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ビッグクランチ
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月04日(土)01時58分49秒
( ○^〜^)<BIG CRUNCH♪
- 2 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月04日(土)01時59分25秒
SIDE-A
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月04日(土)02時00分00秒
1.キュクロープス
香港。すでに0時を回っていたが、街が眠りにつく気配はない。
密集した露店群から吐き出される蒸気や煙、人いきれで辺りの空気は沼のように澱んでいる。
先刻まで饐えた匂いのする雨が降り注いでいたせいか、街全体がどこかブヨブヨした肌触りを
持っているようにも感じられる。
そんな空気と人混みをかき分けながら、小柄で冴えない男がせわしない様子で歩き回っていた。
辺りの人々は、場違いな彼を訝しげな眼で睨み付けたり、あからさまに不快そうな表情で
押しのけたりしていたが、男はまったく意に介している様子はない。
こうした状況にはもはや慣れっこになってしまっているのだろう。
油の染み込んだランニングシャツを着た巨漢を押しのけると、青いビニールで即席の幌を作った
店内を充血した眼で眺め回した。
男はそこで目的の人物を見つけたようで、不気味な笑みを浮かべながら近付いて行った。
- 4 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月04日(土)02時00分38秒
薄汚れたテーブルに肘をついて、一人の女性が気怠そうな様子でカップを口に運んでは、箸で皿をかき回している。
反転されたカダフィ大佐のポートレートがプリントされたTシャツの上に、袖の千切れたキルト地の
シャツを羽織っており、前腕に梵語のタトゥーが彫りつけてあるのが剥き出しになっている。
そこへ、先刻の男が小走りに近付いて来た。女性は彼を上目遣いに一瞥するが、またつまらなそうにカップから酒を飲んだ。
「よお」
男が笑みを絶やさずに言う。女は面倒臭そうに応じた。
「お久しぶりです、和田さん」
「なんだよ、もうちょっと大袈裟に驚いてくれてもいいんじゃないのか」
そう言うと、和田と呼ばれた男は特徴的な甲高い声で笑った。
- 5 名前:1 投稿日:2003年01月04日(土)02時01分23秒
- 女性の名前は保田圭という。すでに相当量のアルコールを体内に摂取しているはずだったが、一向に酩酊した様子もない。
和田が隣の席に陣取るのにも眼をくれず、また皿からソースにまみれた物体を取り上げて口に入れた。
「ふん、こんな場末の街で飲んだくれとは、落ちぶれたもんだな」
「余計なお世話ですよ」
「しっかし、ひでえなここは。空気だけで吐き気がする」
「水も油もろくなの使ってないですからね。でも、慣れればこれでも心地いいですよ」
「そんなもんなのか」
和田は保田の側にある瓶を取って鼻に近づけてみるが、すぐに顔をしかめてそれを戻した。
保田はそれを取り上げると、また空になったカップに継ぎ足す。
- 6 名前:1 投稿日:2003年01月04日(土)02時02分03秒
- 「もうこっちではフリーなのか?」
「ええ。なんか私の付き合う人って、次から次に死んじゃうんですって。だから最近
相手にしてくれる人もいなくなっちゃいましたとさ」
「…殺されたりとかするわけか?」
和田が声を潜めて訊くのに、保田は薄く笑うと、
「殺されたり、女の腹の上で死んだり、焼死自殺、心臓麻痺、脳炎、オーヴァードラッグ…、
まだ続けましょうか?」
「東京もひどいもんだが、こっちもとんでもねえな」
そう言って肩を竦める。その時、ようやく無愛想な店員が水を持って注文を取りに来た。
「ビールくれ。一杯でいいよ」
「で、何しに来たんですか? はるばる」
保田はぼさぼさになって髪を掻き上げながら言った。
- 7 名前:1 投稿日:2003年01月04日(土)02時02分46秒
- 「どうせ金に困ってるんじゃないかと思ってな。仕事の斡旋だよ。お前の話だと暇で暇でしょうがない
みたいだからな、渡りに船だろ?」
和田はそういうとまた笑い声をあげる。
「へえ、和田さんにまだそんな伝手があったなんて、意外」
「俺の人脈をバカにするなよ。お前、これさっきから何食ってるんだ?」
温いビールを右手のジョッキから煽りながら、割り箸を取って皿からチリソースにまみれた物体を掴む。
「サソリ」
保田はこともなげに言うと、“サソチリ”を取って食いちぎった。
和田は顔を歪めると、サソリを皿に戻した。
「養殖できるんですって。だからエビよりも安いらしいですよ」
からかうような口調で言うと、軽く笑った。
- 8 名前:1 投稿日:2003年01月04日(土)02時03分25秒
「それで、仕事ってなんですか? 私ももういい歳だから、もう危ない橋を渡るのはごめんなんですけどね」
冗談めかしていうのに、和田はビールを一気に飲み干すと、
「つんくからの依頼だよ。俺もいろいろ考えたんだが、お前くらいしか頼めそうな人間がいなくてな」
「つんくさんが?」
保田は始めて会話の内容に興味を抱いたように身を起こすと、カップの酒を一気に呷った。
「それって、政府の仕事ってことですか?」
「まあそう言うことになるな」
「ふうん…」
そう呟くと、カップに目を落としたままくすくすと笑い始めた。
- 9 名前:1 投稿日:2003年01月04日(土)02時04分16秒
- 「何を今更、って言いたそうな感じだな」
保田の様子を見て、和田がおかしそうに言った。
「いや、まさかつんくさんに日本に呼び戻されるなんて思ってませんでしたからね。てっきり、
私の死亡報告を毎晩楽しみに待ってるんじゃないかって思ってましたから」
「言っておくがな、今回の件は、あくまで過去のお前の仕事を評価してのことで、特例だからな」
「それはそれは、光栄なことですね」
特に皮肉な調子でもなくそう言うと、和田の方へ目を向けた。
そのギラついた眼光は、今でもまったく衰えていないように、和田には見えた。
「でも、正直言うと、最近の東京ってちょっとやばそうだからなあ、あんまり戻りたくないっすよ」
「お前に言われちゃお終いだよ」
「いやあ、私は平和主義者ですから」
保田はそう言うと、袖を肩までまくって小さな可愛らしいタトゥーを見せた。
人を食ったようなデザインで、天使と悪魔がキスをしているイラストの下に
LOVE&PEACEと彫られている。
- 10 名前:1 投稿日:2003年01月04日(土)02時05分15秒
「まあいいや。とりあえず明日一の便で東京に行ってくれ。向こうの空港でまた指示が出るだろうからな」
「明日ですか? ずいぶん急ですね」
「俺も暇じゃないんでね。それに、お前だってこんな吹き溜まりみたいな土地でずっと腐ってるような
タマじゃないだろう? どいつもこいつもカスみたいな連中ばっかりじゃねえか」
「和田さん、言葉には気をつけた方がいいですよ」
保田が言うのに、和田は慌てて周囲を見回した。いつの間にか、いつもの癖で声が大きくなっていたようだ。
「とにかく、とっとと準備して東京に戻るんだ。分かったな」
保田は返事をする代わりに右手を差し出した。和田は心得たように、一枚のカードとドル紙幣の札束を手渡す。
「くだらんことに無駄遣いするなよ」
「ありがと。やっぱ敏腕は違いますね」
バカにしたように保田が言うのを聞き流すと、一刻も早くこの場から立ち去りたいといった様子で、
和田は席を立って走っていった。
保田はそれを見送ると、瓶に残っている酒を一気に飲み干した。
- 11 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時06分07秒
2.上下動
ヤクザの事務所の調度品というのは、いつの時代も変わらない。
近代建築の高層ビルの一室に構えられているこの部屋も、全くその外観にそぐわない内装だった。
やたらと安っぽい鍍金細工や宝石まがいが散りばめられた時計やライターやらが物々しく飾られている。
妙な標語が大袈裟な字体で記された掛け軸や、歴代組長が睨みを利かせている写真などもそうだった。
極めつけは、壁一面に広げられたベンガルトラの皮と、三本の日本刀だ。
そのトラ皮が本物かイミテーションなのかは不明だったが、吉澤ひとみにとってはどうでもいいことだった。
それに、日本刀という武器が大した殺傷能力を持たないことも知っている。
斬りつけて致命傷を負わせることは出来ないし、突いて急所を貫いたとしても、刀を引っこ抜こうと悪戦苦闘している間に
敵にやられてしまう。
- 12 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時06分50秒
- そんなものを何百万円も出して手に入れて、毎日愛おしげに手入れしている中澤裕子という女性は
そうとうの変人なのだろうと、吉澤は思っていた。東京の風俗と闇金と、その他表には
なかなか現れることを許されない資本の流れを淀みなく循環させているシステム。その全てを
若くして受け継いだ女性。時々、そうした立場への重みからか、奇矯な行動も目に付くことがあるが、
こうした懐古趣味への偏愛という物も、代々受け継がれたものなのだろうか。
- 13 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時07分30秒
- 誰もいない事務所の、豪奢な革張りのソファに横になって、吉澤は暇そうにテレビを眺めている。
画面の中では、ヒラヒラした衣装を着た女性が、男二人を従えて楽しそうに歌い踊っているが、なんとも言えない
侘びしい雰囲気が、そこから漂っているように吉澤には見えた。
机の上に広げられたスナック菓子を口に放り込むと、安い発泡酒でそれを流し込んだ。
室内に、アイドルのうまくもない歌声と、吉澤がスナックを咀嚼する乾いた音だけが響いていた。
- 14 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時08分08秒
- その沈黙を破るように、部屋の扉が荒々しく開かれた。
いつものことなので、吉澤は特に狼狽した様子もない。やたら大きな音を立てて虚勢を張るのは、中澤の癖なのだ。
「あんたなあ、勝手に出入りすないうたやろ?」
「アパート追い出されちゃったんで、しょうがないんっすよ」
テレビを見たままそう言う。
中澤は、壁のスイッチを押して、部屋のブラインドをあげた。
一面を覆っている窓から、オレンジ色の夕日が室内に射し込んで来て、吉澤は眩しそうに眼を細めた。
- 15 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時08分47秒
「ったく…、この落ちこぼれが…!」
苛々したように吐き捨てると、菓子類が散乱した机を蹴り上げた。
そして、拳銃を取り出すと、つまらなそうなアイドルのトークを映しているテレビに数発打ち込んだ。
たちまち、室内が火薬の匂いと煙で満ち溢れる。
- 16 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時09分25秒
- 吉澤はだるそうに身を起こすと、倒れた缶の底に残っていた発泡酒を口に流し込んで言った。
「荒れてますね〜」
「他人事みたいに言うな」
中澤は側の皮椅子に座り込むと、サングラス越しに吉澤を睨み付けた。
「今テレビで歌ってた女、知ってますか? 市井紗耶香っていって、昔すごい人気のアイドルだったらしいですよ」
「名前は聞いたことあるな」
「もう落ちぶれて、ろくにCDも売れないのにだらだらと続けてて、情けないですよね」
そう言うと、だらしなくソファにもたれ掛かってへらへらと笑った。
- 17 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時10分03秒
中澤は苦笑すると、蔑むような眼で吉澤を見下ろした。
「あんたも似たようなもんやけどな」
「ふっ…」
吉澤は特に反論するでもなく、ただ緩んだ頬を撫で回しただけだった。
- 18 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時10分40秒
「三日後にまた試合やろ? その結果次第では、いい加減あんたも引退を考えんとあかんのとちゃうか?」
「引退したって、どうしようもないっすよ? 私はバカだしなんの資格も職能も持ってないし、ついでに
お金もないし頼れる肉親もいないし」
「知るか。あんたの人生やろ? 自分でなんとかせいよ」
「つれないなあ。中澤さん、私雇って下さいよお。いい仕事しますよ」
吉澤は甘えるように中澤のスーツを掴んだが、眉を顰めて振り払われただけだった。
- 19 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時11分31秒
- 吉澤ひとみ。17歳。かつては凶棒士のトッププレイヤーとして脚光を浴びた存在だった。
凶棒、というのは一種の格闘技で、伸縮自在の特殊警棒を用いて戦う。
いわば、キックボクシングとチャンバラを足したようなスポーツで、それをより暴力的で無法にしたようなルールは、
現代の若者たちに熱狂的な支持を得ていた。
だが、所詮はマイナーなアンダーグラウンドでしか広まっていない競技であり、吉澤のようなスター選手であっても、
野球やサッカーのスターのように国民的なヒーローになれるということではない。
試合は常にトトカルチョが絡む形で行われ、勝利を収めればもちろん巨額の賞金を得られるが、
その場で相手側に賭けた観客たちに袋叩きにされてしまうことも少なくなかった。
逆に、負けてしまえば自分に賭けた観客たちに袋叩きにされ、なにも得るものはないうえに
文字通り踏んだり蹴ったりである。
- 20 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時12分15秒
- 子供の頃から男の子に混じって棒きれを振り回して育った吉澤は、近所のガキ大将の薦めで凶棒を始めた。
デビュー戦は十五歳になったばかりの春。相手は当時の男性スター選手であり、はじめから
吉澤を舐めてかかっていた。それが、吉澤にとっては幸運の始まりだった。
相手がパフォーマンスに気を取られている一瞬に猛烈な攻撃を仕掛け、気が付いたときには相手はマットに
沈んでいた。彼は、その試合を最後に姿を消した。
一方、彼と入れ替わるようにして、吉澤は瞬く間に連戦連勝を重ねた。
半年もしないうちに、東京でもっとも人気のあるスター選手の一人として知られるようになる。
男女関係なく同じリングで戦わなければいけない凶棒のルールでは、体格的に吉澤は不利となる。
が、そうした弱点を認識した上でスピードと一撃の重さにこだわった吉澤は、ゴングが鳴ると
同時に速攻で相手を叩きのめすというスタイルを確立し、それとともに前代未聞の派手なパフォーマンスと相まって、
吉澤は一躍カリスマとして脚光を浴びることとなった。
- 21 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時12分51秒
- しかし、そんな吉澤の黄金時代も、長くは続かなかった。
一つは、あっという間に頂点に上り詰めた結果、調子に乗ってしまった彼女が節制を欠いたことにある。
トレーニングを怠たれば、当然身体能力は低くなる。リングでの素早いフットワークが売りであった
吉澤にとっては、余計なぜい肉を増やしたりすることは機敏な動きを阻害することに繋がり、
選手としては自殺行為のようなものだ。
もう一つは、どこからか出て来たかは分からないが、ドラッグ疑惑だった。
公式のスポーツではない以上、明確な罰則規定のようなものはないが、少なくはない利権が絡み合ってる
ということを考えれば、ドーピングや肉体改造が果てのないものになっていくことは容易に
想像することが出来る。従って、暗黙でこうした行為は慎むように、というのが不文律のような
ものとして認識されていたのだ。
- 22 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時13分29秒
- もちろん、吉澤や、オーナーとして面倒を見ていた中澤は、医師の診断書まで持ち出して
潔白を主張していたが、あまりにも無敵すぎた彼女への引きずりおろしが意図的な醜聞を流すことで、
影で進められていたとしてもおかしくない。それに、いくら医師の診断書であっても、確実な潔白の
証明として認められるものではなかった。それだけ、現代ではあらゆる権威や信用というものが失われていた。
そうした様々なことが重なり、いつしか吉澤は闘いに対する情熱を失い、堕落した生活に落ちぶれていった。
- 23 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時14分00秒
- 今、夕日を浴びながらほろ酔いでソファに寝そべっている吉澤を見て、かつてのスマートでシャープだった美少女を
思い出せる人間はいないだろう。
中澤は呆れたようにその様子を見下ろしながら、最後通告のように言った。
「ともかく、三日後の試合はどうしても勝って貰わんとな。相手の選手は、みっちゃんのとこの一押しや」
「平家さんの?」
「そや。吉澤、あんたにはうちの組のメンツがかかってんねん。無様な負け方でもしてみ、二度とうちらの前に
顔出されへんようになるで」
「ははは…、ま、なんとかなるんじゃないっすか」
ヘナヘナな声でそう呟くと、警棒を杖代わりにしてフラフラと立ち上がった。
「はぁ…」
その様子を見て、中澤は深い溜息をついた。
「心配しないでください。絶対に勝ちますから。その時は、ちゃんと面倒見てくださいね…」
「ああ、勝ったらな。いくらでも望みは叶えたるわ」
吉澤はそう言う中澤に微笑み返すと、のろのろと部屋を出ていった。
- 24 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時14分39秒
- □ □ □ □
「あ〜ん、ちょっとまずい時間になっちゃったなあ…」
日が落ちて、ぼちぼちと危なげな連中が屯し始めた繁華街を、制服の少女が早足で帰路を急いでいる。
東京が世界でも有数の治安が守られていた都市であったのは遠い昔。昼間はまだマシだとしても、夜になれば
彼女のような子供が一人で出歩いて無事でいられるような場所ではなくなる。
もっとも、彼女は普段から夜の街をふらふらと不用心に遊び歩いたりするようなタイプの少女ではない。
その日は、たまたま学校での用事が長引いてしまい、こんな時刻になってしまったのだった。
顔を伏せ気味にして彼女──石川梨華──は不安げに歩いていたが、この街の中で、彼女の
階級や性格をそのまま示しているかのような上品なデザインの制服は、いかにも無防備であるという
メッセージを周囲の不埒な連中に対して放っているようだった。
- 25 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時15分17秒
- (あ…、雨?)
顔にポツポツとひやりとした感覚を覚えて、石川は眉を顰めて立ち止まり空を仰いだ。
繁華街の明かりを反射して灰色に渦巻いている雲が、隙間なく空を覆い隠している。
これって、不幸中の不幸、とかいうやつ? などと考えながら、石川は心の中で舌打ちをした。
よくある都市伝説の一つとして、東京の雨を浴びると酸に侵されて禿げるという噂がある。それが
エスカレートしたものに、皮膚ガンにかかるとか顔が穴だらけになるとか言うとか非常識なものもあったが、
いずれにしても石川にとってにわか雨は街のチンピラ以上に厄介な相手だった。
- 26 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時15分59秒
- (もう、しょうがないなあ…)
石川は周囲を見回すと、とりあえず一番明るい光を放っているゲームセンターに避難していった。
自動ドアが開いた瞬間、無数のゲーム機から発せられる効果音やSEが入り交じった轟音が耳を聾する。
石川はなるべく隙を見せないように、ぶらぶらと店内を歩き回っていたが、ふと、UFO
キャッチャーの前にいる少女に目が留まった。
長く伸ばした髪を二つ結びにして、やや広めの額を前髪をたらしてカムフラージュしている。
パッと見中学生くらいにも見えたが、下手すれば小学生の可能性もある。
- 27 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時16分39秒
- (親子連れできてるのかな? それにしても、危ないって…)
そんなことを考えたとき、突然後ろから声をかけられた。
「よお、なに暇そうにしてんの?」
石川がハッとして振り向くと、すでに数人の男たちに囲まれるようにされていた。
声をかけてきた、かなりの巨体で横縞のシャツを着ている男がリーダー格なのだろう。残りの五、六人がみな似たような
オレンジ色のジャージを着ているのが不気味だった。
「あ、俺この制服知ってる。あんた相当なお嬢さんじゃん」
ジャージの一人が言う。
「へえ、そんなお嬢さんがこんな夜遊びなんて、悪い子だなあ」
リーダー格が言うと、ジャージ軍団が追従したような笑い声をあげる。
石川は無駄とは分かっていたが、彼らの間をすり抜けてその場を離れようとした。
「すいません。私もう帰りますから」
「なあ、ちょっと待てよ。まだ話の途中じゃん」
そう言うとリーダー格が腕を掴もうとするが、石川は大袈裟な身振りで振り払った。
「いやっ! 止めてください!」
- 28 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時17分20秒
「おいおい…、ちょっと今のは酷いんじゃないの?」
リーダー格が芝居がかった様子で右腕をさすっている。いつの間にか、笑みの消えたジャージ軍団も、石川を取り囲んでいた。
「…す、すいません、あの、私、そんな…」
「あー痛えーなー。なんでちょっと話しかけただけでこんな目にあわせられるんだろうなあ」
そう言うと、顎でジャージたちに指示を出す。石川の両脇にいた二人が腕を掴むと、強引に店から引きずり出そうとした。
「いやっ、離して! 誰かあ! 助けて! お願い!」
石川は甲高い声で喚いたが、近くにいた連中は興味本位で見守っているだけで、そのまま
声は店内の喧噪にかき消されていってしまう。
- 29 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時18分00秒
ジャージ軍団に、街灯の光も届かない路地に連れ込まれると、乱暴に壁に叩き付けられる。本降りになった雨が、激しく
顔に打ち付けてくるのが感じられる。
(いや、私、私、あのデブたちにやられちゃうの…? そんなの、そんなの最悪…!)
- 30 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時18分42秒
- 「奥田橋さん、やばくないっすか?」
ジャージの一人がリーダー格に耳打ちする。
「うるさい。お前たちは人が来ないように見張ってろ」
そう言うと、壁に寄りかかっている石川に覆い被さろうとする。
「止めてくださいよお…」
か細い声でそう嘆願する。悲鳴を上げても誰も助けに来てくれない、ここはそんな街だと言うことは、石川にも分かっていた。
が、その時。
- 31 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時19分22秒
「お前ら、そこまでにしておけ!」
路地の入り口から聞こえてくる鋭い声に、石川やチンピラ連中が振り返る。逆光を浴びて、
一人の人間のシルエットが浮かび上がっている。
「なんだお前? 正義の味方気取ってんのか?」
リーダー格が嘲笑的な口調で言いながら声の方に向き直った隙に、石川は突如姿を現した
その救世主の元に駆け寄っていった。
「助けてください、私…」
「大丈夫、もう安心して」
そう言って、救世主こと吉澤は石川の身を守るように一歩踏み出した。
吉澤は、後ろの少女が「なんだ女か…」と残念そうに呟いたのが聞こえた気がしたが、無視した。
- 32 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時19分59秒
- 「お前、なに格好つけて…」
リーダー格が言い終わらないうちに、吉澤は特殊警棒を伸ばすと、一撃で肩の骨を砕いた。
「…って、こいつ!」
「おい!」
向こうで見張りをしていたジャージ軍団が慌てて駆け寄ってくるが、吉澤は待ちかまえていたように、次々と警棒で
叩きのめしていった。
その様子を、石川は雨に打たれるのにも構わず、唖然として見守っていた。
(スゴイ…、ちょっと格好いいかも…女だけど…)
警棒を慣れた様子でバックルにぶら下げながら戻ってくる吉澤を見て、石川はぼんやりとそんなことを考えた。
- 33 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時20分38秒
- 「大丈夫?」
「え? あ、はい。あの、すごく強いんですね。あなた…」
「まあ、いくらなんでもあの程度のチンピラにやられるほど落ちぶれてないからね…」
「え? なんですか?」
小声で呟くのに、石川が聞き返した。
「いや、なんでもない。家まで送ろうか? そんな目立つ格好でこんな場所をぶらついてたら、
私を襲って下さいって言ってるようなもんだよ」
「あ、ありがとうございます…」
そう言う石川を促しながら、吉澤はふとさっきの路地の方を振り返った。
ジャージ軍団の一人が、こちらを睨みながら携帯で何かを連絡している姿が目に入った。
- 34 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時21分22秒
□ □ □ □
「じゃあ、凶棒とかって見たことないんだ」
吉澤が驚いたように言った。二人は、ジャージ軍団から奪った傘を差しながら、だらだらと話しながら歩いている。
「存在は知ってますけど、うちの高校はそういうの禁止なんですよ」
「ま、そうだろうね。普通は」
「でも、そういう、吉澤さんみたいな人が、…大丈夫なんですか?」
「え? なにが?」
「ほら、プロのそういう選手が、一般の人と喧嘩しちゃったら、まずいって…」
「ああ、なるほどね」
吉澤は石川の言うのを聞いて、少し寂しそうに笑った。
「いいんだ。私もう引退だから。最後にちょっといいこと出来てよかった」
「引退って、そんなに若いのに?」
「トシは関係ないよ。勝ち続ければずっとヒーローでいられるし。負けたら誰も相手にしてくれない。それだけ」
「そうなんだ…」
- 35 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時22分01秒
- 「じゃ、この辺で」
吉澤は言うと、石川に傘を渡した。
「え? せっかくだからうちに寄っていってよ。お礼もしたいし」
「いや…。さっきの連中さ、この辺りでは有名なチームのメンバーだよ。あのジャージにエンブレムがあったのが見えた」
「そうなの?」
「うん。まあ、あの連中は下っ端だろうけどね。私たちが立ち去る前に仲間に連絡回してたっぽいから、
私も近いうちに追い込まれると思う」
「だったら、なおさら…!」
「いいって。もともと私が勝手に始めたことだしさ」
「よくないですよ! だって、私だって助けて貰ったんだから…!」
「気持ちはありがたいんだけどさ、今度こそ本当に輪姦されちゃうよ? それでもいいの?」
「そ、それは…」
吉澤の遠慮のない言葉に、石川は一瞬ためらいを見せたが、すぐにそそくさと立ち去っていった。
「さて、と…」
吉澤は特殊警棒を伸ばすと、体を慣らすように二、三度素振りをした。
- 36 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時22分38秒
□ □ □ □
五人くらいの骨を砕いたような感覚は残っている。それだけやれれば充分だろう、と吉澤は考えていた。
だが、全盛期の自分であれば、あの程度の連中なら五分もかからずに皆殺しに出来たかも
しれない。そんなことを今更言ってみても無意味なのだが。
所詮は多勢に無勢。いつの間にか、どこからか湧いてきたのか分からないほどの人数が吉澤を
取り囲み、無茶苦茶に手や足が伸びて来ていた。
- 37 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時23分17秒
(痛み分け、というにはちょっと苦しいかな…)
警棒を杖代わりにして、両脚を引きずるようにして歩きながら、吉澤は改めて体力の劣化ぶりを思い知らされていた。
ただ、警察の厄介になるのが面倒臭い一心で、現場から無理をして逃げ出してきたのだった。
今頃、吉澤に運悪く殴打された連中が、取り調べを受けている頃かもしれない。
もし、吉澤が砕いたのが頭蓋骨で、相手の何人かを死に至らしめていたら、明日から指名手配でも
されるのだろうか。もしそうなれば、B級マスコミにとっては格好のスキャンダルネタになるだろう。
- 38 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時23分54秒
- (やれやれ、中澤さんになんて言われるかなあ)
人気のない公園の、古びたベンチにまでなんとか辿り着くと、倒れるようにそこへ座り込んだ。
視界が赤く染まっているのは、額から流れた血が目に入っているからなのかもしれない。
あるいは、気付かない間にどこかの血管が破れてしまっているのかもしれない。
- 39 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時24分34秒
- 「もう死んじゃった方が楽なのかな…」
小声で呟いてみる。と、子供の声がそれに応える。
「まだ死ぬには若すぎるんじゃない?」
吉澤は驚いて声の方を振り向いた。いつの間にか、ベンチの隣に子供が座り込んでいる。
なんとも言えない腑抜けたような表情をしているのが、妙に非現実的に感じられた。
「なに? ひょっとして天国から向かえに来てくれたとか?」
吉澤は力のない声で言うと、へらへらと笑った。
「いやいや、天使って言われてる人は他にいるから」
その子供は独り言のように言うと、吉澤の握っていた警棒を手に取った。
- 40 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時25分10秒
- 「なにこれ?」
「私の商売道具」
吉澤は生々しい血のこびりついたそれを、少し自慢げに子供に示してみせた。
「ふーん。でもずいぶん汚れてるのね。本当は白くて綺麗なんだろうけど」
特に狼狽えたような様子もなく、淡々と、興味深そうに警棒を検分している。
その時になって始めて、吉澤は、この子供が外見からは想像できないほど大人びた喋り方をしていることに気付いた。
とろんとした目つきや締まりのない口元は、ずいぶんとその口調からは違和感があった。
「ま、いっか。ちょっと面白そうな娘だし…」
少女は小声で言うと、警棒をしっかりと握り直して、目を閉じた。
- 41 名前:2 投稿日:2003年01月04日(土)02時25分48秒
- 「…?」
吉澤は、警棒を通じて不可解な感覚が拡がっていくのを感じた。
自分の周りの空気だけが、一瞬沸騰したような感覚。そして、どこか禍々しい熱気。
慌てて警棒を投げ出そうとしたが、上手く体を動かすことが出来ない。
「ちょっと、あんた今何を…!」
「さっきさ、私のこと天使じゃないかって言ったよね?」
そう言うと、子供は警棒を離した。同時に、吉澤を包み込んでいた不可解な感覚も遠ざかっていった。
「でも、本当は悪魔なんだ。今、あなたに呪いをかけてあげた」
「はぁ? 呪いって」
「みんなの思いを、あなたのその商売道具に込めてあげたってこと。じゃ、今度の試合、頑張ってね」
「えっ、なんでそんなこと」
が、吉澤が言い終わらないうちに、子供はベンチから飛び降りると小走りにその場から消えていった。
無意識のうちに立ち上がっていた吉澤は、自分の身体の傷が完治しているのにまだ気付いていなかった。
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月04日(土)02時26分18秒
- 続く。
- 43 名前:読み人 投稿日:2003年01月04日(土)12時09分36秒
- 独特の世界観が面白いですね。
今後の展開が楽しみです。
- 44 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月04日(土)18時42分02秒
- ぶわぁ〜〜すんげーおもしれー!!
これはパルプフィクションの様に色々な話が重なっていくのかな。
すごい話を見つけた気がします。
これからの展開にもとても期待しています。
頑張って下さい。
- 45 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時38分11秒
3.ピンクのモーツァルト
東京の空は、昼間でも分厚い雲に覆われて、死人の皮膚のような冷たい色をしている。
分厚い雲の中には、無数に吐き出された塵芥が水滴に包まれて解放されるのを待っているのだろう。
季節に関わらず、常に湿気を多く含んだ大気で覆い尽くされた街は、呼吸をするだけでも重苦しい。
湿った煉瓦がどこか艶めかしく薄い日光を照り返している路地には、ゴミ目当ての野良犬くらいしか
住人はいない。そこへ、あまり場にそぐわない様子の人間が迷い込んでくる。
- 46 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時38分49秒
- 安倍なつみは両手にコンビニの袋をぶら下げて、人通りの少ない路地へ戸惑いながら入っていった。
自分が監視されている可能性はずっと警戒し続けてきたのだが、最近は余計に自分の周囲の視線が
気になって仕方がなくなってきている。
やや神経過敏気味なのは分かっていたが、用心するのに越したことはない。人通りの少ない入り組んだ路地を
怯えながら歩いているのも、そのためだった。
- 47 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時39分19秒
- 携帯PCでせわしなく現在地を確認しながら迷路のような路地を抜けると、ようやく大通りへと出る。
数軒のコンビニが場違いなほどの光を撒き散らしている以外は、やはり全体的に薄暗かった。
コンビニの前で無人でアイドリングしている車の側を通り過ぎると、中から静かな
室内楽の音が漏れてきている。CDなのかラジオなのかはわからないが、歯切れのいい
スタッカートが、妙にノスタルジーをくすぐる。
(アイネ・クライネ・ナハトムジークか)
安倍は心の中で呟くと、少し笑った。
小学生の頃、この曲をアレンジした合唱曲を歌ったことが、不思議と記憶に残っていた。
- 48 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時39分49秒
- 意味もなく同じ道を回ったり、しばらく立ち止まったり、食堂をなんの注文もせずに通過したりしながら、ようやく
古びたビルの裏口に姿を消す。
そこから、今は寂れている地下街に入り、また入り組んだ道を進んでいかなければいけない。
- 49 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時40分21秒
- 地下街で見ることの出来るのはゴミだけだ。廃棄されたブティックやショップの残骸、行き場を失った
粗大ゴミはあらゆる種類が揃っていたし、その中から毛布やら布団などを引きずり出して、冷たく
湿った大気から身を守って横になっている人間も、またゴミだった。
ゴミの谷間を平静を装いながら歩みを進めていく。安倍は何度来ても、この場の雰囲気には馴染むことが
出来ないでいる。目を伏せて、ただひたすら携帯PCのディスプレイだけを見つめ続けながら、
出来るだけ早く目的地を目指すだけだ。だが、無論走り出すことなどは許されていない。
- 50 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時40分51秒
- ようやく、公衆便所だった場所の側にある、昔はなにに使われていたのかは分からない事務室の
扉の前に立つ。わざわざ塗装し直し、補強し、表面は改めて酸で腐食させているが、極めて頑丈な扉だ。
安倍はビニール袋を降ろすと、薄い手袋を嵌めて壁の一部をずらし、小さな電卓のようなデジタルキーに
すらすらとキーワードを打ち込む。
電源を落とし、キーボードを入念に拭き取り、扉を開ける。
地下街の風景からは想像もつかないような光景が、その扉の向こうには広がっている。
- 51 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時41分23秒
- いくつかのディスプレイから漏れている薄い光で、室内の様子がぼんやりと浮かび上がっているように見える。
安倍はライトを灯すと、机に突っ伏してコートを頭から被って寝ている紺野あさ美の前髪をいじった。
ハッとしたように、紺野が顔を上げる。
「あ、安倍さん、おはようございます」
「おはよう。もう夕方だけどね」
安倍はそういうと笑った。
- 52 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時41分54秒
- 安倍がテレビのスイッチを入れると、ちょうど夕刻のニュースが始まったばかりだった。
ここのところ、連日のようにデモ隊や各地で暴れる学生たちを実力行使で押さえつける映像が、ニュースで流され続けている。
そのような素材が途切れることは、おそらく現知事である山崎直樹が退陣するまでないだろう。
ニュースやワイドショーにとっては実にありがたい人物であると言えた。
- 53 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時42分34秒
- 警官隊が学生たちを殴り、催涙弾の煙が拡がる扇情的な映像に続いて、記者たちに囲まれて喋る山崎の姿が映される。
安倍も紺野も、食い入るように彼の姿を見つめている。
ありきたりの答弁に続いて、山崎は一ヶ月後に催される都政二百周年祭への意気込みを、興奮気味に喋り始めた。
安倍は机の上のビニール袋から菓子パンを取り出すと、それを齧りながら彼の話に集中した。
- 54 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時43分04秒
- 確かに、東京都を現在の状態にまで復興させた山崎の手腕は、安倍も認めざるを得ない。
また、そうした面とは別に、彼にある種のカリスマ性のようなものを感じることもまた事実だった。
だが、それ故に、歴史上多くの危険な血統の匂いを感じてしまうのは、仕方のないことだろう。
また、山崎のやや強引ともいえる実行力に、闇の世界との繋がりも囁かれており、それと、現在の東京を覆う
不穏な空気は共通の根を持っているように思えた。
ディスプレイの向こうで暴れている若者たちと同じく、安倍たちも、山崎に対する反抗の意志を持って
集まっている学生たち
だった。だが、彼らのように直情的に動くのではなく、これまで、地道に時間を
かけながら、一歩一歩計画を推し進めてきたのだ。
組織的権力に組織的抵抗。組織的暴力。そして、
- 55 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時43分36秒
- 「あの、さっきまで矢口さんが…」
「そう」
矢口の名前を聞いて、一瞬安倍の手が止まった。
が、すぐに平静を装って返した。
「それで、なにか言ってたの?」
「いえ。今日もまた里沙ちゃんの家で話があるって」
「そう」
安倍はいかにも興味がなさそうに頷いたが、内心の動揺を隠しきれていないようだった。
- 56 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時44分11秒
□ □ □ □
矢口真里は瓦礫に腰をかけて足をぶらぶらさせながら、『眼』と向かい合っている。
『眼』は警察が東京中にばらまいている監視カメラで、外観が眼球そのものの形をしているため、
東京の若者達からは揶揄的なニュアンスも含めて、そう呼ばれている。
実際のところ、三本のアンテナを放射状に伸ばした角を持つ『眼』が、どれだけの抑止効果を
持っているかというのは、警察内部でも疑問視されていた。
ただ、警官が殺されるよりは『眼』が破壊されるよりはマシだということで、無数に『眼』は
生産さればらまかれている。その総数は誰も把握し切れていないし、誰が管理しているか
ということも曖昧にされたままだった。そうした秘密主義もまたある種の抑止効果を
狙って意図的に広められたのかもしれないが。
その一方で、街の中から警官の姿は消えていった。
- 57 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時44分42秒
- 『眼』には恐るべき攻撃能力が備わっているという噂も囁かれていたが、少なくとも矢口は
『眼』が誰かを攻撃している光景を見たことはなかったし、そんな話を街で聞くこともなかった。
なので、今もこうして、暇つぶしにゆらゆらと浮かんでいる『眼』を挑発している。
自分が監視下におかれているという自覚などは全く持っていない。
「おい、バカみたいに浮かんでないで、なんか芸でもやって見せろよ」
矢口が言う。『眼』は瞬きもしない。
「お前の向こうで誰か偉い奴が見てるんだろ? ほら、呼んでこいよ。おいらを捕まえたくてうずうずしてんじゃねえのか?」
そういうと、ポケットから錠剤を三粒取りだして、これ見よがしに噛み砕いた。
- 58 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時45分14秒
- 「キャハハハハハ! あんた本当に能なしだな!」
けたたましい笑い声につられるように、廃墟の影からもう一機の『眼』が飛来してきた。
「仲間を呼んだってわけ? バカじゃねえの」
ここは二年ほど前に廃棄された廃液処理場で、現在は犯罪者やホームレスたちの溜まり場になっている。
付近の住民からは問題視されていたが、所有者が雲隠れしてしまったために、行政側も手をつけることが出来ず、
未だにこうして放置されたままになっている。
矢口は足もとに転がっていた、錆び付いた配水管を拾い上げると、『眼』に向かって投げつけた。
『眼』は難なくそれを交わし、また矢口を無言で観察する。
「うぜえなあこいつら、マジで…」
- 59 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時45分44秒
- 「矢口さーん」
声の方を振り向くと、全体的に小柄な少女が、大きなバッグを引きずるようにして歩いてくるのが見えた。
パッと見はそこら辺の派手好きな中学生と大差ない風貌をしている新垣里沙だったが、矢口に
手渡した鞄の中身はそうした外見から推測するのは難しい。
「おーお疲れ。ったくさあ、こいつらじゃ暇つぶしにもならねえっつーの」
「大丈夫なんですか?」
新垣は二機の『眼』が浮かんでいるのを気にしているようだった。
「あんなのなんにも出来やしないって。馬鹿馬鹿しい」
そういうと、バッグを開けて中身を漁り始める。
- 60 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時46分17秒
- 「スゴイねー。やっぱ、親父の力って使えるよな。使えるもんは使わねえと損だもんな」
「はい。うちの父は、頼めばなんでも用意してくれるんで」
「よしよし…、じゃ、とりあえず」
矢口はバッグから小型のハンドガンを取り出すと、それを『眼』の方へ向けた。
「これってもう撃てるの?」
「はい。あの、でも矢口さん」
新垣が言い終わらないうちに、矢口は安全装置を起こし引き金を引いてしまっている。
凄まじい轟音を立てて、一機の『眼』が粉々に砕け散った。
慌ててその場を離れようとするもう一機の『眼』も、容赦なく矢口は撃ち抜く。
「キャハハハハハ! これサイコー! 情けねーな、あいつら」
爆笑する矢口に、新垣が心配そうに声をかけた。
「あのう、大丈夫なんですか? 『眼』を破壊しちゃって」
「はあ? んなの全然やばくねーよ。つまんないこと気にするなって」
そういうと、また錠剤を口に含んで噛み砕きながら、甲高い声で哄笑した。
- 61 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時46分49秒
□ □ □ □
「ね、ちょっと休んだら?」
安倍が言うのに、黙々とノートに向かい合って勉強していた紺野が顔を上げた。
紺野は家出してここへ来てからも、毎日のカリキュラムだけは欠かさずにこなしていた。
「あ、はい」
「なにか食べる? 疲れたでしょ。紺野」
その時、大袈裟な音を立てて、部屋の扉が開いた。
- 62 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時47分21秒
- 「おっはー! イェーイ! おおー、なっちも来てたかー」
扉を開けて入ってきたのは矢口と新垣だ。
「ちょっと、矢口…」
「あ? なんだよー、そんなブツブツいっても聞こえないっつーの! ほら、これ見ろよ!」
そういうと、肩に背負っていたバッグを机の上に投げ出した。
慌てて、紺野が身を退いた。
「武器キター、って感じだろ? 新垣最高。真里っぺサイコー! って感じ? キャハハハハハ!」
「ちょっと、矢口! あんた聞いてるの!」
安倍がヒステリックに怒鳴るのに、矢口もようやく冷静になったようだ。
「な、なんだよ、なっち」
「矢口、あんた、ちゃんと監視の『眼』は交わしながらここまで来たんでしょうね!?」
「あ、あのね、いや、それは大丈夫。全部ぶっ壊して来たからさ」
「えええ? なにやってんのよ!? そんなコトしたら、うちらのこととか、警察に…」
安倍が激しい剣幕で畳みかけるのに、矢口も忍耐の糸が切れたように怒鳴り返した。
「うるせぇーよ! 大体、あんたみたいなぬるいやり方じゃ、なんにも変えられねーんだよ! この優等生が!」
「な…!」
安倍が一瞬言葉に詰まった隙に、矢口が畳みかけた。
- 63 名前:3 投稿日:2003年01月04日(土)20時47分53秒
- 「お前さ、なんもわかってねえんだよ! 理想論ばっかりならべやがって! 今更そんなんで
なんとかなると思ってんじゃねーよ!」
そう吐き捨てると、矢口は戸惑い気味な新垣の腕を引いて、部屋を出て行ってしまう。
安倍は口惜しそうに下唇を噛んでスツールに座り込んだ。
そんな彼女の様子を見かねたように、紺野が声をかける。
「あの、安倍さん、そんなに気にすることないですよ」
「ごめん…。ありがとう、紺野」
そういうと、安倍は静かに紺野の肩を叩いた。
それから、なにか思惑を秘めたような眼で、扉の方を見つめた。
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月04日(土)20時48分32秒
- レスありがとうございます。
返レスは後ほどします。
- 65 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月04日(土)23時05分46秒
- 更新の途中ですいませんでした。
もしかして今も更新の途中かな…
なんか出てくる娘。達がノスタルジックというか一昔前の娘達の様な感じがします。
有名な書き手さんなのかな。でも5期メンが出てきてよかった(w
- 66 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)03時59分58秒
4.女を捜せ
ファーストクラスの指定席について周囲を見回すと、いかに外見を繕ってみたとしても
自分の持っている違和感のような物は隠し切れていないように感じる。
もっとも、保田圭はあまりそうしたことは気にしない性格だった。
一晩で作らせた紺のスーツを着て、無理矢理に伸びた髪を撫で付け縛り付けて、度の入って
いないPTA風メガネをかければ、多少はまともな人間に見えないこともなかった。
保田は退屈そうに、空港の売店で買ったゴシップ誌を捲っていたが、アテンダントが近付いて
来たので慌ててそれをしまった。
適当に食事と酒を頼んで、アテンダントが姿を消してしまうと、すぐにやることがなくなってしまう。
周囲の人々はそれぞれに仕事をこなしたり仮眠を取ったりと、エリート連中らしい無駄のない
時間の使い方を心得ているようだった。
- 67 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時00分38秒
- だらだらとワインを呑みながら、妙に本格的な味付けの料理を食べていると、隣に座っていた
白人の男性から声をかけられた。ついさっきまでずっと携帯PCを叩いていたのだが、
自分の仕事が一段落したのだろう。
「はい、なにか?」
不自然なコントの芝居のようになってしまうのは自覚していたが、相手があまり日本語のニュアンス
に長けていないのでそれほど怪しまれたりはしない。
いかにも仕事をスマートにこなしそうな、それでいて家族サービスも疎かにしないような、典型的
ホワイトカラー。資本主義の申し子。保田が一番嫌いなタイプの人間だった。
- 68 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時01分16秒
- 「あなた、東京の方ですか?」
「ええ。これから帰国するところです」
わざとらしくメガネを弄りながら答える。
「私、ビジネスで世界中を飛び回っているのですが、東京という街ははじめてなのですよ。
どのような場所なのでしょう?」
「東京ねえ……」
保田はちょっと首を傾げて考える振りをすると、空になったワインのボトルを手に取った。
淡い色彩で牧歌的なブドウ農園のイラストが描かれているラベル、農婦とブドウの茎を
左右の親指で押さえ、軽く、しかし的確に力を加えて捻る。
ボトルは斜めに亀裂が入り、綺麗に二つに分かれた。鋭い切っ先を持つそれを白人の喉に突きつけると、
冗談めかして言った。
「こういう場所かな」
「……」
異変に気付いたアテンダントが慌てて駆け寄ってくる。保田は偽善的な笑顔を貼り付けると、
二つに分かれたボトルを彼女に手渡した。
- 69 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時01分51秒
- (ったく、窒息しちゃうってのよ、コントのPTAおばちゃんじゃないんだからさ!)
税関を抜けると、すぐに頭を纏めていた金具とメガネを外して、根本から引きちぎったスーツの
両袖と一緒にダストボックスに放り込んだ。
両腕を埋め尽くしたタトゥーが剥き出しになり、空港の人々が不審そうな視線を向けたが、
別に気にかけた様子もなく、スプレーで固めた頭を掻きむしって元に戻した。
快適さの押し売りのような無駄な暖房が、保田の皮膚感覚にはひどく気持ちが悪かった。
- 70 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時02分28秒
- 待ち合わせの時間までまだ十五分ほどある。保田は、空港のロビーで缶コーヒーを買うと、ベンチに
足を組んで座り辺りを見回した。それぞれの目的が
なんなのかは分からないが、多くのスーツ姿の人々や家族連れ、いかにも胡散臭そうな外国人など
脈絡のない人の群が慌ただしげに時計とにらみ合いながら右往左往している。
ロング缶のコーヒーを飲み終える頃、黒いスーツにサングラスをかけた男が目立たないように
駆け寄ってくる。保田は気付いてはいたものの、振り向くような野暮なことはしなかった。
「や、保田圭さんですよね!?」
「ん? さあ? 私は知らないけど?」
「こ、こちらへ」
男に促されるままに、保田は歩いていく。
(懐かしいな。こういう感覚。芝居掛かった感じがいかにも東京って感じ)
- 71 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時03分00秒
- 男からちょっとした装備や携帯ツール類を受け取った保田は、からかうように男に問いかけた。
「で、これからつんくさんのところへ向かえばいいわけね?」
「あ、いや、あのう、私はまだその、見習いなんで…」
「ちょっとこんなんでみっともないからさ、服とか買っていきたいんだけど、ダメ?」
そういうと、受け取ったばかりの銃を男に向けて、苦笑した。
男は慌てて、
「い、いえ、そんなことはないです。寺田さんには私の方から連絡を、その…」
「そ。じゃあ、わたしも楽でいいけどさ」
そういうと、銃を収めて、タクシーに乗り込んだ。
バックミラーに、男がだらしなくへたり込んでいる様子が映されていた。
- 72 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時03分36秒
□ □ □ □
窓からは、眼下の一瞥で東京を見渡せる光景が広がっている。
夕刻の赤い光が、だだっ広い会議室を真っ赤に染め上げているのが、保田には気持ち悪かった。
だが、そんななかでも、つんくこと寺田光男は平然とした様子で、保田を迎え入れた。
「よお、保田とは、もう三年ぶりくらいになるなあ」
「そうですかね。数えてたわけじゃないんで、よく分からないんですが」
保田は軽い調子でそう返した。一見、繁華街のどこででも見かけそうな、ラフなストリートの服装だったが、
彼女のような職業にとって一切の無駄を排除した、機能的なコスチュームで固められていた。
薄く、裾の長い防弾のコートは、分かる人間には分かる制服のようなものだ。
つんくは彼女に背を向けたまま、東京の街を一望できる窓に向かって、後ろ手に腕を組んだままだった。
二人とも、過去にそれぞれ禍根を残している間柄だったのだが、あえてそれを掘り起こす
ようなことはしたいとは思っていない。
- 73 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時04分09秒
- つんくは彼女に背を向けたまま、東京の街を一望できる窓に向かって、後ろ手に腕を組んだままだった。
二人とも、過去にそれぞれ禍根を残している間柄だったのだが、あえてそれを掘り起こす
ようなことはしたいとは思っていない。
やがて、つんくが前置きもなく切り出した。
「ま、あれや。保田にはな、ちょっと簡単な人捜しをして貰おう思ってな」
「人捜し?」
保田が素っ頓狂な調子で聞き返すのに、寺田は意識した様子もなく返した。
「そう。ま、大した手掛かりもないんで、しょうがなくお前を呼び戻したっちゅうわけや」
「つんくさん」
煮え切らないような口調で、保田が問いかけた。
「そんなどうでもいい理由で、わざわざ私を引っ張ってきたわけじゃないですよね?」
- 74 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時04分47秒
- 寺田はしばらく沈黙したあと、おもむろにおかしそうな笑みを浮かべて、保田の方を向き直った。
「ま、つまらんかそうでないかは、ちょっとでも俺の話を聞いてくれてから判断して
くれへんかな? それくらいはいいやろ?」
「…ん、まあ、それなら別に、全然大丈夫ですけど」
思いの外下手に出てきた寺田に面食らったのか、保田は反射的にそう返してしまっていた。
「ありがたいなあ、持つべきものは昔の仲間やな。な、保田も、いざとなったら俺を助けて
くれよう思て、東京に戻ってきたんやろ? な?」
「いや、それは…」
言いかけた保田だったが、振り向いた寺田の表情を見て、二の句が継げなくなってしまった。
「まあ、そういうことでもいいですけど…。あの、私の場合は」
「そうやねんな? な? やっぱり、俺のことを思いやってくれてんねんな? ありがたいなあ」
そう寺田に畳みかけられると、保田も反論のしようがなかった。
「そこでや、保田にはな、軽く面倒見て貰いたい奴がおんねん」
「はい…」
寺田が調子に乗って言うのに、保田も押されるように頷く。
「おーい、ちょっと呼んできてくれるか」
そう隣の部屋に呼びかけてから数刻、少女が扉を開けて姿を現した。
その少女の姿を見て、保田も戸惑いを隠せなかった。
- 75 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時05分23秒
- 「つんくさん! お呼びですか!」
そんな声を出しながら隣室から姿を現した少女は、似たような服装に身を包んではいたものの、
到底保田のような任務をこなせるような人間だとは思えなかった。
「……」
「おお、紹介するわ。これから、お前の師匠になる、保田圭や。ちゃんと覚えときや」
「はい! 保田さんですね! バッチリっす!」
そうハキハキと応える少女に、保田は不信感を拭えずにいた。
少女の名は後藤真希といった。保田にとっては、それはどうでもいいことだった。
「始めまして! 保田圭さんですよね。私、超リスペクトしてます!」
「いや、そういうのいらないから」
保田は、いかにもコントロールされていそうな少女に、どこか胡散臭いものを感じ取らずにいられなかった。
- 76 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時05分59秒
- 結局、保田が寺田から与えられた任務と言うのは、新人の後藤の監督者以上のものではなかったわけだ。
携帯PCのディスプレイでつんくから与えられた僅かな情報を確認しながら、隣に座っている後藤の方を盗み見た。
ぼんやりした顔で往来を行き交う人々を眺めてる姿は、到底自分の同業者とは思えない。
(でもつんくさんのことだから、きっととんでもない能力を持ってたりするんだろうな)
保田は基本的につんくのことは信頼していた。口先三寸でちゃらんぽらんな人間ではあったが。
「いくらなんでも手掛かりが少なすぎだって、これじゃあ」
呆れたように保田がぼやく。後藤は横からPCを覗き込んで、
「そうだよねえ」
つんくから捜索のために与えられたデータは以下の通り。
・身長150センチ前後の少女
・年齢は10〜15
・大人びた口調と声
・行動範囲は主に都内、深夜に目撃情報多数
「ま、夜中にならないと出てこないらしいし、どこかで食事でもしようか」
「さんせーい」
後藤は間延びした声でそういうと立ち上がった。
彼女の様子を見て、保田は眉を顰めた。
- 77 名前:4. 投稿日:2003年01月06日(月)04時06分34秒
- 「で、あんたはなんで丸腰なわけ?」
「へ?」
「へ、じゃないよ。私が香港にいる間に、東京はそんなに治安がよくなったっての?」
そういうと、保田は拳銃を取りだして、慣れた手つきでくるくると回して見せた。
「こういうの持ってないと、うちらの商売なりたたないよ」
「あー、それなら大丈夫」
後藤は、バックルから黒いものを取り上げると、一振りでそれを伸ばした。
どこででも見かける特殊警棒だ。
「これだけ持ってれば私はオッケーなんで」
「全然オッケーじゃないよ、あんた」
呆れたように言うと、懐から拳銃を取りだして、後藤の手に握らせた。
「ほら、ちゃんと持っておきなさい。まさか、扱い方を知らないなんてことないでしょうね」
「ん〜、くれるって言うなら貰っとくけどさ」
気のない声で言うと、
「ほら、それより食事食事♪ なに食べよっか。私もう超おなか空いちゃってるから早くしようよ」
楽しそうにいう後藤に腕を引かれながら、保田は今だ彼女のキャラが掴めずにいた。
- 78 名前:更新終了 投稿日:2003年01月06日(月)04時07分36秒
- って書いた方がよいね。
割り込みとかは全然気にしないでいいっすよ。レスはあればそれだけで嬉しいんで。
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月06日(月)09時17分32秒
- クールな描写が多い中で、ここの明るい(胡散臭い)後藤に期待!
なにげに保田、振り回されそ…(w
- 80 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月06日(月)19時28分30秒
- 文章が上手で世界観にぐいぐい引き込まれます。
面白い。久しぶりにこういうのがほしかったという感じで・・・
- 81 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月06日(月)20時04分04秒
- 能天気な後藤…なぜか怖い。
そしてターゲットの女性…もしかしてあいつか?でも……。
- 82 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時02分25秒
5.邪眼
パラダイス、という名のイベントスペースの前はいつもたちの悪そうな若者たちで
ごった返しているが、その日はいつにも増して不穏な熱気に包まれていた。
大型ディスプレイには、大袈裟な字体で【吉澤ひとみ VS ダニルル】というCGが、派手に踊っている。
券売場には長い行列が出来ており、気の早い連中はすでにビールを呷りながら盛りあがっていた。
ダニルルというのは、最近デビューしたばかりの凶棒士で、初戦からずっと連戦連勝を続けている注目株だった。
アメリカ人と中国人のハーフである彼女は、恵まれた体格を生かしたダイナミックな戦闘スタイルで人気をあげていた。
一方で、いくら全盛期の勢いはなくなったとはいっても、未だ吉澤の人気は高かった。
否が応でも盛りあがらざるを得ない状況だ。
裏の選手控え室では、中澤裕子が苛々した様子で葉巻を加えている。
すでに予定時刻は過ぎているにもかかわらず、吉澤がまだ入っていないのだ。
事務所で中澤と別れてから、一度もジムに現れていないという報告も受けていた。
- 83 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時03分01秒
- (ほんま、マジでビビってバックレたんちゃうやろな)
もしそうだとすれば、中澤は組を上げて吉澤を追い込んでいくつもりだった。
今日の試合には、彼女の組のメンツもかかっているのだ。
派手な音を立てて、控え室の扉が開いた。
ダニルルのオーナーで、中澤とはライバル関係にある組の組長である平家みちよだ。取り巻きたちを数人引き連れている。
「どうしたー? 裕ちゃんとこの選手は、まだおれへんみたいやけど」
あからさまな挑発の態度に、一瞬頭に血が上りかけたが、慌てて押さえた。
「ああ、ちょっと用事があって遅れんねんて」
「ほーう、そうなんや。てっきり恥かくのが怖くて逃げ出した思ってたわ」
「あんたな、そんなこと言ってあとで吠え面かいても知らんで」
そういうと、平家を睨み付ける。
平家も負けずに睨み返すと、
「おもろい冗談やな。こっちも不戦勝なんてつまらんから勘弁してや、ね・え・さ・ん」
「いうとけ」
数秒ほど緊迫した空気が控え室に張りつめたが、平家は軽く鼻息を吐くと取り巻きたちと共に出ていった。
中澤は腕時計を見ると、また苛々したように腕組みをした。
- 84 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時03分36秒
- パラダイス周辺の喧噪から少し離れた場所で、その様子を窺っている女性がいる。
サングラスに帽子、マスクというどう見ても怪しい風体の彼女は、石川梨華だった。
あれから「吉澤ひとみ」という人物に関していろいろと調べて、今日この日にこの場所で
彼女が試合を行うということを知った。だが、それからも長い心理的葛藤を経た挙げ句に、
不慣れな変装をしておどおどとここまでやって来たのだった。
が、意を決して寸前までやってきたものの、ずっと次の一歩を踏み出せずにいる。
(こんなところを見付かったら、本当に高校やめさせられちゃうもんなあ)
石川はサングラス越しに大型ディスプレイを眺めた。
派手なユニフォームに身を包んだ吉澤が、型を作っている様子が映されている。
それを見ると、石川は意を決したように一歩踏み出したが、またそこで立ち止まってしまう。
(知ってる人がいるかもしれないし…。どうしよう。でも…)
目立つまいとする外見と振る舞いが却って周囲から不審な目を向けられる原因となって
いることに、彼女はまだ気付いていない。
そんな、いかにも挙動不審な石川の横を、女性の二人連れが通り過ぎていった。
似たようなコートを纏った彼女たちの背中を見送りながら、石川はまだ心の中で
うだうだと思い悩んでいた。
- 85 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時04分16秒
「あ、よっすぃーじゃん」
「ん?」
後藤が言うのに、保田が不思議そうに振り返った。
「なによ、それ」
「吉澤ひとみ。ほら、あれ」
後藤の差し示す方を見ると、大型ディスプレイに一人の短髪の女性がポーズを作っていた。
「有名なの?」
「えー、けーちゃん知らないの? 超有名じゃん」
「だって、こないだまで日本にいなかったんだから、知らないに決まってるでしょ」
「凶棒の選手だよ。ちょっと前まではめちゃくちゃ強かったんだけどねー。最近は全然」
「ああ、なるほどね」
保田は納得したように頷くと、後藤のバックルにぶら下がってる警棒を叩いた。
「あんたも凶棒やってたから、警棒を持ち歩いてるわけか」
「すごーい、よく分かるねー」
「誰だって分かるわよ」
呆れたように言う保田の腕を掴むと、後藤は甘えたような声で言った。
「ねーねー、せっかくだから見ていこうよ」
「あんたね、仕事中でしょ」
「いいじゃん。ほら、聞き込み聞き込み。手掛かりあるかもしれないしさ」
そういうと、渋っている保田を引っ張るようにパラダイスへと向かっていった。
- 86 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時04分53秒
- すでに試合が始まる直前の時間になっていた。中澤は腕組みをしたまま、つま先でせわしなく床を蹴り続けていた。
と、突然控え室の扉が開き、吉澤が現れた。
「すいません。遅れました」
「あんたな、今までどこに…」
向き直った中澤は、そこで思わず言葉を飲み込んでしまう。
それだけ吉澤の様子は異様なものだった。
頭はぼさぼさで、よれよれの洋服にはどす黒い血痕がこびりついたままだった。
さらに、三日前とは同じ人間とは思えないほど痩せこけ、眼だけが異様にギラギラと輝いている。
ただ、服装だけが三日前と同じ物なのがかえって不可解だった。
- 87 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時05分33秒
- 「“棺桶”で寝てました」
“棺桶”というのは廉価なカプセルホテルの俗称だ。
「あんた、大丈夫か? ちゃんと食事してきたか?」
「はい。問題ありません」
その落ち着いたトーンの声が、中澤には逆に不気味に感じられる。
「そ、そうか。もう時間がないから、はよ着替えや」
「はい。あ、これ使ってください」
そういって中澤にCDを手渡すと、黙ってロッカールームに入っていく。
そんな吉澤の背中を見送りながら、中澤は妙な胸騒ぎがしていた。
だが、ここまできて試合を止めてしまうことなど出来るはずがなかった。それこそ、
平家からなにをいわれるか分かったものではない。
中澤は暗い色調で描かれたCDのジャケットを見つめた。
黄色のpeter gabrielというロゴの横に、顔の半分崩れ落ちた男が悲しげな瞳を向けていた。
- 88 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時06分04秒
- 会場にはすでに多くの人が溢れ、派手な照明が大音響で流れているトランスにシンクロして光を撒き散らしていた。
保田は人混みをかき分けるようにして、ドリンク売り場から戻ってきた。
「はい。あんた未成年でしょ。それなのに…」
「あはは。気にしない気にしない」
笑いながら言うと、後藤は保田から受け取ったカクテルを一口含んだ。
「それにしてもすごい熱気ね。こんなに盛りあがってるなんて知らなかったよ」
「けどさあ、けーちゃん買いすぎだよ。今のよっすぃーじゃ絶対ダニルルに勝てないって」
「こういうのはね、可能性が低い方につぎ込むのが私の流儀なの」
その時、ハードロック調の派手な入場のテーマが流れ、大柄な女性が姿を現した。
これまでにも増して、会場内に歓声が響き渡る。
- 89 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時06分38秒
- 「あれがダニルル? 人気あるのね」
「ねー、超格好いいよね」
リングの上で、サイケなペイントがされた特殊警棒を振り翳すと、大仰な身振りでマントを脱ぎ、客席に放った。
たちまち、その場に人々が殺到し、ちょっとした混乱が巻き起こる。
多様なボキャブラリーを駆使するDJが、滑舌よく会場の熱気を盛り立てていく。
続いて、重々しいドラムの音が会場に響き渡った。
先刻まで大騒ぎをしていた観客は一瞬静まりかえると、さざなみのようにどよめきが拡がっていった。
「あれ? よっすぃーテーマ曲変わったんだ」
「これって誰の曲だっけ…? 試合前にかけるような曲じゃないような」
保田が訝しげに言う。リングの上のダニルルも戸惑い気味に視線を泳がせていた。
重々しいリズムとメロディが流れる中に吉澤ひとみが姿を現すと、澱んだ空気をぶち破ろうと
するかのように、観客たちがこれまでにも増して大騒ぎを始める。
だが、吉澤はそんな喚声もまるで耳に入らないかのように、俯いたままリングに向かって
とぼとぼと歩いていった。その表情にはまるで生気のようなものが感じられない。
- 90 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時07分11秒
- 吉澤がリングに上がると、待ちかまえてたようにダニルルが挑発のポーズを取る。
普通ならここで吉澤もそれに応えて盛りあがるところだが、彼女はただ俯いたまま
白のマントを静かに脱いだだけだった。
「…」
押さえる準備をしていたレフェリーも拍子抜けだったようだ。
吉澤が特殊警棒を伸ばすと、また観客の間にどよめきが拡がった。
トレードマークだった純白の特殊警棒には、赤黒くなった血痕が生々しくこびりついていたからだ。
「なによあれ…。ペイントじゃないよね?」
保田が唖然としたように呟いた。後藤は食い入るようにリングを見つめている。
- 91 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時07分41秒
結局、石川は会場に入ることが出来ずに、相変わらず通りの向かいの電柱にもたれ掛かったまま、
パラダイスの内部を映し出しているディスプレイを遠目に眺めているだけだった。
吉澤が登場したとき、石川は一瞬彼女が誰なのか分からなかった。
それくらい、三日前に見た彼女とは様子が違っていた。
「……彼女、病気でもしたのかな?」
そんなことをぼんやりと考えた。
その時、試合開始を告げるゴングが鳴らされた。
- 92 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時08分12秒
序盤から、ダニルルの圧倒的な優位で試合は進められた。
というよりも、吉澤の闘いからは、覇気のようなものが全く感じられなかった。
ただ、防戦一方で、反撃しようという素振りも見せずにどんどん追い詰められていく。
周囲から激しい野次が投げかけられても、吉澤はただ顔を覆うようにして、凄まじい勢いで
打ちまくるダニルルの攻撃を受けていた。
「ほらー、だからダメだっていったじゃん」
ダニルルに賭けている後藤は、呑気に試合を眺めながらからかうようにいった。
保田は、喧噪に負けじとリングの方へ怒鳴った。
「ちょっと、あんた! 私はあんたに沢山買ってるんだから、もっとやる気を見せなさいよ!」
その声とシンクロするように、実況のDJも激しく吉澤を煽り立てる。
- 93 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時08分44秒
二階席で試合を見下ろしている中澤の眉間の皺が、見る見るうちに深くなっていった。
周囲を取り囲んでいる部下たちも、いつ中澤の癇癪が爆発するか、気が気ではない様子だった。
「あかん…。これはあかんな…。吉澤、このままやと」
「ボス、もう帰られては?」
取り巻きの一人が耳打ちするのに、中澤はものすごい眼で睨んだ。
「あ? アホか。試合はこれからや。よう見とき」
そういうと、腕組みをしてまたリングに目を向けた。
- 94 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時09分15秒
- リングの際まで追い詰められた吉澤は、へたり込んだままダニルルの攻撃を受けていた。
そろそろレフェリーストップがかかってもおかしくない状況だ。
観客たちの喚声がさらに大きくなる。吉澤への野次も酷くなっていった。
誰かが缶ビールをリングに投げ込み、吉澤は頭からビールを被った。
それでも、彼女は微動だにしない。
「あちゃー、これはもう終わりだね…」
石川は、ディスプレイに映っている吉澤の情けない姿を見て、幻滅していた。
そんな石川の側を、通行人が訝しげな視線を向けながら通り過ぎていく。
確かに、サングラスにマスク、帽子という風体でブツブツと独り言を言っている彼女は、不審者以外の何者でもない。
どこかから『眼』がゆらゆらと漂ってきて、彼女の前で静止した。
石川は狼狽したように手を振って、
「な、なによ。…見ないでよ。あっち行って。ほら、もう…」
それでも、『眼』はじっと石川の観察を続ける。
- 95 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時10分00秒
一方的に滅多打ちにされている吉澤を見かねてか、レフェリーがストップをかけようと近寄っていった。
が、吉澤が上目遣いで睨み付けると、動きが止まった。
強面のレフェリーで知られる彼だったが、その視線に一瞬身体が震えた。
「あ、やばいかも…」
後藤が今までとは明らかに違うトーンで呟く。
小声のそれは、周囲の喧噪にかき消されてしまい、怒鳴り続けている保田の耳にも入らない。
- 96 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時10分31秒
アドレナリン過多の興奮状態で攻撃を続けるダニルルに、一瞬隙が産まる。それを見逃すことなく、
吉澤は特殊警棒の一閃で彼女の足を払った。
リングに転がったダニルルに、吉澤は突然なにかが乗り移ったかのように凄まじい猛攻を仕掛ける。
腹部への一蹴りで、臓器が破裂するような鈍い音が聞こえ、ダニルルは大量の血を吐き出した。
観客は、突然の予想もしなかった展開に今まで以上の喚声を上げて盛りあがり、DJも絶え間なしに煽り続ける。
「ちょっと、あれ、大丈夫なの?」
冷静さを取り戻した保田が呟くが、後藤は黙ったままリングの吉澤を見つめ続けていた。
レフェリーは金縛りにあったように、リングの隅に立ったまま動かない。
すでに意識を失っているように見えるダニルルに、吉澤は容赦なく攻撃を仕掛けていた。
- 97 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時11分07秒
「…」
石川は唖然としたように、リング場の光景に見惚れていた。
もともと、血がドバッと出るような映画などが好きな彼女だが、今目の前に拡がっているのは紛れもなく本物の
血の海なのだ。
握りしめた両手に汗が滲んでくるのが感じられる。石川はコートでそれを拭うと、少し
サングラスをずらして上目遣いでディスプレイを見直した。
- 98 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時11分38秒
- 「やばいって、ちょっと! もう止めなさい! 死んじゃうよ!」
保田が怒鳴るが、会場の轟音のなかであっという間にかき消されてしまう。
仕方なしに、拳銃を抜くと天井に向かって数発放った。
「やめろって言ってるでしょう! あんたたち、道開けなさい!」
保田の声に、周囲の観客は明らかに不満そうな声を挙げる。
が、彼女が手帳を翳すと、皆面白いように退いていった。
「政府の人間だ! ほら、どけって。後藤!」
「ああ、うん」
保田に呼びかけられて、後藤は慌てて彼女の後を追った。
吉澤はロープに凭れたまま、呆けたようにダニルルを見下ろしている。
保田はリングに上がると、棒立ちしているレフェリーのスキンヘッドをはたいた。
「あんたが止めるんでしょうが」
その間に、後藤は手際よく倒れているダニルルをチェックする。
「あー、これはもう死んじゃってるねー。ご愁傷様」
間延びした口調でそういうと、軽く手を合わせた。
会場には今までとは違ったどよめきが拡がっていく。
- 99 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時12分11秒
- 放心状態の吉澤は、ダニルルの死にも狼狽えた様子はなく、ゆっくりとリングを降りると、
来たときと同じようにとぼとぼと控え室へ戻っていった。
彼女からの異様なオーラを恐れるように、観客たちは自然と道を空けた。
二階席から一部始終を見下ろしていた中澤は、憮然とした様子で立ち上がると足音も荒くそこから降りていった。
取り巻きたちも、慌てて中澤の後を追う。
- 100 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時12分54秒
石川梨華は、動揺が広がっている会場を未だに映し出しているディスプレイに視線を釘付けに
したまま、深々と白い息を吐き出した。
胸に手を当ててみると、動悸が高まっている心臓の動きがリアルに感じられた。
目の前を、報告を受けて駆けつけた数人の警官が通り過ぎていったが、石川の興味を惹くことはなかった。
- 101 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時13分32秒
- 控え室では、血塗れになったユニフォームを着替えようともせずに、吉澤がぼんやりとベンチに座っていた。
そこへ、激しい剣幕で中澤が入ってくる。
「おい! 自分、なんてことしてくれてんねん!」
だが、吉澤はまだ状況が掴めていないような表情で、中澤を見つめているだけだ。
「聞いてんのか? あんたな、もう…」
「あの、中澤さん」
吉澤は小声で呟いた。
「私、全然なにやったか覚えてないんです。気が付いたら、相手が倒れてて、リングも私も血塗れで…」
「知るか…。あのな、あんなことしでかして、どうなるかわかっとんのやろうな?」
「いえ…」
「すぐにこの街は出ていった方がええで。ほんま、殺されるからな」
「はい…」
消え入るような声で呟くと、よろよろと立ち上がった。
「これ着てけや。そんな格好じゃ目立ちすぎやからな」
そういうと、裾の長い漆黒のコートを投げて寄越した。
「それとな、これは餞別や。今までいろいろ世話んなったからな」
無造作に手渡された札束とコートを掴むと、吉澤は控え室の裏口から出ていった。
「すいません。いままでありがとうございました」
「ああ。うちの方もな」
- 102 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時14分12秒
- 中澤はすでに吉澤が出ていったあとの扉に向かって、軽く手を振った。
ちょうどいいタイミングというべきか、静まりかえった控え室に平家たちが姿を現した。
「よう、どうした、落ち武者よ? ツラが偉いことになってんで」
中澤は、わざとからかうような調子で言ってみた。
それが、また平家の感情を逆撫でしたようだ。
「出して貰おうか?」
「いややわ。そんな出すとこなんてあらへん」
ふざけたように言うと、わざとらしく身体を押さえて見せた。
平家は中澤の胸ぐらを掴むと、強引に立ち上がらせる。
「おい、吉澤、いてんのやろ? ちゃんと落とし前つけさせて貰わんと、うちらも納得できへんで」
「知らんな。もうとっとと帰ったんちゃうか?」
「あんたが逃がしたんやろ?」
ドスの利いた声で言うと、中澤の青いカラーコンタクトの入った眼を睨み付ける。
中澤も、負けじと平家のつり上がった目を睨み返した。
- 103 名前:5. 投稿日:2003年01月08日(水)01時15分02秒
- しばらくの間、緊迫感に満ちた沈黙が続く。
やがて、平家が中澤を突き飛ばすように離すと、吐き捨てるように言った。
「まさか、このまま済むと思ってないやろな」
「……」
中澤は黙ったままだ。
「そっちがそう出るなら、うちらも勝手に動かせて貰うからな。文句ないやろ?」
「…スキにしたらええんちゃう?」
「言われんでもそうするわ」
そういうと、平家たちは荒々しく扉を開いて出ていった。
中澤は先刻まで吉澤が座っていたベンチに腰を下ろすと、深く溜息をついた。
- 104 名前:更新終了 投稿日:2003年01月08日(水)01時15分32秒
- >>82-103
- 105 名前:レスです 投稿日:2003年01月08日(水)01時16分05秒
- 感想レスに多謝!
>>43読み人さん
今後の展開は相当長くなりそうですが、付き合っていただけると幸いです。
>>44>>65>>81名無しAVさん
纏めてレスですいません。いつもありがとうございます。
「パルプ・フィクション」、めっちゃ好きです。というかちょいエピソード拝借してたり。
ヤッスーがお勧めにあげてたのを見てヲタ度がうpしました(w
>>79さん
私も書きながら期待してます(w
勝手に動いてくれると楽なんですが……
>>80さん
文章はかなり課題山積みと自覚しているので、褒めていただけるとすごく嬉しいです。
- 106 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月08日(水)02時06分53秒
- ダニルルキタ───!!
そして逝った───!!
ミッチャンの役所がいいなぁ〜。
- 107 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時00分35秒
6.愛と平和
掲示板を見ると、午後の講義はすべて休講になっていた。
このご時世、大学に通っている人間はかなり減ってきている。
大卒はプライドばかり高くてその割に使えない、という理由から資格として重視されることが少なくなったからだ。
それに加えて、若い人間の人口自体が減ってきていることも関係していた。
安倍のように毎日大学に通っている人間など、ほとんど天然記念物級の珍しさだった。
そんな状態では教授の方もやる気を無くし、それがまた学生たちに伝播するという悪循環。
(やることなくなっちゃったなあ…)
地下鉄のホームでぼんやりと電車を待ちながら、これから夜までをどう過ごすか安倍は思い悩んでいた。
昼過ぎの駅構内はひどく閑散としていた。一つしかないベンチでは、背広姿の二人組が
来シーズンの野球の話で険悪なムードになっていた。ゴミ箱の横に、吸い殻の突っ込まれた
ビールの空き缶が七つ、整然と並べられているのがどこか暗示的で不気味だった。
乾燥で荒れた唇を舐めると、ヒリヒリとした感覚が伝わってくる。安倍は雑に巻き付けた
マフラーを整えながら、うつむき気味に白い息を吐いた。
- 108 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時01分13秒
- 向かいのホームに目を向けてみる。こちらと同じく、人数もまばらで寒々しい雰囲気が
感じられた。真向かいにはギターケースを抱えた女性がカバーの掛かった文庫本に
読みふけっており、階段の隅で、恐らく安倍と同じ大学に通っていると思われる三人組の
学生が、輪になって一本の草を回し飲みしていた。ホームを、丸まったルーズリーフの
切れ端が風に吹かれて転がっていき、やがて線路の上に落ちた。
- 109 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時01分47秒
- 二分ほどが経った。聞き慣れた音楽が鳴り、電車の到着を告げた。といっても、
このような沿線の小駅は黙殺して通り過ぎていく、特急列車だった。
(この曲、結構好きなんだよね…。CD屋さんでも行こうかな)
そんなことを考えたとき、背中を押されるような感触があった。
「わ、おっとっと」
間の抜けた声を挙げて、そのまま安倍は線路の上に落ちて転がった。
だが、押した力が強すぎたのか、そのまま向かい側の線路まで転がっていってしまう。
安倍がまだ自分の身になにが起こったのか把握し切れていないまま、ものすごいスピードで
側を列車が通り過ぎていった。目の前に、さっきホームから落下した紙屑が寂しげに転がっていた。
- 110 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時02分21秒
- 「あ…」
「ねえ、あなた、大丈夫?」
上の空で線路にへたり込んでいる安倍に、上の方から声をかけてきた女性がいた。
「…?」
「あがれますか?」
安倍が声の方を向くと、ショートカットの女性が手を差し伸べてくれているのが目に入った。
「あ、ありがとう」
思わず妙なイントネーションでそう返すと、女性の手を借りてホームへよじ登った。
すでに電車が通り過ぎていった向かいのホームを見たが、安倍を突き落とした犯人はすでに
消えてしまっているようだった。ベンチの男性が、安倍にちらちらと視線を向けながら、
なにやらひそひそと話をしているのが目に入った。
- 111 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時03分29秒
「でも、ビックリした。急に目の前で人が飛び込んでいくんだもん。自殺かと思ったよ」
「うん…。なっちも驚いた」
今になって急に恐怖感がわき上がってきたのか、震える身体を抱くようにして、ぽつりと呟いた。
女性はおかしそうに吹き出すと、
「自分のことそう呼んでるんだ。なっちって」
「え? ああ、うん…。癖で」
安倍はばつの悪そうに言ったが、女性の笑顔を見ると緊張も少しほぐれたようだ。
「けどさ、本当に気をつけた方がいいよ。物騒な世の中になってきてるからね」
「うん…。でも、誰が…」
思い当たる節はないでもなかった。
むしろ、今までに狙われなかったことが不思議なのかもしれない。
だが、それにしても…。
- 112 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時04分08秒
- 想像力がどんどん悪い方に向かっていくのを察して、安倍は考えるのを止めた。
どのみち、自分の頭では大したことを考えることは出来ない。その程度の自己認識は
持っているつもりだった。
ふと、助けてくれた女性の顔を見て、以前に見かけたことのある顔だということに気付いた。
「あの、前にどこかで会ったりとかしてないよね?」
相手が自然にため口で喋っていたので、安倍も無意識にそうなってしまう。
「いや? 多分ないと思うけど」
「そっか、じゃ、なっちの勘違いかもしれない」
安倍が言うのに、女性は少し寂しそうな表情で、
「あのさ、それってひょっとしてテレビで見かけたとか、そういうんじゃない?」
「ん?」
女性が言うのに、安倍は彼女の顔をまじまじと見つめると、急になにか閃いたように言った。
「あーっ! そうだ! 思い出した、確か、なんとかっていうアイドルグループで歌ってて…」
そこで言葉が止まってしまう。
- 113 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時04分39秒
- 女性は溜息をつくと、
「三年前に解散したんだけど、忘れられるのはやいなあ。あの時はそれなりに人気あったんだけどね」
「ごめんね。なっちあんまり記憶力よくないから」
「ううん、別にいいよ」
その時、ホームに電車が入ってきた。
女性に続いて、安倍もその電車に乗り込む。
「あれ? こっちの方向でいいの?」
「うん。どうせ午後やることなくなっちゃて暇だったんだ。それに、今急にこっちの
方向で用事を思い出した。なんて」
「なにそれ」
女性が呆れたように言うと、二人して顔を見合わせて笑った。
女性の名前は市井紗耶香といった。といっても、安倍にはやはり思い当たる名前ではなかった。
ちなみに、芸名で活動しているというわけでもない。
とは言っても、市井本人はそれほど気にしているようでもなかった。
- 114 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時05分16秒
- 「じゃ、今はバンドで歌ってるんだ」
「うん。昔から女一人男二人って言う編成でやってみたくて」
「両手に花、みたいな?」
「逆だよ」
天然で妙なことをいう安倍が、市井には面白いみたいだった。
「はっきりいって全然売れてないしさ、ライブやってもあんまり人は入らないんだけど、私はすっごい充実してるよ」
「ふうん、そういうものなんだ」
「そうじゃない人もいるだろうけどね。でも、少なくてもCDを買ってくれる人とかライブに
来てくれるお客さんがいる限りは、続けていこうかなって思ってる。結構さ、昔のことも
あったりして周りから面白半分にからかわれたりするんだけど、全然気にならないし」
そういう市井は、多少無理して強がっているようにも見えた。
が、安倍からすればやりたいことをやって生活が成り立っている市井が羨ましく感じられた。
「で、なっちの用事ってなに? 私も今日は予定もなにもなくて、帰る途中だったんだけど、よかったら付き合うよ」
「友達の家がこっちにあるから、久しぶりに寄ってみようかなって」
「友達って、どういう人?」
「…年下なんだけど、すごく頼りになる人。今でも、なっちの心の支えになってるんだ」
それから、目的地に着くまで、安倍は友人についての話を市井に聞かせた。
- 115 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時05分52秒
-
線香をあげると、仏壇の前で目を閉じて手を合わせる。
市井も、見よう見まねで安倍の真似をするが、どこか手つきはおぼつかない。
遺影のなかで微笑んでいる少女が、安倍の言う信頼できる友人“だった”福田明日香なのだろう。
福田は、高校一年生の時に、警官隊のリンチにあって命を落とした。
ただ暴動の起こった現場の近くを通りかかったと言うだけの理由で、まったく理不尽に齎された死だった。
それに対するちゃんとした調査は、未だにほったらかされたままだ。
安倍が反政府的な運動に参画することになる直接のきっかけは、この事件だった。税金で
たらふく太らせた肉体を制服に押し込んでいる警官に憎しみを込めた視線を無意識に
向けるようになったのも、この頃からだった。
安倍の同級生も、この事件が原因で心労にかかり、今では失踪してしまって行方も分からない。
あまりにも多くのものを、安倍は奪われたのだった。
- 116 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時06分27秒
- 「いつも来てくれて、ありがとうね」
福田の母がお茶を持って部屋へと戻ってきた。
市井は軽く頭を下げると、喉が渇いていたので遠慮せずにお茶を飲んだ。
「いや、もう本当に迷惑じゃないかなって、いつもすいません」
「全然そんなことありませんよ。きっと明日香も喜んでくれてると思います」
「そうだったら嬉しいですよね」
そういうと、また遺影の方に向き直った。
市井はなんとなく場違いな場所に来てしまったような、居心地の悪さを感じていたのだが、
それを察してか福田の母が声をかけてくれた。
「お友達の方も、わざわざありがとうございます。こんな田舎まで来てくださって」
「あ、そんな気をつかってくれなくても」
そういうと、照れ隠しのように笑った。
「でも、亡くなってからもちゃんと心の中に生き続けてるというか、よく分からないですけど、そういうのって
きっと明日香さんが素晴らしい人だったからなんでしょうね。すごく羨ましいです」
言葉を選ぶようにしながら市井が言うのに、安倍が振り返って、
「そうだよ。なっちも明日香のことは一日も忘れたことないし、…絶対に仇をとりたいって思ってる」
最後の部分は小声になっていたので、母親にも市井にも聞こえなかったようだ。
安倍の堅い雰囲気に気付いたのか、母親が空気を変えるような口調で、
「あの、居間でお食事でもどうですか? よかったら、出前でも取りますけど…」
- 117 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時07分02秒
- 二人してざるそばを啜りながら、午後のゆるい番組をぼんやりと眺めていた。
相変わらずのテレビショッピングが始まったので、市井がチャンネルを回すと、ちょうどニュース番組が始まっていた。
いくつかの事件の報道に続いて、山崎がまた登場し、しきりに都政二百周年のイベントの宣伝をしている。
「最近この人よく見るね」
市井はあまり興味もなさそうに言った。
「そうだね」
安倍はなるべく無関心を装いながら、じっと山崎の様子を見つめた。
イベントには、ミリオンセラーを連発しているロックグループや、ファッションリーダー的な女性歌手も出演するという。
- 118 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時07分36秒
- 市井は苦笑すると、
「なんか、必死だね、この人。よっぽどお祭りが好きみたい」
「めちゃめちゃ評判悪いじゃん、だから、このイベントで名誉挽回したいんだよ」
「けど、やっぱりこういう大舞台で歌えたら、気持ちいいんだろうなあ…」
そういって嘆息するのに、安倍が慰めるように言った。
「そんなこと言わないで、頑張んなよ。チャンスっていつ巡ってくるか分からないんだからさ」
「そうだよね。うん、きっとそうだ! そう信じよう」
市井のわざとらしい口調に、安倍は思わず笑ってしまっていた。
- 119 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時08分11秒
□ □ □ □
同じ頃、別の場所で矢口真里は同じ放送を見ていた。
寂れ果てた住宅街にある安アパートの一室は、住人の精神状態を反映するかのように
荒れ果てていた。そこら中に散らかった割り箸や紙屑、ビニール袋、油やソースの染み込んだ
スポーツ新聞、脱ぎ捨てた洋服や下着が脈絡なく積み重なって、その隙間を小さな虫が這い回っている。
粗大ゴミ置き場から苦労して引きずってきたボロボロのソファーに横になって、矢口はいつもの
ように一掴みの錠剤を噛み砕くと、ウォッカを混ぜたミルクでそれを流し込む。
矢口は牛乳が小さい頃から大嫌いだったが、頭の奥で錠剤が効いてくると、それが
世界のなによりも甘ったるいものに感じられるのが不思議だった。
「いいねえ、山ちゃん最高! おいらもその日はめちゃくちゃ楽しみだよ! キャハハハハハ!」
甲高い声で爆笑すると、足を伸ばして乱暴にテレビのスイッチを切ろうとしたが、バランスを
崩して床に転げ落ちた。堆積していたゴミがそこらじゅうで崩れ落ち、乾いた音を響かせた。
そんな自分の様子がおかしかったのか、笑い声をあげながら床を転げ回った。
- 120 名前:6. 投稿日:2003年01月10日(金)03時08分49秒
- その時、扉を激しく叩く音が聞こえてきた。
「ちょっと、矢口さん! うるさいですよ! いい加減にして下さい、あんたいつもそうじゃないですか!」
「うるせぇーよ! てめーこんなボロアパートに金払って住んでやってるだけで、ありがたいと思えよ!」
そう怒鳴ると、また錠剤をミルクで流し込んで、手元から拾い上げた金属バットを振り回した。
「あーなんかすっげーむかつくー。なにもかもぶっ壊してやるんだからな。楽しみにしとけよ! ゴミども!」
先刻までとは一変して低い声で呟くと、おぼつかない足取りで玄関に向かった。
が、不穏な空気を察したのか、苦情を言ってきた住人はすでに去ってしまっていたあとだった。
矢口は意味不明な言葉の連なりをブツブツと吐き出しながら、部屋の中で金属バットを振り回した。
- 121 名前:更新終了 投稿日:2003年01月10日(金)03時10分20秒
- >>107-120
- 122 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月10日(金)17時44分54秒
- ぶっとんでんな矢口。
この話は暗に何か言いたい事があるきがする…ますます目が離せない!!
- 123 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時41分28秒
7.キャバレー・ヴォルテール
何色とも形容のしようがない色彩が微妙に変容しながら、店内の妖しげな陰翳を形作っている。
四角い瓶の中に浮かんでいるエメラルドグリーンのトカゲが、光を反射して鈍く輝いていた。
その様子を、後藤真希は興味深そうに見守っている。
と、横から手が伸びて瓶を掴みあげ、保田圭はトカゲの沈んだテキーラをラッパ飲みした。
保田はテーブルの上に足を投げ出したまま、一日遅れで換金してきた札束を満足げに数えている。
薄暗い場所から危なげな連中がちらちらと視線を送っているが、全く気にかける様子もない。
- 124 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時42分01秒
- 「ねー、ここって、けーちゃんの“シマ”って奴なの?」
「は? あんたどこでそんな言葉覚えてきたのよ」
「いやあ、なんかどっかで聞いたことがあったから、使ってみただけ」
後藤はそういうと、ふにゃけた表情で笑った。
「つーか、私はヤクザじゃないし」
「あ、そーいう意味なの」
「ヤクザは嫌い」
保田は小声で呟くと、一口テキーラを口に入れた。
先日のパラダイスでの騒動のあと、二人は思わぬところで臨時収入があったせいか、
未だに本格的な仕事に入らずにあちこちをふらふらと遊び歩いている。
「でもさあ、けーちゃんってまだ三十くらいなのにすごく友達多いんだね」
「あのねえ」
保田は眉をつり上げると、後藤の頭を小突いた。
「私まだ22なんだけど」
「うっそー。マジっすか」
「って、天然で間違ってやがった、こいつ」
そういうと溜息をついた。
- 125 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時42分35秒
- 「超怖そうなおにーさんたちが屯ってたからやばいかなって感じだったけど、みんなけーちゃん
見たら頭下げてるからさ、びっくりしたよ」
「ここは私の昔の知り合いがやってるお店だから。ま、ちょっとやばそうな連中が多いのも事実だけどね」
保田は言うと、札束を無造作にポケットに突っ込んだ。
後藤がああいったものの、『L.S.B.』という名前のこの店は、パラダイス周辺のクラブなどに比べれば、
店内の様子は比較的落ち着いたものだった。
BGMとして流されているのは、どこかナルシスティックな男性ボーカルが歌い上げる、
ハードでメロディアスな歌謡ロックだった。いやらしくねじ曲がったネオン管が放出している
ピンク色の光と、どこからともなく流れ出してくる甘ったるい香りが、どこか幻惑的な
雰囲気を演出していた。
- 126 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時43分08秒
- 「けどさあ、そろそろつんくさんの仕事の方をちゃんとやらないとまずくない?」
「え? ああ、いいのいいの。あんなの、つんくさんが時間稼ぎで適当に考えた口実でしょ」
「そうなの?」
保田の言葉に、後藤は不思議そうな顔をして問い返した。
「そもそも、なんで政府が小学生だか中学生だかの女の子を、わざわざ秘密裡に捜さないといけないのよ」
「あー言われてみればそうだよね」
「きっと近いうちになにかあるんだろうね。そのために、色々と今は準備してるのかもしれない」
「なにかって、なんだろう」
「都知事が大々的なイベントをやろうって最近ずっと宣伝してるでしょう? 多分それに関連してだと思う」
「なるほどねえ」
保田の言うのを理解したのかそうでないのかは知らないが、とりあえず後藤は勝手に納得したようだった。
保田はそんな彼女の方を見ると、
「そういえば、あんたってトシいくつだっけ?」
「んー、17くらいじゃん?」
「って、アバウトすぎ」
「だって、別にそういうの必要じゃないし」
「ふーん。…ま、そうだよね」
- 127 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時43分44秒
- 「けどさー、けーちゃんが私くらいのころって、かなりすごかったんでしょ?」
「つんくさんから教えてもらったわけ?」
「うん。へへへ、あんまり詳しいことは聞かせてくれなかったんだけどね」
「それは、ね」
保田はまたテキーラをラッパ飲みすると、おかしそうに笑った。
「私が暴露本でも出したら、つんくさんも山崎さんも、失脚じゃすまないだろうからね」
「へえ…。そうなんだ」
「本当は、見えない場所で色々悪いことをしてる人がいっぱいいるんだよね。みんなは気付かないけどさ」
そういうと、店内をざっと見回した。
「でも、損な仕事だよ。ちょっと邪魔な存在になれば、あっという間に追い出されて、フォローもしてくれないんだから」
「リストラって奴?」
「あんたも、他人事みたいに言ってるとあとで痛い目にあうよ」
保田は深刻な顔で言ったが、後藤は相変わらずへらへらとだらしなく笑っている。
「私はー、大丈夫だよ。大丈夫きっと大丈夫♪ ってね」
「なんだよそれ」
「なんだろうね」
- 128 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時44分19秒
- 保田はまともに取り合うのが馬鹿馬鹿しくなったのか、瓶に残っていたテキーラを飲み干すと、
中のトカゲを引っ張り出してしげしげと眺めてみた。以前にそれはフィリピンに生息している
猛毒を持つトカゲの一種だと聞かされたことがある。
「きれー」
後藤も横から覗き込んでいう。保田は、何故この皮膚が輝きを失わずにいられるのか、不思議でしょうがなかった。
大柄な黒人のスタッフが保田の元に歩み寄ってきて、何事か耳打ちした。
保田は二言三言ブロークンな英語で返すと、黒人はまた捌けていく。
それから、後藤の方に向き直っていった。
「あのさ、ちょっと野暮用が入ったみたいだから、先に車に戻っててくれる?」
「うん。いいよ」
後藤が頷くのを見て、保田は席を立って店の奥へ消えていった。
取り残された後藤はしばらく辺りをぼんやりと見回していたが、おもむろに携帯PCを
取り出すと、今『眼』から届いたばかりの画像を呼び出した。
ディスプレイには、黄色いクマのぬいぐるみを抱いた少女が、薄暗い中空に浮かび上がっている写真が表示されていた。
それを確認すると、後藤は軽い足取りで階段を上がっていく。
- 129 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時44分56秒
□ □ □ □
落書きだらけの通路を抜け、店内以上にどぎつい彩色がなされた奥の部屋へ、大柄なスタッフに導かれて向かう。
保田が扉を開くと、中世風と未来派を強引にミックスしたような派手な服装の女性が迎え入れた。
「よっ、圭、久しぶり。いつの間に日本に戻ってたんだ?」
「まだ一週間も経ってませんよ。彩さん」
そういうと、差し出された女性の手を強く握り返した。
彼女の名前は石黒彩。この店のオーナーだ。
保田に負けず劣らずの強面であり、デカダンで悪趣味なその服装は、「夜の蛾」なる俗称にふさわしい。
といっても、今はすでに夫を持ち、かつてのように危ない現場に首を突っ込むようなことはない。
「けど、あんたも逞しくなったもんね。見違えたわよ」
「ありがとうございます」
石黒が感心したように言うのに、保田は律儀に頭を下げた。
まだ右も左も知らない状態だった保田を、一から鍛え直してくれたのが、この石黒だった。
相当荒っぽい教育法ではあったのだが、それ故に、未だに保田は石黒に頭が上がらないでいる。
「それでさ、久しぶりで悪いんだけど、ちょっと頼まれてくれないかな」
- 130 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時45分36秒
- 石黒からことの発端を聞かされて、保田は驚いた。
「ああ、その時、私たちもパラダイスにいましたよ」
「え、そうなの? 偶然?」
「偶然。裕ちゃんとみっちゃんが絡んでるなんて、全然知らなかった。裕ちゃんもその場にいた
んなら、声くらいかけてくれればいいのに」
「そりゃ、頭に血が上ってそれどころじゃなかったんでしょ。あんただって裕ちゃんがそういう
性格だって知ってんじゃん」
「じゃ、あの時の試合が原因で、二人がまたピリピリしてるってことですか?」
「うん。まあねえ、あの関西人コンビは血の気が多いというか、根はいい人たちなんだけど…」
石黒によれば、吉澤とダニルルはそれぞれの自慢の凶棒士だったのだが、凶棒の試合の
紳士協定を吉澤が破り、相手の選手を死に至らしめてしまった。
そのことに平家は激怒し、草の根をかき分けてでも吉澤を捜し出して、見せしめにすると息巻いているという。
- 131 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時46分11秒
- 「裕ちゃんも裕ちゃんで意地っ張りだからね。多分吉澤を逃がしたのは裕ちゃんだと思うんだけど、
みっちゃんもそれが分かってるからあからさまに組員を総動員して吉澤を捜させてるってわけ」
「はあ」
保田は心底呆れたというように溜息をついた。
いい歳をした大人が、まるで子供の喧嘩をしている。だが、なまじ二人とも力を持っているだけにたちが悪い。
「だからさ、みっちゃんより先にうちらで吉澤を見つけたいのよ。何はともあれ、
そもそもの原因になった彼女が出てこない限り、なにも話せる状態じゃないから」
「でも、それで納得しますかね。お互い大分頭に血が上ってるみたいですけど…」
「そこは私に任せておいてよ。みっちゃんだって、詫びを入れてる相手をぶっ殺すほどの悪人じゃないだろうし」
「…そうですよね」
要するに、それでも中澤平家が歩み寄らない場合は、今度は石黒の方がぶち切れる、ということだ。
保田は背筋に悪寒が走るのを感じた。
- 132 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時46分42秒
- 「でも、今私別の人捜しもやってたりするんですよね」
保田は少しためらいがちな口調で言った。
出来れば、ヤクザ同士の抗争に関わりたくないと言うのが本音ではあったが、昔の仲間の
手前、そうストレートに断ることも出来ない。
「ああ、そうなんだ。なに? またつんくさんに頼まれてやってるの?」
「はい。一応、それで日本に戻ってきたみたいな」
「あんたも懲りないよねえ…。別に圭の人生だし、私があれこれ口を出すことでもないんだけどさ」
昔、石黒や中澤たちのワル仲間だった保田が政府の仕事に関わるようになったとき、一番
反対していたのが彼女だった。それだけ、石黒は政府に対しての不信感を持っていた。
そして、彼女が危惧したとおり、保田は結局、政府の裏切りにあい、逃亡生活を余儀なくされたのだった。
- 133 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時47分18秒
- 「あれは私の方がヘマをしたのが悪いんで、つんくさんや政府を責めようとは思わないですよ」
「相変わらず、人がいいというか」
石黒は苦笑いをすると、リラックスさせるように保田の肩を叩いた。
「ま、それがあんたのいいところでもあるけどね、気をつけなよ。奴らは本当にドライで
冷酷だし、うちらみたいに情が通じる相手でもないからね」
「分かってますよ」
説教口調で言われるのに、保田は昔の感覚が蘇って、少しノスタルジックな気分になった。
「とりあえずさ、そんなに時間を割いてくれなくてもいいから、どこかで吉澤のことを
見かけたりしたら私に知らせてよ。試合見てたんなら顔分かるでしょ?」
「はい」
「もしなにかあったらさ、遠慮しないで相談してよ。あんまり大したことは出来ないけど」
「よく言いますね。今でも本気になったらすごいんじゃないですか?」
保田はそう言って肩を竦めた。
- 134 名前:7. 投稿日:2003年01月12日(日)15時47分59秒
- 石黒は嘆息すると、
「結婚して子供なんか作っちゃうとさ、もう、何も起こらないで平和でいられるって
いうのがありがたく感じられるようになっちゃうんだよね。私も、自分で驚いてるんだけど」
「そんなもんなんですかね」
「そんなもんよ、マジで」
そう言うと、保田の顔をまじまじと見つめて、
「まあ、あんたはまだ当分縁はなさそうだけどね」
「余計なお世話ですよ」
保田が憮然とした口調で言うのに、石黒はおかしそうに笑った。
- 135 名前:更新終了 投稿日:2003年01月12日(日)15時48分30秒
- >>123-134
- 136 名前:レスへレス 投稿日:2003年01月12日(日)15時49分13秒
- >>106>>122名無しAVさん
レス感謝です。レスはガソリンです(w
ネタと小説の中間みたいな位置でこれからも続けていきたいと思います。
- 137 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月13日(月)14時26分24秒
- セリフが一々カッコいいなぁ。
続々とキャラが出てきてもう自分のコンピューターは処理できなくなってきましたw
- 138 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時48分54秒
8.汚い囁きを
「お化けなんてな〜いさ〜お化けなんてう〜そさ〜」
不吉な音程で歌いながら、無理矢理気分を鼓舞するように夜道を急いでいるのは、
どこからどう見ても怪しげな風体の石川梨華だった。
急に気温が冷え込んだお陰か、父親の大きめのコートを羽織って帽子をかぶっていれば、
日が落ちてからの繁華街をうろついていても、面倒な連中から声をかけられたりする事はなかった。
そのかわり、『眼』にはしょっちゅうつきまとわれるようになったのだが。
- 139 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時49分28秒
- 繁華街から裏の路地へと足を踏み入れる。壁一面に猥雑な落書きが踊り、その上に
小さなピンクチラシが魚の鱗のように隙間なくびっしりと張られている。そこかしこに
黒い袋に詰め込まれた生ゴミが放置され、野良猫の群が生臭い香りに引き寄せられるように
鼻をこすりつけていた。
サングラス越しでもそこに並んでいる店が怪しげなものであることは分かる。石川は
おどおどと辺りの様子を窺いながら、腐食した鉄の扉を押して一軒の店に入っていった。
ありきたりな店員からの声など聞こえてこない。狭い店内はほとんど倉庫のようで、そこに
並べられているのはあくまで護身用として売られている武器の数々だった。
スタンガンや大小のナイフの前を素通りすると、特殊警棒の並べられている一角に
足を止める。店の奥から、驚くほど肥満した店主の不審そうな視線が投げかけられるが、
石川は気に留めずに一本の特殊警棒を手に取った。強化プラスチックの表面は冷たく
滑らかで、意外に軽く、すぐに手に馴染んだように感じた。
吉澤が使っていたような純白のものはなかったのは残念だったが、石川はサイケデリックな
ペイントがされた一本に目が留まった。よく見ると、様々な想像の獣が絡み合っている
様子が、鮮やかな色彩で描かれている。根本を握って軽く振ると、すぐに伸びた。
「お嬢ちゃん」
店の奥からガラガラ声の店主が声を掛ける。石川はほとんどコミックのキャラのような
仕草で狼狽えながら、振り向いた。
「触ったからには買って貰うよ」
- 140 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時49分58秒
小銭しかなくなった財布のチェーンを外して、吉澤がしていたように腰からぶら下げてみる。
いまいち様になっていなかったが、石川はそれだけでなんとなく気分が高揚させられる
ように感じた。暗い橋の上をスキップしながら、小学生がするように柵を警棒を
叩いて不規則なリズムを刻んでみた。鉄とプラスチックがぶつかり合う乾いた音が、
静まりかえった夜道に反響していった。
「♪タナトスの泉で〜溺れた二人は〜」
どこか自分が強くなったような錯覚を得て、石川はご機嫌なようだった。
腕時計を見ると、すでに十時を回っていた。さっきまでとはうって変わった様子で、息を潜めて
玄関を潜り抜けると、慎重な足取りで階段を上り自分の部屋へと向かおうとする。が、
待ちかまえていた母親にあっさりと捕まってしまった。
- 141 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時50分31秒
- 「梨華! あんた、またこんな時間まで…。一体どこでなにをやってるの!」
腕を掴まれ、早口で詰問されるのに、石川は思わず怒鳴り返してしまっていた。
「うるさいなあ、お母さんには関係ないでしょ!」
母娘でただでさえ声質が似ている二人。お互いがお互いの甲高い声で、余計に感情を
逆撫でされているようだった。
「関係ないって、母親として当然のことを訊いているんでしょうが!」
「誰にも迷惑かけてないじゃん! だから放っておいてよ!」
「あんたたちはいつもそうやって…。親に心配かけるのが迷惑じゃないと思ってるの!?」
「そんなのそっちの都合でしょ! もう、離してよ! 勉強があるの! 勉強するからっ!
ちょっともう、離してよ! 離してっ!」
そう喚くと、母親の腕を振りほどいて、自室に飛び込んで鍵をかけてしまう。
- 142 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時51分02秒
- 「ちょ、梨華話はまだ終わってないでしょ! 梨華! ここ開けなさい!」
母親は怒鳴りながら扉を叩き続けているが、石川は無視して、ラジカセのスイッチを
入れるとベッドに倒れ込んでしまう。
ラジカセから、大音響で重々しいドラムのリフが流れ出す。パラダイスの試合で、
吉澤がテーマ曲にしていたものだ。曖昧な記憶と、うろ覚えの上にただでさえ音痴な
自分の歌を元に探して貰ったので、それを発見するのには大変な苦労を要した。
といっても、石川のほうから一方的にレコ屋の店員を急かしまくっただけなのだが。
明かりもつけず、ベッドに横たわって目を閉じると、瞼の裏にあの時の情景が鮮明に蘇ってくる。
内臓の潰れる鈍い音、飛沫をあげて吐き出される鮮血、それを全身に浴びてもなお、
攻撃の手を休めない吉澤…。
自然と、石川は動悸が激しくなり、息が荒くなっていく。
慌ててベッドから起きあがると、自分の胸を押さえて荒い息を押さえようとした。
(やばいやばい…。私、なんだかやばい域に入りかけてるのかもしれない…)
- 143 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時51分34秒
- 確かに、昔から血糊どろどろのスプラッター好きではあったのだが、それはあくまでも
フィクションの中のカタルシスとして楽しんでいたはずだった。
だが、あの時に見た生々しい流血と死に、異常なほど魅せられてしまっている自分も否定できなかった。
そして、リングから去り際に見せた吉澤の冷酷な視線に、石川は完全に射抜かれてしまっていた。
(なんなんだろうあの眼は…。なんかすごく、…人間じゃないというか、よく分からないけど、
…ものすごく冷たい、…狂気とか、そう言う、なにかに乗り移られたみたいな…)
認めちまえよ、好きなんだろ、そういうのが。心の声がそう語りかけてくる。
石川はサイケデリックな特殊警棒を伸ばすと、ベッドの上に立って構えを取ってみた。
「石川梨華、凶棒、ちょっとありかも……」
とその時、突然派手な音を立てて部屋のドアが破壊された。
石川は慌てて警棒を隠すと、扉の方を振り返った。父親が、日曜大工セット一式を
駆使して鍵を破壊したのだった。
- 144 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時52分05秒
- 「なに!? なんなのよ!? もう、最悪…!」
「あんたが話を聞こうとしないのが悪いんでしょう! もう、いつからあんたはそんな悪い子に」
「もうこんな家にいられない!」
母親がヒステリックに喚くのを遮るように、石川も耳障りな声で叫ぶと、二人を押しのけて
階段を駆け下り、玄関を出ていってしまう。
「ちょっと、梨華! 待ちなさい! ねえ、あなたもなんとか言ってよ!」
「うーん、まあ、反抗期なんじゃないかな? 気が済めばどうせ戻ってくるよ」
父親は対照的に呑気な口調でそう言った。
というか、二人の超音波のやりとりで、大分頭がクラクラしていたというのもあったようだが。
- 145 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時52分37秒
□ □ □ □
「本当にもう、一方的にわーわー言ってきて、私の話なんて全然聞いてもくれないんだから
超最悪。私も、一人で暮らせればいいのになあ。羨ましいよぉ」
間断なくぼやきながら、石川はキャベツ太郎にケチャップをつけて、ものすごい勢いで頬張っていた。
威勢良く家を飛び出してきたものの、それほど行く当てがあるというわけではなかった。
学校でもそれほど友人が多いわけではないし、夜中にいきなり受け入れてくれるような
人間は一人しか思い当たらなかった。
そう言うわけで、石川は今柴田あゆみという女性の家に転がり込んでいる。
彼女は石川の一つ先輩だったが、高校には通わずに就職して真面目に働いていた。
「一人で暮らすのって梨華ちゃんが考えてるほど楽じゃないよ。大体、梨華ちゃん一人で起きられないじゃん」
「うるさいなあ…。例え話でしょ」
よく分からない言い訳をすると、クリネックスで指と口角の脂を拭った。
- 146 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時53分08秒
- 「とにかく、お父さんとお母さんがドア壊したこと謝ってくれない限り、絶対に戻らないんだから」
「…というか、私の事情はお構いなし?」
「いいじゃーん。そのかわり、家のこと、私がやってあげるよ」
「いや、遠慮しておく」
柴田の部屋は、街の中心からはやや離れた場所の、狭いワンルームマンションの一室にある。
現在の東京の住宅事情からすれば、なかなか恵まれた物件だといえるが、女性二人が
寝泊まりするにはさすがに手狭だ。
結局、出したばかりの炬燵を片して、石川は床にあまった毛布をしいて眠る羽目になった。
「背中が痛くなっちゃうよ〜」と分不相応な愚痴を吐いていたが、柴田は無視した。
- 147 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時53分40秒
- 「あのねえ、私、これでも一応警官なんだよね」
洗面所で歯を磨いている石川に向かって、柴田が独り言のように言った。
「だから、梨華ちゃんが家出してきたら、補導しないといけないんだ」
「ちょっと、もう、やめてよ」
石川はそう言いながら戻ってくると、くたびれた布団に潜り込んだ。
柴田はテーブルの上に置いてある派手な警棒を手に取ると、
「あー、いーけないんだー」
「もうっ、返してよ」
面白いように狼狽える石川に、柴田は笑いながら言った。
「没収しなきゃ」
「護身用だもん」
そう言うと、石川は子供がぬいぐるみをそうするように、布団の中で警棒を抱きしめた。
「けど、親子喧嘩なんて梨華ちゃんらしくないよね」
「うん、ちょっとね。いろいろあって」
「超優等生だったじゃん。成績とかじゃなくて、素行がだけど。というか、それだけが取り柄?」
「うるさいなあ、いちいち」
「なに、ひょっとして、男でも出来たとか?」
女二人集まると出てくる、定番の話題だったが、石川はあっさりと流した。
「全然。そういうんじゃなくて、もっと深刻な問題だよ」
「ふうん。…なに?」
「なんていうのかなあ、うーん、冷静と情熱の間、みたいな…」
「はあ? 意味わかんなすぎ。というか、単に真面目でいるのに疲れたってだけなんじゃないの?」
- 148 名前:8. 投稿日:2003年01月15日(水)01時54分10秒
- 柴田の言うのも当たらずとも遠からずだったが、それでも石川にはそのまま肯定することは出来なかった。
「それもなあ、ちょっと違う。もっと、なんていうか、人間の本質に関わるような…」
「あーもういいよ。明日も早いから、私もう寝るね。おやすみ」
うざったそうに言うと、寝返りをうってそっぽを向いてしまう。
石川は堅い布団の上に横たわったまま、腕組みをしてじっと考え込んだ。
だが、自分一人では結論など出るはずもなかった。
- 149 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年01月15日(水)01時54分45秒
- >>138-148
- 150 名前:response 投稿日:2003年01月15日(水)01時55分27秒
- >>137名無しAVさん
そろそろ更新ペースが落ちてくるころなので大丈夫です(w
分かんねーよってところあったら遠慮なく質問してくらさい。ネタバレにならない程度に
お答えいたします。
- 151 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月15日(水)17時44分36秒
- ドアぶっ壊しといて気楽な父親に笑った。
キャベツ太郎にケチャップという石川のファンキー振りにもびびった。
厚かましいお願いなんですが
一度出てきたキャラのそれぞれの職業というか役割というか、
置かれている状況の一覧を作ってもらえると嬉しいです。
話の都合上影響が出るようなら止めておいてください。
- 152 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時10分03秒
9.黒色過程 PARTT
材木のように積み重ねられた棺桶の一つから、ずるずると這うように一人の人間が姿を現す。
時刻はまだ午前の五時を回ったばかり。空気は冷え切って、無数に並んだ棺桶のなかでは
まだ多くの人間が寝息を立てているだろう。
吉澤ひとみは、コートの襟を立てて顔を隠すようにすると、辺りを見回してよろよろと歩き出した。
昨晩に雨でも降ったのか、早朝の空気は冷たく湿っている。アスファルトから
蒸発した水蒸気が、霧となって何一つ動くもののない街をぼんやりと覆っていた。
パラダイスの一件以来、ずっとこうして、都内のあちこちの棺桶や、人気のない路地裏
などで怯えながら夜を過ごしてきていた。
なんどか街を抜け出そうとも試みたが、すでにそんな隙間は全て埋められてしまっていたようだった。
タクシーなども怖くて拾うことは出来ない。救いを求めることが出来る人間は、誰もいない。
結局、ただ平家たちの組に拉致されることを恐れながら、あてもなく彷徨い歩いているだけだった。
- 153 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時10分33秒
ポケットを漁って小銭を集めると、自動販売機で菓子パンを買う。
冷え切ってチーズの固まったそれをもそもそと齧りながら、今日一日を無事に
過ごせるかどうか、それだけを考えていた。
(いっそのこと、自分から出ていってしまった方が楽なんじゃないだろうか?)
そう考えることもあった。が、そこで踏み切れるほど、吉澤は肝が据わっているわけではなかった。
「都会では…自殺する、若者が……」
どこかで耳にしたことのある大昔の歌を、適当な節回しで口ずさんでみる。
- 154 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時11分03秒
- 始めに自分に付いたトレーナーは、十年ほど前にチャンピオンだったという禿げ上がって
前歯の抜けたオヤジだった。敗北を喫した試合で右肩に負った傷は、ずっと障害として
残っているらしく、左右のバランスがどこか不自然に見えた。異様に筋肉が盛りあがった扇形の
体型だったことと、頭が妙に小さかったことも合わせて、吉澤は映画で見た失敗作の
クリーチャーを思い起こしたものだった。
トレーナーが耳にタコができるくらいに言って聞かせていたことは、とにかく試合と
いうものは勝たなければ意味がない、誰のためでもなく、自分に金をつぎ込んだ人間の
ためでもなく、栄光や名誉のためでもなく、ただ勝つために勝たなければいけない、
勝つということはそれ以上の意味も持たないからこそ貴重なのだ、ということ。得られるものなど
たかが知れている。ささやかな賞金と、酔客からの歓声と罵倒と、一時的な好奇心に
満ちた視線だけだ。そんなもののために戦う訳じゃなく、勝ち続けることだけを
目標としなければ、必ずどこかでつまずく。
- 155 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時11分34秒
- けどそれは嘘なんだ、と今になって吉澤は思った。本当は、勝つことにだって意味なんて
なくて、全ての暴力はただそれだけで成立している。他にはなにもない。ただブラックホールの
ようにそこに引きつけられる人たちがいて、自分もその一人だったってだけの話。だから、
結局はこうして暴力に追い詰められることになったわけだ。呆れた結末。
トレーナーはまた一つの選択肢をも示してくれていた。勝ち続けるってことは、大きな
クレッシェンドを奏で続けるってことだ。けどそいつにも限界がある。じゃあ、終止符に
ふさわしい最終和音はなにか分かるか?
そいつは、自分の頭蓋骨の砕ける音だ。そう彼は言った。頭蓋骨の割れる音を聴くことは、
一生に一度しかできない。けども、それだけの価値はある。誰も記録できないが、誰もが
一度は聴く権利を持っている、最高級のノイズだ。その言葉通り、彼はアスファルトに
頭蓋骨を打ち付けて、派手に終和音を響かせてこの世から去っていった。最高級のノイズの
感想は、粉々になった彼の表情からは伺い知ることは出来なかった。
もちろん、吉澤にもそんなことは出来ないことは知っている。ただ、そんなことも
あったと思い出してみただけだった。最終和音は、もうちょっと勿体ぶった展開の
あとで鳴り響いたって、大して価値が下がるもんでもないだろう。
吉澤は朦朧とした頭をぶんぶんと振り回した。身体的にも、精神的にも、
疲労はピークに達していた。
- 156 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時12分04秒
- ふらふらと視線を彷徨わせながら、住宅街を歩き回っていると、小さな公園を見つけた。
周囲を大きな常緑樹に囲まれているため、ちょっとした影のような空間になっている。
恐喝、いじめ、リンチに最適な閉鎖空間。到底、こんな場所で遊ぶ怖いもの知らずの
子供がいるとは思えなかった。粘膜のようにまとわりついてくる空気を引きずりながら、
吉澤は、自分の死に場所にはどんな空気が似合うのだろう、と考えた。
「ちょっと休むか」
蹌踉として公園に入っていくと、水飲み場まで行って蛇口を捻る。
冷え切った水道水は、乾いた唇に気持ちがよかった。薄い皮膚の裏を走る血管が、
驚いたように熱を振りまき始めた。
吉澤は、しばらく水を飲まずに、目を閉じたまま唇を潤し続けた。
- 157 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時12分34秒
- そんな彼女の様子を、遠くから数人の若者たちが見守っている。
石川を襲おうとして、吉澤に叩きのめされたチーマーたちだった。
あの時と同じように、リーダー格は横縞の服を着ており、他の仲間たちはオレンジ色の揃いのジャージを着ていた。
「おい、あいつ、あの時の…」
「ああ、それに、こいつだ」
横縞はそう言うと、携帯PCを開いて一枚の画像を表示させた。
平家がばらまいた、賞金付きの手配書だ。
「あいつ、有名な凶棒士の吉澤ひとみだったんですね。暗かったのと風貌が変わってたんで
全然気付かなかったけど、そりゃ俺達じゃ勝てっこなかったってわけか…」
ジャージの一人が言いかけるのに、横縞は不気味な声で、
「知ったことかよ。あの女、今度こそただじゃすませねえからな。おい、仲間を集めろ。
出来るだけ多く、今度は獲物もちゃんと集めてな」
「平家さんに知らせないでいいんですか?」
「それじゃ、あれだけ情けない目にあわされた俺達の気がすまねえよ。賞金なんて知るか…。ぶっ殺してやる」
横縞は言うと、ポケットからサバイバルナイフを取りだして、にやりと不気味に笑った。
- 158 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時13分05秒
- 林の影になった場所に置かれた小さなベンチに座って、吉澤はしばらく体を休めた。
いくら休んでも、身体の奥まで染み込んでいるような疲労は消えていってはくれなかった。精神的に
積み重なったそれも相当な物だった。
特殊警棒を伸ばすと、杖のようにして上半身を支える。それから、彫像のように微動だにしなくなった。
血痕を落とし磨き上げられた純白の警棒は、朝の日光を浴びて澄んだ煌めきを放っていた。
小一時間ほどがたった。吉澤は、周囲からの人の気配に、ゆっくりと顔を上げた。
公園の二カ所の入り口から、大勢の若者達がぞろぞろと集まってきているのが見える。
服装からは、平家の組の人間ではないことは明らかだ。
先頭に立っている横縞の肥満した男を見て、吉澤は数日前の出来事を思い出していた。
もう、はるか昔の出来事のように感じられる。というよりも、別の人間が起こした行動のようにすら
感じられた。
だが、その時とは状況が異なることは、若者達が手にしている数々の武器を見ても、察することは出来た。
- 159 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時13分35秒
- (そうだ、あの事件があった夜、私は…)
悪魔に呪いをかけられて、それで、
だとすれば、なにを恐れる必要があるだろう?
「おい」
横縞の男が、ナイフを構えて声をかけてきた。
「また会ったな」
吉澤は上目遣いに男を睨み付けると、純白の警棒を握り直した。
あの夜と同じように、それは青白い光に包まれていたが、朝日を浴びていたためかあまりよく見えなかった。
- 160 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時14分05秒
□ □ □ □
閑静な住宅街の一角は、かつてないほどの喧噪と動揺に包まれていた。
警察が張り巡らせたロープ越しに、大勢の野次馬が、顔をしかめながらも目を逸らさずに
小さな公園を取り囲んでいた。
高橋愛は、小さな身体をなんとか群衆の中に潜り込ませようと、悪戦苦闘していた。
「ちょっと、あの、すいません。あの、私、仕事なんで、道開けて貰ってもいいっすかね、あの」
弱々しい声でいいながら、なんとか現場近くまで少しずつだが近付くことが出来ていた。
と、突然横から伸びた手に腕を捕まれた。
「愛ちゃん!」
「あ、まこっちゃん、おはよう」
パートナーの顔を確認すると、いつもの調子で明るく応じた。
「おはようじゃないよ。遅い!」
「ごめんごめん。昨日も残業で…」
高橋の言い訳を聞き流しながら、小川はまたカメラで現場の撮影を続けた。
高橋は、事件現場に目を向けると、そのあまりの凄惨さに一瞬眼を逸らした。
が、すぐに職務を思い出し、手帳を取り出すと熱心にメモを取り始める。
- 161 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時14分38秒
- 小川と高橋の二人は、小さな出版社で『セル芸』という雑誌の編集に携わっている。
小川はカメラマンとして、高橋は記者として、ずっとパートナーとして活動していた。
『セル芸』は、まともな記事よりも、扇情的で俗情に訴えかけるようなものが多い、いわゆる三流誌だ。
グラビアのほとんどはエロだったし、記事の内容も、八割方が芸能有名人の下半身に関する妄想記事や
都会で起こるドロドロした興味本位の話題ばかりだった。
もちろん、今目にしているような血腥い事件も、彼らにとっては大歓迎だ。
二人とも入社して一年近くたっていたが、未だにコンビニなどでも現物を手に取る勇気はない。
- 162 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時15分10秒
- 「ね、これって、チーマー同士の喧嘩なん?」
高橋は小声で小川に訊いた。
「多分。…けど、これはちょっと…」
そう言って口元を押さえた。
ざっと見渡してみても、二十人近くが死体となって転がっているのはすぐに確認が出来る。
重傷を負って救急車で運ばれていった人間も十数名いるようだ。
こめかみを押さえながら、茶髪の女性刑事が現場から戻ってくる。
たちまち、多くの記者達が彼女を取り囲んだ。
「これは、少年ギャング同士の抗争が激化したものだと考えてもいいんでしょうか?」
一人の記者が質問するのに、妙にセクシーな雰囲気の女性刑事が答えた。
「それもこれから捜査をします。なんにしても、早朝の事件ですし、目撃者も全くいない状況で…」
「死者は何名なんですか?」
「確認できるだけで二十四名。重傷で病院に運ばれたのが十八名います。いずれも二十前後の若者達です」
「それにしても、これだけの事件を、抑止することは出来なかったんですか?」
「我々も努力はしているんです。ですが、若者の暴力の激化は歯止めが利かない状況で…」
女性刑事が苛々したように答える。
- 163 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時15分40秒
- 「あーのー」
高橋が間延びした声で刑事に問いかける。周りの記者達は、あからさまにうざったそうな様子で、彼女の方を睨んだ。
「そこに倒れとるヒト、どうやったらあんなふうになるんですかね」
高橋が指し示す方向には、横縞のシャツを着た男が、見るも無惨な姿で横たわっている。
その身体は肩口から股間に向けて一閃のもとに切り裂かれたようで、断面からは
生々しい内容物がこぼれ落ちている。断面部の皮膚は、なにかに焼かれたように
黒く焦げており、皮下脂肪が白く固まっているのが見えた。
「それもこれから捜査します!」
刑事は苛立たしげな面もちで高橋を睨むと、車の方へ向かって歩いていってしまった。
- 164 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時16分14秒
- 現場から少し離れた場所にある喫茶店で、高橋と小川は遅い朝食をとっていた。
小川は、撮ったばかりの写真をデジカメのモニターでチェックしながら、涼しい顔をしてハヤシライスを口に運んでいた。
高橋はあの現場を見たあとではなにも喉を通らないようで、砂糖とクリームをたっぷり
入れたコーヒーをちびちびと飲んでいた。
「まこっちゃんようそんな写真見ながら食事できるねえ」
「うん。もう、慣れた」
そう言うと、またスプーンを口に含む。
高橋は身を乗り出してディスプレイを覗き込んだが、すぐに顔をしかめてかぶりを振った。
「けど、なんでせっかく質問できるチャンスなのに、あんなどうでもいいこと訊いたのよ」
小川が咎めるように言うのに、高橋は少し戸惑い気味に、
「いや、なんだか不思議でない? だって、どうやったってあんな風になんないよ。人間の体って」
「今のギャングは怖いよー。もうなんでも持ってるもん。ひょっとしたらミサイルだって持ってるかもしんないよ」
「それやって、あれはおかしいって。そう思わない?」
「知らないよ」
小川は言うと、カチカチとデジカメのスイッチを押した。
「ほら、これでしょ? 愛ちゃんの言ってるのって」
「そうそう、これ。…うわあ」
改めて写真で見ても、やはりそれはひどくむごたらしいものだった。
だが、小川は特に気にする様子もなく、何枚かの写真を送っていった。
- 165 名前:9. 投稿日:2003年01月18日(土)01時16分46秒
- 「というか、他にも変なのっていっぱいあるんだよ。ほら、これとか」
そう言うと、また一枚の死体の写真を示した。
首から上が、破裂したようになくなっている。
「正面から拳銃で撃ち抜いてもこんな風にならないよ。…バズーカかなにかを正面に突きつけて撃っても、逆に
胴体の方が綺麗すぎるし」
「まこっちゃん、カレー食べながらする話でないよ、それ」
「これハヤシライスだよ」
小川は真顔で言うと、また一匙すくって口へ運んだ。
「どれも、綺麗すぎるんだよね。それがすっごい不思議」
「これが綺麗って、それどういう感覚してんのよ」
「そういう意味じゃなくて、普通だったらもっとぐちゃぐちゃでどろどろになっててもおかしくないよ。
それに、あんまり争ったようなあともないみたいだし」
「それって、ギャング同士の戦争でないってこと?」
高橋が訊くのに、小川は肩を竦めていった。
「それは愛ちゃんの方の仕事でしょ。私は写真を撮るのが仕事。それをみて記事を書くのが愛ちゃんの仕事」
そう言うと、コップの水を飲み干して立ち上がった。
- 166 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年01月18日(土)01時17分27秒
- >>152-165
- 167 名前:れす 投稿日:2003年01月18日(土)01時18分02秒
- >>151名無しAVさん
今んとこはこんな感じで……。というか、作ってみて自分はこういうのが苦手だと知った(w
吉澤ひとみ …………元チャンピオン。ヤクザに追われている
石川梨華 ……………吉澤のファン。親子喧嘩をして家出中
柴田あゆみ …………石川の親友。警官
中澤裕子 ……………吉澤を雇っていた人。ヤクザの組長
平家みちよ …………ヤクザの組長。中澤のライバル。吉澤を捜索中
安倍なつみ …………反政府活動に参加している学生
矢口真里 ……………同上。安倍とは対立気味
新垣里沙 ……………同上。矢口寄り。武器調達係
紺野あさ美 …………家出娘。安倍に世話になっている
福田明日香 …………安倍の友人。反政府デモに巻き込まれて警官に撲殺された
市井紗耶香 …………歌手。駅で安倍と知り合う
保田圭 ………………政府の裏工作員。中澤、平家、石黒は昔の遊び仲間
後藤真希 ……………保田のパートナー
石黒彩 ………………中澤、平家、保田の旧友。飲み屋経営
つんく ………………公安の偉い人
山崎 …………………都知事
高橋愛 ………………タブロイド誌記者
小川麻琴 ……………カメラマン
- 168 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月18日(土)01時35分15秒
- あぁ〜わがまま聞いてもらってすいません!本当に有難う御座います!!
うぉぉ〜!!高橋と小川も出るって事はもしかして全員出ちゃうのかな?
作者さんの頭の容量に脱帽です。自分なら4人出してギブアップです。
そして今さら気付いたんだが確かにこの小説は楽しくて面白くて文章が綺麗な小説なんだけど
一番際立ってるのは『カッコイイ』という事だ。難しい言葉じゃ言えないけど『カッコイイ』という事は自分にもわかる。
こんなカッコイイ小説書いてみて−よ。
- 169 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時03分50秒
10.パラノイド・アンドロイド
キャンパスはどこを見ても悪趣味な落書きで埋め尽くされている。
建物も階段も補修が必要な場所が散見されたが、一向にそれがなされる気配はない。
人影はちらほらと見かけることが出来るが、共通しているのは皆一様に覇気が感じられないことだ。
二日酔いで階段に座ったまま眠っているものや、柱に寄りかかって煙草を吸いながらスポーツ新聞を
読んでいるものなど、誰もが有り余る時間を持て余しているように見えた。
ゆっくりとした足取りで、一人の女性がそんなキャンパスに入っていく。
顔の右上部分は特殊な加工をされたサングラスで覆い隠しているが、そのようなファッションの
若者は特に珍しくもないので、彼女を振り返るものはいない。
昼過ぎから微かに降り注いでいる霧雨が、迷彩色のコートの肩にうっすらと積もっていた。
- 170 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時04分24秒
八号館の、だだっ広くすり鉢状になった教室は、三分の一ほどは埋まっていたが、
真剣に講義を聴きノートを取っているのは安倍なつみただ一人だろう。
そんな安倍の存在を知ってか知らずか、教室の隅の方では矢口と仲間達が勝手にバカ騒ぎをしている。
安倍はちらちらとそちらの方を伺いながら、何度めかの深い溜息をついた。
安倍と矢口の付き合いは長い。
安倍が地元の北海道から上京してきて、高校で始めて出来た友人が矢口だった。
常に一緒に行動しているような関係ではなかったにしても、お互いの存在は常に意識してきている。
それぞれの人間性についても、ちゃんと理解し尊敬しあっている、と、少なくとも安倍の方は考えてきていた。
信頼しているからこそ、自分が秘密裡に参加してきた計画にも、仲間として迎え入れたはずだった。
それだけに、ここ一年ほどの矢口のタガの外れっぷりは、安倍には信じられなかった。
その原因が、矢口が常用している錠剤にあるのか、新しくつきあい始めた仲間達にあるのか、
それ以外に何か内面的な理由があるのか、安倍には分からなかった。なにより、本人から
そうした相談を受けることもなかったことが悲しかった。
というよりは、矢口本人がそうした変化を前から望んでいたようにさえ見えたことが、安倍にはショックだった。
- 171 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時04分54秒
(優等生的に見られてる自分が、いやになったのかな…)
東京では、安倍のように真面目で暴力やドラッグに縁のない若者というのは、極めて珍しい。
十代前半くらいまではそうであっても、周囲や街の空気に感化されて結局は悪の道へ
足を踏み入れてしまう人々がほとんどだった。
だが、安倍はそうした人間は、単に弱いだけの人間だと軽蔑していた。
一方で、そうした考えが、どうしても垢抜けることの出来ない自分への免罪符である
ことも、ある程度自覚していた。
が、いずれにしても、下らない揉め事でブラックリストに載ってしまえば、自分たちが
参画してきた計画がすべて水泡に帰してしまう。その責任は、矢口を誘い入れた自分にある。
矢口はここのところはずっと、安倍とは意図的に距離を置いているように思えた。
安倍は、彼女が独自に進めているというクーデターの計画に、一抹の不安を抱いていた。
今の矢口なら、何をしでかしても不思議ではない。
- 172 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時05分28秒
- 教室の片隅から、また理由の分からない喚声が上がる。
その中で、もともと甲高い矢口の声は一際目立つ。
教室の様子には構わずに講義を続けていた教授が、ふと板書の手を止めて黙り込んだ。
この笠木という教授は、最近では珍しく骨のある人物として有名だった。凶暴化した学生達との
トラブルも学内でよく噂となっているし、合気道の達人で実際に何人もの学生を病院送りにしている。
祭りの予感に、教室のあちこちから囁き声が聞こえた。笠木は目を剥いて矢口達の集団の方を
睨んでいるが、本人達はまだ空気の変化に気付いていないようだった。
その時、タイミング悪く安倍の携帯が鳴った。
アイネ・クライネ・ナハトムジークの着メロは最小にしてあったのだが、最前列にいたため、笠木に思いっきり睨まれる。
(あいたたた、超最悪…)
安倍は携帯を止めると、笠木になんども頭を下げた。
普段の行いのお陰か、笠木の矛先が矢口達に向かっていたせいか、それ以上咎め立てられることはなかった。
- 173 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時05分58秒
- 「おい」
笠木が低い声で言うが、矢口達は気付かずに騒ぎ続けている。
「…おいっ!」
マイクのボリュームを上げてもう一度言うが、やはり気付く様子はない。
笠木はテキストを置くと、足早に矢口達が陣取っている一角へと階段を上がっていく。
安倍はその隙に、携帯の着信をチェックした。
紺野からのメールが届いている。夕食にコンビニで買ってきて欲しいメニューの注文だった。
安倍は思わず苦笑すると、笠木と矢口達が怒鳴りあっている方を一瞥してから
荷物を纏めてこそこそと教室を出ていった。
出入り口で、遅刻してきた学生とすれ違いざまに肩をぶつけてしまい、安倍はばつの悪そうに頭を下げた。
- 174 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時06分31秒
□ □ □ □
一望の下に東京を睥睨することの出来る、巨大なタワーの一室で、つんくはワイドショーを眺めていた。
画面には、第七行政区の住宅地の公園で起こった、少年ギャングたちの起こした
凄惨な事件現場が映されている。
コメンテーター達は、一様にここ最近の少年犯罪の過激化と、それを一向に取り締まる
つもりもない都政府への批判を口にしていた。
つんくは、事件現場を捉えた映像を静止させる。
午後の放送であり、引きで撮られた上にぼんやりとエフェクトがかけられていたが、
現場の生臭い空気感などは充分に伝わってきた。
画像を切り替える。警察から送られてきた、こちらは鮮明な現場写真だった。
さらに、いくつかの画像をディスプレイに呼び出す。その中には、後藤から送られて
きた、闇の中に浮かんでいる少女の映像も含まれている。薄暗く細かいディティール
などはよく分からない。ぬいぐるみのようなものを抱きかかえているのがかろうじて
認められる程度だ。
リモコンを操作してそれを全て消すと、つんくは部屋を出て、地下の区域へと向かった。
- 175 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時06分52秒
- 世界でも有数の、未曾有の規模で設計された都庁ビルの地下には、地上部にも匹敵する
ほどの規模の施設が拡がっている。そのほとんどは、あるレベル以上の関係者以外は
立ち入ることも、近付くことすらも許されていない。
つんくは数カ所のコンピューターによる検問を当たり前のように通り抜けると、
広く清潔な通路を歩いていった。
彼の他には誰の人影も見ることは出来ない。ただつんくの靴が立てる足音だけが、無限に
続いていそうな通路の果てにエコーしていく。
やがて、どれも似たような扉の、独特のマークが描かれた一つの前で立ち止まると、
横のセンサーにカードを通してそれを開いた。
- 176 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時07分25秒
- 極力シンプルで機能的に設計されている地下施設のなかで、その研究室だけは完全に異質だった。
高い天井には、澄み切った青空を背景に舞う無数の天使達が描かれ、最新鋭の機器が備え
付けられている隙間を、エキゾチックな植物群が四方八方に枝を伸ばしている。
床は厳選され運ばれた清潔な土が敷き詰められ、その上を見たこともない動物たちが
のんびりと歩き回っている。
色鮮やかな花が咲き乱れている一角に目を向けると、やはり華美な装飾の羽を持った蝶が、
悠然と舞っているのが見える。
地上ではどこへ行ってもみることの出来ない、幻惑的な光景に目を奪われていると、
この場の主から声をかけられて現実へ引き戻された。
「あれ〜、つんくさん、わざわざどうしたんですか?」
長身に白衣を纏った女性、飯田圭織が肩に見たこともないような鳥をとまらせた姿で、
木の陰から姿を現した。大きなゴーグルのような機械で目を覆っていた。
- 177 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時07分55秒
- 飯田圭織は、十八になるまでは単なる変人か、むしろ狂人のような扱いを受けてきた不幸な女性だった。
つんくの部下の一人が、偶然ネットで彼女の論文を目にすることがなければ、今でも
個人的な世界に閉じこもったままその才能は知られずにいただろう。
この研究室を彩る動植物群は、すべて彼女の頭の中から生み出された、架空の、しかし現実の産物だった。
「相変わらず、ここに来るたびに目が眩むわ」
「他の場所が地味すぎるからですよ。圭織に任せてくれれば、いくらでも綺麗に出来ますよ」
飯田はスコープを外して首からぶら下げると、真顔でつんくに言った。
「お前の頭の中の世界が現実になったら、落ち着いて酒も呑めへんわ」
つんくが苦笑して言うと、飯田は不満そうに頬を膨らませた。
冗談のように思えて、全て本気なのが飯田の恐ろしいところだ。
- 178 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時08分27秒
- それほど時間に余裕のあるわけではないつんくは、さっそく本題に入った。
自分の携帯PCをコンピューターに接続すると、数枚の画像を空中の仮想ディスプレイに呼び出した。
「これな、お前のしわざなんちゃうか?」
「うわー…。これは酷いね…。ひどすぎるよ」
公園の事件現場の画像を見て、飯田は泣きだしそうな声で言った。
それが演技のようには、少なくともつんくには思えなかった。
「それから、これや。俺の部下から報告を受けた」
そう言うと、後藤から送られてきた画像を表示させる。
「ま、あまり鮮明じゃないのがあれやけどな…。このシルエット、前にもここで見かけたことがあんねやんか」
「そ、そんなこと…。辻がこんな酷いこと、するって言いたいんですか、つんくさんは?」
飯田が詰め寄るのに、つんくは冷静なまま返した。
「ああ、辻っていうんか、あの子供は。今どこにおるんかな。ここに呼んできてもらえるか」
「辻は…。今、寝てるんで」
歯切れ悪く言うのに、つんくは不気味な笑みを浮かべて、
「なんや? ここに出せない事情でもあるんかな」
- 179 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時08分58秒
- しばらく唇を歪めたまま、飯田は憮然とした様子で黙り込んでいたが、やがて観念したように口を開いた。
「…辻は、ちょっと今外に出ていて、それで…」
「それで? いつ頃帰ってくんのやろな?」
「すいません。ごめんなさい。だって、辻がどうしても外の世界を見たいってうるさいから、それで」
「今はどこでなにをしてるか分からんのか?」
「でも、辻は絶対にこんな酷いことはしませんよ! だって、それは、圭織だってラブアンドピースだし、
ここのみんなだって、お互いに傷付けあったりとか、そういうことだってしないし…」
「ああ、分かった分かった。お前の言うことはちゃんと理解してるから、落ち着けや」
興奮気味の飯田の両肩を押さえると、つんくは落ち着かせるような口調で言った。
確かに、この部屋には、蜂や蛇のような、現実世界では危険な生物たちも存在していたが、
それらが人間に対して危害を加えるようなことはこれまでにもなかった。
それは、飯田がちゃんと彼らをコントロールしているからだろう。
- 180 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時10分46秒
- 「けどまあ、ようお前もやるよなあ」
ラボのサイケデリックな世界を見回しながら、つんくは話題を変えた。飯田は嬉しそうに
表情を崩すと、堰を切ったように喋り始めた。
「そんなに複雑なことはしてないんですよ。ほら、生き物ってみんな細胞をDNAの情報で
増やして出来てるわけでしょ。だから、DNAに読み書きのメモリー能力を取り付けるために、
トポイソメラーゼとジャイレースの遺伝情報を持ってるウィルスのDNAを拾ってきて、
目標分子のDNAにつけて逆向きの超越輪を作らせるとリンカー数が減らしやすくできる
から、プログラムを二列のRNAに転写するためにフィードバック酵素配列を……」
「いやいや、そんな話はええねん」
つんくは眼を白黒させながら、手を振って飯田の話を遮り、もう一度現場の写真を表示させる。
- 181 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時11分18秒
- 「じゃあ、これについてはなんも知らんっちゅうことやねんな」
飯田は大きな瞳でまじまじとその写真を見つめると、目を閉じてゆっくりとかぶりを振った。
「だって、こんなの、あり得ませんよ。だって、だって…」
「ああ、分かっとるって。ただ、ちょっと確認しに来ただけや」
そう言うと、飯田の肩をやさしく叩いた。
「一応、その、辻ちゃんやったっけな、その子供が戻ってきたら、ちゃんと確認して
貰えるかな? 子供っちゅうのは、我々からは信じられないような行動をとることもあるからな」
「はい、分かりました。でも…」
「言いたいことは分かる。大丈夫やって、お前がなによりも平和を愛してるっちゅうことは俺は分かっとるから」
「はい。ありがとうございます。だって、こんなの、ひどすぎるよ…」
そう呟くと、またつんくが呼び出した画像を見た。
つんくは慌ててその画像を消した。
- 182 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時11分48秒
「ま、なるべく俺らも厄介事はさけたいんでな。すまんな、変なことを訊いたりして」
「いえ。私も、人間のことがよく分かりました。絶対にこんなことは許せません! 世の中やっぱり狂ってます!
つんくさん、やっぱり間違ってますよね!? そう思いますよね!?」
「あ、ああ、だから、俺らも頑張ってんねん」
飯田の剣幕に押され気味になりながら、つんくは応じた。
「俺らは俺らで頑張るんで、お前も自分の研究をガンバレや。くれぐれも暴走せんようにな!」
面倒臭そうに言うと、飯田を振り払うようにしながらつんくは研究室を出ていった。
- 183 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時12分18秒
飯田はつんくが姿を消すのを見送ると、白衣のポケットに手を突っ込んで鼻を鳴らした。
「ばーか」
小声でそう言ってから、髪を弄りながらブツブツと愚痴った。
「やっぱ辻が持ち出してたのかなあ……。けど、なんだってそんなことを……?」
棕櫚の大木に埋め込んである奇抜なデザインの時計は、辻が戻るまでまだ大分時間が
あることを示していた。飯田は肩へ止まってきた極楽鳥の頭を撫でると、自分の研究へ戻った。
- 184 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時12分52秒
□ □ □ □
腕時計のアラームが音を立てる。紺野はそれを止めると、教科書とノートを閉じた。
家出はしていても、律儀に学校のカリキュラムだけは時間通りにこなしている。独学では
不安に思わないこともなかったが、なにもせずにいることは性格的に出来なかった。
(安倍さん、遅いなあ……。お腹空いちゃった)
紺野は、安倍の参加している組織の全貌を教えられているわけではない。というか、
安倍本人もそのことはよく把握はしていないようだった。
ここはいくつも用意されている拠点の一つでしかないし、監視が厳しくなっているのか、
以前のようにそれほど頻繁に人が出入りすることもなくなっていた。
- 185 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時13分23秒
- 軽く伸びをすると、紺野は立ち上がって冷蔵庫を開けた。
それほど備蓄食糧があるわけではない。が、おそらく両親からは捜索願が出されて
いるだろうから、外出は出来るだけ避けたかった。
四つだけ入っている夕張プリンを全部取り出すと、少し考えてから二つ冷蔵庫に戻した。
その時、隣の部屋でブザーの音が鳴った。一瞬ビクッと震えると、紺野はその場で固まってしまう。
通信機だ。しばし逡巡したあと、紺野は観念したように隣室へ入っていった。
「…はい」
「ん? 誰や? 安倍か矢口はおらんのか?」
きつい関西弁の、金髪の女性がディスプレイに映っている。
「あ、はい。いませんが」
「そうか…」
そう言うと、考え込むように腕組みをした。
「あの、れ、連絡なら取れますけど。安倍さんなら」
「いや、ええわ。あとでまたこっちから通信するから。じゃ」
一方的に言って通信は切れた。紺野はなにも映っていないディスプレイに頭を下げた。
- 186 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時13分55秒
- すると、今度は扉の方から、ノックをするような音が微かに聞こえた。
慌てて扉の方に向かい、キーを外す。大きなリュックをしょった新垣がそこに立っていた。
「ダメだよ、里沙ちゃん」
「ごめん。パスワード変わったの?」
「うん。安倍さんがこの前変えたの」
そう言うと、慎重に扉を閉じて鍵をかけた。
「そうなんだ。じゃ、教えてよ」
「えっと、それでね、安倍さんがまだ教えないで欲しいって」
紺野が困惑したような顔で言うのに、新垣は眉を顰めて、
「なんで?」
「あの、矢口さんと話し合いをしたいっていってて、それで、それまではあんまりここに来ないで欲しいんだって」
「ふーん…」
「ね、里沙ちゃん、このこと、まだ矢口さんに言わないでね。変に話がこじれちゃうといけないから」
「…うん、わかったよ」
まだどこか釈然としない様子で、新垣は頷いた。
- 187 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時14分25秒
□ □ □ □
日が暮れかけていた。ボロボロの枯葉色のコートを纏った女性が、オレンジ色に
染まった夕日を浴びながら、建設中のビルに囲まれた路地を足早に歩いていた。
人気のない、放置された工事現場に囲まれただだっ広い場所で、顔の四分の一ほどを
サングラスで隠した女性と擦れ違う。耳元を覆い隠す髪が、夕日を照り返し煌めいている
その機械の持つ機能を、自然にカムフラージュしている。
しばらく歩いたあと、おもむろに振り返ると彼女へ声をかけた。
「こんにちは。お急ぎですか」
サングラスの女性は、一瞬金縛りにあったように動きを止めると、ゆっくりと
聞き覚えのある声の方を振り返った。
コートの女性は、ポケットに手を突っ込んだまま、微笑みを浮かべて彼女の方を見つめていた。
「やっぱり…。亜弥か」
サングラスの女性はそう言うと、思わず笑みを浮かべた。
「変わったね。美貴」
- 188 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時14分55秒
- 松浦亜弥と藤本美貴は、同じような境遇で生まれ、そして同じような境遇で育った。
だが、やがて二人は袂を分かつことになる。それは、ある程度は生まれついての宿命のようなものだった。
「それ、すっごいよく似合ってるよ。いかにも政府の犬って感じでね」
松浦は嘲笑的に言うと、藤本が身につけているサングラスを示した。
「似合っててよかった。個人的に、あんまりいけてないファッションだって思ってたんでね」
藤本も負けずに返す。
二人ともお互いの力を知り抜いているせいか、なかなか第一波が出せないで、膠着状態が続いている。
「安倍さんをつけてきたってわけね」
「あの人、ブラックリストにも載ってるし、顔もわれまくってるのに隠しもしないで、
不用心すぎなんだよね」
「それがいいところだったりするんだけどね。あんたみたいな人間には分からないだろうけど…」
そう言いながら、松浦は素早く拳銃を抜くと、藤本へ向かって数発放った。
藤本は転がるようにしてそれを避けると、ナイフを三本、正確な狙いで松浦の方へと放った。
- 189 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時15分25秒
- 「んっ…」
呻き声が聞こえる。藤本はナイフを構えると、その方向へ飛びかかっていった。
確かな手応えは感じられた。だが、次の瞬間、右腕に鋭い痛みを感じた。
「くっ…。こ、このっ!」
「美貴…、ごめん…っ!」
松浦の声と共に、今度は太腿への鈍い痛みを感じた。
「あつっ…」
藤本は呻きながら松浦を突き飛ばすと、ナイフを構えて応戦体制を取った。
が、すでに松浦はその場から消えてしまったあとだった。藤本は、緊張感を解かずに、
その場に蹲った。出血はひどく、舗装されてない地面に鮮血が拡がっていくのが見える。
- 190 名前:10. 投稿日:2003年01月21日(火)00時15分58秒
- 「あいかわらず……つめが甘いんだよね……」
錆び付いたフェンスまでなんとか身体を引きずりながら、気を失わないように独り言を
呟き続けた。
「バカだな…。ふん、あたしをこんな目にあわせて、平気でいられるなんて、
まさか思ってないだろうけどね…」
フェンスにもたれ掛かると、二カ所からの灼けるような痛みを耐えながら、
髪で隠されていたサングラスのパネルを手慣れた様子で操作した。
ガラスの裏に、瞬時に膨大な情報が映し出される。
右腕からの出血を押さえながら、その情報を素早く保存していった。
(…私を殺さなかったことを、…今に後悔させてあげる…、自分の判断の甘さを、…)
足の傷は予想外に深い場所の血管を傷付けたようだ。藤本は出血を押さえたまま、その場に倒れ込んだ。
遠くから、救急車を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
- 191 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年01月21日(火)00時16分31秒
- >>169-190
- 192 名前:Res. 投稿日:2003年01月21日(火)00時17分31秒
- >>168名無しAVさん
いえいえ、自分でも改めて整理できたんでよかったです。
といってるそばからキャラ増えてますが(w
いつもありがとうございます。これからもどうかご贔屓に。
- 193 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月21日(火)22時59分42秒
- なんだよちきしょー!!でたらめに面白いしカッコイイ!
飯田さんの設定なんか読んだ時は鳥肌が立ちました。
そして二人の間柄もカッコイイ……。
藤本さんは貪欲な狼みたいな感じが個人的にするのでこの設定にも痺れました。
これからの展開に凄く期待しています。
今まで名作と呼ばれてきた話並の勢いを感じます。
- 194 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時15分20秒
11.血の雨 -Bloodfall-
夜の深い時刻にも関わらず、新宿の繁華街を貫く通りはひどい渋滞だった。
事故が原因らしいが、詳しいことは分からない。
街中では、いつものように派手な格好をした若者達が、思い思いに騒いだり、酔っぱらって倒れたり、
ちょっとした喧嘩をしたりして賑わっている。
つけっぱなしになっているカーステのラジオからは、古臭いアメリカのソウルミュージックが
ノンストップで流れ出している。
保田圭は、それを聴いて適当に歌ったりハモったりしながら、ハンドルに置いた指でリズムを刻んでいる。
後部座席で退屈そうにしていた後藤は、そんな保田の様子を見ると、おかしそうに笑って言った。
「けーちゃんって、なにげに歌うまいよねえ」
「そう? ま、実は私、昔歌手を目指して練習に明け暮れてたころもあったりしたんだよね」
衝撃の告白だったが、後藤はあまり興味もなさそうにそれを流した。
「へえ〜、それって、日本の心を歌う演歌歌手ってやつ? なんかめちゃくちゃはまりそう」
「違うっつーの! 私が目指してたのは、ア・イ・ド・ル歌手。って、あんたなんて顔してるのよ」
保田の言葉に、苦虫をかみつぶしたような表情をしている後藤を小突くと、保田はまたご機嫌で歌い始めた。
アイドル云々はともかく、彼女の歌声は実に心地いいものだった。後藤は目を
閉じると、しばし保田の歌声に聴き入った。
- 195 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時15分52秒
- 「それにしても、なんなのよこの渋滞は。いらいらするわね」
「まーまー、焦らない焦らない」
後藤は相変わらずのんびりとした口調で言うと、座席に仰向けになって携帯PCをいじり始めた。
ディスプレイに、これまでに収集した吉澤ひとみの情報が表示される。
石黒からの頼みを断るわけにもいかず、また、つんくからの仕事が全く掴み所のないもので
動きようがないことから、二人は先に吉澤を見つけだすことにしていた。
吉澤の情報はネットを検索すると無数に集められた。が、そのほとんどが過去の栄光に関するものばかりだった。
ここ半年ほどは、公の場に姿を現すこともなく、さまざまな憶測記事も多くヒットしていた。
後藤は全盛期に撮影されたポートレートの画像と、最近盗撮されたとおぼしき画像を
並べて表示させると、感慨深げに呟いた。
「けど、こんなにころころとビジュアルが変わる人っていうのも珍しいよねー。パラダイスで
見たときはまた違った感じだったしさあ、なんかやってそう」
「確実にキメてるでしょ。あの試合の時なんて大分いっちゃってたしね」
「けーちゃんなんて全然顔とか変わらなそうだよね。なんか、赤ちゃんの頃から出来上がってるっぽい」
「あんた、いちいち癇に障るこというわね。…というか図星だし」
保田が低い声で言ったその時、前方でどよめきが起こった。
「んぁ? なにかあったのかな」
「どうせまた喧嘩でしょ。全く、よく飽きないわね」
が、次の瞬間、すさまじい量の銃声があちこちから響き、車の窓を粉々にした。
- 196 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時16分26秒
「後藤!」
保田はとっさに身を低くして第二波に備えた。後藤も少し遅れて同じようにする。
「なに…? 今の?」
「私が訊きたいわよ!」
銃声は止むことなく続いており、悲鳴や絶叫と混じり合って繁華街を覆い尽くしていった。
保田は助手席側のドアを蹴破ると、転がるようにして車から降りた。
「なにやってんの! 後藤!」
後藤はぼんやりと、ついさっきどよめいていた前方を見つめていた。
「後藤!」
「あ、うん」
保田の声に、ようやく我に返ると、車から降りた。
「無差別テロか…? この連中は」
「ねえ、けーちゃん」
車を盾にして様子を窺っている保田に、後藤が袖を引っ張りながら話しかける。
銃を持った集団はヒステリックに怒鳴りあいながら、銃撃を続けている。
すでに多くの通行人が歩道に倒れ、傷ついた人々が状況も掴めないまま逃げまどっている。
「あのさー」
「なによ!」
後藤ののんびりとした口調に、保田は思わず頭に血が上ってしまう。
「いや、向こうの方に、なにか」
そう言いかけたとき、前方からまた、一際大きな悲鳴があがった。
ビルの屋上に設置されていた、広告用の大型スクリーンが、落下してきていた。
「危ない!」
保田は慌てて頭を庇うようにして身を伏せた。
轟音と共に、下にいた車もろとも爆発する衝撃と爆風が伝わってくる。
が、後藤はそれには構わずに、ビルの屋上をじっと見つめていた。
微かだが、人影が遠ざかっていくのが見える。
- 197 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時16分59秒
- 「ちょっと、あんたね…」
爆破の塵を頭から払いながら、保田は呆れたように後藤を見た。
「やっぱり、あそこだ」
後藤は独り言のように呟くと、車の屋根の上に飛び乗った。
「な、なにやってんのよ!」
保田が慌てて引き下ろそうとするが、後藤は一点を見つめたまま、破壊され尽くした
車の屋根を信じられないジャンプ力で飛び跳ねていった。
銃声と悲鳴はまだあちこちで響き続けている。
「…なんて運動神経してんのよ…」
だが、そのまま呆気に取られているわけにもいかない。保田は身を低くしたまま後藤の後を追った。
- 198 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時17分30秒
- 遠くから救急車か消防車だかのサイレンが聞こえてくる。
スクリーンが落下した場所は炎に包まれ、漏れだしたガソリンに飛び火してあちこちから火の手が上がっていた。
後藤は蜂の巣になったBMWの屋根から鮮やかに飛び降りると、ビルの一階にある
ショーウィンドウを蹴破って中に入っていった。
少し遅れて辿り着いた保田もそれに続く。
もの凄いスピードで七階分の階段を駆け上がると、なにも置かれていない屋上に出た。
スクリーンを支えていた太い鉄柱は切断され、滑らかな断面を剥き出しにしている。
後藤はゆっくりと辺りを見回すと、鉄柵の上につま先立ちをしている女性と目があった。
少し遅れて、荒い息を付きながら、保田も屋上へ出た。
「はぁ、はぁ…、後藤、あんたどんな身体をして…」
が、その場の張りつめた空気を読んで、言葉を途中で飲み込んだ。
後藤の視線が捉えている方向を向き、思わず声が出てしまった。
「あ、あんたは、吉澤…」
- 199 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時18分01秒
- 吉澤ひとみは、片足でつま先立ちをしながら、フラミンゴのような姿勢で、鉄柵の上から二人を見つめていた。
右手には、青白い光を帯びた純白の警棒を握られており、左手でなにか茶色っぽいものを抱いていた。
「なんであんなことしたのさ」
後藤は落ち着いた口調で、ビルの下を指さしながら言った。
遠くから聞こえる消防車のサイレンが、渋滞と混乱で現場まで思うように辿り着けないでいることを示している。
「ネコが殺された」
「ネコ?」
保田が訊き返した。
吉澤は左手で抱いているものを撫でた。それは、銃撃に巻き込まれて瀕死状態になった野良猫だった。
「ただ静かに食事をしてただけなのに、人間達の争いに巻き込まれて、傷付けられた」
「だからって、そんな…」
「あいつらはバカなんだ。だから、みんな死んでしまえばいい」
「…」
「どうせ自分たちで勝手に殺し合いをしてる。私が少しくらい手伝ったって、なんの問題もない」
そう言う吉澤の目は、世界の全てに対する怨念で満ち溢れているように見えた。
- 200 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時18分31秒
- 「そんなことよりさ」
後藤は、あくまでも自分のペースを崩さずに、
「これ、どうやったのか教えてよ」
そう言うと、切断された鉄柱の断面を軽く撫でた。
吉澤はそれに答えずに、薄く微笑むと、鉄柵から跳ね上がった。
「あっ…!」
「嘘でしょ!?」
二人は驚いて駆け寄っていく。
身を乗り出して下の路地を覗き込むが、すでに吉澤の姿はなかった。
「信じられない…。この高さだよ」
「ちぇっ」
後藤は舌打ちをすると、また鉄柱の方へ歩いていった。
「あんな情報聞いてなかったわよ」
保田は、まだ未練がましそうに吉澤が飛び降りた柵から路地を見下ろしている。
後藤は特殊警棒を伸ばすと、鉄柱を叩いてみた。カンカンという乾いた音が響いて来た。
「なにやってんのよ、車に戻るわよ」
「あんなんなったらもう使い物にならないよ」
「色々持ち出さないといけないものもあるでしょ。彩さんにも一応報告しておかないと…」
ブツブツとぼやきながら、足早に階段を下りていった。
後藤は携帯PCを手早く操作すると、慌てて保田の後を追った。
- 201 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時19分02秒
□ □ □ □
翌朝、全てのマスコミへ向けて犯行声明が発表された。
署名は、人を食ったようなロゴの「Hello!」で記され、現政権の問題点と都政二百周年祭の
中止を求める声明もあわせて記されていた。
さらに、山崎をはじめとする東京都の首脳陣が退陣しない限り、無差別テロはこれからも継続的に行われる、と。
とはいうものの、事件のポリティカルな側面には全く触れずに面白半分に報道するようなメディアも存在する。
小川と高橋は、あくびをかみ殺しながら昨夜の事件現場にやってきていた。
すでに無数の報道陣があちこちでせわしなく動き回り、警官や軍人と思われる制服の集団も行き来している。
大型スクリーンの落下で負傷した、テロ集団のメンバーと思われる人間が三名逮捕されていたが、
口の中に隠し持っていた毒薬を噛み砕いて自らの命を絶っていた。
- 202 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時19分32秒
- 小川は小柄な体格を生かして、ちょこまかと人の隙間を潜り抜けながら手際よく撮影を済ませていく。
一方で、高橋はせわしなく動き回る人々に突き飛ばされたりしながら、未だにどこから
手をつけていいのか分からずに、頼りなく視線を彷徨わせていた。
小川が小走りに戻ってくると、高橋が溜息をついて話しかけた。
「こんな大事件だってのになんでうちら二人しかまわさんのよ?」
「それは、やっぱこんな血腥いのより、風俗記事取ってくる方が楽しいからじゃないの」
「人手少ないってのにそんなんなしにすればいいのに」
高橋はむかついたように言った。小川は肩を竦めると、
「そこ削ったら売り上げ半分になっちゃうよ」
「けどこんな大惨事よ?」
「うちの雑誌にとってはそうでもないってことでしょ。どうせ無責任に、次やられるのは
どこの街だが、読者のみなさんでベットしましょう、みたいな企画出てくるよ」
「不謹慎な」
そう言うと、なにかを思いついたのか、手帳にサラサラとペンを走らせた。
小川はそんな高橋を横目で見ながら、切り取る価値のある光景をあれこれと物色していた。
「それにしても物騒な世の中になったもんやね」
手帳に目を落としたまま高橋が言う。
「あらたまってなにいってんのよ」
「だってこれからまだこんなことが一杯起きるって朝のニュースでいってたよ」
「だから、その方が、うちらの雑誌もネタに困らないですむから、ありがたいでしょ」
ドライな口調でそう言うと、高橋の腕を引っ張って別の現場に向かっていった。
- 203 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時20分04秒
- そこから少し離れた場所で、石川梨華も事件現場を興味深そうにうろついていた。
やがて、警官隊のなかに柴田の姿を認めると、満面の笑みを浮かべて両手を振った。
「柴っちゃ〜ん、仕事ガンバレ〜! ファ・イ・ト!」
柴田は眉を顰めると、周囲の警官に頭を下げて石川の元に駆け寄ってきた。
「ちょっと、やめてよ。恥ずかしい」
「え〜、いいじゃん。すごい事件なんでしょ? ここで活躍すれば出世のチャンスだったりして♪」
ウキウキで言う石川に、柴田は呆れたように言った。
「あのね、私は別に捜査本部に入ったわけじゃないの。人手不足だから引っ張られてきてるだけ」
「そうなの?」
「ま、交通課だからクルマ関係くらいだね」
そう言うと、穴だらけになった無数の廃車群を示して、肩を竦めた。
「な〜んだ」
「なによそれ。それより、梨華ちゃんもいつまでも遊んでていいの? いい加減、両親も心配してるよ」
「そんなの柴ちゃんには関係ないじゃん」
「というか、ぶっちゃけ、部屋に長居されると困るのよ。ただでさえ狭いんだから」
「そんなあ…」
柴田の突き放したような言い方に、石川は少し落ち込んだ。
向こうの方から、柴田を呼びつける殺気だった声が聞こえる。
「じゃ、私仕事があるから。ちゃんと家に帰るんだよ? 分かった?」
そう言いながら、また現場に向かって走っていく。
- 204 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時20分34秒
- 「なんなのよ、あれ。ちょっとトシが上だからってお姉さんぶっちゃってさ」
不満げに呟きながら、野次馬に混じってしばらく現場周辺をぶらついていると、ある人影が目の隅に入った。
(あ、あの人…)
漆黒のロングコートの襟を立て、大きめの濃いサングラスをしているため、顔は全く見ることが出来ない。
だが、風でコートの裾がはためいたときに一瞬目にすることが出来た、純白の特殊警棒は忘れようがなかった。
(吉澤ひとみちゃんだ。なんでこんなところに…)
パラダイスでの異様なオーラに包まれた吉澤を見て以来、石川は取り憑かれたように
彼女のデータを集め始めた。なので、今は、吉澤が自分よりも年下の少女で、栄光と挫折を
短い人生の中で経験していて、ヤクザに追い回されて逃亡しているということも全て知っていた。
だが、この事件と吉澤が一体どのような関連があるのかは、まったく見当も付かないでいた。
(こんな再会のシチュエーションって、ちょっとドラマチック)
石川は一人で勝手に盛りあがると、吉澤の方へすたすたと歩いていった。
- 205 名前:11. 投稿日:2003年01月24日(金)01時21分05秒
- 「吉澤さん」
小声で話しかけられるのに、彼女はかなり狼狽えた様子で振り返ると、舐め回すように石川の身体を見つめた。
「いやん♪ そんなに見つめないで」
なにを勘違いしたのか、石川は頬に手を当てて身体をくねらせた。
「ああ、君は、ずっと前に…」
「そんなに前じゃないよ」
石川はちょっと不満そうに言った。
「えーっと、石川さんだっけ」
「当たり!」
吉澤はサングラスをずらすと、石川の顔を見つめた。
その目は、パラダイスで見たような強いものではなく、ただの怯えた少女のものでしかないように見えた。
「あれ…?」
「ん? どうかした?」
期待はずれ、といったような声をあげた石川に、吉澤が不思議そうな顔をして訊く。
「ううん、別に、なんでもない」
気を取り直すようにそう言うと、吉澤の腕を取って、
「それより、朝ご飯まだでしょ? 梨華が作ってあげる!」
石川のテンションに、吉澤は逆らうことも出来ずに引っ張られて行くしかなかった。
- 206 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年01月24日(金)01時22分06秒
- >>194-205
- 207 名前:Reina,Eri,Sayumi 投稿日:2003年01月24日(金)01時23分07秒
- >>193名無しAVさん
むしろ腰が折れることで成立しているような話なんで(w
返レスっていっても大したこと書いてないんで、気をつかっていただかなくてもいいですよ。
- 208 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月24日(金)21時07分25秒
- よっすぃーにもかなり謎が秘められてそうですね。
ごっちんとよっすぃーがぶつかったらどうなるんだろう。
マターリ続きを期待してます。
- 209 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時04分07秒
12.フレンズ
キオスクで買った何紙もの新聞を小脇に挟んだまま、安倍なつみは今駅のクズカゴから
拾ってきた別のスポーツ新聞を広げて歩いている。たまに目に入ってくるエロ記事が
どうしても気になって仕方がないが、無視して捲り続ける。
どの新聞も、昨夜の無差別テロ事件を一面で取り扱っていた。
犯行声明の「Hello!」のロゴがでかでかと写真で掲載されていると、それだけで
なにかバカにされているような気分になる。
だが、安倍は不安と焦燥でそんなことを感じる余裕もなくなっていた。
この事件に矢口たちのグループが関わっている可能性はかなり高い。
声明文に書かれている内容は矢口がいつも口にしていたものと近かったし、
新しく武器を調達できるルートを得たという話も聞かされたことがある。
それに、ここ最近は組織からは距離を置いて、独自の動きを見せていたのも一つの状況証拠だった。
- 210 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時04分41秒
- (えっと、確かこの辺だったっけ)
安倍は、矢口の自宅に来たことは一度しかない。
その時のうっすらとした記憶を頼りに、ここまでやってきていた。
すでに、なるべくなら立ち入りたくないような、危なげな住宅ばかりが建ち並ぶ区域に入っていたが、
そんなことを気にしている場合ではない。
そこらじゅうに不法投棄の自転車や冷蔵庫が転がり、その周りを空き缶や引き裂かれて
中身を撒き散らされたゴミ袋が埋め尽くしている通りをすり抜ける。左右にはいつから
存続しているのかも分からない長屋が、恐竜の死体のように横たわっている。
野良猫とドブ鼠とゴキブリの階層構造が存在する裏路地。排水溝にはところどころに
吐瀉物の染みとどす黒い血の後が残されている。足下で風化したゴミの堆積が
一歩歩くたびにざらざらとした感触を伝えてくる。
安倍は冷たい大気と慣れない雰囲気に身体を震わせながら、ようやく目的地へたどり着いた。
(あ、ここだ)
パッと見は廃墟としか思えないボロアパートの前に立ち止まると、郵便受けの上の方にある落書きを確認する。
以前来たときに、その落書きだけがなぜか印象に残っていたのだった。
そして、今でもその落書きは消されずに残っていた。
真っ赤なスプレーで一言、「ありがとう」。
他の露悪的だったり卑猥だったり、私を性の対象としてみるなだのりんねの携帯番号教えるよだのといった
落書きのなかで、それだけが妙に存在感を持って浮かび上がっていた。
- 211 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時05分14秒
- 「え〜、失礼しま〜す」
小声で言うと、ボロボロになった階段をゆっくりと歩いていく。奥まったエリアには
主人を失った蜘蛛の巣がだらりと垂れ下がっており、日陰に米粒のような虫が
一塊りになって眠りについていた。
矢口の部屋は三階の二号室だったはずだ。窓からの風景は見渡す限りの吹き溜まりだった
記憶が残っている。
それほど早朝というわけでもなかったが、周辺は不気味なほど静まりかえっている。
この時間帯は、このアパートの住人達には睡眠時間なのかもしれない。
なるべく足音を立てないように矢口の部屋の前まで辿り着くと、インターホンを押した。
だが、ガタガタになったそれはまったく反応してくれない。
(ああ〜、もう、しょうがないか)
安倍はもう開き直ることにした。なるようになるだろう。
脇に抱えていた新聞を鞄に突っ込むと、両手で扉を叩きながら大声で怒鳴った。
- 212 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時05分45秒
- 「矢口! おはよう! なっちだよーん! 起きてるの!? 無事に生きてる!? おーはー! やぐちー!」
「そこの人、もう引き払った後ですよ」
背後から低い女性の声が聞こえる。安倍はビクッと体を震わせると、恐る恐る声の方を振り返った。
右側だけの大きなサングラスを身につけ、腕に包帯を巻いた女性が、柵にもたれ掛かって立っている。
「あ、あのう、…おはようございます」
安倍はとりあえず頭を下げた。
「おはようございます」
女性も同じように頭を下げた。
それほど悪い人間ではなさそうだった。
「えっと、ここの住人さんですか?」
「そう見えます?」
逆にそう訊かれて、安倍は当惑したように手を振った。
「いいぇ、そ、そういうわけじゃ」
だが、女性は愛嬌のある笑顔を浮かべると、
「心配しないでください。私、安倍さんがここにくるって思って、ずっと待ってたんです」
「え? なんでなっちのことを…」
「話は後にしましょう。ここはもう危ないですよ」
そう言うと、安倍を促した。
- 213 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時06分20秒
- 女性が足を引きずるように歩いているのが、安倍には気になった。
「あの、足、悪いんですか? 大丈夫?」
「ああ、これね」
女性は、左脚を軽く叩いて見せた。
「この前事故に遭っちゃって、神経が傷ついてるって言われたんで、思い切って義足にしたんです。医者は、
もう一週間もすればまったく違和感なく動かせるっていうんですけどね」
「ああ、じゃ、その腕の包帯も?」
「はい」
「…事故ってさ、昨日の、新宿のあれ?」
探りを入れるように女性に訊いてみた。彼女は少し間を空けて、
「ええ、たまたまあの時街にいたんで…。なんだか物騒な世の中ですよね」
アパートの裏に回ると、廃材の中に隠してあったバイクを引っ張り出す。
「ちゃんとつかまっててくださいね。ヘルメットとかないんですけど、いいですよね」
「けど、足がまだ慣れてないって…、運転できるの?」
「安心してください。プロですから」
そう言うと、派手なエンジン音を響かせた。
「あの、名前教えてもらってもいいですか?」
女性の腰にしがみつきながら、大声で安倍が訊いた。
「私、藤本美貴っていいます。安倍さんと一緒で、北海道出身なんですよ」
「あ、そうなんだ」
安倍の顔がほころんだ。
次の瞬間、辺りの廃材やゴミを弾き飛ばしながら、激しい排気音を撒き散らしてバイクは走り去っていった。
- 214 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時06分52秒
□ □ □ □
都心部にそびえ立っている高層建築群の一つ。駐車スペースには黒塗りの仰々しい外見の
車が並び、茶色の煉瓦の隙間からは監視カメラが睨みを利かせている。
物々しい雰囲気のガードマンが門を固めている中を、一台の黒塗りのメルセデスが通過していった。
運転手が扉を開けると、周囲の重厚な雰囲気とは裏腹に、妙に足取りの軽い女性が姿を現す。
この組織の主である、中澤裕子だ。
「矢口が来てるって?」
「あ、はい。来ているというか、転がり込んでるというか…」
「どっちでもええわ。きっちり納得できる話を聞かせてもらわんことには、はじまらんからな」
苛立った口調で喋りながら、足早にエレベーターに乗り込む。側近達もそれに続いた。
「それと、吉澤の消息はまだつかめんのか?」
「残念ながら…。総力を挙げて探させてはいるんですが」
「けど、みっちゃんの方もまだ見つけられてないんやろ?」
「はい。それは確かです」
「あのアホがもたもたしとるから、完全に逃げ道ふさがれとるっちゅう話や。しょうもない…」
吐き捨てるように言うと、エレベータを降りる。
「ま、アホやいうてほっとくわけにもいかんしなあ」
「それで、矢口さんは…」
「どのみち、近いうちに呼び出して話をしようおもてたから、ちょうどよかったわ」
- 215 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時07分22秒
- 派手に装飾された扉を開く。矢口は、黒い革のソファに座り込んで勝手に葉巻をふかしていたが、
中澤の姿を認めるとへらへらと笑って歩み寄ってきた。
「おー裕子、ひっさしぶりー。相変わらずこわい顔して…」
中澤は怒りの表情を崩さないまま矢口の胸ぐらを掴むと、ソファの方へ突き飛ばした。
「ってーな、なにすんだよ」
ソファに倒れ込んだ矢口は、不満げに中澤を睨み付ける。
が、中澤は怯むこともなく、デスクの端にもたれ掛かって、言った。
「それで、ここになにしに来たん? まさか葉巻をタダでふかそう思ってわざわざ来たわけちゃうよな?」
「いやあ、ま、ちょっとやな予感がしたんでね。ほら、第六感ってやつ? で、寄らば大樹の陰、みたいな」
「もうちょっと具体的にはなして貰わんと、ねえさんわからんわ。そんな例え話ばっかり言われてもな」
「…」
「あれか? そろそろうちの言うことを聞くのもうざったくなったから、消えてもらおう思ったりしてんのかな」
「ま、まさか。冗談はよせよ」
「な、前にもこれいうたよな」
そう言うと、もう一度矢口の胸ぐらを掴んで、もの凄い形相で睨み付けた。
「グループの輪を乱す人間は、まっさきに排除せんといかん。な、俺は矢口を排除すべきなんかな? どう思う?」
「や、やめろって。違う違う。昨日のあれは、おいらとは何の関係もないって。信じてくれよ」
- 216 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時07分55秒
- しばらく黙ったまま睨み合っていた二人だが、中澤は舌打ちをすると、また矢口をソファに突き飛ばした。
「信用したるわ。今回はな」
「へ、へへへ。ありがと。さすがリーダー。人格者だね」
矢口は安堵したように軽く鼻を撫でた。
中澤はそんな矢口の様子に、呆れたように溜息をついた。
「ふん、反省ゼロってかんじやな」
「だからおいらはなにも…」
「なにもなしで疑われると思うか? そう思うなら、これから新宿まで飲みにでも行くか?」
「ちっ…」
軽く舌打ちをすると、ポケットから錠剤の入った瓶を引っ張り出した。
が、中澤は横から手を伸ばすと、素早くそれを奪った。
「んだよ、返せよ!」
「粗悪品やな。そら頭もいかれるわ」
そう吐き捨てると、瓶をダストシュートに放り込んだ。
「アホ裕子が…」
矢口の言うのを聞き流すと、中澤は部屋の一角まで歩いていき、飾ってある日本刀を手に乗って、鞘から抜いた。
窓からの光を反射して、刀身はキラキラと輝いている。
- 217 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時08分27秒
- 「おいおい…、そんな物騒なもんしまってくれよ」
「あのな、あんたが最近つるんでる新垣って子、どんな子なん?」
おもむろに質問されて、矢口は口ごもった。
「…ただのパシリみたいなもんだよ。言うことちゃんと聞くし、クチ堅いし、けっこう使えるよ」
「いろいろ買ってきてくれるもんなあ」
「あ、ああ、うん、コンビニでね、お菓子とか、弁当とか…。あ、ほらこのピアスもさ、
新垣がおいらに買ってくれたんだよ、クリスマスだって、可愛いじゃん、な?」
禁断症状か焦りからかは分からないが、矢口はダラダラと流れる汗を袖で拭いながら
べらべらと早口で捲し立てた。
「うちらでな、ちょっとあの子の家について調べてみたんやけどな、いろいろとわからんことがいっぱいあってな」
そう言うと、峰の部分で矢口の頬を撫でた。
刀身に汗が伝って、床にこぼれ落ちる。
「うちらが調べてわからんって、よっぽどのことやんか。なあ」
「お、おいらに言われたって、知らねえよ」
「ま、ええわ」
そう言うと、ハンカチで刀をさっと拭いてから、鞘に戻した。
「どうせしばらくはあんたも手配されとるから、ここでゆっくり頭でも冷やしとけや」
「ああ…。恩に着るよ」
矢口は汗を拭いながら言うと、にたにたと笑った。
だが、目の奥だけは笑っていないのを、中澤は気付いていた。
- 218 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時08分58秒
「あのガキ、どういう人間なんですか? 中澤さんにあんな態度で」
部屋を出てすぐに、側近の一人が憮然として言うのを、中澤は押さえた。
「昔ちょっと世話んなった人の娘さんでな。ま、今はあんなんやけど、前は普通に可愛かったんやけどな」
「それで、どうします? あのまま放っておくわけには…」
「監視はつけとけ。油断するなよ」
「はい」
中澤に言われ、部下の一人が小走りにその場から捌けていった。
「あとな、矢口の仲間もちゃんと見張っとけよ。警察なんてなんのあてにもならんからな」
そう言いながら、苛々したように金髪を掻き上げた。
- 219 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時09分30秒
□ □ □ □
「いてててて」
スツールに腰を下ろそうとして、後藤は変な声を挙げた。
寂れた食堂にいる数人の客が、訝しげに振り向く。
「大丈夫?」
「平気平気。ちょっと筋肉痛がね、いててて…」
そう言いながら、自分で太腿を軽くマッサージした。
「そりゃ、あんな無茶したら身体壊して当たり前だっての」
保田は呆れたように言うと、牛丼特盛りネギだく玉の食券を店員に渡した。後藤はカレ牛定食の食券を渡す。
「ははは、最近運動不足でさ」
「そうは思えないけどな」
そう言うと、後藤の顔をまじまじと見つめた。
「ん? なに?」
「あんたさ、身体いじったりしてないよね」
保田が言うのに、後藤は笑って手を振った。
「そんなだったら筋肉痛になんてなんないよ。まーけーちゃんよりは運動神経いいと思うけどね」
「こういう仕事に、運動神経は関係ないのよ」
保田は苦笑しながら言った。その言葉には、今までサバイバルしてきた人間の自負が見え隠れしていた。
- 220 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時10分00秒
- 食堂の隅にある小さなテレビでは、ちょうど午後のワイドショーが始まっていた。
都庁舎の大仰なエントランスから姿を現した山崎を、多くの報道陣が取り囲んでいる。
『知事、昨夜の無差別テロとそれに関する声明に関して、どのように…』
『もちろん、許される行為ではありません。我々は断固とした態度で暴力と立ち向かうつもりです』
『声明には、具体的に知事の退陣と都政二百年祭の中止を求める要求もありましたが』
『我々は暴力に屈することはありません』
『政治的な手腕に関しての具体的な批判については…』
『相手がどんな意見を持っていようと、その手段が悪である以上それは許されることではありません。違いますか』
『第二、第三のテロも予告されています』
『もちろん、そのようなことは許しません。テロ組織は早急に壊滅するよう、全力をあげています』
- 221 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時10分30秒
- 保田は箸の手を止めたまま、じっとテレビに見入っている。
後藤は、さっさと定食を平らげてしまうと、つまらなそうに携帯PCをいじり始めた。
保田が身を乗り出して覗き込むと、昨夜のビルで見た鉄柱の画像が表示されている。
「あんたいつの間にこんなの撮影してたの?」
「帰り際にね。ちょっと気になったんで」
「そういえば昨日もそんなこと言ってたけど、どういう事?」
「どうやったんだろうって。だって、なかなかこうはなんないじゃん」
そう言うと、切断面にカーソルをあわせて拡大させる。
「電気のこぎりでも使ったんじゃないの?」
気のないように保田は言うと、残り少ない牛丼をかっこんだ。
「無理だよ〜。それに、よっすぃーはそんなの持ってなかったし」
「そのよっすぃーってあだ名、どうにかならないわけ?」
確かに、妙に間の抜けた呼び方は会話のテンポが崩れる。
「しょうがないじゃん、全盛期にそう呼ばれてたんだからさ」
「ま、いいけど」
- 222 名前:12. 投稿日:2003年01月27日(月)01時11分02秒
- 「なんだろうなあ、レーザー系? それでもそんなにコンパクトなのってまだないはずだし…」
「あのさ、後藤」
「へ?」
一人でブツブツと言っていた後藤に、保田がうんざりしたように言った。
「あんたそれを知ってどうするのよ?」
「『A装置に関する報告』っていうのがさ……」
「なんだって?」
保田に顔を覗き込まれて、後藤は異常に慌てたように身を反らした。
「んっ? いやいやいや、だってさ、敵の攻撃を知っておくのって大事じゃん」
「敵って…。吉澤は別に敵じゃないでしょう」
「そうかなあ」
「そうだよ。彩さんから聞いたけど、そんな悪い子でもないみたいだし。あの試合の
時はなにかあったんでしょ」
「うーん…。ま、いいや」
後藤はあまり考えずにいうと、立ち上がった。
「あんた、ホントに楽に生きてるよね…」
保田は小声で呟くと、後藤に続いて食堂を出た。
- 223 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年01月27日(月)01時11分43秒
>>209-222
- 224 名前: 投稿日:2003年01月27日(月)01時12分18秒
- >>208名無しAVさん
一応よっすぃー主役なんで……。( ○^〜^)<エッ?
マターリと殺伐な感じで、これからもよろしくお願いします。
- 225 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月27日(月)17時43分40秒
- 素晴らしい更新スピードです。
間が空かないので熱が冷め無いです。
色々な道が交わり始めましたね。
お豆にもちゃんと役割があるようで安心しました。(W
そしてお豆のせいで矢口に一番愛着が湧いてきた。
( ´ Д `) <んあ?全然出ないのによしこ主役だったの?
- 226 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年01月27日(月)22時31分23秒
- はじめまして。ななしのよっすぃ〜と申します。
おもしろいいです!!
かっけ〜よっすぃ〜最高です。
続きも楽しみに待ってます!!
- 227 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)23時27分54秒
- ミキティのバイク、KAWASAKIのNinja250Rだったりして。
もしかして、マックスがモチーフとか?
毎回、楽しみに読んでます。ごっちん、暗躍しそうで楽しみ。
- 228 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)00時56分38秒
13.Will-Well
「どう? 焼きそば、おいしかった?」
「うん…。まあ、うん…」
石川が満面の笑みで問いかけるのに、吉澤は当惑気味に言った。
朝っぱらから焼きそばと言われて正直げんなりしていたのだが、石川がなにか一つ
アクションを起こすたびに、キッチンで大騒ぎしたり半泣きになったりして、
ようやくものが完成したのは昼過ぎだった。
結局、まともな調理のほとんどは吉澤にまかされていたのだったが。
「気のない言い方〜。せっかく一生懸命作ったのに〜」
甘ったれた声で言うのに、吉澤は溜息をついて、
「あのさ、あんまり私に構わない方が…」
「いいのいいの♪ よっすぃーは細かいことは気にしないで。ここは安全だから」
よっすぃー、というあだ名で呼ばれるのに、吉澤はまた気が重くなってしまう。
かつて頂点を極めて、スター的な存在だったころの自分を思いだしてしまったからだ。
- 229 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)00時57分08秒
- 「そんなこと言っても、私、ずっと追われてて…」
「もう、そんなにうじうじ悩んでるよっすぃーなんて、カッコよくないぞ。もっと男らしくしてよ」
「いや、めちゃくちゃ女だし…」
吉澤は、石川の妙なテンションに押されるままに、ここのワンルームマンションまで引っ張ってこられていた。
とは言っても、ここは石川の部屋ではなく、勝手に転がり込んでいる柴田あゆみの部屋だったのだが。
「ほら、もうそんな風に正座なんかしてないでさ、こう、なんというか、どかーんと豪快に座れないの?」
「別にいいじゃん、私がどう座ってたって」
石川の身勝手な注文に、さすがに吉澤も軽く頭に血が上ったようだった。
が、すぐに落ち着くと、のろのろと足を崩して体育座りをした。
「なーんか違うんだよなー」
腕組みをしたまま、石川は納得いかない様子で呟くと、冷蔵庫から缶ビールを二本持ってきて、
吉澤の隣に座り込んだ。
「はい、乾杯♪」
「え? なんの?」
「もうっ、二人が再会したことを祝して!」
そう言うと、二本分のプルトップを起こして、吉澤に無理矢理持たせた。
「はい、かんぱーい」
「…乾杯」
ボソッと言うと、ビールを一口飲んで、また溜息をついた。
石川はそんな吉澤には構わずに、勝手に自分のペースで飲み続けている。
- 230 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)00時57分42秒
- 「それでね、私もうはじめて見たよっすぃーの試合で感動しちゃって、だってあんな
すごいね、なんていうのかな、気迫のこもった人見たことなかったからさ、ビックリ
しちゃって、だからあの、私ついね、あの、よっすぃーの武器にしてるさ、あの」
「特殊警棒」
「そうそう。それ買っちゃったんだ。でも高いんだね。私お小遣い結構たまってたん
だけど全部使っちゃった。ね、見たい? 見たいでしょ。……ほらこれ。ね、
本当はよっすぃーとのお揃いが欲しかったんだけどなー。でもこれもお洒落じゃない?
あ、そうそう、私の好きな色ってピンク色なのね。だからピンクのがあったら
すぐに買ってたんだけどなー。よっすぃーはやっぱり白が好きなの? 私も白って
好きだなー。なんかさ、ピュアって感じじゃない? 白のイメージって。私って
なんか地黒なんだよね。だからいつも黒い黒いっていわれてショック受けたりして、
よっすぃー肌白くて綺麗でうらやましいなー。出身とか北国なの? 北の人って
お肌透き通ってるよねー。ねえ、出身」
「さいたま」
- 231 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)00時58分13秒
- 「あーそうなんだー。私ね、神奈川の横須賀。私よりは北だよね。東京を挟んで
北と南で、あ、北斗と南って知ってる? ウルトラマンムースでね、合体するの、
合体してね、こう、へんしーん、って。見たことある?」
「ない」
「ないんだー。あんまりテレビとかってみないタイプ? そうだよねー。スポーツマン
だもんね。私ってどっちかというとインドア派だから、テレビ好きでよく見てるんだ。
でも凶棒はテレビとかでやらないんだよねー。やったら絶対人気出ると思うけどな。
だってカッコいいもん。そう思わない? あ、でも私もずーっと家でゴロゴロ
テレビばっかり見てるわけじゃないよ。こう見えても一応中学の時はテニス部の
キャプテンでねー、なんていうか、憧れの先輩? みたいな。石川せんぱーい、とか
後輩にいわれたりして。ねえねえ、よっすぃーは部活とかなにやってたの? やっぱ
格闘技系? 意外に文系だったりして」
「中学なんてロクに行ってなかったし…」
- 232 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)00時58分47秒
- 面倒臭そうに答えながら、吉澤はのろのろと立ち上がると、ベランダに面した窓から
通りを見下ろした。衛星放送のアンテナで雀が羽を休めていた。
やや都心からは遠ざかったこの場所では、車も人の通りもまばらだ。
道路を挟んだ向かいにはコンビニがあり、昼間だというのに、何人かの若者達が退屈そうにだべっていた。
東京ではどこででも見かけることの出来る光景。だが、今の吉澤にはそれがずいぶんと遠い世界での
出来事のように見えた。
「ねえ、そんなに緊張しないでもいいじゃん。もっとリラックスしてよ」
後ろから石川に声をかけられる。早くもほろ酔い気味になっているようだった。
「ほら、これも脱いで、ね」
そう言うと、漆黒のロングコートに手をかけた。
パラダイスの試合後に、中澤から受け取ったコートだ。
「うん…」
- 233 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)00時59分19秒
- 吉澤が脱いだコートをハンガーに掛けると、石川はまたまじまじと吉澤の全身を見つめた。
そして、腰からぶら下がった純白の特殊警棒に目を留めた。
「あ、キレイになってるね。あの試合の時はなんか汚れてて、私驚いちゃって…」
「触るなっ!」
横から手を伸ばした石川に、吉澤が今までとはまったく違う鋭いトーンで怒鳴りつけた。
呆気に取られたように何度か瞬きをすると、石川は力が抜かれたようにベッドに座り込んだ。
「あ、…ごめん」
吉澤は、ばつの悪そうに言うと、弱々しい笑みを浮かべた。
- 234 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)00時59分52秒
□ □ □ □
窓から、真っ赤な夕日が射し込んでいる。
あれから、拗ねる石川をなだめたりすかしたりしているうちに、数時間がたってしまっていた。
吉澤は、自分が一体なにをしているのか、激しく疑問だった。
(こんなことしてて大丈夫なのかなあ…)
そうは思ってみても、他になにをすべきなのかも、吉澤には分からない。
泣き疲れたのか、酔いが回ったのかは分からないが、石川はテーブルに突っ伏して
すやすやと寝息を立てている。
ハンガーからコートを取ると、石川を起こさないように肩からかけてやった。少し
呻き声を上げたが、またすぐに夢の世界へと戻っていってしまう。
彼女の顔を覗き込んでみる。屈託のない、いい寝顔だった。自分は、いつからこんな表情を
失ってしまったのだろうか。そんなことを考えた。
(この娘みたいに気楽に生きられたらいいのに…。なんでこんなんなっちゃったんだろう)
石川が自分より年上の女性だと言うことは、吉澤はまだ知らない。
- 235 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)01時00分24秒
- 退屈を持て余したようにテレビをつけると、夕方のニュースが始まっていた。
公園でのギャングの抗争やら、無差別テロ組織の暴走やら、話題が豊富すぎて却って
困っているようなコメンテーター達の様子がおかしかった。
血腥い番組内容に関わらず、CMでは相変わらず幸福感を押しつけてくるような
リアリティのないペラペラの映像が、騒々しく煽り立ててきた。
幸せそうな三人家族。公園で犬を散歩させていると、別の家族と目が合い、そこで
談笑が始まる。ところであの商品、お使いになってますか? ええ、もちろん……。
(公園…。そっか、あの時、私も公園で…)
吉澤はあまり物事を論理的に考えるのが得意ではない。
加えて、ここ数日ほどは、じっくりと落ち着いて物事を考えられるような精神状態にはなかった。
- 236 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)01時00分55秒
- 床に転がっている石川の特殊警棒を拾い上げた。自分の純白のものとは対照的に、
派手な彩色が表面を覆っている。翼を持った大蛇。これと同じタトゥーを彫り込んだ
選手を叩きのめしたことあった。ケツァルコアトル。古代メキシコの
アステカ神話にあらわれる怪物だ。
軽く振るとすぐに伸びた。悪い品物ではない。女の子の護身用としてはこれで申し分ないだろう。
もっとも、うん百万はたいて特注した自分の特殊警棒とは比べるべくもないが。
吉澤は自分の特殊警棒を伸ばすと、二本をT字型に交錯させてみた。
白い一本道が、
途中で蛇の道に分岐している。直進するか、それともここで曲がるか。警棒に指を
這わせながら、吉澤は考えた。今自分が歩んでいる道、それは蛇の道だ。いつどこで、
純白の道から外れることになったんだろうか。
- 237 名前:13. 投稿日:2003年01月30日(木)01時01分27秒
- 石川の寝顔をチラッと見る。順序立てて考えると、こうなる。
(あの時、梨華ちゃんをチンピラから助けて、そのあと追い込まれてボコボコにされて、
そのあと公園で子供に話しかけられて、そして…)
そう、子供だ。
あの時の子供の顔は、暗がりだったのでよく思い出すことはできない。ただ、妙に大人びた
口調と、謎めいた言葉、そのあとに自分になにかをやらかしたことは鮮明に思い出せる。
(呪いをかけるって、そう言ってたな)
あれが、全てのことの発端だとしか思えない。闇夜に見た青白い燐光と、その時に
肌に感じたチクチクした感覚。自分が変わったという自覚はなかったが、
確かにあの時、呪いはかけられたんだ。そこから自分を巡る状況が狂い始めた。
吉澤はゆっくりと立ち上がると、石川を起こさないように静かに玄関まで歩いていった。
(あの子供を見つけないと)
心の中でそう呟くと、バックルから下げられた警棒を軽く撫でた。
静かに扉の閉じられる音が聞こえる。石川は薄く目を開くと、またすぐに呻き声を
あげて夢の世界へ戻っていった。
- 238 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年01月30日(木)01時02分08秒
- >>228-237
- 239 名前: 投稿日:2003年01月30日(木)01時02分38秒
- >>227名無しAVさん
ストックと相談しつつ更新してます(w
ヤッスーが卒業するまでには完結したいですが……どうなることやら。
>>228ななしのよっすぃ〜さん
はじめましてです。
よっすぃーの出番は今のところ少ないですが、これからの活躍に期待してください(w
>>229名無し読者さん
ミキティは確かにネコのDNAが入ってそうな雰囲気ありますね。
と知ったかぶりしてますが、ついさっきググったというのは内緒。
- 240 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月30日(木)01時52分16秒
- 自分で始めて自分で終わる会話、そして一方的な質問。
これぞ石川梨華、VIBA石川!!
よっすぃーが記憶を辿ったので思わず1話目から読み返してしまいました。
作者さんの思惑にはまった。
- 241 名前:名無しAV 投稿日:2003年01月30日(木)19時01分00秒
- 石川さんのセリフの長さに対して吉澤さんの短さ…楽な役者だ。
吉沢さんと石川さんの対比が美しい。
- 242 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時53分40秒
14.民主主義ヨ永眠ナレ
いつものように大きなリュックを背負って、新垣里沙は薄暗い地下道を歩いている。
浮浪者や、暗がりに紛れていちゃついているカップルなどもちらほらと見ることが
出来たが、まったく意に介すこともなく通り過ぎていった。
時折、新垣の動向を窺うように『眼』が見え隠れしているが、あまり気にしている様子もない。
突き当たりの一角に座り込むと、新垣はリュックからゲーム機を取りだして、
黙々と遊び始めた。電子音に何人かのホームレスが振り返ったが、すぐに興味なさげに視線を逸らした。
しばらくして、少し離れた場所で寝っ転がっていたハーフのような顔つきをした少女が
のろのろと近づいてきて、新垣の手元をを覗き込んだ。新垣は振り返らずに、ゲームを続けた。
- 243 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時54分13秒
- 通りの向こうで、酔っぱらいの怒鳴り声が聞こえた。
どうやら、『眼』を相手にして喧嘩を始めたらしい。
他の暇人達も集まって、はやし立てる声が地下道にこだましていく。
「大体よお、あんたら偉いさんがしっかりしねえから、俺が職も失って、母ちゃんにもにげられてよお、
俺だって、こうなったらもうテロでもなんでも起こしてやりてえよ! てめえらに思い知らせてえよ!」
そうだ、やれやれー、とはやし立てる声があがり、酔っぱらいは興奮したようにまた喚き始める。
「よぉーし、俺がな、おまえらのために立ち上がってやるよ! 世直しだよこんちくしょう!
いいかあ、独りよがりの山崎先生よぉ、あんたが枕高くして寝てられんのも今のうちだぜ!」
呂律の回らない口調で、『眼』に対しての独演会が始まる。
静まりかえっていた地下道が、急に活気を帯びてきたようだった。
- 244 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時54分44秒
- 「冗談でもあんなこといったら逮捕されるのにね」
新垣は小声で呟いた。
「それで、矢口さんは…?」
ハーフの女性が訊く。
彼女はミカという名前で、矢口の仲間の一人だった。
「今は安全な場所に匿って貰っているらしいです。で、私たちだけで次の計画は…」
「それは、ちょっと無理じゃないの」
「うん。私もそう思います」
ミカが不安げに言うのに、新垣も同意した。
「今は、警察からも組織からもマークされてるはずだし、あんまり派手に動くとまずいよ」
「それは心配しないでください。矢口さんが戻るまでは私たちもおとなしくしていましょう。
すでに、次の標的への準備は出来てますから」
「そ、そうね」
新垣の落ち着いた口調に気圧されたように、ミカは戸惑い気味に頷いた。
- 245 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時55分18秒
- 「あのさ」
「なんですか?」
ミカが言うのに新垣は顔を上げずに返した。
「里沙ちゃんのお父さんって、なにしてる人なの?」
「……」
新垣は少し考えると、
「いろいろ。貿易とか。もう一年くらいずっと海外で、会えてないんですけど」
「それで……、」
「なに?」
ミカがややためらい気味に言うのに、新垣は不思議そうな表情で顔を上げた。
「いや、里沙ちゃんがこういうことしてるのって、どう思ってるのかなあって。あ、でも
余計なことだったらごめんね」
「ううん。お父さんはあんまり私のことに関心ないかもしれない。ずっと放任主義って言うか、
自由教育でしたから。でもね、私のすることにはいつも協力してくれてたし、今度のこと
だって、私のことを信用してくれてるからいろいろ助けてくれてるんだと思います」
ゲーム機の液晶モニターには、細かいCGで東京の街が描き出されている。
新垣がボタンを操作すると、超高層ビル群の一つが、煙を上げて崩れ落ちた。
そこは、保守的な論調でならしている、大手出版社が構えているビルだった。
- 246 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時55分52秒
□ □ □ □
『みなさん夜間(やかん)の不用意(ふようい)な外出(がいしゅつ)は控(ひか)えましょう
最近(さいきん)銃器(じゅうき)などをもちいた凶悪(きょうあく)な事件(じけん)が
多発(たはつ)しています
できるだけお友達(ともだち)と一緒(いっしょ))に行動(こうどう)することを
心(こころ)がけましょう
あやしい人(ひと)を見(み)かけたら、すぐにちかくのお巡(まわ)りさんに
しらせましょう
東京都(とうきょうと)からのおしらせです』
ボロボロの枯葉色のコートを着た女性が、地面にずり落ちて泥だらけになった
看板を踏みつけて、早足で繁華街を通り過ぎていった。
路上に屯している若い男が、冗談半分に声をかけようとするが、松浦亜弥は当然のように黙殺して、
独特の雰囲気のある店の階段を下っていく。『L.S.B.』という文字の形にねじ曲げられた
鉄パイプが、表面に塗られた発光塗料から妖しい光を放っていた。
- 247 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時56分24秒
- 「ピーチサワー」
松浦は一言そう注文すると、フロアの一番奥のテーブルに陣取って、ざっとフロアを見回した。
この時間では、まだ本格的な賑わいは見せていない。客の入りは松浦の他に二組ほどしか
なかった。注文した品はすぐに届けられた。
カウンターから、黒人の店員が訝しげな視線をちらちらと送ってきているのに気付いていたが、
気にせずにピーチサワーを一口含むと、入り口の方を一瞥した。
騒々しい音を立てて、店の雰囲気とは場違いな若者の集団がどかどかと入ってくる。
八人ほどで全員男性のその集団は、カウンターに座り込むと大声で喋り始めた。
「俺、コークハイくれ!」
「あと、ビール二つと、焼酎!」
「だから、オレンジの連中は警察にやられたんだって、そう言ったんだよ!」
「マジかよ。あいつら、ヤクザと繋がってたんだろ?」
「すいません、俺はビールで」
「見せしめにされたんだって! テレビではしれっとしてたけどな。勝手に内輪もめとか決めつけやがって」
「けどよ、あの斉藤とかいう女の刑事、ちょっといい女だったよな」
「バカかよ。おめーはそんなとこばっか見てっから女の一人もできねーんだよ!」
「うるせー」
「なあ、ここスパゲッティーとかあんの?」
「もしマジでサツの仕業だとしたら、ぜってー許せねーよ」
「マジでよ、俺らだって安全じゃいられねーかも」
「冗談じゃねーよ、まったくよ」
- 248 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時56分55秒
男達が口々に騒ぐのを聞き流しながら、松浦は入り口の方を見つめ続けている。今度は、
二人連れの女性客が話をしながら入ってきた。
背の低い方の女性がスタッフとなにかを話している間に、もう一人の女性がテーブルを確保する。
ふと、彼女は松浦の方を振り返り、二人の視線が一瞬交錯した。
が、女性の方はすぐに目を逸らすと、店員にバナナジュースを注文していた。
- 249 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時57分25秒
- 保田は少し遅れて席に着くと、店員を大声で呼び寄せた。
「あ、私いつものテキーラね」
そう言うと、煙草を吹かしながら後藤の方に向き直った。
「なんかさあ、彩さんヨーロッパの方に行っちゃってるらしいのよ」
「そうなんだ」
後藤はあまり興味もなさそうに、濃厚なバナナジュースをかき回している。
「旦那さんって世界的なドラマーらしいからね。彩さんもどこ行くにもついて行ってるみたい」
「へぇー、夫唱、婦随、っていうんだっけ? 最近珍しいよね」
「あんたが昔の彩さんのことを知ってたら、もっとビックリすると思うわよ」
保田は感慨深げに言うと、来たばかりのテキーラのボトルを呷った。
「でもさ、うちらに仕事押しつけたまま行っちゃうっていうのもどうかと思うけどね」
「ま、そう言わないでよ。あんな顔して結構いい人なんだから」
「けーちゃん人のこといえないような…」
「後藤さん、なんか言った?」
ついさっき聞かされた話のせいか、保田は妙にご機嫌だった。
が、後藤の方はあまり釈然としていない様子だ。
「でもさー、つんくさんもよく分からないこというよねえ」
- 250 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時58分11秒
(つんく…!?)
後藤、と呼ばれた少女が口にした言葉を、松浦は聞き逃さなかった。
目を閉じると、ノイズの中から聞こえてくる二人の会話のみに集中する。
- 251 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時58分42秒
- 「だから前にも言ったでしょ。クーデターだかテロだかの組織が本格的に動き始めたら、
どうでもいい用事なんてなくなるって」
「なんだかなー。ころころ命令変えられちゃうと、やる気なくなっちゃうんだよね」
「あんたね、そんなこと言ってたらこんな仕事出来ないって」
保田が訳知り顔で言う。
「仲間も友人も裏切らないといけない、それでいて自分の依頼主からも裏切られる
かもしれない、そうやって生き抜いていかないといけないの、この世界は」
「ふーん、じゃさ、けーちゃんが私を裏切ったりとかもあり?」
「あるある。全然。結局自分自身しか頼るものなんてないんだって。あと金だね。それがうちらの生きる道」
そう言うと、また豪快にテキーラを呷る。エメラルドグリーンのトカゲが、瓶の中で揺れていた。
- 252 名前:14. 投稿日:2003年02月01日(土)22時59分12秒
「なんか、保田圭ワンマントークショーが始まりそうなヨカーソ…」
後藤がぼやくのを聞き流しながら、松浦はゆっくり席を立つと店を出ていった。
保田の話は、松浦にとっては当たり前すぎるものだった。
所詮は、同業者同士ということだ。
階段を上って地上へと出る。街は、ようやく本格的に賑わいだした頃だった。
(あの二人は公安の雇われか…。だとすれば、いよいよ本格的に東京政府が潰しに入るってこと?
矢口真里は中澤さんが抑えててくれるはずだけど、つんくが動いてるとすれば、
なにか別の目的があるのかも)
いくつかの可能性を考えながら、松浦はまた早足で歩き始める。
枯葉色のコートは、やがて眠らない街の雑踏に紛れて消えていった。
- 253 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年02月01日(土)22時59分49秒
- >>242-252
- 254 名前: 投稿日:2003年02月01日(土)23時00分31秒
- >>239なんかレス番滅茶苦茶ですね。スイマセン。
>>240名無し読者さん
しかもオチがない(w
石川さんはキャラが立ってるので書いてて楽しいです。
>>241名無しAVさん
リアルの二人も対照的ですからね。
コアないしよしヲタの方が13.をどう読んだか気になるところですが(w
- 255 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月01日(土)23時33分03秒
- キャラが本当に立っているなぁ。
新垣なんて、なんでみんなこれをやらなかったんだ!!って感じだもん。
そして今回の更新で一つだけわかった事。
後藤は2ちゃんねらー(w
- 256 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月02日(日)19時25分01秒
- どのメンバーも好きなんだけど、ここの後藤は特に好きだ。
何やらかしても変じゃない空気持ってるもんなー
- 257 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時22分57秒
15.Confutatis
地下道を歩きながら、安倍なつみは風でメタメタになった髪をさっきから撫で付けている。
隣を歩いている藤本は、よほど強い整髪料を使っているのか、まったく乱れていない。
「私ここのエリアに来るのははじめてなんですよ。ずいぶん面倒臭いルートなんですね」
藤本が言う。安倍は携帯PCから目を逸らさずに、
「なんかしんないけど、こんな地下にも『眼』がうろちょろしてるからね。用心して歩かないと」
二人は、一度安倍の自宅まで戻ったあと、簡単に荷物だけ纏めてここへやってきていた。
安倍は、自分がずいぶん以前からブラックリストに載っており、監視下に置かれていると
いう事実を知らされ、さすがにショックを受けたようだった。
結局、短い時間では大したものは持ち出すことも出来ず、安倍は泣きそうな思いで自宅を捨ててきた。
とは言っても、大きなボストンバッグをパンパンにするくらいの荷物は持ち出していたのだったが。
- 258 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時23分29秒
- 重そうなバッグを引きずるようによたよたと歩きながらも、安倍は慎重に周囲を警戒していた。
藤本から聞かされた話に衝撃を受け、余計に用心深くなったようだ。
「あーあ、これでなっちも紺野と同じ境遇になっちゃったんだな」
「ああ…、紺野さんね」
藤本が言うのに、安倍は不思議そうな顔をした。
「あれ? なんで紺野のこと知ってるの? 別にメンバー申請はしてないはずなんだけど」
「え? あ、ああ、あの、矢口さんから報告を貰ってて」
安倍の立っている場所からは、隻眼のサングラスが邪魔をして藤本の表情を見ることは出来ない。
「そっか。そういうのマメだもんね、矢口って」
「それより、少し急ぎません?」
藤本は話題を逸らすように言うと、安倍の背中を軽く押した。
「わ、ちょっと、急に押さないでよ」
バランスを失ってふらふらとよろける安倍に、藤本は無邪気な笑顔を向けた。
「安倍さん、荷物持ちすぎですって。なんで下着とか、買えばいいものまで持ち出してるんですか?」
「それは、…やっぱものは大切にしないとって、おばあちゃんから言われてたし」
そう言うと、二人で顔を見合わせて笑った。
安倍は、完全に藤本のことを信用しているようだった。
- 259 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時24分01秒
- ようやくいつもの扉の前まで辿り着くと、安倍は薄い手袋をしてパネルを操作する。
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク…、と」
「それ、なにか意味があるんですか?」
安倍の打ち込んでいくパスワードに、藤本は不思議そうに訊いた。
「いや、別に意味はないんだけどね。なんか最近好きなんだ」
「ふーん…」
藤本が頷いている間に、安倍はボードを磨き終えると扉を開いた。
部屋の中では、紺野が一人でチキンラーメンを食べていた。
安倍と、一緒に入ってきた女性の姿を見ると、慌てて立ち上がって頭を下げた。
「あ、始めまして。私、紺野あさ美っていいます」
「始めまして、藤本美貴です」
藤本は笑顔で紺野に手を差し出した。
- 260 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時24分36秒
□ □ □ □
「矢口はどうしてる?」
中澤がフロアの隅にある警備室へ入っていく。モニターがいくつも並び、全ての部屋からの映像を届けていた。
「寝てばっかりですね。不審な動きも見られません」
「おかしいなあ…。まさかあのまま諦めるとは思えんけどな」
モニターを見ながら、低い声で言う。
矢口は、大きなソファに小さな身体を横たえたまま、呑気に寝息を立てている。
「クスリを飲ませすぎたんちゃうやろな?」
「そんなことはありませんよ。というか、あの人身体ボロボロですね。多分ロシア産の幻覚剤だと
思うんですけど、禁断症状が出たらその苦痛で自殺しかねません」
「最近出回り出したやっちゃな。ったく、ヤクザよりたち悪いわ」
中澤が吐き捨てるように言ったとき、モニターの中の矢口が動きを見せた。
- 261 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時25分07秒
- 矢口はのろのろと扉の方まで歩いていくと、ドンドンと叩いた。
「おーい、見張りさんいるんだろ? おーい」
扉が開く。ブラックスーツにサングラスをした大男が、姿を現した。
「おしっこしたい。おしっこ」
男は黙ったまま、懐中から鎖の付いた手錠を取りだした。
「これをつけろ」
「え〜、緊縛プレイに放尿プレイ? 超変態じゃーん」
矢口はニタニタと笑いながら言うが、男はまったく表情を崩さずに繰り返した。
「つけろ。嫌ならそこでしろ」
「チッ、冗談の通じねー野郎だな」
そう言うと、渋々手錠を嵌めた。
- 262 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時25分37秒
- 鎖を引きずりながら個室に入ると、念入りに周囲を調べた。
「ったく、まさか便所にまでカメラしかけたりしてねーよな」
そう呟いてから、自分で吹きだした。
「ま、あのセクハラ裕子ならやりかねないけどな」
消音のために水を流し、声を潜めると、左側の個室の壁を叩いた。
叩き返す音と共に、女性の声が返ってくる。矢口は、壁に耳を押しつけて、声の主を確認した。
「アヤカ?」
「はい」
「新垣たちに伝えて。明日の夜12時ちょうどから計画を始める。それまでにおいらもそっちに合流する」
「分かりました」
「もしおいらが行けなくても、構わないでやっちゃってよ。その時は新垣の指示に従って」
「了解です」
アヤカの返事を確かめると、もう一度水を流してトイレから出た。
- 263 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時26分08秒
- 「ああ〜、超すっきりした。どう、お兄さんも出してく? 矢口が見張っててやるからさ」
「余計なことを言うな。戻れ」
「つまんねーの。あんたがイチモツ出した途端にこの鎖引っ張って、小便撒き散らして
やろうと思ったのによ! キャハハハハハ!」
矢口のけたたましい笑い声が、フロア中に響き渡った。
- 264 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時26分48秒
「……」
唖然としてモニターを見守っていた中澤に、スタッフが声をかけた。
「中澤さん?」
「…どうしようもないな。ホンマのカスや。…もう休んでもええで。あんなん、わざわざ手間掛けて
監視する価値もないわ。ったく、アホらしい」
「はい、でも…」
「SPひとりおれば充分や。どうも、うちの買い被りすぎやったみたいやな」
そう言うと、荒っぽい足取りで警備室を出ていく。
遠くから、また矢口の甲高い笑い声が響き渡るのが聞こえて来て、中澤は苛ついたように壁を蹴りつけた。
- 265 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時27分18秒
□ □ □ □
夢を見ていた。色褪せた赤いランドセルを背負って、電柱の影から通りの
騒ぎをじっと見つめている。悲鳴が、怒号が、人の塊の中から漏れてきている。
頭から血を流しながら、老人が倒れ、腕をねじ上げられて地面に倒された
若者が、数人がかりで袋叩きにされた。
息を潜めながら、野次馬たちの中に混じって、視線を逸らさない。
人間って、あんな簡単に壊れるものなんだ。
サイレンの音が聞こえてきた。数台のパトカーが停車し、武装した警官たちが
次々に姿を現す。暴動を止めに来たわけじゃなくて、加勢しに来たのだ。
真っ二つに割られたプラカードが、足下まで転がってきた。角張った字体で
なにが書かれているのか、小学生の頭では理解できない。どこかから投げられた
細長い瓶が、くるくると回転しながら群衆の中へ吸い込まれていく。ガラスの割れる
音が響き、全身を火炎で被われた男がのたうち回りながら転がり出てくる。化学繊維と
生々しい皮膚が焼かれる匂いが混じり合って舞い上がり、西風に撒き散らされる。
顔中を血で染めた少女が、ふらふらと歩み出て来てそのまま気を失った。
制服からすると中学生だろうか。憎悪に満ちた視線が、一瞬私の目を捉えた。
なにかを言おうとしていた。いや、なにも言うことはなかったのかもしれない。
その視線が全てを物語っていたから。
騒動はいつまでたっても鎮まる気配はなかった。やり場のない怒りを抱えていた
若者たちが続々と加勢して、警官隊も次第に人数が増えていった。
耐えきれずに目を閉じたとき、一発の銃声がなにかのきっかけのように響いた。
- 266 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時27分52秒
「ちょっと、梨華ちゃん!」
柴田が何度めかのデコピンをしながら声をかけると、ようやく石川は顔を起こした。
「……ん、ああ、柴っちゃん、…お疲れ〜」
「お疲れ、じゃないよ、まったく」
柴田は呆れたように言う。石川は、額を抑えたまま呻き声を上げて起きあがった。
「あ〜、なんか超頭痛い」
「悪酔いしてんでしょ。ビール全部呑んじゃってさ」
そう言うと、テーブルの上に転がっていた空き缶を叩いた。
「そうじゃなくて、もっとピンポイントに痛いんだけど…」
「それに、これどういう事よ、このキッチン」
石川が言うのを遮って、柴田が問いつめた。
「出来もしない料理なんかしちゃって、男でも連れ込んでたんじゃないの?」
「男…? いや、そうも見えなくもないけど…、って、あれ?」
慌てて立ち上がると、部屋中を見回した。
「よっすぃーは?」
「誰のことよ。もう帰ったんじゃないの? 人の部屋に勝手に転がり込んで、いいご身分ね」
柴田が嫌みっぽく言うのも聞かずに、石川はフラフラと玄関の方に歩いていこうとした。
が、よろめいて壁に頭をぶつけてしまう。
「いてて…」
「ちゃんとアルコールを抜かないと、歩けそうもないね」
そう言うと、柴田は笑った。
「出かける前にね、キッチンちゃんとキレイにしていってよね」
「そんなぁ〜」
石川は情けない声を挙げると、廊下に寝転がってしまう。
- 267 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時28分23秒
□ □ □ □
廃墟となったラブホテル。荒らされ放題に荒らされた一階のフロアに、数人の若者達が
集まっている。所有者はすでに膨大な負債を抱えたまま逃亡中で、立入禁止の
立て札と周囲を囲んでいた鉄柵の破片はそこかしこに散乱していた。
ここは、無数に存在するチームの一つが溜まり場にしている場所で、輪の中心にいるのが
リーダーの村田めぐみだった。
彼女は、どこか飄々とした雰囲気を持った女性だったが、「メルヘン」という決して小さくは
ないチームをその雰囲気だけで纏め上げていた。
村田は、メンバーの一人から報告を受けて、興味深そうに言った。
「吉澤ひとみを見たって?」
「はい。遠くからで、よく分からないんですが」
そう言うと、メンバーが撮影してきた写真を携帯PCに表示させた。
ポケットに手を突っ込んで、サングラスをかけた女性が映っている。
腰にぶら下がった純白の特殊警棒が、紛れもなく彼女の正体を示していた。
「うーん…」
「どうしますか? 平家さんに知らせますか?」
「いや、それは待って。…今でもここのマンションに出入りしてるの?」
「分かりません。ただ、そこの204号室から出て来たのは確かですから、なにか関係はあるんでしょう」
「友達でも住んでるのかな…」
そう呟くと、しばらく黙って思案に耽った。
- 268 名前:15. 投稿日:2003年02月04日(火)01時28分58秒
- 「オレンジの連中は、吉澤に皆殺しにされたっていう報告もあるんですよ。我々だけで
行動を起こすのは危険だと思いますが」
「それは確かな情報なのか?」
メンバーの一人が言うのに、別のメンバーが訊いた。
「ああ、確かだと思う。あの場から生きて返ってきた奴がそう言っていたらしい。警察はまったく
聞く耳を持ってないみたいらしいがな」
「しかし、一人であれだけの…」
「訳の分からない武器を持っているとかなんとか、そいつの証言も恐怖からか知らないけど
かなり混乱気味で、要領を得ないらしいんだがな」
「それが事実だとするなら、やっぱり平家さんに報告して…」
「いや」
今まで黙っていた村田が、突然声を挙げた。
「うちらだけでやろう。そうすれば、平家さんに対するうちらの発言力も強くなる」
「でも、村田さん、相手は厄介な奴らしいっすよ。オレンジの連中も…」
「安心して。私に考えがある」
そう言うと、携帯を取りだして街に出ているメンバーと連絡を取った。
- 269 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年02月04日(火)01時29分31秒
- >>257-268
- 270 名前: 投稿日:2003年02月04日(火)01時30分09秒
- >>255名無しAVさん
新垣は始めちょっとクールなイメージだったんですけどね。
最近の壊れた感じも好きですけど(w
>>256名無し読者さん
なにやっても無表情でいそうな雰囲気ありますよね。>後藤
次の更新は多分日曜くらいになると思います。
- 271 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月04日(火)16時36分34秒
- 柴田さんが出てきたんだからもしかしたらぁ〜と危惧(wしていたけど
出やがったぁーー!!
もう作者さんがどういう意味でタイトルを付けたのかはわからないけど
もうクランチできないし、クランチに陥っているし、
ビック・ヴァンで始ってビック・クランチで終わりそうです。>意味わからん(w
- 272 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時14分58秒
16.耳で聴く風景
朝になり、そして昼が近付いてくる。
雲一つない空から日光が降り注ぎ、夜通しの騒ぎで疲れ果てた街を、容赦なく照らし出していく。
街角のあちこちでは、酔いつぶれて帰る家もない若者が、コートで身体を覆って眠り呆けている。
その隙間を、真面目に自分の職務に従事している大人達が、なるべく彼らの目に留まらないように、
慎重な足取りで通り抜けていく。
東京では、実にありふれた光景だが、その日は様子が違っていた。
大通りを、大音響で派手な音楽を流しながら、長いパレードの列が通り抜けていった。
先頭の大型トラックに乗った大編成の楽団が奏でる音楽を、後続車が積んだ巨大なスピーカーがさらに
増幅して流し、それにあわせて、何十人も掻き集められた賑やかし要員が大声を出して歌っていた。
その音楽にも負けずに、どのクルマにも派手な装飾がなされて、都政二百周年祭りの
開催をうるさく宣伝していた。
パレードの先頭には、何故か山崎本人が立って、ひたすら空疎な美辞麗句をがなり立てている。
だが、よく見るとそれは人形で、山崎の声は録音されたものをテープで流しているだけだった。
ゴミ箱の側で酔いつぶれて寝ていた男が起きあがると、頭を抱えながらわめき声をあげる。
「うるせーよ! てめー、死ね!」
と、どこで手に入れたのか分からない拳銃を懐から出して、山崎の人形に数発撃ち込む。
ロウで出来た人形は、たまらずに粉々に砕け散るが、次の瞬間、周囲に潜んでいた警官が
すばやく男を取り押さえ、連行していく。
パレードはどこまでも続き、途切れることを知らない。
- 273 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時16分02秒
“棺桶”で眠っていた保田は、通りから聞こえてくる轟音に頭を抱えながら転がり出た。
「あー…頭痛い。ちょっと呑みすぎたかもね…。それにしてもなんなのよ、この騒ぎは」
その時、消音にしてある携帯が震えた。
「はい、保田ですが」
「俺や、つんくや」
「ああ、おはようございます」
保田の声を聞いて、つんくは笑い声をあげた。
「なんや、元気ないな」
「いえ、大丈夫ですよ。それで、なにか?」
「俺の部下の一人が、反政府組織の人間と接触してる。拠点の一つをつきとめたらしい」
「はい」
「連中、地下にかなり複雑なルートを張り巡らしてるみたいでな。過去の廃棄された地下道や水路なんかも
利用してるみたいやねん」
「はあ、そうですか」
まだ頭が冴えないまま、保田はつんくの漠然とした説明を聞いていた。
- 274 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時16分34秒
- 「それでな、お前と後藤と、俺の部下と合流して、本拠地を見つけ出して欲しい」
「…迷子捜しの次は、地下で迷路遊びですか」
保田が不満げに言うのに、つんくは笑いながら、
「ま、そうぶーたれるなや。ここで結果出したら、またちゃんと俺の側に置いてやるから」
「分かりました」
「よっしゃ。都知事もな、今回の祭りとテロ組織根絶を同時に盛り上げて、ガーっと
支持率を上げたいところやねんな。分かるやろ?」
「ええ、まあ」
「さすが。やっぱり頼りんなるのは保田やな。あ、それとな、仕事は深夜んなってからでええから、
それまでパレードの警護についてくれんか?」
「はあ?」
「こっちもいろいろあって人手不足でな。あ、なんなら衣装も用意させるから、
一緒に歌ったり踊ったりしてもええで? せっかくの祭りやからな。盛り上げていかんと。
ブンシャカブンシャカ、わっしょいわっしょい、なんてな。自分、そういうん好きやろ?」
ご機嫌なつんくには答えずに、保田は苦々しげな表情で携帯を切った。
- 275 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時17分05秒
保田は酔い覚ましにコーヒーを買ってくると一気に飲み干して、後藤の眠ってる“棺桶”を叩いた。
「後藤、起きなさい。仕事に行くわよ!」
「んぁ〜」
眠そうな目を擦りながら、後藤が顔を出す。
「…けーちゃん早いねえ…。あーよく寝た」
「この騒ぎの中で、寝てられるあんたがすごいわよ」
呆れたように言うと、BOSSのスチール缶を握りつぶした。
- 276 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時17分36秒
□ □ □ □
藤本美貴は、サングラスからの呼び出し音で目が覚めた。
安倍は床の上にマットを敷いて、小さな毛布にくるまって眠っている。
紺野はテーブルに向かったまま、頭からコートを被って寝息を立てている。
二人とも藤本が呑ませた睡眠薬が効いているようだった。あまりに疑いもなく藤本の
運んできたジュースを飲んでしまったので、拍子抜けしたくらいだ。
藤本がサングラスのパネルを操作すると、裏面につんくからの指令が表示されていった。
「なに考えてんだろ…。別にいいけど」
そう呟くと、体を慣らすように数回ジャンプした。
義足は、もう完全に身体と一体化したように感じられた。
自分の適応能力の高さに、藤本は感謝した。
と、気配に感づいたのか、薬への耐性が強かったのか、安倍が眠そうな声を立てて顔を起こした。
「…あ、美貴ちゃん、おはよう…」
「おはようございます、安倍さん」
そう言うと、首に手刀を打ち込んだ。
安倍はたまらずに気を失ってしまう。
「けど、もうちょっと寝ててもいいですよ」
- 277 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時18分09秒
- 手首のブレスレットから細長い特殊な紐を引っ張り出すと、手早く二人をその場に縛り付けた。
紺野は少し目を覚ましかけたが、またすぐに眠りに落ちてしまう。
力を入れなければ、この紐はほとんど感じられることはない。
「さて、と」
藤本は深呼吸をすると、奥の部屋へと入った。
通信機をはじめとして、多くの機材がこちらの部屋には集められている。
だが、藤本の興味を惹いたのは、隅に目立たないように据え付けてあるロッカーだった。
普通であれば、掃除用具などを入れておくような、ごくありふれたものだ。
細長いナイフを取り出すと、手慣れた様子でロッカーの鍵を破壊して、扉を開く。
覗き込むと、藤本は思わず口笛を吹いた。
中には、大小さまざまな種類の銃器類が、弾薬と共に隠されている。
どのようにして集めたのかは知らないが、相当な量だ。
「ま、私には必要ないかな」
そう言うと、ロッカーを閉じた。
隣室を振り返ると、安倍と紺野の様子を思い出してくすくすと笑った。
「あの人達が…使いこなせるわけないか」
- 278 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時19分12秒
- それから、またパネルにすらすらと命令を打ち込んでいく。
内蔵されたセンサーは瞬時に部屋中を走査すると、床の一点をピックアップした。
藤本はその場にしゃがみ込むと、床を丁寧に撫でながら、手掛かりを探る。
手応えを感じる。別のナイフを出すと、床に突き立てて捻った。
一メートル四方ほどが跳ね上がり、梯子の付いた地下へのルートが口を開く。
「この部屋の住人では、私が第一号かもね」
満足げに呟くと、迷いもなくその梯子を下っていく。
- 279 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時19分44秒
□ □ □ □
吉澤ひとみは、人目を気にしながらまた石川の(というか、柴田の)マンションの前まで来ていた。
公園で遭遇した子供を捜すために飛び出したのだが、それから、中澤から貰ったコートを
部屋に置き忘れたことに気付くのに、丸一日近くかかってしまっていた。
直情的になると他のことが目に入らなくなってしまうのは常とは言っても、
あまりの間抜けさにさすがに自己嫌悪に陥った。
(あれは、中澤さんからの餞別だもんな)
ビクビクと辺りを見回しながら、小走りにマンションの階段を駆け上がっていく。
今のところは、ヤクザが張り込んでいるような気配は感じられなかった。
- 280 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時20分18秒
- (私にもちょっとは運が向いてきたってことかな…?)
楽天的にそう考えると、204号室のインターホンを押した。
が、反応はない。
「外出中か」
ガッカリしたように呟いてノブを回してみると、鍵がかかっていなかった。
「あれ? 不用心だなあ」
しかし、あの厄介な石川につかまらずにすむというのは好都合かもしれない、とも思った。
「おじゃましまーす」
小声で言うと、そろそろと上がり込んでいく。
が、次の瞬間、部屋の様子が眼に入ると、吉澤は慄然として立ちすくんだ。
室内は、これ以上はないというくらいに、徹底的に荒らし尽くされていた。
窓は粉々に叩き割られ、破片と一緒に本やCDも床一面に散乱し、家具は無惨にたたき壊されていた。
壁はスプレーの落書きでびっしりと埋め尽くされており、部屋中にはキッチンに用意されていたと思われる
ソースや調味料、ジュース、買い置きされていた食料などが一面にぶちまけられていた。
- 281 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時20分50秒
- 「り、梨華ちゃん…?」
恐る恐る足を踏み出そうとして、吉澤は靴を履いたままであることに気付いたが、
「ごめんね」
そう言うと、じゃらじゃらと足音を立てながら部屋に入っていく。
ざっと見回してみても、その惨状は目を覆うばかりのものだった。
吉澤のコートも、どこに目を向けても見つけることは出来ない。
と、左側の壁に、真っ赤なスプレーで書かれている文字が目に入った。
吉澤ひとみさんへ
あなたがなかなか姿を現さないので
お友達に協力していただくことにしました。
今日の夜12時に、指定された場所の倉庫まで
一人でやってきてください。
我々はあなたに話があるだけなので、
約束通り現れればお友達は解放します。
現れない場合は、お友達とあなたのかわりに
相談をしようと思います。
かしこ
そして、最後に妙に可愛らしいメルヘンのイラストが描かれている。
その横には、乱暴な筆致で描かれた地図が貼られていた。
吉澤は、ゆっくりと地図を剥がすと、純白の特殊警棒を動揺を抑えるように握りしめた。
- 282 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時21分20秒
□ □ □ □
矢口が起きたときには、すでに午後も大分回っていた。
瞼の上から眼球をマッサージしながらのろのろと立ち上がると、乱暴に扉を叩いた。
「SPのお兄さーん、おいらトイレ行きたいんだけどお。ねー、一緒に行かない? お兄さーん」
ふざけて甘ったるい声で言うのに、相変わらず無表情なSPが扉を開ける。
「おっはー」
矢口が言うのに、男は黙って鎖の付いた手錠を差し出した。
「…へっ、もう口を聞くのも嫌って感じ?」
ブツブツと言いながらも、おとなしく手錠をつける。
「やってらんねーなー、どうせつけるんだったら、もっと話せるイケメンでもつけてくれってんだよ」
そう言いながら個室に入り、手際よく周囲のチェックをすると、貯水槽の蓋をあげる。
中には、ビニール袋に入ったサイレンサーと銃弾、携帯電話が沈んでいる。
「ナイス、アヤカ」
矢口は小声で言うと、それを引き上げる。
- 283 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時21分52秒
- 「お兄さん、お・ま・た」
矢口の言葉に、SPが振り返る。
と、サイレンサー特有の乾いた音が数発響いた。
男は無言のままその場に倒れ込む。
「へっ、最後まで無口な野郎だったな」
唾を吐きかけながらそう言うと、手錠を外して小走りに階段の方へと向かった。
走りながら、手早く携帯電話を操作して、仲間の一人を呼びだす。
「おいら、矢口。第六区のいつもの場所までクルマを寄越して。計画は予定通りに行う」
それだけを伝えると、矢口は拳銃を構えたまま階段を三段飛ばしで駆け下りていった。
- 284 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時22分25秒
□ □ □ □
中澤は、モニタールームから、矢口が裏口を潜り抜けて走り去っていく様子を見つめていた。
SPが、相変わらず無表情のままそこへ戻ってくる。
「お疲れ」
中澤は軽くそう声をかけた。
「気付かれませんかね?」
「頭に血が上って、それどころちゃうやろな。本当はそれなりに目先が利く子やったんやけどなあ、
クスリのせいなんかな、自業自得やけど」
「どうします? 我々で始末しますか?」
「いや、…殺人課の斉藤にやらせろ。あいつはうちらの息のかかった人間やし、そろそろ
手柄を立てさせてやらんとな」
「分かりました」
そう言うと、SPは足早に部屋をあとにした。
「はあ…」
中澤は深く溜息をつくと、モニタールームを出て自室に向かった。
「ま、しゃーないな。あいつらが訳わからん暴走したら、うちらが慎重に進めてきた計画もパーや。
一応、なっちにも報告せんとあかんなあ…。しんどいわ」
安倍と矢口が親友同士であることは、中澤もよく知っていた。
- 285 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時22分59秒
□ □ □ □
日が暮れかかっている。高橋愛と小川麻琴は、駅前の広場で地図を確認していた。
「えーっと、渋谷えーえっくすって」
「それね、アックスって読むの」
高橋が言うのに、小川が横から突っ込む。
『セル芸』のような雑誌にとっては、少年ギャングが何人死んでも、繁華街で
無差別テロが起きたとしても、所詮は一週分の扇情ネタにしかならない。
普通の週刊誌であれば、事件の社会的背景や犯行の分析、犯人像の推理などいくらでも
ネタを膨らませていけるのだが、あいにく『セル芸』の読者層はあまりそうしたこと
には興味がなく、もっと新鮮味のあってすぐに飽きられるネタの方が好みのようだった。
そういうわけで、二人はまた新しいネタの取材のために、こうして渋谷までやってきている。
- 286 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時23分32秒
- 「ねえねえ、まこっちゃん、私いくつか今度の記事の見出し作ってきたんだけど聞いてくれる?」
「うん」
早足でAXまでの道のりを歩きながら、小川は返した。
「『伝説の超アイドル、市井紗耶香が魅せた! 熱狂の渋谷オールナイト』」
「0点」
「『渋谷の夜が萌えた! 市井紗耶香と熱狂ファン達の熱い絆』」
「0点」
「『うねるビートと飛翔するメロディ! 元人気アイドルが手にした豊饒なうたの心』」
「マイナス1万点」
「もうっ、まこっちゃんふざけないでよ」
交差点の信号で立ち止まると、小川は高橋を振り返って言った。
「あのさあ、ガールポップのライブレポじゃないんだよ。うちらの記事は、市井紗耶香って人の」
「信号、青だよ」
高橋が会話を遮って言う。小川は歩きながら続けた。
「その人が昔すごいアイドルで、今どれだけ落ちこぼれたかとか、粘着ファンのやばさとか、
そういうのを面白おかしく書かないといけないわけ。わかる?」
「けど、そんなの可哀想じゃない。市井って人だって一生懸命やってるんだろうに」
「それはそうだろうけど、そういう低俗な話題が好きな読者に向けて記事を書かないといけない
仕事なの、うちらは」
小川はあくまでもドライに言い放った。
「けどお」
「人の悪口を読んで、また自分のことにやる気の出る人だっているんだから、しょうがないじゃん。
というか、同情してるうちらの方が、よっぽど悲惨な仕事してると思うけどね」
自嘲気味に言うと、高橋の方は見ずに苦笑した。
- 287 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時24分02秒
- ライブハウスの中は、客入りもまばらだった。が、いくつかの小集団が、早くも酒を開けて、
勝手に盛りあがっていた。客同士もほとんど顔見知りなのだろう。
何人かは、有名なチームのメンバーと思われるような揃いの服装をしていた。
小川はなるべく気付かれないように、そんなファンの様子をてきぱきと撮影していく。
高橋は、こうした場所に来たことがないのか、目を輝かせて妙にはしゃいでいる。
「ねーねー、今かかってる音楽、カッコよくねえ?」
「…あのさ、ちゃんと仕事してくれないと困るんだけど」
「分かってるよ、もう。心配性なんだから」
そう言うと、手帳とペンを取りだして、なにやら書き始める。
小川は不安も残っていたが、また自分の職務に戻った。
開演時間を多少まわったころ、ようやく客電が落ちて、バンドのメンバーと市井紗耶香が姿を現した。
「みんなー、今夜はオールで盛りあがっていくよー!」
市井が煽るのに、ステージ近くまで殺到したファン達が早くも大騒ぎをしている。
続いて、激しいビートが鳴り響いて、さらに前列での混乱が激しくなった。
といっても、彼らはほとんど音楽などは聴かずに、ただ自分のカタルシスのためだけに暴れているようにも見えた。
小川はそんなファンと市井の姿を撮影しながら、その中に見慣れた人影を認めた。
「……」
高橋が、彼らと一緒になって前方で大騒ぎをしている。
小川は見なかったふりをすると、黙々と撮影を続ける。
- 288 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時24分32秒
□ □ □ □
都心の一角に、周囲の近代建築群とはまったく場違いな、宏壮な和風の大邸宅が居を構えている。
大仰な正門や、広い庭にある巨大な松の木や鯉の泳いでいる池などは、大昔の武家屋敷を彷彿とさせる。
正門に掲げられた表札には、端正な楷書で「平家組」と書かれている。
平家みちよは、奥の座敷で、一人の女性からの報告を聞いていた。
「メルヘンの村田が?」
「は、はい。私は反対したんですが、まったく聞かなくて…」
平家に向かって頭を下げながら報告しているのは、村田の仲間の木村あさみだった。
あさみは、村田の考えた計画に反対したのだが、聞き入れられなかった。
「それで、その吉澤の友達ちゅう子らはもう拉致されとんのか?」
「はい。もう…」
「あのアホどもが…」
怒りを抑えるような低い調子で言うと、ゆっくりと立ち上がった。
- 289 名前:16. 投稿日:2003年02月09日(日)01時25分02秒
- 「うちらは堅気の人間には手を出さんっちゅうのが筋やったんちゃうんか。ええ…?」
そう言いながら、あさみの側にしゃがみ込んで訊いた。
「で、第十区の廃倉庫に吉澤を呼び寄せてるんやな」
「そうです。あの、平家さん、私の処遇は…」
「心配するな。悪くはせん。時間は、今夜の十二時やねんな?」
「はい」
「おい」
平家は、側近を呼び寄せて言った。
「出来る限りの人間を集めろ。ええか、その石川と柴田っちゅう子らは、絶対傷もんにすんなよ」
「分かりました」
そう返すと、足早に座敷を飛び出していった。
平家は、座ったままのあさみの方を睨むと、
「もしなんかあってみ、メルヘンの連中がただですむ思うなよ…」
「え…? わ、私もですか」
「当たり前や! 組織っちゅうのは連帯責任や。嫌やったら、うちと一緒に来い」
ドスの利いた声で言うと、大股で座敷を出ていく。
あさみも、慌てて平家の後を追った。
時刻は、十時をちょうど回っていた。
- 290 名前:更新終了。。。 投稿日:2003年02月09日(日)01時25分40秒
- >>272-289
- 291 名前: 投稿日:2003年02月09日(日)01時26分13秒
- >>271名無しAVさん
あ、やっとタイトルに触れてくれるレスが(w
タイトルの意味は近いうち明らかに……、と思わせぶりに言ってみたり。
- 292 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月09日(日)15時17分33秒
- 作者さんの市井に対する思いが届いた気がします(w
ココの話の矢口と藤本は程よくイカレテて好き。
というよりも惚れた。
- 293 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月12日(水)18時05分47秒
- ヤバイ。
この小説すげーおもしろい。完璧はまりました。
個人的に気になるのは、吉澤さんと石川さんです(w
吉澤さんはこれからどうするのか…楽しみです(ムフフ
- 294 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時25分45秒
17.黒色過程 PARTU
「安倍さん、安倍さーん」
紺野になんども声をかけられて、ようやく安倍は意識を取り戻した。
ぼんやりとした頭では、まだどのような状況になっているのか把握できていない。
「あ、おはよう、紺野」
そう言うと身を起こそうとするが、思うように体を動かすことが出来ない。
「痛。ははは、変な姿勢で寝てたから、カラダつっちゃったのかな」
ぼやきながら、何度か起きあがろうともがくが、ゴロゴロと床を転がっていっただけだった。
「あの、多分私たち縛られてるんだと思います」
「え?」
紺野が冷静な口調で言うのに、安倍が驚いて訊き返した。
「なんでなっちたちが縛られてるの?」
「あの藤本さんって人が、多分、…」
そこまで言って、口ごもった。
「ああ、…そうなんだ……」
安倍は自分のバカさ加減に自己嫌悪に陥りそうになりながら、なんとか
体の自由を取り戻そうともがき続けた。
しかし、動けば動くほど、細い紐は身体に深く食い込んで自由を奪っていく。
- 295 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時26分17秒
- と、その時、机の上の紺野の携帯が鳴り始めた。
紺野はなんとかそれを取ろうとするが、どうしても届かない。
三十秒ほどたって、携帯が留守録に切り替わる。
スピーカーから、微かな新垣の声が漏れてきた。
「もしもし、あさ美ちゃん、トイレとか? えーと、里沙だけど、これから
矢口さんがそっちに行く予定だったんだけど、無理になっちゃったんで、
奥のロッカーにある武器を出来るだけ多くゼティマのビルまで運んできて
くれませんか? 鍵は私のスニーカーの裏に貼ってあるんで。あ、あと、
安倍さんには内緒でね。それじゃ」
「あっ……」
「矢口が? 武器を取りに来る予定って、どういうことよ?」
安倍は、まだ無駄に身体をくねらせながら言った。
「さあ、私はなにも…」
「それに、ゼティマって、あの『Global-Magazine』とか出してる、山崎支持派の
保守系の人たちだよね?」
「はい、そうだったと思います」
「ねえ、ちょっとこれ、まずいよ……」
不安げに呟くと、また体の自由を取り戻そうと、ゴロゴロと床を転がり始めた。
- 296 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時26分47秒
□ □ □ □
松浦亜弥は、迷路のような地下道を迷いなく進んでいった。
時計を見ると、十一時を少し過ぎた頃だった。
嫌な予感がしていた。なにが理由なのかはよく分からなかったが。
重傷を負っているはずの藤本がすぐに行動を起こせることはない、と油断していたのが
問題だったのかもしれない。藤本の性格を考えれば、目的のためには手段を選ばない
ということは容易に想像できる。それに、彼女が松浦に痛い目にあわされて、
そのまま黙っておとなしくしているとは考えにくかった。
公衆便所の隣に位置している事務室の扉、その前に立つと、壁を撫でるようにしてパネルを開く。
一枚の透明なシートが静かに落ちていった。不注意な人間だったら見逃していただろう。
松浦には見慣れたもので、工作員同士がメッセージを交換するときに使う、特殊な加工がなされた紙だ。
- 297 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時27分19秒
- (手遅れだったのかな…?)
焦りを感じながら、シートを壁に貼り付けると、専用の液体を表面に拭きかける。
特に意味をなさない、一連の文字列が浮かび上がった。松浦には暗算で
変換できるレベルの暗号文だった。
(パスワードか)
ということは、先行した工作員が後続のために残しておいたのだろうか。
松浦はシートをポケットに入れると、パスワードを打ち込んだ。
鍵が開く微かな音が聞こえる。松浦は、すぐに応戦できる体制を取りながら、扉を開いた。
「あ、あなたは…?」
部屋の床で転がっている女性が、松浦を見て驚いたように声を挙げた。
もう一人、椅子に縛られている女性は、声も出せずにいるようだ。
「大丈夫ですか?」
松浦は素早く駆け寄ると、ナイフで二人の紐を切断して解放した。
「あ、ありがとう」
「ここにいた人間…、あなたたちを縛った人間は、逃げたんですか?」
戸惑い気味に礼を言う安倍に、松浦は早口で問いかける。
「ええっと、なっちたち眠らされてて、多分その間に…」
安倍が言い終わらないうちに、松浦は隣室に入っていった。
二人も、不安そうに寄り添いながら、彼女に続いて行く。
- 298 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時27分52秒
- 松浦は、正方形に口を開いた地下への通路と、側に転がっているねじ曲がったナイフを見て、呻いた。
「やっぱり…」
「あ、あの、あなたは誰なんですか? 仲間?」
恐る恐る言う紺野に、松浦は振り返って、
「この場所はもう危険ですから、中澤さんのところへ避難していて下さい!
爆破装置を起動させます。一時間後にここの拠点は廃棄されますから、急いで!」
それだけを伝えると、地下へと続く梯子を下っていってしまう。
安倍と紺野は、困ったように顔を見合わせた。
「どうしましょう…?」
「どうしようっていっても」
安倍は床に開いた穴と、武器が入っているというロッカーを見比べて、
「ゼティマに行こう。矢口をほっておけないよ」
「でも、危険ですよ、安倍さん」
「それでも…。友達だもん。ほっておけない」
毅然として言うと、安倍は鞄を持って部屋を出ていった。
紺野は、少し逡巡したあと、ロッカーからこぼれ落ちていた一挺の拳銃を拾い上げて、安倍の後を追った。
- 299 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時28分22秒
□ □ □ □
東京の夜景が一望の下に見渡せる一室。
中澤裕子は葉巻を吹かしながら、ぼんやりと光の海を見下ろしている。
その中で、今夜も様々な事件が起き、何事もなかったように次の朝を迎えるのだろう。
だが、中澤は妙に落ち着かないようすで、つま先で床を小刻みに叩いていた。
それが、矢口達の計画に対する不安であるのか、それ以外の事態を第六感が
伝えているのかは、まだ分からない。
ノックの音がする。中澤が応じると、側近の一人が駆け寄ってきた。
「どうした?」
「間諜からの報告です。平家さんが、組の総出で第十行政区に向かったという」
「みっちゃんが? なんや? こんな時間に」
「恐らく、吉澤ひとみに関連してるのでは…」
「そうか」
矢口の件にかまけていて、すっかり吉澤のことは忘れてしまっていた。
中澤はコートをとって羽織ると、足早に部屋を出ていく。
後を追ってくる側近に手早く指示を伝えた。
「それほど人数はいらん。精鋭だけを集めろ。十分後に出る」
「はっ」
平家たちと本格的に争うつもりはない。
中澤は彼女を説得する自信があった。それは、十年来の付き合いからくる確信のようなものだった。
- 300 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時28分52秒
□ □ □ □
保田と後藤の二人は、携帯PCの地図を確認しながら、入り組んだ地下道を歩いている。
後藤は、さっきからずっと愚痴を言い続けている。
「ていうかさー、けーちゃんなんであんなにノリノリなわけ? やる前は
すっごくイヤがってたのに」
「血が騒いじゃったんだから、しょうがないでしょ」
結局、パレードの警護に参加したはずの二人だったが、最後には保田が先頭で巨大なうちわを振っていた。
そんな保田の煽りが効いたのかどうかは分からないが、はじめはうるさがられていた
だけのパレードも、夜中には大通りの若者達も大量に巻き込んで街中が
踊り出すような大騒ぎになっていた。
もっとも、後藤はといえば、その間ずっとクルマの中で眠り呆けていたのだったが。
「同じアホなら踊ろぜわいやい、って昔からいうじゃないの。あんたもアホなんだから
一緒に踊りゃよかったのに」
「アホはアホだけどさあ、けーちゃんはまた違うアホだよねー」
「あー、でも超盛りあがってたなあ。途中で抜け出すのが辛かったよ、マジで」
「…ねえ、けーちゃんの職業ってなに?」
呆れ顔の後藤が言いかけたとき、離れた場所から鈍い轟音が響いて、続いて衝撃波が伝わってきた。
地下道の老朽化した壁に雷のようなヒビが走り、パラパラと破片が落ちる音が聞こえる。
- 301 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時29分26秒
- 「…地図の方向ね」
保田が落ち着いた口調で言う。この程度なら、騒ぐほどの出来事でもない。
「けーちゃんがもたもたしてるから、やられちゃったんじゃないの?」
「深夜に行けって指示を出したのはつんくさんでしょう。ま、大丈夫だとは思うけど」
そう言うと、小走りに爆音の元まで向かう。途中で逃げまどっている地下道の
住人達と擦れ違うが、その中に不審な人物を見つけることはなかった。
二百メートルほど進んだ場所に、かつて拠点であった一角が無惨な姿をさらしている。
保田は土煙を手でかき分けるようにしながら、その場に近付いていった。
「大した拠点じゃなかったらしいわね。火薬の量も少ない」
そう言うと、ボロボロになった壁を足で蹴り崩した。
「でももう証拠隠滅されちゃったじゃん。どうするの?」
後藤が言うのに、保田は瓦礫を掘り起こしながら言った。
「ここに本拠地に向かえるルートの入り口があるはずなのよ。ほら、あんたも手伝いなさいよ!」
保田の怒声を聞き流しながら、後藤はなんとなく腕時計を見た。
ちょうど三本の針が真上を向いて重なったところだった。
- 302 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時29分58秒
□ □ □ □
都心部に構えられているゼティマの本社からは、まだ窓のあちこちから煌々と
明かりが漏れだしている。
夜の深い時間になったからといって、出版社は眠りにつけるほど余裕のある仕事ではない。
矢口の指示で、三十人ほどの武装集団が門を破壊して、次々にビルの内部へと侵入していく。
とにかく、出てくる人間は全員殺せ、というのが矢口の命令だった。
部下達が侵入したあとから、悠然と矢口がエントランスホールに入っていく。十階までの
吹き抜けになった巨大なホールは、いかにも最大手出版社らしい偉容を見せていた。
「矢口のやり方が一番効果的で正しいってことを、あいつらに思い知らせてやるんだ…」
濁った目を輝かせながら、矢口はアヤカとミカを従えて、エレベーターに乗り込んだ。
なにが自分をそこまで駆り立てるのか、矢口にはよく分からない。
中学の頃の大きな挫折がきっかけだったのか、あるいは純粋な思想的帰結であるのか。
しかしそんなことを気にするよりも、まず行動を起こすのが正しい道だということを、
矢口は信じていた。
- 303 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時30分31秒
- 三人は、最上階にある、東京ではもっとも影響力のある新聞の編集部を襲撃する予定だった。
滑らかに上昇するエレベーターに揺られながら、矢口は次の展開に期待するように目を閉じた。
しかし、矢口が期待していたような銃声や悲鳴、絶叫などは、いつまでたっても耳に入ってこない。
矢口が苛々したように口を開きかけると、通信機がなった。
「おい、どうした? なにもたもたしてんだよ!?」
「矢口さん、三階の『Together!』編集室なんですけど、誰もいません!」
「なんだって…!?」
続いて、別のフロアに攻め込んでいった連中からも、次々に同じような報告が入る。
「まさか…」
エレベーターの扉が開くと、矢口は飛び出すようにして編集部へと向かった。アヤカとミカの二人も、
慌てて後を追う。
銃を構えたまま扉を蹴破る。編集部内は、蛍光灯の白い明かりに照らされ、パソコンにも全て電源が入れられたまま、
いますぐにでも動き出せるような状態だった。
ただ、そこに誰一人の姿も認めることが出来ないことを除いては。
「矢口さん…」
ミカが不安そうな声を挙げる。と、外からパトカーのサイレンの音が続々と集結してくる音が聞こえてきた。
「こいつは罠だ……! ハメられたんだよ、ちくしょうっ!」
矢口は吐き捨てるように言うと、側にあったパソコンを銃で撃ち抜いて破壊した。
「気をつけろ。サツの連中も手加減はしてこえねぞ」
- 304 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時31分01秒
斉藤瞳は、百人近く集めた警官隊に拡声器で指示を出した。
「建物内の人間は、見つけ次第射殺しなさい! 一人も取り逃がさないで!」
「あの、射殺ですか?」
側にいた警官が困惑したように訊く。斉藤は彼を睨むと、
「連中は凶悪な無差別テロ集団なのよ。遠慮なんていらないわ」
- 305 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時31分33秒
□ □ □ □
だだっ広い倉庫の中は、天井からいくつかつり下げられた剥き出しの白熱灯によって、
ぼんやりと照らし出されていた。
石川と柴田は、後ろ手に縛られて背中合わせにされた姿勢で、ボロボロの木箱やひしゃげた
ドラム缶が廃棄されている一角に転がされている。
見張り役の若者の一人が近付くと、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら石川の顎を撫でた。
石川はゾワッとした悪寒に包まれ、身を震わせた。
「はぁー、かわいいなあ。うちのリーダーが女じゃなかったら、とっくにやっちゃってるんだけどなあ」
「やめとけよ。マジで怯えてるじゃんか」
もう一人の見張りの若者が言うが、彼も同じようなニヤニヤ笑いを浮かべて、二人のことを睨め回している。
「へへへ、怯えた顔もかわいいんだよな」
そう言うと、渋々二人から離れていった。
- 306 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時32分04秒
- 石川は、小声で柴田に話しかける。
『ちょっとお、柴ちゃん警官なんでしょ!? なんとかなんないの?』
『一人じゃどうしようもないよ。朝からいきなり襲撃されて、どうしろっていうのよ!』
『だって、警官ってそういうのを防ぐ仕事でしょう!?』
『だから私は交通課だって…』
「おい、騒ぐな」
向こうから、押し殺したような女性の声が聞こえる。
この集団のリーダーであることは、他の若者達の態度からも分かった。
「大谷、時間は?」
村田が問いかけるのに、大谷と呼ばれた金髪の女性が答えた。
「十二時五分です」
「……」
入り口を見たまま、村田はまた黙って深呼吸をした。
彼女は、柴田の部屋から奪ってきた漆黒のコートを肩に掛けている。
その時、外に立たせておいた男が駆け戻ってきた。
「やってきました。確かに、一人みたいです」
「そうか…。おい」
村田の声を合図にしたように、仲間達は倉庫のあちこちに散っていく。
入り口が開いて、長身の人影が姿を現した。
「あ、あの〜、吉澤ですけど…。い、一応一人で来たんですけど、誰か、いますか…?」
「そこで止まれ!」
村田が言うのに、吉澤は金縛りにあったようにその場に立ちすくむ。
- 307 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時32分37秒
- 「よっすぃぃぃぃ〜…」
倉庫の隅の方から、すすり泣くような声が聞こえてくる。
「梨華ちゃん…」
吉澤はすまなそうな顔で、声の方を向いた。
「両手を挙げて、変な素振りでも見せたら、二人がどうなってもしらないよ」
「は、はい」
吉澤はか細い声で返事をすると、バンザイをして固まった。
「大谷」
「はい」
指示を受け、大谷は吉澤に駆け寄ると、てきぱきとボディチェックをする。
と、腰からぶら下がっている警棒に目を留めた。
「これは?」
「あ、それは…」
吉澤はなにか言いかけるが、村田の視線を感じてすぐに言葉を飲み込んだ。
大谷は警棒を外すと、村田の元に戻って耳打ちをした。
「他には特になにも持っていないみたいですが」
「うーん…」
村田は、まだ緊張を解かずに、手を挙げたまま硬直している吉澤の姿を一瞥した。
その時、倉庫の外から騒々しい物音が聞こえてきた。
何台もの車が集結しているようだ。
- 308 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時33分10秒
- 「なんだ、この騒ぎは…?」
「さあ…?」
村田と大谷は、不安げに顔を見合わせる。
吉澤は、村田が肩から羽織っているコートが、自分のものであることに気付いた。
「あ、それ」
「なんだ?」
「いえ…、なんでもないです」
吉澤から眼を戻すと、村田は大谷に小声で言った。
「なんかやばい雰囲気みたい。とりあえずこの場から離れよう」
「でも、…どうするんですか?」
「あの二人は一旦ホテルに連れて帰らせろ。大谷は私と二人で、吉澤を…」
「約束が違うじゃないかっ!」
突然、吉澤が大声で叫んだ。
村田と大谷は、呆気に取られたように吉澤の方を見た。
- 309 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時33分43秒
- 「私が来れば、解放するはずじゃなかったのか…?」
今までとは明らかに声のトーンが変わっている。
大谷は警棒を手に持ったまま駆け寄っていくと、
「状況が変わったんだ。お前は私たちと一緒に来い」
「卑怯者っ!」
吉澤は喚くと、大谷の手を払った。
「あっ、なにをするっ…」
吉澤は地面に転がった特殊警棒を素早く拾い上げると、一振りしてそれを伸ばした。
「やめろ。この状況で暴れても怪我をするだけだぞ」
村田が落ち着いた声で言い、拳銃を構えたまま後じさりをした。
「しかたないな、おい!」
その声を合図にしたように、倉庫のあちこちに潜んでいた仲間達が、様々な
武器を手にして吉澤に飛びかかってくる。
- 310 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時34分17秒
□ □ □ □
飯田圭織は、ディスク類を丁寧に詰め込んだ鞄だけを持つと、慣れ親しんだ研究室に別れを告げた。
質素な荷物ではあったが、四年間に彼女が研究してきたデータの全てが、その中につまっていた。
一匹の羽の生えたライオンが、気配を察したのか、切ない声を挙げながら駆け寄ってくる。
飯田は愛おしげにその立派なたてがみを撫でながら、すまなそうに話しかけた。
「ごめんね。本当はみんな連れて行きたいんだけど、これから行くところはちょっと狭いんだ。だから、
みんな連れて行けないの」
そう言うと、涙ぐんでライオンを抱きしめた。
「でもね、みんなは死ぬんじゃないんだよ。みんな、形を変えるだけなの。形を変えて、
ずっと生き続けるの。だから、怖がらなくていいんだよ」
ライオンの頭を撫で、それから万感の思いを込めるように部屋全体を見回すと、扉を開けた。
実に、四年ぶりの外出だった。
もう一度、研究室を振り返ると、ぽつりと呟いた。
「いいきっかけだし、Cはまた一からやりなおそうか……」
- 311 名前:17. 投稿日:2003年02月13日(木)01時34分49秒
□ □ □ □
数十メートルほど梯子を下り、乱暴にくりぬかれた狭い通路を抜けると、再び上へ向かう通路にぶつかる。
保田と後藤は梯子を登りきると、今度は妙に開けた通路に出た。
長い間隔で強い照明が設置されていたが、それでも辺りは薄暗く、視界はきかなかった。
「大昔の地下道か、採石場か、別の用途で使われていたものか…」
保田はブツブツと呟きながら、拳銃を構えて周囲を見回した。
後藤は狭いトンネルから身体を引きずり出すと、服をパンパンと叩きながら言った。
「これじゃ、全然どっちにいっていいのかわからないね」
「先に潜入したはずの、つんくさんの部下っていうのがどこに行ったか、だけど」
「目印とかないのかなあ、壁に矢印を書くとか」
「あんたね…」
保田は呆れたように言うと、懐中電灯を取りだして、慎重に壁を照らして行く。
別の通路へと通じていると思われる扉は、すぐに見つけることが出来た。
「後藤、行くよ」
「はーい」
あくまでマイペースを崩さずに、後藤は保田について行った。
- 312 名前:長いので 投稿日:2003年02月13日(木)01時35分24秒
- 一旦切り。
この章はもうちょっと続きます。
- 313 名前: 投稿日:2003年02月13日(木)01時35分58秒
- >>292名無しAVさん
市井は後半で結構活躍する……予定。総統にはなりませんが(w
>>293名無し読者さん
吉澤さんにはもうちょっと暴れてもらいます(w
- 314 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月13日(木)02時56分19秒
- それぞれが動き出しましたね。
しかし吉澤さん……登場シーンがカッコよすぎます(w
矢口のポジションが自分のツボを突いてしかたない今日この頃。
- 315 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時52分31秒
□ □ □ □
ゼティマのあちこちから、激しい銃撃戦の行われている音が聞こえてくる。
矢口たちが相当の装備を集めているという情報が伝わっていたのだろう、警官達も通
常では考えられない装備で固めてきている。
矢口は壁を背にしながら慎重に進むと、構えを崩さないまま階段を駆け下りていく。
警官隊が下のフロアの隅に集結しているのが見える。矢口は、小型の炸裂弾を放ると、身を伏せた。
爆風と衝撃が、今の矢口の身体には心地よく感じられる。
「へっ、ざまー見やがれ…!」
そう言いながら、ポケットから錠剤を数錠取りだして噛み砕いた。
「おいらがそう簡単に消せると思ったか? ナメやがって」
まだ煙があたりを覆い尽くしているフロアを、強化パーツをつけたハンドガンを
連射しながら走り抜けていく。
周囲から、銃声や怒声、喚き声などが聞こえてくるが、矢口は構わずに全速力で
駆け抜けると、トイレに身を隠した。
再び警官隊が集結してくる音が聞こえる。矢口は、手元にある炸裂弾を確認する。あと二発。
- 316 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時53分04秒
- 「へっ、ざまー見やがれ…!」
そう言いながら、ポケットから錠剤を数錠取りだして噛み砕いた。
「おいらがそう簡単に消せると思ったか? ナメやがって」
まだ煙があたりを覆い尽くしているフロアを、強化パーツをつけたハンドガンを
連射しながら走り抜けていく。
周囲から、銃声や怒声、喚き声などが聞こえてくるが、矢口は構わずに全速力で
駆け抜けると、トイレに身を隠した。
再び警官隊が集結してくる音が聞こえる。矢口は、手元にある炸裂弾を確認する。あと二発。
「ザコどもを、何人掻き集めやがったんだ、くそ」
その時、背後に人の気配を感じた。
振り向きざまに数発拳銃を放つ。が、そこには誰もいない。
「気のせいか…?」
矢口は不安げに視線を彷徨わせた。銃声に気付いた警官達が集まって来ている。
「とりあえず死んどけ!」
残り少ない炸裂弾を廊下へと放り投げる。爆発音。衝撃。
咳き込みながら立ち上がると、身を低くして廊下へ出た。
と、煙の中にまた人影が見える。矢口は躊躇わずにハンドガンを撃ち込む。
しかし、人影は倒れずに、そのまま近付いてきた。
「な、なんだ、お前は…」
- 317 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時53分35秒
- 矢口の前に姿を現したのは、せいぜい中学生くらいの小柄な少女だった。
黒い長髪をツインテールに縛り、どこかとろけたような目つきをして、笑みを
浮かべながら矢口の方を見つめている。
口元から覗いている八重歯が印象的だった。
「矢口、あんた操られてるよ」
少女は、外見からは想像もつかないような大人びた声で言った。
「なに…?」
「気づけないんだ…。クスリで頭が弱ってるからか、もともとバカだったからかな?」
その言葉に、カッと頭に血が上った。
「て、手前に言われることじゃねえよ!」
再びハンドガンを構えて連射するが、その時には少女の姿は消えていた。
「……?」
矢口は細かく瞬きをすると、こめかみを叩いた。
「ヤクの幻覚かよ…? こんな時に」
- 318 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時54分05秒
□ □ □ □
安倍と紺野は、ゼティマのすぐ側までやってきていたが、周囲をすでに武装警官達が
固めているのを見て動きが取れずにいた。
ビルの中からは、銃撃戦の音や断続的な爆発音などが、微かに聞こえてきている。
「安倍さん…、やっぱり無理ですよ。戻りましょう」
「でも、矢口が…」
本音を言えば、安倍は恐怖で今にも逃げ出してしまいたかった。
しかし、矢口との関係を放置したまま、ここで引き返してしまったら
一生後悔する、とも思っていた。
もしかしたら、すでに警官隊に撃たれて、血を流して苦しんでいるかもしれない。
そう考えると、居ても立ってもいられなくなった。
安倍はゆっくりと歩き出すと、警官隊の方へ近付いていった。
「あ、ちょっと、待って下さい」
紺野も、不安げな様子で安倍の後を追う。
- 319 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時54分36秒
- 「あ、あの〜」
正面の門を固めている警官の一人に声をかける。
警官は、不審そうな顔で、安倍の方を振り向いた。
「ん? どうした? 子供が来るような場所じゃないぞ。帰れ」
「いや、あの、私ここの社員でですね、その、ちょっと忘れ物をしちゃって……」
「お前な、今のこの状況がわからんか?」
「そうですよね。ははは……。お騒がせしましたっ!」
笑いながらそう言うと、素早く身を翻し、隙間を潜り抜けて入り口まで全速力で走った。
「あ、安倍さんっ!?」
紺野も、驚きながらも安倍に続いて走り出した。
「おい、貴様ら! 止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
警官の声に続いて、背後でいくつか銃声がしたようだったが、安倍は聞こえないふりをして走り続ける。
- 320 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時55分07秒
□ □ □ □
藤本美貴は、サングラスからの情報と、勘だけを頼りに入り組んだ地下通路を進んでいた。
壁を触っている左手に違和感を感じる。手掛かりを探り、ナイフを突き立てて
隠された扉を開いた。
新しい通路に顔を出したとき、突然の光景の変化に一瞬目が眩んだ。
そこは、これまで通ってきたような薄暗い場所とは対照的な、隅々まで
照らし出す明るい照明と、一カ所の汚れもないような純白の壁で覆われた、
広々とした通路だった。
- 321 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時55分38秒
- 「ここは…?」
藤本は慎重に辺りの様子を窺うと、その場に侵入し、後ろ手に扉を閉じた。
あまりに清潔感に満ちた空間に、急に自分の全身がひどく汚れたもののように感じられてしまう。
緩やかなカーブを描いている通路は、幅が五メートルほどあり、見渡せる
限りでは誰もいない様子だった。
藤本が入ってきた扉は、二十メートルほどの間隔でならんでいる他の扉と同じような外観をしている。
現在地の情報を求めてパネルを叩く。だが、どこかで電波障害を受けて
いるのか、まったく反応しなくなっていた。
「チッ…」
軽く舌打ちをすると、壁に手をついたまま、慎重に足を進める。
- 322 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時56分11秒
□ □ □ □
石川と柴田は、お互いの震える身体を抑えるように、抱き合ったまますすり泣いていた。
倉庫の入り口の方から声があがり、続いて扉の破壊される音が聞こえてきた。
「おおい、どうした!? なにが起こった?」
関西弁の女性の声が呼びかけてきて、続いて、倉庫の中央に立っている少女がライトアップされる。
「お、お前…、吉澤か?」
- 323 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時56分43秒
- 平家が問いかけるのに、大量の返り血を浴びてどろどろになった少女が、黙って顔を上げた。
血煙に覆われた闇の中で、右手からぶら下がった警棒が、不気味に青白く光を放っている。
倉庫の中には、あの公園での事件と同じように、無惨に切り裂かれた死体と
人間の部品だったものがあちこちに散乱していた。
密閉されていた空間は、饐えた血の匂いが充満している。
その光景と吉澤の姿を見比べて、平家は息を呑んだ。
吉澤は、平家とその回りに集まっている黒服の集団を認めると、もう一度特殊警棒を構え直した。
- 324 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時57分16秒
□ □ □ □
何度目かの分岐点に差し掛かったとき、さすがの保田も音を上げたようにしゃがみ込んだ。
「もう、なんなのよこの辛気くさい空間は。こんなとこで、よく我慢できるわね、まったく」
「ねー。すごいよね、革命する人たちってさ」
後藤は脳天気にいった。
「ね、あんたちゃんと来た道をPCでマーキングして来てる?」
「あ、ははは、忘れてたよ」
「あのねえ…」
「だってさ、けーちゃんがいるから、大丈夫だと思って」
「言ったでしょ。人を当てにするなって。しょうがないんだから」
そう言うと、自分のPCから後藤に今までのデータを送った。
「あんがとー。やっぱしっかりしてるよ、けーちゃんは」
「よく言うわよ」
後藤とのやりとりで少し気が紛れたのか、また保田は立ち上がって暗い通路を歩いていく。
と、T字路の突き当たりになっている場所で、なにかの動く気配がした。
「ん?」
「どうした、後藤?」
「いや、今あっちの方に誰か…」
「…気をつけて。ここは、向こうの庭だってことを忘れないでね…」
小声で言うと、銃を構えたまま背中合わせになり、後藤の示した通路へ飛び出した。
- 325 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時57分46秒
- 「あれ、いないや」
後藤は拍子抜けしたように言うと、保田の方を振り返った。
が、保田が視線を向けている方向を見て、思わず言葉を発した。
「あ、あの子…」
「なに、あんた心当たりあるの!?」
保田が拳銃を向けている方には、黄色いクマのぬいぐるみを抱いた少女がいた。
前髪を額に斜めにたらし、長い髪を左右のツインテールに結んでいる。
黒目がちでどこか愛嬌のある表情は、まるで赤ん坊のようにも見えた。
だが、異様だったのは、彼女が地上数十センチほどのところで空中に浮かんでいたからだ。
「多分、つんくさんが、探してた、子じゃないかと、思う…」
妙に歯切れ悪く言うと、保田の元へゆっくりと寄り添ってきた。
少女は、しばらく興味深そうに二人を見つめていたが、やがてつまらなそうに
あくびをすると、明かりのない通路の闇へと消えていった。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」
保田は慌てて少女の消えていった方へ走り出す。後藤も、それに続く。
- 326 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時58分18秒
- 三度ほど突き当たりの道を曲がり、再び明かりの設置された広めの通路に出る。
そこで、突然聞き慣れない声で話しかけられた。
「こんにちは。お急ぎですか」
「えっ?」
二人は驚いて振り返る。枯葉色のボロボロのコートを纏った女性が、壁に
もたれ掛かって立っていた。
「また会いましたね。後藤さんと、保田さんでしたっけ?」
そう言うと、松浦亜弥はゆっくりと顔を上げた。
「あ、あんたは…」
後藤の頭の中に、無数の記憶のファイルが開かれる。
一瞬後、彼女が『L.S.B.』で視線が交わった女性であることに気付く、が。
「後藤!」
保田の怒声と共に、銃声が響く。松浦は、すばやく移動をしながら、正確な狙いで拳銃を撃ってきていた。
「なんだよ、急に!」
後藤は叫ぶと、壁を蹴って空中で特殊警棒を伸ばし、松浦の拳銃を叩き落とした。
「あっ!」
松浦はすぐにそれを拾おうとするが、着地した後藤がすでに足で押さえてしまっている。
後藤は、拳銃を構えたままの保田を振り向いて叫んだ。
「けーちゃんはさっきの女の子を追って!」
「え、でも、」
「ここは私が引き受けるから。急いで!」
「……分かった!」
保田は後藤を信用して頷くと、再び通路を走り出した。
- 327 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時58分48秒
- 「あんたもさ、本当はこういうの使ったりしない人なんでしょ?」
後藤はからかうように言うと、松浦の拳銃を蹴飛ばした。
「…そう、よく知ってますね」
そう言うと、松浦は笑みを浮かべる。
「分かるよー。だって、同じ匂いがするもんね」
へらへらといつもの調子で言うのに、松浦は両手を交差させるようにしてコートに突っ込むと、
後藤の方へジャンプした。
「おっと、危ないっ!」
後藤は素早く横に避ける。松浦は身を翻すと、左手からナイフを三本、立て続けに放ってきた。
が、後藤は、その全てを警棒で叩き落とす。
その隙にもう一度松浦は飛びかかってくる。一瞬身を退くのが遅れ、後藤のシャツに
熊の爪痕のような三筋の傷が残った。
「くっ…」
後藤が振り返ると、松浦は、右手の指の間に刃渡り20センチほどの細長いナイフを挟んで、構えを取っている。
遊び半分に相手に出来る人間ではない。後藤は奥歯を噛みしめると、警棒を構えて攻撃に備えた。
- 328 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時59分20秒
□ □ □ □
銃撃の音は止むことなく続いている。すでに何人かの警官が、重傷を負って運び出されていた。
一階ホールの中央に仁王立ちして、斉藤瞳は、苛々したように先刻から拡声器で怒鳴り続けている。
「なにもたもたやってんのよ! 殺しなさい! 全員!」
と、隅に並べられた観葉植物の影から、小柄な少女が駆けだしてきて、斉藤の頭に拳銃を突きつけた。
「武器を捨てて下さい。それから、全員に撤退するように伝えて下さい」
「……」
新垣に拳銃を突きつけられたまま、斉藤は次にどうすべきか逡巡した。
その時、吹き抜けを横切っている渡り廊下から、フラフラと矢口が姿を現した。
新垣は彼女の姿を認めると、大声で呼びかけた。
「矢口さん! 逃げて下さい! 今のうちに!」
だが、矢口はその声も耳に入らないかのように、なにかに引きずられるようにして歩いていた。
- 329 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)01時59分51秒
- 「矢口さん!」
もう一度新垣が呼びかける。ようやく矢口は我に返ると、渡り廊下から声の方を見下ろした。
「ああ、新垣…。偉いな。よくやってくれるよ」
ぼんやりとそう呟くと、ゆらゆらと反対側のエントランスホールの方向へ向き直った。
安倍なつみと紺野あさ美が、駆け足で入り口を潜り抜けてくるのが矢口の目に入る。
その時、矢口は全てのからくりが読めたような気がした。
そして、怒りで我を忘れた。
「やっほー、なっちー!」
上の方からの甲高い声に、安倍はハッとしたように顔を上げた。
「や、矢口…」
「清く正しき優等生の密告者くん、地獄に堕ちな! キャハハハハハ!」
そう叫ぶと、ハンドガンを安倍に向けて連射した。
たちまち、安倍の身体にいくつもの真っ赤な華が咲く。
- 330 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時00分24秒
- 「安倍さん!」
紺野が驚いて駆け寄る。が、安倍の元に辿り着く前に、追い掛けてきた警官に取り押さえられてしまう。
矢口は馬鹿笑いをしながら、渡り廊下でバレリーナのようにくるくると回った。
と、再び闇の奥に少女の姿が見える。
「ヒドーイ、コト、スルネー」
そう少女の口が動いたように、矢口には見えた。
「うるせえよ! 死ねっ!」
矢口は錯乱したようにハンドガンを撃ちまくった。
「矢口さん! 逃げて下さい!」
新垣は斉藤に狙いを定めたまま、ゆっくりと後じさりをして行った。
- 331 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時00分59秒
□ □ □ □
夜空に溶け込むように、オレンジ色の光が揺らめき舞い上がっているのが、メルセデスの
窓から見ることが出来る。
中澤は自分の不安が的中していないことを祈りながら、運転手を急かし続けていた。
途中で都政二百年祭のパレードにぶつかってしまい、思わぬ足止めを食らわされたのが痛かった。
すでに、平家達は吉澤を殺しているのかもしれない。だが、いずれにしても、その場で
なにかが起こっていることは確かだった。
「おい…、なにがあったと思う?」
中澤に問いかけられて、運転席の里田まいは答えに窮した。
「私には、なんとも…」
「一人のガキを捕まえんのに、あんな大事になるんか?」
そう言うと、炎上していると思われる第十行政区の倉庫の方を示した。
「それは…」
「くそっ、急げ」
中澤は苛立ちを抑えるように、後部座席からシートを蹴飛ばした。
- 332 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時01分31秒
- 倉庫はすでに完全に炎に包まれており、辺りに火の粉を撒き散らしている。
廃棄されたコンテナ類が散らばっている広場に数台のメルセデスが止められ、拳銃を
構えた黒服の組員達が飛び出していく。
中澤と里田が倉庫へ向かおうとしたとき、弱々しい声が話しかけてきた。
「た、助けてください…。助けて…」
見ると、気絶した少女を支えながら、一人の女性が足を引きずるようにして近付いてきていた。
二人とも、身体のあちこちに返り血を浴びたような跡がある。
「メルヘンのメンバーか?」
里田に訊く。
「いえ、違うと思いますが…」
「おい、手を貸したれ」
「は、はい」
中澤に命令され、里田が二人の元へ駆け寄っていく。
その時、派手な音を立てて倉庫が崩れ落ちていった。
- 333 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時02分04秒
- 入り口付近から、逃げ出すようにして何者かの人影がゆらゆらと現れた。
中澤は、遠く離れた場所からでも、すぐにそれが誰だか分かった。
「みっちゃん!」
その声に、平家は顔を向ける。
が、次の瞬間、背後から姿を現した人影に斬りつけられた。
「おいっ!」
平家は、その場から弾かれたように転がっていった。
中澤は、目の前の光景がいまだ把握できないまま、平家の元へ駆け寄っていく。
「みっちゃん!? しっかりせい! なにが起こったんや!?」
「…裕ちゃんか…? はは、あんた、エラいもんかかえてたんやな…」
消え入るような声でそう言うと、大量の血を吐き出した。
「しっかりしろや! すぐに助けたるからな、それまで頑張って…」
「…こんな場所でなんやけど…、うちの連中のこと、…あんた面倒見て…」
そこまで言うと、目を閉じて絶命した。
「みっちゃん!? おい、落ち武者! なに寝とんねん! 起きろや! おおい!」
しかし、二度と平家が起きあがらないことは分かっている。
- 334 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時02分35秒
- 中澤は微かに涙の浮かんだ目をあげた。
夜空と、炎上する瓦礫を背景にして、漆黒のコートを纏った人影がいまだ立ちつくしている。
どこか放心状態にいる人間のように、それは見えた。
「吉澤ァ!」
鋭い怒声に、吉澤は我を取り戻したように声の方を振り向いた。
何人かのヤクザと、倒れた平家を抱きかかえている金髪の女性が目に入った。
「…中澤さん?」
そう言いかけたとき、銃声と共に身体のあちこちに鈍い痛みを感じた。
吉澤は傷口を押さえたまま、その場に膝をついた。口から流れ落ちた血が、アスファルトに円を描いた。
「…よっすぃー…」
気絶して柴田に支えられている石川は、中澤の声を聞いて無意識に呟いていた。
が、柴田にも里田にも、その声を拾ってやるだけの余裕はなかった。
- 335 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時03分08秒
□ □ □ □
一瞬の隙をついて、後藤の振るった特殊警棒が松浦の右肩を砕いた。
「っつ…」
肩を押さえたまま、壁に張り付いてゆっくりと距離を取っていく。
後藤は勝ち誇ったように笑いながら、松浦の落としたナイフを拾い上げて、まじまじと観察した。
「あんだけこの棒と打ち合っても刃こぼれしてない…。よっぽど頑丈に出来てるんだねえ。
軽いし薄いし、いい武器だ」
感心したように言うと、一人で頷いた。
「あ、あなた、何者…?」
後藤から視線を逸らさずに、松浦は呟く。
「ん〜、さあねー。頼まれればなんでもやるけどねー」
「…政府がどういう連中なのか、分かってるの…?」
「さーね。そういう難しい話は、けーちゃんとしたら? ここにはもういないけどさ」
そう言うと、ニッと笑った。
「……」
松浦はじわじわと後藤から距離を取っていくと、素早く細い横道へと飛び込んだ。
「あ、逃げた」
後藤は松浦を追うか、クマを抱いた少女を追うか一瞬迷うが、すぐに保田の消えていった方向へ走りだした。
- 336 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時03分40秒
□ □ □ □
「オーイェー! みんなー、まだまだ飛ばして行くよーっ!」
「うおぉぉぉ!」
もう数時間も歌い踊っている市井と、負けずに暴れ続けているファンのパワーに呆れながら、
小川は奥のスツールに座り込んでうとうとしていた。
高橋愛はいまだに右手を振り上げながら、大盛り上がりでジャンプし続けていたのだったが。
- 337 名前:17. 投稿日:2003年02月14日(金)02時04分11秒
□ □ □ □
保田圭は荒い息をつきながら、その場にしゃがみ込んだ。
辺りを見回しても、なんの気配も感じられない。
「ったく、なんなのよあの娘……、どこに消え…」
そう呟いたとき、ふと上方に気配を感じた。
保田がハッとして見上げると、黄色いクマのぬいぐるみを抱いた少女が、ふわふわと降りてきた。
「あ、あんた、どうやって…?」
「早くぅ、逃げなきゃ」
唐突に話しかけられて、保田は答えに窮し、思わずオウム返ししていた。
「逃げなきゃ…、って、なにを言ってるの……?」
「これから面白くなるんだから、急ご?」
「……?」
「けーちゃーん」
遠くの方で、後藤の声がこだまするのが聞こえてきた。
- 338 名前: 投稿日:2003年02月14日(金)02時04分42秒
-
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ッ グ H
- 339 名前: 投稿日:2003年02月14日(金)02時05分14秒
- クラ ン
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- 340 名前: 投稿日:2003年02月14日(金)02時05分45秒
- グ ッ
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- 341 名前: 投稿日:2003年02月14日(金)02時06分15秒
SIDE-A 【終】
- 342 名前:今回更新分 投稿日:2003年02月14日(金)02時06分47秒
- 17.黒色過程 PARTU>>294-336
18.ビッグクランチ>>337-339
- 343 名前: 投稿日:2003年02月14日(金)02時07分18秒
- エラーではありません。念のため。
もうしばらくお付き合い下さい。
>>314名無しAVさん
矢口はやっぱ荒れてないと(w
当初から更新の度にレスいただいて、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
- 344 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月14日(金)02時08分58秒
- 初レスします、リアルタイムだったみたいで。
嬉しいっすね、これは。
いつも、緊迫した雰囲気に飲み込まれています。
作者さんがんがってください。
- 345 名前: 投稿日:2003年02月14日(金)03時04分21秒
- スイマセン、訂正です。。。。
17.黒色過程 PARTU>>294-337
18.ビッグクランチ>>338-340
です。
>>344
初レスありがとうございます。
リアルタイム見られるとなんか緊張しますね(w
これからもよろしくお願いします。
- 346 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年02月15日(土)00時01分07秒
- 更新お疲れさまです。
よっすぃ〜すごいことになってます。
それでも、よっすぃ〜はカッケ〜です。
よっすぃ〜とごっちんはどっちが強いんでしょう?
対決を見たいものです。
では、続きも楽しみに待ってます!!!
- 347 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月15日(土)00時17分46秒
- むむむ……なんだか勝手に話の概要が少しずつわかってきた様な気がします。
とりあえずこれからの飯田さんとつんくちゃんの動きに注目。
あと後藤さんと吉澤さんも。
あと矢口や保(ry……注目する人間が多すぎたために略されました。
- 348 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月16日(日)14時07分01秒
- 目が離せません!!
すごい作品に会ってしまった・・・。
固唾を飲んで見守っております。
- 349 名前: 投稿日:2003年02月18日(火)00時11分01秒
SIDE-B
- 350 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時11分35秒
19.TOD UND VERKLARUNG
やがて朝日が昇り、変わり果てた東京の姿を無慈悲に照らし出すことだろう。
ほとんどの人間が予期する事の出来なかった変化が、都市のあらゆる場所を覆い尽くしていた。
そして、このような状況になって始めて、多くの人々が失ったものの貴重さに気付く。
見渡す限りの瓦礫の海と、破裂した水道管から吐き出されている水や、あちこちで散発している火災、
うっすらと降り積もった土煙、こうした全てが、コントロールを失ったエネルギーの猛威を示していた。
瓦礫の下から、ゆらゆらと『眼』が這い出してきて、何事もなかったかのように職務へと戻る。
土の中から選別し、鍛えられた金属も、煉瓦も、石材も、大量のゴミの山となって
元の土の中へと収まっている。還る場所のないプラスチックや発泡スチロールの
堆積は不純物となって撒き散らされている。
都市のあちこちで無数のガラスが無数の危険な破片になって降り注いでいる。
惨憺たる光景。しかし光と闇の区別の付かない世界で、月の微かな光だけを
反射して煌めく鋭い雨は、目に見えずに人々を傷付けた。
運良く生き延びた人々は、まだ事態を飲み込むことが出来ないまま、ただ
信頼できる仲間同士で寄り添って震えることしかできない。
傷つき、寄り添うもののない人間は、ただあてもなく街を彷徨い歩いていた。
ほんの数秒ほどの衝撃に吹き飛ばされたのか、空には汚染された雲も姿を消し、
容赦のない太陽の光は街全体が受け入れていた。
腐食したコンクリートと金属の骨と無機物の死骸がグチャグチャにミックス
された、一面の灰色へ深く染み渡っていく自然の光。
- 351 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時12分06秒
保田圭は、針金を捻りあわせた即席のアンテナを掲げながら、儀式のように瓦礫の上をはね回っていた。
膝を抱えたままその姿を見つめていた後藤真希が、たまりかねたように声をかける。
「けーちゃん、どう? なにか拾えた?」
「全然ダメ。ま、最初から無駄だって分かってたけどさ」
苦笑しながら言うと、携帯PCを閉じて後藤の元へ戻ってきた。
「まー、焦らなくてもいいんじゃない? 昨夜の今日だしさ、まだみんな訳分かんない状態だと思うよ」
「だろうね。うちらだって、本当になにがなんだか…」
保田は呟くと、後藤の側に座り込んで頭を抱えた。
今の段階で可能性として推測することが出来るのは、大規模な直下型地震が
東京を襲ったということだけだった。
もちろん、他の可能性もいくつか考えることは出来たが、そう考えることが
もっとも自然であるように思われた。
そして、ほんの数秒、地球が身震いをしただけで、人間達が築き上げたシステムの
ほとんどが瓦礫の山と化してしまった。
- 352 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時12分36秒
保田と後藤の二人は、衝撃を受けたその瞬間、身体が浮遊するような感覚に包まれていた。
いや、実際に二人は、その瞬間、地中深くに張り巡らされた迷宮の奥から、
一瞬にして東京を見下ろせる遥か上空にまで浮かび上がっていた。
保田は、なにかの幻覚か夢じゃないかと言って取り合ってくれなかったが、
後藤は一連の出来事が全て事実であったと信じている。
そして、二人を地下から上空へ連れだしたのは、あの黄色いクマのぬいぐるみを
抱いた少女である、ということも信じていた。
いずれにしても、二人が気が付いたときには地上へ脱出できており、都市が破滅していく光景を
上空から目撃していたということ事実は、認めざるを得ない。
- 353 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時13分07秒
- 後藤は懐中から小さな双眼鏡を取り出すと、立ち上がって周囲を見回した。
「ここらへんは誰もいないね。みんなもう避難しちゃってるのかなあ」
「いや、多分まだどうするか分からないで、身動きが取れないでいるだけだと思う。
政府も警察も、この状態じゃまだなにも…」
保田はそう言いながら、ペットボトルから水を含んだ。
「ね、…何人くらい死んだと思う?」
後藤にしては珍しく、神妙な口調で訊いてきた。
「さあね。少なく見積もっても…、いや、やめとこ。そんなこと考えたって仕方ないよ」
そう言うと、広げていた通信機器を片づけ始めた。本当の混乱が始まるのはこれから
だろう。あてもなく逃げ場を求めて難民たちが町に溢れ、交通は麻痺し、病院には
無数の人々が押しかけてすぐにその機能を停止させられる。混乱に乗じて、抑圧されて
来た犯罪が乱発し、それにより再び怪我人が増えて死体の山が築かれ、衣食の安定を
求めて善良な人々の間でも争いが耐えなくなるはずだ。
- 354 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時13分44秒
- 都政府の対応などには一切期待していなかった。すでに彼らがどうにか出来る規模の被害で
ないことは、この場の光景を見回して見ただけでも分かる。かといって、今の中央政府が
非常事態だからといって東京へ介入してこれるほどの度量を持っているとは思えない。
それは都周辺の自治体にしても同様だ。
うっすらと空が白み始めた。すでに起こっていること、これから巻き起こる様々な
ことを想像して、保田は溜息をついた。
- 355 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時14分19秒
- 「うちらもここでダラダラしててもしょうがないから、とりあえず都心の方へ行こう」
手荷物の確認をしながら保田が言った。なにが起こっているにしても、始めに自分たちの
動き方を再確認していく必要がある。
「こうなったら都心もなにも関係ないと思うけどね」
「まぜっかえさないの」
その時、瓦礫の向こうから微かな物音が聞こえる。
埋まっていた『眼』が、自力でゆらゆらと這い出してきたのだ。
保田は、未だにこの『眼』が浮遊する仕組みを理解できない。
「あ、お疲れー」
後藤は、近付いてくる『眼』に軽い調子で声をかける。
だが、どこか普段とは雰囲気が違っているのに気付いた。
「…ん〜?」
まじまじと『眼』を観察する。黒目の、瞳孔に当たる部分が開いていた。
と、その開かれた奥が青く煌めいた。
- 356 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時14分49秒
- 「後藤、危ない!」
保田の声が聞こえる。『眼』は開いた瞳孔から後藤に向かってレーザーを放ってきていた。
後藤は転がるようにしてそれを避けると、警棒を伸ばしてそれをたたき壊した。
保田も、いつの間にか集まってきていた『眼』を次々に銃で撃ち落としていく。
しかし、背後からまた数基の『眼』が寄り集まってきていた。
「なんでうちらが攻撃されないといけないわけっ!」
後藤は叫びながらジャンプすると、鮮やかな動きでそれらを破壊していく。
保田は銃を放ちながら、後藤の腕を掴んで走り出した。
「とにかく逃げよう! こいつら、プログラム通りに動かされてるだけなんだから」
「でも、なんで!」
「多分武器を持ってるからだと思う! 非常警報が発令されたんじゃないの!?」
そう言いながら、保田は釈然としないものを感じていた。
もし警報が出されたとすれば、それを判断したのは誰なのか。
あるいは、非常事態に際してそうした自動プログラムが組まれていたのかもしれない。
だが、それにしては乱暴すぎる。
いくつもの可能性が錯綜するが、ゆっくりと思案に耽っている余裕は、今のところはないようだった。
- 357 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時15分20秒
□ □ □ □
なにかを握りしめて、ステージを舞っている。
それは慣れ親しんだ警棒ではなく、黒いハンドマイクだった。
ふと周りを見回す。目が眩むような照明。百八十度取り囲まれた、だだっ広いステージ。
慣れ親しんだ、煙たいライブハウスやイベントスペースとは違う。そして、
自分は誰とも戦うことなく、歌い踊っている。
同じような衣装を着た女の子たちも、自分と同じように歌って踊っている。
中には、どこかで見かけたような顔もある。
突然、足が動かなくなる。なにかに縛り付けられたように。
そして、全身を包む痛み。堪らずにその場に蹲る。
音楽は鳴り続けている。皆、自分には構わずに歌い続け、観客は歓声を上げる。
マイクを握りしめる。だが、それは血にまみれた純白の警棒に変わっている。
身体を押さえる。生暖かい感覚。左手を見ると、自分の身体から流れ出した血に染まっている。
巨大スピーカーからの大音響と数万人と思われる歓声が渦巻いて、頭をかき乱す。
今見ているのはもう一つの人生で、無限にある可能性の、ほんの一つの
一瞬の光景、なのだろうか。
- 358 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時15分53秒
- 誰かの囁き声が聞こえる。
目を開く。落下するように現実へと引き戻される。
薄暗く、狭い部屋だった。必要最小限の物しか置かれていない。
大型のコンピューターに向かっていた女性が一瞥をくれる。
ここからはよく見えないが、髪が長く、美しい女性だ。
女性は誰かを呼ぶ。女性から呼ばれた誰かが駆け寄ってきて、私の顔を覗き込む。
私もその顔を見つめ返す。二、三度瞬きをして、なにかが私の記憶の中で符合する。
そして、
- 359 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時16分23秒
- 「お、お前は…!」
吉澤は身を起こそうとするが、全身の、特に腹部の激しい痛みで、すぐに呻き声をあげた。
「くっ…、痛ててて」
そんな彼女の様子に驚いたのか、駆け寄ってきた白衣の人間──少女──は怯えたように、
パソコンに向かっている女性に寄り添っていった。
「いいださーん、あの人、起きましたよ」
変に舌っ足らずな調子で少女が言う。見かけよりも大分幼く聞こえる。
女性はキーボードを叩く手を休めると、優しい笑顔を浮かべて少女の頭を撫で、吉澤の方へ向き直った。
「あ、気付いた? よかった、かなり危ない状態だったからね」
「あの、私、……」
吉澤はまだ頭が混乱した状態だった。が、女性は構わずに喋り続ける。
「辻がさあ〜、いきなり血だらけになったあんたを連れて戻ってきたから、
もうなにごとかって感じでさー、ビックリだよ。
あんたもお腹に穴あいちゃってるし、なにがあったか知らないけど骨とか
あちこち折れてるしさ、正直圭織もそっちは専門じゃないから、焦っちゃって」
- 360 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時16分56秒
- ペラペラと早口で喋る女性の言葉から、少女の名前がツジで、女性の名前がイイダ・カオリだと
言うことは分かった。そして二人が自分を助けてくれたということも。
饒舌に喋り続けるのを聞き流しながら、吉澤はこれまでの経緯を思い返してみた。
しかし、覚えているのは、中澤に数発撃たれたことと、崩れてきたコンテナに
潰されかかったことだけだった。
足下から突き上げられたような感覚も残っていたが、それらが現実なのか幻覚
なのか、はっきりとは分からないでいる。
- 361 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時17分26秒
- 考えに沈んでいる吉澤の顔を、飯田圭織が大きな目を見開いて覗き込んできた。
「ひっ…」
「ねえ、ちゃんと聞いてよ、圭織一生懸命喋ってるんだからさあ」
「は、はい」
「でさ、あんたがその右手に握ってる、バットみたいなの? それを離そうとしなくて、
大変だったんだから。腕の骨も折れてるのに、どこからそんな力が出てくるのか謎だよ」
「あっ…」
飯田に言われて、吉澤は思わず右手を挙げようとした。
が、激痛に呻くと、特殊警棒が床に落ちる乾いた音が聞こえた。
「なんだ、取れるんじゃん」
そう言うと、飯田は苦笑した。手のひらから、乾いて固まった血の欠片がパラパラと落ちた。
「辻、この子の手を拭いてあげて。あと、その棒も洗っておいてね。大事なものらしいから」
「はーい」
辻は律儀に返事をすると、タオルを持ってきて吉澤の手を拭いてくれた。
- 362 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時18分00秒
- 「……」
「あ、この子、辻希美って言って、圭織の助手。で、私は飯田圭織。ま、ここは大した
ものもないけどさ、安全ではあるから、ゆっくりしていってよ。というか
しばらくは動けないだろうけど」
「あの、ここは…」
「ここはね、圭織のシェルター。ずっと前から地震が来るって分かってて、
それで辻に作らせてたんだ。お陰で、こうして生き延びていられるってわけ」
「じ、地震って……?」
飯田の言葉に、吉澤は驚いた。
では、あの時に感じた感覚は、それによるものだったのか。
「地震は地震だよ。観測史上最大だね。ある意味レアな体験、みたいな?」
「それで、その…、どうなってるんですか? 外は」
「壊滅状態。見る?」
飯田は軽い調子で言うと、衛星から撮影したと思われる俯瞰写真を見せた。
それを見て、吉澤は言葉を失った。
- 363 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時18分32秒
- 一面が、まったく同じような灰色で埋め尽くされているように見える。
整然とした都会の風景はどこにもなくなり、まるで巨大な靴に踏みにじられた跡のように見えた。
吉澤は、思わず激昂して大声を出してしまう。
「こんな、こんなことになるって分かってて、それなのに、どうして…」
「無理だよ。言いたいことは分かるけどさ、圭織はみんなから頭おかしいって思われてたんだから」
自嘲するように言うと、顔を歪めて笑った。
「キチガイ女がなに言ってみたって、相手にされるわけないじゃん。だから、
圭織は自分のためにシェルターを作ったの。いいでしょ? そのくらいしたって」
真顔で睨み付けられながら言われると、吉澤には言い返す言葉が見付からなかった。
- 364 名前:19. 投稿日:2003年02月18日(火)00時19分03秒
- 「でも、じゃあなんで私を…」
「知らないよ。辻が連れてきちゃったんだから。まさかほったらかしておいて、そのまま
死なせちゃうわけにもいかないでしょ。いくら私だってそこまで鬼じゃないよ」
そう言うと、軽く吉澤の頭を叩いた。
「だから、あんたは圭織よりも辻に感謝するんだね。命の恩人なんだからさ」
再びコンピューターに向かってしまった飯田から目を逸らすと、向こうの方で
タオルと吉澤の特殊警棒を洗っている辻の方を見た。
この、どこか浮世離れした女性を面倒見ているのが、あの少女なのだろう。
二人がどのような関係なのかはよく分からないし、なぜ辻が吉澤を救出してくれたのかは分からない。
それに、辻の顔に向かい合ったときに感じた既視感。
そうしたことは、これからゆっくりと探っていけばいいだろう。
吉澤はそう考えると、目を閉じた。
- 365 名前:更新終 投稿日:2003年02月18日(火)00時19分37秒
>>349-364
- 366 名前: 投稿日:2003年02月18日(火)00時20分08秒
- >>346ななしのよっすぃ〜さん
すごいことをさせてしまいました(w
対決は、多分、そのうち、……
>>347名無しAVさん
マジっすか。少し安心しました。全然伝わってなかったら
どうしようかなーって感じだったので(w
>>348名無し読者さん
ありがとうございます。
固唾を飲みつつ、生暖かく見守ってやってください(w
- 367 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年02月18日(火)20時40分13秒
- 作者さま、更新お疲れさまです。
えっ、対決あるんですか?すげ〜楽しみです。
ますます目が離せません!!!
更新、楽しみに待ってます!!
- 368 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月18日(火)22時13分31秒
- 警棒つえ−な!!
ならばかなり特殊な警棒を持つあの人は何者なんだろう?
- 369 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時49分53秒
20.千日手
ひび割れたアスファルトの上を、ゆっくりと歩く。
ここは嘗て都市の中心部であった街だが、今にも崩れ落ちそうに傾いたビルや、荒れ放題に
なった商店が見渡す限り続く風景からは、過去の繁栄を想像するのは難しい。
難民達は建物の影に隠れて毛布にくるまったり、あてもなくたださまよったり
していた。無数の病人や怪我人が溢れかえり、すでに機能を停止して無法地帯となって
しまった病院から溢れてきている人々も、どうすることも出来ずに日陰に蹲って震えていた。
藤本美貴はそんな光景を興味深そうに観察しながら、落ち着いた歩調であてもなく進んでいた。
- 370 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時50分25秒
- 東京に壊滅的な打撃を与えた震災から、二週間ほどが過ぎた。
その間に、周辺の都市部からはなんら有効な援助も与えられて来なかった。
すでに一国内での地方分権体制が進み、その中でも最大の勢力を持っていた都市の壊滅に対して、
お互いが牽制しあっているようにも思えた。
民間のボランティア組織による援助活動が、一部の組織化された暴徒によって襲われたという噂も、
難民達の間では囁かれている。廃車にされた赤十字の車が投棄されているのを、
藤本はついさっき高架下跡で見かけていた。
そんな全てが、藤本にとっては面白くて仕方がなかった。
- 371 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時50分55秒
- 藤本はぼろぼろの幌で仮設された店のような場所へ入ると、椅子を一つ拾ってきて腰をかけた。
店の中には、行く当てもなくなった難民達が、覇気のない様子で顔を突きつけあっている。
染みだらけの無地のTシャツを着た中年の店主が、のろのろとやってきて注文を聞いた。
「なんでもいいから、出来るものを」
藤本は低い声で言う。女性の声に、何人かの男たちが振り返ったが、すぐに目を逸らした。
「缶詰か、インスタントの食品しかないが、それでもいいか?」
「ええ、とにかくお腹が空いているので」
「悪いけど、先払いでいいかい?」
「これで足りる?」
そう言うと、よれよれの紙幣を無造作に取りだした。
「東京の札かあ。日本のはあるかい?」
「今はこれしか…。カードならあるんだけどね」
藤本は困ったような顔をしながら言うと、
「ねえ、どうしてもダメ?」
店主は肩を竦めると、
「現物での取り引きもしてるんだけどな。お嬢さん、なにか役に立ちそうなもの持ってないかな」
「うーん…、そうだな」
少し考えると、コートの中から一本のナイフを取りだした。
「これでどう? 悪いものじゃないと思うんだけど」
「へえ…」
- 372 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時51分26秒
- 店主はしばらくそのナイフをあらためると、
「かなり手入れが行き届いてるし、いいものだな。…あんた、ただの女の子じゃないな」
声を潜めて言うのに、藤本は微笑を返し、
「で、なにを出してくれるわけ?」
「し、少々お待ちを…」
そう言うと、そそくさと店の奥へと戻った。
ほどなく、ちょっとした料理と紙コップ一杯のミネラルウォーターを持って店主が戻ってきた。
「今のところはこれで勘弁してくれ。こっちもありもので商売してるだけなんでね」
「全然。おいしそう」
藤本は小声で言うと、軽く一口含んで、店主に向かって微笑んだ。
- 373 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時51分59秒
- 「でも、今まで近隣区域からなんのアプローチもないって、不自然ですよね」
藤本が言うのに、店主も深刻そうな表情で応じた。
「ああ。俺はよく分からないが、裏での利権争いみたいなものがあって、怖くて東京には
手が出せない状態らしい。まったくどうしようもない連中だよ。こんな時に」
「政府の人たちは全員死んだ訳じゃないんでしょう? 臨時議会なりなんなりから
ちょっとくらいは声明があっても…」
「そんなもんに期待しちゃ駄目だね。連中は、いざとなったらなにも出来ない連中だよ。
今頃、どっかのシェルターで顔つき合わせたまま震えてるんじゃないか?」
「警察も軍隊も、今の無法地帯はどうしようもないってこと?」
「そうだな。警察だって、指揮系統がなければただの人間でしかないよ。組織化された
悪党どもにはどうしようもない。大体、その警官だって平気で強盗やってんだから
どうしようもないよな」
「ふうん……」
声を潜めると、藤本はコートの中から数枚の写真を取りだした。
- 374 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時52分29秒
- 「ところで、この子供について、なにか知ってませんか?」
店主は写真を受け取ると、パラパラと眺めて小声で呟いた。
「ああ…。『神の御加護を』ってやつだな…」
「なに、それ?」
「俺もよく知らない。ただ客がたまに話してたりするんでね」
そう言うと、深く溜息をついてから続けた。
「前に、政府に犯行声明を出してテロ活動をしていた武装集団がいただろう。あの残党の連中が、
よく分からない子供を祭り上げて、人を集めてるらしい」
「テロ集団…、Hello!ってやつだっけ?」
「よく覚えてないがな。もうはるか昔の出来事みたいに思えるよ。まあ、もともと
危険な連中だったわけだしこういう状況に乗じてクーデターを起こしたと
しても不思議じゃないわな」
「でも、それとこの子供が、なんの関係があるの?」
「なんでも、手を触れただけで怪我を治しちまうとか、なにもないところから食い物を作るとか、
そういう…ま、都市伝説だわな。ただそういう話がどんどん膨れあがって、今じゃ神様扱いってわけよ」
「ふーん…。危機的状況で宗教が生まれるっていうのは、歴史的必然か…」
藤本が一人ごちるのに、店主が笑いながら、
「あんた、学生さんか? そんなご大層なもんじゃないぞ。あれは、単なるガキの遊びさ。
ただ、街で徒党を組んでたような連中に比べれば多少はマシって程度だよ」
「なんだって、はじめは子供の遊びみたいなものですよ。じゃ、ごちそうさま」
微笑しながら立ち上がると、足早に店をあとにした。
- 375 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時53分02秒
- 午後の風はひどく肌寒い。藤本は歩きながら、サングラスのパネルを操作して、
いくつかの映像を呼び出した。
都内のあちこちを飛び交っている『眼』から、次々と情報が送られてくる。
藤本がアクセスできる『眼』は50前後あったが、すでに大部分が暴徒によって破壊されていた。
彼女自身が『眼』を操作したり攻撃命令を出したりすることは出来ない。ただ、自動制御で
動かされている『眼』からランダムに情報を得ることが出来るだけだ。
『眼』をコントロールするためのコードを与えられている工作員がいるという話も聞いた
ことがあったが、藤本はまだそこまでの評価は与えられていないらしかった。
- 376 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時53分33秒
- 『眼』からは、今の段階では、あまり興味深い映像は送られてきてはいなかった。
強盗や暴行、女性が集団で襲われているような映像もあったが、それ自体はすでにありふれた
光景になってしまっていた。光線で処刑された人間のリストにも、興味深い名前を
見つけだすことは出来なかった。
それに、藤本は警官ではない。ただ好奇心だけで動いているだけだ。
今までの情報から、写真の子供を祭り上げた集団が今日の夕方に姿を現すことが分かっている。
これから、藤本もその場へ向かうつもりだった。
が、
- 377 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時54分08秒
(なんか、厄介な連中に目を付けられちゃったみたい)
店を出たときから、付け狙われていることには気付いていた。
とりあえず、始末をつけるには人目のない場所の方が都合がいい。
藤本は広い通りをそれると、傾いたビルが影を作っている、瓦礫だらけの路地へ入った。
中程まで進むと、壁にもたれ掛かり、腕を組むようにして両手をコートに入れた。
五人ほどの汚い格好をした若者達が下品な笑い顔で近付いてくるのが見える。
と、反対側からも何人かが集まっているような様子が見えた。
(仲間か…? どうやって連絡を取ったんだろう?)
一瞬考えこむ間に、若者の一人が手を挙げて声をかけてくる。
「よお」
藤本は言い終える猶予は与えない。軽やかなステップで背後に回り込むと、次の瞬間
には男の喉笛を切り裂いていた。
- 378 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時54分42秒
- 「おい!」
「どうした!?」
突然真っ赤な水柱が噴き上がったのに仲間が戸惑っている隙に、藤本は近くに
いたデブの男も同様にして息の根を止めた。
すぐに瓦礫を蹴りながら、俊敏な動きで彼らから遠ざかる。
「野郎!」
「逃がすなっ!」
彼らの声を聞き、藤本は苦笑した。
「逃げたりしないわよ」
サングラスで、ターゲットまでのラインを浮かび上がらせると、正確な射線に
ナイフを放った。命中。血を吹きながら男が倒れてる隙に、ドレッドの男の背後に
回り込み頸動脈を切断する。
- 379 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時55分14秒
- (あと…、12人!?)
倒れた男からナイフを抜き取りながら、サングラスからの警告に藤本は驚いた。
離れた場所にいる連中が、次々に拳銃を抜いている様子が眼にはいる。
(まずいな……)
ナイフから血を払うと、三本を構えたままジグザグに走り出した。
銃声が聞こえてきたが、素人の拳銃がそう当たるものではない。
義足の周囲から円形の刃を出しジャンプすると、一人の顎を蹴り上げ、降り際に
別の一人の顔面を踵落としで剥ぎ取った。
が、その刹那、鳩尾に誰かの肘打ちが入る。
「うっ…」
藤本が呻いた時、頬を銃弾が掠めていった。
- 380 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時55分45秒
- 「このアマが!」
背後から迫ってくる気配。藤本は振り返りざまにその男の喉を斬りつけ、そのまま
左脚を軸に回転してナイフで切り裂いていこうとする。
しかし、別の誰かに足を払われて、堪らずその場に倒れ込んだ。
すかさず、拳銃を持った男がその身体に数発撃ち込む。
火薬臭い煙が立ちこめ、藤本はコートを被ったまま動かなくなった。
「……死んだのか?」
「油断するな。こいつ、何人殺しやがったんだ……?」
拳銃を構えたまま、藤本の身体を蹴る。が、なんの反応もない。
- 381 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時56分20秒
- その時、離れた場所から銃声が聞こえ、一人がその場に蹲った。
「な!? 誰だ!?」
「貴様!」
銃声が交錯する。が、路地の向こうから近付いてくる人物は、正確な狙いで男達に銃弾を撃ち込んでいく。
リーダー格の男が腹を撃ち抜かれて倒され、残された数人は慌てて逃げ出していった。
銃を構えたまま、ボロボロの枯葉色のコートを着た人物はゆっくりと歩み寄ると、藤本に話しかけた。
「美貴、もう起きたら?」
「……」
藤本は憮然とした表情で立ち上がると、頬についた一筋の傷を拭った。
松浦亜弥は拳銃を向けたまま、彼女に微笑みかける。
- 382 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時56分51秒
- 「助けてくれてありがとう…、とか言って欲しいわけ?」
「別に。ただ、決着をつける前に死なれても困るし」
と、そう言う松浦が左手で拳銃を構えているのに気付く。
「あんた、いつからサウスポーになったの?」
「事情があってね。こっちの手しか使えないんだ」
そう言うと、コートをずらして固定した右肩を見せた。
藤本は壁にもたれ掛かると、天を仰いでおかしそうに笑った。
「あははははは…、天才松浦亜弥も、さすがにふいの天災には勝てなかったってこと?
あー、超うけるんだけど」
「拳銃じゃ殺せないのは分かってるからね。でも、これじゃどうしようもないでしょ?」
「確かにね。で、なに? 一時休戦でも申し込みたいって?」
馬鹿にするような口調で言うのに、松浦は真顔で返した。
「そういうこと。こんな事態になるなんて想像もしてなかったし、美貴だって、さっきみたいな
状況で一人だと辛いんじゃない?」
「ん…」
認めたくはないことだったが、松浦の言うのも事実ではあった。
- 383 名前:20. 投稿日:2003年02月21日(金)00時57分23秒
- 「…言っておくけど、あんたが殺されそうになっても、私は助けたりしないからね」
「わかってるって」
松浦は笑うと、拳銃をコートに収めた。
「で、これからあいぼんの集会にいくんでしょう?」
「あいぼん? ってなんのこと?」
「美貴がさっきのお店で訊いてた子供の名前。というかニックネームかな。他に加護さまとか
言われてたりするけどね」
「なんだ。もうそんなとこまでお見通しなんだ」
藤本はガッカリしたように言うと、そっぽを向いて歩き始める。
松浦はそんな彼女の様子を微笑ましそうに見つめながら、後を追った。
- 384 名前:更新終 投稿日:2003年02月21日(金)00時57分59秒
- >>369-383
- 385 名前: 投稿日:2003年02月21日(金)00時58分33秒
- >>367ななしのよっすぃ〜さん
予定だとかなーり先の話になりそうですが……、気長にお待ち下さい(w
>>368名無しAVさん
警棒の殺傷能力はかなり高めに設定してあります。
素人にはお勧めできないです(w
- 386 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月21日(金)01時47分32秒
- 少年マンガの様な熱い展開ですなぁ。
そして遂にあの子が出てくるのか。
黄色いクマのぬいぐるみを抱いた少女と何か関係あるのかなぁ。
というかAとBで違う次元の話だったらどうしよう。
ん〜目が離せない。
- 387 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時52分33秒
21.グッド・アルケミー バッド・アルケミー
かつては球場として使われていただだっ広い場所に、がらくたを積み重ねるようにして
設えられたステージが用意されている。
それを取り囲むようにして、千人は超えるであろう人々が球場にあつまりひしめき合っていた。
また、それを取り囲むようにしている野次馬達も含めれば、相当の人数がこの場に集まっている。
まるで現代美術のジャンク・アートを思わせるようなフォルムのステージは、
夕日に照らされて赤く輝いていた。
外野席の最上段で、野次馬達に混じって球場を見下ろしているのは保田圭と後藤真希だ。
後藤は双眼鏡でステージを観察しながら、小声で言った。
「なーんかものものしい雰囲気だねえ。自動小銃を持った警備員みたい
なのがステージを取り囲んでるし、外タレの来日公演?」
「それはまあ、和気藹々とってわけにもいかないでしょう」
保田はそう言うと双眼鏡を下ろした。まだステージ上には誰も現れる様子はない。
- 388 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時53分03秒
- 「それにしても、人間って非常事態になるとなんにでも縋るってことね。全く、しょうがない」
「でもさ、あの加護とかアイとかって呼ばれてる子って、本物の超能力者なんじゃないの」
「あんたね」
後藤が言うのに、保田は溜息をついて振り返った。
「常識で考えてよ。おかしいでしょう?」
「じゃあさ、うちらはどうやって地下通路から逃げ出せたわけ? それに、
実際に空飛んでたの見たじゃん。こうふわふわ〜って、ふら〜いは〜い♪」
両手をヒラヒラとくねらせながら、後藤は変なメロディーをつけて言った。
「それは…」
保田は言葉に詰まる。確かに、こうした事実に合理的な説明を付けることは、今だ出来ていない。
「なにかがあったんじゃないの。うちらが気付かない間に」
「なにかってなに? そんなんで逃げないでよー」
「あんた、珍しく食い下がるわね」
眉を顰めて言うのに、後藤がへらへらと笑いながら、
「だってさ、なんかけーちゃんが困ってるのって面白いから」
「なんだよそれ」
「考え込んでるときのカオがね、なんていうか…、ははは、言えない」
「お前なあ…」
保田が後藤の首を絞めようとしたとき、球場の方が俄にざわめいた。
食料の配給が始まったのだ。
- 389 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時53分37秒
- 保田は双眼鏡を取り出すと、その方向を窺った。
後藤も同じようにして、言った。
「あー、豚汁じゃん。うん、この季節はやっぱりああいうのが身体暖まっていいよねー」
「……あんたも並んでくれば?」
呆れたように言いながら、保田はステージの方向へ目を向けた。
照明が当てられ、音響機材のセッティングが慌ただしげに行われている。ケーブルの配線の
先には、強奪してきた何十台もの車や自家発電装置へ辿り着くのだろう。
どこからかき集めてきたかは分からないが、数十台の大小のスピーカーが無造作に
積み重ねられているのを見ると、かなりの音圧を覚悟した方が良さそうだった。
ステージの中央には即席のDJブースのようなものが設置され、その奥に、やはり
ジャンク・アートを思わせるど派手な玉座が据え付けられていた。
ステージの周囲には、小型のマシンガンを構えた連中が物々しく構えている。
少なく見積もっても、五十人以上はいそうだった。
- 390 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時54分11秒
- 「それにしても、どこからあれだけの武器を…」
「もともとそういう人たちだったんでしょ? ほら、新宿でさ、うちらも
巻き込まれたことあったけど」
後藤が言いかけたとき、大音響で騒々しい音楽が流れ出した。
接続が悪いのか、あちこちで音が歪んでノイズを吐き出しているのがひどく耳障りだった。
トランス調の音楽にのせて、二人の小柄な女性がステージに現れる。と、俄に
会場も活気づいたようだった。
「やっほーい!」
金髪で、赤の派手なスタジャンを着てこの季節なのにかなり短いジーンズの
ミニスカートを履いた女性が、甲高い声で煽り立てる。球場に集まった人々も
負けじと大声でレスポンスを返した。
大音響のマイクにハウリングノイズと数千人の喚声が絡み合って、耳を聾するばかりの音圧だ。
- 391 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時54分44秒
- 「あぁ……、頭痛くなってきた」
保田は耳を押さえながら吐き捨てるように言う。
冷静にステージを観察していた後藤は、ステージの女性を見ると、
「あの顔、公安のブラックリストで見たことあるよ」
「うん。名前は、確か…」
携帯PCでデータを確認する。後藤は背後でショットガンを構えたまま無表情でいる少女の方を確認した。
「もう一人は仲間かな? あっちは知らないや」
「…あった、矢口真里だ。例のHello!の件で指名手配されてる」
保田はディスプレイを後藤の方へ向けながら言った。
「他にもいくつか指名手配されてる顔があるわね。ステージのもう一人はないみたいだけど…」
「あの、ステージの袖の方に立ってる女、たしかヤクザの中澤組の人でも
あるよね。やっぱり繋がったりしてたのかな」
後藤が言うのに、保田も双眼鏡を向ける。
「ああー…、知り合いだ」
そう言って嘆息したあとに、ブツブツと付け加えた。
「けど、裕ちゃんがテロ組織に関わってるとは思えないなあ」
「まーたそうやって友達を庇うんだから」
そう言うと、からかうように笑った。
- 392 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時55分16秒
- 「で、でも、あの矢口って奴、妙に客盛り上げるのがうまいよね。テロリストよりも
芸人の方が向いてたんじゃないの」
保田はステージで喋り続けている矢口を観察しながら言った。
その時、観衆達がかつてない盛り上がりを見せる。
「あ、来た来た」
「…」
袖から姿を現した少女の姿を見て、保田は言葉を失った。
黄色いクマのぬいぐるみを抱いた少女は、地下通路で見たときと同様、両脚を
揃えたまま空中を滑るようにして移動していった。
「ほらー、やっぱり飛んでるじゃん」
「…トリックね」
「けーちゃん、それなにかとキャラ被ってるよ…」
- 393 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時55分49秒
- 観衆があいぼんコールを繰り広げる中、加護と称される少女はジャンクで
飾り立てられた玉座に座ると、再び玉座ごと中空に浮かび上がった。
「よーし! まずは怪我人と病人が優先だな! お前ら、そこ道を空けろ。怪我人は一列に並べ!」
矢口が言うのに、観衆は整然と通路を開けていく。
そこに、震災で重傷を負った人間や病人達が列をなしていった。
矢口は小走りで加護に駆け寄ると、なにかを耳打ちした。
が、加護はどこか不機嫌そうな表情をしている。矢口は、もう一度なにかを言うと、すぐに表情を崩した。
「オッケー! じゃ、始めようか!」
それから繰り広げられた光景は、まさに噂に聞いたとおりのものだった。
加護が怪我人や病人の身体に軽く手を翳すだけで、一分もかからずにすべて完治していた。
保田の双眼鏡からでも、加護の両手から青白い光が放たれているのが確認できた。
中には、両脚の複雑骨折や内臓破裂などかなりの重症患者もいたが、治療そのものの手順は
ほとんど変わらなかった。
ただ、いちいち大袈裟に加護の奇跡を煽り立てる矢口のMCは激しくうるさかったのだが。
- 394 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時56分21秒
- 「すごい…。信じられない」
保田は呆気に取られたように呟いた。
「ねー。ほら、けーちゃんもさ、カオを治してもらって…」
「いい加減殴るよ?」
その時、急にうるさい音楽がやみ、観衆も静まりかえった。
全ての治療を終えた加護が、矢口からマイクを受け取ると空高く舞い上がった。
「…みんなのことが、大好きだーっ!」
加護がそう言うと同時に、再び耳を聾する喚声と音楽が響き渡る。
「よく出来た演出ね。あれで熱狂する人が増えるってのも分かる」
「まだなにかあるみたいだよ」
後藤が言うのに、またステージに眼を戻す。矢口がマイクを持ち、激しいアジ演説を始めた。
「お前ら、いいか? 東京がこんな悲惨な状況になっても、政府の連中はなにもしやしない。
街は犯罪者だらけでおちおち歩けもしないし、かといって家にこもっててもどうしようもない。
食うもんもなければクスリもない! テレビもねえ。ケータイも繋がらない。どうすればいい!?」
- 395 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時56分51秒
- 「クスリはあんただけの都合でしょうが」
保田がボソッと呟く。テンションのあがってきた矢口は続けた。
「うちらは今まで甘えすぎて来たんだよ。与えられることに慣れすぎて、いざ
こんなことになっちゃ、楽しみだって手前で見つけられない。
おいらたちが楽しく生きるための環境は、自分たちで作らなきゃいけないってことさ。
違うか?
地震は確かに悲惨だ。全てを壊していった。けど、こいつをポジティブに考えれば、
いい機会だってコトにもなる。もう能なしの偉いさんどもに頼るのはやめろってことさ!
お前らもうちらについてきて、毎日ハッピーで笑いの絶えない生活が続くような、
そんな未来をつくっていこうぜ!」
矢口のアジで再び球場は怒号と歓声に包まれる。
保田は付き合っていられないといった様子で肩を竦めると、
「さ、もう見るもんも見たし、戻ろうか」
「まだ喋ってるけど」
「あんなの聴く価値もないよ。あの加護ってのがいるから盛りあがってるだけでしょ」
そう言うと、さっさと歩き出してしまう。
「あ、もう、けーちゃん待ってったら」
- 396 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時57分26秒
同じ時、二人とは離れた場所で、ステージの矢口を見守っている人物がいる。
小柄で、垢抜けない風貌をした女性。安倍なつみだ。
シャツには、矢口の銃弾を受けた時の穴と血痕が、生々しいまま残されている。
が、身体には全くその痕は残っていない。
安倍は深く溜息をつくと、まだ喋り続けている矢口から目を背けて、球場を後にしていった。
- 397 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時58分28秒
□ □ □ □
……
その日が人生最後の日になるとは思わずに、いつものように家を出る。
歩き慣れた道に、見慣れた風景。
空は珍しく晴天で、灰色の汚染された雲も僅かしか浮いていない。
学校へ行けば、いつもの顔ぶれとたわいない話でもしながら、始業を待つのだろう。
なっちはなにを話すにも嬉しそうに笑顔を浮かべているし、矢口は甲高い声で笑ってばかりいる。
圭織はマイペースでたまに話の輪に入っては自分の世界に戻ったり。
駅の階段を下りる。ターミナル広場での、ちょっとした騒動。左翼の扇動家達がプラカードを掲げ、
警官隊と揉み合っている。ちょっとした好奇心で、ゆっくりと近付く。
- 398 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時59分00秒
- 高校生には分からない単語があれこれと叫ばれる。警官隊は無言のまま威嚇を続けている。
軽いパニック状態に陥った野次馬達が、騒ぎ立て始め、人が増え始めると共に
それはさざ波のように拡がり、渦を巻いて周囲を飲み込んでいく。
後ろからの人波。気付かないうちに抜け出せない場所にまで入り込んでしまっている。
警官隊がホースを持ち出す。太く皺だらけのそれは、まるで巨大な毒虫の
ようにも見える。放水。何人かが足を滑らせて転び、悲鳴を上げる。
目の前で老人が警官の一人に蹴飛ばされる。哀れな被害者。思わず、警棒を
振り上げた警官を突き飛ばしていた。
次の瞬間、後ろから殴られ、意識が飛んだ。
コマ切れのフィルムが舞い散る。ひらひらしたスカートを履いた少女が、
怯えた視線でじっとこちらを見ている。
寸断された記憶の中の光景が、暗闇の割合を増やしていく。
やがて、混乱の中で聞いた悲鳴と怒号のコラージュが、痛みを伴って反響し続け
無意識へ溶け込んで消える。
……
- 399 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)01時59分32秒
……
目覚めたのは、誰もいなくなった古びたホテルの一室だった。
ひび割れた窓から朝日が射し込んで、埃っぽい部屋の空気を浮かび上がられている。
フェードインとフェードアウトを繰り返しながら、波打つように全身へと生の
感覚が浸透し、未整理なままの情報を吸収していく。
無数の記憶と感情のフラッシュバックが判断力を奪っている。横になったまま
両手を捧げるように持ち上げ、恐る恐る身体に触れた。
繊維とは違う、ごわごわとした感触。乾いて固まった血が、パラパラと服からこぼれ落ちる。
身体に痛みはない。何事もなかったように、滑らかな皮膚が感じられるだけだ。
渡り廊下の上で見た矢口の顔を思い出そうとする。何かに酔っているような、陶然とした表情が
一瞬強張ったように見えた。
なにかを叫んだように見えたが、よく思い出せない。
数発の銃声の連続。胴体を殴られるような痛みと、熱。
安倍は急に身を起こした。顔中に冷や汗が浮いている。
(ここは…? なんで、なに? どうなってるの?)
- 400 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時00分04秒
- その時、頭の奥が沸騰したような感覚を覚える。
>>kkkkkkkkkkkkkkaaaaaaaaaaooooooooo
(なに? 耳鳴りが…?)
>>b、jbjreiにuyirちeytかfeiき5487e4jfjgうあいお・・・なちい、なっち?
>>なっ、目がgs覚めた?
耳鳴りではない。記憶の底にある、口調と声質。そして。
安倍は耳を塞いで頭を振ると、一人でブツブツと呟いた。
「落ち着いて落ち着いて落ち着いて…。まだ大丈夫。なっちは、まだ…」
>>ねえ、無視sしないdでよ。w私がたす助けてここまで連れてきてあげgたんだからさ 、。
「ああ、もう、なに? これ、なにっ!?」
安倍はベッドから飛び降りると、やけに広い部屋の中をくるくると回り始めた。
「なっちね、昨夜夢を見たの、昨夜、不思議な夢……ああ、神様。どこまでが
夢で、どこからが本当の世界なの?」
>>そんなお芝s居しなくてtも、私がz全部説明してaあげるよ。
脳の奥からの声。時折ノイズが入り込むものの、より明確になったそれは、もう疑いようもない。
「……明日香?」
>>声にdだあ出さなくても聞こえてるよ。
(でも、でも、……全然、なにがなんだか)
>>tとりあえず座ったら? なっちnにも分かりやすくく説明してあげるよ。
- 401 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時00分45秒
福田明日香は、ちょうど一年前、飯田圭織のコンピューター内で蘇った。
と言うよりは、何億もの可能性の中から、もっとも「あり得るべき」データの集合体が、
偶発的な進化の末に再現させた、と表現した方が正確かもしれない。
福田が警官隊の暴行によって命を落として以来、飯田は学校からも、家族の前からも姿を消した。
その間、ひとりでずっとプログラムを組み立て続けていたのだった。
気晴らしにネットの掲示板にアップした文章がきっかけでつんくに拾われてからは、
より理想的な環境でプログラム作りを行うことが出来た。
可能な限りの生前のデータと、そこから演繹された可能性の集積をふるい分けながら、
飯田はどうにかして一個の人格を蘇らせようと、寝る間も惜しんで研究に没頭していた。
しかし、ようやく長年の努力が実を結んだとき、何故か飯田はそのデータを封印してしまった。
しかし、一度生命を与えられたプログラムは、誰にも分からない場所でもの凄いスピードで
進化を続けた。
複雑に張り巡らせたコピーの一つを、飯田の目を盗んで、不安定な磁気の檻から
一つのリンパ球に書き込ませ、やがて何兆もの自己誘導による偶発的な進化の中から、
一つのプラスミド構造を生み出すに至った。
そこから先は、そう遠い道のりではなかった。無数のDNAが転写され、情報の培養液の
なかで一つの統合的な意志を形成していった。
- 402 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時01分15秒
- (そうなんだ、圭織が…。でも、どうして?)
>>どうしてだろうね。私の知らなかった面まで、知っちゃったからかもしれない。
(知らなかった面って?)
>>人間の、一番恐ろしい部分かもね…。見ちゃいけないような部分。
頭の中の声は、ノイズは減ったものの今だ抑揚に乏しく、それだけに寒々しいものを感じた。
(でも、その…、研究所の中にしかいられなかったのに、なんでいまなっちとこうやって喋れてるわけ?)
安倍は話題を変えた。
>>圭織はね、自分の助手にするために、もう一人の人間のプログラムを作ってたの。
>>私はそれに気付いて、自分のプログラムをコピーして、隙間に書き込んで置いたわけ。
>>でも、その辻っていう子は全然外出しないで、研究室にこもりっぱなしだから、
>>起動させる機会がずっとなくて大変だったよ。
(…よく分からないんだけど、明日香はその助手の子の身体に乗り移ってたってこと?)
>>なんか怨霊みたいだけど、ま、そんなとこかな。本当は、血液の中に間借りしてるような
>>感覚なんだけど。私ね、病原菌の気持ちが初めてわかったよ。
(……じゃあさ、なっちの身体も乗っ取れるってことなの?)
>>それは無理。やっぱり生身の人間とは違うから。ちょっと怖くて手を出せないような
>>領域も沢山あるからね。
(…やなこといわないでよ)
- 403 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時01分45秒
- (でも、なっちの怪我はどうやって治したの?)
>>詳しく説明するのは面倒なんだけど…。腕、出してみて。
(腕? こう?)
安倍は袖を捲り上げて前腕を出すと、注射を受けるときのように手のひらを表にして
差し出した。なんの傷も痣もない、象牙のように白く透き通った肌だった。
と、その表面が青白い燐光を発しながらふつふつと沸騰を始め、前腕に( ●´ー`)という
文字を浮かび上がらせた。
「なっ…!」
安倍は驚いて、腕をぶんぶんと振り回した。
(ちょっと、なによこれ!? やめて! 消して!)
>>もう消したよ。
福田の冷静な声に、安倍は荒い息を付きながらもう一度腕を見た。そこは、なにごとも
なかったかのように白くつるっとしたままだ。
>>ま、こういう風にね、色々と私の手先を派遣していじれるのよ。便利でしょ?
(…それで、今度はなっちの頭の中をいじろうっていうの?)
安倍は、今頭のなかで会話している福田に、禍々しいものを感じずにはいられなかった。
それが福田明日香であることは疑いようもないのだが。
>>別にいじったりはしないって。ただ、あんまり関係のない子供の身体を間借りさせて
>>貰うのも悪いと思ったし、彼女もまた圭織のところに戻ろうとしてたから、
>>いいタイミングだったんだ。
(なっちだったら悪くないって?)
>>だって、なっちは一度死んでたんだよ? 私が入り込まなかったらどうなってたと思う?
(……)
- 404 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時02分28秒
- >>そんなに邪険にしないでよ。普段はこんな風に出て来たりしないから。今まで通りね、生活できるし。
>>それに私がいれば怪我も病気もしないですむからね。むしろもっと歓迎して欲しいくらい。
(だって、そんな急に来られても、なっちだって明日香はずっと死んだって思ってたし、その…)
>>私は死んだんじゃない。殺されたんだ。…なっちと一緒だよ。
(そんな…)
>>矢口に復讐したいんでしょう? なっちがその気なら、いつでも手伝うよ。私だって、
>>私を見殺しにした世界への復讐のためにこうやって戻ってきたんだから!
(そんなんじゃないよ! 矢口は、…なにかの間違いだったんだよ。だって、…)
安倍は言葉に詰まる。あの夜、矢口が安倍に向かって殺意を持って発砲したことは、否定しようがない
事実だった。
>>ま、いいや。私はしばらく引っ込んでるよ。その間、一人でちゃんと考えてみたら?
(あ、待ってよ、明日香!)
しかし、もう頭の奥から声は響いてこない。
- 405 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時02分59秒
- 「明日香!」
声に出して叫んでみるが、結果は変わらない。
安倍はシャツをまくり上げると、腹部を恐る恐る触ってみた。
傷付けられたような痕は何一つ残っていない。ただ、シャツにこびりついた血痕と三つの穴が、
あの痛みが夢ではなかったということを証明している。
腰の辺りに違和感を感じた。ジーンズのポケットを漁ってみると、小型の拳銃が一丁出て来た。
恐らく、明日香がどこかから手に入れてきたものだろう。
安倍はしばらく拳銃を見つめていたが、やがて諦めたようにそれをまたポケットに戻した。
- 406 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時03分33秒
□ □ □ □
球場の方角からは、まだ重低音を効かせた音楽が鳴り響いてきている。
恐らく、これから夜通し騒ぎ続けるのだろう。
安倍は、ステージで自信たっぷりに喋っている矢口と、自分の知っている矢口を、どうしても
一致させることが出来なかった。
なにかに狂わされている。それが、誰かの影響なのか、クスリの効果なのか、それ以外の原因があるのか
はよく分からなかったのだが。
喧噪から遠ざかっていくと、また活気を失った夜の街が戻ってくる。
矢口のいっていたことも、間違っているわけではない。誰も守ってくれるものがいない
この状況では、皆が助け合って生きていかなければならないのも、安倍には分かる。
だが、矢口の言葉には欺瞞がある。安倍はそう感じていた。
- 407 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時04分06秒
- 正面から歩いてくる人影、その手元が、弱々しい月の光を浴びて、一瞬煌めいたように見えた。
「……?」
「あ、あの!」
その人影が、どこか焦ったような口調でいう。女性の声だった。
彼女はナイフを構えたまま、震える声で、
「なにか、か、金目の、その、なにか持ってたら、置いていってください!」
緊張のためか地なのか分からないが、ひどく訛っていた。
安倍は一歩後じさる。と、背後からも人の気配を感じた。
「なにやってんのよ! 駄目だって、そんな言い方じゃ」
背後からも女性の声が聞こえる。しかし、やはりどこか不安げで、子供っぽさの残るものだ。
安倍は思わず溜息をついてしまっていた。こんな子供でも、生きるために犯罪者にならなければならない。
その時、頭の奥から声が聞こえてきた。
>>どうするの? こいつら、殺っちまおうか?
(止めてよ! そんな、悪い子たちじゃない)
安倍はいうと、つかつかと前の少女へ歩み寄っていった。
- 408 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時04分36秒
- 彼女は、慌てて後じさりをすると、ナイフを握った両手を振り回した。
「ち、ちちち近付かないで下さい! そ、それ以上」
「ねえ、なにか困ってるの? 私でよかったら、助けられるかもしれない」
「……え? で、でも…」
「愛ちゃん! 駄目だって!」
後ろの女性が声を挙げる。安倍は振り返ると、両手を挙げて言った。
「私は大丈夫だよ。ね、信用してよ」
>>相変わらずだね。
福田が嘲笑的な調子で言う。大分声の抑揚も出せるようになってきたようだった。
(いいの、明日香は黙ってて)
>>はいはい
「あ、あの、私たち、怪我人がいて」
訛りの強い方の女性が言った。
「愛ちゃん、…信用していいの?」
「うん…。大丈夫だと思う。多分…」
愛ちゃん、というのが彼女の名前なのだろう。
安倍は微笑を浮かべると、彼女の肩に手を回した。
ビクッと震えるのが分かる。彼女たちははじめから犯罪者でもなんでもなかったのだ。
- 409 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時05分06秒
- 「怪我人がいるの? ね、連れってってくれない? なんとかなるかもしれない」
「あなた…、お医者さんかなにかなんですか?」
もう一人の女性が声をかけてくる。
「ま、そんなところかな」
(明日香、聞いてるんでしょ。ね、なんとかなるよね?)
>>えー…。なんか面倒だなあ。
(そんなこと言わないでよ。だって、可哀想だよ、こんな強盗の真似事までして)
>>はあ、なっち、相変わらずお人好しだよね。
「私たちと一緒に来てくれますか?」
女性が言うのに、安倍は微笑んだまま、
「うん。私、安倍なつみ」
そう言って頷いた。
安倍の柔和な表情に、ようやく二人も安心してくれたようだった。
- 410 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時05分40秒
- 二人の名前は高橋愛と小川麻琴と言った。二人から、怪我人の名前を聞いて、安倍は驚いた。
「じゃあ、たまたま紗耶香のコンサートの会場にいたんだ」
「え、知り合いなんですか?」
小川が言う。高橋は、まだ緊張が解けないようで、一歩先を注意深く歩いている。
「うん、ちょっとね。ほら、紗耶香って有名人だから」
「私たち、雑誌の取材で市井さんのコンサートに来てたんです。それが、夜遅くになって
突然ものすごく揺れ始めて、気が付いたら電気も全部止まってて、それで…」
「あの人達、本当にひどいですよ。あんなこと、信じられない」
高橋が怒りを抑えきれないように言う。小川が続けた。
「その、ファンの人たちも混乱してたみたいで、一斉にステージに押し寄せて、スタッフの人たちと
乱闘になって」
「バンドの人たち…キーボードを弾いてた人なんて頭の上に照明が落ちてきて
血だらけになってて、市井さんもでっかいスピーカーで足を潰されてて」
「とにかくその場から連れ出すだけで精一杯だったんです。でも、あの時逃げ出せなかったら、
今頃どうなってたか……」
そこまで言うと、小川は口をつぐんだ。確かに、あまり想像したくない光景ではある。
「人間って、…恐ろしいですよ」
地面を見つめたまま、小川はボソッと呟いた。
- 411 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時06分10秒
- 瓦礫だらけの坂道を難儀しながら登り終えると、薄暗い林に囲まれた廃屋へ入っていく。
ぼんやりとした光が奥の部屋から漏れだしている。高橋がガタガタの扉を開くと、
毛布にくるまったまま横になっている女性が目に入った。
市井紗耶香は顔中に汗を浮かべて、眠ってはいたがひどくうなされているようだった。
「あの、安倍さん」
「うん」
安倍は頷くと、市井の側にしゃがみ込んで顔を見下ろした。
>>破傷風ね。熱もひどい。
(大丈夫なの?)
>>このままほっといたら死んじゃうよね。ここも、あんまり清潔じゃないし。
(そんな…)
福田の突き放したような口調に、安倍は一瞬頭に血が上った。
>>そんなに怒るなって。なんとかなるから。
(よかった)
- 412 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時06分41秒
「あの、ここ、薬とかもなにもなくて、…」
小川が言いながら、小さな救急箱を持ってきた。
よく見ると、市井の足はありあわせのものでおざなりに固定され、包帯を巻かれている。
「うん、大丈夫。安心して」
(じゃ、明日香、お願い)
>>なんだかなあ。とりあえず、両手を出して。
(こう?)
福田の指示の通りに、安倍は両手を翳すようにして、市井の足に触れた。
と、上腕から手のひらにかけて、ぼんやりと青白い光が覆っていく。
続いて、その光が生き物のように市井の足へと移り、ゆっくりと吸収されていった。
「……」
高橋と小川は、唖然としたように押し黙ったまま、その光景を見守っている。
当の安倍本人も、自分の成し遂げた行為に呆気に取られているようだ。
市井は眠ったままだったが、呼吸も落ち着いて表情も穏やかになったのが見るだけで分かった。
安倍は彼女の額に手を当ててみる。熱はすでに引いているようだった。
- 413 名前:21. 投稿日:2003年02月26日(水)02時07分12秒
- (もうよくなったの?)
>>今夜はいい夢を見られるんじゃないの? じゃ、私はちょっとお休み。
(あ、ちょっと、明日香)
しかし、すでに福田の声は聞こえなくなっていた。
高橋が心配そうな面もちで安倍に訊いた。
「い、今のって…」
「え? あ、ああ、もうよくなったみたい。ははは、ビックリした?」
安倍はしどろもどろになって言った。
「それは、ビックリしますよ…」
小川も救急箱を持ったまま固まっている。
「あの、安倍さんも、あの人、加護って人みたいな力を…?」
「いやいやいや、そんなんじゃないから。うん。なんていうのかな。あ、あとでまた説明するよ」
そう言うと、立ち上がって二人を促した。
「もう遅いしさ、寝ようか? 寝るとこある?」
「は、はい…」
まだどこか釈然としない様子の二人だったが、安倍の言葉に慌てて毛布を取りにいった。
一人になった安倍は、今は安らかな顔で寝息を立てている市井を見下ろした。
- 414 名前:更新終 投稿日:2003年02月26日(水)02時07分49秒
>>387-413
- 415 名前: 投稿日:2003年02月26日(水)02時08分30秒
- >>386名無しAVさん
割とストレートな展開でした。
別次元とか、そこまで複雑な話じゃないっす(w
基本的に、東京からは一歩も出さないで進めていく予定。
- 416 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月26日(水)20時58分01秒
- うぉ〜〜!!ここに来てこいつがぁ!!
じゃあ一体あいつはなんなんだ!!そして奴は何者なんだ!!
もうだめだぁ〜〜!!
それでも読ませて頂きます。
- 417 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時29分01秒
22.光と影
腹部の鈍痛はまだ残っていたが、それでもベッドの上で上半身を起こせる
くらいには身体は回復していた。
吉澤は、朝食の後の紅茶を飲みながら、ピカピカに磨き上げられた特殊警棒を弄っていた。
辻は外へ用事へ出ていて、飯田はいつものようにコンピューターに向かったまま、
時折変な声を挙げたりしながらキーボードを叩き続けていた。
飯田のシェルターへ来てから、吉澤は彼女が眠っている姿を見たことがない。
食事をしているときと入浴をしている時以外は、ずっとディスプレイに向かったままだった。
辻は部屋の隅にあるソファベッドで眠っていたが、見たところ他に寝る場所も
なさそうなので、椅子に座ったまま寝ているのだろう。
こんな状況になっても三時間近い入浴は欠かさない辺り、かなり神経質な性格であることは分かった。
- 418 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時29分32秒
- 作業に行き詰まったのか、飯田は頭を掻きながら吉澤の側まで来ると、スツールに腰をかけた。
吉澤はなんと言うべきか分からず、ばつの悪そうに笑った。
「どう? 体の調子は?」
「お陰様で、順調ですよ。まだ立てる程じゃないですけど」
「ふうん」
あまり嬉しくもなさそうに言うと、吉澤の持っている警棒を興味深そうに見つめた。
「それさ、なにか大切なものなの?」
「…そうですね。いろんな意味で…」
吉澤は言うと、伸ばしたままの純白のそれをじっと見つめた。
あの公園での出来事から、今まで、ほとんど無限に近いような時間が流れたような感覚がある。
それに、吉澤は、そこで出会った少女が、辻希美であるという可能性も、捨てきれずにいた。
記憶している喋り方や物腰などは全く異なっていたが、始めに彼女の顔を見たときの
既視感のようなものが、未だにぬぐい去れていない。
もっとも、そんな一方的な話を辻や飯田に切り出したりはしなかったのだが。
- 419 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時30分02秒
- 「でさ、あんたは身体が治ったら、どうするつもり?」
唐突に飯田に問いかけられて、吉澤は答えに窮した。
果たして、今の自分が戻る場所などあるのだろうか。
今まで、ずっと逃げ回ってきた相手はもういない。
というより、そんなことも含めて、全てがひっくり返されてしまった。
しかし、だからといって、また一からなにかを始めようという気分にもなれない。
それには、まだ積み残している問題が多すぎるように思えた。
吉澤は、今握りしめているかつての商売道具が、それを象徴しているように見えた。
- 420 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時30分33秒
- 「私……、知りたいんです。自分のことが」
無意識的に、そんなことを呟いていた。
飯田は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに大口を開けて笑い転げた。
吉澤は馬鹿にされたような気分で、飯田のことを睨んだ。
「なにがおかしいんですか」
「いや…、なんかいきなり哲学的なこと言い出すからさあ、なに、人生の
岐路に立たされるような出来事でもあったわけ?」
「そんなんじゃないですよ」
「でも、なにか自分を見つめ直したい、っていうようなことがあったんじゃないの?」
「うーん…」
どう説明すべきか分からずに、吉澤はまた俯いてしまう。
「ま、どうでもいいけどね」
飯田は吉澤の相手をするのに飽きたのか、また立ち上がるとコンピューターの
前に戻っていってしまう。
吉澤は憮然とした表情でその後ろ姿を見送ったが、なにも言わなかった。
- 421 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時31分06秒
- その時、派手な音を立てて辻が外から戻ってきた。
「ただいまー」
「あ、おかえりー」
飯田が振り向かずに応える。吉澤は、紙袋をぶら下げた辻の横顔を、まじまじと
見つめてしまっている。
視線に気付いて、辻が不思議そうな顔で吉澤を振り返った。
「ん? なに?」
「い、いや、別に…」
狼狽えたようにそう言うと、冷え切った紅茶を啜った。
- 422 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時31分38秒
□ □ □ □
ヘリコプターの爆音が上空を通り過ぎていく。
どこから飛んできたものかは分からない。が、それがどこかの県からの報道ヘリで
あることは確かだろう。あるいは、はるばる海を越えて飛んできたのかもしれない
中澤裕子は、ポケットから小さなカメラを取り出すと、はるかな頭上で旋回する
それを撮影し、ゆっくりと歩き始める。
カメラは、自分の持っていた拳銃と引き替えに手に入れた、非常に高性能なものだ。
従って、今の中澤はなにも自分を守るための武器は持っていない。
- 423 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時32分11秒
だだっ広い大通りだった場所には、あちこちに幌が貼られた仮設住宅のようなものが
やっつけで設置されている。
その中のいくつかは露店であった。潰れた店舗から半ば強引に引っ張り出してきた
洋服や生活雑貨や缶詰などの食品を、乱雑に並べてある。
未だにどこからも食料援助は来ていないし、東京の行政が機能を取り戻したという話も
聞かれなかった。
中澤は一件の露店のビニールを開くと、冴えない表情の店主に話しかけた。
「酒、あるか?」
「ないな」
男は顔も上げずに言う。中澤は懐からバーボンのボトルを取り出すと、
「ちょっと飲んでもうてるけど、これとなにか換えてくれるか?」
男は、四分の一ほどが減っているボトルの蓋を取ると、匂いを嗅いでから顔を綻ばせる。
「で、なにが欲しい?」
「抗生物質と…、あと、解熱剤と、ミネラルウォーター」
- 424 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時32分46秒
- 大通りを抜けて、橋を渡る。
あちこちで橋が落ちたという話は聞いていたが、何百年も前に作られたこの巨大な橋は、
ヒビ一つなくちゃんと支えられている。
どこか異様な雰囲気を持った老婆が座り込んでいる。側にある欄干からぶら下げられた
スピーカーから、悲痛な声を挙げるテープがエンドレスで垂れ流されていた。
この世に生きとし生けるものの全ての生命に限りがあるのならば
海は死にますか?
山は死にますか?
風は死にますか?
空も死にますか?
わたしは時折苦しみについて考えます
誰もが等しく抱いたカナシミについて
去る人があれば
来る人もあって
欠けていく月も
やがて満ちてくる
生業の中で
僅かな命のきらめきを信じていいですか?
言葉で言えないよろこびといったものを
教えてください
この世に生きとし生けるものの全ての生命に限りがあるのならば
わたしの大切なあのひともみんな逝ってしまうのですか?
中澤はそうした光景もカメラに収めると、足早にその場から離れて、大きな公園へ入った。
大通りと同様に、公園にもあちこちに青いビニールを貼った仮設住宅が点在している。
もっとも、ここは以前からホームレスも多く集まっている場所だったので、それほど
違和感を感じる光景ではなかった。
中澤は木陰に作られた一件のビニールハウスに入る。中には二人の女性が残っていた。
- 425 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時33分20秒
- 「里田は?」
「皇居の方に別の闇市が開かれたって聞いて、さっき買い出しに行きました」
中澤が言うのに、隅で体育座りをしていた柴田あゆみが応えた。
「石川は寝たんか?」
「はい。まだ熱は下がってないみたいですが…」
そう言いかける柴田に、中澤は先刻入手してきたものを渡した。
「起きたら飲ませたれや。もういい加減治ってもいいころやと思うけどなあ」
中澤は、うっすらと汗を浮かべたまま寝息を立てている石川の顔を覗き込んだ。
震災以来、中澤はなんの行動も起こすことなく、この公園で難民達と一緒に無為な
時間を過ごしていた。
その気になれば部下達と連絡を取ることも出来るし、彼らを集めてなんらかのアクションを
起こすことも出来たはずだが、彼女自身は全くそんな気になれずにいた。
つまらない揉め事で親友を失い、ずっと可愛がっていた吉澤を自らの手で葬ってしまって
から、どこか抜け殻のようになってしまったことは、中澤本人も自覚していた。
矢口の仲間達が勢力を伸ばしていることも知っていたが、今の中澤にとってはどうでも良いことだった。
ただ、たまたま一緒に避難してきた部下の里田と、柴田、石川という二人の女性の面倒だけは
見ようと思っていた。それは、こうした極限状況の中での、ちょっとした義理人情のようなものだった。
- 426 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時33分52秒
- 度重なる惨事による心労からダウンしてしまった石川だったが、なんどかうわごとで吉澤の
名前を呼んでいるのを中澤は聞いていた。
柴田から聞いた話に限れば、石川と吉澤がどのような関係にあるのか、中澤には分からない。
もっとも、今更それを知ったところでどうしようもないことだ、と中澤は考えていた。
吉澤は死んだのだ。だから、あの夜に倉庫の中でなにが起こったかと言うことも、
今になって知ろうとは思っていなかった。
堅くなったパンをインスタントのコーンスープで流し込むと、中澤はまた立ち上がり、
ビニールハウスを出ていこうとした。
「あの、中澤さん」
柴田が声をかける。中澤は振り返らずに言った。
「なんや」
すやすやと寝息を立てている石川の方を一瞥すると、柴田は静かに口を開いた。
「……私、梨華ちゃんが、……」
「石川が、どうかしたんか」
中澤は振り返ると、目を伏せたまま落ち着かない様子の柴田の方へ歩み寄った。
「別に急にポックリ逝ったりはせんやろ」
「あの時、私たちが拉致されて、吉澤って人が助けてくれたときに」
「……」
吉澤の名前に、中澤は微かに反応したように見えたが、柴田は気付かない様子で
言葉を継いだ。
- 427 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時34分22秒
- 「村田っていう、リーダーの、そう呼ばれてた人、生きてたんです。傷ついていたけど……。
その時、梨華ちゃんが、近くに落ちてたハンマーみたいなのを拾って……」
「……殺ったんか」
「……はい」
声を潜めて言うと、横目で石川の方を見た。
熱っぽい頭の中で、どんな夢を見ているのだろう。
「その時の梨華ちゃんの目つきが、なんかすごく怖くて……」
「……」
「私、ずっと昔から知り合いなんですけど、あんな表情はじめて見たから……」
「うーん……」
中澤はしゃがみ込んだまま、考え事をするように顎に指を這わせた。
誰の心の中にも二面性のようなものはあるだろう。それが一生表に現れない
人間もいるだろうし、二面性を区別する必要もないほど解け合って表出されて
いる人間もいるかもしれない。どちらかというと、中澤は後者に近いだろうか。
平家が死ぬ間際に言っていたことはなにを意味するのだろうか。吉澤は確かに
ワルい時期もあったし、格闘家である以上そうした凶暴性をある程度理性的に
コントロールすることにも長けていた。それはオーナーである自分が一番よく
知っていることだ。
しかし、あの時に見た吉澤の姿は、中澤の知らない吉澤だった。
本当なら、パラダイスで暴走した時点で気付いておくべきだったかもしれない。
もっとも、今更なにを後悔してみても、全てが終わってしまっている以上、無駄なことだった。
- 428 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時34分52秒
- 「……あんた、この娘の友達なんやろ?」
「……はい」
小声だったが、しっかりとした口調で柴田は答えた。
「せやったら、なにか間違いを起こす前に、ちゃんと守ってやらんとな」
そう言うと、柴田の肩を叩いて立ち上がった。
「後になってから、ああしとけばよかったなんて思わんように……」
中澤が呟いた言葉は、小さすぎて柴田の耳には届かなかったようだ。
「あの、どちらへ?」
幌を捲って出ていこうとする中澤に、柴田が声を掛けた。
「ちょっと、散歩」
ごく日常的な口調で日常的なセリフを口にすると、中澤は出ていってしまう。
柴田は先刻の会話を頭の中で反芻しながら、汗の浮いた石川の額をハンカチで
拭ってやった。
- 429 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時35分25秒
□ □ □ □
枯れ果てた噴水のてっぺんに腰をかけて、矢口真里は広場に集められた強面の若者達を
見下ろしていた。
広場の隅では、加護と新垣がつまらなそうな表情でその様子を眺めている。
周辺は、矢口の部下達が自動小銃をかかげて固めていたが、何人かの野次馬達が、
どうにかして覗き込もうと右往左往していた。
ここに集められたのは、都内で暴れているギャングチームたちの、リーダーばかりだった。
矢口は安ウィスキーで錠剤を流し込むと、上機嫌で話し始めた。
- 430 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時35分59秒
- 「よーし、集まったか? 話を始める前にだ、お前らに言っておきたいことがある、いいか?
お前らは、確かに力があるかもしれない。けど、そいつは弱者に対してだけだ!
破壊はなにも生み出さない! おいら達はそんなことで東京って街を壊したくねえんだよ。
人生って素晴らしい! 明るく楽しく笑って過ごしたい! 違うか?
言っておくけどさ、お前らがいくら粋がってるかしらねーけど、おいらからすれば
ザコ! ザコもザコよ! ちょっとおいらが手を一振りするだけで一網打尽。
な? 悪いことは言わない、従うことだよ。従え! 生きるか、死ぬか、いくら
DQNぞろいのてめーらの芥子粒脳だって、分かんないことはないよな?」
一方的にそう捲し立てると、噴水から飛び降りて彼らの周りをゆっくりと回り始めた。
「ま、あれだ。おいらも民主主義国家日本の人間、一人の意見を力で押しつけようなんて、
そんな不埒なことはしたくないさ。どう? おいら矢口になにか異論反論オブジェクション、
なんでもどうぞ?」
「あのさあ」
一人の、だぼだぼの服装をしてサングラスをかけた男が言いかける。
- 431 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時36分31秒
- 矢口は彼の方を指さすと、
「おおーっと、なにか意見を言いたいときは、名前とチーム名をちゃんとなのってね、ヨロシク!」
「俺、EE−JUMPのケンって言うんだけど、よく分かんねえけど、いつからあんたが
仕切るって決まったわけ? 俺、そんな話は聞いてないんだけど」
「おーっ…、こいつは驚き」
矢口はへらへらと笑うと、彼の方へ踊るようにして近付いていった。
「おいらもBOYーKENとは同意見、在れば話し合う相違点、見解の相違、
自由な発言権は民主主義の原点、独断と偏見、不用意な失言、それは明日への債権……
というわけで、話を聞かない悪い子ちゃんにはお仕置きかなあ」
酔っぱらいのような茫洋とした口調で喋っていたかと思うと、いきなり
ポケットから拳銃を抜いてケンの頭を撃ち抜いた。
弾け飛んだ頭は脳漿の欠片と真っ赤な血液を辺りに撒き散らす。返り血を浴びた
まま矢口は爆笑しながらくるくると舞った。
たちまち周囲の若者達が色めき立つが、それより前に部下達がマシンガンを彼らに向かって
滅茶苦茶に乱射した。
慌てて身を伏せる若者達。罅だらけだった噴水は容赦ない機銃掃射を受けて無惨に
崩れ落ちた。
- 432 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時37分04秒
- 「はーい、静かにー。先生一度しか言いませんよー。意見のあるものは挙手をして、
名前とチーム名を名乗ってから、ちゃーんと聞く価値のある意見を言うように!」
返り血を拭おうともせずに、矢口は甲高い声で言った。
カーキ色のコートを着た髭面の男が、恐る恐る手を挙げる。
「はい、そこのハゲ!」
矢口に拳銃で示され、一瞬及び腰になる。
「えっと、俺はダパンプの一茶って言うんですけど、俺ら集めて、具体的に
なにをしようっていうんですか?」
「イイ!」
細い煙を棚引かせている銃口を向けたまま、矢口はゆらゆらと近付いてくる。
彼は堪らず首を竦めた。
「いい質問! そう、おいらがなにをやりたいかって、それよ。
今の東京に必要なもの、そいつは活気ってやつよ。あのハイテンションだった
東京がお前ら懐かしくない? おいらはやっぱり、滅茶苦茶盛りあがりたい訳よ。
騒ぎたい訳よ。な? でだ、そのためには人数は多い方がいいし、規模はでかければ
でかいほどいいってこと!
東京が一丸となって盛り上がれる、そんな祭りをおいらはやりたいわけ。あっただろ?
アホの山崎がやろうとしてた何百年祭とかさあ、あれをおいらたちでやっちまおうみたいな。
まあ別になんだっていいんだけど、それで、お前らみたいなカスの力でも
ちっとは役に立つかもしれないから、借してもらおうかなってさ……」
- 433 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時37分38秒
- 生真面目な表情で矢口の話を聞いている新垣だったが、ふとした気配に植え込みの
方を振り返った。
一機の『眼』が陰に隠れてゆっくりと矢口達の様子を観察している。
新垣は、報告しようと立ち上がろうとするが、隣に座っていた加護がそれを止めた。
「……?」
「ええやん。放っておこう」
そう言うと、八重歯を見せて無邪気な笑顔を浮かべた。
新垣は加護と矢口を見比べて、釈然としない表情のまままた腰を下ろした。
加護は、新垣と『眼』を興味深そうに見比べると、
「里沙ちゃん、拳銃持ってるよねえ」
「えっ、う、うん…」
「なんで、撃たれないんだろうね」
「……」
笑みを浮かべたままそう問いかける加護に、新垣はなんとも言えない表情で引きつった笑みを
浮かべようとしたが、無理なようだった。
- 434 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時38分19秒
□ □ □ □
「おーおー、派手にやってるねー」
公園の光景を見下ろしながら、藤本がどこか嬉しそうに言う。
「ねえ、さっきの話の続きだけど」
松浦は藤本の方を振り向くと、
「テロ組織と政府が、裏で結びついてたってことをいいたいわけ?」
二人は、矢口達の集まっている公園を見下ろせる傾いたビルの上に座り込んで、
彼らの動きを窺っていた。
藤本はサングラスで拡大された公園の映像に見入ったまま、松浦に答えた。
- 435 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時39分18秒
- 「そうとは言ってないよ。ただ、テロ組織が使ってた地下通路を抜けていったら、
都庁の一部の地下通路に出たってだけの話」
「それが都が作ったものであるって言う証拠は?」
「そんなのないよ。いきなりもの凄い揺れが来て、それからダクトを抜けて地上に
這い出すのに必死だったんだから。ただ、あの規模の建築を一介の素人の
集団が作れるとは思えない。はじめの通路だって廃棄された地下道とか地下鉄を
再利用してるだけだったし」
「掘り抜いていったらたまたまぶつかったってだけじゃないの?」
「ちゃんと内側から扉もついてたし、似たような扉も沢山並んでた」
「うーん…」
松浦は腕組みをしたまま考え込んでしまう。
- 436 名前:22. 投稿日:2003年02月28日(金)00時40分07秒
「けどさー、テロ騒ぎがただの政府の自作自演だったら笑っちゃうよね。なにかそうやって
危機感を煽らないといけない理由かなんかあったのかな。それとも、ひょっとして
都政祭りに合わせた壮大なドッキリ?」
藤本が他人事のように言うのに、松浦は少し腹が立った。
「そんなこと、よく平気で言えるよね」
「ん? なにが?」
心外そうな様子で、藤本が振り返った。
「だって、そうだとしたら、うちらはただ利用されてただけってことでしょ?
うちらだけじゃない。何人も死んでる人もいるし、そういう人たちのことを考えれば…」
「あー、はいはい、もういいよ」
松浦が言うのに、藤本は邪魔くさそうに手を振って制した。
「私はさ、別に自分の暇つぶしになって、適当に金になれば、誰がどうしようと
関係ないって立場だから。政府だろうとテロ組織だろうと、私は全然興味とかないんだよね」
「……最低」
吐き捨てるように言う松浦を無視して、藤本は『眼』から送られてくる映像を受信した。
一瞬、レンズを覗き込む加護の顔がどアップで映し出され、次の瞬間ノイズにかき消される。
- 437 名前:更新終 投稿日:2003年02月28日(金)00時41分07秒
- >>417-436
- 438 名前: 投稿日:2003年02月28日(金)00時41分37秒
- >>416名無しAVさん
どうか読んでやって下さい(w
最後にはちゃんと収束させるんで。続きは長いですが……
- 439 名前:名無しAV 投稿日:2003年02月28日(金)21時50分20秒
- さだにケンにハゲか……ってさだは一緒にしちゃいけない!
こういうブレイクタイムもいれる作者さんが好き。
矢口の稀薄感も好きだぁ。あと新垣も。
たぶん、話がもう少し動き出したらレスが増える気がしないでもないことはなくもない……。
- 440 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月01日(土)02時36分19秒
- 毎日チェック入れてるよ。
いや、なんか圧倒されちゃって何書いていいのか。
- 441 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時35分43秒
23.Taboo
日が暮れかけている街に、少女の悲鳴がこだました。
崩れかけた建物に住み着いている人々が、不安げに顔を出したが、すぐに消えた。
誰が襲われようと、関わり合いにならないのが吉だ。
へらへらとした笑みを浮かべる若い男達に追い込まれるように、一人の少女が瓦礫の
上を何度も躓きながら走っていた。
その様子もまた、彼らにはおかしいらしく、はやし立てるような声を挙げながら
じわじわと追い込んでいく。
少女の顔は埃で汚れてはいたが、まぎれもなく紺野あさ美のものであった。
ぼさぼさになった頭と、薄汚れた服装、空腹のためかふらふらとおぼつかない足取りが、
紺野のここ数日の悲惨な境遇を物語っていた。
- 442 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時36分14秒
- 瓦礫の隙間から飛び出している錆びた鉄の棒に靴を引っかけて、紺野はその場に転がった。
男の一人が、白痴的な笑い声をあげながら、彼女に近付いてきた。
「いやっ…、こっちに来ないで!」
「そんなにつれなくするなよお〜。俺達と一緒に楽しいコトしようぜ」
「やめて!」
男の伸ばした手を払いのけると、よろよろと立ち上がってまた逃げだそうとする。
が、数歩ほど進んだところでまた跪いてしまった。
前の方から、仲間の男が三人、似たような笑顔を浮かべたまま近寄ってきていた。
「……お願い、へ、変なコトしないでください…」
消え入るような声で言うのに、男達は顔を見合わせて笑いあった。
「おい、変なコトってなんだろうな?」
「さあな、この娘にゆっくりと教えてもらおうか?」
「めいあーん」
そう言うと、また不愉快な哄笑をあげた。
- 443 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時36分47秒
- 四人の男達に囲まれたまま、紺野は背中を丸めて蹲っている。
男の一人が手を伸ばして、彼女の肩に触れようとした。
「ほーら、俺達そんな悪い奴らじゃないからさあ、カワイイ顔見せてよ…」
と、突然紺野は起きあがると、声をかけた男に拳銃を向けた。
「ひっ」
思わぬ出来事に、男は思わず腰を抜かしてへたり込んでしまう。
「こ、これ以上私に近付いたら、撃ちます!」
そう言いながらも、声は震えており、拳銃を構える両手もガタガタと不安げに揺れている。
「まあまあまあ、落ち着けよ、な? 落ち着けって」
尻餅をついたまま男が言うのに、紺野はゆっくりと後じさりをしながら、
「模型なんかじゃありませんよ! 本物です!」
が、その間に背後から近寄ってきていた男が、いきなり覆い被さってくる。
「きゃあっ!」
「こいつ、おい、寄越せ!」
すぐに仲間達も飛びかかってきて、あっさりと紺野は拳銃を奪われてしまった。
「はあ、はあ…、驚いたな、まさかこんなものを持ってるなんて」
「ま、お嬢ちゃんにはあんまり向いてなかったみたいだけど」
拳銃を奪った男はそう言うと、くるくるとそれを回しながらバカにするように笑った。
「こういうおもちゃは危ないから、お兄さん達が預かっておいてあげるよ。
さ、一緒に行こうか」
その声に、また一同は下卑た笑い声をあげる。
- 444 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時37分17秒
- と、その時、突然上の方から間の抜けたサックスの音が聞こえてきた。
マルガリータ・レクォーナのTABOOを鳴らそうとしているようだったが、
所々の音が飛んだり跳ねたりして摩訶不思議な旋律が不安定に揺らめいている。
呆気に取られたように男達が振り向くと、あちこちの凹んだテナーサックスを持った
保田が、瓦礫の上に突っ立っていた。
「駄目だねーこりゃ。使い物になんないよ」
保田が言うのに、のろのろと歩いてきた後藤が答えた。
「そりゃそうだよ。もうボコボコじゃん」
「アサガオの部分はキレイなんだけどなあ」
「それよりさあ」
後藤は相変わらず気の抜けた声で、
「あいつらどうしよっか。ほっとく?」
「あんた前に言ったじゃん、一回だけ助けるって」
保田はそう言うと、虚をつかれたような表情で二人を見上げている男達と紺野の方へ
顎をしゃくった。
- 445 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時37分47秒
- 「あー、そういやそんなことも言ったねえ」
「これも運命だと思って、諦めなさい」
「はいはい、分かりましたよー」
間延びした声で言い終わるやいなや、後藤は瓦礫を蹴ってジャンプをすると、
空中で伸ばした特殊警棒で一番近くに位置していた男の頭を打ち砕いた。
骨が砕け肉が潰れる鈍い音がして、男は両目と舌を飛び出させたまま、脳漿と血を噴出させて
その場に倒れ込んだ。
「こ、この野郎っ!」
驚いた男の一人が掴みかかろうとしたときには、すでに別の男の延髄を特殊警棒
でへし折っている。
間髪入れず、鉛を仕込んだブーツで、飛びかかってきた男の腹を蹴り上げていた。
「うぐ…」
腹を押さえて蹲った男は、呻き声と共に大量の血を吐き出す。
- 446 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時38分19秒
- 「やめろ! そこまでだ」
その声に後藤が振り向くと、残りの一人の男が、紺野を後ろから押さえたまま、
頭に拳銃を突きつけている。
「そこから動くな! いいか、ちょっとでも変な真似をしたら、この女を…」
「どうするの?」
いつの間にか背後にまで近付いてきていた保田が可笑しそうに言った。
が、男には答える間も与えずに、ハンドガンで彼の頭を撃ち抜いていた。
- 447 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時38分51秒
- 「おっと」
返り血を避けるように、保田は軽やかに後ろへ跳んだ。
一方、男の飛び散らせた血をまともに被った紺野は、その場にへなへなと座り込んでしまう。
「ね、けーちゃん」
後藤は、いつものように間延びした声で、保田に声をかけた。
つい今し方二人の男を撲殺したとは思えないほど、緊張感に欠けた口調だった。
「一人まだ生きてるみたいなんだけどさ、どうしよっか?」
そう言うと、伸ばしたままの特殊警棒で蹲っている男の頭をコツコツとつついた。
「ほっといてもいいんじゃない? 当分は動けないだろうしさ。運が良ければ
誰かに助けて貰えるかもしれないしね」
「あはは、日頃の行いがよくないから無理だと思うなあ」
無邪気な笑顔で言いながら、手慣れた様子で警棒を縮めると、バックルにぶら下げた。
- 448 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時39分22秒
- 「あ、あ、あの……」
口をパクパクさせたまま、まだ冷静に言葉を発することの出来ないでいる紺野に、
保田は男の手から取り上げた拳銃を握らせた。
「ほら、大事なものなんでしょう。今度からはちゃんと使いこなせるようにね」
優しい声でいうと、微笑んで頭を撫でた。
「けーちゃん、駄目だよ怖がらせちゃ」
「なんでそうなるのよ」
二人してふざけあいながら、ゆっくりと歩き始める。
- 449 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時39分56秒
- 「あ、あの!」
紺野の切迫感に満ちた声に、二人は足を止めて振り返った。
「あの、私、あの…」
「ああ」
後藤は無表情のまま手を挙げると、
「お礼とかは別にいいよ。うちらもたまたま通りがかっただけだし」
「見ちゃったからにはね。助けないわけにもいかないし」
保田も肩を竦めて言った。
「ま、あんたも気をつけたほうがいいよ。あっちのさ、駅の方だけど、あんたくらいの
子たちが集まって生活してたから、そこ行って…」
「いえ!」
紺野は、保田の言葉を遮るように言うと、立ち上がってよたよたと二人の方へ駆け寄ってきた。
「お願いします! 私も、一緒に連れて行ってください! お願いします!」
そう言うと、二人の前で跪いて頭を下げた。
保田と後藤は困惑したような表情で、顔を見合わせた。
- 450 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時40分26秒
□ □ □ □
結局、二人にくっついたまま、紺野は日が暮れるまで行動を共にしていた。
二人も、特に彼女を追い払おうともしなかった。
三人は、古びた石段を登ると、暗闇に包まれた神社に入った。
「おじゃましまーす」
保田が大声で言いながら、懐中電灯で中を照らし出した。
見たところは誰もここに住み着いている様子はない。
「じゃ、今夜はここで寝かして貰おうか」
「いいねー、屋根があるって」
後藤はそう言いながら、畳の上にごろんと横になった。
紺野は、ひっくり返された賽銭箱の向こうから、二人の様子を窺っていたが、保田が
見かねて声をかけた。
「あんたも来たら? お腹すいてるでしょ」
「あ、ありがとうございます!」
保田の言葉に、紺野は思わず顔を綻ばせた。
その時、悲しげな声で腹が泣き声をあげた。紺野は顔を赤らめると、慌てて両手で
腹を押さえた。
そんな彼女の様子を見て、後藤は屈託のない笑い声をあげた。
- 451 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時40分57秒
- 一時間ほどかけて、露店の並ぶ通りで適当に掻き集めてきた材料だけだったが、
後藤は実に手際よくそれらを組み合わせて調理していった。
カセットコンロの火が発する光が、紺野には妙に懐かしいものに見えた。
後藤が調理をしている間、保田は瓦礫の中から拾い集めてきたノートパソコンや
携帯電話の残骸を分解して、使えるものだけを細かく仕分けしていった。
部品をいちいち鼻に近づけて分類していく保田の姿を見て、紺野は不思議な
気分になった。
黙々とそれぞれの作業に没頭する二人を見ているうちに、紺野は久々に訪れた
安心感からか、自然と眠りに落ちていった。
- 452 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時41分29秒
- 「ね、起きてる?」
後藤に声をかけられて、紺野はゆっくりと目を開けた。
すぐに、出来たての料理のいい匂いが、鼻腔を刺激した。
「いや、起こしちゃ悪いかなって思ったんだけど、お腹空いてるんじゃないかって」
「あ、は、はい。すいません…」
紺野は慌てて起きあがると、律儀に正座をして皿と紙コップを受け取った。
- 453 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時42分00秒
- 保田はてきぱきと食事を終えてしまうと、リュックの中から様々な通信機器を取りだして、
手慣れた様子でそれらを接続していった。
後藤は紺野に耳打ちした。
「あんながらくたでもさ、結構いろんな情報とか盗めるんだって」
「がらくたっていうな」
保田が、低い声で振り向かずに言う。
「ロクに回線が使えない状態で、これだけのシステムを作るのに、私が
どれだけ苦労をしたか…」
「もうその話は聞き飽きたよぉ」
「うん、私も言い飽きた」
そう言うと、手慣れたタッチで、パソコンになにかをパチパチと打ち込んでいく。
「それより、その子の話でも聞かせてよ」
「えっ…?」
急に話を振られて、紺野は狼狽したように保田の方を見た。
「やだったらそれでもいいんだけどさ、なんか訳ありって感じだから、ちょっと
気になるじゃん」
紺野は、困ったような顔で後藤の方を見た。
「気になるじゃん」
後藤は、保田の物真似をしながら笑って見せた。
が、それで少し緊張が解けたような気がした。
- 454 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時42分32秒
- 時間を遡るようにして、紺野はこれまでの多くの出来事を話した。
安倍や矢口との出会いについて話が及ぶと、それまでずっと自分の作業に没頭していた
保田が、手を止めて振り返った。
「へえー、じゃ、あんたってうちらが追っかける側にいたってこと?」
「いえ、その、私は匿って貰ってただけなんです。家を出て、行くところがなくて」
「家出したんだ。両親と喧嘩でもしたの?」
「いや、喧嘩というか、……」
保田が訊くのに、紺野は口ごもってしまう。
彼女には、あまり触れて欲しくないことなのだろう。保田もそれ以上突っ込んで追及
しようとはしなかった。
- 455 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時43分04秒
- 「安倍さんは、ずっと矢口さんのことを気にかけてたんです。矢口さんがなにか危険な
ことをするんじゃないか、そうなったら守れるのは自分しかいないって。それなのに、
矢口さんは、安倍さんのことを裏切り者だって…」
紺野はそう言うと、口惜しそうに両手を握りしめた。
「あの人のこと、私は絶対に許せない…」
「で、あんたは矢口に復讐するために、拳銃を大事に持ち歩いてるんだ?」
保田が訊くのに、紺野は俯いたまま、
「無理なことだっていうのは分かってるんです。矢口さんは仲間も一杯いるし、私が一人で
出来ることなんて知れてますから。でも、このままあの人を放っておくなんて、私には
我慢できないんです。だから…」
そこまで言って、また口をつぐんだ。
保田はなにも言わず、また自分の作業に戻る。
代わりに、後藤が紺野に答えた。
- 456 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時43分38秒
- 「だから、うちらに協力して欲しいとか、そういうことだったりする?」
「……」
紺野はなにも言わずに、懇願するような視線で後藤の方を見つめた。
後藤は少し困惑気味に肩を竦めると、
「あはは、なんかそんな風に期待されちゃっても困るんだけどなあ」
「いいんじゃない? 別に」
その声に、紺野と後藤は保田の方を振り向いた。
「復讐とかそういうのはうちらにはどうでもいいんだけどさ、あの矢口ってのをあのまま
放置しておくのも危険そうだしね。またどんどん仲間も増やしてるみたいだし」
「マジで〜」
後藤は呆れたように、
「けどさあ、はっきりってうちらだけじゃ無理だと思うよ。矢口の仲間ってもう
何百人もいるわけでしょ? 武器とかもすごい持ってるし」
「うん、私もそれくらいは分かってる。ただ、言ってみただけ」
その言葉に、紺野は失望したように溜息をついた。
- 457 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時44分11秒
- しばらく、三人とも黙ったまま、それぞれの作業に没頭していた。
紺野は膝を抱えたまま、部屋の隅で二人の方をぼんやりと見続けていた。
どこか遠くから、犬の吠えている声が聞こえてくる。紺野はビクッとして、両手を強く組み合わせた。
後藤は彼女の方を一瞥すると、誰ともなく話し始める。
「ねえ、こういう話って聞いたことある?
昔々、あるところに一組の親子がいました。子供はまだ赤ん坊で、母親はその子を抱いて
街を歩いていました。
そこで、突然誰かに母親は殺されてしまって、赤ちゃんはさらわれてしまいます。
母親を殺した犯人は、子供が欲しくて、ついそういう犯罪を犯してしまったんです。
犯人は、それから赤ちゃんを自分の子供として、愛情を込めて育てていきました。
子供にとっても、赤ちゃんの頃の記憶なんてほとんどありません。なので、自然に犯人のことを
本物の親として考えるようになります。
ある時、その犯人は、一人の男に殺されてしまいます。
犯人は、ずっと前に妻を殺されて、子供を誘拐された父親だったんですね。
要するに、彼は愛する妻と子供の復讐を成し遂げたわけです。
しかし、子供にとっては最愛の親を殺されてしまったわけですから、当然怒り、そして悲しみます。
それで、結局その子供は、実の父親である彼を、親の復讐として殺してしまいました。
さて、この話の中で、一番の被害者は誰でしょう? 逆に、一番罪深かったのは誰でしょう?」
- 458 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時44分41秒
- 「……?」
突然饒舌に騙り始めた後藤に、紺野は呆気に取られたような表情で彼女のことを
見つめている。
代わりに、保田が少し考えてから答えた。
「単純に考えれば、始めに誘拐した犯人が悪ってことになるけど…、けど、子供にとっては
育ての親なわけだし、いくら復讐って言っても理不尽に殺されたとしか思えないかもね。
こうなっちゃうと、もう誰が被害者で誰が加害者なのか、決められないんじゃないかな…、って、
あんた急になんの話を始めてるのよ」
「いや、なんとなく思い出したからさ」
そう言うと、いつものように気の抜けた笑顔を見せた。
- 459 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時45分14秒
- その時、紺野が低い声で呟くように言った。
「……復讐することは無意味だって、そう言いたいんですか?」
「んー…、ま、そうとも取れるかもね」
「でも、そんなこと言われても…」
どこか納得のいかないような紺野に、保田が言った。
「例えば…、あんたは安倍なつみの仇をとるために矢口を狙っているけど、
安倍なつみの立場からすれば、それは必ずしも望んでいることではない…、とか、そういうこと
なんじゃないかな」
「それは…」
困惑したような顔で二人を見比べている紺野に、後藤はいつもの口調で、
「まー、あんたの問題だしうちらが口出しすることでもないよね」
「……」
「もう寝たら? 私、予備の寝袋持ってるから使っていいよ」
そう言うと、リュックから小さく畳んである寝袋を引っ張り出して、紺野の方へ投げた。
彼女は慌ててそれを拾うと、
「あ、すいません。…ありがとうございます」
「どういたしまして」
後藤はいうと、また無防備な笑顔を浮かべた。
- 460 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時45分47秒
□ □ □ □
かなり深い時刻を回り、辺りはどこも暗闇に包まれていた。
保田は、腕組みをしたまま大きな柱にもたれ掛かって目を閉じている。
かなり疲労が蓄積していたのだろうか、紺野は寝袋に入ってすぐに、すやすやと寝息を
立て始めた。
後藤は寝袋に入ったまま眠っているように見えたが、ふと呻き声を上げてもぞもぞと動いた。
その物音に、保田は薄く目を開いて、小声で話しかけた。
「後藤、起きてる?」
「うん。なんか眠れなくて」
「久しぶりに頭を使ったから、熱でも出たのかな」
「ちょっとー、それどういう意味?」
後藤はそう言うと、軽く保田の方を睨んだ。
「だってさ、急にキャラにないようなこと言い出すから、ビックリしたんだよ」
「いい話だったでしょ。見直した?」
「いい話かどうかは別にしても、とりあえずただのバカじゃないことはわかったよ」
「じゃあさ、今まではただのバカだって思ってたわけー?」
「まあね」
「ひどーい」
そう言うと、おかしそうにくすくすと笑った。
- 461 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時46分18秒
- それから、しばらくは二人とも無言のまま目を閉じていた。
やがて、後藤が独り言のように呟いた。
「あの話にでてくる子供ってさ、……実は、私のことなんだよね」
「……え?」
その言葉に、保田は目を上げて後藤の方を見つめた。
後藤は、天井を見つめたまま、誰に言うわけでもなく続けた。
「警察もさ、黙っててくれればいいのに、私の父親を殺したのが、実の父親だって。
私は親の仇とか言って、実の親を殺しちゃってさ、もう笑っちゃうしかないよね」
「……」
「誰を恨めって話だもんね。…下らなすぎるよ。世の中に意味なんてないってさ、
それでなんか分かっちゃった。もう私がなにやったってさ、笑い話にしかならないもんね」
そこまで言うと、後藤は目を閉じて、寝袋のまま畳の上で寝返りを打った。
保田はなにも言わず、また目を閉じた。
- 462 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時46分51秒
□ □ □ □
翌朝。雀の鳴く声で目が覚めた。
後藤は呻きながら寝袋から這い出ると、畳の上で大の字になって身体を伸ばした。
ふと、昨夜紺野が眠っていた場所に目を向ける。そこにはもう誰もいず、丁寧に畳まれた
寝袋となにかが書かれた紙が添えられていた。
後藤はごろごろと転がって行くと、紙を拾い上げてそれを読んだ。
〈食事、ごちそうさまでした。おいしかったです
私はもう出ます。短い間でしたけど、お世話になりました〉
- 463 名前:23. 投稿日:2003年03月03日(月)01時47分21秒
- 「……」
「なに? あの子出てったの?」
いつの間にか目を覚ましていた保田が、座ったまま声をかけた。
「行く当てなんてないって言ってたのに」
後藤はメモを見つめたまま、困惑気味に言う。
「矢口達の所に行ったのかな」
「一人で? まさか…」
「けど、あの子かなり思い詰めてたみたいだし」
そう言うと、二人は顔を見合わせた。
「どうしよっか」
「どうしよう?」
とはいうものの、結論は言わなくても決まっているようなものだった。
- 464 名前:更新終 投稿日:2003年03月03日(月)01時47分56秒
- >>441-463
- 465 名前: 投稿日:2003年03月03日(月)01時48分27秒
- >>439名無しAVさん
さだの場面はリアルで見た風景だったりします。もう十年くらい前ですが。
>>440名無し読者さん
いやもうなんでもいいんで書いていただければ、単純作者は大喜びです。
来週の今頃は新スレにいけるかなー……
- 466 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年03月03日(月)21時11分37秒
- 作者さま、更新お疲れさまです。
暴走する矢口さん。健気な紺野さん。かっけ〜よっすぃ〜。最高に面白いです!!。
よっすぃ〜とごっちんの対決まで黙ってROMるつもりでしたが、つい、書いてしまいました。(苦笑)
新レスにもついていきま〜す!!
では、更新を楽しみに待ってます。
- 467 名前:名無しAV 投稿日:2003年03月04日(火)21時38分35秒
- なんだか胸を焦がすなぁ。
しかしこの二人のコンビはいいなぁ、完全に物語の軸になっている。
あれ〜主役は誰だっけ?(w
- 468 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月05日(水)15時51分19秒
- 感想レスするの苦手なんで一言だけ。
毎日チェックしてます。面白いんで頑張ってください。
- 469 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時09分20秒
24.東京
古く色褪せた写真。平家みちよの形見となった手帳に挟まっていた物だ。
路地裏で、四人の少女がそれぞれ凄みを効かせた表情でレンズを睨み付けている。
茶色の長髪を派手に立てて、やたらとキラキラとした衣装を着ているのが石黒で、
対照的に地味な服装で、大きな目を見開いているのが保田。その二人に挟まれるように
中央で一番気合いの入った様子でしゃがみ込んでいるのが自分だ。
右端で、顔を作ろうとしてもどこかは照れを隠しきれず、薄く笑みを浮かべているのが平家だった。
この写真を撮ってから一年ほどして、石黒は結婚し、保田は政府の仕事に関わるようになり、
平家と自分は規定通り家業を継いだ。
それ以来、馬鹿げてはいたが、それなりに楽しかったストリートでの日々は終わった。
- 470 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時09分50秒
ポケットに写真をしまうと、鈍い日を浴びながら、中澤裕子は公園に足を踏み入れた。
昨日は、矢口達が集会を開いた場所で喧噪に満ち溢れていたが、今はもう
その痕跡しか残っていない。
銃弾を浴びせられて、腐食したように崩れ落ちた噴水に目を留め、中澤はそれをカメラに収めた。
公園では、行き場を失った若者達が、座り込んだまま居眠りをしていたり、
誰に訴えかけるわけでもない歌をブツブツと歌い続けたりしている。
中澤はそうした風景もカメラに収めると、溜息をついてその場にしゃがみ込み、
焼けこげた薬莢を指で弾いた。
その時、目の前に見覚えのある人物がゆっくりと歩み寄ってきた。
- 471 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時10分20秒
「中澤さん! 中澤裕子さんですよね?」
ゆっくりと声の方に目を向ける。フードの着いた赤いコートに身を包んだ
女性が、自分のことを見下ろしていた。
「あんた、誰?」
「あの、わたし、和田さんの事務所で昔バイトしてた…」
そう言うと、女性はフードを取った。確かに見覚えのある顔だった。
が、名前は出てこない。
「ああ、あのー、高麗の子か。なんやったっけ、名前」
「ソニンです」
「あ、そうやったな。思い出したわ」
あまり興味もない様子で言うと、中澤は立ち上がる。
「あ、あの…」
中澤の態度に、ソニンはやや気圧され気味だった。それを察したのか、薄く笑みを浮かべると、彼女の肩を叩いて、
「とりあえず、座って話そか」
とガタガタになったベンチを示した。
- 472 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時10分51秒
ソニンから聞かされた話は、中澤にもある程度は予想できるものだった。
嘗て中澤の部下だった人々が集まりつつあるということ。それは、どんどん勢力を拡大している
矢口たちの集団に対抗するためであること。そして、
「だから、やっぱり中澤さんにまたリーダーになって欲しいんですよ。みんな、そう考えてるんです」
「そっか」
中澤は空を仰いだまま、他人事のように呟いた。
ソニンはそんな彼女の態度に不満そうに、
「中澤さんだって、今の状態がもの凄く危険だってことは分かるでしょう? 向こうは
武装集団だし、容赦なく人を殺したりものを奪ったりしてるんです。
ここのところずっと、都内のチームの連中を片っ端から集めて、なにかしでかそうって
計画してるみたいなんです。あの人、前にHello!っていう無差別テロの集団で警察からも
マークされてたほどの危険人物なんですよ。今はなんかアイドルみたいな存在に
なっちゃってるみたいですけど、本当は……」
「知っとるよ」
中澤が言うのに、ソニンは訝しげな顔を向けた。
- 473 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時11分21秒
- 「えっ…?」
「もうこうなったら、内緒にしておくことでもないしな。うちら、反政府のクーデターを
計画してた連中を、裏からバックアップしてたんや。もちろん、矢口のことも知ってたし、
金も人もこっちから提供してた」
「……」
「けどな、矢口達があんなことを起こすことになったんは、うちの不注意が原因かもしれん。
本当は、矢口がどこからか分からない、武器の調達ルートを得た時点で、消しておくべきやったな」
「で、でも、…それなら、なおさら…」
「責任は取らなあかんとは思う。けどな、悪いけど今はなにもする気になれへんねん。
全てが破壊されて、みんな行く場所もなくなって、そんな時につまらんなわばり争いをしてどうなる?
対立して、争って、傷付け合って、殺し合って、…もう、飽き飽きやねん」
- 474 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時11分52秒
「……それは、平家さんが殺されたからですか?」
ソニンは、やや棘のある調子で言った。
「ふん、よう知ってるな」
「その場に居合わせた組員に聞きました」
「みっちゃんのあれは…、ただの事故や。それに、うちのこととはなんも関係はない」
「平家さんの部下だった人たちも、集まってるんですよ。中澤さん、あなただって
平家さんに死ぬ前に託されたんじゃないんですか?」
「ああ……、そんなことも言われたかもな」
「……」
ソニンは失望したような顔つきで中澤を睨むと、ポケットに手を突っ込んで立ち上がった。
「あ、ちょっと待ち」
中澤はそう言うと、カメラを取りだして、
「一枚写真取らせてくれるか?」
「何ですか、それ? 新しい趣味ですか?」
「別に。ほら、そんな怖い顔せんと、写真取るときくらい笑いや」
ソニンは渋々、中澤の言われるまま無理矢理頬を歪めて笑顔を作った。
それから、ポケットに入れた手を出して、一枚の紙切れを手渡した。
「これ、うちらの拠点にしてる場所です。気が変わったらいつでも来てください」
「ああ、機会があったらな…」
中澤は気の抜けた声で言うと、受け取った紙を一瞥してポケットに入れた。
- 475 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時12分22秒
肩を聳やかしてその場を離れようとするソニンに、中澤はなにかを思いついたように声をかけた。
「あ、ちょっとええか?」
「え?」
振り向いたソニンに、中澤が言った。
「そっちで、病人の一人くらい預かって貰えるかな。ちょっと、うちらだけだと
もう無理っぽいねやんか」
- 476 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時12分52秒
□ □ □ □
吉澤ひとみはベッドから慎重に足を下ろすと、ゆっくりと屈伸運動をした。
それから、身体の運動感覚を取り戻すために、小さな仕草を繰り返した。
まだ節々に弱い痛みは残っていたが、それも自然と消えていってしまいそうなレベルのものだ。
- 477 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時13分24秒
「大分回復したみたいじゃん。すごいね」
ディスプレイから振り返って、飯田が感心したように言った。
「ええ、体力だけは自信があるんで」
「うん、見れば分かるよ。そんな感じ」
真顔で言う飯田に、吉澤は不満そうに、
「って、それじゃ私が筋肉バカみたいじゃないですか」
「え? 違うの?」
「違いますよ! こう見えて意外に頭がいいねって…」
「はいはい」
飯田は強弁する吉澤を無視して、またディスプレイに向き直った。
吉澤はベッドに腰を下ろすと、背中越しに話しかける。
- 478 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時13分56秒
- 「でも、本当にありがとうございました」
「感謝してる?」
「はい! めちゃくちゃしてますよ。命を救って貰ったんだから、当たり前じゃないですか」
「じゃあさ、ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだけど」
そう言うと、飯田は椅子を回して吉澤の方を見た。
「え、ええ…。私に出来ることなら」
あの飯田にどんなことをいわれるのか不安ではあったが、吉澤は目のあった飯田に頷いて見せた。
「加護アイって子供を、ここに連れてきて欲しいんだけど」
「カゴアイ? 誰ですか、それ」
「私もよく分からないんだけど」
飯田がいうのに、吉澤は漫画のようにずっこけた。
- 479 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時14分27秒
- 「何ですか、それ」
「いや、辻がちょっと気になるっていうんで話を聞いたんだけど、私も気になったから」
「……それって、飯田さんがずっとやってることと関係あるんですか?」
恐る恐る、吉澤は飯田に訊いてみた。
吉澤が見る限り、飯田はずっとコンピューターに向かって何かの作業をしていた。
しかし、それがいったい何のためのものなのかは全く分からない。
飯田が命の恩人であるということは確かだし、そのことでの感謝の念は本物であったのだが、
一方で、大地震の到来を見て見ぬ振りをして自分だけ避難した彼女のことを未だに信用できずに
いることもまた確かだったのだ。
- 480 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時14分57秒
- 「関係ねえ…、あるっちゃあるし、ないっちゃないような」
「どっちなんですか」
「ていうか、吉澤にそれを説明しても理解できるの? 吉澤ってあんまり
頭よさそうに見えないんだけど」
「それは……」
悲しいかな、事実だった。
学者だけあってさすがに洞察力に優れている、と妙なことに感心してしまう
自分が、また悲しかった。
- 481 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時15分29秒
- 「いえ、やりますよ。私も助けられっぱなしじゃ申し訳ないし」
「そう! ありがとう!」
心底嬉しそうな表情でいうと、ごちゃごちゃと色々なものが積み重なっているデスクの側から、
なにかを引っ張り出して吉澤に渡した。
飯田から受け取ったものを改めて見直して、広げてみる。
なんの変哲もない、長袖のTシャツだった。飯田がデザインしたものなんだろうか。
「こ、これって?」
「あ、それね、圭織が作ったんだ。ずっと昔だけど」
「いや、そういうことじゃなくて」
「ただのシャツに見えるでしょ? けどそれちゃんとした防弾仕様になってんだよ。
すごくない? その軽さでめちゃめちゃ薄いのに、マグナム食らっても痛くも
痒くもないの。特許取って売ろうかって思うくらい」
「ていうか、なんで…?」
「あ、そっか。そうだよね、吉澤は知らないか」
飯田はディスプレイの上に据え付けられたプリンタが吐き出した紙を取り上げると、
それを渡しながら言った。
「ほら、この写真の子ね。加護って今東京中を荒らし回ってる集団の守護神的な
ポジションにいるらしいんだ。あんた結構喧嘩強そうだけど、やっぱむこうは
銃とか持ってるからあの棒だけじゃ大変でしょ? そうでもない?」
「い、いや…。そうなんですか……」
安易に飯田の頼みを受けてしまったことを、吉澤は少し後悔した。
- 482 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時16分01秒
□ □ □ □
市井紗耶香は、高架下で拾ったギターを手慣れた様子でチューニングすると、
適当にコードをならしてみた。
ネックはやや歪んでいたが、それなりに綺麗な音が鳴った。
このギターの持ち主だった人間は、太い鉄柵と傾いた柱に腰を挟まれたまま、
項垂れるようにして絶命していた。
恐らく、いつものように高架下で通行人相手に歌ったあと、帰路につく
途中だったのだろう。
- 483 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時16分31秒
- 市井は単純なコードをかき鳴らしながら、自分の持ち歌を一節歌ってみた。
隣に座って見ていた安倍は、感心したように手を叩いて言った。
「へえー、やっぱりうまいね、プロの人は」
「何年もコンサート、コンサートって繰り返してれば、誰だってある程度はうまくなるよ」
市井は自嘲的に言うと、寂しそうに笑った。
「ま、もうこうなっちゃったらなんの意味もないけど」
「そんなことないよ…。多分」
安倍は慰めるように言ったが、それでも自信なさげだった。
- 484 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時17分03秒
- 市井は陳腐なアルペジオをとりとめもなく爪弾きながら、話を続けた。
「私さ、今ちょっと迷ってるんだ。ここから出ていくべきなのかどうか」
「ここって、東京からってこと?」
「うん。歩いていくのはちょっとしんどいかもしれないけど、全然復興の目処も立ってないし、
なんだかここのところの様子見てると、もうおしまいじゃないかなって。
あの子たち…、私を助けてくれた二人も、地方出身で、すごく両親のこと気にかけてたから、
なんとかしてやれればいいかなって。ま、恩返しってわけじゃないけどさ」
市井が言うのに、安倍は少し考えてから返した。
「いいんじゃないかな。実際、もう出ていってる人たちだって一杯いると思うし。
余所に行って当てがあるかどうかはしらないけど、でも東京に残るよりは
ずっとマシだと思う」
「なっちは? まだ東京に残るつもりなの?」
「うん」
迷いなくそう答える安倍に、市井は不思議そうな顔を向ける。
- 485 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時17分35秒
- 「どうして? 今ここに残ってるのって、本当にろくでもない連中ばっかりじゃん。
それは、他の県の人たちがなにもしてくれないでほったらかしっていう状況はひどいと思うけど、
でもここで生活するのってもう無理だよ」
「東京に愛着があるとか、そういうことじゃないんだ。なっちの実家は北海道だし、多分そこに
戻ろうと思えばすぐに戻れるし」
「それじゃあ、なんで…?」
「友達がさ、まだ残ってるんだ。彼女をちゃんと救ってあげたいの」
「……」
市井は安倍の顔を見たまま黙り込んでしまう。
- 486 名前:24. 投稿日:2003年03月06日(木)01時18分10秒
- しばらく沈黙が続いた後、市井がまた口を開いた。
「あんまりこういうこと言うべきじゃないのかも知れないけど、その友達が、今でも生きてるって
可能性はあるの? こんな状況だし、あんまりそこにこだわっても…」
「分かってるよ。でも、死んでたら死んでたで、消息だけは確認したいの」
「そう…」
市井はそう言うと、大袈裟に膝を叩いて立ち上がった。
「しょうがねーな、じゃ、私もなっちの用事が済むまで、東京に付き合ってやっか!」
「いいんだよ、別に。これはなっちが勝手にこだわってるだけのことなんだから」
「なーに言ってんの。なっちの友達ってことは、私の友達でもあるんだから、当然じゃん!」
「え? そうなのかな」
「そうだよ。昔から『友達の友達はみな友達だ、世界に広げよう友達の輪』っていう諺があるだろ?」
「…聞いたことないなあ。いや、あるかな」
「私も協力するよ。ね、なっちの友達の名前って、なんて言うの?」
「紺野あさ美ちゃん。友達って言うか、もう半分家族みたいになっちゃってたんだけどね」
「分かった。一人だけ?」
「いや、もう一人…」
そう言って、安倍は口をつぐんだ。
市井は、不思議そうに安倍の方を見る。
「でも、もう一人の方は探す必要もないんだけど」
小声でぼそぼそと呟いたが、市井の耳には届いていないようだった。
- 487 名前:更新終 投稿日:2003年03月06日(木)01時18分44秒
- >>469-487
- 488 名前: 投稿日:2003年03月06日(木)01時19分16秒
- >>466ななしのよっすぃ〜さん
おいしいシーンなので引っ張ろうかなー、なんて思ってたりして(w
レスありがとうございます。新スレからもよろしくお願いします。
>>467名無しAVさん
( ○`〜´)<ゴルァ!
……しばらくは外枠を埋める部分が続くかもです。
毎回レスありがとうございます。本当に励みになります。
>>468名無し読者さん
実は私も感想レスは苦手なので、よく分かります(w
なのでレスを下さる方にはマジで感謝してます。
- 489 名前:名無しAV 投稿日:2003年03月07日(金)23時18分28秒
- そろそろ何それぞれが絡み合いそうな気がする。
期待。
- 490 名前: 投稿日:2003年03月09日(日)01時05分43秒
- >>489名無しAVさん
期待にお応えできるよう頑張ります。
と、張り切りすぎてえらい長さになってしまったのはいいのか悪いのか……(w
- 491 名前:index 投稿日:2003年03月09日(日)01時06分16秒
- SIDE-A
1. キュクロープス …………………………>>3-10
2. 上下動 …………………………………>>11-41
3. ピンクのモーツァルト …………………>>45-63
4. 女を捜せ ………………………………>>66-77
5. 邪眼 ……………………………………>>82-103
6. 愛と平和 ………………………………>>107-120
7. キャバレー・ヴォルテール ……………>>123-134
8. 汚い囁きを ……………………………>>138-148
9. 黒色過程 PARTT ……………………>>152-165
10.パラノイド・アンドロイド …………………>>169-190
11.血の雨 -Bloodfall- ……………………>>194-205
12.フレンズ …………………………………>>209-222
13.Will-Well ………………………………>>228-237
14.民主主義ヨ永眠ナレ ……………………>>242-252
15.Confutatis ………………………………>>257-268
16.耳で聴く風景 ……………………………>>272-289
17.黒色過程 PARTU ……………………>>294-337
18.ビッGcrUンcH ……………………………>>338-340
- 492 名前:index 投稿日:2003年03月09日(日)01時06分46秒
- SIDE-B
19.TOD UND VERKLARUNG ………………>>349-364
20.千日手 ……………………………………>>369-383
21.グッド・アルケミー
バッド・アルケミー ………………>>387-413
22.光と影 ……………………………………>>417-436
23.TABOO …………………………………>>441-463
24.東京 ……………………………………>>469-486
- 493 名前: 投稿日:2003年03月09日(日)01時26分47秒
新スレ
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sky/1047139649/
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