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旭日忍法帖2

1 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時28分22秒
旭日忍法帖の第2部です。前作は、赤板の倉庫にあります。完全に続きになっていますので、是非
目を通してください。
2 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時29分52秒
 遅い山の桜も散って、すっかり春の息吹に包まれた伊賀国、破狼谷の広大な郷士屋敷
の一室で、忍び頭車藍九衛門が寝床に横になって、天井をじっと睨んでいた。
 春の夜もすっかり更けていたが、九衛門はなかなか眠りに就けずにいた。
 去年秋に起きた、破狼谷の旭日組忍者達の谷抜け事件以来、九衛門の眠りは、浅く短
くなっていた。
 特異な忍法を操る伊賀破狼谷の忍者の中でも、腕利きの者を集めた旭日組――その中
の真里、ひとみ、お亜依、麻琴、里沙が谷を抜けて、尾張の織田信長の下へ行こうとし、
それを追った圭織、おなつ、お圭、お真希、お梨華、おのの、お愛、あさ美らと壮絶な
死闘となった。そして、裏切者の中からお亜依、麻琴、里沙が、追手の中から圭織、お圭、
お真希、おのの、お愛、あさ美が命を落とした。
3 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時30分50秒
 この屋敷の中で死んだと思っていた真里は生きており、おなつと一緒に破狼谷に帰って
こなかった。お梨華もひとみと一緒に逃げてしまった。
 今夜も、生き残った四人のことを考え出すと、怒りが込み上げてきて、すっかり眠気が
覚めてしまったのだった。
 座敷の外に、人が来る気配がした。
 「九衛門様。」
 屋敷に詰めている九衛門の従僕だったが、声に滲んでいる怯えの色に、九衛門は眉を
潜めた。
 「儀助か。どうしたのじゃ?」
 「大成坊が戻りましてございます。」
 「なに?大成が?」
4 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時31分39秒
 九衛門は、布団をはねのけて起き上がると、障子をからりと開けた。白髪頭の従僕
が、濡れ縁に蜘蛛のように這いつくばっていた。
 「何をしておる。すぐに連れてまいれ。」
 「は、それが――。」
 「怪我をしておるのか?」
 「いや、そうではないのですが、どうも尋常ならざる様子でして――。」
 九衛門は、苛立ちの浮いた顔で儀助を見下ろした。
 「構わぬ。すぐに連れてまいれ。」
 儀助は、顔を上げぬまま下がっていった。しばらくして、彼ともう一人の従僕に腕を
引かれて、僧形の大男が、朧月に照らされた庭先に連れてこられた。
5 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時32分45秒
 大成坊は、旭日組の残党狩りに差し向けた者の一人で、米俵二つを軽々と持ち上げる
巨漢の忍者だった。それが、魂が抜け落ちたような虚ろな表情で、ぼうっと突っ立てい
るのを見ると、九衛門も肌が粟立つような恐怖を覚えた。
 「こら、大成、旭日組討伐の首尾は、どうなったのじゃ?」
 「車藍九衛門――。」
 虚ろな表情のまま、大成坊が口を開いた。その抑揚のない低い声を聞いて、従僕達は
思わず手を離して、身体を引いた。
 「よくも、わたし達を騙して、同士討ちさせてくれたな。この恨み、必ずはらしてく
れようぞ。」
 九衛門は、かっと目を見開いて大成坊の言葉を聞いていた。
6 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時33分18秒
 「わたしは、圭織――。」
 「わたしは、お圭――。」
 「わたしは、お真希――。」
 「わたしは、お亜依――。」
 「わたしは、おのの――。」
 「わたしは、お愛――。」
 「わたしは、麻琴――。」
 「わたしは、あさ美――。」
 死者全員の名を名乗ると、大成坊の目がくるりと裏返った。そして、巨木が折られた
ように、仰向けに地面に倒れてしまった。
7 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時34分14秒
 「息はあります。」
 儀助が、おそるおそるといった様子で、大成坊の首に手をあてて言った。
 「こやつ、お頭の言葉を聞いたときに、今の台詞を口上するように術を掛けられた
ようですな。」
 「未熟者めが。引っ立てて、正気に戻ったら、もう一度連れてまいれ。」
 九衛門は、吐き捨てるように言った。額には、脂汗が浮いていた。
 「このことは、誰にも言うでないぞ。」
 九衛門は、儀助ともう一人の従僕に厳命すると、座敷に戻って、布団にどっかりと
腰を降ろした。闇の中で、九衛門は腕組みし、思案に暮れた。
 (術を掛けたのは、おなつか、真里か。いずれにしても、恐ろしい奴らだ。わしが
仕組んで、旭日組全員を殺そうとしたことに勘付いておるわ。破狼谷に残った者で、
奴らを討ち果たすのは、やはり難しいか)
8 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時35分33秒
 元々、今回の騒動は、甲賀馬忍谷の忍者達と手を組んで、自分達の勢力を大きく伸ばそ
うとして、九衛門が仕組んだものだった。その見返りに馬忍谷から要求されたのが、旭日
組全員の首だったのだ。生き残りがいては、馬忍谷との約定を果たしたことにはならない
ため、何度か刺客を放ったのだが、誰も戻ってはこなかった。
 ようやく一人戻ってきた大成坊だったが、九衛門に恐怖を植え付けるためのメッセンジ
ャーになっていた。
 九衛門は、つと立ち上がると、座敷を出て屋敷の奥へ向かった。邸内は闇に包まれてい
たが、九衛門は迷うことなく、廊下をしとしとと歩いて行く。
 屋敷のかなり奥まったところにある一室の前で、九衛門は立ち止まって、声をかけた。
9 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月13日(月)12時36分33秒
 「わしじゃ。起きておるか。」
 部屋の中から、か細い声が応えた。
 「はい。」
 「入るぞ。」
 部屋の中では、布団の上に寝衣姿の女が、首をうなだれて端座していた。恐らく、彼が
近づいてくる気配に、ずっと前から気付いていて、起きて待っていたものと思われた。そ
れぐらいの技量は持っている女だった。
 九衛門は、女の前に腰を降ろすと、低い声で言った
 「お裕、お前にやってもらいたいことがある。」
10 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時45分20秒
    第2章

 備前美作の山の中を、背の高い色の白い美少女が、ぶつぶつ言いながら歩き回って
いた。春を迎えて、山は濃厚な生の香りで満ち溢れていたが、それに同調して、浮か
れるような気分にはなっていないようだった。
 「まったく、梨華ちゃんは――。あんなに太った、太った言わなくたって、いいじ
ゃねーか。ちょっと、身体が重くなったのは、自分でも分かってるっつーの。」
 元旭日組の女忍者、ひとみだった。
 彼女は、圭織とお圭に諭されて、お梨華と一緒に西へ逃れ、ここ備前の山中の山小屋
で、ようやく落ち着いて暮らし始めたところだった。道中、何度か破狼谷からの追っ手
に襲われたが、お梨華との連携で、悉く討ち果たしてきた。ひと月前、追っ手をまいて
この山中に潜んでからは、安穏な日々が続いていた。
11 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時46分22秒
 「梨華ちゃんも、夜になると甘えて擦り寄ってくるくせに、昼間はやたら口うるさく
て、ありゃ、世話女房気取りだね。」
 お梨華を抱いてしまったのは、山小屋での三日目の夜だった。逃亡生活の心細さから、
しくしく泣き出したお梨華を慰めようと、一緒の布団で抱き合って背中を撫でている内
に、だんだん妙な気持ちになってきて、最後までいってしまった。二人とも、破狼谷に
いた頃は、好きあった男がいたこともあったが、女同士でそうした関係になるのは初め
てだった。
 次の日の朝は、さすがに恥ずかしくて口数の少ない二人だったが、その夜もなるようになって、それがずっと続いていた。
12 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時47分16秒
 この頃では、すっかり緊張感のなくなったひとみが、大分ふっくらしてきたのをお梨華
が気にするようになり、もう少し身体を動かすよう、口うるさく言うようになってきた。
 先ほども、小屋で昼寝しているひとみに向かって、お梨華がいつもよりもやや甲高い声
で言ったことがきっかけだった。
 「ひとみちゃん、そうしてごろごろ寝てばっかりいるから、太っちゃうんだよ。」
 「うるさいなぁ。大体、梨華ちゃんが夜寝かせてくれないから、昼間眠くなっちゃうん
じゃないか。」
 「何言ってるの!あたしのせいだって言うわけ?」
 「そうは言わないけどさ。梨華ちゃんの声って、眠いときに聞くと、すごいうざいんだ
よね。」
 「うざいとは何よ!」
13 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時48分01秒
 こうしていつものように口喧嘩となり、ひとみは小屋を飛び出して、お梨華の頭が
冷えるまで、山の中をうろつきまわっているのだった。
 ひとみの前には、こちらに来てから友達になった狸の夫婦が二匹、見えつ隠れつつ
きまとっていた。
 「あんたたちはいいよなぁ。あたしを太ったとか言わないし、うるさいことも言わ
ないし。」
 狸の亭主が振り返って、にやりと笑ったように見えたが、さすがに気のせいだろう。
 ふと、人の気配を感じて、ひとみは足を止めた。
14 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時48分54秒
 たまに見かける、きこりや百姓の気配ではなく、自分と同じ訓練を積んだ者の気配
だった。ひとみは、気配を消して近付いていった。彼女の身体は、ほとんど山の木々
に解け込んだようになり、一緒に歩いていた狸夫婦でさえも、見失ってきょときょと
している程だった。
 不意に、一羽の鳩が、木々の間から蒼い空へ向かって飛び立っていった。
 ひとみの眼は、鳩の足に白いものが巻きついているのを捕らえた。
 彼女が天に向かって指を突き出すと、鳩は上昇を止めて、ひとみに向かって急降下
してきた。
 忍法――鳥獣戯画。山で遊び育ったひとみが体得した、鳥や獣を自由に操る技だっ
た。
 鳩はひとみの指に止まり、甘えるように彼女の顔を覗き込んだ。
15 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時49分45秒
 「よしよし。お前、変なものを足につけてるじゃないか。見せてごらん。」
 ひとみは鳩の頭をそっと撫でてから、足に巻かれている白い紙をほどいた。
 鳩を指に乗せたまま、その紙を広げて読もうとしたとき、銀色の光芒がひとみに
向かってきた。ひとみは咄嗟に転がってよけ、鳩は驚いて空へ飛び上がった。
 ひとみの背後の木に、手裏剣が突き刺さった。ひとみは、地面に伏せて、草の陰
に隠れた。
 正面の林の中から、男が一人現れた。ひょろりと痩せた商人風の格好だが、足く
ばりや身のこなしから、先ほどひとみが感じた気配の主であることが推察できた。
 「俺の手裏剣をよけるとは、お前、ただの女ではないな。」
16 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時50分49秒
 男が、意外とのんびりした口調で言った。それはどうやら、自分の腕に対する自信
の表れのようで、口調とは裏腹に、凄まじい殺気が男から噴き出していた。
 「お前、もしかすると、宇喜田の飼っている忍びか?だとしたら、生かして帰すわ
けにはいかぬ。」
 男は、ひとみの隠れている草叢に、ゆっくりと近付いてきた。ひとみは、ここのと
ころ破狼谷の追っ手の襲撃がなかったため、身に寸鉄も帯びずに出てきてしまったこ
とを、後悔していた。とても、逃げきれるような相手ではなかった。
 ひとみは、次の攻撃に備えながら、言った。
 「わたしは、宇喜田の忍びじゃないよ。」
17 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時51分40秒
 「では、何者だ?」
 「伊賀破狼谷の忍びだよ。お前は織田方だろうが、わたしには関係ない。紙と鳩は
返すから、見逃してちょうだい。」
 「はて、破狼谷だと。破狼谷の忍びが、なぜここにいる?それに、なぜ俺の鳩を捕
まえた?」
 「それは――。」
 いらぬ好奇心だったと、ひとみは唇をかんだ。鳩の足に白いものが巻きついている
のを見た瞬間に、つい鳩を呼び寄せてしまったのだが、それが彼女を死地に陥れるこ
とになった。
 「まあ良い。破狼谷だろうと、その紙を見られたからには、可哀想だが命はもらう。
まだ若い娘のようだったが、ここで風魔邪忍衆の草薙蓮馬と会ったのが、不運と思え。」
18 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時52分39秒
 邪忍衆と聞いて、ひとみが息をのんだ瞬間、草に隠れて地面を這ってきた三本の
細い縄が、彼女の首と両手に巻きついた。あっと思ったときには、ひとみは地面に
磔にされたように、身動きが取れなくなっていた。縄は草薙蓮馬と名乗った忍者の
足元から、蛇のように伸びており、どうやら草薙が足指を使って繰っているようだ
った。
 「見たか。風魔忍法――地縛り。動けば動くほど、縄がくい込んで、息ができな
くなるぞ。」
 ひとみは、必死でもがいたが、縄は彼女の首にきつくくい込んできて、だんだん
意識が遠くなってきた。
 (梨華ちゃん、ごめんね。あたし、ここで死んじゃうみたいだ。もっと、いいひ
と捜してね)
19 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時53分27秒
 草薙が、にやりと笑って止めを刺そうと手裏剣を振り上げたとき、ひとみの後ろ
の林の中から、白い塊が飛び出してきて、彼を襲った。驚愕に眼を見張ったまま、
草薙の身体は一瞬で氷づけになり、あたりにもひんやりとした冷気が漂った。
 必殺の忍法――黒吹雪を放ったお梨華が、転げるように飛び出してきて、ひとみ
の首と手にくい込んでいる縄を切り落した。
 ぐったりと動かないひとみを見て、お梨華の顔から血の気が引いた。
 「ひとみちゃん、しっかりして!死んじゃやだよ!」
 お梨華に揺さぶられて、甲高い声を聞いているうちに、徐々にひとみの意識が戻
ってきた。
20 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時54分23秒
 「うう、梨華ちゃん――。」
 「ひとみちゃん、気がついた?」
 「助けに来てくれたんだ。」
 ひとみは、自分の頬に温かいしずくがあたるのを感じて、目を開けた。お梨華が、
彼女の顔を覗き込みながら、ぽろぽろ涙を零していた。
 「ひとみちゃんのばか。もう一人で出て行ったりしないでよ。ひとみちゃんに何か
あったら、わたし生きていられない。」
 ひとみが身体を起こすと、お梨華が抱きついてきた。お梨華の暖かい身体を抱きし
めていると、ようやくひとみの心も落ち着いてきて、自分が死の淵まで行ったことに、
改めてぞっとした。
 「よくここが、分かったね。」
 「あの狸さんたちが、案内してくれたの。」
 狸の夫婦が、林の中から心配そうにひとみを見つめていた。
21 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時55分17秒
 「ひとみちゃん、あいつ何者?」
 「風魔邪忍衆の忍者だって。きっと、織田信長に飼われている奴だ。」
 備前美作は宇喜田氏が治めていたが、中国地方への進出を企てる織田信長が、虎視
眈々と狙っていた。内情を探ろうと、織田方の忍者が多数侵入しているであろうこと
は、世情にあまり関心を持っていないひとみやお梨華でも、推察できた。
 ひとみは、鳩に結ばれていた紙に目を通した。案の定、信長の配下羽柴秀吉に宛て
た文書で、宇喜多方の兵備の状況が、事細かく書かれていた。
 ひとみは、紙を細かく引き裂いて、投げ捨てた。
22 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月19日(日)10時56分30秒
 「こんなもの持ってると、ろくなことがない。行こう、梨華ちゃん。」
 二人は手をつないで、林の中へ消えていった。ひとみの命の恩人の狸夫婦も、安心
したようにその跡を追っていった。
 樹上から、二人の姿を見送る影があった。野性味のあるしなやかな身体つきの、剽悍
な美男子で、目を細めて草薙の死体を見下ろしてつぶやいた。
 「ふむ、破狼谷の忍者か。噂に聞いてはいたが、恐ろしい術を使う。こいつは、俺
だけではちと手に余るな。香取を呼ぶか。」
23 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時52分34秒
     第3章

 元旭日組組頭のお裕は、死んでいなかった。
 谷を抜けようとした矢口の真里を逃がそうとしてお真希と戦い、喉と胸に手裏剣を
受けて重傷を負ったが、九衛門の命令で屋敷に運ばれて、一命をとりとめた。
 それから半年――。
 屋敷の奥で、幽閉されているような状態で療養を続け、ようやく元の状態に戻りつ
つあった。
 お裕は首をうなだれて、九衛門と向かい合って端座していた。首には白い布を巻い
ており、肌はぬけるような白さだったが、左程やつれた様子はなかった。屋敷を出る
ことは禁じられていたが、屋敷のものから手厚い看護を受けていたし、最近は屋敷の
広大な庭で身体を動かして、体力の回復を図っていた。
24 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時53分18秒
 「お裕、お前にやってもらいたいことがある。」
 九衛門の言葉を聞いて、お裕はついにくるときがきた、と思った。九衛門が、裏
切ろうとした自分を生かしておいた理由は容易に推察できたが、それは自分の体力
が充分に回復してからだろうと思っていた。
 まだその時とは思えなかったが、何かあったようだ。
 「『死びと傀儡』を使え。」
 九衛門は、お裕をじっと見つめながらいった。
 「やはり、そうですか。」
 「おう。わしを裏切ろうとしたお前を助け、生かしておいたのもこの日のためだ。
死びと傀儡を使って、旭日組の死人たちを呼び出して、裏切り者を成敗せい。」
25 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時54分05秒
 お裕は、顔を上げた。
 「また、旭日組同士で殺し合いをさせろと――。」
 「旭日組の忍びを倒せるのは、旭日組だけだ。」
 九衛門の言葉から、旭日組の残党狩りが、また失敗したことが読み取れた。確かに、
破狼谷に残った忍者達の中で、旭日組に勝てるものがいるとは思えなかった。自分が
育てていたお亜弥やお美貴が、もう少し修業していれば旭日組を凌げたかもしれないが、その二人も真里と戦って命を落としていた。
 「それで、誰を呼び戻せと言うのですか?」
 「圭織、お圭、お真希――。」
 お裕は、息をのんだ。
26 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時55分12秒
 お裕は、息をのんだ。
 「みんな、死んだんですか?」
 九衛門は、素っ気無くうなずいた。昨年秋の谷抜け騒動の詳細は、お裕の耳に入れ
ないように注意していた。誰が谷を抜けようとしたか、誰が死んだかも、彼女はまだ
知らないはずだった。
 「それに、お彩と紗耶香も呼び戻せ。その五人とお前が行けば、裏切り者どもに対
抗できるはずじゃ。」
 お彩と紗耶香は、もっと前に谷を抜けようとして、お裕とお真希が手にかけた仲間
達だった。
 お裕は、震える声で言った。
 「そんなに呼び戻して、誰をやれと――?」
 「おなつ、真里、ひとみ、お梨華の四人。」
27 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時55分58秒
 九衛門は、にやりと笑った。
 「いや、首尾よくおなつ、ひとみ、お梨華を討ち果たせば、真里は許してやっても
良い。そのまま、破狼谷に戻るも良し、それとも、お前とどこか遠くへ逃げるも良し。
そのときは、わしも見逃してやろう。」
 お裕は、呆然としていた。自分がお真希に敗れた後、てっきり真里も殺されたもの
と思っていた。真里が生きていて、おなつ達と逃げ延びていたとは――。
 「九衛門様、お願いです。他の者はどうなったのですか?一体、誰が残っているの
ですか?お教えください。」
28 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時56分50秒
 「おののは、裏切り者お亜依と相討ちになった。お愛とあさ美は、裏切り者の里沙
と麻琴と逃げようとして、みんなお真希に殺された。圭織とお圭は、この期に乗じて
旭日組を殲滅させんと割り込んできた、馬忍谷の忍者に殺された。お真希はどうやら、
お圭に殺されたようじゃ。そんなこんなで、破狼谷には、旭日組はもう残っておらんわ。」
 お裕は、九衛門の言葉を聞いて、頭が痺れたようになっていた。自分が抜けてから
加入した四人は、名前を聞いても顔がなかなか出てこなかったが、旭日組が壊滅した
ことだけは理解できた。
29 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時57分47秒
 「どうだ?破狼谷の掟のために、『死びと傀儡』を使ってくれるか?」
 お裕の忍法――死びと傀儡。それは、木彫りの人形の中に死者の魂を呼び戻して、
自分の傀儡として操るという忍法だった。冥界から呼び戻された死者は、生前に有し
ていた技量はそのままに、お裕の命じた通りに動くようになる。
圭織とお圭をたおした、馬忍谷の女忍者おあゆの使う「黄泉路もどし」と似た術だ
が、「黄泉路もどし」が死者の身体が腐れ落ちたらそこで術が解けるのに対して、
「死びと傀儡」はいつまでも肉体を保っていられるのだった。
 但し、この忍法は、使い手のお裕の寿命を削ることになる。呼び戻した死者の命
一日に対し、お裕は自分の寿命を一日与えなければならないのだった。今までに、
九衛門の命令で「死びと傀儡」を何回となく使ってきて、お裕の命は確実に十年は
短くなっていた。
30 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時58分38秒
 旭日組を抜けてからも、この忍法を使えと命じられたことは何度かあった。お裕は、
1度も首を横に振ることなく、九衛門のために命を削っていった。
 ただ、今度だけはなかなか受けられなかった。お裕が呼び戻す死者たち、そして彼
女らと戦うことになる生者たちは、共にお裕が愛した旭日組の面々だった。
 お裕は、首をうなだれて黙っていた。
 「お裕、わしの命が聞けんか?」
 「――。」
 「折角命を助けてやったが、わしに叛くと言うのなら、仕方がない。」
 九衛門の言葉が終わると同時に、障子の外に殺気が立ち込めるのが感じられた。お裕
を昼夜見張っていた者達が、九衛門の命令が下るのを待ち構えているようだった。
31 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)10時59分36秒
 「お裕、死ぬか?」
 お裕は、顔を上げた。すでに死を覚悟した顔色になっていた。
 「分かった。望みどおり殺してやろう。その首を、真里とおなつに届けてやるわ。」
 九衛門は、自分の言葉を聞いて、お裕の目の奥に動揺の色が走ったのを見て取った。
お裕は、旭日組組頭の頃から矢口の真里を可愛がっており、組を抜けてからも、自分
の家に真里を呼んで一緒に過ごしていた。それを知っていたからこそ、真里を餌に使
ったのだが、思いがけないところで効いたようだった。
 「真里とおなつは、谷を裏切って仲睦まじく暮らしているようじゃ。そこにお前の
素っ首を投げ込んで驚かせてやりたいが、はて、どうかのう?かっての鬼頭領の首な
んぞ、犬の餌にでもするのが落ちか――。」
32 名前:黒モニ 投稿日:2003年01月26日(日)11時00分33秒
 お裕の顔に血が上り、唇がわなわな震えるのを見て、九衛門は心の中でほくそえん
だ。真里とおなつが一緒に逃げていると言ったことが、彼女の嫉妬心に火をつけたよ
うだった。
 「九衛門様、先ほどのお言葉は、本当ですね?真里は見逃して頂けると言う――。」
 「わしも、伊賀破狼谷の忍び頭と言われている男じゃ。約束は護る。」
 お裕の顔から、ためらいの色が消えた。
 「分かりました。『死びと傀儡』を使います。おなつ、お梨華、ひとみは必ず討ち
果たします。」
 「よく言った。それでこそ、旭日組を築き上げたお裕じゃ。彼奴らの居所が分かり
次第、すぐに起て。」
 九衛門は、お裕を生かしておいた自分の深慮に満足して、にんまりと笑いを浮かべ
ながら、お裕の寝所を後にした。
33 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時16分41秒
第4章

 商人の町、堺。
 その中でも一、二を争う豪商の、廻船問屋阿波屋の奥座敷に、三人の男が集まって
いた。賑やかな往来の音も屋敷のここまでは届かず、庭の桜の実をつつきにくる小鳥
の声が、開け放した障子から座敷の中へ入ってきていた。
 座敷の奥に端座していた、やや小柄な体格で、三十過ぎぐらいの武士の風体をした
男が、沈鬱な口調で口を開いた。
 「蓮馬が死んだそうだ。」
 他の二人は、寝そべったり障子にもたれて表を見ていたり、思い思いの格好をして
いたが、さすがに発言の主に顔を向けた。
 「備前でか?」
34 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時17分39秒
 寝そべっていた男が、むっくり起き上がって言った。大きな身体で、長く伸ばした
髪を後ろで縛っており、分厚い胸が着物からはだけていた。
 「うむ。」
 「宇喜多の飼っている忍びにやられたか?はて、そんなにできる奴らがあそこにい
たか――?」
 「拓兵衛の知らせでは、宇喜多の忍びではないようだ。どうやら相手は、伊賀破狼
谷のくノ一のようだが――。」
 「なに?破狼谷のくノ一?」
 庭の小鳥をぼんやりと眺めて、話が始まるのを待っていた商人風の男が言った。言
葉が思わず口をついて出てしまった、といった風だった。
35 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時18分32秒
 武士風の男が、不審な目を向けた。
 「どうした?稲五郎。随分な驚きようだな。」
 「いや、破狼谷の忍者は、先年全滅したと聞いていたんで――。」
 「ああ、あれは破狼谷の旭日組よ。欲に目の眩んだ忍び頭が、馬忍谷と手を組んで
自分の子飼いの忍者を全滅させたようだな。馬鹿な話だ。」
 「その破狼谷の忍者というのか?」
 「拓兵衛も良く分かっていないようだが、かなり手だれのようだ。」
 大男が、首をひねりながら言った。
 「伊賀が宇喜多についたとは聞いていないな。どうして、備前に破狼谷の忍びがいる
んだ?」
 「その辺の事情はともかく、備前での風魔の活動の邪魔になることは明らかなようだ。
拓兵衛は、俺たちに来てくれと言っている。」
36 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時19分14秒
 大男は、胸をぼりぼりと掻きながら薄笑いを浮かべた。
 「拓兵衛も弱気になったもんだ。風魔の須魔組が、全員で出張るような相手かよ。」
 「拓兵衛の話では、相手は少なくとも二人いて、一人は口から冷気を吐いて、蓮馬
を一瞬で凍らせたそうだ。」
 大男と商人風の男は、お互いに顔を見合わせた。大男が、無精ひげの浮かんだ頬を
撫でながら言った。
 「それは、面白そうだな。近頃、織田殿の仕事は嵐組や武威六組の連中がこなして
しまい、俺たちの出番がなくて身体がなまっていたところだ。備前まで行ってみるか。」
37 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時19分52秒
 三人は、織田信長の下で働いている風魔邪忍衆の忍者だった。邪忍衆の中でも幹部
挌の須魔組という集団で、組頭が武士風の男、中井戸正八といった。大男が神鳥陣吾、
商人風の男が石垣稲五郎という名前で、備前美作の宇喜多家の動向調査に向かった、
仲間の草薙蓮馬が命を落としたという知らせを受けたところだった。知らせを寄越し
たのは、蓮馬と一緒に潜入していた木室拓兵衛という忍者だった。
 拓兵衛の要請で、早速明朝出発することにしたが、その夜、月のない暗夜の中を、石垣稲五郎が懐手で難しい顔をして歩いていた。
38 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時20分33秒
 堺の町を少し外れたところで、夜ともなれば物盗りや野武士が出没する、物騒な
場所だったが、稲五郎は闇に溶けこんだようになって歩を進めていた。
 住人がいなくなった一軒のあばら家の前で、彼は足を止めて、無造作に戸を開け
て入っていった。
 ふわりと白い影が落ちてきて、稲五郎の背中に抱きついた。
 「待ってたよ。」
 影は、小さな若い娘だった。まるで重さがないように、稲五郎の身体にぶら下が
ったまま前に回って、彼の唇に自分の唇を押し付けた。
 稲五郎は、後ろ手に戸を閉めると、娘と身体を重ねたまま、板の間に横になった。
39 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時21分11秒
 互いの服を褥にして愛を交わした後、稲五郎は仰向けになって暗い天井を見つめ
ていた。娘は素裸の身体を彼の上に横たえて、目をつぶっていた。いつものことだ
が、稲五郎は娘の重さをほとんど感じなかった。
 「俺、明日から備前に行くことになった。」
 稲五郎が、ぽつりと言った。
 娘――元旭日組の女忍者真里は、目を開けて小さな声で言った。
 「じゃあ、しばらく会えないね。信長様の仕事?」
 「うん。そんなもんだ。」
 稲五郎は、真里のかすかに汗ばんでいる背中を撫でがら言った。
 「なあ、お前は元は破狼谷にいたんだろ?」
 「うん。」
 「じゃあ、口から冷気を吐くくノ一を知ってるか?」
40 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時22分18秒
 真里の身体が硬くなった。彼女は、鋭い目で稲五郎の顔を見つめた。
 「どうして、そんなこと聞くのさ?」
 「備前で、俺の仲間を殺した。」
 真里は、稲五郎から身体をはがして、ふわりと後ろに跳んだ。
 「あんたは、その娘を殺しに行くんだね。」
 「仲間の仇だし、俺たちの仕事の邪魔になるからな。」
 稲五郎は、ゆっくりと身体を起こして、哀しげな目で真里を見た。
 「やっぱり、お前の仲間だったのか。そうじゃなければいいと思っていたんだが――。」
 「知っていても、おいらが言うと思う?」
 「いいや。お前は、身体を焼かれても言わないさ。それに、死に物狂いで俺たちの邪魔
をするだろうな。」
41 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時23分04秒
 「そうと分かっていたら、どうするの?ここで、後腐れがないようにしておく?」
 「いや、今夜はやめよう。少なくとも、身体を交えた後で女を殺すのは、俺の趣味
じゃない。」
 真里は、稲五郎の言葉に身体の緊張を解いた。稲五郎は、真里の着物を放って寄越
した。
 「お前も、備前へ行くんだろう?」
 真里は、黙って着物をまとっていた。
 「向こうでは、できれば会いたくないな。俺は、お前に惚れてたんだぜ。」
 「おいらだって――。」
 真里は、戸を開けると、闇の中へ走り去っていった。稲五郎は、いつまでも俯いたま
まで、動かなかった。
42 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時24分20秒
 真里は、こぼれ落ちる涙を拭おうともせず、ひたすら走っていた。
 圭織、お圭、お真希の死を見取ってから、おなつと二人で破狼谷から送られてくる
刺客を悉く屠って旅をしてきた。二月ほど前に堺の町外れの打ち捨てられた小さな家
に住むようになり、ひっそりと暮らしてきた。つい先日も、彼女達を見つけた大成坊
を逆に捕まえて、おなつが術を掛けてメッセンジャーとして九衛門の元へ返したのだ
った。
 往来で物盗りに襲われて、つい忍びの技で叩き伏せたときに、稲五郎に見られてし
まった。最初は警戒した真里だったが、あっさりと俺も風魔の忍びだと打ち明けてき
た稲五郎に、徐々に心を許していった。そして、最初は痛めつけられた女の器官が大
丈夫か試すぐらいのつもりで身体を開いたのだが、遂には二晩と空けずに逢瀬を重ね
るようになった。
43 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時25分06秒
 おなつには稲五郎の素性も含めて、恐る恐る話をしたが、「まあ、仕方ないべ。」
とあっさり言われて、かえって拍子抜けしてしまった。
 いつまでも一緒にいられるとは思っていなかったが、敵味方になるとは思っていな
かった。
 二人で暮らしている家に帰ると、真里はひっそりとおなつの隣の寝床へ潜り込んだ。
 「どうした、真里?」
 最近では、夜遅く帰ってきても声をかけてこなかったおなつが、顔を向こうに向けた
まま鋭い声で言った。
 「なっち、おいらどうしよう。」
 おなつはむくりと身体を起こして、目を泣き腫らしている真里を見た。
44 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)17時26分06秒
 「彼氏と喧嘩でもしたべか?」
 「そんなんじゃないよ。梨華ちゃんが見つかったって――。」
 「彼氏が言ったんかい?」
 真里は、こくりとうなずいた。
 「もしかして、忍びの仕事絡みかい?」
 「うん。備前で稲五郎さんの仲間を殺したって。」
 「備前というと、宇喜多だ。梨華ちゃん、そんなところで何してるんだべ?まさか、
宇喜多の忍びになったんじゃ――。」
 「分からないよ。でも、結局風魔を敵に回しちゃったんだ。明日、稲五郎さんたち
が備前に向かうって。」
 おなつは、厳しい声で言った。
 「真里、分かってるね。わたしたちは、梨華ちゃんを助けなくちゃいけない。」
 「分かってるよ。でも――。」
 「稲五郎さんは、あきらめな。運が良ければ、梨華ちゃんを連れ出して、逃げるだけ
ですむ。最悪の場合でも、真里、あんたと稲五郎さんを戦わせることはしない。」
 真里は、顔を上げた。おなつは、静かな決意をたたえた目で真里を見つめていた。
45 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)23時19分08秒
      第5章
 うらうらと晴れ上がった春の空の下、旅支度で伊賀の里を出る五人の女がいた。
 忍法「死びと傀儡」を使って、旭日組の面々を冥界から呼び戻すことを了解した
とはいえ、お裕の足取りは重かった。いつまでも逃げた仲間達の行方がわからなけ
ればと思っていたが、どうやら備前美作でお梨華が見つかったらしい。
 お裕は知らされなかったが、九衛門はその情報を、堺にいる馬忍谷の忍者から聞
いたのだった。その先に、さらに風魔邪忍衆がいることは、さすがの九衛門も知る
由がなかった。
 九衛門の命で、お裕は早速備前に旅立つことになった。到着次第、忍法「死びと
傀儡」を使うことになっていた。こちらで彼女達を呼び戻しては、それだけお裕の
寿命を縮めることになるので、九衛門もそれは納得した。但し、お裕の護衛と見張
りのために、破狼谷の四人の女忍者をつけることにした。
46 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)23時20分05秒
 「あーあ、あんた達に護ってもらうようじゃ、元旭日組のお裕姐さんも焼きが回
ったわ。」
 お裕は、護衛の四人を、術の修業をしている頃から知っていることもあって、久
しぶりに毒舌を吐いた。
 「そう言わないでくださいよ、お裕姐さん。」
 「そうそう。わたし達だって、最近は腕を上げたんですよ。」
 四人の中では一番背が高くて、すらりとした体型の娘と、むっちりとした肉感的
な娘が明るい声で言った。
 彼女達は、めぐみ、瞳、お雅、あゆみの四人組のくノ一で、女狼組と呼ばれてい
た。技量はまだまだ旭日組には及ばないと見られていたため、今まで刺客には選ば
れないでいた。
 すらりとした娘はめぐみで、前の組頭だった。肉感的な娘は瞳で、めぐみから組
頭を引き継いでいた。
47 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)23時20分52秒
 組頭の交代には、特に確執もなかったようで、この辺も自分の技量に強烈な自負
心を持っていて、旭日組を抜けるまでは組頭をやめることなど考えもしなかったお
裕には、理解できないところだった。
 お雅とあゆみは、三人の後ろから黙ってついて歩いていた。お雅はやや切れ長の
目が印象的な、がっしりとした身体つきの娘で、あゆみはややふっくらした、可愛
らしい顔立ちの娘だった。
 「それより、病み上がりできつくありませんか?」
 「疲れたら、いつでも言ってください。おんぶしてあげますからね。」
 「阿呆言うな。休みなしで、備前まで行ったるわ。」
 お裕は、額に青筋を立ててすたすた歩いていった。女狼組の四人は、顔を見合わ
せてくすくす笑いながら、お裕の後を追った。
48 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)23時21分58秒
 備前美作の山小屋で、お梨華は右手を見つめてぼんやりとしていた。傍らからは、
ひとみの健康的な寝息が聞こえていた。
 (真希ちゃん、この間は、ひとみちゃんが危うく殺されるとこだったんだよ。)
 お梨華は、右手の手のひらに向かって、心の中で呼びかけた。
 (そうだね。あいつら、風魔邪忍衆って言ってた。きっと仲間が仕返しにくるか
ら、気をつけたほうがいいよ。)
 お真希の声が、お梨華の頭の中で響いた。
 お真希の右腕を、お圭の忍法「人接ぎ木」でつけてもらってから、お梨華の頭の
中にお真希がちょくちょく現れるようになった。お真希の魂が、お梨華のものにな
った右腕に宿っているからか、そんなことはお梨華には分からなかったが、お真希
の声が、昔三人で一緒に遊んでいた頃の明るさと優しさを取り戻していることが嬉
しかった。
49 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)23時23分14秒
 (ひとみちゃんは、のんびりしてるからなぁ。梨華ちゃんが気を付けてないと、
また危ない目に合うよ。)
 お梨華は、小さくため息をついた。
 (おなつさんや真里さんは、どうしてるんだろう。すぐにでも会えると思ったの
に。)
 (でも、そのお陰で、梨華ちゃんとひとみちゃん、くっついちゃったんだから、
悪いことばかりでもないじゃない。)
 (いやだ、真希ちゃん――。)
 お梨華とひとみが愛し合っているときには、お真希が話し掛けてくることはなか
ったが、二人の様子を見つめているような気配は感じることができた。最初はお真
希のことが少し気になっていたお梨華だったが、だんだん大胆になってきて、お真
希の視線を感じて余計気分が高まることさえあった。
 (梨華ちゃんも、もう少し控えたほうがいいよ。ひとみちゃんが昼間眠くなっち
ゃうのも、分かる気がする。)
 (真希ちゃん、もう黙ってて。)
 お梨華は、拳を握ってぷいと立ち上がった。
50 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月16日(日)23時34分21秒
 鬱蒼と茂った木々の葉の間から降り注ぐ木漏れ日を見つめながら、お梨華は不安
な気持ちを必死に押さえていた。元々彼女は、自分に自信を持てない性格で、先輩
である圭織、お圭、おなつ、真里らに叱咤激励されてここまで腕を磨いてきたのだ
が、圭織とお圭はこの世になく、おなつと真里は離れ離れになってしまった。
 おおらかな性格のひとみは、お梨華の心の拠り所だった。この上、ひとみがいな
くなりでもしたら、お梨華は生きてゆけないと思っていた。自分の弱さは、お真希
も知っているはずだった。
 (真希ちゃん、あたしとひとみちゃんを守ってね。)
 お梨華は、心の中でぽつりとつぶやいたが、お真希の返事は聞けなかった。
51 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月20日(木)23時04分14秒
どうなるんだろ(ワクワク
52 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)14時53分49秒
数日後、夜になってからお裕と女狼組の四人の女忍者達は、赤穂から海沿いの道を
通って備前へ入った。
昼間は早足で歩き、夜になって人目がなくなると、凄まじい速度の忍者走りで距離
を稼ぐ強行軍だった。さすがに病み上がりのお裕の顔には疲労の色が濃かったが、女
狼組に背負われることはなく旅を終えることができた。
満月が、蒼い光を海に照らしていた。海から吹いてくる風を、ほてった頬に心地よく受けながら、五人は早足で道を進んでいた。
前を歩いていためぐみと瞳が、不意に足を止めて前方の闇を凝視した。
お裕も、突如立ち込めた凄まじい殺気に、顔を強張らせた。
「一体、どうしたんや?」
「よく分かりませんが、わたし達に向けた殺気ではないようですね。」
瞳が、落ち着いた声で言った。
53 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)14時54分49秒
お雅が、地面に耳をつけた。
「一人が囲まれているようね。相手は、六、七人かな。両方とも、忍者みたい。」
「すると、旭日組――?」
五人は静かに、忍者同士の戦いが行われているであろう場所へ向かっていった。
崖を回りこんだ、少し広くなった道の真ん中で、一人の男が六人の忍び装束の集団に
囲まれていた。囲んでいるほうは、既に刀の切っ先を男に向けており、今にも飛びか
かっていきそうな気配だったが、男はこの状況をむしろ面白がっているような様子で、
自分に向けられた白刃を見回していた。
「お前らは、どうやら宇喜多の忍びのようだな。」
男が、よく通る声で言った。
54 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)14時55分38秒
「まあ、少しおおっぴらに嗅ぎ回りすぎたか。中井戸たちが来る前に、うるさい奴ら
をできるだけ片付けといたほうが、良いかもしれんな。」
男は背中に手を回して、四角い板切れを取り出した。それを男の反撃の始まりと見た
か、六人の忍者達は一斉に襲い掛かっていった。
男は、板切れを地面に放り投げると、その上に飛び乗った。と、凄まじいスピードで
男の身体が地面を滑り出した。
「うわっ」
「ぎゃあっ」
いつの間にか男の手には刀が抜かれており、男は六人の襲撃者の間を流れるようにす
り抜けていった。襲撃者達は、男のスピードに全くついてゆけず、剣をあわす間もな
く、次々と大根のように切り伏せられていった。
55 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)14時56分32秒
たちまち血の臭いがあたりに立ち込め、男が動きを止めたときには、襲撃者達の骸
が転がっていた。
「風魔忍法――波乗り。俺を風魔須魔組の木室拓兵衛と知らなかったのが、不運と
思え。
おい、そこで見ている奴ら――。」
いきなり呼びかけられて、崖の陰に隠れて戦いを見ていたお裕たちの身体が硬くな
った。
「いい加減に出てきたらどうだ。それとも、こちらから行ってやろうか?」
五人は、ゆっくりと道に出て行った。
拓兵衛は、血に濡れた刀をぶら下げて立っていたが、五人を見て少し驚いた顔つき
になった。
56 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)14時57分16秒
「女か。お前達、只者ではないな?」
瞳が前に進み出て、しっかりした声で言った。
「伊賀破狼谷の者です。風魔の方とは、敵ではないはずですが――。」
「何、破狼谷?」
拓兵衛の顔が、凶相を帯びた。
「破狼谷と聞いては、生かしてはおけないな。女を斬るのはあまり好きではないが――。」
拓兵衛は、刀を上げて、ゆっくりと滑ってきた。
「ちょっと待って。どうして、破狼谷を目の仇にするの?」
「俺の仲間が、破狼谷の忍者に殺された。」
「!」
女狼組の四人は、血の気が引きながらも決然とした顔つきになって、お裕の前に盾にな
るように並んだ。
57 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)14時58分05秒
「お裕さん、ここはわたし達に任せて。」
最年少のあゆみが、蒼い顔でにっと笑って言った。
「そんな――、あんた達じゃ、あいつに手向かうのは無茶や。」
「大丈夫。必ず、お裕さんを守ります。」
瞳とお雅が一歩前に出て、その後ろにめぐみとあゆみが前後に並んで立った。二人は
杖に仕込んでいた刀を抜いて、身を沈めた。
四人の奇妙な布陣を見て、拓兵衛の板が止まった。
拓兵衛は首を傾げながらも、隙のない構えで四人に刀を向けた。
「忍法――喪手台舞。」
58 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)14時59分07秒
瞳が呟くように言うと、めぐみが後ろからふわりと飛び上がった。めぐみの身体は、
瞳とお雅が差し出した腕の上に納まった。瞳とお雅は、間髪いれず、めぐみの身体
を拓兵衛めがけて放り投げた。
めぐみは、剣を前に突き出して、うつ伏せの姿勢のまま、五間以上も離れた拓兵衛
向かって、空中を滑っていった。
さすがの拓兵衛も、こんな攻撃がくるとは、予想もしていなかった。
仰天しながらも、彼は空中を滑ってくるめぐみに向かって、袈裟がけで斬りつけた。
ばさりという音と一緒に、めぐみの腕が刀を掴んだまま斬り落とされて、めぐみの
身体は地面に落ちた。
59 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)15時00分01秒
その直前、あゆみが瞳とお雅の手に足をかけてぽーんと飛び上がり、空中にあった
めぐみの身体を踏み石にして、更に高い空中から、拓兵衛に飛びかかっていった。
「ぐふっ」
第1陣のめぐみの攻撃は防いだ拓兵衛も、間髪いれず空中から襲いかかったあゆみ
の攻撃はよけきれず、脳天から唐竹割りに斬り下げられて、どうと倒れた。
あゆみは、刀を持ったまま、気死したように立ち尽くしていた。
瞳とお雅が、腕から血を流して倒れているめぐみに駆け寄った。
「めぐみ!」
めぐみは、ゆらりと立ち上がると、二人に笑顔を見せた。
「やったねぇ、あたしたち。四人で力を合わせれば、あんな化け物でも、倒すこと
ができるんだ。」
60 名前:黒モニ 投稿日:2003年02月22日(土)15時01分13秒
「あんたたち――。」
お裕が、感に堪えたような口調で言った。眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「強くなったぁ。びっくりしたわ。」
瞳が振り返って、にっこりと笑った。
「お裕さんに、始めて誉められましたね。」
腕を止血しためぐみが、痛みに耐えながら言った。
「残念ですけど、わたしはあまり役に立たなくなってしまったみたい。」
「大丈夫や。お圭を呼び出したら、その腕をくっつけさすから。あゆみ、めぐみの
腕を拾っておいで。早く『死びと傀儡』を使おう。」
61 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)11時00分44秒
夜風が木々を揺らし、葉がざわめいている。闇の中で獣たちが密やかに咆哮し、梟
やミミズクが囁いている。そんな夜のしじまの中で、ひとみは襲撃者が近づいてく
るのを感知して、目を覚ました。
横を見ると、お梨華も目を開けて、襲撃者の気配をうかがっていた。
(梨華ちゃん、敵だ。)
(うん、二人いるみたいだね。)
(きっと、この間の奴の仲間だよ。)
不意に闇の向こうから、獣の断末魔の悲鳴が響いた。ひとみは、がばっと身を起こ
した。
「狸の亭主だ。あいつら、亭主を殺しやがった。」
ひとみは布団をはねのけて、お梨華が止める間もなく外へ飛び出していった。
「ひとみちゃん、待って!」
お梨華の声を背中で聞きながら、ひとみは狸の悲鳴が聞こえた方へ走っていった。
獣たちの声は静まって、森の中には敵意が満ちていた。
62 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)11時01分29秒
ひとみの目の前に、小柄だががっしりした身体つきの男が姿を現した。足元には狸
の屍骸が横たわっており、その首には手裏剣が突き立っていた。
男は、低い声で言った。
「やっと、姿を現したな。」
ひとみは、怒りを漲らせた眼で男を睨みつけた。
「なんで、殺したんだ。」
男は一瞬首を傾げたが、足元の屍骸に目を向けて片頬に笑いを浮かべた。
「こいつは、お前の知り合いか?やたら唸りかけてきたので、目障りになって殺し
たが、そのお陰でお前に会うことができたとはな。」
「その子には、何の罪もなかったのに。」
「知ったことか。それより、俺の仲間をやったのは、お前だな?」
63 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)11時02分13秒
男は、凄まじい殺気を身体から放ちながら、じりじりとひとみに近づいてきた。ひ
とみは懐に手を入れて手裏剣を握り締め、油断なく身構えた。今夜はこの間のよう
な不覚を取るつもりはなかった。
「ほう、大分できるようだな。破狼谷の忍者というのは、嘘ではないらしい。やい、
拓兵衛の行方もしれないが、まさかもう、お前にやられたんじゃあるまいな?」
風魔の木室拓兵衛は、実際には女狼組と戦って命を落としたのだが、無論ひとみは
そんなことは知る訳がない。
ひとみが何も言わないことで、かえって男の眼に動揺の色が浮かんだ。
「拓兵衛まで、やられたのか?」
男は、信じられないといった様子で、つぶやいた。
64 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)11時02分47秒
ひとみは、男の動きに注意を払いながらも、山犬や狸や狐などの山の獣たちを呼び
集めていた。
「あんたも、仲間のところに送ってあげるよ。」
男は、自分がいつの間にか、獣たちに取り囲まれていることに気がついた。獣たち
は、毛を逆立てて、敵意に満ちた目で男を睨みつけていた。
「そうか、お前は獣を使うのか。」
「伊賀忍法――鳥獣戯画。骨までしゃぶりつくしてやる。」
男は、うっすらと笑いを浮かべた。
「それは、どうかな。お前の術は、俺には通用しない。」
65 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)11時03分28秒
男の身体の周りに、火の玉が四つ出現した。それらは、鬼火のように怪しく揺らめ
きながら、男の周りを漂った。獣たちはそれを見て、怯えた様子で、一斉に後ろに
下がった。
「俺は、風魔邪忍衆の中井戸正八。別名を、火術の中井戸という。火を使わせては、
風魔で俺の右に出るものはいない。」
中井戸の周りを漂っていた火の玉が、獣たちの方に向かってきた。火の玉は地面に
落ちると、ぱっと炎を撒き散らして、辺りを赤く染めた。草に火が燃えうつり、獣
たちは悲鳴をあげて逃げ出した。
66 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)11時05分11秒
「いかにお前の言うことを聞くとはいえ、所詮は畜生どもだ。火は怖いと見えるな。」
ひとみは、必死で踏みとどまるよう指令を出したが、怯え狂った獣たちの足を止める
ことは出なかった。その内に、火はまるで生き物のように草を舐めて、ひとみの方に
向かってきた。
中井戸正八の、勝ち誇った哄笑が炎の向こうから聞こえた。ひとみは、自分が炎に囲
まれて逃げ道を塞がれたのに気付いた。
67 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)17時14分12秒
ひとみを追って外へ出たお梨華は、山小屋の回りが濃い夜霧に包まれているのに驚
き、立ち止まった。霧はねっとりと冷たく立ち込めて、いつもは真っ暗な森の中が、
水の底にいるようになっていた。
霧の中から、黒い大きな人影が姿を現した。
「誰!?」
お梨華は、懐から懐剣を出して言った。
影は低い笑い声をもらした。
「破狼谷のくノ一か?俺は、風魔邪忍衆の神鳥陣吾。」
「風魔?じゃあ、あの草薙蓮馬って奴の仲間ね?」
68 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)17時14分51秒
仲間の名前を聞いて、相手に一瞬隙ができたのを見て取ったお梨華の口から、白い
冷気の塊が吐き出された。必殺の忍法――黒吹雪。神鳥陣吾の大きな身体は、よけ
る間もなく冷気に包まれて、凍結するはずだった。
が、黒い影はお梨華の目の前からふっと消え失せてしまい、彼女の吐いた冷気は、
虚しく霧と混じりあった。
「なるほど、冷気を吐く女というのは、お前のことか。霧に影を映しておいて、助
かったぞ。危うく俺も、氷づけにされるところだった。」
神鳥の声が、後ろから聞こえてきた。驚愕して振り返ったお梨華は、目の前の空間
に、水母のような物体がいくつも浮かんでいるのに気が付いた。
反射的に手裏剣を投げつけたが、その内の一つがすぅっと降りてきて、お梨華の顔
に貼りついた。
69 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)17時15分34秒
あっと思ったときには、お梨華の目、鼻、口はぴったりとふさがれていた。お梨華
は、懐剣を落として、両手でむしりとろうとしたが、それは顔の皮膚に貼りついて、
取れも破れもしなかった。
もがいているお梨華の上に、樹上から黒い影が化鳥のように飛び降りてきて、彼女
を押し倒した。
「かかったな。風魔忍法――水母おとし。どうだ、口をふさがれては、お前の術も
使えまい。」
お梨華は、必死で神鳥を押しのけようとしたが、凄まじい力で押さえられている上、
息ができなくて、だんだん気が遠くなってきた。
「おっと、まだ死んでもらうのは早い。」
70 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)17時16分26秒
神鳥はそう言うと、お梨華の顔に貼りついている水母のような皮をつまんで、鼻の
下まで引きはがした。あれほどお梨華がはがそうとしても駄目だったものが、痛み
もなくはがれて、お梨華はようやく鼻で息ができるようになった。
神鳥は、お梨華の顔を覗き込んで、にやりと笑った。
「ほう、なかなかの美形だ。これだけの上玉にあうのは、久しぶりだな。殺す前に、
少し楽しませてもらうぞ。」
神鳥の手が、着物の裾を割ってお梨華の太腿をまさぐってきた。お梨華は、既に抵
抗する気力も失せて、目をつぶってぐったりしていた。
(ひとみちゃん、ごめんね。あたし、こいつに犯されて殺されちゃうみたいだ。舌
を噛みたいけど、それもできないよ。)
お梨華の目から、涙が流れ落ちた。
71 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)17時17分14秒
(梨華ちゃん、あきらめちゃ駄目だ。)
(真希ちゃん――!)
(わたしが、助けてあげる。悪いけど、ちょっと身体を貸して。)
神鳥は、ふと異様な気配を感じて手を止めた。自分の下にいる娘の顔に目を向けた
時、彼は娘が誰か別の人間に変わっていることを直観した。顔かたちはそのままだ
が、見開いた目に宿っている力強い光は、まったく別人のものだった。
驚いて娘の身体から離れようとしたとき、娘の右手が上がって、神鳥の顔をがっと
掴んだ。
72 名前:黒モニ 投稿日:2003年03月09日(日)17時19分42秒
次の瞬間、神鳥の首から上が血の霧となって砕け散った。何が起こったかも分から
ないうちに、風魔忍者の意識は消滅した。
お梨華は、首がなくなった神鳥の身体を押しのけて、ゆっくりと身体を起こした。
胸から上に神鳥の血を浴びて、この世のものとは思われないような姿になっていた。
顔の下半分を覆っている水母のような皮にそっと右手を触れると、それも瞬時に消
滅した。
「忍法――微塵がえし。」
徐々に薄れてゆく霧の中で聞こえた声は、お梨華の高い声ではなかった。
73 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月11日(金)21時12分28秒
面白い。それしかない。
74 名前:黒モニ 投稿日:2003年04月30日(水)18時05分56秒
風魔忍者、中井戸正八は自分の勝利を確信した。彼の放った炎は、破狼谷の女忍者
を囲んで燃え広がり、彼女がその中から脱出できる機会は、万に一つもないはずだ
った。
中井戸は、ゆっくりと炎に近付いていった。
何歩か進んだとき、彼の足元の土が不意に崩れ落ち、中井戸は自分が突如出現した
落とし穴にはまり込んだことに気がついた。
驚愕して口をあけている中井戸の目の前に、白い顔がぬっと現れて、笑いかけた。
「残念でした。」
無数のもぐらを呼び寄せて、地下に潜って中井戸に接近したひとみは、呆然として
いる風魔忍者の胸に懐剣を突き刺した。
「狸のご亭主の仇だ。ここに埋めてあげるから、成仏しな。」
ひとみは、風魔忍者の頭に足を載せると、地面に這い上がった。
75 名前:黒モニ 投稿日:2003年04月30日(水)18時07分57秒
「ふう、危なかった。」
ひとみは、安堵のため息をつくと、お梨華の安否を確かめに山小屋へ駆け戻った。
山小屋の前に佇んでいるお梨華の姿を見て、ひとみは満面の笑みを浮かべて近寄っ
た。
「良かった。梨華ちゃん、無事だったんだ――。」
ひとみは、言いかけて息を呑んだ。お梨華の上半身は血にまみれており、まるで別
人のような雰囲気になっていた。彼女の横には、身体の大きな男が横たわっていた
が、胴体には首がついていなかった。
「ひとみちゃん、久しぶりだねぇ。」
お梨華は、にっと笑って言った。その笑顔と口調から、ひとみは相手が誰だか、す
ぐに察しがついた。旭日組にいた頃、姉とも慕っていた紗耶香を手にかけるまでは、
ひとみと一番気の合っていた娘だった。
76 名前:黒モニ 投稿日:2003年04月30日(水)18時08分41秒
「真希ちゃん――だよね?」
「うん。」
「一体、どういうこと?」
「梨華ちゃんがこいつにやられそうになったんで、ちょっと身体を借りたんだ。で
も、もう返す。ひとみちゃん、梨華ちゃんを守ってあげるんだよ。」
お梨華の視線が、宙を泳いだ。ふっと魂が抜けたような顔つきになったが、すぐに
目の前に立っているひとみに気がついた。
「ひとみちゃん――。あたし、真希ちゃんに助けてもらった。」
ひとみの眼から、涙が零れ落ちた。ひとみは、血に汚れるのも構わず、お梨華の細
い身体を抱きしめた。

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