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wilderness

1 名前:柴いぬ 投稿日:2003年01月19日(日)15時12分57秒
カプは、石柴です。
出だしの流れだけ自分の好きな小説から拝借しました。あとはちゃんとオリジナルで。
2 名前:wilderness 投稿日:2003年01月19日(日)15時15分28秒
 高校に入学したその日、石川梨華は恋に落ちた。
 校舎を取り囲んで咲く桜の花弁を一瞬にして空に撒き散らしてしまいそうな激しい恋。 恋の突風は、周りで笑い声をたてている生徒たちの存在を全て掻き消し、梨華の胸を突き抜け、梨華自身の存在すらも桜の花弁と同じように空へと巻き上げた。
 梨華にとってこれは初めての恋ではない。 両想いの経験こそないが、人並みに誰かを好きになったことは何度もある。
 しかし、これ程までに身震いをする感情を未だかつて感じたことはなかった。
3 名前:wilderness 投稿日:2003年01月19日(日)15時17分46秒
 今まで幾度も体験した恋の思い出は、良し悪し関係なく、あっとゆうまに砂と化して崩れてしまった。
 初恋よりも初恋らしい。梨華は頭の中が真っ白なまま家に帰り、平静を取り戻してから漠然とそう思った。
 恋に落ちた相手は梨華より1歳年上の2年生で、物静かな様子の生徒会役員。
 さらにつけ加えるならば、異性ではなく同性。
 2人の世界は始めは全く重ならなくても、いつかは高い城壁を越えて交じり合い、すべての事が終わる場所へと走り出すのだった。
4 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月22日(水)01時01分35秒
いい出だしですね。文章も美しいし。期待してます。
5 名前:wilderness 投稿日:2003年01月24日(金)14時56分03秒
 怒涛のようになだれ込んでくる甘い感情に梨華は戸惑った。
 自分が思う以上に彼女が好きで、全身を巡って渦を巻く恋心をどう消化すればいいのか分からない。
 口を開けば気怠い溜息が出るだけ。瞳に映るものは全て(汚いものは美しく、美しいものはより美しく)薔薇色に変化する。
 恋とゆうアルーコールに酔った梨華の頭に思い浮かぶ事はただ一つ。
 「自分」を春の突風と共に奪い去った「彼女」に会いたい。
 会えたなら、この溢れんばかりの狂おしい気持ちを伝え、穏やかになりつつある春風に2人で包まれたい。
6 名前:wilderness 投稿日:2003年01月24日(金)14時57分08秒
 世界の果てが透けて見えてしまいそうなくらいに晴れ渡る青空、街行く人々の表情は鮮やかさを増し、清々しく優しい香りが胸に満ちる地上の楽園で愛を交わしたい。
 自分の恋が恵みある季節に生まれたあらゆるものから祝福を受けられるものだと梨華は信じていた。
 相手が同性だとゆうことは梨華にとって大した障害ではなく、目を止めるべき問題でもなかった。
 問題なのは彼女の名前を知らない事と、彼女を見つけるにはあまりにも生徒の数が多過ぎる事。
 退屈な午後の授業、梨華は手てがかりでも探し求めるように教室を見まわした。
 
7 名前:柴いぬ 投稿日:2003年01月24日(金)15時10分11秒
>名無し読者さん
レスありがとうございます。
出だしレス2・3は拝借物なんで...(w
自分もこんなに綺麗に書き出すことができたら...


ちなみに、2・3レス以降からは地力で書いてきます。
稚拙で微妙な文章ですが読んでもらえれば嬉しいです。
8 名前:wilderness 投稿日:2003年01月25日(土)10時44分28秒
 クラスメイトたちは静かな呼吸を続けながら、教壇に立つ教師が書き出してゆく黒板の字をじっと凝視していた。
 世の終末を背負っているような空気に口の中がからからに渇いたが、斜め前に座る友人の後藤真希が教科書を盾にして教師の目を逃れ居眠りをしているのを見て、梨華は軽く息を呑むことができた。 かすかに開いた窓から侵入したそよ風に茶色の髪を弄ばれる真希は、塀の上で日なたぼっこしている猫のようだった。
 髪が前に垂れかかり、わずわらしそうに真希の眉間に皺が寄る。 そんな真希の平和な時を梨華は微笑ましく思い、頬が緩んだ。
9 名前:wilderness 投稿日:2003年01月25日(土)10時45分53秒
 教師の訝しげな視線に気付いて梨華は慌ててノートに向き直ると、黒板の数式を写すふりをしてどうでもいい落書き(ほとんどウサギ)を描いて誤摩化した。
 教室に再び教師の重い声が響き、時計の針の音が一定のリズムをつけ、抑揚のない声にアクセントをつける。 入学してから彼女のことばかり考えていてほどなく、このままではいけないと梨華は決心していたわけだったが、朝から晩まで彼女を思っていたから、物事はそんなにすんなりとは運ばない。
 落書きする手が止まり、梨華の意識はここではない何処か、名も知らぬ国へと波にさらわれていった。
10 名前:wilderness 投稿日:2003年01月25日(土)10時50分56秒
―――――――――
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―――――
―――



「桜の花がなんであんなに綺麗な色で咲くか知ってる?」
 梨華の問いを真希はうまく理解できなかった。
 真希は染めたばかりの茶色の髪を人差し指に巻き付けたまま考える素振りもしない。
「知らない。何それ?なぞなぞ?」
「真希ちゃん真剣に考えてよー」
「失礼だね。あたしはいつだって真剣ですぅ」と真希は言った。
 そして、入学式の緊張と喜びの余韻に浸りながら帰路につく新入生たちの興奮を無関心に眺めるように、廊下の窓から外を仰いだ。 桜の木がおおい茂り、隣接する建物が見えない。
 桜に取り囲まれ守られた校舎が、とても大袈裟な要塞に見え、真希は滑稽に思った。
11 名前:wilderness 投稿日:2003年01月25日(土)10時56分34秒
「あのね、桜の木の下には死体が埋まっているの」
「はぁ?」
「根元に埋められた人間の養分とか血を吸い上げて桜はあんなに綺麗なピンク色で咲くんだよ」
 真希は、梨華の突拍子もない言動に呆気にとられ、唇を舐めた。「……あー、なんか聞いたことあるかも。恐い話かなにかでだったかなぁ。でもさ、もしマジなら日本中の桜一本につき1つは死体があるって計算になるよね。死臭とかすごそう」
「確かにそうだけど。現実は置いといて、でも、幻想的で素敵だと思わない?人間の血を啜って色づく桜。淡い血に彩られる春」
「ピンク好きな梨華ちゃんには喜ばしい話だよね。これがカラスだったら悲惨。春のシンボル・カラーは真っ黒になっちゃう」
「黒いのは羽だけで、カラスだって血は赤いじゃない」
「アクが強いんだよ」 
12 名前:wilderness 投稿日:2003年01月25日(土)10時58分48秒
 真希は、桜のまわりの空間を、自分の人差し指で切り取る仕草をした。
 次に、話しを茶化す真希に膨れっ面を見せる梨華にピントを合わせた。
「黒い桜……、いい感じだね」
 梨華は、時々、真希が分からなくなる。
 ふとした時、近寄りがたいオーラが、真希を包み込む。
「うちのお父さんもどっかの木の下に埋まってんのかな。案外そこらへんにいたりして。まっ、あの親父の血じゃ桜の根っこ腐りそうだけど」
 梨華はそこでやっと思い当たった。
 「死」とゆう単語が真希の前では暗黙の了解的にタブーだったこと。不用意な話題をふった自分を、梨華は反省した。
13 名前:wilderness 投稿日:2003年01月25日(土)11時03分49秒
 真希の父親は、趣味である登山を楽しんでいる最中、崖から転落して亡くなっていたのだ。
 捜索困難な為、遺体はまだ見つかってはいないが、真希も、真希の家族も生存の希望を捨てている。
 もう何年も前に起こった突然の不幸。
「ごめん。余計なこと言ったね…。なんで私っていっつも無神経なこと言っちゃうんだろ」
「えー?なんで梨華ちゃんが謝んの?それともー、梨華ちゃんはうちの親父どっかに埋めちゃったわけ?」
「真希ちゃんっ!?」「あは。冗談だって。梨華ちゃんてからかいがいあるよねー」
 真希は微笑んだ。親しい者にしか向けない柔らかな微笑み。
 それから手をのばし、器用そうな長い指で梨華の髪をくしゃくしゃにした。
 強がって笑っているわけでもない自然な動作だったので、梨華も思わず引き込まれて笑ってしまった。
14 名前:wilderness 投稿日:2003年01月26日(日)14時01分02秒
 梨華と真希は少し息をついで、今日の式の話に話題を切り換えて大きなホール状の玄関へと歩み始めた。
「さいあくー。教室に携帯置いてきちゃったっぽい」
 真新しい革靴に穿き変え、これから校舎を後にしようとした矢先、ブレザーに手を突っ込んだ真希が小さな悲鳴を上げた。
 待ってるから早く戻ってきてと梨華が言うと、真希は照れ臭そうに元来た廊下を小走りに駆けていった。
 ホールにはまだ大勢の生徒たちが残っており、興奮気味に会話を交わしている。
 梨華は人混みに1人でいることに居心地が悪くなり、校庭を見渡せるスタンドに出た。
15 名前:wilderness 投稿日:2003年01月26日(日)14時03分41秒
 南より少し傾きかけた太陽を正面から受け止め、膝丈までの焦げ茶のレトロなスカートが風に揺らされた。
 胸一杯に空気を吸い込むと、まわりの風景に溶け込んだ気分になれた。
 梨華は砂埃をハンカチで掃い、スタンドの中段に腰をおろし……、それからまた立ち上がった。
 なにかが見えた。
「――ううん、違う」 眼で見たんじゃなくて映し出された。
 心のヴィジョンに現れた世界は現実性の核を喪失していた。
 どんなに高名な芸術家にも生み出すことが出来ないであろう色が確かに世界を彩っていた。
 風に運ばれて時折聞こえていたざわめきが嘘みたいにぱたりと途絶え、代わりに心臓の暴れる音と、血が血管を忙しなく流れる音が、頭が痛くなるくらい激しく全身に響いた。
16 名前:wilderness 投稿日:2003年01月26日(日)14時06分14秒
 ほとんど無意識に、梨華はスタンドの階段を下りて砂埃舞う校庭に靴底をつけた。
 自分が行くべき場所は分かっている。他に行くべき場所があるとしても、自分は「そこ」に行かなくてはならない。
 否、行きたいのだ。 梨華は、校舎からも校庭からも死角になっている体育館裏(と思われる)に向かって迷わず歩く。
 老朽した建物のコンクリートには、雨が降った跡のような深い滲みが不気味なカタチでうごめいている。
 壁に沿って歩いて行き、角を曲がると、薄暗かった視界が開け、淡く繊細な光が梨華を飲み込んだ。
 体が溶けて光の粒子の一つになってしまうんじゃないかと梨華はおかしな心配をした。
17 名前:wilderness 投稿日:2003年01月26日(日)14時08分03秒
「ここは…」
 夢見心地に辺りを見回す。
 広大な敷地にひしめきあうように根づいた桜の群れが、太陽を纏って輝いている。
 陽に透かされた花弁には幾本もの細い筋が走り、それは血管に見える。
 耳をすませれば、微弱な脈の音が聞こえてきそうだった。
 梨華の中に映し出されたものと寸分たがわぬ幻影が具現化されていた。
18 名前:柴いぬ 投稿日:2003年01月26日(日)14時17分27秒
次回、サイボーグ柴田、ついに発動。
あと、前回更新のレス6の最後、間違えてました。

梨華は「手てがかり」でも探し求めるように教室を見まわした。

梨華は「手がかり」でも探し求めるように教室を見まわした。

失礼しました。
19 名前:wilderness 投稿日:2003年01月27日(月)16時04分31秒
 現実とは思えないおぼろげな光景に梨華の胸は高鳴り、うまく呼吸ができなくなるほどの、激しい動悸に襲われた。
 全ては自分の錯覚なのかもしれない。白昼夢なのかもしれない。 そう疑いながらも梨華にはこの不思議な世界が現実なのだと確信していた。
 小石を踏みつけるたびにごつごつした感触が足の裏から伝わってくるし、太陽が辺りを優しく照らしている。 幻ならば、自分が息をふっと吹くだけで一瞬にして萎むように、全ては消えてしまうだろう。
 桜は消えも萎みもせず、さらさらと梨華に降り続け、赤茶けた土を被った。
20 名前:wilderness 投稿日:2003年01月27日(月)16時05分50秒
 大地は魅惑的な花弁の海となり、熟れた苺の爽やかな甘酸っぱい匂いをのぼらせる。
 梨華は咄嗟に真希の顔を思い浮かべた。
 去年の夏、プールでやった水のかけっこ。 花びらをお互いに撒き散らす自分と真希の姿を想像して顔がほころぶ。
 真希を連れてこようと梨華は歩を止めて背後を振り返った。
 桜の群れが深い静寂に包まれた。
 誰かが息を凝らして近くに潜んでいる気配がする。梨華は目だけを動かして、木々の間をさぐった。
 まばゆい午後の光線に目が慣れてくると、絹練りされた光の向こう側に一対の眼が浮かび上がった。
21 名前:wilderness 投稿日:2003年01月27日(月)16時07分25秒
 眼は梨華を(あるいは、その視線は梨華を通り過ぎて別のものを見ているのかもしれない)じっと見ていた。 ずいぶん離れた距離にいるのに、ダーク・ブラウンの瞳の奥に映っている自分の形を、梨華ははっきりと目にすることができた。
 眼の焦点は虚ろで、生気らしきものが感じられなかった。
 ――桜が綺麗に咲く理由――人間の死体――血を啜る根――
 掌が、汗をかいてぬるぬるする。静かに息を吸い込んだ。
 鳥が鋭く鳴きながら澄みきった空を横切った時、眼の焦点が梨華の形をしっかりと捉らえた。
 梨華は時間が再び動き出した気がした。
 眼以外の部分が鮮明になり、1人の少女のカタチになり、地面に細長い影をおとす。
 少女の制服の胸には学年ごとに色分けられた校章―赤―がとめられている。
 梨華たち1年生は、青。緑が3年。赤は2年だ。
22 名前:wilderness 投稿日:2003年01月27日(月)16時09分24秒
 草花を揺らすそよ風に吹かれながら、梨華は、木漏れ陽の下に佇む少女を眺めていた。 美しく幻想的なカタチだった。
 しかし、梨華が感じたのは例えようもない陰痛な波動だった。
 孤独の霧が梨華の足首に巻きついて動くことを許さない。
 真冬がまた戻ってきたような寒気に鳥肌が立ったが、少女ににっこりと微笑みかけられて頬が火照り、一陣の突風が傍を駆け抜けていった。
「新入生がこんな所で何してるの?」
 梨華は返事ができなかった。
 少女は苦笑いを口もとに湛えて、立ち尽くす梨華の顔から一度視線を逸らす。
 そして、何かを思いついたように頷いた。「あぁ、もしかして、迷子になったとか」
「いえっ、あの…」
 梨華の顔は熱くなった。少女の声に胸がざわめいて、何を考えようとしても上手く思考が働かなかった。
23 名前:wilderness 投稿日:2003年01月27日(月)16時10分12秒
 いったい誰が演奏しているのか、楽器の心地よい流麗な音色が、2人のまわりを漂う。 春の日の光は、もうすっかり淡くなっていた。
「この学校、敷地も校内も広いし、たまに変なとこに行っちゃう子がいるんだよね。入学式前に迷子になっていなくなった新入生とかいたらしいの」
「はぁ…」
「ホールこっちだよ」 不意に少女が手を差し出した。
 梨華は躊躇いがちにそっとその手をとり、自分の手を包み込む少女のほっそりとした冷たい手のひらの感触を感じた。
 
24 名前:wilderness 投稿日:2003年01月28日(火)12時20分01秒
 手をひかれながら梨華は、親切な(若しくは、お節介ともとれる)先輩の横顔をこっそり伺った。
 頬から顎にかけてのラインがシャープで、一見穏やかに見える涼しげな目は水晶玉のように澄んでいて、
「どうかした?」
笑うと温かさが瞳一杯に満ちる。
 梨華はふるふると首を振り、なんでもないですとだけ答えた。
 ホールに着くまで、それ以上の会話を2人は交わさなかった。
 校庭にはさっきよりも風が強く吹き始めている。
 梨華は顔を上げて空を見上げ、次に、後ろを向いて校庭の砂の上についた自分の薄い足跡を眺めた。
 てんてんと続くその跡から草や花が今にも芽吹き、一瞬にして辺りが草原になってしまいそうだと思った。
 少女といると体中に生命の力強さが溢れ、どんな荒野をも艶やかに再生させることができそうだった。
25 名前:wilderness 投稿日:2003年01月28日(火)12時21分43秒
 しかし、梨華とは対照的に、少女の方は命の儚さと言うべきものが伺えた。
 繋がれた手からは、生命の温もりではなく、樹海の静けさが伝わってきた。
 それなのに、少女の表情は雪溶け水を温める小春日和の如く優しい。
「それじゃ、気をつけて帰ってね」
 少女はそう言って梨華に背を向ける。
 とてもクールに。とてもリアルに。
 梨華は黙って少女を見つめているだけ。
 もっと話したいのに何を口にすればいいのか分からなかったし、少女は梨華に特別な関心がなさそうだった。 夢が覚める思いがした。
 どうして幸福な時はいつか終わってしまうのだろう。
 夢はいつだって自分を最高の幸福でもてなしてくれる。
「あ…の…、ありがとうございました…」
 弱々しく細い梨華の声。運よく風の音に掻き消されることなく少女に届く。
 少女はすぐに振り返り、見事な微笑で答えた。
26 名前:wilderness 投稿日:2003年01月28日(火)12時22分29秒


 どういたしまして。

 胸の中で、なにかの仕切が外されたような感触があった。
 風に吹かれた桜がなだれ込でくる。
 熱い激しい感情の嵐に翻弄される。
 この時だったのかもしれない。梨華が確実に恋に落ちたのは。
 耳の奥には、桜の群れの中で聞いた楽器の奏でる響きがうっすらと残っていた。
27 名前:wilderness 投稿日:2003年01月28日(火)13時04分43秒
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――――
――



 少女の姿が少しずつ小さくなり、ひとつの黒い点になり、やがて風に吸い込まれていったところで梨華は午後のまどろみから目を覚ました。
 時計を見ると授業終了5分を切っている。 瞼の裏に残る彼女の残像を思い出そうとしたが、かすんで消えてしまった。
 最初から彼女が存在しないような奇妙な感じがした。
 でも、自分の手は覚えている。
 彼女の手の感触を、冷たさを。
 彼女と出会ったことで、自分はもう二度と、これまでの自分には戻れないだろう。
 人知れず梨華は目を閉じた。
 この身が焼き尽くされ、消滅してもいい。 彼女に会いたい。
 あの不思議なカタチの記憶をなぞる。
 ひとつひとつの情景を回想する。
 頭に浮かんだのは、夜の荒野を突き進む2つの影だった。
28 名前:wilderness 投稿日:2003年01月29日(水)14時52分41秒
 植物の群生も、陽の照明もそこにはない。 荒廃した野原は闇にどっぷりと浸かっている。
 梨華は月が宿る湖に両手を差し込み、水のささやかな抵抗をうけながら水中を探った。 底の方でゆらゆらと煌めく記憶の破片を拾い集めて復元させる作業は困難だった。
 手は水ばかりを掴んだし、運良く破片を掬い上げても、それらは梨華の求めるものではなかった。
 目をゆっくりと開ける。静かに息を吸い込み、吐く。
 好きな人の顔も、あの日の美しい出来事も思い出せない自分がもどかしい。
 彼女の微笑みが鮮明になるのは、夢の中だけ。
29 名前:wilderness 投稿日:2003年01月29日(水)14時59分03秒
 そう。夢の中だけ。 大切な人に会えない、大切な事を思い出せないのがこんなにも辛いとは梨華は知らなかった。
 家族がいて、(少ないながらも)友人がいて、でも、ぽっかりと心に穴があいていて。 ひどい孤独感に苛まれてたりする。 
 どれだけたくさんの人が自分を迎入れてくれようと、自分が傍にいてほしいと望む人がいなければ孤独に変わりはないのだから。
 荒野を歩く影のひとつは自分のもの。
 もうひとつは誰のものだろう。
 願わくば、自分にとっての唯ひとりの人であってほしい。
30 名前:wilderness 投稿日:2003年01月29日(水)15時27分09秒
「りーかーちゃんっ」 強張った梨華の肩を真希がぽんと叩いた。「どしたの?難しい顔しちゃってさ。眉毛が八の字になってる」
「授業がよく分からなくて…、って真似しないでよ」
 人差し指で眉をわざと下げ、情けない表情をしてみせる真希。
 それが梨華に似ているかは定かではないが、梨華が落ち込んでいたりすると、真希はよくこうして梨華を慰める(そう梨華は思っている)。
 真希のようなさりげない気配りができる友人がいるのに孤独を感じるだなんて、自分は随分と贅沢で、随分とわがままだと梨華は思った。
「うっそー!?梨華ちゃんノートとってないじゃんか。つかえねー」
「つかえねーとは何よ、それ。私のことあてにしないで、たまには自分でノートとりなよ」
「無理無理。書いてるうちに眠くなっちゃうもん。次の授業はちゃんと写していてよ」
 彼女が傍にいなくても大丈夫。きっと大丈夫。
 でも、強がっても、それは無駄なことだと、梨華には分かっていた。
 そんなことしたって、想いはどこにも行けないのだ。
 焦りが出口を見失わせ、同じところをぐるぐるまわっていた。
31 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月29日(水)17時59分53秒
丁寧な心理描写に心惹かれます。
32 名前:wilderness 投稿日:2003年01月29日(水)23時55分02秒
 梨華は頬杖をついて窓を見遣った。
 校庭の桜はほとんど散ってしまっていた。 それに比べ、梨華の気持ちは未だ散ることなく、枝に花をつけている。
「もう桜終わりだね」「うん」と真希は眠たそうに言う。
「隣の家の桜はしばらく散りそうにないんだけどな。うちの庭にすっごい花びらが舞い込んでくるの。こないだお母さんに掃除手伝わせられて大変だった」「ふうん…」
「見るだけなら綺麗なのにねえ」
 少女に出会った時からもう半月が経つ。
 あれ以来、梨華は何度もあの場所に足を運んだが、一度も彼女に会うことはなかった。 現実離れした情景も、彼女がいなければ何処にでも見られる春の風景の一片にしか梨華には映らず、花弁の一枚一枚が色あせて見えた。
 行くたびにあの場所が淀む様を脳が克明に記憶することが梨華には耐え難かった。
33 名前:wilderness 投稿日:2003年01月29日(水)23時57分22秒
「きっとさ、そのうちの桜の下には……が埋まってんだよ…」
 物思いに沈んだ梨華の肩に真希が頭をのせる。
 梨華はなにも言わずに真希の手をとって握った。滑らかな大きな手で、少しだけ熱っぽい。
 梨華はその手が彼女のものだったらと思い浮かべた。
 そんなことを想像してはいけないと思っても、だめだった。
 真希の手に比べて彼女の手は冷たかった。 彼女の手はもう少し細かった。
 彼女は、彼女は…。「だから…どの桜よりも長く…綺麗に咲くんだよ。前に梨華ちゃん…言ってた……じゃん…」
 眠りこけながら呟く真希に、梨華は小さく笑って頷いた。
「そうだね。そうだったね…」
 梨華はできるだけ真希から目をそらし、クラスメイトのお喋りをたどりながら、熱風が自分の頭上を去っていくのをじっと待つ。
 そんな梨華のただならぬ様子を真希は敏感に感じとり、閉じた目を開けてはいけない気がした。
 真希は、自分と梨華とを繋ぐ細い糸をたぐりよせるように静かに梨華の首筋に顔をうずめた。
34 名前:柴いぬ 投稿日:2003年01月30日(木)00時05分24秒
>31名無し読者さん
そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます。

2月からは、仕事の関係上、たまーに更新が途絶えるかもしれません。
一応、予め報告しておきます。
35 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月30日(木)01時50分22秒
すごく印象的な表現が多くていいっす。タイトルも暗示的。
36 名前:wilderness 投稿日:2003年01月30日(木)13時50分04秒
 日直の仕事を終え、放課後の廊下を梨華は歩いていた。
 どの教室にもあまり人影は見られない。
 残っているのは、部活動に勤しむ生徒たちと、少しの雑務に追われている教師たちだった。
 真希は待っていてくれているだろうか。担任がなかなか職員室に現れず、思ったよりも手間取ってしまった。 バイトがあると言っていたから、もしかしたら帰ったかもしれないと梨華は思った。
 案の定、教室に真希の姿はなかった。
 梨華は鞄を肩にかけ、教室を出る。
 夕焼けが校庭を緋色に焼いていた。節くれだった桜の木々は寂しげに立ち、それを背景に生徒たちは各々の部活動に励んでいる。
 靴を履きかえると梨華は校庭に向かって、少し歩いてみることにした。
 家に帰ってもすることはなかったし、太陽がどこに沈んでゆくのか、できることなら見届けてみたかった。
37 名前:wilderness 投稿日:2003年01月30日(木)13時52分54秒
 時刻は夕方をまわっているとはいえ、その光線は圧倒的だ。光は地面に複雑な影の模様を作り出し、梨華の目を楽しませる。
 スタンドを下りるにつれて生徒たちの声は次第に大きくなり、明確に聞きとれるようになった。
 このままだと自分はあの場所に行ってしまう。梨華は戸惑った。 彼女に会いたいという気持ちがある反面、あそこへは近づかない方がいいのではないかという思いがあった。 彼女を強く想えば想うたびに自分が別の人間になってしまう。
 まわりの誰も気づかなくても、自分の中から自分が立ち去り、少しずつだが、確実に変わってゆく。
 梨華の中には抑えがたい想いがあり、同時に怯えのようなものがあった。
 この身が焼き尽くされてでも会いたいと願うくせに、自分を失うのを恐れているのは矛盾している自身に梨華は呆れた。
 とにかく、とりえずは前に進まなくてはいけない。
 諦めるか、貫くか。 校庭に下り立つ寸前で立ちすくんでいると、遠くから梨華を呼ぶ声が聞こえてきた。
 梨華の意識に巻きついた糸がほどかれる。
38 名前:wilderness 投稿日:2003年01月30日(木)13時55分22秒
 梨華は声が聞こえた方向に振り向いた。  夕焼けがさっきとは違う色で辺りを包んでいるような気がした。「りっかちゃーん。こっち、こっちぃ」
 スタンドの隅で真希が手を振っている。
 梨華は妙な安堵感に息をつきながら、真希のもとへと行った。
「あたしのこと忘れてたでしょう。せっかく待ってたのにさ。梨華ちゃんの薄情ものー」「忘れてないよ。教室にいなかったから帰ったのかと思って」
「あたしが、愛しの梨華ちゃんを置いて帰るとでも思う?」
「……思う」
 真希と話しているうちに、梨華の体中に溜まっていた奇妙な感覚は、あらかた消えてなくなった。
 笑う。すねる。指を組む。真希の肩を押してみる。
 違和感はない。 
「真希ちゃんはさ」
 会話が途切れたのを見計らって、梨華は探るように言った。
「もし、会いたい人に会えなかったらどうする?」
「え〜っと、ねえ…、それってどれくらい会えないわけ?」
「ずっと…かな」
「もうちょこっと易しく分かりやすく言ってよ」
 呆れ気味に力無く答える真希に、梨華は思い出したように付け加えた。
39 名前:wilderness 投稿日:2003年01月30日(木)13時58分01秒
「会おうと思えば会えるの。そうね…、下手したら永遠に会えないけど、自分次第では今すぐに会えるかもしれない」
「じゃ、力ずくでも会いに行くでしょ」
「でも、でも…、自分が自分じゃなくなるかもしれないんだよ」
「そんな面倒なこと考える必要なくない?会いたいから、会いたいだけ。誰にも文句言わせない。もちろん、犠牲になるかもしれない自分自身にもね。邪魔されたら、そん時はそん時」
 真希はまっすぐに梨華を見て、それから恥ずかしそうに表情を崩した。
「だー、もうー。今、めっちゃ恥ずいこと言っちゃたー!梨華ちゃんのバカァ」
 友人が初めて向けた真剣な視線を肌に感じて、梨華の迷いは冬の空気よりもクリアになった。
 真希の言うことは粗削りされたものだったが、どんなに頭脳明晰な学者が唱える答え以上に明快で、純粋だった。
 自分は、細かい理由をつけて逃げていたにすぎない。
 梨華は首を振り、そしてなんとか頬の筋肉をゆるめた。
「ううん。今の真希ちゃんカッコ良かったよ」
「そう?……でさぁ」と真希は言った。
 そして微妙な間をおいた。
 梨華は真希の横顔を熱心に見つめ、続く言葉を待った。
40 名前:wilderness 投稿日:2003年01月30日(木)14時01分46秒
「梨華ちゃんはいるわけ?そうゆう人が」
「え、あ、特にいないけど。ただ聞いてみただけだよ。なんで?」「ん〜、べっつにぃ」 真希の返事はどこかしら平坦で、感情に欠いていた。
 スタンドから立ち上がり、梨華は下り始めた。
 空の向こう側は見渡す限り闇に覆われている。月が浮かびあがっているのが見える。
 真希は突然向けられた背中に呼びかけた。「梨華ちゃん?」
「ごめん。私、用事があった…、ううん、できちゃったみたい。たった今。真希ちゃん先に帰ってて」 
 梨華はそれだけ一方的に告げると、再び歩き出した。
 真希は梨華を追い掛けることもできず立ち尽くす。
 スタンドから空を見上げると、月は驚くほど間近に、荒々しく見えた。
 それは真希を蝕み、心のゆくえを惑わせていた。
 梨華のいなくなった後、苦いあと味がわずかに口に残った。
41 名前:柴いぬ 投稿日:2003年01月30日(木)14時08分05秒
>35名無し読者さん
表現が長ったらしくなってないかなと心配してたので、そう言っていただけ一安心しました(苦笑

描写に四苦八苦してるせいか、石柴後のキャラがいまいち薄いな…
42 名前:wilderness 投稿日:2003年01月31日(金)12時49分56秒
 真希が夕焼けに浮かぶ淡い月の空を眺めている時、梨華もまたあの場所で、同じ空を見ていた。
 それは梨華の心のゆくえも惑わせた。
 それは少女の存在を運んできた。
 彼女はそこにいた。 梨華の前には夕日のカーテンがひろがり、彼女の背後には闇の世界があった。
 彼女は桜の木の下に立って、緋色の光に晒されていた。
 すべてが最初から周到にたくまれていたことではないかと、梨華は疑わずにはいられなかった。
 梨華が小枝を踏んだ音に反応し、彼女の視線は梨華の存在を認める。
「――また迷子になっちゃった?」と言って彼女は微笑んだ。
 まるで丘のてっぺんに立って風に吹かれたみたいな気持ちになった。
 会えた。覚えていてくれた。微笑んでくれた。
 彼女は夢の中よりも鮮やかに微笑んだ。
 梨華は歓喜に震えそうなのを押し殺し、彼女を二度と見失わないようにしっかりと瞳に捉らえた。
43 名前:wilderness 投稿日:2003年01月31日(金)12時53分31秒
「いえ…、今日は大丈夫です」
 本当はこの前も迷子になったわけではないのだけれど。そう思いつつも、この幸運な誤解を今さら解く必要もない。
「そっか」
 それから梨華と少女は桜の木の前でしばらく黙り込んでいた。
「私、あれから何度もここに来ました。桜が散るのを見るのは辛かったけど…。でも、どうしても来たかったから」
 梨華はそこで言葉を切った。
 恋焦がれていた人が手を伸ばせば触れることのできる距離にいることをまだうまく信じられないでいる。
「どうして?って聞いてもいい?」
 梨華は静かに頷く。「それは……、それは、先輩に会いたかったからです」
 彼女は表情を変えずに、梨華の声に耳を澄ませていた。
「からかってるとかじゃないよね?」、彼女は困ったような顔をして、でも、とても真面目に尋ねた。
「実は私もなんだ」
 一歩だけ梨華との距離を縮め、彼女は繰り返す。
「私も、あなたに会いたかった。また会えると思ってた」


44 名前:トム 投稿日:2003年02月07日(金)11時29分19秒
すごく、この話し気になります!!
頑張って下さい(^^)
45 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月07日(金)19時46分13秒
マータリ待ってます

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