ジハード
- 1 名前:しばしば 投稿日:2002年12月28日(土)22時18分58秒
- どーも、しばしばといいます。
娘。関連のアンリアルものに挑戦したいと思います。
初小説なんものでいたらぬ点も多いと思いますが、ご容赦のほどを。
更新は頻繁には行えないと思います。
が、長くなっても終わらせたいと思っていますのでご贔屓のほどをお願いします。
- 2 名前:しばしば 投稿日:2002年12月28日(土)22時19分52秒
- 「わたしこのままどうなるのかな…」
彼女は確かに現実との別れを覚悟していた。
「まだまだこれからやらなきゃいけない事もいっぱいあったのにな〜」
誰に語るでもなく、ひとりでに言葉が溢れてくる。
徐々に近付いてくる暗闇の世界への実感は、まだわかない。
ただあの高さからならば無事ではすまない事はわかる。
「私がやってきた事って意味あったのかな?」
その言葉を発した時に不意に涙が溢れてきた。
「いやだ、死にたくない。私にはまだまだこれからやらなきゃいけない事がいっぱいあるのに。それとも、私はもう用無しって事?」
思いが爆発した瞬間であった。
彼女の思いとは別に徐々にスピードは上がっていく。
もうどうにもならない事ぐらいわかっている。
「‥‥‥‥‥ウンメイノ‥‥‥‥‥バカヤロー‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2002年12月28日(土)22時21分39秒
- さかのぼる事数百年前
この世界は邪神に支配されていた。
この事態を打開すべく
光の神は重い腰をあげた。
現在、伝説と称されている光の神でさえも
邪神の力を押さえる事は難しく
禁術を使うことで邪神を封印する事に成功したといわれている。
しかしその時、邪神は封印される前
光の神に対して呪いをかけ
その魂を4分割にする事にも成功していた。
事実上この戦いは何も残す事はなく、荒れ果てた大地と一握りの人間達を残すのみとなった。
それから数百年後、分割された4つの魂はそれぞれ
風、水、火、土の神といった形で人々にあがめられる事になった。
かつて善と悪で争われた戦いは、己の私利私欲でのみ行われるようになっていた。
数百年前の戦いは伝説と称され、時の流れが人の記憶を薄れさせた頃
闇の民族を名乗る男つんく≠ェ邪神の封印を解いた事が知らされる。
それは新たなる歴史のはじまりであった。
物語は4つの国に囲まれた土地で生まれた少女達を戦場へと導いて行くのであった。
運命は、一度中断した物語を新たなるキャンパスに描き始めたのだ。
- 4 名前:第1章 必然?それとも‥‥‥ 投稿日:2002年12月28日(土)22時22分53秒
- 「ひとみ〜、いつまで寝るつもり。 もう、ほら早く起きて」
彼女はいつものように私を起こしてくれる、それが彼女の日課だ。
私はそんな在り来たりの日々に小さな幸せを感じていた。
「う〜〜、もう少し‥だ‥‥け‥‥Z‥‥ZZ‥‥‥ZZZ」
私は2度寝を決め込んでいた、それが私の日課だ。
「もう毎日、毎日。たまには早く起きてみたらどうなのよ」
彼女は毎日同じ事を言う、この時間が実は1日の中で一番有意義なのかもしれないと感じるようになるのはまだ当分先の話だ。
それから少しの間を置き、彼女は口を開いた。
「そーだ! ねぇねぇ、今日はお姉ちゃんが来るんだよ」
「えっ!ホントに!?」
(しまった!!)
彼女はしてやったりの表情でこちらを見ている。
「やっぱり聞いてるんじゃないの、早く下に降りてきてよ」
それだけ言うと階下へと向かっていった。
彼女は毎回決まったように同じ事を言う、しかし、本当だった事はない。
むしろ毎回同じ嘘に騙される私がダメなのだが…
「う〜、またやられた‥‥‥しかたない、たまには早く起きてみるかな」
別に朝が弱いわけでもないのだが、どうにも体が重い。
それでも、午前中に起きたのは久しぶりだ。
ボーっとした意識を覚すために少しの猶予期間を頭に与えながら、ゴロゴロと寝返りを打つ‥‥‥
- 5 名前:第1章 必然?それとも‥‥‥ 投稿日:2002年12月28日(土)22時24分09秒
- しかし、いつまでもこうしているわけにはいかないために渋々彼女が待つ階下へと向かった。
「よっ!オハヨー、相変わらずだね〜」
「めぐみさん!? おっ、おはようございます」
ハトが豆鉄砲を喰らったのってこんな感じをいうのであろうか、私は予期しなかった現実に面喰らった。
「あっ、ようやく来たの?お姉ちゃんずっと待ってたのに」
彼女はまたしてもしてやったりの表情でこっちを見ている、その目はどこか確信犯的だった。
「あゆみ、またあなた何かしたのね。もう、大丈夫?ひとみちゃん」
めぐみさんはとびきりの笑顔を私に向けてくれている。
これを見れただけでも早起きしたかいがあるもんだ、と自分の意志で起きたわけではないが思った。
めぐみさんは土の国で魔術師団の団長をやっているらしい、そしてあゆみの姉さんにあたる。
そうあれは、3年程前の出来事だった。
- 6 名前:しばしば 投稿日:2002年12月28日(土)22時25分14秒
- 今日はこのくらいで。
ストックがあるうちはできるだけ更新していくつもりです。
- 7 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時00分50秒
- この世界には4つの国がある。
私達が暮らしている地方はどこの国の傘下にも属しておらず、4つの国に囲まれた平和とはほど遠い生活を余儀なくされていた。
あれはまだ、どこの国も単独での戦いを繰り替えしている頃の出来事だった。
私の両親は私の物心がつき、普通に暮らしていたある日忽然と姿を消した。
そんな両親を同時になくした私を幼馴染みでもあり、普段から親同士も仲が良かったあゆみの家が引き取ってくれる事になった。
あゆみの両親はいくら幼馴染みとはいえ他人である私の事を暖かく迎えてくれたことを幼いながらに記憶にとどめている。
そんなあゆみの両親も数年前に起きた風の国と土の国の戦争によって行方がわからなくなった。
それからというもの私とあゆみだけの生活が始まったのだが、そんな生活にもなれたある日の夕暮れどき、国の使者だという人が家に現われた。
- 8 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時04分50秒
- 正直私達にとって国の使者というものに対して嫌悪感みたいなものを感じていた。
それは、あゆみの両親を巻き込んだ事も関係してきているし、それ以外でもいろんな不満はあるからだ。
しかし、その時はなぜかすんなりとドアをあける事ができた。まるで何かに促されるように‥‥‥
ドアを開けた先には2人の女性が立っていた、2人とも顔を隠しているためにその表情をうかがう事は出来ない。
外見からわかるのは、1人は特に特徴がないが、もう1人の女性は私達2人よりも背が低いということだけだ。
そして背の低い女性は、用件を話しだした。
「あなた、あゆみさんですね?」
「そうですけど。 何か?」
あゆみの答えに2人が何やらこそこそと話をしている。
こういうのはあまり気分のよいものではない。
数分たった後また背の低い女性が話だした。
- 9 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時07分46秒
- 「私は風の国で竜騎士団団長をつとめている矢口真里と申します、失礼ですがそちらの奥にいる人はいったい‥‥‥」
矢口真里と名乗った人物は軽く自己紹介をすると顔を覆っていた布を取り払った。
その素顔から私達とさほど変わらない年齢である事が想像できた。
しかし、この背の低さといい、若さといいこれで騎士団長がつとまるのかは少し疑問だった。
「彼女は私の幼馴染みです」
あゆみは簡潔に答えた。
そんなあゆみをもう1人の女性はじっと見つめていた。
「 では、あなたが‥‥ひとみさんですね?」
矢口と名乗った人は私の方を向いて言った。
「そうですけど。 あの、今日はいったい何のようで?」
正直、少しイライラしていた。
私の名前を知っていた事には驚いたが、それよりも使者を名乗る2人の態度が気になってしょうがなかった。
- 10 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時13分31秒
- できる事ならあまり国などというものとはかかわりを持ちたくないものである。
しかし、そんな気持ちをよそに2人はまたこそこそと話を始めた。
何かの打ち合わせでもあるのだろうか、
それとも何か私がいて不都合でもあるのだろうか、
などいろんな事を考えていると再び矢口を名乗る女性がこちらに向き直り口を開きかけた。
が、それを制してもう1人の女性が前に出た。
「ほんとうに、本当にあゆみなの?」
さっきまでとは打って変わり、ピリピリとした空気があたりを包み始めた。
あっという間に気まずい空間が出来上がり、あゆみは口を開く事が出来なくなったのか頷く事で返事をした。
しかし、次の瞬間そのピリピリした空気はすぐに消え、気付くとさっきの女性があゆみを抱き締めていta
。
- 11 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時16分14秒
- 「あゆみ、私よ‥‥‥めぐみよ」
「えっ!? お姉ちゃん、お姉ちゃんなの?」
驚いた。
突然の告白。
私はあゆみから姉がいるなんて聞いた事がなかったため、ただただ目を丸くするしかなかった。
あゆみとめぐみと名乗った女性はそれ以来何も話す事なく、お互いの姿を確かめあっている。
私はというと矢口と名乗る女性に外へと連れ出されていた、確かに久しぶりの姉妹の対面を邪魔する気にはなれなかった。
外に出るとすでに日は沈んでいたが、大きな月が出ていた、その月の光が妙に眩しかった事を覚えている。
私達は近くの柵にもたれ掛かった。
私はこれを逆にチャンスだと思い、今回の目的を聞いてみる事にした。
「あの、矢口‥さん? 1つ聞いてもいいですか?」
「なに? っていうかさ、なんか堅苦しいのヤなんだよね、矢口」
「‥‥‥」
(なんだろう、急に態度変わったよな〜。こんなに親近感が湧くような人だっけ?)
- 12 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時21分17秒
- 「あなたさぁ、ひとみっていったよね、上の名前は?」
「吉澤ですけど」
「じゃあ‥‥‥よっすぃ〜だ。で、なに?」
「あっ、はい。その、今日は何をしに来たんですか?あゆみのお姉さんを連れて来ただけですか?」
(よっすぃ〜ってもしかしてあだ名なの?)
私に不思議なあだ名をつけた矢口さんは自分のペースでどんどん話していく。
「その事か。 めぐみは、妹を探していたけど偶然なの。本当は矢口1人で来るはずだったんだけど、該当者の名前が【あゆみ】だったから勝手についてきたのよ。これがバレたら矢口怒られるんだよ、大体めぐみは風の国の騎士じゃないのよ、彼女は土の国の騎士なんだよね、たまたま仲がイイから連れてきただけなんだけどさ。今回の目的は彼女‥あゆみさんの御両親の事を報告しにきたのよ、一区切りついたらめぐみからあゆみさんに話す事になってるの」
この後、私は矢口さんから詳しい話を聞いた。
あゆみにとってはいい知らせと悪い知らせが重なることになった。
- 13 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時25分14秒
- 「あの、もう1つ聞いてもいいですか?」
私は多少遠慮しながらも、もう1つ疑問をぶつけてみる事にした。
「うん、いいよ。矢口にわかる範囲でイイなら答えるね」
「あの、矢口さんはなんで騎士≠やっているんですか?ほら、その‥‥体だってあまり大きくもないし」
「う〜ん、改めて聞かれると矢口もよくわかんないんだ。気付いたら騎士団長とかやらせてもらってるけど、なんだろうな‥‥‥とにかく一生懸命だったんだ。ほら、矢口って見た目小さいじゃん、実際に小さいけど。だから人一倍負けん気とかが強くてさ、でもやっぱり体格が大きいやつとかには負けたりするわけ、だから体格なんて関係ないんだぞって事を証明したかったのかもしれないな〜」
矢口さんは夜空を見ながら話してくれた、その姿はどこか自分に言い聞かせているようにも見えた。
「自分で聞いておきながらこんな事いうのも変なんですけど、どうしてそこまで大事な事をあたしに教えてくれるんですか?初対面なのに」
- 14 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時26分51秒
- 「それは、矢口がよっすぃ〜を気に入ったから。 これじゃダメ?」
矢口さんは私の目を見てつぶやいた。
(こんな顔できるんだ、国の人にもイイ人はいるんだな〜。)
それから私は矢口さんにいろいろな話を聞いた。
矢口さんの初陣の話
矢口さんが乗っている竜の事
矢口さんを竜騎士団に抜てきした風の国の将軍の事
もうすぐ風の国と土の国の間で同盟が結ばれる事
矢口さんが風の国では風の申し子≠ニ呼ばれ英雄扱いされている事
この時矢口さんは自分を特別視される事に嫌悪感を抱いている事
出来る事なら戦いたくない事
でも、自分が思う理想を求めているから今は戦う事ができるとも言っていた。
最初は真剣に話していたけど最後の方は、なんか少しうやむやにされた感があった、多分恥ずかしかったんだと思う。
- 15 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時32分26秒
- この時、私はこの人なら大丈夫だと感じた。
人を見抜く力なんてないと思うけど、なぜかこの時は自信が持てたし、始めに感じた嫌悪感はどこかにいってしまっていたからだ。
「矢口さん、わたし、私にも矢口さんの理想の手伝い‥‥‥いや、私が求める理想‥私の目に映る人達を助けてあげる事って出来ますかね?」
「‥‥‥‥‥‥‥うん」
矢口さんは私の突然の質問に少し驚いたようだったけど、答えてくれた。
その言葉は優しく、そして力強かった‥‥‥多分私の気持ちを汲み取ってくれたんだと思う。
その力強い返事をもらった時、本当にこの人に話してよかったって思えた。
「そうだ!なんなら矢口が戦い方を教えてあげるよ。もちろんよっすぃ〜が良かったらだけど」
「えっ、マジっすか?でも大丈夫ですか〜矢口さん、背ちっちゃいのに」
「あっ、身長の事は言うなよ〜、矢口だって気にしてんだぞ〜。‥‥‥‥‥もういい、何も教えてやらない」
「「‥‥‥プッ、ハハハハハハハ」」
2人して笑っていると、不意に私は後ろから誰かに掴まれた。
- 16 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)01時34分48秒
- 本日はここまで。
今日中にまたヒマならアップしたいと思います。
字多いっすかねぇ?
- 17 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)17時27分34秒
- 「よ〜しこ!!」
「うわ!!‥‥‥なんだ、ごっちんか。ビックリした、暗くて誰かわからないし」
振り向くとそこにはごっちんがいた。徐々に目がなれていく中でごっちんの横にいる梨華ちゃんの姿も確認する事が出来た。
「あれ、梨華ちゃんもいるじゃん。どうしたの2人して??」
「うん‥‥‥」
梨華ちゃんは返事をするものの、なかなか話そうとしない、横にいたごっちんも最初の言葉以外何も話さないでただ私を、いや、私の横にいる矢口さんを見ていた。
誰も話さない空気の中で矢口さんが気まずそうに耳打ちしてきた。
「ねぇ、よっすぃ〜、‥‥‥誰?」
(そっか、私は矢口さんの事を知ってるけど2人は何もしらないんだっけ)
- 18 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)17時29分08秒
- 私達の暮らしの中で外部の人に触れる事は滅多にないために人見知りが激しい。
私はずいぶん社交的な方だ、それを思い出した私はごっちんと梨華ちゃんに恐怖感を与えないために矢口さんを紹介する事にした。
「矢口さん紹介しますね、こっちがごっちんコト後藤真希、それであっちにいるのが梨華ちゃんコト石川梨華。2人にも紹介するね、この人は矢口真里さん」
私の紹介に促されるように3人はペコリと頭を下げた。
「‥‥石川梨華さんに後藤真希さん?」
矢口さんは一瞬だけ何かを考えたような素振りを見せたがすぐに笑顔に戻った。
「3人はどういった‥‥」
「まぁ、うちとごっちん、梨華ちゃん、あゆみの4人は幼馴染みなんですよ、物心ついた時から一緒ですよ」
私はまだ警戒しているごっちんと梨華ちゃんの変わりに答えた。
- 19 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)17時29分58秒
- 「へぇ〜そうなんだ」
矢口さんはそこでも一瞬何かを考えているようだったけどすぐに表情は元に戻っていた。
そんな矢口さんの表情を知ってか知らずか梨華ちゃんが口を開いた。
「ひとみちゃん、柴ちゃんとは一緒じゃないの?」
「えっ、あゆみ? ああ、あゆみは、 その‥‥‥」
突然の梨華ちゃんの質問に私は戸惑った。
本当の事を言おうか迷った。
私が説明してもいいけど、あゆみの事はあゆみの言葉で説明して欲しかったからだ。
それに矢口さんやめぐみさんの立場を知ればまたごっちんと梨華ちゃんは拒否反応を起こすかもしれなかったから。
- 20 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)17時31分15秒
- しかし矢口さんは、
「あゆみさんは今‥‥‥」
「矢口さん!!」
「いいよ、よっすぃ〜。よっすぃ〜は矢口やめぐみのことを考えてくれてるんでしょ、 ありがと。 でも、よっすぃ〜は友達に嘘がつける?」
全くこの人には頭が下がる思いだった。
たった数時間前に出会ったばかりなのにもうすでに私のすべてを知っているかのようだった。
現に、私にはごまかす方法は思いつかなかった、だから矢口さんにこの場を任せるしかなかった。
矢口さんはそれからごっちんと梨華ちゃんに、
あゆみにはお姉さんがいた事
そしてまさに今、あゆみはお姉さんと対面中である事
を話した。
- 21 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)17時32分21秒
- でも、あゆみの両親の事は一言も話さなかった。
「と、まぁ、そういう事なんだ」
矢口さんは一度に話すと一息ついてその場に腰をおろした。
話を聞いた2人は多少戸惑っているように見えた。
けど、そんな私の思惑とは少し違いごっちんも梨華ちゃんも、何か納得したような眼差しを矢口さんに見せている。
「ねぇ、よしこ。ちょっと来て」
少し距離をとった所にいるごっちんと梨華ちゃんに呼び出された私はその言葉に従うように2人の元へと近寄って行った。
「あのさ、矢口さんって言ったけ?あの人、何してる人なの?」
「えっ」
やっぱり迷った。でも、矢口さんがあゆみの事を全部話した時から私だって腹括っていたわけだし‥‥‥
- 22 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)17時33分10秒
- 「矢口さんは 風の国の騎士だよ」
「‥‥やっぱりね。教えてくれた内容が具体的すぎると思ったんだ。あれは国の調査の仕方なんだよね」
「えっ!?なんでごっちんがそんな事知ってるの?」
「まぁ、 ちょっとね。いろいろあってさ」
意外だった。さっきのごっちんの言葉から察すると私の思惑はずいぶん違っていたようだ。
「あのさ、梨華ちゃんと2人であの人と話してみたいから、よしこはどっか行っててくれないかな?」
ごっちんは何かを決めたように話し掛けてきた。その時の真面目な表情はあまり見た事もなかったし、梨華ちゃんも何か知っているようだった。
さっきの受け取り方もただのマイナスの要素ではなかったみたいだったから、私は矢口さんに一言告げてからあゆみの様子を見に行く事にした。
家に戻るとちょうどあゆみが私と矢口さんを探しに外に出てくる所だった。
- 23 名前:しばしば 投稿日:2002年12月30日(月)17時34分45秒
- 更新してみました。
なかなか試行錯誤の連続ですね。
- 24 名前:しばしば 投稿日:2002年12月31日(火)20時14分42秒
- 「あっ、ひとみ。どこ行ってたの?」
「すぐそこで矢口さんと話してたんだけど、それより おじさんとおばさんの事 聞いた?」
「‥‥‥‥‥うん。本音を言えばすごくつらいのかもしれない けど、お姉ちゃんに会えた事もあったし、まだちゃんとした気持ちの整理がつかないんだ。それに、私には ひとみだっているしさ… それより、中に入ろうよ、お姉ちゃんの事、紹介するからさ」
「うん」
私はあゆみに促されるままに家の中へと入る事にした。
そして、めぐみさんとの対面。
めぐみさんは私の事も少し覚えていたみたいで、軽く自己紹介した後、矢口さんと同じように話をしてくれた。
めぐみさんが何をしている人なのか(これは矢口さんから聞いて知ってたけど)
小さな頃のあゆみの話
あゆみのダメな所
矢口さんとの出会いの話など
いろいろな話を聞かせてくれていたけど、矢口さんの話になった時、不意にあの3人が上手くいっているか気になった。
- 25 名前:しばしば 投稿日:2002年12月31日(火)20時15分19秒
- 「そうだ、矢口は何してるの?」
めぐみさんもそこが引っ掛ったのか、それとも矢口さんの事を忘れていたのか急に話をふってきた。
「矢口さんなら今、ごっちんと梨華ちゃんと話をしているはずですけど」
「あの2人もいるんだ」
あゆみは今にも2人を呼び出しにいかんばかりの勢いだったが、それはめぐみさんに遮られる事になった。
「あゆみ、ごっちんと梨華ちゃんってだれ?」
「そっか、お姉ちゃんは知らないのか。ごっちんって言うのは後藤真希っていって、梨華ちゃんって言うのは石川梨華っていって、私とひとみ、真希ちゃんに梨華ちゃんの4人は幼馴染みなんだよ、覚えてない?」
「後藤真希に石川梨華………」
私はこの2人の名前を聞いた時のめぐみさんの反応が矢口さんのそれにそっくりだった事を見逃さなかった。
(矢口さんもめぐみさんも、どうしてごっちんと梨華ちゃんの名前に反応するんだろう?いったい2人に何があるっていうの?)
- 26 名前:しばしば 投稿日:2002年12月31日(火)20時18分23秒
- そんな私の考えなど読み取ってくれるわけもなく、めぐみさんはすぐに表情を戻すと矢口さん達の所に行こうと言い出した。
考えてみると私が家に戻ってきてから結構な時間が経っている事に気付いた。
確かにごっちんや梨華ちゃんの事も気になるけど、2人の名前を聞いた時の矢口さんの反応も気になっていたため、めぐみさんの言う通りにすることにした。
私達が矢口さん達の元に向かっているとそこからは予想に反して笑い声が聞こえてきていた。
「おう、めぐみによっすぃ〜じゃない。どうしたの?」
矢口さんは始めの気まずさなど微塵も感じさせないで2人に溶け込んでいた。
「いや、そろそろ帰る時間でしょ」
「げっ、もうそんな時間?話が楽しすぎてすっかり忘れてた。じゃ、帰るとしますか」
- 27 名前:しばしば 投稿日:2002年12月31日(火)20時19分13秒
- そういうと矢口さんは立ち上がった。
「おねえちゃん、もう帰るの?」
「ごめんね。でも、これからなるべく顔出すようにするよ」
「 わかった」
あゆみはどこか名残惜しそうだったが渋々納得したようだった。
「じゃあね、よっすぃ〜。それにあゆみちゃん、ごっつぁんに梨華ちゃん」
(ごっつぁん?)
また私の中に謎のあだ名が発生したがごっちんは
「じゃあね、やぐっつぁん」
と言っていた。
さらに謎なネーミングセンス。
どうやら矢口さんとごっちんは変な所が似ているようだ。
そんな事を考えていたら、めぐみさんと矢口さんは闇の中へと消えて行った。
- 28 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月02日(木)00時44分30秒
- 続きが気になるっす…
がんばってください
- 29 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)02時51分05秒
- それからというもの週1ぐらいの割合でめぐみさんは私達の家に来るようになった、もちろん矢口さん付きで。
「今日はなんか用なんですか、こんなに朝早くに来た事ないじゃないですか?」
私はまだ冴えない頭で精一杯考えた質問をぶつけた。
「それは矢口が教えてあげるよ」
後ろの方から聞きなれた声がしたため、振りかえるとそこには椅子にちょこんっと座る矢口さんがいた。
その姿があまりにも可愛かったために少し笑ってしまった。
「あ!おい、なんで笑うんだよ。それに矢口には挨拶ないのかよ!よっすぃ〜はいつだってそうやって‥‥‥」
- 30 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)02時52分18秒
- 矢口さんはまだ1人でぶつぶつ言っている。その姿もなんか子どもみたいで可愛く見えるのだが流石にそこまでからかう気になれないのでちゃんとあやまる事にした。
「ごめんなさい、矢口さん。そしておはようございます」
そう言ってペコリと頭を下げると矢口さんはどこか満足気な表情になった。
(ほんとに矢口さんは喜怒哀楽がはっきりしてるよな〜。まぁ、そこが可愛いんだけど)
そんな私の感想を知ってか知らずか矢口さんは話し始めた。
「あのね、風の国と土の国は同盟を結ぶんだ。だから今日はその調印式とかで国中が騒いでるから、こっそりと抜け出してきたんだ。あんまり関係ないからさ」
矢口さんは平然とそう言い放った。
- 31 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)02時53分18秒
- あゆみの言う事はもっともな意見だった。
「大丈夫だよ、私達がいなくても。火の国の紗耶香や、水の国のなっちは、そんなにも卑怯な人間じゃないよ。それに向こうも同盟を結ぶらしいし」
めぐみさんの意見に私とあゆみはすっかり納得してしまった。
そういわれてみるとそうだった。
いくら国同士が同盟を結ぶ日で国中が浮かれているからとはいえ単純に考えれば2つの国を相手にしなければならないのだから単独での行動は流石に難しいであろう。
「その火と水の国の同盟はどうなるんですか?」
少し気になったから聞いてみた。
- 32 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)02時55分09秒
- すると矢口さんが
「教えてほしい?」
「はい」
「これは今日うちらがここに来たのと少し関係があるんだけど、その話をする前に今日の目的を話してもいい?」
「別にかまわないですけど………私とあゆみ両方に関係あるんですか?」
「そうだよ、単刀直入にいうけど、よっすぃ〜とあゆみちゃんをスカウトしに来ました。」
「「はっ!?」」
いまいち良くわからなかったために私とあゆみはめぐみさんに助け舟を求めたが、彼女は何もいわずにただ頷いている。
- 33 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)02時56分32秒
- すると矢口さんは状況を把握できない私達2人をおいて話しを続ける。
「今回、風と土が同盟を結ぶにあたって戦力は単純に考えれば従来の2倍になるわけだけど、それにあたって個々の力を判断したいらしいんだ、で、武術大会を開いて、力を判断しようって事になったんだ。土の国の情報部によれば、近いうちに火の国と水の国も同盟を結ぶらしいの、だからしばらくは攻めてこないだろうと考えているんだけど。武術大会は国の兵士に限らず一般の人も参加が可能で力が認められればいっしょに働く事もできると思うんだけど‥‥‥どうかな?」
「そんな事急にいわれても、うちら何も出来ないですよ」
矢口さんの提案に対して私が曖昧な返事をするとめぐみさんが
「なにいってるの、自分の力を試すイイ機会じゃないの」
確かにめぐみさんが言っている事も間違いではない事もわかっている。
- 34 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)02時57分40秒
- めぐみさんや矢口さんが家に来るようになってから国に対しての嫌悪感みたいなものはかなり無くなったと思うけど、まだどこかで信じていない部分がある。
すると、しばらくして
「‥‥‥でる」
私が頭の中で葛藤を繰り替えしている中であゆみは意を決したように返事をした。
「よし、さすが我が妹。ちゃんと私が怪我しないように戦い方を教えてあげるからね」
めぐみさんはあゆみの頭をくしゃくしゃと撫でている。そんな2人を見ながらも私の決心はつかなかった。
「よっすぃ〜、ちょっと外でよ」
- 35 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)02時59分02秒
- 矢口さんは突然声のトーンを少し下げて私を外に連れ出した。
外に出ると丁度昼時で周りに人は少なく雰囲気的には始めて矢口さんと話をした時に似ていた。
矢口さんは何もいわずに家の裏にある森の方へと進んでいく。
しばらく2人とも無言のまま森を突き進んでいった、すると奥の方に黄色い竜が見えてきた。
「よしよし、いい子だったね〜。よっすぃ〜、紹介するね。シゲルっていって私の竜」
「かっ、カッケ〜」
私がビックリしているのを尻目に矢口さんは竜の首をさすってあげている。
「じゃあ、ちょっと乗ろっか」
そういうと矢口さんは私をシゲル≠ノ乗せて空に飛び立った。
- 36 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)03時00分25秒
- 上から見下ろした世界は私達をちっぽけな存在だという事をまざまざと感じさせてくれる。
どこに行くでもなく大空を満喫していると矢口さんは口を開いた。
「よっすぃ〜はさ、何を悩んでるの?自分の力に自信がないとか?」
「私は、 まだ国に対していい思いを持ってないし、本当にどうしたらいいのかわかんないんですよ」
「そっか。………あのね、よっすぃ〜は今まだ何も始まってない所から悩んでるんだよ。迷ってるっていうのはその事に関して真剣に考えている証拠だからいい事だと思うんだけどさ、人から聞いたもの、自分で考えていたものと自分の経験で得たものとは違いがでてくるからさ。とにかく参加してみようよ、その後どうするかなんてその時に決めればいいんだからさ」
「そうですね、まだ何も始まっていないのに悩んでちゃダメですね。吉澤も頑張ってみます」
矢口さんの言葉はいつも私を優しく包んでくれる。
「じゃあ、よっすぃ〜もやる気になった事だし、1回お城にいってみますか」
「えっ、いいんですか?」
「いいよ、いいよ、でもその前にめぐみとあゆみちゃんを迎えに行こう」
そういうと矢口さんは、再び家の方へとシゲルを向けた。
- 37 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)03時07分20秒
- 新年1発目の更新終了です。
>>28 名無し読者様
レスありがとうゴザイマス。
やっぱレスつくとやる気が違いますね(w
どんどん批判要望かいてください。
- 38 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月02日(木)10時17分48秒
- こういうファンタジー系を待ってました!
これからもがんばってください!
- 39 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時36分23秒
- 家に戻ってめぐみさんとあゆみを乗せたシゲルは疲れるそぶりも見せずに再び飛び立った。
4人で空の旅を満喫していると、ごっちんと梨華ちゃんと他に見た事がない人が2人一緒に歩いているのを発見した。
その時に矢口さんとめぐみさんの表情が曇ったのは私しか気付いていないようだった。
(ごっちんと梨華ちゃんには何かある?)
そんなことはお構い無しであゆみは、空の旅を満喫している。
しばらくすると風の国の城が見えてきたが、その城下町は何やら騒がしそうだ。
「そっか、今日矢口達は式典をぬけだしてきたんだった‥‥‥まぁ、ばれないように案内してあげるよ」
そういって、矢口さんは私達にシゲルから飛び下りることを指示し、自らはシゲルに何かを話しかけ、私達のすぐ後に飛び下りてきた。
矢口さんが降りたのを確認するとシゲルはどこかに飛んでいった。
- 40 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時37分58秒
- 「矢口さん、あの竜はいいんですか?」
「ああ、恐かった。なかなか慣れないんだよな〜あの高さ。ん、シゲル? シゲルはいい子だし、賢いから私が言った通りに行動するから大丈夫だよ。さあさあ、城内を回っていきましょう。」
矢口さんは楽しそうに先頭を歩き出した。
(この人は本当に騎士団長なんだろうか?それに竜騎士なのに高所恐怖症?)
そんな疑問が私の頭には浮かんできたが、それを口にした時の矢口さんの反応が恐いから言わかったけど。
私達は矢口さんに紹介されながら城内をしばらく歩いてみる。
しかし、式典が行われていることや同盟のめでたさから城内には人気がなく、静かな廊下に矢口さんの声だけがこだましている。
どうやら多くは城下町に出てこの日を楽しんでいるようだった。
そして一番大きな部屋の前に来た時に矢口さんはひと際大きな声をだし、
「ここが、将軍の部屋ね。まぁ、今は誰もいないだろうけど‥‥そうだな〜、入ってみよう」
そうやって、ドアに手をかけた瞬間
- 41 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時40分37秒
- 「誰や!!」
「 やっ、矢口で〜す」
一息遅れて
「 村田です」
「矢口、あんたなんでちゃんと出席せんかったんや。私があれだけ‥」
「まあまあ、みっちゃんいいやんか。それより、あんたら、式典抜け出してどこいってたんや。 ん?その後ろにおる2人は誰や?」
「彼女達は以前話した妹のあゆみとその幼馴染みの吉澤ひとみです」
めぐみさんが堅い口調で紹介してくれた、そのことからこの2人が相当偉い人だという事がわかる。
「村田、下の者がおらん時はそんな堅苦しくせんでいいってゆってるやんか」
「あっ、すいません」
「裕ちゃん、そんな事言ってる場合じゃないやろ」
「わかっとるがな、みっちゃん」
- 42 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時44分10秒
- よくわからないが偉そうな2人は目配せをしているが、それがどういう意味なのかはさっぱり検討もつかなかった。
しかし2人があゆみを見ていたので私には何の事かわかった。
2人はあゆみの近くまで寄り、話し始めた。
「うちは、土の国の将軍、中澤祐子っていうんや、そんでこっちは風の国の将軍の平家みちよ」
そう言った時に平家と紹介された人はペコリと頭を下げた。そして中澤さんは続ける。
「国の勝手な私利私欲のためにあんたら民間人を巻き込んでしまった。その時うちらはまだ将軍職じゃなかったけど、それをとめる事は出来たはずなんや。そやのにうちらはなんもする事が出来んかった、今うちらにできるのはこうやって頭を下げる事だけや。すまん」
そういって平家さんと中澤さんはあゆみに頭を下げた。当の本人はどうしていいのかわからず困惑した表情を浮かべていた。そんな重い空気がしばらく続いたがようやくあゆみは口を開いた。
- 43 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時46分05秒
「2人とも頭をあげて下さい。」
その言葉で2人は頭をあげた。
「 ええんか、 うちらのこと許して」
「当たり前じゃないですか、確かに親を巻き込まれたのは恨む事なのかもしれない。けど、そんな境遇にいるのは私だけじゃないし、それに中澤さんにはお姉ちゃんがお世話になってるし。」
「そっか、ありがとうな。 村田、ええ妹やな」
めぐみさんは嬉しそうにペコリと頭を下げることで返事をした。
和んだ空気があたりを包んだのと同時くらいに矢口さんが口を開いた。
- 44 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時47分14秒
- 「みっちゃん、それに裕ちゃん。さっき城に来る時に火と水の者が一緒にいるの見たんだけど」
「そっか、 お二人さん。ちょっと重要な話があるから席はずしてほしいんやけど、この部屋の横に飯田っていう占い師がいる部屋がいるからそこで何か占ってもらい。それが終わる頃にはこっちの話も終わっていると思うから。そやな‥‥誰か!」
中澤さんは、そう言うと大きな声をだし、誰かを呼んだ。
「はい、なんでしょうか?」
しばらくすると、2人の女の人が部屋に入ってきた。
「なんや、斉藤に大谷やないか‥‥他の者はどうした?」
「今日は記念すべき日なので兵には休みを与えろ、といったのは中澤さんですよ」
金髪の女性の方が答えた。
- 45 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時48分11秒
- 「そやったな。‥‥‥あかん、うちも浮かれてるな。まぁ、いいか。どっちか紺野と稲葉を呼んできてくれんか、大事な話があるんや。それと、残った方はそこの2人をカオリの所に連れてってくれ」
「では、私が呼んできます。」
金髪の女性はそう言うと立ち上がりどこかへと行ってしまった。そして、残された方が動こうとしたその時
「あっそうそう、斉藤。その2人は大事なお客さんやからな、丁重にな。」
「はい。じゃあ、あなた達2人はこっちに」
私とあゆみは4人に軽く頭を下げると斉藤と呼ばれた人について部屋を後にした。
斉藤さんは無言のまま私達を案内してくれた。
今度は、さっきいた大きな部屋の隣の部屋へと歩を進め、斉藤さんがドアをノックしようとした時、不意にドアが開いた。
- 46 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時49分28秒
- 「お待ちしていました、お2人とも。 紹介が遅れました、私は飯田圭織の従者の戸田りんねといいます、りんねと呼んで下さい」
りんねと名乗った女性はそう言うと奥の方へと案内してくれた。
彼女と入れ代わるように斉藤さんは戻っていった。
奥には何やら白い服に身を包んだ女性が1人で座っていた。
「カオリ、連れてきたよ」
「ありがとう、りんね。あなたは、ちょっと席をはずしてくれる?」
「わかった。」
2人のやりとりはすぐに終わり、りんねさんは部屋の外へと出ていった。
それを呆然と見送っていた私達に彼女は話し掛けてきた。
「初めまして、お二人さん。私は裕ちゃんにも聞いたかもしれないけど、飯田圭織っていって占いをやってるの。だから、よっすぃ〜とあゆみちゃんが来る事もわかっていたのよ」
私とあゆみは顔を見合わせて驚いた、確かまだ自己紹介していないはずである。
それなのに名前を呼ばれては大抵の人はビックリする。
でも、これでりんねさんが最初に言っていた事の意味はわかった。
- 47 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時50分37秒
- 「そんなにビックリしないで、占い師ならこのくらいわかるわよ。じゃないと誰も信じてくれないじゃない?」
「はぁ、そうですね。」
一応答えは曖昧にしておいた、そんな不思議な言葉を一度に汲み取れる程私達はキャパシティを持っていない、それでなくても今日はいろんな事が起きているのだから。
すると、
「な〜んてね。前にめぐみや矢口が話してくれてたからわかっただけ。」
「えっ!?でも、りんねさんは待ってましたって」
「あの娘は誰にでもそう言うのよ」
なんだいそりゃと心の中で突っ込んだ。
すると出し抜けに
「あの、何を占ってくれるんですか?」
あゆみが目を輝かせながら飯田さんに問いかけている。
(あ〜、そういえば、あゆみ占い好きだったな)
「なんでもいいよと言いたいところだけど、裕ちゃんが私の所に連れてこさせたってことは占うことは1つしかないわ」
飯田さんは急に真面目な顔をするとそういい、あゆみの手をとった。
そして、無言のまま手を握り、目をつぶり、しばらくして口を開いた。
- 48 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時52分01秒
- 自らの種を蒔き
その種が芽をだすころ
4行を巻き込む厳しく激しい戦いが起こる
その終わりと共に大切なモノを失う
それはあなたの新たな傷となる
そして、それは地図にもない場所でさまよう
あなたが新たな自らの殻を破った時
大切なモノは再び
あなたの目の前にその姿をあらわす
- 49 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時54分01秒
- 占いの内容を話している彼女はまるで何かにとりつかれたように一心不乱である、しかし、全てを伝えきった彼女はどこか神秘的であった。
「あの〜」
あゆみが恐る恐る話しかけると、飯田さんはさっきの占いの解説をしてくれた。
「あのね、さっきのは未来の占いなのね。あなたが将来どうなるか、生きていくための助
言みたいなものと考えてくればいいよ。さっきの占い内容から推測すると‥‥モノってのが気になるよね。何をなくして、再び得るのか?そこがポイントね」
「大切なモノ、新たな傷‥‥‥か。」
あゆみはどこか神妙な顔で考えているようだった。
「あの〜、飯田さんが占ってるのに、なんで他人事のような感じなんですか?」
私は、ふと疑問に思ったことをぶつけてみた。
彼女はどこか自分以外の無責任な部分でのことのようにそれを語っていたからだ。
「カオリにも占うことはできるんだけど、人の未来を見るにはちょっと神様の力を借りるのね。だから、あの言葉を伝えているのは私だけど、私じゃないんだ」
どうも今日は、難しい言葉ばかり聞いているような気がする。
私の頭はすでに与えられた情報を処理しなくなってきている。
「さ、次はあなたよ」
飯田さんはそう言うと今度は私の手をとり、目をつぶるとすぐに語り始めた。
- 50 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時54分33秒
- あなたが種を蒔くころには光はまだない
しかし、フとしたきっかけにより、それは産まれる
その光は弱く小さい
しかし4神が再会した時に大きく強いモノへと変わっていく
- 51 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時55分16秒
- 「?」
私には何の事を言っているのかさっぱりわからなかった。
それでも、彼女はまだ続ける。
- 52 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)12時56分12秒
- あなたは、みなをつなぐ鎖の役目
それと同等に大きな影響力を持つ
その一挙手一投足が持つ力を忘れてはいけない
- 53 名前:しばしば 投稿日:2003年01月02日(木)13時00分42秒
- >>38 名無し読者様
そう言っていただけると幸いです。
書いてる本人には気づかない矛盾とか出てくると思うのでご指摘のほどをお願いします。
ちょっと調子に乗って更新しすぎたかも。。。
しかも、かなりもったいない使い方をしてしまったし。。。
次回の更新は、今週中にしたいと思います。
- 54 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時03分19秒
「‥‥‥こんなところかな、結構2人とも波乱万丈になりそうだね、そりゃ、裕ちゃんが連れてくるわけだ。」
「「?」」
何のことを言っているのかもわからない、大体良く考えればこの人は本当に占い師なのだろうか?
「あっ、いま、カオリのこと疑ったでしょ。へへ〜ん、わかるもんね。まぁ、信じる信じないは本人の自由だけどさ。でも、さっき占ったことはあくまで今の2人から見た未来だからね、それは些細なことで簡単に狂ってしまうものだから全部を全部信じちゃダメだよ。重要なのは自分の行動なんだから。 もういいね、りんね〜〜!!」
彼女が呼ぶと素早くドアが開かれ、りんねさんはやってきた。
「終わった?」
「うん、たぶん向こうもケリがついてる頃だから連れて行ってやって」
「は〜い」
私とあゆみは飯田さんにお礼を言ったが彼女は斜前をじーーっと見つめていた。
りんねさんに急かされたために足早に部屋を後にした。
- 55 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時04分25秒
「あの、さっきの飯田さんはどうして何も言ってくれなかったんですか?」
私が言おうと思ったことをあゆみはいち早く口にしていた。
「たぶん、交信してたんだと思う。彼女たまにボーーっとなる時があるの。まぁ、それが重要なんだけどね。」
りんねさんはそう教えてくれたが、どうやら今日は普段体験できないようなものを一度に体験しているようだ。
理解できないことが多すぎる。
部屋までは隣なのですぐに着き、ドアの前でりんねさんは戻って行った。
ドアをノックするとそこには矢口さんやめぐみさん、平家さんと中澤さんとその他にも見たことがない人が2人立っていた。
- 56 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時10分17秒
「お、いいとこに来たな、そろそろ呼ぼうと思っとったところや」
中澤さんは、そういうとドアの方まで来て
「どうやった占いは?」
「はぁ、一応占ってもらいましたけど、良くわからなかったです。」
私は思ったことを言った。
「はっはっは、そうか。ちょっと、紺野。カオリの所に行って、紙もらってきてくれるか」
「あっ、はい。行ってきます。」
紺野と呼ばれた娘は、私達に頭を下げると部屋を出て行った。
「そうや、あんたらにはまだ紹介してなかったな。こっちが稲葉ってゆうて土の国の軍師や。で、さっき出てったのが紺野ゆうて風の国の軍師や。」
「ど〜も、え〜っと、よっすぃ〜にあゆみちゃんやったな、稲葉です。よろしくな」
稲葉さんが挨拶し終わるころに紺野と紹介された娘が戻ってきた。
「中澤さん、もらってきました。」
「おう、ありがとうな。‥‥‥あんたらえらい珍しいな。こんなに意味深なのはうちも初めてみたわ」
そう言うと中澤さんは平家さんにその紙を渡した。
- 57 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時13分02秒
- 「‥‥‥あんたら、このままじゃ大変やな。あゆみちゃんはまだわからんでもないけど、よっすぃ〜の方はさっぱりやな」
平家さんはその紙を矢口さんとめぐみさんに回した。
(なに、全員にみられるの?なんか微妙だな〜)
ふと見たあゆみもまた同じような表情を見せていた。
矢口さんとめぐみさんは何も言わずにその紙を稲葉さんと紺野ちゃんに回した。
「‥‥この、あゆみさんの【厳しく激しい戦い】ってなんなんでしょうね?風・土と火・水の戦いのことでしょうか?でも、それだと、あゆみさん達は戦いに巻き込まれることになるし‥‥」
彼女はそこで口を噤んだ、たぶんあゆみにとってマイナスでしかないところを省いたのだろうけど、そこまで言ってしまうのならすべてを言ってしまった方が歯切れがよかった。
でも、まだ続けた。
- 58 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時14分50秒
- 「次に吉澤さんの方ですけど、光とは何のことを指しているんでしょうか?そして、4神とは、かの伝説の風土火水の4行の神のことなんでしょうか?しかし、今の状態で、4神がそろうことはあり得ないと思うんですよね。最後に2人に統一されるのが種≠ニいう単語‥‥‥これがなんなのか?」
「もういいがな、詮索は自分1人の時にしな。」
稲葉さんがとどまることを知らない紺野にストップをかけた。
「あの、もう今日はイイですか?そろそろ、帰りたいんですけど」
2人の様子を見ていたあゆみが出し抜けに訴えた。
「そうやな、もともと時間とってきてもらったわけじゃないから、こっちが拘束すんのは無理やからな。」
平家さんはそう言うと、中澤さんが
「そうや。あんな〜、後藤真希と石川梨華やったか、その2人も今度の武術大会に一緒に参加するように言ってくれへんかな。」
「えっ!?ごっちんと梨華ちゃんですか?一応聞いてみますけど、強引なことは出来ませんよ」
「ああ、ええで。たぶん来ると思うし。それからこの紙持って帰り。」
やりとりを終えると、今日1日のお礼を含めて深々と頭を下げて、部屋を後にした。
- 59 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時16分07秒
- 「なんであんなことを言ったのかな?」
確かにあゆみの言う通りである。
私達に頼まなくても自分達の方から会いに行けばいいのだ、あゆみの時のように。
そんな多少の疑問を残しつつも私達の初めてのお城を後にし、家路についた。
「みっちゃん、よかったんか。あの吉澤って娘はあんたの血縁やろ?」
「ええんや。当分黙っとってや。時期がきたらうちからゆうよって」
「 それならなんも言わんけど」
この2人の関係が明るみに出るのはまだ当分先のことだ。
- 60 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時17分26秒
「はぁ〜、疲れたね。やっぱり我が家が一番だ。こんなに動いたのは久しぶりだよ」
あゆみが言うのも最もである、朝の矢口さんとめぐみさんの訪問に始まり、武術大会の誘い、初めてみた竜、初めて入ったお城、風・土の国の将軍、最後は謎の占い師まで‥‥‥なんか一気に歳をとった感じだ。
それより占いが終わってから、あゆみの様子がおかしいことが気になった。
「もう疲れたよ、いろいろ考えるのは明日にして、寝よ。」
私の提案にあゆみは頷くと2人で二階へと上がり、ベットに倒れ込んだ。
しばらくして、意識がもうろうとしてきた時に横から声が聞こえた。
「‥‥ねぇ、起きてる?」
「んっ‥‥、なんとか」
「あの占い、不思議だったね。」
「うん。」
「ねぇ、ひとみはさぁ、どこにも行かないよね、私の側にいてくれるよね」
その声はどこか弱々しい。
「ちょっと、あゆみ。私が死んじゃうって言うの?冗談やめてよね」
「でも、‥‥私の大切なモノってもうほとんどないよ、お姉ちゃんに、ごっちん、梨華ちゃんに‥‥後はひとみぐらいだよ。もう、誰かがいなくなるなんて‥‥‥イヤ」
「あゆみ‥‥」
- 61 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時18分59秒
あゆみは堰をきったように泣き出した。
私はあゆみを自分の側に寄せ、そっと抱き締めてやった。
確かにそうだ、あゆみは私が知っている誰よりも繊細である。
若くして親を亡くし、不安にならないわけがない。
めぐみさんが生きていたことにより若干の気持ちの揺れはおさまったのかもしれないが、最後の占いが全てをマイナスへと変換させた。
「あゆみ大丈夫だって、誰もいなくなるなんてないって。飯田さんも言ってたでしょ、必ずしも決められた未来なんてないって。私も頑張るし、矢口さんだっている、めぐみさんだって、ごっちんに、梨華ちゃんもいるよ、ね。」
あゆみは私のひざの上で眠っていた。
(って、おい!!寝てるのかよ。まぁ泣き止んだし、よしとしよ‥‥あっ、私このままじゃ寝れないじゃん)
そんなことはお構いなく、彼女は心地いい寝息をたてている。
(はぁ〜、まいったな。 でも、たまにはいいか。毎日世話かけてるしね)
ひとみの長い1日はまだまだ続いた。
- 62 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時20分14秒
そして翌日
暖かい陽射しに目を覚すと私のひざで寝ていたはずのあゆみはすでにいなかった。
周りを見回してみるけど‥‥‥いた!
行儀よく自分のベッドに戻って寝ている。
「私はほったらかしかい!」
自分に聞こえるぐらいの声でつぶやいた。
フと時計を見るとお昼を過ぎたあたりであった。
もう一度寝ようと思ったが、どうにも小腹が空いたので、渋々階下へと向かった。
台所から探した卵を茹でていると2階からあゆみが降りてきた。
「あっ、ごめん。起こしちゃった?」
あゆみの顔を見たとき、昨夜の出来事が頭をよぎったが意識的に切り替えた。
「ううん。自然に目がさめたの。っていうか、もうお昼だしね。」
私は内心ホッとした。
いつものあゆみに戻っていたからだ。
しかし、同時に不安にもなった。無理矢理気持ちを切り替えているのだとしたらあまり意味はないからだ。
しかし、起きたばっかりから重い話をするのは避けたかったため、あえて口に出すのはやめた。
「あゆみも食べる?ゆで卵」
「うん」
あゆみは軽く返事をすると、コップに水を入れるとそれを一気に飲んだ。
「ひとみ、昨日は‥‥」
あゆみが話だそうとした時、ドアをノックする音が聞こえた。
- 63 名前:しばしば 投稿日:2003年01月05日(日)03時24分14秒
- 今日の更新はここまでです。
なんか細切れな更新が多いんです、そこは反省点ですね。
まだ、一日の経過しか書いてないのにこの量‥‥頑張れ、自分(w
- 64 名前:しばしば 投稿日:2003年01月13日(月)01時33分34秒
- 最近更新できる状態にありません。
1月の最終週ぐらいになれば自由な時間が出来るんですけど
それ以外はテスト関連の日々が続きまして
なんとかひま時間を見つけて更新したいと思います。
続きは書いてあるんですけどね。
- 65 名前:バルばる 投稿日:2003年01月13日(月)02時16分25秒
- マタ−リ待ってるっす。
作者さんのペースでマタ−リ、マタ−リ、、、
- 66 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月04日(火)12時56分09秒
- 更新待ってます。
がんばってください。
- 67 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時15分16秒
- 「誰か来たのかな?」
誰と話すでもなく、卵を茹でている時間を気にしつつ、つぶやいた。
しばらくして、あゆみがごっちんと梨華ちゃんを連れて入ってきた。
2人は入ってきて私に挨拶を済ませると、すぐに椅子に腰掛けた。
「もう、誰の家かわかんないじゃん。で、今日はどうしたの?」
私が皮肉まじりに投げかけた言葉をごっちんは打ち返した。
「ん、ちょっとね。2人に話があってね」
「えっ、奇遇だね。うちらも、ごっちんと梨華ちゃんに話があって会いに行こうと思ってたんだ」
昨日、お城から帰ってくる時に私は中澤さんとの約束を果たすべく、2人に会いに行くことをあゆみと決めていたのだ。
「あ、そうなんだ。じゃあ、どっちから話す?」
- 68 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時16分22秒
- 「ん、そっちからでいいよ」
「そう。じゃあ、うちらから話すか」
ごっちんと梨華ちゃんは、すでにリラックスモードでおくつろぎ中だ。
「面倒なことは全部省略して率直に聞くね、2人ともさ、武術大会にでてみない?」
あゆみの言葉に2人とも動きを止める。
それを見た私が言葉を続けた。
「やっぱ、わけわかんないよね〜意味わからな‥‥」
「いいよ」
「「はっ!?」」
ごっちんの言葉に今度はこっちが動きを止める。
「いいよって、まだ何も説明してないし、何もわかってないんだよ。なのになんでそんな簡単に返事ができるのさ。もうちょっと疑うとかないの?」
「‥‥‥あのさ、誘ったり、参加を拒否したり、なんか意味わかんないよ、2人とも」
まさかの反応にこっちの思考が少しパニくった。
ごっちんは更に続ける。
「それに、2人はどういうことかわかってるんでしょ、その上で誘ってくれるんなら大丈夫じゃん。うちらの仲だし。 ね、梨華ちゃん」
ごっちんの言葉に梨華ちゃんも「そーだよ」と声をあげる。
「でも、不満とか出てくるかもしれないから簡単な説明だけ、一応しとくね」
「う〜ん、いらないけど、説明してくれるなら聞くよ」
そこで
風の国に行ってきたこと
風・土の武術大会であること
認められれば国で働くことができること
など簡単な説明をした。
- 69 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時17分52秒
- 「まぁ、こんなところかな。何か逆に聞きたいことある?」
「ん?別にないよ」
そこまで答えた時、新たにドアを叩く音が聞こえた。
「誰かきたんじゃない‥‥‥‥‥‥おお、やぐっつぁんじゃん」
ごっちんの目線を追っていくとそこには肩で息をしている矢口さんが立っていた。
「おっ!ごっつぁんに梨華ちゃんじゃん。久しぶりだね」
「あ、矢口さん久しぶりです〜」
3人が再会を分かち合っていたが私とあゆみは少し不思議だった。
「あっと、そうだった。よっすぃ〜、行くよ」
「はい!?どこにいくんですか?」
「文句を言わない!!いいから行くの」
「いや、だって今日はごっちんも梨華ちゃんも来てるし‥‥」
「よっすぃ〜!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい」
「じゃあ、そういうことだからあゆみちゃん、よっすぃ〜しばらく借りるね」
「はっ、はい」
(なんだ、あのやる気は?それに私の意志は無視?)
矢口さんの目はやる気に満ちあふれていた。
ここまできたら何を言っても無意味なことは短い付き合いだけどわかっていた。
「はぁ〜」
このため息が私にできる唯一の抵抗だった。
初めてのお城
将軍さん達との謁見
そして占い‥‥
あの日が私達にとって大きな分岐点になったことにまだ気付くことはなかった。
- 70 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時33分24秒
- >>バルばるさん、名無し読者さん
すみません、なんだかんだで一ヶ月以上放置してしまいました。
今日からしばらくは毎日更新する予定なのでご期待ください。
一応上の更新で1章は終了という事になります。
今日は2章を少しだけ載せておこうと思います。
- 71 名前:2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月19日(水)14時36分32秒
- 柴田あゆみの場合
あの占いから早いもので1週間が経った。
何一つ変わる気配もなく、あれから毎日のようにお姉ちゃんと修業の日々を送っている。
そう、変わったことが1つだけあった。
ごっちんと梨華ちゃんが会いに来た日以来、ひとみがいなくなった。
私の了承をとった上での矢口さんによる公認拉致だ。
もちろんひとみの意志は関係なかった。
ちょっと可哀想だったけど、矢口さんの目が恐いくらいマジだったから断れなかったのが本音。
だけど、長い間一緒に暮らしていた人間が急にいなくなるとなんだかんだで、さびしい。
けど、今の私にはお姉ちゃんがいるからそんなことは極力考えない‥‥というか考えるヒマがない。
矢口さんがひとみを連れ去ったあと、ごっちんと梨華ちゃんは、自分達の相談をまた後日と断っていき、武術大会の日時を3週間後と伝え、その日に再会することを約束し、2人は帰っていった。
2人が帰ったのと入れ替えぐらいにお姉ちゃんが家にやってきた。
そしてそのまま矢口さんとひとみを追い掛けるように修業を開始することになった。
- 72 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時37分29秒
- お姉ちゃんは魔術士団団長を務めているせいもあってか一般的に魔法と呼ばれるモノの修得に時間を費やすこととなった。
お姉ちゃんは、何かを攻撃する魔法、人の動きをサポートする魔法、何かを癒す魔法、といった三要素を器用に使いこなすことができる人だったために、そのノウハウを学ぶには最適だった。
とりあえず、どれを修得するにも基礎となるモノを作り出す事から始まった。
「じゃ、これ作ってみよっか」
そういうとお姉ちゃんは「よっ!」という言葉と共に、大きな光の球を作り出した。
「どぉ、このくらいできそう?」
私は見様見真似で右手をかざした‥‥‥‥が、最初は順調に大きさを増していった光球はすぐに萎れていき、後には何も残らなかった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
- 73 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時38分50秒
「いい、魔法っていうのは何もないところから作り出すっていう作業をしなきゃダメなの。そこで、一番重要なのは集中すること。これに尽きる。だからこれからは集中力をつける修業に決定」
「え〜、集中力か〜」
「まぁ、筋はイイと思うよ、さすが我が妹って感じかな。こういうのってさ、生体エネルギーを作り出すから、できない人はほんとに何も出来ないのね。そういう意味じゃ才能があるんだからじっくりと‥‥といっても武術大会まであんまり時間はないか」
「わかった、がんばる!」
「そーだね、なにも武術大会がすべてなわけじゃないからね。でも、これが基礎だから‥‥‥」
話の途中にお姉ちゃんが急に走り出した、その方向を目で追っていくと延長線上に、遠くの方から歩いてくる金髪の女性を確認することができた。
「あっ、中澤さんだ〜」
これで納得。
だから、お姉ちゃんは走っていったんだ。
(そういえば、お姉ちゃん。騎士団は、ほったらかしでいいのかな?)
そんなことを考えていると、中澤さんの所まで追い付いたお姉ちゃんが頭を下げている。
それを制して中澤さんはこっちの方に歩いてきた。
「よぉ、久しぶり‥‥って2日ぶりやけどな」
- 74 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時40分35秒
- 「 はい。今日は‥‥‥どうしたんですか?」
「いや、なんかヒマやったから、‥‥ほら同盟組んだやろ、あれでいつもうちがやってた仕事をみっちゃんがやるようになってな、それに加えて稲葉は紺野となんやわけわからん打ち合わせしてるし、矢口もおらん。斉藤は仕事しとるし、うちの仕事な〜んもない上にだ〜れも相手してくれへんから標的を村田に設定したっちゅ〜ことやな」
「 大変なんですね〜いろいろと」
「そうやねん。で、2人は今なにしてるとこなん?うちもまぜて〜な〜」
「中澤さん、それどころじゃないですよ、なんでお供もつけないで1人でブラブラするんですか!総大将なんですよ!一番えらいんですよ!大谷とかいなかったんですか?」
お姉ちゃんはすごい勢いで中澤さんに言葉を浴びせる。
中澤さんはそんな言葉を避けるように、私の背中の後ろに隠れている。
(なんか悪戯した子どもが怒られてるみたいだな〜)
「そないにガミガミ言わんでもいいやんか〜。でも、総大将やからヒマになってもうたわけなんやけどな」
「いやだから、そういうことをいってるんじゃなくて、なんで1人で出てきたかってことなんですよ」
「いいやんか〜どこ行こうと」
「ダメです!!最近は闇の民族が復活したっていう噂も聞くんですよ、知ってるはずですよ」
なんか2人のやりとりを見ていたら中澤さんが可哀想になってきたから助け舟をだしてやりたくなった。
「お姉ちゃん、もういいじゃん。そんなに怒んなくても。中澤さんだって子どもじゃないんだから、それくらいわかってるって」
- 75 名前:しばしば 投稿日:2003年02月19日(水)14時41分30秒
- 「‥‥‥まぁ、今日は何もなかったから別にイイですけど、今度からはちゃんと出歩く時は、御供をつけて下さいよ」
「そんなこといってもあんたらのとこぐらいしか行く所はないんやけどな」
「じゃあ、ここに来る時はお姉ちゃんを御供にすればいいんですよ。ね、お姉ちゃん」
「そーやんか、うちが来たい時にはあんたがついてくればいいんやんか、あゆみちゃんナイスアイディアや」
「でしょ、そーですよね」
2人して喜んでいると、お姉ちゃんは渋々オーケーしたようで
「‥‥‥‥まぁ、いいですけどね」
「それが決まっただけで今日は面白かったわ、じゃ、村田送ってくれるか」
「 はい」
お姉ちゃんはまだ、納得してないような感じだったけど私に「帰ってくるまで光球を作るように」っと課題をだして中澤さんをお城へと送っていった。
「しかし、あんた本当に妹に弱いな〜」
「‥‥反論できないですよ」
「結局一番強いのは、あの娘なんかもしれんな(笑)」
「まったくです(笑)」
- 76 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時29分40秒
これが初日のやりとりだった。
それ以来何度か中澤さんはお姉ちゃんに連れてこられて、お姉ちゃんのやることに横やりを入れては楽しんでいた。
私はお姉ちゃんに言われるままに集中力を養う日々が続いた。
そして、現在___
「じゃあ、そろそろもう一回作ってみようか」
お姉ちゃんの言葉にうながされて、私は前やった通りに右手をかざしてみる。
すると、前と同じように順調にその大きさを増していく光球‥‥‥
「そこで、空中に留まらせることを意識して」
お姉ちゃんの助言に頷き、その場に留まらせることを意識‥‥どうするんだ?
「えっ、そんなのどうすればいいかわかんないよ」
「感覚よ、感覚。そんなの口で説明できないんだから」
そんなやりとりを終えた頃、手の上にあった光球はその姿をとどめていなかった。
- 77 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時31分41秒
「ほら、途中で話すから〜。話すと集中が散漫になるから慣れるまで話すのは禁止」
「そんな〜、お姉ちゃんが話しかけたんじゃない」
「ほら、つべこべ言わないで練習、練習」
「はーーい」
多少ふてくされ気味ではあるが、それでも自分でやると決めたことだし、途中で投げ出すわけにはいかなかった。
それに、ひとみはこれよりすごいことを矢口さんに‥‥‥‥って考えたら頑張ろうと思えた。
(こういう時、梨華ちゃんはポジティブ、ポジティブって言うんだろうな〜)
そんなことを考えながら、一連の動作を繰り返す。
(ここで、留めることを意識するんだよね)
先程のやりとりを念頭に置き、この日2度目の光球作り。
さっきの1度目との違いは、集中するために瞳を閉じたこと。
それにより、作り出すことに集中するコトができる。
「お〜、できてる、できてる」
お姉ちゃんのその言葉に、瞳をあける‥‥‥‥
「あ〜!!できてる、やった!やった!」
初めての成功に、はしゃぐ私にお姉ちゃんの一言
「こらこら、あんまりはしゃがない。その形状を留められるようになったら、あとは飛ばすだけだから、その手を振り回さないの。まぁ、そう言っても簡単に飛ばすことは出来ないと思うけど」
「は〜い‥‥‥アレ?」
お姉ちゃんの忠告を聞いた時、すでに私の手元には光球はなかった。
- 78 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時33分24秒
「言ってる側からこれだよ」
一瞬あきれ顔を見せたお姉ちゃんはすぐさま、自ら同じものを作り出すと私のそれにぶつけて相殺した。
すると、あらぬ方向から手を叩く音が、
「お〜、見事なもんや。さすが団長ともなると対処法も上手なもんやな」
「中澤さん。…また1人できたんですか!」
「ちゃうやんか。ほらそこに大谷がいるの、見えへんか?」
中澤さんの指さす方には確かに、この前お城で見た金髪の女性が立っていた。
「大谷があんたに用事があるって言うから、ついてきたんよ。1人で来たらあんたに何言われるかわからんからな」
「そういうこと」
大谷さんは、手でVサインを作ってみせた。
「で、まさお君、なんの用?」
「えっとそれなんだけど、情報部の話によると‥‥」
大谷さんはお姉ちゃんに何か耳打ちすると「あゆみちゃん、がんばんなよ」と、またVサインを作ってお城の方に戻っていった。
- 79 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時34分39秒
「あのコトか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はい」
「じゃあ、あんたは城に戻った方がいいわ。いろいろと準備もあるやろうし」
「中澤さんも戻りますか?」
「ん?うちは遠慮しとく。あんたの変わりにあゆみちゃんの面倒みたるわ」
「でも、ここに中澤さんが1人でいるなんて‥‥‥」
「大丈夫やろ、誰もこんな所にうちがおるなんて思ってんやろうし。かえって城におるより安全かもな」
「それもそうですね。じゃあ、頼みます」
そんなやりとりを知らない私に2人が近付く
「あゆみ、ちょっと急用ができたから、しばらく相手できなくなるけど、中澤さんが付き合ってくれるらしいから」
「え!?」
- 80 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時35分45秒
少し、疑わしの目で中澤さんを見てしまった。
「あっ、今、この人大丈夫か? って顔したで。大丈夫、裕ちゃんにまかしとき」
中澤さんは親指をグッと立てて笑顔だ。
その姿に更に不安を覚えた私に、
「大丈夫よ、あゆみ。こんな頼り無さ気に見えるけど、私の師匠だしね。力は私なんかよりも上だから」
この言葉に納得。
「頼り無いは余計や。うちは、総大将やで。ほんまに」
「中澤さんよろしくお願いします」
お姉ちゃんの言葉に愚痴っている中澤さんの声にかぶせるようにお願いをして頭を下げた。
中澤さんは私の言葉に「あ、よろしくな〜」と、返事をくれた後、まだまだ愚痴っていた。
そんな様子を見ていたお姉ちゃんは中澤さんに一言、声をかけてから大谷さんの後を追いかけていった。
中澤さんはそんなお姉ちゃんの姿にあっかんべ〜をしている。
(本当にこの人で大丈夫なのだろうか‥‥‥)
- 81 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時36分56秒
- その姿に子どもを見たが、腹を括って話しかけた。
「あの、中澤さん?」
「ん?」
「あのですね、さっき……」
「スト〜ップ。これから、『中澤さん』は、禁止。裕ちゃんって呼んでや、うちもその方がしっくりくるし」
「えっ、でも‥‥」
「ええねん、ええねん。矢口もそうやし、あんたの姉ちゃんかて、うちと2人でおる時はそう呼ぶし。まぁ、さすがに紺野はまだやけどな」
中澤さんはそう言うとカッカッカと笑ってみせた。
「で、さっきから言おうとしてることは何?」
「あのですね、お姉ちゃんは何しに行ったんですか?」
「それは、教えたらん。っていうか、一応国家機密ってやつやな〜。教えられる程度で話せるんは‥‥‥‥ないわ。まぁ、心配するようなことじゃないわ」
「………そうですか」
「さぁ、それより、修行してたんやろ。どこまでやったか教えてーや」
それから中澤さんには、この1週間でやった工程を話した、もちろんさっきのやりとりも全て。
「ふ〜ん。じゃあ、1週間集中力をつけるためにいろいろやって、今日初めて光球を維持することができるようになって、なおかつそれを飛ばすことができるようになったっちゅうことやな」
「はい」
- 82 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時37分43秒
「それで、あんたの姉ちゃんはなんか言っとたか?」
「いえ、別に」
「じゃあ、1回見してみ」
中澤さんにうながされるまま、先程と同じように瞳を閉じて右手をかざした………いくらかイメージがわいたところで瞳を開ける。
成功だった、さっきと比べるとやや小さめではあるが、その形状を維持して右手の上に存在している。
「おお、できてるやんか。じゃあ、それをうちに投げてみ」
「え、いいんですか?」
「かまへんで、まだ、始めて1週間やろ。それくらいならなんとかなるわ」
「じゃ、いきますよ」
その言葉に従い、私は自ら作り出したものを中澤さんに向けて投げた。
振り降ろした腕の速さに比例するようにスピードをあげ、徐々に加速していく光球は目標に向けて一直線に進んでいく。
中澤さんは、そんな私の攻撃を避ける素振りも一切見せないでただ、右手を前にだした。
- 83 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時39分23秒
そして、その右手で私の光球を受け止めると、一瞬の静止後、今度は左手をだし、両手をあわせ、圧縮してしまい、後には何も残らなかった。
その後の中澤さんは、何か釈然としないような顔でこう言った。
「あんた、本当に始めて1週間しか経ってへんのか?」
「そうですけど」
「それが本当なら大したもんや。普通覚えたての場合、飛ばすようになるには時間がかかるけど、最初から飛ばせたんやろ?しかも、最初飛ばせるようになっても投げた時スピードは段々と遅くなってくもんなんや。そやのに、あんたのはスピードをあげた。もう1つ言うと、込められた力が結構なもんや。うちは、最初右手だけで握りつぶそうと思ってたんやけど、それじゃ、無理やから両手使ったや。……まったくあんたら姉妹にはまいるわ」
「えっ、じゃあ、お姉ちゃんも最初こんな感じだったんですか?」
「まぁ、あんたほどじゃなかったけどな。あんたの姉ちゃんの時は、スピードが足らんかったからな。そういう意味じゃあゆみちゃんの方が上やな」
その言葉に思わずガッツポーズしてみせた、が、
「でも、作り出す時に瞳閉じるんはお薦めできんな。まぁ馴れの問題やけどな。けど、一回できるようになったら泳ぐのと同じで体が覚えるよって、滅多なことがない限り作れんようになることはないからな」
見事な中澤さんのアメとムチを受けながら、この日の修業は終わりとなった。
(お姉ちゃんもこんな感じだったのかな〜?)
- 84 名前:しばしば 投稿日:2003年02月21日(金)23時43分18秒
- 今日はここまでです。
毎日更新とか言っときながら早くも実行できてません。
今度からは遅れないようにします。
- 85 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)09時42分05秒
そして、次の日___
「じゃあ、昨日は攻撃の基礎が完成したことやし、どーしたい?攻撃の応用編に進むのもアリやし、補助の基礎するか」
「あの、癒す力ってのはナシですか?」
「それは、補助の延長線上にある部類やからな、まずは補助の基礎やってから、応用にいくか、癒す力の基礎に向かうかやな」
「なんかいろいろあるんですね」
「そうやねん‥‥そや、適性見てみよか?」
「てきせい?」
「そうや、光球ができるようになったら、どの潜在能力が優れているか判断できるようになるんや」
「どうやるんですか?」
「それは、便利な木≠ェあるんや」
「木ですか?」
「そや、確かここの近くにも1本あったはずやけどな」
「そんなにいっぱいあるんですか?」
「多分1つの国に5本ずつくらいはあるんちゃうか?この前、風の国でも同じもんみたし‥‥‥‥‥ほら、その木がそうや」
中澤さんの指さす方には何の変哲もない木がただ1本、ぽつんと立っていた。
「これでどうするんですか?」
「いいか、今は寝てるから動かんだけや。ちょっと見とりや」
そう言うと中澤さんは、木の近くによっていき、思いっきり木に前蹴りをかました。
- 86 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)09時43分25秒
すると、木が突然叫び声をあげた。
【なにするんだよ‥‥‥あっ、中澤さんじゃないですか。どうしたんですか今日は?】
「ちょっとこの娘の適性を見てもらおう思てな」
【なんで私がそんなことしなきゃダメなんです?】
「へ〜、そんなこと言ってええんやったっけ〜?」
【あっ‥‥いや、‥‥‥その‥‥‥】
「 折るぞ!!」
【ヒッ!! よ、喜んで見させてもらおうと思います。だから、お、折るのは勘弁して下さい】
「いややな〜、大事な木やのに折るわけないやんか。冗談や冗談」
【‥‥‥‥本気だったくせに】
「なんかゆうたか?」
【いえ、なにも】
「ほんじゃ、サクサクと見てくれるか。あんまり時間もないもんでな。お〜い、あゆみちゃん、そこからでいいから光球作ってこの木にぶつけてくれるか?」
少し遠くから聞こえる中澤さんの声に反応する。
「いいんですか?」
「かまへん、かまへん。なんなら折ったるぐらいの勢いでやったってや」
- 87 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)09時44分39秒
- 「じゃあ、遠慮なく」
昨日初めて出来た光球。
昨日中澤さんが終わりと言ってからも嬉しくて何度も作り続けた、その感覚を忘れないように。
そのおかげで今では瞳を閉じなくても出来るようになった。
でも、瞳を閉じた方が力が込めやすいのは事実だ、でもそれは戦闘には向かない。
けど、今は戦闘じゃないし、力一杯やってもイイとお許しが出ているのだから目一杯の力をぶつけてやろうと決心し、右手をかざす。
昨日よりは少し速い時間でそれ作り出すと、思いっきり木に向けて放った。
光球は木に向けてまっすぐ飛んでいく、そして木にぶつかる瞬間、突然木から口が現われ、私のそれを飲み込んでしまった。
【モグモグ‥‥‥‥‥うん、なかなかいい魔力してるね】
「そんなことは、いいねん。それより適性はどうや?」
【そんなに急かさないで下さいよ。時間がかかるってわかってるくせに】
「あっ、そやったな。あゆみちゃ〜ん、こっちおいで〜」
「は〜い」
ちょっとビックリしたけど、この前のお城の頃から驚くことには免疫ができたのか、納得すると中澤さんの方に向かった。
- 88 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)09時46分39秒
「で、どないやねん?」
【そーですね。彼女の魔法適性は‥‥‥‥ナシ】
「なし〜!?」
中澤さんはその言葉を出すと今にも木に殴り掛かるかの勢いだった。
【中澤さん、まって下さいよ。ナシって言うのは才能がないっていう意味じゃなくて、どれも伸びる可能性を持ってるんですよ。だから、今の段階では何の潜在能力が優れているかの優劣をつけるのは難しいんですよ。まぁ、しいて言うなら万能型ってところですかね。私も長いことこうやって適性見てますけど、こういう人は珍しいですね】
「そおか‥‥じゃ、やりたいようにやるしかないな。よし、じゃあ、戻って何をするか決めよう」
そう言うと中澤さんは元いた所へと戻っていった。
私も急いで後を追い掛けようとした時に木に話しかけられた。
【お嬢さん。お姉さん、村田めぐみでしょ】
「はい、そうですけど」
【光球は生体エネルギーだから、血縁の人は大体似たような力だからわかるんだよ、もしかしたらと思ったけど当たりとは】
「 それだけですか?」
【いや、それはむしろどうでもいいことで、さっき言ったこと覚えてる?】
「‥‥‥優劣はつけにくいってコトですか?」
【そう。あなたにはまだまだ秘められた力があるから頑張りなよ。自分が得意だ。と思ったものに関してはとことんやればいい。そうやって自分に思い込ませることも大事だから】
「はい、ありがとうございます。‥‥‥あの、1つイイですか?」
【なんでもどうぞ】
「お姉ちゃんの適性はなんだったんですか?」
【あの娘は、たしか補助だったよ。ちなみに中澤さんは、性格通り攻撃だったけどね】
「そうなんですか、どうもありがとうございます」
- 89 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)09時47分55秒
- 【いえいえ、まぁなんか悩みごとでもあれば、いつでも私の所においで】
「はい」
木と話し終えた私は、木に一礼すると中澤さんを追いかけた。
しばらくして、その背中を確認出来るようになった時、歩みを緩めた。
そして、仕切り直した話し合い
「結局、な〜んにも決めることはできんかったな、どうする?なにがしたい?」
「そうですね〜、個人で闘う時に必要なのってなんですか?」
「そりゃ、相手を倒さないかんから攻撃やろ。でも、身を守らないかんから補助も大切やろうし、相手の攻撃を受けた時は回復できた方がイイやろうし。でも、癒す力を修得するにはそれなりの時間が必要やしな。とにかく全部必要やわな」
「う〜ん。極端な話、攻撃を受けなかったら回復する必要もないし、補助を覚える必要もないってコトですよね」
「まぁ、そうやけどそんな簡単には避けれんやろうし」
「だめですかね〜」
2人とも煮詰まり長い沈黙の中で中澤さんが突然声をあげた。
「そうか!補助を1個だけ覚えればいいねん」
「1個だけですか?」
「そう、これがあれば相手の攻撃は喰らわんくなって、攻撃ばっかりできるわ」
「なんなんですか?」
「ええか、それはなやな‥‥‥」
- 90 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)09時49分20秒
それから1週間、中澤さんの言う通りに補助を覚える修業を続けた。
補助のべースとなるのは、集中力もそうだけど、創造する力が一番大切らしい。
その創造する力によっては、強度や形みたいなものに影響を及ぼすらしい。
かなり効率の悪い時間の使い方をしたのかもしれないが、基礎からやらなきゃダメだったし、なんとかそれは完璧にしておきたいと思い、完全に自分のモノになるまで他の修業に浮気することなく続けた。
その結果、中澤さんの御墨付きをもらうことが出来た。
でも、やってみて思ったけど補助って地味。
というか効果が目に見えにくいせいもあってか、かなりコツを掴むのに時間がかかることがわかった。
補助の適性を持ってるお姉ちゃんって結構すごいのかもしれないと思い、改めて尊敬した。
「よし、これで補助は1つやけど完璧やな。あと、1週間か。あとは、裕ちゃんがとっておきを教えたるわ。現段階では結構レベルが高いものになるけど、モノにできるかどうかはあんたの資質次第や」
- 91 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)09時51分43秒
- 更新終了
穴埋め的に今日もう一度更新するかも
- 92 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時36分36秒
- 「とっておき、ですか?」
「そう、いろんな順番抜かしてくけどこれ≠チてもんを持っとると気持ちに余裕が生まれるやろ」
「まぁ、そうですけど」
「だから、それを教えたろうって言っとんやんか。でも、いいか、自分が絶対的に不利になった時しか使ったらいかんで。まぁ、今の段階じゃ、そう何度も使えるようなもんでもないけどな」
「はい、約束します」
「じゃ、補助の方をやってみるから、しっかり見ときや。あとで、自分にもやってもらうからな」
「え、いくつかあるんですか?」
「あ〜、そのなんや、攻撃と補助。それぞれのとっておきやないか」
それだけ言うと中澤さんは、そのとっておき(補助バージョン)を作り出し、それに向かって今度はもう1つのとっておき(攻撃バージョン)をぶつけて相殺した。
「さ、やってみ。とは、言うたものの、いくつか段階を踏む必要があるからな。少なくとも完成型に持ってくには攻撃は2つの攻撃魔法、補助も2つの補助魔法が必要や。あんまり時間もないし、完成型に持ってこうとは思わん。それなりの形を作ることが出来るようになればとりあえずは上出来や。それに、そんな短期間でできるようになったらとっておきの意味がない上にうちの立場もないやんか」
- 93 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時38分25秒
- 「ハハ、確かにそうですよね」
「ええか、とにかく攻撃と補助を1つずつ覚えよ。1週間やと多分それくらいしたら終わりや」
「わかりました。じゃ、まず補助からいきましょうよ。そっちの方が時間かかりそうだし」
「せやな、補助の方はちょっと反則なんやけどな、基礎の時に防御シールドの張り方やったやろ、アレの応用で‥‥‥‥‥‥という風にやってみればいいから」
言われたように、補助の基礎である創造する力を意識して、とりあえずのモノを作ってみる。
「おお、ほんまに可愛げがないくらい簡単にやりよるな。まぁ、強度の方はまだまだやけどな」
中澤さんの言葉通り、簡単に作り出すことは出来たけど、いきなりその強度までは、強めることは出来ない。
そこは、中澤さんの説明によると、使い続けることでその強度が増していくようになるらしい。
「まぁ、その形ができるんなら、後は使い続けて強度を増していくしかないからな。毎日ヒマがある時にやり続けるんやで。そうわ言うても攻撃の方もあるからそんな簡単にヒマなんてできるもんじゃないけどな」
「そうですよね。でも、私の感覚の中では攻撃の方が性にあってるのかな〜って感じる所もあるんですよ。だからそっちの方が大丈夫だと思うんですけど」
「確かに補助のそれと攻撃をくらべると後者の方が若干、力が強いな〜」
「でしょ」
- 94 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時41分12秒
「ほな、攻撃の方に移るか。こっちは、補助のそれとは対極にあるからな、さっきとは逆やで‥‥‥‥という風にやってみ」
「はい」
先程の補助の時と同じように言われた通りにやってみせる。
しかし、今回は上手くいかずに形状を留めることなく、散開してしまった。
「なんや、こっちの方が出来てへんやんか。やっぱ、血みたいなもんは関係あるんかもな。あんたの姉ちゃんも補助の方が得意やったしな」
「そうですね‥‥」
「なんや知っとったんかいな。教えたろうと思ったのに」
「あ〜、この前の木に教えてもらったんですよ。裕ちゃんは攻撃なんですよね」
「ほんまにおしゃべりな木やで。こっちの都合は関係無しやな」
「まぁ、いいじゃないですか。それよりさっきのはどこがダメだったんですか?もしかして、まだ無理とか?」
「いや、それはないハズやで。あんたぐらいの力の込め方やったら出来んことはないはずや。だから教えたわけやし。じゃあ、あれや前みたいに瞳閉じてみ、その方が力込めやすいんやろ」
「そうですね」
言われたように今度は瞳を閉じて挑戦してみる。
- 95 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時42分29秒
すると、なかなかどうして、
「おお、出来てる、出来てる。ほんまに可愛げないな〜」
中澤さんの言葉に瞳をあけると先程は形状を留めることすら出来なかったのに比べ、きちんと形になっているそれを確認することが出来た。
しかし、確認するとそれは、見る見るうちに萎んでしまった。
「ハッハッハッ、補助の方が飲み込みは速いみたいやな。ただ、初期の強度が甘い。それに比べ攻撃の方は飲み込みは遅いが、その力は申し分ないってとこやな。なんや天才なんかアホなんかわからんな。でも、その調子やとあと何回か作ってみれば出来るようにはなるわ。1回できてしまえばこっちのもんやからな。そうすると、補助の方に時間が割けるちゅうことやな」
「そうですか‥‥」
誉められているのか、バカにされているのか、どうにも釈然としない気がしていたが、中澤さんの言ってることは間違いではないと自分でもわかっているだけに反論する気にはなれなかった。
- 96 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時43分43秒
そんな夕暮れ時に、お姉ちゃんが8日振りに戻ってきた。
「すいません、今まで時間がかかってしまって」
「おお、戻ってきたんかいな。で、どうや。ケリはついたんかいな?」
「いえ、決着が着く前に逃げられましたけどね。でも、これでまたしばらく表立った行動はできなくなるはずです」
「また、逃がしたんかいな‥‥まぁ、でも無事でよかった」
「本当にお手数をかけました」
「いや、ええで。こっちはこっちでなかなか面白かったし。な、あゆみちゃん」
「はい」
中澤さんの言葉に頷き、返事をする私にお姉ちゃんはにっこりと笑った。
「それは良かった。で、中澤さん、どこまでやったんですか?」
「それは見てのお楽しみやんか。あんた、ちょっと相手してみいや」
「いいですよ」
中澤さんの言葉にやる気を見せたお姉ちゃんだが、私は狼狽した。
「そんな、無理ですよ。いきなりお姉ちゃんとやってみるなんて」
「まぁ、考えてみればまだ、実践で試したことないやんか。何ごとも経験や経験」
「無理ですよ〜」
- 97 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時44分56秒
かたくなに拒否する私に中澤さんが耳打ちした。
「なに言うとるねん、いいか?向こうは今日の今日まであんたが基礎やっとったって思ってるに違いない。でも、実際はどうや?1週間かけた補助のアレ、完璧に使えるようになったよな」
頷く私に中澤さんはさらに言葉を続ける。
「さっきやった、とっておきもあるやんか、補助のそれを見せてる間にもう1回攻撃を試してみ。案外、実践の緊張の中でやれば上手くいくもんや。ついでにそれ使って勝ってみ、あんたの自信にもなって、攻撃のそれも使えるようになって一石二鳥いや、その自信は三にも四にもなるで」
「でも、不利な時しかダメって‥‥」
「な〜に、村田が相手ならそれくらい、なんとかなるやろ。それに村田が相手の段階で圧倒的に不利なわけやし」
上手い具合に口車に乗せられていることに気付いたけど、確かに練習で何度成功しても実戦という空気の中で出来なかったら何の意味もないっていう意図が私にも伝わったので、お姉ちゃんと闘うことには気が引けるが渋々OKを出した。
(どうせなら、中澤さんが良かったな〜)
- 98 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時46分24秒
「まぁ、うちとやってもあんたの手の内がすべてわかっとるから、うちの余裕勝ちやけどな」
「‥‥‥!!なんで、なんでわかったんですか?」
「あんたはな、思っとる事がすぐに顔に出るよってな。相手にバレバレや」
「‥‥‥‥それ、いつから気付いてたんですか?」
「ずっと、前からやで。な〜に、裕ちゃんは心が広〜い人やから、村田に勝ったら全て水に流したるわ」
「 負けたら?」
「そんときはそんときやな」
そんなコトをいいながら中澤さんは不適な笑みを浮かべた。
これで、簡単に負けるわけにはいかなくなった。
(何されるかわかったもんじゃない)
「よし、そんじゃあ、いこか。うちが、終わりを宣言するまで続けるんやで。2人とも準備はいいな。‥‥‥じゃあ、始め!!」
- 99 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時47分51秒
なんとも歯切れの悪い始まり方だったけど、とにかくその声に合わせて、まずは、1週間かけたアレを試してみる‥‥はずだった。
私がそれを自分にかけようとした時にお姉ちゃんからの第1弾である光球が飛んできた。
それをなんとか避けるが、避けた先にも何発も飛び込んでくるのが見えた。
(はぁ!?こんなの聞いてないよ。私とお姉ちゃんじゃ効果があらわれるまでのタイムラグがあり過ぎだよ)
その様子を楽しそうに見ている中澤さん。
「まぁ、こうなる事はわかっとったけどな。村田とあの娘じゃまだまだ経験が違うからな〜。しかし、村田も大人気ないやっちゃな〜」
そんな中澤さんの言葉が聞こえるはずもなく、私は補助の基礎である防御のシールドを張るなど自分にできる範囲の対処法で、その場をなんとか持ちこたえる。
が、避けて、防御シールドを張り、それが破られてまた避けて、それの繰り返しである。
嫌らしいくらいに私の防御シールドの強度を把握し、1発で相殺できるような力を込めてお姉ちゃんは攻撃を仕掛けてくる。
そのためこっちができる事は必然的に防戦一方である。
「このままじゃ、なんの効果も見られへんやんか。まぁ、防御のシールドは破られてなんぼやけどな。しょうがない。お〜〜い、村田!修業の成果を見るだけや、もうちょい手加減したれ」
その声に苦笑するように漏れる言葉。
- 100 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時49分42秒
「そうだ!相手はあゆみか。どうにも昨日までの緊張感から抜け出せてないみたいだな」
その言葉と共に攻撃の手を一時的に緩めるお姉ちゃん。
攻撃の手が緩くなった事を感じ取った私はすぐさまさっき中断したアレを自分にかける。
これで、さっきまでの攻撃の雨が飛んできても避ける事ができる、が、その効力がいつまで続くかはわからない。
(とりあえずは、さっきできた補助のアレを試してみよう)
そう考えると、お姉ちゃんの攻撃を避けながらさっき習ったばかりの防御シールドの1つを作り出してみる。
さすがに、1回できたものは体が忘れないのは本当らしい。
通じて2回目であるにも関わらず、それは完璧な見栄えで出来上がった。
「はぁ?なんで、あれ創りだせるのさ?‥‥‥中澤さん余計な事教えたんだな、ったく‥‥‥順番がめちゃくちゃだよ」
半ば呆れを感じさせる声が聞こえる方向から、新たに攻撃が加えられる。
その防御シールドの強度を端から期待していない私は、その後ろから出ると、すぐさま中澤さんの言葉通り、もう1つの失敗続きの攻撃の方に着手した。
(お願い、威力はどんなでもいいから)
期待を込めて手をかざしていると、一見、光球のように見えるがそれとは異なる性質のモノを作り出す事に成功した。
- 101 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時50分57秒
「ほぉ、やればできるもんやな」
それを見ていた中澤さんが感嘆の声をあげる。
先程の防御シールドをいとも簡単に撃ち破ったお姉ちゃんは、
「また、基礎から懸け離れたものを‥‥‥人選間違えたかな」
もう呆れを通り越しているような力ない言葉を吐いた。
そんな呆れ気味のお姉ちゃんに向けて、それを放つ。
砂煙りと共に凄まじい音が当たりに響いた。
…
…
…
ようやく砂煙りが晴れた頃に、そこに姿を現したのは先程の私が中澤さんに見せてもらったばかりの補助の完成型で完全にガードしたお姉ちゃんの姿だった。
「2人ともそこまで」
その姿を確認した中澤さんが終了を告げる。
私は、体中の力が抜けてその場に座り込んだ、それとともに自分にかけていた魔法も切れたようだった。
「いやいや、結構やるやんか。練習の時は成功せんかったのに実戦になった途端に成功させてみせるあたりはなかなか筋がええわ」
そんな私にねぎらいの言葉をくれた中澤さんは私を抱き起こし、立たせてくれた。
- 102 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時54分13秒
そして、自分が成功させた事に自慢げな中澤さんだったが、
「なにが、筋がイイですか!なんで、あんなに順序を無視した覚えさせ方するんですか!しかも、相手が私だったからイイものの、あゆみと同程度の実力の相手なら笑い事じゃ済みませんよ」
「いや、そこは、あんたやから許可しただけで、あゆみちゃんには、圧倒的不利な場合にのみ使う事を前提に教えたわけであって……」
「それにしたって、順序が必要です!」
中澤さんは、この前と変わらず私の背中の後ろに隠れるようにお姉ちゃんの口撃(言葉)を避けている。
(もしかしてそのために私を立たせたの?)
「そんなこと言うたって、あんただって、これくらいは教えるつもりやったんやろ?」
「それは………」
「まぁ、ここは裕ちゃんの優しさってコトで」
その言葉に諦めたのか、言葉を収めたお姉ちゃんは、フウっとため息をつくと、「ありがとうございます」と言い、頭を下げた。
そんなお姉ちゃんを見て得意気に私の背中から出てきた中澤さんだったが、すぐさま
「でも、私が帰ってきたからには残りの時間は私があゆみを見ますから、中澤さんはお城に戻って下さい」
「え〜」
「平家さん達が探してましたよ、飲み相手がいないとか。愚痴をこぼす相手が欲しそうでしたよ。慣れない仕事もあるみたいでしたし」
「ほぉか、そろそろ、裕ちゃんの大切さに気付いた頃かもしれんな、じゃあ、送ってんか」
「わかりました」
- 103 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時55分58秒
2人のやりとりを聞いていた私は、
「あの、なかざ‥‥裕ちゃん。ありがとうございました」
そう言って、ペコリと頭を下げた私の頭に手を置くと、くしゃくしゃと撫で回した。
「いや、おもろかったで〜。いいか、最後の奴な、ちょっと力込め過ぎやったで。これからは両方できるようになったわけやし、相殺出来るようにならないかんし、相手の力量を見抜くってことに慣れやないかん。まぁ、それに関しては、あんたの姉ちゃんは一流やからそれを教えてもらい。それで、力の加減もできてくるやろうしな。ほらこの飴なめとき、ちょっとは力が回復するから」
「はい」
「ほなな。武術大会までに、あと1回くらい遊びにくるわ」
それだけ言うと、中澤さんはお姉ちゃんに連れられてお城の方へと戻っていってしまった。
「そういえば、ここ最近ちゃんと休んだことないな〜」
独り言をつぶやく‥‥‥こんなヒマができるのも久しぶりだ。
フと見た空には、太陽はなく、綺麗な星がキラキラと輝いていた。
しばらく、ボーっと星空に見とれているとあらぬ方向から声が聞こえてきた。
「キャーーー!!」
「なっ、なに?」
その場にそぐわない声が聞こえてきて、一瞬わけがわからなかったが、ただならぬ声だったのですぐさま、声が聞こえた方に向かった。
- 104 名前:しばしば 投稿日:2003年02月22日(土)19時57分35秒
- 更新終了
家にいると以外にヒマでした。
- 105 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時29分42秒
いくらか走ったその目に見えてきたものは、一見、犬のように見える化け物に今にも襲われそうな女の子の姿であった。
私はそれが目に見えた瞬間から無我夢中で光球を作り出し、その化け物に向けて放っていた。
その何発かが命中したのか、一瞬のたじろぎを見せた時に思いっきり叫んだ。
「走って!!!!」
その言葉に我を取り戻したのか、彼女は立ち上がるとこっちに向けて走り出した。
そんな彼女の手を掴むとさっきまで私がいた所に向かう。
(さっきまでの所に戻れば、お姉ちゃんが帰ってくるはず。だからそこまで行けば)
いろいろ聞くことはあったけど、とにかく目の前の敵から逃げることが優先されていたので、何も聞かず、ただただ走り続けた。
後ろの方からは奇声をあげて追いかけてくる影を確認することができる。
しばらく走って、元いた場所に辿り着くと腹を括った私は、
「ちょっと、離れててくれる?」
そう彼女に断わり、本日4回目の攻撃のとっておきを作り出す。
- 106 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時35分33秒
- さすがにさっき成功しているだけに、失敗することはなかったけど、今日はなんだかんだで力を使い過ぎている。
その一点だけが引っ掛ったが、やらないわけにはいかない。
猛然と襲い来る化け物めがけて渾身の1発を放った。
暗闇の中でひと際目立つ光を放ったそれは、化け物の体半分を消し飛ばすことに成功した。
(こんなに威力あるのを私はお姉ちゃんに放ったの?中澤さんって‥‥。でも今は感謝しなきゃね)
そんなことを考えながら化け物を観察する。
しかし、その後の行動に驚いた。
「まさか、こんな子娘に出くわすとは‥‥。せっかくさっきの娘で力を貯えようと思っていたのにこの前といい、今日といい、最近は全くついてない。しかし、これくらいの力を持った娘に出会ったのは逆にラッキーなのかもな」
なんと、今の今まで犬のような獣の一種だと思っていたものが流暢に話し出したのだ。
- 107 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時38分47秒
「なっ、なによ。あっ、あなた何者?」
「これは、これは、失礼した。この姿だと驚かれるのも無理はない」
えらく紳士的な4本足の化け物は、その言葉と共にその姿を人型へと変化させた、が、私の攻撃により吹き飛ばした部分である、右側の首から腰までの部分が完璧に無くなっていた。
しかし、その痛みを一切感じさせない口調でそいつは話し続ける。
「ふう。しかし、あなたは素晴らしい力をお持ちだ。この力を目の前に授けて下さった邪神に感謝しなければ」
「邪神? あなた、もしかして闇‥‥の民族?」
「おお、知っておいでですか。それは、それは」
邪神の封印をといた者が同士を集め、闇の民族を名乗っているという話をお姉ちゃんと矢口さんが話しているのを聞いたことがあった。
それにこの前、お姉ちゃんが中澤さんに注意していた時にも同じ単語を使っていたような気がする。
「なにが‥‥目的なんですか?」
「な〜に、昨晩少しばかり手傷を負いましてね。それを補おうとしていたところをあなたに邪魔されたんですよ」
「補うって‥‥何するつもりだったんですか?」
- 108 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時40分33秒
「なにって、食べるんですよ。それにより私の力を回復できるようになるわけですから」
「それは、たいそう御立腹‥‥ですよね?」
「いえいえ、あなたが現われてくれたおかげで、よりいい生け贄が目の前に現われたんですから。まぁ、そのおかげで自分の体を留めることも出来なくなってしまったわけですが」
「じゃ‥‥ターゲットは私に変更ってことですか?」
「そうですね」
なかなか流暢に話す奴にあわせるようにこちらも言葉を重ねていく。
これには、お姉ちゃんが戻って来るまでの時間稼ぎと私自身の力がもう残り少ないことを感じ取っていたため、その回復にあてる時間を少しでも稼ごうとする考えがあった。
「でも、そんなに自分のことペラペラと話しちゃっていいんですか?」
「心配いらないですよ、これくらいの距離ならあなたを手に入れることなんかは造作もないことですから」
「そうですか?さっきみたいに攻撃を喰らわせることだって出来ますよ」
「何をおっしゃる。あなたは、すでに限界を越えてるじゃないですか。それを回復させるためにこうして、長話をしてるわけでしょ」
あっさりと見破られていた。
- 109 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時42分15秒
- こんな時に中澤さんに言われた表情に出る話を思い出した。
しかし、ここで間を空けてはいけないと思い、間髪入れずに返答を出す。
「ああ、そう見えます?」
「まぁ、とぼけているのか、演技なのかはすぐにわかりますよ。さぁ、そろそろおしゃべりの時間は終わりです」
その言葉と共にすさまじい気配を出し始めたのを感じ取り、後ろにいた彼女に離れるように、と指事を出した。
(もう少し。もう少し、時間を稼げば必ずお姉ちゃんが戻ってくるはず)
なんとか自分の力を振り絞り、自分に出来る限りの時間稼ぎの手段を考える。
自分の持ちうる選択肢の中で最適なモノは1週間かけて完成させたアレしかなかった。
これを覚えた時に、中澤さんに少しだけ、体術みたいなものも教えてもらった。しかし、この場合は相手の姿は特定されているが、正体はハッキリとしていないために迂闊に飛び込むのは危険である。
いろいろと考えた結果、敵を遠くから牽制しつつ時間を稼ぐ、間接的に攻撃する方法しかなかった。
- 110 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時43分36秒
もう一度自分の中で腹を括り直すと、相手が行動し出す前に自分にアレをかける。
(相手は右上半身がないんだからバランスをとるのは難しいはず。そこにしか私が付け入る隙はない。狙うは、無くなった右上半身部分)
その考えに基づき、相手が動き出すより先に動き始める。
敵は動きだした私に気付いたようだが、アレのおかげでその姿までは追えていないはずである。
とっさに、敵の右部分に移動すると露になった部分に向けて何発か光球を打ち込む。
それによって出来た煙りを避けるように、死角に隠れる。
しばらく、その場で状況を眺めていたがそこに奴の姿を確認することはできなかった。
すると、突然、彼女の叫び声が聞こえた。
「やば、あの娘のところだ」
一言吐き出すと同時に彼女がいたであろう所に急いで向かう。
走っていくと、想像した通りの映像が目に飛び込んできた。
私はその姿を確認すると、自分の余力のことなど考えずにありったけの力を込めて光球を作り出し、相手の右足めがけて放った。
命中するかのように見えた瞬間、見なれた防御シールドを確認することが出来た。
そして、荒げた声が聞こえてきた。
- 111 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時44分59秒
「調子に乗るなよ、子娘が。この姿に戻れば、防御のシールドを張るくらいできるんだよ。もちろんこういうこともな」
そう言うと、奴は私が先程放った光球と同じモノを作り出すと、こちらに向けて放った。
防御のシールドを張ろうとしたが、さっきの攻撃で力は全て使い果たしてしまっていた。
補助のアレでさえも、こっちに走ってくる途中で切れてしまっていた。
絶体絶命の中で、迫りくる光球に覚悟し、目を閉じた。
目を閉じること数秒間、それはとても長く感じる時間であったが、いつまでたっても攻撃が当たらないことに不思議を感じた私は目を開けてみる。
すると、目の前には私が張るはずもない防御のシールドが張ってあったのである。
そして、聞こえる頼もしい声。
「危なかったね。でも、よく頑張った」
その声を聞いた瞬間から私の意識は遠のいていった。
- 112 名前:しばしば 投稿日:2003年02月23日(日)16時46分35秒
- 更新終了
次の更新で柴田編は終了の予定です。
そして1日遅れで、柴田誕生日オメデトー♪
- 113 名前:しばしば 投稿日:2003年02月24日(月)00時37分50秒
数時間後、目を覚した私の前には、もうすでに奴の姿はなかった。
目が慣れてくるとそこが自分の家であることに気付く。
そこにあらわれるよく見た顔。
「よぉ、目を覚したかい?」
「お姉ちゃん。‥‥‥‥‥さっきのあいつは?」
「ああ、国の人がお城に連れていったわ」
「倒したの?」
「いや、生け捕りってやつかな」]
「そうなんだ‥‥‥‥そうだ!!女の子は?」
「ああ、私が駆け付けた時にいた娘ね。あの娘ならさっき帰したよ。あなたにありがとうって何度もお礼言ってたよ」
「‥‥‥そう」
「何?その娘を助けるために必死だったの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥うん」
「優しいんだね、人のためになにかやるってのは簡単なことじゃないよ。その優しさは、育てられるようなモノじゃないから大切だよ。それは時に武器にもなるしね」
「優しさが‥‥武器?」
「それは、いずれあゆみにもわかるようになるよ」
そういって、お姉ちゃんは優しく微笑んだ。
「しかし、あなたよく闘っていられたね。あいつは私が先週から追いかけていた奴だったの」
「えっ、そんな奴だったの?」
- 114 名前:しばしば 投稿日:2003年02月24日(月)00時41分35秒
- 「そうよ。あいつは闇の民族の者でね、数年の間にいろんな国で何人もの子を殺していたの。しかし、その影を踏むことは出来なかった。それが、最近になって、姿を現したって情報を手に入れて、周辺を警戒していたの。それで昨日かな、ついにシッポを掴んでもう少しの所まで追い詰めたんだけど逃がしちゃったの。でも、その時にある程度の傷を負わせてたから、これからしばらくは行動することはできないと思って私は戻ってきたんだけど、まさかこんな近くにいたなんて」
「‥‥そうなんだ」
「あいつの右上半身を吹き飛ばしたのあなたでしょ?」
「‥‥‥‥‥‥うん」
「まったく、我が妹ながら恐ろしいよ。私があんなに手を焼いた相手に直接攻撃を当てるんだから」
「たまたまだよ、たまたま」
「ささ、あんまり無理しないで。ただでさえ、力を使い果たして倒れたんだからよく寝ないと」
「わかった」
お姉ちゃんの声に頷き、瞳を閉じる‥‥今日見た、あの女の子。
背丈は私と同じくらいで、歳も私と変わらないぐらいに見えた。
(あの娘は、大丈夫だったのかな〜)
そんなことを考えながら深い眠りへと落ちていった。
- 115 名前:しばしば 投稿日:2003年02月24日(月)00時44分57秒
そして、武術大会を2日後に控えた日___
「よぉ、元気か?」
「裕ちゃん、こんにちは」
「なんや、大変やったみたいやな。聞いたで、相手の右上半身を吹き飛ばしたそうやんか。まんざらうちが教えたのも無駄じゃなかったみたいやな」
「本当ですよ、アレがなかったらどうなってたかわからないですもん。でも、それをお姉ちゃんに向けて放ったと思うと‥‥」
「まぁ、相手が村田やったからよかったもんや。だから言うたやろ、圧倒的不利な場合にしか使ったらあかんて」
「はい」
「まぁ、それがわかっただけでも良かったのかもな。そんなあんたにほら、プレゼントや」
中澤さんはそう言うと、ポケットの中から2つの指輪を手渡してくれた。
「これは?」
「あんたは、どうしても、攻撃に込める力が強すぎるからな、それを押さえるための指輪や。両方の手に付けるんやで」
「でも、これ付けてると補助の方にも影響が出るんじゃ?私、補助の力の込め方はまだまだだし‥‥‥」
「大丈夫。便利なもんもあるもんやで。それは攻撃専用のやつや。補助のはまた別」
「へぇ〜」
「まぁ、武術大会で相手吹っ飛ばされたら笑い事にはならんからな」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ギャグやがな、ギャグ」
- 116 名前:しばしば 投稿日:2003年02月24日(月)00時48分40秒
ついにそれを見兼ねたようにお姉ちゃんが話に割って入る。
「まったく、あれだけその話はしないで下さいよ、って念を押したのに。あなたって人は‥‥」
「まぁ、そういうなや。事前にわかっただけ良かったやんか。ええか、その力を活かすも殺すもあんた次第なんや。この前みたいに悪いやつを倒すために使えれば、言うことはないわ。それに、一応コントロールの仕方も習ったんやろ?」
「‥‥‥はい」
「なら大丈夫や、両方ともアレは完璧にできるようになった?」
「それなら、私の御墨付きですよ。攻撃の方は最初から申し分なかったんですけど、補助の方もそれに優るとも劣らない程度までその強度をあげましたから」
変わりに答えたお姉ちゃんの言葉にウンウンと頷く中澤さん。
しばらくの間、雑談していたが、中澤さんは帰ると言い出して、お姉ちゃんに送られて帰っていった。
なんでも、明後日の用意で忙しいらしい。
最後に、「明日はなんもやらんと、休息の日にするんやで」と、言葉をおいていった。
「はぁ〜、ひとみは何やってんのかな〜」
独りつぶやいた言葉は誰が応えるでもなく、ただ辺りをさまよっていた。
- 117 名前:しばしば 投稿日:2003年02月24日(月)00時54分27秒
一応ここまでで柴田編は終了です。
続いて吉澤編に行きたいところですが、1つ閑話をまぜます。
閑話の主役は、あの人です。
- 118 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時03分30秒
- 時間は少し戻り、風の国と土の国が同盟を結ぶ少し前___
移り変わりの中、ドタバタと慌ただしい城内でのちょっとした出来事。
「平家さ〜ん。どこですか〜」
慣れない城内に迷いながら、うろたえている私に話しかけてくれた小さな人。
「あんた何やってんの?」
「あっ、矢口さん。平家さんがどこにいるか知りませんか?」
「みっちゃん?さっき矢口会ってたよ。まだ、部屋にいるんじゃないかな?」
「それってどこですか?」
「ほら、そこの角を左にまがって3番目のトビラのとこ」
「ありがとうございます」
「ん、じゃあ、オイラはこれで」
「‥‥‥どっか行くんですか?」
いそいそと歩く矢口さんに言葉を投げかける。
「ん、いや、ちょっとね。ほら、先代の時に土とぶつかったことがあったじゃん。あの時に巻き添えになった人の家族に会いに行ってくるんだ」
「そうなんですか‥‥」
「じゃ、本当にオイラ急いでるから。ほら、早くしないとみっちゃん又どっか行っちゃうよ」
「そうですね。じゃ、いってらっしゃい」
矢口さんは「おう」と、返事をするとあっという間に視界から消えていった。
- 119 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時08分22秒
「ええっと‥‥‥3番目、3番目。 ここだ」
軽くノックをすると、中から返事をする声が聞こえてくる。
「失礼します」と断わり、中へと歩をすすめる。
そこには、探していた人物の背中。
「平家さん、探しましたよ」
「うん?‥‥‥どないしたん?」
「どないしたん?じゃないですよ、すでに中澤さんと稲葉さんが来てますよ。それなのにどっか行っちゃうんですもん。探しましたよ」
「そんなこと言ってるけど。あんただって、それが大声でしゃべったらいかん事やって知っとるやろ?」
「あっ‥‥‥」
「今頃遅いで。しっかり頼みますよ、最年少軍師さん」
平家さんはそう言うと、私の頭にポンと手をおくと、そのまま出ていってしまった。
しばらくその場にボーッとしていたけど、慌てて動き出す。
「待って下さいよ〜」
- 120 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時11分55秒
- 私は、平家さんが風の国の将軍に就任する時になぜか軍師に抜てきされた。
それまでは、ただ普通に資料庫の整理をやっていた。
そんな私に突然、白羽の矢がたったのだ。
平家さんは就任と共に奇抜な人選を行った。
さっき会った矢口さんも元はただの、軽騎士団の一兵でしかなかった。
そんな矢口さんを竜騎士団の団長に抜てきし、今では風の国になくてはならない人物にまで成長させたのである。
そして、今日もまた突拍子もない政策の最終段階を迎えていたのだ。
「しかし、本当に土の国と同盟なんて結べるんですか?」
小走りで追いかけ、周りに人がいないことを確認して小声で話しかける。
「まぁ、今までの話し合いでほとんど合意しとるからな。今日は最終調整するだけやし。今さら破棄する必要性もないしな」
「でも、土と風って言ったら隣国同士で今まで何回も闘ってきてるし、私達が納得しても、下の者や民まで簡単に納得はしないんじゃないですか?」
「そやな〜、そこらへんを納得させるのは難しいかもしれん。けど、どーや、単純に戦争がなくなったら?」
「…民衆レベルで考えれば、安全になって喜ぶんじゃないですか?」
「そやろ、じゃあ、騎士にとったらどうや?」
「‥‥矢口さんなんかは、無駄な戦いはしたくないってよく言ってますよ」
「やろ。そう考えているやつは少ないんかもしれん。けど、そういう奴が少しでもおるんやったらそれでいいんちゃうかな」
- 121 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時13分35秒
そんなことを2人で話していると将軍の部屋に辿り着いた。
扉を開けると、そこにはすでに待ちぼうけ状態の中澤さんと稲葉さんがいた。
「遅いで、あんたどれだけ人待たす気やねん。ただでさえ、敵国にお忍びで来とるのに」
「悪い、悪い。ちょっと矢口と話すことがあってな」
「矢口!‥‥ならしょうがないな」
(中澤さんって本当に矢口さんがお気に入りなんだな〜)
矢口さんの話題が出ると中澤さんは簡単に丸め込まれてしまう。
稲葉さんもそんな中澤さんに何を言っても無理だと知っているのか、何も口を挟まない。
「オホン。それより、同盟の件に関してはもう公表しても問題ないの?」
「それは、軍師さんに任してある。なんかある?」
「あっ、え〜っとですね‥‥‥」
それからしばらくの間、4人での会談ののちに同盟は決定事項となり、明日公表されることになった。
- 122 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時16分27秒
- そして、その日の夜___
私は、前々からの疑問を聞くため、平家さんの部屋の前にきていた。
「少しいいですか?」
一瞬の沈黙後、中から声が聞こえる。
「ええよ」
「失礼します」
平家さんは椅子に座り、何かの本を読みながら、私に言葉を投げかける。
「どうした、なんかあった?」
「あのですね、ずっと聞きたかったんですけど、‥‥‥なんで私を軍師にしたんですか?」
流れる沈黙。
しばらくして読んでいた本を閉じるとこちらを向き直った平家さん。
「なんでそれが聞きたいの?」
「あのですね、前々から疑問だったのもあるんですよ。でも、今度同盟を結ぶことになって、軍師は2人になるじゃないですか。2人になると思想の違いとかで指揮にも影響が出ると思うんですよ。それで、稲葉さんと比べてまだまだ若いし、私は必要ないんじゃないかな〜と思ったんですよ」
「で、どうなん、自分は必要やと思う?」
「‥‥‥それがわからないから聞きにきたんですよ」
- 123 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時18分15秒
- 「ハッハッハッハ、そうやな。でもな、うちはそういうあんたが必要やから軍師にしたんやで」
「こんな私?」
「そうや。他に軍師になれるような人材ならいっぱいおったで。その中であんたはボ〜っとしてるように見えて、1つの物事に対していろんな角度から物事を考えることができるやんか。そこがまず、他の人と違うやろ。さっきの事だって普通の人なら『同盟結んだ』、『軍師2人になるのか』で終わりやんか。でも、あんたは、ちゃんと客観視して、いろいろ考えて自分が本当に必要なのかを聞きにきたんやろ。そういうのがいろんな場面で必要やと思ったのよ」
私はただただ、平家さんの言葉に耳を傾ける。
「それに、賢いって部分に関してもあんたは一味違うやんか」
「?」
「なんや、わかっとらんの。あんた軍師になるまでどこにおった?」
「‥‥資料庫です」
「そこや。あんたには今の人にもわからんような昔の知識が頭ん中にある。そのたくさんある知識の1つ1つが武器や」
「あっ、あ〜。でも、役に立つかどうかはわからないですよ」
「役に立つか立たんかは、問題じゃないと思うよ。要は知っているか知らないか。やと思うで」
「‥‥ありがとうございます」
「どうや、うちはこれだけあんたを必要としてるんやで。それでも、あんたは自分が必要じゃないと思うか?」
- 124 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時22分22秒
頭を横に振る私に、平家さんは更に言葉を綴る。
「稲葉と考えの違いが出ることもあるかもしれん。でも、うちは2人必要やと思うで。稲葉が一般的な軍師やとしたら、あんたは前例がない軍師やからな。だから、何回もぶつかることが必要やし、大切やと思うよ。その中でしか生まれてこないモノもあるやろうしな」
「‥‥‥わかりました。がんばります」
「そぉか、わかってくれたんやったらそれでええよ。そや、1つ聞いてもいい?」
「はい」
「あんたは、人との間における1+1は何になると思う?」
「人との間‥‥3とか4ですか」
「違うな、いいか。1+1は、とてもいい『1』になるんやで。それはいくつ重なっても同じや」
「とてもいい『1』‥‥‥ですか?」
「そうや、あんたと稲葉がこうなることがうちの望みなんよ」
「‥‥‥‥‥‥がんばります」
話し終えて、グググッと伸びをする平家さんにあの人の事も聞いてみる。
「あの、矢口さんの事も教えてくれますか?」
- 125 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時23分58秒
- 「ん、なんで?」
「いろいろと、知っておきたいんですよ。ほら、‥‥‥‥将軍と軍師は一心同体っていうじゃないですか」
「そうか〜?聞いたことないけどな‥‥‥まぁ、ついでやでな。教えたるわ」
「ありがとうございます」
「あの娘はな、表向きは明るくていい娘やんか。でも、最初の頃は、心(しん)が弱くてな、その上、背が小さいことに関して、すごく自虐的やったの。そんな矢口から発せられていた、もどかしさみたいなもんをいい方向に持ってくには、人を引っ張る立場に立たせるしかないと思ったからそうしただけ。まぁ、そのおかげで自虐的になることもなくなったし、心も強くなってな、精神的に強くなった。それは、あの娘の力であって、うちがやったのは背中を押しただけや」
「‥‥‥平家さんはいろんな人の事をちゃんとみてる上に、その人の力をどうすれば伸ばしてやれるかとかも考えているんですね」
- 126 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時25分04秒
平家さんは私の言葉に「そんな大層なことじゃないよ」と言ったあと、少し考え、さらに言葉を続けた。
「いい機会やから話すわ。ちょっと、関係ない話になってしまうかもしれんけど、うちはな、先代の将軍から引き継いだわけやけど争い事を継いだ気はないのよ。そこまで私利私欲に必死にはなれんの。これはトップとしては失格なんかもしれんなぁ。上に立つ人間はなんらかの強い独占欲みたいなもんをもっとらんとダメやと思うんよ。けどな、うちが持っとるのは誰も失いたくないという思いしかないんよ。矢口や、斉藤‥‥もちろんあんたもやで。でも、これじゃ、いかんのやろな。何かを得るためには犠牲が必要になる場面もあると思う。でも、うちじゃその決断は出来ん。それに、裕ちゃんとは争う気にはなれん。それは、他の国にしてもそうやけどな。こんな平和主義の人間が国を背負って立つのは難しいんかもしれんな‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
私は平家さんの思いを聞いて、返す言葉がなくて呆然とした。
- 127 名前:閑話 投稿日:2003年02月24日(月)01時26分50秒
しかし、なんとか口を開く。
「すいません、なんて言ったらいいか‥‥」
「ああ、かまわんよ。こっちこそごめんな、難しい話しして」
「そんなことないですよ。よかったです、平家さんの気持ちが聞けて」
「ありがとうな。‥‥‥もう遅いし、そろそろ帰り。明日から同盟の事を末端まで知らせたりで慌ただしくなるやろうし」
「はい、失礼します」
そう断わると、部屋から出る。
薄暗がりの中、ロウソクの火を頼りに自分の部屋へと向かった。
自分の部屋に入ると、さっき聞いた平家さんの話を思い出してみる。
「とてもいい『1』か」
声に出すその言葉は、響きの良いとてもかっこいい言葉にも感じるが、重く大切な言葉にも感じられた。
そんな今日聞いた大切な言葉達を日記に書き留めると、あっという間に眠りに落ちた。
私が眠りについた頃___
「うちらのようになるなよ。うちらに出来んかったことを押し付けるのは傲慢やけど、この思いを繰り替えしたらいかん。うちらの時は‥‥」
私が去った部屋で零れた1つの願い。
- 128 名前:しばしば 投稿日:2003年02月24日(月)01時37分06秒
更新終了
柴田編に続き、閑話もアップ完了です。
次回の更新は、少し遅れると思うので多めに更新しました。
なんかちょっと読まれてるのか不安・・・
とにかく次回の更新は吉澤編です。
- 129 名前:しばしば 投稿日:2003年02月24日(月)17時41分15秒
第1章 >>4-69
第2章 柴田編 >>71-116
閑話 >>118-127
- 130 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月26日(水)05時01分31秒
- 読んでますよ〜
お待ちしてます
- 131 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)13時48分51秒
吉澤ひとみの場合
「ちょっ、矢口さんそろそろ離してくださいよ。1人で歩きますってば」
私は、矢口さんに連れ出されてから、2日間ズルズルと引っ張られながら歩かされている。
しかも、その間、矢口さんは口を開こうとはしてくれなかった。
さっきの台詞も何度も繰り替えしているのにいっこうに返事はくれない。
「もう、いい加減に何か言って下さいよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
それでも黙ったままの矢口さんに連れられて、辿り着いた場所は、大きな湖だった。
「着いたよ」
「‥‥こんなところでなにするんですか?」
「さぁ?」
「さぁ?って、この場所に意味はあるんですか?」
「いや、特にないよ。ただ、他の人とのかかわりを完璧に断ちたかったんだよね」
「で、どうするんですか?」
「どうもこうもないよ、修行するんだよ。強くなるために」
心無しかその言葉には怒りが込められているような気がした。
「なんで、そんなに怒ってるんですか?」
「よっすぃ〜には関係ないよ」
「そんな滅茶苦茶な‥‥影響受けるのは私ですよ。なのに、ダメですか?」
「ダメ」
「‥‥まぁ、そのうちでいいんで、教えて下さいね。それより、早く始めましょうよ。吉澤は、やる気が出てきましたよ」
「よっすぃ〜‥‥‥よし、始めよっか」
私は、矢口さんの怒りを適度にかわすと早速修業を始めてもらおうことにした。
- 132 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)13時50分51秒
最初は、つまらない基礎の繰り返しだったけど、それも慣れれば少しは面白く感じることもできるようになった。
矢口さんが言うには、私は背が大きいせいか身体能力の面では、国の騎士の人と比べても遜色はないらしい。
そんな感じで今までは、基礎の繰り返しだっただけに、今回はどういったことを教えてくれるかの興味もあった。
「よし、この前までで一応基礎体力はついてると思うから、武器使おっか」
「よっしゃ〜!」
「はいはい、はしゃがない。まず、武器選びからだね。何か使いたい武器ってある?」
「ええっと、吉澤はですね〜‥‥‥槍、ですかね」
「槍か〜、それじゃ、矢口と同じになっちゃうもんね〜」
「いいじゃないですか。矢口さんはうちの師匠で、弟子の私が師匠と同じ武器を持つのは何もおかしいことじゃないですよ」
「う〜ん‥‥‥‥‥まぁ、いいよ。オイラもそろそろ槍以外に新しい何かを試そうと思ってたから」
「ええ〜、変えちゃうんですか?それじゃ、一緒にする意味がないじゃないですか」
「わざとかよ。ちゃんとさ、自分が使いたいモノを選びなよ」
「ええ〜、一緒がいいです〜」
私は自分でも似合わないと思ったけど、梨華ちゃんばりにアニメ声を出してブリっ娘して見せた。
- 133 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)13時53分18秒
「 キャハハハハハハハ、なんだよそれ。梨華ちゃんのまね?‥‥あー、腹痛い」
「やっと笑いましたね。家を出てからなんか笑顔なかったから心配だったんですよ。矢口さんは笑ってるのが一番です」
「‥‥‥‥‥‥」
矢口さんは私の言葉を聞いた後、後ろを向いてしまった。
「?‥‥‥大丈夫ですか、矢口さん?」
「‥‥‥泣かすなよ〜、まだ2日目なのに」
「‥‥‥‥‥すいません」
「あっ、ごめん。そんなつもりじゃないんだ。ありがとね」
矢口さんは、そういうとどこか吹っ切れた表情を見せ、もと来た道を戻っていった。
私は、その場で矢口さんの姿をただただ見守っていた。
そして、不意に気付く。
「矢口さーん!!私はついていった方がいいんですかー!!」
「待ってていいよー!」
言葉に甘え、しばらくの間、ボーッとしてみた。
よく考えてみると、昨日も一昨日も少ししか寝てないことに気付いた。
しかも、御飯もちゃんと食べてない。
「だめだ、眠い。矢口さんが帰ってくるまで寝ちゃおう。御飯は‥‥矢口さんが帰ってきたら相談しよう」
私は、近くで寝転がっても大丈夫な部分を探し出すとそこに身を投げ出して、瞼を閉じた。
暖かい日の光を浴びているうちに、ウトウトするとすぐに寝入ってしまった。
- 134 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)13時56分16秒
そして、あの人の声に目を覚す。
「よっすぃ〜!よっすぃー!起きろ−−−−−!」
「‥‥‥‥‥‥ぅん〜、あっ、矢口さん。オハヨーゴザイマス。そして、オヤスミナサイ‥‥」
「こらー。寝るなー!起きろー!」
「‥‥ん、なんですか?矢口さん待っててって言ったじゃないですか〜、だから吉澤は寝てまってたんですよ。ほら、よく言うじゃないですか果報は寝て待て≠チて」
「なに寝ぼけてんの!こんなところで寝てちゃ風邪ひくじゃない」
その言葉にようやく完全に目を覚ます。
「どこ行ってたんですか?」
「ほら、これを取りにね」
そういうと、矢口さんは傍らにおいてあった槍を持たせてくれた。
- 135 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)13時57分22秒
- 「これは?」
「それはね、オイラが初めて戦いで使った槍なんだ」
「それをどうして?」
「よっすぃ〜にあげるよ」
「なんでですか、大事なモノなんじゃ‥‥」
「いいの、いいの。槍だって使われないでおいておくよりも、使った方がいいんだから。オイラはまだたくさん持ってるし」
「‥‥そうですか、ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?」
「くどい、一度あげるって言ったらあげるんだから。それより、今日はもう遅いし、明日からいろいろ始めよ」
「はい。‥‥あの、1ついいですか?」
「なに?」
「私、昨日から何も食べてないんですけど‥‥その、何も食べないんですか?」
「プッ、ハッハッハッハッハ何だよそんなことかよー。何言い出すのかと思ったよ、矢口は」
矢口さんはまだ笑っている。
私にとっては深刻な問題だったのに‥‥
しばらくして笑い終わった矢口さんは、「向こうに行った辺りにシゲルがいるから、そこに行っておいで。シゲルにいろいろ乗せてきたから」と言った後、また笑い出した。
(だから、深刻なんだってば‥‥)
こうして、この日は何をするでもなく、ただ、矢口さんがいつもよりもいい感じで笑っていることが印象的な日になった。
- 136 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)13時59分51秒
そして、次の日___
「よし、今日こそちゃんと始めよう」
「そうですね」
「じゃあ、とりあえず、矢口と素手でやってみよっか」
「えっ、槍は使わないんですか?」
「まず、今までのおさらいだよ。それからいろいろ進んでいくから」
「わかりました」
私は矢口さんとある程度の距離を置くと、構えて矢口さんが動き出すのをまった。
「じゃ、行くよ」
そう言うと、矢口さんは最初の一歩を踏み出した。
矢口さんが一歩目を出した、その時から周辺に注意する範囲を広げた。
矢口さんはその背丈からもわかるように、すばしっこい。
そのスピードを目で追うことはできるけど、ついていくには私の体は多少大きすぎ、矢口さんのように小回りがきかない。
そのため、相手の攻撃をまってから、行動に出なければ、簡単にやられる。
それがわかっていたから、矢口さんの攻撃が来るのを待っていたのに一向に仕掛けてくる気配がない‥‥と一瞬、気が弛んだ瞬間。
- 137 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時01分02秒
- 後方から気配を感じて振り向くと、そこにはどうやって目の前を通り過ぎたのか矢口さんが飛び込んできていた。
突進を紙一重でかわすと、迷わず足払いをかける。
矢口さんは軽くジャンプしてそれを避けると、そのまま顔面蹴り。
一瞬たじろいだが、向かってくる足を掴むと振り回して正面方向に投げ飛ばした。
「顔面ありなんですか?」
「まぁ、一応実践形式だからね」
その言葉を残してまた消えてしまった矢口さん。
今度は、簡単に後ろを取らせるわけにはいかなかったので、先程よりも集中して辺りに注意して観察。
不意に前方から大きな力を感じる‥‥そこには大きな黒球が迫ってきていた。
「よっすぃーー!!」
言葉と共に横から飛び出してきた矢口さんに抱えられ黒球の射程から離れる。
- 138 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時02分35秒
「ちぃ、おしいところで」
黒い球が飛んできた方向からは1人の男が立っていた
「あなた、この前の‥‥」
「矢口さん‥‥知り合いですか?」
「そんなわけないでしょ、こいつは闇の民族の者でね、簡単にいえば手配犯みたいなもん」
「そんな人が何のようで?」
「相変わらず嫌われてますね」
「好かれてるわけないじゃない、何人も人を殺しておいて」
「それは、それは。しかし、あなたも甘いお方だ。こんな何もないようなところで2人でいれば、エサですよと言っているようなものだ」
敵と思われる妙に紳士的な人物は、矢口さんと普通に話している。
ただ、2人ともただならぬ雰囲気を出している事が感じられた。
「それで、こんな所に顔だしてきてどうするつもりなの、矢口と闘る気?」
「いえいえ、相手が風の申し子の矢口とわかればこっちも簡単に手を出すわけにはいかないんでね。私もこんなところで簡単にやられるわけにはいかないのでここは退散しますよ」
「あんたが逃げる気でもこっちは簡単に逃がすわけにはいかないんだよね」
そう言うが速く、矢口さんは相手に向かっていった。
- 139 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時04分24秒
(そうだ、アレを矢口さんに渡せば‥‥)
そう思うと私は矢口さんとは全く正反対の方向に向けて走り出した。
「こっ、こらよっすぃー!視界から消えたら守れなくなるじゃんかよ」
そんな矢口さんの声もお構い無しに私は目標物めがけて走った。
「よそ見してていいんですか?やれやれ、私もそんな小物に見られるとは。彼女はいい判断をしましたよ、勝てない敵からは逃げるというね」
「くっ、こぉぉぉぉぉのぉぉぉ」
矢口さんが放ったパンチは相手に当たる寸前で空振った。
敵は矢口さんのパンチを避けるとそのまま空中に浮かび上がり、黒球を次々と作り出し、一斉に放った。
「オイオイ、空中に浮くのは反則だろ」
次々と攻撃の雨が振ってくる中を避けながらの皮肉にもとれるこの一言。
確かにそうだ、いつも竜に乗って戦っている矢口さんは、上からの攻撃をあまり受けた事がないのだ。
その頃私は、目標物を見つけて矢口さんのいる場所に戻っている途中だった。
遠くの方で見える、明らかに形勢不利な彼女に向かって、大きく叫んだ。
「これ使って下さい!」
- 140 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時05分57秒
私は、矢口さんがいるであろう場所に向けてそれを投げた。
しばらくして砂煙りの中から声が聞こえる。
「サンキュ、これでなんとか‥‥」
そう言うと矢口さんは空にいる奴には見向きもしないで私のほうに向かって槍を構えて走ってくる。
「ちょ、矢口さん。何する……」
私が慌てて避けようと思ったが彼女の眼は私を見ていなかった。
矢口さんは私の後ろの茂みに向けて槍を刺した、すると、いままで空にいた奴が水の固まりとなった地面に落ちた。
そして、茂みの中からは彼女が突き刺した槍を両手で掴んだ先程の敵が出てきた。
「見事なもんね。水の国の魔法が使えるなんて。まさかとは思ったけど水でもう1人の自分を作るなんてね。でも、一度矢口は見てるんだよね、あんたより上手い術士がその魔法使うとこ。あんたのそれは不完全だよ」
「よくこの状態でそんなことがいえますね」
そう言うと、敵は先程まで握っていた槍を矢口さんごと持ち上げ、放り投げようとした。
不意に矢口さんと目が合う。
そしてその目が何かを指示している。
- 141 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時07分28秒
そんな一瞬のやりとりの中、矢口さんはいとも簡単に投げられてしまった‥‥いや、投げられたのだ。
私はすかさずその無防備な敵に向けて渾身の蹴りをお見舞いしてやった。
思わず地に手をつく奴に向けて、戻ってきた矢口さんがもう一度槍を突き刺そうとした時、奴は消えてしまった。
「やはり、2対1では歩が悪い。今回は簡単に帰るわけにはいかないんですよ。私にもいろいろ仕事がありましてね。この辺りで退かせてもらいますよ」
そんな言葉が空中を漂う中、気配はなくなってしまった。
「ふぅ、また逃げられたか」
「大丈夫ですか、矢口さん。投げられたし」
「ああ、あれは、投げられたんじゃなくて、投げさせてやったから別になんともないよ。それより、よっすぃ〜。1回、風の国の城に戻ろう」
「なんでですか?」
「さっきあいつ言ってたじゃん、仕事があるって。それは国に影響を及ぼすはずだよ。だから報告しなきゃ」
「わかりました」
- 142 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時08分54秒
そう言うと、2人でシゲルに乗るとお城に向かった。
その途中__
「よっすぃ〜。ありがとね、これ」
矢口さんはそう言ってさっき私が投げ渡した槍を返してくれた。
「いえいえ、矢口さん素手だったからもう無我夢中で」
「でも、急に走り出した時どこ行くのかと思ったよ」
「ほら、よく言うじゃないですか。敵を欺くにはまず味方からって」
「あのさ、前から思ってたけど、よっすぃ〜って‥‥変」
「どこがですか〜」
「敵を欺くには…とか、果報は寝て…とかさ、おっさんじゃん」
「なんですか、そんな事ばっかりいってると、後悔先に立たずっていってですね‥‥」
「ほら、それだよ」
「「・・・ハッハッハッハッハッハ」」
そうやって笑っていたらあっという間にお城についた。
城に着くと矢口さんは急いで平家さんの所にいってしまった。
放置されてしまった私は、しょうがなくこの前来た時にブラブラできなかったので、城の中を探検する事にした。
たくさんの人が行き交う中で、少し目を回しながらも最後の方に辿り着いた1つの部屋。
「‥‥‥資料庫?」
- 143 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時10分32秒
扉に書かれている文字を読むとそのままノックする‥‥‥返事はないので勝手に入る事にした。
そして、まさにドアノブをひねろうとした瞬間
「よっすぃ〜やんか」
声のする方を向くとそこにはどこかで見た事のある女の人
「あーっと、平家さん‥‥ですよね」
「そうそう、よぉ覚えとたな。といっても会ってからまだそんなに日は経ってへんけどな」
実は、名前は覚えていたけど顔と一致しない‥‥ただ、消去法で考えれば中澤さんが金髪なだけに稲葉さんと平家さんの二分の一だった。
「こんな所で何してんの?」
「いや、ただ普通に城内を見てまわってたんですよ」
「あ、そう。なんかいいもんあった?」
「いや、人が多くて参りましたよ。それより、矢口さんと会いましたか?」
「うん。あんたもえらい奴に会ったみたいやな」
「そんなにすごい奴だったんですか?」
「そうやで。ここ数年でいろんな国の人間を殺しては身を隠してたんや。でも、被害が出る前に発見できてよかった。忘れた頃に来るよってな、あいつも。目的はなんなんかよくわからんのやけど、とにかくこれから厳戒体制しかないかんわ」
「そうなんですか」
「まぁ、それもお国の仕事やからな。そんなことより、あんたこんなとこにおってええの?矢口探しとったで」
「あっ、忘れてました。じゃ、吉澤はこれで」
「おう、頑張りや。平家さんは応援してるで〜!」
「ありがとうございます」
- 144 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時11分38秒
手を振って平家さんと別れると元いた場所にダッシュ。
何人かの人にぶつかりそうになりながらも急いで戻ったその場所に誰かと話している矢口さんを発見。
「じゃあ、これ使ってイイから。それがだめならまた別なのもあるし」
「おう、ありがとね」
矢口さんに何かを渡すと、話していた相手はどこかにいってしまった。
そして、1人になった矢口さんに声をかける。
「矢口さん、お待たせしました」
「もぉ、遅いぞ。どこ行ってたんだよ」
「いや、その辺をぶらぶらしてたんですよ。それより、さっきの人は?」
「ああ、大谷か。ほら、この前言ってた新しい武器を試そうと思ってね。軽騎士団の団長だからお奨めを頼んどいたんだ。それを貰ったの。よっすぃ〜も1回会った事あるじゃん。お城に来た時に」
言われて考えてみると確かに中澤さんがその名前を呼んでいるのを聞いた覚えがある。
- 145 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時12分43秒
「あー、あの時の金髪の人だ」
「ほら、知ってんじゃん」
「あの人騎士団長だったんですか?」
「そうだよ。それにほら、占い行ったでしょ。あの時案内してた斉藤も弓騎士の団長だよ」
「そうなんですか!?結構えらい人達だったんだな〜」
「あの、矢口もそこそこ偉いんだけど‥‥」
「あ、矢口さんも偉いですよ。でも、親近感があるっていうか、話しやすいじゃないですか‥‥」
「もういい、なんか無理矢理っぽい」
「何言うんですか、ほらよく言うじゃないですか。山椒は小粒でぴりりと辛いって」
「またそれかよ。それに‥‥‥小粒は余計だ!!」
「あぁあ、ごっ、ごめんなさい。そっ、それより早く戻りましょうよ」
「ったく。サラッと悪口言ったよ。ほら、行くよ」
矢口さんが向かっていくのを慌てて追いかける。
急いでシゲルに乗ると、陽が落ちる前に移動を開始。
すると、先程の方向とはまったく別の方角に向かって飛んでいる事に気付いた。
- 146 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年02月28日(金)14時13分57秒
「矢口さん。違う場所に行くんですか?」
「うん、そうだよ。さすがにさっきの場所に戻るわけには行かないじゃん。仲間を連れてこられると圧倒的にこっちが不利だし」
「で、次はどこに行くんですか?」
「次はね、土の国の領土なんだ。ちょっと危険だけど、さっきの場所よりは人にばれにくいらしい」
「らしい?」
「さっき、大谷に聞いといたんだ。彼女は土の国の人だし」
「そうなんすか」
上から見える景色を確認しながら話していると下の方に砂漠が見えてきた。
「矢口さん、まさか砂漠っスか?」
「そう、そのまさか」
そう言ってシゲルを下に向かわせると丁度いい高さの岩壁に降りた。
矢口さんは今からでも修業を始めようとする勢いだったが、陽が落ちてあたりも暗くなったのでこの日は移動で終わってしまった。
- 147 名前:しばしば 投稿日:2003年02月28日(金)14時22分07秒
更新終了です
よっすぃ〜…少し、本物のキャラにないような博識ぶりを出してしまったけど、大丈夫でしょうか?
ヤグのツッコミのところは読者さん自由に想像してください
あと、2・3回の更新で吉澤編も終了です
では、また次回の更新でお会いしましょう
- 148 名前:しばしば 投稿日:2003年03月03日(月)13時12分03秒
>130 名無し読者さん
ありがとうございます
こういった感想をもらえると実感できるんですけどね
とりあえず、今日も更新したいと思います
- 149 名前:しばしば 投稿日:2003年03月03日(月)13時14分14秒
それから16日後___
修業の場を土の国の砂漠に変えてから、邪魔者はあらわれる事なく順調に時間は流れた。
矢口さんはあれから毎日、自分の修業と私の修業を行っている。
まぁ、矢口さんが1人でやってる時はその分私も1人でやっているから大した違いはないのだが、ずーっと教えてくれると思ってたのに少し拍子抜けだった。
けど、やっぱり背が小さいなりにも騎士団長には違いなく、その強さと発想の豊かさに脱帽するばかりだ。
一度、聞いてみた事がある。
「矢口さんは十分強いのに、発想力もあるじゃないですか。それは、必要なんですか?」
少し、考えた後に彼女は答えてくれた。
「う〜ん、オイラはさ、背が小さいっていう圧倒的にマイナスの部分を持ってるじゃん。それを補うには敵の意表をつかないとダメなんだよね。頭から油断してきてくれるならそれにこした事はないけど、そんな奴ばっかりじゃないじゃん。何回も戦う人だっているしさ。そういう人には正攻法で仕掛けると押し切られちゃうんだよね」
「‥‥‥すごい考えてるんですね。うちもいろいろ考えなくちゃ」
私の相槌に彼女は笑って答えた。
- 150 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時16分01秒
「よっすぃ〜はさ、まだまだそんなことしなくても大丈夫だよ。今のよっすぃ〜に必要なのは、自分の武器になるようなプラスの部分を伸ばす事が大事。今のうちにマイナスの部分を補うような方法を覚えちゃうとずるくなっちゃうからな〜。まぁ、時にはずるさも必要だけどさ。補うってことは後からどれだけでもできるからさ、今は自分に合った事をどんどんやってく方が成長はすると思うよ」
「‥‥はい」
少し理解するのに時間はかかったけど、要は自分の得意分野を誰にも負けないようにすればいいのだ。
「な〜んてね、今の受け売りなんだけどね。矢口を励ましてくれた人の」
そんなやりとりを思い出していると、不意に声をかけられる。
「お〜い、よっすぃー!」
目の前には不思議そうに私の顔を覗き込んでいる矢口さん。
- 151 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時17分59秒
「は、はい!?」
「大丈夫?今どこかいってたよ」
「なっ、なんか用ですか?」
「なんか用って、本当に大丈夫?昨日話したばっかじゃん。巨大サソリを倒すって」
「ああー、そうでしたね。うっかりしてました吉澤」
「ったくしっかりしてよね、これはよっすぃ〜の力試しって目的があるんだから」
昨日の修業終わりに、食料と水を求めて最寄りの村を訪れた時に村人から話を聞いた。
どうやら最近、この辺りの砂漠には人の背丈の倍程の巨大サソリが出るらしい。
その話を聞いた時の矢口さんの目が光ったのを私は見逃さなかった。
目的のモノを調達し、帰る途中にイヤな予感がしていた私は、それとなく探りを入れてみる事にした。
「巨大サソリって、どれくらいの大きさなんすかね?」
「それは見たらわかるんじゃない」
少し意外な反応だった。
もう少し食い付いてくるかともったけど、案外普通の反応だったので勘違いかと思ったけど、もう少し聞いてみる。
「でも、そうそう現れるもんじゃないですよね」
「大丈夫だよ、明日になればイヤでも見れるから」
「はっ?」
「そのなんだっけ、巨大サソリか。面白そうだから倒しちゃおうよ」
やっぱりだった。
私の見た目に間違いはなかった‥‥けど、あんまり嬉しくない。
無駄だとわかっていても一応反論してみる。
- 152 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時19分17秒
「でも、これだけ広い中から探し出すなんて簡単な作業じゃないですよ。ましてやあんまり時間も残ってないのに‥‥」
「大丈夫、空から探せばいいじゃん」
「じゃあ、いいですよ。吉澤は見てますから」
「何言ってんの?やるのはよっすぃ〜だよ」
「えっ、私ですか?なんで矢口さんがやらないんですか」
「だって、オイラがやったら簡単に終わっちゃうじゃん」
「だからって私がやらなくても‥‥」
「大丈夫だって。いざとなればオイラがいくから。でも、今ならよっすぃ〜でもあんまり苦労しないで倒せると思うよ。ほら自信をつけるいい機会じゃん」
「‥‥‥わかりました」
簡単に丸め込まれてしまった。
ここまで話ができていると、私の話し手としてのレベルだとひっくり返す事は不可能である。
そして、今に戻る。
シゲルに乗りながら下に広がる砂漠から探す、願ってはいない宝物。
「ほら、言ったじゃないですか。簡単に見つからないって」
「‥‥‥‥‥‥」
「大体ですね、そんなのがいたなら2週間以上いたのに出会わない方が不思議ですよ‥‥」
「あっ、ほら、いたじゃん」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
矢口さんが指さす方には確かに砂漠の中で明らかに周りの画と懸け離れたおかしい生物。
- 153 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時21分12秒
「ほら行っといで」
「はっ?‥‥って、ウソ――――――」
「大丈〜夫!下は砂だから」
「っんな無茶な――!!」
なんとか体制を立て直し、地面に着地すると上に向かって抗議する。
「なんで急に押すんですか!下が砂だったからいいものの、下手したら死んでますよ!!」
「だって、よっすぃ〜それくらいしないと戦わないでしょ」
「うっ、それは‥‥」
矢口さんの見事な?戦略で私は止むを得ず巨大サソリと戦う事になった。
それでも、落とされたことに不満をぶつけていると、急にあたりが暗くなった。
なんと、巨大サソリがジャンプしているのである。
「その大きさでそれあり?」
皮肉をまぜながらもなんとかその攻撃を避けると倒す方法を考える。
幸いにも毎日矢口さんを相手にしているせいか敵の動きは遅く感じた。
- 154 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時22分39秒
あの大きさを槍でつくのは歩が悪いと判断した私は矢口さんの武器を貸してもらう事にした。
「矢口さーん!矢口さんのアレ貸して下さい」
「アレ?多分よっすぃ〜には使えないと思うけど、貸してほしいなら貸してあげるよ」
そう言うと矢口さんは上からそれを落としてくれた。
矢口さんの新しい武器。
それは刀だった。
あのように大きな生物に向かって槍で突いていると埒があかない。
だから、刀でバッサリといってしまおうと考えたのだ。
その考えに基づき、自分の槍を近くに置くと巨大サソリの後ろにまわり込み、思いきり尾の部分を分断‥‥したと思った。
しかし、私の目論みはもろくも崩れ、弾かれて戻ってきた。
「なんで‥‥‥あー!これ刃がボロボロじゃないですか」
矢口さんにむかって叫ぶ。
「だから言ったじゃん、よっすぃ〜には使えないかもしれないって」
「そんな‥‥」
刀を近くの砂に突き刺すと自分の槍を取りに走る。
- 155 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時23分55秒
その間にも巨大サソリは2本のハサミを使ってこちらに向かって何度も攻撃を仕掛けてくるが、その動き自体はさほど素早く感じないため避けるのは容易い。
なんとか自分の槍を手に取ると、次はどこを攻撃するかを考える。
「よっすぃ〜、背中だよ、背中。そこ刺しちゃえば1発だから」
「なんで、そういう事を早く教えてくれないんですかー?」
「だって、すぐに倒しちゃうと面白くないかと思って」
完全に矢口さんは私を見ておもしろがっているけど、確かに考えてみると背中を刺す以外に方法はなさそうだ、顔なんてもってのほかだ。
考えるが早く巨大サソリの足を利用して、背中に飛び移る。
そして、今まさに背中を突き刺さんとした時、先程切り損なった尾が私に迫ってきていた。
それをなんとか槍の柄の部分で振払うと、一度地面に降りる。
「上に乗るのはいいけど、尾に気を付けてねー。刺されると毒で死んじゃうよー」
「‥‥絶対わざとだよ」
ワンテンポ遅れて入ってくる矢口さんのアドバイスに文句を付けながらも、もう一度飛び乗る。
「同じ事やって大丈夫?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
もう、上からのアドバイスは完璧に無視した。
よく考えると、私のペースを乱してるのは上の人かもしれない。
そんな事を考えていると、また尾がこっちに向かって迫ってきた。
- 156 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時25分40秒
悲しいかなこの生き物には学習能力がないようだ、ただ、上に乗ってきたモノを尾で攻撃する事しか出来ないようだ。
それをジャンプしてかわすと尾が背中に刺った。
「おー、考えたじゃん。でも、それで終わりじゃないよ。体にも一応毒の成分があるだろうから、そんなすぐには効かないだろうしね」
そんな矢口さんの話を聞いてか聞かずか着地すると尾が刺さっていないところに槍を突き刺し、上から降りた。
最初はさほど変化がなかったが、しばらくすると激しくのたうちまわった後、ぴくりとも動かなくなった。
「オッケ〜♪終了だね、意外に早かったね」
いつの間にかシゲルから降りてきた矢口さんは近くで絶命した巨大サソリを興味深気に観察している。
そんな矢口さんにたくさん言いたい事がある私は、先程の刀を持つと矢口さんの元へと向かった。
「矢口さん!!いいですか、今度‥‥‥」
矢口さんに文句を言おうとしたまさにその瞬間、大きな音と共に近くの砂が真上に上がったと思うと下からさっきよりも更に大きいサソリが顔を出したのである。
「「‥‥‥‥‥でか!!!!!」」
- 157 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時26分34秒
私が呆然としながら言葉を漏らすと、矢口さんは「返してもらうね」と言い残し、私の手から刀を取るとそれを鞘にしまい、サソリに向かっていった。
私も一緒に行こうとしたが自分が素手な事に気付く。
思えば、槍はさっき倒したサソリの背中に刺しっぱなしだった。
仕方なく矢口さんが戦っているのを見守ろうと思い、少し離れた場所に移動した。
それはほんの一瞬だった。
矢口さんはサソリに向かっていくと、素早く後ろにまわり込み、私がやろうとしていた尾の分断をおこなった。
それに逆上するサソリが矢口さんの方を振り向き、覆い被さらんとばかりに立ち上がった瞬間、矢口さんが刀を縦に一振りするとサソリは縦に真っ二つに別れ絶命した。
まさに一刀両断だった。
しかし、見ていた私は腑に落ちない。
それもそのはず、同じ刀を使っていたにも関わらず、私の時は弾かれた攻撃がなぜ、矢口さんの時は弾かれる事なく斬る事ができたのか。
それに最後の一撃は、明らかに上まで届いていない‥‥斬った範囲が大きさに見合ってないのだ。
先程までの不満を吹き飛ばし、聞きたい事は山ほどあった。
- 158 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時27分58秒
刀を鞘に戻し、満足げな顔で戻ってくる矢口さんに尋ねてみる。
「矢口さん、今のどうやったんですか?」
「見ててわからなかった?一刀両断」
「いや、それぐらいわかりますよ。私が聞きたいのは、刃がボロボロな刀でどうやって斬ったのかってことです」
「ああ、これ?」
そういうと、矢口さんは鞘から刀を抜いてみせてくれた。
するとさっき私が使った時は、ボロボロだった刀の刃が白い光を放ちながら存在している。
「なんですか、この刃?」
「この刀はね、鞘に入れる事で風の力を宿す事ができるようになるんだよ。だからこれを使えば、オイラよりも大きい敵と戦う時には手の届かないところも斬れるようになるんだ。まぁ、正確には物理的な斬るっていうよりも衝撃波を飛ばすから魔法の要素が強いけどね」
「私の時には、なんの効果もありませんでしたよ」
「だって、これ矢口専用だもん。まだ試作段階だけど」
「なんでそれを早く教えてくれないんですか!」
「最初に言ったじゃん、よっすぃ〜には使えないかもしれないって」
「それを聞いてたら貸してくれなんて言いませんでしたよ」
「まぁ、いいじゃん。よっすぃ〜だって修業の成果は見られたし、オイラも力を試す事ができたんだし」
「成果?」
「やってて気付かなかった?」
「‥‥はい」
- 159 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時29分52秒
「まぁ、実際の成果は矢口以外の人と戦ってみないとわかんないけど、さっきの戦いを見る限りでは成長してると思うよ」
「具体的にどこが成長したんですかね?」
「本当にわかってないの?じゃあ、サソリの動きはどうだった?」
「…遅かったですね」
「でしょ。じゃあ、突き刺す時はどうだった?」
「…いや、割りとあっさりといきましたね」
「さっき、オイラ触ってみたんだけど、あれ結構堅いよ。触ってごらん」
「本当ですか?」
矢口さんの言葉に私が倒したサソリの殻を触ってみる。
確かに素手で殴ると殴った方が痛いのではないかと思うぐらいの堅さだった。
堅さを確認し矢口さんの方を見ると、得意げな顔でこちらを見ている。
「ね、結構堅いでしょ。アレを刺せるようになったってことは力も相当ついてるはずだよ。それに、相手の動きを見る力も申し分なさそうだし」
「そうなんですかね?」
「そうそう、後は武術大会で対戦してみたらわかるって。という事で、修業は今日で終わり」
「えっ、終わりですか?」
「まぁ、今日まで2週間以上びっしりだったし、休養も必要でしょ」
「でも、戦い方とかって‥‥」
「あー、そんなの教える気なんてないよ」
「えっ!?」
「だって、それは人に教えてもらうモノじゃないよ。自分で身に付けていくモノだからさ、オイラがどうこう教える問題じゃないんだよね」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「さぁ、わかったなら城に戻るから早く槍抜いておいで。一応矢口からの贈り物だぞ、アレ」
矢口さんに言われるがままにサソリの背中に突き刺してある槍を抜くと、2人でシゲルに乗り込む。
- 160 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時31分16秒
そして、シゲルに乗った途端に思い出す記憶
「矢口さん、今度から乗ってる時は落とさないでくださいよ」
「アハッ、覚えてた?」
「ブリッ子してもダメです。忘れるわけないでしょ!」
「わっ、こら。やめろってここから落ちたら死ぬって。あー、やめて〜矢口高いところダメなんだよ〜」
「今さら何言ってるんですか、竜に乗ってるくせに」
それから立場は逆転し、私はさんざん仕返しをしてスッキリした頃、風の城に着いた。
着いた頃には太陽は沈み、大きな月があたりを照らしていた。
そして、城内に入ると金髪の女性が走ってくるのが確認できた。
「中澤さん来ますよ」
私の言葉を無視して歩いていく矢口さん。
「矢〜口」
そんな矢口さんに声をかける中澤さん‥‥しかし、矢口さんは無視している。
そんな気まずい空気のまま、平家さんの部屋まで辿り着いた。
「おう、矢口お帰り。それによっすぃ〜も」
「ただいまです、平家さん」
「ただいま、みっちゃん」
矢口さんは平家さんには話をしている。
- 161 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時32分22秒
そして、矢口さんに口を聞いてもらえない中澤さんは、平家さんに助け舟を要求している。
「なぁ、みっちゃん。なんとか言ったってなー、矢口が裕ちゃんのこと無視するんやで」
「なに、子どもみたいな事言っとんの。大体、裕ちゃんが矢口を怒らせるような事を言ったんやんか、自業自得ってやつやな」
けど、全く相手にしてもらえずオロオロしている。
そんな中澤さんを無視して平家さんは話をしてくれた。
「そうや、ほら、あいつおったやろ。急に襲ってきたやつ。あれ4日ぐらい前に捕まえたから」
「本当、誰が捕まえたの?」
「うん、捕まえたのは村っちゃんやけど、頑張ったんはあゆみちゃんやな」
「あゆみが?」
その名前に驚く。
「そうよ、あの娘は頑張ってくれたよ。あの娘がおったおかげで被害者が出る事もなかったし、捕まえる事もできたんよ」
それを聞いた矢口さんは、
「オイラ、めぐみのとこ行ってくるよ」
と告げると部屋を出ていこうとした。
- 162 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時33分50秒
そんな矢口さんに平家さんが言葉を投げかける。
「今行ってもおらんかもしれんで、あゆみちゃんの所に行くって言ってたで」
平家さんの言葉に「いいよ、大谷にも会いに行かないとダメだから」と付け加えると部屋を出ていった。
そんな矢口さんを追い掛けるように中澤さんも部屋を出ていった。
「中澤さん矢口さんに何かしたんですか?」
「いや、ちょっとな。裕ちゃんが矢口に言ったほんの些細な事に矢口が怒って飛び出していったんよ」
(だから、矢口さんは怒ってたんだ)
1つに疑問が解けると、今度はさきほど出来た疑問
「そうなんですか。あっ、それよりあゆみが活躍したって話は本当なんですか?」
「ああ、本当やで」
「そうですか」
「‥‥心配か?」
「そりゃ、心配じゃないって言ったらウソですけど。まぁ、大丈夫ならいいですよ。ただ、私も同じ奴をこの目で見てるから‥‥」
「そうやなー、でもあゆみちゃんはすごいで。1人をかばいながら時間を稼いだんやからな」
「かばう?」
「そう、あゆみちゃんは、襲われそうになっとった娘を助けるために戦ったそうや」
「‥‥‥‥‥あゆみらしい」
「らしいとは?」
「いや、そのほら、あゆみは、両親を亡くしてるから目の前で人がいなくなるのがイヤだったんじゃないですか。もっとも親が亡くなる前から優しかったですけどね」
「‥‥よっすぃ〜もそうじゃないの?」
平家さんの口調はどこか優しい。
- 163 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時35分00秒
「私ですか?私もずいぶん幼い頃に親がいなくなりましたけどね。もしかすると私が近くにいたのが大きいのかもしれないですね。そういう姿を見ていたから生まれた思いなのかも‥‥」
「よっすぃ〜、あのな‥‥‥」
平家さんが何かを話そうとした時に不意にドアがあいた。
すると、そこから矢口さんが顔を出した。
「矢口ー!ノックぐらいしやんか、話ししとったのに」
平家さんの言葉に素直に「ごめんなさい」と謝ると、急ぐように次の言葉を用意した。
「よっすぃ〜。今からよっすぃ〜の家行くけど、一緒に帰る?」
「あっ、もうめぐみさんには会ったんですか?」
「いや、大谷に会ってきたんだけど、めぐみはやっぱりいないって言うから、よっすぃ〜もいるし家まで行こうかと思って」
「そういうことなら、行きますよ」
矢口さんは私の返事を聞くと、「シゲルの所で待ってるから」と言い残し、あっという間に行ってしまった。
「まったく、嵐みたいな娘やな」
「あはは。確かに矢口さんは騒がしいですね」
2人して笑っていると、中澤さんが肩で息をしながら入れ代わるように入ってきた。
「もうあかん、あの娘速過ぎや。ついて行くんはしんどい」
その姿を見て、また笑い出す私と平家さん。
- 164 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時35分46秒
そんな私達を見て不思議そうな顔をする中澤さん。
「あー、もうこの際よっさんでもエエや」
私に抱き着こうとする中澤さんをひらりと避ける。
そろそろ、矢口さんの所に行かなくてはまた怒られると思ったので平家さんにお礼を言う。
「いろいろ話せてよかったです。ただ、…最後は何を?」
「うん?ああ、あれは気にせんでもええよ。それよりも、ゆっくり休みなや」
「はい」
会話を済ませると急いで矢口さんの元に向かう。
いつもの廊下を走って通り過ぎる。
さすがに夜という事で廊下には見回りの人以外の気配はない。
シゲルの元に着くとそこには見慣れた膨れっ面の矢口さんがいた。
「遅い!」
「矢口さんが早すぎるんですよ」
「まぁ、いいや。ほら行くよ、つかまって」
矢口さんの言葉と共に我が家に向けて夜の闇を翔ていった。
- 165 名前:第2章 それぞれの思い 投稿日:2003年03月03日(月)13時37分07秒
そんなわたしがいなくなった後の部屋では___
「あの事、話そうとしたやろ」
「なんや、聞いてたん。趣味悪いわ」
「まぁ、話の流れはよかったけどな。‥‥まだ、早いんちゃうか?」
「そぉかな〜。でも、あの娘はしっかりしとるな。たまに自分には何もないみたいな言い方する時もあるけど、あの娘には人をちゃんと見る目がある。そう、自分が信じている人は徹底的に信じる事をするし、守ったる事もできるんやろな。それは簡単な事じゃないで」
「まぁ、そうやな。ああいう娘は、人を引き付ける魅力ももっとるからな」
「うん」
「でもまだ我慢しぃや、あの事話すのわ。必ずあの娘は、あんたを必要とする時があるはずやよって、その時でも遅くないと思うで」
「必要とする時‥‥‥か」
この日の平家さんのコエは近くて遠かった。
- 166 名前:しばしば 投稿日:2003年03月03日(月)13時41分12秒
更新終了
そして吉澤編終了
何回かに分けようと思ったんですけど、少し更新できる状態から遠のくので多めに載せときました
ここで1つ、作者的なこだわりですが
『あの娘』
と書いてある部分は、『あのこ』と読んで下さい
まぁ、書かなくてもわかると思いますけどね
- 167 名前:しばしば 投稿日:2003年03月10日(月)20時49分54秒
さて、ここでまた1つ閑話を入れたいと思います。
閑話の主人公は前回と同じあの人です。
それでは、始めます。
- 168 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)20時52分21秒
時間は少し戻り、初めて吉澤さんと柴田さんがやってきた日の夜__
2人が帰った後、私は風の城での同盟の調印も済み部屋でくつろいでいた中澤さんのもとを尋ねた。
「あのー、中澤さん」
開けっ放しになっていたドアから覗き込むように部屋を見渡す。
「なんかようですか?」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこにはいつもと変わらず気怠そうな目的の人。
「あっ、中澤さん」
「だから、なんかよう?」
どこか面倒な出来事はイヤという顔を見せているが、そんな事は私には関係ない。
そして、そんな私を急かすような一言
「あんた人の話聞いてる?まぁ、とりあえず部屋入りや」
そう言って部屋に招いてくれた。
- 169 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)20時53分07秒
- 初めて入る部屋だったが、なかなか想像していたよりもどこか殺風景。
でも、大人な感じがする部分もいくつか発見できた。
「あの、人の部屋あんまり詮索しやんといてくれるか。恥ずかしいやんか」
「中澤さんでも恥ずかしい事ってあるんですか?」
「あんたは、前々から思ってたけど本当に恐ろしいほどマイペースやな」
私の一言に中澤さんは妙な納得を見せながら「うちにそんな事言える人間はあんまりおらんで。でも、その度胸がええな」と言って笑っていたが、私には普通の会話だっただけに言っている意味はわからなかったけど、確かに中澤さんにこんな事言ってる人は見た事はない。
というか、ここまで素なのは始めて見るかもしれない。
いつも平家さんや稲葉さんと話している時の緩〜い表情
いつも矢口さんと遊んでいる時のどこか子どものような表情
それとは相反する、他人の事を考える時の真剣な表情
これらの表情とはどこか違った感覚を受ける事ができた。
「あんたさっきから人の話ちゃんと聞いてるか?」
「あっ、すいません。少し考え事を‥‥」
「頼むで〜。自分から尋ねてきたんやからなんか話しがあるんやろ?」
「あっ、そうでした」
「あんたほんっまに面白いな。裕ちゃんのツボを刺激するわ〜」
中澤さんは私の動作が面白いらしいけど、少し腑に落ちない。
- 170 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)20時55分22秒
でも、機嫌がいいのはいい事だ。
「えーっとですね。今日来たのは、いろいろ聞きたい事があるからなんですよ」
「ええで、今やったら大体の事に答えれるよ」
「じゃあ、いいですか。最初に聞きたいのは、風と土が同盟を結んだ事により一番偉くなったのはどうですか?」
この質問には急に顔色が変わり渋い表情を見せたが、別段イヤな雰囲気という事ではなかった。
「あんた、アホみたいに見えるのにちゃんとしたこと聞けるんやな(笑)でも、もうちょっと聞き方見たいなもんはあるんとちゃうか?なんか唐突すぎるで」
「あっ、すいません」
「まぁ、それはこれから直してけばイイからな。で、なんやったけ?」
「一番偉くなってどうか、です」
「ああ、それか。まぁ、‥‥みっちゃんが気を利かして年寄りの負担を軽くしてくれたみたいやけど。うちは一番偉くなったっていうのは、あくまで肩書き上の事やと思うねん。将軍やからとか、団長やからとか、そんなものは関係ないんよ。ただ優れていた人がその時、その場を率いている。それだけの事や。でも、その優れている人にもどこか劣るところはあるからな。万能な人間なんてのは稀や。それか無理して自分が意図的に作り出しただけで長く持つもんじゃないわ。だからみっちゃんがうちの代わりに頑張ろうとしとるけど、頑張り過ぎるのも問題やな。まぁ、偉くなってもなんも変わらんのっちゃうかな」
「そうですか、その事は平家さんには?」
「そんな事言うかい。言わんでもわかってくれとると思うけどな、ダメそうならあんた支えたってや」
- 171 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)20時56分54秒
「わかりました。じゃあ、次は‥‥中澤さんの理想ってやつを聞きたいんですよ」
「なんでそんなこと必要なん?」
「いや、平家さんにも聞きましたし。ほら、同盟結ぶからには思想や理想といったものは似通ってくるのかと思いまして」
「そっか、みっちゃんはなんて言っとった?」
そこで私は、平家さんに聞かせてもらった事をある程度、噛み砕いてわかりやすく中澤さんへと説明した。
その話を聞いて思い出したように中澤さんは笑い出した。
「あの娘、まだそんな事言っとんのか」
「何が面白いんですか?」
「ああ、ごめんな。真面目な話しとったのにな。いや、うちら3人‥‥うちと稲葉とみっちゃんは、付き合いが古いねん」
「それは、平家さんに聞いた事があります」
実際に同盟の密約をかわしていた時もどうしても私1人だけ省かれているような気がして仕方がなかった。
それぐらい3人の話は尽きないし、随分楽しそうだった事を覚えている。
「でやな、かなり昔にも話をした時に‥‥その時はうちと2人っきりやったかな。確かみっちゃんが風の国にスカウトされた時やったな」
「スカウト‥‥ですか?」
- 172 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)20時57分38秒
「そうや、うちらも出身は今日来た吉澤や柴田らみたいなどこにも属してない地域やったんや。その中で力に自信があったもんを集めて何人かで非国組織‥‥まぁぶっちゃければ傭兵隊やな、そういうのを作ったんよ。それで生計を立てたりしてな。で、風の国から仕事がきた時に、偶然みっちゃんがえらい活躍して、そのままスカウトされていったんや。もちろん他の国からの仕事もあったで、後に引っ張られてってバラバラになったんもおるしな。まぁ、今考えると酷い仕事やったで、自分の知り合いと戦わないかん時もあったしな」
この話をしてくれた時の中澤さんはどこか遠くをみているようで、どうみても昔を懐かしむような感じではなかった。
「で、スカウトされた時にどうしたんですか?」
「そうやな、あれはみっちゃんの事を祝ってみんなでお祝した日の明け方やったかな‥‥」
中澤さんは1つ1つ丁寧に紐解くように言葉を蘇らせてくれた。
- 173 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)20時59分52秒
「こんなところにおったん、裕ちゃん」
「…みっちゃんやんか。 もうみんな寝たんか?」
「ああ、みんな酔いつぶれたわ。起きてるのは私ら2人ぐらいやわ」
「そうか ‥‥ほんまに国にいってくんやな〜」
「そうやで、自分で決めた事やしな。とりあえず、やりたい事ができるようになるまで我慢していくしかないわ」
「なんや、やりたい事なんてあるんかいな?」
「うちは、 うちらみたいな人がこれ以上増えんように国単位の争いを止めたいんよ」
「そぉか、それは難しいで。うちらの中にはあんまりおらへんけど、人にはどうしても他人より上に立ちたいと思う欲があるからな。みんながみんな思うような生活は、人が生き続ける限り一生無理やろうな」
「ほんまに大人な意見をどうも。 けど、 私だってわかってるよ、それくらい」
「わかってんのになんでそんな無茶苦茶な理想のために自分を犠牲にできるん?」
「でも、自分を犠牲にしてでも手に入れたいモノが理想なんじゃない?」
「‥‥‥まぁ、そりゃそうやけどな」
「でしょ。だからやってみないとわからない。別に無理に自分1人ですべてを何とかしようとかまでは考えてないからさ。ほんのちょっとしたきっかけを与えるだけでも全然かまわんと思うんよ。他の人がそういう事を考えるようになるだけでも大した一歩やと思うし」
- 174 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)21時00分51秒
「あんたは立派やわ」
「うちは裕ちゃんの方が立派やと思うよ。なんにもなかったうちらをまとめて、ここまで引っ張ってきたのは間違いなく裕ちゃんやし。今回のうちの事だってそれの延長上にあるもんやしな」
「なんや 飲み過ぎたんか?ちょっと、気持ち悪いで(笑)」
「ちゃかさんといて。裕ちゃんには全部聞いておいてほしいから話してるんやで」
「悪いなー。どうも誉められるのは慣れてへんもんでな。で、うちに話してどうしてほしいん?」
「もし、 私と同じ事を考えているなら、裕ちゃんも国に入るべきやと思う」
「 なんや、随分勝手な言い分やな」
「だって、見てたらわかるよ。何年の付き合いやと思ってるの。他の人が気付かんような事でもうちにはもろバレやで」
「もしかしてあんた、うちをその気にさせるために自分から始めようとしてんのか?」
「まぁ、半分はそうだね。でも、半分は自分がどれだけできるのかってのを試してみたい気もあるんだよね」
「うちはオマケっちゃうでほんまに」
「そう腐らんと。でも、もし、裕ちゃんがその気になっていざ国に入ろうとした時はうちと同じところに入ったらいかんで」
「なんで?」
「同じ志を持つ人間が2人も同じ国にいるのは勿体無いやんか。まぁ、それ以外にも裕ちゃんと敵として戦ってみたいってのもあるかな」
「まったく本当にしっかりしてるで。 …わかった、話がきたら考えてみるわ」
「頼みますよ、姐さん(笑)」
「手がかかる子やでほんまに(笑)」
- 175 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)21時01分47秒
「ってことがあったねん」
中澤さんは話し終えるとフウッと一息吐いて、私の反応を待っていた。
「そうなんですか…じゃあ、今こうしているという事は、理想は平家さんと同じなんですね」
「まぁ、そういう事やな」
「それは、稲葉さんも同じですか?」
「稲葉はどうやろな、ちゃんと話をした事はないけど、わかってると思うよ。あれも付き合いは長いからな」
「そうですか」
「もう、何もない?今日はついでやからなんでも話たるわ。こんな日が続くと思うと疲れるしな」
そう言って笑い飛ばしている中澤さんに忍びないがもう1つ難しい話をぶつけてみる事にした。
「闇の民族についてですけど……」
「それか、また重いな〜」
「ダメですか?」
「まぁ、ここで変に黙っていらん考えを起こさんとも限らんし。ちゃんとした知識を入れとくほうがいいわな……よし、ええで話したろ。でも、うちにも詳しい事はよくわからんけどな」
- 176 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)21時02分48秒
また1つ息を吐くと深刻な表情で闇の民族についての話が始まった。
「あんたも今日占い見たから知ってるやろうけど、昔の戦いがあったわな」
「はい。邪神が封印されたやつですよね。光の神が風、土、火、水に分割されたといわれている」
「そう、それや。それを最近になって封印を解いたっていう奴が現れたんや。そんでそいつが同士を集めて形成したのが闇の民族。ここまでは知ってるわな」
「はい」
「それが最低レベルの話や。うちらは、一回封印があるといわれている場所までいった事があるんや」
「……何をするためですか?」
「好奇心やんか。伝説はほんまなんか、邪神ってのはほんまにおったんかっていうな」
「それで?」
「これがすごい深い森やったんや。それでも、それっぽい場所に着いた時にただならぬ気配を感じたし、メンバーの1人が体調不良になったよって帰ったんや」
「それが何か関係あるんですか?」
「そんな慌てやんとき。うちは、封印を解いたっていう噂を聞いてからその場所に兵を見に行かしたんや」
「…どうだったんですか?」
「その場所はなくなっとったらしい。それも森ごと」
「そんな……」
こうやって話している時の中澤さんの表情は、今までに見た事がないくらい真剣だった。
多分これがこの人の本当の顔なんだと思う。
そんな中澤さんはまだ話を進める。
「で、これはカオリに聞いた話なんやけど実はカオリも行った事があるらしいんよ、そこに」
私はその頃になると言葉で相槌を打つのではなく、頷く事で聞いている事を証明していた。
- 177 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)21時03分36秒
「カオリが言うには簡単に封印は解けんらしい。まぁ、カオリにしても本当に信じていい人物なんかはわからんけどな。でも、その言葉を信じてこっちから先手を打ってないのは事実や」
「そんな……そんな曖昧な事でいいんですか。もし噂が本当なら後手にまわってる場合じゃないですよ」
「そんな事いうてもな、相手がどこにおるかもわからんのに先手なんか打てるかいな。それに国中の人の命もかかとるんや。もし、攻めにでとる時に他の国から攻撃受けてみ、どれだけの人が被害受けると思うんや?」
「それは……」
「昔のように自由な身やったら、あんたが思うような事もできてるんやろうけど。ここまでくると肩書きが邪魔になってくるわな。でも今だって、捜索させとる途中やし、場所がわかれば先手を打つ事は可能や。そないに考え込むな」
ここまでしか話を聞く事はできなかった。
私が続きを話そうとする中澤さんを遮った事もあるし、これ以上は自分が無力な事を証明してしまう要素がたくさんあって受け止めるには重過ぎた。
会話を遮った気まずい雰囲気のなか響いた少し厳しい一言。
「あんたも軍師なら自分の気持ちは後ろに回さないかんで。まず、考える事はその場で最良の手を考える事ちゃうか?感情を簡単にさらけだすもんじゃないで。まぁ、あんたの場合は滅多にない事かもしれんけど、滅多にないからこそ1回出してしまった場合の周りの混乱は大きいよってな。そこは注意せないかんで」
わかっていた事だった。
- 178 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)21時04分44秒
しかし、それを他人から言われたのは初めてで、ショックでうつむく私の頭に乗せられたあの人の手。
「そんなに落ち込まんとき。裕ちゃんだって好きでいうてるんちゃうで。ただ、責任を全うせないかん時もあるよってな、肩書きだけとか偉そうな事言っとるけど、それなりに責任はあるわけやからな。相手にそれをわからせるためには、憎まれ役にもなるし、おちゃらけな場合もあるし、それぞれや。まぁ、あんたは賢い娘やよってわかってくれると思うけどな」
そう言って頭を撫でてくれる中澤さんの目はすごく優しい目をしていた。
この時、私は中澤さんの本当の気持ちを少しだけどわかったような気がした。
この人だって悩んでいるのだ。
自分に力や権力があっても何もできていない現実。
私なんかよりもずっと深いレベルの問題を抱えているのだ。
それを感じた。
それだけでも、十分に意義のある時間だった。
もちろんそれ以外にも大切な話をたくさん聞く事ができた。
- 179 名前:閑話・2 投稿日:2003年03月10日(月)21時05分42秒
「わかりました。私も頑張ります」
「ん、あんたは笑ってる方がにおうとるわ。みっちゃんが言うた通りやな。そや、あれやってや。聞いたで金魚のモノマネできるんやろ?」
中澤さんの言葉に答えるように、ほっぺたを膨らませて口をパクパクさせて見せた。
「アッハッハッハッハッハ、アホやな〜。よし、御褒美に裕ちゃんのチューあげるわ」
そう言って、口を尖らせて近寄ってくる中澤さんから逃げるように部屋を後にした。
「なんや、つれやん娘やな」
後ろの方から何やら声が聞こえたけど振り返る事なく、自分の部屋へと急いだ。
「もっと昔の資料を見て勉強しよう。そうすれば力になれるような事もわかるかもしれないし……今の私にできる事なんてのはこれくらいだもんね」
誰に約束するでもなく、自身の内からでた言葉。
中澤さんの話もまんざら無駄ではなかったようだ。
最後の行動は別として……
- 180 名前:しばしば 投稿日:2003年03月10日(月)21時10分44秒
更新終了
途中までsageで書いてたはずなのにいつの間にか上がってしまった……
なれないことはやるもんじゃないと反省
これからしばらく書き溜めしようと思うので更新は休みます。
自分でもたまに覗きますが、それまで適度に守ってもらえれば幸いです。
- 181 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月23日(日)23時12分26秒
「ただいまー!」
家に入るなりに中にいる人が聞き逃さないような大きさで声をだした。
すると、どたばたと足音といっしょにあゆみとめぐみさんが2階から降りてきた。
「ひとみー」
「あー、ひとみちゃん。お帰り〜」
2人して同じような返事を返してくれたが、1人怒った小さな人。
「あのー矢口もいるんだけど」
「あっ、矢口さん。お久しぶりです」
「矢口いたの?小さくて見えなかった」
めぐみさんが、とぼけた返事をしたために矢口さんの機嫌は更に斜めになってしまった。
これ以上機嫌を崩されてはいろいろとまずいのでめぐみさんにこっそりと耳打ち。
「あの、まだ中澤さんと喧嘩してるみたいなんで、刺激を与えないでくれますか」
「なに、まだ喧嘩してるの?‥‥大変だったでしょ。いろいろと」
めぐみさんが同情してくれるのが妙に嬉しくもあった、が、この場でそれを表情に出してしまうと今にも暴れそうな人のスイッチが入ってしまうので、わからないように返事をすると、話題の方向を変える。
「そうだ!聞きましたよ。あの人捕まえたそうですね、あの紳士的な変な敵」
「そうだ、矢口もそれが聞きたかったんだよ」
思った通り話題に食い付く矢口さん。
- 182 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月23日(日)23時13分45秒
それに反してその話はまずいという表情を見せたのがめぐみさん。
そして今度は向こうからの耳打ち。
「今はその話ちょっとよろしくないんだよね」
「‥‥なんでですか?」
「いや、こっちにもいろいろあるんだよ」
私達のやりとりに不思議そうなあゆみと矢口さん。
すると、出し抜けにめぐみさんが帰ると言い出した。
「ほら、矢口も来た事だし、送ってもらって帰るわ」
「はぁ、何言ってるんだよ。オイラまだ来たばっかりだよ。あゆみちゃんともまだ全然話ししてないのに」
「いいから、いいから」
めぐみさんの考えを理解した私は、急に帰るといわれ混乱状態の矢口さんを押し切るためになんとか口戦する。
「そうですね。矢口さんもいろいろ仕事残ってるじゃないですか。明後日の準備もあるだろうし」
「それは明日すればいいじゃん」
「いや、それ以外にも‥‥‥」
「何にもないじゃん」
「あるじゃない。知ってるわよ、あんたいろんな仕事みんなに無理矢理振り分けたでしょ」
「ギク」
- 183 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月23日(日)23時16分00秒
「みんな困ってたわよ。矢口の分が、矢口の分がって」
妙にあたふたし始める矢口さんを尻目にめぐみさんは続ける。
「これを平家さんにバラすとどうなるのかな?もしかすると‥‥」
「あーーーーーーーーーー!わかった。帰る、帰るからこの事は内緒で」
見事に丸め込む事に成功しためぐみさんは得意げだった。
しかし、矢口さん。
大声出して話している言葉を遮るなんて、子どもじゃないだから…。
めぐみさんの脅しに渋々帰る事になった矢口さん達を見送るためにあゆみと2人で外に出た。
シゲルがいるところまで距離があるので、そこまで歩く途中にあまり話ができていないという事で矢口さんは少しの間だがあゆみと話している。
その間、私はめぐみさんからあゆみの事を聞いた。
そして掛け合う言葉達
「なんかお互い大変ですね」
「本当だね〜。まぁ、元気づけるのは私よりひとみちゃんの方が上手いだろうから、よろしく頼むね」
「はい。代わりに矢口さんの相手頼みますよ」
「それは、断わりたいね(笑)」
そんな会話をかわした時、ちょうどシゲルのところに辿り着いた。
- 184 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月23日(日)23時16分54秒
2人は慣れた動きでシゲルに乗り込むとめぐみさんはあゆみに一言残す。
「また明日ね」
あゆみはそれに対し、「うん」と応える。
それに続いて今度は矢口さん。
「2人とも明日ごっちんと梨華ちゃん連れてお城においでよ。登録もしなきゃダメだし、予選だってあるから」
「そんなの聞いてませんよ」
「だって、今初めて言ったもん」
この人はいつだって大事な事を直前にならないと教えてくれない。
「…いつまでに行けばいいんですか?」
「あーっとね、お昼から予選っていうか審査が始まるからそれまでには来てほしいね」
「予選って何するんですか?」
あゆみの言葉は私も聞こうと思った事だ。
しかし、矢口さんもめぐみさんも内容は教えてくれなかった。
まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが。
「じゃ、また明日ね」
2人はそう言い残すと夜の闇に消えていった。
- 185 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月23日(日)23時18分19秒
そんなお空の2人は___
「あんた、わざと帰ってきたでしょ。あの話をさせないために」
「…知ってたんだ」
「まぁね、大谷のところにいった時に教えてくれた」
「まさお君もおしゃべりだな〜」
「いろいろ大変だったね。あゆみちゃん大丈夫なの?」
「まぁ、力加減には多少問題が残ってるから、道具を使う事によって無理矢理制御するしかないんだよね。でも、力を制御してもあの娘の心の中で何かが吹っ切れないとダメだろうね。あの娘は優しすぎるから…」
「そんなにすごいの?」
「まだまだ自分で制御できてないからどれが本気なのか量りしれないんだよね。無意識下で力はセーブしてるだろうしさ。ただ単純に力を込めるだけならすぐに私なんか追い抜いていくと思う…我が妹ながら恐ろしいよ」
「そっか‥‥‥」
「大変だよ、中澤さんにもお世話になったし」
「‥‥‥ふーん」
「あれ?何その中途半端な反応」
「うっさいな!別に祐子の事はオイラには関係ないだろ」
「あんたも素直じゃないね、本当はわかってるくせに」
「…………………」
「寂しそうだったよ。それに矢口の仕事のほとんどを自分がやるって言って、平家さんにバレないように頑張ってたんだから」
「…………………帰ったらあやまりに行くよ」
「そうしたほうがいいよ。『後悔先に立たず』っていってね‥‥‥」
「めぐみ‥‥それよっすぃ〜も同じ事言ってたよ」
「えっ、マジ?」
「まったく、自分だって人の世話やいてる心境じゃないくせに他人が優先なんだから」
「まぁ、それはお互い様という事で」
- 186 名前:しばしば 投稿日:2003年03月23日(日)23時22分28秒
- 少ないけど更新終了
ちょっと、読んでる人に聞きたいんですけど(いるのか……)
いしごまの修行シーンいりますかね?
正直書くか迷い中(書いたとしても、柴田や吉澤のように別々の話になりますが)
それ次第で展開が変えられるし、今なら間に合うんですよね
それなりに時間はかかりますけど
まぁ、レスがつかなかったら省略しますね
- 187 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月24日(月)01時45分38秒
- 更新お疲れ様です!
いしごまの修行ちょっち読みたいかも…。
- 188 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月24日(月)12時13分10秒
- 更新おつかれさまです。
いしごま修行シーンはできれば入れていただきたいと思います。
続き楽しみにしてますので、がんばってください。
- 189 名前:しばしば 投稿日:2003年03月24日(月)15時30分50秒
>>187
ありがとうゴザイマス。
いしごまの話を書くことに決めました。
今、3章と閑話を書いてる途中なので、
それが終わって4章に、修行シーンを入れることにします。
質問に答えてもらって感謝です。
>>188
いしごまシーン入れますよ。
ただ、石と後が直接からむわけじゃないですよ。
それは、もう少し話が進むとわかります。
ただ、うっすらと話は浮かんでるので多分大丈夫だと思います。
じゃ、今日も少しですが更新しますね
- 190 名前:しばしば 投稿日:2003年03月24日(月)15時33分27秒
そして、地上の2人に戻る___
2人を見送ってから、家に戻るまでの道すがら、私とあゆみが口をきく事はなかった。
そして、家に入った時、おもむろにあゆみが口を開いた。
「矢口さんとの修業どうだった?やっぱ激しかった?」
その表情は努めて明るかった。
「うーん、激しくはなかったね。なんか拍子抜けだったかな。いろいろあったけどね‥‥わかったのは矢口さんがやっぱりすごいって事かな」
私はいつものようにあゆみの事はあゆみが話し出すまで待っているつもりだったので、意識させるような事は言わないように注意して会話を進める。
「そっか〜‥‥矢口さんがすごいって具体的には?」
「これはね、あんまり本人の前じゃ言えないんだけどさ、すごいよあの人は。普段はあんなに戯けてて、背だって小さいのにいざ戦いになるとこう、スイッチが切り替わるというか、溜めてたモノを爆発させるというか‥‥とにかくあれは生で見ないとわからないね」
「何よ、結局ちゃんと説明できてないじゃん」
「だって、口じゃ説明できないんだもん。まぁ、説明できたとしてもその雰囲気までは伝わらないと思うけどね」
「じゃ、最初から言わなきゃいいじゃんかー」
「そっちが聞いてきたから答えたんでしょうがー」
「「‥‥‥‥プッ、ハッハッハッハ」」
あゆみとこうしたやりとりをやるのが久しぶりだったので、つい笑ってしまった。
それくらい当たり前の出来事だったのに、3週間たらずしか離れていなかったのが随分と昔のように感じられる。
そのまま2人ともが笑い終わるまで少し時間がかかった。
- 191 名前:しばしば 投稿日:2003年03月24日(月)15時34分25秒
そして、フと見たあゆみの顔がどこか嬉しそうであり、悲し気にも見えた。
「どうした、そんなに淋しかった?」
「うん、まぁ、それもあるけど……あのね、私さ、敵とはいえ、簡単に人を殺しちゃうところだったんだ。その時は‥‥無我夢中で、誰かを守る事に必死で。でも、そんな事は言い訳にならなくて‥‥」
私は、まだ話している途中のあゆみを抱き寄せた。
今までいろいろな顔を見てきたけど、さっきのソレは見るに耐えれなかった。
「いいよ、大丈夫。私がいるから」
「……怖かった。初めて自分が怖いと思えた。自分で自分をコントロールできなくて、私にはどうする事もできなくて‥‥もしまた、同じような状態になったら‥‥」
「大丈夫。今度そうなりそうな時は私が止めてあげるから。私が守ってあげるから。ね、だから大丈夫だよ」
「‥‥‥‥‥‥‥うん」
こんなことは他人が聞いたら、ただの気休めなのかもしれない。
あゆみにとっての本当の答えになっていないと言われるかもしれない。
でも、私にはそう言うしかなかった。
けど、それが今、あゆみにとって必要な言葉だと知っているから。
- 192 名前:しばしば 投稿日:2003年03月24日(月)15時35分53秒
しばらくして、落ち着きを取り戻したあゆみが私の側から離れると涙を拭って笑顔を見せた。
「なんか最近ひとみといると泣いてばっかだね」
「いいんじゃない、あゆみが私にいろいろ話してくれる。感情を表に出してくれる。それだけで私はあゆみにとって必要なんだなって思えるわけだし」
「バカ」
「なっ、何がバカよ。人が真剣に心配してあげたのに」
「誰も心配してくれなんて頼んでません」
「はぁー?さっきまで私の胸で泣いていたのは誰ですか?」
「はいはい、2人ともそこまで」
私とあゆみのわけのわからないやりとりを抑えたのは2人の幼馴染みだった。
「ごっちん!それに梨華ちゃんまで。どうしたのそんなところで。ってか、いつの間に家に入ったの?」
「えーっとね、柴ちゃんがひとみちゃんと抱き合って泣いてたあたりから」
梨華ちゃんがその独特の声で答えてくれる。
- 193 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)15時37分49秒
その傍らではごっちんが何やら嬉しそうな顔でこちらを見ている。
「まさか、よしことあゆみがそんな関係だったとは‥‥」
「いや、違うじゃん。これは、その‥‥」
返答に困っているとそこに的外れな言葉が舞い込んできた。
「ダメだよ、ひとみちゃん。柴ちゃんは私のなんだから」
「はぁ?いや、梨華ちゃん、だからそういう事じゃなくて‥‥」
そうすると、それに便乗するようにごっちんまで違った解釈を始めた。
「だめだよ、あゆみ。よしこはごとーのモノなんだから抜け駆けはダメだって」
「いや、だから話の流れが……ほらあゆみもなんか言いなよ」
1人あわてふためく私を見て、3人は笑い出した。
「なによ、何がおかしいのさ」
「なにってまだ気付かないの?ひとみが1人騙されてるんだよ」
- 194 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)15時38分42秒
あゆみがなにやら楽しそうに教えてくれた。
「うそ……って人で遊ぶなーー」
「いやいや、よしこかなりツボだよ。でも、あの反応……あながちウソでもないかもよ。あゆみ気をつけなよ。いつか襲われるから」
なおも笑い続ける3人から離れた位置に座ると気を取り直して用件を聞く事にした。
「もう、わかったから。で、何しに来たの?もう陽も落ちたのに」
ようやく笑い終えた梨華ちゃんがまだ笑い続けているごっちんの代わりに答える。
「今日はね、この前話せなかった事を話しにきたんだ。ほら、私達の話はまだ終わってなかったでしょ」
「そっか、あの時は矢口さんが無理矢理ひとみを連れてくもんだから梨華ちゃん達の話は聞けずじまいだったもんね」
梨華ちゃんとあゆみのやりとりを聞いていたごっちんは「そーだよ」といって、話しだす体制を立てていた。
- 195 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)15時39分48秒
そんなごっちんを見てわざと私から口を開く。
「2人はさ、どうやって修行してきたの?もしかして我流とか?」
「その答えは今から話す事に繋がってくるから聞いてりゃわかるよ」
「それは、梨華ちゃんもごっちんも同じなの?」
「そーだよ」
今度こそ話す体制を立てたごっちんを遮るものは何もなかった。
そして、話が始まった。
「あのね、ごとーと梨華ちゃんは水の国に行ってきたんだ」
衝撃の発言から話は始まった。
始めは聞く事に徹しようと思っていたが、その一言にそんな思いは吹っ飛んでしまった。
「どういう事?」
私が言おうとしていた言葉はあゆみの口から出された。
「どういうって、言葉の通りだけど」
「それはわかるけど、どんな経緯があったの?国との接点なんかないはずじゃ?」
私の言葉を読み取っているかのようにあゆみは言葉を返す。
「それはね、聞いたらビックリするよ。実はね、」
「「実は?」」
- 196 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)15時40分40秒
ごっちんの言葉を待つ私とあゆみを横目に梨華ちゃんが口を開いた。
「私がね…その‥‥水の国の後継者なんだって」
この言葉には私とあゆみも発する言葉をもたず、ただただ驚いた。
そんな私達の反応を見た梨華ちゃんは、どこか恥ずかし気にうつむいている。
そんなうつむいてしまった梨華ちゃんから、ごっちんにバトンタッチ。
「ビックリするのはわかる。ごとーも最初話し聞いた時は何も考えられなかったもん。でも、国の人の話を聞く限りは認めざるをえないんだよね」
「それにしたって……。その話はいつぐらいの事なの?」
「えーっとね、確か初めてやぐっつぁんに会うくらいだったかな」
「なっ、なんでそんな大事な話を今までしてくれなかったのさ」
「だって、話そうとすると邪魔がはいるんだもん」
反論しながらもここまでの話を聞けば、ごっちんや梨華ちゃんが矢口さんに会った時に不快感を出さなかった事もうなずける。
それにあの時ごっちんが発した言葉の意味もわかる。
それに2人の名前を聞いた時の矢口さんやめぐみさんの反応も含めて点が線になったように感じる。
- 197 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)15時42分01秒
しかし、1つ引っ掛る部分が残った。
私がいろいろと考えている間にあゆみがごっちんに質問していた。
「梨華ちゃんの事はいきなりで納得はできないけど、認めざるをえない状態なのはわかったよ。でも、ごっちんは何なのさ?」
同じ事を今、私も考えていた。
「それがさ、ひどいのよ。梨華ちゃんはなんか後継者とか普通の人が聞けばいい待遇なんだけどさ。私の事は、なんかおまけ扱いなの。この人一緒にいるみたいだから連れてくか。みたいな感じ」
その発言は少し難しい事を考えていた私の回路を吹っ飛ばすほどに面白く、その時のごっちんの顔ったらなかった。
そんな声を出して笑う私にきつーい一言。
「よしこ!!!」
「‥‥‥ごめん」
(目が、目がマジだよ)
ごっちんの突き刺さるような視線を感じながら、もう一度考えを再構築。
あの時の状況を考えると、2人の名前に反応したような節があったのは事実である。
だから、梨華ちゃんだけが特別だという事は考えにくい。
それに、この2人がウソを言っているとも思えない。
- 198 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)15時43分30秒
「詳しい話を聞く前にさ、その連れに来た人達はちゃんと信用できる人物なの?」
「何言ってんの?最初に言ったじゃん、城に行って来たって。中に入れるならそれで十分なんじゃない。それに将軍って呼ばれる人にも会ったわけだしさ」
「あっ、そっか。」
もっともな話だ。
でも、そんな事を忘れるほど今日の話は、常識の範囲を越えていた。
「まぁ、ひとみはほっといてさ。その迎えに来た時の事をもっと詳しく教えてよ」
今日のあゆみはどこか的を射た質問ばかりする。
まるで、私が聞きたい事をあらかじめ知っているかのようだった。
最初の部分がどうにも腑に落ちないのを別として。
ごっちんはあゆみの言葉に頷くと、その時の状況を話だした。
「あのね、私達だってさ、そんなにバカじゃないんだから、「梨華ちゃんが後継者です。城に来て下さい」っていわれて、「はい、わかりました」ってついて行くわけにもいかないじゃん。だから、最初に話を聞いた時に少し考える時間を貰ってさ、あゆみ達に相談しようかなって考えてたんだよね。それで、相談しにいこうと思ったら、やぐっつぁんとかに会ったわけ」
「それで、あの時あんな場所にいたんだ」
「そう」
「あの時さ、私があゆみのところに戻ってる時、2人は矢口さんとどんな話したの?」
これはずっと聞きたくて、待ってた質問でもあった。
- 199 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)15時57分14秒
「別に何も特別な話しはしてないよ。風の国の事とか、やぐっつぁん自身の事とかね。まぁ、話をしたというか、やぐっつぁんが勝手に話してた感はあるけどね」
ごっちんはそういった後に声を出して笑っていた。
でもその後に、「まぁ、あの人は悪い人じゃないとわかってたから」と付け加えた。
どうにも、矢口さんはごっちん達に対して何も言ってないようだ。
だけど、あの時の反応から考えれば、この2人に何かがあると考えざるを得ない。
しかし、必要とされているのは梨華ちゃんだけだし……
頭の中はさっきからその事で堂々巡りを繰り返している。
私1人で考え事している間にごっちんは話を続ける。
「それで、やぐっつぁんと別れた時に、ごとー達も帰ったじゃんね」
「なんで、あの時言わなかったの?」
「だって、あゆみ達なんかゴタゴタがあったんじゃないの?そういうの察して帰ったんだけど」
「まぁ、あの時はいろいろあったね‥‥でも、それから結構時間はあったハズだよ」
「なんか1回タイミング逃したら言いにくくなっちゃったんだよね」
ごっちんはそう言った後、「ごめん」と頭を下げた。
- 200 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時01分37秒
「いいよ。うちらだって2人に何も言わないで風の国に行ったりしてたわけだしさ。おあいこだよ」
あゆみの言う通りだ。
ごっちんと梨華ちゃんを攻めるような立場に私達はいない。
しかし、気のせいか今日のあゆみはよくしゃべる。
「で、その後はどうしたの?」
今度は、ようやく恥ずかしさから解放されたのか、ごっちんから梨華ちゃんにバトンタッチ。
「武術大会の話を聞いてから、ひとみちゃんが矢口さんに連れてかれた後、柴ちゃんと別れて家に戻るとまた国の人が来てたの。
そのときにごっちんと話し合って水の国まで連れて行ってもらったんだ」
そこから梨華ちゃんが話してくれたのは、初めて見たお城の感想などで、それは私たちが風の国の城を見て感じた事に似ていた。
「それでね、私達は案内されるがままに将軍さん?に会う事になったの。
でも、そこには水の国なのに火の国の将軍さんもいて、なんだか同盟がどうこうっていう話をしてたらしいんだけど」
やはり、水の国と火の国が同盟を結ぶというのはウソではなかったようだ。
- 201 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時03分32秒
梨華ちゃんがそこまで話すと待ってましたとばかりに、ごっちんが話を切り出した。
「でね、火の国の将軍の市井‥‥私はいちーちゃんって呼んでて、いちーちゃんが若いの。
で、梨華ちゃんは水の国の将軍の人とずーーっと話してたからさ、ごとーもいちーちゃんとずーーっと話してたんだ。
したらさ、いちーちゃんは‥‥」
ごっちんはまるで自分の事のように市井と呼ばれた火の国の将軍の事を話してくれた。
その姿は、何かを思う少女そのものだった。
しばらくは、ごっちんが話してくれる事をただじっと聞いていたが最後の方で少し気になる事を言い出した。
「‥‥‥で、ごとーはいちーちゃんとずっと話していたんだけど、梨華ちゃんの話が終わった時にアヤカさんが飯田圭織っていう占い師の人を連れてきたのね。
あっ、アヤカさんていうのは、私達を迎えに来た火の国の人の事で、もう1人保田さんっていう水の国の人がいるんだけど‥‥」
ごっちんの一言に私とあゆみは顔を見合わせた。
確かにさっき、ごっちんは飯田圭織≠ニ言った。
彼女の言う飯田圭織とは、私達が会った人物と同じなのだろうか‥‥。
- 202 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時04分37秒
「で、なんか占いみたいな事をしてもらったんだけど‥‥‥梨華ちゃん。あの紙持ってきた?」
その言葉にポケットの中を探り出した梨華ちゃんだったが、どうやら何も持っていなかったようだ。
「ごめん、家においてきちゃった」
「ん、そっか」
こちらとしては、見てみたかった。
それによって、私達の知っている人物であるかの特定ができたのだが。
しかし、無いものは仕方がない。
「国に行った話はだいたいわかったよ。それでさ、梨華ちゃん達はどうやって修行したのさ?」
「そりゃ、よしこはやぐっつぁんと、あゆみはお姉さんとするって言ってたでしょ。
だから、うちらもアヤカさんと保田さんに無理言ってお願いしてさ、いろいろ教えてもらったんだよね。
まぁ、向こうは全然嫌そうじゃなかったけどね。むしろ好都合みたいな‥‥」
「そうなんだ」
そこまで話すと、ごっちんと梨華ちゃんの話に一区切り付けて、忘れないうちに矢口さんに言われた事を2人にも伝えた。
別段問題が出るような事でもないのですんなりと終わると、しばらく緩〜い空気があたりを包んだ。
- 203 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時16分02秒
そんな中、あゆみが口を開いた。
「でさ、梨華ちゃんはどうする気なの?」
「どうって、何を?」
「水の国の事だよ」
「それは‥‥」
梨華ちゃんはあゆみの言葉に困るような表情を見せたが、なんとか言葉を紡ぎだした。
「…わかんないよ。そんな事急に言われてもさ。
私だってどうしたらいいかわかんないんだ。ただ‥‥」
「ただ、なに?」
「ただ、将軍さんや保田さんと話しをしていて思ったのは、すごく私を必要としてくれてるって事なんだ」
「そんなのおかしいよ。ごとーだって梨華ちゃんが必要だよ。それはよしこやあゆみだって同じ気持ちのハズだよ。梨華ちゃんにはソレが伝わってないの?」
ごっちんの言葉に私とあゆみは頷いた。
確かに面と向かって必要だと言う事はないけど、いなくなっては困る存在だ。
- 204 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時17分25秒
少し昔の事を思い出す。
梨華ちゃんとごっちんはいつの間にか私とあゆみと一緒にいるようになった。
いつから遊びだしたとか、いつから仲良くなったとか、そんな事は一切覚えていない。
でも、そんな事はどうでも良い事だと思っている。
昔がどうとか、関係ないのだ。
今、ここに4人でいる。
それがすべてを証明しているのだから。
別に必要でないと判断しているのなら、今日まで一緒にいる事はなかったと思う。
今、一緒にいるという事、4人で話しているという事が私達の絆を証明しているのだ。
そんな事を考えながら、梨華ちゃんに言葉を投げかける。
「あのさ、向こうが梨華ちゃんを必要としているのはわかった。でも、大事なのは梨華ちゃんの気持ちだよ」
その言葉にも苦悩の表情を見せる梨華ちゃん。
「…わかんないよ。そんな事言われても‥‥」
誰も口を開かないまま、少しの沈黙があたりを支配した。
「いいよ、今考えなくても。時間はたくさんあるはずだから。今見えないものも後になれば見えるようになるかもしれないしさ」
返答に困る梨華ちゃんにごっちんが優しく投げた言葉。
- 205 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時18分47秒
私達は4人で幼馴染みだが、深い話をすれば、
私とあゆみ
ごっちんと梨華ちゃん
に別れる。
これは単純に私とあゆみのようにごっちんと梨華ちゃんが一緒に住んでいるという事が大きい。
つまり、私とあゆみにはわからないような些細な事までごっちんは気付いてあげられるんだと思う。
だから言える言葉。
そんな光景を見ていると、あゆみが提案する。
「今日はここまでにしない?ほら、明日の準備もあるしさ。2人ともどうする?泊まってく?」
「‥‥いいよ。うちらは帰るよ。ね、梨華ちゃん」
梨華ちゃんはごっちんの言葉に頷き、立ち上がった。
「本当にいいの?最近はいろいろ物騒だし‥‥」
「大丈夫だよ。それに明日の用意とかも家にあるしね。それも持ってこないとダメだからさ」
「…そっか」
あゆみが食い下がるように言葉を続けたが、それをあっさりとかわすと2人は外に出ていった。
- 206 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時19分42秒
私は、そんな2人を追いかけた。
「よしこ!」
2人を追い掛けようと、外に出た私は簡単に引き止められた。
「‥‥ごっちん」
「出てくると思ってさ、梨華ちゃんには先に帰ってもらったんだ」
ごっちんは「ちょっと、歩こうよ」と言って先を歩き始めた。
そんなごっちんに歩を並べながら言葉を投げかける。
「でも、1人で帰るなんて。それじゃなくても、梨華ちゃんは今危険な状態じゃないの?」
「大丈夫、よしこは心配しなくても。梨華ちゃんの事はごとーに任せれば。それよりあゆみの事、見ててあげなよ」
「‥‥なんで?」
「あのね、普段見なくなっても幼馴染みだよ。あゆみは滅多な事で泣く子じゃない」
「‥やっぱ、気付いてた?」
「それなりにはね。‥‥よしこ」
「ん?」
「私にだけは隠し事はナシだよ」
「何も隠してないよ」
「じゃ、さっきの間は何よ?」
ついとっさの事で、反応する事が出来なかったために一瞬だけだが間があいてしまった。
- 207 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時21分18秒
それに付け込むように彼女は言葉を並べた。
「‥‥あの約束覚えてる?」
簡単に忘れるわけはない。
それは、梨華ちゃんもあゆみも知らない私達2人だけの約束。
「忘れるわけないじゃん。さっきの突然だったから反応できなかっただけ。だから、何も隠し事なんかないよ」
「ん、‥‥そっか」
ごっちんはそれから何も言わないまま、何かを考えるように歩いていた。
そして、これ以上家から離れるわけにもいかない私が歩をとめると、彼女は
口を開いた。
「まぁ、よしこは隠し事できるような器用な子じゃないのはわかってる事か」
「‥‥あのね、それどういう意味よ!」
「あはっ。怒った?」
ごっちんはからからと笑ってみせた。
「大丈夫、ちょっとかまかけてみただけだから。ちゃんとわかってるよ、よしこは1人で抱え込むタイプじゃないもんね」
「それは、喜ぶところ?」
「誉めてない事もない」
「どっちよ」
「まぁ、いいじゃんそんなことは。それより、私は楽しみにしてるよ。よしこと戦う事を」
「‥‥‥ごっちん」
わたしとごっちんは遊びだした頃から決着がついた事はあまりない。
足の早さでもあまり変わらないし、力だって同じくらいだ。
そのためか、かくれんぼからじゃんけんまで五分五分の結果だ。
これだけの事から逆にいえば、よく似てるってことにもなる。
- 208 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月24日(月)16時22分39秒
「私だって楽しみだよ、ごっちんとは勝負がつく事が少ないしね」
「本当に似てるよね。考えてる事まで一緒だ」
「まったくね」
このやりとりでしばらく2人して笑ったが、ごっちんはすぐに表情を戻した。
「よし、一緒なら問題ない。梨華ちゃんの事は任せて。明日にはちゃんと笑顔に変えとくからさ。そのかわり、よしこはあゆみの事ちゃんと見てあげなよ」
「うん、わかった」
「んじゃ、ごとーそろそろ行かないと。梨華ちゃん待ってるだろうし。よしこも早く戻りなよ、あゆみが心配するよ」
「そうだね。それじゃまた明日」
ごっちんに別れを告げると、しばらくその姿が消えるまで見ていようと思ったが、急ぐように走っていってしまった。
それを見た私もなぜか走ってきた道を戻った。
走ったせいで幾分早く家に到着することができた。
そして、そのままの勢いでドアを開けた。
肩で息をする私を不思議そうな目で見ながら、あゆみが近付いてきた。
「どうだった?」
「うん、えっと、外に出たら、ごっちんがいて、少し、話してきた」
まだ息が落ち着かない私は途切れ途切れに答えた。
「で、なんで走ってきたの?」
「さぁ?」
「わかんないで走ってきたの?」
「いや、ごっちんが走っていっちゃったから、なんか負けたくないと思って」
「‥‥子どもじゃないんだから」
- 209 名前:しばしば 投稿日:2003年03月24日(月)16時32分46秒
更新終了
少しのはずが気づけば、多いような気がする。
これじゃ書き溜めた意味がないわけですがw
しかも、最初の方は題名を入れるの忘れるといった失敗までしてサイアクだ。
そんなドジ作者に感想頂ければうれしいです。
- 210 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時15分03秒
あゆみは呆れ気味にそう漏らすと、水を持ってきてくれた。
それをグイっと一気に飲むと、1つ大きく息をはいた。
私は落ち着いたところで、話を振った。
「…なんか梨華ちゃん大変そうだったね」
「う〜ん‥‥きつい事聞いちゃったかな?あんな事まで聞かなくてもよかったのかもしれないね」
「私もわかんないよ。でも、もしあゆみが聞いてなかったら多分、私が聞いてたと思うし…」
「なんかいろいろな事が起きてたんだね。もう頭の中がぐちゃぐちゃだよ」
「‥‥うん」
「わかるのは思いが別々ってこと」
「別々の…思い?」
「そうじゃない?ごっちんは、話を聞く限りは誰かの役に立ちたいってかんじだった。
それは梨華ちゃんの事にしても、いちーさんだっけ?の話にしてもそうだと思う。
まぁ、梨華ちゃんが必要とされている事に焦ってるだけなのかもしれないけどさ。
それに梨華ちゃんは当分の間、自分の事で悩むだろうしさ」
「確かにね。…………あゆみは何か考えてるの?」
「私?私は‥‥‥‥‥ずっと4人でいたいな。何か特別な事をしなくてもいいから今まで通りにね」
「そっか‥‥」
「そういうひとみはどうなのさ?」
「うん、とにかく武術大会の結果だね。
それからいろいろ考えようと思ってる。自分がどうなるかとか、何をするとか。
とにかくそれが終わらない限りは新しいものも思いつかないだろうし、何も決める事は出来ないと思う。
それが矢口さんとの約束なんだ」
「 そうなんだ」
その言葉を最後に、2階へと上がった。
- 211 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時25分04秒
明日の用意もあったが、疲れた体を癒す意味で今日は早く寝て、明日早く起きてからする事にした。
そして、2人が床に尽き、部屋も暗くなった頃
少し今日のあゆみが変だった事が引っ掛っていた私は、ごっちんとの約束もあったため、暗闇で顔が見えないのをいい事に話しかけた。
「あゆみ」
「‥‥‥なに?」
「なんかあった?」
「なんで?」
「いや、今日はいつにもまして自分から話そうとしてたからさ」
「‥‥‥‥うん。さっき話したみたいにさ、私は誰とも別れたくないんだ」
「それは、あゆみの勝手な‥‥」
「わかってる、わかってるよ。私の勝手な思いで他人を引っ張るのはいけない事だってわかってる。それでも‥‥」
「あゆみ‥‥」
どうやら、この前の占いが相当根強く残っているらしい。
いや、そもそも両親を亡くしたのが本当に大きかったんだと思う。
この前、平家さんや中澤さんが謝ってた時は、平静を装っていたが心中は穏やかではなかったハズだ。
それをとどまらせたのは、めぐみさんだ。
めぐみさんが生きていた事でなんとかその場を取り繕う事はできた。
しかし、それは無くなったものが見つかった時の喜びと共に、無くす事への恐怖を彼女に深く植え付けた。
- 212 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時27分34秒
その思いが急激な変化の中にいる今のあゆみには色濃く出てしまっている。
「いい、あゆみ。
人は誰でも自分が手にしたいものがあるし、それを手に入れようと頑張る。
その行為は誰にも邪魔できるものではないんだよ。
その人の道を、その人の思いで、その人が望むままに歩んでいくんだよ。
そのためなら危険な事だってするし、たった少しの希望にも期待を持って出向いていくんだよ。
周りの人間はそういう人を応援してやることしかできないの。
だから、別れを惜しむんじゃなくて、一緒にいる時が大事なんじゃない?」
「わかってるって言ってるじゃん!」
最後の言葉を言い終わるのと同時くらいに彼女は大きな声で、私の言葉を遮ろうとした。
そんな彼女に、投げかける最後の言葉。
「私だけじゃダメ?」
「えっ!?」
「みんなそれぞれの道を歩んでいくかもしれない。
けど、私はいつもあゆみの側にいるよ。
今までだってそうだし、これからだって。
それがあゆみの願いならね」
「‥‥ひとみは‥ひとみはそれでいいの?」
「あゆみは私の夢を応援してくれない?」
何の反応もないまましばらく時間が経った。
- 213 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時29分27秒
少し言い過ぎたかなと反省して、瞳を閉じようとしたその時、隣に人の気配を感じた。
「あゆみ?」
「ごめんね、ごめんね」
「いいよ。気が済むまで泣いても」
体を起こすと、あゆみを抱かえるように包み込んだ。
しばらく、彼女が落ち着くまで待つ事にした、もちろん前回の教訓をふまえて、そのまま眠らないように注意しながら。
どのくらいの時間がたっただろう。
一応の落ち着きを見せた彼女は、私と向かい合うように体制を立て直した。
「もう大丈夫?」
私の言葉に、俯きながらも頷く事で答える。
そして、少しずつ話し始めた。
「私は本当にずるい人間だね。
口ではなんとでも言ってるけど、心の中では自分の思い通りにならないのがすごく嫌で。
それが最近はすごく強くて。
今まではそうでもなかったんだけど、
なんかお城に行った時から何かが始まって、そのせいでみんなバラバラになるような気がして‥‥」
確かにあゆみが言うように私もあの日から、何かが始まったような気がした。
まだ、それを確信させるような大きな出来事は起きてはいない。
が、そうなることを待っていたかのように、私達の周りを取り巻く環境は変わってきている。
- 214 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時30分37秒
「そんな事ないよ、人は誰だってずるい」
「‥‥‥ひとみも?」
「もちろん」
「でも、そんなこと全然いわないじゃん」
「言わないだけだよ‥‥いや、言えないだけなのかもね。
そういう意味じゃ私はあゆみよりもよっぽど弱い人間だね」
「‥わかんないよ」
つい、いつもは話さないような事まで口走ってしまった。
それを隠すように、彼女を諭す。
「いい。人は誰でも、
自分がやりたい事を達成するための可能性と
何をするかわからないような危険な可能性を持ってる
と私は思うんだ」
「人が持つ……可能性」
「わかりやすく説明すると……例えば、人はみんな刀を持ってるとするね。
自分の欲望という見えない刀ね。
それを抜いてしまう事は人を殺しちゃうとか危険な可能性をさすのね。
でも、普段、人は刀を抜かないんだよ。なんでだと思う?」
私の言葉を食い入るように聞くあゆみに尋ねる。
彼女は少し考えてから、わからないというジェスチャーを見せた。
「それを抜く事は自分に負ける事と同義なんだよ」
「自分に負ける?」
「そう。本能のままに行動してたら動物と変わらないでしょ?」
彼女は頷く。
「私達のように言語を持たない動物は、抜き身のままの刀を持ってる事になる。
私達人間は、その抜き身の刀を知性という鞘で抑えているんだよ。
今までのあゆみはちゃんと刀を抜かないで我慢してた」
「うん」
- 215 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時31分58秒
「じゃあさ、この前、あゆみが捕まえた敵いたでしょ?」
「……うん」
この質問は少し賭けの部分もあった。
あゆみの方から一度話には出たけど、今の精神状態で受け止める事ができるのかがわからなかったからだ。
暗闇のせいでその表情までうかがい知る事は出来なかったが、彼女は答えた。
どうやら私の思惑は外れたようだった。
「私もあゆみが会う前に一度見た事があるんだ。
ああいう人はさ、もう刀を抜いちゃった状態だよね。
抜いたのか、抜かされたのかはわからないけどさ。
だから、人を殺そうとすることに躊躇しないし、それを行った後には何も思わないんだと思う。
あんな風に1回抜いちゃうと、それでダメだと思うんだ。
抜いちゃうと後は、抑制が効かなくなる」
その言葉に彼女の反応はない。
「どーした、むずかしい?」
「そんなことないよ」
1拍遅れて、返った言葉に感情はない。
- 216 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時33分38秒
「ただ、私には、その鞘を持ち続けるだけの自信が……ない。
それは、この前戦った時にわかった‥‥」
その言葉を吐き出した彼女は、支えを失ったようにこちら側に倒れ込んできた。
私はあゆみを抱きとめると、背中をなでながら言葉を重ねる。
「大丈夫だよ。さっきも言ったように、私が鞘になるから。
あゆみが必要とするなら私が支えるから。でも‥‥」
「 でも?」
「ん‥‥なんでもないや」
「‥‥‥‥変なの」
彼女はそうつぶやいた後、小さく笑った。
その笑い声に安心した私は、あゆみの肩を持つともう一度正面を向かせた。
「もうへーき?」
「‥‥うん、大分落ち着いた。」
「なら、寝よっか」
「えっ?」
「忘れたの?明日は予選があるって矢口さん言ってたじゃん」
「あっ!」
「しっかりしてよね、頼りにしてるんだから。ね、柴田さん」
そう言って私はあゆみの肩をバンバンと叩くと「おやすみ」と言いながら手を離した。
あゆみは、私の言葉と同じように「おやすみ」と告げると自分のベットに戻っていった。
- 217 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時35分04秒
しばらくすると、彼女のいるであろう方から規則正しい寝息が聞こえてきた。
どうやら、きちんと眠れているらしい。
気持ちに一応だが整理をつけさせることはできたようだった。
私は、彼女が戻ってから、最近起こった出来事を振り返っていた。
まず、梨華ちゃんとごっちん。
彼女達は水の国に行ってきたと言っていた。
そのことがこの先どうなるのか?
梨華ちゃんは水の国の事をどうするんだろう?
もしかすると、この2人と戦場で出会うような日が来るのかもしれない。
その時、私やあゆみは彼女達と戦えるのだろうか?
不意にごっちんの言葉が蘇った。
ごっちんは梨華ちゃんを立ち直らせることができたんだろうか?
でも、ごっちんは自分が言ったことを完璧にこなしてくる娘だ。
だから心配することはないか。
勝手に1人で納得することにした。
そして、あゆみの事
鞘になると言ったのは嘘ではない。
しかし、その力を実際に見た時、私は彼女を押さえることができるのだろうか?
今の現状では先程のような刀を抜く抜かないの問題では、生き残るのは無理だ。
自分が生き残るためには、そういった感情を後回しにして必死で戦う事が必要になるだろう。
それは、私があの闇の民族を名乗る人物とあった時に肌で感じたものだ。
今、風の国と土の国が同盟を結んだことで、この地域にきな臭い雰囲気はないが、それがいつまで続くかわからない。
いつ火の国や水の国と戦うことになるかもわからない。
その時私達がどこにいるのかはわからない。
自らの意志で武器を持ち、戦場にいるのか
はたまた、この前のようにただ、戦いに巻き込まれるのか
それは、自分達が決断するしかない。
- 218 名前:第3章 思いと誓い 投稿日:2003年03月25日(火)13時35分42秒
もう1つ
あゆみが望んだ世界
それを否定する自分
彼女に向けた言葉は自分に向けたものでもあった。
誰でも失うのは嫌だ。
喪失の先に掴むモノ。
それがなんなのかはわからない。
わからないからこういった感情は生じる。
最後の言葉は自分になんとかブレーキをかけている言葉だった。
その言葉に支えられて今の私がある。
こうして、いろんなことを考えているうちに少しずつ睡魔が襲ってきた。
あゆみに渡した1つの誓い
そしてごっちんとの約束
どこかで歯車が狂ったのか?
それともこれが元々私達の決められた道なのであろうか?
未来は私達をどこに連れていこうとするのか?
そして何を見せようとするのか?
ただ、今を過ごすしかない。
運命という道の分岐点を見逃さないように。
- 219 名前:しばしば 投稿日:2003年03月25日(火)13時42分31秒
- 更新終了
そして、第3章もこれで終了
今日はまとめて閑話の3回目のアップもしようと思ったんですけど、
昨日のうちのまとめる事が出来ませんでした。
なので、それは次回に持越しです。
今回更新した部分は少し自分でも力が入ったところなので、感想もらえるとうれしいです。
今世界で起こっていることに少しインスパイアされた部分もあるはずですから。
次は4月の2週目くらいに更新を予定してます(っていうか今から書き始めます)
4章は石後をメインで頑張ってみますのでそれもヨロシクです。
- 220 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月27日(木)00時46分56秒
- 閑話めっちゃ好きです。
やぐちゅーあったりします?
次回更新楽しみにしております。
- 221 名前:しばしば 投稿日:2003年04月04日(金)16時06分38秒
>名無し読者さん
お褒めの言葉ありがとうございます。
やぐちゅーはですね……どうでしょうか?w
そういう風に思考がいけば必然的にくると思います。
今のところは、そういう組で考えているんですけどね。
そして今丁度、閑話の3を書いてる途中なんですけど、
少し、まとまりがなくなってきたので、今格闘中です。
少し遅れるかもしれないですけど、
なんとか来週には更新したいと思うので、もう少し待ってください。
- 222 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月08日(火)15時56分56秒
- 石川梨華の場合
「保田さーん、遅いですよ〜」
私は柴ちゃんと別れてから水の国の保田さんの元で修業をさせてもらう事になった。
未だに、後継者の話は白紙の状態だけど、それもいつか答えをだせなきゃいけない。
しかし、その話は私が切り出すまで待ってくれると言う。
安倍さんは自分達の要望を後回しにまでしてこっち側の要望を叶えてくれた。
最初、修業の話を持ちかけた時に、安倍さんは2人の人物を紹介してくれた。
それが今、いっしょにいる保田さん。
そして、もう1人が福田さん。
私は、この2人が紹介された時に、迷わず保田さんを選んだ。
だって、面識のない人と一緒に何かするのって、なんか私1人で空回っちゃうんだもん。
保田さんとは、何度かしか会った事がなかったけど、この人の持つ雰囲気はどこか私と似ている部分があると思ったから。
いろんな部分を含んだ上で寒いところとか……
おおっとダメだ、ポジティブ、ポジティブ。
後から保田さんに聞いた話だけど、福田さんは最強の騎士と呼ばれるほど実力があるらしい。
でも、保田さんを選んだ事は正解だったかもしれない。
私が後継者だという事を関係なくみてくれているような気がするから。
大切な人だからとか、思われるのは正直嫌だった。
それは、私が国に入ることが当たり前のように聞こえるから。
だから、保田さんの見事なまでの差別しない言葉に救われている。
いや、これは逆に差別なのかも‥‥
- 223 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月08日(火)15時57分53秒
「あんた、足早いわね。それだけ走れるところを見ると、身体能力には問題ないね」
そうだ。
私は今、保田さんと競争してたんだ。
基礎能力を見るみたいな事言ってたけど、なんかよくわかんないけど、合格みたいだ。
でも、ごっちんやよっすぃ〜は私よりも速いんだよなー。
「で、これからどうするんですか?」
「そうね‥‥あんたどうやって戦いたい?」
「わたしですか?‥‥‥‥考えた事ないです」
「そうね、魔法が使いたいなら魔法ができるようにするし」
「えっ!魔法とか使えるようになるんですか?」
「無理」
「なんでですか?」
「だって、私使えないもん。魔法」
「じゃあ、なんで言うんですか?期待しちゃったじゃないですか」
「明日香なら使えたんだけどね。それはあんたの人選ミスだよ」
「そんな〜」
「まぁ、私が教えられるのは武術だね。武術なら全般オッケーだよ」
「ええ〜、私魔法が使いたかったな」
「じゃ、明日香に習いなさいよ」
保田さんに聞こえないようにぼやいたハズなのに、小さな声にまで反応されてしまった。
以外と耳がいいのかも。
「冗談ですよ。私は、保田さんに教えてもらいたいです」
「本当に?」
「本当ですよ」
「ついてこれる?」
「大丈夫です。どんな事でもやります!」
「言ったね。今の言葉忘れないから」
「えっ、あ、その‥‥できる事なら頑張ります」
「だめ、どんな事でも頑張ってもらうから」
「そんな〜」
- 224 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月08日(火)15時58分52秒
会話はいつもこんな感じだ。
終始保田さんペースで展開される。
このやりとりの後、保田さんは「ちょっと、待ってて」と言い残し、どこかに行ってしまった。
1人おいてけぼりに去れた私の元に誰かが近付いてきた。
「あなたが石川さん?」
「‥‥そうですけど」
「ふーん」
彼女はそう言った後に、私の体を触り始めた。
「ちょっ、なにするんですか!?」
「いいからじっとして」
そんな事言われてじっとしているわけにもいかないので、私はなんとか彼女の手を振りほどこうとした。
しかし、それは彼女の押さえ付ける力のせいで失敗に終わった。
外見では、そんなに強そうに見えないのに力は断然私よりも上だ。
抵抗する事が出来なくなった私は、誰かに助けを求めるべく大声を出そうとした。
しかし、
「あっと、大声もダメだよ。大丈夫悪いようにはしないから。でも、声出しちゃうとどうなるかは、保証出来ないけどね」
脅しともとれるその言葉のせいで、私は彼女に言われるがままになった。
しかし、よくよく考えてみると、全然変なところは触られていない、いや、触られていること事体は変だけど。
さっきから、腕の太さをみられたり、足の筋肉を触られたり‥‥
そうやっていると保田さんが戻ってきた。
「明日香!こんなところで何やってんの?」
「あ、圭ちゃん。いや、なっちがこの娘のこと話してくれて、ちょっと興味あったから」
「へぇ〜。丁度よかった。この娘になんの適性があるかみてくれない?」
- 225 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月08日(火)15時59分39秒
「適性って、攻撃とか補助のやつ?」
「ううん。もっと、漠然としたのでいいんだ」
「別にいいけど、なんで?圭ちゃんがやればいいじゃん」
「そういうのは、あんたしか出来ないでしょ」
「‥‥しょうがない」
そう言うと、福田さんは腰に下げていた剣の柄で地面に円を作り、その中心に何か文字を書き、かけ声と共に地面を叩いた。
すると、今まで何もなかった場所に水の柱が出来上がった。
「これは?」
私が不思議そうにこぼした言葉に保田さんが答えてくれた。
「これはね、自分が何に秀でているのかを調べるためのモノなの。これができるのは、うちの国じゃ明日香ぐらいだね」
保田さんはどこか自慢げだった。
まるで、自分がそれを作り出したみたいに。
「じゃ、石川さん‥‥だっけ?」
急に名前を呼ばれてビックリしたけど、言われるがままに頷いた。
水柱の前に立つと、なんか水面に引き寄せられるような感覚がした。
「そのまま立ってたらいいから」
その声にうながされ、表情のない水とのにらめっこ。
すると、不意に見た事ある人が向こう側に浮かんできた。
「誰か、誰か向こう側にいますよ」
- 226 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月08日(火)16時00分20秒
私はその出来事を知らせると、2人は笑って答えた。
「よくみてごらん。そこに写っているのは、あなたじゃない?」
言われてみるとなるほど、確かにそこに写っているのは、私自身だった。
鏡のようなものかと思い、手をあげてみるが、その姿に反応はない。
「石川さん。その写っているあなたの胸当たりに手を入れてみて」
「えっ!?ここに手を入れるんですか?」
「そう。そして手を入れたら、中で握って」
福田さんに言われるまま、私の姿が写った水柱に手を入れて中で握った。
すると、そこには何もないはずなのに確かに何かを握る感触があった。
その感覚のせいで反射的にそこから手を離してしまった。
すると、それに反応するように水柱は消えてなくなった。
残ったのは、水柱から出した手に握られていた二振りのナイフ
何がなんだかわからず、2人の方をみた。
「なんだ、結局武術派なんじゃん」
「いいんじゃない。圭ちゃんにピッタリだし」
「もし、魔法が使えそうなら明日香に預けようと思ったのにさ」
「無理だよ。私は人に教えられるほど器用じゃないからね。圭ちゃんが適任だよ」
「あの、私は放置ですか?」
2人のやりとりをただじっとみていたが、我慢できなくて話しかけた。
その声に福田さんが笑いながら近付いてきた。
「ごめん、ごめん。じゃあ、私はこれで帰るね」
そう言うと、引き止める間もなく福田さんはお城の方へ消えていった。
- 227 名前:しばしば 投稿日:2003年04月08日(火)16時06分19秒
- 更新終了
まず最初に
当初、閑話3の予定でしたけど、なんか書いてるうちに
どんどん違う話になってきたので4章を書きはじめ、今日の更新になりました
この章が終わるころには書けるようになるはずですから、閑話はまた今度の機会に
そして、保田、福田さん登場
福田は当初、閑話の3から出す予定だったんですけど、順番が変わりました
これからは週一くらいを目標に頑張りたいと思います。
- 228 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月15日(火)15時52分30秒
その姿を目で追っていると、保田さんから声がかかった。
「珍しい事もあるもんね」
「なにがですか?」
「明日香はね、戦い以外で自分から何かをするってことは滅多にないんだよ。私も話したの久しぶりだし。あんたに何かを感じたんだろうね。良かったじゃん、最強の騎士が気に掛けてくれてるんだよ」
「‥‥‥‥‥‥」
「どうしたの?あんたのことなら、『やったー、うれしい、ハッピー』とかじゃないの?」
「あの人も私を後継者だっていう目で見てるんですね」
普通の人が考えれば、誰もが憧れるような人らしいけど、私には不快でしかなかった。
「‥‥あんたまだそんな事いってんの?この前にもいったけど、肩書きに負けるのやめなさいよ。
私はあんたを石川梨華という1人の人間として見てるわよ。他にもいるんじゃないの?あんたをあんただと思ってくれる人が。
それに‥‥‥明日香はそんなヤな奴じゃないわよ」
- 229 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月15日(火)15時53分46秒
保田さんのその一言に、ある日ごっちんが話してくれた事を思い出した。
「あのね、梨華ちゃん。
こういう事は言わない方がいいのかもしれないけどさ、梨華ちゃんはすぐに悪い方に考えるからちゃんと言っとくね。
ごとーは、今まで通りだかんね。
たとえ梨華ちゃんが水の国の後継者だって、そうじゃなくったって、梨華ちゃんは梨華ちゃんなんだよ。
変わるものなんて1つもないよ」
その言葉と共に、照れくさそうに笑うごっちんの笑顔も浮かんできた。
そうだ、そうだよね。
私には、私を私として見てくれてる人がいる。
「石川!は〜りきっちゃうぜぇ〜!」
その言葉と共に拳をかかげると、そこには目を丸くした保田さんの顔が。
「あ、あんたなんなの?あー、ビックリした。立ち直るのはいいけど、急に叫ぶのやめなさいよね。わかった?」
最後の言葉に妙に力を感じたけど、そんなことはお構いなしにやる気を出してみせる。
- 230 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月15日(火)15時55分31秒
「それより、早く修行しましょうよ。このナイフどうすればいいんですか?」
「やれやれ。立ち直ったと思ったら、今度は暴走?」
「保田さんが言ったんですよ」
「せっかく、やる気が出てるところ悪いけど、そのナイフしまいなさい」
「どうしてですか?今から使うのに」
「それは、今のあんたじゃどうにもできるような代物じゃないことは確かよ」
「‥‥どう言うことですか?」
「明日香のあの技はね、秀でているものを示してくれるのと同時にその人の力を最大限に活かすことができる武器を出すのよ。
だから、今のあなたが使うにはもったいないし、危険だね」
「じゃあ、どうやって修行するんですか〜?」
「あえて、使わないから」
「え〜。さっきから私がやりたいこと全部できないじゃないですか」
「つべこべ言わない。あんた最初言ったでしょ、なんでもやるって」
「うっ‥‥‥わかりました」
「なにも、ナイフを使わないとは言ってないわよ。あんたが持ってるヤツは使わないけどね」
- 231 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月15日(火)15時56分28秒
遊び道具をとられた子どものように、しょげる私に聞こえてきた少し嬉しい話。
「あんたさ、今までこうやって武器と呼ばれるものを持ったことある?」
「ないです」
「はぁ。まったくの素人って事ね。ま、中途半端にかじってる奴よりもましか」
なんか誉められてるんだか、けなされてるんだかわからないけど、保田さんの話はまだ続く。
「いちおう、武器と呼ばれるものは全部持ってきたんだよね」
そういって、私を待たせている間に持ってきていた袋を傍らにおいた。
その中を、あれでもない、これでもない、と1人でつぶやきながらほじくり返している。
私は、その姿を傍らで見ながら、出されてきたものを物珍し気に眺めていた。
縦長の袋からはどうやってしまってあったのか、大小様々な武器が顔を覗かせている。
そこに、周りの物騒な武器とは全く関係のない1つの小瓶が出てきた。
中には、小さい人間が入っているようだった。
- 232 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月15日(火)15時57分42秒
「保田さん、この小瓶なんですか?」
「あぁ、それ。何年か前に発見されたニクシー≠ヒ」
「にくしー?」
「そう、知らないの?古くから水の精と伝えられてきたんだけど、実際はただの仕える小人だったみたい。けど、なんでそれがこの袋に入ってたのかしら」
「これ、私貰ってもいいですかね」
私の発言に少し考えるように黙っていた保田さんは、「まぁ、たぶん大丈夫でしょ。必要なモノならこんな袋に入れとくのが悪いんだし」といい、
さらに袋の中に目を戻した。
保田さんの許しが出たところで、小瓶のふたを開けた。
すると、中から手のひら程の大きさの小人が飛び出してきた。
よくよく見ると、その姿形は私に良く似ている。
「保田さん。この小人、私に似てません?」
「それはね、持ち主と認めた人と同じような姿になるのよ。よかったじゃない、認められて」
保田さんは袋から目を切ることなく答えてくれた。
相手にしてもらってない私は、小人を肩に乗せ、話しかけようとした。
すると、小人から羽が生えて、空を飛び回ると私の顔の前に留まり、向こうから声を掛けてきた。
- 233 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月15日(火)15時59分04秒
御主人様。あんなせまい小瓶の中から出してくれて、どうもありがとうございます
「そんな、御主人だなんて。私は石川梨華っていうのよ。あなたの名前は何?」
梨華様ですね。あいにく私には名前はないんです
「それじゃ、名前を付けてあげるわ。‥‥‥‥チャーミーなんてどう?」
そんな、名前を戴くなんて
「そうそう、敬語も禁止ね。主従関係じゃなくて、友達がいいのよ」
ダメです。そんなめっそうもない
「じゃあ‥‥‥これは命令ね」
‥‥わかりました。御主人の命令は絶対。これでいい?
「そうそう、それでいいよ。」
「へぇー、ちゃんと手なずけられてるのね」
後ろを振り向くと、保田さんが3本の剣を持って、立っていた。
「かわいくないですか?チャーミーっていうんですよ」
「‥‥あんた、自分の姿見て、よくかわいいとか言えるわね」
「うっ、どうしてそんなこと言うんですか?」
「いや、思ったままを言ったまでよ」
「それより、その剣はなんですか?」
私は自分の形勢不利を振払うために、話題を変えた。
- 234 名前:しばしば 投稿日:2003年04月15日(火)16時04分57秒
- 更新終了
ついフとした弾みで、チャーミーと石川を同時に誕生させてしまいました。
当初は違う形で出す予定だったんですけどね。
キャラ付けはこれからしていきますけどなんとか、別々の感じを出したいと思います。
ちなみに、作中で出てくるニクシー≠ヘ、どこかの神話(北欧神話だっけな?)に、
書いてあるものを活用させていただきました。
- 235 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月18日(金)16時01分08秒
「あぁ、これ。さっきからこれを探してたのよ。
あんたは、小刀が向いているっていう結果が出たけどさ、私は結局全部使えた方がイイと思うんだよね。
そうすることで相手の事もわかったりするからさ。
だから、これを一通り全部使えるようになってもらうから」
その言葉と共に、
最初に、大きい両刃の剣
普段、騎士と呼ばれる人が持つ見慣れた剣
最後に、私が水の中から取り出したものと同じ、小さい剣
この大中小3つの剣を私に手渡した。
「これどうするんですか?」
「あんた話聞いてた?全部使えるようにするのよ」
その言葉に、近くに置いてある一番大きな剣を掴んだ、が、
「‥‥この剣、重くて持てないんですけど」
幾分申し訳ない気持ちをまぜながらも保田さんの顔を窺う。
「はぁ、あんたこんなのも持てないの?じゃ、この普通のは?」
思った通り、少し怒り気味の保田さんから、差し出された剣を持ってみる。
「‥‥これも持てないことはないですけど重い感じがしますね」
「まいったわ。あんたみたいなタイプはそんなに力のある必要はないと思ったんだけど、
これくらいを自由に扱えるような筋力は最低限必要ね。
‥‥じゃあ、筋力をつけるために1週間。
3本を扱えるようになるために1週間。
残りの時間であんたの戦い方を固めていくことにしようか。
何か聞きたいことある?」
- 236 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月18日(金)16時03分30秒
- 怒りを通り越して、呆れたような声で保田さんは説明を終えた。
「それを時間通りにやってくんですか?」
「まぁ、筋力をつけるのはやって損はないから、これは時間一杯までやるわね。
で、次に自由に扱うようになるのは個人差があるから、私の独断で時間はきめるつもりよ。
ここを早く終わることができたら、後の部分に時間を割けるし、長くなれば、その分時間は短くなるわね。
ま、要は、あんた次第ね」
「あの〜」
「なに?」
「‥‥腕、太くなるんですか?」
「はぁ!?」
私の言葉に、物凄い顔で保田さんは聞き直してくる。
「その……腕は…太く‥‥‥なるんですか?」
「当たり前でしょ!つべこべ言わないで。はい、腕立てヨーイ」
「そんな〜」
それから私は保田さんに言われるがまま、筋力をつけるために1週間の日々を過ごした。
- 237 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月18日(金)16時04分02秒
- そんな日___
目の前には、1週間前と同じように、3本の剣が並んでいる。
「さぁ、私が言った通りにちゃんとやってたなら、今ならこれを持てるはずよ」
保田さんは自信ありげに言ってみせるが、この1週間で私が心配した腕の太さは大して変わった様子はない。
半信半疑なまま保田さんが持っている、大きな剣を受け取る‥‥
「あれ?持てますよ!ほら、軽い、軽い」
「バカねぇ、軽さは目に見えないわよ。それに私がちゃんと教えたおかげね」
バカにしてはいるけど、その顔がいつもと違うのは、一目瞭然だった。
「でも、腕は全然太くなってませんよ」
「あんたが嫌そうだったから新しい筋肉をつけるんじゃなくて、
元々ある中の筋肉を鍛えたのよ。
だから、前と同じ太さでも力が違うでしょ」
その言葉に思わず、保田さんに抱き着きそうになった。
しかし、私の腕をひらりと避けて彼女は話し続けた。
「さぁ、グズグズしてる暇はないわ。次に進むわよ」
- 238 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月18日(金)16時04分56秒
- そして、さらに8日後___
予定よりも1日遅れで最終段階を迎えた。
私があの3本を1週間で使いこなすには無理があった。
最初は、私に向いていると言われていた、一番小さい剣からそれは始まった。
この小剣を持った瞬間、前から動きを知っていたかのように体が勝手に動きだした。
そのため、あまり時間をとられることなく、あっという間に次の段階へと進むことになった。
そして、次に普段、騎士と呼ばれる人達が装備している剣へと変わった。
これは、それまでの突き刺すことを目的としていた小剣に比べ、相手を斬ることを目的としている点が違うために、その刃先を比べても鋭さが断然違う。
これをきちんと保田さんの許しが出るまで使いこなすのに3日。
最後に、初めて持った時は、持つことさえできなかった大きな剣。
これもまた、さっきまでのとは種類が違い、突き刺す、斬るよりも、叩き潰すといった感覚の方が強い。
持つこと自体は軽かったのだが、いざそれを振り回すとなるといくら鍛えたとはいえ、片手では無理で両手を使わざるをえなかった。
(ちなみに保田さんはその剣を片手で軽々と扱っていた)
そんな一番私に向いていないと思われる大きな剣を扱うのに4日。
まさに今の今まで時間がかかってしまった。
- 239 名前:しばしば 投稿日:2003年04月18日(金)16時11分19秒
- 更新終了
ちょうど、石川編を半分くらい消化したのでage
こうやって、書けてる日は週に2回更新しようと思います。
感想とか良ければ下さい。
- 240 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月21日(月)00時00分11秒
- 初めて読みました。おもしろいです。
次回更新も楽しみにしていますので、頑張って下さい。
- 241 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月22日(火)15時58分22秒
- 最終段階に入る前に、少しの時間休憩をくれるという保田さんに甘えてチャーミーと気分転換することにした。
保田さんから少し離れた場所に移動して、2人で話を始めた。
「ふう。思ったより時間かかっちゃったね」
T毎日、毎日大変だねU
「でも、ごっちんやよっすぃ〜、もちろん柴ちゃんだって頑張ってるだろうしさ、私だけサボるわけにもいかないんだよね」
Tそっか。じゃあ、へばってる場合じゃないねU
「そうだね。
チャーミーは何か特技とかあるの?」
T私は‥‥‥‥歌うことが好きだなU
「へぇー、ちょっと歌ってみてよ」
TいいよU
チャーミーは私のお願いをすんなりと受けてくれ、一度せき払いをした後に軽く息を吸い、歌い始めた。
しばらくその声を聞いていると、保田さんが物凄い勢いでこちらに向かってきた。
「ちょっと、いまの何?」
「何って、‥何かありました?」
「いや、少し頭に重く響くような声が聞こえてきて、その後、脱力感に襲われたのよ」
「T‥‥‥‥U」
保田さんのただならぬ様子を見て、何も言えなくなった私達は、ただただ黙ることしかできなかった。
(なんでだろう?私にはすごく綺麗な声に聞こえたんだけどなー)
このチャーミーの歌声に関しては、いろいろと考える時間が欲しかったけど、
保田さんがこちらに寄ってきたので、休憩がすぐに終わってしまった。
- 242 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月22日(火)16時00分31秒
- 最終段階に入る前に、少しの時間休憩をくれるという保田さんに甘えてチャーミーと気分転換することにした。
保田さんから少し離れた場所に移動して、2人で話を始めた。
「ふう。思ったより時間かかっちゃったね」
T毎日、毎日大変だねU
「でも、ごっちんやよっすぃ〜、もちろん柴ちゃんだって頑張ってるだろうしさ、私だけサボるわけにもいかないんだよね」
Tそっか。じゃあ、へばってる場合じゃないねU
「そうだね。
チャーミーは何か特技とかあるの?」
T私は‥‥‥‥歌うことが好きだなU
「へぇー、ちょっと歌ってみてよ」
TいいわよU
チャーミーは私のお願いをすんなりと受けてくれ、一度せき払いをした後に軽く息を吸い、歌い始めた。
しばらくその声を聞いていると、保田さんが物凄い勢いでこちらに向かってきた。
「ちょっと、いまの何?」
「何って、‥何かありました?」
「いや、少し頭に重く響くような声が聞こえてきて、その後、脱力感に襲われたのよ」
「T‥‥‥‥U」
保田さんのただならぬ様子を見て、何も言えなくなった私達は、ただただ黙ることしかできなかった。
(なんでだろう?私にはすごく綺麗な声に聞こえたんだけどなー)
このチャーミーの歌声に関しては、いろいろと考える時間が欲しかったけど、
保田さんがこちらに寄ってきたので、休憩がすぐに終わってしまった。
- 243 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月22日(火)16時04分20秒
先程の事など一切気にする素振りを見せず、保田さんは修業を最終段階へと移行させた。
「いい。この前に3本を扱えるようにする時に適性みたいなのも私なりに見たけど、やっぱりあなたには小刀が似合ってるみたいだね」
「あれだと、体が勝手に動き出すんですよ」
「それは良いことね。体が反応してくれるんだったらいうことはないわ。
あとは、あなたが自分の戦い方っていうモノをきちんと理解していたらある程度は大丈夫ね」
「戦い方‥‥ですか?」
「そう。あんたみたいなタイプは一撃で相手を倒すことを考えるべきね」
「一撃で、ですか」
「たくさんのタイプがあると思うのよ。
ひたすら手数を出していって相手を押しまくるタイプ
読みと駆け引きで戦うタイプ
一撃で相手の急所を突き、倒すタイプ
とか、いろいろね。
その中であんたは、2番目と3番目。
つまり、相手との駆け引きの中で急所を突いて倒すタイプになるべきね」
「‥そうなんですか?」
「あくまで私の経験からの意見だけどね」
「保田さんがそういうなら、私はそれで良いですよ」
「そうね、最初になんでも私の言う通りにするって言ったしね」
もうこの事に関しては、反論する気にもならないほど何度も繰り替えされてきた言葉だ。
- 244 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月22日(火)16時06分34秒
「で、具体的には何をするんですか?」
「そうね‥‥何通りもの実践を見る必要があるんだけど、あんまりそれをやってる時間もないからね。
幸い今までのあんたの動きを見る上では、避けるといった動作には、かなりのモノを感じるから大丈夫なんだけど」
その言葉に少し前の事を思い出した。
あれは、2週間目に入って、中くらいの剣を扱っていた頃の事だ。
保田さんは何を思ったのか、急に実践をやると言い出し、いやがる私に無理矢理剣を握らせ、自分はいつも使っているという、大きな斧を取り出してきたのだ。
重そうな斧を軽々と担いだ保田さんの攻撃をそのまま一撃も剣で受け止めることなく、ただただ逃げ回った。
というか、一撃でも剣で受けていようものなら、剣の方が折れてしまうことをその斧の形を見て感じたからだ。
あの時保田さんが何を思ったのか、その真意は教えてもらえなかったけど、
逃げまどう私の動きを一通り確認すると、納得したようにその動きを止めたのだった。
そして、一言
「うん、悪くない」
そうつぶやくとそれ以降、何ごともなかったようにまた、剣の稽古に戻った。
- 245 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年04月22日(火)16時11分09秒
- たぶんさっきの避けるといった言葉は、逃げ足の事をいってるんだと勝手に解釈すると次の言葉を待つ。
「ダメね、そこまで考えてなかったわ」
待ちわびた言葉は拍子抜けのものになってしまった。
「なんでですか。保田さんは最初、メニューを組んでくれた時にちゃんと決めてたじゃないですかー」
「いや、決めたものの実際にあんたがちゃんと実行できるとは思ってなかったんだよね。ごめんごめん」
そう言って、ごまかしながら笑う保田さんを少し引いた目で見ていると後ろの方から声が聞こえてきた。
「あれれ、圭ちゃんこんなとこで何やってんの?」
声の主は、この国を背負って立つ人のものだった。
「あぁ、なっち。いや、ちょっとこの娘の仕上げで詰まっちゃったんだよね」
「そっかー。で、仕上げって何のこと?」
この前に話した時もそうだったけど、なんか安倍さんは話すことで柔らかい空気を出すことができる。
いや、そこにいるだけで場の空気はいい感じに出来上がるのだ。
話してくれる内容は少し、的を外れている時もあるけど‥‥。
「いい、あのね‥‥で…………が……になってて困ってるわけよ」
保田さんの(わかりやすい?)説明を受けた安倍さんはその場で少し考えた後、一言切り出した。
「なーんだ、それならなっち得意だよ。私に任せてくれればいいよ」
- 246 名前:しばしば 投稿日:2003年04月22日(火)16時17分08秒
- >名無し読者さん
レスありがとうございます。
完結まで程遠いですが、最後まで見守ってもらえれば幸いです
ていうか、書けば書くほど終わりから遠のいていくんですよw
そして、更新終了
すいません。241と242は学校のパソコンの調子が悪くて
同じ内容のモノをアップしちゃったのでスルーして下さい。
そして、やっと安倍さん登場。
でも、具体的なことを書くのはまだ当分先になっちゃいますけどね。
- 247 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月03日(土)19時28分48秒
「でも、いろいろやらなきゃダメなことが多いでしょ。
なっちの手を煩わせないために私が選ばれたわけだしさ‥‥」
「関係ないっしょ。
あれは、紗耶香が真希ちゃんの修業に付き合わないって言うから私も合わせた方がいいのかなーと思って、圭ちゃんと明日香を推薦しただけだし。
ちょっとぐらい大丈夫っしょ。
ほら、適材適所ってやつだね」
その言葉に保田さんは少し考えている。
「石川はどうしたい?」
「梨華ちゃんはどうしたい?」
2人同時に投げかけられた言葉に困惑した私。
それを見た保田さんは呆れた表情を見せた後に、笑顔を見せる。
「いいわ、みてもらいなよ。」
その笑顔の意味を理解できずに不思議そうに見ている私の肩を、ポンと叩くと城内の方へと消えていってしまった。
依然納得していない私とは逆に何かをわかっているような表情を見せる安倍さんの横顔を見ていると、
彼女は、こちらの視線に気付き笑顔を向けてくれた。
「ささ、さっそく行こっか。あんまり時間もないらしいしね」
- 248 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月03日(土)19時32分44秒
私の視線をどういう風に受け取ったかはわからなかったけど、
安倍さんの言うように時間があるわけでもないので、今は今できることを優先することにした。
ようやく気持ちを切り替えた私の目の前をチャーミーがクルクルと回っている。
「ちょっと、チャーミー。なにしてるの?」
私の問いかけに答えることなく、目の前を回りながら先を歩く安倍さんの方を見ている。
「聞いてるの?」
少し強めに言い放った言葉にも反応はない。
ジタバタしているこちらの様子に気付いた安倍さんは、こちらを振り返った。
そして、チャーミーの姿を確認すると、少し驚いた表情を見せた。
「あれー?なんで梨華ちゃんがそれ持ってるの?」
「あの、それは、保田さんに……」
反射的に怒られると思った私は、少し俯き加減で説明した。
しかし、次の一言がそんな思いを杞憂に終わった。
「へへーん、大丈夫だよ。別に怒るつもりないから。
なっちもね、昔一緒にいたことがあるんだ。その子とはまた違うけどさ」
そういって、懐かしそうな目でチャーミーを見ている安倍さん。
そして、そんな安倍さんを見つめ返しているチャーミー。
- 249 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月03日(土)19時35分51秒
2人の不思議な空間が辺りを包みだした頃、安倍さんの方から目を切ると、また歩き出した。
わけのわからないまま後をついて行く私。
そして、かたわらには何やら上機嫌なチャーミー。
2人の無言のやりとりがもたらしたモノがなんなのかわからないまま、前を行く安倍さんの足が止まった。
「さ、着いたよ」
安倍さんに誘われるように着いた場所は、これといって特徴のないただの開けた場所。
目の前には川が流れ、大きな平原を囲うように木々がしげっている。
「ここで何するんですか?」
「うんとね……しまった。ここに来る前にいろいろ聞かなきゃダメなんだった。
…まぁ、いっか。
あのね、梨華ちゃんは目がいい方?」
「え?普段生活する分には問題ないですけど」
「あーっと、同じ見るなんだけど、めざとい方?」
「わかんないですけど、それがなんなんですか?」
「わかんないのか。じゃ、無駄足じゃなかったね。
いい、梨華ちゃんみたいなタイプは相手をいかに見ることができるかにかかると思うんだ」
「相手を見る?」
- 250 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月03日(土)19時44分37秒
「そう。要は観察する力ね。どこが違う、どこか最初と違う、ここが変とかさ、
いろいろ相手のおかしい部分を探すことが圭ちゃんの言ってた急所を狙うって事に直結してくるんだよね」
その言葉に反応するように「はぁ」と相槌をうつ。
しかし、それがここの場所と何の関係があるのかわからず、次の言葉を出そうとしたが、声に出す前に安倍さんが口を開いた。
「で、ここで何するかって言うと、何もしない」
「えっ!?なにもしないんですか?」
「うん。ただ、ここの景色を毎日見るだけでイイよ」
「見てるだけ、ですか?」
「そーだよ。でも、一生懸命見るんだよ。毎日何かしら変化するから、それに気づけるようになってきたら合格。
たぶん最初の方は何もわかんないと思うけどさ。なっちもよくやったんだよね。
圭ちゃんは人の動きを見る方がいいみたいなことを考えてるみたいだったけど、実際はこっちの方が難しいから」
「でも、毎日同じ景色を見てるなら人を見た方が……」
「うーん、なっちも最初はそう思ったんだけど、違うんだよ。
自然の景色は毎日違うの。見る度にその姿を変えるの。
人はどうしてもパターンが決まってくるからさ」
そんな安倍さんの言葉に少しの不安と少しの期待を合わせ持ち、信じることにした。
- 251 名前:しばしば 投稿日:2003年05月03日(土)20時15分50秒
- 更新終了
今週は、ゼミの発表があったので火曜の更新は無理でした申し訳
まだ、来週もそれの関連の発表が残っているので、少しおくれると思います。
ただ、石川編ももうすぐ書き終わるので、埋め合わせてきに閑話も入れたいと思います。
以上言い訳でした(w
- 252 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時06分54秒
「じゃ、これで行くね。それから、チャーミーだっけ?あれも、なっちが預かっとくね。これからの残りの時間、毎日ここに来るんだよ。
戻りたくなってきたら戻ってきていいから。で、出かける時はなっちが一緒に行くからさ。
あと、ここの場所知ってる人は少ないから他人に邪魔されることもないから頑張りなよ」
「えっ、本当に1人なんですか?」
その言葉にコクっと頷くと安倍さんはチャーミーを連れて、もと来た道を戻っていった。
「そんなー」
私の言葉に振り返ることなく、安倍さんの姿はあっという間に小さくなっていった。
___そんなこんなで1人ぼっち
安倍さんがチャーミーを連れて帰っていってから、何もないところに1人だけ、ぽつりと置いてけぼりをくった私は、安倍さんにいわれた通りに辺りの景色に目を移した。
本当にこれといった特徴の無い景色が眼前に広がる。
普段、生活する分には辺りの景色に目を移すことはほとんど無かった。
いや、当たり前になり過ぎて、その景色自体を注意してみるという行為をしなくなっているといった方が正しい。
そんなことを考えつつ、目の前に広がるなんの変哲もない景色をただボーッと眺めている。
「だいたい、一生懸命見るってどういう事なんだろう?」
独り言をただ風に乗せた。
- 253 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時08分53秒
どこかで反応が返ってくることへの期待を持っている自分がいることに気付くと1つため息を漏らす。
その場に寝そべると上空を漂う雲を眺めては、次々と新しい雲をはしごしてみた。
しばらく、いろんな形の雲を見ていたがさすがにそれにも飽きてきて、上体を起こし、次は乱雑に生えている木々達に目を向けることにした。
「‥‥どこ見ても特に変わった様子はないし。一体どうしろっていうのよ」
それもそのはず、特に注目するような面白い画があるはずもない。
それは、最初にここにきた時からわかっていることだった。
保田さんとの濃い2週間強の日々とは対照的に、緩く時間が流れる中では、普段考えなかったようなことも頭に浮かんでくる。
「私、何がしたいんだろう?」
その言葉に詰まる。
自分が何のために戦う力を付けているのか?
そもそもなぜ、水の国にいるのかさえもわからなくなってくる。
あの時、保田さんや安倍さんに聞かされた話
何も考えず、4人で生きていければいいと思っていた日々に私だけに届いた幸運な不幸の知らせ。
それがもたらしたのは、国での地位と周囲との微かなズレ。
話を聞いた後の安倍さんは、答えを急ぐ必要はないといっていた。
しかし、その猶予期間が私の気持ちを困らせている。
- 254 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時11分58秒
ごっちんは、あの時ただただ驚いた後、自分の事のように喜んでくれていた。
自分の扱いに愚痴をこぼしながら。
ひとみちゃんと柴ちゃんにはまだ言ってないけど、2人がそれを知った時なんて言うだろう?
ごっちんのように喜んでくれるのだろうか?
私が国に出向くことを祝ってくれるのか?
それとも、2人は引き止めてくれるのだろうか?
「私なんていなくなっても変わらないよね」
つぶやいた後、これが最も他人を意識している一言だと気付いた。
そんな私の声を、夕暮れが吸い込んでいった。
いろいろと考えているうちに陽は沈みかけ、地平線を赤く染めていた。
不意にこちらの方に近付いてくる足音に気付いた。
頭には、安倍さんの言葉が蘇っていた。
確かここの場所を知っている人は少ないはずだ。
そして、帰り際に安倍さんは帰りは自由だと言っていた。
そのことから考えれば、知らない人がここに来ると言うこと。
調子にのって考えるなら、私の命を狙いに来たって事だって考えられる。
警戒を強めながら、保田さんに渡されていた護身用の小剣を確認し、いつでも抜けるように準備をした。
そして、向こう側からは、死角になるような位置に身を移すと訪れてきた人物を確認する。
「安倍さーん!」
- 255 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時14分53秒
「おっ、梨華ちゃん。迎えにきたよ‥‥って、何やってんの?」
警戒していた私の姿を見た安倍さんの一言に多少の恥ずかしさを感じた。
「迎えにって、安倍さん帰りは自由だって言ってませんでした?」
「うん、そのつもりだったんだけど真希ちゃんがもう戻ってきたんだよね。だから今日は帰ってきてもいいかなーと思って」
「そうですか‥‥」
「どうする?帰りたくないなら帰らなくてもいいけど‥」
「あっ、帰ります」
「そっ。じゃあ、行こっか」
安倍さんはその言葉を告げると来た道を戻りだした。
その姿を見た私は慌てて安倍さんの後を追いかけた。
いくらか無言で進むと、前の方から声が聞こえた。
「どうだった?今日、半日くらいじっとしてみて」
「えっ、えーっと‥‥」
「フフ、ヒマだったでしょ」
「‥‥‥はい」
「うんうん、正直だね。なっちもね、最初はあそこじゃなかったんだけど、初めてやった時はどうしようもなかったもん。まぁ、梨華ちゃんは寝てないだけましだよ。
なっちは、誰がきてもグースカ寝てたもん」
そう言いながら笑い飛ばす安倍さんを見て、少し気分も晴れた私は、お城に戻る道すがら、いろいろな話を楽しんだ。
「おぉっ、梨ー華ちゃーん!」
ある程度歩いていくと、城内入り口付近でこちらに向けて手を振っているごっちんを確認することができた。
- 256 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時16分47秒
私は、その姿を見ると、安倍さんを置き去りにして走りよった。
「久しぶりだね」
「うん。でも、なんでこんなに早く終わったの?」
「なんかね、私にはよくわからないんだけど、OKが出ちゃったから終わったみたい。梨華ちゃんは?」
「私はまだもうちょっとかかりそうなんだ」
「そっか。じゃぁ、ごとーは待ってるね。一応あゆみとの約束の日までには間に合うように頑張って」
「うん。じゃあ、また戻るね」
久しぶりなこともあり、何を話していいか、わからなかった私はとりあえず、ごっちんとの会話を済ませると、またあの場所へ道を戻ることにした。
「梨華ちゃん、別に急がなくてもいいよ。自由に行き来してもいいとは言ったけど、今日は真希ちゃんも戻ってきたことだし、それにもう陽も沈みかけてるし‥‥」
「大丈夫ですよ。ごっちんが終わってるのに私だけ遊んでいる場合じゃないじゃないですか。それにごっちんだってそれくらいはわかってくれますよ」
安倍さんの静止を丁寧に断わると、あの場所へと戻った。
さっきの場所に戻ると、先程を同じところに腰を降ろした。
「この状態から、頑張るってどうすればいいんだろう?」
- 257 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時18分17秒
戻ってきた頃には、陽もその姿を隠し、辺りは暗闇に包まれていた。
だが、月明かりに照らされていることや夜目もきいてきたことで別段見るという行為に問題はない。
しかし、辺りに浮かび上がった影を見ているだけで、なにか変わったことなんてあるのだろうか
ごっちんの手前、頑張ると言うことを告げてきたのだが、ただ景色を見ているという行為のどこに頑張る必要性があるのか、わからないでいた。
いろいろと関係ない悩みや疑問が増えている私の目に、松明の明かりが入ってきた。
「あんたもバカね。サボっていいって言われたんだから、こんな暗闇の中を戻っていく必要なんてないのに」
「…保田さん」
「なーに溜め込んだ顔してんの。あんたは、わかりやすいね。いつも困ると眉毛がヘの字だ」
そういって私の横に座った。
その横顔は、どこか楽し気だった。
「なんか、なんかいろいろとわかんなくなっちゃいました。私、何したいんだろうって」
その言葉に少しの沈黙を残すと保田さんは後ろの方に体を倒した。
そして、私にも同じ体勢をとることを強制し、同じになったことを確認するとおもむろに口を開いた。
- 258 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時20分11秒
「いいんじゃない。わかんなくても。たぶん、自分が本当に何がしたいかちゃんとわかってる奴なんていないわよ」
「ふぇ?」
思いもよらない言葉に戸惑い変な声を上げてしまった。
(いつもなら、「何言ってんの!」とか怒りだすパターンなんだけどなー)
そんな私の思いを知ることなく保田さんは続ける。
「大体さ、石川は最初からやりたい事なんて、ちゃんと持ってたの?」
「そりゃ、保田さんに後継者の話を聞かされた時から、私だって描く理想はあったんですよ」
「へぇー。あんたでもいろいろと考えるのね」
「考えますよ。私だって、人なわけだし…」
「人ねー………めんどくさいよね、人って。同じ生き物のくせに争い事起こすし、殺し合うし、自分から命を絶ったりもするしさ。本当にめんどくさい」
初めて聞いた保田さんの本音。
考えるより先に、私の口からは次の言葉が出ていた。
「保田さんは相手を殺しちゃうことをどう考えてるんですか?」
「んっ?あんたにしたら、えらく適格な質問ね」
「私の事はいいですよ。どうなんですか?」
「そうね。
相手の命を奪うってことはやり過ぎなのかもしれないけど、自分達が描く理想を引き寄せるためには、それもしょうがないことだって割り切るようにしてる。
まぁ、相手の信念を打ち砕くだけでも十分意味はあるのかもしれないけど、そこは向こうも譲れない気持ちがあるわけだから、
なかなかお互いが生きたまま戻るって事は少ないのよね」
- 259 名前:しばしば 投稿日:2003年05月20日(火)16時24分23秒
- 更新終了
何だかご無沙汰になってしまいました。
その間は閑話の3を書いてまして、
それが書き終えたので本編の方を更新したわけです。
もうすぐ石川編も終わりの方なんですけど、今月中には後藤編に入りたいですね。
- 260 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月23日(金)16時08分41秒
「……ちゃんと答えを持ってるんですね」
「そんな立派なもんじゃないわよ。ただ、こうでも考えてないと自分が何してるかわからなくなるからね」
その言葉の後、2人とも黙り込んでしまい、ゆっくりとした時間の中で沈黙だけが流れていった。
「石川」
「はイ」
急に呼び掛けられたために声が裏返ってしまった。
そんなことはお構いなしに保田さんは続ける。
「空見てみなよ」
言われなくても、保田さんと同じ体勢を取らされていることから空を見るしかないのだが…
その言葉につられるようにいろんな方向へと目を移した。
「石川はさ、私も2週間ぐらいしか一緒にいないから、本当はどうなのかわからないけどさ。
普段のあんたはすごくマイナス思考で、たまに壊れて、たまにすごいポジティブで、かわいくて、キショくて、ほんといろんな面があるんだよね。
だからあんたが何に悩んでるかは私にはわからないけどさ、もっとさ、毅然としてればいいんじゃない?」
「……そうですかね」
「そうよ。空ってさ、どこまで歩いていっても自分についてくるじゃない?」
「そりゃ、まぁ…」
「それってさ、自分が中心に世界が回ってるってことじゃない?」
「自分が中心……ですか?」
- 261 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月23日(金)16時10分15秒
「そう。あんたが立ち止まってたら回るものも回らなくなるじゃない。必ず歯車は狂う。だから、あんたはもっと自分に自信持ってていいんじゃない」
「自信なんて持てないですよ」
「あんたね、あんたに一番足りないものは、自信以外の何物でもないのよ。
自分が自分のことを認めてやらないと、他人はあんたのすべてをわかってくれるわけじゃないんだから。
大体ね、あんたに自信があれば真希ちゃんと同じようにもう修業なんて終わってるはずなのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。ただ、あんたに自信がないばっかりに全てがマイナスに動いちゃうような状態になっちゃってるの。
元からあんたの身体能力なら相手の動きなんて読むような練習しなくても、その場その場で対応できるような力を持ってるはずなのよ。
でも、それはあくまで普通の状態でのことで、今のあんたじゃ、不安なんだよね」
「……やっぱり私がダメだからなんですね」
「だーかーら、それがダメなんだって」
保田さんが言ってくれていることはわからないわけでもなかった。
そして、自信の無さが他の人との決定的な差であることもわかっていたことだった。
「でも、自信って何か秀でたものがあるから持てるものなんじゃないですかね。
私にはそんなものないし……」
「もう、まどろっこしい!」
その言葉と共に体を起こした保田さん。
そんな保田さんを見て、私も慌てて体を起こす。
「ほら、ここ。しわよってるわよ」
そう言って、私の眉間に軽く指を突き付けた。
慌てて顔を引っ込めると押さえられた部分を手で隠した。
- 262 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月23日(金)16時10分55秒
「自分の意志で始めたことでしょ。なのに、自分を見失ってどうする?
それにさ、あんたは自分で思ってるよりダメな奴じゃないよ」
保田さんは優しく、笑顔を向けて語りかけてくれている。
それでも、黙っていた私に最後の一言。
「そうだね、あんたは気付いてないかもしれないけど、1つ、人に誇れるものがあるわよ」
「………なんですか?」
「それはね、人を巻き込んでいく力よ」
「まきこむちから?」
「そうね、もっと簡単に言うなら、人を引っ張っていく力ね」
「本当ですか?」
自分でも少し声が大きくなっているのがわかった。
「そうよ。だからもっと、シャキっとしなさい」
「……………はい、わかりました。私、頑張ります。保田さんの期待に答えるためにも!」
「いや、私はそんな期待かけてないわよ」
「またまたー、石川にはわかりますよ。そんなに恥ずかしがらなくてもー」
「何勝手なことばっか言ってるのよ。まぁ、それがあんたの長所でもあるわけだけどね」
吹っ切れた私とそれに巻き込まれた保田さんと2人との笑い声が辺り一面に響いた。
- 263 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月23日(金)16時11分32秒
「これだけ笑えたら大丈夫そうね。よし、修業は今日で終わり」
「へぇ?で、でも、安倍さんの課題がまだ終わってないですし……」
「あんた、さっきの話聞いてたの?普通の状態ならそんなことしなくても十分にいける力はあるの、なっちだってそれくらいはわかってるのよ」
「でも、最初の説明の時は全然無理みたいな言い方だったじゃないですか」
「それも、最初からあんたがマイナス思考であることを前提に話してるの」
「じゃあ、本当にもう終わりなんですね」
その言葉に頷く保田さん。
「ほら、真希ちゃんが待ってるし、早く行ってやりなさいよ」
「はい」
保田さんが持ってきていた予備の松明を手にとると、城への道を走った。
「ごっちーん!」
「んあ?梨華ちゃん」
- 264 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月23日(金)16時12分12秒
その頃、私が去った場所では__
「はぁ〜、単純な娘でよかった。でしょ、なっち。
そこの茂みにいるのはわかってるんだから」
「なーんだ、バレてたのか」
「何がバレてたよ。趣味が悪い」
「まぁまぁ。それより、圭ちゃん。
上手いこと言ったね。引っ張っていく力なんて」
「それは本当のことだけどね。でも、」
「そうね。梨華ちゃんがこの先どういう選択をするかわからないけど、
人を引っ張っていくことの難しさ、そして周りの人への思いってのは相当なもんだから、
近いうちにまたその壁にぶつかるだろうね」
「その時はよろしく頼むね、なっち。経験者として」
「わかってる。できるだけのことはしてあげるつもりだよ」
「しかし、石川もあんまり考え過ぎなきゃ、かなりの使い手になるんだろうけどね」
「うんうん。なっちもそれわかるよ。それに福ちゃんもよく似たこと言ってたわ」
「明日香が?」
「うん」
「明日香もなんか石川には興味ありそうだよね」
「なっちもそれ思う。もしかすると、梨華ちゃんが明日香を変えるのかも……いや、もう変えられてるのかもね」
「なんにせよ、私達も巻き込まれてるわけか」
「そうだね」
私が去った場所では、つい先程までと同じように2人の笑い声が響いていた。
- 265 名前:しばしば 投稿日:2003年05月23日(金)16時13分23秒
- ここで、石川編終了
続いて、閑話の3です。
- 266 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時14分10秒
あれは、矢口さんがへんてこな話し方をする変な敵を見たと報告を受けて、国中に警戒体制がひかれた時の事___
私が忙しく動き回る周りの騎士さん達を避けながら歩いていると、あたりの忙しい背景から少し懸け離れた金髪の2人の女性を発見した。
「じゃあ、これ使ってイイから。それがだめならまた別なのもあるし」
「おう、ありがとね」
2人が何を話していたかは判断できないけど、大きい方の人がその場から去っていた。
私は前々から話してみたいと思っていたこの人に、話を聞いてみるために追い掛ける事にした。
「あのー」
「ん?」
あまり聞き慣れない声を聞いたかのように、警戒気味に後ろを振り向く彼女に笑顔で接する。
「あぁ、どうしたの?なんか用事でもある?」
相手がわかった事に安心した様子を見せる彼女にお願いをぶつける。
「今日とか時間とれますか?」
「あぁ、別にかまわないけど夜になっちゃうよ。
早めに警戒体制をひけって命令だったからね。
最下層まで情報を回すのに少し時間かかるし」
「じゃあ、夜でもいいんで大丈夫ですか?」
「いいよ。私も新しい軍師さんの話聞いてみたいし」
「じゃあ、また夜に部屋に行きますね」
- 267 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時15分47秒
そう言って彼女に別れを告げると、この前中澤さんに話を聞いてから始めていた資料庫の再整理に向かった。
一度整理してはいたが、その細部にまで目を通したわけではない。
そのため、どこの資料に何が書いてあるかなど克明な情報をとっておこうと思い、整理をしたはずの資料にもう一度目を通す事になってしまった。
そして、目的の部屋に入ると、そこには見慣れたあの人の姿が。
「平家さん何してるんですか?」
「あぁ。いや、この部屋知らん間にきれいになったなーっと思ってな。ついぶらりと」
「そうですか」
「で、あんたは何か用があるの?もうこの部屋に来る必要もないんちゃうの?」
「そんな事ないですよ。いつになっても私にはこの部屋が必要だと思うんですよね。
それと、もう一度すべてに目を通そうかなと思いまして」
「なんでまた?」
「この前中澤さんに話を聞いて私なりにできる事をやろうと決心したんですよ。
だから今やるべき事をやってしまおうと思って」
「へぇ〜。何聞いたん?」
私はそこでこの前、中澤さんに闇の民族についての話を聞いた事を説明した。
- 268 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時16分35秒
「そぉか……でも、それは周りの者にバラしたらいかんで。
向こうが本当にこっちに危害を加えようとしてるのかはまだわからんからな」
「そんなこといっても、すでに向こうからは今手配中の奴がこちら側に危害を加えてるじゃないですか」
「それも本当のところは、どうなんかわかったもんじゃないからな。
ただ、そいつが言ってるだけやし。
本当にそいつが闇の民族やっていう証拠がないわな。
もし違って本物の方に手出した日には新しい敵が出来上がってしまうやんか」
「………そっか、そうですね」
しばらく平家さんが考えるこれからの闇の民族への対応策などを議論していると、いつの間にか日が暮れて、外は真っ暗になっていた。
平家さんは、あたりが暗くなった事を確認すると棚から1冊本を取り出し「これ借りてくわ」と告げると足早に部屋を出ていった。
- 269 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時17分42秒
それから私はいくつかの資料に目を通し、一区切りついた頃__
約束を果たすために私は1人資料庫を出ると、あの人が待つ部屋へと足を進める。
夜も深けたせいか城内に人気はなく、見回りの騎士さん2人に挨拶すると足早に部屋へと向かった。
そして、部屋の前に辿り着きノックをする。
コンコンと乾いた音があたりに響くが、中からの反応はない。
何かに集中していて気付かないのでは?と思い、今度は声も付けて中にアピールする。
「あの、入ってもイイですか?」
しかし、反応はない。
しょうがなく、ノブに手をかけると鍵が閉まっていた。
どうしていいかわからず、諦めて帰ろうとした時に見回りの人に声をかけられた。
「どうしました?」
「いや、ちょっと約束があって部屋まできたんですけど、なんかいないみたいなんで。
しょうがないから自分の部屋に戻ろうかなと思いまして」
「あぁ、あの方ならこの時間は修練場にいるはずですよ。
あの方は騎士団に入隊して以来、毎日この時間は決まって修練をつんでいるんですよ」
2人いるうちの1人が親切にも教えてくれた。
「そうなんですか……それを知ってるって事は、あなた土≠フ騎士さん?」
「はい」
- 270 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時18分13秒
「じゃあ、慣れない場所で見回りってのも大変ですね」
「そんなことはないですよ。
‥‥すいません。あまり話している時間ないですから。失礼します」
「あ、私こそすいません。なんかお仕事の邪魔しちゃったみたいで。頑張って下さいね」
2人は私に一礼するとまた見回りにいってしまった。
(えっと、修練場だったよね)
土の騎士さんが教えてくれた情報を頼りに修練場へと向かう。
「そーいえば、修練場なんて行った事なかったな」
誰にも聞かれないような声で1人声を漏らすと今度は修練場へと向かった。
修練場に着くとそこには、1人で黙々と剣を振るあの人がいた。
声をかけるのも悪いと思い、しばらく遠くから彼女の動きを観察する事にした。
さすがに騎士団を率いるだけあってその動きに無駄はない。
そして、彼女こそが中澤さんに抜群の信用を置かれている土の国で1番の力の持ち主だ。
その力を実戦で見た事はないが、なにか雰囲気的に伝わるものがある。
「おーい、おーい。聞こえてるかーい?」
私が分析している途中にいつの間にか近くに寄ってきた彼女は、私の顔の前で手を上下に動かしている。
「あっ、すいません。ちょっと考え事してて」
「いや、私の方こそごめんね。約束してたのに部屋にいなくて。
なんか毎日これやらないと落ち着かないんだよね」
「いえ、いいですよ。そのおかげで動く姿とか見れましたから」
「……なんかスパイみたいだね(笑)」
その言葉に慌てて謝る。
- 271 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時19分06秒
「すいません。別に盗み見る気はなかったんですよ」
「大丈夫。入ってきた時に気配でわかってたから」
「! そうなんですか。すごいですねー」
「まぁ、うっとおしい特技でもあるんだけどね。なんか常に誰かを感じてるようなもんだからさ」
彼女は自分の特技を隠そうとせずに、普通に教えてくれた。
そして、私から話すのではなく、向こうの方からどんどん口をひらいてくれる。
「で、どうする?部屋まで戻ってもいいけど。なんか時間もかかるし、ここでいいよね」
「あっ、はい。私は別にどこでもいいですよ」
「じゃ、ここで話しようよ。この時間だと誰もいないはずだしさ」
そういうと彼女は奥の方から椅子を2脚持ってきてくれた。
「さぁ、始めようよ」
「はい」
どこか彼女のペースになりがちだが、なんとかこちらから質問をくり出す。
(この人こんなにおしゃべりだったっけな?)
そんな事を考えつつも、最初の質問をぶつけた。
「同盟を結んでからそんなに日も経ってないですけど、どうですか?土の国1番から見て風の国の騎士たちは?」
「別に1番ってわけじゃないけどね。そうだね‥‥元々、地力は違わないと思うんだよね。
うちと矢口が対等だとして、中澤さんには平家さんが対等だし。
ひとみんとめぐは、少しめぐの方が強かったかな。
まぁ、国同士の戦いってのは個人の力だけじゃだめなんだよね。
全体の統率力ってやつが必要だから。
そういう意味で風と土は大体同じくらいの国力だったんだよね」
私の質問に少しの考える時間もとらないで彼女は答えた。
- 272 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時19分48秒
「そうですか。なんかどっちが軍師かわからないですね」
「大丈夫。私なんかのはただの横槍好きだから。本物にはかなわないよ。それより、私が国1番なんて誰に聞いたの?」
「それは、土の国の人に聞けばすぐにわかりますけど。この前、稲葉さんとお話しをしていた時に教えてもらいました」
「あっちゃんか‥‥ならしょうがないか」
その言葉を聞いた彼女は、どこか感慨深気な表情を浮かべた。
「どうしたんですか?」
「ん……いや、私もそんなに評価されるようになっちゃったのかなーと」
その言葉の意味は私にはわからなかった。
一体、国最強の称号が彼女にとって何が重荷になるのであろう?
私の考えている事を見越しているように彼女は口を開き始めた。
「別に最強と言われる事が嫌なわけじゃないんだ。それはむしろ喜ばしい事だと思うよ。
でも、そうなる事が望みだったわけでもなんでもないからさ。
私には私の誓いみたいなものもあるしさ」
「誓い……ですか?」
「そんなにかっこの良いものでもないけどね。なんていうの、私が戦う意義みたいなものかな」
「よかったらそれ教えてくれますか?」
その言葉に彼女は「まぁ、へるもんでもないし」と答えた。
「私はさ、大切な人を守るために戦ってるんだ」
その言葉を告げると、彼女はどこか恥ずかし気にテレ笑いをしていた。
- 273 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時20分22秒
「あんまりさ、こういう事は言うべきじゃないんだけどね」
「いえ、素敵な事だと思いますよ」
話をしているとここの場所を教えてくれた見回りの人が入ってきた。
彼女は2人を見つけると「ここは問題ないからいいよ」と告げ、見回りの人もそれに従うようにすぐに行ってしまった。
「こんなところまで見回りに来るんですね、私知らなかったです」
「まぁ、必要無いかもしれないけど一応ね。
ほら、警戒体制になってるから。あれのために見回りの範囲を広げてあるんだ。
で、話し戻してもいい?」
問いかけたものの、私の返事を待つことなく、彼女は話しだした。
「昔さ、中澤さんが来たばっかりの頃に決めたんだ。
中澤さんはさ、国に入った時から自分のやりたい事をきちんと持ってて。
それを聞いた時に 私も! って思っちゃったんだよね」
そう言うと、彼女はその時の事を話してくれた。
- 274 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時21分34秒
「………っていうのが、うちらの約束やねん。これで満足か?」
「そのために中澤さんがあの娘を必要としているのなら、私も形は違いますけど、お手伝いします」
「……あんた、話ちゃんと聞いてたか?うちのやろうとしてる事は、あんたらの居場所を無くす事になるかもしれんのやで」
「でも、あの娘がその話を聞いたら絶対に後を追い掛けると思うから。あの娘はそういう子だし。それに私が戦うのはあの娘を守るためってさっき決めましたから」
「さっきて……まぁ、ええわ。その代わりちゃんと覚えときや。誰かを守るために戦うっていうのは、すごく個人的な気持ちや。でも、うちはそれが人として当たり前なんやと思う。
国の為、民の為、誰かの為……そんなもんは全部嘘っぱちや。誰だって、自分が一番なんやから。
国の為とか民の為なんてモノは後から付け足したもんに過ぎん。
けどな、その中で誰かの為にっていうのはその人を守るためなら自分の命を投げ出すような覚悟で決めた時に本当の意味を持つとおもうんや。
ただ、それを突き通すのが大変や。
何かを成すためには何かを賭けないと……まっ、あんたがそれだけ言うって事はほんまに守りたい娘なんやな」
「はい」
「それなら好きにすればいいわ。元々私にあんたを止める権利なんてないからな。それに決め事がある方が実力も向上していくしな。
これから先、あんたの力が必要になる事も多くなりそうやしな」
「今からでも大丈夫ですよ」
「あほ、いくら今の実力が抜きん出ているとはいえ、まだ戦場に出たらいかん。
あんたには、最強の奴とやり合ってもらわないかんしな………」
- 275 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時22分13秒
「っと、まぁこんな感じだったね」
話を聞いていた私の頭には、若かりし頃の中澤さんと話をしている彼女の絵が浮かんでいた。
そして、話し終わった彼女に疑問をぶつけてみる。
「『あの娘』ってところが気になるんですけど、それはさておき。ちゃんと中澤さんが何をするために戦っているのか知ってるんですね」
「そうだね。まぁ、『あの娘』については恥ずかしいから内緒。でも、知ってる人だよ」
「そうなんですか。では、それはまた近いうちに。でも中澤さんってどうでした?」
「どうって?」
「最初の印象とかですよ」
「ああ。あの人はさ、魔法使いじゃん。なのにさ、入ってきたばっかりの時は私、剣で勝てなかったもんね。あとで、魔法使いってわかって相当へこんだよ」
「そうなんですか、それじゃあ‥‥」
「あーー!」
次を聞き出そうとした時に不意に彼女が大きな声をだした。
- 276 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時22分44秒
「なっ、なんですか?」
「エビータに餌やるの忘れてるじゃん!!やば、昨日もやってないのに‥‥ごめん、また今度ね」
「あっ、ちょっと‥‥」
彼女は私が止めるのを聞かずに、走り出すとあっという間に闇の中へと消えていった。
「………エビータって、なに?」
彼女の謎の言葉に多少の興味を持ったが、それも今はどうにも解決できないものとなってしまった。
「‥‥‥‥部屋に戻ろっと」
しばらく、呆然としていたが1つの松明に頼った暗闇の中で1人でいることに気付き、彼女が出してきた場所に椅子を戻すと火を消し、部屋への道を辿った。
金色の髪から金狼≠フ異名を持つ彼女は、その狼の名に似合わず、すごく良い人だった。
自分からどんどん話をしてくれたし、何よりも私に気を使ってくれていることがなんとも言えず、嬉しかった。
- 277 名前:閑話3 投稿日:2003年05月23日(金)16時23分24秒
部屋についた私は、平家さんと中澤さんの事も書き記している紙を取り出すと、今日話したことを書き留める。
人の為とは嘘と言った中澤さん
でも、彼女の思いを認めた中澤さん
そして、彼女に芽生えた守るべき者への誓い
彼女は、背負ったものに負けない力を持つ
それは、武力と心力だ
2つを合わせ持つ彼女が土の国最強と呼ばれる意味がわかった気がした。
しかし‥‥‥エビータって一体?
- 278 名前:しばしば 投稿日:2003年05月23日(金)16時27分22秒
更新終了
石川編ですが、時間的な流れの空いている部分に関しては、
後藤編で穴を埋めていくので、気にせずお読みください。
次に、閑話。
今回も聞き手はあの人。
そして、話し手はメロンのあの人。
来月から後藤編をスタートしたいと思います。
- 279 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月30日(金)16時52分45秒
後藤真希の場合
「よいしょ!」
かけ声と共に手の平から離れていった光の球が湖の水を吹き飛ばした。
舞い上がった水しぶきに体が濡れないように避けながら、アヤカさんが近寄ってくるのが見える。
梨華ちゃんと別れて修業するようになってから10日が過ぎようとしていた。
私は市井ちゃんにお願いしてアヤカさんとの修業に取り組んでいた。
正直な話、今日までの私の修業はひどいものだった。
1週間はずっと陽の当たらないような暗い部屋で、アヤカさんから渡された本を読むことに時間を費やした。
なんでも、アヤカさんの持論では形から入る方がイイらしい。
別に私には、どうでもいいことだったために言われる通りにやったらひどいことになったのだ。
積みも積んだり、本の山、山、山。
字なんて3行も読めば、睡魔に襲われる私には本当に地獄だった。
しかし、今までの私と違ったのは、なんだったのかわからないが、ただ、むさぼるように知識を頭に詰め込んだ。
アヤカさんが用意してくれたものには、戦術の本、魔法の本、戦いの歴史本などと、いろんな種類がたくさんあった。
自らも軍師でありながら、戦場にまで出向いては、剣を持って戦うこともあると言う。
そんな教訓から知っていて損はないと、たくさん用意してくれたのだ。
そして、今の段階へときている。
- 280 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月30日(金)16時53分43秒
水滴がついてしまった部分をしきりに気にしながら、アヤカさんは指で丸を作ってみせた。
どうやら合格のサインらしい。
「OK、いい感じじゃん。初めてとは思えないよ。やっぱり形から入るのに間違いはないでしょ?」
自らの持論が間違っていなかったことを嬉しそうに語るアヤカさんの姿をみながら、笑顔で頷く。
確かに本から吸収できたものもある。
けど、今はそれよりも、自分がどこまでできるのかを試してみたい。
そんなこっちの思惑とは別にアヤカさんのペースが上がる気配は一向にない。
今もゆっくりとした歩みで、何か別の目標物を探している。
「次、これに‥‥‥火でいってみよう」
彼女は古木に向かい指さした。
私は作り出した光の球に念を送り、赤色に変化した光球を木に向けて放った。
私の手から離れた光球は、古木に近くになるにつれ、徐々に発火を始め、到達した時には立派な火の玉となった。
ソレは、古木を燃やすには十分な火力を持ち、あっという間に1本の木に燃え広がった。
すると、それを見たアヤカさんは頷きながら次の一言を言い放った。
「よし。じゃ、火を消しちゃって」
- 281 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月30日(金)16時54分20秒
その言葉に、右手で手早く光球を作ると、今度は左手で薄い膜を作り出した。
その膜を右手の光球にかぶせると、燃え盛る古木に向い放った。
火の中に吸い込まれるように入っていった光球は、一瞬何ごともなかったように時が流れたのを最後に、その炎ごと凍らせることに成功した。
「あれあれ。こうも上手くいっちゃうのか」
出来上がった氷を手で小突きながら、感嘆の声を上げてくれるアヤカさん。
「じゃ、コレもういらないから壊しちゃうか」
「あっ!ちょっと、待って。1つ試したいことがあるんだ」
凍らせたモノを壊そうとするアヤカさんに一言告げると本に書いてあった呪文を詠唱してみる。
「ちょっと、何する気?」
アヤカさんの口が動いてたから、何か言っていることはわかったけど、その声が聞こえないくらいの集中力で詠唱を続ける。
ところどころ言葉を忘れたが、なんとかつなぎ合わせて最後まで言い切ると、辺り一面ところ狭しと雨雲が張り詰めていた。
天に向かい手を伸ばすと、標的に向けてソレを振りかざした。
その瞬間。
凄まじい音とともに眩いばかりの閃光が氷付けの古木を直撃した。
しばらく辺りには砂煙りが舞い上がっており、何がどうなったか確認できないでいた。
ただ、手応えはあった。
それだけが確信できる中で雨雲はいつの間にか姿を消し、太陽の光が砂煙りで拡散しており、朝靄のような状態を出来上がっていた。
いくらか時間がたつと、アヤカさんの姿がおぼろげながら見えてきた。
向こうも同じように姿を確認したのか、こちらに歩いてきた。
- 282 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月30日(金)16時56分16秒
「ちょっと、ちゃんと説明してからにしてよ。本当にビックリしたんだから」
「あー、ごめんなさい。どうしても一回やってみたかったから」
「それにしたって‥‥あれ、雷を呼び出したんだよね」
「えーと、うん。本には作り出す方法も書いてあったけど、それにはまだ無理だと思ったから。呼び出す方法を覚えておいたんだ」
「まったく。素直に言うことを聞いてたからおかしいとは思ったけど、まさか雷とはね」
アヤカさんの言葉に「フフン」と笑ってみせた。
そんな話をしているうちに、辺りを覆っていた砂煙りが治まったのを確認すると、木があった場所を見てみる。
先程まで古木があった場所は、見事に地面からえぐられており、岩盤がむき出しになっている。
もちろん、古木は跡形もなくなっていた。
さすがに、その光景を見た後には間接的とはいえ自分の作り出した力に恐怖を持った。
「‥‥これ使っちゃダメだよ。
まぁ、呼び出すってことには時間的なリスクがあるから実践で使用するのは難しいと思うけど、それでも、使用禁止」
アヤカさんも同じことを思ったのか、そう告げられると素直に頷いた。
元々、私が読んだものにも少しの注意書きみたいなものはあった。
なんでも、何百年も前に無くなっていた太古の産物だそうだ。
おもしろおかしく羅列してある文字列を半信半疑のまま覚えておいたものを試しただけ。
- 283 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月30日(金)16時56分56秒
しかし、いざ自分でやってみたものの、本当に成功するとは思わなかった。
事実、何人もの人が試したものらしいが、成功例が記してあるものはなかった。
アヤカさんが持ってきてくれたものだから、火の国に関してでしかなかったが、1つの国で成功例がないということは、他の国でも同じことがいえるはずだ。
そして、それを成功させてしまった自分に少し自信が持てた。
「あれって、アヤカさんできますか?」
「まぁ、できなくもないけど、あそこまで威力があるのは無理ね」
私の突然の質問に少し困ったような表情で答える彼女をみて、小さくガッツポーズを作った。
「さ、それより、順番に行くよ」
そう言って先を歩くアヤカさんについて行こうと一歩踏み出した時に急に下半身に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまった。
「ありゃ?」
何が起きたのか把握できない私は必死に起き上がろうともがくのだが、その体勢から立ち上がることすらできない。
私がついて来ないことに気付いたアヤカさんが近寄ってくると、その手を借り、なんとか立ち上がることはできた。
「ほら、一度に力を使うからそうなっちゃうんだよ。‥‥しょうがない今日はコレで終わりね」
「えっ、でも‥‥」
「いいから、無理しない。私が思ってるよりも飲み込みがいいから時間はあまるくらいだから、ゆっくりいこうね」
「‥‥はい」
- 284 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月30日(金)16時57分31秒
アヤカさんに諭されるとその手をつないだまま、お城への道を戻った。
お城に戻ると、アヤカさんに良く寝るように指示され、用意されていた客室に入った。
綺麗にセットされたベッドに向かい、体を放り投げると、暖かい太陽の匂いに包まれ、あっという間に眠りに落ちてしまった。
「‥やだ、そ‥のいや」
(だれ?)
「しょうがないだろ。‥‥はお前に決まって‥だから」
「いや!せっかくの‥‥なのに」
(なんの話してるの?それにこの少女は‥‥市井ちゃん!?)
「言うことを‥‥さい。‥‥がいれば必ず‥が‥‥」
「そんなの知らないもん」
(なんで泣いてるの?市井ちゃん)
「いい、‥‥の言うことを‥‥さい。もう、お‥‥でしょ」
「違うもん。‥‥が‥‥けりゃ‥‥いもん」
(なに、上手く聞き取れない。なんで、なんで泣いてるの市井ちゃん?)
- 285 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年05月30日(金)16時58分09秒
目を覚ますと、そこはなんら変わりのない部屋。
どうやら、眠ってしまっていたようだ。
どうにもだるい体に鞭打って、なんとか身を起こす。
陽は沈み、あたりはすっかり暗くなっているのがわかる。
誰が置いたか、部屋には1本のロウソクが立てられており、かろうじて明るさを保っている。
(さっきの夢はなんだったんだろう。)
自分以外の人間が夢に出てくるというのは別段変わったことでもないのだが、
その人の知りもしない過去の映像が出てくるのは、初めてだった。
ちょうど私が今いる部屋とよく似た造りの場所にいた、随分と幼い市井ちゃん。
そして、なぜか泣いている市井ちゃんを慰めるようにいる2人の大人。
しかし、最後に市井ちゃんは泣きながら走り去って行った。
「わっけわかんないや」
考えたところで結論のでないことをなので、考えるのは止めることにした。
今、どれくらい夜が深けた状態なのかを知るために、そーとドアを開いた。
あたりに見回りらしき人はおらず、城内を照らしている明かりも最小のモノに変えられている。
随分と真夜中に目を覚ましてしまったことに後悔しながら、ドアを閉めると、もう一眠りすることにした。
- 286 名前:しばしば 投稿日:2003年05月30日(金)17時01分34秒
更新終了
火曜日にしようと思ってたんですけど、どうにも忙しそうなので早めました。
後藤編ですが、ちょっとスラスラ書けてるのでいい傾向です。
ごっちんは、アヤカをさん付けで呼んでいるのかと考えつつ、また来週
- 287 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月06日(金)15時54分18秒
「ほら、起きろー!!」
次の瞬間、耳にかなりの大声を感じると、その場に飛び起きた。
「やっと起きましたか」
そこには、なぜか息の上がったアヤカさんが立っていた。
「んあ?」
「んあ?っじゃない、まったく毎日毎日なんでこんなに‥‥」
「あー、もう朝なんだ」
「昼よ、昼。いつまで経っても起きてこないんだから」
アヤカさんにふにゃとした笑顔を向けると、彼女は1つため息をつくと、「早くしなよ」と言い残し、部屋を出て行った。
渋々ベッドから降りるとグッグッと伸びをした。
アヤカさんがこの笑顔に弱いのはもうわかってることだ。
「名付けて『ごっちんスマイル』‥‥うーん、我ながらセンスない名前」
つまらない独り言を残すと、窓に反射する自分の姿を確認した後、部屋を後にした。
ドアをあけると、すぐ横の壁にもたれているアヤカさんに連れられて食堂へと向かった。
- 288 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月06日(金)15時55分13秒
食堂の中は閑散としており、今が中途半端な時間であることがわかる。
出されてくるものを1つ1つ口へと運んでいたが、フと夢のことが気になり聞いてみた。
「アヤカさん、市井ちゃんって小さい頃はどんなだったの?」
「紗耶香?うーん、小さい頃から今と変わらないよ。なんでそんな事聞くの?」
「いや、ちょっと気になったから聞いてみただけ」
(うーん、今は泣き虫じゃないもんね。やっぱただの夢か)
アヤカさんは少し不思議そうな顔をしていたが、1人で納得したのでそれ以上は考えないことにした。
その後、何もなかったように食べ物を口に運んでいると、しばらくして、向いの席に誰かが座った。
「あー、石井ちゃんじゃん。久しぶりー」
「あら、アヤカじゃない。久しぶりー」
2人の会話に少し戸惑いを覚えたが、どうやらアヤカさんの知り合いの人のようだ。
「あっ、石井ちゃんはね、うちの国の魔術師団の団長なんだ。で、石井ちゃん、こっちが…」
「真希ちゃん‥よね。初めまして」
名前を呼ばれたことに少し驚いたが、相手の言葉にあわせるように頭を下げた。
- 289 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月06日(金)15時56分05秒
「今日はどうしたの?こんな時間に居るなんて珍しいじゃない」
「のんきだねー。こっちは昨日から盗賊にてんてこまいだよ」
「あぁ、最近目立つようになってきた、ちびっ子盗賊か」
「昨日も後一歩のところで、おもしろおかしく撒かれちゃったよ」
そう言ってテーブルの上に、クターッと身を伏せた石井ちゃんと呼ばれる人物をみていると、どうにも笑いが込み上げてきた。
しかし、彼女の起き上がりざまに目が合うとすぐさま真顔に戻した。
「まぁ、頑張ってよ。外に出て行く前に内をしっかりと固めないとダメだしね」
「ふう。……何とかしてみる。じゃ、また」
何をしにきたのか、彼女は何も食べずに席を立つとどこかへ行ってしまった。
「あの、盗賊って何かあったの?」
「うん?ああ、さっきの話ね。なんか世間ではお騒がせの2人組盗賊なんだけど、基本的に国民に危害を加えてるわけじゃないから、なんとも言えないんだ。
まぁ、石井ちゃんも手を焼いてるみたいだから、そろそろ本腰入れてお仕置きしないといけないね」
「ふーん」
「ささ、そろそろ、うちらも行こっか。……はい、すぐ立つ」
アヤカさんの言葉に未練たらしくテーブルにしがみついていたが、手をとられると、引きずられるように食堂を後にした。
- 290 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月06日(金)15時56分57秒
「次は何をするんですか?」
「そうね……補助やりたい?私の見た感じじゃ、攻撃でガンガン押して行くだけでもそれなりの使い手になると思うけどね」
「もう少し、攻撃の方に時間割きたいですね。あと少しだけ…」
「よし、それじゃ、応用編といきますか。とりあえず、マネしてね」
昨日と同じ場所につくとアヤカさんは、空を光球でいっぱいに埋め尽くした。
その光景に、口を開けたまま、圧倒された。
その数はもちろん、その1つ1つに大きな力が込められていることが手にとるようにわかったからだ。
「はい、ぽかーんとしない。さ、やって」
「は?」
「いや、マネしてって言ったじゃん」
(そんなのできるわけないじゃん)
心では否定しながら言われるがままにとりあえずやってみる。
アヤカさんがやっていたように、最初、いつもよりもかなり大きめに光球を作り出した。
そして、そこからイメージを膨らませると、細胞分裂を行うかのように次々と光球は、その数を増やして行った。
「おぉ!出来たよ」
「何も無理な事言ってたわけじゃないから、できなかったら逆に困るんだけど」
「で、これどうするの?」
「よし。それじゃ、それを私が作った方にぶつけてくれる?」
- 291 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月06日(金)15時58分33秒
言われるがまま、空目一杯を覆っている光球をアヤカさんのそれ目掛けて一斉に放った。
そんな私の動きに同調するようにアヤカさんもまた、こちらに向けて光球を放った。
2つの光球が相殺し合うたびに、大きな音と衝撃を当たりにまき散らしている。
いくらか時間が過ぎ、こちら側の持ち球がある程度無くなりかけ、あっという間に最後の1つになってしまった。
そして、最後の1つが今までの衝突で出来上がった砂煙りの中を突入していくと、こちら側には何もなくなった。
最後の音が止んだのを確認すると、その場に立ち尽くした。
ある程度、砂煙りが止むまで待とうと思ったが、アヤカさんのいた方向から一度、強い風が吹くと砂煙りを吹き飛ばした。
(あー、風を生み出したんだな)
そして、視界が晴れた向こう側の映像に少し自分の目を疑った。
「うーん、まあまあだね」
同じくらいの量を作ったはずの光球。
しかし、私の目に映ったアヤカさんのそれは、まだ半分以上の数を残していた。
「なんで?なんでそんなに残ってんの?」
「ここは素人じゃどうにもできないところなんだよ。
魔法は使った分だけ、その力を増すの。
現時点じゃどうあがいても私には勝てないんだ。
まぁ、いくつも作るよりは、1つを集中して作ったら駆け引き上は同程度になるけど、実践向きじゃない。
それはわかるよね?」
- 292 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月06日(金)15時59分17秒
「昨日みたいになっちゃうんでしょ」
「そう、ああいう風に力が入らなくなる。だから、毎日使い続けるしかないの。そのせいで、魔法使いは年をとった方が強いんだよ。だから、魔法使いは損なんだ。武術の人は、最初から強いって事はあるけど、魔法使いはそれがないからね。まぁ、極稀に初めから強い人間もいることにはいるんだけど、それは突然変異か血がなせるものかな」
「血?」
「うん。王家の血だったり、そういう力が強い人の子どもだったりね」
「ふーん。そっか、じゃあ、私は地道に頑張っていきますか」
「オーケー。わかってるじゃん。それじゃ次、行こっか」
アヤカさんが教えてくれたことに納得したわけではなかった。
昨日出来上がったはずの私の小さな自信は、血とか突然変異とか自分ではどうにもできない部分で否定された。
しかし、それは同時に努力すれば、誰でも強くなれるということを示してくれた。
小さなことで一喜一憂しながら、アヤカさんの後をトボトボとついて行った。
しばらく歩くと、今度は森の中へとその場を移した。
- 293 名前:しばしば 投稿日:2003年06月06日(金)16時02分55秒
- 更新終了
空板は、回転が速いね、何もしないとすぐに下がっていく。
後藤編が思ったよりペースが良い。
でも、魔法の制約とかをちゃんと決めてなかったから、埋め合わせが大変。。。
そして、読んでいる人もいるのかわからずに、ただ黙々と進む。。。
また来週
- 294 名前:和尚 投稿日:2003年06月07日(土)11時55分31秒
- 読んでますよ〜。
ごとーさんのマイペースが良いなぁ〜。
しかも何気に魔法レベル高いし(笑)
更新頑張って下さい。
- 295 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月13日(金)16時16分17秒
ある程度陽があたらないような、深い部分にまで到達すると、そこで足を止めた。
「よし。次は、補助だね。この前、シールドは張ったから覚えてるよね?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃ、今からここからの道に私が仕掛けを作るからその攻撃を防いで、森を抜けてきて。何か他の補助魔法使いたかったら使ってもいいし」
「わかった」
「じゃ、先に行くから。そーだね……これを付けてて」
アヤカさんはポケットから1つの首飾りを取り出すと私に手渡した。
受け取ると、言われるがままにそれを身に付けた。
「んじゃ、この砂がなくなったらスタートね」
アヤカさんは最後の一言を言い残すと、砂時計を置き、木々の中を進んで行った。
……
……
……
言い付け通りに砂が無くなったことを確認してから、木々が生い茂る森の中へと一歩を踏み出した。
- 296 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月13日(金)16時19分01秒
ほどなくして、バカみたいに正面から迫ってくる光の球をシールドを張ることなく、身を翻して避けた。
すると、着地した足が物凄い勢いで上へと引っ張られた。
「おわ!?」
どうやら、物凄く初歩的なトラップに引っ掛ったようだ。
つまり、あのバカみたいにわかりやすい光の球を避けた時点で私は、相手の思惑通りに動いていたことになる。
フと見た隣の木にも同じようなロープが結んである。
「意外に細かいんだな。しかし、あの短時間で、よくここまで。まだ最初の方なのに」
思うがままの感想を口に出したが、いつまでも片足を木にぶら下げたままの状態を保っている必要もないので、
爪先に意識を集中させ、細い光の刃をロープに向けて放った。
簡単にロープをちぎると、落ちていく空中で体勢を立て直し、しっかりと足から着地した。
すると、今度は、頭上から先程、私が造ったモノと同様だが大きさの異なるモノが無数に降ってきた。
たまらず、今度こそシールドを張ってガードする。
- 297 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月13日(金)16時20分18秒
降り注ぐ光の刃を弾くたびに、火花のように飛び散っては消えていくのが見える。
シールドを張る時に何かと不便なのが、両手を前に出していること。
アヤカさんが言うには、なんでも慣れの問題で手を出すことも無くなるらしいのだが。
そんなことを考えているうちに、降っていた光の刃は消えていた。
シールドを消すと、反対側に仕掛けられていた罠をかわし、道を急いだ。
鼻歌まじりに道を進んでいくと、少し嫌な感じがしたので、足をとめると後ろを振り返った。
「こんな時ばっかり、勘が当たるんだよね」
皮肉まじりで漏らした言葉の先には、無数の光球がついてきていた。
こちら側も同じ程度の量を作り出し、相殺する方法もあったけど、造り出す前にアヤカさんの言葉が頭をよぎった。
「確か、補助≠チて言ってたよね。やっぱそれ使わないとダメか」
掲げていた右手を降ろすと、両手を前に出して、目の前にシールドをはった。
- 298 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月13日(金)16時21分00秒
ピシ…ピシピシ……
しばらく、飛んでくる光球を防いでいると、どこからか無機質な音が聞こえてきた。
よく見ると、広げた両手の先にあるシールドにヒビが入り始めていた。
それは、弾くたびに大きさを増していっている。
しかし、向こうから飛んでくる光球が減る気配はない。
「ありゃ、どうしよ。コレ破れちゃったらまずいもんな……そーだ!」
とっさに対処法が思い浮かんだが、成功する確信はなかった。
それでも、やらないよりはマシなので、とりあえず、やってみることにした。
ヒビが入ったシールドにもう一枚重ねて張った。
すると、気持ち厚さが増し、ヒビはそれ以上広がらなくなった。
「成功じゃん。意外になんでもできるもんだね」
私が読んだ本やアヤカさんの話を聞いてるだけでは、やろうとしてもできないことがいくつか載っていた。
その中には、昨日呼び寄せた、雷。
それに、今やったシールドの重ね掛け。
これらは、それ事体の記述が少なかったり、アヤカさんもわからないようなモノ達だった。
- 299 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月13日(金)16時21分38秒
こんな感じで、前人が築き上げた過去の産物を、私1人が実行できることに優越感を感じると同時に困惑が入り交じっていた。
「こんなことができても、私は普通の人と変わらないんだよね」
まだ、どこかで諦めきれていない自分がいた。
自分が特別な人間でないとわかった時点で、それはそれでしょうがないことだと思ったはずなのに。
いろいろと考えているうちに、最後の1つを弾いた。
無くなったことを確認すると、いつものようにシールドを消そうとした。
しかし、思いとは裏腹にソレが消えることはなかった。
「ありゃ?なんでだろう?………まいっか、置いてこ」
消すのが無理ならと、地面に置いていこうとしたが、一定距離を保った手から離れることはなかった。
何度か手を上下に振っては見たものの、一向に離れず、どうにかして離そうと考えたが、いい考えが思い浮かばなかったので、仕方なく気にせずに進むことにした。
「ま、アヤカさんが何とかしてくれるか」
手に持たない、決して触れることのできない盾を持ちながら、出口への道を急ぐ。
- 300 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月13日(金)16時22分14秒
どれくらい歩いただろう。
出口への道自体は、アヤカさんが通った後を辿るだけで迷うはずはない。
それに、進む道の先々にトラップが仕掛けてあることから、目的の場所へと進んでいることは、明らかだった。
近くで見つけた小石を蹴りながら、彼女が歩いた後をなぞっていく。
すると、何度目かに蹴った小石は、私がもうすぐ歩くであろう道の中へと吸い込まれていった。
不思議に思い、今度は先程の小石よりも随分と大きい石を投げてみると、そこには、大きな穴が広がった。
「……これは、落ちたら死んじゃうよ」
落ちないように覗き込んだ穴は、深過ぎて底が見えないほどだった。
道の真ん中に出来上がった大穴に落ちないように、慎重に通り過ぎると、先程とは違った意味で先を急いだ。
- 301 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月13日(金)16時23分02秒
落ちないように覗き込んだ穴は、深過ぎて底が見えないほどだった。
道の真ん中に出来上がった大穴に落ちないように、慎重に通り過ぎると、先程とは違った意味で先を急いだ。
ようやく、陽の光が見える場所まで辿り着くと、今度は今までの場所とは勝手が違った。
先程までなら、暗闇の中を飛んでくる光球に気付きはしたが、この明るさでは、それもままならない。
さらに、こっちは暗いところから明るいところに出たせいで目がチカチカしている。
「こんなことを考えていると………くるんだよね」
やはりというべきか、予感は的中する。
しかし、その攻撃は私が防御の意志を明確にする前に弾かれる事になった。
いつまでもまとわり付いていた、離そうとしても離れなかった、あの防御シールドが勝手に動き、私の身を守ったのだった。
「な、なんだ!?」
- 302 名前:しばしば 投稿日:2003年06月13日(金)16時29分03秒
- 更新終了
後藤編を書いていると、その先のストーリーばっかりが、
思い浮かんできて、先に進みたいのに進めないジレンマを感じております。
しかし、久しぶりにテレビで見たごっちんはかわいかった。
自分が柴ヲタなのを忘れそうでしたw
和尚さんへ
レスありがとうございます。
やっぱり読んでいる人がいると分かると、俄然やる気が出るもんです。
同じ畑の者同士、お互いがんばっていきましょう。
他にも読んでる人は、出来ればレスつけてくださいね
まぁ、強制するものではないけど
- 303 名前:和尚 投稿日:2003年06月17日(火)16時03分57秒
- 気になるトコで続くですか・・・。
この後の展開が非常に気になります〜!
ごとーさんの夢の中で泣いてる小さないちーちゃんも気になります。
気になるトコがたくさん出てきて次回更新が楽しみです。
- 304 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時05分33秒
従来のシールドは、本で読んだにしても、アヤカさんの話を聞くにしても、
私のような初心者が自在に動かす事ができるものではないらしい。
慣れてくれば、自由に出し入れができ、自在に動かすことができるようになるらしいのだが……今の動きは明らかに、私の意志ではなく、仕掛けてある魔法の力に反応して勝手に動いたものだった。
「そっか。さっき勝手に動いたみたいに、目で追うんじゃなくて、
力を感じればいいのか……でも、力なんて感じれないし」
先程の出来事を不思議に思いつつ、まだ慣れない目をパチパチさせながら歩くと、出口に辿り着いた。
「遅いじゃない。ほとんど仕掛けてないのに」
「いや、それが……」
「あっ、首飾り返して」
いろいろと説明しようと思った私の言葉を遮って、アヤカさんは私が付けていた首飾りを自分の手に移した。
- 305 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時06分09秒
「じゃ、言い訳をどうぞ」
「う゛、とにかくこれ見てよ」
そう言って、自動で動く防御シールドをアヤカさんに見せる。
もちろん、ここに辿り着くまでにそれが消える事はなかった。
「これ……どうしたの?」
アヤカさんは不思議そうな顔で、シールドを指さしている。
そんなアヤカさんに向けて、重ね掛けを行った時の状況を簡単に説明した。
いつも通りにシールドを張っていたら、ヒビが入ってしまった事
それを補う意味で、試しにシールドを重ね掛けしてみた事
そして、私の意志で消す事が不可能な事
最後に、魔法の力を感じて自動でそれを追い掛ける事
それらを説明し終わると、1人で頷いていたアヤカさんが口を開いた。
「なるほどね、重ね掛けをした事で、自動追尾の反応型シールドが出来上がったと……」
腕を組み、右手の人さし指を口にあてながら考えを述べるアヤカさんに、同調するように頷く。
- 306 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時06分53秒
「たぶんね、今もう一回同じ事やってみろって言ったら、無理なんだよ。
でも偶然できたのは、あまり問題じゃなくて。
それよりも、私はその魔法を見た事ないんだよね」
「それならね、その目で見てみればいいじゃん。ごとーは動かないから」
別に意地を張る気はなかったけど、現在に存在していない魔法を私が造り出したということに対する喜びと、
それを信じないと言う人に対する多少のいら立ちが入り交じり、気付けば挑発するような事を口走っていた。
その言葉をどう受け止めたのか、アヤカさんはしばらく無言で立ち尽くした後、おもむろに右手を前に出した。
すると、次の瞬間
ほんの一瞬、すごい速さでまぶしい光が目の前を通り過ぎていった。
何が起きたのかわからず、咄嗟に手で顔を隠していた
「わかる?
こうやって、殺傷能力を持たない程度で光だけを飛ばす事だってできるんだよ。
この光には反応しなかったでしょ、それ。
目が暗んでいる間に剣とか槍で切れば終了ってわけ。
それに、全部が全部飛ばす形の魔法じゃないの。
それは、本に書いてあったでしょ、熟練者になればなるほど距離は関係ないものになるんだよ」
- 307 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時08分14秒
「………………」
「それに、私の言ったもう一度できないって意味はそういうんじゃなくて。
冷静に考えれば、それを造る必要がないってこと。
相手が魔法覚え立てのような場合には、役に立つとは思うよ。
でも、初見の相手が覚え立てかどうかなんてわからないじゃない。
まして、戦いの中で力量を図るなんて簡単にできるようなものじゃないし、
ということは、造ることに意味がないじゃん。
だから私は造った事ないし、見た事もないんだよね」
この説明を受けた時に、私は自分が特別な者である事への憧れを完全に捨て去った。
しかし、やはり言われたままは腹が立つ。
「じゃあ、それはもういいよ。それより、あの落とし穴は何さ?あんな子ども染みたことして」
「は?落とし穴なんて私、仕掛けてないわよ」
「え?じゃ最初のロープは?」
「ロープ?あのさ、さっきから何言ってるの?
ちゃんと、私が言った道を通ってきたの?」
- 308 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時08分45秒
思わぬ肩透かしを喰らうとはこの事を指すんだろうな。
なんて事が一瞬、頭の片隅を掠めたが、どうやら本当にアヤカさんは何の事を言っているのかわからないような顔をしている。
「じゃあ、アヤカさんじゃないの?」
「だから何の事を言ってるのよ」
「だって、入り口にはロープがあったし、途中にはえらく深く掘った穴があったじゃん」
「穴にロープね……ちょっとの間、ごっちん動いちゃダメだよ」
何かを思いついたアヤカさんに静止をうながされた後、彼女は地面に手を付くと、一瞬俯くとあたりをきょろきょろと見回し出した。
そして、一通り見終わると、声を出さずに手招きをしている。
- 309 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時09分39秒
「あのね、近くに人がいるから。それも2人。
…キョロキョロしない」
「……なんでわかんの?」
「それは後でね。それより、たぶんね、これ食堂で話していた盗賊だと思うんだよね」
「…で、どうするの?」
「……やってみる?とりあえず向こうはこっちに気付いてるんだ。」
「だから、なんでわかんの?」
「ちゃんと後で説明するから。
幸い、こっちにはあの変なシールドがあるから、向こうが魔法使ってきた時にも対処できるからそれはオーケーとして。
報告によると、片方が魔法を、もう片方が体術専門らしいんだよね。
だから、体術の方をごっちんね」
「なんで、勝手に決めるのさ。
それに、さっきまであのシールドのこと滅茶苦茶に言ってたのに、使うの?」
「使えるモノは使うの。要は使い方よ。
それに、ごっちんは、私よりも体術いけるでしょ。身体能力も高いし」
「まぁ、それはそうだけどさ。……で、どこにいるのさ?」
その返事をする事なく、アヤカさんは立ち上がると後方の茂みの中に、風を起こした。
- 310 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時10分32秒
ほどなく茂みは丸裸となり、そこに2人の子どもの姿が見えた。
向こうが身構える前に、アヤカさんは、私の背中を押すと、自らは一定の距離をとるために離れていった。
(何も押さなくても)
走りながら考えていると、少女の1人もまたこちらに向けて走ってきているのが確認できた。
奥の方に見えるもう片方の少女は、なにやら思考を巡らしているように見えた。
(奥の娘が魔法を仕掛ける前に、この娘を片付ければ)
その姿に油断をしていたわけではなかったが、相手の初撃を受け止めた時に自分の考えの甘さに気付く。
とにかく重いのだ。
少し踏ん張れずに、一歩だけ後ずさると、向こうもさすがにそれを見逃さない。
くり出される拳に対して、いちいち受け止めるのだが、いかんせん1発1発が重いためにそう何度も受け止めるわけにはいかない。
何発かの後にタイミングを図ると、拳を両手で掴み、後方へと投げ飛ばす。
「うわぁぁ……いで!」
相手が受け身をとる前に、なんとか体勢を立て直そうとしたのだが、投げられた当人の姿に少し戦意が薄れた。
受け身をとると思われた相手は、そのまま地面へと叩き付けられている。
(イロハはちゃんと習ってないの?)
その考えとともに、対処法がいくつか頭に浮かんだ。
- 311 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時11分25秒
「ごっちん!後ろ」
突然のアヤカさんの言葉に後ろを振り返るとそこには、光の矢が3本こちらに向かってきていた…
…が、それは自動で動くシールドによってガードされる事になった。
しかし、それに続くように放たれた大きな光球が、いとも簡単にシールドを撃ち破った。
(この力は聞いてないよ!?)
破られた事に驚いたが、その場に立ち尽くすわけにもいかないので、
光球を間一髪でさけると今度は、地面に倒れている少女に向き直る。
「アヤカさん!結局何もしてないじゃないですか!!」
「あ、バレた?」
その言葉に彼女の表情を見る事なく、やる気の無さを感じると、
奥の少女に牽制の意味で何発か光球を放ち、その結果を見ずに今度はもう1人の少女と対峙する。
投げられる事を警戒してか、先程のような乱打を繰り出してくる気配は見せないが、どうにも嫌な距離を保っている。
こちらから飛び込んでもいいのだが、それは私の勘が警鐘を鳴らしている。
どうすればいいかわからず、両方とも動かぬまま膠着状態が続きそうになった。
そこに、アヤカさんの言葉が頭をよぎった。
- 312 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時12分18秒
すぐさま右手を前に出すとその一瞬の後に少女がたじろいだのを見逃さずに腹に渾身の1発を打ち込む。
「っつうー」
打ち込んだ右の拳はまるで鉄の板を叩いたかのような激痛に襲われた。
思わず顔を歪め、天を仰ぐと、
次の瞬間、視界から少女は消えていた。
「こっちやで、ネーちゃん」
声のする方向を振り向くと、そこには2人の少女が立っていた。
片方の少女はまだ、目を擦っている。
「今日はこれくらいにしといたるわ」
「しといたるのれす」
捨て台詞のような言葉を残して、2人の少女は森の中へと消えていった。
「なんだったんだ?あの2人」
「あーあ、逃げられちゃった」
(まったく、この人は……)
まるで自分は関わっていなかったと言わんばかりに言葉を発するアヤカさん。
- 313 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月20日(金)16時13分05秒
反論しようと思ったけど、右の拳が思ったよりも腫れ上がっており、そちらの方が気になった。
「はい。じゃあ、手見せて」
言われるがままに右手を差し出すと、彼女は自分の両手を包み込むように被せる。
そのまま暖かい光に包まれ徐々に痛みが引いていくのがわかった。
「なかなかやるじゃない。私が見せた光を飛ばすだけの魔法をそのまま実践で使っちゃうなんて」
「あれでしょ。要は使い方」
「ふふ、言うわね」
「でも、最後のは痛かったよ」
「私も驚いたよ、まさかあのちびっ娘があそこまでできるとはね」
「……何もしなかったくせに」
「治療止めるよ」
「ああ、ごめん、ごめん。……でもアレは何したの?」
「あれは、遠隔の補助魔法だね。そして、驚くべきは遠隔のくせに効力が高いこと」
「‥‥‥あたしよりも、魔法の力は上ってこと?」
「どうだろうね。
あの突っ込んできた娘を見る限り、誰かに習ったような感じじゃなかったから、自己流のモノだよね。
当然もう片方も人に教えられたものじゃないとするなら……まだごっちんのほうが上じゃない?
なんせ私が教えてるんだしさ」
- 314 名前:しばしば 投稿日:2003年06月20日(金)16時16分56秒
- 和尚さんへ
気になるとはなんともありがたいお言葉を。
市井の過去の話は、かなり先のほうにならないと、わからない設定ですけど
気まぐれの性格なために、気づいたら書いてるかもw
そして更新終了
ちびっ子盗賊はもちろんあの二人
そして、後藤編もそろそろ終わりのほうになってきました。
スットクだと、もう次のことを考えてるんですけどね。
では、また
- 315 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時31分36秒
治してもらっている分、さっきのやる気のことは触れない事にした。
あと、少し調子にのってる事も。
もしかしたら、この事を折り込んだ上で何もしなかったのかもしれないけど。
それよりも、私には聞きたい事があった。
「それより、人がいるとかなんでわかったのさ?」
「あぁ、教えてほしい?」
少し勿体ぶるアヤカさんは、「どーしよーかなー」と嬉しそうに呟いている。
まるで、はやく催促しろと言わんばかりに。
「教えてよー」
「しょうがないな。あれはね、誰にもマネできない私だけの力なんだ。ほら、今日の最初の方で話したでしょ、血とか突然変異って話。
私は特別なの。
うちの家系では代々、大地に手を付く事で誰がどこにいるか、何を話しているかを知る事ができるんだ」
「ほわぁぁ。そりゃあ、すごい」
「ま、そんなに遠くまでは無理だけどね。自分の目で見える範囲ならなんとかなるんだ」
私の反応に得意げな顔をしているアヤカさんだったが、そんな特別な事を他人の前でペラペラと話してもいいものだろうか。
例によって、それを口に出す事はなかったけど……。
「はい、終わり。言っとくけど、治癒魔法なんてのは、気休めでしかないんだからね。
感覚的な痛みはとるけど傷を完全に治すのは無理なんだから。
最低でも今日は無理しちゃダメだよ」
「はーい」
「本当にわかってるのかね」
- 316 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時32分37秒
私ののんきな返事を受けて返した、ため息まじりに投げかけた言葉は、その口調とは違い顔はどこか満足げだった。
「で、これからどうするの?」
「んー。今日は、もう終わりだよ」
「えー」
「あのね、いろいろ力使ったでしょうが。それに、手だって今は安静にしてないとダメな状態なんだから我慢しなさい」
「ちぇー。」
「はいはい、ふてくされない。明日からは、手の様子を見ながら、私と実践形式で修業だかんね。そのための休養も兼ねるんだから」
「‥‥本当に?やったー」
「はいはい、はしゃがない。わかったらしゃきっと歩く、そしてしっかり休む。わかった?」
「ほーい」
最後の説明で、今までの気持ちがすべて吹っ切れた。
私の気持ちを上手くコントロールする術を知っているかのように、うながされるまま、その日の修業は終了となった。
- 317 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時33分17秒
- そして、数日後___
あの日から何日か経って実践形式での修業が続いていた。
問題だった手は、次の日には完全に治っており、全く支障はなかった。
「あ、ずるーい。治療魔法使ってるよ。ドーピングだ、ドーピング」
「なによ、ドーピングって。
いいでしょ、別に。ただでさえ、ごっちんは力が強いんだから。それに使えない方が悪い」
「教えてくれないじゃんよー」
「私は紗耶香に言われた力しか教えてないからね」
「いちーちゃんのケチー」
この日2度目の対戦を終え、小休止中のやりとり。
- 318 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時33分52秒
「ねー、これいつまでやるの?」
「ん?
そろそろ終わるつもりだけど」
「えっ。じゃあ、次は何するのさ?」
「何もないよ。終了、おーわーり」
「えーーー。」
「だって、昨日紗耶香に報告した時に、これ以上やらなくてもいいって言われてるし。」
「いちーちゃんのケチー」
「だーれがケチじゃい」
この日2度目のケチ発言にあらぬ方から声が聞こえてきた。
「さっきから聞いてれば人のことケチ、ケチ、ケチ、ケチってごとーのこと思ってこっちは、指示してんだから」
「!!
いちーちゃん。なんでいるの?」
「今日で終わらせるようにアヤカに言っといたから、最後だしどんなもんか見にきたんだよ」
急に後ろから現れた市井ちゃんに、アヤカさんは一言告げると、お城の方へと戻っていった。
- 319 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時35分30秒
それを見送った市井ちゃんは、改めてこちらの方を振り返った。
「ま、今回はこっちで勝手に線引きさせてもらったけどさ、なかなかイイ感じだね。もっとダメダメかと思ったけど」
「へへ〜ん。頑張ったもんね」
「そっか‥‥あのさ、これから後藤はどうしたい?」
こちらの軽いテンションとは少し懸け離れた声が、聞こえてきた。
何の事かわからず、不思議そうな表情を浮かべていた私に、軽く微笑むとさらに言葉を続ける。
「後藤は、友達と武術大会に出るための準備でこの国にきた。で、それが終わった後の予定は?」
「‥‥‥何も考えてないよ」
「もしだよ。もし、後藤がよかったらなんだけど、うちの国に来る気はない?もちろん、嫌なら嫌でいいけど」
「えっ!?」
突然の言葉に、妙に慌てる私をおかしそうに見つめる、いちーちゃん。
- 320 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時36分12秒
そして、次に出されたどうにもいやらしいニュアンスの一言。
「そんなにいやなの?」
「そんなわけないじゃん。でも‥‥」
「でも?」
「先のことなんて考えた事ないしさ、それに今は梨華ちゃん達といるのが楽しいんだよね」
「そっか。まぁ、無理矢理な頼みでもないから、忘れてもいいよ」
「ごめんね。‥‥でも、武術大会が終わって、それより更に強くなりたいと思った時か、いちーちゃんの側にいてあげてもいいかなーと思った時は、考えてみるよ」
「うん、いつでもおいで。でも、最後の理由なら来なくてもいいよ。そんな理由できたら知らないふりだね。あんただれー?って」
「なにそれー」
少し真面目な話をしていたはずなのに、気付けばいつもの感じになっていた。
ここ2週間近く、話はしていなかったが、国の為に働いているいちーちゃんの笑顔は極端に少ない。
もちろん、下の者への示し?みたいな事があるからだとアヤカさんは教えてくれた。
(いちーちゃんの笑顔を引き出す事ができるのなら、この国に来るのもまんざらじゃないかな)
- 321 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時37分02秒
「何笑ってんの?」
「ん、なんでもない」
どうやら、いろいろと考えているうちに顔がにやけていたようだ。
慌てて表情を戻すと、今という期を逃さずに話す事にした。
「今日は、お仕事はないの?」
「いや、あるよ。いまちょっと、休憩中」
「なーんだ。つまんないの」
「それはしょうがないんだから。さて、そろそろ行かないと」
「えー。」
「とりあえずこれでお別れだね。
今日中に水の国のお城に行くようになっちに話つけてあるから。
1人でいける?無理なら誰かつけるけど」
「なんでそんなに勝手に決めるのさー。いちーちゃんのケチ」
「どこがケチなんだよ。それをいうなら過保護とかじゃないの?」
「じゃ、それ」
私の答えに両手を上げてお手上げのポーズをとるいちーちゃん。
見事に溜め息のおまけ付き。
- 322 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時37分49秒
「で、1人で行けるの?行けないの?」
「う‥‥、道がわかんないや」
「だと思ったよ。じゃあ、連絡入れとくからここでしばらく待ってな。荷物も一緒に持ってこさせるからさ」
「荷物?ごとーは、手ぶらで来たよ?」
「市井からのプレゼントだよ。それとも、いらない?」
「全然そんな事ないよ。ありがとう、いちーちゃん。よ、太っ腹」
「まったく、ケチって言ったり、太っ腹と言ってみたり」
ぼやきながら戻っていくいちーちゃんは、どこか嬉しそうだった。
言われるがままに、その場で適当に時間を潰して待っていると、馬に乗った人がこちらに近寄ってくるのがわかった。
「あなたが、真希ちゃんね。わたし、ミカっていいます。
紗耶香さんに頼まれて来ました。
それで、これが紗耶香さんからの贈り物です」
「あっ、ども」
- 323 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時38分48秒
ミカと名乗った彼女は、テキパキと話をすすめた。
いちーちゃんからの荷物を手渡されると、「日が沈む前についた方がイイですよね」といい、こちらが返事をするのも聞かないままに私を後ろにのせると、走り出した。
わけがわからず、必死に振り落とされないようにミカちゃんにしがみつく。
そんな私の事を気にしてか、最初は、ゆっくりだったスピードも、あっという間に上がっていく。
最初は、首が上下に揺れて気持ち悪かったけど、それも慣れてくると心地いい眠りの波動をだしているようにも感じられた。
「真希ちゃん、起きて。着いたよ」
次に私が目を覚ました時には、すでに、水の国のお城に辿り着いていた。
どうやら、心地よい振動に眠ってしまっていたようだ。
送ってくれたミカちゃんにお礼をすると、彼女は颯爽と去っていった。
「さて、勝手に入っちゃっていいのかな?」
一瞥すると、門番の人以外いる様子もなかったので、しれっと話しかけた。
- 324 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年06月27日(金)15時39分27秒
すると、ミカちゃんが話をつけておいてくれたらしく、安倍さんのところまで案内してくれた。
「なっちさーん。お久しぶりです」
「あれま、真希ちゃん。今日来るって聞いてたけどずいぶんと早いんだね」
「はい。ミカちゃんに送ってもらったんで」
安倍さんは話す内容と違って全然驚いたような表情はしていなかったけど、「そっか、そっか」と、笑顔を見せていた。
「で、梨華ちゃんは?」
「それがねー。もう、詰めの段階なんだけど‥‥ま、ちょっと連れてくるから待ってて」
安倍さんは、そう言い残すと、どこか行ってしまった。
私は、何をしていいのかわからなかったが、その場に座り込むといちーちゃんから渡された荷物の中身を見る事にした。
ミカちゃんに渡された時から気になっていたけど、やたら重い。
「はぁー‥‥なんじゃこりゃ?」
- 325 名前:しばしば 投稿日:2003年06月27日(金)15時48分16秒
更新終了
ようやく石川編と後藤編がつながった。
これから、少しだけおまけを加えて、ようやく進んでいくと思います(たぶん
改めて大まかな流れを考えてみると、全然終わる気配がない…
まぁ、読んでる人がいるのなら、気長にお付き合いください。
あと、来週からテスト期間になるので少し変則的な更新になりますが、ご勘弁を
- 326 名前:和尚 投稿日:2003年07月03日(木)13時22分09秒
- 石川編、後藤編つながり&更新お疲れ様です。
ミカは風の様な人ですね(笑)
[ ^д^]<OH〜
はてさて、いちーさんが渡したのは何だったのかなと気になるトコです。
おまけを加えて、話が進むという事なので楽しみにしています。
- 327 名前:しばしば 投稿日:2003年07月07日(月)17時19分10秒
- 毎週更新するつもりだったんですけど
ちょっと、テスト期間中なので、予定では7月は姿を消します。
都合が付けば、なんとかするつもりですけど、
次回の更新は、早くても20日以降になると思います。
待ってる人には申し訳ないですけど、しばらくお待ち下さい。
- 328 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月01日(金)01時46分41秒
- マータリ待っています
- 329 名前: 4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月01日(金)18時39分11秒
最初に顔を出したのは、どこかでみたブ厚い本。
またも目の前に現れた書物に溜め息をまぜつつパラパラとめくる。
すると、中から一枚の紙切れが落ちた。
『これは、私からの贈り物だよ。
修業はまだまだ終わらない。 By アヤカ』
こんなところまでしっかりと自分の役目を果たしている彼女に感じた感心と少しの不満。
(何も本じゃなくても)
めげずに、次を出すものの、出てくるのは本ばかり。
そして、めくっては出てくるアヤカさんのありがたいお言葉。
「これじゃ、いちーちゃんからの贈り物じゃなくて、アヤカさんからの宿題じゃんよー」
本を一通り取り出すと、袋をさかさまにする。
すると、中から一枚の紙と腕輪が落ちてきた。
最初に腕輪を拾うと、左手の方にそれをつけてみる。
そして、改めて紙を拾い上げると、そこにはいちーちゃんの字で文字が書かれていた。
『この腕輪あげるよ。がんばりな
紗耶香』
1枚の紙に小さな字でただ、それだけ。
空白の部分にいちーちゃんからの気持ちを感じると、左腕につけた腕輪に手をやる。
何の変哲もないそれは、重くもなく軽くもない不思議な感じがした。
少しの間、いろんな思いにふけったが、散らかしっぱなしの状況に気付くと、誰かに言われたわけではないが、慌てて本をしまう。
「あー、だれよ。こんなに散らかしたのは!」
「すいません」
不意に聞こえてきた声に反射的に謝った。
- 330 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月01日(金)18時40分57秒
「あれ、ごとーじゃない。」
「んあ?圭ちゃんじゃん。なんだー、ビックリして損したよ」
「ビックリじゃないわよ。それに何よ、圭ちゃんって。」
「何言ってんの、圭ちゃんとごとーの仲じゃん。それより、片付けるの手伝ってよ」
「なんか、たくましくなったわねー。それともアヤカに何か私のコト言われたの?」
「なんで?圭ちゃんとアヤカさん知り合いなの?」
「言われてないならイイよ。それより、ほら、これどうしたらいいの?」
いつの間にやら圭ちゃんの手に治まった書物達は、その行き場を探していた。
私は空になった袋を広げると無作為にその中へと放り込んだ。
「そういうところは相変わらずなんだね」
「えー、だって、これアヤカさんからの贈り物なんだもん」
「あの娘も好きね」
「それがさー、聞いてよ‥‥」
それからしばらく2人で話していたけど、私が梨華ちゃんを迎えに来たことを話すと入り口まで歩いていくことにした。
するとちょうど梨華ちゃんの姿を見る事が出来た。
「おぉっ、梨ー華ちゃーん!」
私は彼女の名前を呼ぶと、大きく手を振った。
- 331 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月01日(金)18時42分43秒
向こうもそれに気付いたらしく、先を行くなっちさんを追い抜いて、こちらに走りよってきた。
「久しぶりだね」
「うん。でも、なんでこんなに早く終わったの?」
「なんかね、私にはよくわからないんだけど、OKが出ちゃったから終わったみたい。梨華ちゃんは?」
「私はまだもうちょっとかかりそうなんだ」
「そっか。じゃぁ、ごとーは待ってるね。一応あゆみとの約束の日までには間に合うように頑張って」
「うん。じゃあ、また戻るね」
梨華ちゃんはどこか慌てたようにまた来た道を戻っていく。
その途中でなっちさんに何ごとか言われていたけど、それを制し暗闇の中へと消えていった。
梨華ちゃんの姿を見送ったなっちさんが、こちらに戻ってくると、それと入れ代わるように圭ちゃんが梨華ちゃんの後を追いかけていった。
「ふぅ。ごめんね、まだもう少しかかりそうだよ。今日当たりあるいは‥と思ったんだけど」
なっちさんは、その言葉の後に1つ息を吐いた。
- 332 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月01日(金)18時44分03秒
「あぁ、梨華ちゃんはかなりマイナス思考だからね。」
「そっか、真希ちゃんは一緒に生活してるんだったね」
「うん」
「圭ちゃんがいくらか力のだし方を教えたみたいなんだけどさ、どうにもあの娘の場合は、波が大きいからね‥‥」
「大丈夫ですよ、梨華ちゃんのことは私が一番わかってますから。どうすれば調子に乗るか、どうすれば落ち込むのかも」
「そっか、そうだよね‥‥ちょっと、私も2人の様子見てくるね」
なっちさんは、私との会話もそうそうに切り上げると、圭ちゃんと梨華ちゃんの様子を見に行くために松明を1本、篝火から取り出すと2人の道を辿っていった。
「なんか梨華ちゃんは大切にされてる感じだなー。私なんてほとんど放し飼い見たいな感じだったのに」
また、1人残された私は、門番の人に一礼すると、壁にもたれ掛かるようにしゃがんだ。
どれくらいか後に、不意に肩を叩かれ、自分が眠っていたことに気付く。
「ごっちーん!」
「んあ?梨華ちゃん」
親切な門番さんは、遠くの方に姿が見えてきた梨華ちゃんを発見したらしく、眠っている私を起こしてくれたのだった。
門番さんに再度一礼すると、それが終わるのとほぼ同時に梨華ちゃんが飛び込んできた。
「ん、もう終わった?」
「うん。保田さんに許しをもらったの。これでごっちんと一緒に帰れるよ」
「そっか。で、圭ちゃんは?」
「たぶん、後から来ると思う」
「じゃ、今日はもう遅いし、今日は泊めてもらって、明日なっちさんと圭ちゃんにお礼をしてから帰ろっか」
- 333 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月01日(金)18時46分00秒
梨華ちゃんは私の言葉に頷くと、しばらく待つと2人で現れた圭ちゃんとなっちさんの元へと走りよった。
(まったく、いつもながら忙しい娘だね)
寝ぼけ眼の目をゴシゴシと擦りながらそんなことを考えた。
梨華ちゃんは、ポジティブのスイッチが入っている時の行動力には目を見張るものがある。
しかし、それとは逆にネガティブな状態でいる時は、何をやっても上手く行かないと思ってしまうために、どこか塞ぎがちになる。
それでも、最初の頃はいろいろともがいていたのだが、行動することが無駄だという意見に到達したらしい。
そんな彼女を見守ってきたのが、今までの自分のあり方だった。
それなのに彼女が2人に話しかけている様子を見ていると、どこか寂しい気持ちになった。
「ごっちーーん」
不意に彼女の声に我を取り戻した。
「今日は泊まっていってもいいって」
屈託のない笑顔を見せる彼女にこちらもつられるように笑うと、立ち上がり2人に頭を下げた。
「ささ、中に入って。明日も早いんでしょ」
なっちさんの言葉に、梨華ちゃんは案内するように前を歩き出した。
順路がわからない私は、梨華ちゃんに置いていかれないようについていこうとした。
「真希ちゃん」
不意の呼び掛けに後ろを振り向く。
- 334 名前:しばしば 投稿日:2003年08月01日(金)19時26分52秒
- 久々更新終了
なんだかんだでやっぱり8月になってしまいました。
そして、まだ後藤編は続きます。一応書き終わってますけどね。
今日明日中にまた更新?予定です。
>和尚様
いつもレスありがとうございます。
いちーさんの話はですね、まだまだ先です‥‥6章いや5章でちらっと出るかな
と、頭の中の構想では設定されてます。
>名無しさん
お待ちどうさまでした。
こんなどこの骨かもわからないような作者に
レスをいただけるとはありがたい限りです。
今後も是非ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
‥‥かたいかw
これから、別に技量もないのに生意気にもochiで書かせてもらいます。
今後ともよろしくお願いします。
- 335 名前:takatomo 投稿日:2003年08月02日(土)00時03分54秒
- 更新お疲れ様です。
こーゆー感じの後藤さん好きです。
これからも更新楽しみにしています。
- 336 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月02日(土)02時10分55秒
その間も梨華ちゃんはどんどんと進んでいく。
「真希ちゃんの部屋は別に用意してあるから、ついてかなくてもいいよ」
「あ、そうなんですか?」
「うん。
ちょっとさ、なっちと話しない?」
「‥‥‥いいですけど」
「じゃ、とりあえず、中に入ろうか。
圭ちゃん」
「なに?」
「圭ちゃんは、明日梨華ちゃんに持たせるものの準備をよろしく」
「‥‥わかったよ」
圭ちゃんが先に城の中へと消えていくと、その後からなっちさんと2人でその後をついていく。
なっちさんに案内され、辿り着いた場所は、最初に私が通されたところ。
「真希ちゃん」
「ん。あっ、もっと適当に呼んで大丈夫ですよ。ごっちんとか、ごっつぁんとか」
「じゃあ、私のコトはなっちでいいよ」
「はい。」
「ちょっと無駄なことは省いていくね。単刀直入に紗耶香の様子はどうだった?」
「いちーちゃんですか?
私はあんまり会ってなかったですけど、いつも通りだったと思いますよ。
いつも通り忙しそうだったし」
「そう‥‥そっかそっか。ごめんね、変なこと聞いて。
なんか最近の紗耶香は昔と違う感じがしたから気になってたんだけど、ごっつぁんがそう言うなら大丈夫そうだね」
「昔?」
- 337 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月02日(土)02時17分52秒
「あぁ、私と紗耶香は結構古くからの知り合いなんだ。
結構不思議な巡り合わせだけどね」
「でも、昔からの知り合いなら私なんかよりずっといちーちゃんの事わかるんじゃ?」
「ん‥‥ほら、紗耶香はごっつぁんのことを気に入ってたみたいだしさ。遠くになった昔の知り合いよりも、近くにいる知り合いの方がいろいろわかるでしょ」
「そんなもんですか〜?」
「そうそう。
で、ごっつぁんは何か聞きたい事ある?
なければ、このまま部屋の方に案内するけど」
この言葉に私は少し考えた。
部屋にはパチパチと篝火の音だけが響いている。
「1個聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「梨華ちゃんは、どーなりますか?」
「やっぱそれ気になるよね‥‥圭ちゃんはなんて言って連れてきたかは知らないけどさ。
基本的に私は梨華ちゃんが決めればいいと思ってるんだ。
それは、私がこの地位にこだわってるとかそういう事じゃなくて、ちゃんとここにいるって決めた人間じゃないと、国なんて守れないし、成立しなくなるから」
- 338 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月02日(土)02時20分38秒
「そうですか。
あの、無理言ってすいませんでした」
「無理って?」
「私達が力をつけたいと言ったのをそのまま受け止めてもらって。それでちゃんと面倒を見てくれて」
「なーんだ、そのことか。ごっつぁんはその事を紗耶香にちゃんと言った?」
「言ってない。でも、最初にお願いしたのはなっちだったし」
その言葉になぜか嬉しそうな表情を見せたなっち。
「いいね、なんだか、段々くだけたしゃべり方になってきた」
「あ、ごめんなさい」
「いいよ、なっちもその方が話しやすいし。それより、紗耶香からなんか聞いたりした?」
「ううん、特には何も」
「そう。
じゃあ、明日も早いから部屋まで案内するね」
なっちはそれ以降、無言のまま部屋へと案内してくれた。
途中話しかけようと考えたが、どこか口を開いてはいけない気がして、何度も口を開いては出てくる言葉達を飲み込んだ。
部屋へと辿り着くと、「じゃ、また明日起こしに来るからね」とだけ告げ、彼女は自室へと戻っていった。
- 339 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月02日(土)02時26分07秒
それから数時間後に起こされた私は、なっちと2人、門の前で梨華ちゃんと圭ちゃんが来るのを待っていた。
昨日は知らないうちにかなり深い時間まで起きていたようで、寝たのか寝てないのかわからないような不思議な感覚と共に相も変わらぬ眠気との2つが頭の中で仲良くなったり、喧嘩を始めたりしていた。
そんな私の手には、仕方なしに持って帰る事にしたアヤカさんからのありがたい贈り物。
いくらいらないものでも、それを置いて行けない自分がどこか悲しかった。
「お、来た来た」
なっちの言葉に後ろを振り向くと、梨華ちゃんが圭ちゃんに引っ張られて歩いてきているのが見えた。
「ほら、ちゃんと歩きな」
圭ちゃんから押し出されるようにして前に出た梨華ちゃんは、見なれないスカートを翻し、少し照れくさそうにこちらを窺っている。
しばらくぼーっと梨華ちゃんを見ていた私をなっちがひじで突いた。
(あぁ、そういうことか)
「似合うじゃん梨華ちゃん。まるでどこかのお姫さまみたい」
「‥‥本当に?」
「もちろん。ね、なっち」
- 340 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月02日(土)02時28分38秒
突然のふりに少し戸惑いを見せたなっちは慌てるように、うんうんと首を縦に振った。
梨華ちゃんはそれを少し疑問気に見つめていたが、すぐさま微笑むとこちらへと走りよってきた。
そして、なっちが梨華ちゃんに小さな小瓶を手渡した。
「はいこれ。チャーミーだっけ?ちゃんと大事にしなよ」
中には何やら小さな生き物が瓶からでようと栓を叩いたり、瓶を壊そうと必死になっている姿が見えた。
「梨華ちゃん‥‥その虫みたいなの何?」
私の一言に圭ちゃんとなっちが笑っているのがわかった。
「虫じゃないよ!もう、いい。先に行くからね」
虫という言葉に機嫌を損ねたお姫さまは、2人に一礼すると足早に城を後にしていった。
「あちゃー、怒っちゃったよ。梨華ちゃん、道知ってるのかな?」
「それなら、大丈夫だよ。さっきごっつぁんが虫っていったのが道を知ってるから」
なっちは、まだ虫という言葉に笑っている。
よっぽど気に入ったのだろうか。
というか、私そんな変な事いったのかな。
「‥‥虫じゃなくて、地図だったのか」
- 341 名前:しばしば 投稿日:2003年08月02日(土)02時37分35秒
- 更新終了
これからいつものように毎週更新に戻します。
次の更新でちびっ子盗賊、再登場の予定。
あと2、3回で4章も終わりとなります。
>takatomo様
あぁ、お褒めの言葉ありがとうございます。
ごとーさんは、フワフワした感じで書ければいいなーと思って書いてるんですけど、
そんな感じで受け止めてもらえるのは嬉しいですね。
さて、6期をどうするか考えよう。。。
- 342 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月09日(土)00時31分09秒
「どっちでもいいわよ。それよりごとー、石川のこと頼んだね」
「うん、任せといて。それじゃ、なっち、圭ちゃん、またね」
「また‥‥ね」
最後のなっちの言葉を聞き取らずに私は、梨華ちゃんの後を走って追いかけた。
道を知らないわけではなかった。
何度か圭ちゃんに連れられて、家から水のお城へは行き来をしていたからだ。
それでも、うろ覚えな道を進んでいく。
「梨華ちゃーん。ごとーが悪かったよ、だから返事してよー!」
再三の呼び掛けにも返事が返ってくる事はない、というか後ろ姿さえ確認できない。
いくら梨華ちゃんの足が早くても、私が追いつけないほどではないはず‥‥
いろんな事を考えながら、早くも三分の一程の距離を走ってきてしまった。
どこかで道を間違えたのかと思い、引き返そうか考えていると、さらに先の方から声が聞こえてきた。
「ごっちーーーん!助けて」
その声に更にスピードを上げた。
- 343 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月09日(土)00時33分55秒
しかし、声がする方へと走ってきたつもりだったが、どこにもその姿はない。
注意深くあたりを見回すと‥‥‥いた。
梨華ちゃんは、以前私が引っ掛ったように木に結ばれたロープに片足をつられ、逆さ吊りになっている。
「何やってんの?」
「見たらわかるでしょ。少し休もうと思って木にもたれようとしたら足をつられたんだって。早く助けてよ」
「‥‥‥‥ピンク」
「なにが?」
「梨華ちゃんのパンツ」
「もー、だから嫌だったのに保田さんが無理矢理着せるからこういう事になるのよ。もう全部保田さんのせいだよ」
「いや、それは違うかと」
「どーでもいいから、とりあえず、早く助けてよ」
「はいはい」
どこか自分勝手な言い分。
これが梨華ちゃんの本当の姿だった。
最近見る事がなかった自分勝手な言い方に少しホッとすると手早くロープを切るために木に近付いた。
その瞬間、何かの力を感じて後ろへと飛び退いた。
飛び退く際に舞った髪先をかすめるように大きな光球が通り過ぎていった。
「やっぱりか。罠が一緒だったから、もしかして‥とは思ったんだけどね」
私は光球が飛んできた方向にいるであろう人物に向け、言葉を放った。
- 344 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月09日(土)00時36分31秒
その言葉に反応するように、1人の少女が姿を見せた。
「今日は、もう1人の娘は一緒じゃないの?」
「ののは、今日は別のところに行っとる」
「へぇ〜。別の場所ってあのへん?」
私は試しに近くの岩に向かって光球を放ってみた。
岩が粉砕されるその直前に、もう1人の少女がそこから飛び出してきた。
「ありゃ、当たったみたいだね」
得意げにあちらの顔色を窺うと、出鼻を挫かれた向こうは、最初こそ驚いた表情を見せたが、それをすぐ戻すとこちらに身構えた。
「下手な小細工したこっちがあかんかったわ。のの、やったってええで」
その声と共に“のの”と呼ばれた少女が走り出す。
この娘とはあの時一度やり合っただけだが、その力は外見とは相反し、侮り難いものがある。
しかし、今はある程度、あの娘の力はわかっている。
それに私だってアヤカさんと遊んでいたわけではない。
一度見た動きとダブらせながら、少女の成長度合いを図る。
それと同時に、後ろにいる魔法使いの少女にも気を配る。
幸いな事にののと呼ばれた少女の方は、以前と比べ大した成長はしていないようだった。
(これならなんとかなるな)
梨華ちゃんを降ろして、2人で応戦する事も考えたが、もうしばらくあのままでいてもらうことにした。
- 345 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月09日(土)00時38分25秒
無数に拳を繰り出してくる少女に対して、それをなんなく躱すと隙が出た部分に蹴りを放つ。
それとなくガードしている姿が見えたが、その上から相手を吹き飛ばし、少女の体を岩肌へと叩き付けた
特別に力を加えたわけでもなかったのに、相手が吹き飛んでいくさまを見ながら自分でも少し驚いていた。
(ありゃ、あんなに力加えたっけな?)
でも、とりあえず、これであの少女はしばらくは動けないはずだ。
振り返ると、もう1人の少女を確認する。
「えーっと、名前なんだっけ?」
「なんでそんなこといわなあかんねん」
「いいから、悪いようにはしないよ。それにさっきのであなたは私と戦っても勝てないってわかったはずだよ」
「‥‥‥‥亜依」
「へぇー、亜依ちゃんか。あのさ、ものは相談なんだけど、見逃してあげる代わりにしばらく盗賊業を止めてくれないかな」
「‥‥‥‥‥」
「捕まるのイヤでしょ?」
「‥‥なんで逃がしてくれるん?あんた火の国の人じゃないん?」
「あっ、私は国の人間じゃないよ。まぁ、関係者って言えば関係者にはなるのかもしれないけど。
別にあなたたちを捕まえようとか思わないし」
「‥‥‥‥わかった、ここはねーちゃんの言う通りにするわ。
のの、行くで!」
亜依と名乗った少女の呼び掛けに倒れていた少女がその声を待っていたように起き上がった。
どうやら倒れていたのは演技だったらしい、が、それでも私に蹴られた部分を痛そうに手でさすっている。
それでも、急いで彼女の隣に並んだ。
- 346 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月09日(土)00時40分08秒
「ねーちゃん。名前はなんていうん?」
「私?私は、真希。ごとうまき」
「真希ちゃんか。で、あのピンクのパンツの人は?」
「あ、忘れてた。あの娘はいしかわりかっていうんだ」
「ふーん。それじゃちょっとは言うこと聞いてみるわ。
ただ、うちらは気まぐれやから、いつまで我慢できるかわからんけどな。じゃ」
「あっ、ちょっと。ここで待っててくれる?」
捨て台詞を残し、去っていこうとした2人を呼び止める。
私は急いで梨華ちゃんが、吊るされている場所へと戻ると、近くの木に置いてある袋をとり、2人の元へと引き返した。
その時、梨華ちゃんが何か言っていたような気がしたが私の耳に聞こえてこなかった。
私の言い付け通り、その場で待っていた2人にその袋を手渡す。
「字読める?」
「うん」
「じゃ、それあげるよ。今日の戦利品にでもして。あげるんだから捨てても売っても自由だけど、役に立つはずだよ」
「なんやようわからへんけど、くれるんやったらもろとくわ」
そういって、2人は水の国の方へと去っていった。
その姿を見送ると梨華ちゃんの元へと急ぐ。
「ごめーん、梨華ちゃん」
私の呼び掛けに答えるつもりはないらしい。
なので、少し意地悪をしてみることにした。
- 347 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月09日(土)00時43分33秒
「あぁ、ごとー嫌われちゃったのかな〜。しょうがない、1人でお家に帰ろうっと」
そう言い残し、梨華ちゃんが吊るされている木に背を向けると、家の方向に向けて歩き出した。
しばらくして、木の上で何ごとか唸っているような梨華ちゃんの声が聞こえてきた。
「もう、ごっちんのばかー!早く降ろしてよー!」
その言葉を待っていた私は、梨華ちゃんの下に移動しながら、あの時と同じように爪先から細い光の刃を出し、足に結ばれているロープを断ち切った。
そして、落ちてくる梨華ちゃんをお姫さまだっこの形で受け止めた。
「お怪我はありませんか?お姫さま」
冗談も半分に得意の笑顔を向けると、一瞬だけやんわりとした表情を見せた彼女は、すぐに地面に立つとそっぽを向き、無言のままに歩き出した。
(あちゃー、そうとう気分悪くしちゃったかな)
自分でしたこととはいえ、少し反省しながらトボトボと後ろを歩く。
「ありがと」
急に聞こえてきた声に頭をあげると、立ち止まってはいるが、こちらを振り返らないままの梨華ちゃんがいた。
その姿に思わず抱き着いた。
「もう、ごっちん。くっつかないでよ、歩きにくいじゃん」
「うーん、もうちょっと」
- 348 名前:4章 それぞれの思い partU 投稿日:2003年08月09日(土)00時46分21秒
「こんな所で抱き着いてたら変に思われるよ」
「‥‥わかった」
仕方なしに手を離すと、またトボトボと歩き始めた。
けど、今度は梨華ちゃんと横に並びながら歩く。
「ごっちん」
「ん?」
「なんで、さっきの娘達を捕まえなかったの?」
「あぁ、いいのいいの。それより、このことは秘密ね」
「‥‥‥わかった。でも、なんであの娘達にごっちんの荷物あげちゃったの?」
「あれは、梨華ちゃんは中身見てないから知らないけど、
あれね、わたしいらないもん………あ、梨華ちゃんの為にとっとけばよかったね」
「いらないもの?」
「そう。私よりもあの娘達の方が役に立つはずだよ」
「ふーん」
「さっ、この話は終わり。早く帰ろ」
私は、未だ納得した表情を見せない梨華ちゃんの右手を引っ張り、家への道を進んだ。
- 349 名前:しばしば 投稿日:2003年08月09日(土)00時54分38秒
- 更新終了
ということで、なんか中途半端な切れ方だと自分で思いつつも
後藤編終了
次回からやっと5章です。
現在下書き中ですけど、出てくる人が多い……
今までの人に加え、さらに新しく登場する人まで‥‥
とにかく気長にお待ちください
- 350 名前:takatomo 投稿日:2003年08月11日(月)02時04分29秒
- 更新お疲れ様です。
ちびっこ盗賊いい感じですね。
この後どうからんでくるのか、次の登場が楽しみです。
では、続き期待しております。
- 351 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月16日(土)01時16分54秒
先程まで騒がしかった場内が一瞬の静寂に包まれた。
「それまで!」
その静寂を撃ち破るようにその場の何人かが感嘆の声を上げた。
そうそうに予選を敗退した者達が、自分の眼力と持ち金をかけ、決勝進出者を予想しているのであった。
その喜びの声だったり、罵声だったりを聞き流すように審判を務めていた矢口さんに軽く会釈すると、予選の会場を後にした。
- 352 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月16日(土)01時18分04秒
「どうだった?」
控え室へと歩く通路の前方から声が聞こえてきた。
上手い具合に日陰の部分にいる人物。
その人物、いや彼女は顔が見えないまでも、その声は聞き慣れたものであった。
「もちろん。決勝進出」
「そっか。これで、私とひとみちゃんは決勝進出だね」
「あ、梨華ちゃんんも勝ったんだ」
「当たり前じゃない。私だってそれくらいは頑張れるもんね」
「で、魔法組は?」
「知らない。っていうか、魔法組の予選がどこでやってるか教えてもらってないもん」
「そう言われてみればそうだよね」
- 353 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月16日(土)01時20分04秒
___今朝、私達4人は、早いうちから風の城へと出向いた。
中へ通されると、偶然その場に居合わせた矢口さんから基本的な予選の内容を聞くことが出来た。
もっとも、内容を知らないのは直接国側から出場を打診された私達だけであり、他の一般参加者達は知っていて当たり前のことだったわけだが。
まず、1つ目に、魔法を使う者、叉は使える者とそうでない者で予選の仕方が違うということ。
でも、決勝になると、魔法を使えようが使えまいが関係ないという。
2つ目に決勝に進出できる人数は、たったの八名。
これは平等に魔法を使える人の中から四名、使えない人の中から四名がそれぞれ選出されるとのことだった。
しかし、その中から優勝者だけが採用となるのではなく、決勝に残れば誰にでもチャンスはあるらしい。
まぁ、これは私にとってはあまり関係ないことといえる。
国の兵に採用されたいから参加しているんじゃないわけだし。
そして、最後に優勝者には望みの品が貰えるらしい。
正直、これもどうでもよかった。
この話をした時に4人共が、別にそれは……的な表情を見せた。
その時の矢口さんのキレ様ったらなかった。
まぁ、その様子は今さら説明するまでもないが、団長とはいえ、いろいろと大変なんだな〜とは思った。
- 354 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月16日(土)01時21分39秒
そして、一通りの説明を聞き終えると、それを見計らうかのように矢口さんと入れ代わりで紺野ちゃんが4枚の紙を持って現れた。
出場登録用紙と書かれた紙を受け取ると必要事項を記入し、再び紺野ちゃんへと返した。
彼女はその場でそれを読むと、近くにいた兵士さん2人を呼び寄せ、私と梨華ちゃん、あゆみとごっちんに分け、別々の場所へと案内するよう指示をだし、忙しそうにどこかへと走っていった。
私達は案内されるがまま、それぞれの予選会場へと送られることとなった。
今、考えると紺野ちゃんがちゃんと、体術と魔法に分けていたことに気付いた。
私と梨華ちゃんは会場につくと、わけもわからないままに入り口に設置されていたくじを引かされた。
私が引いたのはT壱Uと書かれた文字。
そして、梨華ちゃんのはT弐Uと書かれていた。
その紙を入り口にいた人に見せると、再び私だけが別の場所へと移動を言い渡された。
なんでも、参加人数が予想よりも多かったため、急きょ2会場を設置し、人数をできるだけ分散させることにしたそうだ。
というわけで、壱と参、弐と肆に分かれるために私はまた別の会場へと連れていかれた。
ここで梨華ちゃんとも別れることになった。
- 355 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月16日(土)01時24分38秒
そして、時を進めること数時間、私と梨華ちゃんは無事に決勝進出を果たしたのだった。
「どうする、探す?
それとも待ってる?」
「うーん、大丈夫っしょ。うちらだけ先に帰ろうよ」
「………そうだね。ひとみちゃんの家にいれば柴ちゃんと一緒にごっちんも来るだろうし」
「じゃあ、早いところ平家さんの所に行こう」
2人で勝手に納得すると、私はテキパキと帰り支度を済ませ、控え室を後にした。
城の通路はいつもと違い、武術大会予選のために訪れた人達でいっぱいだった。
以前、矢口さんと来た時でも兵士さんの数に少しびっくりしたものだったが、今日はそれをはるかに上回っていた。
そのうちの何人かは実践でケガを負ったのか、体の一部に包帯を捲くなどして痛々しい姿をしている者も見受けられる。
それでも、普段滅多なことでは入ることができない城内を一部だが見学できるとのことなので、皆それぞれ試合が終わってもすぐに帰る様子はなさそうだった。
私と梨華ちゃんはそういった人達を避けながら平家さんの部屋へと向かった。
- 356 名前:しばしば 投稿日:2003年08月16日(土)01時44分28秒
更新終了
今回は少ないですけど、次回はいつもより増やしていこうと思うので、
まずは導入部分ということで。
次回に期待して下さい。
>takatomo様
レスありがとうございます。
ちびっ子盗賊は引き続き今回も出る・・・予定です。
数少ない中、お互い頑張っていきましょう。
では、また来週
- 357 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月26日(火)00時16分10秒
「失礼します」
ノックと共に発した言葉に少しの間を置き、「入ってええで」と平家さんの声が聞こえてきた。
その声は、以前会った時のそれとは違い、もっと堅苦しく、重いものだった。
少し躊躇いながらもドアをあけると遠慮がちに話しかけた。
「あの…………吉澤、ですけど」
「で、用は?
うん・・・・なんやよっすぃ〜やんか。あぁ、ごめんごめん。
最近毎日、誰かが問題かかえて来るもんで、また今日もそれかと思ったんよ」
「そうですか。
びっくりしましたよ、前に話した時と声が違ったから」
「いや、ほら。
下の者と距離が近いっていうのもいいことなんやけど、一応威厳ってモノも示しとかんとな。
昔からの人達は大分わかってると思うけど、今は土の国の人も一緒やからね」
「はぁ、いろいろと大変なんですね」
「まぁ、わかってたことやけどね。
で、今日は何?」
「あの、中澤さんは?」
「あぁ、裕ちゃんは本戦の会場作りしとるよ。なんかいろいろと大変やねんて。
明日は観客を入れるから、客に怪我させへんように会場周りにバリアを設置するんやけど、一番魔力が強いのは裕ちゃんやからね。
だから、忙しいのよ、あの人。
たぶん今もぶつぶつ言いながら1人でやってるはずやよ」
そう言って嬉しそうに笑っている平家さんにつられて、私も笑ってしまった。
- 358 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月26日(火)00時17分32秒
確かに中澤さんがぶつぶつ独り言を言いながら作業している姿は笑えてくる。
しばらく2人で笑っていると梨華ちゃんを放置していたことを思い出した。
「あの、平家さん。
この前、中澤さんが言ってた梨華ちゃ‥‥石川梨華をつれてきたんですけど、どうしたらいいんですかね?」
私の言葉に、初めましてとばかりに頭を下げる梨華ちゃんと平家さん。
「へぇ〜、この娘が梨華ちゃんか。
悪いけど、裕ちゃんは今日は無理やから・・・明日。
自分ら2人とも明日出れるんやろ、だから明日の決勝が始まる前か後‥‥まぁ、後がいいかな」
平家さんの提案に頷く梨華ちゃん。
しかし、私はその横で祭りが終わった後に中澤さんが素面でいるのか少し心配だった。
直接見たことはないけど、なんかすごく‥‥飲んで絡まれそうな気がする。
「じゃあ、ごっちん‥‥じゃなくて、後藤真希にもそうやって伝えておきますね」
- 359 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月26日(火)00時18分41秒
平家さんは私のT後藤真希Uという言葉を聞き、思い出したように話だした。
「あっ、そうそう真希ちゃんや。
柴っちゃんが連れてきてくれた娘やな。
あの娘には明日、全部が終わってから来るように言うといたから、その時にいっしょにくればいいやんか」
「はっ?
あゆみもごっちんももう来たんですか?」
「うん。あの娘らなら、ずいぶんと前に決勝に出る報告しにきてくれたよ」
「じゃ、うちらもそうします」
平家さんの話を聞いた私達は話も早々に切り上げ、家路を急いだ。
- 360 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月26日(火)00時20分04秒
急いで家へと戻った私がドアをあけると、そこには談笑している2人の姿。
「あら、梨華ちゃんにひとみ。遅かったね」
私達の姿を確認したあゆみがとぼけるようにして放った言葉。
「2人ともえらく早かったんだね」
「うん。お姉ちゃんに聞いたらひとみ達のグループと私達のグループじゃ参加人数が違うんだって」
「‥‥そっちの方が人数少なかったんだ」
「そう。なんかね、多少なら魔法使える人は沢山いるらしいんだけど、なんかいろいろあるみたい。
私もその理由をさっきごっちんに聞いたからわかったんだけね」
「それより、よしこも梨華ちゃんもどうだったのさ?」
私とあゆみのやりとりを黙ってみていたごっちんが、今にも眠ってしまいそうな表情で聞いてきた。
- 361 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月26日(火)00時21分35秒
「もちろん出れるよ、当たり前じゃん。
そっちも決勝出れるんだよね、平家さんに聞いた」
「あっ、平家さんとこ行ったんだ」
私とあゆみが話す隣では、ごっちんと梨華ちゃんがお互いに親指を立てている。
そんなごっちんと、フと目が合った。
その一瞬、笑みを浮かべた彼女。
その意図を理解した私は、すかさず微笑み返した。
ごっちんは、それを見ると何ごともなかったように梨華ちゃんと話しを始めた。
それは、私にしかわからないあの夜のこと。
矢口さんとの約束とは違う、決勝でのもう1つの約束。
「ちょっと、ひとみ。何ボケ〜っとしてんのさ。人の話聞いてる?」
「‥‥あぁ、ごめん。なんだったっけ?」
「だーかーら、そっちの予選はどんな感じだったの?」
「それは、私が教えてあげるよ」
いつの間にかごっちんとの話を終えていた梨華ちゃんがここぞとばかりに話し始めた。
「もうね、最初から人が多いの。
それでね‥‥‥」
- 362 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年08月26日(火)00時22分49秒
梨華ちゃんの話は長かった。
今までの話さなかった分を取り戻すかのように、1人で話し続けた。
それを制したのは、同居人の一言。
「梨華ちゃん、ごとー眠いから帰ろうよ」
この言葉に勢いをなくした梨華ちゃんは少しだけ頷くと帰る用意を始めた。
少しうんざりし始めていた私とあゆみはごっちんの一言に感謝したが、当の本人はそんな気など一切ないのだろう。
ただ、本能のままに眠いから眠いと言っただけ。
その後、帰り支度を終えた梨華ちゃんと手ぶらのままのごっちんに明日の時間を告げ、この日はお開きとなった。
そして、その日の夜
1つ聞かなければならないことを忘れていた。
「あゆみ」
「なに?」
すでにベッドに入っていた彼女は寝返りをうちつつ、めんどくさそうにこちらの方を向いた。
「今日、人と戦ってみてどうだった?
その‥‥‥力の方は?」
彼女は、何だその事かと言わんばかりにもう一度寝返りをうち、もと向いていた方を向き直った。
「大丈夫だったよ。
中澤さんにもらった指輪が調子いいみたいだから、心配しないで」
「そっか」
その言葉に安心した私はベッドに入り、眠る事にした。
昼の疲労もあり、すぐに眠りに落ちそうになった私をまだ繋ぎ止めた1つの声
「がんばろうね」
「‥‥うん」
もうろうとする意識の中で響いた彼女の声に同調するといよいよ眠りの世界へと足を踏み込んだ。
- 363 名前:しばしば 投稿日:2003年08月26日(火)00時26分19秒
更新終了
もうちょっと進むかと思ったんですけど、駄目でした‥‥。
次回の更新こそ多めにいきたいと思います。
ただ、来週からいろいろあるんで更新はずれていくと思います。
それでは、また次の機会に
- 364 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時18分52秒
翌日、お城の前で落ち合った私達は、昨日と同じように中へと入った。
昨日よりは幾分、人も少なくなった城内を案内されながら歩く。
そういえば、梨華ちゃんはどこか吹っ切れた表情を見せていた。
ごっちんがどういう方法を使ったのかわからない。
けど、有言実行。
彼女は自分で言った通りにそれをやってのけた。
わたしはどうなんだろう?
横を歩く、あゆみの表情を見て不安に思いつつもそれを切り出せないでいた。
「では、手前から4つまでの部屋が控え室となります。
誰がどこと決めてはいないので、そこは御自由にお決め下さい」
案内してくれた人にお礼を言うと4人でさっそくジャンケン。
「せーの」
「「「「じゃん けん ぽん」」」」
グーが2つにチョキが2つ
チョキを出したのは、あゆみと梨華ちゃん。
2人は相談しながら、あゆみが手前、梨華ちゃんがその横の部屋へと入っていく。
- 365 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時19分34秒
そう。この4人でジャンケンをする時には1つのルールがある。
それは、負け抜け。
負けた人から何かを選ぶ権利があるのだ。
しかし、そんなことは今は関係ない。
たとえ、じゃんけんであっても、ごっちんには負けるわけにはいかない。
もちろん向こうだって同じ事を思っているに違いない。
そう思い、何度も繰り返す・・・・
「「‥ほい‥‥‥ほい‥‥‥‥ほい‥‥‥」」
「やり!」
「あっ!
‥‥じゃ、一番奥」
出した手に後悔しながら、恨めしそうに自分の手を見つめている私を尻目に彼女は、そそくさと余った部屋へと消えていった。
そんな彼女と入れ代わるように、支度を整えたあゆみが出てきた。
「ひとみ!
まだ、用意してないの?
ささっと部屋に入る、ほらほら」
- 366 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時20分18秒
急かされるまま、奥の部屋へと入ると手荷物を机へと置く。
これと言って用意するモノなんて1つもなかった。
決勝からは、武器の使用が自由になるがそれは国側が用意した物に限るらしい。
そのため、矢口さんからもらった槍は家においてきたのだ。
さっき部屋から出てきたあゆみにいたっても、何も持っていなかった。
まぁ、元々、彼女が何かを持って戦う必要はないんだけど。
私は一通り部屋を物色し終わると、あゆみが待つ廊下へと戻った。
そこには、私達の他の出場者であろう、見た事もない4人とあゆみ、梨華ちゃん、ごっちんの7人が集まっていた。
一番最後に部屋を出た私に一斉に視線が集まる中、3人が近寄ってきた。
「遅いよ、ひとみ」
「そう?別にまだ始まるわけじゃないんだから大丈夫じゃん。
それより、あの人達が他の出場者?」
「たぶんね。
あのまゆげの娘と仮面の人は予選の時に見たから間違いないよ。ね、あゆみ」
ごっちんの問いかけにコクリと頷くあゆみ。
(しかし、まゆげの娘って言い方はどうなんだ?)
- 367 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時21分27秒
「てことは、残りの2人はうちらと同じ組だったけど会場が違った人達か」
他の3人に聞こえる程度の声でそう言うと1人の少女へと視線をやる。
物珍しそうに壁や装飾品などを眺めては、びっくりしている表情を見せている。
「それでは、出場者8名、会場へと移動していただきます」
最後の1人を観察しようとした時、先程ここまで案内してくれた人が再び現れ、移動を告げた。
びっくり顔の娘、仮面をつけた人、まゆげの娘‥‥ぞろぞろと他の人達が歩いていくのを見ていると、梨華ちゃんが手を引っ張ってきた。
「ほら、ひとみちゃん。
みんなもう行っちゃうよ、ほら早く早く」
引っ張られるままに列の最後尾を歩く。
一応、矢口さんといる時に風の城の中は大体見た事がある。
たしか、こっちの方向は外に通じている道のはず。
(そーいえば平家さん、観客が入るって言ってたもんな。
なんか戦ってるのを他の人に見られるってちょっと、ヤかも)
そんな思いとは逆に、外に近付くにつれ、徐々に歓声のようなものが聞こえてくる。
- 368 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時22分10秒
先頭を歩く人が観衆の目に入ると、割れんばかりの声が響いてきた。
人が入場していくにつれ、それはどんどんと大きくなっていく。
最後に入った私の目に映ったのは、石で作られた円形のリングとその中心に立つ見なれた小さな人影、
そしてリングを取り囲むようにして作られた観客席とそこから今にも溢れそうな人達。
出場者が全てリングに上がると、その歓声は拍手へと変わった。
その音は、全身を持ち上げるように響き、気持ちを昂揚させると共に戦う勇気を与えてくれているような気がした。
そんな心地のよい音を遮ったのは、何千人と集まったであろう人達の出す音にも負けない、よく通る声の持ち主。
『うるさーい!』
(せっかく拍手してくれてるのにうるさいはないじゃないですか)
最初に思っていた嫌悪感などすでに忘れてしまった私は、期待で膨らむ観客を一言で黙らせた人物に目を向ける。
『はい、失礼しました。
申し送れました。オイラは、今回審判を務めます、矢口真里です。
よろしく』
矢口さんの自己紹介に様々な場所から声が飛び交う。
(当たり前か。土の国の人はどうかしらないけど、風の国では人気者なわけだし)
先程とは打って変わって、ジェスチャーで観客をしずめた彼女は得意げに話を始めた。
- 369 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時22分48秒
『それでは、ただいまより決勝トーナメントを始めたいと思います。
出場する選手は、ここに並んでいる8名。
どの選手も昨日行われた、予選を勝ち抜いた強者ばかり。
まず、くじ引きにより、組み合わせを決めようと思いますが、
その前に代表であるこの人に挨拶をもらおうと思います。
それでは、どーぞあちらをご覧下さい』
紹介された方には、観客席とは別に設置された場所にある、2つの椅子とそれに座る2つの国の将軍の姿、そして彼女らを護衛する見なれた人達の姿があった。
その片方、中澤さんが椅子から立ち上がった。
「えーっと、別に話さないかんようなことはないけども・・・
当たり前やけども、今、リングに立っている選手は代表なわけやから目一杯やってほしい。
それと観客席にはうちがバリア的なモノを張らせてもらっとるから、存分に力を発揮するように。
で、最後に全員に言えることやけど、これは土の国と風の国が1つになって初めての共同のもんや。
ここで、垣根をなくして本当の意味で1つになっていこうや」
中澤さんの言葉にどこからともなく拍手が巻き起こった。
先程のそれとは違ったあたたかさを持つその音に満足したのか、中澤さんと平家さんは顔を見合わせ、笑っていた。
- 370 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時23分24秒
『はい、ありがたい言葉を戴きました。
それでは、ただいまよりくじ引きを始めたいと思います。
皆様ご覧戴いているように、ここに箱があります。
この中には、青、赤、緑、黄の玉が二つずつ入っておりまして、
それぞれ引いた者同士が1回戦の対戦となります。
それでは、入ってきた順に1人ずつ、玉をお引き下さい。
尚、引いた玉は後で回収するのでこちらの指示があるまで持っていて下さい』
その言葉に押し出されるように前に出るびっくり顔の少女。
恐る恐る手を入れた箱から玉を取り出し、矢口さんに見せている。
少女の手に見えたのは、青玉。
矢口さんは、その色を係の人っぽい人に教えながら、用意されたボードに名前を書く。
続いて、仮面の人。
最後尾にいる私は、ただすることもなく観衆と同じように前に出てくる人を視線で追っている。
「ねぇ、あの人なんで仮面なんてしてるのかな、おかしくない?」
「うん、めちゃくちゃ怪しいよね。
ごっちんやあゆみならなんか知ってんじゃないの?
予選一緒だったんだし」
「そうかもね。でも、国の人とかじゃないの?
ほら、優勝させないためとか」
「いや〜、ないっしょそれは。魔法使える人がもういないと思うし、私が知る限りだけど」
「なーんだ、本当に謎の人なのか」
- 371 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時24分00秒
『オホン』
突然聞こえた音にそちらに視線を向けると物凄い形相で矢口さんがこちらを見ていた。
『そこ、イチャイチャするな!』
その注意の声に、今まで黙ってみていた観客たちが俄に騒ぎ始め、あちこちでこちらを指さしている。
(なにもイチャイチャとか言わなくてもいいのに‥‥ほら、梨華ちゃん顔が赤くなっちゃってるよ)
別に恥ずかしいことなんて何もないのに、顔を赤らめる梨華ちゃん越しに、くじを引きに行くごっちんと目があった。
気付けば、4人が終了しており、黄玉の所だけ名前が両方書かれている。
その1つを除き、青、緑に1人ずつの名前が書かれている。
つまり、赤玉を引けばまだ戦うチャンスはあるということだ。
そう思いつつ、ボードの名前に目をやる。
(へぇー、あの仮面の人。名前も仮面なんだ‥‥もしかすると、梨華ちゃんの考えも間違ってないのかも)
そんなたわいもないことに気をとられていると、ごっちんは引いた玉を矢口さんに見せているところだった。
- 372 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時24分52秒
玉の色を見逃した私は、どこに書かれるか確認しようと再度ボードの方を見ようとしたが、その視線を遮るようにして立つ彼女。
その挑戦的な視線から、何を引いたのかはすぐにわかった。
(いいよ、やったろうじゃん。今日はもうじゃんけんで負けてんだから)
しかし、次の瞬間、そのやる気はどこへやら。
ごっちんと入れ代わるようにしてくじを引いたあゆみの手には赤色の玉が。
私達2人が顔を見合わせる中、すまなさそうに矢口さんに報告して戻ってくるあゆみ。
途中、次の梨華ちゃんとも何事か話して、苦い表情を見せていた。
列に戻ったあゆみは横にいるごっちんと何やら二、三、言葉を交わし、こちらを見ていた。
私が無理矢理作った笑顔でそれに答えていると、物凄い勢いで玉が飛んできた。
咄嗟のことで避ける間もなく、見事おでこに1発もらってしまった私は、傷むおでこをさすりつつ、投げたであろう人物にかみつく。
- 373 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時25分34秒
「なんで、投げるんですか!私のおでこが頑丈だったからいいものの、危ないじゃないですか」
「なにが頑丈なおでこだよ。さっきから人が呼んでるのに返事もしないで何が危ないだ。よそ見ばっかりして、少しは緊張したらどうなんだよ!」
「へ?呼んでたんですか?」
「そうだよ。それなのにこっち全然向かないから投げたの。それ、よっすぃ〜の玉だかんね」
矢口さんの言葉に、近くに落ちている玉を拾い上げる。
(青か。なんだ?この印?)
『えーっと、組み合わせが決まりました。ですが、順番が決まっていません。
玉を引いた中で印がついている人は、前に出てきて下さい。
それ以外の人は係の者に玉を返して下さい』
皆がそれぞれ返却していく中、印がついた玉を持った私は矢口さんの方へと近付いていく。
「あの、私のに印ついてたんですけど」
「当たり前じゃん、そうしたんだもん」
2人にしか聞こえないような声で呟く矢口さん。
- 374 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時26分26秒
「それ、不正じゃないんですか?」
「いいでしょ、別に。ほら、あの娘と戦いたいんでしょ。なら、自分の運で引き寄せてみなよ。決勝まで待つなんて無理でしょ」
そう言って、ごっちんの方に視線を向ける。
なんだかんだ言っても、この人はちゃんと私のことを見てくれている。
ごっちんとの事なんて一言も話した覚えなんてないのに。
『はい、この娘が今から対戦の順番を決めます。
選び方は、さっきと同じように箱の中から4色の玉を取り出すだけですけど、今回は、1つずつしか入っていません。
引いた順からそのまま、第一、第二、第三、第四試合となっていきます。
尚、それ以降は第一試合の勝者と第二試合の勝者、第三試合の勝者と第四試合の勝者の組み合わせとなります。
それでは、どーぞ』
(そういうことね、早いうちにやっちゃえと)
矢口さんの優しさに感謝しつつ、箱の中に手を入れる。
要は、隣り合わせになるように引いてみせればいいだけの話だ。
そのため、最初は何も考えずに1つを選ぶ。
掴んだのは、青玉だった。
『第一試合は青。どーぞ、続けて引いて下さい』
私のは、確か青玉だった。
ということは、ごっちんと戦うためにはここで赤を引くしかない。
先程とは打って変わり、目を閉じ、祈るように箱から手を取り出し、見ることなく掲げた。
- 375 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003年09月08日(月)15時27分02秒
- しばらくして、矢口さんの声が聞こえてきた。
『第二試合は‥‥‥‥赤』
その声に目を開けると私の手にはしっかりと赤い玉が握られていた。
掲げた手とは逆の手でしっかりと拳を握りしめた私は、続けて箱の中へと手をやる。
正直、この後がどうなろうと私の知ったことではなかった。
そんな無責任な私に取り出されたのは緑色の玉。
『第三試合は、緑。
ということは、必然的に黄が第四試合に決定です。』
役目を終えた私が、列に戻ろうとした時に掛かった矢口さんからの一言。
「よかったね」
その言葉が嬉しさを倍増させ、第一試合も終わっていないのにごっちんと戦えることばかりを考えていた。
- 376 名前:しばしば 投稿日:2003年09月08日(月)15時32分21秒
更新終了
やっと組み合わせ決定までこぎつけることが出来ました。
今回名前はまだ出してないですけど、新しく登場した人もいます。
それから5章以前に登場してるけど、名前が出てない人もいますからね。
とにかく、ここから動いていくと思います。
あと、余談ですけど閑話も書こうと思ってるんですけど
出して欲しい人とかいますか?
一応、構成上一回でも紺野と会ったことある人しか無理なんですけど
それでも、この人が見たいというのがあれば書いてください。
それでは、また
- 377 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/23(火) 12:13
-
『全ての組み合わせが決まりました。
第一試合 吉澤ひとみ 対 高橋 愛
第二試合 後藤 真希 対 柴田あゆみ
第三試合 石川 梨華 対 小川 真琴
第四試合 新垣 里沙 対 仮面
以上のように決定しました。
それでは、全選手は一旦退場、第一試合に出場する2人は銅鑼の音がなったら、再度入場して下さい。
また、試合に出ていない選手に関しては、基本的には何をしていようが自由です。
ですが、応援したり、観戦したり自分の試合に支障がでない程度の行動に抑えて下さい。
それでは、退場』
会場を後にすると、ひとまず個々の部屋へと戻ることになった。
1人部屋に入った私は、先程まで浮かれていた気持ちから少し落ち着きを取り戻していた。
それは、自分の出番が最初であることも関係していたかもしれないが、何よりあゆみの方が気になった。
私の頭には、めぐみさんや平家さんから聞かされたあの夜の一件とその力、そしてそれに恐怖するあゆみの姿が思い出されていた。
なにより、あのへんてこな敵の力は私だって直接対峙したんだからわからないわけではない。
修行して間もない時期とはいえ、全く勝ち目のあるような相手ではなかった。
もしかすると、危ないのはごっちんの方なのかもしれない。
いろんな思いを抱えつつ、いつ試合が始まるかもわからない中をあゆみの控え室へと向かった。
- 378 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/23(火) 12:14
-
(確か、一番出口よりの部屋だったよな)
ジャンケンに夢中で誰がどこの部屋にいるか覚えていない私は、うろ覚えの中、数十歩程度の部屋へと歩を進める。
「あゆみ」
呼び掛けの答えを待つことなく、ノックと同時にドアを開けた。
なにもせずに、ベッドの上で少し俯きかげんの彼女はすっと目線を上げ、こちらを向いた。
「あのね、普通返事聞いてから入ってくるでしょ」
「まぁまぁ」
少し苛立つ彼女を抑えつつ、近くにあった椅子に腰掛けた。
「で、何か用?」
「いや、別になんにも用はないけど
用がなきゃ来ちゃダメなわけ?」
「そんなことは言ってないじゃん。
でも、矢口さんが言ってたようにさ、少しは緊張したらどうなの?」
「緊張ねぇ・・・時が来たら勝手に緊張もするでしょ。
その前から緊張してるなんて、なんか疲れるだけじゃん。
そうだなー‥‥‥緊張ってより、ワクワクはしてきたかな」
「ハァ。うらやましいね。
なんかひとみ見てると緊張してるこっちが馬鹿らしく思えてくるよ」
「はいはい。どーせ私はバカですよ」
不貞腐れる私を尻目に彼女はどこか楽しそうだった。
その笑顔にどこか安心した。
彼女はやはり繊細だ。
だから、非常に脆い。
そんな中で私が彼女と長くいてわかる唯一の判断基準。
それは、彼女の笑顔にある。
人は誰でもそうだが、毎回表情は違うもの。
同じ笑顔を見てもやはり、それはどこか異なりを見せる。
それは多くの時間を共に過ごした者でも見落とすほど小さな誤差によるもの。
ただ、私には彼女の見せる表情の意味が手にとるようにわかる。
- 379 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/23(火) 12:15
-
この時彼女は、どこか腹を括った感じだった。
くじ引きの時に見せた申し訳ない気持ちはもうほとんど残ってないような感じ。
どうやら、私とごっちんを戦わせてくれる気はないらしい。
「あのさ、1つ言っておくけど、わざと負けたりなんかしたら‥‥‥」
「大丈夫、言われなくてもわかってるよ。
そんなことしたらごっちんが怒るだろうし」
「うん、わかってるならいい。
じゃ、行くね」
そう言って立ち上がると、椅子を元の場所に戻しドアへと近付いた。
「ひとみ」
突然の呼び掛けに後ろを振り返る。
「待っててね」
その言葉に笑顔だけ見せるとあゆみの部屋を後にした。
一応の確認の為に問いかけた私の言葉を遮り、話したあゆみ。
やはり、それ相応の覚悟はしているようだ。
それは、最後の言葉でもわかる。
待っててね
悪いけど、待ってる人を行かすつもりはないよ。
そこに行くのは私なんだから。
そう言ってるのがわかっていながら、私は笑顔で返事をした。
これは、どっちの笑顔なんだろうか。
了解か、それとも・・・・
それがわからぬまま、城内に響く銅鑼の音が、第一試合の開始を知らせていた。
- 380 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/23(火) 12:16
-
銅鑼の音が鳴り止んだ頃、入場口へと向かうとすでに、相手は入場を済ませていた。
オロオロと狼狽える受付の兵士さんに、お詫びの気持ちを込め一礼を済ませると相手が待つリングまで走った。
通路を過ぎ、会場へと姿を見せるとそこで待っていたのは、普段溜まっている鬱憤を一斉に吐き出している観客と少し苛立つ小さな審判。
「おそい!
相手を待たせるなんて何考えてんだよ!
オイラはそんなこと教えてないぞ!」
リングに上がった私に早速小言を向ける矢口さん。
それでも、まだ冷静なようで拡声器を通しての発言ではなかった。
「すいません。
今日は迷惑ばっかりかけてるみたいで」
「まぁ、ちゃんとしてるよっすぃ〜はなかなか想像できないけどね」
間髪入れずにそう答えた彼女は、そそくさとリング中央へと歩いていった。
『お待たせしました。
両者揃った所でいよいよ武術大会決勝第1回戦を始めたいと思います』
このアナウンスにいっそう盛り上がる観客席。
目の端に映った席では、中澤さんが既に一杯始めたところだった。
『えー、戦いを始める前に注意事項があります。
決勝では、武器の使用が許可されています。
これは、より実践ぽさを出すための措置ですが、それにより危険性が増すのもまた事実です。
今回の目的はその実力を見るもので、死者が出るようなことはあってはなりません。
そのため、私がある程度危険だと判断した場合にはその時点で試合を止めます。
また、これは魔法を使う者も例外ではありません。
この点に関しましては、寛大な心で受け止めていただきたいと思います。
それでは両者、武器を選んで下さい』
言葉の終わりと同時にこちらに寄って来た兵士さんに槍を頼んだ。
程なくして、私の背と同じ高さの槍としては少し小さめのモノが2つ用意された。
兵士さんは、私に1本。
そして、もう1本を対戦者の少女に手渡し、会場から消えていった。
(奇しくも、槍対槍か)
槍を受け取った少女は、器用に回したり、重さを確認したりと入念に感触を確かめている。
- 381 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/23(火) 12:18
-
私は、それをぼーっと眺めていた。
正直な話、別にどの槍を使おうがそれが大きな違いになるとは思っていない。
いわば、武器はプラスアルファの部分を担うものであり、それを使う者の力量が勝敗に関係してくるからだ。
よっぽどすごい武器を使わない限りは、それが勝敗を決するとは考えにくい。
ましてや、今回のように同じモノが用意された場合に大事なのは、それが使いやすいか使いにくいかではなく、要は、それが使えるか使えないか、だ。
それぞれに附随してくる性能に頼るのではなく、槍というものを如何に使ってきたのかが鍵になる‥‥‥と、まぁ矢口さんにいわれたことを忠実に守っているだけなんだが。
『両者、前へ』
片手間に槍を持ちつつ、リング中央へと歩み寄る。
「さっきも説明したように、危険だと判断したらオイラが勝手に止めるから。
まぁ、手を抜くなっていうわけじゃないけど、2人とも体の部分を突き刺すのは禁止。
一応、治療班もいるけど、魔法で治せるのは表面だけだから。
突き刺すなんてもってのほか。
さっきも言ったけど、これは死合じゃなくて、試合だから。
そこの所を各々考えて試合してね」
3人にだけ聞こえるような声で説明したかと思うと、すぐさま今度は観客へと向けて声を放っていた。
『大変長らくお待たせしました。
武術大会決勝第1回戦を開始します。
両者、正々堂々と真剣に戦うように』
(‥‥なんか言ってることがよくわかんないや)
相手の少女も少し怪訝な表情で矢口さんを見つめている。
しかし、当の本人は何もなかったように得意げに銅鑼を叩き、試合の開始を告げた。
- 382 名前:しばしば 投稿日:2003/09/23(火) 12:23
- 更新終了
なんかいろいろ変わったみたいですね。
それにしても、久しぶりの更新なのにまったく物語は進まないわ、
更新量は少ないわで、本当に申し訳ございません。
問いかけた閑話に関しては、リクエストがないってことは、
紺野一人だけでもオッケーだな。
と、勝手に解釈w
そっちの方にも手をつけていきたいと思います。
それと、今回からはしばらく火曜日更新を心がけたいと思います。
では、また来週
- 383 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/30(火) 12:01
-
銅鑼の音と共に先程まで怪訝な表情を見せていた少女は、こちらを向き直り、槍を構えた。
その姿に、こちらも構える。
(どれ、一つ探ってみるか)
いつもなら後手に回るところだが、ここは敢えて攻めに出ることにした。
矢口さんとの修業で多少ではあるが相手の力量を見抜くということを教わった。
申し訳ないが、格下と判断したため、向こうから仕掛けてきた時の為に罠を張りながら、少しずつ近付く。
しかし、こちらの思惑とは違い、前進してくる私を見た少女は、それに同調するように後ずさっていく。
それならと、一気に間合いを詰める。
しかし、それすらも同調したかのように動く少女との間合いは詰まることはなかった。
(なんだ?やる気あるのか?)
次の1手を考えながらも仕掛けてこない相手に疑問を抱く。
それでも、一つわかったことがある。
彼女はおそらく一撃に賭けるタイプの子‥‥‥つまり矢口さんと同じタイプってことだ。
私の場合は、いくつも手数を出す中で自分のリズムによって相手を倒す。
しかし、この娘や矢口さんの場合は、相手の動きの流れを読んだ上でカウンターともいえる一撃を打ち込む。
まぁ、矢口さんの場合は、どちらの方でもいけるらしいんだけど、自分はそっちの方が性に合っていると言っていた気がする。
とにかく、こういうタイプと戦う時に気をつけなきゃいけないのは、時間をかけられること。
自分の動きを読まれる前にケリをつけなければいけない。
しかし、先程の流れを見る感じでは、おそらく俊敏さではあちらの方に軍配が上がるだろう。
- 384 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/30(火) 12:02
-
「あなた、名前はなんていったっけ?」
「‥‥愛」
「へぇー、愛ちゃんか。槍は誰に習ったの?」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「いや、いいじゃん。聞きたいから」
「わたしとあなたは初めて会ったのにそんなことを話す必要はないと思うんですよ」
「ま、そりゃそうか」
どこか早口で話す彼女にペースを軽く乱されつつも、対策法を考える。
(まぁ、頭使って戦うのは性に合わないよな)
結局行き着いたのは、考えるよりも行動すること。
槍を逆さに持つと一定の間合いを保ったまま、膠着していた空間へと足を踏み込む。
相手が後ろへと動く前に柄の部分で突きにかかる。
しかし、相手もまた器用に柄の部分を使って、それを下から上へと弾く。
その流れで刃先を地面に突き刺すと立てた槍を軸に器用に回り、隙ができた私に向かって蹴りを放つ。
槍を弾かれた反動で体が少し浮いた私は、なんとかその蹴りを躱し、体勢を立て直す。
しかし、向こうの狙いは蹴りではなく、その後に続く槍での斬撃。
この予想外の攻撃に少し反応が遅れた。
体勢を立て直した際に前に出した右腕をかすめ、少量の血が目にうつった。
- 385 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/30(火) 12:03
-
斬撃後、少女は何事もなかったようにまた一定の距離をとると、槍を構え直した。
そんな少女に向けて歓声が送られる。
しかし、当の本人はそれが聞こえていないかのように、ただこちらをじっと見つめている。
(やれやれ、他人事だと思って)
当たり前の事だが、試合を見て一喜一憂する観客をわずらわしいと思った。
試しに傷を受けた右の二の腕に力を込める。
多少の痛みは感じるものの、彼女と戦うのに支障はなさそうだ。
しかし、先程の槍の裁き方といい、少女のそれは槍を主とした動きとは違って見える。
国は広いとはよくいったもので、矢口さんから聞いた話の中でだって、あんな使い方をするなんてのは聞いたこともなかった。
(はてさて、どうしたものか)
最初の判断は、間違いだったのかもしれない、そんな思いが浮かんだ。
私と少女から邪魔にならない場所にいた矢口さんがちらっと目の端に映った。
その顔はどこか不満げだった。
- 386 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/09/30(火) 12:05
-
(仕方ないか)
もともと、観客を楽しませる気なんてなかったが、それでも声援を送ってくる人達に少しならと思ったものだ。
しかし、師匠はお冠の御様子。
私自身の評価が下がるのはいっこうにかまわないが、あの人の足を引っ張るようなことはしたくない。
軽く屈伸を済ませ、フッと一つ息を吐き、槍を構え直した。
今度は、先程までの間の詰め方とは違い、数段上げた速さで突進する。
想定していない早さを感じたのか、少女は後方ではなく、横へと飛び退く。
(甘い)
予想通りの動きを見せた少女を追い、距離をつめる。
少女はまだ現状を理解し切れていないのか、驚いた表情をしたままだが、それでも逆の方へと切り返した。
そして、互いが交差するその瞬間。
少女は、槍での足払いを仕掛けてきた。
避けてもよかったが、戦意を喪失させるには槍の機能を無くすのは好都合だった。
先程の斬撃の仕返しとばかりに、迫り来る槍を一閃。
刃と棒の継ぎ目よりやや下を狙ったそれは、確実に少女の槍を破壊し、残されたのはただの棒切れ。
一連の流れに戸惑った少女は、さすがに足を止めたようだ。
しかし、私は止まらなかった。
ほとんどの人間が使えなくなった槍に目を向ける中、少女の目の前に突き付けられた一本の槍。
「チェックメイト」
- 387 名前:しばしば 投稿日:2003/09/30(火) 12:13
- 更新終了
すいません、ダメ人間なもんで最近ろくに書けてもない……
週一だから、10レスぐらいは使いたいんですけどね、今回とか4レス……
とにかく、来週こそは!と、がんばってみます。
あと、訂正
×小川真琴→○小川麻琴
ですね。
さらに精進します。とりあえず、名前登録しておこ
- 388 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:00
-
しばらくして、槍を見たまま動かない少女を確認すると矢口さんが試合の終わりを告げた。
それに合わせるように、静まっていた会場が俄然盛り上がるのがわかった。
私に一礼すると少女は、リングを降りていった。
最初の憶測だけで戦ってみたらどうなるかはわからなかった。
それでも、隠し通せると思って挑み、なめてかかったのも事実。
しかし、そんな憶測を少し凌駕した少女に焦り、力を入れたのも事実だ。
まぁ、それがなくても、私自身にあのまま戦い続けるという選択肢はなかったわけだが。
観客への軽い挨拶を終えた後、リングを降りようとした私に矢口さんから声がかかった。
「まったく、勝ったからいいようなものを。
次の試合のために力を見せないでいるのもわかるけど、さっきの対戦者の娘から考えれば、すごい失礼なことなんだかんね。
そこまでするんだから次、負けたら承知しないかんね」
その言葉に深く頷くと、リングを降りた。
そして、控え室へと戻る途中、次の試合を知らせるアナウンスが辺りに響いた。
- 389 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:01
-
「ひとみちゃん」
明るかった城外から、暗い城内の廊下へと、暗闇に目が慣れない中を進む私を呼び止めたのは梨華ちゃんだった。
ある程度まで近付くとようやくその輪郭がハッキリと見えるようになった。
「勝ってよかったね」と、いってくれる彼女は満面の笑みを浮かべている。
そんな梨華ちゃんを見て少しホッとした私は、軽く表情を崩した。
少し話でもしようかと思い、立ち止まった、が。
「早くしないと、ごっちんと柴ちゃんの試合始まっちゃうよ」
察するにどうやら、私の勝ちはオマケらしかった。
私が聞く前に勝手に話した梨華ちゃんによると、さっきの私の試合は1人で見ていたらしい。
ごっちんやあゆみも誘ったらしいのだが、次が次だということで別々の場所で観戦したのだという。
そこで、次の試合に直接関係ない私を捕まえて、楽しく観戦したいらしいのだ。
「ごめん、梨華ちゃん。私ちょっと用があるから‥‥また1人で見てくれる?」
その言葉を聞くやいなや、先程までの満面の笑みはどこにいったのか、一通りの不満をぶちまけるとどこかに行ってしまった。
(やれやれ。でもあれは調子良い時の梨華ちゃんか)
梨華ちゃんとのやりとりを済ませると、今度こそ控え室に入ろうと扉に手をかけた。
その時、一番奥の部屋のドアが開いた。
- 390 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:02
-
「あゆみ」
私の呼び掛けに反応したのか、こちらに向かって歩き出すあゆみ。
さらに言葉を続けようとした私に向かい、人さし指を口にあて、一言「行ってくるね」とすれ違い様に発して、城外へと歩いていった。
私は、そんなあゆみをただ見送ることしかできなかった。
先ほど、言いかけた言葉は飲み込んだまま、どこかに溶けていってしまったかのようだった。
あゆみの背中を見送っていた私の後ろの方から、もう一つドアを開ける音が聞こえた。
「おりゃ!!」
「いで!」
突然、後ろから頭をチョップされ、慌てて振り向く。
「なにすんのさ」
「なにって、よしこがドアノブ握ったまま止まってるから動くのか確認しただけ」
「あのね、壊れた時計じゃないんだから」
一方的に笑うごっちんとは対象に叩かれた部分をさする私は、どこか間抜けに思えた。
- 391 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:04
-
「よしこ」
「なに!」
多少の痛みとはいえ、先程の行為の代償に口調も少しきつくなる。
「そんな怒んないでよ。
まっ、とにかくいってくるね」
どこか一方的に自分の緊張をほぐしたのか、ごっちんは足早に廊下の奥へと消えていった。
「ったく、人で緊張をほぐしていくなんて‥‥‥緊張?あのごっちんが?」
口に出すまでもない言葉が一つ零れた。
よくよく考えてみれば、ごっちんが緊張するなんて考えたこともないし、見たことだってない。
緊張というものとはどこか無縁だと、思い込んでいる私がいた。
どうやらごっちんもそれ相応に何かを感じているようだ。
早く2人の試合が見たくなったが、するべきことが残っている。
今度こそ控え室に入った私は、怪我した右腕に適当に白い布を捲いて少女の部屋を探すことにした。
私達の縦に4つ並んだ部屋の向かい側にも、4つの部屋が用意されている。
誰がどこにいるか知る由もない私は、とりあえず、自分の部屋の向かいの部屋から開けていくことにした。
とりあえず、ノックはするべきだと思い、ドアに手を当てようとした瞬間、中から声が洩れているのがわかった。
「そろ‥‥だ。‥‥もう少‥‥の…だ」
ドア越しであるため、正確な内容を把握することはできなかったが、その声はリングで聞いたそれとは異なる質だった。
いちいち、恥をさらすのもいかがなものかと思い、次の部屋へと移動することにした。
そして、二番目の部屋。
ドアをノックするとそれに応えるように帰ってきた声は聞き覚えのあるものだった。
「あれ、えっと、よしざわさんやね」
少女が部屋から顔をだした時、第二試合開始の銅鑼が鳴り響いた。
- 392 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:05
- * * * *
充分すぎるくらいに城内にまで銅鑼の鳴り響く音が聞こえた。
早々にひとみの試合を切り上げてきた私は、部屋でその時を迎えた。
誘ってくれた梨華ちゃんには悪いことをしたと思っているが、どうしても誰かといるような気分ではなかった。
初めて自分以上だと思われる人と真剣にやり合うことへの不安と恐怖。
あのへんてこな敵と戦った経験があるにせよ、あれは自分の力を示すものではないと思っている。
お姉ちゃんと戦ったこともあるけど、当然のように向こうは手加減をしてくれていたわけで。
予選だって、上手い具合に強そうな人とは戦わずに済んできた。
そういった自分の強さが通用するか、という不安。
それと自分でだってどこまでが上限なのかわかったことがないその力。
中澤さんに言われたように、相手をどうにかしてしまうんじゃないかと思うことへの恐怖。
真剣勝負の場へと初めて出向いていく私の中には、緊張の為、自分が極端に弱すぎることへの不安と、
極端に強過ぎてしまった場合の恐怖というおかしな感情が入り交じっていた。
しかし、時間はそんな私が落ち着くのを待ってくれるはずもなく、両の小指に指輪をはめると、銅鑼の音に誘われるまま、控え室を後にした。
- 393 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:07
-
「あゆみ」
ちょうど部屋を出ると、試合を終えたばかりのひとみと出くわした。
名前を呼ばれたことで反射的に彼女の方を向いた私は、何事か言いた気な表情をしている彼女を人さし指で制すと、すれ違い様に一言告げ、城外へと向かった。
城外へと続く廊下を歩く私の足取りは、どこか軽いものへと変わっていた。
それは、たぶんひとみの姿を見たからだろう。
非日常的な場所で見つけた日常に、知らず知らずのうちに先程までの余分な考えはどこかに吹き飛んでしまった。
私は、いつもいろんな言葉を彼女からもらう。
しかし、本当に大切なのは彼女がいるということ。
言葉で着飾ることをしなくても、充分すぎるほど私の支えになっていることを彼女は気付いているのだろうか。
そうこうしていると、入場口へと辿り着いた。
どこか狼狽えている兵士さんによると、まだごっちんは来ていないらしい。
少しの間、待つか考えて見たが今から戦う相手と仲良く一緒に入場する必要もないと思い、先にリングへと向かうことにした。
通路を抜け、急に陽射しが差し込む場に足を踏み込むと、下から私を持ち上げるような歓声が降って湧いた。
リングへと歩く一本道の最中、この人達は何を求めてここに来ているのか少し不思議になった。
見たこともない者同士が戦う姿を見て何が面白いのだろうか。
ただの祭り好きなのか、それとも普段の生活では得られないような高揚感を欲しているだけなのだろうか。
いろんなことを考えてみたが、答えは出ることなく、浮かんでは消えるばかりだった。
- 394 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:08
-
リングへと上がると歓声は更に強まった。
もう何を考えても無駄だと思うと、そこへ矢口さんが近寄ってきた。
「おっす。調子はどう?」
「大丈夫ですよ、緊張も少しはほぐれましたし」
「そっか、なら大丈夫だね」
「あの、矢口さん。さっきから気になってるんですけど、その手に持ってるのはなんですか?」
「あぁ。これは紺野がこの日の為に作った拡声器だよ。
とにかく、声がでかく聞こえるようになる仕掛けになってるんだって。
なんか振動がどうとか難しい話されたんだけど、よくわかんないんだ。
でも、便利といえば便利だね」
「へぇー」
「それよりほら、あそこ見てごらん。
酔っぱらいの横にめぐみがいるから」
矢口さんが指さす方には、確かにすでにできあがりつつある中澤さんとお姉ちゃんがいた。
こちらの視線に気付いたのか、お姉ちゃんは右手を握りしめる動作をしてみせてくれた。
すると、その動作とほぼ同じくらいに、入場口の方へ向けて大きな歓声が湧いた。
「おっ、ごっつぁんも来たね」
お姉ちゃんの方に一つ頷くと、入場口の方へと目を向ける。
- 395 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/07(火) 12:09
-
ごっちんは、いちいち起こる歓声に微動だにせず、リングへと登った。
「いやー、まいるね。なんでこんなに騒がしいんだろうね」
「そうだよね。でも、慣れると悪くないかもよ」
「だね、負けるまで応援してくれるわけだし」
開口一番、観客の事に触れるごっちんは、どこかまんざらでもない様子に見えた。
確かにごっちんが言うように、観客が何を求めてこようが、私達を応援してくれるのだから、なにも悪いものとして考えることはない。
「あゆみ」
「ん?」
「1つ言っとくけど、手加減したらダメだかんね」
その言葉に思わず、笑ってしまった。
「なに?なんかごとー変なこと言った?」
「本当に似てるよね。ひとみにも同じこと言われたよ。
大丈夫、手加減なんてしない。
ごっちんこそ、手加減なんてしないでよ。
すっきり勝ちたいんだから」
「おぉ、言うじゃん」
「はいはい、2人ともそこまでね。もう始めるから」
矢口さんは、一言断わると拡声器を手にし、観客を静まらせた。
『これより、第二試合を始めます。
試合の注意事項は第一試合に話したのと同じです。
武器使用が自由なことと私が危険だと思ったら試合を止めることです。
尚、第二試合は両者、魔法を使うとのことですが武器の使用はなしで大丈夫ですか?』
当然のように頷くごっちん。
もちろん私も続いて頷いた。
『それでは、両者武器なしということで始めます。
第二試合、始め』
言葉の終わりと同時に、銅鑼の音が鳴り響いた。
- 396 名前:しばしば 投稿日:2003/10/07(火) 12:12
- 更新終了
とりあえず、吉澤さんの第一試合終了。
そして、読みにくいかもしれないですけど、視点が切り替わっています。
来週はさらにレス数を増やすように頑張ります。
- 397 名前:ペンタ 投稿日:2003/10/07(火) 17:20
- 更新お疲れ様です。
吉澤が何故あの人の部屋に行ったのか、
そして、後藤vs柴田が気になります。
次回、楽しみにしております。
- 398 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:54
-
最初に仕掛けたのは、ごっちんだった。
開始の位置よりも数十歩後ろへと下がると、初歩である光球を放つ。
すかさず、防御のシールドを張る。
さすがにこの程度の力だとシールドは破られることなく、目の前でその形状を残している。
「うん、ちゃんと防御もできるみたいだし、怪我しなくても済みそうだね」
「バカにしないでよね。これでもきちんと基礎はやってきたんだから」
そういって、私はシールドを一旦消した。
そう、相手が自分を弱いと思ってくれている方がやりやすい。
お姉ちゃんと戦ったことで、防御のシールド自体はある程度の耐久力はついている。
ごっちんがお姉ちゃん以上の力を使わない限り、一発でシールドを破るのは難しいだろう。
もちろん相手はそれを知らないし、私が得意なのは補助じゃなくて、攻撃であることも知らない。
中澤さんに言われて付けた指輪をしている状態で、どんなに力を込めても私が思っている6割の力しか込めることはできない。
けど、それで充分だろう。
一発一発にどれだけの力を込めたかなんて相手にわかるはずはない。
- 399 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:55
-
手始めに、何も考えず連続して3つほど光球を作るとごっちん目掛けて放った。
ごっちんは、器用に1つめを避けると、続けてくる2つをシールドによって防御した。
しかし、形状を残したシールドにはわずかに亀裂が入っていた。
(自然体の力で3…いや、4発かな。ってことは、全力で撃てば1発でいけるな)
これで、いくらか相手のシールドの強度を知ることはできた。
しかし、厄介なのは出し入れされた時だ。
一度使い、消してからもう一度出すと、耐久性はリセットされる。
おそらく、ごっちんもそのことは知っているだろう。
そうなると話は変わってくる。
いくらか時間に差が生じてくるとはいえ、出し入れされるのは厄介だ。
かといって、連続して全力で何発も打てるというわけではない。
1つを分裂させる方法だってあるが、それにはそれ相応の時間がかかる。
倒す方法を考えつつ、向かってくる光球をガードする。
私がいろいろと考え事をしていると、ごっちんは最初よりも少し大きめの光球を造り出した。
だが、あの程度ならばまだシールドを破壊するまでにはいたらない。
私は事前に一枚シールドを張ると中澤さんと特訓したある補助魔法をかけるための準備を始めた。
- 400 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:55
-
先程までとなんら変わりのない攻撃。
ただ単に、光球をぶつけてくるものだと思い込んでいた。
ごっちんが放ったそれは、こちらに向かってくる途中で2つに割れた。
そして、片一方がそのまま防御のシールドへと命中。
しかし、その程度の力では破られることはない。
続いて、いくらか遅れてもう一方が飛んでくるのがわかった。
先程のそれと同じと思い込んでいた片割れは、光球ではなく、光の矢の集合体だった。
連続して一カ所に集められる光の矢により、私の防御のシールドは亀裂を生み、ついには破壊されてしまった。
なおも数を残す光の矢が迫り来るのを間一髪、かけた補助魔法により躱した。
「ほえー、よく躱したね」
そう口にするごっちんの表情は笑っていない。
「やるね、光の矢を光球で包んで隠すなんて。
まぁ、考え事しててそれを作らせちゃった私が悪いんだけど」
「それにしても、その補助魔法は厄介だね」
「はて?なんのこと?」
「とぼけなくてもわかるよ。
どれだけ一緒に過ごしてきたと思ってるんだか。
さっきみたいな速さはあゆみには無理だよ」
どうやら、補助魔法をかけたのはすぐにばれてしまったようだ。
中澤さんと一週間かけてモノにしたのは体を軽くするものだった。
まだ、ほんの少ししか効果は出ていないが、素早さが少し上がるというのは、力が少し上がるのとはわけが違う。
なにより、この魔法の良い点は、ばれてもあまり損をしないこと。
相手は、私が身軽になったことを知ったところで同じ魔法を使えない限り、確実な対処の方法はない。
- 401 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:56
-
「ま、ばれたんならしょうがないか。
それにごっちんが同じの使えないと、知ってても関係ないしね」
「確かにそうだね」
ごっちんがそう言い終わる瞬間。
私は、ごっちんの方へと詰め寄った。
いくら身軽になったことを知っていても、慣れない速さなのは事実。
ましてや、昔から私の事を知っている者であるならば、把握するのにも時間はかかるはず。
そういった打算を組みつつ、ごっちんの左の方へと詰め寄った私は、躊躇することなく、左から蹴り飛ばす。
やはり、速さに慣れていないごっちんはほんの一瞬、力を込めるのが遅れ、体勢を崩すと、たまらず地面に手をついた。
この機を逃すわけにはいかなかった。
至近距離から光球を放つ。
一瞬、時が止まったように見えた。
手を伸ばせば触れるような距離で放った光球は、まっすぐごっちんに向けて飛んだはずだった。
しかし、それは目標を大きくそれ、観客席に設置されたバリアに当たり、消滅した。
(今の・・・なに?)
「あー、あんな感じでバリア張ってるんだ」
当の本人は何事もなかったように、ついた手をはらうと飄々と立ち上がった。
「・・・・・・風、だね」
「ふふーん、わかっちゃったか」
そう言うとごっちんは右手を軽く振り出した。
すると、少し遅れて風が来るのがわかった。
最初こそ、そよ風程度だったが、最後にはその場に立っていることができない程の風力となり、少しよろめいてしまった。
- 402 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:57
-
明らかにおかしい事があった。
ごっちんの光球の強さからすると、起こす風の力が強すぎるのだ。
光球とは魔法を使う者にとって初歩でありながら、その力を示すものでもある。
どのような応用の魔法を使ったとしても、光球に込められた力以上の効力が出るということはないはずだ。
「あゆみの考えてることはわかるよ、風の強さのことでしょ」
ごっちんは、隠すこともせずに話し始めた。
「ここは、風の国。
風の神の力が強く反映されている土地だよね。
ということは、風の魔法を使えばその恩恵を受けることができる。
ってことを本で読んだことがあるんだ。
使ってみたら、そうだっただけなんだけどね」
「そんなこと言っちゃってもいいの?
私も使うよ?」
「公平にしたんだよ。じゃないと、さっぱりしないでしょ」
得意げな顔で話すごっちんは、まだ上から物を教えてくれる感じだった。
(いい感じだ。まだ私は全力の力を見せていないし、このまま虚をつけばいい)
口では正々堂々といったものの、心の中ではどうしたら勝てるかだけが何度も繰り替えされていた。
例えそれが、卑怯なものであっても勝てるのなら、そうするしかない。
ひとみと戦いたいのは私だって同じなのだから。
そんな私の考えと同調したのか、空には黒い雲が広がり、あっという間に激しい雨が降り出し始めた。
これは予想の範囲外の出来事だった。
(雨はヤバい)
少量の雨ならば問題はないが、激しく降り続く雨により、リングの上の目に見えなかった起伏の部分に水たまりができ始めていたのだ。
これでは、いくら速く動いたところで、相手に動きが読まれてしまう。
私の全く意図していなかったことで、補助の魔法は無力に近いものとなってしまった。
(まぁ、もってあと数分だったけど)
しかし、それでも思っていたことの半分もできていない。
これにより、予定が大きく狂ってくることになる。
私は、一度左手をパチンと鳴らすと、補助の魔法を解除した。
もちろん、それは相手にもわかる行為だった。
- 403 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:58
-
「あれ?止めちゃうんだ」
「まぁね。この雨じゃダメだわ。
もうちょっとずるく勝つつもりだったけど、力を隠すのはやめるよ」
この言葉をどう捉えたのか、笑顔をみせたごっちん。
皮肉なことに私に補助魔法を諦めさせた雨は通り雨だったらしく、随分と小雨になっていた。
それでも、幸いなことに雨で視界が塞がれるということはなくなった。
「さて、いくよ」
相手の返事を待たずに、今度はなめてかからずに全力の光球を矢継ぎ早に2つ造り出した。
時間をかけずに作れるのは、2つで一杯だった。
それも、6割の力のおかげといえばそうだ。
本当の全力なんて、どれだけ時間をかければ出来上がるかなんて見当もつかない。
とりあえず、出来上がった2つをごっちんがいた方へと放つ。
ごっちんは最初と同じように初発を避け、次発をシールドによって防御した。
そこまではさっきと同じだった。
今度はその防御シールドが破れたことを除いては。
さすがに、それまでは考えていなかったのか、初めて驚いた表情を見せたごっちん。
悪いが、それで終わるつもりはなかった。
- 404 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:59
-
いつもは、右手で作る光球を左手で作る。
先程の物とは似て非なるものが左手の少し上の部分で浮遊している。
左手で何かを造り出すのは得意ではない。
お姉ちゃんの話では従来、両手が使える魔法使いがほとんどらしいのだが、たまに私のように特質なものがいるらしい。
そう、常識では考えられないような魔法を使う者が。
私は、左手にある光球を彼女に向けて放った。
慣れない腕で放ったそれは、右手に比べてずいぶんと遅い速度で迫っていく。
やはり、ごっちんはそれを避けた。
しかし、そこに私の狙いがあった。
どれだけの人が避けられた後の光球を見ていただろうか。
私は、ごっちんが避けた後、観客の方へと流れていく光球に向けて右手を振り上げた。
すると、先程までゆっくりな速度で進んでいたものが、突然速さを取り戻し、地面から直角に上空目掛けて進路を変えた。
突然の事に、どよめく一部の観客達。
その声とは裏腹に、何が起きたのかわかっていないごっちんは、ただ、その声に戸惑っている。
私は、適度にごっちんがいる方へと調節を済ませると、今度は右手を振り降ろした。
すると、先程上空へと駆け上がった光球が今度はごっちんに目掛けて降下を始めたのだった。
さすがに、それに気付いたごっちんは、横の方へと飛び退く。
どうやら、まだ全てをわかっていないようだ。
- 405 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 11:59
-
ごっちんが避けたのを確認した私は、光球が地面につく寸前に右手を左へと振った。
するとまたもや、方向を変えた光球は地面のすれすれ、ちょうど、すね辺りの高さでごっちんがいる方へと向かった。
さすがに諦めたのか、すね辺りにシールドを張り、待ち構えるごっちん。
やはり、最後までその不思議な光球を信じることはできなかったようだ。
ごっちんが足に注意しているのを見て取ると、その寸前でホップするように右手を少しだけ上に向けた。
光球は私の思惑通りに、足下にあるシールドを避けると無防備な腹部へと直撃した。
衝撃により吹っ飛ばされたごっちんは、仰向けのまま、すぐに起き上がってはこなかった。
矢口さんが様子を見るため近寄り、いくつか会話をしている。
これで、終わるはずはない。
さっきの操作型の光球は、融通がきく代わりに込められる力はそう強くない。
込められるのは全力の半分もないのだ。
私がこれを使えるようになったのはまさに偶然によるものだった。
中澤さんが城に帰ってから、お姉ちゃんと力の調節をする特訓を続けていた。
お姉ちゃんの何気ない一言により、今まで気にしていなかった左手で光球を作ることになった私は、その弱さと遅さにビックリしたものだ。
しかし、その時何気なしに振り降ろした手に同調するように光球はその進行方向を変えたのだった。
さすがに、お姉ちゃんはそれを見逃さなかった。
そして、右手の力の調整と同時進行で左手の特質性を伸ばすことに時間がかけられ、現在にいたる。
- 406 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 12:00
-
突然、観客が騒ぎ始めた。
矢口さんは、いつの間にか彼女から離れて、手で大きな円を作っていた。
目の前には、腹部を押さえつつも、立ち上がる彼女の姿があった。
しかし、その表情は先程までとは違い、腹を括った目をしている。
どうやらようやく、私を敵として見ることにしたらしい。
だが、それにしてはどこか不思議な感覚がする。
さっきまでの彼女とは何かが違うようにさえ感じた。
(さて、これからが厄介だな)
そんなことを考えていると、彼女は右手を前に出すと何事もなかったように、光球を放った。
「はぁ、そんなのあり?」
思わず声が洩れてしまった。
彼女の行為には光球を造り出すという工程が見事に無視されている。
右手を前に出すだけで、光球が飛んでくる。
まるで、体の中から吐き出されたみたいだった。
さらに不思議なことは続く。
最初の彼女の攻撃では、到底思いもつかないようなスピードで迫ってくる光球。
咄嗟に避けるのは難しいと判断した私は、シールドを張ることで防御した。
しかし、ここでも予想外の事が起きた。
彼女の攻撃では、ヒビすら入らなかったシールドがたったの一発で壊れてしまったのだ。
(力を隠していたの?いや、ごっちんの力はあれで一杯だったはず・・・パワーアップしたってこと!?)
そんな話はきいたことがない。
さすがに動揺したが、いまさら焦っても仕方ないことだと考えると、相手を全くの別人だと割り切ることにした。
- 407 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 12:00
-
しかし、事態は私に全くの不利となってしまった。
先程の攻撃を見る限り、光球に込められた力は自然体であるにもかかわらず、お姉ちゃんの攻撃とほぼ同じ。
指輪で力を制限している私にとって、攻撃の面でも防御の面でも相手と対等にやり合える力はない。
そんな私の考えがまとまるのを相手は待ってはくれなかった。
先程とは違い、きちんと工程を守って造られた光球に少し背筋がゾッとした。
それは、今までに感じたことのないような重圧。
思わず、指輪に手がのびた。
しかし、ちょうど私の正面に映る1人の女性は、首を横へと振った。
許しがでない以上、外すわけにはいかなかった。
それなら、アレを使うしかない。
私は、中澤さんに教えてもらった通りのやり方で1つの球を造り出した。
それは初めてできた時と同じように、ひと際目立つ光を放ち、右手にしっかりと握られている。
あとは、向こうが放ってくるのを待つだけ。
まるで誰もいないかのように、辺りは静寂に包まれた。
未だ降り続く小雨の音が響くほかは、なんの音も聞こえてこない。
そして、時間が経ったのかさえも忘れた頃、何気なしに彼女の右手が動いた。
そのゆっくりとした動きとは裏腹に、かなりの速さで迫ってくる光球に、一瞬自分に向かってくるということを忘れそうになった。
しかし、確実に近付いてくるそれに、慌ててこちらも右手を振り降ろす。
比べれば、確実に私の方が小さい球は、向こうの光球に吸い込まれるように中へと入り込んでいった。
そして、数秒後。
光球は私の元へと辿り着く前に大きな音をだし、破裂し、誰にもに残る耳鳴りと煙りを残し消えていった。
- 408 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 12:01
-
しばらく、視界が開けてくるまで待とうと思った。
しかし、相手も同じことを思うはず。
見えていないうちに何かを造り出されるよりは、見えている方が何かと対処の方法は考えやすい。
私は、彼女が見せてくれたように右手を軽く振ると、風を起こした。
教えてくれた通り、そんなに力を込めることをせずとも大きな風を起こすことができ、辺りに立ち篭めていた煙りを一掃した。
そして徐々に見えてきた彼女。
彼女は、両手を胸の前で合わせ、目を閉じ、何事かを呟いている。
古代の魔法。
そんな単語が頭を掠めた。
従来、魔法を使うにあたって詠唱は必要のないものが多い。
それは、膨大な体力を使うと同時に時間がかかるという問題点があるから。
しかし、その詠唱を彼女が知っているとしたら‥‥
そして、先程の爆煙が予定通りの物であり、初めから詠唱を初めていたとしたなら‥‥
時間は充分すぎるほどあった。
とにかく詠唱をとめる必要があった。
私は、何も考えずに距離を詰めながら、右手で光球を造り放つ。
彼女へとぶつかる瞬間。
さっきまではなかったシールドが私の光球を弾いた。
- 409 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/14(火) 12:02
-
次の瞬間。
パッと目を見開いた彼女に驚いた私は前にでることをやめ、足を止めた。
すると、目の前に落雷が落ちた。
あのまま、走っていたならば、直撃を喰らっていただろう。
雷は、相当の力を持っており、石で作られたリングをえぐりとっていた。
ちらっと映った上空では、雨をもたらした雲がどす黒さを増し、ゴロゴロと鳴り響いている。
雷を意図的に落とす。
さすがに笑えない状況になってきた。
ここまでくると、どうしていいかわからなくなる。
いくら、風の神の恩恵を受けることができるとはいえ、上空にある雲を吹き飛ばすことは難しそうだ。
仮に可能だとしても、ずいぶんと時間がかかる話だ。
そうこうしている間にも、眼前には次々と雷が落ちてきている。
仕方なく、後ろへ飛ぶことで避けてはいるが、彼女との距離はずいぶんと遠くなってしまっていた。
それでも、わかったこともある。
連発がきかない、単発の魔法だって事だ。
しかし、それがわかったところでこちらに有利になるかといえば、そうでもない。
すると、乱雑に振り降ろされていた雷が止んだ。
そして、なぜか光球を放った彼女。
(しまった)
思った時にはもう遅かった。
このままシールドを張れば、上から雷が落ちてくる。
そして、避けても、その場所へと雷が落ちてくる。
私は、避けていたのではなく、避けさせられていたのだ。
迫りくる光球を前に、どうしようか迷っていると1つの声が聞こえてきた。
「あゆみーー!!」
先程まで切羽詰まっていたはずの緊張感が不思議と弛んだ。
そして、どうにかなるという気持ちに包まれた私は、シールドを張った。
- 410 名前:しばしば 投稿日:2003/10/14(火) 12:12
-
更新終了
柴田危機的場面で途切れました。
今回ぐらいのペースを持続させていきます。
>397 ペンタさん
レスありがとうございます。
吉澤の視点に戻るのは、もうワンクッション入れてからになります。
後藤と柴田の戦いは満足できたでしょうか、非常に気になるところです・・・
- 411 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/28(火) 12:06
- * * * *
「えーっと、別に話さないかんようなことはないけども・・・
当たり前やけども、今、リングに立っている選手は代表なわけやから目一杯やってほしい。
それと観客席にはうちがバリア的なモノを張らせてもらっとるから、存分に力を発揮するように。
で、最後に全員に言えることやけど、これは土の国と風の国が1つになって初めての共同のもんや。
ここで、垣根をなくして本当の意味で1つになっていこうや」
言い終わると、どこからともなく拍手が巻き起こった。
どのくらいの人がわかってくれているかわからない。
元々、お祭りの要素が高い空間にあって、まともな発言はどこまで受け入れられるかわからない、と思っていた。
しかし、そんな思いに反して、聴衆はその言葉を真剣に受け止めているようだった。
真実はどうにしろ、そう受け止めることができたことが嬉しく、横にいたみっちゃんを見る。
彼女も同じことを感じたのかこちらに、笑顔を向けていた。
他の場所よりも少し上部に立てられたここからは、リングの全体、いや会場全体を見渡すのに適していた。
そして、そのリングに並ぶ、選手達を見て思わず、笑みがこぼれる。
教え子である柴田の姿に、矢口が育てた吉澤。
そして、2人と幼馴染みだという後藤と石川の2人。
更には、その4人よりも年下の3人の娘達。
(よくもまぁ、残ってきたもんや)
その中にいて、少し不思議な雰囲気を放つ人物がいた。
- 412 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/28(火) 12:07
-
「なんやあれ、仮面なんかして、変な奴やな」
「仮面だけじゃないよ。ほら、これ見てみ」
そういって手渡されたのは、一枚の出場登録用紙だった。
「なになに‥‥‥なんやこれ、ほとんど白紙やんか」
「そう。あの仮面の事はほとんどわからんのよ」
「そんな奴よう登録させたな」
「それが、どこかに紛れとったんか、受付がミスったんかわからんけど、ここまで通ってきてしまったんよ」
「そら、ここまできたら失格にはしにくいはな」
これまでのいきさつを聞き、もう一度仮面の人物へと目をやる。
不思議と初めて見たような感じはしかなかった。
むしろ、その風采に懐かしさのようなものを感じることができた。
しかし、この距離からではそれ以上の事はわからない。
それでも、念には念を。
近くにいる村田へと耳打ちをする。
「ええか、あの仮面の奴、見張るようにいうといてくれるか」
うちの言葉に頷くと、村田は階下へと消えていった。
『全ての組み合わせが決まりました。
第一試合 吉澤ひとみ 対 高橋 愛
第二試合 後藤 真希 対 柴田あゆみ
第三試合 石川 梨華 対 小川 麻琴
第四試合 新垣 里沙 対 仮面
以上のように決定しました。
それでは、全選手は一旦退場、第一試合に出場する2人は銅鑼の音がなったら、再度入場して下さい。
また、試合に出ていない選手に関しては、基本的には何をしていようが自由です。
ですが、応援したり、観戦したり自分の試合に支障がでない程度の行動に抑えて下さい。
それでは、退場』
そうこうしている間に組み合わせが発表されていた。
- 413 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/28(火) 12:08
- ____第一試合
リング中央では、矢口の説明が続いている。
どうやら両者とも槍を使って戦うようだ。
正直な話、矢口から話を聞いていただけで吉澤が戦うところを見たことはない。
「しかし、あれやな、みっちゃん。よっさんが戦うところなんて見たことないな」
「姐さん本気で言ってるん?」
「なんでや?」
「あのね、今からなにが始まると思ってるの?
武術大会、それも新兵を選抜する。
戦ってるところを見たことがある人が出場する方が少ないとちゃうの?」
「あ‥‥、そやったな。柴田の戦ってるところを見たことがあったもんでつい」
「それをゆうたら、私は誰の戦ってるとこも見たことないわ」
皮肉ったみっちゃんの言葉に耳を塞ぎつつ、リングへと目を向けるとちょうど試合開始を知らせる銅鑼が鳴り響いた。
それと重なるように、村田が席に戻ってきた。
リング中央付近で構えをとる両者。
すると、隣でみっちゃんが何か呟いたのが聞こえた。
その言葉に近くにいた大谷も頷いている。
何のことを言っているのかわからなかったが、とにかく戦っている方に集中する。
リング上では、吉澤が対戦相手との距離を詰めに近寄っていくが、少女はそれを嫌うかのように、距離を保ったまま、移動している。
- 414 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/28(火) 12:08
- 「‥‥棒使いか」
その言葉に反応するように2人とも頷き始めた。
「棒使い?」
1人話題に入ることができない村田が不思議そうな顔をしている。
それを見兼ねて、大谷が説明を始めた。
「あのね、めぐ。
棒使いっていうのは、相手を殺すことを目的にするんじゃなくて、相手を捕らえるのに適してるんだ」
「じゃあ、ひとみちゃんの方が有利って事?」
「いや、そうとも言い切れないんだよね。
さっき矢口が説明したように相手に致命傷を与えるような攻撃を仕掛けると失格になる恐れがあるから、
相手を殺すんじゃなくて、倒すなら棒使いの方が有利って事になるけど、
あの吉澤って娘がどれだけできるかわからないからね」
その頃、リングでは、吉澤が槍を逆さに構え、相手へと突っ込んでいくところだった。
少女はその攻撃を簡単に弾くと、隙ができた相手に向かって蹴りを放つ。
そして、すかさず流れるように槍での斬撃へと移る。
それを避けきれなかった吉澤の腕からは、少量の血が舞い、観客はその姿に興奮を押さえられないでいた。
「手抜いとるな」
うちの声に大谷が頷く。
そして、今回ばかりは村田もわかっているように頷いている。
みっちゃんはただ黙って、リングを見守っていた。
- 415 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/10/28(火) 12:09
- 「あの棒使いの少女は、まだ実践での経験が薄いですね、でも、あの若さでアレだけできれば充分ですよ。
しかし、その上をいっているのが、吉澤ですね。
矢口との短い修業期間だったにも関わらず、その力量は私達団長に及ばないながらも、一介の兵としては勿体無い程ですね。
おそらく、資質もかなりのモノかと」
大方の見解は、ほぼ同じだった。
確かに少女の攻撃は、手本通りといえる。
それはそれだけ、実践での経験がないことを示している。
そして、それに対している吉澤については、期待以上のモノだった。
本人は力を抑えて戦っているようだが、矢口の報告以上の力は充分に計り知ることはできる。
そして、予想通りな次の展開。
先程までよりも数段上げた速さで動いた吉澤は、一瞬で少女の槍を破壊すると勝負を決めた。
「まぁまぁやな。
何か考えがあって、手抜いたんやろうけど、矢口は怒るやろうな。
いつでも全力が心情の娘やから。
どや?大谷、あの棒使いの娘鍛えてみるか?」
「そうですね。
吉澤ほどじゃないにしても、彼女自身にも資質は充分あると思いますし」
「よし、それじゃ、あの‥‥‥高橋って娘は合格にしといてくれ」
「中澤さん、ひとみちゃんはどうするんですか?」
「あぁ、それはまた別の話や。
ま、あとの様子を見てからになるけどな。
な、みっちゃん?」
「あっ‥‥、うん。あとの娘達次第やね」
この時、みっちゃんは、少し感慨深そうな表情を浮かべていた。
それはうちと同じことを感じたからだろう。
吉澤がみっちゃんと関係あるのを知っているのは、うちとみっちゃんしかいない。
まして、血が繋がっている者としては、それは特別なものだろう。
しかし、力を持つことは、危険と隣り合わせでもあることをみっちゃんは知っている。
それが故の表情だったんだろう。
とにかく、こちらの思惑を達成するには遺り3人の出来にかかっている。
- 416 名前:しばしば 投稿日:2003/10/28(火) 12:11
- 更新終了
- 417 名前:ペンタ 投稿日:2003/10/29(水) 02:24
- 更新お疲れ様です。
今回は、ゆうちゃん視点ですね。
こうゆう選手以外の第三者的視点も、おもしろいですね。
次回も楽しみにしております。
それにしても、仮面が気になるなぁ。
- 418 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/04(火) 11:41
- ___第二試合
第一試合の途中から持ち込ませていた酒を何杯か呷った。
何度も思うことだが、和やかな空気の中で飲む酒は旨いものだ。
これは、国に入ってからも変わらなかった数少ないものの1つ。
「姐さん、あんまり飲んだら‥‥」
「わかっとるがな、みっちゃん。大丈夫、うちがちょっと飲んでるくらいが調子いいの知ってるやろ?」
「そうやけど。そんなことゆーて、自分が教えたあゆみちゃんが心配なんやろ?」
「‥‥‥‥」
みっちゃんが私の事を手にとるように把握しているのもまた、変わらないものの1つだ。
このやりとりの隣では、村田が妹に向けて手を振ってやっている。
すると、後方より遅れて後藤が入ってくるのが見えた。
両者、向かい合ったところで矢口が走り寄り、注意を促している。
『それでは、両者武器なしということで始めます。
第二試合、始め』
始まりの合図と共に後藤が数十歩後ろへと飛び退いた。
登録用紙に目をやると、なるほど納得。
従来、魔法を使う者にとって、その間合いは近過ぎても遠過ぎてもダメである。
それを踏まえると、後藤がとった間合いは適当であるといえる。
(どうやらちゃんとした人を師にもったみたいやな)
その位置から光球を放ったが、柴田は難無くそれを弾く。
- 419 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/04(火) 11:42
-
村田と手合わせした柴田のシールドは、同年代の娘が持つ力で壊すことは容易ではないだろう。
相対した柴田はイヤそうだったが、シールドは破られて少しずつ、その強度を増す性質をもっている。
その点、村田は相手の力量に合わせて、あえて相殺できる程度の力を込めて攻撃を行う。
つまり、今、目の前で柴田が余裕でいられるのは、うちの予想通りの展開といえる。
当の本人は、ちょうど後藤のシールドにヒビを入れているところだった。
元々、攻撃に込める力は充分すぎるものを持っている。
まして、力を抑えている今でさえ、アレなのだから、指輪を持たせた意味はあったようだ。
(潜在能力なら、あの娘らの世代では一番かもな)
今度は、先程よりも少し大きめの光球が柴田に目掛けて放たれた。
すると、それは途中で2つに分かれ、1つはそのまま、もう1つは光の矢の集まりとなり、結果的にシールドを破壊されるまでにいたった。
しかし、柴田はそれを察知してか、補助魔法をかけており、その場をかろうじてやり過ごしていた。
「ほぉ、中々考えて戦うな。これやから若い世代の戦いは楽しみやわ」
みっちゃんは、しきりに感心していた。
- 420 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/04(火) 11:44
-
確かに、魔法使いと呼ばれる者に必要なものは、考える力である。
魔法を造り出すことができたとしても、それを上手に扱えるかどうかでその人の力量は大きく変わってくる。
その点から見ると、後藤は素質がありそうだった。
リングでは柴田が突進し、体勢を崩した相手に向かって光球を放ったが、不思議なことに真直ぐに向かっていたモノが途中で大きく進路を変えたところだった。
「はぁー、風の力まで利用するのか」
みっちゃんは先程から感心するばかりである。
「‥‥‥‥‥アヤカ?」
隣では村田が不思議な言葉を漏らしていた。
「どーした、村田?」
「あ…、どーもアヤカによく似た戦い方をするのでつい気になって」
確かに、こちらの情報では後藤が火の国へ、石川が水の国へ行ったことまでは把握できている。
そこで後藤がアヤカに修業を受けている可能性は十分にある。
まして、アヤカと何度も戦ったことがある村田がいうのだから、それは間違いないだろう。
確かに、戦場で何度か見たアヤカは、奇抜な発想とそのフィールドにおける力関係をよく踏まえた上で有利に事を運ぶ。
今の後藤も、ほとんど同じ型であるといえよう。
- 421 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/04(火) 11:45
-
その頃、なんの前触れもなくリングを黒い雲が覆い、激しい雨が降り注いだ。
「これは、まずいな」
「なにがですのん、姐さん?」
「あゆみちゃんに教えたったのは、瞬間移動やないんや。ただ、能力の上限を少しあげるだけのもの。だから、なにもないリングの上ではその力を発揮することができても、水たまりができたリングの上では、どこに動くかが見破られてしまう」
うちの予想通り柴田は、せっかくかけた補助魔法を解除してしまった。
しかし、そこから柴田は積極的に攻めに出た。
1発で相手のシールドを撃ち破ると、続けざまにもう1つ光球を造り出した。
左手で作られたソレは、スピードは遅いながらも柴田の思い通りにその方向を変え、見事に後藤へと命中させた。
「おい、村田。あんなの教えたんか?」
「いや、たまたま左手で作らせてみたらできてたんですよ」
(こりゃ一番かも、やなくて一番やな。まさかここまでとは)
倒れた後藤に対して、いくつか会話をしている矢口を目で追っていると、不意に後ろの方で物音がするのがわかった。
うちが席を立つよりも早く、大谷が後ろを確認するために下がった。
「中澤さん、あさみからの連絡です」
- 422 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/04(火) 11:47
-
戻ってきた大谷の手には、一枚の紙が握られていた。
察するに、先程の物音はあさみが使いに出した動物だったようだ。
あさみは、元々土の国の情報部担当であり、同盟を結んだ後でも引き続き同じ部を統括しているブリーダーである。
人間の配下を持たず、自分が育ててきた動物を使い、情報の収集・伝達を行う。
手渡された紙を開くとそこには必要最低限の文字でTいなくなったUとだけ書かれていた。
うちは、紙を裏返すと近くにおいてあったペンで指示を記し、大谷へと渡した。
再度後ろに戻り、紙を動物に付け、戻ってきた大谷に耳打ちする。
「ええか、城を警備している兵に伝達。怪しい者を見かけたらとりあえず、捕まえるように。ただ、あくまで警戒していることを悟られんようにな」
大谷は全てを聞かずに、頷くと部屋を出ていった。
隣ではみっちゃんが不思議そうな顔をしている。
「どーしたん?」
「あぁ。やっぱりあの仮面、なんかあるで。監視しとる奴まいてどっかいきよった」
「そっか。で、どうするの?」
「もう少し我慢やな。知らん振りしとれば、シッポも掴みやすいやろ」
- 423 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/04(火) 11:48
-
にわかに緊張が走る観覧席と不気味にも立ち上がった後藤。
頭上では、未だ暗雲が立ち篭めている。
観客は雨にも負けず、立ち上がった後藤に向けて声援を送っている。
そして、その後藤は、右手を前にかざすだけで光球を放ち、柴田のシールドを一撃で破壊した。
これに一番動揺したのは、村田だった。
「そんな、あの娘の力ならあゆみの力を上回るのは無理なはずなのに‥‥」
それもそのはず。
今の今まで有利に試合を進め、危険は全くゼロといってもいいほどの戦況だった。
確かにおかしい点はある。
力の上限が増していることはもちろん、どこか雰囲気が少し変わったような気さえする。
同じことを感じたのか、柴田は指輪に手をあて、確認するようにこちらを向いている。
しかし、うちはそれを許さなかった。先程の威力を見る限り、相手の力は増したとはいえ、今の柴田と同じ程度かそれより少し上といったところ。
それに、いま後藤が造っている光球よりも、以前柴田が見せた光球の方がよっぽど危険である。
今、柴田と同等程度の相手で指輪を外させるわけにはいかない。
それに、アレを使えば少しぐらいの力の差はなんとか補うことができる。
もちろん、柴田もアレの準備を始めている。
あの時教えた、とっておきの為の第一段階は電気の球。
普通の光球よりも多少小さめではあるが、その威力は中々のもの。
これだけでも戦闘はずいぶんと楽になる。
もちろん誰でも撃てるわけではない。
柴田の世代で、これを撃つことができる娘はいても返すことができる娘はいないだろう。
そのための約束。
そのためのとっておき。
- 424 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/04(火) 11:53
-
柴田は徐々に近付いてくる光球に向けて電気の球を放つ。
互いに相殺すると、辺りに大きな音と煙りをバラまいた。
ちょうど、こちらからは後藤の姿だけが確認できた。
柴田は、まだ煙りの向こうにいるはず。
しかし、目の前では先ほど後藤が見せたような風が煙りを一掃していた。
これからという時に、誰かが部屋へと入ってくるのがわかった。
否応無しに後ろの方へと注意が向けられる。
慌てて部屋へと入ってきたのは、あさみ本人だった。
「なんや、今度は動物使わんと本人が来たんかい」
「悠長なこといってる場合じゃありません」
「だから、なんやねん。仮面の奴でも発見したんかいな?」
「亜弥ちゃんが‥‥‥」
亜弥という言葉にみっちゃんが反応した。
確か、矢口や紺野らと共にみっちゃんが昇格させた娘の1人が確か亜弥という名前だったような気がする。
「あさみ、亜弥が‥‥松浦がどうしたんや?」
「待ちぃな、みっちゃん。そんなに押さえたらあさみも話せんやろ」
先程までとは打って変わり、あさみへと詰め寄るみっちゃんを一旦落ち着かせ、あさみに順をおって話すように薦めた。
「ずっと、見失ってから探してたんですよ、それでなんとか見つけたんですよ、仮面の人物」
「うん、どこで見つけたんや?」
「それが、以前村田さんが捕まえてきた闇の民族を名乗る人物が入っている牢屋です」
「まさか‥‥」
「そうです、仮面の人物は牢屋を壊すと中にいた人間を連れて逃げていこうとしたんです」
「そこで、その亜弥って娘に見つかったわけか」
「そうです。あとは、一方的に‥‥‥」
そこであさみは、下を向き話すことをやめた。
しかし、みっちゃんは納得できていない様子だった。
- 425 名前:しばしば 投稿日:2003/11/04(火) 12:08
- 更新終了
えーっと、カン娘。あさみ、松浦さんがようやく登場
この章はいろいろ書いても物足りない感じがするんですよ。
だから、もう少し長くなるかもしれないですけど、気長におつきあい下さい。
あと、電気の球を縮めて電球にしようとしたけど、電球じゃーねw
>>ペンタさん
面白いとのお言葉、ありがとうございます。
期待に応えられるように、駄目作者ながらがんばっていきますので
これからもよろしくお願いします。
- 426 名前:とこま 投稿日:2003/11/09(日) 17:26
- 最初から一気に読ませていただきました。
手に汗握る展開が良いですね。
ファンタジーは大好きなんで頑張って下さい。
- 427 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/18(火) 11:46
-
「それで、亜弥ちゃんの様子は?」
「‥‥幸いなことに致命傷となるような怪我は見つかっていません。
けど、なにぶん傷の箇所が多いせいで出血がひどいです。
それでも、今は斉藤さんが傷を塞いでくれて、安静にしています」
命に別状がないことを聞かされたみっちゃんは先程よりも落ち着いた表情に戻っていた。
「あと‥‥」
「まだ、なんかあるんか?」
「亜弥ちゃんを斉藤さんに任せた時に、大谷さんも一緒にいて、事情を話したら逃げていった2人を追って行っちゃったんですけど」
「はぁー、あいつはほんまに‥‥まぁ、大谷なら心配することはないけども。
それより、逃げた2人がどこにおるかわかるか?」
「一応、何匹か追わせてはいますけど」
「よし、それじゃあんたは、何人か護衛をつけて大谷と合流して、敵を捕まえてくれ。
相手は2人やけど、牢に入っとった方はほとんど役に立たんはずや。
あと、稲葉と紺野をここに呼んできてくれ。
ええか、くれぐれも穏便に事をすすめるんやで」
そういって、彼女の背中を叩くと、威勢のいい返事を残し部屋を出ていった。
部屋に残ったのは、うちとみっちゃんと村田の3人のみ。
2人は何か言いたそうな顔をしていたが、それでも黙って柴田の方へと視線を向けていた。
- 428 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/18(火) 11:47
- 柴田がリングで雷による攻撃を避けている時に、部屋へと紺野とあっちゃんがやってきた。
「おぉ、来たか。さっそくやけど‥‥」
「話なら、あさみから聞いたよって」
「そぉか、じゃ意見を聞かせてもらいたいんやけど」
「私は、今すぐ武術大会を中止して2人を捕まえにいった方がええと思う。
まして、あの仮面はもしかすると、もしかするからな」
あっちゃんは、仮面の正体がつかめている感じだった。
しかし、それはうちだって同じだ。
ただ、確実な証拠がないだけだ。
それでも、武術大会を中止にするというのは、どうにも飲めない提案だ。
アレの情報が入ってこれば間違いないのだが、そうなると、今よりも危険になる恐れがある。
そうなった場合のみ中止にするしかない、というよりも、中止にせざるを得ないだろう。
「姐さん、犠牲が出る前に早く中止にするべきや。
私だって、目星が付いてないわけじゃないで、松浦が簡単にやられるとは思わんしな」
どうやら、みっちゃんは先程の亜弥という娘のことがやたらと気になってるようだ。
これでは、説得するのも難しいと思ったが、思わぬ人物が私の味方をするようになった。
「私は、中止にする必要はないと思います」
「「「紺野!?」」」
みっちゃんや村田はもちろん、隣にいたあっちゃんまでもが驚いた表情で彼女に視線を向けた。
「今回は中澤さんが話していたように、同盟後初めての行事であり、その団結力、ひいては同盟の是非まで判断されてしまうものだと思うんです。
しかも、闇の部族も動きだした今、火や水の国に対してもある程度の牽制は必要だと思います。
そのためには、これが中途半端に終わるようなことがあってはダメなんです」
一瞬、紺野の発言に誰もが面を喰らった。
- 429 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/18(火) 11:48
-
それぞれが予想だにしなかった提案に不満を漏らすが、紺野は頑として自分の意見を変えようとはしなかった。
(これは、この前話した事もまんざら無駄じゃなかったみたいやな。
賢い娘やと思ってたけど、ここまで飲み込みも速いとは)
少し前に紺野に与えた助言は多いに意味のあるものだったことを態度で示してみせたのだ。
「うちも紺野と同じ意見やで。というよりは、最初から中止にする気なんてなかったけどな」
その発言に再度驚く3人と頷いてみせる紺野。
「でも、うちかて、仮面が誰か心当たりがないわけじゃないで。
でも、もしそれがうちの思ってる奴なら、うちら相手に下手打つような奴やないやろ。
こっちにはうちにみっちゃん、村田に大谷、矢口がおるからな。
1人で全員を相手するのは荷が重いからな」
紺野は私の発言の1つ1つに頷いて聞いていた。
その横では不思議そうな顔を見せていたあっちゃんが少しずつであるがこちらの考えを把握してきているようだった。
「で、相手が迂闊に手を出せへんとわかってるなら、こちらから手を出すのは不利。
ということやな、紺野」
「はい。下手にこちらから動いてみせると国の中で何か事情があったと認識されてしまう危険がありますから。
あと、私の一存で火と水の国の国境に兵を出しておきました」
「うん、それはなんでや?」
「こちらが火や水の国の内状をある程度調べることができるということは、相手側にも同じことができるハズです。
ですから、こちらに何か不都合が起きた場合には、それに乗じて攻めてくる可能性があるからです。
ただ‥‥‥」
- 430 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/18(火) 11:48
-
「ただ?」
「いま、矢口さん、大谷さん、村田さん、斉藤さん、松浦さんらの団長クラスの人が出ちゃっているので
国境付近で指揮をとる人がいないんです」
「なるほど、‥‥‥あっちゃん」
全ての考えが合致したのか、あっちゃんはうちの呼び掛けに応え、すぐに部屋を後にした。
こういう時、彼女は本当によくやってくれる。
本来ならば、自ら軍師という立場にあるのだから自分の意見を主張したい場面もあるハズなのに‥‥
それなのに彼女はうちの意見を最優先に考えてくれる。
今のうちがあるのも、彼女が一緒に付いてきてくれたからだと思っている。
あっちゃんが部屋を出ていった後、みっちゃんもおもむろに席を立った。
「ちょ、どこ行くねん」
「松浦のとこ行ってくるわ。
それで少しは頭も冷えると思うし」
- 431 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/18(火) 11:49
-
みっちゃんが部屋を出ていった後、紺野は情けなくヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
そして、絞り出すように言葉を発し始めた。
「私情を抑えるのって大変ですね、平家さんの気持ちは私だって十分わかってるのに‥‥」
小鳥は短い時の中で、大空を舞う鳥へと成長したわけではなかった。
むしろハリボテの羽を広げ、牽制し、自分を守り抜いたのだった。
そして、本当にこれで良かったのかと迷う。
しかし、ハリボテであれ、なんであれ、自分の行く道を向いた紺野は、近いうちに本物へとなっていくんだろう。
「大丈夫、ちゃんとみっちゃんもわかってると思うよ。
だから、亜弥っていう娘の所に行く気になったんやと思う。
昔なら、話を聞いただけで他の情報には見向きもせんかったからな」
そう言って、困惑した瞳を見せている彼女の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
「あゆみーー!!」
紺野ばかりに注目していたうちを向き直らせたのは、ずっとリングの妹を見続けていた村田の声だった。
- 432 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/18(火) 11:51
- * * * *
予想外に暖かく迎えられ、私は中に浮いたような感覚を味わっていた。
素直に手を抜いていたことを謝る気で訪れたはずだったが、少女は目の前で早口で自分の事を話し続け、私に話す機会を与えてはくれなかった。
そんな中、ついに少女が一息ついたのを見計らい、話を切り出した。
「あのー」
「ん、あっ、ノド渇きました?すいません、気が付かなくて」
「あ、そうじゃなくて。
私ね、あなたに謝るつもりでここにきたんだ」
謝るという単語を聞いた途端、今までの温和な表情から試合の時に見た真剣な表情へと変わった。
「今日の試合の事やね」
私の返事を待たずに、彼女は続けた。
「あたし、気付いとったよ。最初、手抜いとったって」
「‥‥え、それじゃ」
「かまへんよ。あたしが弱いからダメやったんやもん。それに逆の立場でも同じ事したと思うし。
吉澤さんがやったのは、武術大会‥‥勝ち抜きの試合形式において普通の事やし気にせんといて。
それに、最後はちゃんと本気やったやろ」
ここまで話を聞いた私は、自責の念にかられた。
- 433 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/18(火) 11:52
-
私はなんてバカだったんだろう。
手を抜いた上に相手にそれを見破られ、それを知らないと思い、謝りに来たのだ。
少女からすればどれだけ気分の悪い話なんだろうか。
しかし、ここまで来て謝らないわけにはいかなかった。
「本当にごめんなさい」
そう言って頭を下げる私に、少女は慌てて頭をあげるように促してくれる。
「ちょ、吉澤さんほんとに大丈夫ですから。そんなに謝らんといて下さい」
「本当にごめんね。私にできることがあったら何でもするから、何でも言って」
「そんなのだいじょ‥‥‥本当ですか?」
(あっ、棄権してって言われたらどーしよう。そりゃ彼女が出場できるようになるだろうけど。
それじゃ、全然意味がないな。あー、どーしよう。
今さら撤回もできないし‥‥‥とりあえず、聞いてみるか)
「うん、言ってみて」
「あのー」
少女が口を開いた時、ちょうどタイミングを見計らったかのようにドアをノックする音が部屋へと鳴り響いた。
彼女は私が知る限り、知り合いのような人はいなかったはずだ。
なのに、部屋を訪れるような人はいるのだろうか。
少女も不思議そうな顔でドアへと近付き、ノブをひねった。
「あのー、高橋さんってここですよね‥‥あ、愛ちゃん!」
- 434 名前:しばしば 投稿日:2003/11/18(火) 12:01
- 更新終了
そしてまた新しく視点変換。
まぁ、元に戻っただけですけどね。
しかし、全然話自体が進んでいない気がするよ。
まったくの駄目作者ですいません。
>>とこまさん
見つかっちゃいましたかw
最初から読んでくださったみたいでありがとうございます。
作者も気づいていないような矛盾点を見つけた際は是非お知らせくださいね。
駄目作者ですが、完結まで頑張っていくので、お暇ならお付き合いください。
まぁ、完結までまだまだかかりますが……
- 435 名前:とこま 投稿日:2003/11/18(火) 13:39
- 更新お疲れ様です。
最後までお付き合いさせていただきます。
- 436 名前:ペンタ 投稿日:2003/11/19(水) 23:49
- 更新お疲れ様です。
私もお供させてくださいなw
- 437 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/27(木) 11:48
-
「あれー、あさみちゃん。どーしたん!」
「いや、名簿見てたら高橋愛って書いてあったから、もしかしてと思って」
紺野ちゃんは今まで見たこともないような笑顔を見せていた。
そんな喜ぶ2人に少し遠慮しながらも私は口を開いた。
「なに、試合見てなかったの?」
「あ、吉澤さんもいたんですか。すいません、ずっと関連書類の処理に終われてたもんで」
「そっか。でさ、2人は知り合いなの?」
「「はい」」
打ち合わせなしでも合わさった返事に当たり前のように笑い出す2人。
「でも、紺野ちゃんって始めから国にいたんじゃないの?」
「違うんですよ、私も吉澤さん達が住んでいる所と似たような場所にいたんですよ」
紺野ちゃんが話終わるのを待っていたように次は、少女が話しはじめる。
「あたしとあさみちゃんは、ずーっと友達やったんやけども、数年前、地域で一番の秀才やったあさみちゃんは国にスカウトされていったん」
「「ねー」」
(んー、なんか調子がいい時の梨華ちゃんが2人いるみたいなテンションだな‥‥)
- 438 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/27(木) 11:50
-
その後も勝手に話し出す少女の話を聞く限り、紺野ちゃんは国にスカウトされていったにも関わらず、満足した役職に付くことができずにその名が耳に届くことはなかったらしい。
しかし、少女は紺野ちゃんと別れた時の約束を守るために己を磨き続けた。
そして、平家さんが今の地位に付いた頃、聞き慣れた紺野という名が軍師へと就任したことを知った少女は、約束を守るため、武術大会という機会に国へと出てきたのだという。
「でさ、紺野ちゃんは何か用があってきたんじゃないの?」
私の問いかけに、思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうです、愛ちゃんに知らせをもってきたんですよ。
えーっと高橋愛さん、合格です」
一瞬なにを言っているのかわからなかった。
しかし、その後すぐに今回の武術大会が兵士選抜の意味をもっていることを思い出した。
「良かったじゃん」
私は何も考えず、少女の肩を叩いた。
しかし、当の本人は話を聞いた時こそびっくりした表情を見せていたが、すぐに複雑な顔をしていた。
「よかったね、愛ちゃん。
これであの時の約束が叶うね」
紺野ちゃんの喜びの声に少女が多少困ったような表情を浮かべ、きりだした。
- 439 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/27(木) 11:58
-
「あさみちゃん、せっかくやけど辞退させてもらうわ」
「え!だって、あの時
今は離ればなれになるかもしれないけど、いつかいっしょに
って約束したじゃん」
先程と違い、急に温度差を見せ始めた2人には気まずい空気が流れていた。
「ほんま、なんかごめん。
あたしも最初はその気でここまで来たんやけど、もう決めたん。
吉澤さんに弟子にしてもらおうと思って」
(そうかそうか、それで国に入ることを止めるなんて‥‥
ってちょっと、紺野ちゃんと離ればなれになるのも、国で働かないのも私のせいって事?)
「ちょ、なんでそんないい話断わって私なんかの所に来るのさ?」
「だって、さっき吉澤さん何でも言うこと聞いてくれるって言ったが」
「そりゃ、まぁ言ったけども‥‥」
驚き、慌てふためく私と同様に紺野ちゃんもまた納得できずにいた。
「なんで?ちゃんと説明してくれないとわかんないよ」
「あたしも自分なりに強さを磨いて来たつもりやったんやけども、上には上がおるって事がわかった。
それがたまたま吉澤さんやっただけのこと」
それが当たり前のように話す少女に反論せずにはいられなかった。
- 440 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/27(木) 12:00
-
「あのさ、国に入れば私よりも強い人はたくさんいるよ。
矢口さんとか平家さんとか、もちろん土の国の人だって、いっぱいいるんだよ」「そんな上の人の事はわからん。いま確実にわかってるのは、あたしが吉澤さんよりも弱いってこと」
「いや、それでもさ‥‥‥」
いっこうに考えを変えようとしない少女に半ば呆れ気味になった私は、話す言葉を失っていた。
そんな私の肩をポンと叩いたのは紺野ちゃんだった。
「吉澤さん、諦めて下さい。
愛ちゃんは、ああなると何を言っても自分の考えを曲げませんから。
だから、愛ちゃんのことをよろしくお願いします」
さっきまで納得した様子を一切見せていなかった紺野ちゃんは、私と少女のやりとりを見ただけで、その態度を一転していた。
2人に頭を下げられた私は、仕方なく少女の申し出を受けることにした、というよりも受けざるを得なかった。
「わかった。でも、弟子はやめようよ。
一緒に修行する分にはかまわないけど、私のこと師匠とか呼ぶのはやめてよ。
それが守れるならいいよ」
「わかりました」
「じゃあ、よろしくね。えーっと‥‥」
「あ、高橋でも愛でも好きなように呼んで下さい」
「じゃ、改めてよろしくね、高橋」
(こんなの矢口さんやあゆみに見られたらなんて言われるんだか)
「あ!!」
「なんですか?突然」
「早くしないと、あゆみとごっちんの試合終わっちゃうじゃん」
私は返事を聞く間もなく、2人の手を握ると会場へと走り出した。
- 441 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/27(木) 12:02
-
会場に付くと、梨華ちゃんを確認し、その近くの席へと座った。
観客席とは違い、出場者用に設けられた席では、梨華ちゃんがうれしそうに、そして相も変わらずの困り顔で今までの経緯を説明してくれた。
試合は一進一退。
どちらともつかずの状態で進んでいたのだが、あゆみが何かの魔法をかけて優位にたったかのように見えたところで
雨が降り出し、その効力も発揮できないまま、終わってしまったらしい。
「で、話の途中だけど、そっちの人は?」
「あぁ、さっき戦った高橋愛ちゃんと風の国の軍師の紺野あさみちゃん」
「それぐらい知ってるよ、私が聞いてるのはなんで一緒にいるのってこと」
「やっぱ、それ気になるよね」
私は、先程まで高橋の部屋で行われていたやりとりを梨華ちゃんに説明した。
「へぇ、じゃあひとみちゃんの弟子になったってことか」
「ちょっと、弟子はやめてよ。」
「いいじゃん」
私の思惑は、早くも現実のものとなった。
考えてみれば、全くのゼロから出発して、3週間足らずの本格的な修業期間を経て、いま1人の少女が私の力を認め、弟子になりたいと申し出てきたのだ。
こんな体験をする人なんて他にいるのだろうか。
まして、国の兵士への就任権を蹴ってまで来るのだから、それは相当のことと考えてもいいのだろう。
(やっぱ、断わっとくべきだったかな…)
- 442 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/27(木) 12:03
-
自分の疑問を解決し、一通り満足した梨華ちゃんは、先程やめた話の続きをしだした。
またしても膠着状態に戻るのかと思われた時、あゆみが2つの光球をごっちんに向けて放ち、それを防ぐために張ったシールドをいとも簡単に破壊したそうだ。
そして、不思議な光球を使い、ごっちんを吹っ飛ばし、今に至るらしい。
リング上ではごっちんが不気味にも立ち上がり光球を2つ放ち、あゆみと同等の力を見せつけた。
(あれは………いつものごっちんとは違う!?)
隣では、梨華ちゃんも同じことを感じているようだった。
それは、おそらく今戦っているあゆみも同じだろう。
話を聞く限り、優位に立っているのはあゆみのハズだったが、どう見ても追い詰められているように映る彼女は、指輪に手を伸ばした。
しかし、なぜかそれを外すことなく、右手に何か今までに見たことのないような球を造り出していた。
そして、ごっちんが放った光球とあゆみのそれとが交差した瞬間、かなりの爆発音と煙りが辺りに散乱した。
これからという時に目の前を一匹の猫が横切った。
一見どこにもいそうな猫だが、口には紙をくわえ、まるで意思を持っているかのように紺野ちゃんの前で止まった。
紺野ちゃんはさぞ当たり前のように紙をとると「いい子だね」と、頭を数回なで、ポケットからエサのようなものを取り出し、与えていた。
一通り可愛がり終えると、猫はどこかにいってしまった。
- 443 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/11/27(木) 12:08
-
「あれはなんなん?」
私が聞きたかったことを高橋が代弁してくれた。
「あれは、情報部さんの猫で、私専用なの」
「あさみ専用……猫?」
梨華ちゃんは不思議そうに、でもうらやましそうに呟いていた。
それは多分、あの猫がピンク色だったから。
そんな梨華ちゃんに気付きながらも紙を開いた紺野ちゃんは、すぐに紙を折り仕舞うとスッと立ち上がり、
「ちょっと、用事ができたんで失礼します。愛ちゃん、残念だったけどまた今度ね」と言い残し会場を出ていった。
紺野ちゃんが出ていってすぐに、リングでは大きな風が起こり、立ち篭めていた煙りを一掃した。
すっきりとした視界に映ったのは、ぼー然と立ち尽くしているあゆみと、何かぶつぶつと呟いているごっちん。
次の瞬間、あゆみが攻撃を仕掛けようと前に出た時、ごっちんはカッと目を見開き手を振り降ろした。
きちんと見切ったのか、それともただ偶然なのか、どちらにせよ攻撃を途中で止めたあゆみの目の前に雷が落ちた。
この映像に観客は魅せられていた。
自由に雷を操るごっちんの背を後押しするように、声援が送られる。
- 444 名前:しばしば 投稿日:2003/11/27(木) 12:17
- 更新終了
火曜日に更新忘れてたもんで、急きょ今日更新しました。
もう少し書いたら、大きく動きだすと考えながら書いてるんですけど、
なかなか思い通りにはいってないです。
>とこまさん
作者も駄目ながらぼちぼちいくんでマターリ鑑賞ください。
>ペンタさん
こちらの方こそおつきあいお願いします。
ちゃんと読んでくれてるって宣言してくれる人がいると
作者として書いてて良かったと思います。
つきましては、批判、矛盾、感想など助けていただけるとありがたいです。
- 445 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/02(火) 11:53
-
意図的に雷を落とされ、徐々に追い詰められていくあゆみは、避けるだけで精一杯だった。
「柴ちゃん、そっちはダメ!!」
不意に梨華ちゃんが叫んだ。
一瞬なにをいっているのかわからなかったが、すぐに逃げ場の話だとわかった。
ごっちんは、むやみに雷を落としているわけではなかった。
徐々にそして、確実に逃げ場をなくしていったのだ。
しかし、逃げ場をなくしたあゆみを前にごっちんは雷を落とす手を休めた。
そして、あからさまに光球を放った。
(ダメだ!)
先程のやりとりで光球1発であゆみのシールドが破られることは、立証済みである。
シールドを張れば、それは破壊され、間髪入れずに雷を落とす。
そして光球を避けても、避けた位置に向けて雷を落とす。
もちろん、雷を直接シールドで守るのは多少なりともプラスアルファの力を加えた力であるため、持ちこたえるのが無理なのは目に見えている。
「あゆみーー!!」
私はいても立ってもいられなくなり、気付けば彼女の名前を呼んでいた。
- 446 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/02(火) 11:55
-
あゆみは私が考えた選択肢の中で最初の方を選んだのだった。
光球をシールドで防御し、それが破壊される寸前にできるだけ遠くへと逃げる。
しかし、それでもしっかりと迫ってくる雷は彼女の頭上を捉えた。
が、雷が落ちてくることはなかった。
不思議に思う全員がごっちんの方を見ると、彼女は、リングにうつ伏せで倒れてしまっていた。
突然倒れたごっちんにどよめく会場。
慌てて矢口さんが近付いていき、状態を確かめている。
『第二試合の勝者は、柴田あゆみ』
何度かの呼び掛けに応える様子のないごっちんを確認して、矢口さんはあゆみの勝利を宣言した。
その言葉を聞き、すぐにごっちんの元へと駆け寄るあゆみ。
そういえば、へんてこな闇の民族の敵をあゆみが捕まえたと平家さんが教えてくれた時、あゆみは力の使い過ぎで倒れてしまったという。
それを知っているあゆみは、今の今まで自分が追い詰められていたことを忘れ、ごっちんの元へと駆け寄ったのだろう。
あゆみがごっちんの所へと駆け寄ると、それに合わせて、うちと梨華ちゃんもリングへと向かった。
「あの、あたしはどうしたらええんやろか」
「あ。んー、一緒にきな」
- 447 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/02(火) 11:57
-
会場では、あゆみの隣に矢口さんがつき、2人がごっちんを起こそうとしていた。
梨華ちゃんは、すぐさまごっちんの方へと駆け寄る。
静かにその動向を追っていたはずの観客がにわかに騒ぎ始めた。
騒ぎの方へと目をやると、そこには仮面の人が立っていた。
突然の登場にどよめく観衆。
それをよそに、矢口さんが1人そちらの方へと近寄っていった。
「ちょっと、仮面の人の出番はまだですよ」
「ふん、裕ちゃんが好きそうな娘だね」
「はぁ?あなた裕子の知り合い?」
「ええ、古くからのね」
言葉の終わりと同時に懐からナイフを取り出すし、おもむろに自分の右手を傷つけた。
仮面の人物から流れる血は、地面に吸い込まれていくように染み込んでいき、次の瞬間、何かの文字となり表面に浮き出てきた。
そして、仮面が座り込み、その文字をなぞった瞬間
その場に山のような大きさの土の巨人が出現した。
「これは?」
「ふふ、初めて見るのかな?風の申し子さん」
観客も私達も誰もが2人のやりとりに注目していた。
そして、仮面は続ける。
「あれはね、私の思うままに動くの。
まぁ、一種の僕みたいなものね。ほら、こうすると」
そう言って右手をすっと動かすと巨人もそれに従うように右手を動かし、右手側にあった観客席を破壊した。
幸い、私達がいたのは左側であった。
しかし、潰された場所は、泣叫ぶ声や痛みを訴える者で溢れていた。
- 448 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/02(火) 11:59
-
その映像を見せられた他の観客は、先程の祭り騒ぎから一転、
今にも殺されてしまう現場にいることへの恐怖と圧倒的な巨人の大きさも手伝い、個々で出るため入場口へと一斉に人が動き始めていた。
そして、目の前では表情はわからないまでも、肩を揺らし、クスクスと笑う仮面。
「おい!なんてことすんだよ!!」
「なに、少し騒ぎ過ぎる人達に制裁を加えただけだよ」
さぞ、当たり前のことをしたようにスラスラと出てくるセリフに矢口さんはキレた。
腰にぶら下げた刀を抜き、仮面の方へと突進する。
それを見た仮面は、臆することなく呟いた。
「いいの?私が動けば、あの巨人も動くんだよ。
それは私の意思であってもそうでなくても」
その言葉に寸前まで距離を詰めていた矢口さんはスピードを緩め、手を伸ばせば届く距離で止まった。
「ふーん、いい娘だね」
顔を近付け、相手をほめる明るい声のトーンとは裏腹に、目の前に立つ矢口さんを横から蹴り飛ばした。
ふっ飛ばされないまでも、リングに背中から打ち付けられてしまった。
「もうやめてくれや、人の国で暴れるのは」
- 449 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/02(火) 12:01
- 「ふ、やっと出てきたね、裕ちゃん」
いつの間にか、倒れた矢口さんの前には中澤さんが立っていた。
「うちの知り合いで召喚を使えるのは1人しかおらへんけどな」
「ま、さすがにバレるか。
あれでしょ、稲葉さんとみっちゃんもいるんでしょ、懐かしいな」
「ほんまやな。でもうちは懐かし過ぎてあんたが誰か忘れたけどな」
そういって、攻撃の体勢に入る中澤さん。
「いいよ、さっきの娘にも言ったけど私が動けば、あの巨人も動くんだからね」
「せやなー、じゃあっちから壊すわ」
仮面に背を向け、巨人に向かい手を振り降ろすとその後から光球が2つ出現し、巨人の両腕を落とした。
辺りには、腕の残骸がパラパラと降り注いでいる。
「あーあ、腕壊しちゃうし」
「うで?足もやろ」
先ほど爆発し、その役目を終えたハズの光球は、無くなることなく、次は足を破壊した。
「ひゅー、『稀代の魔術師』の力は衰えてないんだね。
よかった、よかった、これで存分に戦えるよ」
「……なにが目的やねん?」
「私はね、つんくさんに付いて行くことにしたの。俗に言う闇の民族ってことだね」
「あんた………」
「裕ちゃん、わかるでしょ。あの人は選ばれた人間なの。
そしてあの人に選ばれた『L.S』の人間もまた選ばれた人間なんだよ」
「前にもゆうたけど人間に選ばれたも選ばれないもないわ」
「そう言うと思ったよ。まあ、今日の目的は勧誘じゃなくてあの出来損ないを連れ戻すことだから」
「何言ってんねん、もう連れ出してるんやろ。今あんたがやってるのは、ただの時間稼ぎや」
「うーん、半分外れだね。
連れ出して先に逃がしたのはあってるけど、今私がやってるのは衝突への布石作り」
そう言ってもう一度、地面に出た血文字をもう一度なぞると先ほど中澤さんに壊された土の巨人が修復され、さらにもう一体を呼び出した。
「もう用事は済ませたから、これで帰るわ。
今度は、両方とも自分の意思で動くから。せいぜい頑張ってね」
「待ちや、あやっぺ」
- 450 名前:しばしば 投稿日:2003/12/02(火) 12:06
- 更新終了
中澤さん登場に仮面の正体判明。
もう少しだ、もう少しで動きだしてくれるはず。
そして、相変わらずの少量更新……
来週にはもう少し量が増えると思います。
で、今年中には5章終わって、閑話を一つぐらい入れようと思っております。
- 451 名前:とこま 投稿日:2003/12/02(火) 21:37
- 更新お疲れ様です。
仮面の人物は・・・Σ( ̄□ ̄ノ)ノビックリ!
・・・ということは福田明日香さんも出てくるかな?
- 452 名前:しばしば 投稿日:2003/12/12(金) 13:54
- すいません、続き書けてません。
言い訳は、メル欄から飛んでいただいたところに書いてあります。
先週にも書いたように、今年中にちゃんと区切りを付けておきたいので、
これからなんとかします。
>とこまさん
ビックリさせちゃいましたw
まぁ、最初からの設定通りですけど。
あと、福田さん既に出てるんですけどね・・・
まだまだ、作者の力量不足ですね。
もっと、わかりやすく読めるように精進します
- 453 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 11:58
- 仮面は中澤さんの言葉を聞くことなく、空間を歪ませ、四本足の獣を出すとそれに乗り、いってしまった。
それとほぼ同時くらいに、大谷さんが会場へと姿を見せた。
そして、仮面が行ってしまった方向を確認すると、止まることなく追いかけていった。
「おい、大谷。
ちょ、ほんまに……あ、村田!
どいつもこいつも勝手に動きおって」
めぐみさんは、仮面を追いかけていった大谷さんの後を更に追いかけていった。
あきられるように頭を抱える中澤さん。
その頭上すれすれを巨人の拳が通り過ぎた。
一切避ける素振りを見せない中澤さんは、まるで当たらないことを知っているかのようだった。
しかし、外れた拳の行き着く先は、反対正面の客席。
まさに観客が犠牲になろうとした時、その拳は寸前で勢いをなくし、大きな音を立てて地面へと落ちた。
「矢口さん!」
そこには、修業の時に見せてもらった特殊な刀を手にする矢口さんの姿があった。
片腕をなくした巨人は、そんなことはお構いなしとばかりに、さらに攻撃を仕掛けるべく動き始めている。
しかし、それが結果として表れることなく、矢口さんの白き刃が巨人をただの土の固まりに戻してしまった。
そして残った一体は、中澤さんがこともなげに片付けていた。
「矢口さ…」
「矢口〜、だいじょうぶやったか?」
私が駆け寄るよりも先に、近寄っていった中澤さん。
先程までの真剣な表情からは想像できないような甘い顔をしている。
- 454 名前: 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 11:59
-
「ちょ、ひっつくなよ、裕子」
そして中澤さんの甘い顔とは対照的にいつものように、いやがる矢口さん。
「ああ、せやった、せやった。
で、体は大丈夫なんやな」
「うん」
「じゃあ、1個頼みがあるねんけど、
さっき大谷と村田が追いかけて行ったのを呼び戻してきてくれんか?
誰が行ってもいいんやけど、空から行った方が早いからな」
「わかった。けど、なんで?」
「もうすぐ火と水が攻め込んでくるからや」
その言葉を聞いた矢口さんはそれ以上話を聞くことなく、刀をしまうと会場を出て行ってしまった。
それから中澤さんは次々に命令を発していく。
情報部の人を呼んで、稲葉さんへの伝令と紺野ちゃん、平家さんを将軍の間に呼んでおくことを頼み。
近くにいた兵士には観客の中で負傷したものを城内へと運ぶようにと指示を出し。
一段落したところで、私達の所にやってきた。
「なんか、悪いな。こんなことになってしまって」
そう言って頭を下げる中澤さんに、一同困惑した。
この人は初めて会った時も頭を下げていたような気がする。
一国の権力者がここまで簡単に頭を下げてもいいのだろうか。
それでも、特別なことをした素振りのない中澤さんは、倒れているごっちんの方へと進んだ。
- 455 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 12:00
-
「本当に無茶するな。力使い切って倒れるなんて。
どれ、普段ならすることもないけども、今回は特別やな」
そう言って、静かにごっちんの体に触れると、中澤さんの手から暖かい色をした光がごっちんの体の中に入っていくのがわかった。
「……んあ」
「「「ごっちん!!」」」
「ん?なんでみんないるの?
あれ?ごとー負けちゃったの?」
何事もなかったように立ち上がるごっちん。
ただ気になることは、勝負の行方だけらしい。
今だ、事情がわかっていないごっちんに梨華ちゃんが説明すると、少し恥ずかしそうに頭を掻きながら中澤さんにお礼をしていた。
しかし、中澤さんはそれすらも「こっちが迷惑かけたせめてもの償いや」と言ってかわした。
そして全てが一件落着したかに思えたその時、再び観客席に爆発音がなり、悲鳴が会場に響いた。
「まったく、平和な人達だ。あの巨人を倒しただけで全てが終わったと思ってらっしゃる」
その声は先程まで中澤さんや平家さんがいた特別な観覧席から聞こえてきていた。
忘れるはずはない。
このなんとも冷たい声と妙に丁寧な言葉の言い回し。
しかし、あいつはあゆみに捕らえられ、今は城の牢に入れられているはずである。
それでもまだ声は聞こえてくる。
「こんな人達にやられたかと思うとまったく、いたたまれませんよ」
この二回目の声で確信した。
- 456 名前:? 投稿日:2003/12/16(火) 12:00
- こいつはあの紳士的な変な敵である。
しかし、牢に入れられているはずの奴がなぜ今そこにいるのだろうか。
「なんや、あやっぺとの話じゃ先逃がしたみたいやったけど、どうやら違うみたいやな」
中澤さんはそう言うと、自分がいた特別観覧席に向かい光球を放った。
すると、それが直撃する寸前に、影が1つリングへと降りてくるのがわかった。
そして、光球は観覧席を跡形もなく破壊した。
「まったく、乱暴なことしますね」
リングへと降りてきたのは、やはりあの時となんら代わりのないアイツの姿だった。
周りにいる全員が体勢を整える中、中澤さんだけが特別何も構えることなく、言葉を発した。
「こっちは、あんたにかまってる時間はないねん。
悪いけど、うちが相手させてもらうで。
吉澤。あんたらは、残ってる観客を避難させといてくれ」
「……わかりました」
言われるがままに、みんなを連れて残された人達の所へと向かう。
先程の仮面の騒ぎでほとんどの人が避難してしまったが、それでも残された人達はいる。
怪我をした人達だ。
中には、身内を殺されて呆然としている人、泣叫ぶ人、数は少ないながらも皆自分の力では、動くことができない人達だ。
私達は、各自バラバラに散りながら、観客席へと向かった。
そして、1人1人に手を貸すことでなんとかその場から移動させる。
- 457 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 12:01
- 自分の持ち場が終わり、ふと見た先にあゆみが立ち止まっているのが目に入った。
「どーした?」
近くによってみると、あゆみは1人の女の子を見ていた。
今にも崩れそうな瓦礫の下で、うずくまり震えていたのだ。
「大丈夫だよ、もう大丈夫」
あゆみよりも先に私が手を差し伸べてみたが、女の子は一向にその場を離れようとはしない。
私の声が聞こえているのかもわからないほどだ。
しかし、
「私だよ、私。あの時の女の子だよね」
このあゆみの声に初めて女の子は顔を上げた。
そして、あゆみの顔を確認するなり、抱き着いた。
「?……知り合いなの?」
「あっ、うん。この娘のことは私に任せて。それより、梨華ちゃんやごっちんんの方見てきてよ」
「わかった」
いろいろと聞きたいことはあったけど、それよりも今は犠牲者を増やさないことが重要だ。
私は、あゆみに言われた通りにごっちん達の方へと動いていた。
途中、気になり、リングの方へと視線を移すが、まだ2人とも何も動き出す気配を見せない。
それよりも、なにかを話しているようだった。
しかし、何より今戦っていないのは、こちら側としてはかなり有り難い。
あの2人が戦いだせば、またどれ程の被害が出るかわかったものではない。
もちろん、中澤さんはそのことも考慮して今の状態を維持しているんだろうけど。
- 458 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 12:02
- ごっちんの方へと移動すると、そこは概ね片付いた後だった。
しかし、見なれぬ2人の少女がいるのが気になった。
「ごっちん、こっちはもう終わった?」
「お、よしこ。うん、こっちは、この娘達が結構やっててくれたみたいで」
そう言って、2人の少女の頭を撫でるごっちん。
そして、まんざらでもない表情をしている2人の少女。
その隣で少し複雑な表情を見せている梨華ちゃん。
「そーなんだ。ところで、その娘達は知り合い?」
「そ。ほら、よしこに挨拶して」
そう言って、押し出されるように少女たちは前に出た。
「えっと、うち…私は加護亜依っていいます。後藤さんにはあいぼんって呼ばれてます」
「ののは、辻希美っていうんです」
最初の娘は、どこか無理しているように感じた。
まるで、いい子を演じているような感じ。
そして、もう1人の娘は笑った顔とその時に見える八重歯が印象的だった。
「どうも、私は……」
「吉澤さんやろ…でしょ。試合見てたからわかります」
「そう。ありがとうね。
ごっちんや梨華ちゃんを手伝ってくれて」
加護と名乗った少女はさぞ当たり前のことをしたように、胸を張り、うんうんと頷いている。
そして、一呼吸遅れて、辻と名乗った少女がそれを真似している。
初対面でもわかる仲良しコンビプレーだが、それでも梨華ちゃんはどこか渋い表情をしていた。
「どーした、梨華ちゃん?」
「なんでもないもん」
絶対になんでもないわけがない。
しかし、下手に関わっていくと意味もなく八つ当たりされるのは目に見えていることだった。
なので、あえてそれ以上触れることなく、次は高橋の所に向かうことにした。
- 459 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 12:03
- その時、リングの方でハデな音が聞こえてきた。
光球同士がぶつかりあう音。
いつの間にか上空には無数の光球が広がり、次々に中澤さんへと降り注いでいる。
なす術なく、目の前の光景を見ていた私達の元へ、あゆみがさっきの女の子を連れて、すこし遅れて高橋がやってきた。
みんな集まったところで、相手の力量を知っていながら、私達は下へと降りていくことにした。
わずかな力であれ、何かの役には立つといった変な自信はあった。
再びリングへと戻った私達の前で、ちょうど全ての光球が落ち終わった。
「なんや、こんなもんかいな。やっぱオリジナルとは少し違うみたいやな。
しかし、うちの力もなめられたもんやで」
辺りに立ち篭める土煙の中で、聞こえてくる1つの声。
煙りが薄らいだ頃、見えてきた無傷の中澤さん。
しかし、その周りは石で作られたリングがえぐられ、その下にある地面が見えてきていた。
「どうも、まだ不完全なようで。なにしろ情報が古いもので。
ただ、あなたには効かなくても、あちらの方々ならその威力は十分なのでは?」
そう言ってこちらに向けられた手を見て反射的に身構える。
しかし、あゆみやごっちんは、防御をする事ができても、魔法が使えない残りは、避けるしかない。
目の前で大きくなっていく光球を見ながら、それぞれが動きだそうとしたその時
「動くな!動いたらいかん」
かけられた言葉に踏み出した足を止め、中澤さんの方を向き直ると、敵の放った光球が眼前で後ろから放たれた光球により弾かれた。
- 460 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 12:04
- 「まっ、そうするしか方法はないでしょうね。
ただ、それもいつまで続くことやら」
「柴田、アレ撃て!」
中澤さんの声に慌てて手を掲げるあゆみ。
短時間で右手に収められた青白い球を敵に向けて放つ。
さほど離れていない距離を駆け抜けるには十分すぎるスピードを持ったソレは、見事に命中した。
しかし、敵は右手でソレを受け止めると握り潰し、拡散させてしまった。
「なんですか?時間稼ぎにしては意味がないですね」
「あほ、指輪外して撃たんかい!」
「あっ、忘れてた」
その言葉に慌てて指輪を外して、もう一度作り直し始めるあゆみ。
先程とは違い、幾分時間がかかったが、再度右手に収められたソレは、先程よりも確実に大きさが増していた。
今度こそはと、右手を振り降ろす。
先程との力の違いを感じていたのか、それともただの余裕なのか。
紳士風の敵は、攻撃を仕掛けてくることなく、あゆみのソレが自分の所へと向かってくるのをただ待っていた。
かくして、望み通り目の前にまで近付いた時、同じ動作を繰り返すように右手を前に出した。
先程と違い、大きさが増したソレは片手で受け止めるにも握り潰すにも大きすぎるほどだった。
それでも、前に出した右手を引っ込めることなく、待ち構える。
ほんの一瞬だった。
初発と同じように一度受け止められ、勢いをなくしたかのように見えたソレは、止まることなく、敵の右腕を吹っ飛ばした。
- 461 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/16(火) 12:05
- 「これは……私としたことが、あんな子娘1人の力を見誤るとは。
今日の所はこれで引かさせてもらいますよ」
捨て台詞を残し、去ろうとする敵を捕まえたのは中澤さんだった。
いや、正確には中澤さんの魔法だった。
敵が飛び立とうとしたそのとき。
爆風やらで辺りに散乱していた水が中澤さんの手に収まり、紳士風の敵へと放たれた。
次の瞬間。
肌寒さを通り越した寒気が駆け抜け、リングには氷付けにされた敵の姿が残った。
「そうは問屋が卸すかっちゅうねん」
目の前の光景に圧倒されつつも、氷付けの前で立つ中澤さんの元へと駆け寄った。
「よっ、御苦労さん。なんやまた手貸してもらったな。
……ん?後藤と石川はどこ行った?」
「え?」
言われて振り返ってみると、あゆみに女の子、高橋に、加護ちゃん、辻ちゃん…確かにごっちんと梨華ちゃんがいなくなっていた。
「誰か、ごっちんと梨華ちゃん見てた人いないの?
加護ちゃん?」
「いや、うちは稀代の魔術師と呼ばれる中澤さんの魔法が目の前で拝めると思ったらそれに一生懸命で」
申し訳なさそうに話す加護ちゃん。
責められるはずはなかった。
私だって、中澤さんの戦いに見入っていたわけだから。
すると、加護ちゃんの横にいた辻ちゃんがおもむろに口を開いた。
「ののは見たよ。まゆげと茶髪の娘が2人を連れていったの」
「ちっ。やられたか」
辻ちゃんの言葉を聞き、舌打ちをする中澤さん。
そして、面倒臭そうに後頭部を掻きながら歩き始めた。
「ちょ、悪いな。うちは今から火と水の国に対抗する準備を相談せんといかんからこれで。
誰か!この氷、城内に運んどいてくれ」
「そんな、ごっちんと梨華ちゃんは?」
「大丈夫や。あの娘らはきっと今頃火か水の国に向かっとる」
「なんでそんなことわかるんですか?」
「その話は後や。いつ向こうは攻めてくるかわからんからな。
吉澤、夜になったらうちの部屋まできてくれるか?
そこで、全部話すよって」
「………わかりました」
- 462 名前:しばしば 投稿日:2003/12/16(火) 12:09
- 更新終了
少し違和感を感じる部分は、スルーの方向で。
後からきちんと説明してくる部分が出てきますので。
ここまで書けば5章の終わりも見えてきました。
今回の閑話は連動したものになる予定なので、時間もそうかからないと思います。
あとは、書く時間だけだな・・・
最後に平家さん復活おめ
- 463 名前:とこま 投稿日:2003/12/16(火) 21:21
- 更新お疲れ様です。
福ちゃんは出てましたか(^_^;)
見落としたかな・・・(T_T)
- 464 名前:名も無き読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:09
- 初めまして。
ここまで一気読みさせていただきました。
何故に今までこの作品を読んでなかったのか…
これからずっとついて行きますんで頑張ってくださいね(w
- 465 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/30(火) 16:47
-
そして、その日の夜___
約束通り、私は中澤さんの部屋に来ていた。
「中澤さん、ちゃんとわかるように説明してください」
「まぁ、そう慌てんな。
まず、2人を連れていったのは新垣里沙と小川麻琴。
新垣が水の国、小川が火の国のそれぞれ騎士団長や」
「はぁ?
騎士団長ぐらいなら敵であれ、大体わかるんじゃないんですか?」
「それが、つい最近就任したばっかりで、情報がなかってん。
その辺はこっちの甘さや、すまん。
でも………」
「でも?」
「あの石川梨華っていうのは、水の国の後継者やな」
いきなり核心を突いてこられ、少し困惑した。
これが国の持つ情報力というものなのだろうか。
「そうですけど、梨華ちゃんは、そうなることを自分から望んではないです」
「望む、望まないなんて関係ないや。
国っちゅーもんに対して個人の思いが叶うのは、そうあることやないしな。
まぁ、それよりも問題は後藤真希の方や」
「ごっちんも何かあるんですか?」
「あの娘は、王族の子や。火の国のな」
「はぁ?」
「ほら、左手に腕輪つけてたやろ。本人は知らずにつけてるんかもしれんけど、あれは火の国の王族が身につけてる腕輪と同じや」
そう言われてみると、確かに水の国の修業から帰ってきてから、ごっちんの左手には腕輪がつけられていた。
しかし、それが王族と何の関係があるのだろうか。
「あの腕輪はな、火の国の王族でないと身に付けることはできんはずや。
うちも実際に付けてるのを見たのは2人目やけどな」
中澤さんは何かを思い出すように、私ではなく中を見て話していた。
- 466 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/30(火) 16:50
- 「そんなことよりもなんで2人を無理矢理連れていく必要があるんですか?」
「それは、昼にも言ったように火と水の国が攻めてくるからや」
「どうして……」
「どうしてって、自国の重要人物が攻め入る国におったら不利に決まっとるやろ。そのための保険が新垣と小川って事や。
まぁ、あらかじめ計算されとったってことやな」
「そんな……」
中澤さんの話を聞いていると、彼女の方があらかじめこういうことが起きることを知っていたように聞こえてくる。
しかし、それが違うことは昼に見せた表情からわかる。
そうだ。
まだ、聞きたいことはいくつも残っている。
あの紳士風の敵の事もそうだし、仮面の人物、そして闇の民族のこと。
「あの」
「あのな」
気まずいことに、言葉が重なってしまった。
こういう時は、どうしたらいいかわからなくなるものだが、ここは年長者を敬うことにした。
「あのな、今日、仮面が出てきた時のこと覚えてるか?」
「そりゃあ、まあ」
あんな出来事を急に忘れるという方が間違っている。
私の目には、あの時の光景が今も鮮明に残っている。
- 467 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/30(火) 16:51
- 「じゃあ、あんた『L.S』って知ってるか?」
「噂で聞いたぐらいですけど・・・」
「そっか、なら説明する必要はないな。
うちがあんたを今日ここに呼んだのは、あんたに新しいL.Sを作ってもらおうと思ったからや」
「そうなんですか・・・・・はぁ!?」
なにを言っているのかわからなかった。
とにかく中澤さんの口から出てきたのは、『L.S』という言葉。
これは、矢口さんが家に来た時に少し話してくれたのを覚えているだけで、詳しいことまではわからない。
たしか、中澤さんがリーダーでいろんな国に傭兵として雇われて働いた部隊の呼び名だ。
「それが、どうして必要なんですか?」
「それはな・・・」
中澤さんが説明を始めようとしたその時、部屋のドアが叩かれた。
「失礼します」
「おぉ、ちょうどええとこに来た、入り。今から本論に入るところや」
ドアが開いたそこに立っていたのは、紺野ちゃんだった。
あいかわらず、どこか不思議そうな感じで、自分がなぜ呼ばれたのかわかっていないような感じを受けた。
「それでやな、さっきゆうた通り、L.Sを作ってもらうわけやけども……」
「へ!?」
やっぱり、紺野ちゃんはわかってなかった。
そりゃ、誰だってそんなこと言われたら、驚くしかない。
- 468 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/30(火) 16:52
-
「なんや、そんなに驚くことないやろ」
「だって、L.Sですよ、L.S。
今、住んでいる国民に聞いても全ての人が知っているであろう、伝説の部隊ですよ。
今、中澤さんや平家さんと話しているだけでもすごいのに、それなのにそれを作るって」
「紺野、あんたにもL.Sに参加してもらうつもりや」
この一言に、紺野ちゃんは声をあげることができずに、大きめ目を見開き、ただただ驚いた。
しかし、L.Sってそんなにすごいのだろうか。
帰ったら、あゆみに聞いてみよう。
「わ、わっ私がですか?」
「そうや。もともと、みっちゃんと決めとったことやけども、今日の対応を見る限り、相当頭も切れるようやしな。
それに、この前話した、感情を抑えるっちゅー部分も合格。
ま、問題なく、新しいL.Sの頭脳の役割を果たせるハズや」
「はっ、はい。ありがとうございます」
「それでや、吉澤。あんたにはリーダーをやってもらおうと思ってるんやけど……」
「はい?」
「だから、リーダーをやな」
「無理ですよ、無理無理無理」
「いや、リーダーってゆうても、表向きに必要なだけで、特別なことはほとんどないし、それにみっちゃんとも話し合って決めたことやねん。
頼むわ、あんたしかおらへんねん」
- 469 名前:5章 武術大会 と 始まり 投稿日:2003/12/30(火) 16:54
-
ここまで頼まれると、断わることは難しい。
自分でも押しに弱いことはわかっているんだけど。
それでも、妥協で決められるようなことでないことは、さっきの紺野ちゃんの様子を見ればわかることだ。
「でも、私がしなくても、国の人とかいるんじゃないんですか?」
「こっちからの条件は、
吉澤ひとみ、柴田あゆみ、後藤真希、石川梨華の4人。
それから、この紺野だけ。
最初、この5人で始めてもらえれば、あと誰を入れようが関係ない。
だから、これには最初の時点で紺野以外の国の人間が入ることはないんや。
そやから、あんたに頼んどるんやんか」
ここまで聞けば、断わる理由も思い浮かばなくなってきた。
ごっちんと梨華ちゃんは今いないし、あゆみは自分の力で悩んでいる節がある。
かといって、紺野ちゃんに任せるわけにもいかず、渋々オーケーすることにした。
「ありがとうな。
で、さっそく明日から、後藤と石川を取り戻しに行ってもらいたいんや」
「それはもちろんですよ。頼まれなくても、勝手にいきます」
「そぉか。じゃ、頼むわ。
あ、忘れとったけども、結成したからには国とはまた別のモノや。
うちらが頼んで作ったからといって、風や土の国所属ってことにはならん。
で、紺野やけど、明日で風の国の軍師は解任や。明日からL.Sの方へ……まぁ、吉澤の家にいってくれ。
うちらが作った時は、傭兵になったけども、あんたらがなにをするかは自由。
話し合ってきめればいいと思う。
今回のことは、こっちからの頼みやからもちろん、礼はするよって。
まぁ、こっちの申し出を受けへんっていう選択肢もあるっちゅーことを覚えといてくれ」
ほな、と伝え、中澤さんは部屋を出ていってしまった。
こっちはまだ聞くことは残っていたのに、L.Sの話のおかげでほとんどのことが吹っ飛んでしまった。
とにかく、紺野ちゃんにいくつか聞いておいてもらいたいことを伝え、家への帰路についた。
- 470 名前:しばしば 投稿日:2003/12/30(火) 16:58
- 更新終了
少量ですがすいません。
今年中になんとか閑話を上げたいと思います。
書き始めて1年になりますけど、たいした進歩もなく駄目作者ですが
これからもよろしくお願いします。
- 471 名前:しばしば 投稿日:2003/12/30(火) 17:02
-
レス返し
>とこまさん
見過ごすのは、まだまだ作者の力量不足ですから気にせずに
来年も引き続きよろしくお願いします
>名も無き読者さん
あぁ、またしても見つかってしまったw
更新速度も遅い駄目作者ですけど、今後ともよろしくお願いします。
- 472 名前:とこま 投稿日:2003/12/31(水) 14:25
- 更新お疲れ様です。
いよいよ動き出すんですね。
来年もよろしくですm(__)m
楽しみに待ってます。
- 473 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:44
-
突然の中澤さんの命により、新たに作られる『L.S』に配属されることになった私は、その身辺整理に追われていた。
当たり前のように出た『L.S』という名前に私は、少し前に平家さんと中澤さんが話していた時のことを思い出した。
『L.S』とは、
平家みちよ
中澤祐子
稲葉貴子
市井紗耶香
安倍なつみ
福田明日香
石黒彩
これら7人が結成していたものであり、戦乱の中をたった7人で駆け回った伝説の部隊とされている。
1人1人が絶大な力を持ち、単独で行動した場合であっても戦況を変えることは容易いとされていた。
- 474 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:48
-
弓を使わせれば右に出る者はなし、隊の勝利の女神と呼ばれ、その屈託のない笑顔は
「天使」と讃えられた安倍なつみ
常に冷静沈着、その場に応じて戦い方を変える柔軟な性格の持ち主でありそこに剣の腕が合わさり
「大陸最強」の名を轟かせた福田明日香
その圧倒的な統率力といくつにも張り巡らせる思考の持ち主
そんな軍師肌でありながらも自ら魔法を好んで戦いその持続性、破壊力では他に類を見ず
「稀代の魔術師」と呼ばれた中澤祐子
ややもすれば、中澤、石黒の影に隠れたしまいがちだが事実上6人に指示をだし、戦況を動かしていた
L.Sの「頭脳」稲葉貴子
膨大な知識量とそれに見合う適応力、そして召喚を使うことで自ら戦況を変える力と数多の僕を持ち
「異界からの使者」の異名で知られる石黒彩
入隊当初、その素性はまったくの謎であったが、現在火の国の正式な跡取りとして将軍につき
「炎の獅子」の名で知られる市井紗耶香
仲間からの信頼が厚く、戦場での働きぶりは見事なもので、もう1人の大陸最強
「戦神」平家みちよ
これらは、その名を知らしめるには十分すぎるほど、尾ひれ背びれが付いた噂達だ。
しかし、それほどの異名を持ち、戦乱を駆け抜けてきた7人は、平家さんの脱退を経て、
それぞれ風、火、水、土の将軍叉は軍師、騎士団長に就任している、ただ今日、つんくの同志を名乗った石黒彩を除いて。
- 475 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:49
-
私は、吉澤さんと別れてから、もう一度中澤さんに会うことができた。
「中澤さん、ちょっといいですか?」
「おぉ、ええよ」
中澤さんは、片手にお酒をぶら下げて、部屋へと戻ってくるところだった。
どうやら、さっき出ていったのは、ただ単にお酒をとりにいっただけのようだ。
「あんたも一杯どうや?」
「いえ、今日はまだ忙しそうですから」
「なんや、連れやんな」
少し寂しそうに、それでもお酒を注ぐと嬉しそうに表情はコロコロと変化していた。
「で、なんや?まだ聞きたいことあるんか?」
「もちろんですよ」
「手短かに頼むで、明日も早いんやから」
(じゃあ、お酒飲まなくてもいいのに)
あえて最後の部分は口にすることはしなかった。
返ってくる返事が大体想像できることに時間を割く必要はない。
- 476 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:50
-
「今日のですね、仮面……石黒彩さんとは?」
「・・あんたも知ってるやろ。うちとあやっぺはL.Sで一緒やってん」
「それぐらいは知ってます。私が聞きたいのはもっと深い話ですよ」
「深いねぇ・・あんたどこまで知ってるん?」
「私が知ってるのは、今でも流れている噂と本で読んだ知識ぐらいです。
だから、大体の人間関係ぐらいはわかってると思うんですけど・・・」
「ふーん、まぁええわ。ついでやからな。
この前話した時に、みっちゃんが国に行くときのこと話したよな」
そう。
あの時の話は、中澤さんと平家さんが同じ意思を持って、国というものを動かしているのかどうかを聞きにいった結果
思わぬ形で平家さんの国に来る前の話を聞くことができたんだった。
「L.Sが解散したのはそのすぐ後やねん。
それから、なっちと明日香とあやっぺは水の国へ、紗耶香は火の国に、うちとあっちゃんは、土の国に進んだんや」
「元々、石黒さんは水の国にいたってことですか?」
「そうや、最初はな。
うちにも詳しいことはわからんけど、最初は、みんな順調に進んでてん。
敵同士とはいえ、戦場で相手の姿を見たりしとるからな。
でも、突然あやっぺの噂だけ、ぱったりと聞かんようになった。
それからちょっとしてや、水の国をやめたことを聞いたのは。
だから、今日会ったのは、かなり久しぶりでな」
「そうなんですか・・・でも」
「でも?」
「えっ、いや、あの人は召喚を使えるんですよね?」
「ああ、そのことか。うちにも詳しいことはわからん。
ただ、初めて会った時から使えてたな。
それこそ、いろんな僕を見てきたわ」
わからない話を無理矢理聞くような不粋な真似をする必要はない。
それ以上のことが聞けないとなると、次の質問へと移ることにした。
- 477 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:52
-
「それじゃ、ですね。今日またあのへんてこりんな敵が出てきたじゃないですか。
アレについて少しおかしな点があるんですけど…」
一息ついて、二杯目を口にした中澤さんは、それをぐいっと飲み干してこちらを向き直った。
「あぁ、そのことか。ん?あんた、あれ直で見とったん?」
「はい、あれだけの音がすれば誰だって様子を見に行くと思いますけど」
「まぁ、それもそうか。
あいつはな、柴田が倒してきたのとはまた別の奴や」
久しぶりに人が話している意味がわからなかった。
どこからどうみても、あれは柴田さんが捕まえた奴とそっくりなのである。
外見もその話し言葉でさえも。
「不思議な気持ちもわかるけどな、本当やねん」
「なんでそんなこと言えるんですか?」
「うちはな、あいつと戦う前にいろいろ話を聞いててん。
アホみたいにペラペラ自分のことをしゃべってくれたから楽やったけどな」
「それで・・・」
「そうやな、なんやめんどくさいことになってたけど、どうやらあやっぺが関わってうちらのコピーを作っとるらしいわ。
たまたま、今回の奴は・・・うちの型やったみたいやけど、完成度が低くてお粗末なものやったけどな」
「それって、L.Sの戦士が大量に作られていくって事じゃないんですか?」
「まぁ、単純にそう言うことになるな」
「そんな…」
中澤さんの意図は全くわからなかった。
今日出会った奴だけでも十分に手強い印象を受けた。
それでも、未完成だといわれている。
単純に考えれば、この先、中澤さんと同等の力を持った敵を何人も作ることが可能ということだ。
そんなことを飄々と認めてしまう中澤さんに少し疑問を抱いた……んだろう、少し前の自分なら。
今は、意図がわからないまでも、この人がどれだけ先を見越して話をしているのかがわかる分、いくらか冷静に話を聞くことができる。
話をしないまでも、この人なりに何か考えはあるんだろう。
この人と過ごした数少ない時間がそれを証明している。
- 478 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:53
-
「では、闇の民族が本格的に始動してくる時も近いということですか?」
この質問に、少し考えたように俯く。
「あんたは、どう思う?」
「私ですか?」
「そうや。吉澤達を引っ張っていくのは、あんたになるわけやし。
よし、ヒントをあげよ」
そう言って、中澤さんは紙を一枚取り出すと、何やら書き出した。
目の前で書かれていくのは、4つの国と以前話してくれた封印の森。
「ええか、大きく分けてこっち側が土と風、で残りの方が火と水になる」
自分で書いた地図を手に説明を始める。
確かに、土と風の国、火と水の国は1つの大陸にありながらも、真ん中にある大きな川により分断されている。
そして、気になる封印の森の場所はちょうど水と火の国境付近に位置付けられていた。
「森が無くなったから多少のズレはあるとしても、これが大体今の大陸の現状としよう。
あやっぺは、帰り際に布石を作る≠チて言い残していった。
これから、考えられるのは?」
石黒さんが元々は水の国にいて、おそらく闇の民族の本拠地であると考えられる封印の森が、水と火の国を跨がった場所にあった。
そして、布石・・・
「・・・火と水の国は、その実権を闇の民族に握られつつあるって事ですか?」
何も言葉を発することなく頷いてみせた中澤さん。
- 479 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:53
-
盃に残る酒を一気に飲み干すと、1つ息を吐いた。
「そう考えて間違いはないと思う。
布石作りって言ったのは、意図的に武術大会を中止にせざるを得ない状況を作ること。
そして、その混乱に乗じてこちら側に攻め込もうとする。
それを国の上層部に提案することができるのは、あやっぺぐらいやろな。
ただ、なっちや紗耶香が簡単に承諾するとは思えんし……
もしかすると、あの娘らとは関係ない所で話が進んどるのかもしれんな」
「国の代表なのにですか?」
「どこの組織にも、上の意見に逆らおうとする者はおるやろ。
それを外に吐き出す奴もおるやろうし、内に秘めてる奴もいるやろうしな」
その話が本当であるのなら、今日連れ去られていったと考えられる後藤さんと石川さんは、かなり危険な状態であると考えられる。
「でも、後藤と石川を連れていったのは、なっちか紗耶香の判断やろな」
こちらの考えを見透かしたかのように、後藤さんと石川さんの存在について意見を述べる。
本当にこの人の頭の中はどうなっているのだろうか。
ただ単に私が考えていることが顔に表れているのだろうか。
そんな私の不思議を1つも解決することなく、中澤さんは話し始めた。
- 480 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:55
-
「さっきは吉澤に初めてわかったように話したけれども、石川梨華の事は前からわかってたことやな」
確かに石川さんの事は、吉澤さん達と初めて対面した時には、すでに知らされていたことだった。
「ただ、後藤真希の方は、実際に見たけど、あれは間違いなく血が関係しとるな」
「どうしてですか?」
「あんたも見とったんとちゃうんか?
あの娘は、途中で人が変わったように強い力を使うようになったやろ。
あれは、間違いなく血が為せるモノなんや。
まだ未熟なうちは、ああいう風に何かのはずみで限界を超えるようになる。
それから、あの娘がつけてた腕輪やな」
言われてみると後藤さんの腕には何かの腕輪がつけられていた。
あれがなにを示すものなのかは私にはわからない。
しかし、気になることはある。
「あの、中澤さんは、L.Sをもう一度作る際に条件を出しましたよね。
吉澤さん、柴田さん、後藤さん、石川さんの4人が揃っていること。
どうしてこの4人に執着する必要があるんですか?
それこそ、吉澤さんや柴田さんはこちら側よりの人だと考えることはできますけど、後藤さんや石川さんは明らかにあちら側の関わりの方が大きいはずです」
- 481 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:55
-
この質問にお酒を飲む手を休め、私の目を見て話す中澤さんがいた。
「それはあの2人の力が必要やからや。
吉澤と柴田だけでは、どうすることもできんねん。
それは国同士の争いに有利に立つためとかそんな程度の低いことに必要とするんじゃなくて、これから来るであろう災いの為にな。
だから、あんたもその時までしっかりとあの4人を支えてやってな。
もちろん、それから後もやけどな」
言い終わった後に少しの間を置き、気恥ずかしそうにまたお酒をのみ始めた。
なにを返すでもなく、ただその姿を見つめていた私に投げかけられた「もうええやろ」という言葉。
私は、その言葉に従い席を立ち上がろうとしたその時、思い出したように中澤さんは口を開いた。
「そうや、前の時にも言おうと思っとったことやけど、あんたは人の昔話を聞いてそれを共有するだけの気持ちを持っとるか?」
「え?」
「そうやって自分が知らないことを知っていくのはええことやとは思うけど、人には話したくないこともあるんやで。
その中に入っていくっちゅーことは、その傷み、思い、苦悩、願いを共有することになるんや。
あんたには、その覚悟があるのかって聞いてるんや」
今日、中澤さんから話を聞くまではそんなことを考えもしなかっただろう。
ただ、一通り話を聞き終えた私の中には、中澤さんが持つ考えや思いの1つ1つに共感することはできた。
もちろん、まだ共感できないようなこともあるが、人の思い、苦悩、傷み、苦悩をいっしょに抱えていく覚悟は出来上がった。
なんの迷いもなく返事をすると、「そぉか」とだけ言い残し、また盃へと視線を移していた。
- 482 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:56
-
部屋を出た私は、いつものように自分の部屋へと向かった。
何度話しても思うことだが、やはり中澤さんは奥が深い。
常に最悪の出来事を考えているし、それに対する策をいくつも持っている。
策士は口にしなくても常にいくつかの策は持っているもの
これは以前中澤さんが何気なくこぼした言葉だが、まさにあの人はこの言葉を体現している。
石黒彩の事は、あまり考えている印象は受けなかったが、それでも最低限の対処法は考えているのだろう。
それは、あのコピーの敵にしても同じこと。
そして、闇の民族の話。
明らかにこの前話した時よりも現状は悪化してきていると考えていいだろう。
特に、火と水の国がなんらかの形で闇の民族との関わりを持っているのであれば、それなりの対処法が必要だろうし、
何よりこれから、後藤さんや石川さんを助けにそれらの国に出向いて行かなければならない。
そのことを考えるとやはり闇の民族は表舞台にこそ現われてきていないが、確実にその力を蓄えていることになる。
- 483 名前:閑話4 投稿日:2004/01/06(火) 11:56
-
次に新しいL.Sの話。
なぜ、吉澤さん、柴田さん、後藤さん、石川さんの4人でないとダメなのか。
なぜ、このタイミングで新しい勢力を作ることを必要としたのか。
それらに関してはあまりハッキリとした答えはもらえなかった。
それでも、中澤さんは先を見越した何かの為に結成を考えたのであろう。
しかし、単純に考えれば、これだけの重い話をよくもまぁ、お酒片手に話せたものだ。
どれも話そうとしないが、しっかりとしたビジョンを持っているのであろう。
これだけのことを考えながら、まだ他の事にも気を配る・・・さすが、今の私の目標だ。
あらかたの身辺整理を終え、眠りにつきかけた私の耳には最後、席を立ち、お礼を済ませ、
ドアに手をかけた私の背中に投げかけられた「がんばりや」の声がいつまでも響いていた。
- 484 名前:しばしば 投稿日:2004/01/06(火) 12:05
- 明けましておめでとうございます
というわけで更新終了
年内のつもりがうっかり年越し・・・
ここは、中澤さんとか平家さんとか前の世代の力を示す上で
結構重要だと思って書いたんですけど、どーなんだろう
それなりに感じてもらえば、いいのですが・・・
>とこまさん
動き出すのは、6章からの予定です
まずは、閑話をお楽しみください
今年もよろしくお願いします
- 485 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/07(水) 11:49
- あけおめ&ことよろです。
姐さんカッケー!(w
次も楽しみに待ってます。
- 486 名前:とこま 投稿日:2004/01/12(月) 17:08
- 更新お疲れ様です。
今年もよろしくお願いします。
裕ちゃんかっこいい!
次回も楽しみに待ってます。
- 487 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/27(火) 20:11
- 今日一気に読みました
話が進むに連れてどんどん面白くなってきている感じですな
更新楽しみにしてます
あと梨華ちゃんとチャーミーの絡み萌え
- 488 名前:しばしば 投稿日:2004/02/06(金) 12:09
- どーも、作者です。
え〜っとですね、今6章を書いてるんですけど、ほとんど進んでません。
なにぶん、書いては消し書いては消しを繰り返してまして。
もうね、プロットなんてあったもんじゃないw
ほとんど書き直してまして・・・
少し、試行錯誤が続いていますので、まだしばらく時間を空いてしまうと思います。
それでも、2月中にスタートできるようにがんばります。
レス返しは次回更新のときということで、マターリお待ちください。
- 489 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 21:26
- こんなの好きです
- 490 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:27
- 次の日の朝、誰かの呼ぶ声が聞こえ、階下を覗くと、そこには大きな荷物を持った紺野ちゃんの姿があった。
私の姿にまだ気付いていない彼女は、床に大きな図面のようなものを開き、いろいろと照らし合わせているように見える。
わざと音が聞こえるように階段を降りた私は、彼女が気付くのを待ってから軽く挨拶を済ませ、彼女の側へとしゃがみ込んだ。
床に広げられた図面はなにやら建物のように見えるが、それがなにを意味するかは私にはさっぱりだった。
紺野ちゃんはそれを急いでしまうと、昨夜あれから起きた出来事について話を始めた。
その内容に、私の目は一気に冴えた。
火と水の国の連合軍が国境付近で動きを起こしたらしい。
稲葉さんの迅速な行動によりそれは最小限に押さえられ、今は平静を保っているらしい。
幸いなことにまだ、数が少なく、国の見解ではこの動きが先行的なものであると踏まえ、騎士団を国境付近へと出陣させることが決まったらしい。
動き自体はゆっくりとしたものだが、それは戦いが始まることを意味していた。
紺野ちゃんは話を終えると、眠そうに目を擦っていた。
彼女も自分が寝ている時に襲撃の一報が入ってきたそうで、ここに来るギリギリまで中澤さんや平家さんと作戦面での詰めの作業に追われていたらしい。
そんな彼女を見兼ねて、寝床へと案内してやろうと思ったが、今日はいささか人が多い。
今日は、というか昨日からこの家で一緒に生活する人数が増えた。
そのため、空いている場所がないことを説明した上で、私が今まで寝ていた場所に案内することにした。
- 491 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:27
- 寝室へと戻ると、あゆみが目を覚ましていた。
昨日の段階で紺野ちゃんが来ることは伝えてあったため、別段驚いた様子はなかった。
周りで寝ている人を起こさないように会釈のみで挨拶を済ませる紺野ちゃんとあゆみ。
紺野ちゃんはそのまま私が教えたベッドの中へと潜り込み、その代わりにあゆみがこちら側へとやってきた。
無言のまま階下を指さし、それとなく移動することにした。
「紺野ちゃんなんて?」
開口一番、おはようよりも先に飛び出したのはこの言葉だった。
正直に火と水の国が動き始めたことを告げると、それでも納得したようにちょこんと床に座り込んだ。
数秒後、おはようという言葉が聞こえてきた。
その言葉にいつも通りの返事を返すと、横に座った。
昨日、中澤さんの元から帰ってきてから、話された内容をそっくりそのまま、あゆみへと話した。
彼女は途中で一回も話を遮ることなく、全てを聞き終えた後に一言、こう呟いた。
よし、がんばろう
この前、武術大会の参加を決めた時もそうだったが、こういう決断を迫られた時に、あゆみは私よりも明確に答えを出す。
そして、そんな彼女に引っ張られるように私は、決断をすることが多い。
それでも自信を持って賛同することができるのは、あゆみが最初にこれは正しいことだよ、と言ってくれるから。
もちろん直接言ってくれるわけではないけど、その態度で私の背中を押してくれているのは間違いない。
- 492 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:28
- 少しの間、緩やかに流れる時間に浸っていた。
しかし、それは些細なことで崩れた。
ドタドタと音を立て、階段を降りてきたのは、紺野ちゃんだった。
何も言わずに、自分の荷物の中から1通の手紙を取り出すと、無言のまま私にそれを手渡し、一礼後、何事もなかったようにまた上へと戻っていった。
あまりに唐突な出来事に呆気にとられ、しばらく紺野ちゃんが昇っていった階段を見つめることしかできなかった。
そんな私を我に戻したのは、あゆみの一言だった。
「中澤さんからだって、なんだろうね、これ」
表紙に書かれた中澤の文字にあまり気は進まないものの、横で期待を膨らませている彼女の為にも、読んでみることにした。
そこに書かれていたのは、何のことはない。
ただの呼び出し状。
別にこれだけの用なら手紙なんか使わなくても、紺野ちゃんに伝言でもしてくれればいいのに。
なんだとばかりに興味を無くしたあゆみは、立ち上がると台所の方へと消えていった。
手紙を見た私は仕方なく、城へと出かける準備を始めた。
準備といっても、服を着替えるぐらいで、大層なことはなにもないのだが。
手早く着替え終わると、一言あゆみに残し、城へと向かった。
- 493 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:28
- 城に着くと、そこは紺野ちゃんが言っていたように、戦争の準備で慌ただしく動く人で溢れていた。
そんな人達の間を縫うように、城内へと進んだ私は、不意に後ろから引っ張られ、どこかの部屋へと連れ込まれてしまった。
それでも大体、誰かは見当がつくのだが・・・
「で、何か用ですか?矢口さん」
私を部屋へと引きずり込んできた小さい人は、どこか不機嫌そうな表情のまま椅子に座った。
しかし、その姿は、いつもと違い戦地へ向かう格好をしている。
いつまで待っても話しはじめる気配を見せない彼女に仕方なくこちらから話を振ることにした。
「行くんですか、稲葉さんの所」
それにも頷き答えるだけで、ただただこちらをじっと見つめている。
流れる沈黙に耐えきれなくなった頃、ようやく口を開いた。
「なんで矢口にはなんの相談もないんだよ」
その言葉は、予想の範疇だった。
中澤さんが矢口さんに話しをしない保証なんてどこにもないわけだし、むしろ、今朝、家にこなかったことが不思議だったくらいだ。
だから、この質問がされることはわかっていたし、その答えも用意しているはずだった。
でも、実際に矢口さんのペースで話をされてみると、どうにも答えづらくなってくるものである。
- 494 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:29
-
「もしですよ、もし相談したとしたら、矢口さんは私の考えに賛同してくれてましたか?」
「そりゃ、まぁ、反対する理由はないけどさ、
それでも一言くらい聞いてくれてもいいじゃんかよ」
「……はい、そうですね。吉澤が悪かったですね」
「いや、悪いとかじゃないけどさ。
今度からは、ちゃんと相談してよね」
答えづらくなるとはいっても、この人が怒る理由とは、つまり仲間はずれがいやなだけであり、対処方法は大体わかってきている。
こんな場合は素直に謝るのが一番なのだ。
それでも、そこまで私の事を心配してくれる矢口さんに少し良心が傷んだが嬉しくもあった。
この人はいつまでも私の味方でいてくれる人なんだろう。
自分の事のように、私の事を心配してくれる。
でも、
「いいんですか?ここで吉澤と話していて。
また平家さんに怒られるんじゃないんですか?」
その言葉に思い出したように椅子から立ち上がると、急いで走っていった。
まったく、あの人は、いつも忙しいというか。
放りっぱなしになっていた、椅子を元の場所に戻し、部屋を出ようとした時、
「今日の夜行くから、ちゃんと家にいなよ」そう言い残して、また走っていく矢口さんの姿があった。
(今日の夜って矢口さん、稲葉さんの所に行くんじゃなかったっけ?)
そんな私の疑問が残る中、忙しそうに走り去っていった廊下の向こうから聞こえてきた平家さんの声。
「矢口、あんたなんて格好してるんや」
「だって、あっちゃんの所に行くんでしょ?」
「それは大谷と村田やろ。さっきの話し聞いてたんか?」
「いや、聞いてたような聞いてなかったような……」
「とにかくあんたは行く必要はないから。はよ、着替えておいで」
「はーい」
(なーんだ、結局今日の夜は大丈夫ってことか)
再度引き返してきた矢口さんは、私に気付くと笑ってごまかし、通路の奥へと消えていった。
「おぉ、よっすぃ〜やんか」
「あ、おはようございます」
- 495 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:30
- 部屋を出てから一歩も歩いてないのに、今度は平家さんに呼び止められられた。
平家さんは「立ち話もなんやから」と、さっきまで矢口さんと話していた部屋のドアを開けると、中へと入っていった。
私は一体、いつになれば中澤さんの所までたどり着けるんだろうか……
先程までとなんら変わりのない椅子に座ると、平家さんは話を始めた。
「L.Sの話、受けたらしいね」
「はい。
でも仕方なくなんですけどね。
中澤さんの話を聞いてると自分がやらなきゃダメみたいな言い方をすごくされたので」
「それ聞くと、うちが言うんじゃなくて裕ちゃんに頼んだかいがあるってもんやよ」
そう言って少し嬉しそうに笑う平家さん。
考えてみれば、昨夜あの場に平家さんがいなかったのはおかしいことだった。
いろんなことを考えたが、この際、彼女には先輩としての助言をもらうことにした。
「正直なところ、話を受けたものの、どうすれば良いのかわからないんですよ。
私、みんなをまとめるのとかやったことがないし。
それにごっちんや梨華ちゃんを助けに行くのだって、何から手を付けていいかだってわからないし」
私のこの言葉を聞き終えるのと同時に平家さんは笑い出した。
「ええんちゃう、それで。
最初からあれやこれやといろいろ考えておくよりも、何か目標を持つなかで、一緒に行動する人と決めていったりすればいいと思うよ。
うちらだって最初は、よく喧嘩したもんやで。
いい?リーダーって聞くと他の人よりも上の立場になると思うかも知れんけど、逆なんよ。
一番下っ端になった気持ちでやることが大切。
上から見下ろすんじゃなくて、下から見上げることの方が大事な時もあるしな。
まぁ、どうするかはよっすぃ?の自由やけどね」
「一番下………ですか」
なにも言葉を発さず、1人納得したような表情でうんうんと頷く平家さん。
しかし、すぐさま思い出したように席をたった。
「あかん、あかん。
こんなとこで油売ってたら、姐さんにまた怒られるわ。
よっすぃ〜も呼ばれとるんやろ、はよ行った方が良いよ」
- 496 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:31
- そう言い残すと足早に部屋を後にしていった。
先程となんら変わりのない状況。
違うのは、矢口さんが放りっぱなしだった椅子を平家さんはきちんとしまっていったことぐらい。
ただ、ここにも1人、私のことを大切に思ってくれている人がいることがわかった。
話す内容だけではなく、優しい目、暖かな空気、柔らかな口調。
そのどれをとっても、穏やかな時間を作ってくれる。
そうまるで、子どもをあやす親のように。
しばらく、ぼーっとしていたが、平家さんの最後の方の言葉を思い出すと、急いで中澤さんの所に行くことにした。
- 497 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:31
-
「遅い!!」
開口一番聞こえてきたのは、少し怒り気味の中澤さんの声。
そりゃあ、矢口さんに捕まって、その後平家さんの話を聞いていたんだから遅くなるのは仕方ないけど、昨日の夜の表情とはまた違った中澤さんがそこにはいた。
ここまでコロコロと変わられては、どれが本当の表情だかわかったものじゃない。
「すいません、ちょっと矢口さんと話をしてたんで」
「………矢口か、それならしゃーないな」
ここにもあった、もう1つの顔。
矢口さんの名前を出した途端に、少し機嫌を良くした中澤さんは、饒舌に話を始めた。
「どや、人は集まりそうか?」
「そうですね、固定メンバー以外でなら、昨日私と戦った高橋、それから最後の方で手伝いをしてくれた加護ちゃんと辻ちゃんの3人は協力するって言ってくれました」
「ということは、今は6人っちゅーことやな。まぁ、最初はそんなもんや。
うちらだって最初は5人でやってたしな」
「でも、あんまり増えると、家が狭くなるんですけど」
私の答えに笑い出す中澤さん。
話を聞いている方は面白いかも知れないけど、実際に生活している者からすれば、かなり重要な問題なのだ。
そんなこっちの気持ちを知ってか知らずか、未だに笑い続けている。
「で、いつ出発するん?
そっちの都合もあるかも知れんけど、もうすぐ戦いが始まるやろうし。
始まったら、国に入っていくのはかなり厳しくなるからな」
「そうですね、今日にでもと思っていたんですけど、今日は少し約束があるんで。
それと今日動くのは紺野ちゃんに酷だと思うんですよ。
だから、明日出ることにしました」
ようやく笑い終えた中澤さんは、今度はちゃんとした質問をぶつけてきた。
本当にこの人はどうなっているんだろうか‥‥
- 498 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/16(月) 12:31
-
しかし、私の答えに納得したのか、椅子から立ち上がってどこかにいきそうになった。
それを見て慌てて呼び止めた。
「あの、なにか用事があったんじゃないんですか?」
「いや、特には。
ただ、いつ出発するか聞いてなかったから、それだけでも確かめとこうと思って。
それに必要な言葉なら、うちが言わんでも他の人が言ってくれるやろうしな」
そう言い残して、どこかに行ってしまった。
これでは、昨日の夜となんら変わりはない。
ただ、一方的に用件を伝えて、終わり。
これじゃ、なんで最初怒っていたのかも意味がわからない。
しかし、いつまでもいなくなった人に怒っていても仕方ないので、不満もそこそこに、城を後にした。
- 499 名前:しばしば 投稿日:2004/02/16(月) 12:39
- 更新終了
なんかいくつも考えていても駄目なので載せることで踏ん切りをつけました。
これから更新時期が稀になることが多いと思いますけど、
お付き合いのほどをよろしくお願いします。
>名も無き読者さん
時間が空いて申し訳ないです。
姉さんカッケーとのことで、あの人書きやす過ぎです。
勝手に動きますw
>とこまさん
やっと始まりました。
これからもぼちぼち行きます。
中澤さんはですね、格好よくなりすぎですかねw?
>名無飼育さん
見つかっちゃいましたかw
チャーミーはですね、忘れ(ry
大丈夫です、ちゃんと出ます。
これからもよろしくお願いします。
- 500 名前:とこま 投稿日:2004/02/16(月) 21:49
- 更新お疲れ様です。
裕ちゃんはかっこよいですね〜。
で、なっちはいつ頃出るんでしょう?
- 501 名前:名も無き読者 投稿日:2004/02/18(水) 23:13
- 乙です。
動いてますね〜w
マターリ待ってますんで、作者さんのペースでガンバです。
- 502 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/26(木) 14:19
- 家に戻ると、みんなあらかた起きたところだった。
忙しそうにみんなの食事の用意をするあゆみとそれを手伝う少女。
テーブルの周りでは加護ちゃんと辻ちゃん、そして高橋がじゃれながら待っている。
しかし、加護ちゃん辻ちゃんと高橋はいつの間に仲良くなったんだろう。
誰も私が帰ってきたことに気付いていなかった、が、
「あっ、吉澤さん。お帰りなさい」
あらぬ方から聞こえてきた声に目をやると、そこには眠っていたはずの紺野ちゃんの姿があった。
「もう、起きちゃったんだ。そりゃ、これだけ騒がしかったら当たり前か」
「いえ、どれだけ眠くても、ご飯だけはちゃんと食べるようにしているんです」
「‥‥あぁ、そう」
眠気もどこ吹く風。
彼女は食い入るように台所の方を見入っていた。
「で、中澤さんは何か言ってましたか?」
「いや、ただ呼んだだけらしい」
「そうですか、でもあの人は無駄なことをしない人ですから。
口ではそう言っているものの、なにか考えがあってのことだと思いますよ」
「そんなもん?」
そんなもんです。と返す紺野ちゃんはどこか嬉しそうだった。
- 503 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/26(木) 14:23
-
「あ、ひとみ。ちょうどよかったご飯食べるでしょ?
紺野ちゃんも早くおいで」
私はてっきり何かをわかっている笑みだと思ったが、それは食事ができたことへの喜びだったようだ。
跳ねるようにしてテーブルへと向かう紺野ちゃん。
恐るべし食欲。もとい、食べ盛り。
テーブルにつくと、目の前に出された料理を美味しそうに食べる加護ちゃん辻ちゃん、紺野ちゃんに高橋の4人。
そしてそれを嬉しそうに眺めているあゆみ。
「なんか大勢っていいね」
「そりゃ、一気に5人も増えたからね」
小声で話すその言葉もどこか楽し気である。
そういえば、以前はごっちんや梨華ちゃんとこうやってご飯を食べる機会が多かった。
その時、いつも用意をするのはあゆみで、彼女は私達が食べているのを見て、いつも嬉しそうだった。
最近は何かと、不安定な部分を見ることが多かった私としては、こういった表情を見せてくれる彼女に少し安心した。
それは多分、今あゆみの隣に座っている少女の影響が大きいのだろう。
名前は確か、亀井絵里と言ったはず。
この娘を守らなければならないといった思いが彼女に良い循環をもたらしているのだろう。
何はともあれ、周りが見れるようになったのはかなり良い状況のようだ。
もしかすると、加護ちゃん達の元気のよさも手伝っているのかも知れない。
そんな発見もありつつ、お昼の時間は過ぎていった。
- 504 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/26(木) 14:25
-
食事も終わり、私は高橋と稽古していた。
そんな私達2人をヒマそうに見ている辻ちゃんがいた。
食事の終わりかけに今日は、出発しないことをみんなに告げ、自由にしながらも明日の準備をするようにいっておいた。
私と高橋は稽古に。
紺野ちゃんは今朝持ってきた大きな荷物の中から、いろいろと取り出しては、考え中。
そして、それを物珍しそうに見ている加護ちゃんと辻ちゃん。
後片付けをするあゆみとそれを手伝う少女。
そんな感じで分かれたはずだったのだが、今、目の前には辻ちゃんがいる。
不思議に思い、休憩がてら理由を聞くと、加護ちゃんは紺野ちゃんに付きっきりらしい。
最初の方こそ、見ているだけだったらしいのだが、時間が経つにつれ、徐々に口を出すようになったらしい。
そして紺野ちゃんもそれを受け入れ、一緒に話すようになったらしいのだ。
しかし、辻ちゃんには何を言っているかわからなかったらしく、渋々こちらの方へと来たのだという。
なんでも、加護ちゃんは以前ごっちんにもらった書物を読んでから、いろいろと考えるようになったらしい。
最初、辻ちゃん的には、いろいろと教えてもらえることが嬉しかったらしいのだが、それでも徐々に、ついていくことが難しくなってきていたのだ。
- 505 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/26(木) 14:28
-
そういえば、辻ちゃんの実力を私は知らない。
これは、ちょうどいい機会だと思い、1つ手合わせをしてもらうように頼んだ。
私の要請にあっさりとオーケーをだした辻ちゃんはどこか嬉しそうだった。
高橋に開始の合図を頼むと、ある程度の距離をとり、向かい合った。
「始め」の合図に反応した辻ちゃんは、私目掛けて突進してきた。
そのスピードには目を見張るモノがあるけれど、矢口さんに比べればまだまだだった。
突進してくる辻ちゃんを簡単に躱すと、相手の出方を窺う。
(スピードはたぶんここにいる誰よりも早いね)
立ち位置が逆となり、今度はこちらから相手へと向かう。
素早く間を詰めることはできたけど、ゆっくりと歩いて距離を縮める。
徐々に縮まる間合いを嫌ってか、辻ちゃんはゆっくりと後ろへと下がっていく。
しかし、それもいつまでも続かず、堪り兼ねた辻ちゃんは、再度こちら側へと突進してきた。
今度は避けることをせずに、繰り出された拳を受け止める。
次の瞬間、受け止めた私の右手に激痛を残し、彼女は距離をとった場所に止まった。
予想外の力に苦痛で顔が歪んだ。
あの小さな体のどこにこれだけの力が秘められているのか不思議になるくらい、重い拳だった。
力だけなら、バカ力を誇るごっちんよりも上かもしれない‥‥
- 506 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/26(木) 14:29
- それにあのスピードが手伝って、常時よりも突き抜ける力をもたらしていることは容易に想像できた。
(スピード、力、共にここでは一番か‥‥でも)
調子に乗ったのか、それともようやく本調子になったのか、次々と攻撃を繰り出す辻ちゃん。
そのどれもに一撃必殺といっても申し分ないほどの力が込められているのだが、避けることは容易だった。
単純に私が矢口さんのスピードに慣れているからといってしまえば、それまでなのだが、それよりも振りが大振りすぎる。
なにより、動きだしさえ注意して見ていれば、避けることは簡単だった。
どうやら彼女はまだ素直すぎるようだ。
いままで正攻法でガンガン押していくだけだったんだろう。
しかし、空振りから聞こえてくる空気を切る音だけ聞いたら、普通の人は動揺してしまい、パンチをもらうのだろう。
ただ、ある程度の経験者との対戦になれば、結果は見えている。
これだけわかれば十分だった。
強みも弱みもわかれば、対処の方法があるというものだ。
私はやみくもに向かってくる辻ちゃんの腕が伸び切ったところで手首を掴んだ。
引き戻そうとする腕を無理矢理抑えながら「もう終わりだよ」と一言告げ、言い終わるのと同時に掴んでいた手首を放した。
- 507 名前:6章 決断 投稿日:2004/02/26(木) 14:31
- 不思議そうな表情を見せる辻ちゃんとは別に高橋を呼び寄せた。
「よし、今度は私じゃなくて、高橋とやってみて。
ただね、この円から出たらダメね」
地面に直径5歩分程度の大きさの円を書くとそこでの実践を提案する。
さほど考える素振りも見せず、頷く2人。
「相手に押されて出る分にはしょうがないけど、自分のミスで外に出ちゃった場合は‥‥そうだなー、夕ご飯抜きね」
両者とも最後の言葉に目の色が変わったのは明らかだった。
あきらかに真剣度合いが高まった状態での実践なら実戦までもいかずとも、それに近いだけの経験が得られる。
まして、歳が近い者同士であれば、ライバル心も手伝って、いい緊張感が生まれる。
それに今回は罰としてのTご飯抜きUがかかっている。
まぁ、どれも矢口さんの受け売りなわけだが。
- 508 名前:しばしば 投稿日:2004/02/26(木) 14:42
- 相も変わらず少量更新終了。
すいません、頑張ってるんですけどね……
亀井さん出場。
一番最初に出した時(柴の修行の時)は違う人の予定だったのは秘密の話
それでも具体的に書くのはもう少し先のお話
>とこまさん
なっちも忘れ(ry
大丈夫出ますよ、いつかわかりませんが。
おそらく近いうちに……作者の頑張り次第です。
できるだけ早く出せるように頑張ります
>名も無き読者さん
毎回レスありがとうございます。
メル欄も拝見しましたが、1人の人に片寄り過ぎないように頑張ります。
- 509 名前:とこま 投稿日:2004/02/26(木) 19:41
- 更新お疲れ様です。
もしかして・・・(-_-;)
楽しみに待ってますよ(^o^)/
- 510 名前:名も無き読者 投稿日:2004/02/29(日) 15:47
- お疲れッス。
あの子はあの人に変こ…あの人だったんですかw
他の皆さんもカッケくなるよう祈ります。。。
- 511 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:41
-
かくして円の中では、両者の戦いが始まったわけだが、戦況は予想通り、高橋が上手に戦っている。
スピードは辻ちゃんの方が上かもしれないが、身のこなしの面では高橋の方が数段上だ。
おそらくそれは、対戦経験の差。
辻ちゃんもそれなりに人との対戦を経験しているのだろうけど、それが足りないことは、先ほど私との手合わせを見れば明らかだった。
しかし、辻ちゃんよりも高橋の動きに目を引かれた。
元々、辻ちゃんが自分の弱点に気付くことと、高橋にとっても自分よりも遥かに腕力が強い者との戦い方を考えるいい機会だと思い、提案したものだった。
高橋は、最初の方こそ繰り出される拳におっかなびっくりだったが、それも本当に最初の2、3発だけであとは自分のペースで辻ちゃんを翻弄している。
当たらなければ、怖いものはない。
それに気付いてからの高橋の動きは目を見張るモノがあった。
高橋本人から聞いた話では、元は槍よりも棒を使っての戦闘が得意であるということ。
私は、矢口さんにならった事以外の事に関しては、ほとんど無知であるといってもおかしくない。
棒術の詳しい話を聞いてみると、相手を倒す事よりも捕まえる事に重点をおいているらしい。
- 512 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:42
- 確かに、剣や槍で相手を倒すという事は、死と直結してしまいがちだ。
そうではなく、どこをどうすれば、相手を動けなくする事ができるか。
体のどこを突けば、相手がどうなるか。
その答えを高橋は知り尽くしている。
それは、どの『人』に対しても有効である。
しかし、それは相手が格下である事が条件だ。
現に大会で私が相手をした時、彼女は何もする事ができなかった。
それは、自分よりもスピードがある者と出会った場合にまったくの効果を持たない。
仮に仕掛ける隙ができたとしても、それを当てられなくては意味がない。
それは、辻ちゃんにもいえる事だった。
あれだけの力を持っていながら、相手に当てる事ができなければ、なんの意味も持たない。
要するに、辻ちゃんには実戦で考える力が、高橋には自分よりも速い敵に勝つ方法。
2人ともそれに気付いてくれれば、いう事はないのだが‥‥
- 513 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:43
-
そして、夕ご飯。
食卓には2人の姿があった。
最初、私の約束事を破ったのは、辻ちゃんだった。
当たらない事に嫌気がさした辻ちゃんは、さらに無造作に拳を繰り出していた。
そのパターンを掌握しつつあった高橋は、これを機にカウンターを仕掛けた。
攻撃する事に必死になっていた辻ちゃんの足下をあっさりとすくうと地面へと倒した。
しかし、そこで追撃することをしない高橋は、挑発することで辻ちゃんの戦意を逆なでした。
頭に血が上り、先程よりもさらに大振りになり、猛烈な勢いで突進を繰り返す辻ちゃんをあっさりと飛び越えると、そのまま円の外へと出てしまった。
「はい、動かないで」
辻ちゃんの位置を確認した私は、やりとりを止めさせた。
何事かとふと我に返った辻ちゃんが自分の立ち位置を確認して絶句していた。
次の瞬間には、いまにも泣きそうな顔へと表情を変えた。
何も泣かなくても‥‥何度も思うが、恐るべし食欲。もとい食べ盛り。
涙を堪えている辻ちゃんの近くにより、目線が合う位置へとかがんだ。
- 514 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:44
-
「ご飯食べられないの、くやしい?」
言葉を発することなく、首を振る辻ちゃん。
頭を左右させると、いまにも瞳から涙が零れそうだった。
「じゃ、高橋に負けたのがくやしい?」
今度は少し考えてから頷く辻ちゃん。
なかなかどうして、食欲とか考えていた自分が少し愚かしくなった。
食べられないことよりも負けた方が悔しいのなら、鍛えがいがあるというものだ。
「じゃあ、自分がなんで負けたかわかる?」
「‥‥‥‥ののは振りが大きすぎるの。
でも最初はわかってて、力を押さえるんだけど、段々力が入ってきて、振りが大きくなってくるの。
で、愛ちゃんは避けるのが上手いから、ののの攻撃は当たらなくてイライラして」
なるほど、自分でもちゃんとわかってるのか。
それならば、話は早い。
- 515 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:47
-
「もう一度チャンスをあげるよ。
辻ちゃんの力で高橋をあの円の中から出したら、辻ちゃんの勝ちね。
で、今度は向かっていって‥‥そこで‥‥こう‥‥ね、やってみて」
いまにも零れそうだった涙を拭うと、大きく頷いて再び円の中に入る辻ちゃん。
高橋にもう一度頼み、再び円の中へと入った2人。
先程と同じように高橋に迫っていく辻ちゃん。
それを半ばあきれ顔で避ける高橋。
しかし、初発の右を避けたところに左が待ち受けていた。
辻ちゃんが右手しか使わないと思い込んでいた高橋は、咄嗟に防御した。
しかし、その防御の上から高橋を吹っ飛ばし、あっけなく円外へ。
そう、なんてことはない。
辻ちゃんは右手にこだわり過ぎていたのである。
どういう経緯かはわからないが、右手のソレの方が左手よりも強いと思っていたのだろう。
しかし、そんなに差がつくものではない。
いくら利き腕じゃない方の腕といっても、あの力だ。
左手のソレだって人を倒すだけの力を充分に持っている。
それを使わなかっただけ・・・いや知らなかっただけ。
現に、左手を出された高橋よりも辻ちゃんの方が驚いている。
そして、会心の一声
「やったー、ご飯!!」
思わず、こけそうになった。
(結局、食べるためかい)
元々、2人にやる気を出させるための条件のようなものだったし、戦績は1勝1敗。
別に抜く必要もないので、2人とも罰はお預け。
なにより、ご飯抜いたりしたら、あゆみに何をいわれるかわかったものではない。
そして、今の状況へと落ち着いた。
- 516 名前:∬´▽`) 投稿日:∬´▽`)
- ∬´▽`)
- 517 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:49
- しかし、少しの変化が見て取れた。
朝というか昼、食卓の並びは、加護ちゃん、辻ちゃん、高橋、紺野ちゃんだった。
それがいまでは、辻ちゃん、高橋、紺野ちゃん、加護ちゃんの座りになっている。
昼から夜への時間をかけて、お互い少しずつではあるが、認め合いを始めたような感じがした。
トントン・・・トントン
部屋に突然、ドアをノックする音が響いた。
一瞬だけ手を止めた食べ盛り達は、すぐさまもとの騒ぎを取り戻していた。
矢口さんが来ることを思い出した私は、ドアを開けに行こうとしたあゆみを制し、ドアを開いた。
そこに立っていたのは、いつか見た顔。
「久しぶりね、よっすい〜」
ドアの前に立っていたのは、飯田さんだった。
予想していなかった人を前に少し、その場に止まってしまっていたのだが、慌てて中に入ってもらった。
1人かと思われた飯田さんの後ろには、見知らぬ娘が1人いた。
食事をとり続ける4人とは別のテーブルへと2人を案内すると、あゆみが側によってきた。
「ずいぶんと賑やかな家なのね」
- 518 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:50
- 飯田さんは、こちらを見ながらも食べる手を休めない4人に目を向け、優しく言った。
それでも、紺野ちゃんは視線が合うと会釈を忘れなかった。
「いや、気付いたら人が増えてて‥‥」
「そう。ちょっと、紹介してくれる?」
笑顔のまま紹介を頼まれると、座っている順に、加護ちゃん、紺野ちゃん、高橋、辻ちゃんと順に説明した。
黙って聞いていた飯田さんが聞き終わるのと同時に、もう1人を指さし「あの娘は?」と口にした。
それを聞いていたあゆみが簡単に説明すると、飯田さんはどこか納得した表情を見せていた。
「なるほど、各自ちゃんとT種Uは見つけたみたいだね」
種‥‥どこかで聞いたことがある言葉に思考を巡らせる。
ふと、何かを思い出した時に再びドアを叩く音が家に響いた。
一言断わりを入れ、ドアを開けるとそこには矢口さんが立っていた。
矢口さんはこちらが誘うよりも早く、家の中へと入り込むと食べ盛り4人に目を向け、すぐさま視線を変えると飯田さんを見つけた。
「カオリじゃん‥‥ミキティ?ミキティじゃない?」
矢口さんは飯田さんに挨拶し終わると、横に座っていた飯田さんが連れてきた娘に対して声をかけた。
「矢口さーん」
ミキティと呼ばれた娘は、矢口さんの方に目を向けると懐かしそうな声を上げ、矢口さんに抱き着いた。
- 519 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:52
- 私と同じくらいの大きさの娘が抱き着いたせいで矢口さんは隠れてしまい、声だけが聞こえる不思議な感じになっていた。
その姿をよそにテーブルでは、飯田さんがあゆみと話をしている。
「よっすぃ〜、ちょっとあゆみちゃん借りるね。
美貴もそろそろ放さないと、矢口死んじゃうよ」
そう言い残すと飯田さんはあゆみと少女を連れ、二階へと上がっていった。
飯田さんの言葉に思い出したように矢口さんを放した美貴と呼ばれた娘は、悪びれた様子もなく、椅子に戻った。
「大丈夫ですか、矢口さん?」
私の呼び掛けにうんうんと頭を動かす矢口さんには、気を利かせた紺野ちゃんが水を持ってきていた。
それを一口含むと、落ち着きを取り戻し、椅子に腰掛けた。
「しかし、藤本さんもあいかわらずですね」
「紺ちゃんこそ、噂には聞いてたけど本当に国を出たんだね」
何気なく会話を交わしている2人。
しかし、紺野ちゃんは矢口さんが水を飲み干したのを確認すると元の食卓へと戻っていった。
「もう、何回いったらわかるんだよ」
「だって矢口さん可愛いんですもん、小さくて」
「小さいは余計だって、これも何回言わすんだよ」
「はいはい、気を付けます。
でも、怒った矢口さんも可愛いですよ」
「まったく・・・」
怒った矢口さんと戯れるように会話を交わす娘。
- 520 名前:6章 決断 投稿日:2004/03/15(月) 13:53
-
「ところで、2人は知り合いなんですか?」
会話に空きができたところで私が口をはさんだ。
「あぁ、ミキティはね、簡単にいえばよっすぃ〜と一緒だよ。
オイラの弟子みたいなもん」
「どーも、藤本美貴です。ミキティって呼んでください」
そういってペコリと頭を下げたふじも・・ミキティさん。
「ミキティ、こっちがよっすぃ〜ね。
2人とも畏まる必要無いよ、同い年同士だし」
同い年という言葉に向こうも同じことを思ったのか、間抜けな顔をしている。
たぶん、畏まった自分がおかしかったんだろう。
そして、おそらく私も彼女と同じ顔をしているんだろう。
一通り挨拶がすむと、しばらく矢口さんの独壇場となった。
私達2人は、たまに相槌をうつくらいで、ほとんど話を聞くだけだった。
矢口さんの話では、力では私が、動きの早さではミキティの方が上だという。
そういった個人の能力的な話から、ミキティとの出会い、そして私との出会いを語り、満足したのか、私に「水ちょーだい」と一言告げた。
立ち上がり、動きかけると、飯田さんたちが降りてくるのがわかった。
矢口さんもそれを確認したのか、今度は紺野ちゃんに水を頼み、私に座るように促した。
- 521 名前:∬´▽`) 投稿日:∬´▽`)
- ∬´▽`)
- 522 名前:しばしば 投稿日:2004/03/15(月) 14:06
- 更新終了
藤本さん参上
ちょっとおかしな人になってますw
けど、力入れて頑張ります
次からは、石川&後藤編の方にも入っていくはずです。
>とこまさん
いつもありがとうございます。
なかなか更新できない日が続きますけど、今後ともよろしくお願いします
>名も無き読者さん
ありがとうございます。
他のメンバーもかっこ良くなるように精進します。
- 523 名前:∬´▽`) 投稿日:∬´▽`)
- ∬´▽`)
- 524 名前:とこま 投稿日:2004/03/16(火) 21:27
- 更新お疲れ様です。
ミキティおかしな人になってますねw
楽しみに待ってますよ。
- 525 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/23(火) 13:28
- 一階へと降りてきた飯田さんたちと入れ代わるように食べ盛りたちは二階へと上がっていった。
「まったく、元気な娘達だね」
すれ違った少女たちを母親のような瞳で見送り、呟いた一言。
そして意味ありげに少女の方へと目を向け、微笑む飯田さん。
少女もぎこちないながらも笑顔を返している。
まだあゆみ以外の人と最低限の会話しか交わさない少女に飯田さんはどんな方法で距離を縮めたのだろうか。
「それじゃ、用もすんだし、私は帰るから」
そう言って、1人ドアに手をかけた。
それをみたミキティが慌てて立ち上がった、が。
「美貴はいいよ、ここに残りな。
始めからそのつもりで連れてきたんだし」
その言葉にあり得ないという表情を見せたミキティ。
「オイラも賛成。ミキティもさ、L.S入っちゃえばいいんだよ。
てか、むしろ必要な人材だよ」
矢口さんも飯田さんに賛成のようだ。
というか、飯田さんはすでに家を出てしまっていた。
あまりの突然の展開に頭がついていかず、言葉のする方に目を向けていたため、見ていなかったのだ。
話の火種を落としていき、自らは風のように消え去った飯田さん。
やはり、あの人はわからない。
飯田さんに置いていかれたミキティは、呆然とドアを見ていたが、後頭部を掻きながら、複雑な表情で椅子に座った。
「もう諦めればいいじゃん。
てか、諦めるしかないし。
それにさ、あゆみちゃんのおいしいご飯は食べられるし、寝床もあるし、かわいい娘も多いし、ミキティには好条件だらけじゃん、ね?」
矢口さんの言葉に再度立ち上がったミキティは、食卓に残っていた残り物を一口放り込んだ。
すると曇った表情が一変、そしてあゆみを見て、その表情は輝きを取り戻した。
「矢口さん、私ここでがんばります。
飯田さんにも言っといて下さい。
ということで、よろしくね、よっすぃ〜」
こちらを向き直り、私に一礼すると、すぐさま回れ右し、あゆみと何やら話を始めていた。
矢口さん、この人大丈夫ですか・・・
- 526 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/23(火) 13:29
- * * * * *
「ねぇ、どこまで行くの?」
こちらの言葉に何も答える素振りを見せない彼女達。
私と梨華ちゃんは、あの時、中澤さんが敵を氷付けにしている間に、この二人に連れられてこられた。
「私達は、市井さんと安倍さんの命でお二人を連れに来ました。
ここはもうすぐ、戦場になります。だから、一緒に逃げて下さい」
あの時、2人はこう説明してから、言葉を一切発していない。
ただ、私が何も聞かずにこの娘達の後をついていくことにしたのは、この娘達が発した、『市井と安倍』という言葉を信用したから。
それにどこに行くか聞いてみたものの、大体の見当はつく。
私は、この道を知っている。
おそらく、彼女達が言っている事は本当なんだろう。
しばらくして、見覚えのある建物が見えてきた。
隣では梨華ちゃんが思い出したかのように何事かを呟いている。
「ここで少し待ってて下さい」
そう言い残し、背の低いまゆげの印象的な少女が先に建物の中へと入っていった。
確か、新垣といったか
彼女は水の国の魔術師団団長だといった。
そしてここに残っている小川もまた火の国の騎士団団長だという。
自分よりもいくつも年下の2人が団長であることに驚かされたが、それと同時にまだ信じていない自分もいた。
しかし、ここに来ることができるということは、やはり2人とも真実を口にしているのだろう。
- 527 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/23(火) 13:30
-
「ちょっと、小川さん・・・小川さん・・・小川」
何度も呼びかけているのに一向にこちらを向こうとしていない小川に梨華ちゃんがややキレ気味に呼びかけた。
さすがに悪いと感じたのか、渋々こちらを向いた小川。
この機会を逃さず、まくしたてるように梨華ちゃんの口撃が始まった。
「なんで、お城を目の前にしてこんな所で待たされないとダメなのよ。
それになんで隠れる必要があるの。
あなた達は安倍さんに言われてきたんでしょうが、なのになんでこんなこそこそとしなきゃいけないの。
もっと堂々といけばいいんじゃないの?」
突然の猛攻になす術なく、ただただ梨華ちゃんの言葉に頭を下げる小川。
それをみていて少し可哀想に思えてきた私は、未だ話を止める気配を見せない梨華ちゃんをなだめる。
「梨華ちゃん、もういいって。
それより、そんな大きな声出したら、隠れてる意味ないじゃん」
その一言にようやく話すことを止めた梨華ちゃんはそれでもまだ納まりきらない表情をしていた。
その隣では小川が申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
そうこうしている間に新垣が戻ってきた。
余計なことを話すでもなく、「こちらです」とだけ口にし、先頭で歩き始めた。
しかし、新垣が示した方向はお城とは別の方向であった。
これにも何か言いたげな梨華ちゃんを事前になだめると、また黙ったままで歩き始める。
それほど移動せず、腰の高さまで背が伸びた草むらをかき分け進んでいくと、ほんのわずか一部分だけ、生え方がおかしい部分があった。
新垣はそこをめくると、その下に隠されていた扉のようなものを開き、穴の中へと入っていった。
それをただ呆然と見ていた私達は、後ろから小川に急かされ、新垣が入っていった扉の中へと進んだ。
梨華ちゃんを先に行かせ、次に私が中に入ると、小川は扉を締めてしまった。
暗闇の中で明かりを持つ新垣は、「居場所がばれないためです。まこっちゃんは外の見張りなんです」とだけいい、暗闇の中を歩き出した。
- 528 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/23(火) 13:31
-
5分ほど歩いただろうか、奥の方からうっすらだが明かりのようなものが見え始めた。
それを確認した新垣の歩幅は心無しか早くなったような気がした。
遅れないようにして歩く私達の耳に入ってきたのは、何かを言い争う二人の声だった。
「だから、しょうがないんだって。このタイミングじゃないと向こうには攻めていけないんだから」
「それでもやるんだったら、もう少し正面からやりたかったよ。
どうして、相談してくれなかったの?
どうして、先に決めちゃったの?」
いかにも入りにくい雰囲気に思わず、新垣の歩みが止まった。
それに気付かず、梨華ちゃんは前を歩いていた新垣にぶつかってしまった。
そして、響く物音。
新垣が落とした明かりが地面へと落ちる音だった。
それに反応したように、二人の声は止んだ。
慌てて明かりを拾った新垣は罰が悪そうに、中へと進んだ。
二人の姿が見えてくるのにさほど時間はかからなかった。
先程の気まずい空気は残っているものの、それでも顔を見ると不思議と安心できた。
「お疲れさま、新垣。
ちょっと、話があるから小川の所でいっしょに待ってて」
なっちは優しく言うと、新垣は一礼すると先程来た道を戻っていった。
これで、この場所には私と梨華ちゃん、市井ちゃんになっちの4人だけになった。
最初に口を開いたのはなっちだった。
「二人とも突然だったけど、よく来てくれたね」
「大丈夫ですよ。ただ・・・」
「ただ?」
「いや、よしこに・・・友達に何も言ってこなかったことがちょっと気になって」
友達という言葉に二人は顔を見合わせた。
私は別に特別なことを言った覚えはない。
しかし、その見合わせた顔がいいのか、悪いのかはすぐにわかった。
「いい梨華ちゃん、それにごっつぁん。
これから言うことをよく聞いてね」
- 529 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/23(火) 13:32
- つぎになっちの口から告げられたのは悲しい宣告だった。
つい今し方、火・水の国は風・土の国へと侵出を始めたのだという。
よって、私達二人はしばらく、というより戦いが終わるまで、こちら側から出ることができないのだという。
これは、やや軽い気持ちでここまで来た私と梨華ちゃんを後悔させるには充分だった。
「じゃあ、家に戻ることもできないって事ですか?」
「そういうことになるね」
なっちは梨華ちゃんの問いかけに、俯き加減で答えた。
私は、さっきの話を聞いてからずっと市井ちゃんを見ているのだが、一度目を合わせただけで、それ以降こちらを見ようとはせず、視線を下に向けたままだった。
それでも私は、視線を市井ちゃんから外さなかった。
「・・・その戦いはどちらかが終わるまで続けなきゃダメなんですか?」
「それは・・・」
「そうだよ」
それまで会話に参加する素振りを見せていなかった市井ちゃんが始めて口を挟んだ。
一瞬こちらを向いた市井ちゃんはすぐに梨華ちゃんの方へと歩み寄った。
「そろそろね、決着をつけないとダメなんだよ。
いろんなものに」
「そんなことする必要があるんですか?
今までだって争いなんてほとんどなかったじゃないですか。
それなのに、急に決着とか・・普通に暮らしてる人には関係ないじゃないですか」
梨華ちゃんの言葉に耳を傾ける市井ちゃんとは逆になっちは、今だ俯いたままだった。
二人が言葉を交える中、私はなっちの方へと近寄っていった。
「大丈夫、なっち?」
市井ちゃんたちには聞こえない程度の小さな声で尋ねた。
私には、なにか悪いものを抱えているように見えたからだ。
だから失礼を承知で少し、鎌かけてみた
「・・・ごっつぁん。今、紗耶香が話してること全部が本当じゃないから」
それだけ言って、前を向いたなっちは市井ちゃんたちの中へと入っていった。
- 530 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/23(火) 13:33
-
「紗耶香、そろそろ時間だよ」
「そうだね・・・後藤、行くよ」
「行くって?」
「私と一緒にくるの」
それ以上何も言わずに歩き出す市井ちゃん。
仕方なく、後を追い掛けることにした私の前に梨華ちゃんが両手を広げて立ちはだかった。
「行かなくてもいいよごっちん」
「・・ごめんね。いちーちゃん1人だけじゃ心配なんだ」
「ごっちんが行かなくったって他にも国の人がいるじゃない」
「ダメなんだよ、ごとーはいちーちゃんが心配なんだもん」
「私はどうなの?」
「‥‥‥もちろん心配だよ。
でも、梨華ちゃんにはなっちもいるし、圭ちゃんだっている。
けど、いちーちゃんは、なんでも1人で抱え込んじゃう人なんだよ。
だからごとーが近くにいてあげた方がいいんだよ」
返事が見つからなくなった梨華ちゃんは、広げた両手を下ろし、俯いてしまった。
その姿を見た私は、そっと近付き梨華ちゃんを抱き締めた。
途端に、堰をきったように泣き始めた彼女は何度もしゃくりあげては、行かないでと繰り替えした。
「ごめんね、それでもごとーは行かなきゃいけないんだ。
でも約束する、また会えるから。
だから、泣かないでよ。ごとーまで悲しくなってくるじゃん」
それを聞いてもまだなお、梨華ちゃんは泣き止む様子を見せなかった。
「梨華ちゃん、ごっつぁんの気持ちも考えてあげて。
別に一生の別れじゃないんだから。
ごっつぁんが言ってるようにすぐに会えるから、ね」
それまで黙っていたなっちが諭すように語りかけた。
すると自ら体を離した梨華ちゃんは、袖で涙をふき、無理矢理な笑顔を作った。
「ごめんね、なんか子どもみたいなこと言って。
でも、約束だよ。ちゃんと戻ってきてね」
強く頷いてみせると、お互いを確認するように抱き合った。
体を離した私は、なっちに一言、梨華ちゃんの事をお願いすると市井ちゃんの後を追いかけた。
- 531 名前:しばしば 投稿日:2004/03/23(火) 13:39
- まずはお詫びから
本当にすいません。
前回の更新見直してみたらぼろぼろですね・・・
二度とないように気をつけます。
更新終了
今日の頭の1レスは、前回の吉澤編のダブりだった部分です。
そして安市再登場
短いですけど、後藤目線は今回だけです。
レスお礼
>とこまさん
毎回ありがとうございます
ミキティおかしいですけど、今回の更新でおかしさ倍増ですかね・・w
- 532 名前:名も無き読者 投稿日:2004/03/23(火) 16:45
- 更新お疲れです。
はて全部が本当ではないとは・・・?
気になりますな。。。
次回を待ちますw
- 533 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/23(火) 23:39
- 気になるー!更新まってまーす!
- 534 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/24(水) 22:07
- 自分でもこの作品を読みながらこの国にはこの人がいるみたいな表をつくってるのですが、
まだ見れるものではありません。
作者さん、お忙しいとは思いますが人物説明や特技(魔法タイプ、武術タイプなど)をしてくれたら
読む上でさらにジハードの世界にハマっていけると思います
- 535 名前:とこま 投稿日:2004/03/28(日) 21:19
- 更新お疲れ様です。
ミキティが壊れてきたのかな?w
それにしても全てが本当ではない・・・?
- 536 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/29(月) 13:01
- * * * * *
食卓の方ではまだミキティとあゆみが何かを話し込んでいる。
話し込んでいるというよりかは、ミキティからの一方的な質問攻めにあっているのだ。
その隣では、亀井ちゃんがどうしていいかわからずに、困惑した瞳で二人を見比べていた。
「ところで、矢口さんは今日何か用があったんですか?」
私の問いかけに思い出したように跳ね起きた矢口さんは、玄関に置きっぱなしになっていた袋をとりに行き、足早に戻ってきた。
「忘れる所だったよ、これ裕ちゃんから預かってきたやつ」
そういって取り出したのは、どこからどうみても梨華ちゃんにそっくりな虫・・もとい小人。
私達のやりとりを見ていた紺野ちゃんが割って入ってきた。
「これは、ニクシーですね」
「「にくしー?」」
「そうです。まぁ、簡単にいえば妖精です」
希少なものを見た喜びからなのか、紺野ちゃんは目を輝かせて自らが妖精と呼んだものを眺めている。
そしてそのまま饒舌に解説を始めた。
・・・ニクシーとは、もとは水の精らしい。
・・・しかし、現在は主人に仕える小人で、特別な力はないらしい。
・・・もともと、主人と認めた人と同じ容姿になることで知られ、一時期乱獲され、現在では稀少価値の高いものとされているらしい。
「紺野。また悪い癖が出てるよ」
まだまだ語り続ける紺野ちゃんを矢口さんが制した。
癖といわれ、慌てて口を手で抑えた紺野ちゃんはすぐにしゅんとなってしまった。
しかしだ、さっきの解説を聞く限りでは、この妖精の御主人様は梨華ちゃんということになる。
私の考えを見越したかのように、頷いてみせた矢口さんは中澤さんからの伝言を話し始めた。
- 537 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/29(月) 13:01
-
中澤さんからは、おそらくこの妖精が梨華ちゃんやごっちんの居場所を知るための鍵になるからうまく使えとのことだ。
今日だってお城に行ったんだから、その時に話してくれればよかったのに・・・
ふとこぼしたその言葉に、矢口さんはフォローを忘れなかった。
「それね、今日よっすぃ?が帰ってから見つけたんだよ。
武術大会の時に使ってた控え室を元の部屋に戻そうとしたら偶然見つけたんだよ。
だから、昼に来た時にはまだなかったんだ・・まぁ、あったといえばあったんだけどさ」
「そうなんですか、なんか早とちりですいません」
私が軽く頭を下げると、先程まで自由気侭に矢口さんの周りを飛んでいた妖精があゆみの方へと飛んでいった。
柴ちゃん、あなた柴ちゃんですか?
「ん‥‥いまさら何言ってるのさ、梨華ちゃ‥‥‥‥‥梨華ちゃん?」
今だ、ミキティからの質問攻めにあっていたあゆみはこちらの話を聞いてるはずもなく。
だから、飛んできた小さな梨華ちゃんに驚くのも無理はなかった。
あゆみが驚いている側では、ミキティが邪魔をするなとばかりにたたき落とそうとしている。
「矢口さん‥‥本当にあの人大丈夫ですか?」
「うーん・・・・」
先ほど思ったことを今度は口に出して聞いた。
しかし、矢口さんからハッキリとした返事が返ってくることはなく、部屋には時折ミキティの両手が合わさる音が響いていた。
- 538 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/29(月) 13:02
-
なんとか虫じゃないことを説明すると納得したのか、まじまじと妖精を見るようになった。
そして一言
「じゃあ、この妖精と同じ顔をした娘を助けに行くって事?
やり、超かわいいじゃん」
思わず頭を抱えた亀井ちゃんを除いた4人。
亀井ちゃんは何をいっているのかわからないような表情を見せ、私達がなぜ頭を抱えているのかもわかっていないように見えた。
しかし、ミキティの頭にはこれしかないのだろうか。
とりあえず、一応だが場が落ち着いたため、話ができるらしいので話しかけてみることにした。
「あの、妖精さん?」
私は、チャーミーっていいます。
御主人様が付けてくださった名前です
チャーミーという単語に私とあゆみは顔を見合わせた。
確か、小さい頃からなにかの【ごっこ遊び】をする時、梨華ちゃんはチャーミーと名乗っていたような気がする。
察するに、本当に梨華ちゃんと関係あるのであろう。
「じゃあ、チャーミー。
チャーミーはなんで梨華ちゃんに置いていかれたの?」
置いていかれた?
御主人様はここにいないんですか?
コクリと頷く私をみたチャーミーは、自らを囲んでいる何人もの人を見回すが誰もが私と同じように頷いている。
それじゃ、私は御主人様の所へと戻るだけです
「戻るって、どこにいるのかもわからないのに?」
わかりますよ、私達ニクシーは御主人様と認めた人とどれだけ離れていても居場所を知ることができるんです
その言葉に先程まで饒舌に解説していた紺野ちゃんを見た。
私の視線に気付いた彼女は頭を縦に上下させた。
「確かに文献にはそういう力があると書いてありましたけど、今は失われた力だとも書いてありました」
「そこのところはどうなの?」
- 539 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/29(月) 13:03
-
チャーミーがいっている力が本当にあるのなら、梨華ちゃんやごっちんを探すには大きな手がかりとなる。
いや、むしろ答えを手に入れたといっても過言ではない。
確かに今のニクシーはそういった力がないかもしれません
けど、こう見えて私は齢300を越えてますから、最近の若いのとは違います
「じゃあ、どこにいるかわかるんだね」
はい
300歳と言った時、驚きの声を上げた矢口さんとミキティのことは放っておこう。
それよりも、これで光が見えてきた。
正直な話、明日から出発する気ではいたのだが、なにをどうすれば二人に辿り着くのか見当もついていなかった。
ただ、あの二人が一緒にいるかどうかはさておき、どちらかの居所がわかるのは大きな前進といえる。
チャーミーにその場所まで一緒に連れていってもらうことを約束すると心良くオーケーをくれた。
おそらく、梨華ちゃんが私達二人の事をいろいろと話していてくれた御蔭だろう。
じゃないと、あゆみのことを柴ちゃんって呼ぶことはあり得ないわけだし。
「じゃ、そろそろオイラも帰るよ。
こっちもいろいろと準備があるし」
やおら立ち上がると、矢口さんはスタスタと歩き始めた。
準備という言葉に、私は戦いが始まることを思い出した。
紺野ちゃんの見解では、向こうが仕掛けてくるギリギリまで風・土の国は待つ予定だそうだが、それでも知っている人が戦場へと出ていくのは気分のいいものではない。
「矢口さん」
何も思いつかないまま、私は矢口さんの名前を呼んでいた。
「ん」と、振り返る矢口さんは、私の顔を見るといつかの笑顔を見せてくれた。
「よっすぃ〜。オイラを誰だと思ってるだい。
心配するなよ、まだまだ手のかかるバカ弟子が二人もいるんだからね。
それより、ごっつぁんと梨華ちゃんをしっかりと取り戻しておいでよ」
「‥‥はい」
「バカ弟子は余計ですけどね」
少し離れたところで聞いていたミキティは、さも他人事のように呟いた。
「あのね、ミキティ普段はあんなだけど、戦いになると違うから。
だから、多少の事は大目に見てあげてね」
私にしか聞こえない声でそう囁いた矢口さんはバイバイと残し、帰っていった。
- 540 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/29(月) 13:04
-
矢口さんが帰ってからは、あゆみと亀井ちゃんは後片付けを始めた。
ミキティもそろそろ悪いと感じたのか、あゆみの方ではなく、こちらの私と紺野ちゃんの方に座っている。
「あのさ、紺ちゃん。ミキがいない間、何があったのか詳しく教えてよ。
飯田さんのところさ、居心地はいいんだけど情報に乏しくてさ」
「そうですか、それでは・・・・・」
しばらく、紺野ちゃんの話し声だけが聞こえ、ミキティはそれに聞きいっていた。
全てを聞き終えたミキティは、ググッと伸びをした。
「石川さんを助けに行くのはわかったけどさ、その後藤さんだっけ?」
「ごっちんがどうかした?」
「そうそう、そのごっちんって人もかわいいの?」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」
やっぱりこの人、不安だ。
しきりに「ねぇねぇ」とこちらの返答を促すミキティをあえて、無視することにした。
「会えばわかりますよ。
それまでの楽しみにとっておいたらどうですか?」
「うーん、それもそっか」
紺野ちゃんがミキティを軽くあしらっていると、あゆみの方も片付けが終わったようだった。
そして今日最後のミキティの一言。
「亀井ちゃんだっけ?一緒に寝‥‥あと二年はキープか」
問いかけながら亀井ちゃんを頭からつま先で見定めて言い放った一言。
もちろん、全員が頭を抱えた。
唯一、自分の事なのに、何のことかわかっていなかった亀井ちゃんを除いて。
- 541 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/29(月) 13:05
- ____3日後
チャーミーに連れられ、初めての水の国の土地へと踏み込んでいた。
後からわかったことなのだが、辻ちゃんと加護ちゃんはこの辺りの地理に詳しいらしい。
私達が水の国に入ったのは、ミキティが来た日から2日後。
中澤さんが話していたように、状況は思わしくなく、水の国に入るのは困難かと思われた。
すでに、『風・土』対『火・水』の戦いは始まっていのた。
しかし、こうして私達が国に入ることができたのは、この辻ちゃんと加護ちゃんによる功績が大きい。
道こそ、ほとんど人が通った形跡がないような場所ばかり続くのだが、それでも他の人に気付かれないという点では好都合だった。
「ねえ、あとどれくらいなの?」
「もうちょっとのガマンです。もう少しで目的地につくから」
ミキティの問いかけた声に返ってくる加護ちゃんの返事は遥か前方。
加護ちゃん、紺野ちゃん、高橋が前の方へと続いていき、中盤ではあゆみを挟むようにミキティと亀井ちゃんが、そして私と辻ちゃんがしんがりを務める。
地理を知る加護ちゃん辻ちゃんで列を挟み、迷わないように隊列したのだ。
しかし、前の方はすでに微かに見える程度で、実質加護ちゃんが遥か前方で、辻ちゃんが中盤より後方での指揮をとっていることになる。
それよりも、問題は亀井ちゃんだ。
正直、あの娘を連れてくるのは反対だった。
高橋や辻ちゃんのように体力や力があるわけでもなく。
加護ちゃんのように魔法の力があるわけでもなく。(これは、あくまで本人談で実際にはまだ見たことはない)
紺野ちゃんは、国で軍師を勤めたほどの知力の持ち主だ。
そして、ミキティは飯田さんや矢口さんからの御墨付き。
このどれをとっても、彼女には何か特徴があるとは思えない。
あえて言うならば、普通なのだ。
故に危険なのだ。
しかし、あゆみは彼女を連れていくといい、譲らなかった。
結局は、1人にするのはもっと危険じゃないのかと、すごまれ今に至る。
- 542 名前:第6章 決断 投稿日:2004/03/29(月) 13:06
-
あゆみは、そんな亀井ちゃんを常に傍に置きながら、行動している。
亀井ちゃんも不思議とあゆみとは会話をし、他の人からの言葉には最低限の言葉と動作で気持ちを表すようにしている。
しかし、そこに割って入っていったのがミキティ。
一向に話そうとする気配を持たない亀井ちゃんに対して何度も話しかけている。
何度口を聞いてもらえなくったって、何度も自分から話しかけていた。
そして昨日の夜、ついにミキティは、亀井ちゃんがあゆみ以外と話す初めての人になったのだ。
それには、その場にいた全員が驚いた。
なんといってもあの食べ盛りたちが、食べ物を口に運ぶ手を一時的にだが止めたのだ。
それ以来、あの三人は一緒に行動するようになったのだ。
ミキティの真意はどうであれ、矢口さんのいった必要との言葉が違う形ではあるのかもしれないが、証明されることになった。
そんなことを考えつつ、進んでいると前を歩いていた人達の背が見えてきた。
「ついたでー」
追い付いた加護ちゃんの口から発せられて言葉に、辺りを見回す。
そこには、確かにお城のような建物が確認できた。
しかし、このような大きな建物に近付いていることを微塵も感じさせないような道を歩いてきた私達にとって、それは圧巻だった。
もちろん、風の国のお城を見た時もそうだったが、あの時は矢口さんが竜に乗せてくれて、上からではあるが近付いていくことに感覚があったものだ。
「チャーミー、ここであってるの?」
うん。ここに御主人様がいる
道中、常に辻ちゃんの肩にいたチャーミーは、辺りを見回すことなく、建物の一部分だけを凝視していた。
じゃ、行ってくるね
「ちょ、行くって。1人でいくの?」
もちろん。戦いが始まっているのに関係ない人を城の中に入れるわけないし。
私が行かないと誰も入れないでしょ
こちらの返事を待つこともなく、チャーミーはフワフワと飛んでいってしまった、まるで梨華ちゃんのように。
顔以外に性格も似ていくものなのだろうか・・・
とにかく、私達にできることはチャーミーが梨華ちゃんを連れてくることを待つしかなかった。
- 543 名前:しばしば 投稿日:2004/03/29(月) 13:22
- 更新終了
今回も読んでもらえばわかると思いますが・・・ねぇw
最近少しは書くのが早くなったかな〜と個人的には思っています。
ということで、がんばりますw
レスお礼
>名も無き読者さん
メル欄のお言葉、しかと心得ましたw
安倍さんの発言は、後々・・・後々に
>名無飼育さん(533)
待ってるという言葉には励まされます。
期待にそえるように頑張ります。
>名無飼育さん(534)
表まで作っていただけるとは、ありがたいです。
簡易ですが、>>544に書いておきますからそちらを参考にしてみてください。
>とこまさん
ミキティはですね、こういう人みたいですw
安倍さんの発言はですね、後々・・・後々にw
- 544 名前:簡易 投稿日:2004/03/29(月) 14:07
- 表まで作って楽しんでくれている方がいるようで
少しでも読む上で参考にしていただければと思います。
なお、人物説明は閑話のほうでぼちぼちといく予定なので、マターリお待ちください。
風の国
平家みちよ、矢口真里、斉藤瞳、松浦亜弥
平家さんに関しては>>118-127 矢口さんのことも少しわかるはずです。
松浦さんと斉藤さんはまだ名前しか出てない状態ですね。
土の国
中澤裕子、稲葉貴子、大谷雅恵、村田めぐみ、木村麻美
中澤さんに関しては>>168-179。大谷さんに関しては>>266-277。
麻美はちょこちょこでる予定です。
火の国
市井紗耶香、アヤカ、ミカ、石井リカ、小川麻琴
こちら側はまだ全然書いてませんね。
少しずつ具体的な説明が入ってくると思います。
水の国
安倍なつみ、福田明日香、保田圭、新垣里沙
ここもまだまだですね。
こちらもぼちぼちといく予定です。
L.S(初代)
中澤裕子、平家みちよ、福田明日香、市井紗耶香、石黒彩、稲葉貴子
ここに関しては>>473-483へ
L.S(現在)
吉澤ひとみ、柴田あゆみ、藤本美貴、紺野あさ美、加護亜依、辻希美、後藤真希(予定)、石川梨華(予定)、亀井絵里?
現在の形です。
闇の民族
つんく、石黒彩...and more
今出ている人は、全部書いたはずですけど・・・漢字も間違えてないよね?
最後に、特技などもあったのですが、これ書いちゃうと後々困るんで・・・って書いてることがネタバレですねw
- 545 名前:簡易 表記漏れ 投稿日:2004/03/29(月) 19:15
- すいません
安倍さんと高橋さんが抜けてましたね
L.S(初代)
中澤裕子、平家みちよ、安倍なつみ、福田明日香、市井紗耶香、石黒彩、稲葉貴子
L.S(現在) 吉澤ひとみ、柴田あゆみ、藤本美貴、紺野あさ美、加護亜依、辻希美、高橋愛、後藤真希(予定)、石川梨華(予定)、亀井絵里?
今度こそ大丈夫かと‥‥
見苦しくてすいません
_| ̄|〇
- 546 名前:とこま 投稿日:2004/03/30(火) 21:18
- 更新お疲れ様です。
やっぱりミキティは変ですw
次回も楽しみに待ってます。
- 547 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/02(金) 11:07
- 更新&簡易説明お疲れ様です。
最近小説を読んでて気付いたこと、
ミキティは変人役にされやすいw
最近更新ペースが上がったみたいで読者としては嬉しい限りです。ww
次回も楽しみにしてます。
- 548 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:28
- * * * *
ごっちんが市井さんの所に行ってしまってから、数日がたった。
私は、あれから部屋の中に閉じ込められたままだ。
なんの思惑があってのことかわからないが、とにかく言われるがままに部屋の中に居続けている。
それでも1日のうちに何度かは、誰か私が知っている人が顔を見せてくれる。
保田さんは私の所で毎日の中で溜まっていく鬱憤をはらしていくし、
安倍さんは今の私の現状に不満がないかを必ず聞いてくれるし、
新垣にいたっては、最初の印象とは打って変わり、急激にその距離を縮めつつあった。
事実、彼女が一番頻繁に訪れてきてくれており、良き話し相手にもなってくれていた。
そして、福田さん。
この人はどうしても苦手なのだが、それでも一度だけ会いに来てくれて、一言だけ残し、彼女は戦場へと出ていった。
「少しの間の辛抱だから」
この言葉がどのような思いで発せられたのかはわからなかった。
この戦いがすぐに終わることを意味するのだろうか。
それとも、彼女がここから出してくれると言うのだろうか。
しかし、それは無理というものだ。
彼女は今頃、戦場の戦闘で剣を振るっているからだ。
これは、保田さんに聞いた話だから間違いないだろう。
そんな保田さんも昨日、戦場へと向かっていった。
- 549 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:29
-
部屋には何もなく、ただ一つ窓があるだけだ。
最近の楽しみといえば、そこから見えてくる風景を眺めていることぐらいだ。
しかし、ご丁寧にかけてある鉄格子のせいで、その風景もどこか霞んでいる。
いつものように動かぬ景色をただボー然と眺めていると、なにか小さな生き物がこちらに向かって飛んでくるのがわかった。
「チャーミー!」
もう、置いてくなんてひどいよ
「ごめんね、急だったから部屋に戻ることができなかったんだよ。
それより、どうやってここまで来たの?」
柴ちゃんとひとみちゃんたちと一緒に来たんだ
「ホントに?二人はどこにいるの」
チャーミーの返事を待たずに私は、窓にかぶりついた。
しかし、どこを見渡しても二人の姿を確認することはできなかった。
二人はここにはいないよ。でも、城の近くにはいるよ
「なんで、直接来てくれないのさ?」
それはいっしょに来た娘に聞いたんだけど、いろいろあるみたいよ
しばらく私はチャーミーが話してくれることに聞きいった。
概ね、私が考えていたことと変わりなかった。
「なるほどね。
それで、ひとみちゃんたちはどこにいるの?」
チャーミーが指さす方角には、目立つようなものは何もなく、ただ森が見えるだけだった。
- 550 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:29
-
「うーん、どうしよっか。
わたしだった、この辺に詳しいわけじゃないからさ。
それにここから出る方法だって考え付かないし・・・」
「連れてきなよ」
二人だけだったはずの部屋に響いたもう一つの声。
扉越しに聞こえてきたその声は、間違いなくあの人のもの。
私が、扉の方を見ると、やはりそこには安倍さんの姿があった。
「チャーミーっていったよね。
門番には話を通しておくから、外にいる人達を連れてきて」
その安倍さんの言葉に、そそくさと部屋を出ていってしまったチャーミー。
「どう、変わりない?」
チャーミーを見送った安倍さんは、手早く近くにいた人を呼び出すと門番への伝言を言付けていた。
そして先程の話には、ふれようとせずに、いつもの調子で話をはじめた。
そのことに多少の違和感を覚えながらも、向こうに合わせるように返事をした。
「そっか」
「あの、それより保田さんたちはどうなんですか?」
「そうだね、なっちも心配だよ。
圭ちゃんにガキさん、それに福ちゃん。
みんな、みんなちゃんと帰ってきてほしいよ。
今回ばかりは、今までと違って、紗耶香はケリをつけるつもりだから」
「・・・・安倍さん」
その言葉と同じくしてみせた安倍さんの表情はとても寂しいものだった。
「・・・なっちもね、この戦いの意味なんてわからないんだ。
紗耶香が先に指揮とって、やったことなんだけど。
どこか私の思いは反映されていない所で物事が進んでる気がするんだ。
紗耶香はしょうがなく戦いに踏み切ったような言い方してたんだけど、それもなんかね・・」
最後の部分はやや言葉を濁した感じになった。
- 551 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:29
-
あの時、新垣に連れられて安倍さんと市井さんに会いにいった時の口論を私は思い出していた。
二人の姿を確認する前に聞こえてきた声は間違いなく、安倍さんと市井さんのものだった。
そして今、安倍さんが話した内容を照らし合わせると、どう考えても市井さんが戦いをけしかけたことになる。
しかし、同盟を結んだ火と水の国の将軍だった安倍さんと市井さんに地位の違いというものは存在するのだろうか。
「安倍さんには何も相談がなかったんですか?」
伏し目がちに「うん」と頷く安倍さんは、少し考えた後、いつもの笑顔に戻った。
「ごめんね、梨華ちゃんにこんなこといっても何も変わらないことはわかってるんだけどさ。
なんかさ、梨華ちゃん見てたら言いたくなっちゃったんだよね」
「いいですよ、石川でいいならいつでも愚痴聞きますよ。
それに保田さんので慣れてますから」
そう言って笑ってみせた私と同じように、笑顔を見せてくれる安倍さん。
不意に扉を叩く音が響いた。
扉を開き、現われたのは先程、伝言を受けていた兵士。
「お着きになりました。
いま、将軍の間でお待ちになっています」
わかった、と告げられた兵士はすぐに後ろへと下がっていった。
「ほら、行くよ、梨華ちゃん」
「・・・・・はい」
- 552 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:30
- * * * *
上空から散り散りに戦いをはじめている部下の様子を確認しながら、目的の人物を探す。
今のところ、戦況は五分五分といったところか。
しかし、あちらさんも同盟を果たしたらしいが、どうにも両国が協力していこうとする力が薄いような気がする。
火の国の兵の士気が高いのに対して、水の国の兵の士気は大して高くない。
どこか水の国の兵が火の国の兵になってしまったような気さえする。
上空からみる感じではそんなところだ。
しかし、あいつはそんな士気とは関係ないはずだ。
見つけた。
空からでもハッキリとわかる。
周りにいる兵を一振りで一掃してみせている。
そのどれもが一撃での致命傷を可能にしている。
これ以上、兵達をやらせるわけにはいかない。
シゲルの首をポンポンと叩き、オイラは地面へと降り立った。
- 553 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:30
-
何度目かに振られた剣を槍で捌いた。
私を確認した彼女の口元が一瞬弛んだ。
視線を外すことなく、後ろに位置した兵達に命令をくだす。
「ここはいいから、前に進め」
その声に後ろにいた兵達が動き出す。
それに続くようにこちらの兵達も動き始めた。
オイラは、あいつと向かい合ったまま全ての兵がいなくなるのを待ち続けた。
もちろん、向こうもいなくなるものを追い掛けるようなことはしない。
先程まで構えていた剣を地面へと突き刺し、手持ち無沙汰で立っている。
それでも数分で辺りを取り巻いていた者達は、いなくなった。
「いっぱしの団長になったんだね、矢口」
「オイラも明日香に舐められっぱなしじゃ、下の者に示しがつかないからね」
「口は相変わらずか。金狼君はどうした?」
「大谷は、圭ちゃんとやってたよ。上から見たから間違いない」
「じゃ、邪魔者はこないってことか」
「そうだよ、今日こそ勝たせてもらうよ」
挨拶もそこそこに槍を構えた。
明日香は地面に刺してあった剣を抜くと、右手で持ちそれを左手でなぞった。
向こうは最初から本気だ。
なぞられたところから順に刃が赤色に変色していく。
大陸でただ1人、自分の力だけで魔法剣を造りだせる人物。
先端まで色が変わると剣を両手で握り、構えた。
- 554 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:31
-
次の瞬間、目の前から明日香の姿が消えた。
一気に間合いを詰め、肩口から斬り付けてくる剣を槍でなんとか捌く。
素早く槍を持ち変えると明日香目掛けて何度か突きを放った。
しかし、素早く横へと避けた明日香は剣を真上に構えていた。
やばいと思った瞬間、剣の先から火球が放たれていた。
避けるのではなく、迫ってくる火球を槍で一閃。
しかし、次々と迫ってくる無数の火球たち。
(くっ、前は縦の振り下しの時しかでなかったじゃんかよ)
見ると、無造作に振る剣先から火球が放たれてくる。
いちいち迫ってくる火球を避け、時に捌きつつその場を凌ぐ。
これでは、こちらから攻める機会すら掴むことができない。
いちかばちか、槍を捨て、刀に手をかけた。
明日香はオイラが槍を捨てるのを見て、一瞬手を止めた。
それを見逃さず、抜刀一閃。
真横に抜いた刀から発せられた衝撃波が明日香の剣を吹き飛ばした。
しかし、防御を捨て、放った攻撃。
迫ってきていた火球の一つが左足を掠めていき、足が悲鳴をあげる。
おそらく、やけどをしているだろう。
その程度がどんなものなのかはわからない。
ただ、明日香の驚いた表情を見たオイラは、そんなことを気にも止めていないように振る舞った。
今まで何度も剣を交えてきてはいるが、戦いの最中に驚きを見せたのはこれが始めてだ。
つまり、新しい扉を開いたことになる。
しかし、それだけで終わるつもりはない。
できるだけ、早いうちに決着をつけなければならない。
向こうとは違い、こちらは制限されているのだから。
- 555 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:31
-
もう一振り、真横に放った衝撃波を明日香はきれいにバク宙でかわすと、先ほど吹き飛ばした剣を掴み、こちらを向き直った。
「なかなか面白い武器を使うじゃん。
形的には私のと似てるけど、性質はちょっと違うね。
抜刀で出たってことは鞘になにかカラクリがあるってとこか。
それで、自分の力を使ってないということは、時間的な制限か、撃てる数に限りがあるか、どっちか。
さっき無駄に放ったことを考えれば、おそらく前者だね」
すらすらと出てくる言葉に思わず攻撃する手を休めてしまった。
先程まで驚いた表情を見せていたくせに、こちらの性質から弱点まできっちりと分析が終わっている。
さらに質が悪いことに言っていることは概ね正解だ。
たった二度見ただけで、全てに近いまでのモノを掴んでしまう。
まだ、さっき見えた扉は入り口に近いようだ。
それでも、この刀のおかげで同じ土俵に立つことはできた。
あとは、無理矢理にでも出口に近付いてみせる。
間髪入れずに間を埋め、刃を交える。
つば迫り合いが続く中、明日香の口は滑らかだった。
「剣術は金狼君にでも習った?」
「どうだっていいでしょ」
- 556 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:32
-
無理矢理力で押しきり、一気に首を狙い、至近距離から斬り付ける。
しかし、簡単に弾かれると、お返しとばかりに下から掬い上げるように斬撃が飛んでくる。
それを衝撃波でやり過ごすと、それが消えないうちに相手の懐へと踏み込む。
そして再び交わる刃。
「金狼君よりかは、みっちゃんの型に近いね。
そっか、みっちゃんにいろいろ教えてもらってたんだったね」
「・・・今日はやけにおしゃべりじゃない」
そう言ってせっかく詰めた間合いを取り直すことにした。
元の位置に戻ったオイラを見て、明日香はどこかうれしそうに呟いた。
「教えてあげる、少し気分がいいんだよ。
まさか、矢口がここまでできるようになってるとは思わなかったからね。
久しぶりに本気が出せるから嬉しくてね」
その言葉の後に発せられた剣気は凄まじいものだった。
立っているのが嫌になるくらい。
面と向かっているのが嫌になるくらい。
それくらい今までの迫力とはケタが違った。
知らず知らずのうちに後ずさりをはじめていたオイラの足は、決して前には進まなかった。
どの使い手にも自分の間合いというものがある。
そこに入れば、完璧に相手を仕留めることができるという自信のある距離が。
先程からの剣気は、明日香の間合いが広がっているような感覚を生み出していた。
・・・いや、実際に広がっている。
本能的な部分で、そこにいては危険だという信号が体を動かしている。
- 557 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:32
-
不意に明日香の姿が消えた。
目では、追うことはできない。
最初の方の動きでさえ、目で追うのがやっとだったのに。
これ以上は、自分の感覚を信じるしかない。
斬り付けられる時に生まれる一瞬の殺気を感じ取り、咄嗟に刀を出した。
そこに、引き寄せられるように表れる剣。
一瞬の衝撃を残し、姿はまた消えた。
何度も繰り出される見えない攻撃にギリギリの所で受け止める動きが何度か続いた。
余裕のない攻防が続く中で、正面から向かってくる明日香の姿が見えた。
(あれは・・・)
切り掛かってくる相手を待つのではなく、衝撃波で一閃する。
すると、避けることをしなかった相手は、水へと姿を変えた。
(やっぱり水分身か)
間髪入れずに、本体の攻撃が迫ってくる。
これ以上、無駄に数を使うわけにはいかない。
明日香は時間的な制限があると信じているみたいだったが、
実際の所、この刀が生み出す衝撃波は数に限りがある。
しかし、時間的な制限もあることはある。
鞘から抜いた状態が長くなるにつれ、その威力は徐々にだが弱まっていく。
それでも、今までの時間経過なら問題はない。
迫り繰る攻撃を紙一重で受け止めながら、少しずつ場所を移動していく。
近くにあった大木を背に受け、少しでも注意を払う角度を無くす。
- 558 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/06(火) 12:34
-
次の瞬間。
三方向から迫ってくるのがわかった。
そのどれかに本物も混ざっているはず。
できるだけ引き付けてから、衝撃波で一閃する。
しかし、三体が三体とも水へと姿を変えた。
「残念だったね」
声がしたのは、頭の上から。
いつの間にか木の上に移動していた明日香は、水分身を作ることで攻撃後の隙を狙っていたのだ。
落下と共に振り下ろされる剣に対抗するように、振り終わったばかりの刀を上へと向ける。
峰を持ち、なんとか攻撃を押し返す。
しかし、明日香は着地と共に再びこちらへと剣を向ける。
迫り繰る剣に覚悟を決め、こちらも迎え撃つ。
剣と刀が交差するその刹那。
一瞬、なにかに当たった感触を残し、オイラの刀は綺麗に振り抜けた。
急いで相手を確認すると、驚愕の表情で自らが握る剣を見ている。
その剣は真ん中から上がなくなっていた。
つまり、先程の交差の瞬間、圧倒的不利であったはずのオイラの攻撃が明日香の剣を折ったことになる。
しかし、驚愕の表情を見せていた本人は、さも他人事であるかのごとく笑い出した。
「いいよ、いいよ。
まさかここまでとはね。
久しぶりにアレを使っても大丈夫な奴に巡り合えた」
そう言うと明日香は、折れた剣を左手に持ち替え、今度は右手でなぞり始めた。
右手から発せられる気のようなものが、みるみるうちに新しい刃を造り出している。
折れた部分は赤いオーラ状の刃がその形を作り、それは根元の方にまで進み、最後は赤いオーラをまとった剣が出来上がった。
「これを使うのは久しぶりだよ。
ここまでくると加減できないから気を付けてね」
その楽し気な声とは裏腹に、背筋が凍りつくような感覚に陥った。
- 559 名前:しばしば 投稿日:2004/04/06(火) 12:44
- 更新終了
ちょっと視点がころころ変わって読みにくいと思いますけど、
お付き合いください。
戦闘シーンを久しぶりに書いたんですけど、やっぱり力量不足ですね。
精進します。
レスお礼
>とこまさん
ミキティはですね、変なんですw
今回字が多いですけど、ご容赦のほどを
>名も無き読者さん
そんなに変ですかね?
まぁ、自分で他の方の作品を見ても思うことがありますけど・・・
やっぱ変かw
遅ればせながら、作品のほうも少しですが拝見いたしました。
まだ、時間がなくて更新に追いつけてないですけど、いい刺激になりそうです。
これからも、頑張っていきましょう。
- 560 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/06(火) 14:43
- 更新お疲れ様です。
久々の戦闘シーン、ナイスです。
変人役にされやすいというか、リアルのミキティも結構変なんですねきっとw
いやまぁミキティに限ったことじゃないですが。。。
次回も楽しみにしてます。
- 561 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/13(火) 15:59
- 迫り来る、まさにその瞬間。
オイラの背後から聞こえてきた声に明日香は振りかざした剣を止めた。
「ストップストップ。
なに物騒なもの出してるのよ、明日香」
それは、どこかで聞いたことのある声だった。
「何しに来たのさ、圭ちゃん」
(圭ちゃん?こんなにピンチな時にまた厄介なのが来たよ。
大谷は何やってるんだよ)
声はするものの、いま明日香から目を話すわけにはいかない。
まずは、この剣を何とかしなくてはならない。
そんなことを考えながらも、圭ちゃんの声に耳を澄ませる。
「お取り込み中の所悪いんだけどさ、なっちからの呼び出し状」
「なんで、圭ちゃんがそんなもの持ってくるのさ?」
「そんなことはいいから、さっさと読みなさいよ。
なんか急用みたいだったし」
その言葉に簡単にオイラの目の前を通り過ぎていく明日香。
手にしていた剣は、すでに光を失っており、ただの折れた剣に戻っていた。
それを確認したオイラは刀を鞘に戻し、声のしていた方を振り返った。
明日香は圭ちゃんから受け取った紙を読み終わると、剣を鞘に戻し、圭ちゃんに何やら言葉を残し、こちらを向き直った。
徐々に近付いてくるその姿に、先程抱いた危機感は感じなかった。
「今日は楽しかったよ。
近いうちにもう一度、顔合わせる時があると思うけど、それまでにもっと腕を上げな。
じゃなきゃ・・・・・・・・・・・・・死ぬよ」
「ちょ、どこ行くんだよ。勝負はまだじゃんかよ」
それ違い様に、言い残していった明日香はオイラの声も聞かずにすぐに見えなくなった。
内心でどこかホッとしている自分も存在していた。
それでも追い掛けることを考えたが、この場にはもう1人、背を向けることはできない相手が残っていた。
- 562 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/13(火) 16:00
-
「いいの、明日香追い掛けなくて?」
「あいにくもう1人、素敵な恋人がいるんでね」
「二股は良くないな」
オイラの言葉に軽く笑みを見せた圭ちゃんは、背負っている斧を取り出した。
しかし、すぐには始めずに少し話を長引かせることにした。
「大谷はどーしたのよ?」
「あぁ、置いてきた・・・というより置いていかれた。
なんかへんてこりんな敵を見たら、急に走ってどっかいっちゃったんだよ」
「へんてこりんってなによ?」
「なんか変なしゃべり方の奴だった」
たぶん、圭ちゃんが言っているのはあの闇の民族のやつのことだろう。
ということは、やはりこの戦いに何かしらの形で闇が関わってきていることになる。
裕ちゃんが言っていたように、これは今までの争いとは、少し色が違うようだ。
「ほら、ちょうどあんな恰好した奴だったよ」
そう言って圭ちゃんの指さした方角には、確かにあの時見た奴と一緒のやつが立っていた。
(やっぱり、関係してるってことか・・・・・)
「危ない!!」
ただ楽観していた圭ちゃんに向けて、一切の殺気を込めず、自然の流れの中で放たれた火球を見たオイラは刀を抜き、衝撃波でそれをやり過ごした。
突然のやりとりに圭ちゃんはただ目をしばたかせることしかできていなかった。
そして奴はこちらに標的を定め、目の前に颯爽と現われた。
「これはこれは、またあなたですか。」
「こっちだって、会いたくて会ってるんじゃないよ。
まとわり付かないでほしいね」
「おや、つれないですね。
せっかく出会えたというのに」
いつか見た時と同じ恰好をした奴は、いかにも会ったことがあるようなことを口にしていた。
- 563 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/13(火) 16:03
-
「あんたさ、中身は違う人じゃないの?
オイラが会ったことある奴は、一回捕まったはずだけど」
「こちらにもいろいろあるんですよ。
ただ、私はあなたに会ったことがあるということだけいっておきましょうか」
こちらの問に答えてはいるが、重要なところはしゃべらないといったところか。
「ちょっと、知り合いなの?」
圭ちゃんはいつの間にか、オイラのすぐ傍まで移動してきていた。
「そんなわけないじゃない。知ってる奴が攻撃してくる?
普通に考えればわかるじゃん。
あいつは、闇の民族の奴だよ」
「それもそっか」と、改めて、斧を構え直すと戦闘準備完了。
あちらさんもそれはわかったようで、さっきまでとは雰囲気が変わった。
斬り掛かってくる攻撃を避け、挨拶代わりの一発。
しかし、オイラの目の前にいたのは残像の方で、衝撃波が通り過ぎた後に、姿が歪み、まっさらの空間に戻った。
「道具に頼り過ぎですね」
しまった、と思った時はすでに遅かった。
背後に回られ、隙だらけのオイラに迫る剣。
斬り付けられる瞬間、わずかな隙間に入り込んだ恋人。
「ちょっと、矢口。甘いんじゃない」
「圭ちゃん」
ゴリ押しで割り込んだ圭ちゃんは、その腕力で敵を突き放した。
「あなたもなかなかやるようですね。
しかし、小さい方は面白い武器を持ってますね。
まぁ、魔法剣を道具に頼って作り上げたというところですか。
それでも、オリジナルには負けますね」
そう口にした奴は、先ほど明日香が見せたように左手で自らの持つ剣をなぞり始めた。
すると、見る見るうちに赤い刃を持つ剣が出来上がった。
(おいおい、魔法剣の使い手は明日香だけじゃないのかよ)
- 564 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/13(火) 16:05
-
「ちょっと、矢口。
アレがどういうことかわかる?」
「認めたくはないけど、明日香と同じだと思うよ。
それにオイラは直接見てないけど、L.Sのコピーが出回ってるらしいからね。
たぶん、あいつは明日香の型だと思う」
「ふーん。ちょうどいいね、こっちは鬱憤が溜まってるんでね。
コピーだかなんだか知らないけど、相手にとって不足はなし。
矢口、とりあえず一時休戦よ」
こちらの返事を待たずに、相手へと向かっていった圭ちゃんは叫びながら敵へと斬り掛かった。
見た目には随分と重そうに見える斧を片手で振り回し、相手に攻撃させる隙すら与えていない。
しかし、そこは大陸最強の名を持つコピー。
綺麗に身を翻すと黒球を放つ。
避ける気配を見せない圭ちゃんを支援するようにオイラは衝撃波を放った。
それが相殺されるのすらも確認せずに、相手へと突進していく圭ちゃんは、止まることを知らなかった。
オイラも何度かやり合ったことはあるが、圭ちゃんのこういう所はどうにもやりにくい。
それを本人が意図的にやっているのかどうかは、わからないが。
そんなことを考えている間にも、敵は圭ちゃんの攻撃を避けながら、こちらに向けて黒球を放ってくる。
(まったく、騎士団長二人を相手にしながら、ほとんど隙は無しか)
と思いつつも、実際は九割型、圭ちゃんに頼っている。
オイラは放たれる黒球を衝撃波でやり過ごしているだけだった。
しばらく単調なやりとりが続き、ようやく圭ちゃんがこちらに戻ってきた。
- 565 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/13(火) 16:07
- 「あんた、足どうしたの?」
「・・・ばれてた?」
「当たり前でしょ、いつもなら私よりも先に突っ込んでいくくせに」
圭ちゃんの言う通り、いままで騙しながらやってきたが足がいうことをきかなくなってきている。
明日香との戦いの序盤で負った傷は想像していたよりも深いものだったらしい。
この痛みさえなければ、無闇に話をすることもないし、敵に背中をとられるようなこともなかったはずだ。
「どれくらいなら持ちそう?」
「あと数分ぐらいじゃないかな、それ以上はオイラにもわかんない」
「それだけあれば、充分よ」
簡単にいってくれる。
相手はコピーとはいえ、最強の騎士だ。
しかし、そんなことは微塵も感じさせずに、圭ちゃんは再び走り出した。
今度はそれに続くようにオイラも走りはじめた。
左右から挟み、少しでも逃げる範囲を限定していく。
敵はまったく動じる様子を見せずに、オイラの方へと照準を合わせた。
もちろん、オイラの動きが悪いことをわかっての事だ。
弱い方から片付けて、一対一に持ち込もうとする戦法。
(舐められたもんだね)
相手の攻撃を刀で受けると、すぐさま後ろからの攻撃に備えて、距離をとる敵。
しかし、圭ちゃんが攻撃するよりも早くオイラは衝撃波を放ち、守りの体勢に入るのを防いだ。
そこに、待ってましたとばかりに圭ちゃんが斬り付ける。
オイラの衝撃波を防ぐために黒球を放った敵は、避けるひまもなく圭ちゃんの斧を剣で受け止める。
そこまでは、誰もが考える対処法だ。
何も間違ってはいない。
しかし、敵さんが唯一計算していなかったこと。
それは圭ちゃんの力だ。
いくら斧といっても、その力を計り知ることぐらいはできるだろう。
しかし、圭ちゃんは特別なのだ。
オイラだって、あの攻撃を受け止める勇気なんてない。
- 566 名前:第6章 決断 投稿日:2004/04/13(火) 16:07
-
目論見通り、圭ちゃんの攻撃は剣を破壊し、そのまま敵に深手を与えた。
「そんな・・・ばかな・・・・こんな奴がまだいた・・とは」
息も絶え絶えにまだ口を開く敵は、なんとかこの場から逃げ出そうとしていた。
それを許さず、オイラは衝撃波を放つと敵はまったく動かなくなった。
「魔法剣のオリジナルつったって、あんただってコピーじゃんかよ」
絶命したのを確認すると我慢していた足の痛みが激痛をもたらした。
その場に立つことも叶わず、刀を地面に刺し、自らも座り込んだ。
「せっかく邪魔者もいなくなったのに、あんたがそれじゃ勝負はお預けだね」
「いいの、止め刺さなくて。
こんな機会はそうそうないよ」
この時、すでにオイラの刀は刃をなくしていた。
おまけに足も役に立たない。
まさにまな板の上の鯉。
それでも圭ちゃんがオイラを攻撃することはなかった。
「止めなんてささないわよ。
それに今日だって決着つける気できたわけじゃないし。
たぶん、これからあんたと本気で戦うような事はないわよ、たぶん」
「なんでそんなこといえるのさ?」
「さっき、明日香に見せた書状なんだけどね・・・・」
- 567 名前:しばしば 投稿日:2004/04/13(火) 16:12
- 更新終了
前回中途半端に切っちゃって申し訳なかったです。
一応、この人の目線は今回で終わり
この章はもう少しで、終了予定でして、
あと三回ほどの更新で終わればな〜と考えてます。
レスお礼
>名も無き読者さん
毎回ありがとうございます。
今回更新分もやや分かりにくいとは思いますけど、楽しめてもらえたら幸いです。
- 568 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/15(木) 16:57
- 更新乙彼サマです。
ん〜、中身が気になりますねぇ。。。
それにしてもお強いですなぁ、皆さんw
ただ敵さんも一筋縄ではいかないご様子・・・。
続きも楽しみにしています。
- 569 名前:とこま 投稿日:2004/04/17(土) 23:13
- 更新お疲れ様です(遅っ!
皆さん強すぎですw
付いていけません(T_T)
続きも楽しみに待ってます。
- 570 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/06(木) 16:07
- * * * * *
戻ってきたチャーミーに連れられて通された将軍の間。
私達は、言われるがまま、この場所で待ち続けている。
隣ではしびれを切らした加護さんや辻さんが何かを話し始めていた。
それにつられるように、藤本さんも亀井ちゃんと話をはじめた。
チャーミーまでもが今か今かと辺りを飛び回っている。
吉澤さんと柴田さんはそれらをなだめるのではなく、ただ黙って目の前のドアが開くのを待っている。
いつの間にか、加護さんと辻さんに愛ちゃんまで加わり、徐々に大きな声が部屋に響き始めていた。
突然、それをかき消すように大きな音をたて、ドアが開かれた。
反射的に話すことを止めたそれぞれの面々は、背筋をピシッと伸ばし、いかにもこの時を待ちわびていたかのような表情を咄嗟に作っていた。
扉の奥から現われたのは、石川さんと水の国の将軍。
「ひとみちゃん、柴ちゃん。ありがとう」
そう言って、石川さんは吉澤さんと柴田さんの所へと駆け寄った。
将軍さんはそれを止めるでもなく、ただ見守っている。
「なんで連れていったのに、返す気になったんですか?」
私は知らず知らずのうちに口を開いていた。
周囲の目が一斉に私に向けられるのがわかった。
その問に驚くこともなく、ただゆっくりと将軍さんは話をはじめた。
「最初考えていたのとは、状況が変わったんだよ。それだけ。
それより、あなたは風の軍師だったはずじゃなかった?
確か名前は……紺野とか言ったような」
「そうです、よく御存じですね」
「うちだって、敵国の状況ぐらいはちゃんとわかるよ」
敵国という言葉に部屋中に緊張が走るのがわかった。
確かに、石川さんと会うことはできたが、帰れるという保証はどこにもない。
いざとなれば、力押しで出るという手段もあるにはある。
しかし、目の前にいるのは初代L.Sメンバーの安倍なつみ。
まごうことなき伝説の戦士だ。
そんな人を相手に力押しなど、いくら数がいるからといっても簡単にいく保証はどこにもない。
- 571 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/06(木) 16:08
- 「心配しなくても、梨華ちゃんはそっちに返すよ。
もちろん、あなた達の無事も保証するから」
こちらの考えを見透かすように、将軍さんは言葉を続けていた。
「ただ、一つ教えてもらいたいことがあるの」
「……なんですか?」
みなを代表するように吉澤さんが一歩前に出た。
「あなた達は、一体何なの?」
場に訪れた一瞬の静寂の後、渋るような表情を見せていた吉澤さんが口を開いた。
「正直に言うとですね、L.Sです。第二期の」
L.Sという言葉に将軍さんの表情は、少し険しいものへと変わった。
「その言葉を使う意味わかっていってるの?
もし、わかってないなら、簡単に名乗るべきじゃない」
「違います。これは……」
突如、厳しい口調になった将軍さんを相手に吉澤さんは、これまでの成り行きをゆっくりと話し始めた。
ところどころで、私も言葉を付け加えながら、なんとか説明し終えた。
「いや、ごめんごめん。
何もなしでL.Sの名前を使ってるのかと思ってさ。
そっか、裕ちゃんの思いつきか・・・」
柔らかな表情に戻った将軍さんは、一通りみんなの顔を見渡し、吉澤さんと私に別室に来るようにと告げ、部屋を出ていった。
「どうするの?」
ピシッと張っていた背筋を伸ばしながら、藤本さんが口を開いた。
「ひとみちゃん、この人誰?
それにL.Sってなに?」
藤本さんの事ならいざ知らず、先程の話しをまったく理解していなかった、石川さんにもう一度始めからL.Sの話しを始める吉澤さん。
先ほどと寸分違わぬ説明を聞き終えた石川さんは、飛び上がり喜びだした。
「ということは、正義の味方って事だよね。
かっこいいじゃん、やるよ私」
どこをどう解釈したのか正義の味方という答えをはじき出した石川さんは、部屋を飛び続けていたチャーミーと戯れるように踊りだした。
それを見ていたみんな・・・特に実物の石川さんと会うのを楽しみにしていた藤本さんまでもが、呆れた目でその姿を見ていた。
- 572 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/06(木) 16:08
-
しばらくして石川さんの喜びの舞が終了すると、忘れかけていた藤本さんの問いかけに話しが戻った。
「とりあえず、私と紺野ちゃんは、あの人の所に行ってみるよ。
一応、どこの国にも属さないことになってるし、それにごっちんの事もあるし」
各自頷く中、部屋に1人の兵士が入ってきた。
「失礼します。
さきほど、将軍様に呼ばれた方はこちらへ。
後の方は、こちらでお待ちいただくように、とのことです」
言われるがまま、私と吉澤さんは、兵士の後につき、部屋を後にした。
連れられて歩く、水のお城の中は別段、風や土のお城と違いがあるわけでもなく、同じような造りをしていた。
その中をどんどん上の階層へと上っていくと、一つの部屋で行き止まった。
扉を開いてもらい、中に入るとそこには先程の将軍さんが1人で待っていた。
「ごめんね、場所変えたりして。
あそこで話しても良かったんだけど、少し考える時間が欲しくて」
そう言った後に、椅子に腰掛けるようにと促され、私達は並んで座ることにした。
「私はね、知ってると思うけど、水の国の将軍で安倍なつみ。
昔L.Sにもいたわ」
「吉澤ひとみです。一応リーダーやってます」
「紺野あさ美です」
何気なく自己紹介が終わると、まずはこちら側が聞きたいことから質問していく。
「単刀直入に言います。
ごっちん……後藤真希はどこにいるんですか?」
「あぁ、ごっつぁんはここにはいないよ。
今は、紗耶香の・・・火の国にいるよ」
「そうですか。
それじゃ、なんで梨華ちゃんをすんなりと返してくれたんですか?」
この質問に、安倍さんは少し、考えながら、そしてゆっくりと口を開いた。
「うちはね、戦う気はないんだ。決めたんだ。
紺野っていったよね、これが、何を意味するかわかるでしょ?
元風の国の軍師って事は、みっちゃんや裕ちゃんにも取次ぎやすいはずだよね」
そう言って、手渡された書状に書かれた文字は休戦と同盟の文字が。
それは確かに聞き直すまでもなかった。
- 573 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/06(木) 16:09
-
【我が水の国は、火の国との同盟を破棄し、風・土の国との新たな同盟を望む
ついては、この戦いにより、一時退却し、三国協力の上で新たな敵に挑みたく思う】
最後に、安倍なつみと記されていた。
「本気ですか?」
「うん、いろいろ考えた結果だよ。
だから、一刻も早くこれを届けて欲しいんだ」
「わかりました。
で、安倍さんはこれからどうする気ですか?」
私は書状をしまい、吉澤さんの問いかけに対する安倍さんの答えを待った。
「今から、紗耶香の所に行ってくる」
「それは危険です。
私達が安倍さんに会っていることは、あちら側にもすでに知れているはずですから」
「わかってるよ、それでも・・・行かなきゃいけないんだよ」
こちら側から何を言っても安倍さんの決意はちょっとやそっとじゃ揺らぐようなものではなかった。
しばらくの沈黙の後、吉澤さんが口を開いた。
「わかりました。では、私達も一緒にいきます」
その言葉を聞き終わるのと同時くらいに私は、横に座っていた吉澤さんの方を見た。
そこには、先程の安倍さん同様に揺るぎない決意を秘めた目をした吉澤さんがいた。
私と同じように吉澤さんを見ていた安倍さんは、先程の自分の姿と重なったのかがわかったのか、すでに仕方がないという表情に変わっていた。
「・・・わかった。ただし、全員は無理。
そうだな、・・・・三人、三人だけならいいよ」
「わかりました。選抜してくるので、少し時間を下さい。
いくよ、紺野」
突然私の手を引き、立ち上がった吉澤さんは引きずるように私をドアの外へと連れ出した。
「ちょっと、吉澤さん。どうしたんですか?」
何かが違うのはすぐにわかった。
いつも優しい吉澤さんが、荒れている。
それは、私を呼び捨てで呼んだことからも明確だ。
- 574 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/06(木) 16:10
-
みんなの所に戻るまでの階段で立ち止まった吉澤さんは、途中の壁を殴りつけた。
「あの人は、死ぬ気なんだ。
でも、絶対に死なすわけにはいかない。梨華ちゃんのこともあるし……」
「吉澤さん……わかりました。できるだけ急ぎましょう」
返事を待たず、急いで階下へと向かった。
飛び込むように戻ってきた私達を見たみんなは、ただ急に開かれた扉に、一斉にこちらへと視線を向けていた。
「ど、どうかした?」
みなが驚く表情を見せる中、柴田さんが代表するように口を開いた。
「理由は後から紺野に聞いて。
それより今からごっちんを助けに行くから…………加護ちゃん、行くよね?」
「もちろん、うち・・私が行かないで誰が行きますか」
「よし………あとはミキティ、一緒にきてくれない?」
「いいよ」
一番渋ると考えていた人は、いとも容易く申し出を受け取った。
これで三人。
後の人は、中澤さんの所へと急ぎ戻り、今の戦闘を止める約束になっている。
「じゃ、私と加護ちゃん、ミキティは安倍さんと火の国に向かうから。
あゆみ、本当は私もみんなで一緒に戻りたいんだけど……梨華ちゃんとみんなをお願いね」
「うん、まかせといて。
今は、ごっちんの所に早くいってあげて。
あと、気を付けて」
そう言って出された柴田さんの手をしっかりと握った吉澤さん。
- 575 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/06(木) 16:12
-
そう言って出された柴田さんの手をしっかりと握った吉澤さん。
ほんの少しの時間、二人の様子を見ていた私達の中で藤本さんが一歩ふみだし、その手に重ねるように自分の手を置いた。
そして、それを見ていた亀井ちゃんに目で合図し、自分の手の上に亀井ちゃんの手を乗せた。
それを見た、辻さん加護さんが手を重ねていく。
私は、愛ちゃんに引っ張られるようにしてその手を一番上に置いた。
最後に、一人。
困惑した様子でこちらを窺っている石川さんに対し、最初の二人・・吉澤さんと柴田さんが静かに頷き、空いている方の手をゆっくりと差し伸べた。
すると、石川さんの表情がパァと明るくなり、一番上に右手を置いた。
そして、ちょうど吉澤さんと柴田さんを中心にした円が完成した。
「よっすぃ?、なんか言いなよ」
「よーし、ちょっとまってね」
藤本さんに言われて、突然考え出した吉澤さんは、一瞬で答えを導き出し、みんなに耳打ちし始めた。
「せーの、がんばっていきまー」
「「「「「「「「「しょい!」」」」」」」」」
声を出し、重ねていた手を離すと、みんなの顔は引き締まったものへと変わっていた。
「じゃ、二人とも安倍さんが待ってるから」
二人を連れ、もう一度扉を開き、階上へと向かう吉澤さんの背中に、一人声をあげる人がいた。
「ひとみちゃーん、ごっちんを助けてあげて。
それから…………安倍さんも!」
- 576 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/06(木) 16:12
- 本当に去り際、切り詰めた石川さんの声を聞いた吉澤さんは、わずかにその姿が消える間際に右手をあげ、その声に応えた。
それを見た石川さんは、崩れ落ちそうになった所を柴田さんに受け止められ、その胸に身を預けていた。
石川さんをあやしつつ、私を見つけた柴田さんは、説明するように切り出した。
「ここに、休戦協定と新しく同盟を結ぶための書状があります。
これを平家さんか中澤さんに届けることができれば」
「今の戦闘は終わるんだね」
「そうです。あとは、進路ですが……」
「最短距離をとろう、それしかないよ」
柴田さんは、考えるまでもなく瞬時に答えをはじき出した。
「最短って戦場を突っ切っていく気ですか?」
「もちろん。考えてるひまなんてないよ。
こちら側の動きが早ければ、ひとみ達にも有利に働くと思うし」
「そうです、あったりめーなのです。
あいぼんのために早く行くのです」
柴田さんの提案に賛同するように声をあげた辻さんに愛ちゃんまでもがその拳を合わせていた。
「わかりました、それでいきましょう。
ただし、こちらからけしかけるのは、なしです。
あくまで向かってくる人にだけ、最低限の攻撃をするだけということを約束して下さい」
私は全員が頷くことを確認してから、進路を説明するために地図を開いた。
- 577 名前:しばしば 投稿日:2004/05/06(木) 16:26
- 更新終了
相も変らぬ少量更新、すいません。
今回は、気合入れるくだりのところが、少々強引な気がしますけど、気にしないで(ぉぃ
あと、二回の更新で6章は終わる予定。
ところで遅れてるくせに相談ですけど、次の閑話誰がいいですか?
一応こちら側としては、加護ちゃんか藤本さんで書くつもりなんですけど
もしよろしければ、ご意見待ってます。
レスお礼
>名も無き読者さん
強いですね〜、作者も書いてて引っ張られる感じなのでどうにかしなければ(ぇ
ちゃんと力に関しては、納得がいけるような設定を用意してあるんですけどね
>とこまさん
遅れないで付いてきてくださいw
といいながら、作者も遅れてますが・・・
強さの説明はね、そろそろやる予定です。
- 578 名前:名も無き読者 投稿日:2004/05/06(木) 17:44
- 更新お疲れ様です。
いいですねぇこの感じw
いよいよ本格始動ってトコですか?
閑話・・・自分的にはミキティがイイですね。
彼女謎だらけですし。。。w
続きも楽しみにしてます。
- 579 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/11(火) 22:51
- (*`_´)ノ<立候補するのです
- 580 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/24(月) 12:51
- * * * * *
「またあんたか・・・」
「それはこっちのセリフだよ」
どちらともが偶然を装った言葉なのは重々承知だった。
これは、毎回会う時に交わす形式上のやりとりだ。
アヤカの特別な力を知っているからこその巡り合わせ。
それがわかっているから、自分の兵は稲葉さんに任せてきた。
導かれるようにして、この場所にいたり、やはり意中の相手との対面を果たした。
「しかし、あんたもしつこいね。
一体私の何が気にくわないのかね?」
「別に特別な理由はいらないじゃん。
ただ、第二世代一の魔術の使い手はどちらか知りたいだけ」
私には一切こだわりのない第二世代一という言葉。
彼女にしてみれば、十分特別な理由といえるだろう。
それでもアヤカにしてみれば、私は面白くない存在なのかもしれない。
突然現われた私が彼女に何かしらの影響を与えたのは間違いないのだろう。
アヤカがこだわっている第二世代一の魔術師というのは、当初彼女を指す言葉だった。
それを狂わせたのは間違いなく私だ。
もともと、稀代の魔術師≠ニ呼ばれた中澤さんの後継者は誰かという民の中での関心ごとの一つに過ぎなかった。
中澤さんを含むL.Sの人達を第一世代、アヤカや私やまさお君などを指し第二世代と呼ぶ。
その第二世代で一番の武術の使い手というのがまさお君だ。
そして一番の魔術の使い手が人により、私であったり、アヤカであったりするわけだ。
「私は誰が一番とか興味はないがね」
「きっちりしておきたいんだよ、これからのためにね」
「何をそんなに急ぐ必要があるのかね」
- 581 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/24(月) 12:51
- こちらの言葉を待たずに辺りにピリピリとした空気が出始めていた。
あちらはさっそくやる気らしい。
戦場にアヤカがいることを知ってから用意はしていたが、多少面倒なのはまちがいない。
団長同士の戦いとなれば、地形が変わる事も少なくない。
いま、こちら側に攻め込まれていることを考えると、自国の地形を壊すことになる。
まして、ここは普段城からの人通りが多い場所だけに、破壊していいわけがない。
それでも、あちらにそんなことが関係あることもなく。
気付けば、上空には多くの光球がひしめき始めていた。
それを確認すると、右手を軽く振った。
すると上空に強風が吹き、集まっていた光球同士をぶつけ、あっという間に何もない空間に戻った。
「そんな子どもダマしみたいな攻撃を続けるきなの?」
いとも簡単に上空を整理した私をみたアヤカは、少し感心したようにこちらの言葉に耳を傾けていた。
「ふーん、風の威力が増したのか。
まぁ、威力が増すことは考えられたけど、想像以上の威力ってところね」
「なんか余裕だね」
「もともと私の方が攻撃の面だけをみれば、上のハズだったんだけど、今回ので少しは差は縮まったのかもね。
しかし、あんたといい、大谷といい、中澤さんの近くにいるのは継承も伝承もやってないのに腹が立つほど強くなるもんだね」
「それは、中澤さんに止められてるからね。
自分の力が限界だと感じるところまで自分の力でいくべきだって」
継承と伝承という言葉が出てきた時に、アヤカのいら立ちはこのせいだと直感した。
もともと、騎士の子として生まれた子に関しては、その力を一時的に継承させることが多い。
そして自らが完全に一線を退くと決めた時に、その力はその子どもに伝承されるのだ。
これはあくまで、一例にしか過ぎない。
自分の子どもに限らず、気に入った者であったり、後継者であったり、継承にしろ伝承にしろ譲る者の意思で決められる。
もちろん、私やまさお君にもそういった話しがあったのだが、それを中澤さんが断わった。
まだ、力の全て、自分の限界を知ってもいない者に継承や伝承を受ける意義はないのだと。
ただ、そのおかげで未だ継承も伝承もすることなく、今の力を得られたのだと思っている。
- 582 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/24(月) 12:52
- 確かに、継承も伝承も簡単に力を得ることはできるのだが、力を与えてくれた者の意思を継がなければいけない場合もある。
そうなってくると騎士の子ではない私にとっては、荷が重くなるのは明確だった。
こういった意思の面をとってみても、中澤さんがとってくれた行動というのは良かったことだと思っている。
だからこそ、自らの力だけで強くなることもできた。
「さぁ、もうおしゃべりの時間はいいでしょ。
やるなら、やろうよ」
必要以上を聞くことなく、アヤカを挑発するような言葉を投げかけた。
私だって何も知らないわけじゃない。
アヤカの特別な力は血によるもの。
ということは、一線を退いた親から力を受け継いでいるのは明白。
だからこその苛立ち。
もし、中澤さんが土の国に、私の近くに居てくれなかったら、そしてアヤカの近くにいたのなら、私達の立場は全く逆だったのかもしれない。
「いわれなくったって、こっちから行くよ」
何も造り出さないままで、開いた手をこちらに向けて振ったアヤカ。
その五指の間に光が集まっているのを私は見逃さなかった。
迫る四つの光球にとっさに四枚のシールドを張る。
それぞれ別々の属性を持つシールドのうち三つが光球とぶつかり相殺された。
(甘かった)
もともとアヤカの事だから全てに別々の属性を付けた攻撃をしてくると踏んでいた私の考えを見透かしたように、ただの光球も混ぜてきていたのだ。
シールドとは、それぞれの属性のみ防御することができる。
要するに、火球に対しては火属性で、氷球に対しては氷属性で、というようにいちいちシールドの種類が異なるのだ。
もちろん光球を防ぐには、一番簡単な無属性のシールドを張る必要がある。
しかし、これも厳密な話しをすれば無属性というわけでもないのだが・・・・。
- 583 名前:第6章 決断 投稿日:2004/05/24(月) 12:52
-
残った一つがシールドをすり抜け、私へと迫ってきたが、それは飛び越えることで難無く躱すことができた。
着地の直前に見たアヤカの表情は笑みを含んでいた。
(しまっ・・・)
思った時にはすでに遅く、先ほど避けた光球が右肩を直撃し、予想もしていなかった衝撃に地面へと叩き付けられた。
「ひゅー、やるね。
予想していなかったとはいえ、空中で瞬時に重心を変えるなんて」
なんとか立ち上がった私を見たアヤカは、手を叩きながら上品にいってみせた。
しかし、そんなことに構っているひまは、今の私にはなかった。
幸いにも普通の攻撃よりも威力が弱かったせいか、右腕を飛ばされることはなかった。
しかし、だらりとぶら下がったこの腕を見れば、使い物にならないことは一目瞭然だ。
何より予想していなかったのは、先程の光球が追尾型のものであったこと。
それは武術大会であゆみが見せたものよりも、スピードも威力もケタが違った。
「はは、予想してなかったよ。いろんなことができるんだね」
「まぁ、こっちにはあんたにはない時間がある。
伝承で得ることのできた知識という時間が」
「それなら私の方が上だけどね。
なんといっても稀代の魔術師≠ェ教えてくれたんだから。
それに・・・」
「それに、なによ?」
「さっきの手を叩いている間にとどめを刺さなかったことを後悔させてあげるよ」
最初と同じように右手を振ると辺りに風を起こし、砂煙りの中、近くに身を隠す。
「・・・・・こんなことして隠れて何の意味があると思ってるの?
私の前で隠れたって無駄なことはわかってるだろうに」
砂煙りの向こうから聞こえてくるアヤカの声は余裕に満ちていた。
しかし、そんなことは百も承知だ。
ただ、私に必要なのは仕掛ける時間だけ。
別に治療の時間が必要だから隠れたわけではない。
アヤカの能力で知ることができるのは、相手がどこにいるかだけ。
その場所に何があるかまでは知ることはできない。
それは、今までの対戦で立証済みの事だ。
すばやく自らに補助魔法をかけると続いて、いくつか攻撃の手を造りながら、残った時間を治療に当てる。
「さぁ、年貢の納め時ってやつね」
- 584 名前:しばしば 投稿日:2004/05/24(月) 12:57
- 更新終了
少ない量で申し訳ないです。
前回で二回の更新で終了って書きましたけどもう少しかかりですね
継承と伝承のお話は。また後々に
あまり言葉の意味的な突っ込みはやめてくださいw
レスお礼
>名も無き読者様
いろいろと動き出しそうな気もしてるんですけど、
そうなると書く側が慎重になってしまうので、スローになります、すいません。
閑話のリクありがとうございました
>名無飼育さん
大谷さんですね、大谷さんは一回書いてるんですけど、
まだ残ってるエピソードもあるんで、ちょっといろいろ考えてみます。
引き続き、閑話のリク待ってますのでよろしくお願いします
- 585 名前:名も無き読者 投稿日:2004/05/24(月) 19:04
- 更新お疲れ様です。
バトってますね〜、イイ感じだぁw
スローだろうとなんだろうとついて行くので
引き続き頑張って下さい。
次回も楽しみにしてます。
- 586 名前:第6章 決断 投稿日:2004/06/10(木) 13:49
-
風が舞い終わるのを待って姿を見せたアヤカは、あらかじめ用意してあった光球をこちらへと向けた。
それを見極め、真横に転がり避けると、向こうにも光球を打ち返す。
私が放った光球をアヤカが弾くのと同時くらいに私に向けられた光球が着弾した。
すると先程、私が立っていた場所では火柱が立っていた。
どうやら先程の光球は火球を光球で覆った巧妙な攻撃だったことがわかる。
あれを避けずにシールドを張っていたなら、まちがいなくやられていた。
一瞬、火柱に目をとられた私を尻目にアヤカはその手を止めようとはしなかった。
それを見た私はすかさず、地面へと両手をついた。
アヤカの攻撃ができあがるよりも少し早く、私の攻撃が先にアヤカに届いた。
手を付いたのとほぼ同時にアヤカの足下の地面を隆起させ、体勢を崩した。
そこへ光の矢を放つ。
重心を崩していたアヤカは咄嗟に体をずらしたが、矢は左腕に命中し消滅した。
刺さった部分からは血が流れ出し、こちらも一目で使い物にならないことがわかった。
これで状況は同じ。
いや、出血していることを考えれば、アヤカの方が不利といえる。
- 587 名前:第6章 決断 投稿日:2004/06/10(木) 13:50
-
滴り落ちる血を押さえながら、乱暴に大量の光球を造り出し、こちらへと放ち始めたアヤカ。
「やれやれ、最初言ったじゃないかい」
最初のやりとりとは違い、こちらも本気の力で風を起こす。
力を込め、手を下から強く振り上げた。
次の瞬間、迫ってきていた光球を巻き込み、地面をえぐりながらできた大きな風の渦は、竜巻きとなり、アヤカが用意した光球全てを飲み込み、消滅した。
ちょうど、竜巻きの直線上にいたアヤカは、迷わずその軌道から避けていた。
正直過ぎるその軌道もこちらの思惑通り、もともとアヤカを狙ってものではなかった。
当の本人は、すぐには動こうとしなかったが、しばらくして動きだした。
「まだやる気?」
お互い片方の腕は使い物にはならない。
それでも逃げる素振りを見せないアヤカは少し黙った後、笑い始めた。
「やっぱりあんたの方が強いんだね。
ただ、私も諦めるつもりはない・・・けど、どうやら邪魔が入ったみたいね」
- 588 名前:第6章 決断 投稿日:2004/06/10(木) 13:51
-
アヤカが移した視線を追うように移した先には、見たことのある娘達が走り出してきた。
(あれは・・・・あゆみ!でも、数が少ない・・・それにわざわざなんで戦場なんかに)
一瞬よぎった考えが、アヤカの攻撃を防ぐのを遅らせた。
迷うことなく放たれた光球が複数、あゆみ達の方に向かって放たれた。
「あゆみーー!」
何もできず、ただ叫んだ私の声に反応したあゆみは、咄嗟にシールドを張った。
(あれじゃだめだ。あゆみのシールドではアヤカの攻撃を一発でも防ぐことはできない)
もうダメだと思った瞬間、あゆみの張ったシールドよりも前に一人の少女が前に出た。
(あの娘は・・・あの時、あゆみが助けた)
少女はおもむろに片手を前に出した。
すると不思議なことに迫っていた光球が少女の手に吸い寄せられるように集まり、最後には掌の中に吸収されてしまった。
その一連の流れに誰もが、ピクリとも動かず、その場の時間が止まったような感覚に陥った。
(そんな・・・あれは・・・)
「魔封師」
アヤカの驚きを抑えきれない声が微かに聞こえた。
信じられないのは私も同じだった。
今では書簡にしか残されておらず、この技を使える者はいなくなったとされる力だ。
ただ、今のそれは間違いなく魔封師による魔力の吸収。
そして、誰も動こうとしない中、当の少女は何もなかったかのように手を下ろした。
- 589 名前:第6章 決断 投稿日:2004/06/10(木) 13:53
-
私は、未だにショックを受けているアヤカをおき、あゆみ達の所へと走りよった。
「なんでこんなところにいるの?
ひとみちゃんは?
残りの人はどこ?」
アヤカから目をそらさず、ただ思ったこと全てを口に出した。
その言葉に反応した紺野のまくしたてるような説明を聞きながら、先ほど用意していた攻撃の種類とあゆみ達を逃がす方法を考える。
一通り、説明が終わると、ようやくアヤカが動き出した。
「まったく、あの人は面白い駒をいくつも用意している。
まさか、魔封師まで持っているとは・・
ただ、ここで会ったが最後、その娘は私がもらって・・・
ちっ、また新手か」
独り言のようにぶつぶつと呟くアヤカはどこかイライラしているようだった。
それも最初のイライラとはどこか違ったものを感じさせた。
「くっくっく、苦戦していますね。
炎の獅子の右腕と呼ばれるあなたほどの人が」
「・・おまえか」
(あいつは、確か・・・)
声がした方には、以前捕まえたはずのアイツの姿があった。
「なにしにきた?」
「そんなに邪険に扱わないで下さいよ。
ただ、手助けをしにきただけですから」
「手助けは無用よ」
「そうはいきません。
どうやら水の国で動きがあったようですから、あなたは今から国に戻り、状況の確認と策を立てて下さい」
「水が・・・仕方ない。ここは任せた」
「はい、もちろん最初からそのつもりですから。
それに個人的な恨みもありますから」
アヤカは一度こちらを見ると、あっさりと去っていってしまった。
- 590 名前:しばしば 投稿日:2004/06/10(木) 14:02
- 更新終了
・・・全然書けない・・・
まぁ、あせらず、いそいで、ゆっくりがんばります。
最近は、人物紹介の方もネタバレしない程度に構成中です、近日中に公開できたらいいな・・
魔封師、継承、伝承の説明もそのときに詳しくするはずです。
それでは、レスお礼
>名も無き読者さん
いつもありがとうございます。
相も変わらず少量+スローで申し訳ないです。
名も無きさんを見習い、たくさん書くよう頑張ります。
- 591 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/15(火) 16:51
- 更新お疲れサマです。(亀過ぎ
あぁ、、、最近自スレに気をとられてて見つけんの遅れた。。。
でも相変わらずバトル巧いw
ヤツも出てきたことですし、
続き・人物紹介共に楽しみにしてます。
- 592 名前:とこま 投稿日:2004/06/25(金) 20:40
- 更新お疲れ様です。
バトルが始まってた(汗)
次回も楽しみに待ってます。
- 593 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/03(土) 16:05
-
代わりに残ったあいつは、ただじっとこちら見たまま動こうとはしなかった。
「あゆみ、みんな連れて早く行きな。
ここはなんとかするから」
「でも・・・」
「いいからはやく!」
あゆみより先に私の声に反応した紺野がみなを先導して走り始めた。
私は、彼女達が動いたのを確認せず、目の前にいるあいつから目をそらさずに睨み合が続いていた。
「おおっと、そうはいかないですね」
私の目の前でそう呟いたあいつは、一つ指を鳴らした。
すると、走り出した彼女達の前を火柱がせき止めた。
四方を囲まれた彼女達は、そのまま身動きをせず、ただ目の前で燃える炎に呆気にとられている。
「そこの娘さん。
そう、あなたですよ。あなたには、この右腕の借りがある。
あなたが、残れば他の人がどこに行こうが私の知ったことではないですよ」
囲んだ炎が部分的に変化し、指の形をなし、あゆみを指しているのが遠くからでもわかった。
しばらくして、覚悟を決めたのかあゆみは、紺野と助けてきたと思われる石川さんらしき人に何かを頼み、一歩前に出た。
すると、それをわかったように炎はあゆみの前の部分から順に消えさっていった。
そして、紺野が先頭に立ち、もう一度走り始めた時、
先程、魔封をやってのけた少女があゆみに走り寄り、あゆみの手を握り、すぐに紺野たちを追いかけていってしまった。
- 594 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/03(土) 16:07
-
「どうゆうこと、あんた何者?」
あゆみがこちらに向かってくる前に相手へと質問をぶつける。
しかし、あいつが答えることはなかった。
少し距離があったあゆみがこちらに着いたところでようやくあいつは口を開いた。
「先程も言ったように、個人的な恨みがありますからね。
ここで前回の借りをきっちりと払わせてもらいますよ。
ちなみ、私がどの型なのかも回転の早いあなたならもうおわかりでしょう?」
余裕たっぷりに語るあいつは、軽く笑みを浮かべながら私の答えを待っている。
わかっている。
先程のように指一つで炎を起こすことができるのは、かなり高等な分野の魔術といえる。
例えば、初めて光球を扱えるようになった初心者があのような芸当をやってのけようとした場合、あらかじめ自分で決めた部分に用意をしておく必要がある。
それも、継承や伝承を使えば、話しは別なのだが、中澤さんや稲葉さんの見解では、今目の前にいるのは、大量に造られたコピーの一つではないかということだ。
オリジナルは、以前持ち去られたとされるあゆみが倒した奴だという。
それならば、独自の技術を持っているので、継承や伝承をする必要はない。
最初からデータがあるのなら造ればいい、使い勝手がいいように。
そして炎に長けているL.Sの戦士といえば、中澤さんか、炎の獅子の名で知られる市井紗耶香のどちらかだ。
それでも中澤さんの型は最近出てきたことを考えると市井紗耶香の型の方が有力だと考えられる。
なにより、中澤さんのそれとは確実に違う一つの点がある。
「型は市井紗耶香だろ」
「・・・なぜですか?」
「さっきのあんたが見せた炎は赤色だったろ。
中澤さんの炎は青色なんだよ」
「御名答」
そういって、出してきたのはどこに隠していたのか大きな剣。
市井紗耶香といえば、福田明日香、平家みちよに次ぐ剣術の使い手として知られている。
福田は魔法剣を、平家さんはあらゆる武器を使いこなす万能型、そして市井紗耶香といえば、その大きな剣が象徴とされている。
- 595 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/03(土) 16:09
-
やっかいなことになった。
相手はコピーとはいえ、L.Sの戦士。
戦うのはできれば避けたいところだ。
こちらが万全なら、まだ芽もあるかもしれない。
ただ、こちらはアヤカとの戦闘で消耗、負傷している。
残念ながら、こちらが勝てる可能性はかなり低いといえる。
「お姉ちゃん、フォローよろしくね」
「あ、まちなさい」
動かなかった私を出し抜くように、なおかつ私がとめるのを聞かず、相手へと向かっていったあゆみは、振り下ろされた剣を余裕で躱した。
そして、それに合わせて相手が振り上げようとしたところに光球を至近距離でぶつけて、距離をとった。
攻撃を躱したことは少し、意外だった。
確かに、あの距離からの光球ならば、避けることはまず無理だろう。
しかし、圧倒的に力も魔法の力でさえも、相手の方が上なのだ。
そして、私の予想が確かなら、次は・・・・
煙りがおさまるのを待たず、一瞬、空間が揺らぐのが見えた。
次の瞬間、煙りの中から剣先が現われる。
確かに先程の攻撃でやれる保証はなく、すぐにあゆみを守る魔法を実行する。
一歩であゆみを射程範囲に捉えた奴は、あっという間に斬り付ける動作を始めていた。
しかし、それは私が用意した岩の壁によって遮られた。
当のあゆみは、目の前で起こる一瞬の出来事をただ見ているだけだった。
それでも思い出したように、すぐに相手との距離をとった。
一連の流れが早過ぎたせいもあるが、岩の壁に剣を刺した奴の姿は、手負いの者そのものだった。
その体には、血のような液体が腕や足、体中の至る所から次々に溢れだしてきている。
驚くべきは、その液体の色だ。
黒。
赤色などはどこにも含まれていない、ただ真っ黒な液体が体から溢れだしてきている。
(生き物じゃない?)
ついつい余計なことを考えてしまった自分を戒めつつ、改めて現状を確認する。
- 596 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/03(土) 16:10
-
あゆみの攻撃がやつに深手を与えたのは確かなことだろう。
しかし、仮にもL.Sのコピーを名乗る奴が、先程のような普通の光球で深手を追うことはまず考えにくい。
たとえ、敵に慢心があったとしても、相手が私達の知っている奴なら、あゆみの力はわかっているはず。
避けられないにしても、被害を最小限に押さえることはできたはず。
しかし、それをしなかった。
ただ、今はその理由を考えている時ではない。
今の状況において有利なのはまちがいなく、こちらである。
私は、自分の妹の力を信じていればいい。
そうだ。
私が知る限り、中澤さんを除き、味方の中では最強の矛といえるあゆみ。
曲がりなりにも土の国の魔術師団団長を勤めていた私は、最強の盾といえる。
今、魔法の面においては、劣る理由がない。
ただ1つ気になること。
それは、奴が市井紗耶香の型であるということ。
史実において、市井紗耶香という戦士は、間違いなく接近戦を得意とするタイプである。
この一点においてのみ私達が不利だといえる。
そうこうしているうちに、あゆみが私が見ていることを確認し、もう一度奴へと迫っていく。
先程と同様に突撃していくあゆみをサポートするべく、牽制の意味で光球をいくつか放った。
そして、いつでもあゆみを守れるように備える。
しかし、予想外の事が起こった。
牽制のために放った光球がそのまま命中したのだ。
その瞬間苦しみもがき始めた奴に驚いたあゆみは、向かっていた足を止め、急いでこちらへと駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、何かしたの?」
「いや、普通に力を抑えたのを撃ったんだがね・・・」
二人とも、苦しむあいつの姿から目をそらすことなく、いくつか言葉を交わす。
しばらくして、奴は前のめりに倒れピクリとも動かなくなった。
- 597 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/03(土) 16:11
-
「うごかなくなった・・・・ねぇ」
「・・・・・うん」
少しの時間、見続けていたが倒れて以降動く気配はなかった。
すると、一気に張り詰めていたものが解放され、忘れていた右腕が痛み始めた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
一瞬顔を歪めた私の表情を見逃さなかったあゆみは、心配そうな顔でこちらを見つめている。
軽く冗談めかし、大丈夫なことを伝えると、先を行く紺野達を追い掛けることにした。
「これくらいなら自分で何とかできるから。
それよりあゆみ、さっき何でもっと手数を増やさなかったの?
私は、あんな戦い方教えたことはないはずだよ」
「それは・・・・亀ちゃんに言われてたから、三発までって」
「どうゆうこと?」
右腕の治療の為、ゆっくりと歩く私に歩調を合わせるあゆみは隣で話を始めた。
「・・・そう。
じゃあ、あゆみはあの娘が・・・亀井ちゃんが魔封師って事を知ってたのね」
「うん、この前飯田さんに教えてもらったの。
ただ、亀ちゃん自身も自分がそうなんだって知らなかったみたいだったけど」
「それを知ってたのは、あゆみだけ?」
自信満々で頷くあゆみ。
この説明でいくつか話が繋がり始めた。
しかし、その時
「ウゥゥゥゥゥ・・・・フシュゥゥゥゥ・・・・マァマトウジャナイカ」
- 598 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/03(土) 16:13
-
低くうなるような声の後にハッキリと呼び止める旨の言葉が聞こえた。
その瞬間、隣にいたあゆみが遠くの方へ離れていった。
いや、違う、離れていったのは私だった。
飛ばされる途中に右腕に鈍い痛みを感じたことで始めて自分が殴り飛ばされたのだと理解した。
このままだとどこまで飛ぶかわからないため、軽く左腕で空中を撫で、ゆっくりと着地した。
急いであゆみの方を向き直ると、彼女は走りながら何かを叫んでいるようだった。
しかし、距離があり、何を言っているのかを聞き取ることはできなかった。
が、次の瞬間、私の頭に何かが落ちてくるのがわかった。
頭に手をやり、何かを確認すると血のような液体がべっとりとくっついている。
「血・・・・これは‥‥‥黒色?」
その色ですぐさま理解したが、上を向く間もなく恐ろしく太い腕で体を持ち上げられた。
「お姉ちゃん!!」
ようやく追い付いたあゆみは、息を切らしてはいなかったが、はっきりと表情が引きつっているのがわかった。
それもそのはず、先程までとは似ても似つかないほどに巨大化し、膨れ上がったあいつの姿がそこにはあったのだから。
懸け離れた外見からはあいつとは判断できないが、左手に持つ剣が先程のあいつだとかろうじて教えてくれた。
しかし、その剣も今では小さく見える。
「・・・オマエラコロス・・・オレカクセイシタ・・・ムテキ」
- 599 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/03(土) 16:14
-
先程までの流暢な口ぶりとはうって変わり、どこかたらない口調で奴は話した。
「無敵かどうかは確かめてみればいい。
あゆみ、まだ二発残ってるんでしょ、アレ撃っちゃいなよ」
「でも・・・そしたらお姉ちゃんまで」
「いいから、むしろ私目掛けて撃ちなさい。
そうすれば外れることはないから」
「オマエラ・・・スコシシャベリスギ・・・ダマレ」
私達が話していることが気に触ったあいつはあゆみ目掛けて剣を振り下ろした。
あゆみは先程の要領で躱した。
しかし、あゆみという目標に当てることはできなかったが、剣は大地を割り、あたりの地面を陥没させ、自身は上手く着地してみせた。
一方、攻撃自体を避けたあゆみは、予想外の陥没に対処できず、体勢を崩し地面へと尻餅を着いた。
そこへ待っていたとばかり、再度剣を振り下ろそうとするあいつ。
しかし、それを私が許さなかった。
すぐさま陥没した地面を元に戻すと同時に左腕周辺の地面を集中的に隆起させ、命中する直前で左腕を土が固め、動かなくした。
敵の頭が少々足りなかったのは、私の胴回りを掴んだこと。
幸いなことに腕の自由が利くのだ。
腕さえ使えれば、これくらいはたわいもないことだ。
しかし、あゆみを助けたところで倒す方法を思いついたわけでもない。
「お姉ちゃん!!!」
「いいから、構わないで早く撃ちなさい。私はなんとでもするから」
「そんなのできるわけない」
「あゆみ。
いいから、私を信じて・・・・ね」
- 600 名前:しばしば 投稿日:2004/07/03(土) 16:24
-
更新終了
とりあえず、ここまでです。
なんか時間かけてる割に進んでなくてごめんなさい。
なんとかかんとか早く終わらせようとしてるんですけど・・・
この章が終わって、閑話1つ挟んだ所で、もう一回紹介文とか説明とかしようと考え、全部同時進行中です。
あぁ、だから書くのが遅れるのかw
- 601 名前:しばしば 投稿日:2004/07/03(土) 16:28
- レスお礼
>名も無き読者さん
バトルが巧いなんて、滅相も無い。
いつもガクブルしながら、書いてますから・・・w
短すぎないかとか、面白いのかとか、想像できるのかとか・・・
あまり得意じゃないと思ってるんですけど・・・
でも、ありがとうございます。
>とこまさん
お久しぶりです。
ちゃんとバトってますか?
そううつれば幸いです。
期待に沿えるようにがんばります。
- 602 名前:名も無き読者 投稿日:2004/07/04(日) 14:46
- 更新乙彼サマです。
奴め結構強いですね。
でもこの姉妹なら勝てると信じてます。
亀ちゃんも気になりますし、続きも益々楽しみにしてますねw
- 603 名前:とこま 投稿日:2004/07/17(土) 21:46
- 更新お疲れ様です。
なかなか敵もさる物ですね。
でも勝てるでしょう。
次回も楽しみに待ってます。
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/21(水) 18:43
- 初めて読みました。
かなり面白いです。
良いところで引っ張られて気になります。
安部パーティーも面白そうだし。
続き楽しみにしてます。
ところで閑話のリクまだ良いんでしょうか?
あいぼんが良いんですが…。
- 605 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:23
-
私達が話している間、あいつは必死に自らの左腕を覆っている土を破壊しようと躍起になっていた。
あの地面を陥没させた力から考えれば、左腕の自由を取り戻すのは時間の問題だろう。
「さぁ、早く」
いよいよ覚悟を決めたのか、あゆみの右手に光が集まり始めた。
これでいい。
あとは、私があゆみの力とあの少女が託した分の力をきちんと把握して、自分の身を守ればいい。
そう、うまく私の体だけをすり抜けるように。
「お姉ちゃん、いくよ?」
「いいよ。
絶対に手加減しないでよ、数も限られてるんだから」
確実に一度だけ頷いてみせたあゆみは、完全に吹っ切れたように真直ぐこちら目掛けて、放った。
奴はそれに気付かず、まだ左腕に固執していた。
あゆみが放った電気の球は私もろとも奴の体を吹き飛ばした。
- 606 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:23
-
「・・・大丈夫だっていったじゃない。
だから、頑張ったのに・・・こんなのあんまりだよ」
「・・・・ケホケホ、まったくホコリっぽいのはヤだね〜。
で、誰が嘘つきだって、あゆみ君」
「お姉ちゃん!!
・・・・・・・・・・よかった」
「そうかそうか心配したか、すまんねぇ」
私の胸に飛び込み、嗚咽まじりの声をあげるあゆみの頭をゆっくりと撫でてやる。
あの時、私はすぐさまシールドをイメージし、そこから全身を覆えるほどの一枚の膜を造り出した。
それをあゆみの持つ力に耐えられるような強度に合わせる。
もともとあゆみの電気の球を防ぐことができる私にしてみれば、シールドを張るのは容易だった。
しかし、限り無く薄い膜を作るということにかけては、私しかできない独自の防御法である。
集約した守りの力をシールドという形ではなく、自分の体に密接した状態で造り出すことにより、相手への威力を削ぐことなく、自分の身を守り通す。
そうすれば、見た目にはただの薄い膜だが、完璧で無駄のない防御シールドもとい防御スーツの出来上がりである。
「それで、大丈夫だったの?」
「まぁ、そうだね。一応、防御の力を増やしておいて良かったよ。
また強くなったね、亀井ちゃんにもらった力を足したとしても、それでも危なかったよ」
- 607 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:28
-
何気なく説明していると、背後に新しい気配を感じた。
しかし、それは先程までの奴と違い、いつも感じている気配だった。
「めぐ!」
「おぉ、まさお君じゃないか。どーした、どーした?」
「どーしたって、まぁ、大丈夫そうだし、いいや。
まっつん、大丈夫だって」
「えぇ、そうなんですかー?それは、残念」
「おぉ、松浦君も一緒か〜」
後方から出てきたのは、今にも助太刀万全の格好で出てきたまさお君と松浦ことまっつんの姿が。
まさお君は剣を手に握り、今にも襲い掛からんばかりであった。
「しかし、まぁ、なんという格好で出てくるんだい、まさお君」
「あんなに黒々した気配を感じれば、誰だってヤバいって感じるって」
「でも、私には全然わかりませんでしたけどね、そのヤバい気配みたいなもの」
「まさお君は特別だからね、敏感肌だから」
「いや、肌は関係ないでしょ、お姉ちゃん」
他愛のないやりとりの中で、辺りの空気が和んでいくのがわかった。
それよりまっつんは、武術大会の時に石黒から負った傷がまだまだ痛々しかった。
服で幾分隠してはいるが、それでも目に映るだけでも包帯が見受けられた。
それでも物おじせずにいられるのは、騎士団長たる由縁だろう。
自身が持つ特殊な力とは別に、誰よりも肝が座っている証拠である。
そして、なにより、この娘がいるだけ軍の士気が大きく違う。
それは、対戦してきた私達土の国の人間が一番わかっていることである。
「・・・・マ・・・ダ・・・」
- 608 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:29
-
微かに聞こえたその声に、皆の注意が増すのがわかった。
まさお君はいち早く、剣に手を伸ばし、声のした方を注意深く観察している。
そして、空間が一瞬揺らいだのを見逃さず、その方向へと飛び込む。
遅れて聞こえてきた金属音と反対方向へと走り出す、まっつん。
その場に残された私達二人は、とにかく奴の姿を確認するため、目を凝らしていた。
なにより、魔法を使うには、相手の姿が見えないことには話にならない。
「焦っちゃダメよ。
相手の姿が見えてからでも遅くない。
それだけの力が私達にはあるんだからね、あゆみ」
あゆみを諭すように、自分にも言い聞かせていた。
経験がないわけじゃない、それでも見たこともない相手に注意を払うのは極自然なこと。
それにあいつだとすれば、先程のあゆみの攻撃で全身を吹き飛ばされ、跡形もなくなったはずである。
それでも、声が聞こえてきたということは、予想しがたい力を持っているということ。
恐ろしい早さを持った自己治癒力が。
「村田さん、後ろです!」
どこからか聞こえてきたまっつんの声に後方を確認せず、あゆみを掴み前方へと走る。
一瞬遅れて、地面がえぐれるのがわかった。
そしてそこへすかさず、まさお君が斬り掛かり、その正体が現われた。
「フシュゥゥゥゥ・・・マ・・・ダ・・・」
目の前には先程とまったく同じ巨大化した奴の姿があった。
- 609 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:30
-
しかし、不思議なことに、私を捕まえていた方の腕、要するに右腕の部分は再生できていなかった。
「お姉ちゃん、あれって」
「ちょっと待って、考えるから」
右腕の部分は、私が防御スーツを張った部分である。
あゆみはそこを狙って攻撃した。
魔法の大きさから見て、他の部位を巻き込むにはギリギリだった。
ということは、集中的にそこの部分だけ攻撃することができれば、少しずつではあるが、確実に止めを刺すことができる。
それか、再生を掌るような部分があるのであれば、そこを攻撃すれば一撃で終わるだろう。
ただ、それにはどこかが再生に作用しているのかを調べる必要がある。
幸いにもここには、まさお君とまっつんがいる。
私とあゆみの二人であれば、最初の方法をとったかもしれないけど、ここは後の方法が断然的に有効だろう。
「まさお君、まっつん」
二人を呼び寄せ、作戦を伝える。
「わかった、順番にやって様子を見ればいいんだろ」
「じゃ、大谷さん、私は上半身しますね。下半分はお願いします」
オーケーとばかりに飛び出したまさお君は、さっそくいとも簡単に右足を切断する。
次の瞬間、絶叫し、暴れまわったやつを私が魔法を使い、地面へと縛り付ける。
しばらくして、右足は再生を始めていた。
すると、それを見たまっつんは、腰に付けていた銃を取り出すと、やつの左腕を打ち抜き、間髪おかずに左腕は破裂した。
「アタリ!!」
- 610 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:30
- 嬉しそうに飛び跳ねるまっつんは、どーだと言わんばかりにまさお君を見ている。
しかし、当のまさお君は奴から目を切ることはなかった。
それに気付いたまっつんはどこか不機嫌そうにほっぺをプクーと膨らませていた。
そして残念なことに左腕は再生を始めていた。
まさお君は、それを確認するとすぐさま左足の切断にかかる。
そちらの足は、先程私が地面を一体化させたために、土を覆ったままだったのだが、それすらも簡単に切り伏せてみせた。
急に安定を奪われた奴は、前のめりに地面へと倒れこんだ。
私は、再度暴れかねない奴の胴体周りを土で包み、自由を与えなかった。
しばらくして、左足は再生を始めた。
どうやら手や足といった部位には、再生の能力は秘めていなかったようだ。
すると、残るは胴体か頭のどちらか。
私の思いをいち早く察したのか、まさお君はあっさりと頭に刃をあて、すぐさま切断した。
すると、今までは出てこなかった血のような黒色の液体が吹き出した。
この黒色の液体が再生に何か関係があるのか。
それとも全身に行き渡っていない今、まだ不完全な状態であるといっていいのだろうか。
どちらにしろ、今は、目の前のこいつを倒すことができれば問題はない。
先程まで暴れていた体は、ピクリとも動かなくなり、一目には絶命したようにも見えた。
しかし、次の瞬間、はね飛ばされた頭の下の部分から新しい胴体が出てくるのがわかった。
- 611 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:31
-
「あゆみ、まだ一発残ってるでしょ。
それをこの頭にぶつければ、全てが終わるよ」
私の言葉にすぐ準備を始めたあゆみは、簡単に電気の球を造り出すと奴の頭目掛け放った。
「さて、終わった終わった。みなさん御苦労様です」
「これどうする?」
一働きを終え、みんなに労いの言葉をかけた私にまさお君が先ほど残った胴体を指さし、尋ねてきた。
「そうだね、いらないし、ここにあると邪魔だから燃やしますか」
「待って下さい」
私が火の魔法の準備を始めると、それを制して、まっつんが銃をクルクル回し得意げにストップをかけた。
「松浦ですね、中澤さんに頼まれたんですよ。
怪しいやつがいたら送ってくれって、この弾で」
そう言い、弾を銃に込めると胴体目掛けて撃った。
すると、弾は光の鎖となり、残った胴体を包み込むと、城の方角へと消えていった。
「これでよしっと」
本当に全ての始末が終わり、皆一息着いた。
「ところで、なんであゆみちゃんがここにいるのさ?
話じゃ、水の国に行ってるって聞いてたけど」
三人の視線が自分に集まっているのを確認したあゆみは、ゆっくりと話し始めた。
「水の国まで行ったんだけどね・・・・・・」
- 612 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:32
- * * * *
「そこだよ」
安倍さんが指さした先には、火の国の城がそびえ建っていた。
どうしたことか、門の前に門番はおらず、それが逆に不気味さを感じさせていた。
「‥‥罠っぽいよね」
「ですね」
私の横では、ミキティと加護ちゃんがぼそぼそと話をしている。
安倍さんはそれが聞こえているハズなのだが、反応を何も示さず、ただ城の方へと歩を進めていた。
「ほら、いくよ。二人とも」
いつまでも誰もいないことを不思議がっていた二人を呼び、さらに前をいく安倍さんを追いかけた。
城内に入っても人影はなく、さらに不気味さを増していくばかりであった。
「あそこに見える階段を上れば、紗耶香のいる部屋に着くよ」
そう言われて見た前方には、確かに階段があった。
少しずつその階段へと近付いていくと、目の前に人影が現われたのがわかった。
「待ってたよ、なっち」
「明日香!?なんでここに?」
「圭ちゃんから手紙を受けたけど、なっちならここに来ると思ってね。
ただ、私がここにいるのは、加勢にきたわけじゃない。
なっちの意思の確認と私の意思の確認のため」
「明日香、今は時間がないの。だからそこを通して」
「何も邪魔しに来たわけでもないんだよ。
ただ、なっちと話がしたいだけ。
だから、他の三人がどこに行こうと知ったことじゃないよ」
要するに、私達は先に行けということだろう。
- 613 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:32
-
「三人とも先に行きな。
道順はさっき教えた通りだから」
安倍さんはこちらを振り返ることなく、言い放った。
「安倍さんはどうするんですか?」
「私は、後から行くから。
すこし、この娘と話があるから」
私達三人は、言われるがまま、目の前の階段を急いだ。
その間、二人はピクリとも動かず、ただじっと見つめあったままだった。
そして、なんなく階上へと進むことができた。
「あの人誰なんですか?
急に出てきて、なんかすごい雰囲気かもし出してましたけど」
「福田明日香だよ。
L.Sにいた時から今までずっと大陸最強の称号を持ってる人」
不思議そうに零した加護ちゃんに答えたミキティはどこか不機嫌そうだった。
そういえば、ミキティはあの人が姿を表してから、ずっと攻撃的な目であの人を見ていた。
しかし、全く相手にされることなく、拍子抜けだったのだろう。
「いいから行くよ、時間もないし」
- 614 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:33
-
それでもぶつぶつ言っているミキティを引っぱりながら、角を二つ曲がると、大きな扉の前に辿り着いた。
間違いなく、最上階の将軍の間である。
今まで見てきた、風、水のソレと外見は同じだ。
「開けるよ」
一言断わり、扉に手をかけると、一気に両方のドアを開いた。
部屋には、ごっちんともう1人見たことがない人物がいた。
しかし、すぐにそれが火の国の将軍市井紗耶香であることはわかった。
「よしこ。
それにあいぼん」
開かれた扉の方を見たごっちんは、ビックリした声をあげたが顔は泣いていた。
「さっさと返してもらおうか」
私よりも前に出たミキティが発した言葉に市井さんは、頷いてみせた。
- 615 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:33
-
「ほら、お迎えが来てくれたじゃないか。
市井は、行かなきゃならない。だからこの娘達と帰るんだ」
「いやよ。
いちーちゃんも一緒にくればいいじゃん。
そんな理由わけわかんないよ。
なんでいちーちゃんが闇の民族に入んなきゃいけないのさ」
「それが条件なんだよ。
私が加わることで、火の国全員の無事を約束してもらうっていう」
「だからっていちーちゃんが行く必要なんて・・・」
こちらの威勢とは裏腹に、ごっちん達が話す内容はどこか悲しさを漂わせていた。
「どうやら、お迎えが来たようだ」
ごっちんがとめるのも聞かずに、市井さんはおもむろに立ち上がった。
「紗耶香、覚悟はできたかい?」
何もなかった空間から出てきたのは、武術大会で見たあいつの姿だった。
- 616 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:34
-
「石黒・・・・彩」
「おや、何処かで会ったことあったかい?
・ ・・・あぁ、武術大会の時にいた娘か」
「ここであったが・・・」
「おおっと、ストップ。
今日は戦うためにやってきたんじゃない。
紗耶香の意思を聞きにきただけだから。
それに、今のあなたで私に勝てると思っているの?」
「あやっぺ、いいから。
行くってきめたんだ。
ただ、もう少しだけ時間をちょうだい」
「いいよ、ちょっと下の方も気になるし、少し時間を潰してくるよ」
そう言い残すと、石黒は闇の中に消えていった。
後から来た私達には何がどうなっているのか理解するのは難しかったが、とにかく市井紗耶香という人物が火の国にいる人達の安全と引き換えに闇の民族に協力しなくてはならない状況であることはわかった。
「あなた、名前は?」
「・・・・・・・・吉澤です」
「へぇー、あんたが吉澤か。
じゃ、後藤のこと頼むな」
「いちーちゃん、私はまだいちーちゃんが行くことを許したわけじゃないよ」
- 617 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:34
-
一向に引く気配のないごっちんを見た市井さんは、私と二人で話したいと切り出した。
最初の威勢をどうしたらいいか困っていたミキティと加護ちゃんは、渋るごっちんを連れて扉の外へと出ていった。
そして、二人っきりになった部屋には、不思議な雰囲気が漂い始めていた。
「吉澤のことは真希から聞いてるよ。
随分と世話になったみたいで、本当にありがとう」
少し先程の印象とは違った口調で話は始まった。
それは、ごっちんのことを真希と言っていることからわかった。
「いい?
これから話すことは、うちの国でもほとんど知っている人もいなくて、私自身も知ったのは最近なんだ。
だから、できるだけ誰にも教えないでほしい。
もちろん、真希にも」
「・・・・わかりました」
「真希と私はね、姉妹なんだ」
聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
あゆみとめぐみさんの再会の時も似たような感じだったが、今回はそれよりも衝撃は大きかった。
- 618 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:35
-
「すべてはうちの親が悪いんだ。
後継ぎを1人しか必要としなかった親は、私の後に生まれてきた真希を子どもとして認めなかった。
厳密に言えば、母親が違うんだけど、それは国の上層では良くある話で。
それで、私の後に生まれてきた真希を城には置いておかずに、あなた達が住んでいる土地に捨てたんだ。
最初は、侍女が付いていたらしいんだけど、それもいつの間にかいなくなって、真希の居所はわからなくなった。
そしてそれから十数年の時間が経ち、ようやく真希を見つけることができたんだ」
その話なら少しだけ聞いたことがあった。
珍しく私とごっちんの二人だけで遊んでいた日のことだ。
ごっちんは、少し悲しそうな顔で自分はたぶん捨てられたんだ、と漏らしていた。
幼い記憶の為、定かではないと笑っていたが、その心境ははかりしれないものがあった。
「それで、私にどうしろって言うんですか?」
「さっきも言ったように、私は闇の民族の元に行かなくてはならない。
もし、私に何かあった時に限り、すべてを真希に話して欲しい。
そして、あの娘にその先、どうするかを決めさせてほしいんだ。
国を継ぐのか、それとも今のままでいるのかを」
「でも、それは市井さんの口から言ってあげた方が・・・」
「わかってる。でも時間がないんだ。
あの娘を、真希をきちんと納得させるための時間が。
それに、決着をつけなきゃいけないんだ」
「決着?
それは、今起きてる戦闘のことですか?」
「違うよ、そんなことは最初から望んでなんかない。
ただ、闇との決着をつけなきゃいけないんだよ」
「・・・そのために、自分を犠牲にするつもりですか?」
「それは・・・・・」
私の言葉に、一瞬言葉を詰まらせた市井さんは、それでも慌てることなく、言葉を繋げていった。
- 619 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:35
-
「しょうがないんだ。
国を継いでいるものである以上、犠牲者は出したくないんだ。
それは、L.Sにいた頃に裕ちゃんやみっちゃんから習ったことだし。
後世で馬鹿だと言われてもいい、それよりも私が出ていくことで助かる命があるなら、そっちを選びたいんだ」
「それでも、ごっちんは・・・」
私は、言いかけた言葉を途中で引っ込めた。
これ以上は、ただ市井さんの意思を鈍らせるだけだ。
この人だって、わかっていないわけではない。
それでも、自分一人の行動のために、多くの人を犠牲にはできないと思っているのである。
「わかりました、言われたようにします」
「助かるよ」
「ただ・・・」
「ただ?」
話がまとまることに安堵の表情を見せていた市井さんの顔が私の言葉で、一瞬にして曇ったものへと変貌した。
- 620 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:36
-
「私は、絶対にごっちんを可哀想な目にはあわせません」
「もちろん、そうしてくれるとありがたい」
「そういう意味じゃありません、絶対に私が市井さんを守ってみせます。
だから、全部のケリが付いた時に市井さんの口からごっちんにすべてを話してあげて下さい」
「・・・・わかったよ。好きにしなよ」
そう言って立ち上がった市井さんは、扉を開け、ごっちんを迎え入れた。
何を話していたか執拗に聞くごっちんを手慣れた感じであやすと、階下へと移動を始めた。
それを横で見ていたミキティや加護ちゃんを連れて、私も後を追いかけていく。
階段を降りると、そこには先程いた福田明日香の姿はなく、安倍さんと石黒の姿があった。
「紗耶香、そろそろ迎えに行こうと思っていたんだ」
黒マントを羽織っていた石黒は、数メートル離れた先から、瞬間移動でもするかのように、市井さんの真横に現われていた。
- 621 名前:第6章 決断 投稿日:2004/07/31(土) 15:36
-
「紗耶香」
「なっち、後のことは頼んだよ」
必要最低限の会話。
それでも、すべてを理解したのか、二人の表情に曇りはなかった。
「じゃ、後藤。これでお別れだ。
吉澤、あとは頼んだ」
そう言って、ごっちんを私に預けようとするが、当の本人はくっついて離れようとはしなかった。
それを無理矢理剥がし、私へと預けた市井さんは、石黒と共に更に階下を目指し歩いていった。
「いやだよ!
離してよ、よしこ。
いちーちゃん、私はいちーちゃんがいないとダメなんだって。
ねぇ、聞いてるの?
いつかみたいに、後藤の頭を撫でてよ。
いつかみたいに、後藤と話をしようよ。
いつかみたいに・・・・・・」
最後は涙と嗚咽で何を言っているかわからなかった。
私自身も見たことがない程、取り乱したごっちんについ、掴んでいた力が緩くなってしまった。
私の手をすり抜けたごっちんは、涙を零しながら市井さんに近寄っていく。
そして、こちらの様子に気付いた市井さんが振り返った。
そこへ抱き着こうとした瞬間、市井さんの姿は石黒ともども消え、ごっちんは床へと倒れ込み、声をだし、泣いた。
その姿を見た私達は、声をかけることができず、ただその場に立ち尽くし、ごっちんの声だけが辺りに響いていた。
- 622 名前:しばしば 投稿日:2004/07/31(土) 15:42
- 更新終了
まぁ、なんとなく上げておきます。
これでようやく6章も終わりなんですが、消化不良は7章に持越しです。
次の章がかなり重要になる予定なので、更新するのが遅れると思いますが、ご容赦のほどを。
まぁ、7章を短くしてもいいんですけどね。
さて、次の閑話ですけど、藤本編と加護編の二つでいくことに決めました。
なので7章よりもこっちが先に上がりますけど、期待せずお盆くらいまでお待ちください。
そして、大谷さんを名無飼育さん、今回はごめんなさい。
次へ持ち越しとさせていただきます。
- 623 名前:しばしば 投稿日:2004/07/31(土) 15:47
- レスお礼
>名も無き読者さん
こういう感じに落ち着きました。
まぁ、それぞれの強さで引っかかる部分はあろうかと思いますけど、
全部終わった時には、すっきりしてもらえると思います。
あと、亀さんはもう少し後の方で。
>とこまさん
なんかへんてこりんに凶暴化させましたけど、
果たしてこれでよかったのかどうか・・・
とにかく時間をかけてすいませんでした。
>名無飼育さん
初読みということでありがとうございます。
期待に添える結果となりましたでしょうか、それが気になるところです。
安倍パーティも視点切り替わっていますけど、よければ感想ください。
閑話は、ぼんさん書くことに決めました。
リクありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
- 624 名前:しばしば 投稿日:2004/07/31(土) 15:48
-
今回は一応隠しということで・・・
- 625 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/03(火) 19:42
- 更新乙彼サマです。
やりますな、皆さんw
さらに何やら色々あるようで・・・。
閑話も次章も楽しみに待ってます。
- 626 名前:konkon 投稿日:2004/08/03(火) 22:23
- 金版で書いてるkonkonといいます。
今日一日で読み干すほどとてもおもしろいです。
ごっちんがんばって〜
- 627 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 01:51
- おう、いがいな転回ですね〜。
ますます続きが楽しみです。
- 628 名前:とこま 投稿日:2004/08/22(日) 15:42
- 更新お疲れ様です(遅っ
意外な展開が・・・。
次回も楽しく待ってますよ。
- 629 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 14:56
-
にわかに城内が騒がしくなる。
それは中澤さんと平家さんが、風、土、水、火の四国の全国民に向け、発する御触れを読み上げた時だった。
城内には、風・土の騎士団のみが呼び出され、その言葉を聞いた。
御触れには、風・土・火・水の四カ国間での事実上の平和条項が盛り込まれている。
その場の兵士の数と全国民とを比べるのはどうかと思うが、それでもこの騒ぎ方は半端ではなかった。
戦いがなくなり喜ぶ者、仕事がなくなると嘆く者・・・・・・その様子は様々あれど、皆心の何処かでは望んでいたことであろう。
しかし、戦いがなくなったわけではない。
まだ、闇の民族との戦いが残っている。
ただ、それに向け、本当に戦う意思がある者のみで戦うということを決めたため、今の状況を迎えている。
そう、この御触れの発表は来るべき聖戦への最初の一歩だ。
- 630 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 14:57
-
ごっちんは、あの時、泣叫んだまま意識を失ってしまった。
それを私とミキティで、交互に運びながら移動することになった。
しかし、私達が火の国の城から出た頃には、外での戦闘は終わりを迎えていた。
なんなく風の城へと辿り着いた私達は、そこであゆみ達と合流することができた。
しかし、合流したのも束の間、すぐさま中澤さんに呼び出され、皆と話すことなく、紺野と二人でその場を離れることになった。
中澤さんが待つ部屋に入ると、そこには中澤さん、平家さん、稲葉さんを含んだ風・土の騎士団長が勢ぞろいしていた。
中には見たことがない人もいたが、名前ぐらいは聞いたことがあった。
そして、もう一人。
安倍さんの姿が中澤さんの横にはあった。
「よし、揃ったな」
平家さんが全員いることを確認すると、中澤さんが腰をあげた。
「今回の戦闘、みんな御苦労やった。
まずは、お疲れさん。
それでや、早速やけど、ここにおる安倍のことはみんな知ってるな」
その言葉に頷く一同。
それを確認すると、中澤さんは何もいわずに安倍さんを前に出した。
「水の国の将軍だった安倍なつみです。
今回は、こちら側の武力による侵攻により、多大な被害を与えました。
これはお詫びして済むことではないことは重々承知しています。
それでもこの戦いを回避できなかったのは私の責任です。
すいませんでした」
そう言って頭を下げた安倍さんに、中澤さんと平家さん、稲葉さんを除いた全員がたじろいた。
しかし、一同の驚きを尻目に安倍さんは頭をあげ、言葉を続けた。
- 631 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 14:57
-
「今回、私がこの場に立っているのは、この風・土の同盟に我が水の国も加えてもらうためです」
その言葉には、一部で動揺が走った。
矢口さんや大谷さんは、なにやら頷いている。
何か知っていたことでもあるのだろうか?
「あれじゃないですか?
水の国は火の国と同盟を結んだんじゃないですか?
それなのに、勝手なことしてもいいんですか?」
様々揃った面々のなかで一番若そうな娘が丁寧に手をあげて発言した。
「それに関しては、すでに破棄しました」
「でも、そんなに簡単に破棄するような所と同盟なんて結べないと思うんですけど」
口調こそ柔らかいが、言っていることに間違いはない。
おそらく、この娘が矢口さんが教えてくれた松浦という少女だろう。
その可愛らしい容貌とは似合わず、かなりの切れ者だといえる。
「それを承知でお願いしています。
それに、これには火の国の意思も含まれています」
「じゃ、破った時はどうするんですか?」
「亜弥」
やりとりを平家さんが止める。
それを見た中澤さんは、安倍さんを後ろに下げるともう一度、自分が前に歩み出た。
「うちらは、この申し出を受けようと思っとる。
元々、L.Sやったこともあるよって、うちと平家、稲葉は安倍とは仲間やった。
昔の仲間が裏切るとは思いたくもないし、安倍はそういう娘ではない。
いつ戦場であっても、正々堂々と勝負をする娘やった。
そうやな、大谷、矢口」
その問いかけに頷く、二人。
- 632 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 14:58
-
「や、松浦は、反対だったわけじゃないんですよ。
ただ、その覚悟がどこまであるのかを確かめたかっただけですよ」
「責任はうちら三人がとる。それならいいか、松浦?」
悪びれる様子もなく、少女は元気よく頷いてみせた。
「じゃ、他に反対の者?」
この質問は、するまでもなかった。
皆一様に顔を見合わせるが、何かある様子はなかった。
「それでやな、さっき松浦からも火の国のことが出たけど、火の国に関してはすでに将軍はおらん。
そして、その将軍は安倍にその権限すべてを渡した。
そうやな、安倍」
中澤さんの言葉に頷いた安倍さんは、今度は前に出ず、その場で口を開いた。
「火の国の将軍は、自国の民の命と引き換えに、闇の民族へとただ一人で向いました。
そして、その民、兵に関する権限は全て同盟国であった我が水の国、つまり私に託されました。
先ほど提案させていただいた同盟要望は、水・火、二国からの要望だと考えて下さい」
「まぁ、そういうことや。
つまり、これで一段落はついたことになる」
その言葉に一同安堵の表情を浮かべた。
「他に、そっちから聞きたいことはあるか?」
安心しきった団長さん達に平家さんがおもむろに発した。
一度弛んだ表情を一瞬で元に戻した団長さん達の中で、一人手をあげた。
「あの同盟のことじゃなくてもいいんですか?」
「かまわんけど」
「以前、武術大会の時に割り込んできた変な敵。
中澤さんが言ってたL.Sのコピーのことをもう少し詳しく教えてくれませんか?」
手をあげたのは大谷さんだった。
- 633 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 14:59
- 聞こえてきた声に少し戸惑いながら、中澤さんは渋々口を開いた。
「それに関してはこっちもわかってないことが多い。
でも、今回松浦が送ってきてくれた奴を検証することで新しく何かわかってくることもあるかもしれん」
最初にそう述べた中澤さんは順番に話を始めた。
以前捕まえることができたのがオリジナルである事。
それになんらかの方法を用い、コピーを造り出している事。
そこへ石黒彩がもっていたL.Sメンバーの能力を附随させている事。
ここまでは、何度か聞いた事があった。
そこへ新しく得られた情報だと前置きした上で次のような説明を加えた。
ある程度の傷を負わせると理性を失い、体型が大きく変わること。
そして理性を失う分、身体能力が大きく増すこと。
すでに何体か確認されているが、その力がまだ不十分であること。
最後に相当強い自己治癒能力を秘めていること。
「これ以上の事は、わかり次第みんなに伝えようと思う。
これでええか?」
「他に誰か?」
問いかけに頷いた大谷さんを確認した平家さんは、続けて質問を受け付けた。
しかし、大谷さん以外、質問をぶつける者はいなかった。
「それじゃ、これで話は終わりやな。
あと、火と水の国の兵に関しては後から振り分けるよって。
連絡があるまで待機しといてくれ」
その言葉にぞろぞろと部屋を出ていく団長さん達。
私も例に漏れず部屋を出て行こうとした時、やはりというべきか、中澤さんに呼び止められた。
- 634 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 15:00
-
しばらくして、部屋にいた団長さん達が全員いなくなったところでもう一度話は始まった。
残ったのは、中澤さん、平家さん、安倍さん、稲葉さん、紺野と私の六人。
「さて、まだ詳しい話は聞いてなかったから、簡単に今までの経緯を説明してくれるか、なっち」
「最初は、なんの相談もなく風・土を攻撃することが報告されたんだ。
で、細かな計画表みたいな物が提出されて、その通りに計画は遂行されていった。
何のことかわからず、私の決断を窺うことなく進んでいく計画に不審に思った私は、紗耶香を極秘に呼び出して、話を聞いたんだ。
すると、紗耶香や私が関与していない部分で物事が進められていることに気付いたの。
そこで、私達二人は、提出された計画を前倒ししていくことに決めたの。
紗耶香は水の国の意思を無視して、二国を引っ張っていく。
私は何も聞かされず、不満を持っているように見せる。
表向きはそうしておくことで、紗耶香の方に黒幕がよっていくようにね。
これは、私達二人しか知らないこと、この時点では」
ここまで話した安倍さんは一息付き、間を置いた。
話を聞いている他の人は思い思いの格好で耳を傾け、続きが始まるのを待っている。
「そして、提出された計画よりも早く戦闘が始まった。
ここからは、二人で話し合った別の計画が進行し始めた。
私は戦闘が始まり、しばらくしてから火の国との同盟から離脱する形で休戦を申し出ることにした。
これは、吉澤さん達が来てくれたことで、物事が進みやすくなった。
それと同時にこの時、私は独断で福ちゃんだけには全てを知らせるため、使いを出した。
そして、休戦を記した書状を梨華ちゃん達に託して、私達は火の国へと向かう。
ここまでは紗耶香と私だけの計画通りに進んでいた。
それでも、いざ火の国の城に辿り着いてみると、事態は思わぬ方向に進んでいたの。
いや、結果的に黒幕が紗耶香についたことは成功だったといえると思う。
けど、その黒幕が・・・」
「あやっぺやな」
最後の部分で口籠った安倍さんの代わりに中澤さんがその名を呼んだ。
安倍さんはその言葉にゆっくりと頷いた。
- 635 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 15:01
- 「最後の最後であやっぺが顔を出し始めた。
それで、こっちの考えを見透かしたように紗耶香を引き抜いていった。
でも、これもこっちの計画通りだった。
もちろん私達だって相手が闇の民族であることも視野に入れて行動してきた。
本当にいざって時は、紗耶香が囮になるって言い出した。
どちらかがそうならなきゃダメなことはなっちもわかってたから、仕方なく紗耶香にその役を譲ることにした。
だから、紗耶香が今、闇の民族の元へと連れられていったのは、こっちの思惑通り」
「と、いうことは闇の民族が関わってきていることは間違いないんやな。
まぁ、即興で考えた割には進め方は間違ってなかったと思う」
話し終わった安倍さんをいたわるような声で話した中澤さん。
その眼差しは、子どもを見守る母のような印象を受けた。
「それともう一つ。
向こうにはあやっぺと紗耶香の他に福ちゃんもいるんだ」
「明日香が?」
この時、それまでだまって推移を見守っていた平家さんが初めて口を開いた。
「そう。
福ちゃんは、紗耶香と違って自分の意思で向こうを選んだみたい」
「なんでや。何で自分から」
「最後にあった時、福ちゃんは決着がつけたいって言ってた、いろんなものに。
そのためには、敵でいることの方が都合がいいって」
「明日香・・・」
平家さんは何かを考えるように何度も頷きながら、一つ息を吐いた。
同じ大陸最強の名を持つ者同士、思うこともあったのだろうか。
- 636 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 15:01
-
「まぁ、誰がどこにいるって事は置いといて、これからどうするかを考えやないかんな。
とりあえずは、火と水の兵を振り分けることを考えやないかんけど・・・
なんかいい案なるか、あっちゃん?」
「それならすでにいくつかのパターンを用意してあります」
「ちょっといいですか」
それまで静観していた紺野が手をあげて、稲葉さんが話しはじめるのを制した。
「これからの当面の目標としては、市井紗耶香さんを救出する。
その後ろに控える大きな目標として闇の民族との決着をつける。
これでいいんですよね?」
「あぁ、そうなるやろな」
「それなら、無意味に人を増やしていくよりも、本当に戦っていく意思を持つ人をきちんと振り分けた方がいいと思うんですよ。
そのために、全ての人にきちんと説明をして、別の隊を結成することを視野に入れた方がいいと思うんですけど」
確かに紺野の言うことは間違いでないと私も思った。
人数が多くなると、どうしても行動の迅速性に欠ける。
「間違いじゃないな。
でも、その別の隊はもうあるやんか、あんたらのL.Sが。
もちろん、さっき紺野がゆうてくれたように戦う意思を持つ者を集めた方がいいとうちも思う。
でも、闇の民族と戦うだけが騎士の本分じゃない。
戦いに出向いている時は、自国を守る人間が必要やし、守る前に警護する人間も必要やし。
いて無駄ってものでもないからな。
ただ、今あるところに人を詰め込んでいくんじゃなくて、一回全部を解体して、もう一回、一から組み立てる必要はあると思う。
で、そうゆう準備ができてるんやろ、あっちゃん?」
「当たり前やんか、何年の付き合いやと思っとるの」
- 637 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 15:02
-
先走りをしてしまったことを後悔する表情を見せた紺野は、恥ずかしそうに俯いてしまった。
それでも新しい話題に入るとすぐに顔をあげた。
「で、後藤のことやけど。
よっさん、そこらへんはどう?」
「そうですね。
市井さんが行ってしまったことで精神的にまいってる部分が大きいと思います。
でも、それはうち達で何とかするつもりです」
「じゃ、よろしく頼むわ。
あと、わかってるやろうけど、さっきなっちが話してくれたことは教えたらいかんで。
立ち直らせるには、自分の力で取り戻すと思うことが大事や。
そこんところだけ、注意してくれ」
「はい」
ごっちんのことを話し終えると、次々と話が消化されていった。
その中でも話の大部分を占めたのが、騎士団員の編成及び振り分け。
- 638 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/01(水) 15:02
- いくつかの新しい役職に人が埋まり始めた時、急にドアが開かれた。
「あさみ、どうした?」
「すいません、ノックもなしに入ってしまって。
それより、大変です。
つい、今し方、闇の民族から風の国に対して予告状が届きました」
「予告状?」
「これです」
少しふやけた紙が手渡された。
外は雨でも降っているのであろうか。
中澤さんは、ざっと一人で目を通すと、ゆっくりと読み始めた。
「『永き時間に渡り我々は苦しい時を過ごしてきた。
が、その苦しい時代にあっても復讐の機会を窺っていた。
それが、邪神様の復活により、大きく前進することとなった。
そして、戦力が調った今、今まで我々に苦しみを与えてきた者達へと復讐を開始することとした。
その標的となるのは、風・土・水・火の四国。
今のうちに逃げられる者は逃げるがいい。
ただ、我々はどこまでも追い掛ける。
この世界に闇の民族だけが生き残るために、不要な者をすべて抹殺する。
それまで恐怖に抱かれて、残りの人生を過ごすがいい。』」
読み終えた中澤さんは持っていた紙をくしゃくしゃに握りしめていた。
「予告て、これじゃただの・・」
「そうや、宣戦布告や」
- 639 名前:しばしば 投稿日:2004/09/01(水) 15:06
- 更新終了
いや一ヶ月近くあいてすいません。
そしてもう一つすいません。
前回次は閑話って書いたんですけど、あのままだと閑話を入れる部分がなかったため
短いですが、7章を入れることでワンクッションいれました。
だから次の更新で7章は終わって今度こそ閑話に行くつもりです。
楽しみにしていた方、もうしばらくお待ちください。
ちょっと体調悪い時に書き上げたのでミスがあるかもしれませんが、見つけた方は脳内変換よろしくお願いします。
つじつまが合わない時は、どうぞ罵倒してくださいw
- 640 名前:しばしば 投稿日:2004/09/01(水) 15:14
- レスお礼
>名も無き読者さん
閑話いけませんでした。
なんともはや、ダメ作者ですが
どうかお付き合いのほどよろしくお願いします。
>konkonさん
一日で全部読まれたんですか、それはそれは。
最初の頃は拙い文章(今も)で、すいません。
なんとか更新速度は上げたいんですけどね・・・
今後ともよろしくお願いします。
>名無飼育さん
展開ですか、お褒めの言葉ありがとうございます。
これからどう転がっていくのか、期待に添えるように頑張りたいと思います。
>とこまさん
遅いのはお互い様ですね(失礼)
展開は読んでる方をいい形で裏切れればと思ってます。
だから裏切れるように頑張りますw
あと、このスレ以外で案内板やら狩狩、分類板などで紹介してくださった方
ありがとうございます。
気づくのが遅れましたが、それも糧にして頑張りたいと思います。
- 641 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/03(金) 21:11
- 更新お疲れサマです。
なるほろ、そんな思惑があったんですね〜。。。
なんだか嵐の予感が胸中に渦巻きますが、
続きも楽しみにしております。
- 642 名前:konkon 投稿日:2004/09/05(日) 13:08
- 更新されてるー!
もちろん今回も楽しく読ませていただきましたよ♪
いよいよ闇の民族との戦いが始まるんですね。
ごっちんがんばって・・・
次の更新楽しみにお待ちしております!
- 643 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:34
-
その言葉を聞き、皆の中に沈黙が流れた。
しばらくして、重苦しい雰囲気の中を稲葉さんが口を開いた。
「姐さん、これはいよいよ準備がいるとちゃう?」
「そうやな・・・」
そう言って安倍さんの方を見た中澤さん。
「水と火は大丈夫だよ。
水は私が、火は紗耶香がごっつぁんに渡したらしいし」
視線に気付いた安倍さんは、簡潔に中澤さんが思っていた問に応えた。
「そぉか・・。
あさみ、いますぐカオリ呼べるか?」
「この前、匂いを覚えたから大丈夫だとは思いますけど、
最低でも一日は必要かと」
「その必要はないよ」
先ほどあさみさんが出てきて、開かれたままになっていた扉に飯田さんが立っていた。
入れ代わるようにあさみさんは外へと出ていった、
今度はきちんと扉を閉めて。
「私の所にも紙が届いたよ、どうやって居場所を調べたかは知らないけどね」
「わかっとるなら話は早い。
早速やけど、風と土の封印も解きたい。
あの娘をよこしてくれんか」
「もう連れてきてるよ。
田中ー、入っておいで」
飯田さんに呼ばれて出てきたのは、私よりいくらか若い少女だった。
このような若い少女に何ができるのだろうか。
そんな私の考えをよそに彼女は挨拶を始めた。
「れいなと言います。
呼ばれた理由はわかってます」
「久しぶりやな。あんたの仕事は明日以降になると思うから、今日はよう休んでくれ」
そう言ってれいなと名乗った少女は、中澤さんが呼んだ騎士に連れられていってしまった。
- 644 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:35
-
「で、カオリ。
向こうはどうくると思う?
なんか見えたりするか?」
「わからない。
でも、向こうも準備が全て整ったとは考えにくいね。
以前邪神の封印を解いたって声明が出たけど、あれは正確には封印を手に入れたのであって
その封印を解くまでにはいたってないんだよ。
それこそ、封印が本当に解かれたんだったら、今頃全ては終わってるよ」
「ということは、まだ少し時間があるってことか?」
「そう考えるのが妥当だろうね。
向こうにもいろいろと知識が集まってきてるみたいだけど、あの封印は簡単に解けるようなものじゃない。
光の神が施した封印だよ、人の手で簡単に解ける代物じゃないよ。
でもそろそろ自然に解けかけてきてもおかしくないのも確かだよ。
私が過去に見た封印だと、あと・・・一ヶ月もつかどうか」
「ということは、あちらはいくらか前倒しで計画を進めている。
それか、今すぐに封印を解く何かを手に入れたってことやな」
「おそらく」
「後者じゃないことを祈るしかないか・・・」
飯田さんの話が本当なら、こちら側に残された時間は一ヶ月。
だが、封印を解く前に相手が攻めてこない理由もないため、封印を解く解かないに関係なく、時間的な制限はほとんどないといえる。
それでもこの場にいた人達は慌てる様子はない。
紺野もその例に漏れることなく、今は稲葉さんと何やら話をしている。
「じゃ、こっちも早急に手を打つために組織をきっちりと作っておくか。
まずは、そこからやね」
ゆっくりと立ち上がった平家さんはやるしかないと表情を作り、みんなもそれにつられるようにして立ち上がった。
「話聞いとるのかわからへん顔しとるのにおいしいとこだけ持ってくからな〜
みっちゃん」
嫌みたらしく平家さんを肘で突いた中澤さんはどこか嬉しそうだった。
それから先ほど中断した新しい枠組みの話に終止し、解放されたのは夜も深けた頃だった。
- 645 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:35
- その帰り道___
私は、疑問に残ったことを紺野に聞いていた。
「さっきのれいなって娘は何する娘なの?」
「あの娘は、唄人≠ナす」
「うたひと?」
「そうです。
あの娘でしか神の封印を解くことができません」
なるほど、あの娘は神の封印を解くために必要な娘なのか。
でも神の封印を解くとか中澤さん言ってたっけか。
「神とか誰か言ってたっけ?」
「はい。
中澤さんが風や土と言ってたのは、全て神のことですよ。
れいなさんは封印状態にある神に唯一話しかけることができる民族の代表なんですよ。
父のように力強い歌声は、神を起こし
母のように優しい歌声は、神を眠らせることができる、といわれています。
さらにその民族は、太古に光と闇が対決した時に唯一光の神を手助けした人だと言われています」
「なるほどね?」
とにかく必要不可欠な娘のようだ。
この事とは別にもう一つ聞いておかなければならない事があった。
「さっきので国の話はまとまったけどさ。
うちらとしては、どうするのが一番かな?」
この問には紺野自身も考えていたのか、少し考えてから慎重に話し始めた。
「そうですね。
どうすればいいか・・・・さっきの話し合いの中で私の提案の部分で中澤さんは私達を随分と重要な所に必要としている事が伺えました。
重要なところを任される私達に必要な事は、個々の力をあげるしかないと思います。
それこそ、過去のL.Sが一騎当千の力を持っていたように」
「一騎当千か・・・」
「そのためには、まず後藤さんをしっかりと立ち直らせてあげる事が必要ですね。
それからきちんとした人に学ぶこと」
「きちんとした人ね〜」
話もそこそこにもう玄関まで来ていた。
- 646 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:36
- 最後の言葉を口にしながらドアノブをひねった私は、ゆっくりと中に入った。
家の中は、いくつか灯りが消されていたが、大きなテーブルの所に何人かいるのがわかった。
「あ、おかえり」
聞こえてきた声があゆみのものだとすぐにわかった。
簡単に言葉を返すと近くの椅子に腰掛けた。
テーブルに残された灯りによると残っていたのは、あゆみと梨華ちゃん、ミキティそして亀井ちゃんの四人だった。
私の横に座った紺野は、少し眠そうに目を擦っていた。
「どうだった?」
その言葉に城で話し合った事を簡潔に伝えた。
安倍さんが受け入れられた事を聞いた梨華ちゃんは嬉しそうに手を叩いて喜んだ。
しかし、その声も上で寝ている娘達が起きないような小さな声だった。
それでも嬉しさが溢れているのは、そのはしゃぎ方でわかった。
「それよりもごっちんは、どこにいるの?」
「上の私達の部屋で寝てる。
で、加護ちゃんがずっと見てたんだけど、加護ちゃんも途中で寝ちゃってたからみんながいる部屋に寝かしておいた。
あとの娘は、みんな寝てる」
「そっか。あれからどうだった?」
私の言葉にミキティが少し不機嫌そうに答えた。
「大変だったよ、ホントに。
目が覚めたら暴れまくったよ。
ただ、石川さんがなんか紙みたいなモノを見せたら、すぐにおとなしくなったんだけど。
それから、ずっと誰とも話さないで、今にいたるってわけ」
ミキティが説明している途中で石川さんと呼ばれた梨華ちゃんは、「美貴ちゃん、梨華って呼んでよ」とバシバシ肩を叩いていた。
それを意図的に無視しているのか、扱いがわかっているのか、ミキティは慣れたようにあしらっていた。
- 647 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:36
-
「で、梨華ちゃん、その紙って何さ?」
「あぁ、これのことでしょ」
そう言って、ポケットに折り畳まれていた紙を二枚取り出した。
その紙にはいつか見た文字が記されていた。
「それ私も見せてもらったんだけど、私達もやってもらった飯田さんの占いの結果の紙だと思うんだけど」
あゆみが言うのを聞きながら、渡された紙に目を通す
『自らも迷う中であなたは種を手に入れる
次に起こる争いの中であなたは多くを得、何かを失うだろう
だが、全ては自分の為である事を忘れてはいけない
そして4行の1つが欠けた時、自分の思いを初めて知ることになる
深い悲しみの中で自分の思いを達成するため、自分自信を奮い立たせるだろう
その思いを継ぐために』
「こっちは、どっちの方なの?」
「それは、私の。ごっちんのはこっち」
『ふとした事であなたは種を蒔く
楽しい日々が終わりを迎える時
大切なモノを失ったあなたは悲しみにうちひしがれるだろう
しかし、争いの日々の中に自分の信念を見つける
その信念はあなたの生きる意味となり、価値となるでしょう
だが、4行の1つが欠けた時に再び大きな悲しみと絶望に包まれる
そこから出る術はすでに自分の中に根付いていることを忘れてはいけない』
「また種≠チていう単語が出てきますね」
横で眺めていた紺野がぽつりと漏らした。
その言葉を聞き、あゆみは急いでテーブルの近くにあった棚から紙を二枚取り出した。
- 648 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:37
- 「これって私達二人も関係あるってこと?」
「どうでしょう。
ただ、関係ないとは言いにくいですよね、ここまで似ている単語が出てきてるわけですし」
確かに紺野の言う通りだった。
私とあゆみのを比べた時にも感じた事だが、共通して種≠ニ4行≠ニいう単語が出てくる。
「これの種ってさ、亀ちゃんじゃないの?
よっすぃ?の方は、話を聞いた限りだと愛ちゃんじゃない?
後藤さんの方は、あの様子だと加護ちゃんで、
石川さんは・・・・・辻ちゃん?」
私から紙を取り上げたミキティは、さも当たり前のような顔で言った。
「そうか。
そうですね、藤本さんの言う通りかもしれませんね。
そして4行とは、これから起こる戦いのことをさしていると考えられますし」
「4行って何?」
それまで蚊屋の外にいたはずの梨華ちゃんが、不思議そうに声をあげた。
「それはですね、火・水・風・土の四つの神のことで。
つまり、今度の戦いでは神の力を借りて闇の民族に対抗しようということです」
ここまで話すと、紺野は先程私が話したのとは別にもう少し込み入った説明を始めた。
それでも、宣戦布告があったことはまだ教えていない。
これは、中澤さんから止められている。
明日の朝、国からの発表があるまで誰も知らないことにしておきたいとの事だった。
「話し戻すけどさ、要するにこの紙に書いてある内容を理解してごっちんは落ち着いたってこと?」
「そうだと思う」
ということは、いくらかマシといったところか。
取り乱した時の対処法があるならそれにこしたことはない。
いくつか疑問が消えた辺りでみな徐々に寝室へと向かっていった。
残ったのは、あゆみと私だけになった。
- 649 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:38
- 「うちらも早く寝ないとね」
そうあゆみに呼び掛けるとあゆみは、どこかにしまってあった布団を二組運んできた。
「なんで布団持って来るの?」
「だって、梨華ちゃんとごっちんに私達の部屋かしてあげたから、私達はここに寝るしかないよ」
いよいよ、人が溢れてきたらしい。
もともとあゆみの両親と私達二人で住んでいた家だけに、そんなに人が入るようなスペースはない。
仕方なく、敷かれた布団に寝転がると、一つを残して他の灯りを消した。
「私達が城に行ってから、誰か来たりした?」
ギリギリ横にいるあゆみが確認できる灯りの中で私はもう少し話を続けたいと思った。
「えーっと、ひとみ達が帰って来るちょっと前まで矢口さんとお姉ちゃんが来てたよ」
「そうなの?なんか用あった?」
「いや、亀ちゃんの事をお姉ちゃんが聞きたかったらしくて、だからその説明をしてた」
「あぁ、亀井ちゃんがなんとかの生き残りだって話?」
その話なら私も紺野に聞いたので覚えている。
ただ、興奮気味に話してくれた紺野が印象に残っていただけだが。
「魔封師だよ、魔封師」
「そう、それそれ。
それはなんかすごいことなの?」
「私も飯田さんに少し聞いただけだから全てはわからないだけど、あのね‥‥」
それからあゆみは魔封師の事について説明を始めた。
従来、武術で戦う者にも微弱ながら、魔法を使うようになる資質があるらしい。
しかし、ある民族に限り、その資質がまったくゼロで生まれてくる可能性があるそうだ。
その魔法を使う資質がない者が魔封師になれるのだそうだ。
魔封師とは、封じた力を利用して魔法を使う(返す)ことができ、その封じる量は、自分の力量に関係してくるらしい。
また、他に反射もできるらしく、反射の方がより大きな力にも対応できるらしい。
さらに封じた力を他人に渡す事もできるらしい。
そしてある特殊な方法を使うことで、封じる量を増すことができるらしい。
ただ、その民族も太古の昔に絶滅したとされているらしい。
「あぁ、難しい話するから眠くなってきたよ」
「はいはい、悪かったですね。
それじゃ寝てください、リーダーさん」
そう言って私とは反対側を向いたあゆみは、灯りを消してしまった。
- 650 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:39
-
翌日、ごっちんと加護ちゃんをおいて、城に向かった私達の目の前で新たな御触れが発表された。
そして最後に闇の民族から送られてきた書状が読まれた。
その内容に戦々恐々とする民衆。
それを聞いていた私と紺野を除くメンバーも最初こそ民衆と同じような反応を示していたが、徐々に恐怖とは少し違った表情を見せ始めた。
横にいた高橋は、辻ちゃんと拳を突き合わせている。
その顔は、まるで今から喧嘩をしにいく悪ガキのようだった。
あゆみはその手を亀井ちゃんとしっかり結んでいる。
それは、新しく増えた守るべき人を大事に抱えているようだった。
梨華ちゃんはいつの間に仲良くなったのか、紺野と何ごとかを相談している。
その光景は、微笑ましく、そしてたくましく映り、梨華ちゃんの立ち直りの早さを再認識させた。
最後に私と目が合ったミキティは、何を話すでもなくただ頷いてみせた。
それぞれが意味を見いだした私達に中澤さんの声が聞こえた。
「時は来た。いずれつける決着が早まっただけ。
我ら4行の神に守られし光と、邪神を信じる闇とは相容れぬ存在。
ならば、決着をつけるのみ。
数百年前に引き分けた戦いは今、ここに蘇り、新たな争いがすぐそこまで迫っている。
今回の戦いに引き分けはない。
お互いどちらかが消滅するまで勝負をつけなければならない。
戦う意思のある者は剣をとれ。
死にたくない者は、咎めはしない、即刻国を出るがいい。
ただ、闇の民族が勝利した時、世界が滅びる時である」
順調に読み上げていた中澤さんの声が途切れた。
しかし、しばらくしてから再び、話しを始めた。
- 651 名前:第7章 宣戦布告 投稿日:2004/09/13(月) 11:39
-
「うちらが負けたらそれで終わりや。
ただ、死ぬかもしれん戦いに戦う意思がないものを無理矢理連れていくわけにはいかん。
こればっかりは、国がどうこうという問題でもないし、だから、本当に戦いたくない者は、騎士団を抜けてもらっても構わん、国を出ていってもらっても構わん。
もしかすると死なんでいい奴を見殺しにしてしまうこともあるかもしれん。
でも、うちは戦おうと思う。
待っとったってなんの解決にもならん。
それなら何かして自分達で動かしてみようとうちは思う。
泣いても笑ってもこれが最後の争いになるやろ。
いや、最後の争いにしやんといかんのや。
だから、戦う意思のある者だけで構わん、うちについてきてほしい」
最後の部分を言い終わると周辺を所狭しと埋めていた民衆が一瞬静まりかえった。
そして次の瞬間、大きな歓声が沸き起こった。
「ほんまに、ありがとうな」
そういった中澤さんの声はどこか感極まった感じがあった。
一層高まる歓声は、四つに別れていた国が一つに戻ることを予感させた。
こうして、聖戦への第一歩は踏み出された。
- 652 名前:しばしば 投稿日:2004/09/13(月) 11:42
- 更新終了
これで7章は終わりとなります。
次回更新からやっとこさ、閑話に入ろうと思います。
まぁ、今回は今まで一番書くのが早かったかもしれませんね。
ただ、その分、ミスったところもあるかもしれないので、その時はどうぞ質問してください。
少し詰め込んだ気はしますが、それはいつかはしなきゃ駄目だったものが今になっただけです。
- 653 名前:しばしば 投稿日:2004/09/13(月) 11:48
- レス御礼
>名も無き読者さん
なんかずいぶんと説明文が続いた気がしますので、
次章から動いていければいいな〜と思います。
厳密には、まだ説明し足りないのがいくつかありますけどね・・・
あと、嵐が起こせるかどうかは、作者の技量次第です・・・
HPの方(特に日記)も見てますので、頑張って下さいね。
>konkonさん
楽しんでいただけましたか、それはよかったです。
次回更新からは本編と少し離れますが、そちらのほうもお楽しみください。
- 654 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/14(火) 23:09
- 更新お疲れ様です。
来たぁ・・・。w
こーなんか、前回胸中に渦巻いてたモノがさらにぐるぐると。。。
楽しみだぁ♪
次回も期待してます。
- 655 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/16(木) 23:07
- いや〜盛り上がってきましたね。
ごっちんと梨華ちゃんの占いの結果が出てきたり、新たな戦いの始まりを機に最初から読み直してみました。
ほんとに面白いですね。
閑話も楽しみですし...
わくわくしながら更新お待ちしております。
- 656 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/18(土) 03:15
- 乙
- 657 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/09/22(水) 14:21
- おもしろいです
- 658 名前:とこま 投稿日:2004/10/23(土) 18:36
- 楽しみに待ってますよ。
- 659 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/23(土) 23:21
- houti?
- 660 名前:しばしば 投稿日:2004/10/24(日) 01:35
- え〜っと作者です
すいません
最近パソコンの前に座ることが少ないもので‥‥
単純に時間がなくて書けてないだけです
なんとか今月中には更新できたらいいなと思います
現在鋭意制作中ですので、もうしばらくお待ち下さい
あと大変勝手ですが生存報告に対するレスはみなさんの心の内にしまっておいて下さい
それでは、近いうちに
レス返しもそのときにします
- 661 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:21
- 「お先に失礼するわ、なかなか面白い話だけど、眠気にはかなわないから」
「私も先に失礼します。ちょっといろいろ考えてみたいですし」
そう言ってテーブルを離れたあの人。
それを追い掛けるように私は、部屋を出た。
ある程度慣れていた明るさから真っ暗な場所に出て、ほとんど見えない状態の中を勘を頼りに歩いた。
・・・・ボフ。
「痛」
「あっ・・・・」
眠くけだるそうな声をあげたのはもちろんあの人だった。
「よかった、藤本さんで」
「どういうことよ」
どこで手に入れたのか、いつの間にか灯りを手にしていた藤本さんはいつもの冷たい顔をしていた。
「そんなことよりですね」
「そんなことってどんなことよ?」
「それはいいですから、それよりいくつか聞きたいことがあるんですけど」
「うーん・・・じゃ部屋までいこっか」
そう言って振り返った藤本さんは、廊下の角を曲がり、近くの扉を開け部屋へと入っていった。
私はそのあとに続き、部屋に入ると、近くにあった椅子に腰掛けた。
- 662 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:22
- 「で、紺ちゃんは何が聞きたいわけ?」
「単純にですね、藤本さんはL.Sに入ってみてどうですか?」
この質問に少し考えながら、藤本さんは口を開いた。
「そうだね、ミキ自身も入ったばっかりだからよくわからないのが本心だけど・・・
この前初めての作戦というか任務があったじゃない。
あの時に、ぎこちないってのは感じたかな」
「ぎこちない・・・ですか?」
「そう。
たぶん、初めてって事も関係あったとは思うんだけど。
それでもみんなギリギリの一本の線の上を歩いてる感じがした。
それはミキも含めてだけど」
確かにあの時は私も参加していたが、みんなどこかピリピリはしていた。
それは何が原因なのかはわからなかったが、普段とは違う何かがあった。
「具体的に教えてもらえますか?」
「よっすぃ〜は、なにかプレッシャーみたいなものを感じてたんだろうね。
あゆみちゃんは、亀ちゃんを守るので手一杯で。
亀ちゃんは亀ちゃんでなにか弱々しい気を発していたし。
で、愛ちゃんは自分の場所をわかっているみたいだけど、それでも不安で何かを探っている感じだった。
加護ちゃんと辻ちゃんは、自分の力を見せることに一生懸命だったんだと思うよ。
やたら張切った裏にはそういう思いがあったんだろうね」
「私だって緊張してたんですよ。
それが伝わらないように努力はしてましたけど」
「へぇ〜。
ま、最初にも言ったけど初めてって事もあったし、どうしていいかわからない部分もあっただろうし。
L.Sって名前を知っている者ほどそれは重くなってくるんだろうね。
だからそれぞれ変な空気だしてたんだろうし」
- 663 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:23
- この人は人を観察することに長けた人だ。
これは藤本さんと初めて話した時に感じたことだが、それを今、再認識した。
私もあの空気の中で、自分の事で精一杯で周りがどうだとか考えるひまはなかった。
「やっぱりただのオヤジじゃないんですね」
「いやミキは男じゃないから」
聞こえるか聞こえないかのギリギリの声にも敏感に反応した藤本さん。
この場合、オヤジという意味が単純に性別の事を言っているわけではないことに気付いてはいなさそうだったが。
「そこまで見てたならズバリ聞きますけど、今のLSに足りないものって何ですかね?」
この問いかけにまたも少し考えてから、口を開いた。
「そうだね。
確実に言えるのは、ミキも話しか聞いたことがないけど、初代と比べたら力は劣るだろうね、それも大幅に」
「そうですよね。
史実と照らしてみても一番懸け離れているのは力の差だと思います」
「こればっかりは、不足しているからって大幅なレベルアップは見込めないからね。
時間がかかると言えばそれまでだけどさ、そもそも中澤さんは別として他の6人が強過ぎるんだよ、若いのにさ」
「それは私も思いました。
大体、なんで私と歳がそう変わらない時からずば抜けた力を持ってるんですかね?」
「あれ、知らないの?伝承と継承の話。」
「でんしょうとけいしょう?」
「その顔は知らないみたいだね」
藤本さんは、いたずらっ子のような無邪気な顔をしていた。
- 664 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:24
- 「よーし、お姉さんが教えてあげよう。
いい、まず継承って言うのは自分の力を一部分相手に与えることができるの。
それは腕力であったり、魔法を想像する力であったり、なんでも可能。
複数の人から受けることもできるから国の騎士の間では、頻繁に行われてることだよ。
ただ、この場合に間違えちゃいけないのは、もらえるのは力の上限だけって事なの」
「上限ですか?」
「そう。
仮に二人の騎士がいたとする。じゃ、紺ちゃんとミキで話をするね。
紺ちゃんがどれだけ頑張って修行しても100の力しか出せないとする。
それが生まれてからの紺ちゃんの限界だとする。
で、ミキは少しできる娘だったから120の力が出せたとしよう。
この場合、紺ちゃんはミキに勝てないよね。
これを解消するのが継承。
紺ちゃんが紺ちゃんと同等の100の限界値を持つ人の力を継承できたとする。
すると、紺ちゃんの限界値は200になるよね。
でも、それは力が200になったんじゃなくて、200まで伸ばすことができるようになったってことなの、わかる?」
「要するに、限界値の空白を伸ばすだけで力そのものはまた上げていくことが必要って事ですね。
さっきの話の例だと私の限界値は200だけど、継承を受けた直後は100の力しか出せないって事ですよね」
「御名答。できる娘だね、紺ちゃん。
ただ、継承の場合は、どれくらい力を相手に渡すかを判断することができるの。
で、次に伝承って言うのは、力や知恵の全てを自分が選んだ者に与えることができるの。
渡した方の力はなくなっちゃうけど、知恵はなくなることないけどね。
で、受け渡した者は、ゼロからまた強くなることもできるけど、それをする人はいないんだって。
主に、現役を引退する人が若い人に力を与える方法の事だよ。
で、伝承は継承とは違って、力の空白を伸ばすだけじゃなくてその全てを渡すことができるんだよ」
「なるほど、詳しいことはわかりましたけど、初代L.Sの人達はそれを行ってるって事ですか?」
「十中八九そうだろうね。じゃないと、あんなの認められないよ。
まぁ、さっきの伝承と継承の話は飯田さんの受け売りだからミキも実は良くわかってないんだけどね」
- 665 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:25
-
この話が本当なら誰かから受け継いだ強さが今のLSにも必要ということになるだろう。
ただし、そうそう都合良く力を渡す人がいないとは思う。
その後、数分間じっと考え込んだ私に彼女はヒマそうに問いかけてきた。
「これくらいでいいならミキはもう寝るけど、いい?」
「あ、待って下さい。
いってみれば今までの話は余談ですから、今からが本当に聞きたいことなんですよ」
「んじゃ、さっさとそっちから質問しなよ」
眠さからなのか鋭利なツッコミを繰り出す彼女。
「じゃ、まず、あなたは何者ですか?」
「何者って紺ちゃんも知ってるじゃん、ミキのこと」
「存在の話じゃありませんよ。
ただ初めて会った時は風の国の騎士でしたよね。
でも、二回目に会った時、飯田さんの所にいましたよね。
実際の所、どこよりなんですか?」
「あぁ、そのことか。
そっか、紺ちゃんは平家さんが将軍になってから表に出るようになったから知らないんだね。
ミキはね、どこよりっていうよりも傭兵っていった方が早いのかな」
「傭兵・・・ですか?」
「そう、傭兵。
だから騎士であるわけはないし、飯田さんの従者でもない。
ただ必要とされるところに出向いていくのがミキだから、どこよりっていう意識はないんだよね」
- 666 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:26
- 「じゃあ、一歩間違えれば敵になるってこともあるって事ですか?」
「ん、まぁ、それに関しては否定はしないけど、完全に傭兵ってわけでもないから金で動くわけでもないし、
ミキだって、良くしてくれた人を敵に回そうだなんて考えはないからさ。
それに四つの国がまとまった今、闇の民族に加わらない限り敵になることなんてないけどね」
「そうでしたね、私としたことが愚問でした。
じゃ、矢口さんにいろいろと教わっていたのは、なんでですか?」
「それは、風の国で一番強かったのが矢口さんだったからだよ。
もちろん本当の一番は平家さんだったけど、あの人は、何か他の娘の修業に時間を割いてたからさ。
でも、矢口さんには本当に感謝してるよ。
あの人の実力も相当の物で、ただの背が小さい人じゃなかったよ」
「そうですか」
このタイミングでの話なら、平家さんが時間を割いていたというのは松浦さんのことだろう。
ということは、直接その力を見てないとはいえ、松浦さんの話も興味深いところだ。
「あの、私は直接戦いに参加したことはないんですけど、戦うことに何か意義を持っていますか?」
唐突に差出したこの質問に彼女は考えることなく、話し始めた。
まるで、いつも自分に言い聞かせているように。
「ミキにとっての戦う意義は、ただ欲望を満たしているだけ。
自分の力がどこまで通用するのか。
自分より強いやつに勝つにはどうすればいいのか。
だから、本当は国がどうこうとかあんまり興味がないんだ。
でも、お世話になったところには、きちんとお返しをするようにしてる。
その中で国が拘わってるなら問題はないんだ。
それは、ミキの中で唯一変わってない思いなの。
ただ、誰が一番強いのかには興味あるね」
「ちょっと、話し聞いてる?」
一呼吸おいてから私の目の前で手を降って確認している彼女は、またいつもの怖い顔になっていた。
- 667 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:27
- 「聞いてますよ。
ただ、今までいろんな人とお話をしてきましてけど、なんか印象が違いますね」
「それは、いい意味で、悪い意味で?」
「よくわかりません。
別に藤本さんの意義がおかしいとか異義を唱える気にはならないんですけど。
それでも、中澤さんであったり、平家さん達と話をしてきたなかでは、ちょっと異色ですね」
これが私の素直な感想だった。
確かに、彼女のいっていることにおかしい部分はない。
大勢いる味方のなかでそういう個人の力にこだわる人がいてもおかしいことではない。
ただ、私が知っている彼女はこんなことを口にする人ではなかった。
「結論からいえば、ミキが他の人とは違うととってもいいの?
それなら、気にすることはないよ、それはミキにとって最大級の賛辞だからさ」
「・・・どういうことですか?」
「それは本格的な戦いが始まればわかると思うよ。
それに今の所、みんなの知っている私と紺ちゃんが知っている私は明らかに違うでしょ?」
「そうですよ。
なんでみんなの前では、猫かぶってるんですか?」
「それはミキだっていろいろと考えてるの。
ここだけの話だよ、他言はダメだからね、いい?」
急に表情を変えた彼女は、私が頷くのを確認してから、ゆっくりと話を始めた。
- 668 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:28
- 「ずっと隠しておこうと思ったんだけど、この際だから紺ちゃんだけには話しておくよ。
あの日、私が飯田さんと一緒にこの家に来た時、実はLSに入ることは決まってたんだ」
「えっと、どういうことですか?」
「だから、入ることは決まってたの。
私を入れるために飯田さんはあの日、この家に来た。
厳密にいえば、私をLSに入れて、亀ちゃんの力を呼び起こしに来たんだ」
「ということは………ということはですよ」
「ちょっと待ってよ、まだミキが話してるんだから」
ついつい、いつものくせで自分の見解を述べようとしたところでストップをかけられた。
このあたりが他の人と違う、彼女の私の扱いかたなのだ。
「で、飯田さんにいわれたわけ。
ミキは、自分を出していくんじゃなくて、今はまだバラバラなみんながまとまっていけるような役回りをしろってね。
紺ちゃんが知っているミキは、もっと攻撃的で、さっき言ったような事を平気で口にしたりしたでしょ。
さっき紺ちゃんが感じた異色ってのは間違ってないと思うよ。
紺ちゃんはここに来てからのミキの言動を見て、ちょっとミキが変わったとでも思ったんでしょ。
でも、そうじゃなくて、それは仮の姿だから」
「知らないうちに私まで術中にはまっていたというわけですか」
「さっきの様子だとそういうことになるよね。
実はミキ、団体行動とか苦手だったんだよね。
でも、亀ちゃんとか柴田さんとかああいう人と一緒にいれるなら団体も悪いもんじゃないなって少し思えたよ」
「なんかわけわからなくなってきましたけど、飯田さんには全てお見通しだったって事ですね。
あの人は、一体何者なんでしょうか?」
- 669 名前:閑話5 投稿日:2004/10/27(水) 14:28
- 「それはミキにもわかんないよ。
けっこう一緒の時間を過ごしたけど、正体なんかさっぱり」
「じゃ、なんでこんな大事なことを私に話してくれたんですか?」
「それは、紺ちゃんの事をミキが愛してるからだよ」
「じょ、冗談は止めて下さい」
「紺ちゃんはこの手の話はてんでダメだからね。
まぁ、そういうことだから、ミキはもう寝るね。
おやすみ」
そう言って、半ば無理矢理に話を終わらせた彼女は、押し出すように私を部屋の外へと追い出し、あっさりドアを閉めてしまった。
今回の事で一つ私はまた学ぶことができた。
それは、目指す道は一緒であっても個人の志は違うというところ。
彼女の話を聞く限りでは、中澤さんや平家さんのように何を投げ打ってでもという気持ちではなかった。
また大谷さんのように尊敬する人の力になろうとする気持ちとも少し違った。
彼女が見据えるのは、大陸最強の四文字のみ。
ただ、それを求め、個で強くなろうとした彼女に飯田さんは、輪に入ることを薦めたのではないだろうか。
個で得ることの出来ない力を輪で手に入れるために。
かつて大陸最強の名を与えられた二人の人が個ではなく、輪のなかで育ったように。
ところで、藤本さん。
そこは、私の部屋なんですけど………。
- 670 名前:しばしば 投稿日:2004/10/27(水) 14:32
- 遅れましたが閑話の一つ目です。
次回、もう一つの閑話を挟んでから、本編に入ろうと思います。
あと、前からいってた具体的なキャラ紹介ですが、バレのない程度に
4つの国の人物について作ったので、それもレス返しの後に載せておきます。
あと、今回は少し急いで書いた部分が多いのでつじつまが合ってないよというところがありましたら
質問ぶつけてください。
閑話だから、対象となる人を掘り下げようと思ったのですが、どうしても説明の部分が多くなったので
混乱する人もいるかもしれないですけど、その辺はよろしくお願いします。
- 671 名前:しばしば 投稿日:2004/10/27(水) 14:42
- レスお礼。
>名も無き読者様
本編はひとまずおいて、閑話をお楽しみください。
本編でグルグル渦巻いたものを消化する前に、今まで説明しなかった部分を加えたので
そちらの方がわかっていると、これからの展開に影響がある部分なので楽しめると思います。
あと、作者の技量って問題がありますが・・・
>名無飼育さん
最初からまた読んでもらったようでありがとうございます。
時間がかかるのにすいません・・・
盛り上がったところで時間があいてすいません・・・
本編は今のところまだノータッチなので詳しいことはいえないですけど、楽しんでいたでけるようにがんばりつもりです。
>名無し飼育さん
677と679は同一さんですかね。
書いてないと気にかけてくれる人がいるんだ、と勝手に喜んだ自分がいました。
更新間隔はあくかもしれないですが、放置はしませんので生暖かくよろしくです。
>とこまさん
気にかけてただきありがとうございます。
さっきも上で書きましたが、放置はしませんのでご安心ください。
もう一つ閑話を挟んで本編となりますが、閑話をお楽しみください。
- 672 名前:人物紹介 投稿日:2004/10/27(水) 14:43
- 風の国
平家みちよ
初代L.S結成当時からのメンバー。大陸最強の名を持つ「戦神」。
風の国の将軍で先頭では、大将にも拘わらず兵と同じ列で戦場に立つ。
将軍についた後、数の中で埋もれていた才能をいくつも採用し、その力を伸ばした。
特技は武器全般。魔法は単独突破に必要な魔法だけ使用可。
矢口真里
風の国の竜騎士団団長。「風の申し子」と呼ばれている。
数の中に埋もれそうだったところを平家に救われる。
吉澤、藤本の師匠的存在。
従来の騎士とは違い、トリッキーな動きを見せる。
特技は槍と刀。
松浦亜弥
風の国将軍直属兵長。平家の秘蔵っ子とされている。
矢口、紺野と同じく平家が就任当初にその力量を見抜き、現在の地位に抜てきした。
特技は銃。魔法は遠距離の攻撃魔法のみ使用可。
世界で唯一の武器である銃を扱うことができる。しかし、この銃もいろいろとあったりなかったり。
斉藤瞳
風の国の弓騎士団団長。
いろいろと抜てきされた他の団長とは違い、前将軍からの古参の一人。
新しく登用された平家に惚れ込み、忠実な部下としてしられる。
特技は弓と治療魔法を含んだ補助全般。
まだあるけど、今は秘密です。
- 673 名前:人物紹介 投稿日:2004/10/27(水) 14:45
- 土の国
中澤裕子
初代LS結成当時からのメンバーでリーダー。「稀代の魔術師」と呼ばれる。
土の国の将軍で、平家同様自ら戦場に立つこともあったが、村田や大谷を信頼しており、その回数は少ない。
特技は魔法全般、その性格から攻撃魔法の威力の方が高い。体術は人並み程度に使える。
稲葉貴子
初代LS最終加入メンバー。「LSの頭脳」と呼ばれている。
土の国の軍師。大きな任務が入るようになった所で本格的な軍師として中澤に迎えられる。
特技は攻撃と補助魔法。体術も団長クラスの実力を持つ。
実は、一番の縁の下の力持ち。
大谷雅恵
土の国の軽騎士団団長。「金狼」名で知られている。
もとより騎士の子だったことで順調な地位についているが、その力は中澤も認めるほど。
初代LS以降の世代では一番の力を持つ。
特技は武器全般で、基本的には剣を使っている。魔法は数えるほどしか使えない。
村田めぐみ
土の国の魔術師団団長。
もとは土の国とは全く関係なかったが、ひょんなことから土の国の騎士団へと足を踏み入れる。
それには大谷が拘わっているらしいが、それは二人と中澤以外誰も知らない。
初代LS以降の世代ではアヤカと魔法使い一番の座が注目されているが、本人にその気はない。
特技は補助と攻撃を卒なくこなす。体術はからっきしだめです。
木村あさみ
土の国の情報部隊隊長。
隊長ではあるが人間はあさみのみで、他はあさみが育てた動物。
その人その人にあわせた動物を専属でつけることにより、情報伝達を果たす。
その数は、100とも1000とも言われている。
特技は情報収集と伝達。体術はそこそこ使えるが基本的には人に見つからないため、戦う必要もない。
- 674 名前:人物紹介 投稿日:2004/10/27(水) 14:46
- 火の国
市井紗耶香
初代LSの追加メンバー。「炎の獅子」と呼ばれる。
火の国の将軍。一時的に国を出ていた時に昔からの知り合いだった安倍に出会い、LSを紹介され入る。
特技は武器全般、得に大剣を扱うことが多い。魔法は単独突破に必要な魔法だけ使用可。
アヤカ
火の国の軍師。「炎の獅子の右腕」と呼ばれる。
市井の教育係を任されていた時もあり、市井からの信頼は厚い。
後藤と市井の真実を知っている数少ない人物の一人。
初代LS以降の世代で一番と称されることもある。
特技は武器と魔法全般。それに加え、特別に誰がどこいるのかを知る能力を持つ。
小川麻琴
火の国の重騎士団団長。
若くして団長へと上り詰めただけあって、その力は本物。
だがピンチに弱く、追い込められると周りが見えなくなり、暴走することも多々ある。
重騎士団ではあるが、先頭で走り出していくのは、火の国の特徴の一つである。
特技は金槌。魔法は攻撃のみ多少使える。
特にこだわりを持ち金槌を愛用している。
石井リカ
火の国の魔術師団団長。
先代から残り、アヤカと共に市井を守り立てている一人。
他の国の魔術師団長として違うことは、他の魔法とをかけ合わせようとしていること。
それを単体で使うのではなく、組み合わせることでさらなる威力を求めているが失敗することの方が多い。
特技は魔法全般。体術はそろそろ下り坂にさしかかってきたところ。
ミカ
火の国の弓騎士団団長。
彼女も古参の一人である。
アヤカが市井の右腕と呼ばれているのに対して、ミカはアヤカの右腕とも言える存在である。
馬で駆る速度は大陸随一と言われているほど、乗馬に関しては敵無し。
特技は弓。魔法はスピードに関係した補助魔法のみ使用可能。
- 675 名前:人物紹介 投稿日:2004/10/27(水) 14:48
- 水の国
安倍なつみ
初代LS結成当時からのメンバー。「天使」と呼ばれている。
水の国の将軍。もとは火の国の騎士の元に生まれたがひょんなことから中澤達に出会い、LSに参加することになった。
特技は弓と治療魔法を含んだ補助魔法全般。
福田明日香
初期LS結成当時のメンバー。平家と並ぶ「大陸最強」の名を持つ。
水の国の魔法騎士団団長。もとより安倍とは仲が良く、ひょんなことから出会った中澤達に薦められるままLSに入る。
特技は武器全般、得に魔法剣で知られている。魔法は単独突破に必要な魔法と魔法剣に拘わる魔法が使用可。
保田圭
水の国の重騎士団団長。「戦場の死神」の名を持つ。
先代から国に仕えていた古参の一人。
本人は特に気にはしていないが、並外れた腕力を持っている。
そのせいか、長らく好敵手に出会うことはなかったが、土の大谷、風の矢口らと出会ったことで戦いを楽しんでいる。
特技は斧。なんでも使用可能であるが、斧を好んで使っている。魔法はほとんど使えない。
新垣里沙
水の国の魔術師団団長。
最年少団長として就任したが、その力は未知の部分が多い。
それでも必死に安倍に仕える姿は、兵の見本とされる。
歳が若い割には、たまに多くを納得させる発言をするが、ほとんどはちんぷんかんぷん。
特技は治療以外の魔法全般。体術は年相応に可能。
以上、国の騎士でした。
あと残りの人は、次の機会にでも・・・
それでは、また次回。
- 676 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/27(水) 17:14
- >>671
>名無し飼育さん
677と679は同一さんですかね。
書いてないと気にかけてくれる人がいるんだ、と勝手に喜んだ自分がいました。
更新間隔はあくかもしれないですが、放置はしませんので生暖かくよろしくです。
ちょっとワラタ
- 677 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/30(土) 20:08
- >>657です。
更新おつかれさまです。
最初からまた読んでもらったようでありがとうございます。
時間がかかるのにすいません
いえいえ楽しいんで全然苦になりませんでしたよ。
藤本さんにも謎が残って気になりますね。
次は加護ちゃんの閑話でしょうか?
あいののも素性が明かされてないのでこちらも楽しみです。
- 678 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/30(土) 20:13
- 引用文に>をつけるの忘れてしまいました。
> 最初からまた読んでもらったようでありがとうございます。
> 時間がかかるのにすいません
は作者さんのコメントです。
・・・って一読者のレスなんでわざわざ訂正する必要もないでしょうか。スレ汚し失礼しました。
- 679 名前:konkon 投稿日:2004/10/31(日) 01:14
- ほっほ〜う!
交信されてます!
紺ちゃんと美貴の関係、どうなるやら
楽しみです♪
作者さん、がんばってくださ〜い!
- 680 名前:名も無き読者 投稿日:2004/11/02(火) 10:38
- 更新お疲れ様です。
ふむふむなるほろ、って感じですw
ミキティは鋭いんだかボケてんだか。。。
キャラ紹介の方も、こうして見ると改めて個性豊かだなーと感じます。
それでわ続きもマターリ待ってます。
- 681 名前:とこま 投稿日:2004/11/20(土) 10:12
- 更新お疲れ様です(遅っ!
追い出された紺ちゃんはどこで寝るのでしょう?w
- 682 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 13:50
- くしゅん。
藤本さんに追い出され、行き場をなくしていた私は、やむなくドアにもたれ掛かり眠ることにした。
しかし、思いのほか、夜は冷え込むようだ。
一度、階下の様子を見に行ったが、先程の話はすでにお開きになっているようで、灯りが灯っている様子はなかった。
そしてやむなく自分の部屋の前で寝るという無惨な結果となってしまったのだ。
「あれ、紺野ちゃん?」
急に呼びかけられた声に反応した私の前に立っていたのは、加護さんだった。
「ん、あ、加護さん。どうしたんですか、こんな夜遅くに」
「紺野ちゃんこそ何やってんの?こんなところで」
「私はちょっと藤本さんと話をしてたんですけど、部屋を取られちゃいまして、その……」
もじもじ話す私を彼女は、クスっと笑った。
「それなら、私のところに来る?廊下で寝るよりはましだと思うし」
「そうですか、それではお言葉に甘えて」
加護さんの好意に甘え、なんとか寝場所を確保することができた。
私の部屋から、二つの部屋を隔てたところが彼女の寝室となっていた。
- 683 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 13:52
-
「ところで、後藤さんの様子はどうですか?」
「・・うん、今は寝てる。
でもたまに、苦しそうにうなされて、落ち着いて、またうなされての繰り返し」
「そうですか・・・・一つ聞いてもいいですか?」
「ん、いいよ」
「なんで、加護さんはそこまで後藤さんに付きっきりなんですか?」
「それは、あの人は私の恩人やから」
加護さんは、少し気恥ずかしそうに私の質問に答えてくれた。
「あの人がいなかったら、私とののは、まだ盗賊とか馬鹿なことをやってたんだろうね」
噂で聞いたことがある。
火の国付近で小さな盗賊団が国を相手におもしろおかしく暮らしていることを。
それが加護さんと辻さんだったのだ。
「よければ、少しお話し聞かせていただけますか?」
「後藤さんとは二回戦ったことがあって、あの人は一回目にあった時はそんなに強くなかった。
それこそ、私一人でも勝てるくらいだった。
まぁ、その時は火の国の軍師の人がついてたから深追いするのは止めたんやけど。
それからほとんど日にちも空いてないうちに出会った二回目の後藤さんは、一回目とは比べられないくらい強くなってた。
うちらなんてあっという間に追い抜かれてた。
でも、あの人は私達を捕まえないで、私達に力をくれた。
後藤さんがどういう考えで私達を捕まえないで、私達にヒントをくれたのかはわからないけど、とにかく私とののは、あの人のおかげで今があると思ってる」
「その力、強くなるヒントっていうのは具体的になんだったんですか?」
私の問いかけに、彼女は近くにあった机から数冊の本を取り出した。
それは何度も読み込まれたらしく、表紙が随分と擦れていた。
- 684 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 13:56
-
「これなんだけど」
そう言って、彼女は一番に上に置かれていた本を手渡ししてくれた。
それは、初歩の軍略を記したものであった。
他にもよく見てみると、初歩の魔術、初歩の体術、剣術、槍術・・・などなど、あらゆる攻撃方法の初歩を記した本が並べてあった。
「これな、当たり前の事が書いてあるのは知ってる。
でも、ちょっと前までの私達二人には確実に必要なものだった。
それを後藤さんがくれた、新しい力を私達二人に」
私が、床に平積みにした本を一冊手に取り、抱き締めた。
しかしだ、それならば一つ気になることもある。
「なんで、その手に入れた新しい力を使ってもう一度盗賊をしようとは思わなかったんですか?」
この質問に彼女は少し怪訝そうになりながらも言葉を発した。
「私達だって、好きで盗賊業なんてやってたわけじゃないし、
そりゃ、ののと一緒やったら何でもできる気がするし、実際に楽しいことも一杯あった。
でも、あの時出会えたのが後藤さんだったから、よかったんやと思う。
あれ以上続けてたら、それこそ本当に国に捕まってたかもしれんし。
でも、後藤さんは、私らを捕まえるんじゃなくて新しい力をくれた。
その上、私らに盗賊を止めるように言ってくれた。
後藤さんの真意は私にも良くわからんへんけど、私はあの人についていこうと決めたの」
「そこですよ、後藤さんの何がそこまで魅力的だったんですか?」
「それには、私とののが出会ったところから話しないとダメなんやけどね」
- 685 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 13:57
- 彼女は随分と渋った表情だが、なんとかお願いすることでどうにか話をしてくれることとなった。
「うちとののは、別に姉妹でもないし、近くに住んでた仲良し同士でもないし、本当にただ他人で・・・。
最初はうちが勝手にののの縄張りに入ったことがきっかけやった」
「なわばりですか?」
「そうや。
元々、うちの家は世間でいう裕福な家庭ってやつやった。
でも、うちの親は口だけ達者で、自らの力で地位を勝ち取るんじゃなくて、他の人の手柄を奪い取ることで成り上がってきた。
うちは、そんな親が嫌で、嫌でしょうがなかった。
で、ある日、本当に嫌になったうちは、家を飛び出した。
親を捨てたうちは、生きるために必死でいろいろなところを歩き回った。
小さいながらも働こうと思っていろいろなところ回ったけど、全部断わられて野宿する日が多かった。
それでも自分を認めてほしくて、いろいろなところを回った。
絶対に他人を踏み台にしてきた親の力は利用したくなくて、どうしても自分の力で何かを成し遂げたかった。
でも、やっぱりだめやった。
どうしようもなくなったうちは、国境沿いを通っていく商人を襲うことにした。
考えうる最低の行為やったけど、人を殺すんじゃなくて、物を盗むだけで良かった。
なにか食べられるものを」
「都合がいいことにうちが国境に移動した時に、ちょうど牛車で荷物を運んでる商人に出くわした。
これは、チャンスとばかりに震える手を抑えて飛び込んだ」
- 686 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 13:58
- * ****
「おっちゃん、その運んでる荷物置いてってもらおうか」
「なにをいっているんだ、お嬢ちゃん。はやくお家に帰りなさい」
そう言い、横を通り過ぎていった商人を睨み付ける少女。
舐められてはダメだという答えを本能で探し出した少女は、威嚇の意を込め、商人の近くにあった岩を光の弾でくだいてみせた。
「これでも、言うことを聞いてくれんのやろうか?」
商人が振り返って見た少女は、右手に光の弾を持ち、笑っていた。
それは、これから自分の身に何が起こるのかを容易に想像させるものだった。
「わっ、わかった。すっ、すまんかった。
い、命だけは、命だけはお助け下さい」
命乞いをしたはずが、少女の言葉を待たずに逃げ出していった商人。
それを見た少女は、右手に持っていたものを消し去った。
フーっと一息つき、やっとのことでありつけた食べ物を口に放り込んだ。
久しぶりに味わう、食べ物のおいしさに夢中で口の中に詰め込む少女。
しかし、そんな至福の時も長くは続かなかった。
「ここは、ののの縄張りなのれす。
食べてしまった分は勘弁してやるのれ、そこの荷物は置いていくのれす」
少女の前に現われたのは、自分と歳もそう代わりのない少女であった。
自らをののと名乗った少女は、二、三歩進み出ると拳を前に突き出した。
- 687 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 14:00
-
「なるほど、こんなところにも一応縄張りっていうのはあるんやな。
‥‥拳を出してるって事は、うちもそれなりの対応をみせんといかんのやろうか」
少女もまた、右手に光を集めだした。
しかし、それを見てもなお、ののという少女は拳を戻そうとはしなかった。
「どうするかは、そっちに決めさせてやるのれす。
それが大人のれでぃに許された権利れすから」
「じゃあ、その権利とやらはうちが使っていいか、判断したるわ」
片方の少女は、拳を前に突き出し。
もう片方の少女は、右手に光を握っている。
その状態のまま、どちらも一歩を踏み出そうとはしなかった。
季節外れの冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。
ガサガサと木々を鳴らす風は、上空の雲も足早にさせていた。
陰った場所が一気に光を浴びたその瞬間、一つの影が動いた。
一瞬遅れて走り出す少女。
繰り出される右の拳を大きく避けると、負けじと右手の光を放つ。
しかし、それをあっさりと躱すと、左手で下にある砂利を掴むと目潰しの要領で相手にかける。
思わず、片手で顔を覆うがそれが仇となった。
一度遮った視界に戻る頃、目の前に少女はいなくなっていた。
ザッ
一瞬聞こえた足音に反応し、岩に背を預けた。
これで後方の憂いを無くすことができると考えたのだろう。
その考えを見越してか、はたまた偶然か。
少女が背を預けた方とは反対の方に回りこんでいたもう一人の少女は、渾身の力を込め、岩に拳を叩き付けた。
- 688 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 14:01
- 大人三人がかりでも運べるかどうか、大岩といっても言過ぎではないはずの岩はいとも容易く、砕かれた。
光をためるのに時間がかかる少女は、間合いをとって戦いたいが、それを相手は許してはくれない。
どうやら、典型的な近距離タイプと典型的な遠距離タイプのぶつかり合いとなっていた。
この場合、どちらが有利かは地形も影響してくる。
この場の地形は、行商が行き交うことから道が開けており、足場としては十分である。
それに加え、ののと名乗った少女は、ここが自分の縄張りだといっていた。
そのことから、自分にとって圧倒的に不利なことを少女は悟っていた。
いや、むしろ、最初からそれはわかっていたことであった。
それでも、ようやく自分の力で手に入れたモノを他の人にただでやる気はなかった。
再度向き合った二人の表情には、明らかな違いがあった。
「どうしたんれすか、その程度の力でののに勝とうとしたんれすか?
これは、えらいおばかさんに当たってしまったのれす」
「ちゃうわ。
ちょっと油断してただけや。それよりあんたいびつな戦い方するな。
右手以外は全部飾りかいな」
「負けそう人にいわれる筋合いはないのれす。
さぁ、おしゃべりもここまでれす。決着をつけるのれ・・・・ぐ〜」
決着をつけるはずがなんとも間抜けな音を出した少女は罰が悪そうにお腹をさすった。
「ふん、あほらし。ここの荷物は返すわ。
意地はってた自分がアホみたいや。
もともとうちが悪かったわけやし、縄張り荒らしてすまんかったな」
- 689 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 14:02
- そのあまりの間抜けさにさっきのまでの緊張感から一気に脱力した少女は、目の前の少女に哀れみをかけるように言葉を残して、歩き始めた。
冷静に考えると、少女にはこれから生きていく上での算段はすでにできあがっていた。
そのため、この場に執着する必要もなかったのだ。
その様子を黙ってみていた少女は、そのあまりに急な展開に口を開けたままボーッと少女が小さくなっていくのを見続けていた。
しかし、その声がギリギリ届くかというところで突然大きな声を上げた。
「待つのれす。
そんな負けてる人が勝ち逃げのようなことするのは卑怯れす」
その声が聞こえた少女は、あくまで冷静に手をあげるだけでそれに応えた。
その姿が自称大人のれでぃである少女の気持ちを焦らせたのは言う間でもなかった。
「合格れす。ののの子分にしてやります。
だから、そこを動いちゃダメれすよ。
これは親分の命令れすからねー」
そう言って相手の返事も聞かずに走り出した少女は、あっという間に先を歩いていた少女に追い付いた。
- 690 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 14:03
- 「よし、よく待ってましたね。
それでこそ、ののの子分なのれす」
「なんやねん、自分。
勝手に走ってきて、勝手なことばっかり言って。
だいたいなんで子分にされなダメなん?」
「大丈夫れす、ののは子分にひもじい思いをさせないいい親分なのれす」
「いや、だから、子分にはならへんて」
「心配してくていいれす、だからはやくあっち戻るのれす」
「痛い、痛い首引っ張るなこら。
息が、息ができん・・・・」
- 691 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 14:04
- * ****
そこまで話すと、彼女は一息ついた。
しかし、話を聞く限り、二人の関係は面白いものだった。
「それじゃ、今でも辻さんが親分なんですか?」
「あぁ、そうやで。ただ、子分の命令を素直に聞く親分さんやけどね」
そう言って笑い飛ばす彼女の笑顔は、いたずらをする子どものように輝いていた。
しかし、どうにもそこから後藤さんへの思いへと繋がるものがハッキリとしてこない。
「で、辻さんとの出会いがどう後藤さんに影響しているんですか?」
「ののと後藤さんに共通するのは、本心を多く語らないってこと。
ののと一緒に暮らすようになってわかったけど、全然自分が思ってること言わんからね。
短い出会いやったけど、後藤さんもののと同じ感じがあったから。
うちが傍にいようと思って」
「それは、辻さんの傍にいて確かな確信があったからですか?」
「一回だけな、一回だけ、ののがうちにお礼言ったことがあるんよ。
一緒にいてくれてアリガトウみたいな感じで、自分の気持ちをわかってくれるのはあいぼんだけやってな。
たぶん、あの子もいろいろあったんやろな。
聞くことなんてなかったけど、とにかくその時に言われたのが、すごい印象に残っててさ、うちでも人の役に立てるんやなって」
「その辻さんにしてきたように、後藤さんにも力になりたいってことですか?」
「まぁ、そんな感じやと思う。なんか自分でもちゃんと言い表せへんのが悔しいんやけど、とにかくそんな感じ」
- 692 名前:閑話6 投稿日:2004/12/03(金) 14:05
- そこまで話したところで、彼女は「寝る」と言い残し、先に布団を被ってしまった。
いつもより少し饒舌になった分、恥ずかしい部分もあったのだろう。
しかし、二人の間に興味深いエピソードもあり、後藤さんへの思いも詳しくはわからないが、彼女なりの恩返しなのだろう。
二人の話を聞いていると、うらやましく思う部分が大きい。
それは、なんの接点もなかった二人がたまたま辻さんの縄張りに入った彼女の行動から始まっている。
これを運命と人は呼ぶのだろう。
そこから、有名な盗賊へとなっていく二人だったのだから。
自分の力で信頼を得たかった彼女は、その力でたった一人の少女の信頼を得た。
その得た信頼を小さなものにみせてしまったある人の優しさ。
その優しさに応えようとする彼女は、自分を捨ててでもその人を守り通すだろう。
今日知った、一人にこだわる人。
そして、人の為に自分の力を生かしてもらおうとする人。
どちらが正しいのかはわからない。
ただ、目指すものがある二人は、これからさらに自分を高めることだろう。
それは、今の私達に必要なもの。
答えは、終わった後に出せばいい。
私は、静かに、部屋の灯りを消した。
- 693 名前:しばしば 投稿日:2004/12/03(金) 14:14
- 更新終了
また1か月も空いてしまった・・・・
すいませんすいません、ほんとうにすいません。
そして閑話の話もやっと終わって、次は本編になります。
なんとか年内にはスタートしたいと思います。
人物紹介はまた次回に持ち越しです。
- 694 名前:しばしば 投稿日:2004/12/03(金) 14:24
- レスお礼
>名無飼育さん(676)
レスありがとうございます。
あぁ、本文以外のところで笑いをとってしまった・・・orz
本文の方もどうかよろしくです。
>名無飼育さん(677)
レスありがとうございます。
楽しんでいただけているなら幸いです。
素性も少しは明らかになったのでは,と思います。
引き続き楽しんでいただければ、幸いです。
>konkonさん
ありがとうございます。
もう遅れまくりですいません。
konkonさんの更新速度を尊敬しつつ,ダメ作者はぼちぼちいきますw
- 695 名前:しばしば 投稿日:2004/12/03(金) 14:39
- レスお礼続き
>名も無き読者さん
毎回ありがとうございます。
ミキティは、作者が誇る隠し玉ですから。(隠したまま終わるおそれありw
いや隠し玉は他にもいろいろありますけど・・・
それより、システム理解していただいたみたいで安心しました。
これからもよろしくです。
>とこまさん
レスありがとうございます。
紺野さんは、こういう感じでおさまりました。
風引かないようになって良かったですw
まだまだよろしくお願いします。
- 696 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/06(月) 18:06
- 更新お疲れサマです。
こだわる気持ち、誰かの為に・・・深いねぇ。(謎
紺ちゃんは多くを知りどう成長していくんでしょうか、なんて。
色々ある隠し玉が激しく気になる今日この頃デスw
でわでわ本編の方もマターリとお待ちしてます。
- 697 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/10(金) 00:29
- いいね
- 698 名前:マルタちゃん 投稿日:2005/01/17(月) 12:11
- 明けましておめでとうございます。
続き楽しみにしてます
しばしばさんのペースで頑張って下さい
- 699 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:46
-
夜もどっぷりとふけ、ようやくついた寝床に知らせは舞い込んだ。
「きました。
闇の民族と見られる者が南の方角よりあらわれたと、あさみ様より連絡がありました。
その数、およそ五万」
「五万!!」
ある程度の数は覚悟していたが、それを大きく上回る数に眠気が吹き飛んだ。
数の上では、こちらの総勢八万のため、ひけをとっているわけではない。
「各騎士団長に連絡、呼び出しに応えられるよう準備しておくようにたのむ」
「はい」
しかし、問題はあのつんくという男の力だ。
声明から短時間で闇の民族をまとめあげ、その数を五万にまで膨らませてみせたのだ。
あの男の力を過信してはいけない。
それを私の勘が知らせている。
そして、闇の民族の元へと自らの足で歩んでいった明日香と彩っぺのことも・・・
「なんにせよ、みっちゃんと吉澤が早く戻ってこんことにはこっちの勝ち目はないで」
握りしめた拳からは黄色の闘気が溢れ出ていた。
「中澤様、準備が整いました」
「わかった、すぐいく」
私が引導を渡しますよ、つんくさん。
- 700 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:51
- *****
「れいなちゃん!早いとこ頼むで」
「平家さん、そっちからきますよ」
「わかっとるがな」
どこからか湧き出た人間にあらざる者を払い、一人の少女を守る私達。
数は途中から数えるのを止めた。
それでも、迫って来る敵を右に左に避けつつ、それに併せて切り払う。
斬っても斬ってもいっこうに減る気配のない敵の数は、最初よりも多くなった気さえする。
何時間か振りに背を合わせた平家さんは、息を乱してもいない。
これが、初代LSの力。
「久しぶりやな」
「‥‥久しぶりなんて‥‥ものじゃ‥‥ないですよ」
「まぁ、もう少しで終わると思うよ、そろそろ夜明けだし」
平家さんの言葉の後、私の目にははっきりと陽の光が映った。
「斬ってきた奴はどうやった?」
「‥‥なんか‥‥考えて‥‥攻めてきてる‥‥感じは‥‥ないですね」
「そこまでわかってるなら大したもんだ。
あの大木の影にちょっと色が違うやついるのわかるかい?」
言葉に耳を傾けながらも休ませてくれない敵を切り伏せる。
先程もいったように、敵に考えているような行動はない。
むしろ斬られにきているみたいだ。
「いますね‥‥なんか灰色っぽい奴が」
「あれがこいつらを操ってるわけだよ、たぶん。
だから、あれをやったらこいつらは全部止まると思うよ」
- 701 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:52
- 「じゃあ‥‥平家さん‥‥お願いしますよ」
「今から道を作るからすぐに走るんやで。こんだけ数がおったらすぐ元に戻るからな」
その言葉の後、腰に差してあったもう一振りの剣を抜き、横に一閃した。
すると矢口さんの刀の衝撃波に似た白い衝撃が数十体の敵を一気に切り伏せた。
「今しかないよ」
その攻撃に見とれながらも、私の足は灰色の敵に向かっていた。
しかし、到達するよりも早く新たに湧き出た敵が道を塞いでいた。
「投げろー!!」
後ろから聞こえてきた声に咄嗟に手に持っていた槍を投げ付けた。
宙を飛んでいった槍は灰色の敵の方へと向かっていく。
いよいよ命中するかのところで道には敵が溢れ、私の視界は塞がれてしまった。
急ぎ背中にある剣に手をかけ、抜いたところですべては終わっていた。
「お疲れさん」
差し出された手を握ったところでようやく自分が倒れている事に気がついた。
そのまま立つこともできたが疲れているため、上体だけ起こし、剣を鞘に戻した。
- 702 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:53
-
「あの敵は何だったんですか?」
「あれはたぶん、森の精やろね」
「なんだって森の精が襲ってくるんですか?」
「それはさっきよっすぃ〜が倒した敵が操ってたと考えるしかないんやけど‥‥
はやいとこ帰った方が良さそうやね」
ほら、と槍を持ってきてくれた平家さんは私の横に座り込んだ。
「平家さんはあの灰色が操ってることすぐに気付いたんですか?」
「いや、最初は全然知らんかったけど斬ってるうちに誰か元締めがいるんやろうなって。
そしたらいい具合に陽が差し込んできて色の違いがわかったから」
「あと一つ。あの衝撃波の仕組みは何ですか?」
「あれはアレ用の剣で、世界に一本しかないやつやねん‥‥なんで?」
「いや、矢口さんがよく似た攻撃してたんで同じものかなと」
「あれは矢口が勝手にまねしただけ。それより始まるで」
平家さんの目線の先には、何かに取り付かれたように踊るれいなちゃんの姿があった。
どこから取り出したか何かの葉のようなものをヒラヒラとさせながら、踊る姿は巫女そのものだった。
しかし、巫女ではなく唄人と呼ばれる由縁が何処かにあるのだろう。
しばらく踊り続けた後、それは突然始まった。
- 703 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:54
-
聞こえてきた歌声はどこか懐かしい、遠く昔自分にもあった幸せな風景を思い起こさせるものだった。
まだ幼いころ、両親と過ごした記憶。
それはあまりに幼過ぎて覚えているはずもない記憶。
しかしそれは確実に私を遠い昔に連れていく。
一面に広がる湖、一人の少女を囲む大勢の大人達、その中にいる父と母。
少女の近くにはもう一人、大人と呼ぶには幾分早い女性がいる。
その女性は、少女に優しく微笑みかけている。
私は、この笑顔を知っている。
どこだったか、そう遠くの記憶ではない。
最近よく感じていたあの懐かしさに似ている。
そう、あれは‥‥
「よっすぃ〜、もう出てくるで」
突然の声に我に返った。
いつしか彼女の歌声はなくなっていた。
手に持っていた葉は枯れ、見るも無惨なものへと変わり果てていた。
「きます」
その刹那。
目の前を凄まじい風が吹き抜けた。
あまりに突然のことに目を塞ぎ、開いた次の瞬間。
祭壇にはれいなちゃんともう一人。
見たことのない老人が立っていた。
『我と契約するは如何なる者か』
- 704 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:56
-
突然聞こえてきた音はあの老人から発せられたものだろう。
しかし、口を開いた様子はない。
何か頭に直接語りかけられているような気がする。
「我、平家みちよが汝との契約を結びたく、参上した」
平家さんは口で老人に向けて話をしている。
なんだか不思議な感じがする。
『お主は一度契約を結んでいるな。わしは同じ者と連続して契約はしない』
「どういうことですか?土や火、水は同じ者と契約を結んでいるじゃないですか」
『あれは伝承を使った奴らじゃからな。契約は伝承を授けた者との間に成立しておる。
その点お主は始めからわしとの契約だった。その違いじゃ』
「それでは私との契約は結べないという事ですか?」
『いや一人、誰かを挟む事で契約はする事はできる。連続しなければ大丈夫じゃ』
耳と頭で交互に聞こえる音にフラフラしはじめた。
れいなちゃんは、そんなことはお構いなしとばかりに座っている。
あの子には声は聞こえているのだろうか。
「よっすぃ〜、頼むから風の神と一回契約してくれへんかな。というかしばらく持っといてくれへんか」
「はい!?まぁ、別に構わないですけど」
「じゃ、そうしよう。れいなちゃん、頼むわ」
呼ばれた少女はけだるそうに立ち上がると、老人に何かを話しかけている。
数分後
『それではしばらくの間お主の体のお世話になるとする』
その言葉の後、老人の姿が無数の光の粒へと変化し、私の体に入り込んできた。
「それじゃ急いで帰るで」
- 705 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:57
- * ***
「中澤さんより報告です。
『いつでもいけるように』とのことです」
「わかった、さがっていいよ」
昇りかけた陽が部屋に差し込み、壁に立て掛けられた刀がハッキリと見えるようになった。
部屋の隅でゆらゆら燃えるもう一つの明かりをふーっと吹き消した。
窓をゆっくりと開けると冷たい風が頬をひっぱたく。
「うん、いい風だ」
風に目を覚ましてもらうのは戦い前のいつもの行事だ。
窓を半分ほど閉めたところで徐々に実感が込み上げてきた。
ついに始まる最後の戦いを前に自然と力が篭る。
国同士の戦闘は数えきれないほど経験してきた。
その中で巡り合えた好敵手達。
何人かは今では心を許せる存在となった。
しかし、自らの足で敵になることを決めた奴がいる。
国は違えど、あいつは私の目標だった。
そんなあいつが最後に認めてくれた。
この恩は私が返すしかない。
そう。
戦場で初めてあいつにあった時からそれは決まっていたことなんだ。
「ほら矢口、大広間に集合よ。小川、あんたも早くしなさい」
「そんな待って下さいよ、保田さん」
「今行くよ、圭ちゃん」
「オイラは簡単には負けないぜ、明日香」
- 706 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 12:58
- ****
「大谷さーん、もうすぐ集合みたいですよ」
遠くの方から聞こえてくる声に目を覚ました。
いつからだろうか、この娘が私を起こしに来るようになったのは。
それはひどく昔のことのように感じる。
「ちょっと聞いてるんですかー?」
「うん、聞こえてるよ」
ゆっくりと体を起こした。
心地よい筋肉の痛みが残る体は、体調がいいことを知らせる特有のものだ。
何度か拳を握り確認する。
「ちょっと早くして下さいよ、団長さん」
「団長ねぇ・・・」
いつから背負うものが大きくなったんだろう。
気付けば何十人もの命をこの剣に託してきたもんだ。
しかし、託したからといって守れた命ばかりではなかった。
ただ、それも今日で終わる。
「そっちの調子はどうなんだい?」
「ばっちりですよ、絶対にあの女に仕返ししてやるんですから」
「わかったわかった。また守ればいいんだろ」
「勝ちます!!」
「はいはい」
守るモノは、友と仲間、そして私を慕ってくれる者達・・・それと、めぐ。
あと、ついでに・・・
「ほら行くよ、まっつん」
- 707 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 13:00
- ****
徐々に差し出した陽に朝露が反応し、キラキラに光る絨毯を作り出していた。
「だれ?」
「こんな時に馬の手入れなんて、この国は本当におかしなもんね。
第二世代一の武術の使い手は見回りをするし、私と対等の力を持つ魔術師が馬の手入れなんて」
突然現われたあいつは、いつものように上品な口調で話しかけてきた。
しかし、その手にはしっかりと書物が握られていた。
「そっちこそ、こんな時までお勉強ですか?
そんなに本が面白いかね」
話しながらも馬の体を洗う行為自体を止めない私になおも近付くあいつは、呆れた顔で持っていた書物を投げ捨てた。
そして私の手から布を取り上げ、恐る恐る馬の体に布をつけた。
すると、今までじっとしていた馬が突然いななき、暴れだした。
「あぁ、もうほら。そんなこわごわ触ったら馬に緊張が伝わるでしょうが。
ただ、気持ちよくなってもらえばいいんだから‥‥‥ほら、ね」
あいつの手と重ねるようにし、洗い方を教えると馬の機嫌はすでに治っていた。
しばらく、あいつのゴシゴシという洗う音だけが響いていた。
私は、柱に寄り掛かるとあくびを零した。
「あんたさ、何か用があってきたんじゃなかったの?」
- 708 名前:8章 必戦 投稿日:2005/02/03(木) 13:00
-
思い出したように聞いてみた。
すると、あいつは動かしていた手を止め、辺りに音がなくなった。
「頼むわ」
「なにをよ?」
「あんたぐらいしかいないんだよ、私が頼めるのって」
「・・・・・・・・」
「紗耶香をさ、助けたいんだ。そのためなら私は・・・」
「わかってるよ・・・わかってる」
「・・・・頼むわ」
チュンチュンと鳥がさえずる空にまかれたあいつの思い。
私は最初から助けるつもりだ。
それは妹の願いでもある。
「あ、アヤカ!団長格は大広間に集合らしいよ、はやく行こう」
「ほら呼んでるよ。あーーっと、ミカちゃんだっけか」
呼び掛けに持っていた布を私に返すと黙って歩いていったあいつ。
「ほら忘れ物だよ」
落ちていた書物をあいつ目掛けて放り投げた。
「ありがとう・・・・めぐみ」
「よせやい気持ち悪い」
- 709 名前:しばしば 投稿日:2005/02/03(木) 13:04
- 更新しました。
えっと、もう言い訳と確信のない予告はやめにします(猛反省
あ、あけましておめで(ry
遅すぎですな。
とにかく8章入り口だけ更新です。
たぶん、もう一回それぞれの感情みたいなところを書いて本編に入ります。
まぁ、ちょっと遠ざかってた分リハビリもしつつボチボチやっていきます。
- 710 名前:しばしば 投稿日:2005/02/03(木) 13:15
- レスお礼
>名も無き読者さま
そうですね、コンコンはどこに行くんでしょうか?(ぉ
隠し玉とか大層なこといってますけど、誰でも思い付くようなものです。
あまり期待し過ぎると残念な結果になるかもしれません。
とにかく更新ペースをあげることを目標に頑張ります。
>名無し飼育さま
お、一見さんですか。
はたまたスレ調整ですか?
まぁ、何でも褒め言葉は嬉しいですね。
>マルタちゃんさま
初めまして&明けましておめでとうございます。
つづきはですね、がんばります(進行形&スットク皆無
作者のペースだといつまでかかるかわからないので、適度に急かしていただけると幸いですw
これからもよろしくお願いします。
- 711 名前:名も無き読者 投稿日:2005/02/08(火) 16:28
- そしてレスし忘れていた事に今気づいた……。(ぉ
あけまして(ry
とにかく更新お疲れサマです。
この静かな緊張感がたまりませんねw
次、それぞれの感情もマターリ楽しみにしてます。
- 712 名前:マルタちゃん 投稿日:2005/03/14(月) 11:58
- こんにちは。
更新暫くされてないみたいですが
何時までも待ってます。
頑張って下さい。
- 713 名前:とこま 投稿日:2005/05/14(土) 19:15
- 更新お疲れ様です。
嵐の前の静けさですな。
これからどうなるか楽しみに待ってます。
- 714 名前:しばしば 投稿日:2005/08/08(月) 21:53
- まだ書く意志はありますのでよろしくお願いします
- 715 名前:さみ 投稿日:2005/08/16(火) 00:54
- がんばって下さい。
- 716 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 18:12
- >>714 それはよかった
待ってますね
- 717 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/21(月) 23:33
- 待ってます
- 718 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:18
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 719 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/10(金) 02:00
- 生存報告待ってます。
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