小石と水面

1 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月24日(金)10時41分45秒
ごまっとうで後藤真希が主役のアンリアルです。
石川も出てくると思います。
2 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時42分35秒
青く広がる海に、

小石を力いっぱい放り投げて、

ずっと遠くで、

ポチャリと鳴った。

静かに波紋が広がって、

小さな小波は、

やがて消えた。
3 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時43分23秒






――白日の空が夏の色に染まる頃、あたしは白い幻想を見た――



            「プロローグ 白いワンピース」



4 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時44分12秒
地平線を白く染めて、この町の朝は始まる。
光りが放射状に降り注ぐと、あたしは隠れるように土手を下り、
石の敷き詰められた河原に腰を下ろした。
この川を二十分も下れば、そこに待つのは光の乱反射と何処までも続く青――。
この町一番のスポットでもある海があたしを迎えてくれる。

あたしは時間さえあれば、この町を横断するように歩く。
西の端にあるあたしの家から町の中心部を通って、徒歩で大体一時間。
ゆるやかな下り坂の先には、折り返し地点でもある海が広がる。
冬には白と青だけのその景色は、夏ともなれば観光客で溢れ、
色とりどりの行楽地へと姿を変える。
5 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時45分30秒
あたしが今座っているこの場所は、海までの道の半分を越した辺り。
今日はどうしようかな、などと大きなあくびをしながら考えた。

人ごみは正直好きじゃない。
燦々と頭上から照らし出す太陽も、あたしの気持ちを盛り下げるだけだ。
朝のうちからこの暑さじゃ、昼過ぎには三十五度を越すだろう。
額を流れる汗を拭いながら、そんなことを思った。

「後藤さーん」

はるか上方、恐らく寄り掛かる土手の向こう側から、通りのよい少女の声が耳に響く。
ここから見えない場所は、向こうからも見えない場所。
それに加え、あの天真爛漫な声は、あたしに一人の少女を推測させた。
6 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時46分43秒
あたしは振り向くことをせずに、瞳を閉じる。
夏の日というのは、どうにも好きになれなかった。
冬には一人は似合うけど、夏には孤独が余計に際立つ。
こんなことを気にしている自分に、思わず苦笑した。

「あー、やっぱりいたいた」
先ほどと同じ少女の声がして、あたしは視線だけを上に動かす。
少女――松浦亜弥は、笑顔のままに土手道を下る。
「やっぱりここだと思ったんだよねぇー」
へへぇ、と笑うと、特徴的な唇をつついと前に出し、誇らしげにあたしを見つめる。
セミロングの真っ直ぐな黒髪が、河原特有の清風になびいた。
7 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時48分35秒
「あやっぺ、速いって!」
すぐ後に、肩上に切りそろえた茶髪の少女が、息を切らしながら視界に入ってきた。
「ミキたんが遅いんだよ」
頬を思い切り膨らませ、あかんべーする。

もう一人の少女、藤本美貴もあたしからすると随分な美人なのだが、
亜弥に言わせるとそうではないらしい。
後藤真希は綺麗でかっこいい、藤本美貴は男っぽくてかわいくない。
何処の差が彼女にそういった判断をさせているのかはわからなかったが、
結局あたしにはどうでもいいことだった。
8 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時49分33秒
「真希さん、今日もお散歩?」
相変わらずにこやかな表情で、亜弥が顔を傾ける。
「わかってるから、あんたもわざわざここまで来たんでしょ?」
「ぶー。優しくなーい」
亜弥は先ほど見せたのとは違う方法で、それでも先ほどと同じように頬を膨らます。
亜弥のその一言でふいに、あたしは今「お散歩」をしているのだということを思い出した。

太陽は少しずつ高度を上げ、高架下に延びる影を少しずつ削り取る。
土手下の砂利道も少しずつその姿を暴かれてきていて、そろそろ潮時かなと思った。
そう思うと少しだけ身震いがした。
これはきっと、寂しい、ということなのだろう。
9 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時50分25秒
あたしは亜弥とは視線を合わせずに立ち上がり、下りたときと同じように土手を登る。
急な勾配であるに関わらず手を使わないのは、あたしなりのプライドだった。
亜弥も慌てたようについてきて、美貴も金魚の糞のように一緒に登ってくる。
金魚の糞、と言うのは適当な表現ではないかもしれない。
どちらかと言えば、保護者のような――。
亜弥ちゃんの、そして、あたしの。

残り二十分の散歩道を、あたしたちはよく三人で歩く。
一人が好きなあたしに、毎日のように纏わりついてくる亜弥は、
あたしにとってはひどく物好きに思えた。
そして、随分と貴重な人間。
10 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時52分23秒
陽光が眩しい。
そんなことをぼんやりと思いながら、亜弥のおしゃべりをビージーエムに海までの道を歩いた。
その隣りでは、美貴が律儀に合いの手を入れ、亜弥の口も滑らかになる。

「後藤さぁん、聞いてますかぁ?」

今までどちらに言うでもなく撒き散らされていた声が、明確な意思を持ってあたし一人に向けられる。
拗ねています、というのを前面に押し出すような表情で、上目遣いに覗き込む。
男の子たちにしてみればこういうのが可愛いんだろうなあ、と半ば感心しながら、
かといって女の子たちにも決して受けが悪くないことを、今更ながらに思い出した。

「聞いてるよ」
聞いてもいないくせに、聞いてるよなんて平気で嘘を吐く。
亜弥もそれがわかっていて、それでも話を止めない。
不思議で、ほんのちょっと寂しい関係。
どうしてそうまでして付きまとってくるのか、あたしにはよくわからなかった。
亜弥なら一緒に遊ぶ友達はたくさんいるし、
それこそ金魚の糞のように付きまとってくる男の子だって腐るほどいるはずだ。
11 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)10時53分57秒
ストックは用意していますが、更新が遅くなるかもしれません。
12 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)10時54分59秒
13 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月24日(金)10時55分34秒
14 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月24日(金)23時14分30秒
すげぇ、すんげぇ好みな文章。
楽しみにしつつ、マターリ待ってます。
15 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)00時25分08秒
めちゃくちゃ好みな小説ハケーン!!
気怠げな雰囲気のごっちんが(・∀・)感じです。
16 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時02分30秒
しばらく歩みを進めると、次第に海の匂いが漂ってくる。
潮を含んだ夏の薫り。
冬の海ではこうはいかない。
冬は寂しさをつれてくるから、あたしは毎朝、不覚にも泣きそうになるのだ。
でも、あたしが本当に苦手なのは、この夏の海だったりする。

そう言えば、季節には匂いというものがある気がする。
実際に薫るものや、感覚的なものもひっくるめた匂い。
例えば春で言えば、咲き誇る花の薫り。
別れの寂しさや出会いの喜びのに満ちた浮ついた空気。

そんな中でも一番嫌いなのが、夏の匂いだ。
何処にいても纏わりついてくるようなあの匂い。
それは一人でいるあたしをいつも落ち着かなくさせる。
17 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時06分49秒
「着いたぁ!」
駆け出すように足を踏み出し、一歩前に出たところで亜弥が声を張り上げる。
遠くに広がる海に重なったその姿は、驚くほどに違和感を感じさせない。
この子は夏だ、と思った。
もし亜弥を季節に例えられるなら、それはまぎれもなく夏なのだ。
美貴は、目を細めるようにして亜弥を見ている。

本当に孤独を感じるときというのは、一人でいるときではないのかもしれない。
周りに人がいればいるほど、孤独というのはその色を深くする。
あたしたちは、誰かと比べることでしか自分を見つめることが出来ないから、
自分がどれだけ幸せであるかを知るために、少しでも自分より下のものを探す。
なんとなく、亜弥があたしと一緒にいる理由がわかる気がした。
18 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時08分40秒
「ごっちん、行こう」
「ん、うん」
一人で駆け出す亜弥を見て、美貴があたしの手を引く。
砂に足をとられながら、親から離れた子を追うように、海へと向かう。
「後藤さーん、こっちこっち!」
跳ねながら亜弥があたしたちを呼んだ。
浮き輪を持った小学生くらいの子供とぶつかって、少しだけよろけていた。

母親のように美貴が目を細め、あたしも微かに笑う。
その後、自然に笑みが出たことに対して凄く驚いた。
でも、本当はわかっていた。
あたしは、亜弥がひっついてくるから、仕方なく一緒にいるわけじゃないってこと。
19 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時12分00秒
砂地に入った辺りで、美貴が走り出す。
手を引かれるあたしも自然に足が動く。
砂は思った以上に重く、あたしはつんのめるような格好で砂に肘をついた。
いつのまにか手は離されていたらしく、それだけが幸いだった。

目の前に手が差し出される。
あたしはジーパンについた砂をほろいながら、その手にしっかりとつかまった。
「いきなり走り出さない――」
そこまで言いかけて声を失う。
時が止まったかのような感覚。
20 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時14分08秒
「大丈夫?」
その少女は白いワンピースに麦わら帽子を被っていた。
「怪我は、ないみたいね」
日に焼けた健康的な肌と、うっすら白く化粧をほどこされた整った顔。
「どうしたの?」
彼女は困ったように微笑んで、あたしの頬についた砂をほろった。
「……大丈夫」
「そっか、よかった」
首を少しだけ傾げて、今度は目を細めながら嬉しそうに笑う。

――天使が舞い降りたのかと思った。
21 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時17分13秒
「あ、あの……」
喉がカラカラに渇いて、それでもあたしは言葉にした。
目が合うだけで、彼女の中に吸い込まれそうになってしまう。
「名前なんて言うの?」
「あたし?」
「そう、あなた」
あたしが言おうとしたことを先に言われた。
「後藤真希」
「私は、石川梨華」
石川梨華。
彼女の高く甘い声が、あたしの中に染み渡るように広がっていく。
22 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時19分06秒
「真希さん、大丈夫ですかっ!」
突然、背中に重さを感じる。
飛び込んできた亜弥の衝撃で、つながれた手がほどける。
「亜弥、痛い」
「気付いたら転んででびっくりしましたよ」
あたしは亜弥を振りほどきつつ、もう一度石川さんに視線を向ける。
あたしの目に映ったのは、遠ざかっていく背中。
追いかけようと思ったけど、砂に埋もれてしまったかのように足は動かなかった。
「真希さん?」
亜弥の声に我に返って、あたしは彼女の背中から視線を切った。
23 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時21分46秒
「暑いね」
照りつける太陽は、ここに辿り着くまでの間に、かなり高度を上げた。
額から汗が流れ落ちて、渇いた砂を黒く染める。
「どこか日陰行く?」
美貴が気遣うような目を向けて、あたしはそれに首を振った。
「ここでいいよ」
波打ち際に歩き、スニーカーと靴下を脱いで海水に浸る。
じゃれあう子供が飛沫を跳ね上げる。
少しだけTシャツにかかって、保護者らしき人に謝られた。
24 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月25日(土)10時23分00秒
「私もやる」
亜弥も靴を脱ぎ、膝下のスカートをひるがえしながら、水面にその姿を映した。
美貴は遠くから、そんなあたしたちの様子を目を細め見ている。
いつもと変わらない風景。

それでも、あたしは確かに見た。
夏の海に揺れる、白い幻想――

あたしと亜弥を濡らす海面には、いくつもの波紋が広がっていた。
石を落とした後のように、あたしたちの姿をゆらゆらと歪める。
照らし出される海に、あたしは何故か石川さんの姿を重ねた。
25 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)10時24分41秒
プロローグ終わり。
26 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)10時29分49秒
>>14
ありがとう。
とりあえず、きりのいいところまでさっさと更新しました。
27 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)10時38分15秒
>>15
ありがとう。
気怠げな雰囲気を感じてもらえてよかった。
28 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)17時44分20秒
いしごま?
29 名前:ウィンキー 投稿日:2003年01月25日(土)20時02分42秒
いい雰囲気!!大好きです。ちょっぴりいしごま期待。
30 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)00時33分25秒
ごまっとうに石川って好みかも
期待してます
31 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月26日(日)10時20分42秒



――もしかしたら、私は自分自身に愛されたかったのかもしれない――



        「1 水面のざわめき 〜後藤真希の場合〜」



32 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月26日(日)10時22分07秒
ゆるやかに流れる雲は果てしなく遠い。
窓から広がるのは、高くそびえ立つ青の絨毯。
こんな日に読書なんてする気にはなれず、あたしはベッドに身を委ねる。

学校は余り好きではなかったけど、こうして長い休みに入ってみればそのありがたさがわかる。
何も考えずに日々を費やせる空間というのは、そうそうあるものではない。
ましてや、外界から完全に遮断された空間というのならなおさらだ。

そんなときに響いた電子音。
あたしの部屋のちょうど真下――玄関から聞こえるチャイムの音は、
どこか白々しい響きを伴ってあたしの耳に届いた。
33 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月26日(日)10時24分31秒
「真希ちゃん、松浦さんと藤本さんが来たよ」
「上がってって言って」
弟にそう叫ぶと、あたしは何かを繕うように本棚から漫画を取り出す。
無意識に手に取ったそれは、昔から何度も読み返しているもの。
夏休みに親戚の家に遊びに来た少女と、地元の少年との間の一夏の恋の物語。

ふいに、あたしの脳裏に一人の少女の顔がよぎった。
海辺で出会った、天使のような少女――
彼女のことを思い浮かべると、途端に胸がざわめいた。
34 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月26日(日)10時26分56秒
「おじゃましまーす」
壁の向こうから亜弥の声がして、ドアはすぐに開かれる。
何の遠慮もなく入ってきた二人は、それぞれの指定席へと腰掛けた。

「こんないい天気の日に家の中で漫画読んでるなんて、不健康じゃない?」
ベッドに寄りかかりながら、呆れたように美貴が呟く。
「美貴には関係ないでしょ」
こんな日にあたしの家に来るなんてあんたもよっぽど暇だよ、というのは言わないでおいた。

こうして三人、晴れの日に家の中でぐうたらしているのは珍しいことではない。
無邪気で人懐っこい亜弥、面倒見のいい美貴、人付き合いなんてどうでもいいあたし。
合わないようでいて実の所、上手くバランスの取れた関係なのかもしれない。
35 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月26日(日)10時27分55秒
「真希さぁん」
くまの絵柄がほどこされたクッションを抱えながら、
転がるようにして亜弥があたしの元へと擦り寄ってくる。
この可愛らしい上目遣いを見ていると、何故あたしなんかに懐いているのかますます不思議になった。

「何処か遊びに行きませんか?」
明らかに暇を持て余しているといった感じの亜弥に、思わず微笑んでしまいそうになる。
「あたしなんか誘わずに、一人で行ってくればいいじゃん」
「真希さんと一緒じゃなきゃつまんないです」

その後も討論を繰り返すあたしたちを見かねてか美貴は、
「よし、行こっか。真希もたまには外に出なよ」
と言って、よいしょと立ち上がった。
あたしの横で瞳を輝かせている亜弥を見ると、毎日散歩で外に出てるよ、
という言葉を口にする気にはならなかった。
36 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月26日(日)10時28分44秒
外に出たからと言って特に何もすることがない、というのは初めからわかっていたことだった。
この町で名所と呼べるものは外れにある海くらいのもので、
遊ぶ場所といっても、せいぜいカラオケやボーリングといったものしかない。
「私カラオケ行きたーい」
「やだ。あやっぺと行くとマイク離さないんだもん」
「ぶー。ミキたんなんて嫌い。ねぇ、真希さぁん、行きましょう?」

二人の漫才のようなやり取りがいつのまにかあたしの元にまで飛び火してきて、
あたしは思わず今考えていたことをそのまま口に出してしまった。
37 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月26日(日)10時29分52秒
「公園に行かない?」
「公園?」
「そ。酒屋の向かいにある公園」
亜弥は一瞬首をかしげて、ああ、と言った。
「でもあそこ、ブランコとベンチしかないじゃないですか」
「嫌ならあたし一人でいくけど」
そう言うと、亜弥もそれ以上は文句をつけず、黙り込んでしまう。

「じゃあ、そこ行こう」
美貴が亜弥の頭を撫でるように叩いて言った。
こういうときにあたしたちをまとめるのはいつだって美貴の仕事で、
あたしはただそれに甘えてしまうのだ。
そして、いつもぶうぶうと言うことを聞かない亜弥も、このときだけは素直に従うのだった。
38 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)10時32分12秒
>>28
いしごまになるかも。
39 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)10時33分23秒
>>29
ありがとう。
期待に応えたいけど、裏切ったらごめん。
40 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月26日(日)10時35分51秒
>>30
期待ありがとう。
配役は大きく変わらないはずなので、期待に応えれると思います。
41 名前:名無しの読者 投稿日:2003年01月26日(日)22時42分54秒
いしごまがいいなぁ〜
42 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月27日(月)09時05分04秒
公園とは言っても、胸を張って自慢出来るような場所ではない。
先ほど亜弥が言ったように、空き地にブランコとベンチを置いただけの、ひどく質素な空間。
少し歩けば、ロケット公園の愛称で親しまれるこの町一番の公園もあったのだけど、
あたしは不思議とこの場所の方が落ち着いた。

「ごっちんってさ、面白いとこあるよね」
聞こえる声に促されるまま横を向くと、亜弥だと思っていたあたしの隣りは、
いつのまにか美貴へと変わっていた。
「何が?」
「家出るの嫌がる割にはしょっちゅうあんな遠くまで散歩してるしさ、
どこか遊びに行こうって言うと、あんな何もない公園選ぶし」
「変かな」
「うん、変だよ」
あたしはどういう表情をしていいかわからずに、曖昧に微笑んで見せた。
美貴はもう興味がなくなったかのように、ぼんやりと七月の空を見上げていた。
43 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月27日(月)09時06分24秒
今回も公園が見えると真っ先に駆け出したのは亜弥で、
そんな彼女を追いかけようと促したのは美貴だった。
あたしもそれに、うん、と頷き、公園への足取りを速める。

「あれぇ?」
あたしたちが公園の前に立ったのと、亜弥が素っ頓狂な声をあげたのはほぼ同時だった。
亜弥の視線の先には揺れるブランコと、一人の少女。
「ここに人がいるなんて珍しぃ。近所の方ですか?」
亜弥はにっこりと笑って、そう問い掛ける。
亜弥は、初対面の人であっても、まるで昔からの友人であるかのような笑顔を見せる。
それが彼女の場合には全く嫌味に感じなくて、彼女の数多くある美徳の中の一つなのだと思う。
44 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月27日(月)09時09分31秒
亜弥にこうやって微笑まれたとき、相手が取る選択肢は二つに一つ。
つられるように笑ってしまうか、戸惑った表情を投げかけるか。
しかし少女は緩やかに微笑んで――亜弥につられたわけではなく、
明らかに自分の意志で――亜弥に言葉を返した。
「近所ではないのだけど、夏休みだからおばさんの家に遊びに来たの」
そして、そう言った彼女の声に、あたしは確かに聞き覚えがあった。

「石川、さん?」
あたしの声に、少女はこちらを向き、
「ここにいれば、何となくもう一度会える気がしたわ」
と言って、先ほどと同じように微笑んだ。
亜弥も、事情が飲み込めないとでも言うように振り返る。
45 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月27日(月)09時11分00秒
石川さんは、ブランコから立ち上がり、全く音を立てずにあたしの元へと歩いてくる。
あたしはそれを呆然と見つめたまま、差し出された手を無意識に握っていた。
「踊りましょう」
「え?」
あたしの驚く顔を微笑んだまま見つめながら、石川さんは握った手を引く。
もつれる足を必死に操り、引かれるままに石川さんの胸の中へ。
見上げるあたしに向かい、冗談よ、と言ってクスリと笑った。

「知り合いですか?」
困惑した表情を浮かべ亜弥が尋ねる。
「知り合いっていうか」
聞かれたあたしも、少し困惑気味に返す。
どう説明していいのか、皆目見当もつかなかった。
46 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月27日(月)09時12分45秒
「あれ、この間海にいた人じゃない?」
そこへ、美貴が上手く助け舟を出してくれる。
海にいた人。
石川さんを表現するのに、これ以上ない言葉だった。
あたしは今、海で一度話しただけの少女の、胸の中にいる。

「ああ、あのときの」
亜弥はいつものようににこりと笑おうとする。
でもその笑顔は何処か不自然で、大人びて見えて、不覚にもあたしは少しドキリとしてしまった。
「初めまして」
亜弥はあたしを視線には捕らえず、石川さんだけを見て言う。
「初めまして」
石川さんも優しい声色でそう言うと、亜弥と美貴をゆっくりと見回して、
それからいつものように微笑んだ。
47 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)09時15分55秒
1話、まだ続きます。
48 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)09時20分31秒
49 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)09時24分36秒
>>41
うーん。大まかなストーリーが出来てるから、大きくは変えられないけど。
今回更新分みたいな感じじゃ駄目?
50 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月27日(月)11時42分06秒
何やら意味ありげな…
話は作者さんが当初から考えていた内容で進めて欲しいです。
51 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月28日(火)10時55分44秒
夏の纏わりついてくる風があたしたちを包んで、あたしは思い出したように顔を上げた。
額にじんわりと汗が滲んでいるのに気付き、思わず顔を赤らめると、
石川さんは可笑しそうにくつくつと笑った。
あの日と同じ白いワンピースは、胸の辺りがくしゃくしゃと皺になっていた。

「あの、ごめんなさい」
皺になってしまった部分を直視することが出来ず、かと言って顔を見ることも出来ずに、
あたしは明後日の方向を見つめたまま謝る。
「別に構わないのに」
石川さんは胸の部分の布地を軽く振るって、あたしの顔を覗き込む。
ブランコは未だにギシギシと音を立てて揺れている。
どうやら、あたしたちがここに来てから、大して時間は流れていないらしい。
あたしには、随分と長い時間に感じられたけれど。
52 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月28日(火)10時58分53秒
そのとき、あたしの手が強く引かれた。
よろけながら引かれた先には、見慣れた亜弥の顔。
いや、違う。
あたしがドキリとした、大人びた強い表情。

「石川? さんが構わなくても、真希さんが構いますから」
そう言って、鋭く石川さんに視線を向ける。
「そっか。ごめんね」
思ったよりもあっさりと石川さんが謝り、ふっと視線を切った。
53 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月28日(火)11時01分40秒
子供の騒ぐ声が聞こえる。
張り詰めていた空気が不意にほどけて、亜弥は何処か後悔した様子で地面を見つめた。
視線の行方は定まらずに、ゆらゆらと辺りを彷徨う。
そのうちに子供たちはガヤガヤと公園に入り込み、立ちすくむあたしたちに少しだけ躊躇しながら、
結局は公園を占領する形になった。
夏の子供はいつだって、残酷な侵略者なのだ。

持て余した時間は削り取られ、ざわめきの中だからこそ逆に、静寂が色濃く残った。
一人の子供がブランコに飛び乗ったのを合図に、
石川さんが頭に被っていた麦わら帽子に手をかけ、軽く位置を整える。
たったそれだけのことなのに、あたしと亜弥は過剰に反応する。
54 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月28日(火)11時04分28秒
「やぁね」
石川さんが笑うと、ふわりと空気も動いた。
「取って食おうってわけでもないのだから、そんなに身構えないで」
あたしたちは何も言えないまま、黙って立ち尽くす。
それすらも面白がって笑うと、彼女はゆっくりと歩き出した。

公園の出口の辺りまで行って、くるりと振り返る。
「不愉快にさせるつもりは無かったの。ごめんね」
亜弥に向かってそう言うと――はっきりと亜弥と言う名前は出さなかったけど、
明らかに亜弥に向かって言っていた――今度こそ振り返らずに公園を後にした。
公園には、ますます熱を増す子供たちと、あたしたちが残された。
55 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月28日(火)11時06分26秒
「あ……」
真っ先にあたしの口から出たのは溜め息だった。
形にならないその塊は、それでも確かに夏の空気に溶け込みながら、
青く塗り固められた空へと浮かび上がっていった。
冬ならあたしの目に、少なくとも色を見せてくれたのに。
夏は、嫌いな季節だ。

そんなあたしの溜め息にも、亜弥はさしたる反応を見せなかった。
亜弥は途方にくれているように見えた。
「今日はもう帰ろう」
美貴は顔色を変えずにそう言う。
保護者役の美貴は、あくまで冷静だった。
56 名前:小石と水面 投稿日:2003年01月28日(火)11時16分57秒
あたしはそれに頷き、亜弥の手を取る。
こうやってあたしから亜弥の手を握るのはいつ以来だろう。
もしかしたら初めてだったかもかもしれない。
「真希さん、いつもと違う」
「え、何?」
亜弥の呟きに、あたしではなく前を歩いていた美貴が振り返る。
「んー、なんでもなぁい」
亜弥はあくまでさりげなさを装ってあたしの手を振りほどくと、
後ろ手に組んで高くそびえる碧空を見上げた。

夏の空は今日も存分に陽射しを注ぎ込んでいる。
亜弥もそれ以降は口を開かず、タバコ屋の十字路であたしたちは別れた。
いつもと変わった風もなく無邪気に手を振る亜弥を振り返ると、
視界の隅の方に、あたしの溜め息にも似た雲が流れた。
57 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月28日(火)11時18分09秒
何か色々あったみたいですね。
58 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月28日(火)11時18分46秒
この話には影響が無いですが。
59 名前:名無しさん 投稿日:2003年01月28日(火)11時20分44秒
>>50
ありがとう。
話が壊れない程度に取り入れてみることにする。
60 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月28日(火)12時33分05秒
おんやぁ、まつーらさんひょっとして・・・?
今は冬ですが、真夏の公園が容易に想像できる描写がすごいです。
61 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月28日(火)16時38分48秒
早くて毎日毎日が楽しみです。松浦さんVS石川さんをちょこっと
期待したり…
62 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月28日(火)21時26分02秒
飄々とした雰囲気で進む時間。それでいて、
きっちりと固められた世界観がものすごく好きです。
更新、頑張ってください。
63 名前:ラブごま 投稿日:2003年01月29日(水)22時11分30秒
アンリアルの小説の世界で、意外と「真面目な」石川って最近珍しいのでここの
実体の掴めないようなイメージの石川さんがとても気になります。
加えて、後藤主役のごまっとう主体というのがめちゃ好みです。
楽しみにしてますので、更新がんばってください。
64 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)11時37分21秒
遅れてごめん。明日には更新します。
65 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月04日(火)08時41分07秒
窓の外は暗く濁っていた。
通り雨が来るらしいという話は聞いていたのだが、
こう二時間も三時間も振り続けられると話は違ってくる。
それに、雨の日には亜弥が遊びに来ないのだ。
めんどくさぁーい、と言っている亜弥の顔が頭に浮かんで、思わず口元に笑みが零れる。
そして、すぐにかぶりを振った。

あたしは誰かといることを望んでなんかいない。
晴れた日には一人で海までの道を歩き、雨の日には本を片手に眠るのだ。
これまでも、そしてこれからも。あたしはそうやって生きていく。
66 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月04日(火)08時42分05秒
雨は一向に止む気配がない。
屋根を叩く雨音が耳の奥を濡らし、あたしの胸をざわめかせた。
時計の秒針はいつも以上に、鋭く音を刻む。
「ちょっと出てくる」
壁に立てかけられた青いビニール傘を手にとり、家を飛び出す。

外はやはり土砂降りだった。
雨粒が激しくビニール傘を叩く。
そこから見える青い曇り空は、やはり晴れた日とは違って、どこか陰鬱な趣があった。

歩道の至るところに水溜りが出来ていて、そこを通るたびに小さな飛沫が上がる。
それでも必死に足を動かす。
タバコ屋の交差点を曲がると、見慣れた酒屋が目に入った。
67 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月04日(火)08時42分57秒
妄想か、耳鳴りか、ギシギシという音が耳に響いた。
あたしは足をさらに速める。
次第に音が大きくなってくる。
足を速める。
大きくなる。
足を――


そこには、彼女がいた。
68 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月04日(火)08時44分27秒
「待ってたわ」
ふわりと――もうそれ以外には表現出来ないような完璧さで――石川さんは微笑み、
雨に濡れそぼった前髪をかきわけた。

どうやら傘は持っていないようだった。
あたしは慌てて傘を差し出し、彼女は笑ってあたしの傘に入った。
「ありがとう」
耳をつんざくような雨音の中でも、その声は確かにあたしの中に染み込んでいった。

「どうして?」
「ん?」
あたしの質問の意味が上手く汲み取れなかったらしく、彼女は可愛らしく首を傾げる。
「風邪、引きますよ」
「ふふ、こう見えても体は強いのよ」
今度はしっかり言葉を返す。
たったそれだけのことが嬉しくて、そうなっている自分に驚きながらも、
何故か納得してしまったりもした。
69 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月04日(火)08時45分11秒
「来てくれるって思ったの」
彼女の言葉はいつだって唐突だ。
今更ながらに発せられた「どうして?」の返答は、甘い響きを伴ってあたしに伝わる。
もしかしたらこのとき――いや、多分海辺で出会ったその瞬間に、
あたしは恋に落ちてしまったのかもしれない。

「どうして?」
「ん?」
彼女は、先ほどと同じように首を傾げる。
それでも、今度こそは本当に、あたしの言いたいことがわからなかったようだ。
70 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月04日(火)08時46分02秒
あたしの頬に雫が伝う。
雨の日じゃなければわからなかった。
涙がこんなにあたたかいこと。
悲しくないときにも、流れるんだってこと。

「どうしてそんなに……」
最後まで言葉にすることが出来ずに、あたしは片手で顔を覆う。
指の隙間から覗いた彼女の顔は、雨で化粧が落ちたらしく、
ワンピースから覗いた茶色の腕と同じ、健康的な色をしていた。
71 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月04日(火)08時47分09秒
「私はね、きっと自分自身に愛されたかったんだと思う」
「え?」
彼女はそう言うと、にこりと微笑んだ。
それが何を意味しているのかはわからなかった。
ただ、彼女のことを、もっと知りたいと思った。

いつのまにか、辺りには陽が差し込んでいた。
そんな中でも雨は降り止まず、あたしに彼女と一緒にいる口実を与えてくれる。
傘の淵から零れ落ちる雫が石川さんの肩を濡らしたから、あたしは彼女に寄り添った。
通り雨は、スローモーションのように確かな軌跡を残しながら、
通り抜けることなくいつまでも降り続ける。
72 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月04日(火)08時48分42秒
第1話終わり。
73 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月04日(火)08時52分00秒
>>60
表現を誉めてくれてありがとう。
そう言われてみると、季節はずれな話ですね。

>>61
本当にごめん。
早くて楽しみって言ってくれた途端に遅くなるなんて、ものすごく性格悪そうに感じますね。
74 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月04日(火)08時54分53秒
>>62
ありがとう。
自分の中で表現したい世界観があるから、そう言ってくれると嬉しい。

>>63
ありがとう。
配役に関しては大きな変動が無いので、このまま楽しんでくれるといいな、と思います。

>>64
明日っていつですか。……ごめんなさい。
75 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月05日(水)15時18分42秒
お天気雨。
桃色の光がピンクのビニール傘から溢れる。
家の前の壁に注意深くもたれながら、どこか幻想的にも見える光と雨の競演を眺めていた。

ここに立ち止まってから、もう随分な時間になる。
雨の日にはいつもこう、とまでは言わないけど、
それでもこの行為が、雨の日にのみ行われる儀式だと言うのは否定できなかった。

私は、恐らく友達に「似合わない」と言われるであろう溜め息を一つつき、
雲の隙間から漏れ出す光に、もう一度目を向けた。

どうやら、今日もここを動けそうにない。
76 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月05日(水)15時19分53秒



――恋することが怖いなんて、彼女と出会うまで知らなかった――



       「2 桃色片想い 〜松浦亜弥の場合〜」
77 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月05日(水)15時21分06秒
「ねぇねぇ、あの人かっこいいよねぇ」
「えーどれどれ?」
友達に促され、あたしは「かっこいい」人に視線を向ける。
ああ、なるほど。
身長はそこそこ高くて、高校一年生には見えないような大人びた顔立ち。
ヘアスタイルもまあまあかな。
まだ入学して一ヶ月しか経っていないのに、髪を茶色く染めるだなんて、なかなか気合入ってる。
78 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月05日(水)15時22分30秒
「合格」
「ん、何?」
「あ、えへへ、なんでもなぁい」
私は友達の問いかけに曖昧な笑みを浮かべると、チラリとその男の子を見つめた。
数秒経った後、男の子と視線が交差する。すぐに逸らされた。
「ねぇ、今あの人、亜弥の方見てなかった?」
「え、そうかなぁ?」
「絶対見てたって!」
別な友達まで加わって、私の周りに小さな輪ができる。
どうやら、向こうの男の子の周りも同じようになっているらしい。
この年頃の子たちは、みんなそう言う話が好きだ。
きっと、明日の朝には表には出ないような密やかさで、
それでも確かに大勢に、この噂は広がっていることだろう。
79 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月05日(水)15時24分27秒
第2話開始。短いけど、更新ペースを守りたかったので。
80 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月05日(水)15時26分02秒
第2話のタイトルを見て自分で一言。「空気読めよ」
81 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月05日(水)15時26分49秒
ちなみに最初の案は「桃色キャタ想い」でした。
82 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月05日(水)18時30分09秒
桃色キャタ想いのが良かったです(w
松浦編も期待してます
83 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月06日(木)16時15分03秒
翌朝。予想通りに広がった噂は、すぐに私の元へも届いた。
それは、向こうの男の子にしても同じだったらしい。
さっきもまた目が合って、すぐに逸らされた。
今日だけでもう五回目。
数をしっかり数えてる辺り、私もなかなか性格が悪い。

「ねぇ、亜弥はあの人のこと、どう思ってるの?」
昨日の友達が、小声で私に耳打ちする。
「えー、かっこいい人だよね」
それを聞いてすぐに、その友達は「キャッ」と黄色い声を上げた。
その声はすぐに伝染していき、途端に私の周りに人が集まってくる。
84 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月06日(木)16時15分53秒
恋に恋する時期、とでも言うのだろうか。
私なんかより、この子たちの方がずっと楽しそう。
でも、そんな状況が嫌なわけじゃなくて、むしろ嬉しかったりもする。
このクラスは、私を中心に回ってるって実感できるから。

事実、中学校の頃から私はいつだってみんなの中心にいたし、
誰かに疎まれることだってなかった。
85 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月06日(木)16時17分44秒
「あやっぺー」
放課後の廊下。珍しく一人で歩いていた所を、馴染みのある声に引き止められる。
「ミキたんじゃん」
親友、と言ってもいいのだろうか。
二つ年上のこの少女のことを、私は姉のように慕っていた。

面倒見のいい自慢の姉は、何処かつまらなそうに玄関前の廊下に寄りかかっていた。
つまらなそうにというのは、ただ私にはそう見えた、というだけであって、
実際はいつも通りの笑顔で振り向いた私をむかえる。
私には、ときどきミキたんが凄くつまらない顔をしているように見えるときがあって、
でもそれはいつだって、気のせいでしかないのだ。
86 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月06日(木)16時19分45秒
「あやっぺ、また噂になってんじゃん」
苦笑いをしながら、ミキたんが私の元へ近づいてくる。
「あいつのこと?」
昨日知ったばかりの「かっこいい」人のことを考えながら、
自分が嫌な笑い方をしていることに気付き、慌てて表情を作り変える。
ミキたんといるとつい油断してしまう。

「まあ、それもあるけどさ。うちの学年でも結構話題になってるよ?
かわいい子が入学してきた、ってさ」
「ほんとぉ?」
少しだけ、かわいく笑ってみせる。
「まーた、あやっぺは……。ま、いいんだけどさ」
87 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月06日(木)16時25分04秒
やっぱりこの人は違う。
上手く言えないけど、他の人とは違うんだ。
そう思うと何故か嬉しくなって、思わずミキたんの右腕に抱きついた。
「今日カラオケ行かない?」
「絶対、イヤ!」

はしゃいだまま、フラフラと玄関へと向かう。
「危ないから、離れてよ」
「やーだー」
私は必死にしがみつき、ミキたんはそれを振り払おうと腕に力を込める。
二人ともムキになる性格らしくて、いつのまにか結構熱くなっていた。
だから、均衡が崩れたときに生じる力は予想以上に強くて、
私は大きく玄関側に投げ出される。
88 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月06日(木)16時26分09秒
「キャッ!」
「つ……ッ」
大きな衝撃。
ちょうど誰か通りかかったらしく、私とまともにぶつかってしまった。
「大丈夫ですか……?」
玄関のすのこに足をとられ、転んでしまった少女に手を差し出す。
少女は視線を合わせずに私の手を取ると「別に何ともない」と言って立ち上がった。

「あれ、ごっちんじゃん」
ミキたんが目をまん丸に見開いて声を掛ける。
「ああ、美貴か」
少女は少しだけ表情を柔らかくすると――とは言っても、警戒をほどこうとはしていなかったけど――
バイバイと言って、一人でさっさと学校から出て行ってしまった。
89 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月06日(木)16時27分54秒
「知り合い?」
「ん、まあね。後藤真希って言って、高校からの友達なんだけどさ」
「ふーん」
自分から質問したくせに、ミキたんの返答も上の空で、私は少女の後ろ姿を追った。
制服のスカートが、怠惰な空気を伴って揺れている。
――栗色の長い髪があんなに似合う人に、私は今まで会ったことがない。

「ねえ、今度紹介してよ」
「え、別にいいけど……」
何故か不安げに瞳を揺らすミキたんに、私はにっこりと微笑んで見せた。

外からの陽光は遮断され、玄関は蛍光灯の光だけに照らされていた。
ガラスに反射した光が、私の姿を映す。

私は後藤さんの後ろ姿を思い出してみた。
後藤さんが笑っている所を想像してみた。

でも、私が思い浮かべてきたのはきっと、後藤さんという美しい少女の隣りで笑う自分だったんだ。
90 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月06日(木)16時30分34秒
読者がいないことよりも、離れていくことの方が悲しい。
91 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月06日(木)16時33分54秒
でも、はっきりとつまらなくなったと言われているので、逆に気が楽です。
思い出した頃にでも読んで、もし面白くなってたら、また読んでください。
92 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月06日(木)16時35分29秒
>>82
ありがとう。キャタ想いにすればよかった(w
楽しみにしてくれているようなので、こちらも頑張って書きます。
93 名前:チップ 投稿日:2003年02月06日(木)16時40分09秒
あややいいですねぇ、この話の雰囲気が好きなんで
これからも離れず楽しみにしてます。
頑張ってください。
94 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月06日(木)19時33分27秒
読んでますよ。ただ、ずっと携帯からだったので感想を書けなかっただけです。
かなりお金かかるんで。で、感想ですが、イイッ!!もうイイッ!!
独特の雰囲気にうっとり…。
95 名前:ラブごま 投稿日:2003年02月06日(木)22時36分51秒
飼育の中では更新が早いですよね。
毎日覗くことはできないので、逆に見るたび更新されている状態で嬉しいです。
ROMっていてもレスする・しない場合もあるのであまり気にせず作者さんの
ペースで進行してくださいますように。
これだけ人を惹き付ける文章と内容なのですから、読者はきっと作者さんが考えて
いるより多数いると思います。かくいう自分も楽しみにしてる1人ですが。
96 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月07日(金)08時07分02秒
好きな面々が出てるのでお気に入りに登録してます
話の雰囲気も好きですよ
97 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月07日(金)16時55分12秒
「あーもうっ! 何よあれ!」
ぷりぷりと怒る私の頭を撫でながら、ミキたんは可笑しそうに笑う。
「だから、紹介するのやだったんだよ」
私も、ミキたんが紹介を渋っていることは薄々感づいていた。
それを、嫉妬かな、なんて勝手に解釈して、無理矢理に頼んだ私も悪い。
でも。
だからって。
「後藤さんって、いつもああなの!?」
私は、今にもはらわたが煮え繰り返りそうな心持ちで、さっきの出来事を思い出す。
98 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月07日(金)16時56分00秒


「こちらは、松浦亜弥ちゃん。まあ、あたしの妹みたいなもんね」
ミキたんに紹介され、私は深々と頭を下げる。
「あの、初めまして……でもないですよね。昨日はすみませんでした」
そう言って、にこりと笑って見せた。
初対面の人と話すときにはいつも、まずこうやって笑顔を見せる。
こうすると、面白いくらい自分の思い通りにことが進むのだ。
しかし、後藤さんは戸惑った表情で私を見た後、さしたる反応も見せないまま、すぐに視線を逸らした。
99 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月07日(金)16時57分59秒
「それで、この人が後藤真希ちゃん。今二年だから、あやっぺの一つ上だね」
後藤さんは、無言で私を一瞥すると、軽く頭を下げた。
「ねえ、美貴。もういい?」
そして、ひどくつまらなさそうに――ミキたんがよく見せる表情とはまた違ったものだ――
綺麗な前髪をかきあげて、ミキたんに視線を送る。
ミキたんはチラリと私を見た後、
「ああ、うん。急に呼び出しちゃってごめんね」
と言った。
それを聞くなり、後藤さんはすぐに背を向ける。
そして、思い出したように振り向き、口を開いた。
「あたしは一人が好きだからさ。変な期待しないで」
それは確かに私に向けられた言葉で、何故か深く私の心をえぐった。


100 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月07日(金)16時59分52秒
じゃあねと言ってミキたんと別れる。
こんなに上手くいかない日なんてない。
昨日までは全て、私の思い通りに進んでいたのに。
そう考えると、改めて腹が立ってくる。

そのまま家に帰る気にもなれなくて、私は家から少し離れた所にある公園へと向かった。
途中、ゴミ捨て場の近くでは、ダンボールに入れられた捨て犬が、
自分の存在を主張するかのごとく甲高い鳴き声を上げていた。

しばらく歩くと、公園と言うよりは空き地と言った方がしっくりくる広場に出る。
ブランコとベンチしかないその公園は、不思議と私の心を落ち着かせる。
ギシギシとなる錆びたブランコに腰を下ろし、人のいないベンチに視線を送った。
101 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月07日(金)17時01分04秒
「あれ……?」
嫌なことは続くもので。
地面に点々と広がる黒い染み。
染みは次第にその範囲を広め、ベンチを叩く音も激しさを増す。

私は大きく溜め息をつきながら、バッグから折りたたみの黒い傘を取り出す。
公園で一人腰を下ろすのは好きだけど、雨に打たれて孤独ぶる趣味はない。
私はすぐに立ち上がると、バッグが雨に濡れないように気をつけ、公園を後にした。
102 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月07日(金)17時04分08秒
昨日のは「読者がいなくても頑張る」という決意表明のつもりだったけど、
読み返してみると確かに情けなく、同情されても仕方ありません。
今後はここの欄の書き方も考えます。
103 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月07日(金)17時07分00秒
>>93
気を遣わせてごめん。
雰囲気はこれからも崩さずにいけたら、と思います。

>>94
携帯からわざわざありがとう。
携帯からじゃ読みにくい部分もあると思うけど、こらからもよろしく。
104 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月07日(金)17時10分06秒
>>95
気を遣わせてごめん。
ロムの人数に関してはわかりませんが、一人でも読んでくれるなら頑張ります。

>>96
お気に入りありがとう。
メンバーに関してはこれからも余り変動が無いので、マンネリと言えばマンネリですが。
105 名前:名無し読者。 投稿日:2003年02月08日(土)00時28分51秒
あやや、かわいいなぁ、あやや。
最近どんどん、松ごまが好きになってきた。
今後の展開に期待大です。がんばってください。
106 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月08日(土)13時22分31秒
家までの道すがら、私は偶然小さな声を耳にしてしまった。
いや、もしかしたら偶然ではないのかもしれない。
私の視線に映ったのは、ダンボールに捨てられた子犬。

「何よ……」
すがるような目で私を見つめる子犬。
自分には関係ないんだ、と言い聞かせても、視線を逸らすことが出来ない。
子犬の表皮は既に雨粒で濡れそぼっていて、体を大きく震わせると大量の飛沫が飛んだ。

私はもう一度溜め息をついた。
手に持っていた傘をダンボールに被せると、
私とは視線が合わないように、少しだけ前に倒した。
107 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月08日(土)13時23分37秒
雨は激しさを増す。
髪はあっという間に水気を含んで、私の頬に雫を伝わす。
「バカみたい」
バカみたいだけど、なんとなく今日の私に似合っていた。
たまにはこんな日があってもいい。
「今日だけだからね」
伝わるはずもないのに、子犬に向かってそう呟く。
そして、その場から立ち去ろうとした瞬間、突然雨が止んだ。
108 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月08日(土)13時24分47秒
違う。
ピンクのビニール傘が、私の頭上を覆っていた。
「何してんの?」
「後藤さ……」
私の目の前で呆れたように立っていたのは、他でもない、彼女。
自分に青い傘をさし、もう片方の手で私の上にピンクの傘をさす。
後藤さんはチラリとダンボールに視線をやり、
「これ、あんたの?」
と言って、私の目を見た。
私は何も答えられずに視線を逸らす。
109 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月08日(土)13時26分17秒
「代わりに自分が濡れたってわけ? ばかじゃないの」
「な……っ!」
あなたにそんなこといわれる筋合いはない。
そう言おうとして、私はあることに気付いた。
まるで私が傘を持たないことを見越したように、用意された二本の傘。
いや、違う。これは多分――

「もしかして、後藤さんも子犬に傘をさしに来たんですか?」
私がその言葉を口に出した瞬間、後藤さんの頬が桜色に染まる。
「あたしは家が近いから……」
「……ぷっ」
必死に言い訳する後藤さんがやけにかわいく見えて、思わず笑い声が漏れた。
「何よ……」
後藤さんはふて腐れてそっぽを向くと、私に傘を手渡した。
「ありがとうございます」
自然に言葉が出た。
私は笑顔を浮かべて、傘を受け取る。
110 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月08日(土)13時28分10秒
「名前は?」
悪びれもせずに、後藤さんはそんなことを聞く。
「松浦亜弥です」
だから私も、堂々と胸を張って答えてやった。
「亜弥ね。こっちの方が全然可愛いじゃん」
そう言って、雨に濡れてくしゃくしゃになった前髪を指差す。
そして、可笑しそうに笑った。
(あ……)

ひとしきり笑い終えると、後藤さんは「風邪に気を付けて」と言って踵を返した。
「あの!」
二三歩進んだ後で、後藤さんは私の声に振り返る。
「真希さんって呼んでもいいですか?」
後藤さんは少しだけ不思議そうな顔をした後、口元に笑みを浮かべ、言った。
「別に何でもいいよ。お好きなようにどうぞ」
111 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月08日(土)13時34分23秒
去って行く後ろ姿。
青いビニール傘が水滴をはじいて、道行く車のヘッドライトを反射する。

初めて見た真希さんの笑顔。
可愛いと言った真希さんの声。

私はビニール傘を通して降りしきる雨を見上げた。
桃色の雫が私の視界を侵す。
雨に打たれて震える体は、それでも何故か不思議な温かさが残った。


――次の日から私は、胸の痛みと共に、真希さんの隣りを手に入れた。
112 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月08日(土)13時37分54秒
次からようやく時間軸が元に戻ります。
113 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月08日(土)13時38分41秒
おしまいのあと更新まだかな。
114 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月08日(土)13時41分00秒
>>105
期待ありがとう。
まつごまは自分も好きだよ。でも、いしごまも好きだからどうしようかな(w
115 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月08日(土)20時17分44秒
なんとなく梨華ちゃんvsぁゃゃ?
これはとても好きな展開です
116 名前:105 投稿日:2003年02月09日(日)04時01分11秒
根はいしごまヲタなんで、どっちに転んでも嬉しかったり(笑
今一番、ハマってる小説です
117 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月09日(日)13時02分42秒
いまのとこ傍観者の藤本さんがものすごく気になります。
松浦かわいいなぁ。後藤かっこいいなぁ。
118 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月11日(火)18時45分14秒
雨は止まない。
随分長い通り雨だと空を見上げると、西日が低く町を照らしていた。
傘の淵から滴る水滴はその量を変えずに、私の足元に小さな水たまりを作る。

もう夕方か。
手に持った傘をクルリと回すと、細かな水滴と桃色の光の粒が宙に舞った。
今日はもう帰ろう。
そう思った後に、ここがまだ家の前であることを思い出した。

雨の日は怖い。
真希さんが私の中に溢れるから。
雨の日は怖い。
私が私じゃなくなりそうになるから。

ピンクのビニール傘は、未だ返すことが出来ない。
119 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月11日(火)18時48分06秒
翌朝、カーテンを開ければ、目の前に広がるのは鮮やかな青。
部屋には、目覚ましの変わりに使っているミニコンポから、最近お気に入りの曲が流れていた。
すっかり目が覚めたのを確認すると、私は曲のボリュームを下げる。

真希さんは今ごろ、ぐうぐうと寝息を立てて眠っているのだろう。
思わず頬が緩んでしまっているのに気付いて、慌てて両手で顔をはたいた。

私は、誰が見ているわけでもないのに、取り繕うように携帯を握る。
特に掛ける当てもなかったから、真っ先に目に入った番号に電話をかける。
120 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月11日(火)18時49分04秒
十回目のコールでようやくつながった。
『……もしもし』
「ミキたん? おはよ」
『あー、あやっぺか』
しばしの沈黙。
ガタゴトと物音がして、その後にミキたんの声が聞こえた。
『何? こんな朝早く』
その言葉に、私は時計を見る。
午前九時。早くもないんだけどな……。
121 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月11日(火)18時51分05秒
「真希さんち、行こ」
『はぁ……?』
「いいから行こ」
『だから、何で』
「真希さんの、起きぬけの顔が見たい」
『……』
再び沈黙。
しばらくして、ゴホンという咳払いが聞こえた。
『……一時間後ね』
「へへっ、だからミキたん好きだよ!」

その後、待ち合わせの場所と時間を確認して電話を切る。
突然出来た予定に、私の顔はまたしても綻ぶのだった。
122 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月11日(火)18時54分09秒
夏の朝の空気は、窓を閉めていても次第に部屋に立ち込める。
それに晒されたまま、私は床に溢れ返った洋服の山と格闘していた。

これはこの間真希さんに見せたし、こっちはちょっと気取りすぎてる……。

そんなこんなで結局引っ張り出したのは、胸の所にワンポイントのついた白いティーシャツと、
私のお気に入りの線の細いジーパンだった。
何の捻りもない服装だな、と思いつつもそれを身に付けた。

テレビの上に置いてある時計を見る。
九時五十五分。
後五分でミキたんがうちに来る。
123 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月11日(火)18時55分46秒
こまごました物をポーチに詰めると、一階に下りて鍵を開けた。
出かけてくるね、と声を掛け、すぐに外に飛び出す。
外は、部屋から見るよりもずっと青く染まっていて、夏の匂いがした。

「お、早いじゃん」
「ミキたん!」
ちょうどいいタイミングでミキたんが現れる。
彼女も私と似たり寄ったりの格好。
「じゃ、さっさと行って、ごっちんの寝起きでも襲いますか」
「さんせー!」
私たちは手を繋いで、ゆるやかな上り坂を歩く。
青だけだった街の色は、日が昇るにつれ、次第に様々な色に染められていく。夏の色。

私の一日は、まだ始まらない。
124 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月11日(火)19時00分36秒
小説のみのレス数数えてみたら、まだ71。(適当)
オチ隠しとかで無駄にレス数使ってるなー。
125 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月11日(火)19時02分35秒
>>115
ありがとう。
そんな展開になりそうな雰囲気も。
126 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月11日(火)19時05分26秒
>>116
一番か。お世辞でも嬉しい。ありがとう。
それじゃ、気楽に話を進めていきます。

>>117
二人のキャラを誉めてくれてありがとう。
藤本さんの今後の扱いは、もしかしたら想像と違うかも。
127 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)12時59分00秒
最近激しくごまっとう不足なのでこの小説が心のよりどころです。
ちなみにこの後には藤本編もあるのかなぁ、と期待しつつ。
128 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)14時18分48秒
ツボに嵌りまくる小説発見
ごまっとう好きなんで続き期待してます
129 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月15日(土)17時22分43秒
真希さんの家の前に着いて、心臓のペースが途端に速まる。
それがここまで歩いてきたせいなんかじゃないことはわかっているから、私は大きく息を吸い込んだ。
入念に準備をして、いざインターホンへ手を伸ばすと、横からすっと伸びてきた手がそれを押した。

「遅いよ」
ミキたんが呆れたように言う。
思わずぎごちない笑みが漏れた。
それがばれないように、すぐに視線を逸らす。
130 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月15日(土)17時23分52秒
「あーい」
若い男の声が聞こえて、数秒後に扉が開く。
「なんだ、亜弥か」
彼は、私を見るなりにかっと笑った。
真希さんの弟。真希さんと違って、幼いところのある人だった。
実はクラスメイトだったりするのだが、真希さんと姉弟であると言うのは、ごく最近知ったことだ。

「真希ちゃんだったら、さっき出てったけど」
「え、どこに?」
「多分公園じゃねーの?」
ユウキ君――真希さんの弟だ――は、まるで興味がなさそうに、あさっての方向を向いて答える。
その横顔は真希さんにとてもよく似ていて、不覚にもドキリとしてしまう。
それは、真希さんと出会うまでは一度も感じたことがなかったもので、
今さらながらに真希さんの大きさを知った。
131 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月15日(土)17時25分46秒
「ありがと。行ってみるね」
私がニコリと微笑むと、ユウキ君の視線がぶらりと宙に舞った。
バイバイと手を振って公園に向かう。
曲がり角を曲がった所で、ミキたんに頭を小突かれた。
「調子いいんだから」
「何が?」
私が首をかしげて見せると、ミキたんは大げさに溜め息をついた。
「ごっちんに会ってから、結構変わったと思ってたんだけどね」
私はミキたんに見えない程度に微笑む。

私は変わった。
それはきっと些細な変化だったんだろう。
恋に恋する少女を演じていた私は、それでも演じきれない部分があったに違いない。
ミキたんはそれに気付いてしまうくらい、いつだって一緒にいた。
132 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月15日(土)17時27分32秒
風が吹いた。
夏の風はゆるやかに二人の髪を揺らし、そのまま公園の方へと抜けていく。
陽射しが照りつける中、私は汗を拭いもせずに足を進める。
先ほど風が抜けた道を同じように辿っていく。

風の行く先には、真希さんがいた。
真希さんは日だまりに揺れるひまわりのように笑っていた。
その隣りには美しい少女。
白いスカートの裾をはためかせ、きしむブランコに腰掛けている。
133 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月15日(土)17時28分22秒
石川さんと目が合った。
彼女が微笑むと、それだけで辺りの空気が変わる。
白に覆われた褐色の肌は、不思議な色気をかもし出していた。
「亜弥……」
後になって考えてみると、真希さんが石川さんの視線を追うのは当然のことで、
その先にいた私と目が合うのも当然のことだった。

「朝、早いですね」
ほろりと零れ出た言葉は、自分でも驚くほどに弱く、優しかった。
真希さんは戸惑いながら、うん、と心持ち頷きながら答えた。
134 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月15日(土)17時29分20秒
朝の公園は静かだ。
隣りのミキたんは二人を見るわけでもなく、
かと言って私を見るわけでもなく、何処か遠くを見つめていた。
しいて言えば、ブランコの奥にある電柱の辺り。

「真希さん、遊ぼう?」
今さらながらに思い出した言葉は、自然と口を突いて出た。
その言葉がそれ以上の意味を伴っているかどうかは、私にはわからなかった。
「いいけど」
真希さんは私を見て、それから石川さんを見て、とても平等に、そして曖昧に答えた。
らしくないよ。
今の真希さんと、ユウキ君の違いなんて何処にあるんだろう。
135 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月15日(土)17時30分43秒
「私も一緒でいい?」
「もちろん」
私が答えるよりも早く、ミキたんが答えた。
遠くにあったはずの視線は、いつのまにか石川さんの元へと帰ってきていた。
私は喉元まででかかった言葉を慌てて引っ込める。
その言葉がイエスだったか、ノーだったかは、もう忘れてしまった。
「ありがとう」
石川さんは極めてシンプルに、きちんと誠意を込めて笑った。
綺麗な笑い方をする人だ、と思った。
136 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月15日(土)17時32分33秒
遅くなりました。二月中はスピードが上がらないかもしれない。
137 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月15日(土)17時34分23秒
>>127
ありがとう。
ごまっとう不足か。でも確かに、一曲しか出してないからね。藤本編は、あるかもしれない(w
138 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月15日(土)17時35分55秒
>>128
ツボにはまって良かった。
ごまっとうはどうやら少ないらしいんで、ここで補給してってください。
139 名前:ラブごま 投稿日:2003年02月15日(土)22時01分51秒
後藤推しだけど…石川大好きだけど……1番あややが気になるのは何でだろう(w
にしても、マイペースな藤本嬢いいなぁ。ごまっとう面白いっす。
140 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月16日(日)16時01分57秒
あやごまが好きなんで期待してます
141 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月16日(日)17時10分15秒
石川さんは思ったよりもよく笑う人だった。
真希さんの照れ隠しに笑って、ミキたんの冗談に笑って、私の嫉妬めいた発言にも笑った。

私たちは公園で、くだらないことを話して時間を潰す。
私たちの時間はいつもと何も違わず、作り物であるかのように、完璧な自然さで流れた。
くだらない会話は確かに私たちの日常で、それを見て微笑む石川さんはそこに放り込まれた異物だった。
そして、その異物は、不思議なほど日常に溶け込んでいた。
142 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月16日(日)17時13分27秒
公園を甲高いメロディーが包んだ。
耳に良く馴染んだ機械音は、真希さんの「もしもし」という声と共に途切れる。
しばらく会話が続いた後、真希さんの視線がぐるりと一周して、石川さんのところで止まった。

「親に呼び出されちゃって」
石川さんはそれには何も答えず、代わりに微笑んで見せる。
それに安心して笑う真希さんは、やはりいつもの真希さんではなかった。
私は急に眩暈がして、何処か座れる所を探した。
ベンチまでは、ビニール傘五本分くらいの距離がある。

「ごっちんちょっと待って。あたしも帰る」
ミキたんは、真希さんでも石川さんでもなく、私に向かってはっきりとそう言った。
私が口を開こうとすると、
「じゃあ、石川さんをよろしくね」
と言い、真希さんの肩を押して公園を後にする。
143 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月16日(日)17時16分08秒
二人ぼっち。
公園は思ったよりも広く、思ったよりも静かだった。
以前石川さんと会ったとき、溢れ返るようにいた子供たちは、
姿をあらわす気配すら見せない。
太陽はもうてっぺんに近づいている。

「亜弥ちゃん、だっけ?」
石川さんが先に口を開いた。
「どうして知ってるんですか?」
思った以上に刺のある声が出た。
もともと優しく接するつもりなんか、なかったけど。
「真希ちゃんから聞いたの」
ある意味予想通りの答え。
望んでなどいなかった予定調和は、私の心を激しく苛立たせた。
144 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月16日(日)17時19分24秒
「亜弥ちゃんのこと、可愛い子だって言ってた」
真希さんの言葉。
嬉しいはずのその言葉は、石川さんというフィルターを通した途端、
酷く色あせたものに思えた。

「話してみてがっかりですか?」
公園の真ん中で話していたから、日陰なんて何処にもなかった。
石川さんは眩しそうに目を細める。
もしかしたら、笑っていたのかもしれない。
「可愛い子だったわ。凄く、羨ましかった」
石川さんの声は、溶けるように甘く、雲のない空へと立ち昇っていった。
その言葉はとても真摯に聞こえて、今日の真っ青な天井によく似合っていると思った。
145 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月16日(日)17時27分38秒
石川さんを見上げた。
彼女の瞳は透明で、深くて、何処までも覗き込みそうな感じがした。
恐らく彼女は、私の嫉妬も、何もかもを見抜いて、それでも可愛いと言ったのだ。

何処にも勝てる部分なんて見つからなかった。
私はかっこ悪くて、彼女は美しい。
私が真希さんに恋をしていて、石川さんが真希さんに恋をしていないと言う時点で、
もうこの勝負はついていたのだ。
146 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月16日(日)17時31分15秒
公園から飛び出した私を、石川さんは追おうとはしなかった。
歪んだ視界の先に微かに見える道を、私はひたすらに走る。
タバコ屋の十字路を、真希さんの家ではない方に曲がる。
はるか前方に見慣れた背中が霞んで見えた。

私はそのままミキたんの背中に抱きついた。
ミキたんは少しだけ驚いたように目を見開いた後、見たこともないような優しい笑みを浮かべた。
「頑張ったね」
全てを見抜くように――石川さんに感じたのと同じものだ――そう言うと、
ミキたんは私の頭を優しく撫でた。
147 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月16日(日)17時32分46秒
ポツリ、ポツリ。
地面が黒いはん点を作る。
傘を差さなくちゃ。
桃色のビニール傘はきっと私を温かく包んでくれるだろう。
後藤さんへの想いも、石川さんへの嫉妬も全て包み込んで。

「こんなに怖い思いをするなら、真希さんのこと好きにならなきゃよかった」

ミキたんは何も答えなかった。
抱きしめたまま、変わらずに頭を撫でてくれた。

雲のない空では、変わらずに太陽が強い光を放っている。
足元のはん点も、すぐに灰色に乾く。
後藤さんから借りた傘は、晴れた空から、桃色の雨を降らすだろう。
148 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月16日(日)17時34分55秒
第二話終わり。
キリのいいところなので、もし更新間隔開いても怒らないでね。
149 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月16日(日)17時41分00秒
>>139
ありがとう。全員が好きだって判断するよ?(w
これから、藤本さんをもっと魅力的にしていきたいですね。
150 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月16日(日)17時42分58秒
>>>140
ありがとう。
cpについては詳しく言えないけど、少なくとも今以上に楽しんでもらえるようには努力します。
151 名前:ラブごま 投稿日:2003年02月16日(日)22時33分09秒
好きなのはもちろんですが(というかバレバレです>全員好き)、この話の中で
最も普通の少女らしい感性を持ったあややに1番好意が持てます。
全員魅力的なんでしょうが、応援したくなる要素を兼ね備えてますよね…
152 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月17日(月)13時45分58秒
まっつーがんがれ!
なんか妙にいじらしくて好きだ!!
153 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月20日(木)05時18分15秒
あやや可愛いなぁ
今後の展開に期待
154 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月21日(金)03時43分10秒
雰囲気にひきこまれますね
石川さんが新鮮で素敵です
155 名前:訂正 投稿日:2003年02月22日(土)05時50分02秒
>>147の最後の行、
×後藤 → ○真希 で。
156 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月22日(土)05時51分53秒
空にはぽっかりと太陽が浮かんでいた。
泣きはらした後の亜弥の顔は、少しだけはれぼったくて、いつもよりもあどけなく見えた。
この道路は車通りが少なく、たまに自転車が通るくらいで、いつも閑散としている。
亜弥を道路の端へ連れて行き、あたしはその隣りに座った。

亜弥が真希を好きでいることには、薄々と感づいていた。
だてに長い間一緒にいたわけではない。
彼女の声の柔らかさ、照れた仕草、瞳の動き、その全てから、
彼女の気持ちがいやと言うほどにわかった。

「石川さんはきれいだ」
亜弥の呟きは、遠く響いた。
157 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月22日(土)05時53分32秒
雲のほとんどない好日はしかし、うだるような暑さの中、既に好日とは呼べなくなっていた。
耳の奥には、じりじりという聞こえるはずのない音が溢れる。
一言口に出したきり黙ってしまった亜弥の顔から、
陽の光に反射された汗が、顎を伝って地面に零れ落ちた。
恐らく、あたしの方も似た感じだろう。

「天使が、舞い降りたのかと思った」
もう一度、ゆっくりと亜弥が声を出す。
少しだけドキリとした。
それはあたしも感じていたことで、恐らく真希も感じていたこと。

「うん。……そうだね」
石川さんは確かに美しかった。
羽が生えていたのなら確かに天使にも見えただろうし、
会う場所が違えば、おとぎ話の王女様にも見えただろう。
158 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月22日(土)05時55分42秒
しかし、彼女はあくまで女性なのだ。
そして、真希も女性だし、亜弥だって女性だ。

あたしにはわからなかった。
三人が作る世界の外で、あたしだけが一人現実を見ていた。
それは、酷くつまらないことだ。

亜弥は大きく息を吐き、熱射に揺れる青を見上げた。
汗はいくすじもの流れを作り、亜弥の頬を流れていく。
いつのまにか、涙は乾いてしまったようだった。
変わり続ける日常の中で、それだけが救いのように思えた。
159 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月22日(土)05時57分02秒



――もしそれを恋と呼ぶのなら、私にはもう何も言えなかった――



      「3 ガールフレンド 〜藤本美貴の場合〜」


160 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月22日(土)06時00分49秒
更新間隔空きすぎなので、短いけど三話のさわりだけ。
茶化せない場面で、ナンバーワンのあやみきが頭にちらついて困る(w
161 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月22日(土)06時03分12秒
>>151
ありがとう。
確かに松浦さんが一番普通かも。応援してやってください。

>>152
ありがとう。
まつーらは、これからもいじらしくがんがるよ(w
162 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月22日(土)06時05分05秒
>>153
ありがとう。
とりあえず、三話で少し話が動きます。

>>154
ありがとう。
久しぶりの石川さん好きだ。なるべく魅力的に書くよ。
163 名前:名無しん 投稿日:2003年02月22日(土)09時39分10秒
更新ありがとうございます。
あぁ、これからどうまた動くのか気になる・・・
>>160の、ナンバーワンのあやみきとは?
164 名前:名無し蒼 投稿日:2003年02月22日(土)16時06分01秒
はじめてレスさせて頂きます。
ごまっとう小説で石川さんが居る!w
もう最高のキャストw 続き楽しみにしております。
みきてぃの気になる…

>>160
自分もナンバーワンのあやみきが頭の中にありますw
165 名前:62 投稿日:2003年02月23日(日)12時19分20秒
更新お疲れ様です。

4人の登場人物の性格が、はっきりと伝わってきます。
この季節に、子供の頃浴びた、夏の日差しの暑さを思い出しました。
今後も頑張ってください。

P・S・・>107で思わず泣いた・・早すぎ?(w
166 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月24日(月)22時47分21秒
報告だけ。
次の更新は早くても26日以降です。
読んでくれている人がいれば、もう少しお待ちください。
167 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月28日(金)14時54分48秒
終業のベルが鳴り、あたしの携帯が揺れた。
ディスプレイには見慣れた名前が躍り、内容もいつもと変わらないものだった。
教室に溢れるざわめきを横目に、さっさとメールを返す。

「美貴ー、これからどこ行く?」
「仲のいい」クラスメイトの声が聞こえて、あたしの頬が反射的に微笑を作った。
チラリとメールの送信完了を見届け、金髪のクラスメイトに向き直る。
「んー、今日はちょっと用事があるの。ごめんね」
「えー、なによぉ。彼氏?」
「違うってば」
「だって美貴、もてるじゃん」
「だからそんなんじゃないって」
「……ふーん」
168 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月28日(金)14時56分00秒
納得したような、していないような表情で、クラスメイトは手前の机に腰掛ける。
座った勢いではためいたスカートを慌てて抑えた。
どうやらこの子にも、「恥」というものは存在するらしい。

「そう言えば美貴って、告られたりしても、いつも断ってるよね。どうして?」
彼女は少し目を伏せ、言葉を切る。
少しだけ、教室の温度が下がったように感じた。

「もしかして、女の子が……好きとか?」
「え?」
真剣な表情。
それを見ていると、不意に笑いが込み上げてきた。
169 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月28日(金)14時56分51秒
「ちょっと、なーに言ってんの? ドラマとか漫画の見すぎじゃない?」
「ハハ……だよねぇ!」
クラスメイトは、端から見ていて可笑しいくらいに安堵の表情を作る。

「じゃあ、何で?」
今度は間をおかず、テンポよく言葉を続けた。
彼女にとっての最悪な答えというのは避けられたらしい。
「うーん、なんでだろね」
あたしは曖昧に笑ってごまかす。
この学校にいるのなんて、くだらない奴らばっかじゃん。
その言葉は、口に出せそうになかった。
170 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月28日(金)14時58分28秒
次第にあたしの周りに集まってきたクラスメイトたちに別れを告げると、
教科書など何も入っていないトートバックを肩に引っ掛け、教室を出た。
先ほどから揺れている携帯を取り出し、通話ボタンを押す。

「もしもし、あやっぺ?」
あたしは努めて柔らかい声を出す。
感情など、ひとかけらもこもらないように。
「玄関? わかった、今から行く」
会話もそこそこに切り上げ、あたしは玄関へと向かった。
くだらない奴だらけのこの学校の中で、少しだけマシな奴のいる所へ。
171 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月28日(金)14時59分38秒
真希に出会って、亜弥は変わったと思う。
昔から少しは見所のあるやつだと思っていたけど、
真希と出会ってからの彼女は、以前のような完璧さというものが無くなった。
代わりに、柔らかな魅力を手に入れた。

「ミキたん、おそーい!」
ぷくぅっと膨らませた頬は、彼女のトレードマーク。
つい、と突き出された唇は、彼女のチャームポイント。
「遅いって、これでも急いできたんだからね」
わざとらしく、息を切らせて見せる。
172 名前:小石と水面 投稿日:2003年02月28日(金)15時02分12秒
自慢ではないが、あたしも彼女も目立つ類の人間だ。
当然、二人で一緒にいれば更に大きな注目を浴びることになる。
「早く出よう」
少しだけ早口に言った。
チラチラとこちらに向けられる視線が鬱陶しい。

「そんなに急がなくてもいいのにぃ」
もっとも、亜弥はそういうのが好きみたいだけど。
あたしたちに集まる視線を何処か楽しんでいる亜弥は、真希と出会う前の彼女を連想させた。
173 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月28日(金)15時04分15秒
短いけど更新。
ケーキ屋さんが終わって、青カテも4スレ目終了。時間の流れを感じます。
そういや、青カテ5スレ目は松浦さんが活躍するのかな。
174 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月28日(金)15時08分17秒
>>163
ナンバーワンは月板の小説です。分かりづらくてごめん。
もしかしたら、想像していなかった方向へ話が進むかも。

>>164
わざわざ説明してくれてありがとう。
藤本さんに関しては、もっともっと気にしてもらえるように書いていこうと思ってます。
175 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月28日(金)15時10分35秒
次はもっと早く更新したい。

>>165
はえーよ(w
後藤さんと藤本さんを上手く書き分けられているかどうか不安だったなので、そう言ってもらえると嬉しい。
176 名前:更新ありがとう(●´ー`●) 投稿日:2003年03月01日(土)01時54分26秒
更新ありがとう(●´ー`●)
177 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月02日(日)17時49分35秒
何処までも青く遠い空の下、生徒の話し声と笑い声が低くわだかまる。
風が吹くと下ろした前髪が目にささるから、風がないのは好都合だった。
隣りで歩く亜弥は、「んんっ」っと大きく伸びをして、はじけたように笑った。

「今日は活気があるね」
亜弥の声は不自然なほど明るく、ざわざわと広がっていった。
「久しぶりの学校だからね」
あたしの声は、どこかそらぞらしく、それでもはっきりと響き渡る。

うちの学校は、夏休み中にも一週間に一度登校日がある。
規則正しい生活を送るために、という名目で設置された登校日は、
規則正しく遊びの予定を立てるためには確かに有益らしかった。
亜弥も多分には漏れず、生徒達の姿を見て、無邪気に白い歯を見せる。
彼女は見所のある子だったが、本質的にはあたしと違うのだ。
178 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月02日(日)17時51分37秒
学校を南に向かって歩くと、五分ほどで透明に伸びる川にぶつかる。
川と交差するように短い橋が架かっていて、そこは多くの生徒の通学路となっていた。
すれ違う自転車。変わらずに響く生徒の笑い声。
はるか向こうに建つあたしの家は、陽炎のように夏の熱気に揺らいでいた。

「ごっちんに電話してみようか」
あたしはやけに軽いトートバックをくるくると回し、言う。
亜弥は宝石のように輝く水面に視線を落としていた。
「いー」
「え、なんで?」
「いーったら、いーの」
179 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月02日(日)17時52分30秒
亜弥はまるで子供みたいに舌っ足らずに言う。
その喋り方も、真希への電話を断ったことも、何もかもが不自然に思えて、
あたしは亜弥の右腕を取った。
「あたしが遊びたいの。電話かけるからね」
目を見て、はっきりと声に出した。

亜弥は咄嗟に視線を逸らし、あたしの手を振り払う。
「やだ」
負けじと強い声を出す。
「だから、どうして」
今度はもう少し優しい声で言った。
亜弥はあたしと視線を合わせないまま、しばらくの間黙りこくった。
あたしも黙って亜弥の言葉を待つ。
180 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月02日(日)17時54分22秒
橋を渡り終えた頃、亜弥はゆっくりと顔を上げた。
「真希さんのあんな顔、見たくないもん」
あたしは真希を思い浮かべた。
いつもクールぶっていて、他人との接触を好まないそぶりを見せる彼女。
しかし、実際は誰よりも一人を怖がっている。
あたしとはまったく正反対の人間。
だからこそ、対極の磁石が引き合うように、あたしたちも惹かれ合った。

そこまで考えて、あたしは普段とは違う真希の顔にぶつかった。
石川さんといるときの真希の表情。
それは、柔らかくも儚く、はっとさせられるほどに無防備だった。
181 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月02日(日)17時55分57秒
並木道に差し掛かると、映画のワンシーンみたいな木漏れ日が降り注ぎ、
あたしたちはその登場人物さながら、無言で歩みを進めた。
自分で言うのもなんだけど、
もしこの場面がそのまま映画になったとしても不思議じゃないくらいにはまっていた。
「私、真希さんが好き」
だから、こういう台詞が出てくるのも当然のことだったのかもしれない。
「え?」
あたしが亜弥のほうを振り返ったときには、彼女はもう口を閉じていた。

そっぽを向いた彼女の視線の先を辿ると、道端にホトトギスの花が揺れていた。
信号が青に変わり、自動車のエンジン音が途端に辺りに広がっていく。
もしかしたら、聞き間違いかもしれなかった。
亜弥は何でもない感じでその言葉を口にしたし、あたしも彼女の声には注意を払っていなかった。
でも、あたしの胸には確かに引っ掛かるものが合った。
あるいは、確信と呼んでもいいのかもしれない。
182 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月02日(日)17時57分46秒
「それはきっと、恋じゃないよ」
自然に零れ出た言葉に、亜弥は何も答えなかった。
この世界はひどく精密に出来ている。
あたしはその精密さを愛していたから、くだらない連中とも付き合ったし、
心のうちを外に吐き出すことも無かった。
そして、女性が女性を愛するという行為は、その精密さを狂わせてしまう要素なのだ。

しばらくの間、目を合わせずに並木道を歩いた。
並木道を抜けると、そこはたくさんの光に溢れていた。
眩しい太陽に目を細める振りをして、亜弥の顔を覗き込む。
亜弥の瞳はかすかに揺れているように見えた。
陽射しに晒されたコンクリートが、焦げたような匂いを漂わせる中、
あたしは「電話かけるから」と言って、携帯をバックから取り出した。
183 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月02日(日)17時59分20秒
更新終了。
184 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月02日(日)18時00分27秒
おしまいのあとの更新が来ないので、禿しくあやごま不足。
185 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月02日(日)18時06分05秒
>>176
レスありがとう(●´ー`●)
なっちありがとう(●´ー`●)
186 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月02日(日)21時38分07秒
雰囲気が凄いよくて今1番好きな小説です
>>184
自分もかなり不足です
あやごま小説って全然ないんで
187 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月02日(日)22時04分41秒
あやや、逃げるな!そしていしかーさんに負けるな!
自信家のあややが弱気な分だけ応援したくなるのはヲタだから(w
ごっつぁんの登場はもうすぐかな?
188 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月03日(月)00時05分21秒
ミキティの動向が気になる…。
あややガンガレ、ガンガレ。
>>184
ハロモのライブ舞台裏が、ちょびっとあやごまで癒されました。
189 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時46分09秒
「……いつもの公園にいる」
真希の言葉は、しばらくの沈黙の後に紡ぎだされた。
あたしはその沈黙の中からメッセージを読み取れないほど馬鹿じゃなかったけど、
それに遠慮するほど優しい人間でもなかった。

曲がり角を一つ曲がるたび、亜弥の顔から笑顔が消えていく。
あたしたちの足音は、広い夏の空に霧散して、じりじりという何かが焦げる音だけが残った。
タバコ屋の十字路で、突然亜弥の足が止まった。
次第に吹き始めた夏の風に、亜弥の髪が柔らかく舞う。
190 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時47分19秒
「私、やっぱり行かない」
亜弥は俯いたままでそう言う。
その手を強く引いた。
亜弥の瞳が一瞬だけ浮かび上がって、またすぐに伏せられた。
「あやっぺ、いい? それは、恋じゃないの」
あたしは、自分に言い聞かせるように言った。

弾かれたように亜弥の足が動き出して、あたしは少しだけどきりとした。
何を怖がっているのだろう。
191 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時49分30秒
真希は私服でブランコに腰掛けていた。
学校に行ってないのかな、と思い、
彼女にとってそんなのはどうでもいいことなのだ、と納得もした。

二つ並んだブランコは、親密な空気が漂っているようにも見えた。
真希の笑顔は相変わらず柔らかかったし、石川さんの笑顔は美しく、冷たかった。
「こんにちは」
自分でも笑顔が引きつっているのがわかった。
石川さんは、
「こんにちは」
と言って、ブランコから立ち上がった。
192 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時50分41秒
大きめの麦わら帽子から零れた長い髪は、陽の光に晒されて、茶色く透き通った輝きを見せた。
そして、亜弥の前まで歩いていく。
「この間はごめんなさい」
石川さんは例の笑顔を見せる。
ぼんやりとその笑顔を見つめていた亜弥は、不意に目を伏せ、首を横にふった。
「そんな。私が勝手に」
亜弥は力なく微笑んで、真希でも石川さんでもなく、ブランコのちょうど間あたりの地面を見つめた。
193 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時51分54秒
おうど色に乾ききった土に目を落としてから、亜弥の方に視線を戻すと、亜弥はもう笑ってはいなかった。
あたしは、不謹慎にもそんな亜弥を可愛いと思ってしまった。
子猫のように怯えた瞳が、ゆっくりとあたしに向けられる。
「ミキたん、かえろ」
どうしてだろう。
どうしてだかわからないけど、このときあたしは、
「うん」
と頷いてしまっていた。
「もう帰るの?」
意外なような、どこかほっとしたような真希の声。
「学校帰りだから」
あたしは冷えていく気持ちを感じながらそう答えた。
194 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時53分46秒
そう言えばこの日は、蝉がやけにうるさかった。
どの通りを歩いても、どの角を曲がっても、それは平等に響き渡る。
世界がみんなつながっているんだって言うことを、あたしはぼんやりと実感した。

亜弥は無口だった。
亜弥はどちらかと言うと無理をしてでも笑うタイプの女の子で、
それが全てあたしの思い違いだったかのように、もくもくと足を進めていた。
「これからどうする?」
気を遣うなんてあたしらしくない、と思いながらも、そう言わずにはいられなかった。
亜弥は何も答えずに、しばらくつま先を見ながら歩く。
195 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時55分20秒
亜弥の家まで後数十メートルというところで、突然振り返った。
「ごめんね、今日はちょっと疲れちゃった」
そう言うと、亜弥はにっこりと微笑んだ。
まあるい、太陽の匂いがするその笑顔は、あまりにも夏そのものだったから、
言葉の意味をあたしに伝えるのにしばらく時間がかかった。

「……あやっぺ!」
その言葉がようやく口を付いて出たとき、亜弥はもう家の前にまで辿り着いていた。
「なに?」
亜弥は顔だけをあたしの方に向け、さっきと同じように笑った。
あたしは何も言えなかった。
亜弥もそれ以上は口を開かずに、あたしを白日の下に残し、家をぐるりと囲む塀の向こうに消えていく。
196 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月20日(木)15時57分28秒
完全にその姿が見えなくなると、あたしは大きく息を吐いた。
肺の中が空っぽになるくらい、大きく息を吐いた。
あの時、亜弥の笑顔が石川さんと重なって見えた――。

バタン、と扉の締まる音が聞こえ、再び蝉の鳴き声に包まれる。
あたしの足が自然と動き出し、あたしの体を亜弥の家の前まで連れて行く。
亜弥が入る前と、何ら変わることなくそびえ立つ家。
目の前にたたずむ塀は、あたしと彼女たち三人との、確かな線引きのように思えた。
197 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月20日(木)16時07分04秒
更新遅れてごめんなさい。色々忙しかった上、短編集にも顔を出してました。
なので、恐らくみんなが短編で盛り上がってるうちに、ひっそり更新。
198 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月20日(木)16時12分41秒
断固いしごま。そして、あやごま。……あやみき?
199 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月20日(木)16時17分28秒
>>186
ありがとう。あやごまないよねー。
雰囲気だけにはしたくないけど、雰囲気を壊さないように注意を払ってます。

>>187
応援ありがとう。
とりあえず、後藤さん登場したけど、いずれもっとしっかり登場させる予定。

>>188
あやごま情報ありがとう。
藤本さんはこれからもっと活躍させるから待ってて。
200 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月20日(木)18時27分13秒
ここの石川さんはどうも好きになれない…というかあやゃが可愛すぎて応援せずにはいられない(w
201 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月20日(木)21時57分15秒
待ち侘びていましたよぉ(w

更新お疲れ様です。季節の変わり目はお体に気をつけて・・。
この物語の行く末を、静かに見守っています。
202 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月22日(土)21時29分29秒
沈みかけた太陽は町を赤く染めた。
吹き抜けていく風が、制服のスカートを揺らす。
あたしは太陽を見ないように慎重に空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。海の匂いがする。

あたしは、トートバックの中から茶色の財布を取り出した。
今年の春に買ったばかりの財布は、いわゆるブランド物ではなくて、
真ん中に刺繍されたワンポイントがおしゃれな感じのものだった。
その中から、一枚の名刺を抜き取る。
「中澤裕子」
あたしのおばさんで、精神科医。
203 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月22日(土)21時30分56秒
「もしもし?」
関西訛りの柔らかい声。
三回目のコールでおばさんは出た。

「おばさん? あたし、美貴」
あたしは川沿いの土手道に腰を下ろして、電話を続ける。
「おばさんやなくて、ゆーちゃんやて」
失笑交じりのその声はいつだって温かい。
あたしはその声にだけ、唯一の安らぎを覚える。
「はは……相変わらずだね」
204 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月22日(土)21時32分02秒
あたしの声がおばさんに届いて、おばさんの声があたしに届く。
不思議な感覚だった。
こんなの、幼い頃には考えられなかったことだ。
今、目の前には無数の電波がはりめぐらされている。
それでも、川の色は何も変わっていなかったし、
かすかに聞こえる風の音も以前と同じもののように思えた。
だけど、あたしが気付いていないだけで、確かに少しずつこの風景も変わっているのだ。
ちょうど、あたしと亜弥と、真希の関係のように。

「もしもし?」
「あ、ごめんなさい」
おばさんの声で、あたしは我に返る。
電話の向こうでおばさんは呆れたように笑い、ほんまに美貴は、と言った。
「すーぐ上の空になるんやから」
「はは……」
205 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月22日(土)21時32分45秒
空はオレンジから青に色を変え始め、辺りから音が一つずつ消えていく。
車が一台二台と減っていき、代わりに一台の自転車が視線の先を通り過ぎていった。
きっと最後には、蝉の声だけになってしまう。
「おばさんの家に行っていい?」
「うちに?」
「うん」
電話の向こうでは、幾人かの話し声が聞こえている。
今日もおばさんの病院は、繁盛しているらしい。
それがいいことなのかどうかなのか、あたしには上手く判断できなかったけど。
206 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月22日(土)21時34分02秒
「ええよ。なんや嬉しいなぁ。ずいぶん久しぶりやんか」
彼女はきっと、心の底からそう思って、笑って話してくれている。
それはあたしを安らかな気持ちにさせる。
「いつ来るん?」
彼女は待ちきれないといった感じで言った。
思わずあたしの口からも笑みがこぼれる。
「今からでもいい?」
彼女は少しだけ考えた後、
「もちろん」
とはっきりした口調で言った。
姉さん――あたしの母だ――にちゃんと言わなあかんよ、と念を押すのも忘れずに。
あたしは、わかった、と言って電源のボタンを押した。
207 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月22日(土)21時35分34秒
少しずつだけど夜の帳は下りはじめ、制服の中のむし暑い空気が、
すうっと紫色の空気に溶け込んでいく。
あたしを追い越していった車のヘッドライトが、遠く道を照らした。
舗装された通り。手入れのされていない草むら。
この一本道の向こうに、おばさんの家はある。

しばらく歩いて、いよいよおばさんの家が目の前に近づいてきたとき、
あたしは家に電話を掛けていなかったことに気付いた。
もともと家に電話をかける習慣なんてなかったけど、
おばさんはその華やかな見た目と違って、ソウイウコトを気にする人なのだ。
208 名前:小石と水面 投稿日:2003年03月22日(土)21時37分00秒
観念して、携帯に手をかける。
「もしもし、母さん?」
電話がつながるなり、あたしは早速用件を切り出した。
「今日おばさんの家によって帰る。うん、先にご飯食べてて。ごめんね」
あたしはそれだけを言うと、手早く電話を切った。
別に家族と仲が悪いと言うわけではない。
あたしは家族や親戚を誰よりも信頼していたし、逆に言えばそれ以外の人間は信じることが出来なかった。
血はどの赤よりも深く、強い。

おばさんの家はもうすぐそこだった。
ドアまでたどり着きインターフォンを押すと、
現実感をともなわない高い音が、しみじみと夜の街に染み渡っていった。
209 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月22日(土)21時41分40秒
更新終了。
知識が足りなくて他人に頼らざるをえないのは、恥ずかしいことです。
210 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月22日(土)21時43分31秒
エスパー真希をこの間読み返しました。やっぱりあの話には勝てないなぁ。
211 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月22日(土)21時47分21秒
>>200
ありがとう。
作者としては石川さんも好きなんだけど、この石川さんは自分で書いてても嫌われそうだなぁと思う(w

>>201
本当にお待たせしました。
体調崩したりもしたけど、今はマイペースにやっています。これからはもっとスムーズに。
212 名前:チップ 投稿日:2003年03月22日(土)22時40分26秒
なんかミキティが一番儚く感じるのはなんでだろ?
1ミリも掴めないとゆーか、なんとゆーか。
おばさんの登場バンザーイw続き楽しみです。
213 名前:62=201 投稿日:2003年03月24日(月)21時35分30秒
更新お疲れ様です。
この話を読むと、心が穏やかになります。
「ちぎれそうな心」を持っていた頃を思い出して(苦笑

体に無理させてはダメですよ。マイペースなままでいいから、
がんばってください。
214 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月01日(火)19時00分35秒
ずーっとよんでたけどはつれすー
おもしろいよー がんばってー 

215 名前:蒼乃 投稿日:2003年04月03日(木)01時26分05秒
初めてレスさせていただきます。
透き通っていて、儚くて、切なくて、純粋で。
子の話が大好きです。
作者様には、御身体のほう御自愛下さいましすよう。
216 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月06日(日)02時35分43秒
細かい描写が素晴らしいです!
期待してます!
217 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月07日(月)01時30分36秒
ぱたぱたと足音が聞こえてドアが開いた。
「いらっしゃい」
そう言ってにっこりと微笑んだおばさんは、相変わらずきれいだった。

家からは冷たい空気がこぼれだし、あたしは促されるままにその中に入る。
部屋の中は冷房がきいていて、そこだけが違う世界のような不思議な感じがした。
それは、おばさんの家としてとてもふさわしかった。

「今日はお客さんが来てんねん」
吉澤さんかな、と思った。
吉澤さんはあたしより一つ年下の女の子で、学校には行かず、おばさんの働いてる病院を手伝っていた。
もっぱら掃除などの雑務をしているのだけど、ゆくゆくは看護の学校に通い、
もう一度その病院に戻ってくるつもりらしい。
末っ子で年上と接しなれているあたしだったけど、吉澤さんとは不思議とうまが合った。
218 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月07日(月)01時35分57秒
「吉澤さん?」
だからあたしは、そのまま彼女の名前を口にした。
「はい?」
隣りの部屋から返事が聞こえる。
吉澤さんはひょっこりと顔を出し、いらっしゃい、と言ってはにかんだ。

「この子、あんたがうちに来るゆうたら、あたしも行くゆうてきかへんねん」
おばさんが笑いながら口をはさみ、
「おじゃまします」
あたしも二人に向かってあらためて深々と頭を下げた。
すると吉澤さんはおかしそうにくすくすと笑い、まだいるよ、と言った。
「え?」
何のことだかよくわからなかったあたしは、おばさんに連れられるまま隣りの部屋に入った。
219 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月07日(月)01時37分05秒
そこには、見知らぬ顔が三つ。
「どうも」
あたしはぺこりとお辞儀をする。
してしまってから、ずいぶんとだらしのないお辞儀だと思った。
しかも、三人が三人立ち上がって深々と頭を下げたものだから――
むりやり頭を下げさせられていた人もいたけど――あたしはよけいにそのことを後悔した。

「初めまして、飯田圭織です」
一番背の高い女性がもう一度ぺこりと頭を下げる。
肩よりも伸びた栗色の髪が、柔らかに揺れていた。
そして、なっち、と言って、隣りに座っているショートカットの女の子の肘を小突く。
なっちと呼ばれた少女は、ぺこりと頭を下げると、
あたしと目を合わせることなく、テーブルの上へと視線を落とした。
220 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月07日(月)01時41分00秒
「あーごめんね。この子人みしりするから」
飯田さんはそう言うと、人のよさそうな笑みをうかべた。
あたしも、気にしてませんから、と言って笑顔を作って見せる。
それに、その方が好都合だった。
向こうから関わろうとしてこなければ、あたしも関わらなくてすむのだから。

あたしは部屋の中をぐるりと見渡し、おばさんの姿を探す。
トントントン、と小ぎざみな音が聞こえたから、キッチンにいるのだと目星をつけた。
包丁がまな板を叩く音だ。
あたしは見ず知らずの人たちと話をしにきたわけではないのだし、
これ以上この部屋にとどまる理由も見つかりそうにない。
あたしは彼女たちが座っているテーブルから視線をきり、台所へと向かった。
きっと吉澤さんもそこにいるのだろう。
221 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月07日(月)01時44分46秒
「おい、ふじもっちゃん! 無視かよ!」
その声は突然耳の奥にひびきわたる。
耳をおさえてもう一度テーブルに向き直ると、口元に金の髪がふれた。
三人目の小さな少女。
今さらの気がしないでもないけど、この少女には挨拶をしていなかった。

「なんや、やかましいなぁ」
挨拶をしようと口を開きかけたとき、台所からおばさんが戻ってきた。
後ろからついてくる吉澤さんの手には、ホットプレートがにぎられている。
「矢口ぃ、この子のことあんまいじめんといてな」
「挨拶しようとしてただけじゃん!」
矢口さんはぷくっと頬をふくらませ、おばさんの肩の辺りをがつがつと叩いた。
222 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月07日(月)02時06分34秒
そういえば、彼女はなぜあたしの名前を知っていたのだろう。
あたしはそれをそのまま声に出そうとして、すぐに思い止まった。
そんなのは、あたしにはどうでもいいことなのだ。

代わりに、おばさんに笑顔を向ける。
「もしかして、今日焼肉?」
「お、わかる? アンタ焼肉好きやったやろ?」
「うん」
そう言って顔をほころばせると、あたしは小さなガッツポーズを作る。
「アンタはほんまに肉が好きやなぁ」
おばさんは嬉しそうにうなずくと、あたしの頭をぽんぽんと叩くようになでた。

「中澤さん、藤本さんには優しいから」
割り込むように吉澤さんも言葉をつむぐ。
それを聞いて、矢口さんは弾かれたように笑った。
「なんだよ裕ちゃん、差別ー?」
「ち…ちゃうわ!」
照れながらそう叫ぶ声に、みんなの笑い声がかさなる。
だから、あたしも笑った。
哄笑のあふれる部屋の中で、あたしは結局一人なのだと悟った。
223 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月07日(月)02時10分56秒
更新終了。

>体調崩したりもしたけど、今はマイペースにやっています。これからはもっとスムーズに。
……ふむ。
224 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月07日(月)02時12分52秒
第11回短編コンペに「ハッピーエンド」という話を書きました。よろしければどうぞ。
225 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月07日(月)02時25分01秒
>>212
ありがとう。
藤本さんの感想が少なかったから、そう言ってくれて救われた。

>>213
心配してくれてありがとう。
自分の作った世界で穏やかな気持ちになってくれれば幸いです。

>>214
初感想ありがとう。
気に入ってもらえたようでよかった。

>>215
はじめまして。
体は弱くないから大丈夫(w これからもよろしく。

>>216
ありがとう。
細かくしすぎて話の展開が遅くなる、ということには気をつけたいと思ってます。
226 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月08日(火)18時58分15秒
窓からのぞく紺色の空が、しだいに黒に塗りつぶされていく。
あたしはカーテンを一杯に開けて、雲のない空を見上げた。
点々と夏の空にまたたく星たち。
今日みたいに晴れた日の星は、いつもよりも凛々しくかがやく。

「じゃあ、あたしもそろそろ帰ります」
背中の方から吉澤さんの声が聞こえる。
少しして、おばさんが台所から戻ってくる足音がした。
今日知り合ったばかりの三人は、もうずいぶんと前に帰っていて、
今この部屋にいるのは、あたしとおばさんと、吉澤さんだけだった。

「藤本さん、それじゃお先に失礼します」
「うん、またね」
ばいばいと手を振り、吉澤さんを見送った後、あたしは大きく息を吐いた。
二人だけとなった部屋は、先ほどまでの親密な空気をゆっくりと拡散させていく。
「どないしたん、でっかい溜め息ついて」
その言葉にはっとしてあわてて笑って見せると、おばさんもやはりいつものように苦笑した。
あたしは誰もいなくなったテーブルの傍にこしかける。
227 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月08日(火)18時59分13秒
いつまでも何も言わないあたしに痺れを切らしたのか、
おばさんはカーテンがあけられたままの窓を大きくあけはなった。
夏の夜のなまぬるい風が、室内に海の匂いをはこんでくる。
それが、ブラウスからむきだしになった肌に当たると、不思議なくらいにひやりとした。
気持ちいい。
素直にそう思った。
もともと、さっきまでこの部屋に満ちていたような親密な空気は苦手なのだ。

あたしには一人が似合う。
そんなことは、いまさら悟るようなことではなかった。
もうずっと前からわかっていたはずなのに。
いつからこんな風になってしまったのだろう。
おばさんは変わらず、窓ぎわで遠く浮かぶ星を見つめている。
ふいに、二人の少女の顔がうかんだ。
228 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月08日(火)19時00分19秒
「星、きれいやな」
おばさんが、ささやくように言葉をもらした。
あたしはそれに誘われるように、窓ぎわまで歩いていく。
そして、おばさんと同じようにサンにひじをついて、星のちらばる黒を見上げた。
「で、なんや?」
「え?」
「あるんやろ? 話したいこと」
「あ……」
おばさんはにやりと笑うと、あたしの髪をとかした。長く細い指。
しまった、と言う顔を見せるのが悔しくて、あたしはされるがままで口をひらく。
「よく、わかったね」
あたしが苦笑して見せると、おばさんも同じ事をした。
それ以上何も話す気がないみたいだった。

「聞いてくれる?」
「ええよ」
あたしが外を見ながら言うと、今度は柔らかに笑ってうなずいた。
あたしはもう一度、肺いっぱいに海の匂いのする空気をすいこむ。
そういえば、しばらく海に行っていない。
229 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月08日(火)19時02分09秒
「同性の恋愛ってどう思う?」
あたしは視線を合わさず、それでもまっすぐに聞いた。
多分、あたしの顔はみにくく歪んでいたと思う。
おばさんは一瞬だけ目をパチクリさせた後、あたしの顔をまじまじと見た。
その姿がとてもかわいらしかった、と言ったらおばさんは怒るだろうか。
「同性ってホモとかレズとかって意味なん?」
おばさんはあたしよりもずっとまっすぐな答えを返した。
どう答えていいのかわからず、かろうじて、うん、と返すと、ふぅん、とおばさんも返した。

「別に構わんのとちゃう?」
少しは迷うかな、と思っていたのだけど、おばさんの口からその答えは、いとも簡単に出た。
「しっとる? 十人に一人は同性愛者なんよ」
まるで初めから用意されていたかのような答えに、あたしは妙な違和感を感じた。
だいたい、おばさんは確かに精神科医をやってはいるけれど、
数値などのデータよりもむしろ、感情論でものを言う人だった。
230 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月08日(火)19時04分02秒
「それって、同性愛を認めろよって言ってんの?」
かっと頭に血がのぼった。
思いもよらず出てきた強い言葉に、あわてて口元をおさえる。
「ちょっと落ちつきぃ」
おばさんはおかしそうに笑うと、あたしの頭に手をあて、わしゃわしゃとなでた。
「そんなん言うてへんやん。事実言うただけやんか」
あたしはおばさんから視線をそらした。
今のおばさんは明らかに不自然で、いつものおばさんではなかった。

「なあ、美……」
「説教ならいらないよ」
あたしはそれだけを言って、イスにかけておいたサマーベストをブラウスの上から羽織る。
おばさんと少し目があった。
構わずに、あたしは地面に投げ捨てられていたトートバックを拾いあげる。
231 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月08日(火)19時06分01秒
「そろそろ帰らなきゃ」
そう言って、黒の革靴に足を入れる。
早くここから出てしまいたかった。
おばさんの香水、焼肉の匂い、だんらんの残り香。
この部屋はあたたかなものが多すぎて、それはあたしをひどく孤独にさせる。

「結局、ほんまに正しいもんなんてないんよ」
背中ごしに聞こえる声。
あたしはトントンと靴をならし、聞こえないふりをする。
ドアを開けると、外は夏の匂いがした。
初夏でも晩夏でもなく、完全なる夏の匂い。
この季節を過ぎれば、やがて夏の終わりがくる。

あたしはドアを閉めるまで一度も振り返らなかった。
232 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月08日(火)19時10分19秒
更新終了。後一回で三話終われるかな。
233 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月08日(火)19時12分26秒
青カテも5スレ目。そろそろ試合かな。
234 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月08日(火)19時14分40秒
Pleasuresの更新はいつだろう、と思う今日この頃。
235 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年04月08日(火)20時51分21秒
一気に読ませて頂きました
上手く言葉では表現出来ませんがいいなと
特にこの藤本っちゃん好き
236 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月09日(水)23時24分15秒
じりじりと照りつける陽射しに手をかざして、ゆるやかな下り坂になっているあぜ道を歩く。
わきに生える草むらからは、むせ返るような花と昆虫の香り。
おーい、という声を聞いて、あたしは立ち止まった。

「ミーキたんっ!」
ふりかえるや否や、右手にからみつく少女に思わず苦笑する。
「あやっぺ、なにやってんの」
「窓からミキたんが見えたから」
どうやら本当にあわててかけてきたらしく、
亜弥の服装はジーンズにティーシャツというラフなものだった。
じゃりじゃりと音をたてて歩きながら、あたしはなぜ亜弥があわてて追いかけてきたのかを考えた。

「あっついね」
亜弥はそれほど嫌そうでもなく、そんなことを言った。
あたしから手をほどいた亜弥は、その手を後ろに組んでのんびりと歩く。
ティーシャツから覗いた首もとは、うっすらと汗ばんでいて、どこかなまめかしかった。
237 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月09日(水)23時25分22秒
「なにか用?」
考えても何も思いつかなかったあたしは、努めて何でもない風に聞いた。
亜弥は少しだけうつむいた後、静かに口を開いた。
「石川さんを見たの」
石川さん、という単語に反応して後ろをふりむくと、亜弥はあたしではなくもっと上の方を見ていた。

「ふぅん……。それが?」
「石川さん、そこの女子高の生徒だった」
あたしの足が止まる。
亜弥はかわらずに歩きつづける。
あたしたちの歩く先にあるのは、その女子高。

「……それで?」
あたしももう一度足を動かし始める。
この先には、例の女子高があり、そして海がある。
あたしたちが最初に出会ったのは海なわけだし、
彼女がそこの生徒であることは別に不思議なことではなかった。
238 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月09日(水)23時28分21秒
「彼女がよくつるんでる子っていうのが、
 頭まっ黄っ黄に染めた問題児でさぁ……ってそれはどうでもいいんだけど」
背中ごしに亜弥の表情はわからなかったけど、
亜弥があたしを追いかけてきた理由はわかった気がした。

あたしは歩いたまま、亜弥の言葉を待つ。
「石川さん、全然あんな感じじゃなかった。真希さんだまされてるよ」
「どういうこと?」
「キャピキャピしてて、おどおどしてて……とにかく、
 私たちが知ってる石川さんとは全然違ったんだもん」
じゃり、と地面をふみしめる音がして、彼女は立ち止まった。
目の前には石川さんが通っているらしき高校。
239 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月09日(水)23時29分12秒
「そういえば、あやっぺってやめてよ。亜弥とかあややとか他に呼び名あるじゃん」
「……うん? わかった」
唐突な言葉に驚きつつも、あたしはとりあえず首を縦にふった。
それすらも上の空で、亜弥は校門の先を見ていた。
きっと、石川さんを待っている。
「ねえ、あやっぺ」
「ミキたん、違う」
「……亜弥ちゃん」
「なに?」
あたしは、亜弥から視線を外した。
視線の先のはるか向こうにはおばさんの家がある。

「それはきっと、恋じゃないよ」
それは、ささやかな抵抗だった。
あたしには、彼女の目にうつる景色を見ることはできない。
それなら、彼女の目をふさいでしまえばいいのだ。
亜弥は一瞬だけあたしと視線を合わせると、またすぐに校門の向こうに目をやった。
そして、うつむいた。
ゆっくりと歩を進め、校門前の土手を下る。
240 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月09日(水)23時30分26秒
「ミキたん、それは違うよ」
土手の下には草むらが広がっていた。
一面に広がる花々。一本だけ咲くひまわり。
「これは、恋だよ」
亜弥はゆっくり、とても丁寧にその言葉を口にした。
赤ん坊を抱きしめるときのように優しく、真希の前にいるときのように甘く。

あたしには亜弥の気持ちはわからなかったし、真希の気持ちもわからなかった。
――結局、ほんまに正しいもんなんてないんよ
もし、この言葉が正しいとしたら、それはどんなに素晴らしいことだろう。
あたしには、もう何が正しいかなんてわからなかった。
真希はきっと石川さんを愛していて、亜弥は真希のことを愛していて、
あたしにはそんな二人の感情を理解することができない。
その事実だけが全てだった。

土手の下から亜弥が手招きをした。
亜弥の影は少しずつ長さをのばして、一本だけ咲いたひまわりの上を黒くおおった。
ひまわりは浜風に吹かれ、はかなげにゆれる。
あたしは亜弥に促されるまま、土手をかけおりた。
241 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月09日(水)23時32分10秒
第三話終わり。
242 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月09日(水)23時35分15秒
かくれんぼ、なかなか面白かった。ああいう良質な話がどんどん増えて欲しい。
243 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月09日(水)23時36分29秒
>>235
ありがとう。
藤本さん編は終わってしまったけど、これからも応援してやってください。
244 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年04月12日(土)20時31分36秒
アーイ
これからも応援するのだ
245 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月12日(土)20時32分35秒
いしごま、あやごまもいいけど
ひとり傍観者視点の藤本さんもいいですね
石川さんはどんな人なんだろう
続きが楽しみです
246 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月20日(日)04時32分21秒
石オタですが、この小説では藤本が一番ですな。
これからの石川さんに期待したいですね。

Pleasures2始まるみたいですね。

247 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月22日(火)00時17分10秒



――泣いちゃだめ、彼女はそう言ってあたしの目元をぬぐった――



     「4 晴れた日のマリーン 〜後藤真希再び〜」


248 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月22日(火)00時18分13秒
海に行こう、という話になった。
あたしたちが出会ったあの海だ。
コンクリで敷き詰められた通りに出ると、辺りに漂う夏の空気が熱射に揺らいでいるのがわかる。
あたしは夏が好きではないのだけれど、この人と過ごす夏はかけがえのないものだった。

この道を真っ直ぐに行けば、川べりの道に突き当たる。
あたしは左隣の温度を確かめながら、一歩一歩足を踏み出す。
自動車の排気音が聞こえて、それもやがて消えた。
「梨華ちゃん」
「なに?」

いつのまにか、あたしは「石川さん」ではなく「梨華ちゃん」と呼ぶようになっていた。
初めてその言葉を口にしたとき、自分でも信じられないくらいに緊張して、
両方の頬が燃え上がるように熱かったことを記憶している。
そうやって、あたしが必死に紡ぎだした言葉に、
梨華ちゃんは今のようになんでもなく、なに? と言って笑ったのだ。
悩んだ末の結果など、いつだってそんなものなのかもしれない。
249 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月22日(火)00時19分36秒
「本当に海でよかった?」
きょとん、とした顔で見つめてくる梨華ちゃんがあまりにも可愛いから、
あたしは思わず抱きしめたくなった。
めまいがした、と言ったら、もたれかかっても許してもらえるだろうか。
そんなことを思いながら歩いていたら、あくびが出た。

「なんか今日元気ないから」
そんなことないよ、そう言って梨華ちゃんは笑った。
天井に輝く太陽に、柔らかな雲がかかる。
サラサラと水の流れる音が聞こえた。川だ。

梨華ちゃんはほとんど口を開かなかった。
だから、あたしも無言のまま歩いた。
河原を歩こうと言って、二人で土手を駆け下りる。
梨華ちゃんの薄いピンクのワンピースが、土ぼこりに濡れた。

雲間から零れた陽射しに反射して輝く水面。
ふわぁ、と声が漏れて、梨華ちゃんも笑った。
むせ返るような夏の匂いが辺り一面に溢れ返る。
250 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月22日(火)00時20分25秒
「凄く綺麗」
梨華ちゃんは両手を前で合わせたまま、目を細めた。
「きっとさ、海はもっと綺麗だよ」
「うん」
あたしは、何も言わずにそっと右手を取る。
そのまま、川べりの道を海に向かって歩き出した。
高架下に入ると、二人の影が一つになった気がして嬉しかった。

「松浦さんに会ったわ」
ぽつり、と漏れた。
俯いている気がして左を見やると、梨華ちゃんの透明な瞳とぶつかった。
どうやら気のせいらしかった。
「亜弥と?」
何故だか気恥ずかしい気持ちになった。
まるで、恋人に兄弟を見られたような感じ。
そう言えば、亜弥と弟はクラスメイトらしい。

「そう、藤本さんだったかしら? あの子も一緒だった」
「……美貴も?」
あたしはもう一度梨華ちゃんを見る。
今度は気のせいなんかじゃない。
梨華ちゃんは微かに笑みを浮かべたまま、視線を地面に這わせていた。
251 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月22日(火)00時21分22秒
「何か、あったの?」
太陽にかかっていた雲が風に流され、再び強い光が辺りを覆った。
額から流れ落ちてきた汗を、化粧を気にせずにごしごしと拭う。
「そうね。あったと言えば、あったかもしれない」
禅問答みたいなことを言う。
それでも、何かがあったということだけは直感的にわかった。
「教えてくれないの?」
梨華ちゃんは困ったように笑う。
きっと、彼女が言うまで待っているべきなのだ。
あたしにもそんなことはわかっていた。
納得は出来ないけれど。

「海へ行きましょう」
梨華ちゃんはふわりと笑った。
風のようだ、と思った。
まるで、今思いついたかのような彼女の言葉にあたしは、
「うん」
と返した。
あたしは「今」梨華ちゃんに誘われたから、海へ行くのだ。
それだけは間違いのないことだった。
彼女の言葉はいつだって、あたしにとっての真実なのだから。
252 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月22日(火)00時24分11秒
おしまいのあと、再開されたと信じています。
253 名前:小石と水面 投稿日:2003年04月22日(火)00時24分49秒
剣と長刀完結おめでとう。
254 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月22日(火)00時31分33秒
>>244
ありがとう。
次回、藤本登場予定。予定は未定。

>>245
ありがとう。
石川がどんな人か、あまりハッキリしなくても怒らないでね……。

>>246
情報ありがとう。桃に行ったらしいね。
藤本を好きになってくれたのは嬉しいけど、なんとか石川も好きになってもらえるように頑張る。
255 名前:ラブごま 投稿日:2003年04月26日(土)21時47分56秒
まったくもってアンテナが低い自分ですが、なんとあの2作品の作者さんで
いらしたんですか。「剣と長刀」、完結乙です。
「剣と長刀」では保田さんが、「おしまいのあと」では市井さん&まつーらさんが、
この作品ではまつーらさん&ミキティが特に好きです。
ごまヲタなのになぁ。作者さんのせいですよ(w
 
256 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月28日(月)01時18分29秒
>>255
いや、ちがうと思うよ。
257 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月15日(木)05時45分30秒
保全


258 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)00時58分25秒
遅くなってごめん。今週中に更新できるよう頑張ります。
259 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年05月20日(火)12時41分31秒
マターリ待つです
260 名前:紺野あさ美 投稿日:2003年05月25日(日)22時08分58秒
そうやって1人で遊んでいたら公務員のおじさんがはなしかけてくれたんだ
「おう、お花さんと話してるのか?」
「・・・うん。」
「おじさんにも話し聞かせてくれないか?」
いろいろ話した
おもちを食べておいしかったとか、前にいた街のエクレアがおいしかったとか
わたしの考えたお菓子の国のお話とか
「すごい!おもしろいぞ!」
「ホント?」
すごい嬉しくて、毎日放課後になったら公務員のおじさんのところへ行った
毎回わたしの中で考えてた物語をおじさんに話した
まぁ、お菓子の話ばっかりなんだけど
でもおじさんはいつもおもしろいと笑ってくれて
いつの間にか、なんでも言える仲になってた
261 名前:小石と水面 投稿日:2003年05月28日(水)00時40分11秒
川べりの道は、どこまでも続いているように思えた。
遠くの方は、土煙に包まれていて、こことは違う世界のように見える。
それでも、この道にはいつか終わりが来るし、あたしが梨華ちゃんと一緒に歩いている限り、
驚くほどはやくその場所に着いてしまうことも知っていた。

会話もないまましばらく下っていると、梨華ちゃんが突然、進行方向を変える。
このまま真っ直ぐに行けば、海へ突き当たるはずなのに。
「梨華ちゃん、そっち、海じゃない」
思わず言ってしまった言葉に、梨華ちゃんはにこりと微笑む。
「うん、ちょっと寄り道。だめ?」
「……別にいーけど」
あたしはそっぽを向き、そのまま歩みを進める。
真っ白い陽射しがあふれ返る通り。
通りなれない道に少しだけ戸惑いながら、そう言えばこの辺りに学校があった、と思い出す。
262 名前:小石と水面 投稿日:2003年05月28日(水)00時40分59秒
「もうすぐ夏も終わるね」
突然紡がれた梨華ちゃんの言葉に、あたしははっとして彼女を見た。
いつまでいてくれるの。その言葉が喉元まで出かかったけど、あたしはそれをすんでのところで飲み込む。
あたしはいつもこうやって、梨華ちゃんがいなくなる日のことに、気付かない振りをしていた。
夏に突然舞い降りた天使は、夏の終わりとともにどこかへ飛んでいくのかもしれない。
そんなことを思っては、あたしは彼女にばれないように、こっそりと溜め息をつくのだ。
263 名前:小石と水面 投稿日:2003年05月28日(水)00時43分04秒
気付くと、ずいぶん先まで歩いていた。
隣りには例の学校のものであるらしいグラウンドが広がり、
部活をしている生徒の姿がちらほらと見かけられた。
くだらない。数週間前のあたしなら、きっとそう言ったことだろう。
梨華ちゃんに出会う前のあたしなら。

あたしは気付かれないように、梨華ちゃんに視線を向けた。
彼女は相変わらず難しい顔をしていて、それは、あたしに不思議な安心感をもたらした。
あたしや亜弥と、何も変わらないように思えたから。
「梨華ちゃん、どうしたの?」
あたしは、努めて明るい声を出す。
そして、あたしがこうやって声をかけると、なんでもないよ、と言って梨華ちゃんが笑うのも知っていた。
「なんでもないよ」
かわいらしく首を傾け、彼女はあたしが思った通りの言葉を口にした。
264 名前:小石と水面 投稿日:2003年05月28日(水)00時43分37秒
そのまましばらく歩き、校舎が見えなくなるあたりまで来て、梨華ちゃんはもう一度口を開いた。
「私、ここの学校の生徒なの」
何でもないことのように、彼女は言った。
実際、それは何でもないことだったのかもしれない。
しかし、あたしの口から漏れたのは、言葉ではなく、からからに乾いた吐息だった。
「この学校の三年二組で、出席番号は二番。阿部さんって子がいて、私は一番になれなかったの。
 今までずっと一番だったから、なんか変な感じ」
梨華ちゃんは、そう早口にまくし立てた。
「そう」
あたしの口から漏れたその言葉は、しらじらしく夏の空気に溶けていった。
そう、という言葉にとてもよく似合った響きだと思った。

あたしは何を勘違いしていたのだろう。
梨華ちゃんは、絵本の中のお姫様でもなければ、空から舞い降りた天使でもないのだ。
そんな簡単なことにすら、あたしは瞳を閉ざしていた。
265 名前:小石と水面 投稿日:2003年05月28日(水)00時45分13秒
「海に行くの、止めよっか」
両手を後ろ手に組みながら、梨華ちゃんは笑って言った。
あたしが何も言えないでいると、やっぱり止めた方がいいよね、と自分で納得して、くるりと振り返った。
斜め後ろを歩いていたあたしと、ばっちり目が合う。

「もう、会うのも止めよう」
梨華ちゃんはそう言って、空を見上げた。
じりじりとした陽射しに滲む汗を、浜風がさらっていく。
「どうして?」
思ったよりも落ち着いた声が聞こえて、口に出したのはあたしではないかのような錯覚をした。
ふふ、と微笑んで、梨華ちゃんはあたしの横を通り過ぎていく。
いつもと違う背中。
「こんなの、意味のないことだから」
背中越しに見えた彼女の顔は、確かに微笑んでいた。
遠ざかっていく彼女に、あたしは一言も声をかけなかった。
あたりには、うるさいくらいに、せみの鳴き声が響いている。
266 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月28日(水)00時47分14秒
更新終了。本当にごめんなさい。
267 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月28日(水)00時49分08秒
一週間過ぎてしまいました。
268 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月28日(水)00時52分39秒
>>255
期待させてごめん。違います。

>>256
わざわざありがとう。

>>257
ワラタ。最高。

>>259
遅くなってごめん。待っててくれてありがとう。
269 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)04時02分10秒
なんだか儚げな石川さん。
こういったタイプの石川さん、結構好きです。
とっても気になります。

作者さん、頑張って!
270 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月10日(火)13時43分58秒
おもしろい
271 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時33分38秒
あの日から、一週間近くが経った。
あれからあたしは、毎日いつもの公園へ行き、昼過ぎには子供たちのはしゃぎ声を聞きながら、
夕暮れには赤く垂れこめた夕焼けを見ながら、一日の大半をベンチで過ごした。
彼女との連絡手段を持たないあたしには、そうしている他なかったのだ。

ベンチに座っているのに飽きると、あたしはよくジャングルジムに登った。
スカートのときはさすがに登れなかったけど、そうでないときは大抵そうした。
飽きもせずに走り回る子供たちに紛れて。

ジャングルジムの上から二番目に足をかけて、東の方角に目を向けると、そこから大きな海が見える。
あたしがベンチに座っていることに飽きるのは、決まって夕方になってからだったので、
海はいつも真っ赤な色をしていた。
そこからの眺めはとても綺麗だったけど、あたしはいつも、ひどく悲しい気持ちになった。
272 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時35分10秒
海を見つめる視界の片隅には、申し訳程度の樹木に囲まれた学校が一つ。
この風景は、あたしに梨華ちゃんを思い出させた。
そういうときに、子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえたりすると、不覚にも泣いてしまいそうになる。

梨華ちゃんの言葉を信じるなら、夏休みが終わった後、
彼女の学校に行きさえすれば、会うことができるはずだった。
でも、それでは遅かったのだ。
夏が終わり、新学期を迎えたとき、彼女があたしの知っている彼女だと言う保証はどこにもない。
季節が変わるというのは、そういうことだ。

だからと言って、この公園で待つ以外のことをしなかったあたしは、
結局臆病だったのかもしれない。
273 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時35分47秒
いつものようにベンチに腰を下ろして、はしゃぐ子供たちを見ていると、電話が鳴った。
子供たちの声を気にしてベンチから立とうとすると、その中の一人が、
しーっ、と言って口元に人差し指を持ってくる。
他の子たちも、それに習って、しーっ、とやった。
あたしはいつのまにか、この公園にいることを、彼らに認められたらしい。

電話は亜弥だった。
「……なに?」
一瞬だけでもドキリとしてしまった自分が恥ずかしくもあり、ついぶっきらぼうな声が出る。
「大事な話があるんです。海まで来てもらえませんか?」
「海?」
もう一度、トクリと音がする。
「あは」
「真希さん?」
「わかった。行くよ」
どうやら、神様はどうしてもあたしを海に行かせたいらしい。

受話器越しに、亜弥の戸惑った息遣いが聞こえる。
「何時に行けばいい?」
「……今から来れますか? もう海にいるんですけど」
「今すぐ行く。どうせ、美貴もいるんでしょ?」
少しの沈黙の後、はい、という声が聞こえた。
あたしはそこで電話を切る。
電波が悪かった、ということにしよう。
274 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時38分04秒
子供たちに手を振ると、恥ずかしいくらいにたくさんのバイバイが返ってくる。
あたしは、あたしの居場所を子供たちに預け、海へ向かう。
帰る場所がある者は、それ故に強くも弱くもなる。
あたしの場合がどっちであるのか、よくわからないのだけど。

海に着く頃には、深緑のティーシャツは汗でべっとりと肌に張りついていた。
足全体を覆ったジーンズが目に入るたび、白いハーフパンツで来ればよかったと半ば後悔しながら、
あたしは半そでを更にめくり上げた。
布に隠れていた白い腕がむきだしになる。
日に焼けるのは、別に嫌いじゃない。

電話の通り、亜弥はもう海に来ていた。――これもまた電話の通り、美貴を隣りに従えて――
花柄のワンピースをまとい、おうど色のサンダル履いている。
梨華ちゃんは着ないだろうな、と思いながら、そのワンピースを眺めていると、
柔らかく吹いた風にすそが踊った。
すごく涼しそう。
275 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時39分08秒
「わざわざ呼び出してごめんなさい」
亜弥はそう言うと、すそと一緒に乱れた髪を、右手でかきあげた。
その指の動きは、亜弥の言葉と同じで、どこかよそよそしい。
「いいよ。で、なに?」
砂浜は一様に賑わっていた。
打ち寄せる波の音。子供の笑い声。

「そう言えば、真希さんとここに来るのって久しぶりですよね」
亜弥はあたしから視線を逸らし、ゆっくりと浜辺に向かい歩いていく。
サンダルに絡みついた砂がさらさらと零れ落ちる。
おうど色のサンダルとおうど色の砂浜。そこから覗く足はとても綺麗だ。

ふっと亜弥から視線を外すと、今まで亜弥の後ろに隠れるように立っていた美貴と目が合った。
お互いに交わす言葉はもっていなくて、しばらくの間無言で見詰め合う。
だから、その口元から笑みが零れたとき、あたしはひどく救われた気持ちになった。
あたしはいつも美貴の言葉や、笑顔を待っていた。
なんでもないような顔をしながら。
276 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時40分20秒
あたしたちが黙って向き合っている間、亜弥は足元をくすぐる波と戯れていた。
跳ね上がる雫は、どことなく深い藍色をしている。
夏の終わりの色だ。

以前にも同じような場面が合ったと、不意に思い出す。
それも一度や二度ではなかったはずだ。
そしてそれの最後がいつであるのか、記憶の糸を辿ってみると、
梨華ちゃんと出会った日の海辺へと辿り着いた。
一ヶ月で随分と遠い所まで来てしまったものだ、と思う。
何もかもが原型の見えないほどにまで変わってしまった。

そこまで考えて、あたしは首を左右に振る。
違う。変わってしまったのはあたしだけだ。
美貴は相変わらずあたしたちの優しい美貴のままだし、
亜弥だって少し生意気で、だけどすごく可愛い妹のままだ。
277 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時43分09秒
亜弥のかわいらしい足が、波の静かな水面に波紋を落とす。
冷たい、という声を漏らしながら、何度も何度もぱしゃぱしゃとやった。
裾を軽く持ち上げて、亜弥が同じような動作を繰り返すたび、
あたしの心の内で、言いようのない罪悪感がむくむくと首をもたげた。
あの波紋をもたらしているのは、他でもないあたしなのだ。
亜弥のその行為は、まるで波紋を起こしたあたしをなじっているように見えて、胸がじくじくと痛んだ。

あたしはまっすぐに亜弥の方に歩いていった。
美貴は何も言わず、視線を真っ青な空に預けて、その場に立ち尽くしている。
遠目で、亜弥の頬がわずかにこわばったのが見えた。
あたしから亜弥の表情が伺えるように、亜弥からもあたしが歩いていくのが見えるはずだ。

声がはっきりと聞こえるほどに近くまで行って、あたしは立ち止まった。
海から吹き上げてくる風がやけに心地いい。
「話してくれないの?」
その言葉に、端から見ていて滑稽なほどに、亜弥の肩がビクリと震える。
亜弥がなるべく話すのを遠ざけようとしているのはわかったが、
あたしにはそれを待っているだけの余裕はなかった。
278 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時46分31秒
――松浦さんに会ったわ

梨華ちゃんがあたしのもとを去ったという事実。
それに亜弥が関係していることは、ほとんど疑いようがなかった。
もしかしたら、あたしは自分が思っている以上に必死だったのかもしれない。
梨華ちゃんがあたしに愛想をつかしたのではないのだと確認をしたかった。

亜弥がふっと視線を上げる。
「真希さん、彼女が何者で、何処に住んでいるのか、知っていますか?」
亜弥は小さな唇を震わせながら、一字一句正確に言葉を紡いだ。
「彼女が今何をしていて、今何を考えているのか。
 趣味は何か。どんな友達がいるのか。恋人はいるのか。
 もしいたなら、その人にはいったいなんて呼ばれているのか。
 ――どうして真希さんの前に現われて、真希さんの傍に居続けたのか」
亜弥はそこまで言うと、軽く息を吐いて、もう一度あたしをしっかりと見据えた。
279 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時48分05秒
亜弥が黙ってから、あたしたちの間にはわずかな沈黙が生まれた。
海水浴客の少なくなった海辺は、夏の終わりの景色そのものだった。
「それで、何が言いたいの?」
亜弥の視線が外れるのを確認してそう言うと、再び亜弥の意志の強い瞳とぶつかった。
今度は、お互いに視線を外さない。
「あの人は、真希さんには相応しくない」
「相応しくないってどういうこと?」
そう言うと、亜弥は口をつぐんだ。

「用事ってそれだけ?」
あたしは亜弥から視線を逸らし、ぐるりと周囲を見渡した。
美貴は相変わらず、よく晴れた空を見上げている。
「ここの近くに女子高があるのは知ってますか?」
少し焦ったように、亜弥が声を上ずらせながら言う。
その言葉に反応してあたしが視線を向けると、亜弥はにこりと笑った。
「石川さんが、普段何をしているのか、知りたくありません?」
亜弥にしては意地悪な聞き方だな、と思った。
その瞳の奥には、怪しげな光をたたえている。
280 名前:小石と水面 投稿日:2003年06月18日(水)03時56分26秒
「石川さん、普段は……」
「その女子高に通ってるんでしょ?」
「――!」
亜弥の顔に、微かな狼狽の色が浮かんだ。
「真希さん、いつからそのこと……」
亜弥はかすれる声で、やっとのことその言葉を言い切った。
彼女の手から解放されたワンピースは、潮風にはためき、真っ白な膝をあたしの前に晒す。
あたしの口元から、なぜだか笑みが零れた。
「彼女が何者かなんて、関係ない」
何でこんなことに、今まで気付かなかったのだろう。
あたしは、自分が思っている以上に、梨華ちゃんのことが好きだった。
「あたしは梨華ちゃんが好き。それだけじゃ足りない?」
亜弥はもう何も言わなかった。ただぼんやりと、微笑んだあたしの顔を見つめていた。
浜沿いのアスファルトを這うようにして、つばめが低く飛んでいくのが見える。

「学校が始まったら、あたしは梨華ちゃんに会いに行く」

じりじりという音と共に、夏の陽射しがあたしたちに注がれる。
雨が降りそう。遠くから、そんな美貴の声が聞こえた。
281 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月18日(水)03時57分24秒
またまた遅れました。ホントにごめんなさい。
282 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月18日(水)04時01分28秒
ハウンドブラッドが完結したらしい。
とても面白い話だった。お疲れ様です。
283 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月18日(水)04時04分54秒
>>269
次回更新で石川さん出ます。石川さんが好きな人がいてヨカタ。

>>270
ありがとう。すごい嬉しい。
284 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年06月18日(水)22時35分10秒
不思議な感じ
藤本いいな 言葉を発さなくとも存在感がある
285 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月21日(土)23時49分31秒
ここの後藤松浦石川藤本さん好きです
情景描写がとてもいいですね
286 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月02日(水)20時54分15秒
まだかなまだかな♪
287 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月12日(土)15時24分33秒
いしごままだかな♪
288 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月03日(日)22時56分54秒
保全です
289 名前:マチクタビレタ人 投稿日:2003年08月11日(月)22時43分10秒
マチクタビレター
290 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月11日(月)22時46分32秒
ochi
291 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時35分43秒
昨晩から降り続いている雨は、未だに降り止むことなく、地面に大きな水溜りを作っている。
空を見上げると、青と灰色の混ざったおかしな曇り空が見えた。
あたしは校門にもたれかかり、終業時刻になるのを待った。
今日は学校をサボってまっすぐここまで来たから、思った以上に早く着いてしまったようだ。

しばらくすると一人の生徒が玄関から顔を出し、そこからは雪崩のように次々と人が溢れ出してきた。
少しの間、梨華ちゃんがいないかどうか探していたあたしだったが、
いずれはここまで来るのだと思い、もう一度校門にもたれかかる。

学校からはじけるように飛び出していく生徒たちの反応は、それぞれだった。
好奇の視線を向ける者。怪訝そうに見ていく者。そして、熱っぽい視線を
――これは、あたしの思い違いなどではなくて――向ける者。
あたしは自分のことを棚に上げ、女子高だからなぁなどと考えつつ、
チラリとその子に視線を返してやった。
292 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時37分00秒
不思議なほど穏やかな気分だった。
あたしは大きなあくびをして、眼下に見渡せる風景を眺める。
ここから見下ろせる川の水面は、とても綺麗に澄んでいた。
見た目以上に速い水の流れや、その中で渦巻いている様々なものを全て覆い隠して、
水面はとても綺麗に澄んでいた。

不意にうっすらと影が落ちた。
影の落ちてきた方向にゆっくりと向き直ると、一人の少女が驚いた顔で立っていた。
そして、すぐにニコリと微笑む。
「梨華ちゃん」
二人の声が同時に出た。あたしと、梨華ちゃんの隣りにいる金髪の少女。
彼女と目が合って、あたしは、どうぞ、という風に、瞳を伏せた。
293 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時38分45秒
「梨華ちゃん、どうしたの?」
「あ、ちょっと知り合いの顔が見えたから」
「ふーん……」
あたしの方をチラチラ見ながら話す彼女に、あたしは亜弥の言葉を思い出した。
――真希さん、彼女が何者で、何処に住んでいるのか、知っていますか?
そして、あたしは愕然とした。
あたしは梨華ちゃんについて何も知らなかったのだ。
彼女の笑顔がこんなにも明るく、可愛らしいものだということも。

「まりっぺ、ごめん。ちょっと先に帰っててくれるかな」
梨華ちゃんは申し訳なさそうに言い、あたしに向き直った。
「真希ちゃん、いこっか」
そして、戸惑いとも喜びともつかない表情で、微笑みかける。
まりっぺと呼ばれた少女は、あたしを一瞥した後、また明日、と言って梨華ちゃんに傘を振った。
294 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時40分17秒
あたしたちは、海に向かって歩いていた。
そう言えば、以前二人で海に向かっていたときは、この学校までしか来なかったことを思い出した。
あの日はとてもよく晴れていて、今日はしとしとと雨が残っている。
わかりやすい天気だな、と思ってあたしは笑った。

学校沿いの並木道を抜けると、目の前に海が広がる。
雨は弱くなってきたが、傘を差すのを止めようとは思えなかった。
「それにしても、また来るなんて思わなかった」
梨華ちゃんはとても楽しそうに言う。
くるくると傘を回し、可笑しそうにあははと声を上げる。
梨華ちゃんの持っている傘は、花模様の刺繍がされた、ピンク色の可愛いやつだった。
295 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時41分44秒
「それ、真希ちゃんの学校の制服だよね」
「うん、そーだけど?」
「じゃあ、松浦さんもそれ着てるんだ?」
「……うん」
「可愛いよね、彼女」
296 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時44分11秒
海辺に足を踏み入れると、雨に濡れかたまった砂が、足の裏からゴソリと落ちる。
梨華ちゃんは傘を砂浜に深く刺して立てると、海へと走っていった。
雨はいつのまにか上がっている。

海に足を浸してはしゃいでる梨華ちゃんは、あたしの知っている梨華ちゃんとは少し違ったし、
全く知らない人間というわけでもなかった。
亜弥の言う、本当の梨華ちゃんと言うのが、今の梨華ちゃんなのか、
それともまだ見たことのない別なものなのかはわからなかったが、
あたしにはどんな梨華ちゃんだとしても、受け止められる気がしていた。
あたしに今必要なのは、梨華ちゃんのような人ではなく、梨華ちゃんそのものだった。

あたしは、亜弥にそうしたように、真っ直ぐに梨華ちゃんに向かって歩いていった。
今さらだけど、ようやくあたしは認めることが出来るような気がした。
梨華ちゃんは、お姫様なんかじゃなく、普通の女の子なのだということ。

次第に梨華ちゃんのもとへ近づいていく。
砂に足をとられた梨華ちゃんが二三歩後ずさりをしたから、あたしはそのまま彼女を抱きしめた。
日に焼けた黒い肩は、壊れてしまいそうなほどに細く、柔らかい。
297 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時45分46秒
「危ないよ」
あたしの言葉に、梨華ちゃんはクスリと笑う。
波の飛沫が高くはねて、あたしと梨華ちゃんの頬を濡らした。
「会うの止めようって言ったのに」
梨華ちゃんは、抱きとめたあたしの手に触れながら、何でもないことのようにさらりと言った。
ちっとも迷惑そうじゃない声で。
「どうして?」
だからあたしは、こう答えた。次の言葉はもうわかっているのに。
でも、返ってきた言葉は、想像していたものとは全然違っていた。
「水、気持ちよさそうだね」
額から伝う汗を拭いながら、梨華ちゃんが言う。
ジリジリと照りつける太陽。
あたしの腕から、梨華ちゃんがするりと抜けた。

ポチャン。

一瞬のうちに、梨華ちゃんは海の中に入り、全身を海に浸した。
波とは別の波紋が何処までも広がっていき、あたしはその光景に見入る。
乱反射した光に照らされながら揺らぐその姿は、どこまでも神々しく、
あたしが追い求めていた、白い幻想そのものだった。
298 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時48分08秒
制服姿で海に浮かぶ梨華ちゃんは、いつまでもぼんやりと空を眺めていた。
ゆらゆらと揺られながら、気持ちよさそうに両手を一杯に広げる。
数え切れないほどの波が寄せては引いた頃、梨華ちゃんはあたしの手につかまり、砂浜にその身を横たえた。

浜辺に上がってからも、梨華ちゃんは相変わらず何も喋らずに、じっと空を見上げていた。
あたしもその横に寝転がり、彼女と同じ方向を見つめる。
「梨華ちゃん、話してくれないかな」
夏休みが終わり、新学期が始まった今日、あたしはとうとうこの言葉を言った。
梨華ちゃんは小さく息を吐き出し、あたしの次の言葉を待つ。
初夏に出会った白い幻想は、通り過ぎた夏の思い出だった。
「なんだっていいからさ。なんだって知りたいから。
 今までのこと。あたしと出会ったときのこと。これから続く、未来のこと」
299 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時49分33秒
いつのまにか日はその赤さを増し、二人を茜色に染め上げる。
あたしは梨華ちゃんの手にそっと触れ、彼女の言葉を待った。
波の音が、初秋の静けさをいっそう際立たせる。

「……めん」
虫の音にも似た囁きだった。
波の音にさらわれるように、その言葉は夕暮れの中に霧散する。
「嘘ついててごめん。真希ちゃんのものになれなくてごめん」

しゃくりあげながら言ったその言葉が引き金になったのか、
梨華ちゃんは色々なことをあたしに話してくれた。
本当の彼女のこと。隣りにいた少女のこと。あたしと出会った本当の理由。
あたしは、ときに笑いながら、うなずきなから、視界を歪ませながら、
彼女の言葉を聞き、自分の気持ちを一つずつ丁寧に話した。
300 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月13日(水)02時51分53秒
砂浜は次第に温度を下げていく。
制服を濡らした梨華ちゃんが風邪を引かないように、あたしは優しく彼女の右手を包みこんだ。
きっとこれが最後なのだと、お互いに知りながら。

次第に夜の帳を下ろす空を見上げながらあたしは、彼女が言った言葉の全てを、
きちんと聞いてあげようと思った。
そして、全てを受け止めてあげようと思った。

波の音と二人の囁きに包まれて、あたしたちの最後の夜は、ゆっくりと更けていく。
301 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月13日(水)02時57分32秒
これで4話終わり。
302 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月13日(水)02時58分49秒
の予定だったけど、後一回更新分、4話続けます。
303 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月13日(水)03時04分22秒
>>284
実はこの話で一番書きたかったのは藤本さん、というのは内緒の話。

>>285
ありがとう。キャラ弱いかなとか思ってたから、嬉しい。

>>286
お待たせ。

>>287
ようやくいしごまっぽくなったかな、と思ったり。

>>288
ありがとう。

>>289
おまたせー。

>>290
age
304 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月13日(水)14時55分25秒
おおー!更新されてる!

そんでもって梨華ちゃんはどんなこと話したんだろうー!
実はやぐいしだったりとかしたらちょっと泣ける。<深読みし過ぎ;

相変わらず文章が不思議な雰囲気を醸してますね。このいしごまイイっす!
でも、「最後」ってのがかなり気になるんですが。

では、まったり期待して待ってます。
305 名前:マチクタビレテイタ人 投稿日:2003年08月14日(木)04時34分47秒
オツカレー!
ヨカタヨー。

ガンガテネー!
306 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月17日(日)22時11分11秒
波の音がする。
捲れ上がったスカートからのぞいた足に、ひんやりとした砂が触れる。
慌てて起き上がると、隣りにいた梨華ちゃんが可笑しそうにクスクスと笑った。
いつのまにか、あたしは眠っていたようだ。

「あ、ごめ……!」
「ううん」
梨華ちゃんは、謝りかけたあたしの唇を人差し指でそっと押さえる。
完璧で、どこか作り物めいた笑顔。
それは、白日の元で初めて梨華ちゃんを見たときの姿そのものだった。

不意に、涙が溢れてきた。
もう何もかもふっきれたはずだったのに、悲しくて、悲しくて、あたしはいつまでも泣いた。
初めて会った日のこと。思いがけず再開したときのこと。
石川さんから梨華ちゃんに変わった日。抱きしめた彼女の匂い。
どれもこれもが鮮明に思い出されて、あたしは涙を止めることが出来なかった。
307 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月17日(日)22時13分20秒
「泣いちゃだめ」
そんなあたしに彼女は、優しく、残酷に言葉をかける。
「涙はね、自分だけじゃなくて、周りも悲しくさせるの」
だから泣いちゃだめ。そう言って、彼女はそっとあたしの目元をぬぐう。
あたしは、そんな彼女をじっと見つめた。
整った顔立ちにそぐわない、赤くはらした目。
それを見て、あたしはまた涙を流した。
かわいそうなあたしに。かわいそうな梨華ちゃんに。

薄暗く揺れる海の向こうに、柔らかな光が広がる。
もうじき、その光は辺りを覆うだろう。
そしてまた、新しい一日が、みなに平等に与えられるのだ。

そのときまでには、きっと笑っていようと思った。
梨華ちゃんの背中を見送りながら、笑顔で手を振ろうと思った。

そしてあたしも、みんなから少しだけ遅れた、秋を迎える。
308 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月17日(日)22時19分02秒
短い更新だけど、4話終わり。
309 名前:小石と水面 投稿日:2003年08月17日(日)22時22分21秒
最近あまり他の人の小説を読めてないので、さっさと終わらせて読みたい。
310 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月17日(日)22時25分31秒
>>304
ありがとう。長い感想は嬉しいです。そろそろ終わりですがよろしく。

>>305
アリガトー。ガンガルヨー。
311 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時38分48秒
青く広がる海に、

小石を力いっぱい放り投げて、

ずっと遠くで、

ポチャリと鳴った。

静かに波紋が広がって、

小さな小波は――
312 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時41分47秒



――目の前に差し出された手を見て、あたしの頭の中は真っ白になった――



            「エピローグ 水面のしずけさ」


313 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時46分31秒
季節が変わっても、朝は相変わらず眩しかった。
穏やかな陽光が辺りを包み込み、あたしは大きく伸びをした。
小川は柔らかくせせらぎ、色づいた落ち葉を運ぶ。
今朝はとても気持ちがいい。

あたしは手元に落ちていた石ころを一つつかみ、ひゅんと川に放り投げた。
ぽちゃん、と音がして、水面にはざわざわと放射状に波紋が広がっていく。
川鳥が驚いたようにそこから飛び立ち、近くの木の枝にとまった。
波紋は水面を伝って次第に広がっていき、やがては何事もなかったかのように消えた。
それとほぼ同じ頃、川鳥もまた、先程までと同じように水辺へと降り立った。

あたしは悲しくなって、河川から目を逸らす。
あたしが石を放り投げたことで、あの場所は何かが変わってしまった。
水面は元通りになっても、川の中は何一つ元通りにはなっていないだろう。
そのことが、それに気付いていないあの鳥のことが、とてもかわいそうに思えた。
それはとても、悲しいことなのだ。

あたしは大きく息を吐いて、そこに寝転がった。
枯れ葉が首元をくすぐって、思わず笑った。
少しだけ、さっきのことを忘れられた。
314 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時50分21秒
あたしが今座っているこの場所は、海までの道の半分を越した辺り。
学校へ行く前に、あたしはよく散歩がてら、この場所を訪れる。
そして、疲れて眠った振りをして、耳慣れた声が聞こえてくるのを待つのだ。

「真希さーん」

来た。
あたしは今の気持ちを顔には出さないように、ギュッと瞳を閉じる。
そして、今日はやけに早いな、などと考えながら、彼女たちが近づいてくるのを待った。

「もう、また寝てるー!」
亜弥が、少しだけ息を切らせながら、あたしの元へと駆け寄ってくる。
「だめですよぉ? 制服汚れ目立つんですから」
花や草の匂いで溢れていた空気に、亜弥の甘いシャンプーの匂いが溶け出す。
あたしは、わかってるよ、と言う代わりに、制服をほろって見せた。
315 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時52分10秒
「亜弥ちゃん、早いって!」
「ミキたんが遅いんだよ」
あかんべーをする亜弥に、もうっ、と怒ってみせる美貴。
今まで絶えることなく、続いてきた光景だ。
あたしは腕時計に目を向け、首を捻った。

「今日は随分早いんだね」
あたしがそう言うと、亜弥はへへぇ、と得意げに笑ってみせる。
「久しぶりに海が見たいなって思って、頑張って早起きしたんです。真希さん、行くでしょ?」
「海?」
あたしはチラリと美貴に視線を向ける。
美貴は、呆れたように笑いながら、ふぅと大げさな溜め息をついて、首を傾げて見せた。
「別にいーけど」
「やったぁ! さすが真希さん。ミキたんとは違う!」
「なーによぅ」
美貴が軽くぶつ真似をして、亜弥がきゃあと逃げていく。
いつもの光景。
そしてあたしたちは、三人並んで、海までの道を歩いた。
316 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時54分39秒
海までの道すがら。歩きなれた道。自然と、様々なことが思い出された。
本当にたくさんの思い出があの夏にはあった。
梨華ちゃんとの出会い、そして別れ。
あたしは一体何を手に入れて、何を失ったのだろう。
こうして右肩越しの景色を見る限りでは、何も変わっていないように思えるのだ。

しばらく歩みを進めると、次第に海の匂いが漂ってくる。
夏には夏の、秋には秋の薫りがある。
あたしはこの薫りが好きだ。
今なら、胸を張って言える気がした。
317 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時56分28秒
「着いたぁ!」
いつかと同じように、亜弥が大声で喜びを表し、真っ先に海へと駆け出す。
あの日と違うのは、穏やかな青に染まった海の色と、誰もいない静かな浜辺。
あたしは妙な感慨を持って、秋の静けさの漂う砂浜を歩いた。

はるか遠くを走っていた亜弥が、砂に足をとられて転んだ。
あたしと美貴は大声で笑い、遠くから、もう! という亜弥の叫び声が聞こえてきた。
きっと今ごろむくれているのだろう。
早く行ってあげなければならない。

そう思うのが早いか、美貴があたしの手を取り走り出した。
「ちょ、ちょっと、美貴!」
あたしは砂に足をとられながら、必死に美貴のペースに合わせて足を動かす。
砂がパラパラと宙を舞って、白いソックスを汚した。
しばらく走ったところで、あたしは大きくバランスを崩す。
亜弥が転んだのと全く同じ場所。
そこには子供の悪戯か、角の取れた色とりどりの硝子が散りばめられていて、
あたしはそのまま前につんのめって転んだ。

あの日と同じだ。
あの日もこうやって、あたしは転んだんだ。
美貴に手を引かれて、砂に足をとられて。
そして、その後――
318 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時57分41秒
――え?


その瞬間、あたしの頭の中は真っ白になった。
全ての記憶が、一瞬で頭の中を通り過ぎた。

あたしの目の前に、差し出された手。

――梨華ちゃん?

思わずそんな言葉が口を付いて出そうになった。
あたしは震える手で、その手を掴み、ゆっくりと顔を上げる。
319 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)18時59分17秒
「真希さんおっちょこちょいすぎるよ」
その少女はにっこりと微笑んで、砂まみれのあたしを立ち上がらせた。
「……亜弥?」
「ん? 私の顔に何かついてます?」
あたしは真っ赤になっているはずの顔をそらして、つないでいた手を離す。
「別に何でもない」
そして、頭に浮かんだものを奥の方へと押し込めながら、もう一度海に向かった。

「梨華ちゃんのこと、考えてたんでしょ」

身構えていないあたしに、まっすぐな言葉。
あたしははっとして、声の聞こえた方を向いた。
真剣な顔をした美貴が、あたしの瞳を覗き込んでくる。
こうやって、彼女に真剣な眼差しで見つめられるのは、初めだったような気がした。
美貴は、表情を変えずに、じっとあたしに視線を注ぐ。
バカみたいに口を開けたまま、あたしの呼吸は止まる。
320 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時00分33秒
「ミキたん、何言ってるの?」
亜弥が怪訝そうに、美貴を見つめた。
あたしの体は、いつのまにか呼吸の仕方を思い出していた。
「真希さんだってつらいんだから、もうちょっと気を遣ってあげなよ」
鋭く発せられた亜弥の言葉で、あたしたちの間には沈黙が生まれる。

低い太陽が、夏の残り火のように、ジリジリと音を立てた。
汗で張り付いた髪の毛を、生ぬるい風がさらっていく。
隣町からの電車が遠くで大きな音を立てて、それが行ってしまうと、砂浜にはまた静けさだけが残った。
美貴は大きく息を吐いた。
そしてそのまま、天を仰ぐ。
「……うん、そうだね。あたしが悪かった」
美貴はばつが悪そうに、海へと視線を向けた。
裸足で入るには冷たそうだな。何故だかそんなことを思った。
321 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時02分46秒
「ミキたんも悪気はなかったんだよ」
そう言って、亜弥はあたしの元へ歩いてくる。
「わかってる。気にしてないし」
あたしも美貴と同じように、海へと目を向ける。

何も変わっていないのだと思った。
あたしたちの関係も、二人の態度も。
四人で過ごした夏の日は、あたしたちに何の影響もおよぼしはしなかった。
少なくとも、あたしは、そう思いたかった。
だって、今もあたしたちはこうやって三人でいるのだから。
あたしはチラリと美貴を見た。
美貴はぼんやりと、波の穏やかな海を見つめていた。
322 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時03分50秒
「石川さんのこと、残念でしたね」
亜弥は唇をギュッと噛み締め、目を伏せる。
それはとても寂しげで、あたしは自分が今までどんなことをしてきたのか、初めて理解をした。
もし、あたしたちの関係が少しでも波立っていたとしたならば、その波紋を与えていたのはあたしだ。
あたしさえきちんと今までどおりにやれば、水面はまた落ち着くのだ。
そうすれば、全てがまた、元通りに上手くいく。

あたしは再び美貴に視線を向ける。
あたしの視線に気付いたのか、美貴は海から目を離す。
そして、一瞬だけ、大きく目を見開いた。
あたしは、何が起こったのかわからず、美貴の視線の先を振り返る。
振り向いたその瞬間、俯いた亜弥の顔に艶やかな笑みが浮かんでいる気がした。
「亜弥……?」
あたしは思わず声を漏らす。
しかし、その声に顔を上げた亜弥は、先ほど梨華ちゃんとの別れを
悲しんでくれた彼女の顔と、何ら変わりはなかった。
当たり前だ。亜弥はあたしのことを心配してくれているのだから。
そんな彼女が笑っているはずはないのだ。
323 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時04分42秒
そのまま亜弥と見詰め合っていると、美貴が黙ってあたしたちの横を通り過ぎる。
「学校始まっちゃうよ」
ずいぶん先まで歩いてから、ようやく美貴は口を開いた。
あたしは、魔法が解けたかのように、亜弥から視線を外した。

次第に街が色づいてくる。
わずかに響いた波の音に紛れて、美貴の足音がどんどんと遠くなっていく。
目の前に広がる海はとても穏やかだった。

「さぁ、行くよ?」

亜弥はにっこりと笑い、右手を差し出す。
あたしはそれを、ためらいながら、そっと握った。
324 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時08分25秒
青く広がる海に、小石を力いっぱい放り投げて、ずっと遠くで、ポチャリと鳴った。
静かに波紋が広がって、小さな小波は――
325 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時10分59秒
――小さな小波は、やがて消えた。
326 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時11分44秒
小石と水面 FI――
327 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時13分36秒
――――――――
328 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時14分49秒
「私が一番、真希さんのこと愛してるよ」
329 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時16分35秒
愛してるよ愛してるよ愛して愛――
330 名前:小石と水面 投稿日:2003年09月01日(月)19時17分15秒
小石と水面 FIN?
331 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)19時19分24秒
332 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)19時20分40秒
333 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)19時52分57秒
>>2-24    「プロローグ 白いワンピース」            計18レス
>>31-71    「1 水面のざわめき 〜後藤真希の場合〜」  計25レス
>>75-147   「2 桃色片想い 〜松浦亜弥の場合〜」      計42レス
>>156-240  「3 ガールフレンド 〜藤本美貴の場合〜」   計48レス
>>247-307  「4 晴れた日のマリーン 〜後藤真希再び〜」  計32レス
>>311-330  「エピローグ 水面のしずけさ」             計20レス

合計185レス
334 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)21時06分54秒
終わった、のかな?
お疲れ様でした。なんだか意味ありげな感じですね。
いろいろ考えさせられます。これでしばらく楽しめそうです。

次回作も楽しみにしています。
335 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)17時44分24秒
完結?お疲れさまでした。
表現の綺麗さにうっとりとしながらも、
「まつごま」の展開にドキドキしながら更新を楽しみにしていました。
何やら含みのありそうな最後ですが、期待しちゃってよいのかな?(笑)
336 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)23時40分41秒
完結おつかれさまです。一気に読みました。
こういう言い方すると誤解されそうですが、前半の退屈さを補って余りある面白さでした。
2話目の途中からはどうなるんだろうとすっかり引き込まれました。
たのしい話をありがとうございました。

とても綺麗な文章を書きますね。
次回作も楽しみにしています。
337 名前:名無し読者 投稿日:2003年09月04日(木)02時42分34秒
完結お疲れ様です
この続編を読んでみたいなと思わせる終わりでしたね
338 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 19:36
遅ればせながら本日、一気読み。

石川のことも、各登場人物の心理も、
どこまでを書くかってことに慎重で、
とても丁寧な仕事だなぁ、と思いました。
個人的な感覚では、これで過不足ない感じ。
好きなバランスです。

悲しくて、少し怖い話だったのに、
なぜか、穏やかな余韻を味わえるのが
スゴイなと思いました。
文章がやさしい雰囲気だからでしょうか。
長くなりましたが、つまり、おもしろかったです。
お疲れ様でした。
339 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 04:43
みなさまレスありがとうございます。
レス返しだけというのもなんなので、短編を一つ。
番外編ではありませんが、興味のある方はどうぞ。
340 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:44
「それじゃあ、バイバイ」

隣りの席の子に言われて、あたしはバイバイと言った。
よく覚えていないけど、笑っても怒ってもいないで、無表情で言ったのだと思う。
その後、あたしは後ろの席の子にバイバイと言って教室を出た。
341 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:45
外はもう夕日で真っ赤に染まっていた。
夕日は街一杯に広がっていて、何処を見てもみんな真っ赤だった。
グラウンドの脇に立つ大きな木も、真っ赤に染まっていた。
それを隣りに歩いている亜弥ちゃんに言うと、緑色だよ、と言われた。

「そうかな、あたしには真っ赤に見える」
「普段よりは赤いけど、でも元々緑なんだから赤になるわけないよ」
「そうかなあ。やっぱり赤だと思うよ」
「……まあ、どっちでもいいけどさ。美貴たん、どうしたの急に」
「いや、別に」

あたしは亜弥ちゃんから視線を外して、もう一度グラウンドの木を見た。
それはやっぱりトマトジュースみたいに真っ赤に染まっていて、
風に吹かれてそよそよと揺れていた。
あんなに大きな木が、そよ風に揺られているのがすごく可笑しかったから声に出して笑った。

「美貴たんどしたの?」
「ほら見て。あの木、こんな弱い風でゆらゆら揺れてるんだけど」
「あ、ほんとだ。それで、何が可笑しいの?」
「さぁ? 何が可笑しいんだろう」

葉っぱは今も揺れていて、サァサァと言う音が聞こえてくる気がする。
でも、それを見てもちっとも面白くなくて、さっきどうして笑ったのかよくわからなかった。
342 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:46
「あそこまで高いときっと風も強いんだろうねえ」
「え、何で?」

亜弥ちゃんは時々変なことを言う。
「私って可愛いよね」とか、「きっとあの人私のこと好きなんだよ」とか。
だからきっと今回もそうなんだろうと思った。

「美貴たん馬鹿だなぁ。知らないのー? 高くなるとね、風はどんどん強くなるの」
「へぇ、ほんとに?」

亜弥ちゃんはなんだか、「えへん」って感じの顔をしていた。
だから、少しだけ亜弥ちゃんの言うことを信じてあげることにした。

「じゃあ、何処まで高く上れば空を飛べるのかな」
「飛べないよ」
「だって亜弥ちゃん、高くなると風はどんどん強くなるって言ったじゃん。きっと飛べるよ」
「そうかな。そう言われると飛べるかもって思ってきた!」

亜弥ちゃんは興奮したように語気を強めた。
343 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:46
グラウンドはもう随分後ろの方にあって、振り返ると大きな木があった。
相変わらずそよそよと風になびいている。
何処まで行けば飛べるんだろう。
あの木の高さじゃ飛べないんだろうな。そのことだけはわかった。

「ムササビとかって風に乗って飛ぶらしいしね」

亜弥ちゃんはまた「えへん」の顔をした。
彼女の顔は凄く整っているから、そう言う表情をすると意地悪な感じに見える。
見えるのだけど、男子達はソソラレルとかわけのわからない言葉で亜弥ちゃんを表現する。
あたしがよく言われる、目つきが悪いっていうのと、きっと同じようなことなんだろう。

「なら、風呂敷とか空まで持ってけば飛べるのかな」
「うん、飛べるよ。きっと飛べる。絶対一緒に飛ぼうね」

亜弥ちゃんはにっこりと笑ってあたしの手を握った。
手を握られるのはいつものことだけど、いつもより少しだけ力が強い気がした。
344 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:47
「じゃあ、いつにする?」

夕焼けに照らされた亜弥ちゃんに向けてそう聞いてみた。
夕焼けに照らされると全てが真っ赤に見える。
街も、木々も、空も、風もみんな。
亜弥ちゃんでさえも真っ赤に染められて、いつもとは違う人に見えた。

「いつでもいいよ」

亜弥ちゃんはそう言って立ち止まった。
あたしもつられて立ち止まる。
いつがいいだろうな、なんてことを真剣に考えながら。
345 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:47
「それじゃあ、バイバイ」

いつのまにか家の近くの十字路まできていた。
亜弥ちゃんにそう言われて、あたしはバイバイと返した。
いつものようによく覚えていないのだけど、多分無表情だったんだと思う。
さっき隣の席の子に言ったバイバイとは少し違う気がしたけど、
何処が違うのかよくわからなかった。
亜弥ちゃんは何故か笑顔になって、もう一度バイバイと言った。
346 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:48
しばらく歩いてから後ろを振り返ると、亜弥ちゃんの背中が見えた。
亜弥ちゃんの影が後ろに長く伸びている。あたしの影も前に長く伸びている。
あたしはあたしの影のてっぺんを目指してのろのろと歩いた。

もう一度十字路に差し掛かったところで、また後ろを振り返った。
亜弥ちゃんの背中は、米粒みたいにちっちゃくなっている。
今の亜弥ちゃんならきっと、何処までも飛べるんだろうな。
そう思った後、あたしは自分の腕を見た。足を見た。首を後ろに回して、肩の辺りを見たりもした。
どれもこれもみんな大きい。
きっとあたしは飛べないだろう。

最後に、自分の顔を見ようと思ったけど、上手くいかないから亜弥ちゃんの顔を思い出すことにした。
真っ先に浮かんだのは、バイバイと言った時の亜弥ちゃんの笑顔だった。
よくわからないうちに、あたしの瞳から涙が零れ落ちてきた。
木が揺れてるのを見て笑った時よりも、大きな声を出して泣いた。
あたしは自分で自分の顔を見ることが上手く出来ないから、どんな顔をしているのか分からなかった。
想像しようとしても浮かぶのは亜弥ちゃんの笑顔だけで、
そのたびにあたしは凄く悲しいと思った。
347 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:49
どれくらいそうしていたのかはわからなかったけど、突然びゅうと強い風が吹いた。
すぐに止むだろうとたかをくくっていたあたしは、いつまでも吹き止まない風に呆然とした。
そしてとっさに、鞄を下ろしてブレザーを脱いだ。
それを大きく広げて目を閉じた。
風は頬に張り付いた涙を拭って、ついでにあたしを空高く飛ばした。
348 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:51
その瞬間、あたしの世界は変わった。
349 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:51
空からは町全体が見えた。
あたしの家が見えて、亜弥ちゃんの家が見えて、学校が見えた。
学校の隣りには例の大きな木も見えた。米粒よりも小さく。
それを見て、やっぱりあの高さじゃ飛べなかったんだな、と納得した。

例の木に限らず、全てが米粒のようだった。
学校もあたしたちの家も。
その中で、あたしの手が、足が、体が。あたしだけがいつもの世界と同じ大きさだった。
それなのに、あたしだけが飛んでいた。
亜弥ちゃんではなく、あたしが。
嬉しいはずなのに、また涙が溢れてきた。
嬉し涙ではなかった。深く深く悲しかった。
どうして悲しいのかよくわからなかった。
あたしは飛べたのに。亜弥ちゃんが飛べなかった空を、あたし一人で。

一人ぼっちで。
350 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:52
あたしは必死に亜弥ちゃんを探した。
全てが米粒のようだったけど、目を凝らして必死に探した。
亜弥ちゃんの家から十字路まで、目を何度も何度も往復させた。

すると、ゴミのような染みのような、とにかく小さな黒いものが見えた。
埃が入ったのかと思い目をこすろうとしたが、両手でブレザーを持っているので、
こすることが出来なかった。
そうしているうちにも、黒い米粒はどんどん大きくなっていって、
ついにはそれが黒ではなく紺色だとわかるほどにまで近くにきた。
紺だけではなく、黒や白や肌色が見えた。
351 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:52
その瞬間、再びあたしの世界は変わった。
352 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:52
「美貴たん」

あたしの名を呼ぶ声で、あたしはつぶっていた目を開いた。
そこには、ずっと探していた人の心配そうな顔があった。

「亜弥ちゃん、また会ったね」

鼻をすすると、ぐずぐずと鼻水の音がした。
そう言えば、さっきまであたしは泣いていたのだ。
亜弥ちゃんはそんなあたしを見て、にっこりと笑った。
どこかで見たことのある表情だった。
353 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:53
「どうして笑うの?」

亜弥ちゃんは不思議そうにあたしを見ていたけど、やっぱりその顔は笑っているように見えた。
どこかで見たことがあると思ったら、それはバイバイと言ったときの彼女の表情と一緒だった。
さっきまであたしが思い出していたアレだ。
亜弥ちゃんはうーんと言った後、悩んでいたとは思えないほどにはっきりと言った。

「美貴たんが笑ってるから、私もつられて笑っちゃった」

その言葉に、あたしはちょっとだけ驚いた。

「え、あたし笑ってる?」
「うん、ニコニコしてる。鼻が赤いけど」

てっきり無表情だと思っていたのに。
あたしはやっぱりちょっとだけ驚いて、でもそんなに不思議だとは思わなかった。
だって、嬉しい時には笑うものだから。
354 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:54
「亜弥ちゃん、きっと一緒に空を飛ぼうね」
「うん?」
「あの木の高さじゃ駄目だから、もっともっと高いところへ一緒に行こうね」

あたしは亜弥ちゃんの手をギュッと握って言った。
手を握るのはいつものことだけど、いつもよりも少しだけ強く握った。

「美貴たん、私のこと置いていかないでね」
「置いてくわけないじゃん」
「置いてったら、一生恨んでやるから」
「あはは。あたしはきっと泣いちゃうな」
「美貴たんが?」
「うん」

亜弥ちゃんはあたしを見て、目をパチクリさせた。
そして、嘘だぁ、と言って笑った。
ほんとだよ、という代わりに、あたしは亜弥ちゃんの手を握ったまま、高くジャンプした。
空はずっと遠かったけど、亜弥ちゃんはすぐ傍にいた。

「もう少しなんだけどなぁ」

負け惜しみを言った。

「なにがー?」

亜弥ちゃんは凄く楽しそうに笑う。
あたしはしばらく亜弥ちゃんから目が離せなかった。
だけど、夕日が沈んでしまいそうだったから、慌てて亜弥ちゃんに背を向けた。
355 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:55
長い間立ち話をしていると、いつのまにか宵の空に月が覗いていた。
空を飛んですぐ近くで見たら、どんな風に見えるだろう。
でも、こうして地面に足をつけて、亜弥ちゃんと話しながら見る月の方が、ずっと綺麗に違いなかった。

あたしたちは壁から背を離した。そして、つないでいた手もほどいた。
一人になった右手がやけに冷たく感じた。
356 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:56
「それじゃあ、バイバイ」

亜弥ちゃんは凄く悲しそうな顔で言った。
それで、あたしは自分がどんな顔をしているのか知った。

「バイバイ」

だから、あたしはそう言って笑顔を作った。
すると、少しして、亜弥ちゃんもにっこりと笑った。

あたしは遠くなっていく亜弥ちゃんの背中を黙って見送った。
そして、小さくなってしまう前に、あたしも後ろを振り向いた。

夜風に吹かれながら、あたしはゆっくりと家までの道のりを辿る。
道沿いに建ち並ぶ家の明かりが、うっすらと辺りを照らしていた。
秋風は、変わらずに冷たく吹きすさぶ。
秋風に晒され、右手が冷たさを感じるたび、あたしの頭の中に亜弥ちゃんの笑顔が浮かんだ。
バイバイと言う彼女の笑顔が、家の明かりに紛れるように、ただぼんやりと浮かんだ。
357 名前:「それじゃあ、バイバイ」 投稿日:2003/10/19(日) 04:57
358 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 04:57
359 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 05:08
レスありがとうございます。そして、最後まで読んで頂いてありがとうございます。
レス返し短くてごめんなさい。レスのおかげで完結できました。

>>334 次回作の宣伝もかねてレスを返したかったのですが、軌道に乗りそうもないので、またいずれ。
>>335 ラストもう少し非難されるかな、と思ったのですが、受け入れてもらえて幸いです。
>>336 落ちを限定するのはよくなかったかな、と思いますが、力不足です。精進します。
>>337 続編の構想はありますが、いつになるやら。キャストは変えそうです。
>>338 丁寧に書いたつもりです。丁寧に読んでもらえて嬉しいです。レス返し短くてごめんなさい。

今回の短編、意味不明といわれたらそれまでですが、お気に入りなので載せました。
よろしければどうぞ。
360 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/09(金) 00:01
今日見つけました。
続編も見てみたいです。
361 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/13(火) 12:58
あやごま、また書いてください!

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