黒い太陽 2

1 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年02月18日(火)14時26分02秒
容量が危なくなったので新スレ立てました。

前スレに引き続き吉澤さんが主人公の
アンリアルハードボイルド、シリアスな話でいきます。

それではまた宜しくお願いします。

前スレ↓
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/yellow/1038576591/
2 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時31分11秒
「あ…。」

安倍の声が聞こえた。同時に、銃を放った後の独特な硝煙の臭いが鼻につく。
まだ生きてる――。
そう思って、吉澤は目を開けた。

目の前では、安倍が震えていた。とても驚いた顔をしている。

吉澤は顔を左に傾けた。顔から数センチ先の壁に、穴があいている。
安倍がミスったのだと分かった。

「つ、次は外さないから。」

自分に言い聞かせるように呟いて、銃をロードした。
吉澤はそんな安倍の姿を悲しく思い、

「なっち、恐いの?」

同情の眼差しを送った。

安倍がはじかれたように目を見開き、

「な、何言ってんの?恐いはずないべ。
 なっち、慣れてるんだから…人殺すのは、慣れてるんだから…。」

再び、自分を落ち着かせるように言った。

「早くしないと、早く殺らないと…。時間がおしてる、早く、早く撃たないと…。」

ぶつぶつと一人呟きながら、息を荒げた。

「なっち…?」
3 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時32分37秒
吉澤は、安倍に何か異変が起きてると感じた。
呼吸を荒くし、時折頭を抑えては、苦しそうに目を瞑る。
時々、呻きながら、

「何で…?何でよっすぃーの顔見ると…。何で、何で…。頭が…。」

首を左右に振っていた。

吉澤が心配そうに足を踏み出した時、

「そこまでだ。」

声がした。

二人は同時に、声がした方に顔を向けた。
銃をかざし、口を硬く閉ざした高橋が立っていた。

「あさ美は…あさ美はあんたを尊敬してたんよ。
 あんたと一緒に働きたいって、ずっと言ってたでの。
 あんたがあさ美を、間違った事も分からんような子にしてしまったんだな。
 オラは許せねーだよ、安倍さん。」

高橋の目は、少し離れてるここから見ても、真剣だった。
だが殺意は感じられない。銃を向けてるのは、ただの脅しだと分かった。

吉澤は安倍を見た。
先ほどまで取り乱してた顔が無表情になり、目は細められ、高橋の方をじっと見ている。
ふいに吉澤は悪寒を感じ、気付いた時には、安倍の体にぶつかっていた。
同時に、銃声がし、高橋の「きゃっ。」というか細い声が聞こえた。
4 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時33分49秒
安倍の体に覆いかぶさりながら、高橋の方を見る。
高橋は床にしゃがんでうずくまり、先ほどまで彼女の顔があった場所のちょっと横に、穴があいていた。
吉澤がちょっと遅かったら、高橋は完全に安倍の銃によって、頭を撃ち抜かれていた。

凄いコントロールの良さだと思った。
それに、あの容赦のない、相手に隙を与えない撃ち方も、プロだと感じた。
ではなぜ先ほど、あれだけ至近距離にいた吉澤を、ミスったのだろうか。

吉澤はとっさに、安倍の手を押さえた。また蹴られないように、足も固定する。

横で、高橋が立ち上がるのを感じた。

「じゅ、銃を放すだ!床に置くだ!!」

威勢良く叫んでいたが、心なしかその声は震えていた。
間近に死を感じて、本当に恐かったのだろう。

だがいくら手を押さえても、安倍は銃を放そうとはしなかった。

吉澤は、直感でこのまま高橋がここにいるのは危険だと感じ、

「なっち、聞きたかったんだけど、石川さんは何処にいるの?」

安倍の目の前で、そっと尋ねた。
5 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時34分56秒
安倍は怪訝そうな顔をし、

「こんな時になに?」

「いいから、答えて。石川さんも、組織につかまったはずでしょ。
 しかも、私なんかのために。
 つかまったら何されるか分からないけど、石川さんは悪くない。」

「だから石川を、助けたいって?」

「そう。だからなっちお願い。石川さんの居所、教えて。」

暫く吉澤の目を見つめ、やがてばつが悪そうにそれをそらした。

「なっち、私は、誰にも悲しんでほしくない。誰にも死んでほしくない。
 このままだと、誰かが傷ついて、誰かが悲しむ。
 さっき、なっちがミスした時、気付いた。
 なっちは、私を殺したくないんだって。本当は殺したくないんだって。
 私は、なっちに殺されるならいいかと思った。
 でも、私が死んだら、なっちが悲しむって思った。
 石川さんだって、私のために組織を裏切ってくれた。
 高橋だって、こうやって命をはって私を助けにきてくれた。
 そんな私が死んだら、少なくとも、悲しんでくれる人がいるって、それに気付いた。
 だから…。」
6 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時37分13秒
吉澤は一息つき、

「私は生きようと思った。
 それで、これ以上誰も、傷つけたくないし、悲しませたくない。
 私は、みんなを助けたい。
 何で望んでもいないのに、銃を向け合わないとだめなのか。
 他にも、組織のせいで傷ついてる人、罪もないのに死んでいってる人がいっぱいいると思う。
 だから私は、組織と戦う。こんなの全部、間違ってると思うから。」

安倍の目を見ながら、思ってる事を全部言った。
吉澤が何かを言ってると分かってか、高橋も無言で立っている。

吉澤は安倍の上に乗りながら、その目をじっと見続けた。
安倍がそらせないぐらいに、熱く、心から訴えかける。

少しして、安倍がため息をつきながら、

「…分かった。」

と呟いた。

「石川は、このすぐ横にある、大きなドーム状の倉庫にいるはずだべ。
 なっちと紺野が、よっすぃー殺害計画に失敗した時、おとりとして使うため、
 いつでも準備してるはずだから。その間、石川がどんな拷問受けてるかは分からないけど…。」

安倍が視線を落としながら言ったのを聞いて、吉澤は「ありがと、なっち。」と呟いた。
7 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時38分32秒
そして、

「高橋!私の事は大丈夫だから、石川さんを助けに行って。」

顔を上げ、叫んだ。

銃を構えたまま微動だびしなかった高橋は目を大きく開けて、

「はぁ?石川さんですか?吉澤さん、こんな時に何言ってるだ。」

心底呆れたように声を出した。

「いいから、ここは私に任せて。これは、私達の問題だから。私は大丈夫。
 絶対死なないから。私も後から、応援に行く。
 だから先に、石川さんを助けに行って。組織の連中につかまってるはずだから。
 この建物の横にある大きな倉庫に、捕らえられてるらしいから。
 これは、先輩命令だよ。」

吉澤は一通り言って、安倍の方を見た。安倍は怪訝そうに、こちらを見ていた。

「い、いっくら先輩命令でも、この状況でオラが立ち去る事はできねーだ。
 吉澤さん、あなた立場分かってるんですか?殺されちまいますよ。」

「大丈夫。私は絶対大丈夫だから。だからお願い、早く行って。
 私も後から、すぐに行くから。」

断固として、吉澤は言い分を譲らなかった。
最後には、高橋が仕方ないといった様子で、とぼとぼ移動し始めた。
8 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時39分58秒
安倍に警戒をおきながら、ゆっくりと反対側の出入り口へ行く。
高橋は最後まで、背中を向ける事はなかった。立ち去り際に、

「吉澤さん、生きてください。」

と言ったのが聞こえた。

高橋が立ち去った後、吉澤は安倍から体をのけた。

「どういう事?」

自由になった体を起こしながら、安倍が怪訝そうに聞く。

「言ったじゃん。私は誰も悲しませたくないって。
 あのまま高橋がいたら、なっち、高橋を撃ちかねなかったでしょ?
 あんなに容赦なく撃つんだもん。びっくりしたよ。」

吉澤の言葉に、無言で答える。

「それと、もう一回、信じてみたくなって。
 自分が人生に勝つ、負ける、じゃなくて。
 自分の気持ち、そして、なっちの気持ちを。」

「何、言ってるべさ。よっすぃー、自分の立場がやっぱり分かってないみたいだね。
 なっちはよっすぃーを殺すために、ここに来たんだよ。
 よっすぃーは知らないと思うけど、なっちは今まで何人もの人を殺してきたんだべ。
 その人が何をしたとか、善人だったとか悪人だったとか、そんなの知らない。
 なっちは、組織の中でも有数な殺し屋なんだから。」

そう言って、再び銃を、吉澤に突きつけた。
9 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時42分40秒
だが吉澤は瞬き一つせず、

「なっち、ずっと苦しかったんでしょ。」

小さく呟いた。

「何がきっかけで、人を殺すようになったのかは知らないけど、
 人を殺していい思いになる人なんて、この世にはいないよ。
 みんなどっかで、罪悪感を感じ、悔やんで、悲しんで、
 でも他に誰もその気持ちを分かってくれる人がいなくて、孤独で、また人を殺して。
 その繰り返しなんでしょ。そんなの、間違ってると思う。
 仕事だからって、人を殺していいわけじゃない。なっち、言ってたじゃん。
 殺された周りの人間が、どれだけ悲しむかって事。
 私に、人殺しはだめだって、あんなに言ってたじゃん。
 あれは、本心だったんでしょう?
 あれがなっちの本当の気持ちだったんでしょう?」

いつしか吉澤は、自分の目頭が熱くなってる事に気付いた。
安倍の事を、安倍の立場になり、安倍の気持ちを心から考えた。
安倍はこんなに、悩んでたのかと思った。

そしていつの間にか、安倍は銃を落として、泣いていた。
手で顔を覆う事もなく、瞬きをする事もなく、ただ目に、涙を溢れさせていた。
10 名前:真実と嘘 投稿日:2003年02月18日(火)14時44分15秒
吉澤はそんな安倍の体を、そっと抱きしめた。
そして自分の胸の中で嗚咽を漏らす彼女と共に、涙を流した。
心が、繋がった気がした。

抱きしめながら、戯言のように、「なっち、好き。好きだよ。」と何度も呟いた。
そんな言葉だけじゃ、足りない気がするが、今はそれだけで精一杯だった。

どれくらい、泣いたのだろう。暫くして、どちらからともなく、体を離した。

安倍は、頬についた涙の跡を拭おうともしないまま、

「…行って。」

小さく言った。

「…よっすぃー、行って。なっちの気が変わらないうちに、早く…。」

そう言って、吉澤の体を突き飛ばすように、後ろに下がった。

吉澤は半ばこうなる事を予想して、

「なっち、また会えるよね。」

と言った。安倍はそれに答える様子がなく、ただ下を俯いていた。

「石川さん助けたら、私は組織と戦うつもりだから。
 例え一人でも、戦うつもりだから。でも、出来ればなっちも…。」

言いかけて、やめた。今言うせりふじゃないと思った。

何も言わない安倍をもう一度見て、吉澤はその場を去った。
建物の中が、妙に雨臭かった。
11 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年02月18日(火)20時40分04秒
新スレおめでとうございます。
すごい、気になる展開ですね・・・
目が離せません。
続き期待してます。がんばってください♪
12 名前:301改めなっちモニ。 投稿日:2003年02月18日(火)23時56分29秒
新スレ、おめでとうございます!
前スレより追いかけて参りましたが、この度HNをなちよし仕様に固定
しましたw 今後もよろしくお願いしますです。
ぬぉ〜、こういう展開で来ましたか〜!
安倍さん、アナタって人は一体何者なんですか!?
行方の分からなかった石川さんの無事を祈りたいですね。
何気に高紺が気になり始めてますがw
しかしりゅ〜ばさんの書く吉はカッケ〜っすね!
次回更新も期待しております。

ところで、「なちよし」番外編があるのに今さっき気が付きましたw
細かい仕事されてますねぇ・・
HPもお邪魔させていただきました。楽しみがまた一つ、増えました。
13 名前:ぴけ 投稿日:2003年02月20日(木)00時41分17秒
いよいよ2スレ目に突入ですね。
安倍―吉澤、高橋―紺野 の線が見えて来たところで、次は石川さんが
気になります…
14 名前:オニオン 投稿日:2003年03月01日(土)20時04分16秒
やっと読みました(ごめんなさいごめんなさい)。
いつの間にか大スペクタクルロマン(意味は知りません)になってて
すげー、と素で思ってしまいました。
何か複雑な人間関係でいちいちそうきたかぁって叫んで読んでました。
続き、期待してます。
15 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年03月01日(土)20時30分08秒
レスありがとうございます!励みになってます!

>>10 ヒトシズクさん
 目が離せないと言ってくれてありがとうございます・゚(つД`)゚・.
 頑張って更新していきます!

>>11 301改めなっちモニ。さん
 HNなちよし固定キタ━━(゚∀゚)━━!!!! ワラタ。
 前スレに引き続きレスありがとうございます(ノд`)・゚・。
 安倍さんは一体何者なんでしょうね?自分も分からないですw
 高紺も(・∀・)イイですよね!よっすぃもかっこよく書けるよう頑張ってます。
 HPも来て下さってありがとうございます。
 なちよし番外編チェックもありがとうございました!

>>12 ぴけさん
 石川さんですか。ふふふ・・・(謎
 なちよしも高紺もどうなるのか分からないですけどね。ふふふ・・・(謎

>>13 オニオンさん
 読んでくれてありがとうございます!(謝らないでw)
 スペクタクルロマンですか?凄い表現力!今度使わせてもらいますw
 人間関係複雑ですよね…分かりにくい部分があったのなら何なりと言って下さい。

更新遅れてスマソ。では、続き逝きます。
16 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時32分11秒
外はまだ雨が降っていた。安倍が言っていた倉庫とはどの辺にあるのだろう。
高橋は上手くやったのだろうか。

工事中の建物から出たら、そこはもう屋根がなく、吉澤は雨の中を歩くしかなかった。
仕事の時いつも着用する黒いジャケットを、頭の上にのせる。

吉澤は落とさずに持っていた携帯を出した。
ディスプレイの時計は午前二時をさしている。
メモリーを開き、高橋の名前にカーソルを合わせ、発信ボタンを押した。

携帯は唯一の連絡手段の為、どんな時でもバイブにして体に密着させてあるはずである。
高橋と別れてからまだそんなに経っていない。
まだ倉庫に入る前なら、合流して一緒に石川を助けられるかもしれないと思った。

だが電話はなかなか繋がらなかった。
もしかして今は、返事を出来る状況ではないのかもしれない。

諦めて切ろうとした時、繋がった。
すぐに高橋の声が聞こえてくると思ったが、何の音もしなかった。

目では倉庫を探しながら、雨音に消されないように携帯をいっそう強く耳に押し付けた。
向こうが何も言ってこないのに対し、

「…もしもし?」

警戒気味に声を出した。
17 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時34分21秒
だがいくら待っても無言だった。もしかして高橋に何かあったのかもしれない。
危険を察知し、少し声を荒げた。

「もしもし?そこにいるのは誰?たか…オラン?オランなの?」

吉澤の言葉を待ってたように、電話先にいる何者かが鼻で笑った。

「あ〜、あんたが吉澤さんなん?なんや、思ってたよりせっかちな感じやなぁ。
 こっちはあんたのせいで長い間臭い倉庫ん中に待機させられとったっちゅーのに。」

「…なっ…。おまえは誰だ。高橋は…高橋はどうした!」

吉澤は足を止めた。鼓動が高ぶった。

「人に名前を訊ねる時はまず自分から…って、もうあんたの名前しっとるがな。
 まぁええわ。嫌でも会わなあかんのやろうし。吉澤さん、隣の建物におるんやろ?
 あ、でも雨の音が聞こえるからもう外か。
 っちゅー事は、やっぱり安倍さんは失敗したんやな。
 だから初めからうちが行ったるって言ったのに…。」

電話越しに独り言を続ける相手に苛立ちを覚えながら、

「質問に答えて!高橋と石川さんはどうした?何でおまえが高橋の携帯を持ってるんだ。」

だが相手は吉澤の心を読み取ってたか、わざと一息つき、ゆっくりとした口調で答えた。
18 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時37分29秒
「まぁまぁそう焦らんとってや。
 うちもずっとこんな所で待たされとったから、会話を楽しみたかっただけや。
 でもまぁこれ以上喋っとっても、こっちとしても都合が悪いしな。
 取り合えず10分以内にここへ来るんや。ここっていうのは倉庫の事な。
 はよせんと綺麗な愛人秘書と可愛い能無し部下の頭がぶち抜かれてまうで。」

「な…。」

そこで、電話は切れた。

吉澤は無造作に携帯をしまってから、雨の中を突っ走った。
この辺の地理は何となく頭に入ってある。倉庫があるとしたら、南の方だった。


少し走っただけで、見つかった。住宅街からは離れた場所に、それは建っていた。

窓越しに、明かりが見える。
何かで覆ってるようだったが、所々の隙間から光が漏れていた。
この中に人がいるのだと感じ、またこの中に石川と高橋がいると確信がもてた。

吉澤は入り口らしきドアの前に立った。
普段つけられてるであろう施錠は、外されていた。

吉澤はもう濡れる事など気にしないように頭から直接雨を受けながら、再び携帯を取り出した。
19 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時38分50秒
「倉庫の前に来た。ただし、一つ条件がある。」

高橋の番号にかけたが、もう疑う様子もなく、繋がった相手に言い放った。

「何や?」

「石川さんと高橋を先に解放して。私は今ドアの前にいるから。
 二人もドアの前に立たせて。」

「んなあほな条件誰が飲むと思ってんねん。
 それであんたらに逃げられたらまるでうちがあほみたいやんか。
 何でもいいからはよ入ってき。あんたが入ってきたらこの二人は殺さへんから。」

「私は武器を持っていない。逃げるつもりもない。本当だから、信用して。
 石川さんと高橋は、この事に関係ないから。だから先に解放してあげて。お願い。」

「そんなお願いて言われてもなぁー。大体、何でうちがあんたのこと信用せなあかんのや?
 仮にも敵同士やで。」

相手がまた鼻で笑った。

「お!もうすぐ10分経つで。つべこべ言わずはよ入ってこな、二人の頭がぶっ飛ぶで。
 まぁ安心しぃな。あんたがドア開けた途端、ぼか〜んなんてやらへんから。
 うちもそこまで悪人ちゃうわ。ほな、そういう事で。」

また、問答無用に電話は切れた。
20 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時40分21秒
吉澤は舌打ちした。組織が、裏切り者の石川と高橋を放っておくはずがない。
吉澤が顔を見せても、二人が解放される可能性は低かった。
このままだと、全員やられてしまう。

向こうにはああ言ったが、実は護身用の小型ナイフだけは持っていた。
だが相手は銃を持っているだろう。こんなの一つでは何も出来ない。

思い悩んでるうちに、携帯が震えた。高橋からだった。

「10、9、8、7…。」

発信ボタンを押した途端、先ほどの声が聞こえてきた。
どうやらもう10分経つようだ。
吉澤はもはや作戦を練る時間もないまま、ドアを開けた。

「…3、2、って、あれ?何や〜。入ってきてしもたんかぁ。つまらんな〜。」

中は、先ほどの建物と同じように仮設用のライトがつけられ、独特の臭いがしめていた。
入り口はドアの割りに狭く、周りには薄汚い箱がランダムに積み上げられていた。
21 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時43分06秒
その中央部で、椅子に座っている石川と高橋、そしてそれを囲むようにして見知らぬ女の子が二人立っていた。
石川と高橋の足はロープでくくられ、手も椅子に固定されてるようだった。
甲高い声で喚いたのか、石川の口だけにはタオルが巻かれていた。
高橋の顔は遠くからでも分かるぐらい、先ほど見た時より傷の数が増えていた。

二人を囲むようにして立っている童顔の少女達は、二人とも同じように背が低く、同じように髪を二つに結んでいる。
もし街中で見かけたら、普通の小学生、あるいは中学生に見えただろう。
だが手の中にある黒々しい物が、ただの少女達じゃない事を物語っていた。

一瞬でその状況を目に焼いた吉澤は、そのまま横に飛びのき箱の影に隠れた。

「あ!こら〜。何や今の瞬間移動は!!のの、何で撃てへんかったんや?」

「何か早すぎて見えなかったのれす。あいぼんらって少しも体動かさなかったじゃないれすか。」

「うちの事はええねん!ってか、こんな突っ込みしとる場合ちゃうわ!
 おーい吉澤さん!あんた何隠れとんねん!愛人と部下の命はええんか?」

「さっきも言ったはず。二人を先に解放して。そしたら私は出て行くから。」
22 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時47分07秒
「解放やて。どうする?」

「ダメれす。罠の臭いがするのれす。」

「罠もくそも向こうは武器すら持ってへん言うとるけどな…。う〜ん、どないしょうか…。」

二人が喋ってる間、吉澤は積み上げられた箱に隠れながら、凄いスピードで移動していた。
右手には小型ナイフを持っている。
少しでもチャンスがあれば、石川と高橋を助けるつもりだった。

吉澤は入り口から向かって左側を移動していた。
こちらの方が箱が沢山積んであり、隠れられそうだと思った。
ちょうど、左側の椅子に高橋が座っている。
吉澤が移動してる事にまだ気付いてないのか、入り口付近を必死に見ている。
目を大きく見開いて口をつぐみ、チャンスをうかがってる様子だった。
吉澤の知ってる範囲では、石川は戦い方を知らない。
先に助けるとしたら高橋だった。

「も〜、ののは相変わらずあほやなぁ〜。パートナーのうちがどれだけ大変か分かっとるん?」

「のののせいで、あいぼんの髪の毛はどんどん薄くなっていってるんれすよね。」
23 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時51分17秒
「そうやねん。ほんま、アートネイチャーにそろそろ申しこまなあかんわ…って、違うやろ!
 だからぼけんでえーって!ってか、おい!吉澤!取り合えず顔見せぇって。
 そしたらこの二人の解放も考えたるわ。」

「あいぼん、ナイスな作戦なのれす。」

「ふん。こんなん普通やわ。」

二人が喋ってる間に、吉澤は既に4人の背中が見える場所まで来ていた。
椅子に固定された石川と高橋の手足のロープはなんじゅうにもなっていて、小型ナイフでは簡単に切れそうになかった。
それ以前に、ここからそこまでは少し距離があった。
十分に注意しないと、足音で気付かれてしまう。

「おーい、なにしとんねん。こわがんないでええねんで。はよ出て来ぃや。」

「鬼さんこちら。手のなるほうへなのれす。」

「何わけわからん事言っとんねん…。
 取り合えずおい!はよ出て来るんや!もう待たされるんは嫌やわ。」

「そうれす!早くしな…うぐっ。」

二人が完全に油断してる間に、吉澤はゆっくりと距離をつめて、舌足らずな少女の後ろに来ていた。
そしてためらい無く、後ろから彼女の口を手でふさいだ。
24 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時54分09秒
「ぐはっ!あんた何でそんなとこにおんねん!いつのまに移動したんや!」

もう一人の関西弁を喋る少女が振り返った。
吉澤はナイフを辻希美の喉下につけながら、

「石川さんと高橋を解放して。早く!」

鋭く言った。

加護亜依は少し眉間に皺を寄せてから、ピストルを石川の方へ向けた。

「あんたこそ、立場が分かってへんみたいやな。
 そんな小型ナイフで何が出来るねん。はよその子を放すんや。」

「立場が分かってないのはそっちの方だね。
 それとも、お子ちゃまの頭では今のこの状況が理解できないって?」

挑発するように言うと、加護は少し顔を赤らめ、

「だ、誰がお子ちゃまやて!うちはこれでももう14になるんや。
 大人の女性の魅力ぷんぷんやわ。ま、この愛人秘書には負けるけどな。」

言いながら、銃口で石川のこめかみを突っついた。

「どうやら、お子ちゃまには口で言っても分からないみたいだね。」

吉澤は手に力を込めた。ナイフが少しずつ、辻の皮膚に食い込んでいくのが分かる。
25 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時55分22秒
その時、視界が揺れた。ジェットコースターに乗って一回転した時のような感覚だった。
だが次に、肩と背中に痛みが走り、目の前には天井が広がった。
間をおかずに、右手にも激痛が走った。

「ほら、だから言ったやろ。この状況が理解できてないんやなって。」

見上げると、加護が嬉しそうに笑っていた。自分の体は仰向けになっている。
あの小さな少女に、背負い投げされたのだと分かった。
そのまま右腕も捻じ曲げられている。

石川が何かを叫んでるのが分かった。「うーうー。」と高い声で呻いている。

「大分てこずらせてくれたなぁ。ほな、そろそろおしまいにしましょっか。」

吉澤が起き上がる前に、ピストルが向けられた。

今度こそ本当に終わりなのだろうか。嫌だ、こんな形で終わりたくない――。
まだ何もやってないし、誰も助けてない――。

石川の呻き声が大きくなり、高橋が「やめるだ!!」と叫んでいた。

その時、安倍の声が聞こえた。まだ死んでないのに、おかしい。
幻聴だろうか。だが、もう一度はっきりと彼女の声が聞こえた。
26 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)20時56分36秒
「やめなさい。」

声がした方を見ると、倉庫の入り口に、安倍と紺野が立っていた。
ドアは開けっ放しにされ、雨も見える。

「な、何やっとんのや安倍さん。」

加護が唖然とした声を出した。吉澤も、安倍の方を見て目を丸くした。
安倍は両手を縛られた紺野の腕を掴みながら、彼女のこめかみに銃を当てていた。

「紺野が殺されたくなかったら、ただちにピストルをしまうべさ。
 それから、石川と高橋も助けてあげて。」

淡々として言った。

「あ、安倍さんどうしちゃったのれすか。のの達を裏切ったのれすか。」

「そ、そうやで、何言ってんねん。目標を殺す事が今日の仕事じゃないですか。
 この二人も生け捕って組織に渡さなあかんて、そう書いてたじゃないですか!」

「加護は、人が殺せるの?」

辻加護とは違い、安倍は落ち着いていた。

「何言ってるんですか。殺せますよ。何度も練習したし…。
 それが今日の仕事じゃないですか!」
27 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)21時01分10秒
「訓練と、実際に人を殺すのは違うべさ。
 なっちは、加護にも辻にも、人を殺してほしくない。
 一回やっちゃうと、歯止めが利かなくなる。自分自身に、言い訳するようになる。
 あの時殺せたから、次も殺せるって…。でも本当は、殺したくないはず。
 心の奥では殺したくない、もう嫌だって思ってるのに、
 一度人を殺してしまったから、戻れないんだべさ…。だから、やっちゃだめ。
 二人には、やってほしくない。」

「安倍さん…。」

「そ、そんな事言われたって、これがうちの仕事やねんから。
 大体、このままこの3人を逃してどうやって組織に顔向けするんですか?」

「後の事はなっちに任せて。全てなっちが責任を負うから。
 だから早く二人の縄をほどいて、こっちに来るべさ。
 …じゃないと、辻加護の大好きな紺野の頭が吹っ飛ぶべ。」

安倍が引き金に手をかけた。紺野の顔は蒼白し、震えているのが分かる。
28 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)21時02分38秒
「こ、紺ちゃんを殺したらいくら安倍さんだからってののは許さないのれす!」

そう言って銃を向けようとする辻を加護が制した。

「まぁ待ち。命令に従ったら紺野ちゃんは殺されへんわ。あの安倍さんや。
 本当にやりかねへんで。ここは言うとおりにするのが一番ええわ。」

辻と加護は頷きあい、石川と高橋の縄をほどいた。
その間も、吉澤は動かないで安倍を見ていた。
だが彼女の目は一度もこちらを見なかった。

縄がほどかれ、石川が「もう!苦しかったんだから!」と言った。
そして辻と加護は吉澤の横を通り過ぎ、入り口まで行った。

その途端、結ばれていた紺野の紐も解かれ、押し当てられていた銃も外された。
辻と加護が、心配そうに紺野の顔を見る。

「…行くよ。」

安倍が小さく呟いて、4人は踵を返した。
振り返りざまに、辻と加護が怪訝そうにこちらを見た。
安倍は最後までこちらを見なかった。


「なっち!」

吉澤は思わず叫んでいた。背中を向けた4人の歩調が止まる。
だが振り返ったのは辻と加護だけだった。
29 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)21時03分57秒
「何で…?」

本当は、駆け寄りたかった。今行かないと、もう手が届かない所へ行ってしまいそうだった。

「何でこんな事したの?こんな事して…なっちは、大丈夫なの?」

それに対し、「こんな時にまで人の心配するなんて相当のあほやな。」と加護が呟いた。

暫くして、吉澤が新たに口を開こうとした時、安倍が言った。

「…言ったべさ。なっちは、この二人に人殺しになってほしくないだけだって。」

「でもだったら何で!何であの時、なっちは私を…。」

「…よっすぃーには、今までずっと嘘ついてきて悪いと思ってるべ。
 なっちは、今は事情があって組織から抜け出せない。
 だから組織の命令には従わないといけない。
 でもなっちは、よっすぃーを殺せなかった。
 でも、組織を裏切ることも出来ないべ。だから…。」

安倍が振り返った。目が合った。

「なっちは行かないといけない。でも…よっすぃーは、頑張ってね。…ばいばい。」

今にも、崩れてしまいそうな表情だった。吉澤はまだ何か言いたかったが、声が出なかった。
30 名前:真実と嘘 投稿日:2003年03月01日(土)21時05分29秒
「あさ美!オラ、待っとるから。」

その時、高橋が叫んだ。
それに合わせて、ずっと背中を向け続けていた紺野の肩が、小さくはねる。

「オラは吉澤さんについていくだ。
 でもオラは、あさ美は今の仕事が合ってないと思うだ。
 組織のやり方は何か間違ってると思うだ。だからオラ、待ってるでよ。
 あさ美が、連絡してくるの、待ってるでよ。」

吉澤は驚いたように高橋を見た。二人が知り合いだったなんて、知らなかった。

だが紺野は何も言わないまま、足を速めた。そうして、4人の後姿は暗い雨の中に消えていった。


吉澤は振り返り、石川と高橋を交互に見た。二人とも疲れきった顔をしている。

「助けてくれて、ありがとう。」

石川が言った。

「…いえ、石川さんこそ、私なんかのために組織を裏切ってくれて…。」

「いいのよそんな事。吉澤を殺すのに協力しろなんていう命令、誰がきくもんですか。」

石川の甲高い声に安堵し、吉澤は笑った。

「…でも、これからオラ達どうすればいいだ?」

頭から血を流したまま高橋が言った。

3人はお互いの顔を見合い、同時に「さぁ?」と首を傾げた。
吉澤は笑った。疲れが、どっと出た。
31 名前:なっちモニ。 投稿日:2003年03月01日(土)22時53分14秒
更新、お疲れ様でした。
いやぁ〜、りゅ〜ばさんは泣かせドコロを心得てらっしゃいますねw
安倍さんカッコ良いよ、安倍さん!安倍さんオトコマエだよ、安倍さん!
今回は安倍さんにヤラレました。

>綺麗な愛人秘書と可愛い能無し部下
コレ、気に入りました!最高♪是非とも自分も持ちたいものですw
何気に4期揃い踏みキタ〜!
ひとりノリツッコミの加護ちゃんがイイっすね。
この先どうなるのか・・
またしても不整脈を押して、次回更新をお待ちしておりますね。
32 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年03月03日(月)14時35分38秒
レスありがとうございます!

>>30 なっちモニ。さん
 泣かせどころですか?安倍さん男前でしたか?
 まじですか!そんな風に書いてたつもりなかったんで嬉しいです。
 私も高橋のような愛人秘書が欲し(ry げふげふ。
 加護ののりつっこみは自然に書いちゃいますね。関西魂が出ちゃいます。
 ってか不整脈は(ry

頑張って更新します。
33 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時37分38秒
午前三時、家へ帰った。だがここに来るのもこれで最後になるだろう。
吉澤は戦いに必要な武器、生活に必要な衣服や日常品をボストンバッグに詰めた。

吉澤殺害計画が失敗したと組織が知れば、すぐにここは探索されるだろう。
石川と高橋の家も同じのはずだ。
三人で話し合って、今夜中にまず家へ帰ろうという事になった。

荷物を詰め終えて、最後に、二年間お世話になった部屋を見回した。
何の感情もわいてこない。ついこの前まで安倍と暮らしていたのが嘘のようだ。

ふと立ち去り際に、ベッド脇に置いてある漫画が目に入った。
「恋に落ちて」三巻だった。
そういえば安倍と一緒に寝た最後の夜も、彼女はこれを読んでいた。
何となく手に取り、中を見る。これを見ると紺野の事を思い出す。
あの時のような普通の学生生活は、もうこないだろう。
34 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時39分47秒
漫画を置こうとした時、一番最後のページに紙が挟まってるのに気が付いた。
何かの切れ端をやぶったような物だった。吉澤はそれを取った。
紙には今にも切れそうな細い文字で、一言、「さようなら。」と書かれていた。

胸が熱くなるのを感じた。制御していた感情が舞い戻ってくる。
紺野に貸して貰った時はこんなのは挟まってなかったはずだ。
安倍が、最後に残したメッセージだと分かった。

吉澤は込み上げてくる感情を抑え、紙を挟みなおしてその漫画もバッグに詰めた。



少し古い、繁華街とは離れたホテルの一室に、吉澤、石川、高橋の三人は集まった。
別行動するのは危険を伴い、特に吉澤は石川についていきたかったが、家も離れていて時間を食うため仕方なく一人で家へ帰らせたので心配していた。
二人が無事帰って来て、吉澤は安堵した。

「吉澤、シャワー浴びてきなよ。」

タクシーで移動していたとはいえ、その前に随分雨の下でずぶ濡れになった。
本当は自分が一番に浴びたいのだろうが、気を使って石川が言ってくれた。
35 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時40分49秒
吉澤は高橋の傷を手当てしてる石川に無言で頷き、浴室に入った。

シャワーを浴びたらすきっとしたが、疲れもどっと出た。
他の二人も同じようで、シャワーを浴び終わっても、暫くみんな無言だった。

石川の提案で、ひとまず睡眠をとることにした。
腹が減っては戦が出来ないのと同じで、こんなに疲れていては頭も働かない。
当然、これからの事を考える余裕など無かった。

高橋の提案で、一人見張りもつける事にした。
こんな小さなホテルの一室で見張りをつける事にどれだけ意味があるのか分からないが、心持ちその方が安心だった。
吉澤と高橋が立候補したが、結局高橋が起きておく事になった。
いろいろ考えたいらしく、寝れる気分じゃないそうだ。

吉澤もいろんな事がありすぎて寝る気分ではなかったが、体は正直なのか、ベッドに入った途端すぐに眠りに落ちた。


36 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時42分59秒
目を覚ました時、外はもう明るかった。カーテン越しに光が見える。
時計を見ると、午前十時だった。六時間も寝ていた事になる。
吉澤は思い出したように体を起こし、椅子に座ってドアを見つめる高橋を見た。

「何で起こしてくれなかったの?もう十時じゃん。二時間ごとに交代って言ったじゃんか。」

少しきつめに言うと、高橋は微笑して、

「吉澤さん、あんまりにも気持ちよさそうに寝てたんでぇ、起こせなかっただ。」

「何言ってんの!だって、高橋は、まだ一睡もしてないんじゃ…。」

吉澤は隣のベッドでまだ寝息をたてている石川を見た。

「オラあんまり眠くなかっただ。…それに、これからの事もいろいろ考えてただ。」

目の下に隈をつけながら、高橋は顔を落とした。吉澤は少しためらいがちに、

「…あさ美のこと?」

と聞いた。

「まぁそんなもんです。ってか吉澤さん、あさ美のこと知ってたんですか?」
37 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時45分10秒
「一応、クラスメイトだったからね。」

「え、クラスメイト?!あさ美は、オラの一つ下で、まだ中二ですよ。」

「えぇ?!」

「まぁ頭は高校生レベルいってたかもしれませんが…。」

吉澤はベッドから体を出し、

「…あさ美と高橋は、どういう関係なの?」

石川がまだ寝てる事を確認して、高橋の横の椅子に座った。

高橋は暫く遠くの方を見つめていたが、やがて決心したように息をはいた。

「あさ美とは、二年ちょっとだけど組織の寮に一緒にいたんです。
 学年はオラより一つ下だったけんど、オラとあさ美は仲が良かったんです。
 …少なくとも、オラはあさ美とは親友同士だと思ってただ。」

初めて聞かされる高橋のバックグラウンドに、吉澤は驚いた。
しかも、あの紺野と同じ所に住んでいたとは。
38 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時46分30秒
「でも、あさ美はオラより先に寮を卒業しただ。オラが中一の頃だったと思うだ。
 組織が、人手が必要だとか言い出して、試験を受けて合格して行っちまっただ。
 あさ美とはそれ以来、連絡がつけれなかったんです。
 どうやって連絡つけるか分かんなかったから…。
 このままだと一生あさ美に会えないと思って、だからオラも、その一年後ぐらいに卒業したんです。」

「高橋が中一だった時、あさ美は小六だったんだよね?それって、二年前だよね?」

「そうだと思いますだ。」

吉澤は頭の中で逆算した。
吉澤が記憶喪失になって、私立中学に通うようになったのは二年前の中二の時だ。
紺野は既に、その時からクラスメイトだった。
吉澤が転入生として入った時からごく自然にいた。
初め見た時は幼いなと思ったが、まさかまだ小六だったとは思わなかった。

その事を告げると、高橋は驚いていた。
まさか組織が必要な人手とは、吉澤の監視役だとは思わなかった。


吉澤は疲れてる高橋と話し込んでしまった事に気付き、彼女に寝るよう勧めた。

ベッドに入る前、高橋はためらいがちに、

「あの…安倍さんと吉澤さんって、どういう関係だったんですか?」

訊ねた。
39 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時47分54秒
唐突に高橋の口から安倍の名前が出たため、吉澤は動揺した。
だが表情は変えないように努め、

「なっち…安倍さんとは、一緒に住んでたんだよ。二ヶ月だけだけどね。」

明るく言ったら、高橋は驚いたように目を丸めた。

「え…。一緒に、ですか。あ、つまりその、そういう関係だったとか…。」

「何言ってんの、違うよ。
 いろいろ事情があったんだけど、それも全部、組織が仕組んでた事みたい。
 今思えば全部、嘘だったんだなって。」

「そうですか。でも、吉澤さんって一体…。」

「私?」

怪訝そうにこちらを見る高橋の目を見て、笑った。

「私は、ただの記憶喪失者だよ。」



高橋がベッドに入ってから三十分後ぐらいに、石川が目を覚ました。
よく見ると、カーテンの隙間から漏れた光が石川の目を差していた。
もうちょっと寝ていたかったという面持ちで、体を起こす。

ここがホテルだと忘れていたのか、大きく伸びをし、無防備にあくびをする。
やがて吉澤の視線に気付き、「きゃっ。いてたの?!」と叫びながら顔を隠した。
別に今更照れる間柄でもないだろうと吉澤は苦笑する。
40 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時50分36秒
「石川さんに、聞きたかったんですけど。」

高橋が寝ている事を確かめ、紅茶を入れる石川を見た。
石川は訊かれるのを察知していたように表情を硬くさせ、紅茶をテーブルの上へ運んだ。
吉澤にも飲むように促す。

「今回の事、組織の事、私の事、全部教えてくれませんか?」

吉澤が声を落とすと、石川も声を沈ませ、

「…吉澤は、どこまで知ってるの?」

紅茶を啜った。

「…私は、昨日、いや今日まで、何も知りませんでした。
 自分がなぜ組織にいたのか。なぜ記憶喪失になったのか。
 なぜ命を狙われないといけなかったのか。
 なぜ石川さんやあさ美と知り合ったのか。
 そして…なぜなっちと、安倍さんと知り合ったのか。」

「吉澤が、あの安倍さんと知り合いだったなんて本当にびっくりしたわ。」

「え?知らなかったんですか?」

「ええ、知らなかったわ。
 彼女の事は、組織の中でも有望な殺し屋としか知らなかったし…。
 私が知ってたのは、紺野が吉澤の学校に行ってたって事だけよ。」
41 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時53分22秒
吉澤は目を落とした。組織は初めから石川は裏切ると踏んでいたのだろうか。
それとも、騙すのは身内からという方針で、内緒にしていたのだろうか。
だが紺野は、安倍の事を知ってる様子だった。

「実は、石川さんには内緒にしてたんですけど、私は安倍さんと、ここ二ヶ月一緒に住んでたんです。」

「え?!」

石川が驚いたように顔をあげる。

「あの、ビル爆発事件が起きた時…思えばあの時から、
 何かが狂い始めてたと思いますが、あの日実は、私は安倍さんと会ったんです。」

「な…。何でそれをもっと早く言わなかったの?何で報告しなかったの?」

そう叫んで、石川は気付いたように声を詰まらせた。

「…もしかして、吉澤の好きな人って…。」

そんな石川の目を見てるのが辛くなり、吉澤は横を向いた。
42 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時57分26秒
「安倍さんは、記憶喪失だと言いました。
 もちろん私だって、すぐに組織に渡すつもりでした。
 …でも、不安そうな顔で、自分が誰だか分からないって言う彼女を見たら、
 まるで昔の自分と重ねてしまって…。
 もしこのまま組織に渡したら、この子は私と同じように記憶を奪うただの組織の遣いにされてしまうって思ったから。
 だからあの時私の家に、記憶が戻るまで住まわせようと思ったんです。」

吉澤は額を手にのせた。今思えばあの時の判断が全て間違っていた。
あの時、普通に安倍を組織に渡しておけば、こんな事にはならなかったはずだ。
でもそういえば、なぜ身元も分からない彼女を家におこうなどと考えたのだろう。
今考えれば非常識なことだ。

「でもまさか、彼女が組織の遣いで、全ては向こうの計画通りだったなんて思いもしませんでした…。
 私の判断ミスです。…すいません。」

そう言って、一息ついた。向かいに座ってる石川の顔を見るのが恐かった。
そういえば石川とこんな風に面と向かって話すのは、別れを告げたあの夜以来だ。
43 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時58分16秒
「…そう。あなたと安倍さんの事は、分かったわ。
 今回の事も、全て組織側が仕組んだ事だったから、仕方ないと思うし、あなたが悔やむ事じゃないわ。」

石川が気を使って言ってくれてるのが、ひしひしと伝わった。
またこんな今の自分にも優しく接してくれる石川に、温もりを感じた。

「吉澤の質問にも答えなきゃね。
 でも実は私も組織について詳しい事はよく知らないの。
 吉澤の保護者兼上司役に私が就いたのも偶然だし。」

石川の知ってた事は、安倍の言ってた事と差ほど変わらなかった。
また、安倍は知っていたが石川は知らなかった事も多々あった。

石川から得れた新たな情報は、ずっと自分より年下だと思ってた安倍が実はもう二十歳だったという事と、吉澤が記憶喪失になったのは両親が目の前で殺されたショックのせいだという事だけだった。
44 名前:迷い 投稿日:2003年03月03日(月)14時58分56秒
それから高橋も目を覚まし、3人でこれからの事について話し合ったが、具体的な事は決まらなかった。
吉澤自身、何が出来るのかもわからなかった。
ただ、石川と高橋は、吉澤と一緒に組織と戦ってくれると約束してくれた。
どうせもう裏切り者のレッテルが貼られてるはずだし、と石川は寂しそうに笑っていた。

だが結局、これといった作戦がまとまらないままその日は終わった。
三人はその日、一日中ホテルの中にいた。


次の日の朝、高橋の携帯に、紺野から電話があった。

45 名前:なっちモニ。 投稿日:2003年03月04日(火)00時54分42秒
更新、お疲れ様です!
何だか更新速度が一気に速くなりましたねw
( 0^〜^)>うれしいYO!

今回も・・安倍さんせつないよ、安倍さん!
( ●TーT)>「さようなら。」
なんて言っちゃ駄目だべさ、安倍さん・・(泣)
組織に戻った安倍さんはどうなるですか!?
安倍さんにも何か過去に秘密がありそうななさそうな・・

紺野が動きを見せたようですね。何かドジ(ry
川o・-・)>完璧です!
次回更新を血管に気をつけながらお待ちしておりますw
46 名前:名無し蒼 投稿日:2003年03月05日(水)22時30分15秒
久しぶりにレスします(w
HPも最近行ってなくてすいません(^^;
どんどんどうなってくのか楽しみですね〜。
そして…電話とは!?どうなるんでしょう気になります(w
マータリ待ってます。頑張ってください
47 名前:名無しかごま 投稿日:2003年03月07日(金)00時59分24秒
レスをしに。
やばいよ!カッケーよりゅばたん!
でも、高橋はオラとは(ry

いや、冷やかしにきたわけじゃないんで、きちんとレスします。
なんか裏が色々ありそうだ。うん。
ではでは、レスはできるだけしませんが読んでるので。じゃあねー。
48 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月27日(木)18時40分25秒
待ってるよ!
49 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年03月31日(月)00時47分46秒
激しく更新遅れました。もう本編の内容覚えてない方が沢山いると思いますが…
忘れられないためにも、ほんの少しだけ書いたので更新します。

>>44 なっちモニ。さん
 更新一気に早くなった、と言われた途端停滞してスマソ。
 安倍さんの過去にも何か秘密がありそうですね(w
 紺野も行動したようですが…どじるのかなぁ〜w

>>45 名無し蒼さん
 マターリまって頂いててありがとうございます^^;
 紺野電話とは何だったのでしょう

>>46 名無しかごまさん
 高橋はオラとは言いませんが福井県の人は「うら」と言うそうです(謎
 いろいろ裏がある話を書きたいと思ってるんですが…どうなる事やら。

>>47 待ってて下さってありがとうございます。書く気が出ました。


関係ないけど第11回短編コンペで「未来の花」というのを書きました。

では、本当に少量更新ですが、いきます。
50 名前:迷い 投稿日:2003年03月31日(月)00時50分45秒
「もしもし?あさ美か?」

今日の朝ご飯はどうするかという話し合いをしてる時、高橋が突然、「静かに!」と声を尖らせた。
かと思うとそのまま、肌身離さず持っていた携帯を取り出し、耳にあてた。
どうやら電話らしい。

吉澤と石川は黙って高橋を見ていた。
相手の返事を待ってるのか、高橋も地面を見つめたまま、口を開かない。

暫くして、相手が何か喋り始めたのか、それに合わせて高橋の表情も変化していった。

「え?!あさ美、今何処にいるだ?もっと分かりやすく説明するだ。
 …うん…うん。そっか。えぇ?!わ、分かった。ちょっと待つだ。」

早口で応対し、携帯に手をかぶせてからこちらを向いた。

「オラ、あさ美を迎えにいくだ。」

「はぁ?」

吉澤と石川は同時に声を出した。事情が分からないため、二人は揃って首を傾げる。

「…あさ美が、追われてるらしいだ。
 組織から追われてて、今逃げてる途中みたいだ。
 でも組織以外どこにも行く所がないから、オラに電話かけてきたみたいだ。
 電話番号は一昨日の夜、あさ美を気絶させた時にオラがこっそりメモを入れといただ。
 …だから…だからオラ、行かねーとっ。」
51 名前:迷い 投稿日:2003年03月31日(月)00時54分12秒
「ちょ、ちょっと待ってよ高橋。何で紺野が組織から狙われてるの?」

石川が目を右往左往させる。

「…何でも、安倍さんを助けようとしたらしくって…。」

「安倍さん?!」

高橋の言葉に、吉澤は思わず反応した。それ見て、石川が顔を歪める。

「オラも詳しくは知らねーだ。とにかく、時間が無いし、
 あさ美のいる場所は分かったから、オラ、迎えに行って来るだ。」

そう言い放ち、携帯を耳に当てなおしてから、「後三十分後にそこにいくだ。」と言って電源を切った。

その迫力に吉澤と石川も唖然としていたが、外出仕度を始める高橋に気付き、石川は慌てて彼女の腕を掴んだ。

「ちょっと待って。これは罠かもしれないわよ。」

高橋の動きがぴたっと止まる。

「今、組織は私達の足を掴むのに必死のはずよ。
 このままのけのけと出て行ったら、向こうの思う壺だわ。」

だが高橋は石川の手を軽く振り払い、タンスにかけてあったコートをとった。
52 名前:迷い 投稿日:2003年03月31日(月)00時56分40秒
「罠だって事は充分承知してます。でも、もし罠じゃなかったら?
 あさ美が本当に組織に追われてて、オラに助けを求めてきてるんなら、オラはそれに答えないといけねーだ。
 …でももし、石川さんと吉澤さんがこれを罠だと思うなら、オラ、ここには帰ってこねーだ。
 そしたら例えつけられたとしても、ここの事はばれねーでよ。」

「え…。ここに帰ってこないなら、何処に行くっていうの?!」

石川が眉間に皺を寄せながら、いつもより高い声で叫んだ。
高橋は悲しそうに笑みを浮かべ、

「分からないです。でもオラ、あさ美となら何処へでもいけそうな気がするだ…。
 …なんて、変な事言っちまっただ。」

照れながら頭を掻き、自宅から持ってきたと思われる黒いバッグを手に取った。

では、と言ってドアのほうへ向かった。
だがその時、ずっと黙っていた吉澤が立ち上がった。

「待って。私も行きます。」

石川と高橋を交互に見て、コートに手をかけた。
53 名前:オニオン 投稿日:2003年03月31日(月)01時58分11秒
更新有難うございます。
続きが気になる切り方で…(w
とりあえず、頑張れ高橋。
とだけ言わせて貰っときます。
54 名前:なっちモニ。 投稿日:2003年04月01日(火)16時32分51秒
更新、キタ〜!
少量だろうが何だろうが、なちよしヲタとして更新ほどうれしいことは
ありません!うれしいのれす♪

紺野からの電話・・
罠なのかSOSなのかドキドキしますなぁ。
また不整脈がぶり返し(ry
高橋カッコ良いよ高橋。
次回更新も楽しみに待っております。



55 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年04月03日(木)20時26分46秒
レスありがとうございます!嬉しいです。

>>52 オニオンさん
 禿まして頂いてありがとうございます。
 高橋頑張れ高橋!(謎)

>>53 なっちモニ。さん
 少量更新で申し訳ないっす。
 紺野の電話は是か非か!不整脈は気をつけて下さいねw

読んで下さってる方がどれだけいるか分かりませんが…頑張って更新したいと思います。
56 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時29分20秒
吉澤と高橋は周囲に気を配りながら、まだ人込みの残る電車の中にいた。
紺野との待ち合わせ場所は四駅ほど先だ。
高橋の話を聞いた時から、吉澤にはある考えがあった。
まず、電車を降りてから二人は別行動を開始し、吉澤は高橋の後をつける。
高橋は待ち合わせ場所へ行き紺野と合流。
一度人気のない場所へ移動し、二人を尾行してる者がいないかを吉澤が確かめ、問題がなければホテルへ戻るという作戦だ。
石川にはそのように説明して、納得させてから出てきた。

本音を言うと、紺野から「安倍」の言葉が出なかったら、吉澤はあのまま高橋を一人で行かせてたかもしれない。
たとえ罠でもいい。安倍に何かが起きてるのなら、知りたかった。

「あさ美は…安倍さんの事が好きだったんです。」

満席の車内でドアにもたれかかるようにして外を見ていた高橋が突然呟いた。
吉澤は自分の心臓が跳ね上がるのを感じたが、あえて顔には出さず、先を促した。
57 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時31分01秒
「安倍さんは、訓練所に通ってる生徒たちの憧れだったんです。
 安倍さんもそこの出身って事で、集会とかでもよく名前だけ紹介されてただ。
 安倍さんほど、完璧な人はいない、って…。
 オラは別にどうでも良かったんだけど、安倍さんはあさ美の憧れだったみたいだ。
 その時、安倍さんはまだ殺し屋なんかじゃなかったしの。」

吉澤は窓の外の移りゆく景色を見た。ガラス越しに、高橋の顔が見える。
彼女の目もこちらを向いておらず、真っ直ぐと外を見ていた。

「あさ美が何て言ってたんかよく分からんかったけど、とにかく安倍さんを助けたいって言ってただ。
 あさ美があんなに必死になるのは珍しいだ。
 …だからオラ、あさ美の事信じてるだ。あさ美はオラを頼ってきてくれた、って。
 …罠じゃないって、オラはそう信じてるだ。」

制服姿の紺野を思い出す。
いつもニュースの話をしていた彼女は、好きな人がいると言っていた。
好きな先輩、叶わない恋の相手がいる、と。
58 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時32分12秒
吉澤の相談を、紺野はいつもどんな気持ちで聞いていたのだろう。

目的の駅につくまで、高橋はそれ以上何も言わなかった。
ただドアが開く前に、一度だけ吉澤の顔を見て、頷いた。
それが作戦開始の合図だったように、そのまま踵を返して電車を降りていった。

吉澤も帽子を深く被り、数メートルほど間を取って高橋を追った。

***

そのまま大通りに出た。サラリーマンや学生、様々な格好をした人々が行き交っている。
この中からどうやって紺野を探すのだろうか。
あまりにもの人込みで、気を抜くと高橋までも見失いそうになる。


暫くして汚いパチンコ屋の前に来た。
高橋は少し立ち止まってからあたりを見渡し、すぐそばの横道に入っていった。
吉澤は一旦そこを通り過ぎ、同じように周りを確かめてから、自分も後に続いた。
59 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時33分57秒
パチンコ屋の裏は小さなアパートになってるようで、上を見上げると幾つかの窓がついていた。
そのもう少し先に、アパートの裏口となっているのか、古い小さな階段がある。
そしてその影に、うずくまるようにして、紺野がいた。
その前に高橋が立って何か喋っている。
かと思うと、今度は引っ張るようにして紺野を立たせ、顔をこちらに向けた。
吉澤は紺野に見つからないように来た道を戻り、二人が大通りへ出てくるのを待った。

紺野は、鞄も何も持っていなかった。
ただ大きめのジャケットを着ているため、中に何かを隠してるかもしれないが、特に目立った武器などは持ってなさそうだ。
時々、高橋と喋るために横を向いた時の顔には精気が無く、心底疲れてるようにも見えた。

それから一旦、予定通り人気の無い道まで歩いた。
吉澤は二人との距離をより大きくとり、周りの様子を調べた。
だが、誰かがつけてる気配は感じられなかった。
60 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時35分29秒
***

電車を乗り継ぎ、石川が待ってるホテルへ着いた時には、もう正午を過ぎていた。
館内に入った所で吉澤は二人の前に姿を現した。
高橋の「異常なしですよね?」という問いかけに頷き、紺野の方を見て、「…こっち。」と部屋へ誘導した。

吉澤と高橋に加えて紺野の帰還に、石川は心底安堵した顔を見せた。
もしこのまま二人が帰らなかったら焼身自殺でもしようかと思っていたらしい。
理由を問いただすと「地獄の業火に焼かれて…。」とオペラ座の怪人を語りだしたので、無視をした。

部屋のドアを閉めると、紺野が大きなため息をつきながらその場にしゃがみこんだ。
どうやら相当疲れたらしい。
だがそんな紺野の様子などお構い無しに、吉澤は突然銃を取り出した。

「あさ美、悪いけどジャケット脱いで。」
61 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時36分32秒
「よ、吉澤さん何やってるだぁ。」

「高橋は黙ってて。あさ美、早くジャケット脱いで。それから立って、手を挙げて。」

吉澤の厳しい口調に、初めは目を丸くしてた紺野だったが、やがて諦めたように上着を脱ぎだした。

紺野が脱いだ服を吉澤が乱雑に取り上げ、ポケットをチェックする。
だが出てきたのは携帯電話だけだった。
「盗聴器みたいなのが無いか調べて下さい。」とそれを石川に渡し、今度は両手を挙げてる紺野の身体をチェックした。

どうやら紺野は、本当に携帯電話しか持ってなかったようである。
吉澤は納得いかないというような面持ちで、銃を下ろした。

そのまま紺野に休憩の余地を与えないまま、厳しい口調で問いかけた。

「何で、あさ美が組織に追われてるのか、理由を教えてくれる?」

吉澤の容赦ない態度に、高橋が何か言いたそうだったが、黙って口を噤んでいた。
62 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時39分05秒
足元を見て中々答えない紺野に、吉澤は苛立った。安倍に何が起きてるのか、早く知りたかった。

「…あの倉庫で、安倍さん言ってたでしょ。全責任は安倍さんが負うから、って。
 組織に戻ってから、安倍さんは言葉通り全責任をおってくれた。
 仕事をわざと失敗させて、よっすぃ〜を見逃した事…。
 確かにあれは、安倍さんの独断だから、私も辻さんも加護さんも何も言わなかった。
 でもそしたら次の日突然、安倍さんの姿が消えて…。
 誰に聞いても知らないって言われたから、自分でいろいろ調べてみたんだけど…。
 そしたら、安倍さんが捕まってるっていう情報を聞いて…。
 何でも、拷問にかけるって言うから…。」

「拷問?!」

吉澤は思わず身を乗り出した。紺野が頷く。

「そんな事が、組織内で行われてるなんて、私も知らなかった。
 だけど、安倍さんはわざとよっすぃ〜を見逃したから…その罰として……だと思う。
 私はもう頭が混乱して…気が付けば、組織の上の人達に、安倍さんの刑を取り消せって食いかかってた。」

紺野は右手を握り締め、何かを思い出すように、そして悔しそうに言った。
63 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時41分09秒
「…それで、いつの間にか私まで捕まえられそうになったから、逃げた。
 警備員のふいをついて気絶させて、外に出て…。
 咄嗟の事だったから携帯しか持って無くて、このままだと捕まっちゃうし、
 安倍さんを助けられないから、だから、愛ちゃんに電話して…。」

「…そうだったんだ。」

高橋は足元に目線を落としたままの紺野を見て、納得したように頷いた。
石川は何も言わず、ただじっと紺野の顔を見ていた。

「…ふーん。それで、のこのことここへやって来たってわけだ。
 ついこの前まで、私の命を狙ってた人が、助けを求めに来るなんてね。」

皮肉を込めて言い放ち、吉澤は立ち上がった。
反論してこない紺野の横を通り過ぎ、カーテンをあけ、窓を開ける。
無性に外の空気がすいたくなった。

自殺防止のため、窓は吉澤の腕が通るぐらいまでしか開かない。
そこまで高くないが下を見下ろし、誰も歩いてない小道を見た。
64 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時42分08秒
正直、今自分に起きてる現実についていけなかった。
数日前、信じてた友達、好きな人に突然裏切られ、はたまた命を狙われた。
その日までの生活は、嵐がきたように突然消え去り、奪い取られた。
もう今まで住んでいた家には帰れないし、学校も行けない。
安倍との生活も、もう戻ってこない。
自分が、組織の実験台として使われてた事も、利用されてた事も知った。
親も殺されて、もうこの世にはいない。
もう誰を信じて、何のために生きていけばいいのか分からなかった。
記憶喪失の自分を頼る事も出来ない。
そんな時に、休む間もなく、安倍の事が好きだという、一度は裏切った紺野が帰って来た。
そして今、彼女は助けを求めている――。
安倍を助けるための、助けを――。

吉澤は、どうすればいいのか分からなかった。


「……安倍さんを、助けて下さい……。」

カーテンの影に隠れて目を瞑っていたら、後ろから懇願する紺野の声が聞こえてきた。
65 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時43分51秒
「…よりにもよって、よっすぃ〜に助けを求めるなんて、おかしいと思う…。
 よっすぃ〜にだけは頼りたくないって、負けたくないっていつも思ってたけど…。
 …でも、でも今はそんな事言ってる暇ないから。私は、安倍さんを助けたい。
 その為なら組織だって裏切れる。……私は、安倍さんの事が、好きだから…。」

擦り切れたテープのような、小さな声だった。
だがその言葉ははっきりと、吉澤の耳にも、そして高橋や石川の耳にも聞こえていた。
「もう一年ぐらいかな。ずっと好きなんだよね。」あの時の、紺野の言葉を思い出した。
紺野はずっと安倍が好きだった。
自分なんかよりも、ずっとずっと長い間、想ってきたのだ。

資格が無い…。そう思った。自分には、安倍を愛す資格が無い。
66 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時48分05秒
(あさ美…違うよ。叶わない恋なんかじゃないよ。あさ美こそ、なっちの傍にいるべき人なんだよ。
 私なんかよりずっと、なっちを見てきたんだよね。だから、あさ美は良いんだよ。
 なっちの横にいて、傍にいて、いいんだよ。)

言葉が、喉まででかかっていた。
だがここで言ってしまうと、完全に自分が負けたような気になりそうで、小さな理性が、自制心を保っていた。

(人生はゲーム、全て勝ち負け、か…。)

紺野がいつも言ってた言葉が、身に沁みた。

「…オラ、助けるだ。」

高橋の声が、空想と現実の世界の壁をぶち破るように響いた。

「あさ美が安倍さんを助けたいんなら、オラ、あさ美を助けるだ。
 オラ、あさ美を失いたくないでよ。
 家族もいないし、もしあさ美がどっか行っちまったら、オラ、本当の独りになっちまうだ…。」

いつも淡々と早口で喋る高橋も、この時ばかりは、語尾が揺れていた。

「私も、協力するわ。」

ずっと黙っていた石川が突然声をあげた。
67 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時50分44秒
「どちらにせよ、組織とはいずれぶつからないといけないし、これは組織と接触するいい機会よ。
 …それに、ちょっとした考えもあるしね。
 私は実戦には参加できないけど、紺野と高橋が組織に潜入して安倍さんを助けるのなら、それを援護する事ぐらいは可能よ。
 ……というわけで、吉澤、あなたはどうするの?」

言いながら横に立ち、窓に手をついてこちらを覗いた。
背中に、紺野と高橋の視線も感じる。

吉澤はまだ迷っていた。

果たして、自分は安倍を助けてどうするつもりなのだろう。
安倍と会って、何が言いたいのだろうか。
もう、彼女と顔を会わせる資格さえ、無いような気がした。
だがそう考えるたびに胸が熱くなり、苦しくなる。
考えとは裏腹に、心は安倍を欲してるようだった。
68 名前:迷い 投稿日:2003年04月03日(木)20時51分32秒
「…よっすぃ〜、お願い。安倍さんを助けて…。
 よっすぃ〜の命を救った安倍さんを助けるのに、協力して。」

紺野の声が針のように耳に刺さる。

紺野がどんな想いで自分に助けを求めてきてるのか、想像もつかなかった。
プライドなど、捨ててるのだろう。そう思うと、余計に胸が痛んだ。

突き刺さる視線を感じながら、顔を上げた。もう迷ってるひまはない。

顔を横に向けると、石川と目が合った。
真剣な表情でこちらを見ている。

吉澤は心のもやを消せないまま、「…分かった。」と小さく呟いた。
69 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月06日(日)22時51分54秒
どうなっていくのか、とても楽しみです。
なっちを、助けて。よっすぃー!!
70 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年04月14日(月)20時46分10秒
レス有難うございます!励みになりました。

>>68 楽しみと言って頂いてありがとうございます。
   よっすぃ、なっちを助けて下さい。

どれだけ読んで下さってる方がいるか分かりませんが、今日の更新行きます。
71 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時16分41秒
安倍が捕らえられてるという、組織の本ビルに来るのは初めてだった。
他のビルと同じように普通に街中に建ってる為、まさかこの中で記憶を使った研究や裏取引が行われてるなど誰も思わないだろう。
表向きは普通の株式会社になっていた。

だが出入りするには組織より配分されたIDカードが必要であり、監視カメラと共に設備は厳重である。
紺野の話しによると、安倍はこのビルの地下に捕らえられてるはずだという。

真正面から乗り込むのはやはり危険なので、紺野が逃げ道にも使ったいわゆる『裏道』から潜入することにした。
近くの小さい路地に薄汚い怪しげなドアがあり、それがビルの地下と繋がってるというのだ。
だが勿論そこにもセキュリティがついている。
と言ってもそれは本ビルに入る手前に警備員がいるだけで、そこまでの地下道には何も無かった。
どうやら裏の人間専用ルートのようで、顔を映されたくないため監視カメラも置いてないという。
その話は石川から聞いた。
72 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時18分31秒
計画では、その警備員を捕え、安倍の居所を聞き出す予定だった。
一本道になってるため、どこかに身を潜めながら不意打ちする事はできない。
帽子などで顔を隠し、目の前まで行って相手を油断させといて奇襲をかけるつもりだった。

そしてこの作戦は吉澤と高橋で実行した。計画は問題なく遂行された。

「安倍なつみは何処にいる。」

高橋が腕を押さえ、吉澤が首に銃を突きつけながら言った。

「し、知らね〜。俺は何にも知らねーよ!」

「嘘をつくと痛い目にあうぞ。」

「知らねーって!安倍ってれいの殺し屋だろ?何で俺がそいつの居場所知ってんだよっ!
 それよりお前ら、こんな事してただで済むと思ってんのか?
 ここに逆らうと殺されるだけじゃ済まね…いててててててて。」

「煩いだ。」

高橋が腕をさらに締め上げた。


「石川さん、まだ分かりませんか?」

一番奥に入り、周りを注意してる紺野が聞いた。
石川は警備員がいた席に座り、パソコンをいじっている。

「待って。もうちょっとよ。安倍さんの名前が、ここに登録されてたらいいんだけど…。」
73 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時21分09秒
そんな石川の目に、幾つもの数字やアルファベットが映っている。
軽いハッキングでもしてるのだろうか。吉澤にはよく分からなかった。

石川の話では、組織はそこに出入りする人物の名前を全てコンピューターに登録してるという。
勿論、どこに誰がいてどんな仕事をしてるのかを瞬時に表示するためでもある。
仕事の関係で、石川は組織のコンピューター内の事をほとんど把握していた。

「あ、あったわ。」

石川が手早く紙にペンを走らせる。

「B2-5という部屋にいるみたいね。ちなみにやっぱりブラックリストに載ってるわ。
 ついでだけど、私たちの名前も載ってるわよ。
 もう、この顔写真、写真写り悪いやつじゃないの。もうちょっといいの用意出来なかったのかしら。」

「B2-5って、どこか分かるんですか?」

石川の独り言は無視し、吉澤が言った。

「それが私も何となくしか分からないの。ここには滅多にしか来なかったしね。部屋の配置なんてうろ覚えだわ。」

「それなら、私が分かります。それより急ぎましょう。いつ石川さんのハッキングがばれるか分かりませんから。」

周りを注意しながら紺野が言う。
74 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時22分56秒
「別にハッキングじゃないんだけどなぁ。それに私、そんなに分かりやすい調べ方してないしぃ。」

「とにかく、行こう。高橋、アレを。」

「はい。」

吉澤が男の腕を押さえてる間、高橋が右手で器用に注射を打った。
石川が家から持ってきた、予備の分だ。その瞬間、男は意識を失った。

男を元の位置に座らせ、念のため警備用のジャケットとキャップだけ奪ってから、一同は紺野の後に続いた。
地下に続く非常階段のような場所を下り、先を急ぐ。

地下に入る前までは普通のサラリーマンが通うような、普通のビルの中にいる雰囲気だった。
だがB2-5という部屋があるそこは、地下二階というだけあって、どこかひんやりとし、静かで、人の気配も感じなかった。



暫く壁にはいつくばりながら歩き、先頭をきっていた紺野が急に足を止めた。
かと思うと、おもむろにこちらを向き、

「ここから少し、歩きます。保存室が続くと思うので、人には会わないと思います。
 ただ、監視カメラには注意してください。」

淡々と言ってから、やはり先頭を歩いた。後ろから少し小走りで高橋が追う。

「あさ美、保存室って何だぁ?」
75 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時25分54秒
「何かの実験結果とかを保存してる部屋の事みたい。
 私もよく知らないけど、ここの事調べてる時どっかで読んだよ。」

「はぁ〜。だからこんなにドアの鍵を厳重にしてんのかぁ。」

高橋が感心したように頷いた。

そんな二人より少し後ろを歩いていた吉澤は、「実験」という言葉に顔をしかめていた。
自分は組織の実験台だった。もしかして、今もそうなのかもしれない。

「吉澤、大丈夫?」

「え、何がですか。」

「いや、何か顔色悪いから…。」

そう言って自分まで顔色を悪くする石川に、笑顔で「大丈夫ですよ。」と答えた。
「そっか。」と言って素直にそれを信じる石川を見て、数時間前のやり取りを思い出す。

***

「吉澤は、どうしたいの?」

紺野と高橋には席を外してもらって、石川と二人きりだった。
吉澤が、安倍を助けに行く事に同意した、直後の事だ。

「どうしたいのって、もう行くって言ったじゃないですか。」

「そうじゃなくて、安倍さんの事よ。」

初めから石川がその事を聞いていたのは分かってたが、あえて答えなかった。
実際、どう答えていいかよく分からなかったし、考えたくなかった。
76 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時27分23秒
「…安倍さんの事って、何ですか。助けに行くんでしょ。」

「違う、そうじゃなくて…。吉澤は…安倍さんの事、好きなんでしょ?
 …でも、聞いたでしょ。紺野も、安倍さんの事好きだって。
 いくら裏切られたからって、紺野は吉澤の友達だったわけでしょ。
 …それで、同じ人を好きになって、同じ人を助けに行って…。
 それで吉澤は、どうするのかなって。」

「……そんなの、石川さんには関係ないですよ。」

石川の言葉をそれ以上聞くのが嫌で、冷たく言い放った。
自分自身、迷ってた事だ。それを口に出して繰り返し言われるのは、嫌だった。
今は考えたくない事だ。

「…そっか。そうだよね。ごめんね、何かでしゃばった事聞いちゃって。
 もう私は、関係ないもんね、吉澤とは…。」

そう言った途端、石川は顔を背けた。
その仕草があまりにも分かりやすいので、泣いてるというのが容易に分かってしまう。

(これ以上、辛くさせないで下さいよ。)

吉澤は唇をかみ締めて、石川の肩を抱こうと思わず手をあげた。
だが自分にはそんな事をする資格がないと思いとどまり、そのままそれを握り締めた。
77 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時28分42秒
「…すいません。安倍さんについては、私も、よく分かんないんです…。
 あさ美についてもまだ信じられなくて…。これからどうするかなんて、まだよく考えてなくて…。」

言葉を選びながら、苦し紛れに言った。
すると石川は鼻を啜りながら少し自嘲気味に「そっか…そうだよね。」と呟いた。


石川の吉澤に対しての想いは本物であり、それはまだ続いている。
そう気付いていながら、わざと無視をしてきた。今回もそうだった。

吉澤は、少し前を歩く石川の後姿を見た。
何度も抱いた体。
そして何度も救ってくれた石川の愛情。
それを全部裏切ったあの夜からも、彼女は少しも変わっていない。
変わったのは、安倍と出会い、何も知らなかった自分だけ――。


その時、見つめていた石川の体が止まった。
前方を歩いていた二人の動きも止まる。同時に紺野が振り向き、声をひそめた。
78 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時30分17秒
「ここを曲がればドアがあります。そしてその向こうに、B2-5があるはずです。
 でもそこがどんな状態になってるかは分かりません。
 他にもいろいろな部屋があるかもしれないし、どの部屋も密室になってるかもしれない。
 警備員が山ほどいるかもしれません。取り合えず私が知ってるのはここまでです。
 …なので、ここからどうしましょう。」

きょとんとしたまま言う紺野に、三人とも言葉を詰まらせる。


吉澤は息を呑んだ。
後少しだ。このドアを隔てた少し先に、安倍がいる。
後一歩踏み出せばいいだけだ。

吉澤は、自分一人でもいいからすぐにでもあのドアに飛び込み、安倍の存在を確認して、助けたかった。
ちらっと顔を動かし、紺野の方を見る。
石川の足元を見つめ、必死に作戦を考えてるようである。
79 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時31分40秒
吉澤は考えた。

もし、紺野が自分と同じ事を考えていたら。
自分と同じように、真っ先に安倍を助けたいと考えていたら。
自分より先に、「私が一人で飛び込みます。」と言い出したらどうなるか。
そしたら安倍は紺野のものになってしまうかもしれない――。

吉澤は右手を口元に持っていき、考え、そして焦った。

だが紺野の顔を見るたびに焦燥感と競争心だけが膨らんでいく。
安倍の前に一番に姿を見せたいのは自分だ。
そしたら安倍に認めてもらえるかもしれない。
自分が一番初めに助けに来たと、胸を張って言いたい。

だが紺野ももし同じような事を考えてたとしたら。
言われてしまう。
紺野に先に言われてはいけない。
言われたら負けてしまう。
負けるのは嫌だ。
負けたくない。
紺野には負けない。
安倍を助けるのは自分だ。
紺野じゃない。
自分だ。
自分が先だ。
先なんだ――。
80 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時35分41秒


「私が一人で、飛び込みます。」

「え?」

三人同時に吉澤を見た。
みんな同じ表情をしてるが、紺野だけ焦ってるように見え、妙な優越感を感じる。

「私が先に中の様子を探ってきます。大丈夫です。
 この盗んだジャケットとキャップがありますから、ドアを開けた途端、撃たれる事はないでしょう。
 向こうも一人なら油断すると思うので、危険がない事を確かめてから戻ってきます。」

吉澤は自信満々に言った。口元には笑みさえたたえている。
何も言わない紺野の顔を見るのが、半分快感になっていた。

「んな事言ったって吉澤さん、危険がいっぱい待ってたらどうすんだぁ。」

高橋が一歩前に踏み出した。

「その時は私が危険を消してくるよ。」

なんとも無い、という風に言ったら、高橋はほぉ〜、と感嘆の声を漏した。
紺野はまだ黙って吉澤を見ている。
81 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時38分34秒
「ちょっと待って。
 吉澤、はやる気持ちは分かるけどその作戦はあまりにも危険だわ。
 …私、ずっと思ってたんだけど、ここ、静かすぎない?
 いくら保存室って言ったって、私たちがここに来るまで接触したのは警備員のおじさん一人だけよ。
 あの組織が、こんなに経ってるのに私たちの存在に気付いてないはずないわ。」

「石川さん、それってどういう事ですか?」

「つまり、これは罠って事よ。
 何のために私達を野放しにしてるのかは分からないけど、この静けさはあまりにも不気味だわ。
 もしかして、そこに安倍さんがいるっていう情報も嘘かもしれない。」

「今更何言ってるんですかぁ。ここの事調べたのは石川さんですだ。」

「それはそうだけどあの時既に組織が私達の事を知ってたら…。」


「それでも行きます。」

黙ってる紺野の横で言い合いを始める高橋と石川に、吉澤が言い放った。

「罠でも行きます。だって、行動を起こさないと意味ないでしょ?
 もしなっちがそこにいないとしても、今はこの情報に頼るしかないんだから。
 …だから、行って来ます。みんなは一応、ここで待機しといて下さい。」
82 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時39分26秒
まだ止めようとする石川、そして途中からそれに加勢する高橋を無視し、吉澤は準備をし始めた。
男から奪ったジャケットをはおり、キャップを被る。
ジャケットの中には小型のピストル、右手にはライフルを持った。
護身用のナイフも確かめ、キャップも深く被りなおし、一息吐いてから「行ってきます」と言った。
紺野はまだ何も言わなかった。


石川と高橋も、もう吉澤を止める事は諦めたようで、黙って佇んでいた。

「あ、それから。」

思い出したように、吉澤が振り返った。

「もし私が戻ってこなかった時は、作戦立て直してください。
 …それとその時は、安倍さんに、宜しく、って吉澤が言ってたって……そう言っといて下さい。」

吉澤の言葉に、石川が何か言いたそうに顔を歪めた。
だがそれを振り切るように吉澤が足を進ませる。
83 名前:侵入 投稿日:2003年04月14日(月)21時40分26秒

しかしその時、張り詰めていた空気に一本の線が割るように、紺野の声が響いた。

「よっすぃ〜!……気をつけて。安倍さんを助けて、帰ってきて。」

吉澤は自分の心が大きく揺れるのを感じた。
動揺が表れないよう、軽く左手を挙げ、それに応対する。
振り向くことが出来なかった。

ドアはもう目の前に来ている。

もう、戻れなかった。

84 名前:なっちモニ。 投稿日:2003年04月16日(水)01時37分57秒
更新、お疲れ様です。

いよいよ救出ですね。
それにしても・・ぐぉ〜、いいところで切りますねぇ。
安倍さんは・・あ、安倍さんは無事なんでしょうか!?
ヒマラヤ山脈に行ってないことを祈るだけですw

なちよしヲタなのに、ここに石川さんが健気で気になりますw
次回更新、まったりお待ちしております。
85 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月16日(水)15時48分51秒
石川さん切ねぇぇぇーーー!!!
やべ、少し泣きそうになった。
86 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月29日(火)17時33分47秒
今日一気に読みました!すごいっす!面白いっす!すっかりファンになりました!
緊迫した場面が続いて気が休まる暇もありませんでした。(PCの前でくつろいでいた事は秘密です)
りゅ〜ばさんには裏切られっぱなしです。
最初、いしよしだー、ど思いながら読んでいたら、結局なちよしかよ、と落胆しましたが、
あれ?なちよし?→あいよしかも→いしよしいしよしv→なちよしかーっ!とまったくCPが予想できません!
安倍さんはどうなってしまったのでしょう!楽しみなスレが増えました。
続きを頑張ってください。
87 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)20時32分28秒
↑↑
なちよしは落胆なのかよ
88 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月09日(金)20時54分32秒
レス有り難うございます!多謝です。

>>83 なっちモニ。さん
 いよいよ救出です。安倍さんはきっとヒマラヤ山脈に逝ってるんでしょうね(w
 石川さんにはたまには健気キャラになってもらわないとね(w

>>84 切なかったですか?!泣きそうになったんですか?!うわ、まじすか。嬉しいっす。

>>85 一気読み、長いのにお疲れ様でした。そして面白いと言ってくれて有り難うございます。
 ちなみに私はCPで裏切ってるつもりは全然ありませ(ry
 関係ないけどよし絡み以外のCPにもちょっと注目して頂いたら嬉しいです。

>>86 なちよしにはハァハァしないとね。(;´Д`)ハァハァ

諸事情により暫く、かなり更新が遅れるかもしれません。
もしかして1ヵ月後に戻ってくるかもだし、半年後になるかも…。
とか言ってて2週間後になるかもしれませんが、取り合えず暫く停滞します。
マターリ待ってて下さったら嬉しいことこの上ないですが…申し訳ないです。
89 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時12分01秒
持参した手袋から伝わってくるドアの冷たさは、吉澤の動機をいっそう高まらせた。
石川が言った通り、これが本当に罠だったら、組織から命が狙われてる吉澤は、このドアを開けた途端狙い撃ちされるだろう。
だが、もう戻れない。それにこの先には、安倍が待っている。
彼女を助けるためにここまで来たんだ――。

そう言い聞かし、吉澤はドアノブを廻した。

予想外にも、鍵はかかってなかった。
期待していた抵抗感がなく、あっさりとノブが廻る。
少し呆気に取られながら、出来た隙間に顔を寄せ、中の様子を伺う。
だがそこには、少し先にドアが見えるだけで、他には何も無かった。
また期待を裏切られた感じで、一息吐く。

ドアの向こうにまたドア。うさんくさい。
今ならまだ引き返して、石川や高橋、紺野に相談できるかもしれない。

だが考えより先に、吉澤の足はもうドアの境界線をまたいでいた。
遊園地のお化け屋敷に入る前に感じるような、妙な好奇心と恐怖心が混ざったような気持ちだ。
90 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時13分52秒
気付けば、吉澤は一人で次のドアへ向かっていた。
だがその時、開けたままだった後ろのドアが音を立てて閉まった。
反射的に振り返る。嫌な予感がして、一目散に入ってきたドアに駆け寄る。

だがいくらあけようとしても、それは開かなかった。既に鍵がかかっているようだ。

「くそっ!」

冷たい鉄で出来たドアの表面を、右手で殴る。
やはりこれは石川が言ってた通り罠だったのだ。
四人の行動は全て、組織に筒抜けだったのだ。

吉澤は自分の早とちりと勝手な行動に舌打ちしながら、後ろを振り返った。
もう一つのドアが、まるで手招きしてるように、そこにある。

もう、戻れない――。

再度、そのドアに近づいた。そこには紛れも無く、「B2-5」と書かれている。
ここに、安倍がいる。
吉澤は一度耳をドアにつけて中の様子を探ってから、ドアノブに手をかけた。
中からは何も聞こえてこない。そして、自分の行動は全て見られてるはず。
相手も、吉澤がこのドアを開けることを望んでいるはずだ。
91 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時15分43秒
最後に大きく息を吸い込み、ノブを廻した。
思ったとおり、鍵はかかっていなかった。不思議だが、恐怖は感じない。
そこには自分の命を狙ってる者じゃなく、安倍が待っていると、心のどこかで必死に望んでいたからかもしれない。

思わず、目をつぶった。中の部屋があまりにも明るかったからだ。
これまで歩いてきたビルの中は、全て薄暗い電灯で包まれていた。
だがはっきり目を開けてみると、別にそこが特別明るかったわけでなく、真っ白い壁に包まれていたから、眩しく感じたというだけだった。
汚れ一つついてない壁が、その部屋を覆っている。

その中で一人、これまた真っ白なワンピースに包まれて、安倍が立っていた。
手足にはロープも何も結ばれておらず、本当に普通に、立っていた。

「なっ……ち?」

安倍だ。安倍が居る。思ったより、あっけなく探し出せた。

「…よっすぃー…?きて、くれたんだ。」

安倍が笑った。その瞬間、吉澤は罠の事など全て忘れて、一直線に走った。
後ろでドアの閉まる音がしたけれど、特に気にしなかった。

安倍の前まで走って、そして立ち止まる。
恐る恐る手をあげて、むき出しになっているその細い二の腕に、そっと触れてみる。
92 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時17分20秒
「なっち…無事だったんだ。良かった…。本当に、良かった。」

安倍の素肌はあたたかかった。いる。今目の前に、本物の安倍が立っている。
まだそんなに経ってないのに、もう何ヶ月も会ってなかったようだ。

「…はは。まさかよっすぃーが、本当にこんな所まで来てくれるとは思わなかったべさ。
 …命まで狙ったのに、なっち、よっすぃーの事裏切ったのにさ…。」

安倍が目元を隠すように、手を額に当てる。

「でも、なっちは私を助けてくれた。組織の命令無視してまで、私を助けてくれたじゃん。
 …それに、ここまで来れたのは私だけじゃなくて、組織を裏切ってまで私達の所に来てくれた、あさ美のおかげだよ。
 後、石川さんも高橋も、そこにいる。みんな、待ってるよ。
 だから、なっち、行こう。こっから、逃げよう。」

吉澤は安倍の手を取った。
今にも壊れてしまいそうなガラスのように力がなく、抵抗感がない。

「…なっち、行ってもいいのかな…。
 一度はよっすぃーを殺そうとしたのに、石川とか高橋とか…受け入れてくれるのかなぁ。」
93 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時18分47秒
吉澤は握った手に力を込めながら、

「大丈夫だよ。事情を説明すれば、分かってくれるよ。
 それに、二人ともなっちを助けるために、協力して、ここまで来てくれたんだし。
 さ、行こう。こっから逃げよう。」

ゆっくりとドアに向かって歩き出す。手をひかれるままに、少し戸惑いながら安倍がその後についた。


その時だった。何もないと思ってた空間に、ぱん、ぱん、ぱんと軽い拍手が響き渡った。

「は〜い。そこまでね。あは。面白いもの見ちゃった。」

突然の声に、吉澤は咄嗟に辺りを見渡す。
自然と安倍を背中に廻し、コートの中に手を入れ、ライフルを構える。

「あはは。ここだよここ。そんな警戒しなくてもいいからさ〜。
 銃なんてしまいなよぉ〜。後藤は何にもしないからさぁ〜。」

突然、ドアから向かって左の壁一面が、部屋になった。
あの白い壁が一瞬にして消えてしまったようだ。
吉澤は思わずライフルを身構え、その部屋のソファに足組みをしながら座っている女性にピントをあてる。
94 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時20分19秒
「だからぁ〜。警戒しないでいいって。よく見てよこれ。テレビ画面だよテレビ画面。
 今吉澤さんが銃を撃ったって、ここまでとどかないから。
 後藤も何もしないからさぁ、気楽に肩の力抜いて、少しだけお話しようよ。
 後藤、吉澤さんと会うの楽しみにしてたんだからさ〜。」

テレビ画面だと聞いて、取り合えずライフルを下げる。
だがまだ警戒をとかず、周りを見回す。
すると、部屋の隅っこに何台かの隠しカメラがあるだけで、特に他は何も無かった。

「真希…。」

吉澤の後ろに身を隠していた安倍が、横に立った。
その目は真っ直ぐと画面を見つめている。

「あは。なっち、久しぶり。と言っても後藤はずっとなっちの事見てたんだけどね。
 今回の事も、いち早く気付いたのは後藤だし、ここに閉じ込めて餌にしようと考えたのも後藤なんだよ。
 どう?誰とも会わない何にもない部屋っていうの、住みたいって言ってたじゃん。
 気に入ってくれた?」

そう言って女はこげ茶のソファの上で、あははと笑った。
95 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時23分07秒
思い出した。後藤真希。以前、一度だけ会った事がある。
石川の上司だと言われて紹介された人だ。吉澤が記憶を奪う仕事につく以前のこと。
この人の「人生はゲームだよ。」という言葉に、何度か励まされた事を覚えている。

「真希、何でこんな事するの?何でさっさとなっちを殺さないの?」

真希、と呼び捨てする安倍に、二人には何か特別な関係があるのではと、ふと場違いな嫉妬を覚える。
吉澤は自嘲するように首をふり、後藤に目を戻す。

「あはは!『なっちを殺す代わりによっすぃー助けて』だっけ?泣けるねぇ〜全く。
 やっぱりあれ?昔の償い?」

「真希!」

「ははは。取り合えず後藤は、なっちも吉澤さんも殺す気はないよ。
 あ、そういえば挨拶忘れてたよね。えっと、後藤真希といいます。
 会うのは二回目だけど、多分覚えてないよね。久しぶり、吉澤さん。」

まだこの人の言動がいまいち理解できない。吉澤は曖昧に頷きながら、警戒は解かなかった。
96 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時24分06秒
「あーあ。随分嫌われちゃったんだなぁ。後藤にもなっちに笑うように笑ってほしいなぁ。
 つっても無理か。あはっ。
 あ、そうそう、早くしないとパパに見つかっちゃうからぁ、先に言っとくけど、外の三人は捕まえといたから。」

「え?!」

「も〜、そんな怒った顔しないでよぉ。大丈夫。殺しはしないから。
 ただパパに見つかったらどうなるか分かんないけどね。
 取り合えずあの三人捕まえて餌をキープしとかないとダメだからさぁ。」

後藤は腹を抱えながら心底おかしそうに笑った。
何かがおかしい。この人は何かがおかしい。
それが何かは分からないが、吉澤はなぜか恐怖を感じた。

「餌…?餌ってなんだべ。なっち達をこれからどうする気?」

「餌ってのはね。さっきもいったけど、なっちも餌だったんだよ。
 吉澤さんを釣るためのね。その餌。」

「え?私…?」
97 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時25分55秒
「そうそう。後藤さぁ〜。実は吉澤さんのことずっと見てきたんだよね。
 それがまぁ後藤の仕事なんだけど。
 あ、もちろんストーカーみたいに毎日つけまわってたわけじゃないよ。
 毎日梨華ちゃんとあさ美から吉澤さんの行動は詳しく聞いてたからね。
 途中からはなっちからも全部教えてもらってたよ。
 だから後藤、ずっと吉澤さんと喋りたかったんだ。
 吉澤さんは後藤のこと知らないだろうけど、後藤は吉澤さんのこと、ずっと見てきたから。」

後藤は真っ直ぐと吉澤の目を見ている。
向こうが見ているのは天井についてる監視カメラのはずなのに、真っ直ぐとこちらを見ていた。
何となくその目に吸い込まれそうな感覚に襲われる。
98 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時27分19秒
「初めは後藤もね〜、こんな仕事つまんないな〜って思ってたんだよ。
 でも段々とね、なっちの話を聞くたびに、興味が出てきちゃってさぁ。
 吉澤さんがどうやらなっちに恋していってるみたいだって聞いた時、
 何故だか知らないけどすっごいドキドキしちゃった。
 それも全部作戦だったから叶うはずない恋なのにさぁ、
 なぜか後藤、頑張れ〜って吉澤さんのこと応援してたんだよ。」

なっちに恋をしている、という事実を後藤はひょうひょうと言った。
吉澤は動揺を隠しながら、

「作戦って何?あなたの言ってる事が、いまいちよく分からない。」

すると、後藤はまた笑い出した。

「そっかぁ〜。突然そんな事言われても分かんないよね〜。まぁいいよ。
 これからたっぷりなっちから話を聞いて。」

吉澤が「どう言う事?」と聞き返す前に、後藤が左腕をぴんと横に突き出した。
99 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時29分15秒
「そっから、外に出られるよ。今は誰も警備つけてないから、普通に上に出られるから。」

「なっ…。何言ってんの?どう言う事?」

「あははぁ。だからそんなに怒った顔しないでよ。つまりぃ、二人で逃げていいじゃんって言ってんの。」

後藤はまだ笑みを崩さない。

吉澤はわけが分からなかったが、不思議と後藤が嘘をついてるようには思わなかった。
彼女の目がそう語っている。きっと本当に、そこのドアから外へ出られるのだろう。

だがこのまま逃げていいのだろうか。
石川と紺野と高橋を置いて、安倍だけを助けて、二人だけで逃げてもいいのだろうか。

だが、外に出られるチャンスは今しかないとも考えた。
完全に敵に居場所がばれてるこの状態で石川たちを助けるのは困難だ。
なら一度外へ出て、作戦を練り直したほうが良いのではないだろうか。

「…なっち、逃げよう。」

「え?う、うん…。」

考えた末、安倍の腕を取った。まだ納得いかないという面持ちの彼女を引っ張って、ドアまで向かう。
100 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時31分53秒
ドアノブに手をかけると、やはり鍵はかかってない。
後藤は本当に、このまま二人を見逃すつもりなのだろう。

「吉澤さん、最後に一つだけ、言いたい事があるんだけど。」

ドアを開けたその時。再び、後藤の声が室内に響いた。
さっきより幾分かトーンが落ちている。

「なっちの事、本気で好き?仲間を置いてまで二人で逃げるほど、好き?」

吉澤は後藤の顔を見た。その顔からは先ほどまで保たれていた笑みは全て消えている。
確か初めて会った時も、こんな表情をしていた。

横に立っている安倍の視線も感じながら、ほとんど迷うことなく「…うん。」と頷いた。
それを見て後藤は満足そうな顔をする。

「ふ〜ん。じゃぁさ、何が起きても、なっちの事好きっていえる?
 これから何があっても、好きっていえる自信ある?」

今度はこちらを見下ろすような格好で言ってきた。
なぜ彼女はこんな事を聞いてくるのだろう。何かのテストだろうか。

吉澤は考える間もなく、もう一度小さく「うん。」と頷いた。
101 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時33分46秒
途端、後藤の顔に再び笑みが戻る。だがそれは先ほどまでのとは違う、冷笑だった。

「それを聞いて安心したよ。さすが後藤がずっと見てきた吉澤さんだね。
 そんなになっちが好きなら、一つだけ良い事を教えてあげる。」

そこで、安倍が何かを察知したように「真希!」と叫んだ。
だがそんな安倍の些細な抵抗をかき消すように、室内に後藤の声が響き渡る。

「吉澤さんの両親をね、殺したのは、そこにいる、あなたの大好きな、安倍さんなんだよ。」




殴られたような衝撃が、頭を走る。その言葉を理解するまでに、長い時間はかからなかった。
だが理解は出来ても、やっぱり意味がわからない。
なっちが、私の親を殺した――?

「吉澤は両親が目の前で殺されたから、そのショックで記憶喪失になったんだよ。」

先日聞いた、石川の言葉が蘇る。
102 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時35分49秒
殺された。確かに私の親は殺された。だが私はそれを覚えていない。それもそうだ。
そのショックで記憶が消えたんだから。だけど考えてもみなかった。
その親を殺した人。私の人生を狂わせた人。
それが、なっち――?
記憶喪失になってから初めて、安らぎを感じ、好きになった人――?
その人が私の親を、コロシタ…?

「……嘘、だよね…?」

視線をゆっくりと、安倍に向ける。まだ口がちゃんと動かない。
脳も一時停止したように、頭の中は真っ白だ。

安倍は下を向いて、黙っていた。両手拳を握り締めて、下唇を噛んでいる。

「あはは!いいね、その顔。二人ともいい顔してるよ。
 あっ。っていうかそろそろ時間だ〜。早くしないと見つかっちゃうよ。
 さ、早く逃げて逃げて。」

後藤の言葉を合図のようにして、安倍が走った。
走り際に「ごめん。」と言ったような気がするが、ただの空耳かもしれない。
吉澤は反射的にその後を追って、部屋を出た。


隠し通路のようなそこはほとんど一本道で、時たま階段を上がったり、曲がったりした。
安倍は休む間もなく走り続けて、吉澤はとにかくそれを追い続けた。
103 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月09日(金)21時37分54秒
安倍に追いついた頃には、二人はもう地上に出ていた。
外は明るく、ちらほら人も歩いている。

「はぁはぁ…、やっと追いつけた。なっち!…一体どういう…。」

「ごめん!」

安倍は肩を揺らしながら、背中をこちらに向けている。

「…全部ちゃんと、話したい。よっすぃー達が隠れてたとこに、連れてって…。」

そう言ったっきり、振り向かず、口も聞かなかった。


吉澤はかける言葉も見つからないまま、取り合えず言われるままに、安倍の前を歩き出した。
数秒遅れて、安倍もその後をついてくる。
向かう先は、まだチェックアウトしていない、今朝まで泊まっていたホテルだった。

104 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月09日(金)21時38分30秒
( ●´ー`)<久しぶりのスレ流し。
105 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月09日(金)21時39分02秒
( 0^〜^)<流すよ〜。
106 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月09日(金)21時40分19秒
本日の更新。
>>88-102

次回更新、遅れます。
107 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月09日(金)21時51分32秒
なぜかクリックしたらレス数がずれるので、改めて本日の更新。
>>89-103

本当は88レス目から102レス目までです。
108 名前:なっちモニ。 投稿日:2003年05月16日(金)13時02分26秒
更新、お疲れ様でした。
んが〜、すんげぇすんげぇ展開になって来ましたねぇ。
ドラマティック!これぞなちよしの本質ですw

そして意外な人物登場・・ふむ、こう来ましたか。
自分はりゅ〜ばさんの書くこの人も好きですよw
この人が出て来ると空気が変わりますよね。

次回更新が半年後でも1年後でもまったりお待ちしてます。
今を大切に・・頑張って下さいね。
109 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月18日(日)22時13分26秒
更新おつかれさまです。
そういえばあの人が出てきてませんでしたね。悪い人だなぁ(愛情を込めて)
りゅ〜ばさんは否定するかもだけど、こういう少年漫画っぽいノリ(否定する部分)は好きです。
お忙しいのはわかりますが、2、3レスでもいいので月一ぐらいで更新して欲しいです。
もちろん半年でも待ちますが(1年は微妙…3156000秒なんて気が遠くなりそうです)
またーり頑張ってください。
110 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月25日(日)01時31分14秒
F2って番組でなっちが吉澤の事を、よっちゃんと言ってたのに萌えた(w
続きマターリ待ってます
111 名前:単なる読者 投稿日:2003年05月25日(日)11時01分32秒
一人一人がしっかり描かれていて、引き込まれます。
やたらと登場人物を増やさないところがいいですね。
話の展開を追いやすいです。
りゅーばさんこれからもがんばってください。
112 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月29日(木)10時48分37秒
レス有り難うございます!励みになりました・゚・(ノД`)・゚・

>>107 なっちモニ。さん
 ドラマチック=なちよしの本質 (゚∀゚)イイッ!!
 ずっとあの人も出したかったんですけどね…予定より遅れてしまいました。
 マターリ待ってくださるようで、嬉しいっす・゚・(ノД`)・゚・

>>108
 あの人出してませんでした。って、わ、悪い人ですか(愛情を込めて
 少年漫画ですか…考えた事も無かったですが褒めて頂けてるのなら嬉しい!
 一年はさすがに長いですね。スマソ。

>>109 F2萌えました!なんていうか、なっちはよっすぃの事愛してるって言うか(ry

>>110 単なる読者さん
 登場人物は、一人一人意味を持たせて登場させてるつもりなので、
 一人一人がしっかり描かれてると言われるのはかなり嬉しいです。
 更新遅いので途中で話が分からなくなったらすいません…。

やはり半年や一年は長くて私も話の内容忘れそうだと思ったので、
なるべく早く更新して、完結させます。
もうすぐ中篇が終わって後半に入ります。
でも次の更新はいつになるだろう…。お待たせするかもしれませんが、すいません。
113 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)10時50分33秒
 「へぇ〜、こんな所に隠れてたんだ。確かにここなら、見つかりにくいだろうね。」

数時間前までは石川、高橋、紺野と一緒にいたホテルの一室を、安倍は興味深そうに眺め回した。
吉澤はその後姿を見ながら、後ろ手で鍵を閉める。

 空気が妙に張り詰めていた。自分が緊張していただけなのかもしれない。
だが後藤の言葉を聞いてから意図的に目を合わせようとしない彼女もまた、何かを感じていたのだろう。

 全てが明かされる時――。

 吉澤は今、その瞬間を迎えようとしている気がする。

 「何から話そうかな…。」

そう言ったきり部屋の隅を見つめて黙り込む安倍の前に座った。
もう日が傾きかけて、西向きに開いてる窓からは夕日が差し込んでいる。

 吉澤は待った。安倍が自分から話し出すのを、ひたすら待った。
114 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)10時53分28秒
 どれくらい時間が経ったのだろう。
お互いの神経にも限界がきていたのかもしれない。

「初めて会った時のこと、覚えてる?」

一つ大きく息を吐いてから、彼女は喋りだした。

 「あのビルで、なっちは記憶喪失者のふりをしてよっすぃーの前に現れたでしょ。
 あれは全て計画だったの。
 あの時、資料には書いてなかった、目標が銃を持っていた事や、レーダーが壊れてて使えなかった事。
 そしてあの後、あのビルが爆発した事。それらは全て計画だった。
 なっちが個人的に立てて、真希と紺野に協力してもらった、小さな計画。」

 安倍と初めて会った時――二ヶ月前の話なのに、まるで遠い昔のようだ。

 「組織はずっとね、よっすぃーの記憶を戻すのに必死だった。
 だから記憶が戻るきっかけになるようなハードな仕事を、何度もよっすぃーに要求したんだけど、よっすぃーは全部こなして、クリアした。
 一向によっすぃーの記憶が戻らないから、組織は凄く焦った。
 けど、組織にはもう一つ希望があった。それは、あなたと石川の関係のこと。」

「私と石川さん…?」
115 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)10時54分38秒
「そう。よっすぃーは石川と、体の関係があったっしょ。
 アレも全部、計画のうちだった。
 組織は心理学的に見て、よっすぃーが記憶喪失になってしまったのは、両親が目の前で殺されたから、つまり、愛を失ったショックで記憶喪失になったと考えたんだべ。
 そこで石川に、よっすぃーに愛という感情を思い出させろという命令が下りた。」

 初めて石川と体を重ねた日を思い出す。確かに、あの時の石川は妙に強引だった。
あれが全て計画だったなんて、思ってもみなかった。だが言われてみれば、納得できる。

 「でも石川自身、人の愛し方というのを知らなかった。
 彼女も結構辛い過去があったみたいだから。彼女のやり方は、間違ってた。
 しかもいつの間にか、石川自身が、よっすぃーの事を好きになってたみたいだべ。
 だから、組織の計画は全てぱぁ
 。途中から、組織はよっすぃーに期待を置くのをやめた。
 研究所の方で、よっすぃーの頭の中にある研究をもっと積極的に進める事にしたみたい。」

「…その、組織が欲しがってる、私の親が発明して、私の頭の中にある研究って…なんなんですか?」

 吉澤の問いに、安倍が少し間をおく。
116 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)10時56分14秒
「それは、記憶を植えつける研究だべ。」

「植えつける?」

「そう。よっすぃーの父親が一番初めに完成させたのが記憶を奪うという研究。
 それが今までよっすぃーがやってた仕事。
 そして今度は、奪うことが出来るなら、偽の新たな記憶を植えつける事も出来るんじゃないか…。
 組織はそう考え、よっすぃーの親に作らせた。
 でもそこで、自分の子供が人体実験に使われてると知ったから…。」

「私達親子三人は逃亡を図った。
 だがその途中で、親は殺され、私は記憶喪失になった…そう言う事か。」

 わざと、安倍が親を殺したという事は強調しなかった。彼女から口を開いてくれるのを待つつもりだ。
117 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)10時57分50秒
 「そう。…それで、組織はよっすぃーが記憶を取り戻すこと自体が不可能だと感じ始めた。
 でも、なっちは諦めなかった。
 なっちは密かにね、石川と紺野からの報告書、及びよっすぃーに関する資料は全部目を通してたの。
 何度か、よっすぃーが実際に町を歩いてる所とかも見に行ったりした。
 そこで分かったのが二つ。
 よっすぃーに欠けてるのは、さっきも言ったとおり愛という感情。
 それと、"生きたい"という気持ち。
 石川に、何度か漏らしてたんだよね。"生きてる意味が分からない"って。
 "別に仕事中に死んでも構わない"って。そういう類の事を。」

 吉澤は淡々と語る安倍の顔を見ながら、唾を飲む。
自分の行動や感情がそのように分析されていて、そこまで他人に考えられてるとは思わなかった。
118 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)10時58分32秒
「ここまで来るのに二年。
 二年間よっすぃーの行動を見てきて、それらがやっと分かった。
 分かったなら、次は実行しなくちゃ意味が無い。
 よっすぃーに関してはもう手をかけたくないという組織の意見は無視して、
 なっちと真希と紺野だけでこの計画を実行に移した。
 シナリオを全部立てて、考えたのはなっち。
 紺野は、なっちが実際によっすぃーの前に現れるという意見には反対だったけど、
 なっちじゃないと、誰もこの役はこなせないと思った。
 なっちはね、よっすぃーの行動が、手に取るように分かったの。」

「…何で?」


 いつの間にか、喉がからからになって、声を出すのが辛かった。

 「…それはね、なっちは実は、よっすぃーの前でずっと演技してたけど、嘘もついてなかったのさ。
 なっちもね、よっすぃーと同じ、記憶喪失者なんだべ。」

安倍は自嘲気味に笑った。
119 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)10時59分48秒
「なっちもね、今の仕事――殺し屋になるまでは、よっすぃーと同じ仕事をしてたんだよ。
 もう二年以上前の事だけどね。よっすぃーと同じように記憶を奪う仕事。
 して、よっすぃーが過ごした環境は、なっちのとそっくりだったの。
 なっちも、もう親が居なくて、なぜか銃とか扱えるから記憶を奪う仕事に半ば無理矢理就かされて。
 よっすぃーと同じように、生きてる意味とか分からなかったりして。
 でもね、一つだけ違ったのは、なっちの場合、組織がなっちの記憶を持ってるって事。
 よっすぃーは何らかのバリアがあって記憶を覗けなかったらしいんだけど、なっちのは普通に覗けたらしいの。
 でも勿論、組織はいまだにその記憶をなっちに教えてくれない。
 なっちはもう組織にいたくなかったんだけど、それがあるから、出られなかった。」

 吉澤は安倍の顔を見ながら、彼女が自分の命を見逃してくれた時の事を思い出す。
あの倉庫での別れの時。「今は事情があって組織から抜け出せない。」そう言っていた。
120 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時01分26秒
 「よっすぃーに初めて会った時、破れかけのメモ帳見せたっしょ。
 あれ、本物なんだよ。あれで、自分の名前、知ったんだ。」

吉澤は聞きながら、頷いた。
やはり、あの時の安倍は演技をしてるのであって、していなかったのだ。
記憶喪失者を演じるとしても、上手すぎると思った。
あれはやはり、事実だったのだ。

 「だから、なっちはよっすぃーの寂しさとか孤独が全部分かってたんだべ。
 なっちもね、同じ経験してきたから。だからかな。
 よっすぃーの気持ちをなっちに向かせるのは簡単だった。」

口の中が苦い。自分の気持ちは全て見透かされていて、弄ばれていた。
石川にも、そして安倍にも。

 「そして計画通り、よっすぃーは記憶を戻しかけた。なっちの思った通りだった。
 あのホテルでの仕事あったっしょ。
 あそこで、資料には載ってなかったボディガードが突然襲ってきて、死に掛けたっしょ。
 あれも計画だった。あの前日に、なっちがよっすぃーに"生きて"といったのも全て計画。
 あの後、よっすぃーに襲われた時は、ちょっとびっくりしたけど…。」
121 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時03分31秒
 吉澤は地面を見ていた。もう、安倍の顔が見れない。
何を信じていいのか分からなかった。
淡々と語る彼女に、「もう何も言わないで!」と叫びたい反面、全てを知りたいという気持ちもあった。
122 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時04分08秒
 「全ては計画通りに進んでた。よっすぃーも二回ほど記憶を戻しかけたし。
 でもそこで、予定外の事が起きたのさぁ。
 組織が、研究を完成させたから、よっすぃーはもう用なしだと言い出した事。
 よっすぃーを殺せって言う命令が下りたんだべ。
 偶然、その命令はなっちに下りたんだけど。でもなっちは悩んだんだよ。
 せっかくここまで来たのに、よっすぃーを殺せだなんて…。
 だからといって組織には逆らえない。
 でももしなっちがこの仕事を蹴ったら、他の人がよっすぃーを殺すだろうと思って。
 だからこの仕事は一応引き受けた。
 この仕事について、紺野は賛成してたけど、真希はなっち次第だと言った。
 なっちはね、最後の最後まで迷ってたんだよ。
 でも、紺野にも推されて…。あの日、あそこに行くしかなかった。
 でも、正直言ってよっすぃーを殺せる自信なんてなかった。
 でも紺野にも辻加護にも、人殺しをしてほしくなかったし、なっちしかいないとも思ってた。」

 吉澤は顔を上げれなかった。自分を殺そうとしてた相手と今喋っている事が不思議だった。
123 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時04分53秒
 「…でもね、その時なっちも、自分の気持ちに気付いたんだ。
 ずっと計画に沿って、演技をしながらよっすぃーと暮らしてたはずなのに…。
 石川みたいに感情移入させないように、してたのにさ。
 結局なっちも、ただの寂しがり屋だったから…。
 人に愛されるのなんて、初めてだった。
 …だから、だからなっちあの時気付いたんだべ…。自分の気持ちを…。」

 それを最後に、声がやんだ。だが吉澤は顔を上げなかった。
物音一つしない。彼女も、じっと体を強張らせてるんだろう。
部屋が大分暗くなってきた。日が沈みかけている。
そろそろ電気をつけないといけないのに、体が動かない。
124 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時05分57秒

 「……なっちが、よっすぃーの前に現れた理由は三つ。」

暫くして、再び安倍が口を開いた。

「…一つは、よっすぃーの記憶を戻すため。一つは、償い。
 そしてもう一つは……自分のため。」

 吉澤は顔を上げた。言ってる意味が分からない。安倍と目が合った。
面と向かって見つめ合うのは、本当に久しぶりな気がする。

「…どういう、こと?」

やっと声を出せた。もう喉はからからだ。

「…真希が、言った事は、本当なんだ。
 なっちはね、元々殺し屋なんかじゃなかった。
 普通に記憶を奪う仕事をしてたんだべ。
 でも二年前のあの日、よっすぃーの家族が逃亡を図った時、
 なっちは間違えて…間違えて、殺してしまった。よっすぃーの親を…。」

 また、頭を殴られたような衝撃。だが神経が鈍ってしまったのか、もう痛みは感じない。
125 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時07分06秒
「なっちはずっと後悔してた…。
 記憶喪失にしてしまったよっすぃーにどう償えばいいか。
 そして、どんどん殺しに手を染めていく自分。
 …全部、全部後悔してて、本当はすぐにでも組織を抜け出すか、自殺したかった。
 ううん、何度も、自殺ははかった。
 でも、その度に、よっすぃーの顔がちらついて。せめて、償いたかった。
 殺してしまったあの人たちへの償いもかけて、奪ってしまったよっすぃーの記憶も、戻したかった。
 …なっちの、なっちの、せいだった、から…。」

 安倍はそのまま無言で立ち上がり、窓の方へ行き、背中を向けた。
肩を揺らして嗚咽を漏らす。それを見て、吉澤も首を振る。
何で、何でこんなことになったんだろう。
目の前で背を向けている、初めて好きになった人――その背中には、沢山の錘がかかってるようにも見えた。
だがそんな背中を、包んであげたいとも思ってしまう自分がいる。
そんな場違いな事を考える自分にも、腹が立つ。
126 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時08分41秒
この、胸を締め付けるものはなんだろう。
自分の親を殺し、吉澤の前に現れたのも全て計画で、一瞬でも自分を殺そうとした、そして今、全てを告白し、本当は罪を償いたかったと嗚咽を漏らす彼女。
どうすればいいのか分からない。
だが、この胸を締め付ける想いは、やはりまだ本物なのかもしれない。
皮肉なものだ。こんな風になっても、彼女の事を考えてしまう。

 出来れば、言いたかった。
「全てを許す。」と。あなたがやってきた事は、今全て私が許す、と。
他の誰が認めなくても、私はあなたを許す。
あなたはもう充分、苦しんできたはずだから…。
だからもう良いよ、苦しまないで。…それ以上、辛そうにしないで――。

そう、言いたかった。


 「……よっすぃーにね、一つだけまだ、お願いがあるの…。」

鼻を啜る音が聞こえた。
127 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時09分34秒
「…さっき、言ってたよね。このホテルに、必要なものは全部家から持ってきた、って。
 ……記憶を奪う装置も、ここに、ある?」

「え…?」

 突然、どうしたんだろう。言ってる意味が分からない。

「あるけど…何で?」

「よっすぃーの前に現れた三つ目の理由。自分のためって言ったっしょ。
 …なっちね、ずっとよっすぃーに、お願いしたい事があったの。」

背中が振り返った。暗がりの中、彼女の目が見える。


「なっちの記憶を、奪ってほしいの。」
128 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時10分46秒

 「え…何、言ってんの?」

部屋が暗い。もう外の明かりにたよれないくらい暗くなっている。
彼女の表情もよく見えない。

「なっちが組織にずっといてるのは、記憶を握られてるから…。
 組織を出たら、二度と記憶が戻らないんじゃないかって思ってるから。
 でも、なっちはもう、組織にはいたくない。
 だからよっすぃーと知り合いになって、記憶を奪ってもらえたら…。
 なっちの忘れた過去も、よっすぃーが見て教えてくれるんなら
 …そしたら、やっと記憶喪失という枠から、解放されるかなって思って…。
 よっすぃーの前に現れた三つ目の理由は、それ。
 よっすぃーに、なっちの記憶を奪って欲しかった。」

 だからお願い、と頭を下げる。
吉澤は暫く、垂れたままの彼女のこうべを見ていた。
が、やがて立ち上がり、電気をつける。

「顔、あげて。」

明るくなった部屋で、彼女が顔を上げる。立ったまま安倍と向き合う形になる。
129 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時12分10秒
「…なっちが今日、告白してくれた事、ショックなことばっかりだったけど、言ってくれて、嬉しかった。
 辛かったと…思う。それだけの事を全部一人で抱え込んで…。
 でも、私に言ってくれて、凄いショックだったけど、言う方のなっちも、かなり辛かったと思う…。」

一つ一つ言葉を選びながら丁寧に言う。そして一息ついてから、

「だから私も、なっちに協力したい。…なっちが望むなら、記憶を奪っても、いいと思う…。」

 安倍の顔が、明るくなった。吉澤は内心複雑だった。
本当にこの選択でいいのだろうか。自分は間違った事をしていないだろうか。
安倍の記憶を奪うと言う事は、両親の死を目の当たりにするという事でもある。
だが、安倍の望みを叶えたいという気持ちも強かった。

「あ、でも、記憶を奪ったら、一ヶ月以上、植物人間になっちゃうんじゃ…。」

「その事なら大丈夫だべ。あれは事前に打つ注射によってそうなるはずだから。
 注射を打たなければ、いいんだべ。」
130 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時13分22秒
「え…。じゃぁなっち、素の状態で、起きたまま記憶を奪われようと思ってんの?!」

吉澤が驚いたように聞くと、安倍は頷いた。

「そんな!それ、危険すぎるよ。私、今まで注射で眠らせてない人の記憶なんて、奪ったこと無いし…。
 それは、やっぱり危険すぎる。」

「危険は承知だべ。でも、出来ない事はないはず…。
 どっかの記述で、三日三晩眠り続けて悪夢にうなされたけど、ちゃんと四日目には目を覚ました人もいるって読んだべ。」

「でも、目を覚まさなかった場合は…。」

「永遠に眠ったまま、になるかもね。そういう人も、いたみたいだし…。」

 そこまで危険だと分かってて、あえて安倍は要求してきている。
そこまで、覚悟して、決意してるのだろうか。だが吉澤は焦った。

「そんな…もし、もしなっちが目覚めなかったら…。」

「…よっすぃー、お願い。なっちのわがまま、聞いて欲しいべ。
 ずっと、ずっとこの日を、待ってたから…。」

 安倍は床に手をつき、頭を下げた。その様子に、彼女の決心が本物だと分かる。
131 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時14分42秒
 吉澤は暫く考えてから、「分かった…。」と小さく呟いた。
彼女の心が揺らぐ事はないだろう。
今記憶を奪わなければ、また彼女に後悔させてしまうかもしれない。

 安倍の「ありがとう。」という声を聞きながら、クローゼットの奥に隠してあった箱を出す。
中から装置を取りだしながら、もうこれを使うのは最後になるかもしれない、と思った。
いや、最後にしよう。

 準備をしてる間、安倍は窓の外を見ていた。思いつめたような表情で、外に光るネオンを目に映す。

 「準備が出来たよ」と言うと、その表情を崩さないままカーテンを閉め、こちらに来た。

 「ベッドの上で、仰向けになってくれる?私は横の椅子に座るから…。
 苦しいだろうけど、本当にいい…?」

ベッドに体を乗せながら、安倍は笑った。

「うん。大丈夫。頑張って、耐えてみせるべ。」

吉澤は複雑に頷きながら、装置を渡す。

「これを、頭に被って。」

安倍はそれを受け取り、手で抱える。

「よっすぃー、ありがとね。なっちのわがまま、聞いてくれて。」

吉澤はまた複雑そうに頷いた。
132 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時15分51秒
「最後にもう一個、いい?もし、なっちがこのまま目覚めない時のために…。」

吉澤が首を傾げると、安倍が笑みを称えながら、

「さっきね、言ったっしょ。なっちも途中でね、自分の気持ちに気付いたんだ。
 なっちも、人を愛する気持ちを、忘れてた。
 でも、よっすぃーに好きだって言われて…思い出した。
 なっち、ずっと気付かなかったけど、よっすぃーを殺さないといけない時、やっと自分の気持ちに、気付いた。
 よっすぃーの事、絶対に殺せなかった。その気持ちに、気付いたから…。」

安倍が顔を上げた。目と目がぶつかり合う。

「なっちも、よっすぃーのこと、好き…。」

 そう言って、ごく普通に、本当に普通に。
常識で考えたら、このシチュエーションではそんな事が起きるはずもないんだろうけど。
本当に普通に、安倍の唇が、吉澤の唇に当たった。
吉澤は不思議と驚かなかった。
そのまま普通に、それを受け入れられた。

そのまま、目を閉じる。
133 名前:隠された真実 投稿日:2003年05月29日(木)11時16分58秒


 ――溶けてしまえばいいと思った。このまま時が止まって、何もかも忘れて――。
このまま、二人で溶けてしまえれば、どれだけ楽か――。


 吉澤は安倍の肩に手をかけようと、装置をベッドに置いた。
が、その瞬間、唇が離れた。

「よっすぃーとはさ、もっと別の形で、逢いたかった…。」

安倍は小さく呟いた後、決意したように、装置を頭につけた。

 「なっち…。」

それを見て、吉澤も自分の頭に装置をつけた。
最後に彼女の顔を見てから、体に力を込め、スイッチに手をかけた。


134 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月29日(木)11時18分34秒
レス流しのついでに、前スレが倉庫オチしたのでURL貼っておきます。

http://mseek.xrea.jp/yellow/1038576591.html
135 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月29日(木)11時19分08秒
(●´ー`)人(^〜^o)
136 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年05月29日(木)11時19分50秒
本日の更新。

>>111-133あたり
137 名前:52 投稿日:2003年06月13日(金)23時28分37秒
うあ。
知らない間に後藤さんが。
キャスティングいいねぇ。(褒める所間違ってる?
そして知らない間に急てんかーい。
安倍さん切ないよ安倍さん。
またしても続きが気になる所で切りますねぇ。

138 名前:名無読者 投稿日:2003年06月23日(月)19時40分48秒
続きがとても気になります!
更新待ってます!
139 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)16時03分58秒
更新待ってます!
期待age!
140 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月06日(水)20時57分06秒
保全
141 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)18時20分36秒
つづきまだ?
保全
142 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/01(水) 06:06
ho
143 名前:名無しの一読者 投稿日:2003/11/03(月) 19:09
hozen
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/12/07(日) 03:51
がんばってください
145 名前: 投稿日:2003/12/12(金) 00:25
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/15(木) 00:14
147 名前:りゅ〜ば 投稿日:2004/02/26(木) 17:23
お久しぶりです。非常に更新遅れてすいません。
日常生活でいろいろとかたがついたのでやっと少し書けました。
なるべく早く完結したいと思っております。
ので、まだ更新を追ってくださる読者さん方、後もう少しだけ、黒い太陽をお願いします。
本当に長い間放置して申し訳ありませんでした。
作者でも内容を覚えてなかった限りですので、多分読者さんも内容を殆ど覚えてないと思います(汗
ですので、出来れば初めから流し読みして頂くのが作者の願いですが、そんな時間を割くような事はあまり大きな声では言えないので、一応この更新の直前の概要だけ少しだけ書いておきます。

:直前までのあらすじ(ネタバレ注意):
石川と高橋と紺野を人質に取られたまま、安倍を発見した吉澤は後藤により組織のビルから解放される。
ホテルに戻った吉澤と安倍。そこで安倍は吉澤に今まで隠してきた事を全て話す。
自分がなぜ吉澤の前に現れたか。なぜこんな狂言をしたのか。
自分が吉澤の前に現れた理由の一つに、吉澤に安倍の過去の記憶を奪ってほしいからというのがあった。
安倍は記憶喪失であり、組織に安倍の記憶を握られてるため、ずっと苦しんでいた。
吉澤は安倍の懇願を承諾し、思い出せない安倍の過去の記憶を奪うことにした。
記憶を奪う装置を安倍の頭につけ、自分の頭にもつけ、スイッチをおす。

という所で終わってました。では、続きです。
148 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:25
 ウィーンと音を上げながら、もう大分使っていなかった装置が動き出す。同時に、安倍の体がまるでえびの様に反り返る。
「…っ。」
必死で自制しようとしてるのか、ベッドのシーツを握りながら、歯軋りをしている。
 やはり注射なしで記憶を奪うのにはかなり無理があるんじゃないだろうか。吉澤は自分の頭にも流れ込んでくる、久しぶりに味わう独特な感覚に我を失いそうになりながらも、安倍の手を取り、握り締めた。シーツを掴んでいたその握力が、今度は吉澤の手に傾けられる。安倍は次第に息を荒くしていき、胸を大きく上下させた。
 (なっち…頑張って。)
心の中でそう呟いたが、次第に吉澤自身も余裕が無くなり、他人の心配など出来なくなった。
 二人の頭についてる装置から伸びる幾数ものチューブ。それらを伝って今、安倍の記憶が吉澤の頭の中に流れ込んできている。
 吉澤は安倍の手をいっそう強く握った。吉澤は記憶を奪う時、相手の首を強く抑え、圧迫を与える癖がある。吉澤自身、何かを握ってないとこの苦しみには耐えられない。
 日が完全に傾いた一室で、安倍と吉澤、二人の息が激しくぶつかり合う。モーターが走るような音もそれに共鳴している。安倍の呼吸も、吉澤の呼吸もよりいっそう激しくなった。装置の音もいっそう高まる。全ての音がピークに達した。同時に、吉澤の意識は深い安倍の記憶へと沈んでいった。
149 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:26
◇◆◇

 「名前はね、安倍なつみって言うんだよ。」
体を包む眩い光が遠ざかった時、吉澤はセミの声が聞こえる、炎天下で温度を上げた地面の上に立っていた。暑い。体からは汗が吹き出ている。だが妙に、この暑さが新鮮で気持ち良いと、ここに立っている自分は思っている。吉澤は体を見た。首からは昆虫取りにでもいくのか、四角い虫かごが垂れ下がっている。頭には麦藁帽子。そしてどうやら、ワンピースを着ているようだ。手や足の大きさ、目線の高さから見て、まだ幼稚園か小学校に入学した頃だろう。記憶の中の安倍――今はその安倍に意識を重ねている吉澤は、どうやら誰かの家の玄関前に立ってるようだった。
 そして過去の安倍――吉澤の意識は、今必死で誰かに話しかけている。
「あなたは?お名前、なんていうの?」
 どうやら自分より年下の小さな子に向かって、話しかけてるようだ。安倍は身を低くし、ドア越しに立つ母親と思われる人物の後ろに隠れてる子供に、手を差し出した。
「おいで。恐くないよ。お名前、教えて?」
 安倍がその子に向かって、優しく微笑んでるのが分かる。
 その時、吉澤の頭に戦慄が走った。今見ている安倍の失った記憶――彼女の過去の中にいる自分とは、また違った本物の自分。そのリアルな意識に、ばらばらだったパズルが一つに重なるような感覚が襲い掛かる。
 知ってる――。この光景を、私は知っている――。
 まるで吉澤の意識を見透かすように、安倍の記憶はそのまま展開される。
 母親の後ろに隠れているその小さな子供が、恐る恐る顔を向ける。そしてその子は安倍の顔をじっと見つめた後、照れくさそうに体を出し、こう言った。
「…ひーちゃんの名前はね、ひーちゃんっていうんだよ。」
 ヒーチャン…?
「ひーちゃんかぁ〜。なっちの事は、なっちって呼んでね。これからおねーちゃんといっぱい遊ぼうね。」
 ナッチ…?
 そして目の前の子供――ひーちゃんは元気よく「うん!」と頷いた。
 ひーちゃん…知ってる。私はこの子を知ってる――。
 だってこれは………私の、過去。
150 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:28
◇◆◇

 途端、今までばらばらに散りばめられていた全ての破片が一つにまとまった。
吉澤の消えていた過去の記憶――。
きっかけなんて、本当にただのきっかけにすぎない。
たったそれだけの些細な事で、全てを思い出した気がする。
今までかかっていた靄が、全て吹き飛んだ気がする。

 そう、私はひーちゃん。
自分の事をひーちゃんと呼んでいた。
そして隣の家のおねーちゃんといつも一緒に遊んでいた。
幼い私は、彼女を本当の姉のように慕った。
彼女といると楽しくて、いつも一緒にいたくて…。

私は、彼女の事が――なっちが、大好きだった。

◇◆◇
151 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:30
 ずっとトラウマになっていた記憶が戻った。
やっと記憶喪失という枠から解放されたのだ。
だが意識の半分では喜んでいても、その半分には次々と安倍の記憶が流れ込んでくる。
まだ嬉しさの余韻には浸っていられなかった。

 安倍が八歳、吉澤が四歳の頃、安倍は吉澤の隣家に引っ越してきた。
それから親同士が意気投合し、安倍が吉澤の家に、吉澤が安倍の家に頻繁に行くようになるまで、そうそう時間はかからなかった。

 場面は次々と展開する。
それから暫く経って、突然吉澤家が引越しをする。
別れの挨拶にも来ないまま、隣の家は忽然と姿を消してしまった。
安倍は不審に思いながらも、時は経ち、十二歳になった。

 その日はなぜか寝付けなく、水を飲みに行こうと夜中にキッチンへ向かった時。
両親が寝ている寝室から激しい物音と嬌声が聞こえた。
恐る恐る部屋に行ってみたら、そこには全身を黒で纏った二人組みがいて、手には真っ赤なナイフを持っていた。
一瞬の光景だったが、両親の首や胸からは血が出ていた。
十二歳の少女でも、親が殺されたという事は容易に分かった。

 黒ずくめの男たちが組織の一員だったと分ったのは、その後安倍が組織に連れて行かれてからだ。
安倍は暫く鬱状態になり、何も考えられなくなった。
だが間もなくして、手術室に運ばれ、安倍の記憶は組織の手によって意図的に奪われた。
安倍が記憶喪失になったのは、この時からだった。
152 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:32
 安倍が望んでいる、彼女の取り戻したい過去の記憶とはここまでだ。
だが吉澤は装置のストップボタンを押せなかった。

この後、どういう経緯でか、安倍が吉澤の親を殺す事になる。
吉澤自身の記憶も戻ったはずなのだが、まだそこだけあやふやになっていて、はっきり思い出せない。
吉澤はこのまま、安倍の記憶と共に、自分の過去も完全に取り戻したくなっていた。

 「…っぅ。」

だが現実の安倍は苦しんでいる。
記憶を奪う時間が長いほど、その苦しみは大きくなっていく。

(ごめん、なっち…後ちょっと…後ちょっとだけ、我慢して。)

心の中で断ってから、また安倍の記憶に意識を傾ける。

 組織から意図的に記憶喪失者にされた安倍は、それからも組織の実験台のように使われ、いろいろな薬を投与されていた。
そして吉澤の今の仕事、『記憶を奪う』という特殊能力を、安倍も身に付ける事ができた。
それから暫く何年かは、吉澤がやっていたのと同じような仕事をしている。
途中から後藤も出てきて、安倍とは急速に仲が深まり、一種の相談相手のような、親友のような間柄になる。
153 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:40
 そんな時に事件は起こる。
監禁していた吉澤一家が脱走したのだ。
突然のことだったので組織側もちゃんとした対応ができなかった。
取り合えずビル内にいる者全てに、吉澤家を捕まえるよう命令が下りた。
そしてたまたま、ビルの一階を歩いていた安倍が吉澤家と遭遇した。

 いろんな偶然が重なり、安倍は吉澤家三人を壁まで追い詰めることができた。
だが、まだ実戦経験が少ない安倍はとても動揺している。
そんな時に、吉澤の父――白衣を着た男は「このまま組織に捕まるくらいならここで死んだ方がマシだ」と言いながら、子供の吉澤を後ろの通気口に入らせ、自分は自らの頭に銃を掲げた。
予想外の展開に安倍は混乱する。
子供に逃げられても困るし目標に死なれても困る。
あくまで命令は、目標を捕えること、だった。

 焦りを感じ、この場をどう切り抜けるか必死で考えてる過去の安倍の感情が流れ込んでくる。
時間はない。
目標は今にも引き金を引こうとしている。
子供――過去の吉澤にもこのままでは逃げられてしまう。
安倍に考えてる時間はなかった。

 だから安倍は走った。
走ってそのまま男の腕に飛びついた。
だが訓練の時のようにうまくいかない。
あれだけ練習したのに、焦りのせいか中々銃が奪えない。
男の手首を掴む。だが男も必死に抵抗する。

 「パーンっっ。」

もう少しで男から銃が奪えるという時だった。
後ろから銃声がした。安倍は恐る恐る後ろを振り向く。
そこには一番願っていない光景があった。
男と同じように白衣を着た女――吉澤の母がこめかみから血を流して倒れていた。

 安倍が呆気に取られていた時、掴んでいる男の手首にも力が入った。
弾かれたように、男に顔を戻す。
男はまさに引き金を引こうとしている所だった。
154 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:43
 安倍は銃を奪おうとした。だがもう遅かった。
男が撃った弾は、少しずれたものの、男のお腹あたりに命中していた。

 男の手から力が抜けた途端、安倍もその手を離した。
男が口に血をためながら地面にうずくまる。
そのまま数回、血を吐いた。

 安倍は暫く呆然とその光景を見つめていたが、やがて気付いたように男の体を支え、呼びかけた。

「だ、大丈夫ですか?!今、応援を…。」

「いや、その必要はない。」

電話を探そうとする安倍の手を、男が止めた。

「これでよかった…これでよかったんだ…。」

仰向けになりながら、男は繰り返し呟く。
ふと、男が目線をこちらに向けた。
うっすらとだけ開かれた目が、安倍をとらえる。

「…なつ、み…ちゃん、か…?」

突然自分の名前を呼ばれ、心臓が高鳴る。

「ひとみを…ひとみを、たのむ…。」

そう言って、男はそのまま息絶えた。

 何故この男は自分の名前を知ってるのだろう。
何故、何故この人たちはこんな…。

がさっ。

 その時、後方で音がした。

振り返ると、そこには通気口の隙間から、目を大きく見開いてこちらを見ている、少女の姿があった。
155 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:48
 吉澤は頭痛を感じ、そこで装置のストップボタンを押した。
ウィーンという音が、次第に小さくなっていく。
吉澤の握っていた安倍の手からも、力が抜けた。

 吉澤は自分の頭から装置をとり、安倍の頭からも外した。
床に装置を転がせ、そのまま虚ろ足でソファに倒れこむ。
156 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:49

 思い出した。
全てを思い出した。

私は大好きだったなっちお姉ちゃんが目の前で両親を殺したショックで、記憶がなくなったのだ。
だが実際は違った。
なっちが殺したんじゃない。
両親が自ら死を選択したんだ。
でも幼い頃の私にはそんなの分からなかった。
あの後、通気口の中を辿り、必死で逃げた。
道に出たとこで、男に遭遇し、首を絞められながら、両親はどこだと聞かれた。

男の腰についてた銃をとって、今にも撃とうとしてる時、またなっちが現れたんだ。
その後、なっちは私を庇いながら一緒に逃げてくれた。
だけど行き止まりにぶつかって、結局最後は組織に捕まった。

そして、今の私がいる。
私はその後病院のベッドで目を覚まし、そこに石川さんが現れたのだ。

 全てが一本の線に繋がった。

あのビルでなっちと初めて会った時、なぜさっさと組織に渡さなかったのか。
それは初めて会ったなっちから何か懐かしいものを感じたからだ。
だから信用した。
当たり前だ。

私はなっちを、ずっと前から知ってたんだから。
157 名前:安倍の記憶 投稿日:2004/02/26(木) 17:50

 吉澤は皮肉な運命の悪戯に、鼻で笑った。

全ては組織のせいだ。
いや、記憶の研究をしていた両親のせいか。
だが取り合えず、この「記憶の行き違い」で全てはおかしくなった。
人間の記憶を完全に操作しようとしている組織。
これはあってはならないものだ。

吉澤の中に、一つの決意が芽生えていた。

158 名前:りゅ〜ば 投稿日:2004/02/26(木) 17:54
久しぶりのレスです。

>>137
キャスティングいいですか?有り難うございます(w
急展開ですねぇ…安倍さん切なかったですか。
もっと切ないの頑張ろうーっと。これからも宜しくお願いします。

>>138
有り難うございます(ノд`)・゚・。頑張ります!

>>139
期待ageしてくれて有り難うございます。感動です。

>>140-146
保全有り難うございました!
まさか保全されるとは思ってなかったので…感動しました(つeT)

はてさて、今頃更新して読者さんがいるのかが疑問(ry
次の更新はなるべく早めに・・・したいです。
159 名前:りゅ〜ば 投稿日:2004/02/26(木) 17:56
今日の更新。

>>147-157

ではまた!
160 名前:1234 投稿日:2004/02/26(木) 23:26
おせーじゃねぇか
つづきまってるぞ
161 名前:ぴけ 投稿日:2004/02/27(金) 00:01
長い間待っていた甲斐がありました。
無理のない程度の更新を楽しみにしています。
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/27(金) 00:09
復活おめでとうございます!
163 名前:名梨 投稿日:2004/03/20(土) 17:20
2日で読破しました。首を長くして待ってます。
164 名前:nao 投稿日:2004/05/14(金) 01:40
がんばって!!
165 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:20
 石川はチャンスを狙っていた。

 吉澤があの部屋に入っていってから暫くして、人の足音が聞こえた。
やはり今までの静けさは罠だった。
そう、石川が気付いたのが、敵より少し早かった。
紺野と高橋に合図を送り、もう一つ別のドアへ入った。
B2-5の反対側のドアだ。

「あ!逃げよったで。追いかけるで、のの!」

追っ手の叫び声が後ろから聞こえる。
石川は建物の構造を思い出しながら地下へ地下へと下っていった。
途中で失敗に気付いた。地上の出口から遠ざかっている。
上の階へ行くと大勢の人がいるという先入観から、人気のない下へ向かって行っていたが、これでは拉致があかない。
このビルから抜け出さない限り、自分達は組織の手の平で踊らされるのだ。

 しかし三人いる石川たちを追っているのは、二人だけのようだ。
時々声が聞こえてくるが、どうやらこの前の辻加護とかいう中学生コンビのようである。
これなら追いつかれても何とかできるかもしれない。
なんせこっちには訓練を積んだ紺野と高橋がいる――。

 だが、ここは組織が支配するビルの中だ。
追っ手はあの二人だけとは限らないだろう。
いつ、そこのドアを開けたら誰かが待ち伏せしているかも分からない。
いつ、そこから誰かが襲い掛かってくるかも分からない。
石川は慎重に、かつ敏速に、二人に指示を出しながら進んだ。
166 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:24

 大分逃げ回った。
地下の部屋を行ったり来たりもした。だが誰ともすれ違わなかった。
息を切らしながら追ってくるのは辻加護だけだ。
しかも二人との距離は大分離れている。
時々姿が見えなくなることもあった。

 何かが妙だ。まるでわざと泳がされてるようだ。

 その時、

 「ほーら。もう逃げられへんで〜!」

突然、加護が目の前に現れた。
舌打ちしながら後ろを振り返ると、そこには辻がニヤニヤしながら立っていた。
姿が見えなくなったと思ったら、挟み撃ちされていたようだ。
この二人にもそんな知能があったのか、と場違いなことを想いつつも、とうとう捕まってしまった、石川、紺野、高橋。
三人とも、息を荒げながらその場に立ち竦む。
と、紺野が突然辻の方に顔を向けた。

「お願い、私達を逃がして!」

手錠の用意をしていた辻が驚いた顔をする。

「い、いくら紺ちゃんのお願いでも…それはできないのれす。」

「お願い!今…今、捕まるわけには…。」

「いくら紺野ちゃんのお願いでもそれはあかんわ。」

加護が横から口を出す。

「今、この様子がばっちりと監視カメラに取られとるはずや。
 この場でうちとののが紺野ちゃんたちを解放したら、うちらも裏切り者にされるやん。
 いくら口が上手いうちでも、さすがに言い訳だけじゃ乗りきれへんわ。
 多分、拷問どころじゃないくらいの罪になるやろ。」

「そ、そうれす。拷問はのの、嫌なのれす。」

確かに、辻と加護の処分を考えると、紺野はそれ以上何も言えなくなった。
地面を向いたまま、唇を噛む。
167 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:26
 結局、石川、紺野、高橋の三人は辻加護コンビにそのまま連行された。

「何処へつれていくの?」

石川が聞く。

「さぁ〜。まぁ牢屋みたいなもんはさすがにないやろうけど、上から指示がくるまでどっかに入れて閉じ込めとくみたいやわ。
 でも石川さん。あんたは組織の中身を知りすぎてるみたいやからな。
 あんただけちょっと別の場所にきてもらうわ。」

石川は、当然の処置だ、と思った。
自分は組織の要ともいえるコンピューターの中をほとんど把握している。
石川は、組織の持ってる大事なデータを無にする事だって不可能ではないはずだ。
組織にとってこれほどやっかいな存在はないだろう。

 「あ、そうそう。ずっと前に入っとった情報やねんけどな。
 吉澤と安倍さん、一緒に逃げたらしいで。」

「え?!」

下りてきたいくつもの階段を上るのにうんざりしていた頃だ。
加護が、顔を前に向けたまま言った。

「…。そっか…、安倍さん、無事に…逃げたのか…。」
「ま、まさかオラ達を裏切ったんじゃ…。」

紺野は大きく肩を落とし、高橋は顔を左右に動かし目を泳がせた。
168 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:27
そんな二人を見て、石川が言う。

「そんなはずないわ。吉澤には何か考えがあるはずよ。
 理由無しに、二人で逃げたりなんかするような子じゃないわ…。
 二人だけで逃げたとしても、必ずまたここに帰ってくるはずよ、私達を助けに…。」

(そうよ、そうなんだから。吉澤が裏切るはず、ないんだから)

「私は、吉澤を信じるわ。」

自分に言い聞かせながら、二人の眼を見てそう言った。
どことなく解せない表情だった紺野と高橋も、今は吉澤を信じるしか術がないためか、やがては頷いた。

 石川は、不安そうにする二人を横目に、必死で考えた。
頭を回転させ、今最も自分がすべき行動を考える。


 やがて、石川は顔を上げた。
長い階段を終え、新たなドアを開けようとしている辻加護を見る。
「この二人から、逃げ出さないと――そして、吉澤に連絡を。」
そう心で思い、暫く考え込んでから、辻加護に気付かれないよう、紺野と高橋に指示を出した。

◆◇◆

169 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:32
 吉澤の携帯が鳴った時、安倍はまだ眠っていた。
安倍が寝ているベッドの横の椅子に腰掛け、これからの作戦を考えている時だった。
バイブにして小さな丸いテーブルに置いていたが、その無音は振動し、部屋に響き渡っている。

 見た事もない番号からだった。
吉澤は少し期待をかけながら電話に出た。

「もしもし。」
「あ、吉澤?!私だけど、今何処にいるの?」

思ったとおり、石川の声が聞こえてきた。
後藤から「三人は捕まった」と聞いた時、もうだめかと思っていた。
吉澤は心を撫で下ろし、また喜びによる興奮した感情が湧き出てくるのを抑えながら、落ち着いた口調で言った。

「同じホテルにいます。安倍さんも無事です。そちらは、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないに決まってるでしょ。」

石川は鼻で笑った。だがすぐに声のトーンを下げ、

「紺野と高橋とは別行動してる。今は私一人よ。追っ手の携帯奪ってきたの。
 今もビルの中にいるわ。不思議な事に、ここ、圏外じゃないのよね。地下だと思うんだけど。」

吉澤は息を吐いた。ため息ではなく、安堵によってでたものだった。

「無事で、良かったです、本当に。あさ美と高橋も無事なんですよね?でも何で別行動なんですか?」

「二人にはちょっと動いてもらってるわ。私なりに今一番的確だと思われる指示を出しといたわ。
 まだ二人は無事よ。一応もう一個奪った携帯で連絡も取れるようにしてるわ。」

吉澤は今、改めて石川を尊敬していた。
いざっていう時はやはり頼りになる、尊重する上司だ。
170 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:34
「…石川さん、もしかして、私が言ってた計画を…。」
「えぇそうよ。あなたならこの道を選ぶだろうと思ってた。それとも何?私の思い違いだった?」
「いえ。」
吉澤は息を吸った。

「もう決心しました。」
「そう。」

石川は何の驚きも示さなかった。

「でも、決心したはいいんですが、方法が…。」

「一応、私なりに考えてみたわ。
 あなたに、組織に乗り込む前に、その話を聞かされて、大体頭の中で作戦は練っていたのよ。
 ただもう少し組織について調べる方が良さそうね。
 気になる事が幾つかあるわ。
 まず、裏切り者の私達が逃げ回ってるのにも関わらず、追っ手が全然いないこと。
 人が一人も歩いてないのよ。
 監視カメラで私達の居場所はすぐに特定できるはずなのに、全然新たな追っ手が来ないのよ。
 思い出してみると、実際このビルに前来た時も、ほとんど人とはすれ違わなかったわ。
 私が組織に入った頃はもっと人がいたのに。
 これじゃまるで話が違うのよ。コンピューターの中にある組織のデータと一致しないの。」

「それは私も気になっていました。それに、私と安倍さんを逃がしたのも、後藤さんなんです。」

「えぇ?!それ、本当?」

「はい。…石川さん、なにか、おかしいですね。」

「えぇそうね。なんかがおかしいわ。どうする?作戦、実行する?」

「はい。これ以上犠牲者は、だしたくありません。」

「分かったわ。賛成よ。紺野も高橋も承諾してたわ。で、あなたの考えは?」


◆◇◆
171 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:38
 吉澤と電話を切った石川は尚もコンピューターを触り続けていた。
何台ものコンピューターがずらりと並べられた部屋の中、明かりもつけず、ただかたかたとキーボードを叩く。
コンピューターは三台立ち上がっていて、石川はその真ん中のコンピューターの前に座っていた。

 石川には親の記憶がなかった。
物心ついた時から孤児院にいて、暫くはそこで生活していた。
だが小学校に入る頃、石川を含め、同じ孤児院で育った友達は皆別の場所へ移住させられた。
そこには小学校があり、生活する場所があった。
そこは石川たちの新しい住まいになった。
そして、気付けばそこでパソコンを触っていた。
そこが、世間から隔離された組織の支配下の施設だと知ったのは、小学校中学年の頃だった。

 自分は組織の中で英才教育を受けて育った。
本当なら、いずれは複雑なプログラムやシステムを作る重役に就いていたことだろう。
組織が求め、組織がお金で買った、親のいない、いずれ組織の重要な下部となる子供達の一人だった石川。
その石川が今、自分を育ててくれた組織を裏切るために全力を尽くしている。

 組織の事を深く知れば知るほど、中身を覗いてみれば覗くほど、組織のしている事はただの「悪事」でしかなかった。
少なくとも、石川はそう思っている。
そしてそれを教えてくれたあの人を、心から信じ、ついていく事にした。
たとえあの人が違う人を想っていようとも。
172 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:49
 キーボードを打つ手を一旦止め、時計を見る。
それから携帯を取り出した。

「もしもし。高橋?どう、そっちの状況は。」
「へぇ、石川さんの言う通り、上の階へ行ってもほとんど人が見当たらねーだ。空部屋も沢山あっただ。」
「そう。でも何人かはいたんでしょ?」
「はい、みんなどちらかってーと一定の固まった場所にいるみたいだ。みんな普通に仕事してるみたいな感じだっただ。」
「…思った通りね。で、監視カメラの方は?」
「手当たり次第回収してますだ。」
「上出来だわ。そのまま、一応捕まらないように捜査を続けて。」
「りょーかい。」
「一応聞くけど、紺野も無事ね?」
「もちろんだ。オラがいるから大丈夫でよ。」

 石川は眉間に皺を寄せながら電話を切った。
やはり、何かが起きている。
何か石川たちの知らない事が、このビルの中で起きている。
気になるのは後藤の存在だ。
彼女が自分達の行動を見逃すはずないのだが…。
わざと見て見ぬふりをして、自分達の行動をどこかで見ながら嘲笑ってるようにしか思えなかった。
173 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:52
 石川はまた時計を見た。吉澤に電話してから大分経っている。
もう、朝日も充分に昇りきり、世間では社会人や学生が一斉に動き出す、午前七時半になっていた。
室内にこもりっぱなしだと時間の感覚が分からなくなる。
もう朝か、と思ったと同時に、昨晩から一睡もせず何も食べてない事に気付き、一気に疲労感が襲ってきた。

 頭も朦朧としてきたので、少し休もうかと思った矢先の事だ。
右手にあるパソコンでインターネットエクスプローラーを立ち上げ、数時間前にアクセスしたホームページを開いた。
あまり期待はしていなかったが念の為、BBSをクリックする。

途端、石川は目を疑った。

先ほどの午前六時台に書き込みをした石川の発言に、レスがついている。

 『HN:名無し募集中。。。 コメント:確かな情報ではないが、その事に関して妙な噂なら聞いたことがある』

その一文だけだった。
だが石川は緊張した面持ちで右のパソコンの前に座り、キーボードに手をかけた。

 『HN:チャーミー コメント:噂でもいいので、その話、詳しく教えて下さい』
174 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 00:56
◆◇◆

 安倍の呻き声で、目が覚めた。
いつの間にか椅子に座ったまま寝てしまったようだ。
石川と高橋と紺野が組織のビルの中で必死に動いているというのに、自分だけのんきなものだ。
だが吉澤は既に出発の準備を整えていた。
足元に大きなバッグを二つ置いてある。
後は安倍が目覚めるのを待つだけだった。

 「あぁ…ぅ…ぅうっ…。」

目を瞑ったままの安倍が再び呻く。
ベッドのシーツを必死で握り、体を動かしている。
吉澤はその手をそっととり、握り返されるその握力に身を委ねた。

 もし、自分達が組織と関わっていなかったら今頃どうなっていたのだろう――。

 苦しむ安倍の寝顔を見ながら、ふとそんな事が頭をよぎる。
そもそも吉澤の家が引っ越したのは組織の研究所に住むためであり、組織がなければあのまま安倍の隣人として成長していったのかもしれない。
安倍の幼馴染として、思春期を過ごしたのかもしれない。
自分は安倍の妹のような存在で、自分にとって安倍は姉のような存在だった。
その関係が、ずっと続いていたのかもしれない。
普通に中学校へ行き、高校へあがり、恋愛もし、大学生になり、やがては結婚し、いつかお互いの子供を見せ合うようにでもなっていたのだろうか。
自分が同性愛に対して何の偏見を持たなかったのも、石川の存在が大きかったと思える。
もし、普通に、普通の人間として育っていたなら。
自分はこうして安倍に恋をすることもなく、ただただ平凡な毎日を過ごしていたのだろうか――。

 そう考えると、この人生も悪くないのかな、と思った。
そんな自分に、嘲笑する。
そんな風に思ったのは記憶喪失になって以来、初めての事だった。
自分をこんな風にしたのも、この人のせいかな――。
そう思い、安倍の顔を見た。

その時だった。
175 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 01:01
 暫く止まっていた彼女の手が、ぴくっと動いた。

 安倍は、枕に頭を押し付けて顔を左右に振った後、「うーん…」と言いながら目を開けた。
開けた。開けたのだ。安倍は目を覚ました。
薬無しで記憶を奪っても、安倍は無事に目を覚ましたのだ。

「なっち!!」
「…ぅ、ん…。…よ…っすぃ…?」

ひらいた安倍の目と目が合う。

「なっち、私、分かる?吉澤ひとみ、分かる?」
「…ぅ?ぅん。分か、るよ、よっすぃ、でしょ?」

そういいながら不思議そうに首を傾げる。
そんな安倍を見て、吉澤は安堵と歓喜に顔を綻ばせながら、

「お疲れ。……おかえり。」

と呟いた。抱きつきたい衝動にかられたが安倍の容態を心配して、自制する。

「よっすぃ…なっちの…記憶…。」
「うん、なっちの過去、全部分かったよ。…それと、私の記憶も、全部戻った。」
「ぇ…?」

吉澤が頷くと安倍が驚いたように目を丸くした。

「全部話すよ。それから、これから私達がしようとしてることも。あ、石川さんと高橋もあさ美も、みんな無事だったよ。」
「ぇ…?あぁ、そうなんだ…よかった…。」
「取り合えず、朝食でも食べながら、話そうか。ちょっとあんまり、時間、ないから。すぐ、出発したいし。」
「出発…?」
「うん。」

吉澤は深く頷いた。安倍は、まだ何が何だか分からないというような顔をする。

 吉澤は一つ瞬きをし、言い放った。

「…組織を…組織を、壊しにいく。」

その眼は真剣だった。
176 名前:計画 投稿日:2004/05/15(土) 01:04
◆◇◆

 緊張した面持ちで、石川は再度BBSに書き込みをしていた。先ほど感じた疲労感が嘘のように頭がクリアーに動いている。それはこの「名無し募集中。。。」というハンドルネームの持ち主がいう『噂』に信憑性が感じたからだ。
 この書き込み主はなかなか長文で返事をしてくれない。いつも短文で、それでいて石川のした質問にしか答えてくれなかった。だがスピードは速い。まるでチャットをしているような感覚で二人は会話していった。
 「え…。」
組織の噂についてどんどん突っ込んで聞いていったその時。書き込み主が思わぬ発言をした。まるで寝耳に水だった。だが、その噂が本当なら、今のこの現状にも納得できる。全て、辻褄があう。自分は実際、その組織の中のパソコンからアクセスしているのだ。石川は身震いした。自分ひとりだけ重大な秘密を知ってしまったような気がした。念の為、背後を確認する。薄暗い部屋にパソコンが並んでいるだけで、誰もいなかった。
 冷や汗をぬぐいながら時計を見た。時刻はもう、八時を過ぎていた。

◆◇◆
177 名前:りゅ〜ば 投稿日:2004/05/15(土) 01:10
更新遅れて申し訳ありません。
読者さんが内容忘れない間に次の更新ができたらいいなと思っております。
というか既に忘れられてるような悪寒が…。

>>160 1234さん
 遅くなってすいません。続き、頑張ります。

>>161 ぴけさん
 長い間お待ち頂き有り難うございます。無理をしてでも頑張ります。

>>162 復活しました。有り難うございます。

>>163 二日もかけて下さって有り難うございます。嬉しかったです。

>>164 naoさん
 励みになりました。頑張ります。


レス、有り難うございました。
放置する予定はないので…次回、早めに更新したいです。
178 名前:りゅ〜ば 投稿日:2004/05/15(土) 01:14
レス流しついでに。

遅くなりましたが4月12日でよっすぃーも19歳になりました。
ってことでおめでとうよっすぃ。
同じ黄板にあるよっすぃー聖誕祭に皆さん投稿を(ry

(●´ー`)<よっすぃおめでとうだべさ
179 名前:りゅ〜ば 投稿日:2004/05/15(土) 01:14
今日の更新。

>>165-176
180 名前:TETRA 投稿日:2004/05/15(土) 18:29
163のものです。
待ってましたー!全く忘れてませんよー!
作者さんペースでがんばってください!
181 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/17(月) 00:41
更新キテター!!
りゅうばさんの更新、いつも楽しみにしています。
つかぬことを伺いますが、石川の見ていた掲示板はもしや(ry
182 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/18(火) 23:30
更新乙です。
待ってて良かった。

>>181
もしかしなくても、あそこだね
183 名前:名無し飼育 投稿日:2004/10/13(水) 23:43
184 名前:名無し§ 投稿日:2004/11/26(金) 19:13
作者さんが帰ってくると信じて
何時までも待ち続けます。
185 名前:りゅ〜ば 投稿日:2005/01/27(木) 17:32
お久しぶりです。作者です。
本当に長い間放置状態にしてしまっていて申し訳ありませんでした。
完結だけはさせるというスレ立て当時の約束だけは絶対守りたいと思うので、読者さんがどれだけいるかは分かりませんが続きを書きたいと思います。
本当に長い間だったので自分も読み返さない限り内容を把握できなかったので、多分読み返さないと意味の分からないところから始まってるとは思うんですが、読み返すには長すぎる内容でもありますので、簡単にネタバレあらすじを書いておきます。

:前回までのおおまかなあらすじ(ネタバレ注意):
吉澤は安倍の記憶を奪う事により自分の記憶を取り戻した。
記憶を奪われ眠っていた安倍も意識を取り戻す。
その間石川はネットのBBSで名無し募集中。。。の妙な書き込みを見る。
高橋と紺野は別行動でビル内を探索中。

という感じでした。

では、短いですが続きです。
186 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 17:33
 高橋と紺野は、警戒しながら階段を下りた。相変わらず、一部の通路の電気は落とされていて、人の気配はない。だが念のため、周りを注意しながらその部屋へ急ぐ。
 物置にでもなってるのだろう。薄暗い中ダンボールが積み上げられた狭い部屋に二人は入り、ドアを閉めた。そのまま、肩にかけている袋を下ろす。ガシャっと小さな音がする。
 その奥に、寝かされるようにして辻と加護が倒れていた。石川の指示に従い、隙をつき、二人を一旦眠らせた。その間に手錠の鍵を取り、携帯電話を奪い取り、念のため二人の手首を縛ってから、ここに閉じ込めておいた。足も縛ろうという高橋を、なぜか石川が制した。
「二人には…逃げてもらわなきゃいけなくなるかもしれないから…。」
それだけを言って。
 辻と加護の意識が未だ戻っていない事を確認し、高橋と紺野はその部屋を後にした。
 そのまま、まだ探索していない地下フロアへ通じる階段を下りる。不気味なほど、静かだった。自分たちが組織から指名手配されているなど、嘘のようだった。
 B1と書かれたドアが並ぶ通路に着き、そこで初めて高橋はため息をついた。
「取り合えずここいらには人いねーんだよな。」
「…一応、そのはずだけど、今のこのビル、なんかおかしいから、注意はしとかないとね…。」
呟きがちに言ってから、紺野は早速近くのドアに手をかけた。だが、案の定鍵がかかっている。
「なぁーあさ美。もしかすっとここいらのドア全部鍵かかってるんでねぇ?ここはもう監視カメラだけ外して下行く方がええんとちがう?」
「…んー…そうかもね。一応全部のドアは、確認するけど。」
暫くドアをガチャガチャ揺らしていた紺野だったが、やがて悔しそうに手を離した。
187 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 17:34
 高橋の予測通り、そのフロアのドアには全て鍵がかかっていた。二人はそのまま、もう映っていたってなんともない、というような顔で監視カメラに近づいていく。上階にある監視カメラは全て二人の手によって取り外されていた。それでも、組織が動く気配は未だない。
 「…それじゃぁ、また頼むだぁ。」
高橋が膝を曲げ、両腕を肩の所まで上げる。
「愛ちゃん、顔、赤くなってない?」
「え?!な、なってないだ!気のせいでよ。あさ美、こんな薄暗い所に来てるから目がおかしくなってるだ。」
「別に薄暗い所に来たからって顔が赤く見えたりしないけど…。耳まで真っ赤だよ。さっきから気になってたんだけど。」
ち、違うだ!誤解だ!という高橋の声を背に、「じゃぁ、暴れないでね」と言いながら紺野は片足を上げた。慌てて、頭を低くする高橋。紺野の両足が肩にかかるのを確認してから、それを掴み、支える。そのまま腹筋と足腰の力だけで立ち上がった。初め、思ったより重かった紺野の体重も、今では普通に持ち上がる。そのまま少し前進し、カメラの下へ移動する。
首にあたる彼女の重みとぬくもりに、スカートじゃなくて良かった、と心の中で呟いた後、なぜか少し残念な気持ちになり、「な、なに考えてるだオラは…。」と再び顔を真っ赤にした。
 そんな高橋はお構いなしに、紺野はさっさと監視カメラを取り終えた。時間との戦いでもある今日のこの日に、先ほどから一番時間を取ってしまうのが、この高橋の風車だった。
188 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 17:35
 同じ手順で地下一階の各通路にある全ての監視カメラを取り除いてから、二人は下へ向かった。
地下二階。B2と書かれたドアが並んでいる。二人は今まで以上に慎重にその道を歩いた。保存庫と書かれた部屋の鍵はやはり全て閉まっており、難なくそこを通過してから、見覚えのある場所で足を止める。先ほど吉澤と別れた場所だ。つい数時間前に、彼女はこのB2-5と書かれたドアに入っていった。そしてそのすぐ後に、反対側のドアから高橋と紺野と石川は逃げ出したのだ。
「…なぁあさ美…。吉澤さんは安倍さんと逃げたって言っとったよね。そうすっとぉ、そこのドアは地上へ繋がってるって事っかね。」
「さぁ…。安倍さんを監禁していた部屋でもあるから、すぐに出口に繋がってるってわけじゃないと思うけど…。」
「でももしかっすと、このままオラ達も逃げれっかもしれねぇって事だよなぁー…。」
「まぁそうだけど…。って、愛ちゃん?」
「オラ、あさ美が安倍さんを助けたいって言うからやってきただ。安倍さんも吉澤さんと逃げたらしいし、あさ美の目的は果たされたと思うだ。」
高橋の言葉に、紺野は暫く何も言わなかった。やがて、壁にもたれかかりながら、一息ついた。
「愛ちゃんは、どうしたいの?ここから、逃げたい?」
「オラは…!…オラは、ただ…。あさ美をこれ以上、危険な目に合わせたくねーだ。ずっと心配だっただ。二年前別れた時から、ずっと…。」
高橋は拳を握り締めながら、目をぎこちなく動かした。
189 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 17:36
「多分…今、気付いたけんど…オラ、あさ美のこと…。」
「私が好きなのは――。」
遮るように、紺野が体を壁から離した。
「私が好きなのは…安倍さん、だよ。」
はっとしたように高橋が顔を上げる。やがてばつが悪そうに目をそらす。
「…でも、これは一生片思いの恋だから。それにきっと、安倍さんも、そろそろ、自分の気持ちに気付いてるんじゃないかな…。」
「え…安倍さんの気持ち、知ってるんか?」
紺野がフッと笑う。
「…このまま、愛ちゃんと二人でここから抜け出してもいいんだけど、そしたら、一生安倍さんと会えない気がする。安倍さんは今、よっすぃ〜と、ここへ、向かってるだろうから…。それにまぁ、あんまり義理もないけど、石川さんも、裏切ったら悪いしね。あの人も、あの人なりに、好きな人、助けたいって思ってるみたいだし…。はは、なんか、笑っちゃうね、みんな…。」
「あさ美…。」
紺野は小さく、「ごめんね…。」と呟いた。そして足を踏み出す。
「じゃぁ、行こっか、愛ちゃん。」
振り返って笑顔をつくる紺野に、高橋は頷くしかなかった。

◇◆◇
190 名前:りゅ〜ば 投稿日:2005/01/27(木) 17:41
短い…自分では大分書いたつもりでした。
短すぎるのでまた近日中に続きうpすると思います…。
ゆっくりとちょくちょく更新していきたいと思います。

>>180 TETRAさん
 待ってていただいて有り難うございます。
 また期間が開いてしまってすいません。

>>181
 いつも見ていただいて有り難うございます。
 石川さんの見ていたのは(ry

>>182
 待っててもらえて光栄です。有り難うございます。

>>183
 保有り難うございます。

>>184 名無し§さん
 帰ってきました。有り難うございます。


レス凄い励みになりました。有り難うございました。
191 名前:名無し§ 投稿日:2005/01/27(木) 21:22
やったぁ〜!更新されてる!
復活おめでとうございます!
待ってた甲斐がありました!
またちょくちょくサイトの方にも遊びに行きますね!

P.S.自分の書いている作品は…教えることは出来ません(もうばれてるかもしれませんが)
カナリの駄文やし、まだなちよし書いてへ(ry今の作品が終わればなちよし書くつも(ry

メッチャ自分事で申し訳ないです…
192 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 23:48
 コンビニで簡単な朝食を済ませ、吉澤と安倍は取り合えず駅へ向かう事にした。三人がビルにいる以上、もはや一刻の猶予もない。満員電車と重なる時間帯なのもあって、タクシーをひろう事にしていた。
 吉澤はあらかじめ持っていた帽子を被り、もう一つを安倍に渡した。「高橋のだよ。」と言いながら。
 ビジネスホテルをチェックアウトする前に、安倍の記憶については大まかに説明していた。だがまだこん睡状態から戻ったばかりの安倍が話を全て飲み込めるはずもなく、だが時間も無いのでやむをえなく出発したのだ。
 安倍の親は記者だった。探究心旺盛な安倍の父親は組織に疑問を抱いた。調べていくうちに、組織が人体実験により何人もの人を殺している事が分かった。それを知ってしまった事により、安倍の両親は殺された。その現場を見た十二歳の安倍を組織が連れて帰った理由は、吉澤のような実験に使えそうな若い人材が欲しかったからだ。以来、安倍は記憶喪失にされ、その後の実験も成功し、装置を使い記憶を奪うという能力も植え付けられた。そしてこの前までの吉澤と同じ仕事をするようになった。
 その後に起きた吉澤一家逃亡事件により、安倍は大事な研究医である吉澤の両親二人を見殺しにしてしまった。組織から、殺し屋になるなら、安倍の犯した罪も許し、残された吉澤ひとみの命も保障するといわれ、安倍はそれに従った。やがて、後藤と紺野と手を組み、組織に内緒で、吉澤の前に「何も知らない第三者」として姿を現した。
 吉澤は、横を歩く安倍の顔をチラリと見た。帽子が邪魔して、表情が良く見えない。過去を説明しても、本人はまだはっきりと思い出せないという。吉澤は全ての記憶を取り戻したが、安倍はまだ、記憶喪失のままだった。
193 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 23:49
 暗い、人通りのほとんどなかった道を抜け、大通りに出る。人々が、何事も無かったかのように、いつも通りの動きをしていた。安倍は、自然と吉澤の手を掴んだ。吉澤も、握り返した。

 「ごめんね。」

ホテルで、過去の説明をした後、安倍が最初に言った言葉だ。

「なっちがいなかったら、よっすぃーのお父さんも、お母さんも、死んでなかったかもしれないよね。それに、なっち、よっすぃーを騙して、裏切って、殺そうとまでして…。…何がしたいか、分かんないよね。ごめん、なっち自身も、実はよくわかんなかったんだべさ。ただ、不安だった。生きてる事に、不安だったのさ。だから記憶を取り戻したかった。だからよっすぃーに、あなたに、近付いて…。」
「もういいよ。」
吉澤が言った。

「なっちも私も、悪くない。悪いのは、組織だよ。私達にこんな事をした、組織。…だから、私のお父さんもお母さんも悪いと思う。寧ろ、全ての元凶だと思う。何で、あんな研究してたんだ。記憶を奪う研究なんか。人を苦しめてるだけじゃん…。私は、分かんないよ。」
「よっすぃー…。」
「だから、なっちが…その、そんな顔、しないでよ。その…ほら、せっかくうちら、『嘘のない』仲に、なれたんだしさ。」

そう言った時の、少し微笑んだ安倍の顔を可愛いと思ってしまった自分がいるなんて、言えないと思った。
194 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 23:51
 ホテルでのやり取りを思い出していたら、駅に着いていた。そのままタクシーに乗る。
 二人とも何も喋らず、ラジオの音だけが響いていた。世間は何事もなく、平和ですよと、耳元で言われている気分だった。あの駅から組織のビルまでは少し遠い。ちょうど午前中の車の多い時間帯にも当たってしまったらしく、思ったより時間がかかりそうだった。
 あれから石川から連絡は来ない。こちらからむやみに連絡するのは得策じゃないと考え、今のうちに一眠りしておこうかと帽子を被りなおした。
 その時だった。

「黒い太陽って、知ってる?」

窓の外を眺めたまま安倍が言った。吉澤は驚いたように体を起こす。

「今、太陽見てたら、思い出したんだ。パパがね、よくなっちに話してた。その事を、思い出したんだべ。」
「黒い…太陽?何、それ。」
「…数年に、一度しか見られない日食。月と太陽が、同じ大きさになるんだってさ。見られる時間も、場所も、長さも、凄く限られていて、まぁ、滅多に見られない、珍しい太陽らしいよ。」
「…へぇ。月と太陽が同じ大きさになるって事は、つまり、太陽が消えるって事?」
「うん。完全に消えるわけじゃなくて、月の後ろから太陽の光が漏れるから、それが丸く枠になって、本当にそこに黒い太陽があるみたいに見えるんだって。ちなみにその漏れた光は、真珠色にも見えるらしいよ。」

吉澤は「へぇー。」と言いながら頷いた。

「やけによく知ってるね。」
「…パパとママが、本当に良くその話をなっちにしてくれてたから。二人は、見た事あるらしいべ。なっちもね、いつか見たいなぁ、ってずっと思ってた。」
「…ふーん、そうなんだ。」
吉澤は空を見上げた。昇りあがったばかりの太陽は眩しかった。

「でもね、真昼間に、世界が、暗闇に包まれる瞬間でもあるんだよ。」

吉澤は振り返った。安倍と目が合った。

「よっすぃーは、黒い太陽に、飲み込まれないでね。」

「え?」

 ブレーキを踏む音がして、車がとまった。

「お客さん、着きましたよ。」
195 名前:計画 投稿日:2005/01/27(木) 23:53
 タクシーが去るのを見送ってから、安倍に向き直った。ここはビルの狭間のせいか、風がきつく、顔に当たる。

「さっきの、どういう事?」

帽子を押さえながら聞くと、安倍は微笑した。

「行こう。裏口って、そこだよね。」
「あ、うん。」

安倍は吉澤の手を握り、小走りに先を歩いた。

 数時間前、安倍を助けるために来ていた場所に、再び着いた。この門をくぐるのは、本当にこれで最後にしよう。心に誓った。
 それにしても、今日は本当によく晴れている。どうせなら、こんな日はのんびりと、二人でデートにでも行きたかったな、と思った。石川とそういう関係だった時も、夜にしか会えなかったため、こんな天気のいい日にデートなどした事がない。
 太陽は容赦なく二人を照らす。その握られた手のぬくもりを、もっと早くに感じたかったと思った。今から、薄暗いビルに乗り込んでいく。

「よっすぃー。」

安倍が手に力をこめた。

「…生きて、帰ろうね。二人で生きて帰れたら、さっきの事、教えてあげるべさ。だから、帰ろうね。」

吉澤は何も答えられなかった。

 目の前に、ビルの裏口があった。

◇◆◇
196 名前:りゅ〜ば 投稿日:2005/01/27(木) 23:58
夕方の更新が少なかったのでまた更新。
でもこれも短いですね…。
自分では長く書いてるつもりなんですが感覚が分からなくなってるみたいです。
こんな短い間にレスきてたー。嬉しいです。

>>191 名無し§さん
 待ってていただいて、早速反応していただいて、有り難うございます。
 私信があったので私信で返させていただきます。
 名無し§さんがどなたなのか全く見当もつきませんので是非今度教(ry
 なちよし書いた事が無くても結構ですよ!

では、私信レス失礼しました。

少量ずつですがこんな感じで書いていきたいと思います。
197 名前:りゅ〜ば 投稿日:2005/01/27(木) 23:58
今日の更新。

>>185-195
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/28(金) 00:10
某所で復活を知り、驚きました!
高橋の訛りも健在でうれしい限りです。
199 名前:TETRA 投稿日:2005/02/02(水) 11:50
佳境へと向かってきましたね。
自分もよっすぃーは黒い太陽に飲み込まれて欲しくないと思ってます。
黒い太陽に飲み込まれるって言う意味読み違えてるかもしれませんが…
軽いネタバレ申し訳ないです…
次回も楽しみです^^

p.s.前回のレスメッッチャ自分事で申し訳ないです…
200 名前:名無し 投稿日:2005/03/30(水) 18:54
一気に読みました
前々からなちよしに興味はあったんですがなかなかいい小説がなくて・・・
でもこの小説に出会えてよかったっす!
期待っす!!
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/15(日) 15:40
保全
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 12:44
待 っ て ま す
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/20(土) 02:23
諦めません.
待ってます

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