”フォーミュラー・娘。” Rd.4
- 1 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年01月19日(日)23時54分07秒
- フィンランド人とのクオーターでダメ学生のものです。
緑板倉庫、金板倉庫、そして青板にある同名スレの続きです。
リンクは>>2へ。
ハロプロメンバーを中心にしたレースものです。
もちろんアンリアルです。
わからなかったり、おかしかったり、つまらない場合など、なにかありましたらカキコしてください。
できる範囲で対応していくつもりです。
あと、agesageは適当に。
- 2 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年01月20日(月)00時02分46秒
- 前スレ
〜最速娘。伝説誕生〜”フォーミュラー・娘。”(緑板倉庫)
http://mseek.obi.ne.jp/kako/green/1007830858.html
”フォーミュラー・娘。” Rd.2(金板倉庫)
http://mseek.obi.ne.jp/kako/gold/1015426332.html
”フォーミュラー・娘。” Rd.3(青板、そのうち倉庫行き)
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=blue&thp=1023607602&ls=50
話の方はRd.3でいったん完結しました。
その後、番外編的なものをちまちまと書いております。
で、このスレは前スレの202から始まっている”砂漠の雌ライオン”の続きです。
- 3 名前:〜砂漠の雌ライオン〜<ここまでのあらすじ> 投稿日:2003年01月20日(月)00時23分47秒
- スポンサーに説得されてパリ・ダカールラリーに初出場することになった中澤。
どこか親近感をおぼえるフランス人ナビゲータノノリオール(通称ノノ)とともにラリーへ挑む。
様々な苦難を乗り越えていく中澤。それでも自分を律して走り続ける。
途中から女性ドライバーで同じ歳の、エミール・ハシノとお互いをライバル視するように。
何度かのバトル。そして共同での救出作業。
そんな中、スパートをかける中澤。この激走で区間のクラストップタイムを叩き出して注目を浴びる。
ラリーも終盤。残された日程もあとわずかとなった。
果たして、中澤のパリダカ初挑戦はどんな結果になるのか?
- 4 名前:砂漠の雌ライオン-77 投稿日:2003年01月20日(月)00時28分29秒
- マラソンステージ開けの日、そのスタート。
ゴールのダカールは目前、最後の山場も消化して残す日程も少なくなっていた。
前日トップタイムの中澤は意気揚々とマシンを進めてスタートを待つ。
『中澤しゃん、なにか気づきませんか?』
ノノの弾んだ声がインターカムを通じて聞こえてくる。
「んん?なんやろ。カメラ多いとか?」
『確かに取材は多くなってますけろ、そうじゃなくて前れす』
「え?わからへんよ…って、そうか!ついにやったんやな!!」
正面を見て、それからミラーを見て気が付いた。
『そうれす。ついにハシノを抜いたのれす!』
今まで目の前から消えなかった白いランクルが、今はミラーに映っている。
そう、中澤の渾身のアタックが実りハシノをついに逆転したのだった。
気分良くスタートした中澤はこの日も快調。
クラス2位のタイムを刻んでハシノとの差をさらに広げたのだった。
- 5 名前:砂漠の雌ライオン-78 投稿日:2003年01月20日(月)00時29分56秒
-
◇
この日も無事にゴールした中澤組。残す日程は2日間となっていた。
最終日は顔見せの短いステージのみ。順位の変動はよほどでない限り無い。
よって、明日が事実上最後の競技区間となる。
中澤はここまであえて自分の順位を聞かなかった。
もちろん気にはなっていたが、走ることに集中するために聞かないことにしていた。
が、ノノリオールが声を弾ませて報告する。
「中澤しゃん、いまクラス4位れすよ!」
思っていなかった好結果だ。思わず聞き返す。
「なに!差は?」
「1位からは36分遅れ、3位とはたったの5分れす」
それを聞いて色めきだつ中澤。
パリダカにおける1分差は、サーキットの1秒よりも小さい。
3位表彰台はもちろん、何かあればクラス優勝の可能性だって十分にあるのだ。
- 6 名前:砂漠の雌ライオン-79 投稿日:2003年01月20日(月)00時30分52秒
- ここまで数多くの砂漠の洗礼を受けて来た中澤。
それに負けなかったのは謙虚に走ってきたから。それは理解していた。
しかし、ここまでの経験が自信となり、さらに元来の負けず嫌いが加勢していた。
迷わずに決断した。
「ノノ、勝負に出るで!」
「いいのれすか?」
「かまわん。ここまで来たら表彰台乗りたいやんか!」
ノノがやんわりと反論するが、中澤の決心は変わらなかった。
勝負に出るため、余分な物を下ろして軽量化を図る。
4枚積んでいるスキッドプレートを2枚に減らし、スコップも2つからひとつに。
そしてスペアタイヤ。常に3本積んでいたのを2本へ。
その他細々とした物も下ろして、トータルで約20kgの軽量化が完了。
「あとは…ノノの腹くらいやな」
「それは言わないでくらはい」
- 7 名前:砂漠の雌ライオン-80 投稿日:2003年01月20日(月)00時33分46秒
- スタートからダッシュする中澤。1分前を走るクラス3位のパジェロを追いかける。
20kgの軽量化とはいえ、元が重いので割合では1%〜2%程度だ。
中澤がドライブしても何となく軽いな、ぐらいの感覚でしかない。
とはいえ、効果がないわけではない。それに気分の面の影響も小さくない。
快調に飛ばす中澤は、早くも前のパジェロを捉えて抜き去った。
そのまま引き離していく。4分以上のリードを作り3位に上がる。
最初のCPを通過、タイムも悪くない。
「まだまだ行くで〜」
これが実質最後の競技区間、中澤は存分に楽しんで飛ばしていた。
- 8 名前:砂漠の雌ライオン-81 投稿日:2003年01月20日(月)00時35分52秒
- 誰にも経験があると思うが、なにをやってもダメな時というのが人間にはある。
もちろん、レーシングドライバーも同じ人間。当然、中澤もだ。
決勝朝の練習走行まで快調だったのに、レースでめちゃくちゃだったことがある。
もしかすると、この日の中澤はそうだったのかもしれない。
ふたつ目のCPの直前、なんでもないところで転倒してしまう。
集中を切らしたわけでなく、オーバースピードでもミスをしたわけでもなかった。
幸いにもタイヤを下にして止まったのですぐに走り出すことができた。
が、これでサイドウィンドウを破損し、これ以降は埃に悩まされることに。
砂埃と格闘しながら市街地の中のCPを通過する。
その直後に異変。今度は右リアが下がっている。
止まってチェックすると、金属片を拾った右リアタイヤがパンクしていた。
あわてずにタイヤ交換。この間にパジェロに抜き返されるが、落ち着いて走り出す。
- 9 名前:砂漠の雌ライオン-82 投稿日:2003年01月20日(月)00時38分57秒
- このあたりから中澤は”ハマっている”ことを薄々感じていた。
少しだけペースを落とし、マシンへの負担を小さくする。
川渡りも川底の障害物に備えて慎重に進む。
だが、スピードを落としすぎて川の真ん中でエンストしてしまう。
慎重さが裏目に出て焦る。電気系に水が進入したのか、始動にも手間取る。
ようやく川岸にたどり着いた中澤。その横をハシノのランクルが抜いていく。
「ドントマインドなのれす」
ノノリオールがフォローするが、すでに焼け石に水だったかもしれない。
- 10 名前:砂漠の雌ライオン-83 投稿日:2003年01月20日(月)00時40分17秒
- 水に浸かったからか、マシンはエンジンの調子を崩していた。
一度止まり、ボンネットを開けて点検する。
とはいえ、エンジンを開けるわけにも行かず、濡れたコネクタを拭うくらいしかできない。
気を取り直して走り出す。かなり回復したが本調子ではなかった。
後方からランドローバーが迫るのに気が付く。万全でない中澤は針路を譲る。
あっさりと前に出るランドローバー。だが思ったよりもペースが遅く、なかなか離れない。
埃っぽい路面に変わると、中澤の視界が遮られるようになってきた。
意図的にペースを落とすが、この日は無風。巻き上がった埃は長い間宙を漂う。
路面が見えない。右から迫る立木を意識しすぎて左の岩に気づくのが遅れてしまう。
避けられずにヒット。衝撃がマシンを震わせる。
- 11 名前:砂漠の雌ライオン-84 投稿日:2003年01月20日(月)00時40分52秒
- 「やってもうた…」
『しゃーないのれす…』
ノノもこの状況がわかってきた。少し気落ちした声が返ってくる。
マシンは左フロントホイールの破損のみ。タイヤを交換すれば問題なく走れる。
交換作業は無事に終わり、再び走り出す。
しかし、これでスペアタイヤを使い切ってしまった。
ゴールまでの距離はわずかだが、パンクはできなくなってしまった。
この日だけで失ったタイムを考えると、気が重い。
ようやく抜いたハシノに逆転されたのは確実だ。
それでもゴールはまだ先。完走目指してマシンを発進させる。
- 12 名前:砂漠の雌ライオン-85 投稿日:2003年01月20日(月)00時41分37秒
- サバンナを抜けると、今度はガレ場に。
前走車が尖った岩を掘り起こしてあって、パンクの可能性大だ。
エンジンも不調。吹け上がりが悪いのだ。
もう、前を狙うなんて思っていなかった。ただ、ゆっくり走ってゴールにたどり着くだけ。
いつも以上にスピードを落とし、細心の注意を払いながら走っていく。
危険な岩をひとつひとつ避けながら水無し川を渡り、河原を登っていく。
途中、スタックしたマシン脇を通るが、脱出できそうなのを確認して通過する。
今の中澤に、他人を手助けするほどの余裕などなかった。
- 13 名前:砂漠の雌ライオン-86 投稿日:2003年01月20日(月)00時42分30秒
- ガレ場をクリアし、フラットな砂地へと路面が変わった。
昨日までならアクセル全開、フラットアウトでカッ飛んでいく路面状況。
だが、そんな気分ではなかったし、そんなことはできなかった。
後方から来る二輪に抜かされ、小石を飛ばされても耐えて走る。
ノノの声。ゴールまであと20kmを切ったことを知らせる。
中澤の心に、ようやく余裕が生まれる。
そう、明日はダカールへのゴール。今日さえ走り切れれば。
それだけを思って、アクセルを丁寧に踏み込みマシンを前へと進める。
エンジンがあえぐ。先の見えないギャップを、バンパーをこすりながら越える。
砂にタイヤを取られるが、ここは逆にスピードを増してクリア。
あと僅か。そう思った矢先のことだった。
- 14 名前:砂漠の雌ライオン-87 投稿日:2003年01月20日(月)00時43分08秒
- 不吉な衝撃。挙動が乱れ、マシンの悲鳴がハンドルを通じて伝わってくる。
まさか。
そう、そのまさかだった。
素速くマシンを降りて確認したノノリオールの表情が能弁に現実を語っていた。
力無く首を振る姿を確認しなくても、なにが起きたかわかった。
呆然としながら、それでもマシンを降りてバーストしたタイヤを見る。
剥離したトレッド、むき出しになったカーカス。埃まみれのホィール。
それら残酷な現実がリアリティをもって中澤に迫る。
その場にへたりこんでしまう。
紺碧の青空が中澤を優しく包み、それが一層寂寥感をあおる。
「…はぁ、なにやってんやろ」
ヘルメットを脱ぎ捨てた中澤の目に、涙がにじんできた。
- 15 名前:砂漠の雌ライオン-88 投稿日:2003年01月20日(月)01時02分13秒
- 一陣の風が吹き抜け、そのたびに砂埃が舞い上がる。
その中を他の競技車がそれぞれのペースで走り抜けていく。
単独で、あるいは複数で、思い思いに。
そんな光景を見ることができず、中澤は両膝の間に顔を埋めたままでいた。
悔しさと情けなさで、涙が止まらなかった。
思えばスポンサーから要請された今回のパリダカ出場。
初めは乗り気でなかったし、走り出してからも苦労の連続だった。
しかし今ではどうだ。しっかりと砂漠の環境に慣れ、環境を楽しむ余裕すら出ていた。
頼りなく思っていたランクルも、トラブル無く中澤の走りに忠実に応えてくれた。
苦痛に思っていたドライビングもいつの間にか楽しいものに。
それをゴール目前、こんな形で終わってしまうとは。
スタート前にスペアタイヤを1本減らしていなければ…後悔の念が走る。
昨晩のことが思い出される。なまじ結果を聞いて舞い上がっていた自分。
変な欲を出して、上を狙ったのが勝負に出たのが悪かったのだ。
- 16 名前:砂漠の雌ライオン-89 投稿日:2003年01月20日(月)01時02分59秒
- なぜ、こんなところにいるのだろうか。
なぜ、こんな砂漠の中を走るのか。
なぜ、ここで止まっているのか。
自動車は本来移動の手段でしかない。
移動できないクルマなんて、何の意味も持たない。
しかし、自動車を手に入れた次にしたことは、速さの追求。
速さを求めるのは、人間の本能だ。
そして、それを嘲笑うかのように、自然の原理が襲いかかる。
その度に知恵を尽くしたものが、無に帰する。
そう、無だ。
ランクルの巨大な車体も、ここまでの苦労も、そして中澤自身も。
広大な自然の中では、無に等しい。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ〜〜!!」
中澤は叫んだ。
それしか、できなかった。
- 17 名前:砂漠の雌ライオン-90 投稿日:2003年01月20日(月)01時04分16秒
- 夕闇が空を綺麗なグラデーションに染め上げ、吹き抜ける風が冷たくなってきた。
どれくらいの時間が経っただろうか。日没は近い。
通過する他のマシンも絶えた。
さっきまでいたテレビクルーもあきらめて走り去った。
ノノはリタイヤの覚悟ができていた。発信器を動作させれば、オフィシャルは駆けつけてくる。
しかし、中澤は頑としてそれを拒んだ。
最後の可能性に賭けるといえばかっこいいが、単にあきらめがつかないだけでもあった。
しかし、いつまでもこうしているわけには行かない。
後方からチェイスするオフィシャルカーにリタイヤを宣告されるかもしれない。
それに、朝まで粘っても翌日のスタートに間に合わなければ失格だ。
選択肢は違えど、行き着く結果は同じ。
それでも、中澤はノノの何度目かの問いかけに首を振った。
いつまでも、そうしていられないのを知りながら。
- 18 名前:砂漠の雌ライオン-91 投稿日:2003年01月20日(月)01時05分36秒
- そんな二人の向こう、薄暗くなった景色の向こうを一台のマシンが近づいていた。
ノノが気づき、中澤もそちらを見た。
白い車体。判別しづらいが、中澤のマシンと同じランドクルーザーに見えた。
抑えた走りと車種から、おそらくオフィシャルカー。
耐えられなくなった中澤は、マシンに背を向けて歩き出した。
岩陰に隠れるように腰を下ろす中澤。
ランクルの停止する音が聞こえて、おさまりかけた涙が再び流れた。
逃げるようで情けないが、涙を見せたくもなかった。
- 19 名前:砂漠の雌ライオン-92 投稿日:2003年01月20日(月)01時06分18秒
- 「中澤しゃん!中澤しゃん!」
ノノが呼ぶ。リタイヤ届けにドライバーのサインでも求められたのか。
「代わりにサインしといてや…」
「違うんれす。走るんれすよ!とにかくこっち来てくらはい!!」
中澤はノノの気迫に負け、涙を拭いながら立ち上がった。
「ほらっ!まだ走るんれす!リタイヤじゃねーのれす!」
ノノの言葉に、中澤は目を疑った。
止まっていたのはオフィシャルカーでなく、ゼッケンのついたランクル。
そして、パンクした中澤のマシンの右後輪には、見覚えのある人影が二つ。
「ちょ、なにしてんねんハシノ!」
- 20 名前:砂漠の雌ライオン-93 投稿日:2003年01月20日(月)01時07分01秒
- 中澤の声に振り返ったハシノ。手にはバーストしたタイヤが。
そしてもうひとりチィリの足元に、無傷のタイヤが組まれたホィール。
ハシノのマシンと同じホィールだった。
はっきりと理解できない中澤にノノが補足する。
「ハシノしゃんがタイヤ分けてくれるそうれす。これで走れます!」
「ちょっとぉ!見てないで手伝ったどうなの。タイヤ重たいの!」
チィリが石川を思わせる甲高い声で叫ぶ。
我に返った中澤が急いで手伝う。
ランタンの明かりが照らし出すハシノの表情は、まるで安倍のような柔らかい笑み。
もっとも、顔の作りは松浦に似ているが。
そんな表情に違和感を感じて、見つめてしまう中澤。
- 21 名前:砂漠の雌ライオン-94 投稿日:2003年01月20日(月)01時07分47秒
- 「なんでウチを助けようと思ったん?」
ここまで何度かバトルを繰り広げてきた相手。
お互いをライバルとして意識しているのはわかっていた。
だからこそ、なぜ?
装着の確認をして、ジャッキを下ろし始めるハシノ。ようやく口を開く。
「負けるのは、悔しい」
マシンが4輪で接地し、作業は完了する。
「でも、ここまで一緒に走ってきた仲間を失うのは、もっと悔しい」
屈託なく笑うハシノ。中澤の目には再び涙。ただし、さっきまでとは違うもの。
「ありがとや」
「いいの。来年こそ負けないわよ!」
固く手を握りあう中澤とハシノ。
- 22 名前:砂漠の雌ライオン-95 投稿日:2003年01月20日(月)01時13分05秒
-
◇
セネガルの首都、ダカール。その近郊の海岸沿いの塩湖、ラック・ロゼ。
鉄分の多い湖で、ピンク色に染まっていることからその名が付いたという。
パリダカのゴール地点として、恒例となっている場所だ。
そこに設置されたポディウムに、最後の競技区間を走り終えたマシンが1台づつ上がっていく。
今回の総合優勝は三菱で、それも1−2−3フィニッシュ。
日産やBMWも頑張ったが、その挑戦を退けての4年連続優勝だ。
今年の三菱も、強かった。
他の参加者も次々とゴールしていく。
中澤も列に並んでだマシンの中でそれを待っていた。順番はまだだいぶ先。
結局、昨日のパンクで大きく順位を落としてしまった。
クラス28位・総合39位というのが中澤の残した結果だった。
ちなみにハシノも昨日はトラブルで遅れ、中澤の直後となる総合40位。
仲良く並んでのゴールとなった。
- 23 名前:砂漠の雌ライオン-96 投稿日:2003年01月20日(月)01時15分03秒
- 「裕ちゃん」
プレスパスを身につけた石黒が、ウィンドウ越しに声をかける。
「なんや?」
促す中澤は笑顔だった。石黒も笑って尋ねる。
「どうだった?楽しかった」
「抜群に楽しかったで」
即答する中澤に石黒も続ける。
「また来たい?」
「もちろん。来年も、再来年も、そのまた先も」
あははと笑う二人。
「やっぱり結果に満足してないんでしょ」
「へへ、まぁそうかもしれへんなぁ」
- 24 名前:砂漠の雌ライオン-97 投稿日:2003年01月20日(月)01時20分12秒
- 本当はそんなこと、どうでもよかった。
こうやってダカールのゴールにたどり着いた。それが一番大切なこと。
大西洋から漂う潮の香りが、ゴールしたことを実感させる。
長く、苦しかった。
しかし、それ以上に得るものがあった。
いっぱいありすぎて、持ちきれないほど。
そして、砂漠の中に置いてきてしまったものも、ある。
様々な感情が中澤の心中を駆けめぐり、そして誓う。
全部持って帰るまで、満足するまで何度でも挑戦してやるで。
こうして、パリダカの魅力にとりつかれた人間がまたひとり、増えたのだった。
砂漠の雌ライオン・完
- 25 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年01月20日(月)01時43分55秒
- ということで、ようやく完結しました。
実際のパリダカにあわせるように終わらせることができて、ホッとしていたりします(笑。
本当は前スレぎりぎりで完結させるつもりが、こんな中途半端になってしまって…
まぁこれは次回以降も書けという神のお告げ(ヲィ)とポジティブに受け止めます(爆。
しかし、次の話は決まってません。ネタはいくつかありますけど。
ということで期待しないで待っていてください。
ではでは。
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月20日(月)22時45分23秒
- 完結おめ
期待して待ってるよん
- 27 名前:3rdの284こと栞 投稿日:2003年01月21日(火)17時37分09秒
- 完結おめでとうございます。
前スレで一回書き込んだだけの者ですが
完結に際して再び書き込ませていただきます。
パリダカの長きに渡る戦いもいよいよ完結しましたね。
とても楽しく読ませていただきました。
これほどまでに読み込んだ小説はないのでこれからも
ぜひとも続けていって欲しいと思います。
↑もちろん時間が空いたときとかでかまわないので
気長に続編が発表されるのを待ってます(笑)
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月23日(木)11時22分46秒
- 完結おめでとうございます。
>本当はそんなこと、どうでもよかった。
こうやってダカールのゴールにたどり着いた。それが一番大切なこと。
↑ しみじみと感動しました。
- 29 名前:名無しさとる。 投稿日:2003年01月25日(土)19時16分19秒
- 完結おめでとうございます。おもしろかったです、ホントに。
その作者にしか描けない世界がすごく魅力的に現れていて、
読んでいて強く惹きつけられる作品でした。
続編、がんばってくださいね。期待して待ってます。
- 30 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年01月29日(水)00時53分53秒
- なんか知らない間にいろいろなことが動いていてびっくりなミカ・ニネンです。
いや、アーバインが引退とか、シトロエンがモンテカルロで1-2-3とか、とかとか。
え?もちろん娘。の分割にもですよw
えっと、このところ冗談でなく切羽詰まった状況でして。
正直なところこの先は娘。小説どころでない時期が待ちかまえいるのですが…。
でも、そういう時に限って本読みたくなったり、小説書きたくなったりするんだよなぁ(笑
自分の読み返して誤字脱字見つけたり。パリダカの後半ミスばっかだよ自分と鬱になったり。
ということで、実は書いてはいるんですけど、なかなか進まないでおります。
自分のためにも、早めの更新を目指しているので、しばしお待ちください。
- 31 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年01月29日(水)00時55分23秒
- レス返しでござんす。
>>26 名無し読者 さん
ありがとうです。何とか完結できました。
次回作が期待に添えるか自信ないですが、もうすこしお待ちください。
>>27 3rdの284こと栞 さん
ありがとうです。前回のレスも覚えています。
パリダカは長いのですが、話の方も無駄に長くて反省。
でも、楽しく読んでいただけたようで良かったです。
>>28 名無しさん
レスありがとうです。
ラストはなかなかまとまらなくて苦労した場所でした。
>>29 名無しさとる。 さん
ありがとう&完結おめでとうです。
世界が魅力的に描かれていると誉めていただきうれしいです。
こんな話この界隈では自分しか書かないと思うのでアレなんですがw。
簡単に次回予告をすると、
まだ出てきてないハロプロメンが出てくる…かもしれません。
- 32 名前:名無し娘。 投稿日:2003年01月29日(水)23時53分30秒
- 夏の本編完結以来、ひさーしぶりに覗いてみましたらこんな素敵な話が
載ってるとはっ!
それにつけても『砂漠の雌ライオン』は格好良かったです。
単に姐さんが活躍するって物語よりずっと面白かったんじゃないかと思いました。
しかし○リオール(^-^; さすがに女の子にする訳にゃいきませんでしたか。
髪型的にはアイボンヌの方が近・・・嘘です、あいぼんさんごめんなさい。
ではまた次を楽しみにしています。
- 33 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年02月06日(木)09時38分39秒
- 早いものでもう2月ですよ。WRCは早くも第2戦スウェディッシュが開幕、F1もシートがすべて決まりました。
となわけで来るシーズンに向けて期待が膨らんでいるニネンです。
えー、実のところ上旬中の更新を目指していたのですが…
挫 折 し ま し た 。
個人的な事情がありまして、しばらくは更新できません。
少なくとも13日までは書けません。
もしかすると、今月一杯までは手が空かないかもです。
ただ、ネタはあるし書く気もありますので、そのうちにという方向で。
期待せずに生暖かく放置して下されば幸いかと。
更新時にはageますので。
>>32 名無し娘。 さん
ありがとうです。素敵な話とほめていただき光栄です。
さすがにカゴリオールとかにはできませんでした。
どうでもいいけけどなんでラリードライバーは少ない人が多いのでしょうかね?(笑
ということで、これからはちゃんとチェックしてください(ヲィ。
よろしくです。
- 34 名前:Strong Four 投稿日:2003年02月14日(金)19時08分23秒
- 遅ればせながら完結お疲れ様です。
相変わらずレベルの高い内容&かなり詳しい知識で素人の私も十分楽しませてもらいました。
前スレの回答ありがとうございました。
DTMといったらアルファの155が幅を利かせていた頃で止まっているのであんなレギュレーションがあるとは知りませんでした。
(ほんとに浦島太郎だな・・・)
パリダカに限らず、モンテもかなり魅力溢れるラリーのようですね。
今年は三菱がWRC撤退とかランエボ終了とか騒がれていますが、来年はコルトエボ(?)が登場する噂もあるし・・・
こちら同様ゆっくり楽しませていただきます。
- 35 名前:2seater -1 投稿日:2003年02月16日(日)15時25分08秒
- オレは今、鈴鹿サーキットの本コース上にいる。
そして、目の前には準備の整ったフォーミュラーカーがある。
それもF1に次ぐ規格であるFニッポン規定のマシンだ。
耐火のドライビングスーツに白いヘルメット。
装備一式を身につけたオレはマシンのモノコックへ身を沈ませる。
…ただし、コクピットでなく後ろのパッセンジャーシートに、なのだが。
そう、これは2シーターのフォーミュラーカー。
オレは幸運にも同乗走行の抽選に当たり、これから時速280kmの世界を体験するのだ。
- 36 名前:2seater -2 投稿日:2003年02月16日(日)15時26分33秒
- 元はガソリンタンクだった空間に身体を滑り込ませる。
前席の後ろにぴったり抱きつくような格好。脚は開いてドライバーを挟むような位置に。
身体ひとつ分の狭い空間だが、これでも”客席”である。
その証拠にハンドルやペダルなどの操作系は一切無し。
目の前には速度を表示するデジタル液晶と、緊急用のボタンのみだ。
係員がシートベルトを力一杯締めてくれる。
苦しくて顔が歪むが、ヘルメットをかぶっているために気づかない。
これくらい締めないとダメなんですよぉ、と係員が説明する。
ヘルメットのプラグを繋いで、準備完了。
ドライバーが乗り込むのを待つ。
- 37 名前:2seater -3 投稿日:2003年02月16日(日)15時28分29秒
- 体験走行のドライバーは、なんと現役の選手が交代で担当することになっている。
今回の担当は、飯田圭織さんだ。
シリーズ創設から走り続けている、いわゆる”元祖メン”のひとり。
長身のモデル体型はサーキットでは目立つ存在だが、最近レースでは少し影が薄い感も。
個人的には、ちょっと…な気分。オレは梨華ちゃ、石川さんの大ファンなのだが。
ま、このチャンスに恵まれただけでも幸運なのだ。贅沢は言えない。
颯爽と歩いてきた彼女は、オレの顔をのぞき込んで微笑みかけた。
長い脚を折り曲げるようにしてモノコックタブをまたいで乗り込む。
ハンドルを取り付け、シートベルトを締めながらメカニックと一言二言交わす。
最後にインターカムを接続して、ドライバーも準備完了。
周りの人たちが、マシンから離れていく。
- 38 名前:2seater -4 投稿日:2003年02月16日(日)15時36分26秒
- 『こんにちは、飯田圭織です。今日はよろしくね』
突然耳に飛び込んできた声にびっくりするが、不思議なことではない。
ヘルメットに内蔵されたヘッドフォンとマイクが搭乗者同士の会話を可能にしているのだ。
「う、ぁ、はい、おねがいします」
オレもあわてて返事をする。裏返えった自分の声で、身体が緊張しているのに気付く。
『緊張してる?大丈夫、カオリを信じて』
見透かされたような声に、曖昧な返事しか返せない。
イヤプラグを付けたからか、自分の心臓の音まで聞こえるようだ。
『それじゃ、早速行こうか。エンジンかけるよ』
飯田さんが右手を挙げて合図を出すと、スターターが回されてエンジン始動。
同時に、ものすごい音が背中から襲ってくる。
このときほど音が波だということを実感したことはない。
背後から圧倒的なエネルギーを持った波が押し寄せてきて全身を揺さぶるのだ。
その迫力に圧倒されて、頭の中が空っぽになってしまった。
- 39 名前:2seater -5 投稿日:2003年02月16日(日)15時38分18秒
- 『行くよ』
それだけ言って飯田さんはマシンを発進させた。
ホームストレート上を、ホイールスピンせずにゆっくり走り出す。
『一周目はゆっくり行くから、身体をほぐす感じで』
ヘルメットから流れる声に、妙にどきどきする。
まだ、それほど速さは感じない。
実際にスピードが出ていないのもあるが、真正面が見えないというのも関係しているだろう。
なにしろドライバーの背中に抱きつくような格好なのだ。
目の前にはヘッドレストを挟んで飯田さんのヘルメットがあるという状況。
背の低い矢口さんなら多少は違ったかも、と勝手に想像する。
雰囲気としては、包まれ感といい視点といい、狭いバスタブに無理矢理二人で入ったまま疾走している感じ。
二人でバスタブ、変な想像をして妙に緊張してしまう。
- 40 名前:2seater -6 投稿日:2003年02月16日(日)15時40分47秒
- そんな妄想をよそに、飯田さんは淡々と走る。
『はい、1コーナーでーす』
幾多のドラマを生み出してきたコーナー。今日もこのあと、決勝レースが行われる。
ストレートで100km/hぐらいまで加速してから、穏やかに減速しつつターンイン。
『2コーナー、S字』
すぐに2コーナー。そしてS字とコーナーが右、左、右と続く。
『逆バンク、そしてダンロップコーナー』
バンク角のほとんど無い右コーナー、そして登り勾配のきつい高速の左コーナー。
リズミカルにコーナーをクリアしていくことが求められる難易度の高い前半部。
ほぼ一定の速度で、セオリー通りのラインをトレースしていく。
- 41 名前:2seater -7 投稿日:2003年02月16日(日)15時42分27秒
- 『次はデグナー』
きついコーナーが連続して2つ続くポイント。
64年にGPライダーのE.デグナーが転倒したことからこの名が付いたのは有名だ。
『はーい、立体交差をくぐって、ヘアピン』
ぐぐっと減速して旋回してから、まっすぐに立ち上がる。
このとき、少しだけクルマの後ろが横に流れた。
ヘアピンを越えるたところからはコースは高速セクションに。
『200R、それからスプーン』
加速しながら抜ける200Rはダウンフォースの効くフォーミュラーカーにとって直線に等しい。
そして複合コーナーのスプーンは出口がきつくて車速やライン取りが難しいポイント。
しかし、そんなことは感じさせない落ち着いた走りで駆けていく。
スプーン出口で約90km/h、このあと鈴鹿最長の西ストレートだ。
- 42 名前:2seater -8 投稿日:2003年02月16日(日)15時44分48秒
- 『そろそろペース上げるよ〜』
西ストレートを疾走しながら飯田さんが言う。
液晶は180km/hを示している。まだレースより遅いが、体感速度は思ったより速い。
『それっ!130R』
立体交差の上を通ると、すぐに左コーナー。
ストレートからわずかな減速で飛び込む、チャレンジングな名高い130R。
「うわわっ」
速い。頭が右に持って行かれる。遠心力によるGだ。
速度表示を見ていた不意を付かれてしまった。
『シケインだよ』
コース終盤、右から左へ切り返すクランク状のコーナー。
カシオトライアングルが正式名称らしいが、諸事情で単にシケインと呼ばれることも。
もっとも低速なポイントでもある。ググッと強めに減速して進入。頭が前に持って行かれる。
丁寧に切り返して、コースの真ん中を走り抜ける。
『最終コーナーっと。これで一周だね』
加速しながら右に曲がる。
メインストレートに戻ってきて、2周目に突入する。
- 43 名前:2seater -9 投稿日:2003年02月16日(日)15時46分20秒
- 『それじゃ攻めるからねー』
ストレートを駆け抜ける。加速のGで身体と頭がシートに押しつけられる。
「うわわわっっ!」
ここまでと全然違った。右と左に見える景色が後方へすっ飛んでいく。
飛んでいく速さが凄すぎて、視界の隅の方から色や形を失っている。
かすれる視界の中に、速度表示を何とか映す。265km/hまでは確認できた。
『1コーナー』
飯田さんの声と同時に突っ込んでいく。
身体と頭が左に押しつけられる。そのまま2コーナーもクリア。
『S字』
左、右、左、右とリズミカルにGが切り替わる。
強烈に揺さぶられたオレの三半規管が悲鳴をあげていた。
- 44 名前:2seater -9 投稿日:2003年02月16日(日)15時47分28秒
- 『逆バン』
その声は脳に届いていたが、状況を判断できるほどは回転していなかった。
左へのGとともに、アウト側へ飛んでいきそうな感覚。
「うおおおっ!」
まるでアウトが下がっているような、そんな恐怖に襲われた。
『ダンロッ』
再び右へのG。それも、こんどはかなり強烈。
Gで歪み、傾いた視野の中で、赤と白の縁石が接近するのが見えた。
ストン。
下から突き上げる衝撃とともに、視界が傾いて、また元に戻った。
『デグナーッ』
息つくひまもなく次のコーナー。少し減速して右にターン。同時に縁石に乗る衝撃。
デグナー2個目、もう一度右へターン。左へのGが連続する。
そして、今度も縁石に乗っている。それもかなりしっかりと。
お尻の下を、赤白の縁石が通過するのをはっきりと感じていた。
- 45 名前:2seater -11 投稿日:2003年02月16日(日)15時50分57秒
- 視界が一瞬暗くなり、音も変化した。
立体交差をくぐったことを認識するのと同時に、飯田さんの声が。
『ヘアピンだよ』
急激なブレーキング。フロントをロックさせたのか、白煙が上がる。
「うぐぐぐ」
減速Gで身体が前に持って行かれる。背中がシートから離れた気がした。
シートベルトをしっかり締めたハズなのに、だ。
そして立ち上がり、今度は豪快にテールスライドさせる。
視線と進行方向が異なる状況に、身体の感覚が狂わされる。
強烈な加速。スロットルは全開。
エンジンが悲鳴を上げてマシンを前に蹴り出す。
加速Gで、再び全身がシートに押しつけられる。
Gで頭が上を向いてしまい、空の青さが目に飛び込む。
- 46 名前:2seater -12 投稿日:2003年02月16日(日)15時53分08秒
- 『はいスプーン』
耳には入っていたが、もうそれどころではなかった。
加速Gで歪む視界の中を、コーナーが猛スピードで近づいてくる。
アプローチは約240km/hだった。そこまでは見ていられた。
減速しながら旋回、再びGが襲い来る。
ぐるっと回り込むように脱出。アウト側の縁石を使うが、少し踏み越して挙動を乱す。
『あ、間違えちゃった』
まるで、お買い物に行ってレジでお金を間違えて出したくらいの感じだ。
それでも、マシンはきちんとコントロール。
そして西ストレートを駆け上がる。
- 47 名前:2seater -13 投稿日:2003年02月16日(日)15時54分19秒
- 「あうあうあうぅぅ」
身構えていたのにもかかわらず、再び頭が上を向いてしまう。
後方へすっ飛んでいく景色と、ヘルメットを押さえつける風圧の凄さが、恐怖を呼び起こす。
なのに、飯田さんは大丈夫?なんて気楽な感じで話しかけてくる。
『いま270km/hだよ』
いや、そんなことオレは聞きたく無いんだっ!
『130R、行くよっ!』
だからもういい!勘弁してくれ!
頼むから、減速してくれっ!
- 48 名前:2seater -14 投稿日:2003年02月16日(日)15時58分40秒
- 願いも悲しく、ほぼ減速せずにコーナーへ飛び込んだ。
襲い来るGか頭を殴りつけ、視線はアウト側のガードレールに釘付け。
心臓が懸命に送り出す血液が、身体の右側に寄っていく。
縁石に乗って少しスライドするが、それを感じる余裕はなかった。
鈴鹿で最も厳しいコーナーである130Rで揺さぶられた脳。
もう思考をはっきりと組み立てることなんてできなかった。
近づいてくるシケインを、ただ視界にとどめているだけだった。
- 49 名前:2seater -15 投稿日:2003年02月16日(日)16時00分21秒
- 『シケインだよっ』
もう、その言葉が脳に届いたのかすら怪しかった。
しかし、マシンは順調に走っていた。そして、飯田さんは思いっきりブレーキングを遅らせた。
アウトからの鋭いブレーキング、ロックしたフロントタイヤから再び白煙。
そして素早いターンイン、もちろん、目一杯縁石を使って。
さらに切り返し。縁石に乗るように、鋭くハンドルを切り返してシケインを脱出
同時にスロットルオープン、テールをスライドさせながら猛加速。
すると、どうなるか。
前後左右、そして上下方向へ強烈に揺さぶられる。
オレは、意識を失いかけていた。
- 50 名前:2seater -15 投稿日:2003年02月16日(日)16時01分36秒
- 最終コーナーを立ち上がる。
ぐぐぐっ、とGがかかって身体が押しつけられる。
けれど、感覚が切り離されたのか苦痛を感じなかった。
ホームストレートに戻ってようやく一息つける、そう思った時だった。
『はーい、もう1周いくよ』
「うえぇぇぇぇ」
『今度はもっと攻めるよぉ。ほら1コーナー』
「うわわわわわわっ」
- 51 名前:2seater -17 投稿日:2003年02月16日(日)16時03分51秒
- 3周の走行を終えてホームストレートに帰ってきたオレは、もう悲鳴も出なかった。
『どう、大丈夫?』
「な、なんとか大丈夫みたいです」
『吐かなかったんだから上出来よ。そんじゃ最後の仕上げ』
「…え、まだ何か」
『いくわよ、ほらスピンターン』
エンジンが回転を上げて、マシンが白煙とともにリアを振り出す。
景色がオレを中心に回り出す。
1回、2回、3回……覚えてるのはそこまでだった。
聞いた話では6回転したという。
- 52 名前:2seater -18 投稿日:2003年02月16日(日)16時04分45秒
- 「ねぇ、大丈夫?」
つぶらな瞳にのぞき込まれてハッとするオレ。
先に降りた飯田さんが、なかなか降りないオレを心配したらしい。
当のオレはもちろん?放心状態でボーっとしていたのだが。
「あ、ああ、なんとか…」
「ごめんね、カオリちょっと調子に乗りすぎたかも」
そう言ってオレのハーネスを外してくれる飯田さん。
細くて繊細な指が身体に触れる度に心臓の鼓動が速くなる。
「ほら、つかまって」
手を取ってモノコックから引っぱり出してくれる。
握った手が温かくて、離したくなかった。
ようやく地面に降り立つも、平衡感覚が無かった。直立できないで、倒れ込む。
崩れ落ちる身体を、飯田さんが抱きかかえてくれた。
フラフラとドキドキが一緒に襲ってきて、飯田さんにしがみついてしまう。
「ほらぁ男の子でしょ、しっかりする!」
恥ずかしさとうれしさで、顔が紅潮するのがわかった。
オレって情けないなぁと思いつつも、このままでいてくれないかなぁとも思った。
- 53 名前:2seater -19 投稿日:2003年02月16日(日)16時08分54秒
-
◇
メインイベントの決勝レースをスタンドで観戦。
ごっちんがCARTへ、そしてなっちも怪我で欠場と少し寂しい今シーズンの開幕戦。
けれど石川さんのチーム・ナカザワでのデビューなど、話題は事欠かなかった。
レースは開幕戦らしい荒れた展開に。
終盤、石川さんがトップに立つとそのまま逃げ切る。
石川梨華、初優勝。同じ石川ファンの友人は狂喜乱舞していた。
もちろん、オレも石川さんの初優勝を喜んだ。
- 54 名前:2seater -20 投稿日:2003年02月16日(日)16時10分15秒
- けれど、いちばん気になっていたのは飯田さんだった。
その飯田さんは、終盤まで新人の藤本を抑えて6位を走っていた
しかし、残り3周のところでマシントラブルでリタイヤ。それも、オレの目の前でストップ。
マシンを降りて手を振りながら歩く姿を見て、複雑な心境になった。
オレの目には、飯田さんの走りは誰よりも光って見えていた。
実際にオレを乗せて走ったときのテクニックは、筆舌に尽くし難いほどハイレベル。
しかし、その飯田さんの技術をもってしても優勝争いに加われなかったのだ。
- 55 名前:2seater -21 投稿日:2003年02月16日(日)16時12分25秒
- そう、レースの世界は厳しい。
先頭争いだけが注目されるけれど、みんな勝つつもりで全力を尽くしているのだ。
その中で勝敗を分けるのは、わずかな差。
自分の力だけではなにもできないことも、あるのだ。
オレはそんな厳しい世界で戦う彼女たちを大いに尊敬した。
そして、もっともっと応援しなきゃと思った。
一生懸命に頑張る彼女たちから、こうしてパワーをもらっているのだから。
<おわり>
- 56 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年02月16日(日)16時47分24秒
- 更新しました。
今回は短編”2seater”、>>35-55が今回更新分です。
賛否両論なオレx娘。というテーマと、体験乗車ができる二人乗りの2シーターフォーミュラー。
この二つをひっかけて適当に仕上げたのが今回の話です。
時間軸的には、後藤が卒業した次のシーズンの開幕戦です。
これでフィナーレまでの間の欠落しているところをちょっと補完したりしてます。
まぁ全部読んでもわかりにくいかもしれませんがw
でも一人称も中途半端だし、出来上がり読むとなんかキショイね。
話の内容もいい加減でリアリティ無いし。ゴメンナサイゴメンナサイ。
実際に2シーターの体験乗車したことあれば良かったのだろうけどw
- 57 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年02月16日(日)16時55分42秒
- でも、冗談抜きに2シーター乗ってみたいですね。
FポンでもIRLでもいいから。IRLならもちろんサラ・フィッシャー女史を希望w
それからラリーカーの横も乗ってみたいです。
ちょうど今日はお台場で三菱チャンピオンズミーティングのイベントでして。
当たればデルクールや増岡さんの横に乗れたかも、なのでした。
行く予定でしたが、諸事情や天気の都合で泣く泣く断念。
次回こそは行ってやる、と決意してみたり。
それから、前回ちょっと書いたまだ出てないハロプロメン云々というのは別の話です。
それも含めて、次回の更新はまだ未定です。
あまり期待せずに、待っていただけると幸いかと。
>>34 Strong Four さん
レスありがとうございます。これからもよしなに。
DTMに関して、前スレのつたない説明でわかって頂けたようで、安心しました。
パリダカやモンテカルロに限らず、ラリーも魅力的ですよ。
サーキットレースと違いわかりにくいとかいろいろありますが。
個人的には三菱好きなので、来シーズン強くなって帰ってくることを期待しています。
- 58 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月16日(日)19時30分55秒
- ほのぼのっていうか萌え萌えっていうか(w
これぞ番外編ですね。
読みながら「今夜も交信中」で嬉々としながら(ちょっとおかしな)自説を
言い張る圭織を思い出したりして・・・。
次回更新を気長に待ってます。
- 59 名前:プライド。 -1 投稿日:2003年03月03日(月)00時59分01秒
- 10月中旬、埼玉県某市のとある峠。
休日ならば峠を走り込むクルマやバイクでにぎわうが、今日は平日。それもまだ昼間。
ほとんど交通はなく、たまに地元のおっちゃんが軽トラでのんびり走るだけ。
そんな中を駆け抜ける2台のバイク。
どちらも甲高いエキゾースト・ノートと白煙をまき散らしながら疾走していく。
両者ともフルフェイスのヘルメットに革ツナギを身に着けていた。
同じなのは装備だけでなく、マシンも似ていた。どちらもフルカウルのレーサーレプリカ。
今では絶版になりプレミアも付き始めている250ccの2st車だった。
- 60 名前:プライド。 -2 投稿日:2003年03月03日(月)00時59分45秒
- 後ろの1台は白地に赤丸のラッキーストライクカラー、スズキRGV250ガンマ(VJ-22A)だ。
ライダーの被るヘルメットは白地にイエロー”Y”をモチーフにしたデザイン。
そう、サーキットで同じヘルメットを被るF・娘。のトップドライバー、吉澤ひとみだ。
公にはしていないが、この峠は吉澤にとってホームコースだった。
高校生のときにNSR50で峠デビューして以来、10年近く走りこんでいるこの峠。
ヒマな時はほとんど毎日ここに通っていたと言っても過言ではない。
さすがに今では月に1回程度だが、体に染み込んだ経験と感覚には自信を持っていた。
- 61 名前:プライド。 -3 投稿日:2003年03月03日(月)01時00分38秒
- 本人はあまり自覚していないが、吉澤のガンマはこの峠では無敗と言われている。
数少ない吉澤の正体を知る峠の仲間は、そう言って譲らない。
実際のところ、負けず嫌いの吉澤はこの峠の攻略にかなり力を入れていた。
2stエンジンの要、エキゾーストチャンバーは試行錯誤の末に自作した完全オリジナル。
エンジンもあけてバリ取りや、面研、ポートタイミングの調整など一通り手を入れてある。
前後サスも満足いくまで丹念にセッティングを詰めてあった。
マシンだけではない。暇があれば走り込み経験を積み重ねていく。
加えて吉澤のもつ才能もあった。
とにかく、ここまでして速くならない訳が無かった。
峠に赤白ガンマあり。
いつしかローカルでその速さが知れ渡り、吉澤は挑まれる立場になっていた。
CBR900RRやYZF-R1などのスーパースポーツから、CB1300といった重量級まで。
排気量にして4倍以上の差がある。圧倒的に不利なのは吉澤のガンマ。
しかし、吉澤は経験に裏打ちされた自信でそんな相手を退けてきたのだ。
- 62 名前:プライド。 -4 投稿日:2003年03月03日(月)01時01分34秒
- その吉澤が、苦戦していた。
もちろん公道バトルで楽な戦いはほとんど無い。
けれど、今日の相手はかなりの強者だと感じていた。
相手はヤマハのTZR250R。2stのV型2気筒、アルミフレームに凝った前後足周り、そしてフルカウル。
メーカーこそ違うが吉澤のRGVガンマとほぼ同じ構成のバイクだ。
カラーリングこそノーマルに近い白地に赤だが、チャンバーなど各所チューンはしているようだ。
すなわち、吉澤のマシンと似た性能を持つということ。特にエンジンに関してはほぼ同じ。
となると、あとはそれを操る人間の差が問題となる。
この峠に関しては自信のある吉澤、同じ性能なら絶対に負けない。
そう、負けないはずなのに、前のTZRとの差が縮まらないのだ。
- 63 名前:プライド。 -5 投稿日:2003年03月03日(月)01時02分50秒
- 短い下りの直線から、少しタイトな左コーナー。
ブレーキング。TZRは奥まで突っ込まない。むしろ早めにブレーキをかける。
かといてって遅いわけでもない。吉澤が突っ込んでも前には出られない。
ブレーキリリースから倒し込みながらのターンイン。
滑らかに、しかし的確にバンクさせて旋回するTZR。
一方でズバッと倒し込みぐいぐいとマシンを曲げていく吉澤。
立ち上がりも対照的だ。TZRは最小限のRで旋回し真っ直ぐに加速していく
対して吉澤はスロットル全開でリアが横に流れてもお構いなし。
この2台、似たマシンではあるが、ライディングは大きく異なっていた。
- 64 名前:プライド。 -6 投稿日:2003年03月03日(月)01時03分42秒
- ライディングの違いは、ライダーの体格差が影響していた。
長身で手足も長い吉澤はバイクを振り回すスタイル。
上半身は起き気味で下半身もイン側に大きく落とし込むようなフォームを取る。
前後左右に積極的に荷重をコントロールし、素速い倒し込みと鋭いターンインが特徴的。
そんな吉澤には、RGVガンマの長いホイールベースと癖のあるハンドリングがマッチしていた。
一方TZRを駆るライダーは細身で小柄。背は石川と同じくらいか。
上体はなるべく低く保ち、身体はなるべくセンターに残してスムーズに曲がっていく。
バイクをあまり振り回さず、人車一体で滑らかにコーナーを抜けるスタイルだ。
そしてこのライディングは旋回性は優れるもののパワーで劣るTZRを活かす方法でもあった。
- 65 名前:プライド。 -7 投稿日:2003年03月03日(月)01時05分53秒
- 緩いS字を抜ける。
前のTZRがライン上のギャップを踏んで振られる。
が、小さな身体を最大にバランスさせてリカバー。
このギャップを知っている吉澤は微妙にラインをずらしてクリア。
続く右コーナー。ここはブレーキングポイントの路面にペイントが。
TZRはリアをロックさせて姿勢を乱すも、的確なカウンターで立て直す。
そして何事もなかったように旋回していく。
もちろん吉澤はここも知っている。ペイントを避けてのブレーキング、そしてターンイン。
TZRとの差は詰まったものの、まだ抜くには至らない。
- 66 名前:プライド。 -8 投稿日:2003年03月03日(月)01時06分32秒
- 速いし、巧い。それも悔しいぐらいに。
それが後ろに付く吉澤の素直な感想だ。
さっきのギャップやペイントは、知っていれば避けるポイントだ。
それを避けなかった。すなわち、相手はこの峠を熟知していないということになる。
少なくとも、走り込んでいるライダーではない。
ここは埼玉県。横浜ナンバーなのがそれを物語っていた。
一方吉澤にとってこの峠は庭のようなものだ。
コーナーごとのポイントは考えなくても身体が反応するくらいになっていた。
それでも今は互角の戦いとなってる。
吉澤としては認めたくはないが、相手はかなり速いということになるのだ。
- 67 名前:プライド。 -9 投稿日:2003年03月03日(月)01時07分46秒
- こんちくしょー! 吉澤の負けん気が燃え上がる。
強く意識はしていないが、この峠では負けない自信があった。
それに四輪とはいえプロのレーサーだ。プライドがある。
ここホームコースで、それも一般人には負けたくない。
身元は明かしていないし、それに本職ではないから負けても何の影響はない。
けれど、それでも勝負にこだわるところはレーサーの本能なのか。
- 68 名前:プライド。 -10 投稿日:2003年03月03日(月)01時08分20秒
- 右・左・右と続く3連コーナー。
切り返しのタイミングと微妙に異なるRへの対応がポイントとなる。
軽いブレーキングとともにシフトペダルをかき上げて進入するTZR。
脱出であまりアウトに膨らまずに、早めの切り返し。
後方の吉澤はそれを見て舌打ちをする。
この先をよく見ているようだ。非の打ち所がない。
2個めの左カーブを、シフトアップしながら駆け抜ける2台。
次の3個目はきつい右。再びシフトダウンして飛び込んでいく。
吉澤も路面とTZRを意識しながらシフトペダルを踏み込みマシンを曲げていく。
なめらかに立ち上がるTZRのラインをなぞるように吉澤のガンマも加速。
「くそっ」
TZRとの差は、再び広がっていた。
- 69 名前:プライド。 -11 投稿日:2003年03月03日(月)01時08分55秒
- ほぼ平坦な右の複合コーナー。入り口は緩いが出口はきつい。
難易度が高く、決まれば速いがミスると大きくロスするこのコーナー。
さっきの3連コーナーで開いた差を詰めるべく、吉澤は攻めていた。
アウトから進入するTZR。探るようにバイクをバンクさせていく。
追う吉澤はあまりアウトに寄らない。きつい曲率のコーナー出口を考慮したライン取りだ。
案の定、TZRはセオリー通りのアウトインアウト。
が、回り込むコーナー出口を曲がりきれずにブレーキをかけて減速する。
狙っていた吉澤。スロー気味に進入した分、出口ではドンピシャの速度だ。
インから並びかける吉澤。TZRは見ていたのか寄せてこない。
立ち上がり。理想的なラインを取った吉澤のガンマがいち早く加速。
「よっし!」
吉澤のRGVガンマがTZRを抜いて、前に出た。
- 70 名前:プライド。 -12 投稿日:2003年03月03日(月)01時09分28秒
- 前に出たらペースを上げて突き放す。
バトルのセオリー通り吉澤はペースをゆるめずに攻める。
左のヘアピン。ここは路面が整っている。思いっきりブレーキを遅らせる。
ブレーキレバーを握る。フルードを介してパッドがディスクに接触する感触が伝わってくる。
同時にシフトダウン。シフトペダルを数回踏み込み、2速まで落とす。
ターンイン。ブレーキを軽く残す感じで倒し込む。
イン側のガードレールに接触する寸前まで攻め込む。
クリッピングポイントのわずか手前でアクセル・オン。後輪の駆動力がマシンを旋回させる。
マシンを直立させながらさらにアクセルを開ける。
前輪が軽くリフトアップし、それを押さえ込むように前に荷重を移す吉澤。
加速しながら次のコーナーへ飛び込む。ここは中速の右コーナー。
ブレーキング、そしてターンイン。ギャップにステップが接触して火花を散らす。
コーナー出口にある穴を避けつつ、全開で脱出。
何度も走り込み、身体にしみ込んだライディング。理想をほぼ再現できていた。
吉澤にとって、会心のコーナリングだった。
- 71 名前:プライド。 -13 投稿日:2003年03月03日(月)01時10分11秒
- そう、会心の一発を決めて、突き放したはずだった。
しかし、ミラーを覗いた吉澤は驚くしかなかった。
「ぬおぉぉ!」
なんと、TZRがミラーに大映しになっていたのだ。
その大きさから、かなり接近している。
まるで、いつでも抜きにかかれるぞとの意志表示をするかのように。
プレッシャーを受ける吉澤。しかし、落ち着いてミラー越しにTZRのライダーを観察する。
表情はスモークシールドに覆われて伺うことはできない。
しかし、メットの額の部分には漫画のキャラクタのような大きな目がペイントされ、愛嬌すら感じる。
サイドはブルーに白の”5”か”S”がデザインされていた。
どこかで見たような気もするが、この峠では見たことがないライダーだ。
- 72 名前:プライド。 -14 投稿日:2003年03月03日(月)01時10分42秒
- が、いつまでも観察していられない。今度はTZRが攻めに転じた。
ミラーとエキゾーストノートから差がほとんど無いことがわかる。
振り返りたいが、そんな隙を与えれば抜かれてしまうだろう。
タイトな右コーナー、ここはイン側の路面が荒れている。
アウトめに進入する吉澤。しかし、わずかな動揺からブレーキが乱れる。
その隙を見逃さないTZR。スルスルっとインから並ぶ。
が、まだ吉澤が前。譲らない。あっさりと退くTZR。
- 73 名前:プライド。 -15 投稿日:2003年03月03日(月)01時11分14秒
- 続く左もタイトなコーナー。ここも思いっきりアウトから進入する吉澤。
今度は躊躇無くインから抜くTZR。前に出る。
意表を突かれた吉澤。だが、その進入スピードは吉澤の目に速すぎるように見えた。
そのまま、反対車線を横切りガードレールに突っ込むのではないのか。そう思った。
しかし、TZRのライダーは落ち着いていた。
ブレーキングから倒し込んでのターンイン。ここまでは同じ。
しかし、そこからが違った。
上体をさらに深くインへ落とし込み、リアタイヤをスライドさせたのだ。
バイクはくるっと向きを変え、インをなめるように旋回する。
進入の勢いを残したまま、出口へ向けて加速していく。
そんな曲芸のようなTZRの走りを見た吉澤は、呆気にとられてしまう。
- 74 名前:プライド。 -16 投稿日:2003年03月03日(月)01時11分53秒
- TZRの勢いは止まらない。
その後の右コーナーも同じようにスライド走法で抜けていく。
高いスピードを維持しながらのコーナリングで吉澤のガンマを置き去りにしていく。
「…うわ。スッゲ〜」
圧倒的な差を見せつけられた吉澤は、走る気が殺がれていた。
見事なスライド走法だった。これほどの走りはテレビのGP中継でしか見たことがない。
とても吉澤のできる走りではなかった。いや、峠の走り屋レベルなんか越えている。
勝つか負けるではなかった。相手の手のひらでもてあそばれていたのだ。
何か珍しいものを見た、そんな気分だった。
しかし、じわじわと悔しさがこみ上げてきた。
「ちくしょう!今度会ったらただじゃ済まさないぜ」
吉澤はUターンをしながら、捨てぜりふを吐いた。
- 75 名前:プライド。 -17 投稿日:2003年03月03日(月)01時12分57秒
-
◇
「ということだったんだよ。ったくムカツク!」
「それは大変だったね、ひとみちゃん」
峠でコケにされた日の夕方、吉澤は石川の部屋で愚痴っていた。
それに付き合う親友でありチームメイトの石川梨華。
マイペースな吉澤にしては珍しいことだが、気持ちはわからなくもなかった。
なにしろ石川は吉澤よりも負けず嫌いである。石川が愚痴ることの方が多かった。
「ほら、紅茶でも飲んで落ち着いてよ」
吉澤の前に3つのティーカップを置く石川。
「あれ、誰か来るの?」
「うん。前からひとみちゃんに紹介するって言っていた…あ、来たみたい」
タイミング良くドアホンが鳴り、石川は玄関へ向かった。
- 76 名前:プライド。 -18 投稿日:2003年03月03日(月)01時14分59秒
- 部屋に上がってきた石川の友人は、ライダージャケットを着ていた。
そして手にはどこか見覚えのある青いヘルメットが。
「紹介するね。こちらがチームメイトのひとみちゃん。
で、こちらがヤマハのワークスライダーの柴ちゃん」
「ど、ども吉澤です…って、うえぇぇっ!そのヘルメットはっ!」
”柴ちゃん”の持つ、額に大きな目玉が描かれた青いヘルメットが記憶の中で繋がった。
「こんばんは柴田です。今日のバトルは楽しかったですよ、吉澤さん」
「…え、二人は知り合いなの?」
動揺する吉澤に、ニヤニヤしている柴田。石川は驚く。
「……知り合いもなにも、この人だよ今日峠でウチをコケにしたのは!」
「ふふっ、梨華ちゃんに峠教えてもらって待ち伏せしてたの。
でも吉澤さん見事な腕前だったよ。私にはかなわないけどね」
「悔しい。すんごく悔しい…」
吉澤はこの日からしばらく、凹んだままだったという。
しかしようやく立ち直った吉澤、今度は柴田を打ち負かすために日々鍛錬してるらしい。
<おわり>
- 77 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月03日(月)01時15分57秒
- 川σ_σ||<ミュン
- 78 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年03月03日(月)01時17分59秒
- 更新しました。
短編”プライド。”>>59-76が更新分です。
凹む吉澤ひとみ編、あるいはいたずら好き柴田編です。
どっちがメインなのかは読者の判断ってことでw
前から言っていた未登場のハロプロメンはメロン記念日(というか柴田あゆみ)でした。
もともとメロンは好きな私ですが、登場が遅れたのに深い意味はありません。
温存したとかでなく。F・娘。参戦していないのも単に数の問題でした。
ただ、役柄については1年くらい前から決めていました。
バイク絡みでサイドストーリー6とかも考えたのですが、
良いネタが思いつかずにここまでのびのびになってしまいました。
もしかすると、次回もメロンネタかもしれません。
またしても期待せずに待ってていてくださいな。
- 79 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年03月03日(月)01時20分13秒
- >>58 名無し娘。さん
レスありがとうございます。これからもよしなに。
2seaterのメイン、実はかなり悩んだんですよ。
辻加護とかヤッスー、果てはミカやアヤカにソニンまでw
しかし、完成後に読み返すと飯田さんらしさが出てて良かったなぁと。
いや自画自賛するわけじゃないですけどねw
- 80 名前:名無し娘。 投稿日:2003年03月03日(月)23時54分45秒
- 自画自賛でOKOK
あれだ、柴ちゃんはGPライダーなのですね(決め付け)
これで4輪のレーサーだったら吉澤の凹みは更に深いものに・・・
当然のように待ちましょうw
- 81 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年03月04日(火)00時15分58秒
- >>80 名無し娘。 さん
レスありがとうです。
…でですね、今気が付いたのですが、
どうも重要なセンテンスを推敲の時に削ってしまったようで(汗
次の更新でこのフォローをしたいと…できたらいいなぁ、と。
- 82 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年03月22日(土)00時46分00秒
- 無事にダメ学生を卒業して4月からは社会人になる予定のミカ・ニネンです。
まぁどうせ娘。小説を書くようなダメ社会人になるのは目に見えているのですが(笑
個人的なことですが、明日(22日)から鈴鹿に行って来ます。
目的はフォーミュラーニッポン開幕戦と2輪の全日本が同時開催の2&4レース
一回で2度おいしいレースで、しかもFポンは初めてなので今からドッキドキ。
(ここまで書いておいて未見だったのかよ、というツッコミは無しで)
更新はその後ということになりますです。
何とかして今月中にひとつとは思っていますが、まぁあまり期待しないでください。
多分、実物を見た分よりよいものができるかと思うので。
…あまり自信ないですけど(爆
- 83 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年04月09日(水)20時55分31秒
- 加藤大治郎が開幕戦のアクシデントで意識不明の重態です。
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030407-00000011-sks-spo
ただ、助かるようにと祈るだけです。
そして、できればあの走りをもう一度。
このスレの更新はしばらく自粛したいと思います。
大治郎のことが一番の原因ではありますが、それ以外の理由もありまして。
しかし、断筆ではありません。
それほど遠くないうちに、戻って来るつもりです。
数少ない読者さん方には申し訳ないですが、しばし時間をください。
- 84 名前:名無し娘。 投稿日:2003年04月20日(日)23時35分06秒
- 大治郎の事はとても残念でなりません。
絶対戻ってくると思っていたのですが、本当にあっけないとしか
言い様のない最期でした。
F娘では幸いな事に死傷事故が無いのだけども、彼女もやはり
命を掛けているはずなんでしょうね。
大治郎の冥福を祈ると共に、作者サンの復帰を待っています。
自粛は誰の為にもならない筈ですよ、きっと。
ではまた。
- 85 名前:ミカ■ニネン 投稿日:2003年04月23日(水)01時13分17秒
- 加藤大治郎選手が20日未明に永眠しました。
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030420-00001009-mai-spo
享年26歳でした。ご冥福をお祈りします。
大治郎選手のことで思い出すのは、99年の全日本ロードレース選手権250ccクラスの最終戦もてぎ。
スポット参戦のWGPライダー目当てで観戦に行ったのですが、大治郎の速さが際だっていました。
彼のNSR250は明らかに1コーナーの進入が誰よりも鋭くて速かったのが、印象に残っています。
レースは予選から速さを見せつけポールトゥウィンで優勝。
しかし最終戦までもつれていたタイトルは、同ポイントながらヤマハの松戸直樹の手へ。。
非常に微妙な結末でしたが、大治郎は”これがルール”とさっぱりした表情だったのが忘れられません。
(本編の後藤vs吉澤が同ポイントで終わるのはこのタイトル争いが影響しています)
もっと、いろいろと言いたいことはありますが(特にメディアに関して)、
ここはそういうことを言う場ではありませんので慎みます。
- 86 名前:ミカ■ニネン 投稿日:2003年04月23日(水)01時18分03秒
- これからのこのスレですが、もちろん続ける予定です。
予定していたメロンの話は都合により変更で、違う少し長めの話を準備しています。
もうしばらく時間をおいて、連休明けごろから開始するつもりです。
題材は、某ユニットが伝統のビックレースに、というのをちょろちょろと。
時期的にもタイムリーな頃に完結させられたらいいなあ、と考えております。
- 87 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年05月09日(金)01時26分01秒
- いちおう立ち直って普通の状態に戻りつつあるミカ・ニネンでつ。
お話のほうですが、ちまちまとは書いておりますが、最近なかなか進まない罠。
他にやることあったりとか、GWに書こうと思ったらモバイルPC壊れたり、ダーヤスマンセーだったりw
閑話休題。現在、週末更新を目指しております。
内容は再び変更、タイムリーな方の短編を準備しています。
前に書いたユニットの話は、その短編の後に予定しております。
…まぁどうなるかわからないのですがw
- 88 名前:圭のためのKei 投稿日:2003年05月11日(日)21時47分01秒
- アフリカ大陸の中部に位置するケニア、その首都ナイロビ。
世界ラリー選手権(WRC)第7戦のサファリラリーのスタートを控えたケニアッタ広場に色鮮やかなマシンが集う。
真紅のプジョー206や、ソニックブルーのスバルインプレッサ、フォードフォーカスや三菱ランサーなど。
WRCに参戦しているワークスマシン達が、サファリ独自の装備を纏って鎮座している。
ウィンドウ横のウィングランプや、ボンネットからルーフに延びるシュノーケルダクト。
そして車高が上げられ、アニマルガードバーの装備と相まっていかつい印象に。
その姿は、見る者にこれから控える自然との戦いの激しさを予感させてくれる。
- 89 名前:圭のためのKei -2 投稿日:2003年05月11日(日)21時49分31秒
- 事実、”カーブレーカー(クルマを壊す)ラリー”とも呼ばれるほど過酷なサファリ。
ラリーの原点である自然との戦いが最も厳しいことで有名だ。
高温、高湿、悪路、天候の激変、長いステージに高い平均速度。どこを取っても容易ではない。
雨が降ればマシンが埋没するほどの泥沼や、浅い川が数多く出現して行く手を阻む。
晴れても粘土質の堅い路面がサスを痛めつけ、パウダー状の土壌が舞い上がり視界を遮る。
過去の経験を持ち、万全を期したワークスマシンですら、走りきるのは難しい。
- 90 名前:圭のためのKei -3 投稿日:2003年05月11日(日)21時50分35秒
- そのワークスマシンの中で、負けない輝きを放つ小さなマシンが3台。
鮮やかなイエローのボディは頼りないくらい小さいが、レーシングマシン特有の雰囲気は十分。
グリルやダクトから覗くエンジンや補機類の仕上げの良さが、手間を十分にかけたことを証明している。
室内も余分な装飾を一切省き、スパルタンなクルーの仕事場そのまま。
一見ノーマルのままのダッシュパネルもカーボンで作り替えてあり、本気度は高い。
マシンのリアハッチに添えられたエンブレムは”S”のマークとと”Kei”の文字。
そう、カナリアイエローの3台は日本のスズキが送り出したワークスマシン、Keiであった。
- 91 名前:圭のためのKei -4 投稿日:2003年05月11日(日)21時51分28秒
- サファリラリーは日本の自動車メーカーが力を入れ、好成績を収めていることでも有名だ。
70年代は日産と三菱で6勝、80年代以降もトヨタや三菱、スバルなどが参戦し好成績をあげていた。
そういった活躍のせいか、日本におけるサファリラリーの認知度は高い。
そして、その認知度を活かして自社のクルマの優秀さを宣伝しようとするメーカーも少なくない。
小型車専業メーカーであり主力車種のひとつであるKeiをモデルチェンジしたスズキ自動車も、そのひとつだった。
- 92 名前:圭のためのKei -5 投稿日:2003年05月11日(日)21時52分17秒
- Keiは、その名の通り軽自動車である。
そう、わずか660ccという排気量の軽自動車でサファリラリーに挑むのだ。
過去には1993年、スバルが軽自動車(ヴィヴィオGr.A仕様)でエントリーし完走を果たしている。
しかし、軽自動車でのチャレンジは後にも先にもその一回だけ。
98年からの軽自動車が新規格に移行してボディが大きくなってからはもちろん、無い。
挑戦する価値はあると判断した経営陣は、潤沢な予算を承認したのだった。
- 93 名前:圭のためのKei -6 投稿日:2003年05月11日(日)21時53分04秒
- 彼らの本気度は高かった。
ベースマシンはインタークーラーターボと4WDのKeiワークスを選択。
この1戦のためにわざわざホモロゲーションを取得するという念の入れよう。
ラリーコースでの事前走行は制限されているため、国内外の似た路面でテストを実施。
数ヶ月に渡るテストと開発で鍛え上げたマシンを、チームは自信を持って送り出したのだった。
そして彼らの本気はドライバーのラインアップにもあらわれていた。
ゼッケン24はパリダカでおなじみの大ベテラン、ノリカシュミット/コージー・イマ・ダマッタ組。
同じくゼッケン25に地元の英雄、ケニアの道を知り尽くしているイシータ・ツヤ/ジェームス・オノダ組。
実績・経験ともに豊富なこの2人、軽自動車に乗せるのにはもったいないくらいだ。
- 94 名前:圭のためのKei -7 投稿日:2003年05月11日(日)21時53分52秒
- そして最後の1台のドライバーは、なんと保田圭。ナビゲーターにはサカスィータ・チィリが。
これまで国内でしか走っていなかった保田、これがF・娘。卒業後初の国際レースだ。
ラリーは初めてだが、サーキットレースでの渋い走りはラリー向きと言われている。
本人も相当に乗り気で、何よりそのシャレの効いた人選が話題性抜群。
エントリー発表直後からファンを含めて大きな注目を集めていた。
7月下旬の赤道直下のケニア、太陽が照りつける中でスタート直前の写真撮影。
カナリアイエローの小さなマシンの脇で、まぶしさに目を細める。
笑みを絶やさず時折視線を移動させるが、表情は険しかった。
本人は知る由もないが、極度の緊張で相当に凄みがある表情をしていたのだ。
- 95 名前:圭のためのKei -8 投稿日:2003年05月11日(日)21時55分16秒
- 午前10時。
セレモニーも終わり、ゼッケン1のプジョーがスタートを切る。
それを皮切りに、2分間隔で各車が続々とスタートしていく。
エントリーは総勢36台。全盛期に比べると減ったが、それでも最近では多い方だ。
ゼッケン26の保田も、サイドウィンドウから手を振りながらマシンを進める。
各車、目指すはCS(コンペティティブセクション)1。
ここからサファリの戦いが始まる。
- 96 名前:圭のためのKei -9 投稿日:2003年05月11日(日)21時56分02秒
- 大自然はいきなり牙をむいた。
昨年のチャンピオンマシンで最強最速の名を欲しいままにしているプジョー206WRC。
そのプジョーの、エントリーした3台のうちの1台にいきなり異変が。
CS1の42km地点、200km/h前後で左リアを岩に接触、その場で走行不能でリタイヤ。
ワークス勢ではもちろん、全参加者中でも初めてのリタイヤだった。
もっとも、他のクルマがすべて無傷というわけでもない。
ランサーは路面の穴にタイヤを落としてパンク。
上がり気味の水温にハラハラしてるフォード勢など。
そのほか、プライベート勢でもリタイヤしたマシンも出ていた。
- 97 名前:圭のためのKei -10 投稿日:2003年05月11日(日)21時56分48秒
- そんな中、3台のスズキKeiは無事にCS1を走りきっていた。
圧巻はゼッケン25、地元の英雄ツヤ。
なんとCS1のタイムは3位。もちろん総合でも他の4WDターボ勢を押しのけての3位だ。
本人は立木に接触したと悔しがるも、損傷は左のサイドミラーのみ。
伊達に15回も出場をしていたわけではない。サファリを知り尽くしている。
対照的にノリカシュミットは慎重な走りに徹していた。
序盤からマシンに負担をかけたくない。完走が第一である。
それでも14位という好順位。ベテランの技が炸裂だ。
そして、注目の保田はゼッケンと同じ26位でCS1をゴール。
大きなトラブルはないが、2度も道を間違えた。
そのロスがなければもう少し順位は良かったかもしれない。
とはいえ、初めてのラリー、その第一歩を無事に踏み出した。
- 98 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年05月11日(日)22時01分29秒
- はい、保田圭にスズキKei(軽自動車)というベタな設定でスマソ。
しかもまだ書きかけ。ようやくスタートしたところという(汗
それほど長くするつもりは無いので、次回更新では完成すると思いますよろ。
- 99 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月11日(日)23時52分12秒
- 更新お疲れ様です
加藤大治郎選手の事故はほんとに残念でしたね
何で才能ある者は早くに逝ってしまうんだろう・・・
これからも楽しみにしてます
頑張って下さい
- 100 名前:圭のためのKei -11 投稿日:2003年05月26日(月)01時38分43秒
- リエゾンを挟んでのCS2。距離は117km弱。
今大会2番目の長さをもつCSで、屈指の高速コースでもある。
延々と続く一本道を、アクセル全開200km/h以上で走ることを要求されるこのステージ。
さすがに660ccという小排気量のKeiには厳しいステージ。
#26の保田はステージ中、後方からのGr.Nのランサーに追いつかれる。
仕方なくスローダウンして道を譲り、タイムロスしてしまう。
- 101 名前:圭のためのKei -12 投稿日:2003年05月26日(月)01時39分29秒
- CS2を終えて、初めてのサービスパークに到着するラリーカーたち。
すでに5台がリタイヤしており、残り31台となっていた。
保田はCS2終了時に変わらず26位。とはいえ、実際に走り出したからか緊張はほぐれていた。
エンジンルームの点検に足周りの交換とチェックが行われる。
もちろん燃料補給にタイヤの交換、そして洗車もする。
洗浄は整備の基本だし、なにしろスポンサーロゴが見えなくてはならない。
速さにも関係してくる。こびりついた泥はときに10kg以上にも達するのだ。
サービスでは人間も同時に休憩を取る。
炎天下を全開で4時間以上もドライブしていたのだ。体力の消耗は当然、休憩は必須だ。
ドリンクを飲み、軽い昼食を取って次に備える。
- 102 名前:圭のためのKei -13 投稿日:2003年05月26日(月)01時40分02秒
- 「驚いた!こんなに小さいのにタフでしかも速い。これからもガンガン飛ばしていく」
(#25:I.ツヤ)
「今年はいつもよりも厳しいサファリだ。目標は完走。慌てずに走れば大丈夫」
(#24:F.ノリカシュミット)
「始めてのサファリに驚きの連続。すっごい緊張してたけど、ようやく解れてきたところ。
マシンは万全です。だってあたしと同じ名前なんですもの!」
(#26:保田圭)
サービスパークでこんなインタビューを残して、CS3、CS4へと向かう。
この時点で#25ツヤが8位、#24ノリカシュミット13位、#26保田は26位。
続くCS3はCS2の再走。ただし、スタートとゴールが入れ替わり位置も異なり102km。
そしてこの日最終のCS4もCS1の再走だが、距離とスタート・ゴールが変わらない完全なリピート。
路面は1度目の走行で掘り起こされて荒れている。
気温の上昇もあり、さらに過酷なステージになることが予想された。
- 103 名前:圭のためのKei -14 投稿日:2003年05月26日(月)01時40分43秒
- 予想された通り、午後のセクションは各車とも苦戦。
午前に出した自らのタイムを上回れないマシンが続出。
3台のスズキKeiも例に漏れず大苦戦していた。
CS3でツヤが足周りをヒットしてアライメントを狂わせてしまう。
真っ直ぐ走らないマシンと格闘しながらゴールするも、そのままCS4も走らなくてはならない。
これでツヤは大幅に後退。総合27位まで下がってしまう。
ノリカシュミットもCS3後半からエンジンのパワーダウンに見舞われる。
CS間のロードセクションでECUを積んでいた予備と交換。
これでエンジンはパワーを取り戻すも、原因がわからずに不安は拭えない。
それでもCS4では好走、総合17位でこの日を終える。
- 104 名前:圭のためのKei -15 投稿日:2003年05月26日(月)01時41分13秒
- そして注目の保田圭。
CS3ではひとり気を吐いてスズキ勢でのベストタイムを刻む。
全エントラントの中で、CS2の自己タイムを上回ったのは唯一彼女だけという好走。
しかし調子に乗りすぎたのか、CS4ではスピンを連発。
エンストからの始動に手間取りタイムロス。
それでも、ノリカシュミットの直後総合18位でフィニッシュ。
スロースターターの保田、コースにも慣れてようやく調子をあげてきた。
- 105 名前:圭のためのKei -16 投稿日:2003年05月26日(月)01時41分48秒
- 「マシンの状態は悪くなかったが、岩にヒットしてからは苦戦している。
それさえなければベストテンも可能だったと思う。残念だ」
(#25:I.ツヤ)
「エンジンの不調でタイムをロスしたが、深刻な問題でなく完治したようだ。
明日もペースを守って着実に行く」
(#24:F.ノリカシュミット)
「スピンして止まったときに、つい景色を見とれてしまった(笑)。
今日はクルマを壊さないように慎重に走った。明日以降はもう少しペースを上げたい」
(#26:保田圭)
- 106 名前:圭のためのKei -17 投稿日:2003年05月26日(月)01時42分23秒
- スタート地点のケニアッタ広場で最終のサービスで1日目が終了。
レギュラーワークス勢が3台もリタイヤする過酷な第1レグだった。
ようやく足周りを修復することのできたツヤは翌日からの挽回を誓う。
ノリカシュミットのエンジン不調もECUユニットのオーバーヒートだと判明。
不安は解消。ゆっくり眠ることができる。
大きなトラブルがなかった保田だが、細かい問題はあった。
それらの解決とセッティングの変更を施して作業を終わらせる。
サービスを済ませて、パルクフェルメに保管される各車。
まだラリーは3分の1なのにどのマシンも傷だらけになっている。
しかし、それは過酷な戦いをくぐり抜けてきた証でもある。
そしてパルクフェルメを見下ろすホテルではクルー達が休息。
ゆっくりと、次の戦いを待つ。
- 107 名前:圭のためのKei -18 投稿日:2003年05月26日(月)01時42分57秒
- 明けて競技2日目、第2レグ。
この日は4つのCSがコースとして設定され、内2つがリピート。
合計で6つのCS(CS5からCS10まで)をこなす日程だ。
ここまでで7台がリタイヤし、2日目をスタートするのは29台。
その中にはもちろん、3台の小さなチャレンジャー、Keiも含まれている。
じりじりと大地を焦がす太陽。その熱気が大気を熱する。
気温は40度。その中をクルマで全開走行していくのは拷問に近い。
のんびりドライブとは違い、加速減速、コーナリングのGに耐えながらの操作だ。
パワステやシーケンシャルシフトのミッションが手助けするも、楽ではない。
閉ざされた車内は温度も湿度もうなぎ登り。時に60度にも達する、まさにサウナ状態
- 108 名前:圭のためのKei -19 投稿日:2003年05月26日(月)01時43分33秒
- 一般車ならばここでクーラーでもとなるが、競技車はそうもいかない。
エンジンパワーを喰うクーラーなんてついていないのだ。
車外からの空気は、唯一フィルター付きのベンチレーターからのみ。
風量こそあるが、熱せられた外気そのまま。
もちろん、窓を開けることもできるが、ほこりが入ってくるのも覚悟しなければならない。
これがトップワークスならばクールスーツで体温を下げるなど対策をとるところ。
クールスーツとは、冷水を循環させて体温を下げるドライビングスーツである。
ところが小さな車体のKeiには、それを積む余裕が無かったのだ。
そう、クルーの忍耐が試されるところなのだ。
- 109 名前:圭のためのKei -20 投稿日:2003年05月26日(月)01時44分03秒
- この日は前日と違って、風がなかった。
そのため、各車ともほこりに悩まされることに。
サファリ特有の、微粒子パウダー状の土壌。
この土壌が前走車に巻き上げられると、ずっと宙を漂うのだ。
各車とも走行間隔は2分も開いているが、それでは収まらない滞空時間。
しかも、前の走者のみでなくその前、さらに前と積み重なっていくため、
後方になればなるほど視界が悪くなっていく。
この状況で罠に落ちたのが、前日の遅れを取り戻そうとしていたツヤだった。
- 110 名前:圭のためのKei -21 投稿日:2003年05月26日(月)01時44分34秒
- ほぼ最後尾のツヤはかなりのほこりに悩まされていた。
それでも、CS5で驚異的なタイムを刻み一気に23位まで挽回していた。
続くCS6も同じ勢いでアタック。前走車に追いついてしまい、なかなか抜けない。
前走車が巻き上げるほこりが加わり、ほとんど視界の無くなったツヤが焦れる。
集中の切れたツヤ、立木に気がつくのが遅れてしまう。
木に衝突するのは避けたものの、マシンの挙動を乱して横転。
3回転半してルーフを下に止まった。
見物していた原住民に手助けしてもらい再スタートするも、損傷が酷すぎた。
CS途中でエンジンが止まり、再始動できない。
ラリー序盤にベスト3に食い込んだツヤ、CS6で無念のリタイヤを決める。
- 111 名前:圭のためのKei -22 投稿日:2003年05月26日(月)01時45分11秒
- 「前のクルマに追いついてしまい、ほこりで立木に気付くのが遅れた。
当たるのは何とか避けたけど、土手に乗って横転してしまったよ。
完走できればいい結果になるはずだったが、残念だ」
(#25:I.ツヤ、CS6でリタイヤ)
「今日は昨日よりも暑くてつらいね。
ほこりが酷くてペースが上げられないから、マイペースを守ってる」
(#24:F.ノリカシュミット)
「クルマは順調で、コースにも慣れてきた。
(ノリカシュミットに)追いつきそうで、なかなか届かないのがもどかしい」
(#26:保田圭)
CS7を終えて、#24のノリカシュミットが15位、#26の保田が16位。
2人の間隔はこの日のスタートでは5分近くあったのが2分台までになっていた。
とはいえ、ラリーはまだ半分。
最大の目標である完走は、まだまだ遠い。
- 112 名前:圭のためのKei -23 投稿日:2003年05月26日(月)01時46分11秒
- CS8は今大会最長の129kmという設定。
荒れた路面にきついアップダウンが加わった過酷なコースだ。
しかも、ステージの一部では昨夜雨が降ったとの情報も。
スズキチームのドライバー2人にもその情報が伝えられる。
保田のつり上がった目が光る。厳しいステージだが、チャンスでもある、と。
- 113 名前:圭のためのKei -24 投稿日:2003年05月26日(月)01時46分46秒
- ノリカシュミットの2分後方でスタートする保田。
午後になって少し風が出てきた。視界は少しだけ良くなっている。
コ・ドライバーのチィリが読み上げるペースノートに沿って走行していく。
日本人の保田とスペイン出身のチィリという混成コンビだが、やりとりは英語。
当然、ペースノートも英語だ。
「ストレートツゥハンドレット、レフトスリーアンドクレスト」
チィリが石川を連想させる甲高い声で読み上げる。
その内容を頭で理解し、次を想像しながらのドライビング。
サーキットレースとは違う走りを要求されるが、これはこれで面白い
- 114 名前:圭のためのKei -25 投稿日:2003年05月26日(月)01時47分21秒
- 6速全開から急減速して2速や3速で回るタイトなコーナーへ進入、というパターンが多い。
路面が良いなら難しくはないのだが、ギャップや岩を避けながらこなさなくてはならない。
いや、ギャップや岩なら動かない分まだいい。
サファリならではの、動く障害物との遭遇もあるのだ。
木立の間を抜けた直後、保田は自分の目を疑う。
なんと牛の群れがコースを横断しているのだ。
慌てて減速するも、間に合いそうにない。
牛のほうもこちらに気付き真ん中で立ち止まってしまう。
右の方が開いていることに気付く保田、とっさのコントロールを試みる。
目前に迫る牛が少しだけ横にそれるが、間に合わなかった。
- 115 名前:圭のためのKei -26 投稿日:2003年05月26日(月)01時47分56秒
- 牛を轢いてしまった保田。予想以上の衝撃に意識が少し朦朧とする。
マシンも衝撃ではね飛ばされた。幸運にもコースアウトはしたが転倒は免れる。
いち早く立ち直ったチィリがマシンを確認する。保田もエンジンを始動しコースへ復帰。
左前のフェンダーとシュノーケルダクトを失い、ウィンドウとボンネットを破損。
しかし、走行には支障がないようだ。
動転した気持ちを落ち着かせて、再び走り出す。
後には、ひしゃげたフェンダーと、不幸な生涯を閉じた牛が残されていた。
- 116 名前:圭のためのKei -27 投稿日:2003年05月26日(月)01時48分30秒
- 精神的にタフネスな保田は、同じようなハイペースを取り戻していた。
木立の間の緩いコーナーを綺麗なドリフトでクリアしていく保田。
先がわからない状況で攻めるには、アクセルで容易にラインをコントロールできるこのドライビングしかない。
トレッドとホイールベースが狭く安定性に劣るKeiでは難しいが、保田には朝飯前。
クレストを越えてすぐの右コーナー。
路面が見えないので慎重にアプローチ。チィリもコーションを読み上げる。
が、どうだ。目の前にはなんとコースを横切る川だ。昨晩の雨でできたのだろうか。
一時停止して前走車のわだちを確認。冷却の電動ファンを止めてから走り出す。
ファンを止めないと、水を掻き上げてエンジンルームが水浸しになるからだ。
ゆっくりと慎重に、しかし思い切りよく。
車体が浮き上がる感覚があるものの、押さえ込むようにコントロール。
なんとか、渡りきることに成功する。
- 117 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年05月26日(月)01時52分56秒
- 全然進まないよぉ(泣
このままだとタイムリーな話でなくなってしまう罠。
今の話だけでなく、この次の話までも。
>>99 名無し読者さん
レスありがとうです。
先週は大治郎のお別れ会に行ってきました(ので更新なし)。
本当に、みんなに愛されているライダーだったことを実感しました。
マイペースな進度ですが、これからもよろしくです。
- 118 名前:圭のためのKei -28 投稿日:2003年06月02日(月)01時04分34秒
- CSはまだまだ続く。
直線の途中でコーション、170km/hからのフルブレーキング。
ロック寸前の絶妙なコントロールで減速、大地が割れた大きなクレバスをゆっくりとクリアする。
悪路は続く。大小さまざまな石が点在するガレ場だ。ほとんど徐行の状態。
そこを抜けると再び全開区間。高速コーナーが続く。
路面のうねりに注意しながら、高速ドリフトでクリアしていく。リズムが出てきた。
が、ノってきたところにインパネの警告灯が水を差す。
水温上昇しているという警告だ。クルマを急に停止させるのは良くない。ーダウンする。
手順通りマシンの状態をチェックしていく。すぐに気がついた。
先の川渡りで止めた冷却ファンが止めたままだったのだ。
ファンのスィッチを入れると、水温は見る間に下がり始めた。
笑ってごまかすチィリ。保田も無意味に責めない。
- 119 名前:圭のためのKei -29 投稿日:2003年06月02日(月)01時05分33秒
- CS8を終了しサービスに戻ってくる各車。
トップを走っていたプジョー206WRCは右リアタイヤを失って帰還。
サービス目前でスタックしてしまい、時間切れで無念のリタイヤという一幕も。
その脇を通り抜けてきた2台のKeiがサービスに滑り込む。
最長ステージだけあって無傷とはいかなかった。早速修復が始まる。
モータースポーツ、特にラリーは総力戦。
サファリラリーでは今回のようなアクシデントはよくあることだ。
そういった状況に備え対策を立てていたスズキチーム。
ツールや部品の準備はもちろん、作業の練習までしていた。
- 120 名前:圭のためのKei -30 投稿日:2003年06月02日(月)01時06分10秒
- 手際よく作業が進む。25分という時間制限があるためだ。
牛を轢いてしまった保田のKeiは、車体の歪みを矯正するところから。
続いてサスペンション周りの点検、そしてダメージを負ったパーツの交換。
外れてしまったフェンダーはスペアを装着。ヒビの入ったウィンドグラスも交換。
同時にタイヤバーストしたノリカシュミットのKeiも修復される。
弾け跳んだトレッドがボディを痛め、リアバンパーは取り付け部ごと脱落していた。
あわてずあせらず。溶接機で千切れたボディ部の修復から開始。
歪んだサスアームは一式交換。バンパーも新品が装着される。
余裕で修復を終えた2台のKeiは、ほぼ完全に修復されてサービスを離れた。
- 121 名前:圭のためのKei -31 投稿日:2003年06月02日(月)01時06分47秒
- 「パンクしてホイール交換を強いられ遅れたが、それ以外はノープロブレム。
順位よりもクルマを壊さないことに注意している」
(#24:F.ノリカシュミット)
「牛さんを轢いてしまいました。
すごい衝撃で驚いたけど、クルーもクルマも無事で良かった。
クルマはサービスで完全に修復されたので、不安はない」
(#26:保田圭)
時間通りにタイムコントロールを通過した2台。
ノリカシュミット13位、保田圭14位。その差はついに1分を切っていた。
続くステージは今回のサファリで最難関といわれるCS9とCS10。
- 122 名前:圭のためのKei -32 投稿日:2003年06月02日(月)01時07分47秒
- CS9はヒルクライムが主体のコース。
パワーがものを言うステージで、Keiにとっては厳しい。
路面も荒れていた。ノリカシュミットは路面に出ていた石をヒット。
プロペラシャフトから異音が発生するも走行に支障は無し。
一方の保田にもアクシデント。
突然前方に飛び出してきたインパラを避けて軽くコースアウト。
再び左のフェンダーを痛め、脱出に手間取る。
これで焦ってしまったか、その後もスピンを連発してしまう。
さらに、ゴール直前にパンク。慣れない手つきでホイール交換を済ませる。
- 123 名前:圭のためのKei -33 投稿日:2003年06月02日(月)01時09分13秒
- この日最後のCSのCS10はダウンヒル主体のコース。CS9で上った分を下る形だ。
小型軽量でハンドリングに優れるKei向きのセクションと言える。
それをわかっているノリカシュミットだが、マージンを残した走りに徹する。
ステージをノントラブルで走りきったタイムは、総合で6番手。
並み居るワークスを上回るタイムを叩き出した。
同じマシンを駆る一方の保田はこのステージで攻めに転じた。
前のステージでのロスを取り戻すつもりもあった。
何より、経験はでは劣るがノリカシュミットより若い保田。
ここ一発の速さを、証明しておきたかった。
- 124 名前:圭のためのKei -34 投稿日:2003年06月02日(月)01時11分32秒
- コースをカッ飛んでいく黄色い弾丸。
カナリアイエローが目にも止まらぬ速さで駆け下りていく。
初めから全開の保田。すでに中間地点を通過しタイムが出ていた。
36km地点の通過タイム、ノリカシュミットが23分46秒。
そして同じマシンの保田は、22分55秒。なんと51秒も速い。
保田の方がキロあたり1.4秒も速いのだ。
その結果を知ったプレスに、衝撃が走った。
そんなことも知らずに走り続ける保田。72kmのCSも終盤に入っていた。
マージンを削っての全開走行は、体力勝負でもあった。
元々多汗症の保田は、汗だくになりながら攻めていたのだ。
- 125 名前:圭のためのKei -35 投稿日:2003年06月02日(月)01時15分41秒
- 「うぅぅ、目にしみる…」
残り5kmを過ぎたところで、目に汗が入るようになっってしまう。
完全に視界を失うわけではないが、どうしても気になり何度も手で拭う。
下りながらの右コーナ。サファリには珍しい、ほぼ直角のコーナー。
しかし路面が微妙に変化していて、イン側のクリッピングポイントが見えない。
加えて、路面の状態の水の残る滑りやすい状況だった。
そこへペースノートの指示よりもオーバースピードで進入していく保田。
目に入る汗に気を取られ、判断がわずかに遅れてしまった。
- 126 名前:圭のためのKei -36 投稿日:2003年06月02日(月)01時23分55秒
- ドリフトしながらコーナーが見えた瞬間、保田はしまった、と思った。
スピードが出過ぎているが、それでも何とかなるとアプローチ。
しかし、そこで路面の変化に気付く。少しだけ色が違った。
まさか、と思ったときは遅かった。そこだけ滑りやすかったのだ。
足元をすくわれて姿勢を崩すKei。小さなマシン故、安定性に欠けているという部分もあった。
必死で立て直すも、もう遅かった。
アウト側へ飛び出したマシンはそのままコース脇の土手を転がり落ちていく。
そのまま横に何回転もしながら10メートル近く落下して、止まった。
- 127 名前:圭のためのKei -37 投稿日:2003年06月08日(日)14時44分31秒
- 「うわぁ、どうしよう……やっちゃったぁ」
保田は頭部をロールケージに打ち付けたものの、意識はしっかりしていた。
チィリも腕を軽く打っていたが、ペースノートは離さなかった。
幸いにもクルーに支障はなかったが、マシンはどうもそうはいかないようだ。
一応、タイヤを下にして止まっていたが、車体は傾いでいた。
エンジンを始動させてコースへの復帰を試みるも、思ったように進めない。
それだけではない。何か引きずっているような感じだ。
おおよその状況は理解できた2人。それでも、確認のため車外に出る。
- 128 名前:圭のためのKei -38 投稿日:2003年06月08日(日)14時45分08秒
- 一目瞭然だった。
タイヤハウスが、保田の気力を吸い取るようにポッカリと口を開けている。
転がっている間に岩か木に当たったのだろう。左リアタイヤがハブごと無くなっていた。
それだけではない。ボディは大きく歪み、ガラスは3枚が無くなり1枚がヒビだらけ。
バックドアも外れかけ、リアバンパーは遠く後方に落としていた。
フロントもバンパーが外れかけ、ヘッドライトが歪んでいた。
呆然とする保田。当然、リタイヤを覚悟する。
しかし、チィリはあきらめていなかった。
残りの3輪を確認し、無事なのを確かめる。
そして保田に訊いた。
「ねえ、チィリとどっちが体重あるかしら?」
- 129 名前:圭のためのKei -39 投稿日:2003年06月08日(日)14時45分44秒
- 左リアタイヤを失ったマシン。
もちろん、そちら側が下がり、引きずる状態になる。
それを防ぐには、車体の反対側である右前を重くする必要がある。
マシンの中で簡単に動かせて、かつ重い物。それは人間しかない。
そして、保田はチィリよりも数kg体重が多いため、重りの役に。
「えーっ!、わ、私が!?マジで!」
有無を言わせないチィリ。さすがに経験があるだけのことはある。
何度も、轢かないでねと確認してしがみつく保田。
ドライバーシートに座ったチィリと目が合う。
走り出す。ゆっくり走ると言ったチィリだが、保田にはとても速く感じた。
なにしろ落ちたら自分のマシンに轢かれるのだ。
それを考えるだけで背筋が凍る。
「スピード!もっとスピード落として!」
「スピードアップ?」
「ちーがーうー。怖いよぉ」
保田に必死の叫びは、むしろ逆効果に。
- 130 名前:圭のためのKei -40 投稿日:2003年06月08日(日)14時46分16秒
- ゆっくりとCSをゴールする#26のKei。
その姿に、周囲の視線が集まる。
確かにボディはシルエットが変わるほど変形し傷ついていたし、ガラスはヒビだらけ。
しかし、それよりももっとすごい物が、ボンネットの右隅にあった。
まるでセミが木にとまっているように、ほこりだらけの人間がしがみついていたのだ。
足をバンパーにかけ、右手でワイパーを左手でミラーをつかんでいる保田圭。
口の中の砂利を吐き捨てた。
CSの残り3km弱をしがみついたまま走ってきた保田。
当然、ここで終わりだと思い降りようとする。
「まだ」
チィリが冷たい視線で保田を引き留める。
「ま、まさかこのままサービスまで?!」
「そう。あったり前じゃない!たった30kmちょっとだから大丈夫」
緊張感のない高い声に、保田は生命の危機を感じた。
- 131 名前:圭のためのKei -41 投稿日:2003年06月08日(日)14時46分48秒
- あえぐようにサービスパークへ到着する#26のKei。
再び、他の参加者やジャーナリストの注目を浴びる。
ゆっくりとマシンが止まり、保田は崩れ落ちるようにボンネットから降りる。
知らせを受けていたメカニックがすぐに作業を開始、修復されていく。
「よかったぁ。助かったよぉ」
極限の状態から解放され、脱力状態の保田、チィリの肩を借りて歩く。
そして全身ほこりだらけ。顔などはほくろがわからなくなるほど。
脱いだヘルメットやシューズからは大量にほこりが出てくる。
肩を貸すチィリもほこりまみれ。
歪んだ車体には大量のほこりが進入していたのだ。
- 132 名前:圭のためのKei -42 投稿日:2003年06月08日(日)14時47分19秒
- 大きなダメージを受けたマシンの修復は大がかりなものになっていた。
歪んだボディを油圧プレス機で無理矢理に矯正。
もぎ取られた左リアの足周りは予想以上に酷く、サブフレームまで痛んでいた。
これら一式を交換するのだが、そのままではボディが歪んでいて取り付けられない。
矯正作業の進行に合わせ、それで足りない分は溶接機で切り貼りして解決。
これでも、保田が身を挺してボンネットに乗ってきたおかげだった。
もしも左リアを引きずって走ってきたなら、ダメージはもっと大きかった。
足周りがしっかりと修復されるのに対して、外装は応急処置。
ボディの歪みではまらないガラスの代わりに、厚手のビニールをガムテープで張り付ける。
ロックできないリアドアはワイヤーで無理矢理に固定。
ヘッドライトは脱落しないのを確認すると、そのまま手を着けない。
限られた時間内で修復しなければならないのだ。
重要でない部分は、最小の作業で済ませるのがセオリー。
保田のKeiは時間を少しオーバーして作業を完了。
あわててタイムコントロールを通過し2分遅れ。
その2分をペナルティとして受けた。
- 133 名前:圭のためのKei -43 投稿日:2003年06月08日(日)14時47分54秒
- 「CS10は気持ちよく走れた。タイムも良くて満足している。
現在12位だから、最終日にベストテンでゴールできたらラッキーだ。」
(#24:F.ノリカシュミット)
「やっちゃいました。私のミスです。
勝負所なので攻めたが、攻めすぎた。オーバースピードで飛び出してしまいました。
何回回転したかわからないくらいのクラッシュだけど、怪我は無いです。
残り5kmの地点でノリカシュミットより1分半以上速かったのに、
ラストの5kmを30分もかかってしまって、もうダメですね。
チームのおかげでまだ走れるので、しっかり完走したいです」
(#26:保田圭)
- 134 名前:圭のためのKei -44 投稿日:2003年06月08日(日)14時48分25秒
- 第2レグを走りきったのはわずか18台のみ。
過酷さは変わらず、この日だけで11台がリタイヤ。
初日の7台と合わせて、半数がリタイヤしていた。
その中で、1台を失いながらも堂々と生き残っているKei。
#24ノリカシュミットが12位と大健闘。
コースアウトとペナルティで遅れた保田は16位。
再びケニアッタ広場のパルクフェルメで保管される各車。
人もクルマも最後の戦いへ向けて、短い休息を取る。
- 135 名前:圭のためのKei -45 投稿日:2003年06月08日(日)14時49分07秒
- 最終第3レグ。
この日は5つのCS、CS11から15までが設定されている。
スタートは早朝6時30分。蓄積した疲労も隠せない。
ここでハプニング。#24ノリカシュミットのKeiが始動できない。
スターターが回らずにエンジンに火が入らないのだ。
ここはサービス禁止区間。メカニックが近寄ることもできない。
タイムリミットが迫る。仕方なくマシンを押してパルクフェルメから出る。
観客が集まり人だかりができるが、みな傍観しているだけだ。
下手に助けを借りると、失格になることもあるからだ。
時間ぎりぎり、最後の手段である押し掛けでエンジンが息を吹きかえす。
急いで走り出すノリカシュミット。何とか間に合い、ペナルティは受けなかった。
- 136 名前:圭のためのKei -46 投稿日:2003年06月08日(日)14時49分38秒
- この日最初のCS11。距離は62km、荒れた路面とストップ&ゴーのステージ。
保田が気を吐く。ダメージを受けたマシンでノリカシュミットを上回るタイム。
前日の終盤に見せた速さがフロックでないことを証明する。
保田はこれで15位。ノリカシュミットは変わらず12位。
続くCS12はこの日最長の97km。
この日は朝から空に黒い雲が低く立ちこめていた。
スタート直前、その雲から大粒の雨粒が落ちてくる。
急激な状況の変化に、気を引き締めて挑む。
- 137 名前:圭のためのKei -47 投稿日:2003年06月08日(日)14時50分09秒
- 突然の大雨はコースを泥沼に変えていた。
微粒子パウダーの土壌が水分を吸ってヘドロ状になった路面が、マシンを飲み込む。
膨大な資金と時間を投入したワークスカーと言えど、それは同じ。
泥の海にパワーを吸い取られ、喘ぐように進むのが精一杯。
路面にはそこかしこにマッドホールが口を開けて罠を張っている。
これにはまってしまうとタイムロスは免れない。
脱出に無理しすぎると、マシンを壊すことも。
最強軍団のプジョーの、最後の1台がここでミッションを壊してリタイヤ。
トップに立っていたフォードフォーカスもスタックで30分以上をロスして後退。
スバルインプレッサに首位を譲ってしまう。
- 138 名前:圭のためのKei -48 投稿日:2003年06月08日(日)14時51分15秒
- この最悪の路面は参加者に平等だった。
ワークス勢1台を含む4台がここCS12でリタイヤ。
そして苦戦したのは2台のKeiも同様だった。
軽量な車体はスタックしにくいが、逆にスタックしてしまうと脱出しにくい。
マッドホールに捕まったノリカシュミットは大幅なタイムロス。
しかもエンジンを酷使しすぎてオーバーヒート。
CSの後半はスローダウンを余儀なくされる。
保田も室内に侵入してくる泥と戦いながらのドライビング。
いくつかのタイムロスはあったものの、それでも大幅に遅れなかったのが幸運だった。
本人は全く納得していない走りだったものの、CSのタイムはなんと総合で4番手。
保田より速かったのは2台のインプレッサとフォーカスのみ。
傷だらけのマシンでフルサイズのWRカーと互した保田、大健闘だ。。
前日CS10での力走とあわせて、メディアが大騒ぎする。
- 139 名前:圭のためのKei -49 投稿日:2003年06月08日(日)14時51分47秒
- 路面の悪化と、天候の急変でチェイスヘリが飛べないことでCS13はキャンセル。
スケジュールが遅れていることもあり、各車直接サービスへ向かう。
消耗しきったクルーにとっては喜ばしい決定だった。
とはいえ、路面状況で言えばCS12の方が厳しかった。
そこでリタイヤしたドライバーには皮肉な決定かもしれない。
混乱したリーダーボードがようやく整理されると、ちょっとした驚きが。
ノリカシュミットは12位のまま変わらず。
注目はなんと保田。11位へとジャンプアップしていたのだ。
前を走るプライベーターのランサーとの差はわずか1分45秒。
ベストテン入りも夢ではなくなってきた。
- 140 名前:圭のためのKei -50 投稿日:2003年06月08日(日)14時52分22秒
- 「2回もスタックして大幅にタイムを失った。
ここまですごいサファリは初めてだね。残り少しだから、なんとか走りきりたい。
(保田のタイムを知らされて)圭ちゃんはラッキーだったのだろう」
(#24:F.ノリカシュミット)
「ドアの隙間から泥が飛んできて、目に入らないようにしながらで大変だった。
滑ってばかりで、走りには全然納得してない。
まぁ、結果には大満足なんですけど。
ここまで来たのだから、もうキリキリと攻めて行こうかと(笑)
ゴールで上手いお酒を飲めるように頑張ります」
(#26:保田圭)
始めて保田に先行されたノリカシュミットは、微妙に不機嫌。
順位を意識しないようにしているのが表情に現れていたのだ。
一方の保田は朝からマイペース。
前日の大クラッシュで吹っ切れたのがいい方向に作用していた。
- 141 名前:圭のためのKei -51 投稿日:2003年06月08日(日)14時53分16秒
- ラリーも大詰め、残るCSは14と15の二つ。
このステージは第1レグでCS1及びCS2として使われたコースでもあった。
路面は早くも乾き始めていたが、雨のために大きく荒れていた。
とはいえ、各車とも大きく差が開き、完走狙いの選手が多かった。
マシンを壊さないように、無理せず慎重にな走りに徹していた。
トップテンに手が届きそうな保田もあまり飛ばさない。ここまで来てリタイヤはしたくない。
しかし、ノリカシュミットだけはそうしなかった。
不運なスタックで保田に先行を許してしまった。
その上、ステージキャンセルで逆転の機会が少なくなってしまった。
差は小さくないが、それは問題でない。
プライドをかけた戦いなのだから。
- 142 名前:圭のためのKei -52 投稿日:2003年06月08日(日)14時54分10秒
- CS14を終えた保田のレーシングスーツは赤く染まっていた。
走行中にまたしても動物と衝突。今度は鳥だった。
サイドウィンドウに穴を開け車内に羽が舞う。
さらにほこりが入ってくるようになったが、保田は気にせずにドライブ。
その後、タイヤバーストでホイール交換を強いられてしまう。
積んでいた電動インパクトレンチが動かないこともあり手間取ってしまう。
ここを攻めたノリカシュミット。保田を上回るタイムを記録。
順位は変わらなかったが、保田との差を2分台にまで縮めてきた。
ラストのCS15で逆転を狙っていた。
CS15のスタート前にノリカシュミットが差を詰めたのを知った保田。
しかし動じない。譲る気はないが無理もしない。
ゴールすることが最大の目標のだから。
- 143 名前:圭のためのKei -53 投稿日:2003年06月08日(日)14時55分32秒
- 所々に濡れた路面が残るも、ほぼドライになったCS15。
ほこりがあまり舞わないため、走行順のハンディは少ない。
マイペースで走る保田だが、速いペースのリズムができていた。
同じコースのCS2よりもいいタイムを刻みながら走っていく。
途中で地元のトラックとすれ違う。一瞬ヒヤリとするが無事に通過。
このまま走りきれると思ったラスト10kmでまたしてもアクシデント。
とっさのギャップに減速が間に合わなかった。そのまま中途半端な姿勢でジャンプ。
フロントからの着地をミス。体勢を立て直しかけるがまたしても転倒。
回転が遅いゆっくりとした転倒だったが、ルーフを下にして止まった。
「うわ、またやっちゃたよー」
バンザイをするように両手をルーフについて身体を支える保田。
チィリも片手で身体を支え、反対の手はペースノートをはなさない。
- 144 名前:圭のためのKei -54 投稿日:2003年06月08日(日)14時56分06秒
- だが保田は幸運だった。
転倒したところはマサイ族が多数観戦している場所だったのだ。
わらわらと寄ってくる人影。ひっくり返った保田からはいくつもの足が見えた。
何も言っていないのに、クルマに取り付いて押し始める。
あっという間に元に戻される。事態が飲み込めないが、助けてもらったのはわかった。
ウィンドウから手を振り、サンキューと叫びながら再スタート。
道行く人々が、親切だった。
- 145 名前:圭のためのKei -55 投稿日:2003年06月08日(日)14時56分55秒
- それまであまり気付かなかったが、コースサイドにいる人影は多い。
砂埃を上げ石をはね飛ばしながら疾走するマシンの脇を、マサイ族はじっと佇んでいるのだ。
彼らはあまり騒いだり大声を出したりはしない。
彼方からやってくるマシンをじっと見つめ続ける。そして最後のマシンが走り去るまで動かない。
しかし、ラリーのことを知らないわけではない。
クルマやドライバーのことを結構知っているし、トラブルが起きれば手助けもする。
逆に、あまりに遅いと石を投げつけたりもする。
石を投げられるどころか、助けてもらった保田。
彼らに認められていたのだ。
- 146 名前:圭のためのKei -56 投稿日:2003年06月08日(日)14時57分30秒
- CSのゴールを駆け抜ける#26のKei。
残すはロードセクションのみ。ほぼ完走したと言ってもいい。
がっちり握手する保田とチィリ。始めてのペアだが、コンビネーションは悪くなかった。
チームと無線で連絡を取ると、前を走っていたGr.Nランサーがリタイヤという知らせが。
この時点で保田は暫定10位。あとはノリカシュミットのタイム次第だ。
しばらくして再び無線が入る。
ノリカシュミットのタイムは保田よりも遅れていた。
歓声をあげる保田とチィリ。
やっぱり、勝てたのはうれしかった。
- 147 名前:圭のためのKei -56 投稿日:2003年06月08日(日)14時58分27秒
- 最終のサービスへ帰還した#26のKei。
2度目の転倒でフロントを壊したマシンは、片方のヘッドライトを失いバンパーも引きずっていた。
しかし、そんなことは関係なかった。無事に完走したことがすばらしい。
何しろ今回のサファリは大サバイバル。完走わずか12台。率にすると30%。
チームは拍手で出迎えてくれた。
マシンを降りた保田は汗とほこりにまみれていた。
しかし表情は明るい。疲労の色もない。
その保田に、シャンパンボトルが手渡される。
何?と尋ねるとクラス優勝と完走のお祝いとの答えが。
そう、保田はクラス優勝まで果たしていたのだ。
もっとも、Keiと同じクラスのマシンはエントリーしていなかったのだが。
それでも優勝はうれしいものだ。保田自身、優勝は久しぶりだった。
栓を抜き、ボトルを思いっきり振り回す。
飛び散る泡。逃げまどうチームクルー。
調子に乗る保田は、感謝の投げキッス。
チームクルーだけでなく、近くに寄っていたメディアやオフィシャルも逃げる。
最後にここまで頑張った傷だらけのマシンへ、感謝を込めてキッス。
最後のキスは、アフリカの味がした。
- 148 名前:圭のためのKei -58 投稿日:2003年06月08日(日)14時59分25秒
- 「走り切れればいいやと思っていたけど、結果までついてきてとってもうれしいです。
いっぱいミスをしてクルマを壊したけど、
チームがいい働きをしてくれたおかげで何とかなりました。ほんとうに感謝してます。
ノリカシュミットともいいバトルができて楽しかったです。
Keiは速くてタフなクルマでした。
だけど、次にサファリ走るならランサーかインプレッサがいいですね(笑)」
(#26:保田圭、総合10位・クラス優勝)
「今回のサファリは今までで一番厳しいコンディションだった。
その中を完走できたのだから満足している。
圭ちゃんは速いね。でももう少し慎重になるといいだろう」
(#24:F.ノリカシュミット、総合11位)
- 149 名前:圭のためのKei -59 投稿日:2003年06月08日(日)15時00分59秒
- ケニアッタ広場でのゴールセレモニー。
完走した12台の頂点に立ったスバルインプレッサがポディウムに上る。
ボンネットに上ったクルーがシャンパンを振りまく。
歓声が周りを包み、勝者を大いに讃える。
保田も手を叩いて称賛する。
F・娘。を卒業したばかりでまだ足元の定まっていない保田。
今回のサファリの完走で、自分に少しだけ自信が持てた。
いつかは自分もポディウムに。
この先がどんな道かはわからないけど、頑張っていける気がした。
<おわり>
- 150 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年06月08日(日)15時22分54秒
- 更新しました。
中編となる”圭のためのKei、ようやく終わりました。
今回は軽い気持ちで始めたのですが、完結までは結構泥沼でした。
分量的にも30レスぐらいでと考えていたのですが、結局その倍。
ヤッスーの卒業に合わせてと言いながら、一ヶ月も経っているし。
これでもエピソード削ったのだけれど。計画性無いなぁ自分。
今更ですが、題材がサファリというのもちょっと失敗な感じも。
現実世界ではWRCカレンダー落ちしちゃったし、パリダカと被る部分が多いので。
ヤッスーの名前が圭じゃなくてイグニスとかスイフトだったなら、
モンテとかいろいろ選択肢もあったのに、とお馬鹿なことを考えたりしてましたがw
まー、現実のヤッスーにも頑張って欲しいですね。ハロモニ司会を足がかりに。
- 151 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年06月08日(日)15時24分33秒
- 余談ですが、はじめに考えていたタイトルは”サバンナの狛犬”でした。
が、あまりにもあんまりなので、直前に変更。
でも、やっぱりイマイチなのはいつものことなのでご勘弁を。
それから、次回予告を少し。
題材は、気がつくと来週に開催されるル・マン24時間耐久レースです。
この伝統のビックレースを、一世を風靡した某ユニットがチャレンジするというものです。
これもねー、タイムリーに完結させるのは無理ですね。
まだ全然書き進んでいないので、多分一ヶ月以上かかるのは確実かと。
いつものことですが、期待しないで待っていて下さい。
- 152 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年06月08日(日)15時32分41秒
- 倉庫のリンクが変わったので、念のため。
〜最速娘。伝説誕生〜”フォーミュラー・娘。”(緑板倉庫)
http://mseek.xrea.jp/green/1007830858.html
”フォーミュラー・娘。” Rd.2(金板倉庫)
http://mseek.xrea.jp/gold/1015426332.html
”フォーミュラー・娘。” Rd.3(青板倉庫)
http://mseek.xrea.jp/blue/1023607602.html
それからこのスレのショートカット。
”2seater”、>>35-55
2人乗りのフォーミュラーカーとオレx飯田圭織を題材にした短編。
”プライド。”、>>59-76
峠での2輪バトルの短編。凹む吉澤ひとみ編、あるいはいたずら好き柴田編。
”圭のためのKei”、>>88-149
保田圭の国際レースデビューの話。軽自動車でサファリを走る中編。
- 153 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月13日(金)23時39分07秒
- ルマン24時間耐久レースで書いてほしいです。
- 154 名前:乙女、ル・マンに感動 -01 投稿日:2003年06月14日(土)17時55分47秒
- 夜の居酒屋に、女性が二人。
一人は、関西弁とカラーコンタクト。
もう一人はかなり小柄でその場にそぐわないくらい雰囲気。
落ち込んでいる小柄な女性を、関西弁のもう一人が慰めている様子だった。
「ま、しゃーないわな」
「うん…。結果出せなかったからね。でもここまで減らされるとは…」
「それをバネに、また頑張ればええやん」
「そうなんだけどね。でも、なんかさぁ〜矢口の時代が来る来るって言われてるうちに
過ぎちゃったような気がするんだよね…」
- 155 名前:乙女、ル・マンに感動 -02 投稿日:2003年06月14日(土)17時56分24秒
- 矢口真里。
F・娘。のいわゆる2期メンと呼ばれる、中堅ドライバーである。
そして、もう一つの肩書きが”世界一小さいレーシングドライバー”。
…ギネス認定ではないが。
とはいえ、モータースポーツは実力主義の世界。
どんな体格をしていようが、成績を残せば文句は言われない。
そういう意味では、身体の小ささはプラスにもマイナスにもなっていなかった。
事実、矢口はこの日チーム・タンポポと契約更改を済ませてきたところだった。
が、その内容が思わしくなかったのだ。
- 156 名前:乙女、ル・マンに感動 -03 投稿日:2003年06月14日(土)17時56分56秒
- 前のシーズンは美祢での1勝を初めとして21ポイントでランキング4位。
何より、最終戦までタイトルを争ったのが評価され、自信にもなっていた。
そして、迎えた新しいシーズン。自分も周囲も更なる活躍を信じていた。
開幕戦4位、第2戦で2位表彰台と滑り出しも順調。
が、第3戦がターニングポイントだった。
トップ走行中のタイヤ交換でエンスト。そこから懸命に追い上げて6位がやっと。
その後はトラブルやミスの連発で入賞すらままならない。
終わってみれば10ポイント、途中で復帰した同期の市井に同点で負けてのランキング6位。
何より、終盤の不調がイメージを悪くしていた。
当然、契約交渉は芳しくなかった。
チームが矢口に提示した契約金はなんと50%減。
不況によるスポンサーの減少もあり、予想以上に減らされていた。
もちろん減額は覚悟していたが、実際に額を見るとショックを隠せない矢口。
しかし、ほかに選択肢は無かった。
- 157 名前:乙女、ル・マンに感動 -04 投稿日:2003年06月14日(土)17時57分29秒
- 居酒屋のもうひとりは、パリダカのゴールから帰ってきたばかりの中澤裕子。
矢口に呼び出され、愚痴を聞かされていた。
「でさぁ裕ちゃん、矢口はどうしたらいいのかなぁ?」
すっかり酔った矢口を、あやすようにする中澤。
「どうしたらって、難しいなぁ。」
実際のところ、矢口は穴のない優れたドライバーだ。
スピンや接触でマシンを壊すことはほとんど無いし、開発能力だって優れている。
経験は豊富でレースでは手堅いし、そこそこの速さも持っている。
事実、関係者の間では評価は高いし、中澤も獲得を考えたこともあった。
しかし、オールマイティな矢口は、そこが弱点でもあった。
後藤や吉澤のように一発があるわけでもないし、石川みたく華麗なドライビングを見せるのでもない。
バランスが取れすぎているのだ。器用貧乏と言い換えてもいいかもしれない
- 158 名前:乙女、ル・マンに感動 -05 投稿日:2003年06月14日(土)17時58分42秒
- 矢口は酷く酔っぱらい、ぐったりとしてテーブルに突っ伏していた。
場はまったりとして、中澤は珍しくカクテルを注文していた。
カクテルのグラスを照明にかざして、その向こうの赤くなった世界をのぞく。
…やはり矢口は突っ伏したまま。
乱れた髪が、ちょっと前のCMを連想させた。
あへ?…ちがうな。ぽひ、でもないし…。なんやったっけ…。
そのとき、矢口がゆっくりと体を起こした。
いひひひ、と下品に笑いながら。
「それや!」
「なんだよバカ裕子!大声出すな、頭に響く!」
「矢口の方が声でかいで、ってそれはどっちでもええねん。イヒや、イヒ!」
「なんだよそれ、全然わかんないよ!」
「だから、ブレイクスルーや。昔のCMがあったやろ」
「だから何なんだよ!」
「いまの矢口を打ち破るんや。これでな…」
がさごそとバックを漁り取り出した書類を矢口に突きつける。
「なんだこれ…るまん? …ってル・マン24時間かよ!」
- 159 名前:乙女、ル・マンに感動 -06 投稿日:2003年06月14日(土)17時59分22秒
- ル・マン24時間耐久レース。
インディ500、モナコGPとともに世界三大レースといわれるビックイベントである。
フランス中部のル・マン市の公道を閉鎖して年に一度、一番夏至に近い週末に催される。
長い歴史を誇るこのレース、単に24時間走り続けるだけなのだが、多くの人々を惹きつけている。
日本での知名度も高い。ル・マンをライフワークにしている日本人ドライバーもいるくらいだ。
そして、矢口もル・マンにあこがれるひとりであった。
その3文字を見て一気に酔いがさめた矢口が中澤に食いつき、説明を求める。
「なんでも、ある企業の記念事業としてル・マン参戦が計画されてるらしいんや。
その中の一台をうちらF・娘。のメンバーで走らそうという話になってる。
それで、ドライバーの選定を寺田さんに依頼されたというわけや」
中澤がやれやれといった感じで説明を始める。
「で、あのオカマのつんくが裕ちゃんに丸投げしたんでしょ」
「オカマ呼ばわりするなや。あの人いなかったらF・娘。は無いんやから」
「まぁそうだけど。大体あのエントリー名からしてセンス無いよね」
- 160 名前:乙女、ル・マンに感動 -07 投稿日:2003年06月14日(土)17時59分52秒
- F・娘。シリーズを設立者である寺田光男。今でも多くの実権を握っている。
その寺田も、ドライバー時代は”つんく”という名でエントリーしていたのだ。
それだけでない。金髪を逆立て細い眉にメイクというビジュアル系ロックバンドのような格好で走っていた。
先頃、名前の画数が良くないというアドバイスを受けた結果”♂”という文字を最後に付けるようになった。
もっとも、最近はあまり表だってレースを走ることは無くなったのだが。
「まぁええわ。そんなに文句あるなら矢口は外そうか」
矢口が本気で悪口を言っているのではないことをわかっている中澤、釘を差す。
「ええっ!ちょっと待って裕ちゃん!本気で言ってるんじゃないよ」
あわてて態度を改める矢口を見て、にんまりする。
矢口が乗り気なのは、初めからわかっていることなのだ。
- 161 名前:乙女、ル・マンに感動 -08 投稿日:2003年06月14日(土)18時00分27秒
- 「ま、オイラはいいとして、ほかのドライバーはどうするつもりなの?」
さすがに24時間を一人で走りきることは出来ない。
1チーム3人と、何かあったときの代役として1人の計4人でエントリーとなる。
当然、F・娘。の参戦ドライバーから選ぶ。
「それなんやけど。スポンサーの希望も考えてつんくさんと話した結果、
矢口の他に飯田、石川、そしてリザーブに加護って線で考えてるんやけど」
- 162 名前:乙女、ル・マンに感動 -09 投稿日:2003年06月14日(土)18時01分06秒
- 「うーん、悪くはない。でも、オイラだったらそうしないね」
「ほー、言うやないか。ここはひとつ聞かせてもらおうか」
「ごっちんとよっしぃ。ダメならなっちでもいい」
「あかん。後藤と吉澤はCARTの日程と被っているし、なっちはドクターストップ。
それに、あのなっちがルマン出ると思うか?」
「思えないね。でも速さを求めるならこれがベストでしょ」
頷く中澤。確かに、スピードでは文句無しだ。
しかしそれが耐久レースで結果につながるというと、そうとも言い切れない。
「まぁええわ。先にうちらが考えたメンツを否定する理由聞かせてもらおうか」
挑発するような中澤に、いいよ、といって姿勢を正す矢口。
「まずカオリだけど、背が高すぎる」
思わず吹き出しそうになる中澤をにらんでから言葉を続ける。
「こないだのもてぎのF・娘。のレース覚えてる?
スタート直後クラッシュで赤旗になったんだけど、そのときうちらのチームは大わらわだったんだ。
…オイラ用のマシンを、カオリが乗れるようにするのに
- 163 名前:乙女、ル・マンに感動 -10 投稿日:2003年06月14日(土)18時01分36秒
- 普通の人が乗用車を運転する場合でも、シートの位置調整をするのと同じように、
レーシングマシンでもドライバーの体格や好みに合わせた調整が必要だ。
ただし、一般の市販車のようにシートがスライドするようになっているわけでなはい。
シートそのものをドライバーの体に合わせた専用品を作り、それを使うのだ。
また、シートの位置が固定されているため、体格によっては足がペダルに合わないことも。
そんな場合はマシンの方で何とかする。すなわち、ペダルの位置を動かすのだ。
その分の調整幅はあるし、それでも足りない場合は改造することもある。
実際、矢口の場合は足が届かないので、チームはモノコックに新たな取り付け穴を開けて解決していた。
- 164 名前:乙女、ル・マンに感動 -11 投稿日:2003年06月14日(土)18時02分06秒
- レーシングマシンはドライバーそれぞれの専用品になっているといって過言ではない。
万人向けの市販車と、誰が乗るのかが決まっているレーシングマシンという差でもある。
しかし、そのレーシングマシンでも違うドライバーが乗る場合もある。
ひとつはマシンを損傷してしまい、チームメイトのマシンを借りるとき。
あるいは、耐久レースなど一台のマシンを数人のドライバーでシェアする場合。
矢口が持ち出したもてぎの例は前者で、ル・マンの場合は後者になる。
どちにしろ、身長が大きく異なる矢口と飯田がマシンを共有するのは難しいことだった。
- 165 名前:乙女、ル・マンに感動 -12 投稿日:2003年06月14日(土)18時02分42秒
- 「たしかに、そうやな。カオリと矢口じゃドライバーの交代が大変やな。
で、石川については?」
「一緒に湾岸走ってた間柄だから良く知ってるよ。
梨華ちゃんは突然の変化に弱いんだ。いきなり雨が振ったりすると、とたんに遅くなる。
公道サーキットのル・マンで、しかも昼も夜も関係なく走るのにそれは致命的でしょ。
「なるほどな。体格の問題も無いわけでないからな。
あー、圭坊はどうや?同期やしペア組んだこともあるし」
「ダメ。ああ見えて鳥目なんだよ圭ちゃんは。十勝24時間でペア組んで大変だったんだから」
矢口の一応の理由を聞いて納得する中澤。
とはいえ、こじつけに感じるところもあり、なにより酔っているのだ。
どのくらい本気なのか、真意を探っていた。
- 166 名前:乙女、ル・マンに感動 -13 投稿日:2003年06月14日(土)18時03分27秒
- 「単刀直入に聞くで。矢口は誰と走りたいんや」
いい加減、帰りたくなってきた中澤がきっぱりと聞いた。
「加護と辻。リザーブにはミカちゃんを」
矢口が、真顔で即答した。ほぉ、と驚いたふりをする中澤。
「裕ちゃんいい。ポイントその1、みんな小柄で軽いから燃費がいい。だから速い」
「小柄はわかるが…軽いかぁ?」
「なにげにヒドイこと言うね。いいや次」
あくまでペースを変えずに話を進める矢口。
「その2、小柄だから目立って、アピールが容易」
「そりゃそーだわ。今でも小ささは目立ち過ぎなくらいやな」
「裕ちゃん、笑うところじゃないんだけど」
真剣な矢口に忠告されて笑うのを止める中澤。
「実際、オイラはあの2人があのままでいいのか疑問に思ってるんだ」
「まぁ、それはわからんでもないなぁ」
- 167 名前:乙女、ル・マンに感動 -13 投稿日:2003年06月14日(土)18時04分01秒
- 加護亜依と辻希美。
F・娘。の若手の注目株で、吉澤と石川の同期のいわゆる”四期メン”のドライバー。
華麗なテクニックが売り物の加護。一発のスピードには定評ある辻。その才能は周囲が認めている。
そして小さな身体と抜群の愛嬌を併せ持つ二人。人気・実力ともに注目の若手ドライバーだ。
しかし、鮮烈のデビューを果たした2年前に比べ、昨シーズンの成績は思わしくなかった。
下手になったわけではない。才能の片鱗は随所に見せていた。
2年前はレイナードシャシというアドバンテージがあった辻と加護。
昨シーズンは性能の劣るローラ勢がほとんどレイナードに乗り換えたという理由もある。
が、マシンのせいにするのは言い訳にしかならない。
二人は2年目のジンクスと言われる、いわゆる伸び悩みの状態になっていたのだ。
そしてその壁を乗り越えられたものだけが、トップドライバーへと育っていくのだ。
中澤と矢口共々、辻と加護には大きな可能性を感じていた。
その可能性を、さらに発揮できるように。
それが矢口の真意だったのだ。
- 168 名前:乙女、ル・マンに感動 -15 投稿日:2003年06月14日(土)18時04分57秒
- 「悪くはないな。レースのなんたるかを学ばせるにはいいかもしれん。
…ただ、あの二人だと24時間は走りきれなそうやな」
カート出身の辻と加護はスプリント系のレース専業。耐久レースの経験は浅い。
そうでなくともやんちゃな二人。細かなミスも多い。
中澤の心配はもっともっだった
だが、矢口はひるまなかった。むしろそれを逆手に取って反論する。
「正直、完走を狙うなら違うメンバーの方がいいかもしれない。
でも、あの二人の、そして自分の可能性に賭けてみたいんだ!」
レースはギャンブルではない。
しかし、誰を選んでも初めてのル・マンだ。手堅い手段では平凡な結果しか出ない。
ならば、外れるかもしれないが、当たれば大きい手を試す価値もある。
中澤も矢口の考えに同調し始めていた。
- 169 名前:乙女、ル・マンに感動 -16 投稿日:2003年06月14日(土)18時05分51秒
- 「裕ちゃん知ってる?ミニモニ。って」
突然違う話題に移り、一瞬唖然とする中澤。
「もちろん知ってるで。今大人気の4人組のアイドルやろ。それがどうしたんや」
「それをあやかって、うちらもミニモニ。ってことで。
ミニなドライバーがル・マンのモーニングを目指す。略してミニモニ!」
思わず笑い出す中澤。完全に矢口のペースだった。
「それ、ええわ。採用しよう。
でも、スポンサーには口が裂けても言えんなそれ」
「いいでしょ。ついでにさ、本家のミニモニ。からタイアップとれないかなー。
おいらリーダーの小山のファンなんだよ。サイン欲しいなー」
「あの子らみんなかわいいわな。ダメもとでアプローチしてみよっか」
「ってことは、裕ちゃん」
「ええよ。つんくさんもこういう奇策は嫌いじゃないやろ。
がんばれよ、矢口」
中澤の言葉に、思わず感動する矢口。
絶対に、ル・マンのチェッカーを受けると誓う。
- 170 名前:乙女、ル・マンに感動 -17 投稿日:2003年06月14日(土)18時07分07秒
-
◇
3月下旬の富士スピードウエイ。
この日はル・マン向けのマシンである童夢S101のシェイクダウンが行われていた。
まだカラーリングがされておらず、カーボン地がむき出しのままの童夢S101が3台。
その1台に、矢口真里が乗り込み、ゆっくりとスタートしていく。
全開にはしない。まだ完成したばかりのマシンだ。各部を確認しながら走っていく。
何度かピットとコースを行き来して最後に軽くアタックして、マシンを降りた。
「どうや?」
コートに身を包んだ中澤が、一段落した矢口に話しかける。
矢口は、寒いとだけ言ってストーブに手をかざす。
この日の気温は3月下旬にしては低かった。ル・マンの決勝は6月中旬。
今回のテストデータはあまり参考にならないかもしれない。
「それは仕方ないことだね。まぁ、全体としては悪くないかな」
とはいうものの、矢口の表情は明るくない。
- 171 名前:乙女、ル・マンに感動 -18 投稿日:2003年06月14日(土)18時08分18秒
- モニタにスピンするマシンが映る。
矢口からマシンを譲り受けた辻が2コーナーを飛び出していた。
思わず目を覆う矢口。無理をするなと十分に言い置いたつもりだが。
「ほれ、矢口先生の出番や」
中澤は冗談めかして言う。
「ああ、どうせオイラの教育が行き届いてないせいですよーだ」
開き直る矢口。控えていた加護にもう一度忠告する。
「で、マシンの方はどんな感じなんや?」
もう一度尋ねる中澤。
「基本的には良いと思うんだ。ただ、まだやることは多いね。
それに、あのマシン2年落ちなのが、やっぱり…」
言葉を濁す矢口。やはり、不安は隠せない。
- 172 名前:乙女、ル・マンに感動 -19 投稿日:2003年06月14日(土)18時09分10秒
- 今回のル・マンプロジェクトは矢口に辻と加護、そしてミカの4人に決定していた。
この4人は共通して小柄である。つまり、小さいドライバーしか乗らないことがわかっていた。
そのため、マシンのコクピットを専用に改造していたのだ。
マシンに乗っているものの中では重い部類に入るドライバー。
そのドライバーが小さくなるため、マス(重量物)の集中をより進めるという効果を狙っていた。
その代償として、中澤ですら足がつっかえるほど狭いコクピットになっていたのだが。
その改修自体は何の問題もなかった。問題はマシンを通して見える体勢。
他の2台のS101のモノコックは、作ったばかりのものと、昨年使ったもの。
それだけではない。他の2台に比べるとリペアパーツが多い。
新品パーツの割合が、低いのだ。
「ウチラは、3台中の3番目のマシンなんだなぁ、と」
「うん。まぁね、これを見てると仕方ないとも思うけどね」
矢口は再びコースアウトした辻を示しながら言った。
- 173 名前:乙女、ル・マンに感動 -20 投稿日:2003年06月14日(土)18時10分04秒
- 「整列!おまえら全然言うこと聞いて無いな」
マシンの整備のために待ち時間に、矢口は辻と加護を呼び出した。
何度かコースアウトを演じた辻と加護。マシンに大きなダメージがなかったのは幸いだった。
「だってぇ、慣れないマシンだし、思うようにドライブできなかったんですよ」
「辻も初めてだし、寒いし良くわかんなかったし…」
「関係ない!」
しかめっ面の矢口に言い訳をする加護と辻。しかし、矢口はそれを一言で切り捨てる。
「オイラは無理するなって言ったんだ。
それをなんであんなに攻めるんだ?データロガー見ればわかるんだぞ!」
現代のレーシングマシンに必須となっているデータロガー。
マシンの動きや状態を記録する電子機器である。
当然、ドライバーの動きも記録されている。
ドライバーがどこでどのくらいアクセルを踏んでいたかなどは当然として、
スピンやコースアウトの原因がマシンなのかドライバーなのかすら、簡単にわかるのだ。
データですべてがわかってしまう現代のレーシングドライバーは、不幸なのかもしれない。
- 174 名前:乙女、ル・マンに感動 -21 投稿日:2003年06月14日(土)18時10分55秒
- そんなことも気にせず奔放に走ってきた辻と加護。
天性の速さでここまで上り詰めてきたのだ。
しかし、状況はそんなことを許さないまでになっていた。
「ル・マン24時間がオイラ達の目標なんだ。そのために90%で走って速いマシンを作ってるんだ。
100%でめちゃくちゃ速いマシンじゃないぞ。耐久レースってのはそういうもんなんだ」
一呼吸置いてから、さらに続ける。
「いいか。オイラ達はプロなんだ。それに応援してくれるスポンサーもいる。
楽しいのはわかるけど、遊びじゃないんだ。真面目にやってくれよ」
「はい」
「わかりました」
真剣な矢口に圧倒される辻と加護がおとなしく返事する。
その後の走行では真面目になった2人。
すこしは、効果があったようで安心する矢口。
説教は柄じゃないけれど、なんとか乗り切った。
- 175 名前:乙女、ル・マンに感動 -22 投稿日:2003年06月14日(土)18時11分48秒
-
◇
その後の予定は富士で数回のテストをこなして、5月上旬の予備予選を戦う。
この予備予選を通過すれば、晴れて6月の本戦に進めることになる。
テストと平行してチームの体勢も決まっていく。
スポンサーも数社が名乗りを上げて参加してくれた。
メインスポンサーはおもちゃメーカーのタカラだった。
イメージカラーのピンク・オレンジ・イエローにホワイトのストライプ。
ポップな印象で、サーキットでは大いに目を引くだろう。
そして、矢口らを喜ばせたことも決まった。
ミニモニ。がタカラのイメージキャラクターをしていたことから、応援してくれることになったのだ。
体制発表会ではミニモニ。本人たちも駆けつけみんなを激励。
小山良子、山本宏美、久保和美、マルシア・サバターニの4人がそれぞれ、
矢口真里、加護亜依、辻希美、ミカ・トッドと握手をする。
みんな同じくらいの背丈だった。
そう、実力の世界では、身長なんて関係ない。
- 176 名前:乙女、ル・マンに感動 -23 投稿日:2003年06月14日(土)18時13分09秒
- チーム名は”タカラ・ミニモニ。・レーシング withF・娘。”に決定。
発表会の様子がテレビで何度も報道される。
今をときめくトップアイドルと、大人気のドライバーが一緒なのだ。メディアは喰らいつく。
翌日、新聞を見て緊張する矢口。
ここまで大々的にやって、予選落ちなんてしたらしゃれにもならない。
それは辻や加護も同じだった。
しかしそれは杞憂だった。
5月4日、本戦の行われるのと同じコースで行われた予備予選で13位。
順当にル・マン24時間耐久レースの出走権を獲得した。
- 177 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年06月14日(土)18時18分45秒
- なんつーか、ほぼ1年温めてきたネタがようやく蔵出しというか、そんな感じです。
タイトルは間違えじゃないですよ。狙ったものです。
はじめから矢口と辻加護で書くと決めていたのですから。
だって、彼女たちだって十分に乙女ですから。
あと、話の中に出てくるミニモニ。ですが、
きちんと元ネタあります。わかった人はすごいです。お友達になりましょう(爆
次回更新は、可能な限り短い時間で行きたいと思いますのでよろしくです。
>>153
レスありがとうです。期待にそえるかわかりませんが、よろしくです。
- 178 名前:乙女、ル・マンに感動 -24 投稿日:2003年06月16日(月)03時03分07秒
-
◇
6月13日、水曜日。
ジャコバン広場で行われた車検を無事に通過したタカラ・ミニモニ。・レーシングwithF・娘。のS101。
ゼッケンは22。チーム籍が日本なので、日の丸と22がマシンに並ぶ。
それを取り囲むのは暖色系のビビットなカラー。どこにいても注目の的だった。
しかし注目度ではレースを勝てない。
これから、一周の速さを競う予選セッションが開始される。
「ふう、やっぱり緊張するなぁ」
予選開始を目前にして、矢口がつぶやく。
第一ドライバーとして登録した矢口。決まりはないが、セッション最初のステアリングも任された。
その傍らで、こちらも神妙な表情の加護と辻。それぞれ第二、第三ドライバーだ。
ヘルメットを被り、マシンに乗り込む矢口。
このときに左右のミラーに触れるのは彼女のジンクス。いつもこうしている。
時間が来て、コースオープン。エンジンを始動させてコースへ出ていく。
他のマシンも同様にピットを飛び出していく。
今年も、ル・マンが始まった。
- 179 名前:乙女、ル・マンに感動 -25 投稿日:2003年06月16日(月)03時04分20秒
- ル・マン未経験の矢口ら3人。
主催者のACO(フランス西部自動車クラブ)はルーキーテストの意味を込めて連続10周を課していた。
一応、予備予選で周回数もラップタイムも基準をクリアしていたが、これが最終確認。
とはいえ、いきなり10周はできない。3周してピットへ戻る。
マシンの状態を確認して、再びピットアウト。今度は10周を連続して走る。
「矢口さん大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしょ、あの人なら。それより、ののは平気なの?」
「うーん。すごく心配。コース間違えそう。あいぼんは?」
「まっかして!といいたいけど、まだちょっとね」
2人の心配は当然のことだった。
ル・マン24時間耐久レースの舞台であるサルテサーキット。
フランス南西部の小さな田舎町のル・マン市に年2回しか登場しない特殊なコースなのだ。
- 180 名前:乙女、ル・マンに感動 -26 投稿日:2003年06月16日(月)03時05分12秒
- サルテサーキットは、すべてが特殊だといってもいいかもしれない。
一番の特徴は、その距離。なんと13.88km
長いと言われる鈴鹿サーキットですら5.807kmだから、その2.4倍。
そしてもう一つが、コースのほとんどが一般の道路だということ。
普段は乗用車はもちろん、大型トラックが大量に走る幹線道路なのだ。
わだちやうねりは一般道のまま。ガードレールが近く、エスケープゾーンも狭い。
ただしサーキットの性格は、同じ公道サーキットとして有名なモナコとは正反対。
ストレートと高速コーナーで構成された、超高速タイプ。
マシンのクラスによるが、最高時速は350km/h以上、平均時速は200km/に達する。
そんなコースを24時間走り続けるのだ。
ル・マンが始めてのドライバーなら、誰でも不安になる。
- 181 名前:乙女、ル・マンに感動 -27 投稿日:2003年06月16日(月)03時06分00秒
- コースに出ている矢口も、それは同じ。
そして難易度の高さだけでなく、威厳あるコースの雰囲気に飲まれかけていた。
5月の予備予選で走っているとはいえ、それだけでは完璧に攻略できていなかった。
日本に帰ってからはル・マンのレースゲームで修練を重ねていたゲーマーの矢口。
コースの概要はマスターしていたものの、実際に走るとなるとやはり難しい。
その矢口をさらに苦しめるのが、他のマシンだ。
下のクラスのポルシェにインディアナポリスで追いつき、アルナージュで抜こうとする矢口。
しかし、ポルシェが見ていなかったのか寄せてくる。無理せずに退く。
「くそっ、前に行かせてくれょ」
とはいえ、心中穏やかではない。
- 182 名前:乙女、ル・マンに感動 -28 投稿日:2003年06月16日(月)03時06分42秒
- ミニモニ。・レーシングのS101は、オープントップのプロトタイプであるLMP900クラス。
クローズドボディのLM-GTPとあわせてル・マンでは総合優勝を狙えるクラスである。
これらレース専用のマシンと混走するのがグランド・ツーリング(GT)クラス。
市販車改造クラスとも言えるこのカテゴリーはプライベートチームも多い。
ル・マン本来の精神を受け継いでいるクラスとも言えるだろう。
そのGTクラスのポルシェをかわす矢口。
が、その前方にさらに連なるマシンが見える。
ため息をつきながら、それでも集中力を切らさないようにする。
ここで慌ててしまえば、辻と加護を選んだ意味が無くなってしまう。
- 183 名前:乙女、ル・マンに感動 -29 投稿日:2003年06月16日(月)03時07分24秒
- 矢口に続いて乗り込んだ辻も無事に連続10周をクリア。
残すは加護だけ。その加護が、珍しく緊張していた。
予選タイムを出す担当、通称アタッカーに任命されていたからだ。
そして予選初日の残った時間ほとんどを、加護のアタックに使うことになっていた。
責任重大である。耐えきれなくなって恐る恐る矢口に聞く。
「あの、本当に加護がアタックするんですか?」
「ミーティングでそう決めただろ。いまさら変えない」
「でも、アタックならのののほうが得意じゃないですか」
加護の言葉通り辻には一周の速さがある。実際、加護は予選で辻に負けることが多かった。
「わかってて加護に任せるんだ。だって、マシンを壊されたくないから」
矢口が緊張をほぐすように、冗談めかして言う。
加護も、それにつられて少し笑った。
「はいぃ、がんばってきまーす」
爆音の中で言い残して、加護が発進する。
- 184 名前:乙女、ル・マンに感動 -30 投稿日:2003年06月16日(月)03時07分58秒
- 「もうちょっとリアのダウンフォース欲しいですけどぉ」
「ダメ。ストレートスピード伸びなくなるから。
代わりにリアのスタビを少し柔らかくしてみるか」
「そうですね。お願いします」
加護とエンジニアがセッティングを詰めていく。
既に連続10周はクリアし、タイムアタックに入っていた。
今はセッションの合間。
この後に行われるナイトセッションの序盤が気温も低くタイムアタックのチャンスだ。
その限られたチャンスに向けて、マシンを調整していた。
- 185 名前:乙女、ル・マンに感動 -31 投稿日:2003年06月16日(月)03時08分53秒
- とはいえ、天性の速さでどんなマシンでもそこそ走ってしまう加護。
逆に、ある程度のタイムまでは出るものの、その先がなかなか伸びない傾向も。
加護の器用さが仇となり、マシンの能力を限界まで引き出せないのだ。
ここまでの加護のタイムは03'44.051で16番手。
同じシャシの童夢S101を使うゼッケン15と16は40秒台で7位と10位。
経験の差があるとはいえ、同じマシンとしては少し遅い。
追いつけないまでも、2秒差くらいまでには近づきたい。
予選順位も、できればトップ10に入りたいところだ。
あまりセッティングの得意でない加護。なんとかタイムを削りたい。
セッション開始の時刻が、近づいていた。
- 186 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年06月16日(月)03時11分35秒
- 現実のルマンはベントレーの1-2フィニッシュで終わりました。
チーム郷は頑張ったけど、残念。コンドウレーシングも、残念。
でも、完走おめでとう。
話のほうも旬は過ぎ去りましたが(爆)、完走目指してがんばるのでよろ。
- 187 名前:乙女、ル・マンに感動 -32 投稿日:2003年06月18日(水)00時13分19秒
- コースオープンを待つ車列に加わるミニモニ。・レーシングのS101。
コクピットには加護亜依。緊張した面持ちだ。
ナイトセッション。周囲は夕闇が迫っていた。
日没で気温が下がり、しかし暗くなりきらないという絶妙な時間。
このわずかなタイミングが、予選アタックに最高のチャンスなのだ。
22時、ついにコースオープン。次々とマシンがコースへ走り出していく。
その中には、もちろん加護の乗るマシンも。
- 188 名前:乙女、ル・マンに感動 -33 投稿日:2003年06月18日(水)00時13分53秒
- 一周のウォームアップの後、アタックラップに突入。
コース上はラッシュだ。間隔をとるようにペースを調整したが、やはり固まっている。
ダンロップブリッジを駆け下りる。少しアンダーステアが強い。
テルトルルージュで少し詰まってしまうが、ストレートの速いS101、ユノディエールの直線で前に出る。
道幅を目一杯つかって第一シケインをクリア。全力で加速する。
再びGTクラスのマシンに接近。余裕をもってかわす。
第二シケインも綺麗にクリア。このあたりのまとめ方は定評のある加護。
そこから全開加速で350km/hオーバーから飛び込むミュルサンヌ。
ハードブレーキで車体がふらつくも、何とか制御する。
コース前半まではほとんど完璧だった。
- 189 名前:乙女、ル・マンに感動 -34 投稿日:2003年06月18日(水)00時14分28秒
- しかし、ミュルサンヌを立ち上がってから同じクラスのマシンに引っかかってしまう。
インディアナポリスでもブレーキが遅れる。続くアルナージュもタイミングを崩す。
これでタイムを更新する可能性はゼロになってしまった。みな、モニタから目を離す。
続く2回目のアタックはシケインでミス。遅いマシンを抜き損ねてはみ出してしまう。
それでも後半は良かったが、タイムは自己ベストに一歩及ばず。
3回目のアタックは目立ったミスがなかったが、萎縮してしまったかタイム更新ならず。
空はかなり暗くなり、ライトが目立つようになってきた。
残されたチャンスは少なくなっていた。
- 190 名前:乙女、ル・マンに感動 -35 投稿日:2003年06月18日(水)00時15分03秒
- 1回目の前半と2回目の後半のタイムの合算では自己ベストを塗り替えている加護。
1周全部を上手くまとめられれば、タイムアップが望める。
4回目のアタック。しかし、再び他のマシンと接近してしまう。
譲るわけにもいかず、前にも出られない。
結局ユノディエールまでおつきあいしてしまう。
その後は綺麗にまとまった。最終区間はここまでのベストを刻んだ。
03'41.521。3.5秒縮めてポジションも13位にアップ。
これを見てチームはアタック終了を指示。
しかし、自分の走りに納得していない加護はもう一度だけアタックを直訴。
勢いをそのままに再びダンロップを駆け下りる。
- 191 名前:乙女、ル・マンに感動 -36 投稿日:2003年06月18日(水)00時15分35秒
- 自らのライトだけを頼りに突き進んでいく加護。
まだコースは把握できるが、路面の状態はわからない暗さ。
そして他のマシンも見えづらい。接近してくる赤のテールランプで判断しなければならない。
しかし、集中していた加護にはそんなことは気になっていなかった。
ミュルサンヌの立ち上がり、前を行くアウディのスリップストリームを使って加速。
そのまま画に描いたようなオーバーテイク。鮮やかだった。
後半はタイヤがタレたのか前回の区間ベストをわずかに下回る。
それでも、加護にとっては会心のアタックだった。
03'40.892を刻んだ。全体では12位。
いつの間にかモニタの前に戻っていたチームクルーが、歓喜を上げた。
- 192 名前:乙女、ル・マンに感動 -37 投稿日:2003年06月18日(水)00時17分04秒
- セッションの残り時間は3人で平等に分け合う。
連続10周とともに主催者から課せられた、夜間走行の義務をこなすためだ。
矢口が軽くコースをはみ出るも問題無し。
一方の辻は他のマシンと軽く接触。
こちらも問題はないが、ボディに黒々とタイヤのぶつかった跡が残っていた。
24時、セッションが終了。
これで予選一日目の予定はすべて終了した。
マシンがガレージに戻り、最後にドライブしていた加護がマシンを降りる。
「どうだった加護ちゃん?」
ようやく緊張の解けた加護に矢口が話しかける。
「疲れたー。でも、タイム出てよかった」
「うん。ご苦労ご苦労」
「でも、ちょっとだけ残念です。もうちょっと、いけたんじゃないかと思って…」
「気にするなって。決勝は長いんだから」
「そうっすね!」
笑い出す矢口と加護。辻も笑う。
ガレージの中がパッと明るい雰囲気になる。これが2人の持つ、走りだけでない才能。
ようやく、いつもの2人に戻った。
- 193 名前:乙女、ル・マンに感動 -38 投稿日:2003年06月18日(水)00時18分02秒
- ゼッケン22、ミニモニ。・レーシングのベストは加護が5回目に記録した03'40.892。
暫定の予選順位は12位と、まぁまぁのポジション。
2日目が残っているが明日のセッションをすべて決勝への準備に使う予定。
少し順位は落ちるかもしれないが、それはあきらめていた。
そして気になるのが、同じS101のゼッケン15と16との差。
どちらも自己ベストを更新しており、速い#15はなんと38秒台前半。
暫定の予選順位も4位という好成績。
やはり追いつけなかった。しかし、差は縮めた。
もっとも優先されている2台だ。エース格の#15には新しいパーツも投入されていた。
それを考えれば、この結果は上出来だった。
- 194 名前:乙女、ル・マンに感動 -39 投稿日:2003年06月30日(月)01時23分18秒
-
◇
6月14日、木曜日。予選2日目。
涼しかった前日から、少し日射しが強く、気温が高い。
タイムアタックには向かないが、レースを想定したシュミレーションに適していた。
事実、週末は晴天が続くという予報。各チームとも熱対策を強いられていた。
金曜日は休息日にあてられていた。よって決勝前に走り込めるのはこの日が最後。
2時間を2回の計4時間のセッションをマシンの煮詰めに使うチームも少なくなかった。
ミニモニ。・レーシングもその例に漏れず、アタックはしない方針だった。
決勝レースに向けてやることは少なくない。
ドライバーのコース慣熟、燃費の確認、最終的なマシンのセッティング等々。
年に2回しか走れないサルテサーキット。
矢口らのように日本から参戦するチームはもとより、地元のチームでもデータは限られている。
限られたセッションを有効に活用しなければならない。
- 195 名前:乙女、ル・マンに感動 -40 投稿日:2003年06月30日(月)01時23分49秒
- 事前に富士スピードウエイで基本的なセッティングは決めてきたミニモニ。・レーシング。
とはいえ、それがそのまま通用するわけではない。
気温や路面の状態など、異なる部分のすりあわせる必要があった。
そしてセッティングを進める上で最大の問題が、3人のドライビングの違いだった。
特に、スタイルが正反対の加護と辻を満足させるのが難しい。
左足ブレーキを多用し、コーナーの進入と脱出で稼ぐ辻。
ブレーキでの安定性を重視し、弱いオーバーステアを好む。
一方の加護は抜群のバランス感覚でコーナースピードを上げるタイプ。
とにかくハンドリングにこだわり、ニュートラルから弱アンダーステアを要求する。
二人とも同じカート出身ながら、求めるものが全く違う。
- 196 名前:乙女、ル・マンに感動 -41 投稿日:2003年06月30日(月)01時24分23秒
- 「矢口さーん、本当に左足ブレーキダメなんですかぁ?」
「ダメ。禁止。使うな」
懇願する辻をきっぱりと切り捨てる矢口。
荒っぽくはあったが、セッティングの妥協策として辻の左足ブレーキを禁じたのだった。
辻のドライビングの特徴である左足ブレーキ。
左足でブレーキペダルを操作し減速、同時に右足でアクセルを操作しエンジンの回転を保つ。
F1やWRC、とくに北欧系のドライバーが多用するポピュラーなテクニックだ。
しかし、左足ブレーキは自動車運転の基本からは外れた操作でもある。
アクセルとブレーキは右足で交互に操作し、左足はクラッチ専門と教習所では教えるはずだ。
実際、中澤や矢口・石川など左足ブレーキを使わないドライバーも多い。
その代わりに、ヒールアンドトゥというそれに相当するテクニックが存在する。
かかととつま先でアクセルとブレーキの二つのペダルを同時に操作するというものだ。
とはいえ、この二つはセッティングの要求も違えば、ペダルの位置も異なる。
両立させるのは難しかった。
- 197 名前:乙女、ル・マンに感動 -42 投稿日:2003年06月30日(月)01時24分59秒
- 結局、矢口と加護の2人を優先する方針で作業は進んでいた。
もっとも、左足ブレーキはヒールアンドトゥよりもマシンの負担が大きいテクニック。
耐久レース、特にブレーキの厳しいル・マンではむしろ使わない方がいいのだ。
カート出身でスプリント専門で育ってきた辻に、厳しく接する矢口。
辻の特徴である左足ブレーキもミッションのないカートから由来している。
ドライビングスタイルもカート譲りの振り回すもの。
常に全開で一発の速さはあるが、ムラも多く安定しないという欠点があった。
面白いことに、同じカート出身の加護は左足ブレーキをつかわない、スムーズなスタイル。
矢口のもくろみは辻のドライビングにメリハリをつけ、奥行きを深めること。
決して、スタイルを矯正するつもりではなかった。
- 198 名前:乙女、ル・マンに感動 -43 投稿日:2003年06月30日(月)01時25分37秒
- その辻が習熟のためにコースに出ていた。マシンは決勝のセッティングにガソリンを満タン。
燃費の調査も兼ねたレースシミュレーションも同時進行。
その様子ピットのモニタから見守る矢口。やはり、心配は隠せない。
アクセル全開のユノディエールからシケインに進入。
すでに周回を重ねているため、だいぶ慣れてきたようだ。タイムも安定している。
しかし、シケインのブレーキングがまだ遅れ気味だ。
それに引っ張られてその後の操作が忙しく余裕が無い。
遅いマシンに引っかかった時に何度か減速タイミングが合ったのだが、それが再現できないでいる。
低速コーナーでのムラが大きい辻。これを何とか安定させたい。
- 199 名前:乙女、ル・マンに感動 -44 投稿日:2003年06月30日(月)01時26分36秒
- そんなうちに渋滞にはまってしまう辻。他のマシンに周りを囲まれる。
辻よりも遅いクルマもいれば、速いクルマが混ざっている。
譲るときと譲ってもらうときが入り交じって次々とやってくる。
瞬時に的確な判断を下して、余裕を持って処理しなければならない。
これも長丁場の耐久レースでは避けられないこと。
そして、これもドライバーによって差が出る。
渋滞の処理はあまりうまくない辻。
調子がいいとすんなりかわせるが、引っかかると大きくロスしてしまう。
3人の中では矢口が一番うまいが、このあたりは経験がものを言う領域だ。
- 200 名前:乙女、ル・マンに感動 -45 投稿日:2003年06月30日(月)01時28分00秒
- アウディに譲り、2台のポルシェをかわす辻。
が、次のWRプジョーに引っかかってしまう。
これでリズムを崩す辻。コーナーで膨らんでしまい片輪をアウトに落としてしまう。
バランスを崩しながらなんとかコース復帰するも、また渋滞にはまる。
GTクラスのコルベットの後ろに引っかかり、辻がマシンを左右に振る。
少しいらついているようだ。
心配になった矢口が声をかけようとヘッドセットを手にとった時だった。
辻が抜いたコルベットが後ろに接触、S101はスピンしてグリーンに飛び出し、止まった
- 201 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年06月30日(月)01時38分47秒
- ちょっとだけ更新。全然進まなくてスマソ。
芸能人にとってのル・マン24時間ともいえる27時間テレビ、
娘。やゆゆたんなど出演ご苦労様でした。
- 202 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月01日(火)23時19分42秒
- 更新お疲れ様です。
芸能人にとってのル・マン=27時間テレビ。
ほんとにそうですね。
裕ちゃんはほぼ出ずっぱり。
ごっちんは全国を飛び回ってましたね。
娘。は、舞台+スタジオ、合間に折り鶴。
欲を言えば、圭ちゃん・あやや・5期は出番少なすぎ。
芸人達はいらないから、娘。+裕ちゃん+圭ちゃんだけで、深夜に何かやって欲しかったなぁ。
そして矢口は、27時間終了後にラジオ。
ル・マン以上のハードスケジュール。
体調がちょっと心配です。
本家に負けず、ミニモニ。レーシングの3人にも、24時間突っ走って欲しいです。
ミカ・ニネンさん、頑張って下さい。
- 203 名前:乙女、ル・マンに感動 -46 投稿日:2003年07月06日(日)01時28分03秒
- 自走できないマシンがオフィシャルによってピットに運ばれてきた。
早速マシンにメカニックが取り付き修復が始まる。
リア周りが壊れ、走れない状態だったが、見た目ほど損傷は大きくない。
修復は可能だ。チームの安堵の空気が広がる。
しかし、マシンと一緒に帰ってきた辻は、一言すみませんといって隅に座り込んだまま。
うつむいたまま、今にも泣き出す寸前。
自分のミスでマシンを壊してしまった。そして矢口に酷く怒られるのではないか。
責任を感じて動けなくなっていた。
- 204 名前:乙女、ル・マンに感動 -47 投稿日:2003年07月06日(日)01時28分35秒
- こんな時は先輩よりも同期。加護が矢口より先に声をかける。
「のの、元気出しや」
「うん…あいぼん、ありがとう」
不安げに見上げる辻に、加護が寄り添う。
「あのコルベットがヘタレだよ。抜かれたときにあわてて姿勢乱したんだもん」
「でも、辻が上手く抜けなかったから…」
「関係ないって。ののは悪くないよ」
「そうなのかな。矢口さん怒ってない?」
「大丈夫だって。そんなに怒ってないよ」
「アンダートレイとサスアーム、それにカウルを交換すればOKだって。
大して時間かからないって。良かったね辻ちゃん」
頃合いを見ていた矢口が、マシンの状況を教える。
「本当!でもエンジンかからなかったのは?」
「ああ、それはバッテリーの電極が衝撃で外れたみたい。大丈夫だよ」
辻が、ようやく笑顔を取り戻した。
- 205 名前:乙女、ル・マンに感動 -48 投稿日:2003年07月06日(日)01時29分26秒
- 「…あの、本当にすみませんでした」
涙を引っ込めた辻が、改めて謝る。
「しょうがない。あれは後ろが悪いよ。
それより、矢口はいいからチームのみんなに謝ってきな」
「はい!」
レースはドライバーだけでは走れない。
メカニックやエンジニアなどみんなの協力があって初めて走れるのだ。
辻の直接悪いのではないとはいえ、彼らの仕事を増やしてしまったのだ。
声をかけ、労をねぎらっていく。
そうすることによって、お互いを信頼がより深まっていく。
絶対に欠かせないことだった。
- 206 名前:乙女、ル・マンに感動 -49 投稿日:2003年07月06日(日)01時32分04秒
- 2回目の練習走行までにマシンは完全に修復されていた。
再び3人が交代しながらコースを走る。
マシンのチェックと最終調整、そしてタイヤの選定を進める。
辻もドライブ。先の接触があったため、遅いクルマの処理には気を使う。
行くときは行く、行かないときは行かない。
そんなよくわからない矢口のアドバイスが効いたのか、多少手際良くかわしていく。
ラップタイムも安定。ブレーキングもまとまってきた。
ピットに戻り、加護と交代した辻は晴れやかな表情をしていた。
矢口もにこやかな表情で話しかける。
「やればできるじゃんか辻ちゃん!」
「まっかせなさーいなのです!」
「そっか。それじゃスタートも辻ちゃんに任せるよ!」
「えーっ!辻がス、スタートをですか!?」
「うん。明後日の午後4時のスタート、ドライバーは辻からね」
動揺する辻。あまりスタートが好きではなかった。
- 207 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年07月06日(日)01時40分02秒
- ちょこっと更新。全然進まないのはいつものことですがスマソ。
でも、ようやくスタートにたどり着けそうです。ってまだスタートしていないのかよ!
さてさて、明日はゆゆたんのファンイベ行ってきます。
いまから楽しみで夜も眠れない、なんてw
>>202 名無し読者さん
レスありがとうございます。
27時間TVは本当にみんな大変そうでしたね。
つか、3人で1台のルマンよりも大変じゃないかと書いてから思った次第。
なっちと矢口の漫才なんて、ねぇ…。小川もまだ大変そうだったし。
まーでもみんな若いから大丈夫か、とか言ってみたり。
- 208 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月22日(火)23時06分23秒
- 辻ちゃんは無事好スタート切れるのか?
楽しみに待ってます。
ゆゆたんファンイベどうでした?
- 209 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年07月29日(火)00時49分37秒
- いちおう、生存報告をば。
個人的にいろいろあってこのところ書けないでいたのですが、
それに代々木でなっちのあの発表を直に聞いたショックが追い打ちを。
でも、まー慣れたというかちゃんと受け止めていというか。
あいかわらずスローペースで書いているので、期待せずに待っていて下さい。
>>208 名無し読者さん
レスありがとうです。
ゆゆたんファンイベ良かったです。
トークに歌に握手会と、ありきたりと言えばありきたりでしたが。
普通のイベントを普通にそつなくこなすというのは、結構難しいのではないかと。
とりあえずゆゆたんの手はとっても柔らかくて(ry
- 210 名前:乙女、ル・マンに感動 -50 投稿日:2003年08月05日(火)00時18分34秒
-
◇
休息日の金曜を挟んで、ついに土曜日。
ウォームアップも終わり、決勝に向けて各車コースに姿を現していた。
その中には、もちろんミニモニ。・レーシングのマシンも。
スタート担当の辻はヘルメットを被り、マシンの脇に座り込んでいた。
「いいか、無理しなくていいからな。
抜かれてもいいし、抜かなくてもいい。でもあんまり遅れないように」
言い含めるようにする矢口だか、当の辻は返事もできないほど緊張していた。
バイザーの奥の目は今にも泣き出しそうに見えた。
「のの、大丈夫?いつも通りにすればいいんだから」
加護の励ましにうなずく辻。
スタートが得意な加護、実は辻のことが少しうらやましかった。
- 211 名前:乙女、ル・マンに感動 -51 投稿日:2003年08月05日(火)00時19分09秒
- スタートの時刻である午後4時が近づいてくる。
ペースカーが予選1位のベントレーを先導して、フォーメーションラップがスタートする。
プロトタイプとGTあわせて50台のマシンが隊列をつくり、コースをゆっくり走っていく。
各車ともスタートに備えてマシンの確認とタイヤを暖め、そしてコースの状況を見ながら進んでいく。
その隊列の中、先頭から15番目にはゼッケン22、ミニモニ。・レーシングのマシンが。
木曜日の予選2日目にアタックしなかったために順位をふたつ下げていた。
しかし、レースは長い。ここでひとつやふたつぐらいポジションが違っても変わらない。
そのS010のコクピットには、もちろん辻希美が。
緊張のスタートを目前に心拍数が大きく上昇していた。
呼吸を意識して、ゆっくり大きく。緊張を和らげ、身体をほぐしていく。
あがり症のの傾向がある辻。なるべく平常心を保つように努力していた。
- 212 名前:乙女、ル・マンに感動 -52 投稿日:2003年08月05日(火)00時19分46秒
- 隊列の先頭がフォードシケインを過ぎ、最終コーナーを立ち上がる。
ホームストレートの直前とペースカーがスッとコースから退き、そしてシグナルが点灯する。
このまま各車速度を上げてローリングスタートの体勢に入る。
電光掲示板がスタートの時刻を告げ、同時にポールのベントレー・スピード8がコントロールラインを通過。
6月16日、土曜日。午後4時。
伝統のル・マン24時間耐久レースがついにスタートした。
- 213 名前:乙女、ル・マンに感動 -53 投稿日:2003年08月05日(火)00時20分22秒
- 一斉に第1ターンのダンロップコーナーへ殺到するマシン。
先頭はポールのベントレーが守った。予選2位の同じくベントレーがその後ろに続く。
3番手は予選5番手からスタートの童夢S101、最新型のゼッケン15だ。
その背後には予選3,4番手のアウディR8の2台がつけていた。
ユノディエールのストレートに入る5台。早くも先頭集団が抜け出す格好になりつつあった。
その後方、ミニモニ。・レーシングのS101も絶好のスタートを切っていた。
ゼッケン9のパノスとゼッケン18のクラージュをかわして13位。
さらにダンロップブリッジでももう1台、インに飛び込んで抜く。
いきなりの3台抜きにチームが盛り上がる。
加護も同僚の健闘に喜ぶ。しかし、矢口だけは冷静に状況を見ていた。
- 214 名前:乙女、ル・マンに感動 -54 投稿日:2003年08月05日(火)00時21分00秒
- ユノディエールへと続くテルトルルージュコーナー。
右に鋭角に曲がるが、複合コーナーで出口のRが大きい中速コーナーだ。
そのテルトルルージュに差し掛かる辻。抜いた3台を背負ったまま。
ここでミス。ブレーキが遅れてオーバースピードで進入してしまう。
曲がりきれないほどではないが、マシンはアウトに大きくふくらみ脱出でもたついてしまう。
後方につけるパノスがインを狙う素振りをするが、行動には移さない。
しかしこれで差が縮まった。#9パノスのほか計4台が追いつき辻にプレッシャーをかける。
約6kmのストレートをシケインで3分割したユノディエール。ここでのスピード勝負。
幸いにもS101にはストレートスピードの伸びがあった。前を譲る心配はない。
問題は、その途中にある2つのシケイン。
ここでミスしてしまうと、せっかくのスピードも活かせないのだ。
- 215 名前:乙女、ル・マンに感動 -55 投稿日:2003年08月05日(火)00時21分39秒
- 絶好のスタートを決めてジャンプアップを決めた辻だったが、このときにはパニックに陥っていた。
スタートでのジャンプアップ狙い通り。しかし、予想以上に上手く決まり舞い上がっていた。
これで逆に緊張し固くなった辻、テルトルルージュでミスしてしまう。
さらに、後続のパノスにインを狙われたことも響き、平常心を完全に失ってしまう。
後続からのプレッシャーに耐えかね、またもオーバースピードでシケインに進入してしまった。
なんとかマシンをねじ伏せて曲がるが、無理をしただけ脱出の加速が鈍い。
ユノディエールはまだ続く。再び後続が迫り、ラインを変えて抜きにかかる。
耐えきれない辻がマシンを振ってブロック。
これで後続はあっさりと退く。辻は何とかポジションを守った。
- 216 名前:乙女、ル・マンに感動 -56 投稿日:2003年08月05日(火)00時22分22秒
- 一度は歓声の上がったチームだったが、ピンチの連続に静まりかえっていた。
ある程度予測していた矢口も険しい表情。加護も心配そうに見守る。
二つ目のシケイン。今度こそ慎重にという思いが通じたのか、辻は早めに減速。
だが、そこからが悪かった。今度は縁石に乗ってしまい姿勢を崩す。
またしても脱出の加速が鈍い。三度迫る後続。辻を先頭に5台が一直線になる。
辻の真後ろのパノスがラインを変えてまたも並びかける。
それに気づいた辻、マシンを少しだけ寄せて牽制。
これでパノスは失速、後方のクラージュがそのパノスをかわす。
なんとか12位というポジションを守っている辻。
序盤からの激しいバトルで早くも中継映像で抜かれてはいたが、矢口には危なっかしく感じられた。
確かにスタートは良かったが、そのあとが良くない。
頑張りすぎで自らピンチを招き、その結果激しい接近戦という繰り返し。
そう、単にひとり相撲を繰り返しているだけなのだ。
- 217 名前:乙女、ル・マンに感動 -57 投稿日:2003年08月05日(火)00時23分16秒
- いい加減我慢できなくなった矢口が無線のヘッドセットを手に取り、回線を開く。
「辻?聞こえるか」
本当は怒鳴りたいくらいだが、気持ちを抑えてゆっくりと話しかける。
「へぃ、辻です」
雑音とともに返事が返ってくる。辻は今コースでピットから一番遠いところにいた。
「いいか、無理するなよ。先は長いんだ」
「はい。…でも抜かれたくないんです」
「気持ちは分かる。でもな、コースで抜けなくてもピットで抜けるんだ。
それが耐久レースってもんだ。無理に前を守らなくてもいいんだぞ」
広いコースに加えて森や林が電波を遮るため、無線が厳しいル・マンのサルテサーキット。
怒鳴る必要はないが、わかりやすいように区切りながら言い含める必要があった。
「わかりました。気をつけます」
「頼むぞ。まずは13周。そこまで無事にマシンを持ってきてくれよ」
「了解です!」
力強く答える辻。走りの方にも、すこし余裕が出てきたようだった。
- 218 名前:乙女、ル・マンに感動 -58 投稿日:2003年08月05日(火)00時26分04秒
- 後半の高速セクションを抜け、ホームストレートに戻ってくる先頭集団。
予選で1−2のベントレーがそのまま順位を守ってオープニングラップを制する。
その後ろにはアウディR8、童夢S101、アウディR8の順。ここまでが集団になっている。
さらにパノスやクラージュ、WRプジョーなどが続く。
もちろん、ミニモニ。・レーシングのS101も1周目を12位で通過。
長くて短いオープニングラップの4分弱だった。
しかし、これは長い長い24時間の、ほんの一部でしかないのだ。
- 219 名前:乙女、ル・マンに感動 -59 投稿日:2003年08月05日(火)00時26分57秒
- その辻は、再び#18のクラージュとバトルをしていた。
クラージュ・プジョーを駆るのはリーダ・ヒーゴ/テンプル・ジモン/アップランド・リューへ組。
地元出身でル・マン常連のベテラン3人組で、初参戦から一度もメンバーを変えていない。
現在ドライブしているのはジモン。そのジモンがストレートでマシンを振り、辻に揺さぶりをかける。
落ち着きを取り戻しかけている辻、動きを見切ってラインを一度だけ変える。
それで退くジモン。完走する術を知っている彼らは、決して無理はしない。
辻もそのあたりがわかってきたようだ。
無茶なブロックはしないし、無理に引き離そうともしない。
付かず離れず、自分のペースで走っていく。
- 220 名前:乙女、ル・マンに感動 -60 投稿日:2003年08月05日(火)00時27分28秒
- 順調に周回をこなしていく各車。それぞれの間隔も広めになっていく。
辻の駆るS101もラップタイムが速いパノスには抜かされたものの、それ以外はポジションを守っていた。
相変わらずジモンの乗る#18クラージュが後方にいるが、辻のドライビングは安定していた。
序盤のような不安になるような事は無くなり、チームからの指示も減っていた。
とりあえず、順調に走りだすことができて、矢口らのドライバーもチームも一安心といったところだ。
しかし休んではいられない。この次には初めてのピットインが控えているからだ。
「辻ちゃーん?どんな感じ?」
次のピットインで交代する矢口が無線で辻に尋ねる。
ピットでの修正を望むなら、ここでリクエストすることもできる。
「えっと、ちょっとオーバーステア気味で、ミュルサンヌが怖いですね。
それから、アルナージュに泥が出ていて滑りやすいです。
…あと、喉が乾きました」
車載のドリンクをすで飲み干していた辻。
最後の言葉にピットは笑いに包まれる。
- 221 名前:乙女、ル・マンに感動 -61 投稿日:2003年08月05日(火)00時28分04秒
- 10周目を過ぎたころから、各車ルーティーン(定期)のピットが始まる。
燃費の悪いパノスが先陣を切ってピットイン。ベントレーやアウディも続々と入ってくる。
ミニモニ。・レーシングも当然ピットインをする。1回目は13周目の予定だ。
燃料補給と、タイヤ交換。そしてドライバーも辻から矢口へ交代する。
マシンがユノディエールに突入したところを確認して、準備を始める。
タイヤとエアツールを用意し、燃料補給機も調整。
そして、矢口はヘルメットを被りグローブをつけて準備万端。
よっしゃ!と気合いを入れて、マシンの到着を待つ。
そして、予定通り最終コーナー手前でピットロードに滑り込むピンクのS101。
その背後、同じ周回のタイミングで#18のクラージュもピットロードへ向かっていた。
- 222 名前:乙女、ル・マンに感動 -62 投稿日:2003年08月05日(火)00時28分40秒
- 速度制限ももどかしく、ピットへ滑り込むマシン。
クルーが誘導するマシンには、早くもオイル汚れが付いている。
まずは給油。クイックチャージャーが接続され高速でガソリンが注入される。
この間の他の作業は禁止されている。F1と比較するとのどかな感もあるが、これが規則だ。
辻も待ち遠しいのか、ヘルメットがせわしなく動く。
数秒でガスチャージが終わると今度はタイヤ交換などの作業開始。
マシンに搭載されたエアジャッキが動作し、車体が持ち上がる。
同時にピットクルーがタイヤを交換。これも一輪あたりひとりのクルーと制限されている。
緩めて、付け替えて、締めるという重労働をひとりでこなすのは、結構きつい。
それでも、練習の甲斐あって迅速に作業が完了。完了の合図としてクルーが手を挙げる。
- 223 名前:乙女、ル・マンに感動 -63 投稿日:2003年08月05日(火)00時31分14秒
- そしてもう一つの重要な作業であるドライバーチェンジも、給油を待ってから行われる。
ノズルが外れるのと同時にマシンにとりつく矢口。
辻を拘束している6点式のシートベルト、そして無線のプラグとドリンクのチューブを外すのを手伝う。
続いてハンドルを跳ね上げ、辻がコクピットから出るのを手助けする。
手助けといっても、人がはまりこんでいる穴から引きずり出す感じだ。
そして今度はその穴に矢口がもぐり込む。
乗り込んだ矢口に、今度は辻が手伝ってシートベルトを締め、プラグやチューブをつなぐ。
その間に辻から矢口へコースの状況が伝えられる。ユノディエールの第2シケインが滑りやすいとのこと。
この作業もドライバー3人が練習を繰り返していた。初めてのピットインでもスムーズに作業完了。
全てが完了し、ジャッキダウン。そしてセルを回してエンジンスタート。
クルーがピットロードの安全を確認して発進の合図を出す。それに従いマシンを発進させる矢口。
ミニモニ。・レーシングにとって初めてのピット作業、無事に完了。
- 224 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年08月05日(火)00時39分04秒
- ホント久しぶりの更新なのにこれっぽっちでスミマセン。
このペースだと、書き上がる頃には寒くなってますなw。
いちおう、ルマンのコースであるサルテサーキットが乗っているホムペを紹介しておきます。
これで、どのコーナーで抜いた、とか想像してもらえるとうれしいかも。
ttp://www.yokohamatire.jp/lemans/about_lemans/index.html
そのほか、この周辺にあるページにはミニモニ。・レーシングのマシンであるS101も写っています。
カラーリングはイメージと全然違うのですけどw。
ということで、マイペースながら更新は続きますので、これからもよろしくです。
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)10時16分23秒
- 来年のル・マンまでには終わりますか?
- 226 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003年09月01日(月)23時06分33秒
- >>225
更新滞ってスマソ。
いつまでに終わる、と断言できないところが辛いっす。
最近仕事が忙しい上に週末は結構外出しちまってるので。
まぁ、楽観的に考えると来年までには終わるだろうと。
申しわけ程度に、今晩少しだけ更新できれば、と思っております。
- 227 名前:乙女、ル・マンに感動 -64 投稿日:2003年09月02日(火)01時44分03秒
- ゆっくりとピットロード進み、本コースへ合流する矢口。
その後方を、ジモンからヒーゴにドライバーチェンジしたクラージュが追う。
2台の差は開いていた。ミニモニ。・レーシングのピット作業が短かったのだ。
してやったりの矢口たち。その差はドライバー交代にあった。
#18クラージュのドライバーは3人それぞれの体格が異なっている。
そのため、交代時にシートの調整をしなければならない。
一方のミニモニ。・レーシングの3人は体格が似通っているため、すぐに交代することができる。
その差は一回のピットで10秒以上になる。
作戦にもよるが24時間で10回は交代するため、それだけで2分以上のアドバンテージになるのだ。
- 228 名前:乙女、ル・マンに感動 -65 投稿日:2003年09月02日(火)01時44分33秒
- 慎重にマシンを走らせる矢口。
ピットアウト直後でガソリンが重く、タイヤも暖まっていないという厳しい状況だ。
それに矢口の初ドライブだ。コースの状況もわからない部分がある。
辻から伝えられた場所だけでなく、全てのコースを注意深く探りながら走っていく。
ここで無理をしてスピンやクラッシュすることは、絶対に避けなければならない。
後方から詰められても気にしない。慌てず騒がず、自分のペースを崩さない。
- 229 名前:乙女、ル・マンに感動 -66 投稿日:2003年09月02日(火)01時45分08秒
- 『矢口さーん、聞こえますか?』
加護の声が無線で届く。矢口はどうぞ、とそっけなく返事をした。
『燃費を調べた結果、予定通りの1スティント15周でいきます』
「了解。オイラは28周目にピットインすればいいんだな」
『そういうことです。あとタイヤですけどこっちも良さそうで、2スティントは行けそうです。
あと、交代はどうしますか?』
「これも作戦通りにしよう。次は加護が乗って、その先は2スティントずつ」
『わっかりました!ののにも伝えておきます』
「頼むよー」
作戦についての伝達を再確認する連絡だった。
ちなみに、1スティントとは1回の給油で走る周回のこと。
すなわち、15周ごとにピットインして給油するということだ。
そのタイミングにあわせてタイヤの交換やドライバー交代のスケジュールを決めていく。
このあたりはレース前に練った戦略を1回目のピットインで最終決定したかたちだ。
- 230 名前:乙女、ル・マンに感動 -67 投稿日:2003年09月02日(火)01時46分05秒
- ミニモニ。・レーシングのマシンであるS101、そしてエンジンの無限MF408Fともカスタマー仕様。
大量の資金が投じられているベントレーやアウディのワークスには純粋なスピードで太刀打ちできない。
そこで、ピットを含めた全体での速さを追求する作戦を採用していた。
すなわち、燃費を稼ぎピット回数を減らすということ。
車両の最低重量で分けれているプロトタイプクラス。S101は最低重量が900kgのLM900クラスだ。
この最低重量はマシンのみでの重量であり、ドライバーは含んでいない。
そのため、軽いドライバーの方が有利になるのだ。
元々燃費の良いマシンとエンジンに加え、このドライバーの軽さがアドバンテージのミニモニ。・レーシング。
このクラスでは最長の1スティント15周という作戦を採っていた。
- 231 名前:乙女、ル・マンに感動 -68 投稿日:2003年09月02日(火)01時46分40秒
- 矢口、辻、加護の平均体重は今回エントリーしたドライバーの平均体重より20kg以上軽い。
これだけ軽いと、メリットは燃費だけではなかった。
ストレートスピードの伸びもいいし、タイヤも長持ち。酷使されるブレーキにも優しい。
マシンに関してはこれだけの利点がある。体が小さいのも、悪いことではない。
気になるとすれば、体力の問題ぐらいだろうか。ただ、今のところは問題なし。
何かあるとすると、レース終盤だろうか。
余談だが、フォーミュラーカーの重量測定は場合はドライバー込みで計測することになっている。
一方で現代のマシンは規定よりも軽くしておいてバラストで調整するのが主流だ。
そのため、ドライバーが少しぐらい太ろうが痩せようが、バラストで調整すれば同じなのだ。。
その点、彼女らの軽いという利点はF・娘。では活かされていない。
- 232 名前:乙女、ル・マンに感動 -69 投稿日:2003年09月02日(火)01時47分59秒
- 軽やかにユノディエールを駆けていく矢口の乗るS101。
やはり最後のスピードの伸びがいい。GTクラスのマシンを周回遅れにしていく。
辻のように派手で華があるわけでもなく、一発の速さもない矢口。
しかしミスが少なく確実な走りには安心感がある。
決して無理をしないが、勝負どころではしっかり力を発揮するタイプだ。
さらに、雨などの荒れたコンディションにも強い。これは矢口のルーツがストリートにあることに起因する。
レースのために整備されているサーキットと違う一般道。
刻々と状況が変化する首都高や湾岸線では瞬時の判断が一線を分ける。
コースマーシャルはいないし、先の状況を知らせるフラッグも出されない。
ランオフエリアも無いから、コースアウトは即クラッシュにつながる。
そして他の一般車も混走している。他の車を巻き込むことは、絶対に避けなければならない。
そんな過酷な状況でテクニックを磨いた矢口にとって、ル・マンのコースはそれほど怖くなかった。
- 233 名前:乙女、ル・マンに感動 -70 投稿日:2003年09月02日(火)01時48分37秒
- 正確に3分50秒台でラップを刻む矢口。
燃費とマシンの耐久性を考慮して決めたラップタイムを忠実に守った15周を終えてピットに戻ってくる。
予定通りのピットストップ。クルーと、3巡目の加護が待ちかまえる。
まずは給油。矢口はこの間にヘルメットにつながったコードなどを外す。
90リッターのガソリンタンクが満たされてノズルが外される。
加護が落ち着いて矢口を引っぱり出し、交代に乗り込む。
矢口が身振りを加えてコース状況の申し送りをし、それに加護がうなずく。
マシンのチェックが終わり、作業完了。
エンジンに火が入り、クルーの合図にあわせて発進。
慎重にピットロードを進み、コースへ合流する。
コースへ復帰した時点で、ミニモニ。・レーシングは10位に浮上。
トラブルとアクシデントで遅れた2台に加え、燃費の悪いパノスの1台を抜いていたのだ。
ベストテンをキープすべく、加護がマシンを華麗に踊らせる。
- 234 名前:名無し読者 投稿日:2003年09月03日(水)23時03分47秒
- 更新乙でーす
なかなか続きが読めないのはつらいけど、仕事が忙しいのはいいことですよ
お仕事頑張って下さい
- 235 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003/09/12(金) 00:20
- かちゅーしゃ導入の書き込みテスト
>>234
レスありがとうです。
忙しくて良いのか悪いのか、微妙なところなんですけどw
今週中にまた更新する予定です。
- 236 名前:乙女、ル・マンに感動 -71 投稿日:2003/09/16(火) 00:33
- 最後の登場となった加護。すでにスタートから2時間近く経っている。
もともと本番に強いタイプの加護、すっかり緊張は解けてリラックスしていた。
無駄のないスムーズなドライビングが持ち味の加護。
コーナーの進入から脱出までなめらかなラインで駆け抜けていく。
ホイールスピンやテールスライドなどほとんどしないため、迫力には欠ける。
その分センチ単位で揃えてくるライン取りや高いコーナリングスピードなど、華麗さは随一だ。
シケイン手前、余裕を持って遅いGTクラスのマシンをパス。
そのままシケインに進入、縁石に少し触れる程度でキッチリとクリアしていく。
- 237 名前:乙女、ル・マンに感動 -72 投稿日:2003/09/16(火) 00:33
- 午後6時を過ぎても太陽は明るく煌めき、暑さが衰える感じは全くなかった。
6月中旬、夏はそこまで来ている。暑さがボディブローのように少しずつ効いてきていた。
早くもトラブルを抱えピットガレージで修復を開始するチームもいる。
路面の状況も悪化している。ラインから外れた路面にはタイヤかすがちらほらと。
異物を拾ったのかタイヤがバーストしたマシンも。なんとかピットに帰り着き、希望をつなぐ。
そして暑さはドライバーも消耗させる。
ル・マンはレベルの異なるドライバーが混走するレースでもある。
完走が目標のチームにはアマチュアレベルのドライバーも参加しているのだ。
その差が、人間に厳しい状況ではさらに大きくなる。
- 238 名前:乙女、ル・マンに感動 -73 投稿日:2003/09/16(火) 00:34
- 加護の前を走るのは、LMーGTSクラスのダッジ・バイパー。
すでに周回遅れなのでブルーフラッグを提示されているが、なかなか譲らない。
ブルーフラッグとは、速いクルマが近づいているので譲りなさい、という合図だ。
これを提示されれば道を譲らなくてはならないし、無視し続けるとペナルティになる場合も。
バイパーのドライバーは今回初参加のドライバーでレース歴も浅く、フラッグに気づいていなかったのだ。
ル・マンだけなら同じだが、レースの経験は比較にならない加護。
彼女には前のドライバーの状態が手に取るようにわかった。
走るのに精一杯で、周りへ気を配る余裕が無いため、フラッグどころか加護にも気づいていない。
が、なにかのきっかけで後方を見て、そして迫ってくる加護に気づく。
これでかなり動揺したのか、走りが破綻してしまう。
ブレーキが乱暴になり、ラインも安定しなくなる。
こうなると次の予想はたやすい。それに備えてアクセルを緩め、詰めていた距離を少し開く。
- 239 名前:乙女、ル・マンに感動 -74 投稿日:2003/09/16(火) 00:34
- インディアナポリスを左に曲がり、続くは右90度に折れるアルナージュコーナー。
逆バンクになっており難易度の高いコーナーだ。
手前のインディアナでインに寄りすぎたバイパーは、アルナージュの進入でもラインを外してしまう。
加護の予想が大当たりだ。バイパーのテールがアウトに振り出し、そのまま半回転して止まる。
後ろを向いたバイパーと向き合う形になった加護が、急ブレーキをかける。
ハンドルは使えない。ブレーキをロック寸前でコントロール。
出来ることは全てしている。あとは祈るしかない加護。
モニタを見ていたピットの矢口や辻、そしてクルーも同じように祈る。
息詰まる瞬間。
加護の乗るマシンは寸前で停止し、それからゆっくりとバイパーを避けて走り出した。
見事なブレーキングにチームクルーが歓声を上げ、隣のチームも声を上げて称えてくれる。
この場面、レース序盤のハイライトだった。
- 240 名前:乙女、ル・マンに感動 -75 投稿日:2003/09/16(火) 00:35
-
◇
長丁場の耐久レースを中継するには、それなりのノウハウが必要だ。
テレビ中継で延々と走行シーンだけ流すのも厳しいものがある。
その間をつなぐために、事前に取材した映像を流したり、レポーターがドライバーの声を拾ったりするのだ。
今回はアイドルグループのミニモニ。とともにテレビ局ともタイアップも受けている矢口たち。
その見返りとして、テレビ中継の企画に協力しているミニモニ。・レーシング。
マシンにはオンボードカメラを4台も搭載し、無線も解放していた。
「辻さん加護さん聞こえますか?」
衛星回線を使い東京のスタジオからアナウンサーが呼びかける。
「はーい辻です!」
「加護です!」
ピット上の特設スタジオに上がっている二人が答える。
- 241 名前:乙女、ル・マンに感動 -76 投稿日:2003/09/16(火) 00:35
- 「それから、ミニモニ。・レーシングのマシンにも回線がつながっているようです。
現在ドライブしているのは矢口さんですね。聞こえますか矢口さん?」
「はーいはい。聞こえますよ」
マシンのコクピット内からドライバーを左から映すオンボードカメラ映像に切り替わる。
バイザー越しに真剣な眼差しが見えるが、それでも矢口はカメラを意識してちらちらと視線を動かす。
東京のスタジオとピット上のバルコニー、そしてマシンの無線を結ぶ3元中継で会話が進む。
「まずは、まだ5時間ちょっとですがここまでどうしたか?」
「いやー、疲れましたよ。コース長いしスピード速いしレースも長いし。
ホント、早く終わりにしようよって感じです」
辻が笑いながら答える。
「加護はですね、ル・マンってなんかすごいなぁって。なんかこう歴史を感じるというか、そんな感じで。
まだ1回しか乗ってないんですけどね」
加護がお茶目な話し方に、辻も笑いを誘われる。
- 242 名前:乙女、ル・マンに感動 -77 投稿日:2003/09/16(火) 00:36
- 「矢口さんにも聞いてみます。ここまでの感想をお願いします」
「ちょ、あとにして!」
このときマシンは難しいダンロップシケインに差し掛かったところだった。
ドライビングに集中している矢口は後にしてというのが精一杯。
それを察したアナウンサーが、少し間を取ってから話しかける。
「矢口さーん、聞こえますか?」
「聞こえてます。今ストレートだから大丈夫」
アナウンサーの反応を待たずに、一息置いてから話し始める。
「なんかねー、憧れのル・マンをスタートできただけで幸せっていうか。
でも、走るからには結果も求めたいですね。とりあえずは、よいっしょっと」
無線がいったん切れる。マシンは一つ目のシケインを抜けるところだった。
「矢口さん続きお願いします」
「ええと、なんだっけ?。そうそう、とにかく完走すること。
マシンに大きなトラブル無く走りきれば、結果もついてくるだろうな、と。
そんなところです以上!」
さすがはベテランの矢口、辻加護とはコメントの質が違う。
- 243 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003/09/16(火) 00:38
- 更新しました。
オイラの中では、仕事の始まる日が一週間の始まりなので、
まだ週が変わってないんですよ、とか言い訳してみる。
本当はもう少し先まで更新予定したかったのですが、
全然書けませんでしたスマソ。
ということでゆっくりと更新が続きますですよろ。
- 244 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/14(火) 22:16
- 鈴鹿にグランプリ見に行ってきました
シケインと130Rが見える席っていうか崖で見てたんだけど
シューマッハが延べ5人コースアウトしたり面白かった
あと琢磨は役者やね、マンセル(1989年式)になれるかも
チャンプとは言わんけど、グランプリの華になってくれ
んでは更新楽しみにしてますんでゆっくりよろしく
- 245 名前:乙女、ル・マンに感動 -78 投稿日:2003/10/21(火) 01:08
- 「それでは、今回特別にカートに挑戦しているちびっ子ドライバーに来てもらっているので、
辻さん加護さん矢口さんに質問に答えてもらいます」
「了解なのです」
「まっかせなさい!」
「オイラも?マジかよ!」
300km/hでのドライブ中に質問に答えろというのか。
納得できない矢口が抗議するが、ベテランのPAマンが絶妙のタイミングで音声を絞る。
「それでは、お名前と学年そして質問をどうぞ」
「はい、嗣永桃子。小学6年生です。
なんで、F・娘。の加護ちゃんてあんなに速いんですか?」
思わず照れる加護だが、すぐに反応する。
「そうだよねー。テレビで見てあんなに速いんだから、実物はそーとー速いよ」
「そんなことないよー、普通だよ。」
「いやー、あの速さはやっぱり産まれ持った才能だよ。うんうん」
「おまえら、それぜんぜん答えになってないだろ!」
まるで台本があるかのような独自の世界に突入する二人の会話に、ようやく矢口が割り込む。
しかし、雑音混じりの音声を辻加護もアナウンサーも普通にスルーする。
- 246 名前:乙女、ル・マンに感動 -79 投稿日:2003/10/21(火) 01:08
- 「それじゃ次の質問いってみようか」
「清水佐紀、小学6年生です。
こんど、カートのレースがあるんですけど、表彰台に乗るときにやるパフォーマンスを教えて下さい」
「だったらものまねだよねー」
「うんうん、そうやな」
「なんだよそれ!」
いち早く反応した辻と加護に矢口が突っ込むが、またしても無視。
「こんなのどう?」といって顎を手でのばす辻。
加護は素直になにそれ?と聞く。
「わかんない?シューマッハーだよー」
「わかんないよ!それよよりこれでしょ」
自信満々でものまねを始める加護。こぶしで胸をどんどんと叩いた後、小さく上下に振る。
「高見盛〜」
「うんうん、それわかる!」
「だからなんで力士なんだよ!というかものまねなのも意味わかんないし!」
音声しか伝わってない矢口が状況を推測して発言。
しかし、ここでも当然のように無視。もう本人もわかっていた。
こんなぬるい雰囲気のトークが進むが、時差の関係で日本も遅い時間。
これくらいの展開がちょうどよかった。
- 247 名前:乙女、ル・マンに感動 -80 投稿日:2003/10/21(火) 01:09
-
◇
コースが徐々に夕闇に包まれ、午後10時頃を境に夜へと移っていく。
ここまでミニモニ。・レーシングに大きなトラブルは無く、総合8位を走行していた。
ここでルーティンのピットイン。矢口が2回目のドライブを終え、加護と交代。
もともと公道で難易度の高いサルテサーキット。
そんなコースを、闇夜の中で走るのだからさらに難しい。
矢口からハンドルを受け継ぐ加護の表情が、緊張でこわばっている。
「いいか!絶対無理するなよ。特に進入はスロー気味でな!」
思わず力のこもる矢口の声に頷く加護。ためらいがちに口を開く。
「あのぉ、あれホントにやるんですか?」
「あれって…ああ、あれか。もちろんやるよ」
そう言って視線をピットの奥、ドライバーの休むモーターホームの方へ向ける。
- 248 名前:乙女、ル・マンに感動 -81 投稿日:2003/10/21(火) 01:09
- 矢口の視線の先、モーターホームの中では辻が身体を休めていた。
ドライブの間隔は予定では4時間弱。その間に身体と精神を休ませて次に備えるのだ。
とはいえ、緊張と興奮で簡単に落ち着くことが出来ない。
インターバルの過ごし方についていくつかアドバイスを聞いた辻。
しっかりと睡眠をとるべきだとも、逆に全く寝ない方がいいとも。
両極端な意見を聞いた辻は、どちらがいいのか判断がつかなくなっていた。
結局、眠ければ寝る、眠くないなら寝ないという自然の流れに任せることにしていた。
そんなわけで、ベッドの上でゴロゴロしているうちに2時間が経過していた。
12時が近づく。今ごろ、相棒の加護が交代して走り出した頃だ。
忙しい矢口が辻のことを気にかけているとも思えない。
時計を見上げて、ため息をひとつついた。
- 249 名前:乙女、ル・マンに感動 -82 投稿日:2003/10/21(火) 01:10
- 何度か寝返りを繰り返しようやく浅い眠りについた頃、辻はドアを叩く音に目を覚ます。
まだ時間には早いはずと思って時計を確認する。感覚は間違っていなかった。あと1時間以上ある。
「辻、起きろ!」
「矢口さんどうしたんですか?」
その声から異変を感じ取った辻はあわててドアを開ける。
「コースアウトだ。これから戻ってくるから辻も出迎えるんだ」
吐き捨てるように言ってさっさと歩き出す矢口の後をあわてて追う。
「どうしたんですか?あいぼんになにがあったんですか?」
押し黙ったままの矢口に詰問するが、返答はない。
- 250 名前:乙女、ル・マンに感動 -83 投稿日:2003/10/21(火) 01:11
- ピットガレージに出てマシンを出迎える二人。
時刻は23時50分を過ぎたところだった。
幸か不幸か、ちょうどルーティンのピットインと重なるタイミング。
閑散としたピットロードを切り裂くヘッドライトが、ゆっくりとこちらに向かってくる。
右のライトが明滅を繰り返しながら進む車体が、わずかに傾いている。
ピットに滑り込んできたマシンは右のフロントホィールが上を向いている。
それを見て、辻よりも先に矢口が声を上げた。
「なに!本当にコースアウトしたのかよ!」
辻はマシンの状態よりも、矢口の言葉に驚いた。
- 251 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003/10/21(火) 01:24
- 更新しました。
全く進んでないですな。一日1行くらいのペースでしょうかスミマセン。
>>244
今年の日本GPは面白かったですね。
またしてもTV観戦だったのですが、両隣の迷惑も顧みず大騒ぎしちまいました。
そんなレースを鈴鹿で観戦されたというのはうらやましい限りです。
オイラはその前の週に行われたもてぎの二輪世界GPを観戦してきました。
ダウンヒルストレートエンドで観戦していたので、あの玉田のオーバーテイクを目の前で見ました。
危険な行為に思えなかったんですけど、帰宅したら失格になっていて、ちょっとガッカリです。
ともあれ、顎6度目のタイトルおめ。ロッシもおめ。
そしてみんな素晴らしいレースをありがとう(WGPはまだレース残ってるけど)。
来年も白熱のバトルを期待してます。
なんか終わりみたいですけど、話の方は進みますです。
もうちっとペース上げようと思っていますのでよろしくです。
- 252 名前:フォーミュラ娘。命 投稿日:2003/10/28(火) 18:22
- 早く続き書いてくださいよ〜
- 253 名前:乙女、ル・マンに感動 -84 投稿日:2003/11/16(日) 02:30
- 突然のことに騒然となるチーム。
慌ててジャッキが用意され、マシンが後ろからガレージに入れられる。
メカニックの怒号が飛び交い、スタッフが飛び回る。
「ブレーキは大丈夫か?」
「ロアアームはダメだ!交換するぞ」
「こっちを手伝ってくれ!それも外してチェックだ!」
休憩していたメカニックも駆けつけてすぐに作業が始まる。
ダメージがわからないので、かかる時間もわからない。
ドライバーの加護は乗ったまま。不安のせいか、ヘルメットの中では瞳がせわしなく動いている。
「どうしたんだ!」
「ライトが消えたりついたりしてて、で前がスピンして、気付くのが遅れて、それでそれで……」
「落ち着け加護、マシンになにが起きたんだ?」
と言う矢口も冷静ではない。
「えと、コースを出ちゃって、その時縁石に右フロントをひっかけちゃって…」
「どこで?」
「ピットレーンすぐ手前です。ヘッドライトが消えかかってて、
それで前のマシンがスピンしたのに気付くのが遅れちゃったんです…」
加護は消え入りそうな声で、ようやく答えた。
- 254 名前:乙女、ル・マンに感動 -85 投稿日:2003/11/16(日) 02:30
- 損傷の状態がわからないため、どのくらいの時間がかかるかはっきりしない。
それでも一刻も早くマシンをコースへ復帰させるべく、メカニックが懸命の作業を続ける。
矢口はアクシデントの状況を知るためか、ピットを出ていった。
のこされた辻は、作業を見守ることしかできない。
加護もマシンを降りて、ヘルメットを脱いで辻の隣に座り込む。
「のの、スマンかったな」
「あいぼん、気にしないで。絶対、また走れるよ」
泣きそうな表情のパートナーを気遣う加護。
「あのな、本当はアクシデントってあわてさせておいて、びっくりさせるつもりだったんやけど…
本当にマシン壊してしまって。ただこれ鳴らすつもりやったんや」
そう言って差し出した手の中には、三角錐の、光るものが。
「クラッカーじゃん…え、びっくりって、もしかして!辻の?」
突然のことに驚く辻。その目が輝く。
「そう。ののの誕生日忘れるわけ無いやんか!」
- 255 名前:乙女、ル・マンに感動 -86 投稿日:2003/11/16(日) 02:31
- 時計を見上げると、ちょうど12時。
日付は変わって、日曜日になる瞬間を迎えていた。
「改めて誕生日おめでとう、のの。でもクラッカーは完走するまで無しな」
「うわー、ありがとう!」
忘れていたわけではないが、レース中に祝ってもらうのはあきらめていた。
とこれが、アクシデントはあったものの、おぼえていてくれた。
それが、うれしかった。
6月17日、日曜日。午前0時。
ル・マンはスタートから8時間が経過。
そしてこの日は辻希美22回目のバースデイでもあった。
- 256 名前:乙女、ル・マンに感動 -87 投稿日:2003/11/16(日) 02:32
- ピットインから約40分後、ようやくエンジンに火が入った。
ガレージから引き出され、最終チェックを受けるマシン。
ダメージ修復に加え、S101のアキレス腱でもあるミッションを念のため交換していた。
ドライバーは繰り上げで辻に。22歳初のドライブだ。
その間に、矢口が辻に収集してきたコース情報を伝える。
それに頷く辻。目は真剣だが、固さは見られない。リラックスできてる良い状態だ。
「誕生日おめでとう。お祝いはレース終わってからな」
矢口があやすようにヘルメットを軽く叩く。
「えへへ、楽しみにしてます!」
敬礼するように左手をあげる辻。
元気良くマシンを発進させた。
ゼッケン22、ミニモニ。・レーシングはトップから13周遅れの総合17位。
ポジションは大きく落としたが、今回の目標は完走が第一。
レースはまだまだ続く。
これからなにがあるのか、わからない。
- 257 名前:乙女、ル・マンに感動 -88 投稿日:2003/11/16(日) 02:32
-
◇
午前5時過ぎ、ミニモニ。・レーシングが予定通りのピット作業。
闇夜の中に煌々と輝くピットにマシンが滑り込む。
特に変化はなく、作業が粛々と進む。一方、ドライバーは矢口から加護に交代。
無事にピット作業が終わり加護の発進を見送った矢口、ヘルメットを脱ぐ。
レースは13時間が経過、折り返しを過ぎていた。そろそろ疲労が気になる頃だ。
それだけでない。時たま降る小雨が降り、そこかしこでクラッシュも発生。
その処理のために二度もペースカーが導入されるという波のある走行だった。
しかし、矢口は疲れた身体そのままにタイミングモニタをチェックし始める。
今回見習いとして助監督も兼任している矢口。
とはいえそれは名目上で、実際はドライビングだけに集中していればいいことになっていた。
しかし、その性格上どうしても気を使ってしまう矢口。
今回は睡眠をとらずに24時間を乗り切るつもりだった。
その背後に、そっと近づく黒い人影。馴れ馴れしく矢口に声をかけた。
- 258 名前:乙女、ル・マンに感動 -89 投稿日:2003/11/16(日) 02:33
- 「矢口さ〜ん」
「うわ、石川か。びっくりさせるなよもう」
石川梨華。
F・娘。にチーム・ナカザワからエントリーしているから看板ドライバー。
今期開幕戦で待望の初優勝、そして第2戦も連勝。
現在ポイントランキングで1位をキープ。文句無しトップクラスの実力を持っている。
「お疲れさんです。矢口さんすごかったですよ」
「ありがとな、お世辞でもうれしいよ」
「いや、ホントにすごかったですって!」
実際、矢口はすごかった。
猫の目のように変わる状況の中、コンスタントなタイムを刻んでいた矢口の駆るS101。
なんと、午前4時からの1時間で一番多く走ったのだ。
慎重に走るトップグループを追いかけ、交代の時点では13位まで順位を上げていた。
ひとえに、夜の首都高で鍛えた目とカンの賜物かもしれない。
- 259 名前:乙女、ル・マンに感動 -90 投稿日:2003/11/16(日) 02:33
- 「で、石川のほうはどうなんだよ」
「えへへ、ぼちぼちですよ」
石川は今回のル・マンにチーム・カントリーから木村あさみ、里田まいとともに出場していた。
本来は同チーム所属の斉藤みうなを予定していたが、ライセンス取得の関係でエントリーできず。
そこで、昨年のテスト以来良好な関係にある石川が代わりに呼ばれたのだった。
マシンはLM−GTクラスのポルシェ911GT3RS。
メインスポンサーのイメージカラーであるライトブルーに彩られたポルシェは、現在クラス2位だった。
- 260 名前:乙女、ル・マンに感動 -91 投稿日:2003/11/16(日) 02:33
- 「いやー、でもポルシェって良くできてるクルマですね。
リアエンジンの挙動は想像つかなかったんですけど、乗ってみると割と素直で、ちゃんとレーシングカーしてるんですよ。
無理矢理振り回さないで、しっかりと過重移動させてやると、クリクリ曲がるんです。
保田さんのカレラ4よりも乗りやすいくらいなんですよ」
「へぇ、圭ちゃんのポルシェより乗りやすいってのはすごいな」
今回のル・マンも本人はかなり楽しんでいるようだ。言葉の端々が弾んでいる。
元来走ることが好きな石川。カテゴリーや格式にこだわらず、とにかく走ることに喜びを感じるタイプだ。
F・娘。以外にもGT選手権やN1耐久と幅広いレースに出場している。
放っておけばそのへんの草レースにだって出る勢いだ。
- 261 名前:乙女、ル・マンに感動 -92 投稿日:2003/11/16(日) 02:34
- 「実はな、今回は石川を乗せるって話もあったんだよ。いろいろあって辻と加護になったんだけど」
「そうなんですか。別に気にしないですけど。まぁ、来年に期待してますよや・ぐ・ちさ〜ん」
矢口に抱きつく石川。のしかかられて、つぶれそうになる。
「石川やめろ!キショイぞ!」
と言いながらもうれしそうな矢口。石川もやめない。絆は強い。
同じ公道出身のレーシングドライバーで、しかも同じ湾岸エリアを走っていた二人。
互いに通じるところがあった。
「それじゃ、そろそろ乗るんで行きます」
「ああ、頑張れよ」
「矢口さんも、二人の子守頑張って」
「大丈夫。ちゃんと成長してるから」
お互いの健闘を誓う矢口と石川。
時刻は日曜日の5時30分に迫っていた。
夜の闇もほんのわずかに明るさを取り戻しつつあった。
朝が、近づいていた。
- 262 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003/11/16(日) 02:45
- ようやく更新しますた。
時間かかった割に誤字多くてちょっと凹み気味。
以前より書くペースあげてますが、あんまり変わらないかもしれませんねw
とりあえず、次の更新をなんとか11月中にしたいなと思っております。
で、話のほうは年内完結を…ちょっと無理かもw
>>252
ありがとうございます。
”命”だなんて、お世辞でもうれしいです。
今後は期待を裏切らないようにできたらいいかと。
- 263 名前:フォーミュラ娘。命 投稿日:2003/11/29(土) 22:56
- 続き読みました。単純に小説として本当に面白いですよ。
- 264 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/30(日) 23:14
- age,sageは適当って書いてはいるけど
何度も何度もageレスしてたら作者じゃなくて
読者の方から怒られると思いますよと助言。
とりあえずまったり読んでます。
時たま更新されてるぐらいが私にはちょうどいいので
これからもまったり書いておくんなまし。
- 265 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003/12/04(木) 01:21
- 全然進まなくてホントスンマセン。
社会人になって生活変わったというのもあるし、
割と現場系になりつつあるというのもなかなか進まない理由だったりします(爆。
ル・マンに関しては年内完結はちょっと無理かと。
F1が開幕するまでには完結させたいですけど。
とりあえず262守れなかったので今週中に更新予定です。
>>263
ありがとうございます。
娘。小説である意味がない話なので、そういわれるとうれしいです。
あと、できればsageでレスお願いしますw
>>264
ありがとうございます。
一時期に比べるとかなりペース落ちちゃって申し訳ないです。
次の展開とかいろいろ考えてはいるんですけど、全然反映できない罠w
- 266 名前:乙女、ル・マンに感動 -93 投稿日:2003/12/11(木) 00:28
-
◇
夜の闇の中を駆け抜けるいくつもの光。
コースサイドの遊園地にあるメリーゴーランドが、きらびやかな光を放ちながら回転する。
昼間とは雰囲気の違うピットエリアも、オレンジ色の光線に照らし出されている。
そんな無数の光が織りなす幻想的な雰囲気の中、辻がピットにあらわれた。
次のピットインで加護と交代することになっているが、時間的にはまだ早い。
疲労のピークにあるメカニックたちが、イスに座ったり壁にもたれたまま居眠りをしていた。
「ん、どうした辻ちゃん?」
気がついた矢口が、紙コップのコーヒー片手に声をかける。
「なんか、綺麗だと思いません?」
ホームストレートを何台かが通過し、会話が中断される。
マシンのシルエットがくっきりと映し出される。
ヘッドライト・テールライトだけでなく、反射材で作られたゼッケンやスポンサーロゴも光を放つ。
「うん、綺麗、だね」
ピットにこもりっぱなしで、あまり周りを見ていなかった矢口。
改めて、夜の闇の作り出す世界を見た。
- 267 名前:乙女、ル・マンに感動 -94 投稿日:2003/12/11(木) 00:29
- 「矢口さんはどうして走っているんですか?
辻、たまにわかんなくなるんです。なんで、走っているのかって」
「えっ?…左足ブレーキのことか」
「違います。別に今回の事だけじゃないんです。
F・娘。走ってても、たまにそんなこと考えちゃうんです。…辻はダメなドライバーなんですかね?」
ピットウォールにもたれて、スタンドを見上げてつぶやく辻の表情は真剣だった。
「難しいな。オイラは走るのが好きで、走るからには負けたくないのだけど」
「それは辻も同じです。でも、本当にそれだけで大丈夫なのかなぁって。
たとえば、矢口さんは今回いろいろやってるじゃないですか。そういうの辻にも必要なのかな、とか」
目の前に据えられたモニタを見つめる。そこには各種のデータがリアルタイムで更新されていた。
「確かに、データは読めたほうがいいよな。それで何をするべきかがわかるから」
「そう、なんですよね。…でも、それなら運転するのは辻じゃなくてもいいんじゃないかって、思うんです」
- 268 名前:乙女、ル・マンに感動 -95 投稿日:2003/12/11(木) 00:30
- 「確かにデータは重要だけど、絶対じゃない。たとえばコレとコレ。見比べてどう?」
マウスを操作して画面に二つのウィンドウを並べたノートパソコンを見せる矢口。
よくわからない辻は首をひねる。
「これはどっちも同じミュルサンヌコーナーのアクセルとブレーキのグラフなんだけど、結構違うだろ」
基本的に同じ軌跡を描いているが、一方は変化が激しくもう一方は比較的なだらかなグラフだった。
「結構違うんですね。これ、辻とあいぼんのデーターですか?」
「そう。お互いの特色が出てるだろ。
これでタイムはほとんど同じなんだよ。時間が違うから全く同じ状況じゃないけどな。
でもな、これシミュレーションでやるとひとつなんだよ。こんなに幅は広くならないんだ」
そう言ってマウスをクリックすると、どちらとも違うグラフが重ねて表示される。
「…どういうことですか」
「つまりな、すでにお前らの走りはシミュレーションの域を越えてるんだよ。部分的にだけど。
どんなにデータが正確だろうと、人が関わる限り完全に分析なんてできないって証拠なんだよ」
「…はい」
わかったのかわからないのか、複雑な表情で頷く辻。
- 269 名前:乙女、ル・マンに感動 -96 投稿日:2003/12/11(木) 00:30
- 「どんなにマシンが進歩しても研究や開発が進んでも、それを扱うのは人間なんだ。
人が関わる部分がどんなに減っても、無くなることは絶対にない。
そこが、ウチらの腕の見せ所ってわけさ」
笑ってウィンクする矢口。辻は今度は力強く頷く。
「だから、その勝負どころまで我慢してたどり着かなきゃならないんだよ。
それがああしろこうしろってうるさい理由なのさ」
ピット前を加護の乗るゼッケン22が走り抜けていく。あと1周でピットインの予定だ。
「なんか、ちょっと頑張れそうになってきました」
辻が言葉以上の笑顔で言う。もう、迷いはなかった。
「おっ、辻ちゃん自身取り戻したみたいだな」
「まっかせてください!」
- 270 名前:乙女、ル・マンに感動 -97 投稿日:2003/12/11(木) 00:30
- 「ついでに、っていうのもなんか変だけど辻ちゃんに指令」
ヘルメットを被り、交代の準備を済ませた辻に矢口が話しかける。
「なんですか?」
「これから、夜が明けて朝になる。つまり明るくなるんだ。
でも、まだ気温は上がらない。わかるか?」
矢口の真剣な口調から、状況を察した辻。頷く。
「チャンスの時間帯だ。攻めろ。目標は3分40秒台の前半」
「わかりました」
「それから、もちろんわかってるよな。無理はするな。そして、最大の目標は」
「完走、ですよね。わかってます」
自信を持って言い切った辻。矢口はその頼もしい姿に微笑む。
しかし、すぐにピットへ滑り込んできたマシンへと意識を集中した。
- 271 名前:乙女、ル・マンに感動 -98 投稿日:2003/12/11(木) 00:31
- 「ふぅ、無事に朝を迎えることができたな」
眩い朝日がピットの中にも差し込んで、矢口の小さい体を照らす。
疲れてはいたが、神経が高ぶっているのか疲労感は感じていなかった。
むしろ、太陽の光を浴びて覚醒したのか気持ちは明るかった。
そしてもう一つ、矢口の気持ちを明るくするのが辻の走りだった。
交代して1周目はまだ暗くさすがに慎重に走ったが、2周目からペースアップ。
明るくなるにつれてさらにスピードを増して3分43秒台の前半を刻んでいた。
しかも走りは安定しており、危なっかしい雰囲気は感じられない。
レースセッティングのマシンでガソリンもまだ減っていない状態。
加えて15時間経過したコースは決していい状況とは言えない。
そんな中でトップのベントレーと遜色無いこのタイムはすばらしいの一言。
矢口自身、このペースで走れるか自信がなかった。
- 272 名前:乙女、ル・マンに感動 -99 投稿日:2003/12/11(木) 00:32
- 『辻ちゃんいいよいいよ〜、その調子で』
「はーい」
無線の矢口に軽口で答える辻、コクピットではリラックスしてドライブしていた。
言われた通りに攻めていたが、限界ギリギリでなく余裕をもってのアタック。
ここまでたくさんの努力と苦労を重ねてきた。自分だけでなく、加護や矢口、そのほか大勢の人が。
それを無駄にするわけにはいかないからだ。
ユノディエールを駆け抜け、シケイン手前で前走車をパス。そのままシケインもスムーズにクリア。
テンポよく、自分でも驚くほどの会心走りだった。
今の瞬間だけでなく、このスティント全部がル・マンに来て一番楽しく走れていた。
あいかわらず左足ブレーキは禁止されたままだが、そんなことは忘れかけていた。
路面は酷く汚れていて、ラインの外にはタイヤかすが山のように散乱していた。
加えて大量のラバーが乗った路面にタイヤの相性が悪いのか感触に違和感が。
だが、そんな状況の悪さがむしろ辻のやる気を喚起していた。
いまこそ、辻希美の腕の見せ所なのだから。
- 273 名前:乙女、ル・マンに感動 -100 投稿日:2003/12/11(木) 00:32
- スタート直後にバトルを繰り広げたダチョ・モータースポーツの#18クラージュ・プジョーを追いかける辻。
クラージュのドライバーはあのときと同じテンプル・ジモンだ。
この時間帯がチャンスなのはジモンもわかっていた。スタート直後とは違いしっかりとブロックする。
ユノディエールで差を詰め、ミュルサンヌで後ろにつける。
再び高速区間へ突入、インディアナポリスコーナーへ突き進む。
左へ90度曲がる難しいコーナー、インをしっかり守るジモン。
辻が狙っていたのはここではなかった。すぐ後のアルナージュ、右90度のコーナーでインに飛び込む。
急速に接近してサイド・バイ・サイドになる2台。一瞬、接触したかのようにも見えた。
脱出で乱れる2台、アウト側のクラージュがコースアウトしかかり減速。
インをとった辻がマシンを立て直して加速、前に出る。
速度差が大きい2台、辻がジモンを引き離す。
これでミニモニ。・レーシングが11位に浮上。
トップテンまであとひとつのところに迫った。
- 274 名前:乙女、ル・マンに感動 -101 投稿日:2003/12/11(木) 00:33
- そんな快調な辻の走りに、全くの不安がないわけではなかった。
チャンスである朝だが、同時に魔の時間帯とも呼ばれる。
深夜から朝にかけて、アクシデントやトラブルが多く、リタイヤするマシンも少なくない。
ペースアップで無理をしてしまったり、朝日の中で気持ちのゆるみが発生するのかもしれない。
もちろんそれ以外の理由もあるだろうが、とにかく何かが起きる時間帯なのである。
事実、ミニモニ。・レーシングのS101も水温が上昇。
まだ問題が起きるほどではないが、これ以上上がるならオーバーヒートの危険もあった。
ラジエターになにかゴミでも張り付いたなど簡単なトラブルかもしれないが、要注意事項ではあった。
- 275 名前:乙女、ル・マンに感動 -102 投稿日:2003/12/11(木) 00:33
- 突然、白煙を吹き上げてコース脇に止まるマシンの映像が映る。
ライトブルーのずんぐりしたシルエットの後方から上がる白煙は、すぐに紅蓮の炎へと変化した。
「あっ!」
緊急事態に矢口が、そして偶然居合わせた加護やチームスタッフが息をのむ。
燃えているのは、同じ日本から挑戦しているチーム・カントリーのポルシェだった。
現在ドライブしているのはあさみだ。そのあさみがコクピットから転げるように脱出する。
しかし近くのマーシャルから消火器を奪い取ると、自ら火を消しにかかった。
小柄な身体で懸命に消火器を操作してなんとか火を消すが、マシンはもう走れる状態ではなかった。
直前にクラストップに立ったばかりのチーム・カントリー、無念のリタイヤ。
その場に力無く座り込むあさみの姿が痛々しかった。
何かが起きるのは、エントリーしている全チームに起こりうること。
そして、それがよりによって近しいチームに起こるとは。
救いはあさみが無事だったことだ。
それでも、走れなくて悲しむ石川を想像すると、矢口は複雑な気分になった。
- 276 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2003/12/11(木) 00:34
- ようやく更新しました。
おまいの1週間は何日なのかと小一時間(ry
ホントスミマセン
- 277 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 22:34
- 禿しく続きをキボンヌ
- 278 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/01/19(月) 02:12
- あけましておめでとうございます(遅っ
今年もスローペースですがちまちまと書いていくつもりなのでよろしくです。
とりあえずは、今週中に1回は更新しますです。
あと、今度の土日は横浜にいるかもですヨロ
- 279 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/19(月) 16:17
- 今年のル・マンまでに お わ り ま す か ?
- 280 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/01/26(月) 01:23
- 本当は今晩更新しようと思っていたのですが、
ミュージックステーションで矢口と加護が休んだり、コンサで辻がふらふらだったりして、
それがちょっとシャレにならないので、今日のところは見遅らさせて下さい。スミマセン。
それから、話自体もちょっと行き詰まっているので、ル・マン編は中断するかもしれません。
その時は無期延期にしたメロソネタでもウpするので、見捨てないでください。
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 14:03
- 早くおねがいしますよ。
- 282 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/02/15(日) 16:12
- 今メロソ編書いてます。
もちっと待っててね。
- 283 名前:ポディウムを占拠せよ! -1 投稿日:2004/02/18(水) 15:51
- 今朝までの雨が嘘のような快晴に恵まれた、4月の鈴鹿サーキット。
オートバイの世界選手権(WGP)の開幕戦日本GPは多くの観客を集めて決勝日を迎えていた。
打ち振られる応援旗、色とりどりの横断幕。桜の花が彩りを加える。
2輪の大きなメーカーが4社も存在する日本はレースの、そしてライダーのレベルも高い。
実際、WGPの各クラスとも数人の日本人がレギュラー参戦しトップ争いをしている。
また全日本選手権のトップランカーがワイルドカードでスポット参戦し速さを見せつけることも。
特にここ鈴鹿では地の利を活かして表彰台の独占、なんてことも夢ではない。
- 284 名前:ポディウムを占拠せよ! -2 投稿日:2004/02/18(水) 15:52
- 125ccクラスの決勝はまだウエット路面の中で行われた。
微妙な路面状態に加えて、金・土と大きく違うコンディション。
そして難易度が高く、なじみのない鈴鹿のコース。
10代の選手も少なくないこの125ccクラス、経験の少ない若手には辛い状況にだった。
案の定有力どころの転倒が続出する中、レギュラーとワイルドカードの日本勢が大活躍。
WGPレギュラーのベテラン東ちづるのホンダRS125が大差をつけて先頭でゴール。
その後方2位争いは大集団から一台また一台と脱落していく展開。
最終的には4台がもつれてフィニッシュ。
集団の先頭、2位は全日本からワイルドカード参戦の大ベテラン菊池桃子のRS125が滑り込む。
そして3位には非力なヤマハTZ125ながら粘りの走りでついていき競り勝った村田めぐみが。
勝って当然、のような余裕を見せてウィニングランの東。
同じく菊池も手慣れた感じでスタンドに手を振りながらコースを進む。
一方で思わぬ結果にこぶしを握りしめて喜ぶ村田。
ガッツポーズを連発し、シケインではバーンナウトのサービスつき。
見応えのあるレースに、そして日本人の健闘に観客が興奮する。
まずは125cc、日本人が表彰台を独占した。
- 285 名前:ポディウムを占拠せよ! -3 投稿日:2004/02/18(水) 15:52
- 125ccクラスの興奮もさめやらぬなか、続く250ccクラス決勝の準備が進む。
「いよいよだね」
「うん」
「柴ちゃん大丈夫かなぁ…」
「大丈夫だよ。ウチラが心配してもしょーが無いってば」
「でも、やっぱり心配だよ」
そんなやりとりをピットで繰り広げているのは、F・娘。のトップドライバー石川梨華と吉澤ひとみ。
二人は今年からWGPの250ccクラスにフル参戦する親友の柴田あゆみの応援に鈴鹿に来ていた。
当の柴田はリラックス。カメラやマイクにひとつひとつ笑顔で応えていく。
- 286 名前:ポディウムを占拠せよ! -4 投稿日:2004/02/18(水) 15:53
- ヤマハのファクトリーライダーである柴田は雨の予選で2位をゲット。
ゼッケン56をつけた彼女の銀とイエローのYZR250はフロントローから決勝レースに望む。
その隣3番手は昨年の日本GPの覇者でホンダの秘蔵っ子、#100加藤あい。昨年に続きワイルドカード。
同じくホンダのこちらはレギュラー広末涼子は4番手、ゼッケンは66。
これに8番手の#3サカグッチ・ケンジワーズを加えた3人がホンダワークスのNSR250を駆る。
一方のヤマハ陣営は柴田のほか5番手の#19ジャン・ワッコ、6番手ワイルドカードの#14斉藤瞳の計3台。
ポールポジションはアプリリアの原田知世(ゼッケンは31)。
ピーキーなアプリリアで雨の予選でポール獲得は見事である。
現に同じアプリリアの#4マオキシミリアーノ(通称マックス)・ミアッジは12番手に沈んでいた。
- 287 名前:ポディウムを占拠せよ! -5 投稿日:2004/02/18(水) 15:54
- スタート前のサイティングラップが始まる。
クルマのレースと違い、隊列を組まずに周回する2輪。選手それぞれのペースで走っていく。
真っ先に飛び出したのはヤマハの#14斉藤。
全日本と同じオイルメーカーの白とグリーンのマシンが、やる気満々で突っ走っていく。
ポールの原田はあわてずに集団の中ほどをコースを確認しながら進む。
柴田も初陣らしくない落ち着きで原田の後ろから続く。
路面はまだ湿っているもののラインはほぼドライで、全車スリックタイヤを着用。。
主催者からレインの宣言がされていないため、条件は皆同じだ。
各車ともスプーンから西ストレートで加減速を繰り返してスタートの感覚をつかむ。
130R、そしてシケインを通過してホームストレートへ戻ってくる選手たち。
それぞれのグリッドをパズルのように埋めていき、シグナルを待つ。
長い長いシーズンの開幕戦、19周のレースの幕開けだ。
- 288 名前:ポディウムを占拠せよ! -6 投稿日:2004/02/18(水) 15:55
- シグナル、オールレッドからクリア。全車一斉に動き出す。
最高のスタートを決めたのは斉藤瞳。2列目からあいだを縫って先頭へ飛び出す。
柴田も悪くないスタートで続き、同じく好スタートのケンジワーズが右からポジションをあげる。
ポールの原田はまあまあの動きだしだが、2速でウィリーしてしまい遅れた。
加藤、広末のホンダに乗る日本人はどちらも出遅れて集団にのみこまれかかっている。
後方、プライベーターのアプリリアがストールするが大勢に影響はなくそのまま続行された。
ファーストコーナー。
密集している上、ブレーキが暖まっていないために接触の可能性が高い。
ここでオーバースピード気味で進入してしまった斉藤を、柴田がインからかわす。
ケンジワーズは行き場を失い接触しかけて後退。
大外から順位を上げたのはジャン・ワッコ。ミアッジと原田のアプリリアもここで順位をあげていた。
2コーナー、S字、逆バンクと柴田が先頭で駆け抜けていく。
その後ろは斉藤。そしてS字で順位をあげたワッコとヤマハワークスが1−2−3だ。
- 289 名前:ポディウムを占拠せよ! -7 投稿日:2004/02/18(水) 15:55
- デグナーを抜けてヘアピン、200R、そしてスプーン。
まだオープニングラップ。このあたりは路面がまだ濡れていることもあり無理はしない。
スプーンを抜けて西ストレート。ここはパワーで勝るアプリリアの独壇場。
ミアッジのアタックをワッコがかろうじて食い止める。
そのまま高速コーナーの130R。テクニックだけでなく度胸が試される世界有数のコーナーだ。
路面状況が多少違うが、普段と変わらず5速全開で抜けていく。
そしてシケインを右、左と切り返して最終コーナー。
ホームストレートに帰ってきてようやく1周だ。
- 290 名前:ポディウムを占拠せよ! -8 投稿日:2004/02/18(水) 15:56
- オープニングラップを制したのはヤマハの柴田あゆみ。
WGPはワイルドカードでのスポット参戦はあるが、レギュラーとしてはこれがデビュー戦。
それを感じさせない、堂々とした走りで先頭を駆け抜ける。
続く2番手は同じくヤマハの斉藤。彼女もここでのアピール次第ではWGP参戦も夢ではない。
そして3番手にヤマハのワッコ、4番手は最終コーナーでミヤッジをかわした原田知世。
6番手から8番手には加藤、ケンジワーズ、広末とホンダ勢が連なる。
この後方につけていたセミワークスのアプリリアがデグナーでハイサイド転倒。
早くも3メーカーのワークスマシン8台が抜け出した格好だ。
- 291 名前:ポディウムを占拠せよ! -9 投稿日:2004/02/18(水) 15:56
- 2周目の最終コーナーで#100加藤がミヤッジを抜き去り5番手浮上。
とはいえまだレース序盤。先頭グループには差がほとんどない状態。
ワンミスで順位が大きく変わるが、まだ積極的には行かない。
17周先のゴールまで、どうやってレースを組み立てるかがポイントなのだ。
先頭の柴田もむやみに飛ばしてはいなかった。
好調な予選順位から先頭は狙っていたが、そのまま独走できるとは思っていない。
全力で逃げても途中で息切れするだけのこと。差をコントロールして逃げ切れればベスト。
もっとも、後方から追ってくるメンツがそれを許すはずもないのだが。
- 292 名前:ポディウムを占拠せよ! -10 投稿日:2004/02/18(水) 15:56
- 4周目、上がらないペースに意を決した斉藤が柴田との差を詰める。
確かに柴田を始め全体のラップタイムは予想よりも遅めのもの。
しかし、まだウエットパッチの残る路面を考えるとそれほどでもない。
ともあれ、ワイルドカード参戦の斉藤にはこのレースが数少ないアピールのチャンス。
ヘアピンでズバッと柴田をインからパス。トップに立つ。
リードを開くべく、そのままのハイペースを維持して200Rをクリア。
抜かれた柴田はこれに反応せず、自らのペースを守ったままだ。
- 293 名前:ポディウムを占拠せよ! -11 投稿日:2004/02/18(水) 15:57
- 斉藤のペースアップに反応したのが同じヤマハのワッコ、そしてホンダの広末。
ワッコも柴田をかわして斉藤に続く。広末もケンジワーズとミヤッジをかわして6番手に。
抜かれたミヤッジはこのころからエンジンパワーが上がらずに苦戦していた。
結局3周後にピットインするが原因不明でそのままリタイヤ。
後にわかったのだが、原因は電気系のショートだった。
カウルを取り付けるときにセンサーの配線を挟むという、初歩的なミスから起きたトラブルだった。
- 294 名前:ポディウムを占拠せよ! -12 投稿日:2004/02/18(水) 15:57
- 6周目、先頭は#14斉藤瞳。2位は#19ジャン・ワッコ。
この2台から少し遅れて3位集団は#56柴田あゆみ、#31原田知世、#100加藤あいの3台。
シケインでミスした#66広末涼子は再び#3ケンジワーズに抜かされて7位になっていた。
とはいえまだレースは3分の1を消化したにすぎない。
斉藤とワッコも絶対的なリードを築く速さではない。
柴田以下の後方はつかず離れずで、いつでも追えるポジションをキープ。
勝負どころはレース終盤。前半はタイヤを温存しながら離されないようにする。
それが柴田や加藤のプランだった。
- 295 名前:ポディウムを占拠せよ! -13 投稿日:2004/02/18(水) 15:58
- リードを築きたい先頭の2台がペースを上げる。
8周目にワッコがファステストを更新。斉藤もそのタイムに続く。
だが、端から見ると明らかにオーバーペース。
ペースを上げたいという気持ちだけが先行した走りになっていた。
破綻すぐにやってきた。
デグナー手前で斉藤をパスしたワッコが、ペアピンでスリップダウン。
何とか再スタートするも、フロントから倒れたマシンはハンドル周りを壊していた。
ピットインして修復を試みるが、最終的にはリタイヤを決心する。
- 296 名前:ポディウムを占拠せよ! -14 投稿日:2004/02/18(水) 15:58
- 「斉藤さんすげーや」
「柴ちゃんも2位だよ!」
石川と吉澤のいるピット前を先頭が通過。
1位斉藤、2位柴田、3位原田、4位加藤という順位で10周目へ突入。
上位を日本人が独占し、石川たちだけでなくスタンドやピットでも自然と期待が高まる。
斉藤はのペースは一気に落ちていた。
ワッコの転倒を避ける時のタイムロスに加え、見てしまったという心理的なものもあった。
柴田らが迫るが、後方を確認してブロック。西ストレートの進入でもうまく前を守る。
ここで動いたのがベテランの#31原田。
アプリリア最大の武器であるピーキーではあるがヤマハやホンダに勝るパワーが炸裂。
柴田のスリップストリームを上手く使かえた事もあり、ストレートエンドで2台を料理する。
黒いイタリア製のゼッケン31がトップに立って11周目を迎えた。
- 297 名前:ポディウムを占拠せよ! -15 投稿日:2004/02/18(水) 15:59
- これで再びレースが動きだす。
原田を逃がすわけにはいかない柴田がペースアップ。加藤も続く。
斉藤も負けずに踏ん張るが、タイヤが厳しく逆バンクでミスしてラインを外してしまう。
このミスを見逃さない。柴田と加藤が連なってパスしていく。
その後ろのケンジワーズにも抜かれて5番手に後退。
斉藤はデグナーの一個目でも車体が振られる。何とかこらえるが厳しそうだ。
先頭の3台は一列に連なって走っていた。
#31原田はアプリリア、#56柴田はヤマハ、そして#100加藤はホンダ。
同じ250ccクラスという枠内で3社それぞれ違うマシン作りをしているのが面白い。
- 298 名前:ポディウムを占拠せよ! -16 投稿日:2004/02/18(水) 15:59
- イタリアの新興、アプリリアのRS250はとにかくパワー。
会社の規模が小さいためエンジンはロータックスという専門会社から供給してもらってる。
唯一のロータリーバルブ方式を採用するこのエンジン。パワーはあるが扱いづらいという欠点も併せ持つ。
そのパワーを受け止める車体は大柄でホイールベースも長め。
ストレートが速いがコーナーでは曲がりにくそうに走る。
そしてもう一つ。いかにもイタリア製品に特有の美しさがある。
ぬめっとした生物的な曲率のフロント周りや、微妙な垂れ下がりのテールカウル。
アルミのメインフレームはぴかぴかに磨き上げられて顔が映り込む。
艶消しのブラックをベースに赤と白のカラーリングが映える。
とにかく、文句なしに美しくてカッコイイ。
しかもこれらは特別に意識したものではないのだ。
日本人には、まねできない。
- 299 名前:ポディウムを占拠せよ! -17 投稿日:2004/02/18(水) 16:00
- 大きく見えるアプリリアに対して、いちばん小さく見えるのがホンダのNSR250。
カウルはライダーを覆う最低限の面積があればいいという考えでデザインされいる。
そのためアッパーカウルは小さく、面の構成も単純で直線的だ。
テールカウルも長いが薄く、どこか繊細な感じを受ける。
何となくアンバランスなシルエットは未来のバイクのような印象も。
エンジン形式はV型2気筒でこれは3台共通だが、Vバンクが100度前後と開き気味なのが特徴。
このエンジン、パワーではアプリリアに劣るも扱いやすさが特徴だ。
フレーム構成やサスも独自のトライをしており、重心の低さを活かしたコーナーで稼ぐマシンだ。
また、同じホンダワークスでも3台ともカラーリングが違う。
加藤のマシンはオイルメーカーの白・緑・赤、広末もオイルメーカーだが赤と黄色。
ケンジワーズはイタリアのバイクウエアメーカーで白と青と赤だ。
- 300 名前:ポディウムを占拠せよ! -18 投稿日:2004/02/18(水) 16:01
- そしてヤマハのYZR250。銀と蛍光イエローが目を引くのはレギュラーの2台。
大きさ的には2台の中間だが、デザイン的にはアプリリアに近い。
少し大柄のカウルは最高速よりもライダーの居住性を考えたもの。
以前の小さいカウルよりも風圧や風切り音が低減されてライディングに集中できる、とはワッコの言葉。
実際にはまっすぐ走ることよりも旋回している時の方が多いからだ。効果はある。
泣き所はエンジン。どうしても他の2台よりもパワーでは劣っている。
扱いやすさでも抜きんでているわけではないのが痛いところだ。
ただし旋回性は抜群。走りを見ているだけでも素直に曲がる印象を受ける。
斉藤やワッコのように振り回すタイプと、その対局の柴田のようなスムーズな走りのライダー。
その両方を満足させるのは、さすがハンドリングのヤマハ。面目躍如である。
- 301 名前:ポディウムを占拠せよ! -19 投稿日:2004/02/18(水) 16:01
- 全く違う3社のマシンが、こちらもタイプの異なるライダーによって同じコースで競う。
その結果、それぞれがほとんど変わらないタイムを刻む。
違うアプローチでも到達したレベルは同じ。それほどに、世界選手権のレベルは高い。
だからこそ、小さな差が大きなアドバンテージになる。
アプリリアのパワーもホンダと比べて数馬力、ヤマハとでも10馬力には達していない差だろう。
しかし、それを埋めるのはかなり難しい。
それも今回のように先頭に立って逃げるようなシチュエーションでは、さらに困難だ。
パワーとストレートスピードで勝るアプリリアに逃げられたら、勝ち目はない。
それはヤマハ・ホンダ両陣営とも一致している。
原田を逃がさないために、無駄な争いを避けることを一瞬かわした視線で申し合わせる加藤と柴田。
とにかく、コーナーで差を詰めていくしかないのだ。
- 302 名前:ポディウムを占拠せよ! -20 投稿日:2004/02/18(水) 16:01
- ホームストレートから1コーナー。
大きく体をイン側に落とし込み旋回する#31。
複合の難しい2コーナーを立ち上がり、S字をリズミカルに抜けていく。
ライダーとしては恵まれた体格でない原田。
そのせいか、全身を使いマシンの挙動を活かした自然なライディングが身上だ。
ライディングテクニックは一品級。クセのあるアプリリアを綺麗に曲げていく。
昨年も最終戦までタイトルを争いを繰り広げ、無念のランキング2位。
今シーズンこそ、の思いは強い。マシンの仕上がりも上々。
- 303 名前:ポディウムを占拠せよ! -21 投稿日:2004/02/18(水) 16:02
- 逃げたい原田だが、なかなか差が広がらない。
タイム的にはNSRやYZRよりもわずかに劣っているからだ。特にコース前半部分で負けている。
車速の伸びを活かしてストレートで#100が2位に浮上する。
この周にファステストラップを更新していた。
原田よりも素速くバンキングさせて速度を殺さずにコーナリング。
ホンダの秘蔵っ子、加藤あいは昨年、一昨年の日本GPを制している。
全日本選手権では連続でランキング2位に甘んじているが、実力は皆が認めている。
小柄な身体のために荷重移動が派手に見えるが、エンジニアに言わせると相当スムーズだという。
そしてラインやフォームが美しいのが特徴だ。
狙うは日本GP3連覇。そして世界GPへの挑戦だ。
- 304 名前:ポディウムを占拠せよ! -22 投稿日:2004/02/18(水) 16:03
- その加藤も、原田を抜くまでには至らない。
コーナーで抜くのは厳しいし、ストレート勝負では勝てない。
それに後方の柴田もプレしゃーをかけてくる。
抜かれたが、タイムではほとんど同じだった#56
見た目には身体の動きはあまり激しくないが、遅いわけでない。
他の2台よりもコンパクトなラインをとれる旋回性を活かしてタイムを削っていく。
昨年の全日本チャンピオンである柴田。
今回タイトルをひっさげての世界デビュー戦。YZR250も自身が開発してきた。
彼女も小柄だ。センターに荷重をかけてスムーズに旋回する、ナチュラルなライディング。
ヘルメットの額部分に描かれた大きな目玉が世界を睨む。
加藤のほうにばかり注目が集まっているが、意地もプライドもある。負けたくない。
- 305 名前:ポディウムを占拠せよ! -23 投稿日:2004/02/18(水) 16:03
- 残り5周のシケインで原田が加藤に譲る。開かない差に作戦を変えた格好だ。
これに乗じて柴田も原田をパス。2位へ浮上する。
ストレートで抜き返されるのを警戒する柴田。当然原田はやってきた。
スピードを活かして1コーナーのアウトからかぶせるも、柴田が前を守る。
柴田もやられてばかりではない。加藤の後方につけてプレッシャーを与える。
ここまで後方で走りをじっくり観察してきた。速いところ遅いところはよくわかっている。
こちらの手の内もバレているかもしれないが、それでも戦いやすい。
ヘアピンで接近、テールトゥノーズになるも抜きにはかからない。
後方からもエキゾーストが聞こえる。原田も離れずに付いてきていた。
- 306 名前:ポディウムを占拠せよ! -24 投稿日:2004/02/18(水) 16:04
- 残り5周のシケインで原田が加藤に譲る。開かない差に作戦を変えた格好だ。
これに乗じて柴田も原田をパス。2位へ浮上する。
ストレートで抜き返されるのを警戒する柴田。当然原田はやってきた。
スピードを活かして1コーナーのアウトからかぶせるも、柴田が前を守る。
柴田もやられてばかりではない。加藤の後方につけてプレッシャーを与える。
ここまで後方で走りをじっくり観察してきた。速いところ遅いところはよくわかっている。
こちらの手の内もバレているかもしれないが、それでも戦いやすい。
ヘアピンで接近、テールトゥノーズになるも抜きにはかからない。
後方からもエキゾーストが聞こえる。原田も離れずに付いてきていた。
- 307 名前:ポディウムを占拠せよ! -25 投稿日:2004/02/18(水) 16:04
- 通称マッチャンコーナーといわれる200Rを全開で駆け抜け、スプーンコーナーへ。
コース後半はパワーがものを言う高速区間。YZRがいちばん苦しい。
スプーン出口で少し乱れてしまう柴田。原田がこれを見逃さない。
ラインを変えて並びかける原田。柴田はもうブロックできない。ただ全開で祈るだけ。
だが祈りも通じない。西ストレートを登り切ったところで易々とパスされてしまう。
続く130Rはブロックラインをとられて手も足も出ない。
シケインの突っ込みで狙うも、ここも守られる。
最終コーナーの立ち上がりでは、わずかに差が開く。
再び、マシンの差を見せつけられる格好だ。
- 308 名前:ポディウムを占拠せよ! -26 投稿日:2004/02/18(水) 16:05
- 残り3周、先頭で逃げる加藤を原田が追う。柴田も懸命に後をつけるが、少し離れたか。
その後方、4位争いは広末が脱落しケンジワースと斉藤の一騎打ちになっていた。
お互いに振り回すタイプの2台。タイヤを使ってしまった斉藤が少々不利か。
コース前半では加藤が速い。リズミカルにコーナーを抜け、ヘアピンまでに少々の差を付ける。
その後はアプリリアの原田が詰める。スプーン出口のラインを大きめにとり、加速にかける。
少しでも空気抵抗を小さくするべく、マシンに伏せてストレートを駆け抜ける。
原田が右に進路を変えて前輪が後輪と並びかかるが、そこまで。
上体をスッと持ち上げ、イン側の左ヒザを開いて130Rに進入。
差は開きも縮まりもしない。
シケインもまるでワルツを踊るかのように接近したまま切り返す。
柴田がワンテンポ遅れて、同じように切り返してシケインをクリア。
- 309 名前:ポディウムを占拠せよ! -27 投稿日:2004/02/18(水) 16:05
- 最終コーナーではらんでしまった加藤のインを原田が突く。
ストレート勝負になり、際どいところで加藤が前を守る。
そのスリップストリームに入る柴田だが差は変わらない。
むしろ、離されなかったというべきかもしれない。
違うマシンで同じタイムで走れても、バトルになるとまた別。
ストレートが速い方が有利だ。コーナーでタイムを稼ぐ走りは接近戦では出来ない。
まさに柴田がその状態だ。コース前半で詰めても、2つのストレートでチャラになってしまう。
かといってコーナーで抜けるほど速いわけでもない。
あきらめたわけではないが、競り合いで2台がミスするのを待つしかない。
そんな状況に柴田は追い込まれつつあった。
- 310 名前:ポディウムを占拠せよ! -28 投稿日:2004/02/18(水) 16:09
- ヘアピンでいったん原田が前に出るも、加藤がすぐに抜き返す。
再び原田が攻める。スプーンコーナーでプレッシャーをかけ続ける。
だが2台ともミスはしない。綺麗に脱出して全力でストレートを駆け上がる。
小さく舌打ちする柴田。
常にマイペースな加藤と、冷静なレース展開で有名な原田だ。
その2人のバトルの後ろミスを待っていても、チャンスは回ってこないのではないか。
柴田も割と冷静なタイプ。フッとそんな考えが浮かぶがすぐに打ち消す。
- 311 名前:ポディウムを占拠せよ! -29 投稿日:2004/02/18(水) 16:10
- あと2周。
1・2コーナー、S字、逆バンクと原田が狙うが、加藤も動じない。
再びヘアピンで差が詰まるが、今度は加藤が守る。
追いかける柴田がここでリアをスライドさせすぎてしまう。手痛いミスで差が開く。
後ろの様子が気になるが、ここで振り向くとさらに離されてしまう。
レースは残りわずか。前の2台に集中していないとわずかなチャンスを逃してしまう。
スプーンから西ストレート。3台の差は少しずつ開いている。
130Rの脱出からシケインのアプローチ。アウトから進入した原田が再び前に立つ。
しかし最終コーナーでは加藤がインをとる。そのままフィニッシュライン手前で抜き返す。
柴田も遅れずに姿を現す。
- 312 名前:ポディウムを占拠せよ! -30 投稿日:2004/02/18(水) 16:10
- ついにファイナルラップ。
サーキット全体が固唾をのんで見守る。
このままゴールすれば125ccクラスに引き続き日本人の表彰台独占。期待が高まる。
揺さぶりをかける原田に対して、先頭の加藤は全く動じない様子。
もっとも、原田が狙っているのはコース後半だ。
コーナーの速いNSRはミスでもない限り前半では抜けない。
その後方、3番手の柴田も離れていないが前に出る可能性は低いと思われていた。
もちろん柴田本人はあきらめてはいない。勝負は最終コーナーだと決めていた。
ヘアピンを抜けていく3台。最終ラップだが強引にインへ突っ込んだりはしない。
加速しながらスプーンへ進入。原田が加藤の後方へピッタリとつける。
- 313 名前:ポディウムを占拠せよ! -31 投稿日:2004/02/18(水) 16:11
- スプーンの脱出。アプリリアのパワーが炸裂。
スリップストリームを活かして130R手前で原田がまたしても前に。
残るはシケインと最終コーナーだけ。
攻守交代した2台、今度は加藤がシケインの進入でインをとる。
皆の視線が2台に集中する。寸分も違わず切り返して並んだままシケインを脱出。
最終コーナーへ向けての加速合戦。まだ原田が前だが、コーナーではアウト側。
最後の闘い。オーバースピード気味で進入する2台がわずかにアウトに膨らむ。
その後方から2台に迫る灰色の影。その姿に観客がどよめく。
針の穴に糸を通すようなコントロールで最終コーナーのイン側を突いたのは、柴田のYZR250。
膨らんでしまった2台に勝る加速で、最終コーナーを脱出する。
横に並んだ3台。少しでも空気抵抗を減らすために思いっきり伏せたままフィニッシュラインを横切る。
- 314 名前:ポディウムを占拠せよ! -32 投稿日:2004/02/18(水) 16:11
- チェッカーフラッグが振られ、レースがゴールする。
緊張の糸が切れたスタンドが最後までもつれたレースの結果をもとめてどよめく。
ゴールした3人が互いの健闘を称えながらスローダウン。
だが、誰もガッツポーズしない。本人たちも結果が分かっていないのだ。
場内アナウンスが結果を叫ぶも、興奮しすぎたアナウンサーのせいで今一つ伝わらない。
順位を示すシグナルタワーの表示が更新される。
2コーナーを回ったところの柴田がそれに目をやる。
最上段の1位に表示されたゼッケンは、56だった。
- 315 名前:ポディウムを占拠せよ! -33 投稿日:2004/02/18(水) 16:12
- 優勝、#56柴田あゆみ。世界GP初優勝。
2位には#100の加藤あい。そして3位に#31原田知世。
最終コーナーでの大勝負で大逆転を決めた柴田。思いっきり叫びながらウィニングラン。
仕掛けるのは決めていたが、勝てる自信はなかったのが正直なところ。だから、余計にうれしい。
してやられた原田が祝福し、加藤がハイタッチ。
その後方からケンジワーズを振り切って4位を獲得した斉藤が追いついて併走。
同じチーム出身の2人、目で合図して並んでのウィリー走行。
斉藤が大袈裟なアクションで観客を煽り、スタンドの観客もそれに応える。
表彰式。125ccクラスに続き日の丸が3つ掲揚される。
柴田は最も高いところで目をつぶって喜びをかみしめながら、君が代を聞く。
トロフィーの授与の後、シャンパンのボトルが渡される。
ここで思いっきり感情を爆発させる柴田。誰よりも多くボトルを振り回してシャンパンを浴びせかける。
2位に終わった加藤も、3連覇は逃したが今日のバトルには満足。
例年シーズン序盤は調子が上がらないアプリリア。
そのアプリリアに乗る原田も、今日のレース内容には満足していた。
- 316 名前:ポディウムを占拠せよ! -34 投稿日:2004/02/18(水) 16:12
- 「柴ちゃん優勝おめでとう!」
「すげー、すごかったよ!」
チームに帰ってきた柴田を祝福する石川と吉澤。もちろんスタッフもだ。
柴田もそれに笑顔で応え、みんなに感謝を述べる。
スポットで4位に入った斉藤も同様に祝福される。
普段”ボス”呼ばれている斉藤だが、スタッフへの気配りも忘れない。
シーズンの開幕を上々の結果で飾ったヤマハ。
この先はまだまだ長いが、いいシーズンになりそうだ。
- 317 名前:ポディウムを占拠せよ! -35 投稿日:2004/02/18(水) 16:12
- 最後に開催されるのは最高峰の500ccクラス。
こちらもホンダとヤマハに加え、スズキがワークスチームを送り込みしのぎを削っている。
日本人ライダーも多い。各チームともレギュラー・ワイルドカードを含めて総勢5人がエントリー。
マシン面でも実力の面でも、みな有力視されている。
3クラスの表彰台を全て日本人で独占というのも、本当に夢ではなくなってきていた。
レースはポールポジションのカンノミ・ホー(ヤマハ)がスタートからリードする展開。
それを昨年のチャンピオンであるナナコ・マツシマキや村田和美のホンダ勢が追う展開に。
ワイルドカードで参戦のヤマハの大谷雅恵もこれに続く。
後方からはシーズンオフのテストで好調だったスズキの仲間由紀恵も追い上げる。
しかしホーが転倒しそれを何とか避けた村田和美もコースアウトで遅れてしまう。
タイヤを使い切ってしまった大谷も先頭集団から脱落、マツシマキの独走を許してしまう。
そのままチャンピオンの貫禄を見せたマツシマキが優勝。
2位には終盤に順位を上げた仲間由紀恵が。グリップしないタイヤと格闘した大谷は3位に入る。
- 318 名前:ポディウムを占拠せよ! -36 投稿日:2004/02/18(水) 16:13
- イタリア国歌が流れる表彰式。
惜しくも表彰台独占と3クラス制覇は逃したものの、それでも9つのポディウムの内8つを確保した日本勢。
コースに繰り出した観客が騒ぎ出すが、まだまだかわいいもの。
これがスペインなら、興奮で死傷者が出るほどの騒ぎになるに違いない。
しかし、みな満足していないわけでない。
感情の表現は人それぞれ、お国それぞれだが、これが日本風なのかもしれない。
その証拠に、選手には皆惜しみない拍手を送り、観客の表情はみな笑顔。
これからのシーズンに、大いに期待しているのだ。
- 319 名前:ポディウムを占拠せよ! -37 投稿日:2004/02/18(水) 16:14
- 柴田、斉藤、そして大谷と村田めぐみのヤマハの4人のライダーが集う。
みな同じヤマハ系の有力チームで育ったライダーで、親友同士。
祝杯をあげるべく表彰台で振り回したシャンパンを持ち寄ったのだが、斉藤だけ持っていない。
「ちょっとー、なによ!みんなわたしに見せつけるわけ?やってられないわもぅ!」
文句を言う斉藤だが、彼女はそういう役回りなのである。
来週ここでF・娘。の開幕戦を迎える石川と吉澤がお裾分けをもらいに来て大爆笑。
明るい笑顔が、鈴鹿サーキットにこぼれた。
- 320 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/02/18(水) 16:21
- ヒサブリの更新です。
この話はネタ的にはだいぶ前から考えいて、
昨年の4月頃には一端完成してカキコしようとしていたのですが、
鈴鹿のあの事故でお蔵入りにしたものです。大治郎ありがとう。
(まあ、ほとんど書き直しているんですが)
最近はカナーリライーブ厨になったので、月一以上のペースでコンサに行ってたりします。
コンサ会場で見かけたら声をかけないで下さいw
そのほか個人的には思い切ってごっついバイク(しかもアプリリアw)買ったり、
韓国ツアーが控えてたりといろいろあるのですが、まぁ読者のみなさまには関係ないですな。
これからもぼちぼちと書いていくのでよろしくです。
- 321 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/02/18(水) 16:24
- 从#~∀~#从ノ<ヒサブリの更新やでー ”ポディウムを占拠せよ!>>283-319
- 322 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/03/13(土) 03:14
- なーんにも反応無しかよウワワァァン
まぁ、あんまり面白くないしね。
正直、ル・マン編は続けるかどうか悩んでます。
ラストはできあがってるんで、あとはそこまでをつなげる話をもうひとつぐらい。
完成までにはもうちょっとかかることには変わりないですが。
とりあえず投げたわけでないので、期待せずに待っててください
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/02(金) 18:24
- ル・マン編をお願いしますよ。
- 324 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/04/03(土) 01:08
- ありがとやんす。
とりあえず5/2までにル・マンは完結させる方向でがんがります。
あと、もしかしたらどにちで更新できるかもですのでよろ。
- 325 名前:乙女、ル・マンに感動 -103 投稿日:2004/04/12(月) 01:53
- 『次、入ります!』
ピット前を駆け抜ける辻から無線が入る。予定ではあと1周先だが、早めのピットインを要求してきた。
「どうした?」
『水温が高いです。それにタイヤも』
ずっと高いままの水温に辻も不安を覚えたようだ。
「了解。準備して待ってる」
些細な問題でも、ドライバーを不安にさせるものは解決させた方がいい。
それがエンジンやタイヤといった重要な箇所ならなおさらだ。
『それからタイヤはひとつハードで』
「了解」
手短に答えた矢口、指示を出す。手慣れたものだ。監督が板に付いてきた感じだ。
しばらくして辻のマシンがピットへ戻ってくる。
ピットレーンのスピード違反を犯さないように、慎重に走ってくる。
しかし、見守るチームはわかっていてももどかしさを感じてしまう。
- 326 名前:乙女、ル・マンに感動 -104 投稿日:2004/04/12(月) 01:53
- ピットに停車するマシン。同時に給油が始まる。
その間に辻はドリンクボトルの交換を要請する。
続いてタイヤ交換。今まで使っていたものよりひとつ固めのコンパウンドのものだ。
同時にヘルメットのバイザーを拭いたり、ボトルの交換をする。
もちろん、トラブルである水温上昇を解消すべくラジエターグリルも点検する。
クルーが何かを引っぱり出す。大きなビニール袋だ。
思った通りだ。チームに安堵の空気が流れる。
大きなロスが無く作業が完了。エンジンの始動に少し手間取るが、無事に発進。
力強く、コースへ復帰していく。
しかし、矢口はなにか違和感を感じていた。
それがなになのか、はっきりと確信をもてないでいたが。
- 327 名前:乙女、ル・マンに感動 -105 投稿日:2004/04/12(月) 01:54
- ピットアウト後も変わらないペースでいく辻。
リズミカルにコーナーを抜け、周回遅れをパスしていく。
辻の特徴である振り回す走りは影を潜め、スムーズなドライビングになりつつあった。
ル・マンはグリップの低い公道サーキットで、マシンもフォーミュラーよりダウンフォースの少ないプロトだ。
どちらかといえば、スムーズなドライビングが適している組み合わせである。
これに関して矢口はあえてなにも言わないでいたし、辻も変えていなかった。
しかしここに来てそれを感じ取ったのか、辻は無意識のうちにドライビングを変化させていた。
思わずニヤッとする矢口。これが狙いだったのだ。
- 328 名前:乙女、ル・マンに感動 -106 投稿日:2004/04/12(月) 01:54
- が、好調だったのも束の間。
スティントの折り返しを過ぎる頃から次第に辻のペースが落ちてくる。
それもトラブルや渋滞とは関係なく、である。
確かに、空は晴れわたり雲一つ無く太陽は容赦なく照りつけている。
気温と路面温度も、朝の8時過ぎにもかかわらずかなり上がっていた。
これがマシンにタイヤに、そしてドライバーに影響を与えているのだろうか。
無線で問いかけるも、辻は大丈夫ですとしか答えない。
ピット前を通過する辻の様子を身体を乗り出して見るが、バイザーの奥の表情はわからない。
マシン自体も見た目やテレメトリーからは異常は感じられない。
とりあえずは、様子を見るしかなかった。
- 329 名前:乙女、ル・マンに感動 -107 投稿日:2004/04/12(月) 01:55
- ペースの上がらない辻の後方、ひたひたと迫るのはゼッケン18のクラージュ・プジョー。
またしてもダチョ・モータースポーツ、現在ドライブしているのはアップランド・リューへだ。
力強い走りのジモンと違い、リューヘの走りはねばり強くしつこく、そして下品。
決して美しい走りではないが、しぶとくて一生懸命なのが定評だ。空回りするときも多いが。
リューヘもペースをあげていた。1分近くあった差が見る間に縮まり、今や10秒を切ろうとしていた。
「おーぃ、辻ちゃん大丈夫かよ」
矢口が心配そうにつぶやく。
交代した直後の勢いが完全になくなっていた。抜かれるのも時間の問題か。
- 330 名前:乙女、ル・マンに感動 -108 投稿日:2004/04/12(月) 01:55
- そのころ辻は朦朧としつつある意識の中、懸命に走っていた。
熱い。体が熱く、汗が流れていくのがわかる。
頭の中がなにも考えられなくなり、周りの状況や無線の声もわからなくなっていた。
ただ、負けたくないという思いだけが辻を支配しマシンをコースに留めていた。
リラックスして順調に飛ばした前半から一転、このスティントは気負いすぎていた辻。
それが逆に辻のリズムを崩し、余分な体力を使うことになっていた。
加えて急激に上がった気温に強い日差し、そしてマッチしないタイヤ。
これらと戦いながら走ってきた辻の体力は限界に近づいていた。
筋力には自信がある辻だが、スタミナに関しては不安があったのも事実だ。
何度か指摘され、ル・マンに向けてトレーニングも積んできた。それなのに、だ。
自分の不甲斐なさを感じながら、それでも懸命に走っていく。
もう、走ることしかできないから。
- 331 名前:乙女、ル・マンに感動 -109 投稿日:2004/04/12(月) 01:56
- ホームストレートを駆け抜ける辻の目に、”#22 PIT IN”ピットサインが飛び込む。
「あれ?確かピットインは2周先じゃなかったけ?それとも次?もしかすると3周先だっけ…」
頭の片隅で周回数を計算するが、最後までたどり着く前によくわからなくなってしまう。
自分が正常な状態にないことを、いまさら思い知らされる。
あと1周、あと1周だけ。とにかく、チームを、仲間を信じよう。
流れるテールに素速くカウンターをあててバランスを保つ。
自分がどこを走っているのかすら、確信が持てなくなる。
それでも、意志だけは強く、強く保っていた。
- 332 名前:乙女、ル・マンに感動 -110 投稿日:2004/04/12(月) 01:56
- 規定の周回数をこなしてピットロードを帰ってくる辻。
追い上げるリューヘのミスにも助けられて、順位を守っていた。
「まったく、辻ちゃんは変にしっかりしてるんだから」
矢口がヘルメットのなかで愚痴をこぼす。
辻は終盤正常なドライビングができていなかった。すなわち何かが起きていたのだ。
なにしろ無線で呼びかけても返答が無かったほどだ。
その辻の身を案じて4周前からピットインのサインを出していた。
それを見たのか見ていないのか、辻はキッチリと周回数をこなして帰ってきたのだ。
マシンがピットエリアに停止し、すぐにクルーが作業を開始する。
矢口も辻のハーネスを外しコクピットから引きずり出す。
ぐったりしているが、意識は残っていた。
「矢口さん、ポルシェの出口、オイル…」
他のスタッフも辻の身体を支える。レーシングスーツが、汗で湿っていた。
「辻、よくやった!後はまかせろ!」
辻をスタッフに託し、マシンに乗り込む矢口。
コクピットをチェック、オールOK。
「よっしゃ!」
小さく気合いを入れて、矢口がコースイン。
時刻は午前9時を過ぎていた。ゴールまであと7時間。
- 333 名前:乙女、ル・マンに感動 -111 投稿日:2004/04/12(月) 01:57
- 「辻ちゃんはどうなの?」
走り出した矢口が心配になってピットに尋ねる。
『脱水症状って診断でました。経過次第だけど休めば大丈夫だろうって』
加護の報告に一安心。
「この暑い中で頑張り過ぎちゃったのか」
『そうみたいですね。次は4時間後だし、本人もその気です』
「了解、今はゆっくり休んでって伝えて」
辻の走行はあと1スティントだけ残っている。最後までちゃんと走らせてあげたい。
前方でマシンがスローダウンしている。そのままグリーンに入りマシンを止めるようだ。
慎重に距離をとってマシンを避ける矢口。
止まったマシンは何台なのだろうか。矢口が見ただけでも、数台はいる。
幸いにミニモニ。レーシングのS101は今のところ順調だった。
矢口がマシンを丁寧に扱うよう口を酸っぱくして言っていた甲斐がある。
- 334 名前:乙女、ル・マンに感動 -112 投稿日:2004/04/12(月) 01:57
- とはいえ、完走まではまだ遠い。
ミッションは渋くなっているし、タイヤのマッチングも変わってきている。
水温や油温は問題ないが、不安がないわけではない。
それに路面は荒れているし、アクシデントの可能性だってある。
そしてなによりも日差しが強く気温がぐんぐん上がっている。
マシンに問題なくても、人の方に問題があるかもしれない。
実際に疲労で足がつってスピンという例もある。
走り出す前のストレッチを、もっとちゃんとしておけば良かった。
頭の片隅で、ちょっとだけ後悔する矢口だった。
- 335 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/04/12(月) 02:00
- ようやく更新しました。
ちょっとだけだけども。
とりあえず5/2までに完結させるのを目標なのは変わらずで。
ちまちま更新ですがご勘弁を。
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/15(木) 23:37
- これから体力的に一番きつい時間帯ですね
がんばれ
- 337 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/04/16(金) 20:35
- うわー、レスついてるうれしい!
次回更新は日曜日の予定です。ちょっと難しいかもですが。
ちまちま更新ですがこれからもよろしくです。
- 338 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/21(水) 12:43
- がんばって!!
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/02(金) 18:26
- 更新はどうなってんの?
- 340 名前:最速娘。 投稿日:2004/07/13(火) 21:30
- 「ミニモニ。レーシング、ル・マン制覇!!」
「やったーっ!!」
- 341 名前:window -01 投稿日:2004/07/27(火) 01:42
- 深夜、雨上がりの首都高。
スリップ事故の発生が車列とドライバーのストレスを産み出していた。
音を出さずにハンドルをせわしなく叩く指が、重苦しい雰囲気を作り出す。
とはいえ、運転席の保田は眉間をよせるでもなくいつものままだった。
サイド・ウィンドに残った雨滴にテールランプが映り込み、まるで宝石を散りばめたかのように光っている。
助手席の矢口は人差し指でなぞる。当然、そこはガラスの平面で隔てられている。
晴れ始めた夜に瞬く摩天楼も、向こう側の世界だ。
もしかすると、矢口自身が世界の全てから隔離されているのかもしれない。そんな錯覚に陥る
- 342 名前:window -02 投稿日:2004/07/27(火) 01:43
- 「矢口、どうなの」
「え、突然なに?」
保田が正面を向いたままそっけなく言った言葉に、矢口は曖昧に反応する。
「いや、なんとなくね。最近の矢口おかしいと思って」
視線を動かさず、同じように発せられた言葉が矢口の胸を貫く。
少し迷ってから、ふと気付く。
長いつきあいだ。ここでどう答えようと、保田には見抜かれている。
意地を張って、首を振った。
- 343 名前:window -03 投稿日:2004/07/27(火) 01:44
- 渋滞がゆっくり動き出し、また止まる。
前のクルマとの間に少しの間隔ができる。
気が付かないぐらいスムーズに進んで、その車間を詰める。
クルマの運転が本当に上手い人は、ゆっくり走っても違いがわかる。
操作に調和がとれていて、無駄がない。些細だが難しいことだ。
しかし矢口は知っている。これが才能や経験の差では説明できないことを。
努力を積み重ねてようやく体得したものなのだ。
路肩をボックスを載せたバイクが駆け抜けていく。
渋滞の列は微動だにせず、走り去るバイク便のライダーだけが時間の流れを感じさせる。
保田は片手で器用にタバコを取り出して火をつける。
それを見てすこし顔をしかめる矢口。
以前は細かく気を使っていたのを知っているだけに、最近の不摂生さが気になる。
保田に言わせれば、立場が変わってストレスも増えたというのだけれど。
- 344 名前:window -04 投稿日:2004/07/27(火) 01:45
- タバコをゆっくりとふかす保田。ダビドフなんていう渋い銘柄だ。
吸う?という問いに矢口は笑ってごまかした。
サイド・ウィンドの隙間から紫煙を吐き出して、保田が表情を元に戻した。
「これ、英語でなんて言うか知ってる?」
保田が拳で前のガラスを軽く叩いた。
「ウィンドウ、じゃなくて?」
突然の問いに矢口は戸惑いながら答えた。
- 345 名前:window -05 投稿日:2004/07/27(火) 01:46
- 「ブー、ハズレ。正解はウィンド・シールド。略してもウィンドとか。
語源は風除けから。クルマのルーツは馬車だからみたい。
窓とは関係ないってさ」
保田がニヤッとしながら言う。
「圭ちゃんなにそれ。最近流行のトリビアとかウンチクなの?」
不服そうにする矢口に笑いながら答える保田。
「ま、そんなとこ」
「4へぇ。面白くないもん」
「なるほど、とか思わないわけ?」
「思わないよ」
「いいじゃん、たまには偉ぶっても!」
「たまにはじゃなくて、圭ちゃんいつも偉ぶってるよ」
「でもみんなバカにするじゃない」
「そりゃ、そういうキャラだから」
「そっか。・・・って納得するわけないでしょ!」
声をあげて笑う矢口。保田も笑顔だ。
二人とも一段落した後、保田がトーンを落とした声で言った。
「でもさ、これってなんとなく矢口に似ていると思って」
- 346 名前:window -06 投稿日:2004/07/27(火) 01:47
- 「はぁ?」
矢口の反応は曖昧なものだった。保田は続ける。
「こないだのどっかのインタビューの矢口のコメント。
自分が窓になってメンバーをもっと知って欲しい、とか。あったでしょそんなの」
「ああ、そんなふうに答えたの、あったかも」
記憶をたどっていく矢口。確かに言った気もするが、確信は持てない。
なにしろ多忙の彼女達だ。インタビューや発言の全てを覚えているはずがない。
「でもね、矢口は風除けになってるの。メンバーに吹き付ける風を防ぐ風除けに」
「…どういうこと?」
保田の真剣な声に、矢口はも真面目になる。
- 347 名前:window -07 投稿日:2004/07/27(火) 01:48
- 「離れて初めてわかるものってあるのよ。いろいろと」
「それが吹き付ける風ってヤツ?」
「まぁそれも含まれてるかな。って、そんなことどうでもいいのよ。
確かに矢口は自分が言うとおり広告塔の役割をしっかり果たしてる。
けれど、それでいいのかなって」
一端言葉を切って、タバコの灰を落とす。
「そういう役回りも必要だとは思う。けど、矢口のは必要以上じゃないかな。
受けなくてもいい風を受けて疲れちゃってさ、それを隠そうと無理をする。
そこまでは、しなくてもいいんじゃない?」
保田はゆっくりとタバコを吸った。
「それに、たまには強い風を受けることもそれぞれのためになると思うし」
そう言って、タバコを灰皿に押しつけた。
- 348 名前:window -08 投稿日:2004/07/27(火) 01:49
- 「圭ちゃん、やっぱくれる?」
言うのと同時に手を伸ばしていた。
「アンタ止めなさいよ!身体小さいんだから。特にそれキツイやつよ」
保田の言葉に耳を貸さず、ライターで火をつける。
あまり慣れた感じはしないが、初めてでもない手つき。
ゆっくりとふかす。ちょっとキツイが悪くない。
心配そうにしていた保田も、もう一本取り出した。
二人はしばらく、そのままだった。
- 349 名前:window -09 投稿日:2004/07/27(火) 01:49
- 「結局、よくわかんないんだよね」
矢口が視線を外に向けたままつぶやいた。
「以前はがむしゃらだったよ。それしか方法がなかったもん。
でもさ、気が付くと上から数えた方が早くなって。
そうなると自分のことだけじゃなくて、周りも気にしないとでさ」
灰が落ちそうになり、あわてて灰皿へ手を伸ばす。
「あの頃のがむしゃらさは忘れてないつもり。
だけど、同じようにはできてないんじゃないかって」
- 350 名前:window -10 投稿日:2004/07/27(火) 01:50
- また渋滞が動き出した。今度はだいぶ流れが良さそうだ。
「どこにも正解なんてないよ」
ハンドルを握り直しながら保田が言った。
「ヘタに小手先でなんかしようとするとロクなことないよ。
道路はさ、みんなそれぞれの走り方するでしょ。
それと同じで矢口のペースでやっていけばいいんじゃない?」
保田の視界の先の方に、事故現場とおぼしきものが見えてきた。
そこを抜ければ、渋滞はないはずだ。
流れのスピードが増す。走行風でウィンドの水滴が流れていく。
矢口はもう一度、人差し指でそれをなぞった。
ガラスの平面は変わらない。彼方に見える摩天楼も同じだ。
流れていく赤い光が、幻のように消えていく。
矢口は目を閉じて考える。
移りゆくもの。変わらないもの。自分は、どちらなのか。
決して、答えは出ない。
<終>
- 351 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/07/27(火) 02:01
- おひさしぶりです。
いちおう、生きてます。
今回の話は、短編集のテーマ「硝子」に投稿しようと練っていたものです。
初めは中澤と矢口だったのですが、2期の哀愁のほうがいいかと思い保田に変更。
でも、展開がいまいち広がらずこんなよくわからないラストに。
こんなのじゃ恥かくだけですな。投稿しなくて(できなくて)よかったかもw。
ちなみに、リアルともアンリアルともとれるようにするのは当初からの計画でした。
短編集に出すのが前提でしたから。言わなきゃわからないかw
- 352 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/07/27(火) 02:12
-
これからの予定は・・・まぁ最近の更新状況みるとあまり大きなことは言わないでおきます。
このところちょうど仕事が一段落ついたというのもあり、先の状況はちょっとわからないので。
ル・マン編のほうはご丁寧に>>340で完結させてくださったので、そのままで。
そのへんの反省を含めて、ちまちまと短編を書けたらいいなと思っています。
実際のところ、ネタというかタネというかはいくつかあるんですが、
カキコできるかどうかは全くわからないわけで。
まぁ読む人なんていないでしょうが、ボチボチとよろしくです。
- 353 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/07/27(火) 02:13
- 从#~∀~#从ノ<ヒサブリの更新やでー ”ポディウムを占拠せよ!”>>341-350
(えーと、レースシーンとか期待するとガッカリします。ちょっと毛色の違う短編です。)
- 354 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/07/27(火) 02:14
- おもいっきり間違えてるし…
”window”>>341-350
です。
- 355 名前:名無し 投稿日:2004/07/27(火) 22:59
- ルマン編はもう書かないの?残念だな。
- 356 名前:ミカ・ニネン 投稿日:2004/08/19(木) 00:07
- 書かないわけじゃいけど、書いてて面白くないので読む方も辛いかなと。
ネタはいくつかあるので、本編のエピローグとフィナーレの間を埋めるように
ちまちまと書いていけたらいいなぁと思っています。
長編を書き続けるのは、状況的にちょっとできないので。
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 14:02
- がんばってください。続きをいつも期待してますよ。
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/29(月) 19:16
- フォーミュラ娘。'04
- 359 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/15(土) 02:05
- フォーミュラ娘。'05
- 360 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/17(月) 17:45
- 初めまして。window良いですね。
長い付き合いの二人特有の雰囲気がなんとも・・・
”リアルともアンリアルともとれる”
ってのにはしてやられました!
マターリ頑張ってくらさい。
Converted by dat2html.pl v0.2