パラレルワールド

1 名前:某板版作者 投稿日:2003年02月03日(月)00時08分47秒
カップリングものです。
王道、と言っても差し支えないのでは。
あえて普段使ってるHNは出しません。

更新は不定期です。
長編になる・・・・・かもしれません。
よろしくお願いします。
2 名前:偶然 投稿日:2003年02月03日(月)00時09分49秒
〜〜〜1〜〜〜

「あ〜〜っっ!!!」
 マクドナルド。
 うららかな昼にこれほど場違いな声はないんじゃないかというくらい大きい声が響いた。
「・・・・・・・・・矢口、目立ってる」
 ぼそり、とトレイを机に置きながらそう呟く一人の人物。
「ない、ないっっ!!」
 まったくそれを気にもせず。
 まぁ気にしてる余裕もないわけだが。
 鞄を必死にあさっている小さい人物。
 名を矢口真里という。

 しまいには鞄の中身を机の上に一つ一つ並べだして・・・・・・・。
「矢口、鞄の整理なら食べ終わってからに」
「携帯がないっっ!!」
 そう叫ぶと説明は全部済んだとばかりに再び鞄をごそごそし始める矢口。
「・・・・・・・・・かけてみれば済む話じゃん?」
「あ」
 矢口の手が止まった。
「・・・・・・・・あんた、もうちょっと落ち着きなさいよ」
 苦笑いしながら、ぽんぽん、と矢口の頭を叩く。
「圭ちゃんが落ち着きすぎなのっっ」
 むぅっと頬を膨らませる矢口に。
 やれやれ、といった表情をしているのは保田圭という。

 二人は大学の同級生。
 ってなことはどうでもいいわけだが。
3 名前:Endless story 投稿日:2003年02月03日(月)00時11分30秒
偶然

〜〜〜1〜〜〜

「あ〜〜っっ!!!」
 マクドナルド。
 うららかな昼にこれほど場違いな声はないんじゃないかというくらい大きい声が響いた。
「・・・・・・・・・矢口、目立ってる」
 ぼそり、とトレイを机に置きながらそう呟く一人の人物。
「ない、ないっっ!!」
 まったくそれを気にもせず。
 まぁ気にしてる余裕もないわけだが。
 鞄を必死にあさっている小さい人物。
 名を矢口真里という。

 しまいには鞄の中身を机の上に一つ一つ並べだして・・・・・・・。
「矢口、鞄の整理なら食べ終わってからに」
「携帯がないっっ!!」
 そう叫ぶと説明は全部済んだとばかりに再び鞄をごそごそし始める矢口。
「・・・・・・・・・かけてみれば済む話じゃん?」
「あ」
 矢口の手が止まった。
「・・・・・・・・あんた、もうちょっと落ち着きなさいよ」
 苦笑いしながら、ぽんぽん、と矢口の頭を叩く。
「圭ちゃんが落ち着きすぎなのっっ」
 むぅっと頬を膨らませる矢口に。
 やれやれ、といった表情をしているのは保田圭という。

 二人は大学の同級生。
 ってなことはどうでもいいわけだが。
4 名前:Endless 投稿日:2003年02月03日(月)00時12分26秒
 手慣れた様子で携帯を操作する保田。
「鳴ってる」
 事実をあっさりと矢口に伝えるが。
「どこどこ」
 もう一度必死に鞄をあさる矢口を見ながら。
「ここでは鳴ってないんじゃ・・・・・・・・あ。もしもし?」
「やっぱり落としたんだ」
 保田が電話越しにしゃべり始めた相手は、もちろん自分ではない。
 矢口は頭を抱える。

「え?今渋谷ですけど。はい」
 少しの会話のやりとりの後、保田は携帯の通話終了のボタンを押した。

「矢口?」
 やっぱりまだ頭を抱えたまま固まっている親友の姿に再び保田は苦笑い。
「ど〜したよ?そんなに見られて困るものでもメモリに入ってるの?」
「そ〜ゆ〜わけじゃないけど・・・・・・・」
 矢口は口ごもる。
「別に怪しそうな人じゃなかったよ?今すぐ持って来るってさ」
「・・・・・・・そか。じゃ、結果オーライだね」
 不意にぱん、と自分の頬を叩いて。
 矢口はにかっと笑った。
 切り替えの早いのが自分の持ち味。
 何よりもそれを自分自身で理解している。
5 名前:Endless 投稿日:2003年02月03日(月)00時13分16秒
 結局その人は。
 30分くらいして焦った様子で現れた。

 その間、何度か保田の携帯が鳴った。
 どうやら渋谷の地理にあんまり詳しいわけじゃないらしい・・・・・・・。

 こっちから迎えに行った方が早かったんじゃ、と思ったのはとりあえず、目の前にある
ハンバーガーをぱくついてしばらくした後で。

「・・・・・・・・もっとわかりやすい場所に移動しよっか?」
「ん〜、入れ違いになりそうだし。この辺まで来てるみたいよ?」
 なんてやりとりをしていたら。

 急ぎ足で店内に入ってきて。
 きょろきょろとあたりを見回す女性が一人。

「あ、あの人じゃない?」
 保田の声も待たずに矢口は立ち上がった。

「あのっ」
 近づいて声をかけて。
 矢口はふっと黙り込む。

 ・・・・・・・・・金髪だ〜〜。

 場違いな感想なこと、はなはだしいのだが・・・・・・・。
「あ〜、これ落とした子?遅くなってごめんな」
 少しほっとしたような顔で。
 女性は携帯を矢口に差し出した。
6 名前:Endless story 投稿日:2003年02月03日(月)00時14分17秒
「あ、すいません。ありがとうございました」
 慌てて矢口はぺこり、と頭を下げる。

「ん。気、つけるんやで〜」
 その人はふわっと微笑んだ。

 ・・・・・・・・・綺麗。
 きつめの眼がふっと優しくなって。
 関西弁なんだ。
 関西の人、なのかな?

 思わず矢口が立ち尽くしていると。
「何や?うちの顔になんかついてる?」
 きょとん、とした表情。
「あ、えと。その」
 何だかしどろもどろになってしまって言葉がうまく出てこない。

「矢口、失礼でしょうが」
 頭をこづかれた。
 いつの間にか脇には保田が立っていて。
「本当にありがとうございました。良かったらお礼にお茶でもどうですか?」
 あ、そ〜か。
 そ〜ゆ〜風に言えばいいんだ。
7 名前:Endless story 投稿日:2003年02月03日(月)00時15分29秒
「ん〜でも、そんなに大したことしたわけちゃうし」
 困ったように頬をぽりぽり掻くその女性。
「・・・・・・・もしかして、時間急いでるとか?」
 いつの間にか。
 矢口はぎゅっとその人の服の裾を掴んでいた。
「え?そ〜ゆわけでもないけど・・・・・・」
 困ったような顔していたその人は。
 矢口を見下ろして。
 一瞬、きょとんとした。
 そして。
 綺麗に笑った。
「そんな泣きそうな顔せんでもえ〜やん。
 ・・・・・・・・・こんなとこでお見合いもなんやし、そしたら行こか?」
 そのまま矢口のあたまをくしゃくしゃ、と撫でて。
「うちは中澤裕子。よろしくな」
 再び、綺麗な綺麗な笑顔を見せたのだった。
8 名前:某板作者 投稿日:2003年02月03日(月)00時17分52秒
うわ〜、最初からミスりまくり(苦笑)
アンリアルっつ〜のも入れ忘れたし。
タイトルは「Endless story」です。

今日の更新はここまで。
9 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月03日(月)21時18分24秒
やぐちゅーですよね?
面白そうです。
がんばってください!
10 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)00時03分57秒
〜〜〜2〜〜〜

 近くにあったスターバックスで。
 改めて三人で自己紹介。

 携帯を拾ってくれたその人は。
 中澤裕子、30歳。
 出身地は京都。
 血液型はO型。
 横浜で研修医をやってるらしい。
「横浜って、矢口たちも横浜だよ?」
「え?そうなん?」
 今日はたまたま非番で、渋谷に買い物にきたらしい。
「ごっつ偶然やな〜」
 笑っている中澤の側で、保田は。
「お医者さんか・・・・・・・凄いですね」
 普通に感心したり。
「そんなえ〜もんちゃうって。激務やで〜。失敗したわ」
 苦笑いした中澤に、二人で。
「「かっこいいっ!!」」
 とか叫んだり。

 何だかんだであっという間に二時間ほどがたってた。

「あ・・・・・あたし、そろそろ行かなきゃ」
 時計を見て保田が慌てて立ち上がる。
「・・・・・・・・矢口、どうする?」
「え〜と」
 矢口はちらっと中澤の表情を見た。
 もうちょっと一緒にいたいっていうのが本音だったりするけど。
11 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)00時06分02秒
「中澤さんは何かこの後予定とかあるんですか?」
 さっすが圭ちゃん。
 矢口は心の中でガッツポーズ。
「うち?いや、買い物の続きでもしよっかなって・・・・・・・」
「矢口、付き合いますっ」
 速攻で反応した矢口に。
 中澤は小さく笑った。
「何や?矢口は予定ないん?」
 子ども扱いされてるみたいで。
「なくて悪いかよ〜」
 思わず憎まれ口叩いてしまった。
 それに思いっきりタメ口だったし・・・・・・・怒ってないかな?

 ちょっとした沈黙が怖くて。
 矢口がちらっと中澤を見ると。
 くっくっくと中澤は肩を震わせていた。
「そっちのしゃべり方の方があんたには合ってるで」
 ニヤリ、と意地の悪い笑み。
「使い慣れてない敬語え〜し。・・・・・・おもろかったけど」
「うわ、性格わるっ!」
「医者は性格悪いって決まってるんです〜」
「そんなん誰も決めてないからっ!」
 ぽんぽんと言い合うタイミングがぴったりで。
 何だか嬉しくて。
 二人してケラケラと笑い合ってると。

「こら、お二人さん。あたしのこと、忘れてるでしょ」
 保田は呆れ顔。
「んじゃ、あたし行くから。・・・・・・矢口、また学校でね」
12 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)00時07分14秒
「「あ、うん」」
 思わずはもってしまった。

 保田が去っていって。
「中澤さんは、『また』じゃないじゃん〜」
 突っ込むと。
「別に、裕ちゃん、でええで」
 思いもよらない言葉が返ってきた。
「へ?」
「中澤さんって呼ばれ慣れてないねん」
 照れたような表情に少し。
 いや、かなりドキドキしたけれど。
「なら、先生って呼ぼうか?」
 ふざけた口調で返すと。
「アホっ」
 拳固が降ってきた。

「病院だけでいいっちゅ〜ねん。それでさえ嫌やっちゅ〜のに」
 ぶつぶつ唇とんがらせてる中澤が可愛くて。
 矢口は笑ってしまう。
「アンタ・・・・・・・親の教育がなってなかったようやな?
 もう一回教育しなおしたろか?」
「怖いよ〜」
 伸びてきた手を避けようと。
 身体をひねると。
 椅子がぐらっと揺れた。
13 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)00時08分30秒
「・・・・・・ちょっ」
 中澤の慌てたような声。
 へ?
 すっぽり包まれた腕。
 あたたかい温もり。
 柔らかい・・・・・・え、これって胸?

 一瞬にして矢口の頭はパニック状態。
「大丈夫か?」
 超至近距離に中澤のドアップ。

 どうやら椅子から転げ落ちそうになった矢口を中澤が抱きとめてくれたらしいのだが。

 顔が真っ赤になってるのがわかる。

「おっちょこちょいやな」
 こつん、と指で矢口の額を小突いて。
 中澤は矢口の身体から腕をほどく。

「あ・・・・・・・」
 逃げ出していく暖かさに。
 小さく声が出てた。
 中澤はそんな矢口をちょっと困ったように見て。
14 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)00時09分34秒
「ほな、そろそろ行こか」
 立ち上がった。
「矢口」
 自分の鞄を持って、そのまま矢口に差し出された手。

 自分の感情がうまく掴めなくて。
 困惑した顔をしたまま座り込んでいた矢口だったが。
 差し出された手と。
 中澤がの顔を見比べて。

「ガキ扱いすんなよな〜っ!!」
 叫んで。
 それでも、中澤が手を引く前に。
 しっかりとその手を掴んだのだった。
15 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月04日(火)00時12分22秒
>>名無し読者さん
 あ、ばれた(笑)<やぐちゅー
 ひっそりこっそり更新をモットーに(笑)のんびりやっていきます。
 楽しんでいただければ幸いです。

っつ〜ことで今日の更新終了。
16 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月04日(火)21時02分56秒
まだ、30歳になってませんよ〜(笑)
一応、まだ29(笑)
のんびりまってまーす。
がんばってください。
17 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)23時21分50秒
〜〜〜3〜〜〜

 渋谷のショッピング街。
 歩き始めてしばらくして。
「あんな、矢口」
 ん?どうかした?
 矢口が中澤を見上げると。
「実はな・・・・・・・裕ちゃん、方向音痴やねん・・・・・・・」
 ぼそっと呟かれた言葉。
 はい?
「・・・・・・・ここ、どこ?」
 情けなさそうに寄った眉。

 ・・・・・・・・・・・・・・。

 数分後。
「そんなに笑わんでもえ〜やん〜っ!!」
 大爆笑してる矢口に。
 真っ赤な顔して怒ってる中澤。
「人間誰しも苦手なことはあるやんっ」
「・・・・・・・うん、そ〜だね、そ〜なんだけど」
 まだ笑いの余韻が抜けなくて。
 肩を震わせる矢口を見て。
「も〜ええわ」
 中澤が逆ギレ起こす。
18 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)23時22分56秒
 スタスタと一人で歩き始めた中澤を矢口は慌てて追いかけた。
 別に本気で怒らせたかったわけじゃないのだ。

「ちょ・・・・・・・ゆ〜ちゃん、待ってってば」
 声をあげると。
 いきなり中澤は立ち止まる。
 ぼすっ。
 いい音をして矢口は中澤の背中に激突した。
「・・・・・・・・何なんだよ・・・・・・・」
 恨めしげな声と視線。
 中澤はそんなこと気にした風もなく。
 ひょい、と首をひねって、まだ自分の背中に張り付いたままの矢口を見た。
「初めてゆ〜ちゃんって呼んだな」
「・・・・・・・え?」
 きょとん、とする矢口。
「何か、めっちゃいいかも」
 何だそれ?
「・・・・・・・・怒ってない?」
 訳わかんないけどとりあえず、まずそれを確認。
「何で怒るねんな?」
 ふわっと笑顔を見せられて。
 矢口の心臓がドクン、と音を立てた。
 何だこれ?
 戸惑う矢口にお構いなく、中澤は矢口を引き寄せて、矢口をうながしてゆっくりと
歩き始める。
 そのまま矢口の頭をぽんぽん、と叩く。
19 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)23時24分08秒
「もう一回呼んで?」
 ?
「・・・・・・・・裕ちゃん?」
 中澤はやっぱり嬉しそうな顔のままで。
 うんうん、と一人大きく頷いている。
「・・・・・・・・怪しい人みたいだよ?」
「何でやねんっ」
 むに。
 いきなり頬をつねられた。
「あにすんだよ〜」
 矢口はぽかぽか中澤を叩く。
「痛いって〜」
 一通りじゃれあって。

「んで、裕ちゃんの行きたい店、どの辺なの?」
「案内してくれるん?」
「道わかんないんでしょ?携帯拾ってから矢口たちのとこ来るまで時間かかってたのも
もしかして道迷ってたからじゃ・・・・・・・」
「ええやん別にっ」
 拗ねたような表情。
「だから矢口が裕ちゃん案内できるんじゃん。矢口は嬉しいよ?」
 にっこり笑って。
 矢口が中澤の顔を覗き込むと。
20 名前:Endless story 投稿日:2003年02月04日(火)23時25分31秒
「・・・・・・・・何やねん、反則やってそ〜ゆ〜顔は・・・・・・・」
 裕ちゃん、ちょっと顔赤い?
「何だよ、裕子は嬉しくないのかよ〜」
 照れくさくて。
「そんなんだったらもう案内してあげないもん」
 足を速めると。
「こら、そんなはずないやろうが」
 手にあったかい、感触。
「うちも、嬉しいで」
 ぶっきらぼうな声音。
「・・・・・・・へへ」
 繋がれた手をぎゅっと握ると、ぎゅっと握り返してくる。

 ずっと手を繋いでいたいな。
 何となくふっとそう思ったその気持ちは。
 何だかストン、と心の中に落ちたのだった。
21 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月04日(火)23時28分53秒
>>名無し読者さん
 いや、次の6月19日で30歳になるのはわかってるんですが(笑)
 夏前設定で行こうかと思ったんで・・・・・(汗)

 っつ〜ことで今日の更新終了。
22 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月05日(水)04時43分17秒
ここの裕ちゃんと矢口むっちゃかわいい(^o^)
続き楽しみにしています。頑張ってください!!
23 名前:たむ 投稿日:2003年02月05日(水)23時58分13秒
久々に更新を待つ楽しみが出来て嬉しい限りです。
ひっそり待ってますので(笑)頑張ってください。
24 名前:Endless story 投稿日:2003年02月06日(木)00時11分52秒
〜〜〜4〜〜〜

 雑踏の中。
 二人はずっと手を繋いだままだった。
「矢口ちっこいから手、離すと迷子になりそうやわ〜」
「ちっこいって言うなっ。それに迷子になるのは裕ちゃんの方だろっ」
 会話が尽きることはなかった。

 いろんな店を回って。
 あ〜でもない、こ〜でもないと大騒ぎ。
 結局何だかんだでもう7時で。

「裕ちゃん、一杯買ったね〜」
「しばらく買い物もできそうにないし、ええねん」
 両手一杯の荷物。
 これ持って帰るのめんどくさそう。
 表情に出ていたのだろうか。
 中澤はくすり、と笑った。

 駅に向かおうとする矢口の腕を掴んで。
「こっち」
 中澤はスタスタと歩き始めた。
「え?」
 矢口は首を傾げたが。
「矢口?」
 自分を呼ぶ声に。
 まぁいっか。
 駆け出したのだった。
25 名前:Endless story 投稿日:2003年02月06日(木)00時12分48秒
「え、車運転できるの?」
「・・・・・・・・失礼なやっちゃな・・・・・・・・」
 手に持った荷物を適当にトランクに放り込む中澤。
 バタン。
 トランクを閉めて。

「送って行く」
 当然のように告げられた言葉。
「うんっ」
 当然のように矢口はそれを受け止めた。

 あれ?
 不思議に思ったのは車が動き出してからで。
「・・・・・・・・そ〜いや矢口、裕ちゃんと会ったの、今日が初めてなんだよね」
「矢口みたいな子、前会ってたら忘れへんっちゅ〜ねん」
「・・・・・・・・そうだよね」
 どうツッコミがくるか待っていた中澤は、拍子抜けした感じで。
 ちらっと横にいる矢口の表情を伺うが。
 矢口は黙って窓の外を流れるテールランプを眺めているようで。
26 名前:Endless story 投稿日:2003年02月06日(木)00時13分33秒
 車内に一気に沈黙が落ちた。
 BGMがわりにつけたFMがやけにうるさく響く。
「・・・・・・・・・何か、不思議だなって思って。
 矢口、初めて会った人の車に乗ってるんだよね」
「そ〜いや、そうやな。
 うちも・・・・・・・・あんまり助手席に人乗せたことないわ」
「・・・・・・それってただ単に裕ちゃんの運転が怖いからじゃ・・・・・」
「・・・・・・・・ホンマに怖い目に合わせたろか?」
「マジでやめてよ」
 な〜んて。
 軽口を叩きあいながら。

「ちょっと寄り道してってええ?」
 横浜の海岸沿い。
 中澤は車を止めた。

「疲れた?」
 気遣うような矢口の声に。
 中澤は黙って首を横に振った。

 そのまま視線はまっすぐ海を見つめている。

 声をかけると邪魔するような気がして。
 矢口も同じように海を見つめていた。

 突然。

 ふわり、と後ろから抱きしめられた。
 何だかそうされることが当然のような気がして。
 矢口は自然に中澤の手の上に自分の手を重ねた。
 そうやって二人でずっと海を眺めていた。
27 名前:Endless story 投稿日:2003年02月06日(木)00時14分27秒
 そして。
「・・・・・・・・・・・聞けへんの?」
 ぽつり、と耳元で呟かれる声。
「何を?」
「・・・・・・・・・いや・・・・・・・・・・・」
 歯切れの悪い返事。

「一目惚れって信じる?」
「ん?」
 そのままの体勢で。
 唐突な矢口の問いかけに。
「信じる」
 簡潔な中澤の答え。

 矢口は中澤の腕の中でくるっと向きを180度変えた。

 見上げて。
 真っ直ぐに中澤の眼を見ると。
 中澤はそのまま視線を受け止めた。

 ぐっと唇を噛み締めて。
 矢口はするっと中澤の首に腕を回した。
「・・・・・・・・キス、して」
 眼をつぶる暇もなく。
 そっと落ちてきた唇。
 ただ、触れるだけ。
 矢口も中澤も眼を閉じようとはしなかった。
28 名前:Endless story 投稿日:2003年02月06日(木)00時15分25秒
 唇が離れて。
 見つめ合ったまま。
「好きになったかもしれん」
 正直な、中澤からの告白に。
「矢口も・・・・・・・好きになっちゃったかも、しれない」

 クスリ、と笑いあった。
「好きになったかもしれん、なんて告白の仕方、初めてや」
「矢口だってそうだよ〜」

 でも。
 何だか思ったのだ。
 こんなに側にいて心地いい人は初めてだって。

「女同士やで?苦労するで?」
「困ったね〜」

「うち、仕事忙しくてあんまり会われへんかもしれへんで?」
「矢口と会う時間くらい確保しろっ」

「うちまだ矢口のこと全然知らんから、一杯喧嘩するかもな」
「矢口だって裕ちゃんのこと全然知らないよ。いいよ、喧嘩しようよ」

 抱きしめあったまま。
 告白しあってこんな会話変だね〜。
 みたいな感じで。
 ぽつぽつと話しつづけた。
29 名前:Endless story 投稿日:2003年02月06日(木)00時16分17秒
「あ、でもさ」
「ん?」
「まず・・・・・・連絡先、交換しようね」
 そう言われてやっと中澤は矢口の連絡先も何も知らないことに気付く。

 笑いがこみ上げる。
 本当に。
 何でなんやろ?

 でも。
 思ったのはたった一つだけ。
 矢口の側は居心地がいい。

「もっともっとうちのこと好きになってな?」
「矢口のこと、もっともっと好きになってね」

 まだ、始まったばかり。
 それでも。
 予感がする。

 きっとうち、この子にもっともっと夢中になっていくんやろうな。

 きっと矢口、裕ちゃんのこと、もっともっと好きになるよ、絶対。

 何度も何度も触れるだけの口付けを交わして。
 お互いの身体の感触を確かめあって。

 二人の恋の始まりは。
 矢口が携帯を落としたこと。
 たった一つの偶然から始まった。
30 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月06日(木)00時22分50秒
>>名無しさん
 かわいいっすか〜、いや実際可愛いからしゃ〜ないでしょ(おい 笑)
 これからど〜なっていくのか。頑張ります。

>>たむさん
 うわ、たむさんや、とか(笑)とりあえず、まだ自分、HNばらしませんけど・・・
 某所ではいろいろ楽しいカキコ見てます。そして某板ではよくレスいただいて
 ました。楽しんでやってください^^

っつ〜ことで、展開はやっとか言っちゃいけません、書いた本人が一番驚いてます。
今日の更新はここまで。
31 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月06日(木)01時38分02秒
おお〜更新だぁ(笑
いやいや、続きがたのしみですな〜。頑張って下さいねぇ(~o~)
32 名前:Endless story 投稿日:2003年02月06日(木)23時59分29秒
必然

〜〜〜1〜〜〜

 それから二ヶ月ほどがたって。
 秋も深まる頃。

 大学で。
「矢口っ!!」
 いきなり腕をつかまれた。

「うわっ」
 思わず身をひいて。
「あ。圭ちゃんじゃん。久しぶり」
「・・・・・・あんたね〜。久しぶり、じゃないわよ」
 呆れたような顔した保田は。
 矢口の腕を離さない。
「・・・・・・・・ど〜かした?」
 きょとんとした表情の矢口。
 どうやら何もわかってないらしい。
 保田はため息をつく。
「ど〜かした?、じゃないわよ・・・・・・まったく」
 保田はそのままぐいぐいと矢口の手を引っ張る。
「はい?」
「はい?、でもないっ!!」

 全部オウム返しに返されて。
 何だかキレ気味の保田に矢口は連行されていく。
33 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時00分19秒
 校内にある喫茶店。
「ゆっくりお話聞かせてもらおうじゃないの」
 圭ちゃん・・・・・・・眼、すわってない?
「だから何なのさ〜」
 何が何だかわからずに。
 矢口はふてくされたように頬をふくらませる。
「何ってアンタ・・・・・・・とりあえず元気そうね・・・・・・・」
 がくっと肩を落として。
 保田がしみじみと呟くと。
「元気だよ?」
 ど〜したのさ?
 小首を傾げる仕草を見て。
「・・・・・・・・・・・」
 保田は何も言えなくて、ふっと黙りこんだ。
「圭ちゃん?」
「矢口、変わった?」
「へ?」
 一瞬あっけにとられた矢口だったが。
 真剣な保田の眼差しを見て。
「あ〜うん。変わった、かもね」
 小さく笑ってみせた。

 少しの沈黙。
「夏の間、何してたのさ?」
 保田が沈黙を破った。
「・・・・・・・・・・・」
 今度は矢口が真剣な眼差しで保田を見つめる。
「連絡全然とれなくて、心配してたんだよ?」
 あぁ、そっか。
 矢口を見つけて猛ダッシュしてきた保田の顔を思い出して。
 矢口は何となく、わかる。
「ごめん」
「謝って欲しいわけじゃないけど・・・・・・」
 保田は困ったように視線をさまよわせた。
34 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時01分12秒
「矢口ね。好きな人、できた」
 決して踏み込んでこないけど、人の心配ばっかしてる大事な親友。
 覚悟を決めて矢口は口を開いた。
「夏休みの間、ずっとその人のとこ、いてた」
「そうなんだ・・・・・・・」
 戸惑ったような表情。
 うん、そうだね。
 矢口らしくない行動なの、わかってるよ。
「本気なんだね?」
 確認するように、瞳を覗き込まれて。
「あったりまえじゃん」
 ニカっと笑って見せた。
「そっか」
 安心したように笑みをもらして。
 保田はやっと目の前にあるコーヒーに口をつけた。

 しばらくあ〜だこ〜だと。
 大学の友達についてや、秋からの講義の話をしていて。
 まぁ、夏休みの間中ほとんど友達と連絡をとっていなかった矢口はもっぱら聞き役だった
わけだが。
35 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時02分28秒
 一段落して、保田が身を乗り出してきた。

「それで、相手、どんな人なの?」
 くると思ったよ。
 え〜と。
 何て言えばいいんだ?
 でも・・・・・・裕ちゃんに迷惑かかるの嫌だし・・・・・・・。
 女同士、だし・・・・・・・。
 う〜ん。
「年上」
 きっぱりそれだけ告げると。
「あのね〜、矢口」
 保田は思わず苦笑い。
「優しい人だよ。一見怖く見えるかもしれないけど。あ〜でも好き嫌い激しいから、
優しくない人には優しくないかも・・・・・・・」
 とりあえず、当り障りのないことだけでも、とか思って。
 適切な言葉を矢口は探すが。
「う〜〜ん」
 思わず考え込んでしまう。
36 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時04分01秒
「・・・・・・そんなに悩むような人なの?」
 ま〜ったく何やってんだか。
 苦笑混じりの圭ちゃんの声に。
 一回会ってるじゃんっ。
 思わず言いそうになったけど、とりあえず我慢してみる。
「い〜じゃん、矢口が好きになった人なんだからさ〜」
「別に、いいけどさ。・・・・・・・今度、紹介してよ」
 そうくるとは思ったけどさ。
 え〜と。
「・・・・・・・・・相手がいいって言ったらね」
 っつ〜かもう会ってるんだけど。

 きっぱりはっきりをモットーとしてる矢口らしくない答えに、保田の表情がいぶかしげな
ものに変わる。
「・・・・・・・・・まさか、不倫?」
「・・・・・・・・・やめてよ」
 矢口の表情が一瞬にして変わった。
 ぐっと唇を噛み締めて保田を睨みつけた。
「冗談でもそんなこと言わないでよ」
「ごめん」
37 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時04分49秒
 潔い保田の姿勢に。
 矢口は曖昧に笑った。
「圭ちゃんが知ってる人、だよ」
「・・・・・・・・・まさか、教授じゃないでしょ〜ね?」
 矢口はがくっと肩を落とす。
「うちの学校の教授って50とか60とかそんなんばっかじゃん・・・・・・・」
 さすがにそこまで矢口の守備範囲広くないよ〜。
 笑い出す矢口の顔にはさっきの怒った様子は微塵も感じられなかったので。
 保田はほっとするものを感じつつ。

「でも、あたしと矢口の共通の友達で年上っていたっけ?」
 う〜んと考え込む。
「・・・・・・・・・友達っていうか」
 矢口は照れたように笑う。
「ほら・・・・・・夏前に、さ。渋谷で矢口、携帯落としたじゃん」
「あ〜、中澤さん?」
「うん、そう」
「ふ〜ん、そうなんだ・・・・・・・・・え?」

 はい?
「中澤さんの友達紹介されたとか・・・・・・・」
「じゃなくて」
 矢口は小さい声で。
 それでもはっきりと告げた。
「その中澤さん・・・・・・と矢口、付き合ってるの」
38 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時05分47秒
 落ち着かなく動く矢口の視線をとらえようとして。
 保田は諦める。
 不安そうな矢口の仕草に。
 ま〜ったく。
 何心配してんだか。
 そりゃ、多少・・・・・・・いや、だいぶ驚いたけど。

「中澤さんのこと・・・・・・・・好きなんだ?」
 確認するように尋ねる保田の言葉に。
「うん」
 矢口はやっと保田の眼を見つめた。
 潔い、真っ直ぐな眼。

 保田はふっと口元に笑みを浮かべた。
「中澤さんも好きって言ってくれてるんだ?」
「・・・・・・・うん」
 ちょっと照れたように。
 でもきっぱりと言い切った矢口の眼に迷いはなかった。

 だから保田は笑った。
「良かったじゃん、おめでとう矢口」
 妙に真剣な眼差しで保田を見ていた矢口は。
 その言葉を聞いて。
 大きく安堵のため息を付いた。

「うん、ありがと、圭ちゃん」
 そう言ってにっこりと笑った矢口は。
 誰よりもいい顔をしていた。
39 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時07分03秒
 今まで好きになった人がいなかったわけじゃない。
 でも。
 何となく踏み出せなかった。
 踏み込めなかった。

 どうして裕ちゃんだったんだろう?
 そんなの今でもわからない。
 ただ。
 夏休みの間。
 離れたくなかった。
 せっかく出会えた大事な人。

 家を飛び出すようにして転がり込んで二ヶ月間。
 あぁ。
 この気持ちは本当なんだって。
 確信に変わった。

 最初は戸惑ってた裕ちゃんも。
 日がたつにつれ。
 矢口の存在に慣れていくのがわかった。

 裕ちゃんの。
 好きになったかもしれん。
 その言葉が。
 好きやで。
 そう変わるのにそんなに時間はかからなかった。

 矢口の。
 好きになっちゃったかも、しれない。
 その言葉が。
 大好き。
 そう変わるのにもそんなに時間はかからなかった。
40 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時08分10秒
「ねぇ矢口」
 帰り道。
 ふと保田がふっと口を開いた。
「お母さんには何て言ったのよ?」
「あ〜、好きな人ができたから、夏休みの間その人のとこにいるっつった」
「ふ〜んそうなんだ・・・・・・・は?」

 矢口、何か変なこと言った?
 思わず歩みを止めた保田を不思議そうな顔で矢口が振り返る。
「アンタのお母さんって、相変わらず・・・・・・・変わってるわね〜」
 しみじみとそう呟く保田の口調がおかしくて。
 矢口は声をあげて笑う。
「何せ数々の修羅場をくぐり抜けてきた肝っ玉母さんだからね」
「外見からはとてもそうは見えないけどね」

 矢口と保田は幼稚園からの幼馴染だった。
 だから保田は知っている。
 矢口がこの小さい身体で必死になって突っ張って生きてきたのを。

「あ〜でも、毎日家に電話はしてたよ。
 裕ちゃんがしろってうるさくてさ〜。
 本当ならうちが挨拶せなあかんとこなんやろうけど・・・・・・。
 とかって」

 楽しそうに話しつづける矢口の表情は本当に嬉しそうで。
41 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時09分04秒
 本当に良かったな、と思う。
 環境が環境で。
 矢口はもっとひねくれて育ってもおかしくなかった。
 何度だって苛められてる矢口を助けた。
 唇をぎゅっと噛み締めて。
 いつだって矢口は泣かなかった。

 矢口は大丈夫だよ。

 いつだって笑ってた。

 でも。
 いつからか。
 保田は気付いてた。
 矢口は恋愛に対して臆病で。
 いつものパワー全開さからは想像もつかないほど、好きになられること、好きになる
ことに対して怯えていたような気がする。

 矢口。
 中澤さんの前では泣けた?
 ちゃんと、抱きしめてもらえた?

 矢口が中澤さんとど〜ゆ〜経過でそんな風になったのかはわからないけれど。
 確かに、あの時渋谷で。
 矢口の態度は少しおかしかったと。
 今になって思うのも変だけど。
42 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時09分55秒
「んでさ〜、今度裕ちゃんが家に来るんだよね」
 ん?
 半分以上というか、100%ノロケ話。
 聞き流していた保田は気になるフレーズが出てきてふっと意識が戻る。
「一緒に住む許可、もらいにくるんだ♪」
 ・・・・・・・・・・・はい?
 本当にどこまで人をびっくりさせたら気が済むんだろう・・・・・・・。
 さすがにぽかんと保田は口をあける。
「圭ちゃん?」
 もう一度足を止めてしまった保田。
 さすがに今度は保田が足を止めた理由がわかるのだろう。
 矢口は困ったように笑う。

「別に付き合ってます、とかそ〜ゆ〜のじゃないよ。
 ・・・・・・・・ま、矢口は別にばれても構わないんだけどね」
 構うだろ。
 心の中で保田はこっそり突っ込む。
「・・・・・・・あのねぇ、矢口」
 保田の声音で。
 何が言いたいのかわかったのだろう。
「ん〜〜」
 矢口は微妙な表情をして。
 そのまま俯いた。
「わかってるよ、矢口が突っ走りすぎてるってことくらい」
43 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時10分44秒
 小さな呟き。
「でも・・・・・・・止まれないんだ」
 背中が寂しそうで。
 保田は言葉を失った。
「・・・・・・・・・・初めて、なんだ。こんな気持ち」
 矢口・・・・・・・・。

「中澤さんは、何て?」
 こんな台詞しか言えない自分が歯がゆいけれど。
 ちゃんと矢口の気持ち、中澤さんは受け止めてくれてるんだよね?
 確認して。
 安心したい。
「ゆ〜ちゃんは。別にえ〜よって」

『アンタ何焦ってるねんな?』
 驚いた表情しながらも。
『不安、なんか?
 ・・・・・・・・あぁ。戸惑ってるんか?自分の気持ちに。
 うちは、別にええよ。矢口、好きやし。何も後ろめたいことなんてない。
 うちはずっと矢口の側におるし。反対されたら何度でも矢口の家、通うから。
 だからアンタは心配せんでえぇ』
 優しく抱きしめてくれた。
44 名前:Endless story 投稿日:2003年02月07日(金)00時11分29秒
「どんどん好きになってっちゃうよ」
 泣き笑いの矢口。
 望んでくれている言葉をくれる。
 けして裕子が強いとは思わない。
 でも。
 大事な所で大事な言葉をくれる。
「矢口」
 安心したように保田は笑うが。
「こんなに好きになっちゃっていいのかな?」
 不安そうに矢口の言葉は揺れている。
「いいんだよ」
 保田の力強い言葉に、安心した。
「幸せになるんだよ?」
 裕ちゃんとは違うけれど。
 優しい瞳に。
 自分は一人じゃないって。
 裕子にこんなこと考えてるのバレたら、アホって怒られるんだろうけど。
「うん。っつ〜か、矢口、今めっちゃ幸せだしっ」
 やっと上手く笑えた。
 矢口の笑顔に。
「あ〜、もう、ノロケ話はいいってっ!」
 保田も笑顔で返したのだった。
45 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月07日(金)00時14分11秒
>>名無しさん
 徐々に話は動いていきます。これから誰が登場するのか・・・・・まだ
 全然登場人物でてきてね〜や(笑)
 あと、すんません、ageないでいただけると助かります・・・・(ぺこり)

っつ〜ことで今日の更新終了
46 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月07日(金)07時20分46秒
矢口が幸せでよかったです!(^^)! 圭ちゃんにも幸せを・・・
続き期待してま→す。
47 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月07日(金)08時14分32秒
おお!やぐちゅー発見。
つづき楽しみです。
48 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月07日(金)19時58分49秒
再新はやいですね〜。
今後2人はどうなるか、楽しみです。
49 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月08日(土)14時56分17秒
最近やぐちゅー不足だったのですごいうれしい!
夏休み中の出来事も気になりますね。
50 名前:Endless story 投稿日:2003年02月09日(日)00時16分04秒
〜〜〜2〜〜〜

「うわ〜、めっちゃ緊張する。ごっつ緊張する。こんなに緊張したのって、国家試験
以来やないやろうか」
 いや、国家試験以上かもしれん・・・・・・。
 ぶつぶつと隣りでそんなくだらないことを呟いてる中澤に。
 矢口は冷たい視線を向ける。
「今更・・・・・・・覚悟決めたら?」
「覚悟って言われても・・・・・・・」
 情けなさそうな、瞳。
「も〜」
 しょうがないから、ぎゅっと手を握ってやると。
 う〜とか。
 あ〜とか。
 意味不明の言葉を吐きながら。
 おとなしくついてくる。
51 名前:Endless story 投稿日:2003年02月09日(日)00時17分37秒
「ここ?」
 玄関先で。
「自分の家間違えるほど、矢口馬鹿じゃないよ?」
「・・・・・・・・そ〜ゆ〜意味で言ったんちゃうのわかってるやろ」
 ジロリ、と睨まれても。
 全然怖くない。
「ほら。裕ちゃんが押してよ」
 矢口がチャイムを指差すと。
 中澤はやっぱりまだふんぎりがつかないのか、うなっている。
「・・・・・・・・・裕ちゃん、矢口と暮らしたくないの・・・・・・・・?」
 腕をつかんで。
 上目遣いで中澤を見つめる矢口。
 非常に効果的であるのは勿論なのだが・・・・・・・。
「この、小悪魔」
 いきなり中澤が矢口を抱きしめた。
「え?ちょ・・・・・・」
 抵抗する暇もなく。
 中澤の舌が滑り込んできた。
52 名前:Endless story 投稿日:2003年02月09日(日)00時18分30秒
 舌を絡められて。
 逃げようとする矢口の舌。
 勿論、中澤が逃すはずもなく。
 軽く舌先で舌を突っつかれて、びくん、と身体が反応する。
 そのまま吸い取られ。
 軽く歯を立てられて。

「・・・・・・・・・んっ」
 何分もたったような気がしたけど。
 きっとほんの数十秒の間だったのだろう。
 気が付くと、中澤がニヤリ、と矢口を至近距離で矢口を見つめていた。
「・・・・・・・・な、何するんだよっ!」
 やっと抗議の声を矢口はあげるが。
「・・・・・・・・感じてたくせに」
 一言で返されて、うっと言葉につまる。
53 名前:Endless story 投稿日:2003年02月09日(日)00時19分15秒
「ごちそ〜さんでした」
 ちゅっ。
 矢口の頬に軽くキスをすると。
 中澤は大きく息を吸った。
「さ〜て行きますか」
 のんびり呟いて。
 その横顔はいつもの中澤の表情だったけれど。

 チャイムを押す指が小さく震えていたことは。
 見なかったことにしてあげよう。
 こっそり小さく矢口は笑ったのだった。
54 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月09日(日)00時23分51秒
>>名無しさん
 え〜と^^;;すいません、再度言います、ageじゃなくてsageでお願いします。
 レス頂けるのはありがたいんですが^^;;
 ちなみに圭ちゃんは、ごめんなさいって感じであんまり考えてません(汗)

>>名無し読者さん
 楽しんで頂いて・・・・楽しんじゃってください、ある意味構想時間30分
 ですけど(笑)

>>名無し読者さん
 更新・・・・は不定期っつ〜ことでお願いします(笑)
 いつストック尽きるか、仕事、遊び入るかわかんね〜んで(笑)

>>名無し読者さん
 ん〜、夏休み中に意味はあるのか?
 ・・・・・すいませんあんま考えてません(笑)
 ま、でも結構うまいことはまっていってるので。
 楽しんじゃってください。

みんなやぐちゅー不足だったのかな、とか思いつつ。
今日の更新はここまで。
55 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月09日(日)10時14分16秒
何回もageちゃってすいませんm(_ _)m これからはsageで・・・(笑)
やっぱ、やぐちゅーはいいですね〜!!続きまってるよ(~o~)
56 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月09日(日)22時41分48秒
あー、やぐちゅーだー。
ほんと、最近やぐちゅー不足でブルーだったんですよ。
お早い更新、非常に嬉しいです。
楽しみにしてます。
57 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時14分35秒
〜〜〜3〜〜〜

「いらっしゃい」
 にっこり笑ってそう告げたお母さんは、まったく普段どおりで。
 お茶いれなきゃね〜。
 なんて呟いて。
 ぱたぱたと台所をいったりきたり。

「・・・・・・・・・矢口、うちがここに来る理由、お母さんに話したん?」
 リビングで。
 小さな声で中澤が矢口に尋ねる。
「ううん」
「・・・・・・・・・どんな関係か、とかは?」
「別に?」
 小首を傾げる矢口。
 中澤が何でそういう質問をしてるかはまったくわかってないみたいだ。

「ふ〜ん」
 中澤はそんな矢口を見て苦笑い。
「まぁそれやったらええねんけどな」
 きっと頭の中でどう話を切り出すか、とか考えているのだろう。
 そんなに深く考えることかな〜。
 なるようになるでしょ。
58 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時15分49秒
 土壇場での度胸はどうやら中澤より矢口の方があるみたいだ。

「お待たせしました」
 数分後。
 紅茶のティーカップ囲んで三人は仲良くお見合いしてた。

「中澤裕子といいます」
 軽く頭をさげる中澤。
「矢口の大好きな人」
 ぶっ。
 中澤は飲んでた紅茶を吹き出しそうになって。
 ジロリ、と横にいる矢口を睨むが。
 矢口は実に嬉しそうに自分の紅茶を口に含んでて。

 まったく。
 中澤は肩をすくめた。

「今日ここにお伺いしたのは・・・・・・・」
「どうせ一緒に暮らしたい、とかそ〜ゆ〜ことなんでしょ?」
 ぶっ。
 今度は遠慮なく中澤はむせ返る。
59 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時16分49秒
「あ、ばれてた?」
 能天気な矢口の声に。
「当たり前でしょ?何年あなたの親やってると思ってるのよ」
 やっぱり能天気な矢口の母親の声。

 そんなんでいいんか?

 率直な中澤の疑問はもっともだ。

「真里が今まで誰か紹介したいって言ってきたの、初めてなんですよ?」
 気が付くと。
 矢口のお母さんがにっこりと中澤に笑いかけていた。

『ちょっと驚くかもしれないけど。矢口の大事な人、紹介したいんだ』

 そう言った娘の顔は、幸せそうに笑っていた。

『好きな人ができたからその人のとこ行って来る。夏休み終わったら帰ってくるよ』
 最初は勿論、驚いたのだ。
 でも。
 やっぱり思うのは娘の幸せだから。

「・・・・・・・女同士ですよ?」
 中澤の問いかけを。
「それがどうかしましたか?」
 矢口の母親は一刀両断に切り捨てる。
60 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時17分52秒
「私ね、二号さんなんです」
 はい?
 中澤はきょとん、とした表情を見せる。
「ちょっと、お母さんっ!」
 慌てたような矢口の声。
「要するに・・・・・・・妾さんで。父親がいないことで真里にはいろいろ苦労をかけました」
 穏やかに話す矢口の母親。
「・・・・・・それがどうかしたんですか?」
 矢口の母親の声をさえぎった中澤の声は。
 凛、とした強さを持っていた。

 中澤がどんな顔してるのか知りたくて。
 中澤を見上げた矢口の眼にとびこんできたのは。
 唇を真一文字に結んで。
 真っ直ぐに相手を見据える力強い瞳。

 あぁ。
 矢口の肩から力が抜けた。
 わかっていた。
 裕ちゃんがそ〜ゆ〜人だって、ちゃんとわかっていた。
 それでも。
 安堵感が生まれてくるのはどうしようもない。
61 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時18分55秒
 しばし見詰め合う中澤と矢口の母親。
「・・・・・・・・・・ありがとうございます」
 中澤は立ち上がって頭を下げた。
 そして、手を差し出す。
「大事にしてやってください」
 今度は矢口の母親が立ち上がって頭を下げるが。
「言われなくても」
 中澤が笑った。

 そのままゆっくり握手する二人・・・・・・・。

「何だよ、まるで矢口、お嫁に行くみたいじゃんっ」
 一人取り残された矢口が、照れ隠しのように、中澤の後頭部をぽかり、とこづいた。

「いいやん・・・・・・・・愛してるで、真里」
 ニヤリ、と笑って。
 ウィンクまでしてくれちゃって。
「だ〜か〜ら〜、こ〜ゆ〜とこでよくそういう恥ずかしい台詞を・・・・・」
 真っ赤になる矢口。
 叩こうとして、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「確かに、頂戴いたしました」
 ふざけた口調だったけど、声は全然ふざけてなくて。
 その台詞が矢口のお母さんに向けられたことは明白で。
62 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時19分59秒
「このアホに何か言ってやってよっ!」
「返品はききませんよ?」
 矢口の母親のあまりと言えばあまりの台詞に。
 くっくっく。
 中澤が声を殺して笑っている。

「返品しろって言われても返品しません」
「矢口はモノじゃね〜よっ!!」
 げしっ。
「・・・・・・痛いって、矢口・・・・・・」
 矢口の蹴りに中澤の矢口を抱きしめていた腕が緩む。

 その隙に、中澤の腕から抜け出して。
「アホっ」
 べーと舌を突き出すと。
「ケチ」
 そ〜ゆ〜問題じゃないだろうがっ!
 二人のやり取りを今度はお母さんがクスクス笑いながら見てる。

 と思ったら。
63 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時20分33秒
「ごほ、ごほ、ごほ」
 お母さんが咳き込んだ。
 やな咳。
 ここしばらく続いてるみたい。

「ちょ・・・・・・大丈夫?」
 慌てて矢口がお母さんの背中をさすっていると。

 最初訝しげに細められた中澤の眼つきが。
 ふっと真剣なものに変わった。

「矢口、どき」
「え?」
 中澤はまだ咳き込む矢口の母親の。
 喉もとを触り、耳の下。
 瞼の裏。
 簡単に触診して。

 いきなり立ち上がった。

「矢口、出かける準備しときぃ」
 へ?
64 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)00時21分21秒
 スタスタスタ。
 中澤は矢口の返事も待たず玄関の方に向かった。

「裕ちゃん?どこ行くの?」
「車、まわしてくる」
 え?
「・・・・・・・どこ、行くの?」
「病院」
 簡単にそう答えた中澤の声は。
 有無を言わせない強い響きを持っていた。
65 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月10日(月)00時26分21秒
>>名無し読者さん
 こちらこそ、ワガママですいません。
 やっぱやぐちゅーっすよね。最近、姐さんと矢口さんの絡みがなくて寂しい・・・。

>>名無し読者さん
 自分もブルーでした・・・・・っつ〜ことで書いてやれ、と(笑)
 今日のハロモニでは絡みあったのかな〜。
 ・・・・・こっちでは二週間後に放送です(苦笑)

っつ〜ことで今日の更新終了。
66 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月10日(月)00時52分31秒
自分のとこも2週間後です・・・(苦笑)
遅れすぎー!
なか深刻になってきたような気が・・・
67 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月10日(月)00時59分33秒
矢口ママと裕子さんのやりとりがいい感じ。
すごく面白いです。
どう展開していくのか楽しみです。
68 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)23時07分52秒
〜〜〜4〜〜〜

 横浜市立病院。
 中澤の勤め先。

「中澤先生、今日は非番じゃ?」
 受付で看護婦さんの声に。
「急患。石黒先生と平家先生いる?」

「あ、はい」
 矢継ぎ早に指示を出してる中澤の姿は。
 確かにかっこいい、と言いえるものだったが。

 ・・・・・・・ど〜ゆ〜こと?
 矢口の心臓は。
 嫌な予感に。
 バクバクしてるっつ〜のに・・・・・・・・。

「かっこいいわね〜。中澤さん、お医者さんだったんだ」
 能天気なこの人を何とかして欲しい。
「おか〜さん・・・・・・・」
69 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)23時09分10秒
 数十分後。
 総合病院としては奇跡的な速さで矢口の母親は検査室に連れて行かれた。
 その後姿を難しい顔で眺めていた中澤だったが。
「説明してよ」
 いつの間にか脇には可愛い恋人が。
 いつもなら笑顔になるところだが・・・・・・・。
 中澤は黙ったまま矢口を眺めていた。

「・・・・・・・・皺、寄ってる」
 矢口は中澤の額をちょん、とついた。
「そんなに・・・・・・難しいの?」
 憶測で病名が言えないくらい。
「・・・・・・・・杞憂であってくれればな」
 ため息をつきながら。
 中澤は答えた。

 今はこれ以上は、言えない。
「どっちにしろ検査が終わってからや」
 ゆっくりと中澤が歩き始めようとした時。
70 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)23時10分06秒
「裕ちゃん」
 レントゲン室から。
 平家が顔を出した。
 中澤の隣りに矢口の姿を認めると。
 黙って部屋の中に一言、二言声をかけて。

「・・・・・・・・早いな」
 中澤の問いかけに。
「まだ全然撮ってるわけちゃうんですけど」
 あっさり答えて、平家は矢口の方に向き直った。
「え〜と。やぐっちゃん、正直に答えて欲しいねんけど」
 びくり、と矢口の肩が強張った。
 中澤が何も言わずに矢口の肩を抱き寄せる。
「やぐっちゃんのお母さん、いつから調子悪いって言ってたかわかる?」
 不安そうに中澤を矢口は見上げる。
 矢口を安心させるように中澤は笑顔を見せて。
 くしゃくしゃっと矢口の髪の毛を撫でた。

「・・・・・・・・半年くらい前から、何か喉が変な感じ、とは言ってました」
「結構痩せはった?」
「ここ3ヶ月くらいで5キロくらい・・・・・・お母さんはダイエットしてる、とか言ってたけど」
 平家は何やら難しい顔をして黙りこんだ。
 そのまま中澤を見つめて。
「ま、そ〜ゆ〜ことなんで。ちゃんとしといてくださいね」
 はい?
「あ〜、わかった」
 何だか微妙な表情を押し隠すように。
 中澤はポーカーフェイス。
71 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)23時11分10秒
 夏休みの間。
 矢口は平家と何度か会ったことがある。
 中澤の家は、病院から近くて広い。
 良く泊まりに来る友達も何人かいるようで。

 ちゃんと紹介せなあかんよな〜。

 あっさりとそう言って。

「こっちがへタレのみっちゃん」
「・・・・・・・平家充代です、よろしく」

「こっちが学生時代からの悪友で、彩っぺ」
「・・・・・・・石黒彩です、よろしく」

「こっちが小兎」
「・・・・・・・名前のかけらも入ってないべさ・・・・・・・安部なつみです、よろしく」

 簡単すぎる紹介に。
 おい、とか思ったけれど。

 一晩かけてどんちゃん騒ぎ。
 紹介ってこ〜ゆ〜こと言うの?
 思わず思ったのは、次の日。
 しこたま酒を飲んで、飲まされて二日酔い。

「う〜」
 ベッドの中でうめく矢口を尻目に三人は出勤。
「矢口、裕ちゃんたちと一緒のペースで飲んでたらそら、潰れるさ〜。あの三人、
ウワバミなんだから」
 安倍が優しく二日酔いの薬くれて。
「ま、今日はおとなしく寝ときなさい」

 そ〜ゆ〜出会いがあり。
 矢口がいようがいまいが、三人がちょこちょこ遊びにくるのは変わらず。
 いつの間にか矢口も三人と仲良くなっていたわけだが。
72 名前:Endless story 投稿日:2003年02月10日(月)23時12分06秒
 そりゃ、付き合いの長さじゃかなわないけどっ。
 黙って矢口の手を引いて。
 病院の長い廊下を黙々と歩く中澤の後を歩きながら。
 矢口はぶつぶつと思う。

 帰りは来た道を逆戻り。
 中澤はもう一度受け付けに戻って。
 何やら指示を出して。
 バタバタとその指示通りに動く看護婦さんたちを横目見ながら。

 矢口はこっそり心の中でため息をついた。

 おか〜さん・・・・・・・・。

 心配で心配で堪らないっていう気持ちは勿論だけど。
 今すぐ裕子を問い詰めたい。
 それでも。
 聞くのが怖い。
 迷う、心。
 弱さを見せたら今までの自分、全てが崩れそうで。
 矢口はぎゅっと拳を握り締めた。

「矢口、お待たせ・・・・・・・」
 戻ってきた中澤は。
 ぎゅっと拳を握り締めて。
 涙目になりそうなのだろう。
 唇を噛み締めて。
 何かと闘っているような矢口の痛々しい姿に、言葉を止める。

 どうしたものか。

 ぽりぽりと頬をかいて。
「矢口、行くで」
 返事も聞かずに。
 もう一度、矢口の手をしっかり握り締めた。
73 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月10日(月)23時15分42秒
>>名無し読者さん
 そうそう。遅れすぎですよね。そして放送時間今までと変わらず45分て・・・。
 怒りを通り越して物悲しくなりました・・・・大阪テレビでのハロモニそんなに
 視聴率悪いんだろうか・・・・と思ったり(笑)

>>名無し読者さん
 矢口ママと姐さんいい感じっすか〜?(嬉)
 どう受け取られるかな〜とちょっと心配だったんで。良かったです。

っつ〜ことで今日の更新はここまで。
74 名前:たむ 投稿日:2003年02月11日(火)00時10分07秒
非常に面白いです。っていうか、すいません・・・
“名前のかけらも入ってないべさ”で、吹き出してしまいました。
75 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月11日(火)00時42分28秒
矢口のお母さんの病気が何なのか、すっごく気になります!
あぁ〜、続きが読みた〜い☆
76 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時05分09秒
〜〜〜5〜〜〜

 車の中で。
 矢口は一度も口を開こうとしなかった。
 何も言わず。
 ずっと窓の外を眺めていた。

 怒っているわけではない。

 何となく、中澤にはわかる。

 矢口が今抱いている感情は。
 きっと恐怖。

 事実を知ることに対しての。
 本当になるかもしれない、事実を聞くことへの。

 意外ともろいんかもしれんな。
 まぁ。
 しょうがないんやけど。

 中澤は一つため息をついて。
 運転に集中したのだった。
77 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時05分50秒
 再び矢口の家。
 やっぱり矢口はまだ口を開こうとしない。

 仲良く並んでソファーに座って。
 でも、さっきと今とでは。
 状況がまったく違う。

 ・・・・・・・・・・・あかん、さっきの緊張の方がまだましやった。
 胃痛持ちになりそうや。
 ただ。
 このまま何も話さなければ、それはそれで幸せなのだろうけれど。
 そういうわけにもいかない。

「矢口。身寄りとか親戚とかいる?」
 中澤が思い切ってぼそり、と呟くと。
「いないよ」
 即答で答えが返ってくる。
「・・・・・・・・矢口のお母さんの話、聞いてたんだろ?
 矢口、お父さんなんて知らないよ。
 お母さん、矢口産むことに反対されて、家から勘当されたって言ってたし」

 どうやら爆弾の導火線に火、つけたみたいやな・・・・・・・。
 矢口の怒った口調に。
 吐き出したいだけ吐き出せばいい。
 中澤は口をつぐんで。
 矢口を抱きしめた。
78 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時06分35秒
「裕ちゃんにはわかんないだろうけどっ。
 お母さんいなくなったら矢口、一人になっちゃうんだ・・・・・・」

 矢口の小さな拳が。
 中澤の胸を叩く。
 何かに耐えるように。
 何かを伝えたい、そう叫んでいるかのように。

「・・・・・・・おか〜さん・・・・・・」

 小さく、小さく呟かれた言葉と。
 ぎゅっとつかまれた服の皺。

 ・・・・・・・何もしてやれへんな〜。
 うまい言葉とか。
 全然思いつけへん。
 矢口に叩かれた胸のあたりが痛いのは。
 叩かれただけのせいや、きっとない。

 中澤は矢口を抱きしめる腕に力を込める。

「・・・・・・・・ごめん」
 腕の中で。
 矢口が呟いた。

 ごめん、って言わなかあんのはうちの方やろ。

 そう中澤は思いつつ。
「落ち着いたか?」
 矢口の顔を覗き込むと。
 黙ったまま矢口は頷いた。
79 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時07分15秒
「・・・・・・・お母さんのことやけどな」
 意を決して中澤は口を開く。

「2、3日検査入院ってことになると思う」
 じっと中澤を見つめる矢口。
「何も悪いとこ見つかれへんかったらそれで退院」
「・・・・・・・見つかれば?」
 矢口の問いかけに。
 中澤は首を横にふった。
「検査、終わってからや。今の段階では何とも言われへん」
 これ以上何を聞いても。
 答えてくれないだろう。

 矢口はため息をつく。

 そして。
 もう一度中澤を見つめた。

「もし・・・・・・・・さ」

 次の言葉を発するまで。
 かなりの勇気がいった。
「どんな結果でも」
 矢口は眼をとじる。
「矢口、ちゃんと受け止めるからさ・・・・・・・・ちゃんと、教えてね」
80 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時08分08秒
 何となく思う。
 矢口の方より裕子の方が繊細で。
 傷つきやすく、もろい。

 言葉に出さないけれど。
 一緒に暮らしている間。
 裕子が声を出さずに泣いている姿を、何度も見た。

『医者って無力やな〜』

 淡々と言葉を発した裕子に。
 慰めはあえて、言わなかった。
 きっと患者の生と死。
 向き合わなければいけないのは裕子で。

 矢口には理解しようとすることはできても。
 理解することはできないから。

 今回のことも。
 裕子は矢口を守ってくれようとするだろう。

 それは、確信。
 矢口が傷つかないように。
 傷つく期間が。
 辛い時期が少なくてすむように。

 そして。
 裕子はきっと、一人で傷ついていく。

「矢口は・・・・・・大丈夫、だからさ」
 中澤はしばらく矢口の眼を見つめて。
「わかった。約束、する」

 そっと、キスをした。
 約束の証。
81 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時08分49秒
 バタバタと矢口が入院の準備している間。
 中澤はリビングの大きな窓からじっと外を眺めていた。

「お待たせ」
 矢口が中澤の脇に行くと。
「ん」
 中澤は生返事。
 そのまま矢口を抱きしめた。
「何?」
「見てみぃ」
 くるり、と矢口の向きを180度回転させて。
 中澤は背後から矢口を抱きしめる格好で。

「・・・・・・・・すご〜い」

 窓の外には夕陽が。
 オレンジ色に包まれた世界。

「そういやさ。矢口と裕ちゃんってお互いの家族の話とかあんまりしなかったよね」
「あ〜、そういやそうやな」
 中澤はぽりぽりと頬をかいた。

「・・・・・・・どうして何も聞かなかったの?」
 母親と二人暮らし。
 矢口は中澤にそれだけしか伝えなかった。
 一緒にいる時は別にそれで構わなかった。
82 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時09分30秒
 でも。
 今回矢口の家を訪れることになっても。
 中澤はあまりというかまったく。
 父親がどうしたか、とか。
 そういう質問を投げかけてこようとはしなかった。

「どうして?」
 中澤を振り向く矢口の眼に。
 苦笑い、してる中澤。
「・・・・・・・・矢口、聞いて欲しくなかったやろ?」
 単純な、答え。
「・・・・・・・・どうしてそう思ったの?」
 中澤は少し、バツの悪そうな顔になる。

「・・・・・・矢口の携帯の待ちうけ画面。あれ・・・・・・・・」
 中澤は言葉を濁す。

 あぁ。
 やっぱりばれてたか。
 矢口の苦笑いをどう受け取ったのか。
「別に・・・・・・最初、矢口が携帯落とした時だけやで?あれ見たの」
 焦ったように中澤は早口で言ってから。
「・・・・・・・・言い訳してるみたいやな、ごめん」
 許してくれる?
 不安気な瞳。

「裕ちゃんが悪いわけじゃないじゃん」
 手を伸ばして、頬をなでると。
 中澤は安心したように笑った。
83 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時10分29秒
「あれ、お父さんとお母さんと矢口、やんな?」

 黙って矢口はこくり、と頷いた。

 矢口の携帯の待ち受け画面。
 そこには。
 赤ん坊を抱いた矢口のお母さんに。
 寄り添うようにしていた、ロマンスグレーのおじさん。

「聞きたくなかったわけやないけど」
 普通、待ち受け画面にそんなもの使わない。
 誰だって思うこと。
 あえて中澤がそれを口にしなかったのは。
「・・・・・・・いつか矢口が自分から話してくれればええな、って思っててん」

 ふわり、と微笑まれた笑顔があまりにも優しくて。
 目頭が熱くなった。

「・・・・・矢口のお父さんね。凄く優しい人だったんだって」
 こぼれだした涙に。
 一番驚いたのは矢口だったのかもしれない。

 中澤は当然のように矢口の涙を指でぬぐってくれて。

「・・・・・・・・・お母さん、後悔してないって言ったんだ」

 お父さんに出会ったこと。
 矢口を産んだこと。
 勘当されても。
 それでもなお。
84 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時11分02秒
「矢口、お父さんもお母さんも大好きなんだ。でもっ」
 みんなが言った。

 お前のとこ、お父さんいないの変。
 お前の母さん、最低だな〜。

 悪意ある中傷に。
 泣きたくなかった。
 笑ってようって思った。
 だから、泣かなかった。

 でも。
 寂しかった。
 傷つかなかったわけじゃない。

 自分でもわけわからない言葉の羅列。
 しゃくりあげながら。
 それでもたどたどしく言葉をつづる矢口を。
85 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時11分37秒
 いつの間にか床にお互い座り込んで。
 中澤は矢口を膝の上に抱っこして。
 自分のシャツが濡れるのも構わず。
「うん、そうやな。寂しかってんな」

 泣きつづける矢口の背中をぽんぽんと叩きながら。
「うん、うん」
 矢口がつむぐ言葉を。
 黙って受け止めていた。

 いつの間にか。
 泣き止んだ矢口は。
 ぎゅっと抱きしめられたまま。

 幸せ、かもしんない。

 な〜んて思っちゃったりしてた。

 泣きすぎて、頭痛いし。
 何かすごい恥ずかしいとこみせちゃった気もするけど。

 中澤の腕の中はあったかい。
 ぐりぐりと頭をこすりつけると。
「何やねん」
 笑いを含んだ声。

 へへ。
 笑顔を見せる矢口に。
「立ち直りはやっ」
 おどけてみせる、そんなアナタが大好きです。
86 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時12分18秒
「矢口。大好きや」
 耳元に優しく囁かれる声に。
「矢口も。好きすぎても〜ど〜しようもないくらい好き」
 首に手まわして。

 何度も何度もキスをした。

 不意に。
 中澤が、がしがし、と自分の頭をかいて。
 矢口から離れようとした。

「・・・・・・・何でだよ?」
 離してなんてやんないよ?

 中澤は困った顔をする。

 ぎゅっと首筋にかかる矢口の腕の力が強くなった。
 不満そうにとがらされた唇。
 さっき泣いたせいか、ちょっと腫れて。
 うるんだ瞳。
87 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時13分01秒
 ・・・・・・・・・・だから、そ〜ゆ〜眼で見んといて・・・・・・・・。

 今の場所とか。
 これからまた病院戻らなあかんとか。
 矢口、いろいろあってショックなはずや、とか。

 理性ぶっとばして。

 ・・・・・・・・・・今すぐ、押し倒して、めちゃめちゃにしたい。

 圧倒的な愛おしさ。

「なんだよぉ〜。ゆうこぉ?」
 ぴくりとも動かない中澤に矢口はふくれっつら。

 中澤は喉の奥でぐぅ、と唸ると。

「・・・・・・・・・病院、戻らなあかんやろ」
 声音がぶっきらぼうになってしまったくらいは許して欲しい。
 まだ自分の中では獣が暴れまわってる。

「も〜、何だよ、ムードないな〜」
 ・・・・・・・ムードあったから潰したんやんけ。
 中澤は心の中で毒づくが。

 まぁ。
 今日のとこはしゃ〜ないか。

 今のとこは・・・・・・・。
「裕子?何・・・・・・」
88 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時13分51秒
 矢口の眼に飛び込んできたのは。
 いきなり中澤の顔のドアップ。

「・・・・・・んっ・・・・・・・ちょ・・・・・・・・」
 するり、と舌が入ってきたと思ったら。
 好き勝手に暴れまわってくれて。
「・・・・・・・・やぁ・・・・・・・・」
 こぼれる吐息。

「ごちそうさんでした」
「・・・・・・・・・・」
 恨めしげな矢口の視線をものともせず。
 中澤は立ち上がる。

「ん?なんや?腰抜けた?」
 立ち上がれない矢口を見て。
 中澤はニヤリ、と笑った。
「・・・・・・・・・この、アホ〜〜〜っっ!!!
 こんなとこで何てキスするんだよっっ!!!」
「キスだけで我慢したったんやろ〜が」

 はい?
 矢口は首をかしげて。

 あ、しまった。
 中澤はぽりぽりと頬をかく。
89 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時14分34秒
「ほら」
 手を差し出すと。
「・・・・・・・・・エロ」
 べ〜と舌を突き出して。
 矢口は何とか中澤の手を借りずに立ち上がる。

「何やねん・・・・・・」
 ぶつぶつ言いながら。
 それでも中澤は矢口が持つ前に、さっさと用意された荷物に手を伸ばして。

 そんな優しさが嬉しかったり。

「・・・・・・・・・矢口、これ重すぎ。持ちあがらんねんけど・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・裕子が非力すぎるだけだろうが・・・・・・・・・」

 ま。
 結局はこ〜ゆ〜オチなんだけどね・・・・・・・・・。
90 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時15分15秒
「でもさ、もし矢口があの時携帯落としてなかったとしても」
 結局半分半分で荷物を持ちながら。
 えっちらおっちら車に運ぶ途中。
 矢口が口を開く。
「いつか病院で矢口と裕ちゃん、会えてたかもしれないね」

 何言ってるん?

 不思議そうに中澤が矢口を見る。

「矢口、そしたら、また裕ちゃんのこと、好きになってた気がする」
「たら、れば、は言ってても意味ないやん?」
「そ〜だけどさ〜」

 中澤は不満そうな矢口を見て。

「ま、どっちにしろ。うちは矢口が携帯落としてくれて。今、ここにこうしていれて。
そっちの方がええな」
「え〜、どうしてよ」
「・・・・・・・・・しんどい矢口を支えてやれるから」

 矢口の反応も見ずに。
 中澤は荷物をよっこいしょ、と抱えなおして。
 再び歩き始める。

 照れてるのだろう、ちょっと後姿、耳が赤い。

 矢口はクスクスと笑った。
91 名前:Endless story 投稿日:2003年02月11日(火)23時16分05秒
 例え、携帯を落とした、そんな偶然がなくても。
 もしかしたら、出会えてたかもしれない。
 無限に続くループの中。
 何度だってめぐり合えるチャンスがあって。

 偶然に偶然が重なったら、それは必然で。

 きっと二人が出会うことは必然だったのだろう。

 そんな風に思わせてくれる、そんな出来事が。
 それだけで、視点を変えて。
 少しだけ、救いになる。

「も〜、裕子、待ってよ〜」
 バタバタと駆け出す矢口に。
 足を止めて待っている中澤。

 そんな二人を。
 秋の夕暮れ。
 太陽の柔らかい陽射しが包んでいた。
92 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月11日(火)23時21分11秒
>>たむさん
 微妙なツボ、ですね(笑)<名前のかけらも入ってないべさ

>>名無し読者さん
 まだ矢口のお母さんの病名は出てきません・・・・っつ〜か。
 医療系詳しくないからよくわかんなかったり(自爆)

っつ〜ことで今日の更新終了。
93 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月11日(火)23時50分45秒
かっこよく矢口の荷物を持ったけど、
重すぎて持てなかったところが笑えました。
かっこいいんだけどへたれな裕子さん・・・好きです。
94 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時05分19秒
運命

〜〜〜1〜〜〜

「矢口?」
 え?
 久々に聞く。
 けれど聞きなれたイントネーション。

 裕ちゃん。

 言葉を発する前に。
 何故か身体がぐらり、と揺れた気がして。

「・・・・・・・・っ!」
 抱きとめられたような。
 それでも。
 遠のく意識。

「・・・・・・・・・・・ん」

 誰かの話し声で目が覚めた。

「・・・・・・・姐さん、いい加減にしたらどうです?」
 呆れたような口調に。
「・・・・・・・・別に」
 ふてくされたような声。
 これは、わかる。
 裕ちゃんだ。

 まだぼんやりとした頭。
95 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時06分01秒
「やぐっちゃん抱きとめて一緒に倒れてたら意味ないですやん?」
「・・・・・・足が滑っただけや」
「あのね〜」
「学会とか急患とか。忙しかったんは、みっちゃんも知っとるやろ?」
「そりゃ、知ってますけど。倒れるまで働けって誰が言いました?」

 話し声はまだ続いてるけど。

 倒れた?
 誰が?

 だんだん頭がはっきりしてくる。

「裕子?」
 すんなりと声がでた。

 ぴたり、と話し声がやんだ。

「やぐっちゃん?」
 おでこに手がのせられるのがわかって。

 ゆっくりと瞼をあけると。
 白い、天井。

「大丈夫か?」
 心配そうに覗きんこんでくる顔。
「平家さん・・・・・・矢口・・・・・・・」
「ん。立ちくらみや。軽い貧血みたいな感じで。最近ちゃんと寝てなかったんやないか?」
 安心させるように平家はにっこり笑ってみせる。

「・・・・・・・・・ゆ〜ちゃんは?」
 矢口は身体を起こす。
96 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時06分47秒
「・・・・・・・・・・・」
 隣りのベッドに。
 ちょっとバツの悪そうな顔した中澤が寝ていた。
 腕には、点滴。

 顔は青白くて。
 何だか精気がない。
「ちょ・・・・・・・・・・大丈夫なの?!」
 慌てて矢口が立ち上がろうとすると。
「あ〜全然平気や。みっちゃんが大げさやねん」
 中澤が身体を起こした。

 それだけでも辛そうなのだが。
「大丈夫やって」
 声の調子はいつもと変えず。
 点滴を腕から外そうとして。
「ちょっ・・・・・」
 矢口が声をあげる間もなく。

 ぼかっっ。

 かな〜りいい音がした。

「それ外したら友達の縁切りますからね?」

 平家が中澤のベッドの側に仁王立ち。
 中澤はそのままベッドに再び沈み込む。
「・・・・・・・何するねん」
「起き上がるだけで死にそうな顔してる人に言われたかないですね」

 きっぱりはっきり平家は中澤にそう告げると。
 矢口の方を振り返った。

「っちゅ〜ことなんで、やぐっちゃん、点滴終わるまでこの人の見張り番、頼みます」
「・・・・・・・・・うん」

 それ以外何が言えるというのだろう。
97 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時07分54秒
「やぐっちゃんのお母さんなら、別にしばらく容態の急変とかないですし。
 こっちもなるたけ注意して見とくようにするんで」

「・・・・・・・・・何かうちへの態度とえらい変わってへんか?」
 隣りのベッドからぶつぶつ言う声に。
「それから、中澤先生。明日から一週間有給申請しときますんで、しばらく出勤せんで
ええですよ」
「・・・・・・・・おいっ!」
 さすがに中澤がもう一度ベッドの上に起き上がる。

「・・・・・・・うち、明日、明後日、オペ抱えてるねんで?」
 鋭い視線。
 平家はまったくたじろぐことなく。
「過労でぶっ倒れるような人に握らせるメスなんてどこにあると思ってるんですか?」
 平家のもっともな言葉。
 中澤はぐっと言葉に詰まる。
98 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時08分40秒
「・・・・・・・・やぐっちゃんのお母さんの手術も控えてるんですし。ちょっとはあたしらのこと
信用して休んでくださいよ」
 ため息まじりの平家の口調は。
 本気で心配してるのが、わかりすぎるほどにわかるもので。

「・・・・・・・・・ごめん」
 さすがに反論の余地なく。
 中澤は謝罪の言葉を口にする。

「今日はしばらくそこで寝といてください。帰り送っていきますし」

 平家が部屋を出て行って。
 中澤はしばらく無言だった。
99 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時09分17秒
「裕子〜?」
 さすがに心配になって。
 矢口が中澤に近づくと。

 中澤は手で顔を覆っていた。
「・・・・・・・・泣いてるの?」
「泣いてへん」
 即答で返ってきた答えに嘘はなさそうだけど。

 矢口はしばらく思案顔。
「よし」
 思ったより早く結論は出たらしい。

「よっこいしょ」
「・・・・・・・・・アンタ、何してるん?」
 矢口は中澤が寝てるベットに乗って・・・・・・。
「つめて」
 あっさりと壁際確保。
 わけわかりません、といった表情してる中澤を気にする風もなく。
 そのまま中澤の首の下に腕をもぐりこませる。

「こっちの方が話やすそうじゃん?」
 あっさりと矢口はそう言って。
 中澤の髪の毛を撫でた。
100 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時09分55秒
 中澤は大きく息を吐いた。
「ごめんな、最近あんま病室にも顔出せなくて」
 こんな状況でも矢口を気遣ってくれるそ〜ゆ〜態度は嬉しいけど。
「・・・・・・・・忙しかったんでしょ?」
「ん〜、でも矢口の調子悪いのも気付いてやれんかったし」
「・・・・・・・それ言うなら矢口だってそうじゃん」

 確かに最近忙しそうにしていた中澤。
 ほっといたら食事も睡眠ももロクにとらずに、部屋にこもってた。

 初めて会った時より何だか一回り細くなったような気がする身体つき。

「何か・・・・・安心する」
 ぽつり、と中澤は呟いて。
 矢口の匂いを嗅ぐように矢口の首筋に顔を埋めた。
「くすぐったいって・・・・・・・・」
 矢口の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか。

 すぐに中澤の穏やかな寝息が聞こえてきた。
101 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時10分35秒
 二時間ほどして。
「・・・・・・・・・おや」
 中澤の点滴が丁度終わりそうな頃。
 点滴を取り外しにやってきたのは安倍だった。

 すっかり熟睡している中澤と。
「えっと、これ、そ〜ゆ〜んじゃなくてっ!」
 横で顔を赤くしてる矢口。
「あ〜、わかってるべさ」

 中澤から腕枕外そうとしてる矢口を手で制して。
 安倍は慣れた手つきで点滴を取り外す。

「矢口のお母さん入院してきてから、ほとんど寝てないはずだから、もうちょっと寝かせとく
べさ」
 え?
「それってど〜ゆ〜・・・・・・」
 矢口が急に心配そうな顔つきになった。
「裕ちゃん自身、夜勤続きだったし・・・・・・昼間は昼間で事故多かったから。呼び出しかか
ったり。家にもろくに帰ってないんじゃないかな〜」
「そ〜なんだ・・・・・・・」

 全然気付かなかった。

 唇を噛む矢口を見て。
「矢口は矢口で大変だったんだし。・・・・・・・裕ちゃんも弱味見せたがらない人だし。
 しょ〜がないべさ」
「そ〜だけど・・・・・・」
 やっぱり口ごもる矢口を見て。
102 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時11分10秒
「家帰ったら存分に甘えさせてあげるべさ」
「・・・・・・・な、何言うんだよっ、なっち!!!」
 安倍の発言に。
 矢口の顔が更に真っ赤になる。
「矢口、大きな声出したら裕ちゃん起きちゃうべさ」
 安倍の制止の声むなしく。

「・・・・・・・・・矢口、うるさい」
 ぼそっと脇から声があがったと思ったら。
 むくり、と中澤が起き上がった。

「やっとお目覚めかい?」
 寝起き特有の気だるそうな中澤に。
 安倍がからかうように声をかけた。

「あ〜。そんなにうち寝てた?」
「なっちが点滴外したのにも気付かなかったくらいね。・・・・・・そんなに矢口の側は
寝心地いいかい?」
「・・・・・・・なっち!!!」
 何てこと言うんだよ〜。
 も〜、知らない。
 矢口はベッドから下りようとして。
 中澤の腕が。
 矢口の身体にまわされる。

「何やねん・・・・・・・なっち、拗ねてるんか?」
「・・・・・・・・な、何言うべさっ?!」

 中澤と安倍。
 どうやら役者が違うらしく。

 中澤の一言に今度は安倍が顔を赤くした。
103 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時11分48秒
「そ〜いや昔、うちがなっちいてたら寝ぇへんって・・・・・・・」
「あ〜もう昔の話はいいべさっっ!!!」
 バタバタバタ。
 適当に点滴の用具を片付けて。
 安倍は部屋を出ようとして。

 ちょっと迷ったようだが。
 振り向いた。
「次倒れたらもぅ知らないからね」

 言葉こそ素直じゃなかったものの。

 心配してるんだよ?
 大きな眼がそれを物語ってて。

「ごめんな」
 中澤はまだ矢口の身体に腕をまわしたまま。
 ひらひらと手を振ったのだった。

「・・・・・・・・んで、いつまでこ〜してるつもりなのさ?」

 後ろから抱きつかれた格好で。
 矢口が声を出す。

「ん〜〜。矢口の身体、暖かい。・・・・・・・裕ちゃんまた眠くなってきそうや・・・・・・」
「矢口は抱き枕かよっっ!!」
 矢口の的確なツッコミにも。

「眠い・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
104 名前:Endless story 投稿日:2003年02月12日(水)23時12分37秒
 結局もう一度今度は矢口の身体しっかり抱きしめたまま眠り込んでしまった中澤。

 矢口は何となく、振りほどくことができなくて。

 きっかり安倍が部屋から出て行った2時間後。
 今度は仕事を終えた平家が部屋に入ってきて。
「・・・・・・・・・・・いちゃつくのは家帰ってからにして下さいっっ!!!」
 中澤を叩き起こすまで続いたのだった。
105 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月12日(水)23時15分27秒
>>名無し読者さん
 自分もかっこよくてへたれな姐さん大好きっすっ!!(笑)
 この話は・・・・どうなんだろ。矢口さんに振り回される姐さんってことで
 書きたかったんだけど(悩)

っつ〜ことで今日の更新終了。
106 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月13日(木)07時21分32秒
更新、ありがとうございます。
毎日、夜になるのが楽しみです。
UPされたころに読んで、朝にもう一度読み返して咀嚼・・・

それぞれのキャラクターが、生き生きと動いてとても楽しいです。

この後の展開、やぐちゅーの絆が強くなっていくように、
私なりに祈っています。

これからも、楽しませてください。
107 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時06分22秒
〜〜〜2〜〜〜

 休みをもらって二日間。

 こんなに寝ててこの人、目、腐っちゃうんじゃないだろうか?
 矢口がそんな感想をいだくほど。
 中澤は寝たおしていた。

『矢口、うちに気、使わんでえぇで。寝てるだけやし。適当にしときぃ』

 ・・・・・・・確かに。

 寝てないだけじゃなく、ロクに物も食べてなかったんだろう、と思って。
 お粥やおじや。
 うどん系の胃に優しそうな食べ物を作ってたり置いておいたら、減ってはいるので。
 どうやら起きて、食べてるらしい気配はあるものの。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 二日目の晩。
 テレビを付けながら。
 矢口はソファーの上でクッション抱えてた。
 ほとんどテレビの内容なんて頭に入ってこなくて。
108 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時07分02秒
 わかってる。
 裕ちゃんが疲れてるってことくらい。

 病院での青白い顔。
 痩せた、身体つき。

 過労だって言われなきゃ病気?って思っちゃうかもってくらいだったし。

 でも。

 それでも。

 ・・・・・・・・・・・寂しいって思っちゃう気持ちはどうしようもないよ・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・何でお笑い番組見て、泣いてるん?」

 え?
 ふわり、と暖かい腕が首筋に回されて。
 一瞬で、またふっと離れた。

「起きたの?」
「ん〜、寝すぎで身体痛い」
 そりゃあんだけ寝てれば・・・・・・・・。

 中澤は首をコキコキと動かして。
「シャワー浴びてくるわ。起きて待っててな?」
 ピン、と鼻を押されて。
「何するんだよ〜っ」
 言ってはみたものの。

 嬉しそうな矢口の顔見て。
 中澤は微笑んだ。
109 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時08分43秒
 しばらくたって。

「あ〜、やっぱシャワーの後はビールやな〜」
「裕子、オヤジ〜っ」
 とは言いながら。
 中澤がシャワー浴びてる間にビールなんて用意しちゃってたりしたのは矢口だったり
する。
 矢口の天邪鬼な台詞はいつものこと。
 中澤はやっぱり、可愛いな〜と眼を細めて。
 矢口の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。

 何だかその感覚も久しぶりで。

 お互い、眼を見合わせてクスクスと笑いあった。

「矢口、ここしばらく何してたん?」
 膝の間に矢口を抱きしめて。
 ぼんやりとテレビを眺めていた中澤が不意に口を開いた。
110 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時09分32秒
「あ〜。裕ちゃんが休み入ってからは・・・・・・大学行ったり、病院行ったり。普通にしてた」
「そか」
 何故だかほっとしたような中澤の声音。

「ど〜したのさ?」
 矢口が中澤の表情をうかがうと。
「ん〜。矢口がずっとお母さんに付ききりなんは知ってて・・・・・・あんま根、つめすぎたら
あかんな〜って思ってたから」
 ちゃんと見ててくれたんだ。
 矢口はこっそり中澤にばれないように笑ったつもりだったが。
 ぎゅ。
 抱きしめられる腕が強くなって。
 何となくばれてるんだろうな。
 なんて思いつつ。

 しばらく甘い雰囲気に浸っていた。

「・・・・・・・・そ〜いえば、裕ちゃん」
 ふと矢口が口を開いた。

 そのままごそごそと、中澤の腕の中で向きを変えて。

 正面から中澤を見つめる。

「・・・・・・・何や?」
 わけがわかっていません、といった中澤の表情に。

「裕ちゃん、なっちとど〜ゆ〜関係さ?」
 むにっと、矢口は中澤の頬を引っ張った。
「なっち?」
 はい?
 小首傾げてる中澤は本当に訳がわかってません、といった表情。
「裕ちゃん倒れた時っ。病院で」
 何だか微妙な雰囲気をかもし出していた二人。
111 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時10分09秒
「あ〜」
 やっと思い当たったのだろう。
 中澤はクスクスと笑い始める。

「何や、ヤキモチか?」
「そんなんじゃないもん、裕子の・・・・・・・」
 アホ。
 その言葉は。
 封じられる。

 中澤の唇によって。

「もぅ、誤魔化そうったって・・・・・・・・・・」

 矢口の抗議の声は途中で止まる。

 久しぶりに味わう矢口の唇が甘くて。
 久しぶりに味わう中澤の唇が甘くて。

「・・・・・・・・んっ」
「・・・・・・・矢口・・・・・・・・・」

 夢中になってお互いを求め合った。

「・・・・・・・・・裕子のアホ」
 いつの間にか矢口はフローリングの床の上に押し倒されていた。

「アホになるのは・・・・・・・・矢口のことに関してだけや」
 真剣な中澤の眼差し。
112 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時10分45秒
「じゃあ・・・・・・矢口もアホだね」

 軽く笑ってそう返す矢口に。

「・・・・・・・・・愛してる」
 中澤の囁きが落ちた。

 ベッドルーム。
 蠢く影。

 中澤は舌で、矢口を責めたてながら。
 指の動きは止めないままで。
「ふ・・・・・・・・・ぅんっ!!・・・・・・・・・・あぁ・・・・・・、くぅっっ」
 前触れもなく差し込まれた指に。
 言葉はでない。
「あぁ・・・・・・・・裕ちゃん、ゆ・・・・・ちゃん・・・・・・・・・」
 矢口の身体は刺激を求めて。
 中澤の身体の下で腰を揺らす。

 も・・・・・・・・・・。
 最低。

 何度抱かれても、もういいやって思わずに。
 もっともっとって思うこの気持ちは。

 何なんだろう。

「・・・・・・・・・・も・・・・・・・駄目・・・・・・・・・っっ。あぁぁぁっ」

 一際大きな声をあげて。
 矢口はぐったりとベッドに沈み込む。

 優しく矢口の髪を撫でながら。
 中澤は微笑む。

 何度抱いても。
 抱くたびに増すこの愛おしさは何なんやろ?

 もっともっと。
 身体中が、矢口を求めてる。

 こんな気持ち、初めてや。

 そのまま寝付いてしまった矢口の頬に。
 中澤は軽くキスを落とした。
113 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時11分20秒
「・・・・・・・・・・ん」
 ふと、寒さを感じて。
 矢口は眼を開けた。

 淡い光に照らされて。
 中澤がぱらぱらと横で雑誌をめくっていた。
「ん?起きた?まだ寝れるで?」
 無造作に中澤が手を伸ばしてきて。
 そっと毛布で矢口の身体を包みなおしてくれる。

「・・・・・・・・裕ちゃん・・・・・・・寝ないの?」
 逆らうように手を伸ばして。
 中澤の頬を触ると。
 冷たくて。
「あんだけ寝たらな・・・・・・・ちょっと眼、冴えてるかも」
 お返しとばかりに矢口の頬を触ってくる中澤の手・・・・・・・。
 やっぱり、冷たい。

「身体、冷えてるじゃん」
 無造作にシャツ一枚羽織っただけの中澤。

 矢口は自分の毛布の裾を引っ張って。
 中澤の身体の上にかける。
 そして。
 ぎゅっと中澤の身体を自分の腕の中に抱きこんだ。

「・・・・・・・矢口の身体、あったかいな〜」
 のんびりそう呟く中澤のおでこを矢口はぺちん、とはたく。
「風邪ひいたらどうすんだよ?あんまり心配かけるんじゃないっ」
 はいはい。
 怒られてる割りには中澤の表情は嬉しそうだ。
114 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時12分46秒
「なぁ矢口。いいこと教えたろか?」
 ぎゅっと矢口の身体に腕を回して。
 中澤は小さな声で囁いた。
「ん?」
 矢口は不思議そうな顔をする。

「うちな、実は今まで、人がおるとこであんまり寝られへんかってん」
 はい?
「え、だって矢口と一緒にいても裕ちゃん・・・・・・」
「それが不思議でな〜」
 中澤は矢口の疑問にうんうん、と大きく頷いてみせる。

「最初はやばい薬でも飲まされたんかと思った・・・・・・・イタっ」
 最後まで聞かずに矢口は中澤のむこうずねを蹴っ飛ばした。
「・・・・・・・話、最後まで聞いてぇや」
 むくれ顔の矢口を見て。
 中澤は怒るよりも、笑ってしまう。
「だってな、みっちゃんらといてもうちがあんまりにも寝ぇへんから」
 中澤はそこで一呼吸置く。
「・・・・・・うちの寝顔が見たいからってあいつら、ビールに睡眠薬混ぜてんで?」
 マジで死にかけたっちゅ〜ねん・・・・・・・・。

 ぶつぶつと呟く中澤に矢口は呆れ顔。
 あなたたち、医療関係者だよね・・・・・・・。
115 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時13分20秒
 さすがに口に出すことはしなかったけど。
「矢口に逢えて良かった」
 不意に中澤が真剣な声音で呟いた。

 ・・・・・・・普段ならちゃかすけど。
 たまには、ね。
「矢口もだよ」
 そっと頬にキス、してみたら。
 中澤が驚いた顔して・・・・・・・本当に嬉しそうに笑った。

「ねぇ、裕子」

 言葉が勝手に滑り出して。
 矢口は口をつぐむ。

「・・・・・・どした?」
 柔らかい、穏やかな中澤の表情に。
 それ以上何も言えなくなって。
 矢口は中澤の首にしがみついた。

 宥めるように、ぽんぽん、と背中が軽く叩かれて。

「・・・・・・・・・大丈夫やから」

 矢口が言いたくて、言えないこと。
 何となく中澤にはわかる。

 来週末に控えた矢口の母親の手術。
 執刀医は・・・・・・・・・中澤。
116 名前:Endless story 投稿日:2003年02月13日(木)23時13分52秒
 助けてみせる、とか。
 そんなえらそうなことは言えない。
 助けることができればいい。
 思うのは、ただ、それだけ。

「うちはずっと矢口の側におるよ」

 ・・・・・・・・・そんな言葉しか言えない自分を許して欲しい。

 懺悔の言葉は結局零れ落ちはしなかったけれど。

 いつの間にか再び寝息を立ててる矢口の瞼にそっと唇を落として。

 願うのは君の幸せだけだから。

 中澤はゆっくりと矢口の身体を抱きしめなおした。
117 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月13日(木)23時16分46秒
>>名無し読者さん
 嬉しいコメントありがとうございます。
 何度も読み返してもらえる話を書きたいな〜と常日頃思ってるもので。

矢口さんのラジオ聞きながら更新してるけど・・・・ん〜やっぱり矢口さんの声、
好きだな〜。っつ〜ことで今日の更新はここまで
118 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月15日(土)00時44分12秒
今日はまだ更新されてないのかな?毎日読んでますよー!!
119 名前:よん 投稿日:2003年02月16日(日)17時21分46秒
こちも読んでますよー。
毎日読んでますよー。
今日更新あるかなー。
120 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時06分40秒
〜〜〜3〜〜〜

「お邪魔します」
 控えめなノックの音がしたと思ったら。
 病室のドアが開いて。
 ひょい、と顔を覗き込ませたのは。

 ・・・・・・・・中澤だった。

「あら。もう身体はいいの?」
 奥のベッドから飛んできた元気そうな声に、中澤は苦笑い。
「何で知ってはるんですか?」
「そりゃ・・・・・・気になるもの」
 即答での返事に。

 中澤は苦笑い。

 今日の中澤は白いシャツにジーパンといういたってシンプルなカッコで。
 窓際のベッドには・・・・・・元気一杯、といった感じの矢口の母親の姿があった。

「どっちが病人かわかんないわね・・・・・・ちゃんと真里に食べさせてもらってる?」

 中澤といえばまだ本調子ではないのか、少し顔色が悪かったり。

「食べさせてもらってるって・・・・・・・」
 矢口の母親の口撃に、中澤は苦笑いするしかない。

「・・・・・・・・ありがとう」
 不意に矢口の母親は呟いた。
 真摯な瞳。
「うちは何もしてませんよ」
 矢口の強さに救われたことはあっても。
 自分が矢口を救うことはできているのか?
121 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時07分13秒
 中澤には良くわからない。

「あの娘に人を好きになること、人を愛する気持ちを教えてくれたわ」

 中澤の心を読んだかのような矢口の母親の言葉。

「・・・・・・・・・矢口自身の変化、ですよ」
「あなたの存在がそうさせたのよ」

 静かに二人の言葉がぶつかり合った。

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

 しばらくお互い無言だった。

「・・・・・無口なのね」
「人見知りなだけです」
 中澤の返事に、おかしそうに矢口の母親は笑った。

「毎回、患者相手に緊張してるの?」
「今ここにいるのは、中澤裕子個人としてですから」
「じゃ、中澤先生、とでもお呼びしましょうか?」
 からかい混じりの矢口の母親の言葉に。
「勘弁して下さい」
 中澤が笑った。

「真里があなたのどこを好きになったのか、わかるわね〜」
 ん?
 唐突な言葉に、中澤は首をかしげた。
「意外性のあるとこ」
「・・・・・・からかうのは辞めてください」
「正直な気持ちなんだけど?」
「余計タチ悪い」

 二人でクスクスと笑いあって。
122 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時08分20秒
 矢口とは違うけれど。
 確かに矢口の母親なんだと。
 居心地のいい空気が教えてくれる。

 中澤は立ち上がった。
「もう行くの?」
「一応、こっちも静養中の身の上なんで」
 ふらふら出歩いてることばれたら殴られそうや。

 しみじみと実感のこもった台詞に。
 矢口の母親は声をあげて笑った。

「真里のこと、よろしくお願いしますね」

 中澤は肩をすくめた。

「一つ聞いていいですか?」
 静かな声に。
 矢口の母親は黙って頷いた。
「・・・・・・・体調悪いこと、気付いてはったんですよね?」
 質問、というより・・・・・・確認。

 矢口の母親は何も答えない。
123 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時08分50秒
「結構痛みもあったはずやと思います。・・・・・・・何故、ですか?」
 やはり何も答えない矢口の母親に。
 中澤は淡々と言葉をつむぐ。
「ここまできたら、たら、れば。仮定の話は言っても意味がないと思っています。それでも・・・・・」
 一旦、言葉を止めた中澤に。
「真里が、心配?」
 矢口の母親が発した問いかけに中澤の表情が微妙に歪んだ。
「・・・・・・・・アナタみたいな人が多いと、こっちの商売あがったりやから、ですよ」
「手術、やりにくい?」
「これ以上ないってほどにね」

 もう一度肩をすくめた中澤に。

「・・・・・・・告知してくれてありがとう」
 矢口の母親の言葉に。
 今度は中澤が無言になった。

 矢口の母親の容態は、悪い。
 手術の成功率は・・・・・・・・限りなく、低い。

「・・・・・・・・・取り乱す人、いるんじゃない?」
 完全告知がこの病院のモットーで。
 それを望んでここに来る人もいれば。
 だから、それだけに。
「・・・・・・・取り乱しても。それでもそれは、患者さん自身の問題にしかすぎないですから」
 ある意味、冷たいとしかとれない中澤の言葉。
124 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時09分20秒
「・・・・・・・・・」
 無言のまま立ち尽くす中澤に、矢口の母親は笑いかけた。
 何もかもわかったような表情で。

「・・・・・・・・ベストを尽くします」

 ぽつり、とそれだけを呟いて。
 中澤は部屋を出ようとしたが。
 不意に立ち止まった。
「・・・・・・・・置いていくより。置いていかれる方が辛いってこと、うちはよくわかってるつもり
ですんで」
「・・・・・・・・助けてくれ、なんて言わないわよ?」
「助けてやる、なんて言えませんよ」

 人の生死の鍵は握れるかもしれないが。
 医者なんて、所詮、そんなもの。
 自分の無力さは。
 この数年で嫌というほど知った。

 それでも。

 中澤は振り返る。
「矢口の幸せにはアナタが必要なんです」

 そう。
 生を望まれない人間なんていないから。
 例えどんな人間であっても。

「手術、楽しみにしてるわ」
 ニッコリ笑った矢口の母親に。
「・・・・・・・・・・ま〜ったく、医者泣かせですね」

 苦笑いで中澤は応えた。
125 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時09分58秒
 病室の外で。
 入るに入れなくて、矢口は立ちつくしていた。

「やぐっちゃん」

 回診に来た平家がいつの間にか脇に立っていて。

「ちょっと屋上行こか?」

 肩を抱かれた。
 よっぽどひどい顔してたのだろうか?

 平家は、脇にいた看護婦に。
「15分だけ時間作ってや」
 それだけ告げて。

 黙って二人で歩き出した。

 屋上は。
 青空が広がっていた。

 さっきのあの部屋の空気が嘘のように。

「やぐっちゃんのお母さん、よっぽど修羅場くぐり抜けてきてんな〜」
 平家は屋上にあった自販機で、適当に飲み物を買って。
 矢口に差し出す。
「・・・・・・・すいません」
 紙コップを受け取って。
 その暖かさに何だかじんわりきながら。
 矢口は俯いた。

「姐さんもあぁ見えて結構苦労人やしね・・・・・・・そら、やぐっちゃんが入っていけない雰囲気
にもなるわな〜」

「・・・・・・・苦労人?」

 矢口が顔をあげると。
 平家が黙って頷いた。

「あたしが言ったって言わんといてな」
 そう前置きされて。
126 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時10分48秒
  あたしが姐さんに初めて会ったのはまだ学生時代の頃やけど。
  その頃の姐さんって、手負いのライオン?
  弱味見せない・・・・・・・・なんか、ハリネズミのように。

  気ぃ張って生きてきはった人やと思うわ。

  姐さんの家って、ちっさい頃にお父さん病気で亡くしてな。
  お母さんも姐さんが国家試験に受かる前の年に、亡くなりはって。

  『何で気付いてやれんかったんかな〜』

  お葬式終わって。
  姐さんがぽつん、て呟いた言葉、忘れられへんわ。

  遺産相続とかで親戚とかとももめて。
  結局姐さんは遺産全部放棄して。
  奨学金で何とかやりくりしてな。
127 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時11分31秒
「全然知らなかった」
「姐さんは大事な言葉を胸の中にしまう人やから」
 ショックを隠せない矢口に平家は笑ってみせる。

「やぐっちゃんはまだまだこれからやん?それにやぐっちゃんに出逢って、姐さん変わり
はったで」

 平家の言葉に。
 ぴしゃっと自分の頬を両手で挟んで。
 矢口は大きく頷いた。
「負けないよ〜、矢口は」

 力強い矢口の瞳に。
 平家は安心したように笑った。

「やぐっちゃんもいろいろ大変やろうけどな・・・・・・・多分、やぐっちゃんのこと気にして、
自分のしんどさ出せない人やから」

 黙って矢口を支えてくれるだろう、その人。
 心の傷なんて、誰にも推し量れるものではないけれど。

 もし・・・・・・・・・最悪な結果になったとしたら。
 きっと矢口は平気じゃいられなくて。
 きっと裕ちゃんは黙って矢口を支えてくれて。

 でも。

 きっと裕子は矢口を泣かせたっていう負い目を。
 感じつづけるんだろう。

「ありがとうございました」
 ぺこり、と矢口は平家に向かって頭を下げた。
128 名前:Endless story 投稿日:2003年02月17日(月)23時12分11秒
「とりあえず・・・・・・・手術、うまくいくように祈ってるわ」
 医者が祈るしかできんっつ〜のも変な話やけどな。

 笑って見せた平家。
 矢口も笑い返しながら。

 何となく、思う。

 裕子はきっといい出会いをここでしたんだろうな、と。

「ありがとう」

 二度目のお礼の言葉は。
 平家に首を傾げられたが。

「それじゃ」
 ひらひらと手を振って屋上から姿を消した平家の背中は。
 確かに信頼するに値するものだと思わせてくれるものだった。
129 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月17日(月)23時17分15秒
>>名無し読者さん
 もしかして毎日チェックかけていただいてます?まぁ次回からは次の日更新
できない時は書いとくべきかな〜と思いながら。

>>よんさん
 今日は更新しました♪

っつ〜ことで今日の更新終了。
130 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月18日(火)00時24分22秒
更新 待ってました!
やっぱ、矢口ママ&中澤さんの会話・・・おもしろい。
131 名前:Endless story 投稿日:2003年02月18日(火)23時07分13秒
〜〜〜4〜〜〜

 いよいよ矢口の母親の手術の前日。

 中澤は自室のベッドの上。
 何度も寝返りを打っていた。

 いつでもそうだ。
 大手術の前の日。
 不安で押し潰されそうになって。
 手術室に入るとそうでもないのだけれど。

 手が震えてくるのはどうしようもなかったり、する。

 うち、この職業向いてないんちゃうか・・・・・・・。
 そんな弱気にもなったりするけれど。

 矢口も今日は自分の部屋に閉じこもったきりだ。

 矢口が中澤の家に来て。
 中澤の勤務が不規則なこともあり。
 当然のように用意された、部屋。

『何でだよ〜』
 最初は不満そうにしてた矢口だったが。

 夏の間しばらく家に帰れない日が続いて。
 やっと時間作って、さぁ寝ようと部屋のドア開けたら。
 矢口がベッドで眠っていた。

『裕子、逢いたかったよ』
 寝ぼけてるんか、ど〜なんか。
 そう呟いて、さっさとまた爆睡して・・・・・・・・。
132 名前:Endless story 投稿日:2003年02月18日(火)23時07分48秒
 あんた、裸で人のベッドにもぐりこんでんなや。
 思わずため息ついてもうたけど。

 物思いにふけっていると。

 カチャ。

 部屋のドアが開く音が聞こえた。

「ん?矢口?」
 普通に声を出すと。
「・・・・・・・・・・やっぱまだ起きてた」
 矢口がするり、と部屋の中に滑り込んできた。
「アンタ、なん・・・・・・・・・」
 身体を起こそうとする中澤をさえぎって。
 矢口はするり、とそのままベッド脇で上着を脱ぎ捨てて。
「ほら、つめて」
 そのままベッドにもぐりこんだ。

「・・・・・・・・・・・」
 中澤の身体にぎゅっと回されてくる暖かい腕。
 甘い匂い。
「・・・・・・・・・どうせロクなこと考えちゃいないんだろ」
 ため息まじりの声に。
「そんなこと・・・・・・・・・」
 反論しようとして。
「あ〜いいから、黙って眼、つぶっとけ」
 何でアンタそんなに強引やねん?
 それでも。
 中澤は素直に矢口の声に従って。
 眼を閉じると。
 瞼の上に振ってくる、唇。
133 名前:Endless story 投稿日:2003年02月18日(火)23時08分30秒
「すごい裕ちゃんには感謝してるんだ、矢口もお母さんも」
 囁くような矢口の声。
「矢口の家に来た時、裕ちゃんがお母さんの状態に気付いてくれたから、無理矢理病院に
連れて行ってくれたから。だから、まだ確率が高いうちに手術、受けれるんだよ?」

 何か言いたげに中澤が矢口の腕の中で身じろぎする。
「も〜、黙ってろ」
 矢口は、今度は軽く中澤の唇の上にキスを落とす。
「矢口だって不安だし、ど〜していいかわかんなかったり。感情ぐちゃぐちゃだけどさ」
 いつも中澤がしてくれてるように。
 矢口はぽんぽん、と中澤の背中を叩く。

「矢口は裕子が好き。大好き。愛してる。変わらないから」

 何度も何度もそう繰り返して。

 中澤の寝息を確認して、矢口はやっと安心したように笑った。
134 名前:Endless story 投稿日:2003年02月18日(火)23時09分09秒
 ねぇ裕子。
 わかってる?
 最近ね、矢口、変わったって良く言われるんだ。
 ん〜とね。
 何か良くわからないけど。
 雰囲気が柔らかくなったって。

 平家さんも言ってたね。
 裕ちゃんが変わったって。
 矢口と出逢って、変わったって。

 お互いに。
 出逢うべくして、出逢ったんだよね。

 はなさないでね。
 矢口もはなさないから。

 裕ちゃんとだったらどこにだって一緒に歩いていけそうな気がするから。

 愛してる、なんて。
 絶対言えないって思ってたけど。
 ねぇ。
 矢口は変わったよ。
 強くなったよ。
 裕子に守ってもらうだけじゃなくて。
 守るから。

 裕ちゃんは矢口の運命の人、だよね?
 矢口は裕ちゃんの運命の人に、なれるかな?

 信じてる。

 恥ずかしいから、絶対に言ってなんてやらないけどさ。

 矢口はこつん、と中澤のおでこにそっと自分のおでこをくっ付けて。

 穏やかな眠りについたのだった。
135 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月18日(火)23時14分01秒
>>名無し読者さん
 自分も結構矢口母のキャラ気に入ってます。
 っつ〜か、どんどん勝手に動いてくれちゃって・・・・(笑)<矢口母

ってことで、今日の更新はここまで。
136 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月19日(水)05時02分49秒
やぐちゅー発見。
復活ですよね?感謝です。
作者さんの作品大好きです。
中澤さんと安部さん・・・過去が気になる(w
137 名前:読者 投稿日:2003年02月19日(水)22時38分49秒
あったかいやぐちゅーをありがとうです。
ところで・・・彩っぺの活躍の場はあるのでしょうか?(w
138 名前:Endless story 投稿日:2003年02月19日(水)23時06分04秒
宿命

〜〜〜1〜〜〜

「んじゃ、姐さん。健闘を祈ります」
 あっさりとした平家は中澤に告げて。

 かたわらで。
「お母さん・・・・・・・・」
「何て顔してるのよ。今生の別れじゃあるまいし」
 矢口と母親のやりとりをしばらく黙ってみていた二人だったが。

「さ、行くで」

 そうして手術は始まった。

 手術中。
 赤いランプ。
 待合椅子に座り込んで、じっとそれを睨みつけている矢口に。
「矢口」
 ぽん、と肩に手が置かれた。
「・・・・・・・・圭ちゃん。・・・・・・・どうして?」
「中澤さんが教えてくれた」
 驚いた表情を見せる矢口とは対照的に落ち着いた表情を保田は浮かべていて。
「いろいろ・・・・・・・・大変だったんだ」
 ぽつり、と呟いた。
「うん・・・・・・・・・連絡できなくて」
 矢口の言葉を保田はさっさとさえぎる。
「今回ばかりはしょうがないじゃん?謝らなくていいよ」
「うん」
 安心したように矢口は笑って。
 再び手術室の方に眼を向けた。
139 名前:Endless story 投稿日:2003年02月19日(水)23時07分39秒
「・・・・・・・・結構かかる手術って聞いたけど」
「ここにいる」
 きっぱりとした矢口の声。
 そういうと思ったけどね。
 保田は優しい眼で矢口を見つめて。

「そ〜いや、中澤さんって凄いよね〜」
 唐突に話題を変えた。
「え?」
 矢口が保田の方を向く。
「夏前に矢口携帯落とした時。あたしの番号教えて・・・・・・・・その番号覚えてて電話かけてきた
んだって」
 はぁ?
 矢口は思わずぽかん、と口を開けた。
「メモリ登録してたんじゃなくて?」
「うん。携帯番号は覚えやすいって・・・・・100人くらいは覚えてるって」

『手術、下手したら10時間くらいかかるかもしれんねん』
 電話越しの声。
『矢口一人やったら・・・・・・・・・ほら、ずっと待ってそうやん。一緒にいたってくれへん?』
 矢口のことが心配で心配でたまらないって声してるくせに。
『あ、でも嫌やったら別にええねんけど・・・・・・・』
 不器用な人だな、って。
 思わず電話口で笑いそうになった。
140 名前:Endless story 投稿日:2003年02月19日(水)23時08分20秒
「そっか〜」
 あれ?
 反応してくるかと思えば・・・・・・矢口は黙り込んでしまった。
「ど〜したのさ?」
 顔を覗き込むと。
「それって、忘れたい記憶も忘れられないってことだよね?」
 矢口が困ったような顔して、笑った。
「・・・・・・・・こんな顔してたいんじゃないんだけどな〜」
 矢口の震える手を。
 黙って保田は握りしめた。

「・・・・・・・・大丈夫だよ。中澤さんなら」
 気休めにしかならない保田の言葉に。
 矢口はこくん、と頷いた。

 その時。
 唐突に。
 手術室の赤いランプが消えた。

「「え?」」
 思わず声がそろう二人。

 ドアが開く。
 足早に出てきたのは・・・・・・・・中澤で。
 表情は、硬い。
141 名前:Endless story 投稿日:2003年02月19日(水)23時08分53秒
「裕ちゃんっ」
 駆け寄ったのは勿論矢口で。
 手が汚れるのも構わず、中澤の服の裾をぎゅっとつかむ。

「・・・・・・・・・・・手術は終わりました。詳しい説明があるんで・・・・・・30分後に外科病棟に
来てください」
 それだけ告げる中澤。
「お母さんは?!」
「今は麻酔が効いてるので眠ってますが・・・・・・・・多分もうちょっとしたら眼、覚めるんで」
「・・・・・・・・・裕ちゃん?」
 矢口の眼を見ながら言葉を発している中澤。
 でも。
 その眼は何もうつしてないような気がして。
「裕子?ど〜したのさ?」
 泣き出しそうな矢口の声に。
 やっと中澤は笑顔を浮かべる。
「ど〜もせん。大丈夫や」
 ぽんぽん、といつものように矢口の頭を叩いて。

 それでも。

 ぎこちなく笑顔を貼り付けたような中澤の顔は。
 悪い予感をうながすには充分なものだった。

「失礼します」
 外科病棟。
 矢口と保田が中澤のもとを訪れると。
142 名前:Endless story 投稿日:2003年02月19日(水)23時09分47秒
 平家と中澤がいた。

 眉間を人差し指で押さえて。
 じっと書類に眼を通していた中澤は。
 矢口の声でドアに視線を向けた。

 そして。
 中澤は保田がいてることに何だかほっとした表情になる。

「それじゃ、こちらに」
 平家の声にうながされるように二人は長テーブルのパイプ椅子に腰掛ける。

 中澤が二人の前にぽん、と資料を無造作に置いた。
「とりあえず、今日の手術の結果をご報告いたします」
 肘をついて腕を組んで。
 中澤は眼をつぶった。

「開腹手術、そして病巣の摘出、という流れで手術を行うはずでした」
 その話なら聞いていた。
 病巣部分が広範囲にわたってること。
 体力的な問題。

「しかし・・・・・・・・残念ながら。開腹手術を行った段階で」
 中澤は一旦言葉を止める。
「病巣部分の完全な摘出は不可能、と判断しました」

 一瞬、矢口の思考回路が止まった。

 −−−−−−病巣の完全な摘出は不可能−−−−−−。
143 名前:Endless story 投稿日:2003年02月19日(水)23時10分41秒
「それって」
 自分の声が遠くに聞こえる。
「後・・・・・・・もって一年。進行が早ければ、半年かもしれません」
 中澤の辛そうな眼が。
 表情が。
 それだけしか、見えない。

「矢口」
 中澤の声で。
 名前を呼ばれて。
 金縛りがとけた。

 矢口はそのまま部屋を飛び出した。

「矢口っっ!!」
 数メートルも進まないうちに。
 後ろからつかまれた。
 そのまま抱きしめられる。

 誰か、なんて。
 振り向かなくても。
 声聞かなくても。

 腕。
 匂い。

 それだけでわかる。

「ごめん」
 そう言われて。
 矢口は中澤の手を振りほどいた。
 立ち尽くす中澤。
144 名前:Endless story 投稿日:2003年02月19日(水)23時11分41秒
「・・・・・・・・・・っ!」
 泣き顔を見られたくなくて。
 そのまま中澤の胸に矢口は飛び込んだ。

「嫌だっ。嫌だよぅ・・・・・・・・・」
 ぽかぽかと中澤の胸を叩きながら。
 中澤の言葉を聞きたくなくて。

 認めたくなかった。
『ごめん』
 なんて。
 まるで手術が失敗したような言葉じゃん?
 違う。
 矢口が聞きたいのは。
 そんな言葉じゃなくて。

「鎮静剤っ。早くっ」

 遠くで誰かの声が聞こえるけど。

 そんなの関係ない。

 抱きしめてくれる優しい腕。
 大好きで大好きでたまらないけれど。
「矢口。頼むから落ち着いて。うちの話を・・・・・・・・」
 聞きたくない。
 絶対に聞かない。
 認めない。
 矢口は腕を突っぱねる。
「嫌い。裕ちゃんなんて、大嫌いだっ!!」

 そのまま。
 矢口の身体は静かに崩れ落ちた。

 勿論。
 崩れ落ちる前に。
 抱きしめてくれた腕。

 その腕が震えていたことに矢口は気付いていない・・・・・・・・・。
145 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月19日(水)23時20分29秒
>>名無し読者さん
 ・・・・・某板某作者にしてる意味があるんだろうか?と悩みつつ(笑)
 ん〜、安倍さんね〜・・・・・。

>>読者さん
 ん〜、彩っぺ・・・・・。

 ・・・・すいません、何も考えてませんでした(ぺこり)
 登場させてみて適当に考えようかと思ってたんですが、思いつかず・・・・(汗)

 っつ〜ことでごめんなさい、今日の更新終了。
146 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月20日(木)01時40分32秒
あぁ、続きが気になる〜!!明日も楽しみにしています(^o^)
147 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月20日(木)19時20分31秒
やぐちが切ない・・・。
続きまてまーす。がんばってください。
148 名前:Endless story 投稿日:2003年02月20日(木)23時08分42秒
〜〜〜2〜〜〜

 一週間が過ぎた。

『しばらく圭ちゃんとこいてるから』
『わかった』

 医務室でのやりとり。
 それきり、矢口は中澤に会っていない。

 病院にも、中澤の部屋にも、矢口の家にも。
 どこにも行きたくなくて。

「こら、矢口。こっちだよ」
「・・・・・・・・うん」

 見かねた保田が一生懸命、大学だ、買い物だと連れまわしてくれてて。
 ありがたい、って思うけれど。
 何か全部が矢口の中を素通りしていく。

 そんな気がして。

「疲れた?」

 いつの間にか脇にいた矢口がいなくなって。
 保田は慌ててキョロキョロとあたりを見回す。

「・・・・・・・・・・・」

 いつの間にか。
 道端。
 矢口はしゃがみこんでいた。
 膝を抱えて。

 保田はため息をつく。

「矢口・・・・・・・・」

 声をかけたけれど、矢口はぴくりとも動く気配はない。
149 名前:Endless story 投稿日:2003年02月20日(木)23時09分28秒
 ぽつん。
 冷たいものが頬を濡らした。

「雨、だ」
 矢口に聞かせるともなしに保田は呟く。

 サァー−−−−−−−−−。

 人の流れが慌しくなる。

「矢口。風邪引くよ。帰ろう」

 差し出された腕を矢口はぼんやりと見つめた。

 帰る?
 どこに?
『裕ちゃんなんて、大嫌いっ』
 一週間前の光景がフラッシュバックする。
『病巣の完全な摘出は不可能』
 矢口は首を振る。

 帰れない。

「矢口っ」
 動こうとしない矢口を保田は無理矢理立ち上がらせる。

 ねぇ裕ちゃん。
 矢口、どこにも帰れないよ。

 保田に腕をつかまれながら。

 矢口の頭の中に浮かぶのはたった一人。

 悲しげな。
 寂しげな。
 辛そうな顔した、たった一人の人。

 笑った顔を思い出したいのに。
 どうして、できないんだろう。

 街中。
 どんなにたくさんの人がいても。
 矢口は独り、だった。
150 名前:Endless story 投稿日:2003年02月20日(木)23時10分15秒
 同時刻。
「雨、か」
 中澤は、急に降り始めた雨を。
 病院の渡り廊下で見上げた。

 矢口が帰ってこない。
 病院にも姿を現さない。

 ・・・・・・・・・・・・・・・何やってんねん。

 その言葉は。
 誰が言われるのに一番適切なのか。

 どいつもこいつもやな。

 中澤は自嘲する。

「中澤先生」
 声をかけられ、振り向いて見れば。
「矢口・・・・・・・・さん」

 サァー−−−−−−−−−−−。

 雨は。
 止む気配なく、降り続く。

「私、いつまで入院してなきゃいけないんですか?」
 てっきり矢口のことを聞かれるかと思っていた中澤は。
「え?」
 拍子抜けした顔をする。

「検査も終わったし、手術も終わって。これ以上ここにいる必要、ないですよね?」
 無邪気な微笑み。
 中澤はぽりぽりと頬をかいた。
「まぁ、そうですけど・・・・・・・・・いつ、退院希望ですか?」
「今日お願いします」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声を中澤はあげて。
 慌てて咳払いで誤魔化す。

「・・・・・・・・何でまた・・・・・・・・」
151 名前:Endless story 投稿日:2003年02月20日(木)23時12分09秒
 中澤は呟いて。

 矢口の母親の強い意志を感じさせる眼を見て。

 再び、頬をぽりぽりとかいた。

 手術の結果を誰よりも冷静に受け止めたのはこの人やったんかもしれん。
『そうですか』
 手術結果を聞いたとき。
 泣くでなく、怒るでなく。
 諦めている、わけでもない。

 何人もの患者を診てきた中澤にはわかった。

 あぁ、この人は本当に強い。

 そしてまた。
 いきなり矢口の母親が急に退院を、と言った理由もわかってしまった。
152 名前:Endless story 投稿日:2003年02月20日(木)23時13分20秒
「・・・・・・・・・わかりました。うちの口から矢口に伝えます」

 矢口の母親の眼がふっと和らいだ。
「・・・・・・・・あんまり真里ほっといたら・・・・・・・返品してもらうわよ?」
 とん、と中澤の胸を一つこづいて。
「返せって言われても返さないって言いませんでしたっけ?」
 答える中澤の眼に、もう迷いはない。

「あんまり年寄りに気、もませるんじゃないわよ」
 クスクスと笑った矢口の母親に。
「まだ人生の修行、足りないもので」
 中澤の返答。
 矢口の母親はもう、何も言わなかった。

 サァー−−−−−−−−−−−−。

 窓の外の雨を中澤と矢口の母親。
 二人で眺めていた。
 それぞれの想いを胸に抱きながら。
153 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月20日(木)23時16分49秒
>>名無し読者さん
 いつもレス、ありがとうございます。どんどん気になっちゃってください(笑)

>>名無し読者さん
 切ない感じですよね〜。まぁいつまでこの切なさが続くかは・・・・(笑)

明日、今週末は多分更新できません。っつ〜ことで今日の更新はここまで。
154 名前:某名無し。 投稿日:2003年02月20日(木)23時22分21秒
はい。読ませて頂きました。
某板某作者様のやぐちゅーに惹き込まれっぱなしです。
やぐちゅー最高!!
次回の更新もずっとずっと期待しながら待ってます。

…今週末はホントに楽しみですよw
155 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月21日(金)00時26分21秒
矢口ママほんと強いですね。
かなり好きになってきた・・・
156 名前:名無し読者。 投稿日:2003年02月21日(金)18時59分27秒
みんなつらい・・・
やっぱり作者さんの小説大好きです。
頭から10回ぐらい読み直しちゃいました(w
157 名前:Endless story 投稿日:2003年02月24日(月)23時55分39秒
〜〜〜3〜〜〜

 ピンポーン。
 深夜に鳴ったチャイム音。

 ・・・・・・・・・・・・・誰だ?

 保田が訝しげに首を傾げる間もなく。

 ピンポーンピンポンピンポン。

 連呼されるインターホン。
 ベッドの脇で。
 きっと見ていないのだろうけど。
 深夜テレビに視線を向けていた矢口の肩がびくっと動いた。

「矢口?」
 不思議そうな保田の声が聞こえているのかいないのか。
「裕ちゃんだ」
 そう呟いて。

 矢口は迷いもせず玄関に向かった。
「え?ちょ、ちょっと」
 矢口、おかしくなっちゃった?
 保田は慌てて矢口の後を追う。

 ガチャリ。
158 名前:Endless story 投稿日:2003年02月24日(月)23時56分09秒
 不意に開いたドアに、中澤は特に驚いた表情を見せなかった。
 見上げてくる瞳を。
 真っ直ぐに受け止めた。

「迎えにきたで」
 簡単に告げられた言葉。
「・・・・・・・・・・遅いよ、アホ」
 矢口も簡単に返す。

 矢口は中澤をドアの中へ引っ張り込む。
 そのまま、中澤の首筋に抱きついた。

「・・・・・・・寂しかったんだからな」
「うん。ごめん」
 当然のように回された腕に。

 あぁ。
 やっと全てが現実感をともなって流れ込んでくるような。
 不思議な感覚。

「・・・・・・・・・・逢いたかった」

 耳元でぼそり、と囁かれて。

「・・・・・・・・・泣くなや」
「泣いてないもん」

 中澤は何も言わずに、矢口の頬をぺろり、と舌で一舐め。
「・・・・・・・・・しょっぱい」
「・・・・・・・・・当たり前だろうが」
 思わず笑ってしまった矢口を。
 中澤は愛しそうに見つめる。
159 名前:Endless story 投稿日:2003年02月24日(月)23時56分52秒
「矢口が好きやねん」
 何でもないことのように、呟かれた言葉だけど。

 中澤がどんな想いでそれを言ってくれたのか。

「矢口は裕子のこと、愛しちゃってるよ?」
「アホ」
 それでも。
 嬉しそうに。
 中澤がもう一度矢口の顔に唇を寄せた。

 コンコン。

「「ん?」」

 中澤が顔をあげて。
 矢口が後ろを振り向くと。

 壁を指で軽く叩いた・・・・・・・・・・お邪魔虫。
「ここ、一応アタシの家なんだけど?」

「「あ」」
 再び仲良く声をあげた二人に。
「・・・・・・・・・・あんたたち、ホントいい性格してるわ」
 保田は呆れ顔。

「・・・・・・・・・矢口、ずっと中澤さんのこと待ってたんだ?」
 お母さんのことがショックで受け止められなかったんじゃなくて?
 保田がふっと呟く。

 中澤の腕の中。
「・・・・・・・・・・・そりゃ、お母さんのことは・・・・・・ショックだったし。悲しかったし。
 それでも」
 矢口は口ごもる。
160 名前:Endless story 投稿日:2003年02月24日(月)23時57分43秒
 泣いて、泣いて、泣いて。
 ふっと思い浮かんだのは、中澤のこと。
 裕ちゃんが矢口のこと置いていっちゃったらどうしよう?
 自分から離した中澤の手。
 戻れるはず、ないって。

 鳴らない、携帯。
 こない、メール。

 アンタなんていらん。
 そう言われるのが怖くて。

 矢口は全然強くなってなんかなかった。

 不安で寂しくて。
 どうしようもなくても。
 抱きしめてくれる腕もなくて。
161 名前:Endless story 投稿日:2003年02月24日(月)23時58分25秒
 ぽつぽつと話す矢口に保田はやっぱり呆れたような視線を向けた。

「そんなんだったら、私が首根っこひっつかまえてでも、中澤さん連れてきたわよっっ!!」

 首根っこひっつかむって・・・・・・・。
 うちはネコやないで・・・・・・。

 ぼそぼそ呟いてる中澤の声は幸いなことに保田には届いてなかったみたいで。

「も〜、さんざん心配した私がバカみたいじゃないのよ」
 ぶつぶつ言いながらも。
 保田は安心したような表情をしていて。

「ごめんってば」
 するり、と矢口は中澤の腕の中から抜け出す。
「帰る準備、するんでしょ?」
「へへ」
 照れくさそうに笑った矢口は。
 やっぱり、いい顔してるな〜と。
 振り回されただけね、私。
 ため息つきながらも。

 まぁ。
 良かったじゃん。
 保田は軽く矢口の頭をこづいた。

「いろいろお世話になりました」
 ぴょこん、と頭を下げる矢口の横で。
 中澤もぺこり、と頭を下げる。
「もう二度と来るんじゃないわよ」
 保田の言葉に送り出され。
162 名前:Endless story 投稿日:2003年02月24日(月)23時59分11秒
 帰りの車の中、矢口も中澤も無言だった。

 別に。
 何を話さなくても。
 たまにある、信号待ち。
 ぎゅっと手を握り合ったり。
 つんつん、と中澤が矢口の頬を突っついたと思ったら。
 も〜、と今度は矢口から。

 会話はなくても。
 居心地のいい、穏やかな空間。

 中澤の家について。

 ベッドルーム。
「あ〜〜」
 幸せそうに中澤は矢口を抱きしめて。
 首筋にキスを落とした。
「こらこらこら」
 言いながらも、矢口も抵抗してなくて。

「矢口の匂い〜」
「犬かいっ」
 まぁ。
 矢口も同じように中澤の匂いをくんくん、と嗅いで。
 裕子の匂いだ、なんてやってるわけで。

「あ〜。あかん。めっちゃ今、幸せや」
 ぎゅっと矢口を抱きしめたまま。
 中澤はそのままごろん、とベッドに横たわった。
「・・・・・・・・・いいじゃん、幸せで。矢口だって幸せだよ?」
 何するんだよっ。
 憎まれ口叩きながらも。
 矢口は、中澤に馬乗りの体勢になる。
163 名前:Endless story 投稿日:2003年02月24日(月)23時59分42秒
 そっと、顔にかかった中澤の前髪をかきあげて。
「裕子に抱きしめられるだけで幸せなんだ、矢口は」
 確認するように呟かれた言葉。
 中澤は眼を細める。

「・・・・・・・・・・・・なぁ矢口。お母さんのことやけど」
「裕ちゃんのせいじゃないよ」
 矢口はぎゅっと唇を噛み締めて、首を横にふる。
「そういうんじゃなくて」
 中澤はそっと矢口の頬に手を伸ばす。

「もし、な。矢口のお母さんが嫌って言わへんかったら」

 −−−−−−−−ここで三人で一緒に暮らさへんか?−−−−−−−−

 唐突な、提案。
「・・・・・・・・・いいの?」
「病院から近いし。結構立地条件ええし。もし何かあってもうちおったら・・・・・・ちょっとは
安心できるやろ?」

 中澤の手が柔らかく矢口の頬を包み込む。

「裕子・・・・・・・・・・」
 矢口の眼からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「あ。また泣かせてもうた」
 そっと中澤は矢口を抱き寄せる。

「矢口のそばにおりたいねん。あかん?」
164 名前:Endless story 投稿日:2003年02月25日(火)00時00分21秒
 手術が終わって。
 矢口に手を振りほどかれたとき。
 あぁ。
 何だか心が空っぽになった気がした。

 想像を超えて広域だった病巣。
 検査で発見できなかったショックと。
 何もできなかった自分の無力さ。

 矢口がいなかった一週間。
 何度も携帯を見た。

 鳴らない、携帯。
 こない、メール。

 矢口がうちのことを許せないなら。
 それはそれでしょうがないと。
 思い込もうとした。

 何度も電話しようとして。
 押せなかった通話ボタン。

 裕ちゃんなんて、いらない。

 そう言われるのが怖くて。

 腕の中。
 しゃくりあげるようにして泣いている。
 大事な奴。
 本当に、愛しい、と思う。
 心から、誰よりも。
165 名前:Endless story 投稿日:2003年02月25日(火)00時00分54秒
「矢口とうちが出逢ったのが運命なら。
 二人でそれを宿命に変えていこう」

 運命は、命が運ばれてくるモノ。
 宿命は、命を宿すモノ。

「あ〜もう、これ以上泣かせるんじゃないっ。明日お母さんに会いに行くんだからな〜」
 矢口が泣き笑いの表情で言うけれど。

「だってしゃ〜ないやん、ホンマの気持ちやねんから。
 ・・・・・・・・・それより、返事は?」

 こつん、と額と額をくっつけて。

「言わなきゃわからない?」
 見詰め合う、瞳。
「わからん」
 中澤の返事に。
 矢口は眼を細めて笑った。
「それじゃ、教えてあげるよ。・・・・・・・・これから一生かけて」

 ん?

 首をかしげた中澤の唇に。
 矢口はそっと顔を近づける。

「愛してる」
「うん・・・・・・うちも愛してる」

 唇が触れ合うのが早かったのか。
 そうじゃなかったのか。

 これから何が起こっても。
 それでも、この気持ちが真実だと思えるから。

 ともに生きていこう。

 生がある限り。
 そこにあるのは、Endless story。

                                【end】
166 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月25日(火)00時05分25秒
>>某名無し。さん
 いつもありがとうございます。

>>名無し読者さん
 ん〜、もうちょっと矢口母、書きたかった気もしつつ。あんま書くとボロが
 でそうだったんで(苦笑)

>>名無し読者。さん
 10回・・・・いや、ありがとうございます。
 何か嬉しいっす^^

っつ〜ことで今日の更新終了。
167 名前:らん 投稿日:2003年02月25日(火)00時18分06秒
いやー、泣けました。
はじめは「やぐちゅー」である、嬉しさに。
話途中では「ヤグチ」の不遇さに。
終わりあたりには、予想できない「ふたり」のすれ違いに。
そして最後には、勝手に思っていた不幸な展開でなく、
「やぐちゅー」に注がれる、作者さんの深い、深い愛情に。

「やぐちゅー」好きにはたまらない、
お互いを思いやる深い気持ちが見事に表現されていて、
本当にいいお話でした。

これからも、作者さんの温かい「やぐちゅー」話を、期待したいです。
よろしくお願いいたします。

楽しませてくださいまして、ありがとうございました。

168 名前:名無し読者。 投稿日:2003年02月25日(火)01時31分37秒
え〜・・・終了なんですか(涙
愛情がいっぱいの作品ですごく好きなんですが・・・
続編ってか第二部みたいのはないんですよね?
もし・・・気が向いたら・・・お願いします。

お疲れ様でした。
本当に思いやりいっぱいのやぐちゅーをありがとうございました。
次作、勝手に楽しみに待ってます(w
169 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月25日(火)02時22分51秒
ああ〜終わってしまった。嬉しいような悲しいような…
でも、すごくよかったです!!やっぱ、やぐちゅーは最高ですね(^O^)
又、いつの日か某板版作者さんのやぐちゅーが読める日を楽しみにしています。
本当にお疲れさまでした☆
170 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月25日(火)07時04分03秒
終わってしまった・・・。
本当におもしろかったです。作者さん、お疲れ様でした。
気が向いたらでいいので、次作・・・切に希望です!!
171 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月25日(火)17時42分16秒
作者さん、お疲れ様でした!!
毎日楽しみにしてたので終わってしまって・・・。
矢口ママのことは悲しかったですけど、この3人の新生活が気になります。
番外編として書いて欲しいです。お願いします!!
172 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月25日(火)23時06分58秒
偶然

「あれ?」
 夕焼けがやけに綺麗だった。
 だから、というわけじゃないんだろうけれど。
 普段起こらないことが起こる、そんな予感があった、そんな日。

 渋谷で。
 矢口は鞄をごそごそとあさり始めた。
「あれ?あれ?」

 数分後。
「え〜、嘘、やばいよ〜」

 公衆電話に向かって走り出す小さな姿があったのだった。

 ちなみに。
 紹介するまでもなく。
 小さなこの女性は。
 矢口真里、この前20歳になったばかり、都内の大学生、だったりする。

 公衆電話の受話器を握りしめ。
 真剣な面持ちの矢口。
 トゥルルルルルル、トゥルルルルルル。
 呼び出し音が・・・・・・・・鳴った。
 そして、次の瞬間には。
『はい』
 女の人の、声。
「えっと・・・・・・・あの、すいません、私、矢口って言うんですけどっ」
 焦った声の矢口に。
 柔らかい声がかぶる。
『あ〜もしかしてこの携帯の持ち主か?』
「はいっ」
 意気込んで答えた矢口が可笑しかったのか。
 くっくっくっとしばらく笑い声が続いて。
173 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月25日(火)23時07分38秒
『女の子だよ、女の子』
『え〜、マジ〜?市井絶対男だと思ったんだけどな〜』
『顔見るまでわかんないと吉澤は思いますっ』

 ?
 そのバックからの雑談っぽい声に矢口はキョトン、と首をかしげた。

『あんたら、じゃかあしぃっ!!!』
 電話主の怒鳴り声が響いて。
「あの〜・・・・・・・・・・」
 もしかして怪しい人に拾われちゃった?矢口の携帯・・・・・・・・?
 不安げな矢口の声に。

『あ〜ごめんごめん。んで、自分、今どこにおるん?』
 相手は申し訳なさそうに言う。
「渋谷、ですけど」
『あ〜やっぱり』
 相手はちょっと困ったような声。
「え〜と」
『アタシな、丁度出勤途中やったから、そのまま電車乗ってもうて、今、新宿やねん』

「・・・・・・・・・・あ〜そうなんですか・・・・・・・・」
 ど〜しよ。
 矢口の迷いが伝わったのか。
『そのまま警察にでも届ければ良かってんけど、急いでたから・・・・・・ホンマごめんな』
 謝る相手の口調は、本当に悪かったな〜と思ってるもので。
 矢口はクスっと笑った。
「携帯落とした矢口の方が悪いんだし・・・・・・・もし良かったら取りに行ってもいいですか?」
 さらっと出た台詞に矢口自身がちょっと驚いたが。
174 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月25日(火)23時08分13秒
 携帯なかったら、困るし。
 ど〜せ暇だし。

 無難な言い訳を頭で考えつつ。

『あ〜〜ん〜〜、別にええけど』
 急に歯切れの悪くなった返事に一抹の不安を覚えながら。

『え〜、嘘、落とした子、来るの?』
『裕ちゃん、大胆〜っ』
『可愛い子だったらいいと思いますっ』

 バックの声にはさらに不安を覚えつつ。
 店の場所、名前を聞いて。
 矢口は歩き出した。

 二人の出逢い。
 それは。
 矢口が携帯を落としたこと。
 たった一つの偶然から始まった。
175 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月25日(火)23時18分06秒
とりあえず、すいません。
え〜と自分の中ではこの「パラレルワールド」は三作あげる予定です。
こんなにレスつくと思わず(汗)

>>らんさん
 すごい嬉しい言葉をいっぱいありがとうございます。期待に添えるかはわかり
 ませんが。自分の中でできる限り表現しきりたいです。

>>名無し読者。さん
 Endless storyの続編は考えてるような考えてないような(苦笑)

>>名無し読者さん
 >>いつの日か・・・・
 っつ〜かえ〜と。もうちょっと続きます。お付き合いください(ぺこり)

>>名無し読者さん
 はい、次作・・・・です(笑)楽しんでください

>>名無し読者さん
 番外編は・・・・書こうと思えば書けそうな気はしつつ。未定っつ〜ことで。

んでもって、スレ名「パラレルワールド」の意味はこ〜ゆ〜意味です。
あったかいレス、いっぱいありがとうございました。
もうしばらくおつきあいください。
っつ〜ことで今日の更新はここまで。
176 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月25日(火)23時56分27秒
待ってました!!!
>もうしばらおつきあいください。
しばらくなんていわず、いつまでもお付きあいしますよ(笑)
177 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月26日(水)05時19分18秒
やったぁ〜!!マジで嬉しいです!
176さんに同じくずっ〜とお付き合い致します(^O^)v
これからも頑張って下さいね☆
178 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月26日(水)20時51分48秒
新しいお話が始まりましたね。
非常に嬉しいです。

紗耶香によっすぃ〜・・・
今回は、男前三人衆ですね。

裕ちゃん、ヤグチ持ってかれないように頑張れ!!


179 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時08分09秒
必然

〜〜〜1〜〜〜

 矢口は五分ほど。
 教えられた店の前でたたずんでいた。

 ・・・・・・・・・・ここ、だよねぇ・・・・・・・・・。

 教えられた道順通りに来て。
 教えられた名前の店が目の前にあって何を今更ってな感じなのだが。

【レディースオンリーバー】

 黒々と書かれたこの文字は・・・・・・・・。

『店の名前はFishや』

 確かにその文字もあるけれど。

 う〜ん。

 え〜い、なるようになるだろっ。

 半ばやけくそ気味に矢口はその店のドアを開けた・・・・・・・・。

「いらっしゃい」
 意外と想像してたよりも店は狭くて。
 カウンター10席くらいに、テーブルが4つほど。

 まだ準備中なのか、店を開けたばっかりなのか。
 お客さんの姿はない。

 キョロキョロと物珍しそうに店内を眺めてる矢口に。
「初めて、だよね?」
 スーツ着た・・・・・・・・背の高い人が近づいてきた。

 ・・・・・・・綺麗な人だな〜。
 第一印象は、それ。
「もしかして、緊張してる?とにかく、座りなよ」
 肩を抱かれて・・・・・・・・。

 って、違うじゃん、矢口、お客じゃないし。
180 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時08分47秒
 矢口が口を開こうとしたその時。
「吉澤、その子客と違うで」
 奥から声が飛んできた。

「アンタやろ?携帯落とした子」
 奥から姿を現したのは。

 バーテンダーのカッコした・・・・・・。
 金髪。
 ピアス。

「アンタ、寝てるんか?」
 携帯を眼の前でぶらぶらされて。
 思わずその人を凝視してたことに矢口は気付く。

「あ、いや、え〜とっ!!」
 眼、青い。
 カラーコンタクトかな。
 思わず意味不明な言葉を言ってしまったにも関らず。
 やっぱり矢口はその人から眼がはなせなくて。

「・・・・・・・何やねん?」
 電話で聞いたのと同じトーンの関西弁。
 きつい眼差し。
 でも。
 優しいトーン。
 何だか、落ち着く。

「え〜と。あの、私、矢口真里って言います。名前、教えてもらえますか?」

 一瞬、きょとん、とその人の表情が動いた。
181 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時09分30秒
「は?アタシの?」
「はいっ!!」

 勢い込んで頷くと。
 その人の表情がいきなり崩れた。
「・・・・・・・・・・こ〜ゆ〜店やって言うのでびびってたんやなかったんや」
 くしゃっと笑ったその笑顔から。
 眼が離せない。

 え?
 何これ。
 何で矢口ドキドキしてるんだろ?

「アタシは中澤裕子」
 律儀にそう答えてくれて。
 でも。
「アンタいくつや?こ〜ゆ〜店はまだ早い。さっさと帰り」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 ボカ。
 思ったよりいい音がした。

「何すんねんっ?!」
 矢口を睨みつけてくる中澤。
 矢口は無言のまま学生証を突き出す。
182 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時10分39秒
「・・・・・・・・・・?」
 黙ってしばらく中澤はその学生証と矢口の顔を見比べて。
「え?!アンタ二十歳なん?」
「ど〜せ童顔だよっっ!!!」
 再び手をあげたらさっさとよけられた。
「うわ〜、びっくりした〜」
 ケラケラと笑う姿にむかついて。
「うわ、むかつく〜っ!!!」
 思いっきり叫ぶと。
「え〜やん、若く見えるねんから」
 さっきとは打って変わってしみじみと実感こもった言葉。
「・・・・・・・・・・・中澤さん、いくつなの?」
 思わず矢口が聞くと。
「女性に歳聞くなや」
 さっきのお返しとばかりにボカリ、とこづかれた。
「・・・・・・・・・・・なんだよ、矢口の歳は聞いといてさ〜〜」
「アンタから見せてきたんやろ」
 ジロリ、と睨みつけられても、全然怖くない。
「アンタじゃない。矢口って呼んでよ」
 真っ直ぐに見つめると。
 中澤の眼が少し、揺れた。

「・・・・・・・・・・・・・」
 何も言わない中澤。
「んじゃ、矢口は裕ちゃんって呼ぶからさ」
「呼ばんでええっ!!」
「可愛いじゃん♪」
「アンタなぁ・・・・・・・・・」
 苦笑いした中澤に。
「アンタじゃないっ。矢口」
183 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時11分16秒
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

 無言の睨み合い。
 負けたのは中澤だった。

「・・・・・・・・・・矢口」
 ぼそり、と呟かれた声に。
 矢口は破顔する。

「裕ちゃん♪」
 矢口が中澤に抱きつくと。
「誰が裕ちゃん、呼んでいいっつってんっ!!」
「い〜じゃん、減るもんじゃあるまいしっ!!」
 中澤の声に負けまいと矢口が叫び返す。
「減るっ!!」
「減らないっっ!!」

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

 再び無言の睨み合い。

「すげ〜・・・・・・・・・・」
「裕ちゃんと対等に渡り合ってるよ、あの子・・・・・・・・・」

 ボソボソと呟かれた声にふと我に返ったのか。
 中澤は乱暴に自分の髪をかきあげた。

「・・・・・・・・・・・・・・市井、吉澤。無駄口叩いとらんとさっさと自分の持ち場戻れや」
 ドスのきいた声。
「あ、はい」
 神妙な声はさっき矢口に声かけてきた人。
「はいはい」
 中澤の声に慣れきったような人は・・・・・・・・ちょっと幼い感じかな?クールな感じの人。
184 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時12分59秒
「・・・・・・・・・・・矢口」
 不意に頭に手をのせられた。
「ほら、これ」
 反対の手で、携帯を握らされて。
「わざわざここまで来させたんも悪かったし。一杯だけおごるから。それで帰り。な?」
 中澤は困ったような顔をしていた。

 矢口はぎゅっと唇を噛む。

「矢口がいるの、迷惑?」
 ストレートに聞くと。
 中澤は息をのんだ。
「・・・・・・・・・・・矢口は。こ〜ゆ〜世界、全然知らんやろ?はよ帰り。それが一番やから」
 ちゃんと自分の名前を矢口って呼んでくれる。
 それだけが嬉しいのに。
 何でこんなこと言うんだろう、この人は。

「・・・・・・・・・・・矢口のイメージのカクテル、作ってよ」

 挑むように見上げたら。
 中澤はふっと笑った。
「まかしとき」
 くしゃくしゃって。
 乱暴に髪の毛、撫でられて。
 それでも。
 ほっとしたような表情が悔しい。

 わかんないよ、こんな気持ち。

 中澤が作ってくれたカクテルは。
 淡い、ブルーの色をしていた。
 甘くて。
 一気に飲みほせるような、そんな気はしたけど。
185 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時13分44秒
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 矢口は無言のままカクテルを口にしていた。
 本当に、少しづつ。

 これ、飲んだら帰らなきゃいけないのかな?

 中澤は無言のまま。
 グラスを磨いてる。
 そっけない表情からは何も読み取れない。

「ちょっといい?」
 カウンターに座ってた矢口の横の椅子がガタリ、と鳴った。
「市井紗耶香って言います。よろしく」
 にこり、と笑った顔は。
 男装させとくのが惜しいくらい可愛かったんだけど。
「・・・・・・・・・矢口」
 自己紹介しようと言いかけたら。
「さっき聞いてたからいいよ」
 笑われた。

「カクテル、美味しくない?」
 ふと真面目な表情になって市井が矢口に問い掛けた。
「?美味しいよ?」
 不思議そうな表情になる矢口。
「ならいいけどさ。裕ちゃん、気にしてるみたいだから」
 え?
 ちらり、と中澤の方を見ても。
 別にこっちを気にしてる風もない。

「・・・・・・・・・・裕ちゃんの強がりだよ」
 いきなり市井はぐいっと矢口が少しずつ飲んでいたカクテルをぐいっと。
 一口で空けてしまう。
「「あ」」
 え?
 声をあげたのは、勿論矢口で。
 もう一人分の声は・・・・・・・中澤。
186 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時14分20秒
「紗耶香、アンタ・・・・・・・・」
 中澤が市井を睨むが。
「あ〜、間違えちゃった。お詫びに矢口、こんなカウンターでいないで、こっちの
テーブル席においでよ」
 ぐいっと手を引かれ。

 ぼちぼち客が入り始めている店。

 矢口はテーブル席の隅っこで、ちびちびとカクテルを口にしていた。
「市井の奢りだからさ」
 そう言ったきり。
 市井は接客の方に行ってしまって。
 矢口は手持ちぶさた。

 ちらっと中澤の方を見ると。
 一瞬眼があって。
 ふいっとそらされた、視線。

 ・・・・・・・・・・・嫌われちゃった、かな。

 何だか悲しくなって。
『はよ帰り』
 そう言ってくれたのに、矢口、何してるんだろ・・・・・・・・。

 自然と矢口のピッチが早くなる。
「ごめん、お待たせ」
187 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時15分39秒
 しばらくして市井が戻ってきた頃には。
「ん〜?」
「・・・・・・・・・・矢口、酔ってる?」
 酔っ払い特有の。
 とろ〜んとした眼。
 上目遣いで見上げられて、市井は慌てる。
「え〜と、矢口、あのさ・・・・・・・」
「紗耶香、可愛いね〜〜」
 矢口がぎゅっと市井に抱きついた。
「裕ちゃんに嫌われちゃったかな〜」
 どうしよう。
 酔っ払い特有の意味不明なしゃべり方。

 市井はがしがしと髪をかきあげた。
 な〜ん〜で〜、そこで涙眼かな〜〜っ!!!
 腕の中で何だか泣き出しそうな矢口を抱え。
 っつ〜かちょっと待って。
 そろそろアイツ、来る頃じゃん。
 やばいってっ!!
 絶対やばいって!!

 どうしよう、どうしようと。
 市井が必死になって頭をフル回転させても。
 腕の中の矢口が今にも泣き出しそうなのは変わらず。
 時間はたってるわけで。

「市井ちゃ〜〜ん」

 店のドアが開いて。
 市井は思わず天を仰いだ。
 裕ちゃん、助けてよっ!!
 八つ当たり気味に視線をカウンターに向けても。
 中澤は相変わらずのポーカーフェイスで黙々とシェーカーをふっている。
188 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時16分18秒
 自分で何とかしろ、と言うことなのだろうけど。

「あ〜〜っ!市井ちゃんに何してるのさっっ?!」

 他の客への迷惑もかえりみず。
 店に入ってきた途端、市井のところにすっ飛んでくる、人間を。
 後藤真希、という。

「市井ちゃんは後藤のっ!」
 ばりっと矢口を市井から引き離し、大声で宣言する後藤。
「お前はちったぁ黙ってろっ!!!」
 市井の声を聞いてるのか聞いてないのか。
 矢口と後藤はしばらく睨みあって。

「・・・・・・・・・裕ちゃんがいないんだもん」
「え?」
 いきなり矢口の顔が歪んだ。
「矢口、裕ちゃんに嫌われちゃった、かな・・・・・・・」
 シクシクと泣き出した矢口。

 泣き上戸かい・・・・・・・・。

「あ、何だ、裕ちゃん狙いなんだ〜」
 後藤、そこで何和んでるんだ?

 まぁとりあえず・・・・・・良かった、かな?

 矢口を後藤にまかせて。
 そそくさと、席を逃げ出そうとする市井だが。
「あ、市井ちゃん、後藤にも何か持ってきてね〜」
 のほほんとした後藤の声。
「了解了解」
 軽く答えて。
 カウンターに近づくと。
189 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時16分56秒
 ジロリ、と鋭い視線が飛んできた。
「・・・・・・・・・・・あ」
 思わず市井の背中を嫌な汗が流れる。
「いい度胸しとんな?」
「あ、いや、えと、あの」
 長い付き合いだから、わかる、視線の意味。

 裕ちゃんがあんな風に笑うのを久しぶりに見た。
 だから。
 裕ちゃんが矢口を早く帰そうとしてる理由がわかったから。

 もう、誰も好きになりたくない。
 傷ついた、心。
 癒してくれる人なんていらん。
 いつだって裕ちゃんはそう言うけれど。

 市井は違うって思うから、思うんだけど。

「あの子はアタシらと住む世界がちゃうねん。わかっとるんやろ?さっさと帰したれや」

 中澤の視線はあくまでも、厳しい。

 市井はそっと後ろを振り返って矢口と後藤の方を見て。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 中澤と市井は思わず黙り込む。

 いつの間にか隣りの席の客と盛り上がって。
 後藤の手に握られてる、グラス。
 矢口の手に握られてる、グラス。

「・・・・・・・矢口」
 中澤が思わずあげた制止の声むなしく。

「「「「「かんぱ〜い」」」」
190 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時17分38秒
 矢口はコクコクと・・・・・・・。
「あかん、あれ焼酎や」
 ぼそっと中澤は呟くと。
 カウンターから離れた。

 う〜ん、何だかふわふわしてて気持ちいいな〜。

「私ね、後藤真希って言うんだ、よろしくね〜」
「オイラ矢口っ。矢口真里って言うんだ〜。キャハハハハ」
「なら、やぐっつぁんだ〜」
 ん?
 矢口何でこんなとこでお酒飲んでるんだろ?
 一瞬そう疑問に思う気持ちも。
「なら矢口はごっつぁんって呼ぶ〜」
 まぁいっか。
 これ、何のお酒かわかんないけど、おいし〜し♪

「矢口」
 うにゃ?
 視界がぐらぐらと揺れている。
「アンタ・・・・・・・大丈夫か?」
 ぼんやりと、見える顔。
 ぼんやりとしか、見えない顔。

 う〜〜ん。

 抱きついちゃえ。

「・・・・・・・・・ぅおいっ。アンタ何するねんっ!」
「アンタじゃないもん、矢口だも〜ん」

 柔らかい関西弁と。
 あったかい身体。
 いい匂い。
191 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時18分13秒
 矢口はぐりぐりとその人の腕に頭をこすりつけた。

「・・・・・・・・・あかん・・・・・・・完全にできあがっとる・・・・・・・・」
「なんだぉ〜」
 あれ?
 うまく舌がまわらない。
 おや?
 と思ってるうちに。

 腕をつかまれる、感覚。
「・・・・・・・・・立てるか?」
「立てるにきまってるだぉ〜」

 矢口は立ち上がったつもりだった。
 あれ?
 あれれ?
 ぐらっと身体が揺れる。

「・・・・・・・っ!危ないな〜」

 声が、遠くに聞こえる。
 ふわっと身体が持ち上げられる。

「紗耶香、吉澤。ちょっと表の方頼むな」

 ん〜。
 よくわかんないけど。
 抱えあげられてる腕、優しいし。
 何か、いい感じ。

 矢口はぐっとその人の首筋に腕を回した。

「・・・・・・・・・・・・」

 首筋に顔を埋めても。
 その人は何も言わなかった。

 優しく運ばれて。
192 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時18分56秒
「ん・・・・・・・・」

「水、飲めるか?」

 しばらくたって。
 やっと、視界に焦点があった。
「・・・・・・・・・ゆぅ、ちゃん?」
 矢口はソファーに寝かされてた。
 おでこには絞ったタオル。

「あ〜、うん、裕ちゃんや」
 髪の毛を撫でられる感触が気持ちいい。
「ほら、水」
 差し出されたグラスを見て。
 矢口は首を横にふった。
「ん?」
 不思議そうに首を傾げる仕草が。
「飲ませてよ」
 上目遣いで中澤を見上げる矢口。

 中澤は息をのんだ。

「・・・・・・・・・・・眼、つぶっとき」

 矢口がそっと眼を閉じると。

「・・・・・・・・ん」
 飲み干しきれなかった水が、唇の端からこぼれる。

 何度も何度も。
 角度を変えて、深さを変えて。
 水が口の中に運ばれる。

「・・・・・・・・・・矢口」

 掠れた、中澤の声に。
 矢口は眼をあけた。
193 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時19分37秒
「裕ちゃん」
 そっと中澤の首に腕を回す。

 矢口、何やってんだ?

 思わなかったわけじゃないけれど。

「矢口」
 唇が重なろうとした、その時。

 コンコン。

 部屋のドアをノックする音に。
 中澤がびくっと反応した。
 慌てたように矢口から身体を離す。
「・・・・・・・裕子」
 中澤は立ち上がって。
 がしがしと前髪をかきあげる。

「中澤さん、店、もうまわりません〜」

 ドアを開けなかったのは、一応の配慮、というやつか。

 吉澤がドアの外で叫んで再び去っていく気配。

「も〜ちょっと寝とき」
 矢口の顔を見ないようにしながら、中澤は呟いた。
194 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)01時20分10秒
「・・・・・・・・・・・」
 矢口が黙っていると。
 ふわり。
 身体の上に何かがかけられた。

 黒いダウンジャケット。
 くんくん、と匂いを嗅ぐ。
「・・・・・・・・・裕ちゃんの?」
「・・・・・・・・・あぁ」
 ため息のように答えて。

 黙って部屋から中澤は出て行った。

 裕ちゃんの、匂い、だ。
 甘い香水の匂いに引き込まれるように。
 矢口は再び眠りに引き込まれていった。
195 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月27日(木)01時24分54秒
>>名無し読者さん
 いつまでも書いてたらきりない・・・・・(笑)
 っつ〜か構想時間30分の話とは我ながら思えない話になってます(苦笑)

>>名無し読者さん
 ネタがある限りおつきあいいただければ・・・・幸いです♪

>>名無し読者さん
 男前三人衆。どう動いてくれるかは・・・・わかりませんが。
 今のとこ市井さん、いい感じですね〜。

っつ〜ことで今日の更新終了。
196 名前:名無し読者。 投稿日:2003年02月27日(木)04時04分56秒
パラレルワールドの意味理解できました(嬉
良かったです。まだまだ、作者様のやぐちゅーが読めるようで(w
早くも、中澤さんの痛そうな過去が気になって気になって・・・
市井さん&後藤さんの存在もいい味で・・・
また夜、家に帰ってくる楽しみが増えました(w
197 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月27日(木)06時42分27秒
1作目もすごくよかったけど、2作目もおもしろそう!!
でも、裕ちゃんの過去が気になるよ〜
198 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月27日(木)14時13分45秒
2作目もいい感じで楽しみです。
しかし、矢口はすごい積極ですね〜。
199 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時23分19秒
〜〜〜2〜〜〜

 朝の陽射し。
「ん〜〜」
 矢口はベッドの中で大きく伸びをした。

 あれ?

 眼をあけて。

 違和感。

 矢口の部屋じゃない・・・・・・・・。

「えっ?!」
 慌てて起き上がる。
 途端に痛む、頭。
「・・・・・・・・・・・うげ」
 これが俗にいう二日酔い、という奴だろうか。

「う〜〜」
 とりあえず、このまま部屋にいてもしょうがないので。
 矢口は痛む頭をさすりながら、立ち上がった。

 カチャリ。
 そ〜っと、ベッドルームのドアを開けて、ひょい、と首だけ突き出してみると。
 そこはリビングらしき、部屋。
 テレビに、テーブルにソファー。
200 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時23分53秒
〜〜〜2〜〜〜

 朝の陽射し。
「ん〜〜」
 矢口はベッドの中で大きく伸びをした。

 あれ?

 眼をあけて。

 違和感。

 矢口の部屋じゃない・・・・・・・・。

「えっ?!」
 慌てて起き上がる。
 途端に痛む、頭。
「・・・・・・・・・・・うげ」
 これが俗にいう二日酔い、という奴だろうか。

「う〜〜」
 とりあえず、このまま部屋にいてもしょうがないので。
 矢口は痛む頭をさすりながら、立ち上がった。

 カチャリ。
 そ〜っと、ベッドルームのドアを開けて、ひょい、と首だけ突き出してみると。
 そこはリビングらしき、部屋。
 テレビに、テーブルにソファー。
201 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時24分41秒
 ん?
 ソファーの端からはみ出してる・・・・・・布団。

 トコトコと矢口はソファーに近づいて。
 顔がほころぶのが自分でもわかった。

 ・・・・・・・・・裕ちゃん、だ。

 昨日初めて会ったばかり、だけど。
 何だか・・・・・なんだろう、この気持ち。

 矢口はソファーで眠りこけてる中澤の脇にちょこん、と腰をおろした。

 綺麗な金髪だな〜。
 睫毛長い。
 ゆっくり中澤の顔を観察しながら。
 矢口はそっと、中澤の頬に指を滑らせた。

「うわっっ!!」
 いきなり中澤が大声をあげて。
 矢口の手から身をひく。

「あ・・・・・・・・・・・・」
 寝起きで焦点があってないのか。
 ぼんやりとした眼でしばらく中澤は矢口をじっと見つめて。
「ごめん・・・・・・・・ちょっとびっくりして」
 涙眼になってる矢口を見て慌てたように、謝罪の言葉を口にした。
202 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時25分30秒
 が。
「・・・・・・・・・気持ち悪い・・・・・・・・・・」
「はぁ?」
 唖然とした表情をした中澤に。
「・・・・・・・吐く」
 矢口の顔色は、まぎれもなく・・・・・・・蒼白。
「ちょ、ちょっと待ったっ!!」
 再び大声をあげた中澤に。
「・・・・・・・・頭、痛い」
 やっぱり矢口は涙眼のままだ。

「わ〜ったから、ほら、こっちや」
 矢口の手を引いて、トイレに連れて行く中澤。

 矢口の手の小ささに。
 こんなに背、低かったんや。
 改めて驚かされたのと同時に。

 こ〜ゆ〜状況でも。
 何か、可愛いな〜。
 そう思ったことは。

 絶対にコイツはばらさんとこ。

 何となくそう思った中澤だった。
203 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時26分13秒
 一時間後。
 矢口は恐縮しきった表情で、ソファーに座っていた。

 中澤はどうやらかなりの酒豪&二日酔い経験者らしく。

 トイレで吐いてる矢口にペットボトルのお茶を渡して。
『これ飲み切るまで出てくんなや』
 あっさりそう告げて。
 吐くだけ吐いてトイレから出てきた矢口を。
『風呂沸いとるから、シャワー浴びてきぃ』
 さっさとシャワールームに矢口を放り込んだ。

 すっかりゲロ臭くなった矢口の服を洗濯機に放り込んで。

 今、矢口は中澤が用意してくれたバスローブに身をつつんでいるわけだが。

 中澤は台所でごそごそと何かやっている。

「ほら」
 こつん、と乾いた音をたてて。
 湯気のたったカップが眼の前に置かれる。
 不思議そうに中澤を見上げる矢口。
「味噌汁。インスタントやけどな」
 脇にはさっき渡されたのと同じペットボトルが置かれて。

 中澤は大きく伸びをした。
「もぅ気持ち悪くないか?」
 いきなり顔を覗き込まれて。
 矢口は、黙ってこくん、と頷いた。

 中澤は安心したように笑った。
204 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時26分53秒
「なら、寝かせてもらってええかな?アタシ、今日も仕事やねん」
 くしゃくしゃ、と頭を撫でられた。
 優しいブラウンの瞳に。
 矢口の胸の鼓動は跳ね上がる。

「服乾いたら、鍵かけて帰ってくれてえぇし。もう携帯落としたらあかんで?」

 え?

 中澤はもうそれ以上何も言わず。
 話は終わったとばかりに、スタスタとベッドルームに歩き始めていて。

「裕ちゃんっ」

 矢口の呼びかける声に。
 中澤は困ったような顔をして振り返った。

「何やねん?」

「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

 無言のまま見詰め合って。
 先に眼をそらせたのは中澤だった。

「・・・・・・・・・・何で?」
 俯いたままの中澤の表情は、見えない。
「アンタとアタシの住む世界は違う」
 きっと中澤には見えてないだろうけど。
 矢口は首を横にふった。
205 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時27分36秒
「そんなのが聞きたいんじゃない」
 ゆっくりと矢口は立ち上がった。

 矢口はそっと中澤の頬に手を触れる。

 中澤は・・・・・・逃げようとしなかった。

 ただ、困ったような眼で、矢口を見つめている。

「裕ちゃん」
 もう一度矢口は呼びかけた。
 中澤は眼を閉じる。
「・・・・・・・・・・・矢口」

 ぽつん、と呟かれた自分の名前。
 矢口の顔が嬉しそうにほころぶ。

「何でやねん・・・・・・・」
 情けなさそうな中澤の瞳。
「いいじゃん?」
「・・・・・・・・言葉の意味、わかって言ってるんか?」
 軽く答えた矢口の言葉に。
 中澤がいきなり矢口を抱きしめた。

「アタシの好きは。ヤリたいってことやで?」
 鋭い。
 冷たい視線。
 矢口はそれを受け止めた。
206 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時29分02秒
「矢口は別に・・・・・・・・・」
「アホか」
 矢口の言葉を中澤はさえぎった。
「何、らしくないことしてるんやろ」
 中澤はコキコキと首をまわして。
 矢口の身体からさっさと腕を放す。

「帰り」
「嫌だ」
 即答の矢口の返事に。
 中澤は肩をすくめてみせた。

「なら勝手にせぇや」

 あっさりそう告げて。
 中澤はベッドルームに歩き出そうとするが。
 矢口は中澤の前に回りこむ。
207 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月27日(木)23時29分41秒
「・・・・・・・・・矢口のこと、嫌い?」
 見上げる視線。
 中澤は黙りこむ。
「嫌いとか、そういうんちゃうやろ。会ったばっかやし」
 歯切れの悪い中澤の返事。
「・・・・・・・・一緒に寝て、いい?」
 中澤は軽くため息をついた。
「好きにしぃ」
 ポーカーフェイス。

 矢口、何でこんなことしてるんだろ?
 昨日から何度だって思ったけれど。
 まぁいいか。
 目の前で眠るこの人に。
 名前を呼ばれると、嬉しい。
 そんな簡単なことでいいんだって。

 出逢ったのは、偶然。
 そのままほっといたら、逃げていっちゃうくらいに、小さなコト。
 なら。
 偶然を偶然のままになんかしないよ。

 必然にするんだ。

 中澤と同じベッド。
 矢口はそっと拳を握り締めた。
208 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月27日(木)23時34分24秒
二重投稿すいません(汗)

>>名無し読者。さん
 まだまだ・・・・続きますね〜。
 ちゃんと書き上げれるのか一抹の不安は覚えつつ(笑)

>>名無し読者さん
 姐さんの過去、もうしばらく待っててください。

>>名無し読者さん
 矢口さん積極的じゃなかったら話は進みません(きっぱり 笑)

明日の更新はできるかわかりません。っつ〜ことで今日の更新はここまで。
209 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月27日(木)23時42分48秒
すごいですね。30分で考えてるですか〜(驚)
すごい面白いです。
作者さんのペースで頑張って下さい。
210 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月28日(金)23時16分45秒
運命

〜〜〜1〜〜〜

「こら、裕子っ。起きろっ!!」
 ん〜?
 ゆさゆさと身体が揺すられる感覚。
「今日は早出だって言ってたじゃん?何で寝てるんだよ〜〜」
 ばしばしと小さな手が身体を叩く感覚。
 イヤ、勿論布団の上からだけど。

「あ〜〜」
 やっと中澤が眼をあけると。
「お風呂沸かしといたから、さっさと入ってこいっ」
「・・・・・・・・でかい声で叫ぶな」
 むくり、と中澤はベッドから身体を起こす。
 昨日飲み過ぎたらしい。
 かすかに残る、頭痛。

 眉間に皺を寄せて。
 こめかみに手をやる中澤を見て。
「・・・・・・・・お水、持ってこようか?」
 心配そうな表情を見せる矢口。

「・・・・・・・いらん」
 そっけなくぼそっと呟いて。
 中澤は立ち上がる。

 時計を覗き込むと4時を回っていて。
 差し込んでくる夕陽が少し、まぶしい。
211 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月28日(金)23時17分30秒
 昨日は嫌な客がきとって・・・・・・・・。
 店閉めた後、紗耶香、吉澤と飲みにでて。
 朝方でも飲める店があるってのはさすが新宿や、とか妙なとこで感心してもうたな。

 何時に帰ってきたんやろ?

 全然覚えてへんわ。

 シャワーのお湯が頭の痛みを和らげてくれる。

 ってかそういや、矢口何でおるんや?
 確か今日はバイトのはず。

「矢口〜」
 とりあえず、いったんお湯を止めて。
 バスルームから首だけ出してみる。
「何?」
 キッチンにいた矢口は。
 振り返って。
 そのまま顔を赤くする。
「何てカッコで・・・・・・・・」
「それより、アンタ今日バイトちゃうん?」
「・・・・・・・遅らせてもらった。あと一時間くらいしたら出るよ」
 あ、そ。
 中澤はそのまま首をひっこめた。

 ちゃぽん。

 湯船につかりながら。

『下宿先、引き払ってきた』

 思い出すのは二ヶ月ほど前のこと。
 はぁ?
 と思いつつ。
 放り出すこともできずに始まった同居生活。
212 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月28日(金)23時18分09秒
 ま、あくまでも同居や。

 気にいらんことしたらすぐに叩き出すで?

 冗談じゃない本気の中澤の台詞に。
 矢口はびびった様子も見せずに、黙って頷いた。

「いいお湯やった。矢口、サンキューな」
 中澤が風呂からあがると。
 いい匂いがした。
「ご飯食べてから行くん?」
 手際よくリビングのテーブルの上に置かれていたペットボトルのお茶を飲みながら。
 中澤が普通に尋ねると。

「・・・・・・・・・何するねん」
 キッチンから飛んできた、台拭き。
「裕ちゃんのご飯に決まってるだろ〜がっ!!」
 さっさとテーブル拭いとけっ。
 続いて飛んできた台詞に。

 中澤は肩をすくめる。
「別にお腹減ってないし」
「・・・・・・・・昨日、いつご飯食べた?」
 ん?
 首をかしげて考え込む中澤を見て、矢口はため息をつく。

「ほら」
 お盆を運んで。
 上に乗ってるのは卵雑炊。
「ちゃんと食べてから出かけろよっ。それからちゃんと食べた後は片付けてテーブルも
拭いておくことっ」
 びしっと中澤の鼻先に指を突きつけて矢口は宣言する。
213 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月28日(金)23時18分49秒
 ん〜〜。
 中澤はしばらく矢口の指さきと、湯気がほかほかとたっている雑炊を見比べて。

 ぱくっ。
 とりあえず、矢口の指を咥えてみる。

「な、な、何すんだよっっ!!!」
 瞬間的に矢口の顔が真っ赤になった。

 やっぱおもろい反応するな〜〜。

 クスクスと笑いたいのをこらえながら。
「人を指差すな」
 真面目な声を出すと。
 矢口はふくれっつら。
「裕子が悪いんじゃん」
 はいはい。

「矢口、もぅ行くから」
 バタバタと慌しく出かける準備をする矢口に。
「お〜、いってら」
 ひらひらと中澤が手をふると。
「・・・・・・・・バイト終わって、行っていい?」
 矢口が微妙な表情をして、中澤の方を見る。
「・・・・・・・・好きにすればええやん?」
 否定も肯定もしない中澤の返事。
「・・・・・・・・そうだよね」
 ちらっと寂しそうな表情を浮かべる矢口に、中澤は何も言わなかった。

 ふぅ〜〜〜。
214 名前:未知との境界線 投稿日:2003年02月28日(金)23時19分19秒
 矢口が出かけて行って。
 中澤はそのまま大きくソファーで伸びをした。

 何やってるんやろうな、アタシ。

 矢口が作ってくれた雑炊は、丁度茶碗一杯分。

 味も量も、中澤好みに仕上がってた。

「・・・・・・・・・・・・」

 もう一度ため息をついて。
 中澤は食べ終わった食器を黙々と洗い始めた。
215 名前:某板某作者 投稿日:2003年02月28日(金)23時21分43秒
>>名無し読者さん
 何となくふっと浮かんできた話なんで・・・・<30分
 自分のペースで適当に頑張ります(笑)

明日は更新できません。っつ〜ことで今日の更新終了。
216 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月01日(土)00時10分07秒
中澤さん、矢口さんにいつも振り回されている気が・・・。
それが面白いんですが(笑)
217 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月01日(土)18時10分19秒
そういえばTVで中澤さんは「食べることに興味がない」って言い切ってたな〜。
218 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時05分22秒
〜〜〜2〜〜〜

「あ〜、やぐっつぁんだ〜、久しぶり」
「お〜、後藤じゃん」

 中澤と出逢って、週に一、二度「Fish」に出入りするようになった矢口はすっかり
店の常連客。
 自然・・・・・・他の常連客とも顔なじみになっていた。

 勿論、酒の飲み方も。

「やぐっつぁん、何飲んでるの〜?」
「焼酎のホットレモネード割り」

 ・・・・・・・・・・・・微妙におっさん臭い。

「何だよ」
 矢口が後藤の頭をこづく。
「裕ちゃんの影響?」
「へへ」
 矢口は何も言わずに笑った。
「いいなぁ〜」
 後藤はふにゃっと力の抜けたいつもの笑い方をして。
 ちらっと視線をやる先には市井の姿。
219 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時06分03秒
「いいなぁ〜」
 もう一度呟いて。
「ごっちん、何飲む?」
 吉澤が寄ってくる。
「あ〜、何か適当に」
「・・・・・・・それ、吉澤が中澤さんに怒られるんだけど」
「い〜じゃん」
「良くないってっ!」
 そう言って笑う吉澤の顔は、惚れ惚れするぐらい魅力的だったけれど。
「矢口さんは、おかわりいいですか?」
「ん〜、まだいいや」
「あれ、やぐっつぁん、今日はおとなしいじゃん〜?」
「この前飲み過ぎたから、お金ないんだよ〜」
「裕ちゃんに怒られた、とか?」
 後藤の口からでた質問に。
 微妙に矢口の表情は変化するが。
「そんなんじゃないよ」
 笑って、カラン、とほとんどカラになったグラスを揺らして見せた。

「ホントのとこはど〜なの〜?」
 吉澤が席を立ってから。
 後藤が興味津々、といった表情で矢口の顔を覗き込んでくる。
220 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時06分48秒
「別に?」
 曖昧な顔して笑う矢口に。
 後藤はそれ以上は追求してこようとはしなかった。
「ま、裕ちゃん難しいしね〜」
「難しいって?」
 さきほど吉澤が運んできたマルガリータを口にしながら。
 今度は後藤が曖昧に笑った。
「前付き合ってた人と別れて、もう誰とも付き合わないって」
 何でそんなこと知ってるの?
 探るような矢口の視線に。
「・・・・・・・・前、ちょっとだけ市井ちゃんに聞いた。でも内緒だよ?」
 後藤は困ったように笑った。

「ん〜〜、そっか」
 矢口も。
 それ以上追求はしようとせず。

「裕ちゃん、おかわり〜っ!」
 カウンターに向かって叫ぶ姿は、屈託のないモノだったけれど。
221 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時07分28秒
 珍しく、中澤自身がカウンターから姿を現した。
「ど〜かしたか?」
 ふっと微笑む顔は。
 営業用だってわかってても。
「・・・・・・・・・何でもない」
 中澤の表情が不審気なものに変わる。
 何も言いそうにない矢口から視線を外して。
「後藤?」
「後藤、何もしてない」
 ジロリ、と鋭い視線。
 ぶんぶんと首を横にふる後藤に矢口は思わず笑ってしまう。
「本当に何もないって。大丈夫だから」
 腕をつかむと。
 中澤は眼を細めた。
 何を考えてるのかつかめない、その表情。

 視線が絡み合って。

 何かを言いかけて、中澤は結局口を閉ざしてしまう。

「あんま遅くならんうちに帰り」
 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
「うん」
 うまく笑えたかな?
 きっと中澤は何か気付いたのだろうけど。
 何も言わずにカウンターに戻っていった。

 カウンターの中で見せる表情は、いつものポーカーフェイス。
222 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時08分18秒
「はぁ〜〜」
 矢口は、思わずため息をつく。
「やぐっつぁん〜」
 ふと気付くと情けなさそうな後藤の言葉。
「裕ちゃん怒らせたら怖いんだよ?」
「・・・・・・・・・そう、かな?」
 思わず首を傾げてしまう。
「そりゃ、やぐっつぁんは怖くないだろうけどさ」
 後藤はぶつぶつ言いながら。
「市井ちゃんは後藤のこと、ちっとも気にしてくれてないみたいだし」
 少し、寂しそうな表情。

 いまのやり取りをまったく気にした風もなく。
 市井は反対側のテーブルで盛り上がってる。

「よしよし」
 頭を撫でると。
 後藤は何も言わずにテーブルに突っ伏した。
「後藤は紗耶香のどこが好きなの?」
 ふっと口から零れ落ちた言葉。
「わかんない」
「・・・・・・・・・・・あ、そ」
 実に後藤らしい答えに、矢口は苦笑する。
「やぐっつぁんこそどうなのさ?」
 裕ちゃんのどこが好き?
 ストレートな後藤の質問に。
 ん?
 矢口はきょとん、とした表情を見せて。
「・・・・・・・・わかんない」
 同じ言葉を返して、二人で顔を見合わせて苦笑い、した。

「まぁ、そんなもんだけどね、人を好きになるってのは」
223 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時08分54秒
 ぽつり、と呟いて。
 後藤は大きく伸びをした。
「後藤は市井ちゃんが好きだから、それでい〜のだ」
 やっと後藤らしい言葉を聞いて。
 矢口は安心したように笑った。
「やぐっつぁん、裕ちゃんの昔の相手とか気にならないの?」
 不意に聞かれて。
「気になるよ」
 矢口は即答する。
 気にならないはずがない。
 秘密、というか。
 何も話してくれない中澤の過去。
 それでも。
「いいよ、矢口は裕ちゃんが話してくれるまで待つつもりだからさ」
 矢口は笑ってみせる。
「やぐっつぁん、微妙に大人だよね」
「微妙、言うなよっ!!」
 ケラケラと笑いあった。

 気にならないはずがないけどさ。
 それでもいいよ。
 待ってるから。

 だから、笑った顔を見せて。
 誰かが側にいてくれるのっていいもんでしょ?
 矢口はさぁ。
 まだまだ頑張れるよ。
 裕ちゃんの過去に興味がないわけじゃないけれど。

 それより。
 これから二人で作っていきたいって思う、そっちの未来の方が大切なんだ。

 矢口の行動に振り回されてよ。
 矢口だけを見て。
 過去なんて気にならなくなるくらい、さ。
224 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時09分40秒
「矢口、来てたんだ」
 ソファーのスプリングが揺れて。
「これもらう」
 了承も得ずにごくごくと水を飲み干すその姿は。
「いち〜ちゃん♪」
 嬉しそうに後藤が市井に抱きつこうとするが。
「う〜、勘弁」
 そう答える市井の顔は真っ赤だ。
「飲みすぎた?」
 心配そうな後藤。
「飲まされたんだよっ」
 きっちり訂正いれて。
 市井は肩をすくめる。

 さっきまで市井がいたテーブルではまだ盛り上がりが続いてるようで。
「ちょっと裏で休んでくる」
 もう一杯一気に水を飲み干して。
 市井は立ち上がる。
「一緒に・・・・・・」
「この業界長いんだぞ?慣れてるし大丈夫」
 コツン、と市井はまだ心配そうな後藤の頭にげんこつを落とす。
「それより、そろそろ帰りな〜。次、また団体さん入るっつ〜話だし、あんま相手できないし」
 まだ顔は赤いものの、爽やかにそう言い放つ市井の姿は。
 確かにこの店のNO1だな〜と思わせるもので。
225 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時10分19秒
「矢口もあんまり裕ちゃんに心配かけんじゃないぞ?」
 はい?
「二人で何しゃべってたんだ〜?」
 裕ちゃん、二人のこと結構気にしてたぞ。
 その分、市井のフォローが少なくて、市井、大変だったんだからな〜。
 ぼやくように言って。
「彩っぺ以来だね、あんな裕ちゃん見るの」
 ぼやきながらも、市井の眼は優しい。
「彩っぺって?」
 矢口の問いかけに。
 まずった。
 市井の表情が困ったものに変化する。
「・・・・・・・・・・・」
 無言で市井をじっと見つめる矢口の視線は妙に真剣だ。
「・・・・・・・・裕ちゃんの昔の知り合い、だよ」
 その言葉だけ残して。
 市井は困ったように髪をかきあげた。
 そして、もうそれ以上何も言わず。
 さっさと奥の休憩室に引っ込んでいった。
226 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時10分56秒
 帰り道。
 無言のままの矢口。
 気遣っているのか後藤は一人しゃべりつづけていたが。
 駅のホーム別れ際。
「さっきの市井ちゃんの、気にすることないよ〜」
 さらり、と出た後藤の言葉。
「・・・・・・・後藤、何か知ってるの?」
 聞くべきか、聞かないべきか。
「裕ちゃんが話してくれるまで待つんでしょ?」
「確かに、矢口、そ〜言ったけどさっ」
 矢口は俯いた。
 気にならないわけじゃ、ない。
「ごめん」
 これ以上いてたら、何言うかわかんないや。
 それだけを呟いて、矢口は立ち去ろうとしたけれど。

「あのさ」
 後藤は矢口を引きとめた。
「彩っぺって、後藤もよく知らないけど。昔、裕ちゃんが付き合ってた人だって」
 それは、何となく、わかる。
 これ以上聞くべきか、聞かないべきか。
 矢口は口元をぐっと引き締める。
「その人は今、何してるの?」
 わからない、という答えを予想していた矢口だったが。
「・・・・・・・・結婚したって聞いた」
「・・・・・・・・・・・・・」
 何も言えず。
 黙りこむ矢口。
「これ以上は後藤も知らないし。後は気になるなら、裕ちゃんに聞きなよ」
 後藤はふにゃっとした笑顔を見せて。
227 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月03日(月)23時11分33秒
「後藤、怒られるんじゃないの?」
「今更聞かないでよ。それに・・・・・・やぐっつぁん泣かせた方が怖いよ〜」
 頑張れ〜なんて。
 相変わらず肩の力が抜けそうな自然体の台詞。

 矢口は大きく伸びをした。

 何か・・・・・とりあえず、いろいろ聞いちゃったけど。
 裕子、怒るかな?
 まぁいいか。
 どんな過去を聞いても。
 矢口は諦めないし、逃げないから。

 覚悟しといてね。

 不敵に笑うその顔は。
 充分魅力的なものだった。
228 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月03日(月)23時16分44秒
>>名無し読者さん
 そろそろ中澤さんに矢口さんふりまわしてもらいます(笑)
 でも結局は・・・・中澤さんがふりまわされるんですよね。へタレだから(おい)

>>名無し読者さん
 自分もそういうイメージありますね<中澤さん=食べない
 あ、でも昨日のANNSで「明日はきつねうどん食べよっ」とか言ってたけど・・・
 きつねうどんだけじゃ栄養ないっすよ?姐さんと突っ込んでみたり(笑)

やっと姐さんの過去がでてきました。っつ〜ことで今日の更新はここまで。
229 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月03日(月)23時22分38秒
とうとう中澤さんの過去がでてきますか〜。楽しみです。
しかし、矢口・・・強すぎ(笑)
230 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月04日(火)18時32分18秒
矢口頑張れ〜。
・・・・・・・・・やぐちゅー大好きなんですが...ヒソカニ。。。アヤユウ・・・モ・・スキナンデスヨネ(w
彩裕も出てきたりするのか・・・密かに期待〜。

でも、やぐちゅー IS No.1(w
231 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月04日(火)23時05分39秒
〜〜〜3〜〜〜

 早出だった中澤は。
 比較的早く帰ってきた。
 早く、とは言っても、3時過ぎごろだったけれど。

 矢口はぼんやりと部屋で。
 中澤がリビングで動く様子を感じていた。

 何となく寝付けなくて。
 それでも、今、出ていけば、無意味に中澤を心配させるのもわかってて。

『ここ、矢口の部屋にしてくれてええから』

 そっけなく言われた。
 まだ、何もかも手探りだったあの頃。

 完全に昼夜逆転生活の裕ちゃんに、普通に学生生活送ってる矢口。
 二人の時間が合うはずなんてないんだけど。

『矢口?』
 眠そうな顔、怒った顔、拗ねた表情。
 ・・・・・・・・そして、無防備な、笑顔。
232 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月04日(火)23時06分10秒
 いろんな顔見て。
 矢口、見る眼あるじゃん。
 こっそり思ってたのは内緒。

 そりゃ、いろいろあっただろうさ。

 それでも・・・・・・・・。

 矢口は深くため息をついた。

 中澤も自室に入ったのか。
 リビングから中澤の気配は、しない。

 カチャリ。

 初めて中澤に会った時、以来。
 矢口は少し緊張しながら中澤の部屋のドアをあけた。

 幼い寝顔。

「ゆ・・・・ぅ、ちゃん」
 小さな呟き。
 そっと頬に手を伸ばす。

 中澤は。
 寝返りをうとうとして。
 不意に、眼をあけた。
「・・・・・・・・やぐ・・・・・・・・?」
 寝ぼけているのか、眼はうつろ。
 黙って泣き出しそうな顔してベッドの脇で動けない矢口。

「おいで」
 中澤は手を伸ばした。
 え?
 いぶかしげな矢口の様子を気にする風もなく。
 中澤はごそごそと動いて、矢口のスペースを作る。
「寝られへんのか?」
233 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月04日(火)23時06分51秒
 布団に引き込まれて。
 耳元で囁かれる声。
「そんなんじゃない、けど」
 矢口のドキドキは止まらない。

 初めて出逢った時以来、一緒に眠る。
 初めて出逢った時以来の、一緒のベッド。

「アタシはアンタの側におるよ」
 きっと寝ぼけているのだろう。
 ・・・・・・・誰かと間違えてるのかも、しれない。
 それでも。
 矢口はぎゅっと中澤にしがみついた。
「だから、側におって」

 抱き寄せられて。
 聞き間違いかと思うような弱い声とともに。
 中澤の寝息が矢口の耳に届く。

「側に、いるよ」
 聞こえていなくても構わない。
「好き。大好き」
 初めて逢ってから。
 初めて言う台詞。

「覚えといてね」
 覚えておくから。

 そっと矢口は眠っている中澤に。
 口付けたのだった。
234 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月04日(火)23時13分01秒
>>名無し読者さん
 自分で読み返してみて確かに・・・・(笑)<矢口さん強すぎ
 欲しいものを欲しいと言えること。真っ直ぐに向かっていける心。
 だから強く見えるのかもしれません。

>>名無し読者さん
 彩裕は・・・・出します。
 確実にでます。ただ、それが読者さんの望む彩裕になってるかは果てしなく疑問(笑)

明日明後日は所用のため更新できるかわかりません。っつ〜ことで今日の更新終了。
235 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月04日(火)23時32分33秒
なんか裕ちゃん一筋な感じの矢口さんが可愛いです(笑)
裕ちゃんもへタレな感じがなんとも・・・いい感じで。
すごい面白いです!!
236 名前:名無し読者。 投稿日:2003年03月05日(水)13時00分57秒
更新ありがとうございました〜。
237 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月06日(木)00時18分38秒
〜〜〜4〜〜〜

 かたわらに、あったかい温もり。
 身体に回された腕。
 何や・・・・・・・・・久しぶりやな。

『裕ちゃん、起きてよ〜、もぅ朝だよ〜』
 腕の中でぐずる声。
『ええやん・・・・・・・・休みなんやしもうちょっとだけ・・・・・・・・』
『海、連れてってくれるって言ったじゃん』
 海?
 あぁ、言ったかもしれんなぁ。
『アタシ、昨日も遅かってん』
『知ってるよっ。でも約束したじゃんっ!!』
 拗ねたような声。

 あの時。
 あの子が本当に海に行きたかったわけじゃなかったって。
 気付いたのはいつやったんやろ?

 私を見てよ。

 図体はアタシよりでかいのに、ホンマ子どもみたいやった。

 いっぱい喧嘩した。

 そんでもって、いっぱい仲直りして。

 腕の中の小さい温もりが、動く。

 ん?
 夢うつつ。
「え?」
 いきなり頭が覚醒する。
 ちゃう。
 彩や・・・・・・・・ない。
238 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月06日(木)00時19分23秒
 がばっと身体を起こす中澤。
 かなり勢いよく身体を起こしたにもかかわらず。

 く〜か、く〜かと幸せそうな寝息を立てているのは。

「・・・・・・・・・矢口」

 何でこんなとこにいるんや?
 まさかアタシ、手ぇ出してないやろな?
 思わず確認しながら。
 おぼろげながらに思い出す。

 あぁ。
 そういえば。
 誰か立ってて。
 何や、めっちゃ寂しそうで。

 夢かと思ってた。

 中澤は髪の毛をぐしゃぐしゃとかきあげた。

 ぎゅっと握られた手。

『かっこつけっ!!』
『そんなアタシに惚れたアンタが悪いんやろ?』

 あの子に持ち上がった縁談。
 北海道のお父さんが倒れられたってことで。

『家に戻ってきて』

 泣き崩れるあの子のお母さんを目の前にして。
 あの子もアタシも。
 何も言えなかった。

『ずっと一緒にいるって約束したじゃんっ。運命だってっ!!』
『・・・・・・・・運命なんか、もう二度と信じへん』

 そう、思った。
 こんなに・・・・・・・・痛い思いをするのなら。
 もう二度と、誰も好きにならない、と。

『裕ちゃんっ』

 もう泣き顔のアンタの顔しか覚えてへんわ。

『帰り。北海道へ』
239 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月06日(木)00時19分58秒
 それからアタシは家を出て。
 一週間、戻らなかった。

 仕事も無断欠勤。
 一週間後。
 どんな手段使ったんかしらんけど。
 紗耶香が血相変えて飛んできた。

『裕ちゃん、彩っぺがっ!!』
『知っとる。ほっとけ』

 一週間。
 ロクにご飯も睡眠もとってなかった。
 痩せて、眼の下にクマつくったアタシに。
 紗耶香は絶句してた。

 それから。
 誰もいない部屋にアタシは帰った。
 荷物はほとんどなかった。

 机の上に、共有してた通帳と、印鑑。

 手紙すらなかった。

 こんなもんや。
 黙ってるアタシに。

『彩っぺからの伝言』
 紗耶香の震える声。
『裕ちゃんのこと忘れたくないから、荷物は全部引き取るって。忘れて欲しくないけど、
忘れてって』
『そうか』

 冷たい、とさえ思えるだろうアタシの声に。
 紗耶香はやっぱり何も言わなかった。
240 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月06日(木)00時20分29秒
 紗耶香が帰って。

 がらん、とした部屋の中。
 くず籠が。
 紙くずで一杯になってるのに気付いた。

 ぐしゃぐしゃになった紙が何十枚も。
 一枚だって、文章になってるものなんてなかった。
 きっとボールペンを使おうとしたんだろう。
 点々とついた、ためらったような跡と。
 濡れた・・・・・・・・きっと、涙の跡に。

『アホやなぁ』

 それでもアタシは泣かなかった。
 それやのに。

 何で。
 何で、今、ここで。
 涙が止まらんのやろ?
241 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月06日(木)00時21分09秒
「・・・・・・・・ん・・・・・・・」
 矢口が身じろぎする気配。
 あかん。
 このままやったら・・・・・・・。
 矢口が握りしめてるこの手を。
 ほどいて立ち上がればいい。

 シャワー浴びて。
 そしたら、いつも通りやろ?

 それやのに。
 何でアタシは動かれへんのやろ?

 矢口がうっすらと眼をあけた。
「・・・・・・・・・・・?」
 ぼんやりとした表情。
 しかし。
 中澤を見た瞬間。
「え?裕子?」
 いきなりがばっと飛び起きた。

 眼をあけたら。
 中澤の泣き顔が、見えた。
 しゃくりあげるでもなく。
 涙を拭うわけでもなく。

 ただ、涙を流す、その姿。

「ど〜したのさ?どっか痛い?」

 中澤は首を横に振った。
「何でもない」
「何でもないわけないだろ〜がっ?!」
 思わず矢口の声が大きくなった。
 中澤は俯く。
242 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月06日(木)00時24分56秒
 その姿は。
 矢口を拒絶してるようで。
「・・・・・・・・・ごめん」
 不意に呟かれた、言葉。
「何で矢口が謝るん?」
「もしかして・・・・・・・矢口と一緒に寝るの、嫌だった?」

 ぎゅっと握られた手から。
 矢口の震えが伝わってくる。

「そんなんやない。そんなんやない・・・・・・・大丈夫やから。一人にして」
 大丈夫やから。
 呪文のようにそう呟く中澤。
「ほっとけるはず、ないだろ?」
 矢口は中澤の頭をぎゅっと自分の胸に抱きこんだ。

「泣いていいよ、付き合うからって・・・・・・・・歌の台詞だけどさ」
 照れくさそうな矢口の声。
「ほっとけないし、ほっとかない。矢口は裕ちゃんが、好きなんだ」

 きっぱりとした声に。
 中澤は矢口の腕の中で抵抗する。
「そんなん言うたらあかん」
「何でだよ?」
 真っ直ぐな強い、眼が。
 中澤を見据えている。

「裕子が他の誰かを選ぶならしょうがないけど、さ。ここには矢口しかいないんだし。
矢口で我慢しとけって」
 結構レアなんだからな〜。
 矢口がここまで言うのって。
243 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月06日(木)00時25分46秒
 矢口はぺろっと中澤の頬を伝う涙を舐めた。

「裕ちゃんは矢口の運命の人だって。矢口はそう思ってるから」

「運命なんて、もう二度と信じへん」

 口をへの字に結んで。
 中澤の言葉に。
 矢口は、胸がズキリ、とするのを感じながら。
 笑って見せた。

「いいよ、それは裕ちゃんの自由だし」

 でも。
 ぎゅっと抱きしめても、もう中澤は抵抗しなかった。
「アホやなぁ」
 しみじみと小さく呟かれたけれど。
 その言葉は聞かなかったことにしてあげよう。

 今、こうしてられるのが嬉しい。

 二人の出逢いは。
 きっと運命だからーーーーーーーーー。
244 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月06日(木)00時28分18秒
レスはまた今度。
ごっつよってます。

今日の更新はここまで。
245 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月06日(木)00時39分39秒
運命・・・いいですね〜(笑)
この2人には幸せになって欲しいです。
某板某作者さんの書く話いい感じですごい好きです(笑)
246 名前:名無し読者。 投稿日:2003年03月06日(木)00時57分16秒
酔っても更新してくれるとは(嬉
彩裕の別れ(痛

この中の矢口、いい意味での若さっていうか・・・
好きなものは好きっていう純粋ゆえの強さがカッコイイっていうか羨ましい(w
247 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月06日(木)01時02分56秒
強いですね、矢口は。早く二人には幸せになって欲しいです!!
248 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時19分12秒
宿命

〜〜〜1〜〜〜

「お待たせ」
 静かなジャズが流れる店内。
 月一の定休日、日曜の夕方。
 眠そうな顔しながら。
 窓際でコーヒーを飲む、人影。

「遅いやん」
 生あくびを噛み殺しながら。
 中澤はやってきた人物に喫茶店のメニューを手渡す。
「ちょっと手間取っちゃって」

 中澤の待ち合わせの相手は、市井。

「同じの」
 メニューに眼を通そうともせず。
 やってきたウェイトレスにさっさとそう告げて。
 市井は中澤を凝視する。
「何や?」
 ふわり、と中澤は微笑む。
 業務用、と呼ばれるそのもので。
「裕ちゃんっ」
 少し怒った声音の市井に。
「はいはい」
 中澤は肩をすくめる。

「んで、何やねん?」
 さきほどの柔らかい雰囲気はまったくない。
 鋭い視線。
「市井、店辞めようと思ってる」
「それで?」
 あっさりとした返事に、市井は探るように中澤を見るが。
 中澤はあっさりとしたもので。
「そんなん雇われマスターのアタシに言うことか?オーナーに言えばいいやん」
 軽く言ってのける。
249 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時20分27秒
 その真意は、見えない。

「別の店が吉澤に引き抜きかけようとしてるの、知ってるよね」
 さぁ?
 とぼけたような中澤の表情。
「かなりえぐい店だって噂、だよね」
 それがどないした?

 雄弁に語る中澤の表情。

「もういいじゃん。一緒に辞めようよ」

 中澤は、何も言わない。

「今日、裕ちゃんこれから、矢口と食事行くんだって?」
 すっと中澤は眼を細めた。
「矢口から教えてもらった。・・・・・・・・そんな怒らなくてもいいじゃん」
「怒ってへん」
 市井は軽くため息をつく。
「怒ってても怒ってなくても、どっちでもいいけどさ。・・・・・・・裕ちゃん、矢口に
惚れてるんでしょ?」

 無言のままの中澤。

「もぅいいじゃん。矢口を幸せに・・・・・・・・」
「アンタに何がわかる」

 腹の底にび〜んと響くような低い声。
 中澤の視線を市井は真っ正面から受け止めた。

「何もわからない」
 それでも。
 市井は言葉をつむぐ。
「彩っぺから手紙がきたよ」
250 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時21分04秒
 簡単な、挨拶、そして近況報告など。
 そして。
 普通なら、文頭に来るはずべき言葉が。
 文末に、あった。

 元気ですか?

 たった一文だけ。

 何となく、わかってしまった。
 誰のことを指しているのか。

「彩っぺ、子どもが産まれたって」

 中澤は眼を閉じる。

「旦那さんいい人だって」
「やめぇ」

 中澤の表情は動かない。
 ぎゅっと血の気がなくなるほど握りしめられた拳。

「やめない」

 唇を噛み締めて。
 市井は中澤を睨みつける。

「あの時、市井は何もできなかった、何も言えなかった」

 ただ、終わってしまった二人の関係を。
 なす術もなく。
 ただ見ていただけ。

「裕ちゃんは逃げただけじゃんっ」

 押し殺した声。
251 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時22分26秒
「アンタ・・・・・・」
 中澤の表情が変わった。
 市井は動じない。
「だから、今でもまだ痛いんだ。彩っぺも逃げたんだ。だから、今でも忘れてない」
「それでええやん」

 一緒に逃げるより。
 誰かを傷つけて幸せになるより。
 自分が傷ついて。
 そして、一生忘れない傷になれば。

 一生あの子を想って生きていく。
 それはそれで楽しいかもしれない。
 そんな風に思った、あの頃の自分。

「人は変わっていくんだ」

 市井は静かに首を横に振った。

「今、裕ちゃんの中に矢口がいるように。彩っぺの中には旦那さん、そして子どもが」
「そんなことないっ!!」

 思わず大声をあげた中澤。
 周りのいぶかしげな視線をものともせず。

「裕ちゃんだってわかってるはずだ」

 市井の言葉が。
 中澤を傷つけていく。
 わかっていても。
 市井は言葉を止めない。

「市井はもう、二年前の市井じゃないよ」
252 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時22分58秒
 中澤は苦笑する。
「そうみたいやな」
 ここまでずばっと言われるとは思ってなかった。
「後藤が、市井を変えてくれた」
 市井は立ち上がった。
「裕ちゃんを変えたのは、矢口、じゃないの?」
 確信犯め。
 ジロリ、とした中澤の視線をものともせず。

「ここ、裕ちゃんのおごりね」
 ひらひらと市井は手を振る。
「あ〜それから吉澤の件、真面目に何とかした方がいいよ。多分市井、後一ヶ月くらいだからさ」

 言いたいことだけ言って。
 歩き出す市井の足取りは軽やかだ。

 市井が立ち去って。
 しばらく中澤は動かなかった。

 いや。
 動けなかったという方が正しいか。

『裕ちゃん』
 優しい顔して微笑むあの子に。
『裕子っっ!!』
 真っ直ぐな眼と言葉で。真っ直ぐに飛び込んでくるあの子。

 いつの間にか。
 本当にいつの間にか。
 自分の心に居座っていたちっこいあの子。

 本気の本気を。
 忘れるはずがないって思っていた。
 それもまた事実だけれど。

『人は変わっていくんだよ』
253 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時23分33秒
 痛いとこ、つきやがる。

 初めて逢ったときを別として。
 この前。
 矢口がベッドにいたとき。
 わけもなく哀しかったのは。
 わけもなく涙がこぼれたのは。

 気付いていたからなんや。

 もう二度と誰も好きにならない。
 運命なんか信じない。
 誰も愛さない。

 本気で誓って、まだたった二年しかたってないのに。

 なんで・・・・・・・・・・・。

「裕ちゃんっ」

 はい?
 中澤は聞こえるはずのない声を聞いた気がして。
 ゆっくりと振り返る。

 嬉しそうな顔して駆け寄ってくるのは。
「・・・・・・・・・矢口?」
「他の誰に見えるんだよ〜」
 矢口は椅子に座ったまま、驚いたように見上げてくる中澤の頭をぽんぽん、と叩いた。
「・・・・・・・何すんねん」
「いつものお返し」
 ニヤっと笑ってみせる矢口は、可愛くて。
「あ〜あ」
 中澤は自然に顔がほころぶのがわかった。
254 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時24分42秒
「何でわかったん?」
 並木道。
 二人並んで歩きながら。
 春の風が身体に心地いい。

「紗耶香が教えてくれた」
 中澤を見上げる矢口の視線に迷いはない。
「そっか〜」
 ぽんぽん、と矢口の頭を叩くと。
「あ、また子ども扱いしてるっっ!!」
 それでも矢口は笑顔で。
 それに応える中澤だって笑顔が絶えない。

 まだ、心の奥に眠る傷は痛むけれど。
 また、誰かを好きになってもええんかな?
 運命なんか信じへん。
 頑なにそう信じ込もうとしてた自分。

 時は流れるし。
 いつだって、変わらないものはないし。
 一歩踏み出す勇気を持つことはいつだって、難しい。

 それでも。
 信じるに値するものがあるってことをアタシは知ってるから。

「なぁ矢口」
「ん?」
255 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月07日(金)23時25分29秒
「手、つなごっか?」
「はぁ?」
 鳩が豆鉄砲くらったような顔。
 中澤はクスクスと笑う。
「嫌ならええねんけど」
「そんなはずないじゃんっ!!」
 ぶんぶんと大きく首を横に振る、そんな仕草が愛しいと。
 いつの間に思うようになってたんだろう?

 少しづつでええかな?
 もうちょっと心の整理に時間はかかるかもしれないけれど。

 初めてぎゅっと握りしめた矢口の手は小さいけれど暖かくて。

 照れくさそうに笑うアンタと。
 もう少し、こうして歩きたい気分やから。
256 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月07日(金)23時34分08秒
>>235 名無し読者さん
 いつの間にかへタレ姐さんしか書けなくなってます・・・(笑)

>>236 名無し読者さん
 ありがとうございます。

>>245 名無し読者。さん
 自分も幸せなこの二人、早くみたいですってか、もう充分幸せそうな気が(笑)
>>246 名無し読者。さん
 確かに、矢口さんの強さ・・・・もう自分は持ってないっすね(苦笑)

>>247 名無し読者さん
 もうちょっと・・・・ですかね。
 気長に待ってたら・・・話、終わるかも(笑)

っつ〜ことで今日の更新はここまで。
257 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月08日(土)00時34分59秒
いつも楽しい展開のお話を、ありがとうございます。

ヘタレな裕ちゃん、それでこそ裕ちゃんの格好よさが充分に発揮できる
姿なのではないでしょうか?

強そうに見えて、本当は結構ヘタレ。
でも、それでもすごくカッコイイ。
こんなキャラクター、そうそういないですよ。
やっぱ、裕ちゃんですよね。
そんな裕ちゃんを、手の上で転がすヤグチはもっとカッコイイ。
258 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月08日(土)22時11分34秒
『人は変わっていく』んですよねー。
話の中の裕ちゃんじゃないけど、なんか、痛いとこ突かれちゃいました。
259 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時03分45秒
〜〜〜2〜〜〜

 それから数日。
 何事もなかったかのように日はすぎていった。

 ただ一つ。
 市井が店を辞めることを、中澤はオーナーから直々に伝えられていた。

『それで、だ』
 雑談の続きのように、オーナーは告げた。
『Fishを閉じようかと思ってる』
『・・・・・・・・そう、ですか』
 淡々と受け入れる中澤に。
『もし中澤が引き続き、あそこの店を続けたいというのであれば、譲るけれど?』
 もちろん、価格の面は最大限譲歩する。

 オーナーからの提案に、中澤は即答を避けた。

 この時世、店の経営がいかに難しいか。
 雇われマスターとはいえ、充分にわかっている。

 紗耶香は、大丈夫やろ。

 アイツは一人でも何とか喰っていける、生きていける奴やし。
 それに・・・・・・パートナーもできたことやし、な。

 中澤は注文がないことをいいことにカウンターの中で腕組みをしながら難しい顔をしていた。

 問題は・・・・・・・・・。

 そのままちらっと視線を客席の方に向けると。

「いや〜、ホント可愛いね〜」
 客の肩に手をかけて。
 にっこりと笑って接客スマイルを作ってる吉澤の姿。
260 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時04分38秒
 相手の女の子は少し、引き気味?
 まだまだやな。
 思わず苦笑を漏らす中澤。
 予想通り、30分ほどして、その女の子は立ち上がったのだが。

「え〜、もう帰っちゃうの?いいじゃん、もうちょっと・・・・・・ほら、ボトルもまだあるし」
 女の子が帰る間際の吉澤の受け答えの仕方に中澤は眉をひそめた。
「これっきりにしたくないしさ。どうせならもう一本ボトル入れてから帰ろうよ」

 しつこい吉澤の態度に。
 いい加減相手の女の子もキレてたのだろう。
「いいって言ってるじゃんっ!!」
 ジャズが流れる店内。
 他のお客さんのざわめきも手伝って。
 その声はかき消されたけれど。

「・・・・・・・・・・・」
 中澤の眉根に寄る皺が深くなる。

 ちらっとそのまま市井の方に視線をやると。
 さすがにやりとりは聞こえていたのだろう。
 片手をあげて、「ごめん」のポーズ。
 フォローに入れなかった謝罪なのだろうが。

 それより、問題なのは・・・・・・・・。

 女の子が帰った後。
 中澤が吉澤に声をかけようとした瞬間。
261 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時06分10秒
 カランコロン。

 入り口のドアが開いた。

 中澤は眼を細めた。

 吉澤は、少しふてくされた顔をしていたのが嘘のように、もう一度爽やかな笑顔を顔に
貼りつけて。

 市井は・・・・・・・・げ、といった表情。

 三者三様の反応を気にする様子もなく。
「こんばんわ〜」
 ぴょこん、と姿を現したのは、矢口。

 いつものように矢口は、真っ直ぐ中澤のいるカウンター席に向かおうとして。
「こんばんわ、矢口さん」
 吉澤が矢口の前に立ちふさがった。

 え?
 きょとん、とした表情の矢口。
「いつも中澤さんとばっかしゃべらないで、たまには吉澤ともお話してくださいよ」

「・・・・・吉澤っ」
 制止の声は市井からあがったが。
「市井さん、水割り追加してよ〜」
 お客さんからの声に、市井の声は吉澤に届いたのか届かなかったのか。

「ほら、こっちこっち」

 矢口は吉澤に肩を抱かれながら。
 困ったように中澤の方に視線をやる。

 今まで吉澤としゃべったことがないわけではない矢口だったが。
 こんな風に強引にこられたことはなかったので。
 戸惑ったようにしか反応できない矢口。
262 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時07分35秒
「矢口さんってボトルキープとかしてないんですか〜?」
「いや、ないけど・・・・・」
「うっそ、意外。常連だったら普通いれますよ〜」
 ソファーに座らされて。
「ボトルキープとか値段高いし、裕ちゃんがそんなことせんでええって・・・・・・・」
「んじゃ、吉澤のために入れてくださいよ?」
 至近距離で。
 吉澤がニコッと矢口に微笑みかける。
「・・・・・・・・・・・」
 何だよ、コイツ。

 矢口が何か言おうと口を開きかけた瞬間。
「吉澤。ええ加減にしとけや」
 ドスのきいた声がふってきた。

「・・・・・・・・裕ちゃん」
「中澤さん」

 ほっとしたような矢口の視線に。
 むっと中澤を睨みつけるような挑戦的な眼。

 中澤は真っ向から、吉澤の視線を迎え撃った。

「この店でそんな売り方せぇって誰が言った?」
「駄目だって話も聞いてませんけど」

 一触即発。

 ぴりぴりとしたムードにいつの間にか店内は静まり返ってる。
263 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時08分10秒
「こんなとこで話す話でもないし裏いこか?」
 静かな中澤の声。
「中澤さんのやり方は間違ってます」
 それを聞いてるのか聞いていないのか。
 吉澤は吐き捨てるように呟いた。
「店を大きくしようと思ったら、そんなやり方じゃ」
「アタシは別に、儲けようとも思ってへん」

 場をおさめようとした中澤の一言だった。

「そんなやり方だから、この店が潰れるんじゃないんですかっ?!」

 吉澤の一言。
 店内にいた人間が皆、凍りついた。

「え?嘘?」
「ホントなの?」

 小さなざわめきが、だんだんと大きくなる。

 中澤は動揺を悟られまいと。
 ポーカーフェイスを保つ。

「店にとって大事なのはお客さんや。売上げやない」

 最初の契約時にオーナーとした話の中。
 儲けるために店を出すのではない、と。
 値段をお客さんが把握して。
 安心して飲める店。
 一杯だけでも、くつろげる店。
 自分を出せる店。
 客同士、いろんな話をして盛り上がれるように。
 そこにいるのは、強引な売上げ重視の接客ではなく。
 お客さん重視の店を出したい、と。
264 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時08分57秒
「店があってのお客じゃないですかっ。結局ここはなくなるんでしょ?それが結果じゃないですか」

「採算がとれてないわけやない」

 店がなくなるとも、存続するとも、言明を避ける中澤に、苛立ったのか。
 吉澤が、テーブルをドン、と叩いた。

「吉澤はトップに立ちたいんですっ!」
「そこになにがある?」
 中澤の強い、視線。
「・・・・・・・・ここにはない、何かがあります」
 ひるむことなく吉澤はそう言い放った。

 中澤はもう何も言おうとしなかった。

「そこまで言うからには覚悟はできてんねんな?」
「この店続けられるとは思ってないです」

 二人の言葉のやり取りに。
 誰も口をはさめない。

「・・・・・・・・・・・」
 無言の中澤に一瞥をくれて。
 吉澤は立ち上がった。

 裏から荷物を持って。
 立ち去ろうとする吉澤に。

「アタシら店の従業員のために客はいてるんやない。客のために従業員はいてるんや」

「理想論ですね」

 言い捨てた吉澤に。
 中澤は、ツカツカと歩み寄った。
265 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時10分46秒

 バキッ。

 結構いい音がした。

「餞別や」

 吉澤は店のフロアに唾を吐いた。

「ありがたく頂戴しときます」

 もう、中澤は何も言おうとしなかった。
 吉澤も何も言わず。
 振り向きもせず店を出て行った。

 カランコロン。

 ドアが閉まる音に。
 中澤は深いため息をついて。
 髪の毛をかきあげた。

 見回す店内は。
 さきほどのざわめきは消え去り。
 やっぱり息を飲んだように静まり返っていた。

「・・・・・・・・今日は、変なとこ見せてもうて申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる中澤。

「・・・・・・・・この店、なくなっちゃうんですか?」
 何人かの客から、同じ声があがる。
「・・・・・・・・そういう話がでてることは事実です。ただ、どうなるかはわかりません」
 すいません。

 もう一度頭をさげる中澤。
「今日はこんなことあったことですし。こっちの都合で申し訳ないんですけど、これで
閉店にさせてもらいます。あ〜、勿論、代金は結構なんで。すいませんでした」
266 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時12分11秒
 結局。
 代金はいい、と言ってるにも関らず、何人かはお札を置いていった。

『ここ、いい店だって思ってるから。頑張れよ、中澤』
『また紗耶香ちゃんに会いに来るからね〜』
『ほら、受け取っとけ』

 飲んだ代金の倍以上の金額を置いていった人もいて。

 店の片づけをしながら、中澤は苦笑する。

 普段はそんなに思わないけれど。
 何や、ここ、愛されてるんやん。

 何や、安心したわ。

 黙々と片付けを手伝っていた、市井と矢口だが。

 全部の片づけが終わると、たまりかねたようにそれぞれが口を開く。

「裕ちゃん、吉澤が言ってたこと、ど〜ゆ〜こと?本当にこの店を潰すって話、でてるの?」
「裕子、大丈夫?」

 方向性は全然違うものだが。
267 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時13分43秒
 中澤はクスリ、と笑みを漏らした。
「紗耶香の方から答えるとやな。まぁ、オーナーの方からそういう話がでてる。ただ、アタシに
この店の権利を譲ってもいいって話もされてな。返事は保留中や」
「・・・・・・・・・市井、そんな話聞いてないよ?」
「言ってないもん」
「・・・・・・・裕ちゃんっ!!」
 怒ったような市井の声に。
 中澤は悪戯が見つかった子どものように、小さく舌を出す。
「悪かったけどな。そんなん言うたら、紗耶香、自分が店辞めるからちゃうか、とか。
いらんことに気、まわすやろ。今回の話はそういうのと違うし」

 何でもないことのように中澤は告げるが。
 市井が原因でないにしろ。
 一因であったことに間違いはないだろう。
 市井は唇を噛み締めた。

「アタシが決めることや。紗耶香が悩むことない」
 ぽんぽん、と叩かれる頭。
 中澤の手は優しい。

 だからこそ。
「吉澤のこと・・・・・・ごめん」
 市井は頭をさげた。
「・・・・・・・・若いねんな〜。しみじみとアタシ、もう若くないんやって実感したわ」
 わざとちゃかしたような口調。
「裕ちゃん・・・・・・・」
「あんな風に考えてたなんて、全然わからんかった」
268 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時14分22秒
 言葉の奥にあるのは。

 上を目指すんだ、というエネルギーへの羨ましさと。
 何が大事なのか。
 伝えきれなかった、懺悔、なのかもしれない。

「今は・・・・・・しょうがないかもしれないけど」
「あぁ、そやね」
 市井の言葉に、何もかもわかってるといった表情で、中澤は頷いた。
「いつか、また、笑いあえたらええな」
 そう言って笑ってみせる中澤を。
 市井は何だか泣き出しそうな気持ちで見つめた。

「男前が台無しやで?」

 お互いに、笑いあう。

 コンコン。
「ごめんやけど、今日はもう閉店やねん・・・・・・ってごっちんか」
 控えめなノックと、おずおずと覗き込まれた頭。
「そうなんだ〜〜」
 後藤はするり、と店内に足を踏み入れる。
 もうちょっと何かあったんか聞かんか?
 など中澤は思いつつ。

「まぁ今日は紗耶香、もうあがりやし。たまにはゆっくりデートでもしてきぃや」

「は〜い」
「裕ちゃんっ!」

 あっさり頷く後藤の隣りで、市井はむっとした表情。

「今日明日でどうこうする問題でもないし。アタシもちょっと今、感情の整理、つけへんし。
また明日、ゆっくり話ししようや?」
269 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時15分37秒
 中澤の表情はいつもと一緒で。
「・・・・・・・・明日も店、やるんだよね?」
「あぁ。こき使うから、覚悟しときや」
 ぴん、と中澤は市井のでこを指ではじく。
「んじゃ、今日はお疲れさん」
 バイバイ、と手を振られ。

 中澤はさっさと裏の休憩室に入っていく。
 慌ててその後を追おうとした矢口の腕を市井は引っ張った。

「・・・・・・・・裕ちゃんのこと、頼むね」

「まっかせといてよ」

 それを聞いてやっと市井は安心したように笑った。

 矢口も休憩室に消えて。

「ねぇ、市井ちゃん」
 不意に後藤が呟いた。
「ん?」
「店、辞めるのもうちょっと先にしても、後藤、別に構わないからね?」
 驚いたように、市井の眼が大きくなる。
「後藤・・・・・・・」
「裕ちゃんが市井ちゃんにとって、大事な人だっての、後藤ちゃんとわかってるつもりだから」
 へへ。
 そう言って笑う後藤の笑顔は幼い、という言葉がぴったりだけど。
「うん・・・・・・・・ありがとな」
 市井は乱暴に、後藤の頭を撫でた。
270 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時16分17秒
 この世界入って。
 親代わりみたいに、市井の面倒みてくれた。
 裕ちゃん。
 一人じゃないから。
 みんな、いるんだから。
 一人で結論出さないでよ。

「んじゃ、行くか。後藤、何喰いたい?市井、腹減っちゃってさ〜」

 歩き出す二人の足取りは、軽やかだ。

 裏の休憩室で。

 矢口が入っていった時。
 中澤は、ビールをあおっていた。
「・・・・・・・・・別に飲むな、とは言わないけどさ」
 矢口は中澤からビールの缶を取り上げる。
 ほとんどカラになってるのに、気付き、苦笑い。
「身体、壊しちゃうよ?」
「・・・・・・・・・別にええやん」
 拗ねたように中澤は答えて。
 そのまま矢口を抱きしめた。
271 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月09日(日)23時16分55秒
「・・・・・・・・・・よくない、から」
 ただ、抱きしめられてるだけ。
 それでも。
 中澤の言葉が流れ込んでくるようで。
 矢口は、なだめるように中澤の背をぽんぽん、と叩いた。

「何か、かっこ悪いとこばっか見せてる気がする」
 震える声で告げられて。
「嬉しいけど?」
 矢口の答えに。
「・・・・・・・性格悪いな〜」
「・・・・・・・何だよ〜」
 むっと矢口が唇をとがらせる。
 そのまま身体を離そうとすると。
「・・・・・・・・ごめ・・・・・・・謝るから。も〜ちょっとこのままでいて」

 中澤の身体が震えてることに矢口はやっと気付く。
 矢口の首筋に落ちてくる、冷たい、液体。
 −−−−−−−−涙?

「ゆ〜こ・・・・・・」
 低い、中澤の嗚咽。

 矢口はそっと。
 しっかりと。
 中澤の身体を抱きしめなおした。
272 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月09日(日)23時22分47秒
>>名無し読者さん
 誰しもカッコつけたい部分ってあると思うけど、姐さん、矢口さん見てる限り・・
等身大っすよね。それがいいと思いつつ。たまにはカッコつけて・・・・(爆)

>>名無し読者さん
 この世に変わらないものはない。自分自身、ずっとそう思ってたけど。
 変わってしまった自分にショックを受けてたり。
 良かれ悪しかれ人は変わっていくし。現状のままのものなんてきっとないんでしょう。

っつ〜ことで姐さんやっぱ今日のラジオ、テンションたけ〜(笑)
今日の更新はここまで。
273 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時17分34秒
〜〜〜3〜〜〜

 あれから何事もなかったかのように、日はたっていってたが。
 何事もなかったわけじゃない、と矢口が思うのは。
「矢口、今日、早く帰ってこれる?」
 妙に真面目な中澤からのメール。
「うん、夕方には帰るけど。ど〜かしたの?」
「夕方話すわ」

 最近、矢口も大学とバイトが忙しく。
 気にはなりつつ「Fish」を覗きにいけなかった。

 何かあったのかな?
 靴を脱ぐ間も惜しいくらいの勢いで。
 矢口がリビングのドアを開けると。
「アンタな〜、も〜ちょっと静かに帰ってこれんのか?」
 中澤が笑っていた。

 全開の笑顔で。
 何だか、そ〜ゆ〜表情、久しぶりに見たかも。

 矢口も嬉しくなる。
「裕ちゃんが悪いんじゃんっ!!」
「・・・・・・・・何でそこでアタシが悪いねん」
274 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時20分19秒
 ぶつぶつ呟く中澤はほっといて。
「裕ちゃん、ご飯まだでしょ?」
 矢口はキッチンのテーブルの上にスーパーのビニール袋を置く。
「うん、まだやけど・・・・・・・なん、矢口作ってくれるん?」
「そのつもり」
 キッチンで矢口は食材を適当に冷蔵庫に放り込みながら。
「あ、それともまた出かけちゃう?」
「いや、今日は休んだ」
「あ、そ〜なんだ」
 軽く答えて。

 ん?
 矢口はキッチンから中澤の顔をマジマジと見つめる。
「・・・・・・・なん?」
 照れくさそうに笑う中澤。

「いや、珍しいな〜と思って」
 雇われマスター、雇われマスターと日頃言ってる割りには。
 月一の休み以外はほとんど出勤しているのを知ってる矢口は、不思議そうな表情を浮かべるが。
「んじゃ、先にご飯作っちゃう?裕ちゃん、お腹すいてる?」
 リビングで、中澤はう〜んと考え込む。
「あんまりすいてるような気はせぇへんけど、矢口作ってくれるんやったら食べるで?」
 ・・・・・・・相変わらずの台詞に、矢口は思わず苦笑い。
「あのねぇ〜。・・・・・・昼ご飯は食べたの?」
「コーヒー飲んだ」
「・・・・・・・・・それ、ご飯って言わないからっ!!」
275 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時20分58秒
 そか?
 首を傾げる中澤。
 ま、こ〜ゆ〜人だってわかってるけどさ。

「んじゃ、さっさと何か作っちゃうね。実は矢口も昼ご飯あんまり食べれてなくて、お腹
すいてるんだ〜」

 矢口がキッチンで料理を作っている間。
 中澤はがさごそ、と新聞を広げている。

 のんびりとした時間が流れる。
「な〜んかさ」
「ん〜〜?」
 中澤は生返事。
 それでも。
「な〜んか、こ〜ゆ〜のっていいよね」
 呟いて。
 何だか恥ずかしくなる。

 きっと聞こえてないだろうと思ってたのだが。
「そ〜やな」
 不意に聞こえた中澤の声。
 表情は・・・・・・・新聞に隠れて見えなかったけれど。

 矢口は嬉しそうに笑った。
276 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時21分42秒
「ごちそ〜さんでした」
「おそまつさまでした」
 早めの夕食。
 好き嫌いが激しい割りには。
 あんまりお腹がすいてる気がしないと言っていたわりには。
 中澤は良く食べた。

 いつからご飯食べてなかったんだろ?

 聞くのが怖いような気がして、何となく聞けなかったけれど。

「裕ちゃんっていつか栄養失調で倒れるんじゃない?」

「あ〜?何か言うたか?」

 食器くらいアタシが洗うわ〜。
 遠慮なく甘えされてもらって。
 中澤は今、食器と格闘中。

「ちゃんと洗えてる?」
 ひょい、と覗き込むと。
「うわ、びっくりした〜」
 中澤の手から滑り落ちそうになったお皿を矢口は素早くキャッチ。
「・・・・・・・手つき、危なっかしいんだけど?」
「・・・・・・・グラスやったら、洗うの得意やねんけどな」
 しみじみと情けなさそうに言う中澤を見て、矢口はクスリ、と笑った。
「洗い終わったの、拭いていくね」
「うん、助かるわ」
277 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時22分36秒
 ふたりでわいわいやりながら、後片付けをした。

 後片付けが終わっても。

 リビングのソファーに座って。
「あのね、あのね」
 嬉しそうに学校の話や、バイト先の話をする矢口を。
 中澤は嫌な顔一つせず。
 うんうん、と聞いていた。

 ふと、会話が途切れた瞬間。
 中澤が急に真面目な表情になった。

「あのな、矢口」
「何?」
 改まった中澤の口調に、矢口は訝しげな表情を浮かべながら。
 中澤を見つめる。
「アタシ、『Fish』辞めたから」
「・・・・・・・・・・え?」
 不意打ち、というか何というか。
 唖然、とする矢口に。
「それでな、ちょうどええ機会やし引っ越そうと思ってるねん」
 淡々と話す中澤はポーカーフェイス。

「ど〜ゆ〜こと?」
「いや、首になってもうてな〜」
 そう言って笑う中澤の表情に憂いは見えないけれど。
「・・・・・・そんなはずないじゃんっ?!」
 食ってかかる矢口。
「・・・・・・・・店は紗耶香が続けることになった」
 どうして、とかなんで、とか。
 一切聞かせない雰囲気。
「アタシはそれでええと思ったし。もぅいい加減、あぁいう世界で働いてるのもな。疲れたわ」
278 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時23分19秒
 中澤は立ち上がった。
 そのままキッチンに向かう。

「ほれ」
 麦茶の入ったグラス、二つ。

「ゆ〜こ・・・・・・・・」
「何で矢口がそんな顔すんねん?」
 困ったように中澤は笑う。
「だって」
 裕子が笑うから。
 矢口は俯いた。

「後藤も店、手伝うらしいし。大丈夫、そんな心配することないって」
 そ〜ゆ〜こと、言ってるんじゃないっ!!
 矢口はきっと中澤を睨みつけた。
 軽くその視線を受け流して。
「働くアテがないわけでもないし。まぁさすがに・・・・・・・今のこのマンションの家賃はキツイけど」
 くしゃっと中澤は矢口の頭を撫でた。
「これで良かったとアタシ、ホンマに思ってるから」
 だから、そんな顔、せんといて?

 じっと眼を覗き込まれて。
 矢口は、渋々ながら、頷く。
 そう言ってる中澤の眼に、嘘はなかったから。
279 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時24分15秒
「んで、このマンション、今月中か来月に出ようと思ってる」

 はっきりと告げられた言葉。
「うん・・・・・・・・」
 矢口は、ぽつり、と呟いた。

 胸の中にあるのは・・・・・・・・。
 寂しさ?
 何だろう。

「あのさっ!!」
 矢口が勢いよく顔をあげるのと。
「一緒に住まへん?」
 その言葉は同時だった。

 へ?

 矢口も一緒に行くからねっ。

 そう言いかけたのは、寸前で止まる。

 今・・・・・・・・何て言った?

 中澤は照れくさそうに、頬をぽりぽりとかいた。

「ずっとこ〜ゆ〜話せぇへんかったやん?もう一緒に住み始めて何ヶ月もたつのに」

 矢口は、何も言えずに。
 中澤を食い入るように見つめている。
「アタシ、矢口のこと、好きやから。一緒にいたいって思ってる」
 静かな、中澤の言葉。

 矢口は、顔をゆがめた。
 ぽろぽろと涙が零れ落ちるのがわかった。

「アタシ、あんなトコで働いてたし。不安にさせたことも一杯あったかな〜って思うけど」

 中澤は優しく矢口の頬を伝う涙を指で拭う。
280 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時24分56秒
「矢口、アタシのこと好きやろ?」
 優しく微笑まれて。
 自信たっぷりな台詞。
 素直に答えるのが悔しくて。

 矢口はそのまま中澤に抱きつく。
「アホ」
 その答えに、中澤は笑った。

「うん、ごめんな、待たせてもぅて」
 柔らかい、身体に。
 甘い、いい匂い。
「運命なんて、信じないんじゃなかったのかよ?」
 精一杯の強がりの言葉。

「うん、信じてない」
 簡単に中澤はそんなことを言って。
「運命ってのは命が運ばれてくるんやで?受動的なもんや」
 そんな屁理屈をこねたりするのだ。
「だから、宿命なら信じることにした」
 そして、綺麗に笑った。

 運命は、命が運ばれてくるモノ。
 宿命は、命を宿すモノ。

 なら、二人で宿命、作りませんか?

「くさい台詞、吐くんじゃね〜よっ!」
 そう言いながら、矢口も笑った。
 涙でぐちゃぐちゃで、きっとひどい顔、してるんだろうけど。
 中澤は本当に愛しそうに矢口を見つめるのだ。
281 名前:未知との境界線 投稿日:2003年03月11日(火)00時25分43秒
「えぇやん、たまには」
 中澤はそっと舌で矢口の涙を拭う。

 二人の出逢いは本当に、偶然で。
 住む世界も、歳も、生きてきた道筋も。
 何もかも、違いすぎて。

 そこにあったのは、境界線。

 最初にその境界線を飛び越えたのは、矢口。

 未知への扉を開けることにためらいなど見せずに。

「好きや」
 耳元に落とされた甘い言葉。
「矢口の方が、前から、ずっとずっと好きだったんだからねっ」
 負けず嫌いの矢口らしい台詞。
「んじゃ、アタシも負けへんくらい矢口のこと好きになるわ」
 優しい唇の感触を、互いに感じて。
 嬉しそうに二人、微笑んだのだった。

 異質なものを受け入れまいと。
 拒絶しようと。
 壁を作る、心。

 変わっていくことが、怖いと。
 変わらずにいることが、大切なのか。

 可能性を信じる時。
 何かが起こる時。
 そこにあるのは、未知への扉、そして境界線。

                             【end】
282 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月11日(火)00時28分39秒
ん〜、ベタな落とし方しかできなくてすいません(苦笑)
ま、endマーク付けれて何よりです。

っつ〜ことで今日の更新終了。
283 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月11日(火)01時05分05秒
某板某作者さん・・・ 最 高 で す !!!
2人とも強すぎです、少しは見習わないとな〜なんて思って読んでます 何回も(笑)
【未知との境界線】・・・お疲れ様でした (^0^)/
284 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月11日(火)01時28分54秒
とりあえず、お疲れ様でした…で、いいんですかね?
もう一作品あるんですよね(^O^) すっっごく楽しみです♪♪
『未知との境界線』もおもしろかったです!!
やっぱり、某板某作者さんの書く物は最高ですね☆これからも頑張って下さい(^_^)/~
285 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月12日(水)23時13分42秒
すいません、仕事、遊びに忙しすぎっ!!っつ〜ことで一週間ほど更新できません。
多分来週終わりには何とか・・・・・なってるはず、なってればい〜な〜(遠い眼)
286 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月13日(木)07時56分47秒
あら。

おまちしてます〜
287 名前:名無し読者。 投稿日:2003年03月15日(土)13時26分55秒
なってて欲しいな〜。(w
心よりお待ちしております。
288 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月18日(火)21時20分13秒
待ってますよ〜☆次の作品楽しみにしています(^O^)
289 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月21日(金)20時04分39秒
更新、心待ちにしてます。
290 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月23日(日)01時22分00秒
次はどんなパラレルでくるんだろ〜ドキドキ。
291 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月24日(月)22時18分39秒
待ってまーす。
292 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月25日(火)07時27分14秒
すんませんっ(平謝り)
来週から仕事移動で。
仕事めちゃ忙しくて・・・・何とかなりそうもなく。
質は落としたくないんで、も〜ちょっと待ってください。
ごめんなさい。
293 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月26日(水)10時41分04秒
のんびり待たせてもらいます。
気になさらずお仕事頑張ってください。
294 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月27日(木)00時06分07秒
いつまでもお待ちしております。
295 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月27日(木)22時28分03秒
ずっとお待ちしてますから、某板某作者さんのペースで頑張って下さい!!
お仕事も頑張ってくださいね!(^^)!
296 名前:某板某作者 投稿日:2003年03月29日(土)23時14分46秒
すいません、長らくお待たせしました(ぺこり)
とりあえず、どうなるかわからないんですけど。
新作あげます。

多分、もうばればれだったと思いますが(笑)
某板某作者はつかさでしたっつ〜ことで。
新作は同じ紫板、「やぐちゅ-メイン3」の166スレからあげます。

ここの残りで番外編あげれればい〜なと思います。
読みたい番外編あればリクいただければなるべく善処したいな〜と。
ただ、いつになるかはわかりません^^;;
それでもよければ。
あったかいレスいっぱいありがとうございました。
マジで嬉しかったです^^
297 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月01日(火)14時33分01秒
つかささんだったんですか〜、気づきませんでした。
最初の『Endless story 』で書いたんですが、矢口さん、中澤さん、矢口母の新生活を読んでみたいです。
気が向いたらでいいので、もしよかったらお願いします。

「やぐちゅ-メイン3」も楽しみにしてます!!!
298 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月07日(月)13時53分43秒
未知との境界線の番外編が読みたいです。
いちごまが店を継ぐことになった経緯&吉澤さんの引き抜き・・・。
その辺がちょっと読んで見たいかもです。
ここのいちゆうの関係がかなり好きなので(w

Endless story も続編読みたいです。
つかささんの書くものなら何でも読みたいです。(w

299 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月14日(水)11時16分15秒
保全
300 名前:某板某作者 投稿日:2003年05月20日(火)23時23分47秒
っつ〜ことで、お待たせしていますが。
やっとあっちが終わったんで、ちょっと期間あくとは思いますが(汗)
番外編でこっち舞い戻ってくると思います。
どの番外編になるかは予定は未定っ(笑)
な〜んとなくまとまってる部分はあるんですが。
姐さん誕生日あたりまでには何とかできればいいな、と思いつつ(願望)
まぁほどよく・・・脳内細胞活性化させます(笑)
301 名前:名無し君 投稿日:2003年06月23日(月)23時53分04秒
番外編お待ち申しあげております〜!!!
302 名前:某板某作者 投稿日:2003年06月24日(火)23時33分32秒
すいません(汗)
誕生日とか区切りをもたせるんじゃなかったと思いつつ(滝汗)

今書きたいネタが三本あり。
頭の中がしっちゃかめっちゃかっす。
何とかするんで・・・・え〜としばらく待ってください(ぺこり)
途中放棄や自分納得いかんものあげるのは絶対嫌なんで。

申し訳ないです(ぺこり)
303 名前:名無しですが 投稿日:2003年06月25日(水)02時52分41秒
ネタが三本?!何とも頼もしい(笑)
以前より作者様の作品、愛読させて頂いてます。
ゆっくりじっくり煮詰めてください。
やぐちゅー不足の毎日ですが、途中放棄しませんという
お言葉があれば楽しみに待てますから(^^)
頑張ってくださいませm(_ _)m
304 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)01時02分29秒
〜〜〜1〜〜〜

 新しい生活がスタートした。
 矢口と裕ちゃんと・・・・・そして、お母さん。

「疲れた〜」
 夜勤で。
 普通なら朝方帰ってくるところ、中澤は昼前にやっと帰ってきた。

 帰ってくるなり一声発して。
 そのままリビングのソファーにバタン、と倒れこむ。

「裕子〜。お風呂入んないの?ご飯作っとくよ?」

 てこでも動きそうにない中澤。
 揺さぶると。
「・・・・・・後で入る。後で食べる」
 実に簡単な答え。
「風邪ひくってば」
 とりあえずベッドに放り込もうと一生懸命手を引くが。

「いやや」

 いきなりそのまま逆に手を引っ張られて。
「何すんだよ〜っ」
 いつの間にか矢口は中澤の腕の中。
「ん〜、おやすみ」
「おやすみじゃね〜っ!!」

 まだ着替えもしてないじゃないかっ。

 矢口の心の叫びはもっともで。

「ん〜、真里がちゅ〜してくれたら起きる」

 ・・・・・・・・・・・・・・。

「ア、アホ、何言ってんだよっ!!」

 瞬時に真っ赤になった矢口。
305 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)01時03分08秒
「嫌なん?」

 矢口の反応に中澤はクスクスと笑う。
 いたずらっぽい瞳・・・・・・・は、まだ眠たげだけど。

 パシ。
 頭を叩くと。
「・・・・・・痛いやん」
 ムクリと中澤は億劫げに身体を起こして。

「?!」

「ごちそ〜さん」

 軽く触れるだけのキス。

「あ〜もぅ、夜勤なんて嫌や〜」
 ぼやくように言いながら。
 何事もなかったかのようにシャワールームに消える中澤。

「・・・・・・・・・・・」

 後に残されたのは矢口・・・・・・・・。

 ん?

 そういや矢口、おかーさんと昼ご飯作ってたんだよね・・・・・。

 恐る恐る後ろを振り向くと。

 ニヤニヤと・・・・・いや、ほら。
 理解ありすぎるんじゃない?
 真っ赤な矢口を見ながら。

「お風呂、一緒に入らなくていいの?」

 矢口、撃沈。
306 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)01時03分59秒
ーーーーーーーーーーー

「も〜〜、聞いてよっ!!」

 学食で。
 ひときわ元気な声。
 保田はちらり、と眼をあげて。
 再び目の前のご飯を食べつづけるのだが。

「圭ちゃん、聞いてるの〜?」

 ノロケにしか聞こえないからあえて聞こえないふりしてんだけど。

 保田はやっと顔をあげる。
「矢口、あんたね〜、少しは落ち着いて食べなさいよ」
 むぅ〜〜。
 ぶ〜たれた顔しながらも、矢口はやっと自分のご飯に手をつけはじめ。
 しばらく静かな空間・・・・・といっても周りはガヤガヤとうるさいのだが。

「でも、ま、良かったね」
 お互いの食器が空になるころ。
 ぼそっと保田が言葉を発す。

 ん?

 きょとんと矢口は首をかしげて。

「最初三人で暮らすって聞いた時はど〜なることかと思ったから」
307 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)01時04分42秒
 ぼそり、と何でもないことのように告げられた言葉に。
 矢口は嬉しそうに頷く。
「でも、矢口からかって遊ぶんだよ、あの二人」
 そして、一転して膨れた表情に。

 ・・・・・・そりゃ、反応が面白いからね。

 思わず言葉に出すのは差し控えて。
「まぁまぁ」
 保田はなだめるような口調で。
「幸せなんでしょ?」
 そう聞くと。
「へへ」
 照れくさそうに笑う矢口に。
 ま〜ったく。
 保田は苦笑い。

 何だかんだと言いながら。
 それなりに三人の生活は上手くいってるみたいで。

「でもさぁ」
 不意に矢口が呟いた。
 何だか少し寂しそうな表情?

 ん?

 保田は矢口の方に向き直る。
「ど〜したのさ?」
 矢口にはそんな表情似合わない。
「ん〜〜」
 矢口はちょっと俯いて。
「最近、裕ちゃんとそんなにしゃべってないんだ〜」
 大人と子どもの境界線。
 そんな微妙な表情。
「忙しいってわかってるんだけど、ね」
308 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)01時05分23秒
 机の上に頬杖ついて柔らかい表情。
 誰のことを想ってるかなんて一発でバレバレだけれど。
 矢口の大人っぽい表情に。
 思わず保田はドキっとして。
 慌てて首をぶんぶんとふった。

「?ど〜かした?」

 不思議そうな表情の矢口に。
「何でもない。午後の授業始まるよ」
 そっけなく保田は告げて。
 立ち上がる。

「今日の晩御飯何にしよ〜かな〜」

 構内。
 腕組んでぶつぶつ呟く矢口。
「・・・・・・おばちゃんっぽいよ」
「・・・・・・・圭ちゃんに言われたくないな〜」
 矢口は笑う。

 保田もつられて笑いながら。

 それでも何だかさっきの寂しげな矢口の表情が気になって、そっと保田は矢口の顔を覗き込む。

 ちゃんと笑えてる?

「そ〜いやね」
 不意に矢口がいたずらっぽく笑った。
「裕ちゃん、お母さんと暮らし始めて『真里』って呼んでくれるようになったんだ」

 そのまま矢口は、にゃはっと照れくさそうに笑う。
309 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)01時06分01秒
『まぎらわしいやろ』
 初めて呼んでくれたとき。
 ぼそっと呟かれて。
 びっくりしたけど全然違和感なくて。
『裕子っ』
 思わず呼んでみた。
『・・・・・何やねん、・・・・・・真里』
 ちょっと照れくさそうだけど。
 すっごい優しい声だったとか。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 保田は思わず足を速めた。
「え?ちょ、圭ちゃん〜」
 情けない声が背後からあがるが。

 幸せそうで何より何より。

「今日、裕子早く帰ってくるのかな」

 だから。
 ぽつり、と呟かれた言葉に保田は反応しなかったのだけれど。
 窓の外を眺めた矢口の表情は寂しげだった。
310 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月15日(火)01時12分15秒
・・・・・めちゃめちゃこっちのスレ更新してなかったんだな、と今更気付き(おい)

保全、ありがとうございました。

Endless story続編です。
こっちは何となく考えてた話ではあるんで(とかいいつつお待たせしましたが 汗)
多分本編と同じくらいの長さになります(笑)
っつ〜ことでもう番外編っつ〜名を借りた続編です。
楽しんでもらえれば幸いです(ぺこり)
311 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時54分29秒
おお、
あっちが終わって残念、と思っていたら!
ヤター!
312 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時04分54秒
〜〜〜2〜〜〜

 穏やかな、のんびりとした優しい時間。

 限られた時間だから。
 笑顔で過ごしたくて。

 それでも。
 残された時間は少ないのだと。

 三人はそれぞれに気付いていた。

 一緒に暮らし始めて三ヶ月。
 矢口の母親が倒れた。

「おか〜さんっ!」

 焦った矢口の声に。
 非番だった中澤は部屋から飛び出してきた。
313 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時05分25秒
 一通りの簡単な処置をして。
「あんま無茶せんといてくださいよ?」
 ベッドのかたわらには。
 蒼白な顔をしている矢口と。
 表情を見せないポーカーフェイスの中澤。
「無茶をしてるつもりはないけど?」
「・・・・・・・最近、よくどっかでかけてるみたいですね?」
 淡々とした中澤と矢口の母親のやり取り。
「・・・・・・地獄耳ね」
 一瞬、矢口の母親が珍しく言葉に詰まった。
「・・・・・・・・・まぁ。それなりに何がしたいかは予測つくんで」
 困ったような中澤の声に。
 やっと矢口の母親は笑う。
「問題児の患者さんの扱いは慣れてるってこと?」
「・・・・・・・そ〜ゆ〜意味やないです」
「なら・・・・・・」
「矢口さん」
 中澤は矢口の母親のセリフを止めようとした。

 それでも。
「死期に近づいた患者さんの扱いは慣れてるって言い換えた方が」
「・・・・・・・・・・・・」
 黙り込む中澤。
「遺言書、そろそろ用意しとかないといけないわね」
 淡々とつむがれる言葉に。
「いい弁護士がいたら紹介してもらえないかしら」
「そう、ですね」
 身体が動くうちにいろいろ処理しておきたい。
 その気持ちはわからないでもないが。
314 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時06分01秒
 中澤はちらっと脇にいる矢口を気遣う。

 ・・・・・・強張った小さな手。

 ぎゅっと握ってみても矢口からの反応は、なくて。
 
「真里の後見人。中澤さんにお願いして・・・・・」
「もう二十歳になってるんですよ?何でうちが」
 矢口の様子を気にしているのかいないのか。
 無神経とも思える矢口の母親の言葉は止まらなくて。
「やめてよっ」
 それまで。
 無言で二人のやりとりを聞いていた矢口が動く。
「そんな話、聞きたくない」
 硬い声に。
 二人は黙り込むが。

「真里。聞きなさい」
 静かな矢口の母親の声。
「嫌だよっ」
 矢口はだだっこのように首を振る。
「聞かない。絶対やだ」

「・・・・・真里」
 柔らかい声と腕の感触。
 それでも矢口はその腕を振り解く。
「裕ちゃんには関係ないじゃんっ」
 かすかに腕は強張るが。
「アカン。今度は離せへんで」
 ぎゅっと抱きしめられて。
 眼を覗き込まれる。
「・・・・・・泣いてええから。言いたいことあるなら言葉に出して。わからんくてもゆっくりでええから」
 自分を気遣ってくれる茶色の瞳。
315 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時06分59秒
「このまま三人で暮らせばいいじゃん。何で駄目なんだよ・・・・・・」

 やっと矢口が絞り出した言葉に。

「・・・・・・・・・・」

 矢口を抱きしめたまま。
 中澤は辛そうに眼をふせる。

「真里。人はいつか死ぬの。認めなさい」

 凛とした声が部屋に響いた。
 矢口はびくっと中澤の腕の中で身じろぎする。

 そのままベッドの上にいる。
 自分の母親を見つめた。
 逃げることを許してくれない真っ直ぐな眼に。
 何か言いたそうにして。
 矢口は俯く。

「・・・・・・・ごめんなさい。逃げないから。ちょっと一人にして」

 矢口はゆっくりと中澤の腕を外す。

 逃げ出していく熱に。
 やっぱり泣き出しそうになったけれど。
 今度は中澤は矢口を抱きしめようとはせず。

「うちの部屋行っとき」
 くしゃり、と矢口の頭を撫でた。
316 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時09分00秒
 パタン。

 矢口が部屋を出て。

 沈黙が部屋を支配する。

「んで、競売の方は順調に進んでるんですか?」
「えぇ、まぁ順調よ」
 打てば響く。
 あっさりと答えた矢口の母親の方をちらり、と中澤は見て。
「でも思い切りましたね」
 呟く。

「真里に残してもしょうがないでしょ?固定資産税とか。ちゃんとしとかないと」
 答えた矢口の母親の声は。
 少し疲れ気味な感じがして。

「休まれた方がいいですよ」

 中澤はそっと矢口の母親の身体をベッドに横たえる。
「・・・・・今日は真里、うちの部屋に寝かせるんで。ちょこちょこと様子見にきます。
しんどかったらすぐ言ってください」
 枕もとには携帯を置く。

「・・・・・どうしてわかったの?」

 主語も何もない言葉。
 中澤は一瞬どう答えたものか、迷う。

 矢口が住んでいた横浜のマンション。

 今後どうするのか?
 そう思っていたのは事実だけれど。
 多分。
 本当の所は。

「うちやったら同じこと考えるからです」

 残される側に処分をまかせるのは、結構残酷やから。
317 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時09分52秒
 その言葉は飲み込んで。
 中澤はそっと矢口の母親の髪の毛を撫でる。

「ごめんなさい・・・・・・・・・迷惑かけてるわね」

 思いもかけない弱い言葉。
 黙って中澤はそれを受け止める。
「気にせんといてください」
 そんな言葉しかかけれないから。

 しばらくの沈黙の後。
 矢口の母親は大きく息を吐いた。

「ありがとう・・・・・・私はもぅ大丈夫だから。早く真里のとこ行ってあげなさい」

 黙って中澤は立ち上がる。
「ゆっくり休め言うても無理かもしれんけど・・・・・何かあったらすぐ言うてください」

 お互いそれ以上何も言わずに。
 それでも。
 わかってる部分は確かにあって。
 きっと今一人で泣いてる矢口。
 それでも明日になれば。
 きっと笑いあえる、とか。

 きっと一番大事なのはそのことだから。
318 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時10分30秒
ーーーーーーーーーー

「真里」

 短い時間だったのか、長い時間だったのか。

 中澤が部屋に足を踏み入れると。

 小さな姿がベッドにちょこん、と腰掛けてて。

「・・・・・来るなよ」
 小さく拗ねてみせる。
「ん?でもここ、うちの部屋やし」
「なら・・・・・・」
 全部言い終わる前に。
 中澤はベッドに矢口を押し倒した。
「行かせへん」

 小さな電気が灯っただけの部屋。

 中澤はぺろり、と矢口の頬を舐めた。
「・・・・・・何すんだよ」
 ちょっと照れくさそうな声。
「ん、矢口味」
「・・・・・・・・アホ」
 矢口は中澤の首に腕をまわす。
 体重をかけないように。
 そっと中澤の身体が矢口の方に近づいて。
「何か・・・・・・久しぶりやな」
「・・・・・・・うん」
 お互いの身体の感触が、何だか嬉しい。
「好き・・・・・だよ」
 そっと矢口が中澤の耳元で囁くと。
「あんたな・・・・・・」
 そのまま中澤は矢口の横にゴロリ、と横になる。
319 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時11分06秒
 腕枕は忘れずに。
「そんなんこの雰囲気で言われたら理性すっ飛ばしそうになるやん」
 拗ねた声。
 思わず矢口はクスクスと笑う。
 そのまま矢口は上体を起こして。
 そっと中澤の顔を覗き込む。
 少し、疲れた顔。

「・・・・・・ごめんね」

 謝罪の言葉に。
「構わんよ」
 中澤は眼を開ける。
「な〜んか、うん。わかってるんだけどね」
 そのまま矢口は中澤の肩に顔をうずめた。
「駄目駄目になっちゃった。・・・・・・ごめんなさい」
「構わん、言うてるやん。明日お母さんにちゃんと謝っとき?」
 優しく背中を撫でてくれる感覚。

「うん」
 ぎゅっと抱きつくと。
 ぎゅっと抱きしめ返してくれる。
「・・・・・・・裕ちゃんだ」
「何やねん、それ」
 声が耳元でダイレクトに響く。
「だってさ、最近全然会ってなかったじゃん。いくら一緒に住んでるからってさ」
 ぺろり、と矢口は中澤の喉を舐める。
「こら・・・・・・ん〜、忙しかったんやもん。うちだって矢口不足やったっちゅ〜ねん」
 お返しとばかりに。
320 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時11分43秒
 今度は中澤が矢口の顔中にキスの雨を降らせる。

「・・・・・・・・・寂しかった」
 潤んだ瞳で見上げられて。
「・・・・・・・真里」
 真剣な表情になって。
 唇を重ねる中澤。
「好き、やから」
「・・・・・・矢口も」

 こぼれる吐息に。

 きっともう、止まらない。
 止まれない。
321 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時12分22秒
ーーーーーーーーーー

 次の日の朝。
 矢口が起きるともう中澤の姿はなかった。

 テーブルの上にはメモ用紙。
『早出やねん。起こさんと行く。愛してるで。裕子』

 ・・・・・・何だよ。
 ぴん、とはじくと。
 あっけなくひらひらと舞う、紙。

 今度から早出でもなんでも。
 絶対起こせって怒っとこう。

 ・・・・・・・・・・・・。

 それでも。
 何となく昨日一緒に眠ったベッド。
 中澤の温もりが残っているようで。
 矢口はメモ用紙を拾い上げると。
 もう一度ポスン、とそこに横たわった。

 そのままふと時計を見て。

「げ・・・・・もぅ八時?」

 慌てて起き上がる。

 床に散らばった服を適当に身につけて。
 リビングに顔を出すと。

「おか〜さんっ」

 昨日ぶっ倒れた人がキッチンに立っていて。
「おはよう。寝ぼすけね〜」
 ど〜してそこで笑ってるんだ?
 少しその顔色は悪い。
322 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時12分58秒
「寝てなきゃ駄目じゃんっ」

 慌てて駆け寄ると。
「心配しすぎ。片付けに来ただけだから」
 確かに。
 母親の手にあるのは空になった茶碗系統なんだけど。

 ん?

「それ、ど〜したの?」
 不思議そうな矢口に。
 矢口の母親はリビングのテーブルの上を指し示す。
「中澤さんが作ってってくれたみたい」
「え、嘘」
 嘘ってのはまぁひどいが。
 今まで一緒に住んでて、中澤がご飯を作ったのなんて片手で数えれるくらいで。

 だけどテーブルの上にはきっと矢口の母用なんだろう、お粥と。
 矢口用にか目玉焼きとサラダ。
 簡単な料理が並んでた。

「・・・・・・・・・・・・」

 何となく無言になる矢口。

「あんまり中澤さんに甘えてちゃ駄目よ?」
「わかってるよ」
 ちゃんとご飯、食べていったのかな?
 ほっとくと自分のことは後回しなんだから。
 う〜んとテーブルを見ながら不安げな表情をしてる矢口。
323 名前:遺言 投稿日:2003年07月15日(火)23時13分31秒
 ぽん、と頭に手をおかれた。
「一緒にお昼に差し入れ持っていこっか?」
 中澤とは違うけれど、柔らかい眼差し。
「大丈夫だとは思うけど、一応診察受けといた方がいいと思うし」
 ぱっと矢口の顔がほころぶ。
「うん」
 照れくさそうに笑う矢口を見て。
 ま〜ったく。
 素直じゃないのは誰に似たのやら。
「後。別に中澤さんの部屋で寝ていいわよ?」
「へ?」
 きょとんとする矢口。
「もっと一緒にいる時間大事にしなさい。あんまりほっとくと中澤さん、浮気しちゃうわよ?」
「な、何言って」
 矢口は動揺したように視線をさまよわせる。
「それと。さっさとシャワー浴びて、着替えてきなさい」
「へ?」
 立て続けの口撃に矢口はたじたじで。
「ついてるわよ、ここ」
 ちょん、と矢口の母親の手は矢口の首筋に。
「・・・・・・・・・・っ!」
 真っ赤になる矢口。

 アホ裕子・・・・・・・。

 慌てて浴室にすっ飛んでいく矢口を見て。
 矢口の母親はクスクスと笑う。
「若いっていいわね〜」
 しみじみと呟くのだった。
324 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月15日(火)23時18分00秒
あ〜も〜(涙)
こっそり隠れ更新しようと思ってたのに・・・・(ため息)

>>311 名無しさん
 誰も気付いてないんじゃ、と不安になってたんで。
 自爆ageしちゃいましたけど(苦笑)レス、ありがとうございます。
 嬉しかったです。

っつ〜ことで今日の更新終わり。
325 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月16日(水)00時33分33秒
めちゃくちゃ楽しみに待ってました(w
嬉すぎて一ヶ月はやぐちゅー不足の禁断症状が止まりそうです。
しかも本編と同じぐらいの長さだそうで・・・超感動です!!!

326 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月16日(水)14時48分19秒
自爆ageのおかげで気付けました(笑
やっぱり矢口母いい性格してるな〜、でも病気で……切ないな…
続編楽しみだったんで、すごい嬉しいです。
327 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月16日(水)23時04分05秒
すいません。
タイトル変更します。
タイトルは「伝えたい言葉」
かっこわり^^;;
328 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時04分47秒
〜〜〜3〜〜〜

 抱えていたプロジェクトがやっと一段落ついて。
「終わった〜〜」
 中澤は一人研究室で。
 大きく伸びをした。
「お疲れ様です、中澤先生」
 脇にコトン、とコーヒーカップが置かれ。
「石黒先生も」

 カチン、とカップをぶつけ合う。
「しばらくはやっとゆっくりできそうやな」
 しみじみと呟く中澤に。
 石黒は喉の奥で笑ってみせる。
「何やねん?」
 ブルーのコンタクト。
 脅すようにこっちを見られても。
「これで私も矢口に逢いたい〜から開放されると思うと嬉しくて」
 からかいまじりの口調に。
「・・・・・・・うっさい」
 中澤は拗ねた顔。
 人見知りする中澤がこんな表情見せるのはごくごく限られていて。
 石黒は何だかな〜と思いながらコーヒーカップに口をつける。

「今日はすぐ帰るの?」
「あ〜、そやな。そ〜いや二、三日家帰ってないし」
 やっと矢口に逢える。
 相変わらずなことを言う中澤。
「耳タコだって」
 軽く石黒は中澤の頭をこづく。
「あ〜、でもそしたら早く帰った方が」
 石黒の言葉をさえぎるように。
329 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時05分19秒
 ガチャ。

「姐さん〜」
「裕ちゃんっ」
 バタバタと部屋の中に入ってくる人物二名。
「終わったって聞きましたよ、次の学会楽しみですね。みんなひっくり返りますよ」
「お祝いするべっ」

 ・・・・・・・・・・・・。

 中澤はこめかみを押さえる。
「彩・・・・・・・」
 もうちょっと早く言え。
 ジロリ、とした視線に。
「まぁそ〜ゆ〜ことで。私は帰るね〜。お疲れ様・・・・・・」
 石黒はさっさと退散しようとするが。
 まぁ。
 そこはお約束。
「彩っぺもお疲れさん、逃がさへんで」
 がしっと石黒に絡まる平家の腕。
「・・・・・・・・裕ちゃん」
 知らん。
 さっさと中澤はそっぽを向いて。
「でもほら、うち家帰らんと。矢口も心配してるやろうし・・・・・」
 逃げ口上。
 しかし。
「あ〜それなら大丈夫っ。矢口も待ってるって」
 はい?
 唖然とする中澤に。
 にこにこと安倍が告げる。
「久しぶりに会いたいしってさ〜。ご飯みんなの分も用意して待ってるって言ってくれたべ」

 ・・・・・・・・・・矢口・・・・・・・・。
 怒ってるんか?
 確かにしばらく連絡も入れてなかったけど。
330 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時06分21秒
 中澤の肩が落ちる。
「んじゃなっち、まだ仕事残ってるから。みっちゃん、ちゃんと裕ちゃん家に連れて帰っといてね」
 ひらひらと手を振って。
 安倍が部屋を出て行く。

「・・・・・・・・・私も家帰らないと・・・・・・部屋、掃除しとかないといけないし・・・・・・」
「ええやん。どうせ明日から2、3日休みなんやろ?」
 いつ調べたのか。

 まぁしかし。
 新種のウィルスとその新薬ということで。
 通常業務もこなしながら、学会発表の準備に終われていた中澤たちのグループには、ここしばらく
休みなんてなくて。
 とりあえず明日から3日間休み、という恵まれた環境にはあるわけだが。

「・・・・・みっちゃんは明日仕事でしょ」
「ええやん、最近飲み相手おらんくて寂しかってんっ」
 自慢になるのかならないのか。
 いまだ攻防を続けてる平家と石黒を中澤はちらり、と横目で見て。
「彩っぺ、いい加減、諦め・・・・・・・」
 ぼそり、と告げる。
331 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時06分57秒
「何でよ。裕ちゃんだって、久々にゆっくり矢口としたいんじゃないの?」
 聞きようによっては・・・・・・・きわどいセリフやな・・・・・・・。
 石黒もだいぶ疲れてるらしい。
 中澤はぽりぽりと頬をかいて。
「だって矢口、怒ってるっぽいもん。他の奴いたらましかもしれん」
 非常に情けないセリフを口にした。

ーーーーーーーーーーー

 それで結局こうなるわけやね。
 平家に石黒に遅れて来た安倍。
 どんちゃん騒いで・・・・・まぁ隣家から文句が出ない程度に、だが。

 さすがに一番早くにダウンしたのが石黒で。
 部屋の隅でくぅくぅと幸せそうに寝息を立てている。

 矢口は・・・・・安倍や平家と楽しそうに談笑中。

 はぁ〜。

 軽く中澤はため息をついて。
 キッチンで水をあおる。

 カタン。
 小さな音がして。
 中澤が振り向くと。
 矢口の母親がいた。
332 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時08分07秒
「・・・・・・・すいません、うるさかったですか?」
 壁に手をついて歩く矢口の母親。
 病状の進行をうかがわせるように。
 痩せた、身体つき。

 あえて何も触れず。
 中澤は矢口の母親の身体を支える。
「ちょっと水が飲みたくて」
「・・・・・・・そうですか」
 キッチンには前なかった椅子があり。
 そこに腰掛ける矢口の母親を見て。
 中澤は眼を細めるが。
 肩をすくめる。
333 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時09分33秒
「病院には顔出してはったんですか?」
 冷蔵庫からミネラルウォーターを出して。
 こぽこぽ。
 グラスに注ぐ。
「行ってたわよ」
「顔くらい出してくれはったら良かったのに」
「・・・・・・・あんなに忙しそうにしてたら声、かけれないわよ。患者とそう変わらない顔色だったし」
 中澤は苦笑いする。
「まぁやっと一段落つきました」
 その返答に。
 矢口の母親はオーバーにため息をついた。
「一段落ってことはこれで終わりじゃないってことね?」
「・・・・・・・・・・・・」
 やぶへび。
 中澤は首をすくめる。
「医者のとこにだけは嫁にいかせるものじゃないわね」
 ぶ。
 思わず中澤はむせる。
「な、何言って・・・・・」
「真里、心配してたわよ?」
 困ったように中澤は髪の毛をかきあげる。
「私の検診なのに、目線はきょろきょろきょろきょろ。誰を探してたのやら」

 ここ二週間ほどの勤務は確かにひどかった。
 家に帰れたのは多分片手で数えれるほど。
 それも書類を取りに帰る、とか。
 深夜早朝に3、4時間いてまた出かける感じで。
334 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時10分06秒
「・・・・・ちゃんとご飯、食べてたの?」
 心配そうな視線。
「真里の差し入れの弁当は食べてましたよ」
「・・・・・・・・・・・」
 まさかそれだけしか食べてない、とか言わないでしょうね?
 無言の圧力。
「適当には・・・・・・」
 ぼそぼそと呟く中澤。
 どっちが患者でどっちが医者なのか。
 お互いそれに気付いて。
 苦笑いを交わす。

「紺屋の白袴、医者の不摂生は治らないって言うけど」
 ま〜ったく。
 矢口の母親は立ち上がった。
「ま、今夜はゆっくり真里に怒られなさい」
「・・・・・・すいません」
 ぺこり、と中澤は頭をさげて。

 そのまま部屋まで肩をかす。
「・・・・・・・早く寝なさいよ?」
「・・・・・・・さっき言うてたことと矛盾するやないですか」
 ぼそり、と反論すると。
 生意気、とぼかり、と叩かれて。
「真里、たまにアナタの部屋で・・・・・泣いてたわよ」
 中澤は黙り込む。
「私も一因だから何も言えないけどね・・・・・・」
 寂しげに呟かれたセリフ。
 中澤は黙って布団をかける。
「・・・・・おやすみなさい」
 向けられた背は、何を物語っているのか。

 人間は無力やな。

 ため息とともに。
 中澤はゆっくりと部屋を出た。
335 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時10分47秒
ーーーーーーーーーーーー

「姐さん、どこ行ってたんですか〜?」
 リビングに戻ると。
 陽気な声がお出迎え。
「ん〜?トイレやトイレ」
 適当に答えて。
 ちらっと矢口に視線を向けると。
 慌てて逸らされる、目線。
「・・・・・・・・真里」
 ソファーの端にちょこん、と腰掛けてる矢口の隣りに。
 中澤は腰をおろす。
「逢いたかったで〜」
 いつものおふざけのように手をまわす。
「・・・・・・・・・・」
 少し、強張った肩に。
 ことん、と中澤は頭を預けた。
「・・・・・・・・こら、寝るな」
「だって安眠できるんやもん」

 帰ってきてから一度も触れてなかった矢口の温もり。

 何でやろ?
 安心すんねんな・・・・・・・・。

 拗ねたように中澤に近づいてこなかった矢口に。
 あえて中澤も近づこうとはしなかった。

 だって矢口に触れたら眠くなるに決まってるもん。

「・・・・・・・だ〜か〜ら、矢口は抱き枕じゃないって・・・・・・・」

 うにゃうにゃと。
 本当に気が抜けたのか。
 めちゃくちゃ恥ずかしいことをのたまう中澤。

 安倍や平家がいることはすっかり頭からすっ飛ばしているらしい。
336 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時12分05秒
「・・・・・・・・矢口、裕ちゃん寝かせてきたら?」
 安倍が笑う。
「多分矢口が行かないとずっと寝ないでこのままだよ、この人」
「ホンマ。やぐっちゃんのことになると骨抜きやもんね〜」
 平家も笑って。
「あ、どうせなら戻ってこなくても大丈夫、ちゃんと後始末してから寝るからね〜」
 かって知ったる他人の家。
 ぱたぱたと安倍が予備のタオルケットを持ってきて。

 ・・・・・・・・・さすがだ。

 それでもそれでい〜のか?
 思わず矢口は首を傾げるが。

 まぁとりあえず。
 人の肩の上で爆睡かけようとしてるコイツを何とかしないとね・・・・・・・。

「こら、裕子、起きろっ」

 矢口が散々耳元で騒いでも。
 中澤は。
「ん〜」
 全く無反応。

 ・・・・・・・・・・・こいつ。

 一発はたいてやろうかと拳を握り締めた矢口だったが。
337 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時13分28秒
「・・・・・・・・まぁここはまかしといてや」
 苦笑いしながら。
 平家が中澤の耳元に。
「姐さん?朝ですよ?愛しのみっちゃんですよ〜」
 囁いた瞬間。
「・・・・・・・・っ?!」
 がばっと中澤は飛び起きる。
「・・・・・・・・・・・・」
 しばらく状況把握できてないようで。
 矢口と平家の顔を交互に見て。
「・・・・・・・悪趣味やで、みっちゃん」
 憮然とした表情。
「どっちが悪趣味なんですか」
「・・・・・だよね〜。変なとこで神経質なんだから」
 仮眠室で眠れないはずだべ、それじゃ。
 安倍と平家がうんうん、と顔を見合わせて頷き合って。

「・・・・・・・・寝る」
 中澤はさっさと立ち上がった。
 君子危うきに近寄らず。
 このままここにいたら何言われるかわからん。

 寝室に向かう中澤。

「ちょ、裕ちゃん。待ってよ」

 矢口も慌てて立ち上がって。
 ちらり、と二人の顔を見ると。
「「いってら〜」」
 ひらひらと振られる手にそろう声に。
 矢口は照れくさそうに笑った。
338 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時14分12秒
 寝室で。
「こら、裕子。だ〜か〜ら、寝ていいけど、誰が服のまま寝ていいっつったよ?」
 ベッドに倒れこんでる中澤に矢口は悪戦苦闘していた。
「ほら、腕伸ばすっ」
「ん〜」
 何とか適当に着替えさせて。
 さすがに・・・・・・人居る時にまっぱで寝させるのは・・・・・・・。
 な〜んてのは矢口の心の声だったりするのだが。

「ほら。ゆっくり寝なよ?」
 布団をかけて。
 そのまま矢口は。
「・・・・・・っ?!」
 布団の中に引っ張り込まれる。
「・・・・・・・・・ゆ、う、こ〜」
 何すんだよっ。

 さすがに抗議の声をあげるが。
 中澤は半分くらい夢の中。
「ごめんな・・・・・・・」
 起きてるのか起きてないのか。
 耳元で囁かれて。
 矢口はびくっと身体をすくませる。

「・・・・・・・・・・・・」
339 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時16分20秒
 黙って鼻をつかむと。
 ふが。
 もうすっかり夢の中なのか。
 中澤は起きない。
「・・・・・・・ば〜か、あ〜ほ。寂しかったよ。めちゃめちゃ心細かったよ。わかってる?」
 ぷにぷにと矢口は中澤の頬をつつく。
「ん・・・・・・にゃぐち・・・・・・」
「本気でほったらかしすぎだよ。もう。マジで別れてやるって思ったんだからな?」
「ん・・・・・・・・」
 聞こえていないってわかっていても。
「ご飯ちゃんと食べてるのかな、とか。ちゃんと寝てるのかな、とか」
 矢口はもぞもぞと中澤の腕の中にもぐりこむ。
「・・・・・・・・いつだって心配で。裕ちゃんのことばっかり考えてたんだから」
 中澤の、匂いに。
 何だか涙が出そうだった。
「矢口のこと支えてくれるって言ったのに。嘘つき」
「・・・・・ごめん・・・・・・」
 タイミングよく落ちてきた小さな呟き。

 起こした?

 ちょっと不安になって矢口は中澤の顔を覗き込むが。

 く〜く〜と。
 幸せそうに寝息をたててる中澤が起きた気配はなく。

「・・・・・・・・ちょっとは矢口のこと、考えてくれてた?寂しく思ってた?」

 無意識にだろうけど。
 ぎゅっと抱きしめてくる腕。

「・・・・・・・・・しばらく一緒にいれるんだよね?」
340 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時17分09秒
 答えは当然ないんだけれど。

「離れろって言われたって離れてやんないんだから」

 ここしばらく逢えなかった分。
 矢口に寂しい思いさせた分。
 サービスしろ。

 こつん。
 矢口は中澤の胸に頭を預ける。

 とくん、とくん。

 穏やかに打ってる心臓の音。

 ・・・・・・・・・何か、落ち着く。

 隣りの部屋にいる安倍や平家や石黒のこと。
 気にならなかったといえば嘘になるけれど。

 矢口も穏やかな眠りについていった。
341 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時18分26秒
ーーーーーーーーーーーーーー

 一方、隣りの部屋では。

「やぐっちゃん、戻ってけ〜へんやろ〜ね」
「まぁそ〜だろ〜ね〜」

 平家と安倍が。

 まだ飲み足りない、といった風にグラスを傾けていた。
「でもなっちたち、今日押しかけて良かったのかな?」
 中澤が聞いたら何を今更、と怒り狂いそうなセリフを吐いて。
 安倍は首を傾げる。
「まぁええんちゃう。こ〜ゆ〜風にシフトが合うなんてめったにないねんから」
 ちょっと姐さんには悪いことしたかも、やけど。
 ちょっとだけかいっ。
 まぁそんなツッコミを入れる人間も今はもう夢の中で。

「殺人的なスケジュールだったもんね」
 見てて気の毒になったべ。
342 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時19分13秒
 安倍はちらっと石黒の方を見て。
 タオルケットを掛けなおす。
「ま、そんだけ期待されてるってことやから。姐さんも彩っぺも」
 平家は自嘲気味な笑みを漏らした。
「・・・・・・みっちゃんもいい腕してるのに」
 安倍のフォローに、平家は小さく笑った。
「あ〜ゆ〜病院の人間関係はめんどくさくてアタシには向かんわ」
「みっちゃん、開業するならなっち、そこで働きたいな〜」
「お世辞はええっちゅ〜ねん」
 軽くグラスを揺らす平家。
 その視線の先は、見えない。

「外科医っちゅ〜のは怖いもんや」

 ぽつり、と呟いて。
 そのまま平家は一気にグラスをあおった。
「アタシは姐さんみたいに強引にはなれんからな」
 的確な状況判断と。
 その場に対応できる柔軟な姿勢。
 それは・・・・・・きっと天性のものなのだろう。

 平家は何度も中澤の脇でそれを見てきた。
 時に強引といえるほど強引に。
 一分二分を争そう処置の時に。

「・・・・・・・・・みっちゃんはみっちゃんでいいんだよ」

 肩を落とす平家。
 何だか見ていられなくて、安倍は平家の肩をぽんぽん、と叩いた。
343 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時20分04秒
「なっちは何で看護婦になろうと思ったん?」

 暗くなった雰囲気に。
 あえて明るく平家は問い掛ける。

「特に理由はないんだけど」
「ないんかいっ」
 きっちり突っ込んで。
 平家は笑みをもらす。
「あ〜でも、大変だったんだよ〜、最初の頃は」
 安倍は頬をふくらませた。
「ん?」
「裕ちゃんとさんざんやりあった」
 ぺろり、と安倍は舌を出す。

 まだ中澤が研修医だった頃の話。
 そう前置きして安倍は続ける。
「手術中に処置のことで喧嘩になってさ。出てけって怒鳴られて。そのまま飛び出したこともあった」
 今思えば凄いよね〜。
 安倍は懐かしそうに。
 それでも楽しそうな表情を見せる。
「それからも犬猿の仲ってか・・・・・もうさんざん怒られたし、さんざん怒ったし。何であんなに
いつも喧嘩してたんだろ」
「それ、姐さんから聞いた」
 口をはさむ平家。
「手術中に出てけって言ったことは何回かあるけど、ホンマに出て行った奴は初めてやって」
 そのまま二人して顔を見合わせ。
 思わずクスクスと笑みをもらす。
344 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月16日(水)23時20分55秒
「若かったんだよね〜、お互い」
「なっち、まだ若いやん」
「あれ?裕ちゃんはもう若くないの?」
「・・・・・・・・・・姐さんには黙っといて」
 珍しく綺麗に入ったなっちの逆突っ込み。
 平家は苦笑い。

「みっちゃんは裕ちゃんの後輩だったんだよね?」
「そうや」
 今度は平家が懐かしそうな表情を見せる。
「大学時代、あちこち連れまわされてな〜、気付いたら何かこんな稼業に足突っ込んでた」
「でも、後悔してないんでしょ?」
 いたずらっぽい瞳が平家を見つめる。
 平家は一瞬驚いたような眼で安倍を見つめ返すが。
「・・・・・・そ〜やな」
 笑みを漏らした。

「ま、それじゃ」
「何に対してかわかんないけど」
「もう一回乾杯しときますか」

 チン。

 人の出会いは不思議なもので。
 出会うべきして、出会ったのだろうと。
 今は、そんな風に思える。

 ぶつかり合って、反発して。
 永遠に一緒に、なんてないだろうけれど。

 同じ風景を見て、肩を並べれたこと。
 きっと、忘れない。
345 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月16日(水)23時27分52秒
我ながら・・・・珍しく凄い更新量(自分で感心 おい)

>>325 名無し読者さん
>嬉すぎて一ヶ月はやぐちゅー不足の禁断症状が止まりそうです。
 一ヶ月っつ〜数字はどこから・・・(笑)
 この話の更新はサクサクいきます、すげ〜書きやすい(しみじみ)

>>326 名無し読者さん
>自爆ageのおかげで気付けました(笑
 そう言っていただけると・・・・自爆ageの甲斐ありました。
 やっぱ悪いことはできないもんですね〜(違)
 矢口母はいい性格してます。
 はっきり言って矢口母主役の続編のような気が・・・・(笑)

 本編の方で。
 安倍さん、石黒さんの活躍の場は・・・と聞かれ。
 番外編ではっと思いつつ・・・・・。
 石黒さん、寝てますね・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 活躍の場はあるんだろうか(汗)
346 名前:名無し君 投稿日:2003年07月17日(木)00時47分25秒
ひとつずっと突っ込んでいいのか迷ってたんですが・・・
本編の最初矢口と出逢った頃は、研修医でしたよね・・・確か・・・(W
だから何っていうのはないのですが・・・。

甘いけど痛めなやぐちゅー  最高  です。


347 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時14分31秒
〜〜〜4〜〜〜

 休み二日目。
 中澤の車で一時間。
「いい天気〜」
 目的地にたどり着き。
 矢口は大きく伸びをする。

「お母さん、大丈夫?」
 振り返ると。
 車椅子の矢口の母親。
 押しているのは・・・・・・中澤で。
「じゃんけんなんて卑怯や・・・・・・」
 こっそりぶつぶつ呟いているが。
「聞こえてるよっ」
 矢口はどん、と中澤に体当たり。

 ぐらっと揺れる中澤に・・・・・車椅子。
「・・・・・・・・真里っ」
 矢口の母親の一喝。
 矢口はごめんなさい、と素直に謝るが。
「・・・・・・うちに対しての謝罪の言葉はないんかい」
 中澤にはべ〜と舌を出す。
「・・・・・・・・育て方、間違えたんちゃいます?」
 内心可愛いな〜と思わず思ったことは内緒にして。
 中澤がぼそっと呟くと。
「でも好きなんでしょ?」
 意地悪い質問に。
「・・・・・・・・・まぁ」
 即答しない中澤。
「素直じゃないところ、似た者同士ね」
 矢口の母親は楽しそうに笑った。

 矢口が住んでいた横浜の家。
 中澤がバタバタしていた間にも順調に競売は進んでいて。
 買い手が決まった。
 来週にも新しい住人が引っ越してくるということで。
348 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時16分56秒
 行こうよ。

 まぁ、中澤に選択権などあるはずもなかったのだが。

「ん〜、いいとこやね」
 近くをぶらぶら三人で散歩しつつ。
 立ち止まったのは結構大き目の家。
「立てます?」
 さすがに玄関に入るには車椅子では無理で。
 中澤はさり気なく矢口の母親に肩を貸す。
「真里やったらちっこくて潰れてまうかもしれんな」
 おどけた声に。
「何だと!?」
 ちっこい言うなっ。
 お約束とばかりに矢口が噛み付く。
「悔しかったらおっきくなってみぃ」
「うわ、ムカツク〜っ」
 いつも通りのやりとり。
 それでも二人の足取りは矢口の母親に合わせてか、ゆっくりで。

 小さく小さく矢口の母親は微笑んだ。

「あ、お母さん、鍵持ってる?」
「借りてきたわよ」

 カチリ。

 小さな音がして玄関のドアが開く。

「・・・・・・変わってないね」

 玄関先、ぽつり、と矢口が呟いた。
 さすがに。
 靴とか服などは全部持ち出してはいるものの。
 家具などはそのままにしておく条件。

「「「・・・・・・・・・・・」」」

 三者三様の沈黙があたりを包む。

 とりあえず、中澤はリビングのソファーの矢口の母親を座らせて。
349 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時19分14秒
「なぁ、真里。真里の部屋、案内してや?」
 中澤は腕をぐるぐると回しながら軽い口調で沈黙を破った。
「え?あ、うん。こっち。二階なんだ〜」
 矢口は中澤の手をひく。
「・・・・・・ちょ、痛いって」
 そんな中澤の声をBGMに。
 中澤と矢口は階段をあがる。

 トントントン。

 軽やかなその音を聞きながら。
 矢口の母親は眼を閉じた。

 走馬灯のように駆け巡るわけではないが。
 穏やかな時間だった、昔。

 静かに。
 矢口の母親は涙を流していた。

ーーーーーーーーーーーー

「・・・・・・・・・・・」

 部屋に入るとそれまでのハイテンションはどこへやら。
 矢口はぐるっと部屋を見回して。
 無言になってしまう。

「真里」

 そっと中澤は後ろから矢口を抱きしめた。
「・・・・・・・後悔、してる?」
 小さな囁き。
 矢口はぶんぶんと首を横に振る。
「大丈夫だよ。想い出はさ、ちゃんとここにあるし」
 胸を指差し。
 いつものように笑おうとして。
 何だか微妙な泣き笑いの表情を浮かべ。
「・・・・・・・・・・・」
 矢口は口をへの字に結んだ。

「・・・・・・・意地っ張りやな〜」
「うるさい」
350 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時19分50秒
 それでも。
 矢口は中澤の腕を振り解こうとはしなかったし。
 もちろん。
 中澤だってその腕を解こうとしなくて。

「ごめんな」
 ぽつり、と中澤は呟く。
「・・・・・・・・・今回のことは矢口が乗り越えなきゃいけないことじゃん?」
 矢口は中澤を見上げた。
「でも」
 瞳が揺れる。
「忙しいのはわかるけどさ。もうちょっと連絡してよ」
 ぎゅっと掴まれた腕。
「うん・・・・・・ごめん」
 中澤は矢口の髪の毛に顔をうずめる。
「もう二度と許さないんだかんな?」
「反省してます」
「反省だけなら猿でもできるんだから」
 ちゃんと態度で示してよ?

 言葉に隠された裏の意味。
 読み取れないほど矢口を見てないわけではないから。
 中澤はクスリ、と笑う。

「何だよ、何笑ってるんだよ〜っ」

 弱気になればなるほど出てくる強気の言葉。

「可愛いな〜と思って」

 腕の中。
 後ろから抱きしめているから、顔は見えないけれど。
「耳まで赤くなってんで?」
「・・・・・・・・・アホっ」
 するり、と矢口は中澤の腕から抜け出す。

「愛してるで」
351 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時20分44秒
 めったに言われない言葉。
 矢口の頬がさらに赤くなる。
「そんなんじゃ誤魔化されないんだから」
 ぷい、とそっぽを向かれ。
 中澤は笑った。
「誤魔化してるつもりないし。誤魔化しじゃこんなん言えへん」
 そっと中澤は腕を伸ばす。
「・・・・・・・・裕子」
 泣き出しそうに潤んだ瞳に。

「言っとかなあかんことあるねん」
 そっと中澤は呟いた。
「・・・・・・・何だよ?」
 少し、怯えたような瞳。
「真里のお母さんにな。真里を養女にしてもらわれへんかって頼まれた」
 淡々と中澤は言葉をつむぐ。
「でもうち、断った」
 中澤はそっと矢口の頬に触れる。
 真剣な眼差しに。
 矢口の眼も真剣なものに変わる。
「・・・・・・・・ヤ、だった?」
「そうやなくて」
 中澤は首を振る。
「こ〜ゆ〜機会やなくても。ちゃんとそうしたいって思う時が絶対来るし。こんな形でって何か
嫌やった。真里のお母さんには悪いことしたけど」
「うん・・・・・・・」

 俯いた矢口。
352 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時21分40秒
「・・・・・・それにな。これから先、遺産相続の話になってくると思うけど。財産目当てって思われる
のもな・・・・・・・」
 苦いものが込み上げてきたように中澤は辛そうに眼を伏せた。
「うちの親が亡くなったのは突然やって」

 中澤が自分の親の話をするのは初めてだ。
 矢口は驚いたように中澤を見つめる。

「お父さんは早くにもうおれへんかったから。お母さんだけやってんけど」

 その死を受け止める、とかそういうより前に。
 遺産に群がった親類たち。
 喪主を務める中澤にかけられた言葉は。
 いたわり、とか。
 慰め、とか。
 母親の死を悲しむものではなかった。

「・・・・・・も〜、マジで人間不信になりかけたっちゅ〜ねん」
 小さく中澤は笑ってみせる。
「・・・・・・・裕子」
「真里のお母さんが、遺産相続の件で動いてるのは知ってて。真里のお母さんが動けへんかったら
うちが動いたかもしれん」
 人間、金が関ったら人変わるっちゅ〜のは身をもって知っているから。

 矢口を守りたかった。
 自分と同じめにあわせたくなかった。
 それは・・・・・きっと。
 矢口の母親が死ぬ、その悲しみ以上に。
353 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時22分59秒
「でも結局、肝心な時に真里の側にいてやれんくて。何か・・・・・・ちゃんと守ってやれてないうちが
そ〜ゆ〜ので養女にする、とか。そんなん言えへんし」
「裕子」
 矢口は頬に置かれた中澤の手にそっと自分の手を重ねた。
 そのまま中澤の頭を自分の肩に引き寄せた。
「だから、ごめん。でも、考えてないわけやないから。ちゃんと・・・・・うちがちゃんと矢口守るって。
そう決めてるから」

 ぎゅっと矢口は中澤を抱きしめる。
 いつもより小さくて、細く見える、肩。

「裕子、間違ってる」
 言い聞かせるように。
 矢口は言葉をつむぐ。
「裕子だけが守るんじゃないよ。矢口だって守りたいんだからね?」
 小さく肩が震える。
「矢口だって裕子のこと、守りたいし、頼りにして欲しいし。・・・・・・全然できてないけどさ」
 それでも。
「だから、矢口頑張るし。ちょっとでも裕子に相応しい女になれるように、さ」
「・・・・・・そんなん」
 真里はそのまんまでええやん。

 中澤は矢口の肩から頭を上げる。

 絡み合う、視線。

「負けないくらい矢口だって裕子のこと、愛してるんだよ」
354 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時24分24秒
 きっとそれは誓い。
「お互いがお互いに負けないようにいい女になろうよ」
「・・・・・・・真里」
「そしたらさ。いつか。裕子、矢口のことちゃんともらってよ」
 照れくさそうに矢口は中澤に抱きついた。

ーーーーーーーーーー

 近くの大き目の公園。
 ピクニックもかねて、と。
 矢口は朝からお弁当作りにおおはしゃぎだった。

「・・・・・・・・真里、これ量、多すぎへん・・・・・・・?」

 もう流動食しか入らない矢口の母親は勿論食べれないので。
 お弁当は二人分のはずなのだが。
 たっぷり3人前はありそうな量に。
 中澤は恐る恐る矢口に問い掛ける。

「・・・・・・矢口の作った料理が食べれないってのかよ?」

 ギロリ。
355 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時26分52秒
「い、いや。そんなことあらへんけど」
 焦ったような中澤の声。
「真里。いっぱい食べて栄養つけて(はぁと)くらい言えないでどうするのよ?」
 ごほごほ。
 思わず中澤と矢口は咳き込む。
「二人とも奥手ね〜」
 呆れたように言う矢口の母親に向かって。
「いや、ほら。憎まれ口叩きあってるのがうちららしいちゅ〜かなんちゅ〜か」
 中澤はぽりぽりと頬をかく。
「それにそんなん言われたら・・・・・何か悪いものでも食べたんかと心配に・・・・・イタッ」
 むこうずねを蹴っ飛ばされて。
 中澤はジト目で脇の矢口を見つめるが。
「お母さん、変なこと言ってないで、食べるよっ」

 クスクスと矢口の母親は笑う。

「「「いただきま〜す」」」

 正確には二人分の声だったりもするが。

「裕子・・・・・ニンジンをよけるな、子どもじゃないんだから」
「・・・・・・・だって食べられへん・・・・・・」
「トマトは入ってないだろ?」
「そ〜やけど」

 好き嫌いの多い中澤に合わせた弁当の中身にはなっているのだが。

 嫌がらせやろ?

 所々に点在する・・・・・・苦手な野菜。
356 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時28分22秒
「・・・・・・・・・・・・」
 無言でそれを睨みつけてる中澤。
 額には勿論皺が。
 矢口はそれを見て深くため息をつく。
「裕ちゃん。ほら、あ〜ん」
 う。
 中澤は差し出された野菜と矢口の顔を交互に見比べて。
 諦めたように。
 ぱく。
 口にする。

 深まる皺。

「・・・・・・・裕ちゃん?」
「う・・・・・美味いで、うん、こんなおいしいん食べたの初めてや・・・・・・・」
「棒読みだよっ」
 ま〜ったく。
 呆れたような矢口。

 そして。
「中澤さんって尻にしかれるタイプね〜」
 笑いを噛み殺してると明らかにわかる矢口の母親の声。
「やって・・・・・・」
 ふてくされる中澤。
「食べればええんやろ」
 やけくそになったように。
 ぱくぱくぱく、と口に放り込み。
「・・・・・・・・・・真里、お茶」
 一気に流し込む。
「努力は認めるけどさ」
 しょうがないな〜。
 矢口は適当に、中澤が好きなおかずをぽいぽい、と中澤の手元の皿に放り込む。
「ええん?」
 嬉しそうな顔になる中澤。
「裕ちゃん頑張ったしね」
 矢口は中澤の頭を撫でる。
「ラッキー」
 してやったり。
 ニヤリ、と中澤が笑うと。
「あ、やっぱ駄目。これも食べて」
「何でやねんっ」
357 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時28分54秒
 まるで漫才みたいなやり取り。
 目を細めて矢口の母親はそれを見つめる。

 幸せそうに笑う娘。
 それをさせてるのは。

 我が娘ながら見る目あったってことかしら。

 本人たちにはけして言わないことをこっそり考える。

 真里にはどうしてお父さんがいないの?
 歳をとるごとに。
 そう聞かれなくなって。
 その代わりに。
 ぎゅっと唇を噛みしめて家に帰ってくることが増えた。

 辛い思いをさせた。
 それでも。
 自分自身の生き方に後悔はしてないけれど。

 一度だけ、中澤に尋ねたことがある。
 私の生き方をどう思う?と。

 幸せな恋をしはったんですよね?
 ならええんちゃいますか。
 少なくとも。
 うちはそれでええと思います。

 そして。
 矢口真里という存在をこの世に産みだしてくれて、ありがとう、と。

「おか〜さん?」

 物思いにふけっていた矢口の母親は。
 矢口の声にはっと我に返る。
358 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時29分35秒
「お母さん?」
 心配そうな声。
 もしかして、何度か呼んでいたのかもしれない。
「ごめんなさい。ぼんやりしてた」
 答えて。
 矢口の方を見ると。
 もうご飯は食べ終わったのだろう。
 お弁当箱は片付けられてて。

 中澤は幸せそうに矢口の膝の上で眼を閉じていた。

「脅かさないでよ」
 心配そうだった矢口の眼がふっと和らぐ。
 手は中澤の髪の毛を愛しそうに撫でてたりする。
「中澤さん、寝ちゃったんだ」
 規則正しく上下する胸。
 安心しきった無防備な寝顔に。
 思わず顔がほころぶ。
「・・・・・疲れてるんだよ?」
 矢口の母親の言葉が中澤を責めるように聞こえたのだろうか。
 矢口は困ったように車椅子からこちらを見下ろす自分の母親を見上げた。
「わかってるわよ」
「・・・・・ならい〜けど」
 ぽつり、と呟いて。
 矢口は今度は心配そうに中澤の顔を覗き込む。
「疲れてるのに、悪いことしちゃったかな」
 髪の毛を撫でる手は、止めずに。
「まだまだ駄目だな〜」
 矢口、甘えてばっかりだ。

 ・・・・・・・・・・・・。
359 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時33分28秒
「この前、中澤さんの同僚の方、家に見えたじゃない?」
 唐突に変わる、話題。
 矢口はきょとん、とした表情を見せるが。
「うん」
「石黒さんって方としゃべってたんだけど」
 小さく矢口の母親は笑う。
「中澤さん、雰囲気変わったって。それは聞いたことあるでしょ?」
 矢口はこくり、と頷く。

「中澤さん、昔は凄い遊び人だったって聞いたことある?」
「はぁ?!」
 可笑しそうに矢口の母親は笑って。
「凄かったらしいわよ。とっかえひっかえ」
「・・・・・・・・・・・・」
 むぅ。
 矢口は膝の上で寝息を立ててる中澤を少し睨んで。
 諦めたようにため息をついて。
「それで?」
「真里と付き合い始めて全部に頭、下げて回ったらしいわよ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ぷに。
 矢口は中澤の頬を引っ張る。
「ん〜?」
 うにゃうにゃ。
 中澤はそのまま器用に矢口の膝の上で体勢を変え。
 お腹に顔をうずめて。
 また気持ち良さそうに・・・・・・・・。

「もっと自信持ちなさい」

 風がさわさわと梢を揺らしていく音。

 静かな矢口の母親の声。

「好きな人の為なら大概の苦労なんてね。苦労じゃなくなるんだから」
360 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時34分09秒
 経験に裏づけされた。
 自信たっぷりの笑み。
「・・・・・・・・うん」
 こくり、と素直に矢口は頷いて。

「でも・・・・・・・遊びまくってただと?こんにゃろ」

 それはどうしても気になるところ。

「いいじゃない、昔の話なんだし」
 むっと矢口は膨れてみせる。
「やだ。裕子は全部矢口のっ」
 あまりと言えばあまりの矢口のセリフに。
 思わず絶句する矢口の母親。

「・・・・・・・・・まぁ痴話喧嘩は家に帰ってからにしてね」

 あんまり意味ないだろうな、と思いつつ。

 そして案の定。
「裕子っ。起きろっ」
「ん〜?も〜ちょっと・・・・・・」
「アホっ」
 急に矢口が立ち上がったせいで。
 中澤の頭が地面に落ちる。
「・・・・・・・・・・・・・・っ」

 一気に目覚めたようだが。
「何すんねんっ」
 痛そうに頭をさすりながら起き上がった中澤に。
「知らないっ。も〜矢口、帰るっ」
 ぷい、と矢口はそっぽを向いて。
「はぁ?何怒ってるねん・・・・・・・」
 さっぱり訳がわかりません、状態で。
 中澤は矢口の母親の方を振り向く。
361 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月17日(木)23時35分19秒
「ごめんね」

 謝られて。
「はぁ・・・・・・」
 曖昧に答えて首をかしげて。
 それでも。
「裕子のアホっ」
 何故矢口がキレてるのかわかるはずもなく。

「ちょ、ちょお・・・・・・・裕ちゃん全然この状況わからんねんけど・・・・・・・」

 家に帰り着いてもまだ続いた痴話喧嘩。
 結局、矢口と中澤が仲直りしたのは中澤の休みが終わる直前で。

 二人の間で板ばさみになった矢口の母親は。
 ・・・・・・・・・少しだけ後悔したらしい。

 少しだけかいっと中澤が聞いたらきっとがっくり肩を落とすだろうが。

 そんな風に。
 優しい時間は流れていく。
 それでも。
 時間は確実に。
 時を刻みつづける。
362 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月17日(木)23時42分01秒
>>346 名無し君さん
>本編の最初矢口と出逢った頃は、研修医でしたよね・・・確か・・・(W
 ・・・・・・・・。
 思わずレスもらって速攻で冒頭部分を読み返すと。
 研修医って書いてますね(汗)
 医者に変換しといてください。
 30で研修医はね〜だろ・・・・(苦笑)

 っつ〜ことで。
 楽しんでものらえてるのかな?とは思いつつ。
 書いてる自分が楽しいからいいか(おい)
 次の更新は来週月曜。疲れてたら火曜になります。ちょっと出かけるもので。
 今日の更新はここまで。
 
363 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月18日(金)17時04分29秒
すごい遊び人だったって、石黒さんも余計なことを言って(笑
ほのぼのしていて、それでいて切なくてたまらないです。
三人でいられる時間がだんだん少なくなってきて………寂しいようなそんな感じです
364 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時06分28秒
〜〜〜5〜〜〜

 そして。
 ついにその日は、来た。

「姐さんっ」

 日勤の勤務中。
 普段なら勤務中は中澤先生、プライベートは姐さん、と。
 使い分けている平家が。
 中澤の部局に飛び込んできた。

「・・・・・・平家先生」
「矢口さんが運ばれてきました」
 冷たい視線を一瞬向けた中澤だったが。
 瞬時に立ち上がる。
「・・・・・・付き添いは」
「やぐっちゃんが」
「症状は」
「血を吐いて倒れた、と」
「・・・・・・・緊急オペや。手術室用意しとけ」
 それだけでわかるんですか?
 平家の視線に。
「多分腹部の血管内の出血が原因や。輸血の用意も」
「・・・・・わかりました」

 廊下の待合室。
 蒼白な顔をして、矢口が立ち尽くしている。
「真里。救急車内でのお母さんの様子はどうやった?」
 前置きもなく。
「・・・・・・ずっと血が止まらなくて・・・・・」
 中澤の表情が強張る。
「確かお母さんと血液型一緒やったよな?輸血してもらうかもしれん。準備しとき」
 そのままばたばたと走ってきた看護婦に中澤は指示を与える。

「裕ちゃんっ」
「全力を尽くす」
 無駄口を一切叩こうともせず。
 中澤の姿は手術室の中に消えた。
365 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時07分40秒
 数分後。
 平家が小走りで同じ手術室に消える。
「アタシ、第二執刀医っつ〜ことやから。大丈夫。こ〜ゆ〜時の姐さんの腕はピカ1や」
 言いたいことだけ告げて。

 そしてそのまた数分後。
「・・・・・・・なっち」
「矢口、大丈夫?」
 黙って矢口は頷く。
「んで、矢口。今日ご飯はちゃんと食べた?」
 はい?
 ぶっ飛んだ安倍のセリフ。
「・・・・・そんなこと今は関係ないじゃんっ」
「そうじゃなくて。輸血の可能性があるって中澤先生から言われたよね?」
 有無を言わせない強い口調。
「まだ血液のストックはあるけど。中澤先生の勘、こ〜ゆ〜時には良くあたるから」
 安倍は手に持っていたジュースを矢口に渡す。
「とりあえずこれ飲んで。ほら、深呼吸する」

 ・・・・・・・・・・・・。
366 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時08分19秒
 言われたとおり。
 深呼吸する矢口に。
 安倍は笑いかける。
「倒れちゃったのは、運が悪かったけど。まだ大丈夫。中澤先生と平家先生ね、オペで
奇跡のコンビって言われてるほど凄いんだから。めったにないんだよ、あの二人が緊急で
あいてるのって」
 強い、信頼と絆。
 安倍はぎゅっと矢口の手を握る。
「暖かいよね?」
 こくり、と矢口はやっぱり頷く。
「人間の生命力ってそう簡単になくなるもんじゃないから」

 何かしゃべろうとすると涙がでそうで。
 やっぱり矢口は頷くだけしかできなかった。

ーーーーーーーーーーーーー

 三時間後。
 大きく息を吐いて。
 中澤と平家は手術室から出てきた。
「中澤先生、お見事でした」
「運が良かっただけや。昨日の晩の患者の様子とか知ってたからな」
 それだけで?
 平家は驚きの視線を中澤に向ける。
 出血場所の特定。
 かなりの量、出血が行われていた場合、その個所の特定は遅れがちで。
 しかし、今回の場合。
 中澤のメスさばきは神業的だった。
367 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時09分47秒
「真里はまだ処置室いてるよな?後の説明は平家先生にまかせるわ」
 中澤は大きく伸びをする。
「・・・・・中澤先生がしないんですか?」
 最もな疑問。
「うち、今日一本オペ抱えてんねん」
「は?!」
「・・・・・・・うん、うちもすっかり忘れてた。手術中思い出して思わず呆然としてもうたわ」
 カラカラ、と中澤は笑うが。
 平家はもはや何も言えない、といった風で。
「・・・・・倒れますよ?」
「まぁ何とかなるやろ。組む相手、石黒先生やし」
 平家はため息をつく。
「矢口さんは再入院ってことで手続きしといて。絶対安静。多分明日の朝には眼、覚めるやろ」
「・・・・・・・朝までの付き添いは認めるんですか?」
 一瞬中澤は迷って。
「うちの病院、完全看護やろ。山は越した。認めんって伝えといて」
「ま〜たそ〜ゆ〜言いにくいことを・・・・・・」
 ジロリ、と平家は中澤を睨む。
「・・・・・・渋ったら、うちのこと、信じられへんのかって言っといて。容態急変するような中途半端
なオペはしてない」
 んじゃ、次のオペの用意あるから。
 ひらひらと中澤は手を振って。
 疲れた足取りも見せずに、外科病棟の方へ向かう。

 ・・・・・・・・・・・・・。
368 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時11分08秒
 しばらく無言でそれを見送った平家は。
 肩をすくめて。
 歩き始めた。

 そして。
「今回の吐血は腹部からの出血が原因でした。開腹手術を行い、血管の縫合。完璧な処置ができた
と思います」
 外科病棟の一室で平家と矢口は向き合っていた。
 ずっと俯いたままの矢口。
「ただ、大量の吐血を行っているため、かなりの衰弱が予想されます。病状の進行も・・・・・・」
「・・・・再入院、ってことですか?」
 察し良く矢口が平家の言葉をさえぎる。
「・・・・・・・はい」

 しばらく沈黙が続いた。
 矢口は小さくため息を付く。

 大丈夫やろか。
369 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時11分49秒
 平家のその危惧を吹き飛ばすように。
「入院の準備、ですよね?」
 しっかりとした口調で矢口は尋ねてくる。
「そうですね。手続きの方はこちらで書類を用意してます。今後の治療方針は明日、患者さんが
目覚めた時に中澤先生の方から行います」
 事務的なことを平家は淡々と告げていく。
「・・・・・裕ちゃ・・・・いえ、中澤先生は?」
 一瞬。
 中澤の名前を聞いたときだけ。
 矢口の拳が握り締められた。
「・・・・・・・今、オペ中です」
「はぁ?」
 呆れたように矢口の表情が変わる。
「・・・・・・ここの病院ってそんなに医者、いないんですか?」
 実に最もな質問。
「そ〜ゆ〜わけやないんやけど」
 平家は思わずくだけた口調になる。
「今回は・・・・・・緊急患者診るの、別の先生担当やってんけど。まぁ中澤先生が独断でオペを開始
してしまったってのもあって」
 多分、始末書もんやで。
 さすがにその言葉は飲み込んで。

 中澤が今、しなければならないことは。
 とりあえず、もう一件のオペを成功させること。
 一日二件のオペ。
 それをきちんと成功させたとなれば、中澤の名があがるだけ。
 しかし、もし失敗した場合。
 責任問題になるのは免れない。
370 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時12分34秒
 平家が難しい顔をしているのをどうとったのか。
「・・・・・・・ここの病院って完全看護なんですよね?」
 矢口が口を開く。
「あ、はい。患者さんの容態は落ち着いてますし、明日の朝くらいには目覚める、ということなので」
「・・・・・・・中澤先生、付き添いは認めないって言ったでしょ?」
 姐さん、読まれてますよ。
 平家は苦笑い、する。
「矢口さんが心配なのはわかりますが・・・・・・」
「わかりました」
 紋切り型のセリフを続けようとした平家は。
 へ?
 一瞬固まって。
「そしたら、後の詳しい説明は明日、ということで」
 書類をトン、とそろえる。

 冷静さを失わない矢口の姿に。
 冷静さを失わないようにする矢口の姿に。

 何だかな〜って思ったのはきっと感傷、ということで。
 あえて事務的になろうと平家は努める。

「はい。ありがとうございました」
 小さく矢口は頭を下げる。
 それから。
「後・・・・・裕ちゃんに伝えといてください」
 ん?
 首をかしげた平家に。
「仮眠室でお母さんの容態の変化に備える、なんてしたらぶっとばすって」

 平家は眼を細めた。

「自分の腕を信じなくてど〜すんの、家で矢口、待ってるからって」
371 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時13分23秒
 ・・・・・・・・・・・・。

 小さく平家は笑った。
「やぐっちゃん・・・・・・ありがとな」
 優しい眼で矢口を見つめる。
「絶対に伝えるから」
「うん」
 口をへの字に結んで。
 やっと見せた感情。

 平家はぽんぽん、と矢口の頭を撫でた。
 きっと。
 ここにいたらそうするであろう人の変わりに。

 優しさが優しさを呼ぶ。
 切ない思いとともに。

ーーーーーーーーーーーーー

 一週間後。

「こんにちわ」
「あら、珍しい」

 矢口の母親の病室に顔を出した中澤は。
 その言葉にがくっと肩を落とす。

「毎日検診に来てるじゃないですか」
372 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時14分18秒
 抗議の声はあっさりと。
「でも、休憩時間に来てくれたこと、なかったわよね?」
 はい、すいません。
 中澤は肩をすくめる。
「いつも看護婦さんと一緒だし。真里に言いつけるわよ?」
 冗談めかした口調に。
「ま〜じ〜で勘弁」
 中澤は本気で顔をしかめる。
「・・・・・でも、忙しいなりにフォローはしてるみたいね。感心感心」
「やって、ホンマに怒るねんもん」
 拗ねた口調になってしまったことに気付き。
 コホン。
 中澤は咳払い。
 クスクスと笑う矢口の母親に誤魔化しはきかないのだろうが。
「真里も後で来るって言ってました」
 とりあえず、それを告げて。

 中澤は矢口の母親のベッドの脇に腰をおろした。

 開け放たれた窓から流れ込んでくる、風に。
 眼を細めて外を景色を眺めている。
 風がいたずらに舞って。
 中澤の前髪が、揺れる。

「あっちゅ〜間やったような気、します」
373 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月22日(火)00時15分47秒
 不意に発せられた言葉。
「・・・・・・・・いろいろ迷惑かけたわ」
「とんでもない。楽しかったです」
 ふわり、と中澤は笑ってみせる。
「うち、家族ってあんまりようわからんかったから。でも一緒に住んでて。これが家族なんかな〜って」
 飾りも何もない。
 本当に、本気の言葉。
 だから。
「・・・・・・・・裕子、ありがとう」
 驚いたように眼を見開いて。
 中澤は矢口の母親の方を振り向く。

「もう、アナタは私の大事な娘。
 だから、あんまり無理はしないで。
 いつでも、何処に行っても。心配してるから」

 ぐっと。
 中澤は歯を食いしばった。
 それでも。
「ずっとそう思ってた。いつか、ちゃんと言わなきゃって」
 低い嗚咽。
「真里と仲良くね」

 真里をよろしく、とか。
 そんな風に縛る言葉じゃない。

 そんな風に人は縛れないから。

「・・・・・・・お母さん、ありがとう・・・・・・・・」

 素直なそんな中澤のセリフに。
 矢口の母親は。
 涙をこらえて。
 ぎゅっとシーツの上。
 拳を握り締めた。
374 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月22日(火)00時25分02秒
>>363 名無し読者さん
 >ほのぼのしていて、それでいて切なくてたまらないです。
 その時々は一瞬で。
 それをどう個々で受け止め、成長していけるのか。
 それをテーマに書き始めたようなものなんで。

 ん〜、処置の手術の仕方の突っ込みはなしの方向で。
 やっぱ医療関係わかんないもんで(汗)
 そして次の更新は今週末です。
 多分それでラストになるはず。
 待たせますが野暮用あって家にいないもんで(苦笑)
 っつ〜ことで今日の更新はここまで。
375 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月22日(火)01時03分03秒
寝ないで待ってたかいがありました(w
次回でラストですか?
かなり悲しいです。
この話、凄くせつないのに何でだろ?
376 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月22日(火)01時16分23秒
>>375
この話、せつないのに・・・何でこんなに好きなんだろう?
の間違いです(涙
377 名前:名無しです。 投稿日:2003年07月24日(木)00時14分06秒
つかささんの文章って、何度読み返しても感じるものがあります。
いつも尊敬です。
378 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時31分46秒
ーーーーーーーーーーー

 それから数日がたち。
 矢口は母親の付き添いで病院に泊り込む毎日だった。

 いつ病状が変化するかわからない。

 そう告げられて。
 平気じゃなかったけれど、平気なフリができたのは。
 中澤が本気で辛そうだったから。
 相変わらずのポーカーフェイスだったけれど。

 大丈夫だよ。

 そう告げたら。

 黙って中澤は寂しそうな顔をして。
 矢口を抱きしめた。

 互いの温もりに。
 何だか、安心して。

「真里。窓、開けてくれる?」

 そして矢口の母親はいつも通り。
 薬の量が増えたため、意識のある時間は減ったけれど・・・・・・・。

「今日はいい天気だよ〜」

 ずっと付き添っている矢口に何かを感じないはずはないのだろうが。

「洗濯日和ね」

 まぶしそうに窓の外を矢口の母親は見つめる。

「・・・・・・・・そうだね」

 相槌を打つしかできなくて。
 矢口は母親と一緒に窓の外を眺めた。

「・・・・・裕ちゃんだ」

 病院の渡り廊下。
 中澤が歩いていた。
 一人じゃなく、少し歳のいったおじさん。
 真剣な顔をしながら、何か話してる。
379 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時33分55秒
 中澤を見つけた瞬間に。
 ぱっと表情を輝かせた矢口。
 矢口の母親は柔らかい眼差しでそれを見つめていた。

「相変わらず忙しそうだよ」

 中澤がどんな感じだったか、なんて。
 嬉しそうに報告する矢口に。

「・・・・・・真里は大学卒業したらやりたいことってあるの?」

 不意に問い掛けられた、質問。

「え?」

 矢口は思いっきりきょとん、とした表情を見せる。

「・・・・・・・特に今は考えてないけど」

 矢口の母親は黙り込む。

「おか〜さん?」

 何故か妙に不安げな矢口の声。

「・・・・・・・・このままいったら。中澤さんの側にいたいから、看護婦になりたい、とかいいそうね」

 矢口は何も言えず。
 矢口の母親の言葉の真意が見えない。
 いや、わかってはいることなのだが。

「中澤さんはそれでもいいってきっと言うだろうけど」

 真里は本当にそれでいいの?

 視線だけで問い掛けられる。

「・・・・・今はそんなの、考えられないよ」

 そう言って。
 矢口は俯く。
380 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時34分41秒
「そうね」
 矢口の母親はあっさりと追及をやめた。
「・・・・・・・・なりたい自分になるための努力を忘れたら駄目よ」
 それだけを告げて。
 矢口の母親はベッドの上。
 眼を閉じた。

「・・・・・・・・・・・」

 大学を卒業するまで二年、ある。
 何となく、選んだ大学。
 このままじゃ、留年するかも。
 そう思ってはいる、けれど。
 そこまで勉強に、大学に固執しているわけでもない。

 矢口の、やりたいこと?

 問い掛けられた質問は、何だかとても、重い。
381 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時35分25秒
ーーーーーーーーーーーーー

「・・・・・・・・・んで、アタシのとこ来たってわけね」

 その日の晩。
 矢口は久々に保田の所に転がり込んでた。

 まぁ別に。
 病院をあのまま
 飛び出したわけでもなく。

 家でしなきゃいけないことがあるから、今日は泊まり看護はしない、と。
 中澤や看護婦に母親のことは頼んできてはいるのだが。

「う〜〜」

 矢口は手の中。

 缶チューハイを弄ぶ。

「んで矢口はアタシに何聞きたいのよ?」

「・・・・・・圭ちゃんは大学卒業して、やりたいこと、あるの?」
 上目遣い。
 何を期待しているのかはわかるけど。
「あるわよ」
 悪いけど、その期待には応えてあげない。
 保田は即答する。
「・・・・・・・あるんだ、やっぱり」

 予想に反して。
 矢口は怒りも拗ねもしなかった。

「あ〜あ〜」

 全然減らないお酒を諦めたようにテーブルの上に置いて。
 矢口はうだうだとソファーの上でクッションを抱える。

 らしくない、態度。
382 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時39分24秒
 保田は首を傾げる。

「な〜に真面目に落ち込んでるの?」

「や、そ〜ゆ〜わけじゃないけど」

 それでも。
 矢口はう〜と唸る。

「中澤さんの側にいたいってのが矢口のやりたいことでも別にいいんじゃないの?」

 見かねて。
 保田は助け舟を出すが。
 矢口は速攻で首を振る。

「駄目って言われたの?」

「違う」
 矢口はやっと顔を上げて。
「矢口、裕ちゃんと約束したんだ」

『矢口だって裕子のこと、守りたいし、頼りにして欲しいし。・・・・・・全然できてないけどさ。
 だから、矢口頑張るし。ちょっとでも裕子に相応しい女になれるように、さ』

 きっと中澤が聞いたら。
 そんなんどうでもいいって言う。
 言ってくれる。
 そのままの矢口が好きだって。

 でも、そうじゃなくて。
 おんぶにだっこの状態は。
 矢口が嫌だから。

 今度は保田がう〜んと考えこんだ。

 ぎゅっと唇を噛み締めてる矢口。

「アタシから見たら矢口だって充分頑張ってるんだよ?」

 その辺のとこ、わかってる?

「アタシらの歳でやりたいこと見つけてなくてウダウダしてるやつなんて、きっといくらでもいるよ?」
383 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時40分54秒
「でも」
 人は人で、矢口は矢口だもん。

 拗ねたような眼差しに。
 保田は大きく頷いた。

「なら、焦らなくてもいいじゃん?」

 これから先。
 いろんな出会いをして。
 自分が何をやりたいか、探していけばいい。

 ゆっくりでいい。

 君は、君なんだから。

「・・・・・・おか〜さんに、伝えたいんだ」

 ぎゅっと矢口はクッションを抱く力を強くする。
「矢口はこれがやりたいよって。頑張るよって」
 もう、残された時間はわずかだから。
 心配させたくない。

「矢口はお母さんの為にやりたいことを見つけるの?それとも中澤さんの為?」

 静かな、声。

 矢口は驚いたように保田を見つめた。

「矢口のお母さんが矢口に伝えたかったのは、矢口から聞きたい言葉はそんな言葉じゃないと思うよ?」

 自分がやりたいことは、誰かの為に作るものじゃないから。

「・・・・・・ぅ・・・・・・・」

 矢口はクッションに顔をうずめた。
 肩が震えている。

 声を殺して。

 何だか見ていられなくて。
 保田は黙って矢口の横に腰を下ろす。
384 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時42分08秒
「・・・・・・もぅ、伝えられない、かもしれない。もっと早く」

 涙混じりの声。
 保田はぱこ、と矢口の頭を叩いて矢口の言葉をさえぎった。

「見守っていてあげれない。その後悔は矢口のお母さんもしてるよ」

 だから、そんなこと言っちゃ駄目だ。

 たら、ればの話は存在しないのだから。

 強い視線に。
 やっぱり矢口の涙は止まらない。

 そのとき。
 矢口の携帯が鳴った。

「・・・・・・・・タイミング悪すぎ」

 中澤裕子、という文字を見て。
 矢口は眉をしかめる。
 ・・・・・・・多分、今から帰る、とか。
 いつもの定時連絡。
 いつもなら、嬉しいのだけど。

 ばれる、よねぇ・・・・・・。

 いまだどうしても止まらない、涙に。
 矢口自身が困ってたりするのだが。

 鼻をすすりながら。
 矢口はちょっと迷って。
 それでも、矢口の母親の容態の変化の可能性もある。
 ごめん。
 そう保田に断って電話をとる。

「はい」

 極力声は出さないように。
 そんな風に思っていた矢口の耳に飛び込んできたのは。
 切羽詰った中澤の声だった。
385 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時42分47秒
「ごめん、今日帰られへん。近くの高速ででかい事故あってん。明日は日勤で普通の勤務やから、
今日は泊り込みで仮眠室使うわ」

「・・・・・・・うん、わかった」

 それだけで終わるはずの電話。

 それなのに、何故か一瞬中澤は電話越し。
 沈黙した。

「・・・・・・・裕子?」

「今、何処におるん?」

 今度は矢口が黙ってしまった。

 中澤の電話からはガヤガヤという慌しい声が漏れ聞こえる。
「真里」
 強い、口調。
「・・・・・・圭ちゃんとこ」
 泣き声になりそうで。
 必要最低限の言葉しか出てこない。

「何か・・・・・」

 中澤の言葉をさえぎるように。
 後ろから。
「中澤先生、早く治療室にっ」
 声が聞こえてくる。
「わかった、すぐ行く」
 答える声。

 矢口はぎゅっと受話器を握りしめた。

「裕子、もぅ切るね?」
「・・・・・・今日は泊めてもらいや。明日、ゆっくり話、聞くから。ごめん」

 大丈夫だよ。

 そんなセリフも間に合わなく。
 電話は切れた。

「・・・・・・・ば〜か」

 ぽつり、と呟いて。
 矢口は携帯の通話終了ボタンを押す。
386 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時43分53秒
「今日は泊まって行くんでしょ?」

 察し良く。
 保田が矢口に声をかけた。

 どうやら今の電話で涙が止まったらしい矢口に安堵するものを感じながら。

「ん〜、帰る」

 小さく矢口は肩をすくめてみせる。
「中澤さん、泊めてもらいって言ったんじゃないの?」
「そ〜だけど」
 矢口は俯いて何かを考え込む。

 そして。
「一人で考えたいし。どうせ裕子に差し入れ持ってかなきゃなんないしさ。絶対飲まず喰わずで
働いてるよ、あの人」
 困ったもんだね〜。

 無理矢理作ったような矢口の笑顔に。

 保田は何も言おうとせず。

「そっか」

 頷いた。

 医者とは付き合うもんじゃないよ〜。
 なんて。
 どっかの誰かが言ってたようなセリフを吐きながら。
 矢口は玄関に向かう。

「・・・・・何かあったら電話しておいでよね」
387 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時44分38秒
 それだけは言っておきたくて。
「うん」
 矢口は玄関先、保田を見上げる。
「頑張らなくていいんだからね」
 うん?
 首を傾げる、そんな仕草に。
「矢口はさ、もう充分頑張ってるんだから。たまには頑張らなくてもいいよ」
 保田は笑って見せた。
「・・・・・・・・・ありがと」
 視線は。
 弱さを含んでる気がしたけれど。
 きっと。
 これ以上は何もできない。

 来た時よりは少しは強くなった視線に。
 保田は頷いてみせた。
388 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月28日(月)00時45分32秒
 次の日、病院に向かった矢口が。
 どんな結論を出して。
 どんな言葉で何を矢口の母親に伝えたのか。

 中澤がいくら尋ねても。
 矢口と母親は笑ってみせるだけだった。

 安心したような矢口の母親の笑顔に。
 まぁええか、と中澤は追及をやめた。

 それからしばらくたって。
 矢口の母親は昏睡状態に陥った。
 そして。
 意識を取り戻すことはなかった。
389 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月28日(月)00時54分23秒
>>375,376 名無し読者さん
 切ないけど、切ないから・・・どうなんだろ。
 ついにきました。
 ん〜。自分でもこのシーンをどうするかは迷ったんですが・・・・。

>>377 名無しです。さん
 何か伝わるものがあれば、と思って。
 っつ〜か言葉が持つ行間の強みってか。
 自分が短編書けないのはそれなんですよね・・・・。
 自分の中にテーマがないと書けないっつ〜か。
 どうしても中編くらいにはなってしまう(苦笑)

ってことで後一回続きます。
このシーン、あえて増やしました。

それとともに。
なっち、卒業っすか・・・・。今日、それ聞いてラストシーン手につかなかった・・・。
明日あげれるとは思うんですが。
もしかしたらちょっと遅れるかも。
自分的には。
な〜んか矢口さん心配だし・・・・・いろいろ思うとこはありますね・・・・。
390 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月29日(火)02時00分04秒
とうとう・・・本当にラストなんですね。(涙

やぐちゅー+矢口母っていう・・・妙な設定が、凄くツボでした(w
長編大好きなので・・・これからも期待しています。
最後のあえて書いてくれたシーン・・・どんなのか楽しみです。


391 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時07分43秒
〜〜〜6〜〜〜

「は?」
「へ?」
「・・・・・やぐっちゃん、今何て?」

 勿論、周囲の反応は凄かったのだ。
 一番驚いてないのは。
 当然のことながら言った当人と。
 多分、一番当惑していいはずの、言われた本人。

「矢口、留学しようと思って。大学の交換留学生。今日、最終選考、パスしたんだ」

 矢口の母親の四十九日で。
 さらり、と矢口はそんなことを言ってのけたのだ。

 特に親類もいないし、ということで。
 集ったのはいつものメンバー。
 保田はどうしても外せない用事があるということで不参加ではあったのだが。

「ふ〜ん?そんなん応募してたんや。良かったな、おめでとう」

 リビングのテーブルで。
 新聞を広げてた中澤は。
 さすがに新聞から眼をあげたものの。
 そう言ってまた、新聞に眼を落としてしまう。

「ちょ、姐さんっ。何でそんなに落ち着いてるんですかっ」
392 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時10分11秒
 平家が中澤から新聞を取り上げる。
「・・・・・・・・何すんねん、まだ読んでるのに」
 ジロリ、と睨まれても。
「聞いてはったんですか?」
「んにゃ、別に」
 新聞を取り戻そうとして。
 周りの視線に。
 諦めたように中澤は大きくため息をついて。
「真里、行きたいんやろ?」
 キッチンで料理してる矢口に問い掛けた。
「うん」
「うちが反対してもきけへんやろ?」
「うん」
「なら、気ぃつけていっといで」
「うん、ありがと」

 ・・・・・・・・・・・それでいいのか?

 周囲の疑問はもっともだ。
「矢口、どこに行くの?」
 と安倍。
「期間は?」
 と石黒。
「住むとことか、ど〜すんの?」
 と平家。

「期間は一年で。スウェーデンに行くの。住むとこは最初は大学が斡旋してくれるって言うし、
ホームスティになると思う」

 出来上がった料理を手際よくリビングに持ってきて。
 まず並べるのは母親の遺影の前。
 軽く手を合わせる矢口を見て。
 とりあえず、顔を見合わせながらも口をつぐんだ三人。
393 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時11分33秒
 数分間。
 手を合わせて。
 矢口は立ち上がる。
「裕子、ほら、拗ねてないで手伝う」
 中澤の脇を通り過ぎる時。
 ぽかり、と矢口は中澤の頭をはたく。

「・・・・・・裕ちゃん、拗ねてたんだ?」
「なっち、全然わかんなかった」
「アタシも」

 ぼそぼそ呟いてる三人をちらり、と見て。
 中澤は諦めたように立ち上がって。
「これ運べばいい?」
「え〜とね」
 キッチンでやりとりする二人。

 見るともなしに見ていた三人だったが。
 ふと。
「あ〜これやろ?」
 中澤が手を伸ばして。
 棚の上の方にあった大皿をとった。
「あ、うん。ありがと、裕ちゃん」
 嬉しそうに中澤に笑いかける矢口。
「別に」
 くしゃっと中澤は矢口の頭を撫でる。

「「「・・・・・・・・・・・」」」

 三者三様の沈黙。

「何か前より凄いわかりあってない?」
「ラブラブやね〜」
「羨ましい」
394 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時13分07秒
「何やねん?」
 料理を運びながら。
 中澤はきつめの視線を三人に向けるが。
 妙に楽しそうな三人。
「・・・・・・・アンタらも手伝えっ」
 こづこうとして。
 キッチンからあがる声。
「今日はお母さんの四十九日なんだからね?矢口と裕ちゃんで準備するの。わかった?」
 う。
 拗ねた表情になりながら。
 中澤はあげた拳をおろす。
「・・・・・・・・姐さん、弱いですね〜」
「・・・・・・・うるさい」
 ぶすっとした表情。
 まぁでも。
 そんなんにびびる連中でもないわけで・・・・・・・。

「姐さん、そろそろ飲み物も」
「食べものもじゃんじゃん持ってきてね、裕ちゃんが」
「なっち、いかのてんぷらもっと欲しいっ」

 ・・・・・・・・・・・・・。
395 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時14分15秒
「・・・・・・・裕子、モテモテじゃん」
「真里が悪いんやぞ」
 ぶすっとした表情を崩さない中澤に。
 矢口は笑う。
「飲み物持っていったらさ、もう飲み始めといてくれていいから」
「・・・・・・・・真里は?」
「後、二、三品作ってすぐ行くよ」
 ちょっと中澤は考え込む。
「ええよ、うちが作っとく」
「え?」
 きょとん、と中澤を見上げる矢口に。
「朝から準備してたんやろ?うちは別にここでも飲めるし。真里の留学話もアイツら聞きたいやろうし。
先、行っとき」
 優しく中澤は笑う。
「でも」
「うちもお母さんの為に何かさせてぇや?」
 そんな風に言われると。
 矢口だって断れないわけで。

「お、やぐっちゃん。待ってました」
「・・・・・・矢口を待ってたんじゃなくて、お酒の方でしょ?」
「あ、ばれた」
 ぺろり、と舌を出す平家。
 すかさず突っ込んだのは矢口。
 さすがとしかいいようのないやり取りに、場は笑いに包まれる。
 ま〜ったく。
 いいノリしてるわ。
 一緒になって笑いながら。
 ちらっとキッチンに視線をやる。
396 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時16分18秒
 こっちを見ていたらしい中澤とばっちり視線が合って。
 中澤は手に持っていたビールを指差してみせる。
 早く乾杯しろって?
 どいつもこいつも・・・・・・・。
 苦笑いしながら。

「今日は矢口のお母さんの四十九日に集ってもらってありがとうございます」

 矢口はぺこり、と頭を下げた。

「え〜と」
 言葉に詰まる矢口。
 すかさずキッチンから声が飛ぶ。
「しめっぽくなるのもなんやし、今日はどんちゃん騒いでお母さんのこと、偲ぼうや」
 一同、大きく頷く。
「・・・・・・・そしたら、お母さんの冥福を祈って」
 そんな矢口の声に。
「後、真里の留学決定を祝して」
 中澤の声が続く。
 矢口がキッチンを振り向くと。
 中澤はウィンク一つ。
 眼で笑いあう。
「「乾杯」」
 綺麗にはもった中澤と矢口の声。
397 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時18分23秒
「でもまぁ、医者泣かせの人やったね」
 しみじみと平家が呟く。
「え?そうなの?何か困らせることでも?」
 申し訳なさそうな矢口の声。
 平家と石黒は顔を見あわせて。
「あんまり痛いって言う人じゃなかったから。処置するのに、こっちが蒼白になったことが何回
あったことか」
 石黒は苦笑いする。
「でも看護婦には人気あったよ〜」
 安倍も続ける。
「凄い落ち込んでるときに話聞いてもらったって子、なっち何人も知ってる」

「強い人やったんやね」
 平家はため息一つ。

 もし自分が、去り行く立場だったら。
 そんな風にふるまえるか。

 沈黙が場を支配する。

「うちはそうは思わんけどな」
 タイミング良く中澤が料理を運んできた。
「・・・・・・・・・え?」
「うち、何回か、一人で泣いてるお母さん見たで」
 違う意味の沈黙が、落ちる。

「最初から強い人なんておらんよ。強くありたかっただけやろ」
398 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時19分36秒
「カッコつけすぎじゃない」
 石黒はそのままグラスを一気にあけた。
「・・・・・・でも、見習わなあかんよな、アタシらも」
 平家がしみじみと呟く。

「・・・・・・こら、真里。泣くなや」
 最初に気付いたのは中澤で。
 そっと矢口を引き寄せた。
「だって・・・・・・・だって」
 ぽろぽろと零れ落ちる、雫。
「・・・・・・寂しかったのかな、って」

「大丈夫。寂しかったわけないよ」
 安倍が、矢口の顔を覗き込んだ。
「お友達もたくさんお見舞い、きてくれてたよ?矢口も知ってるでしょ?」
 矢口はこくり、と頷く。
「姐さんからかって遊んではったのも知ってるやろ?」
 矢口はこくり、と頷く。
「ネタがなくなったら医者連中に裕ちゃんをからかえそうなネタ探して聞き込みやってたのも知ってる
でしょ?」
 矢口はこくり、と頷く。

「おい・・・・・・・」

 まともなこと言ってるの、なっちだけやん。

 中澤はこめかみを指で押さえる。
「そ〜だね」
 まぁ。
 腕の中の矢口が、照れくさそうに笑っているので。
 よしと・・・・・・していいんだろうか?

 悩む中澤の鼻に。
 焦げた匂い。
399 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時21分15秒
「あ。やば。料理途中やったんや」

 キッチンに駆け込む中澤。

「裕子。大丈夫?」

「・・・・・・・あんま大丈夫やなかった」
 情けない顔で。
 中澤は焦げたフライパンと焦げた・・・・・・食べものらしきものを指し示す。
「も〜フライパンごと処分しちゃった方がいいね・・・・・」
「ごめん」
 謝る中澤の頭を矢口は撫でる。
「いいよ。こっちやっとくから、裕ちゃん、あっちでご飯食べといて。飲んでばっかだと駄目だよ?」
「・・・・・・わかった」
 珍しく素直に。
 中澤はリビングにうつる。

 何だかんだと。

 酒の肴はつきることはなくて。

 矢口も一緒に騒いでいたのだが。

「矢口」
 中澤がトイレに席を立った時。
 隣りに座っていた石黒が矢口に話し掛けてきた。
「私らさ、適当に切り上げて帰るから」
「え?帰るの?」
 心底驚いたような矢口の声に。
 石黒は苦笑い。

 まぁいつも来たら朝までコースで騒いでいるのだが。

「裕ちゃんにさ、ちゃんと留学の話、しなよ?」
400 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時25分39秒
 あ。
 矢口は黙り込む。
 こ〜ゆ〜形じゃなくてやっぱり事前に話しといた方が良かったかな、とは。
 何となく様子のおかしい中澤を見て。
 後悔はしていたのだ。

「裕ちゃんがね、本気で拗ねると手が負えないんだよね、私らじゃ」
「そ〜そ〜。へこむと中々浮上してこないし」
 散々言いながらも。
 三人とも優しい眼をしていて。
「やぐっちゃんが出発するまでにまた飲もうや?姐さん荒れそうやけど」
 平家が笑う。

「矢口いなくなったらなっちたちで裕ちゃんに無理矢理にでも休みとらせるし」
「浮気してたらアタシがしめたるっ」
 酒の勢いか。
 力こぶ作る平家。
 しかし・・・・・・。
「それじゃ駄目だよ、そ〜ゆ〜時は私が一発ガツンと」
 見事な力こぶを作ってみせる石黒。

「ガツンと何やねん・・・・・・?」
 お約束のように。
 背後から降ってきた声。

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

 振り向くこともせず。

「まぁ、っちゅ〜ことでアタシらそろそろ帰るな」
「裕ちゃん、あんま夜更かししたら駄目だべ」
「また明日〜」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 見事な引き際の良さ。
401 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時26分14秒
 さすがに何も言えず。
 唖然としている中澤の横をそれぞれ鞄を掴んだ三人はすり抜けて行き。

「・・・・・・・・何やねん?」

 玄関のドアがパタン、と閉まる音を聞いて。
 やっと中澤は反応するが。
 時すでに遅し。

 矢口はクスッと笑う。

「気、きかせてくれたんだよ」
「・・・・・・・・・あぁ」

 やっと合点がいったとばかりに。
 中澤は髪の毛をかきあげる。
「別に明日でもええやん。なぁ?」
 同意を求められ。
 矢口は首を横に振った。
「駄目だよ」

 ・・・・・・・・・・・。

 中澤は黙り込む。

「ごめんね。急にあんな話しちゃって」
 矢口は中澤を見上げる。
「・・・・・・・・決めたんやろ?」
 中澤の寂しそうな眼が答えることをためらわせるが。
「・・・・・・・・うん」
 中澤の眼を見て。
 ちゃんと答えた矢口に。
 中澤は満足そうに微笑んだ。
402 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年07月30日(水)00時27分04秒
「先、風呂入ってきぃ。その間に片付けしとくから。・・・・・あ、玄関の鍵閉めといてな」
「裕子っ」
 ちょっと怒ったような矢口の声。
「・・・・・・後でちゃんと話、しようや?明日、これ一人で片付けたいか?」
 落ち着いた声で中澤は応戦する。
 中澤が指差す方向には。
 五人分、騒いで飲んだ跡。
「ん〜」
 不満そうな顔をする矢口に。
「逃げへんから」
 中澤は苦笑い。
「それとも・・・・・・一緒に入る?」
 ニヤリ。
 そんな表現がぴったりな中澤の顔。
「アホっ」
 とりあえず、ぽかり。
 はたいて。
「玄関のドアの鍵忘れんなや」
 何だか誤魔化されてるような気はしつつ。
 風呂場に向かった。
403 名前:某板某作者 投稿日:2003年07月30日(水)00時32分09秒
酔ってるんでレス返しは今度。

っつ〜か・・・・・・残り容量で入るのか?(滝汗)
すいません、まだ続きます。
矢口さん、留学するなんて言い出すなっ。
拗ねるな姐さんっ。

・・・・今日の更新はここまで。
404 名前:名無しマンボー 投稿日:2003年07月30日(水)00時34分54秒
矢口さん留学の急展開。
中澤頑張れ〜!!
405 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)22時17分30秒
やぐっちゃんのしたいことが留学とは予想外でした
1年とは……姐さん頑張れ(笑
406 名前:名無し読者。 投稿日:2003年08月02日(土)00時28分05秒
予想外の展開です。
407 名前:名無しROM専 投稿日:2003年08月06日(水)01時52分48秒
続き楽しみにしております。
408 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月09日(土)22時08分26秒
そろそろ・・・やぐちゅー不足で死にそうです。
助けて下さいお願いします。
409 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時03分49秒
ーーーーーーーーーーー

 中澤が風呂からあがると。
 矢口の姿はリビングにはなかった。

 とりあえずドライアーで髪の毛、乾かして。

 ショックを受けてない自分に少し驚いたり。
 受けてない、と言えば嘘になるが。
 ・・・・・・・真里が決めたことなら、応援してやりたい、とか。
 珍しく殊勝なことを考えてる。

 それが。
 建て前だってことは百も承知の上で。

 中澤は小さくため息をつき。

 いつの間にか。
 乾かしすぎてちりちりになりそうな自分の髪の毛を引っ張って。

 今度は盛大にため息をついた。

「・・・・・・・・・・・」

 多分こっちやろ。
 中澤は自分の部屋の前。
 軽くノックをして。
 ベッドルームに入る。

 矢口は。
 ベッドの上。
 あぐらをかいて。
 座り込んでいた。
410 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時04分22秒
「何か飲む?」
 あえていつも通りに問い掛ける、中澤に。
「ん〜、いいや」
 矢口は軽く答えた。
「そか。んじゃ、うちは飲みなおし、させてもらうで」
 中澤は軽く缶ビールをふってみせる。
「・・・・・・・・・・・」
 プシュ。
 そのままごくごくごくと。
 中澤は一気に半分くらいあけて。

 矢口が占領してるベッドの端っこに。
 ゆっくり腰掛けた。

 しばらく沈黙が続く。

 お互い言葉を探してるようで、探してない。

 そんな時間。

「・・・・・・・何か言ってよ」

 焦れたように矢口が先に口火を切る。

「決めたんやろ?ならええやん」

 打てば響く。
 そんな感じの返答に。
 中澤は中澤なりに何かを考えていたのだろう。
 矢口はじっと中澤を見つめた。

 視線に耐え切れなくなったのか。
 中澤は残りのビールを一気にあけて。

「うちがどうこう言うことやないやろ。良かったやん」

 やっと矢口に視線を向ける。
411 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時05分02秒
 絡み合う、視線。
「・・・・・・・・・矢口、ずっと羨ましかったんだ」
 強情そうな中澤の、瞳。
 伝わるかどうか、なんてわからない。
 それでも。
 矢口は言葉をつむぐことを止めない。
「矢口のやりたいことって何だろうって。裕ちゃんたちはそれを持ってる。ちゃんと自分の道を
歩いてる」

 中澤の表情は動かない。

「留学して、そこに矢口のやりたいことがあるかなんて、矢口、わかんないよ」

 その言葉を聞いて。
 初めて中澤の表情が動いた。
「・・・・・・・・どういう意味や?」
 きつい、視線。

「裕ちゃんが好きな矢口ってどんな矢口?」

「・・・・・・・・?」

 不安げに揺れる、矢口の眼を見て。
 中澤は眼を細めた。

「矢口はね。裕子がお医者さんでも何でもさ。裕子が医者辞めてどっか何か別の仕事したいっつってさ。
それでもさ、それで構わないんだよ」

 矢口はぎゅっと拳を握りしめる。

「でも。裕ちゃんは違うじゃん」

 いぶかしげな視線。
 それでも。
 さっきの強がっていた中澤はもう、いない。
412 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時05分44秒
「きっとこのままだったら、矢口、裕子におんぶにだっこでそれで甘やかされて。それはそれで
幸せかもしんないんだけど」

 きゅっと矢口は唇を噛み締める。

 どんな矢口でも、好きでいてくれる?

 簡単なようで簡単じゃない、言葉。

 きっとその言葉を望めば中澤はそう言ってくれる。
 でも、矢口が望んでるのはそんなんじゃない。

「それじゃ矢口、守ってもらうばっかりになっちゃうじゃん」

「うちは真里に守ってもらってるって。そう思ってるで?」

 矢口は首を振る。
 そうじゃない。
 そうじゃなくて。

 言葉にできないもどかしい想い。

「矢口はさ、全然まだまだ裕子に追いついてないんだ」

「追いつく必要がどこにあるねん?」

 お互いがお互いで一個の人格。
 それで、必要としてる。
 それでええやん?

 中澤の言いたいことは良く分かる。

 でも。
 それでも。

「それじゃ、駄目なんだよっ」
413 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時06分24秒
 矢口の声は切羽詰っていたかもしれない。

 様子のおかしい矢口に中澤の眼がふと真剣なものに変わった。

 コトン、と空になったビールの缶をサイドテーブルに置いて。

「・・・・・・・・・真里?」

 矢口の頬をぼろぼろと涙が零れ落ちる。

「このまま裕子といたら、矢口は矢口じゃなくなっちゃうよ」

 ぎりぎりの、言葉。

 中澤は黙り込む。

「うちのそばじゃ矢口は矢口じゃなくなるんか?」

 静かな、言葉。
 返答は。
 決定的な、言葉になるかもしれない。

「矢口は・・・・・・・裕子と肩を並べて歩きたいんだ」

 このままじゃ。
 矢口はきっと裕子の背中ばっかり見てる気がする。

 中澤は一つ、ため息をついた。

「うちが何言っても別に・・・・・・決めたんやったら真里には関係ないやん」

 なら何を言っても無駄だ。
 諦めに似た口調。

 その真意がわからない矢口じゃないから。

「何でそんなこと・・・・・・・っ!」

 中澤は何もわかってない。

 これじゃ駄々ッ子と一緒だ。
 そう思っても。
 涙は止まらない。
414 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時06分57秒
 中澤はぽりぽりと頬をかく。

 矢口の言ってること。
 わかるような気はするが。

 それでも何でスウェーデンやねん、いきなり。

 そんでもって相談とかそんなんじゃなく。

 決定事項やん。

「・・・・・・もうちょっと考える時間、くれへんか?」

 時間があってどうなるというのだろう。
 何を考えるというのだろう。

 ちらっと頭をかすめた考え。

 どっちにしろ、矢口はいなくなる。
 自分の側から。
 一年は短いようで長くて。
 きっと長いようで短いのだろう。

 自分がどう思うのかはわからないけれど。

「今・・・・・・何かうまく頭まとまれへんし。ちょっと冷却期間おこうや」

 矢口が。
 悲しげな顔をしたのはわかった。

 中澤は俯く。

「矢口は・・・・・・裕ちゃんの本音が聞きたいよ」

 ぽつり、と。
 そんな呟きを残して。

 パタン。

 中澤の部屋のドアは閉まった。
415 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時07分32秒
ーーーーーーーーーーー

 あれから二週間。

「なんでこ〜ゆ〜時に限って暇なんやろ・・・・・・」

 外科病棟。

 休憩室で中澤はうだうだとしていた。

「姐さん?帰らないんですか?」

 タイミングがいいのか悪いのか。

 いいと思おう。

「みっちゃん、飲みにいこうや?」

 がしっとつかまれた腕を見て。
 平家は苦笑い。

「アタシ、今から仕事ですよ」

 何や。

 がっかりしたようにもう一度椅子に座り込む中澤。

「・・・・・・やぐっちゃんと話したんとちゃいますのん?」

 まだ時間があることを確認して平家は中澤の正面の椅子に腰をおろした。

「・・・・・わからん」

 中澤は力なく笑ってみせる。

『裕ちゃんの本音が聞きたいよ』

 リフレイン、される言葉。

 うちの本音?
 そんなん。
 行って欲しくない。
 それしか言いようがなくて。
 でも、そんなん言ったら困らせるだけやし。
416 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時08分09秒
「矢口、うちと別れたいんかなぁ」

 零れ落ちた言葉に。
 中澤は何だか悲しくなる。

 平家はそんな中澤を見てため息を一つ吐いた。

「・・・・・・姐さんは別れたいんですか?」

「そんなこと」

 ジロリ、と睨みつけられても。
 全然怖くはない。

「なら、簡単ですやん。姐さんはどうしたいんですか?」

 はい?

 きょとん、とする瞳。

「やぐっちゃんは留学したいっつってるんでしょ?
 なら姐さんはそれ聞いてどうしたいんですか?
 止めたいなら止めればええし。
 ついて行きたいならついて行けばええし。
 待ってたいなら、待ってればいい。
 勿論、別れたいんなら・・・・・・」

 パシ。
 飛んできたおしぼりを平家はひょい、と受け止めて。
 笑った。

「別に考える必要ないでしょ?」

 確かに。
 そうかもしれない。

 病院から出て。
 中澤は空を見上げた。

 澄んだ空に。

 眼を細めた。
417 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時08分42秒
 何となく。
 相手が望む自分でいたくて。
 相手が望む言葉を言いたくて。
 新しく何かを始めることを、恐れる気持ち。

 やっと。
 矢口が言いたかったことがわかった気がした。

 スウェーデン?
 上等やん。

 不敵に中澤は笑う。

 話をしよう。
 本音でぶつかろう。
 嫌われるんじゃないか。
 その想いはいつだって心の中にあるけれど。

 相手が望む自分が。
 自分らしくあるということであれば。

 中澤は歩き出す。

 とりあえず。
 家にさっさと帰りたいのはやまやまだけれど。
 ちらっと時計を見れば。
 まだ間に合う時間帯。
 ちょっとだけ寄り道して。

 自分がどうしたいか、なんて。
 きっとずっと決まってる。
418 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時09分16秒
ーーーーーーーーーーーー

「裕子っ」

 中澤が家に帰ると。
 矢口がぱたぱたと玄関までお出迎え。

 ちょっと怒った声?

「うん、ただいま」

 中澤は真っ直ぐに矢口を見つめた。

 久々かもしれん。

 ちょっと感慨にひたってみたりして。

 あの日以来。

 中澤は一方的に矢口を避けていた。

「・・・・・裕子?」

 そんな中澤の様子に気付いたのか。
 矢口は首をかしげる。

「話、しようや」

 真っ直ぐに矢口を見つめる中澤の視線。
 矢口は心の中でほっと安堵のため息をつく。

 最近の中澤は・・・・・確かに。
 落ち込んでいて。

 原因は自分なのだけれど。

 秋の出発の日までもうそんなに時間はないから。

「・・・・・・・とりあえず、先ご飯にしようや?」

 見上げてくる視線。
 柔らかく中澤は微笑んだ。

 そして。

 ご飯の後。

 シャワーを浴びてる矢口を待ちながら。
 リビングで中澤は難しい顔をしながら書類に何かを書き込んでいた。
419 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時10分29秒
「裕子、お待たせ・・・・・って何やってんの?」

 濡れた髪をごしごし拭きながら。
 矢口がリビングに顔を出す。

「あ・・・・・こら、ちょお濡れるやんか」

 覗きこんできた矢口から書類を遠ざけて。

「ほら、ドライアーここにあるし。乾かしたろ」

 矢口は首を傾げる。

 まぁでも。
 中澤がそんな風に言ってくれるのも滅多にないことなので、素直に甘えることにする。

「・・・・・矢口の髪、気持ちええなぁ」
「痛んでるよ〜」
「そか?ええ匂いする」

 鏡の前。
 ドライアーを使いながら、中澤は器用に矢口の髪の毛を一房つまんで。
 くんくん、と匂いを嗅いでみたり・・・・・・。

「こらっ」
「ええやん、減るもんでもないし」

 クスクスと笑いあう。

「ねぇさっき何書いてたの?」

 そのまま二人して。
 リビングのソファーでくつろいでいたわけだが。

 矢口はそういえば、と思い出し。
 興味津々、中澤の顔を覗き込む。

「あ〜、うん」

 照れくさそうに笑う中澤。

「?何だよ〜」

 ひょい、と中澤は立ち上がって。
 自分の鞄のなかから。
 一通の書類を取り出した。
420 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時11分11秒
「後は真里がサインするだけになってる」

 短くそう告げて。
 中澤は矢口にその紙を手渡した。

「・・・・・・・?」

 矢口は首を傾げながらその書類を見て。
 思わず黙り込む。

「裕子・・・・・これ」

「うちの本音、聞きたいっつったやん?」

 中澤はソファーの上、矢口を抱き寄せた。
 そのままこつん、と額を合わせる。

「行って欲しくない」

 矢口は黙り込む。

「うちの側にいて欲しい」

 切なげに囁かれる言葉。
 中澤の眼は・・・・・前と変わらずに。
 やはり、寂しげで。

 そして、真剣だった。

「裕子・・・・・・・」

 矢口が何か言おうとする前に。
 中澤はクスリ、と笑った。

「そんな困った顔せんでもええやん」
421 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時11分42秒
 そのまま。
 ぽすっと矢口の肩に顔を埋める中澤。

「・・・・・・好きにしてええよ」

 小さな呟き。

「人生は長いんや。だから真里はやりたいようにやればいい」

 しばらくの間。
 お互い黙ったままだった。

「・・・・・・矢口ね、ホントは止めて欲しかったんだ」

 矢口は肩に中澤の頭の重みを感じながら。
 そっと中澤の髪の毛を撫でた。

「でも・・・・・止められたら、やっぱり困っちゃうね」

 小さく中澤が身じろぎする。

「うちも・・・・・止めて、それで行くのやめるって言われたら、何言ってるねんって怒りそうやったわ」

 やっと中澤は矢口の肩から頭をあげて。
 その眼は少し、赤い。

「それ、うちの本気やから。真里、中澤真里になる気、ないか?」

 不意に。
 中澤は矢口がしっかりと握りしめていた書類をひょい、とつまんでみせる。

 あ。

 やっぱり矢口はちょっと困り顔になって。
 中澤はそんな矢口を見てくすっと笑う。
422 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時12分37秒
「たかが紙切れ一枚、されど紙切れ一枚」

 まるで歌うように言って。

「これ、持って行き〜や」

 そのまま矢口の唇にそっとキスを落とす。

「一年後、真里が戻ってきた時。真里がちゃんとうちと肩を並べれた、そう思うんやったら、一緒に
出しに行こ?」

 優しい眼差しに。
 矢口は何も言わずに中澤に抱きついた。

 絶対的な安堵感。

 どうしてこの腕から離れようって決めたのか。
 わからなくなりそうで。
 それでも、わかっている。

 出逢ってから今まで。
 本当にあっという間だった。

 お母さんのお葬式が終わった時。

 迷ってた気持ちがはっきりした。

 お母さんと矢口と裕ちゃん。

 血のつながりなんかなくたって家族になれるんだって。
 ずっと矢口の側にいてくれてた裕ちゃんが。
 ぎゅって拳握って。
 涙をこらえてるのを見たとき、初めて思った。

 本当に愛しいって。

 この人とずっとずっと。
 一生なんて永遠なんて。
 そんなの信じられないって思ってたけど。

 ずっと歩いて行きたいって。

 一年、待っていてくれる。
 そう信じれた。

 一年なんてあっという間だって。

 そう思えたから。
423 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時13分22秒
「裕子・・・・・・好き。大好き」

 耳元でそう囁くと。
 中澤の身体がびくっと震えた。

「アンタ・・・・・・も〜、このイタズラわんこ」

 楽しげに中澤は笑う。

「い〜じゃん、大好きなんだからさ」

 そのまま矢口は中澤を押し倒して。
 顔中にキスの雨を降らせた。

「信じてる、からね」

 切なげな視線に。

「当たり前やろ?」

 自信たっぷりな視線。

 しかし。
 それを見て。
 矢口の視線は疑わしげなものに変わる。

「裕子ほっといたらさ。何か浮気されそうだし。勝手に無理してぶっ倒れてそうだし。忙しいっつって
メールも手紙も電話もこなさそうだし。絶対矢口ばっか心配して」

 ・・・・・・・・・。

 あまりの言われように。
 中澤は思わず黙り込む。

「勝手に留学決めたのに、怒るより前に良かったやん、とか平気でそんなこと言うしさ。・・・・・意外と
薄情だよね・・・・・」

 白い眼を向けられて。

「だから、それは・・・・・真里がやりたいっつってんのにうちが反対するのも変な話やと思ったし・・・・」
424 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時13分59秒
 焦ったように中澤は言葉をつむぐが。

 矢口がクスクスと笑い出したのを見て。

「・・・・・こら」

 むっとした様子で。
 それでも。
 矢口に組み敷かれたままの状態で。
 そっと矢口の首に手を回す。

「・・・・・・信じてぇや」

「矢口が信じなくて誰が信じるのさ?」

 しょってるセリフやな。

 その言葉は。
 矢口の唇によって発せられることはなかったが。

 久々の甘い夜はふけていった。
425 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時14分36秒
ーーーーーーーーーー

「姐さん、良かったんですか?」

 昼休憩。

 窓際でぼんやりと空を眺めている中澤に。
 平家が声をかけた。

「ええんちゃう?真里、別に来んでええって言うたし」

 平家の方を振り返ることなく。
 中澤はやっぱり空を見上げたまま。

 時計をちらっと覗いて。
 平家は納得する。

 ・・・・・・・・そろそろ出発の時間やもんな・・・・・・・。

 それから三十分ほどして。
 やっと中澤は平家の方を振り向く。

「そういやみっちゃん。うちの有給ってどれくらい余ってたっけ?」

「そんなんアタシが知るわけないやないですか・・・・・・」

 呆れたように平家は答えて。
 おや?
 首をかしげる。

「・・・・・・・とるんですか?」

 知り合ってこの方。
 中澤が有給をとって休む、なんて滅多にないことで。

「まぁな〜」

 困ったように中澤は笑う。

「・・・・・・やぐっちゃんに会いに行くんですか?」

 答えは一つしかないとわかりつつ。
426 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時15分06秒
「っちゅ〜か、真里、ひどいねんで」

『向こうの大学、休みになっても日本には戻らないからね』

 あっさりとそう言いきってくれた。
 文句を言いかけた中澤に。
 びしっと指をつきつけて。

『矢口は勉強しに向こう行くの。遊びに行くわけじゃないんだからね?』

 不満顔の中澤に。

『なら、裕ちゃんが来ればいいじゃん。・・・・・・・うん、それいいね』

 小悪魔の顔して笑ってくれて。

『クリスマスに来てくれ、とはさすがに言わないけどさ。・・・・・矢口、裕ちゃんに逢いたい』

 上目遣いでお願いされて。
 どう断れっちゅ〜ねん。

 ぶつぶつと不満顔・・・・・・なはずなく、中澤の顔はゆるんでいる。

「それになぁ〜」

『ちゃんとご飯食べるんだよ?っつ〜か今より体重五キロ減ったら別れるからな?』

 あれはマジで脅しや。

 しみじみと中澤は呟いて。
 そのまま、テーブルの上にあったおにぎりを頬張る。

「・・・・・・おにぎりだけじゃ栄養かたよりますよ?」

「だって面倒くさいねんもん」

 平家の忠告に。
 あっさりとそう答える中澤。
 平家はこめかみを軽く押さえて。
427 名前:伝えたい言葉 投稿日:2003年08月11日(月)23時16分07秒
 やぐっちゃんの気持ち、ちょっとわかるかも。

 そう思ったことはとりあえず内緒にしておいて。

「まぁ頑張って下さい」

 笑ってみせる。

「頑張る気はないけどな」

 そう答えて。
 中澤も笑い返す。

「中澤先生、平家先生、急患です。第一処置室へ急いでください」

 看護婦の慌しいコール。
 そのセリフで。
 休憩時間は終わり。

「行くで」
「はい」

 立ち上がって。
 廊下を歩き出す二人。

 中澤の右手、薬指には。
 矢口から送られた指輪が光っていた。

 勿論。
 機上の人となった矢口の右手にもーーーーーー。

                                     【end】
428 名前:某板某作者 投稿日:2003年08月11日(月)23時19分58秒
スレ容量オーバーごめんなさい(滝汗)
レス返しは省きます。

もし感想レスなどあったらもう一個のスレの方にお願いしますということで。
やっと完結です。
お付き合い、ありがとうございました。
429 名前:つかさ 投稿日:2003/09/16(火) 23:45
とりあえず、容量増えたんで保全
430 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/13(木) 19:42
保全
431 名前:某板某作者 投稿日:2003/12/26(金) 07:57
>管理人様
話はきっちり完結してますが、『未知への境界線』番外編を容量内で計画中です。
八月から更新はしてませんが、もう一本のスレ完結させてこちらに舞い戻ってくる
予定なので2月くらいまで小説板整理による倉庫行き、待っていただけないでしょうか。
勝手な言い分申し訳ないですが、できればよろしくお願いします。

管理人様、読者の皆様方昨年中はお世話になりました(ぺこり)
432 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/28(日) 02:05
『未知への境界線』番外編・・・。予定あるのですか?
めちゃめちゃ楽しみです。
433 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/02(月) 00:02

「中澤さんっ!!」

 ハロモニの収録が終わって。
 いきなり楽屋に吉澤が駆け込んできた。
 おや、珍しい・・・・・。
 普段吉澤がこっちの楽屋に来ることなんて滅多にないのにな・・・・。

 そんなアタシの訝しげな視線をものともせず。

「すいません、助けてくださいっ!!」

 必死な形相で近づいてくる。
 アタシ帰り支度してんの見えんか?
 ・・・・・・・礼儀を教えたった方がいいんかなぁ?
 思い悩みながらも。

「何かあったん?」

 まぁでもここは先輩やしな。
 頼りがいあるとこ見せとくんも一つの手やんな?
 うんうん。

 腕を組んでみたりなんかして。
 何や?
 何でも言うてみぃ?

「安倍さんと矢口さんが喧嘩してるんですっ!!!」

 ・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。

 たっぷり十秒はアタシは固まったね。

「中澤さん、聞いてるんですかっ?!」
「可愛いやん!!!」

 お互いの声がかぶさって。
 今度は吉澤がたっぷり十秒は固まって。
434 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/02(月) 00:02
「はい?」

 疑念を含んだ眼差しでこっち見てくる吉澤。
 ごめん、つい本音がでてもうた。

 慌ててコホン、と咳払い一つ。

 でもなぁ、あの二人が喧嘩するなんてごっつ珍しいねんで?
 ころころ二人で笑ってる姿も癒してくれる光景やねんけど。
 威嚇しあってる二人の姿を思い浮かべ。
 頬なんてぷぅって膨らませてな。

 ・・・・・・・・・あかん、めちゃめちゃ可愛いやん!!!

 裕ちゃん、めっちゃツボやわぁ!!!

 怒って拗ねて、逆ギレしてる矢口もホンマお持ち帰りしたいくらいの可愛さやねんけど。
 なっちもなかなか・・・・・・。
『もう知らないべさっ』
 そんな風にそっぽ向いててもこっちをちらちら気にしたりなんかして。
『ごめんなぁ』
 なんて近づいたら怒ってるふりしながらも安心してるのバレバレで。
 可愛いすぎやって。
 こっちの怒ってた気持ちもどっかぶっとぶっちゅ〜ねん。

 それが二人やて?
 二乗で可愛いやん。

 あかん。
 顔がにやけてまう。

「・・・・・・・あの、中澤さん・・・・・?」

 何か怖いものでも見たような顔で。
 吉澤が声をかけてくる。

 ちょっと待てや。

 アタシは慌ててにやけてた表情をもとに戻す。

「圭織とか圭坊おらんの?」
435 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/02(月) 00:02
「・・・・・・・今日は用事あるって早く帰られて・・・・・・・」

 答えていいものか悪いものか。
 微妙な表情になってる吉澤。

 ふ〜ん。
 あの二人おらんのか。

 今度はニヤリ。

 確実にアタシの頬は緩んだね。

『『裕ちゃんっ!!!』』

 頑張ってるのはわかるねんけど、あの二人、固すぎやねんて。
 まぁお仕事はちゃんとやらなあかんけどな。
 それ以外はちょっとくらい遊んだってええんちゃうん?

『ひっかきまわすだけ物事ひっかきまわして、後の処理こっちに押し付けて遊ばないでよっ!!』

 ひっじょうに常識的な圭坊の叫びが聞こえたような気はするけど。
 知らん知らん。
 そっか。
 あの二人おらんのか。

 ニヤリ。

 あ、あかん。
 吉澤が怯えたような顔しとる。
436 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/02(月) 00:03
 ・・・・・・・後ずさり、しとる・・・・・・。

「え、え〜と・・・・・・やっぱり、娘。のことは娘。で解決した方がいいですよね・・・・・お邪魔しましたっ!!!」

 ちょっと待て。

 アタシは吉澤の首根っこを引っつかむ。

「せっかく来てくれたんやん。大丈夫、アタシにまかしときっ!」

 その時。
 吉澤は思い出していた。
『矢口となっちに何があっても裕ちゃんにだけは相談するんじゃないわよっ!!!』
 保田さんが散々言っていたこと。
 すいません、忘れてました・・・・・・・。

 どこからそんな力が沸いて出ているのか。

 ずるずると中澤に引っ張られながら娘。の楽屋に戻る吉澤は、とっても嫌な予感がしていた・・・・・。
437 名前:つかさ 投稿日:2004/02/02(月) 00:06
とりあえず、あげときます・・・・二週間ほど更新できないんですが(汗)

MACとWINの互換性きけばダチの家から更新はありえるかもしんないんですが・・・・。
微妙ってな感じで(苦笑)
短編です。
楽しんでいただければ幸いです^^
438 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/02(月) 01:06
待ってました〜。
こっちも面白そうなお話で(w・・・つなぎ+吉澤ってかなりツボです。
439 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/12(木) 01:13
後約1週間・・・楽しみに待ってまーす。
440 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/12(木) 01:13
ごめんなさい。あげっちゃったです。
441 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:15


「みんな、元気か〜?」

 いつも通り挨拶しながら楽屋に入ると。

 なるほど。
 いつもけたたましいくらいうるさい楽屋が。
 シーンと静まりかえっとる。

 楽屋の端と端で矢口となっちが帰り支度しとる。

 う〜ん、静かなことのぞけば普通やん。

「「「中澤さん!」」」

 それを遠巻きに眺めとる石川とか紺野に藤本・・・・・・。

 救いを求めるような眼で見られるの。
 うん、快感かもしれん。

 ただ藤本はおもしろそうに二人を眺めとる。
 アタシと眼があって。
 にやって笑ってくる。
 ・・・・・・・なんか同類の匂い、感じるなぁ。
 あんた、絶対おもしろがってるやろ?

 とりあえず、どうしたもんかと二人を眺めていると。

「なんだよ、裕子」

 ちっこいのがぎろっとこっち睨みつけてきた。
 機嫌悪そうやな〜。
 構わずにいつも通り抱きつきに行こうとすると。

「誰だよ、裕子呼んだの。悪いけど帰ってよ」

 冷たい言葉。
442 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:15
 ・・・・・・・・・・。

 思わず頬をぽりぽりとかく。

「矢口、自分が機嫌悪いからって裕ちゃんにあたることないっしょ。裕ちゃん、なっちとおしゃべり
しよ?」

 予想通りというかなんつ〜か。
 なっちがフォローいれてくる。
 お言葉に甘えて、なっちの側に近づいていくと。

「なっちこそ裕ちゃん味方に引き入れてオイラのこと悪者にしようとしてるだろ、せこいっ!」

 ギロっと矢口がこっちを睨みつけてきた。

 アタシを間に挟んで、矢口となっちの言い争い。
 うん、アタシ、これ見たかったんやねぇ。
 二人とも一生懸命になってて可愛いなぁ。
 頭撫でたら怒られるかな、やっぱり。

「ってか、なっちはどうせ矢口より子どもだもん。せこくていいんだもんねっ!」

 ん?
 さっきの収録のこと、まだ気にしてたんか?

「頑張るって言ってたじゃんよ、何だよ嘘ついたのかよっ!」
443 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:15
「嘘じゃないもん、でも無理っぽい、とも言ったもんね、なっち嘘つきじゃないべさっ!」

 ちっこいのが二人。
 キャンキャン怒鳴りあってる。
 そんなに叫んでてよう喉、痛くならんなぁ。
 妙なことに感心していると。

「中澤さん、表情一つ変えないよ、凄いねぇ」
 感心したような石川の声に。
「神経どっか麻痺してるんじゃないかと思うんだけど」
 吉澤、後で覚えてろよ?
 アンタが助けを求めてきたから優しい裕ちゃんが来たったんやろうが?

 外野の声にふと我に返る。

 まだ言い争いを続けてる矢口となっち。
 これはどうやら、他のメンバーは関りあいになるの避けて帰ったな?
 ま、賢明な判断やね。

 残ったんは・・・・・貧乏くじひいた奴と。
 さっきの藤本のおもしろそうな眼と。
 紺野の驚いたような眼を思い出し。
 好奇心旺盛なガキどもか。
 アタシは思わずくすっと笑う。

「裕ちゃん、何笑ってるんだべさっ!!」

「そうだよっ!!」

 お?
 やっとアタシの存在に気付いたか?

「いや〜、可愛いなぁと思って」

 正直に感想を述べただけやのに。
444 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:16
「「・・・・・・・・・・」」

 二人とも黙ってしまった。

「・・・・・・・すげぇ・・・・・・」

 吉澤の感心したような声。
 そうやろ、凄いやろ。

 えっへんと胸を張ろうとして・・・・・・。

 ぼかり。

 痛い・・・・・・。

「何すんねん」

 ジロリ、と矢口を睨みつけると。
 大きなため息。

「あのさぁ、ちょっとは喧嘩の理由が何なのかな、とか大丈夫なのかな、とか心配にならないわけ?」

 もうちょっと手加減して睨みつけてきてや。
 矢口となっち。
 二人分の視線を浴びて。
 まぁでも全然怖くないけど。
 アタシはぽりぽりと頬をかく。

「どうせ収録のどっちが大人に見えるかってのが原因やろ?」

「「・・・・・・・・・・」」

 二人とも黙り込んでもうた。
 図星かい。
 わかりやすいなぁ。
445 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:16
 きっと収録終わって。
 矢口がなっちをからかったんだろう。
 んでもって、結構そのことを気にしてたなっちが逆ギレしてもうた、と。

 アタシは二人の頭をぽんぽん、と叩く。

「大丈夫。あんたら二人ともまだ子どもや」

 悔しそうにアタシを見上げてくる眼。

「「裕ちゃんだって、子どもじゃんっ!!!」」

 むぅ、と頬を膨らませて。
 はいはい。
 二人いっぺんに抱きしめて。

「アタシはみんなの前で喧嘩なんて子どもみたいなことせ〜へんもん」

 くしゃくしゃと頭撫でると。
 さすがに二人はバツの悪そうな顔。

 こっそり周りを見渡して。
 メンバーの視線を感じて。

「う〜、ごめんよ〜」

 情けなさそうな顔の矢口に。

「ごめんね、心配かけて」

 なっちも矢口に続いて。
 二人で残ってたメンバーにぺこり、と頭を下げる。

「・・・・・矢口さんの子どもっぽい所見れて楽しかったですよ」

 やっぱり面白がってたんかい、藤本。
 隣りでこくこく頷いてる紺野、お前も同類やな。
446 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:16
「みんなハッピー、で良かったですっ!!」

 ・・・・・・・・・・。
 もうちょっと空気よめや、石川。

 隣りで頷いてる吉澤もな。
 バカップルぶりもほどほどにしとかんと・・・・・まぁアタシも人のこと言えんか?

「んじゃ、話も終わったことだし、みんなでご飯でも食べに行こっか?もち、裕子のおごりでっ」

 はい?
 矢口、アンタ・・・・・・・。

「それい〜ね〜。なっち美味しいもの食べたいな〜」

 便乗するなっちに。

「え?中澤さんのおごりですか?ラッキーっ!!」

 吉澤・・・・・・・元はといえばアンタが・・・・・・。

「迷惑かけちゃったしね。お詫びってことで。ミキティと紺野も行くよな?」

 何でお詫びでアタシがおごらなあかんねんっ!!!
 っつ〜か矢口。
 しばらく会ってなかったんわかってるか?
 忙しいのはわかるから何も言わんかったし。
 一日一回の電話で我慢しとったけど。
 今日は二人でっ。
 二人でご飯食べに行こうって言ってたやんっ!!!

 アタシ、むっちゃ楽しみにしててんけどっ。

 必死の形相で。
 アタシは矢口の服の袖をひっぱって。
 こそこそ二人で内緒話。
447 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:16
「や、矢口、今日は二人でって言ってたやんっ」

 にっこりと矢口は笑う。
 何かごっつ怖いんですけど。

「さっき、なっちに抱きついてエロ顔してたね?」

 ・・・・・・・・・・・。

 ちゃうやん。

「いや、それは」

 あんたらが喧嘩してるっつ〜から・・・・・・。

「今日はお泊りもなしっ。ちったぁ反省しろっ!」

 ぺちっと。
 アタシのおでこ叩いて、矢口はわいわいやってる他のメンバーのとこ行ってもうた・・・・・・。

「中澤さん、やっぱり凄いですね〜。かっけ〜っすっ!」

 ・・・・・・・・そうや。
 元はと言えばこいつが・・・・・・・。

「なぁ吉澤」

 にっこりと笑って。
 吉澤に耳打ち。
448 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/14(土) 23:17
「アンタ、男前や言われてるけどあんまり大したことないねんなぁ」

 へ?

 きょとん、とした表情に。

「なっちと矢口くらい扱えなくてど〜すんねん。女心がわかってないわ。まだまだやね」

 うん、これくらい言わせてもらってもバチは当たらんよなぁ。
 ついでに馬鹿にしたように鼻で笑っといたろ。

 が〜んとショックを受けてるような吉澤はほっといて。

「裕子〜、何やってんだよ、置いてくぞ?」

「よっすぃ〜?」

 アタシらを呼ぶ矢口と石川の声。
 やっぱかわええなぁ・・・・・。
 とりあえず。
 何とか機嫌直してもらって。
 お持ち帰りするんやっ!!!

 拳握り締めて。
 固い決意を心の中で叫んでたアタシは。

 隣りで。

「女心・・・・・・」

 腕を組んで。
 考え込んでる吉澤に全然気付かんかったんや。

 ついでに。
 吉澤がぶっ飛んだ思考回路する奴やってのも、すっかり忘れとったな・・・・・・・。
449 名前:つかさ 投稿日:2004/02/14(土) 23:24
>>438 名無し読者さん
>つなぎ+吉澤ってかなりツボです。
不意に浮かんできて。コメディは苦手なんでど〜なるやら(苦笑)

>>439 名無し読者さん
>後約1週間・・・楽しみに待ってまーす。
楽しんでいただければ幸いです^^

久々にヤンタン聞いて・・・・ドラエモンの替え歌に思わず大爆笑。

今日の更新は以上。
450 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/15(日) 02:48
待ってました〜。
やっぱりツナギっていいですね。
451 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/15(日) 13:01
姐さんは無事お持ち帰りできるのかな・・・。
それに、吉澤さんが暴走しそうで(ワクワク
452 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:47


「はぁ〜〜〜」

 居酒屋。

 今日は久々になっちと飲んでるんやけど・・・・・・。

「はぁ〜〜〜」

「ねぇ裕ちゃん。いくら矢口いないからってさ・・・・・・・なっちに失礼っしょ?」

 でこぴんされて。
 その痛みになっちに気付く。

「・・・・・・・・矢口ぃ」

「こりゃ駄目だ」

 呆れたようになっちは呟くけど。
 ごめんなぁ、めちゃ裕ちゃんへこんでんねん。

「・・・・・・・・・もう二週間も会ってへんねん・・・・・・・」

 言葉にしたら更に悲しくなってまう。

「こらえ性ないべさ」

 珍しくなっちが突っ込みいれてきて。
 苦笑いしてるけど。
453 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:48
 そんなん関係ないねん。

 まぁそれでも。

「ごめんね、最近娘。忙しいからさぁ」

 フォローいれて。
 なっちがアタシの頭を撫でてくる

 さすがなっち、優しいなぁ。

 それ以上文句は言えなくて。

「う〜〜」

 恨めしげにアタシがなっちを見つめると。

「だから、そんな眼しないでよ」

 困ったような顔で、なっちが笑う。

 柔らかく、頭を撫でられる感触。

「も〜、グダグダだねぇ」

「甘えた裕ちゃんやもん」

 拗ねたように言うと。

「最近、矢口に甘えてないの?」

 おもしろそうになっちが尋ねてきよった。

「なっち卒業やし・・・・・・あんまひっついとったら悪いやん」

 何となく。
 珍しく。
 素直に零れ落ちた言葉。

 なっちはちょっとびっくりしたようにアタシを見て。
 柔らかく、笑った。
454 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:48
「そっか。裕ちゃんも考えてるんだ」

 大人びた表情に。
 アタシは眼を細めた。

「卒業仲間になるわけやな」

「何かやだよ〜それ」

 真面目に言ったつもりが。
 なっちは急にケラケラと笑い出す。

「アンタこそそのおばちゃん口調、やめぃ」

 叩く振りをすると。

「も〜ゆ〜ちゃん、矢口に言いつけちゃうからねっ」

 怒った口調に。
 笑った目元。

 何だかんだ言いながら。
 なっちとのこんな時間、好きやなぁと。
 実感する。

「矢口もねぇ、オイラも行きたいよ〜って叫んでた」

 いたずらっぽく。
 なっちがアタシを伺ってくる。
455 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:48
「来てへんやん」

 やっぱり拗ねた口調になってもうて。
 やっぱりなっちはコロコロと笑って。

「ラジオじゃん。しゃ〜ないっしょ?でも・・・・・最近の矢口」

 不意になっちが少し口ごもった。

 ん?
 なんや?
 何かあったんか?

 心配そうな表情になったアタシを見てなっちはちょっと迷ってたみたいやけど。

「矢口、今は裕ちゃんに会えなくて寂しいってより、自分のことこなすので一杯一杯っぽいみたいで。
一生懸命大人で娘。まとめて引っ張っていこうっていうのわかるけど、無茶してそうでちょっと心配」

 ・・・・・・・・・・・・。

 なっちの口から出てきた言葉。

 いつも元気に飛び跳ねてるあの娘だけれど。
 しんどい、なんてほっとんど言わなくて。
 甘えることより強がりばっかで憎まれ口。
 それでも。
 一人で泣いていることもあるのを・・・・・・アタシは知ってる。

 アタシもたいがい天邪鬼やからなぁ。
456 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:49
「もうちょっと裕ちゃん、強引に会いに来なよ。なっちのことはいいからさ」

 うん。

 黙って頷くと。
 安心したようになっちは、また笑って。

「ここしばらくよしこが矢口にべったりで凄いんだから。裕ちゃんもうかうかしてるとヤバイよぉ?」

 ん?
 きっとなっちの声は冗談っぽいものだったのだろうけれど。
 とてつもなく聞き捨てならないセリフを聞いた気がして。

「圭ちゃんとこにも石川からね、よっすぃ〜私に飽きちゃったんだって愚痴電話が凄いらしいんだよ」

 ・・・・・・・・・・何やと?
 アタシの顔がどんどん険しくなっていくのにどうやらなっちは気付いてへんみたいやけど。
 そんなんかまってられるかっちゅ〜ねん。

「矢口もいい加減参ってるみたいでねぇ。よしこに聞いても『男前道をつらぬくっす!!』とか
訳わかんないこと言ってるし」

 なっちの話はまだ続いてるけど。

 何やと?
 そう言えば最近の電話で矢口、元気なかった。
『いろいろあってさぁ、疲れてるんだよね』
 笑う声にも元気がなかったような。
『でも裕ちゃんの声聞くと、ほっとする。・・・・・・・好きだからな』
 珍しく。
 矢口の方から、照れたような声で。
 ぶっきらぼうに。
457 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:49
 そうや。
 忙しいのもわかってたし、ワガママ言う気もなかったし。
 もうちょっとしたらツアーで一緒になれるし。
 矢口は矢口で一生懸命頑張っとるのもわかってたから、邪魔せんとこうって思ったんや。
 大事なメンバーの卒業、しっかり見送りたいって気持ちもごっつよくわかるから。
 なっちやから、アタシは我慢してたんや。

 寂しかったけど、他の子にちょっかい出すのも控えてた。

 ただでさえ疲れてる矢口に変な噂とか聞かせたくなかったし。

 それやのに。
 それやのに。

 吉澤が矢口にちょっかいかけとるやと?

「・・・・・・・あのガキ・・・・・・・」

 ぴたり、となっちの声がとまる。

「・・・・・・・ゆ、裕ちゃん・・・・・・・??」

 なっちが怖いものでも見たようにこっちに眼向けてきてるけど。
 そんなん知ったこっちゃない。

 完全に眼が据わってるの自分でもわかるしな。

「なっち。何でそんな大事なこと、アタシに言えへんかったんや」

 一語一語区切るように。

「え、いや、あの」

 口ごもるなっち。
 矢口を守ったるのはやっぱりアタシしかおらんやん。
458 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:49
「吉澤が矢口にちょっかいかけてるやと・・・・・・」

 小さく言葉に出すと。
 何か更にむかつきが増してくる。

「・・・・・・・裕ちゃん、それちょっと違う・・・・・よしこが矢口にひっつきまわってて、矢口が逃げてるんだよ」

 一緒のことやろうが。

 思いっきりギロリ、と。
 鋭い視線を飛ばすと。
 なっちは黙ってもうた。
 まぁなっちにこんな視線、飛ばしたの・・・・・久々やしな。
 びびらせてごめんやけど。
 これだけは譲れんのや。

「明日、どこで仕事や?」

 とりあえず、娘。のスケジュールは押さえた。
 アタシの抜けれる時間帯・・・・・・。
 うん、よし、ここやな。

「覚悟しとけよ、吉澤っ!!!」

 ぐっと拳握り締めて。

 あ。
 でも。
 矢口に会えるんやなぁ。
459 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:49
 もしかして。
 ガツン、と吉澤に一発どやしいれて。
 頼もしいとこ見せたら。
『裕ちゃん、ありがとう』
 なんて、抱きついちゃってきてくれたりして。

 ・・・・・・・・・・。

 アカン、顔にやけてまう。

 百面相をしているアタシの横で。
 なっちが盛大にため息をついとったけど。
 そんなもん知るかい。

「待ってろや、矢口っ!!」

「裕ちゃん、声大きいって」

 なっちに突っ込まれつつ。
 アタシは明日のことを考えて。
 妙にテンションがあがってた。

ーーーーーーーーーーーーーー
460 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:50
「圭ちゃん、ど〜しよ〜。なっち余計なこと言っちゃったみたいで裕ちゃんキレちゃったよ〜」

 その日の深夜。
 泣きそうな声で安倍は保田に電話をかけていた。

「・・・・・・・アタシも明日抜け出してそっち顔出してみるからさ」

 事情を聞いて。
 ため息をつきながら、保田は答える。

「ホントだよ?約束だかんねっ?!」

 子どもっぽい口調に。
 状況を忘れて笑いそうになりながら。
 でもまぁ。
 保田は苦笑いを浮かべて。

「アタシもいい加減、石川の愚痴電話に付き合ってる暇もあんまりないんだよ。ただでさえ舞台で怒られ
まくってるってのに」

『保田さ〜ん』

 泣きそうな声で。
 慕われるのは嬉しいけど。
 ノロケとも言えたり、そ〜ゆ〜のを毎日延々と聞かされるのは確かに辛い。

「良かった〜」

 ほっとしたような安倍の声を聞きながら。

 不意に思い浮かぶのは。
 他のことに関しては結構冷静なアドバイスをくれたりする。
 頼もしいハロプロリーダー。

 なっちと矢口のことになるとホント、目の色変わるんだから。
461 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/16(月) 00:50
「でも裕ちゃん元気になってくれて良かった」

 唐突な安倍の言葉に、保田は首をかしげながらも。

「まぁこれで矢口もちょっとは元気になるだろうしね」

 負けず嫌いで意地っ張りな同期。
 最近、電話口で寂しそうなため息を何回も聞いたから。

「石川の落ち込み具合も、よしこの暴走も・・・・・ましになるかなぁ」

 自信なさげに安倍が呟く。

「大丈夫じゃん?」

 そう答えながら。

 きっとどたばたコメディになるであろう楽屋の惨状。

 フォローするのは自分だよなぁ、と。
 こっそり保田は心の中で。
 盛大にため息をついた。
462 名前:つかさ 投稿日:2004/02/16(月) 00:54
>>450 名無し読者
>やっぱりツナギっていいですね。
はい、大好きなんですが・・・・・書くのはちょっと苦手なことに最近気付きました(汗)

>>451 名無し読者
>姐さんは無事お持ち帰りできるのかな・・・。
してないと思われます・・・・(w)
>それに、吉澤さんが暴走しそうで(ワクワク
こっちは確実に暴走してます(w)

とりあえず今日の更新はここまで。
463 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:34


 騒がしい楽屋を前にして。

 アタシは深呼吸を一つ、した。

 この向こうにある、世界。
 馴染みのある・・・・・まぁアタシがいてた時はもうちょっと静かやった・・・・・やったかな?

『ごっちんまた遅刻〜。これでなっちの記録抜いたっ』
『なっちっ!!!何喜んでんねんっ!!ごと〜、お前またかいっ!!』
『ごめんなさい〜』
『謝りながら逃げんなっ!!』
『だって裕ちゃん怖いんだもん』
『遅刻してくるアンタが悪いんやろ〜がっ!!!』
『ゆうこ〜、怒ると皺、増えるよ?』
『誰が怒らせてるようなことするねんっ!!!』

 ・・・・・・・・・・・・。

 充分うるさかったな、そういや。

 苦笑いして。

 ちゃうやん。
 アタシは慌てて顔を引き締める。

「たのも〜っ!!!」

 とりあえず、精一杯でかい声出して。
 バタン、とドアをあけると。

 さすがに一斉にこっちを向く、視線。

 昼休憩狙って来たのは正解やったな。
 結構そろってる娘。のメンツを前にして。
 アタシはぐるっと部屋を見渡す。

「ゆ、裕ちゃん・・・・」

 何故か焦ってる様子のなっち。

「あれ?裕子今日、ここのスタジオで撮りだったの?」
464 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:35
 普通に。
 きょとんとした視線が矢口から向けられて。

「矢口〜〜っ♪」

 思わず駆け寄りそうになって慌てて足をストップ。
 ここでいつもみたいに抱きつきにいってたらホンマいつもと一緒やん。

「いやちゃうねんけど」

 咳払いで誤魔化して。
 矢口は不思議そうに首を傾げてたけど・・・・・・。

 それより。
 矢口が弁当広げてるその横で。

「矢口さん、どれから食べるんですか?」

 能天気な顔してる・・・・・・吉澤っ。

 あんたが何でそこで楽しそうに弁当広げてるんか。

 ゆっくり聞かせてもらうで。

「吉澤。ちょっとええか?」

 確実に。
 アタシの声はワンオクターブ低かった。
 こめかみがぴくぴく引きつるのがわかる。

「え?私ですか?」

 きょとん、とした顔してる吉澤には。
 どうやらアタシの妙な迫力には気付かんようで。

「あ、私も中澤さんに聞いて欲しいことあるんでっ!!」

 嬉しそうに立ち上がった。

「な、なっちも裕ちゃんに聞いて欲しいことがあるんべさっ!!」
465 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:35
 脇からなっちの声も飛んでくるけど。
 悪いけど、アタシは吉澤に話があんねん。

「んじゃちょっといいか?」

 不穏な雰囲気を感じないはずもないけど。
 吉澤はいつもの機嫌良さそうな顔してて。

 マイペースな奴やなぁ。

 頭痛を感じながら。

 吉澤がこっちに歩き出そうとして。
 それを遮る小さい手。

「ちょっと待ってよ・・・・・・裕子?」

 お弁当を脇に置いて。
 立ち上がった矢口は不思議そうな目線でこっちを伺ってくる。

「何や?」

 笑おうとして。
 失敗した。

 矢口の視線が不思議そうなものから。
 不審気なものに変わったと思ったら。

「裕ちゃん、何か誤解してるんじゃない?」

「誤解されるようなことしてるんや?」

「は?オイラそんなこと言ってないじゃん」

「ふ〜ん」

「何だよ、それ?」

 吉澤を庇うようなその姿に。
 苛立ちを隠せなくて。

 売り言葉に買い言葉。
466 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:35
「そのまんまや。別にやましいことないんやったらアタシが吉澤と話しても別に止める必要ないやろ?」

「何だよ、誰に何言われたか知んないけど、それならオイラに聞けばいいじゃん」

「やけに吉澤のこと庇うやん」

「そ〜ゆ〜んじゃないってばっ!!」

 矢口の声がでかくなる。

 いつの間にかシーンと静まり返ってる楽屋。

 矢口は困ったように俯いて。

「ちゃんと話すからさ。移動しよ〜よ」

 アタシの服の裾を引っ張る。

 一瞬迷ったけど。
 こ〜ゆ〜風になるのもアタシの本意やないし。
 だいぶ納得できんけどな。

 アタシがジロリ、と鋭い視線を吉澤に飛ばすと。
 やっと話の流れが見えたらしく。
 慌ててるような様子で。

「ほら・・・・・行こうよ」

 俯いたまま。
 矢口がアタシを引っ張る。

 とりあえず。
 アンタら、このことしゃべんなよ?
 部屋中に睨み聞かすと。
 慌てて逸らされる視線。

 圭織となっちだけはほどほどにしときなよ?
 視線でアイコンタクト、してきやって。

 知るかい。

 そんな会話を眼でしてると。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

 アタシの腕を掴む奴がいた。

「・・・・・・・何やねん、吉澤?」

「あ、えともしかして中澤さん、私と矢口さんとのことで・・・・・」

「やったら何やねん?」

 お世辞にも良いと言えないやろうなぁ、今のアタシの目つき。
 鋭く睨みつける。

「違うんです。私が矢口さんのこと追っかけまわしてただけで、矢口さんは関係ないんですっ」

「よっすぃ〜、余計なこと言うなってばっ」

 焦ったように弁解する吉澤の言葉を、制止するように上がった矢口からの声は。
 多分。
 それを聞いたら乱入してくる存在を知ってたから言ったんやろうけど。

「ど〜ゆ〜ことっ?」
467 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:35
 椅子がガタン、と倒れる音がしたと思ったら。

「やっぱりよっすぃ〜まりっぺのこと・・・・・・」

 色黒な顔を青ざめさせて。
 忘れとったわ、こいつのこと。

「まりっぺ言うな・・・・・・」

 不機嫌そうに矢口が突っ込みいれてるけど。
 まぁ誰もそんなんに構う暇はないわけで。

「いや、え?違うよ、梨華ちゃんっ」

 焦りまくった吉澤の声に。

「違わないじゃない・・・・・何よそれ。よっすぃ〜なんて嫌いっ!!」

 甲高いアニメ声と。
 が〜んと。
 ショックを受けてる吉澤の顔見てて。

 やっと血、のぼってたアタシの頭も冷えてきた。

 横で矢口がこめかみを押さえてる。

「・・・・・・・・ごめん」

 アタシが小さく謝ると。

「話してなかったオイラも悪かったとは思うけどさぁ・・・・・どうすんのさ・・・・・」

 何か・・・・・モノ飛びそうな雰囲気やなぁ・・・・・・。

「だから私は梨華ちゃんの為に・・・・・」

「まりっぺ追い掛け回してたって言うのっ?!馬鹿っ!!」

「だから、私は中澤さんに言われて・・・・・っ!!」

 ・・・・・・・・・・・。
468 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:36
 何となく二人のやり取り聞いててんけど。
 はい?
 不意に吉澤から出てきたアタシの名前。

「何よそれっ。都合悪くなったら人のせいにするなんて最低っ!」

「だって中澤さんが女心がわかってないって、吉澤もまだまだやなって言われて、私、このままじゃ
梨華ちゃんに愛想つかされるかもしれないって心配になって・・・・っ!!」

 嫌いとか、馬鹿とか最低と散々言われ放題な吉澤が発した言い訳。

 ・・・・・・・・・はい?

 そのままアタシは固まる。

「矢口さん見て勉強しようと思ったんだよ〜」

 非常に情けない声で。
 しょんぼりと吉澤は肩を落とす。

「・・・・・・・裕子。よっすぃに何言ったんだよ?」

 びくん。
 思わず肩が動く。
 矢口・・・・・どす黒いオーラ、漂ってんで・・・・・?

「アタシもその辺とこ、詳しく聞きたいわ」

 後ろから。
 聞きなれた声っつ〜か。
 圭坊、何でアンタこんなとこおんねん?

「心配で様子見に来たんじゃない・・・・・・案の定、凄いことになってるし」
469 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:36
 そっから。
 部屋の片隅で。
 まる〜く円になって。
 何でかわからんけど。
 事情説明や・・・・・・・。

「女心ってどうやったらわかるようになるのかな〜って思って。そしたら矢口さん、観察すれば女心、
ちょっとはわかるようになって中澤さんの男前道を継げるかなぁ、と」

 吉澤が非常に申し訳なさそうに。
 前のなっちと矢口の喧嘩からのいきさつをしゃべっとる。

 でもなぁ・・・・・・・。
 確かにアタシ、まだまだやな、とか。
 そ〜ゆ〜の言ったけど。

 普通、そ〜ゆ〜考え方するか・・・・・・?
 実践するか・・・・・・・?

 何かため息が止まれへん。

「矢口となっちに何があっても裕ちゃんにだけは相談するんじゃないってアタシ、アンタに言ったわよねっ!!」

 あぁ・・・・・圭坊が怒っとる。

「す、すいません・・・・・」

「ほっとけばいいのよっ」

 何か酷い言われようやなぁ。
 ちらり、と矢口となっちの方を伺うと。
 二人とも、微妙な表情しとる・・・・・・。
470 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:36
「圭ちゃん・・・・・よっすぃは心配してくれたんだからさ・・・・・」

 見かねたように、矢口が吉澤のフォロー入れとるけど。

「矢口、トイレまで吉澤に覗かれそうになったってキレてたよね?」

 なっちの一言に。
 場が凍りつく。

「・・・・・・吉澤」

「よっすぃ」

 怒りの声は勿論。
 アタシと石川から。

「いや・・・・・・本当に興味で・・・・・・」

「興味で覗かれちゃ、たまんね〜よっ!!」

 ぽかり。
 矢口から吉澤に教育的指導が飛ぶけれど。
 アタシと石川から吉澤への冷たい視線。

「ご、ごめんなさい」

 石川とアタシに。
 吉澤は土下座せんばかりに頭さげとる。

 はぁ〜〜〜。

 ため息が勢ぞろいして。

 今度は。
 アタシに集中する視線。

 ・・・・・・・・・・。

 ん?
 何でや?

「・・・・・・・それで元もとの原因作ったのは裕ちゃんなんだよね・・・・・・・」

 はい?

「何でやねんっ。アタシ何も悪いこと・・・・・・なんて・・・・・・」

 段々声が小さくなる。

「裕ちゃんが吉澤に余計なこと言うからでしょ〜がっ!!!」

 どかんと。
 圭坊から雷が落ちた。

 けど。
 それやったらアタシも言わせてもらうでっ。

「普通あ〜言っただけでそんなアホな真似すると思うかっ?!」

「吉澤がアホなことくらいわかってるはずでしょ〜がっ!!!」

 更にでかい声で怒られた・・・・・・。

 ちらっと見ると。
 吉澤は正座して。
 でかい体を縮こまらせとる。
471 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:36
「だいたいねぇ、普通いくら吉澤と矢口が仲良くしてるからって娘。の楽屋に乗り込んでくるかいっ?!」

 圭坊はばしっと床を叩いた。

「少しはメンバーの迷惑も考えなさいっ。わかってんのっ?」

 反論したいとこは山ほどあんねんけど・・・・・・。
 圭坊の怖さと。
 他のメンバーの冷たい視線が・・・・・・。

 アタシがコクコクと頷くと。

 とりあえず、圭坊は納得してくれたみたいで。

「ついでに矢口、アンタもよっ!」

「はっ?!何でオイラ?!被害者じゃん」

「アンタのアホな弟子とアホな相方、ちゃんと手綱とっときなさいっ!!!」

 ・・・・・・・・・・ど〜考えても。

 アホな弟子=吉澤で。
 アホな相方=・・・・・アタシ、やんなぁ・・・・・・・。

 思わずため息が漏れる。

 何でこ〜なったんやろ?
 アタシ、ただ矢口に相手して欲しかっただけやねんけどなぁ・・・・・・。

 矢口、怒っとるやろうなぁ。

 またしばらく相手してもらわれへんのかなぁ。

 口もきいてくれへんかもしれん。

 思いつくのは情けないことばっかり。

「「はぁ〜〜〜」」

 ため息が重なる。
472 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:37
 ん?
 何でや?
 不思議に思って横を伺うと。
 矢口が呆れたような顔しとった。
 でも。
 何か嬉しそうやん。

「ってかさぁ・・・・・・そろそろ休憩時間終わりなんだけど。圭ちゃんも裕ちゃんも仕事抜けて来たんだろ?
大丈夫なの?」

 矢口が指差す先は・・・・・・・・壁にかかった時計。

 ・・・・・・・・・・・・。

 嘘っ?!

 アタシ、こんなことしてる場合ちゃうやんっ。

 焦って立ち上がると。
 同じように血相変えて。
 圭坊も立ちあがってて。

 顔を見合わせる。

「ヤバイでっ!!」

「誰のせいよっ!!」

 呆然としてる娘。メンバーはほっといて。

「行くでっ!!」

「タクシー捕まるっ?!」

「捕まえるんやっ!!」

 部屋、飛び出したアタシは知らんかってんけど。

 その後。
『矢口となっちに何があっても裕ちゃんにだけは相談するんじゃない』
 っつ〜ことと。
『吉澤に余計なことは言うな』
 っつ〜決まりごとが。
 メンバーに言い渡されたみたいや。

 吉澤もだいぶ懲りてたみたいやけど。
 アタシも充分懲りた。

 何でか知らんけど。
『昼ご飯食べれなかった責任とれっ!!』
 と。
 圭坊は勿論、年下メンバーまで・・・・・・。

 アイツらほんま、育ち盛りやっつっても食いすぎや・・・・・・。
473 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:37
ーーーーーーーーーー

「裕ちゃん、だいぶ懲りてたみたい?」

「うん、めっちゃ落ち込んでたよ」

 にゃは、と。
 なっちの言葉に矢口は困ったように笑う。

「よしこもだいぶへこんでるよねぇ・・・・・・・」

『アンタも払え、連帯責任やっ!!』

 中澤の眼には危機迫るものがあった。
 そりゃ、目の前で10人以上の女の子たちがどんどん注文を追加していくのを見て。
 確かに結構な金額・・・・・になってたはず。

 吉澤と中澤でワリカンしてたその後姿は。
 なんとも言えず情けなかった・・・・・・。

「しばらく娘。の楽屋には絶対来ない、近づかないって叫んでたよ」

「・・・・・・・それもまた寂しいべ」

「まぁねぇ」

 肯定も否定もせずに。
 矢口は机の上。
 頬杖をつく。

「裕ちゃんとちゃんと話、したのかい?」
474 名前:楽屋の日常 吉澤編 投稿日:2004/02/17(火) 00:37
 安倍の優しい眼差しに。
 矢口は素直にこくり、と頷く。

「だって、矢口と眼も合わさずに帰っちゃおうとするんだよ?」

 拗ねたような矢口の声に。
 安倍がクスリ、と笑いを漏らす。

「矢口が避けてるのが悪いさ。そりゃ自信なくすっしょ〜?」

「だって・・・・・さぁ」

 確かに。
 中澤が寂しがっているのはわかっていたけれど。
 最近会うのを避けてたのは、事実。

「理由知ったら裕ちゃんど〜するだろ〜ねぇ?」

「う〜、言わないでよぉ」

「口止め料次第ってことで」

 やっぱり笑顔のままで安倍は立ち上がりながら。

「あ、でも今回みたいなのはもう勘弁してよ?」

「ごめん、矢口だって反省してるよ〜」

 会いたかった。
 でも。
 会えなかった。

 裕ちゃんの前だとど〜しても子ども、になっちゃう自分が嫌だったけれど。
 矢口の前では裕子だって子どもになっちゃうんだよな〜と。
 今回のことで思えて、実は嬉しかったのだ。

「さ、今日も張り切って収録行くか〜」

 二人並んで歩き出す。

 ただ。
 散々迷惑をかけられた他メンバー。

 きっと、矢口が考えてることを知れば。
 激怒するのは間違いないだろう・・・・・・・。

                                      【END】
475 名前:つかさ 投稿日:2004/02/17(火) 00:43
はい、終了。
とりあえず、サクサクいってみました。

っつ〜か後半かなり難産(苦笑)
まぁ笑って見逃してください(逃げるな)

476 名前:つかさ 投稿日:2004/02/17(火) 00:48
次は前言どおり「未知との境界線」番外編です。
>>431で思いっきり誤爆してんすけど・・・・(汗)

>>298さんのリクに答えて・・・
>未知との境界線の番外編が読みたいです。
>いちごまが店を継ぐことになった経緯&吉澤さんの引き抜き・・・。
その辺に焦点をあてたいです。
リクエスト答えるの遅くなってすいません・・・・・・(滝汗)
っつ〜ことで次回作は市井さん視点、やぐちゅーではありません。
いちごま、彩裕になるのではないかと(多分)

ある程度ストックできしだいあげていきたいです。
っつ〜ことで今日の更新はここまで。
477 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/18(水) 00:08
暴走姐さん・よっすぃ〜に、お説教圭ちゃん
面白かったです(笑
彩裕キターーーー!!
478 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/18(水) 00:32
コミカルタッチな作品面白かったです。

「未知との境界線」番外編・・・待ってました〜。
いちごま&彩裕楽しみに待ってまーす。
479 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/23(月) 14:39
楽しみに待ってます。
480 名前:名無し読者。 投稿日:2004/03/09(火) 02:01
まだかな?
そろそろ・・・。読みたいな〜(w
481 名前:つかさ 投稿日:2004/03/10(水) 00:20
・・・・・急に長編ファンタジーを思いつきまして・・・・・。
今、そっちにかかりきりになっちゃってます(汗)

近々空か海で、あげれればなぁとは思いつつ。
資格取りに行ってたりで今、書く時間の確保ができないんで
もうちょっと待ってください。
こっちの話はもうだいぶ待ってください・・・・(滝汗)
482 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/11(木) 01:56
空か海・・・ぜひ執筆始まったら教えて下さい〜。
楽しみにお待ちしております。
483 名前:つかさ 投稿日:2004/03/12(金) 00:21
空で始めました。
初めての覚悟を決めての長編。
こっちの番外編もプロットはできているんで、あっちが終われば舞い戻ってきます。
リクくれた人、マジすいません(ぺこり)
え〜と、しばらくは空にかかりっきりになると思いますが。
気長に待っててください・・・・・本当にすいません。
484 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/08(土) 10:11
そろそろこっちに期待〜!!
空板お疲れ様でした。あっちの番外編も期待してます。
485 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/02(水) 02:45
〜〜〜1〜〜〜

「何してんの?」

 ぼんやりと。
 新宿駅。
 流れ行く雑踏を眺めていた市井は振り返る。
 声をかけてくるような知り合いは、いない。

 無言で。
 市井が相手の顔を見つめていると。

「待ち合わせ?」

 無視したら。
 そのまま立ち去ってしまいそうな、雰囲気を漂わせて。

「アンタ、誰?」

 市井の疑問はもっともだ。
 目の前には鼻ピアスをした、いかにも、な感じの人が立っていた。

「アタシ、石黒彩。朝、予備校行くとき見かけて、今帰りなんだけどまだいたから声、かけてみた」

 非常にわかりやすい答え。

 そして、そのまま。
 石黒は頭のてっぺんから足のつま先まで。
 市井をじろじろと観察する。

「・・・・・・・・・あの」

 何なんだ?

 訝しげな市井の視線をものともせず。

「よし、合格。んじゃ、行こっか?」

 はい?

 首を傾げた。
 これはいわゆる・・・・・・ナンパという奴なんだろうか。
 それにしては。
 どう見ても。
 相手は女性にしか見えないのだが。

「行くとこないんでしょ?」

 真っ直に見つめられて。
 市井は思わず、眼をそらした。

「暇なら付き合ってよ。人手、いるんだ」

 もう一度、市井は石黒と名乗った人物を見つめる。
 怪しい、としかいいようのない気もするが。
 それを言うなら自分も同じで。

 思わず。
 クスリ、と笑みが漏れた。

「アタシ、市井紗耶香って言うんだ」

 全てはそこから始まった。

ーーーーーーーーーーーーー
486 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/02(水) 02:45
「彩、アンタ遅いでぇっ!!」

「急いで来たってば」

「の割に・・・・・・・何それ?」

 誰、それ?
 ではなく。
 何それ?ってのは。
 少々ひどくないだろうか。

 しかし。
 市井が連れて行かれたのは小さなバー。
 そこでバーテンダーの女の人が、一人でてんてこまいになっていた。

 速攻でカウンターに入って。
 簡単な調理や洗い物。
 客が引いた時間はもう夜もだいぶ更けた頃だった。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 女の人ばかりがやってくる店。
 閉店作業をしていると。
 店の看板に『レディースオンリーバー』
 そして。
 『FISH』と書かれていたのを見て、市井は納得する。

「・・・・・・・・だから、アタシ、無理だって。専門学校の方、これから追い込みだよ?」

「そやけど・・・・・・」

「だから、バイト連れてきたじゃん。あの子、どう?」

「連れてきたって・・・・・・・・」

 市井が看板を店の中に持って入ると。
 飛んでくる、二人分の視線。
 何となく。
 市井は首をすくめた。

「・・・・・・・・アンタ、歳は?」

「・・・・・・・・十・・・・・・・八です」

「嘘やろ。ホンマはいくつや?」

「・・・・・・・・・十六」
487 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/02(水) 02:46
 微妙な間合いの沈黙が落ちた。

「ホンマ、適当に連れてくんなや」

「・・・・・・・・・はは」

「笑って誤魔化すな」

 ぽかり。
 石黒をこづき。
 金髪の関西弁の人は困ったように市井を見た。

「アタシ、中澤裕子っつ〜んやけど。アンタ、行くとこないんか?」

 市井は黙り込む。

「給料はそんなに出せん。店も見てくれたとおり、特殊な店やな・・・・・・・働く気、あるか?」

 そこで。
 答えを出すことは、市井にとって分岐点だった。
 今なら、そう思う。
488 名前:つかさ 投稿日:2004/06/02(水) 02:48
微妙な感じで再更新。

・・・・・・・まぁ。
いろいろありますねぇ。
ただ、今はそれだけ、で。

それだけしか言えないっすね、きっと(苦笑)

ちなみに更新は週一を予定してます。
そんなに長くはならないかと・・・・見切り発車的なとこはあるんですが。
楽しんでいただければ幸いです^^
489 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/02(水) 04:03
復活だ〜!!
待ってました(w
彩裕ありそうな予感(w

ほーむめーかー観てます?(w
490 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/04(金) 09:56
キタ〜!
つかささん発見!!
又書いてくれるんですね。(涙
491 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:20
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・・・・・・一緒に住んでるんですか?」

「・・・・・・・・何か文句あるか?」

 鋭い目つきに。
 市井は思わず。
 黙りこむ。

「裕ちゃん、駄目でしょ。紗耶香、びびっちゃってるじゃない」

 てきぱきと。
 朝ご飯?
 いや、晩御飯って言うのか?
 石黒はキッチンに立って。
 手慣れた様子で料理をはじめている。

 朝まで皿洗い。
 店の片付け。
 全部終わった時にはもう朝日が顔を出していた。

 行くところがない、と言った市井を。
 何の疑問も持たない様子で中澤と石黒はマンションまで連れてきた。

「・・・・・・・・・・あの〜」

「荷物はこんだけか?とりあえずシャワー浴びてき」

 ぽいぽい、と放り投げられたタオル。

「使い方わかるか?あぁ、着替え適当に出しとく。ついでにアンタの着替えも洗濯しとくから出しとき」

 ぽいぽい、洗濯機の中にと放り込まれた市井の洗濯物に。
 洗濯かごから多分、中澤と石黒の物だろう、それを加えて。
 ガラゴロと回り出す洗濯機。

「何かわからんことあったら呼び。あ、シャンプーとかも適当に使ってくれてええから」

「・・・・・・・・・はぁ」

 呆然と。
 シャワーを浴びて着替えて。
 出てきた市井を迎えたのは美味しそうに湯気をたてて、いい匂いを放つご飯。
492 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:21
「んじゃ、いただきましょうか」

 ご飯を食べながら。

「とりあええず住み込みっつ〜ことで休みは週一。んでここの家賃光熱費ひいて夜九時から朝五時までで
手取りで十万。それで構わんか?」

 構わんか、と言われても。

 矢継ぎ早に出される中澤の条件。
 いいのか悪いのかも判断できず。
 眼を白黒させている市井に。

「まぁやってみてから考えてや。・・・・・・・・ただ彩に手出したらただじゃ済まさんからな」

 もう一度。
 中澤からの鋭い睨み。

「・・・・・・・だから紗耶香びびらせてどうすんのよ?ほら、裕ちゃんもお風呂入ってきて」

 石黒に肩を叩かれて。
 中澤は頷く。

 ・・・・・・・・・・・・・。

 そしてしばらく続く沈黙。

 洗い物を始めた石黒の背中を市井はしばらく見つめていた。

「・・・・・・・・・付き合ってるんですよね・・・・・・・?」

「ん〜?」

「・・・・・・・・手伝います」

 水音にかき消されたのだろうか。

 そう思いながらも市井が石黒の側に立つと。
493 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:21
「・・・・・・・・付き合ってるよ」

 照れくさそうに。
 石黒がぽつり、と呟いて。
 綺麗な笑顔を見せた。

「紗耶香はさ、そ〜ゆ〜のに偏見とか・・・・・・ん〜、ぶっちゃけアタシらのこと気持ち悪いって思う?」

 真っ直ぐな瞳。
 真っ直ぐな問いかけ。

 ・・・・・・・・・・。

 市井は洗い終わったお皿と。
 布巾を持ってしばらく石黒の顔を見つめた。

「ま、どう思われても構わないけど」

 浮かぶ笑顔に。
 曇りはない。

 だから。

「・・・・・・・・・・いちーは、石黒さんに紗耶香って呼ばれるの嫌いじゃないっす」

 ん?

 首を傾げた石黒に。

「好きだったらそれでい〜んじゃないですか」

 市井はニカッと笑って見せる。

「彩っぺ、空いたで・・・・・・・・・後はやっとくってか、紗耶香、アンタ何しとんねんっ!!」

 シャワーからあっという間に戻ってきた中澤が。
 市井を石黒から引き離す。
494 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:21
「ヤキモチ妬きなんだから」

「うっさい。何か文句でもあるんか?」

 中澤の鋭い睨みにも石黒はたじろがない。

「ないよ。だからそんなに紗耶香のこと睨んじゃ駄目だって」

 何でもないことのように。
 中澤の髪の毛を石黒は撫でる。

 むっとしたような微妙な表情が。

 少しだけ和らぐ。

「手伝ってくれてただけだよ?」

「・・・・・・・わかっとるわ、それくらい」

 ぷい、と顔を逸らされて。
 石黒は困ったように笑いつつ。

「んじゃ、アタシもシャワー浴びてくるね。・・・・・・・裕ちゃん、紗耶香に片付け全部やらせちゃ駄目だよ?」

「・・・・・・・・わかってる」

 拗ねたような中澤の幼い顔つきに。

 いつの間にか。
 市井の口元が緩む。

「・・・・・・・・何わらっとんねんっ!」

 石黒から紗耶香、と呼ばれることは嫌じゃなかったし。
 中澤から紗耶香、と呼ばれたことにも違和感は感じなくて。

 なんだか。
 うまくやっていけそうだな。
 そんな風に市井は感じていた。
495 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:22
ーーーーーーーーーーーーーーーー

「も〜、何考えてるのよっ!!!」

 同居生活が始まって二ヶ月。
 買い物から戻った市井の耳に飛び込んできたのは石黒の怒声。

「だから浮気ちゃうって言ってるやんっ!!」

「じゃ何で女の子と二人でいちゃいちゃしてんのよっ!!」

「あれは・・・・・・・・・コミュニケーションって奴で・・・・・・・・」

「都合のいい言葉使ってるんじゃないわよっ!!」

「うわっ。だから、ごめんって、アタシが悪かったからっ!!」

 ・・・・・・・・・・・・。

 ひょい、と。
 市井は肩をすくめて。
 靴を脱ぐ。

「ただいま〜」

「今度浮気したら本気で別れるってこの前言ったばっかりよねっ?!」

「だから浮気ちゃうっつってるやんっ!!」

 市井の言葉が聞こえてるのか聞こえてないのか。
 リビングから聞こえてくる声のボリュームは相変わらず。

「近所迷惑だよ?」

 踏み込んだリビングには。
 散乱するクッションとぬいぐるみ。

 久々に派手にやってるな〜。

 市井は首を傾げて。
496 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:22
「ちょ、紗耶香からも言ったってや、あれは絶対浮気ちゃうやろ?」

 情けない顔をして。
 中澤が市井の後ろに逃げ込んでくる。

「そ〜ゆ〜ので紗耶香を出しに使うわけ?それだったらアタシにも考えが・・・・・・・」

「違うって、彩っぺとの予定ドタキャンして女の子と会ってたのは事実やけどそ〜ゆ〜んやないんやってっ!!」

 市井の後ろから中澤の必死の抗弁。

 ん?
 ふと。
 聞いたことがあるような話のような気がして。
 市井は再度首を傾げる。

「・・・・・・・・もしかしてこの前、店に来てた女の子?」

 彼女と別れたばっかみたいで。
 店で大荒れに荒れてくれて。
『死んでやる〜っ!!!』
 宥めるのに中澤が必死になっていた。

「な?あれは不可抗力やって・・・・・・・責任者としてほっとかれへんやんっ」

 市井の言葉に。
 中澤はすがりつくように言う。

 まぁ確かにあれは・・・・・・・。
 中澤が気の毒と言えば気の毒だった。
 最後、カッターまで持ち出した女の子。
 ゆっくり話し聞くから。
 そうでも言わなければ収まらなかっただろう。

「確かにあれに関しては裕ちゃんが被害者だよねぇ」

 こくこくと。
 中澤が頷く。

 しかし。

「・・・・・・・・・あれに関しては?」

 石黒にとってはどうやら聞き捨てならないセリフだったらしい。
 再び、石黒の眉がつりあがる。

「・・・・・・・何余計なこと言うてんねんっ」

 焦ったような小さな中澤の言葉が市井の耳に届くが。

「あれに関してはってことはやっぱり他もあるんじゃんっ!!」
497 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:22
「アタシはアンタだけやって・・・・・・・ってか、仕事行って来る。アタシ浮気なんてしてへんもん」

「ちょ・・・・・・・」

 石黒の止める言葉も聞かず。
 捨て台詞だけ残して。
 あっという間にリビングから中澤の姿が消えた。

「・・・・・・・・・・・・」

 眉間に皺を寄せて。
 何やら難しい顔で石黒は考え込み始める。

「飲む?」

 市井は冷蔵庫からウーロン茶を出して。
 コトン。
 グラスの音で石黒はやっとしかめっ面を崩す。

「逃げ足だけは早いんだから」

 ぶつぶつ言いながら。
 カウンター式のリビング。
 グラスを取り上げてぐいっと一気のみ。

「客商売なんだしある程度はしょうがないと思うけど?」

 別にフォローするつもりはないけれど。
 市井なりの精一杯のフォロー。

 くだけた、というか。
 ちゃらけた雰囲気にもっていくのはお手の物。
 しかし。
 はにかんだような、拗ねたような。
 そんな中澤の表情を店で市井は見たことがなかった。
 隙のない。
 流れるような受け答え。
 一線を画して客と接している中澤の姿は。
 市井にとっていいお手本だった。

「そんなことわかってるわよ」

 ん?

 訝しげな市井の頭に石黒はぽん、と手を乗せた。

「裕ちゃんがアタシしか見てないってこともわかってるけど。アタシだって人並みの感情くらいあるわよ」
498 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:23
 小さく。
 少しだけ寂しそうに石黒は笑う。

「たまには爆発させないとさぁ。ここ、ちょっとだけだけど痛いんだよね」

 そう言って。
 自分の胸を指差す石黒は。
 何だか切ない表情をしていた。

「前一回・・・・・・・我慢しすぎて、本当に修羅場になったことあったからさ、裕ちゃんもある程度は
しょうがないと思ってると思うよ」

 ただ。
 今回は。
 せっかくの休みでデートしようって言ってたのに。
 ドタキャンされたあげく他の女の子と会ってた、なんて。

「事情はわかったけど・・・・・・どうせそんなことだろうとも思ってたけど、ね」

 ふ〜ん。

 わかったようでわからない石黒の説明。
 市井は買ってきたポッキーを買い物袋から取り出して。
 一本口にくわえる。

「・・・・・・・・紗耶香にはまだ早いか」

 石黒は苦笑いを浮かべ。
 キッチンに立つ。

「紗耶香はノーマル?」

 ・・・・・・・・・・・・。

 不意にされた質問。
 市井は口の中にあるポッキーをしばらく噛み砕いて。

「・・・・・・・・・どっちでもいいと思うよ」

 曖昧な、答えだとわかりつつ。
 本当に。
 良くわからない。
 それが本音だったり。
499 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/06(日) 00:23
 偏見とかを持っているわけでもないし。
 中澤と石黒の生活を見ていて。
 男と女の違い。
 惹かれあう気持ちに性別なんてないのかもしれない、と。

「・・・・・・・普通に男と恋愛できるんならちゃんと男の人、選びなよ」

 冷蔵庫から食材を取り出している石黒の後姿。
 新しいポッキーを口にくわえたまま。
 市井はじっとその姿を見つめる。

「な〜んて、まだ前途ある若者をこういう生活に引き込んだアタシが言えることでもないんだけどね」

 ひょい、と。
 市井を振り向いた石黒はいつもの快活な口調。

「さ〜てご飯作ろっか。紗耶香、後で裕ちゃんにお弁当届けてくれる?」

「・・・・・・・・・いちー、パシリっすか?」

「どうせバイト行くんでしょうが・・・・・・そんなこと言うなら紗耶香の晩御飯、作ってあげないよ」

「うわ、それだけは勘弁してよ、彩っぺ」

 市井は情けない表情になる。
 それを見て笑う石黒。

 届けたお弁当の中身は中澤が好きなおかずばかりで。
『ごめんね』
 込められた石黒のわかりやすいメッセージとか。

 市井は見ていた。
 当たり前のように自分の居場所を作ってくれた二人が、市井は大好きで。

 彩っぺ。
 裕ちゃん。

 そんな風に。

 呼び始めて。
 居心地の悪さを感じたわけでもなかったが。
 17歳になる、その日を境に市井は中澤たちのマンションを出て独立した。

 当然のように身元保証人になってくれた中澤に。

 出て行く必要なんてないんだよ?いつでもご飯食べにおいでよ?

 優しく笑ってくれた石黒に。
 精一杯の感謝を覚えて。

 だから。
 そんな風に時間は流れていくものだと。
 市井は信じて疑わなかった。
500 名前:つかさ 投稿日:2004/06/06(日) 00:32
>>489 名無し読者さん
>彩裕ありそうな予感(w
その一言でこのシーンが増えました(笑)

>>ほーむめーかー観てます?(w
勿論。なっち紺も押さえたんで・・・楽しみっす。
なっちゅーっっ!!(な〜んて叫んでいいんだろうか 笑)

>>490 名無し読者さん
>又書いてくれるんですね。(涙
いえいえ・・・・・大酔っぱで書きかけをあげてしまい・・・・ひそかにど〜しよ、
とか思ってたんですが(苦笑)
そう言ってくれる人がいてこちらこそ嬉しいです(ぺこり)

なんとかまとまってくれそうな感じになったんで。
後は書くだけ・・・・頑張ります。
今日の更新はここまで。
501 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/07(月) 22:01
復活されてたんですね、ヤッター。
姐さん‥‥子供だw
502 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/09(水) 02:26
彩裕だ〜。
めったに読めない代物(w
503 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/13(日) 23:32
〜〜〜2〜〜〜

「紗耶香、指名やで」

 ざわつく店内。
 いつもの時間。

「はいよ」

 移動しようとした市井の耳元。

「後藤って子や・・・・・・・・最近よう来るなぁ」

 ニヤリ、と。
 中澤が耳打ちしてきた。

 もともと。
 女に興味があってこの世界に飛び込んだ市井ではなかったが。
 最初は皿洗いから。
 そして今は接客。
 率なくこなせるようになっていた。

「・・・・・・・・・たまたまでしょ」

 そんな中澤の揶揄はいつものこと。

 でも。

『羨ましいんだろ〜。彩っぺに言いつけるぞ』

 もう、そんな返しはできなくなった。

 以前より一回り小さくなったような気がする肩。
 それはきっと気のせいなんかじゃない、けれど。

「何だよ後藤、また来たの?」

 市井にしてはかなり砕けた口調で。
 テーブル席。
 市井の顔を見た瞬間手を振る後藤に。

「お金、続くのかよ?無理しなくていいからな?」

 わしゃわしゃと。
 頭を撫でた。
504 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/13(日) 23:32
 一ヵ月ほど前、知り合いに連れられて初めてここに来た時は。
 借りてきた猫のようにおとなしかったのに。

『アンタいくつや?こ〜ゆ〜店はまだ早い』

 後藤の前に仁王立ちした中澤。
 派手にやりあったことはまだ記憶に新しい。

「だいじょ〜ぶだよ〜、払えなくなったらいちーちゃんの給料から天引きするって裕ちゃんが」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 記憶に新しいのだが。
 結局は同類なのか?
 最近は中澤だけが店の切り盛りをしてる時にはちょこちょこと手伝いにきたりしてるみたいだ。

 妙に結託してるよなぁ。

「・・・・・・・・それは勘弁してよ」

「えへへ♪」

「笑い事じゃねぇっつ〜の」

 叩くふりをすると、オーバーによける後藤。
 視線を感じて。
 ちらり、とカウンターを向くと。

 中澤のおもしろがってるような視線。

 何だよ?

 睨むと。

 べっつに〜。

 いつものひょうひょうとした表情を見せて。
 中澤は別の客の接客に戻っていく。

「いちーちゃん、どこ見てるのさ」

「・・・・・・・・・・客の入り、見とかないと駄目だろ?」

「そうだけどさ〜。今くらいは後藤のこと見ててくれてもいいじゃん」
505 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/13(日) 23:33
 ぷっと。
 膨れた後藤の頬。
 ちょん、とつついてみると。
 拗ねた表情が笑う。

「ね、いちーちゃん、今度どっか遊びに行こうよ。いつ休み?」

「そ〜だな・・・・・・・・・」

 いつの間にか。
 後藤から休みの日に遊びに誘われることが多くなった。
 ただ、どこへ行くわけでもなく。
 公園とかでぼーっとしてる日が多かったりするのだが。

「あ、駄目だ。その日は裕ちゃんから買出し頼まれてるんだった」

「・・・・・・・・・んじゃ一緒に行っていい?」

「・・・・・・・・疲れるだけだぞ?」

「別にい〜もん、いちーちゃんと一緒にいられるなら」

 たったそれだけで。
 後藤は嬉しそうに笑う。

 何となく。
 当たり前になった風景。

 いいのかな?

 そう思いながら。
 踏み込めない一線。

『気、ないんやったら早めに言ったりや』

 以前、中澤はそう言うだけ言って。
 後は静観することに決めたらしい。

 後藤からの、真っ直ぐに向けられている好意に気付かないほど鈍感ではいられなくて。
 ただ。
 市井自身、何がどうなのか。
 よくわからなかったりする。

「いちーちゃんとデートぉ」

 嬉しそうにはしゃぐ後藤を見て。
 市井は人知れず。
 こっそりため息をついた。
506 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/13(日) 23:33
ーーーーーーーーーーーーーーーー

「久しぶりちゃうん、紗耶香が来るのって」

 もうすぐ太陽が昇ろうかという時刻。
 仕事が終わり。

『裕ちゃんの家行っていい?』

 店の後片付けをしながら。
 珍しく思いつめたような市井の表情に。
 中澤は頷いたのだが。

「・・・・・・・・・裕ちゃんが最近入れてくれなかっただけじゃん」

「・・・・・・・・・・そやったっけな」

 微妙に外された視線。
 生活感のない部屋。
『裕ちゃん』
 中澤を呼ぶ声。
『何や?』
 穏やかにそれに答える声。
 暖かな空間だったのに。
 残されているのは。
 冷たい空気、だけ。

 石黒が北海道に戻ったあと。
『・・・・・・・いちー、ここ戻ってきていい?』
 市井なりの精一杯の気遣いを。
『あかん』
 中澤はあっさりと一蹴した。
 何も言わないその姿に。
 市井はそれ以上かける言葉が見つからなかった。

 ただ。
 今思うのは。
 中澤はもう、誰も出迎えてくれないこの部屋に。
 何を思うのだろうか。
 たったそれだけで。

 市井は思わず口ごもる。

「んで、何か話あるんやろ?」

 ブシュ。
 缶ビールを空ける音。
 市井が何を考えてるのか、勘付いてないはずもないだろう。
 しかし。
 中澤は何も言わず。
 市井の返事を待つこともせず。
 半分くらい一気にビールをあけて。

 その姿を見て市井は眉をひそめる。
 飲むな、というわけではないが。
 最近。
 中澤がまともに食事をしてるのを見たことがない。
507 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/13(日) 23:33
「倒れちゃうよ?」

「・・・・・・・・アタシの身体の心配してくれてるっつ〜話なんか?」

 軽く、中澤は鼻で笑う。

 なら、出てけや。

 市井に向けられた視線は。
 雄弁にそれをものがたっていた。

「・・・・・・・・そうじゃない」

「なら何やねん」

 ・・・・・・・・・・・・・・。

 一瞬の空白。
 そして。

「裕ちゃんはいつ女の子が好きだって気付いたの?」

「・・・・・・・後藤のことか?」

 鼻で人を笑うような。
 嘲るような。

 バン。

 意外といい音がした。
 驚いたように市井を見つめる中澤に向かって。

「真面目に話、聞く気がないんだったらいちー、帰るよ」

 床をぶったたいた手より何より。
 そんな言い方をする中澤に。
 市井は真剣な眼差しを中澤に向ける。

「・・・・・・・・・・・悪かった。ごめん」

 しばらくの沈黙。
 そして、謝罪。

 中澤は小さくふぅ、と息をつき。
508 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/13(日) 23:34
 リビングの冷蔵庫をあけ。
 ミネラルウォーターのペットボトル。
 半分くらい残っていたそれを一気にあけた。

「・・・・・・・・・・何か飲むか?」

 市井が中澤を見ると。
 困ったような、申し訳なさそうな。
 はにかんだ笑顔に。

「コーヒー」

 この部屋で。
 止まっていた時間が動き出したような、そんな気がした。

 ーーーーーーーー好きになろうと思って女を好きになったわけやない。

 欲しいって。

 そう思う相手が女だけやったって話やーーーーーーーーー

 ためになったのか、ならなかったのか。
 よくわからない、といった顔をした市井に。

 ーーーーーーーー迷ってるんやったらやめとき。

 ・・・・・・・・・簡単に踏み込んでいい世界やないで・・・・・・今のアタシ見てたらわかるやろうけどなーーーーーーーーー

 中澤は寂しそうな顔をして笑っていた。

 何もわからなかったけれど。
 石黒がいなくなって。
 感情を封じ込めたような。
 その中澤が初めて見せた、負の感情。

 時は流れる。

 いつの間にか増えたもう一人の『Fish』の店員、吉澤。

 中澤目当てに来るお客さんもいるけれど。
 中澤は敢えて接客に出ようとはしなかった。

 人との関りを拒絶したような、一線を画したそんな態度。
 傷が癒えるのはいつになるのか。
 きっと。
 癒えることがない、傷もある。
 癒えることを望まない、傷もある。

 それでも。
 時は流れる。
509 名前:つかさ 投稿日:2004/06/13(日) 23:38
>>501 名無飼育さん
>姐さん‥‥子供だw
石黒さんの前では絶対子供。
そして矢口さんの前ではちょびっと大人。
自分の姐さんイメージはそんな感じで(笑)

>>502 名無し読者さん
>彩裕だ〜。
意外と書けるものだな、と。
ただ・・・・彩裕メインではなく。
リクはさやゆう・・・・・だったもんで(笑)

姐さんと市井さんに視点をあてて。
とか言いながら後藤さん結構いいとこどりです。

なっち紺観に行き・・・・姐さん誕生日ネタ・・・・・あげるためにもこっちをサクサクと。
一ヶ月遅れくらいになりそうな気がするけど(苦笑)
今日の更新はここまで。
510 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/17(木) 10:33
いちごまもキタァ〜!!
ごっちんに押され気味の市井ちゃん、大好きです。
裕ちゃん・・・・
511 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/17(木) 23:08
〜〜〜3〜〜〜

「紗耶香、何交信しとんねん?」

 ぼかり。
 いきなり頭をはたかれた。

 面白そうに市井を眺める吉澤の視線。

 市井はぽりぽりと頬をかく。

「ごめん、ちょっとぼんやりしてた」

 素直にぺこり、と頭をさげると。
 しゃ〜ないな、と中澤の苦笑いしている顔が眼に入る。

「女のことでも考えてたんか?」

「裕ちゃんじゃあるまいし」

 手にしていたモップを動かす。
 今日は平日。
 12時をまわった頃から降りだした雨は止む気配も見せず。
 3時をまわった段階で店は閑古鳥。

『早仕舞いするか』

 欠伸を噛み殺しながら中澤のセリフに。
 待ってました。
 市井と吉澤は顔を見合わせて密かにガッツポーズ。

「遊びに行くのもええけどほどほどにしときぃや」

 嫌やで、女ったらしっ!!なんて女の子乗り込んでくるような修羅場は。

 あっという間に片付けられたバーの中。
 そんなに広くもない空間は。
 三人でモップを動かすとあっという間に綺麗になっていく。

「そりゃ中澤さんは可愛い彼女できたからいいですけどねぇ。うちら、飢えてるんですよ」

 からかい混じりの中澤の声に。
 少し嫌味混じり?
 吉澤の声に中澤の顔が少しだけ。
 不機嫌そうなものに変わる。
512 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/17(木) 23:08
「そんなんちゃうわ」

 ぼそり、とそれだけ。

 最近。
 このバーによく出入りするようになった矢口真里と名乗った小さな女の子。
 一緒に住んでる、と聞いたときは驚いた。

『同居人や』

 真っ直ぐな眼をして本当に楽しそうに。
 中澤を眼で追っかけながら、高い声で良く笑う。

『どうでもいいけど手、出したらただじゃ済まさんからな』

 同居人、と軽く流した割に。

 そのセリフを吐き出した中澤の眼は。
 妙に凄みをきかせていた。

『彼女ですか?』

 興味津々。
 市井にそう尋ねてきた吉澤。

『裕ちゃんなりの考えがあるんだろ?首突っ込むな・・・・・・勿論、手、出すのもな』

 中澤の固定客。
 そんな位置付けで。
 矢口は良く店に顔を出すようになっていた。

「・・・・・・・・・・んじゃ、後はまかすわ。アタシ、オーナーのとこに今月の売上げ持っていかなあかんから」

 ある程度片付け終わり。
 中澤が沈黙を破る。

「明日は二人とも遅出でええで。その代わりラストまでな。お疲れさん」

 足早に。
 店を出る中澤を。

「「お疲れ様でした〜」」

 二人分の声が見送る。

「・・・・・・・・市井さん、これから暇ですか?」

 店の戸締りを終え。
 外に出ると吉澤が待っていた。

「?ど〜したよ?」

「最近、いい店見つけたんですけど・・・・・吉澤の給料じゃちょっとつらくて」

「・・・・・・・・ったく」

 照れくさそうに頬をかく吉澤の表情は幼くて。
 知らず市井の顔に苦笑が浮かぶ。

「借金とか抱え込むんじゃないぞ」

 コツン。
 頭を叩くと。

「わかってますって」

 あどけない表情に。
 もう一度市井は苦笑した。
513 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/17(木) 23:09
ーーーーーーーーーーーーーー

「いち〜ちゃん〜」

 夕暮れの公園。
 市井を見つけて満面の笑みで駆け寄ってくる後藤に。
 市井はおう、と軽く手をあげた。

「どうしたの?」

 開口一番の後藤の声に。
 市井はきょとんとした表情を見せる。

「・・・・・・・何で?」

「・・・・・・・・何となく」

 普段あまり。
 市井の方から後藤に連絡することはない。
 その市井が連絡してきたってことは。
 そして電話で用件を済ますのではなく。
『会って話がしたい』
 とまで言われたら、何かないと思わないほうがおかしいのだが。

 少しの間市井は首を傾げて。

 ま、いいか。

 さっさと頭を切り替える。

「あのさ、後藤に頼みがあるんだ」

 妙に真面目な面持ちになった市井。
 後藤は思わず肩に力が入る。

「しばらく『Fish』に顔出すの止めて欲しいんだ」

 ・・・・・・・・・・。

 後藤の顔が。
 泣き出しそうなものに変化して。

「・・・・・・・ごと〜、何かした?」

「あ、違う、違うよ」

 慌てて。
 市井は訂正を入れる。

「この前から吉澤と別の店、何回か遊びに行ってるんだけど、何か吉澤の様子とか雰囲気おかしいんだよね」

 最初は誰か女の子にいれあげてるのかな、と思ったのだ。
 確かに。
 女の子もいるにはいたが、そこは通称『ナベバー』と呼ばれている部類に入るもので。
 吉澤が足しげく通う理由がわからないのだ。
514 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/17(木) 23:09
 店の雰囲気も『Fish』とは全くスタイルが異なって。
 チャージから始まり料金もまちまちで。
 売上げに対する考え方も『Fish』とは違う。

「・・・・・・・・・・・・」

 ふと。
 後藤が黙り込んでいることに気付いて。
 市井は言葉を止める。

「・・・・・・・・・・どうかした?」

 恨めしげな視線。
 むぅっと膨れた頬。

 はい?

「いち〜ちゃん、そんなとこ遊びに行ってたんだ」

「え・・・・・・ほら、付き合いじゃん・・・・・・」

「何回も行ってるって言ったっ!!」

「・・・・・・・吉澤の様子が気になったからだろっ?!」

「ごとーにはそんなこと何も教えてくれなかったじゃんっ!!」

「だ〜か〜ら〜・・・・・・・・」

 延々と。
 痴話喧嘩。

 何とか市井が後藤にその店にしばらく通ってもらうことを了承してもらえたのはそれから一時間後で。

「約束だよ?」

「ハイハイ」

「心がこもってない。ハイは一回だもん」

「・・・・・・・・わかってるって」

 くしゃくしゃ、と。
 市井が後藤の頭を撫でると。
 後藤は嬉しそうに笑って。

「後藤こそ浮気すんじゃないぞ」

 ぼそっと呟かれた市井の言葉に。
 ますます嬉しそうに笑う。

「ごと〜はいち〜ちゃん一筋だよ?」

「・・・・・・・・わかってる」

 ぎゅっと抱きついてこられて。
 夕暮れの公園。
 二人の笑顔を。
 柔らかい陽射しが包んでいた。
515 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/17(木) 23:09
ーーーーーーーーーーーーー

 一ヵ月後。
 前と同じ公園。
 市井は後藤から話を聞いていた。

「・・・・・・・・・引き抜き、かけられてるって?」

「うん。後はよっすぃ〜が『Fish』辞めるだけって」

 ・・・・・・・・。
 思わず。
 市井は黙り込む。
 もう、そんなところまで話はいってるのか・・・・・・。

「いちーちゃん?」

 不安そうな後藤の表情。
 市井は何も言わずその頭をぐりぐりと撫でた。

「ごと〜、もう『Fish』行ってもいいんだよね?」

 ふにゃ、と。
 相好を崩して。
 後藤は市井に甘えてくる。

 邪険に振り払うのも躊躇われて。
 市井はしばらくそのままで。

「いちーちゃん?」

 難しい顔をして黙り込んでる市井を。
 不安げな表情を見せて後藤が覗き込む。

「何でもないよ」

 くしゃり、と頭を撫でつつ。

 ごとーね、あの店あんまり好きじゃないよ。
 なんかね・・・・・・・お金使わせようって魂胆見え見えだもん。
516 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/17(木) 23:10
 後藤の話を聞くまでもなく。
 少し情報収集しただけで。
 その店のよくない噂は多数耳にした。

 ただ。
 業界で1、2を争う大きな店、ということも知った。

 『Fish』みたいに弱小じゃないってことで。

 ほっとくべきなのかなぁ。
 吉澤が決めることだしなぁ。

 頭をひねりつつ。
 市井は結論を出せないでいたが。

「ねぇ、いちーちゃん、いちーちゃんってば」

「なんだよ?」

 自分を呼ぶ後藤の声に。
 勿論返事は上の空、だったりして。

「やぐっつぁんがね、何か最近元気ないんだ。何か知ってる?」

「あぁ・・・・・・・裕ちゃん、やっぱまだ彩っぺのこと、忘れてないのかなぁ」

 生返事。
 う?
 彩っぺ、という単語。
 市井はふと我に返る。
 自分で名前を出しておいてなんだが。
 まずった。

 一瞬の市井の表情の変化に。
 後藤はしてやったり、の表情で。

「彩っぺって?」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 きっと。
 中澤にばれたら怒られるだろう。

 何、余計なことしゃべっとんねん。

 瞼の裏に浮かぶのは。
 冷ややかな視線。

 後藤に口止めしながら。
 それでも。
 市井の脳裏に浮かんだ一人の存在。

 何かが、変わろうとしている。
 そんな予感を感じながら。
 やっぱり。
 市井の表情は浮かないものだった。
517 名前:つかさ 投稿日:2004/06/17(木) 23:14
>>510 名無飼育さん
>ごっちんに押され気味の市井ちゃん、大好きです。
ありがとうございます。
いちごまはまったくもって初めてなもんでちょっと緊張しつつ。
まぁ市井さん視点がはじめてなんですが・・・・。

今日の更新はここまで。
518 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/18(金) 04:45
さやゆう風味のやぐちゅー&いちごま楽しませてもらってます。
吉澤のことも解読されそうで楽しみです。W
519 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/20(日) 02:17
わーい更新だ。
姐さん誕生日おめでとう。三十路+1歳!!!
520 名前:名無し読者。 投稿日:2004/06/22(火) 00:37
さやゆう・やぐちゅー・彩裕・いちごま・・・なつかしい〜!!
最高です。
521 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:43
〜〜〜4〜〜〜

「・・・・・・・・・・何、飲む?」

「いや、気にしてくれなくてい〜よ・・・・・・・コーヒーで」

 キッチンから飛んでくるのは訝しげな視線。
 そりゃそうだろう。
 市井自身も。
 この訪問が吉と出るか凶とでるか・・・・・。
 良くわからなかったりするが。

「矢口に用、なんだよね?」

 自分用に紅茶。
 手早く二人分の飲み物を用意してきた矢口。

 ・・・・・・・・・慣れてるなぁ。

 勿論。
 二人が一緒に暮らし始めて半年くらいだったっけか。
 中澤が料理をこまめに作るはずもないだろうから。
 当然の風景で。

 そして。
 何となく、生活感がある中澤の部屋。
 その空間に馴染んでいる矢口を見て。
 ようやく市井の顔に笑顔が浮かぶ。

「・・・・・・・・・・・・?」

 今まで店でしか会ったことがなかった。
 当然のごとく。
 プライベートに立ち入る気はなかった。

 無言のままでいる市井を見て矢口は首をかしげる。

 中澤が用事で昼間、家をあけることは知っていた。

 だから、来た。
 理由は、簡単。

「矢口さ、裕ちゃんのこと好き?」

 確認したかったから。
 数日前。
 市井は店を。
 『Fish』を辞めることを決めた。
 後藤以外には言ってない。

「・・・・・・・・何で?」

 関係ない。
 そう言われるのも覚悟していたけれど。
 矢口の視線は真っ直ぐで。
 そして強い。
522 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:44
 言葉には出さないけれど。

「裕ちゃんの一番弟子を自称するいちーとしては、ね」

 何年、中澤の側にいただろう。

 いきなりこの世界に引き込んだきっかけは石黒だったけれど。
 喧嘩して。
 警察に引き取りに、すっ飛んできたのは中澤だった。
 金が無くて。
 お腹がすいてふらふらしてたら。
『何かっこつけてんのよっ!!』
 怒鳴り飛ばして、ご飯作ってくれた石黒。

 石黒がいなくなっても。
 中澤は何だかんだと。
 市井のフォローをしてくれた。

『・・・・・・親代わりやろ。腐れ縁やと思ってるわ』

 ぐしゃぐしゃと。
 頭を撫でてくれる優しい手と。
 何か。
 同じものを感じる空間。

「だから、確認しときたいんだ」

 キミに。
 大事な人を任せて大丈夫か。

「矢口・・・・・・・」

「矢口ね、今日裕ちゃんとご飯食べにいくよ」

 ゆっくりと。
 俯いていた矢口が顔をあげた。

「矢口は裕子のこと、運命の人だって思ってる。・・・・・・・裕ちゃんは
『もう二度と運命なんか信じへん』、そう言ったけど」

 強い、光。

「矢口は裕子の側にいる。裕子が嫌だって言ってもそんなの知らない」

 その言葉は真っ直ぐで。
523 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:44
「裕子に大事な人ができたんなら・・・・・・・それはそれでしょうがないし、それは諦める、けど」

 不安げに揺れる、言葉ですら。

「でも今、一番裕子の側にいてるのは矢口、だから。裕子が過去に縛られてるなら矢口が裕子の時間を
動かす」

 好きだ、とか。
 愛している、とか。
 そんな言葉より。
 もっと。
 真摯な言葉の数々に。

 市井は眼を閉じた。

「・・・・・紗耶香?」

 ゆっくりと。
 眼をあけた市井は。
 微笑んでいた。

 柔らかな笑み。

「うん、そうだね・・・・・・・うん、凄くいいと思う」

 はい?

 矢口はきょとん、としてるが。
 うんうん。
 市井は満足げに頷いて。

「ありがとう。いちー、帰るよ」

 殆んど手付かずのコーヒー。
 それでも。
 矢口の携帯番号を教えてもらって。
 市井は立ち上がった。

『辞めるよ』

 そう中澤に告げたら中澤はどんな表情を浮かべるだろう。
 ・・・・・・・どうせいつものポーカーフェイスだろうけど。
 あれから二年。
 たかが二年、されど二年。
 逃げるんじゃない。
 傷つくわけでもなく。
 傷けるわけでもなく。
 もう、前に進んでもいいんじゃないか、進ませていいんじゃないか、と。

 市井は不敵に笑った。
524 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:45
ーーーーーーーーーーーーー

 それから数日。
 矢口の気持ちを確認して。
 市井が辞めることも正式に決定しそうで。

 吉澤とも話、しなきゃな。

 そんな風にのんびりと、思ってたその日。

『中澤さんのやり方は間違ってます』

『そんなやり方だから、この店が潰れるんじゃないんですかっ?!』

『吉澤はトップに立ちたいんですっ!』

『この店続けられるとは思ってないです』

 最悪の展開に。
 言葉も無く市井は立ち尽くすことしかできなかった。

『アタシが決めることや。紗耶香が悩むことない』

 そんな言葉を中澤に言わせたかったわけではなくて。
 辞める。
 そう決めたのは市井なりにいろいろ考えた結論だったけれど。

 そのことで、中澤に全てを背負わせるつもりではなかった。

 全ては結果論にしか、すぎない。

 中澤のあとを追っかけてくれた矢口の後姿が妙に頼もしく思えて・・・・・・・。

「いちーちゃん、いちーちゃんってば」

 思ってもいない時間にあがれて。
 普段行けない店。
 奮発して入った店は結構当たりで。
 料理は美味いし、酒の値段だってリーズナブル。

 しかし。

 市井の表情は、晴れない。

「ねぇ、いちーちゃん」

 店を出て。
 並んで歩く、街灯の下。
 不意に後藤が振り返った。

「店、辞めるの止めちゃう?」
525 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:45
 いたずらっぽい眼の、光。

「・・・・・・・・・・・・・」

 市井は眼を細めて。
 無言のまま。

「裕ちゃん、店、辞めちゃうよ」

「・・・・・・・・・何で?」

「何となく」

『まぁ、オーナーの方からそういう話がでてる。ただ、アタシに
この店の権利を譲ってもいいって話もされてな。返事は保留中や』

『紗耶香、自分が店辞めるからちゃうか、とか。
いらんことに気、まわすやろ。今回の話はそういうのと違うし』

『アタシが決めることや。紗耶香が悩むことない』

 市井は一つため息をついた。
 後藤に言われるまでもなく。
 後藤が言ってることは正しい、と。
 何となく、そんな気が、した。

「いちーちゃんさぁ、女の子に興味ないんだって?」

 はい?

 市井は口を真一文字に結んだ。

「裕ちゃん?」

「うん・・・・・・・・・・だからやめとけって。昔、言われた」

 一語一語区切るように言って。
 後藤は空を見上げる。
 その眼は真っ直ぐだ。

「でもさぁ、ごとーはいちーちゃんのこと、大好きなんだ」

 そのまま。
 向けられた視線。

「大好き」

 今まで見たこともない表情で。
 何度も言われたセリフ。
 繰り返されて。
526 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:45
 市井はがしがしと頭を掻いた。

「・・・・・・・・・ごとーさ、今年で高校卒業するじゃん」

 今まで。
 敢えて告げようとは思わなかったけれど。

 市井の真面目な表情と口調に。
 ふにゃっと後藤は表情を崩した。

「店、辞めるの決めたの、ごとーのため?」

 しっかりばれてたみたいだ。

 小さく市井は笑った。

「いちーなりのケジメ、のつもりなんだけど」

 潮時かな、と思っていたのは事実。
 後藤が高校卒業して。
 どうするかは聞いていないけれど。
 何となく。
 今のままじゃ、いけないよなぁ。
 漠然とした不安感があった。

 ただ。
 『Fish』がなくなるなんて。
 考えもしていなかったから・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・裕ちゃんもね、同じこと考えてると思う。だから・・・・・・・」

 市井を慮る後藤の言葉。
 ゆっくりと。
 市井は後藤を抱きしめた。

「裕ちゃんはね、いちーちゃんより大人だから。でも、ごとーは大人になりきれてない
いちーちゃんが大好きだから」

 だから、と。
 後藤は笑った。
 市井の腕の中で。

 −−−−−−−いちーちゃんは好きにしていいよ。ごとーはそれでいいからーーーーーー。

 優しくて強い。
 魔法の言葉。

ーーーーーーーーーーーーーー
527 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:46
「・・・・・・・・・市井さん」

 情けない顔して。
 でかい身体を縮こまらせる。
 数時間前に盛大にでかい口を叩いて目の前から去っていった大馬鹿者。

 市井の顔を見て逃げ出さなかったのは流石と言うか。
 珍しく鋭い市井の目つき・・・・・・。
 凄まじく怒ってるというのは自明の理。

「・・・・・・・・すいま・・・・・・・」

「謝るな」

 遮って。
 ゆっくりと吉澤のアパートの前。
 U字ブロックの上、市井は腰掛けて。
 ひょい。
 煙草を取り出した。

 慌てて火を取り出そうとする吉澤を手で制して。
 市井は美味くもなさそうに煙を吐き出した。

 所在なさげに。
 市井の前で立ち尽くす吉澤の顔は。
 まだ、幼くて。
 見上げた視線を市井は外そうとしない。

「ごめんな」

 いきなりの、謝罪。
 俯いたままだった吉澤が視線をあげた。
 泣き出しそうな、吉澤の瞳に移ったのは。
 市井の柔らかい、視線だった。

「誰に何、言われた?」
528 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:46
 ぽんぽん、と。
 隣りのU字。
 座るように促して。

『よっすぃ〜ね、前の引き抜きの店、断ったんだって』

 市井の耳に蘇るのはさっき別れたばかりの後藤の言葉。

『店が無くなるかもっていうのもだいぶ前に知ってたみたい。凄く心配してた』

 余裕がなかったのは、中澤も市井も一緒。
 誰かを気遣える余裕がなかったというのは。
 きっと言い訳にしか、ならないのだろう。

 だからこその謝罪。

 怒りを覚えるのは。
 吉澤ではなく。
 あそこまで吉澤に言わせた自分自身の不甲斐なさ、だった。

「・・・・・・・・・引き抜きの話、断ったのにその後何回か、アプローチかけられてて」

 市井の隣りに腰をおろし。
 いまだ俯いたまま。
 吉澤はぽつり、ぽつりと話し始めた。

 店の良くない噂は聞いていたから。
 でも。
 給料の面や条件。
 『Fish』とは比較にならないほど良かった。

 最終的に。
 商売はボランティアじゃない、と言い切るオーナー。
 違和感を感じて断ったけれど。

「『Fish』が潰れるって。所詮、甘い考えしかない経営だからそ〜ゆ〜ことになるんだって」

 吉澤は俯いたまま、唇を噛んでいた。

「だから吉澤は・・・・・・・」

 あぁいう行動をとったわけね・・・・・・・・。

 最近の強引な接客の仕方は。
 焦り、からきたものだったのだろう。

「トップに立ちたいって言ったのは、あぁいう店に『Fish』が負けてるってそんな風に
言われるのが悔しかったから」

 きっと。
 後は売り言葉に買い言葉、だったのだろう。
529 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:47
「気にすんな」

 ぽんぽん、と肩を叩くと。

 吉澤は。
 きっと市井を睨みつけてきた。

「市井さんも店、辞めるんですよね?」

 疑問形をとった確認。
 思わず。
 市井は口ごもる。

「・・・・・・どっからそれを・・・・・・」

「『Fish』のオーナーと話、してる市井さんを見たって人がいたんです」

 市井の反応を見て、吉澤の視線が哀しげなものに変わった。

「結局・・・・・・・吉澤は全部後回し、事後承諾ってことですよね」

 ・・・・・・・・・・・。

「謝らないでください」

 今度は。
 吉澤が市井の言葉を遮る。

「それだけ吉澤が頼りなかったってことなんで・・・・・それはそれでしゃ〜ね〜っすから」

 市井から眼を離すことなく。
 吉澤は自嘲気味に笑った。

「それに最近の自分、自分でもあんまり好きじゃなかったし」

 よっと。

 勢いをつけて吉澤は立ち上がった。

「お世話になりました・・・・・・・・・言わなくてもいいっすけど中澤さんにも感謝してます」

 ぺこり。
 そんな風に頭を下げて。

「これからど〜すんだよ?」

「・・・・・・・・・バイトでも探しますよ」

「もう新宿では働かないのか?」

「・・・・・・・・・吉澤、『Fish』以外のとこで働く気はねぇっすよ・・・・・・・少なくとも今んとこは」
530 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:47
 寂しげな背中。
 声をかけて。
 吉澤の表情は浮かないものだったけれど。
 返事の中にこもった強い、意志。

 全ては。

「吉澤、あの店が好きなんですよ」

 その一言に集約されていた。

 ふと。
 思い出していた。
 常連客。
 いつも一人でカウンターで飲んでいて。
 たまたまテーブルで一緒になった機会があった。

『すいません、今日は立てこんでて』

『いいわよ・・・・・・どうせそんな長居しないし。気、使わないでね』

 バタバタとめまぐるしく動いて。 
 接客。
 いつの間にか隅っこにいるその人のことは忘れかけていたのだが。

『・・・・・・・おかわり、頼んでないけど?』

『サービスさせてもらいます。すんません、カウンター一杯にしてもうて』

 もうその頃にはカウンターでシェイカーを振るだけだった中澤が珍しく表に出てきていた。

『たまにはいいわよ・・・・・・・見る視点が違うとまた違ういい面が見えてくるものだし』

 客の話し声。
 ざわめきに紛れながら。
 その二人の声は妙に市井の耳に届いた。

『あなたもね、たまにはカウンターから出てきなさい。こっち側も悪くないわよ?』

『・・・・・・・・そうですね』

 中澤は苦笑いでもって答えていた。

 後で聞いたとこによると。
 その人は店ができた当初くらいからの馴染みのお客さんらしく。

『昔はかなり派手に遊んではってんで』

 中澤が含み笑いしながら。
 楽しげに教えてくれた。
531 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/06/25(金) 00:48
 ・・・・・・・・・・・・・。

 東京に出てきてからのいろんな思い出が詰まった店。

 中澤は店を辞めるだろう。
 遅かれ早かれ。
 ・・・・・・・・・・・矢口のために。
 勿論。
 それを止める権利は市井にはないし。
 逆に。
 止める奴がいたらぶっ飛ばすだろう。

 中澤はもう。
 この世界には戻ってこないし。
 戻ってくるべきでもない。

 石黒がいなくなったとき。
 市井は不安だった。
 中澤までもが姿を消しそうで。
 だから。
 引き止めた。
 『Fish』を使って。

 中澤を失うことも怖かったし。
 何よりも。

『Fish』

 自分の居場所を失うことが怖かったから。

 そこにあるのは。
 そこにある市井の気持ちは。

 −−−−−−−いちーちゃんは好きにしていいよ。ごとーはそれでいいからーーーーーー。

「なぁ吉澤。貯金いくらあるよ?」

 踏み出すことは、簡単なこと。
 背中を見せて。
 大事なものを捨てて。
 逃げ出す、なんて。
 そんな言葉、自分には似合わない。

 中澤は旅立って行く。
 そして。
 その場所を守るのは。

「いちー、大事なこと忘れてたよ」

 吉澤の不思議そうな視線。
 市井は笑う。

「いちーもな、『Fish』、超好きなんだよね」

 だから。
 きっと大丈夫。
 どんなことがあっても乗り越えていける。
532 名前:つかさ 投稿日:2004/06/25(金) 00:52
>>518 名無し読者さん
>吉澤のことも解読されそうで楽しみです。W
はい、その一言で・・・・ってもういいって(笑)
見る視点が違えば、違う視点がある。
当たり前のことです。

>>519 名無し読者さん
>姐さん誕生日おめでとう。三十路+1歳!!!
力いっぱい。
19日行けなかった分も含め、叫びたいですね。
応援してます、と。

>>520 名無し読者。さん
>さやゆう・やぐちゅー・彩裕・いちごま・・・なつかしい〜!!
なつかしくてもどうでも。
やっぱ自分が好きなのは、書けるのはそれだけだ、と。
本当にそれしかね〜っすね、今は。

ちょいプライベートでガタガタしてまして。
いろいろ思うとこはありますが。
今日の更新はここまで。
533 名前:名無し読者。 投稿日:2004/06/25(金) 04:03
吉澤さんも『Fish』を愛してたんですね(w
良かった〜。W澤(通称なかよし)も結構好きなんで。
今回の更新は話の展開がいつもよりかなり早くないですか?(w
ほとんど解読されちゃいました。(w
続き楽しみに待ってます。

534 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:12
〜〜〜5〜〜〜

 目の前にある冷たい視線。
 『Fish』が終わって。
 市井は中澤の前。
 深々と頭を下げていた。

「店、潰したくないんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・それやったらアタシがそのまま続けるわ」

「それじゃ駄目じゃんっ」

 何度も繰り返される会話。

「裕ちゃんだって本当はわかってるんだろ?」

 泣き出しそうな。
 市井の視線。
 ふっと。
 中澤はその視線を外す。
 嫌な沈黙が続く。

『中澤だからアタシはあの店を譲っていいと思ったのであって』

 数日前。
 市井は吉澤とともに。
 店のオーナーに直談判に赴いていた。
 あっさり了承されるとは思っていなかったが。

『変な店に吸収される、とかも困るんだよね』

 厳しい言葉の数々。

『だいたいあんたらみたいな子どもで何ができるの?店、潰すのがオチじゃない?』

 カチン、ときたらしい吉澤の頭を押さえて。
 頭を下げつづけること数時間。
535 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:13
「吉澤だって引き抜きの話、断ってたわけだし、誤解は解けたんじゃないの?」

 市井の必死の説得。
 中澤はふぅ、と。
 大きなため息をついた。

「・・・・・・・・・・・覚悟、できてんやろうな?」

 厳しい眼。

 初めて、かも知れない。
 今まで。
 市井はこんな視線で中澤に見られたことはなかった。
『しゃ〜ないな』
 見守ってくれる、そんな視点ではなく。
 対等の、目線。

「やっぱ辞めます、とか。そんなん許さんで?」

 想いがあるからこその。
 厳しい言葉。

 市井はもう一度頭をさげた。

「いちーね、『Fish』っていう場所を無くしたくないんだ」

 気軽にぶらっと。
 会社帰り。
 何かに疲れた人が。
 立ち寄れる場所。

『ここだとね、相手が女の人だって言うの隠さなくてノロケられるじゃん』

『・・・・・・・・・ほどほどにしといてくださいね』

『いいじゃん、聞いてよ〜』

『はいはい』

 優しい、空間。
 客単価はけして高くなかった。
 ぶらっと寄って少し話して。
 一杯だけで帰る常連客。

 わかっている。

 中澤の人柄が作り出した空間。
 客単価が高くない引き換えに。
 入れ代わり立ち代り。
 やってくる人たちが『Fish』を支えてきてくれたこと。

『ここに来るとほっとする』

 一時の気休めにしかすぎなくても。
 宿り木で充分。
 疲れた表情が、少しでも癒されて。
 笑顔になれるのであれば。

 市井の居場所を作ってくれた、ということだけでは。
 きっと。
 こんなにもの時間、市井は。
 ここに惹かれることはなかっただろう。

 頭を下げたまま。
 一生懸命な市井を中澤はやはりしばらく黙って眺めていた。
536 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:13
 そして。

「わかった」

 くしゃり。
 目の前。
 市井の頭を撫でた。

「ほんとっ?!」

 途端に眼を輝かせる市井。

「嘘は言わんよ。・・・・・・・・・オーナーに話、するか」

 粘り負け。

 そんな雰囲気を醸し出す中澤に。
 市井は胸を張った。

「もう、話はだいたいつけてるんだ」

「・・・・・・・・・・はやいなぁ」

「んでね、一つだけ、お願い。迷惑は絶対かけないから」

 もう一度市井は頭を下げた。

 オーナーとの話し合いの中で。
 オーナーが出した一つの条件。

 中澤は市井からのお願い、を快諾し。
 そして、時は流れる。
537 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:14
〜〜〜6〜〜〜

 それから三年後。

「裕子〜、おっせ〜よっ!!」

「そんな言葉遣いしなっ」

 こつん。
 相変わらずの二人が新宿。
 アルタ前での待ち合わせ。
 中澤は矢口の頭を叩く。

「久しぶりなんだもん。焼けた?」

「ちょっとだけやけどな・・・・・・・矢口は、相変わらずちっこいなぁ」

「・・・・・・伸びてたら怖いだろ?」

「まぁそらそうや」

「なら言うなよっ!!」

 クスリ、と笑いあって。

「お帰り」

「うん、ただいま」

 中澤は。
 どでかい荷物を抱えたまま。

「成田から直行?」

「ほんまギリやったで。間に合って良かったわ」

 笑顔を見せる中澤は。
 『Fish』を辞めて。
 雑誌社に転職。
 そこからさらにフリーのルポライターということで。
 一年の半分くらい東京にいたらいい方、という生活を送っている。
 ここしばらくは沖縄にいた。
538 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:14
「取材、終わったんだよね?」

「うん。しばらくは東京や」

 ぐりぐりと。
 中澤は嬉しそうに矢口の頭を撫でる。

「あ〜もう、髪の毛ぐしゃぐしゃになるだろ〜」

 言葉こそ素直じゃないものの。
 矢口も充分嬉しそうで。

「相変わらず素直やないな〜」

 そ〜ゆ〜とこが好きなんやけど。

 何か言いかけた矢口の耳元。
 ぽそり、と呟いて。
 赤くなった矢口の顔。
 中澤はしてやったり。
 笑う。

「ったく、ど〜でもいいけどその荷物ど〜するのさ?もう時間だよ?」

「送る時間もなかってんて。まぁええやん。土産もあるし持っていくわ」

「そう言ってオイラに持たせる気だろっ?!」

「・・・・・・・・そんなんせぇへんわ。それにあんたもう一杯持ってるやん」

 デザイン学科に通っていた矢口は。
 今年から社会人一年生。
 まだまだこれから、なのだが。
 希望どおりの建築会社に勤め始めて。

「ほら、かし」

 ひょい、と。
 矢口の肩から大きなバックを抜く。
539 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:14
「え?でも」

「しばらく会えんかった分サービスや」

 ウィンクする中澤と、荷物。
 矢口は交互に見比べて。

「・・・・・・・・・・もっといいサービスにしてよ」

 むぅ、と拗ねた口。

「・・・・・・・・・矢口、だいた〜ん」

 ニヤリ、と。

「いわれんでも今日の晩はサービスさせてもらうで?」

 中澤は笑う。

「・・・・・・・・オイラ言ったのそ〜ゆ〜意味じゃないっ!!」

 こづこうとする矢口の手から逃げる中澤。
 こうやって。
 会えなかった分の距離を、時間を縮めていこう。
 じゃれあう二人はいい笑顔を見せていた。

ーーーーーーーーーーー

「裕ちゃん、お帰り〜っ!!」

 約束の八時から少し遅れて。
 姿を見せた中澤と矢口。
 店のドアを開けるやいなや飛んでくる、声、声。

「お帰りって何やねん・・・・・・・アタシ、いってきます、なんて言うた覚えないで」

 やれやれ。
 苦笑いしながら。
 そんな中澤のそばに吉澤がすっと寄って。

「あ、ありがとな」

「いえ。お預かりします」
540 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:15
「いいじゃん、矢口が指折り数えて待ってたってことで」

「ちょ、オイラそんなのしてないもんっ!!」

 吉澤が中澤の荷物を受け取りながら笑う。

「矢口さん、素直になっといた方がいいっすよ」

「そうそう証人は一杯いるよ〜」

 飛んでくる声に。
 矢口も吉澤に荷物を渡しながら。
 くすぐったそうに笑った。

「でも裕ちゃん、今回は長かったねぇ。半年、だったっけ?」

 中澤がカウンターに座ると。
 即座に出てくるビール。

「それくらいかなぁ?まぁちょこちょことは戻ってたけどな」

「の割には顔、出してくれなかったよね」

 拗ねた目線。
 ニヤリ、と中澤は笑って。
 そのまま軽くビールをあげて。
 半分くらいを一気にあける。

「紗耶香、元気にやっとるってのは聞いてたしな」

「言い訳は聞きたくないっす」

 カウンター越し。
 市井は肩をすくめてみせる。

「まぁええやん。今回はちゃんと戻ってきたことやし」

「これで戻ってきてくれなかったらいちー、拗ねるよ?」

「・・・・・・・・紗耶香に拗ねられてもなぁ」

「んじゃ矢口にないことないこと言いつける」

「・・・・・・・・ないことないことって何やねん」

「マイナスにマイナスかけたらプラスになるじゃん?」

 至極真面目にそんなことをのたまう市井。
 中澤はジロリ、と睨みつけ。
 しゃ〜ないな、と言った風に。
 クスクスと笑みを漏らした。
541 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:15
「まぁ・・・・・・・・そういうことで。今回だけは現金払いです」

 ゆっくりと。
 市井は服の内ポケット。
 封筒を取り出した。

「・・・・・・・・領収書でも切るか?」

「・・・・・・・・な〜んか笑えないねぇ」

「ま、お疲れさん」

「なんか、感動薄いんですけど」

「肝心なのはこれからやろ?」

 眼を細めて。
 中澤は大事そうに封筒をしまいこむ。

 三年がかりの返済。

 三年間、滞ることなく一ヶ月10万円。
 一回でも滞ることがあれば『Fish』は潰す。
 オーナーから出された条件、だった。
 市井に店を任せる代わりに・・・・・・中澤がスポンサーになった。

 最後の返済日。
 今日だけは絶対に店に来て、と。
 言われなくても来るつもりではあったけれど。
 きっと。
 これからまた。
 違う道をお互い歩いていく。
 その、記念すべき・・・・・・第一歩の、日。

「話、終わった?」

 中澤が封筒をしまいこむと同時くらいに。
 ぴょこん、と顔を出すのは、矢口。
 タイミングを見計らっていたのだろう。
 手にはグラスを持っている。

「「うん」」

 揃った声に。
 矢口はうんうん、と真面目な顔をして頷いた。

「矢口、ありがとな」

 ふと。
 既に2杯目、3杯目。
 グラスの中、ワインをくゆらせていた中澤が言葉を発す。
 テレ気味の。
 真っ直ぐな言葉。

「アタシおらん間、フォローしてもらって」

 補足説明のように付け足された言葉。
542 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:16
 そっと。
 市井と矢口は眼を見交わして。

「今更だろ〜が」

 トン、と。
 矢口が中澤をこづく。

「矢口だってこの店好きだしさぁ。様子見るくらい別に大したことないよ」

 それは、謙遜。

「あ〜、遅れたか」

 カランコロン。
 店のドアが開く音がしたと思ったら。
 一直線にカウンターに向かってくる姿。

「オーナー」

「もうオーナーじゃないわよ・・・・・・・一応、これ。おめでとうってことで」

 差し出された花束。

「花瓶くらいあるんでしょ?ちょ、後藤、これいけといて」

「あ〜、圭ちゃんだ〜」

「いらっしゃい」

 市井がカウンター。
 中澤と話し込んでいる間、接客にかかりきりの後藤、吉澤ののんびりとした声。

「・・・・・・・・・いつ来ても従業員の教育がなってるんだかなってないんだかわかんないわね」

「ま、しゃ〜ないやろ。紗耶香の店なんやし」

 ニヤリ、と笑みを浮かべる中澤に。
 元、オーナー。
 保田はまったく、とため息で返した。

ーーーーーーーーーーーーー
543 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:16
「だいたいねぇ、アタシ就職するから裕ちゃんだったらって思ってこの店譲ろうかって話し、
したんだよ?」

 中澤がいない間。
 市井、吉澤のもっぱらの相談相手は保田、だった。
 弁護士になる国家試験。
 一発で合格したエリートは。
 大学時代から株や土地を転がして。
 オーナーと呼ばれる立場にいました、と。

 就職を期にヤクザ稼業からは足を洗おう、と。
 見る人が見ればため息も出るくらいの立場なのだが。

「スポンサーになったら少しはこの店、面倒みるのかと思ったら・・・・・・」

 結局は『Fish』の経営面。
 不慣れな市井と吉澤を延々。
 三年間サポートする形となった。

「そりゃ裕子だもん。オイラなんてねぇ・・・・・・・」

「っていうか圭ちゃん、いちーたちのこと『若い、若すぎる』とか言いながら一緒くらいじゃん、歳。
も〜、マジ騙されたっす」

 数時間後。
 平日ということもあり。
 すっかりグダグダになっている人間、数名・・・・・・。

「こらあかんわ。ごっちん、吉澤。紗耶香と圭坊、裏連れてったってや」

 一際早く立ち上がったのは中澤で。
 自分の愚痴大会になってる席で居心地の悪さを感じたかどうかは定かではないが。

「矢口も。ほら、明日仕事やろ?」

「うん」

 比較的まだしっかりとした足取り。
 矢口は中澤の腕に捕まる。

「飯でもどうかなって思っててんけど・・・・・・・日、改めるわ。紗耶香、この調子じゃ今日は仕事に
ならんで」

「普段フォローしてもらってますから」
544 名前:未知との境界線 番外編 投稿日:2004/07/02(金) 23:16
 しっかりと。
 中澤の苦笑いにも似た視線を受け止めたのは吉澤で。
 肩肘張った、と言えなくもないその姿。
 中澤は肩をすくめた。

「そんな親の敵、見るような目で見んでもええやん」

「え?いや、そ〜ゆ〜わけでは・・・・・」

 中澤のセリフに。
 途端に焦ったようにえ〜と、を繰り返す吉澤。

「だいぶ成長したやん」

 ピタリと。
 吉澤の動きが止まった。

「今度、一緒に飯でも行こうや・・・・・・・・後な、もうスポンサーとかそんなんやないけど」

 中澤は笑う。

「相談役はいつでも受け付けてるからな。圭坊も一緒やし。まぁ肩肘張らんと困った時は
言うてきぃや」

「・・・・・・・・・はい」

 吉澤は中澤の眼をみて頷いた。

「んじゃ、アタシらタクシー捕まえるから」

「あ、吉澤、拾ってきます」

「水、用意しといたよ〜。後、荷物も持ってきた」

 市井を奥に連れて行った後藤が、戻ってきて。
 連携プレー。

「・・・・・・・んじゃ、頼むわ。矢口、大丈夫か〜?」

「・・・・・・・・・ん」

 ぎゅっと寄り添う温もり。

 願わくば。
 ずっと感じていたいものだ、と。

「中澤さん、タクシー来ました」

 呼ぶ声も。
 そしてこの場所。

 居心地のいい、この空間が。
 いつまでも続くことを願う。

 店を出る中澤の表情は柔らかく微笑んでいた。

                               【END】
545 名前:つかさ 投稿日:2004/07/02(金) 23:26
>>533 名無し読者。 さん
>今回の更新は話の展開がいつもよりかなり早くないですか?(w
まぁ・・・・今回のは初めて構成通り話がすっすと流れていってくれたっつ〜のは
ありましたが(苦笑)

さて、何年越しだっつ〜突っ込みは置いといて。
やっとすっきりしました。
しかし妙に彩裕・・・・・に惹かれる今日この頃(笑)

明言はできませんが・・・・ここの残りでもしかしたら、があるかもしれないです(笑)
もしくはあっちの番外編なんですが・・・構成全部組みなおししようかな、と
思ってるんでまた待たせるかも、です。

読んでくれた方、本当にありがとうございました。
多謝、です。
546 名前:名無し読者。 投稿日:2004/07/03(土) 16:48
マジですか?(w
凄くきれいに完結されて幸せでした〜!!
ただ彩裕のなりゆきをもう少し書いてくれたら・・・。って思ってたら(w
密かに期待しています。
ちなみに今はHPもたれてないのですか?

向こうも期待して待ってま〜す!!
いい作品どうもでした。(w
547 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/07(水) 20:03
番外編ありがとうございました、彩裕最高です。
気になってたFishのその後が分れてよかったです。
548 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:19
 何気ない時の何気ないやりとり。

「ねぇ、裕子。オイラのこと好き?」

「・・・・・・・何を今更。好きやで?」

「愛してる?」

「うん、めっちゃ愛してるで」

「ならさぁ、オイラのこと殺してくれない?」

 一瞬。
 裕子がぎょっとした表情をしたのがわかった。
 それを確認して、オイラは裕子から視線を外した。

 そのまま数分。
 沈黙が続く。
 耐えれないほどの重さじゃなかったけれど。
 オイラにとっては。

 裕子がどう思ってたかなんて知らないし。

「・・・・・・・まぁ無理だってわかってるけどさ」

 そのまま。
 裕子の横から立ち上がろうとしたオイラの袖が。
 不意に強い力で引っ張られた。

「・・・・・・・・何?」

 裕子は何とも言えない微妙な表情をしていた。

「手、出し」

 飴玉でもくれるのかなぁ、なんて。

 現実感なくそう思っていると。
 オイラの手の上に落とされたのは銀色の塊。

「・・・・・・・・・何これ?」

「アタシの部屋の鍵」

 それだけ言って。
 裕子が先に立ち上がる。

「・・・・・・・・・ゆ〜こ?」

「しばらくアタシの家おり〜や」
549 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:19
 見下ろしてくる視線の位置が。
 いつもより高く思えた。

「・・・・・・・・・・何で?」

「わからんか?」

 わからない。

 素直に頷くと、裕子は困ったように笑った。

「なら、わかるまでおればええやん。アタシも仕事あるし別に好きに使ってくれてええから」

 答えになってね〜じゃん。
 っつ〜か答えなんてあるの?

 言葉は出てこずに。

 手の平に落とされた小さな塊。

「裕子、友達とか家に呼ぶの嫌いじゃなかったっけ?」

「ん〜?」

 歩き始めていた裕子はオイラを振り返って一言。

「アンタ今、人間臭せんから別に構わんで」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 妙に言いえてるなぁって。
 ぼんやりとそう思った。

「じゃあさ、オイラが人間に戻ったら裕子、オイラのこと追い出すの?」

「・・・・・・・・・アホか」

 小さく裕子が笑う。
 優しい笑み。

「大丈夫、アンタはいつでもアタシのここにおるから」

 親指で。
 裕子は自分の胸を指差した。

 中澤さ〜〜〜ん。

 遠くから、呼ぶ声。

 何か言いたげな表情を一瞬だけ見せて。
 裕子は手をひらひらと振って行ってしまった。

 手のひらに落とされたままの小さな鍵。
 冷たい感触。
 握りしめることも手放すこともできず。
 オイラはそっとそれを鞄の中に落とした。
550 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:20
ーーーーーーーーーーーーーー

 カチャリ。

 小さな音を立てて。
 鍵が回る。

 シーンとした部屋からは。
 人間の匂いを感じない。

「・・・・・・・・・・・・・」

 部屋の明かりをつける気にもならなくて。
 代わりにカーテンをあけた。
 眼の前に広がる夜景。

 ・・・・・・・・裕子、なかなかいい趣味してんじゃん。

 ぼんやりとそう思って。
 そこに腰をおろした。

 いきなり。
 眼の前が明るくなった。

「・・・・・・・・・・・?」

 どれくらいぼんやりしていたのだろう。
 振り返ったら部屋の主・・・・・・・裕子がいた。
 裕子は驚いた表情一つ見せない。

 来てたんか。

 そんな言葉一つ吐かず。

 裕子は部屋の隅っこに置かれていたゲージの扉を開ける。

 途端にオイラに駆け寄ってくる二匹の塊・・・・・・・。
 タローとハナちゃん。
 ごめん、全然気付かなかったよ。

 オイラに駆け寄る二匹を見て裕子は何故か・・・・・苦笑い?

「ほら、タロー、ハナちゃん。ご飯やで」

 カラカラカラ。
 ドッグフードが皿に転がる音。
 構って欲しそうにオイラにじゃれついていた二匹はその音を聞いて、一目散にそっちに駆け出す。

「こら、まだあかんて。待て」

 楽しげな裕子の声をBGMに。
 オイラはまた膝を抱えて窓の外に眼をやった。

『しばらくアタシの家おり〜や』

 何でそんな風に裕子が言ったのか。
 その答えはわからないけれど。
 部屋に入ってきて。
 一度もオイラに声をかけない裕子。
551 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:20
 それで構わないと思うオイラ。

 だから。
 今はそれが答えでいいんだって。
 そう思った。

 ぼんやりしていたら。

 肩に落とされた柔らかい感触。

 ・・・・・・・・・・?

 あぁ、毛布。

 ゆっくりと。
 現実に意識が引き戻される。

 キッチンからはいい匂いが漂ってきていて。
 リビング・・・・・・窓に近いここは少し、肌寒い。

 ぎゅっと毛布でオイラの身体をくるむ。
 少しだけ、裕子の匂いがするような気がした。

ーーーーーーーーーーーーーー

 裕子の家に来て数日。
 オイラは裕子の家から仕事に行って。
 裕子の家に帰る。

 相変わらず裕子の部屋で。
 オイラと裕子の会話はない。

 でも。

 オイラが一週間分くらいの自分の着替え。
 ボストンバックを裕子の部屋に置いたとき。
 少しだけ裕子は安心したような表情を浮かべていた。
552 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:21
 裕子は自分のご飯を作るとき。
 必ず二人前、作る。
 テーブルの上に置かれたご飯。
 オイラが手をつけることはないけれど。
 裕子は何も言わないし、聞かない。
 ただ、次の日になると。
 新しく置かれている料理たち。

 オイラのために作ってるのかなぁ。
 思わなくもないけれど。

 何も言わない裕子にオイラが勝手に『いらない』。
 そんな風に言えるはずもなくて。

 裕子は部屋に帰ってくると。
 真っ先にタローとハナちゃんをゲージから出す。
 それからオイラに毛布をかけてくれる。

 ありがとう。

 言わなきゃいけないはずなのに、オイラの口からは言葉は出ず。
 裕子も何も言わない。

 夜景が一番綺麗に見える窓際の特等席がオイラの居場所になった。

 そこにオイラは座り込む。
 膝を抱えてる時もあるしそうじゃない時もある。
 そこで眠る。

 目覚めたとき。
 傍らに裕子が居る時もあったし、いない時もあった。

 多分。
 いない時は裕子が早く出かける日なのかなぁ、と思った。

 そんな状況でも。
 オイラも仕事に出かける。
 笑顔を浮かべる。
 テンションをあげて。
 オイラは娘。のムードメーカー。
 そうすることが好きだし、それが当たり前で。
 だからオイラは笑う。
 カメラの前で。
 メンバーの前で。

 笑っていれば。
 誰も何も気付かない。

 裕子の部屋。
 そこだけがオイラがオイラでいれる。
 たった一つの場所。
 そんな気がした。
553 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:21
ーーーーーーーーーーーー

 ・・・・・・・・・あれ?

 裕子の部屋。
 いつもの場所。
 ふと、気付く。

 ・・・・・・・・・オイラ、寝ちゃってた?

 身体にはいつもの柔らかい感触。
 だから。
 裕子が帰ってきているんだなぁって思った。

 でも。
 部屋に電気はついていない。

 タローとハナちゃんが走り回る音。
 裕子の怒る声も聞こえなかった。

 ・・・・・・・・・・?

 違和感。

 くるり、と首を回すと。
 薄暗い部屋の中で唯一の明かり。
 テレビだけが光ってて。
 その光に照らされた後姿。
 華奢な、肩・・・・・・・。

 時折動く手の動きは。
 どうせまたお酒でも飲んでるんだろうな、と思わせる動きで。

 ・・・・・・・・・・・。

 ずるずるずる。

 とりあえず毛布引っ張って。
 オイラは移動。

 ストン。

 裕子の隣り、腰をおろすと。
 驚いたような視線と。
 疲れた表情。

 しばらく見つめ合う。

 先に視線を逸らしたのは裕子だった。

 首を横に振り。
 俯いて。
 手元のグラスを一気に飲み干す。
 ビールの缶は3、4本あった。
554 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:22
 ・・・・・・・・・・いつからそうしてたんだよ?

 ・・・・・・・・・・何かあった?

 ・・・・・・・・・らしくないぞ、ゆうこぉ。

 言葉はやっぱり出てこない。

「・・・・・・・・・・・・・」

 オイラは立ち上がる。
 そのまま。
 冷えた空気の中、無防備な肩。
 オイラをくるんでくれていた毛布をかける。

 タローとハナちゃん、ゲージから出さずにいたのに。
 オイラにかかっていた毛布。

 ぺたぺたぺた。

 テレビの音量は消されてて。
 オイラの足音がやけに部屋の中に響く。

 初めて入ったキッチン。
 必要最低限のものしか置いてないそこは。
 裕子のキッチンだなぁ、なんて。
 妙な感慨を思い起こさせる。
 けれど。
 とりあえず、オイラは食材を物色。

「・・・・・・・・・・・・」

 使えそうなものは、冷えたご飯と、卵と、ネギ。
 まぁこれしかないならしょうがないでしょ。
 っつ〜かもうちょっと買い置きしとけよなぁ。

 思いながら、食材と格闘すること十数分。

 悩むまでもなく。

 ・・・・・・・・・コトン。

 裕子の眼の前。
 湯気が立ち上るチャーハンを置く。

 食べないなら食べないでそれでい〜や。

 そんな感じで。

 二人分作った。
 オイラはオイラの分を裕子の横。
 一口すくって食べてみる。

 ・・・・・・・チャーハンの味。
 ご飯の味。
 少しだけ塩多かったかなぁ?
 黙々と食べてても。
 隣りにいる裕子は動く気配を見せない。

 シャワーを浴びようと、立ち上がる。
 裕子は動かない。

「・・・・・・・・・・・・」
555 名前:『無』 投稿日:2004/12/08(水) 23:23
 冷たくて。
 綺麗で。
 儚げな横顔。

 小さなため息はオイラのものだったのか、裕子のものだったのか。

 シャワーを浴びて。
 リビングに戻ると。
 テレビが消えていた。
 裕子の姿もテレビの前にはなく。
 窓から入る光に照らし出されるのはカラになった二つの皿・・・・・・・・。

 そして。
 裕子はオイラの特等席にいた。

「・・・・・・・・ゆ〜こ、そこオイラの場所」

 自然に。
 言葉が口から零れ落ちていた。
 ゆっくりと。
 振り向く裕子。

「アタシだって、ここお気にやねんもん」

 たまにはわけてくれたってえ〜やん。

 少しだけ拗ねたその口調に。
 オイラの顔が綻んだのが自分でもわかった。

「んじゃ〜さ」

 裕子はオイラの毛布にくるまっていた。
 や、オイラの毛布ってわけでもないけど。

 そっとそれを外して。
 オイラは裕子の前。
 座り込んで。
 裕子ごと。
 毛布で身体をくるむ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「これで問題ないだろ?」

 クスリ、と。
 耳元で笑う気配。

 後ろから。
 オイラを抱きしめてくる腕。
 暖かさ。

 トクン、トクン。

 ゆっくりと聞こえる裕子の心臓の音。

 眼をつぶる。

 足りなかったものが満たされていく感じ。

『しばらくアタシの家おり〜や』

 何でそんな風に裕子が言ったのか。
 その答えがわかったような気がした・・・・・・・・。
556 名前:つかさ 投稿日:2004/12/08(水) 23:30
すっげ〜遅いレス返し(苦笑)

>>546 名無し読者。さん
>ちなみに今はHPもたれてないのですか?
持ってません。
今後持つ予定もまったくなし、ということで。
多分以前にも書きましたがHPは作るのもめんどくさいし管理するのはもっと
めんどくさい、と思う性格なもんで(苦笑)

>>547 名無飼育さん
>彩裕最高です。
自分も結構好きで・・・・彩裕短編でもいれるかなぁ、と思ってたんですが。
すげ〜どうしようもなくこ〜ゆ〜話が浮かんできちゃったんで。すいません・・・(ぺこり)

これでENDつけてもいいかなぁ、とは思ったんですが。
頭の中ではもうちょっと続くんで。
珍しく短編。
今日アップしとかないとまたお倉いりしそうな気がしたもんで。
後ワンシーンかツーシーン。
次回更新は未定・・・・・・。
557 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/15(水) 03:21
いいもの見っけ!!!
まさか更新されてるとは(w
「無」超好きです。
本当つかささんの作品って、自分が読みたい感覚なんです(w
いつも感謝しています。
558 名前:名無し読者 投稿日:2004/12/15(水) 03:23
レスsage忘れてしまいました・・・申し訳ありません。
559 名前:名無し君 投稿日:2004/12/16(木) 00:31
久しぶりのやぐちゅーご馳走様でした(w
めっきりへったな〜やぐちゅーも三大王道の1つだったのに・・・。
560 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/20(月) 04:36
やぐちゅーってやっぱりいいですね。
続き楽しみに待ってます。
561 名前:「無」 投稿日:2004/12/23(木) 02:05
ーーーーーーーーーーーーーーー

 休みの日。
 暖かい陽射し。
 コロン。
 リビングに転がっていたら。

 ん?

 足。

 視線を上げてみる。

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

 妙に困ったような視線。
 裕子がオイラを見下ろしていた。

「・・・・・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・ど〜でもええけどちったぁ言葉使えや」

「裕子、わかってんじゃん?」

「適当にな」

「・・・・・・・・適当って・・・・・・・まぁいいけどさ」

 クスリ、と笑うと。
 裕子は眼を細めた。
 柔らかい、眼差し。

 ここに来て一週間。
 少しづつ、オイラが裕子に話し掛けたり。
 裕子がオイラに話し掛けたり。

 そんな機会が増えていた。

 ぽんぽん。
 頭元のフローリングを叩く。

 ひょい、と裕子は肩を竦めて。
 そこに腰をおろした。
 足を伸ばして。

「やっぱわかってんじゃん」

「・・・・・・・あんま買いかぶりすぎたらあかんで」

 裕子の膝に頭を落とすと。
 髪の毛に裕子の手の感触。

 ・・・・・・・・・今日休みなの?

 どこも行く予定ないのかよぉ?

 やっぱり。
 言葉は出てこなくて。

 くはぁ。

 変わりに、生あくび。

「・・・・・・・・・寝んなや・・・・・・・・・・」

 い〜じゃん気持ちい〜し。

 何も言わなかったけれど。
 裕子には伝わったみたいで。
 しょうがないなぁって表情。
562 名前:『無』 投稿日:2004/12/23(木) 02:08
 ぽかぽかとした陽射し。
 居心地いい場所と空気。
 頭を撫でてくれる気持ちいい感覚。

 眼を閉じる。

 意外なくらい穏やかな自分の心が見えた。

 何かに。
 どんどんと追い詰められていく自分が見えた夜もあった。

 しんどさを。
 しんどいと言えなくて。
 誰だって生きていくのは大変で。

『しんどい』

 なんて。

 弱音を吐いちゃいけない気持ちになっていた。

 裕子は何も言わない。
 聞き出そうともしない。

 ・・・・・・・聞き出そうとされても困っちゃうだろうけどさ。

 言葉にできない焦り。
 苛立ち。
 ・・・・・・・・そして、不安。

 裕子の手は。
 規則正しくオイラの頭の上。
 髪の毛をいじくっている。

「・・・・・・・・ゆ〜こはさぁ」

 止まる、手の動き。
 オイラは裕子の膝の上。
 寝返りを打つ。

「一人が寂しいって思わないの?」

 驚いた表情一つ見せずに。

「・・・・・・・一人になりたくないって理由で誰かといる方が寂しい」

 実に大人な意見。

「一人でいることが怖いって思うことはあるで」

 オイラの頬を。
 裕子の手がそっと包む。

「だからみんなと一緒にいるのが余計楽しいなって思える」
563 名前:『無』 投稿日:2004/12/23(木) 02:09
 ・・・・・・・・・・・・オイラは。
 オイラはそんな風に考えない。
 考えたこともなかった。

 でも。

「オイラ、疲れちゃったんだよねぇ」

 誰かと。
 人と一緒にいることに。

「本当に疲れちゃったんだ」

 裕子のオイラを見つめる。
 柔らかな眼差しは変わらない。

「でも、一人になるのは怖くて。・・・・・・・・余計に疲れちゃった」

 少しだけ。
 堪えきれなかった涙が頬を伝う。
 裕子にだけは見られたくなくて。
 裕子のお腹。
 顔をうずめる。

 小さなため息。
 それとも苦笑?

 裕子の手がオイラの手を握った。

 暖かい。

「矢口はメンバーといる時、楽しいのは楽しいんやろうけど」

 オイラを安心させるように。
 裕子の手の力が強くなる。

「たまに笑顔、ぎこちなかったで。・・・・・・・気付いてなかったやろうけどな」

 オイラは黙る。

「ホンマ・・・・・・『殺して』って言われた時は心臓止まるかと思ったわ」

 ・・・・・・・・・・。

「でもギリギリのラインでSOS出してきたから良しとしてやる」

「・・・・・・・・ゆ〜こ、何か偉そうだぞ・・・・・・・・」

「え〜やん、自惚れさせてぇや」

 きっと。
 眼を細めて。
 少しだけ、笑顔。

 見なくてもわかる、裕子の表情。

 一人でいるのは嫌だった。
 怖かった。
 自分自身を見つめること。
 現実に立ち向かうこと。
 もう、立ち上がれない気がした。

 裕子の家に来て。
 頑なに。
 裕子がオイラに話し掛けなかった理由。

 作ってた二人分の食事。

 掛けられていた毛布。

 きっとそれは裕子なりの葛藤で。

「・・・・・・・・ごめんね」
564 名前:『無』 投稿日:2004/12/23(木) 02:09
「ちゃうやろ。そういう時はありがとう、っつ〜ねん」

 顔をあげたら。
 裕子が笑ってた。
 してやったり、の表情。

 確かにさぁ。
 何でかわかんないけど。
 オイラ、ぼろぼろに泣いてるけど。

 ・・・・・・・・裕子が悪いんじゃん。

「・・・・・・・・いくら忙しくてもな、疲れてもな」

 ゆっくりとした裕子の口調。

「感情って大切なんや・・・・・・・なぁ矢口」

 裕子はオイラの眼を覗き込んできた。
 真っ直ぐな視線。

「心、どっか置き忘れたような顔で笑わんとって。アタシは矢口が矢口らしく笑えるためやったら
何でもするから」

 ・・・・・・・・その言葉はストン、とオイラの中に落ちた。

 あぁ。

『しばらくアタシの家おり〜や』

 裕子がそう言った意味。
 きっと。
 心を置き去りにして。
 現実に気持ちがついていかなくて。
 それでも笑っているオイラを。
 現実に引き戻す時間を作ってくれようとしたんじゃないかって。

 ここで。

 オイラは一人だった。

 一人じゃなかったけど、心は一人だった。

 誰も必要としてなかった。

 ・・・・・・・・裕子ですら。

 だから裕子はオイラに触れなかったんだ。

「・・・・・・・・・裕子・・・・・・・・」

 裕子は。
 オイラにオイラらしく、を求めない。
 不機嫌でも。
 あ、そ。
 って。
 いや・・・・・・・・不機嫌そうにしてる矢口も堪らん、とか平気でほざきそうだよな、コイツは・・・・・・。

 どんなオイラでも。
 あるがままに受け止めて。
 裕子なりの精一杯の愛情で包んでくれて。

 だから。
 だからオイラは。
565 名前:『無』 投稿日:2004/12/23(木) 02:10
「・・・・・・・・・帰るよ」

 裕子は何も言わなかった。

「そっか」

 そう言って。
 まだ裕子の膝の上。
 寝転んだままのオイラの頭をぐりぐりと撫でてきた。

「・・・・・・・・少しは寂しがってくれてもいいじゃん」

 拗ねた顔を見せると。
 ふっと裕子は笑う。

「言ったやん?アンタ、アタシのここにいつでもいるって」

 そう言って。
 胸をぽんぽんと裕子は叩く。

 ・・・・・・・・その自信満々さはどっから来るんだ?

「・・・・・・・・・え〜やん、アタシ、アンタのことだけは世界中どこにいても見つけ出せる自信、あるで」

 ・・・・・・オイラが裕子、見つけられなくても?

「構わんよ」

 ・・・・・・・っつ〜か、裕子。

「オイラ何も言ってないんだけど?」

「アンタがわかりやす過ぎやの」

 むに。

 ほっぺたを引っ張られた。

「・・・・・・・・ゆ〜こ〜」

「アタシはどんなアンタでも大好きやし、いつだって見てる。・・・・・・たまに見てないけど」

「見てないのかよっ!」

「会えん時はここにいるアンタ見てるよ」

 そう言って。
 また裕子は自分の胸を指す。

「ちゃんと食べてるんかなぁ、笑えてるんかなぁ、へこんでないかなぁって」

 ・・・・・・・・・・・。

「だから心配せんでええよ。アンタが思ってるよりアタシ、アンタのこと好きみたいやから」

「・・・・・・・みたいってなんだよぉ」

 もう。
 ほっぺは引っ張られてない。

 けれど。

 頬を覆う暖かい感触。
 オイラはその手をふりほどけない。
566 名前:『無』 投稿日:2004/12/23(木) 02:10
「・・・・・・オイラさ。ちゃんと覚えとくよ」

 ん?

 ちょっとだけ裕子は不思議そうな表情。

「オイラのここにちゃんと裕子、いるってこと」

「・・・・・・・・・忘れてたんかい」

 小さく裕子は笑う。

「ちょっとだけ忘れてたかも」

「・・・・・・・アホやなぁ」

 しみじみとした声音に。
 オイラは笑った。
 久しぶりに。
 何も考えずに。
 笑顔になれた気がした。

 裕子はもう何も言わなくて。
 そのまま笑い返してきてくれた。

 傷つくことが嫌で。
 どうしようもないことを誰かのせいにするのが嫌で。
 一生懸命頑張ろうって。
 笑顔でいようって。
 そう思った。
 そう決めた。

 心が空っぽになれば。
 何も考えずにいれれば。

 ・・・・・・・・そんなことができるはずもないのに。

 そうしなきゃいけないと思っていた。

 認めたくなかった現実。

 でも。
 大事なことまで忘れるとこだった。

 オイラは一人じゃない。
 大丈夫。
 オイラを思い出してくれる人。
 しんどい時。
 つらい時。
 オイラが思い出さなきゃいけない人。

 ・・・・・・・・・たくさんいるんだ。

 大丈夫。

 迷ったら。
 また立ち止まることだってあるだろうけど。
 全部がからっぽになるかもしれないけど。

 そうしたら。

 ここに来よう。

 ここは。

 オイラを「無」から「有」にしてくれるところだから。

                                      【END】
567 名前:つかさ 投稿日:2004/12/23(木) 02:26
>>557 名無し読者さん
>まさか更新されてるとは(w
まさか気付かれるとは(笑)
>レスsage忘れてしまいました・・・申し訳ありません。
どっちにしろEND付ける時にはageようと思ってたんで無問題です。
こちらこそレス有難うございました(ぺこり)

>>559 名無し君
>めっきりへったな〜やぐちゅーも三大王道の1つだったのに・・・。
三大王道からはずれようと二人の口からお互いの名前が出ることで凄く自分は
満足っす(・・・・負け惜しみでもなく本気でそう思ってしまうあたり・・・苦笑)

>>560 名無飼育さん
>やぐちゅーってやっぱりいいですね。
ど〜しよ〜もなく自分は好きですねぇ(しみじみ)
ここで書いた矢口さんにとっての姐さんは自分にとってのやぐちゅーだったりします。
(だから書くのをやめれないのか? 自爆)

相変わらずの忙しさで今月まだ休み、一日しかとれてません。
またふっと何か思いついたら書くかもしれない、程度で。
レス、ありがとうございました(ぺこり)
568 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 03:31
しっとりしたやぐちゅー最高です。
バカップルなやぐちゅーもいいですけど(w
569 名前:歩み 投稿日:2005/03/09(水) 02:46
 まぁ、あれだ。

 付き合いは長いし。
 いっぱい喧嘩だってした。
『もう別れるっ!!』
 な〜んてセリフは言い飽きたくらいだし。
 本当に別れちゃったりなんかしたこともあったり。

 でも。
 なんだかんだあっても。
 オイラにはこの人しかいないんだなぁって。
 浮気性で強がりで、妙にプライド高くて。
 寂しん坊で弱くて、それなのに人に甘えることが何よりも苦手で。

 ・・・・・・・・オイラをいつだって一番に想ってくれてる人。

「・・・・・・・・・・今、なんつった?」

「だから、ごめん。今晩無理になってもうた」

 電話越し。
 聞こえてくる声は心底申し訳なさそうだけど。

「・・・・・・・今日、何の日だかわかってる?」

 思わず確認しちゃいたくなるよ。

「・・・・・・・・ごめん」

 一拍の間を置いて返ってきた言葉に。
 オイラはため息をつく。

「何で?」

 理由くらい聞いたってバチは当たんないと思う。
 久しぶりのデートらしいデート。
 言葉には出さなかったけど、結構むちゃくちゃ楽しみにしてたんだよ?
 その辺のとこ、わかってる?
 そりゃ前より収録とかで会える時間は増えたけどさぁ。

「言わなあかん?」

「聞く権利くらいあると思うけど?」

 情けない声。
 表情だって同じくらい情けないんだろうなぁって。
 わかるけど。
570 名前:歩み 投稿日:2005/03/09(水) 02:47
「・・・・・・・・・あんな、熱出てるねん」

 ・・・・・・・・・え?

 意外な一言に一瞬フリーズする。

「咳とかは出てへんから・・・・・・まだ大丈夫やと思うねんけど」

 裕子は風邪をひくと。
 まず、熱が出て。
 そこから一気に咳とかが出始める。
 あれ?だるいなぁ。
 そんな風に裕子が言ってたら要注意。
 本人無自覚だから性質が悪くて。
 平気で三十八℃とか熱があるのに飲みにいっちゃうような人だから。
 毎年冬になると風邪ひくくせに、その辺も無頓着で。
 オイラがどれだけ怒ったことか。

 オイラはため息をつく。

 それをどうとったのか。

「今回はちゃんと気付いてんで?圭織の卒業コンサートもあるし・・・・・・・」
 
 コンサートがなかったらどうなんだよ?ってかコンサート中でも引いてたじゃん、とか。

 いろいろツッコミたい気持ちはやまやまだったけど。
 オイラも無理してる裕子を見たいわけでもないし。

「・・・・・・・わかった」

「アタシの代わり、用意しといたから」

 ・・・・・・・・・・はい?

「店、予約してんねん・・・・・・・矢口、好きそうなとこ」

 オイラは頬をぽりぽりと掻く。
 気持ちは嬉しいけど・・・・・・・・。

「あのさぁ」

「アタシ、大丈夫やし。矢口も体調崩されへんやろ?今日はこっち来ぇへんくていいから」

 早口に。
 それでもきっぱりと告げられた言葉。

「・・・・・・・・・・何だよその言い方」

「・・・・・・・・や、だって・・・・・・・」

 弱気な言葉に。
 オイラはため息。

「今日は休みなんだよね?」

 だから裕子がオイラ迎えに来てくれて。
 そっから食事でもって話だった。

「・・・・・・・うん」
571 名前:歩み 投稿日:2005/03/09(水) 02:47
「今日は一日おとなしく寝とけ。以上」

 ま、そんなにゆっくり話しできる時間もなかったし。
 素っ気無いかな?
 そう思わなくもなかったけど。
 通話終了のボタンを押した。

「矢口〜、どうしたの?」

 携帯を握ったまま振り返ると。
 少しだけ心配顔の圭織。

「ん〜、ちょっとね」

「裕ちゃん?」

 察しの良さに思わず苦笑いを漏らすと。
 圭織はしょうがないなぁ、といった表情。

「皺、寄ってるよ?」

 額を押された。

「風邪引いたみたい」

 奥まったロビーからゆっくりと廊下を歩き出す。
 もうそろそろ時間だよね。
 確認しなくても。
 集合場所にいないオイラを探しに来たんだろうなぁってのは、何となくわかる。

「喧嘩しちゃ駄目だよ?」

 お姉さんぶった口調に圭織を見上げる。
 綺麗な横顔と。
 長い髪の毛。

「・・・・・・・何?」

 黙って首を横に振る。
 もうすぐ。
 オイラをこんな風に。
 心配して呼びに来てくれることもなくなるんだろう。

 ・・・・・・・・いない風景が当たり前になっていくんだろう。

 何度も経験した胸の痛み。
572 名前:歩み 投稿日:2005/03/09(水) 02:47
 何度経験しても慣れない胸の痛み。

 ふわり。
 う?
 思う暇もなく。
 歩いてたオイラ。
 手が、暖かい感触に包まれる。

「・・・・・・・・・・」

 抗議するように見上げたら。
 それすらも受け止めるような柔らかい微笑みに。
 やっぱりオイラは苦笑いを漏らすしかなくて。

 付き合い長いと。

 言葉なしでも。
 わかっちゃうこともあるわけで。
 悟ってくれるお姉さんたち。
 支えてくれるさりげない優しさ。
 支えてあげれたかな?
 そんな微かな自負心。

 仲間以上の存在に裕ちゃんがなって。
 オイラと裕子。
 何度も喧嘩して。
 何度もぶつかり合ったのは。

『わかってくれる』

 そんな風に相手に期待していただけ。
 気持ちを言葉にしてちゃんと伝える大切さ。
 逢えない期間が長いだけ。
 それだけじゃなくて。
 逢えない期間が長いから。
 それを埋めるのに必要なのが言葉で。
 伝えようと思う気持ちで。
 毎日、一緒にいたら雰囲気で通じ合うお互いの気持ち。
 逢えない期間が長いと、すれ違う気持ちが当たり前で。

「かおりぃ、もうちょっと言葉、使えよぉ」

 離れていっちゃったら。
 もうこんな風に分かり合うこともなくなっちゃうのかな?

「でも、矢口わかってるでしょ?」

「・・・・・・・今はわかるけどさ」

 ふふっ。
 圭織は綺麗に笑った。

「言葉にして伝えなきゃならない相手にはちゃんと伝えてるから大丈夫だよ」

 オイラの身体から腕を離して。
 ふんふん、と。
 鼻歌交じりで。
 歩き出した圭織。

 ・・・・・・・してやられた。

 不安に思うのは。
 言葉にして伝えなきゃならないのは。
 逢えない距離を埋めたいって思うのは。

 好きな相手だから。
 愛しちゃってるんだから。
573 名前:歩み 投稿日:2005/03/09(水) 02:48
 不安に思うのは当然で。

「ちょっと待って」

 圭織にそう言って。
 さっきしまったばかりの携帯を取り出す。

『心配してるから。怒ってないから、今日はゆっくり寝なさい』

 裏に好きだよ、なんて意味を込めて。
 ・・・・・・・言わなくてもそれくらいは伝わってくれるよね?
 すぐに震える携帯。
 そこに浮かんだ文字。

『愛してる。誕生日おめでとう』

 少しだけ。
 頬が緩む。

「・・・・・・矢口、にやけてるよ?」

 ほら、さっさと歩く。
 後頭部を襲った軽い痛み。
 気付くと何歩か先で立ち止まった圭織の優しい笑みがオイラに向けられてた。

「・・・・・・・わかってるよっ!」

 優しい関係。
 優しい時間。
 それだけじゃないけれど。
 ふとした一瞬。
 心配してくれてるんだ、なんて。
 実感できる一瞬があるから。
 オイラがオイラでいるための大切な、時間・・・・・・。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「やっぱ圭ちゃんかぁ」

「やっぱりって何よ・・・・・・・」

 収録が終わって。
 地下駐車場。
 オイラを待っていたのは久しぶりに会う同期。

「え〜だって」

「ま、いいけどね」

 乗り込んだ車が向かった先は。
 思いもかけないっていうか・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・へぇ〜〜・・・・・・・・」

「・・・・・・言っとくけど、裕ちゃんセレクトだからね」

「ん、圭ちゃんのイメージには合わないよね」

「・・・・・・・アンタのあたしのイメージってどんなんよ・・・・・・・」
574 名前:歩み 投稿日:2005/03/09(水) 02:48
 みなとみらい。
 駐車場の前には海が広がって。
 その先に広がるのはレインボーブリッジ。
 目の前に一杯のイルミネーション。

「矢口とあんまりこ〜ゆ〜とこ来たことないから、今度の誕生日には絶対連れてくるんだって
張り切ってたのにねぇ・・・・・・」

 苦笑混じりに漏れた圭ちゃんの言葉。

「そ〜なんだ?」

「この前コンサートでここ来た時、地元のスタッフさんにいい店ないか〜って聞きまくってたんだよ?」

 ・・・・・・・・・へぇ〜〜。

 もう一度。
 夜景に眼をやる。
 確かに。
 裕ちゃんとこんな風なとこ来たことないなぁ、なんて思いながら。
 気にしてくれてたんだ・・・・・・・。

「ま、こんなとこでこんな話もなんだから、中、入りましょ〜か?」

 ちょっと気取った圭ちゃんの言い方が。
 何だか裕子の言いそうなセリフにだぶって。
 思わず笑う。

「だ〜か〜ら〜、そこ、笑うとこじゃないでしょ?」

 肩を小突かれながら。
 眺めるイルミネーションに。
 ちょっとだけ照れくさそうに笑う裕子の顔をふと思い出していた。

ーーーーーーーーーーーーーーー
575 名前:つかさ 投稿日:2005/03/09(水) 02:57
>>568 名無飼育さん
>バカップルなやぐちゅーもいいですけど(w
バカップルなやぐちゅー・・・・いいっすねぇ(しみじみ)

さて。
一月、20連勤なんてことやってたらあっちゅ〜間に矢口さんの誕生日は過ぎていきました・・・

ふと気付けば三月・・・(遠い眼)

復活、ともいかないんですが。
1月から暇見つけては書いてました。
今更ながらに矢口さん、誕生日おめでとうございます・・・(マジで苦笑)

後一回続きます(ぺこり)
576 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/10(木) 00:31
ひゃっほー 待ってました!
577 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:16
「でもさ、意外と続いているわよね」

「・・・・・ん〜、まぁそうだねぇ」

 意外と、言うなっ!
 な〜んてツッコミ入れようかとも思ったけど。
 まぁ。
 普段が普段だからなぁ。
 出てきた前菜をつつきながら。
 大人しく頷く。

「意外と長いわよねぇ」

 ・・・・・・・・喧嘩売ってる?

 ジロリ。
 さすがに睨みつけると。
 肩をすくめてかる〜くオイラの視線を受け流す人、約一名。

「・・・・・・・何が言いたいんだよぉ?」

 でも強くは出れないオイラ・・・・・・。
 だって普段が普段だからってもういいや。
 圭ちゃんにはいっぱい見られてきたしなぁ。
 かっこ悪いとこも、情けないとこも。

『裕ちゃんがさっ!!』

 一番話し、聞いてもらって。
 くだらない愚痴とかいっぱい。
 ・・・・・・・頭、あがんないんだよねぇ・・・・・・・・。

「何だかんだ言ってても裕ちゃんにはやっぱり矢口なんだなぁってそう思っただけよ」

 ???

 別に深い意味はないわよ?

 そう言って圭ちゃんが教えてくれたこと。

『あ〜〜』

 なっちと三人で回ってたツアーの最中。
 終わってからのウィンドーショッピング。
 不意に裕ちゃんがショーケースの中を覗き込んで歩みを止めて。

『・・・・・・・・矢口に似合いそうだねぇ?』

『・・・・・・・・まだ何も言うとらんやろうが?』

『でもそう思ってたっしょ?』

『・・・・・・・うっさいわ』

 なっちとの自然なやり取り。

『最近会ってないんだ?』

『・・・・・・・お互い忙しいのはいいことやろ』

『ならなっちの身体抱きしめて矢口のこと思い出すの止めてよっ!!』

 な〜んて。
 楽屋での日常。
578 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:16
 圭ちゃんは苦笑いしながら。

「一緒にいる時間長いからさぁ、結構わかっちゃうのよ。あ〜また矢口のこと考えてるなぁって」

 それにまたいいタイミングでなっちがツッコミ入れるんだよねぇって。

「・・・・・・・・今更じゃん?」

 あんまりにも恥ずかしいことを臆面もなく淡々と教えてくれる圭ちゃんに。
 オイラは眼の前のグラス。
 とりあえず、空にしてみる。

「・・・・・・・・今更なんだけどねぇ。な〜んか色々話し、聞いてた身としては?もっと裕ちゃん、矢口に
冷たいのかなぁとか心配してたわけよ」

 冗談のような怒ったような視線に。
 オイラは照れ笑いを返して。

「いや、でも、だって・・・・・ねぇ」

 いつだって。
 最優先。
 浮気者だって思い込んじゃってた時期もあったけど。
 何だかんだ言いながら。
 最後に裕子が見るのはいつだってオイラだってこと。

「さっさと気付きなさいよ、そ〜ゆ〜大事なこと」

「だって・・・・・・あ〜ゆ〜人じゃん?オイラだって子どもだったしさぁ・・・・・・」

 怒ったようで怒ってない口調。
 怒ってるようで本気で怒ってないことくらいわかる、視線。

「まぁねぇ・・・・・・告白って裕ちゃんからだっけ?」

「そ〜だよ。最初、ちょ〜焦ったもん」

 まだ全然仲良くもなってなかった頃。
 それは、突然で。

『あんな・・・・・矢口』

 楽屋で二人っきり。
 怖いくらい真剣な眼差し。
 また怒られるんじゃないかってビクビクしてたオイラに降ってきた声は。

『アタシ、矢口のこと好きやねん』
579 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:16
 あまりにも予想外で。

『嫌いで怒っとるわけちゃうから』

 は、はい〜〜〜〜???

 青い視線は真っ直ぐで。
 言いたいことだけオイラに告げて。
 凍りついたまま動けないオイラを残してさっさと楽屋、出て行ったんだっけか・・・・・・。

「あ〜それから考えると・・・・・・・ホント、長いわ」

 凍りついたまま動けない矢口を見つけたのが・・・・・・圭ちゃんで。

「嫌われてないってわかったけど・・・・・・それからまともにしゃべり始めたのってオイラがタンポポ
入ってからだよぉ?」

 人見知りも大概にしろって今なら笑い話。

「まぁ一目惚れから始まるらしいからねぇ」

「結局何回告白されたのかなぁ・・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・数え切れないほどされてたねぇ・・・・・・・・」

 収録中。
 楽屋の空き時間。

 うん。
 確かに数え切れないくらい言われた。
 でも。
 その中でも特別ってあったりする・・・・・・・。

『・・・・・・・・ごめん・・・・・・嫌やったら殴ってくれて構わんから』

 ぎゅっと抱きしめられたあの日。
 震えていた裕ちゃんの身体。
 何かを耐えるように伏せられたまつげに。

『矢口が好きやねん』

 思いつめたような眼差し。

 いつの間にか。
 捕まってた。

『・・・・・・・矢口』

 受け入れたキス。
 冗談のようにされてたキスだったけど。
 その時は違った。
 そう思ったのは矢口だけじゃなかったよね?

『・・・・・・・・矢口が、欲しい』

 矢口だけしかいらん。

 そう続けられた言葉に。
 オイラは黙って頷いて。
580 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:17
「・・・・・・・・・・ちょ〜っと。あたしのこと、忘れてない?」

 軽く机を叩く音。

 う???

「あ、ごめん。忘れてた」

「・・・・・・・・・・ま〜ったく」

 笑う同期の顔は屈託がなくて。
 オイラも笑う。

「もう、だいじょ〜ぶだから。・・・・・・多分」

「・・・・・・・・いいわよ、話しだけならいくらだって聞くわよ」

 苦笑いしながらの返答。
 いつもながらにお世話になります。

「でもさぁ、どこがいいわけ?」

 ちょっとだけ好奇心混じりの表情。
 ん???
 オイラもそんなのよくわかんなかったりするけど。

「・・・・・・・・全部、かなぁ」

「・・・・・・・お〜い」

 あんまり信憑性、なかったりする?
 でもね。

「誰か口説くのって・・・・・・裕子なりのコミュニケーションだったりするんだよ、ね。きっと」

 相手を肯定する一番の言葉。
 それなりの裕子の言葉。
 ・・・・・・口説いてるようにしか見えないのが難点で。

「・・・・・・・・オイラもそれわかるようになったの、時間かかったけどさぁ」

 不器用で。
 たまにぶっきらぼうで。
 でも。
 それは照れてる証拠で。
581 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:18
「今日だってめっちゃへこんでるんだよ、きっと」

 ま〜ったく。
 肝心な時に風邪なんてひくなっつ〜の。

「・・・・・・・ま、それだけわかってりゃ、ちょっとは安心だけどね」

「誤解されるコミュニケーションの取り方するなっつ〜の」

 でも、まぁ。
 最近はさすがにだいぶ減ったかなぁ・・・・・・?

『矢口』

 全てを受け止めてくれて。
 愛してくれる。
 そんな存在の味、覚えちゃったら。

『裕子・・・・・・・・好き』

 だから、不安にさせるなよ。

「・・・・・・・・今、一緒にいるのあたしなんだけど?」

 ・・・・・・ごめん、ちょっとだけ忘れてたよ。

 リザーブされていた席から見える広がる海の上のイルミネーション。

『・・・・・・・・高いとこ、苦手やっちゅ〜ねん』

『え〜?綺麗じゃん』

『・・・・・・・アンタ、好きやねぇ・・・・・・・・・』

 いつか見たホテルの展望台からの景色。
 光の渦に。

『何か、吸い込まれそうやん?』

 後ろから抱きしめられて。

『オイラはどこも行かないよ』

 暖かい腕の中から見た景色はまた別格で。

 ・・・・・・・・その景色が、今日の景色にだぶる。

『あれ〜?中澤さん?どうしたの?』

 スタジオ収録の後。
 迎えに来てくれた裕ちゃん。
 馴染みのスタッフさんの何気ない問いかけ。

『矢口のお迎え。今からご飯、食べに行くんですよ』

『・・・・・へ〜、本当に仲いいんだねぇ』

『本当にって何ですか』

 笑ったそんな会話。
 普段からオイラのこと好きって公言してはばからない裕ちゃんに。
582 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:18
『でも、本当に普段から仲、いいですよ』

 だから、別に。

『今日、裕ちゃんとご飯なんだ〜』

 普通にそう言える幸せ。

『隠さんでええって楽やなぁ』

『日頃あんだけ好き好きっつってたらねぇ・・・・・・』

『一緒にいても当たり前に見えるやろ?』

 確信犯的にそうニヤリ、と微笑まれて。
 やっぱ敵わないかも、なんて思ったのは内緒の話。

『喧嘩したんだって〜?』

 仲いいメイクさんと。

『だって、裕ちゃん、ひどいんですよっ!!』

『・・・・・・・早く仲直りしなよ』

 ・・・・・・・喧嘩の理由、言えることもあったし、言えないこともあったけど。
 不機嫌さの理由、隠さずにいれることで。
 オイラは何度も救われた。

「だからさ・・・・・・・・そろそろ戻ってこない?」

 こつこつ、と。
 指で机を叩かれて。
 ふっと現実に引き戻される。
 目の前にはちょっとだけ呆れたような圭ちゃんの顔。

「ん〜〜、ごめん」

 ふと気付くとデザートが運ばれてきてて。

「・・・・・・・・全然、味覚えてないや」

「・・・・・・・・そんなことだろうと思ったけどさ」

 そう言いながら、圭ちゃんの眼は優しい。

「・・・・・・・ん〜〜、ごめん、折角連れてきてもらったけどさ」

 思い出すのは。
 裕子のことばっかり。
 ・・・・・・・・・悔しいから絶対言ってやらないけど。
583 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:18
「まぁそう言わず。最後のお楽しみはこれからなんだから」

 ・・・・・・・・お楽しみ?

 首を傾げてると。
 照明が落ちた。

 会話の邪魔にならない程度に流れていた、生ピアノのジャズの音楽が、変わる。

「・・・・・・・・・え?」

 アレンジされた。
 でも確かに耳慣れたリズム。

『HAPPY BIRTHDAY』

「裕ちゃんから預かり物。・・・・・・・誕生日、おめでと」

「・・・・・・・キザすぎじゃない?」

「文句なら裕ちゃんに言ってよ」

 そりゃそうだ。
 包装紙にも見慣れた文字。

「クロムハーツだぁ」

「好きじゃん?」

「うん」

 開けてみると。
 昔、矢口が好きだって言った奴。
 探してもなくて。
 結構ぶーたれた記憶がある。

「探してくれたのかなぁ?」

「たまたま見つけたっつってたよ」

 ・・・・・・・嘘でもさぁ、探し歩いた、とか言えよ。
 そう思わなくもなかったけれど。
584 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:19
「・・・・・・・綺麗」

 手の平にこぼれるきらめき。
 ちょっとオイラには無骨かなぁ?なんて思わなくもないけど。

「久しぶりに裕ちゃんからプレゼント、もらった」

 何よりもそれが嬉しくて。
 ニコニコになっちゃう。

「・・・・・・・・そ〜なの?」

「イベント、あんま興味ないの圭ちゃんも知ってんじゃん?」

「そ〜だけどさ」

「プレゼントはもらうけどさ・・・・・・これ、似合うと思ったから、とか。でも改まった日にってのは
あんまないからさ」

 あ〜なるほど。

 大きく圭ちゃんが頷いた。

「な〜んか、我慢できないって言ってたよ」

 ん?

「そ〜ゆ〜イベントの日まで待ってたらえ〜んやろうけど、矢口の喜ぶ顔が見たくて我慢できん、とか」

 ・・・・・・・・さりげに惚気ないでよ、まったくもう。
 ・・・・・・・・嬉しいけどさ。

「そういえば、矢口、指輪貰うの嫌いなの?」

 へ?

 唐突な話題転換に。

 オイラは首を傾げる。

「縛られるの嫌いなんかなぁ、やっぱりって」

 ・・・・・・・・・・・。

 誰がそんなこと言ってたのか、なんて。
 言われなくてもわかる。
 けど。
585 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:19
「オイラそんなこと言ったことないぞ〜っ?!ってか裕子の方こそ・・・・・・・」

 そ〜ゆ〜の嫌いなんじゃないの?

 思わず声が大きくなって。
 ちょっとだけ、声が、沈む。

 結構ってか。
 かな〜り。
 プライベートとお仕事の線引きをしっかりする裕子にとって。
 指輪とかそ〜ゆ〜のは、重いのかなぁって。

 付き合った期間は誰よりも長いけど。

 指輪の話し、なんて欠片も出たことないし。

 欲しかったけど。
 嫌い、なのかなぁ、そ〜ゆ〜の、と。
 オイラだって我慢してたんだよ?

「肝心なとこでどっか抜けてるわよね・・・・・・裕ちゃんも、矢口も」

 ・・・・・・・・・さすがに。
 何も言えないや。

「意外とそ〜ゆ〜ものかもしれないけど」

 更にきつい突っ込みが来るかなぁ、と思ったけど。
 圭ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
 ・・・・・・・・これ以上惚気話はたくさんって思ったのかもしんないけど・・・・・・・。

「そろそろ行く?送ってくわよ?」

「あ、うん」

 チャリ。
 圭ちゃんが車の鍵を揺らす。

「あ・・・・・・・え、とさ」

「ちゃんと裕ちゃんの家行くわよ」

 お見通しってわけね。
 オイラは頬をかく。
 そして窓の外。
 もう一度イルミネーションに眼をやる。

『未来なんてわからんけど』

 初めてオイラが好きだって裕ちゃんに伝えた日。

『アタシ、矢口とずっと歩いていきたい、そう思ってるから』

 だから、よろしくな?

 お互い、別々の道を歩くんだ。
 そう思った日もあった。
 それが、悲しかった日があった。

 百万回、大嫌いだっ!って思って。
 ・・・・・・・・百万回以上大好きだって。
 そう思った相手が裕子だった。
586 名前:歩み 投稿日:2005/03/11(金) 00:20
 幸せにして欲しい、より。
 幸せにしたい。

 ただ、それだけを思う。

 別々の道を歩くから。
 二倍楽しいって。

 そう思えたのは、相手が裕子だったから。

 オイラ、天邪鬼で。
 裕子だって素直じゃなくて。
 でも。
 いっぱい喧嘩しようよ。
 すれ違おうよ。
 
 それでも。
 これから先。
 歩く道は違っても。
 オイラは裕子の傍にいるし。
 裕子もオイラの傍にいてくれる、ってそう信じれるから。

 手を、繋ごう。
 そして。
 一緒に歩いていこう。
 重なり合う、大事な時間を。

                                  【END】
587 名前:つかさ 投稿日:2005/03/11(金) 00:24
576 :名無飼育さん :2005/03/10(木) 00:31
ひゃっほー 待ってました!
588 名前:つかさ 投稿日:2005/03/11(金) 00:26
うわ、ミス^^;;

>>576 名無飼育さん
>ひゃっほー 待ってました!
レス、ありがとうございます。

・・・・・・やぐちゅーに始まり、やぐちゅーに終わる。
海よりも深く、山よりも高く。
やっぱり大好きです。

やぐちゅーは永遠に不滅です。
ありがとうございました(ぺこり)
589 名前:明日への扉 投稿日:2005/04/17(日) 22:09
 カメラのフラッシュがたかれた時。

 どうしようって。

 そんな気持ちと。
 あぁ。
 もう終わりだなぁって。

 何故か冷静にそう思った自分がいたーーーーーーーー。

ーーーーーーーーーーーーー
590 名前:明日への扉 投稿日:2005/04/17(日) 22:10
 目の前の書類。
 事務所との話し合い。
 事務的な手続き。
 あっけないもんだった。

 これが矢口のしたかったことなんだろうか?

 ・・・・・・・・難しすぎて。
 オイラにはその答えがわからないけれど。

 ・・・・・・・・・・・・。

「帰ろう」

 事務所の人がいなくなったその部屋で。
 オイラの声は妙に虚しく響いた。

 ・・・・・・・・・・・。

 重い足を無理矢理動かして。
 カチャ。
 部屋を出ると。

 ・・・・・・・・・・会いたくて、会いたくない人が、いた。

 ドアの前。
 壁にもたれかかるようにして。

「「・・・・・・・・・・・・・」」

 ドアの開く音に。
 ゆっくりと俯いていた顔が上がる。
 その表情は何を考えているのか。
 真っ直ぐな視線がオイラを捕らえる。
 見つめ合ったのは何秒か。
 オイラはぎゅっと歯を食いしばった。
 そのまま視線をそらす。

「・・・・・・・・・・なぁ」

 静かな、声。

「辞めるの止めますっていうなら今やで?」

 ・・・・・・・・・・・・・。

「ゆーこ・・・・・・・?」

 苦笑い。
 裕子は小さく笑う。

「アタシが言う立場でもないねんけどな・・・・・・今の娘。にそれ求めても酷やろうし」

 アタシも今、何をどう言ったらいいかわからんし。
 心の整理、なんてつけへんし。

 そう前置きしながら。
 裕子は真っ直ぐにオイラを見る。

「辞めるの止めぇや」

 真剣な眼差し。
 でも。

「・・・・・・・・・ごめん」

 それは、できない。

「そっか」

 裕子は肩をすくめた。

「・・・・・・・・ならしゃ〜ないな」

 くしゃ。
 髪の毛を撫でられる感覚に。
 不意に涙が溢れた。

 アイドルはさ、恋愛禁止なの?
 誰か好きになっちゃいけないの?
 オイラ、そんなに悪いこと、した?

 零しちゃいけない言葉の数々。
 頭の中を駆け巡る。

 辞めたくない。

 そう言うことは簡単だけど。

「・・・・・・・ゆ〜こぉ」

「そんなに泣きなさんな・・・・・・・・まぁしゃ〜ないけど」
591 名前:明日への扉 投稿日:2005/04/17(日) 22:10
 ぎゅっと。
 いつものように抱きしめられた。

「娘。やなくなっても、仲間は変わらんから」

 耳元で聞こえる。
 優しいメロディー。

 オイラはモノじゃない。
 一人の人間として。
 誰かを好きになったことを後悔したくない。
 娘。であることで。
 誰かを好きになることを怖くなったり。
 拒絶したり。
 隠したり。
 嘘・・・・・・・ついたり。

 七年間。
 走りつづけてきた場所。
 かけがえのない。
 大好きな場所。
 大事な人たちを送り出して。
 オイラが守っていかなきゃ、そう思って。
 その気持ちに嘘はないけれど。
 オイラは人形じゃない。
 
 どっちを選ぶ、なんて。
 そんなことできるはずもなくて。

「・・・・・・・・・こんなとこで事務所批判する気もないけどな」

 何も言わずただ、泣きつづけるオイラ。
 困った様子も見せずに。
 裕子は口を開く。

「彩の時と・・・・・・・変わらんねんなぁって」

 諦めてる・・・・・・口調。

『結婚したら、辞めていただきます』

 そう言われた、と。
 憤慨してた彩っぺ。

「・・・・・・いつでも遊びにおいでって言ってたで」

 え?

「電話、したら。そう言ってた」

 落ち着いたらでいいから。
 ゆっくり話し、しようよ。
 今だから話せること、あると思うし。

 裕子の声のトーンで聞く彩っぺからオイラへの・・・・・・伝言。

「圭織もな。それで矢口が矢口らしくいられるんならって」

 ・・・・・・・・・・・・。

「『たんぽぽ』やなぁって思ったで」

 あ・・・・・・・・・。

「ちったぁ器用貧乏なとこ治せや・・・・・・ま〜ったく。もっとうまいやり方あったやろうに」

 複雑そうな表情を見せる裕ちゃんを見て。
 ・・・・・・・・やっと。
 少しだけ笑えた。
592 名前:明日への扉 投稿日:2005/04/17(日) 22:11
「笑いごとちゃうわ」

 相変わらずな表情で。
 でも、オイラの背をぽんぽん、と叩く手は優しい。

「石川は吉澤のとこ行くっつってたわ。昨日でかなりへこんでたみたいやで」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 昨日の話し合い。
 同席したよっすぃ〜は最初から最後まで無言だった。
 オイラは俯く。

「・・・・・・・・・吉澤からメール来たんや・・・・・・・矢口さんをお願いしますって」

「・・・・・・・オイラ、自分が悪いことしたとは思ってない・・・・・・けど」

 あんなに憔悴しきったよっすぃ〜を見たのは初めてだった。
 そして。
 あんなにオイラにたいしてよそよそしかったよっすぃ〜も・・・・・・・。

「娘。のリーダーとして・・・・・軽率だったって。誰に何言われてもしょうがないって・・・・・・・」

「・・・・・・・そやな」

 しばらくの沈黙。
 そこに。
 走りこんでくる足音。

「・・・・・・・・・矢口さんっ!!!」

『矢口さんは矢口さんなんですっ!!!』

 やぐっつぁんって呼んでいいよ?

 そう言ったときの不満そうな表情。
 オイラはそれが嬉しかった。

「あ・・・・・・・え、とその」

 走りこんできて。
 一瞬の間。
 そして。
 きっぱりと何かを決心した表情を浮かべて。

「卒業、おめでとうございますっ!!」

 泣き出しそうな表情で。
 ぎゅっと握りしめられた拳。
 それでも。
 ・・・・・・・・・加護は笑った。

「・・・・・・・・・加護・・・・・・あんたなぁ」

 裕ちゃんの腕が震える。
 笑いをこらえて。

「あんたらしいわ」

「あ・・・・・・やっぱり変ですか?」

「変っちゅ〜かなんちゅ〜か・・・・・・」
593 名前:明日への扉 投稿日:2005/04/17(日) 22:11
 ゆっくりと。
 オイラは裕子の腕から抜け出す。
 泣いてたオイラに気付いてないはずないのに。
 加護ちゃんは加護ちゃんで。

「・・・・・・・ありがとね」

 一生懸命笑顔でそう言ったら。
 加護ちゃんの顔から笑みが消えた。

「・・・・・・・矢口さ〜〜ん」

 抱きつかれた。

 オイラより大きくなった身長。

「何で・・・・・・・」

 オイラの肩が濡れる。
 大粒の涙に。
 オイラはぎゅっと唇を噛み締める。

 心の痛みから逃げるわけにはいかない。

 この涙は。
 メンバーの涙は。
 オイラが流させたもの。

 オイラの我侭で・・・・・・・。
 オイラは。

 オイラの居場所を無くした。

「・・・・・・・・加護、アンタなぁ・・・・・・」

 加護の体がオイラの体から離れる。

「・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

「・・・・・・・・謝ることちゃうねんけど」

 裕ちゃんは困ったように黙り込む。

「・・・・・・・裕ちゃん、加護ちゃん・・・・・・・」

 オイラの言葉を遮るように。
 もう一度。
 走りこんでくる姿。

「良かった〜、まだいたべさっ」

「・・・・・・・・なっち?」

 なっちの腕には。
 抱えきれないほどの花束が。

「裕ちゃんが悪いんだよっ?!急に花、買って来い、なんて言うから〜っ!!」

 ぶつくさ言いながら。
 なっちは笑顔で。
 オイラにその花束を差し出す。
594 名前:明日への扉 投稿日:2005/04/17(日) 22:12
「お疲れ様、矢口」

 あ・・・・・・・・・。

「泣かすなや、なっち」

「え?これ、なっちが悪いのかい?」

 嬉しくて、悲しくて。
 もう一度。
 オイラは声をあげて泣いた。
 事務所の人と話し、してる時にはでなかった涙。
 オイラは。
 娘。じゃなくなる。
 現実感をともなって。
 流れ込んでくる感情。

 大きな花束。

 それを抱きしめて、オイラは泣いた。

 大人になった、なんて。
 そんな気持ち、大嘘だってくらい。
 子どもみたいに泣けた。

 大好きだった。
 本当に大事な場所だった。

 ・・・・・・・・もう全部、過去形になっちゃうけど。

「・・・・・・・矢口」

 オイラを呼ぶ声。
 穏やかな、声。

「・・・・・・・・・・これが最後や・・・・・・・辞めるの止めるって言うなら今しかないんやで・・・・・・?」

 ぎゅっと唇噛み締めて。
 怖いって思うくらい。
 真剣な表情で。

 ・・・・・・・ごめんね。

 一番泣き虫なのは、裕子なのにね。

「・・・・・・・・戻れないよ・・・・・・・・」

 それが、オイラの答え。

 オイラがオイラでいるために。
 ここに残ることはできない。

「・・・・・・ごめん、ごめんなさい・・・・・・・」

 裕子は首を横に振る。

「アンタが選んだ道や・・・・・・・だから、謝ることちゃう」

 そして。
 裕子は笑う。
 大人の笑顔で。

「いっぱいしんどいこと、あるで?わかってくれる人ばっかちゃうで?」

 オイラは頷く。
 頷くことしかできない。

 なっちも、加護ちゃんも泣いてた。
 オイラも。

 でも。
 裕子は泣いてなかった。
 何かを耐えるように。
 オイラの頭を撫でた。
595 名前:明日への扉 投稿日:2005/04/17(日) 22:12
「なぁ矢口・・・・・・忘れたらあかんで、アンタは一人じゃないから。全部をしょいこみすぎたらあかんで。
泣きたくなったらいつでもおいで」

 娘。はいつまでたっても娘。なんやからなーーーーーーー。

 右も左もわからなかった十五歳。
 あれから七年がたった。 
 こんな辞め方を望んだわけじゃなかった。

 たくさんの人にごめんなさい、を。

 そして。
 たくさんの人にありがとう、を。

 胸を張って伝えるために。
 オイラは娘。じゃなくなる。

「七年間、お疲れ様。・・・・・・・んでもって卒業、おめでとう」

 オイラらしい卒業の仕方だな、なんて。
 事務所の廊下。 

 オイラは娘。を脱退した。

                                        【END】
596 名前:つかさ 投稿日:2005/04/17(日) 22:22
複雑すぎる心境ですが。

自分が自分であるために、何かを犠牲にしなきゃいけなくて。
それが娘。であったとしても。
それが矢口さんの選んだ道なのであれば。

脱退、もとい卒業おめでとうございます。
本当に、七年間お疲れ様でした。
597 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/18(月) 22:31
つかさたんが、矢口さんを大好きだということが伝わってくる文章でした。ありがとう。
598 名前:kai 投稿日:2005/04/19(火) 21:52
一人一人の言葉の意味がズシリと重くて、切なくて、でも、どこか温かくて。
娘。は、きっとこんな感じだったんだろうなぁって思いました…。
私も、いまの心境が複雑すぎて、どう処理してよいのかわからないような状態
だったのですが、つかささんのこのお話を読んで、なんだかほんとに救われた
気がします。ありがとうと言わせてください。
599 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/20(水) 01:20
読んでてちょっと泣きそうになりました。
辞め方がどうであれ、矢口さんらしく自分の道歩んでいって欲しいです。
600 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:01
「嫌だ。行ける訳ないでしょ?」

「・・・・・・・石川さんが・・・・・・・」

「何で梨華ちゃんがそんなこと言うのさ?・・・・・・・事務所的に話題作りがしたいだけなんじゃん。
も〜そんなんいいじゃんかっ!!」

 部屋の外まで漏れ聞こえてくる声。

 カツカツカツ。

 ヒールの音がそこで止まる。

「・・・・・・・やぐちぃ、何ごねとんねん?」

 ノックもせずに開けられた扉。
 数人のスタッフが救いを求めるような眼で振り返る。

「・・・・・・・何?」

 キツイ視線から目線を外さず。
 中澤はにっこりと笑った。

「ひきずってでも連れて行く」

「・・・・・・・・はぁ?何言って・・・・・・・・・」

「ちょっと席外してくれるか?」

 中澤からスタッフに告げられた言葉。
 ほっとした表情を見せながら部屋を出て行くスタッフの背中に矢口のきつい視線が飛ぶ。

「・・・・・・・・・オイラ、行かないから」

 ガッシャーン。

 蹴り倒された椅子に。
 思わず。
 びくり、と。
 椅子に座ったまま、矢口は身体をすくませる。

「アンタ自分が何言ってるかわかっとんか?」

 滅多に聞けない・・・・・というか。
 初めて聞く中澤の声の威圧感。

 俯いたままの矢口の胸倉。
 中澤は掴む。

「・・・・・・・立てや」

 そのまま引きずりあげられるように立ち上がらされて。
601 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:02
 殴られるかも。

 ぎゅっと眼を閉じたままの矢口に。
 中澤は一瞬だけ哀しげな表情になる。

「なぁ・・・・・・石川がどんな気持ちでメンバーとかスタッフに頭下げまくったか、アンタほんまにわかっとんか?」

 ・・・・・・・・・・・え?

 ゆっくりと矢口は眼を開ける。
 見下ろしてくる眼光は鋭くて。
 どこか切なげで。

「アンタがメンバーに会いづらいのはわかる。でもな」

 中澤はいったんそこで言葉を切る。

「石川がアンタを呼んでるんや。アンタにはそれに応える義務があるんとちゃうんか?」

ーーーーーーーーーーーーー

 数日前の話。

「中澤さん」

 事務所から出ようとした中澤を呼び止める声。

「・・・・・・・・・お?石川やん。珍しいなぁってか何でここいるん?」

 中澤は首を傾げた。
 卒業を間近に控えて。
 過密スケジュールなのは自分も過去に経験がある。

「中澤さんが今日来るって聞いたから」

 真っ直ぐな眼の力に。
 中澤は苦笑いを漏らす。

「・・・・・・・・・・矢口のことか?」

「連絡、取ってるんですよね?」

 突然。
 変えられた携帯番号。
 届かなくなった想い、気持ち。
 それを裏切り、と取るメンバーもいるけれど。

「アタシは伝書鳩やないで?」

「石川・・・・・・・鳩は嫌いです」

 一瞬、空く間。

 中澤はクスリ、と思わず笑う。

「・・・・・・・相変わらずやなぁ」

「・・・・・・・そ〜なんですよねぇ」

「ちったぁ否定しろや。ってか成長したとこ見せてや」
602 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:02
 石川の顔に浮かぶ笑み。

「これからですから」

「・・・・・・・自信過剰やな」

 中澤の顔も。
 口調とは裏腹に、優しい笑み。

「少しは誉めてくださいよぉ」

「石川誉めてもアタシ、何もいいことないやん」

 交わす軽口の応酬は。
 いつものことで。

 それが泣きたいくらいに嬉しい、なんて。

 石川はぎゅっと唇を噛み締める。

「石川を石川にしたの、中澤さんと矢口さんですからね?」

「・・・・・・・・・・・・」

 不意に真顔。
 中澤は何か言いたげに石川の表情を見て。
 口を閉ざす。

「ちゃんと見届けてください・・・・・・・・二人で」

 右も左もわからなくて。
 笑うことしかできなかった加入当初から。
 イジラレキャラを作ってくれたのは中澤だった。
 中澤が脱退して。
 それを引き継ぐように。
 矢口が笑いかけてくれた。

『大丈夫、ちゃんと見てるで』

『大丈夫、梨華ちゃんならできるよ』

 きつい言葉いじりの裏に隠された大きな愛情。

 チャレモニがなくなって。
 それでもハロプロニュースで。
 中澤は傍にいた。
 へこみそうになったら中澤なりの言葉。
 あそこまではじけて。
 暴走できたのは中澤がいたからで。

『梨華ちゃん、寒いってそれ・・・・・・・』

 娘。では。
 矢口がいて。
 滑る自分のトークをいつだって拾ってくれた。

「・・・・・・・・責任、とってください」

「・・・・・・・・・・・・」

 眉間に皺を寄せ。
 中澤は黙り込む。

 石川ファンから中澤に。
 カミソリレターがあったとも聞いた。
603 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:02
『梨華ちゃんを苛めるな』

 中澤は石川に何も言わなかった。
 石川いじりも変わらなかった。

『そんなん知ったらあの娘萎縮するやん。せっかく今、変わり始めてるねんで?』

 仲のいいメイクさんに聞いた話。

 石川の前で。 
 中澤はいつだって娘。のリーダーだった。

『え?オイラが石川のトーク拾わなきゃ、誰が拾うのさ』

 当たり前のようにそう言いきってくれた矢口に。

『い〜じゃん、石川みたいな奴がいるからオイラみたいな奴がいるってね』

 そう笑ってくれた矢口がいたから。

「見届けて欲しいんです」

 だから、二人に。
 娘。でいるラスト。
 本当に本当の最後を。
 最後まで。
 成長した証を。

「お願いしますっ!」

 深々と頭を下げた石川の頭。

 くしゃり。

 不意に撫でられた。

「連れてく。絶対にな」

 真っ直ぐに見つめてくる瞳に嘘はない。

「約束するから。・・・・・・・だからそんな泣きそうな顔、すんなや」

 抱きしめられて。
 堪えきれない涙が、石川の眼から溢れた。

 言いようのない不安や。
 これから先の、考えてもどうしようもないこと。

 走りつづけるしかなくて。
 走りつづける先輩の姿を見つめて。
 走りつづけたかった。

「・・・・・・・矢口もな、辛いんや」
604 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:03
 わかっている。
 わかっていたのに。
 こんな結末を迎える前に、何もできなかった不甲斐ない自分。
 ・・・・・・・相談さえ、してくれなかった。
 される価値もなかった、自分が悔しくて。

「・・・・・・約束、します。絶対に、いいライブにするって」

 涙まじりの声で。
 きちんと伝えられたか自信はないけれど。
 ぎゅっと強く抱きしめてくれる腕に。
 答えはあると。
 そう思える。

「ちゃんと見届けさせるし・・・・・・・ありがとな」

 矢口が逃げ出しても。
 しゃ〜ないかって。
 そう思い込むとこやった。

 なぁ矢口。
 辛いのは。
 しんどいのは、アンタだけやないねんで。

 みんな、泣いた。

 でも、アンタが選んだ道やから。

 だから、認めるんや。

 逃げるな。

 そう言ってやれるのがアタシなんやったら。

 なぁ。
 大好きやで。

 でも。
 大好きで、大事やから。
 大切なこと、忘れてたかもしれん。

 アンタがアンタらしく。
 笑えるためにやったら。
 いくらでも憎まれ役、かって出たるわ。

「・・・・・・・・石川も責任取りや?」
605 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:03
 え?

 腕の中、きょとんとした表情。

「音、外したら蹴り入れるで?」

 わかってるよな?
 伝わってるよな?

 矢口に。
 勇気、あげて〜や。
 逃げるんじゃなくて。
 前に進む、勇気を。

 後悔させたってや。
 こんな凄いグループから何で脱退したんやろうって。

 矢口。
 いくら逃げても。
 アンタを慕う娘からは逃げれんで?

 だって。
 こんなにも真っ直ぐに。
 ぶつけられる気持ちに。

「アタシ、やっぱ娘。大好きやわ」

「・・・・・・・・・当たり前じゃないですか?」

 そう言って笑った石川は。
 最高の笑顔を見せていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「逃げるなや」

 中澤の真っ直ぐな瞳に。
 矢口は動けない。

「逃がさんけどな」

 無理矢理作ったような、余裕の笑みに。
 矢口は俯く。

「逃げていい時とあかん時があるやろ」

 ・・・・・・・・・アンタは娘。からも背を向けるんか?

 静かな声。

「アンタがいた七年間をアンタ自身が否定するんか?」

 そんなんアタシは認めんけどな。

 ゆっくりとつむがれる言葉に。
 矢口はただ、俯くしかできない。

「・・・・・・・もう娘。にはオイラの居場所なんかないよ」

 ぽつり、と。
 零れた言葉。
606 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:04
 言った矢口が辛そうに顔をゆがめる。

「・・・・・・・それがど〜した?」

 不思議そうな声音。

「アタシ、アンタに言われたことあったよな・・・・・・・も〜だいぶ昔やけど」

『もう、ゆ〜ちゃんのいた頃の娘。じゃないんだよ。オイラたちはオイラたちで考えてやってる。
ゆ〜ちゃんはもう、娘。のリーダーじゃないんだから』

 あ。

 見詰め合った視線。
 中澤の瞳は穏やかで。

「居場所なくてもな・・・・・・・そこが帰る場所じゃなくても」

 アタシは娘。であったからこそ今、ここにこうしているんや。

 それを雄弁に物語る中澤の瞳は真っ直ぐで。

「後悔してるんか?もう一回戻れるんやったら戻りたいんか?」

 問い掛ける口調に責める響きはない。

「・・・・・・・・戻れない。・・・・・・・・戻る気も、ない・・・・・・・」

 掠れた声の。
 でも。
 矢口なりの精一杯の返答に。

「なら、見届けたれや。石川の最後のステージやろが。何こんなとこでうだうだしてんねん」

 叩きつけられた最後通牒。

「アンタ、あの時アタシに言うたよな?」

『最高のライブ、見せるから。だから、安心して』

 あの時から。
 中澤は娘。のファンになった。

 だから。

「脱退する、とかした、とか。そんなんど〜でもえ〜ねん」

 どうでもいい。

 そう言うにはあまりにも。
 近い存在だったけれど。
607 名前:義務と責任 投稿日:2005/05/12(木) 00:04
「アンタを慕って。アンタを目標に走ってきた娘らから逃げんなや」

 ・・・・・・・伝えたいのは。
 大事なのは、たったそれだけ。

「それはアンタの責任やろ〜が?」

「・・・・・・・そんなの・・・・・・・」

「言い訳は聞かん。・・・・・・・連れて行くって言ったからにはアタシは約束は守る」

「ちょ・・・・・・・」

ーーーーーーーーーーーー

 モーニング娘。石川梨華のラストステージ。
 そこで矢口が何を感じたのかは矢口にしかわからないことだけれど。

「ありがとう」

 矢口から石川に告げられたその言葉に。

 涙でくしゃくしゃの顔をして石川は嬉しそうに笑っていた。

                                    【END】
608 名前:つかさ 投稿日:2005/05/12(木) 00:14
何が書きたかったのか・・・自分でもよくわからなかったり(マジ苦笑)

ただ、これを発表する場があって良かった、と。

うちの中澤さんはいつになってもどこにいっても何があろうとも。
矢口さんが大好きみたいです・・・・(笑)

このスレはこれで終了です。
ありがとうございました。

最大級の感謝を中澤さんと矢口さんに。
そしてこのスレを、自分の小説を読んでくださった全ての人にささげます(ぺこり)
609 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/14(土) 15:29
お疲れ様でした。
610 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/20(水) 23:45
つかささんの書く言葉が凄く好きでした。

Converted by dat2html.pl v0.2