ち直すと、ひとみは足元から延々と続く石段を見上げた。
この長い階段を上れば、寺はすぐそこだ。
「梨華ちゃん、荷物重くない?」
「平気」
梨華は冷たく答えるとひとみより先に石段を上り始めたが、数段上って突然立ち止まると、
「そっちこそ、重いんじゃない? 私のは花火とか、軽いのばっかり入ってるけど」
振り返らずに言った。
「やっ、だいじょうぶだよ」
自然と、弾んだ声になる。梨華が自分を気遣ってくれた事が、嬉しかった。
「あたしってホラ、昔っからバカ力には自信あるしさ!」
「そうね」
「………」
淡白すぎる反応。ひとみは突如として無力感に襲われた。
飲み物や菓子やパンの重みですっかり細くなったビニール袋の持ち手が、ひとみの掌に容赦なく食い込む。
「あっ!」
突然、梨華が声を上げた。
何枚もの薄っぺらな紙切れが、風に吹かれてひとみの足元を舞い過ぎて行く。
305 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時39分44秒
「あ、あ、あ」
買物袋を置いて、ひとみは散り散りに舞っている紙切れを追い駆けた。
梨華も慌てた様子で石段を駆け下りて来る。
ひとみは散らばった宝くじを拾い集めると、石段の下で蹲っている梨華に駆け寄った。
「はいコレ」
「あ、ありがとう」
ひとみの差し出したそれを受け取ると、梨華は微笑んだ。
「もしかして、1枚足んない?」
「うん…」
梨華が暗い声で答える。
ひとみが拾い集めたくじは6枚、梨華が見つけたそれは3枚。梨華が買った10枚には、もう一枚足りない。
「どこ行っちゃったんだろ」
ひとみは辺りを見回したが、どうやら近くには落ちていないようだ。
しばらく二人で探してみたが、残りの1枚はやはり見つからなかった。
「もういいよ。ありがとう」
「でも」
「見つかったって、どうせまた当たんないし」
「そんなこと」
「そんなこと、あるの。だって、一度だって当たった試し無いんだから」
「でもさ、あのとき、」
商店街の福引で、旅行が当たったって言ってたじゃない。
そう言おうとして、ひとみは口をつぐんだ。
言うべきじゃない。あれは、二人が離れるきっかけになった出来事だ。
306 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時43分03秒
「もう、いいの」
呟くと、梨華は再び石段を上り始めた。
「あ、の、梨華ちゃ」
「あれぇー? まだこんなトコおったんかー」
振り返ると、両手に買物袋を提げたみちよが立っていた。
梨華はまるで何事も無かったように、黙々と上り続けている。
「ちょうど良かったわぁ。なぁ、アンタまだ持てるやろ? なんやコレめっちゃ重いねん。持ってくれへん?」
なんやコレめっちゃ重いねん。みちよの言葉に、ひとみはすぐにピンときた。
みちよが抱えている袋は、バスに乗る前までひとみが持っていた袋に違いない。
あれには、希美のリクエストで購入した5kgの米が入っている。
10kgが良いと駄々をこねる希美を圭織が言い聞かせて、ようやく5kgに落ち着いたといういわくつきの米だ。
「すいません。あたしももう、限界なんで」
「えーっ、マジかいな。しゃあないなあ、もぅなんでアタシが、こんなこと…」
泣きそうな声で言いながら、みちよが渋々歩き始める。

「あっ、よっすぃー先輩! おかえりぃー!」
境内でひとみの姿を見つけるなり、亜依が駆け寄ってくる。
307 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時46分10秒
「ただいま」
「なぁなぁ、花火ちゃんと買った?」
「買ったよ」
曇りない笑顔で纏わり付いてくる亜依を見ていると、ほんの少し気持ちが安らいだ。
「先輩、それ持ちますよ」
「さんきゅー」
ひとみは、両手を差し出す麻琴の厚意に甘えた。
「せんぱーい、お疲れさまです」
「ありがとう」
梨華は後輩の藤本美貴に買物袋を手渡すと、
「おぅ石川、おつかれー」
いつもと変わらない笑顔で、真里に手を振っている。
(梨華ちゃん、だいじょうぶかな…)

『もう、いいの』
梨華の寂しげな横顔が、焼き付いていた。
『見つかったって、どうせまた当たんないし』
(だけど失くしちゃったあれも、梨華ちゃんが自分で選んだ大事な一枚なんだろ?)
308 名前:<第17話> 投稿日:2003年07月14日(月)01時49分14秒
「先輩、おつかれさまでしたぁー。暑かったでしょ?」
愛が、誰も居なくなった境内で一人佇んでいるひとみを見つけて言った。
「どしたんですか? ほら早よ入らんと、好きなお菓子とられてまうて」
「高橋」
「はい?」
「ちょっと走ってくる。先に練習始めといて」
「でも、おやつは?」
「あとでいいや」
ついさっき上りきったばかりの、長い長い階段へ向かって、ひとみは駆け出した。
「えっ、ちょっ…先輩!」
吉澤先輩!
愛が何度か自分の名を呼んだが、ひとみはもう振り返らなかった。
 
309 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月14日(月)01時53分02秒
感想、ありがとうございます!

>294 名無し娘。さん
ほんとに少しずつですが、前進しております。
えっと…怪しまれない程度に、ニヤニヤしてください(笑

>295 名無し読者86さん
まいどお待たせしております(笑)
後のコトを考えてフってるネタは結構ありますです。
でも中には振りっぱなしで拾わなかったり、または完全に後付けなモノも、あったりなかったり(笑

>296 名無し読者79さん
17話は珍しくシリアス目な話になってます…(できるだけ小ネタも入れたいとは思いますが)。
同じくライブDVD観ましたが…よっすぃー、弱すぎ(泣

>297 名無しさん
>セリフだけの話でも誰が誰だかわかる気がします。
嬉しいお言葉、ありがとうございます。
一人一人の「らしさ」が出ているかというのは、やはり一番気を使うところなので…。

>298 Silenceさん
ありがとうございます。
>辻ちゃんの『メシ(飯)』
そう。だから大きくなっても、『飯』田監督に懐いているんですねー(←こじつけ)
310 名前:名無し娘。 投稿日:2003年07月14日(月)07時21分00秒
がんばれよしこ!漢だよしこ!!と、拳を固めつつも気になったのは

誰かみっちゃんの荷物を持ってあげた人は居たんだろうか?って事で。
長い石段の下「誰かうちの荷物も・・・」とつぶやくみっちゃんが目に
浮かびます。・・・書かれてないだけで誰か持ってあげたんだよね、ねっ。
311 名前:Silence 投稿日:2003年07月14日(月)12時44分21秒
お師匠様、こ〜しん乙でした。
>右手を突っ込んだまま20分間微動だにしなかった
マジ?たかがくじで・・・。とありきたりなつっこみを
勝手にいれてました(w 辻ちゃんがいいらさんに懐いてるの
ってそんな理由だったんですかぁ?(w
オトコマエの行動に期待しつつ次回に期待してます!!
312 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月14日(月)14時48分00秒
二十分もの間微動だにしなかった石川さんに、声をかけずにいたよっすぃーに
ほんの少し愛を感じました(w
そして、やっぱり重いものを持たされているみっちゃんにも…。
313 名前:もんじゃ 投稿日:2003年07月15日(火)01時03分18秒
あぶないあぶない…310さんがツッコまなければ
私は完璧にスルーしてました。
みっちゃんイイコなのに。
気付いて本当によかったです。ええ、気付いただけでも本当に…(泣)
314 名前:名無し読者86 投稿日:2003年07月15日(火)04時09分22秒
お早い更新ありがとうございましたw
せつないっすね・・・
石川SIDEが楽しみな今日この頃w
また今回もイイフリで終わってますし・・・
次回の更新も楽しみにお待ちしております!
315 名前:名無し読者79 投稿日:2003年07月15日(火)18時14分22秒
この後のよっすぃーの行動が気になります。
どんな理由でこうなってしまったのかも…。
なんでも当たらない時は、当たらないのに真剣に悩んじゃうんですよね
くじって!!でも、梨華ちゃん時間かけすぎです(汗
316 名前:名無し 投稿日:2003年07月16日(水)16時31分07秒
石川さんひでぇーやー!!と泣きながら吉澤さんに感情移入してしまいました。
そしてこの熱い展開。いやでもドキドキしてしまう。
そして定期的に言わねば、確認せねば、みんな忘れてないよね、の一言。

主人公は(ry


317 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月27日(日)21時48分57秒
感想ありがとうございます。お待たせしてて、すみません。
あと、白板「DearFriends7」に新作を書かせて頂きました。よろしければ。。

>310 名無し娘。さん
>誰かみっちゃんの荷物を持ってあげた人は居たんだろうか?
あ…。えっと…次の更新で、ちゃんとフォローします(笑

>311 Silenceさん
突っ込み、ありがとうございます(笑)
石川さんの超不幸度を表現しようと考えた「クジ引き好き(でも当たらない)キャラ」
だったのですが…いつの間にか、ただのギャンブル狂になってしまいました。

>312 名無しさん
愛のなせるワザ。しかし、石川さんの傍迷惑エピソードを書き連ねているうちに、
彼女の方こそとっくにフラレてて当然なのでは…という気がしてきてしまいました(笑
318 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月27日(日)21時51分48秒
>313 もんじゃさん
310さんに突っ込まなければ、同じく、スルーしてました。(えっ)
ですがこの合宿編で、みっちゃんのいい子エピソードが入る予定なので許してください…(涙

>314 名無し読者86さん
早いと言ってもらえた途端に、すみませんです…しかも、あっちでまた始めてしまいました。
石川視点はもうしばらく先になりそうです(合宿編ではたぶん、無いかと…)。

>315 名無し読者79さん
気になる所で止めてしまって…もうしばらくお待ち頂けると嬉しいです。
くじって、時間をかけたところで当たるというものでもないですもんね。
当たらない時は当たらない。その通りだと思います(笑

>316 名無しさん
自分で書いといてナンですが、石川さん、本当に傍迷惑な女子でしたね…。
主人公は……いかん、本気で忘れそう。
定期的に指摘してくださると、助かります(笑)
319 名前: 投稿日:2003年08月24日(日)00時35分40秒
320 名前:名無し読者 投稿日:2003年09月03日(水)17時15分11秒
すてっぷさんの小説、昔から好きです
楽しみに待ってます
321 名前:捨てペンギン 投稿日:2003年09月04日(木)23時34分39秒
会社でこっそり読んでて笑いこらえるのに大変でした
ぷーさんがいい味出してますね
続き待ってます
322 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月07日(日)23時37分48秒

「はあっ…どーこ行っちゃったんだマジで」
ひとみは大きな溜息を吐くと、土の上にどさりと腰を下ろした。
こめかみの辺りを伝い落ちる汗を、Tシャツの袖で拭う。
梨華の失くした宝くじを探しに車道脇の林に分け入ってから、どれほどの時間が経過しただろうか。

『わ、アンタ戻ってきてくれたん? や〜んもぉ、ウチの生徒と違て優しいなあ。
なんやろ、その優しさ新鮮やわぁ……って素通りかーい。せめて気付いてー!』
『あ』
『コレお米入ってるよ? 重いよ? 5キロですって。なあ、アンタんとこの子ぉやろ? こんな厄介なもんリクったアホは』
『すいません急いでるんで。じゃ』
『じゃ…!?』
石段の途中でみちよと擦れ違った時には真上から照り付けていた太陽も、だいぶ傾いているように見える。

(これだけ探して見つからないんだから、あとどれだけ探したってきっと、見つかりっこない)
何度も諦めそうになったが、その度にひとみは、
「っしゃ。もうちょっとだけ頑張れ」
(これだけ探したんだ、あと少し頑張ればきっと、もうすぐ見つかる)
無茶苦茶な理屈を並べ立て、自分を奮い立たせるのだった。
323 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月07日(日)23時42分53秒
ひとみは自慢のジャージが汚れるのも気にせず、汗だくになりながら地面を這いつくばった。
彼女が誰のためにそうしているのかは誰の目から見ても明らかだったが、
では一体何のためにそうまでするのかと問われると、答えはひとみ自身にも解らなかった。
見返りを期待している訳ではない。
もしも探し当ててそれを持ち帰ったところで、梨華が喜んでくれるという保証はどこにも無かったし、
それどころかもしかすると、余計なことをするなと迷惑がられるかも知れない。
なのに何故、何のために?

「ぅぁ、腰痛てぇー」
長時間同じ体勢でいた所為だろう、四つん這いから立ち上がろうとして、ひとみの腰に鋭い痛みが走った。
たまらず、ひとみはその場に座り込んだ。
地面に手を付き雑草を掻き分け続けた両手は、泥ですっかり汚れてしまっている。
不意に違和感を感じて、右手に付いた土を払い落とすと、いつの間に出来たのだろう、
中指と薬指の付け根の辺りに切り傷がある。
恐らく雑草か木端で切ってしまったのだろうが、夢中になる余り、全く気が付かなかった。
ひとみは傷の周りに付いた土を丁寧に落とすと、恐る恐る、傷口に唇を近付けた。
324 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月07日(日)23時46分42秒
「痛ってぇ…」
舌先で舐めると、傷口は予想以上に沁みた。
ついさっきまでは何も感じていなかったのに、そうだと認めた瞬間から、
薬指の傷はまるでそこに心臓があるかのようにズキズキと疼いている。
血は止まっているが一向に痛みの引かない傷口をぼんやり眺めながら、ひとみは小さく溜息を吐いた。

(こんなに、好きだったんだ、あたし)
今頃になって気が付くなんて、馬鹿にも程がある。
全てはもう、遅いのに。

「!」
突然、間近で音がして、ひとみはとっさに上を見上げた。
虫の羽音のような音だった。続いて、ジー、ジー、という暑苦しい鳴き声。
「セミか」
葉に隠れて姿は見えないが、すぐ近くの木に止まったらしい。鳴き声だけが、大音量で響いている。
捕まえる気など無かったが、何となく鳴き声のする方を目で追っていると、
「あ…」
手を伸ばせばすぐ届くところに、それはあった。
確かに見覚えのある紙切れが一枚、枝に引っかかって微風に揺られている。
ひらひらと、まるで、ずっと下ばかり向いていたひとみを笑っているかのように。
325 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月07日(日)23時49分18秒
「見ーつけた、っと」
ひとみは背伸びをしながら右手をゆっくり近付けると、風に飛ばされないように素早くそれを取り上げた。
枝が揺れ、ひとみが手を伸ばした場所よりも少し上の方に止まっていたらしい蝉が、忙しない羽音を立てて飛び去っていった。
「セミくん、おつかれ」
蝉が飛び去っていった方向へ、大げさに敬礼する。
お前は私にこの事を知らせるために長い間地中に眠り、そして、この事を知らせるためだけに地上へ出てきたんだ。
そんな都合の良い事を考えながら、ひとみは微笑んだ。
痛みが、さっきよりも少し、和らいだような気がした。
 
326 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月07日(日)23時52分53秒

寺へ戻ると、ひとみは、広い境内の隅に作られた小さな池のほとりに佇んでいる矢口真里を見つけた。
部長である彼女がこんな場所で油を売っているところを見ると、どうやらモニフラ女子の連中は休憩時間中らしい。
休憩中の梨華を探して宝くじを渡しても良かったが、さっきはなんとなく気まずいまま別れてしまったし…と、ひとみはつい弱気になった。
ひとみを完全に拒絶しているような梨華の態度を思うと、直接手渡すのはやはり気が引けた。
(矢口さんに頼んで渡してもらおう)
ひとみは真里に近付きながら、彼女は一体何をしているのだろうかと不思議に思ったが、
すぐに、昨日、亜依が庭に色とりどりの見事な錦鯉が泳いでいると騒いでいた事を思い出した。
一見凶暴そうに見える真里に、生き物を愛でる優しい心があった事に少なからず衝撃を受けながらも、
ひとみは彼女の背後からそっと近付くと、声を掛けた。

「矢口さん」
「ぶごっ…! ごほおっっ!!」
「あっ」
気付いた時には遅かった。
烏龍茶の缶がゴロリゴロリと重たい音を立てながら転がり、ひとみの足に当たって止まる。
缶の口からは、中身の液体が零れ出している。
327 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月07日(日)23時56分16秒
「なにっ、ご、ごほっ…な、にすんだよ、おめーはよっ!! 鼻に入っただろーが!!」
振り向きざま、ひとみに掴みかかる。真里は、うっすらと涙ぐんでいた。
「すいません! なんか飲んでんの見えなくてっ…!」
「今日だけで三度目だよ、お茶飲んでてむせたの。しかも三回中三回とも、全部お前ら絡みなんですけど!!」
「すいません…」
ひとみは居たたまれなくなって俯くと、真里の足元に、無造作に千切られて半分ほどになった食パンを見つけた。
ちらと池を見遣ると、細かく千切ったパンらしき欠片に鯉達が群がっているのが見える。
(エサ、あげてたのか…)

「で、なによ。コレで大した用じゃなかったら殺すかんね」
ハッとして、ひとみは慌ててポケットからそれを出すと、
「コレ、梨…石川さんに、渡してもらえますか」
真里は怪訝そうにひとみの顔をちらりと見、再び手元へ目を遣ると、
「いいけど」
差し出された紙切れを受け取った。
「渡すだけでいいの?」
「はい。わかると思うんで」
「…まぁ、解るも何も宝くじ以外の何物でもないしね」
独り言のように呟くと、真里はそれを半分に折り畳み、ポケットに仕舞った。
328 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月08日(月)00時00分24秒
「あの…お茶、すいませんでした。新しいの持ってきます」
「いいよ。どうせ、ちょっとしか入ってなかったし」
缶が落ちて地面にぶつかった時の音や転がり方と零れた量からして、”ちょっとしか入ってなかった”とは到底思えなかったが、
呆れるほどに見え透いた嘘も、彼女なりの不器用な優しさの表れなのだろう。
「すいませんでした」
ひとみはそれ以上、何も言わなかった。
「何があったか知んないけどさあ」
しゃがんでパンを千切りながら、真里が言った。
「ヤグチの知る限り、あのコずっと一人だよ。それってアンタのせいじゃないの?」
「………」
ずっと一人。つまり、ひとみと離れてから今まで、梨華は恋人を作らずにずっと一人でいたという事だ。
しかし、なぜか素直に喜ぶ気にはなれなかった。
(あたしのせい、か)
「それって、良い意味で? それとも」
「知るかよ」
素っ気なく言うと、真里は摘んでいたパンの欠片を水面に放った。
329 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月08日(月)00時03分50秒
「コレさあ」
長めの空白が気まずい沈黙へ変わろうとしていた時、真里が言った。
居心地の悪さから解放されて、ひとみは少しほっとした。
「もし当たったら、オゴってくれるー?」
冗談めかして言う。
ひとみは、真里の隣に腰を下ろした。
「あたしのじゃないんで。石川さんに聞いてください」
「”石川さん”、ねえ」
苦笑いしながら、真里はハッとしたように、
「っつーかコレ、アイツが買ったの? んーじゃ当たんないワ」
「うーん…」
「ハズレを引く才能には素晴らしく長けてんだけどねー。
たとえばさ、100のうち99が当たりで1コだけハズレが入ってるよーなクジがあったとするじゃん?
んーな状況でもここぞとばかり1コしかないハズレを引き当てるオンナだから、ヤツは。
99人がハワイ旅行当ててんのに1人だけポケットティッシュなの。ホラ浮かばない? そんな光景」
「………」
真里の言う不幸な光景が容易に想像できてしまった自分を後ろめたく思いながら、ひとみは、
水面から口を突き出してパンの欠片を突付く鯉の群れをぼんやりと眺めた。
330 名前:<第17話> 投稿日:2003年09月08日(月)00時07分29秒
と、ひとみの腹の虫が、食事中の鯉達の姿を見て刺激されたのか、突然ぐうと鳴いた。
「あ…」
無理もない。思えば朝から、質素な朝食を終えて以来もう何時間も食べ物を口にしていないのだ。
ひとみは慌てて両手で胃の辺りを押さえたが、隣に座る真里にはしっかり聞こえてしまっているはずだった。
不意に気配を感じて恐る恐る顔を上げると、真里はひとみの顔を覗き込み、意味ありげにニヤリとして言った。
「食べるぅ?」
「…いいっす」
小声で遠慮すると、ひとみは、目の前に突きつけられた小さな欠片から視線を逸らした。
 
 
331 名前:すてっぷ 投稿日:2003年09月08日(月)00時11分38秒
更新遅くなって、ホントーにすみませんでした。
保全してくれた人、どうもです。

>320 名無し読者さん
ありがとうございます。
ご覧の通り、ゆっくりペースですが…よろしければ最後までお付き合いくださいね。

>321 捨てペンギンさん
ありがとうございます。実は主役はプーさんって話も…もちろん無いですが。
こらえようとしてもこらえきれないくらい笑えるモノが書けるように、頑張ります(笑
332 名前:名無し娘。 投稿日:2003年09月08日(月)00時55分23秒
ホンッとお久しぶりですね(笑)

そうね。やっぱ希望は上を向いて見つけなきゃねぇ
なんて思いつつ、取って付けたような、みっちゃんのエピソードに
熱いものが頬を伝いました・・・。(ノД `、)
333 名前:もんじゃ 投稿日:2003年09月08日(月)02時08分16秒
みっちゃんのエピソードにも泣けましたが、
矢口が語る梨華ちゃんの不幸話が一番心が揺さぶられました。

だって私もその不幸な光景が想像出来てしまったから…。・゚・(ノД`)・゚・
334 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月08日(月)04時59分57秒
KBS京都テレビの番組でY.Nは仕事復帰する予定だったのが、
やはりまずかろうという話がKBSから出て白紙になりました。
その番組のレギュラー河内屋菊水○に「今度お邪魔するからよろしく」
と嬉しそうにノ○クは言っていたそうです‥‥
335 名前:名無し読者86 投稿日:2003年09月08日(月)11時29分02秒
おおっ!更新お待ちしておりました!
どうやら意外なアノ人がキーキャラになってくる予感。
この物語の夏はまだまだ終わりそうにないですねw
ではまたこちらの更新も楽しみにお待ちしております。
336 名前:名無し読者79 投稿日:2003年09月08日(月)19時31分47秒
ますます気になる二人の過去!って感じですね(^^)
よっすぃーが探したことによって、関係がいい方向に変わればいいな…。
それにしてもすごい確率ですね…悲しいくらい…。
337 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003年09月08日(月)20時59分16秒
やっぱりみっちゃんは期待を裏切りませんね。やっぱりいい子(ry

最近仕事で新聞のバックナンバーの整理をしており、チアの三田コーチのインタビュー
記事を見つけました。
それを読んで、
「そういや、えんじぇる☆Hearts!はあのドラマのパロディーだったんだな」と、
今更ながら思い出したり。

次回も期待しております。
338 名前:名無し 投稿日:2003年09月08日(月)21時18分32秒
やはり吉澤さんと矢口さん二人の場面になると、
どちらも活き活きして見えるのは僕の歪んだ「すてっぷさんメガネ」を通して見ているせい?
339 名前:Silence 投稿日:2003/09/10(水) 15:05
更新乙でした〜。
ちょっと青春してる(?)吉澤氏に何故か笑いました。
石川さん・・・。それもまた才能ですよきっと。
では、次回もじっくりと楽しみにしとります
340 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:32

「夏休み特別企画っ! ラジオ体操部合同、プチ納涼花火大会ー!!」
夜の境内に、両校の生徒40人程が集まっている。
「ハイどうもこんばんはー。司会はわたくし、どさんこチャップリンこと三代目飯田圭織ですよろしくお願いしまぁーっす」
生徒達の話し声でざわつく境内に、圭織の一際陽気な声が響き渡る。
「監督、名前変わりましたよね?」
麻琴が、ひとみにそっと耳打ちしてくる。
外灯の薄ぼんやりとした灯りの下、他の部員達はそれぞれ地面の上に広げられた花火を選ぶのに夢中だ。
「そーだっけ」
確かに言われてみるとそんな気もするが、以前の芸名が何だったかは思い出せない。
ひとみが尋ねると、麻琴は首を傾げた。彼女も、圭織が以前使っていた名前までは覚えていないらしい。

「ハイっ! 今宵はお待ちかね、恒例のプティ納涼花火大会ということでね、皆さん楽しみにしてたと思うんですけれども」
曇りのない笑顔、弾んだ声、キレのある動き。
”カオリ、ラジオ体操のことはよくわからないけど”が口癖の、自信の無さそうな振舞いはすっかり影を潜め、
今夜の彼女は水を得た魚のように活き活きとしている。
341 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:34
「待ちなヨネスケ。お前その両手に溢れんばかりのロケット花火を、一体全体どーする気だよ?
てめぇまさかソレ、物陰からオイラ目がけてブッ放す気じゃねぇだろーな」
「ギクっ。嫌っ…嫌っだぁ、矢口さんたらぁ〜。そんなコトするワケないじゃないですかぁ〜、人聞き悪いんだからもぉ〜」
「あーっ。ギクッ、ってわざわざ声に出して言いやがったなぁー。バレバレも良いトコだぞう」
「お話し中すみません、松浦ですぅー。矢口さんっ、そこから一歩も動かないでくださいねぇー。計算狂っちゃいマスから!」
「計算だぁ? お前ら一体…」
「藤本ー、発射台準備できたわよー」
「お前もか! お前もなのか保田!!」
ライバル達の小競り合いを横目で見ながら、ひとみは花火を選ぶ部員達の輪に入った。
「えー。長かった合宿も、いよいよ最後の夜ということで…最後に一席、聴いて下さい。飯田圭織で、『じゅげむ』」
「ちょっとあいぼん! 良いのばっか持ってくなよなー!」
「はあ!? なんやねん!」
花火の取り合いで揉めているのだろう、傍らで希美と亜依が言い争っている。
と、希美がいきなり亜依の目の前にビニール袋を突き出した。
342 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:36
「…なに?」
「てきとーに選んで、つめといてやった」
ぶっきらぼうに希美が言う。
照れ臭いのか、下を向いて、亜依と目を合わせようとはしない。
「へっ?」
「ロウソクとかライターとか、入れといたから」
「ああ…さんきゅ」
困惑したように言いながら、亜依が差し出された袋を受け取る。
「おじさん、お早うございます。おぅなんだい早ぇじゃねえか、じゅげむじゅげむごこうのすりきれ…」
「なぁなぁ、よっすぃー先輩、もっと暗いトコでやらへん?」
ひとみは頷いた。
外灯の明かりも及ばない真っ暗な場所の方が、花火をするのにはちょうど良い。
ひとみは、闇に浮かび上がる光と、つい、そこに映し出される梨華の横顔を想像した。
「…ちょうきゅうめいのちょうすけ。いやあ実はお前に、見合いの話があってなあ……って、なによなによっ!
誰一人カオリの落語なんか聞いてやしないじゃんっ」
「行こ」
亜依に手を引かれて歩きながら、ひとみには彼女の手がやけに小さく思え、
どうしてそんな風に思うのだろうかと考えて愕然とした。
亜依の手を小さいと感じるのは、他の誰かと比べているからそう思うのだった。
343 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:37
学校帰り、電車で運良く二人並んで座れた時には、鞄の下でこっそり手を繋いだ。
「じゃあね」と言って離すのは、いつも、先に降りるひとみの役目だった。
別れるのが名残惜しくて、眠った振りをしてわざと乗り過ごしたこともある。

「でなぁ、ののが出てきて、『歌舞伎揚げ食べるー?』とか言うねん」
「んな時にも食いモンなのかよ」
「そんでウチな、本番中やからアカンって怒ってん。したらさー、今度は、いしか…」
「ん? 誰?」
「……ううん、忘れた。とにかく変な夢やってん」
「はあ? なんだよそれー。オチ無しかよ」
すると不貞腐れたように亜依が足を速め、手を繋いでいたひとみは、つられて前へよろけた。
「はは。なにそれお前、逆ギレ?」
ひとみは亜依に悪いと思いながら、こうしてじゃれ合っているのが梨華だったらどんなに良いだろうと思わずにはいられなかった。


「あーっ!?」
ひとみが、しゃがんでロウソクに火を点けていると、突然亜依が叫んだ。
「なに?」
「あんのヤロォォォ!! タダじゃおかねえ!!」
「だから、なに」
ひとみが問うと、亜依は黙って持っていた袋を乱暴に差し出した。
344 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:39
「へぇ…こりゃあ楽しそーだね」
亜依が怒るのも無理はない。
彼女が希美に持たされたスーパーの買物袋の中身は、今はひとみの手元にあるロウソクとライター、
それに大量の線香花火の束が入っているのみであった。
「ちょっと取ってくる。待ってて」
「うぃ。行ってらっしゃーい」
亜依を見送ると、ひとみは手持ち無沙汰になって、小さなシールで留められた線香花火の束を解き始めた。
すると間も無く、後ろで足音がした。亜依が戻ってきたのだろうと思った。
「どしたー? 花火もう無くなってた?」
足音の主に背を向けたままで尋ねる。
「あの…」
声を聴いた瞬間、ひとみの手が止まった。
頭の中が真っ白になり、気が付くと手の中の花火を握り締めていた。
途端に速さを増していく脈拍に気をとられて振り返るのも忘れていたが、振り返らなくとも判る。
「よっすぃー」
後ろに立っていたのは、石川梨華だった。
ひとみは早鐘のように打ち続ける鼓動を鎮めたくてゆっくり立ち上がってみたが、まるで効果が無い。
さらに、振り返って薄明かりに照らされた梨華の顔を見ると、鐘は鎮まるどころかますます速くなってしまった。
345 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:40
「こんばんは」
つい言ってしまった後で、何と間の抜けた挨拶だろうかと思い、ひとみは赤くなった。
梨華は答える代わり、他人行儀に軽く会釈すると、
「あの…さっき、矢口さんに」
おずおずと切り出した。
真里に言付けた例の宝くじの事だと、ひとみはすぐに察した。
「ああ、アレ? アレはさぁ、なんか、気になっちゃってさ」
「ずっと、探してたの?」
「そんな、ずっとでも、ないけど。すぐ見つかったし」
「でも…練習のとき、いなかったから」
しまった、と思った。
合宿中、二校は近くのグラウンドを共用して練習している。
唯でさえ部員数の少ないハロモニ女子の中で誰か一人でも欠けていれば、
それがモニフラ女子の間で話題に上ったとしても不思議は無い。
部員達には自主トレだと言っておいたが、唯一事情を知っている梨華には、
ひとみがその間ずっと例の物を探していたのではと疑われても仕方が無かった。
何となく、梨華に対して恩着せがましい事をしてしまったのではという気がして、ひとみは居たたまれなくなった。
「あ…、迷惑だったら、ゴメン」
ひとみが謝ると、梨華はとっさに首を横に振った。
346 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:42
「ありがとう」
梨華が言った。
予想もしなかった言葉に、ひとみは面食らった。
「それだけ、言いたかったから」
「や、ぁ」
かなり動揺していたが、すぐにひとみは、
「当たるといいね」
心から言った。うん、と答えて俯いた梨華が、微かに笑ったような気がした。
「あのさあ」
「えっ?」
「線香花火しか、ないんだけど…」
ひとみは探るように、目の前に立つ梨華を見ながら言った。
「やってく?」
「……うん」
ほんの少し迷った後で、梨華が、今度ははっきりと微笑んだ。


「でさぁー、市井さんっていたじゃん、ラーメン部の」
「うん。安倍さんと、仲良かった人だよね?」
「そう。そのラーメン部長と遊んでる方が楽しいらしくてさ、ごっちんは。バイトも忙しいみたいだし。
ってゆーか、その市井さんってのがホント変わっててさぁー、」
立て続けにひとみが喋っていると、ふいに、梨華がくすりと笑った。
「なに?」
話に夢中で気が付かなかったが、何か笑われるような事をしてしまったのだろうか。
ひとみは急に不安になった。
347 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:45
「よっすぃーって、そんなにおしゃべりだった?」
「あ…」
梨華に指摘されて自覚した途端、みるみる顔が火照ってくる。
緊張すると口数が多くなるのは、ひとみの、昔からの困った癖だ。
二人並んで花火を始めてから、恐らくまだ10分と経っていないはずなのに、
ひとみの唇は普段のそれより何倍もたくさんの言葉を紡ぎ出していた。
まだ梨華と出会ったばかりの、あの宿泊研修の夜にそうだったように。
「もしかして、さ」
ひとみは言った。
「もっと、喋ってれば良かったかな。そしたらうちら、あんな風にならずに済んでた、とか」
梨華が、ううん、と首を横に振る。
「わかんない。けどたぶん、そんなんじゃ、ない」
「…そっか」
目を落とすと、ひとみの花火が終わるところだった。
赤い玉がじりじりと音を立ててくすぶっていたかと思うと、やがて静かに消えた。
ほとんど同時に、梨華の垂らした花火の先から、ぽとん、と小さな玉が落ちた。
348 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:47
「終わっちゃった」
梨華は呟くと、もう何本目かの花火を、ろうそくの炎の中に差し入れた。
光の中に映る梨華の表情は穏やかで、昼間の冷ややかな態度がまるで嘘のように、無防備に微笑んでいる。
ひとみは梨華の花火を見る振りをして、その横顔を何度も何度も盗み見た。
「市井さん、だっけ、さっきの話」
ひとみの話を途中で止めてしまった事を気にしているのか、梨華が話題を戻すように、言った。
「うん…もう、いいや」
面倒くさくなって、ひとみは答えた。自分の話など、本当にどうでもいい事だと思えたからだった。
市井の事はどうしても話したかった訳ではないし、それより隣で幸せそうに微笑む梨華の横顔を眺めている方が、ずっと良い。
「ごっちんか…懐かしいな」
それきり、梨華は何も言わなかった。
ひとみは、大して言葉を交わさなくても、最初よりずっと楽で居られている自分に気が付いていた。
そして、この緩やかな時間が、あの頃の二人にとっては自然だったのだと思い出した。
349 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:49
「こんなに線香花火ばっかりやったのって初めてかも」
「ののの仕業なんだけどね。アイツに持たされた袋に、コレしか入ってなかったの」
「そうなんだ」
楽しそうに笑って、梨華がまた新しい花火を手に取る。
「でも、こうしていくつも見てると、ちゃんとひとつずつ違うんだね」
と、梨華が言った。
「ホントだ」
梨華が手にしている花火から飛び散る光は、ひとみのそれよりどこか大人しく、こじんまりとして見える。
ひとみは、ふいに思い立って言った。
「そのまま」
「えっ?」
「じっとしてて」
線香花火を垂らす梨華の手首を掴んで動かないように押さえると、自分の花火を梨華のそれにゆっくりと近付ける。
そうして二人の火が一つになると、ひとみは梨華に触れていた手をそっと離した。
一瞬、駅に着き、鞄の下で繋いでいた手を離す時のあの切なさが胸をよぎり、甘酸っぱいような気持ちになる。
350 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:51
「ほら」
さっきよりも、ぐっと近付いた横顔に向かって言う。
「もっと、違くなったよ」
二人の間で、一つになった赤い玉がパチパチと鳴りながら、重そうに揺れている。
ひとみは首を傾げるようにして覗き込むと、同じようにしていた梨華と目が合った。
(あ…)
「梨華ちゃん、」
告げようと思った。
今でも大切に想っていること。
そしてもしも叶うなら、明日も明後日もその先も、ずっと側に居たいと思っていること。
短く息を吸って、続けようとした時だった。
遠くで梨華を呼ぶ声が聞こえて、ひとみはとっさに言葉を呑み込んだ。
声に驚いた二人の手がびくんと揺れ、鮮やかに瞬いていた玉はまだ真っ赤なままで、唐突に下へ落ちた。
「なんか、探されてるみたい。行くね」
「…うん」
声の主は矢口真里のようだ。何度か梨華の名前を呼ぶと、諦めたのか静かになった。
ろうそくの傍に花火の燃えかすを置くと、梨華は立ち上がった。つられるように、ひとみも腰を上げる。
すると梨華は、ひとみに背を向けたまま振り返らずに言った。
「梨華ちゃん、って」
「えっ?」
「嘘でも良いから、言っちゃえば良かったのに」
351 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:54
「えっ…」
訳が解らず立ち尽くしながら、ひとみは、少しずつ小さくなっていく後姿を見送った。
(どういう、意味…?)


嘘でも良いから。

言っちゃえば、良かったのに。


(あぁ)
心の中で、梨華の言葉を繰り返し唱えていると、ひとみは突然、
『梨華ちゃん、って、嘘でも良いから、言っちゃえば良かったのに』
去り際の彼女は、二人が離れたあの日のことを言っていたのだとわかった。
どうして、こうなっちゃったんだろう。
ずっと考えていたことの答えが、ようやく見つかったような気がした。
「なぁんだ、そういうことか」
けれど、そう呟いた自分の声が自分の耳にまるで他人事のように空々しく響いたのは、
その答えにひとみ自身が少しも納得していないからだった。
352 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:56
『よっすぃーは、私とラジオ体操と、どっちが好きなの?』
と、最後の日、梨華は言った。

『……ラジオ体操』
と、ひとみは答えた。

(梨華ちゃん、って。嘘でも良いから、言っちゃえば良かった?)
ひとみがそうしてさえいれば、本当に、二人は終わらずに済んでいただろうか?
たとえそうだとしても、梨華の望むとおり上手に嘘を吐くことなど、ひとみには到底無理な話だった。

「しょうがないじゃん」
もうここには居ない梨華に向かって、呟いてみる。
「だって本当に、大好きだったんだよ」
本当は、どちらかを選ぶ必要なんて無かったのかも知れないけれど、と今更にひとみは思った。
相手に対して誠実であろうとすればするほど、相手を傷つけてしまうのは一体どういう訳だろう?
いつだって、誠実さと優しさとは同じものだと思っていたけれど、本当のところ二つは全く対極のものなのかも知れない。
ひとみは長い長い溜息を吐いて、星空を見上げた。
頭上に広がる景色は、二人が想いを告げ合った幸せなあの夜のそれと、よく似ている気がした。
353 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 15:59

「よっすぃー先輩」
振り返ると、いつからそこにいたのだろう、亜依が立っていた。
「あ、おかえり。持ってきた?」
「…うん」
見ると、両手一杯に幾つもの種類の花火を抱えている亜依は、何故か浮かない顔をしている。
「どした? なんか暗くない?」
ひとみが尋ねても、亜依は答えない。
しばらく待っていると、
「なに、話してたん? 石川さんと」
ようやく亜依が言った。
「え?」
思いがけない質問だった。
亜依はいつからここに居たのだろう。彼女は自分が梨華と居るのを見ていたのだろうか。
「来るとき、すれ違ったから」
ひとみの訝しがる視線に気付いたのか、亜依は自分から言った。
「ねぇ、なにしてたん?」
「べつに、大したコトじゃないよ。花火やってただけ」
ひとみは、どういう訳か亜依に対して後ろめたさのようなものが込み上げてきて、誤魔化すように視線を逸らした。
「ふうん」
「っつーか、お前が早く来ないから先始めてたんだろっ」
ひとみはついカッとして、声を荒げた。そして、怒鳴ってしまった後で猛烈に後悔した。
354 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 16:01
「…ゴメン」
亜依は消え入りそうな声で言うと、下を向いてそれきり黙ってしまった。
(サイテーだ、あたし)
亜依には、ひとみに怒鳴られる理由も謝る理由も無い。
ただ身勝手な自分が、梨華との事が上手くいかない苛立ちを彼女にぶつけているだけだった。
「あの、こっちこそゴメン。そっちが謝るコトじゃないよね。ホントに、ゴメン」
ひとみは、しかし何の反応も示さない亜依の顔を、下から覗き込むようにして見た。
亜依は目を潤ませ、唇を噛んで必死に涙を堪えている。
「うそっ…ちょっと、泣くなよな、お願いだから」
その言葉が、逆に引き金となってしまった。
「ふゅぅぅ」
亜依は鼻の奥から抜けて出たような妙な声を出したかと思うと、俯いたまましくしくと泣き始めた。
涙を拭おうとする度に、両手に抱えた花火がバラバラと地面に落ちて転がる。
「なんなんだよ、もう……そんなに、怖かった?」
ひとみが困り果てて尋ねると、亜依は泣きながらただ首を横に振るばかりで、何も答えようとはしなかった。
355 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 16:04

「びっくりした。急に泣き出すんだもん」
「…ゴメン」
「や、ってゆーかこっちこそ、ゴメン、なんだけどさ」
ひとみが言うと、亜依はまだ涙目のままで、にこりと微笑んだ。
「まっ、辛いときや悲しいときはいつでも吉澤先輩に相談したまえ。な?」
瞳をたっぷり潤ませて、いつまた泣き出すかも知れない亜依に、ひとみは冗談めかして言った。
あれこれと宥めすかして、ようやく泣き止んだのだ。しんみりとして、また振り返されては堪らない。
「アホかっ。おまえにだけは、死んでも相談なんかせえへんわぁ」
「ひっでぇー。死んでもとかさぁ、そこまで言うか普通ー」
「あったりまえじゃん。そこまで言うよふつー」
いつもの亜依だ。ひとみは、ようやく安心した。
「えっとじゃあ逆に、吉澤センパイが相談とかしてもいーっすか」
「おぅ。何かね、よっすぃーくん。勉強のコト以外なら、何でも聞きたまえ」
「セワシくんは、誰かを好きになったことがある?」
「…あたりまえやん。いくつや思てんねん」
「あ、ゴメンゴメン」
ひとみは何気なく尋ねただけだったが、亜依はプライドを傷つけられたのか、少しムッとしているようだった。
356 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 16:06
「誰かを好きになってさぁ、でもどうしても上手くいかないときは、どうしたらいいんだろうね」
「……あきらめる、とか」
「カンタンに言うなよなぁ。自分だったら、できんのかよ」
「………でけへん」
「だろ? 自分ができないことを、他人にはできるなんてカンタンに言っちゃいけないの。わかった?」
「…ゴメン」
「ん、わかればよろしい」
「って! なんでウチが謝らなアカンねん!」
「あ、バレた? なんか気分いーんだよなぁ、お前がペコペコしてんの見んの。ホラ、めったに無いコトだからさ」
「おまえなあああ!!!」
逆上した亜依が傍に落ちていた花火を引っ掴み、ロウソクの炎で点火すると、
「フフフ…」
狂気じみた笑みを浮かべ、じりじりと、ひとみへにじり寄って来る。
「げ、ちょっと待ておまえ」
ひとみの顔から、血の気が引いた。
よくある子供だましの花火よりもやや大きめな、筒形。
ひとみの方へ向けられた点火口からは、火花がシューシューと音を立てながら勢いよく噴き出している。
357 名前:<第17話> 投稿日:2003/09/21(日) 16:09
「ちょっと加護さん! 注意書き読んで注意書きっ。人に向けてはいけませんって書いてあるでしょーっ」
「悪い人には向けてもええんやっ。覚悟しろー!」
ひとみは執拗に追ってくる亜依をかわしたり、拾った棒切れで応戦したりしていると、無性に楽しくなってきた。

誰かを好きになって、どうしても上手くいかないときには、こんな風に気晴らしをすると良いのかも知れない。
そうしているうちに、いつか突然、全てが上手くいったりするのかも知れない。
信じることを忘れないでさえいれば、あんなに悩んでいたのが嘘のように、いつかきっと。

(ラジオ体操、って、あたしが、選んだんだもんね)

だったらまずはそっちを頑張ってみよう、と、ひとみは思った。
恋人を失くしてまで選んだ以上、自分はラジオ体操に対してそれなりの責任があるのだ。裏切る訳にはいかない。

「フフフ。あいぼん必殺、二刀流」
「おまえ、いつの間に」
油断した隙に、亜依の武器が一本増えている。
こちらへ向かってシュウシュウと牙をむく二本の花火を睨みつけながら、ひとみは密かに、
『参りました』と土下座するタイミングを、見計らっていた。
 
358 名前:すてっぷ 投稿日:2003/09/21(日) 16:12


感想、ありがとうございます!

>332 名無し娘。さん
本当にお久しぶりで、そして懲りずにまたお待たせしてしまい(苦笑
みちよさんエピソードは仰るとおり、完全に取って付けたのですが…バレバレでしたか(笑)

>333 もんじゃさん
どうもです。えっと…どうにか復活しました(笑
不幸話。よっすぃーが想像した光景の描写を入れようか、迷って結局止めてしまいましたが…
ご想像頂けたようで、良かったです(笑)

>334 名無しさん
そんな話があったとは!「よろしく」って言われる方も迷惑だろうなぁ。白紙とは残念です(ウソ
脂ぎった頭をテカテカさせつつ、嬉しそうにはしゃぐ彼の姿が目に浮かぶようです…。

>335 名無し読者86さん
意外なアノ人は、今回もちょっとしたキーパーソンになっていて読む人をイライラさせてしまう予感。
(更新が)冬に始まった夏合宿は、夏が終わってもまだ終わる気配がありません(笑)
次あたりで終わるかなぁ。。
359 名前:すてっぷ 投稿日:2003/09/21(日) 16:14
>336 名無し読者79さん
二人の関係は、良い方へ行くかはまだわかりませんが、確実に変わってきています。
物語的には今回のエピソードでようやく折り返し地点ぐらいという感じなので…
まだ先は長いですが、長ーい目で見守ってやってもらえると嬉しいです。

>337 ごまべーぐるさん
パロディと言いつつ今となっては誰もネタ元を覚えていないんじゃ…と、ふと悲しくなります(笑
何もかも、自業自得(更新遅。。)なのですが。
三田コーチといえば、以前どこかのサイトで本人が連載していたコラムを読んだことがあるのですが、
ちょうどあの番組をやっていた頃で、たまにその話題が載ってたりして面白かったのを覚えています。

>338 名無しさん
やはり、そう見えますか…どうしても、やぐよし贔屓の血が騒ぐというか。
そんなメガネ、むしろ欲しいです(笑

>339 Silenceさん
吉澤氏、今回さらに青春してるので、また笑われてしまいそうな予感(笑
どんな状況にあってもハズレしか引けないというのは、ある種の才能だと思います。
360 名前:名無し 投稿日:2003/09/21(日) 18:29
すごい……凄すぎる。
収拾のつかないクロストークの雨あられ。
しかも、個々を殺しあっていない。
そして、いしよしは永遠の輝きです。

だけど、やっぱりだけど……主人公ってポジションは一体なんなんだぁぁぁーーー!!!(シャボン玉の道重さんばりに)
361 名前:名無し娘。 投稿日:2003/09/22(月) 00:20
こんなに切ない話なのに何でこんなホンワカするかなぁ。

しかし敢えて一言。
 (#´ Д `)_゛<レトルト食品愛好会だもん! 間違えんなよなっ!!
362 名前:名無し読者86 投稿日:2003/09/22(月) 18:38
更新お待ちしておりました〜
こんなに甘酢っぱいのにちゃんとオトすあたりが
さすがですw
情景がまるで目にうかぶようでw
では次回更新も楽しみにお待ちしております。
363 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/23(火) 13:22
作者様。高橋愛という女性をご存知でしょうか?
364 名前:名無し読者79 投稿日:2003/09/23(火) 17:01
なんだか情景が浮かびます。二人の笑顔が…。
いい方向に向かって行って欲しいものです。あいぼんが切ないですが…。
セワシ君…いいセンスしてます(笑
365 名前:もんじゃ 投稿日:2003/09/26(金) 02:20
復活大変愛でたいことです。

いろんな気持ちが交錯して切ないですねぇ…。
優しいから切ないのか、アホだから切ないのか。
よくわかりませんがみんな優しいからアホなんですね、きっと。


366 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:05
飯田圭織は、悩んでいた。
彼女達にとって、自分は本当に必要な存在だろうか?

ハロモニ女子ラジオ体操部の監督を依頼された時、ひとみは電話で圭織に言った。
『いやホントにもう、マジで名前だけで良いんで。お願いできませんか?』
大会の日に来てくれるだけで良いんで。マジで、それだけで良いんで。
ひとみは何度もそう繰り返した。
”それだけで良いんで”
ひとみの言葉は裏を返せば、それ以外はするな、と言っていたのではないか。今更にして圭織は思う。
年齢は言うまでも無く圭織が一番上だったが、ラジオ体操に関する知識は明らかに愛やあさ美や
ひとみの方が優れていたし、にも関わらず指揮を執っている圭織の存在が気に入らないのか、亜依は何かと反抗的だ。
自分に纏わりついてくる希美も、圭織の事を監督としてというよりは姉のような存在として慕っているようだった。

「おーい、ののっ! おまえ、やりやがったな!!」
「あ? なんのコトだよ」
「すっとぼけんな! アレ、線香花火しか入ってへんやんか!!」
傍らで亜依と希美が言い争っている様子を、圭織はぼんやりと眺めた。
367 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:07
「ああ、あれはマコっちゃんがさー、やれって。あいぼんごとき虫ケラには線香クラスがお似合いだよって、言うからさ」
「えっ。あたし、そんなの一言も言ってないじゃん」
「麻琴ー。虫ケラなんてぇ、友達にそんなん言ったらダメやって。おばさんに言いつけるよ?」
「えっ。いやだから、あたしはなにも」
麻琴とは幼馴染の愛が、彼女の悪行を諌めている。
微笑ましいと思いつつも、自分抜きで揉め事が解決しようとしている事が、圭織には少し寂しかった。
「麻琴っ。どんな理由があれど、言い逃れは『悪』ぞっ! 6年のとき担任の坂本禁八先生が言ったコトバ忘れたんか!」
「えっ。だってうちら学年違うじゃん。愛が6年のとき、あたし5年じゃん」
「黙らんかい! 言い逃れは悪ぞ!!」
「やいやい、マコっさんよォォォ。虫ケラってどーゆーコトやねん。説明してもらおか。あぁ?」
「えっ。何で二人とも、ののの言うコト信じんの!? いかにもウソじゃん」
うろたえる麻琴を見ながら、希美が口の端を微かに歪めてニヤリとしたのを、圭織は見逃さなかった。
可愛いな、と圭織は思う。
(もう…のんちゃんったら本当に、悪戯っ子なんだから)
368 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:09
「ハイハイハイー、ゴミありませんかー。みんな、やった後の花火はなるべく一箇所に寄せてなあ。片付け楽やから」
関西訛りの女が、右手に箒とちり取り、左手にはゴミ袋を持って、生徒達の輪に入っていく。
「あれ? 飯田さん、花火やれへんの?」
ゴミを集め終えて出てきた女が、圭織に気付いて言う。
平家みちよは、人見知りする圭織にしては珍しく、初めて会った時から気安く話をする事の出来た数少ない相手だった。
「みっちゃん。ちょっと、いいかな」
「ん?」
どないしたん、と関西弁で言うと、みちよは微笑んだ。


「なるほどなぁ…うん。でもそういうこと、よくあるある」
圭織が話し終えると、みちよは深く頷きながら言った。
遠くで、希美達のはしゃぐ声が聞こえている。
「みっちゃんも、あるの? そういうコト」
「ある。ってゆーか、あった、かな。アタシの場合、今はもう割り切ってるから。あ、割り切ってるって、良い意味でやで」
「ふーん」
自分にもいつかそんな日が来るのだろうかと、圭織は思った。
生徒達に必要とされていなくても、仕事なのだと割り切れる日が、いつか自分にもやって来るだろうか。
369 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:11
「そりゃあさ、みっちゃんは仕事だからそんな風に割り切れるんでしょ? だってみっちゃんは、先生なんだし」
みちよは、モニフラ女子高校の教師なのだ。
ラジオ体操部の顧問兼監督という役割は、彼女にとって文字通り”仕事”に他ならない。
しかし、みちよは心外な顔をして言った。
「あんな、飯田さん。割り切るって、仕事としてとか、そういう意味やないって」
「だったら、どういう意味?」
「仕事とかそんなん違くて、アタシはアタシの役割を、割り切ってるっていうことや」
「…よく、わかんない」
ふっ、とみちよは優しく微笑むと、
「あんな、教えたり、怒ったり宥めたり、慰めたり? そんなん全部、一人でやろうと思っても無理やで。
大体そんなん放っといてもあの子ら、自分らで上手にやりよるやろ? そんなん放っといたらええねん。
ただ、自分に出来て、あの子らにでけへんことをやってあげるのが、アンタの役目とちがう?」
「………」
「言ってること、わかる?」
圭織は頷いた。
「つまり、私にしか出来ないことをやるのが、私の役目だってこと?」
「そのとおーり。ザッツ・ライトや」
冗談めかして、みちよが笑う。
370 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:13
「私にしか、出来ないこと…なんだろう?」
「さあなぁ。大会までまだ時間あるんやし、ゆっくり考えたら?」
「うん。そうする」
みちよに答えながら、圭織は、部員一人一人の顔を思い浮かべていた。
自分が彼女達にしてあげられること、それはたとえば、どんなことだろう?
それを考える作業は、圭織にとって苦痛ではなかった。むしろ楽しいくらいだ。
落ち込んでいた気持ちは、さっきよりもだいぶ楽になっていた。
「そうだ。そう言えばさ、せくしー王国の中で、みっちゃんの役割って何なの?」
「セクシー王国じゃなくてセクシー共和国です! ひとのチーム、ムツゴロウ王国みたいに言わんといて」
みちよはムッとして言ったが、すぐに機嫌を直したらしく、続けた。
「そーやなぁ…体操の指導とかレギュラー決めとかは矢口一人でやっとるし、銭勘定はソニンに任せっきりやしな。
合宿とか練習試合とか大会の引率が、アタシの役目かな。バスの運転やったら誰にも負けへんし。
ってゆーか、それだけは生徒に任しとくワケにいかへんやろ?」
371 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:15
「みっちゃんって…」
火照る目頭を押さえながら、圭織が言う。
「いい子なのにね」
「うん。よく言われる。ってゆーか、”なのにね”ってどういうコト? ええ子やのに報われてへん言いたいんか」
「そんなっ…そんなコト、思ってても言えるワケないじゃないっ」
「言ってる! 言ってるからそれ!」
涙交じりに言ったみちよの声は、声というより叫びに近かった。
 
372 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:17

――

「愛」
後ろから呼ばれ、愛はしゃがんだまま、顔だけで振り向いた。
「急にいなくなったから、どうしたのかと思っちゃったよ」
「…ゴメン」
麻琴だった。
仲間達の輪から外れてふらりと消えた愛の事を心配して、探しに来てくれたのに違いない。
思わず、笑みが零れる。
一人になりたくてここへ来たはずなのに、麻琴の顔を見た途端、どこか安堵している自分が可笑しかった。
愛の傍まで近付くと、麻琴が、あっ、と呟いた。
「鯉、見てたんだ?」
「うん」
「あいぼんが言ってたもんね。ホントだ、いっぱいいるね」
並んでしゃがむと、二人はしばらくの間、池に泳ぐ錦鯉を見ながら他愛ない話をした。
黒いのや赤いのや金色や、幾つかの色が混ざったのや、月明かりに照らされた魚達は、
昼間に亜依や希美や里沙やあさ美と一緒に見た時とはまた印象が違って見えた。
そう言えば、あの時どうして麻琴は一緒じゃなかったんだっけ、と考える。
そうだ、あのとき麻琴はおにぎりを作っていたんだ。
麻琴が、希美が食べたいと言った鮭のおにぎりを圭織と二人でせっせと作っていた事を思い出し、愛はまた微笑んだ。
373 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:19
「なつみちゃんと、来たかったね」
会話が途切れると、ふいに、麻琴が言った。
「楽しいこと、いっぱいあったのに」
楽しい、という言葉とは裏腹に、麻琴の口調は酷く寂しげだった。
愛は、今日までなつみを説得できなかった自分の不甲斐なさを責めた。
「来る前に誘ってみたんやけど…やっぱりダメやったわ」
「そっか」
言いながら、麻琴は手持ち無沙汰なのか、水面に手をかざして掌を開いたり閉じたりを繰り返している。
麻琴が手を開いたり閉じたりする度に、優雅に泳ぐ魚達と彼女の影が重なってゆらゆらと揺れる。
「だいじょうぶだよ、まだ時間あるし。夏はまだ始まったばかり、ってね」
「そうかな…だってわたし、何回も言ってるのに、おねえちゃん全然聞いてくれんし」
「だいじょうぶだってばさ」
麻琴のこの言葉を、もう何度聞いただろうか。
(わたしってばいつも、麻琴に励まされてばかりだもんね)
自分の方が年上なのに情けないと思うが、部長という立場上、普段は口に出来ない泣き言も彼女の前なら言えてしまうのは、
愛にとって麻琴が気の置けない親友であり、仲間の誰よりも付き合いの長い幼馴染だからだろうか。
374 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:22
「合宿終わっちゃうのは、寂しいけどさ」
麻琴が言った。相変わらず、池に向かって手をひらひらさせている。
「うちらが学校戻ったら、また、あしながオジサン来てくれるよね。それはちょっと、楽しみかな」
嬉しい気持ちが抑えきれずに溢れ出したような、満面の笑み。
麻琴はそれを、本当に心から楽しみにしているのだろうと、愛は思った。
「来るかな。だって、夏休みだしさ」
どうして、こんな事を言ってしまうのだろう。きっとやって来ることは、わかっているはずなのに。
愛達が断りのメッセージを書き残しておいた日以外に、それが果たされなかった事は今まで一度も無いのだから。
「来るよ! 去年もそうだったじゃん。夏休みだって冬休みだって、ちゃんと来てくれたもん」
ズキン、と胸が痛んだ。鈍い、嫌な痛みだ。
麻琴の言う”あしながオジサン”とは、愛がラジオ体操部を創設して以来、いつも人知れず差し入れと短いメッセージを置いていく、
どこの誰とも知れない、男なのか女なのかも分からない、謎の人物だ。
375 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:24
会った事も無い、声を聞いた事すら無いその人物に、麻琴が特別な感情を寄せているらしい事は気付いていた。
どうせ憧れに過ぎないのだろうと思ってはみるものの、その事について考える時、愛は胸の波立つのを抑えられないのだった。
これが嫉妬というやつなのだろうか。なんて醜い、愚かな感情だろうかと思う。
子供の頃は、こんな気持ちになる事なんてなかったのに。
大人になるにつれて少しずつ自分を嫌いになってゆく気がする。
(ちゃんと大人になる頃には、わたしはわたしのこと、大っ嫌いになっていたりして)

「うれしいけど、感謝してるけど……でもね、ときどき、なんだか怖いよ」
彼(または彼女)への嫉妬とは別に、それもまた、愛の本心だった。
このまま見ず知らずの他人に施しを受け続けていて良いものか、時々恐ろしく不安になる。
「もう、怖いとか言わないの! 怒るよっ?」
「はいはい。ゴメンってば」
愛は苦笑した。どうやら今の麻琴には、何を言っても無駄らしい。
376 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:27
「愛」
「ん?」
「あたし、絶対になつみちゃんのこと、連れてくるから」
芯の強い麻琴らしく、凛とした声だった。
「だから一人ぼっちでこんなとこ来んの、もうやめよ? 寂しいじゃん、そういうのってさ」
「……うん。わかった」
麻琴には、ちゃんと解っていたのだ。
愛が一人になりたくてこの場所へ来た理由も、本当は一人になりたいのではなく誰かに傍に居て欲しかったことも、
麻琴には、ちゃんと解っていたのだ。
そう思った途端、愛は泣きそうになった。
(わたしのことは、なんだってわかっちゃうんだね)
愛について麻琴のまだ知らない事実があるとすれば、ただ一つ。
彼女が知るはずも無い、なぜなら愛自身、たった今気付いた事だから。

「見て見て。なんか動きがトロくなってない? おーい、コイさんたちー。眠いんですかー?」
「あっ、麻琴、おどかしたらダメだって」
この想いを、いつかは告げられるだろうか。
ダメだよ、麻琴、麻琴。
愛は不自然に、繰り返し、その名前を呼んだ。
告白する代わりに何度も呼んで、いつか麻琴が気付いてくれたらいいのにと思った。
 
 
377 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:29

――

「じゃあ、ありがとね、みっちゃん」
バスを降りると、圭織が言った。
続いて部員達が、ありがとうございました、と一斉に頭を下げる。
「ちょっとアンタら、やめてぇな。照れるやんか」
運転席から身を乗り出して、みちよが言う。
「わざわざ学校まで送ってくれるなんて、みっちゃんってやっぱり、いい…」
「言うな。それ以上言うたら……轢くで」
「いっそのコト全員まとめて轢いちゃえば? そしたら戦わなくて済むしー」
この声、そしてこの毒気たっぷりの台詞は…愛は恐る恐る、前方の窓を見上げた。
半分ほど開いた窓からは、矢口真里が顔を覗かせている。
満面に笑みを湛えているが、目だけが笑っていない。
「うっさい! おまえが轢かれろや!」
「ダメだよ、あいぼん。コイツちっちゃすぎるからさ、タイヤのみぞに挟まって助かっちゃうもん。ハネ損だよ、ハネ損」
「それもそうやなぁー」
「蟻か! どんだけ小っちゃいんだよ!!」
「うっさいボケ! 蟻の方がおまえよりよっぽど働きモンや!」
「ののはキリギリス派だけどね。夏は死ぬほど遊んでー、冬になったらアリさんに助けてもらうの。サイコーだよね」
378 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:33
「ハイハイ。チビッコども、気は済んだかしら?」
最前列の窓から、保田圭が、ゆらりと顔を出した。
「矢口。やり足りないんなら今すぐココでアンタだけ落としてっても構わないけど、どうする?」
真里は、ちっ、と舌打ちすると、
「お前ら覚えてろよ」
捨て台詞を残し、窓の向こうに消えた。
「ほんなら、次は大会でな」
ドアを閉め、挨拶代わりのクラクションを鳴らすと、みちよの運転するバスと共にモニフラ女子ラジオ体操部は去っていた。

「ねぇ、あいぼんは、どっち派?」
バスを見送りながら、愛が尋ねる。
亜依は腕組みをしてしばらく考え込んだ後で、答えた。
「蟻やな。キリギリスってたしか、冬んなったときめっちゃ怒られてたやん、蟻に。ウチ怒られんのとか嫌やし」
「……私も、蟻かな。やっぱり、備えあれば憂い無し、だと思うし」
なるほど、あさ美らしい、などと思いながら、
「里沙ちゃんは?」
愛が尋ねると、
「女王蟻」
里沙は、表情一つ変えずに言った。
「あぁー」
部員達が一斉に感嘆の声を漏らす。
379 名前:<第18話> 投稿日:2003/09/28(日) 15:37
「そっか。女王蟻なら働かなくて良いし、だからってキリギリスみたく、他の蟻たちに嫌味言われるコトもないもんなぁ」
ガキさんは利口だなぁ、と、ひとみはしきりに感心している。
「里沙ボウ、アっタマええなぁー」
「新垣、そのネタもらっても良い? 次のライブで使うから!」
「ご自由に」
「ありがと! 恩に着る! 紺野、メモっといて!」
「えっ、メモるんですか? っていうか、それぐらい覚えられないんですか?」
「アイス食って帰ろうぜぇー。暑っついよぉぉ、ねぇ、アイス」
希美の弱々しい言葉は蝉の声に掻き消され、最後の方はほとんど聞き取れなかった。
「麻琴は?」
「あたしはねー、」
「アリさん。でしょ」
麻琴は、きょとんとしている。
「何でわかんの?」
「わかるよー。普通のアリさんでしょ?」
「そう、普通のアリさん。でも、実は愛もそうでしょ」
「何でわかんの?」
「わかるよー」
麻琴が言い、二人は笑い合った。

「また明日から、気合入れて練習だぁ」
「夏の間に、いっぱい頑張らないとね」
「だいじょうぶだよ」
夏はまだ始まったばかりだもん、と、麻琴が笑った。
 
 
380 名前:すてっぷ 投稿日:2003/09/28(日) 15:41

感想、どうもありがとうございます。

>360 名無しさん
それぞれ誰が喋ってるか判ってもらえたでしょうか?
台詞中で自ら名乗っていたり、卑怯な手も使ってますが(笑)
すっかり忘れられていそうですが…主役のあの人が、久々の登場です。

>361 名無し娘。さん
おぉ、ツッコんでくれる人がいた…!(笑
ラーメン部とレトルト食品愛好会では大違いらしいので、肝に銘じて頂けると有難いです。

>362 名無し読者86さん
落とさないと気が済まない…悲しい性です。
>情景がまるで目にうかぶようでw
大変危険な技なので、くれぐれも真似しないように願います(笑
381 名前:すてっぷ 投稿日:2003/09/28(日) 15:43
>363 名無し読者さん
忘れてました…嘘です、これから活躍予定ですたぶん。

>364 名無し読者79さん
三人のエピソードはしばらくお休みですが、どうなることやら…。
セワシくんは胸中どんなに切なくても、やっぱりお笑い担当のようです。

>365 もんじゃさん
アホな人を見たときや自分の中に潜むアホに気付いたとき妙に切なくなるのは、そんな訳だったんですね。
よくわからなくなってきましたが、つまり、アホに悪人はいない、ということですよね、たぶん。
382 名前:名無し読者79 投稿日:2003/09/28(日) 20:36
更新お疲れ様です。
今回は主人公の方とまこっつぁんの関係が…気になります。
相変わらずやぐっつぁんのそばにはプーさんが座っているんでしょうか?
気になります(笑 
383 名前:名無し 投稿日:2003/09/28(日) 21:41
そうか今まで哀さんをここまで放置していたのはここで爆発させるためだったのか…。
最初こんなキャラだったたっけ?ってビックリしました(w

それにしても、このCPだったとは・・・・・・・・・・。
(・∀・)イイ!!
384 名前:名無し娘。 投稿日:2003/09/29(月) 21:16
うぉ!本編が進もうとしてるっ!
いや、きっと大会に向けてで無い方向へ脱線するに違いない…そうですよね?
そうでなくっちゃ!

そして今回も一言   川*・-・)飯田さん、間違ってますよ…
385 名前:名無し読者86 投稿日:2003/09/30(火) 19:23
更新お待ちしておりました。
また色々な人間模様(ネタフリ)がw
でもやはり辻さんのキャラがいとおしくて…
では危険な技を使いつつw
次回更新も楽しみにお待ちしております。
386 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003/10/08(水) 21:11
>6年のとき担任の坂本禁八先生

この人物がやけに気になります。

岡女体育祭のラジオ体操シーンを見て、『ラ体部・リアルバージョン!』と
やけにうれしかったです。


387 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 13:55

蝉が鳴いている。風は、もう随分前から止んだままだ。
うだるような暑さの中、今日も腕を上げては伸びをし、膝を曲げては屈伸をする。
深呼吸、伸び、屈伸。深呼吸、伸び、屈伸。
時に小さく跳ねてみたり、地味に左右へ移動してみたりしながら、
そして再び、深呼吸、伸び、屈伸。深呼吸、伸び、屈伸。
はい一、二、三、四、五、六、七、八。二、二、三、四、五、六、七、八。
一体、何が楽しくて自分はこんな事をやっているのだろう。
暑さで意識を失いかけた時、ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
けれどそれはほんの一瞬に過ぎない。
次の瞬間には、まるで何かにとりつかれたかのように再び夢中で体を動かしている。
何が楽しくて、こんな事をやるのだろう。
麻琴は思う。
その答えを見つけるために、自分は今、ここにいる――。

「あぁーあ。あしながオジサンのさしいれさえなかったらとっくにやめてんのに、こんなコト」
昼休みに入るなり、希美が言った。
「のの…!?」
希美は、ひとみと同じ舞台に立つ事を夢見てラジオ体操をやっていたのではなかったか。麻琴は一瞬耳を疑った。
388 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 13:56
ひとみがここに居ないのが、せめてもの救いだった。
もしも今の希美の言葉をひとみが聞いていたら、少なくとも良い気はしないはずだ。
彼女が今日の練習を欠席する事は、今朝学校へ来る途中、愛に聞いていた。
一学期の成績が思わしくなかったひとみは、夏休みの間、数日間の補習授業に参加する羽目になってしまったらしい。
恐らく今頃は彼女も、二年生のどこかの教室で弁当を広げているのだろう。

「麻琴、ケイタイ鳴ってる」
「えっ、あたし?」
愛の声で我に返ると、麻琴は慌ててバッグから携帯電話を取り出した。
「吉澤先輩だ…」
ディスプレイには、”吉澤ひとみ”の文字。突如として訳もなく、不吉な予感に襲われる。
何となく憂鬱な気分になりながら、麻琴は思い切って通話ボタンを押した。
「もしもし」
『あー、骨川? おれおれ』
「!」
嫌な予感は、当たった。間違いない、と麻琴は思った。
ニュースで観た事がある、これは今巷で流行しているという新手の詐欺……確か、おれおれ詐欺、とかいうやつだ。
389 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 13:58
”あのさぁー、おばあちゃん。頼みがあるんだけど、実はオレ借金取りに追われててさあ”

詐欺師達は電話口に年寄りらしき女性が出ると、闇雲に孫の振りをしてそんな台詞を吐き、まんまと金を騙し取ると聞く。
背中を、冷たい汗が流れる。麻琴は息を呑んだ。
「あの、ど、どど、どちら様でしょうか」
『はあ? えっ、骨川だよね?』
「あ、あの、あの、あのですよぉ、あのですね、」
とりあえずは、自分が経済力に乏しい女子中学生であること、つまり、”おばあちゃん”ではないことを相手に知らせる必要がある。
「わた、私、小川麻琴といいます。14歳、中2です。えっと部活が忙しいのでバイトもしていませんし、一ヶ月のお小遣いは、」
『おい骨川! さっきから何言ってんだよ、あたしだよあたし! 吉澤だって!』
「え…?」
『ひどいなぁ、大好きなセンパイの声忘れちゃったのー? 明日からおまえのこと、スネちゃま、って呼ぶけどいいザマスか?』
「いえ…良くない、ですけど」
電話の向こうから聞こえる声は、確かにひとみのものだ。が、信じて良いものだろうか。
ひとみ自身が詐欺師である可能性も、無いとは言い切れない。
390 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 13:59
『あはっ、それママでしょ。スネ夫ママ最高だよねー』
ひとみではない別の声が、微かに聞こえる。
(あ、後藤さん…)
麻琴には、それが彼女の声だとすぐに判った。
後藤真希は、ひとみの親友であり、なつみが最も可愛がっていた後輩の一人でもあった。
なつみが部を辞めてから二人が一緒にいる場面を見たことは無いが、麻琴にとっては、
ひとみの親友である真希よりも、なつみの後輩だった彼女の方が、より強く印象に残っている。
愛に連れられて初めてラジオ体操部の練習を見に行った時、麻琴の目にまず飛び込んできたのは、なつみではなく真希だった。
一年生だからか控えめに隅の方で演技していた真希を、麻琴はすぐに見つけると、その姿に釘付けになった。
いたい、よ、まこと。いたい、ってば。
真希に見惚れていた麻琴は、気が付くと、繋いでいた愛の手を力一杯握ってしまっていた。
後藤さんは、何が楽しくてこんな事をやるのだろう。
どうしてそんなに、一生懸命になれるの?
その訳を知りたくて、体操を始めた。
愛のために、それから、なつみちゃんのために。
いつだって愛にはそう言ってきた、もちろんそれも、嘘ではないけれど。
391 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:01
『おーい骨川ぁー。聞いてる?』
「あ、すいません。何でしたっけ?」
『頼むよー』
と、呆れたようにひとみが言った。
誰かと話をしている最中につい別の事を考えてしまうのは、麻琴の悪い癖だ。
幼い頃から、何度、愛に注意されたか知れない。
『あのさぁ、あたし、部室に忘れ物しちゃったんだよね。悪いけど、持ってきてくんないかなぁ』
「いいですよ。先輩の教室に持ってけばいいんですか?」
『うん。悪いね』
「いえいえ」
自然と、声が弾んでいた。
真希に会うのは久しぶりだ。
同じ学校に通ってはいるが、廊下ですれ違ったり、ひとみと一緒のところを見かけたりすることはあっても、
ちゃんとした会話をするのは、あの小学生の時以来かも知れない。
きっと、会っても挨拶程度の言葉しか交わせないのだろうが、それでも嬉しかった。
「で、なに忘れたんですか?」
教科書か、若しくは文房具の類だろうと麻琴は思った。
午後の授業で使う何かを、ひとみは部室に置き忘れたのだろう。
『ふりかけ』
「えっ?」
思わず、聞き返していた。
ふりかけとは、あの”ふりかけ”以外に無い事ぐらい麻琴にも解ってはいた、が。
392 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:02
『お母さんが入れんの忘れやがってさー。フタ開けたら真っ白でやんの、ゴハンが。笑えるよねー。
そんなワケだからよろしく! セワシくんの予備ロッカーん中に入ってっからさ』
「ふりかけ、ですね」
『アンパンマンのやつ』
「わかりました」
『できればバタコさんがいいな。じゃ』
用件だけを告げると、ひとみからの電話は一方的に切れた。
「あいぼん」
と麻琴が呼ぶと、
「んー?」
祖母のお手製弁当を頬張っていた亜依が振り向いた。
「ロッカーの中、見てみてくんない? 使ってない方のやつ」
「えーっ、なんでー?」
「急ぐんだ」
麻琴が、ゴメン、と手を合わせると、亜依は渋々腰を上げ、ぶつぶつと何か言いながら隅の方へ歩いていく。
ロッカーと言っても戸が付いているわけではなく、棚と言った方が正しいかも知れない。
部員達は一人につき二つのロッカーを与えられているが、亜依を含めほとんどの部員は一つしか使っていないはずだった。
「げ、なにコレ。いつの間に」
中腰で棚を覗き込みながら、亜依が言った。
「なに入ってる?」
麻琴が尋ねると、
「どれどれ」
亜依はしゃがんで中を探り始めた。
393 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:03
「ハンカチ、ポケットティッシュ、割りばし、どらえもん(恋愛編)、宝くじ必勝法、ゲームソフト、ふりかけ」
「なにふりかけ?」
「アンパンマン」
「それだ!」
麻琴はふりかけの小袋を一つ受け取ると、
「あっ! あさ美ちゃーん、ゴメン、付き合って!」
「えっ……。おべんとう、これから、食べるとこだったんだけど…」
皆より遅れて弁当の包みを今まさに開けようとしていたあさ美を連れて、ひとみの教室へと向かう。
部室を出る時、予想はしていたものの、
「あさ美ちゃ〜ん。スタートダッシュおそいのは致命的だぜぇーい」
案の定、希美が毒づいた。


「高等部の教室なんて、やっぱり緊張するね」
「うん。あさ美ちゃんに付いてきてもらって良かったよぉ。一人じゃ来れないって」
「じゃあ、行こっか」
「うん」
私が、とばかりに、麻琴がドアの前に進み出る。
エアコンの無いラジオ体操部の部室とは違い、教室内は冷房中なのだろう。
閉め切ったドアをそろりと開けると、窓際の席から、ひとみが麻琴の姿に気付いて手を振った。
394 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:05
「こっちこっち」
と、ひとみが呼んだ。向かいには真希の姿もある。
麻琴は軽く会釈すると、緊張しながら、ゆっくりと足を踏み入れた。続くあさ美が、後ろ手にドアを閉める。
歩を進めるたびに、心拍数がぐんと上がるのが分かる。
真希の前に立った時には、麻琴の心臓は破れてしまうのではないかと思うほどの速さで脈打っていた。
「あ、あのっ…、こんにちは」
「あぁー。どもー」
数年ぶりに交わした会話は、実に淡白な挨拶だった。それも真希らしいといえば、らしいのだが。
「さんきゅー。助かったよ」
「あっ」
本来の目的を忘れるところだった。麻琴は慌てて、持っていたふりかけをひとみに手渡した。
「お、バタコさんじゃーん。しかも帽子被ってないバージョンだよ超レアだよー」
「よっすぃー。ダメじゃん、後輩パシリに使っちゃあ」
愛と二人で練習に通ったのは麻琴がまだ小学生の頃だから無理も無いのかも知れないが、
やはり真希は、自分の事を覚えてはいないのだろうか。
たとえ覚えていたとしても、彼女は目の前の後輩が自分に憧れてラジオ体操を始めたなどとは
露ほども知らないのだと思うと、麻琴は急に悲しくなった。
395 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:07
「違うよ、ごっちん。こいつら後輩じゃないから。心の友だから。なっ、そうだよな?」
「……はあ」
あさ美が曖昧に頷いた、その時だった。
「ごとー、できたよー」
がらがらぴしゃん、と勢い良くドアを開けて閉め、澄みきった青空のような笑顔で颯爽と現れた人物には、麻琴にも見覚えがあった。
「わー。出ちゃったよ」
抑揚の無い冷めたトーンで、ひとみが呟く。
「いちーちゃん! おはよー」
真希は彼女の姿を認めると、いきなり笑顔になった。
「ちぃーす」
ひとみの挨拶はあからさまに、渋々、という感じに見え、麻琴は内心冷や冷やした。
「できた、って何ができたのー?」
「バカぁん。ペヤングに決まってんだろー。それもただのペヤングにあらず。なんと今日はいちーちゃん特製、
ぺやんぐソース焼きそばめしチャーハンに、ぺやんぐソース焼きそばパンの2本立てだよっ! やったね!!」
「重っ…。想像しただけで胸やけが…」
言いながら本当に想像したらしい。ひとみは胃の辺りを押さえて気持ち悪そうにしている。
「あ、君らも食べてく? お昼まだでしょ」
「……はあ」
あさ美が、困惑顔で頷く。
396 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:10
「るんるん♪ タッパーに入れてきちゃったからー、フタの水滴ちょいかぶりぎみだけどー、許してねっ!」
チャーハンなら恐らく五、六人分は入っているだろう巨大な物体を、どん、と机に置くと、
少女はいそいそと包みを解き始めた。
「カップ焼きソバに一番合うのはやっぱ、わかめスープだよね!
そうそう。わかめスープに”ふえるワカメちゃん”を加えるとさらに美味しさ倍増なのはみんなも知っての通りだけど、
分量を間違えるとすごいコトになるから注意してね。
っつーか、いいかおまえら、コレだけはよーっく覚えとけ」

市井紗耶香。

「ふえるワカメちゃんは、意外と、増える」

なつみの友人である彼女はラジオ体操部にも時々顔を出しては、麻琴や愛の隣でカップラーメンをすすっていた。
並んで練習風景を眺めながら、彼女にワンタンや、ナルトをもらった事もある。
さらに、なつみの友人である彼女はまた、真希の恋人でもある、らしい。

「あ……わかります、それ。本当に、すごい、びっくりするぐらい増えますよね、あれって」
ぽつりと、あさ美が言った。
397 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:11
「つい最近のことなんですけれど…私、うどんドンベーに、ふえるワカメちゃんを入れてみたんです。
我ながら天才的なアイディアだなあ、なんて正直、必要以上に浮かれてましたっ…。
お湯を入れて、2分も経っていなかったと思います。
私がつい目を離した隙に、中からわかめがフタを押し上げて…あの、フタの上に割りばしを乗せておいたんですけど、
その割りばしもろとも、フタを持ち上げるような形で、わかめたちがモクモクと」
「ああ、それあるある。アタシもやったなぁ中2んとき」
「とりあえず、お皿で重しをしたんですけど…5分経ってフタを剥がしたら、スープが、すごい減っちゃってて」
「うんうん。想像を遥かに超えて増えるんだよねえ、アレ」
言いながら、紗耶香はしきりに頷いている。
「でも増えちゃったモンはしょーがないさっ。大切なのは、同じ失敗を繰り返さないってコトなんだから!」
「はい。失敗は成功の元、って言いますものね。次からは、ちゃんと分量を計算して入れるようにしたいと思います」
「うんっ、偉いぞ! よぉーし、さあみんな、たあーんと召し上がれっ!」
紗耶香は嬉しそうに言うと、タッパーのフタを開けた。
398 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:14
「ゴメンいちーちゃん。ごとー、お弁当持ってきちゃったよ」
「えっ…」
紗耶香の笑顔が、凍りつく。
かと思うと突然逆上し、
「おまえなあ! なんで持ってくんだよ、こんな日に限って!!」
「こんな日にってゆーか、いつもたいていお弁当だし。
あのね、こないだからもう何回も言ってるけどさあ、予告もなしに突然作ってこられてもさ、
ほとんどってゆーか100パーお弁当持ってきてるから、ごとー。
ちゃんと前もって言ってくんないと、アタシいつまで経ってもいちーちゃんの手料理、ごちそーになれないよ? わかる?」
うんうん、と、ひとみは無言で頷いている。
「おまえバカ? 予告しちゃったら、びっくりパーティになんないじゃんか!」
「びっくりパーティ??」
思わず聞き返したが、しかし紗耶香は答えない。どうやら彼女には、麻琴の声など耳に入っていないようだ。
(あっ、もしかして…英語でいうところの、サプライズパーティ、ってやつのことかな?)
”びっくりパーティ”
聞いたことがある。
どこかの国では、誰かの誕生日になると、本人には内緒で突然お祝いパーティを開催し、主役を驚かすのだという。
399 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:16
「それはそうかもしんないけどさあ、べつに誕生日でも何でもないしさ。
いちーちゃんがごとーのびっくりパーティやろうとする理由が、よくわかんないんだけど」
「おまえバカ? 誕生日とか記念日とか、びっくりパーティが行われることが少しでも予測できるような日を選ぶわけないだろ。
あのさあ、びっくりパーティの主旨わかってる? びっくりさせることが目的なんだよ?」
「でも最近多いっすよね、びっくりパーティ。こんだけしょっちゅうやってたら、ある程度予測できちゃいますよ。
あー、そろそろ来る頃かなぁー、みたいな」
紗耶香が、ぴくん、と眉根を寄せた。
「ってゆーか、ずっと聞こうと思ってたんだけど、あんた誰? びっくりパーティんときいつもいるよね」
「ひどい…中学んときから会ってるじゃないですかぁ」
ひとみが情けない声を出す。
「よっすぃーだよ、いちーちゃん」
「うん。実は知ってた。あんま生意気なコト言うから、ちょっとからかってみただけだよ。知ってるさあ、アレでしょ?
中学んとき、テニス部の石川さんに捨てられたコでしょ?」
ひとみの表情が曇る。
「…そんな情報と紐付けて覚えんのやめてください」
400 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:18
「なんなら今日からおまえのコト、『テニス』と呼んで差し上げても構わないんですけど?」
紗耶香が、冷ややかに言った。
それまで椅子にだらしなく座り、横柄に構えていたひとみは、すっくと立ち上がると、
「すいませんでした」
深々と頭を下げた。
「ねぇ、いちーちゃん。今日あいてる?」
「ゴメン、これから部活だから」
「えーっ、つまぁんない」
真希が頬を膨らませる。
あさ美は、皆に放置された紗耶香の手料理を夢中で頬張っている。
「ラーメン部って、夏休みも練習やってんですか? ずいぶん熱心ですねえ」
たかがラーメンに。そんな言葉が続きそうな、皮肉の篭った言い方だった。
さっき怒られたばかりなのに、と麻琴は思う。まったく、ひとみの言動にはハラハラさせられっ放しだ。
「だからあ、レトルト食品愛好会だっつってんじゃん!」
「いやあ、そっちは休みなんだけどね。ほらアタシ、掛け持ちしてっから」
「そーなの? そんなん聞いてないよ」
もう一つは何なんだよ、と、真希が詰め寄る。
「いやあ、最近アタシ、レトルトカレーに凝っててさ」
「…いや、答えになってないし」
ひとみが言った。
401 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:20
「解ってないなぁ、素人は。それではテニスくん、なぞなぞです。
ぼんカレーを作るのに必要なモノは、ぼんカレーとあと一つ、さて、なーんだ?」
「えっ……白いゴハン、ですか?」
「先輩、それじゃ普通ですよっ。なぞなぞなんだから、もっと突飛なこと言わないと」
「あ、そうか」
あさ美に指摘され、ひとみは照れ笑いを浮かべている。
「ポンピンポンピンポンピィーン! せーかいでぇーす」
「正解なんだ…」
なぞなぞじゃないじゃん、と、あさ美が呟く。
「校内で炊きたてゴハンをげっとする方法は、ただ一つ。この春いちーは、花嫁修業部に入部したのさっ」
「わー、似合わねー」
「そっかぁ。それで最近のいちーちゃん、カップ麺にヘンなアレンジ入れたりとかするようになったんだ」
花嫁修業部というぐらいだから、当然、調理実習も行われるのだろう。
その中で紗耶香が料理に目覚めたのかどうかは知らない、麻琴にとってはどうでも良い事だ。
ただ、麻琴は悩んでいた。言うべきか、それとも、このまま自分の胸に仕舞っておくべきか。
恐らく彼女は知らない。
校内で炊きたてご飯を入手する方法は、決して、一つではないことを。
402 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:22
「あのー、間違ってたらすいません」
悩んだ挙句、麻琴は思い切って言った。
「たしか、レトルトのご飯って、ありませんでしたっけ」
「えっ……そう、なの?」
やっぱり、と麻琴は思った。
この人は、ご飯は炊飯器か土鍋で炊く以外ありえないと思い込んでいるタイプの人間だ。
「はい。あの小川ぁ、小学校んときなんですけど、キャンプに行ったんですね。
そんでぇ、あの、ハンゴウスイサンってゆーんですかね、アレやんのめんどくさいよねーって話になって、なんか、
パックん中にご飯が入ってるやつがあるんですよ、レトルトのカレーみたくお湯で温めるだけで出来ちゃうやつなんですけど。
んで、お湯だけ沸かして、作って食べました。そんときも、カレーでした」
「そ、そんなああ…。つまりアタシの三ヶ月間は…花嫁修業部でのあの辛い修行の日々は、全てムダだった、と…」
彼女の為を思うが故のアドバイスだったのだが、当の本人は明らかに落ち込んでいる様子だ。
(どうしよう、市井さんが凹んでる…やっぱり言わない方が良かったのかも)
403 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:24
「伝統あるハロモニ女子学園レトルト食品愛好会会長ともあろう市井紗耶香が、
レトルトご飯の存在も知らなかったと世間に知れたら…落ち込んだ時や悲しい時いつも励ましてくれたキンパチ、
もとい坂本禁八先生は、こんな市井をどう思うだろう」
「あれっ? 市井さんって小学校どこですか?」
「3年B組小学校だけど」
「一緒です! あたしも、3B小なんです!」
「マジ? 奇遇だねえ」
「あたしは坂本先生のクラスになったことはないんですけど、友達とか見てるとなんかいつも楽しそうで、うらやましかったなあ」
麻琴は、紗耶香に対して急に親近感を感じて嬉しくなった。
「いちーちゃん覚えてないの? いっつも二人してさー、ランドセル背負って来てたじゃん。あんときも、3B小だって言ってたのに」
(えっ…)
思いも寄らない、真希の言葉だった。
「そーだっけ?」
「そーだよぉ」
(後藤さん……あたしのこと、覚えててくれたんだ)
嬉しかった。
今の自分はきっと誰の目にも判るくらい嬉しそうな顔をしているに違いないと麻琴は思ったが、
気持ちはこんなに弾んでいるのに、今さら真顔を作るのは無理そうだ。
404 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:26
「ああ…懐かしいなあ、キンパチ先生。
卒業式の朝、6年2組最後のホームルームで先生がくれた言葉は、今でも心に残ってるよ。
『”入”という字は、上の人が下の人に一方的に支えられて出来ている』
あれは泣いたなあ」
しみじみ言うと、紗耶香は天を仰いだ。
「どうするタケシ。何が言いたいんだかさっぱりわかんないぞ?」
「他力本願、とか、依存、とかってことでしょうか……」
「カギっ子だったアタシにカップラーメンの愉しみを教えてくれたのも、先生だった。
アタシが進路のコトや夜食のコトで悩んでるとき、彼は色んな話をしてくれて…ずいぶん、勇気付けられたな。
たとえば知ってるかな? 『赤いキツネと緑のタヌキ』の話」
「さあ…?」
麻琴が首を傾げていると、予想はしていたものの、
「知ってますよ。うどんでしょ」
案の定、ひとみが口を挟んだ。
「バカか。そんなん誰でも知っとるわ。んーなデフォルト情報ひけらかすためにイチイチしゃしゃり出てくんじゃねーよテニスはよお」
「……はぁーい」
ひとみは、しゅんとして俯いた。
405 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:29
それにしても、紗耶香のひとみに対するこの手厳しさは、一体どういう訳だろう?
麻琴が考えていると、あさ美がそっと耳打ちしてきた。
「市井さん……吉澤先輩にびっくりパーティを否定されたことが、よっぽど悔しかったんだね」
「あ、そーゆーコトか」
この恨みは根が深そうだ。恐らくひとみはこの先何年もの間、呪われ続けるのに違いない。

「むかしむかし、あるところに、一組のカップルがおりました」
紗耶香は、まるで子供に絵本を読み聞かせているかのような優しい声で、語り始めた。

「『タヌキくん、ちょっと、いいかな。話が、あるんだけど』
彼女の名は、キツネちゃん。正真正銘、メスの狐です。つまり女狐です。
『あー? 後にしてくんね?』
彼の名は、タヌキくん。くりくりとした大きなおめめの周りをぐるりと囲む黒いブチが愛らしい、どこにでもいるごく普通の狸です。
『ちょっと、何してるのよ、ねぇ』
『うっせ』
タヌキくんは、夢中で携帯電話をいじっています。
406 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:31
どうやら最近彼が、出会い系サイトで知り合った女子高生との交際に夢中になっていることに、
キツネちゃんは薄々勘付いていました。
携帯チェックはルール違反だと頭では解っていましたが、最近の彼の行動がどう見ても怪しかったので、
キツネちゃんはどうしてもチェックせずにはいられなかったのです。彼がトイレに立った隙に、やってしまいました。
オレには世間の水は合わない、と定職にも就かない彼が、一人暮らしのキツネちゃんの巣に転がり込んで、もうすぐ二年。
何度叱っても懲りずに浮気を繰り返す彼に、別れようと思ったことも一度や二度ではありません。
しかし自信家でいつもは強気な彼に、許してくださいもうしません…と涙目で謝られると、
キツネちゃんはもう何も言えなくなってしまうのでした。
『ねーぇ、タッくんったらぁ』
『っせーなあ。っつか何で今なの? おまえホントうぜーよ』
『なによ、人が真剣に話してるのに! 電源切ってよ! 私の気持ち知ってて口説いたんでしょう!?』
するとタヌキくんは、なんだか投げやりな溜め息を吐くと、面倒くさそうに言いました。
『じゃ別れる?』
407 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:33
『えっ…』
呆然とするキツネちゃんに構わず、タヌキくんは続けました。
『もともとタイプじゃなかったし付き合ってみて判ったけど、おまえとはさあ、価値観ってやつが違いすぎんだよね。
異常にピンク好きなトコとかさ、もうオレの理解できる範囲を超えてるわけ。
まぁ、そもそも? タヌキとキツネじゃあ、水と油揚げっつーか、何つーか全てが正反対だと思うんだわ。
だからこのさい別れた方が、二人のためだよ。そうだろ?』
『そんなっ、今さら…今さらなに言ってるのよバカッ! もう遅いよっ、もうぜんぶ、遅いんだよぉっ…タヌキくん!!』
『はあ? なにそれ』
『うん……実はね、今日、病院、行ってきたの』
『びょういん??』
しばらく首を傾げてキョトンとしていたタヌキくんですが、キツネちゃんの微妙な含み笑いを見たとき、
ようやく彼女の言葉の意味するモノに気が付いたらしく、
『お、おまえまさか…!』
絶句するタヌキくんを尻目に、キツネちゃんは俯き加減ではにかんだ笑みを浮かべると、言いました。
『おめでとうございます、だって。順調です、って先生が……うふふ』
『嘘だと言ってくれよ、なぁ、きつね』
408 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:36
『ねぇ私たち、今までいろいろあったけど、さ…これからは生まれてくる子供のために、二人で力をあわせて頑張ろうね。
ってやだっ、なんか照れちゃうね、こういうのっ。
もーぅ、たぬきくんももうすぐパパになるんだからぁ、いいかげん出会い系や合コンは、そ・つ・ぎょ・う・だぞっ? ねっ、パーパ♪
ってやだっ、なんか照れちゃうってばもうっ、パパとか言っちゃった! どうしよう!』
よほど恥ずかしかったのでしょう、キツネちゃんは、耳まで真っ赤になっています。
『どうしよう……どうしよう……どうしよう……』
タヌキくんの血色の良いモチ肌はみるみるうちに青ざめてゆき、ついには鮮やかな緑色になってしまいました、とさ。
めでたし、めでたし!
という民話を元に作られたのが、『赤いキツネと緑のタヌキ』なんだって」
「へぇー。そうなんだあ。へぇー」
「……へぇー。緑ってちょっと無理あるけど、へぇー」
「へぇー。いちーちゃんって物知りだよねぇー。へぇー」
「お前ら。先輩だからって気ぃ使ってんのか、本気で信じてんのか、どっちだ」
ひとみが言った。
麻琴は、少なくとも私は坂本先生を信じてあげたい、と思った。
409 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:37

「ねぇねぇ、いちーちゃん、コロッケ食べる? もちろん冷凍食品だけど」
「ごとー!」
歓喜の叫びとはこういうのを言うのだろうな、などと考えながら、麻琴は仲の良い二人の様子をぼんやりと眺めた。
結局、紗耶香の作ってきたチャーハンと焼きそばパンは、麻琴とあさ美で片付ける羽目になりそうだ。
(お弁当、持ってきてるのにな…やだなぁ)
あさ美も自分と同じく、さぞかし浮かない顔で箸を動かしていることだろうと思い、ちらと隣を見ると、
「結構、いけますよね、コレ。先入観で、ちょっと、しつこいんじゃないかなぁなんて思ってたんですけど、これが意外と」
「あたしは…いいや。なんかもう、先入観でおなかいっぱいだもん」
ひとみが断ると、あさ美は心底残念そうに、美味しいのに…と呟いた。
「ごとーさぁ、最近のお弁当は冷凍モノばっかだよ。なんか、そっちのが美味しいよーな気がしてきたってゆーか」
「だろぉ? あぁ、このすっかり冷めた衣のフニャフニャ感が何とも…イイね!」
「なんか、こっちのがいちーちゃんも喜んでくれるしさぁ…ホント自分で作んのがバカらしくなってきちゃった」
410 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:39
「だろぉ? だから言ったじゃん。レトルトさいこー」
「レトルトさいこー」
「あああ、出逢った頃はあんなに家庭的だったごっちんがあぁ……」
涙目で嘆くひとみとは対照的に、紗耶香はコロッケを頬張りながら満足そうに微笑んでいる。
堕落してゆく親友の姿を、側にいながら見守ることしか出来ない気持ちって、どんなだろう、と考えてみる。
たとえば愛に好きな人が出来たとして、その人が、君の手作りコロッケより冷凍のカニクリームコロッケの方が美味しいよ、
などと言い出したら…素直な愛の事だ、即刻コロッケ作りを止めてしまうだろう。
(いや待てよ。そんなんじゃ、そんなんじゃ終わんないよアイツは…!)
真っ直ぐすぎる彼女の事だ、冷凍のカニクリームコロッケを自分で作ると言い出すに決まっている。
食品会社に就職? いや、それならまだ可愛い方だ。
素材からいくな、と麻琴は思った。カニだ。カニ漁。まずはそこからだ。
それから次は…と思ったが、麻琴の想像力には限界があった。
カニの次は何を集めれば良いのか、見当もつかない。
麻琴は思った。
カニクリームコロッケの、クリームの部分は、いったい何で出来ているの?
411 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:42
「国境を越えて万人に受け容れられる、無難な味付けの数々。
手作りでは出せないあの無難さが、レトルト食品最大の魅力なのさっ」
「そうだよねぇ。きっとどんな人が食べても、そこそこ美味しいと思えるんだろうね」
「そうさあ。けっ、森のキノコと何とかのナンチャラカンチャラ風? ハッ、そんなモン! スパゲティはナポリタンで十分!!」
一体何が彼女をこんな風にしてしまったのか、麻琴に知る術は無いが、くれぐれも健康にだけは気をつけて欲しいと願った。

「そうだ。コロッケのお礼にいいこと教えてあげるね、ごとー。
なぞなぞです。人間が生きていくために、必要不可欠なモノが三つあります。さて、なーんだ」
「んー、わかんなぁい」
「おまえなぁ。あきらめ早すぎだよぅ、しょーがないなあ。答えはコレだっ。
人が生きていく上で必要な三つのアイテムとは、レンジとやかん、そして最後のひとつは……愛、でした」
「よかったね、いちーちゃん。ぜんぶ持ってんじゃん」
「あ、ほんとだ! なんて運が良いんだろうアタシって!」
「ハイ、あ〜ん」
「あ〜ん」
紗耶香はミートボールを口に入れてもらうと、幸せそうに笑った。
412 名前:<第19話> 投稿日:2003/10/18(土) 14:44
「先輩、気付いてしまったのですが」
「どうした剛田。言ってみろ」
「あの人……電気とガスが止まったら、即死です」
ああ、と麻琴は思った。
哀しいけれど、電気とガスが止められた部屋で電子レンジとやかんは何の役にも立たない、ただの鉄くずだ。
「骨川、お前ひとっ走り行って今すぐ二つとも止めて来い」
「えーっ」
「さあテニスっ。いちーちゃん特製ぺやんぐソース焼きそばパンだよ。お食べ?」
あさ美でさえも手を付けられずにいた物体をひとみに差し出すと、紗耶香が言った。
「は、はい…」
無造作に二つ折りにされた食パンの、合わさった耳の間から、乱暴に詰められた焼きそばが無遠慮にはみ出し、今にも零れそうだ。
「パンに焼きソバ挟んだだけじゃんか…しかもバター塗ってんじゃねーよ…最低だコレ…」
ひとみが呟く。その目には、うっすらと涙が滲んでいる。

「どお? テニスちゃん美味しい?」
一体、何が彼女をこんな風にしてしまったのだろう。

(坂本先生のせいだったりして)

気のせいだろうとは思ったが、麻琴は、少なくとも自分は彼に悩み相談などしなくて良かったと、胸を撫で下ろすのだった。
 
413 名前:すてっぷ 投稿日:2003/10/18(土) 14:48

感想、ありがとうございます!

>382 名無し読者79さん
主人公含め人間関係が複雑になりつつありますが、見届けてやってくださいませ。
プーさんたちは、恐らく最後列の辺りを集団で占領してると思われます(笑

>383 名無しさん
主人公と宣言しなければ誰も気付いてなかったんだよなーとか、今さらながらに後悔してたり(笑
恐らく、これから少しずつ主役らしくなっていくことでしょう(弱気)

>384 名無し娘。さん
脱線具合からいくと、今回の19話がダントツかなって出来になってしまいました。長いし。。
ちょっと進んだからといって、油断は禁物です(笑)

>385 名無し読者86さん
後で使えると良いなぁぐらいの気持ちで振ってる場合がほとんどなので、
フリっぱなしで拾わないネタも多々あるかと…ご注意を(笑
辻さんはどこで道を間違えたのか、すっかり毒キャラに。

>386 ごまべーぐるさん
坂本先生に気付いてくれてありがとうございます(笑
同じくラジオ体操シーン、妙に嬉しかったです。
414 名前:名無し読者79 投稿日:2003/10/18(土) 16:22
テ、テニス…赤いきつねと緑のたぬき…(笑
坂本禁八先生は、他に何を教えたんだろうか…。
おもしろいです。なんか小ネタ満載で。
前、「FUN」で発言していたのも入ってますよね。
おいしいのだろうか、市井ちゃん。
415 名前:名無し 投稿日:2003/10/18(土) 18:46
すてっぷさんのいちごま懐かしいな。「後藤」vs「桜前線」以来かな。
っていうか市井さん自体がレアだもんな……。
合掌
416 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 19:11
怪しい・・・怪しすぎる・・・w
417 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 10:59
さ、3年B組小学校!?
ここまで一クラスがひいきされた学校が…。
小学生にして人生の主役、脇役が決定ですね?w
418 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003/10/20(月) 14:12
>3年B組小学校
どこからツッコめばいいですか(w?

そしてキましたね、ペヤング市井。
後藤とのバカップルぶりがらしいですね。
私はこれまでペヤングを食べたことがなかったのですが(というか、関西では売ってるのを見たことないです)、
この作品を読んで無性に気になって東京で初めて食べますた。
すてっぷさんのおかげです。どうもです。


419 名前:もんじゃ 投稿日:2003/10/20(月) 23:53
本編から横道それまくり。
トリビア的な情報で無駄に胸がいっぱいです(笑)
個人的には、セワシくんのロッカーの悲劇がキました。
420 名前:名無し読者86 投稿日:2003/10/21(火) 15:09
更新お待ちしていました。
普段食べ慣れてなんの感慨もなくなってしまった
レトルト食品もすってぷフィルターを通して
みると、あら不思議w
自分も電気とガス(水道も必要かとw)
止められないよう頑張らねばと思った次第です。
では次回更新も楽しみにお待ちしています。
421 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/10/24(金) 12:12
キツネは梨華ちゃんだったんですね
セリフは、しゃぼん玉が元ネタ?

続き楽しみにしています
422 名前:すてっぷ 投稿日:2003/10/26(日) 22:09
感想、ありがとうございます。

>414 名無し読者79さん
いろいろ詰めすぎてムダに長くなってしまった気もしますが…お付き合いいただき、感謝です。
FUNネタ、あんまり旬でもないけどせっかくなので使ってみました(笑

>415 名無しさん
そうですね。市井が名前だけとかでなく、ちゃんと登場しているのは、あの作品以来かと。
今回のは、いちごまと呼ぶのには少し申し訳ない気もしますが(笑

>416 名無し読者さん
誰が?というのは愚問ですかやはり…(笑

>417 名無し読者さん
ここまで来たらもう、何でもアリの方向で。ちなみに、クラス名は数字なので、
実は3年B組小学校に「3年B組」ってクラスは存在しないという…心底どうでもいい情報でした(笑
423 名前:すてっぷ 投稿日:2003/10/26(日) 22:12
>418 ごまべーぐるさん
>3年B組小学校
普通だれか突っ込むだろーってカンジですが、今回の面子にそれを求めるのは酷というもの(笑
満を持して(?)登場のぺやんぐさんは、これからもひょっこり顔を出す予定ですので。
ちなみにペヤングのCMにはあの座布団運びの山田くんが、二人羽織の『後ろの人』役で出演されてます。

>419 もんじゃさん
トリビアと違い、明日使えないニセ知識ばかりなので、ご注意を。
というかもう、一体何が本編なのやらさっぱり(笑)

>420 名無し読者86さん
同じく電気ガス&水道(笑)まで止められたら即死タイプの人間なので、お互い頑張りましょう。
ちなみに、うどんドンベエの悲劇は、作者のごく最近の実体験に基づいてたり(涙。。

>421 捨てペンギンさん
どうもです。台詞の元ネタは仰るとおりなのですが、あくまで、
どこにでもいるごく普通のタヌキとキツネのお話ですよ?(と言い張ってみる)
424 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/24(月) 03:42
保全
425 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:39

『ってゆーか愛、驚きすぎだってー』
受話器越しに、幼馴染の楽しげな笑い声が聞こえる。
「だってぇ」
『先輩聞いたら絶対怒るって』
麻琴はまだ笑っている。
愛はベッドにどさりと腰を下ろすと、
「麻琴、笑いすぎ!」
両足をバタつかせて言った。

どうしたらいいと思う?
相談を持ち掛けたのは、愛の方だった。
夏休みも二週間を過ぎ、10月の大会まで日が無いというのに、未だなつみを説得できずにいる事に焦りを感じていた。

吉澤先輩に説得してもらおう。
悩んだ末に麻琴が出した提案は、愛を奈落の底に突き落とし、ようやく発した声は天界まで届くかと思うほど素っ頓狂に裏返った。
吉澤先輩に!?
まさか。なぜ。よりによって。
混乱する愛に麻琴が付け加えた理由は、ひとみがラジオ体操部時代のなつみをよく知る人物だから、というものだった。
彼女の言い分は、ある意味では正しい。しかし愛は素直に頷くことが出来なかった。
確かに、相手が吉澤ひとみでなければ、麻琴の意見に反対する理由は一つも無い。
しかし、相手は吉澤ひとみなのだ。
426 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:41
『頼んでみる価値あると思うけどなー。吉澤先輩ってさ、ああ見えて意外と頼りになるトコあるし』
大笑いしていた麻琴がようやく立ち直ると、言った。
「たとえば?」
愛が尋ねると、
『………』
数秒とも、数時間とも思える張り詰めた沈黙の後、麻琴は、
『ほ、ほら、三人寄れば何とかって言うじゃん。一人より二人、二人より三人だよ』
明らかに苦し紛れの発言だった。
既に麻琴の中で、三人目がひとみである必要は無くなっているらしい。
「麻琴、いま思いつかんかったんやろ」
『………』
沈黙は一瞬にも、永遠にも思えた。

「でも、他に思いつかないもんね。しょうがないから一応、頼んでみよっか」
『そうだよ、他に思いつかないし! しょうがないから頼んでみようよ!』
これほどまでに後ろ向きな理由で依頼されるとは、当の本人もまさか思うまい。
そう考えるとひとみが少し不憫に思えたが、こればかりはどうしようも無い。
だって、自分の心に、嘘は吐けないから――。
427 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:44
『じゃあ、明日ね』
「うん。おやすみ、麻琴」
『おやすみ』
微かな吐息が聞こえ、しかしほんの少しの沈黙の後、電話は切れた。
麻琴は、何か言おうと口を開きかけて止めたようだった。
自分がそうしたように、『おやすみ』の後に愛の名前を続けようとしたのかもしれないと愛は思った。
今電話を切ったばかりの麻琴の照れた表情を想像して、微笑む。
幸せとは、例えばこんな瞬間の事を言うのかも知れない。
(おやすみ…麻琴)

「れでぃーす、えーん、じぇんとるめーん! イッツ・ショーターイム!!」
愛が、手にしていた子機をテーブルの上に戻そうと身を乗り出した時だった。
唐突に開け放たれたドアの向こうに、笑顔のなつみが立っていた。
「…は?」
わたしの部屋に入るときはノックしてよ。
なつみと暮らし始めて五年、何度同じ台詞を言ったかわからない。
「なんちゃってね。ほら愛、カフェオレ入ったよー。飲みな?」
「ありがとう。でもおねえちゃん、部屋に入るときはノッ」
「ねぇねぇ聞いてよ愛! 今日はいつもよりおいしくできたんだよー?」
しかし、この無邪気な無神経さが、なつみの魅力でもあるのは確かだった。
428 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:46
「あいー、ちゃんと勉強してる? 夏休みだからって、ろまんてぃっく浮かれモードなんでない?」
「べつに、浮かれてなんか…ちょっと電話してただけだもん」
麻琴との電話に浮かれていた事実を誤魔化すように、愛はテーブルに置かれたマグカップに手を伸ばした。
「いただきまーす」
「コラっ! 愛!」
なつみが突然、鋭い声を上げた。
「えっ」
何が起こったのか解らずきょとんとする愛に顔を近づけると、なつみが言った。
「今のは誰に対する、”いただきます”?」
「はぁ?」
誰に対する『いただきます』、だと?
こいつ気でも違ったか、と愛は思った。なつみは一体、何が言いたいのだろう。
「誰って……おねえちゃん」
「違うでしょ! おねえちゃんにじゃなくて牛さんにでしょ! 牛さんに、”いただきます”でしょ!」
「えーっ……」
なつみが牛を敬愛している事は知っているが、牛に対して特別な想いを寄せるなつみの行き過ぎとも思える言動に触れる時、
愛は彼女に悪いと思いつつ引いてしまう自分を抑える事が出来ないのだった。
429 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:49
「牛さんはね? 自分が産んだ仔でもない愛のために毎日毎日、お乳を搾り出してくれているんだよ?
ねぇ、考えてもごらんよ。愛が美味しい牛丼やステーキをおなかいっぱい食べられるのはぜーんぶ、牛さんのおかげなの。
だからね、愛がハンバーグや生姜焼きを食べるときは、牛さんありがとう牛さんいただきます、
ってそーゆー感謝の気持ちを込めて、”いただきます”って言わなくちゃいけないんだよ? わかった?」
「しょうが焼きは豚肉だよ、おねえちゃん」
「コラっ。口答えしない!」
人差し指を愛の眉間に当て、めっ、とやる。
「はあーい…」
愛は渋々頷いた。彼女には何を言っても無駄だ。
「牛さん、いただきます」
「はい。よくできました」
なつみが満足げに頷いたのを確認すると、愛はようやくカップに口をつけた。
ほっと息をつく。
温かい液体が、冷房の効いた部屋で冷え切っていた体に染み渡っていく。

(あれっ?)

「おねえちゃん…コレ、牛乳の味しかしないけど」
愛の記憶では、確かなつみは”カフェオレが入った”と言っていた筈だ。
430 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:51
「でしょでしょっ? ねっ、絶妙でしょ?」
愛は首を傾げた。
カップの中の液体をまじまじと見つめる。
確かに、目を凝らせば僅かながら白以外の色が混じっているように見えなくもない。
果たしてコーヒーが入っているのやらいないのやら、なつみは”カフェオレ”と言われなければ間違いなく
万人にホットミルクとして飲み過ごされるであろうその微妙な味加減をして、”絶妙”と言っているのだろうか。
「牛乳の比率高すぎ」
「なに言ってんの愛ー。牛乳はカラダに良いんだよ? そうだ、明日もまた作ってあげるね!」
「牛さんありがとう」
彼女には何を言っても無駄だ。こと、牛に関しては。
 
431 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:53

――

「しょーがねえなぁ。そっかそっか、やっぱ最後はオイラの出番かー。だと思ったよ。むしろ遅すぎるぐらいだね」
翌日、二人の予想通り、ひとみは愛の申し出をあっさりと引き受けた。
「あの、先輩は知らんかもしれんけどぉ、今のなつみおねえちゃん、そうとう手強いってゆーか……
わたしと麻琴が説得しても、ぜんっぜん聞いてくれんし」
「手強い、か」
そう言うとひとみは、ふっ、と不敵に笑った。
「高橋。お前、何年なつみ先輩のイトコやってんだよ」
「えっ、えっと、15年ぐらいです」
「15年も親戚やってて情けねー。恥ずかしくない?」
愛はたまらず俯いた。
ひとみに言われずとも、自分の不甲斐なさは痛いほど解っていた。
「先輩! そんな言い方って!」
愛の気持ちを察したのか、麻琴が声を荒げる。
「麻琴やめて。いいよ、ホントのコトだもん」
麻琴はまだ何か言いたそうにしていたが、愛の言葉に渋々引き下がった。
すると自分が招いた気まずい空気を取り繕うように、ひとみが口を開いた。
「ゴメン。言い過ぎた」
愛が首を横に振ると、
「まぁアレだよ。今のは単なる憎まれ口じゃないってコトさ」
432 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:55
「憎まれ口じゃなきゃ何なんですか」
温厚な麻琴にしては、珍しく反抗的な物言いだった。
場違いな感情だと解ってはいたが、愛は彼女が自分の為に怒っているのだと思うと素直に嬉しかった。
「ホームラン宣言みたいなモンだね。なつみのコトならオレに任せろとゆー、オイラの溢れんばかりの自信がそうさせたのさ」
「はぁ…そんなに仲良かったんでしたっけ?」
半信半疑に尋ねる。
愛の記憶ではなつみの現役時代、彼女の口から語られるのはひとみよりもむしろ、
同じく部の後輩だった後藤真希の話題の方が遥かに多かった気がするが、
幼い頃の記憶なのであまり当てにならないのも事実だ。
「何を隠そう、うちらは一卵性ソーセージと呼ばれてたんだから。わかる? 卵とソーセージ。つまりすごく相性がイイってコト!」
「は? たまご? ソーセージ??」
麻琴は怒りも忘れ、すっかり混乱しているようだった。
「もしこの世に梨華ちゃんがいなかったら、付き合ってたね。それはもう、間違いない」
「おねえちゃんに選ぶ権利はないんですか」
水を注さずにはいられなかった。先輩といえど、なつみの名誉を傷つける者はたとえ誰であろうと許さない。
433 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/29(土) 23:58
「だったらなつみちゃんが辞めるって言ったとき、何で止められなかったんですか?」
「うっ…!」
麻琴に痛い所を付かれ、ひとみは言葉を詰まらせた。
「るっせーなあ。そこいらへんのアレコレはイロイロとだなあ、複雑な事情やら何やらがモロモロとあったんだよ察しろよ」
「要は説得できなかったんでしょ…」
「るっせーなあ」
愛に指摘されると、ひとみは不貞腐れた。

「とりあえずダメもとでお願いします先輩」
愛は深々と頭を下げた。
「大丈夫ですよ先輩。失敗しても責めませんし。そもそも期待してませんから!」
ひとみにプレッシャーを掛けまいという配慮からか、麻琴が明るく言った。
「お前ら…それが他人に物を頼む態度?」
昼下がりの部室、ひとみの呟きが騒々しい蝉の声に掻き消される。

「で、いつにするよ?」
「これから大丈夫ですか?」
愛が問い返すと、
「えっ。きょっ、今日? 今日やんの? えっ」
心の準備が出来ていなかったのか、ひとみは急にうろたえた声を出した。
434 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/30(日) 00:00
「さっき家に電話したら居たから、ちょうどいいかなって。今日は酪農同好会の練習、お休みなんです」
「そう、なんだ…そっか、今日か」
「ダメですか?」
不安そうな麻琴が、上目遣いに尋ねる。
「えっ。いや、ダメじゃないよ、うん。ぜんぜん、ダメじゃないし」
幾らか平常心を取り戻したらしいひとみは、胸に手を当ててブツブツと何か言っている。
「やっぱり、また今度にしましょうか」
「いやっ! だいじょーぶ!」
ひとみは愛の提案を一蹴すると、強気に言った。
「この中でなつみ先輩のコトをイチバンよくわかってんのは間違いなく、あたしだから。
大船に揺られてるつもりで、どーんと任してくれよ! なっ!」
「は、はあ…」
大船には、乗りたいが、揺られるつもりは毛頭ない。
愛の胸に、激しい後悔の波が押し寄せる。
(大丈夫かなぁ…)
「っしゃあ、行くぞお前ら! 打倒なつみだっ!」
明らかに空元気だと、きっと麻琴も気付いているに違いなかったが、二人が頼れるものはもう何も無い。
「早くおいでよ。えっなに、二人ともついて来てくれるんだよね? ねっ、ねっ?」
この頼りない先輩を頼るより他には。
435 名前:<第20話> 投稿日:2003/11/30(日) 00:03

「いらっしゃいませ」
「なぁ高橋ぃ。なつみ先輩って甘いモノ好きだったよね? ねっ、ねっ?」
「はあ…好きですけど」
「じゃあ、えっとぉー、ミルフィーユとー」
「先輩…。打倒なつみのわりに手土産持参ですか…なんか自信なさげに見えちゃいますよ、ねぇ大丈夫ですか?」
「ははは骨川。バカだなぁ。この手土産はべつに、自信の無さの表れじゃないよ? むしろオイラの懐の深さを表してんだ安心しろ」
(大丈夫かなぁ……)


「……先輩。いつまでそこに突っ立ってる気ですか」
「……先輩。日ぃ暮れてまうて」
騒がしい蝉の声はいつしか、ミンミンゼミからひぐらしに変わっていた。
高橋家の門前には、棒立ちで二階の窓を見上げているひとみを呆れ顔で見上げる二人の姿があった。

「あぁあー、憧れのヒトに会うのって、メっチャメチャ緊張するよねぇー」
「「先輩」」
(大丈夫かなぁ………)
 

436 名前:すてっぷ 投稿日:2003/11/30(日) 00:07

保全してくれた人、どうもです。
お待たせしてしまって、すみません。。
437 名前:名無し読者79 投稿日:2003/11/30(日) 09:59
今回もおもしろいですねーいやー吉澤先輩…(笑
二人とも頼りにしてない!ってとこもかなりツボです。
笑いがとまらないです本当。更新お疲れ様です。
次回も頼りなげな先輩期待してます(爆
438 名前:名無し 投稿日:2003/11/30(日) 18:32
俺にはわかる。
吉澤さん絶対ダメだ。物凄い勢いでダメだ。
439 名前:もんじゃ 投稿日:2003/12/01(月) 01:14
お疲れさまです!

438さんは超能力者だと思う。間違いない。
そして三人寄れば、というフレーズにミラクルを感じました。
続きを楽しみにしてます♪
440 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/12/02(火) 19:14
待ってた甲斐がありました
すてっぷさんの描くよっすぃーは最高です
441 名前:すてっぷ 投稿日:2003/12/08(月) 23:12
感想ありがとうございます!

>437 名無し読者79さん
どうもです!頼りなげな先輩は、主役をすっかり差し置いて目立ってる始末ですが…
次回もいろんな意味で期待を裏切らない活躍をしてくれる予定です(笑)

>438 名無しさん
予言ついでに、この物語の行く末も占ってもらいたいぐらいで(笑

>439 もんじゃさん
ありがとうございます。(遅レスですが…)同じくミラクル感じました。
ある意味(←強調)、通じ合っているのかも知れませんね?(笑

>440 捨てペンギンさん
お待ち頂き、どうもです。
次回はよっすぃーメインになる予定です。お楽しみに…(笑)

白で新作始めたので、よろしければ。
こっちはしばらく更新できないかも…すみません。。
442 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 11:58
待ってます
443 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:13

吉澤ひとみは緊張していた。
これほどの緊張感は、ひとみが13歳の頃、当時のクラスメイトだった柴田あゆみとのポーカー十番勝負に全敗した
梨華の代わりに、遊園地のバンジージャンプを跳んだ時以来かも知れなかった。

(このドアの向こうに、なつみ先輩がいる)

会いたい、はずなのに。
あともう数センチ先のインターホンを押せない自分がいる。
一体何が、この指を躊躇わせるのだろう?

(きっと、好きすぎるせいだな)

ふっ、と自嘲気味に笑う。
ひとみの脳裏に、あの頃の二人がまるで昨日の出来事のように蘇る。
ひとみがいつも追いかけていた、あの天使のような微笑み――。
 
444 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:14
『なになに? わっ、杏仁豆腐だっ! 杏仁豆腐だよ、よっすぃー! なっちねなっちね、合宿の晩ゴハンとかぜんぜん期待してなかったのね。
だからさぁ、だからねっ、まさかデザートまであるなんて思いも寄らなかったもん! すっごぉーい、おいしそうだよ! ねぇねぇ、よっすぃー!』
『コレ、良かったらあたしの分も食べてください』
『いいの!? なっち食べていいの!? だってよっすぃーのじゃん、コレ!』
『はい。吉澤はもう…(先輩の笑顔で)おなかいっぱいですから』
『うそっ。うれしい、ありがとうよっすぃー! ねぇねぇごっつぁん、コレ二人で分けよっ? ねぇ、ごっつぁんってばー』
夏合宿の夜、デザートの杏仁豆腐にはしゃぐ、なつみの笑顔。

(今思い出しても、癒されるなあ…)

『うわは、寒ぅっ…。この冬イチバンの寒さとか言ってたけどホント、梨華ちゃんのギャグより冷えるわ今日は。ブルブル…』
『よっすぃー。ダメだよ、こんのくらいの寒さでヘコタレてちゃあ。室蘭の冬はもっとずっとぎゅーっと厳しいんだからねっ!』
『せ、先輩…! ノースリーブっ!?』
『今年はなっちもさあ、モニフラ中学の矢口真里っぺを見習って、せくしー路線で行こうかと思ってさっ。どう、よっすぃー?』
『(セクシーな先輩も素敵ですが)吉澤的には、厚着してる先輩の方が先輩らしくて……好きです』
『と思ったけどやっぱ寒いからトレーナーにしよっと。室蘭も寒いけど、東京だって冬は寒いもんねっ。ねぇねぇ、ごっつぁん知らない?』
あのときの彼女はまるで、真冬に咲いた向日葵のようだった。

(なんであんなにカワイイかなぁ)
こればかりはどんなに頭の良い探偵さんでも永遠に解くことの出来ない謎だと、ひとみは思うのだった。
445 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:17

「もう待っとれんわ」
「あっ…!」
ひとみが止めるより一瞬早く、愛がインターホンを押した。
軽薄な電子音が虚しく響くと、ひとみはますます落ち着かなくなった。

「やばいよ、やばいって骨川。なつみ先輩が、なつみ先輩が来ちゃうじゃんかよ」
「そりゃ来ますよ」
「逃げよう」
「ダメですよ、今逃げたらピンポンダッシュになっちゃうじゃないですか」
麻琴の腕を振り切って逃げ出そうとすると、
『はい』
インターホン越しに懐かしい声が聞こえて、ひとみは足を止めた。
「あー、おねえちゃんただいまぁ」
愛が応える。
『あいー。ちょっと待っててね、今開けるよぉ』
「先輩。もう逃げられませんからね」
麻琴が、ひとみの腕を掴む手に力を込めた。
「わかった」
もう逃げない。逃げられない。
なつみの声を聴いた瞬間から、ひとみの体は磔にされたように、そこから動けなくなっていた。
446 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:19
「おかえりー。あ、今日は麻琴も一緒なんだ。おやつ食べてく? 麻琴」
「うん。おじゃまします」
「にしても愛、遅かったじゃん。どしたの? 今日は早く帰るって言ってたのに」
「ああ、学校出たんは早かったんやけどぉ……ちょっとね」
視線を泳がせながら、愛が答える。
遅くなった理由をはっきりと告げないのは、不甲斐ない自分への気遣いだろうかとひとみは思った。
「あーっ! さては愛、渋谷だの原宿だの東京タワーだの繁華街ウロついてたんでしょっ!
ダメだよ〜。愛みたいな田舎モンがあんなトコでウロウロしてたら、悪い人にさらわれちゃうんだからねっ!」
「誰が田舎モンやって!? おねえちゃんの方こそイモっ子やろ! だいたい、北海道とか行ったコトないくせに何で訛っとんの」
「訛ってねぇっしょ〜! おねえちゃんのドコが訛ってんのさ! っていうか『イモ』って、そりゃちょっと酷いんでないかい?」
「もう、二人ともいきなりケンカしないでよぉ」
麻琴が仲裁に入ると、二人ともばつが悪そうに俯いた。
「今日は大事な用があって来たんだから…って、あれ? 先輩?」
麻琴が辺りをキョロキョロと見回しているのを、ひとみは庭先に咲いている朝顔の蔓の隙間から覗いていた。

『小学二年生じゃあるまいし…』
中一の夏、夏休みの自由研究のテーマを『朝顔の観察』に決めた梨華に向かって思わず呟いてしまった一言を、
ひとみは思い出していた。
447 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:21
『違うもん! 二年生は向日葵だもん! 朝顔は一年生ですうー!』
負けず嫌いな梨華に、ひとみは売り言葉に買い言葉で、
『そっちはそうかも知んないけどー。うちの学校は一年が向日葵で二年が朝顔でしたあ。嘘だと思うならごっちんに聞いてみれば』
不確かな事実を口走ってしまっていた。梨華ちゃんがマジでごっちんに聞きに行ったらどうしよう、と、内心ヒヤヒヤしながら。
『なによっ。何かと言えば、ごっちんごっちんって。そりゃあ私は、よっすぃーの子供の頃とか知らないよ、知らないけどぉっ……ぐすっ』
『……ゴメン。本当は、よく覚えてないんだ。朝顔も向日葵も、観察日記はお母さんにやってもらってたから…』
ひとみが謝ると梨華はようやく機嫌を直し、夏休みになったら二人で朝顔の観察日記をつけようと約束した。
しかし、休みに入るとひとみはラジオ体操に没頭し、梨華との約束が果たされることは無かった。
(観察日記、一緒にやってあげればよかったな…)
世の子供たちが、ああぼくのところへもネコ型ロボットが来てくれたなら……と心から願うのは、
夏休みが終わったのに宿題が終わっていない事に気付いた瞬間に続いて、きっとこんな瞬間に違いない。
タイムマシンに乗って、中一の夏をやり直したい。
いやむしろ、小学生に戻って『朝顔の観察』が一年生の宿題だったのかそれとも二年だったのかを確かめたい。
欲しい。焼け付くほどに、おまえが欲しい。
ひとみは今誰よりも、ネコ型ロボットを渇望している。

「今度逃げたら埋めますよ」
頭上から聞こえた声にハッとして、恐る恐る顔を上げると、
「ほっ、骨川…!」
「朝顔の肥料になりたいんですか? 先輩」
もっとも、お前を埋めた跡には草も生えんだろうがな。
そんな皮肉が続きそうな、冷酷な笑みだった。
ひとみは観念すると、ようやく、なつみの前に立った。
448 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:24
「よっすぃー! どしたのー? めずらしいじゃんよぉ、よっすぃーが来るなんて。あっ、そっか、みんな部活で一緒なんだよね!」
憧れ続けた人がたった今自分の目の前にいる幸せを、あの頃の自分は当たり前にしか感じていなかった。
ひとみにはそれがどれほど愚かな事か、三年の時を経てようやく解った気がした。
「…先輩。お久しぶりです、吉澤です」
”なつみ”先輩とは呼べず、先輩、としか言えなかった理由は、自分でも解らなかった。
照れなのだろうか。それとも、畏れ?

「やぁだもー、なにかしこまってんのー。懐かしいなあ。練習中に揚げパン食べ過ぎて病院に担ぎ込まれたの、よっすぃーだったよね?」
「違いますっ! あたし、そんな喰いしん坊じゃありません! それは、の…」
練習中に揚げパンを食べ過ぎて病院に担ぎ込まれたのは当時見学に来ていた希美だったと、ひとみには確信があったが、
彼女の名誉のために実名は伏せるべきだと思った。
「T.Nさんです。名字が先か名前が先かは聞かないでください。それ言うと判っちゃいますから」
「えーっ。違ったっけー? まあいいや。そんな細かいコト、気にしない気にしないっ! ねっ!」
「気にしてくれー」
抑揚の無い声で言いながら、ひとみは、彼女の脳内には一体どれほどの自分に関する間違った情報が
記憶されているのだろうかと思うと、薄っすら意識が遠のいた。
449 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:25
「あの、な…つみ、先輩」
ひとみは緊張しながら、ようやくそれだけ言った。
「ん?」
なつみが上目遣いにひとみを見、小さく首を傾げる。
子犬のように澄んだ眼差しは、あの頃と少しも変わっていない。
「あ、の…コレ、おみやげですっ!」
予想外にときめいてしまっている自分を誤魔化すように顔を伏せると、ひとみはなつみに手土産を差し出した。
「えっ、なになに!? いいのいいの!? コレなっちもらっていいの!? やったぁー! 杏仁豆腐? ねぇ杏仁豆腐?」
箱を開けてもいないのに中身を何故か杏仁豆腐だと早合点したらしいなつみが、はしゃいでいる。
「いえ、あの…杏仁豆腐では、ないです」
なつみに答えると、ひとみは唇を噛んだ。
なぜだ。自分はなぜあのとき、杏仁豆腐を買わなかったのか。
「えっ、えっ、じゃあなんだろー? 開けてもいい? ねぇ、開けてもいい?」
「あ、はい。どうぞ、開けてください」
なつみは箱の中身が杏仁豆腐ではないと知っても落ち込んだ様子は無く、むしろ予想外の出来事に
一層はしゃいでいるように見える。
「じゃあ開けまーす。ジャーン! えっ。わっ! ケーキ? ケーキ! ケーキだっ!!
ミルフィーユとか…あっ、イチゴショートもあるよぉ! 良かったねえ愛、ほらほら、イチゴだよっ」
「知ってる…。買うとき、一緒にいたから…」
「なつみちゃん、杏仁豆腐好きだったんだね。知ってたら、そっちにしたんだけど」
「ううん。違う違う麻琴。なっちは杏仁豆腐なんかより、ミルフィーユの方がずっと好きっ」
「なつみ先輩…」
(なんて優しい…)
見え透いた嘘が、彼女の口から発せられるとまるで天使のお告げのように聴こえる。それが、なつみなのだ。
450 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:28
「ありがとう、よっすぃー」
「や…どういたしまして」
ぎこちなく会釈して顔を上げると、目の前には太陽のような向日葵のような天使のような、曇りの無い笑顔。
あの事件以来、彼女と学校で擦れ違ったり駅のホームで見かけたりする事はあっても、これほど間近で向き合うのは初めてだった。
「ねぇねぇ、早く食べよ? ほらほら、みんな上がって。ねぇみんな入んな? ねっ?」
ひとみが躊躇している間に、愛と麻琴は既に玄関で靴を脱ぎ始めている。
「ほらほら、よっすぃーも」
なつみに手招きされて玄関に踏み入ると、
「あっ、でも……」
ひとみのためのスリッパを出してしゃがんだ姿勢のまま、なつみが呟いた。
「なつみ先輩?」
「こんなトコで開けちゃった…こういうのって、お客さんに対して失礼だよね」
独り言のように呟くと、なつみは顔を上げた。
「ゴメンね、よっすぃー」
「カっ…」
(カワイイ…)
眩暈がした。
確かに庭先で、それも客の目の前で菓子折りの中身を確認して一喜一憂する行為は常識的に考えると、
非常識の部類に入るのかも知れない。
しかし今のひとみにとって、そんな事はほんの些細な問題でしかなかった。いや、問題にすら成り得ない。
この世のありとあらゆる薄っぺらい世間体や常識など、なつみの可愛さの前ではまるで無意味だ。
451 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:30
「失礼なんかじゃないよ、そんなの。そういう、遠慮とか、やめてください。なつみ先輩には、お客さんだなんて思ってほしくない…から」
「そっか、そうだよね。そうだよそうだよ、可愛い後輩だもんね…。はい、じゃあスリッパはいてくださーい」
「はかせてください」
気が付くと、虚ろに呟いていた。

「もうーっ、なに甘えてんだよぉー。自分ではくんでしょー。もぅバカだなぁ、よっすぃーは」
「ああああ、冗談っ、冗談ですよー。ははは」
我に帰った途端、恥ずかしさにみるみる顔が火照ってくる。
(『はかせてください』って! 我ながらバっカじゃねーの? 恥ずかしすぎ!)
ひとみには自分が何故あんな事を口走ってしまったのかは解らなかったが、ただ一つ、わかった事がある。
ひとみの薄っぺらい理性など、なつみの可愛さの前ではまるで無力だと。

「はい、右足上げて」
「えっ」
見ると、なつみは跪いて片方のスリッパを両手で持ち、
「ほらっ、早く」
ひとみを見上げていた。
「あ、はい…」
言われるがまま軽く足を上げると、淡いピンク色のそれは、ひとみの右足にするりと収まった。
「次、ひーだりっ」
無言で、左足を浮かせる。
ひとみはごく自然に、なつみの肩に手を置いていた。
452 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:32
「はいっ」
なつみが、ひとみの、スリッパを履いた足をぽんと叩く。
「ども」
ひとみは、なつみの肩に置いていた右手を離すと、その手を彼女に差し出した。
「ってゆーか、お客さんにだってこんなコトしないよ? ふつー」
ひとみの手を取りながら、なつみが言う。

「良かった」
「なにが?」
「だってなつみ先輩、ぜんぜん変わってない」
ひとみが言った。
ラジオ体操を辞めても、なつみはあの頃と少しも変わっていない。
そう思えたからだろうか、不思議とさっきまでの緊張は解けていた。
「よっすぃーは、変わったよ」
「そう、ですか?」
自分の、一体どこが変わってしまったというのだろう。
体操を辞め、自堕落な生活を送っていた三年の間に、何かを失ってしまったのだろうか。
もしそうだとしたら、それは、これからの自分が取り戻す事の出来るものなのだろうか。

「背が、いっぱい伸びた」
なつみが笑う。
それは太陽のような向日葵のような、天使のような。

「それは、まあ、そっか」
ひとみは、ほとんど笑いながら言った。
あの頃と少しも変わらない。それが、嬉しくてたまらなかった。
ひとみの小さな不安など、彼女の手にかかるとまるで魔法のように消えてなくなってしまう。
(梨華ちゃんと会ってなかったら…たぶん、ホントに好きになってた)
453 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:34
「二人とも、なに突っ立ってんの?」
なつみの声で我に返ると、ひとみは、階段の傍に仁王立ちする二人と目が合った。
いつもの爽やかな笑顔はすっかり影を潜め、強張った二人の表情からはもはや、”責め”を通り越してひとみへの殺意すら窺える。
いきなり嫌な現実に引き戻され、ひとみは沈んだ。
(そうだ…いくらなつみ先輩がカワイイからといって、負けちゃいけない。説得しなきゃ)

自分は今日、何をするために此処へ来た?
自問自答を繰り返す。
答えは簡単だった。
なつみを説得し、ラジオ体操部に復帰させるためだ。

(なつみ先輩がカワイイのは、もう十分わかった。理解した)
そして、それを確かめるためにわざわざ此処へやって来たわけではない事も、ひとみには痛いほど解っていた。
だってこのまま何もせずに帰ってしまったら、なつみ先輩にただ『カワイイ』って言いに来た人みたいじゃないか…と。


「よっすぃー、好きなトコ座って」
何もかも上の空、まるで亡霊のような足取りでダイニングへ辿り着いたひとみは、愛に勧められるまま、麻琴の隣の椅子に腰を下ろした。
麻琴と向き合って愛が座り、ひとみの向かいには、恐らくなつみが座るのだろう。キッチンに立つ彼女の後姿を、ひとみはぼんやりと眺めた。
「みんな、何飲むー?」
後ろ手にエプロンの紐を結びながら、なつみが言う。
「ぁ、カワ…」
言いかけて、ひとみは口をつぐんだ。
左隣と斜め前から浴びせられる、突き刺すような視線が痛かった。
454 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:36
「何があるの?」
麻琴が尋ねると、なつみは満面の笑みで振り返った。

「アイスミルクとー、ホットミルクとー、ヤクルト牛乳とカルピス牛乳とコンデンスミルク牛乳、さあ、どーれにするっ?」
「「えーっ……」」
左隣と斜め前の二人は、明らかな拒絶反応を示している。
アイスミルクとホットミルク以外はひとみにとってほとんど未知の飲み物だったが、少なくとも、
全てに共通する材料が”牛乳”である事だけは辛うじて見当がついた。

「どーれだ? よっすぃー?」
なつみが腰を屈めて、ひとみに顔を寄せる。
「…ぅぁ…」
(ヤバい…このままじゃホントに、なつみ先輩にただ『カワイイ』って言いに来た人になってしまう)
「カワイイ……のが、いいです」
「むーつかしいコト言うなよぉ。例えばさあ、おんなじホットミルクだってさ、プーさんのマグカップに入れるのと、
お寿司屋さんの湯のみに入れるのとでは、カワイさぜんぜん違うっしょー?」
「…そうですね。もうちょっと考えます」
「はい、考えてくださーい」
そう言って、ひとみの頭を軽くぽんと叩く。
455 名前:<第21話> 投稿日:2004/01/05(月) 23:40
「早く決めないと、みんなデフォルトでコンデンスミルク牛乳だかんねー」
どう考えても、それはデフォルトじゃないだろう。
100人中99人がそう指摘したとしても、世間の常識など彼女には通用しない。それが、なつみなのだ。
「決めるっ! 決めるから止めておねえちゃんっっ!!」
うろたえた声で、愛が叫ぶ。

「ねぇーぇ、みんな知ってた? このカップねぇ、熱っついの入れると画が変わるんだよー。見たいでしょ? ねぇ見たくない?」
それは暗に、ホット物にしろと言っているのか?
三人は無言だった。
ひとみも、左隣の麻琴も、そして斜め前の愛も、視線を交わしながら互いに相手を牽制し合っている。

「このさあ、プーさんの麦わら帽子がさあ、火の輪に変わるの見たくない? ねぇねぇ」
「おねえちゃん……それ、バッタモンやろ。そんなプーさん聞いたコトないよ」
「ってゆーか、なつみちゃん……先に答え言っちゃったらさあ」
「えっ? ああーっ! やっ、やっ、今の聞かなかったコトにしてよぉ、ねっねっ? もー、いーですぅー。なっち牛乳買ってくる!」
なつみは顔を赤らめながら、財布を手に家を飛び出して行った。

「なつみ先輩、牛乳無いのに、あんなメニュー…」
限界だった。
「カワイイ……なんかもう、泣きそう」
麻琴が、愛が、ギロリと睨む。
「先輩。目的わかってますよね」
麻琴が事務的な口調で尋ねる。
「わかってるよ。次はガンバるから、まかせて」

「「今日頑張れ」」
確かにもっともな意見だと思ったが、ひとみはどうしても腑に落ちなかった。
そもそもひとみに物を”頼んだ”立場にあるはずの二人が、こんなにもデカい態度なのはどういう訳なのだろう…と。
 
456 名前:すてっぷ 投稿日:2004/01/05(月) 23:44
昨年に引き続き、更新遅くてすいませんです。
今年もよろしくお願いします。

>442 名無し読者さん
お待たせしてすみませんでした。。よろしければ、次も読んでやってくださいね。

次回は、第21話の続きを。
457 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/06(火) 03:16
新年早々更新乙です
なんかもうなっちのセリフとか仕草がリアルに想像できすぎてハライタイ
458 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/06(火) 13:19
新年早々笑わせて頂きました
459 名前:名無し 投稿日:2004/01/06(火) 15:32
吉澤さん、あんたって人は……。
上に同じく安倍さんのセリフのリズムが完璧で怖いです。
460 名前:名無し読者79 投稿日:2004/01/06(火) 18:01
安部さんと吉澤さんに何かあるのかなーと思っていたんですが
何なんでしょ、この関係(笑
あたふたしている吉澤さん、次こそ期待してます(笑
461 名前:名無し読者86 投稿日:2004/01/07(水) 03:11
新年一発目の更新堪能させていただきました。
あの先輩のペースにはきっとなにをやっても
勝てないというか…怖いですねw
後輩2人にも毒が出てきて今後もより楽しみになってきました。
では次回更新も楽しみにお待ちしています。
462 名前:エド 投稿日:2004/01/08(木) 15:26
私もなつみ先輩のように、牛乳が大好きなので、カルピス牛乳を作ったことがあります。(以外とおいしいですよ。)
463 名前:名無しくん 投稿日:2004/01/08(木) 18:20
あげないで・・・
期待しちゃった・・・
464 名前:もんじゃ 投稿日:2004/01/16(金) 23:01
すっかり乗り遅れてしまいました。
今回はなっちの魅力が満載ですね。
デフォルトで天使です。恐ろしいほどに。
465 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:45

「いただきまーす」
ひとみの、
「いただきまーす」
麻琴の、
「牛さんいただきまーす」
愛の声が重なる。

「!」
(こいつ今なんつった…!?)
頭に余計な言葉が付いたせいで山びこのように遅れて聴こえてきた愛の『いただきます』に衝撃を受けながら、
ひとみはカップに口を付けた。

(わぁ…)

ごくり、と喉を鳴らして呑み込む。
甘くて濃い液体が、どろりどろりとひとみの喉へ流れ込み、胃の中をじわじわと侵食していく。
それは牛の乳と言うより、まるで牛そのものを呑み込んでいるような、不思議な感覚だった。

「どう? よっすぃー? なっちオススメの、ホットコンデンスミルク牛乳のお味は?」
「甘くて……おいしいです」
無駄に甘い。
それが率直な感想だったが、疑う事を知らないなつみの笑顔を前にして、真実を告げる勇気などひとみには無かった。
466 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:46
「でしょでしょっ? コレすっごくカンタンだからさぁー、よっすぃーもおうちで試してみなよー。ねっ?」
「……ハイ、今度やってみます」
「練乳と牛乳を8対2の割合で混ぜてから火にかけるの。ぐるぐるぐるぐるかき混ぜるのがポイントだよ? カンタンでしょ?」
「………ハイ、やってみます」
虚ろに答えながら、熱に反応して絵柄の変化したカップを見つめる。
中身は、まだほとんど減っていない。
牛乳を数千倍も濃くした味がするこの液体を飲み干すのに、何時間かかるだろうか……考えただけで気が遠くなる。
「よかったデスねぇー、先輩」
麻琴の言葉は、悪意に満ちていた。
「ぷはぁーっ! やっぱぁ夏は冷たいモンに限るワぁ。おねえちゃんおかわりー」
空になったグラスを振りながら、愛が言う。
鼻の下に白いひげをたくわえた二人の晴れやかな表情を見ながら、ひとみは自ら貧乏くじを買って出た自分を呪った。


冷たい牛乳で!!
なつみが買い物から戻ると、三人は我先にと声を上げた。

『もぅ、みんなあー。真夏にねぇ、冷たいモノばっか飲んでると夏バテしちゃうんだよー? もぅー。
そんなワケでー、なっちのオススメはー、あったか〜いコンデンスミルク牛乳でーす』

冷たい牛乳で。
それでも二人の意志は固かったが、ひとみだけは違った。
負けたのだ。なつみの、天使の笑顔に。
467 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:48
「じゃあ、なっちは冷た〜いヤクルト牛乳にしーよーっと」
「えっ」
ひとみは耳を疑った。
結局、貧乏くじを引いたのは自分だけだったのだ。
畜生。
お前らみんな、夏バテしちまえばいいんだ。
ひとみは心の中で毒づきながら、けれど三人が夏バテするより、自分が体を壊す方が先だろうな…
カップの中で揺れる白い液体をぼんやりと見つめ、苦笑した。

「ねぇ、よっすぃー」
ひとみは顔を上げた。
「あのさ……ごっちん、元気にしてる?」
「えっ?」
あまりにも唐突だった。
ひとみは一瞬戸惑ったが、なつみの思い詰めた表情から、彼女が真剣に真希の事を気にしているのだと分かる。
真希にはっきりと聞いたわけではなかったが、なつみが部を辞めて以来、二人の間も疎遠になったようだった。
「元気ですよ。あたしも、最近は全然遊んでないですけど。なんか、バイトとか忙しいみたいで」
「そっか」
なつみは少し安心したようだった。
468 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:49

足の怪我が元でラジオ体操部を退部すると、なつみはそれまで妹のように可愛がっていた真希とも、距離を置くようになった。
当時、なつみを心配して落ち込む真希の姿を見ながら、なんて酷い事をするのだろうと内心彼女を非難した事もあったが、
今のひとみになら解る。
なつみは、部を失くした時のひとみがそうだったように、ラジオ体操に纏わる全ての物を自分から遠ざけたかったのかも知れない。
(なつみ先輩がもう一度ラジオ体操をやれば、二人は元通りになれるのかな……)

ひとみと梨華の仲を引き裂いたラジオ体操が、上手くいけば今度はなつみと真希との橋渡しになるかも知れない。
皮肉だが、他に方法があるとも思えなかった。
愛の話では、なつみは卒業後、北海道の大学へ進む気でいるらしい。
そうなる前に、どうしても二人の仲を修復させたい。
それにしてもどうやってなつみを説得したものかと、ひとみはようやく真剣に考え始めた。

(ストレートにお願いしてみるか…)
なつみとのやりとりを、頭の中でシミュレートする。

『なつみ先輩! ラジオ体操部に入ってください!』
『よっすぃー…』
『なつみ先輩が必要なんです!』
『必要って、それは後輩として? 友達として? それとも……恋人として?』
『えぇっ…!』
『なっち、今までずっと言えなかったけど、初めて会ったときから、よっすぃーのコト……』
『なつみ先輩……』

「なんつって…ふふふ」
ひとみは、いつしか楽しくなっていた。
469 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:51
「先輩…?」
愛が、怪訝そうにひとみの顔を窺う。
「あ、なんでもないよ、うん。ぜんぜん、なんでもないから」
ひとみはようやく我に返ると、訝るような二人の視線を誤魔化した。
「よっすぃー? 落ち着きがないのはね、カルシウムが不足してる証拠だよ? そうだ! 小魚あるよ食べる?」
ひとみの返事も聞かず、なつみは小魚スナックを皿に零れそうなほど盛った。
「イライラしないコトは、世界平和への第一歩だよねっ」
そうですね、とほとんど上の空で答えると、ひとみは脳内シミュレーションを再開した。

(それとも、少し強引なやり方のほうがいいか…)

『なつみ先輩! 何も言わずにコレを受け取ってくれ!』
『なにコレ? ”こんいんとどけ”? ひらがなで書いてあるよ? なにコレ』
『オイラのハンコは押してある。ひらがななのは、漢字がわからなかったからさ』
『うれしい……うれしいよ、よっすぃー! ねぇ、コレって100円ショップで買ったハンコでもいいの?』
『さすがはやりくり上手のなつみだね!』
『えっと、名前も書いたし…あとはココにハンコ押せばいいのね。えいっ』
『フフフフフ。押したな。ついに押してしまったんだな、なつみよ』
『よっすぃー? どうしたの? なんなの一体?』
『この用紙はなあ、”こんいんとどけ”と見せかけて、このシールを剥がすと…実は”入部届”だったのだ!』
『ひどいっ! だましたなぁ、よっすぃー!』
『ハハハハハ。コレで今日からお前もラジオ体操部の一員だ!』
『よっすぃー、ひどい…。信じてたのに……好きだったのに……』
『なつみ先輩……』

「やべー、やっぱ最後はそうなっちゃうかー。うふふふ…」
ひとみは、再び楽しくなっていた。
470 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:53
「せ、せんぱい…」
ひとみを見つめる麻琴の目が、怯えている。
「あ、なんでもないよ、うん。ホント、ぜんぜんなんでもないから」
「よっすぃー、ほら小魚。どしたの? ぜんぜん進んでないじゃん。もしかして練乳足りない? ねぇ、足してあげよっか?」
はいお願いします、とまるで上の空で答えると、ひとみは再び考え込んだ。

(最後はやっぱ行動だな。そう、言葉じゃ伝わらないことって、あるよね)

『先輩! あたしの体操、見てください!』
『体操を? ……やめてよ。なっちにはもう、関係のないコトだよ』
『いいから。あたしの体操、なつみ先輩に見てほしいんです』
『『(高橋&骨川)先輩ステキ! ガンバッテ!!』』
『吉澤ひとみ、ラジオ体操第一、いきます!』
『……よっすぃー、しばらく見ないうちに、成長したね。本当に、上手くなった』
『なつみ先輩のおかげです。先輩がいなかったら、あたし…』
『よっすぃー、ずっと黙ってたけどなっち、よっすぃーのこと……』
『言わないで。そのかわり、何も言わずに頷いてください』
『えっ?』
『うちらと一緒に、もう一度ラジオ体操、やりましょう』
『………(こくん、と頷くなつみ先輩)』

「恋と部活は両立できないモンなんだよなー、やっぱし。ねっ?」
「ハァ?」
麻琴がきょとんとするのも無理はない。
こいつにはまだ早いか、とひとみは思った。
恋愛と部活動の狭間で揺れる乙女心を理解するには、彼女はまだ幼すぎる。
471 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:54
「そうだ先輩。なつみおねえちゃんに、なんか話あったんですよね?」
おもむろに、愛が切り出した。
「えっ? あ、ああ、う、うん。そ、そうだったね」
ついに来たか。ひとみは腹を括った。
「なに? 話って」
なつみの声が、いきなり真剣になる。
怯えた子犬のような目は、ひとみを警戒しているようにも見える。
ラジオ体操部の三人が揃ってなつみに話があると言うのだ、いくら勘の鈍い彼女でも、
何を言われるか薄々気付いているのかも知れない。

「なつみ先輩」
しかし、ひとみは冷静だった。
あれだけ熟考したのだ、失敗するはずはない。
しかも全てのシチュエーションにおいて、ひとみはなつみの心を掴む事に成功している。
どのパターンで攻めようか。ひとみは薄ら笑いすら浮かべながら、考えた。

「うちらと一緒に、もう一度ラジオ体操、やりましょう」
「やだ」
結論は、あまりにも早すぎた。

「えっ?」
展開の早さに付いて行けず、ひとみはとっさに聞き返した。
「速っ…」
愛が呟く。
「あ、あのっ、えっと」
ひとみは焦った。
472 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:57
「あっ、じゃ、じゃあ、体操っ! 体操見てください、ヨシザワの! すっごい、もうすっごい上手くなってるんでマジで!!」
「ダメだよぅ、よっすぃー。こんなさー、ウチん中でそんなコトしたら、ホコリ立っちゃうでしょ?
よっすぃーったら、ウチをハウスダストハウスにする気かい?」
「いえ、そんなつもりはっ」
「そうだ! そんなことよりさ、新しいゲーム買ったんだけどね、こぉーれがもお、めっちゃ面白いの! ねぇねぇ、みんなでやんない?」
「なつみ先輩…」
誘いを断られた事よりも、意を決して言った自分の言葉が”そんなことより”の一言で片付けられてしまった事が、何よりショックだった。
ぽん、と肩を叩かれる。
「先輩…」
麻琴だった。
二人の後輩の表情からは怒りはとうに消え失せ、彼女らのそれは、もはやひとみへの憐れみに変わっていた。

「乳しぼりゲーム! ほらぁ、何ていったっけ、あの…あっ、そうそう、つんく! つんくプロデュースだよ!
すごいっしょー。牛のねえ、乳のカタチしてんのコントローラーが。乳コンだよ乳コン」
「ちっ…乳コン!?」
つい素っ頓狂な声で反応してしまい、ひとみは赤くなった。
473 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 10:59
「よっすぃー、乳しぼりとかって興味ある?」
「え…乳しぼりですか…いや、あんまし…」
「おーもしろいんだぁーって! なっちね、こないだりんねちゃんやあさみちゃんたちとさぁ、酪農同好会の合宿行ったのね、マザー牧場に。
そんでー、乳しぼりやったんだけどさあ、やっぱ本物は違うよね〜。
ほらいっつも部活ではさ、ハリボテの牛とフエルトで作った擬似乳で乳しぼりの練習してるっしょ?
だからやっぱ本物は違うね〜。なにが違うって感触がさあ、ぜんっぜん違うんだわぁ」
「フエルトですか」
(遠っ…)
せめてもう少し、牛の乳房の感触に近い素材を模索してみてはどうかと、他人事ながらひとみは思った。

「ねぇねぇ、やるやる? 乳しぼりゲーム」
「え…いや、あの…」
「やろやろ? ねぇねぇ、みんなでやろ? 対戦やろ?」
「……はい。やります」
ひとみはここへ来たときから、なつみ先輩にただ『カワイイ』って言いに来た人になってしまうかも知れない予感はあったが、
まさか乳絞りまでさせられる羽目になろうとは思いもしなかった。
「ほらみんなっ、飲みモノ持って2階へゴー!!」
「「「はあーい…」」」
三人はまるで浮遊霊のようにゆらゆらと漂いながら、なつみの後に続いた。
「でもねー、なっちが本気出しちゃうとみんな絶対勝てないからさー、ハンデ5で良いかな? ねぇ、よっすぃー」
「……いや、ハンデとか言われても基準がわかんないんで」
なつみの部屋へと続く階段を一歩ずつ上りながら、ひとみには、それがまるで地獄への道行きに思えた。
474 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 11:01

なつみの家を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
ひとみは遠慮したが、愛と麻琴がどうしても駅まで送ると言ってきかないので、三人は並んで夜道を歩いていた。
「先輩、電車だいじょうぶですか?」
「うん。なんとかね」
心配顔の愛に答えると、ひとみは足を速めた。終電の時刻が迫っていた。
「泊まってけばいいのに」
むしろ泊まっていってください。愛の潤んだ目が、ひとみに訴えかけている。
「いいよ、そこまで迷惑かけらんないし」
5時間近くもなつみに付き合わされ、ひとみは心身ともに疲れ果てていた。
掌が、指が、生温かい牛の乳房の感触を完璧に記憶してしまっている。
「そんな、迷惑だなんて…」
こんなタイミングで帰られる方がむしろ迷惑です。ひとみには、愛の心の呟きが聞こえたような気がした。
ひとみを見送った後、帰宅した愛が夜通しなつみに付き合わされるだろう事は容易に想像がつく。
「しょうがないよ、愛。明日も練習あるんだし、あたしも早く帰ってオフロ入んなきゃ」
他人事のように言う麻琴を、愛が、きっ、と睨みつける。
「なに言っとんの、麻琴! あんたは泊まってくんでしょー!!」
「えっ、やだよ。もう帰るもん!」
麻琴が、涙目で抗議する。
二人の小競り合いを微笑ましく眺めていると、ふいに、梨華の顔が浮かんだ。
475 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 11:03
楽しいときにはそうでもないのに、寂しいときや落ち込んだときには決まって好きな人の顔が浮かぶものなのだと知ったのは、
梨華に別れを告げられたあの日でもなく、なつみが部を辞めたあの日でもなく、部が潰れ全てを失った、あのときだった。

  『練習がんばってね、よっすぃー』
  『うん。梨華ちゃんもね』

眠りにつく前、おやすみを言おうと梨華の携帯を鳴らすと、短い会話の後、梨華は決まってひとみを励ましてくれた。
けれどそれまでひとみの全てだったラジオ体操を失った今、自分は一体何をしたら良いのだろう? 何を頑張れば良い?
不安に襲われたひとみは震える手で梨華の番号を呼び出したが、彼女が出る事は無かった。
梨華はひとみと別れた後、携帯の番号を変更していたのだった。
その瞬間、ひとみは自分が本当に全てを失ってしまったのだと悟った。
学校で顔を合わせても二人は互いを避けるようになり、卒業して梨華が別の高校へ進むと、もう会うこともなくなった。

  『よっすぃー、ねぇ、よっすぃーってば』
  『……あ、ゴメン。寝てたかも』
  『だと思った。もう切るね、おやすみなさい』
  『梨華ちゃん』
  『ん?』
  『あたし、梨華ちゃんの声さー、好き』
  『………、好き、だったら…寝ちゃダメ、でしょ』
  『あは、そだね』

声が聞きたかった。
鞄の中の携帯電話は、クラスメイトや、真希や希美や亜依に繋がっていて、いつだって退屈な時間を埋めてくれる。
けれど、
(どんだけ便利な道具でも、いちばん会いたいひとにつながらないんじゃ、何の意味もないじゃんか)
476 名前:<第21話> 投稿日:2004/02/01(日) 11:05
「先輩…あんまり、落ち込まないでくださいね」
ひとみの沈んだ様子に気付いたのか、隣で愛が言った。ひとみは首を振った。
「ゴメンね。なんか、情けない先輩でさ」
「大丈夫ですって、先輩! また明日からがんばりましょうよ。明日は明日の風が吹く、ってやつですよ」
「んだよえらそーに。おまえスネオのくせにナマイキだぞぅ」
「ひっどぉーい! せっかく励ましてあげてるのに〜っ!」
ひとみに突っ掛かる麻琴を見て、愛が楽しそうに笑っている。
普段は憎まれ口を利いていてもどうやら自分を慕ってくれているらしい後輩のためにも、
必ずなつみを部に取り戻そうとひとみは思った。

「しょうがない、っか…」
決意して、ひとみは言った。
「こうなったら最後の手段だ。あいつに、頼むしかないな」
「あいつ、って?」
愛が尋ねる。
「知りたい?」
うんうんうん、と二人が繰り返し頷く。
「あ、もう着いちゃった。次会ったときに教えてあげるよ。送ってくれてありがとう。じゃっ」
駅に着くと、挨拶もそこそこにひとみは駆け出した。終電の時刻が迫っていた。
「あっ、ちょっとせんぱ…」
麻琴が呼び止めるのも無視して、ひとみは改札を抜けた。終電の時刻がすぐそこまで迫っていた。

「「気になるだろ―――っっ!!」」
二人の怒声を背中で聴きながら、ひとみはホームへ続く階段を駆け上がった。
 
477 名前:すてっぷ 投稿日:2004/02/01(日) 11:08

感想、ありがとうございます!

>457 名無飼育さん
乏しい想像力をフル稼働して書きました(笑)。そう言ってもらえると嬉しい。。

>458 名無飼育さん
ガンガン笑かしていけると良いんですが、、ガンバリマス。

>459 名無しさん
吉澤さん、今回さらなる無節操ぶりを発揮…。
安倍さんは少々やりすぎな感もありますが、気に入ってもらえて何よりです(笑

>460 名無し読者79さん
どうもです。今回の吉澤さんは、79さんのご期待に添えたかどうかは別として(笑)、
ある意味、期待を裏切らない活躍ぶりかと…。
478 名前:すてっぷ 投稿日:2004/02/01(日) 11:09
>461 名無し読者86さん
今年最初の更新、お付き合い頂きどうもです。新年の抱負は、”年内完結”ということでひとつ(笑)
後輩2人…とくに小川さんは、連載当初は高橋を支えるしっかり者キャラだったはずが、
現実の彼女の変化に伴い少しずつオカしくなり始めましたが、大目に見ていただけると助かります。

>462 エドさん
アレおいしいですよね〜。確かカルピスの箱に、正式な(?)作り方が書いてあった気がします。
ちなみにヤクルト牛乳もなかなかイケるので、お試しあれ。

>464 もんじゃさん
どうもです。なつみ先輩は、今回も一歩間違うと悪魔のような天使っぷり全開でお送りしております。
エンジェルなっちは留まるところを知らず。
479 名前:名無し読者79 投稿日:2004/02/01(日) 15:20
吉澤さんが憐れだ…。安部さんのペースに完全にのまれてますね(笑
最後の文と同じ様に私も気になる―――!!
シミュレーション部分かなりにやけている姿が用意に想像できて
かなり笑えます…。
480 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/01(日) 17:19
待ってました!暴走?するなっちがとってもイイ感じです。おもしろいっす!次回も楽しみにしてますので頑張ってください!
481 名前:ちゃみ 投稿日:2004/02/01(日) 20:23
永らくステップさんの作品を読んでいると
次の更新まで禁断症状が出るのは私だけでしょうか?
482 名前:名無し 投稿日:2004/02/01(日) 21:01
よっちー…あなた中学生男子?
つーか、つんくてめぇー、何作ってんだ!!
483 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/02(月) 10:04
乳コン・・・乳コン・・・乳コン・・・

帰っていいですか?
484 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/21(土) 23:20
あいつって・・・
うわわわわあああ!!待ち遠しい
485 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/03(水) 00:25
更新止まってて申し訳ないです…。
白板で新作始めたので、よろしければ。。

>479 名無し読者79さん
どうもです。気になりますよね―――っ? ですがスミマセン、しばしお待ちを!(泣。
シミュレーションというより完全に妄想ですが(笑)、結局先輩らしいトコ何一つ
見せられないまま終わってしまった先輩でした…。

>480 名無飼育さん
ありがとうございます。なっちは、ようやく出せたというカンジです。ここまで長かった…(笑
気に入ってもらえて嬉しいです。

>481 ちゃみさん
ホントーにホントーにすみません。。もう、禁断症状出ちゃってますかね?(笑
呆れずに次回もお読み頂けるとうれしいです。

>482 名無しさん
未だかつて誰もやった事がない(というかアホらしくて誰もやらない)コトをやるという
斬新さが、つんくPのウリなので(笑)

>483 名無飼育さん
わー、帰らないでー。これからはもう少しマジメにやりますー。

>484 名無飼育さん
スミマセン。。なるべく早く復帰しますので、もう少しお待ちをぉぉ…。
486 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/20(火) 23:36
早く続きが読みたいよー
すてっぷさん更新待ってます
487 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/05(水) 19:08
どうなってるの
488 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/17(月) 01:38
昔からこんなもんだよ
489 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:42
「いただきます」
私たちのためにいつもいつも、ありがとうございます。
心の中で言いながら、麻琴は手を合わせる。
サンドイッチとカップ焼きそば。
麻琴にとって、”あしながオジサン”の数あるレパートリーの中でも特に気に入っている組み合わせの一つだ。

「おや。今日は炭水化物まつりかな?」
少し遅れてやって来たひとみが麻琴の隣に腰を下ろしながら、茶化すように言った。
麻琴は内心ムッとしながら、ひとみにサンドイッチと紙おしぼりを手渡した。
「あさ美ちゃん…なにしてるの?」
里沙が、怪訝そうに尋ねる。
見ると、あさ美はサンドイッチを開いて分解し、何か細工をしている。
「ぺヤングソース焼きそばパン。こないだ食べてすっかり嵌っちゃって…。市井さんのに比べたら私のなんて所詮、亜流だけれどね」
ふふ、とはにかんだように微笑むあさ美を、里沙は心配顔で見つめている。
「かわいそうに。完全に味覚ぶっ壊れちゃったね、あいつ」
ひとみの言葉を聞き流すと、麻琴は、
「先輩……昨日、言ってたコトですけど」
「えっ?」
「ほら、なつみちゃんの」
昨夜からずっと気になっていた。
なつみの説得に失敗した帰り道、あいつに頼むしかない、とひとみは言った。
彼女の言う”あいつ”とは誰なのか、気になるあまり練習にも身が入らず、今日の麻琴は圭織に叱られ通しだった。
『カオリ、ラジオ体操のことはよくわからないけど』が口癖の彼女に説教される事は部員達にとってこの上ない屈辱なのに、だ。
490 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:44
「ああ。ごっつぁんにさ、頼んでみようと思ってんだけど」
「あいつ、って…後藤さんのコトだったんですか」
「そ。ごっちんの言うコトだったら、なつみ先輩も少しは耳貸してくれると思うんだよね」
噛み締めるように、麻琴は何度も頷いた。
確かに今ではすっかり疎遠になってしまった真希となつみだが、ラジオ体操部時代の二人は姉妹のように仲が良かったのだ。
ひとみの説得よりは遥かに効果があるに違いない。
「ただ、さぁ」
しかし、ひとみの言葉は歯切れが悪い。
「ごっちん、なんかホント興味ないみたいでさ。あたしがラジオ体操のハナシするとすげーつまんなそーな顔すんだよね」
「そうなんだ…」
数年前までひとみと共にあれほど熱中していたラジオ体操だというのに、本当に少しも未練は無いと言うのか。
それほど、真希にとって安倍なつみという存在が大きかったという事なのかも知れない。
「それは先輩の話が本当につまんなかったからなんじゃないんですか」
抑揚の無い声。
「なにぃッ…!」
「愛!?」
麻琴は耳を疑った。
なつみにテレビゲームの相手をさせられ、恐らく昨夜は一睡もできなかったのだろう。
愛はサンドイッチ片手にぼんやり壁を見つめ、黙々と口を動かしている。
徹夜による極度の疲労が、愛に普段の彼女からは想像もつかない暴言を吐かせたのだとしたら、
昨夜は途中でまんまと逃げ帰った麻琴に彼女を責める資格など無かった。
491 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:46
「先輩、あの…あたしも、一緒に行っていいですか?」
麻琴は意を決して申し出た。
「じゃあ、帰りに寄ってみよっか」
「はい」
ひとみの話がつまらないから、聞いてもらえなかった。
暴言とはいえ、愛の言葉も一理ある。
万が一ひとみの話がつまらなかったら、自分が代わって説得しなければと麻琴は考えていた。
それから、真希に会いたいという気持ちも少なからずあった。
 
492 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:46

――

真希とは、彼女の自宅の最寄り駅で待ち合わせをした。
ひとみはもうすぐバイトへ出かけると言う彼女に、それまでの時間を空けてもらったらしい。
ゴメン、と両手を合わせながら小走りでやって来た彼女に、麻琴は軽く会釈した。
「いきなり呼び出してゴメンね」
ひとみが謝ると、真希は笑って、
「いや、べつにいいけどさー。どしたの? めずらしい組み合わせだね」
「っ、こんにちはっ。どもっ」
麻琴は不自然に、ペコペコと何度も頭を下げた。
頬が熱い。みるみる心拍数が上がっていくのが、自分でも分かる。
挨拶を交わすのさえこれほどまでに緊張するのに、万が一ひとみの話がつまらなかった場合、
彼女に代わって真希を説得する事など自分にできるだろうか。いや、できまい。
(愛には、必ずなつみちゃんのコト連れてくるなんて言っといて…なんて情けないんだろう、あたしって)

「ごっちん時間ないだろうから用件だけ言うけどさ、えっとー、単刀直入に言うとだね、うん、
なんつーかさ、ほら、うちらって小学校からの親友じゃん?
って、親友、なんてあらたまって言うとなんか照れちゃうね。だけどさ、」
「よっすぃー…ぜんぜん単刀直入じゃないよ」
(先輩…)
ひとみの話は、麻琴の予想通り早くもつまらない話になりそうな予感を漂わせていた。
493 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:48
「なつみ先輩の、コトなんだけど」
「えっ…」
困惑顔の真希に、ひとみが続ける。
「うちらさ、どうしても先輩とラジオ体操やりたくて…高橋も、それからコイツもずっと説得してるんだけど、
どうしても先輩、うんって言ってくれなくてさ。で、ごっちんの言うコトなら少しは聞いてくれるのかなって。ほら、二人仲良かったし。
だから、ごっちんから先輩に言ってもらえないかなぁって、思ったんだけど」
ひとみの緊張が、隣にいる麻琴にも痛いほど伝わってくる。麻琴は息を呑んだ。
「悪いけど」
しばらく考えていた真希が、静かに言った。
「アタシにはもう関係ないから」
ひとみの表情が固まる。
「なんだよそれ。なんでそうやって、冷たいコト言うわけ?」
ひとみが言い、二人の間に気まずい沈黙が流れる。
(どうしよう、何か喋ったほうがいいのかなぁ…。
あぁ、こんなとき監督がいてくれたら、笑えないダジャレの一つくらいかましてくれるのに)
「プッ。てゆーか笑えないんじゃダメじゃん。くすくす」
無意識に独り言を呟いていた事に気付き、麻琴は赤面した。
(あっヤバイ、どうしよう。後藤さんの前でこんな…恥ずかしいよぉ)
494 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:51
「なっち…なつみ、先輩がやりたくないって言ってるんでしょ? だったら無理に誘うのとか、違うと思うけど」
「なつみ先輩が体操やりたくないなんて、ごっちん本気でそう思ってんの?」
「……知らないよ、そんなの」
麻琴の声が聞こえなかったはずは無いが、二人はまるで何も無かったかのように再び会話を始めている。
(えぇーっ。放置ですかー)

「あんなに好きだったのにさ。そんなカンタンに嫌いになれるモンかな」
「だから知らないっつってんじゃん」
麻琴を蚊帳の外へ放り出したまま、二人の雲行きはさらに怪しくなっていく。
いつになく真剣な表情のひとみに、麻琴は少し恐怖を感じた。
「ごっちんは、どうなんだよ」
「なにが」
「あんなに好きだった体操、なつみ先輩がいなくなったってだけでカンタンに嫌いになれるんだ?」
「なにそれ」
ひとみは少し躊躇していたが、やがて、
「あのとき、あたし言いたかったよ。なつみ先輩がいなくなったってだけで、体操も、それからあたしのコトも裏切んのかよって、言いたかった」
長い間、心の奥に封じ込めていた思い。
麻琴は、ひとみの口から聞いてはいけない言葉を聞いてしまったような罪悪感で居たたまれなくなった。
495 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:54
「ごとーが裏切った、って…よっすぃー、そんな風に思ってたんだ」
「そうだよ」
ひとみが答えると、
「…そっか」
真希は少し傷付いたような表情を浮かべた。
「ごっ、後藤さん」
「ん?」
「あ、いぇ、あの…」
堪らず声を掛けたものの言うべき言葉が見つからず、麻琴は口篭った。
「ゴメン、もう行かなきゃ。遅刻しちゃうよ」
「あっ、どうも」
「じゃね、よっすぃー」
ひとみは下を向いて黙っている。
真希は特に気にする様子も無く、麻琴に薄く微笑みかけると、じゃあ、と手を振って改札の向こうへ消えた。

「せんぱぁい…」
「あー、もうっ!」
ひとみが頭をかきむしる。
そして縋るような目で自分を見上げる麻琴の視線に気が付くと、今度は重たい溜息を吐いた。
「カッコ悪りぃ。なんで今さらあんなコト言ってんだろ」
「先輩ぃ…」
「言うつもりなかったのに。あんなの、ずっと、一生」
「だいじょうぶ、ですよ」
もちろん根拠は無い。が、それ以外に言葉が見つからなかった。
「てきとーなコト言うなバカ」
なつみの事も、真希の事もひとみの事も、自分が何とかするんだ。
決意して、麻琴は言った。
「だいじょうぶですよ、先輩」
 
496 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:56

――

翌日、麻琴は部員達に断って午後からの練習を休んだ。
ひとみは勿論、他の部員達にも内緒で、再び真希に会うためだった。
『そんじゃ、マコっちゃんのぶんの差し入れはののがありがたーくいただいておきますので!』
快く背中を押してくれた希美の言葉に後ろ髪を引かれつつ涙をのんで部室を後にした麻琴は、
電車に揺られ、あさ美にそれとなく調査を依頼しておいた真希のバイト先へ向かっている。
(何かの工場だって言ってたけど…後藤さん、地味ーな作業服着てたりとかするのかなぁ)

夏休みも学業そっちのけで、バイトに没頭する後藤さん。
流れ作業の後藤さん。
真面目な仕事ぶりとそのセンスを買われ、生産ラインの最終工程を任される後藤さん。
(んー、さすがは後藤さんだよねえ)
電車を降り、歩きながら勝手な妄想を繰り広げているうちに、何かの工場らしき建物が見えてきた。

「ここか」
真希の居所を尋ねようと辺りを見回すが、皆中で作業中なのか、近くには誰もいない。
「あっ…」
ベージュ色の作業着姿が目に入ると、麻琴は思わず声を漏らした。
入口の重そうな鉄扉が開き、中から出てきたのは、真希だった。
駆け寄る麻琴に気付いた真希は、きょとんとした表情を浮かべてその場に立ち尽くしている。
497 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 21:58
「なんなの、一体?」
真希の目には、明らかに警戒の色が宿っている。
昨日の今日ではそれも仕方ないと思いつつ、麻琴は早速切り出した。
「昨日はどうも、すいませんでした。んで、えっと、昨日のコトなんですけど…もう一度、お願いしに来ました」
真希が、うんざりしたように溜息を吐く。
「しつこいよ。こんなトコまで来てさあ、いーかげんにしてくれる? 仕事中なんですけど」
「すいません。でもあの、昨日、吉澤先輩すごく後悔してました。なんであんなコト言ったんだろうって、ホントに」
麻琴は焦っていた。穏やかな性格の真希が、これほど不機嫌になるのを見たのは初めてだった。
「よっすぃーのコトはもういいから。気にしてないって、言っといてよ」
それから真希は、悪いのはごとーなんだし、と独り言のように小さく続けた。
「あの…今日は、それだけじゃなくて」
「なつみ先輩のコト?」
麻琴が頷くと、真希は不機嫌そうに眉をひそめた。
「だからさー、昨日も言ったじゃん。アタシには関係ないから」
「でも、うちら…もう、後藤さんしか頼れる人がいないんです」
「お願いだからさ」
真希が言った。
「なっちのコトはもう、ほっといてあげてよ」
昨日も、ひとみや麻琴の前では”なつみ先輩”と呼んでいた真希が、とっさに”なっち”と口にするのは無意識なのだろうか。
ひとみと同じように、真希だって何かに苦しんでいるのではないかと、麻琴は漠然に思った。
498 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 22:01
「んしょ、っと」
真希は入口に積んであった段ボール箱の一つを両手で抱えると、
「じゃあね」
再び中へ戻っていった。
「あっ、ちょっと待っ…」
追いかけようとする麻琴に、真希と入れ替わりに出てきた作業員達の訝しげな視線が注がれる。
「あー、えっと……あはは。ども〜、失礼しましたあ〜……っておわあっ!?」
麻琴が不自然な愛想笑いを浮かべながら後ずさりしていると突然、背中に硬いものがぶつかった。
とっさに振り返ると、真希と同じ作業着姿の男が顔を紅潮させて立っていた。
「あぶねーな! なにやってんだ!」
「すいませんっ、すぐ片付けますから!」
怒鳴る男の足元には段ボール箱が転がっており、中身が辺りに散乱してしまっている。
麻琴は慌ててその場にしゃがみ込んだ。
そして散らばってしまったそれに手を伸ばそうとして、ふと、麻琴は手を止めた。
(これ……)
再び手を伸ばして、今度こそ、ゆっくりと拾い上げる。
麻琴の手のひらで、透明なフィルムに包まれたそれが、太陽に反射してきらきらと光っている。
499 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 22:03

(ま、さか、後藤さん、が……)

いつも決まって、差し入れの入った袋の傍らにさりげなく置かれている、小さなビニール袋。
届けられる四本の紙おしぼりは決まって同じメーカー製のもので、いつも同じ店で買うのだろうか、
一体どんな人なのだろう、と、未だ見ぬ『あしながオジサン』の事をあれこれと想像するのが、
麻琴の密かな楽しみだった。
亜依が来て、里沙が来て、また一つずつ増えていった。ひとみと圭織が来て、全部で八本になった。
どこにだってあるものだと言われれば、それまでかも知れない。
だけれど、こんなにもすぐ近くにある事実が、単なる偶然だとは思えなかった。

”私たちのためにいつもいつも、ありがとうございます。”

ずっと、心の中でメッセージを送り続けた相手があの人だったとしたら、どんなに素敵だろう。
(偶然じゃない、よね、後藤さん)
 
500 名前:<第22話> 投稿日:2004/05/23(日) 22:05
「おい! 大丈夫か、しっかりしろ!」
突然の大声にハッとして顔を上げると、周りにいた数人の作業員達が、一斉に工場の中へ走って行く所だった。
「なんだ? どうしたどうした」
麻琴がぶつかった男も遅れて入っていく。
何があったのだろう…半信半疑のまま男の後に続くと、中では人だかりができていた。
誰かが倒れているらしく、いくつもの作業着の隙間から、彼らと同じ服装で横たわる姿が見え隠れしている。
「救急車呼べ!」
一人の男が振り返り、怒鳴り声にも似た声を上げる。
そして彼の足の隙間から覗いた横顔を見た瞬間、麻琴の顔から血の気が引いた。
(ご、と、)

「後藤さん!!」
 
 
501 名前:すてっぷ 投稿日:2004/05/23(日) 22:07
>486 名無飼育さん
ホントーにホントーに、お待たせしてすみませんでした。。
よろしければ、最後まで付き合ってやってくださいませ。

>487 名無飼育さん
>488 名無飼育さん
えっと…今回さすがに自己ワースト記録更新な気がします。申し訳ないぃ。。
502 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/25(火) 14:55
うぉおおおおおお!!!!!
ついにきたぞ!!!!!!
更新!!!!!!またドラマティックな展開で!!!!
おもろいぞ!!!!
503 名前:名無し読者79 投稿日:2004/05/25(火) 20:08
更新お疲れ様です。
今回はシリアスでしたね。これからの展開が楽しみです。
紺野さんがかなりツボでした。そうですかあの方をね…。
504 名前:ごまべーぐる 投稿日:2004/05/25(火) 20:51
そうか…紺野さん、嵌っちゃったんですね。
嵌らせた彼女も罪な人ですね。

最後に一人で彼女を訪ねた人物こそ違いますが、なんだか懐かしかったです。
次回も楽しみにしています。

505 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/26(水) 12:55
そういえばこの話ってAngelHeartsがもとになってんだったか
506 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/27(木) 01:17
懐かしいな
507 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/31(月) 22:51
。・゚・(ノ∀`)・゚・。待ってたよ!作者さん
508 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:15

携帯の着信音で起こされた。
『愛、すぐ来て!』
麻琴だった。
「んん………ど、したの」
『後藤さんが!』
「ふわぁ〜。あーぁ。はぁ、ごとー…さん、が…どした、って?」
『なに今の? あくび? てゆーか何で寝てんの! 練習中じゃないの!?』
「んー…今日は早めに切り上げてみんなで昼寝してたの。暑いから」
すると、麻琴は呆れたように溜息を吐いた。
「だって麻琴はいないし、ののと監督は”喰らう会”のイベントがあるってさっさと帰っちゃうし…今日は昼寝しようって、吉澤先輩が」
『わかったから、とにかく来て! 大変なんだよ!』
麻琴はひどく慌てていた。
後藤真希がバイト先で突然倒れ、病院に担ぎ込まれた。
自分が付き添っているからすぐに来て欲しい、と病院の場所を告げると、麻琴は一方的に切った。
愛は熟睡しきっているひとみを起こして事情を説明すると、部員達を伴い、病院へ向かった。
509 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:17
「愛…」
病室へ入ると、一人で不安だったのだろう、麻琴は愛の顔を見るなりホッとしたような表情を浮かべた。
「ごっちん!」
ひとみが愛を押し退け、ベッドに駆け寄る。
他の部員達も、中を探るようにそろりと入ってくる。
「どういうコト!? どうしたんだよ、ごっちん!!」
「先輩、落ち着いてくださいっ。起こさないで」
麻琴にたしなめられると、ひとみは幾らか落ち着きを取り戻したようだった。
「ただの過労だから心配いらない、って先生が」
大切に見守るように、真希の寝顔から視線を外さず麻琴が告げる。
「そっか…」
ひとみは、今度こそ安堵したように深い溜息を吐いた。
「だからバイト入れすぎだって前から…」
ひとみが言いかけた時、
「ここかっ」
ドアの向こうに懐かしい顔が覗いた。
市井紗耶香。なつみの級友である。
愛の記憶する限り、彼女に会うのは愛がラジオ体操部の見学に通っていた小学生の頃以来ではないだろうか。
「ごとー!」
「……いちーちゃん?」
紗耶香が呼びかけると、まるで魔法のように、すぐさま真希は目を覚ました。
「来てくれたんだ」
「だってさだってさ、待ってたのに全然来ないんだもん…ケータイつながんないし、心配んなって工場に電話したんだ。
したら、倒れたってゆーから…」
「そっか、今日約束してたんだよね。ゴメンね」
「なに言ってんだよっ。謝んなよバカぁ」
目を潤ませて、紗耶香は今にも泣き出しそうだ。
510 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:19
「ごっちん、あたしが呼んでもぜんぜん起きなかったのにね……」
「きっ、きっと先輩の方が、声が小さかったんですよ!」
傷付いた表情のひとみを、あさ美が慰めている。
「そうかあ? こいつのほーがよっぽどバカでっかい声出してたで?」
「そうだよねえ」
もしかして里沙ちゃんって、あいぼん派?
愛も薄々勘付いてはいたが、疑念が確信へと変わった瞬間だった。
「だいじょうぶか、ごとー。倒れるなんて、栄養が足りてないんじゃないか?」
栄養が足りていないのはあなたの方ですよ。
誰もが同じ思いを抱いたのに違いなかったが、誰もが敢えて口にはしなかった。
「うん、もう平気だよ。あっ…みんなもゴメンね。なんか、いっぱい来てもらって悪いな」
「平気じゃないだろっ!」
ひとみが声を荒げる。
「過労ってどういうコトだよ! シゴトしすぎだって、あたし前から言ってるよね!?」
「先輩、違うんです!」
真希に詰め寄るひとみを、麻琴が制する。
(違う? なにが…?)
麻琴が自分に内緒で真希に会っていた事もショックだったが、その上彼女はまだ何かを隠しているらしい。
愛は、幼い頃からどんな些細な事も共有してきた幼馴染が、いきなり遠くへ行ってしまったような気がしていた。
511 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:21
「いやぁ悪いけどさー、吉澤ちゃん。キミが忠告なんかしたってムダだってコトだよ」
「あんたは黙っててください」
紗耶香の挑発にも乗らない。ひとみは真剣だった。
「いや黙ってろも何もさ、後藤はアタシが美味しいラーメン毎日食べられるように、バイト代ぜんぶ回してくれてんだよね」
「な、に言って…」
ひとみの表情が一瞬固まり、みるみる頬が紅潮していく。
「えっ? だって後藤さんは…」
「後藤はアタシのためだったら、何だってしてくれるんだよ」
パシッ、と乾いた音が響く。
「サイテー」
ひとみは紗耶香を睨み付け、きっぱりと言った。
頬を押さえて立ち尽くす紗耶香を、真希が心配そうに見上げている。
「べつにアタシが頼んだワケじゃないし。コイツが勝手にやってるコトなんだから」
「このやろっ…!」
怒りに任せて紗耶香に掴みかかるひとみを、愛と麻琴は必死で引き離した。
荒い息を吐きながら、二人は睨み合っている。
気まずい空気が、辺りを支配していた。
(嫌だなぁ…あーあ、こんなとき監督がいてくれたら、くだらないオヤジギャグでなごませてくれるのになぁ)
和むのか白けるのかはネタ次第だが、そんなことは大した問題ではないと愛は思った。
お願いだから、誰か何か喋ってくれ。望むのはそれだけだ。ネタが面白いかどうかなど二の次で良い。
512 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:23
「もういいよ、いちーちゃん」
重苦しい沈黙を破ったのは、真希だった。
「いちーちゃんの言ったコトは、ぜんぶ嘘だよ」
と、真希はひとみに向かって言った。
「いちーちゃんはカップラーメン代、ちゃんとお小遣いでやりくりしてるよ」
「じゃあ、どうしてあんな嘘?」
ばつの悪そうな表情の紗耶香に、愛が尋ねる。
しかし紗耶香も真希もそれには答えず、再び気まずい沈黙が流れた。
ひとみは拍子抜けしたのか、愛の隣で口をぽかんと開けたまま突っ立っている。

「後藤さん、ですよね」
麻琴が、静かに口を開いた。
「いつもいつも一緒に入れてくれて、おしぼり、あたし……きっと、すごく優しい人なんだろうなって、思ってて」
俯き加減で、途切れ途切れに話す麻琴。心なしか顔が赤い。
緊張しているせいなのか、それともまた別の感情なのか、愛にはわからなかった。
(麻琴…?)

「今日、あたし見ました。後藤さんが、働いてたの…紙おしぼり工場だったんですね」
(紙、おしぼり…)
すぐにピンときた。
麻琴が抱いている疑念。そして、とっさに、それがどうか間違いであって欲しいと願ってしまった……嫌なわたし。
513 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:25
「はあ? 紙おしぼり工場? なぁなぁ、あさ美ちゃん、どーゆーコト?」
「後藤さんがバイトしてたのが、紙おしぼり工場だったってコトだよね。紙おしぼり工場、ってなんか響きが可愛いね。ねっ里沙ちゃん」
「そう?」
「ちょっと骨川さ、なんなのさっきから。ちゃんとわかるように説明してくんなきゃ」
(………)
どうやら、ピンときたのは愛だけらしい。
ひとみを筆頭に部員達の興味は常に差し入れの中身のみに注がれており、添えられている紙おしぼりなど
全く眼中に無いことがついに露呈してしまった。
”差し入れは、おしぼりも含めて差し入れなんだよ?”
紙おしぼりを軽く扱う部員を見つけるたびに根気強く諭していた麻琴のあの苦労は何だったのだろうかと思うと、
愛は悲しみより先に、言い知れぬ虚しさを覚えた。

「後藤さん! あたしたちの、あしながオジサンは……後藤さんなんですよね!」
麻琴は、真希の顔をまっすぐに見て言った。

「「「「ええぇぇ―――っっ!?」」」」
ひとみを筆頭に、亜依、あさ美、里沙の絶叫が病室に響き渡る。
個室で良かったと愛は胸を撫で下ろしたが、これ以上騒いでは怒られるのも時間の問題だ。
「里沙ボウたすけてっ。腰が、腰が抜けた…!」
「あいぼんさん!?」
「答えてください、後藤さん。バイトしてたのは…あたしたちに、差し入れしてくれるためなんですよね」
「………」
否定して欲しかった。しかし、真希は黙っている。
反論しないのは、認めたのと同じことだ。言い逃れができないから、黙っているんだ。
514 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:29
「マジ、で?」
しばらく放心していたひとみが、ようやく言った。だがやはり、真希は答えない。
「後藤さん、」
「待って」
麻琴の言葉を遮ったのは、意外にもあさ美だった。
「決め付けるのはまだ早いと思うの。だって、後藤さんにはアリバイがあるもの」
「アリバイ?」
うん、と麻琴に頷くと、あさ美は続けた。
「今日、麻琴ちゃんは後藤さんのバイト先に行って、それから今までずっと一緒に居たわけでしょ?
でも麻琴ちゃんが帰った後、部室にはいつも通り差し入れが届いたの。ちなみに、メニューはサンドイッチと焼きそばでした。
麻琴ちゃんが部室を出る時…午前中の練習が終わった後だから、12時ごろ? ドアの外に、差し入れはまだ無かったよね。
私たちがそれを発見したのが午後2時頃だから、犯行は12時から2時までの間に行われたと考えられるの。
麻琴ちゃんが部室を出た後に、後藤さんが置いていったとも考えられるけど…だとしたら、バイト先に訪ねてきた麻琴ちゃんよりも
早く着くことは、タクシーでも使わない限り無理だよね。
アルバイトの鬼である後藤さんが、言わば守銭奴の後藤さんが、バイト先への移動にタクシーを使うなんて考えにくいし…
ましてや、麻琴ちゃんが来るなんて後藤さんは知らなかったわけだから。
よって犯行のあった時刻、後藤さんにはアリバイが成立すると考えるのが自然だと思うんだけど、どうかな?」
515 名前:<第23話> 投稿日:2004/06/06(日) 23:32
「いや。たまたまタクシーを使ったのかもしれない。ごっちんって、たまにヘンなトコ豪快だったりするから」
「なるほど。で、使ったんですか、後藤さん?」
愛はずいぶん単刀直入な訊き方をするものだなと思ったが、当然、真希はあさ美の問いには答えない。
「共犯がいるんじゃないかな」
里沙が、さらりと言った。
「うん。運び屋が別にいたってことだよね。それなら、確かに可能だけれど」
あさ美が、里沙に微笑みかける。満足気に、よくやった、と言わんばかりに。
「里沙ボウ、あったまいいー!」
「あいぼんさん、腰はだいじょうぶ?」
「うん、へーきへーき」
亜依が腰をさすりながら、えへへ、と照れ笑いする。

「あの…後藤さん」
麻琴がもう何度目かの同じ問いを繰り返そうとした時、
「ってゆーか、さ」
真希が苦笑する。
「犯行、とかひどくない? うちら、いちおー、イイコトしてるつもりだったんだけどな」
 
 
516 名前:すてっぷ 投稿日:2004/06/06(日) 23:35

感想、どうもありがとうございます。

>502 名無飼育さん
どうもです!ほんとにお待たせしてしまって。。
ようやく中盤戦のヤマというカンジですが、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。

>503 名無し読者79さん
ありがとうございます。貴重なシリアスシーン(笑)、楽しんでもらえて良かったです。
紺野さん…食といえばやはり、この人ですよね?(笑

>504 ごまべーぐるさん
元ネタシーン。まさか気付いてくれる人がいるとは思いませんでした(笑)。嬉しゅうございます。
実はあまり真面目に見てなかったんですが、ドラマでは高橋さんでしたっけ?(自信ない…

>505 名無飼育さん
作者もたまに忘れそうになります。

>506 名無し読者さん
まだそう言ってもらえてるうちに完結しないと…。

>507 名無飼育さん
お待ちいただき、ホントに感謝です。最後までよろしく!
517 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/07(月) 20:40
前回のシーンの場面、ドラマだとかなり覚えてます。
高橋さんだった気がします。
今回は、中盤戦のヤマということで…終わりが近づくと寂しいですね…。
518 名前:もんじゃ 投稿日:2004/06/10(木) 14:21
今回も要所要所笑わせていただきました。
現実の娘。たちにものんびり進んで欲しかったんですが
その望みはむずかしいみたいですね…。
でも、すてっぷさんの話しを読んで笑ってちょっと元気が出ました。
519 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 18:23
まだかまだか
520 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 16:55

――

「もう、3年も前になるんだね…。あのときアタシは中等部の2年で、なつみ先輩は、3年だった」
真希が、静かに口を開いた。

「『ごっつぁん、電池切れてるみたいだから、替えといてくれる?』
って、練習が終わった後、なつみ先輩が言ったんだ。
その日はアタシ、片付け当番だったから…体育館に残ってたのは、アタシと先輩だけで。
そしてなつみ先輩が出てった後、入れ替わりにいちーちゃんがすごく慌てて入ってきて突然言ったの。

『後藤! 早くしないと、もう出来ちゃうから!!』
なにが?って聞いたんだ、ごとー。
落ち着いてよいちーちゃん、一体なにが出来るの?って。
そしたらいちーちゃん、

『ぺヤングに決まってんだろ!』
って。そんなのアタシ、頼んだ覚えないのに。
でもアタシ、なつみ先輩にラジカセの電池替えるの頼まれてたから、『ちょっと待ってて』って言ったんだけど、

『もうお湯入れちゃってんだよ! 待てねーよ!!』
って逆ギレされちゃって。ほら、いちーちゃんってせっかちだから。
しょーがないからアタシ、電池替えんのは焼きソバ食べてからでいいやって思って、いちーちゃんの部室に行って……
結局そのまま、電池のコトは忘れちゃってたんだ」
そう言うと真希は、辛そうに眉をひそめた。
そして気を取り直すように深く息を吸うと、再び口を開いた。
521 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 16:57
「次の日練習に行ったら、なんかみんなが集まってて、輪の中心にはなつみ先輩がいて。
どうしたんだろって思って近づくと…なつみ先輩が、でっかいラジオを力任せに振ってた。

『テープ伸びちゃってんのかな? 故障かな?』
とか言いながら、ひたすら振ってるんだ。
周りのみんなが、
『なつみ先輩、振っても直りませんよ』『なつみ先輩、振っても直りませんよ』
ってしきりに止めようとしてるんだけど、なつみ先輩は聞かないの。
一心不乱に、もう、頭まで一緒にブンブン振っちゃってるんだ。
ラジカセからはテープが伸びちゃったときみたいな、低い、間延びした声が流れてて…
そこでアタシは、やっと思い出したんだ。そうだアタシ、昨日電池替えるの忘れてた、って。
ですぐに、なつみ先輩に言おうとしたんだ……そしたらね、誰かが言ったの。

『昨日の当番、真希でしょ? 真希が、電池チェックすんの忘れたんじゃない?』
って。
そのコの言うとおりだったからアタシ、すぐに謝ろうとしたんだ。
そしたらなつみ先輩が、
『そんなコトない! 真希は、そんなコじゃない!!』
ってすごく強い口調で、アタシのコトかばってくれて。だから言えなくて……。
どうしようって、謝んなきゃって、アタシが悩んでる間もなつみ先輩は、ずっとラジカセと頭を振り続けてた。
そしたら手が滑って、ラジカセがなつみ先輩の足にッ……!」
そこまで言うと真希は、こらえきれずに枕の上に突っ伏した。
522 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 16:59
「なつみおねえちゃん…」
映りの悪くなったテレビは、叩けば直る。
止まった時計は、力任せに振れば動き出す。
子供の頃からそう信じて疑わない、なつみは古風なタイプの人間であった。
愛がお気に入りの目覚まし時計を誤って床に叩きつけられた事も、一度や二度ではない。

  『あれぇー? あいー、時計とまっちゃったんかぁい。ほらほら、おねえちゃんに貸してごらん?』
  『やめてよ! 単なる電池切れだよおねえちゃん! やめてよォォォッ!!』

愛がいくら止めても、なつみは聞かなかった。
無残に叩き割られた残骸を二人で見下ろしたときの、あの気まずい空気。今思い出しても鳥肌が立つ。
飛び出した乾電池、やや曲がってしまった秒針、ひび割れた文字盤。
なのに変わらず微笑んでいるプーさんと、名前は忘れたけれどいつも一緒にいるあの、ピンクの子ブタ――。

「なつみおねえちゃん……」
三年前の誕生日に麻琴にもらったプーさんの目覚まし時計を、去年の誕生日になつみに叩き割られた事を、
愛は懐かしく思い出していた。

「そうだったのか…」
ひとみが呟く。
彼女は事件のあった日、クラスメイトの柴田あゆみとのダーツ十番勝負に0勝10敗で負け越した梨華の代わりに
罰ゲームの腕立て伏せ2000回に挑んでいたため練習に遅刻し、その現場に居合わせなかったと聞いたことがある。
当時、梨華とは既に破局していたが、先延ばしにしていた罰ゲームの実行だけがまだ残っていたのだという。
523 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:02
「自分のせいだ。自分がなっちに怪我を負わせ、彼女の夢までも奪ってしまった。
責任を感じていた後藤はせめてもの罪滅ぼしにと、君らが建て直したラジオ体操部に差し入れを届けるようになったんだ。
後藤は、なっちのいないラジオ体操部を陰から支えようとしたんだよ」
「じゃあ、バイトで忙しいごっちんの代わりにうちらに差し入れを届けてくれてたのは…
いつもバイトで忙しいごっちんとは違って常に暇を持て余していた、ラーメン部長の市井さんだったというワケですね」
ひとみが言った。
どうやら彼女は、紗耶香の事をあまり良く思っていないらしい。
(先輩ったら失礼なコトばっかり…。市井さんって、怒ると怖そうだし……だいじょうぶかなぁ)

「そのとおーり! なっちのいないラジオ体操部を陰から支えるごとーちゃんをさらに陰から支えたのが、
ココにいるレトルト食品愛好会15代目総長のいちーちゃんとゆーワケさっ!」
紗耶香が言った。
どうやら彼女は、ひとみの嫌味にまるで気が付いていないらしい。
(市井さんって、……だいじょうぶかなぁ)

ゴトン。

不意に、ドアの外で鈍い音がした。

ゴロゴロゴロゴロゴロ。

開け放しにしてあったドアの向こう側を、何かがゆっくりと転がりながら横切っていく。

「リンゴ…?」
丸くて赤い、その物体を見送りながら、里沙が呟く。
「お見舞い…?」
困惑顔で、亜依が言う。
524 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:03
「誰か、いるんですか?」
愛が半信半疑に尋ねると、ドアの向こうに人影が現れた。
「なつみおねえちゃん!?」
なつみだった。両手一杯に抱えたリンゴが、今にも零れ落ちそうになっている。
「ちっ、ちがうの! 違うんだよっ! なっちね、立ち聞きするつもりなんかなかったんだよおっ!?」
「誰もそんなコト聞いてないのに…」
麻琴が呟く。
言わなければバレない。なのに、言ってしまう。それがなつみなのだ。
「すごい、ベタな登場の仕方っ…。カワイイ……」
熱に浮かされたような顔で、ひとみが呟く。
「このヒトがウワサのなっち先輩かぁ。ウワサ通りの天然やなぁ」
「お見舞いのリンゴを、裸で…普通に考えたら物凄く非常識なのに、この人がやると微笑ましい気持ちになるから不思議だね」
「うん。きっと、すごく慌ててたんだろうね…」
亜依、あさ美、里沙の三人は、なつみの様子を遠巻きに眺めながら感心している。

「だってねっ、だってさ、紗耶香に電話もらって来たらドア開いててさ、入ろうとしたらなんかみんな真剣に話してるから
入りそびれちゃって、だから気付かれないように息を殺してみんなの話、こっそり聞いてただけだもん! 立ち聞きじゃないよっ」
頬が紅潮している。リンゴの山を胸に抱きしめたまま、なつみは一気にまくしたてた。
「す、すげぇ。どっからツッコんでええかわかれへんわ…」
「ねぇ、とりあえず中入りなよ、おねえちゃん…」
愛は、ドアの向こうで仁王立ちするなつみに向かって言った。
525 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:06
「ごっつぁん!」
胸に抱えたリンゴをバラバラと落としながら、なつみがベッドに駆け寄る。
「あぁあぁ、めっちゃ落としてるがな」
「もぅ、おねえちゃん」
散り散りに転がってゆくリンゴを追って、部員達が病室を右往左往する。
「ねぇ、だいじょうぶ!?」
「う、うん…平気」
真希はベッドの上に半身を起こし、罰が悪そうになつみから目を逸らした。
「ただの過労だから心配いらないって先生が言ってたって麻琴が言ってたから、安心したけど…こんなになるまで仕事するなんて、」
「ちょっと待って、おねえちゃん…そんな前から立ち聞きしてたの?」
愛は思わず、二人の会話に割り込んだ。
麻琴からその報告を受けた時、愛達はまだ病室に着いたばかりだった。
するとなつみは、自分達の会話をほとんど最初から盗聴していたという事か。
「だから、立ち聞きじゃないって言ってるっしょー。人聞き悪いコト言うんでないの、このコは!」
「ねぇ、麻琴ちゃんがその話したのって、市井さんが来る前だったよね」
あさ美に指摘されて、ハッとする。
確かに、あの時なつみが既に病室の前にいたのだとしたら、遅れて駆けつけた紗耶香と廊下で鉢合わせているはずだ。
紗耶香は、なつみの存在に気が付かなかったのだろうか…しかしいくら真希が心配だったとはいえ、
ドアの傍に立っていたはずのなつみに気付かないとはあまりに不自然ではないだろうか?

「あ、だってなっち、ベンチの下に隠れてたから」
「自分盗み聞く気満々やん」
全員が、亜依の言葉に頷いた。
526 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:08
「久しぶりだね、ごっちん」
なつみが、真希に微笑みかける。
「…うん」
しかし、怪我を負わせてしまった事への負い目からなのか、真希はなつみと目を合わせようとしない。
「なつみ先輩」
俯いたままで、真希が言う。
「なに?」
「よかった。元気そうで」
すると、なつみは短い溜息を吐いた。
「あのねぇ、なっちの心配してる場合?」
「………」
「なにやってんのさ、もぅ…ばか」
「……ゴメン」
「ってゆーかなに?”なつみ先輩”って。そーゆーのごっちんが言うとキモイよ?」
「……ゴメン」
「なっち、でしょ?」
「……なっち」
まるで母親に叱られている子供のようだ。
愛には、久し振りに見る二人のやりとりが微笑ましかった。

「ねぇ、ごっちん。なっちは怒ってもいないし、それになっちがラジオ体操やめたのは怪我のせいじゃないんだよ?」
真希が、意外そうな顔でなつみを見上げる。
「ずっと誘われてたの、りんねに。酪農やろう、って。だから体操やめて、酪農同好会に入ったんだもん」
「うそだよっ、だってそんなの一言も、」
「ホントだよ。あのときは大会の前だったし、みんなには言えなかったけど…なっちの心はもう決まってたんだ。
だから、なっちがラジオ体操やめたのは、ごっちんのせいじゃないんだよ?」
愛にとっても初めて耳にする話だった。
確かにあの事件の後、なつみが親友に誘われ彼女の創設した酪農同好会へ入部したのは事実だ。
だが、ずっと前から誘われていたというなつみの話は本当だろうか?
疑っているのは真希も同じらしく、腑に落ちない表情を浮かべている。
527 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:10
「ぜんぶ、なっちが自分で決めたコトなの。体操部やめたのだってそうだし、それから…
もう一度ラジオ体操やるのだって、なっちが、自分で決めたコトなんだから」
「えっ…」
愛は思わず声を漏らした。
なつみの言葉が信じられなかった。
「愛のために、いっぱいがんばってくれたんだね。ありがとね、ごっちん」
膝の上でシーツを握り締め、真希がぶんぶんと首を振る。
「なっちの体操、ごっちんにも見ててほしいからさ」
神様どうか、わたしの聞き違いでありませんように。
愛は祈るような気持ちでなつみの横顔を見詰めた。
「また、いっしょにやろーよ」
真希が顔を上げる。
「…うん!」
涙で潤んだ瞳。
泣き笑いのような表情を浮かべて、真希は力強く頷いた。
528 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:12
「後藤さんやっぱスゴイなぁ」
麻琴が溜息混じりに呟く。
それは隣にいる愛にしか聞こえない程の小さな独り言だったが、
「そうだね」
麻琴は一瞬驚いたように愛を見ると、すぐに照れ笑いを浮かべた。
「後藤さんって、ホントすごいね」
麻琴にだけ聞こえるように、小さく言う。
後藤さんって、本当にすごい。
おなかをすかせたわたしたちのためにいつもおやつを持ってきてくれるあしながおじさんは、
最後にはわたしたちが一番ほしかったものを運んできてくれたんだもの。

「てゆーか、よく考えたら部員めっちゃ増えてるやん…。本気でウチいらへんのとちゃう?」
辛うじて聞き取れる程度の虚ろな呟きが聞こえて振り返ると、亜依が蒼白な顔をして立っていた。
それは明らかに部長である愛への問いかけだったが、愛にはどうする事もできなかった。
何の根拠も無いのに『そんなことないよ』などと言うのは部長としてあまりに無責任すぎるし、
かと言ってはっきり『そうだね』と告げるのは彼女にとってあまりに残酷すぎる。
どう答えたものか…愛は真剣に悩んだ。
529 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:14
「そんなことないよ。あいぼんさんにはあいぼんさんにしかできないことがあるんだから」
助け舟を出したのは、里沙だった。
(あいぼんにしかできないこと、か…やっぱり、仲良いだけあって里沙ちゃんはあいぼんのコトちゃんとわかってるんだなぁ。
 それに比べてわたしは、みんなのコトまだぜんぜんわかってない…)

あいぼんといえば歌が上手いから、やっぱり合唱かな?
ううん、もしかしたらわたしがよく見ていないだけで、体操だって本当はすごく上達しているのかも…。
などと、亜依のポジションについて愛が考えを巡らしていると、
「ほーぉ。たとえば?」
痺れを切らし鋭い眼光で追及する亜依に、里沙は怯むことなくきっぱりと答えた。
「モノマネとか漫才とかコントとかあとテーブルマジックとかかな、うん」
まさか遠回しに『辞めろ』と言っているのではないだろうなと疑いたくなるほど、
里沙の挙げた亜依の特技の中にラジオ体操に関するものは何一つ入っていなかった。
「そうだよ、モノマネであいぼんにかなう敵はいないよ! 自信持って、あいぼん!」
麻琴が無邪気に言う。
愛は首を傾げた。
二人は一体、亜依を何の土俵で戦わそうとしているのか。
530 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:16
「あのー、ちょっとよろしいですか」
それまで黙っていたあさ美が、ひとみの背後から遠慮がちに顔を覗かせた。
「どうした剛田」
「今さら、水を差すようで申し訳ないんですけれど…どうしても自分の中で納得がいかないものですから」
「いいよ? 遠慮せずに言いなよ、あさ美ちゃん」
「うん。ありがとう、愛ちゃん」
愛の言葉にあさ美はようやく安堵の表情を浮かべると、続けた。
「あの、さっきから安倍さんの怪我も体操部の休部もまるっきり後藤さんのせいみたくなっちゃってると思うんですけど…
諸悪の根源は、実は別にいるんです」
「どういう、コト…?」
愛が尋ねると、あさ美は神妙な顔をして言った。
「みなさん、さっきの後藤さんの話をよく思い出してみてください」
「えっ…? うん…」
愛はしばらくの間、宙を見つめた。
皆同じように真希の話を思い返しているのだろう、誰一人言葉を発しない病室は不気味なほど静まり返っている。
531 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:18

  『ごっつぁん、電池切れてるみたいだから、替えといてくれる?』

事件は、なつみの一言から始まった。
しかし、当のなつみはこの事件の被害者である。
彼女がラジカセの電池切れを認知していながら自ら交換する事をせずそれを真希に一任した事が、
結果として彼女自身の身に悲劇を招く原因となってしまった。
と、いうことは…

「おねえちゃんの、自業自得ってコト?」
「違うよ愛ちゃん。それはいくらなんでも」
「えっ」
「自業自得は言いすぎだよ高橋。電池チェックは掃除当番の役目だったんだから。
なつみ先輩はごっちんと仲良かったけど、そういうトコはちゃんと線引いてたってゆーか、えこひいきとか絶対できない人なんだからさ」
「う…」
あさ美とひとみにことごとく否定され、愛は言葉を失った。
確かに二人の言うとおり、なつみの自業自得が招いた悲劇であるという結論は少々強引だったかもしれない。

「んまぁでも、調子悪いからってフツー振んないかんね、ラジカセ。そぉゆーイミじゃ、自業っちゃ自得だわなー」
屈託無くからからと笑う紗耶香の姿は、無礼を通り越してむしろ爽やかですらあった。
「でも…」
あさ美が、ふっ、と自嘲気味に笑う。
532 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:20
「愛ちゃんが解らないのも無理ないかな。だって、当の本人ですら自覚がないんだものね」
ぽつりと言う。
切なげなその表情は、昨夜母親と見たサスペンスドラマの、愛した人が実は真犯人だったと判ったラストシーンの主人公そっくりだった。
「あさ美ちゃん…?」
(当の本人って…誰なの?)
あさ美の視線の先で無邪気に笑っている人物の姿を認めた瞬間、決定的なシーンが次々と愛の脳裏を掠めた。


  『後藤! 早くしないと、もう出来ちゃうから!!』

あっ。

  『ぺヤングに決まってんだろ!』

そうだ!

  『もうお湯入れちゃってんだよ! 待てねーよ!!』

コイツだ!!


そして、あさ美が静かに告げる。
「安倍さんの怪我は後藤さんのせいではなくむしろ、レトルト食品愛好会の市井さんのせいです」
全員の視線は、ただ一人に注がれた。
533 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:23
「あっ、ホンマや。コイツのせいやん」
「あいぼんさん、指差しちゃダメっ」
「……へっ?」
全員の注目を浴び亜依に指を差された張本人は、未だ状況が呑み込めないらしくきょとんとしている。
「だってあんとき、いちーペヤング作ってただけだよ?」
「だからそれが原因だっつーの。バカかテメーは」
ひとみはここぞとばかりに紗耶香を罵倒したが、張本人は混乱のあまり自分が罵倒されている事にすら気付いていないようだった。
「そっ、そっか、そうだったのか……よ、よよ、よーしっ! 決めたあッ!!」
緊張しているのか、紗耶香が上ずった声で叫ぶ。
「なに。どしたの、いちーちゃん」
「いちーは今日限りペ、ペヤ、ペヤペヤ、ペヤ……や、”焼きそばUFO”を絶つっ! 武士に二言なし!!」
「最低っ…」
麻琴が、
「嘘でもいいからペヤングって言えよ…」
ひとみが呟いた。
「もういいよ、紗耶香。なっち気にしてないから。ってゆーかそんな中途半端な償い方されたってコレっぽっちもうれしくないし」
天使のように穏やかな笑顔で、なつみが言う。
「わぁ…なっち先輩が毒吐いてるで」
「おねえちゃん、実はちょっと怒ってるかも」
どんなときも常に笑顔を絶やさないなつみだが、ごく稀に目が笑っていない瞬間がある。
彼女と毎日一緒に暮らしている愛には判る。今が、そのときだ。
534 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:25
「あ、そーいえばおまえさあ」
早く話題を逸らしたいのだろう、紗耶香が突然思い出したように言った。
「セワシくん呼んでるよ?」
「なんでウチやねん。ありえへんやろ」
紗耶香の視線は、真っ直ぐひとみに注がれている。
彼女の言う”おまえ”がひとみを指している事は、誰の目から見ても明らかだった。
「おまえだよおまえ。中学んときテニス部の石川さんにこっぴどくフラレた吉澤さんだよ」
ひとみが舌打ちする。
「イチイチ腹立つなぁ」
「おまえさっき、アタシのコト殴ったろ。しかもパーで」
誰もがすっかり忘れていた事実だった。
「しかも、って…パーならむしろ良かったじゃんねぇ」
麻琴がそっと耳打ちしてくる。
「うん。グーで、って言うならわかるけどね…」
愛は周りに聞こえないよう、声を潜めて答えた。
「いや、あ、あれは、ですね…」
誰もがすっかり忘れていた事実だったが、嘘に騙された結果とはいえ罪の無い先輩を平手打ちしてしまったのだ。
ひとみがうろたえるのも無理は無かった。
「アレすっげ痛かったんだよねー。親にもぶたれたコトないのに。それもパーで」
「す、すいません! ホントすいませんでした」
「あのさぁ、ひとみちゃん。世の中の凶悪犯罪がみーんなすいませんで済んだら、地球上から交番なくなっちゃうよぉ?」
紗耶香は何度も頭を下げるひとみに、意地悪く言った。
535 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:28
「……あの、一体どうすれば」
ひとみは恐る恐る顔を上げ、訊いた。
「『ハロモニ女子学園2年C組吉澤ひとみ17歳。趣味はカキ氷、特技は三年前に始めたグラビア収集です』
と大声で叫びながらモニフラ女子のグランド10周したら許してやる」
「嫌だっ、嫌ですそんなの!!」
「じゃあ許してあーげない」
「だったらせめて場所変えてください! 梨華ちゃんの見てる前でそんなコトしたら、あたし…泣きますっ、泣いてしまいます!」
「わかってないなぁー、ひとみちゃん」
紗耶香は、今にも泣き出しそうなひとみに向かって爽やかな笑顔で言った。
「痛くなきゃ、罰を与える意味がないでしょ?」
ひとみの顔から、みるみる血の気が引いていく。
確かに、ひとみにとってこれ以上痛い罰は無いだろう。
趣味が”カキ氷”というのもなんだかよく解らないし、加えて、グラビア収集を意図的に
趣味ではなく特技としているあたりに紗耶香の底知れぬ恐ろしさを感じる。
(どうしよう…。吉澤先輩、今度こそ決定的にフラレちゃうかも…)

「ねぇ、おねえちゃ…」
もはや市井紗耶香に意見できるのはこの二人しかいない、と愛は思った。
「でさでさっ、あんときなっちマジ超寝ちゃってて〜! 起きたら室蘭だったんだよね〜」
「あははっ。そうそう次の日なっちからメールきてさー。どんだけ乗り過ごしてんだよーとか思ったもん」
しかし久し振りに再会した二人は思い出話に夢中で、目の前の悲劇にまるで気が付かないのだった。
 
536 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:30

――

「先輩、ヒモ解けてますよ?」
「えっ」
体育館へ入るなり、後輩の藤本美貴に指摘される。
「ホントだ」
足元に目をやると、右足のシューズの紐が解けている。
床にうずくまって紐を直していると、梨華の口から自然と溜息が漏れた。
(なんだか憂鬱。どうしたんだろ…)
今一つ気分が乗らない原因は、出掛けにテレビで見た星占いの結果があまり良くなかったせいだろうか。
しかしそれだけではない、何となく嫌な胸騒ぎがした。

「ちぃーす。みんなちゃんとやってるー? 矢口ー、暑いからってサボってんじゃないわよ〜」
保田圭。
胸騒ぎの原因はこれか…梨華は無理に自分を納得させると、部員達の輪へ小走りに駆け寄った。
(めずらしく保田さんが来てる…。もしかして今日雨降る? どうしよう、カサ持ってきてないのに…)

「ざけんな。地球上でオマエにだけは言われたくないひとことだよそれ。ってか何しに来たワケ?」
「ナニって練習に決まってんでしょーが。ったく相変わらず失礼な小動物よね〜」
「回りくどいんだよ。チビって言いたきゃ言えばいいだろー」
部長と副部長の小競り合いにも、部員達は当然のように見て見ぬ振りを決め込む。
梨華も入部当初はこの光景を目にするたびハラハラしたものだが、
全く動じない他の部員達を見ているうちにすっかり慣れてしまった。
ただ美貴によると、圭が練習に顔を出した日には必ずといって良いほど不吉な出来事が起こるらしい。
537 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:33
『保田さんが現れると、必ず良くないコトが起きるんですよ。たとえば…』
『いやぁっ、やだっ…怖いってば、やめてよミキティ』
『石川さんってホント怖がりなんですねー。だいじょーぶですよ、話聞くだけじゃべつに呪われたりしないし』
去年の夏合宿の夜、数人で怪談話をした時、怖がる梨華を見ながら美貴は楽しそうに話した。
『体育館にカミナリが落ちたり、部長のプーさんが盗まれたり、部長のプーさんが誘拐されたり、他にもいろいろ』
『ねぇ、盗まれるのと誘拐されるのと、どう違うの? プーさんってあのぬいぐるみのプーさん、だよね…?』
『どう違うのって身代金の要求があるかないかの違いですよやだぁーもう石川さーん』
『……そ、そうね、うん。そう、だよね…』
入部したばかりの梨華にとって怪談話よりも怖かったのは、世間とあまりにかけ離れたラジオ体操部内の常識だった。


「あのっ、すみません!」
突然、一人の少女がひどく慌てた様子で駆け込んできた。
ラジオ体操部員ではない。梨華にも見覚えのない顔だった。中等部の生徒だろうか。
少女は扉の外を指差すと、乱れた息で叫んだ。
「グっ、グランドに、変なヒトがっ…!!」
部員達は互いに顔を見合わせた。
「行こう」
真里の言葉に頷くと、梨華は駆け出した。他の部員達もその後に続く。
538 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:35

「ハロモニ女子学園、にねんしーぐみぃぃーっ!!」
彼女の姿を認めた瞬間、頭の中が真っ白になった。

「ねぇねぇ石川さん、あの人って……あのヒト、ですよね」
美貴の問いに答える余裕など無かった。
梨華は、ただただ立ち尽くしていた。

「吉澤ひとみ、じゅうななさああーい!!」
名前を聞かなくたって、もう十分解っているのに。
改めて名乗られると、痛いほどに思い知らされる。

「趣味はカキ氷! 特技はーっ、三年前に始めたー、グラビア収集でえええ――っす!!」
夏休み中で人が少なかったのが不幸中の幸いと言えば、言えなくも無い。
しかし、そんな言葉は単に不幸な者たちが傷を舐め合うための気休めの呪文に過ぎない。
(不幸中の幸い、か…)
”幸い”という言葉に私たちはつい紛らわされてしまうけれど、と梨華は思う。
不幸中の幸いって言ったってそれは不幸の度合いがほんの少し減ったってだけで結局、不幸は不幸なんじゃない。
そう、たった今梨華の身に起きていることは幸か不幸かで言えば間違いなく、”不幸”な部類の出来事なのだ。
539 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:38
「里沙ちゃん、こっちこっち」
「ねぇあさ美ちゃん、吉澤先輩のアップだけじゃなくて引きの画も入れた方がいいんじゃないかな。バックに校舎を入れるとか」
「そっか。ちゃんと、モニ女でやってるっていうのが判らないと証拠VTRの意味が無いもんね。さすが里沙ちゃんだね!」
二人の女子生徒が、ひとみの走る姿をビデオカメラに収めている。
カメラを回しているのが紺野、もう一人は新垣…確かそんな名前だったな、と、
梨華はあの合宿以来久し振りに会うライバル達の姿をぼんやり眺めた。

「にしてもあのコ、こんなトコでなにやってんのかしら。次に会うのは大会だと思ってたけど、世間て狭いわよね〜」
保田圭。
彼女が現れると必ず良くない事が起きるという美貴の話を、梨華は本気で信じ始めていた。
「あの、すみません。今のコメントもう一度お願いできますか」
さっきまでカメラを回していた生徒が、圭に駆け寄る。
「えっ? ああ、いいけど」
「じゃあ、吉澤先輩が次のコーナー回ったあたりでお願いします。里沙ちゃん、お願い」
「ハイ、5秒前ー。3・2・1、キュー」
「世間て、狭いわよね〜」
「ハイ、オッケーでぇーす」
「「どうもー、ありがとうございましたあー」」
圭に一礼すると、二人は逃げるように走り去っていった。
540 名前:<第23話> 投稿日:2004/07/20(火) 17:41
「趣味はカキ氷ー! 特技はー、三年前に始めたー、グラビアー!!!」
梨華は、トラックを大回りしながら半ばヤケ気味に叫び続けるひとみの姿を目で追った。
ひとみは次第に増えていくギャラリーには目もくれず、ただひたすら走り続けている。

(よっすぃー、お願い)

「吉澤さぁーん!」
「ちょっとあやっぺ、やめなってば!」
「吉澤さぁーん! 趣味の”カキ氷”って、作る方と食べる方どっちでぇーすかぁー?」
「ねぇやめなよ、どっちだっていーじゃんそんなの!」
「だって気になるじゃんっ。趣味”カキ氷”だよ? 作る方か食べる方がぜったい気になるじゃんっ」
「ってゆーかアレ明らかに言わされてるだけだから。ねっ、やめなって」
「やぁーだっ。よーしざーわさぁーん!」

(ねぇ、)

「あのさ、おいら前から気になってたんだけどさー……石川って、あのコのどこに魅かれたの?」
答えはいくらでも見つけられる。けれど、今は答える気分じゃない。

(お願いだから)

「罰ゲームとか、ちょっとは断りなさい、よっ…」
昔とちっとも変わってないんだから。
唇を噛みながら、けれどきっとそんなところにも自分は魅かれてしまったのだ、と梨華は思った。
 
 
541 名前:すてっぷ 投稿日:2004/07/20(火) 17:45

>517 名無し読者79さん
どうもです。やはり高橋さんでしたか。しかし更新ペースがトロすぎて、
ドラマのパロディであることを忘れられてしまうんではと焦る今日この頃ですが(苦笑
最後までよろしくです!

>518 もんじゃさん
どうもです。楽しんでもらえたようで良かった…。
現実の娘。たちを見てると、どうしても楽しいコトばかりとはいきませんが…
こっちのハナシはあくまでアホまっしぐらで行きますのでよろしくです(笑

>519 名無飼育さん
お待たせしてすみません…よろしければ最後までお付き合いくださいませ。
542 名前:名無し読者79 投稿日:2004/07/20(火) 20:09
きっと彼女たちは真剣な表情でこのやり取りをしていたんだと思うと
笑いが止まりません…。最後のよっすぃー…どうかこの二人には!って
感じです。いっぱい笑って元気が出ました。
543 名前:もんじゃ 投稿日:2004/07/23(金) 23:32
待った甲斐があって今回も最高でした!
まさかなっちのケガに、そんな深いワケがあったなんて。
PC前でゲラゲラ笑っちゃいました。
そういえばゲラゲラって表現も古風ですね。
544 名前:名無し 投稿日:2004/07/25(日) 05:54
す、素晴らしい…これだけキャラクターを出しておきながら、美しい言葉のキャッチボール。
そして吉澤VS市井。完璧です。
545 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/28(水) 16:47
よっすぃ、いいこだなぁ…
546 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/31(土) 21:42
おもろい!おもろいよ・・・作者さん・・・
笑いがとまんないよ
547 名前:名無しレンジャー 投稿日:2004/08/03(火) 13:46
吉澤のバカっぷりが最高だああ!!!
548 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/04(土) 13:22
俺は待つ
549 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:43

教室から、仲間達の笑い声が聞こえてくる。
あの日ラジオ体操を辞めて以来ずっと苦楽を共にしてきた彼女達を、これから自分は裏切るんだ。
安倍なつみは、重たい気持ちでドアを開けた。

「あっ、なっち遅いよぉー。また寝坊?」
酪農同好会会長であり、なつみの小学校時代からの親友でもあるりんねが、呆れ顔で出迎えた。
部員のあさみ、まいの姿もある。
「う、うん。ゴメンゴメン」
「もぅ、しょうがないなぁ。先に始めてるから、早く着替えてよ?」
小さく頷くと、なつみはバッグから着替えを取り出した。
牛柄模様のTシャツを床に広げて眺めていると、この場所で過ごした懐かしい日々が思い出された。
これ以上この場所にいると、あれほど固かったはずの決意が揺るいでしまいそうだ。
なつみはたった今出したばかりの着替えを、再びバッグへ仕舞った。

「はーい、じゃみんなー、搾乳3セットいきまあーす」
「「よろしくおねがいしまーす」」
ダンボールで作ったハリボテの牛の腹に潜り込んだ二人が、くぐもった声でりんねに答える。
「ハイ握ってぇ、イチ、ニ、ギュウゥゥ〜、イチ、ニ、」
「「ギュウゥゥ〜」」
中綿をフエルトで棒状に包んで作った擬似乳を、二人の手がリズミカルに揉み解してゆく。
550 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:45

  『いくら搾ったって乳なんか出ないじゃん。そんなコトやってて何が楽しいのよ』

かつて校内一の不良と恐れられた里田まいは、なつみ達が擬似乳で搾乳の練習をしているのを見て鼻で哂った。
”逆らうと殺られる”
校内の誰もが彼女を恐れ、彼女に近付こうとする者は誰一人居なかった。
勿論りんねもあさみも例外ではなかったが、なつみだけは違っていた。

  『それは違うよ、里田さん』
  『な、ななななななななっちやめなよォォッ…!』

りんねは絶叫し、あさみは恐ろしさのあまり凍り付いていたが、構わずなつみは続けた。

  『だってうちらはべつに、牛乳が欲しくて搾ってるワケじゃないもの。
   たとえば登山家だってそう、彼らは何もキノコや山菜欲しさに頂上を目指すんじゃない。
   彼らの言葉を借りるなら、うちらはそう、そこに乳があるから搾るだけ。だべさ』

大切なのは結果じゃなくて過程なんだよ、里田さん。
そこへたどり着くまでに一生懸命になれたら、精一杯楽しめたら、あとには何にも残らなくたっていいじゃない。

  『そこに乳がある、から…』

まいが呟くと、なつみは精一杯の笑顔で答えた。

  『搾るだけ、だべさ!』

振り返ると、りんねとあさみが射るような視線で訴えかけている。頼むからこれ以上余計な事を喋ってくれるな、と。
しかし、なつみは続けた。

  『ほらっ。まいちゃんもいっしょに搾ろっ?』

まいはしばらく驚いたような顔をしていたが、やがて笑顔で頷いた。
彼女は寂しかったのかもしれない、となつみは思った。または乳搾りがしたかったかのどちらかだ、と。
551 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:47

「りんね、もう少しテンポアップしない? アタシ、まだイケるし」
まいが、りんねに意見している。
(あの悪かったまいちゃんが…)

友人の一人は、カップ麺の容器の底に針で穴を開けられ、お湯を注いだ直後に気付いたが後の祭りだった。
後輩の一人は、『石川さんが”待ち合わせハチ公前だったけど八丈島に変更したいの”って言ってたよ』と騙され、本当に八丈島に行ってしまった。
校内一の悪戯好きで校内の誰からもある意味恐れられていた、あのまいちんが……
なつみは目頭を押さえながら、意を決して立ち上がった。
自分がいなくなったって、あさみもまいも、もう大丈夫だ。そして、もちろん、りんねだって。

「みんな、ゴメン、ちょっといいかな」
搾乳の手を止め、二人が顔を上げる。
りんねだけはなつみの只ならぬ様子に気付いたのか、訝しげな表情を浮かべている。
552 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:49
「えっ…」
酪農同好会を辞める。
そう告げた時、最初に声を上げたのはあさみだった。
「うそ…」
まいが呟く。
「どうして?」
りんねが言った。平静を装ってはいるが、微かに、声が震えている。
「なっちね、もう一度、ラジオ体操やろうと思ってさ」
なつみは無理に明るく言った。
今にも泣き出しそうなあさみやまいの顔を見ていると、自分までもらい泣きしてしまいそうだった。
「もう、決めたんでしょ?」
「うん」
「うちらがなに言ってももう、気持ち変わんないんだよね」
「…うん」
なつみの声は少し上ずっていた。溢れ出した涙を零すまいと瞬きを我慢しているせいで、瞳の奥がじんじんと痛んだ。
りんねは俯いて唇を引き結ぶと、またすぐに顔を上げた。
「わかった」
りんねの声は優しかった。
なつみへの赦し。励まし。絆。
短い言葉に、その全てが籠められている気がした。
(りんね……ありがとう)

「勝手だよ! アタシのコト誘っといて、安倍さんは…そんなの勝手だよっ!!」
まいが噛み付いた。
「ゴメン、ゴメンね、まいちゃん」
「あのとき…一緒に搾ろうって言ってくれたとき、アタシ本当に嬉しかった。嬉しかっ…」
最後は言葉にならなった。
「ふぅ、ふぇぇっ、なっち、やだ、やだよぉ。やめないでよぅ、なっち」
あさみはもう泣き出している。
553 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:50
「あさみ、泣かないで。ねっ? ほら泣かないでよぅ…」
「なっち、やだよぉ、やだよ…。ねぇ、なにが嫌だったの? フエルトの乳がヤだった?
それとも中に詰まってんのが綿だから? ねぇ、小豆なら良かった? だったら小豆にするからやめないで、なっち!!」
「あさみ、なっちべつにフエルトの乳が嫌だからとか中に詰まってんのが綿だからやめるんじゃないよ? むしろ小豆はやめとこ? ねっ?」
「なっち、やだよぉ、やだよ…。フエルトがだめなら……あっそうだ、パピコ(白)!!!
パピコ(白)でやろうよっ! 軍手はめれば冷たくないし!! 搾った後で飲めるし!!!」
「だから、ね…落ち着いて、あさみ。乳とかパピコとか、そういう問題じゃないんだ。
でも、なっち正直パピコは思いつかなかったな。ナイスアイディアだぞっ、あ・さ・みっ!」
「うんっ。ありがとう、ありがとうなっち…うちら、これからも頑張るからっ! なっちがいなくてもうちら、頑張るからあっ!」
(あれっ?)
ついさっきまでの”なっち辞めないで”はどこへやら?
喉元まで出掛かった言葉を、なつみは辛うじて飲み込んだ。
思えば、日本中から牛丼が消えたあの日、あからさまに絶望する三人をよそに彼女だけは一人、明るかった。

  『たかが肉じゃん。牛がNGなら豚。豚がダメなら鶏でしょカンタンなコトじゃ〜ん?』

あさみの、鮮やかなまでの立ち直りの早さ。
心配性のりんねや不良のまい、そして牛を想うあまり時に冷静さを失ってしまうなつみが、彼女の性格にどれだけ救われたことか。
(あさみ。これからも酪農同好会のコト、よろしくね)
554 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:53

「じゃあ…もう行くね」
「…っ、っ、あべ、安倍、さんっ」
「ほらぁ、もー泣かないの」
泣きじゃくるまいの頭を撫でると、なつみは鞄を抱えた。
やはり名残惜しかったが、ここはもう自分の居るべき場所ではない。
「あさみ…は、もう泣いてないのね」
「うんっ。なっちファイト! 大会、みんなで応援に行くからね!」
頼もしい後輩だ。なつみは胸を撫で下ろした。酪農同好会の、未来は明るい。
「りんね」
りんねは優しく微笑むと、確かに頷いた。
「お世話に、なりました」
部員達に、そして三年という時間を過ごした思い出の地に別れを告げ、なつみは部室を後にした。
555 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:55

「なっち!」
なつみは足を止め、振り返った。追いかけてきたのはりんねだった。
「ほら、コレ。忘れ物」
「あっ…」
りんねが差し出した物は、フエルト製の擬似乳だった。
「なっちの、マイ乳だよ。ラジオ体操部に行っても…コレ見てうちらのコト、思い出して」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、ね」
なつみに背中を向けて、りんねが歩き出そうとした時、
「りんね」
なつみは咄嗟に言った。りんねが、ゆっくりと振り返る。
「あんときさ、なっち言ったっしょ? ごっちんのコト傷つけたくないから、体操はもうやんないってさ」
「うん」

  『ごっつぁんはさ、自分のせいでなっちが怪我したって、すっごい責任感じてるんだ。
   だから、なっちが退院して前より上手く演れなくなってんの見たら、あのコきっと、もっともっと自分のコト責めると思う。
   どうしよう、りんね。なっち、もうできないよ…』
  『そうだ、なっち。りんねさ、今度、同好会作ろうと思ってるんだ。酪農同好会! ねぇ、一緒にやらない?』

「あれ、ホントは嘘かもしれない。今はそんな気がするんだ」
「どういうコト?」
「なっちはさ、今までみたく上手に演れない自分を見るのがヤだったんだと思う。
ごっちんのコト傷つけたくなかったんじゃなくてホントは、自分が傷つきたくなかっただけなんだよ」
「…うん」
いつだってそうだ。いつだってりんねは、なつみの話を聞いてくれる。
自分の話をただ聞いてくれる人間なら、自分の周りにいくらでもいる。
けれど、ちゃんと聞いてくれる人に出会える事は、人生においてそうあるものではない。
556 名前:<第24話> 投稿日:2004/09/19(日) 21:58
「体操部にいた頃さ、なっち…出来なくて落ち込んでる子がいると、いつも言ってたんだよ?
ラジオ体操は勝つためにやるんじゃないって。上手くやろうとする前に楽しまなくっちゃ、って。
えらそーにさぁ、散々みんなに言ってきたコト、なっちがイチバン忘れちゃってたんだよね」
「…そっか」
「ずるいんだよ、なっちは。ごっちんとか、よっすぃーとかみんなが思ってるみたく強くもないしぜんぜん、いい先輩なんかじゃないんだもん」
「でも好きなんでしょ?」
「うん。好き。大好き」
「だったらさ」
たとえ、あの頃のように上手くやれなかったとしても。
ラジオ体操への気持ちはあの頃と少しも変わってはいない。

「だったら、今度こそホントに楽しんでおいでよ」
「…うん。そうする」
ただ聞いてくれる人とちゃんと聞いてくれる人との違いは、たとえばこんなところにあるとなつみは思う。

「ガンバレ安倍なつみ」
「おぅ」
なんとなく照れくさくて、二人は顔を見合わせて笑った。
 
557 名前:すてっぷ 投稿日:2004/09/19(日) 22:01

感想、どうもありがとうございます。更新遅くなってすみません。。

>542 名無し読者79さん
彼女達はいつだって真剣(笑。楽しんでもらえたようで良かったです〜。
不幸な再会を遂げた二人ですが、どうなることやら…見届けて頂けると嬉しいです。

>543 もんじゃさん
あ、もんじゃさんも古風なタイプの人と見た(笑。
毎回お待たせしてホントすみません。そう言い続けてまた今年も夏が終わってしまいました…(反省

>544 名無しさん
登場人物の多い回は、ちゃんと書き分けられてるか不安なんですが…
そう言ってもらえるとホッとします。吉澤vs市井は、書いていても楽しいです(笑)

>545 名無飼育さん
良く言えば「いいこ」(笑。悪く言えば「ア…(略

>546 名無し飼育さん
どうもです!次回も笑ってもらえるように頑張りますね。

>547 名無しレンジャーさん
吉澤さんのバカっぷりは、まだまだ炸裂する予定ですのでお見逃しなく(笑)

>548 名無飼育さん
ホントーに申し訳ない。。よろしければ最後までお付き合いくださいませ。
558 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/26(日) 02:38
来てたよ!すてっぷさん乙です!
待ってました!酪農同好会、里田・・おもしろすぎ!次回も待ってます!
559 名前:もんじゃ 投稿日:2004/09/27(月) 10:21
なんだか雰囲気に流されて目頭が熱くなりそうになりましたが、
よく考えてみるとそうとうアホですよね…。
危ない危ない。これがすてっぷマジックか。
560 名前:<第25話> 投稿日:2004/10/31(日) 22:45

「あー、やっぱ矢口かわいいなぁ。なんでこんなかわいいんやろ…」
女が呟いた。

「社長。本日のスケジュールですが、」
「やぐちぃ」
「9時から12時まで昨年の大会のVTR鑑賞、昼食を挟んで13時から17時まで自由時間となっております」
「やぐり〜ん」
「自由時間は基本的に何をされても構いませんが、くれぐれもお金を使いすぎないように。それから、あまり遠くまで行かないこと」
「やぐぴょーん」
「社長…」
秘書の稲葉貴子が、大きな溜息を吐いた。
(”社長”呼ぶのも、もうアレやな…会社潰れてもーたし)

「やぐちかわいい…」
恐らく”矢口”の画像が設定されているのであろう携帯電話のディスプレイを見詰める女の目は虚ろで、
生気というものが微塵も感じられない。
まるで魂の抜け殻だと貴子は思った。
お前はその矢口という名の小悪魔に一体幾らで魂を売り渡したというのだ。ええ? 20円か、30円か、どっちだ。
561 名前:<第25話> 投稿日:2004/10/31(日) 22:48
「あー…。好き好き矢口、好き好き矢口、矢口すきすきすきすきスキスキスキススキスキスキス矢口とキス、
矢口とキス! 矢口とキスやて! あははははは! 楽しい! 楽しいなぁ〜!! なぁ、あっちゃんっ?」
「アンタのアホには底がないんか」

中澤裕子。
鉄板焼き業界最大手と言われる、『シャ卵Q』グループ会長の娘である。
二年前にグループ会社の一つである『たこ焼き シャ卵Q』の経営を任されたものの、彼女が社長に就任するや
社の業績は下降の一途をたどり、ついには倒産の憂き目に遭ってしまった。
売上ダウンの原因は、裕子が社長就任直後、貴子に内緒でコスト削減と称しタコを3個に1個しか入れないよう
全ての支店へ通達したことから始まった。
このたこ焼き、タコが入っているものと入っていないものがある…貴子が異変に気付いた時には遅かった。
『シャ卵Q』のたこ焼きには、タコが入っていない。
全国の消費者の間では既に噂が広まりつつあった。

  『社長! シャ卵Qのたこ焼きにタコが入っていないという噂は本当なんですか!?』
  『消費者を騙していたことになりますよね!? 答えてください、社長!』
  『社長!』
  『社長!』

本社には連日マスコミが押し掛け、代わる代わる裕子を責め立てた。
やがて精神的に追い詰められた裕子は、ついに言わなくても良い一言を、否、決して言ってはならない一言を口走ってしまったのだった。

  『っさいなあ!! 3個に1個はちゃんと入ってるわ!!!』

程なくして、『たこ焼き シャ卵Q』創業150年の歴史は終わりを告げた。
562 名前:<第25話> 投稿日:2004/10/31(日) 22:50
ほとぼりがさめた頃、週刊誌のインタビューで事件について聞かれ、貴子はこう答えている。

  あ…コイツ言いやがった。と、思いましたね。完全に終わったな、と。その瞬間は、意外に冷静でしたね。
  でも不思議と、彼女に対する怒りとか恨みとか?そういう感情は湧きませんでした。
  彼女も私もとにかく疲れ果てていましたから、早く楽になりたかったし、楽にしてあげたかった。
  あの時は社長と秘書っていうよりは、幼なじみとして彼女を守ってあげたいみたいな気持ちが大きかったですね。
  たこ焼き? モチロン、アレ以来食べてないっすわ。てゆーか、丸いモン見るだけで胃が痛くなるんすよ。いやこれホント。
  十五夜とかマジ勘弁っスね。だって満月プラス団子でしょ、もうホント、失神寸前てなモンで(笑い)

四行目までは、確かに言った記憶があった。
しかし後半の二行は、明らかに捏造された文章だ。
最後の二行だけ明らかにキャラ変わってもーてるやん、
てゆーかそれならそうと始めに言っといてくれたらいいのに、と貴子は思う。
最終的に”(笑い)”にもっていきたいのなら、それが狙いなら、こちらにも策はあった。
少なくとも、この記事の後半二行よりは面白い事を言える自信があったのに…。
マスコミ不信に陥り、台所の隅で膝を抱えて塞ぎ込んでいた貴子に追い討ちを掛けるように、部屋の電話が鳴った。
実家の母親からだった。

  『アンタおもんなかったで。美容院で読んでんけどアレなんやのあの記事。おかーちゃん親戚中で恥かいたワ。ほなな』

違うのッ! アレは私じゃない! 私じゃないのヨォッ…!
叫び出したかった。しかし娘に弁明の余地を与えず、母の電話は一方的に切れた。
貴子は、再び台所で膝を抱えるしか無かった。
563 名前:<第25話> 投稿日:2004/10/31(日) 22:53

「矢口かわいいなぁ…あー、もうっ。むしろカワイイなんて言葉では足りひんわ! もっとしっくりくる言葉はないもんやろか?
なぁ、あっちゃん辞書もってきて辞書。なぁって、はよ国語辞典もってきてよー」
「無い」
「ないワケあるか! あっこの棚に背表紙見えてるやんけ、はよ持ってこいや! カワイイのより上を行くコトバさがしたいねん!」
「どアホ! 国語辞典はあってもそんなコトのために使う国語辞典はこの部屋に無いんじゃボケ!!」
「ちっ」
裕子は気に入らないことがあるといつも、貴子に聞こえよがしに舌打ちしてみせる。
「なぁ、裕ちゃん…お願いやから、ちゃんとして。アンタ社長やねんから、な?
確かにたこ焼き屋は潰れたけど、いずれまた新しい会社任されるコトになるんやから」
「もうええの。アタシはなぁあっちゃん、矢口の体操着姿眺めてるだけで満足やねん」
「せやかて裕ちゃん、そればっかしやってるワケにいかへんやろ? ラジオ体操の大会て年に一回しかないんやで、わかってる?
それかて当日ちょっと行って審査員やるだけやん、365日のうちの1日しか仕事せぇへん気なん?」
「そうや。残りの364日は、矢口とデートすんねん」
「せやかて裕ちゃん…」
(デートて…まだ電話もメールも教えてもらえてへんのに)
564 名前:<第25話> 投稿日:2004/10/31(日) 22:56
相手が照れているのか焦らしているのか、それとも単に嫌われているだけなのかは判らないが、
裕子が何度頼み込んでも彼女は決して携帯番号もメールアドレスも明かさない。
私立モニフラ女子高三年、矢口真里。
二人が出会ったのは二年前の秋、シャ卵Qグループが毎年行われる全国ラジオ体操大会のスポンサーを務めている関係で、
当時『たこ焼き シャ卵Q』の社長に就任したばかりの裕子が審査員として大会に呼ばれたのがきっかけだった。
審査員席に着いた裕子は会場で真里を見つけるなり『かわいい』『かわいい』を連発し、貴子は裕子に頼まれて
彼女のメールアドレスを聞き出そうとしたが、言葉巧みにかわされ、成行きで何故か部員全員分のジュースを奢らされた。
結局その年も、翌年も、メインスポンサーである裕子の一言で、優勝旗は矢口真里率いる”セクシー共和国”が手にすることとなる。
セクシー共和国の演技が他のチームに比べてずば抜けている事は誰の目から見ても明らかだったが、
ただ一人貴子だけは、裕子の評価基準がラジオ体操などではなく矢口真里の可愛さだという事に気付いていた。
565 名前:<第25話> 投稿日:2004/10/31(日) 22:58
しかしそのようないい加減な審査基準も昨年までは許されたが、今大会は彼女達のかつてのライバル校が
四大会ぶりに出場するという情報もある。
もし、万が一そのライバルチームの実力がセクシー共和国よりも上だという事が誰の目から見ても明らかだった場合、
裕子ならどちらを選ぶだろうか。
考えるまでもなく、裕子はセクシー共和国を、というより矢口真里を選ぶだろう。
芸術点だとか何とか適当な理由をつけて矢口真里を選ぶに違いない。
いや、例え嘘だと判りきった言い訳だったとしても、言い訳してくれるならまだ良い。
レポーターにマイクを向けられ、

  『審査の決め手? そんなん矢口がかわいーからに決まってるやん』

なんてことを言い出したらどうしよう。てゆーかいかにも言いそうだし。
どうしよう。貴子は急に不安になった。

  (『っさいなあ!! 3個に1個はちゃんと入ってるわ!!!』)

貴子の脳裏に、あの悪夢が蘇る。
3個に1個の割合でしか蛸の入っていないたこ焼きを、たこ入りたこ焼きと偽って販売していた不祥事に続き、
神聖なスポーツの大会で不正な審査を行っている事までもが世間に知れたら裕子は、引いては
鉄板焼き業界最大手と言われるシャ卵Qグループはどうなる?
(あかん! そんなん絶対あかんて!)
566 名前:<第25話> 投稿日:2004/10/31(日) 23:01
「なぁ、裕ちゃん。その、大会のコトなんやけどな、」
思えば、モニフラ女子ラジオ体操部への差し入れと称して裕子が贈っていたジュース代や弁当代や合宿費用は、
在りし日の『たこ焼き シャ卵Q』の接待費の約半分を占めていた。
たった一人の小娘のために、これ以上会社ぐるみで振り回されては堪らない。

「きゃーっ! でたー! 矢口かわいー! 超かわいー!」
「人の話聞けやコラ」
「えーっ? だってあっちゃんが言うたんやで。9時から去年のビデオ観るんやろ? もう9時すぎてるやん」
ほら、と、裕子がビデオのリモコンを持つ手で壁の時計を指す。
「なんや、ちゃんと聞いてたんかいな」
社長の自覚などとうに失くしたと思っていたが、今日のスケジュールについては一応把握しているらしい。
午後の自由時間は何をして過ごすつもりなのだろうか。
(この部屋も、そろそろ片さんとな)
裕子の秘書としてこの社長室へ入って二年余り。ここも、もうじき人手に渡る。

不意にドアが開いた。
ノックもせずに入ってきた男の顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
裕子は画面に見入っていて、まだ気付かない。

「久し振りやな、裕子」
名前を呼ばれ、ようやく裕子が顔を上げる。
「…つ、つ、」
「おっ、なにこの番組? 可愛いコいっぱい出てるやん」
「つんく兄さん…!」
 
 
567 名前:すてっぷ 投稿日:2004/10/31(日) 23:04


>558 名無飼育さん
どうもです!酪農同好会の面々、ようやく出すことができました。
里田の不良キャラ、気に入ってもらえてよかった…(笑

>559 もんじゃさん
大丈夫!そこは泣くトコですから(嘘
今回さらにアホが増してるかと思いますが、どうか呆れずに付いてきてくださいませ…。
568 名前:ごまべーぐる 投稿日:2004/11/01(月) 14:37
更新お疲れ様です。

株主総会でも激しく糾弾されたんだろうなあ。
しかも真相が…(w

それにしても「おもろない」が最大の屈辱だとここまでお分かりとは。
関西人として嬉しいです。
569 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/11/01(月) 19:32
つんく兄さん!!!!
待ってました!新展開!!!
本当に本当に本当にお待ちしておりました!
どんか展開になるんだか・・・
570 名前:名無しさん 投稿日:2005/02/07(月) 22:06
すてっぷさん、ずっと待っています。
571 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:30

――

「や〜、ほんまヒサブリやなぁ。大きなったなぁ裕子」
妹との数年振りの再会を喜ぶ男の顔はとても優しく、貴子の目に眩しく映った。
貴子と裕子、そして裕子の兄であるつんくとは、同じ町内に住む幼馴染だった。

「聞いたで。たこ焼き屋、潰したんやてな」
「すいません…兄さんから引き継いだ、大事な店やったのに」
普段の傍若無人な振舞いは影を潜め、実の兄を前に裕子はすっかり恐縮してしまっている。
「ハハハ。なんも謝るコトあれへん。オレには、お前責める資格なんてないしな。
むしろ謝るのはオレの方や。家業も継がんとフラフラして…出来の悪い兄ちゃんで、ホンマ堪忍やで、裕子」
ふっ、と自嘲気味に笑う。
嘘だ、と貴子は思った。
こいつは反省などしていない、裕子に悪いなんてこれっぽっちも思っていない、今だって自分の台詞に酔っているだけだ。
子供の頃から何も変わらない、あなたはいつだって口先だけの男。そう、口先男なのよ――。
(でもつんくちゃんのそーゆートコ、やっぱり素敵っ…)
572 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:32
「なぁ裕子。お前のせいでたこ焼き屋の業績が下降の一途を辿っている間も、オレはお前のコト一日だって忘れたコトは無かったんやで…。
そう。たこ焼き屋が傾いてる時も、潰れる寸前でも、そして潰れた後も、一日だって、な」
「兄さん………根に持ってんのやったら素直に罵倒してくれるほうがよっぽど気が楽なんですけど」
真綿で首を絞めるようにじわじわと、回りくどい物言いで少しずつ相手の罪悪感を引き出していく。
この兄の手にかかり、裕子が嘘や悪巧みを洗いざらい白状させられる場面を、幼い頃から貴子は何度も見てきた。
「アホやなぁ、たこ焼き屋のコトはもうええて言うてるやないか。オレはただ、お前のそういうイイカゲンな性格が心配でたまらんのや。
お前のコトがそりゃもう心配で心配で…どのくらい心配かというと、心配するあまり自分の作ったゲームにお前を登場させてしまったほどや」
心配の度合は今一つ伝わってこなかったが、貴子にとってそんな事はどうでも良かった。
”現場のやる事に口は出さない。”
いつだったか貴子が美容院で目にした雑誌のインタビューでそう豪語していた彼が、自身のプロデュースするゲームに
実在する団体・個人をモデルにしたキャラクターを登場させていた。
しかも、よりによってあの裕子を…モデルにするならもっと相応しい人間がいるだろうに。そう例えば、ここにいる稲葉貴子とか。
573 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:34
「えっ。アタシをゲームに!? なになに?どんなゲームですのん? 教えて!やりたいやりたい!!今すぐやりたーい!!!」
「フフ…そう焦るな裕子。ロールプレイングゲームいうてな、今までに無い全く新しいジャンルのゲームなんやけどな」
何故だ。何故、一瞬でバレるような嘘を平気で?
否。貴子は首を振った。
考えるだけ無駄だ。自分のような凡人には理解し難い、ミステリアスさが彼の最大の魅力なのだから。
「どこが新しいねん。それで!アタシは何の役なん!? 捕われのお姫様? 美人スパイ? セクシーで勇敢な女戦士っ?」
「旦那に逃げられた酒場の女主人や。それも救いようのない場末のな」(→第14話参照)
「!」
「店の名は”スナック ゆうこ”。でクリアした後もっかいプレイしたらな、なんと看板が”BAR なかざわ”に変わってんねん。裏ワザやでスゴイやろ」
「ウソっ!? フルネーム晒されてるし…!」
「スゴイやろ」
「兄さん、あんた……アタシがたこ焼き屋潰したコト、よっぽど根に持ってたんやな」
裕子の顔から表情が消えている。
目的のためには手段を選ばない。これが彼の、いやプロの、『腹いせ』なんだ…貴子は背筋が凍る思いがした。
「勇者を破滅に追い込む役やで? 魔性の女。お前にぴったりやんか」(→第14話参照)
「えっ。魔性の女? あぁー、それはまぁ、まんざらでもないですなぁ」
裕子の顔に表情が戻った。見え透いたお世辞に乗せられやすい。昔から彼女にはそんな所があった。
574 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:36
「ときに裕子」
つんくが言った。その目は、真っ直ぐに貴子を捉えている。
(つ、つんくちゃん…)
貴子は動揺した。
長い間、胸に秘め続けてきた想い。
潤んだ瞳で彼を見詰め返しながら、貴子は自分の頬が熱く火照っていくのを感じた。
「こいつ誰?」
つんくが言った。その目は、真っ直ぐに貴子を捉えている。
「兄さん、モーいややわぁ。コイツ稲葉ですよ。ほらぁ、幼なじみの稲葉ですやん。いややわぁ、もぅ」
「あぁー稲葉か。幼なじみの稲葉かぁ」
言いながら、つんくは満足そうに頷いている。
「あっそう…あんたら二人して名字呼ばわりか。稲葉てか。あぁおもろい、おもろいなぁ」
貴子は薄笑いを浮かべながら言った。
「ひどい…酷いですよ、つんくさん。あんまりじゃないですか。会社のために、裕ちゃんのために私がどれだけ…」
「冗談や、アホ」
貴子の言葉を遮って、つんくが言った。
「惚れたオンナの顔、オレが忘れるワケないやろ…ATSUKOよ」
先程までの軽口とはまるで違う、真剣な声だった。
「あの日の約束を果たすために戻ってきた。…なんて言ったら、お前は笑うだろうか」
「約束…」
貴子は困惑していた。
あの日の約束。
まさか、遠い日のあの約束を、この人はまだ憶えてくれている……?
575 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:37
「フフ…お前はもう忘れてしまったかな、ATSUKO。無理もないか、もう30年も前の話だからな」
「いいえ忘れてなんか! 忘れるもんですか! それから”30年”っていうのは言いすぎです念のため」
貴子の脳裏に、今からおよそ25年前の記憶が鮮やかに蘇る。

  『あつこちゃん、あつこちゃん。なぁなぁ、あつこちゃんってばあ』
  『なあに? つんくちゃん』
  『あんなぁ、おっきくなったらなぁ、ボクのおよめさんになってくれる?』
  『えっ? つんくちゃん、それほんま?』
  『ほんまやぁ。あつこちゃんが30さいぐらいになったら、けっこんしよう!』
  『30さいかぁ…わぁ、めっちゃさきやなぁ。でもうれしいわぁ!』

「どや? 過ぎてみたら案外、先やなかったやろ」
「ほっとけ!!」
つい怒鳴ってしまい、ハッとする。
「せやけどつんくさん、憶えてくれてたんやな…」
「アホ…一世一代のプロポーズやで、忘れるわけないやろが」
「つんくちゃん…」
胸に熱いものが込み上げ、貴子の目に涙が溢れた。
「結婚しよう、ATSUKO」
涙で言葉にならず、貴子はただ頷いた。
576 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:39
「嫌じゃあ―――!!」
突然、裕子が狂気じみた叫びを上げた。
(なにィッ…!)

「どうした裕子? そんなに取り乱して」
「どうした、ですって? バカな! だって兄さんそうでしょう!?
何が悲しくてコイツを!この稲葉を!このアタシが!”姐さん”と呼ばにゃあならんのです!?」
(オイオイ、そんな理由でこのヲンナは…)

「あー、確かにそれもそうだなぁ」
「えーっ!!」
(納得しちゃった!?)

「確かにお前の言い分も解るが…誰に何と言われようが、オレはこいつと結婚する。
お前がどうしても認めんと言うなら、今日限りお前とは兄でもなければ妹でもない。ええな」
「兄さん…」
「そうと決まったらすぐに式の準備や。いやまずはご挨拶に行かなあかんな。ATSUKO、今すぐお母さんに連絡を」
「えっ、今ですか?」
「善は急げ、ってな」
「はっ…はい!」
貴子は心躍らせながら、受話器を手に取った。
「あ、おかーさん? 貴子やけど。あんなぁ…ちょっと、紹介したい人いてて、な。これから一緒に帰るから…」
「アタシが、あっちゃんの妹…悪夢や。いや夢ではなく永遠に醒めることのない現実なだけに、悪夢よりタチ悪いワ…」
裕子の呪文でも唱えているかのような低いトーンの呟きも、貴子にはまるで二人を祝福する天使の声に聞こえた。
577 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:41
「お母さん、待ってるって」
「そうか。さーて、これから忙しくなるでぇ。式に披露宴に二次会に合コンに新婚旅行。覚悟しとけよ、ATSUKOっ」
「うふふふふ。どんなに険しい道程だって平気よ。だって、頂上には幸せという名のゴールが待っているんですもの」
「あっちゃんキモイで」
「うふふふふ」
貴子は今まさに、幸せの絶頂にいた。

「まっ、冗談だけどね」
さらりと、つんくが言った。
「えっ」
(ジョーダン?)

「いや、冗談て…いったい、何が?」
すぐに式を挙げると言ったこと? 裕子とは兄妹の縁を切ると言ったこと? それから、それから……
貴子は混乱していた。

「ぜんぶ」
さらりと、つんくが言った。
油断しているとうっかり聞き逃してしまいそうな程、実にさらりと。
(ぜんぶ…?)

「ぶっ……ぶわあーはっははははは!!!」
裕子が突然狂ったように笑い出し、貴子は我に返った。
(全部…)
ぜんぶ。
縁談は冗談。つまり、縁談は破談ということ、か……。
つんくの言った言葉の意味を、ようやく貴子は理解した。
578 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:43
「じゃあ、25年ぐらい前の、あの約束は…」
「あーアレ? アレはフリだよフリ、ネタ振り。伏線だな」
「お、おんどれ、おんどれぇぇぇ…!」
貴子は拳を握り締めた。
「伏線はちゃんと消化せんとなぁ。そうだろう、ATSUKO?」
「おんどれ何さらしとんじゃボケがあああ!! 勝手に伏線張りやがってヒトの人生なんやと思てんねん!!」
「わはははは! 人生に伏線張られたオンナて! あははははははは!!!」
裕子はその目に涙すら浮かべて、笑い転げている。
「ははは。油断したなATSUKOよ。まさか30年後に落とすとは思わなんだろ? オチは、忘れた頃にやってくるのだ!」
「せやから”30年”っていうのは言いすぎです念のため!! ってゆーかオチってなんや! アタシの人生はコントかっ!!」
「「へぇー」」
兄と妹が、口を揃えて感心する。そして、
「「上手いコト言うじゃーん」」
パチパチパチ。二人から貴子に、熱い拍手が贈られる。
「ふ…」
コント人生。それもいいかも知れないな。
貴子は、もはやどうでも良くなっていた。
579 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:46
「じゃ、そういうコトで。オレはまた京都に戻るとするよ」
「京都? 兄さん、今京都に住んではるんですか?」
「ああ…お前には言うてへんかったか。都会の冷たさですっかり凍てついたオレの心には、京の風がやけに優しく感じられてな」
「都会は」
貴子は、思い切って言った。
「そんなに落ち着かない場所ですか? つんくさんの、凍えた心…アタシでは、解かしてあげるコトでけへんのやろか」
つんくは黙って、少し寂しげに微笑んだ。

「ったく、カッコええコト言うて。兄さんのコトや、どーせ毎日遊び呆けてんのやろ?」
「わ、バレチャッタ!? せやけどオレが会社のカネ使い込んで芸者遊びしてるコト、親父には内緒やで!」
「えっ、そんなコトしてんの!? お兄ちゃんそれヤバイヨッ!」
「わ、もしかしてオレ墓穴掘った!? ウソウソ、忘れて。お兄ちゃんそんなコトしてへんしてへん。してへんでぇ裕子」
「しゃあないなぁ。そゆことにしといたげるわ」
裕子の言葉に、つんくは安堵の表情を浮かべた。
「………」
そして、貴子の恋は、完全に終わりを告げた。
580 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:47
「じゃ、そういうコトで。今度こそオレはまた京都に戻るとするよ」
「兄さん、今度はいつお帰りで?」
「さあな。旅の終わりは一体いつになることやら…日本中の超カワイイ女のコを探し出すのがオレの使命だからな」
一体どこの誰に任命された使命なのやら皆目見当が付かなかったが、貴子にとってそんな事はもはやどうでも良かった。
「探し出してどうするんですか兄さん」
「んー、もし付き合えたら付き合う」
「えーっ、いいなぁ」
「お前もくる?」
「あ行く行く。行きたい」
「コラコラ! ラジオ体操の審査員どないした! 年にいっぺんぐらい仕事せんかお前は!!」
貴子は堪らず怒鳴った。兄が兄なら妹も妹だ。似たもの同士はもうたくさんだった。
「あ、そっか。京都行ったら矢口に会われへんやんか」
「行かねーの?」
「あゴメン。おにーちゃん一人で行ってきて」
「ちぇっ、つまんねーの」
そう言って、唇を尖らす。
貴子は、その拗ねた表情に計らずもときめいてしまった自分が腹立たしかった。
581 名前:<第25話> 投稿日:2005/02/13(日) 13:50
「せや、一つ言い忘れとったわ」
つんくは、部屋を出ようとして振り返った。

「オレはこれからも、数え切れないほどたくさんの恋をするだろう。だがな、INABA。これだけは覚えておいてくれ。
たとえ千の”恋”をしたとしても、オレの”愛”するオンナは…お前、一人だけだと」
カチャ。
「つんく、ちゃん」
扉がゆっくりと閉まり、貴子はその場にへたり込んだ。

「信じて、ええんやね…」
「なぁ、あっちゃん。友達として言わせてもらうけど」
いつの間に来たのか、傍には裕子が立っていた。

「今のも、たぶん……ネタ振りやで」
「………」
裕子の冷静な一言によって、貴子の恋は、完全に打ち砕かれたのだった。
 
 

582 名前:すてっぷ 投稿日:2005/02/13(日) 13:53

>568 ごまべーぐるさん
ありがとうございます。姐さん、株主さん達にそりゃ怒られただろーなぁ…(笑
>「おもろない」が最大の屈辱
あ、関西の人々って、やっぱりそうなんですね(笑)

>569 名無し飼育さん
ありがとうございます。つんく兄さん、とんでもないキャラにしてしまいました(汗
トロい更新でホント申し訳ないのですが、次回もよろしければお付き合いくださいね。

>570 名無しさん
ありがとうございます。お待たせしてしまいましたが…呆れずに最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
583 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 21:47
ひ ひでーよ!!あんまりだ  そして笑いました
584 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/02/15(火) 21:04
すげーおもしれーww
つんくすげー
こんなキャラだとは・・・壮大なネタふり・・
待った甲斐がありました!次回あたりからなっちの活躍かな?
とにかく待ってます!!!
585 名前:もんじゃ 投稿日:2005/03/03(木) 18:13
もう全員アホだー!
しかも本編とあんまり関係ないし(笑)
のんびりいきましょう。
586 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/24(日) 22:45
すてっぷ欠乏症っす
587 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:35

「じゃ始めるよー。えー、今日の議題は、『矢口部長からセクシーを学ぼう!』ということでね、あ、ヨネちゃん書記よろしく」
「…はーい」
部長の矢口真里に命じられ、藤本美貴が渋々立ち上がる。
「それじゃあ早速、みんなが思う矢口真里のセクシーな点を順に挙げてってもらおうかな。まずは石川から」
「えっ!? はっ、はい! え、ええっと…」
いきなり指名されて、梨華は焦った。

練習終了後のミーティング。
いつもは今日の反省や業務連絡程度で終わるのだが、稀に部長の気分次第で突然特別会議が催される事があり、
しかもその際部長は決まってとんでもない無理難題を吹っかけてくるため、部員達は常に気を抜けないのだった。

「石川さん早くー」
ホワイトボードの前に立つ美貴が、面倒臭そうに催促する。
「あっ、うん、えーっと…」
(どうしよう、何にも考えてなかったよぉ…っていうか、考える暇もなかったよぉ…)

どの程度まで持ち上げれば、満足してくれるのか。
見え透いたお世辞を口にしても、怒られないだろうか。
せめてミキティあたりが先に気の利いたコメントをしてくれていたら、やりやすいのに……
トップバッターというプレッシャーに、梨華は押し潰されそうだった。
588 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:36
「すみません、部長。その前にちょっといいですか」
高等部三年の、ソニンである。
(神……!)
梨華は突然降って湧いた幸運に感謝し、質問の答えを必死に探し始めた。
(ええと、矢口さんのセクシーな点、セクシーな点、セクシー……ああっ、早く見つけなきゃまた私の番が来ちゃうよ、あああっ)

「石川さーん? なんかテンパってますぅー? 松浦の考えたネタ、1コあげましょっかぁー?」
「ああっ、お願いだから話しかけないで!」
「美貴ちゃーん、なんかねぇ石川さんがイッパイイッパイだよー?」
「あー? なモンいつものコトじゃん。イチイチ報告しなくてよし」
「ああっ、お願いだから二人とも静かにしてぇぇぇっ」
梨華はとにかく焦っていた。
589 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:37
「ソニ〜ン。焦んなくてもちゃんと順番に聞くから待っててよ。
そりゃまぁ? いかにオイラがセクシーか、真っ先に声を大にして言いたい気持ちはわかるけどさー」
「いや、そうじゃなくて。この場を借りて、今度の大会衣装を決めたいと思いまして」
「衣装? そんなん体操着でいーじゃん。何を今さら」
「確かに例年までの衣装は体操服あんどブルマという、一部のマニアの方々にはたまらないコスチュームで楽々優勝できていたワケですが…
今年は少し状況が違います。マニア受けを狙っていたのでは勝てません!一般層に受ける衣装で勝負を!つまりもっとセクシーに!!」
「どういうコト?」
真里はソニンの話を興味深そうに聞いている。
しめた。
梨華は本来の議題がうやむやになりそうな予感に胸を躍らせた。

「ハッキリ言って去年までは、うちらの一人勝ちみたいなトコロがありましたから…ラジオ体操の腕さえあれば、衣装に凝る必要は無かった訳です。
皆さんの体操着姿もそれなりに好評でしたし…ですがココへ来て、大変強力なライバルが現れました」
「ハロモニ女子学園ね」
「あ、圭ちゃんいたんだ」
「そう! ハロモニ女子ラジオ体操部こそ、我々の最大の敵! 奴らにだけは負けるワケにはいかないんですっ!!」
「ふふ…相変わらず熱いわね、ソニン。期待してるわよ。それじゃ」
勝手に発言しておきながら勝手に帰ってしまう副部長を、部員達はただ呆然と見送るしかなかった。
590 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:39
「ってゆーかハロモニ女子ぃ? あーんなお子ちゃまたち、ウチらの相手じゃないっしょ」
「フッ…甘いですね、矢口さん。あーんなお子ちゃまたち、だからこそ、強力なライバルとなり得るのですよ!」
いつになく、ソニンが熱くなっている。
確かに、吉澤ひとみのいるハロモニ女子の実力は並大抵では無いはずだ。
中学生とはいえ、合宿で目にした高橋愛の演技もなかなかのものだった。
加えて、ラジオ体操界では既に伝説と化しているあの天才プレイヤー、安倍なつみが復帰したという情報もある。
ソニンが言うように、彼女達は恐らくモニフラ女子最大のライバルとなるだろう。
(そう、私たちは自分の実力に溺れてちゃいけない。気を抜いちゃいけないんだ)

「奴らは、私達に無いものを確実に持っています。それを最大限に発揮されたとき、恐らく私達に勝ち目は無いでしょう」
「なんだよそれ。ウチらのドコがあっちに負けてるってのよ」
「若さですよ。まだわかりませんか、矢口さん。彼女達の方が、うちらよりはるかに似合ってしまうんですよ、体操着が」
「うっ…!」
部員達が互いに顔を見合わせる。
確かに、レギュラーメンバーの中に中学生は一人もいない。室内には、微妙な空気が漂っていた。
真里は、胸を押さえてその場に立ち尽くしている。
ソニンの言葉は、彼女に相当深いダメージを与えたらしい。
そしてまた梨華にとっても、ソニンの発言は別の意味で衝撃的なものだった。
(ガッ……クリだよ、ソニン。私たちって、そんな次元で争っていたの?)
591 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:41
「……わかった。今年は体操着やめよう」
負けず嫌いの部長が、敗北を認めた瞬間だった。

「そんじゃ、とりあえず衣装はソニンに任せるわ。てきとーにエロいやつ考えといて」
「ハイ! 任せといてください!」
ソニンが嬉々として答える。
「ちょっといいですか」
部員達がざわつく中、梨華が手を挙げた。
「なに?」
「衣装もいいですけど、そろそろフォーメーションとか決めた方が良いと思うんですけど」
体操着が似合うとか似合わないとか、衣装がエロいとかエロくないとか、そんな事は梨華にとってどうでも良かった。
今の自分達にはそれより他にやるべき事が、あるはずだ。
体操着が似合うとか似合わないとか、衣装がエロいとかエロくないとか、そんな部分を強化したところで勝てる相手ではない。
(みんな解ってない。彼女たちは、よっすぃーは…そんなに甘い相手じゃない)

「そうだね。じゃ、それは来週決めよ」
「えっ。来週って…今日、月曜日じゃないですか。明日だって明後日だって、ミーティングできるじゃないですか」
「んー、だって今週は恋愛運サイアクなんだもん」
「恋愛運関係ないし」
「てめえヨネスケ。オイラにツッコむなんざ5億光年早いんだよ!
恋愛運サイアクってコトは、イコール何やってもダメってコトでしょ? だからオイラ今週は何もしないの。おとなしくしてるコトに決めたの」
「…そうですか」
真里は一度決めた事は最後までやり通す芯の強さを持っている。梨華は、諦めるしか無かった。
592 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:43
「まっ、フォーメーションがどうとか衣装がえっちぃとか、そんなん一瞬で吹っ飛ばせるぐらいの強力な保険かけといたから。みんな安心してよ」
そう言って、真里が意味深な笑みを浮かべる。
(保険…? 何のコトだろ…)

「保険って、」
言いかけた時、梨華の携帯が鳴った。
「あー、石川ぁ。ひょっとして愛しの吉澤サンじゃないのぉー?」
「違いますっ、番号教えてませんから!」
後ろで真里がまだ何事か言っていたが、梨華は無視して鞄から携帯を取り出した。
「あれ…? なんだろ、この番号…」
画面には数字の羅列。梨華の携帯に登録されていない番号である事を示していた。
不審に思いながら、梨華は通話ボタンを押した。

「もしもし」
『あー、出た出た!』
女性の声だった。
593 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:45
「あの、どちらにお掛けですか?」
『や〜ん。初めての電話やのにー、初コールやのに何でそんなイジワル言うのー? 裕ちゃん悲しいわぁ』
聞き覚えがあるような気もするし、無いような気もする。
誰だろう…梨華が考えていると、
『てゆーかなんか、電話やと声違うな。矢口ってそんなフニャフニャした声やったっけ?』
「フニャフニャって何ですか!? 私、そんな声じゃありません! っていうか、フニャフニャした声ってどんな声ですかっ」
「石川さん、なに喧嘩してんですか」
「もーっ、だってミキティ聞いてよ! この人、私がフニャフニャした声なんて言うんだよ! ひどくない!?」
「ってゆーか、誰と喧嘩してんですか」
「えっ?」
美貴に問われ、梨華はようやく冷静になった。
「知らない……なんか、関西弁の女の人」
「あっ!」
何かを思い出したように真里が声を上げ、梨華の携帯を奪い取った。
「えっ、ちょっと矢口さん…」
「もしもし、裕ちゃん? うん。あぁ、ゴメンゴメン。今のはさー、ウチの部の石川」
「ちょっと…なんなの?」
自分の携帯番号を見ず知らずの人間が知っていて、そしてその人はどうやら矢口真里の知り合いらしい。
(でも私は、その人のコトを知らなくて……あーっ、もう何がなんだかわかんないよぉっ)
594 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:46
「ってゆーかさー、オイラがそうカンタンに教えると思った? 裕ちゃんもまだまだ甘いね」
「誰よ、裕ちゃんって…」
「あの人ですよ、石川さん。大会んときの審査員。たまに差し入れとか届けてくれる」
悩む梨華に、美貴が耳打ちする
「あっ、もしかして、中澤さんって人?」
うんうん、と美貴が頷く。

梨華達が毎年出場する大会の審査委員長を務めるその人は、大手鉄板焼きメーカーの会長の娘である。
中澤…名前は確か、裕子といったか。
たこ焼きにたこが入っているとかいないとかで、数年前にマスコミを賑わした人だ。
梨華は当時、彼女の店で8個入りのたこ焼きを買って8個全てにたこが入っていなかった事があったからよく覚えている。
595 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:48
「そういえば矢口さん、中澤さんにしつこく携帯聞かれて困ってるって言ってたから」
「だからって私の番号教えるなんてっ! ひどいっ、ひどいです矢口さん!」
真里が、電話の相手と喋りながら、手を上げて『ゴメン』の合図をする。
「そんな軽く謝られて許せる問題じゃありませんっ!」
「ああもぅ、だからさー、誰も教えないなんて言ってないじゃん。条件があるっつってんの。ウチらさー、」
「矢口さん! 聞いてます!?」
「今度の大会、どうしても勝ちたいんだよね」
「えっ…」
(やぐち、さん…?)
梨華は耳を疑った。
真里の言葉は、例えば中澤裕子ではなく他の誰かに向けて言うのなら、何でもない言葉だったろう。
例えば中澤裕子が大手鉄板焼きメーカー会長の娘でもなく大会の審査委員長でもない只の女なら、何でもない言葉だったろう。
けれど相手は他でもない、大会審査委員長の中澤裕子であり、それだけで、真里の言葉は特別な意味を持つものになる。

「意味、わかるでしょ?」
「ちょっと、矢口さん何言って…」
「裕ちゃんのコト信じてるから。じゃあね」
そう言って電話を切ると、
「ハイ、さんきゅー」
真里は梨華に携帯を差し出した。
596 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:50
「矢口さん」
「じゃ、今日はこれで終わりにしよ。みんなおつかれー」
「「おつかれさまでした!」」
真里と裕子とのやりとりなど何も無かったかのように、部員達はそれぞれに談笑しながら帰っていく。
言いようの無い怒りが込み上げ、梨華は唇を噛んだ。

「矢口さん」
「矢口さん、今日平家さんちで棒アイス半額だって。美貴たち寄ってきますけど、行きます?」
「おー、行こ行こ。そっかー、んなイベントやってるからみっちゃん今日学校休んでんだ」
「矢口さん!!」
梨華は堪らず叫んだ。
「なによ」
振り返り、面倒くさそうに真里が応える。
彼女は梨華がこれから言おうとしている事に薄々気付いているのかも知れない。

「何ですか、さっきの電話」
「なに、ってあんたが聞いてたとおりだよ。言ったじゃん、保険かけといたってさ」
「そんなの必要ありません。私たちなら、実力で優勝できます。そうじゃなきゃ、何のために今まで頑張ってきたんですか?」
「勝つためだよ。勝ちたいの、矢口は。だから勝つためにできるコトは何でもやる。練習だって、何だって」
「そんなコトして勝って、矢口さんはそれで良いんですか?」
そう言った時、真里が鬱陶しそうな溜息を吐いた事に、梨華は傷付いた。
真里が、自分の知っている真里とはまるで別人に思えた。
597 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:52
「あんたのそういうトコ好きだけど、たまにムカつくよ」
梨華は、もう何も言わなかった。
間違った事を言ったつもりは無いし、後悔もしていなかった。
ただ、真里との間に出来てしまった溝は、そう簡単に埋められそうには無かった。

「ゴメン。みっちゃんトコ、また今度にするわ」
美貴に告げると、真里は部室を出て行った。

「あ、石川さんも行きます? 平家商店」
誰より負けず嫌いで、筋の通らない事は許さない、頼もしい後輩だと思っていた藤本美貴でさえも、真里の不正を黙認している。
梨華は、部内で完全に孤立してしまった自分を思い知らされた気がした。
「ねぇ、ミキティ」
「はい?」
「さっきの、コト…ミキティは何とも思わないの?」
「あたしは、それで良いと思ってます。矢口さんにとっては最後の大会だし」
きっぱりと、美貴が言う。
「最後だからでしょ? 最後だからこそ、私はそんなコトしたくないの。正々堂々戦いたいのよ」
すると美貴は気まずそうに視線を逸らし、言った。
「石川さんは、知らないから」
「…何のコト?」
梨華が問うと、美貴はしばらく躊躇していたが、やがて口を開いた。
598 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:55
「矢口さんと、ハロ女の安倍さんとは、小学校からのライバルなんです。
矢口さんの濱っ子小学校と、安倍さんの道産子小学校は、全国ちびっこラジオ体操大会でも常に優勝を争うライバル同士で、
二人はそれぞれの学校のエースでした。でも……」
美貴は一瞬躊躇った後、
「矢口さんは、安倍さんに勝ったコトが無いんです。中学になっても、安倍さんが怪我でラジオ体操を止めるまで、一度も」
初めて聞く話だった。
「安倍さんが体操やめたって聞いた日、矢口さんが部室で一人泣いてるの、あたし見ちゃって……
そんときあたしはまだ一年だったけど、なんかすごく、矢口さんが小っちゃく見えて、力になりたいってゆーか、
この人のために何かしたいって思った」
中学から入部した美貴の方が付き合いが長い分、それだけ真里の事も良く知っているのだろう。
そう思うと、少し寂しい気もした。
「そっか…そうだったんだ。でも、さ」
「わかってます。でも、矢口さんが勝ちたいと思うなら、それが全てじゃないですか?
あたしたちがやろうとしてることが、正しいコトかどうかなんて、そんなのどっちだって良いんです。
ただあたしは、どんな手を使っても矢口さんが安倍さんに勝つことだけが、正しいと思ってますから」
揺るぎない瞳。
これ以上梨華が何を言おうと、彼女が考えを変える事は無いだろう。

「美貴ちゃーん、何してんの? 置いてくよー?」
なかなか出て来ない美貴に痺れを切らした亜弥が、顔を覗かせる。
美貴は一礼すると、梨華を残し、ドアを出て行った。
599 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:56
「はあっ…」
梨華の深い溜息は、誰もいない部室にやけに響いた。

真里が勝つことに執着する理由も、安倍なつみとのことも、美貴の気持ちも、痛いほど解る。
だから、こんなに辛いんだ。
(私だって、ミキティと同じ。矢口さんの力になりたいよ。だけど、)


「本当に…それで、いいの?」
誰もいないこの部屋で、梨華の疑問に答えてくれる人などいない。
けれど、もし誰かがいたとしたって、きっと同じだ。
だって私は一人だもの。
真里も、美貴も、亜弥も、誰も。
誰も答えてなんかくれない。
600 名前:<第26話> 投稿日:2005/05/22(日) 23:58

「…っ、なんで、なん、で、っ…」
こんな時に、泣く事しか出来ない自分に腹が立つ。
情けなくて、悔しくて、また涙が止まらない。
両手を握り締め、必死に堪えていると、ふいに、あの顔が浮かんだ。

  『泣きたくなるときってね、甘えられる誰かがそばにいて、泣いてもなぐさめてくれるってわかってるから
   泣けるんだと思うんだ。涙をとめてくれる誰かがそばにいるから、泣いていられると思うの。
   誰もいなかったら、自分ひとりだけだったらきっと、泣いてるヒマあったら自分で何とかしなくちゃって
   気になると思うから。だからね、涙が出るうちはきっと、そんなに悲しくないんだよ。本当はね』

出逢ったばかりの頃、何かあるとすぐ泣いてしまう梨華に、彼女は言った。
この部屋には誰もいないけれど、どこかに、涙を止めてくれる誰かがいるのかも知れない。
だから、いま私は泣いていられるのかも知れない。

その人なら、私に答えをくれるだろうか。


(私、どうしたらいい? ねぇ、よっすぃー)
 
 
 
601 名前:すてっぷ 投稿日:2005/05/23(月) 00:01

>583 名無飼育さん
どうもです。笑っていただけたのなら、稲葉さんも本望かと(笑)

>584 名無し飼育さん
ありがとうございます。つんくさんのキャラはちょっとやり過ぎな感もありますが、笑ってもらえてホッとしました(笑
なっちの登場は、もう少しお待ちを。。

>585 もんじゃさん
えっと、本編と関係ないのはいつものことなので(笑
ホントに、のんびりし過ぎてて申し訳ないのですが…もうしばらくお付き合いくださいね。

>586 名無飼育さん
お待たせしてすみません…。まだ読んで頂けてるでしょうか?呆れずに付き合ってやって下さいませ。。
602 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/23(月) 03:13
更新乙です。
読んでるよ〜、待ってたよ〜。
矢口の破壊力とちょっとしか出てないのにけいちゃんの存在感は最高だね。
後半の涙の下り良い言葉ですね。

603 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/31(火) 21:31
更新お疲れ様です。
やっぱりおもしろいっすね。
604 名前:すてっぷ 投稿日:2005/06/26(日) 19:32
>602 名無飼育さん
よかった〜…感謝!
そしてまたまたお待たせしてしまってますが(汗
やはり圭ちゃんに登場してもらうと締まりますね…助かるキャラです(笑

>603 名無飼育さん
どうもです!そう言ってもらえると本当に嬉しいです。
のんびり更新ですが、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。。

で、こっちの更新遅いのにアレなんですが…
草板に新スレ「天使と悪魔と美貴とよっちゃん。」を立てさせて頂きました。
藤本さん主役のコメディですが、よろしければ。
605 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 20:20
了解そっちもむ見にいきます。
606 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:46

「ぁぁぁーーーー…っ……」
部室に、辻希美の低い呻き声がこだまする。
見ると彼女は両手で腹を押さえてしゃがみ、全身を小刻みに震わせている。
只ならぬ様子に、ひとみは慌てて彼女の元へ駆け寄った。

「のの、どした?」
「…ぁぅ、ぁぅ」
希美はひとみのジャージの裾を引っ張り、言葉にならない声で必死に何かを訴える。
ラジオ体操の曲が止み、異変に気付いた部員達が次々と集まってくる。
「ののぉー、どしたの? おなか痛い?」
希美の顔を覗き込みながらなつみが問うと、希美は弱々しく、しかしはっきりと、首を横に振った。
「のんちゃん、おなかすいたの?」
「なに言ってんですか監督。おなかへったぐらいでこんなに苦しむワケないでしょ」
仲間をバカにされた事が悔しかったのか、小川麻琴がむっとした表情で言った。
「なっちの牛乳パン食べる?」
すると希美は弱々しく、しかしはっきりと、首を縦に振った。
驚きのあまり全員が目をむいた。希美は空腹だったのだ。
「ほらあ、だから言ったじゃん。カオリあってたじゃん」
ただ一人希美の空腹を見抜いた飯田圭織が、得意気に言った。

「コ、ココ、こぃつが…」
震える手で希美が指差した先には、
「アタシ?」
後藤真希。
ひとみの親友である真希は、彼女が姉のように慕う安倍なつみと共にラジオ体操部に復帰したのだ。
607 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:47
「こいつが、さしいれくれなくなったせいだ」
「………」
「ちょっと失礼だよのの! 後藤さんはもうあしながオジサンじゃないんだから!」
麻琴が声を荒げる。
(のの……)
思えば、希美は物心ついた時から失礼な子供だった。
ひとみの脳裏に中学時代の自分と梨華、そしてまだ小学生だった希美との苦い思い出が蘇る。

  『オバちゃーん、コレみそ味のたこ焼きとかないんですかぁー? みそあじタコ焼き。略してみそじ焼き。あはははは』
  『……なんやて。自分いてまうぞゴラァァァ!!』
  『裕ちゃん堪えて!暴力は!暴力だけはアカンて!』
  『のっのの、のののののの、行こう、ほら早くっ!』
  『あ、あのっ、ゴメンなさい。ホントに、ホントにすみませんでしたぁっ!ってもうっ、よっすぃーも一緒に謝ってよぉ!』

そう遠くはない未来。希美が成人してからも、自分は彼女を守りきれるだろうかとひとみは時々思う。

  『ねぇ、のの。大人になったら、謝るだけじゃ済まないんだよ?』
  『てゆーか、謝ってんのいっつもあたしと梨華ちゃんだけじゃん』
  『そうだそうだ!ののあやまったコトないもん!』

  『『のの……(それは胸張って言うコトじゃないだろ…)』』

無邪気な暴言が許されるのも、幼い子供のうちだけ。梨華の言うとおりだ。
大人になってその口の悪さが災いし、裁判沙汰になったとしても希美を守れる自信はひとみには無かった。
608 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:48
「あああっっ!」
自分の荷物を漁っていたなつみが、声を上げた。
「どーしよーゴメンののー。なっちの牛乳パン、来るとき公園のノラ犬にあげちゃったんだったよ〜」
「えぇぇぇぇ〜〜……ぇぇ」
ついに希美は力尽き、床に突っ伏して動かなくなった。

「………じゃあ、今日の練習はこれで」
希美のあまりに哀れな姿を見兼ねたのか、部長の高橋愛が言った。
「のの行こう。なんか、食べよう」
麻琴の肩を借りながら、虚ろな目をした希美がふらふらと立ち上がる。

「うちらも行く?」
「や…あたしはいいや」
昼食を取ってから、まだ2時間しか経っていなかった。
真希の誘いを断ると、ひとみは部室を後にした。
 
609 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:49

「あ……忘れてた」
自宅の手前の坂を上りながら、ひとみは母親が今日は帰りが遅くなると言っていた事を思い出した。
夕食には少し早いが、やはり真希達に付いて行っていれば良かったと後悔した。
(しゃーない、後でコンビニ行くか…)
と、坂を上りきったところで門の前に佇む人影を見つけて立ち止まる。

「えぇっ…!」
石川梨華だった。
彼女はひとみの家の前で、インターホンを押すでもなく、胸の前で両手を組み、俯いてブツブツと独り言を言っている。
(梨華ちゃんっ、なん、なんで、なんで!?)

彼女が自分の家を訪れる理由など、全く心当たりが無かった。
深呼吸をしてとりあえず気持ちを落ち着かせると、ひとみは梨華に近付いた。

「梨華ちゃん?」
「えっ!?」
振り返った怪しい人影は、確かに石川梨華だった。
「ちがっ…ちがうの!あ、ううん、違わないんだけど、えっと、」
梨華はかなり動揺しているようだった。
「ちょっと、話あって」
「あたしに?」
「…うん」
「じゃあ……あがってく?」
梨華はひとみの顔を窺うように見ると、やがて小さく頷いた。
610 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:51

「先、部屋行ってて」
「うん」
梨華が二階へ上がっていくのを見送り、キッチンへ向かおうとしてひとみは足を止めた。
「梨華ちゃん、」
”部屋わかる?”と続けようとした時、ドアを開ける音がした。
「なにー?」
「あ、ゴメンなんでもない」
思わず頬が緩む。
梨華が、自分の部屋を覚えていた事が無性に嬉しかった。
(それにしても梨華ちゃん、あたしに一体何の用だろ…?)

また何か彼女を怒らせるような事をしてしまったのだろうか……胸に手を当ててしばらく考えてみたが、やはり心当たりがない。
右手に伝わってくるのは、段々と早くなる胸の鼓動ばかりだ。
怒られるのか殴られるのか罵倒されるのか、まさか、訴えられるのではあるまいか?
否。しかしひとみはすぐにその考えを打ち消した。
家の前で会った時の梨華の慌てぶりや、”話がある”と言った時のどこかはにかんだような表情からは、
とても奇襲や訴訟などという物騒な用件とは思えない。
(けど殴る蹴る以外になにがあるよ…? ……げっ、まさか!)

「こっ、告っ…!? うぉっ、あっぶねーっ」
ひとみは思わず飛びのいた。
彼女の手からうっかり滑り落ちた未開栓の2リットル入りペットボトルが、足元で鈍い音を立てて転がる。
手を当てて確かめなくともはっきり判る、ひとみの心臓はもはや人体ではありえない速さで鼓動していた。
(ココココ、コクられるのか!?そーなのかっ!?)
611 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:53
『部屋、全然変わってないね』
『梨華ちゃんがいつでも戻ってこれるようにね』
『嬉しいな…。ねぇ、なんか寒くない?』
『(リモコンを手に取り、)温度上げよっか』
『(リモコンを取り上げ、)やだ。(ベッドに腰掛け、俯きかげんで)よっすぃーが……(上目使いで)温めてよ』
『えぇぇぇっ…!?』
『ダメ? エコに反するかな?電気代もったいない?』
『もももももったいなくなんか! そうだよ今日だけは…28度じゃなくたって、構わない』
『…いいよね。だって私たち、もう高校生なんだし』
『うん。それに今日は、お母さんもいないし』
(お母さんナイス!ナイスお母さん!!)
『よっすぃー…大好き』
『梨華ちゃんっ』
(ふぇぇぇ〜…展開早すぎ〜……あーでもどーしよー、ココロの準備がぁぁ〜えへへへへ)
明らかに都合の良すぎる妄想だったが、ひとみは幸せだった。
『ねぇよっすぃー、もっと寒くしてしようよぉ』
『そだね。もっと寒くしてしよっか』
(もっと寒く、もっと……あっ、忘れてた!)

「梨華ちゃん、梨華ちゃーん」
ひとみは廊下に出ると、二階へ向かって呼び掛けた。
「なにー?」
ドアの開く音に続いて、梨華の声が聞こえてくる。
「ごめーん、エアコンつけてー。 わかるー?」
「うん。わかるー」
梨華が言い、再びドアを閉める音。
「よし」
小さくガッツポーズすると、用意した飲み物を手にひとみは二階へ上がった。
612 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:56
部屋に入ってきたひとみを見ると、梨華は罰が悪そうに小さく笑った。
「あ、てきとーに座って」
「うん」
中央に置かれた小さなテーブルの前に腰掛けた梨華は、
「ハイ」
「ありがと」
ひとみの出したアイスティーを美味しそうに飲み、一息つくと、言った。

「部屋、全然変わってないね」
(!)
「っ、うぅえぇぇぇ!?えええ!?」
妄想と同じ展開。ひとみは思わず声を上げた。
「えっ、えっ、なに!?」
ひとみの大げさな叫び声に、部屋に虫でも出たと思ったのか、梨華は怯えた様子で辺りを見回している。
「あ、なんでもないゴメン。ちょっと驚きすぎた」
「う、うん…」
ひとみは、気まずくなって誤魔化すようにグラスを傾け一気に飲み干しながら、妄想の続きを思い出した。
「ぐほっ、けほっ、あっ、つ、りか、梨華ちゃんが、いつでも戻ってこれるようにねっ」
アイスティーにむせながらも、ひとみは涙目で必死に台詞を続けた。
「なにが?」
「…や、あの、だから、部屋」
「え?」
「ゴメンなんでもない…」
(あああーもぅ、余計なリアクションしちゃったせいで言うタイミング逃したよ…)
613 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 20:58
「あっ!ねぇ、寒くない?」
「そう?私は、平気だけど…あっ、でもよっすぃー寒いんだったら、」
「や…あたしはいいんだけど、梨華ちゃんもしかしてって思っただけ」
「だって、さっきつけたばっかりだよ?」
「そーだよね…」
もはや軌道修正は不可能と悟った。
シナリオ通りに事が運ぶ人生などありえない。所詮、妄想は妄想でしかなかったのだ。
台本など気にしないと決めたら、梨華とずっと楽に話せるような気がした。

「梨華ちゃんの部屋は?変わった?」
「どうかな。でもたぶんよっすぃーが来たらまた、落ち着かないって言うよ? だってピンクばっかだもん」
「えー?そんなコト言ったっけ、あたし」
「言ったよ」
ちょっと傷ついたんだから、と、梨華は小声で続けた。

「うそ。覚えてるよ、ちゃんと」
「えっ?」
「あんときはさぁ、なんかそんな風に言っちゃったんだよね。…ホントは、可愛いなって思ってたよ。梨華ちゃんらしくて可愛い部屋だなぁってさ」
「…そんなの、今ごろ言ったって意味ないよ」
「だね」
タイムマシンが使えたら、あのときの自分にビシッと言ってやるのに。
可愛いと思ったら正直に言えばいいし、好きだと思ったら素直にそう言えばいい。
614 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 21:01
「あのね、よっすぃー」
気まずい沈黙がしばらく続き、意を決したように梨華が言った。
「今度の、大会のことなんだけど」
「タイカイ?」
梨華の口から出た意外な言葉に、一瞬何の事か解らなかったが、ひとみはすぐにそれが秋の大会の事だと理解した。
「えっ、待って。話って部活のコト?」
「そうだけど?」
当然とばかりに梨華が答える。
「へ、へぇー。なんだぁ、そっかぁ」
(だよなぁだよなぁ、よく考えたら告白なんかのワケないじゃん。バカバカひとみのバカ。
合宿んときだってぜんぜん脈なしだったじゃん。ゼロだったじゃん脈。え?どこにあったよ脈)
ほんの数秒前まで浮かれていた自分が呪わしい。
ひとみは激しい自己嫌悪に陥った。

「本当は、よっすぃーにこんな話していいのか悩んだんだけど…」
その重い口ぶりから察するに、どうやら嬉しいニュースではなさそうだ。
それまであぐらをかいていたひとみだったが、真剣な表情の梨華につられるように姿勢を正し、正座に座り直した。
615 名前:<第27話> 投稿日:2005/08/17(水) 21:05
「よっすぃーは勝てないの。絶対負けるの」
「えっ…」
「黙って聞いて、よっすぃー。あのね、よっすぃーたちがどんなに頑張っても、どう転んでも一生私たちに勝つことはできないの」
「梨華ちゃん、それって……」
眩暈がした。

「ケンカ売ってる?」
「えっ? ああっ、ちがうの!そうじゃなくて!やっ、どーしよ、」
一体何をしに来たのだろう、この女は。
百歩譲って告白しに来たのではないとしても良しとしよう、しかし、嫌味を言うためにわざわざ家にまで現れるなどという嫌がらせをされる覚えはない。
いやあるにはあるが、自分が過去に犯した罪と天秤に掛けたとしてもやはりむご過ぎる仕打ちではなかろうか、とひとみは思った。
いいかげん、許して欲しい。

「ゴメンね、言葉が足りなかったよねっ」
「そうだね。そうであってほしいよ」
軽い放心状態の中、ひとみは心からそう思った。

「あのねちがうのっ、結論から先に言っちゃったの!実際はもっと前置きが、っていうかちゃんとした理由があってね、えっと、」
「ってゆーかそれ結論なんだ…」
これからどんなに尤もらしい説明をされたところで、行き着く結論がそれじゃあ到底納得できそうにないな……
暗い予感に、ひとみは薄っすら意識が遠のいてゆくのを感じていた。
  
  
616 名前:すてっぷ 投稿日:2005/08/17(水) 21:09

あぁ、また夏が終わってしまう……ですが、えんじぇる達の夏はもうしばらく続きますので、
お付き合いのほど宜しくお願いします。。

>605 名無飼育さん
ありがとうございます。あっちもちょっと止まってますが、読んで頂けてたら嬉しい限りです。
617 名前:名無し読者。 投稿日:2005/08/19(金) 02:24
更新乙です
のんびり夏を満喫しますので、マイペースでいって下さい。
618 名前:ななしれすよ〜 投稿日:2005/08/20(土) 21:15
いいですねぇー…。(しみじみ
お笑いかと思ったらこの少女漫画のようなすれ違い!
いしよしの醍醐味ですね!!たまらんですちゃいこーです。
まったりがんがってくらさい。
619 名前:もんじゃ 投稿日:2005/08/21(日) 02:05
物語の二人は大変だってのに何故でしょう…和みます。
夏が過ぎることくらい何だというのでしょう。
もういっそ永遠を感じても良いくらいです(笑)
草板の方も楽しく読ませていただいてます。
大変だと思いますがのんびり待ってますので、
すてっぷさんのペースでのんびりいきましょ〜。

620 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/23(火) 00:47
こちらが更新されてましたか
両方楽しく読ませていただいてます
なんかどきどきしますね
621 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/28(日) 10:59
おおお!更新してたんですんね
また意味深なとこで・・・
次回も楽しみにしてます
622 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/12(水) 11:37
ゆっくり読み返して
またーり待ってます。
623 名前:カーボン 投稿日:2005/10/26(水) 22:10
続きが読みたいなぁ〜!これマジはまりますよ!何回も読み直しました☆がんばってください♪
624 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:00
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
625 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/18(水) 11:02
そろそろこちらもお願します。
626 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/05(日) 19:03
( ^▽^)<なんで?
627 名前:すてっぷ 投稿日:2006/02/13(月) 22:13
生存報告です。

お待ち頂いている皆様へ。本当に長いことお待たせしてしまっていて申し訳ないです。
なるべく早く再開しますので。。
628 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/17(金) 09:46
生存報告ありがとうございます。
待ってます。
629 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/19(水) 01:09
待ってます
630 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/20(土) 02:32
すてっぷさんがお元気でいらっしゃるかどうか心配な今日この頃
631 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:20

――

「それって、」
八百長、という言葉を飲み込む代わりに、短いため息をついた。
目の前の彼女に直接的な言葉をぶつけるのは気が引けた。

「でも、なんでそんなコトあたしに教えてくれんの?」
「べつによっすぃーだから教えたワケじゃないよ。ののでもごっちんでも、誰でも良かったんだけど」
「…そっか」
そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。
ひとみは苦笑した。

梨華達セクシー共和国のキャプテンである矢口真里は、彼女に好意を寄せているらしい大会審査委員長の中澤という女に、
携帯番号を教える代わりに自分達に有利な審査をするよう迫ったという。
ラジオ体操に対し熱意の欠片も無さそうな中澤裕子という女は、間違いなく真里の要求を呑むだろうと梨華は言った。

”どんなに頑張っても、よっすぃーが私たちに勝つことはできない。”
しかしひとみは、自分達の不正をわざわざ敵である自分に知らせに来た梨華の真意を測りかねていた。

「うそ」
梨華が言った。
「私、どうしたらいいかわかんなくて……よっすぃーに、聞いてほしかったの。だから誰でも良かったなんて嘘」
寂しげに笑う。
恐らく、チームメイトには相談できなかったのだろう。
梨華がたった一人で悩んでいたのかと思うと、胸が痛んだ。
632 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:22
「梨華ちゃんはさ、もし、勝つコトが決まってても、本番で手加減したりしないよね?」
「そんなの、当たり前じゃない!」
「だったら、あたしはそれでいいよ」
半分は本心だった。
「だから余計なコト考えるな」
些細な事でも無駄に悩みすぎる梨華のことだ。きっと練習にも集中できていないのに違いない。
もし大事な本番で、彼女らしい演技が出来なくなってしまったとしたら。ひとみには、その方が辛かった。
「わかった?」
梨華は小さく頷くと、
「…ありがとう、よっすぃー」
「あっ?あ、あぁ…うん」
ひとみは戸惑っていた。精神的に相当参っていたのだろうが、今日の梨華はやけに素直だ。

「じゃ、じゃあさ、お礼にケータイとか教えてよ」
気がつくとひとみは、照れ隠しとはいえ人として最低の台詞を口走ってしまっていた。
これでは真里の携帯番号欲しさに不正を働こうとしている中澤とかいう女と少しも変わらない。
633 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:23
「090…」
「えーっ!?」
(しかもあっさり教えようとしてるし!あたしが言うのもなんだがそこは断るトコだろう!)
ひとみは焦った。
これじゃまるで梨華ちゃんの携帯番号欲しさに悩みを聞いてあげた人みたいじゃないか、と。

「なに?」
「いや、ってゆーか冗談だから。ホントに教えなくていいから」
「なんだ」
しかし梨華がバッグにそれを仕舞おうとした瞬間、
「やー!ちょっと待って!!」
ひとみは思わず叫んだ。

「なに」
「や、ってゆーかホントに教えてくれんの?」
「だって冗談なんでしょ?」
「うん。いや、さっきのは冗談だけど、でもホントに教えてくれるんだったら、あの、ええっと………おしえてください」
十分すぎる土下座の後、ゆっくり顔を上げると、
「………」
携帯電話を片手にした梨華が哀れみにも似た目でひとみを見下ろしていた。

「ねぇねぇねぇ、夜とか電話してもいーい?」
「ダメ」
「えっ」
知っているのに決して掛けてはならない番号。それは、
持っているのに決して開けてはならない竜宮城の玉手箱に似ていた。
どちらも、だったらそもそも持たせるなよ、とひとみは思う。
ともあれまたいつもの梨華に戻ってくれたことを喜ぶべきなのかも知れない。
もはや持ち腐れの宝と化した数字の羅列をぼんやりと見つめながら、ひとみは自嘲気味に笑った。
634 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:25
「そうだ!ねぇ聞いて」
絶望に浸っているひとみとは対照的に、弾んだ声で梨華が言う。
「私ね、当たったの」
「えっ!」
すぐにピンときた。梨華が”当たった”と言うのはあれしかない。
くじ引きだ!ひとみは身を乗り出した。

「合宿のときのアレ。サマージャンボ!」
「えぇー!マジで!?」
「うん。1万円だけど」
「1万でもすげーじゃん!だってそんなん当たったコトないよね!」
「そうなの!今までね、300円しか当たったコトなかったの!」
はしゃぐ梨華の笑顔。こんな顔を見たのは何年ぶりだろう、そして、
ある程度予想はしていたが、ひとみと別れてからの3年間、梨華の当選金額自己ベスト300円は
未だ更新されていなかったのだという事実に、ひとみは胸が熱くなった。

「最後の、一枚だったの」
「えっ?」
「よっすぃーが探してきてくれた、最後の一枚」
その言葉で、ようやくひとみは思い出した。

梨華達の学校と偶然一緒になった夏合宿で、梨華が落とした宝くじ。
二人で探したが一枚だけがどうしても見つからず、梨華と別れた後、藪の中で泥にまみれながらようやく見つけた最後の一枚。
あの一枚が、当たったというのか。
635 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:26
「で、お礼っていうか…コレ」
梨華が照れくさそうに差し出した包みを、ひとみはぼんやりと受け取った。
「え…あたしに?いいの?」
既にちゃっかり受け取った後でわざわざ確認してしまうほど、我が身に起こっている幸福が信じられなかった。
頷く梨華のはにかんだ笑顔が、ひとみをめくるめく夢の世界へと誘う。

(ふふ、何が入ってるんだろう…てゆーかえっちぃ下着とかだったらどうする。もしそうだったらやっぱ着てるトコとか見せるべきだよね、頂いた礼儀として)
時としてひとみの思考を支配するゴミレベルの妄想は、ジグソーパズル部での堕落した三年間の中で確実に培われたものだった。

(ふふ、何が入ってるんだろう、なにが……はっ!)
あまりに浮かれすぎている自分に気付く。僅かに残された理性の欠片が、ひとみに警告を鳴らしていた。
そう。夢はいつか醒めるもの。
たとえば、プレゼントの中身が爆発物でないという保証がどこにある?
開けた瞬間デッドエンドという結末も、可能性としてゼロではない。

「あ、あけていい?」
恐る恐る尋ねる。
「うん」
「じゃっ、じゃあ開けまーす…」
プレゼントの中身は、ジャージだった。
しかも、ひとみが中学の頃から愛用しているスポーツメーカーのものだ。
636 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:28
「すげー!超かっけーじゃんコレ! えっ、てゆーかいいの?こんなのもらっちゃって」
「うん」
「でも、当たったの1万円だよね。コレでほとんど使っちゃったんじゃ…」
もしかするとそれ以上かも知れない。
そもそも梨華が買った宝くじなのに、それを拾っただけの自分がここまでしてもらうのは気が引けた。

「いいの。嬉しかったから」
それほど嬉しかったのはくじが当たった事なのか、それとも当たったのが、ひとみが見つけた最後の一枚だったからなのか。
後者だと思うのは自分の思い上がりだろうか。

「じゃあ、ありがたくいただきます」
「どういたしまして」
二人は笑い合った。
今度こそ、この幸せを素直に喜んでいいのかも知れないとひとみは思った。
 
637 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:29

ひとみは、ちょうどコンビニ行こうと思ってたし、と口実をつけて、梨華を駅まで送ることにした。
「なんか懐かしいよね、こういうの」
梨華と並んで歩きながら、ひとみは言った。
「え?」
「二人で歩くのなんてさぁ、久し振りじゃん」
「久し振りっていうか、何年ぶりってカンジだよね」
「…そうだね」
二人が恋人でいた期間は、一年と少し。
中二の夏に終わってから三年も経つのに、あの頃をまだ思い出に出来ない自分がいる。

「えーっと、いくらだっけ…」
切符を買う後ろ姿を見ながら、ひとみは、二度と戻らない一年と少しのことを思っていた。

(好きだよ、梨華ちゃん、本当だよ)
その言葉を口にしたら、二人はどうなるのだろう。

(きっとまた嫌われちゃうな)
賭けてみる勇気は無かった。
梨華との距離が縮まれば縮まるほど、再び失ってしまうかもしれないことに臆病になる。
638 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:31
「今日はありがとう」
ひとみは慌てて首を振る。
「こっちこそ、ジャージありがと。明日からさっそく着るね」
梨華が、嬉しそうに微笑む。
「じゃあね」
小さく手を振って、ひとみに背を向ける。

  『当たったの』

梨華の口からそれを聞いたとき、ささやかではあったが彼女に幸運をもたらしたのは自分なのだという気がして、嬉しかった。

  『よっすぃーが探してきてくれた、最後の一枚』

「梨華ちゃん!」
改札が閉まるのと同時に、叫んでいた。

「あたしと居たら、きっと幸せになれるよ」
立ち止まってひとみの言葉を聞いていた背中が、ゆっくりと振り返る。
梨華は今にも泣き出しそうな笑顔で手を振ると、小走りに階段を駆け上がっていった。


(言うんじゃなかった…かな)
携帯を開き、順に名前をスクロールする。
”石川梨華”で手を止め、掛けようとしてやめた。

「またね、梨華ちゃん」
呟く。ひとみにはまだやるべきことがあった。
639 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:32
「もしもし」
『おーぅ、よっすぃー』
息が弾んでいる。

「なつみ先輩」
『んー?どしたのー?』
「あの、」
電話したものの、なつみに例の事を話すべきか迷っていた。
話したところでどうなる訳でも無かったが、自分だけが知っていていいのだろうかという罪悪感もあった。
『ねぇ今どこ?あのね、今うちで愛と麻琴と自主練してんだけどよっすぃーも来ない?みんなで練乳カキ氷食べようよ!』
はぁ?また練乳かよー、と、不満気な愛の声が聞こえる。
640 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:34
「なつみ先輩」
『なに?』
「もし、勝てなかったらどうします?」
『は?』
「なつみ先輩なら、絶対に勝てないってわかってる相手と、戦いますか?」
『それ、どういう意味?』
「あ、やぁ…あのぶっちゃけー、矢口さんトコめっちゃ強そうじゃないですかぁ。だから、うちら実際勝てないんじゃないかっていう」
『はぁ〜?なんだそりゃ。ずいぶん弱気だねぇ。なんかよっすぃーらしくないよ』
「………」
『んーでもべつにいいよ、なっちは』
「えっ?」
『だって勝つためにやってるんじゃないもん』
「…うん」
『みんなが楽しくできて、それで優勝とかできるんだったらそりゃあ嬉しいけどさぁ。
勝つために何かガマンしたりさ、今のよっすぃーみたくなーんか知んないけど凹んでたり、そんなんして勝つコトに意味ある?』
ひとみは、この事を誰かに知らせようと思った時、自分が何故なつみを選んだのか、分かったような気がした。
『なっちはヤだよ。絶対にイヤ。勝つとか負けるとかそんなんどっちだっていーっしょ。おっけー?』
「はい」
始めから、誰かに知らせようなどとは思っていなかった。
ただ、勝つ事が全てではないと、なつみにそう言って欲しかっただけなのだ。
641 名前:<第27話> 投稿日:2006/06/11(日) 18:36
『ねぇ、それよりよっすぃーもおいでよ。麻琴がねぇ、すんごぉーく寂しがってるよ。え〜っ吉澤センパイ来ないんですかあ〜?だって』
言ってない!言ってないから!!と、麻琴の怒鳴る声が聞こえる。

「じゃあ、なんか楽しそうだから行きます」
『おっけー。早くしないと練乳なくなっちゃうからね!』
「いま外なんで、ジャージ取りに帰んないと」
『そんなんいいよぉ制服だって何だって。夏休みの公園見てごらん、よっすぃー。みーんな好きなカッコしてラジオ体操してるべさぁ』
「でも、着たいんです」
『じゃあ、急いで行っといで。ダッシュだよ?』
「りょーかーい」
電話を切ると、ひとみは歩き出した。
ついさっき梨華と並んで歩いた道を戻りながら、一人でもう何度歩いたか知れない道が、やけに寂しく感じた。
 
 
642 名前:すてっぷ 投稿日:2006/06/11(日) 18:39
>617 名無し読者。さん
ありがとうございます。今年もまた夏が…のんびりしすぎですよね(苦笑
まだお読みいただいてると良いのですが…

>618 ななしれすよ〜さん
ありがとうございます。お待たせしてすみません。。
この二人の回だけは何故か少女漫画チック?になってしまいます。
他の回だとバカ一色なのですが(笑

>619 もんじゃさん
過ぎすぎてまた夏になってしまいました。ホント申し訳ない。。
長編をやってると、すぐに他のが書きたくなる悪いクセが…ですが、しばらくはこちらに専念しようと思います。
最後まで読んでやって頂けると嬉しいです。

>620 名無飼育さん
ありがとうございます。お待たせして本当にゴメンなさい。
こちらが落ち着いたら短編も書きたいと思いますので、またお付き合い頂けると嬉しいです。
643 名前:すてっぷ 投稿日:2006/06/11(日) 18:40
>621 名無飼育さん
ありがとうございます。気になるところで中断してしまって、申し訳ないです。。
また、読んで頂けると嬉しいです。

>622 名無飼育さん
どうもです。まだ待ってもらえてるかな。。

>623 カーボンさん
ありがとうございます。そう言って頂けるとすごく嬉しいです。
よろしければ、最後までお付き合いくださいませ。。

>624 名無飼育さん
超遅レスですが、企画おつかれさまでした。

>625 名無飼育さん
>626 名無飼育さん
すみませんです。今度こそこっちに専念したいと思いますので…。

>628 名無飼育さん
こちらこそ、どうもありがとうございます。
あまりお待たせしないように頑張りますね。。

>629 名無飼育さん
ありがとうございます。。

>630 名無飼育さん
ああぁ、ご心配をお掛けして本当に申し訳ありません。。
これからはペース上げていきたいと思いますので、どうかもうしばらくお付き合いくださいませ。
644 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/12(月) 13:09
待っていてよかった。この一言に尽きます
更新おつかれさまでした
次回更新までゆっくり待っていますね
645 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 00:54
更新おつです。
お元気そうでよかったです。
よかったね、よっすぃー
ここのバカで憎めないよっすぃー大好きです。
646 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/17(木) 15:47
待っていて良かったです。
Dear〜の頃からすてっぷ作品大好きです。
これからもいつまでも見守っています。
647 名前:すてっぷ 投稿日:2006/09/10(日) 20:32
>644 名無飼育さん
ありがとうございます。またまたお待たせしてしまいました…。
物語はまだまだ波乱がありそうですが、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

>645 名無飼育さん
ありがとうございます。よっすぃーの恋の行方ともども、結末まで見届けて頂けると嬉しいです。

>646 名無飼育さん
Dear〜の作品からお読み頂いてるのですね。どうもありがとうございます。
これからも、楽しんでもらえるようなものが書けたらと思います。
648 名前:すてっぷ 投稿日:2006/09/10(日) 20:34
幻板に次スレ「えんじぇる☆Hearts!3」を立てさせて頂きました。
649 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 02:27
ochi

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