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「CRAZY」

1 名前:堰。 投稿日:2003年01月01日(水)23時36分11秒
はじめまして。
よしやぐで一話完結です。

よろしくお願いします。
2 名前:堰。 投稿日:2003年01月01日(水)23時38分50秒
 こんな感覚を抱くようになったのは、いったいいつ頃からだろう。
 最初は冗談のつもりだったのだけれど。
 小さくて可愛いなぁって。
 や。本当にそうは思っていたんだけど。
 どんどん、深みに嵌ってるって言うか。
 抜け出せない場所まで足を踏みこんでた。
3 名前:堰。 投稿日:2003年01月01日(水)23時40分01秒
 よく言う諸症状は、全部経験済み。
 動悸に息切れ、眩暈と胸の痛み。
 夢に出てくる。
 夢で「何か」しちゃう。
 その後の自己嫌悪。
 食欲不振の後の増進。
 よくまぁ、ここまで思えるようになってしまったなぁと言うのが、本当のところ。
 だけど、そろそろまずいよなぁって、そう思ってる。
 喉から手が出るって言うのは、こういう渇望のことを説明するためにあるんだ。
4 名前:堰。 投稿日:2003年01月01日(水)23時42分55秒
 なのに。
 いろんなことが多すぎて、とてもじゃないけど口にできない。
 勇気が欲しいとか子供めいた言葉は言わない。
 けれど、似たようなもん。

 声も出ない。
 伝えられない。

 そんなにお人よしだっけなぁ?って、向う鏡の奥で冷笑する自分が居る。
 独占欲の強そうな、自我欲の強そうな自分がにらみつけてくる。
 これだけ強烈な意思を持ったヤツが、鏡の中に居るのに、自分はどうして行動できないんだろう。
 薄く息を吐き出して、鏡に軽く拳を当てる。
 これが鏡から伸びる手なら、自分の弱さごと張り倒してくれるだろうか。
 情けない視線を覆い隠して、身支度を仕上げる。
 時間は一瞬たりとも待っていてはくれないのだから。
5 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月01日(水)23時49分18秒
「よぉす、よしこ元気ないじゃぁん」
「おーすよしこぉ、折角の男前が台無しだぜぇ」
 ワシワシ。
 朝の挨拶の前に第一声がそれかよぉ。

 すっかり「よしこ」呼びするようになった梨華ちゃんが、平気で頭を小突いてくる。
 冗談半分以上で噛み付こうとするのに、きゃ!なんて可愛い声上げて腕を引っ込めて。

「つーかね。その声で『台無しだぜぇ』とか、言われても全く威力ないし」
 広い額に一発デコピンを当てると、
「いったぁ〜い!もぉ!」
 なんて、目一杯のキュートなダメ顔で文句を垂れてくれた。
 いや、それでこそ梨華ちゃん。て言うかチャーミー。

 楽屋で顔を揃えて喋るのは久々だ。
 どうこう言って同年代三人で喋るの多いんだよね。
6 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月01日(水)23時53分22秒
「そういやぁさ、最近やぐっつぁん元気ないね。やっぱ」
 目に見える場所に出ている自分の師匠の体調不良。
 神経性のモノなんだろうと解るだけに、一目にとても痛々しい。
 原因の一端を背負っている彼女が呟く。
 いつもより沈痛な面持ちで居るのが横目に解った。

「ん〜、ごっちんがやっぱって言うのは、ちょっとイタダケナイなぁ」
 ポツンと零すように梨華ちゃんが言うのに、曖昧な溜息がごっちんの薄いくちびるから落ちていく。
 背を押すような声に、思わず自分の中の毒が口をついた。

「頭で割り切っててもさ、感情って追いつかないよ」
――ごっちんの目の前で言うのは卑怯だって解ってるけどさ。
 口元を隠して、仕方なく訴える。
7 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月01日(水)23時56分11秒
 現にウチの頭の中は冴えてるのか曇ってるのか解らない。

 ちょっと前に通達された改革?
――改革って思わざるを得ない改造のために、自分は位置が見えなくなってりしてるんだけど――
 のために、感情下で何かが煮えたぎってる。

「八つ当たりしたって馬鹿みたいだしさ、こんな風に言うのも嫌なのにさぁ」
 ワシワシと髪の毛をかきあげるままに、頭を抱きこんで俯く。
 マズイんだよなぁ。
 不安定なんだよなぁ。
 何にしろ簡単なことじゃないって解ってるんだ。
8 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月01日(水)23時59分53秒
 ごっつぁんの選んだ選択肢は、今の自分たちよりもっともっと重たくて冷たくて。
 大変なことだらけなんだ。本当に。
 理解っていて割り切れないのは子供の証拠。
 だけど、大人だって耐え切れない重さの理不尽を抱きかかえてる。
 生きてたら、誰だって、矛盾に苛まれる。
 いくら能天気だってね。隠すだけの器がある、だけかもしれない。
 ぎゅ。っと、手の甲に優しい手を感じる。
 優しさを感じようにも自分の毒に中てられて、情けなくて顔も上げられない。
「うん、解ってるんだ。疲れてるだけなんだ……」
 ゴメン。ごめん。
 自分がうわ言みたいに吐き出しても、「らしくない」なんて誰も言わない。
9 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月02日(木)00時01分01秒
 パイプ椅子をズリズリと引きずる音がして、二人に挟み込まれる。
 二つの手を自分の手と頭に感じながら、本当に不安なのは自分だけじゃないのにと、俯きながら思う。
「これからだと、思おうよ」
 思っている間に、自分の喉を通る煮え湯が温くなる。
「これから…、ね」
 何がしたい?ねぇ、鏡の奥に居た自分はまた鼻で笑ってるんだろうなぁ。
「こんな弱かったっけなぁ」
 唸るように零すと、「無敵の人間なんか居ないって」と苦笑するように綺麗な横顔が目を細めた。
10 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月02日(木)23時30分40秒

「そう言えば、俯きの原因はそれだけ?」
 う?
 続けて放たれた思わぬ台詞に背筋が伸びる。
 梨華ちゃんの視線は、こういう時ほど透明で汚い部分を洗うように感じるから不思議だ。
 調子づいて暴走してる時とは、訳がちがう。
「やぁ、矢口さんのこと」
「うん。やっぱり心配だし、よっすぃーが何も思わないわけないしね」
 そう言えばそうなんだ。
 この二人は自分の気持ちを知ってる。
 どちらかと言えば、深い部分まで。
 自分が、醜くないあたりまで…。
 地方の泊まりのときにどうしようもなくなって、ポツっと呟いたのが始まり。
11 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月02日(木)23時35分16秒
「圭ちゃんさぁ、ずっと矢口さんのそば離れないじゃん」
 うん。自分を挟む二人が相槌を打って、視線をそよがせる。
「もちろん、嫌だとか言うのオカシイんだけどさ…」
 語尾を濁したのを、すかさず拾うのは「石川さん」だ。
「ヤキモチ」
 くすっと口元を抑える梨華ちゃんに、眉を段違いにして抗議する。
 それは行動を起こせない自分への抗議も含む、自らのあてつけ。
「そんなこと言えないよ。ウチは矢口さんの……何でもないんだし」
 ふぅ。言っていて感情を下方修正する言葉ほど、苦く情けないものはない。
 苦し紛れに抗議を試みる。
「梨華ちゃんこそさ、ヤキモチ焼いたりしないわけ?」
 自分の大事な人が、同じグループの人にべったりなんて。
 殊更あのベタツキ具合。どうなのよ。
12 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月02日(木)23時38分55秒
 んー。幾分考えるような素振りを見せて、少しだけ淋しそうな笑顔を見せる。
「それも仕方無いのかな。入り込めないし、横槍入れるの失礼だって思わない?」
――あんなに優しい顔する保田さん、悔しいけどあんまり見れないし。
 納得もしてしまう。
 そんな声を聞きながら、どこか感傷に浸るような音声が紡がれる。
「無防備なんだろうね。好きな人の前だとさ」
 ごっちんが呟く言葉に、思わず大仰に顔を上げると、
「え?矢口さんのこと好きなの?!」と素っ頓狂な声を梨華ちゃんが上げる。
 ウチも思わず横顔を見つめたけれど、きょとんとした視線がこちらを向いて呆然としているだけ。
 コイツ、自分の与えた衝撃に気付いてないし。
13 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月02日(木)23時41分17秒
「んあ!違うってば、そうじゃなくてね?
 好ましい人の前だと、圭ちゃんって怖いくらい無防備なんだよなぁって思ったの」
――昔は気を張ってて、精一杯大人の顔してたけどさ。
 あぁ。なるほど。
 訂正の言葉に手を打って、ウチらは納得する。
「だけど、うまく行くといいね」
 ごっちんがふんわか笑うのに、梨華ちゃんも頷く。
「ん…そうは思うけどさぁ、なんか叶うこととか考えられないよ」
 情けなさにも嘘はないが、現実味の無さも嘘が無い。
14 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月02日(木)23時42分55秒
「そっかぁ。あんなに表向きでは男前に接してるのにねぇ」
 唸るように腕組みをするごっちんが、薄く息を吐くままに天井を仰いだ。
 本当に仰ぎたいのはこっちだよ。
 そう思いながら口を突くのは、
「別に計ってまで近づきたいわけじゃないしさ」
 なんて、弱気にも程のある言葉だった。
15 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月03日(金)12時44分15秒
すごい深い話ですね。がんばってください。
16 名前:堰。 投稿日:2003年01月03日(金)22時21分55秒
>15 名無しさん
 ありがとうございます。
 どんどん深く掘ります。
17 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月03日(金)22時23分37秒

 サァ――――。
 外は音を立てるほどの雨。
 計ってまで近づきたいわけじゃない…。か。
 自分で口にした台詞が、虚しさを引きずって頭の中を反響してる。
 ああもう。
 雑誌社の取材アンケートに記入をするがてら、部屋の分厚いガラス窓に手を置いて、外側を伝う雨だれをみてる。
18 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月03日(金)22時25分51秒
 そろそろ、レギュラー番組の内でも、雑誌の取材でも、プッチの改造についての話がでてきていて。
 懸案について口頭で答えなければならない現状に、正直嫌気がさしてた。
 決定事項の、向こう側は何も見えない。
 市井さんを送り出すのにも、こんな気持ちだったんだろうか。
 でもなぁ、違うだろうな。
 あの時は、二人が残ってたんだから。
 今度は、うち一人だけ。
 楽屋で大声を張り上げるのをやめて欲しいと飯田さんに言われた。
 けれど、そうでもしないと正気を保っていられない。
 箍が外れそうで、ちょっと困る。
 表面上に不服をまとって、髪をやんわりとかきあげた。
19 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月03日(金)22時28分31秒
 受け止めるまで時間が掛かることっていうのは、一辺に見つめちゃいけないんだけどね。
 どうしても理解していないとイケナイようで、また迷いの森に入ってしまう。
 ふっと、同じような感情を抱いているだろう人を思い出す。
 ズバ!っと言わないと気がすまない人。
 いつも快活で、気持ちが良くて。
 どっちかっていうとのんびりしてる自分を、その身体でガンガン引っ張ってくれた師匠。
 大丈夫ですか、矢口さん。と、言えたらどうなるだろう。
 告げられたところで、「何が大丈夫なの?」と一笑に伏されて終わりだろうか。
 矢口さんの気持ち。
 今のあたしなら、ちゃんと解ってあげられるハズなんだ。
 自惚れだって言われても仕方がないけど。
 不安。淋しさ。息苦しさ。たぶん…きっと。
20 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月03日(金)22時30分55秒
 だけど、近づけない自分が邪魔をする。
 近づけない、本当の自分が膝を抱えている。
 胸の中に巣食った好意が、心配する気持ちまで飲み込んでしまう。
 こんなに近くで仕事をしてるのに。
 冗談でなら、いくらでも好意を伝えられるのに。
 いざ本気となると、声帯は喉の奥に張りついてしまったように動かなくなる。
21 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月03日(金)22時31分51秒
 なんだか狂気じみている。
 それこそ、何も言えなくて。
 近づけなくて。
 触れられなくて。
 何を求めているのか解らなくなる。
 言えたらどうするの?
 近づけたら、なにがあるの?
 触れるって、どうするの?
 ハっとあからさまな自嘲が零れ落ちる。
 すっげー頭わりぃ。まったく。
 こんなことだから、たったひと言も告げられないんだ。
 こんなに、好きなのに。
 少しだけでも、その気持ちを、楽に、してあげたいのに。
22 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月03日(金)22時33分10秒
 ふっと、置いたペンを持ち上げる。
 硬質の手触りを指先に感じながら、その頭で頬をかく。
「これだけは上手く行かないって、誰か言ってくれないもんかなぁ」
 そうすれば、どこかで諦められるのに。
 思わず口を突いた言葉の重さに、頭を抱えずにはいられなかった。
23 名前:ハル。 投稿日:2003年01月04日(土)15時54分44秒
あうあうっ。よしこ頑張れェー!
と言う事で、続きも期待してます。
24 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月06日(月)20時04分41秒
よっすぃーがせつない感じでいいですね。
よしやぐ好きです。
25 名前:堰。 投稿日:2003年01月06日(月)22時04分09秒
>23 ハル。さん
ありがとうございます!吉やぐですよ!
吉澤さん。回転はすれどもヘタレではないと思われ(w
まだまだ回転すると思いますのでよろしくお付き合いください。

>24 名無しさん
ちゃんと切ないでしょうか。
そういう感じが出せているなら嬉しいです。
よしやぐ。小さなわんこと、大きなわんこ。
見ていてたまらなくなります(w
26 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月06日(月)22時08分21秒
「ねぇ、よしこ。今日はどこで寝るんだい?」
 とある日付。
 ライブのために泊まりがけ。
 宿泊先のロビーにて、大荷物を抱えながら梨華ちゃんが言う。
 最近は個人で眠ることの方が多くなったのだけれど、今日は二人部屋が四つある。
 シングル三つのうち、一つは飯田さん。
 一つはほかの仕事が入ってる安倍さん。
 そうして一つはまだ空室。
 矢口さんと保田さんが一緒に居ようって新幹線の中で話していたのを聞いた。
 きっとツイン一部屋はそうなるだろう。
 どうせ他の何人かも集まって、今日もたまり部屋になるんだろうけどね。
「ん〜?まだ決めてないよ、どうする、一緒にする?」
 と、口にすると、少し困ったように笑って返す。
27 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月06日(月)22時10分33秒
「うん。加護がね、ごっつぁんと一緒に居たいんだって。
 だから、良かったら隣の部屋で一緒にどうかなぁって思って」
 あ、そうなんだ。うん。
 どことなく納得してしまった自分は、こくりとそれを快諾した。
 そうだよなぁ。加護はごっつぁん大好きだからな。
 思わず笑ってしまうのだけれど、そこに微かな愛おしさがあるのを心地良く思う。
 じゃぁ決まりね。
 と、マネージャーに「こっち二人決まりました〜」と例の音声が告げている。
 ガヤガヤとしているロビーで、ふと、チクリと針で刺されるような感覚を憶えた。
 背中の、肩甲骨のあたり。
 本当にツキリと痛む感覚だったので、何か通り魔的な悪戯かと思って「いた…」と口にしてしまった。
28 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月06日(月)22時13分31秒
「うん?どしたのよしこ」
 ポスポスと指先で抑えていた「痛みの中心」を、近距離に居た辻ちゃんが撫でていてくれる。
「あ…つじぃ、今何かで刺したりしてない?」
 思わず疑ってしまうのに、素で驚いたののが「なんにもしてないよぉ」と両手を振った。
 こういう素で驚いている場合、完全に彼女は犯人じゃない。
 何かを企てて行えば、嘘がつけないということくらい、心得ているのだ。
 なら、何だ?
 怪訝さと不服さを綯交ぜにした顔をしていたのだろう。
 本当にきょとんとした顔をして、彼女は付け足す。
「怪しい人も居なかったよ?」
 と、首を傾げられては何も言えない。
29 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月06日(月)22時18分56秒
 思わず、すわ怪奇現象!?と口元を抑えた瞬間、辻の結んだ髪の毛越しに一瞬だけ視線が重なった。
 ふいとそらされるそれに、本当に口元を抑えたまま何も言えなくなる。
 倣うようにマネージャーへ歩み寄っていく圭ちゃんが、一瞬だけ視線をくれて薄く微笑むまで。
 何が起きていたのか理解できずに居た。
 そう。それが矢口さんの視線だったって、脳が受け止めるのを拒否しているように。
 だって、有り得ない。
 こちらを見ているなんてことが、あるわけが無い。
 気のせいだ。
 自分の、気の迷い。
 そう捻じ伏せる様に思う自分の呼吸は、耳にうるさいほど、一瞬で緊張していた。
30 名前:堰。 投稿日:2003年01月06日(月)22時34分11秒
 えいと、微妙に訂正解説(ニガワラ
 ふ、二人部屋四つって、数あわねぇ!ありえん!>自爆です
 と、言うわけで、「二人部屋が五つ」に脳内変換してお読みください。
 うひゃぁ。情けね〜(w
 辻さんはー。きっと五期の部屋の中に埋もれているかと…。
 では、本日はこの辺で。
31 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月13日(月)00時14分49秒
 
 その後、夕食に出かけた後も、頭の中はシャキっとしなかった。
 どことなく考え込んでしまう自分に、呆れたような声を投げる周囲が居たのだけれど。
 反応も薄くて自分でもバカみたいに鈍い。
 結局梨華ちゃんのことも考えて、圭ちゃんたちと一緒に食事に行ったんだけど、その席に矢口さんは居なくて。
「あんまり体調良くないから、お土産扱いで何か買って来てってさ」
――あれ美味しかったよね、鶏の煮たやつ。あれと何か野菜類でいいか。
 そう渡されたお金が入ってるんだろう財布を持ち上げて、圭ちゃんは自分自身も疲れたように微笑む。
 隣で少なくなった湯飲みにお茶を注している梨華ちゃんも、その疲れには敏感になっているようだった。
32 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月13日(月)00時16分51秒
「それでも、さすがに心配募っちゃいますよね」
 どこか困惑するような声をあげるのに、圭ちゃんも肩を竦める。
 単純に疲れているというのとは、やっぱり質が違うのだ。
 誰かが「辞めること」を宣言するたびに、自分たちは大きく迷い戸惑う。
 欠けていくその先。
 そうして、自分の未来。
 かなりの苦渋を自らに強いて、「卒業」を選択した圭ちゃんだからこそ、両方の気持ちをわかってしまう。
 二重で辛いのは、誰も一緒なんだ。
 自分が追い越せない優しい顔で、彼女はこちらを見つめていた。
 心配でしょ?と暗に言われているのが解るから、ちょっとばかし膨れてみたりする。
33 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月13日(月)00時19分50秒
――ひとまず電話入れてくるから。
 小声で席を辞すのに、自分は軽く腰をあげた。
 席と席の隙間を立ち上がるのに、軽く腿に触れてみたりして。
 つーかセクハラ辞めてよね。
 と。
 ゲンコツ一つが軽く髪を打つのに、品の無い笑いを浮かべてふざけてみせる。
 圭ちゃんの背中が柱陰に隠れて、一同切なげな吐息を吐いた。
「一つの仕事を懸命にこなせないって言うのは、かなりの重圧だと思うんだけどなぁ」
 一緒に同じユニットとして長い時間を過ごしてきた。
 関係だからこそ、梨華ちゃんのくちびるが悲しい言葉を紡いで零す。
34 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月13日(月)00時21分04秒
 真面目一直線。
 力を抜くことをよしとしない、その人。
 だからこその、努力の人なんだ。
 そう、時間を重ねていくごとに思う。
 手加減できない、真面目な人。
 小さな身体を目一杯使うこと、笑顔ならば全開で咲かせること。
 ツッコミは全力で行うこと。
 思考のうちを波のように寄せて返すのに、自分は食卓に肘をついて髪をかきあげた。
 少しくらい、楽にさせてあげたいのにな。
 それが自分でできるなら、とても嬉しいんだけどな。
35 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月13日(月)00時26分05秒
「最近は辻も節制利くようになってきたみたいだし、管理者的には楽になってるんだろうけどね」
 そう零す飯田さんがデザートのジェラートをスプーンでついてる。
 すこしばかりベチャリとのびたそれは、スプーンに押されてへばって見える。
 ふっと視線を落とすままに、携帯片手の圭ちゃんが戻ってきた。
「さすがにお腹空いたって、ボヤいてる」
 軽口なんだろうな。
 そう解る柔らかな表情に、テーブル全員煮え切らない微笑を浮かべた。
 それすらも「矢口さんのそのもの」と、感じてしまってるのが解るから。
36 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月15日(水)17時45分15秒
よっすぃーつらいな・・・。
37 名前:堰。 投稿日:2003年01月19日(日)22時28分48秒
>36 名無しさん
ありがとうございます。
そうですね。辛いですけどね、恋愛当たって砕けるもんですから。
砕けるかどうかは別として、吉澤さんには頑張ってもらいます。
まだまだ、これからです。
38 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月19日(日)23時18分45秒
「吉澤〜、ちょっと一緒に来てよ」
 そう言われて連れていかれたのは、矢口さんと圭ちゃんの泊まる部屋だった。
 コンビニの袋には仕入れたたらみのゼリーとか、ポカリとかが一緒に入っている。
 単価は安いかもしれないけれど、何よりの心づくしなんだと解ってもらえるだろう、品物が入っていた。
 圭ちゃんの片手には、さっきのお店で仕入れてきた、あっさりトマト味のロールキャベツと野菜スープ。
 ロールキャベツはメインがキャベツと錯覚するほど野菜だらけ。
 それでも、きっと肉がメインというよりは、今の矢口さんには食べやすいはずだ。
39 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月19日(日)23時20分10秒
 圭ちゃーん、さすがにこれは一人で持てないよ。
 軽くそれを持ち上げると、リップシンクの要領で「ありがとう」と微笑まれた。
「なに。雑誌、買ったの?」
 コンビニの袋を異様に量増しさせているのが雑誌だと気付いて、呆れるように肩を竦める。
「頼まれ物だからね」
 そう仕方なさそうに笑う圭ちゃんは、やっぱりとても優しい。
 心配しかできない自分には、目の毒というくらいに。 
40 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年01月19日(日)23時22分04秒
「つーか、ずりぃ。やっぱり」
 思わず口元を抑えると、ガサリと袋が鳴る。
「んぅん?何か言いました?吉澤さぁん?」
 まるでどっかの教育ママみたいないい口で、圭ちゃんが苦笑した。
「心配してる自分より、優しくできるから羨ましがってるだけですぅ」
 ガキのするみたいに唇を尖らせると、ぶーすか文句をつける。
「そりゃぁ、単純に付き合いの長さもあるし、文句言われても困るけどねぇ」
 届かない大人の微笑を見せながら、彼女は部屋のカードキーを取り出した。
 そう笑う顔のまま、キーをロックに差し入れて解除する。
「手、開いてるでしょ?開けてよ」
 つーか自分の荷物のほうが重いと思うんだけどね。
 肩を竦めるのにも文句は言わずに、自分はそっとドアノブを指先で下げた。
41 名前:ハル。 投稿日:2003年01月30日(木)03時57分30秒
矢口さんは目の前なのに・・・よっすぃードアを開けてくれーーー!!!
・・・って言うか早く、会話プリーズ。

作家さん、お忙しいのでしょうか?・・・続き待ってますよ!!
42 名前:堰。 投稿日:2003年02月01日(土)22時42分00秒
>41 ハルさん
ごめんなさいー。
やぁ、続きを書きながら少しばかり遠くへ逝ってました。
失礼失礼。ちょいと先に進めます。
お詫びがわりで(笑)。
43 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年02月01日(土)22時48分25秒

「起きてたんだ?」
 部屋に入った瞬間、テレビのバラエティの音声が耳に飛び込んでくる。
 大笑いとまでは行かないが、ブラウン管の中には笑いを堪える人々が詰まっている。
 電気は薄暗くつけてあり、その中で隣のベッドの毛布で身体を包んでいる背中が見えた。
 小さくて、毛布にさえも埋もれてしまいそうな、身体。
 矢口さん…。
 心配は胸の底でさざめくけれど、声にはならない。
44 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年02月01日(土)22時49分20秒
「ん…。調子悪いのは解るんだけど、精神的に暇じゃん」
――風邪とかってわけじゃないし。だるさだけだしね。
 くつくつと可笑しそうに微笑う矢口さんが、入室者を振り返った。
「あれ、一緒なの?」
 意外だったんだろうなぁ。
 自分が同行していることに気付いたその声は、素で驚いた感じを含んでいた。
 圭ちゃんはその視線に悪びれることもなく、「荷物もち」と言って笑ってみせる。
45 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年02月01日(土)22時51分53秒
「そっか。まぁ、丈夫が看板背負って歩いてるからね。使え使え」
「そぉそ。たまには使わないと」
 疲れが溜まっているのだろう。
 はっきりしない笑顔を浮かべる矢口さんに、気を紛らわせたい圭ちゃんは冗句を重ねた。
「っつーか二人そろって酷いよぉ」
 オーバーアクションならばお手の物。
 荷物をベッドに置くようにしながら、しなだれる自分を、二人が手を叩いて笑った。
 ここぞとばかりに、二人揃って手加減もない。
46 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年02月01日(土)22時54分05秒
「まぁお礼にもならないけど、良かったらゆっくりしていきなよ。お菓子とか、余計に買ってきたからさ」
 圭ちゃんが冷たいものを据付けの冷蔵庫にしまいながら、思い出すように零した。
 へ?と、思わず顔から表情を無くしそうだった自分は、慌ててそれを取り繕う。
 だって、こんな場所で表情は崩せないでしょ。やっぱ。
「でも…」
 矢口さんの反応が怖くて、辞退することだけが頭を過ぎる。
 なんせ体調不良だって言うし。これ以上疲れさせるのは良くない。
 心配なら、一人の部屋でもできるはずだから――。
 軽く手を握って、カーゴパンツのポケットをいじろうとした時だった。
47 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年02月01日(土)22時55分11秒
「さっきも言ったじゃん。別に風邪とかじゃないから伝染んないしね。よっすぃーが迷惑だったら、いいんだけど」
 そう、テレビを向いていた顔がこっちを振り返った。
 パシュン。と、目の前で思考のショートが起きた。
 めぐるはずの考えが、途中で断ち切られる感じ。
 うあ。可愛い。つか、なんか可愛すぎる。
 毛布に包まって、顔だけこっちに向かれて。
 それでそんな言い方をされて、じゃぁ部屋に戻りますなんていえるわけないじゃないっすか!
48 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年02月01日(土)22時57分39秒
 ふぃ〜とまるで風呂上りのオヤジみたいな息を吐いて、髪をかきあげる。
 へたしたら茹蛸だろうなぁと、思うほど指先まで熱い。
 そこにはすっごく照れくさそうな顔が付随されていたはずだ。
「お世話になります」
「あらあら吉澤さぁん、さすがに喧騒から落ち着きたいのかしら?」
 くつくつと肩を揺らす圭ちゃんには恨めしそうな視線を向けて、自分はどこへ座ったらいいのか指示を仰ぐことにした。
49 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月15日(土)00時11分13秒
よしやぐ〜!!大好物です!!!(w
凄い引き込まれる作品ですね。続きが気になります。
お気に入りに入りましたので宜しくお願いします(w
50 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月24日(月)00時34分03秒
続きまってるよ!!
51 名前:堰。 投稿日:2003年03月03日(月)22時49分57秒
保全アゲまでしていただいて>(*∩Д∩)
>49名無し読者さん
引き込まれるなどと言っていただいて!
ありがとうございます!これからも精進していきます!
ちょいとサボリがすぎましたので、
ガンガン走ってみたいと思います。
よろしくお願いしますm(__)m

>50名無しさん
はい。続き書いてます!
上記のとおり怠けが過ぎましたので、
ちょっとどころか頑張ります!
でも、どうやったら「きのこ」になるのか、
書いてる時点でまったく不明です(微苦笑)。
よろしくお願いします。
52 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月03日(月)22時51分52秒
 最近どうなのよ。
 とか、楽屋でもできそうな話ばかりをしていた気がする。
 テレビを見ながら、大笑いしたり、こわ!とか慄いてた気もする。
 夏だしね!どこも心霊写真特集やってたりしてね。
 ただ、どうしても無防備な矢口さんに近くて、頭には殆ど残らなくて。
 携帯の着信音が鳴り響くまで、ものすごく他愛ないことばかりを重ねていた。
 軽い音をたてる着信音。誰の携帯へかは解る。
 そして、誰からのかも。
 それぞれのベッドに座っていた内、圭ちゃんが自らのヘッドボードへ体を伸ばして指先に携帯をひっかけた。
53 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月03日(月)22時53分06秒
「え?何よ。それならこっちでも買ったってば。へぇ?!」
――ちょっとあんた聞き辛いからもうちょっとしっかり喋んなさいよ!
 10秒ほど喋ったあと、携帯の回線を切りながら、圭ちゃんは呆れたように肩を竦めた。
 じっと見つめる視線に気づいたのか、ちょっと迷惑そうな表情でぐちる。
「や、なんか後藤の部屋収集つかないみたいでさ。一喝してくださいよぉ!だって」
 そう電話してきた相手の口調をまねて、どうしろって言うのよと首を鳴らした。
54 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月03日(月)22時53分59秒
 参った。そうグチる唇と。
 けど、行かないと。と微笑む表情と。
 理由も感覚も解るから、留める気にはならない。
「石川によろしく言っておいて」
――残りの本数少ないから頑張るよって。
 タンポポの話だろう。
 心配してもらってるのがわかるだけに、矢口さんは気が気じゃないんだ。
 思いつめる後輩の癖を、ちゃんとわかってる。
55 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月03日(月)22時54分46秒
「あぁ、うん解った。伝えておくよ」
 そう言って、やおら立ち上がると、圭ちゃんは部屋の外へ出ようと靴を履いてしまう。
 圭ちゃんが用事と言って出て行く。
 そうすると、自分が帰るタイミングを逃がす。
 と、言う事は。
 単純な思考をめぐらせると、答えは明白。
56 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月03日(月)22時55分48秒
 冗談じゃない。置いていかれてたまるかってんだ。
 こんな気持ちで矢口さんと二人きりだなんて、心臓どころか精神にも悪い。
「え?あ?ちょっと、ウチもそろそろ…」
 圭ちゃんの近くでボエーっと座っていた自分も、戸惑いを隠せずに膝に両手をつく。
 立ち上がる動作を取ろうとした瞬間。
 携帯のメール着信があってカーゴパンツのポケットから異様な振動がはしった。
 うあ!誰だよこんな時に。
 肩がすくまるのは仕方がない。
 単純にびっくりしただけであって。
 そう思いながら携帯を取り出したときだった。
57 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月03日(月)22時58分06秒
「じゃ、吉澤置いて行くからさ。何か用事あったら使って」
 そう言って、したり顔で圭ちゃんは部屋の外へ出て行ってしまったのだった。
 パタンと容赦なく締まるドアの音。
 アウチ!置いていかれたし。
 これで追いかけるのも究極に不自然なので、仕方無しに消えた背中に聞える程度に告げる。
「いってらっさーい。おきをつけてー」
 きっともう消え入りたくて仕方無いくらい、情けない声をしていただろう。
 確かめる術なんかどこにもないけれど。
58 名前:49 投稿日:2003年03月04日(火)14時02分54秒
待ってました!!
無理しない程度に頑張って下さい〜マターリ待ってますから!!
59 名前:堰。 投稿日:2003年03月04日(火)22時04分09秒
>58 49さん
 はい。まったりと行きたいんですが、
 生来のサボリ癖があるので勢いがある内に進めます。
 読む分にはゆっくりでいいですよ〜(^_^)
60 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月04日(火)22時07分34秒
 取り残されるなんて微塵も思って無かった。
 ベッドが据えられている隙間という微妙な距離をおいて、声が無くなる。
 手の中には無機質な携帯。
 そう言えばコイツが邪魔したせいで、言い方悪いけど逃げ損ねたんだよなぁ。
 二つ折りの液晶に、メール着信ありの表示。
 メールあったのくらい解ってるよ。こんちきしょー。
 チャキっと器用に押し開くと、メール処理のボタンを親指で一押し。
 メール一件。切り替わる画面に目を落とすと、そこには見慣れた差出人が表示されていた。

 差出人:ごっつぁん。
 (no subject) と書かれたメール。
 中身は簡潔な一文だった。
61 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月04日(火)22時13分18秒

 「後は頑張ってねー。」
 
 文末には丁寧に音符マーク。
 ごっつぁん 梨華 と連名で添えられている。
 そうして気付く。
 要は、ハメられたのだ。
 信じられねぇ――――!
 そう頭を抱えて立ち上がりたい衝動にかられるけれど、そんなことをしたら益々不審がられてしまう。
 きっと圭ちゃんも、貰った電話で「協力してくれ」くらいいわれてんだ。
62 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月04日(火)22時14分09秒
 やられたよ。  
 さりげなく髪の毛をかきあげるのにも、指先までぎこちない。
 視線のやり場にさえ困っていたら、テレビを見ている顔が向きも変えずにこう言った。
「久しぶりだねぇ。一緒に居んの」
 どう返せばいいのかも解らずに、「…そうすね」と返すことしかできない。
「なに固くなってんのさ、キミは」
 と、微笑うその空気。
 苦笑するのにも「天まで突き抜ける」いつもの力が存在しない。
 それは矢口さんの持ってる、太陽みたいな匂い。
 場にあるだけで、広がる、魔法みたいな感じ。
 なんだ。ゲームとかで言うと、キャラクターの会得した能力って感じか。
「や。なんか、調子悪そうだなぁって、思って」
 本心からなので濾過ができない。
 ぽつりと口に出したら、どことなく表情の空気が変わった。
63 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月04日(火)22時15分25秒
「ん。なんかね、自分でも解らないとこなんだろうなぁって、思う」
――時々くるんだ、コレ。
 へへへ。
 と、少しばかり乾いた笑いを浮かべて、矢口さんが口元を抑える。
「あんまり、無茶とかしてほしくないんですけどね」
「無茶しないといけない環境だから、難しいんじゃん」
 そう自分の希望論をさっさと打ち砕いて、矢口さんは毛布を纏ったままころんとベッドに転がった。
 このまま言ってりゃ水掛け論なので、さっさと言葉をしまいこむ。
「ねぇ。最近どう?」
 どうって。さっきも話したじゃないっすか。
 不思議そうに顔を見やると、どこか力ない声が紡いだ。
64 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月04日(火)22時16分13秒
「頭にきたりしない?」
 頭……?
 回転の良すぎる先生に、回転速度が遅い自分は一瞬首を傾げる。
「だから、周囲のこととか、自分の立場とかさ」
 そう天井を見上げる視線が、ふいとこちらを覗いた。
 濡れるような瞳が不意に空洞に見えて背筋が凍る。
 それは透き通る水を覗き込むときに感じる、眩暈のようだった。
 底が見えているのに、その果てが遠すぎて距離が測れなくなる。
 ふらふらと視界が歪んだり、ねじれたりする。
 空気感染する毒のように、呼吸から詰まっていくような…。
「なんかさ、たまに口にしないとキツイじゃん」
――こういう時じゃないと、言えないっていうの?
 そう自分の中の鬱屈とした空気をすべて吐き出すように、胸がかるく上下した。
 付随する呼吸。
 重くなる空気。
「そりゃぁ、言いたいこととか沢山ありますよ」
 ショウケースに入った世界を覗くだけなら、苦労はないじゃないですか――。
 含むたとえ話を吐き出して、膝に肘をついた。
65 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月10日(月)11時59分35秒
更新きた!!!
楽しみにしてます。
66 名前:堰。 投稿日:2003年03月11日(火)22時23分53秒
>65:名無し読者さん
 キタ!と言って貰えるだけでも嬉しい私。
 はい。誠意増筆していきますので、
 この後もよろしくお願いします。
 目指せ東西キノコ……。なんか嫌かも?
67 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月11日(火)22時27分55秒
「でも、今はそのケースの中に、うちも一緒に居るんですよ。
 矢口さんの感覚が、解らないわけじゃない」
 ふっと吐き出された息には勢いなどどこにもない。
 髪の毛を力なくかきあげて、横たわる姿をぼんやりと見つめる。
 同調してどうするんだ。
 そう自分の内を叱咤するのにも、「励ましは有意なのか?」という疑問も生まれる。
 言いたいことがある。その言葉を理解できてしまう自分。
「後悔してない?」
 少しだけ乾いた声が言う。
 天井を見る視線はどこか哀しくて、だけど優しくて。
 きっともう、矢口さんの中では答えの出ている「問題」なんだろう。
 それを、自分に投げている。
 沢山の意味を含んだ、簡単な言葉を。
68 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月11日(火)22時28分51秒
 ガラス張りの宝石箱。
 毎日のように見ていた、煌めきに溢れた世界。
 見つめていただけの中学生だった自分。
 綺麗な宝石として箱の中に放り込まれた自分。
 手にされ、眺められ、知らない人の日常に取り込まれている自分。
 だけど、その箱に届いた自分は……。
「みんなと、一緒に居られるようになったから」
 そりゃぁ、今はけっこうキツイこととかありますけど。
 仕方無い。という言葉を隠して、肩から力を抜く。
「同じライト浴びていられる、沢山の人に会えたから。
 だから、それでいいのかもって」
 へへ。
 言ってしまってから、あまりに他意もなく呟いてしまったのに苦笑する。
 だらしない子供の笑みを浮かべる自分に、視線が向けられた。
69 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月11日(火)22時35分29秒
「矢口さんとも、会えたから」
 前の言葉の延長。
 そのつもりで紡いだ言葉に、神経が無駄な追越をかける。
 一対一の口説き文句みたいに受け止めて、無意味に頬に血が上ってくる。
「や、あの…なんかくさいっすね!
 やっべぇなぁこれ、プレイボーイ?ひとむ?」
 うはは。と空笑いを繰り出すのに、視線が細まった。
 だけど、それは優しい微笑いじゃなくて、どこか冷たくて痛い針のような微笑だった。
 ぞっとする。
 ロビーで感じた痛みが、胸の奥からせりあがってくる。
 空笑いをしていた口元がそのまま固まって、頬が引き攣る。
「なに?励ましてくれるつもりなの?」
 軽くはじき出される言葉が、弾丸みたいに直撃していく。
 や、やや。と口篭もるのを横目に、矢口さんはゆっくりと体を起こした。
70 名前:49 投稿日:2003年03月12日(水)11時04分54秒
毎回いいとこで切りますね(W
気のきいた事言えないんですけど、今一番楽しみにしてます!!
71 名前:堰。 投稿日:2003年03月13日(木)06時43分48秒
>70 49さん
いつもありがとうございます。
なんか案の定と言うか自分の文章の癖が出始めて、
どんどん爽やかじゃなくなってきてるんですが(^_^;
もうこのまま爽やかさ皆無で続きます。よろしく。
焦らしはきっと好きな書き手さんの癖が伝染ったのかと(w
72 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月13日(木)06時46分28秒
 体に巻いた毛布を引き上げて、視線をゆっくりと部屋の鏡台へ向わせる。
 自分を見つめているような、ただ捕らえているような、そんな視線。
「えらいね。頑張って前見てるね」
 すっと吐息だけを抜く、面だけの笑み。
「これだけ時間経つとさ、解らなくなるときあるからさ」
――昔ほど、世界を真っ直ぐには見れないよね。
 胸がざわつく。
 どこか「揶揄」されているような気がしてくる。
 それは「到底自分には理解できない」物事なのだと宣告されるような、拒絶の声。
 そりゃぁ、矢口さんじゃないから、全部わかるわけじゃないけど…。
 それでも、こんな言い方ってない…よねぇ。
「嫌でしょ?こういうの」    
 口元を抑えて、くつりと喉を鳴らす。
 そこにはどことなく、解った大人と、解れない子供の壁があって。
73 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月13日(木)06時47分39秒
「そ…」
 否定しようとした声が、喉で詰まって凝る。
「無理しなくていいよ。そんな顔してる」
 そうして解る。
 鏡の奥には本当に自分が居ないという事に。
 最初からこちらのことなど見て居なかったように、言葉が紡がれた。
 喉の奥に張り付く声。
 一を紡げば、百を吐き出すような息苦しさと窒息感。
 吊り合わないよ。
 まるで、いつもの矢口さんが「嘘」みたいじゃないか。
 いつもの矢口さんが「実」みたいじゃないか。
 解らなくなる。
 間違えそうになる。
 虚と実を間違って、どれを選択したらいいのかわからなくなる。
 だけど。自分が見つめて眩しいと思うのは、今の矢口さんじゃないから。
 だから――。
74 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月13日(木)06時49分14秒
「そんなこと言わないでくださいよ!
 そういう言い方しないでください!」
 感情的になりすぎて、声が感情を追い越すくらい先に走る。
 どこか「お願い」めいた物言いに、一瞬鏡の奥に取り残された体が強張った。
 どんなに関係がなれてしまっても、崩せない言葉が空間を揺さぶる。
「自分が矢口さんのこと嫌になるわけないじゃないっすか。
 そりゃぁ、人間疲れるし、ストレス溜まると全部投げ出したくなるけど!
 だけど!それって…特別じゃないじゃないですか……」
 誰かが特別陥ることじゃ、ないじゃないですか。
 必死にまくし立てるのにも、どこか反応は薄い。
75 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月13日(木)06時51分11秒
「それは矢口に失礼でしょう。
 誰もが疲れてるんだから、今更そんなに投げ遣りになるなーって?」
 あぁ!切り替えしさえも疲れ果ててる。
 素直に受け止めてもらえなかった焦りに、どうしようもなくなって一瞬言葉を失う。
「そうじゃなくて!」
 言放って、腕がぴくりと動く。
 腕を伸ばしかけて、不意に寄せる感覚に思いとどまる。
 伸ばして、どうする?
 伸ばして、何になる?
 その躊躇に気付いたのか、膝でにじるように体の向きを変えると、初めて正面からお互いが顔を合わせた。
76 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月13日(木)06時55分15秒
「ねぇ。その手、どうするの?
 持ち上げて、どうするの?
 抗議して、どうするの?
 もういいよ?帰ったら?
 巻き込まれることないよ?」
 向き合わせた表情は、そんな言葉を吐き出す。
 怖気や不快感、全てを吐き捨てるみたいに。
 せっかく向き合わせた顔も、きっと蒼白で貧弱な自分と、暗いながらも芯のある彼女と分かれているだろう。
 絶対にも思える差を理解しているのか、暗く深い余裕を翻さずに彼女が続けた。
77 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月16日(日)20時40分08秒
>>71
>焦らしはきっと好きな書き手さんの癖が伝染ったのかと(w
まさかと思いますが、私のことですか?(w
私は、あなたの書く世界の『深さ』がスキです。
あなたの文章を脳内で反芻するだけで、ずーっと酔っていられます。
続きも楽しみにしてます、マジで。
78 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月19日(水)15時53分34秒
更新お願いします!!
79 名前:ハル。 投稿日:2003年03月21日(金)04時31分26秒
続きも期待してますので頑張ってください!
80 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月21日(金)13時01分31秒
ホント楽しみに待ってます!!!
81 名前:堰。 投稿日:2003年03月23日(日)00時20分26秒
あわあわ。続きを書いてると時間を忘れます。
お待たせしましたー。更新ですー。
>77 
いやいや。そのテクニックには敵いません(w
深さと言っても幅はなく、狭くマントルまで掘るタイプなので。
…あまり笑えませんが。自分も楽しみにしてます。

>78
お待たせしましたー。すいません。
予定外の方向へ動いたりと、動静が定まらなかったので。
これから更新しますので楽しんでいただけたらと思います。

>79 ハル。さん
はい!私信で申し訳ないですが着いてます。
戴きました。ぺろりと。満腹です。幸せです。
デスク前に貼ってます(w
返事はしばらくお待ちください。申し訳。

>80
あ。あげられてしまいました。
あげられると「書く」責任が沸いてきます(ニガワラ
あまり責務にする気はないので、ゆったりやらせていただきますが。
さすがに長くあきすぎましたね(w
82 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月23日(日)00時21分22秒
「それとも、慰めたりとかしてくれるの?
 子供にするみたいに、頭を撫でるの?
 泣いちゃだめだよ〜、そんな顔したらダメよ〜って?」
 あはは。 
 言いながら笑っている、その声は虚にとけていく。
 どうして、ここまで頑な。
 まるで本当に子供がするように、どこか逃げているみたいだ。
 感情の栄養が足りなくて、求めて彷徨ってる子供みたいに。
 無意識に、意識的に何かの「手」を求めている子供。
 少なくとも、そう見えた。
 自分には。
83 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月23日(日)00時21分57秒
 間違ってるかどうかなんて、重ねても重ねても解らない。
 だけど、こうして仕舞い込もうとしている姿は、痛々しいほどこの上ない。
 ふと、思い返す。
 書籍の一節。大事な彼女の語句。
 その概要。
 うあー!って泣いてしまって、それでリセットするんです。
 寝不足で目蓋を腫らしても、涙の痕は無くて。
 そうして解る。
 もう、堪えきれないそれに。
84 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月23日(日)00時22分44秒
「なんで、そんなに哀しいこと言うんですか?」
 くんと唇を噛んで、そうして顎をあげる。
 硬くなる頬のせいで真一文字を書く唇に、自分の気持ちはにじまない。
「解ってますよ。
 この手を伸ばせば、頭だって撫でられるって」
――でも違う。自分が触れたって、矢口さんは変わらない。
 ずっと見つめてる時間の延長に居るのが「今の貴女」なら、今の言葉を含んで全てが貴女なんだから…。
 薄く、唇が呼気を求めて開く。
 どこか真剣味を帯びたはずの自分を見つめている、その視線が意外そうに見開かれるのを真正面から受け止める。
 届け!届け届け届け。
 触れられない指先よりも、触れられない髪の硬さよりも、先にその内へ。
85 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月23日(日)00時23分38秒
「何が間違ってるかなんて、ウチには言えません。
 だから、そうして後向いてる矢口さんを、指差して笑ったりなんかしない。
 上手く言えないけど、指さしたりなんかできるわけないし。
 ここに居る矢口さんが、目の前に居る矢口さんが…全部にしか見えません」
 選ばされたモノだってある。
 選ばなければいけなかったモノだってある。
 突きつけられたモノの中に、痛みが無かったわけじゃない。
 だけどその痛みの中で、掻き抱いたモノもあるから。
 毛布を掴む手に視線を移す。
86 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月23日(日)00時25分52秒
「だから、吐きたいなら吐き出しても何しても、いいんだって。
 そう思っていいんだって、解ってもいいと思うんです。
 五期を直撃しないようにっていう、気持ちとかも解ります。
 それでも家じゃなきゃと吐き出せないって、やっぱ辛いじゃないっすか。
 だったら尚更、今こういう時にでも、吐き出したら楽になるんじゃないかって…」
 ホラ!自分大きいから、矢口さんくらいならどんとこいっすよ――!
 そう笑おうと、顔を上げた瞬間。
 正確に言えば、「どんと」の「ど」で持ち上げた視線は、毛布でいっぱいに塞がれた。
 不意に起こった出来事に順応できなくて、呆然とその茶色の視界をただ受け入れることしかできない。
 埋もれるように塞がれた世界で、どうにか呼吸を確保して、感覚を総動員した。
87 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月23日(日)00時28分14秒
 毛布はずり落ちたりしない。
 どうやら、毛布だけを投げられたわけじゃないらしい。
 その証拠に、視界はまだ茶色い。
 信じられないけれど、信じなければいけない事実が、ここにある。
 ぎゅぅ。と、不確かに揺れている、息苦しいには程遠い、やわらかくて頼りない力。
 それが毛布ごと自分にぶつかって、背中へ一杯に手を伸ばしている。 
「ほら、…どんとこい」
 他人事のように言って、肩の力を抜く。
 強張らせていたって、優しくないだろうから。
88 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月23日(日)00時29分56秒
 呼吸の押さえ込まれる様子に、涙を悟ることができる。
 毛布ごしに額を感じる肩。
「ずっと、矢口さんのこと見てたから。
 やっぱり、すっげー心配したから」
 そう、ふざける口調で呟くだけ伝えて、所在無い手をシーツに投げて放棄する。
 受け止めることはできても、包み込むことはできない。
 それは、「関係」の差異に他ならない。
 きっと圭ちゃんだったら、正面から抱きしめて、頭でも撫でてあげられるんだろう。
 だけど、自分はそうじゃない。
 ただ静かに、事態と状況を受け止める。
89 名前:49 投稿日:2003年03月23日(日)03時05分33秒
更新されてるのがこんなにうれしいのは初めてです(w
よっすぃの気遣いと想いが、報われるといいなぁ。
90 名前:堰。 投稿日:2003年03月24日(月)22時33分52秒
>89 49さん
ありがたいお言葉を。感謝です。
報われるでしょうか…。
や、真摯にある人は報われるべきだと思っているので、
きっと………(w>長い間はなんだ
そろそろ佳境です。よろしく。
91 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月24日(月)22時35分48秒
 事実に基づく自分の思考は、すべて否定的だ。
 この状況を利用するなんて、決してするべきじゃない。
「みんなだって心配してたんすよ?さっきの食事中だって…」
 視線をどうにか床に向けたとき、聞えてきた言葉に、今度はこちらが息を飲んだ。
「そうして余計なコト付加えるんだね」
 そう、どこか仕方なさそうに微笑む空気。
 そこにはさっきまでの殺気めいた暗さはなくて、どこか諦めるような温もりがある。
「どうして、みんなが出てくるの?キミはみんなのオマケなの?」
 ふっと体が離れて、毛布がずりおちていく。
92 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月24日(月)22時36分42秒
 微かな離れ方で入り込む空気、隙間を感じずには居られない冷ややかさ。
 夏だってのに。空調だって聞いてるのに。
「矢口には言いたいこと吐き出させて、キミは何も言わないの」
 あっそ。
 そう、どこか仕方なさそうに微笑む空気。
 安堵しかけた体が、精神から萎縮していく。
 今の言葉は、どこが、余計なんだ。
 思い当たる部分と言えば、今自分がひた隠しにしているところだけ。
93 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月24日(月)22時38分07秒
 答えを導くことができない自分へ、
「本当はね、解ってたんだ」
 と、涙を超えた言葉が、微かに開いた距離を滑り落ちてきた。
「キミにこの澱みを見せても、拒絶されないってこと」
 何故か、拾った犬を手放さなければいけない、子供のような瞳で見下ろしている。
 その声のあからさまな自嘲が不可思議で、思わず眉をひそめた。
「何も知らないって。何も感じてないって、そう思ってるの?」
――その口から、ずっと見てたって言っているのに。
 扉を閉じて、鍵をかけている場所がある。
 言葉はその扉を直撃して、開錠を迫る。
 だって。どうして?
 どうして、そんな、引き出すような言葉を使う?
94 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月24日(月)22時39分49秒
「よっすぃーが来てくれて、嬉しかったよ。
 顔に出さないようにするの、大変なくらいにね」
 嬉しかったの?本当に?
 だって、さっきまで、あんなに思いつめた瞳をしていて。
 今はこんなに、不安な瞳をしている。
 だけど、それを見つめる自分は、きっと、怯えている。
 だって、これじゃぁ、まるで…。
「矢口もね、ずっと見てたよ」
 とくん。
 胸の奥に温度の解らない何かが落ちていく。
 さざめいて、さざめいて。心を惑わせる。
95 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月24日(月)22時40分47秒
 喉の奥か乾くのは、気のせいじゃない。
 言葉さえ奪う乾きが、吐き気を競りあがらせる。
「や…やぐちさん!」
 吐き出すようにして叫んで、預けられる上体を押し返した。
 だけど自分の視線は、床へ向いていて、毛布が折り重なったのを見ているだけ。
 顔があげられない。
 空気が重く両肩にのしかかるのを、押し遣る術を自分は知らない。
 や。知ってはいる。けれど、それは、今はダメだと言い聞かせている。
 その体を掴んだまま、腕を伸ばしたまま。
 彫像のように関節を失い、動くことが叶わない。
96 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月24日(月)22時41分38秒
「なんだよ…」
 そう、無理矢理に微笑んでいるのだろう。声は掠れている。
 一つの呼吸さえ、耳にこびりつく始末。
 拍動は、体全体を刻む懲罰のように迫る。
「受け止めたり突き放したり、忙しい子だねぇキミ」
 明らかな、諦めのようだった。
 その声が、最後の言葉のように聞える。
 告悔。
 受領。
 拒絶。
 違う。
 ちがう。
 そうじゃなくて――。
97 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月24日(月)22時42分59秒
「そうじゃ、なくて…」
 情けないほどかすれている声が、絞り出されるのを耳に唸る。
「認めて、どうするんですか?」
 言葉を受け入れた先に待って居るのは、何ですか――?
 解らない年齢じゃない。
 解らない空気じゃない。
 だけど。
 このまま進んでしまうのは、ぜったいの、間違えになる。
 ぎゅっと唇を噛んで、腕を伸ばす。
 筋肉が気持ちを反映しているのか、腕が震えているのが解る。
「意気地なし」
 放られた声に図星を指されて息が詰まった。
98 名前:ハル。 投稿日:2003年03月25日(火)02時33分27秒
ヘタレちゃんな吉澤がこれほど似合うカプもありませんよね・・・(褒め言葉です。
はっ!上の方に「回転はすれどもヘタレではないと思われ(w」と
書いてあるにもかかわらず、ヘタレに見えてしまう私って。
・・ただのへタレ好きなのか?(w

続きも期待してます。頑張ってください!
99 名前:49 投稿日:2003年03月25日(火)16時27分00秒
ぜひ幸せにしてやって下さいぃ〜!!(w
佳境…うれしい反面、終わりに近づくのは寂しいですね。

100 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月25日(火)19時44分33秒
私の知り得るすべての言語をもってしても、
あなたの『深くて、けれども惑わされるコトバ』には勝てない気がする。
なのに、それがちっとも不快でないのが、
あなたの手で成される表現の魅力の強さでしょう。
そして今日もまた、私はあなたの文に酔わされていくのです。
願わくば、ずーっとずーっと、終わりなどないまま、酔っていたいなあ(w
101 名前:堰。 投稿日:2003年03月27日(木)22時43分41秒
>98 ハル。さん
ヘタレ。いや、ヘタレかもしれない(w
でも、キメる時には決められる、ひっとむー!
で居て欲しい私なのです(w
キメられるヘタレっつーと、Yさんとか、Nさんとか。
結果論、旦那さん系でしょうかね(w

>99 49さん
しあわせ。簡単な単語ですが、実際の実現は難しいですね。
あまり大山の無い展開になってしまいましたが、
移り変わりは見つめていただけたかと思います。
さてこれから更新なんですが、納得していただけたら幸いです。

>100 
毎度(w なんだかラブレターの応酬のようですね(テレ
お店を開いて居たいのは山々なんですが、
そろそろ閉店なんです(w
でも最後にもう一杯ご馳走できたらと思います。
102 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時45分21秒
 恐る恐る見上げたその視線の先には、どこか嬉しそうにしている彼女が居て。
 その言葉と空気の差に戸惑うばかりになる。
「いくじなし」
 もう一度投げかけられた言葉を受け止めて、呼吸が続かなくなる。
 仕方なくこくりと呼気を飲み下す自分の頬へ、微かな感触が触れて消えた。
 ば!っと顔をあげると、間近にその穏やかな瞳がのぞいている。
 さっきの感触は、もう日常茶飯事になってしまった、挨拶がわりの親愛のそれ。
 でも、今は楽屋でもないし、周囲に誰も居ない時にそうするのは抵抗があるはずで。
 極論の重なりに、目の前と思考はめまぐるしい。
 白と思っていたものを、黒だと思えと教えられるようだ。
 カラスは白で、ハトが黒。そんな感じ。
103 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時46分36秒
 あぁ?混乱するぞ。
 ぐるんぐるんと回りだす考えに、「根が真面目なんだよねぇ、よっすぃー」と苦笑が与えられた。
 ゴメンネ…。
 と軽く投げられた声を追う視線の中で、矢口さんはゆっくりと、自分の右隣に腰を下ろした。
 ベッドのマットが軽く沈む。
「どうしてだろうね。君になら見せてもいいって、思っちゃったんだ」
 キミには見られたくないって、思ってた部分が沢山あるのに――。
 もう過ぎてしまった事をなぞるように、声が穏やかなのに気付く。
 完結された言葉を待つのは容易く、相手を尊重するための自分の糧になる。
「キミが時々にでも矢口を見つめているの知ってたし、気付いていた」
 なんでだと思う?
 えぇと。と答えに澱んでいると、「さっき言っただろぉ!」と綺麗なツッコミが入った。
104 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時49分07秒
 あぁ、彼女が復調している証拠だ。
 それが嬉しくなって、自分は定位置に近い軽さと調子を取り戻す。
 だけど、その答えは、さすがに軽いノリでは言えない内容だった。
「ずっと……みてたから?」
 いつまで掠れるんだろう自分の声。
 そんな情けない音声を耳に、彼女はベッドの縁に腰掛けたまま脚をぱたつかせている。
「そう。ご名答」 
 自嘲気味に口許を歪めると、その表情をこちらに向けた。
 じゃぁなかったら、あんなに気配感じないよね。
 そう、思い返すように付加える。
「気付いてるんだろうと、思ってたんだ」
――私がどこか狂ってるだろうって、それを感じてくれているだろうって。
105 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時50分35秒
 ボタンの掛け違え。
 日常のズレ。
 越えることも砕くこともできない壁に、当たって心を痛める姿。
 見てました。
 嘘なんかつけません。
 その姿を目に、自分はこの手の無力さを責めて、自分の位置を悔いました。
 ずっと、ずっと見つめてた。
 そのくせに避けていた。
 届くことはあり得ないと。
 伝わることは、皆無だと。
「勝手な話なんだけどさ」
 そう歌うような穏やかさで言いながら、矢口さんは手を持ち上げた。
 いつまでも所在なく放られていた手に温もりが重なる。
「やっぱりキミは気付いてくれたし、救ってくれた」
106 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時51分31秒
「そ、そんな大それたことは…」
 その不意の温かさに慌てる自分は、しっかりと小さな手に包まれてしまって離れられない。
「今、ここで、してくれたよ」
――かたまりかけた大人の気持ちを、ちゃんとやわらかく解いてくれた。
 誰でもない、キミの力。
 そう静かな笑みを見せられて、微かに胸が躍る。
 繋いだ指先の存在に、再び鼓動が早くなるのを感じた。
「そうしてもらえた矢口は、きっとキミが求めてることに応えられると思うんだ」
 今度こそ目を見張ったまま、動けなくなった。
「激しかったり優しすぎたり、忙しいのは矢口さんじゃないっすか」
 思わず呟いて、「言うねぇ」という笑顔を頂戴した。
 どこか押さえ込んだはずの熱に侵されるように、ぼうっとする視界の奥で、彼女は微笑みつづける。
「でも、本当のことだと思う。矢口が求めてることと、それは近いはずだから」
107 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時52分32秒
 夢。
 かと、思う。
 あんまり頭の回転が良くなくても、さすがに話の流れでわかる。
「そんな、夢見たいな話…」
「矢口にここまで言わせて置いて、夢で済ませようっての?」
 ぐっと、顔を近づけられて思わず後に倒れそうになる。
 引いてしまう自分。
 押しに入る、矢口さん。
 えぇと。えぇ〜と。
 これは、夢か?
 でも、夢じゃないのか?
 古典的とは思いながらも、頬を軽くつねると、当然のように痛みがはしる。
 やけにリアルな夢とは、思いたくない。
「何か、叶えられることはある?」
 どこか強気に出れない自分を知っているからこそ、この余裕の微笑みと、余裕の声。
108 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時53分54秒
 悔しいけれど、まだ、触れられない。
 まだ、ちゃんと伝えられない。
 きっと目の前の彼女が微笑む、「根がマジメ」なんだろう。
 日本語英語な女子高生とかで、自分じゃ解らなくなってるんだけど。
 自惚れか?
 自惚れても、いいんですか?
 信じきれないままに見返しても、その穏やかな瞳は揺るがない。
「えぇと…じゃぁ」
 どこか含むように呼吸をしてから、ありえないお願いをしてみることにした。
 ぽそ。と零すように呟くのに、一瞬目が丸くなる。
 じっとこちらを窺う視線は、「本気か?」と声を出さずとも言葉を張り上げている。
109 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時55分03秒
「本気っすよ。ずっと見てた矢口さんなら、自分がオカシイのも知ってるはずだから」
 付加えられた言葉に、彼女は呆れたように肩を竦めた。
「それで、目が覚めて、全部夢じゃなくて、本当だったら……」
 そのときは。
 言いよどむ言葉尻を受けて、矢口さんはそっと微笑いを噛み殺した。
「その、ときは。ね」
 どこか意地悪い口調ながらも、肩先に髪の硬さが触れる。
 穏やかにかかる重さが、静かに心を包み込む。
 今は穏やかに触れる、その空気。
「やっぱりマジメすぎだ、キミは」
 そう微苦笑えまれるのに眉を寄せると、再び唇は頬に触れた。
 それは今までの夢よりも「本当の夢」のようで、正常な狂気を制御する心地良い危機感をもたらした。
110 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時57分15秒

 ――今夜は一緒に眠ってください。夜が明けたら、吉澤からコクりますから。
111 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時58分35秒
 約束を脳裏に反芻して、越えなければならない夜の長さを思う。
 少しばかり「いい顔」しすぎたかもしれないと、内心頭を両腕で抱えたのだった。

112 名前:「CRAZY」 投稿日:2003年03月27日(木)22時59分21秒
――CRAZY Fin――
113 名前:ご挨拶。 投稿日:2003年03月27日(木)23時09分08秒
++  ++  ++  ++  ++  ++
114 名前:堰。 投稿日:2003年03月27日(木)23時09分50秒
 初めて板で書くにあたって、
 イマイチ特色を心得て居なかったようでこんなに長くなりました。
 が、私がいつも書き連ねている世界を思えば、かなりの短編なので、
 これは短編です(ニガワラ>強引だけどNE!

 もっともっと、ダークな方向へ行くつもりだったのですが、
 吉澤さんが必死で説得してくれたおかげで、
 矢口さんが早めに立ち直ってれまして、
 今回のような「ある意味平坦」なお話になりました。
 心理的にも、もっと書けたかもしれません。
 でも手直しが効かないので勉強にもなりました。ハイ。

 読んでレスをつけてくださったみなさんには感謝しています。
 ありがとうございました。心強い励みになりました。
 そのうちもうちょっと、進んだ二人が、今度こそ短編で書けたらと思います。
 楽しかったです。またの機会がありましたら、よろしくお願いします。

 堰。より
115 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月28日(金)00時42分16秒
完結お疲れさまです。
このお話めちゃくちゃ好きです。
更新を毎度楽しみにしておりました。
また何か書いて下さいね!
楽しみにしております!
116 名前:ハル。 投稿日:2003年03月28日(金)22時18分12秒
完結お疲れさまです。楽しかったです。
やっぱし、よしやぐ好きです〜。
時間に余裕ができたら、また書いてくださいね。
かなり励みにさせて頂いてますので!
117 名前:涙後。 投稿日:2003年03月30日(日)23時37分56秒
 えいと。
 帰りがけの楽屋で、じっと世界を見渡す。
 「ほら、帰りにご飯くらい食べるでしょ?」
 と、姐御肌な音声が聞えるけれど、それは自分に投げられたものではない。
 「えー?いいなぁ、圭ちゃん焼肉?」
 「おう!なに?矢口も一緒に行く?」
 うえ?そういう展開なの?
 呼び止めたかった相手を攫われそうになって、必死で声をあげた。
「あの!矢口さん、今日…」
 投げた声の先で、「えぇ?」と、明らかに不服そうな顔が見える。
「え?あの!」
 慌てる自分を横目に、颯爽と荷物を担いで矢口さんは楽屋から出てしまった。
 しかも、圭ちゃんと梨華ちゃんへ声をかけて。
 自分は無視で。
118 名前:涙後。 投稿日:2003年03月30日(日)23時42分47秒
 うえぇ!ちょっと待ってよ!
 慌てる自分を隠すことすらできずに、荷物を引っつかんで廊下に飛び出した。
 と、まるで衛兵のように廊下に立っている二人が居る。
「つーかさぁ、もっと彼女のこと大事にしなよー」
 と、したり顔の圭ちゃんに、
「そうだよ。嬉しかったけど、さすがに大胆すぎるな」
 そう繋ぐ自分の同期。
 えぇと、じゃぁ、もしかして。アレが原因か?
「って、原因さっきのアレなの?」

 ゲーム運びが上手に出来ずに、ボロ泣きした梨華ちゃんを慰める、ちょっとイキスギタ同期愛。

「なに?気付いてなかったの?」
 ……。圭ちゃんの声が聞えて、マジで絶句する。
119 名前:涙後。 投稿日:2003年03月30日(日)23時49分27秒
 聞いては安穏としていられない。
 狭い廊下をこれでもかと言うマナー違反をかまし、走る走る。
 今しがた動き出したであろうエレベーターが、ホールに着いた先で階下へ向っている。
 今ここが四階。
 走ればどうにかなるべ!
 それこそアクション映画でも撮っている気分で、奥歯に力を入れて階段への扉を開け放った。
 一段抜かしなんぞヌルいんだよ!といわんばかりに、脚を全力で動かす。
 時々段数を間違えて、宙に浮く脚が怖いけれど、怪我さえしなけりゃそれでいい。
 えぇい!ケメコ焼肉杯争奪、階段ダービーっ!って何だよそれ!
 違う違う。愛する矢口さん杯、誤解を解きましょうダービーだっつの。
「りゃぁ!」
 と、一階の廊下にダン!と足をつけた瞬間、近くのエレベーターホールに到着を示すチャイムが鳴った。 
120 名前:涙後。 投稿日:2003年03月30日(日)23時54分45秒
「矢口さん!」
 ダメだ。運動不足がすぎるぞ自分。
 呼びかける声がゼハゼハ言ってる。
 声をかけた先には、本当に素で驚いている矢口さんが居て。
 その表情でさえも、「やべぇ!可愛すぎ!」とか思ってる自分が居るんだけど。
 まぁ、今は置いておかないとダメでしょ。
「待ってください。圭ちゃんなんか、まだ上でしょ?」
 一緒に待ちましょうよ。
 というと、非常に不満そうな表情が返された。
 うあぁ、怒ってる?もしかして、マヂで怒ってる?
「つーかさぁ、アレはどうなの?」
 うあぁ!やっぱり怒ってる。
 いつもより低さの効いた声で、どこか視線を尖らせている。
「まずは話くらい聞いてくださいよ…」
 そう頼み込んで、階段まで矢口さんに移動を願った。
121 名前:涙後。 投稿日:2003年03月31日(月)00時01分08秒
 階段は防火扉の閉まった状態で、移動時はあまり気付かれない。
 そこに移動して二人、じっと見合っている。
 なんかもうハリネズミみたいに、全身棘だらけな空気をして。
 どうしよう。触れないかも。切り出せないかも。
 迷っている間にも、不満そうな空気はドンドンドンドン矢口さんから溢れてくる。
「そのですね、あれは…えぇと。やっぱり、悔しいの解るじゃないっすか」
「そうだね、あたしだって、梨華ちゃんかわいいなぁって思ったしね」
 え?なんか論点ずれてます?
 や、そうじゃなくて!
「そうじゃなくて、やっぱり慰めたくなるわけですよ!」
 そう。一所懸命にやって、みんなのためを思って、自らを不甲斐なく思う、純粋な心。
 それに心を打たれずしてどうします!
122 名前:涙後。 投稿日:2003年03月31日(月)00時07分39秒
「あのさぁ、解りきったことが聞きたいわけじゃないんだよね」
 なぜか穏やかになりきれない瞳を一瞬だけ見せて、矢口さんが軽く俯いた。
 そうして逡巡したのか、ふっと振り返ると彼女は背中を向けて拒絶を示した。
「悪いけど帰る」
 そうスパ!っと竹でも斬るように言放って、矢口さんは防火扉を開けようと手を伸ばす。
 うあ!ちょっと待って!そんな!冷静になって話しを聞いて!
「ちょっと、やぐちさん!」
 今、ちゃんと話すことができなかったら、また長いすれ違いに陥ってしまう。
 そう思ったのは確かだったけど、体の方が純粋で、正直で、勇気があったのかもしれない。

 「ヨッスィ」
 驚きを示す音声が、自分の耳のそばで聞こえる。
 拒絶を示した背中を、誤解のまま返せないその体を、自分の腕が閉じ込めていた。
123 名前:涙後。 投稿日:2003年03月31日(月)00時12分11秒
「その、ですね…」
 いいオードトワレ優しい匂いのする体。
 大胆にも抱きしめてしまった自分は、緊張するけれど、やっぱりどこか大胆になっている。
「二人きりのときに抱きしめたいって思うの、矢口さんだけですよ」
 うあぁ。喉が渇く。緊張する。手のひらなんか、きっと真っ赤だよ。
「こうして、今、この瞬間に伝えないといけないって…」
 ぎゅっと、腰にまわした手を強める。
 何かを確かめるように甲に落ちた指を、そっと捕まえて。
「ちゃんと、自分を明かさないとダメになるって…」
 自分の手で包み込む。
「自分が、そういう、恋をしてるのは…矢口さんだから」
124 名前:涙後。 投稿日:2003年03月31日(月)00時18分32秒
「なんだよよっすぃー、泣かすなよ。師匠のことを、こんなに何度もー」
 そう本当に涙声で言われて、慌てるけれど、ものすごく胸が熱くなる。
 涙が、自分の言葉で解けた心だって、今は信じられるから。
「うれし泣きさせる特権も、恋人だから貰える。でしょ?」
 そう呟くと、ズリズリと腕の中で身じろぎした矢口さんが対面するようにこちらを向いた。
 あまりの至近距離に、余裕が吹っ飛ぶくらいだ。
「ごめんね。解ってるはずだったんだけど、やっぱり妬けちゃったんだよ」
 あまりに自然で、あまりに綺麗な絵だからさ。よっすぃーと梨華ちゃん――。
 えへ。自覚ありっす。でも、恋人は矢口さんだけ。キスしたり、ハグしたり。
「同期愛って解ってるからさ、もう言わないし、拗ねないよ。きっと」
――こんなに嬉しい言葉も言ってくれたし。ね。
125 名前:涙後。 投稿日:2003年03月31日(月)00時24分22秒
「じゃぁ、ウチの言ったこと、信じてくれますか?」
 抱きしめたいのは、矢口さんだけ。
 恋人として、最愛の人として。
「仕方ないなぁ、信じてあげるよ」
 すんと鼻をすすって、涙を抑えて彼女が笑う。
 小さくて、可愛くて、利発的な彼女。
「じゃ、約束してくださいね」
「うん。約束する。忘れないから」
 軽く微笑を交わして、額をくっつけて。
 重ねるように唇を合わせたら、この先はまだまだ楽しみがたくさん。
 携帯の着信があるまで、ずっとずっと腕は解けずに居た。
126 名前:涙後。 投稿日:2003年03月31日(月)00時29分34秒

「つーかねぇ!あんたたちイチャイチャしすぎだっつぅの!」
 紗耶香とごっつぁんじゃないんだからさぁ!恥じを知れ恥じを――!
 などと喚き散らしている人を横目に、焼肉屋のデザートのジェラートをスプーンで分け合う。
「つーか、カシスの美味しいね」
「えー?よっすぃ、少し頂戴?」
 矢口さんが言うのに、梨華ちゃんが土足で踏み込んでくる。
「ダメ。恋人ゆうせーん」
 と、ニヤリと口もとをあげると、同期とその師匠兼恋人は、呆れたように視線を交わすとお互いのドルチェを交換するのだった。
 気づいた時にはけっこうな御代を矢口さんと二人で割勘させられたのは、罰ゲームの類だったのかもしれない。
 
                             なみだのち。 終。
127 名前:堰。 投稿日:2003年03月31日(月)00時33分54秒
>115 名無しさん
 はい。お付き合いいただきましてありがとうございました。
 何か。といわれて、別段考えてはいなかったのですが、
 ちょっとした衝撃を受けて一気に書き散らしてしまいました。
 甘い二人になりましたでしょうか。
 またの機会がありましたら、よろしくお願いしますね(^_^)

>116 ハル。さん
 いつも楽しみにさせて戴いている方に、
 楽しみですと言われて張り切らない人が居ないわけがなく(笑)。
 張り切りました。しかも師弟セットです。
 セクシーなんかはありませんでしたけど、どうぞデザート扱いです。
 召し上がってください(^_^)
 
 でわ。今度こそごきげんよう。
128 名前:49 投稿日:2003年03月31日(月)21時23分28秒
イイッ!!前作が終わってしまってガッカリしていたとこに
早速、次作が!!心底、作者サンの作品が好きだと実感しました。
また一気にお願いします(w
129 名前:堰。 投稿日:2003年04月05日(土)21時46分05秒
>128 49さん
 どうもありがとうございます。
 やぁ、板から離れようと思うのですが、
 この気軽な環境から離れられません(苦笑
 また一気に!というか、気軽な短編なら続いていくはずですので、
 よかったらたまにでも覗いてやってください。

 で。諸注意。私、心に決めた方々が一組。
 あとはけっこう雑食で読んだり書いたりしてみてます。
 ちょっと心にトキメいた部分のある組み合わせは数知れず。
 と、いうことで、そんないきあたりバターリな短編。れっつごー。
130 名前:miss take 投稿日:2003年04月05日(土)23時43分46秒
 あー。あれよ、あれ。
 気の無い声をあげる相手に、圭は眉を違える。
 日本酒の上質なものを、小さなビンで一本。
 たまにゆっくりとくゆらせるのも、悪くないというか、日本人の粋と言うか。
「ちゃんと思い出してから喋りなさいよ」
 と、しょうがないと笑いつつ、穏やかな視線でたしなめる。
「うん。あれ。思い出した、この前の英語のテストだ」
 的を得たと言う表情になった相手――絢香はへらーっと微笑んで、小さなグラスを持ち上げた。
「いやね、基本問題ばかりだから間違えるハズもないんだけどね」
 と、どうやら圭のとった点数にご満悦の様子。
 なんたって専属英語教師みたいな立場だもの。
 生徒が良い点数を取れば、嬉しいでしょう。
「あー、あのくらいはどうってことないでしょ」
 そう素っ気なく肩を竦めるのにも、絢香の表情はくずれない。    
131 名前:miss take 投稿日:2003年04月05日(土)23時54分01秒
「じゃぁさぁ、あの間違えってわざと?」
 目をキラキラさせながら言うことじゃないだろう。
 素っ気無さを完璧なものにするために口をつけたグラスから、霧状に日本酒を零してしまう。
 あらあらまぁまぁ。上等な日本酒を消毒に使うだなんてもったいない。
 絶対にほかのメンバーとかが居たらツッコミを受けるだろう事態に、圭はたまらず自らの机に伏した。
「つーかねぇ!そういうことだけ強調しないでくれる!?」
 思わず語気を荒げるのにも、案の定絢香には通用しない。
「えー?だって〜。どうってことない問題だったんじゃないの?」
 キレイに揚足をとられたまま、気分的に背中から倒れていくようだ。
 とてもじゃないが素直に倒れる気にはなれない。
 それなのに、相手の追い討ちは留まるところを知らない。
「ねぇ。そうして欲しいなら、言ってくれればいいのに」
 ぽいぽいと饒舌にも投げかけられる言葉に、圭はコツっとグラスを机に置いた。
132 名前:miss take 投稿日:2003年04月06日(日)00時02分30秒
「つーかねぇ、あんたって…」
 言いかけて、言おうとして、思いとどまって、言葉を飲み込む。
 あんたって、どうしてそんなに人に真っ直ぐ突っ込んでくるのよ――?
 聞いたらきっと、笑ってごまかすに決まってる。
 いつものどこか食えない笑顔で。
 ――だって好きなんだから。仕方が無いよ。
 とか、なんとか言っちゃって。
「むかつくなぁ」
 零すように言って、「え?何か言った?」と、聞える距離に居た絢香が鮮やかに微笑う。
「何も言ってません」
 そうグラスに残っていた液体を口に含むと、話を切り上げるように瓶のソバへとグラスを置いた。
「えー?むかつくって言ったくせにー」
 などと聞えたことを丸出しにして、表情を近づけてくる。
 回避など、できや、しない。
133 名前:miss take 投稿日:2003年04月06日(日)00時19分57秒
 静かに近づいて、やわらかな重なりをもって、何事も無いかのように離れる。
 だけど、一度の接点を持った瞬間、視線は幾重にも意味を増すから。
「いくらでもハグしてあげるから」
 ついでに英語表現も教えるよー?愛のある教師だからね、熱意が違うじゃない。
 言われて、もう反論する気も失せた。
 呆れるくらいの直情的な表現と、紛いの無い思い。
 どこか遠まわしにしたり、いいあぐねたりする自らとはやはり違う。
 圭は仕方無しに起きている間の飲酒を諦めた。
「感謝だったら、ちゃんとしてるよ」
 ふっと力を抜いて、視線を細める。
「感謝だけじゃなくて、もっとちゃんと愛してよ」
 こつんと額をつけて、どこか満足そうな絢香は続けた。
「あ。でもあれよ?触れるのは私のほうだけ…」
「この場でそういうジョークを言わない…」
 少しばかり不機嫌を装う圭の体を抱きこんで、絢香はこの上ない穏やかさを見せた。
「時間いくらあっても足りないからね。まずはお望みどおりに」
――情熱的に抱きしめて下さいだっけ。可愛いねぇ、圭ちゃん。
 くつくつと喉を鳴らす彼女の手が、望むよりもやさしく、情熱的なのは、きっと圭しか知らないことだろう。
134 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月19日(土)19時16分42秒
アヤ圭、大人な感じがいいっすねぇ〜。
続きはあるのかな?
また何か書いたら読ませて下さいね。
135 名前:堰。 投稿日:2003年05月14日(水)23時06分44秒
>134 名無しさん
どうも。本当は続きのないつもりでいたんですが、
直にお会いしたかたがたに「続き!」「書かないの?」と、
激しくツッコミをいただきまして。
確かに閉めないままもおかしいかと思い、
このスレを締めるために戻ってまいりました。
ほんの少しばかりお付き合いください。
136 名前:miss take 投稿日:2003年05月14日(水)23時26分41秒
 ねぇ?と遠くで聞こえる声。
 実質ならばすぐ目の前で吹き込まれている言葉なのに、眩暈とともに霞んで届く。
 ねぇ。そう問いかけながら指先を滑らせるのに、不遜さを感じて髪を引き寄せた。
 一筋を引かれると、微かな感覚を絡められて絢香は顔を上げる。
「そんなにさみしかったの?」
 どこか子供に問うように声を放つので、向けられたほうは軽く視線をそらした。
「そういうわけじゃなくて…」
 あぁ、そういうことじゃなくて。
「人に声をかけるときくらい、ちゃんと近くに」
 ぶっきらぼうに言い放つのを、絢香はこの上なく幸せそうに見つめる。
 てれてる。
 この人てれてる。
 
137 名前:miss take 投稿日:2003年05月14日(水)23時42分07秒
「だから圭ちゃん好き」
 視線をそらし自らの心の内にさざめいた気恥ずかしさを、やわらかな声で解いてしまう。
 絢香にそっと手をのばし、これ以上の表情を見られまいとぎゅっと抱き寄せる。
 あら大胆。なんて食った声が聞こえて、思わず指の腹で頭をたたく。
 そうじゃなくて!と肩先でぼやくのに、「分かってるよ」ってふわりと微笑って。
「テレやなのも、素直なのもわかってる」
 髪を撫で吹き込むようにささやきながら、そうっと行為に溺れていった。
138 名前:堰。 投稿日:2003年05月14日(水)23時57分15秒
 板に書くという実験的な試みをして、いろんな勉強になりました。
 とても楽しかったです。
 書き物についてコメントを下さった皆様、本当にありがとうございました。
 励みになり、筆を進めることができました。
 これからも頑張っていこうと思います。
 また何かの機会があったら、お会いするかもしれません。
 できるならば、そのときまで。
 ありがとうございました。
 スレッドを締めさせていただきます。 

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