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わすれもの
- 1 名前:流氷 投稿日:2003年02月04日(火)01時45分20秒
- 短いです。
とある漫画を原案に自分の解釈で書きました。
拙い文章ですがしばしお付き合いしていただけると光栄です。
それではさっそく。
- 2 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時47分23秒
少女は屋上から飛び降りた。
まっさかさまにコンクリートへと直撃、する瞬間だった。
彼女の背負ったバックは煙を吐き出し、一瞬宙へと浮かび上がり、ゆっくりと着地した。
何事も無かったかのように少女は機械仕掛けのリュックをおろした。
するとそれを見守っていた数十名の大人たちがこぞって拍手をした。
「さすが吉澤くん、見事だ」
どこからともなく声が上がった。
- 3 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時48分36秒
―――――
科学の進歩と教育の指針変更で、一部の高校生の学力は飛躍的に発達した。
とはいえ、吉澤ひとみの頭脳は群を抜いている。
全国の学者たちの注目を一身に背負い吉澤は今日も勉強に時間を費やす。
吉澤が研究のために使っているのは、ここ、第三物理化学研究室。
そこのドアが乱暴に開けられた。
吉澤が振り向くと、一人の少女が息を切らし立っている。
- 4 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時49分27秒
「あれ?どうしたの」
少女は吉澤の問いかけには答えず、研究室に足を踏み入れた。
しかし吉澤のもとにたどり着く前に、イスに足を引っ掛け転んでしまった。
吉澤の前にレポート用紙が散乱する。
「あーらららら」
そういって吉澤がレポート用紙を拾うのを手伝っていると、校内放送が響く。
「3年B科、石川梨華さん、至急レポートを提出してください」
石川はゆっくりと起き上がると笑顔で口を開く。
「よっすぃー、手伝って」
- 5 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時50分05秒
―――――
その日の夜、石川は学校の屋上に忍び込んでいた。
…あのあと、石川の、ほぼ吉澤の書いたレポートは無事提出された。
その職員室からの帰り道、吉澤が突然きりだした。
「今夜八時、屋上でまってるから」
石川には何のことかさっぱりわからなかったが、とりあえず行ってみることにした。
- 6 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時50分45秒
屋上の扉を開くと、夜の風が頬をさす。
屋上を見渡すと、数十メートル先になにやら黒い物体が動いている。
近づいてみると、なんのことはない、吉澤が寝転がっているのだ。
吉澤は石川を見つけると手招きをした。
それに従って、石川は吉澤の側に腰を下ろした。
コンクリートの冷たさが伝わる。
二人が今、同じだけ冷たさを感じたんだ、と思うと吉澤は自然と頬がゆるんだ。
「あのさ」
「うん」
誰もいない屋上での会話は夜空にとけていった。
- 7 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時51分21秒
――
不意に吉澤が黙る。
石川は不思議そうに吉澤の顔を覗き込む。
吉澤は一呼吸おいて、決心をした。今日はこのことを話すために呼んだんだ、と。
「あのさ、梨華ちゃん」
「なーに」
「もうすぐ卒業だよね」
「そうだねー」
石川は遠くを見つめ、この学校での出来事を懐かしんだ。
- 8 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時52分01秒
…吉澤が今日話そうとしていること、それは二人のこれから、について。
石川はもうすぐこの高校を卒業する。就職先も決まっている。
この高校にもう一年残らなければならない自分とは距離ができてしまう。
こんなときにまでたった三ヶ月の年の差がつきまとうなんて、と吉澤は何度も後悔した。
石川は何度も、卒業してからも一緒だから、と言ってくれる。
これからもずっと一緒にいよう、と言ってくれた。
でも吉澤はわかっていた。
環境が変われば、気持ちだって変わる。
今みたいにこんなに笑ってだっていられなくなる。
- 9 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時52分38秒
「だからね、悲しくてさ」
こんな弱気なことを口にする吉澤に一瞬驚いたが、やさしい笑顔で石川が語りかける。
「大丈夫だよ、学校で会うことができなくなるだけだよ」
その、会うことができなくなる、ということが大問題なのだけれど。
「あたし思うんだ。もっと早く梨華ちゃんと出会えてたらなって」
「そうだね。もう一年早く出会えてたらね」
「だからあたし、もう一年早く梨華ちゃんに出会ってくる」
「え?」
- 10 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時53分11秒
石川には吉澤の言葉の意味がよくわからなかった。
そんな石川に吉澤はあるものをみせた。
…今日の実験で、屋上から飛び降りるときに使ったリュック型の機械だ。
「これって、空中浮遊がどうたらこうたらっていうやつでしょう」
「うん」
吉澤はゆっくりと微笑んだ。
- 11 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時53分46秒
――
「タイムマシーン!?」
石川は吉澤の話に全くついていけず、最後の「時を越えられる、つまりタイムマシーンなんだ」だけに反応した。
…吉澤は天才であるが故に時間を飛び越える方法を手にしてしまった。
「で、よっすぃーは何がしたいの?」
吉澤は溜息をつく。
やっぱりさっきは理解してなかったのか、と少し落ち込み、もう一度話し始めた。
- 12 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時54分27秒
「あたしが一年前に戻るの。そうすると今のあたしと過去のあたしが入れ代わる」
「そんなことしたら、ここに過去のよっすぃーが来ちゃうじゃん」
「ううん。今の自分じゃない吉澤は消滅する」
「そんな」
「でもね、過去に戻れば同い年になれる。一緒のクラスなんだよ」
「でも…」
「なによりもう一年、一緒にいられるんだよ」
「それはよっすぃーだけじゃん」
「だけど、梨華ちゃんだって…」
「だいいち、いきなり現れたよっすぃーをまた好きになるかどうかわかんないじゃん」
「…だから、伝えたかったんだ。信じてるから、梨華ちゃんを」
そう言って吉澤はタイムマシーンを背負い込む。
「待って。おかしいよ。なんでそんなことするの。ねえよっすぃー」
- 13 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時55分01秒
吉澤はわかっていた。
自分はこれから来る未来が怖いんだ。
過去に行くことは、年とかクラスとかではなく、未来から逃れるためなんだ。
そして、ずっと変わらない石川を見ていたいんだ、と。
頭がこんがらがりながらも吉澤は屋上の端まで進んだ。
そしてちょうど電源を入れたときだった。
「ねえ、よっすぃー。話しておきたいことがあるんだ」
吉澤は石川の声に反応して振り返る。
「あのね」
そういいながら石川は吉澤の隣に立ち、夜空を見上げた。
すると吉澤もつられて上を見る。
- 14 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時56分40秒
一瞬の隙をついて石川は吉澤の背中に飛びついた。
吉澤の肩からタイムマシーンははずれ、それを石川が抱きかかえた。
「なにすんの、梨華ちゃん」
そういいながら吉澤はかろうじてタイムマシーンの端をつかむ。
「よっすぃーがどっか行っちゃうなんてやだよ」
赤ん坊のように目に涙を浮かべ叫ぶ石川を見て、吉澤の力がゆるむ。
「梨華ちゃん…」
そう呟いた瞬間、石川がバランスを崩した。
「きゃああ!」
「あぶない!!」
吉澤が叫んだときには石川の体は宙に浮いていた。
吉澤の手がタイムマシーンの一部をつかむ。
しかし運悪くつかんだのはダイヤル部分で、ダイヤルが回転してしまう。
青いランプが光るとタイムマシーンは吉澤の手から滑り落ちていった。
激しい機械音が鳴り響く。…タイムマシーンの作動音だ。
石川はまっさかさまに地面に落ちてゆきコンクリートに直撃する瞬間、消えた。
「り、梨華ちゃん?、梨華ちゃん!、梨華ちゃーん!!」
そこには夜空の静けさと夜風の冷たさだけが残っていた。
- 15 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時57分16秒
―――――
翌朝、一睡もできなかった吉澤は石川の実家へと向かった。
あれから何度も計算を確かめてみた。
もし自分の計算が正しければ…
「梨華?うちは二人しか子供はいませんけど」
- 16 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時57分53秒
吉澤の予想は当たった。
あの時、吉澤がひねったダイヤルで光った青いランプは、未来の示す光。
つまり石川は未来へと飛ばされてしまったのだ。
あのタイムマシーンで未来に行くということは、未来の自分と入れ代わるということ。
つまりこれから、石川が飛ばされた未来までの間に石川の存在はなくなる。
簡単に言うと、石川の記憶が一時的に思い出せなくなる。
そして石川が出現した時に戻るはずなのである。
少なくとも吉澤の計算があっていれば。
- 17 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月04日(火)01時58分23秒
それでも吉澤は受け入れることができなかった。
石川が未来に飛ばされた事実を。
しかし周囲の記憶がなくなったことを確かめていくうち、受け入れざるをおえなくなった。
もしただ時空の狭間に飲み込まれて、存在が消えただけだったら?
そもそも何十年も後に石川が出現するとしたら?
吉澤の不安は計り知れなかった。
ずっと眠れない日々が続いた。
吉澤は徐々に狂っていった。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月04日(火)11時39分45秒
- 面白そうな展開ですね。
未来へ飛ばされた梨華ちゃん、よっすぃ〜と出会えるんでしょうか・・
次回更新も期待しております。
- 19 名前:チップ 投稿日:2003年02月04日(火)13時41分01秒
- とある漫画わかりましたよ〜懐かしいです。
続き楽しみにしてます、頑張って下さい。
- 20 名前:ぶらぅ 投稿日:2003年02月04日(火)20時46分06秒
- んぁ〜懐かしいあの漫画かな?
好きで集めたシリーズで読んだ記憶があります。
だけど忘れた(w
続き楽しみっす。がんがってください
- 21 名前:しんご 投稿日:2003年02月06日(木)20時48分03秒
- 漫画知ってますよ〜。
作者さんの解釈でどんな風に進んでいくのか楽しみです。
頑張ってください。
- 22 名前:流氷 投稿日:2003年02月09日(日)20時32分49秒
- 最初の分が前編です。
こっからが中編です。
- 23 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時34分23秒
夜の風があのときみたいに冷たい。
若干下がった気温が桜が散るのを手伝っていた。
散る姿すら美しい桜。散った後も地面で淡いピンクが人の目を惹く。
そんな桜を見ながら、早く消えてしまえばいいのに、と吉澤は心で呟いた。
土手に腰掛けながら、吉澤は出店におとずれる人を遠目で見ていた。
石川がいなくなってから三ヶ月が過ぎようとしていた。
- 24 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時34分59秒
…あれから吉澤はタイムマシーンの研究をやめた。
もともと誰にも言わず、秘密にしていたので、研究には何の問題も起きなかった。
問題が起きたのは吉澤の心のほうだった。
毎日窓の外ばかり眺め、天才と呼ばれた頭脳はどこかへいってしまったようだった。
周りは誰も石川のことは覚えていない。
だからもしかしたら本当に、幻だったんじゃないかと思うことだってあった。
気がつくといつも、桜が満開の土手に来ていた。
そこは石川と出会った思い出の場所。
そして毎週のようにデートした場所だった。
- 25 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時35分29秒
―――
『私ね、桜って好きなんだ』
『あー、っぽいね』
『なにその、「っぽい」って』
『なんかそんな感じするもん。梨華ちゃんて』
『なーんかバカにされてる気がするなー』
『そんなことないって。それよりなんで桜、好きなの?』
『だってピンクだしー…』
『やっぱりね』
『だからなに、その「やっぱり」とかって』
―――
- 26 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時36分03秒
――二人一緒に何度も何度もこの土手に通ったっけ。
――ピンクの服ばかり着てくる梨華ちゃんは桜に負けじと可愛いかったな。
吉澤の目に涙が溢れた。
- 27 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時36分33秒
「梨華ちゃん」
心の中で呟いたはずの言葉は声となって空気にふれた。
一人の道行く少女が振り返る。
出店からここに迷い込んできたようだ。
青い風船をかかえた少女はまだ小学生くらいだろうか。
吉澤を不思議そうな顔で見つめながら通り過ぎていった。
少し恥ずかしさが残った吉澤はおもむろに立ち上がった。
腰を軽く払って、家への帰り道を急いだ。
- 28 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時37分04秒
―――――
「ねえ、誰?」
吉澤は立ち止まって自分の後ろにいる人物に声をかけた。
あの土手からまだ数百メートルしか離れていない。
しかし相手は吉澤の歩幅に合わせて後をつけてきた。
吉澤自身、かなりの苛立ちを感じていた。
吉澤は相手の返答を待っていられず振り返った。
振り返った先に立っていたのは美しい少女だった。
整った顔立ちと綺麗な茶色の髪の毛。
桜の木をバックにそれはますます映えた。
- 29 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時37分35秒
「なんでついてくんの」
吉澤はもう一度聞いた。
「よっすぃーこそ、なにしてんの」
その言葉は決して疑問形ではなく、強く言い聞かせるように発せられた。
「は?なんで顔も知らないあんたによっすぃー、なんていわれなきゃいけないの」
「毎日毎日ぼーっとしてさ、こんな人よっすぃーだなんて思いたくないよ!」
「だからなんでそんなこと言われなきゃなんないの。馴れ馴れしい」
出会ってたった一分。二人はもうけんか腰になっていた。
- 30 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時38分10秒
「そんなよっすぃー、梨華ちゃんだって見たくないよ」
その言葉を聞き、吉澤の顔色が変わった。
今この時期に石川の記憶があるなんておかしい。
――こいつ何者なんだ。
吉澤がそう考えたとき、少女は自分のことを話し始めた。
- 31 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時38分45秒
「後藤真希。あっ、私の名前ね。よっすぃーからはごっちんって呼ばれてた」
「呼ばれてた?」
「あ、いや、呼ばれてたっていうか、呼ぶことになるって言ったほうがいいのかな」
「…」
「難しいことはよくわかんないけど、未来から来たの、私」
「う、うそ」
「なに言ってんの。自分でタイムマシーン作っておいて」
吉澤の頭は混乱した。でもそんなことお構いなしに後藤は続けた。
「時間がないから単刀直入に言うと、励ましに来たんだ。よっすぃーを」
そう言って後藤は吉澤に近づき、目を見据えた。
「いい、よっすぃー。梨華ちゃんは必ず戻って来るから」
「………」
「だから信じて待っててあげて」
- 32 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時39分20秒
その言葉が出た瞬間、吉澤は後藤から目を逸らした。
吉澤にはそのことを信じることができなかった。
怖かった。不安でしょうがないのだ。
「もう、よっすぃーの頭にくるいはないって」
後藤は強い口調になっていた。
「だから信じて。梨華ちゃんを。そして自分を」
「…そんなこといったって…」
そう言って、吉澤は後藤の前から逃げ出した。
その吉澤の背中に向かって後藤は叫んだ。
「こうしてる間にも、梨華ちゃんのことをどんどん忘れてちゃってるんだよ」
その言葉に吉澤は足を止めた。
- 33 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時40分01秒
吉澤自身ずっと不思議だった。なぜ自分だけ石川のことを忘れないのかが。
――あの場所に居合わせたからなのかもしれない。
そう思い込むことでずっと誤魔化してきた。
でもうすうす感づいていた。
忘れないのではなく気づいていないだけじゃないのだろうか、と。
忘れていることすら忘れている。
後藤の言う通り、吉澤は徐々に、でも確実に石川の記憶をなくしていた。
「ねえ、お願い。信じて待ってて」
徐々に後藤の声が遠くなっていった。
「信じて」
吉澤が慌てて振り返ったときにはそこにはもう誰もいなかった。
遠くに見える桜が美しかった。
- 34 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時40分39秒
―――――
後藤は何回「信じる」という言葉を発しただろう。
――何度も繰り返された方が言葉は軽くなる。まして信じるなんていう不安定な言葉…。
吉澤は何度もそう思った。
しかし後藤の声が耳から離れない。
――確かにありきたりな言葉だけれど、今の自分に必要な言葉なのかもしれない。
吉澤はあの屋上へと向かった。
- 35 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時41分12秒
――
いつ石川が「今」に出現するのかはわからない。
しかし出現するのはこの屋上の下だ。吉澤の計算では、時間だってあの時間だ。
用はわからないのは日にちだけ。
――だったらあの時間、この場所で待っていればいいじゃないか。
吉澤にもう迷いはなかった。
- 36 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時41分53秒
―――
吉澤は来る日も来る日も石川の消えた屋上の下に通った。
毎日この屋上の下に通う、ということ。
それは毎日石川がいないという寂しさを確認すること。
そして自分がしたことを後悔することだった。
ある日、吉澤は花の種を植えることを思いついた。
それは特に意味のあることではなかったのだけれど、屋上の下が花壇だった。
それを見て思いついたのだった。
コスモスにした。
花にそれ程興味のなかった吉澤は、それは本当に適当なやり方だった。
種は一日に一粒だけ。しかしそれは毎日毎日植えられた。
――そういえば梨華ちゃん、家で花とか育ててたっけ。
石川を忘れまいという気持ちとは裏腹に、二人の思い出は徐々になくなっていった。
- 37 名前:流氷 投稿日:2003年02月09日(日)20時42分47秒
- ここから後編になります。
- 38 名前:流氷 投稿日:2003年02月09日(日)20時43分26秒
雨が降っていた。
雨の日に差す傘は、石川と一緒に選んだ傘…。
『ねえ、よっすぃー。これなんか、いいんじゃない?』
『えー、それだと小っさいよ』
『あのさ、なんで大きいのにするの?』
『だって梨華ちゃん勝手に入ってくるじゃん』
『あっそか』
『そっか、じゃなくてさー。…やっぱ入ってくるつもりなんだ』
『えーダメなの?』
『ダメってわけじゃないけど』
『じゃあ、イヤなの?ねえ、イヤなの?』
『あーもー、歓迎。大歓迎ですぅ。とにかくこれ買ってくるね』
『あのね、よっすぃー。ひとつ質問なんだけど』
『なに?』
『よっすぃーの傘壊れちゃったよね』
『そーだねー』
『だから私が傘プレゼントするっていったよねー』
『うん』
『でさー、なんでよっすぃーも一緒にきてんの?』
『……』
『まさか、私のセンスを信用してないとかって、ないよね?』
『………』
『ねえ、なんとかいってよ。ねえ、よっすぃー』
- 39 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時44分18秒
でも、そんなこの傘を差す理由を吉澤はもう思い出すことができない。
ふざけて笑いあったことすら過去のことで、記憶の彼方なのだ。
少しだけ、この傘が大きい理由も忘れてしまった。
自分の傘だから差しているだけ。
傘が雨をはじく度、この傘に入ってきた石川を思い出していたのに。
今はただ雨をしのぐ傘。
雨の音が虚しく響く。
吉澤はまたひとつコスモスの種を土に埋めた。
- 40 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時45分17秒
―――――
桜の花は散り、樹木全体に小さな粒が実る。
青々と茂った桜の葉は次第に風に流されていった。
吉澤は数え切れない程のコスモスの種を植えた。
もうどれだけこの屋上の下に通ったのだろう。
一日たりとも休まずに、吉澤は通い続けた。
それこそ、雨の日も。風の日も。
熱が出て歩くのが儘ならない日だって。
行く途中に怪我をしたってかまわず通った。
石川の声を忘れた日も。石川の温もりを忘れた日も…。
- 41 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時45分58秒
また、桜の情景が移り変わろうとしていた。
その日、吉澤は石川の全てを忘れた。
もう吉澤の中には、石川の姿も記憶もこの屋上の下に通う意味すらも残ってはいない。
でもその日もこの屋上の下に吉澤の姿があった。
花壇がコンクリートに姿を変えていた。
ここは駐車場になるらしい。
吉澤は種を蒔くという目的すら失った。
吉澤の、目にも耳にも記憶のなかにすら、石川は残っていない。
それでも吉澤を突き動かすものは何なのだろうか。
吉澤は今日もあの屋上の下へと向かって歩き出した。
- 42 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時47分17秒
―――――
さらに時間が過ぎ去った。
敷き詰められたコンクリートには白い線が引かれた。
その日も吉澤は何を疑うこともなく、屋上の下にきていた。
吉澤は傘をたたんで、屋根のあるベンチに腰掛けた。
時計を見る。まだ十五分もある。
- 43 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時48分20秒
「なにしてよっかなー」
独り言のように呟くと、傘から雨の雫をはらいだ。
ふと、どうしてこんなに激しい雨なのに全然濡れなかったんだろう、と思う。
「あっ、傘がでっかいからか」
また、呟き納得する。
あれ、じゃあ何でこんなでっかい傘買ったんだっけ、と不思議に思う。
「そーだそーだ、梨華ちゃんを入れるためだ」
そう言った瞬間、吉澤は自分の言った言葉に驚いた。
「梨華ちゃん!」
そう言うのが早かったか、それとも思い出すほうが早かったか。
吉澤は全てを思い出した。石川の全てを。
「梨華ちゃん!梨華ちゃん!!梨華ちゃん!!!」
何故か叫ばずにはいられなかった。
激しい雨の音にも負けず、吉澤は声を張り上げた。
「梨華ちゃーん!」
「なーに、よっすぃー」
振り返るとそこにはあの日と何も変わらない石川が微笑んでいた。
- 44 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時48分59秒
吉澤は全てを思い出した。そして理解した。
毎日ここに通った意味を。
そして今、頬を伝う涙の意味も。
- 45 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時49分34秒
―――――
また桜が満開になろうとしている。
あれから二人で話し合い、一緒に暮らしてみるという道を選んだ。
石川は事あるごとに涙をみせる吉澤を見て、会えない時間がどれだけつらかったかを悟った。
「ねえ、よっすぃー。ただ私が料理作っただけだよね」
「うん」
「なのになんで泣いてるの」
「いーの、ほっといて」
「ねー、なんで?」
「だから、そっとしといってってば」
「もしかして、よっすぃー、おばあさんになっちゃったの?」
「うっさいなー」
「涙腺がゆるむって年とった証拠だよ。もしかして私五十年くらいタイムスリップしちゃったのかな」
「次なんか言ったら、手だすかんね」
「無理しないで。もう若くないんだから」
- 46 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時50分52秒
そうやって二人が生活する部屋は、ダンボールでいっぱいだった。
まだ引っ越してきて一週間も経っていないのだから、当然といえば当然だ。
そのダンボールのひとつに、あのタイムマシーンがあった。
吉澤は何度も壊そうとしたのだが、思い出だから、といって石川がとっておいたのだ。
「あー」
「どうしたの、梨華ちゃん」
「お隣さんに挨拶とか行ってないじゃん」
「あー、そうだね」
「私今準備するね」
- 47 名前:わすれもの 投稿日:2003年02月09日(日)20時53分57秒
一時間後、吉澤と石川は隣の部屋のチャイムを鳴らしていた。
「ごめんくださーい」
「…はぁーい」
どたばたと物音がして、茶色い髪の少女が出てきた。
その部屋の表札には、後藤真希、と書かれていた。
- 48 名前:流氷 投稿日:2003年02月09日(日)20時55分09秒
- 以上です。
無事終了しました。
皆さんの温かいお言葉に励まされました。
本当にありがとうございます。
そして、なによりこんな駄文に目を通して下さった全ての皆様に、感謝です。
これからもいしよしはココに書いていくつもりなので、よろしくお願いします。
それでは。
- 49 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月10日(月)22時37分44秒
- アフォな私は後編でやっとそういうことかぁ…と。
切なくて、でも幸せでおもしろかったです。
次回作楽しみにしています。
- 50 名前:18 投稿日:2003年02月13日(木)00時49分40秒
- 完結、お疲れ様でした。
元ネタ知らないけど、楽しかったです。
そしてちょっぴりせつなくて・・よっすぃ〜が梨華ちゃんをずっと待ってる
ところは、すごく良かったです。
是非次回作、期待しております。
- 51 名前:流氷 投稿日:2003年02月17日(月)22時46分07秒
いまさらですが、お返事です。
>49の名無し読者様
「そういうことか」と思っていただけたなら幸いです。
なにせ、つじつま合ってなかったりして…意味不明になったらどうしよう、と不安だったので。
>18の名無し読者様
レスせずにごめんなさい。
待ってるシーンは、もっと吉澤さんの心境を表現したかったんですけど、今の私ではこれが限界です。
これから精進していきたいと思います。
次のやつは、現在構想中です。なのでまだまだ先になっちゃいそうですが気長にお待ちいただければ。
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