NEO
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2003年02月21日(金)02時48分25秒
- 【注】この作品には暴力的なシーンやグロテスクな表現が含まれます。ご注意ください。
- 2 名前:00:概要 投稿日:2003年02月21日(金)02時49分08秒
- ここではないどこか、今ではないいつか。
ネオと呼ばれたアイドルたちのおはなし。
- 3 名前:01:これまでのおはなし 投稿日:2003年02月21日(金)03時13分17秒
- 前世紀末に発見されたαケンタウリ方面からの微量の致死光線は、今世紀初頭に
かけてじわじわと増え、人類は全人口の95%が死亡するに至っていた。
降り注いだのは致死光線だけではなかった。電波による通信を阻害する電磁波。
植物・昆虫類を100倍程度にまで異常成長させる宇宙線。……。
恐怖した人々は、宇宙から降り注ぐあらゆる光線に怯え、卵型のドーム状コロ
ニーを作り、そこに引きこもった。
それから四半世紀が過ぎ、宇宙線の存在が確認されなくなったとき、地球の姿
は一変していた。
目の前に広がっていたのは、巨大な植物群が原生し、肉食の巨大昆虫類が闊歩
する荒野。人類は智恵と技術以外のあらゆるものを失っていた。
コロニー同士は互いに孤立し、通信の手段さえなかった。世界に、日本に、
どれだけのコロニーが建造されたのかは、未だに把握されてはいない。
- 4 名前:02:トンネル 投稿日:2003年03月01日(土)18時07分40秒
- 私は、闇のなかを、ただ一点の光めざして走っていた。
背後には巨大な死があった。絶望があった。この世の地獄があった。
光の先には何があるのか、私はまだ知らない。
- 5 名前:03:ラッシュ 投稿日:2003年03月01日(土)19時30分58秒
- 「みんなはさーあれ、テストば受けっと?」
地下鉄のホームの一番前に並んでいた田中麗奈が、振りかえって連れの二人に
尋ねた。制服の緑色のタイが、線路から流れる風にゆれた。
「うちは受けるよ。13歳以上やったら誰かって受けれんじゃけー」
おっとりと道重さゆみが答えた。胸には麗奈と同じ緑色のタイ。
「あたしも一応受けるつもりだけど。でもテストって何やんの? 何のテスト?」
オレンジ色のタイの亀井絵里が、早口に問う。
さゆみと麗奈は顔を見合わせた。
「簡単な文章問題と常識テストと、あと……何ね?」
「健康診断と性格テストじゃね。れいなちゃんは受けんの?」
「迷っとる…」
「あ! わかった。れいなちゃんNEOのオーディション受ける気なんじゃろ?」
さゆみが手を打って大きな声でいきなり言う。麗奈は顔をしかめた。
「やかまし」
「え。まじ? NEOってあのNEO? リカマキヒトミのあのNEO?」
絵里はきょとんとして、さゆみと麗奈の顔を見比べた。
「あ、ごめん。違った?」
「違わんけど… 地下鉄さあ、ちょっと遅くない?」
誤魔化すように、麗奈はくるりと線路に身体を向けた。
- 6 名前:04:ラッシュ 投稿日:2003年03月02日(日)05時02分18秒
- 「受けたほうがいいよ」
「え?」
ふいに声を掛けられて、麗奈は隣に並ぶ女生徒を見た。同じ制服だが、空色の
タイ。4年生、つまり高校1年生だ。長い髪をポニーテールにまとめてる。
「今度のテストは受けたほうがいいよ。いつものテストと違っから」
「何が違うの?」
「選抜市民枠」
上級生は囁くように答えた。選抜市民というのは、百人いる特権階級の市民の
ことだ。労働階級である一般市民と違って、政治の中枢でドームを支配する。死
亡や、滅多にないことだが資格剥奪などで欠員が出た場合に、補充のための試験
が行われる。13歳以上なら誰でも受験資格のあるそのテストは、数年に一度でも
開催されれば良いほうで、多くても5人程度しか合格しない。
皆、受けても無駄だとわかっていても受ける。そういうものだった。
「どう違うね?」
「今回のテストは百人、枠が開いてるから。こんなの二度とないって」
「なんで知っとるんね?」
- 7 名前:a 投稿日:2003年03月03日(月)23時36分44秒
- korehapakuridesuka?
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月05日(水)10時39分52秒
- 今度こそ完結させてね。
- 9 名前:1 投稿日:2003年03月06日(木)01時58分02秒
- 読者レスと小説を切り離せるほど器用ではないので、完結するまでレスはご遠慮
ください。以降はレスを頂いても反応しません。つーか、できません。
>7 脚本家が自分を担当した作品の設定とシナリオを下敷きに、別の話を組み直
すことをパクりというなら、これは間違いなくパクりです。
>8 完結したらまた来てね。
改めて言うと、この作品は政治的なSFです。作品で極端な政治的な主張が出て
来ますが、どれも作者の意見とは異なります。次レスで作中で出て来る単語を解
説します。
- 10 名前:1 投稿日:2003年03月06日(木)02時03分24秒
- ドーム:卵にならぞえられます。扁平なドーム状の外壁は宇宙線を遮断するハイパー
ポリマーで覆われています。舞台となるドームは、主たるドームと周辺を取り
囲む衛星ドームがあります。衛星ドームのうち一つだけが、外の世界に繋がっ
ており、ゲートドーム(あるいは単にゲート)と呼ばれてます。
地下鉄:ドーム同士を地下で繋いでいます。
移民:外の世界へ出る人たちです。現在は移民希望者を募っているだけで、実際に
外の世界に移民した人はまだいません。移民希望者には多額の一時支給金が約束
されています。小説のなかで語られる事情により希望者が殺到していて抽選待ち
の状態です。結果もまだ出ていません。
市民証:身分証明書のことです。出生とともに交付されます。市民証のない市民は
廃棄処分になります。
上級市民:支配層です。ドームの利権を独占していますが、そのぶん責任も重い
です。上級市民は貴族のように直系血族が受け継いでいきますが、一般市民で
も13歳以上になれば誰でも受けられる選抜試験に合格すれば、上級市民になる
ことができます。ただし、テストは毎年開催されるわけではなく、また合格者
も数名に留まります。
棄民:かつて、宇宙線が降り注いだ時、ドームに入れなかった人間が死なずに生
きているのではないかという迷信があります。彼らは棄民と呼ばれ、野蛮で乱
暴であると信じられています。
そのほかの単語は要望があれば随時説明します(ないでしょうけれども)
- 11 名前:05:トンネル 投稿日:2003年03月21日(金)10時52分32秒
- 闇を抜けると――そこは――
- 12 名前:06:ホーム 投稿日:2003年03月21日(金)12時21分57秒
- 人が沢山集まるところは『雑踏』という名の生物めいている。
ホームの右先端のざわめきを、紺野あさ美は足の先が微妙に痒くなるような感覚で
気がついた。なにかがある。そしてざわめきが大きく崩れる。
「危ないぞ」
「逃げろ」
「病院! 病院を呼べ」
人の波が大きく崩れる。我先にと階段に殺到する群衆を避け、あさ美は壁際の
自動販売機の影に寄せた。もみくちゃにされ、引き倒され、踏み潰される人の姿
が見える。
「人殺しだ。キチガイがいる」
「死んだ。何人も死んだ」
「逃げろ。警察を呼べ、警察」
怒号のなかから、情報を含んだ言葉を抽出する。何者かが突然、ホームに現れ
て電車を待つ人々を殺している――?
自動販売機の影から、あさ美は首を階段からホームにめぐらした。生暖かい液
体が頬にはねる。外壁補修の実習を思い出す。錆びた鉄の酸味を帯びた匂い。
血の匂いだ。
- 13 名前:07:ホーム’ 投稿日:2003年03月29日(土)15時02分34秒
- 光は、出口ではなかった。通路の真ん中が広場状になっていて、やけに白っぽい
明かりが照っていた。胸ぐらいの場所に通路に向けて床がせせり出ている。その上
には、やつらと同じような縫製の服を着た人々が沢山いた。
老若男女とりまぜた彼らは蟻のように、大人しく何列にも隊列を組んで並んでい
た。この秩序だった集団は、おそらく兵士だろう。
――排出される薬莢。
――焦げたような臭い。
――焼かれる死体。
やつらは村を焼き、私の家族と親戚を捕らえた。やつらの足跡を追った私が見た
のは、やつらと同じような格好をしたやつらの、大量の死体だった。
おそらくこの『卵』の中身はいま、戦争中なのだ。
私は腰鉈を構えて、床に飛び乗った。彼らが私の家族を奪った勢力かどうかは
知らない。関係ない。『卵』の中身の区別など、私につけられるはずもなかった。
- 14 名前:08:ホーム 投稿日:2003年03月29日(土)15時44分07秒
- 目の前に立った『死』は、少女の形をしていた。
返り血で強張らせた短い髪。
関節の部分の布地が取り除かれた、動物の毛皮のようなごわごわの服。
ギプスのような不恰好な太さの編み上げられたブーツ。
刃渡りの部分が不恰好に太く、握りが棒のようになった刃物。
あさ美の頬にあたる鋭く磨かれた刃。
「――なんでこんなことするの?」
返事を期待したわけではない。思わずあさ美の口からこぼれ落ちた疑問。
「そちらが先に殺った」
少女の声は、意外に繊細だった。喉が詰ったような震えた、割れた、細い声。
すでにホームには人の気配がない。白い床は、血で汚れた靴で踏み荒らされ、
ほうぼうに倒れ伏した人の姿が見える。その数を七まで数えて、あさ美は数え
るのを止めた。喉がからからだ。あさ美はむりやり唾を嚥下した。
「あなたは――棄民?」
「キミン? 聞いたことない。どこの族?」
「あなたは『外』の人?」
「『外』――ここが『中』なら、そう。おまえらは何?」
「なにって――」
「弱過ぎるにも程がある」
少女は忌々しそうに細い眉をしかめる。長い睫毛に縁取られた大きな目は、
上がり眉とは逆に垂れている。少女漫画みたいな目だな、とあさ美は思った。
- 15 名前:09:…… 投稿日:2003年03月29日(土)16時15分35秒
- 「梨華ちゃーん、なんのビデオ見んの?」
「新曲」
「へー。もうCG出来てるんだ? あたしも見ていい?」
「ご自由に」
「おーい、ごっちーん。新曲のビデオだって」
「んー…、眠いからあとでー…」
「おいおいー。まだ寝てんの?」
――――――
一人のヘッドフォンをつけた男が食い入るようにテレビ画面を眺めている。
画面では、梨華、真希、ひとみの三人が扇情的な原色のライトに照らされる。
ビデオは早回しで続く。定時に出される食事に男は見向きもしない。ただ、
ひたすら画面を眺めている。食事は出されたままの状態でディスポーザーに廃棄
される。画面のなかで男は見る見ると痩せ衰えていく。
白衣を着た男に『救出』されるまで、男は画面を眺めている。
――――――
「これ何のビデオって言ってたっけ?」
「新曲」
「………………」
- 16 名前:10:虜囚 投稿日:2003年03月29日(土)17時55分40秒
- 警棒とゴムスタンガンで武装した兵士二人は、訪問者を見ると扉の両脇で両
足を揃えて姿勢を正すと、最敬礼した。
訪問者は鷹揚に頷くと扉をノックした。
後ろに控えていた女性たち――スーツ姿ではあったが胸と腰にホルスターを
ぶら下げているのがわかる。無論ドーム内で外装を破損させる火器を使うのは
ご法度だったので、ゴムスタンガンに相違ない――の中から一人が進み出ると
鍵束を取り出し、三箇所で施錠された扉を開いた。
訪問者は頷いて、一人で扉のなかに入り、内側から鍵を締めた。
「ごきげんいかが?」
訪問者が声を掛けると、ベッドでうつぶせになっていた少女は顔をあげた。
「みきたん…」
「泣いてたの? 一人で不安だった?」
訪問者は心持ち微笑んで、少女の泣き濡れて赤くなった頬を撫でた。
「泣いてなんか…、ねぇ、何が起こったの? パパとママは何処?」
訪問者の腕を掴んで、少女が尋ねる。訪問者は優しく少女の腕を取り、自分か
ら引き離す。
「あなたには二つ選択肢があるわ。これを」
訪問者はスーツの懐から、小さなアンプルを取り出した。
「接種するか、それともずっとここにいるか。どちらがいい?」
少女は怯えたようにアンプルを見つめた。
「それは――『Q』?」
訪問者は微笑んで頷いた。
- 17 名前:11:街頭テレビ前 投稿日:2003年03月29日(土)21時17分40秒
- 「なんだ、った、の、いまの」
「わか、らん」
亀井絵里と田中れいなは、荒く息を弾ませていた。なにが起こったのかは、わか
らない。ただ人の流れに合わせてパニックが起こりかけていた中央駅から地上に逃
れてきただけである。路上のあちらこちらには、ぺたりと座り込んで同じように息
を弾ませている人々がいた。
「さゆ? さゆはどこね?」
「わかんな、い。はぐれ、ちゃっ…」
れいなは足を投げ出して、背中合わせに座った絵里に倒れ込む。絵里はれいな
を押し返して呟いた。
「遅いね…」
「なぁが?」
「ケーサツ。いつもなら超ダッシュで来てない?」
「そがん…」
道路には無秩序な人々で溢れていた。血を浴びて茫然自失状態の公社員。ぐっ
たりと青い顔をしている学生。ひたすら汗を拭っている白衣。
「…セーフクがおらんとね」
「いつもウザいぐらいいるのにね…」
『…NEO新曲「As For One」明日発売…』
明るい声が飛び込んでくる。二人が見上げると、ビルの半ばほどに設えられた
巨大スクリーンに現在売りだし中の三人組のアイドルが映った。新曲の1フレー
ズが流れるのを並んで眺める。
「れいなって、NEOファンだった?」
「別に…」
「受けるつもりなんでしょ? オーディション」
「ん…」
- 18 名前:12:路地裏 投稿日:2003年03月30日(日)15時11分49秒
- 「あ、さや姉? …いたよ、うん。中央駅…。そう…。レイカも動いてるんだ?
…うん。…うん、わかった。ごめん気をつける。うん。じゃあね。また連絡頂戴」
空色のタイの上級生は、携帯電話を二つ折りにして、制服のポケットに仕舞った。
壁にもたれて荒い息を吐く道重さゆみとは対照的に、息ひとつ乱れてない。
「高橋先輩、今の、誰と……?」
「ん? 従姉のおねえちゃんだけど。どった? 何か?」
笑顔で顔で覗き込まれると、さゆみは黙り込むしかなかった。
高橋愛。れいなと絵里は彼女が誰だか知らなかったようだが、さゆみは知って
いた。チアリーディング部の上級生。生徒会活動の手伝いもしていて、よく校内
を忙しそうに走りまわっている。派手ではないが、なにかと目立つ生徒だった。
――少なくともさゆみにとっては。テニス部からチアリーディング部への移籍
を真剣に考える程度には、高橋の存在はひっかかっていた。
「今の……、あの、レイカってあの……ゼロ課のことですか?」
さゆみは逡巡の後に、そう聞いた。愛の言葉を何度も頭のなかで繰り返して、ひ
っかかったことを。純粋に電話の相手が気になったのだと答えられるほど、さゆみ
は自分の気持ちを整理しきれていない。
だが、さゆみの言葉に愛は笑顔を凍らせた。
- 19 名前:13:路地裏 投稿日:2003年03月30日(日)15時17分33秒
- 警察0課――市民には存在を隠された、でも市民の誰もがその存在を知ってい
る、警察の治安維持課。内閣直属の組織で、警察をも含んだ各組織の内部潜入調
査をしたり、不良市民の告発を行う、言わばスパイ組織だ。
このドームの子供たちは、いたずらをすると「0課が来るぞ」と脅されて躾さ
れていた。0課は悪い子供たちをさらって、親の躾などとは比べ物にもならない
ようなとても厳しい再教育をするのだ、ということになっている。
つまり、0課の存在は、ここで暮らす人々にとっては存在自体が冗談みたいな
ものだった。だが。
愛は嘘がつけない。ずっと愛を目で追っていたさゆみは知っていた。正直すぎ
て表情が隠せないのだ。さゆみの冗談にのってるという態度ではない。愛は難し
い表情をしたのち、観念したように溜息を吐いた。
「いい? お友達にも伝えてくれる? 選抜試験は必ず受けて。いい成績が取れ
たら予防接種を受けて。それから水道の水は絶対に飲まないで。ここしばらくは
飲むのはミネラルウォーターだけにして。約束してくれる?」
「は?」
早口で一気に言われた言葉を、さゆみは反芻する。意味がわからない。だけど
愛に真顔でじっと見つめられて、さゆみは頷いていた。
「構わないですけど……じゃけど、試験でいい成績が取れんかったら?」
「そのときは移民申請なさい」
- 20 名前:14:街頭テレビ前 投稿日:2003年03月30日(日)16時04分25秒
- 「絵里は前世ば信じるね?」
唐突に切り出したれいなに、絵里は戸惑った。
「なによいきなり…。前世って」
「あたしは信じん。前世のなんの騒いでるコたちは大概ココがイカレちょお」
れいなは、こめかみを親指で二、三度軽く叩いた。その意見には、絵里も同感
だ。前世や霊感なんて、興味や関心を惹きたい子供の戯言だと思っていた。
「で?」
「ばってん昔のDVDに自分とそっくりな顔をした子供が、派手な格好をして歌って
踊ってるのを見たら、どうね?」
「れいなとそっくりの? 有り得ない。有り得ないよそんなの」
強い口調で否定してから、絵里は、今のはれいながアイドルになるなんて有り
得ないと断言したみたいだなと反省した。れいなの顔立ちは個性的だが、彼女は
年下のくせに自分の顔の魅力を最大限に引き出すテクニックに長けていた。
「そうね。でも、見たんよ」
れいなは絵里を振りかえって、笑った。どこか遠くを見るような目をしていた。
「絵里もいたよ。綺麗やったとよ」
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月05日(土)18時33分29秒
- ツヅキモトム
- 22 名前:15:研究ドーム―生化学プラント 投稿日:2003年04月07日(月)02時24分42秒
- 「全個体、死亡を確認しました。最後の死亡時刻は○一○○時です」
白衣を着た小柄な女が、最早水平線しか映さなくなったグリーン・ディスプレイ
と、その横にデジタル表示された数字を読み上げる。
「――そう。記録は?」
主任技師らしい金縁眼鏡をかけた女が、書類で乱雑になった机に突っ伏し、脱
色された頭を掻きながら、問う。
「今、付けました」
白衣の女は、手にしたクリップボードに記録を書き写した。
「ミスない? 年齢、性別、死亡時刻、死因、推定感染時刻、全部きちっとチェッ
クしてや。九十八人分な」
「九十九人では?」
「――や。九十八で間違いあらへんはずや」
白衣は、クリップボードの薄い書類を素早く数え直し、三回繰り返して頷いた。
「……そうですね。九十八枚です。名前のチェック、要りますか?」
「必要ない。重要なのは年齢と性別と時間、それだけや。死因はまぁ……」
「殆どが出血性のショック死ですね。傾向として男性よりも女性、若年よりも老
年が病状の進行が遅いようです。もっとも30パーセント程度の……」
「細かいことは、もうええ」
「……これまでの実験の結果とは大きく違いません」
白衣の報告が済むと研究室内が静まりかえった。広くて清潔で最新設備の整っ
た部屋だが、30人程度のプロジェクトチームが楽々おさまりそうなその部屋には
この二人しか存在していない。今迄も、おそらくはこれからも。
「あんた、ワクチンの接種は済んでる? それとも『Q』を選ぶ?」
「まだです…、主任はどうされますか?」
- 23 名前:16:サイレン 投稿日:2003年04月08日(火)02時30分06秒
- 〇九時○○分――
始業開始の号笛の代わりに、非常警報が鳴った。
- 24 名前:17:路地裏 投稿日:2003年04月08日(火)02時56分45秒
- 『非常警報発令中です。市民のみなさんは可及的速やかに自宅に戻り、待機して
ください――繰り返します。非常警報発令中です。市民の皆さんは速やかに自宅
に戻り、待機してください――繰り返します――』
サイレンとともに、女性の声のアナウンスが繰り返し入る。
「な、なに? 警報?」
さゆみは不安そうに周囲を見渡した。細い路地裏から見える大通りは騒然として
いる。中央駅の混乱もまだ醒めておらず、始業時間であるこの時間帯からは有り得
ないほどの人が路上に出て、右往左往していた。
「集団安全の授業でやらなかった? 非常警報時には自宅待機して政府からの発表
を待てって」
「やった。じゃけどぉ、聞くのは始めてじゃ…」
愛は、もたれていた壁から身を引き剥がした。
「行こ」
「えっ、ど、どこへ…」
「街頭テレビんとこ。なんかわかるかもしんない」
- 25 名前:18:臨時ニュース 投稿日:2003年04月12日(土)13時21分10秒
- 慌しく放送の準備が進むスタジオ。マイクや照明を調節するヘッドセットを
装着した、キビキビと動くスーツ姿の男たち。一様に短い髪を後ろに撫でつけ
ている。それらを背景に白い文字が浮かんでいる。
『しばらくお待ちください』
「どげんしたとやろ。こがんこと始めてっちゃろ」
「あれさ」
「なぁん?」
「あれ、ピストルじゃない?」
絵里が画面を指した。キビキビと働く男たちのスーツの胸のあたりに黒いベル
トが見える。胸のあたりには独特の膨らみ。
「ほんてや。ゴムスタンね」
「ケーサツの人かなぁ…」
「あー、そいで今日セーフク見なかったんかね」
「さあ? あ、始まりそう」
- 26 名前:19:緊急政府発表 投稿日:2003年04月16日(水)02時31分54秒
- 画面にハイティーンの少女が映る。肩にかかるほどのまっすぐな、明るい色の
髪を、豪快に後ろに撫で付け、手元の原稿に暫く視線を走らせていたかと思うと、
ふいに画面を見据えた。どこにでもいそうな、しかしそこにしかいない少女。
サラサラとこぼれた髪が、少女の美しさを際立たせていた。
『私は上級市民の藤本美貴です。市民の皆様に上級市民を代表して、緊急のお知
らせがあります。昨日午後8時、上級市民全員が集まって催されていた創立記念
式典の宴席上で毒物を用いたテロが発生。上級市民の9割強が殺害されました』
画面の端に動揺したらしいTVクルーがチラリと映る。美貴は言葉を切って、
市民が自分の言葉を理解する間を与えた。
『犯人は『外』の人間です。彼らは数人で地下溝を辿って式典会場に侵入。野外
で取れる毒物を式典の食物に混入し大量殺戮をはかったものと思われます。犯人
グループのうち数名の身柄はすでに拘束済ですが、地下鉄構内での目撃情報もあ
り、未だ逃亡している者もいる模様。市民の皆様は見なれぬ風体の人間を見掛け
たら直ちに当局まで通報願います。さて――』
美貴は、さっと原稿をしまって、姿勢を正した。ふいにいつもの女性ニュース
・キャスターの後姿が画面に入る。美貴は一人で画面に映っていると大きな印象
があったが、比べてみると意外と背は低いようだ。
- 27 名前:20:セクト 投稿日:2003年04月18日(金)02時24分37秒
- がらんとした事務室で、ただ一人、腰ほどまでもある長い髪の女性が電話機に向っ
て、苛々と抗議を続けていた。
「ムリですってば。ただでさえこれまでにない規模の試験になるんですよ? 全部
手書きで回答させるだなんて冗談じゃありません。誰がチェックすると思ってるん
ですか? それこそ適格な試験員を選抜するだけでもどれだけの時間が……1週間?
絶対ムリです。できません」
ふと、女性は部屋を見渡して、怪訝そうに眉をひそめた。職員が一人残らず消え
ている。午前中のこんな時間に、三つの部署が見渡せる室内で、無人になるなんて
有り得ない。たとえ交通機関にトラブルがあったとしても。
「え? テレビ? なんでですか? いや、ないですけど――ええ、パソコンなら
あります。はい電源つけました。チャンネルは? どれでもいい? 全部同じ?」
小さい画面に、藤本美貴の姿が映った。
『ちに当局まで通報願います。さて――』
- 28 名前:21:ホーム 投稿日:2003年04月20日(日)22時25分59秒
- 頬にあたる冷たさがスライドした。濁音の混ざる音とともにスライドが止まる。
「……嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ」
あさ美は頬にチリチリとした痛みを感じた。軽く頬を撫でていった刃で切ったの
だろう。スライドとともに死を予感して瞑っていた目を開けると、白くなるほどに
まで握り締められた指が見えた。ぐるぐると包帯のような布が巻かれた柄を握り締
めている。柄を握る腕のさきに、頭を抱えて髪をかきむしる少女の姿があった。
棄民って、思ったよりも髪、サラサラだな――あさ美は場違いなことを考えてい
た。この調子だったら、きっと朝シャンとかしていたりして?
『――地下鉄構内での目撃情報もあり、未だ逃亡している者もいる模様』
あさ美の思考はすぐに引き戻される。少女の背後、線路の向こうの壁面に設置
された複数のプラズマテレビは、全て見なれぬ女性を映している。上級市民。フ
ジモトミキと名乗る少女を。
「これさ、あなたのことじゃないの?」
「違うっ。そんなの、有り得ない」
あさ美の言葉に、少女は弾かれたように顔を挙げる。
『市民の皆様は見なれぬ風体の人間を見掛けたら直ちに当局まで通報願います』
「こんなの、全部嘘っぱちだ! 殺したのは、あいつらなのに!」
「あいつら?」
「あいつだ。あいつが殺したんだ」
少女は壁に突き刺さった鉈を引き抜くと、思いっきり後ろを振り返り、プラズ
マテレビに向って投げ付けた。鉈は見事命中し、画面が破損する。多少の炎が噴
き出してすぐ、火災警報機が鳴り響いた。
- 29 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)00時19分51秒
- 保全
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月21日(土)03時56分11秒
- 从 `,_っ´)y-~<ほぜむ
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)21時43分24秒
- _| ̄|○ 保全
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/10(水) 17:08
- 続き希望
- 33 名前:22:街頭テレビ前 投稿日:2003/09/21(日) 15:18
- 「――上級市民九割死亡?」
絵里は、フジモトミキの言った言葉を口の中で繰り返した。まだ放送は続いている。
「れいな、聞いた? 上級市民が死亡って今……」
絵里は友人の顔を振りかえる。誰しもが熱のこもった目で固唾を飲んで、彼女の、
フジモトミキの言葉の続きを待っている。ただ一人、れいなを除いて。
「やかまし。黙っちょって」
れいなの顔は紙のように白い。ただ他の群集と同じように、ただフジモトミキを
見つめている。その目のなかには怯えの色があった。
「れいな…」
「お願いやけん…、黙っちょって…」
れいなは絵里の腕をぎゅっと掴んだ。かすかな震えが絵里にも伝わる。れいなは
怯えて、震えている。でも――何に?
「……ん」
絵里は、問い質したい気持ちをこらえて頷いた。
- 34 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/03(金) 22:45
- ――中断――
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/03(金) 22:52
- ―――――――――
□気楽に短く――|
―――――――――
- 36 名前:断片α 投稿日:2003/10/03(金) 23:19
- 「――趣味悪ッ」
田中れいなが吐き捨てるように言う。
プリントアウトされた大量の紙が、ひらひらと部室中に舞った。開いた窓から
突風が吹き込んでそこらじゅうが紙に埋まる。
意味を理解してるのかしてないんだか、さゆがうすら笑いを浮かべて舞い落ち
る紙の束を眺めている。
あたしは溜息を吐いてそのうちの1枚を拾いあげた。
『01:これまでのおはなし
前世紀末に発見されたαケンタウリ方面からの微量の致死光線は、今世紀初頭に
かけてじわじわと増え、人類は全人口の95%が死亡するに至っていた。
降り注いだのは致死光線だけではなかった。電波による通信を阻害する電磁波。
植物・昆虫類を100倍程度にまで異常成長させる宇宙線。……。
恐怖した――』
「SF?」
ざっと目を通して、私は言った。SFなんて『地球はプレイン・ヨーグルト』
ぐらいしか読んだことはない。
「つまらない言いかたをすればね」
田中れいなは本当につまらなそうに言う。
「つまらなくない言いかたをしたら?」
あんまりつまらなさそうだったので、思わず突っ込んで聞いてみたくなる。
れいなは一瞬ひるんで、ぷいっとそっぽを向いた。
「サイファイ」
「ハリー?」
いきなりわけのわからないところで、さゆ、道重さゆみがぽつんと言った。
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