想い U
- 1 名前:華山 投稿日:2002年12月31日(火)19時30分08秒
- スレが限界になり、花板から引越してきました。
タイトルはそのまま『想い』です。
かなり遅い更新になってしまっていますが、
最後まで書き終えるつもりですので、よろしくお願いします。
- 2 名前:華山 投稿日:2002年12月31日(火)19時33分25秒
- 「姐さん、伏せて!」
木村の声が聞こえた。
中澤は木村の方を振り返ることなく、反射的に頭を下げた。
それと同時にプシュッという小さい鋭い音がした。
おそらくその音は誰の耳にも届かなかっただろう。
だが、次の瞬間にケーキ屋のガラスが
派手に砕け散ったことにより、一帯はパニックになった。
中澤は弾丸の飛んできた方向を向いた。
だが、車は猛スピードで走り去っていった。
木村が車から走ってくるのが見える。
中澤はそれを手で制し、車に戻る。
木村も車に戻り、中澤が乗ったと同時に
さっきの車とは逆の方向に走らせた。
どうせ追ってもすぐに車を捨てているだろう。
それに盗難車を使って身元がばれないようにしているはずだ。
とにかく、今はこのパニックに紛れて姿を消す方が先決。
中澤はそう判断した。
- 3 名前:華山 投稿日:2002年12月31日(火)19時34分54秒
- 「ケガはありませんか?姐さん」
さすがに落ち着きを失ってそう訊く木村に
大丈夫だと短く伝えると、中澤は黙り込んだ。
誰の差し金か?
いや、考えるまでもなく石黒の手の者だろう。
だが、こんな露骨なやり方をするほど、石黒は愚かではない。
部下の暴走だろうか。
それにしても、迂闊だった。
誰かの恨みをかっているときに、
のんびりと行列に入っているなんて。
狙撃してくれと言っているようなものだ。
「何をのぼせているんや、ウチは」
自嘲的な声でそう呟くと、中澤は事務所に戻るようにとだけ指示し、
それ以降は口を開かなかった。
- 4 名前:華山 投稿日:2002年12月31日(火)19時36分48秒
- 「勝手に動かないで、そう言ったはずよ、私は」
自分の目の前で小さくなっている部下2人に、
石黒は冷たくそう言い捨てた。
部下は何も言えずただ押さえつけられてように頭を下げるだけ。
自分の部下が中澤を消そうとして失敗したと聞いたとき、
石黒は手にしていたグラスを床に叩きつけた。
確かに中澤の存在は石黒にとって目障りなものだ。
先日の件もある。
だが、こんな露骨な方法で消すのは石黒の本意ではなかった。
父は苛烈で酷薄な人間だが、身内には甘い。
内部抗争というのを一番嫌う人間だ。
そして、中澤はその父の気に入り。
それに下手に手を出せば、こっちが父の不興を買うことになる。
だから、今度こそ慎重にことを進めようとしていた。
その矢先にこれだ。
- 5 名前:華山 投稿日:2002年12月31日(火)19時38分15秒
- 「二度と私の前に、いえ、
組に顔を出さないで。いいわね」
言葉だけは穏やか。
だが、その口調は数多の抗争を乗り切ってきた
歴戦のヤクザすらひるませる冷酷さと鋭さが篭っていた。
2人の部下は逃げるように石黒の前を辞した。
そんな部下を冷ややかに見送りながら、石黒は呟いた。
「これでしばらくは、ほとぼりが冷めるまでは動けない。
それなら、その間にこちらを進めておくだけ」
石黒はデスクの引き出しを見つめながら、
しばらく身動ぎ一つしなかった。
- 6 名前:華山 投稿日:2002年12月31日(火)19時40分23秒
- 今日はここまでです。
なんとか、年内に一回更新できた……
すいません、家がゴタゴタしていて、
ネットに繋ぐことができない生活を送っておりましたm(__)m
来年は、なるべく早く元のペースに戻れるよう、がんばります。
前スレでいただいたレスのお返事は、前スレに書かせていただきます。
これからもよろしくお願いします!
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月01日(水)05時22分41秒
- 裕ちゃんが撃たれなくてよかったっス!
続きお待ちしております。
- 8 名前:らん 投稿日:2003年01月01日(水)20時33分33秒
- あけましておめでとうございます。
今年も、いい作品を読ませてくださいね。
よろしくお願いいたします。
- 9 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時09分02秒
- 険しい顔つきで事務所に戻ってきた中澤を見て、
平家は、最初首を傾げた。
木村からそのまま帰るという連絡を受けたばかりだったから。
だが、それを問おうとして、中澤の顔色に気付き、
平家は質問を変えた。
「何があったんですか?姐さん」
その質問にすぐには応えず、
中澤は自分の部屋に入るまで無言だった。
平家もそれ以上訊かず、彼女に続く。
ドアが閉じられて、中澤はようやく短く言った。
「撃たれた」
さすがの平家も一瞬言葉を失ったが、
すぐに冷静さを取り戻す。
「石黒さんですか」
「おそらくな。だが、証拠はない」
「彼女らしくありませんね」
「そうや。まあ、部下の暴走やろ。
ウチはどうやら、嫌われまくっとるらしいからな」
中澤はそう言って自嘲的な笑みを浮かべたが、
すぐにそれは消えた。
- 10 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時11分17秒
- 「まあ、油断しとったのは否定できんな。
彩の性格から少し安心しすぎてたかもしれん」
「確かに。これからは、ガードを増やしますか?」
「いや、ええ。今日も木村がおったから、
大したことなかったんや。
木村だけで充分や」
平家は不安そうな表情になったが、
一度言い出したことを覆すような人間ではない。
とにかく、これからは中澤を絶対に一人にしないように
常に手配しなくては。
そう自分の心の中だけで決意した。
「多分、ないやろうけど、警察が組に
手を伸ばしてきそうやったら、適当に処理しといて。
まあ、あの店と組はなんの繋がりもないから、
大丈夫やろうけど」
「わかりました」
「じゃあ、それだけや。もう帰るわ」
中澤はそう言うと、立ち上がる。
「わかりました。車を回しておきます」
「いや、木村が前で待っとる。
すぐ戻るって言っといたから」
「そうですか。それでは、お気をつけて」
平家の言葉に中澤は曖昧に頷くと事務所をあとにした。
平家はいつもよりやや険しい顔で、それを見送ったのだった。
- 11 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時12分45秒
- 中澤はなんとも言えない、焦りや不安に似た
複雑な想いを抱きながら、家に戻った。
なにもあるわけがない。
そう思う自分もいるのだが、何故か心配だった。
そして、それは笑顔で自分を迎えてくれた矢口を見ても、
完全には晴れなかった。
だが、そんなことは顔に出さず、矢口に笑顔を返す。
「お帰り、裕ちゃん。ご飯食べる?」
「……いや、ちょっと今日は疲れたから、
ご飯はええよ」
「そう……じゃあ、ビール飲む?」
一瞬寂しそうな表情になった矢口は
すぐにそれを笑顔に変える。
それを見て、中澤は自分の言葉を後悔しつつ、頷いた。
「そうやな。じゃあ、部屋に持ってきてくれるか?」
「うん」
矢口はそう言ってキッチンに向かう。
それを見て、何故か中澤は小さく溜息をついた。
- 12 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時14分45秒
- 何も知らずに自分に笑ってくれる矢口に、
話せないことがある自分が嫌になるときがある。
だが、自分が何をしているか絶対に言えない。
ましてや、その仕事のせいで身内に恨まれ、
撃たれそうになったことなどは。
そして、今日生まれた不安。
もしかしたら、自分だけではなく、矢口にも
石黒の手が伸びるかもしれないという不安。
石黒の性格から考えて、意趣返しを本人にできないからといって、
回りの人間で晴らすなどとは考えられず、
その点で中澤は矢口に関して何の不安も持っていなかった。
だが、今回のように部下が勝手に暴走したとき、
石黒のコントロールを外れたとき、
矢口が絶対に安全とは言い切れない。
矢口を守らなくてはいけない。
だが、それをどう伝える?
全てを話してしまうか?
中澤は軽く首を振った。
疲れが急に戻ってきたような感じがして
考える気力が失われていくのを感じる。
とにかく今日は早く休もう。
そんなことを思いながら中澤は自分の部屋に入った。
- 13 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時17分18秒
- 上着だけはなんとか脱ぎ、椅子の背にかけたが
それ以上何もする気になれず、中澤はベッドに腰をかけ、
そのまま仰向けに倒れこんだ。
かなり長い間、そのまま何も考えずぼんやりと天井を見ていると
ノックの音がして、続いてドアを開けて矢口が入ってきた。
それはわかっていたが、中澤は動く気になれず
そのまま寝転がっていた。
そんな彼女を見て矢口が声をかける。
「裕ちゃん、寝たの?」
「……ん〜いや、起きとるよ」
「そう。ビール、テーブルに置くね」
「ああ……」
中澤は声にならない声で、ただそう返事を返す。
- 14 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時18分28秒
- 矢口は運んできたトレイをテーブルに置くと、
ベッドの側に来て、中澤の顔を覗き込んだ。
「裕ちゃん、どうしたの?
仕事、大変だったの?」
矢口の心配そうな顔と声に、中澤は体を起こす。
「大丈夫や。今日の仕事はうまくいったから……」
矢口を安心させようとそう言いかけたが、
心から自分を心配しているとわかる矢口の
真剣な視線を見ていると、それ以上言えなかった。
中澤は数瞬黙っていたが、
やがて半ば無意識に矢口の手を取った。
「あのな、ヤグチ」
「ん?どうしたの?」
いつもと違う中澤の様子に少し疑問を感じながら、
矢口は中澤の目をまっすぐに見た。
その視線を受けると中澤はまた言葉を失う。
- 15 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時20分32秒
- やはり言えない。言いたくない。
知られたくない。自分のことは。
また黙ってしまった中澤に、矢口は首を傾げる。
そんな彼女に気付き、中澤は少し慌ててまた口を開いた。
「ヤグチ、あのな……えっと、ヤグチって
夜とか、遅くなるときあるんか?」
「え?」
唐突な質問に矢口は戸惑うが、
中澤の真剣な表情に気付き答えた。
「うん。たまに。
でも、11時くらいには、遅くても帰ってるよ」
「そうか。これからは、帰りが遅くなるときは、
ウチに連絡してな。
どこでも迎えに行くから」
「え?でも、裕ちゃんの方が遅い日しか、
そんな夜まで外にいないよ」
「それでも。会社から迎えに行くか、
それか平家か木村をやるから。ええな、絶対やで」
「どうしたの、急に?」
当然の矢口の疑問に中澤は
一瞬慌てたように言葉を詰まらせた。
- 16 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時22分05秒
- 「いや、最近、なんや物騒やから。
女の子が一人で、夜、外におったらあかん」
口調は少し冗談っぽかったが、
中澤の表情は真剣そのものだった。
それを見て矢口はそれ以上訊くのをやめた。
中澤がそれを望んでいるなら、そうしよう。
理由は言えなくても、彼女は
自分を本当に心配してそう言っているのだから。
それはわかるから。
「わかった。ちゃんと連絡するね」
矢口の言葉に中澤はようやく安心したように笑った。
そして、またベッドに寝転ぼうとしたが、
矢口はそれを止める。
- 17 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時23分19秒
- 「ダメだよ、裕ちゃん。ちゃんと着替えないと。
それに、そのまま寝ちゃったら風邪ひくよ」
「わかっとるって」
そう言いながらもまた寝ようとする中澤の手を
矢口は笑いながら引っ張る。
「ダメ!はい、ちゃんと起きて!」
「わかった、わかった。起きるから」
笑いながら中澤は、ようやくベッドから降りて立ち上がる。
矢口はそれを見てよろしいなどと言いながら、
椅子にかけっぱなしになっていた上着をクローゼットにしまった。
そして、テーブルに置いたトレイを取る。
「じゃあ、グラスは明日キッチンに持ってきてね」
- 18 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時25分53秒
- そう言ってあっさり部屋を出ていった矢口を見送り、
中澤は微かに寂しさを感じながら
ビールを飲もうとしたとき、ビールとグラスとともに
一枚の皿が置いてあることに気付いた。
そこには小さなおにぎりが三つと、
一言、メモが添えてあった。
中澤はそのメモを手に取る。
『少しでも食べた方がいいよ』
「これ作ってたから、時間かかってたんやな」
そう呟くと急に胸が温かくなるような、そんな想いを感じた。
守ってあげたい、そう思っているはずなのに、
心配ばかりかけている自分を情けなく思うこともある。
だが同時に、本当に自分を想ってくれていると
実感することができる。
今すぐは無理かもしれないが、いつか、全部を話そう。
きっと矢口なら本当の自分を知っても……
中澤はそんなことを考えながら、
小さなおにぎりを一つ手に取った。
- 19 名前:華山 投稿日:2003年01月02日(木)18時28分20秒
- 今日はここまでです。
今年最初の更新くらいは、大量に!
と意気込んだのですが、あんまり書けなかった……
>7 さま
レスありがとうございます!
中澤さんは、危機一発だったようです。でも、この先は……??
続きがんばります!
>らん さま
レスありがとうございます!&おめでとうございます!
がんばって書いていくつもりですので、よろしくお願いします!!
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月03日(金)04時42分36秒
- 大量更新のお年玉・・・ありがとうございました。
この作品大好きです。
今年もお忙しいのでしょうけど・・・息抜きに更新頑張ってください。(w
マッタリお待ちしております。
HPのなかよしも大好きなのですが・・・(爆
クビを長くして更新お待ちしています(w
- 21 名前:らん 投稿日:2003年01月03日(金)22時02分01秒
- 更新ありがとうございます。
最近、お年玉から遠ざかっているので、
久しぶりのお年玉をいただいたようで、非常にうれしいです。
しかし、相変わらずの丁寧な心理描写の表現ですよね。
裕ちゃんの想いと、ヤグチの想いに、胸が熱くなります。
自分にも、こんな風に想い、想ってくれる人が欲しい・・・
やぐちゅーに自分の夢を投影して、幸せ気分を味わうのが、
せめてもの慰みです。
でも、これからはちょっと痛くなるのかな?
しかし、「華山」さんのきれいな表現なら、ついていきます。
- 22 名前:読者 投稿日:2003年01月06日(月)13時54分47秒
- 今年もやぐちゅーを宜しくお願いします。
- 23 名前:名無し読者。 投稿日:2003年01月10日(金)13時47分01秒
- どうなってしまうのか・・・中澤さん撃たれちゃうのかなぁ〜。
今年も華山さんの作品が一杯いただけますように(w
マータリ待ってます。
- 24 名前:華山 投稿日:2003年01月10日(金)17時12分30秒
- 保田圭は、仕事を終え事務所を出たところで、
不意に立ち止まった。
その視線の先には、一番会いたくないと思っている人物が
にこやかに立っていた。
その笑顔が不気味だ。
保田はそんなことを思い、一瞬無視しようとしたが、
小さく溜息をついた後その人物に近付いていった。
「久しぶりね、保田さん」
「……石黒さん」
にこやかな表情の石黒とは対称的に、保田の表情は固い。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいんじゃない?」
「私にはもう貴女にお会いする理由はありません」
きっぱりそう言う保田に、石黒は小さく笑う。
それは妖艶と言ってもいい魅力のあるものだったが、
保田の顔はますますこわばる。
「私も嫌われたものね。
まあ、確かに私と貴女はもう何の繋がりもないものね。
あの娘のこともちゃんと終わったし」
「……」
「でも、かなり無理したんでしょ?
あの娘の身受け金、安くはなかったものね」
石黒の言葉に保田はわずかに目を細める。
- 25 名前:華山 投稿日:2003年01月10日(金)17時14分20秒
- 石黒の言ったことは事実だった。
ヤクザ絡みの風俗の人間が、簡単に足を洗えるはずがない。
保証金などというふざけた名目で店員は縛られている。
それを払えなければ、女を店から救い出すことはできない。
保田はそのためにかなり無理をして金を工面したのだ。
女を連れて逃げることも考えた。
だが、それでは中澤に受けた恩、借りを返すことはできない。
だから、借金までして金を作ったのだ。
もちろん、保田にとって楽な額ではない。
「それが何か」
「それを、私が肩代わりしてあげてもいいんだけど?」
その言葉に保田は半ば睨むように石黒を見た。
だが、睨まれた当人はまったく態度は変わらない。
- 26 名前:華山 投稿日:2003年01月10日(金)17時16分28秒
- 「私の言うことを聞いてくれたら……」
「お断りします!」
石黒に最後まで言わせず、
保田は強い口調でそう言いきった。
中澤は尊敬するに足る上司だ。
それを自分の恋人という私的な理由だけで裏切ってしまった。
それなのに、中澤は許してくれた。
それだけでも、保田には返しきれない恩義だ。
それに、二度目がないことくらいわかる。
あの上司は決して甘い人間ではないのだから。
もう、自分には石黒の言いなりにならなければいけない理由はない。
もうこれ以上関わりを持ちたくない人間だ。
「もう、そんなに怖い顔で言わなくてもいいじゃない。
まあ、いいわ。今日はこれで退散するわ。
あ、もちろん、貴女が食事でも誘ってくれるなら別だけど」
石黒は笑みさえ浮かべてそんなことを言った。
もちろん、保田がそれに応じるわけがない。
何も言わず彼女に背を向けて歩きだす。
それでも石黒は変わらず不敵な笑みを浮かべ、
保田の後姿を見つめていた。
- 27 名前:華山 投稿日:2003年01月10日(金)17時19分41秒
- 今日はここまでです。
石黒さん、動きだしました。
>20 さま
レスありがとうございます!
まったり……なるべく早く更新したいのですが……すいません(^^;
HPの方も、どうか長い目で、よろしくお願いいたします!
>らん さま
レスありがとうございます!
心理描写……う〜ん、ちょっとしつこすぎるかと思うときもあるのですが、
誉めていただいてありがとうございますm(__)m
これからも、よろしくお願いいたします!
>22 さま
レスありがとうございます!
今年も、やぐちゅー、たくさん書きたいな〜と思ってます。
よろしくお願いします!
>23 さま
レスありがとうございます!
中澤さんの運命は……さてさて、どうなるんでしょう……
今年もよろしくお願いします!
- 28 名前:華山 投稿日:2003年01月12日(日)18時12分32秒
- 石黒と別れた後、保田は苛立ちに似た感情を
持て余しながらマンションに戻った。
鍵を開けようとしたとき、部屋の中から
何か物音が聞こえた気がして、一瞬手を止める。
だが、不意に苦笑を浮かべると、鍵を開けて中に入った。
玄関には、保田が予想していた通りの物があった。
自分の物ではない女性用の靴が。
保田が軽く肩をすくめながら靴を脱いでいると、
玄関のすぐ横にあるキッチンからその靴の持ち主が顔を出した。
中澤を裏切ることになり、また多額の借金をして、
ようやく取り戻した大切な彼女が。
「あ、保田さん、お帰りなさい」
少し高い声と、自分だったらとてもじゃなくて
恥ずかしくてつけられないようなピンクのエプロンの彼女に、
保田はまた苦笑する。
- 29 名前:華山 投稿日:2003年01月12日(日)18時13分57秒
- 「来てたんだ、石川」
「はい」
かわいく笑って頷くと石川はキッチンに戻っていった。
金を払って店を辞めさせたとき、
保田は初めて石川に合鍵を渡した。
それがよほど嬉しかったのか、石川は三日と空けず、
保田の部屋に通っている。
店を辞めてから、保田の知り合いのツテで、
事務のバイトをしている石川は、
終わる時間が日によってずれることはなく、
いつも保田が帰ってくる前に、こうして料理を作って待っているのだ。
何度か石川は一緒に住みたいとほのめかしているのだが、
保田はそれに気付かないフリをしていた。
ある程度距離は保った方がいい。
保田は付き合っていてもそういう風に考える人間だった。
- 30 名前:華山 投稿日:2003年01月12日(日)18時15分16秒
- 保田がスーツからラフな服に着替え終わった頃、
ちょうど夕食の支度ができたらしく、
石川はテーブル代わりのこたつ机に料理を並べていた。
保田は何も言わずそれを手伝う。
少し不機嫌にも思えるようなぶっきらぼうな態度で。
だが、石川はそれが保田の性格だということはもう知っていた。
自分の感情や想いを伝えるのが下手というか不器用な人。
そこが惹かれる理由の一つでもあると。
「なんか、今日は豪華だね。どうしたの?」
ビールのプルトップを開けながら、
保田は机いっぱいに並べられた料理を見てそう言った。
石川は嬉しそうに笑うだけで答えない。
首を傾げながらも保田は、手近にあった春巻を一つ食べた。
- 31 名前:華山 投稿日:2003年01月12日(日)18時17分03秒
- 「おっ、美味しいね。
誰かに教えてもらったの?」
保田の言葉に、石川はますます嬉しそうな顔になって、
自分の後ろに隠していた一冊の雑誌を保田に見せた。
『家族団欒が楽しくなる料理のコツ』、
そんな題の書かれた料理雑誌。
保田はそれを見て苦笑する。
「そんなのいつ買ったの?」
「昨日、買ったんです。
それで、保田さんに作ってあげようと思って」
「そうなんだ。で、この量なわけね」
「ちょっと、作りすぎちゃいました」
照れたように笑う石川に保田は
顔がほころびそうになるのを感じ、
誤魔化すように次の料理に箸をのばす。
そんな保田を石川は嬉しそうに笑って見つめていた。
- 32 名前:華山 投稿日:2003年01月12日(日)18時18分10秒
- 今日はここまでです。
ばればれだったでしょうが、ようやく保田さんの彼女登場です。
やっぱり、やすいしも好き……
- 33 名前:やぐちゅー大好き!! 投稿日:2003年01月15日(水)17時41分58秒
- いしよし(w
圭ちゃんちゃんがキーパーソンなんですか?
石黒も気になるし・・・
中澤もまた狙われたりするのかな?
一途な矢口も可愛くてしょうがないです(w
- 34 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月22日(水)01時58分36秒
- やぐちゅーにやすいし(w
いいっすね〜。
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月23日(木)21時15分47秒
- そろそろ更新してほしいな〜(w
- 36 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)12時06分03秒
- これも同期のサガ...w
いいじゃない!やすいし好きでいいじゃな〜い!
私もやすいし好きですw
- 37 名前:華山 投稿日:2003年01月24日(金)20時13分41秒
- 石川がシャワーをあびて出てきたとき、
保田はベッドにもたれながらぼんやりとしていた。
石川は静かに彼女の隣に座り、そっともたれかかる。
そこで初めて保田は気付いたようで、
石川の手に自分の手を重ねた。
だが、その視線は石川の方を向いていなかった。
何か考え事をしているときはそれに没頭する人。
そうわかっているが、石川は不安だった。
自分がいるときに考え事をすることに対して
不満があるわけではない。
何を考えているかが不安なのだ。
保田ははっきり言わないが、
自分が自由になったということが、
彼女に何らかの負担、おそらく金銭だろう、
を強いた結果だということはわかる。
そういう社会に自分はいたのだから。
- 38 名前:華山 投稿日:2003年01月24日(金)20時15分16秒
- 「保田さん」
石川の声にようやく保田は彼女の方を見た。
不安そうな表情の石川に気付き、
少し不器用な感じの笑みを作る。
「どうした?」
優しい口調に石川は視線を落とし、
ぎゅっと保田の腕にしがみつく。
保田は優しく彼女の髪を撫でながら
もう一度同じことを訊いた。
石川は顔を上げないまま言う。
「保田さん……後悔してませんか?」
「……」
石川の言葉に保田は一瞬
どう応えていいかわからなかった。
石川の表情が見たい。
そう思うが、彼女は顔を上げてくれない。
諦めて、保田は石川をしっかりと抱きしめた。
- 39 名前:華山 投稿日:2003年01月24日(金)20時16分38秒
- 「なんで、そんなこと訊くの?」
保田の言葉に石川は応えられない。
不安だから。自分のせいで保田に迷惑をかけた。
だけど、彼女は優しいから絶対にそんなことは言わない。
それが不安なのだ。
言ってくれた方がいい。
自分一人で抱えて、その結果として
自分が彼女にとって負担になったら。
馬鹿げた考えかもしれない。
だけど、捨てられたくない。
一人になりたくない。
もう、孤独になるのは……
そんなことを思っていると、
保田が強く抱きしめてくれた。
- 40 名前:華山 投稿日:2003年01月24日(金)20時18分22秒
- 「なんでそんなこと訊くのかわからないけど、
私は後悔なんかしてないよ。
石川に会ってから一度も」
保田の言葉に石川は小さく頷いた。
それを感じて、保田は呟くように言った。
「不安にさせてるのかな」
保田の少し不安そうな声に、石川は慌てて顔を上げた。
「そんなことありません。だって……」
石川はそこまでしか言えなかった。
怖いほど真剣な目で、まっすぐに見つめられたから。
それを見た石川はその真剣さから逃げるかのように
静かに目を閉じた。
保田はそんな石川を見て、口を開きかけてやめた。
今、自分の考えていることを言って
石川を不安にさせたくない。
そう自分に言い聞かせ、保田は
誘われるように石川の唇に自分のそれを落とした。
- 41 名前:華山 投稿日:2003年01月24日(金)20時20分28秒
- その夜、石川はふと目を覚ました。
隣には保田が寝ている。
その彼女を起こさないように石川は静かに態勢を変え、
保田の顔をじっと見つめた。
「保田さん……」
小さくその名を呼ぶが、保田は目覚める気配はない。
そっと彼女の頬に手を触れる。
保田は少し眉を寄せるだけ。
「保田さん……
今日、本当は私にとって記念日だったんです」
石川はそう言うと保田に寄り添うように
彼女の肩に自分の頭を預けた。
一年前、石川は初めて保田に会った。
だが、保田は知らない。
遠くから一方的に見ただけ。
あの人に会いに行ったときに。
「あの時、あなたに会えなかったら、
きっと私は今でも……」
石川はそう呟くと目を閉じた。
保田の温かさを感じながら。
- 42 名前:華山 投稿日:2003年01月24日(金)20時22分23秒
- 今日はここまでです。
すいません、本当にお待たせしてしまいましたm(__)m
>やぐちゅー大好き!! さま
レスありがとうございます!
そうです、保田さんがキーパーソンだ……と思います。
石黒さん、中澤さん、矢口さん、これからどうなるのか。
これからも、よろしくお願いします。
>34 さま
レスありがとうございます!
やすいし、好きなんです!
これからもよろしくお願いします。
>35 さま
お待たせしました!
すいませんm(__)m
これからもよろしくお願いします。
>36 さま
レスありがとうございます!
おおっ、同志の方ですね。
これからもよろしくお願いします。
- 43 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月29日(水)03時13分56秒
- まったり待ってます。
- 44 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時33分13秒
- 狙撃事件直後は、本人の自戒というより、平家や木村の
監視のため、なかなか一人になることができず、
真面目に家に帰っていた中澤だったが、
時間が経つにつれ少しずつ、二人の目を盗んで
飲みに行くようになっていた。
石黒の動きが全くなく、また彼女の性格からすぐにまた
直接的な手段に撃ってくるとは思えない。
もちろん、油断とか警戒心を解くとかではないのだが、
もともと束縛とか監視に嫌悪感を感じる性格である。
それに、受験勉強をしている矢口の
邪魔をしたくないという思いもある。
と、そこまでは平家も同情混じりに理解できる。
だが、平家が苦笑を浮かべるしかない事実がある。
それは最近やんでいた女遊びについてだった。
- 45 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時34分40秒
- この日も仕事を終えた中澤は平家の苦言を無視し、
もはや行きつけの店となったスコッチの店に向かっていた。
「あ、裕ちゃん!」
店に入ってきた中澤を見て、安倍は嬉しそうな声を上げた。
それを見て中澤は内心だけで笑うが、表には出さない。
「久しぶりやね、なつみちゃん。
元気やった?」
中澤はそう言うと、安倍の隣に座り、
さり気なく一房だけはねていた彼女の髪を直す。
不自然に見られないぎりぎりまで顔を彼女の頬に寄せながら。
そして、一、二言囁くとすぐに離れる。
まだ、子どもっぽいところのある安倍は
それだけで頬を染めた。
そんな彼女の様子を見て、中澤は
気付かれないように軽く笑ったのだった。
- 46 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時36分14秒
- 30分後、中澤は店を出た。
当然のように横には、少し俯き加減の安倍の姿がある。
中澤は軽く彼女を抱き寄せながら、時折耳元で何やら囁く。
そして、二人はタクシーに乗り込んでいった。
そんな二人を見つめる姿があった。
一人は魅惑的な笑みを浮かべながら、もう一人は複雑な、
どんな表情を浮かべていいかわからないといった表情で。
「相変わらずね。お姉さんは」
苦笑を浮かべながらそう呟いたのは石黒だった。
その声に、複雑な表情を浮かべていた保田は石黒の顔を見る。
まだ、整理できないといった表情で。
- 47 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時37分32秒
- この日、石黒と保田が行動を共にしていたのは、
少なくとも一方は本意ではなかった。
仕事を終えた保田を石黒が待っていたのだ。
事務所から少し離れたところで。
保田はあからさまな不快、
もしくは不審な表情は見せなかった。
石黒の意図はわからないが、
何か企んでいるのは確かだ。
それに乗らないためには冷静でいなくてはいけない。
そう自分に言い聞かせる。
「何の用ですか?」
「いえ、別に。前、食事を断られたから、
今日はどうかしらと思って」
「……」
保田は応えない。
ただ、まっすぐに石黒の顔を見た。
- 48 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時38分41秒
- 自分が応じるわけがない。
わかりきっているはずなのに、何故?
そんなことを考え、半ば睨むように見ている保田に
気付かないかのように、石黒はにこやかに言葉を続けた。
「今日は、石川さん、遅いんでしょう?
バイト先の飲み会で」
妖しげとさえ言える笑顔。
だが、その言葉の意味は明白だった。
石黒は保田だけではなく、
石川の行動も把握しているということ。
その気になれば、なんだってできる。
そう、言外に脅しているのだ。
保田は何も言えなかった。
ただ、自分に背を向けて歩き出した石黒に
黙ってついていったのだった。
- 49 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時41分10秒
- 食事を終え、駅に向かう途中で
中澤を見かけたのはもちろん偶然ではない。
石黒の部下が中澤の行動を追い、
それを石黒に逐一知らせていた結果である。
だが、だからといって中澤の行動は
もちろん石黒の思惑などではなく、本人の意思。
タクシーに乗り込んだ二人を見送り、
石黒はちらりと保田の様子を盗み見た。
複雑な表情を浮かべるしかない保田。
恋愛に対してオクテと言うか潔癖な保田にとって、
あまり好ましいと思える光景ではない。
「お姉さんの、あの癖だけは
いつまでたっても治らないのね」
「……」
「家でかわいい子が待っているのにね」
軽く肩をすくめながらそう言う石黒に、
保田はほとんど無意識に頷いていた。
- 50 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時43分30秒
- 中澤の女癖は事務所でも有名だ。
マンションに若い娘を囲っているという話も
聞いたことがある。
だが、最近はおとなしくなったと聞いていた。
一度、平家が、
「一人に入れ込みすぎてるのは
姐さんらしくないかもしれん」
と呟いていたのを偶然聞いたことがある。
だが、石黒の言う通り、中澤の癖というのは
治っていなかったらしい。
別に人の趣味や癖に異議や文句を唱える気などない。
だが、こうして目の当たりにすると、
どうももやもやした気分になるのは、
保田の性格からして自然のことだった。
複雑な表情のままタクシーを見送る保田を
石黒は微かに笑って見つめていた。
- 51 名前:華山 投稿日:2003年01月30日(木)22時46分10秒
- 今日はここまでです。
おかしい、矢口さんは何処に……
やぐちゅーシーンは、一体何時に…………
>43 さま
お待たせしました!
でも、次の更新もいつになるか……
まったりお待ちくださいm(__)m
- 52 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月31日(金)03時06分53秒
- 確かにやぐちゅーシーンは何処に(w
でも中澤&石黒&保田の三人の行動が気になります。
矢口もモチロン大好きですが・・・みっちゃんも・・・安部も(w
- 53 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月31日(金)13時36分06秒
- 個人的に石黒さんの妖艶なヒールっぷりが大好きです(w
何を企んでいるのでしょうか・・・今度は一体どんな手を・・・
ドキドキながら見守らせて頂きます!マターリと頑張って下さい!
- 54 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月09日(日)10時06分01秒
- 続きがすっごい楽しみです。頑張って下さい!!
- 55 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月12日(水)01時17分40秒
- まだかなぁ・・・
- 56 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時22分55秒
- 参考書をめくっていた矢口の耳に、
玄関の開く音が聞こえてきた。
中澤が帰ってきたのだろう。
そう思いながら時計に目を向けると二時を指している。
一時期は早く帰ってくれるようになっていたのに、
最近はまた帰りが遅くなってきた。
勉強の邪魔はしたくないから。
一度そう言ってくれたことがある。
だけど、邪魔なんかじゃないから早く帰ってきて欲しい、
そう思う自分がいる。
仕事が忙しいから。
まだそんな理由を言ってくれた方が嬉しい。
別にそれが本当じゃなくてもいいから……
- 57 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時24分13秒
- しばらく感じなくなっていた他の人の香水。
なのに、ここ最近、それを感じることが何度もあった。
ちゃんと帰ってきてくれる。
自分を大事に想ってくれている。
それはわかっている。
それに、自分たちは普通の恋人同士とは違う。
自分は特殊な立場なのだから。
そう自分に言い聞かせている。
だけど、心が乱れるのを抑えることができない。
嫉妬なんかしたくない。
そう思うのに、自分の感情を抑えることができない。
思い切り彼女に不満をぶつけたい。
そう思うこともある。
でも、それをして嫌われたくない。
もし、今、彼女に捨てられたら自分は一人になってしまう。
一人で生きていくのが不安なのではない。
中澤のいない世界など、もう考えることができない。
それだけ、矢口にとって中澤は大切な存在となっているのだ。
- 58 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時25分43秒
- 矢口は机の棚の端に置いた香水の瓶に目を向ける。
しばらくそれを見つめてから、手に取った。
そして、手首にふきかける。甘い匂いが広がる。
そうだ、最後に中澤に愛されたのは、
この香水をつけたときだった……
考えたくないことが頭に浮かんできた。
そして、一旦そんなことを考えてしまうと、
もう他のことを考えることができない。
矢口は思わず、自分の体を自分で抱きしめた。
「……裕ちゃん」
無意識にそう呟いてしまってから、
矢口はようやく我に返ったように腕を解く。
自己嫌悪が心の中に広がる。
何を考えているんだ、自分は。
少し頭を冷やそう。
そう自分に言い聞かせ、何か冷たいものでも飲もうと、
矢口は立ち上がった。
- 59 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時27分09秒
- キッチンに入ろうとして矢口は足を止める。
中から冷蔵庫の閉まる音が聞こえてきたから。
しまった、彼女がいるなんて思ってなかった。
矢口はそう心の中で呟き、引き返そうとしたが、
彼女の気配に気付いたのか、中澤の声がした。
「ヤグチか?」
その声に矢口は諦めてキッチンに入っていった。
玄関から直接水を飲みに来たのだろう、
中澤はまだスーツ姿だった。
少しだけアルコールを感じさせるが、
それほど酔っているようには見えない。
飲みに行ったわけじゃないのに、こんな時間……
矢口はそんなことを考えてしまう自分に
また嫌悪感を感じる。
- 60 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時28分30秒
- そんな矢口の心を知らず、
中澤は普通に話しかけてきた。
「まだ起きとったんか。がんばってるな」
そんなことを言いながら、中澤は笑った。
だが、矢口は笑顔を返せなかった。
少し俯いてしまった矢口を見て中澤は首を傾げ、
手に持っていたミネラルウォーターのボトルを置く。
そして、矢口の方に近付こうとした。
だが、逆に矢口の方が中澤に抱きついた。
突然のことに少し驚きながらも中澤は、
優しく矢口の体を包む。
矢口は小さく首を横に振って言った。
- 61 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時30分32秒
- 「ぎゅっとして、裕ちゃん」
矢口の小さな体を強く抱きしめて初めて、
中澤はあの香水の香りを感じた。
甘く深みのある香り。
中澤はその香りと腕に感じる矢口の存在に、
心が落ち着かなくなる。
そんな自分を誤魔化すように言った。
「どっか、出かけてたんか?ヤグチ……」
「ううん、どこにも行ってないよ」
「そっか。香水の匂いがするから、
出かけてたんかと思って……」
中澤の言葉に、矢口は顔を上げる。
少し潤んでいるように見える瞳。
自分の心を更に落ち着かなくさせるその視線から、
中澤は目を逸らすことができなかった。
矢口は左手、香水をふきかけた方の手を
そっと伸ばし、中澤の頬に触れる。
甘い香りが頭の芯に響く、そんな刺激に、
中澤は眩暈に似た感覚に捕われる。
自分の左手を彼女の手に重ねると、
右腕で強く矢口の体を抱き寄せた。
矢口はまっすぐに中澤の目を見つめる。
それに引き込まれるように、中澤は口付けを落とした。
- 62 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時32分49秒
- 触れ合うだけの口付けはすぐに
深く、求め合うようなものへと変わる。
強く抱き合い、深くお互いを求める。
矢口はもう自分だけでは立っていられなくなり、
すがるように中澤の首に両腕を強く回す。
中澤はそれを支えつつ、彼女の小さな体を壁に押し付けた。
そのまま首筋に唇を落とす。
矢口の口から甘い吐息が洩れる。
理性を簡単に崩してしまうその声に、
中澤は更に矢口を求めようとした。
だが、矢口はそれを止めた。
潤んだ、少し上気したような目で中澤を見上げる。
やや息を乱したまま中澤は
少し不満そうに彼女の視線を受け止めた。
「ここじゃ、やだ」
矢口は短くそう言った。
中澤の服についた他の人の香り。
それを感じながら愛されたくない。
すぐにそれを脱がせてしまいたい。
そう思ったから。
- 63 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時35分56秒
- 中澤は自分の腕の中でそんなことを言う彼女に頷き、
耳元で囁くように訊いた。
「ヤグチの部屋に行くか?」
「……裕ちゃんの部屋がいい」
自分の部屋に入ったら
机に広げられた参考書やノートを見られる。
変に真面目なところがある中澤がそんなものを見たら、
やめてしまうとまではいかないが、
後ろめたさを抱かされることになるかもしれない。
それなら、彼女の部屋で……
だが、それだけではない。
中澤の服についた香水の持ち主がどんなに想っていても、
その人たちは彼女の部屋に入ることはできない。
それができるのは自分だけ。
彼女にとって特別な存在は自分だけ。
せめてそれくらいは、優位に思っていたい。
そんな思考が矢口の頭の隅にはあった。
自分自身でも気付くか気付かないか、
そういう微妙なところに。
だが、そんな矢口の複雑な想いに、中澤は気付けなかった。
ただ、頷いて、小さな彼女の肩を抱き寄せ、
キッチンを後にしたのだった。
- 64 名前:華山 投稿日:2003年02月12日(水)19時38分35秒
- 今日はここまでです。
すいません、またお待たせしてしまいました。
そして、次の更新は、早くても再来週になります。すいませんm(__)m
試験……作品展……何もできてない…………
>52 さま
レスありがとうございます!
三人と、そして平家さん、安倍さん……
さて、どう動いてくれるでしょうか?
なるべく、みんなにスポットをあてたいのですが……
これからも、よろしくお願いします。
>53 さま
レスありがとうございます!
石黒さん……なんか、書いてて楽しくなってきました。
お待たせしまくってますが、これからもよろしくお願いします。
>54 さま
レスありがとうございます!
これからもがんばります!!
>55 さま
すいませんm(__)m
次の更新も、未定です……
なるべく早く書きたいのですが、本当にすいません!
- 65 名前:読者。 投稿日:2003年02月13日(木)23時57分28秒
- 更新ありがとうございます。
矢口が中澤を癒し
中澤が矢口を守る
やぐちゅーやっぱり最高。
- 66 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月14日(金)01時59分53秒
- ↑に同じく、“やぐちゅー”サイコ〜〜!(^^)!
- 67 名前:うっぱ 投稿日:2003年02月20日(木)02時04分13秒
- お引越しなさってから初レスさせていただきます。
あいもかわらず甘い中澤さんと矢口さん、いいですねぇ〜。
久々の保田さんと石川さんもいい雰囲気でしたし。
さて、この後甘い雰囲気になる予感が……(期待)
- 68 名前:名無し読者。 投稿日:2003年02月21日(金)19時01分17秒
- そろそろ・・・作者さんのやぐちゅー不足が深刻に(w
更新・・・お願いします...
- 69 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月22日(土)01時24分22秒
- >>68
>>64
12日の時点で「早くても来週」とおっしゃっているので、
最低でも26日(水)までは待たれよ・・・作者さんはお忙しいようなので・・・。
そんな私も続きを待ちわびている読者の1人ですがね(w
- 70 名前:華山 投稿日:2003年03月06日(木)00時54分59秒
- 次の日、中澤が目覚めたとき、隣に矢口の姿はなかった。
半ば寝惚けた状態で彼女がいたはずのところを手で探り、
何の手応えもないことで、中澤は眠い目をこじ開けた。
感じるか感じないか、もしくは錯覚かというような
微妙なところで彼女の香水の残り香を感じる。
「ヤグチ、どこ行ったんや」
自分の隣に空いた空間に向かってそう呟いたとき、
ドアを静かに開ける音がした。
中澤がそちらに目を向けると、小さな彼女が
こちらを伺うようにのぞきこんでいる。
その姿があまりにかわいくて、
中澤は顔をほころばせ手招きをした。
それを見て矢口も笑ってベッドのところにやってきた。
- 71 名前:華山 投稿日:2003年03月06日(木)00時56分21秒
- 「おはよ、裕ちゃん」
矢口の挨拶に、中澤は彼女の手を引くことで応えた。
そんなに力は入っていなかったが、不意をつかれた矢口は
簡単にベッドに倒れこむ。
中澤はそのまま彼女をシーツの中に引きずり込んだ。
「ちょ……っと、裕ちゃん?!」
慌てる矢口の手の甲にキスをしてから中澤は言った。
「なんや、シャワー浴びたん?」
「え?」
「あの匂い、せえへんから」
中澤の言葉に矢口はかっと頬が熱くなるのを感じた。
別にそれを狙っていたわけではない。
だけど、結果として自分はあの香水をつけて中澤を誘ったのだ。
嫉妬という醜い感情から。
そう思うと恥ずかしさで、中澤の顔をまともに見ることができない。
- 72 名前:華山 投稿日:2003年03月06日(木)00時58分09秒
- 「……昨日は、ごめんね」
自分の視線を微妙に逸らしながら
小さくそう言う矢口に、中澤は首を傾げる。
何を謝られているのかわからなかったから。
昨日のことは自分の方に非があるだろう。
試験が近付き、勉強をしていた彼女の
邪魔をしたのは自分なのだから。
自分を戒めていたはずなのに、矢口を前にして、
そしてあの香りを感じて、冷静でいられなかった。
「なんでヤグチが謝るん?
ヤグチはなんもしとらんやん」
中澤の言葉に、ヤグチは何も言わず彼女に抱きついた。
中澤をそんな彼女を優しく抱きしめる。
「好きやで、ヤグチ」
「……ヤグチも……」
好きという言葉は落ちてきたキスによって奪われた。
互いを確かめるように交わされるキス。
そのもどかしいまでの優しい感じに、
矢口はどうしていいかわからず、
思わず中澤がまとっているバスローブをぎゅっと掴む。
中澤はなだめるように、その小さな手を自分の手で包んだ。
- 73 名前:華山 投稿日:2003年03月06日(木)00時59分29秒
- 少しずつ深くなっていくキスに、
矢口の唇から甘い吐息が洩れる。
矢口の手を包んでいたはずの中澤の手が
いつしか矢口の首筋、肩、そして、胸へと落ちていったとき、
矢口ははっとして、その手を止めた。
「ダメだよ……裕ちゃん」
真っ赤な顔でそう訴える矢口に、
中澤はわずかに笑みを浮かべながら言った。
「ええやん」
「ダメ……仕事遅れるよ」
「ええから、ええから」
そう言いながらまた矢口に触れようとする中澤の手を、
矢口は慌てて止める。
「ダメだって……朝ご飯できてるんだから」
必死な感じの矢口に、中澤は思わず笑ってしまった。
その隙に矢口は中澤の腕から逃げ出す。
そうされてしまうと、中澤ももう諦めるしかない。
- 74 名前:華山 投稿日:2003年03月06日(木)01時00分43秒
- わざとらしく拗ねたような表情を浮かべながら、
中澤は起き上がった。
それを見て矢口は内心でほっとする。
「あ、先にシャワー浴びる?」
矢口の問いかけに中澤はにやりと笑うと、
芝居がかった仕種で肩をすくめた。
「いや、ヤグチっていうご馳走食べそこなったからな、
先にご飯食べんと、お腹減って倒れるわ」
中澤の言葉に矢口はまた顔を赤くする。
それを見て笑った中澤に
矢口は思い切り拗ねた表情を向けた。
早く来ないと冷めちゃうよ!
そう少し怒ったような口調で言って出ていった矢口に、
中澤はしばらく笑いを収めることができなかった。
- 75 名前:華山 投稿日:2003年03月06日(木)01時06分08秒
- 今日はここまでです。
すいません、遅くなってしまった上に、
やっつけ仕事みたいになってしまいました。
えっと、ワタクシ、明日というか今日から、
学校の研修で一週間、フランスに行ってきます。
その前に一度更新を!と思いなんとか書いたのですが、短くてすいません。
レスをくださった方、ありがとうございますm(__)m
すいません、まだ荷物ができていない状況なので、
レスのお返しは帰ってからさせてください。本当にすいません!
ああ、完全に学校に忙殺されてる今日この頃……
- 76 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月06日(木)01時15分14秒
- 待ってましたよ☆やっぱ、やぐちゅーは最高ですね(^O^)
フランスですか。頑張ってきてくださいね!!
- 77 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月21日(金)23時21分20秒
- 待ってました!!
研修がんばってきてください。
- 78 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月02日(水)18時01分02秒
- 保全
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月04日(金)01時27分55秒
- 保全です!!
- 80 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月04日(金)14時34分32秒
- 保全
作者さんファイト!!
- 81 名前:華山 投稿日:2003年04月08日(火)21時26分59秒
- 保田と石黒は何度かともに食事をする機会をもった。
もちろん、一方にとっては望みもしないことだが、
不思議に保田は石黒に逆らえなかった。
もちろん、以前のこともある。
石川のことも心配だ。
だが、それ以上に、石黒には何か他人を逆らわせない、
そんなオーラのようなものを感じるときがある。
石黒は特に何か用件を言うでもなく、世間話のようなことしか話さない。
中澤のことだって、ほとんど話題にのぼらない。
中澤の名が出てくるとき、それは街中で彼女が女性と歩いていて
タクシーに消えていく姿を見たときだけだ。
保田はその光景を三度見た。
こうも続くと石黒の作為を疑わないわけにはいかなかったが、
中澤が女、しかも、三度とも違う女と歩いていたというのは事実である。
保田は石黒の思惑を探ろうとすると同時に、心の底に
中澤に対する、不信とまではいかないが、
釈然としない思いを抱くようになっていた。
もちろん、本人は意識はしていなかったが。
- 82 名前:華山 投稿日:2003年04月08日(火)21時28分23秒
- 望みもしない石黒との食事を終え、
自分の部屋に戻ってきた保田を迎えたのは石川だった。
もう苦笑すらせず、保田は
笑顔でお帰りなさいという彼女の言葉を当然のように受ける。
だが、少々素っ気ない返事になった。
それは石黒との不快な食事のせいであったのだが、
同時に保田の心の奥にはさっき見た中澤の光景があった。
別に中澤が何人の女性と付き合っていても自分には関係ない。
女性関係が派手だからといって、中澤の優秀さが翳るわけでもない。
そして何より、中澤は恩人である。
そう、自分に言い聞かせるのだが、保田の生真面目な性格は、
中澤の行為を肯定することができなかった。
- 83 名前:華山 投稿日:2003年04月08日(火)21時30分28秒
- そんなことを考え、少し表情を曇らせている保田に
石川は首を傾げながら訊いた。
「どうしたんですか?疲れてます?」
心配そうにそう訊く石川に保田は笑顔を返そうとした。
だが、それは完全には成功しなかった。
彼女はほとんど無意識で口を開いていた。
今、彼女の心の底にあることについて。
「いや、所長がね……」
保田としては疲れがあって、少し愚痴を言う、
そんな軽い気持ちだった。
別に深い意図があったわけではない。
だが、所長と聞いたとき石川の顔色ははっきりとかわった。
それは数瞬のことだった。
保田の不思議そうな視線を受けて慌てて石川はその表情を消した。
だが、保田の心に疑念を生じさせるに十分な時間だった。
- 84 名前:華山 投稿日:2003年04月08日(火)21時33分13秒
- 「石川、所長知ってるの?」
もちろん、保田は石川と中澤の関係を知らない。
中澤は事務所で女の話をほとんどしない。
したとしても、それは平家にだけだ。
もちろん、石川も話してはいない。
「知らないですよ。それより、今日は遅かったんですね」
石川はそう言うと、笑顔を作り保田の腕を引いた。
話題を変えたくて強引に。
不意をつかれた保田はバランスを崩し
少し倒れるようなかたちで石川に抱きついた。
保田はまだ少し訊きたかった。
だが、本人が知らないと言う以上、これ以上訊くわけにもいかない。
それにせっかく二人になれたときに、
彼女としては不愉快な話題で時間を潰したくない。
石黒との望まない食事で潰れた時間も取り戻したい。
体というより心に疲れを感じる、そんな心境だった保田は
それ以上何も言わず石川を抱きしめた。
だが、心の奥に生れた疑問を完全に消し去ることはできなかった。
- 85 名前:華山 投稿日:2003年04月08日(火)21時36分36秒
- 今日はここまでです。
本当にお待たせしました、すいませんm(__)m
レスを書いてくださった方、本当にありがとうございました!!
これからも、遅いペースですが、がんばりますので、
よろしくお願いします!!
- 86 名前:マコト 投稿日:2003年04月09日(水)00時00分07秒
- ど〜も、初めまして!前レスから読ませてもらいました!
矢口さんの微妙な立場がなんか良いです!!
遅くてもいいので頑張ってください!
- 87 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月09日(水)23時02分14秒
- 待ってました(w
- 88 名前:名無し子 投稿日:2003年04月10日(木)01時14分23秒
- お帰りなさい(^^)
卒業以来めいっぱいのペースで走り続けてきた裕ちゃんですから、
ここらで一息いれるのも良いかなと思ってます。
次へのパワーをためる貴重な時間に・・・
裕ちゃんならそんな時間を過ごしてくれるはずだと信じています(^^)
華山さんの小説が大好きです。
ずっと応援してます、頑張れ!(^^)
- 89 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月10日(木)04時54分29秒
- 石川と中澤の間に何かがある...
それを知った時保田は?
それぞれの今後に期待(不安w)しつつ、次回も楽しみにしています
- 90 名前:名無し読者。 投稿日:2003年04月10日(木)11時27分44秒
- >>89
石川と中澤の関係は前に出てると思うけど・・・。
本当にお帰りなさい。
月一であろうが、ムリせず自分のペースで・・・のんびりと頑張って下さい(w
- 91 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時13分10秒
- 二人でお茶を飲みながら軽く話をした後、
保田がシャワーを浴びているあいだ、
石川はクッションを抱えてぼんやりと外を見つめていた。
保田の口から中澤のことが出てきたのは初めてだった。
仕事のことをほとんど話さない人だから。
急にどうして?
別に仕事の愚痴をもらしただけなのだろう。
それは保田が気を許してきてくれているということなのかもしれない。
だけど、聞きたくはなかった。
それは何故なのか。
石川は自分の心がわからなかった。
中澤との過去がばれるのが怖いのか。
それとも、中澤に対してまだ……
石川はクッションに顔をうずめて、しばらく動けなかった。
- 92 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時15分17秒
- 石川が中澤に初めて会ったのは、
彼女が働いていた店を父の命令で中澤が視察に来たときだった。
石黒の管轄下の新しい店であり、他の組との競争の激しい地区にあって、
組としてもその店に力を入れていた。
そのために河内の名代として中澤が派遣された形になったのだ。
中澤にとって不快な命令だったが、
それ以上に石黒にとっても不快極まる人選だった。
だが、互いに少なくとも表面上は対立を見せず、
機械的に応答を終える。
中澤としてはすぐにでも帰りたいところだったが、
互いの立場上そうもいかず、平家だけを連れて
勧められるまま店の一番奥のソファーに座ったのだった。
特に楽しくも不愉快そうな表情も見せず、
淡々と水割りを飲みつづける中澤の横に一人の女が座った。
大人びて見えるが、まだ20歳にはなっていないだろう。
だけど、綺麗な子だ。
中澤はわずかに酔いの回った目を一瞬だけその女に向けた。
だが、別に声をかけることもなく飲みつづけ、
二時間ほど潰してから立ち上がった。
- 93 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時16分43秒
- 店を出てタクシーを拾おうとする平家に、
中澤はもう一軒飲みに行くと言って別れる。
だが、行きつけの店に向かおうとして彼女は足を止めた。
「何か用か?」
「いえ、石黒さんに言われて、中澤さんを呼びにきました」
石黒の店で中澤の横に座った女だった。
「もうええわ。充分飲んだからな」
中澤はそう言うと手を払って追い返そうとした。
だが、女はかまわず中澤に笑みを向ける。
一瞬中澤が目を奪われそうになるほど、綺麗な笑顔だった。
「もう一軒行くって、さっき言ってたじゃないですか」
女の言葉に中澤はわずかに目を細める。
平家と別れたのを見計らって声をかけた、
この女の意図がわからなかったから。
- 94 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時18分18秒
- 「……あんた、なんていうんや?」
「さっき、隣に座ったときに訊いてくださいよ。梨華です」
少し甘えたように言う石川に、中澤はにこりともせず言った。
「名前は呼ぶ気はないな」
少し冷たい声に、石川は内心で少しひるむが、表情は変えなかった。
「石川です。ご満足?」
「……で、どうするんや?
ウチはもう店に帰るつもりはない」
「お供してもいいですか?」
中澤は何も言わず石川に背を向けた。
何を企んでいるかわからない。
だが、この少なくとも表面的には自分に対してひるむ様子も見せず、
話しかけてくるこの女に興味を持ち始めてもいた。
別についてきてもこなくてもかまわない、
そう思って背を向けたのだが、石川は迷わずついてきた。
なんや、面白いかもしれん。
中澤はそんなことを思いながら、わずかに口元に笑みを浮かべた。
- 95 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時21分01秒
- 石川を連れて中澤が入ったのは、
少し洒落た、OLなどが喜びそうな洋風の居酒屋だった。
意外そうな表情を隠さない石川を尻目に中澤は、
オーダーを取りにきたバイトらしい店員に数品の料理とビール、
そしてウーロン茶を頼んだ。
更に不審そうな表情になる石川に、
中澤は少しいたずらっぽく笑い言った。
「彩の手先の前で、堂々と法律違反する気はないわ。
あんた、まだ未成年やろ」
水商売の女に言うにはあまりにふさわしくない言葉に、
石川は呆けたような表情になる。
それを見て中澤はまた笑った。
そんな彼女の様子に石川はますます戸惑うしかない。
組随一の切れ者、凄腕で石黒のライバル、そんなイメージに、
目の前の女性はあまりにふさわしくなく見えたから。
「で、あんたの目的はなんなん?」
顔は笑っていても、目は笑っていない。
石川はそんな中澤の目を前に、何も言えなかった。
- 96 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時23分33秒
- 「ま、彩のことやから、
なんかウチの弱みでも探ってこいって言ったんやろ。
酒でも飲まして。
かわいい子にウチが弱いっていうのあいつは知ってるしな」
中澤の言葉に石川は言葉を失うしかない。
その通りだったから。
そんな石川の反応を見て、中澤はわずかに目に鋭さを浮かべた。
だが、それは石川に対してではなかった。
石川に興味をもったことを
石黒に見抜かれたのが面白くなかったからだ。
そんな素振りを見せたつもりはなかったから。
別にいつもポーカーフェイスを通しているわけではない。
だが、石黒の店で自分の感情を出すつもりはなく、
自分でも完全に隠していたつもりだった。
それなのに、石黒は石川を自分に向けてきた。
それがしゃくだったのだ。
だが、それは一瞬で、すぐに眼光を和らげる。
「まあ、がんばりや。
そう簡単にウチは尻尾はつかませんよ」
中澤はおどけた口調でそう言うと、ビールを一気にあおる。
石川は何も言えなかった。
- 97 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時25分15秒
- 一時間くらいで二人は店を出た。
少々酔いが回った中澤は、石川の肩を抱くようにして歩く。
石川はそれを振り払えなかった。
石黒の命令があり、中澤の機嫌を
損ねたくないという考えは確かにあった。
だが、それだけではない、別の感情が中澤の腕を払わせなかった。
中澤は石川の肩を抱いていない方の手でタクシーを止める。
そして、石川の顔を覗き込んだ。
「で、あんたはいつまでウチに付き合うん?」
「……」
「まだ、ウチの弱み、掴んでないやろ」
「……そう…ね」
「じゃあ、もっと深く知り合おうや」
中澤はそう言ってニヤリと笑う。
石川の表情がわずかにひきつるが、小さく頷く。
それを見た中澤は不意に石川から腕を放した。
中澤の笑顔に冷たさが浮かぶ。
- 98 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時27分11秒
- 「別にそこまでせんでええやろ。
別に彩もうまくいくなんて思ってないやろうから。
そこまで彩に義理立てせんでもええやろ」
中澤の言葉にわずかに感じられた侮蔑の含みに、
石川は反発し思わず中澤を睨みつける。
「別に義理で動いてるわけじゃないわ」
「じゃあ、なんや?」
「あなたの弱みを掴めば、報酬を約束してくれただけよ」
石川の言葉に中澤は冷たい視線を彼女に向ける。
だが、石川は平然とそれを受けた。
二人はしばらく無言だったが、
中澤は無言のまま止まったタクシーに乗り込んだ。
そして、どうする?と石川に目で問う。
それを受けた石川も無言のままタクシーに乗り込んだのだった。
- 99 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時30分01秒
- それから二週間後、中澤は一人で石川に会いに行った。
もちろん、石黒がいない日を確認して。
中澤が来たことに驚いている石黒配下の
黒服集団を無視し、石川を指名する。
そして、現金で決済をすると、
そのまま石川を店の外に連れ出したのだった。
石川はただ中澤に連れ出されるままだった。
あの日、中澤はあっさりと石川を抱いた。
こんな美味しいシチュエーションを遠慮するほど、
ムダに謙虚じゃないと言い捨てて。
だが、石川は中澤に反感を持てなかった。
タクシーに乗り込んだときは、
売り言葉に乗ってしまい感情的になった。
だが、それ以外の場では、中澤に悪い感情を抱くことができなかった。
そして何より、中澤はまるで恋人を抱いているかのように、
優しく自分を包んでくれた。
愛してくれていると錯覚しそうになるくらい、中澤は優しかった。
だが、それが終わると、中澤は石川を残してさっさと帰っていった。
それが石川を現実に引き戻した。
この行為が愛とか恋とかが介在しない、
ただの取引の結果でしかないのだと、
石川はそう自分に言い聞かせたのだ。
- 100 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時31分59秒
- だから、中澤はまた自分の前に現れたとき、驚くことしかできなかった。
だが、そんな石川を無視するかのように、中澤はタクシーを止めると
彼女を乗せ出発させた。
石川は困惑しながらも、わずかに期待を抱いた自分に気付き、
慌ててそれを否定する。
ただの取引。この人は自分に対して何の感情もない。
そう自分に言い聞かせる。
そうじゃないと、みじめになりそうだから。
「どこに行く気?」
「まあ、ええやん」
「もう、あなたに付き合う義理はないわ」
「そうやな。結局、ウチの弱み、掴めんかったもんな」
中澤はそう言って可笑しそうに笑う。
石川ははっきりを中澤を睨みつけながら言った。
「もう、私にはあなたに抱かれる理由はないわ!」
感情的になった石川にも、中澤は表情を変えなかった。
にやにや笑ったまま言う。
「別にそんなこと言うてないやん。
まあ、あんたが期待してるなら、いつでも相手するけどな」
中澤の言葉に石川は顔を赤らめ、中澤から顔をそむける。
そんな石川に中澤はまた可笑しそうに笑った。
石川はもう何も言わず、窓の外に視線を向けつづけたのだった。
- 101 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時33分49秒
- 中澤がタクシーを止めたのは、有名なフレンチの店だった。
戸惑うしかない石川を中澤はエスコートし、
何か言いたげな彼女を無視し、食事を進める。
そして、他愛のない会話を続けながら、
楽しげに酒を飲むだけだった。
料理が一通り終わり、コーヒーをさほど美味しくなさそうに飲む中澤に、
石川にようやく訊いた。
「どういうつもり?」
「どういうって何や?」
「どうして、私があなたと食事をしているのかってこと」
「どうしてってなぁ。
ちゃんと店には店外デートの金は払ったで」
中澤はわざと軽い口調でそう言った。
だが、石川はそれを馬鹿にされているととった。
「そういう意味じゃ……」
言いかけて石川はやめた。馬鹿馬鹿しい。
金が介在している以上、今、この人と自分は
客とホステスの関係でしかないのだ。
他に何の理由があるのか。
結局取引でしかないのだ、この人と自分の間にあるものは。
- 102 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時35分24秒
- 「そう。私を買ったわけね」
石川の言葉に中澤はわずかに表情を曇らせる。
だが、否定も肯定もせずにまたコーヒーに口をつける。
「さっき、抱かれる理由はないって言ったけど、
立派にあるわけね」
中澤は何も言わない。
石川はそんな中澤に何故かわからず腹を立てる。
「でも、店とは別料金で、私にももらう権利はあるわ。
それくらいのルールは知ってるでしょ」
石川の言葉が終わる前に中澤は顔をあげた。
冷たい光が目に浮かんでいる。石川は一瞬ひるんだ。
だが、中澤はすぐに少し自嘲的な笑みをわずかに浮かべる。
「わかっとる。ちゃんと払うわ」
吐き捨てるような口調。
このとき石川は知らなかった。
目に浮かんだ冷たい光が、中澤の表情を隠していたことに。
吐き捨てるような口調の中に傷ついた感情を誤魔化していたことに。
- 103 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時37分05秒
- 中澤と石川の関係はその後も続いた。
何回か会ううちにいつしか金銭のやりとりも、
店の介在もなくなっていた。
そして、石川はどんなに否定しても否定しきれないほど、
中澤に惹かれていく自分に気付くようになっていた。
だが、それでも、完全に心を許せなかった。
中澤もそれは同じだった。
他の遊びと同じように、石川を抱き、泊まらずに帰る。
それを繰り返した。
だが、石川は知らなかった。
中澤は同じ女の部屋に何度も通うことは
今まで無かったということを。
女の手料理をその女の部屋で食べることなど、
今まで一度もなかったことを。
- 104 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時38分14秒
- 初めて会ったところが別の場所だったら、
二人の関係はもっと変わったものになっていただろう。
だが、それに二人とも気付かなかった。
いや、気付いていたのかもしれない。
だけど、今更それを認めたくはなかった。
お互い、この関係は本気ではない。
取引の延長でしかない。
そう自分を誤魔化していた。
そして、それが誤魔化しきれなくなりそうになったとき、
中澤は矢口に出会った。
そして、石川は保田に。
そこで二人の関係は終わったはずだった。
なのに……
- 105 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時40分18秒
- クッションからようやく顔を上げたとき、
石川は保田がじっと自分を見ていることに初めて気付いた。
何か言わなくてはいけない。
そう思うのに、石川は何も言えなかった。
また俯いてしまう。
クッションに水滴が落ちる。
石川は顔を上げることができない。
そんな彼女の肩を保田は優しく抱いた。
だけど、暖かいその腕を感じても、
石川は顔を上げることができなかった。
- 106 名前:華山 投稿日:2003年05月03日(土)21時42分45秒
- 今日はここまでです。
久しぶりの更新ですが、無意味に長い上、
なくても本編には支障がないような話を書いてしまいました、すいませんm(__)m
>マコト さま
レスありがとうございます!
本当に遅くなってしまってますが、これからもよろしくお願いいたします!
>87 さま
お待たせしました!
そして、また、お待たせしてしまうことになり、すいません!!
次はなるべく早くできたらいいなあ〜〜と思っております。
>名無し子 さま
レスありがとうございます!
中澤さんをこれからも一緒に応援していきましょう!!(^^)
これからも、がんばります!
>89 さま
レスありがとうございます!
保田さんの行動、そう彼女がキーパーソンなので、お楽しみに!
そして、長い目でよろしくお願いいたしますm(__)m
>90 さま
レスありがとうございます!
いつの間にか月1ペースになってしまいました、すいません。
でも、がんばります!!
- 107 名前:うっぱ 投稿日:2003年05月05日(月)02時43分54秒
- ウ〜ン、中澤さんと石川さんの出会いが現実っぽくて少し惹きこまれまひた。
引き続き次回の更新、首を長くして待ってます。
- 108 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月05日(月)13時53分06秒
- やっぱり、中澤さん石川さんの関係は深いですね〜・・・
矢口さんと中澤さんも気になるります。
更新、のんびり待ってます!!!
- 109 名前:マコト 投稿日:2003年05月15日(木)10時07分04秒
- 石川さん結構本気だったんですねぇ。
月1ペースでも週1ペースでものんび〜りと待ってます!!
- 110 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時38分07秒
- わずかに心に引っかかるものを抱きながらも、
それを否定し、保田は今まで通り石川と付き合っていた。
ここ二週間、石黒も自分の前に現れず、
ほっとしかけていたある日、保田は石川と食事の約束をした。
だが、仕事が残ってしまい、保田は
少し遅れると石川にメールを送った。
石川の方は仕事が早く終わっており、
すでに待ち合わせの場所に来ていた。
30分くらい遅れると言われ、喫茶店にでも入ろうか、
それともこのまま待っていようか、そんなことを考えていると、
少し息を切らせて一人の女の子が走ってきた。
待ち合わせによく使われる場所であり、石川がここに来たときも、
10人近くの男女が、時計などを見ながら人を待っていた。
だから、石川も自分の隣に立ったその女の子を特に気にはとめず、
ぼんやりと時計を見ていた。
そうして10分くらいが過ぎ、待っている人間が
数人入れ替わったころ、石川の耳に嬉しそうな声が入ってきた。
- 111 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時40分03秒
- 「裕ちゃん!」
自分の隣に立った女の子が発した言葉に、石川は反応してしまった。
別に珍しい名前じゃない。
それなのに過剰に反応してしまったのは、
自分の心にあの人の影が落ちていたから。
石川はそんな自分に少しだけ嫌悪に近い感情を抱いてしまう。
関係ない。ただ、同じ名前なだけ。ただの偶然。
そう自分に言い聞かせるのに石川は顔を上げて、
その女の子の見ている方を見てしまった。
そして、そこに会いたくない、中澤の姿を見つけてしまう。
同時に中澤も石川に気付いたのか、
女の子に笑いかけていた表情が一瞬翳る。
だが、それをすぐに消し、少し軽い感じの笑いを石川に向けた。
石川はそれに対してどんな表情をしていいかわからず、
困ったように眉を寄せるしかなかった。
- 112 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時41分57秒
- 中澤は彼女を待っていた女の子に、ちょっとごめんと言うと、
石川の方を向いて言った。
「久しぶりやな。元気やったか?」
普通に友人に話しかけるような口調。
だけど、石川にはそこに含まれる空々しさを感じることができた。
だけど、それを咎めることはできない。
自分の声も彼女に負けないくらい空々しいものになったから。
「元気よ。あなたは?」
「まあまあやな。あんたも待ち合わせか?
前言ってた彼氏か」
「そう。見ていく?」
少し挑発的になった自分に、石川は少し驚く。
だが、中澤は軽く肩をすくめただけで、それに応えなかった。
「やめとくわ。
ウチ、けっこうヤキモチ妬きやから」
中澤は冗談ぽくそう言うと、
待っていた女の子の肩を抱いて石川と別れた。
そんな中澤を石川は、半ば睨み、半ば愁いを帯びた表情で見送った。
自分でも整理のつかない不明瞭な感情を抱きながら。
- 113 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時43分55秒
- 保田は女の肩を抱きながら去っていった中澤の後姿を
はっきりと睨みつけていた。
石川と言葉をかわし、女と去っていく中澤。
何を話していたのかはわからない。
だけど、初対面には見えなかった。
また、普通の友人のようにも見えなかった。
石川は困ったような表情で中澤と話していた。
二人の間には何か関係がある。
自分にも言えない何かが。
それが以前、自分に見せた彼女の涙の理由なのだろう。
保田は慌てて首を振った。
何も考えるな。
石川が言いたくないことなら別にいい。
石川がいた世界が特殊なものであることくらいわかっている。
過去を考えるだけ無駄だ。
それを理解した上で、自分は石川を受け入れたのだ。
今更過去のことで石川を責めたくない。
そう自分に言い聞かせ、保田は石川に背を向けた。
今すぐに行っては、二人が会っていたのを見られたと、
石川が不安に思うかもしれない。
もう10分くらい待ってもらおう。
その間に、自分の気持ちも鎮めることができるだろう。
保田は無理矢理自分をそう納得させ、
目的もなく人込みに紛れて歩きはじめた。
- 114 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時45分00秒
- タクシーを降りたとき、腕時計はまだ10時を指していた。
それに気付いて中澤は苦笑する。
こんな時間に帰ってくるつもりはなかった。
だが、気分が乗らなかった。
食事をしただけで女と別れ、その後も一人で飲む気になれず、
平家に電話をしたのだが、明らかに恋人といる感じの雰囲気だったので、
誘うのも躊躇われ、仕方なく帰ってきたのだ。
まだ、当然矢口は起きているだろう。
会いたいような会いたくないような。
中澤はそんな落ち着かない自分にまた苦笑をしかけたが、
浮かんできた感情はもっと深いものだった。
- 115 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時46分01秒
- あんなところで石川と会うとは思わなかった。
今更会うなんて。
石黒の店を辞めたのは知っていた。
おそらく、彼女が以前言っていた恋人が店から買取ったのだろう。
甲斐性のない男だったら、その金が払えず、
働いたままだったかもしれないが、
石川はどうやら穏便に辞められたようだ。
その点では安心できる相手でよかった。
そこまで考え、中澤は心の奥にわずかな痛みを感じた。
- 116 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時47分23秒
- もう、彼女と会うことはできない。
彼女は自由なのだから。
自分がしようと思えばできた。
あの店を辞めさせることくらい、自分には簡単だったはずだ。
だけど、それをしなかった。
それが何故なのか、中澤は考えないようにしていた。
それを突き詰めたとき、誤魔化していた自分の心と
向き合わなくてはいけないから。
「もう、終わったことや」
そう呟いてから、中澤はその言葉が思ったよりも
ずっと重く心に響いたことに気付く。
そんな自分にもう一度苦笑してから、中澤はマンションに入った。
どんな顔をしてあの子に会えばいいのだろう。
そんなことを悩むフリをしながら。
- 117 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時48分31秒
- 「ああ、圭さん。郵便が届いてますよ」
飯田のサポートで外回りに行っていた保田が事務所に戻ってきたとき、
同僚の村田がそう声をかけてきた。
保田はバッグをおろしながら礼を言うと、
自分のデスクに置かれた白い封筒を手にとる。
事務所名と住所、自分の名、それ以外には何も書かれていない。
首を傾げつつ椅子に座ると、保田はハサミで封筒を切る。
中には一枚の写真しか入っていなかった。
何か嫌な予感がした。
保田はゆっくりと写真を取り出す。
一旦出してから、保田は反射的にそれをまた封筒に戻した。
保田は封筒を持ったまま慌てて事務所を出た。
その落ち着かない様子に隣のデスクの村田は首を傾げていた。
- 118 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時49分43秒
- 廊下に出た保田はもう一度写真を取り出す。
そこには中澤と石川が写っていた。
中澤が石川の肩を抱き、親しげな様子で、しかも石川のマンションの前。
ある意味、予測していたのかもしれない。
石川の最近の態度。
待ち合わせ場所での、あの二人の様子。
心のどこかではわかっていた。
あの二人に関係があることに。
それを否定し続けてきた。
だが、否定しきれないモノを突きつけられた。
保田は一度、写真から目を離し、
意味なく廊下の殺風景な天井を見上げる。
一度大きく息を吐いてから、もう一度写真を見る。
だが、そこに描かれたものは変わるわけがなく、
保田は無意識に写真を裏返す。
そこで視線が止まった。
そこにペンで書かれたイニシャルに。
- 119 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時50分46秒
- 「A.I……石黒…彩」
そう呟いてから保田は手に持った写真を握りつぶした。
そのまま額に手をやる。
「何をさせたい。
何をさせたいんですか、私に……」
石黒の思惑がわからない。
これを見せた意図は。
そして、この写真の意味は。
保田は混乱する頭を抱え、しばらく動けなかった。
「圭、どうしたんや?」
突然声をかけられ、保田は驚いて顔を上げる。
そこには平家を連れて外から戻ってきた中澤の姿があった。
保田はとっさに写真を隠す。
中澤はそれに気付かなかった。
保田の顔色の悪さが気になったから。
- 120 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時52分29秒
- 「どうしたんや。顔色悪いで。
体調悪いんか」
「……い、いえ。別に」
保田はうまく言葉を探せず、それだけしか言えなかった。
そんな保田の様子に中澤はますます心配そうな表情になる。
「無理せんとき。
なんや、悪い風邪流行ってるらしいしな。
今日はもう帰り」
中澤はそう言うと、保田の肩を軽く叩いて事務所に入った。
保田は黙って頷くことしかできなかった。
そんな彼女に平家は一瞬厳しい目を向けた。
保田はその視線を受けて、写真を握る手に知らず知らず力が入る。
だが、平家は何も言わず中澤について事務所に入っていった。
保田はほっと溜息をつく。
その拍子に写真が落ちた。
慌ててそれを拾おうとして、保田はまた
二人の親しげな様子を目にしてしまう。
知らず知らず手が震えた。
- 121 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時53分28秒
- 中澤と石川。二人は付き合っているのか。
自分の立場はどうなる。
いや、それだけではない。
自分のことだけではない。
石川は?石川はどういう気持ちで中澤と付き合ってるのか。
石川は中澤に遊ばれてるのではないか。
中澤の女癖の悪さは自分の目で何度も見ている。
石川もその一人なのか。
保田は震える手で写真を拾った。
くしゃくしゃになったそれを伸ばすと乱暴に封筒に戻し、
ポケットにねじ込む。
そこまではできた。
だが、そこから保田は固まったように動けなかった。
- 122 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時55分14秒
- その日、中澤は何か違和感を感じていた。
午後から、ずっと外回りだったのだが、
どうも木村の様子がおかしいのだ。
重厚で、常に冷静な男なのに、どうもそわそわしているのだ。
浮かれているというのではないのだが、
どうも中澤の顔色をうかがっているという感じだ。
だが、仕事に支障が出るとまではいかないので、
中澤としても聞きだすまでもないかと特に触れなかった。
何件かの物件を回り、契約も一軒終えて、
事務所に戻ろうとしたとき、木村が言った。
「あ、姐さん、この近くに美味い菓子屋があるんですよ。
前の店よりも有名らしいですよ」
「は?」
突然の脈絡もない話に中澤は首を傾げる。
だが、木村は気にすることなく、車を走らせその店の前につける。
- 123 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時57分09秒
- 「前のこともありますから、自分が買ってきます」
木村はそう言うと、中澤が何か言おうとする前に車を降りていく。
中澤は首を傾げながらも仕方なく待っていた。
しばらくして、二つの箱を不器用そうに持って、木村が戻ってくる。
そのあまりに似合わない様子に、中澤は苦笑してしまう。
「お待たせしました」
「……なんや。自分のついでか」
中澤は笑いながら自分に渡されなかった方の箱を指差す。
木村はバツが悪そうに笑った。
「女やろ。最近、妙にこういう店に詳しいんは、
甘いモン好きの彼女のためやな」
「いや、まあ、その」
「で、もう、プロポーズしとるんやろな。
随分になるで、前聞いてから」
「いや、それなんですよ」
木村はそう言うと、上着の内ポケットから
白く少し高そうな封筒を取り出した。
- 124 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)16時59分20秒
- 「えっと、来月、結婚することになりました。
それで、招待状です」
これ以上ないくらい照れくさそうに、木村は中澤に封筒を渡す。
中澤は驚いたような呆れたような表情でそれを受け取る。
「あ、その、テキさんが、ドレスなんか着たいって、
言い出しましてね。
俺は、そんな式なんかする必要ないって言ったんですが。
いや、やっぱり、無理ですよね。結婚式なんか」
中澤の表情を見て木村は慌てたようにそう言う。
そんな木村の様子に中澤は軽く笑った。
「何言うてるんや。
女がそうしたいんやったら、してやり。
一週間くらいやったら、休みもやれる。
ちゃんと、してやり」
「いいんですか?」
「当り前や。でも、来月って急過ぎんか?」
中澤の言葉に、木村はばつが悪そうに頭をかく。
「それが、ガキができましてね。
目立つ前にドレスが着たいって言うんですよ」
「なるほどな。わかったわかった。
招待状、ありがとな。喜んで行かせてもらうわ」
中澤はそう言うと笑いながら、招待状をしまう。
そして、事務所に戻るまで照れる木村に
あれこれと質問を浴びせつづけたのだった。
- 125 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)17時01分10秒
- 木村が買ってきたケーキを持って、
中澤は比較的早く家に帰ってきた。
ケーキと木村からもらった招待状をテーブルに置いて、
水を飲むためにキッチンに向かう。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとしたとき、
矢口の声がした。
「ねぇ、裕ちゃん、この封筒、何?」
「ん〜ああ、木村の結婚式の招待状や」
冷蔵庫を覗いたままそう答えると、
矢口は急にハイテンションの声になる。
「え〜〜木村さん、結婚するの?
誰と?何時何時?」
妙に嬉しそうな声の矢口に、中澤は苦笑する。
「そういや、ちゃんと日にち訊かなかったわ。
ヤグチ、ちょっと見てくれるか」
「え、見ていいの?」
矢口は嬉しそうにそう言うと、
リビングに置いてあるペーパーナイフで封を切った。
- 126 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)17時03分01秒
- グラスを片手に中澤がダイニングに戻ってきたとき、
ちょうど矢口は封筒の中から招待状を出すところだった。
楽しそうに笑いながら招待状を見る。
「来月なの?あ、17日なんだ。
なんだ〜ヤグチ、見に行きたかったのにな」
「なんか、あるんか?
ああ、受験前やもんな」
「ううん、センター試験の日。二日目だよ」
「ああ、そうか。そんな時期やな」
「でも、ホテルなんだね。
じゃあ、教会式?木村さん、タキシード着るの?」
可笑しそうに矢口は笑う。
中澤も、一瞬それを想像して笑いが浮かんでくる。
「そうやな。
奥さん、ドレス着たいって言って式を挙げるらしいからな」
「ふ〜ん。いいなぁ〜ウェディングドレスかぁ」
矢口はそんなことを言いながら招待状を封筒に戻すと、中澤に手渡す。
そして、食事をつくるためにキッチンに入った。
楽しそうに歌を口ずさみながら。
中澤はそんな矢口を微笑みながら見つめていた。
- 127 名前:華山 投稿日:2003年05月20日(火)17時05分42秒
- 今日はここまでです。
風邪で4日間寝込んでました。
ヒマな間に、やっつけ仕事で書いてしまいました。
雑になってしまったのは、お許しくださいm(__)m
>うっぱ さま
レスありがとうございます!
番外っぽかったですが、二人の過去を少し……
そろそろ、終息に向かわないといけないので(^^;
>108 さま
レスありがとうございます!
矢口さん……相変わらず登場回数が少ないです(^^;;
やぐちゅーシーンはもう少しお待ちください。
>まこと さま
レスありがとうございます!
石川さんもそうですが、中澤さんも、けっこう……
次はもう少し早く更新したいな〜とは思っています(^^;
- 128 名前:マコト 投稿日:2003年05月20日(火)18時49分37秒
- 石黒さんは保田さんに何をさせたいのか…自分も気になります!
矢口さんの登場回数が少ないのは残念ですが、楽しく読ませてもらってるんで、
頑張ってください!
- 129 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時01分38秒
- すいません。
更新の前に、訂正をさせてください。
126の矢口さんのセリフ
「ううん、センター試験の日。二日目だよ」
を
「ううん、センター試験の日。一日目だよ」
に訂正します。
頭では一日目としてたつもりなのに、打つときにぼけてました。
すいませんm(__)m
- 130 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時03分40秒
- 石川と中澤に対する不信感を抱くようになってからも、
保田は努めて普通に石川と接しているつもりだった。
だが、鋭いところがあり、また、いつもどこか相手の顔色を
伺ってしまうところがある石川には、
保田の態度の変化は敏感に感じられるとことだった。
その変化の理由を考えたとき、石川は暗い思考しか浮かばない。
自分の過去、自分の身受金。
やはり保田には負担になっていたのではないか。
それが、自分に対する感情を冷めさせたのではないか。
その一方で石川は保田を信じる気持ちももちろんある。
保田は自分に会ってから後悔をしたことはないと言ってくれた。
その言葉を石川は信じている。
だが、保田の態度に微妙な変化が出てきたのも事実だ。
だけど、石川は保田を信じて待とうと思っていた。
保田に直接訊く勇気が持てなかったから。
もし、訊いて自分を否定する言葉を言われたら……
保田を信じる気持ちと不安な想い。
石川はその相反する感情に悩みながら、保田との日々を過ごしていた。
- 131 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時05分12秒
- 落ち着かない感情を持て余しているのは保田も同じだった。
保田は自分が何に対して苛立っているのか、
自分でも感情の整理ができなかった。
石川と中澤は付き合っているのか。
それともただの浮気なのか。
石川の気持ちは本当に自分に向いているのか。
石川は中澤が好きなのか。
そして、中澤。中澤は石川のことをどう思っているのか。
二人の付き合いは。
自分に会う前から石川は中澤を知っていたのではないか。
中澤は石川のことが好きなのか。
それとも、他の女と同じ遊びなのか。
自分の感情もわからない。
石川と中澤が付き合っているとしたら、自分はどうするのか。
石川を手放す気があるのか。それとも……
そして、今、自分の心を苛立たせている最大の負の感情の正体。
それが嫉妬というものであることくらいはわかる。
だが、それを否定したい。
嫉妬という醜い感情を抱きたくない。
そう自分を抑えようとする理性が、更に保田の心をさいなませる。
保田は狂わんんほどの乱れた想いを抱えたまま、
それでも平常を保とうとする。
それが余計に自分を追い詰めていくことに
彼女は気付いていなかった。
- 132 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時06分01秒
- 保田の悩みが深くなっていった頃を見透かしたように、
石黒は彼女を呼び出した。
保田はそれに逆らうことができなかった。
会ってはいけないと思うのだが、写真のことを訊きたい。
あの写真に込められた意味を。
それを知ることができれば、少しは自分の悩みも軽くなるのでは。
そんな救いを求めるに似た気持ちで、保田は石黒と会ったのだった。
石黒はそんな保田の感情に気付かないフリをしながら、
いつもと変わらず彼女を穏やかに迎える。
保田はその笑みを見ると何故か急速に言葉を奪われる、
そんな錯覚に陥る。
自分はこの人に逆らえないのではないか。
そんな漠然とした不安が心に生じるのを感じた。
- 133 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時08分01秒
- 「お久しぶりね」
石黒の穏やかな口調に、ようやく保田は我に返ったように、
持ってきたしわくちゃになった写真を彼女に突きつけようとした。
だが、それより早く、石黒は保田の前に一枚の紙を差し出す。
保田は動きを止め、その紙に目を落とす。
それは小切手だった。
その額面は保田が石川のために払った額と同じだった。
意味がわからず、保田は石黒の顔をまじまじと見つめた。
石黒はその視線を受けてから、ゆっくりと頭を下げる。
「ごめんなさい」
突然の謝罪に保田はますます混乱する。
石黒はそんな保田にかまわず、言葉を続けた。
「あなたから受け取った石川さんの身受け金、
本当はもう、別の人から払われていたの」
「誰が!」
保田は半ば叫ぶようにそう言ってから動きを止める。
一人の名前が頭に浮かぶ。
そんな保田の様子を見て石黒は、内心で笑みを浮かべた。
- 134 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時09分20秒
- 保田は無意識に呟いた。
「所長……中澤……」
改めてその名を口に出したとき、保田は
自分の心が暴走しそうになる危うさを感じた。
慌ててそんな自分を鎮めようとする。
だが、石黒は更に言った。
「そう。お姉さんからもらっていたの。
だけど、石川さんからそれを貴女には内緒にしてほしいと
言われたから、黙っていたの」
「どうして、石川が!」
保田はもう冷静ではいられなかった。
石川も石黒と繋がっているのか。
とっさに浮かんだのはそんな暗い発想だった。
「石川さんは、お姉さんとの付き合いをやめたいと思っているのよ。
でも、私でもお姉さんには逆らえない。
お姉さんが石川さんを指名したら断れないし、石川さんも、
貴女のことがあるから、お姉さんに逆らうことはできないわ」
- 135 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時11分03秒
- 石黒の演技は完璧だった。
保田にまったく疑いを抱かれることなく、中澤への疑念を植え付ける。
冷静さを失っていた保田はそれを簡単に信じてしまった。
「でも、身受け金を二重に取るってことは、
この世界では絶対のタブーなのよ。
最低限のルール。
だから、いつまでも黙っていることができなくて……」
石黒はそう言って、テーブルに置いた小切手を取り、
直接保田の手に握らせる。
保田はされるがままだった。
石黒はもう一度頭を下げると、席を立った。
保田はそれを止めることができなかった。
ただ、石黒を見送る。
写真のことを思い出したのは、彼女が立ち去ってから
かなりの時間が経ったときだった。
- 136 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)11時12分48秒
- 今回はここまでです。後で、また更新します。
一回切ろうと思いまして……
>マコト さま
レス、ありがとうございます!
石黒さんの思惑は……もうすぐ、はっきりします。
あと少しで終わりです。がんばります!!
- 137 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時23分01秒
- 保田はどうやって自分が部屋まで帰ってきたか、
よく覚えていなかった。
気付いたら、部屋の前にいた。
そして、部屋の窓から灯りがもれていることに気付く。
石川が来ている。
今日は会いたくない、そう思っていたのに。
どうするべきか。どこかで、時間を潰すか。
オールで飲みに行ってもいい。
明日の仕事なんか、どうでもいい。
今の心を静めるにはアルコールしかないだろう。
保田はそう考え、踵を返そうとした。
その瞬間、急に寒さを覚え、無意識に
コートのポケットに手を突っ込んだ。
そして、そこに入っているものに触れてしまう。
石黒に突きつけようと思っていたあの写真。
保田は心が簡単に動揺するのを感じた。
やはりダメだ。
今日、こんな状態で石川に会ったら、
自分は彼女を傷つけてしまう。
保田はそう頭では思ったが、何故か足が重く感じ、
踏み出すことができなかった。
- 138 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時24分22秒
- 暗い思念が心を占めていくのを感じる。
石川を問い詰めたい。
この写真と、石黒の話、そして、中澤とのこと。
それを知りたい。
それが石川を傷つけることになっても。
だが、石黒は言っていた。
石川も中澤と切れたいと望んでいると。
それを自分のために、自分の立場を思って耐えていると。
そんな自分に石川を傷つける資格があるのか。
保田は髪をかきむしらんばかりに頭を抱えた。
そのとき、ポケットから写真が落ちたことにも気付かず、
保田は頭を抱えたまま動けなかった。
石川を傷つけることになっても、問い詰めることができれば、
ここまで追い詰められることはなかっただろう。
だが、保田の生真面目さと優しさがそれを否定した。
相手を傷つけたくないという想いが自分を深く傷つけていく。
そして、それは理性ではどうすることもないラインにまで達していた。
- 139 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時25分58秒
- ここを立ち去ろう、そう思えば思うほど、
足が重くなるのを感じる。
保田は目の前にあった手すりに片手をついた。
その瞬間、さっき落ちた写真が目に入る。
二人の姿。見たくない。視界から消したい。
保田は反射的にそれを拾おうとした。
ちょうどそのとき、保田の部屋のドアが開く。
買い物に行こうとでも思ったのか、財布を手に持って、
コートをかけながら石川が出てきた。
石川は保田がいたことに驚いた様子だったが、
それ以上に保田の方がショックを受けていた。
写真を拾おうとしていた手を引っ込め、無意識に数歩さがる。
何か言えば、彼女を傷つけてしまう。
保田は自分に近寄ろうとする石川の手から逃げるように、走った。
振り返らず走った。
- 140 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時26分56秒
- 石川はそれを追おうとして、落ちていた写真に気付く。
それを見た石川も動けなくなった。
「どうして……」
石川は写真を信じられないという表情で見つめる。
どうして、こんなものがあるのか。
どうして、これを保田が持っていたのか。
どうして、今ごろになって、この人は私を追い詰めるのか。
石川は震える手でそれを拾い、
そのまま力が抜けたようにしゃがみこんでしまった。
いつしか頬に涙が零れていたが、石川はそれに気付かなかった。
- 141 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時28分13秒
保田はどこをどう走ったかわからなかった。
だけど、気付いたら、マンションの近くにある公園に来ていた。
誰の姿もない。
保田は冷え切っているベンチに腰掛けた。
頭が混乱している。どうすればいいのか。
何をすればいいのか。
石川にどう接したらいいのか。
この重苦しい負の感情はどうすれば消えてくれるのか。
いっそ狂ってしまいたい。
石川の顔が思い浮かぶ。
だが、その横には自分ではなく、中澤の姿があった。
保田は首を激しく振ってその映像を消そうとする。
だが、頭に浮かぶ像はよりはっきりしていく。
保田は叫び声に近いものをあげながら頭を抱えた。
狂ってしまえ。忘れてしまえ。
そう思えば思うほど石川の顔が鮮明に浮かぶ。
暗い表情を浮かべている石川の顔。
保田はいつしか、ベンチから落ち、冷たい砂の上に膝をついていた。
- 142 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時30分24秒
- その冷たさに一瞬、理性が戻ってきそうになったとき、
保田は砂を踏む音とともに、
自分の目の前に影が落ちたのに気付いた。
ゆっくりと頭を上げると、そこには石黒の姿があった。
保田はすがるように石黒にしがみついた。
石黒はそんな保田の髪を優しく、
まるで慈母のように撫でながら、囁く。
「あなたがこんなに苦しむのはどうして?
石川さんを悲しませているのは何?」
「……」
保田は答えられない。
「あなたたちを苦しめているのは、たった一つよ。
たった一人の存在よ」
「……中澤……」
「そう。彼女さえいなければ、
あなたたちは苦しむことはないのよ。」
保田は驚いて石黒の顔を見る。
石黒は微笑みながら、保田の頬に優しく触れる。
「彼女を消せば、あなたたちは救われるわ」
石黒の言葉に、保田はおびえたようにあとずさる。
だが、石黒は笑みを浮かべたまま保田を抱きしめた。
「それしかないのよ。石川さんを救えるのは」
- 143 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時31分42秒
- 石川の名を聞いたとき、保田の心からおびえが消えた。
自分のためではなく、石川のため。
石川のためならなんでもできる。
そして、それが自分をも救うとなれば……
いや、違う、無理だ。できない。
保田の心で必死で理性が叫ぶ。
だが、それを見透かしたように石黒は更に囁く。
「石川さんを救えるのは貴女だけなのよ」
「……私だけ……いや、違う……そんなの、無理」
「石川さんを助けたくないの?」
石黒は保田の目をまっすぐに見つめながら言った。
保田はその視線を逸らすことができなかった。
動揺する心がそのまま声の震えとなって出てくる。
「だって……あの人の側には、
いつも……いつも、木村さんがいる。
何かできるわけ…ない」
- 144 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時33分45秒
- 石黒の顔に再び笑みが浮かぶ。
妖艶なという言葉がふさわしい妖しい笑みが。
「もうすぐ、木村さんは結婚するのよね。
その式の日だったら、あの人の側に彼はいないわ。
結婚式なら、きっとあの人も油断している。そのときなら。
そのときだけよ、石川さんを救えるチャンスは」
石黒はそう言うと、バッグから一本の折りたたみ式のナイフを取り出し、
保田の目の前でゆっくりとその刃を出す。
保田は呆けたようにそれを見つめていた。
石黒は保田にナイフを手渡そうとする。
だが、わざと保田の手がそれを握る前に、手から離す。
無機質な音とともに、保田のすぐ前に鈍く光るナイフが落ちた。
- 145 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時35分59秒
- 保田は石黒とそのナイフを交互に見つめてから、
ゆっくりと、両手でそれを拾った。
手が震え、刃が指を切る。
真っ赤な血が零れるのを、しばらく他人事のように
見つめていた保田は、無意識にその指を口に含んだ。
どろりとした鉄の味が広がる。
次の瞬間保田は迷いもなく立ち上がった。
刃をたたみ、ナイフをコートのポケットにしまう。
そして、石黒を振り返ることなく、まっすぐに歩き去った。
その後姿を見ながら、石黒は高らかに笑った。
「これで私の勝ちよ、お姉さん」
石黒はいつまでも笑いを止めなかった。
その日から、保田は事務所にも石川の前にも姿を現さなかった。
- 146 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時37分53秒
「裕ちゃん、明日着てく服決まったの?」
夕食が終わってお茶を飲みながら矢口は訊いた。
木村の結婚式の前日。
矢口にとってはセンター試験の前夜のことだった。
式に二日酔いで行くわけにはいかないでしょ、
と言って二本しか許されなかったビールを
渋々名残惜しそうに飲んでいた中澤は、
矢口の言葉に、ん?と問い返すような表情を向ける。
「もう!今日の朝言ったでしょ。
式に着てく服決めないとって」
少し怒ったようにそう言う矢口に、中澤は
そんな顔もかわいいなぁ〜とか脳天気に思ってしまう。
だが、それを言ったら、ますます怒らせるだけだと、
真面目な表情になる。
いつの間にかこの子に頭が上がらないようになってるかもしれん、
そんなことを思いながら答えた。
- 147 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時39分39秒
- 「ん〜いつものスーツでええやろ」
「いつものって、パーティとかに来てってる、あの黒いヤツ?」
「ああ、あかんか?」
「あのねぇ!なんで、結婚式にそんな暗いの着ていくの?
ダメだよ。もっと明るくしないと。結婚式だよ、結婚式」
「え〜じゃあ、この前買った白いヤツか?」
「あれはダメ!白は結婚式では花嫁さんだけなの」
「ああ、そうか
じゃあ、まあ、いいやん。いつものヤツで」
めんどくさそうにそう言う中澤に、矢口は呆れたような表情になるが、
それ以上言っても聞いてくれそうにないと諦めた。
- 148 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時41分03秒
- 「う〜ん。じゃあ、明るめのチーフと、
アクセサリーつけていくんだよ」
「わかったわかった」
中澤はそう言うと、最後のビールを飲み干す。
「それより、ヤグチの方は大丈夫なんか?
今日は、片付け、ウチがやるで」
「ううん、いいよ。もう、今更焦る段階じゃないし。
片付け終わったら、すぐ寝る」
「そうか。ごめんな。送ってやれんで」
「いいよ。明日は帰ってこないんだよね」
「ああ、泊まりで飲んでくるわ。
ちゃんと、一人でもご飯食べて、戸締りちゃんとするんやで」
「もう!子どもじゃないよ、ヤグチは」
拗ねたようにそう言う矢口をかわいいと思いながら、
中澤はふと思いついて言った。
- 149 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時42分51秒
- 「なあ、ヤグチの試験が全部終わったら、
どっか旅行に行かんか?」
突然の中澤の言葉に矢口は驚く。
「え?裕ちゃんと二人で?」
「そうや。行ったことないやろ。
ウチの運転でやから、まあ、近場やけどな」
「ホントに?いいの?お仕事は?」
「少しくらいなら休めるって」
中澤の言葉に矢口は、満面の笑顔になって頷いた。
「わ〜い。ヤグチ、試験、がんばるからね」
「ああ、がんばりや」
中澤はそう言うと立ち上がる。
それを見て、矢口は言った。
「あ、裕ちゃん、お風呂できてるよ」
「今日は、矢口、先入り。
片付けはウチがやるから。早く寝るんやで」
ヤグチがやる、そう言おうとした小さな彼女の頬に
軽くキスをする中澤。
不意打ちに真っ赤になった矢口だったが、
キッチンに入ろうとする中澤を止める。
- 150 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時44分08秒
- 首を傾げながら振り返った中澤に、矢口は小さい声で言った。
「…ちゃんと、して……」
真っ赤な顔でそんなことを言ってくれる彼女に、
中澤は笑顔になると、そっと矢口を立たせ、優しく抱きしめた。
そして、ゆっくりと唇を重ねる。
最初は触れるだけ。少しずつ、深く。
だけど、あくまで優しいキス。
「裕ちゃん、ありがとう。……好きだよ」
キスが終わり、中澤の腕の中で矢口は言った。
中澤はそれに頷きながら、優しく矢口の髪を撫でる。
しばらく抱き合っていたが、中澤は
矢口の額に軽くキスをして、腕を解いた。
- 151 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時45分28秒
- 「じゃあ、おやすみ。
明日は、寝坊せんときや」
笑ってそう言う中澤に、矢口も笑って頷く。
「うん。じゃあ、おやすみ〜
裕ちゃんも、早く寝てね」
「ああ、わかっとる」
「ビール飲んじゃだめだよ」
矢口はそう言うと、わかっとるわ!という中澤の言葉を背に
笑いながら逃げるように部屋に戻った。
中澤はそんな矢口を見ながら、あかんな〜はまりすぎてると
思わず苦笑するしかなかった。
だが、それはすぐににやけたような笑みに変わる。
それに気付いた中澤は、誰に見せるわけでもないのに、
顔を引き締め、妙に真面目な顔でキッチンに入っていったのだった。
- 152 名前:華山 投稿日:2003年05月25日(日)16時47分08秒
- 今日はここまでです。
やっと書きたいシーンが書けた……
やっと、終わりが見えてきた
- 153 名前:名無し作者。 投稿日:2003年05月25日(日)19時22分57秒
- 更新お疲れさまです。
石黒コワーーー!!誰か保田を止めてーーー!!
そして、姐さん逃げてーーー!!
物凄く面白いです。
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月26日(月)00時15分09秒
- 石黒さん恐すぎです・・・
保田さんもホントにあんなことするんですかね、続き気になります!!
反対に、やぐっちゃんと姐さんはノホホンとして(苦笑
- 155 名前:華山 投稿日:2003年06月07日(土)17時32分02秒
- 次の日、中澤はビールを片手に、木村のタキシード姿を
さんざんからかいながら、思い切り飲んでいた。
いかつい木村に対して、新婦の方は小柄でかわいらしい女性で
それもまた中澤のからかいのネタになっていた。
機嫌よくビールを飲んでいる中澤とは対象的に
平家は厳しい表情を崩さなかった。
組の息のかかったホテルではあるが、
だからこそ石黒の手の者も侵入しやすい。
常に中澤のガードをしている木村が使えない今、
自分しか石黒に対応できる者はいない。
石黒が中澤をライバル視していることは
事務所の人間なら誰もが知っているが、
命を狙われたということは木村と平家しか知らないことだった。
中澤としても内部でイザコザが起こっていることを
明るみにすることは避けたかった。
父にどう思われようとかまわないが、
その隙を他の組につけこまれるわけにはいかない。
もちろん、木村の代わりのガードはもう決まっているが、
この式には参加していない。
中澤が結婚式に無粋なことをするなと、断ったのだ。
- 156 名前:華山 投稿日:2003年06月07日(土)17時33分25秒
- 「姐さん、飲みすぎですよ」
隣に座っている中澤に平家がそう耳打ちする。
中澤はにこやかな表情を崩さなかった。
「大丈夫や。酔ってない。
それより、少し笑ぃ。怖い顔しとるで」
何回目かの乾杯が終わり、拍手をしながら中澤はそう囁き返す。
新婦は組とは直接関係のない仕事をしている女性だった。
とは言っても消費者金融の事務員で、
上の方では全く知らない会社というわけではない。
だが、もちろん新婦自身は全く関係のない普通の事務員であり、
当然、新婦側の出席者にはカタギの人間も多い。
まあ、多少は新郎側の独特の雰囲気に気付いてきてはいるだろうが、
必要以上に場の空気を壊したくなはい。
中澤にそう言われ、平家はややぎこちなく笑みを浮かべる。
だが、警戒心は解かなかった。
平家の頭にはここしばらく姿を消している保田の存在が
不気味に引っかかって離れなかった。
- 157 名前:華山 投稿日:2003年06月07日(土)17時34分35秒
- 宴も盛り上がってきた頃、中澤は席を立った。
平家には化粧室に行くとだけ言って宴会所を出る。
平家も慌ててそれに続こうとしたとき、背後から声をかけられた。
振り返ると散々いろいろな人から飲まされたのだろう、
顔を赤くした木村が新婦を連れて立っていた。
「あ、平家さん、今日はどうも。
姐さんは?挨拶をと思ったのですが」
陽気な声でそう言う木村に平家が曖昧に答えると、
彼は新婦の紹介を始めた。
礼儀正しく頭を下げる新婦に、
無下に対応するわけにもいかず、平家は礼を返す。
なんとか短く会話を切り上げて宴会場を出たが、
そのときにはもう中澤の姿は見えなくなっていた。
- 158 名前:華山 投稿日:2003年06月07日(土)17時37分05秒
- 今日はここまでです。
短くてすいません。ちょっと間を置いてみたくて。
>名無し作者 さま
レスありがとうございます!
石黒さん、ようやく本領発揮です。中澤さんの運命はいかに?
面白いって書いてくださって、ありがとうございますm(__)m
これからもよろしくお願いします!!
>154 さま
レスありがとうございます!
怖い石黒さん、書いてて楽しくなってきてます(^^;
これからもよろしくお願いします!!
- 159 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月10日(火)15時51分26秒
- 中澤さん一人で行動したらヤバイのに・・・
保田さんもどうするか、続き待ってます。
- 160 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月10日(火)22時54分18秒
- どきどきです・・・
みんな幸せに・・・なってほしいです!
いしかーさん愛されてますな・・・
かなーり続きが気になります!
- 161 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月10日(火)23時15分37秒
- 上のすんません、ageてしまったみたいで・・・
- 162 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)18時09分43秒
- 化粧室の鏡の前、中澤は可笑しそうに小さく笑いながら、
少し崩れた化粧を直していた。
「あ〜ある意味、期待を裏切らんヤツやな。
あそこまで似合わんとは思わんかった。
まったく、せっかくのメイクが台無しや」
そんなことを呟きながらファンデーションをしまおうとしたとき、
中澤は一瞬動きを止める。
誰かが入ってくる気配を感じたから。
別に誰が入ってきてもおかしくない空間だ。
だが、反射的に構えてしまうのはもう習慣といえた。
そんなことを思って苦笑しながらも、
中澤は入ってきた人物に神経を集中させた。
もしかしたら平家かもしれない。
また、一人で動いてと小言を言われるんかと、また苦笑が浮かぶ。
だが、鏡越しに見えたその姿は中澤が考えていた人物ではなかった。
- 163 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)18時10分51秒
- 「圭?」
「お久しぶりです。所長」
この数週間姿を消していた保田。
それが急に現れたことに、中澤は不審とともに警戒を抱く。
だが、それを顔には出さず鏡を使い、
一瞬もその動きを見逃さないように注意しながら
ゆっくりと振り返った。
少しやつれたような印象を受けるが、目に異様な力を感じた。
敵意に似ているが、それだけではない。
思いつめたような視線。
中澤はなるべく保田を刺激しないようにしながらも、
自分と彼女の間合いを計る。
「どうしたんや?体調でも悪かったんか?」
「別に」
保田は短くそう答えると、コートのポケットから
ゆっくりとナイフを取り出した。
あの夜、石黒から受け取ったナイフを。
- 164 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)18時12分05秒
- 中澤は驚きは見せなかった。
ある意味、予想していたのかもしれない。
石黒が自分の命を狙ってくるのはわかっていた。
それを待っていたから、あえてフリーで移動していたとも言える。
誰かの影に隠れて防御に徹するのは中澤の主義ではなかったから。
だが、それが保田だとは思っていなかった。
以前の件はあったが、自分と彼女の間には個人的な確執はない。
裏切り行為くらいは考えられても、
自分の命を狙うほどの理由があるとは思えない。
何かが保田を変えたのか。
それとも、石黒に何か吹き込まれたのか。
だが、保田ほどの人間が簡単に石黒の策にかかるとも考えにくい。
中澤はそんなことを考えながら、間合いをとる。
出口は保田の背後だ。
化粧ルームは狭いがそれでも二人がすれ違うだけの幅はある。
保田はどちらかと言えば、運動神経はにぶい方だ。
よけ方によっては、なんとか逃げ切れるだろう。
逃げるのは主義ではないが、
丸腰で酒も入っている今の状況では仕方ない。
- 165 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)18時13分31秒
- 中澤は隙を見せないように、ゆっくりと
左方向に小さく移動しながら言った。
「なんでや?」
保田はそれに答えず、右手を伸ばす。
一瞬前まで中澤の心臓があった位置を正確に突く。
だが、それはフェイントだった。
中澤は保田が動こうとした半瞬前に右方向に体を移動させていた。
そこまでは狙いどおりだった。
だが、保田の動きは中澤の思っていたよりも俊敏で的確だった。
中澤に初めて焦りが生まれた。
だが、それをおくびにも出さず
保田からなるべく距離を取ろうとしながら言う。
「彩に何を吹き込まれたんや」
彩という単語に、それまで無表情だった保田の顔が変わる。
やはり石黒の策か。そう考えた瞬間、
中澤の耳に想像もしていなかった名前が入ってきた。
「石川……石川を…」
「石川?」
石川の名を聞いたとき中澤の動きが一瞬止まった。
何故、今、保田の口からその名前が出るのか、
それがわからなかった。
その一瞬を保田は逃さなかった。
- 166 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)18時14分26秒
- とっさに後ろによけようとした中澤の腹部に
ナイフの刃が吸い込まれる。
中澤の目が大きく見開かれる。
中澤は保田の肩を掴んだ。
「なんでや。石川が……」
「貴女を消さないと、石川は……石川は…救われない」
保田の声は震えていた。
もう、ナイフから手は離れている。
声だけではなく、その体も震えていた。
保田の言葉に中澤はわずかの間を置いて、ようやく理解した。
石黒の策を。
「……そうか。石川の恋人……
あんたやったんか。そうか……」
中澤は信じられないことに、わずかに笑った。
激痛が体をすみずみまで支配している。
流れ出る血とともに、意識も薄らいできている。
にも関わらず、中澤は確かに笑った。
- 167 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)18時16分06秒
- 中澤は掴んでいた保田の肩を軽く押した。
固まって動けなかった保田は、その力のない動きにも
大きく体を後ろに逸らした。
「逃げろ」
「え?」
「逃げろって言ってるんや。
すぐに平家が来るやろ。その前に逃げ」
中澤の言葉に保田は反応できなかった。
「石川を…石川を幸せに……してやってくれ。
ウチには…できんかった……」
「所長……」
「組と警察に捕まったら許さんで……
絶対、石川を……幸せに…」
中澤は遂に立っていることができず、
壁にもたれこむように座り込んだ。
保田はとっさにその体を支えようとした。
だが、その手を中澤は払う。
「はよ行け!絶対に、絶対に捕まるんやない」
中澤の気迫のこもった声に、保田はようやく彼女に背を向けた。
一瞬ためらいを見せた後、駆け出す。
中澤はその足音を急速に薄れていく意識の隅で感じていた。
- 168 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)18時17分50秒
- 今回はここまでです。
帰ってきたら、また更新したいと思います。
>159 さま
レスありがとうございます!
中澤さん……確かにヤバイのですが……
それが中澤さんということで、、、、
これからもよろしくお願いします!
>160 さま
レスありがとうございます!
まだまだ、ドキドキしてください(^^;
みんな、幸せに……なるといいなぁ〜
ageはどうぞお気になさらず、これからもよろしくお願いします!
- 169 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月21日(土)22時07分54秒
- 中澤さん、刺されたのにカッコイイです(笑
刺された中澤さん・刺した保田さんの今後の展開が気になります…
更新待ってます。
- 170 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時43分21秒
- 保田が化粧室を飛び出した数瞬後、
平家がようやく駆けつけた。
廊下の角を曲がる人影は見た。
そして、それが保田だということもわかった。
だが、平家はそれを追わなかった。
自分の予測が当たっていれば……
平家は彼女らしくもなく慌てて化粧室に入った。
そして見た光景は、彼女が予想していた最悪のものだった。
「姐さん!」
平家の叫びに近い声に、気を失いかけていた中澤は
ゆっくりと重い瞼を開ける。
「ああ、みっちゃんか……」
「保田ですか?今、保田が!」
「追うな。追ったらあかん」
「でも!」
「それより……そろそろ…やばいわ……」
「姐さん!すぐに車を」
立ち上がろうとする平家の手を中澤は止める。
- 171 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時44分58秒
- 「ヤグチ…ヤグチには知らせんといて……
試験なんや……大事な……明日も。
ええな、絶対にや」
中澤はそこまで言って遂に意識を失った。
平家は一瞬狼狽しそうになる自分を叱咤し、
携帯でホテルに待機させていた新しいボディーガードに
来るように指示する。
そして、宴会場にいる事務所の人間数人にも連絡をし、
倒れている中澤に慌てる彼女たちを叱りつけ、ここの片付けを命じた。
やや遅れたやってきたボディーガードに中澤を車に運ばせる。
最後に飯田に適当に中澤と自分の不在を取り繕うように指示すると、
平家は車に乗り込み病院に向かった。
組の息のかかった、あの病院に。
- 172 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時46分34秒
- かなりの出血をしていた中澤は、すぐに手術室に運ばれた。
数時間の平家にとって無力感を感じるしかない
無為な時間が過ぎる。
保田だった。確かにあの人影は保田だった。
何故保田が石黒の手先になるのか。
そして、どうして中澤は追うなと言ったのか。
何もすることができない平家はそんなことを考えて
叫び出したような焦燥感を誤魔化すしかなかった。
そんな悪夢のような数時間が過ぎたとき、
手術室のランプが消えた。
平家は思わず立ち上がって手術室のドアを見つめる。
ベッドに横たわり、いろいろなチューブが
つながれた中澤が出てくる。
平家は中澤の蒼白な顔色に
心臓まで青くなるような感覚を覚えながら、
続いて出てきた医者に詰め寄るように訊いた。
「先生。どうなんですか?」
冷静さを失いかけた平家の言葉に、医者は静かな口調で言った。
「できることは全てしました。
後は、本人の生命力次第です。
今夜が山でしょう」
そう言うと医者は一礼をして去っていった。
平家はしばらく思いつめたような表情を浮かべていたが、
天井を見上げ一つ大きく息を吐くと中澤の後を追った。
- 173 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時47分44秒
- 集中治療室に運ばれた中澤を
平家はガラス越しにじっと見つめていた。
機械に何本ものチューブで繋がれた中澤の姿。
こんな姿は中澤にふさわしくない。
いつだって彼女は周りの人間を圧倒するくらいの
生命力にあふれ、輝いていた。
その生き方は決して道義的なものではなかった。
だが、多くの人を引きつける魅力を持っていた。
だから、自分は彼女についてきたのだ。
どちらかと言えば弱気だった昔の自分。
だが、中澤に出会ってから自分は変わった。
自分らしい生き方をさせてくれた人。
だから、守りたかった。
彼女がいなければ、自分はいないのだから。
生きてください。お願いします。
いつもなら祈らない神に初めて祈りたいと思った。
平家は自分の無力さを呪いながら、中澤を見つめていた。
- 174 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時49分04秒
- そんな彼女に声をかけた人間がいた。
中澤の手術をした医者だった。
「家族か、親しい人がいたら、連れてきてくれませんか」
その言葉に平家は動揺する。
だが、なんとかそれを抑え、言った。
「それは…もう、ダメだということですか」
声が震えるのが腹立たしかった。
医者はゆっくりと首を横に振る。
「そういうことではないのです。
こう言ったら、医者として無責任かもしれませんが、
人間の生命力は時に、医療を越えることがあるのです。
親しい人の呼びかけに危篤状態だった患者が生きながらえた、
そんなケースはいくつもあるのですよ。
だから、あの人にとっても、そういう人がいれば、
医者として使ってはいけない言葉だとはわかっていますが、
奇跡が起きるかもしれない」
- 175 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時50分07秒
- 「……」
平家は医者の言葉に無意識で頷いた。
去っていく医者に気付かず、平家はまた中澤を見つめる。
ベッドに寝かされ、機械に繋がれた、彼女らしくない彼女。
それを見て、平家は下唇を噛んだ。
両拳が強く握られる。
「貴女に恨まれてもいい。
……私は、貴女に生きていてほしい」
掠れた声でそう呟くと平家は中澤に背を向けた。
おそらく彼女は許してくれないだろう。それでも……
平家は迷いもなく歩き出した。
- 176 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時51分39秒
- センター試験の一日目を終えて、矢口は家に帰っていた。
中澤がいないことはわかっていたが、
一人だと思うと、この広い部屋が寂しい。
自分のために手のこんだ料理を作る気になれず、
食事は適当にすませ、矢口はさっさと自分の部屋に戻っていた。
早く寝てしまおうか。それとも、最後の追い込みでも。
そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
エントランスではないことに首を傾げながら、
矢口はインターフォンをとった。
何度も会ったことのある平家の声に、矢口は安心したが、
何故彼女が一人で?と疑問を抱きつつドアを開ける。
平家の顔は真っ青だった。
その顔色に、矢口は嫌な重苦しい予感を覚える。
そして、平家の口から語られた言葉は
その予感の的中を知らせるものだった。
- 177 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時52分57秒
- 「姐さんが…入院しました」
「……」
矢口は何も言えなかった。
思わず平家の腕を掴み、すがるような目で彼女を見つめる。
「刺されて……重体です」
「そんな……裕ちゃん、裕ちゃん。どうして?!」
平家の体を揺さぶりながら、矢口は言った。
平家はどう答えていいかわからず、一瞬言葉を失う。
矢口は平家から離れ、家を飛び出そうとした。
慌てて平家はそれを止める。
「病院には連れていきます。その前に、着替えを」
なるべく冷静に平家は言った。
矢口の格好は寝るときの軽いものだった。
ようやくそれに気付き、矢口は自分の部屋に取って返す。
慌てて服を脱ぎ捨て手近にあったものを着る。
そして、玄関に戻ろうとしたとき、視界の片隅に香水の瓶が映った。
慌て狼狽していた矢口に一瞬冷静さが戻る。
矢口は瓶を取ると両手首にそれを吹きつけた。
「裕ちゃん……大丈夫だよね……」
矢口はそう呟くと、平家のもとへ戻った。
- 178 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時54分23秒
- 病院に向かう車の中、矢口と平家はしばらく無言だった。
何から訊いていいかわからない。
何から言っていいかわからない。
その思いが二人の口を閉ざしていた。
だが、ようやく平家が口を開いた。
「姐さんが、何をしているかは知ってますか?」
「……」
矢口は無言で首を横に振る。
「姐さんは、いや、あたしもですが、
俗に言うヤクザ、暴力団員という人間です」
矢口は平家の言葉に俯いてしまう。
なんとなく感じていた。普通の仕事ではないことは。
だけど、はっきりと言われたのは初めて。
矢口はやはり何も言えなかった。
- 179 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時55分20秒
- 「姐さんは刺されました。
まだ確証はありませんが、おそらく彼女の妹の手の人間に」
矢口の顔が上がる。
そこには驚きの表情が浮かんでいた。
「どうして?……裕ちゃんに、兄弟いたの?」
「母親は違いますが、何人かの妹がいます。
彼女は…ウチの組長の長女です」
「……そんな…」
初めて彼女に会ったとき、黒服の男が中澤に見せた態度。
その意味が初めてわかった。
矢口は小さく息を吐くと、また俯く。
- 180 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時56分46秒
- 「妹さんになんで刺されるの」
独り言にも似た呟きに、平家は一瞬迷ってから答えた。
「後継者争い。内部抗争です」
「そんなので、そんな理由で、お姉さんを刺すの?
どうして?」
「……姉妹といっても、姐さんが
彼女に会ったのは東京に出てきてから。
妹の方も、姐さんの存在は知りませんでした。
姉妹といっても、世間のような暖かいものではありません」
平家の言葉を今の矢口は理解することはできなかった。
ただ、ぽつりと呟くように言う。
「……裕ちゃんは、助かるの?」
「わかりません。
今夜が山だと、医者は言っていました」
「裕ちゃん……」
矢口はその名を呟くと、流れていく外の景色を観た。
窓ガラスに泣きそうな自分の顔が映る。
それを見たとき、矢口の頬に一筋の涙が零れた。
- 181 名前:華山 投稿日:2003年06月21日(土)23時59分28秒
- 今日はここまでです。
ちょっと平家さんの見せ場かな……
>169 さま
レスありがとうございます!
中澤さん、カッコつけです、ハイ(^^;
保田さんの方は、後の方で石川さんと場面を作るか、
番外っぽく書くつもりです。
これからもよろしくお願いします。
- 182 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年06月22日(日)00時04分11秒
- ああ・・・裕ちゃん・・・。
- 183 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月22日(日)16時15分39秒
- みんなが幸せにってのは夢見すぎですかねぇ・・・
- 184 名前:名無し君 投稿日:2003年06月23日(月)23時50分59秒
- どうか・・・中澤さんを〜!!!
- 185 名前:華山 投稿日:2003年06月24日(火)22時24分02秒
- 病院についた矢口は集中治療室に走る。
ガラス越しに見えた姿。
機械に繋がれ、顔の半ばを酸素マスクによって覆われた人物を
最初矢口は中澤だとは気付かなかった。
平家に指摘されたとき、矢口はじっとしていられなかった。
中に駆け込もうとして、看護師に慌てて止められる。
矢口はそれを振り切って中に入ろうとしたが、
さらに数人の看護師に止められた。
見かねた平家が、一番年上らしい看護師に何やら耳打ちする。
その看護師は、しぶしぶといった表情で矢口を離し、
彼女に消毒と全身をつつむ白衣を着けさせる。
その時間ももどかしく矢口は中澤のもとへ駆け寄った。
機械に繋がれていなかった右手をぎゅっと握る。
「裕ちゃん……裕ちゃん!目を開けてよ。
ヤグチを一人にしないでよ」
矢口の泣きながらの声に応えるのは、
無機質な機械音だけだった。
- 186 名前:華山 投稿日:2003年06月24日(火)22時25分57秒
- 消毒をし、頭の先から足先まで白衣に包まれた矢口。
意識を失い、しかも顔の半ばをマスクで覆われた中澤。
当然、矢口のつけた香水が中澤に届くはずがない。
だが、中澤は無意識でその匂いを感じた。
命が尽きかけている、そんな状態で
中澤はそれを感じたのだ。
人はそれを夢と言うかもしれない。
だが、中澤はそれをはっきりと感じることができた。
矢口が中澤の手を握り、泣きながら必死で
中澤の名を呼んだ瞬間、彼女に繋がれた機械が反応を示した。
緩やかだが、確実に下がり続けていた数値がわずかに上がった。
最初はわずかな差だった。
だが、それはやがてはっきりとわかるほどの上昇を示す。
それに気付いた看護師が驚き、中澤のもとに駆け寄る。
そして、機械の数値、脈拍、呼吸数などを確かめると
矢口の方を向いた。
その顔はやや興奮している。
ガラス越しに見つめていた平家はそう感じた。
- 187 名前:華山 投稿日:2003年06月24日(火)22時28分12秒
- 「もっと大きな声で呼びかけてください。
いいですか。大きな声で、はっきりと」
看護師はそう言うと別の看護師に、
ドクターを呼ぶように指示する。
矢口は看護師に言われるまでもなく、
中澤の名を呼び続けていた。
平家はそんな矢口の姿をじっと見つめていた。
無意識に下唇を噛む。
心の奥に今まで決して抱くことのなかった感情が
生まれるのを彼女は感じていた。
その感情が何か。
それを分析しようとしたとき、
看護師に呼ばれた医者が走ってくる。
医者は平家の姿を見て言った。
「奇跡が起こるかもしれません」
そう言って医者は集中治療室に入っていく。
平家は彼の後姿を複雑な思いで見つめていた。
- 188 名前:華山 投稿日:2003年06月24日(火)22時29分55秒
- 今日はここまでです。
短くてすいません。明日も更新するつもりです。
>読んでる人@ヤグヲタ さま
レスありがとうございます!
中澤さん……そして矢口さん……
どうなってしまうのか、もう少し見守ってください!
>183 さま
レスありがとうございます!
みんなが幸せ……できるなら、そうしたいのですが……
どうなるでしょう……
>名無し君 さま
レスありがとうございます!
中澤さん……なんとか、なんとか…するつもりです。
私、痛いのは、本当は好きじゃないのですが……
- 189 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)23時18分10秒
- さすが矢口さん、やっぱり姐さんを助けるのはこの人か。
痛いの好きじゃなかったんですか?
結構好きそうなイメージがあったんで以外でした(笑
- 190 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月25日(水)01時14分34秒
- やぐちゅーに隠れて、密かなみっちゅーもツボです(w
中澤&石川&保田の番外編も期待してます。
- 191 名前:名無し子 投稿日:2003年06月25日(水)03時08分50秒
- 裕ちゃ〜ん、頑張って!!
……えっと、矢口さんと一緒に声を掛けてみました(^^;
あぁハラハラするったら(笑)
すっかりハメられておりますが、頑張ってくださいね(^^)
- 192 名前:華山 投稿日:2003年06月25日(水)20時58分51秒
- 医者と数人の看護師に囲まれた中澤から
矢口は離れなかった。
ぎゅっと握った右手は離さず、必死で彼女の名を呼ぶ。
どれくらいの時間が経ったかなどわからなかった。
だが、必死で叫び続けていたとき、
彼女のわずかな動きを感じた。
自分の手をわずかに握り返してくれる力を感じたのだ。
矢口は驚き、手を見つめる。
本当にわずかだったが、彼女の手が動いていた。
矢口は更に力を入れて中澤の手を握りながら、
彼女の顔を見つめる。
- 193 名前:華山 投稿日:2003年06月25日(水)21時00分28秒
- 「裕ちゃん!裕ちゃん!ヤグチは、ここだよ。
ちゃんと、裕ちゃんの側にいるよ!
お願いだから、目を覚まして!」
矢口の声に応えるように、中澤の瞼がゆっくりと動いた。
そして、わずかにだが目が開く。
しばらくは焦点が合っていない様子だった。
だが、矢口の姿をみつけると、かすかに笑みを浮かべる。
そして、声にはならなかったが、ゆっくりと
透明なマスクの中で口元が動くのが見える。
矢口にはその動きが自分の名を呼ぶものだとわかった。
涙に濡れた顔で笑った。
それを見て中澤は目を細める。
だが、そのまま彼女の目が閉じられる。
笑っていた矢口の表情が凍りついた。
- 194 名前:華山 投稿日:2003年06月25日(水)21時01分43秒
- だが、矢口の肩を医者が軽く叩いた。
その顔には、明るい表情が浮かんでいる。
「大丈夫です。山は越えました。
貴女のおかげです」
矢口の表情もまた明るくなった。
医者はそれを見て口を覆うマスクの中で笑った。
「貴女にとって、大切な人なのですね。この人は」
「はい!」
医者の言葉にはっきりとそう答えると、矢口は中澤を見た。
穏やかな表情に見える。
矢口はもう一度彼女の手を取ると、
そっと自分の頬に触れさせる。
「裕ちゃん……良かった」
矢口は中澤の手を離さなかった。
- 195 名前:華山 投稿日:2003年06月25日(水)21時03分34秒
- 集中治療室から明るい表情で出てきた医者に
平家は頭を下げる。
そして、またガラス越しに中澤を見つめた。
いや、中澤と矢口の姿を。
確かに奇跡は起きた。中澤は助かる。
それなのに、平家の心は完全に晴れなかった。
だが、中澤をまっすぐに見つめる矢口の表情を見ているうちに、
曇っていた感情が消えていくのを感じた。
自分を見失うほどに取り乱し、中澤の名を叫んでいた矢口。
自分にはそれはできない。
どんなに叫びだしたくても、自分はそれを抑えてしまう。
それが彼女と自分の違いなのだ。
- 196 名前:華山 投稿日:2003年06月25日(水)21時04分56秒
- おそらくどちらの存在も中澤にとっては必要なはずだ。
だが、その立場には違いがある。
ならば、自分の立場で中澤を助けるだけ。
ここはあの小さな女の子に任せておけばいい。
平家はそこまで考え自嘲的に笑った。
「姐さん。私は、私なりに貴女のために動きます。
今まで通りね」
平家はそう呟くと病院を後にした。
そして、流れていたタクシーを捕まえると、
迷いのない口調で行き先を告げたのだった。
- 197 名前:華山 投稿日:2003年06月25日(水)21時06分51秒
- 今日はここまでです。
次は平家さんの見せ場かな。
>189 さま
レスありがとうございます!
やっぱり、中澤さんを助けるのは矢口さんしかいません!
痛いの……書きやすいのでよく書くのですが、
好きなのは、やっぱり甘いのだったりします(^^;
これからもよろしくお願いします!
>190 さま
レスありがとうございます!
みっちゅー……自分的に、平家さん片思いみっちゅーが好きなので……
番外は何話か書くつもりです。
これからもよろしくお願います!
>名無し子 さま
レスありがとうございます!
ハラハラしていただけましたか??
これからも楽しんでいただけるようにがんばります(^^)
よろしくお願いします!
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月26日(木)03時13分03秒
- 矢口さんの声が届いたんですね、姐さん助かって良かった!
それにしてもみっちゃんっていい人。・゚(ノД`)゚・。
更新楽しみにしてます
- 199 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)18時51分03秒
- 平家を乗せたタクシーが止まった場所は、
石黒の事務者のあるビルだった。
タクシーから降りた彼女は一度そのビルを見上げてから
迷いもなく中に入っていった。
平家のことは石黒の部下なら誰も知っている。
石黒のライバルである中澤の右腕であることを。
そんな彼女が一人で、石黒のテリトリーに乗り込んできたのだ。
どう対応していいのかわからない。
そんな戸惑いの表情を浮かべる者ばかりだった。
そんな石黒の部下に平家は石黒のもとへ案内するように頼む。
その口調は穏やかなものだった。
それが更に部下たちを戸惑わせる。
「あなたたちのボスにとって、悪い話ではないですよ。
むしろ、彼女にとって聞かないと損になるでしょうね」
軽く笑みさえ浮かべてそう言う平家に、
部下たちは顔を見合わせていたが、
やがて少し格上らしい黒服の男が平家に着いてくるように言った。
一応、武器の有無を確かめたが、
平家はナイフ一本持っていなかった。
それを確かめると、黒服はエレベーターに乗せ、
石黒の事務所のある7階まで案内したのだった。
- 200 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)18時53分48秒
- 平家の来訪を聞いた石黒はその思惑がわからず、
最初眉を寄せていたが、やがて軽く舌打ちをすると
通すように命じる。
そして、平家を事務所に通すと、
誰も入ってこないように人払いをさせた。
石黒は入ってきた平家の表情を見て、失敗を悟った。
だが、そんなことは顔には出さずにこやかに彼女を迎える。
「これは、平家さん。珍しいですね。
貴女がお一人で来られるなんて」
「姐さんは、動けませんからね。仕方なく」
平家はそう応えると、勧められた椅子に平然と座る。
「貴女は失敗をしました。以前と同じくね」
平家の言葉に石黒は笑みを崩さない。
「以前と同じく、もう少しでうまくいくところでしたけどね」
「……何のことかしら」
「貴女は、彼女の側にいる女の子の力を
軽視していたのでしょうね。
それは私もですが……」
「……」
「姐さんは助かりましたよ。
手の込んだ準備をしていたのに、残念でしたね」
- 201 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)18時55分05秒
- 「何を言っているのか、わかりませんね」
石黒は表情を変えない。それは平家も同じだった。
二人の間にわずかな沈黙が落ちる。
平家はポケットから一枚の写真を取り出し、
石黒の方へ滑らせる。
石黒はわずかに訝しげな表情でそれを受け取った。
そして、それを見て、目を細めた。
それは、石黒と保田が会っているときの写真だった。
しかも、保田に小切手を渡しているときのもの。
「これが何か?」
「姐さんを刺した人間を私は見ました。保田だった。
貴女が保田と接触していたことは知っています。
写真はこれだけじゃありません。
あれだけ派手に動いてくれたのですからね」
- 202 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)18時56分38秒
- 平家の言葉に石黒は何も言わない。
一つのことに集中しているときは、
他のことに目がいかなくなる。
中澤は石黒のことをそう語ったことがある。
今回もそうだった。
保田を説得しようとしてそれにばかり目がいって、
自分を尾けている存在に気付かなかった。
もちろん、気付かれないように、平家も注意はしていた。
それでも、普段の彼女だったら気付いたはずだ。
だが、そんなことを石黒に告げる気がない。
今は彼女を刺激するのが目的ではないから。
「以前の件についても、貴女の傘下の企業が
動いたという証拠は握っています。
そしてこの小切手の受け渡しの写真。
もちろん、この小切手の意味は知っています。
しかし、見方によっては貴女が保田を
買収したと見ることもできますね」
石黒の表情がわずかに変わった。
平家はそれに気付かないふりをしながら更に続ける。
- 203 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)18時57分37秒
- 「そして、保田が姐さんを刺して逃げたのを見た私の証言。
ここまで揃ったら、社長も貴女が
姐さんに対して行なったことを信じてくれるでしょう」
平家はあくまで冷静な口調と表情だった。
石黒の方は冷静さを装うとしていたが、失敗していた。
内部抗争を何より嫌う父。
だから、自分の手を汚さず消そうとした。
完璧な計画のはずだった。
女絡みで自分の部下に刺される。
たとえ、保田が殺害に失敗しても、その事実だけで、
中澤を失脚させられるはずだった。
こんな証拠を残した自分の失態が腹立たしかった。
手にした写真を石黒は無意識で握りつぶす。
だが、一つ小さく溜息を吐くと、冷静な口調で言った。
- 204 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)18時59分52秒
- 「それで、貴女はどうするつもりなの。
父に訴えるなら、私の元に来る必要はなかったのでは?」
「そんなつもりはありませんよ」
平家の言葉に石黒は不審気な視線を向ける。
「私が、これだけの証拠を握っていることを
知ってもらいたかったのです。
貴女がまた、こんな直接的な手段を取ろうとするなら、
この証拠を社長に報告する。
それを知っていて欲しかったのですよ」
「私を脅迫するつもり?」
石黒の言葉に平家はうっすら笑った。
軽く首を横に振る。
「そんなつもりはありません。
私は貴女に消えてもらいたくはないのです」
「……」
「私は姐さんが好きです。
でも、それはあの人が、強い存在と戦っている、
そのときの生き生きとした表情が好きだということです。
今、あの人に、その表情をさせられるのは、残念ながら貴女だけ。
以前の貴女の件、あの時の姐さんの表情はとても綺麗だった。
私はその表情を見ていたい。
だから、貴女に消えてもらっては困るのです」
- 205 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)19時02分07秒
- 平家の言葉は、石黒にとって想像もしていないものだった。
ポーカーフェイスも忘れて、まじまじと平家の顔を見てしまう。
だが、平家は微かな笑みを浮かべるだけだった。
そんな彼女を見て、石黒は思わず笑ってしまった。
「変わった人ね、貴女は。でも、考えなかったの?
今、貴女を私が消してしまえば、
私を脅すことはできないということを」
石黒は冷たく笑いながらそう言う。
だが、平家は表情を変えなかった。
「そのときは、そうですね。
あの人はきっと全力をあげて、
貴女に復讐をしてくれるでしょう。
そのときのあの人は、きっと美しい顔をしているでしょうね。
見ることができないのは残念ですが。
でも、とても美しいでしょうね」
平家は一瞬虚空を見るような目つきになったが、
すぐに表情を消す。
「そのときの姐さんと、貴女は戦えますか?
おそらく、今の貴女では、無理ですよ」
- 206 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)19時03分24秒
- 平家の口調は淡々としていた。
それが石黒を冷静にさせた。
やや考え込んだ石黒だったが、やがて苦笑を浮かべる。
「確かに、今の状況ではちょっとリスクがありすぎるわね。
でも、いずれ、私も力を持つわ。
お姉さんをしのぐ力を持つつもりよ。
そのときに貴女は後悔しないかしら」
「どうでしょうね。でも、そのときを待っています。
あの人の戦う姿を見るために。
ま、そう簡単に負ける人ではありませんよ、あの人は」
平家はそう言うと立ち上がった。
そして、石黒に背を向けた。
石黒はそれを黙って見送ろうとしたが、ふと思い出して言った。
- 207 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)19時05分58秒
- 「この写真。誰が撮ったの?
一応、お姉さんの部下を私は全員把握しているわ。
でも、このとき、あの場所にはいなかったはず」
石黒の問いに平家は少し笑う。
もし、石黒がその表情を見たら、
照れているとわかっただろう。
だが、平家は振り返らずに言った。
「私の……友人に頼みました。
素人ですから、余計に気付かなかったのでしょう」
それだけ言って平家は石黒の事務所を出ていった。
石黒はしばらく平家が出ていったドアを見つめていたが、
やがて自嘲的に笑う。
手に持ったままだった写真に一度目をやる。
写真で保田を説得に成功し、写真でそれが失敗してしまった。
「また、してやられましたね。お姉さん。
でも、私は、諦めが悪いんですよ。
必ず、貴女に勝ってみせる」
石黒はそう呟くと、不敵な笑みを浮かべたのだった。
- 208 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)19時07分36秒
- ビルを後にした平家はタクシーを拾おうとして
上げかけた手を下ろす。
もう少し、二人きりにさせてあげよう。
もう中澤は安全のはずだ。
今、自分にできることはない。
平家は特に目的もなく歩き始める。
自分のしたことは正しいことではない。
石黒に言ったことは嘘ではない。
ずっと自分はあの人が好きだった。
あの人が戦う姿が好きだった。
大阪にいたときから、学生時代につるんでいたときから。
それを見ていたい。
もし、石黒が失脚すれば、もともと
後継者になどになりたくない中澤は、
さっさと組から身を引いてしまうかもしれない。
そうなってしまえば、自分はもう彼女にとって必要なくなる。
そして、自分の好きな彼女の戦う姿を、
見ることができなくなる。
だが、石黒がいれば、あの負けず嫌いの性格の中澤のことだ。
組に居続けてくれるだろう。
そうすれば、自分もまた彼女の側にいることができる。
- 209 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)19時11分37秒
- 「これがばれたら、あの小さな女の子は
許してくれないかもしれん」
思わず苦笑が浮かぶ。
だが、中澤は戦っていないといけない。
そのときの彼女は一番生き生きと輝いているのだから。
おそらくあの人は、穏やかな生き方は似合わない人だ。
この仕事をする前からあの人は一時たりとも、
立ち止まったことはないのだから。
もしかしたら、本人の想いとは違うかもしれないが。
「さて、どうする。
石黒さんはどう出てくる……」
そう呟いたとき、携帯が着信を知らせた。
飯田からだった。
「ああ、木村さんの結婚式やった、今日は」
また苦笑を浮かべた平家は
中澤の無事を知らせるために、通話ボタンを押した。
- 210 名前:華山 投稿日:2003年06月26日(木)19時15分22秒
- 今日はここまでです。
次はやぐちゅーシーンのはず……
>198 さま
レスありがとうございます!
みっちゃん……微妙にいい人ではなくなってしまったような(^^;
これからもよろしくお願いします!
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月26日(木)19時56分25秒
- 保田はどこへ・・・そして石川は・・・あぁ〜気になります・・・
- 212 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月26日(木)21時05分37秒
- 更新お疲れさまです。
みっちゃんも複雑だなー、でもこんなかっこいい彼女初めて見ました(w
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月26日(木)21時12分44秒
- みっちゃんカッコイイ〜
しかし、石黒さんもしつこいですね(笑
中澤矢口も気になるし、保田石川も気になるし……どうなるのか・・・
- 214 名前:名無し子 投稿日:2003年06月27日(金)00時33分10秒
- 連日の更新、お疲れさまですm(_ _)m
みっちゃん…カッコ良過ぎて惚れそうです(笑)
彩っペも黒いけど心底真っ黒ではないような(^^)
次回予告のやぐちゅーに激期待です!
華山さんのやぐちゅー大好きなもので。頑張って下さいね(^^)
- 215 名前:華山 投稿日:2003年06月27日(金)20時04分18秒
- 集中治療室でしばらく様子を見た後、
朝早く中澤は個室に移されていた。
河内ほどではないがそこそこ広い部屋。
だが、今ここにいるのは眠ったままの中澤と、
彼女に寄り添うようにベッドの端に頭を預けて
眠ってしまっている矢口だけだった。
先に目を覚ましたのは中澤だった。
ゆっくりと目を開く。
当然すぐには自分の置かれた状況がわからなかった。
ゆっくりと顔だけを動かして周囲を見回す。
どうやら病院というだけはわかった。
ぼんやりとした頭で思考をめぐらせる。
そして、ようやく昨日のこと、保田に刺されたことを思い出した。
「そうか……死なんかったんやな、ウチ」
どこか他人事のようにそう呟くと、中澤は体を起こそうとした。
だが、激痛が走り頭を枕に戻す。
- 216 名前:華山 投稿日:2003年06月27日(金)20時05分42秒
- 「あかんな、さすがに」
そう呟いて、もう一度顔を動かして周囲を確かめようとして、
初めて矢口の存在に気付いた。
「ヤグチ……いてくれたんやな」
そっと腕を伸ばして彼女の頭に触れる。
何故かひどく懐かしいような感じを覚える。
ホテルの化粧室で意識を失ってから、
もちろん中澤の記憶はない。
集中治療室で目を開けたときも、
意識が戻っていたわけではなかった。
だが、それでも中澤は矢口の存在を感じていた。
それが自分の命をこの世界に繋ぎとめてくれた。
それは確信に近い思いだった。
- 217 名前:華山 投稿日:2003年06月27日(金)20時06分49秒
- 「……裕ちゃん?」
中澤の手を感じてか、矢口が目を覚ました。
そして、中澤の意識が戻っていたことに、
すぐに笑顔になる。
「裕ちゃん!気付いたんだ……
良かった、本当に良かった」
矢口は泣きそうな表情で中澤の手を握る。
「心配かけたみたいやな……すまん」
中澤の言葉に矢口は首を振る。
「そんなことない。良かった。
ホントに……」
本当にほっとした表情の矢口に、
中澤はようやく思い至ったことがあった。
- 218 名前:華山 投稿日:2003年06月27日(金)20時08分20秒
- 「ヤグチ……試験は?」
中澤の言葉に矢口はまた首を静かに振る。
中澤の表情が曇る。
「……す…」
謝ろうとした中澤の口を、矢口はその小さな手で塞ぐ。
「いいの……裕ちゃんが助かったんだから」
中澤はすまなそうな表情だったが、やがて頷いた。
そして、彼女の頬にそっと触れる。
矢口はしばらく中澤の暖かさを感じていた。
「大丈夫だよ。センターいらない大学もあるしさ。
それに、来年も。
また、浪人しちゃうけどいいよね」
矢口はわざと冗談ぽくそう言った。
中澤は黙って頷く。
- 219 名前:華山 投稿日:2003年06月27日(金)20時12分09秒
- しばらく、二人は無言だった。
だが、やがて矢口は少し言いにくそうに言った。
「……平家さんから……」
「うん?」
「平家さんから、聞いたよ。
裕ちゃんのこと……裕ちゃんのお仕事のこと」
「そうか」
中澤の表情が曇る。
それを見て矢口の表情も暗くなりかけたが、すぐに笑顔を作る。
「なんで…言ってくれなかったの?
なんで、教えてくれなかったの?」
「……」
「ヤグチ、裕ちゃんがどんなことしてても、
裕ちゃんが好きだよ。
嫌いになんて絶対にならないよ」
「……ヤグチ」
- 220 名前:華山 投稿日:2003年06月27日(金)20時14分56秒
- 「それに……」
矢口はそこまで言って、にっこりと笑う。
中澤はそんな矢口を見て少し首を傾げた。
矢口は中澤の傷に触らないように気をつけながら、
そっと中澤に胸に頭を預ける。
「それに、裕ちゃんがヤクザさんじゃなかったら、
ヤグチ、今、ここにいないじゃん。
裕ちゃんに会えてないんだよ。
裕ちゃんが助けてくれたんだよ、ヤグチを」
「ヤグチ……そうか、そうやな」
中澤は苦笑に近かったが、ようやく笑った。
そして彼女の頭を優しく撫でた。
矢口はしばらく中澤に寄り添っていたが、
ドアをノックする音に慌てて頭を上げる。
そんな彼女の様子に中澤は小さく笑ってから、
どうぞと声をかける。
入ってきたのは看護師だった。
一瞬不満そうな表情になった矢口に、中澤は
口の動きだけで好きやでと伝えると、
体調を訊く看護師の質問に答える。
矢口は少しだけ頬を赤らめたが、
それでも嬉しそうな顔で中澤を見つめていた。
- 221 名前:華山 投稿日:2003年06月27日(金)20時17分57秒
- 今日はここまでです。
あんまり甘くなりませんでしたが、甘いのは最後にとっておきます(^^;
次はやすいしかな……
>211 さま
レスありがとうございます!
保田さんと石川さん……次回をお楽しみに!
これからもよろしくお願いします。
>212 さま
レスありがとうございます!
平家さん……カッコ良くなりすぎましたか??(^^;
でも、書いてて楽しかったシーンでした。
これからもよろしくお願いします。
>213 さま
レスありがとうございます!
石黒さん……しつこいというか、粘り強いから、
平家さんの目にかなったということで(^^;;
これからもよろしくおねがいします。
>名無し子 さま
レスありがとうございます!
私の書く石黒さんは負けず嫌いみたいです。
手段はともかくで、勝つために一生懸命な人なんです(^^;
やぐちゅー、楽しんでいただけましたか?
これからもよろしくお願いします。
- 222 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月27日(金)23時17分05秒
- やぐちゅー良いですわー。
この雰囲気好きだなあ、甘々というのではないにしても十分甘く感じます。
次は保石ですか、どうなるんでしょう。どきどきします(w
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月27日(金)23時40分44秒
- 甘いような切ないような、やぐちゅーいいいですね〜。
姐さんを刺した後の保田さんの心境とかも複雑なんでしょう。
保石も気になります、この二人もどうなってしまうか…。
- 224 名前:華山 投稿日:2003年06月28日(土)20時53分02秒
- 中澤を刺した保田はホテルを飛び出すと、
血のついたコートを脱ぎ捨て逃げた。
一旦、自分の部屋に帰ろうとして思いとどまる。
平家の手が伸びるとしたら、まず当然自分の部屋だろう。
自分は捕まるわけにはいかない。
自分のためだったら、別にどうでもいい。
だが、中澤の言葉。あの言葉を守るためには、
自分は捕まるわけにはいかない。
- 225 名前:華山 投稿日:2003年06月28日(土)20時54分15秒
- 中澤は知らなかった。
自分が石川と付き合っていることを。
そして、自分にはできなかった。という言葉。
過去には、あの二人には関係があったのだろう。
だが、それは今続いているものではなかったのだ。
石黒に騙されたというより、
自分の浅はかさが情けなかった。
一度は自分を許してくれた恩人を、
自分はまた裏切ってしまった。
どんなに謝罪しても償えるような軽い罪ではない。
ならば、あの言葉だけは守る。
石川を幸せにしてやれという言葉だけは。
保田は石川の部屋へ向かった。
- 226 名前:華山 投稿日:2003年06月28日(土)20時56分03秒
- 石川の部屋に着いた保田は躊躇っていた。
あの言葉を守らなくてはいけない。
そう思っても、いきなり彼女の前から消えた自分、
彼女を信じることができなかった自分、
そんな情けない自分を思うと、
なかなか石川と顔を合わせる勇気が出なかった。
だが、ようやく覚悟を決めチャイムを押す。
その音がやけに耳に残った。
だが、何の反応もない。
もう一度押そうとしたとき、突然ドアが開いた。
一瞬保田が身を引くほどの勢いで。
石川の顔は一目見てわかるほどやつれていた。
保田はそんな彼女の様子を見て言葉を失う。
- 227 名前:華山 投稿日:2003年06月28日(土)20時57分31秒
- 「……石川…」
「……」
石川は何も言わない。
保田は自己嫌悪にさいなまされながら、それでも言った。
「石川……ごめん。
私、あんたを……疑ってた」
保田の言葉に石川は俯いてしまう。
「石川……それでも、私は、あんたのこと、大切に想ってる。
石川は……石川は、私のこと好き?」
二人の間に沈黙が落ちる。
だが、石川は不意に顔を上げた。
まっすぐに保田の目を見つめる。
その瞳に強い意志を感じる。
- 228 名前:華山 投稿日:2003年06月28日(土)20時59分55秒
- 「はい」
短いが迷いのない声。
保田は石川の声が自分の胸に直接響いたような、
そんな気がした。
心が騒ぐような、落ち着かない、そんな想いが自分を動かす。
保田は思わず石川の細い体を強く抱きしめた。
「石川。私と逃げてほしい。
私についてきてほしい」
保田の言葉に石川はすぐに応えなかった。
だが、ゆっくりと彼女の背中に自分の腕を回す。
そして、ぎゅっと彼女に抱きつきながら言った。
「保田さん……私は、私は、保田さんが好きです。
あなたと一緒にいられるのなら、どこでも行きます。
どこでもいいんです」
保田は石川を抱きしめる腕を強くする。
「好きだ。石川が、好きだ」
保田の腕の中で石川は何度も頷いた。
保田はいつまでも彼女を抱きしめ続けた。
- 229 名前:華山 投稿日:2003年06月28日(土)21時02分43秒
- 今日はここまでです。
ちょっとザツになってしまいました、すいませんm(__)m
次は平家さんと中澤さんの場面を。
あと、二回か三回で終わりです。
>222 さま
レスありがとうございます!
やぐちゅー、気に入っていただけましたか?
やすいしの方は、また番外編を書くつもりですので、
今回は、まあ、あっさりと(^^;
これからもよろしくお願いします。
>223 さま
レスありがとうございます!
保田さんの心境……かなりネガが入っていると思いますが、
まあ、もう、迷うことはないと思われます。
これからもよろしくお願いします。
- 230 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月28日(土)22時29分34秒
- 保石……切ないです……
連日更新お疲れ様です。
後2回か3回ですか・・・みんな幸せになって欲しいです。
- 231 名前:華山 投稿日:2003年06月29日(日)20時17分06秒
- 中澤が個室に移されてから数日後、平家が病室を訪れた。
入院してから、平家は毎日顔を出している。
仕事の報告があるから。
だが、いつもは矢口が一緒にいた。
もう自分の仕事を知られた中澤は、
席を外そうとする矢口を引き止めていた。
なのに、今日は矢口の姿がない。
平家が首を傾げていると、中澤が言った。
「ヤグチなら帰ったで。て言うか帰した。
勉強あるからな」
「そうやったんですか」
「まだ、一校、チャンスがあるらしいから」
- 232 名前:華山 投稿日:2003年06月29日(日)20時18分17秒
- 「……そうなんですか」
平家の表情がわずかに曇った。
それを中澤は見逃さなかった。
だが、わざと明るく言う。
「気にすんな。ヤグチがおったから、ウチは助かったんや。
みっちゃんが呼んでくれたおかげや」
「姐さん」
「それに……話してくれて、ありがとな。
ウチは、言う勇気がなかったんや。
自分が何をやってるかってな。
でも、ヤグチは受け入れてくれた。
ウチ、自分のことになると弱いんやな」
そう言って苦笑する中澤。
平家は複雑な表情になったが、無言で頷くだけだった。
- 233 名前:華山 投稿日:2003年06月29日(日)20時22分35秒
- 「ウチはヤグチに助けてもらった。
いつも、守ってやりたいと思ってるのに、
助けてもらうのは、いつもウチや。
だけど、これからは、今度こそは、
ウチがヤグチを守りたいんや」
中澤は平家にではなく、自分に言い聞かせるようにそう呟く。
平家は軽く肩をすくめる。
自分の表情を中澤に見せないように、さり気なく窓の外を見た。
数瞬で感情を整理すると、わざと皮肉気な微笑を浮かべて言った。
「それなら、これからは浮気はやめるんでしょうね。
矢口さんのために」
平家の言葉に中澤はわざとらしく咳き込んだ。
いや、まあ、それはな……
そんな意味のない単語を連ね、慌てる中澤。
それを見て平家は思わず吹き出してしまった。
まあ、これくらいは言わせてもらわんとね。
平家は内心でそう呟くと、
一瞬だけわずかに寂しげな笑みを浮かべたのだった。
- 234 名前:華山 投稿日:2003年06月29日(日)20時23分49秒
- 「で、ウチ、いつ退院できるん?」
仕事の報告を終えた平家に中澤は言った。
平家は呆れた表情になる。
「抜糸もまだ終わってないのに、何言うてるんですか。
大体、先生に昨日言われたでしょう。
検査したら、肝臓や胃が荒れてるって。
酒の飲みすぎですよ。
ついでに、半年くらい入院して、全部治してもらいますか」
平家の言葉に中澤は情けない顔になる。
「そんなんいやや〜早く退院するで、ウチは」
「まるで、駄々っ子ですね。
ま、それは冗談としても、あと二週間は我慢してください」
- 235 名前:華山 投稿日:2003年06月29日(日)20時26分11秒
- 「そうなん……
はぁ〜いつになったら、ヤグチの料理食べれるんやろ」
そう言って落ち込んでしまった中澤。
入院してから、中澤が、なんか子どもに返ったような気がする。
平家はそんなことを考えながら、軽く肩をすくめた。
「そんなに落ち込むんやったら、
矢口さん、帰さなければええのに」
「あかん。これ以上、ヤグチの勉強の邪魔はできん」
「そうですね。
でも、矢口さん、大学に受かったら学生さんですね。
いや〜楽しいでしょうね。学生生活っていうのは」
平家の言葉に、中澤は首を傾げる。
平家が何を言いたいかわからない、そんな表情だった。
それを見て平家は苦笑する。
「いいですか。矢口さんは学生になるんです。
回りは若い子ばかり。
矢口さん、あれだけかわいいんですから、
うかうかしてられないんですよ、姐さん」
「……あ……そうか……
いや、ヤグチに限って…ヤグチは、ウチのや」
動揺する中澤。
平家はまた肩をすくめる。
- 236 名前:華山 投稿日:2003年06月29日(日)20時28分27秒
- 「まあ、真剣に考えてあげてください。
今の状況は、ちょっと中途半端やと思いますよ」
平家は自分の心がわからなかった。
何故こんなことを自分が言うのか。
矢口という存在は、自分にとって、
嫉妬の対象であるはずなのに。
だけど、自分が好きな中澤にとって、大切な存在である。
ならば、自分にとっても大切な人のはずだ。
それなら、少しくらい援護射撃をしてもいいだろう。
それに、矢口ががっちりと中澤を繋ぎとめていれば、
少しはこの人の浮気癖もおさまるかもしれない。
まあ、そちらの方は期待薄かもしれないが。
真剣に考え込んでしまった中澤を見ながら、
平家はそんなことを考えていたのだった。
- 237 名前:華山 投稿日:2003年06月29日(日)20時31分19秒
- 今日はここまでです。
次で終わりです。長かった……
>230 さま
レスありがとうございます!
やすいし……もっと甘くしたかったのですが、私には無理でした(^^;
番外では、甘くしたいと思ってます。
みんな、幸せに、してあげたいのですが……
あと、一回で終わ……るはずです。よろしくお願いします。
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月29日(日)21時12分50秒
- いいですね〜、姐さんと平家さん。
姐さんをからかう、強気な平家さん面白いです(笑
後一回……もうすぐ完結なのが寂しいです…
- 239 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月29日(日)21時38分40秒
- みっちゃんはやっぱりいい人ですね。
姐さんの浮気、完全には収まらないような気が(w
後一回ですか、ここに来る楽しみが一つ減るのは残念です。
- 240 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月30日(月)02時13分40秒
- 平家さんの気持ち・・・中澤さんはまったく気が付いてないんですかね?(w
- 241 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月30日(月)20時00分20秒
- 番外編では甘くというお言葉を信じて・・・
もうすぐ完結ですか〜寂しいですよ〜
- 242 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時03分07秒
- 中澤が入院してから3週間が過ぎ、
ようやく退院の日を迎えた。
これはかなり医者に無理を言った結果だったが。
一週間前に試験を終えた矢口は当然、迎えに来ていた。
荷物とかは、先に来ていた平家が持って帰ってくれた。
仕事に戻っていた木村に送らせると言ったのだが、
中澤はそれを断った。二人で帰りたいと言って。
医者と看護師たちに礼を言い、病院を後にした中澤は、
矢口と二人でタクシーに乗り込んだ。
矢口は終始嬉しそうな笑顔を崩さない。
中澤もようやく家に帰れる、矢口との生活に戻れるのだ、
嬉しくないわけがない。
矢口はにこにこと話しかけてくれるのを
笑顔で頷きながら聞いていた。
- 243 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時04分57秒
- 思ったよりも早くマンションに着いた二人。
エントランスを抜けたところで、矢口は
警備を兼ね常駐している管理人に声をかけられた。
中澤が首を傾げていると、矢口は管理人から封筒を受け取った。
その表書きを見て矢口が小さくあっ、と声をあげる。
中澤がどうした?と訊いたが、矢口はそれに応えず
管理人に礼を言ってから中澤のもとに戻ってきた。
「なんなん?」
「速達。管理人さんに頼んでたの」
「誰から?」
「大学。結果通知だよ」
矢口の言葉に中澤もあっ、と小さく声をあげた。
- 244 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時06分15秒
- 「で、どうなん?」
「まだ、開けてないじゃん。
部屋についてから開ける」
「そ、そうか……うん」
なんと声をかけていいかわからず、中澤はそう言うと
ちょうど降りてきたエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中で、二人は無言だった。
チラチラと中澤は矢口の手にある封筒に目をやる。
そして、頭の中では先日、平家に言われた言葉を考えていた。
矢口に気付かれないような小さな溜息を吐くと、
コートのポケットにそっと触れたのだった。
- 245 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時07分40秒
- 部屋についた矢口は自分の部屋に入っていった。
中澤は落ち着かない様子でリビングをうろうろしていた。
5分もしないうちに矢口が出てくる。
「……どうやった?」
変に緊張して声が裏返りそうになりながら、中澤は訊いた。
矢口は笑って頷く。
それを見て中澤もまた笑顔になった。
「そうか……そうか、良かったな。
うん、おめでと、ヤグチ」
「ありがとう」
矢口は少し照れくさそうな表情になる。
中澤はそんな矢口を抱きしめたくなったが、
上げかけた腕を下ろす。
そして、どう切り出していいかしばらく悩んだ。
そんな中澤の様子に矢口は不思議そうな顔になる。
中澤は小さく息を吐くと、口を開いた。
- 246 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時10分03秒
- 「あんな、ヤグチ……学生になったら……」
「どうしたの?あ、ちゃんと、家事の仕事はするよ。
大丈夫。心配しないで」
矢口の言葉に中澤は小さく首を振る。
矢口はますます不思議そうな表情を浮かべる。
「いや、あんな、学生になったら、もう、家事はせんでええよ。
いや、そうやなくて……なんて言ったらいいんやろう」
中澤の言葉に矢口の表情が変わる。
不安そうなそれになった。
それを見て中澤は慌てて否定する。
「いや、そうやない。もう、家政婦やなくていい。
一緒に住もうって、もう住んでるんやけど。
だから、仕事やなくて、家政婦やなくて、ウチのために、
これからも食事を作ってくれん?
……ああ、なんて言ったらいいんやろ。
だから、これからも、ずっとウチの側にいてほしいんや。
恋人として、ウチにとって、一番大切な人として」
- 247 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時11分43秒
- 中澤は半分やけになったような口調でそう言いきった。
わずかに耳や頬が赤くなっている。
このままだと中途半端、
平家にそう言われてからずっと考えていた。
どうすれば、矢口を安心させることができるか。
自分が、矢口を本当に大切だと想っていることをわかってもらえるか。
その答えがこれだった。
矢口はそんな中澤を信じられないという表情で見つめた。
だが、それはすぐに嬉しそうな、でも、まだ信じられない、
そんな複雑なものに変わる。
「裕ちゃん……それって」
「結婚とか、婚約とかそんな形式なんてどうでもいい。
一緒にいよ。二人で、これからも、ずっと」
中澤はそう言うと、ポケットに入れた小さな箱を取り出す。
中から指輪を取り出す。
そして、まだ戸惑っている矢口の左手をとると、
その薬指にそっとはめた。
矢口は泣きそうな顔で中澤の顔を見つめた。
中澤は黙って頷く。
- 248 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時16分12秒
- 「愛してる、ヤグチ」
中澤の言葉に、矢口の頬に涙が伝う。
矢口は何も言えず、ただぎゅっと中澤に抱きついた。
中澤も彼女を抱きしめる。
「裕ちゃん、裕ちゃん……好きだよ。
ヤグチも裕ちゃんが好き」
「……ああ。ウチも」
穏やかな中澤の声。
それを体に直接感じた矢口は、少し照れくさそうに顔を上げた。
そして、まっすぐな中澤の視線を受け止める。
ゆっくりと目を閉じた。
中澤は矢口の唇に自分のそれを落とす。
永遠の誓いを込めて。
絶対に一生守っていく。そして、必ず幸せにする。
いや、二人で一緒に幸せになる。
中澤は自分の腕の中にいる何よりも大切な子に、そう誓った。
唇を離した中澤は、自分の心にある想いの全てを込めて
優しく矢口を抱きしめたのだった。
終
- 249 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時20分10秒
- はい。これで完結です!
最後が下手なのは、いつものことですね……(^^;
最後を上手く書けるようになりたい。
でも、なんとか、終わることができました!
読んでくださった方々、本当にありがとうございましたm(__)m
番外編、なるべく早く書きたいと思います。
- 250 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時21分38秒
- >238 さま
レスありがとうございます!
たまには、平家さんも強く出て欲しいなと思って書いてみました。
なんとか、完結にたどりつきました。
番外編もがんばりますので、よろしくお願いします!!
>239 さま
レスありがとうございます!
中澤さんの浮気は……多分、治らないでしょうね(^^;
これからも、矢口さんと平家さんの苦労は続くと思われます……
なんとか終わらせることができました。
番外編もよろしくお願いします!
>240 さま
レスありがとうございます!
中澤さん……全く気付いていなかったりします(^^;
でも、だからこそ、平家さんは、中澤さんの側にいることができるんです。
そんな平家さんを書いてみたくて……
>241 さま
レスありがとうございます!
甘く……するつもりです!がんばります!!(^^;
完結することができました!
番外編、お楽しみに!(^^)
- 251 名前:華山 投稿日:2003年06月30日(月)21時23分31秒
- ちょっと、流してみます。
ラスト隠し……
- 252 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月02日(水)00時57分10秒
- 完結おめでとうございます。長い間お疲れさまでした。
最後が下手なんてそんなこと無いですよ。良い終わり方だと思いますけど。
番外編も楽しみにしてます。
作者さんのペースで頑張ってください。
- 253 名前:名無し読者。 投稿日:2003年07月02日(水)01時18分28秒
- とうとう完結ですか(涙
また素晴らしい作品が終わってしまった・・・。
番外編はモチロンの事、中澤さん絡みの新作・・・首を長くしてお待ちしてます(w
本当にお疲れ様でした〜。
スレ流しのラストも期待しております(w
- 254 名前:名無し子 投稿日:2003年07月02日(水)02時23分33秒
- 初のやぐちゅー長編、完結お疲れさまでしたm(_ _)m
もうお腹いっぱい堪能させていただきました。
石黒さんまで登場させてくださって(感涙)
忙しくて勉強もしなくてはいけない中での更新は大変だったと思います。
こうなったら完結祝いにぜひとも一献(笑)楽しみにしてます(^^)
まだ番外編があるとのこと。
こちらも楽しみにしております、時間に余裕のある時に
更新なさってくださいませm(_ _)m
本当にお疲れさまでした。
- 255 名前:華山 投稿日:2003年07月02日(水)20時29分02秒
- 「で、決まったんですか?
もう、見舞い時間、終わるんですけどね」
呆れた口調の平家。窓の外はもう暗い。
ここに来たときは、まだ、夕方と言うにも早い時間だったのに。
平家は聞こえるように溜息を吐く。
「ちょっと待ってや。これと、これと……
ああ、これと、どれにしよ」
何冊ものカタログをとっかえひっかえして
真剣に見ているのは中澤だった。
平家はまた大きな溜息を吐いた。
「あのですね、デパートにしろ、ショップにしろ
閉店時間っていうのがあるんですよ。
遅くても、大体9時までですよ」
平家の言葉に中澤は心底困ったような声で訴える。
「ああ、みっちゃんも考えてや。
みっちゃんの方がヤグチと歳近いやん」
そう言って、中澤は手にしたカタログを平家に見せる。
それは高級なブランドや、有名なジュエリーショップ、
また若者向けのショップのものだった。
- 256 名前:華山 投稿日:2003年07月02日(水)20時31分01秒
- 中澤が平家に頼んで集めてもらったもの。
矢口に贈ろうと決めた指輪を選ぶために。
平家は肩をすくめて、仕方なく一冊のカタログを手に取った。
「確かに歳は近いですが。
あたしももういい歳ですからね」
そんなことを言いながら、
中澤が折り目をつけたページをぱらぱらとめくる。
どれも矢口に合いそうなかわいらしいものばかり。
女の子なら、これらの指輪、どれを貰っても喜ぶだろう。
それをここまで真剣に悩んでいる。
そして、それをよりによって自分に相談している。
まったく、この人はどこまで罪な人なのだろう。
だが、それを望んでいるのは自分。
自分の想いを気付かれていないからこそ、
自分はこの人の側にいられるのだから。
- 257 名前:華山 投稿日:2003年07月02日(水)20時32分53秒
- 「で、どれにするんです」
平家はカタログを中澤に返しながら言った。
中澤は更に悩み、ようやく一つを選ぶ。
それは決して高級なブランドではないが、かわいらしく、
だがそれだけではなくしっかりとしたデザインのものだった。
ああ、あの小さな、そして強い女の子らしいな。
平家はそんなことを思いながら、そのカタログを受け取った。
「じゃあ、この店に行ってきます。
サイズがあれば、明日持ってこれますよ」
「ああ、お願いな。あるといいんやけど」
中澤のほんの少し弱気な言葉。
平家は寂しげな苦笑を一瞬浮かべたが、
すぐにそれを消し、笑みを浮かべた。
「多分、大丈夫ですよ。
なかったら、なるべく早く注文してもらいますし」
平家はそう言うと病室を後にした。
- 258 名前:華山 投稿日:2003年07月02日(水)20時35分15秒
- 病院を後にした足で、平家はデパートに向かい、
中澤の選んだ指輪を買った。
人気のあるデザインらしく矢口のサイズのものは
もう一つしか残っていなかった。
店を出た平家はタクシーを拾う。
だが、その行き先は自分のマンションではなかった。
「久しぶりね。
ちゃんと、約束覚えてくれてたんだ」
少し皮肉っぽい口調で自分を迎えた女に、平家は苦笑する。
「そう、いじめんといてや。
前、来んかったのは、謝ったやん。機嫌直してや」
「……別に、機嫌なんて悪くしてないわ」
そんなことを言いながらも部屋の中に通し
お茶を出してくれる彼女に、平家は微笑する。
平家とこの女性、柴田あゆみ、が会ったのは、
中澤と一緒に行ったバーだった。
中澤が安倍と消えた後に、平家に声をかけたのが彼女だった。
それ以来、平家と付き合いが続いていた。
- 259 名前:華山 投稿日:2003年07月02日(水)20時37分28秒
- 「あなたのところの所長さん、どうなの?
もう大丈夫なの?」
中澤が刺されてからしばらく、平家は柴田と会っていなかった。
一応、連絡は入れていたのだが。
「ん?あと3日で退院できるみたいや」
「そ、良かったわね。
でも、やっぱり怖い世界の人なのね、貴女って。
この前、変なこと頼まれたから、薄々気付いてはいたけど」
柴田の言葉に平家は苦笑するしかない。
石黒と保田の写真を頼んだのが柴田だったのだ。
組の人間や、組と取引のある人間ならばれる恐れがある。
だが、柴田は完全にカタギの人間だったから。
「じゃあ、もう捨てられるんかな、あたし」
「……別にそんなことは言ってないわ」
柴田は少し拗ねたようにそう言う。
平家はそれに答えず、
自分のために淹れてくれたコーヒーに口をつけた。
- 260 名前:華山 投稿日:2003年07月02日(水)20時40分14秒
- 前後編ということで……
今日はここまでです。
ずっと前に、平家さんをナンパしたのは柴田ちゃんでした。
>252 さま
レスありがとうございます!
読んでくださって、本当にありがとうございました(^^)
なんやかんやで、番外編もあっさり始まってしまいました(^^;
もう少し、このスレをよろしくお願いします!
>253 さま
レスありがとうございます!
無事、完結することができました!
読んでくださって本当にありがとうございました(^^)
新作……このスレの残り具合を見て、また考えてみます。
もう少し、このスレをよろしくお願いします!
>名無し子 さま
レスありがとうございます!
やぐちゅー&石黒さん、楽しんでいただけましたか??(^^)
勉強の息抜きというか、現実逃避だったような気もしますが(^^;、
なんとか、ここまで辿り着きました!
是非是非、打ち上げに飲みに行きましょう(^^)
このスレも、もう少しよろしくお願いします!
- 261 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年07月02日(水)21時04分05秒
- 脱稿お疲れ様でした。
読み応えのある素晴らしいやぐちゅーだったと思います。
では次回作も楽しみに待っています。
- 262 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年07月02日(水)21時06分59秒
- あ、本編を読んでレスを書いてる間に番外編が始まってる!
- 263 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月03日(木)00時00分19秒
- 指輪一つに真剣に悩む中澤さん、ずいぶん丸くなったんですね(笑
しかし、まさか相手が柴田さんとは意外でした・・・。
番外編、どんな話になっていくのか楽しみです!!
- 264 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時33分15秒
- しばらくとりとめのない話をした後、柴田は
シャワーを浴びると言ってバスルームに向かった。
その間、平家はぼんやりと指輪の入った紙袋を見つめていた。
この指輪をあの人はどんな顔で、
あの小さな彼女に渡すのだろうか。
きっと、自分では見たことのないような、
少し弱気な照れた表情で渡すのだろう。
それは、きっと見ものだろう。
自分の好きな表情とはほど遠いものだろうが……
「それ、何?貴女が買うには、若いブランドだと思うけど」
ぼんやりと考え事をしていた平家に、
シャワーを浴びた柴田が声をかける。
平家は肩をすくめて、自分の上司に頼まれたものだと答える。
すると、柴田はわざと残念そうな表情を作って言った。
「なんだ。私のじゃないんだ。
私にも、買ってきてくれたらいいのに」
わざとらしく拗ねた口調。
平家は苦笑しながら言った。
「人のついでに買ってくるんて、なんか嫌やない?」
「まあ、誰かのついでって言うのは、ちょっと嫌かも」
「あ、やっぱり、嫌なんや。
じゃあ、しゃあないか」
平家はそんなことを言いながら自分のバッグから、
同じブランドの包装がされた箱を取り出した。
- 265 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時34分56秒
- それを見た柴田は呆れた顔になった。
「貴女って、どうしてそうなの?
あるなら、最初から渡してよ」
「いや、でも、嫌やろ?」
嫌味とかではなく、真面目な表情でそんなことを言う平家に、
柴田は大きな溜息をついた。
「いいから、頂戴!」
「そう……じゃあ」
平家はそう言って包装を解き、中からシンプルなデザインの
ネックレスを取り出し、彼女に渡す。
柴田はしばらくそれを見つめていたが、ふと平家の視線が
指輪の入った紙袋に向かっていることに気付いた。
その横顔を見て柴田は複雑な表情になる。
椅子に座ったままの平家を後ろから抱きしめる。
- 266 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時36分15秒
- 「ねえ、私の部屋にいるときくらいは、
私のことだけ考えてくれない?」
柴田の言葉に、平家は首を傾げる。
柴田は平家の首に回した腕を少し強くする。
「貴女が所長さんのことを、いつも気にしてるのは知ってるわ。
でも、ここにいるときだけは、私のことを考えてよ」
平家は何も言えなかった。
「所長さんのこと、好きなんでしょ?」
「……知ってたん?」
「そりゃ、初めて会ったときの、貴女の様子を見てたらね」
そう言って柴田は腕を解いた。
平家は振り返って彼女の顔をじっと見つめる。
自分の心が読まれていたことに驚いたから。
そして、それでも自分と付き合っている、
柴田の心がわからなかったから。
- 267 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時37分52秒
- 「なんで、わかったって顔ね」
柴田は微笑を浮かべていた。
平家はわずかに頷く。
それを見た柴田は平家から視線を逸らした。
「だって、私も同じだったから」
「……」
「あの日ね。私、友達とあのバーで会う約束してたの。
それでね、私、あの日、告白しようと思ってたんだ。
ずっと好きだったって」
平家にとって初めて聞く話だった。
「……それで、すっぽかされたん?」
平家の言葉に、柴田は苦笑に近い微笑みで、首を振った。
「違うわ。私が電話したの。
用事ができて行けなくなったって」
「……なんでそんなこと」
「だって、告白したら、もう一緒にいられない。
あの人、婚約者がいたの。
でも、言わなかったら、ずっと友達として、
あの人といられるでしょ」
「……」
「だから。だから、わかったんだと思う。
貴方が、一緒に飲んでた人のことを
好きだって思ってることが」
- 268 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時39分29秒
- 「その人のこと…まだ、好きなん?」
平家の表情はわずかに曇っていた。
どうして、自分はこんなことを訊くのか、わからなかった。
柴田は微笑みのまま答えた。
「わからないわ」
「そう……」
「でも、私は、少なくとも貴女といるときは、
貴女のことしか考えてない。
それに、貴女のことを考えてる時間、
少しずつ増えてきてるわ」
柴田の言葉に、平家はどんな表情を浮かべていいかわからず、
困ったような表情になった。
「貴女は?」
「あたし?」
「そう。少しは……私といないときでも、
少しは私のこと考えてくれてる?」
「……」
- 269 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時40分53秒
- 平家はすぐに答えられなかった。
だが、彼女の手のネックレスを見たとき、
何かが心の中で形を作った。
今まで、まるで煙のように
掴みどころのなかった感情が、形になった。
何故、このネックレスを買ったのか。
前の自分なら、中澤の用事で動いているときに、自分のこと、
プライベートのことを考える余地などなかった。
なのに、このネックレスを見つけたとき、
柴田に似合うのでは、そんなことを考えた。
そして、喜んでくれるかもしれない、
買ってあげたい、そんなことも。
それがどういう感情から生まれてきたものなのかなど、
わざわざ考えるまでもない、明白なものだ。
なのに、今更ながらそんなことに気付いた自分に苦笑する。
- 270 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時42分19秒
- 「考えてるかもしれん……
ちゃうな、考えてるわ、けっこう」
平家の答えに、柴田は意外そう顔になる。
そんなことを言ってくれるなんて思っていなかったから。
「そうなんだ」
「もしかしたら、もっと考えるようになるかもしれん」
平家はそう言うと、立ち上がり
柴田の手からネックレスを受け取る。
そして、彼女の首につけてあげた。
「そうなったら、迷惑かな?」
「そんなわけないでしょ」
「そう……良かった」
平家はほっとした表情で、柴田の髪をそっと撫でた。
柴田はそんな平家の様子に戸惑う。
別にいつもいつもクールな表情しか
見たことがなかったわけではない。
だが、付き合っていても平家は、いつも心の片隅は
冷静さを解かない、そんな緊張感があった。
なのに、今の彼女は自分だけを見てくれている。
初めてそう感じた。
- 271 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時43分55秒
- 「いつか、私だけを考えてくれるようになるのかしら?」
「わからんけど……そうなるかもしれん。
柴田ちゃんは、どうなん?
あたしだけを見てくれるようになるん?」
平家の表情は真面目なものだった。
そんな彼女を見て、柴田は何故か急に
胸がドキドキする、そんな感覚を覚えた。
「……多分、いつか……」
声が掠れたかもしれない、だけど、
そんなことを考える余裕もなかった。
だが、平家はそんな柴田の様子に気付かず、
嬉しそうに笑っただけ。
「そうなん。なんか、嬉しいもんやね」
少し照れたように笑った平家。
柴田も、急に照れくさくなって、コーヒー淹れ直すね、
などとわざとらしく言って、キッチンに行ってしまった。
そんな彼女の後姿を見送ってから、
平家はまた椅子に座った。
テーブルに置いたままの紙袋がまた目に入る。
だが、不思議とさっきよりは穏やかな気分で
それを見ることができた。
- 272 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時46分32秒
- 「こういうの、どうなんやろ。
もしかしたら、あたしもけっこう、
気が多い人間なんやろうか」
半ば苦笑しながら、半ばかなり真剣に
そんなことを考えてしまう平家。
だが、いつも、それこそ、大阪にいたときからずっと
心の片隅にあった寂しさが急速に小さくなっていくのを感じる。
それはきっと自分のためにも、自分の側にいてくれる人、
中澤や柴田のためにも、いいことなのだとも思う。
「まあ、うかれないようにはせんと。
あたしらくしないやろうし」
そう苦笑しつつ呟いたとき、柴田が戻ってきた。
平家は穏やかに笑って彼女を迎える。
その表情は、柴田が今まで見た中で一番優しい笑顔だった。
- 273 名前:華山 投稿日:2003年07月03日(木)21時48分37秒
- 何が言いたいかよくわからない話になってしまいましたが、
平家さん番外編(私的には救済編←どこが?!)、終わりです。
次はやすいし……私的には甘くなったと思うのですが……
>読んでる人@ヤグヲタ さま
レスありがとうございます!
読んでくださって、本当にありがとうございました(^^)
なんか、慌ただしく番外編を始めてしまいましたが、
もう少し、このスレをよろしくお願いします!!
>263 さま
レスありがとうございます!
中澤さん……本当に丸くなってしまいました。
番外編では、矢口さんに頭の上がらない
彼女の姿が見れるかもしれません(^^;
これからも、よろしくお願いします!!
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月04日(金)00時12分37秒
- 平家さん、すごい真面目ですね(笑
少しずつ平家さんも変わってきて、柴ちゃんのおかげですかね?
やすいし楽しみにしてます!!
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月04日(金)09時49分31秒
- みんなどんどん丸くなってきますね〜
へーけさんがかっこいいっす!!
次のやすいしが楽しみでしょうがないですよ・・・
- 276 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時40分43秒
- 少し早めに仕事を終えた保田は、
心地よい疲れを感じながらアパートに帰ってきた。
中澤のもとで働いていたときに比べれば、
確実にしんどい仕事だったが、充実感を感じる毎日だった。
それはきっと、大切な人が側にいてくれるからだろう。
そんなことを考えて、自分で自分に
気恥ずかしさを感じながら、鍵を開け部屋に入る。
石川はまだ帰ってきていなかった。
中澤を刺した夜、保田は石川を連れて
特に行き先も決めず電車に飛び乗った。
最終の駅で降りると、石黒から受け取った小切手を換金し、
石川の身受け金のために作った借金を全て振込んだ。
それでも、多少の金額が残り、
小さなアパートを借りることができたのだった。
保田は惣菜の宅配の仕事、石川はスーパーのレジの仕事を見つけ、
質素だが、充実した毎日を過ごしていた。
いつしか、季節も変わり、暖かいというより、
暑さを感じるようになっている。
- 277 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時42分35秒
- 「そろそろ、服の入れ替えしないといけないかも」
汗をかいた服を着替え、保田はそんなことを呟く。
だが、石川に黙ってクローゼットの整理をしたら、
文句を言われるだろう。
石川は整理整頓、掃除の類がどうも得意ではないらしい。
そんなことも二人で暮らし始めてわかったことだが。
だから勝手に、物とか、服とかを動かすと途端にわからなくなると、
少し理不尽にも感じる苦情を言われたことがあるのだ。
そんなときの彼女もかわいい顔をしていたが。
そんなことを考え、つい口元が緩むのを感じる。
「まあ、いいか。
今度の休みにでも一緒にしよう」
保田はそう言って、クローゼットを閉めようとしたとき、
ふと目に入ったものがあった。
- 278 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時44分49秒
- 一着のジャケット。
安い、若者向けのデザインのもの。
苦笑しつつそれを手に取ったとき、玄関が開く音がした。
「ただいま〜
あ、保田さん、今日は早かったんですね」
スーパーの袋を手に帰ってきた石川は、笑顔でそう言った。
「おかえり。
今日は、いつもより、配達、一件少なかったから」
「そうなんですか。すぐ、ご飯作りますね」
「ああ、お願い」
「はい。
……あれ、どうしたんですか?」
袋をテーブルに置きながら、石川は
保田の手にあるジャケットに目を向ける。
保田は肩をすくめて言った。
「ん。ああ、クローゼットの整理をしようとしたらさ、
見つけたんだ。」
保田の言葉に、石川は少し頬を膨らませる。
「もう、私がいないときに
整理しちゃダメって言ったじゃないですか〜」
拗ねたようにそんなことを言う彼女に、保田は苦笑する。
「そう言うと思って、まだしてないよ」
「よかった。で、それ、どうしたんですか?」
「うん?なんか、懐かしくてさ」
- 279 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時46分04秒
- 保田はもう一度ジャケットを見つめる。
あの日、二人で逃げた日に買ったものだった。
中澤の血のついたコートを捨てた保田に
石川は自分のコートを貸すと言ったのだ。
だが、保田はそれを断った。身長とか体形とかの以前に、
とてもじゃないが、自分が着れるような
デザイン、カラーのものがあるとは思えなかったから。
それでも保田の体を気遣って、コートを出してこようとする石川に、
保田は妥協案として近くの店で買うと納得させたのだ。
だが、生憎石川の部屋の近くには、若者向けの安いショップしかなく、
時間的にも他になかったので、仕方なく保田はそこで
なるべくましなデザインのジャケットを買ったのだ。
そんなことを言い合っているような状況ではなかったはずなのに、
何故かそのときは二人とも真剣だった。
- 280 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時48分23秒
- 「……なんか、おかしかったですよね、あのときは」
石川も保田と同じことを思い出したのだろう、
苦笑に近い笑みを浮かべる。
「まあ、極限状態っていうのは、
ああいうものなのかもしれないね」
保田はそう言ってジャケットをしまい、クローゼットを閉める。
「そうなのかもしれませんね。
あ、保田さん、鮎買ってきましたけど、塩焼きにします?
それとも、ちょっと豪華に天ぷらもいいですね」
「え?もう、鮎出てるの?高かったんじゃないの?」
「魚コーナーで、残ったのなんです。
だから、魚担当のおじさんが安い値札に変えてくれて」
石川の言葉に保田は少し面白くなさそうな表情になる。
石川の話でよく出てくる人物だったから。
どうも聞いていると、石川のことを気に入っているらしい。
保田としては心穏やかではいられなかった。
- 281 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時50分59秒
- 「ふ〜ん。良かったね」
そんな保田に気付き、石川はにっこりと笑う
「大丈夫ですよ。
おじさんには、もうお孫さんもいるんですから。
いつも、お孫さんのお話を楽しそうに
聞かせてくれるんですから」
「……そう。別に、気にしてないよ」
明らかに面白くなさそうな顔でそんなことを言う保田の頬に、
石川は両手で挟むように触れる。
「もう。そんな顔しないでください。
大丈夫、私は保田さんしか見てませんよ」
「そんなこと……」
「でも、嬉しいです。
保田さんが、妬いてくれるなんて」
石川はそう言うと、少し背伸びをして保田の頬にキスをした。
突然の行動に保田が反応する前に、
石川はいたずらっぽく笑って彼女から離れる。
保田は一瞬残念そうな表情になり、それを慌てて引き締める。
- 282 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時52分47秒
- 「別に、妬いてなんか……」
保田はそんなことをブツブツと呟くが、
石川は笑って聞き流していた。
「そうそう、どっちにします?」
笑顔でそう訊く石川に、保田は諦めたように肩をすくめる。
「塩焼きの方がいいかな」
「じゃあ、天ぷらにしようかな〜」
冗談ぽくそんなことを言う石川。
「おい!なんだよ、それ」
「冗談ですよ。わかりました。
ちょっと待っててくださいね」
すましたような顔でそんなことを言う彼女に、
保田は苦笑いを浮かべながら言った。
「手伝おうか?」
「いいですよ。座っててください。
…あ、でも、クローゼットの整理はしないでくださいね」
石川の言葉に、保田は笑って応える。
「わかったわかった。今度一緒にしよ」
「はい。でも、早くしないともう暑いですよね」
そう言って石川はキッチンの前に立つ。
- 283 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時55分11秒
- ちょっとだけ音程のずれた鼻歌を唄いながら
料理を始めた石川の後姿を、保田は穏やかな表情で見つめる。
あの日、中澤を刺してしまったあの日以前の自分では
考えられない穏やかな日々。
あまりに変わってしまった自分の生活に時々、
言いようのない不安を感じるときも確かにある。
だが、なんでもない会話で、なんでもない光景で、
それは不思議と消えていく。
これが幸せというものなのだろうか。
そんなことを考えてしまう自分に苦笑してしまうが、
それでも、幸せだと思う気持ちの方が強くて……
「ずっと一緒にいれるよね」
小さくそう呟く保田。
もちろん、石川には聞こえない小さな声。
だけど、楽しそうに唄いながら料理をしている彼女の後姿が
それに応えてくれているように見えて、保田は小さく笑った。
いつか、ちゃんと伝えてあげないと。だけど、なかなかね……
そう心の中で呟きながら、保田は石川を見つめていた。
- 284 名前:華山 投稿日:2003年07月05日(土)07時56分48秒
- 短いですが、やすいしでした。
なんか、ほのぼのと終わってしまいました。
でも、私的には、いい雰囲気だと思うのですが……(自信無し(−−;)
>274 さま
レスありがとうございます!
平家さんも変わってきました。
本編最後の方はちょっとカッコ良すぎたかなと、思っていたところなので、
作者的には、こんな感じの方が落ち着いて書けたりします……
これからも、よろしくお願いします!!
>275 さま
レスありがとうございます!
中澤さんも、平家さんも丸くなってきました。
これから、どんどん弱いというか、ヘタレっぽくなってしまいそうで、
作者的にはちょっと不安だったりもしますが……
これからも、よろしくお願いします!!
- 285 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月05日(土)12時25分51秒
- 保石すごいほのぼのしてますね(笑
二人とも幸せそーでよかったです。
しかし、保田さんまで丸くなってる…(笑
- 286 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月06日(日)10時42分31秒
- みんな幸せそうでよかですよ〜
それぞれの道を歩いてるんですね〜
やすいしばんざいです
- 287 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時02分30秒
- ある日の夜中、中澤はこっそりと家に戻ってきた。
時計はとっくに日付が変わったことを示している。
一応、夕食はいらないと連絡はしておいたが、
ここまで遅くなるとは言ってなかった。
もう寝ていてくれればいいのだが。
中澤はそんなことを考えながら玄関を開けたのだが、
その期待はあっさりと破られた。
矢口はリビングで中澤の帰りを待っていた。
にっこりと笑っておかえりと言ってくれるが、
その目は決して笑っていない。
内心で冷や汗をかきながらも、中澤は笑顔を作って言った。
「ただいま……遅くまで起きてるんやな。
明日、たしか、一限からと違ったん?」
中澤の言葉に矢口は笑いながら、でも目は笑わずに、答えた。
「うん。裕ちゃん、待ってたの」
「そ、そうか、ありがとな」
中澤はそう言いながらキッチンに逃げようとした。
だが、矢口はそれを止める。
- 288 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時04分11秒
- 「裕ちゃん」
固く、少し冷えた感じのする声。
振り返らなくても、どんな表情を浮かべているかわかる。
そんなことを思いつつ、中澤はゆっくりと矢口の方を振り返った。
真剣な、だけど、少し寂しげな顔。
中澤は動揺しつつ、それを表に出さないように言った。
「……なんや?」
「どこ、行ってたの?」
椅子から立ち上がり、中澤の方に近付きながら矢口は訊く。
中澤はさらに動揺してしまった。
「あ、ああ、取引先の人とな、その、食事に」
「……そんなきつい香水つけた人がいるレストランなんてあるの?」
中澤のスーツの上着の端をつかみながら矢口は言った。
「いや、それはな、今はな、ヤクザの世界にも、
ふつ〜に接待ちゅうのがあってな……」
「そう」
矢口は寂しげにそう言うと、つかんでいた中澤の上着から手を離した。
そんな彼女の哀しそうな表情に、中澤は内心で、
その顔は反則やろ、と泣きそうになる。
- 289 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時06分03秒
- 「最近、また、遅いよね。裕ちゃん」
「いや、それは、ほんとに仕事でな。
そうや、平家に聞いてや。
最近は、真面目に家と事務所の往復してるって」
「……最近ね……」
「いや、だから」
中澤ははっきりと慌てた表情を表に出しながら、
必死で言い訳をする。
矢口は少し大きめな溜息をついて言った。
「いいんだけどね。
ヤグチも最近、大学の方が忙しくて、帰ってくるの遅いし、
朝も早く出ていくから……裕ちゃんが怒っても仕方ないし。
それで、遅くまで飲んで帰ってきても、
ヤグチは、何も言えないもんね」
寂しそうにそう言うと、中澤に背を向け、少し俯く。
それを見た中澤はこれ以上ないくらい慌てて
後から矢口の肩をそっと抱きしめ、必死で言った。
「いや、そんなことないよ。ああ、ウチが悪かった。
な、許して。これからは、ちゃんと帰ってくるし……
ああ、そうや、次の日曜、一緒にどっか行こうか?
休めそうやし。な、だから……」
- 290 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時07分48秒
- 中澤の言葉に、矢口はさっきまでの哀しげな態度を
180度転換させたように勢いよく振り向いた。
その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「ほんと?じゃあ、買い物、付き合って!
ヤグチね、欲しいものあるの。
それに、買い置き少なくなってきてたから、
買出しに行きたいんだ。
裕ちゃん、車出して!」
突然の変化に中澤は一瞬呆気に取られ、
続いてがくっと肩を落とした。
そして、両手で矢口の両頬を挟むように掴む。
「コラッ!だましたな、ヤグチ」
「ベーっだ!騙されたのが悪いんだよ〜
約束だからね」
矢口はいたずらっぽく笑いながらそう言うと、
中澤の手からすり抜ける。
怒った表情を作っていた中澤だったが、
その笑顔を見るとついつい口元が緩んでしまう。
そして、そんな自分に気付くとそれ以上怒ったふりもできず、
軽く肩をすくめて言った。
- 291 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時09分31秒
- 「わかった。約束な。
ついでに、久しぶりに食事にでも行こうか」
「ほんと?」
「ああ、ええよ。
そうやな、ヤグチの好きな焼肉でも行くか」
「え、いいの?」
「ええよ。でも、肉焼くのは、ヤグチがしてな」
「うん!あ、でも、飲みすぎちゃだめだよ」
「わかったわかった」
中澤は苦笑いを浮かべながらそう答える。
矢口は嬉しそうに笑いながら言った。
「やった〜あ、裕ちゃん、なんか食べる?
どうせ、飲みに行って、
ちゃんと食べてこなかったんでしょ?」
「うっ、ま、まあな」
「じゃあ、簡単になんか作るね」
「ええんか?明日早いんとちゃうん」
「いいよ。誰かさんと違って、ヤグチ、まだ若いんだから〜」
- 292 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時11分01秒
- 矢口のからかうような言葉に、中澤は怒ったふりをして
軽く彼女の首に腕を回し、締める真似をする。
「こらっ、なんやて?」
「ふ〜んだ。あ、あとさ、
今日、裕ちゃんの部屋で寝ていい?」
「え?」
矢口の言葉に一瞬中澤は動きを止める。
「……え〜と、ええけど。
明日、早いんとちゃうん?」
わずかに動揺しながらそんなことを言う中澤の手を、
矢口は軽く叩く。
「もう!一緒に寝るだけ!
何考えてるの?」
「え〜そんな〜」
「ダメ!こんなに遅くなったバツだからね!」
矢口はそう言うと、また中澤の腕をすり抜けて
キッチンに入っていった。
- 293 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時12分42秒
- それはないでしょう、ヤグチさん……
そんなことをぼやきながら中澤はダイニングの椅子に座った。
は〜ビールでも飲みたいな。
でも、そんなこと言ったら余計に怒られるやろうな。
そんなことをうだうだと考えていると、
キッチンから矢口の声がした。
「あ、裕ちゃん、雑炊食べる?」
「は?なんでや」
「大学のね、山口から来てる友達がくれたの。
ふぐ雑炊のもとっていうのを」
「ふ〜ん。そんなんあるんや。
ええよ。食べる」
「良かった〜ヤグチも食べたかったんだ。
すぐ作るね」
- 294 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時14分55秒
- 自分が食べたかったんかい、内心でそう突っ込みながら、
中澤はそんな自分にふと苦笑する。
以前の自分とはあまりに違う自分。
束縛や嫉妬というものを何より嫌っていたのに、
何故かこの小さな彼女に対するときは、
それがむしろ嬉しく感じる。
今までも、真剣に想った娘がいなかったわけではない。
大切にしたいと心から想った人もいた。
だけど、その誰とも違う。
守ってあげたい、大切にしたい、だが、それだけではない。
一緒に、自分も一緒に幸せになりたい。
一緒に人生を過ごしたい。
そう想えたのはこの子だけだ。
だから、この子を悲しませたくない。
そう思う自分がいるから、この子に対するとき
どうしても弱くなってしまうのだろうか。
- 295 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時16分29秒
- 「ま、妬いてくれてるヤグチの顔もかわいいから、
ついつい、それを見たくてな……」
とてもじゃないが、矢口の前では言えないことを呟く中澤。
半分は言い訳だが、半分はけっこう本気かもしれん。
中澤はそんなことを考えながら苦笑する。
するとまたキッチンから矢口の声がした。
聞かれた?!一瞬、中澤は慌てるが、
矢口はまったく違うことを言った。
「あ、裕ちゃん、ビール飲んじゃダメだからね」
矢口の言葉に中澤は苦笑いのまま肩をすくめる。
- 296 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時20分03秒
- けっこう読まれてるな、ウチ。
でも、ビールくらいは、自由に飲ませてほしい……
そんなことを思いつつ、中澤はからかうような口調で応えた。
「わかっとる、わかっとる。
せっかく、ヤグチと一緒に寝れるのに、
酔っ払ったらもったいないやん」
「何言ってるの!
そんなんじゃないって言ったでしょ」
怒ったような矢口の口調。
だが、その顔が赤くなっていることは容易に想像がつく。
これはこのあと、けっこういけるかもしれん。
そんな不純なことを考える中澤。
こんなのだから、最近平家に浮かれすぎだと小言を言われるんやで、
理性の部分がそう呆れたように呟くが、そんな声は無視する。
そして、中澤は矢口が戻ってくるまでに口元が緩みそうになる表情を
どう引き締めるか、そんなことを考えていたのだった。
- 297 名前:華山 投稿日:2003年07月06日(日)22時24分01秒
- やぐちゅーでした。
カッコいい中澤さんはどこかに消えてしまいました……(−−;
かなり余ってしまったこのスレですが、ちゃんと消化します!
間が空いてしまうと思いますが、もしよろしければ、お待ちください。
お願いいたしますm(__)m
>285 さま
レスありがとうございます!
ようやく、ほのぼの路線を書くことができました。
本編でいじめぬいてしまった保田さんを、
幸せにしてあげられました(^^;
これからもこのスレをよろしくお願いします!
>286 さま
レスありがとございます!
やすいし、楽しんでいただけましたか?
なんとか、みんな幸せにとがんばってみました。
本当は、石黒さんの話も書きたかったのですが、
思いつきませんでした(^^;
これからもこのスレをよろしくお願いします!
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月07日(月)22時10分28秒
- 姐さん弱!!やぐっちゃん強!!(笑
いつなまにやらこんなに立場逆転してしまって……
でも、ヘタレな姐さんも好きですが(笑
- 299 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時41分14秒
- 第4部というか、続編というか、主要人物を変えて続きを書きたいと思います。
しばらくは説明文みたいに淡々と続いていきますが、
よろしければ、どうかもう少しお付き合いください。お願いしますm(__)m
>298 さま
レスありがとございます!
中澤さん、弱いです。でも、好きな人に頭が上がらない
って感じのキャラが好きなんです(^^;
ヘタレな感じの中澤さんが、大好きです。
これからもよろしくお願いします!
- 300 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時43分26秒
- 高級ホテルの一階に、無意味とも思えるほどの
広いスペースを使い、作られた喫茶店。
ゆったりとしたそのつくりと、高級感漂う雰囲気のためか、
平日の今日は、ほとんど客がいない。
数組のビジネスマン風の男性たちが
商談らしいことをしている光景が見える。
その一角で中澤はぼんやりとタバコの煙をくゆらせていた。
「娘さんか……」
そんなことを呟きながら外の景色を見つめる。
一週間前、あの人から頼まれた人、
いやまだ子と言ってもいいかもしれない、
と今日初めて会う約束をしていた。
いや、一方的に呼び出したと言えるのだが。
まだ、約束の時間には早い。
中澤は冷め始めたコーヒーを前に、
ぼんやりと一週間前のことを思い出していた。
- 301 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時45分06秒
- 三月の始め、河内組では幹部が集まり会合が行われた。
長年抗争を続けている組織との競争が激化し、
しかも少々劣勢が報告されている。
河内としては穏やかならない状況で、
それを打破するための対策会合だった。
だが、中澤は直接その組織との関わりはなく、
参加はしていたが発言する機会もないまま、それは終わった。
石黒もそれは同じだったらしく、終わるとさっさと帰っていった。
河内の屋敷で行われた会合で、その後酒席が用意されていたのだが、
さすがに中澤と長く顔を合わせる気にはなれなかったのだろう。
もっとも、中澤が出席する会合に
顔を出しただけでも、かなりの勇気だろう。
石黒が平然と挨拶をしてきたとき、その度胸のよさに中澤の方が
苦笑してしまったくらいだ。
中澤も積極的に宴席に出る気はなかったのだが、
帰っても矢口は友人と食事に行っており、
誰もいないと思うと帰る気にもなれず、
回りに勧められるまま数献、杯を傾けていた。
- 302 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時47分27秒
- 宴が半ばに至り、そろそろ無礼講といった雰囲気に
なってきたとき、中澤は一人の女性に声をかけられた。
中澤はその女性に見覚えがなかった。
「裕子様、奥様がお会いしたいと
おっしゃっているのですが」
裕子様という呼び方に中澤は苦笑するが、
奥様と聞き首を傾げる。
この屋敷で奥様と呼ばれる女性は
河内の正妻のことだろう。
それはわかるのだが、何故自分を
呼び出すのかがわからなかった。
中澤は河内の妻とほとんど顔を合わせることはない。
会う意味もないし、中澤としても
どんな顔をして会えばいいかわからない
というのが正直な思いだ。
だが、こう、直接に呼ばれたからには、行くべきだろうか。
一応、自分の父の正妻なのだから。
「わかりました」
中澤はそう応えると、その女性について宴席を抜け出した。
- 303 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時50分46秒
- 河内の妻は良子といい、地方銀行の頭取の一人娘だった。
まだ中堅クラスだった河内がその経済力をバックにつけるべく、
かなり露骨な手段を使って結婚にこぎつけた。
中澤が生まれてすぐの頃だ。
だが、その後の不況、銀行の統合合併が相次ぐ中で、
彼女の父が頭取をつとめていた銀行は大手に吸収合併され、
実質的に全ての力を失った。
その頃にはもう河内は幹部としての地位を固めており、
彼女の実家をバックにする必要もなくなっていた。
そのため、彼女は河内からも組からも冷淡に扱われるようになり、
河内は次々と妾をつくっていったのだ。
そう思うと同情する余地もあるのだが、中澤としては
どうしても好意を抱くことができない。
もちろん、彼女に子どもができなかったから、
自分が今ここにいるという恨みもある。
- 304 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時51分58秒
- だが、それ以上に、良子が陰に追いやられたことを
理不尽に感じる様子もなく、唯々としてその境遇を
受け入れていることがうっとおしいとさえ感じるのだ。
そこから逃げるわけでもなく、這い上がろうとするわけでもなく、
ただ黙って耐えている。
中澤も確かに自分の意志とは関係なく河内組に組み込まれた。
それは半ば脅しだったのだが。
だが、中澤はその中で戦った。
そして頭角を上げ、今の地位を手に入れた。
良子はそれをしない。
そんな姿が中澤には理解できないのだ。
- 305 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時53分19秒
- 良子の部屋に通された中澤は、深々と自分に頭を下げる彼女に
黙って肩をすくめただけだった。
そして、勧められるままソファーに座る。
テーブルの上に、一箱のタバコが置かれていた。
中澤の吸う、いや吸っていた銘柄。
隣にはブランド物のライターとガラスの灰皿が並んでいる。
良子がまずそれを勧めたが、中澤は苦笑してそれを一旦断った。
「あら、この銘柄ではありませんでしたか?」
「最近はあまり吸っていません。
同居している子が嫌いますので」
中澤はそう言ってから、まっすぐ彼女の顔を見る。
良子の方はそれに圧されたように、さり気なく視線を下げた。
- 306 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時55分09秒
- 「お久しぶりです。何か私に御用でしょうか」
中澤の声はお世辞にも優しいものではなかった。
むしろ冷たささえ感じる。
だが、良子はそれに気を悪くするふうでもなく淡々と言った。
「お久しぶりです、裕子さん。
お忙しいところを申し訳ありません」
また深く頭を下げる良子。
中澤は居心地の悪さを感じる。
「いえ。お気になさらないでください」
「今日、お呼びしたのは、
貴女にお願いしたいことがあるのです」
「お願い?」
中澤はわずかに眉を寄せる。
こんなことを言われたのは初めてだったから。
「はい。実は、ある女の子を預かってほしいのです。
貴女の事務所で」
「女の子?」
「はい。私の……娘です」
良子の口調は淡々としていた。
だが、その言葉は中澤を驚かせるに充分なものだった。
- 307 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)22時57分40秒
- 「貴女の娘?どういうことです」
「驚かれるのも無理もありませんが、私には娘がおります。
河内の子ではありませんが」
「……」
「今から20年ほど前、河内は3年ほど名古屋で
組の支部長をつとめたことがありました。
そのときに私は……」
「浮気をして、子ども、娘ですかをつくったと」
中澤の声は冷たい。良子は無言で頷いた。
「何故、そのときに父と別れなかったのですか。
そんなに、ヤクザの幹部の男の妻の座は
座り心地がよかったのですか?」
中澤のあまりに冷たい言葉に良子は俯く。
しばらく沈黙が部屋を支配した。
中澤はその空気の重さを誤魔化すかのように、
タバコに手を伸ばす。
良子はそれに火をつけながら口を開いた。
「……娘が生まれたとき、私はそれを隠すために
半年ほど病気療養と言って実家に戻っておりました。
そして、そのころ、私の実家の銀行が吸収合併……
実質的には倒産でした。
父は全てを失い路頭に迷ってもおかしくない立場になったのです。
そのときに、手を差し伸べてくれた大手の銀行は、
組と大きな取引がある銀行だったのです」
- 308 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)23時01分18秒
- 良子の声は弱々しかった。
中澤はわずかに表情を曇らせる。
自分の発言があまりに無神経だったと悔やまれたから。
そんな事情があるとは知らなかった。
吸収合併の形で、名目だけでも実家の名前を守るためには、
組との繋がりが必要だった。
そのために、この人は河内と別れることができなかったのか。
「そうだったんですか。娘さんがいることはわかりました。
でも、何故、私に?」
「娘は父親が引き取りました。
でも、あの人は今はおりません。
ギャンブルにのめりこみ、あまり評判の良くない
消費者金融に多額の借金を抱えて、病気で亡くなりました。
3年前のことです。
私は、私の少ない蓄えの中から、毎月それを返済して、
なんとか娘が高校を卒業するまでは、
娘に取り立てが来ないようにお願いしました。
でも、娘はこの春、高校を卒業しました。
ですから、あの子にもとにも取り立てが。
それを守ってあげたいのです。
借金はなんとか、私が返します。
ですから、それまで、娘を守ってほしいのです。
組に入れば、取り立てもなかなか手を出せないはずです。
お願いします」
- 309 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)23時02分39秒
- 良子は手をつかんばかりに頭を下げた。
中澤は困惑するしかない。
たしかに、自分の事務所で働いていて、定期的にきちんと
返金をしている人間に取り立てが及ぶような真似はさせない。
しかし、何故それを自分に頼むのだ。
しかも、父親が一方的に悪い、自業自得ではないか。
だが、中澤は突っぱねることができなかった。
親の借金のせいで子どもが犠牲になるのは果たして
自業自得という言葉だけで納まるものなのか。
そう、自分の大切な人も、同じ境遇だったではないか。
自分はそれを助けたと思っていた。
だが、借金を肩代わりしたという事実でさえ、あの子を苦しめていた。
ずっとあの子に辛い想いをさせていた。
それを思うと、中澤は突き放すことができなかった。
- 310 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)23時04分27秒
- 「……わかりました、と言うわけにはいきません。
ですが、貴女のお気持ちもわかります。
とりあえず、会うだけは会ってみましょう。
そして、その後のことは本人に任せます」
「…………お願いします」
「その娘さんは、貴女のことを知っているのですか?」
「知りません。あの子に会ったのは3歳のときが最後です。
河内が東京に戻ってきてからは、
ほとんど会えなくなりましたから……」
沈痛な面持ちで良子は言った。
中澤はどう応えていいかわからず、無表情のままだった。
これ以上、こんな雰囲気にいることが耐えられないな、
そう思い、中澤はタバコの火を消して立ち上がる。
良子はもう一度深く頭を下げた。
中澤は居心地の悪さを感じながら、部屋を出ようとした。
だが、肝心なことを訊くのを忘れていたことに気付き、
振り返ることなく尋ねた。
「娘さんの名前は?」
「美貴です。藤本美貴」
- 311 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)23時06分55秒
- ぼんやりと考えごとをしていて、手にしたタバコの灰が
ほとんど落ちそうになっていることに気付き、
中澤は慌てて灰皿にそれを落とす。
「藤本美貴。どんな子なんやろう」
もう一本、タバコに火をつけようとしたとき中澤は、
聞き覚えのない声を聞いた。
「すいません。私、タバコ、嫌いなんです」
その声に、中澤は振り返る。そこには一人の女の子が立っていた。
この子が藤本だろうか、そう考える中澤の前に
彼女はためらいもなく立った。
「中澤裕子さんですよね。藤本です」
まっすぐに自分を見つめる強い瞳に、中澤は内心で苦笑する。
あのおどおどした母親からどうやったら
こんな気の強そうな子が生まれるのだろう。
だが、面白そうな子だ。
中澤は一目で藤本に興味を持った。
この子なら、役に立つかもしれない。
もっとも、こんな気の強そうな子は恋愛相手にはごめんやけど。
中澤はそんなことを考えながら、頷いたのだった。
- 312 名前:華山 投稿日:2003年07月12日(土)23時07分42秒
- 今日はここまでです。
当分説明文っぽいです。すいませんm(__)m
- 313 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)17時00分51秒
- どんどん色々な人出てきますね〜
今度は藤本さんですか……何かトラブルを起こしそうな感じが…(笑
どう話が展開していくのか楽しみです。
- 314 名前:華山 投稿日:2003年07月18日(金)17時52分44秒
- 中澤は藤本に椅子を勧めると、コーヒーを頼む。
その間、藤本は何も言わずじっと中澤の顔を見つめていた。
いや、半ば睨んでいたと言ってもいい。
だが、それも無理はない。
中澤と会うのは初めてであり、
しかも、何の説明もなくただ電話で呼び出されたのだ。
何故自分がこの見知らぬ人に呼び出されないといけないのか。
最初は無視しようとした。
だが、何故か来てしまった。
電話の声に、からかいや悪意を感じなかったからかもしれない。
ただ、ヒマを潰すためだったかもしれない。
それは自分でもわからなかった。
- 315 名前:華山 投稿日:2003年07月18日(金)17時54分07秒
- 特に言葉を交わさないまま、藤本の前にコーヒーが運ばれる。
ウェイターが去った後、ようやく中澤が口を開いた。
「今日は来てもらったんは、
あんたにとって大事な話があったからや」
中澤はわざと威圧的な口調で言った。
藤本は内心はともかく、表面上は変わった様子を見せない。
思った通り、気の強そうな子や、
中澤は内心でそう苦笑すると言葉を続けた。
「ウチの名前は中澤裕子。
河内商社っていう会社で、一つのセクションを担当しとる。
そのセクションに、あんたを招きたいと思ってるんや」
藤本は突然の申し出に戸惑う様子を見せた。
彼女はこの春高校を卒業し、規模は小さいが
業界からは注目されているIT関連の会社に就職も決まっている。
それなのに、突然この人は何を言い出すのだ。
藤本ははっきりと不審そうな顔で中澤を見た。
- 316 名前:華山 投稿日:2003年07月18日(金)17時55分30秒
- 「あんた、借金があるな。
それもかなりの額の」
「……」
不審そうな表情が厳しいものへと変わる。
父親の残した借金。
それの取り立ては、金融会社の方から、高校を卒業するまで
待ってくれるという約束をもらい、今までは払うことがなかった。
それは実の彼女の母である良子の手配だが、
藤本はそんな事情は知らない。
だが、高校を卒業し、就職も決まった今、その借金は
現実の問題として藤本の目の前に突きつけられている。
もちろん、働いて返すつもりだが、
その目途は正直立てられていない。
それだけ、多額の借金だったから。
「しかも、かなりあくどい業者から借りてるな。
利子だけでもあんたの就職する会社の給料なんか
飛んでいくんやないか」
「……貴女には関係ないでしょう」
自分の不安を読まれたかのような中澤のセリフに、藤本は反発した。
- 317 名前:華山 投稿日:2003年07月18日(金)17時59分37秒
- だが、中澤は意に介する様子も見せず、
冷めたコーヒーに口をつける。
「関係はある」
「どうして!」
「あんたの借金取り立ての権利を
ウチのセクションが譲り受けたからや」
そう言うと中澤はまっすぐに藤本の顔を見る。
その視線に藤本は一瞬ひるんだ。
「……どうして…ですか」
なんとかそう言った藤本だったが、
中澤の方はむしろ穏やかな口調で応えた。
「その業者にな、今度、手入れが入るんや。
その前に、大口だけは身内で振り分けをするんや。
犠牲を最小限にするために」
「身内?……手入れって……」
普通に生活をしている人には全くわからない世界。
藤本は戸惑うしかない。
- 318 名前:華山 投稿日:2003年07月18日(金)18時01分29秒
- 「その業者はな、うちの商社…
いや、言葉取り繕ってもしゃあないな。
うちの組の収入源の一つや。
警察に目をつけられたって情報が入ったから、
こっちもけっこう焦ってるんや。
最近は、ヤミ金融に対してマスコミがうるさいからな」
中澤の口調はあくまで穏やかだった。
だが、そこに含まれている迫力に藤本はひるむ。
組、ヤミ金融……この人は暴力団、ヤクザなのか。
自分の置かれた立場というものが、自分の思っていたよりも
はるかに悪いものだということを初めて知った。
藤本はしばらく言葉を失うしかなかった。
- 319 名前:華山 投稿日:2003年07月18日(金)18時08分27秒
- 中澤は戸惑う藤本を前に、まあ無理もないなと
内心で肩をすくめる思いだった。
良子と会った次の日、中澤はすぐ藤本について調査をした。
そして、その借金をしている業者が組の傘下のものであるとわかったとき、
すぐにその取り立ての権利を買取った。
そこまでするつもりは本当はなかった。
だが、あの日、帰って矢口ととりとめのない話をしているうちに
何故か気になり、だんだん同情する気持ちが生まれてきたからだ。
矢口とあまり変わらない若さで、母親に捨てられた子が、
父親の借金に苦しめられる。
そう思うと、見離すことができなかったのだ。
だが、あからさまな同情はかえって逆効果だろう。
だから、とりあえず借金の方を自分の手元に引き込むことで、
藤本を守ることにした。
そして、もし、藤本が見込みがありそうなら、
良子の申し出通り自分の下で使おう。
そう考えたのだ。
そして、今初めて藤本を見て、中澤は見込みがあると感じた。
まあ、こんなやり方で働かされることになるのだから、
かなり反発されるだろうが。
そういう人間を使いこなすのも一興だろう。
中澤は口元だけで微かに笑いながら、藤本を見つめていた。
- 320 名前:華山 投稿日:2003年07月18日(金)18時09分52秒
- 今日はここまでです。
どんな話になるんだろう……
>313 さま
レスありがとうございます!
いろんな人出しすぎました……はい(^^;
出しすぎて、中澤さんの浮気相手のキャラがいなくなってたりして……
藤本さん、これからどう動いていくのか、お楽しみに。
これからもよろしくお願いします!
- 321 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時11分28秒
- 藤本と会った次の日、中澤は事務所で平家にそのことを話した。
藤本はとりあえず、少し考えさせてほしいと言って帰っていった。
全てを聞いたとき、平家は一瞬呆然とし、
そのあと、大きく溜息をついた。
そして、つかみかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「あのですね!他に方法はなかったんですか?!
もっと、穏便な上手い方法、いくらでもあるでしょう。
どうして、よりによってそんなリスクのある、強引なやり方で。
ほとんど脅しやないですか」
平家の剣幕に、中澤はちょっと困ったように言った。
「いや、でも、他にいい方法なかったんやって。
良子さんのこと話すわけにはいかんかったし……」
「だからって!」
「だって、他に思いつかなかったんやもん…………」
- 322 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時12分56秒
- 語尾が消えそうな中澤の声に、平家はがっくりと肩を落とした。
そうだ、この人は意外と自分から仕掛けるということは苦手だった。
相手の出方に応変に対応し、反撃する。
格闘技で言えば相手の力を利用して相手を投げる柔道。
ボクシングで言えば、カウンタータイプだった。
「……どうして、あたしに相談しなかったんですか」
呆れて少し冷たい口調に、中澤は少し慌てたように言った。
「いや、だって、みっちゃん、最近忙しいし……」
中澤の言葉は本当のことだ。
保田が抜けた後、実際、現場に立って指揮できる人間が
減ったため、平家がそれを埋めることが多くなった。
そのため、常に中澤の側にいるというわけには
いかなくなっているのだ。
「それくらいのことを考えるくらいはできるでしょう。
まったく……」
平家はぶつぶつとそう呟きながら、呆れた表情を崩さない。
- 323 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時14分20秒
- 中澤はなだめるように言った。
「ま、まあ、もう終わったことやし。
それに、どっちにしろ、圭が抜けて人、足りんかったやん。
その補充ってことでな」
「……何をさせるんですか、その若い子に」
「ウチの秘書してもらうわ」
中澤の言葉に、平家は呆れていた表情を曇らせる。
中澤の秘書という立場は自分のものではないのか。
ずっと、この人の側にいて、一番彼女のことを理解している。
平家はそう自負していた。
それなのに、いきなり入ってきた人間に
それを取られるなんて考えてもいなかった。
いくら社長の奥さんの頼みだからといって……
平家は釈然としない思いを表情に出さないために、
数瞬の時間が必要だった。
- 324 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時15分28秒
- 「秘書ですか」
「そうや。なかなか見所のありそうな子やからな。
ちょっと鍛えてみたくてな。
それに、外回り、圭織だけやったら、
どうもやっぱりうまくいかんわ。
村田も完全に任せるまではもうちょっと場数が必要やからな。
みっちゃんにも現場、回ってもらいたいんや。ダメか?」
中澤の口調は真剣なものになっていた。
平家は内心で溜息をつく。
そんな風に言われたら自分には断ることなどできない。
それをわかってこの人は言っているのだろうか。
「……まあ、それが姐さんの考えやったら、いいですけどね。
確かに保田が抜けたのは、大きかったですから」
複雑な思いを込めて平家は言った。
中澤はそんな思いを知ってか知らずか、無言で頷くだけだった。
- 325 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時16分28秒
- 二人の間に、少し固い雰囲気が流れた。
滅多にないことだ。
こんなとき、いつもなら平家の方が折れるのだが、
今日の彼女はなかなかそんな気になれない。
中澤もそんな平家の様子を見てわずかに困惑を浮かべる。
だが、平家はそれに気付かないかのように、
いつもの冷静な口調でこの日の業務報告をすませ
部屋を出ようとする。
中澤は少し慌てて声をかけた。
「なあ、みっちゃん」
「なんですか?」
冷静な口調で平家は振り返ったが、中澤としても
特に用事があって声をかけたわけではない。
だが、このまま固い雰囲気で終わりたくはなかった。
- 326 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時17分29秒
- とにかく話題のきっかけを、そう思って平家を見たとき、
ふと気付いたものがあった。
「……なあ、そのネックレス、どうしたん?
みっちゃん、そのブランド持ってなかったと思うんやけど」
中澤の言葉に平家は思わず首に手をやった。
そして、わずかに困惑する。
確かにこのブランドのものは買ったことがない。
中澤に頼まれた矢口の指輪、そして、自分の彼女である柴田に
買ってあげたネックレスと同じブランド。
一緒のデザインではないが、柴田からお返しにともらったものだ。
いつもいつも着けているわけではないが、今日は仕事の後、
柴田と会う約束をしていたので着けてきた。
だが、今まで着けていたことを忘れていた。
- 327 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時18分51秒
- そのネックレスを指摘され、平家は一瞬で平静を取り戻した。
ああ、まだ自分は捕われているのだ、この人に。
柴田のことを大切に想う気持ちが強くなってきたのに、
まだ、こんな些細なことで気持ちを引き戻されてしまう。
ただの嫉妬ではないか、自分の感情は。
そう思うと恥ずかしさがこみ上げてくる。
高校を卒業したばかりの若い子に、会ったこともない子に、
自分は何をしているのだ。
まだまだ自分も未熟だ。
そう思うと思わず苦笑がもれた。
「まあ、自分で買ったものではないことは確かですね」
肩をすくめながらそんなことを言う平家に、
中澤は興味を引かれる表情になる。
そんな彼女を見て平家は笑った。
自分もまだまだ未熟な人間だが、
この人も相変わらず子どもっぽいところがあるな。
そんなことを考えながら、平家は話題をごまかし部屋を出ようとした。
- 328 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時20分17秒
- 「なあ、みっちゃん。ウチはみっちゃんをいっつも頼りにしてるよ。
みっちゃんがいてくれんと、ウチは……」
独り言のような中澤の言葉。
平家は彼女に背を向けたまま笑みをこぼす。
まったく、この人は。
自分の気持ちをわかって言っているのではないかと疑いたくなる。
まあ、わかってない方がタチが悪いのかもしれないが。
「わかってますよ。
姐さんは、わたしがいないと、何もできませんからね」
すましたようにそんなことを言う平家に、
中澤は肩をすくめながら笑った。
平家もつられるように笑いかけたが、不意に真面目な表情になった。
「ところで、手はまだ出してないでしょうね、その藤本さんに」
「……な、わけないやろ!」
一瞬の間の後、中澤は思わず叫んだ。
それを見て平家は可笑しそうに笑って部屋を出ていった。
中澤は少々情けなさそうな表情で大きく息を吐いたあと、
苦笑いを浮かべた。
その笑みの中には安堵の要素が多分に含まれていた。
- 329 名前:華山 投稿日:2003年07月24日(木)06時23分19秒
- 今日はここまでです。
藤本さんのお相手はいつになったら出てくるんだろう……
- 330 名前:名無しちゃん。 投稿日:2003年07月24日(木)13時23分49秒
- ふじもっちゃんのアイテはやっぱりあややかな?
それともあややは裕ちゃんの浮気相手かな。
最近M黙のオープニングで裕ちゃんとあややイチャついてるよね。
- 331 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月25日(金)23時56分59秒
- ワクワクドキドキ!!!
- 332 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時17分51秒
- 結局、藤本は中澤の事務所に入った。
中澤の言ったように、決まっていた仕事では、
利子を返すだけでも精一杯だ。
しかも、中澤は自分の下に来るのなら、
以後の利子の加算を止めていいと言った。
損にはならないが、得にもならない取引だが、
一応組長夫人の頼みだ。
平家も仕方ないという感じで黙認した。
決まっていた仕事より給料ははるかに事務所の方がいい。
その方が借金が早く返せるのなら、藤本はそう自分を納得させ、
中澤に承諾の意を伝えたのだ。
中澤はすぐに藤本を自分の秘書に任命した。
そして、平家とともに自分の取引に積極的に同席させた。
中澤が見込んだ通り藤本は使える人材だった。
最初は戸惑っていたが、一度教えたことは忘れず、
同じミスは決してしない、
そして気の強さも手伝ってか、積極性もあり、中澤を満足させた。
もっとも、借金をかたに脅迫されたという事実は
中澤と藤本の間で消えることはなく、
二人の間には常にぴりぴりとした緊張感が漂っていたが。
- 333 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時19分35秒
- 「藤本、なんか食べて帰るか?」
ある日、取引先との会談を終え帰る途中、中澤は藤本にそう言った。
平家は別の仕事で今日は同行していなかった。
「いえ、戻って今日の書類の整理をしないといけませんから」
藤本の答えは素っ気無い。
だが、それは今日に限ったことではなかったので、
中澤も肩をすくめただけでそれ以上は言わなかった。
藤本は中澤に形式的に挨拶をして一人で帰ろうとした。
それを中澤は呼び止める。
「ああ、そうや。来週な、うちの組の会合がある。
幹部ばっかり集まって、まあ、普通の会社で言う決算報告や。
ま、形式的なもんやけどな。
いつもは平家についてこさせたんやけど、
今年はあんたをつれていくわ。ええな」
中澤はそれだけ言うと藤本の答えを聞かず、
待っていた車に乗り込んだ。
藤本は中澤の言葉に一瞬首を傾げたが、まあ、自分は秘書であり、
形式的なものだと言っていたから誰でもいいのだろう。
わざわざ今言う理由がわからなかったが、
藤本はそれ以上考えず、事務所に戻っていった。
- 334 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時20分38秒
- 中澤がわざわざ藤本を会合につれていくと言ったのには理由があった。
組の会合となれば、組に所属する幹部が一同に会する。
そこに連れていくことにより、藤本にチャンスを与えるつもりだった。
藤本は親もなく、資産もなく、
まだ高校を出たばかりの若い一人の弱い人間だ。
そんな人間にとって上昇するためにまず必要なのは人脈だ。
それを作り上げるために、中澤は積極的に
藤本を外回りに連れていっているのだ。
中澤はいくら組長夫人の頼みとはいえ、
藤本をただ同情して助けるつもりはなかった。
ただチャンスを与えるだけ。
そのチャンスを活かすかどうかは藤本の力量次第だ。
だが、藤本はそれを活かす力があると中澤は見ていた。
これまでの行動を見ると、藤本は少ないチャンスを絶対に逃さない、
そんな貪欲さ、積極性を持っている。
時間さえかければ平家とまではいかないが、
保田や飯田くらいにはなってくれるだろう。
先が楽しみな子だ。
まあ、あの消極的な母親からよくこんな子どもが生まれたものだ。
中澤は苦笑しながらそんなことを考えていた。
- 335 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時21分52秒
- ホテルの一室を借りて行われた会合の日、
中澤は藤本を連れて出席した。
決算のことでは大きな問題がない年度だったため、
形式的なやり取りで穏便に終了し、その後、夕食が用意された。
酒を飲みながら中澤はいつもより積極的に
他の幹部たちと言葉をかわす。
もちろん、横には常に藤本を連れていた。
初めて見るということと、目元は少々キツイ感じもあるが
整った顔立ちの藤本に、幹部たちは興味深げに、
中澤もしくは藤本本人に言葉をかける。
中澤の趣味を知っている数人の親しい幹部たちの中には
意味ありげな笑みを向けるものもあったが。
- 336 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時23分19秒
- 何組かの人の輪ができ、藤本もそれに加わって
言葉を交わすことができるようになったのを見計らって中澤は
化粧室に行くと言って中座した。
ホテルの通路に置かれたソファーに座り、
良子からもらったタバコに手をつける。
仕事中は吸わず、最近はほとんど外食もせず
まっすぐに家に帰る生活をしているので、
なかなか減らないそのタバコに火をつけると、軽く吸い込んだ。
もう湿気とるな、捨てた方がいいかもしれん。
そんなことを考えてると、
若くかわいらしいという表現がふさわしい声がした。
「お姉さん、久しぶり〜」
中澤が目を上げるとそこには藤本よりも
少し若いくらいの女の子が立っていた。
それを見て、中澤は苦笑に近いものを浮かべる。
「ああ、松浦か、久しぶりやな」
「もうその呼び方やめてくださいよ〜
亜弥って呼んでくださいって言ったじゃないですか〜」
- 337 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時25分48秒
- そんなことを、かわいらしく笑いながら言う
松浦亜弥という少女は、中澤の妹の一人だった。
もちろん母親は違う。
小さい頃から河内の側で育ち、河内にもっとも愛されている娘だった。
今年高校二年になるが、河内はまったく組とは関わらせようとはせず、
都内の有名な私立の女子高校に通わせている。
河内の屋敷にいることが多く、中澤は
仕事などで屋敷に行ったとき時々顔を合わせていた。
人懐こい性格で、物怖じしなところがあり、
中澤や石黒に対しても普通に慕ってくる。
中澤としては、どう接していいかわからず、
嬉しそうに話し掛けられるたびに、苦笑いを浮かべるばかりだった。
- 338 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時26分55秒
- 「石黒とかぶるから、ややこいわ」
松浦の言葉に中澤はそう冷静に返す。
子どもの名前を女に任せきりにするからこんなややこしくなるのだ。
中澤はそう心の中で呟きながら、タバコをもう一服吸う。
「じゃあ、あややって呼んでください」
かわいらしい仕種でそう言う松浦に
中澤はやや冷ややかな視線を向ける。
「で、松浦、何しとるんや?こんなところで」
中澤の言葉に松浦は拗ねたような表情になる。
男が見たらイチコロやろうな。
そんなことを中澤は思いながら、
冷ややかな視線のまま彼女を見ていた。
- 339 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時27分58秒
- 松浦はすぐに気を取り直したように答える。
「お父さんにお願いしたいことがあって。
お父さん、最近全然家に帰ってこなくて、なかなか会えないから。
訊いたら、今日はこのホテルにいるって」
甘えるような口調。
河内の娘で、ここまで普通の子どもらしくふるまっているのは松浦だけだ。
これが愛されるゆえんなのだろう。
自分はとてもできないし、したいとも思わないが。
中澤はわずかに肩をすくめて言った。
「ああ、おるけどな。今は宴会場にはおらんで。
別室で片桐さんと会っとるわ」
片桐とは組のbQで、中澤が頭が上がらない数少ない男だった。
河内と片桐が二人で密談をしているときは、
たとえ幹部でも中澤でも入ることは許されない。
そのことは松浦も知っており残念そうな顔になる。
- 340 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時30分24秒
- 表情豊かな子だ。中澤はそれを見てそんなことを思う。
まあ、確かに普通の生活をしている女子高生に
ポーカーフェイスなど必要ではない。
ただ、自分や石黒の生き方と比べて
この子は幸せそうに生きているように見える。
もちろん、松浦にも彼女なりの苦労や悩みもあるはずだ。
暴力団の組長の妾の娘という出生が、
普通に生きていくのにプラスになることなどないだろう。
そう考えると組の中に溶け込んでいる自分たちの
生き方の方が楽なのかもしれない。
そうは思うが、目の前でいつも明るさを失わない彼女を見ていると
幸せそうに思えるのだ。
- 341 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時31分11秒
- まあ、一人くらいこういう子がいる方が
河内のためにもいいのかもしれない。
ついついそんなことを考えていると松浦が言った。
「そっかー、じゃあ、仕方ないや〜
あ、じゃあさ、お姉さん、伝言お願いします。
お願いしたいことがあるから、
明日お父さんのお家で待ってますって」
ペコリと頭を下げる松浦に、中澤は苦笑しつつ
わかったわかったと頷く。
この子にはみんながつい甘くなってしまう、
そんな雰囲気があるのだろう。
妙にしみじみとそんなことを考えていると、
またかわいらしく手を振りながら松浦は
エレベーターの方に歩いていった。
- 342 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時32分30秒
- 「まあ、ええか。それくらいは」
タバコの火を消しながらそう呟き、中澤はソファーから立ち上がる。
そして、戻ろうとしたとき、宴会場の方から藤本が来るのが見えた。
「どうしたんや、藤本。もう終わりか?」
「はい。もう終わるみたいです。
あと、片桐さんとおっしゃる方に
所長を呼ぶようにと言われました」
「片桐さんがか。直接、あんたが言われたんか?彼に」
「はい」
「そうか、わかったわ。すぐ行くわ」
たまたまかもしれないが、もう片桐さんと言葉を交わしたんか。
なかなかいい感じや。
そんなことを考えながら中澤は急いで戻ろうとした。
- 343 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時33分39秒
- 藤本はそれに続こうとしたが、中澤はそれを止める。
片桐に呼ばれたのなら、彼女を同席させることはできないだろう。
会合もどうやらほとんど終わるようなのだから、もう帰らせてもいい。
「もう今日はええわ。先帰ってええよ。
もう仕事の話はないやろうし」
中澤の言葉に藤本を素直に頷く。
「わかりました。一旦事務所に戻ってから帰ります。
お疲れ様でした」
「別に直接帰ってもええよ」
「いえ。平家さんに毎日報告をしなくてはいけませんから」
藤本はそう言って頭を下げ中澤に背を向けた。
「なんや、みっちゃん、けっこう厳しいんやな。
まあ、その方がええかもしれんな」
中澤はそう呟いてから片桐のもとへ急いだ。
- 344 名前:華山 投稿日:2003年07月30日(水)17時35分14秒
- 今日はここまでです。
ようやく、藤本さんのお相手が出てきました。
>名無しちゃん。 さま
レスありがとうございます!
松浦さん……ははっ、読まれてますね、はい(^^;;
最近、好きなもので、松浦さんと藤本さん。
これからどうなるかは、作者もよくわからないのですが(^^;、
これからもよろしくお願いします!
>331 さま
レスありがとございます!
え、えっと、期待していただけてるんですよね??(^^;
ちょこっとプレッシャーを感じたりもしますが、
ご期待にお応えできるよう、がんばります!
これからもよろしくお願いします!
- 345 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)23時46分43秒
- 松浦さんの「あややって呼んでください」に笑いました(笑
藤本さんと松浦さんがどう絡んでいくか楽しみです。
- 346 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)00時20分09秒
- 帰ろうとしてエレベーターホールまで言った藤本は、
エレベーターの前にパスケースが落ちているのを見つけた。
すぐに回りを見たが、誰の姿もない。
すぐ前のエレベーターの階数表示を見ると少し前に下りていったのだろう、
ちょうどフロント階で止まるところだった。
だが、そのまま見ているとすぐに上がってきた。
もしかしたら落とした人が戻ってくるのかな。
藤本はそんなことを思いながらパスケースを見た。
通学定期で松浦亜弥という名前が書かれている。
年齢を見るとどうやら高校生らしい。
- 347 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)00時21分18秒
- 「なんか、かわいい名前。どんな子なんだろう」
そう呟いたとき、途中で止まらずに上がってきた
エレベーターが止まり、扉が開く。
中から出てきたのはとてもかわいい少女だった。
一瞬、藤本はその子の顔に見惚れてしまう。
少女の方も自分の方を見てしばらく止まってしまっていた。
藤本が少し慌てて何か言おうとしたとき、
少女の方が先に口を開いた。
「あ、私の定期!」
少々不自然に高いように感じたが、かわいらしいその声と、
名前に負けないくらいかわいい顔に、藤本は
何故か少し動揺しながらパスケースを無言で渡す。
「拾ってくれたんだ。ありがとう」
にっこりと笑ってそう言う少女に、藤本は何故かはわからないが
頬が熱くなるのを感じていた。
- 348 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)00時22分20秒
- 当初の目的を果たせず、少しだけ落ち込んで
エレベーターに乗った松浦は、ポケットに手を入れ、
そこに入っているはずのパスケースがないことに気付く。
一瞬、なんで?と焦るが、エレベーターを待っているときに
ハンカチを出したのを思い出した。
落としたとしたら、そのときしかない。
「ああ、もう、最悪」
そうぼやきながらフロント階についてすぐ
さっきまでいた階数のボタンを押す。
すぐ見つかったらいいけど。誰かに拾われてたらどうしよう。
誰にも拾われていませんように。
そんなことを祈りながらエレベーターから降りたとき
松浦は一人の女の子を見つける。
彼女の手に自分のパスケースがあることにはすぐに気付いたが、
松浦はパスケースよりも女の子の方に気を取られた。
- 349 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)00時23分29秒
- 綺麗な子、それだけでは別に松浦は興味を持たない。
だが、それだけではなく、少し影のあるようなカッコよさがある人だな。
松浦は素直にそう思った。
これは彼女にしては、実は珍しいことだった。
いつも自分が一番かわいいと堂々と発言する。そんな子なのだ。
だが、そこまであけっぴろげに言い続けられると
回りの子も、かえって反発できず、
半ば以上呆れ、苦笑とともに受け入れてくれているのだが。
松浦は思わずまじまじと女の子の顔を見つめそうになり、
慌てて口を開いた。
その声が少し不自然に高くなってしまったのに、
気付かなかった。
「あ、私の定期!」
そう言うと、女の子は少しおどおどとした様子で
パスケースを渡してくれた。
せっかく拾ってくれたのに、怒ったように聞こえたのかもしれない。
松浦はそう思って慌てて礼を言う。
自分が一番自信のある笑顔を忘れずに。
- 350 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)00時25分24秒
- 今日はここまでです。
ベタですが、二人の出会い編でした。
>345 さま
レスありがとうございます!
藤本さんと松浦さん、、、これからどうなっていくのでしょう(^^;
甘いのを書きたいのですが、脳内プロットの段階で
すでに痛めになりつつあります……
なんとか軌道修正しないと……
これからもよろしくお願いします!
- 351 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)09時50分39秒
- にっこりと笑って礼を言ってくれた松浦に、
藤本は何か言わないとと焦るが、なかなか言葉が出てこない。
どうしたんだろう。自分は決して物怖じするような、
そんな性格じゃないのに、なんで?
藤本はそう焦りながらなんとか言った。
「あ、見つかって良かったね。そ、それじゃあ」
決してそんなことを言いたいわけじゃないのに、
藤本はそう言ってしまう。
こんなことを言ったらもうそれ以上話をすることができないのに。
そんなことを思ってしまった自分に心の中で首を傾げながら、
仕方なく藤本はエレベーターに乗り込もうとした。
エレベーターに乗ろうとする藤本に松浦は慌てて声をかけた。
このままお別れしたくない。
そう反射的に思ったから。
何故そんなことを思ったのかはわからなかったけど、
そう思ったから素直に声が出た。
- 352 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)09時51分58秒
- 「あの、待って」
松浦の言葉に藤本は何故かほっとしたように振り替える。
その間にエレベーターは閉まってしまい
下りていってしまったが、気にならなかった。
「あの、えっと、本当にありがとうございました」
「ううん。良かったね」
「あの、お名前、教えていただけませんか?
あ、私は……」
「松浦亜弥ちゃんだよね」
「え?」
「定期に書いてあったから」
藤本は笑って松浦の手にあるパスケースを指す。
言われてみれば当然のことなのに、
気付かなかった自分に松浦は思わず頬を赤らめ、
照れたように笑った。
- 353 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)09時53分34秒
- その笑顔を見た藤本は思わずドキッとしてしまう。
なんか変だ。こんなの今までなかったのに。
どうしたんだろう、今日の自分は。
そう内心で焦りながら、藤本は必死でそれを抑えながら言った。
「藤本。藤本美貴」
「藤本美貴さん……そうなんだ。
なんか、かっこいい名前ですね」
「そ、そうかな。ありがと」
なんか、うまく話せない。
いや、別に初対面の全く知らない人なんだから、
おかしいことじゃないのかもしれない。
だけど、もっと話したい。藤本はそんなことを思う。
そして、それは松浦も一緒だった。
なんか自分が何を言っているかわからない。
今、口を開いたら変なことを言いそう。
話したいのに、話せない。
そんなことを考えているとき、携帯がメールの着信を知らせた。
松浦は、ああ、こんなときに誰?とか思いながら携帯を見て、
そこに示された時刻を見て慌てる。
- 354 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)09時55分10秒
- 「ああ、もうこんな時間。塾に遅れる」
松浦の言葉に藤本は一瞬残念そうな表情になるが、
すぐに気を取り直して言った。
「あ、すいません。引き止めてしまって」
「そんなこと……あ、あの、今日のお礼ちゃんとしたいから、
あの、携帯教えてくれません?」
「え?」
「あ、いきなり失礼ですよね。
じゃあ、私の番号教えます」
松浦はそう言ってかばんを慌ただしく探し、手帳を一枚破って
11桁の数字を書き藤本に渡した。
とっさに反応できない藤本は渡されるままそれを受け取った。
「絶対かけてくださいね。待ってますから!」
松浦はそう言うと、ちょうど上がってきたエレベーターに飛び乗る。
藤本は何も言えずただそれを見送ったのだった。
- 355 名前:華山 投稿日:2003年08月10日(日)09時56分16秒
- 今日はここまでです。
書けたらもう一度更新したいな。
- 356 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月11日(月)18時52分02秒
- あやや、積極的だよあやや。
いい感じです!
ミキティ!ちゃんと電話するんだぞ!!
- 357 名前:356 投稿日:2003年08月11日(月)18時52分58秒
- あぁ!ageてしまいました…。
ごめんなさい!!
- 358 名前:うっぱ 投稿日:2003年08月12日(火)14時22分04秒
- 久し振りに覗いて見たら、色んな方々がご登場してて……
それでも引き込まれてしまうのはなんででしょう?
さてさて、松浦さんと藤本さんはどうなるんですかねぇ?
- 359 名前:華山 投稿日:2003年08月13日(水)11時50分28秒
- 事務所から自分のマンションに帰った藤本は、
メモを前に悩んでいた。
「これって、私がかけないといけないってことなんだよね」
こんなことなら自分が番号を教えておけばよかった。
すれ違っただけの人。
あのパスケースだって別に自分が探して拾ったわけじゃなくて、
たまたま拾ったときにあの子が戻ってきただけ。
お礼を言ってもらうようなことはしていない。
だから、別にまた会うほどの人じゃない。
会う理由はないはず。
でも、そう納得していない自分がいることも確か。
- 360 名前:華山 投稿日:2003年08月13日(水)11時51分10秒
- 「なんでなんだろう。こんなの初めて」
かわいい子だったな。
いや、別に、かわいいからって会う理由にはならないはずなのに。
なのに、一目見て惹かれるものを感じた。
「惹かれるってなんだよ〜
おかしいよ、今日、私」
藤本はそう言って机に突っ伏す。
すぐ目の前にメモがある。
あのかわいい子らしい、かわいい文字。
松浦亜弥。なんだろう。
なんで、こんなにあの子の姿が頭から離れないんだろう。
- 361 名前:華山 投稿日:2003年08月13日(水)11時52分34秒
- 「なんか、これって一目惚れみたいじゃん」
そう呟いて藤本は苦笑を浮かべ、続いて妙に真面目な表情になる。
そして慌てたように顔を上げ、首を左右に振る。
「そ、そんなわけないじゃん。
そう、何言ってるの私」
まさかね。そう、絶対まさか。そんなことない。
今までそんなこと、女の子に一目惚れ、いや、別に男の子にだって
そんなことになったことないけど、
とにかく女の子に興味をもったことなんかない。
そう、たまたまかわいい子に会って、
たまたまちょっといいなって思っただけ。
そう、それだけ。それだけだから。
藤本はそう自分に言い聞かせてメモを手に取った。
そしてそれをしまおうとして手が止まる。
もう一度そこに書かれたかわいい字を藤本はもう一度見つめる。
「…………次の休みにでも…」
そう呟いてしまってから藤本はまた首を横に振って
メモを自分の手帳に挟んだのだった。
- 362 名前:華山 投稿日:2003年08月13日(水)11時54分26秒
- 今日はここまでです。
PCの調子を伺いながらの更新でした……
>356 さま
レスありがとうございます!
松浦さん、がんばりました。
次は藤本さんにがんばってもらわないといけないのですが……
age、sageはお気になさらずに!作者も気にしてませんから(^^;
これからもよろしくお願いします!
>うっぱ さま
レスありがとうございます!
登場人物出しすぎですよね……
でも、少なくともあと二人は増えるはずです(^^;;
あと、また、ハロプロではない人物も出してしまいますが、
どうかお許しくださいm(__)m
松浦さんと藤本さん、どう動いてくれるか、、、お楽しみに。
これからもよろしくお願いします!
- 363 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時26分33秒
- 片桐と別れた中澤は一人タクシーに乗っていた。
家にまっすぐに帰ってもよかったのだが、
しばらく一人になりたかった。
矢口を見たら心が鈍りそうな、そんな予感がしたから。
自分にとって矢口という存在が
大きな影響を与えていることはわかっている。
時にそれが足枷になることもわかっていた。
だが、それでも中澤にとって矢口という存在は
大切なかけがえのないものだ。
平家にも言われていた、矢口に会ってからの自分はらしくないと。
それでも、自分は仕事には影響を与えていないと思っていた。
確かに今までは大きな影響はなかったはずだ。
だが、これからは。
中澤は片桐に言われたことを思い返していた。
- 364 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時28分49秒
- 藤本を帰したあと、中澤は一人で別室で待つ片桐のもとへ行った。
片桐は常に外すことのないサングラスと
真っ黒のスーツという姿で彼女を迎えた。
そして挨拶もなくすぐに用件を切り出した。
それは中澤に表の不動産部門だけではなく、
裏の仕事も担当するようにという提案だった。
中澤の担当している仕事は少々あくどい手口は用いているが、
警察や税務署の監査が入ったとしても問題のない合法的なものだ。
しかし、その利益は組の収入の一部にすぎない。
組にとってはやはり裏取引の方が重要な収入源だった。
中澤が主に担当している不動産部門で言えば地上げ、
また他の組とのシマ争いも激しい、組では実戦担当と言われている。
また、カジノもその部門の担当だった。
- 365 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時30分02秒
- 片桐はそれを中澤に任せたいと言ってきたのだ。
急なことで中澤は困惑してしまう。
眉を寄せ不機嫌そうに自分を見る中澤に片桐は言った。
「いつまでもお遊びをしていなくてもいいだろう。
中澤、お前の腕なら充分に仕切っていける」
「しかし私は」
「石黒は受けたぞ、裏をな」
「……」
石黒の名に中澤の表情が少し曇る。
「組長の後継者にお前がなるのか、石黒がなるのか、俺は知らん。
だが、後継者になるつもりなら、
そろそろ組の深い部分を知っておくべきではないか」
- 366 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時31分17秒
- 片桐の口調は静かだが、反論を許さない、そんな強さがあった。
中澤はそれをいまいましく感じながら言う。
「彩は何を担当するんですか」
「酒のほとんどを任せる」
「……なるほど」
非合法の店。不法就労の外人バーや、俗にいうぼったくりバー、
それに付随する風俗の店。
クスリをやらない河内組にとって、
ヤミ金などの金融関連に次ぐ大きい収入源だ。
それを石黒が担当する。
成功すれば中澤以上の地位につくことになるということだ。
そう考えたとき、中澤の生来の負けず嫌いの性格が心に反発を抱かせる。
だが、それを抑えるものがあった。
中澤はそんな自分に気付き、不機嫌そうな表情を自分自身に向ける。
そんな彼女の心の動きを見透かしたように片桐は
サングラスの奥でわずかに表情を動かした。
- 367 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時32分35秒
- 「変わったな、中澤」
「……」
「以前のお前だったら、煽れば乗ってきたものだが」
皮肉げな口調。
中澤はそれに応えずポケットに入れたタバコに手をのばす。
だが、火はつけずしばらくそれを手の中で弄んでいた。
「後継者にならないなら、お前は石黒の下につく気はあるのか」
「……」
片桐の言葉は中澤にとって即答できるものではなかった。
後継者にはなりたくない。
石黒には負けたくない。
それは両立するものではない。
わかっていたはずだが、中澤の中では答えが出ていない問題だった。
「しばらく……いえ、一日考えさせてくれませんか」
中澤らしくない言葉に片桐は厳しい表情になる。
「決断力、やる気のない人間は無能な人間より劣るぞ。
やる気がないなら、閑職にまわるか、やめてもらうしかない」
「……」
「何がお前を変えた。何に捕われている。
何に枷をかけられた」
片桐の言葉に中澤はようやくまっすぐに彼の顔を見返した。
その目に力が戻ってきている。だが、迷いもあった。
片桐はあえてそれに触れず、中澤の言葉を待つ。
- 368 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時33分58秒
- 中澤は心の中に浮かんでくる小さな彼女の顔を必死で消していた。
自分が躊躇う理由を彼女に押し付けたくなかったから。
だが、それは完全に失敗していた。
実戦に関わるということは、今までよりも危険な仕事になるということだ。
命の危険も当然あるだろう。
死ぬのが怖いのではない。
矢口に心配をかけたくなかった。
矢口を一人にしたくない。
保田に刺されたときと同じ不安と悲しみを二度と感じさせたくない。
だが、ここで断れば逃げたことになる。
だらだらと今の暮らしを続けながら、
石黒が駆け上がっていくのを見るのは耐えられない。
いっそ完全に組から手を引くか。そんな考えも浮かぶ。
だが、それはあまりに無責任だろう。
少なくとも自分は大阪から連れてきた平家に対して、
そして組長夫人に頼まれた藤本に対して、責任をとらなくてはいけない。
- 369 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時35分11秒
- 中澤はしばらく沈痛ともいえる表情で考え込んでいたが、
やがて手にしていたタバコをポケットに戻した。
そして、やや表情を和らげて片桐を見た。
「やらせていただきます」
感情を感じさせない声で答える中澤。
片桐は軽く頷いてから言った。
「そうか。なら、来月一日付けで異動だ。
石黒の移動も同じ日に発表する。
それまでに今の仕事の整理をしておけ」
「わかりました」
中澤は短くそう言うと片桐に一礼をして部屋を出ていった。
片桐が何か言ったようだったが中澤の耳には入らなかった。
自分を待っていた木村に先に帰るように告げると中澤は
目的もなくタクシーを捕まえた。
一人でいたかった。一人で考えたかった。
大切な彼女に会う前に心を決めなくては、
あの子に会っても決心が鈍らないように心を固めなくては。
中澤はそんなことを考えながら、流れる景色を意味もなく見つめていた。
- 370 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時36分33秒
- 中澤が帰ってきたとき、もう1時を過ぎていた。
矢口はもう寝ているだろうか。
そんなことを思いながら玄関を開けた中澤は、リビングの方から
光とテレビらしい音が洩れていることに気付いた。
だが、起きているときならいつも迎えに出てきてくれる矢口の姿はない。
どうしたんやろう。
そう小さく呟きながらリビングに入ったとき思わず微笑がもれる。
テレビの前に置かれたソファーの上で眠っている矢口の姿を見つけたから。
とりあえずテレビを消し、
側に置かれていたブランケットを矢口の体にかける。
浅い眠りだったのか、矢口はゆっくりと目を開けた。
しばらくぼぅっとしている様子だったが、
中澤の姿を見てにっこりと笑った。
「あ、おかえり。裕ちゃん」
中澤は自然と笑みを浮かんでくるのを感じながらそれに応える。
- 371 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時37分29秒
- 「ただいま。こんなところで寝とったら風邪ひくで」
「寝るつもりなかったのに……」
矢口はそんなことを言いながらゆっくりと体を起こす。
中澤はその横に座ってまだ眠そうな矢口の髪を撫でる。
「明日は大学遅いんか」
「うん。朝の講義が休講になったから、お昼から。
だから、裕ちゃん待っとこうと思って……たんだけど、寝ちゃった」
照れくさそうにそんなことを言う矢口に、中澤は目を細める。
「そうなんや。ごめんな、遅くなって」
「ううん。遅くなるかもってちゃんと言ってたじゃん、裕ちゃん。
あ、なんか飲む?コーヒー淹れようか?」
「ええよ。今日は疲れたからすぐ寝るわ」
「そうなんだ」
少しだけ残念そうな表情になった矢口に中澤は苦笑する。
- 372 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時38分26秒
- 「それより、なあ、ヤグチ」
「ん?」
「今週、大学休める日、ないか?」
「え、どうしたの」
「受験前に言ってたやろ、受験終わったらどっか行こうって。
でも、結局どこも行けんかったからその代わりにな。
まあ、二日は休めんから、日帰りやけど」
中澤の突然の申し出に矢口は嬉しそうに笑う。
「え?いいの?一日くらいだったら、休めるよ」
「そうか。じゃあ、どっか行きたいところあるか?」
「ディズニーランド!
……あ、でも、裕ちゃん、人込み嫌いだよね」
矢口の答えに中澤は一瞬困ったように笑ったが、すぐに頷いた。
「ええよ、別に。ヤグチが行きたいところに行きたいんや」
中澤の言葉に矢口は不安そうな表情になった。
その表情を見て中澤は首を傾げる。
- 373 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時39分28秒
- 「どうしたんや?」
「だって、裕ちゃんが優しいから」
「なんや、いっつも優しいで、ウチは」
苦笑しながらそう答える中澤に矢口は真面目な表情を返す。
「そうじゃなくて……
こんな風に優しいときって、裕ちゃん、疲れてるときじゃないの?」
矢口の心配そうな口調と表情に中澤は一瞬言葉を失う。
やっぱり読まれてるんやな。
心配をかけたくないのに、こんな風に自分を気遣ってくれることが嬉しい。
そんなことを思ってしまう自分に苦笑しながら中澤は言った。
「大丈夫や。来月からな、ちょっと仕事が増えるから、
当分休めそうにないんや。
だから、その前にヤグチとどこか行きたいって思っただけやから」
「そうなんだ。無理しないでね」
まっすぐに自分の目を見てそんなことを言ってくれる彼女に
中澤は穏やかに笑って頷く。
- 374 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時40分27秒
- 「大丈夫や。じゃあ、明後日にでも行くか」
「うん!楽しみにしてるね」
「よっしゃ。じゃあ、そろそろ寝るかな」
「あ、お風呂入る?」
「ええわ。面倒やからシャワーにしとく。
あ、そうや、今日は一緒に寝ようや。
明日、ゆっくりなんやろ」
普段と変わらない口調でそんなことを言う中澤に、
矢口も普通に返そうとして失敗する。
少しだけ頬を赤くしながら、黙って頷いた。
そんな彼女の様子に思わず笑みを浮かべながら中澤は
わざと耳元で寝ないで待っといてやと囁いてからリビングを後にする。
その後、矢口が耳まで赤くしたのは言うまでもない。
- 375 名前:華山 投稿日:2003年08月18日(月)21時42分07秒
- 今日はここまでです。
長々と文章が続いてしまいました。
読みにくくなってすいませんm(__)m
- 376 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月18日(月)23時30分48秒
- 藤本さんと松浦さんも気になりますが、
姐さんと石黒さんの対決はまだまだ続きそうですね。
どんな展開になっていくのか楽しみです。
- 377 名前:名無しROM専 投稿日:2003年08月19日(火)00時54分23秒
- やぐちゅーは嵐の前の静けさって感じですね〜。
あやゆう対決も楽しみです〜。
- 378 名前:華山 投稿日:2003年08月21日(木)17時54分38秒
- 次の日、中澤は事務所のデスクで書類で
顔を隠すようにして小さく欠伸をしていた。
やばいなぁ、こんなのみっちゃんに見られたら……
そんなことを考えていると不意に声をかけられる。
「寝不足ですか、所長」
内心で一瞬焦った中澤だったがその声に安堵する。
声の主が報告書を持ってきた藤本だったから。
「いや、別に……でも良かったわ」
「何がですか?」
「みっちゃんに見つかったらどやされるところやった」
苦笑いをしながらそう言う中澤に、藤本は微笑寸前の表情になるが、
すぐに真面目な表情に戻る。
中澤はわずかに肩をすくめたがそれ以上の軽口は控えた。
- 379 名前:華山 投稿日:2003年08月21日(木)17時55分41秒
- 報告書を置いて出ていこうとした藤本に中澤は声をかける。
「あんな、藤本」
「はい」
「明日、休みにするわ」
「……急ですね」
「ちょっと、ウチに用事ができてな。
それに、来月人事異動があってな、しばらく忙しくなりそうなんや。
だから、あんたにも今度はいつ休みをあげれるかわからんから。
今のうちに休んどき」
「わかりました」
藤本はそれ以上何も言わず一礼して出ていった。
- 380 名前:華山 投稿日:2003年08月21日(木)17時57分35秒
- その彼女と入れ違うように平家が入ってきた。
一瞬だけ複雑な視線を藤本に向けたが
平家はそれ以上の感情は見せなかった。
中澤はそんな平家に気付かず、いつもと変わらないの口調で
昨日の片桐との会話を話した。
平家は表情を変えずに聞いていたが、中澤が最終的に
片桐の申し出を受けたことを聞いて、内心でほっとする。
そうこなくてはいけない。
いくら気のすすまない競争であっても
戦わずに石黒に勝ちをゆずるなど中澤らしくないのだから。
- 381 名前:華山 投稿日:2003年08月21日(木)17時58分36秒
- 「それで、どうするんですか?こちらの方は」
新たに仕事が増えたとはいえ、今の仕事から離れるわけではない。
だが、しばらくは実戦の方に力を入れなくてはならないだろう。
とすれば、こちらの仕事を誰に任せるか。
「みっちゃんか飯田に任せるしかないやろうな。
みっちゃんの意見、聞かせてや」
中澤の言葉に平家はわずかに眉を寄せて考え込む。
自分の感情を優先させるなら飯田に任せたい。
だが、保田が抜け、明らかに戦力が落ちている今、
自分が抜けるわけにはいかない。
それに今まで自分は実戦に関わったことがない。
そんな自分に十全な補佐ができるわけがない。
どうせ、実戦の方で補佐役が派遣されるだろう。
ならば、我意は抑え、中澤のために自分ができる最善のことをしよう。
そう平家は心を決めた。
- 382 名前:華山 投稿日:2003年08月21日(木)18時01分17秒
- 「あたしがやりますよ。任せてください」
平家の答えに中澤は、ほっとしたような表情になり頷いた。
「みっちゃんに任せたら安心や。
頼んだで。あ、そうそう、ウチ、明日休むな。
藤本にも休みやった。当分、休めるとは思えんから」
「わかりました。
まあ、あまり羽目を外さないようにしてくださいよ。
明後日は今日みたいに寝不足で来ないでくださいよ」
平家の言葉に中澤は一瞬慌てる。
そんな反応を見て平家は軽く肩をすくめた。
「少し目が赤いですよ。
どうせ、大欠伸でもしてたんでしょう」
ますます慌てる中澤を、平家は可笑しそうに笑いながら見つめていた。
- 383 名前:華山 投稿日:2003年08月21日(木)18時03分32秒
- 今日はここまでです。
平家さん、書いてて楽しい……
>376 さま
レスありがとうございます!
石黒さんと中澤さんの対決は……
多分地味〜なものになると思います(^^;;
当分、藤本さんの場面が続くので……
これからもよろしくお願いします!
>名無しROM専 さま
レスありがとございます!
やぐちゅーは……無理矢理入れてみました……好きなんで(^^;
石黒さんの出番はかなり先になると思いますが、
のんびりあやゆう対決はお待ちください。
これからもよろしくお願いします!
- 384 名前:華山 投稿日:2003年08月22日(金)11時02分00秒
- 突然もらった休みの前夜。
藤本はメモを前に悩んでいた。
昨日、ホテルで会った松浦亜弥の携帯番号の書かれたメモ。
今度の休みにでもかけてみようか、
そんなことを考えていた矢先にもらった休み。
とりあえずかけるだけでも。
でも、かけて何を話せばいいのだろう。
たまたま拾っただけのサイフに対するお礼はもう充分言ってもらった。
すれ違っただけに近い自分にそれ以上の話題があるとは思えない。
では、このままほっておこうか。
そう考えたとき自分の中でそれを慌てて否定する声があがった。
- 385 名前:華山 投稿日:2003年08月22日(金)11時03分25秒
- 「結局、会いたいんじゃん、私」
自分で自分に苦笑しながら藤本は携帯を取って
とりあえずメモに書かれた数字を登録する。
だが、通話ボタンに指をかけてまた躊躇う。
何やってるんだ、自分。こんな性格じゃないでしょ。
電話をかけるだけ。
私がかけないともう会うことのできない子。
それに絶対かけてくださいねと言っていた。
あの子だってかけてほしいいから会ったばかりの自分に
番号を教えてくれたのだろう。
だから、かけてあげないと。
藤本はそう自分に言い聞かせるとようやく通話ボタンを押した。
聞きなれたはずのコール音がやけに大きく聞こえる。
4回5回と続いたその音に、藤本は自分が緊張していくのがわかる。
寝てるのかな。そう思い始めたとき、ようやく電話が繋がった。
- 386 名前:華山 投稿日:2003年08月22日(金)11時04分24秒
- 『……もしもし』
昨日聞いたあのかわいい声。
藤本は一瞬何を言おうか迷うが、とりあえず名前を伝える。
「あ、あの、藤本です。昨日……」
『あ、藤本さん?かけてくれたんですね。
ありがとうございます!』
嬉しそうなその声に、藤本はほっとする。
次に何を言おうと考えたとき、松浦の方から話しかけられる。
『昨日、かかってこなかったから、
ちょっと落ち込んでたんですよ』
少し拗ねたような口調。
でもそれが自然に聞こえる。
藤本は思わず口元に笑みがこぼれた。
- 387 名前:華山 投稿日:2003年08月22日(金)11時06分09秒
- 「ごめんね。かけようか悩んだんだけど」
『ううん。かけてきてくれたから嬉しいです』
「あ、この番号登録してね。私の携帯だから」
『はい、もちろんです。
あの、美貴さんってどういう漢字なんですか?』
松浦の質問に藤本は答え、それからは少しぎこちなかったが
学校のこととか自己紹介っぽい会話を続ける。
ほとんど松浦が話しているのを藤本が相槌をうつという感じだったが、
藤本はそんな会話が楽しかった。
だが、ふと時計を見てかなりの時間が
経っていることに気付き、藤本は言った。
「あ、もうこんな時間なんだ。
松浦さん、明日学校だよね。
そろそろ寝ないと」
藤本の言葉に松浦の声は少し残念そうなものに変わる。
『そうなんですけど……
あ、でも、藤本さんも明日お仕事ですよね、
遅くまでごめんなさい』
「ううん。私、明日休みなんだ。
私のお休みちょっと不定期で」
苦笑しつつ藤本がそう伝えると松浦の声のトーンが上がる。
- 388 名前:華山 投稿日:2003年08月22日(金)11時07分17秒
- 『じゃあ、明日、会えませんか?
私、3時半には学校終わりますから。
あ、でも、藤本さん、用事がありますよね』
松浦の言葉に藤本は一瞬答えにつまる。
確かに明日は休み。
しかも突然すぎる休みだから、用事なんかあるわけがない。
でも、そんなこと考えてもいなかった。
一回電話をして終わり。
そこまで考えてたわけじゃないけど、
いきなり会うなんて思ってもなかった。
でも、この電話がとても楽しかったのは事実。
だから、会うのもいいかな。
きっと一人でぼんやり部屋でいるより何倍も楽しい休みになるはず。
- 389 名前:華山 投稿日:2003年08月22日(金)11時08分18秒
- 「いいよ。松浦さんの学校、どこなの?
近くまで行くから」
『え?いいんですか?』
「うん。少しでも長く遊ぼうよ」
藤本の言葉に松浦は明らかに嬉しそうな口調になる。
きっとかわいい顔で笑ってるんだろうな、
そんなことを思って藤本は笑顔になる。
『じゃあ、N駅で4時に。
なるべく早く行きますから』
「うん。じゃあ、明日」
藤本はそう言うと電話を切る。
かける前とはうってかわってにこやかな表情の藤本。
明日会えるんだ。
何着ていこうかな。
そんなことを楽しげに考えている自分に気付き苦笑いが浮かぶ。
なんだよ、これじゃあ、デートみたいじゃん。
そう呟いてみるが、ついつい笑顔になってしまうのは抑えられない。
こんなキャラだったっけ、私。
そんなことを自問してみるが、答えはでなかった。
- 390 名前:華山 投稿日:2003年08月22日(金)11時09分53秒
- 今日はここまでです。
しばらく藤本さんと松浦さんのデートのお話です。
- 391 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時09分29秒
- 次の日、藤本は少し早い時間に待ち合わせ場所についた。
あまり行くことのない場所で
時間の感覚が掴めなかったということもあるが、
朝からどうも落ち着かなかったせいでもある。
今、こうして待っている間も、
まるでデートの待ち合わせをしているかのように
少しそわそわしている。
そんな自分に呆れながらさっきから同じ制服を着て
にぎやかに通り過ぎていく女の子のグループを眺めていた。
さっきからこの制服の女の子しか通らないということは
おそらく松浦もこの女子校なのだろう。
藤本の知識ではけっこう有名なお嬢様学校とインプットされている。
「お嬢様なんだ、松浦さん」
女の子のグループが少し途切れたとき藤本はそう呟いた。
でも、それっぽいかもしれない。
大体普通にあんな一流ホテルにいたということ自体、
それを証明しているのかもしれない。
- 392 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時11分01秒
- そんなことを考えていると聞いたことのある声がした。
「あ、藤本さん」
耳に残るかわいらしい声。
藤本は自然と口元に笑みを浮かべながら振り返る。
そこには当然松浦の姿があった。
この前会ったときと違いセーラー服姿。
そしてそれが似合っている。藤本は素直にそう思った。
「お待たせしてしまいましたか?」
少しだけ不安そうにそう問う彼女に藤本は笑って軽く手を振る。
「そんなことないよ。まだ早いじゃん」
「そうですか。よかった」
ほっとしたようにそう言って笑う松浦。
それは不思議なほど藤本の心にすとんと落ちてくる。
- 393 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時12分53秒
- 藤本がそんな自分に苦笑していると
松浦がじっと自分を見ているのに気付いた。
「どうしたの?」
藤本がそう訊くと松浦は少し照れたような口調で言った。
「前はスーツだったのに、今日はカジュアルだから」
そう言われて藤本は改めて自分の格好を見る。
朝から何を着ていこうか悩んだ末、ジーンズにカットソー、
それに軽くジャケットをはおるという普通の格好にしたのだ。
あんまり奇をてらっても仕方ないし、
別にデートじゃないんだからと自分を納得させて。
「あ、うん。変かな?」
軽く凹みそうになりながらそう言う藤本に、松浦は慌てる。
- 394 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時14分06秒
- 「そうじゃなくて……
スーツの時より似合ってるっていうか、若く見える…
あ、そういえば藤本さんっておいくつなんですか?」
「私?18歳だよ」
藤本の答えに松浦は少し驚いたような表情になる。
「え、そうなんですか?
じゃあ、私と一歳しか違わないだ」
「え、松浦さん、高校何年なの?」
「高2です」
「そうなんだ。じゃあ、学年でいったら二年違うんだね」
「そっか。スーツ姿、大人っぽかったから。
もっと上だと思ってました」
松浦はそう言ってかわいらしく笑う。
思わず藤本は見惚れそうになり、それをごまかすように言った。
- 395 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時15分19秒
- 「あのさ。敬語使わなくていいよ。
それに藤本さんじゃなくて、美貴でいいよ」
「美貴…さん」
「さんなんていらないよ」
苦笑する藤本に松浦は少し困ったような表情になる。
それを見て藤本は、そのうち慣れてよと笑った。
「どこ行こうか?
松浦さんはいっつもどういうところで友達と遊ぶの?」
「友達とはプリクラとか撮りに行きますけど……」
少し歯切れの悪い松浦の口調に藤本は、ん?という感じで首を傾げる。
「亜弥って呼んでください」
「あ、そっか。じゃあ、亜弥ちゃん、プリクラ撮ろうか」
「はい!」
松浦は嬉しそうに頷くと藤本の手をとって歩きだす。
友達とするようなそんな繋ぎ方だったが、
藤本は妙に緊張する自分に気付いていた。
だけど、嬉しそうな松浦を見ていると手を離すことはできず
結局ゲームセンターに着くまで二人の手は離れなかった。
- 396 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時18分27秒
- 松浦は普段学校の友達と来るゲームセンターに藤本を連れていった。
複合ビルの一階と二階を使った広いスペースをもつゲームセンターで
松浦と同じく制服姿の人間も多い。
藤本もほんの数ヶ月前だったら友人と一緒にきたことのある空間。
娯楽のために、または暇つぶしのために気軽に立ち寄り、
数枚のコインで気軽に楽しむための空間。
だが、今の藤本にとっては全く違う思いを抱かせるスペースだ。
この複合ビル自体が組のシマの一つだ。
この地域は抗争の激しい地域であり、
中澤について視察に来たことがある。
制服を着た少年少女、スーツ姿の営業マン、
幼い子どもとその親、そんな様々な人間が楽しんでいるこの場所も
裏では暴力団と関わっているのだ。
そう思うと華やかで賑やかなこの空間で自分一人が浮いているような、
そんな気分になり、藤本は一瞬眩暈に似た感覚を覚えた。
- 397 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時20分21秒
- 「どうしたの?美貴さん」
隣から声をかけられ藤本ははっとして松浦を見る。
自分を気遣うような表情の彼女に藤本は慌てて笑顔を作った。
「あ、ごめん、ごめん。
ゲーセンなんて久しぶりだから、ちょっと……」
「大丈夫?もし、嫌だったら……」
「そんなことないよ。私もプリクラ好きだし」
藤本はそう言って松浦の手をとり、プリクラのコーナーに向かう。
10種類以上のプリクラの機械を前に
どれにしようかと二人で迷っているとき、藤本はふと
隣のクレーンゲームのコーナーで親子連れが
ぬいぐるみを取ろうとしているのを見た。
大きな犬のぬいぐるみを取ってとはしゃぐ小さな子どもの前で
まだ若そうな父親が必死になっている。
そしてそれをこれもまた若い母親が楽しそうに笑って見ている。
もう何度も挑戦しているのだろう、
回りには数人の客が楽しそうに見物していた。
そんな中ようやく目当てのぬいぐるみをとった父親が
どうだと言わんばかりの顔で子どもにそれを渡す。
ただそれだけの光景。
だが、藤本は目を離せなかった。
すると隣の松浦も同じように見ていたのだろう、ぽつりと呟く。
- 398 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時21分50秒
- 「いいなぁ。
私、ゲームセンターにお父さんと来たことなんてないなぁ」
「……そう…だね。私も、ない」
ギャンブルが好きだった父。
小学校の友達が遊園地に家族で遊びに行ったりするのを聞きながら、
自分は行きたくもないのに、競馬場に連れていかれ何度も迷子になった。
そのたびに酒やタバコの匂いの中、泣きながら父を探した。
当たったときは機嫌が良かったが、
負けたときは何駅も歩いて帰ったこともある。
小さい頃の父の思い出なんてそんなのばかり。
それでも自分を愛してくれてたのはわかってた。
だから、自分も父が好きだった。
今だって父の借金のせいで暴力団と関わるようになってしまったけど、
それで父を恨みたくないと思っている。だけど……
「ねぇ、これにしよ!」
松浦の声に藤本は思考を中断させた。
そして笑顔を作って頷いたのだった。
- 399 名前:華山 投稿日:2003年08月25日(月)18時23分01秒
- 今日はここまでです。
私の書くキャラってなんでみんな暗いんだろう……
- 400 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)16時57分21秒
- 機械の指示に従って何枚か撮ったあと、
松浦は嬉しそうにペンを取って落書きをしている。
藤本はそんな彼女を笑みを浮かべながら見つめていた。
一つ一つの仕種がかわいい娘だな。
そんなことを思いながら。
きっと裕福な家庭でずっと幸せに過ごしてきたのだろう。
でもそれをうらやましいとは思わない。
自分だって、ギャンブルが好きだったけど、
優しい父親と幸せに暮らしていたのだから。
数年前までは。
そして、その父が亡くなってからも、高校では友達もいて楽しく過ごしていた。
だけど、それが全て変わってしまった。
あの日、中澤に呼び出された日から。
どうしてこうなったのだろう。
普通に生きてきたはずなのに。
藤本はそんなことを思ってわずかに眉を寄せる。
そのとき、松浦が笑顔で自分の方に振り向いたので、
藤本は慌ててそれを隠そうとした。
だが、そんなことを考える前に、藤本の表情は変わっていた。
松浦のまっすぐな無邪気な笑顔を見たときに。
- 401 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)16時59分03秒
- そうだ。どうしてこの娘の笑顔が
自分の心の奥深くに落ちてくるのかわかった。
藤本は何の脈絡もなくそう思った。
自分に向けられた笑顔。
この数ヶ月、自分は笑ったことがなかった。
愛想笑いや苦笑はあったかもしれない。
だけど、心の底から楽しいと思って笑ったことがなかった。
そして、そんな笑顔を向けられたことも。
中澤は決して意味もなく何の理由もなく威圧的な態度や
厳しい言動をする人間ではない。
だが、その表情、感情は読みにくい。
とうてい心を許しあえる間柄ではない。
そして事務所のほかの人間も似たようなものだ。
嫌われているとか、避けられているとかはないが、
藤本の方にまだ戸惑いがあり、打ち解けるまでには時間がかかる。
そして、家に帰れば一人。
暴力団に関わったという事実が、藤本に
学生時代の友人たちと距離を取らせていたから。
そんな毎日を過ごしているうちにいつの間にか笑顔を忘れていた。
- 402 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)17時00分11秒
- そんなときに会ったのが松浦。
自分に無邪気な笑顔を向けてくれる。
そして、自分に自然と笑顔を浮かばせてくれる。そんな娘。
だからこんなに惹かれるのだろう、この娘の存在に。
そんなことを思って思わず藤本は苦笑した。
すると松浦は心配そうな表情になる。
「どうしたの?」
「え?」
「なんか寂しそうな顔してる」
松浦はそう言って藤本の頬にそっと触れた。
その手があまりにも温かくて藤本は泣きそうなそんな感覚に捕われる。
- 403 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)17時01分20秒
- 何度も躊躇った後、藤本は自分の手をそっと彼女の手に重ねた。
「大丈夫だよ。なんでもないから」
笑ってそう言う藤本に、松浦はまだ心配そうな表情だったが、
印刷を始めた機械の音に慌てて画面の方を振り返る。
「あ、まだ途中だったのに」
残念そうにそう言う松浦に藤本は優しく言った。
「もう一回撮ろうか?」
「う〜ん。いいや。ちゃんと名前は入れられたから」
そう言って松浦は藤本の手を取って
カーテンを出てプリントアウトを待つ。
そして、出てきた写真を嬉しそうに見た。
「見て見て、かわいく撮れてるよ」
- 404 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)17時03分34秒
- そう言って見せてくれたプリクラのうち一枚に
二人の名前が書いてあった。
だが、藤本は自分の名前を見て笑った。
「みきたんって……」
「だって、美貴さんって書くよりこっちの方が
かわいいかなって思って。いや?」
少し上目遣い気味に自分の顔を覗き込んでそう訊くかわいい彼女に
藤本は反発することなどできるわけなかった。
「ううん、いいよ」
「よかったぁ。じゃあ、これから、みきたんって呼ぶね」
嬉しそうに笑う松浦に藤本はつられるように笑顔になる。
そんな自分にもう呆れることはなかった。
この会ったばかりの年下の女の子は、
もう自分にとって大切な存在になっていた。
できることならこれから先もこんな時間を過ごしたい。
きっと自分とはまったく違う世界に
住んでいるだろうこの娘が許してくれる限り。
藤本はそんなことを思いながら自然に松浦に笑みを返していた。
- 405 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)17時04分42秒
- プリクラを撮って、クレーンゲームで遊んで、
その後ウィンドーショッピングを楽しんで。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
気付けばもう七時前になっていた。
今時の学生にとってはまだ早い時間だろうが、
制服姿の娘を暗くなるまで連れまわすわけにはいかない。
駅の方に足が向くと、自然と松浦の口数が少なくなっていった。
そして、駅に着くと少し寂しそうに俯いてしまう。
それは藤本にとっても同じだった。
今度はいつ会えるだろう。
不規則な生活に不規則な休み。
次の約束なんかできるわけがない。
それでも年上の意地と責任でわざと明るく言った。
- 406 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)17時06分18秒
- 「さ、そろそろ帰らないと。家の人心配するよ」
だが、松浦は俯いたまま。
「また、休みが取れたら連絡するよ。
あ、メルアド教えて。メールするから」
ようやく顔を上げる彼女。
その顔には少しだけだったけど笑顔が戻ってきている。
藤本はほっとして携帯を鞄から出した。
すると松浦はそれを藤本の手から取ってしまった。
え?と思っていると、さっき撮ったプリクラを携帯の裏に貼り付けた。
そしてにっこりと笑う。
「ずっと貼っておいてね。私も貼るから」
そう言うと松浦はメルアドを手早く入力して、藤本に携帯を返した。
藤本は小さく笑って、入力されたばかりのアドレスにメールを送る。
初めて会ったときに聴いたのと同じメロディーが鳴った。
- 407 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)17時08分27秒
- 「ちゃんと登録しといてね。またメール送るから」
藤本がそう言うと松浦は笑って頷く。
そしてしばらく躊躇ってから言った。
「次、いつ会える?」
松浦の言葉に藤本は少し困ったような笑みになる。
「う〜ん。ごめん、いつって言えない。
今日のお休みだって、昨日言われたんだ。
ホント、不規則で」
「そっか……」
「あ、でも、休みができたら絶対教えるから。
だから、また…遊ぼ」
「うん。待ってるね」
まだ少しだけ寂しそうに、だけどちゃんと
笑顔を浮かべてそう言ってくれる松浦。
それを見たとき藤本は思わず彼女を抱きしめたい、
そんな衝動に近い感情を抱く。
次に会えるのを待つのは自分も同じ。
いや、もしかしたら自分の思いの方が強いかもしれない。
でも、そんなことを言うなんてできない。
だから、自分もちゃんと笑って頷いたのだった。
- 408 名前:華山 投稿日:2003年08月29日(金)17時10分35秒
- 今日はここまでです。
明日から学校の研修でイタリアに行ってきます。
しばらく更新できません、すいませんm(__)m
- 409 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)05時47分48秒
- 密かに期待してます
- 410 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)07時03分25秒
- 今日はじめて読みました!
松藤編、続きが楽しみです。
- 411 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/09(火) 19:43
- たのしみだにゃ
- 412 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/22(月) 13:50
- 作者さ〜ん、早く帰ってきて。。。(泣)
- 413 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:10
- 抗争部門も担当することになった中澤の下には
当然、実戦部隊が配属された。
一日、中澤は藤本を連れ、彼らと初めて顔を合わせた。
彼らとつながりがある木村に案内された中澤は
一瞬ポーカーフェイスを忘れ、わずかに意外さを顔に出した。
五人の屈強な黒スーツを率いているのが、
自分と変わらないくらいの年代の女だったから。
組でも有名な女性で中澤も聞いたことはあったが、
会うのは初めてだった。
「あんた……たしか、稲葉やな」
稲葉貴子。17歳で他の組の三下に殺された養父の仇を討ち、
少年院に送られ、出所後養父の後を継いで抗争部門に加わった。
そして頭角を表わし、長と呼ばれるまでにのしあがった女だ。
中澤の言葉に稲葉は不敵な笑みを浮かべる。
「ええ。中澤姐さんに見知っていただけるとは光栄ですわ」
そう言ってから稲葉は型どおりの挨拶と部下の紹介をすると、
意味ありげな視線を藤本に向けた。
- 414 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:13
- 中澤はその視線の先にいる藤本を、
横目でちらりと見た後言った。
「ああ、こっちはうちの秘書の藤本や」
中澤の紹介に稲葉はやや芝居がかった動作で驚きを示すと、
わざと含みのある視線で藤本をじろじろと見つめる。
藤本は不快そうな表情を浮かべた。
その表情の変化を見て稲葉はにやりと笑った。
「姐さんの秘書は平家さんとかいう、
キレ者って聞いてましたが、
いつこんな若い娘に変えはったんですか」
中澤は稲葉の言葉に苦笑するしかなかった。
まあ、当然の反応だろう。
抗争部門はもともと組のbQである若頭片桐に直属している。
それがいきなり組長の娘とはいえ、
別の人間の下につかされるのだ。
しかもその人間は今まで抗争どころか、
裏部門にも関わってこなかったとくる。
稲葉の反発はおそらく部下を代表する感情だろう。
それと同じ感情がまだ若い藤本に
そのまま向けられることになるのもまた自然なものである。
- 415 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:16
- 「最近な。まあ、まだ若いけど、
なかなか見込みのある奴や。よろしくな」
「ええんですか?
こんなかわいい娘を組の抗争にかりだしても。
ハジキどころかドスも持ったことないんとちゃいます」
稲葉の言葉に黒服の男たちが笑いをこぼす。
藤本はそんな彼らにカチンときて、
言い返そうと半ば無意識に一歩前に出た。
その次の瞬間、細いナイフの刃を喉元につきつけられた。
藤本の目に止まらないスピードで稲葉が間合いを詰めたのだ。
藤本はまったく反応できない。
それを見て稲葉はまた笑った。
その笑いが更に藤本のしゃくにさわったが、身動き一つとれなかった。
「まあ、その辺にしとき」
動けなくなった藤本の肩を抱き、後から引き寄せながら中澤は言った。
そして藤本をかばうように彼女の前に出る。
- 416 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:18
- 「しばらく藤本は現場には出さん。
事務的なやり取りだけに使う。それでええか」
「ま、その方が藤本はんのためやと思いますよ。
もっと言わせてもらえば、
姐さんも現場にこんでもかまいませんし」
稲葉の言葉に中澤はまた苦笑する。
「それは楽でええな。
でも、まあ、そんなことしたら片桐さんに
何言われるかわからんからな。
ま、邪魔にならんようにするわ」
中澤の言葉は穏やかだったが、稲葉はそれ以上言うのをためらった。
中澤の目が自分を射抜くように見たから。
17歳で人を刺し、それ以来抗争の中に
身を置いてきた彼女ですら一瞬たじろがせる、
そんな視線を中澤が向けたから。
だが、それを軽く肩をすくめただけでかわすと、稲葉はまたにやりと笑う。
「ま、そういうことにしときましょう。
さすがは組長の娘さんですわ。
迫力だけは組長にも劣りませんな」
「一応、誉められたととっとくわ。
あ、あとな、手が空いたときでええから、
この藤本を鍛えてくれんか?
早く一人前にせんといかんから」
中澤はそう言うと藤本を連れ稲葉たちと別れた。
やっぱ、一筋縄ではいきそうにないな。
そんなことを思いながらも中澤は何故か、昂揚感に似た想いを抱いていた。
- 417 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:20
- 稲葉たちと別れた中澤は、
自分の二歩ほど後ろを歩く藤本に振り返らず声をかけた。
「すまんかったな。
あいつらも別に、あんたに悪意があってやったわけやない。
うちの下につくんが面白くなくて、あんたにあたったんやろ。
悪かったな」
中澤の言葉に藤本は何も言わない。
ただ黙って中澤についていくだけ。
藤本は口惜しかった。
からかわれたこと。
ナイフを突きつけられたとき、恐怖で体が動かなかったこと。
そして、中澤が肩を抱いてくれたとき、
思わずほっとしてしまったこと。
中澤のことを憎んでいるわけではない。
だが、心は許せない。決して信用したくない。
それなのにこんなとき、
自分が恐怖にとらわれたとき無意識に頼ろうとした。
守ってくれるのでは、そう思ってしまった。
そんな自分が口惜しくて藤本は、何も言えずただ唇をかんでいた。
- 418 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:21
- その沈黙をどうとったのか、中澤は更に言った。
「もしあんたが気が進まないんやったら
こっちの仕事は関わらんでええ。
平家のサポートに回ってくれてもかまわんで」
中澤の言葉に藤本は反射的に顔を上げる。
中澤の言葉が侮蔑や同情でないことはわかる。
だがそれでも反発する感情は抑えられなかった。
「いえ、やります」
短いが強い調子の言葉に中澤は、振り返らないまま頷くと
それ以上何も言わなかった。
だが、すぐ後ろを歩く彼女に、気付かれないように
小さく一度溜息をついていた。
- 419 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:22
- 抗争部門といってもこの御時世、
毎日のように小競り合いを繰り返しているわけではない。
警察の目もうるさいし、何より一々ドンパチしていては
被害が大きいだけで見入りは少ない。
普段の仕事といえば、シマの店の用心棒とみかじめ料の徴収が主である。
そして、他の組のシマへ睨みをきかせ、隙があればそのシマを奪う。
もちろんその逆もあり得るため警戒は常に怠らない。
実際に刃物や銃を交わすことは少ないが、
それでも緊張を解くことができない部門だ。
中澤は最初は、稲葉らと共にシマへ挨拶まわりに行ったが、
それ以降は大きなヤマ以外には顔を出さなかった。
稲葉があまり乗り気にならないということもあったが、
大物が出ていけば、面子があり引く場面でも引けないときが多々ある。
もちろん上が出ていかねばならないときもあるが、
それ以外のときはめったやたらに若衆は出ない方がいい。
稲葉にそう忠告されていたのだ。
中澤は素直にそれに従っていた。
自分に実戦の経験が少ないのは否めない事実だ。
ならばしばらくはベテランの意見に従う。
中澤はそう考えるだけの度量はあった。
もっとも若衆と言われたときには、苦笑するしかなかったが。
- 420 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:23
- 「若衆っていうのはどうにかならん?」
ある日、中澤は稲葉に苦笑しながら、そう言ったことがあった。
初めて会ったとき姐さんと呼んだ稲葉だったが、次に会ったとき、
「もう姐さんも若衆の一人になったんですから、
若か若衆って呼ばせてもらいますわ」
と言ったのだ。
組長の下には直属の舎弟組と若頭、
そしてその下に若衆と呼ばれる幹部が続く。
裏部門のセクションを一つ預かった以上、
中澤は若衆の一人といってもさしつかえない身分になったのだ。
だが、中澤にとってはあまり好ましい呼ばれ方ではない。
- 421 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:25
- 「じゃあ、若にしますか」
苦言を言われた稲葉はそう返したが、中澤はますます苦笑する。
「いや、それもいやや。姐さんでええやろ」
「姐さんは軽すぎます。
他にも面子が立ちませんやん」
「そうか?そんなことないと思うんやけど」
「いや、これは慣わしですから、若は若ですわ」
頑固な稲葉の言葉に中澤は肩をすくめ、それ以上言わなかった。
そしてふと思いついたように話題を変えた。
「そうや、藤本の件やけど」
「ああ、あの娘ですか。どうしました?」
「前も言ったけど、鍛えて欲しいんや、ほんまに。
あんたが手が空いてるときでええから、
週に一度ほど頼めんか」
「やけに思い入れがあるんですね。あの娘に」
稲葉の言葉に中澤は少し困ったような表情になる。
「ま、よんどころない事情があってな。
早く一人前にしてやりたいんや」
中澤の言葉に稲葉は少し考え込むポーズを見せたが、やがて頷いた。
「まあ、若衆の言うことですし、無下にもできませんわ。
週一度くらいならなんとかしますわ」
「そうか、頼むな」
中澤はそう言って話を切り上げようとした。
だが、稲葉がそれを引き止める。
- 422 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:27
- 「ああ、そうそう。若衆にもう一件案内する店があるんですわ。
今日はちょっと他の店に回らんといけないんで無理ですが、
明日の夜か明後日の夜でも空けといてください」
「どんな店や」
「店自体は普通のちっちゃな店ですが、入ってるビルが
どこの組にも入ってないヤツでして。
でも、昔からウチにみかじめ料払ってるんで
ウチのシマと言ってもいいんですが」
「何か問題でもあるんか?」
「T会が狙っとるんですわ。このビルを」
稲葉の言葉に中澤は興味深げな表情になる。
T会とは河内組と昔から対立を続けている組だ。
勢力はほぼ拮抗しており、河内組とのシマ争いは
泥沼化していると言っても過言ではなく、
二つの組の勢力図は複雑に入り組んだものになっている。
- 423 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:28
- 「T会の組長がそろそろ引退するって噂なんですわ。
それで若頭と若衆のトップの後継者争いになっとるそうです。
それで、手柄争うために動きが活発になってきたというわけです」
「なるほど。やけに最近動きがあるのはそのせいやったんか。
どこの組も似たようなもんやな」
中澤はそう呟くと、稲葉に明後日空けとくわと伝え、
今度こそ話を切り上げた。
事務所に戻ろうとする中澤に稲葉は
「では、明後日の昼にでも藤本さんの件やらせていただきますわ。
こちらに寄越してください」
と言って一礼し、見送ったのだった。
- 424 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:29
- 仕事を終え、マンションに帰ってきた中澤は、
リビングに入り真っ先に目に飛び込んできた
大きなぬいぐるみを見て苦笑いを浮かべた。
二人で行ったディズニーランド。
一日中はしゃぐ矢口と一緒にさんざん回った後、
大きなぬいぐるみと小さなぬいぐるみ、二つを買わされた。
てっきり二つとも、矢口が自分の部屋に置くものと思っていたのに、
大きいのはリビングに置くと言って、困った表情の中澤を無視して
ソファーに置いてしまったのだ。
それ以来そのぬいぐるみは、ソファーの三分の一を占領している。
中澤としては完全に納得しているわけではないが、
動かしたら矢口の機嫌が悪くなるのは目に見えているし、
気が変わるまで気長に待とう。
彼女を知る人なら皆、意外に思うだろうが、
中澤はそんな風に半ば諦めていた。
- 425 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:30
- そんなことを苦笑しつつ思いながら、中澤は矢口の姿を探した。
だがキッチンにもいる様子はない。
「部屋におるんか」
そう呟きつつ自分の部屋に入ろうとして
矢口の部屋の前を通ったとき、中から矢口の声が聞こえてきた。
『無理だって前言ったじゃん。絶対無理だからね』
どうやら電話で話しているらしい。
聞くとはなしに聞きながら自分の部屋に入ろうとしたとき、
矢口の部屋のドアが開いた。
「あ、ごめん。裕ちゃん、おかえり!」
「ああ、ただいま。電話してたんか?」
「うん。大学の友達から」
「なんや、もめてたみたいやけど」
中澤の言葉に矢口は、困ったような表情になり言葉を濁す。
中澤はわずかに首を傾げたが、
特に詮索するつもりもなくそのまま部屋に入った。
矢口は何も言わずその後に続いた。
- 426 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:32
- 中澤はそんな矢口に苦笑しながら訊いた。
「どうしたんや?」
優しい口調だったが矢口の表情は固い。
中澤は軽く肩をすくめると、上着だけを脱いでベッドに座った。
そして、矢口を手招いた。
素直に隣に座った矢口に中澤はまた訊く。
「なんや。ケンカでもしたんか?」
中澤の言葉に矢口は、首を横に振ってから小さな声で言った。
「裕ちゃんって……」
「ん?」
「……」
「どうしたんや。なんや、おかしいで、今日のヤグチ」
「……裕ちゃんって、ヤグチのこと気になる?」
思いもしなかった問いかけに、中澤は一瞬戸惑う。
- 427 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:33
- 「当り前やんか。どうしたんや、急に」
「……さっきの電話ね、合コンに出て欲しいっていうのだったの」
矢口の言葉に中澤の表情が変わる。
それを見て慌てて矢口は続けた。
「ずっと断ってるんだけど、人数が足りないって言って。
でも、もちろん断ったよ」
「……そうか」
中澤は短くそう言っただけで
険しくなった表情はしばらく変わらなかった。
だが、すぐに大きく息を吐くと表情を和らげる。
「ま、学生やったら普通やな。でも、絶対断るんやで」
- 428 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:34
- 冗談ぽく言おうとしたが、中澤の口調は少し固かった。
それでも、矢口はほっとしていた。
怒られなかったことと、ちゃんと断れと言ってくれたことに。
自分のことを信頼してくれているからなのだろうが、
中澤は大学のことについて何も訊いてこない。
もっと気にしてほしいと思うのはわがままなのだろうが、
それでもたまには心配してほしい。
中澤が自分のことを大事にしてくれている、
そう実感することができるから。
だから、試すようなことを言ってしまったのだ。
だけど、ちゃんと言ってくれた。
そう心の中で嬉しく思いながら矢口は立ち上がろうとした。
だが、中澤に腕を引っ張られ体勢を崩す。
驚いて中澤の顔を見ると、そこにはさっきまでの固く険しい表情は無く、
いたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
- 429 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:35
- 矢口が首を傾げる間もなく中澤は矢口をベッドに押し倒す。
そして慌てる矢口の耳元で囁いた。
「試したな?」
「え?」
「うちを妬かそうとしたやろ」
中澤の言葉に矢口はますます慌てる。
「べ、別に」
「ま、まんまと乗せられてもうたけどな」
そう言いながら中澤は矢口の耳にキスをする。
思わずビクっとなりながらも矢口は抗議した。
「ちょっと……まだ、ご飯…作ってない……」
「後でええやん」
「だめだよ……んっ……」
- 430 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:36
- 矢口の抗議を無視して首筋に唇を落とす中澤。
更に抵抗しようとした矢口だったが、すぐに諦めモードに入った。
こうなったときの中澤を止めるのは難しいのは、
もう経験上知っている。
それに、最近中澤が忙しくて、なかなか一緒にいられなかった。
外で中澤がどんな仕事をしているのか、矢口は詳しく知らない。
どんな人と会っているのかも。
でも、この家、この部屋にいるときだけは中澤は自分だけのもの。
その中澤と久しぶりに過ごせる時間なのだ。
久しぶりに中澤を感じれるのだ。
一日くらい夜を抜いてもいいだろう。
それに、こうなったのも半分くらいは
自分の責任でもあるのだから……
矢口はそんなことを考えながら、
中澤の首に両腕を回したのだった。
- 431 名前:華山 投稿日:2003/09/26(金) 07:41
- 今日はここまでです。
すいません、お待たせしましたm(__)m
イタリアからは一週間くらいで帰ってきていたのですが、
宿題の作品を作って、そして現在テスト中で
なかなか話を書く時間を作れませんでした。
今日もこれから試験で、公衆衛生学と食品衛生学……全然勉強してない(^^;
>409 さま
レスありがとうございます。
期待に応えることができるようにがんばります!
これからもよろしくお願いします。
>410 さま
レスありがとうございます。
松藤編……どうなっていくかまだ未知数ですが、
必ず最後まで書きますので、これからもよろしくお願いします。
>411 さま
レスありがとうございます。
これからもがんばります。
>412 さま
レスありがとうございます。
すいません、お待たせしてしまいましたm(__)m
これからもお待たせしてしまうかもしれませんが、がんばりますので
よろしくお願いします。
- 432 名前:名無し毒者 投稿日:2003/09/26(金) 15:20
- 裕ちゃんかっちょいい!
作者さん勉強がんばれ!
- 433 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/27(土) 00:39
- やぐちゅー待ってました(w
作者さまお帰りなさい〜。
- 434 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/28(日) 18:36
- おかえりなさいまし。えぇ。ずっと、やぐちゅを待っていましたとも。
楽しみにしております。季節の変わり目、お体にはお気をつけて。
- 435 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 16:40
- 待ってました!!
やぐちゅー最高。がんがんお願いしまっス!!
- 436 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/16(木) 22:16
- あやみき再登場に期待
- 437 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 00:44
- 楽しみに待ってまーす。
- 438 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/03(月) 23:33
- 復活待ってまーす。
- 439 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:03
- 二日後、昼近く、中澤は藤本を呼んだ。
中澤の仕事が変わってから全く休みがない藤本だが、
少なくとも表面には疲れを見せていない。
そんな彼女の様子を、中澤は何も言わず見守っていた。
やってきた藤本に中澤は言った。
「藤本、今日の午後、何か用事あるか?」
何の前置きもなくそう言われた藤本は一瞬
怪訝そうな表情になったが、すぐに答えた。
「いえ、特には。
そろそろ今月の収支のまとめをしようかと想っています」
「そうか。ならな、午後からは事務所におんでええ。
稲葉のところに行ってくれ」
「稲葉さんのところですか?」
「そうや。前、言ったやろ。
稲葉にあんたを鍛えてもらう。話はついとるから」
中澤の言葉に藤本はやや緊張した面持ちになる。
ナイフを突きつけられた初対面から、
何度か稲葉と顔を合わせたことはあったが、
藤本は緊張を解くことがまだできずにいた。
あれ以来稲葉は攻撃的な言動はしていないのだが。
- 440 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:04
- 「……わかりました。
何時間くらい稲葉さんのところにいればいいのですか?」
藤本はそれが終わったら事務所に戻り、
仕事をするつもりでそう訊いた。
だが中澤はニヤリと笑いながら言った。
「あんたがバテるまで、って言いたいところやけど、
そんなこと言ったら絶対無茶するやろうからな。
とりあえず三時間って言っておいたわ。
最初に無茶して体壊されてもこまるからな。
それが終わったらすぐ帰り。
今日はもう仕事にならんやろうから。
それと明日も休みにしたる。
たまには、休みをやらんと、あんたのオトコに恨まれるからな。
まあ、あんたが動けんとイミないやろうけど」
- 441 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:05
- からかうように中澤がそう言うと、
藤本はわずかに眉を寄せたが、その軽口には乗らなかった。
こういうときは流すのが一番いい。
中澤との数ヶ月の付き合いで藤本はそう悟っていた。
そんな彼女の反応を見て中澤は、少し不本意そうな顔になったが、
藤本はかまわず一礼し、自分のデスクに戻っていった。
中澤は面白くなさそうにそれを見送る。
「なんや、冷たいな。
みっちゃんの影響やろか。つまらん……」
そんなことをぶつぶつと呟いていたが、
幸い誰の耳にも入らなかった。
- 442 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:06
- その夜、中澤は稲葉と約束した場所で彼女を待っていた。
部下を連れてくるかと思っていたが、稲葉は一人でやってきた。
人懐こいようで抜け目がないというのが、
中澤の彼女に対する印象だが、
このときもその印象は大きく変わらなかった。
「お待たせしてしまいましたか?若衆」
言葉は丁寧だが、目に鋭さは消さない。
だが、中澤はそれを不快には感じなかった。
「別に。どうやった?藤本は」
中澤の言葉に稲葉はやや興味深そうな表情になる。
「ほんまに気になるんですね、あの娘が。
どんな事情があるんです?」
「……言う必要のないことや。
あんたにも、あの娘にもな」
稲葉は不審そうな視線を一瞬向けたが、すぐに諦めたように言った。
「まあ、最初はあんなもんでしょう。
明日はよう動かんとは思いますが」
「そうか」
中澤はそう言っただけで、それ以上藤本の話題には触れなかった。
それでも稲葉は時折、探るような視線をつい向けてしまったが。
- 443 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:07
- 稲葉が連れてきたところはさほど大きくはないが、
一等地と言っていいところに建っているビルだった。
この周辺は抗争の激しい地区だ。
それなのに、このビルはどこの組のシマでもないと聞いた。
何か事情があるのか。
よほど大きなバックがあるのか。
中澤はそんなことを考えながら三階にある店に案内された。
『道』という平凡な店名に、彼女は一瞬記憶巣を刺激されたが、
何も形となってはこず一瞬で消えた。
中に入ると他に客はなく、
カウンターの奥に座っていた女が慌てて立ち上がった。
「久しぶりやね、ユキさん」
稲葉の言葉に中澤はまた記憶を刺激された。
不思議に思いながら女の方を向いた彼女は、一瞬目を細める。
そこに見知った人物の姿を見つけたから。
同時にその女も中澤に気付き、一瞬怪訝そうな表情になった後、
懐かしそうに笑った。
- 444 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:08
- 「お久しぶりね、裕子さん」
裕子さんという呼ばれ方に、中澤はくすぐったそうに笑う。
「久しぶりやな。店、変わったんか」
中澤はそう言いながらカウンターの席に座った。
二人のやり取りを見ていた稲葉もその隣に座る。
「なんや、若衆、ユキさん知ってはったんですか」
稲葉の問いかけに中澤は黙って頷く。
ユキと呼ばれた女性、前田有紀は
中澤が東京に出てきてすぐくらいからの知り合いだった。
会ったこともない父親にいきない東京に呼び出され、
望みもしない仕事をさせられ荒れていた頃。
仕事の関係で訪れたスナックで中澤は、
当時その店で働き始めたばかりの前田と出会った。
前田も地方から出てきたばかりで、
それで話が合ったのかもしれない。
中澤は仕事とは関係なく何度かそのスナックに通った。
そのスナックの店名も『道』といった。
- 445 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:10
- 「同じ名前ってことは、二号店みたいなもんか、ここは?」
ビールを注いでくれる前田に中澤は訊いた。
前田は曖昧な笑みで頷く。
「そんなところかしら。でも、あなたが若衆なのね。
河内さんのところで、大きく人が変わったって噂はあったけど」
二人にビールを出しながらそう言う前田に、
今度は中澤が曖昧な笑みで頷いた。
稲葉が代わって、ここらのシマの担当を
中澤がすることになったことを説明すると、
前田は半分驚き、半分同情を込めた視線で中澤を見る。
その視線を見た中澤は、少し不機嫌そうにビールを飲み干した。
前田は中澤が、望まない仕事をさせられていることを知っている。
それなのに、順調に出世しているとも聞いた。
ここ数年は会っていなかったが、噂は流れてくる。
そんな噂を前田は聞き流していたが。
- 446 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:11
- しばらく酒が進んだ頃、中澤は前田にいつ店を持ったのか訊いた。
前田は少し考え込んでいたが、やがてそれに答える。
「ここには昔からスナックがあったんだけど、
その店のママが男と駆け落ちした後、
このビルのオーナーが『道』のママに二号店を出せって言ったの。
そう、半年くらい前だったかしら」
そこまで言って前田は、中澤に勧められたビールを飲んだ。
中澤は彼女のグラスに、ビールを足しながら続きを促す。
「そのオーナーっていうのが、『道』のママの男だったから。
彼としては、ここを密会の場所に使いたかったんでしょうね」
「なるほど。金持ちの考えることはわかりやすいな」
中澤の言葉に前田は苦笑しながら頷く。
「そう。わかりやすすぎたのよね。
それが奥さんにばれそうになって、
慌ててママをここで働かせるのをやめて、
急遽私が代役で放り込まれたわけ。
ばれそうになって慌てて店出すのまで取りやめたら
余計に怪しまれるからって。
あのときのオーナーの慌てぶりは面白かったわよ」
「ふ〜ん。金持ちのボンボンか?そいつ」
「ま、そうね。苦労を知らない典型的な三代目。
でも、まあ、いい男だけど」
- 447 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:13
- 前田はそう言ってそのオーナーの名前を中澤に教えた。
代議士とも繋がりのあるゼネコン関連の社長。
その名前を聞いて中澤は納得した。
このビルがどこのシマにもならないわけを。
金持ちと政治家にはケンカを売らないのが、ヤクザにとっても得策だ。
うまくパイプを繋げば莫大な利益になる。
このビルをシマにして取れる金よりも
はるかに大きな金が転がってくる可能性がある。
頭のいいヤクザなら当然の判断だ。
それなのに、T会がこのビルを狙っていると稲葉は言っていた。
何か別の思惑があるのか。
それとも、功を焦っているヤツがいるのか。
中澤がそんなことを考えながら、
グラスに残ったビールを飲んでいると、稲葉の携帯が鳴った。
ニ、三言、言葉を交わした後、稲葉は中澤に言った。
- 448 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:14
- 「なんや、S駅近くで小競り合いがあったみたいですわ。
ウチの組は関係ないみたいですけど、
ちょっと確認しに行ってきます。
部下が確かあっちの方に今日行ってるはずなんで、
やっかいなことに巻き込まれたら、めんどうですから」
「ウチも行こうか?」
「いや、若衆が行ったら、余計に目立ちますわ。
私一人で大丈夫です。じゃあ、失礼します」
稲葉はそう言うと立ち上がった。
前田はそれを入り口まで見送る。
中澤は特に気にした様子もなく飲み続けた。
稲葉の答えは予想できていたし、
あの口ぶりからすると本当に大したことないのだろう。
稲葉の能力を認めている中澤はそういう点では、彼女を信頼していた。
- 449 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:15
- 前田はすぐに戻ってきたが、
カウンターには入らず中澤の隣に座った。
自分に少しもたれかかるように座った前田を、
中澤は気にする様子もなく、空いた二つのグラスにビールを注ぐ。
そして、ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
しばらく二人は無言だったが、ぽつりと前田が呟いた。
「なんか……凄みが出てきたわね、昔に比べて……」
中澤はどう応えていいかわからず、ただタバコを吸う。
そのタバコを前田は取って、自分も吸った。
そんな前田の横顔を中澤は複雑な表情で見つめた。
昔、中澤と前田は一時期関係があった。
それはすぐに盟友といった方が、
ふさわしいものに変わっていったが。
それでも、久しぶりに会った今、急に時間が巻き戻ったような、
そんな錯覚に似た感情が心の片隅に生まれるのを二人は感じていた。
- 450 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:16
- 「結婚はしたんか……?」
唐突ともいえる中澤の問いかけに、前田は苦笑を浮かべる。
「してないわ」
「……そうなんか」
もう一本タバコを抜き、中澤はそれを手の中で弄んだ。
別に深い考えがあって訊いたわけではないはず。
だが、どこか釈然としない。
前田はそんな中澤の手を取りながら言った。
「貴女以上にいい人にめぐり合えてないから……
そう言ったら、どうする?」
前田の言葉に中澤は彼女の顔を見つめた。
そして、困ったように笑う。
- 451 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:17
- 「それは……困る……かな」
中澤の答えに前田は笑った。
だが、それは寂しげな影があった。そう中澤は思った。
急に真顔になると、中澤は前田の手から
火のついたままのタバコを取った。
そして、少し驚いたような表情になった前田に、
何の前触れもなく唇を寄せる。
次の瞬間、二人の唇は重なった。
それはほんの短い時間でしかなかった。
唇が離れたとき、前田は少しからかうような口調で言った。
「困るんじゃなかったの?」
だが、中澤の表情は真面目なものだった。
前田はそんな彼女の視線に笑みを消す。
- 452 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:18
- 「ああ、困る」
短くそう言うと、中澤はまた前田にキスを落とした。
前田の腕が中澤の背中に回る。
中澤は唇を重ねたまま、タバコの火を消すと
強く前田の体を抱き寄せる。
少しずつ深くなっていったキス。
それが離れたとき、前田は目で店の奥のソファーを示した。
中澤はわずかに目を細め、囁くように訊いた。
「客が来たらどうするんや」
「……さっき、稲葉さんを送ったとき、クローズかけてきたわ……」
中澤は苦笑直前の表情を浮かべると、
また軽く前田のキスを落とした。
そして、彼女を抱きしめたまま、立ち上がったのだった。
- 453 名前:華山 投稿日:2003/11/13(木) 20:19
- 今日はここまでです。
すいません、お待たせしてしまいました。
でも、次の更新もいつになるか、まったく目途が立ちません。
放置だけはしたくないと思っているのですが……
本当にすいませんm(__)m
レスをくださった方、保全してくださった方、
本当にありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします!
一応、次はあやみきの予定です
- 454 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 00:17
- 復活わっしょい〜(w
ありがとう〜!!
中澤さんに前田さんですか(w
のんびり待たせていただきます。
- 455 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/17(月) 14:10
- あっやみきオイあっやみきオイ
- 456 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/24(月) 12:39
- すげー、姐さんと前田さんかw
初めて見た組み合わせです。
- 457 名前:名無し読者。 投稿日:2003/12/07(日) 23:01
- ゆきどんと姐さんって・・・(w
面白い〜。
- 458 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/14(日) 15:17
- のんびり待っていまーす。
お忙しいでしょうが・・・放置だけはしない方向でお願いしま〜す。
- 459 名前:華山 投稿日:2003/12/31(水) 21:58
- 家に帰り着いた藤本はなんとかベッドまで
足をひきずりながら進むと、バタリと倒れこんだ。
もう一歩も動けない。
着替える気力すらない。
稲葉の特訓は想像以上というより、想像すらできないレベルだった。
学生時代、バレー部で体を動かしてきたつもりなのに、
そんなもの何の役にも立たなかった。
最初の30分で全体力を使い果たし、
その後の一時間は気力で、その後は意地で動いた。
だけど限界だった。
稲葉はそんな藤本の根性を笑いながら認め、特訓を終えた後
木村を呼んで部屋まで送らせたのだ。
だが、藤本本人は木村や稲葉にまともに礼を言うこともできず、
倒れこむように帰った。
中澤が明日を休みにしてくれて不本意だが助かった。
とてもじゃないが動けるとは思えない。
着替えないと、せめてシャワーでも浴びないと。
そう思う自分もいるが体が完全に裏切っている。
せめて、顔だけでも……
そんなことを思いながらいつしか藤本は目をつぶっていた。
- 460 名前:華山 投稿日:2003/12/31(水) 21:59
- 何度か携帯が鳴ったような気がするが藤本は目を覚まさなかった。
だが、そのメロディーが不意に変わった。
ほとんど寝ていた藤本だが、そのメロディーが意識層を刺激し、
重い瞼をゆっくりとあけた。
全く動かない頭をゆっくりと振り、藤本は緩慢な動きで
メロディーがする方に手を伸ばした。
だが、この音はメールではない。
そう、たしか、自分にとって……
そんなことを思いながら通話ボタンとおぼしき場所を押した。
なんとか耳にあてたが声を出す気力もな藤本。
しばらくの沈黙の後、ためらいがちに、
もしもしという声が聞こえ、慌てて飛びおきようとしたが
体はその意思を裏切り、痛みを覚えただけだった。
だが、そのおかげでなんとか目が覚め慌てて言葉を返す。
- 461 名前:華山 投稿日:2003/12/31(水) 22:01
- 「あ、亜弥ちゃん。
ごめん、ごめん。寝てたんだ」
明らかに寝起きの声に、電話の相手松浦は
少し申し訳なさそうな声に変わる。
『ごめんなさい。寝てるときにかけて』
松浦の声に藤本はますます慌てる。
「そんなことないよ。
寝るつもりなかったんだけど……その、今、何時?」
『え?10時過ぎだけど……』
松浦の答えに藤本は驚く。
確か帰ってきたとき、まだ6時にはなってなかったはずだ。
寝るつもりはなかったのに。
こんなに時間が経っているとは思わなかった。
「そうなんだ……帰ってすぐ寝ちゃったんだ」
独り言のような藤本の言葉に松浦は言った。
『あ、それでメール返ってこなかったんだ。
お仕事かなって思ってたんだけど……』
「メール送ってくれてたの?
……そういえば、音が鳴ってたような……」
- 462 名前:華山 投稿日:2003/12/31(水) 22:02
- 藤本は苦笑しながらそう言った。
うつ伏せに寝たまましゃべることが
意外としんどいということに気付き、今度は
ゆっくりと体を起こしたが、節々が痛み思わず藤本は小さくうめく。
それを聞いた松浦が心配そうに訊いた。
『みきたん、どうしたの?
そんなにお仕事大変だったの?』
「ん?あ〜そういうわけじゃないんだけど……
ちょっと運動したら、体中が痛くて。
ダメだね、やっぱろ日頃から動かさないと」
ごまかすように笑いながらそう言った藤本に、松浦も小さく笑う。
『大丈夫なの?明日のお仕事』
「ん〜大丈夫。明日はお休みもらったから」
『そうなんだ。ホントに不定期なんだね』
「そう。全然予定立てられなくて困るんだけどね」
苦笑しながらそういう藤本に、松浦は
しばらく考え込んでいた様子だったが、やがてためらいがちに言った。
- 463 名前:華山 投稿日:2003/12/31(水) 22:03
- 『あの、お休みだったら……』
「ん?」
『ううん。やっぱりいい』
松浦の言葉に藤本は首を傾げながら言った。
「なに?気になるじゃん。言ってよ」
『……もし、お休みなんだったら……会えない?』
自信無さ気に小さな声でそんなことを言う松浦に、
藤本は思わず笑みになる。
即答でもちろんと答えようとしたが、一瞬躊躇う。
もちろん、藤本も松浦に会いたい。
だが、こんな状況で明日体が動くだろうか。
そんなことを自問していると、慌てたように松浦が言った。
- 464 名前:華山 投稿日:2003/12/31(水) 22:04
- 『あ、でもダメだよね。
しんどそうだし、みきたん』
「そんなことないよ!大丈夫。会おうよ。
私も亜弥ちゃんに会いたいし」
『ホントに?いいの?』
「もちろん。学校何時に終わるの?
前のところで待ってるから」
『良かった〜4時には行けると思う』
「わかった。じゃあ、4時に待ってるね」
『うん!』
本当に嬉しそうにそう言ってくれる松浦に、
藤本はまた自然と笑みになる。
どんなにしんどくてもこの娘の声を聞いていると癒される。
そんなことを思いながら藤本は松浦との会話を楽しんだのだった。
- 465 名前:華山 投稿日:2003/12/31(水) 22:06
- 今日はここまでです。
ぎりぎりで年内にもう一度更新できました。
お待たせしてしまい本当に申し訳ありませんm(__)m
一ヶ月の校外実習を終え、ようやく自由の身になりました。
本当はもっと長く更新したかったのですが、
書いていると年内に間に合いそうになかったので、
とりあえず今日はここまででお許しください。
休みはあと一週間ありますので、その間にまた更新したいと思います。
あまり説得力はないかもしれませんが(^^;、
放置は絶対にしません。
レスをくださった方、本当にありがとうございました!
これからもよろしくお願いします!!
次もあやみき続きます。
- 466 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/01(木) 01:05
- 更新だ〜!!待ってました(w
忙しい中、本当にありがとうです。
HPのほうも気が向いたら・・・お願いします。(w
のんびり楽しみに待ってます。
- 467 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/02(金) 09:48
- 作者さまおつかれさまです
アタシも楽しみに待ってます
- 468 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/03(土) 01:48
- お帰りなさい、待ってました。
- 469 名前:華山 投稿日:2004/01/07(水) 18:01
- 前に待ち合わせをしたときと同じN駅。
藤本はまた少し早めに着いた。
だが、前のように緊張することも、
また目の前を通る女子高生を見やることもなかった。
別にもう松浦と会うのにもう慣れたとか、
周囲に無関心とかいうわけではない。
ただただ体の節々を襲う痛みに一人静かに耐えていたのだ。
昼過ぎにようやく目が覚めたとき、藤本は最初声が出なかった。
次に全く動くことができなかった。
筋肉痛なんていうレベルじゃない。
体中が悲鳴を上げているという感じだ。
半ば這うようになんとかシャワーを浴び、
薬を全身に塗ってなんとか動けるようになった。
そのときにはもう時間が迫っており、着るものを悩む余裕もなく
適当に近くにあった服を着て、外に出た。
- 470 名前:華山 投稿日:2004/01/07(水) 18:03
- しばらくは歩くのもしんどかったが、
なんとかその痛みにも慣れ、駅まで辿り着いた。
だが、改札前の柱にもたれかかってしまうと、
もう動く気になれずただ一見ぼんやりと、
だが、一人密かに苦痛に耐えていたのだ。
もし、こんな状態で仕事に行っていたら、
中澤のかっこうのからかいのまとになっていただろう。
次の日に筋肉痛がくるなんて若い証拠やんか、などと言いながら
肩なり背中なりを叩かれうめいていたかもしれない。
休みで本当によかった。
藤本は痛みを紛らわすために、
そんなとりとめのないことをぼんやりと考えていた。
だから、息を弾ませながら走ってきた松浦に気付かなかった。
声をかけられようやく気付いた藤本は振り返ろうとして、
首と肩に走った痛みに思わずうめく。
それを見た松浦が心配そうに言った。
- 471 名前:華山 投稿日:2004/01/07(水) 18:05
- 「大丈夫?みきたん。
そんなに痛いの?」
「ううん、大丈夫大丈夫……」
ひきつりながらも笑顔を作った藤本だったが、
松浦の心配そうな表情は変わらない。
「ごめん。そんなに辛いなんて思ってなくて……
ホント、ごめん」
少し泣きそうにそう言う松浦に、藤本は慌てる。
「そんなことないよ!
そんなことないから、謝らないで。ね」
「……うん」
まだ表情を変えない松浦に、藤本は松浦の肩に手を置いて
まっすぐに彼女の顔を見つめる。
もちろん、腕を上げたときも痛みが走ったけど、
そんなことは無視して。
「それに、私も、ううん、私が亜弥ちゃんに会いたかったんだ。
そうじゃないと、どんなに頼まれたって来ないよ。
だから、気にしないで」
- 472 名前:華山 投稿日:2004/01/07(水) 18:07
- まっすぐに藤本に見つめられ、心なしか松浦の頬は
赤くなったがそれでもようやく笑った。
それを見て藤本もほっとしたように笑う。
だが、なんか照れくさくなって、
困ったような笑みに変えるとさり気なさを装いながら、
松浦の肩から手を下ろす。
そして、明るい声で言った。
「じゃあ、今日はどこ行こうか?
またプリクラ撮る?」
「うん……でも、ホントみきたん大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
そう言いながら、大丈夫だとアピールしようと
腕を回そうとした藤本だったが、急な動きに
今まで以上の痛みが走り、肩を押さえながらまたうめく。
慌てて松浦は藤本の肩に触れた。
藤本は苦笑いを浮かべ、少しだけ情けない声を出す。
「う〜ん。いつも通りってわけにはいかないみたい。
でも、大丈夫。体を動かさなかったら、普通通りだから」
「それって、普通じゃないよ」
松浦は笑いながらそう言う。
藤本も頷きながらまた苦笑する。
- 473 名前:華山 投稿日:2004/01/07(水) 18:09
- 「じゃあさ、みきたん、ウチに来ない?
私、ご飯作ってあげる。
どうせ、みきたん、こんな調子だったらご飯作れないでしょ」
松浦の提案は、藤本にとって全く予想していないものだったので、
一瞬、え?って感じの表情になる。
松浦は笑って、おいでよと言うだけ。
「でも、家の人、迷惑じゃない?」
「大丈夫。お父さんもお母さんも仕事で今日は帰ってこないから。
けっこう、一人のときの方が多いんだ」
松浦の言葉に藤本は心の中だけで首を傾げた。
普通に聞けばかなり寂しいことを言っているのに、
松浦の口調も表情も普通だ。
勝手に藤本が思っていたのだが、
彼女は普通の家庭で育ったと思っていた。
だが、もしかしたらそうではないのだろうか。
だが、そんな考えは松浦の笑顔ですぐ消えてしまった。
- 474 名前:華山 投稿日:2004/01/07(水) 18:10
- 「いいの?」
「うん!私、けっこう料理上手なんだよ。
それに新しいDVD買ったばかりだから、一緒に見ようよ」
松浦の言葉に藤本は頷いた。
正直に言えばあまり動き回りたくはない。
それに、松浦の言うように帰ってもこの調子だったら
夕食を食べる気にもならないだろう。
松浦の提案は藤本にとってありがたいものだった。
「そうだね。じゃあ、遊びに行かせて」
藤本の言葉に松浦は嬉しそうに笑って
手を繋ごうと藤本の手をとった。
そのときも軽い痛みがあったのだが、
藤本は不思議とそれを感じなかった。
藤本は笑って松浦の手を握り返し、
そのまま彼女の家に向かったのだった。
- 475 名前:華山 投稿日:2004/01/07(水) 18:16
- 今日はここまでです。
本当は、前の更新でここまで書くつもりだったのですが……
まだ、あやみきシーン続きます。
明日から学校かぁ……
>466 さま
レスありがとうございます!
遅い更新で本当にすいませんm(__)m
HP……なんとか、こっちも更新しました。
これからも、よろしくお願いします。
>467 さま
レスありがとうございます!
次の更新は……なるべく早く書くつもりですが、
のんびりお待ちください。
これからもよろしくお願いします。
>468 さま
レスありがとうございます!
本当に、お待たせしましたm(__)m
次の更新もお待たせしてしまうかもしれませんが、、、、
すいません、のんびりお待ちください。
これからもよろしくお願いします。
- 476 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/07(水) 21:10
- HPでも書かれいるのですか?
不躾ですが、アドレスを…
せめてヒントだけでもいただけないでしょうか?
作者様の文章すごく好きなんです。
- 477 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 20:50
- 松浦の家はそこそこ高級なマンションだった。
藤本の目から見れば広すぎるそのマンションを見て、
ああやっぱりお嬢様なんだなと、藤本はぼんやりと思った。
もちろんそんなことを羨望するほど子どもではないので、
素直に納得しただけだが。
綺麗に調度品が整えられ、清掃も行き届いているリビングで
藤本は勧められるままソファーに腰かける。
何か飲み物持ってくるねと言ってキッチンに向かった松浦の後姿を
ぼんやりと見つめながら藤本はなかなか治まらない痛みと戦っていた。
はぁ〜この調子でこの先やっていけるんだろうか。
滅多にないことだが藤本は少し弱気になっていた。
一人でいるときや、中澤たちといるときは考えたことはない。
なのに、どうして急にこんなことを思うんだろう、
藤本は自分で自分に疑問を感じていると、松浦が戻ってきた。
- 478 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 20:52
- 「紅茶で良かった?」
松浦の言葉に藤本は慌てて笑顔になって頷いた。
松浦はほっとした様子で藤本の前にティーカップを置く。
お茶には詳しくない藤本だが、その香りの良さに
いいお茶なんだろうなとぼんやりと思いながら口をつける。
「おいしいね」
我ながら平凡な感想だと思いながら藤本がそう言うと、
松浦は嬉しそうに笑う。
ソファーに座ってとりとめのない話をしながら
お茶を飲んでいたが、やがて、松浦は思い出したように、
DVDを見よと言ってテレビをつけた。
一時間ほど見たところで、松浦が
「ごめん、ちょっと止めていい」
と言ってリビングを出ていった。
トイレかな、藤本はそんなことを思いながら少しぼんやりしていると、
急激に眠気が襲ってくるのを感じた。
昨日の疲れはまだ取れていない。
なのに、痛みを堪えてけっこう無理をしていた。
それが一気に襲ってきたのだ。
ダメだと思いながら少しだけと藤本はソファーに横になる。
そして、そのままダメだと思う間もなく眠りについてしまったのだった。
- 479 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 20:54
- リビングに戻ってきた松浦は
横になって寝てしまっている藤本を見て小さく笑った。
その寝顔が子どもみたいでかわいいと思ったから。
起こさないように静かに彼女の側に膝をついてその寝顔を見つめる。
そんなに疲れてたんだ。
そんなことを思いながら松浦はそっと頬に触れる。
藤本のことを自分はあまり知らない。
家族のこととか仕事のこととか藤本はほとんど話してくれないから。
だけど、それは松浦も同じ。
自分の家族のことは話したことはなかった。
もちろん、それは自分の親のことを知られたくないから。
今まで松浦は父親のことを恥じたり、
必死になって隠したりしたことはなかった。
少し特殊かもしれないが、自分のことを愛してくれる父親であり、
育ててくれた母親だから。
- 480 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 20:55
- だけど、藤本には絶対にばれたくない。
初めてそう思った。
会ってそんなに時間が経ったわけではないのに、
藤本の存在は松浦にとって大きなものになっていた。
だから、今日だって、彼女が疲れているとわかってたのに
会いたいと言ってしまった。
もし、自分の出自を知って藤本が自分を見る目を変えたら。
今までもなかったわけではない。
だが、松浦はそんなことで自分を見る目を変える人など、
本当の友人ではないと思って気にしてなかった。
だけど、藤本にそれをされたら……立ち直る自信がない。
松浦はそんなことを思いながら藤本の顔を見つめていたが、
やがてその寝顔に誘われるように彼女に寄り添うように眠りについた。
- 481 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 20:57
- ふと寒さを覚えて藤本は目を覚ました。
ゆっくりと回りを見て自分の部屋でないことに気付き、
慌てて起き上がろうとして、すぐ横にいる少女の存在に気付く。
「寝ちゃったんだ、私」
藤本はそんなことを呟きながら松浦の寝顔を見つめた。
かわいい。素直にそう思った。
だけど、そんなことを考えている場合じゃない。
人の家に遊びに来て寝てしまうなんて失礼だし、
このままだと松浦が風邪を引いてしまうかもしれない。
だが、藤本はそう思いながらも、彼女を起こすことができなかった。
起こすのがかわいそうと思うくらい彼女は気持ち良さそうに寝ている。
そして、藤本はその寝顔を見つめていると目を逸らせなくなっていた。
- 482 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 20:59
- その視線に気付いたのか、松浦はゆっくりと目を開けた。
松浦の顔を見つめていた藤本は、
彼女と至近の距離で見つめ合うことになる。
藤本は内心慌てたが、何故かそれは表情には出ず、
自分でも驚くくらい落ち着いた声で彼女に声をかけた。
「こんなところで寝たら、風邪ひくよ」
藤本の声に、松浦は少し困ったように笑う。
「みきたんだって」
「そうだね……」
そう言うと藤本は何故か言葉を失った。
ただ松浦の顔を見つめる。
松浦はそんな藤本に少し首を傾げた。
その仕種がきっかけになった。
- 483 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 21:00
- 後からどう考えても理論的な理由を
見つけることができなかったが、藤本はこのとき自分の心に
不意にわきあがってきた感情に従って行動した。
いや、そんなことを何も考えず、何も感じず、藤本は動いていた。
少し上体を起こし、松浦の顔を少しだけ高い位置から見つめると、
何も言わず彼女に顔を寄せた。
松浦は驚いた顔も見せず自然と目をつぶる。
松浦にも何故このとき目をつぶったかなんてわからない。
ただ、このときそうするのが彼女にとって自然なことだった。
一瞬の後、二人の唇が静かに重なる。
ほんの短い時間で二人は離れた。
どんな表情を浮かべていいかわからず、
また困ったように笑う松浦の顔に、
ようやく藤本ははっとしたように体を起こした。
- 484 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 21:02
- 「あ、その……ごめん」
さっきまでの落ち着いた態度はどこかに消え去り、
藤本は動揺を隠せない。
そんな彼女に松浦はまた笑う。
「謝ることじゃないでしょ」
「そ、そうかな」
「そうだよ」
松浦はそう言って、ソファーに座りなおした藤本の膝に両手をつき、
下から見上げるように彼女の顔をのぞく。
藤本はそのあまりのかわいらしさにまた言葉を失った。
そして、次の瞬間何も考えず口を開いていた。
「亜弥ちゃん。私、亜弥ちゃんのことが好きだよ。
多分、最初に会ったときから……」
藤本の言葉に松浦は頬を染める。
だが、小さく頷いた。
- 485 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 21:04
- 「私も、みきたんが好き……」
松浦の小さな声に、藤本もまた頬が熱くなるのを感じる。
恥ずかしくなって視線を逸らそうとしたが、
彼女の両手が自分の頬に伸ばされかなわない。
何か言おうとしたが、こんなときに気の利いたセリフを言えるほど
こういう場面に慣れているわけではない。
一人そう焦っていると松浦が言った。
「みきたん……」
「ん、何?」
彼女から喋ってくれたことにほっとしながら
藤本は自分でも驚くほどの優しい声を出した。
松浦は頬を染めたまま口を開く。
「もう一回して……」
「え?」
「……だから、さっきの……」
消え入りそうな声でそんなことを言ってくれる松浦に、
藤本は思わず笑顔になりながら彼女の頬に触れる。
ゆっくりとキスを落とした。
松浦の両腕が藤本の背中にまわる。
藤本は彼女を抱きしめた。
それが自分にとってごく自然な行動だった。
キスが終わったら、もう一度自分の気持ちを伝えよう。
そんなことを頭の片隅で思いながら、藤本は松浦の唇を感じていた。
- 486 名前:華山 投稿日:2004/01/17(土) 21:08
- 今日はここまでです。
次は……どんな場面になるんだろ……
未定です。。。
>476 さま
レスありがとうございます!
えっと、以前にもHPについてご意見を頂いたことがありまして、、、
そのときの私の考えと答えを、
このスレの記事番号209、210、219、220、221の
メール欄に書かせていただいています。
ごらんになられて、もし私の勝手な考え方にご賛同いただけましたら、
メールをいただけないでしょうか?
折り返しURLを送らせていただきます。
すいませんが、よろしくお願いしますm(__)m
- 487 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:26
- 中澤は新たな部門を無難にこなしていたといえるだろう。
もちろん、河内組にしても、T会にしても
他の組にしても、末端で小競り合いはあっても、
全面対決になることはほとんどなく、現状維持が続くものだが。
それでも、その小競り合いでも無難に対処し、
シマを失ったことはまだない。
それは稲葉の力も大きかった。
稲葉という女は意外なほど細かい目配りができ、疎漏がない。
その助言に従って、中澤は失敗をしたと感じたことはなかった。
- 488 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:27
- その日、中澤は平家の報告を受け、
一日の仕事を終えようとしていた。
時計は11時を指している。
なんとか日付が変わる前に帰れるだろうか。
中澤がそんなことを考えていると、携帯が鳴った。
稲葉からだった。
滅多にないことであり、中澤は首を傾げながらとる。
話を聞いて中澤の表情がかすかに変わった。
それを見て平家は興味深そうな表情になったが、
中澤が電話を切った後も何も訊かなかった。
自分が担当でないことに首を突っ込むのは越権行為であり、
稲葉に対して失礼にあたる。
そんな平家の考えがわかる中澤は、
苦笑を向けただけで詳しくは言わない。
「また帰りが遅くなりそうや。
ヤグチがまた怒るな」
それだけ言うと中澤は事務所を出ていった。
平家はそんな中澤を、誰にもその感情を読むことができないような
無表情で見送ったのだった。
- 489 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:29
- 稲葉の電話は前田の店に、
T会の手下が押し入ったというものだった。
このビルは政治家とも繋がりのある金持ちのものであり、
しかも完全に傘下には入っていないが、河内組に
みかじめ料を払っている。
そういうビルであるにも関わらず、
T会がちょっかいをかけてきた。
その事実に中澤は考え込んだ。
T会の後継者争いは知っている。
もしかしたら、それは相当に深刻で、
組員の暴走を止めることができないほど混乱しているのだろうか。
それとも余程強いバックをつけたのか。
その金持ちとつながりがある政治家をも黙らせる程のバックを。
だが、中澤は情報収集を怠ったことはない。
少なくともT会がそんな力をつけたという情報は掴んでいない。
どういうことだろうか。
- 490 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:31
- そこまで考えてから、中澤は不意に
自分の心の中に別の感情があることに気付いた。
前田に対する心配だ。
決して弱い人間ではない。
だが、女一人でヤクザ数人と渡り合えるはずがない。
ケガなどはしていないだろうか。
中澤はそんなことを考えている自分に苦笑した。
考えても仕方のないことだ。
カタギの人間じゃあるまいし、ケガ云々を心配する、
そんな軽いレベルの話ではない。そう思ったから。
だが、車がビルに着いたとき、中澤はすぐその苦笑を消した。
回りを見回すが殺伐とした空気は残っていない。
もうT会の手下は帰ったのだろうか。
稲葉の姿も見えないが、『道』にいるのか。
中澤は油断なく辺りに注意を払いながら『道』に向かった。
- 491 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:32
- 「ああ、若衆。すいませんね。
こんなことで呼び出しまして」
中澤の姿を見つけた稲葉が声をかけてくる。
中澤は軽く頷きながら店内を見たが、荒れた様子はない。
さすがに女一人の店に手荒い真似はしなかったか。
内心でそうほっと息をついたとき、前田と目が合った。
変わった様子は見えないが、中澤と目が合った瞬間少し笑った。
それを見て、中澤は無言で頷く。
「とりあえず大事にはならんかったわけやな」
中澤はそう言うと稲葉が応えた。
「いきなり押し入ってきて、
わめき散らしていったみたいですが、
それだけで帰ってくれたみたいですわ。
とりあえず今日は、ですが。
せやけど、次に来るときは……」
「そうやな。当分は見回りを強化しといてくれ。
あと、T会について詳しく調べてや。
どうして急にこのビルを狙ってきたかを」
「わかりました。では、さっそく」
稲葉はそう言うと店を出ていった。
- 492 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:39
- それを見送った後、中澤は初めて前田に声をかけた。
「大丈夫やったか」
平凡だが、自分を心配するその言葉に、
前田は少し笑って言った。
「まあ、こんなところで店を出してるんだから、
これくらいの修羅場には慣れてるわよ」
「そうか」
中澤はそれだけ言って、カウンターのスツールに座った。
前田はその横に座る。
普段と変わらない様子で手下が押し入ってくる前に
来ていたのだろう客のグラスを簡単に片付け始める。
だが、その手がかすかに震えているのに中澤は気付いた。
だが、それに気付かないフリをしながら、中澤は言った。
「今日は早く閉め。商売する気分やないやろ」
「別に……」
つよがりを言おうとした前田の手を中澤は握った。
かすかな震えがそのまま中澤に伝わる。
前田はそれに気付き動きを止めた。
「すまん。
これからは、絶対にこんな目には合わさんように気をつける。
あまりしつこいようやったら、それ相応の対応も考える」
「……お願い」
前田はそれだけを言うとそっと中澤に体を預けた。
中澤は黙って彼女の肩に腕を回す。
- 493 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:41
- しばらく二人は言葉を交わさなかったが、
呟くように前田が言った。
「……今夜はずっと一緒にいて」
少し弱い小さな声。
中澤は困ったように眉を寄せる。
だが、何も言わずただ黙って彼女を抱き寄せた。
その表情の変化を前田は見なかったが、簡単に読める。
直接本人に聞いたことはないが、
かわいい女の子を自分のマンションに
住ませているという噂を聞いたことがある。
前の中澤だったら考えられないことだ。
その女の子に、かなり本気になっているのだろう。
そして、昔から中澤は女の家に泊まることはしないし、
一晩を過ごすことはない。
それでも、自分の言葉をすぐに否定できないのは優しさのせい。
だから、自分から言った。
「冗談よ。わかったわ。今日はもう閉める。
心配してくれてありがとう」
前田は中澤から体を離すとそう言った。
中澤は心配そうに彼女を見つめるが何も言えず、ただ頷いた。
そんな中澤の表情を見て、前田は苦笑したが、
それ以上は何も言わなかった。
- 494 名前:華山 投稿日:2004/01/29(木) 20:45
- 今日はここまでです。
なんか、前田さんとのシーンが気に入って
また書いてしまいました。
あまり本筋には関係ないのに……反省……
次は……未定ですが、平家さんを久しぶりに書きたいなぁ
>476 さま
メール届いたでしょうか。
もし、届いていませんでしたら、お手数ですがご一報ください。
お願いします。
- 495 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/30(金) 02:22
- 前田さんと中澤さんのCPって初めてみたような・・・(w
落ち着いたいい感じですね。
- 496 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/01(日) 01:33
- ちょっとみっちゅーシーン(w
やぐちゅーもどっかであるとうれしいな〜。
- 497 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/11(水) 13:55
- お忙しいのは重々承知なのですが・・・先が読みたいです(w
手が空いたら宜しくお願いします。
- 498 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:09
- 次の日の夕方、中澤は事務所で稲葉の報告を受けていた。
何故、この時期にT会が性急にあのビルを狙ってきたのか。
何が狙いなのか。その報告だった。
稲葉がこの事務所に顔を出すことは少ない。
稲葉の姿を見た平家は軽く挨拶をしただけで
二人の会話にはいっさい加わらなかった。
だが、稲葉の報告を受けた中澤は、一瞬考えた後平家を呼んだ。
稲葉にとっても平家にとってもその行動は意外だったらしく、
中澤の執務室で再び顔を合わせることになった二人は
少々困ったような表情を交し合ったのだった。
- 499 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:11
- 稲葉の報告によるとビルを狙っているのは、
T会というよりその若衆の一人上谷という男だった。
もともとは10数人の手下を従え、
あのビルのあるY駅を中心に活動していたグループの
頭だったのだが、10年ほど前T会の傘下に入った。
その後、強引で攻撃的な手法でシマを広げてきた。
その功績でメキメキと頭角を表わし、
後継者争いの有力候補に名を連ねるまでになったのだ。
そして、組長交代が近いと囁かれている今、
組のbQである若頭に差をつけ、後継者の地位を固めるために、
長年T会が狙っていたあのビルをシマにしようと動き出したのだ。
- 500 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:13
- 中澤はそこまで聞いてから稲葉に
上谷という男について詳しく訊いた。
稲葉はその質問も予想していたらしくすんなりと応える。
「T会の切り込み隊長と呼ばれとりますが、
それだけの攻撃力はあるとは思います。でも……」
「守備は弱いか?」
「守備というよりは、ここが弱いって言われてます」
稲葉はそう言うと自分の頭を指差した。
それを見て中澤は苦笑する。
「まあ、バカではないらしいんですが、単純な男だそうです。
T会でも少々持て余し気味らしいと聞いたことがあります。
功績は大きいのですが、失点も小さくないらしく。
他の組やグループと必要以上に
問題を起こすと言われとるそうです」
その言葉を聞いて中澤は考え込んだ後、平家を呼んだのだった。
- 501 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:15
- 中澤から上谷について聞かされた平家は、
何故自分が呼ばれたのか一瞬考え込んだ。
だが、すぐに彼女の意図に思い至ったらしく、
平家もまた考え込む様子を見せる。
そんな平家を見て稲葉は首を傾げた。
それを見て中澤が口を開いた。
「攻撃的で単純な男とまともにやりあったら、
こっちも被害が大きいからな。
それにウチはドンパチには弱いからな」
そう言って笑った中澤に稲葉は複雑な表情を返す。
つまり中澤は上谷やT会と刃を交えることなく、
この一件をかわそうとしているのか。
いや、かわすだけだろうか。反撃も考えているのか。
切れ者と評判の平家を呼んだということは、
罠にかけようとしているのか。
どちらにしても稲葉には少々面白くない。
ここにきてあのビルの件を平家に委ねることになっては、
自分の領域を侵されることになる。
それが読めた中澤は肩をすくめて言った。
「大丈夫や。
最後にはあんたに動いてもらうから、心配するな。
それにみっちゃんは忙しいって言って、
こっちは手伝ってくれんやろうしな」
そう言って平家に目を向けると、
平家もまた軽く肩をすくめただけだった。
- 502 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:17
- やや時間が経ってから、平家がようやく口を開いた。
「確か、あのビルのオーナーはかなりの大物でしたね」
「そう。でも、ボンボンや」
中澤の言葉に平家は苦笑する。
「姐さん、もう策はできてるんでしょう?
あたしを呼んだ時点で」
「やっぱ、わかったか。
バカにはバカをけしかけるのが一番やろ」
中澤はそう言ってにやりと笑う。
平家はまた軽く肩をすくめた。
「なるほど。で、あたしはどうすればいいんですか」
「噂をばらまいてくれ。
いや、大きくばらまく必要はない。
オーナーの耳に入るくらいのな。
上谷が『道』のママを狙ってるってな」
- 503 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:19
- 中澤の言葉に反応したのは、平家ではなく稲葉だった。
「ちょっと待ってください。
オーナーの女は、あのビルに入ってる『道』やないんやないですか。
本店の方でしょう」
「別にかまわん。この際、あのビルは関係ない。
上谷とボンボンを噛みあわせるのが目的や
有紀が言うにはボンボンはほんま単純な人間や。
単純な噂ほど乗ってくる可能性はかなり高い」
「じゃあ、若衆はボンボンとT会を対立させるつもりですか?
すぐにばれますよ。
そんなことをしても、ウチの組が
ボンボンをけしかけたってことは。
T会と全面抗争を起こすつもりですか」
「別にT会と抗争するつもりはない。上谷とだけや。
あんたの報告やとT会で浮いとるみたいやな、上谷は。
なら、上谷がボンボンとそのバックの政治家を敵に回したとき、
T会がそれを全面的に助けるとは思えん。
特に若頭は自分の地位を脅かす男の失点や。
ここぞとばかり切り捨てるやろ。
わざわざライバルを助けてやるほどお人よしやないやろ、
あそこの若頭も」
- 504 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:21
- 中澤の言葉にようやく稲葉は頷いた。
つまり中澤が狙っているのは、T会と上谷を切り離すことなのだ。
T会をバックにしているから上谷は脅威になる。
だが、T会から捨てられた上谷にはなんの力もない。
ゆっくりと料理ができるというわけだ。
「噂がボンボンの耳に入った時点で、上谷のネタをボンボンに流す。
その後があんたの出番や。
上谷だけを狙ったつもりでも、T会と
いさかいを起こしたことになるんや、ボンボンは。
さぞかし不安になるやろうな。
そこにつけ込んで、ボンボン自体を懐柔するんや。
河内組はT会からあんたを守るってな。
そうしたら、あのビルは完全にウチのシマになるやろ。
簡単なことや」
にやりと笑いながらそういう中澤に、稲葉はやや呆れた顔になる。
切れ者と噂されているのは平家だった。
だが、この若衆自身もなかなかの策士や。
敵には回したくない。そう素直に思ったのだ。
- 505 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:23
- ネタというのは、犯罪歴のことだ。
犯罪に手を染めないヤクザなど存在しない。
お互い敵対する組の犯罪歴のネタなどいくらでも持っている。
だが、それは両刃の刃だ。
敵のネタを流せば、当然報復をしてこちらもネタを流される。
だから、使われることは少ない。
それに警察もそれくらいのことは把握している。
だが、警察も一般人や普通の店に迷惑を及ぼさない限り、
ヤクザ同士の抗争など見て見ないフリをするものだ。
いちいち取り上げてくれるほど警察もヒマではないから。
だが、オーナーとその背後の政治家は
自分と敵対した上谷を潰すためにそのネタに飛びついてくるだろう。
政治家が動いたら警察も無視できない。
警察が動いたとなれば、T会としてもますます
上谷を助けるために動くことはできなくなる。
切り捨てることになるのは間違いない。
だが、それだけではない。
中澤はそれにつけ込んでボンボンを脅し、あのビルを
タナボタ的に手に入れようというのだ。
怖いお人や。稲葉はそう思ったが、それは悪感情ではない。
面白い、乗ってみよう。
稲葉はにやりと笑い頷いたのだった。
- 506 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:24
- 稲葉が先に退室し、部屋には平家と中澤が残った。
平家はやや意味ありげな視線を中澤に向ける。
中澤はそれを受けて肩をすくめた。
「やけに手の込んだことをしますね。
あのビルに手出しさせないようにするだけなら、
ここまで策を巡らせることもないでしょう」
「別にええやろ。
稲葉にも、いい加減ウチのことをわからせなあかんやろうし」
稲葉とその部下が、自分に完全に心服していないことは知っている。
だから、この際、自分のやり方というものを
見せておくのもいいだろう。
中澤の考えの中には確かにそういう思考もあった。
だが、それだけではないと、平家には簡単に読めた。
「前田さんですか」
「……知ってたんか」
「稲葉さんが教えてくれましたよ。
そのビルでユキさんっていう人に会ったってね。
どういう知り合いなんですかって訊かれましたよ。
苦笑してたら、人の悪そうな笑いをされましたがね」
平家の言葉に中澤は苦笑する。
- 507 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:25
- 「前田さんを守るために、あのビルをシマにしたいんでしょう。
完全にうちのシマにしたら、
他の組もなかなか手を出せないでしょうから」
「わかってるんやったら、それでええやん」
否定も肯定もできず中澤は面白くなさそうにそう言うと、
少し顔をそむけた。
その子どもっぽい仕種に平家は内心で苦笑する。
ある意味この人も単純な人なのだ。
自分にとって大切な存在をどんなことをしても
守りたいと思う人だから。
「まあ、別にええですけど。
シマが増えるってことは組にとって悪いことやないですし。
それにT会と全面抗争をするわけやないですからね。
うまくいけばですが」
「大丈夫やろ。みっちゃんや稲葉に任しておけば安心やから。
ウチはたまには楽させてもらうわ。
働きすぎで体が持たんから」
冗談ぽい口調でそう言う中澤に平家は
呆れたような表情になったが
肩をすくめただけでそれ以上は何も言わなかった。
- 508 名前:華山 投稿日:2004/02/11(水) 18:27
- 今日はここまでです。
すいません、ダラダラと長文が続いてしまいましたm(__)m
でも、平家さんが書けた……ちょっと満足。
次は……すいません、また長文が続くかもしれません(^^;
>495 さま
レスありがとうございます!
落ち着いた感じと言っていただき、ほっとしております。
かなり、書くのに勇気がいったCPだったので……(^^;
これからもよろしくお願いします!
>496 さま
レスありがとうございます!
やぐちゅーシーン……すいません。
もしかしたら、かな〜り先になるかもしれませんm(__)m
どうか、のんびりとお待ちください。
これからもよろしくお願いします!
>497 さま
レスありがとうございます!
すいません、本当にお待たせしてしまっていますm(__)m
次の更新もいつになるかわかりません……
でも、なるべく早く更新したいと思います。
これからもよろしくお願いします!
- 509 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/12(木) 01:40
- 長文大歓迎〜!!
中澤さんと平家さん・・・やっぱりツー・カーのコンビですね。
次回を楽しみに待ってます。
- 510 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/13(金) 23:40
- 裕ちゃんかっこいい。
- 511 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/14(土) 09:35
- うん裕ちゃんカッチョイイ
続きが楽しみです
- 512 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/21(土) 08:28
- 先が読みたくて死にそうです。(w
- 513 名前:華山 投稿日:2004/02/23(月) 07:04
- お待たせしてしまい、本当にすいませんm(__)m
明日から東京行って、コンクールに参加してきます。
そして、日曜には卒業作品展があり、今月中には更新は難しいと思います。
三日からは研修でフランスに行くので、もしかしたら、
三月中旬まで更新ができないかもしれません。
本当にすいませんm(__)m
なるべく更新できるようにがんばります。
- 514 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/29(日) 23:31
- 待ってるよ!がんばれ!!
- 515 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:42
- 中澤の策は見事に当たった。
ボンボンは簡単に平家の流した噂に騙され、
同時に流された上谷のネタに飛びついたのだ。
上谷の存在を面白く思っていなかったT会の若頭は
ボンボンのバックにある政治家の圧力で
動いた警察の動きを見て、簡単に上谷を切った。
その間隙をすかさずついて、
稲葉がボンボンに硬軟両面から脅しをかけ、
彼のもつシマを見事に取り込むことに成功したのだ。
簡単なようだが、平家の情報操作能力と、
稲葉の交渉術がなければ、
ここまで鮮やかに決まらなかっただろう。
中澤は二人から報告を受けたとき、さすがだと満足していた。
その場に同席していた藤本は
二人の働きに素直に感心するしかなかった。
- 516 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:44
- 「よくやった。さすがに、みっちゃんに稲葉やな。
これで当分あのシマは安泰やろ。お疲れさん」
中澤の言葉に平家は黙って頷いたが、稲葉は言った。
「しかし、前にも言いましたが、
うちが動いたことがばれるのは時間の問題ですよ、若衆。
しばらくは上谷の報復に注意せんと」
「そうやな。たしかに上谷の動きには気をつけるべきやな」
中澤は素直に頷きながらそう応える。
そんな中澤に平家は一瞬、
珍しいものを見るような視線を向けたが、すぐに消した。
- 517 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:45
- 「姐さん、この後ちょっと
顔を出していただきたいところがあるんですが」
平家の申し出に中澤は軽く首を傾げる。
「なんや?」
「一件、取引先が、どうしても直接姐さんとやないと、
ハンを捺さないと言ってるんで」
平家はそう言うと、取引相手の名前を告げた。
何度か取引を交わしたことのある不動産で、かなり年配の頑固者だ。
中澤もその名前を聞いて苦笑しながら頷いた。
「あのおやっさんならそう言うやろうな。
わかった。ついていくわ」
中澤がそう言って立ち上がると稲葉もそれに続いた。
「では若衆、私は一旦戻りますわ。
上谷の動きを探っときます」
「そうやな。そっちは頼むわ」
中澤の言葉に稲葉は軽く頷いた。
- 518 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:46
- 平家を先頭に四人がエレベーターを降り、
ビルを出ようとした瞬間に、エントランスホールに殺気が走った。
それに最初に気付いたのは稲葉だった。
回りに視線を送ろうとした次の瞬間、
エントランスホールの死角になる地点から
ナイフを持った男が飛び出してきた。
まっすぐに中澤に向かってきた男と、中澤の間には藤本がいた。
彼女は反射的にそれを避けようとする。
その動きは俊敏で稲葉の訓練の成果のあらわれであろう。
だが、藤本は一瞬動きを止めた。
中澤を守らなくてはいけない、そう考えたのだ。
避けるだけだったら、藤本は余裕でナイフをかわせただろう。
だが、彼女は一瞬中澤の方を向いてしまった。
その隙は男がナイフを振り下ろすに充分な時間だった。
- 519 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:48
- だが、ナイフが振り下ろされそうになった瞬間、
藤本の体は後方に引っ張られていた。
中澤が強引に彼女の首に腕を回し、引き寄せたのだ。
だが、それによって二人の体勢は崩れた。
一撃目を避けられた男は、
すかさずナイフを横にはらうようにして切りつけようとした。
中澤は空いた左腕でそれをかばう。
左手が切られるのを覚悟の上で。
だが、次の瞬間、男のナイフは空を舞っていた。
続いて男は右腕を押さえてうずくまってしまった。
上腕部に小さなナイフが突き刺さっている。
稲葉が投げたものだった。
すかさず平家が男を取り押さえた。
やがて、エントランスの前で車を待機させていた木村が、
異変に気付き飛び込んできた。
そして、平家とともに男を押さえ込む。
- 520 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:49
- 「おそらく上谷の手下やろうけど、バックを聞き出してくれ」
中澤は木村にそう言うと、稲葉の方を向いた。
「さすがの腕やな。噂以上に」
中澤の言葉に、稲葉は軽くおどけるように肩をすくめる。
「ま、これくらいできんと、鉄砲玉にもなれませんわ。
しかし、敵さんもなかなか素早い動きですな」
中澤は苦笑しつつ頷いただけで、それ以上は言わなかった。
ただ、男のバックと上谷の動きを探ることをもう一度指示すると、
男を木村と稲葉に任せ、エントランスホールを後にした。
平家と藤本がそれに続く。
- 521 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:51
- 藤本はそれまで終始無言だったが、
平家が木村に代わって運転席に回り、
車を移動させている間に、中澤に謝罪した。
「すいませんでした。
所長を守れないばかりか、危険なことに……」
「ええ。ウチをかばおうとしたんやろ。
そう思えるようになっただけ、半人前に近付いてきとるわ」
中澤はわざと素っ気無い口調でそう言うと、
藤本にそれ以上言わせなかった。
ただ仕事に忠実だっただけかもしれない。
それでも、中澤にとって藤本の動きは意外だった。
出会いからして、最悪なものだった。
その後も彼女の意にそまないことを
させ続けているという自覚がある。
嫌われていても当然だ。
それなのに、藤本は自分をかばおうとして逡巡した。
予想外のことだった。
- 522 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:52
- 予想外というのは藤本も同様だった。
何故中澤は自分を守ってくれたのか。
厳しいだけの人ではない。
時に対応に困るような冗談も言ってくる。
怖い人というだけのイメージではない。
だが、互いに好意的な感情は乏しいと思っていた。
それなのに、自分を守ってくれた。
別に自分でなくても、部下なら誰でも守ろうとする
義務感を持った人間なのかもしれない。
それでもそんな風に部下を守ろうと思う上司など、
ほとんどいないだろう。
藤本は中澤に反感を抱くことが
できなくなっていく自分を感じていた。
- 523 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:54
- 車が二人の前につけられ、中澤がそれに乗り込もうといたとき、
藤本は少し小さな声で言った。
「ありがとうございました」
中澤は一瞬苦笑に近い笑みを浮かべたが、
何も言わず車に乗り込んだ。
だが、その表情は微妙に変わっていた。
藤本はそれを見て不意におかしさを感じた。
もしかしたらこの人はかなりの照れ屋なのかもしれない。
そう思ったから。
藤本は車の中で笑みがこぼれそうになるのを
堪えるのに必死だった。
そんな彼女を不思議そうに見ている中澤の
視線に気付かないほど。
- 524 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:55
- その日の夕方、事務所に戻った中澤を稲葉が待っていた。
平家は別の仕事があり、藤本は中澤の指示で平家と同行していた。
稲葉の顔を見るなり中澤は言った。
「何か吐いたんか?」
中澤の問いかけに稲葉は軽く頷きながら応える。
「やっぱり上谷の手下でした。
あっさりそれは吐いたんですが、
上谷の居場所なんかはまったく口を割りません」
「そうか。当分警戒せんとあかんな」
「あと、自分以外にもいくらでも手下はいると、
自分の身ばかりかわいがるな、とほざいとります」
稲葉の言葉に中澤の表情がはっきりと変わる。
自分だけでなく、自分の周りにいる人間も
狙われるということを男は言ったのだ。
自分の身なら守れる。
だが、中澤にとって最も大切な存在である矢口。
彼女が狙われたとき、守りきる自身がない。
常に自分の側にいるならともかく、
矢口が大学にいるとき、一人で家にいるとき、
自分には守る術がない。
- 525 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:57
- 「……頼みがある」
「なんでしょう」
「守ってほしい人間がおるんや」
いつもと違う中澤の様子に稲葉は内心で苦笑する。
中澤が自分の家に住まわせている恋人のことは聞いたことがある。
その恋人に関するときだけ、中澤は普段の冷静さを崩すとも。
「小さな女の子ですか」
「……そうや」
中澤は少し面白くなさそうな表情で頷く。
「わかりました。目立たないよう、一人部下をつけますわ。
若衆はその小さな女の子のことになると、
ムキになるって噂ですからね。
若衆に心置きなく安心して仕事をしてもらうためには
仕方ありませんわ」
「……」
稲葉の言葉に中澤は彼女を無言で睨みつけたが、
やがて沈黙のまま頷いた。
- 526 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 19:58
- それを見て稲葉は退室するものと中澤は思っていたが、
稲葉はさらに何か言いたそうに立ったままだった。
中澤は首をわずかに傾げ、まだ何かあるんかと訊いた。
するとその言葉を待っていたかのように、
稲葉はジャケットの下に隠していたものを抜き取り、
中澤の前にドンと置いた。
黒く鈍く輝く、回転式の拳銃だった。
中澤は不審そうにその拳銃と稲葉の顔を交互に見やった。
「何やこれ」
「拳銃です」
「……それは見たらわかるんやけど」
「なら、聞かんといてください」
「……いや、ウチは別にあんたと漫才する気、ないんやけど」
「私も若衆と漫才する気はありません。
ええですか、当分、上谷がおとなしくなるまで
これを持っといてください」
稲葉の言葉に中澤はめんどくさそうに言った。
- 527 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 20:01
- 「なんでや」
「今日みたいな目にあっても、
とっさに対応してもらうためです」
「でも、ウチ、普段から拳銃を持ち歩いてないんやけど」
「別に当たらんでもかまいません。
相手に対して脅しになれば充分ですから」
稲葉の言葉に中澤はしぶしぶ拳銃を手に取る。
しばらくその重さを確かめるように持っていたが、
やがて言った。
「でもなんで今時リボルバーなん?」
「オートマティックは故障が多い上に、
精度も悪いっていうのが私のオヤジさんの口癖でしたから」
「……いつの話やねん」
中澤はそうぼやきながらも素直に身につけた。
それを見て稲葉は満足そうに頷くと、礼をして退室していった。
一人残った中澤は拳銃のある場所に
手をやりながら一人ぼやいていた。
「火薬のにおいさせてたら、女の子口説けんやんか」
だが、幸いそれは誰の耳にも届くことなく消えていった。
- 528 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 20:03
- 事務所を出た中澤はタクシーを捕まえようと、少し歩き出した。
今日はまっすぐに家に帰るつもりだった。
最近は特に付き合いがない限り事務所から
すぐ家に帰っていたから。
だが、今日は帰る気になれなかった。
本人は否定するだろうが、中澤は好戦的な性格だ。
たとえ、一瞬の攻防であっても、
命を狙われそれを防いだあの立ち回りは、
中澤の感情を昂揚させるに十分だった。
にも関わらず中澤は藤本をかばったためでもあるが、
自分では何も反撃できず、
それがフラストレーションとして残った。
酒でも呑まないと気分が静まりそうにない。
平家が戻ってきていたら、強引に呑みに連れていっただろう。
だが、平家は取引先の接待で事務所に帰ってこなかった。
仕方なく中澤は一人で呑みに行くべく一人歩いていた。
- 529 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 20:04
- そんな彼女の視界に見知った顔がうつる。
「店はどうしたんや?」
中澤はいきなりそう声をかけた。
声をかけられた女性、前田は笑った。
「今日は休みよ。
だから、あなたにお礼を言おうかと思って」
「……礼?なんのことや」
わざととぼける中澤に前田はまた笑う。
「あなたって、昔から演技が下手ね」
「……さあな」
- 530 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 20:05
- 中澤はそれだけ言うとまた歩きだそうとして、
すぐに足を止める。
そして、前田の方に振りかえると言った。
「この後、なんか用事あるんか?」
「別に何も」
「そうか」
中澤はそれだけを言うと再び歩き始めた。
前田は何も言わずそれに続き、彼女と並ぶと自然と腕を組んだ。
中澤はそんな前田を見たが、やはり彼女に何も言わず、
通りかかったタクシーに右手を挙げる。
そのとき一瞬だけ前田は切なげな表情を浮かべたが、
中澤には見せずそれを静かに消したのだった。
- 531 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 20:06
- 一人、家で食事の仕度をしていた矢口の携帯が
メールの着信を知らせる。
それを見て矢口は落胆の表情を隠さなかった。
中澤からのメール。
仕事で遅くなる。夕食はいらない。
ただそれだけ。
その短い文章を二度読んで矢口はそれをすぐ消した。
残していても悲しくなるだけ。
それに、こんなメールを残していたら、
同じメールだけで容量がいっぱいになってしまう。
普段はほとんどメールを書いてくれない人だから。
小さく溜息をついて携帯をしまおうとしたとき、
またメールの着信があった。
今度は大学の友人からだった。
週末にあるコンパに来てほしいという内容だった。
それだけでなく、そのコンパに参加する予定の
同じ学部の男性の名前も追記されている。
- 532 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 20:07
- その学生が自分に好意を持っていると
矢口はメールを送ってきた友人から聞かされている。
今度のコンパもおそらくその学生が頼んだものなのだろう。
矢口はすぐに断りのメールを送った。
そしてすぐに携帯の電源を切る。
また翻意をうながすメールが来るのは目に見えている。
それに、どうせもう大事な人からのメールはないだろう。
それなら、消していた方がいい。
矢口はもう一度溜息をつくとキッチンに戻った。
作りかけの料理を片付けるために。
- 533 名前:華山 投稿日:2004/03/16(火) 20:10
- 今日はここまでです。
いつの間にか、一ヶ月以上経ってしまってました。
すいませんm(__)m
個人的にはとっても怒涛の一ヶ月でした……
あとは、卒業式を残すのみ……よかった、卒業できる……
お詫びにと長く書いてみましたが……
やっぱりダラダラ感が否めない……反省
>509 さま
レスありがとうございます!
長文……短くまとめるということが苦手な人間なので、
大歓迎と言っていただきほっとしております(^^)
これからもよろしくお願いします。
>510 さま
レスありがとうございます!
かっこいい中澤さんを書きたいと常々考えながら書いてますので、
かっこいいと言っていただき嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
>511 さま
レスありがとうございます!
続きが無茶苦茶遅くなってしまいました。すいませんm(__)m
どうかのんびりお待ちください。
これからもよろしくお願いします。
>512 さま
レスありがとうございます!
お待たせしてしまいました。すいませんm(__)m
次の更新はもっと早くしたいと思っています。
これからもよろしくお願いします。
>514 さま
レスありがとうございます!
お待たせしました!これからもがんばります!!
これからもよろしくお願いします。
- 534 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/17(水) 07:55
- 待ってました〜。(w
- 535 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/01(木) 23:04
- 藤本さんもこの世界に慣れてきたようですね。
中澤さんは浮気気味だし、やぐちゅーあやみきはどうなるのかな・・・。
- 536 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/13(火) 21:13
- 作者さんのあやみきを久しく見ていません。
見たいよ〜。
- 537 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:20
- 襲撃事件から数日後、中澤は河内の屋敷にいた。
T会、上谷との抗争の経緯と結果を河内に報告するためである。
滅多にこの屋敷に来ない中澤だったが、
T会は河内組にとって大きな敵であり、
それといさかいを起こしたということは報告せざるを得ない。
藤本と平家を連れて、中澤は極めて簡潔に
河内に報告をすませ帰るつもりだった。
だが、河内に先客があり、リビングで待たされることになった。
中澤は内心で舌打ちをした。
こんなことになるなら藤本を
連れてくるのではなかったと後悔したのだ。
河内の夫人である良子は滅多に表に出てこない。
それでも、同じ邸内にいて会わないという保証はない。
長居をするつもりはまったくなかったため
大丈夫だろうと軽く考えていたのだ。
- 538 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:21
- 出されたお茶に手もつけず、
わずかに苛立ちを見せている中澤の様子に
平家は内心で肩をすくめていた。
だが、事情を知らない藤本は
中澤の機嫌の悪い理由がわからず、
平家も何も言ってくれないので、
一人居心地の悪さを感じていた。
中澤に対して憎しみや嫌悪感は
かなり薄らいできている藤本だったが、
自分の人生を大きく狂わせた河内組に対して
寛大な気分になれるはずがない。
当然、組長の屋敷であるこの場所が居心地がいいわけがない。
中澤の秘書という立場上、来ないわけにはいかなかったが、
本心を言えば近付きたくない場所であった。
- 539 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:22
- 20分ほど待たされた頃、平家の携帯が着信を知らせた。
平家はそれを取りながら部屋を出ていく。
中澤はそれを横目で見ていたが、何も言わず
壁にかけられた絵を特に意味もなく見つめていた。
だが、しばらく経っても戻ってこない。
何かあったのかと思ってドアの方に視線を向けたとき、
平家のものではない声が聞こえてきた。
それを聞き、中澤は思わず苦笑を浮かべる。
だが、同じ声を聞き、藤本の方ははっきりと
不審そうな表情を浮かべた。
思わず立ち上がりかけている。
それに気付いた中澤がどうした?と訊こうとしたとき、
リビングのドアが勢いよく開けられた。
「お姉さん、来てたの。珍しいね……」
そう言いながら元気よく入ってきたのは松浦だった。
だが、そこにいた人物に気付き、表情を凍りつかせる。
そして、その人物もまた
信じられないといった表情を浮かべて固まっていた。
「亜弥ちゃん……なんで……」
「……みきたん……」
二人の様子に中澤と、松浦に続いて戻ってきた平家は
顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。
- 540 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:24
- リビングに入ってきた松浦を見て、
いや、ドアの外から聞こえてきた松浦の声を聞いて
藤本は思考は凍りつくのを感じていた。
そして、入ってきた松浦の言った言葉。
お姉さん。どういうことなのか?
組長の娘である中澤をお姉さんと呼ぶということは……
松浦は河内の娘なのか。
自分にとって憎むべき存在である河内組。
松浦もその一人。そんなことは松浦は一言も言わなかった。
騙されていたのか、自分は。
藤本の思考は混乱していた。
「騙してたんだ。亜弥ちゃん。
亜弥ちゃんも、一緒なんだ」
藤本は半ば叫ぶようにそう言うと、
何か言おうとする松浦を無視して飛び出していった。
- 541 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:25
- 松浦は藤本を追うことができなかった。
松浦も混乱していた。
どうして藤本がここにいるのか。
藤本の仕事を聞いたことはない。
でも、まさか、中澤の側にいるなんて。
どうしてこんなことになったのか。
突然のことにまったく状況の把握できない中澤は
落ち込んでしまった松浦に声をかけた。
だが、松浦はきっと中澤を睨みつける。
思わず中澤はひるむ。
「お姉さんのバカ!
みきたんに嫌われたら、お姉さんのせいだからね!」
「……いや、あのな、松浦……」
「お姉さんなんて、大嫌い!」
松浦はそう言うとリビングを出ていってしまった。
- 542 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:26
- 何もわからず取り残された中澤は
救いを求めるように平家を見る。
平家は肩をすくめ、軽く首を振りながら言った。
「やっぱり、姐さん、
藤本に手を出したんやないんですか」
「あ、あほか!」
「まあ、それは冗談ですが。
お二人は知り合いだったんですか?」
平家の言葉に、中澤は知らんとだけ応える。
平家は再び肩をすくめると言った。
「で、あたしはどちらを追いかければいいんでしょうね」
「……とりあえず、藤本を追ってくれ」
「わかりました。では、後ほど」
平家はそう言って出ていった。
- 543 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:27
- 平家と入れ替わるように入ってきた人物に、
中澤は力ない視線を向けただけでソファーに座りなおした。
そんな中澤を見て、入ってきた人物、石黒は
珍しいものを見る表情になる。
「これはこれは久しぶりですね。お姉さん」
「……ずっと会わんでもかまわんけどな」
「……珍しいですね。
お姉さんがここに来るなんて」
「あんたもな」
中澤の言葉に石黒は、肩をすくめただけで応えなかった。
少々芝居がかった動作でドアを見つめながら言う。
「どうしたんですか?
松浦が出ていったみたいですが」
「……わからん。なんなんや、いったい」
思わず本音をもらした中澤に、
石黒は調子を狂わされたらしく苦笑を浮かべる。
「嫌われましたか、お姉さん」
「……」
「あの娘はお父さんのお気に入りですからね。
この際、私の手元に引き込もうかしら。
味方にすれば、お父さんの覚えも良くなりますから」
- 544 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:28
- 石黒の言葉に中澤は視線を上げる。
わずかに険しさがあった。
「本心か?」
「半分は。でも、半分はあの娘が心配ですから。
あの娘は何故か気にかけてしまいますからね。
お姉さんもでしょう?」
「……まあ、妹やからな」
「一応私もなんですけど?」
「……訂正するわ。かわいい妹やからな」
中澤の言葉に石黒は苦笑する。
更に何か言おうとしたとき、石黒の部下が入ってきて
彼女にすぐ事務所に戻ってほしいと伝えたため、
それ以上は言わず、石黒は河内邸を後にした。
中澤はそれを見送りながら溜息をついた。
まったくなんなんや、今日は。
思わずそう呟いたとき、中澤を呼びにきた組員が入ってきた。
その組員はいつもとあまりに違う中澤の様子に戸惑いながらも、
彼女を河内のもとに案内したのだった。
- 545 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:29
- 形式的な報告を終えた中澤はすぐに事務所に戻ろうとした。
だが、邸を出ようとした中澤を呼び止めた女性がいた。
その女性、河内良子を見て、中澤は内心で溜息をついた。
また厄介なことになるのでは、そう直感したからだ。
「なんでしょう?」
決して友好的とは言えない口調にも怯むことなく良子は言った。
「あの、先ほど亜弥さんがいらっしゃったみたいですが……」
「……ええ。聞いてたんですか?」
「いえ、偶然廊下に出たとき、声が聞こえまして」
「……それで?」
良子が言いたいことはわかる。
だが、今はこれ以上めんどうに
巻き込まれたくないというのが本音の中澤は
話を切り上げたく、冷たい口調で訊いた。
だが、いつもならそれで引く良子も今日は引かなかった。
- 546 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:31
- 「亜弥さんが、おっしゃってた、
その、みきたん……というのは、もしかして……」
中澤は今度は内心ではなく大きく溜息をつく。
これは誤魔化せない、そう諦めた。
「そうです。藤本美貴です」
中澤の言葉に良子は泣きそうな表情になる。
それを見て中澤は今日は厄日かもしれん、
そう内心でぼやきながら言った。
「一度訊きたかったのですが、
貴女は藤本に会いたいのですか?」
あまりと言えばあまりな中澤の問いかけに、
良子は困ったように俯いた。
中澤はさすがにばつの悪さを感じ、
謝罪しようとしたとき、不意に良子が言った。
「……会う資格がないことはわかっています。
でも、あの娘は、私の娘なのです」
小さいが感情がこもったその声。
中澤は頭を抱えたくなった。
- 547 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:32
- どうすれば、藤本にとっても良子にとってもいい結果になるのか。
会わせるべきか、会わせないほうがいいのか。
別に中澤にはこの親子のために行動する義理はない。
なのについ、二人のためになんとかしてやりたい、
そう思ってしまう。
結局自分は基本的に女性に弱いのだろう。
そう内心でぼやきつつ、中澤は言った。
「とにかく、悪いようにはしません。
もう少し私に時間をください」
中澤の言葉に良子は深々と頭を下げる。
それを見て中澤は何も言えず立ち去った。
松浦、藤本、そして良子。今日は絶対に厄日やろうな。
さて、誰から解決するべきか。
中澤は本当に頭を抱えたい気分だった。
- 548 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:34
- 河内の邸を出てから中澤は平家に電話をかけた。
そして、藤本が事務所に戻ってきていることを聞き、
少し考えてから言った。
「じゃあ、そのまま、事務所に……いや、ウチの部屋にしよう。
人がおったらあいつも話しにくいかもしれんからな。
ウチの部屋に連れてきてくれ」
「わかりました」
平家はそう言うと電話を切った。
中澤は小さく溜息をつくとタクシーを拾い、マンションに戻った。
程なく平家が藤本を連れてやってくる。
落ち込んでいる様子の藤本をとりあえずソファーに座らせ、
中澤はその正面に座る。
藤本は何も言わず、ただ俯いているだけ。
いつもの様子とあまりに違う彼女に中澤は
なるべく優しい口調で言った。
「あのな、藤本。あんた、松浦を知ってたんか?」
黙って頷く藤本。
中澤はそうやろうな、と小さく呟き、更に言葉を続ける。
「でも、知らんかったんやな。
松浦が河内の娘だとは」
「はい……」
松浦は決してヤクザの娘だということを否定したりはしない。
だが、もちろん、自分から言いふらすことはしないだろう。
だから、藤本が松浦の素性を知らなかったとしても、
ある意味当然なことだ。
だが、よりによって何故、河内組を憎んでいる藤本と。
いったいどこで知り合ったのか。
中澤は運命とやらを呪いたい気分だった。
- 549 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:35
- 「あんたと松浦がどこで知り合ったか、
どういう知り合いなんかは知らん。
だけどな、松浦はあんたを
騙すつもりはなかったと思うで。ただ……」
中澤の言葉にようやく藤本は顔を上げた。
「わかってます。でも……」
そう言ってまた俯いてしまう藤本。
わかっている。
松浦は自分を騙したわけではない。
ただ、言わなかっただけ。それも当然だ。
誰が好き好んで自分はヤクザの娘だと言いふらすだろう。
それはわかっている。
でも、藤本にとってはショックだった。
「確かに松浦は河内の娘で、ウチの妹や。
だけど、あいつは組とはまったく関係なく、
普通に学校に通って、普通に生きてる。
ウチや、石黒とは全然違う生き方をしてるんや。
あんたが、ウチや組を恨むのはしゃあない。
だけど、あいつだけは同じ目で見ないでほしいんや」
「……はい。わかってます。
亜弥ちゃんは悪くないんです。でも……」
「でも?」
「亜弥ちゃんは悪くないんです。ただ、私は……」
- 550 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:36
- ますます俯いてしまう藤本。
そんな彼女の様子に中澤はわずかに首を傾げる。
藤本が何か別の引っかかるものを抱いている、そう感じたから。
中澤はゆっくりと藤本の次の言葉を待った。
「……私は、亜弥ちゃんのこと、勝手に考えてて。
普通のお父さん、お母さんがいて……
普通の家で、普通に……」
「……」
「普通の家族がいて。
……私とは違って普通の家庭で
育ってきたって思ってたんです。
それがうらやましくて、そんな普通の子と……
友達になれて、嬉しくて。
でも、違って。それが……
でも、亜弥ちゃんは悪くないんです。私が勝手に……」
- 551 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:37
- ぽつりぽつりと言葉を続ける藤本に、中澤は複雑な表情になる。
藤本がこんなに自分の生い立ちに
コンプレックスを感じているとは正直思っていなかった。
ギャンブルに溺れ、莫大な借金を残して亡くなった父親を、
今まで藤本は一度も悪く言ったことはない。
自分の人生を狂わせたはずの存在にも関わらず、
藤本はむしろ庇っていた。
そして、母親についても一言も話したことはない。
それに彼女の性格から自分と違う環境の人間を
羨望するというような、そんなどちらかと言えば
陰性の思考を持っているとは思ってなかった。
だが、無理もないかもしれない。
どんなに強気にふるまっていても
藤本もまだ若い女の子なのだから。
- 552 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:39
- 「藤本、まあ、落ち着き。わかったから、な」
中澤はそう言って立ち上がった。
そして、藤本の横に座る。
「あんな、藤本。松浦には確かにちゃんと母親と父親がいるな。
でも、父親は知っての通り、ヤクザの組長なんかしてるヤツだし、
母親だっていつも遅くまで店で働いて、
ろくに松浦と一緒におれんらしいわ。
それでも、あいつはあんたに
普通の家庭で育った子って思われてたんやな。
それがなんでかわかるか?」
「……いえ」
「それは、多分な、あいつが拗ねてないんや。
まあ、ウチも姉と言っても一緒に育ったわけやないし、
そんなに話したこともないから
合ってるかどうかわからんけど、あいつは拗ねてない。
やっぱりあいつも小さい頃から、ヤクザの娘だってばれて
苛められたこともあったらしい。
でも、それでも、あいつは堂々としてたそうや。
お父さんは自分を愛してくれてるし、
自分もお父さんが大好きだってな。
ま、ウチには理解できんけど」
中澤はそう言って苦笑する。
藤本はわずかに口元をほころばせる。
- 553 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:40
- 「あんたもそうやろ。
父親が嫌いってわけでも、
普通の家庭に生まれたかったってわけでもないんやろ」
藤本は黙って頷く。
「じゃあ、松浦のこともわかってやってくれ。
これは、上司として言うんやない。
姉として言わせてもらう。
正直な、あいつのあんな反応初めてやったんや。
自分の素性がばれて動揺するってこと、
松浦は今までなかったんや。
なのに、あんたに対してはどうやら隠したかったみたいやな。
あんたに嫌われたくないんやろ。
わかってやってくれ。
多分、あいつにとってあんたは大切な存在なんやろ」
中澤の言葉に藤本はまた俯いた。
だが、それは落ち込んだとかではない。
少し顔が熱くなるのを感じたから。
多分赤くなってるだろう頬を隠すために。
- 554 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:41
- 「でも、私、亜弥ちゃんにひどいことを……」
「うん、まあ、でもそれはしゃあなかったしな。
あんたも混乱してたんやろ。
まあ時期を見てまた話してほしい」
「……亜弥ちゃんが許してくれたら……」
藤本は自信がなかった。
松浦のことを大切に想っていたはずなのに、
いくら動揺し、混乱したとはいえ、
あんなひどいことを言ってしまった。
そんな自分が許せない。
どんな顔をして会えばいいのか。
藤本はまた落ち込んでしまう。
そんな藤本を見て中澤は励ますように
彼女の肩に自分の腕を回した。
- 555 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:41
- しばらくそうしていたが、中澤は不意に訊いた。
それはもう一つの藤本の問題。
良子と藤本の問題のことだ。
「なあ、藤本。
あんたから母親のこと聞いたことなかったな。
どんな人なん?」
中澤の唐突な言葉に藤本は顔を上げる。
そしてゆっくりと首を横に振った。
「言いたくなかったら言わんでいいし、
この話が嫌やったらもうせんけど、
一つだけ訊いていいか」
「はい」
「あんたは、母親について何か知ってることあるか?」
藤本は中澤の言葉に首を傾げる。
どうして中澤がこんなことを訊くのかわからなかったから。
いつもだったら、プライベートなことだと、答えなかっただろう。
だが、このときの藤本はそうはしなかった。
- 556 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:42
- 「全然わかりません。でも、一つだけ」
「ん?」
「幼稚園に行く前のことです。
あの人がお母さんだという確証もありません。
それに、ちゃんとした記憶ってわけでも……
でも、幼い頃、女の人に会いました」
まだ、河内が名古屋にいた頃のことだろうか。
中澤はそう思ったが、もちろん顔には出さなかった。
「何度か会ったのかもしれません。
でも、私が覚えてるのは、
多分最後に会ったときだと思います。
ただ一言、最後にその女の人が言ったんです。
『美貴、元気でね』と。
他には何も覚えてませんし、確証はないんですけど、
私はあの人がお母さんだったんじゃないかって、
後になって思いました。それだけです」
「そうか……」
「どうしてこんなことを訊くんですか?」
- 557 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:44
- 藤本の問いかけに、中澤は誤魔化すように笑う。
だが、藤本はじっと中澤を見つめる。
中澤はなんとか取り繕うと口を開いた。
「いやな。いや、松浦が普通の家庭云々って言ってたやろ、
普通の母親とか父親とかってな。
それで、ふと思ったんや。それだけや」
中澤の言葉に藤本はまた落ち込みそうになる。
慌てて中澤は言った。
「いや、別にあんたを責めようっていうわけやないで。
ふと思っただけやから」
「そうですか……」
また元気がなくなった藤本を見て、
中澤は一瞬ためらった後言った。
「あんな、藤本。あんた、母親に会いたいか」
中澤の問いかけに藤本は顔を上げて
中澤の真剣な表情を見つめる。
そして、しばらく考え込んでから応えた。
「会いたいです」
「そうか。そうやな。当然やな」
そう言うと中澤は藤本の肩に回したままの腕に力を入れた。
藤本は少し躊躇いながらも中澤の肩に頭を預けた。
- 558 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:44
- しばらく二人はそうしていたが、不意に中澤が言った。
「ところで」
明らかに今までと違う中澤の口調に藤本は首を傾げる。
中澤の顔を見ると少しいたずらっぽい笑いが浮かんでいる。
嫌な予感がする。そう思ったときには遅かった。
「藤本、あんたウチの妹とどういう関係や?ん?」
「え、いえ。別に」
「まさか、手ぇ出したんやないやろうな」
中澤の言葉に藤本は明らかに動揺する。
「い、いえ、まだ……」
「まだ?これから出す気か!」
「いえ、そういうわけじゃ……」
- 559 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:45
- 藤本は思わず逃げようとしたが、
しっかりと手首を掴まれてしまう。
それでも逃げようとする藤本を中澤が問い詰めようとしたとき、
リビングのドアが開いた。
中澤はそちらを向いて笑顔になる。
「おう、ヤグチ、早かったんやな。おかえり」
そう言おうとして中澤は途中で言葉を止める。
矢口の表情が固かったから。
中澤は首を傾げながら矢口の側に行こうとしたが、
矢口はそれを無視した。
そして、藤本を指差しながら口を開く。
「誰、この人!」
「は?ああ、ウチの事務所の子や」
「そんな人にまで手を出すの、裕ちゃんって」
「何言ってるんや。ただ、話があっただけやで」
「今まで、事務所の人なんか来たことない!」
矢口はそう言うとリビングを出ていこうとした。
中澤は慌てて彼女の手首を掴む。
- 560 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:46
- 「誤解や!落ち着いてや、ヤグチ」
「知らない!裕ちゃんなんて、キライ!」
矢口はそう言うと中澤の手を振りほどこうとする。
中澤は更に掴もうとして動きを止めた。
矢口の目に涙が浮かんでいたから。
中澤の手が離れた瞬間、矢口は自分の部屋に走りこんだ。
慌てて中澤は追ったが、矢口は鍵をかける。
「ヤグチ!ヤグチ!誤解や。開けるんや」
中澤はドアを叩きながら叫んだが
矢口は開けようとはしなかった。
- 561 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:47
- 矢口はドアを背に耳を塞ぎ座りこんだ。
中澤の言葉など聞きたくなかった。
中澤の言葉など矢口にとって意味がなかった。
ただ矢口にとって重要だったのは、このマンションに
中澤が女の子を入れたという事実だけ。
今まで誰と浮気をしても、中澤は
このマンションに浮気相手を連れてきたことはない。
このマンションに入れるのは自分だけ。
それだけが矢口にとって中澤を信じる自信になっていた。
どんなに浮気をしても、中澤はこのマンションに戻ってくる。
二人だけのこのマンションに。
そう思うことで、矢口は中澤の愛情を信じることができた。
それなのに、裏切られた。
矢口にとっては決して許すことのできない裏切りだった。
中澤がドアを叩く振動を背に感じながら
矢口は頑なに耳を塞いでいた。
- 562 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:48
- 何度もドアを叩いていた中澤だったが、
まったく反応を返そうとしない矢口に遂に手を止めた。
がっくりとその肩が落ちている。
中澤にはどうしてここまで矢口が反発するのかわからなかった。
けっして浮気をしていたわけではない。
それに、今まで浮気がばれたところで、
こんなに頑なに拒否されたことはない。
明らかに今までとは違う矢口の態度。
それがどうしてなのか、中澤にはわからなかった。
なんでや。
口の中で力なくそう呟く中澤に、藤本は躊躇いがちに声をかけた。
突然のことに状況把握が完全にはできていないが、
少なくとも自分がいたことで彼女が怒ったのは確からしい。
だが、藤本の謝罪に中澤は弱々しく首を横に振った。
「いや、あんたは悪くない。
なんや、かっこ悪いところ見せてしまったな、すまん」
「いえ、私こそ。すいませんでした」
頭を下げた藤本に中澤は力ない笑みを返すが、
それはあまりに中澤らしくないものだった。
- 563 名前:華山 投稿日:2004/04/14(水) 06:49
- 今日はここまでです。
中澤さん、女難の相が出ています……
次回は……のんびりお待ちください。
多分、また、同じくらい空いてしまうと思います。すいませんm(__)m
>534 さま
レスありがとうございます!
お待たせしましたm(__)m
そして、多分次回をお待たせしてしまいます。
のんびりお待ちください。
よろしくお願いします。
>535 さま
レスありがとうございます!
藤本さんはこれからどうなるのか……
いえ、女難の相が出てると思われる
中澤さんの方がどうなるのか(^^;
これからもよろしくお願いします。
>536 さま
レスありがとうございます!
あやみき……どうなってしまうのか……
というか、次回の更新はいつになるのか……
どうかのんびりお待ちください。
よろしくお願いします。
- 564 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/15(木) 02:06
- 待ってました。
面白い展開で・・・次回の更新を楽しみにのんびり待ってます。(w
- 565 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/29(木) 23:35
- やぐちゅーキタ〜!!と思ったら(w
- 566 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/27(木) 20:46
- 更新待ってますよ〜
- 567 名前:華山 投稿日:2004/06/03(木) 06:32
- すいません。ご無沙汰しまくってます。
時給換算して4,50円くらいの仕事に朝から夜まで追われる毎日で、
先月は休みもなく、書く時間がありませんでした。
今月中には一回は書きたいと思いますが、
もしかしたらまたご無沙汰してしまうかもしれません。。。。
でも、このスレが生き残っている限り必ず完結させます。
本当にすいません!
- 568 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/04(金) 09:59
- 作者さんが続けてくれるのなら、いつまでものんびり待ってます。(w
- 569 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/11(金) 01:17
- 色々大変なようですが、まったり待ってますんで
あまりお気になさらず。
- 570 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/03(土) 16:50
- そろそろやぐちゅー不足で死にそうです(w
- 571 名前:名無し子 投稿日:2004/07/05(月) 01:28
- まずはお元気そうで安心しました。
私には想像もつかないような厳しい世界での仕事は本当に大変なんでしょうね。
どうかお体にだけは気を付けて乗り越えてくださいね。
小説の方はゆっくりゆっくりで(^^)
- 572 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/08(日) 02:25
- のんびり待っていまーす。
- 573 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/08(日) 02:46
- レスはsageかochiで
- 574 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/23(月) 19:44
- そろそろ読みたいな〜…。
- 575 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/15(金) 04:07
- 更新待ってます〜
- 576 名前:名無し飼育 投稿日:2004/11/23(火) 19:16
- この設定で、あやみきとかがどうなっていくのか気になります。
気長に待ちますので頑張ってください。
- 577 名前:名無し読者 投稿日:2005/01/14(金) 02:06
- 更新待ってます
Converted by dat2html.pl v0.2