sha la la 〜final set〜
- 1 名前:S3250 投稿日:2003年01月06日(月)00時22分28秒
8ヶ月ぶりに再開します。
前スレは『sha la la』http://mseek.obi.ne.jp/kako/white/1010412536.html(白板倉庫)です。
登場人物は吉澤、後藤、石川中心に、同年代のハロプロメンバー数人。
矢口と市井は前スレで卒業しました。
前スレではバレーボールもの宣言して始めましたが、もう試合の描写はほとんど出てこないと思います。
バレーボール部員たちの友情物語として気軽に読んでいただければ幸いです。
- 2 名前:Diary −3月20日 side 投稿日:2003年01月06日(月)00時25分08秒
ついに夢にまで見た代々木第一体育館の晴れ舞台に立った。
ゆうべ、寝て起きたら足首の故障が消えてなくなっていることを願ってベッドに入ったけど、
やっぱりそんな魔法がかかっているはずもなくて…。
朝、起きるなり外へ出て思い切りジャンプしてみたら、簡単に腱が外れた。
足首の痛みより痛い痛さが、全身を貫いた。
そして、その痛みは代々木のコートに立った時、ピークに達した。
体育館の下がアイススケートのリンクになっている代々木第一のフロアーの寒さは予想以上で、
ケガ人にはこたえた。
ごっちんの右ひざと、わたしの左足首の鈍いうずき。
これはわたしたち二人だけにしかわからない痛み。
口にも顔にも出さずに苦しんでいる彼女のために何もできないことが、悔しくて苦しくてもどかしい。
この苦い経験を繰り返さないように、わたしは今日のことを忘れない。
そして、忘れられないことがもう一つ。
彼女が今日、確かにわたしを呼んだ。
「よっすぃー」って…。
「インターハイ予選は死ぬ気で頑張るから…」って…。
たった一言で、内から湧き出るようなパワーをくれる彼女となら、頂上を目指していける。
彼女はわたしの血だ。
- 3 名前:Diary −3月20日 side B− 投稿日:2003年01月06日(月)00時26分20秒
結局、あたしの右ひざは、言うことを聞いてくれなかった。
夢の舞台で、あたしは何もできなかった。
市井ちゃん、黒鷲で戦う約束、かなえられなくてごめん。
圭ちゃん、ずっと支えてきてくれたのに、喜ばせてあげられなくてごめん。
中澤先生、生意気ばかり言ってきたのに、センターコートに立たせて上げられなくてごめん。
梨華ちゃん、背番号1番ゆずってもらったのに、ふがいないヤツでごめん。
みんな、ずっと待っててくれたのに、がっかりさせちゃってごめん。
今日という今日は、自分自身の弱さに打ちのめされた。
右ひざの故障を乗り越えられない自分に失望した。
そしてそれ以上に、ネットの向こうにもコートの中にもいない大きな存在の喪失が怖いと思った。
試合が終わった後、誰にも顔向けできなくて3階席でぼんやりと4面コートを見下ろしていたら、
彼女がたった一言、声をかけて去っていった。
「夏は絶対、日本一になろ」
いつも暗がりに閉じこもりがちなあたしの心に、一筋の光と温もりをくれる。
いつも笑顔の彼女。
彼女はあたしの太陽だ。
- 4 名前:sha la la 投稿日:2003年01月06日(月)00時27分07秒
final set ――――
- 5 名前:S3250@作者 投稿日:2003年01月06日(月)00時30分15秒
ひとまず導入部分だけですが、明日で1周年を迎えるという日に8ヶ月ぶりの更新です。
前スレの最後に全部書き上げてから再スタートすると宣言したので、それから…と思っていたのですが、
どうしても書けない部分があり、このままだと放置ではなく放棄になりそうだったので、
自分にプレッシャーをかけるためにも見切り発車しました。
前スレから見てくださっている皆さん、長い間お待たせしてしまったのに、約束守れなくて本当にごめんなさい。
相変わらず更新は遅いと思いますが、長い目で見てやってください。
なお、前スレで後藤と吉澤のケガの箇所を混同している部分がありましたので、おわびして訂正します。
後藤のケガは右ひざで、吉澤のケガは左足首です。
今後、気をつけます。では。
- 6 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月06日(月)02時11分12秒
- 新スレおめでとうございます!
復活ですね^^すごく嬉しいです。
清々しいほどの 吉澤の凛々しさがまた読めるかと思うと嬉しいです。
頑張ってください!^^
- 7 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月06日(月)07時38分05秒
- 着実に後藤と吉澤の距離が縮まっているようで嬉しいです。
復活お待ちしていました!無理せずがんがってください。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月06日(月)10時24分50秒
- キタ━━・゚・(ノД`)・゚・。━・゚・( ノД)・゚━ヽ( ・゚・ノ)━( )━(`・゚・。)━( Д` )・゚・
もう半分・・・というか完全に諦めてました・・・
とりあえず前スレの最初から読み直します
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月07日(火)00時51分27秒
- ホントに!待ってました!ありがとうございます!
嬉しすぎる・・・。
- 10 名前:1から読み直そっと♪ 投稿日:2003年01月07日(火)01時22分08秒
- キタキタキタキタ━━━━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━━━!!!!!!!!!!
待ってましたーーー!!
こちらのお話、凄い好きだったので更新が完全に止まってしまった時は悲しくて・゚・(ノД`)・゚・
復活、本当に嬉しいです。無理せずガンガッテ下さい!
- 11 名前:名無し娘。 投稿日:2003年01月08日(水)01時02分56秒
- ある意味この物語の続きをずっと待っていたと言って良い♪
試合の描写が少なくなるのは寂しいけども(笑)
- 12 名前:sha la la 大好き 投稿日:2003年01月08日(水)07時12分05秒
- お互いの気持ちに気づいたよしごま。
さぁこれからって所で終わってしまった前作から8ヶ月。
続き、正直諦めかけた事もありましたが、作者様の復活、こんな嬉しい
ことはありません。
- 13 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月09日(木)02時13分46秒
- まさか続きが読めるとは。
前スレ、読んだ後いろんな人にスポーツに打ち込む青春について
語ってしまったほど感動してしまいました。
楽しみにしてます!!
- 14 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時17分09秒
「よっすぃー、また同じクラスになれたよ〜」
4月5日。今日から新学年、新学期がスタートする。
昇降口前にはり出されたクラス替えの発表を見た梨華は、喜びのあまり思わずひとみに抱きついた。
あまりの勢いのよさに、松葉杖を両脇に抱えているひとみはよろめいてしまう。
「あ、ごめん、ごめん」
謝りつつもいたずらっぽく笑っている梨華を見てひとみもすぐに笑顔になったが、
心の中は晴れなかった。
(いいかげん、松葉杖とはお別れしたい…)
3月20日から始まった春の高校バレー全国大会の前に、一度はギプスと松葉杖が取れたものの、
ジャンプやブロックの横の動きなど強い衝撃が加わるたびに左足首の腱が簡単に外れた。
我慢できないほどの痛みではないが、たびたび脱臼するためにプレーはままならなかった。
- 15 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時22分22秒
手術をすれば腱が外れることはなくなる。
しかし、足首が冷えたり継続的に強い負荷がかかれば、かなりの痛みが残る可能性もあるという。
今後バレーボールを続けていくうえで最善の道を悩んだ末、ひとみは春高が終わるやいなや
入院の手続きをとり、手術を受けることを決めた。
オペ自体は簡単なもので2日後には退院したが、また松葉杖の世話にならなければならないとあって、
ひとみの憂鬱はいつまでたっても消えなかった。
「で、うちらの担任、誰?」
「な…」とだけ言いかけて表情を曇らせた梨華は、大げさにため息をつく。
「げげーーっ!? なんでー?」
「“な”だけでわかるの?」
「中澤先生でしょ!? そのため息でわかるよ。去年担任持ってなかったのになんでよぉ?」
オクターブ高くなった声でひとみがまくし立てると、梨華は眉根を寄せた。
「そんなこと…私に言われても困るよぉ…」
「それも…そうだね。吉澤も梨華ちゃんも、監視されなくたってまじめなのにね…」
「うん…」
しゅんとなったひとみと梨華は、顔を見合わせて苦笑いした。
- 16 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時33分19秒
「ごっちん、おはよ〜! ごっちんはB組だよ〜!」
いかにも眠そうな後藤がひとみの背中越しに登校してきたのを見つけた梨華は、甲高い声で叫ぶ。
(あ、クラス違っちゃったんだ…)
梨華の声につられるように振り返ったひとみは、朝のまぶしい陽射しをいっぱいに浴びた後藤と視線が絡んだ。
転校してきてから3ヶ月。
光に透けた髪も少し伸びて、彼女は大人っぽくなっていく。
どんどんきれいになっていく――。
クラス替えには全く無関心な後藤は、「おはよ」とだけ言い残して下駄箱へ消えて行った。
その後ろ姿を目で追うひとみの脳裏には、あの日たった一度だけ呼ばれた声が駆け巡り、
ひとみの視線の先を追う梨華の胸中には、ざわざわと細波が立ち始めていた。
- 17 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時35分33秒
その日の放課後、バレーボール部の2年生11人がミーティングルームに集められた。
附属の中等部だけではなく、全国の強豪中学から淑女を目指してきた新入部員が今日から入ってくるのだ。
「じゃあ、とりあえず新入生に自己紹介してもらおか」
15人の新人を迎えて張り切っている顧問の中澤のかけ声で、壇上に並んだ新入生がひとりひとり
あいさつを始めた。2年生たちの興味と視線は、昨年末の都道府県対抗中学大会を賑わせた
小さな二人のエースに注がれている。
「はじめまして。兵庫県出身の松浦亜弥と申します。レフトやってます。
吉澤さんにあこがれて上京してきました。よろしくお願いします」
「板橋区立藻二中から来ましたジリノゾミ、ライトれす。
えっとー得意技はー、“8段アイストレート”と“辻間差”れす。よろしくお願いします」
舌ったらずな辻のあいさつに「得意技がアイスかよ!」と、速攻ばりの速さで美貴が突っ込みを入れると
2年生たちがツボにはまり、いつもはポーカーフェイスを崩さない後藤までもが鼻先でフッと笑っている。
- 18 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時36分38秒
ミカとあさみが声をそろえて「ジリちゃん、かわい〜♪」と声援を送ったところでその声に割って入るように、
「ちょと待ったあ〜」と中澤がストップをかけた。
「辻ちゃんは、ツジじゃなくて、ジリちゃんだったん?」
「へっ!? ジリれす…」
(…ジリレス? ってなんや?)
腕組みをしながら額と眉間に深いしわを寄せた中澤は辻を見据えたまま固まり、
カラーコンタクトを入れた中澤にものすごい形相で見つめられた辻もフリーズしてしまった。
「あの、センセイ。ジリ、に聞こえるかもしれませんがー、ツジちゃんはー、ツジちゃんですのでっ」
ポカーンとだらしなく口を開けている辻の両肩に手を置いた松浦が、滑舌のいい思いっ切り説明口調の
助け舟を出す。
(またしても強烈キャラ登場の悪寒…いや、予感や。ある意味、後藤より難敵かもしれんで…)
中澤は心の中で軽く舌打ちしながらも、かろうじて笑顔を作って確認する。
「えーと…だから、ツジちゃんでええねんな?」
「へい」
その間の抜けた返事に、部屋中が再び爆笑の渦となった。
- 19 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時37分51秒
この見た目もしゃべり方もすっとぼけた身長160pにも満たないおちびちゃんは、実はただ者ではなかった。
都道府県対抗のために結成された東京選抜の中で唯一の公立中の選手だった辻は、大会前こそ
全く無名の存在だったが、度肝を抜くような鳥人ばりのジャンプ力で東京選抜を決勝まで導き、
「メーター(1m)ジャンプの辻」と名づけられたほど一躍名を上げた。
その決勝では松浦擁する兵庫選抜を相手に、ぐんぐんと伸びるような滞空力を生かした
自称『8段アイストレート』と、おとりのセンタープレイヤーの真後ろから急に現れて鋭角な
スパイクを放つ、自称『辻間差』をおもしろいように決め、東京選抜が2連覇を果たした原動力となった。
ちなみに、V1メンバーは上前女子中時代の吉澤をはじめ、成功学園中の横山妹や七王子実践中の
福田明日香たちであり、唯一淑女学園中から選ばれた後藤は選抜を辞退している。
「1年生にもどんどんチャンスを与えるからな。2年生もうかうかしてたらポジションないで。
わかってるな、よしざわー」
「へい」
いきなり名指しされたひとみが辻のモノマネをして舌を出すと、部屋中が笑いに満ちあふれた。
- 20 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時41分04秒
ミーティングが終わり、散り散りに体育館へ向かう途中、一人トレーニングルームに向かっていく
ひとみに誰かが後ろから声をかけた。
「吉澤せんぱーい」
立ち止まったひとみが声のほうへ振り返ると、黒目がちの大きな瞳が印象的な新入生が小走りに近づいてくる。
「あ〜、え〜と、え〜と…。ごめん、名前覚えるの苦手で」
「松浦です。松浦亜弥です。よろしくお願いしますっ」
「おお、そうだ。松浦さん、よろしくね」
ひとみはにっこり微笑むと、ぺこりとおじぎをしている松浦に向かい合った。
「あの、さっき言ったことなんですけど…」
「ん? さっき?」
「はいっ。私、ほんとに上前女子中時代からの吉澤先輩のファンなんです」
「そういえば松浦さんとは、全中の予選リーグで対戦したことがあったよね?」
「えっ!? 覚えててくださったんですか?」
「うん。だって試合中ずっとガン飛ばされてたから、顔はよく覚えてる」
- 21 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時42分15秒
そんなんじゃないです、そんなんじゃないです、と顔の前で小刻みに手を振りながら慌てる松浦に、
ひとみは柔らかく微笑んだ。
「私、あの試合で初めて吉澤先輩のこと知って、全国にはものすごい人がいるんだなぁって見惚れてたんです。
とにかく少しでもすごいところを吸収しようと思って、ネット越しから食い入るように見てたんですよお」
「そこまで言われると照れるな…」
ひとみはえへへ…と笑って、松葉杖を脇に抱えたまま右手で後ろ髪をかいた。
「これからいろんなこと、教えてくださいっ」
「うん。ま、こんなんだけどね」
両手の松葉杖を持ち上げて少しおどけてみせると、照れ笑いした松浦がひとみの胸におでこを預けた。
浮かれる松浦も照れるひとみも、二人を虚ろに見つめる視線にはまるで気づいていなかった。
- 22 名前:急接近 投稿日:2003年01月12日(日)21時45分00秒
***
それからも松浦は積極的にひとみに話しかけていき、二人は急接近していった。
それが梨華の心をかき乱していた。
いつものように梨華と美貴とひとみの三人でお弁当を食べていると、ひとみの携帯の着メロが短く鳴る。
「ん? 誰だろ?」
リュックから携帯を取り出し、手慣れた手つきでボタンを操作する。
「あ、あやちゃんだ」
「“あ、あやちゃんだぁ”って、あややのこと?」
思わず美貴が声を裏返したが「そ、松浦」と何事もないように切り返す。
「最近よっすぃー、あやちゃんと仲がいいみたいだね」
いつもより暗い声のトーンで梨華が聞いても、気にも留めず指を動かしているひとみ。
「仲いいってゆーかさぁ、なんか積極的でかあいいじゃん♪」
ものすごい速さで返信して携帯をしまったひとみは、再びお弁当を食べ始めた。
乱れ始めた想いを隠し切れない梨華と、それに気づかずにゆで卵をほおばっているひとみ。
(う〜ん、梨華ちゃん青春してるねぇ…。そして果てしなく鈍感な吉澤くん…)
美貴は二人に気づかれないように、うん、うんとうなずくと、ニヤける自分を止められなかった。
- 23 名前:作者 投稿日:2003年01月12日(日)21時47分18秒
更新終了です。
少なめですが、次回から話を動かし始めますので今回はこれくらいで。
それはさておき…。
長らくお待たせしてしまったのに温かい言葉をたくさんかけていただき、ちょっと言葉が見つかりません。
こんな作者を温かく迎えてくださった皆さん、ほんとうにありがとうございます。
>>6さん
前スレから引き続きありがとうございます。
24Hテレビのおかげでリアル広瀬さんを見ることができました。
吉澤に写真をねだっている広瀬さんも微笑ましかったです。
>>7さん
松浦との距離のほうが先に縮まってしまいましたね(W
これからは少しは無理して頑張るつもりです。
>>8さん
7.31があって、正直自分も半分あきらめかけていたのですが、
結局あきらめられずに戻ってきました。
何回も読み直していただかないうちに完結できるように頑張ります。
>>9さん
嬉しすぎる、はこちらのセリフです!
ホントにありがとうございます。
>>10さん
勢いのあるキター!!!!がいただけてめちゃうれしいです。(キターのAA大好き)
時間はかかるかもしれませんが、少しずつでも継続的に更新していくつもりです。
- 24 名前:作者 投稿日:2003年01月12日(日)21時48分39秒
>>11さん
本当に試合描写を期待されていたのなら申し訳ありません!
実は冒頭から全国大会の描写をがっつり書いていたのですが、
この部分を削るかどうかで2ヶ月も悩んでしまいました。(悩みすぎです)
>>12さん
ほんとにこれからってところでしたからね…。申し訳ないです。
お名前までうれしいことを書いていただき、感激しています。
>>13さん
そんな影響力がこの話にあったとは…。実際の彼女たちのひたむきな青春に
少しでもリンクするような話にできればいいなぁと思っています。
それと案内板でも捜索がかかっていたようで…。探していただいていた方、
お答えいただいた方、お手数をおかけしてしまいまして申し訳ありませんでした。
あと、投票で入れていただいた皆様にも本当に感謝しております。
かなり前に放置したままの話を今でも忘れずにいてくださる方々がいることを知らずにいたら
書き続けていられたかどうか、自信がありません。
感謝の気持ちをうまく言葉にできませんが、完結することでお返ししたいと思っておりますので
今後ともよろしくお願いします。
- 25 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月14日(火)21時31分43秒
- 鼻先で
( ´ Д `)フッ
と笑う後藤の姿がリアルに想像出来ますた(w
ゆったり流れる空気というか、学生特有の和やかさがあっていいですね。
ぼちぼち皆の中にある淡い慕情がチラチラ絡んできて、読んでてドキドキしてきます。
それにしても、にぶちんよっちぃ可愛いよよっちぃ。
- 26 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時15分54秒
けがをしてからちょうど2か月が経過した4月12日は、ひとみの17歳の誕生日。
この日はバレンタインデー騒動の再来となり、ひとみは朝から同級生や後輩だけでなく、
先輩たちからもプレゼントを受け取っていた。
(う〜ん…)
騒ぎも一段落した放課後。
誰もいなくなった教室で窓際の隅に山積みとなったプレゼント向き合ったひとみは、
腕組みをしながら考え込んでいた。
「どうしたの、よっすぃー?」
忘れ物を取りに教室に戻ってきた梨華が、プレゼントの山の前で動こうとしないひとみに声をかけた。
「うん…。なんかさぁ、みんな少ないお小遣いなのに、バレンタインにはチョコくれたり、誕生日には
プレゼントくれたり…。気持ちにこたえられないだけに、なんかちょっと重いかなって…」
困ったように少し口をとがらせるひとみ。
「あっ、こんなこと言うの梨華ちゃんだけだからさ。誰にも言わないでね」
そう言うとすばやく表情から苦悩の色を消し、いつものいたずらっ子のような笑顔に戻った。
- 27 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時17分33秒
(やっぱり重いんだぁ…)
不器用に笑い返した梨華は、心の中で泣きたかった。
このままじゃ、自分の心だけに秘めている本当の想いは、伝えられそうにない。
「あしたお母さんに車で迎えに来てもらって持って帰るか〜。さ、梨華ちゃん、練習、練習」
思い出したように両手をパン、と合わせて大きな音を出すと、ひとみはリュックと練習着袋を背負って
一足先に体育館へ向かった。
その背中を虚ろに見つめていた梨華の悩みは、アメーバのように形を変えて増殖していった。
- 28 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時21分09秒
***
「ねーねー辻ちゃん、そろそろ“ツジカンサ”ってやつ見せてよー」
体育館で午後練の準備をしている新入生の辻に、ミカがからかい半分に絡み始めた。
「いやれす。安売りはしないのれす」
「とかなんとか言って、高校に入ってネットの高さが5p上がったから、オチビちゃんの時間差は
ネット超えないんじゃないの?」
口の減らない辻に、同じポジションのあさみが茶々を入れた。
「自分だってチビのくせに失礼なっ!」
生意気な1年生の切り返しに、あさみはぐうの音も出ない。
「辻間差はセッターとセンターがしっかりしてないと、うまく打てないのれすよ」
「ちょっとー、それどういうこと? 私がしっかりしてないとでも言いたいわけえ?」
右手でグーを作って立ち上がる美貴。すかさず逃げ出す辻。
ちょうど体育館に姿を現した梨華の前を、二人が猛スピードで駆け抜けていった。
- 29 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時22分32秒
しかし、そんな二人のことなど梨華の視界には入っていなかった。
知らず知らずのうちに探す癖のついた視線の先はコートの中央でロックされ、1年生たちがネットを
張っているのを率先して手伝っているひとみをとらえた。
松浦の肩に手を置き、何やら楽しそうに笑っているひとみの姿に、反射的に視線をそらす。
誰にでも優しいひとみを見るのは、もう限界だった。
- 30 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時24分28秒
その日の練習からゲーム形式のAB戦に1年生が加わった。
しかし、練習に全く身の入らない梨華は、最初から中澤にどやされまくっていた。
「石川っ、セッターがそんな気のないトス上げて松浦にケガでもさせたらどないすんねん。
今度ぼやぼやしとったら帰らせるからな!」
「はい…」
怒りながらも、最近の石川らしくもない暗い表情に気づいていた中澤は気がかりだった。
「あやちゃん、もう1本!」
石川が松浦に声をかけると、今度はきれいなトスがレフトオープンに上がり、
松浦の細い右腕が繰り出したスパイクがいい音を立てて、乾いた空気を切り裂いた。
(パワーもコースもまだまだやけど、この子には教えて身につくもんやない華があるな)
- 31 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時25分10秒
中澤は松浦が見せた流麗なスパイクににんまりしつつも、4年前の春、当時中等部のキャプテンだった
市井に懇願されて、彼女が連れてきたという新入部員を初めて見た時のことを思い出していた。
助走は逆足、踏み切りは片足、空中のバランスも打点もスイングもフォームも、何もかもめちゃくちゃ。
しかし、その1年生の右手がジャストミートしたボールは、インパクトの瞬間生き物のように形を変え、
まるで炎に包まれた弾丸のごとく、すさまじい勢いで20m離れたステージまで一直線に飛んでいった。
耳がジンとするほどの残響を残して――。
中澤はあの特大の場外ホームランを見た時の心のときめきを、今でも忘れられずにいた。
とてつもなく下手くそなのに、とてつもない期待を抱かせる魅力が、中学1年の後藤にはあった。
(あのドキドキ感に勝てるヤツは、全国どこを探してもおらんよなあ…)
スパイクだけなら日本一と胸を張って言えるほど、立派に成長した後藤の後ろ姿を見つめると、
思わず胸が熱くなってしまった中澤は、それを振りはらうかのように大きな声を張り上げた。
- 32 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時26分51秒
「よし、じゃあ松浦はバック。で、あさみと辻チェンジ。辻、Aチームに入って時間差打ってみ」
(おっ、いよいよツジカンサ初披露!)
あさみは声に出さずにキヒヒと笑って美貴に目配せし、Bチームのコートへ移った。
「あのー、せんせー」
「なんやー? お腹でも痛いんか?」
間の抜けた辻の呼びかけに、間の抜けた返事をする中澤。
「ののの時間差はー、“辻間差”なのれす。ちなみに、焼きそバックアタックも得意れす」
「はいはい…」
腕組みをしていた中澤は、眉間に深いしわを寄せてがっくりうなだれ、大げさにため息をついた。
「じゃあ、柴田がAクイックに入って、ツジカンサいってみよか。辻のジャンプ力を生かして、
石川は心持ち高めのトスでな」
「はい」
しかし、この返事は生返事だった。
あさみのジャンピングフローターサーブを、松浦がAキャッチで梨華に返す。
その瞬間柴田がAに、そしてよどみのない動きで辻が時間差に入り、中澤の目を釘付けにした時――
梨華のトスは柴田が伸ばした右手の上を通りすぎ、レフトオープンに開いていた後藤の目の前に
緩やかな放物線を描いた。
- 33 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時29分59秒
「石川っ、もうあんたはいらん。コートから出な!」
あきれたように吐き捨てる中澤。
「いいえ」
中澤の目を見ることもせずに言い返す梨華。
「出ろ」
「いえっ」
「出ろゆーとんだろうがっ!」
「出ませんっ!」
中澤が強情に言い返す梨華の腕を引っ張ってコートの外へ引きずり出すと、
とうとう梨華は泣き出してしまった。
(重症やな。頭いた…)
一度落ち込むと地の底まで落ち込んでしまう石川の性格を知りすぎているだけに、
怒っている中澤のほうが泣きたくなった。
その一方で、中澤の胸中など知る由もない2年生たちは、どんなに泣きそうになっても実際に泣いた
ことはなかった梨華のことを心配しつつも、心の中は恐怖と自分の保身のことでいっぱいいっぱいだった。
こういう日の雷は次々に飛び火するため、ぼやぼやしているとワンマンレシーブを飛ばされかねないのだ。
案の定、いろんなところに噛み付きまくった中澤は球拾いの1年生をも震え上がらせ、
怒るだけ怒っていつもより早く練習を切り上げた。
- 34 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時34分39秒
部室に戻ってからも、梨華の周りには重苦しいオーラが漂っている。
誰もが思わず小声でしゃべりそうになるような状況にもかかわらず、全く気にも留めない辻は、
「だから、セッターとセンターがしっかりしてないと、辻間差は打てないって言ったんれすよ」
とため息まじりで言った。
「うっさい、このチビがッ!」
ゴツンという鈍い音とともに、美貴のこぶしが辻の脳天を直撃する。
「イッでぇ〜な、このボケ、ナス!!」
「先輩に向かって、ボケナスだとおお?」
再び二人のバトルが始まり、一転して部室は大騒ぎになった。
そんな二人をきれいに無視して梨華に歩み寄っていった柴田は、
「りーかーちゃんっ。これからみんなでごはん食べに行くんだけど、一緒に行こ?」
と、明るい調子で梨華を誘った。
柴田のさりげない優しさに感謝しつつも、みんなとはしゃぐ気分ではなく、まして、ひとみが来ると
なれば底なし沼にはまりそうだった梨華は、弱々しく首を振る。
「柴ちゃん、ごめん。今日は先帰る」
そう短く告げて部室を去っていった。
梨華のバッグがいつもより大きいことに気づいた美貴は、大げさに眉毛を上げ、困り顔の柴田に
小さく笑いかけた。
- 35 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時35分15秒
一度は昇降口へ向かいかけた梨華は、誰かと帰り道が一緒になるのがおっくうで、一度教室に戻って
みんなが帰る頃まで時間をつぶすことにした。
しかし、教室に入った途端、嫌でも目に入るプレゼントの山。
それを見ていたら、さっきの言葉が鮮明によみがえってきてしまった。
――気持ちにこたえられないだけに、なんかちょっと重い…。
――気持ちにこたえられない――重い…。
――重い…。
そういえばいつか、市井と後藤の関係について中澤に聞いたひとみは、
「自分の中で女の子どうしの恋愛はありえない」と断言していた。
(どうして女の子を好きになっちゃったんだろう…)
さっき流した涙のせいでかなり涙腺がゆるんでいる梨華は、ひとみの机に突っ伏して
再びさめざめと泣き始めた。
(どうして市井さんとごっちんはうまくいったんだろう)
(あやちゃんみたいに積極的になれたら、私もうまくいくんだろうか…)
- 36 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時35分53秒
最近、何かと松浦を気にかけているひとみ。
そして、ひとみの視線が後藤の姿を追っていることにも、嫌というほど気づいている。
いくら考えても答えの出ないことばかりうだうだと考えていたら、もう1時間近く時間がたち、
外はすっかり暗くなっていた。
闇をバックにして鏡となった窓に、自分の情けない表情を映し出したらまたしても泣いてしまい
そうになった梨華は、誰に言うでもなく「帰ろ」と小さくつぶやいて静かに立ち上がった。
ひとみに渡せなかったプレゼントが入っているバッグは、実際の重み以上に重かった。
バッグも心も、そして足取りさえも重く、とぼとぼと正門へ向かっていく途中、背後から
大きな声が梨華を呼び止めた。
「おーい、梨華ちゃ〜ん! 待ってよぉ〜」
(…う、そ……)
にわかに信じられず、梨華は振り返りもせずにその場に立ち尽くした。
コツン、コツンという音が近づいてくるとともに、梨華の鼓動もその音に合わせて速くなる。
- 37 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時37分32秒
「あ〜よかった。追いついたぁ…」
振り返らなくてもわかるその声の主は、もちろん、ひとみだった。
「よっすぃー、柴ちゃんたちと一緒じゃなかったの?」
いつもどおりを装って明るい声を出したつもりだったが、我ながら下手な演技だと思った。
「うん。なんか今日はお父さんがごちそうしてくれるっていうから、池袋で待ち合わせしてるんだ」
「今までトレーニング?」
「ううん。トレーニングが終わった後に、これからのこと中澤先生に相談してたら話し込んじゃって…」
急いで追いかけてきたせいで、ひとみは少し息を切らしている。
そして、恐らく部活が終わった後にみんなからもらったプレゼントなのだろう。
両手がふさがっているひとみが持って帰れるようにと、ヒモ付きの袋が背中に、両肩に、首に、
たくさん下げられていた。
「すごいね、その姿」
思わず梨華は吹き出してしまう。
「へへ。やっぱこれで電車乗ったら、かっこ悪いよねー。でも、うれしいよ」
思いっ切り照れているひとみの笑顔がやっぱり大好きで、梨華は胸がしめつけられた。
- 38 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時40分26秒
「そういえば、今日梨華ちゃん、泣いちゃったんだって?」
「う、うん…」
トレーニングルームにこもっていたひとみに涙を見られなかったことだけが唯一の救いだったのだが、
こういうウワサはすぐに知られてしまうものだ。もしかしたら、中澤が告げ口したのかもしれない。
梨華はますます暗い気持になったが、ひとみはにっこりと笑いながら言った。
「泣きたい時は泣いちゃいなよ。泣いて、泣いて、明日からまた頑張ればいいじゃん。
この胸でよければいつでも貸すしさっ」
松葉杖を持った右手で、ポンと胸のあたりのプレゼントの袋をたたいた。
まだ肌寒さの残るひんやりとした空気が和らぐような言葉をかけられた梨華は目頭が熱くなり、
痛いほど胸をたたく鼓動が、加速度を増してゆく。
さりげなく優しくて、信じられないほど鈍感で、かぎりなくかっこいいひとみ。
この気持ち、もう隠せない――。
- 39 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時41分20秒
「よっすぃー…私のプレゼントももらってくれるかな?」
「まじで? うれすぃーよ」
「気持ち、重いかもしれないけど…」
「あー、やだなー。あれはさ、ほら、全然面識もない人からもらうのが気がひけるだけで、
梨華ちゃんだったら友達だし、お返しもできるし、あーうまく言えないけど…ものすごくうれしいよ」
「ううん。そうじゃない。多分、私の気持ち、すごく重いの…」
「だからそんなことないって」
「私、よっすぃーのこと、好きだから…」
「吉澤も梨華ちゃんのこと、好きだよ」
「そうじゃなくって…。友達としてじゃなくて…よっすぃーのことが好きなの…」
- 40 名前:急接近 投稿日:2003年01月25日(土)00時43分09秒
ドックン…
そこまで言われてようやく気づいたひとみの胸が、大きく一つ、波打った。
「ずっと、好きだったの…。やっと言えた…」
一筋の涙が梨華の頬をつたう。
精一杯の想いを伝えた梨華はプレゼントの障害に阻まれながら、ひとみの胸に顔をうずめた。
ひとみの首に腕を回し、何度も「すき」を繰り返す梨華。
いつかのように松葉杖を手離したひとみは、両手で梨華を抱きとめた。
梨華の想いをどう受け止めたらいいのかわからないまま。
梨華のあふれる想いを代弁する速い鼓動が、ひとみの全身に響く――。
静けさをたずさえた白い月に照らされ、一つになった影絵を正門で見守っていたもう一つの影は、
ゆっくりと長いまつげを伏せ、大きなバッグを肩にかけ直すと、家路を急ぐ群衆の中へ消えて行った。
- 41 名前:作者 投稿日:2003年01月25日(土)00時47分15秒
更新終了です。
- 42 名前:作者 投稿日:2003年01月25日(土)00時48分24秒
>>25さん
鼻先で笑う後藤の部分は、最後の思いつきで付け加えた部分だったので、
触れていただいて何気にうれしかったです。
メール欄の温かいお言葉もありがとうございます。
- 43 名前:作者 投稿日:2003年01月25日(土)00時57分28秒
- 今、更新しながら設定を変えてしまった部分があるので、ストックを少し変えなければならなそうです。
皆さんの温かいお言葉につい甘えてしまって申し訳ないのですが、
少し時間がかかってしまったらごめんなさい。
- 44 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)10時59分31秒
- やっと気持ちを伝えることが出来ましたね(^O^)
梨華ちゃんよー頑張った。吉子どうするんだ?
あと最後のもうひとつの影が誰だか気になります。ゆっくり待ってますね〜!
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)19時47分41秒
- 胸がきゅーんとなりますな(w
今は無き月8ドラマのようだ
- 46 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)03時59分37秒
3日前の告白以来、梨華は少しずつ、ひとみと距離を置き始めていた。
表面上は取り繕いながらも、ぎこちない空気のなかでそそくさと弁当を食べ終わると、
間近に迫った球技大会を口実に、クラスメイトたちを大勢引き連れて中庭へ出て行った。
「梨華ちゃんと、ケンカでもした?」
弁当箱のふたをしめながら、平然を装った美貴が聞く。
「ううん。何でもない」
少し困ったように笑って、ひとみは首を横に振る。
何でもないわけはないと思いつつも、美貴はそれ以上詮索しようとはせず、
ガラガラと大きな音をたてて席を立った。
「おっしゃー! 美貴もごっちん探して中庭行ってくる〜」
「うん。いってらっしゃーい」
ひとみは小さく右手を振って、美貴を送り出した。
- 47 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時00分15秒
中庭に視線を落とすと、2−Aの大きな円陣の両隣に2−Bと2−Cの小さな円陣ができている。
ひとみは足の自由がきかないことを理由に一人教室に残り、梨華が他の誰かに向けている笑顔を
2階の教室の窓から見下ろしていた。
当たり前のように向けられていた笑顔が今、自分にだけ向けられない。
締めつけられるような苦しさや寂しさを、初めて知った。
あの日――。
梨華の鼓動に打たれながら、少し心の整理をする時間が欲しいと言った。
正直な気持ちだった。
(とは言ったものの、どうすればいいんだろう…)
朝も昼も夜もなく真剣に考えているが、全く答えが出てくる気配はない。
梨華の言動はわかりやすいから、その気持ちに全く気づいていないわけではなかった。
ただ、それが恋愛感情であることを意識したくなくて、ずっと気づかないふりをしていた。
今まで梨華の想いを茶化すようなことを言ってきた。
傷つけるようなことも言ったかもしれない。
不意を突かれた告白に、ひとみの頭は混乱をきたし、完全に戸惑っていた。
- 48 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時00分53秒
いつか梨華がいる前で、「自分の中では女の子どうしの恋はありえない」と言ったことを
おぼろげに思い出す。
ありえないこと、なのか。
実は今ではそうは思っていなかった。
市井と後藤が昼休みにサーブレシーブの猛特訓をしているのを見て以来、
考え方をあらためるようになった。
女の子どうしの恋も、きっとありだ。
梨華を大事に思ってる。
好き。大好き。
ずっと一緒にいたいとも思う。
ただそれが恋愛感情なのかどうか、友情と恋愛感情の境目がわからなかった。
(ああ、もうっ…)
自分の気持ちに説明がつけられなくて、ひとみはくしゃくしゃと頭をかきむしった。
- 49 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時01分26秒
窓のサンにもたれて、ぼんやりと視線を中庭に戻す。
と、その瞬間、ひとみの全身にバチッと音がしそうなほどの衝撃が走り、
重くなっていた細胞の隅々までもが一気に覚醒した。
こちらを物憂げに見上げている彼女のやわらかな髪が、そっと吹いた春風に踊っている。
(まただ…)
いつからだろう。こうしてよく目が合うようになったのは…。
最近ひとみは、後藤と視線が絡まることが多いことが気になっていた。
そして、以前のように後藤は視線をそらすことをせず、いつまでもこちらを見ていて、
その間、二人の間を流れる時間が止まっているような気さえしていた。
(あ〜、もう何もかもわからないっ!!)
ひとみは考えることを放棄した。
きっと、答えは自然に出てくる。
今はそう信じたかった。
- 50 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時02分21秒
その日の午後練のAB戦では、辻が完全にハマッてしまった。
打つストレート、打つストレートが、レシーブ練習でBチームに入っていた後藤にすべて拾われてしまう。
むきになって鋭角に叩きつけようとすれば、待ち構えていた3枚ブロックの餌食となる。
「辻っ! ブロックアウトねらうなり、クロス打つなり、少しはそのない頭で考えんかっ!」
梨華のトスとのタイミングが全く合わない辻はストレスをためていたが、さすがに当たりどころがなく、
無言で中澤をにらみ返す。それで完全に火のついてしまった中澤は、ヒステリックに叫んだ。
「ええ根性しとるやないかっ。あんたが自分でどうにかしない限り、今日はなんぼでも打たせたるからな」
ゲームを止めてコートの中に入っていった中澤は、容赦なく梨華にパスを出し、梨華はバックトスで
ライトの辻に上げ続ける。
しかし、ふだんライトに上げる回数が極端に少ない梨華のトスは、長かったり短かったりで安定しない。
辻本来の打点で打っているスパイクは、5本に1本もなかった。
- 51 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時03分03秒
(短い。長い。高い。低い。近い)
(あーあ…ジャンプ力落ちてきちゃった…)
リハビリの完全休養日で1年生とともに球拾いをしていたひとみは、辻を正面から見るために
エンドラインのコーナーに立ち、逐一、梨華のトスと辻のフォームをチェックしていた。
ストレート側を締めた松浦のブロックとアンテナのわずかな隙間を縫って、渾身の力でたたきつけた
辻のストレート。後藤が瞬時にウォッチして、手を引っ込める。ボールの行方を凝視していた辻と
振り向いた後藤に、ひとみは軽く左手を軽くあげてアウトのゼスチャーをする。
今の一球のダメージは相当大きかったようで、ギラギラした辻の目の力が一瞬にして弱まっていく。
辻自身は全く意識していないようだが、高校に入って220pに上がったネットの高さも、
辻のフォームに微妙に影響しているのだろうと、ひとみは思った。
かれこれ50本以上連続で打たされているだろうか。
肩で息をし始めている辻は、とうとうネットに近いトスを打とうともせずにその場に立ち尽くした。
- 52 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時04分14秒
「辻っ! どうして今の打たなかった?」
間髪入れず、中澤の罵声が飛ぶ。
「トスが…悪かった…かられす」
息も絶え絶えに答える辻。
「試合中、悪いトスが上がってきたら、あんたはただボケーっと突っ立って見とんのか?」
「いえ…」
「試合になったらあんたの打ちやすいトスばっかりが上がってくるんか? えっ?
試合中にな、あんたの打ちごろのトスなんて上がってこないんだよっ」
「試合の時は…打ちます…」
「練習でできないヤツが、どうして試合でできんだよ?」
「試合でなら、できます」
「練習のための練習するんならなー、今のうちにとっとと辞めな」
さんざん怒鳴られ、さんざん打たされ、ぼろぼろになったあげく、辻はコートの外に追い出された。
今まで無名の区立中でのほほんとやりたいようにやってきた辻が、練習でここまで追い込まれたのは
初めての経験だった。
目の前を飛び交うボールさえ目に入ってこないほど、しばらく頭の中は真っ白な状態だったが、
ようやく息も整い、少し落ち着きを取り戻してきた頃、Aチームに混じって何でもソツなく、
しなやかにこなしている松浦の姿が目に飛び込んできた。
- 53 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時07分01秒
今まで感じたことのなかった気持ち――焦り、悔しさ、嫉妬心が一気に込み上げてきた辻は、
それを吐き出すことも受け入れることもできずに、まだがくがく震えているひざに顔をうずめ、
声を出さずに泣いた。
- 54 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時07分31秒
「辻ちゃん…。ねえ、辻ちゃん…」
半袖のTシャツの袖を引っ張られてようやく我に返ると、ただでさえ心配顔の梨華が、
泣きそうな顔でのぞき込んでいた。どうやら泣いている間に練習は終わったらしい。
「辻ちゃん、今日は私のせいで、ごめん。私、もっと頑張るからさ、明日から練習の前とか
練習終わってからとか、コンビ合わせようよ。そうだっ、今からやろう!」
落ち込んだ辻の背中をさする梨華。その横から顔をのぞかせた柴田が、
「なんだったら、ブロック跳ぼうか?」と明るく声をかけた。
しかし、真っ赤な目を見られるのが嫌で、顔を上げることもしない辻は、
「今日はいいれす。お先に失礼します」と消え入りそうな声で去っていった。
「あ…」
梨華の伸ばした手は、むなしく宙を泳ぐ。
その手をぎゅっと握った柴田は、「気にしない、気にしない」と穏やかに笑いかけて、
口をへの字にして半泣きになっている梨華を慰めた。
- 55 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時08分09秒
下駄箱でのろのろと靴を履き替え、肩を落として昇降口を出ようとした辻は、
背後から差すにじんだ影に気づいて静かに振り返った。
「いっしょ帰ろーぜー」
目にいっぱい涙をためた辻の肩を抱いたひとみは、ニカッときれいに笑った。
「あ〜むかつく、あの三十路ババア! ののに辞めろってゆったー。もうぜぇーったいにやめてやるー」
正門を抜け、交通量の多い大通りまで出ると、辻はほとんど暮れかかった群青色の空に向かって、
腹にため込んだストレスを一気に発散させた。
「あんなの、梨華ちゃんのトスが悪いからいけないんじゃんかー」
「梨華ちゃんじゃなくて、石川先輩ね」
「よっすぃーもそう思うでしょ?」
「吉澤先輩ね」
「それに、ごっちんが全部拾うから、クロス練習しろって言われたあああ〜」
「だから、後藤先輩だっちゅーねん」
まるで上下関係の感覚が欠如している辻だが、彼女の奔放さがかなり楽しかった。
- 56 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時08分43秒
「ま〜、もうちょっと梨華ちゃんとのコンビが合ってきたら変わってくるんじゃないかな?
とにかく今は、数をこなすしかないっしょ?」
「練習はウソをつかないってヤツ?」
「おっ、いい言葉知ってるじゃん。とにかく梨華ちゃんを捕まえて、練習することだね。
この松葉杖が取れたら吉澤が梨華ちゃんを独り占めするから、練習すんなら今のうちだぞ」
それでも納得できないといったように唇をとがらせた辻は、まだ涙目のままだ。
「よっすぃーもクロスを練習するべきだと思う?」
「まあ、練習しといたほうが、辻の攻撃の幅が広がるのは確実でしょ?」
「ののには、焼きそバックアタックもあるもん」
「バックアタックは、バックから打つストレートじゃんか」
「ののはストレートで勝負したいのれす」
「それならブロックアウトをねらう、ワンチをねらう、間チャンをねらうってふうに、
ちゃんと目的意識を持ってブロックをうまく利用することを考えないと」
「それはのののプライドが許さないのれす。ブロックの上から叩きつけたいのれす」
あまりの一直線ぶりに、ひとみは苦笑いした。
- 57 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時11分01秒
「ねえ、辻ちゃんはどうして、ウチを選んだの?」
「…ごっちんに…あこがれてたから」
少し言いよどんでから、辻は答えた。
「ごっちんのプレー、見たことあるんだ?」
ひとみの問いかけに、辻はこくりとうなずいた。
「じゃあ知ってると思うけど、ウチはレフト主体のバレーだよ? 今、ライトのあさみちゃんに
上がる本数なんて、1試合に10本、いや8本かもしれない。しかもそのほとんどが、レフトにも
センターにも上げられない苦しい時だよ? ただでさえそんな状況なのに、
辻が独り善がりなプレーをするかぎり、梨華ちゃんは辻には上げることができない」
「ののが淑女をライト主体のバレーにしてみせるのれす」
「じゃあ、なおさらだよ。確かに辻には人並み外れたジャンプ力がある。でも、常に全力ジャンプ
してたら絶対に1試合持たない。最後までスタミナを持たせるためのペース配分を考えて、
もっと確実に得点を取れる方法を考えていかないと」
- 58 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時12分19秒
ひとみの言っていることは図星だった。
鳥人のようなジャンプ力を持ちながらも中学時代の辻が全国で全く無名だったのは、
まさにここに理由があった。
最初こそ快調に飛ばしてスパイクをたたきつけて得点を重ねるものの、2セット目の中盤以降から
急激に失速して1−2の逆転負けを喫することがほとんど。
都内の大会でもベスト16に入るのが精一杯だった。
- 59 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時14分29秒
「ごっちんのプレーは、いつ見たの?」
すっかり無口になってしまった辻に訊ねてみる。
「去年の、インターハイ予選の、準決勝」
「…準決勝って、その時の相手、吉澤じゃんかー」
「うん。ごっちんにあこがれて淑女に来てみたら、よっすぃーもいたからびっくりした」
「ったく、松浦みたいにお世辞でもいいから、吉澤先輩にあこがれてましたって言えっつーの」
ひとみは笑いながら、ひじで辻のわき腹をつついた。
「あの時、よっすぃーもすっごくかっこよかったけど、ののが目指してるのは、よっすぃーみたいに
スッコーンっていう綺麗なスパイクじゃなくて、ごっちんみたいなドッカーンってスパイクだから」
「スッコーンって、テニスかよ。軽い音だなぁ…」
辻の屈託のない率直さに、ひとみは苦笑するほかなかった。
- 60 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時15分27秒
「ごっちんがクロスで勝負するなら、ののはストレートで勝負するのれす!」
「これからも拾われ続けたとしたら?」
「そしたらもっと、練習する」
「これからもっと、すごいレシーバーとかブロッカーが出てきたとしたら?」
「もっともっと練習して、最強のスーパーエースになる!」
覚悟の座った辻の宣言にしばし絶句するひとみ。今、この1年生に、
後藤と自分との決定的な違いを、目の前に突きつけられたような気がした。
行き過ぎるバイクの重低音が、内臓を押し上げるように強烈にノックする。
- 61 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時15分57秒
「吉澤はさ、何もかもできなきゃ嫌なんだ。これはできないって切り捨てることができない」
信号待ちで正面の赤信号を見据えていたひとみは、辻のほうにゆっくりと視線を向けた。
「ごっちんはクロス、辻はストレート、その他は何もいらないっていう潔さ、すっげーかっけーよ」
1年生に向かってこんなことを言うのは少し照れくさかったが、それが本心だった。
「辻はストレートでのし上がるのれす!」
さっき泣いていたカラスが、あまりにも自信に満ちた目をしているから、思わず茶化したくなった。
「あれー? 絶対辞めるんじゃなかったっけー?」
青信号になってゆっくりと歩き始めた辻は、それには答えずに逆に質問してきた。
「よっすぃーはバレー始めて何年?」
「うーん。小学校4年の時に始めたから…」
1、2、3…と指を折る。
「8年目かな」
「ののは小1で始めたから、10年目なのれす」
辻は手を腰に当てて「えっへん」と威張ったようなポーズを見せた。
「失敗もいっぱいするし、できないことも多いし、試合でも勝てない。
でも、ののはバレーボールが好きだから。その気持ちだけは、絶対誰にも負けないから」
強い意志を感じる、強い視線だった。
- 62 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時16分27秒
そうだね、辻ちゃん。
好きで始めたバレーボールだったのに、いつの間にかそれは当たり前になっていて。
ものすごく大事なこと、忘れてた。
まだ名前も知らない頃に、バレーボールに出会えた喜びを教えてくれた人――。
少しうまくなっていい気になってた時に、努力し続けることの大切さを思い出させてくれた人――。
シンプルな答えが、ひとみの胸を熱くした。
「辻ちゃん、思うようにやっていいよ。辻が出来ない部分は吉澤がフォローするから」
ひとみはビシッと、親指を立てた。
「そのかわり、吉澤が出来ない部分は辻が助けてね」
「おぅ。まかせとけえ」
- 63 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時17分41秒
***
「こうやってごっつぁんと二人で帰るの、ものすごく久しぶりだね」
「うん」
梨華と後藤は月明かりが照らす道を、ほとんど1年ぶりくらいに肩を並べて歩いていた。
しょげた辻が体育館を去り、ひとみが追うようにして出ていった後、
後藤が久しぶりに梨華を誘ってコンビ合わせをした。
「今日のごっつぁん、調子よさそうだったね」
「あったかくなってきたからね。これからどんどん飛ばすから、また中学の時みたいに付き合ってよ」
「あんまり無理しないで…」
「無理は、するよ。無理しないでつかめる夢なんてない」
「…そう、だね。これからも一緒に頑張ろ」
唇の両端を上げた後、すぐに梨華の笑顔が翳った。
- 64 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時18分50秒
「梨華ちゃんはここんとこ、元気ないみたいだね」
「うん。辻ちゃんにいっぱい迷惑かけちゃった」
梨華が質問の本質部分を避けたがっていることを知って、後藤はあえて話を合わせる。
「辻って変則的なジャンプだから焦ってトスを上げちゃうのはわかるけど、最高到達点に達する前に
打たされてるような感じになってるからさ、空中で少し貯めを作って、もうちょっとネットから
トスを離してあげたら、あの子の滞空力が生きてくると思う」
「そっか。ありがと。これからバックトスも練習しなきゃなー」
夜空を見上げる梨華の頬に、信号の淡い紅が差した。
「でも、不思議だよね」
目の前を行き交う車が途切れるのを待って、梨華が口を開いた。
- 65 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時19分56秒
「中学時代にごっつぁんと二人でこうしてよく帰った頃、“打倒上前”を目指してたのに、
今、よっすぃーは同じチームにいる」
「うん」
短く返事する後藤の隣で梨華は、昔は夢や悩みや他愛のない話にいたるまで、何でもこの帰り道に
聞いてもらっていたことを思い出す。
返ってくる言葉こそ少ないものの、後藤の前向きさに何度励まされたかわからなかった。
「私、よっすぃーに告白したんだ」
胸の中に宿る苦しみを、梨華は正直に打ち明けた。
「ふーん…」
(やっぱり告白してたんだ…)
後藤は極力、興味の色を示さないように答えたが、いつの間にか梨華も、強くなったのだと思った。
多分、以前の梨華なら、今まで自分が知っていた梨華なら、ずっと言えずに心に秘めていたはずだ。
変わったのはきっと、自分だけじゃない。
- 66 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時20分31秒
「驚かないんだ?」
「だれかさん、わかりやすいからね」
「そっか…。そうだよね」
長い信号がようやく青に変わって、二人は歩き始めた。
「ずっと、好きだったんだ。よっすぃーのこと」
「いつから?」
「中1の秋。あこがれてるだけなのか、好きなのか、自分でもよくわからなかったんだけどね。
…いつの間にか好きになってた。よっすぃーが女の子どうしの恋愛は信じられないと思ってること
知ってるのに、言わずにはいられなかった」
「ってことは、後藤は相当、気持ち悪がられてるわけだ」
すかさず後藤は突っ込みを入れた。
「ううんっ、そんなことない」
まさか、市井と後藤の関係を聞かされた後での言葉だとも言えず、梨華は必死で否定した。
「それはさ、だから、あの…その…バレンタインの時にいっぱいチョコをもらった後に言ってたことだから」
しどろもどろになりながら、とっさにウソをつく。
「だったらもらわなきゃいいのに。なまじ優しくするから、相手が本気になる」
後藤は下唇をかみしめた。
- 67 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時21分07秒
「まあ、あの優しさはちょっと、勘違いしちゃうよね…」
梨華は伏し目がちに、小さく苦笑いした。
「よっすぃーが私のこと何とも思ってないことくらい、わかってるんだ。わかってて、言ったから…」
何と答えればいいのかわからず、後藤は黙って聞いていた。
「多分、ごっつぁんのことが好きなんだと思う…」
「…は、はあああ?」
一瞬、聞き違いかと思うほど突拍子もない梨華の言葉に、後藤は普段の冷静さを失って、
思わず大きな声を出してしまった。
「よっすぃーは女の子どうしの恋愛が信じられない人だって、今、梨華ちゃんが言ったんじゃん」
「でもきっと、ごっつぁんのことは好きなの」
「バカも休み休み言ってよ。そんなことあるわけないでしょ?
それにさー、あんなに前向きな人を好きになったんだったら、梨華ちゃんも少しは見習ったら?」
切実な想いを伝えたのに、一笑に付されてしまった。
- 68 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月02日(日)04時21分52秒
後藤はひとみのことをどう思っているのか――。
長い前髪に隠した後藤の本心を、梨華は聞くことができなかった。
- 69 名前:S3250@作者 投稿日:2003年02月02日(日)04時36分14秒
更新終了です。2月に入り、ちょっと…というかかなり忙しくなってしまい、
しばらく更新できそうもなくなってしまったので、できるうちに頑張ってみました。
>>44さん
次の更新あたりで、吉子さん、動くはずです。
>>45さん
胸きゅん、月8。ときめきますな(w
辻ちゃん登場で話を動かしやすくなったものの、登場人物が増えた分、
余計なエピソードばかりが増えていって、まどろっこしいのではないかとちょっと心配…。
次の更新までに、できるだけすっきりさせたいと思っています。
で、次の更新ですが、2月23日を予定していますので、戻ってきましたらまたよろしくお願いします。
- 70 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月02日(日)19時40分28秒
- いやー、やっぱり面白いです。
楽しみだな。
- 71 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月02日(日)23時07分44秒
- むしろ時間をかけて登場人物の事々を語ってもらいたかったり。
辻は真っ直ぐで、吉澤はいい先輩で、後藤と石川の関係もなんか好き。
もちろん中澤の鬼振りも(w
次回がまた楽しみです。
- 72 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月03日(月)21時59分33秒
- 優しい吉子が好きでーす。
やっぱ、ここの吉子はカッケー
- 73 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)03時48分15秒
- 待ってま(O^〜^)人(´Д`)す〜
- 74 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月14日(金)11時27分58秒
- 続き読みた〜ぃ
- 75 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月16日(日)22時49分06秒
- あと一週間・・保全。
- 76 名前:名無し 投稿日:2003年02月22日(土)23時31分29秒
- こうやって待つのはシ○ター以来です。
‥‥完結してね。
- 77 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月23日(日)23時57分41秒
ひとみの左足のギプスがようやく取れた4月22日は、毎年恒例の球技大会の日だった。
クラス替えをしたばかりのこの時期に、クラス内の懇親を深めるために行われる全校行事は、
校技であるバレーボールによって争われる。
1学年3クラスの総当たり戦3セットマッチで学年優勝を決め、1、2年生の優勝チームで準決勝、
勝ったほうと3年生の優勝チームが決勝戦を行って、真のチャンピオンクラスを決めるのだ。
朝のホームルームのあと、着替えを終えて校庭へ移動する人波に逆らうようにして、
ひとみは一人、違う方向へ向かって一歩一歩、足元を確かめるように歩く。
締め付けがなくなった左足。軽くなった左足。鍛えた右足に比べ、細くなってしまった左足。
違和感を感じるものの、これからのことを考えるとひとみの頬は緩みっぱなしだった。
- 78 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月23日(日)23時58分44秒
「お、やっとギプス取れたね」
保健室の扉を開いた途端、ベッドのシーツを取りかえていた保田が振り返ってウインクした。
「いろいろとご心配かけてすみませんでした。テーピングお願いします」
深く一礼したあと、ひとみは屈託のない笑顔を見せた。
「まさかあんた、球技大会に出ようと思ってないでしょうねぇ?」
「いや、さすがに。今日は2−Aの応援団長っす」
その言葉に安心したのか、一瞬鋭くなった保田の視線が緩んだ。
ひとみがベッドの端に浅く腰をかけてひざを立てると、反対側のベッドに腰かけた保田が手慣れた
手つきでテーピングを巻き始める。
「吉澤がいないってことは、後藤と藤本のいる2−Bが楽勝だね」
「うちだって梨華ちゃんが頑張りますよ」
「いやあ、ごっつぁんにガッツンガッツン決められて涙目になってる石川の姿が見えるようだわ」
「ハハハ」
ひとみにもその絵が思い切りイメージできてしまい、思わず声に出して笑ってしまった。
- 79 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時00分03秒
「そういえば石川、最近元気ないらしいね?」
テーピングする手は止めずに、保田が訊ねる。
「…そう…ですね」
「あんたがちゃんと悩みを聞いてあげないでどうするの?」
悩みを聞いて励ますつもりが、告白されてしまったなんて言えない。
ひとみは「はあ…」と困ったように笑って、頬を人差し指でぽりぽりかいた。
「新入生がいっぱい入ってきて、コンビ合わせとかが大変なんだと思います。問題児も入ってきたし…」
「あー、あのチビちゃんねー。裕ちゃんも頭痛めてるわ」
テープの端をびりりとちぎった保田は、「ほい、できた」と言って、少し細くなった左のふくらはぎに
触れると、そのままそっと、あたたかな両手で包んだ。
「インターハイ予選まであと2か月、苦しいと思うけど、頑張ろうな吉澤」
「はい。死にものぐるいで頑張ります」
「後藤とともに、これからが正念場だね」
「はい」
強い意志をかけらも見せない、やわらかな声でのんびりとした笑顔を向けられた保田も思わず笑顔になり、
テープを片付けにベッドから腰をあげた。
- 80 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時02分14秒
ひとみもそろそろ校庭に向かおうと立ち上がった時、窓越しに校長の開会宣言が聞こえた。
「あ、やべ」
首をすくめたひとみがぺロリと舌を出す。
「まぁ、校長の長い話聞いてもしょうがないから、終わるまでそこに座ってなさい」
「ふわぁい」
デスクの向かい側に置いてある折り畳みイスに腰掛けたひとみを見届けてから、保田も自分のイスに
深く腰かけた。
「で、後藤とは最近どうなのよ?」
なかなか距離が縮まらない二人の関係を心配していた保田が話を振る。
「どうもこうも何も…。話したいことはいろいろあるんですけどねー、どうも意識しすぎちゃって」
この話題になると、ひとみは苦笑するしかない。
「何を意識することあんのよ?」
その答えはこの前、辻と一緒に帰った時に駅前の交差点で出ていた。
頬杖をついて、上目遣いに返事を待っている保田に、一呼吸おいてひとみは口を開いた。
- 81 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時02分56秒
「わたしにとって、ごっちんは特別な存在なんです」
「特別?」
間髪入れずに保田が問い返す。
「はい。めちゃめちゃ特別な存在です。言葉ではうまく説明できないんですけど…
今まで知らなかったごっちんのこと知るたびに、どんどん好きになります」
ひとみは少し照れくさくなって、目にかかった前髪を軽くはらった。
「例えば?」
「一途なとこ、かなぁ…」
「一途か。うん、それは言えてるね」
ひとみは、辻と一緒に帰った時のことを思い出していた。
弱みを切り捨てられる強さと、弱みを切り捨てられない弱さ。
後藤の強さと自分の弱さを知ったあの時のことを。
「ここにくるまでわたしはずっと、ごっちんのこと天才だと思ってたんです。
きっとロクに練習しなくても何でもできる人なんだって」
「うん」
「でも、もしかしたら、何でもそこそこできて、なあなあにやってきたのは、自分のほうだったのかも
しれないって、最近思い始めたんです」
「吉澤はオールラウンドに何でもできるからね」
ひとみは静かに首を振った。
- 82 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時03分46秒
「オールラウンドってものすごく聞こえがいい言葉だけど、それって結局、何一つ突出したものを
持ってないってことじゃないですか。すべてがうまくなりたくて、できないものを切り捨てられなくて…
全部70点とか80点くらいで満足してたような気がする」
ひとみの言葉を意外に感じながらも、保田は何も言わずに続きを待った。
「バレーボールはキャリアスポーツです。だから、中学から始めた人が小学校の時からやってる人に
追いつこうと思ったら、ものすごく時間がかかります。そのうえにケガをして遅れをとったとなれば、
焦りだって相当なはずです」
「うん。そうだね」
顔にも口にも全く出さない後藤の内心を、ほとんど会話したこともないひとみが的確に捕らえている
ことに、保田は驚きを隠せなかった。
「でもごっちんは、焦って何もかも手を出そうとはしない。すべてを捨てても、スパイクで100点を
取ることを選んだ。それがどんなに遠回りな方法だとしても、ひとつひとつ極めていく。
そんな一途なごっちんに、ものすごく大事なことを学びました」
- 83 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時04分45秒
だからひとみは、後藤がいたからひとみは、痛みをごまかしながらプレーを続けるのではなく、
たとえ少し時間がかかったとしても、手術を受け、リハビリし、万全の状態になってから
再スタートを切ろうと決断することができたのだ。
「吉澤にとってはさ、自分のスパイクは何点なの?」
「パワー不足を大幅に減点して、80点ですかね」
「後藤にとっては吉澤のスパイクこそが100点なんだと思うけどな」
保田は本気でそう思っていたが、ひとみはいやいや…と右手と首を左右に振って、きっぱりと否定した。
「先生は、ごっちんとわたしのスパイクの決定的な違いがわかりますか」
「簡単に言えば、後藤が直球派で吉澤が技巧派ってことかな?」
「この前、辻と一緒に帰った時、あの子がものすごく的確なことを言ったんですけどね、
辻はウチらのスパイクの音を“ドッカーン”“スッコーン”だと表現しました。
どっちがどっちだか、わかりますよね?」
「スッコーンは極端だけどね」
それを聞いた時のひとみ同様、保田も思わず苦笑いした。
「わたしのスパイクを、うまいと思う人はいるかもしれないけど、怖いと思う人はいない。
これ、ものすごく大きな差ですよ」
- 84 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時06分31秒
二人の間を一瞬の静寂が流れ、保田は頬杖ついていた右手を外して、デスクの上でゆっくりと
両手の指を組み合わせた。
「吉澤は、後藤のスパイクを怖いと思ったこと、あるの?」
「1回だけ、あります。去年のインターハイ予選の準決勝…」
「ラストスパイク」
言いよどんだひとみの言葉を保田が引き継いだ。
「最後のあのスパイク、来るってわかってたのに、まったく反応できませんでした」
ひとみの脳裏には、今まで何度となくリプレイされた映像が再生されていた。
洪水のような音のシャワーを浴びていたはずなのに、不思議と音声は記録されていなかった。
- 85 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時07分24秒
あの時――、
左腕をかすめてコートに突き刺さったボールは、次の瞬間にはどこか遠くまで飛んでいった。
足元から全身に駆け巡った振動。
少し遅れて左腕から全身に駆け巡った痛みと熱。
全身から流れ落ちる不快な汗。
後藤の右手を離れた瞬間、あのボールは炎をまとっているように見えた。
- 86 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時08分15秒
「ちょっと吉澤のこと誤解してたかもしれないな。あんた、全国大会でも優勝してるし、
それこそ何もかもこなせて、コンプレックスも悩みもない天才だと思ってた」
遠い目をしているひとみに静かに語りかけると、ひとみは一瞬うつむいて小さな笑みを浮かべた
あと、保田に視線を戻した。
「私は天才じゃないし、ごっちんも天才じゃない。ここに来てそれがわかってから、
ますますごっちんは、特別な存在になりました」
力強いまっすぐな視線で話すひとみが、ずいぶん年下の高校生とは思えないほど凛々しく、
かっこよかった。そして、この子こそが、あの事件以来、すっかり心を閉ざしてしまった
後藤の救世主なのだと思った。
- 87 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時15分09秒
「吉澤と後藤は、月と太陽だね」
突然それた保田の言葉の真意がわからず、ひとみは返答に困った。
「ごっちんが太陽でわたしが月、ですか」
「プレーに関してはそう。サーブレシーブやブロックフォローなんかの地味だけど大変な仕事を
さりげなくこなす吉澤が月で、逆にそういった裏方の仕事を一切せずに豪快なスパイク一発、
派手なパフォーマンスで決める後藤が太陽」
太陽の光を反射して輝く月。それもいい。
しかし、卒業前に市井と約束したように、自分が淑女学園バレーボール部の太陽になるくらいの決意を
ひとみは心に秘めていた。
「でも、性格に関してはまるっきり逆」
黙っているひとみに保田は続ける。
「天真爛漫な明るさで人を引き寄せる吉澤が太陽で、言葉は少ないけど静かに人を惹きつける後藤が月」
「月と太陽…」
「ああ見えてケガする前の後藤って、いつもころころ笑って太陽みたいだったんだよ。知ってる?」
知ってる。いや、知っていた。
仏頂面の後藤を見慣れすぎてすっかり忘れていたけど、確かに昔はよく笑っていた。
(そう。あの頃には、市井さんがいた…)
- 88 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時15分56秒
「知ってます。わたしもここに来る前は、ごっちんに負けないくらいド派手なスパイクを
ぶちかましてたんですけどね、知ってますか?」
「うん、知ってる」
そういって、お互い笑い合った。
短大卒業後、新任の保健教諭として淑女学園に赴任した保田は、すぐに仲良くなった中澤に誘われて
バレーボール部のトレーナーもするようになった。
そして赴任当初から何かと口実をつけては授業をサボッてなついてきた後藤のことをいつも気にかけ、
彼女が視線の先に見ていたものも、すべて見てきた。
(太陽にひかれて太陽になったあの子の笑顔を取り戻せるのは、きっとこの子しかいない…)
保田はその思いをさらに固めていた。
- 89 名前:月と太陽 投稿日:2003年02月24日(月)00時18分58秒
「ねぇ、吉澤。あの子の笑顔…、後藤の笑顔を取り戻してくれないかな?」
意外なことを言い出す保田にひとみは絶句したが、誰よりも近くで後藤を見てきた保田が言うからには、
きっと意味があることなのだと思った。
「それは、わたしにできることなんでしょうか?」
「あんたにしかできないと思う。たぶん、ね」
そう言って、ひとみの肩をポンポンッと力まかせに叩いた。
取り戻せるんだろうか。彼女の笑顔を。
人一倍繊細で、傷つきやすい彼女の笑顔を。
困ったような表情を浮かべているひとみに、保田は目を細めて会心の笑顔を向けた。
「あんたたち、お互いが足りない部分を補え合えるベストマッチだと思うよ」
保田の背中越しに見える空は気持ちいいくらいさわやかで、月の白でも太陽のオレンジでもなく、
きれいな水色が広がっていた。
- 90 名前:S3250 投稿日:2003年02月24日(月)00時34分24秒
更新終了です。
長らくお待たせしたにもかかわらず、少量で申し訳ありません。
吉澤が動くところまでたどりつきませんでした。
この球技大会が最大の転機になるので、丁寧に書きたいと思います。
- 91 名前:S3250 投稿日:2003年02月24日(月)00時37分22秒
- 休む前までレスが少なかったのですっかり安心していたのですが…。
お待たせしてしまっていたようでスミマセンです。
>>70さん
そう言っていただけるうちに頑張ります!
>>71さん
さりげなく自分が力を入れているところに触れていただいてうれしいです。
端折らないよう、丁寧かつすっきりと書いていけるよう頑張ります。
(でも、それが一番難しいw)
>>72さん
カッケーんだけど、弱くてもろい面もある。
そんな感じを目指してます。
- 92 名前:S3250 投稿日:2003年02月24日(月)00時38分59秒
>>73さん
(´Д`)<ごまっとさんでぇ〜す。
>>74さん
いつも遅くて申し訳…。
>>75さん
気を遣っていただいて申し訳…。
>>76さん
ありがたくも重いお言葉…。
(内容の不出来、更新の遅さを棚に上げ)完結だけはさせますので、
最後までお付き合いください。
- 93 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月26日(水)22時47分38秒
- 今度の球技大会の話が楽しみです。
吉子がどう動くのか・・・。
待ってます。
- 94 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月27日(木)20時03分05秒
- おー・・・なんかドキドキしてきたなあ・・・。
コレくらいの更新ペースが逆にイイ!なんて思ったりして。
- 95 名前:S3250@作者 投稿日:2003年03月20日(木)00時43分30秒
相変わらず更新が滞っていて申し訳ありません。
突如PCが起動しなくなって修理に出していたのですが、データを救出することができませんでした。
終わりが見えていただけに今すぐ書き直す気力がありません…。
>93さん、>94さん
待っていただいているのにホントにごめんなさい。
少し時間をください…。
- 96 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月22日(土)16時45分28秒
- 春高バレーでも観戦しつつマターリ待ってます。
作者さん、気を落とさずにがんばってください。
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月22日(土)19時40分42秒
- PCトラブルとは災難でしたね。
いつまででも待ってますので自分のペースでがんばってください。
- 98 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月26日(水)18時28分45秒
- 今年の春高も見応え十分でした。
- 99 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月10日(木)17時32分33秒
- 春高バレー、淑徳応援してたのになぁ・・・残念
PCトラブルは、私も経験ありますが、あれは辛いですね(小説は書いてませんが)
動画&画像&音楽ファイル・・・全部吹っ飛んだことがあります
作者さん、いつまでも待ってるんで、頑張って下さいね
- 100 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月26日(土)03時43分53秒
- 頑張れ、保全。
- 101 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時39分30秒
昇降口でスニーカーに履き替えたひとみは、突き抜けた青空に向かって大きく伸びをした。
心地いい4月の風が、ひとみの頬をさらりと撫でていく。
ぐるぐる右肩を回すと、暴れ出したい気持ちと走り回りたい気持ちに駆られたが、
焦っては元も子もないとぐっとこらえ、ゆっくりと2年生の試合会場である中庭に向かって歩き出した。
中庭の手前には、すでに2−Cの円陣が出来ていた。その横を通りかかり、ストレッチをしている
柴田のお尻をポンッとたたいてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「何よ、その顔はー。ま、まさかよっすぃー出るつもりじゃ…」
「出る、かもよ?」
とがめるような視線を向ける柴田にぺロリと舌を出したひとみは、肩をすくめて小走りに
2−Aの円陣のほうへ近づいていった。
久しぶりに走る感覚がうれしくてウキウキしていたが、いびつな形に出来上がった円陣の周りには、
不穏な空気が流れていた。
「みんな心配しないで。よっすぃーがいないからって大丈夫っ! 私がエースとして打ちまくるから!」
円陣の中央で仁王立ちになり、小鼻をふくらませて息巻く梨華は、異様なほどに気合いが入っている。
- 102 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時40分36秒
(このムダな気合いが空回っちゃうんだよなぁ…)という心のつぶやきは、誰も口にできない。
この球技大会では当然、バレー部員にかかる期待と、バレー部員の気合いは相当なものがある。
バレー部がいないクラスのことも考慮し、コート上に立てるバレー部員は1人、5点ずつで交替するなど
細かい取り決めがあるが、それでもやはり、バレー部が多いクラスが有利となる。
2年生の場合、バレーボール部の主力は、ひとみと梨華がA組、後藤と美貴がB組、
柴田とあさみとミカがC組ときれいに分かれていたが、肝心のエースは故障中、
もう一人はセッターであるだけに、2−Aは完全に不利であった。
しょっぱい顔をして梨華の演説を聞いていたクラスメイトたちは、輪に加わったひとみを小突き回し、
ひとみはにこにこと手刀を切りながらあちらこちらに謝るしかなかった。
「とにかく3段攻撃なんて絶対無理なんだから、触ったボールは1本目だろうと全部私にあげてちょうだいっ!」
げんなりしているクラスメイトのことなどお構いなしに、両手を腰に当ててなおも熱弁している梨華が
ひとみには微笑ましく映った。
- 103 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時42分10秒
2−Aの初戦の相手は2−Cだった。
C組には中等部時代、梨華の控えセッターをしていた元バレーボール部の帰宅部員がいるため、
他のクラスよりも有利だった。このセッターにバレー部の3人をローテーションし、2−Aを圧倒する。
あまりに本格的なバレーを展開され、A組はただ呆然とコート上に立ち尽くし、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ちょっと〜、サーブレシーブくらいは前に返してよ。それかせめて上に上げて!」
ふだんは怒ることなど全くない梨華が、眉根を寄せて何度もヒステリックに叫んでいる。
その姿はさながら中澤である。
何が梨華をいらだたせているのか、ひとみには痛いほどわかっていた。
コートサイドにあぐらをかいて、ひとみは声援を、担任の中澤はふがいないA組にも
容赦なく攻め続けるC組にも罵声を飛ばしていたが、双方とも何の効果もおよぼさず、
25−9、25‐7でなす術なく2−Aは敗れ去った。
- 104 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時42分47秒
「柴ちゃんひどすぎるよ! ちょっとは手加減してくれたっていいじゃん」
試合後、柴田の元へ駆け寄っていき、梨華が泣きを入れたが、
「ふーんだ。去年、学年決勝で梨華ちゃんとごっちんに容赦なく痛めつけられたもんね〜」
と言って、柴田は舌を出して逃げていった。
(そっか。去年は1−Cが学年優勝したんだ…)
二人の会話を少し遠くから聞いていたひとみは、いろんなことを知ったつもりになっても、
まだまだ知らないことが多すぎる…とあらためて感じていた。
- 105 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時46分18秒
15分のインターバルを置いて始まった2−Bと2−Cの試合では、ひとみが主審台に上がり、
梨華が副審となった。
向き合う形になっているにもかかわらず、梨華は相変わらず一度もこちらを見ない。
しかも、朝までの元気がなくなっているように見えるのもひとみは気がかりだった。
試合は1セット目の序盤から後藤と柴田のスパイクの応酬となり、5−4とB組が1点リードしたところで、
後藤と美貴がメンバーチェンジする。
1発目から張り切っていた美貴のセンターオープンは、ブロックに跳んだあさみの指先に触れて、
梨華の目前のサイドラインの外側に落ちた。
ピッ。
短い笛の後、梨華は両方の手のひらを胸のほうに向けて上げてアウトのジャッジをし、C組の得点を
コールした。明らかにスパイクが決まったと思い、ガッツポーズを作っていた美貴は、なぜかC組が
喜んでいるのを見て梨華を振り返ると、仰天した。
- 106 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時47分11秒
「おいおい、副審どこ見てんのさっ。今の完全にあさみがワンチしてるじゃん」
梨華を指差してズカズカと詰め寄り、抗議を始めた美貴に、「審判のジャッジにつべこべ言うなよ〜」
と、半笑いのあさみも寄って来る。
「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてて…」と苦笑いしながら、おどおどする梨華。
「ボーッとしてたじゃ困るよ、審判」
なおも美貴が食ってかかると、
「そうだ、しっかりしろ審判〜。ワンチだ、ワンチー」
と、外野の後藤も笑いながら文句を言い始め、B組サイドもC組サイドも梨華を囲んで騒然となった。
すると、ピピピ…と小刻みに笛を吹いたひとみが台上から両チームに離れろというゼスチャーをし、
自分の目を指差したあと、ワンタッチのゼスチャーをし、B組の得点をコールした。
早速あさみが小走りにひとみに抗議に向かったが、ひとみはニコニコと笑顔を浮かべ、笛をくわえたまま
ぶんぶんと左右に大きく首を振る。
もともとインだとわかっていたあさみは笑顔ですぐに引き下がり、美貴も「しっかりしてよ、梨華ちゃん」
と、釘を差してポジションに戻っていった。
- 107 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時49分08秒
ひとみに救われた形となった梨華だが、視線を上げようとはせず、顔色もすぐれない。
梨華の前から心配していたのがひとみなら、その後ろ姿を見て心配していたのは後藤だった。
美貴とのメンバーチェンジでコートに入る際、さりげなく梨華に近づいた後藤は、そっと耳打ちした。
「すぐ顔に出すから、主審が心配してる」
その言葉につられて顔を上げると、主審台のひとみとバッチリ目が合った。
いきなり目が合ったひとみは台上でビクンと大きく肩を揺らして不自然に座り直し、耳まで赤くなった
梨華は思わず視線をそらしてしまった。
(やっべー。なんかお互いに重症かも…)
ひとみは目をこするふりをして目をパチパチさせ、梨華は髪を直すふりをしてキョロキョロし、
すっかり落ち着きをなくしていた。
その二人の様子を見ていた後藤は、人の心配をしている自分が何だかバカらしくなった。
- 108 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時50分02秒
その間にも試合は着々と進み、第1セットは一進一退の攻防で白熱した試合となったが、
2セット目に入ると本気モードになった後藤と、それに感化された美貴のスパイクショーで
あっという間にケリがついた。25−23、25−17でB組のストレート勝ち。
コートサイドで観戦していたA組は、
「C組にストレートで負けたうちが、B組に勝てるわけないじゃんねー」
と、チームリーダーの性格さながらに、ネガネガモードに入ってしまった。
しばらくクラスメイトたちと話しながらも視線だけはせわしく動かしていたひとみは、
体育館のほうへ一人で歩いていく梨華の後ろ姿を見つけると、後先考えずに梨華を追った。
どうすればいいのか全くわからない。それでも、どうにかしなきゃいけないと思った。
- 109 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時51分12秒
「どした? さっきまであんなに威勢よかったのに」
「あ…」
その優しい声の主が、振り返るまでもなくひとみであることに気づいた梨華は、短い言葉を発したまま
立ち尽くし、うつむいてしまう。そんな態度がたまらなくつらくて、ひとみは梨華の華奢な二の腕を
つかむと、3年生の試合が行われている体育館の横を抜け、人気のない校舎の裏へひっぱっていった。
「痛いよ、よっすぃー」
消え入りそうな声で訴える梨華に、ひとみは謝りもせずに手を離した。
- 110 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時52分06秒
「このままこんなふうに梨華ちゃんとよそよそしくなっちゃうの、やだ」
ひとみは低い声を絞り出すようにして言った。
そうしないと、声が震えて泣き出しそうだった。
うつむいたまましばらく黙りこくっていた梨華は、くるりと背中を向ける。
「ごめん。なんか、合わせる顔がなくて…。私から言い出したことなのにね…」
もう一度消え入りそうな声でごめん…と言ったきり、梨華はさらに深くうつむいてしまった。
「女の子どうしの恋愛はありえないって言ってたのに、あんなこと言って困らせてごめん。
でも、自分の気持ち伝えないと一生後悔しそうだったから…。
自分の気持ちばっかり優先させて、ほんとにごめんね…」
ひとみはどうしたらいいのかわからなくて、梨華の右手の指先を握った。
「もうそれ以上、あやまらないで」
指先を握ったまま梨華の小さな背中に額を押しつけ、しばらくそのまま黙っていた。
- 111 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時53分57秒
遠くで二人を探すクラスメイトの声がする。
乾いた風が二人の髪を優しく舞い上げる。
沈黙が二人の愛しさと切なさを加速させる。
「びっくりしたけど、ものすごくうれしかったんだ。
梨華ちゃんが吉澤のこと好きでいてくれる気持ち、すごい伝わってきたから」
梨華の肩越しに、ひとみは本心を伝えた。
しかし、それ以上一体何と言えばこの自分の苦しい胸の内が伝わるのかがわからなかった。
ひとみが言葉を探して迷っているうちに、ふっきったように振り返った梨華が、
困り切った顔をしていたひとみに柔らかな笑顔を浮かべた。
「ねぇ、よっすぃー。私たちが初めてしゃべった時のこと、覚えてる?」
わずかに視線を宙に漂わせたひとみは、「中1の秋の新人戦、だったっけ?」と答える。
「うん」
「あの時も梨華ちゃん、体育館の裏で一人で泣いてたね」
ふふ…と思い出し笑いする梨華の瞳の奥に光るものを、ひとみは見逃していなかった。
「あの時なんて声かけてくれたか、覚えてる?」
「泣かないで、とか? うわぁー、くっさー」
演技がかっていることはわかっていたが、わざと大げさに言っておどけてみせた。
- 112 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時56分23秒
「そんなこと言わない。あの時の私、自分と市井さんを勝手に比べて、ものすごい落ち込んでたのね。
そしたらよっすぃーが、悩んだ時はレフトに高いトスを放り上げておけばいいんだよって言ってくれたの」
「そんなこと言ったっけ? ずいぶん無責任なこと言ったんだね」
正直なところ、ひとみ自身は梨華に言ったことを覚えていなかった。
「ううん。私、考えすぎてた。市井さんならどんなトス上げるんだろう、とか、
みんな市井さんのトスのほうがいいと思ってるんだろうな、とか、
ものすごいネガティブなことばっかり考えて、自分で勝手に泥沼にはまってた。
その時よっすぃーが、困った時は10番にトスを上げておけば、絶対何とかしてくれるよって。
だから一人で抱え込まないで大丈夫だよって、言ってくれたの」
ひざを抱えてしゃくりあげていた梨華をほっておけなくて、そんなことを言ったような気もする。
言ったさえ本人さえも覚えていない言葉を、梨華が心の中に大切にしまっていてくれたことが、
純粋にうれしかった。
- 113 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時58分11秒
「余計なこと言っちゃったばっかりに、その後、自分の首をしめちゃったわけだ。われながらアホだねえ〜」
そう言って笑ったら、梨華も笑ってくれたから、ひとみは思い切って切り出した。
「吉澤もさ、どんなに梨華ちゃんに救われたかわからない。言葉じゃ言い表せないくらい感謝してるんだ」
「私はよっすぃーのために、何もしてないよ」
「そんなことない。どんなにクールに装ってても、転校してきた日、ものすごい不安だったんだよ。
そんな時、真っ先に話しかけてくれたのは梨華ちゃんだった」
「あれは、たまたま席が隣だったから…」
「それに、都予選でボロボロになって心が壊れそうになった時、“一緒に同じ夢みよう”って
励ましてくれたのも、梨華ちゃんだった。吉澤はさ、梨華ちゃんがいなかったらきっと、
こんなに笑っていられないと思うんだ。逆に言うと、梨華ちゃんがそばにいてくれるから、
こうして笑っていられる」
ひとみは天を仰いで大きく息を吸い込み、ゆっくりと言葉を続けた。
- 114 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月27日(日)23時59分19秒
「梨華ちゃんに告白されてから、梨華ちゃんのこと、朝も昼も夜も真剣に考えた。
でもね、正直、どれだけ考えても、吉澤には恋愛と友情の境目がわからなかった。
梨華ちゃんのこと大好き。ものすごく大事。
これだけは自信があるんだけど、梨華ちゃんが吉澤のこと思ってくれてる以上に、
梨華ちゃんのこと大切に思ってる」
そう言ったひとみの大きな瞳から、大きな雫が静かにこぼれた。
梨華は少し驚いたが、何も言わずにひとみの涙を指で丁寧にぬぐった。
- 115 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月28日(月)00時00分25秒
「一番大好きで、一番大事な友達。それじゃ、だめかな…このまま友達じゃいられないかな…」
この一言で友情さえ失ってしまうかもしれないと思ったひとみは、涙が止まらなかった。
その優しさが、梨華の胸にダイレクトに伝わってくる。
「だめじゃない。ずっと、ずっと、大事な友達でいてほしい。ずっと、ずっと、そばにいて…」
「うん。ずっとそばにいるよ」
その言葉を待って、今度は梨華の両頬を涙がつたった。
慌てて涙をふこうとする手をそっと握りしめたひとみは、梨華の手を元に位置に戻すと、
指で優しく涙をふきとった。すると、梨華も両手でひとみの頬を包み込み、お互いにあふれ出てくる
涙をぬぐい合った。
穏やかな春ののんびりとした時の流れが、お互いの愛おしさを一層増してゆく。
- 116 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月28日(月)00時02分17秒
「おーい、よっすぃ〜、梨華ちゃ〜ん、どこ〜? もう試合始まるよ〜」
何人かのクラスメイトの声と足音が近づいてくる。
「おっ、やっべー。行かなくちゃ。梨華ちゃん、涙大丈夫?」
「大丈夫。よっすぃーは?」
「へへ。鼻赤いかも」
「ほんとだ、赤いよ」
「花粉症ってことで」
涙をふいたり、鼻をこすったりしながら、どちらからともなく自然と手をつないでいた。
「ねえ梨華ちゃん、今日の放課後からさ、後練に付き合ってよ」
「ダメ。ごっつぁんの先約があるから」
エーッ!? という大きな声とともに、梨華の顔をのぞきこむ。
「もちろん、出遅れてる吉澤を優先してくれるんだよね?」
「いーえ、もちろん付き合いの長いごっつぁんを優先します」
いたずらっぽく笑って舌を出す梨華。
「そんなぁ〜。吉澤に付き合ってよお」
「自分はフッておいて、調子いいこと言わないでよ」
「そんなこと言わないで、お願いっ!」
「やだも〜ん」
- 117 名前:月と太陽 投稿日:2003年04月28日(月)00時05分57秒
二人が手をつないで満面の笑みで中庭に戻ろうとした時、ちょうど校舎の中から出てきた
後藤と鉢合わせになった。つないだ手に少し力を込めた梨華は、
「ごっつぁん、絶対B組に勝ってうちが優勝するからね」
と、朝の勢いを取り戻し、鼻息荒く後藤を挑発する。
梨華のささやかな抵抗だった。
なぜかひとみは居心地の悪さを感じ、空いている左手でうなじのあたりの髪をかいて
ハハ…と短く苦笑した。
(ああ、この二人うまくいったんだ…)
後藤はフッと、いつものように鼻先で笑って中庭へ戻って行く。
「ちょっと、なによ、あの人をバカにしたような微笑みー」
地団駄踏んで悔しがる梨華をよそに、後藤の笑みがあまりにもらしくて、
思わずひとみも「フッ」と、マネしてみた。
「梨華ちゃん、次の試合でボコボコにされちゃうね」
- 118 名前:S3250 投稿日:2003年04月28日(月)00時11分22秒
- ひっそりと更新終了です。
軌道に乗るまで(軌道に乗る日が来るのか…)sageでいきます。
- 119 名前:S3250 投稿日:2003年04月28日(月)00時15分17秒
結局、メールアドレスをかき集めたり、会社の資料を作り直したり、
自サイトを完全復旧させるのに2ヶ月もかかってしまいました。
本当に申し訳ありませんとしか言いようがありません。
皆さんも貴重品は一つにせずに、分割して保存されることをお勧めします…。
(こんなヤツに言われたかないですね。すみません)
- 120 名前:S3250 投稿日:2003年04月28日(月)00時20分50秒
この間、励ましのレスをくださった皆さん、ありがとうございます。
正直言って、倉庫送りになっても仕方がないと思ってました。
データ消失前の記憶が確かならば、あと5〜6回で終わります。
最後までお付き合いくださいとはもう言えませんが、気が向いたら読んでいただければ幸いです。
それにしても、マイナーな高校バレーの普及が一つのテーマだったのに、
2年連続で春高の時期に挫折してる自分、アホ。
めちゃくちゃマニアックな学園ものを書くことも一つのテーマだったのに、
王道一直線になりつつある自分、ほんとアホ…。
GW中、もう一回くらい更新したいです(確か去年も言った気がしますね)。
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月28日(月)16時14分52秒
- 更新乙です。
再開待ってました、最後までついていきますよ!
いしよしの関係に一つの決着がついて、次はよしごまですかね?
正直ここのよしごまはどうなるのか全く予想がつかないっす。
だからこそ楽しみでもあるんですが。
マターリ待ってますんで、これからもがんばってください。
- 122 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月28日(月)17時44分00秒
- 更新乙。待ってました!
これからどうなるのかとっても楽しみです。
- 123 名前:よっちゃん 投稿日:2003年04月30日(水)23時19分36秒
- 遅くなりましたが復活オメです。前スレから読んでいたのですが、
今年の春高に友達が出たのでよりバレーに注目していた時にこの小説が
復活して物凄くうれしかったです。もちろん最後までお付き合いさせて
もらうつもりなので最後まで頑張ってください
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月06日(火)11時52分07秒
- ああー復活してる!すげー嬉しいー。
コレからもマターリ待ってます。
- 125 名前:モーヲタ家族@17歳 投稿日:2003年05月13日(火)17時59分53秒
- こないだ、前スレから一気に読ませてもらいました。
よっちゃんさんと同じく、私の友達も春高バレーに出てました。
私はバレーボールは詳しくないけど、凄く面白いです。
これからも楽しませて下さい。
頑張って下さい。
- 126 名前:S3250 投稿日:2003年05月25日(日)16時36分32秒
- 相変わらず更新できず、お詫びの言葉もありませんが…。
突発的な出張が続いていたうえに、明日からアメリカに行かなければならなくなりました。
その出張が終わればまとまった休みが取れるので、あと1ヶ月待ってください。
いつもながら本当に申し訳ありません。
レスは帰国後ゆっくりとあらためて。
- 127 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月27日(火)17時54分02秒
- お仕事大変そうですね。
いつまでも待っております。
お体に気をつけて、お仕事頑張って下さい。
- 128 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月27日(火)20時29分04秒
- 何ヶ月でも待ちますよ。
楽しみは後に取っておくタイプなんで無問題!
- 129 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月13日(金)17時07分48秒
- 保全
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月20日(金)16時06分09秒
- よっすぃ春高バレーネタ
http://ime.nu/f4.aaacafe.ne.jp/~pittari/file/sick00964.jpg
- 131 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月30日(月)07時22分16秒
- ほじぇん
- 132 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時18分53秒
「お前らー。何いちゃいちゃしとんねん。早よこんかい」
手をつなぎ、必要以上に顔を寄せながら歩いてくるひとみと梨華が戻ってくるのを待って、
中澤は2−Aの生徒たちにせめてボロ負けしないようにと、大きな円陣の中央で簡単な作戦を授けた。
A組が学年優勝するためにはストレートで勝つことが最低条件だが、相手は優勝候補筆頭のB組である。
しかも、第1試合で2ケタ得点も取れずに敗れているだけに、可能性はゼロに等しい。
一方、B組はこの試合に負けたとしても1セット取ればセット率で学年優勝が決まる。
主審の柴田が長い笛を鳴らすと、両チームの円陣の輪が解け、
第3試合の2−A×2−Bの試合が始まった。
- 133 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時20分52秒
本来であれば、淑女学園バレーボール部のエースであり、学園内1、2を争う人気者二人がいる
クラスの対決である。
試合のない1年生と3年生も一目、ひとみと後藤を見ようと中庭に駆けつけている。
試合にこそ出ないものの、ひとみが立ったり座ったりするだけで黄色い歓声が上がった。
「吉澤さあ〜ん、応援頑張って〜♪」
松浦のわけのわからない声援にも、愛想のいいひとみは「オウ、頑張るぜい」と手をあげて
いちいち応えているが、後藤のほうは声をかけられても見向きもせず、淡々としている。
- 134 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時21分41秒
試合は一方的な展開が予想されたが、ほぼ勝利を手中に収めているB組が後藤と美貴の温存作戦に
出たため、梨華の孤軍奮闘でA組がわずかにリードする。
しかし、点差が広がりそうになるとB組はピンポイント後藤爆弾を投下し、たちまちスコアを
ひっくり返してしまう。
1セット目は25‐16でB組がモノにした。
2セット目も中盤まではいい試合になっていたが、追いつかれるやいなや後藤が厳しいコースに
スパイクを打ち込んで点差を離してしまう。
「梨華ちゃーん、がんばれー」
コートサイドで無邪気に声援を送っているひとみをネット越しに見ていた後藤の脳裏に、
ふと、さっきの梨華の挑戦的な宣言がよみがえってきた。
いたずら心が生まれ、クラスメイトの耳元で何かをささやいた後藤は、B組にチャンスボールが
戻ってくると、大きく助走を取った。
- 135 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時22分39秒
ズドン。ズドン。
高いオープントスをもらった後藤は、空中で体を大きく反らせ、レクリエーションとは
思えないほど豪快なクロスを2本連続で梨華の目の前に叩きつけた。
歓声に沸くB組と、沈黙するA組。
ついにB組のマッチポイントとなった。
「梨華ちゃんそれでもバレー部なわけー?」
「バレー部ならあれくらい拾えー」
後藤の強烈なスパイクに目が点になりながらも、A組のクラスメイトたちは容赦ない大ブーイングを
梨華に浴びせる。半泣きの梨華は、
「無理言わないでよっ! ごっちんが本気になったら拾える人なんていないんだからっ」
と、かなりキレている。
今朝、保健室で保田が言っていたとおりの展開になり、ひとみは思わず吹き出した。
一方、マッチポイントを取った後藤も、必死になっている梨華の姿を横目で見て笑いながら、
淑女学園特別ルールにのっとって美貴とメンバーチェンジした。
- 136 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時23分56秒
18‐24
この状況で梨華はまだ後衛にいる。
コートサイドに座っていたひとみはおもむろに立ち上がり、前衛センターのポジションにいた
クラスメイトを手招きしてサイドラインに呼んだ。
こそこそと耳打ちすると、こちらを気にしている美貴に向かって、ひとみはニヤリと笑う。
「ちょっとよっすぃー、感じわるー」
ネットの向こうでムキになっている美貴のことなど知らんぷりして、「さぁーA組頑張っていこー!」
と大きな掛け声をかけた。
サーブレシーブした梨華は、ネットの前に立っていた前衛センターへボールを上げ、甲高い声で
バックアタックを呼ぶ。
しかし、センターは梨華を思い切り無視し、自分の頭上に飛んできたボールをチョンと触って、
ブロッカーの美貴の右側に落とした。
ピッ!
主審の柴田がB組コートを指差して笛を鳴らし、A組に得点が入った。
「いーぞ、A組〜!」
ひとみの音頭で盛り上がる歓声の中で、美貴だけが「ひどいよ、よっすぃー」とぷりぷり怒っている。
実は美貴は、自分の左側に落ちるネット際のボール処理が大の苦手なのだ。
- 137 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時25分22秒
今度は前衛の3人を呼び寄せて小さな円陣を作ったひとみは、美貴のブーイングを気にも留めずに
ごにょごにょと作戦を授ける。
A組のサーブが入り、B組のサーブレシーブがダイレクトに美貴に返った。
振り返りざまに美貴がスパイクの動作に入る。
「いち、にーの、さん!」
ひとみの掛け声とともに、3人が手をそろえて一斉にブロックに跳ぶと、ドンピシャでB組コートに
ボールを叩き落した。
「やった〜!!」
素人ながらに3枚ブロックを決めたA組は大はしゃぎ。
一方、地面にぺたんと座り込んだ美貴は、ひとみの方を指差して猛抗議している。
「もう、怒ったんだからっ」
キレた美貴はA組のフェイントをブロックにいったが、勢いあまって指がネットに触れてしまう。
「ネッチ、ネッチー!」
大爆笑しながらひとみと梨華がゼスチャー入りでタッチネットをアピールすると、
柴田も笛を加えながら思わず吹き出し、二人と同じゼスチャーでタッチネットをコールした。
- 138 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時26分26秒
その後も力みすぎた美貴のブロックを利用し、ブロックアウトやワンタッチをねらったスパイクを打った
A組があっという間に追いついた。
「ミキティ、1点も取れなかったね。おつかれ」
「ごっちん、あとは頼んだ…」
がっくりと肩を落としてうなだれている美貴のお尻をポンポンっとたたいて、後藤がコートに戻ってきた。
23‐24
B組にとってはあと1回残されたマッチポイント、A組にとってはあと1点でジュースだ。
そしてこの最もおいしい場面で、キャプテンの梨華は副審のミカにメンバーチェンジを告げた。
- 139 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時27分39秒
「ピンチサーバー、よっすぃー」
そうコールすると、まずA組のコートサイドがどっと沸いた。
一瞬遅れてギャラリーたちの黄色い歓声が中庭を突き抜け、コの字型の校舎の壁にぶつかって反響した。
「まーぢーでぇーーーー?」
出場するつもりなど全くなかったひとみも大きな瞳をまんまるにして驚き、瞬時に中澤と保田の姿を探した。
すると、校舎の壁にもたれて見ていた二人とB組担任の平家が顔を見合わせたあと、日本酒のCMバリに
頭上でマルのサインを出した。
「おうっしゃぁーーー」
黒い半ジャージーのお尻をはたき、一声気合いを入れて立ちあがるひとみ。
体操着の両袖をたくし上げて真っ白な肩をあらわにすると、受け取ったボールを3回、4回と地面についた。
レクリエーションとはいえ、久しぶりのゲーム感覚に酔っていた。
思わず口元がゆるむ。
降り注ぐような光に目を細めると、ネットの向こう、前衛センターのポジションに後藤がいた。
ゲームを演出するために左手にボールを抱え、仁王立ちになって人差し指で後藤を指差すと、
一瞬、驚きの色を見せた後藤がひとみに呼応するように袖を捲り上げ、中庭はさらにヒートアップした。
- 140 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時28分30秒
(こうしてネット越しに向かい合うのっていつぶりだろ?)
ひとみの胸は小さく高鳴る。
太陽に向かって右手で高く放り投げたボールに届けとばかりに、高くジャンプ――。
- 141 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時29分33秒
しかし、次の瞬間、ボールはゆるゆると後藤の目の前のネットを揺らした。
「んあ?」と、後藤。
「…よっ、すぃー?」と、梨華。
一瞬の沈黙のあと、「エ――――――ッッ!?」というギャラリーの驚嘆の声。
- 142 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時30分26秒
ゲームセット。
故障明けですっかりボール感覚を失っていたひとみは、自分がイメージしていたほどには跳べず、
全力チップしたボールはネットに届くのがやっとだった。
「ぶっあはははははっ」
手をたたいて誰よりも大爆笑しているのは、サーブミスした張本人。
主審台の柴田が両手をたたいて笑いながら、ゲームセットの笛を鳴らした。
「ありえない…」
へなへなと梨華がその場に座り込むと、コートサイドから飛び出してきた2−Aの生徒たちが
一斉にひとみに飛びゲリを食らわせる。
「よっすぃー、このやろー」
「いってぇーな、もう」
「いてーじゃねー、反省しろー」
「だってひーちゃん、めちゃめちゃ久しぶりにジャンサ打ったんだもん」
「誰がひーちゃんじゃー」
- 143 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時31分58秒
学年優勝したことを喜んでいるクラスメイトに囲まれながら、後藤の視線はひとみの姿を追っていた。
細くなった左の足首をずっと心配していたが、彼女の底抜けな明るさを見ていたら、
後藤も自然と笑顔になっていた。
恐らく本人は無自覚だろうが、彼女の笑顔は周りをほのぼのとさせる温かなオーラを持っている。
日ごろ、クールだとか、冷めていると言われがちな後藤は、
彼女の持っている“熱”がうらやましかった。
- 144 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時33分07秒
***
学年ごとの優勝チームが決まり、決勝トーナメントは昼休みをはさんで体育館で行われることになった。
後藤はクラスメイトたちとお弁当を食べながらも、さっきのシーンを思い出している。
ギプスが取れて1日目からジャンプサーブを打とうとするなんて無茶が過ぎる。
ギャラリーへのパフォーマンスか、それとも受け狙いだったのか――。
どんなに考えてもわからなかったが、多分相手が自分でなければジャンプサーブは打たなかっただろう
ということだけは、後藤にもわかっていた。
(それにしても、あの全力チップって計算? もしかしてものすごい天然?)
ボールが目の前のネットを揺らし瞬間、恐らくネット越しに見た梨華に負けないくらいの間抜けヅラを
していたであろう。そんな自分の顔を想像するだけでも、けっこう笑えた。
「今日のごっちん、すごい機嫌がいいね」
「そ?」
「だって、そんなに笑ってるの、久しぶりに見たよ。こうしてみんなとお昼食べるのも久々じゃない?」
「そだね」
いつの頃からか、一人で昼食をとるのが当たり前のようになっていたが、今日はクラスメイトたちの
誘いに素直に乗ることができた。
- 145 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時35分02秒
「じゃ、先体育館行ってアップしてくるわ」
以前のトレードマークだったフニャリとした笑顔を浮かべた後藤は、フックに引っ掛けてあった
シューズ袋を片手に席を立った。
あと2試合――。その2試合目のことを少し一人で考えたかった。
シューズ袋をぐるぐる回して弄びながら、ひんやりとした廊下を歩く。
すると、ふと窓の外の光景に目が留まり、歩みもピタリと止まった。
- 146 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時35分47秒
ゆるりとトンビが滑るブルーの空。
吹く風以外に音もなく、誰もいない校庭を黙々と走る人に心を奪われる。
光のプリズムの中で踊っているのは、日に透けそうなほど白い肌をしたひとみだった。
- 147 名前:月と太陽 投稿日:2003年07月05日(土)22時37分57秒
一歩一歩確かめるように、走るというよりはむしろ早歩きをしているといったほうがいい。
それでも決してうつむかず、前だけを向いて乾いた砂を舞い上げて行く姿は凛々しく、そして美しかった。
視界をさえぎる大きな窓を開け放ち、後藤はいつまでもその姿を食い入るように見つめ続けていた。
やがて、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
その音に急かされるように、後藤はどこかへ向かって、一目散に走り始めた。
- 148 名前:S3250 投稿日:2003年07月05日(土)22時55分13秒
ものすごい久しぶりなのに、顔見せ程度の少量更新で毎度申し訳ありません。
ほんとは先週更新しようと思ってたんですが、シャボン玉ショックΣを受けてしまいw
もう書かなくていいとこばかり書き進み、書かなきゃいけないとこはまったく書けず…。
困った困った…。
でもそうも言ってられない、リアルタイムから1年遅れ。
- 149 名前:S3250 投稿日:2003年07月05日(土)22時56分32秒
>>121さん
よ、よしごま!! そういえば2スレ目に突入してから直接的な絡みが
なかったり、なかったりw ごっちんにあと一山越えてもらわなくては…
>>122さん
これからこんな展開でいいのか、ちょっと心配になってきましたw
>>123、>>125さん
実は自分の知ってる子たち(身内の教え子)が何人か出てたんで、
頑張って更新して宣伝したかったんですけどねぇ。
ましてや友達が出てるともなれば、応援にも力が入りますよね。
>>124さん
こんなに遅くても喜んでくださる方がいるとは…(涙
マターリを超越していることをお許しください。
>>127さん
仕事の応援までしてもらって…スマソ。趣味を仕事にしているんで、
たいへんそうに見せかけて、実は仕事してるほうが楽しいんです。
NY行かしてもらったおかげでスタンレーカップもNBAファイナルも見れちゃったし…。
- 150 名前:S3250 投稿日:2003年07月05日(土)23時01分01秒
>>128さん
自分はせっかちで待てないタイプなんで、
そう言っていただくと、少しは肩の荷が下ります。
>>129さん、>>131さん
保全、申し訳ないです。
>>130さん
昔の仲間が片やアイドル、片や全国大会出場のバレー選手。
お互いの活躍ぶりをテレビで見られる関係、まじすごいッス。ありえないッス。
あー、もうとっくにインターハイ予選は終わって、来月はインターハイだー。
しかも、1年遅れてるしー。
いいかげん、終わらせますね!(誰も信じてくれないと思いますが)
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月06日(日)21時57分54秒
- 待ってました。
ひーちゃんかわいいです。もちろんごっちんも。
続きも期待してます。
- 152 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月07日(月)09時42分57秒
- あぁ。いいなぁ。
学生時代の夏休み前のソワソワしたかんじを思い出しました。球技大会。
- 153 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月07日(月)12時59分12秒
- >>125のモーヲタ家族@17歳さんは、ヨッスィーの中学の時の同級生だよ
2ch(羊)では有名
娘小説も読むとは、かなりのモーヲタだね
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月19日(土)23時14分11秒
- ああ〜更新されてる!!
やっぱイイ!コーフンのあまり、また最初っから読み直してしまった。
次回もマターリ、待ってます。
- 155 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月19日(土)23時18分29秒
- >>153
マジっすか?(紗耶香風)
いいなぁ〜(よっすぃー風)
それにしても、いい雰囲気ですねぇ、この学校
この学校の生徒になりた〜い
- 156 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時14分01秒
5限が始まる予鈴が校舎じゅうに鳴り響き、全校生徒が体育館に集合し始めた。
ランニングを終え、少し遅れて体育館に入ったひとみが入口近くに座り込んでシューズのひもを
結び直していると、松浦が両手をふりながら満面の笑みで駆け寄ってくる。
「吉澤せんぱーい」
「よっ」
「さっきの試合、すっごくよかったです〜」
「それ、いやみかよっ」
松浦を見上げたひとみは、笑いながら突っ込みを入れる。
「いえ、全然そんなんじゃなくて。吉澤先輩の、なんていうか久々に本当の笑顔が見られて、
すっごくよかったです」
まだ付き合いが浅いにもかかわらず、松浦に鋭い指摘をされたひとみは虚を突かれた。
「そんなに笑ってなかったかなぁ?」
「笑ってても笑ってない、そんな感じがしてました」
「そっか」
何だかあの瞬間、ものすごく楽しかったのだ。たとえサーブが入らなかったとしても。
ネットを挟んで久しぶりに後藤と対峙した、あのしびれるような瞬間が。
- 157 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時17分06秒
「そういえば、1−Aは決勝トーナメントに残ったんだよね?」
「はい、おかげさまで」
「順当勝ち、ってとこか。で、辻はどうだったの?」
キャハハ…と声を上げて楽しそうに笑った松浦は、ひとみに寄り添うように座り込んだ。
「1−Cってセッターできる子が一人もいないんですよ。だから辻ちゃんの必殺技は全部空回りで
最初はプンプン怒ってたんですけど、最後には涙目になってました」
まるで自分も見たかのように辻の凹んだ顔がイメージでき、ひとみも声に出して笑ってしまった。
そういう面で辻は梨華によく似ている。
「次、2−Bに勝てそう?」
「ん〜、みきたんに負ける気はしないんですけどねぇ。さすがに後藤さんには勝てる気がしないです」
「みきたん?…ってもしかしてミキティのこと?」
「はい。最近、そう呼んでるんですよお」
「あ、そ。ったく、キミといい、辻といい、体育会系にあるまじき口の利き方だなー」
悪びれることもなくニコニコしている松浦に、ひとみはデコピンするふりをした。
「ま、ミキティのこと、あんまりなめないほうがいいよ。ああ見えて、淑女の奔放なレシーブ陣を
支えてきた偉大なブロッカーだからね」
- 158 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時19分06秒
「奔放、ですか?」
「うん。センスと本能だけに頼った、約束事全く無視の自由奔放レシーバー」
「確かにそうかもしれませんねぇ」
シューズのかかとを踏みつぶして体育館に入ってきた後藤を見つけた松浦がふふ、と微笑むと、
その後を追うようにして入ってきた美貴がいたずらっぽい笑顔を浮かべて近づいてきた。
「よっ、ミラクルサーバー」
よそ見しているひとみの肩をポンッとたたいて座り込んだ美貴も、ひざを抱えるようにして
シューズのひもを結び始める。ひとみは後藤の張り詰めたような横顔を気にしながらも、
「うるさいよっ。せっかくほめてたのにさー」と言って、美貴の肩をたたき返した。
「なになに? 藤本先輩の偉大さについて語っててくれたわけ?」
「ちげーよ。いいから早くアップしなって。B組あっちに集まってるよ」
「1年坊主相手に、アップなんて必要ないもーん」
そんな挑発にも全く動じることのない松浦は、「左脇に気をつけてくださいね」と
だけ言ってニッコリ笑うと、その隣でひとみも「気をつけてくださいね♪」と続ける。
美貴の弱点は、ひとみのせいで完全にバレていた。
- 159 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時21分37秒
「こいつら、むかつくうぅぅぅ」
美貴がひとみと松浦の首を大げさに締めるふりをした時、本鈴が体育館中に響きわたり、
遠くから2−Bのクラスメイトが美貴を呼んだ。
「ま、ごっちんの足ひっぱらない程度に頑張ってよ、み・き・た・ん♪」
ひとみがウイクンして冷やかすと、一瞬にして顔を赤らめた美貴は、「お前がみきたんゆーな」と
言って勢いよく立ち上がり、「あやや、覚悟しとけよ」と言い残して2−Bの円陣に小走りで
加わっていった。
「照れちゃって。かっわい〜」
ひとみが笑いをかみ殺していると、ニコニコした松浦がひとみの真正面に正座した。
「先輩。一つだけお願いしていいですか?」
「いいよ」
「松浦の、右手を握ってもらえないですか?」
そう言って右手を差し出す。
「ん? こうすればいいの?」
ひとみも右手を差し出して握手すると、「できれば、左手もいいですか?」と言うから、
両手で松浦の右手をそっと包み込んだ。
松浦の手はマシュマロのように白くて柔らくてほんのり温かかった。
「少しの間、そうしててもらえますか?」
「うん」
「私に、力をください」
- 160 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時22分18秒
これから始まる決勝トーナメントは、松浦率いる1−A、後藤、藤本率いる2−B、そして
3−Aで争われる。
1−Aと2−Bの勝者を3−Aが迎え撃つ形だが、優勝候補はバレーボール部の大エースを擁する
2−Bではなく、3−Aが本命視されていた。
3年生は希望する進路によって、A組が芸術・体育系と就職希望者、B組が文系、C組が理系と
クラス分けされている。当然、運動神経のいい生徒が集まる3−Aは、去年も市井と矢口が優勝に導き、
16年連続で優勝しているらしい。
しかも、今年の3−Aはいつもに増して強力だった。
後藤をケガに追いやった元バレー部員4人が、このクラスに揃いも揃っているのだ。
辞めて1年近く経つとはいえ、全国大会出場レベルの経験者が4人、しかも、すでにバレーボール部員
ではない彼女たちに出場時間の制限はなく、4人が一緒にコート上に立つことも可能だった。
- 161 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時22分56秒
忘れかけていた心の傷に触れるのではないか…。
後藤本人だけでなく、2年生部員全員が心の奥底で共有しているトラウマ。
助けられるのは、同じクラスの美貴しかいない。
昼休み中、後藤とひとみを除く2年生のバレー部員たちは部室に集まって、2−Bが1−A、ひいては
3−Aとどう戦うべきかを話し合っていた。
- 162 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時23分31秒
「この際、あややのローテにミキティをぶつけてさ、あややにボカスカ決めてもらって2−Bが負けるって
いうのはどう?」
口火を切ったのはあさみだった。
「絶対ヤ。だいたい、美貴とあややが下がってる間にごっちんが点差を縮めたら同じことじゃん」
即座に美貴が却下する。
「じゃあさ、ごっちんとあややのローテを合わせて、二人が下がってる時に、さっきみたいにミキティが
ミスしまくればいいんだ」
「ヤダヤダ。絶対ヤダ」
「演技だってば」
「演技でも絶対ヤダ。第一そんなの、2−Bのみんなに悪いよ」
「それもそうだね…。じゃあ、どうする?」
部室の中を沈黙が支配した。
結局、いい案が出ないまま一つの結論に達し、昼休みは終わった。
すべては美貴の手に託されることになった。
- 163 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時26分18秒
両チームのウォーミングアップが終わり、中澤が主審台に腰掛けると、気持ちよく響くホイッスルを
吹き鳴らして、決勝トーナメント第一試合2−B×1−A戦が始まった。
すると間もなくして、エンドライン側の壁際に横一列に立って戦況を見つめていた2年生のバレー部員たちは、
試合に出るはずのない美貴の姿をコート上に見つけて色めき立った。
「どういうことよ、ミキティ…」
「あいつ昼休みに話してたこと、わかってなかったわけ?」
「あのバカッ、マジでありえないから」
ミカとあさみが小さな体をいっぱいに使い、コート上の美貴に向かって必死に交代しろと合図を送っているが、
美貴は試合に集中しているふりをしてまるで無視している。
「だめだこりゃ…」
梨華は腕組みの手をほどくと、がっくりとうなだれた。
「昼休みに話してたことって何?」
ランニングをしていて話し合いに参加していなかったひとみは、声をひそめて梨華に訊ねた。
「1−Aとの試合はごっちんに頑張ってもらって、決勝はミキティがフルで出るってことで
ごっちんと話をつけてもらうことになってたんだ…」
- 164 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時27分31秒
梨華の言っていることを瞬時に理解できなかったひとみは、サイドライン側の壁際で観戦している
3年生のほうを向き、難しい顔をしている柴田の顔を見て、その意味を悟った。
後藤はまるで出場する気配もなく、コートサイドにどっかり座り込んで声援やらヤジやらを飛ばしている。
試合は文字どおり、美貴と松浦の一騎打ちとなった。
均衡を保っていた中盤の大事な場面で、松浦のオープンに対して美貴がドシャットを食らわせる。
いつもはブロックの腕を絶対に振らない美貴だが、今日はチームの約束事など関係ないため、
本能が命ずるままにブロックに跳べることを心から楽しんでいた。
そして、スパイクでも松浦に負けず劣らず、レフトからセンターからシャープなアタックを繰り出して
リードを広げていく。
日頃、縁の下の力持ち的なポジションで日の当たらない美貴は、攻守に大活躍を見せて松浦を寄せ付けず、
25−20、25‐19のストレートで見事2−Bを決勝に導いた。
- 165 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時28分10秒
ゲームセットを告げる笛とともにネットに駆け寄った松浦は、満面の笑みで右手を差し出し、
ネットの下で美貴と握手を交わした。
「全然力が足りませんでした。顔洗って出直しますんで、練習に付き合ってください」
「おう。何だったら今日の午後練からいっとく?」
「よろしくお願いします。みきたん」
口の端を少し上げて照れたような笑みを浮かべた美貴は松浦の手を離すと、待ち構えていた2−Bの
クラスメイトの輪の中へバンザイしながら入っていった。
次々に抱きしめられ、もみくちゃにされる美貴。その中には後藤の笑顔もあった。
いつもなら輪の中心はエースの後藤であり、例え学校行事のレクリエーションだとしても、
美貴がこんなふうに主役になったのは初めてのことだった。
「いや〜、気持ちいいねぇ」
勝利を喜ぶクラスメイトにうちわで仰がれ、肩をもまれながら美貴がいい気分になっていると、
背後から暗い影が忍び寄る。
美貴の汗ばんだ手首を強引に引っ張り上げた柴田は、ほとんど美貴を引きずるようにして
コートをずんずん横切っていった。
- 166 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時28分55秒
「ちょ、ちょっ、柴ちゃん痛いよ。自分でちゃんと歩くから離してよ」
何も言わない柴田に対して美貴が一方的に苦情を言いながら地下へ続く階段を下りていくと、
第二体育館には2年生部員が腕組みをしてずらりと待ち受けていた。
美貴は思わずしかめっ面をする。
「ちょっと美貴! どういうことよ。全然話が違うじゃん」
ぐるりと取り囲まれた美貴は、その輪を抜けて背中を向けると、壁際に向かって歩き出し、
壁に備え付けられたベンチに腰掛けた。
「みんなが怒るのも無理はないんだけど、美貴は間違ったことはしてないと思ってる」
「間違ってないだとー?」
身を乗り出して叫ぶあさみの肩を、キャプテンの柴田が押さえた。
「ちゃんとみんなにわかるように説明して」
のど元まで込み上げてきている怒りを飲み込み、柴田は低い声で美貴の弁明を促した。
両手をひざの上で組み合わせて、まつげを伏せる美貴。
「実はあの後さ…」
一呼吸置いたあと、昼休みが終わった後の出来事を思い出しながら、ゆっくりと話し始めた。
- 167 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時29分39秒
***
――とにかく、ごっちんに準決勝で頑張ってもらって、決勝はミキティがフル出場するしかない――
それが昼休みの話し合いの結論だった。
しかし、後藤の気持ちの重荷にならないように、交渉は美貴が一人でやらなければならない。
(何て言えばごっちんを説得できるんだろ…)
不信感を抱かせずに納得してもらうためにはどう言ったらいいのか、切り出す言葉を迷っていた。
後藤に会う前に少し気持ちを整理しようと、体育館の外にある水飲み場へ向かって歩いた美貴は、
突然目に入ってきた思いがけない光景に思わず身を潜めた。
後藤と元バレー部の先輩4人が、肩を並べて歩いていた。
(何あれ、どういうこと?)
ただならぬ事態を察した美貴は、錆びた柱に隠れながら5人の後をつけていく。
すると、人影のない校舎の裏で立ち止まった後藤は、4人に向き合うと
さらに驚くようなことを言い放った。
- 168 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時30分27秒
「先輩。戦いづらいことはよくわかってます。
…でも、決勝では遠慮なく、本気であたしと戦ってもらえないでしょうか」
深々とお辞儀をする後藤の思いがけない申し出に、4人は明らかに戸惑った様子で顔を見合わせている。
「お願いします。よろしくお願いします!」
何度も何度も繰り返す後藤の悲痛な声が、美貴の胸を刺す。
まるで雷に打たれたような、強烈な衝撃が美貴の全身に走り、それと同時に体じゅうの力が抜けていく。
- 169 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時30分57秒
最後まで見届けずにその場を立ち去ると、体育館前の水飲み場の縁石にへなへなと座り込んだ。
動揺している時間も、迷っている時間もない。
今見たこと、そして、自分が今これから言おうとしていることについて、
瞬時に整理しなければならなかった。
(ごっちんに言うべき言葉は何?)
(ごっちんのためにしてあげられることは何?)
猶予は2分もなく、険しい顔をした4人が戻ってきた。
美貴の強い視線に気づくと、そそくさと足早にその場を去っていく。
そして、そのすぐ後に、何食わぬ顔をした後藤が戻ってきた。
- 170 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時32分05秒
「何やってんの? 鐘鳴ったじゃん。早く行こうよ」
そう声をかけた後藤は、そのまま美貴の前を立ち去ろうとする。
自分が抱えている問題を何も話してくれようともしない後藤に、美貴は少し腹を立てていた。
「ごっちん!」
後藤のほうを見ようともせずに呼び止めた声は、少しとがってしまう。
集合に遅れた生徒たちが、バタバタとすのこを踏み鳴らしながら二人を横目で見て走っていった。
「何? 早く行こうよ。みんな待ってる」
美貴の声色に張り詰めたものを感じ取った後藤は、それをさりげなく断ち切るように
穏やかに声をかける。
「…今、見ちゃったんだ」
少しためらったあとでそう打ち明けた美貴に、後藤は「ふへ?」と間抜けな返事をした。
「ごっちんが先輩たちと話してるとこ、見た」
ずっと下を向いていた美貴が視線を合わせると、後藤は一瞬絶句したあと、「あ〜」と言って
ふにゃりとした力のない笑顔を浮かべた。
- 171 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時32分38秒
「みんな心配してる」
「うん。わかってる」
目の前の体育館の中から漏れてくるざわめきとは対称的な静けさが二人の間を流れる。
「…それでも戦うんだね、あの人たちと」
美貴の言葉に、後藤は視線を外さずにこくりとうなずいた。
「今でも気にしてるわけじゃないんだけど…、って言ったらやっぱ嘘になるな。
やっぱ心のどっかでずっと、気にしてるんだよね。
正直言って、今でもスパイクを打つのが怖くなる瞬間がたまにあるんだ…」
2か月後に迫ったインターハイ予選を前に、後藤がどうしても自力で乗り越えなければならない高い壁は、
ひざの痛みなんかではなく、心に負った大きな傷だった。
「だから、自分の力でトラウマを乗り越える最後のチャンスを、あたしにください」
後藤の弱音にも似た本音を聞いたのはこれが初めてだった。
痛いほどまっすぐな視線に射抜かれた美貴は一瞬目を伏せると、立ち上がって後藤に向き合った。
「わかった。美貴は次の試合で頑張る。決勝はごっちんにまかせるよ」
本来言わなきゃいけないことと真逆のことを言った。
でも不思議と、迷いや後悔は少しもなかった。
- 172 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時33分24秒
「そんなこと言っといてさー、松浦に負けないでよ?」
いつもおちゃらけている美貴らしくない真顔に少し照れた後藤は、めずらしく美貴をちゃかした。
「失礼なこと言わないでよ。この美貴様があややごときに負けるわけないじゃん」
「ネット際の処理が苦手なの、バレちゃったのに?」
「さっきの…、見られてた?」
「めっちゃ見てた」
「よっすぃーのこと見てたんじゃない?」
「ううん。ミキティの慌てぶり見て、ニヤリとしてた」
「松浦、叩きのめす!」
右手の親指を下に向けた美貴は、カラカラと上を向いて笑う後藤を久しぶりに見て、
胸がきゅうっと締めつけられた。
「ごっちん」
「ん?」
「美貴は、ごっちんのその笑顔が好きだよ」
――――
- 173 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時34分09秒
***
今振り返っても、美貴は自分が間違ったことを言ったとは思っていなかったし、
もちろん、次の試合に出るつもりもなかった。
でも、もしかしたら、本当に言ってあげるべき言葉は違うものだったのかもしれない。
感情に流されて、優しさを履き違えていたのかもしれない。
美貴にはその判断がつかなかった。
「美貴のしたこと、やっぱ間違ってたかなあ、柴ちゃん?」
美貴の目元に光る雫が涙なのか汗なのかはわからない。
「間違ってたならあやまるよ。ごめん…」
胸が詰まって、誰もが言葉を失った。
「…ミキティは全然間違ってない。私でも、他のみんなでも絶対にそうしてたと思う」
うなだれる美貴の隣に座った柴田は、「こっちこそ何も知らないのに責めたりしてごめん」と言って
肩を抱いた。
- 174 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時35分07秒
「ったく、柴田がえらい形相して藤本を引きずってくと思ったらそういうことだったんかいな」
なじみのある関西弁に部員たちが一斉に振り返ると、中澤がキュ、キュッと床を鳴らしながら
歩み寄ってきた。
柴田とは反対隣のベンチに腰掛けた中澤は、美貴の耳元で「あんたは全然間違ってへん」とささやくと、
美貴の前髪をくしゃりと撫でた。
張り詰めていたものが一気に解放され、中澤の胸に顔をうずめた美貴は小さく肩を震わせた。
「さ、決勝やで。後藤のこと、みんなで応援しよ」
「はいっ」
中澤の一声でみんなが移動し始めると、ずっと黙っていたひとみはまだ泣いている美貴に近づいていった。
- 175 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時36分09秒
「泣いてやんの〜」
自分の首にかけていたスポーツタオルの端で濡れた目元をぬぐってやる。
「泣いてないよ。汗だよ、汗」
強がりを言ってタオルを奪い取った美貴は、まだ上気している顔をごしごしとふきだした。
「でもさすが、淑女のコートを最前線で守ってきたブロッカーだけあるよね」
ほめられて照れくさくなったのか、ひとみの頬に軽いパンチを入れた美貴は、
急に真剣な顔つきになった。
「よっすぃー、そのおっきい目でちゃんと見てろよ」
「ん?」
「10か月ぶりのごっちんの本気」
思いがけない言葉にひとみもまじめな顔に戻って静かにうなずくと、美貴はさらに続けた。
「たぶん、よっすぃーに一番見せたいはずだから」
きょとんとしている鈍感なひとみの顔に、タオルを投げつけて逃げていった。
- 176 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時36分41秒
(ああ、あの人たちなんだ…)
体育館に戻ったひとみは、後藤を苦しめた、そして今も苦しめているかもしれない元凶の人たちを視認した。
中学時代から何度も対戦していただけに、顔はよく覚えている。
第1試合と同じく、エンドラインの後方の壁際に並んだバレー部員たちの右端で、
ひとみは腕組みをしながら3−Aのコート上に視線を向けていた。
すると、自分のクラスの輪を抜け出してきた辻がいきなり飛び込んできて、まるでカンガルーの
子供のようにひとみの胸の中にすっぽりと納まった。
「おこちゃまは自分のクラスで見てろよぉ〜」
張り詰めた気持ちが少し緩み、辻の頭の上にあごを乗せて悪態をつくひとみのほうを振り返りもせず、
いつもの辻らしくもない思い詰めた表情でコート上を見つめている。
「何かが起こりそうな気がするのれす…」
この試合に絡む事情を一切知らないはずの辻だが、周りの空気で察しているらしい。
何も考えていないように見えて、そういった空気を読むのがうまい子だった。
- 177 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時37分23秒
ひとみと辻の隣で見ていた梨華は、あの事件以来目が合っても逃げるようにしていた上級生たちが、
自信をみなぎらせた目で後藤を見据えている姿に、あの悪夢のような記憶が蘇っていた。
無意識のうちにひとみの反対隣にいる柴田の手を握って、「ごっちん大丈夫かなぁ」と小さくつぶやく。
「大丈夫!」
柴田は凛々しい視線をコート上の後藤に向けたまま、梨華の手を強く握り返した。
「心配しているだけが優しさだとは限らないんじゃないかな?」
「え?」
「私たち、ごっちんの強さも弱さも、ずっと見てきたよね?」
「うん…」
「信じようよ。ごっちんの強さを。今は」
少しの沈黙のあと、梨華はこくりとうなずいた。
これからは、後藤の弱い部分を心配するのではなく、強い部分を信じよう。
柴田は心の中で思っていた。
後藤が自分の弱い部分を思い出さないように――。
そう、ひとみが後藤に対して、ネガティブなことを決して口にしないように――。
- 178 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時38分03秒
午後2時15分。主審の中澤によって、決勝のホイッスルが鳴らされた。
3−Aのコートには元バレー部員が4人ズラリと並び、2−Bのコートには涼しい顔をした後藤が立った。
エースとしての威厳やオーラは他を圧倒するものがあるとはいえ、実質4対1のケンカである。
どれだけ後藤が孤軍奮闘で頑張ったとしても、レシーブやトスが上がらなければスパイクを打つことは
できないだけに、圧倒的に不利だった。
そして試合開始早々、不安は的中してしまう。
3−Aは徹底的に後藤を外して強烈なサーブを打ち込み、腰の引けた2−Bのメンバーたちは次々と
サーブを後ろにはじいていく。1本目が上がらなければ、どんな大エースとて対処できるはずもない。
0−5とリードされたところで後藤は副審の保田に向かって小さくTの字を作り、2−Bの
1回目のタイムアウトがコールされた。
- 179 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時38分42秒
「ごっちん、足ひっぱってごめん…」
本当は誰よりも歯がゆい気持ちでいるはずの後藤は、恐縮するクラスメイトに責任を感じさせないように、
「大丈夫、大丈夫。いつもバレー部ではあたしが足ひっぱってんだから」と、試合中には絶対に見せない
笑顔を浮かべている。
「さ、リラックスしていこ」
両隣の子の肩を叩いてタイムアウトを切り上げようとする後藤の後ろで何も言わずにギリギリと奥歯を
かみしめていた美貴は、後藤を押しのけて勢いよく円陣に割り込んだ。
「怖がってねーで死ぬ気で拾えや、ボケエッ! ボールの正面に入れば上げられるだろうがっ!!
しばき倒すぞ、われ!」
眉間にしわを寄せてすごみを効かせた美貴の怒声は、ざわめく体育館を一瞬にして静かにさせてしまった。
もちろんこのセリフは、主審台に座っている人の専売特許だ。
2−Bの円陣近くでそれを聞いていた副審の保田は、大きな口の動きで(そっ・く・り)と伝えると、
中澤は両手で口元を押さえてくっくっと声を殺して笑った。
- 180 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時39分13秒
タイムアウト開け1発目のサーブは、コントロールミスで後藤の右サイドに放たれた。
美貴の説教どおりにボールの正面に入ってきれいにカットした後藤は、「高くボールを上げて」と叫び、
レフトオープンに開いて十分な助走態勢に入る。
高さは十分。しかし、レフトまで届かずにかなり手前に落下してきたトスに向かって走り込んだ後藤は、
センター付近で力強く踏み切り、中央から目の覚めるような弾丸スパイクを3−Aコート、しかも、
元バレー部員4人のまん真ん中に叩きつけた。
大歓声に包まれるなか、4人は誰一人、微動だにできなかった。
- 181 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時39分51秒
そこからは圧巻だった。
得意のジャプサーブで5連続ノータッチエースを奪うと、その後もエース、エース、そして返球の
乱れたボールをダイレクトスパイク、ブロックにスパイクにサーブレシーブにと、鬼気迫るプレーで
どんどん点差を広げていく。そして、後藤のプレイに感化されたクラスメイトたちも、神がかりな
レシーブで後藤のためにボールを上げた。
素人さえもうまくしてしまうほどの魔力と、見ている者の心を引きつけてやまない引力が、
今日の後藤にはあった。
体育館中の生徒たちが後藤の一挙手一投足に集中し、スパイクを決めるたび、ブロックを決めるたび、
サーブを決めるたびに大歓声が沸き起こる。それは全国大会をかけた都予選や、もしかすると、
全国大会の声援を上回るほどの興奮のるつぼとなり、声のかたまりは轟音となった。
- 182 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時40分48秒
ひとみは完全に言葉を失っていた。
さっき美貴が言っていた「10か月ぶりの本気」の10か月が、自分と戦ったあの都予選準決勝の時の
ことを差すのであれば、「本気」の度合いはその時より上に見えた。
(あれがごっちんの100%じゃなかったんだ…)
「…すぃー、よっすぃーっば!」
歓声にかき消されまいと、耳元で大きな声で叫ぶ辻の声で我に返る。
「え? ん? 何?」
「い・た・い」
「え?」
「だから、痛いんだってばあ」
いつの間にか両腕に力が入り、辻を締めつけていたらしい。
「ああ、ごめんごめん」
ひとみは手を離して辻を解放したが、またすぐにひとみの腕を求めてきた。
- 183 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時41分21秒
間もなく試合は終わった。
3−A栄光の歴史についに幕が下ろされ、2−Bは学校創設以来初めての2年生優勝チームとなった。
歓喜の輪の中央には、後藤の突き抜けた笑顔の花が咲いていた。
壁際でもバレー部員たちが抱き合って、まるで自分たちが優勝したかのように喜んでいる。
ひとみはその輪から離れて、体育館の出入口のほうへ向かって静かに歩き出した。
その後ろ姿を、梨華は声をかけることもできずに、ただ見つめていた。
「よっすぃー! よっすぃーってば!」
辻が呼ぶ声には気づいていたが、ひとみは振り返ることができなかった。
- 184 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時41分56秒
- ***
その日の午後練は早めに切り上げられ、レギュラークラスは全員後練をしていたが、一人減り、
二人減り、美貴と松浦もあがって、ひとみ、辻、梨華、そして後藤の4人だけが残っていた。
ひとみはそれまでずっと、次々に打ち込まれるボールを球拾いがてらにレシーブして目を慣らして
いたのだが、後藤のスパイク練習を見ていると体じゅうがうずき出し、ついには我慢できなくなった。
「下でサーブ練習してくるわ」
梨華に声をかけると一人、第二体育館へ下りていった。
「はじめっから焦っちゃどうしようもないもんね」
小さく独り言。しかし、内心ではじりじりしていた。
あれだけのプレーを見せられて、安穏としていられるほどのん気ではない。
しかし、今焦って何もかも壊してしまったら、手術を受けた意味がないのだ。
倉庫からボールかごを引っ張り出してきたひとみはサーブ練習を始めた。
故障を機会に覚えたフローターサーブはなかなか威力があり、これにジャンプを加えれば、
かなりの武器になりそうだった。
- 185 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時42分31秒
- 何度もジャンプしたくなる強い衝動をかろうじて押さえながら、狙いどおりの回転をつけ、
狙いどおりのコースにサーブを100本打ち込んだ。
そこらじゅうに転がっているボールを片付けたひとみは、部室に戻る前に洗面所に寄った。
洗面台に手をついたひとみは、こわごわ視線を上げて、鏡に自分の顔を映した。
汗のにじんだその顔は、我ながら情けない顔をしている。
そんな自分が嫌で水道の蛇口を思いっきりひねると、ジャブジャブとしぶきをあげて顔を洗った。
目をつぶれば、今の自分とは対照的なイキイキとした後藤の笑顔が浮かんでくる。
うれしさと、焦りと、情けなさが入り混じって、鼻の奥がツンとした。
- 186 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時43分14秒
- 首にかけたスポーツタオルで水の滴る前髪をふきながら、乱暴にノックして部室の扉を開けると、
着替え始めたばかりの後藤と目が合った。梨華もいない。辻もいない。部室には二人きりだった。
この機会に、今日の決勝を見て、自分が何を思い、何を感じたのか、後藤にきちんと伝えておきたいと
思ったのだが、何を言っても白々しい言葉になってしまうような気がした。
何か誤解されるのであれば、かえって何も言わないほうがいいのかもしれない。
どうしようかと葛藤しながら着替えていると、背中越しに「あのー」という弱々しい問いかけが
沈黙を破った。後藤から声をかけられたことのなかったひとみは、誰もいるはずのない部室中を
見回して、本当に自分に声をかけているのかどうかを確認してしまう。
「はい」
思わず声に緊張の色が出てしまった。
少し言葉を迷ったあとで、後藤は続けた。
「…ギプスが取れたばっかりでジャンサしようとするなんて、ありえないんですけどー」
「あっ、はぁ…すいません…」
- 187 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時44分11秒
- 思いがけないことを言われたひとみは落ち着きをなくし、しきりに髪をなでつけた。
「それに…、いきなり指差しといてネットなんて、もっとありえない」
「ハハハ…調子に乗りすぎた。ごめん…」
力なく笑ってあやまるひとみに、後藤は背中を向けてさらに畳み掛ける。
「今まで一度もあたしにサーブ打ってきたことなかったよね?」
「そんなことないでしょ?」
ひとみは少し考えるふりをして、すっとぼける。
「あたしにジャンサ打てば簡単に勝てたはずの試合でも、絶対に打ってこなかった」
紺のニットのベストを頭からかぶりながら、ひとみのほうを見もせずに後藤は言う。
「狙ったとこにボールが行かないんだよねえ。行き先はボールに聞いてって感じでさ」
「はぐらかさないでよ。今日のサーブをネットにかけたのだってわざとでしょ?」
「わざとじゃないって。初めてごっちんに向かって打つのに指まで差しちゃったもんだから、
思いっ切り意識しすぎてネットだもん。やんなっちゃうよ」
後藤の背中に必死で言い訳すると、「ほら、初めてなんじゃん」と言って後藤が振り返る。
冷静に言い当てられたひとみは、首をすくめて苦笑した。
- 188 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時45分15秒
- 目が合ったまま再び数秒の静寂に包まれ、ひとみは口を開いた。
「ごっちん。正直に告白する」
意を決したようなひとみの強い視線に、後藤は思わず息を飲み、身を固くした。
「今日、ごっちんの本気を見て、胸が熱くなって、泣きそうになった」
またしてもひとみの鼻の奥には、ツンとした痛みが走った。
「そして、学年決勝であんなサーブしか見せられなかった自分が、ホントに恥ずかしかった」
瞳の奥の川が決壊しそうだったが、ひとみは奥歯を食いしばって懸命に押しとどめた。
「嘘はつきたくないから、今すぐにとは言わない。だけど、今度のインハイ予選では、
絶対に、わたしの本気を見せるから」
その言葉に、後藤はいつになく必死に反撃を始めた。
「夏の予選はあたしが死ぬ気で頑張るって言ったじゃん。だから、ちゃんと足首治してよ」
「ごっちんが死ぬ気で頑張るなら、わたしはもっと、死ぬ気で頑張る。
去年も全部力を出し切ったけど、今年はそれ以上に頑張るから」
- 189 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時47分21秒
- 「わたしは絶対に、もう一度跳べるから。去年よりもっと、高く跳べるから」
目の奥に浮かんできた熱いものを見られたくなくて、後藤は再びひとみに背を向けた。
「さっきはあんな情けないサーブ見せちゃったけどさ、リハビリ中にばっちりフローターサーブ
練習したから期待しててよ。これからすっごいジャンサも身につけるし、絶対に成功学園には負けない」
インターハイ、そしてそれより前に、2つしかない東京都代表の座を巡ったインターハイ予選の
最大のライバルは、春高で全国優勝を果たした成功学園だった。
「まだジャンサはやめて。お願いだから、無理しないで…」
ようやく言葉を口にした後藤の言葉を遮るように、豪快な音を立てて部室の扉を開け放った辻が
ズカズカと入ってきた。
「おーい、よっすぃー遅いっ。早く帰るぞお」
相変わらず、先輩を先輩とも思わない口ぶりだ。
「吉澤先輩って呼べって言ってるだろぉ」
辻の小さな体を自分の胸に迎えてヘッドロックをかけるマネをすると、「よし、帰ろ」と言って
ロッカーのバッグを左手につかんだ。
後藤はふと、今日うまくいったはずの梨華と一緒に帰らないのだろうか、と思ったが、
それを口にはしなかった。
- 190 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時48分02秒
- 「じゃあ、ごっちん先帰るね。また明日」
「ごっちん、バイバーイ」
辻と手をつないだひとみは、部室を出る直前にくるりと振り返った。
「無理、したいんだ。ごっちんと同じくらいにね」
- 191 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時48分41秒
- ***
帰宅して部屋に戻るなりバッグを放り出した後藤は、大きな窓を開け、裸足のままベランダに出た。
胸元ほどの高さの手すりに覆い被さるようにして、何度となく脳内リピートしている今日一日の
出来事を思い出してみる。
久しぶりに心の底から楽しかった。
久しぶりに心の底から笑えた。
ずっと忘れてた、あの頬の感じ。あの目じりの感じ。
あのケガ以来、誰も信じられなくなって、うまく笑うことができなくなっていた。
市井に大阪に行くと聞かされて、笑うことさえ忘れかけていた。
自分の存在を否定された気がして、自分の感情をさらけ出すことにおびえていたのだ。
(一体、何に臆病になっていたんだろう…)
復帰初日から無謀にもジャンプサーブを打ってきた彼女。
黙々と一人で校庭を走る彼女。
そして久しぶりにネット越しに見た笑顔の彼女。
いつだって背中を押して、あと一歩を踏み出す勇気をくれたのは、あの太陽のような笑顔だった。
今はただ、彼女の笑顔が持つ力を信じて、行けるところまで行ってみたいと思う。
- 192 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時49分18秒
- 路上を走る車のヘッドライトが頬の上を滑ると、後藤の脳裏のスライドは、一瞬にして
胸を苦しくさせるようなシーンに切り替わった。
梨華を目で追う彼女。
梨華の後ろを追っていく彼女。
梨華と手をつないで照れてる彼女。
10日前、上限の月の下で抱き合っていた二人の影の記憶がオーバーラップする。
「今、何してるんだろう…」
知らず知らずのうちに独り言をつぶやいて夜空を見上げると、満月を2日過ぎた立待月が
同情でもするように、悲しげに見つめていた。
(無理したいんだ。ごっちんと同じくらいにね)
- 193 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時49分50秒
- いつもそうやって、誰かを気遣っている優しい彼女。
いつもそうやって、心に残る言葉を一つだけ置いて去っていく。
あたしの心に踏み込むことが出来るのは彼女だけなのに。
彼女は決して、最後の一歩を踏み出すことはしない。
「んあ? なんだこれー?」
いつの間にかまつげを濡らしていた水滴が、白い頬を静かに滑り落ちた。
こんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。
気になって、気になって、気になって。
- 194 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時50分27秒
――好き、なんて言えない。
- 195 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時50分59秒
- ***
その夜、なかなか寝つけないひとみは、ベッドを抜け出して勉強机の上の小さな出窓を開け放った。
ひんやりとした気持ちのいい風が吹きあげ、レースのカーテンを大きく揺らした。
隣の犬が、右側が少し欠けた楕円の月に向かって吠えている。
ひとみは椅子ではなく、机の上に腰掛けて、眠れない原因をいくつも数えあげた。
自分を好きだと言ってくれた梨華の想いの答えは、あれでよかったのだろうか。
――よくない。でも、他になんて言えばよかった?
サーブをわざとミスった選択は、あれでよかったのだろうか。
――よくない。でも、他にどうすればよかった?
今日、何百回、何千回と心の中で繰り返している自問自答。
あのサーブの時、今までよりも高く跳べそうな錯覚に陥っていた。
しかし、踏み切った瞬間、イメージしていたとおりに跳べないことを悟った。
跳ぶ感覚を忘れていたのだ。
もし、あのままバランスを崩してしまったら、また後藤にいらぬ心配をかけてしまうかもしれない。
そう思ったら、笑いを取りに行くしかなかった。
- 196 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時53分20秒
- (あー、もう最悪…)
知らずのうちに親指の爪を噛む。
気持ちがざわざわと落ち着かないときの癖だ。
少しの間考えてから、意を決して財布の中から小さなシルバーのカギを取り出すと、
机の上から2番目の引き出しのカギ穴に入れてくるりと回した。
カチャリと小さな音を立てて開いたその引き出しには、転校以来封印していた
過去の日記帳がごっそりと入っていた。
部屋の電気をつけようともせず、月明かりをたよりにページをめくる。
中学に入ってから毎日つけている日記の中身は、ほとんどがバレーボールのこと。
自分からバレーボールを取ったらほとんど何も残らないのではないかと思うほど、
青春のすべてだった。
- 197 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時54分00秒
平成10年11月23日
今日の新人戦は、3年生が引退して背番号が10→4に代わった初めての試合だった。
全国で勝つためには、激戦の東京を勝ち抜かなきゃならない。
だからどうしても勝ちたかった。
決勝の相手は淑女学園中。エースは見たことのない子だった。
オーバーはめちゃくちゃだし、キャッチもレシーブもブロックも全部バラバラ。
スパイクだってピンポイントでしか打てない。
でも、名前も知らないその子――10番が打った1本のクロスの重みが…。
今も忘れられない。
結局、うちらがストレートで勝って優勝した。
すっごいうれしかったけど、市井さんが引退して、淑女の正セッターになった
梨華ちゃんはけっこー大変みたいで、試合の後、泣いていた。
でもね、きっと…。あの10番がすごくなるから大丈夫。
最近、勝つことばかりを考えて、バレーボールの楽しさを忘れかけていたわたしに、
バレーを始めたばかりの、あのわくわくするような感じを久しぶりに思い出させてくれた。
あの子、なんていう名前なんだろう。
- 198 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時54分37秒
平成12年12月27日
全国都道府県対抗中学大会決勝。
とうとう後藤さんは姿を現さなかった。
初めて同じチームでプレイできるって、すごく楽しみにしてたのに、
秋の最終選考で選ばれてすぐに辞退したまま、練習にも試合会場にも一度も現れなかった。
2連覇を目指していた長崎選抜に勝って、わたしたち東京選抜は優勝した。
めっちゃうれしかった。
後藤さんとエース対角が組めていたら、もっと×100 うれしかったのになぁ…。
- 199 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時55分08秒
平成13年7月7日
上前1(28‐26、23‐25、41‐43)2淑女
試合時間2時間37分。
ありったけの力は出し尽くした。
でも、今日の試合だけは善戦じゃ意味がない。
勝たなきゃ意味がなかった。
どんなに練習しても、どんなに力を出し尽くしても、
つかめないものがあるってこと
初めて知った。
インターハイ、先輩たちと一緒に行きたかった――。
外の雨に打たれて、ほんのちょっとだけ、泣いた。
- 200 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時55分48秒
平成13年10月29日
今日の午後練ではなぜか、引退した3年生にも集合がかかっていて、
何かの打ち上げでもやるのかな、なんて、のんきに思ってた。
「みんな落ち着いて聞いてほしい。わが上前女子高等学校バレーボール部は
今年いっぱいで強化をやめることになった」
先生の震える声が今も、頭の中をぐるぐる×2駆け巡る。
降りしきる雨の音とみんながすすり泣く声が耳から離れない。
動揺した。混乱した。悲しかった。
でも、わたしは泣けなかった。
泣いたら廃部を受け入れることになる気がしたから。
あと2ヶ月じゃ、うちらが追いかけてきた夢はかなえられない。
- 201 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時56分20秒
平成14年1月8日
転校初日。
吐きそうなくらい緊張した。
その緊張に拍車をかけたのは、後藤さんと同じクラスだったから。
そういう可能性があることをなぜか全く考えてなかったから、
彼女の姿を窓際に見つけた時、心臓が飛び出しそうになった。
そんなこっちの気持ちなど知るはずもなく、後藤さんは全くの無関心。
梨華ちゃんが隣にいてくれて、救われた。
- 202 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時56分58秒
平成14年3月20日
ついに夢にまで見た代々木第一体育館の晴れ舞台に立った。
ゆうべ、寝て起きたら足首の故障が消えてなくなっていることを願ってベッドに入ったけど、
やっぱりそんな魔法がかかっているはずもなくて…。
朝、起きるなり外へ出て思い切りジャンプしてみたら、簡単に腱が外れた。
足首の痛みより痛い痛さが、全身を貫いた。
そして、その痛みは代々木のコートに立った時、ピークに達した。
体育館の下がアイススケートのリンクになっている代々木第一のフロアーの寒さは予想以上で、
ケガ人にはこたえた。
ごっちんの右ひざと、わたしの左足首の鈍いうずき。
これはわたしたち二人だけにしかわからない痛み。
口にも顔にも出さずに苦しんでいる彼女のために何もできないことが、悔しくて苦しくてもどかしい。
この苦い経験を繰り返さないように、わたしは今日のことを忘れない。
そして、忘れられないことがもう一つ。
彼女が今日、確かにわたしを呼んだ。
「よっすぃー」って…。
「インターハイ予選は死ぬ気で頑張るから…」って…。
たった一言で、内から湧き出るようなパワーをくれる彼女となら、頂上を目指していける。
彼女はわたしの血だ。
- 203 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時57分43秒
『いつも、いつかのための種がまかれている』
と、ひとみは思っている。
10歳でバレーボールを始め、12歳で東京の私立中に行くことを選び、13歳で最高の仲間たちに出会った。
13歳の秋に後藤に出会い、勝つ喜び、負ける悔しさ、努力し続けることの大切さを知った。
そして、16歳の冬に仲間たちと離れ離れになり、転校先で後藤と同じクラスになった。
偶然と紙一重の必然。
すべては後藤に出会うためにまかれた種だった――としたら?
生まれてたった13年で運命の人に出会えた運命。
自分の青春のすべてがバレーボールだとしたら、その情熱の源はすべて後藤だった。
頬杖をつき、月を見上げて深いため息を一つ。
「今日のごっちんは太陽みたいだった」
市井のように全幅の信頼を置いてもらえるパートナーにはなれないかもしれない。
でも、対角エースとして、後藤が表にいる時は裏で、後藤が裏にいる時は表で支えていきたいと
ひとみは心の底から思っていた。
(月と太陽ってそういうことなのかな…?)
- 204 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)20時58分26秒
隣の犬はまだ吠えている。
夜明けはまだ来ない。
- 205 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)21時02分12秒
更新終了です。
ふぅ…。字数制限引っ掛かりまくリングで時間がかかってしまった…。
間違ってageてしまいましたが、これから順調に更新が進むわけではなく…。
毎度すみません。
- 206 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)21時03分34秒
- >>151さん
あまりにもくさいエピソードが続いてしまうので、ボケさせるのに一苦労です。
>>152さん
あ〜トンビになりてぇーなーと思いながら、ひたすら校庭を走ってた頃のことを
思い出しながら書きました。
>>153さん
固定HNでレスをいただく方にはいつも失礼しているのですが、
ホントに疎いのでご勘弁下さい。決して悪意はありませんので…。
>>154さん
すいません。また忘れた頃の更新になると思いますので、ぜひ最後にまとめて
読んでやって下さい。自分も忘れた頃に書くので、よく前スレを見て確認するのですが、
結構激しく間違えてたり勘違いしているところがあって鬱になりやす。
>>155さん
本当の名門校はもっと殺伐としてるもんなのでしょうがw
そう言っていただけてうれしいです。
- 207 名前:月と太陽 投稿日:2003年08月03日(日)21時04分15秒
- 残すところあと2回くらいな感じです。
もう少々お付き合いください。
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月04日(月)22時24分10秒
- !?
あと2回!!!んなアホな。
いや永遠に読みつづけるなんて無理は承知ですが
あー終わってしまうんですね。
夏休みもいつかは終わりがくる、、、とブルーになってみました
すごく寂しいですが、これからは心して読みます。
更新お疲れ様です
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月05日(火)03時15分17秒
- 更新お疲れ様です。すごく感動しました。
あと残りわずかというのが少し悲しいですが
素晴らしい結末になると期待してます。
- 210 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月06日(水)23時19分54秒
- やだーまだ終わらないでくれー!
月と太陽の行き先は…早く知りたいけど知りたくない。
でも知りたい。
次回も楽しみにしています。
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月08日(金)04時01分17秒
- 更新キタ━━━━━(゚∀(゚∀(゚∀(゚∀゚)∀゚)∀゚)∀゚)━━━━━!!!
お帰りなさい!お待ちしてました〜〜〜!!
・・・と思ったら後2回で終わりですか・・。。ああ、やだなぁ。
もっともっとこの作品読んでいたいです。未完はやだけど完結しちゃうのも寂しいなぁ。
ああ、複雑。
- 212 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 13:59
- マターリ待ってます
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/04(土) 17:52
- 保全
- 214 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/14(火) 03:23
- 久しぶりに前スレからまた読み直してみました…何度目だろう。
ホントに好き、めちゃめちゃ好きです、この話。
続きは読みたい、でも終わるのはヤだ。
そう思ってる読者の1人として、マターリお待ちしております。
- 215 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/24(金) 06:20
- ほじぇん
- 216 名前:S3250 投稿日:2003/10/25(土) 00:17
-
毎度ごぶさたしております。終わりを惜しんでいただくレスに保全、本当にありがとうございます。
まだしばらく更新できそうにないので、お詫びがてら生存報告にやってまいりました。
実は8月の終わりに右手の指を3本骨折してしまいまして、ずっとギブス生活を余儀なくされていました。
いかにもバレーボール経験者のように書いていますが、自分自身はバスケットボールプレーヤーでして、
今回のケガも試合中にやってしまいました。シューターとしては致命的な故障です。
こんなケガばかりさせる話を書いたバチだ…と、ずっと凹んでいたのですが、
ようやく先週ギブスが取れ、少しずつモチベーションも回復しつつあります。
来週、ジャパンゲーム(NBA開幕戦)に行って、ちょっと燃料を補給してきます。
- 217 名前:S3250 投稿日:2003/10/25(土) 00:32
-
指のリハビリがてらに少し余談を。
今回、ジャパンゲームでSSAに来るチームの一つが、ロサンゼルス・クリッパーズという
愛すべき弱小チームでして、実はこのチームの“ダリQ”コンビこそが、娘。に興味を持ったきっかけでした。
後藤と吉澤って、ダリ(ダリアス・マイルズ)とQ(クエンティン・リチャードソン)の関係に
すげー似てるよなー、と…。
で、やっぱりこの2組どこまでも似ているようで、去年のシーズンオフ、ドケチで有名なあほオーナーが
チームbP人気のダリをトレードに出してしまい、“ダリQ”コンビは引き裂かれてしまいました。
2002年7月31日のことです。
なので、残念ながら「黒い浜あゆ」ことダリアスは来日しませんが、よっちゃん似(と思っている)の
Qちゃん(クリッパの3番)は来ますので、ぜひとも応援してやってください。
(10/30、11/1の2戦とも衛星第一で(テレ東も?)放映するみたいです)
ちなみにキャラが似ていると思っているだけで、決して顔が似ているわけではないので
(Qちゃん黒いし。でも、ダリは本当にあゆ似なことで有名)
似てねーじゃねーか!! という突っ込みはなしでw
また元気になったら戻ってきます。
- 218 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/25(土) 00:49
- >>216-217
わざわざ報告どうもです。指三本も骨折ですか、大変でしたね。
いつまででも待ってますからどうぞ自分のペースで。
- 219 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 01:56
- >>217
おおお・・・生存報告乙です
自分は右手首の骨を折った経験しかないですが指の骨折って痛そうだ・・・
しんどいとは思いますがリハビリ頑張ってください
あと、私も30日と1日にジャパンゲーム見にいきます
4年ぶりなので思いっきり楽しみましょう
- 220 名前:奈々氏 投稿日:2003/11/04(火) 21:30
- 今のワールドカップで作者さんの創作欲に火がつきますように…
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/06(木) 01:46
- 大山栗原がここの後藤吉澤にかぶってるように思えてきたw
作者さん怪我はゆっくり治してくださいね。いつまでも待ってるんで焦らないで下さいね。
- 222 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 20:57
- 大ファンでずっと読ませていただいてるんですが
ワールドカップを見てるとまた読みたくなりますね。
コレでもう十数回目の読み直しです。
それでも飽きないっ、やっぱこの作品はすごいです!
カナ=ごっちん、メグ=よっすぃ〜に見えて
ワールドカップも満喫させていただいてます。
いつまでも待ってます!
早くお怪我が治りますように・・・
- 223 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/02(火) 03:27
- 待っております。
- 224 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 01:13
- 保
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/08(木) 19:18
- 待ちます
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/25(日) 14:52
- 楽しみに待ってます
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/27(火) 23:12
- まってます
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/30(金) 13:13
- >227
あげんなYO!
- 229 名前:227 投稿日:2004/02/03(火) 19:11
- あせりました ごめんなさい
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/22(日) 22:57
- がんばってください
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/23(月) 22:20
- 前作から楽しく読ませて頂いております!
私は現役のバレー部(大学)なのですが、この小説を
見てると高校時代を思い出すような懐かしい感じがします。
楽しみに更新待ってるんで焦らず頑張って下さい。
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/10(水) 00:45
- 楽しみに待ってます
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/12(金) 23:11
- 期待sage
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/14(日) 01:07
- 保全
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/16(火) 18:40
- 放棄?
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