白道

1 名前:たすけ 投稿日:2003年02月22日(土)11時55分51秒
青い空に浮かぶ白い月といつもの通学路。
そこに光るものを見た。

悲しい気持ちをそっと慰めてくれるような小さな光。
どうしてそんなこと思ったのかはわからない。
だけど強く思った。
この光を拾ったら、ちょっと幸せになれるかもしれない。

乾いたアスファルトで構成される道を踏んで端に茂る草むらに手を伸ばし、それを探る。
光源はあっけないほどに簡単に見つかった鏡。

枠も持ち手もない、片手ほどの大きさの丸い鏡。
何か特別な予感はあっけないほどにあっさり裏切られたけれど、あたしは鏡を持って帰る事にした。
2 名前:たすけ 投稿日:2003年02月22日(土)12時03分01秒
アンリアルで6期は出てきません。

3 名前:新月 1 投稿日:2003年02月22日(土)12時03分57秒
「やば、遅刻」

足を止めていた少女はつぶやいて駆け出す。
髪が弾み、短めのプリーツのスカートが風に翻る。
彼女が拾い上げた鏡はブレザーのポケットに収められた。

学校へと続く道はすっかり色き舞い散る落ち葉に埋め尽くされている。
晩秋の明るい青い空と吹きぬける風に、教室へと着くころには少女の顔は赤く染まっていた。


「おはよー」
「おはよ圭織」
「なっちまた遅刻だよ・・・」
呆れたように長い髪を振る
「ごめんごめん。なっちどうしても起きられなくってさぁ・・・」

「いや、カオリに謝らなくてもいいけど・・・」

ちょっと顔を曇らせて長い髪の少女―圭織が言う。
「・・・やっぱり、家大変なの?」
大きな目は心配に細められ、長い髪が言葉と共に傾げられた首に従いさらさらと音をたてて肩に流れる。
「大変っていうか・・・そだね。でも、いつものことだしさぁ・・・心配いらないって」
丸い瞳によぎる、悲しげな光。
一瞬伏せられた睫に翳ったその表情が真実を語っていた。
4 名前:新月 1 投稿日:2003年02月22日(土)12時04分35秒
安倍家から毎晩遅くに聞こえる争う声は近所でも評判になっていた。
その声が近所に届くようになったのはつい最近のことでも、少女―なつみの育つ家庭がなつみの姉が死んでから冷え切っているのを、圭織はしばしば目の当たりにしてきた。
それでも明るい性格で優等生だったなつみと圭織は幼なじみとして共に歩いてきたわけだが・・・少し前からなつみの様子は変わった。
生来の明るさは変わらないがその表情に翳りが見え始め、また目に見えて遅刻や早退、サボりが増えた。
生活態度と反比例して成績が以前よりも上がっていることと、家庭の事情がある程度知られていることによる配慮のためにか、進学校であるこの高校では目こぼしをされてはいるが、かわいらしい優等生としてこの女子高でもてはやされていた彼女は今ではすっかり問題児の仲間入りである。

「なっちが朝弱いの知ってるでしょ。心配性なんだから、圭織は」

笑うなつみの顔はいつもと同じ満面の笑みだが、付き合いの長い圭織の目には彼女の無理が見てとれる。
そしてやはり同じだけ付き合いの長いなつみにも圭織の困惑と心配が見て取れた。
自らの笑顔の失敗もすぐに悟る。
5 名前:新月 1 投稿日:2003年02月22日(土)12時05分15秒
一限目は運良く自習だったらしい。
なつみは次の古語の授業を勝手に睡眠に当てることに決め、さっさと教科書を机の前に立てかけ寝る環境を整える。

何か言おうと口を開きかけ、その後あきらめたように笑った前の席に座る幼馴染に軽い気まずさと感謝を抱きつつなつみは目を閉じる。
長身で責任感の強い彼女は、きっとなつみの居眠りを極力目立たぬよう姿勢よく授業を受けてくれるはずだった。

閉じた目の裏と耳で昨日の居間での光景が再現される。
昨日も夜遅くに帰った父と、それをとがめる母の声。
それに続く言い争い。
お前の相手、あなたの女なんて声はもう聞きたくなかった。
物心ついてから、家に世間一般の愛や潤いと言ったものは無かったとなつみは思っている。親戚や近所の人は口々にお姉ちゃんが亡くなってからと口を濁すけれど、なつみには生前の姉の記憶があまりなく、ましてや幸せな家庭の記憶などうっすらとした夢のようなものであるという認識でしかない。

伏せた姿勢のままうっすら目を開けると教室の外のポプラから葉が舞い落ちるのが見える。
秋の空は高い。そして遠い。
自分がこの下でいかにちっぽけな存在か思い知らされる。

・・・そっか、もう秋も終わるか。

ぼやけた視界で思い、雑音で埋まった教室での睡眠に見切りをつけなつみは次の授業をサボることを決める。
6 名前:新月 1 投稿日:2003年02月22日(土)12時06分00秒
ぼんやりとした思考は、ぱこんという間抜けな音と頭の軽い衝撃によってさえぎられた。

「いたた・・・」
「なっち・・・あんた起立もしないで寝てたの?」

呆れた声が頭上から降り、なつみは軽く頭をさすりながら身を起こし、隣の席に移動した人かげに声をかける。

「しょうがないでしょ圭ちゃん。眠いもんは眠いんだし気付かないときは気付かないよ」

思わず苦笑する圭に合わせて笑い、圭織が後ろを向いて座りなおし丸めた教科書を軽くふった。
「なっちますます寝るのうまくなってんねー」

「ま、まさか今の圭織!?」
ひっどいなぁ・・・フェイントじゃんなどとつぶやくなつみに圭はため息をひとつついて見せた。
7 名前:新月 1 投稿日:2003年02月22日(土)12時06分46秒
「なっち、テストいいんだからもったいないよ・・・でもさ、一体いつ勉強してるの?」
茶化すような、でも圭織と同じ心配がにじむ声で言う圭になつみは笑って見せる。

だってさ、夜うるさくて眠れないんだもん。
漫画も読んじゃったし、雑誌もつまんないし。
テレビのある部屋はうるさいし。
なっち、やることがこのごろ勉強ぐらいしかないんだよ。

こんなことを言えるわけがない。

「へっへー・・・内緒」
なつみはその笑顔のまま席を立つ。
「ね、圭織。なっち眠くてたまんないから寝てくる。ごめん、次の授業サボるね」

「ちょ・・・」

あわてたように立ち上がる圭織を制するようにしてもう一度笑顔を浮かべる。
「ほんとごめんねー!じゃあね」

ちいさな体を弾ませて駆け出し、扉の外へ消えるなつみを圭と圭織は呆れた顔をして見送った。
8 名前:たすけ 投稿日:2003年02月22日(土)12時14分35秒
新月1終了です。

5期以上ほぼオールキャストでいきます。
その他登場人物はまたいずれ。
9 名前:名無し 投稿日:2003年02月22日(土)16時52分38秒
面白そう。
頑張ってください。
10 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月23日(日)22時13分09秒
期待sage
11 名前:たすけ 投稿日:2003年02月24日(月)23時47分35秒
>9 名無しさん
いち早くレスありがとうございます。
がんばらせて頂きます。

>10 名無し読者さん
レスありがとうございます。
続き更新に来ました(笑
よろしければこれからもお付き合い下さい。

では更新です。
新月2
12 名前:新月 2 投稿日:2003年02月24日(月)23時48分35秒
響くチャイムの音になつみは首をすくめる。
校舎の隅、人通りのない廊下の冷えた壁に手をつき、窓のない薄暗い階段を上ると埃っぽい匂いが鼻につく。
そこを越えれば一転して光の差す階段にでる。
突き当たりには大きな古い扉と四角く切り取った日光を通す窓がある。
屋上に続くその扉には立ち入り禁止と大きく書かれた張り紙が貼られ、鍵が常時閉まっている。

扉に張り付くようになつみはもたれかかり、ノブを固定したまま全体重をかけ押し開ける。
ノブが動かないので見落とされているが、ここの鍵は壊れたままになっているのだ。

細く開いた扉から強い風が吹き込んでなつみのスカートと髪が大きくなびく。
顔をしかめて開いたスペースに体を滑り込ませ、髪の毛とスカートを押さえて扉を体全体で閉める。
背中に感じる軽い衝撃で扉がちゃんと閉じたことを確認する。
13 名前:新月 2 投稿日:2003年02月24日(月)23時49分18秒
まぶしさに目を細めながらなつみは灰色のコンクリートを踏みしめ、慣れた足取りで屋上の一角へ向かう。
「寒いー」

つぶやいて身を縮め手をこすりながら向かう先は壊れて、荒れた温室。
透明な壁から無造作に高く積み上げられた荷物が見える。
傾いた棚と無造作に積んだままにされた土のついたプランターと園芸用品、ダンボールなどが置かれたそこは半ば倉庫として使用されていて、この季節の冷たい風からなつみを守ってくれる。
なつみは以前から確保したスペースにもぐりこむと、足を投げ出して座り込む。
吹き込む隙間風は物を目立たぬように移動したり、家から持ち込んだセロテープを貼ることでほとんど気にならない程度にしてある。

見上げる透明な天井に透ける青い空は、やはり遠い。

視線をコンクリートの床へ落とし、大きくため息をひとつつく。
14 名前:新月 2 投稿日:2003年02月24日(月)23時49分57秒
圭織と圭ちゃんの二人には感謝してる。
心配してくれて、気遣ってくれて、笑わせてくれて。

「でもさあ・・・」

なんかもう全部だるいんだよねえ・・・。
普段の生活も、自分と誰かの安心のために笑うことも。

「ふふっ」
小さく自嘲の笑いを漏らし、なつみは手をポケットに入れると、一瞬目を見張り、意外そうな顔になる。
「ああ、そういや鏡・・・」

指に触れた鏡を取り出すと自らの顔の前にかざす。
朝拾った鏡は、日差しに反射してきらりと光る。

と、その鏡面に変化が現れた。

「ええ?え?え?」
そこに映ったのは、見慣れた自分の顔ではなかった。
きれいな金髪をさらりと流した、同年代の少女の顔。
鼻の高い整ったそれには綺麗に施された都会風のメイク。
大きい、少しきつい印象の意思の強そうな目から目が離せない。
15 名前:新月 2 投稿日:2003年02月24日(月)23時50分33秒
「な・・・に?」

なつみが思わず目を瞬かせるとそれは消えていた。
鏡に映るのは見慣れた自分の姿。

やや茶色がかった髪に驚きに見張られた大きな目、小さい鼻と小さい口。

ゆっくりと首が傾げられる。
「・・・見間違い?」

最近の睡眠時間は短く、昨日も夜半まで続く言い争いに安心して眠ることが出来なかった。
鏡を裏返し、意味もなく振ってみる。
やはり何もない。

しばらくそうした後なつみはあきらめて目を閉じる。

地面は硬く、冷たいがこの感触にも大分慣れたから気にならない。
大切な睡眠時間。このごろ、なつみはここでしか深く眠れないようになっていた。

その後なつみが教室へと戻ると圭織は何事もなかったかのようになつみに話しかけ、なつみも続く授業を見かけ上はまじめに受け、下校の時間を迎えた。
16 名前:たすけ 投稿日:2003年02月24日(月)23時52分01秒
新月2終了です。
17 名前:たすけ 投稿日:2003年02月24日(月)23時55分49秒
一部を隠すために。
――――――――――――――――――――――――
18 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月27日(木)21時49分35秒
前作もすごく好きだったなぁ。描写がきれいで。
ずっと待ってました。楽しみにしてます。
マイペースで頑張ってくださいな。
19 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月01日(土)13時21分32秒
なちごまマンセーでOK?(w
20 名前:たすけ 投稿日:2003年03月02日(日)09時32分37秒
>>18 名無し読者さん
>ずっと待ってました。
すごくうれしいです。ありがとうございます。
がんばります!

>>19 名無し読者さん
今回は・・・ごめんなさい。OKでないです(w
21 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時35分57秒
放課後、圭織は部活動に教室を出て行き、圭も用があると今日は早めに帰っている。
あまり家に早く帰りたくはないなつみはいつも図書館にぎりぎりまで入り浸り、暗くなるのを待って下校する。

欠けた月を見上げ、自分の影を踏んで帰った家には灯りがともっていた。
そのことに不安と一抹の安堵を覚えつつ玄関をくぐる。
なつみが制服から部屋着に着替え階下に降りると、台所では母が夕食の支度をしていた。
まだ父の姿はない。

「お母さん、なっちおなかすいた。ご飯もう食べていい?」
明るい調子で言われた声に母は笑みを返す。
優しい、娘に良く似たその笑顔には隠しがたい翳りと疲れが見て取れる。

「ただいまぐらい言いなさいよ。おなかすいてるなら早く食べちゃいなさい」
なつみはその笑顔を悲しく見つめながら、それでもそれを表情には出さないようにして問う。

「お母さんは?」
22 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時37分14秒
濡れた手を拭き、エプロンをはずしそれを食卓の椅子にかける。
その動作の間、母親の顔は一度もなつみの方に向けられることはなかった。

「後で食べる」

「・・・そっか」

このごろやせたよね。
いつご飯食べてるの?

このところ母は寝室を自らの部屋と定め、あまり出てこない。
またそこへ向かう足音を聞きながら、なつみは母親のぬけがらのエプロンをお相伴にしていつもと同じ一人の食事をする。
夕食を済ませて二階へ上がり、自分の部屋の窓を開けると冴えた空気にあくまで白く、煌々と輝く月。

ベッドの上に座り込んで窓の桟にもたれる。
服の上からも感じる冷えた感触に、冬の到来の予感を覚える。
まだベッドに広げられたままの制服を横目で見ながらなつみは今日何度目になるかわからないため息をついた。
23 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時38分19秒
今日の父の帰りはまた遅いのだろう。
そしてまた母と喧嘩をするのだろう。

開けた窓から冷たい風が部屋に入り込む。
息を長く吐くとやはり白い。

今日は何時から喧嘩はじめるのかなぁ・・・。
「よいしょっと」

制服をハンガーにかけるために立ち上がり、なつみはふと思い立ってポケットに入れっぱなしだった鏡をそっと取り出した。

その表面に映りこむのは見慣れた部屋と自分の顔、それから月。

その月が、大きくなったような気がした。

瞬きをひとつなつみがしている間に、鏡に映るものは大きく変化していた。

そこには今日なつみが屋上で見た金髪の少女の姿があった。
尋常ではないのはこの小さな鏡に少女は全身で映っているということ。
風に吹かれる彼女は月を背に夜空に浮かんで、その身長と同じぐらいの大きな鎌を持っている。
手鏡という小さなスクリーンに、まるでカメラで撮ったかのようなその映像になつみは驚きに表情を硬くする。
24 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時39分57秒
金髪を風に流し、短めのスカートにブーツ。
整った顔が月光に照らされている。

「ど・・・どういうこと?え?え?なにこれなにこれ!」
意味もなく忙しく鏡を表裏を返し、振っても叩いてもなでても映像は変わらない。

なつみは周りを見回すがそこは間違いなく、変わった様子もない自分の部屋。
昼間のように目をこすっても映像は消えない。
呆然と鏡を見つめる。

『じゃ、行くか』
不機嫌そうな少し高い声が、なつみが見守る中部屋に響く。

小さな声とはいえ静かな部屋に響き渡ったそれに、なつみの肩がびくっと揺れる。
せわしなく周囲を見回すが、もちろん音源になるようなものはこの部屋にはない。

「う・・・そ・・・なにこれ・・・」
かすれた声が出た。

こんな鏡、聞いたことがない。
なによりここに繰り広げられた光景はなんだというのだろう。
もしかして、頭がおかしくなっちゃったとか、幻とか、幻聴とか・・・?

混乱しても鏡は相変わらずそこにあり、頬をつねってみても痛みがはしるのみ。
25 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時40分44秒
鏡の中の少女はふわりと立ち上がる。
その足元には大きな白い建物があり、眉を寄せた険しい表情で彼女はそれを眺めている。

たくさんある窓と、ぼんやりと白い光を投げかける蛍光灯からもれる光、緑の非常灯の色。
闇に沈むような広い庭。
建物の印象からそこはどうやら病院、しかも入院患者のいる棟のようだとなつみには思われた。

その少女は軽く息を吐くと、そのなかの窓の一つに向かってまっすぐに降りていく。

肩の鎌がぎらり、と月光を反射して不吉な光を放つ。
どうやら目的地らしいところで止まると、鎌を静かに肩から下ろす。

そのまま、その窓をすり抜けた。

宙に浮かぶ大きな鎌を持ったちいさな女の子、いきなり変わる光景、響く声。
なつみにはもうすべてが夢のように思われてきていた。

カーテンで何箇所か仕切られた、病院の相部屋。
その少し雑然とした白い部屋に、その少女は降り立った。
暗かった室内に、薄く青白い光が差す。
光はその少女の輪郭からにじむようにやわらかく広がり、周囲を照らし出す。
鎌を引きずるようにして、迷いのない足取りで少女は窓からふたつめのベッドのカーテンを引いた。
26 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時41分23秒
感じた違和感になつみは首をかしげる。

鏡の中で少女は腰に吊り下げてある丸いものを手に取り、なにやら眺めている。
何度か視線を上げ下げして、そこに寝ている老人とそれを見比べるかのような動作をして大きく息をついた。

『本人と確認』

再び室内に響く声。

声。
あ、そうか。
音がしないんだ。

部屋にあるべき人の寝息やいびき、カーテンを引くときの音、彼女の足音。
本来あるべき音がしなかった。それでも少女の声は聞こえる。
それはこの鏡の特性なのか、それとも何か意味があるのか、なつみには判別できなかった。

『死神ヤグチマリです。あなたの魂を送らせていただきます』
かすかに燐光を放つ金髪をさらりと揺らし、無機質な声と反対に辛そうにゆがめられた顔で言う。

しに・・・が、み?
え?
ヤグチ、マリ?えっと、つまり名前?
27 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時42分31秒
彼女―矢口真里は一礼すると、その大きな鎌を持ち上げ、右肩上方で構えるとそのまま、重力に任せるように振り下ろす。

「きゃ・・・」
なつみは首をすくめ目を瞑る。

すこん。

次の瞬間響いたのはそうとしか表現できない音。

「え・・・?」

そっとなつみが目を開けると、横たわった老人の頭の辺りに両手で包めるぐらいの大きさの丸い黄色の光が浮かんでいた。
それがゆっくりと揺れながら天に昇っていく。

黄色い、優しい光に照らされた真里はそれを確認し、顔をうつむけて大きく息を吐き出すと鎌を肩に担ぎなおし、窓をすり抜けまた元のように出て行く。

なぜかその小さな後ろ姿はとても悲しげで、それを見送るなつみの顔も曇らせる。
28 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時43分04秒
姿が完全に消えるとそれきり鏡はぼんやりと曇り、またなつみの顔が鏡面に現れる。
そっと表面に触って見ても、冷たい、普通の鏡の手ごたえ。
裏をかえしても何もなく、縁も枠もないこの鏡に、細工を隠す余裕はない。
もう一度念の為と頬をつねってもただ痛いだけ。
なつみは座りこんでいたベッドから立ち上がり、下の家族の様子を伺う。
どうやらもう両親は眠ってしまったらしい。


「っくしゅん」
自分の部屋へと戻るとくしゃみがでた。
まだ細く開いていた窓を閉め、時計を確認する。
鏡に映る映像に気をとられていて気付かなかったがもう深夜。
月も夜空の真上へと高く上っている。

そろそろ寝ないと明日が辛いだろう。
なつみはあわただしく風呂を済ませ寝る支度をし、ベッドにもぐりこみ肘をついて鏡を覗き込む。
29 名前:新月 3 投稿日:2003年03月02日(日)09時43分34秒
明らかに入浴のせいではない、少し紅潮した自分の顔。
心臓がどきどきしている。

自分の見たものが信じられない。

「まさか、これ全部夢オチとかじゃないよね・・・」

鏡を指ではじきもう一度変化が起きたらすぐにわかるよう、枕元に鏡を置いてその日はすぐ眠ることにした。
その日のなつみの眠りは深かった。
30 名前:たすけ 投稿日:2003年03月02日(日)09時45分16秒
新月3終了です。
31 名前:名無し 投稿日:2003年03月02日(日)19時17分30秒
お、お、おもしれぇぇーー!!
32 名前:たすけ 投稿日:2003年03月04日(火)23時21分40秒
>>31 名無しさん
レスありがとうございます。
すっごい嬉しかったです。

決めていたのに前回のレスにお礼を言うのを忘れて・・・すみませんでした。
自分的にちょっと反省。

それでは更新です。
33 名前:二日月 投稿日:2003年03月04日(火)23時22分47秒
一日の終わりを告げる残照が辺り一帯をオレンジの光で染める。
その光を全身に受けて、宙に座り込んでいた真里は肩の鎌を重そうに担ぎなおし、立ち上がる。
ちいさな身長に慎重と同じくらいの大きな鎌。
その姿は剣呑な印象の鎌を持っているというのにどこかかわいらしい。
腰にくくりつけた丸い鏡状のものを上に向け、そこに映るものを確認する。

「仕事、そろそろかなあ・・・」

真里は、いわゆる死神をしている。
死神は一般に知られるとおり、死に際した人々の魂を送ることを仕事とする。
腰に付けた鏡のようなものは名簿。
彼女たちは一週間のはじめに名簿を受け取り、自らの担当する地区の死者をその名簿の示すとおりに死へと導く。

「やーだーな」

細い高い声でぼやき、夕日に赤く染まった金髪をかきあげる。
34 名前:二日月 投稿日:2003年03月04日(火)23時23分26秒
だってさ、昨日のはまだよかったよ。
おじいさんはとても安らかに行ってくれた。
けど、誰かに泣かれると辛いよ。
死にたくないって言われると辛いよ。
矢口にはどうしようもないんだ。
あたしがやらなくても必ず他の人が仕事を果たしにくるだけだし。

名簿に映し出されたのは夜、この近くの交差点。

「行くか」

ひとつ呟いて真里は鎌を持っていない左手で自らの顔を軽く叩き、気を引き締める。
夕日ももう傾き、空の端のほうが薄く淡い紫から夜空の色へと続く色へと染まる時刻になった。
鎌を引きずるようにして従え、ブーツを履いた真里の足は宙を蹴る。
今日の仕事場である交差点に向かうために。
35 名前:二日月 投稿日:2003年03月04日(火)23時25分22秒
夜の交差点はブレーキランプの赤とヘッドライトの黄色い光、店から漏れる白い光とネオンであふれている。
真里はそこにあったガードレールに浅く座り、鎌を隣に立てかけ足を揺らす。
靴底がたまに地面にこすれる。

家路を急いでいた人々の姿もずいぶんと減った。
時刻は夜10時過ぎ。
車道のほうの交通量はまだかなりあり、ヘッドライトが何度も真里に当たり、真里の姿はそのたびに明滅を繰り返す。
しかしその足元には影は出来ず、また道行く者や車を運転する者も真里の様子に気づかない。

しばらくして向こうから近づいてくる人影。
街灯に照らされ、その顔が見えてくる。

「本人と確認」
ちらりと顔を確認し、真里がつぶやく。その声に人影は反応しない。
スーツ姿の若い女だった。
近づいてくるヒールの音。

そのまますれ違う。
やはり彼女も真里に気付くことはない。
36 名前:二日月 投稿日:2003年03月04日(火)23時26分54秒
真里は腰の名簿でしっかりと顔をもう一回確認する。
間違いない。
スーツの女性は交差点の横断歩道に差し掛かる。
信号は青。

真里は顔を一瞬驚きにゆがませ、勢いよく後ろを確認する。
猛スピードで走る車。
「これ?」

真里は声を漏らす。
もうわかった。わかったから!
これまで見た事故が次々とよみがえってくる。
思わず空を仰ぐ。
その次は見たくない。

急ブレーキの音と響き渡るクラクション。
それにまぎれるような鈍い、低い音。

蒼白になった顔を覚悟の色に染め強く唇をかむ。

覚悟、決めなきゃね。

音は止まない。
相次いで起こる悲鳴のようなクラクションの音にかぶる怒声と狼狽の声。

真里は鎌を引きずって横断歩道に歩いていく。
前がへこんだ車が現れ、次に目に入るのは散らばった鞄の中身は書類とカバーのかかった文庫本と、しおり。
MDプレイヤーにレンタルビデオ。
彼女がそれを見ることは無い。本の続きも、もう読むことはできない。
37 名前:二日月 投稿日:2003年03月04日(火)23時27分54秒
それから目に飛び込んでくる赤。
伸ばされた手は何かをつかんでいるかのように軽く握られている。
スカートはめくれ、足が変な方向に曲がっている。
それから、首も。

顔を苦悩の色に染め真里は地面に横たわる女の顔の前にしっかりと立つ。
「死神、矢口真里です。あなたの魂を送りにきました」

抑えようとしても震える声と震える体を、腹筋でなるべく抑えるようにする。

「なん、て・・・?」

余人には見えない、聞こえない、死神と死に逝く者だけの会話。

「死神。あなたは寿命で今日死にます」

「そう、なの・・・?
茫洋とした瞳で声の主を捕らえようと、女はたぶん折れているであろう首を懸命に動かそうとするが、果たせない。
38 名前:二日月 投稿日:2003年03月04日(火)23時28分47秒
「痛いよね。苦しいよね。今、楽にしてあげる」

ちいさな体を懸命に伸ばし、大きな鎌を右肩上にまで持ち上げる。
「死にたくない・・」

真里の体が震える。

鎌を高く構えたまま、真里はぎゅっと目を瞑る。

「ごめんね」

すこん。
音に真里の顔がゆがむ。

遠くから聞こえる救急車のサイレンの音。
鎌を一振りし、それをいずこにか消し去ると、真里はそっと両手を伸ばす。
浮かんでくる黄色い、ひよこ色の丸い光をそっと守るようにその手で包む。

ごめんね、矢口死神になったとき、涙をなくしたんだ。
せめてあなたのために泣いてあげられたらいいんだけど。

光は静かに空高く上がっていく。

振り返ると運ばれていく女と、前がへこんだ車の横で地面に座り込んで項垂れ、警官に肩を叩かれている男。

それを横目に真里は地面を蹴る。

浮かぶ体の方向に、丸に少し足りない月。
一息に交差点を離れると遠ざかる喧騒と赤い光の群れ。
39 名前:二日月 投稿日:2003年03月04日(火)23時29分35秒
周りが静かになるまで飛ぶと、そっと足を抱えて宙にうずくまる。
ひざに顔をうずめる。

悲しいよ。
苦しいよ。
矢口は仕事しただけなんだけど。
矢口が止めても、他の誰かが魂を送るだけなんだけど。
・・・矢口には人が死ぬのを止める力もないんだけど。
知ってても、わかってても止められないんだ。

「え・・・?」


うつむく真里の目の端にちらちら映るのはちいさな、ちいさな白い光。
それがいくつか真里の周りに、ゆっくり揺れながら落ちてくる。

「なに?これ・・・?」

魂の色とは違う小さな光はそっと手を出すと、真里の手のひらに少しの間留まり優しい温度を残してとけるように消える。

「へへっ・・・ありがと」
真里は微笑むともう一度目を閉じた。
40 名前:たすけ 投稿日:2003年03月04日(火)23時32分04秒
二日月終了。
41 名前: 投稿日:2003年03月05日(水)21時40分23秒
「市井ちゃん、やっぱりここにいたんだ」

聞こえた声に市井紗耶香が振り向くと、そこには無表情の後藤真希がいた。

強い風にまとった長い黒のコートの裾と髪が翻る。
翻る裾から覗く白シャツと黒の短いスカート、長い細い足にはブーツ。
「後藤・・・」
真希は風に流される長い髪を片手で抑え、紗耶香の後ろに立つ。
宙に座り込み、立てていた膝にあごを置いた紗耶香は再び足元の学校を見やる。
真希と同じデザインの黒のコートに白シャツ、黒のパンツにかっちりした革靴。
その白い顔には目元から顔の半分を覆い隠す色の濃い、大きなサングラス。
「市井ちゃんの大事な人、そこにはいないんでしょ。なんで会いに行かないの?」

遠慮がちにかけられた声に、サングラスの奥で紗耶香はそっと目を伏せる。
「行けないよ。あたしを忘れて生活してる姿なんて見たくないし・・・あたしを思い出しいて泣いていてほしくもないし」
42 名前: 投稿日:2003年03月05日(水)21時41分14秒
伏せた目をそっと上げ、口元だけで微笑むと、紗耶香は続ける。
「ただ、幸せでいてほしいんだ。あたしがここに来るのは忘れないためにってだけだし。・・・ま、それも未練なんだけどね」

真摯な口調で告げられた彼女の幸せを祈る言葉。
それに真希は自らの胸をそっと手で押さえる。
この人の中にはまだ彼女がこんなにも鮮やかに存在している。


少し手を伸ばせば容易に届く距離にあるはずの、しかし遠い背中に声をかける。

「行こっか、市井ちゃん。後藤、市井ちゃんを呼びにきたんだよ」

「ごめんごめん。行こ、後藤」

あごを上げ、勢いよく立ち上がる紗耶香の目には、用度沈む夕日に照らされ逆光となった真希の表情は映らない。

自ら誘っておいて動こうとしない真希に、紗耶香はいぶかしげな顔をする。
「どうしたんだよ後藤。行くぞ」
つかんだ、生前のように体温変化などの無いはずの真希の手はいつもよりも冷たく思えた。
43 名前:たすけ 投稿日:2003年03月05日(水)21時42分24秒
朔、終了です。
44 名前:名無し 投稿日:2003年03月06日(木)19時53分39秒
本当に面白いざんす。
語彙不足ですいません。
一々くだらないレスしてすいません。
45 名前:たすけ 投稿日:2003年03月07日(金)11時53分43秒
>>44 名無しさん
レスありがとうございます。
あの、本当に嬉しいです。
レス頂けないとめげてくじけそうになるのでありがたいです。
よかった。

では更新します。三日月。
46 名前:三日月 1 投稿日:2003年03月07日(金)11時54分46秒
まぶしい朝日になつみは目を覚ます。
急いで枕元に目をやると、昨夜と変わらずにある鏡。
のぞくと映る、寝起きの、寝癖だらけのぼんやりした自分の顔。

「・・・夢じゃ、なかったよね・・・?」

伸びをして、起き上がる。
久々に熟睡できて体調がいい。
のそのそと起き上がって制服に着替えていると部屋の扉が開き、母親が顔を出す。

「起きてるの?めずらしい・・・」
それだけ言って母は下へ降りていき、なつみは制服姿の自分を見て、ため息をつく。
そっちこそ珍しい・・・。

今日も一日がんばりましょか、なっち。
ふと思い立ってべッドに腰掛けると、鏡を手に取る。

「これ、どーしよ・・・」

もし昨日のようにいきなり鏡がしゃべりだしたら学校でまずいことになる。
それでもなぜか部屋に置いていくのはためらわれた。
47 名前:三日月 1 投稿日:2003年03月07日(金)11時55分18秒
「どぉしよ・・・」
だって、またあんなのが始まったら・・・。

扉が再びノックされる。
「遅れるわよ」

「はあい」
機嫌がいいらしい母親に急いで返事を返し、なつみは鞄を持って立ち上がる。

「ま、なんとかなるか」

なつみは鏡を鞄に納めると立ち上がった。

いつもと同じ通学路。
いつもと同じ町並み。
いつもと違うのは、憂鬱な気持ちをしのぐほど大きい期待と不安。

とりあえず鏡が騒ぎ出したら教室から出ることに決めた。
このところ寒くなってきたから屋上で一日過ごすのはちょっと辛いが仕方がない。
急に騒ぎ出したら最悪、声が出る前に急いでトイレに駆け込むしかない。

そう思いなつみは教科書の影に隠して一日中鏡を見守っていたのだが。

「・・・変化、ないし・・・」

こっそりつぶやくと、その声を聞きとがめられた。
48 名前:三日月 1 投稿日:2003年03月07日(金)11時56分09秒
「どぉしよ・・・」
だって、またあんなのが始まったら・・・。

扉が再びノックされる。
「遅れるわよ」

「はあい」
機嫌がいいらしい母親に急いで返事を返し、なつみは鞄を持って立ち上がる。

「ま、なんとかなるか」

なつみは鏡を鞄に納めると立ち上がった。

いつもと同じ通学路。
いつもと同じ町並み。
いつもと違うのは、憂鬱な気持ちをしのぐほど大きい期待と不安。

とりあえず鏡が騒ぎ出したら教室から出ることに決めた。
このところ寒くなってきたから屋上で一日過ごすのはちょっと辛いが仕方がない。
急に騒ぎ出したら最悪、声が出る前に急いでトイレに駆け込むしかない。

そう思いなつみは教科書の影に隠して一日中鏡を見守っていたのだが。

「・・・変化、ないし・・・」

こっそりつぶやくと、その声を聞きとがめられた。
49 名前:三日月 1 投稿日:2003年03月07日(金)11時56分42秒
「へ?なにが?」

圭織が後ろを向き座りなおす。

「何でもないよぉ?」

なつみの声は高く怪しかったが、圭織はそれは聞き流してくれたらしい。

「今日はサボんないし寝てないし・・・珍しいね。顔色もいいし。カオリ、心配してたんだぞ」

への字にした眉に今まで何も言わず心配してくれてた圭織の気持ちが見えたような気がして、自然になつみの頭が下がる。

「ん、ごめんカオリ」
「いいけどさ。今日ごはんどうする?」

無言で背後を指し示され、見れば教室の扉にお弁当を持った圭の姿。

「ここで食べる。一緒していい?」
笑顔で近づいてくる圭に二人で手を振る。

「オッケー」
外は相変わらずの青空。
その空になつみは昨日の真里の姿を思い出す。

なんで、あんな顔してたんだろ。
悲しそうな顔。

「なっち、どうしたの?」
圭の声に怪しまれないように振り返り、笑顔で応える。

「んーん、なんも。さ、食べよ食べよ」

いつもと同じコンビニで買ったおにぎりは、なぜか今日のなつみにはちょっとおいしく感じられた。
50 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)11時58分28秒
結局なつみは全部の授業に出て、疲れた体を図書室で居眠りして休めようやく下校時間を迎えた。
靴を履き、外へ出ると外はもう相当暗い。

部活でもすればよかったかなあ・・・。
でも入れる部活もそうは無いし、いまさら入る気もないし。
時間をつぶすのが図書館だなんて、はたから見れば優等生だね。

なつみは思わず苦笑を漏らす。
成績もそう悪くないし、素行もいいので学校側もサボりを多めに見てくれているのだろう。
進学校も悪くない。

一人つぶやいてポケットの鏡を取り出す。

今日は一回も変化はなかった。

「どうなってるのかなあ・・・」

仕組みはわからないし、もう一回あんなことが起きるのかもわからない。
全部夢か幻だったこともありうる。
それでも、こんなふうにわくわくするのも悪くないと思える。

緩みかけたなつみの顔も家が近づくにつれ暗くなる。
頭を振って気持ちをきりかえるようにする。
感じる肌寒さに少し身震いをし、伏せていた顔を上げた。
大丈夫、昨日は静かだったし、さ。
51 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)11時58分58秒
誰もいない家に心の中でただいまを言って、なつみは2階に自分の部屋へと直行する。

いつものように鞄を机の上に投げ出し制服をハンガーにかけると、鏡を取り出しベッドに横になる。
電気はつけない。
空には雲がかかった月。

鏡を顔の前に持ち上げる。
映るのは月明かりに照らされ普段より白く見える自分の顔。

「やっぱ、見間違いかなあ・・・」

ため息をひとつ。
あれだけはっきりと見えたのだから、それを幻と断じてしまうのも悔しい。
首をひねりながらなつみは自らの腹部に手を置く。

「おなかすいたな・・・」
台所へ向かうと机の上に置手紙があった。

「そっか、そういや今日は習い事か・・・」

なつみの母は週数回習い事をしている。今日は陶芸教室の日。

覆いがかけられたおかずを前に、一人で夕食を食べる。

52 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)11時59分43秒
「ごちそうさま」

流しに食器を下げて、なつみはもう一回ため息をつく。
なつみの両親の仲はここ数年冷え切っている。
二人お互いがバツイチで、見合いの再婚をした。
幼かったなつみはそのことを覚えていない。
父親の連れ子の姉が事故で死ぬまでは安倍家には温かさというものがあったらしい。
しかし、姉の死後父は変わった。
それ以上詳しいことはなつみは知らない。
ここまでは以前酒に酔った母親が明かしてくれたのだが、それ以上は聞き出せなかった。
幼かったなつみの記憶もあやふやで、姉のことすらもうほとんど思い出せない。

きれいな人だったように思う。
あまり家にいなかった人のように思う。

ずっと冷たいステンレスを掴んでいたため、手が冷えてしまった。
なつみは両手をこすって温めながら自分の部屋へ戻る。
53 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)12時00分21秒
再婚だから、別れられないのかな・・・世間体、とか?
とりとめもないことを考えながらいつものようにベッドに座る。

「あーあ」

ベッドにおきっぱなしだった鏡に何気なく目をやると、何かが光ったような気がした。

「あっ」

なつみが駆け寄ると夜の街のガードレールに一人で座る真里の姿があった。

昨日の人だ。

鏡の中の真里はなぜか悲しそうなやるせない顔をして、隣に鎌を立てかけていた。
足を揺らして座る様がかわいらしく、思わずなつみは小さく笑みをこぼす。

先ほどから人通りも多く車も行き交っているというのに誰も真里の事を認めようとしないことに気づく。

どうして・・・?
一人で首をかしげると、昨日見た映像を思い出した。
そういえば、あの時あんなことがおきていたのに誰も起きてくる人がいなかった。
いくら入院患者がお年寄りばかりとはいえおかしい。
54 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)12時00分52秒
車道から何度も繰り返しヘッドライトが当たり、真里の体はそのたびに明滅を繰り返す。
そっとしかめた顔の、その足元には影がない。

・・・やっぱり。

空も飛んじゃう人だもん、周りには見えないんだ。
・・・え?じゃあ、なっちが見てるの、これなにさ?

なつみが首をもう一度かしげた瞬間、声が聞こえた。

『本人と、確認』
ヒールの音が小さく聞こえ、スーツ姿の若い女が歩いてくる。
真里は一回だけ顔をゆがめる。しかしその視線はまっすぐで、強い。

どうしてそんな顔できるの?
慣れてるから?
だって・・・死神って・・・ もしかして、その人・・・。

女は交差点の横断歩道に差し掛かる。
信号は青。

真里は動きを止めたまま、じっと女の人を見ている。

どうして?
だって、今止めたら間に合うんじゃないの?
その人、どうしても死ななきゃいけないの?

「ちょ・・・」

鏡を握る自分の指に力が入り、真っ白になるのがわかる。
55 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)12時01分26秒
ねえ、とめてよ。
止めてよ、ヤグチさん!

『これ?』
声が再び響く。
平坦な、感情の感じられない声。

振り返った真里は、どこかすべてをあきらめたような顔をして走ってくる車を見ていた。
走る車のライトに一瞬照らされたその顔色はすでに蒼白。


真里は空を仰ぎ、きつく目を瞑る。
悲しそうな横顔。

そして。

急ブレーキの音とクラクションそれから、低い音。

なつみが初めて聞く事故現場の、生々しい音。

心臓が鷲掴みにされるような恐怖。
ねえ、これ、本物なの?
あまりのリアルさに声が出ない。

ねえ・・・なに、これ・・・。

音は止まない。

見れば、真里が鎌を引きずって横断歩道に歩いていくところだった。
小さな金髪の頭はうなだれ、その顔は見えない。

映るのは散らばった女のバッグの中身と、へこんだ車。
それから、女の体。
手足がねじれていて赤いしみが広がり、なつみにはもう直視できなかった。
56 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)12時02分01秒
それでも真里は重い足取りで女の顔の間に立つ。

周囲の音が、ぴたりとなくなる。

『死神、矢口真里です。あなたの魂を送りにきました』

小さい、悲しそうな声。
今にも泣き出しそうな悲しい声。

ねえ、どうして。
そんな顔してやるくらいなら止めればいいでしょ?
ねえ!

真里は女の方を向き、何事か呟く。

『痛いよね。苦しいよね。今、楽にしてあげる』
それだけが聞き取れた。

そして真里は昨日と同じく、大きな鎌を右肩上にまで持ち上げる。
その振り下ろそうとした手が一瞬止まり、目がまたぎゅっと一回、瞑られる。
『ごめんね』

声と共に、またあのすこん、という音。

その後、赤いランプとヘッドライトに照らされた真里は、ちょっとの安堵とせつなさの入り混じったような顔をし、鎌を持っていないほうの手を伸ばして、浮かんでくる黄色い色の丸い光をそっと追う。
57 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)12時02分32秒
音が戻ってくる。
周囲の喧騒から切り離されたような空間で、黄色い光に照らされた真里の顔はとても綺麗なものになつみには思えた。

最後に真里は交差点を振り返ると地面を蹴って浮かび上がり、そっと足を抱えて宙にうずくまる。その背中はあくまで遠く、小さい。
そのとき、鏡を持っていた指に水滴が落ちた。

「あれ・・?」
そっか、なっち泣いてるのか。
理解はしても理性は追いつかない。
どうしてなっち、泣いてるわけ?
ぽた、ぽたとしずくは鏡に落ち、流れる。

死神と聞いてもなつみにはどうしても真里の事を怖いとは思えなかった。
そうだよ。ヤグチさんがこんなの望んでなかったこと、わかったよ。
だからそんな顔しないでよ。
58 名前:三日月 2 投稿日:2003年03月07日(金)12時03分02秒
『え・・・?』
鏡越しの真里の声で気付いた、ちいさな白い光。
『なに?これ・・・?』
真里は鏡の中で不思議そうに手を伸ばしている。

その白い光はなつみの涙が落ちるのと同じスピードで真里に降っていた。

なんだろ・・・。

不思議そうだったその顔が柔らかい笑顔になる。

『へへっ・・・ありがと』

わかんないけど・・・なんだかなっちの気持ち、伝わった気がする。
なっちがなんかヤグチさんを笑顔に出来たような気がする。

自分の頬が緩むのがわかる。
鏡の映像が消えた後も、なつみは笑みを浮かべたまま涙の跡を引き寄せたティッシュで拭っていた。
59 名前:たすけ 投稿日:2003年03月07日(金)12時07分45秒
三日月1、2終了です。
だぶっちゃったところは飛ばして読んでください。すみません。
60 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月11日(火)02時17分05秒
実は毎日チェックしてるのに、レスしてなくてすんまへん。
なちまり、実はイチヲシなのでうれしいっす。
いつ出会うんだろう。どきどき。
いちごまも気になる。矢口とは違うみたい?
相変わらず、テンポよくて読みやすいです。マイペースでがんばってくらはい。
61 名前:たすけ 投稿日:2003年03月12日(水)13時42分03秒
>>60 名無し読者さん
レスありがとうございます。ほんとうに。
なちまりイチオシでよかった(笑
ご期待に添えるようがんばっていきますのでこれからもお付き合い下さるとほんと嬉しいです。
まだ登場人物もそろってない段階ですのでもう少し更新スピードをあげていきます。

では若月、更新します。
62 名前:若月 投稿日:2003年03月12日(水)13時42分42秒
「ねえ、カオリー・・・」

「なに?圭ちゃん」
あたりはもう暗いが、部活帰りの高校生が幾人か連れ立って歩いているのが見える。

たまたま帰りで出会った二人の足元にも長い影が落ちている。
「なっち、最近どう?」

転校してきて不安なとき、あれこれと世話を焼いてくれ、その笑顔で自分を助けてくれたなつみ。
去年の今頃からその笑顔がかげり気味になり、ため息が多くなった。

「最近、なんかますます家が辛いみたいでさ。相変わらずあんまり眠れないみたいだし・・・」

ずっといっしょにいた、優しく活発でよく笑う、どこか生真面目な幼馴染はこの1年で寂しげな笑顔の問題児に様変わりしていた。

どうかしたのかと聞いた時の、「ちょっと家がさ・・・」と言う声を思い出す。

たまにもれ聞こえる、離婚が近いんではないかという近所の噂話。
63 名前:若月 投稿日:2003年03月12日(水)13時43分08秒
「あ、でもさ、ここ最近ちょっと顔明るいんだよね」

ここ2、3日ちゃんと授業も全部出てるしさ。
にこにこと笑う圭織に、圭も笑顔を返す。

「そっか・・・状況、よくなったのかな?」
「わかんないけど・・・そうだといいよね。それよりさ、もう中間だよ圭ちゃん!」

手に持った鞄と長い髪を一緒に揺らす。

「そうだねえ・・・ここんとこあんまり勉強してないなあ」
圭が苦笑すると圭織がその顔を覗き込んで言う。
「とりあえずさ、中間までになっちの家一回行こうかと思ってる。・・・圭ちゃん、暇あったら一緒に行かない?」

その圭織に圭は顔を少ししかめる。
「あーごめん、あたしちょっと用あるんだ。なっち心配なんだけど・・・また話、聞かせて?」

「オッケー」

そこまで言って、互いに手を振って別れる。
田舎道の明かりは乏しく、数メートル歩くだけで互いの姿はもう闇に消える。
それにわずかばかりの不安を覚えながら圭織は家路を急いだ。

64 名前:たすけ 投稿日:2003年03月12日(水)13時44分25秒
若月終了です。
65 名前:名無し 投稿日:2003年03月12日(水)19時14分53秒
前回の更新と合わせて読ませていただきました。
既に泣きそうです。
本当に面白いので頑張ってください。
66 名前:たすけ 投稿日:2003年03月12日(水)19時56分08秒
>>65 名無しさん
レスありがとうございます。
めっちゃ感謝してます。
読んでくださってる方がいるってやはりうれしいです。
元気でました。がしがしがんばります。

では虚月、更新します。
67 名前:虚月 投稿日:2003年03月12日(水)19時57分16秒
白に近いというよりは黄色に近い金髪が風に揺れる。
風は冷たく、冬の気配を濃厚に感じさせる。
黄昏の淡い紫の空の下、うつむいて白のロングコートを着たその人影の表情は見えない。
手に握られた長い、細い柄を持つ華奢なイメージの大きな鎌は闇に紛れそのシルエットを黒く残す。
ふとその人影が顔を上げる。

白い顔に鼻筋が通った、しかしちょっと丸い優しい印象の鼻。シャープな輪郭の頬、肩までの金髪。同じく金に染められた眉の下の瞳はカラーコンタクトの青の色。
昇り始めた月を少し眉をしかめて見る。

「時間や」

大きく息をひとつ吐き出し、右手で髪をかきあげ足下の町並みを見下ろす。
先程まで町並みを見下ろしていたその横顔は優しく、口元には笑みが浮かんでいた。
そのまま顔を背け、宙を蹴る。


後には一陣の風だけが残された。
68 名前:たすけ 投稿日:2003年03月12日(水)19時58分44秒
虚月終了、続けて初月1、いきます。
69 名前:初月 投稿日:2003年03月12日(水)19時59分22秒
「あ、安倍先輩だ・・・」

髪を二つに高い位置でくくった少女がつぶやく。
ちょっと太めに整えられた眉がかわいらしい。
「え?どこ?」

ひょこっと、大きな丸い目をますます大きく見張って髪を一本にくくった少女が顔を出す。

「あ、愛ちゃんおはよー」

「いやあさ美ちょっとずれてる・・・」
後ろからまた少女が二人歩いてくる。
ちょっと目が離れた、でも優しい面立ちの大きな黒い目が印象的な少女があさ美と呼ばれた少女で、それにつっこみをいれたのがあさ美と同じクラスで活発な印象でふっくらした頬が愛らしい真琴。
70 名前:初月 投稿日:2003年03月12日(水)20時00分03秒
目をやっても既になつみの姿は見えず、愛はあきらめ背伸びするのをやめる。
「にしても里沙安倍先輩好きだよねー・・・なんかさ、安倍先輩かわいいけどこのごろ怖くない?」
後ろに束ねた髪に手をやり、首を振りながら言われた台詞に里沙は顔を真っ赤にして反論する。

「前も良かったけど今もいいじゃない!かわいいしかっこいいよ!」

真琴が車道に飛び出しそうなあさ美を気遣ってやりながらそれに首をかしげる。

「そっかなぁ・・・あたしは保田先輩のがいいな」

「わたしは飯田先輩がいいな」

珍しくタイムリーなあさ美のコメントに少し皆が目を丸くし、そのことに気付きあさ美は少し頬を膨らませる。
愛はただ微笑んでその様子を見ている。
71 名前:初月 投稿日:2003年03月12日(水)20時00分38秒
この女子高は中高一貫性をとっており、行事などは高等部と中等部合同して行われ生徒の距離は近い。
「告白しよっかな・・・」

ぼんやりとマフラーを指でいじりながら言う里沙に、3人は目を丸くする。
「うっそ、マジ?」
代表して驚きを表現した真琴に里沙は頬を膨らませる。
「マジだよもちろん。だってさ、もうすぐクリスマス近いじゃん」
もう黙ってらんないんだもん・・・。
小さくつぶやかれたその声が物語る、切ない気持ちに真琴は言葉をなくす。

しんみりした雰囲気を破るように愛は明るい声を出す。
「じゃ、またね」
愛が向かうのは高等部。
「あ、またねー」
72 名前:初月 投稿日:2003年03月12日(水)20時01分10秒
のこりの3人は中等部。
愛に里沙、真琴、あさ美の4人は皆幼馴染で年齢を超え仲が良い。
愛は一人少し年長のため先に高等部へ通うことになり寂しがっていたが里沙などは愛を通して高等部の様子を知ることができ、喜んでいた。

「じゃ、また後でね」
階段で一人クラスの違う里沙は真琴とあさ美と別れる。

「けどさ・・・里沙もがんばるよね。2年越しじゃないの?」

初めて文化祭で姿を見てから一目ぼれ。
落し物を偶然届けてもらってから、その想いは確固たるものとなった。
「うん・・・」

二人でなんとなく窓の外に広がる青空を眺める。
今年の文化祭も終わった。
秋は終わり、冬の足音が聞こえてきていた。
73 名前:たすけ 投稿日:2003年03月12日(水)20時02分24秒
「1」を入れ忘れてしまいましたが初月1終了です(v
74 名前:名無し 投稿日:2003年03月12日(水)21時45分22秒
ついに5期メンも登場しましたね。
本当にささいな事なんですが、真琴ではなく麻琴ですよ。
75 名前:たすけ 投稿日:2003年03月12日(水)23時29分11秒
>> 名無しさん
レスありがとうございます。
ご指摘ありがとうございます。
ぜんぜんささいでありませぬ。
すみませんでした。訂正させて頂きます。
ごめんなさい。

なんだかちまちまとせわしない更新ですが初月2まで予定していたので初月2、いきます。
76 名前:初月 2 投稿日:2003年03月12日(水)23時31分03秒
休み時間中の教室から落ち葉の降る校庭を眺めていると、その隅に好きな人の姿を見つけた。遅刻をしているというのにその人はまったく急ごうともせず空を見ながら、ゆっくりと歩いてくる。
「安倍先輩・・・」

その無表情だと冷たい印象のある整った顔は、今日は目元が緩み優しい顔になっている。良く見れば楽しそうですらあるその表情は、近頃ではまったく見られなかったもの。
何か、いいことあったのかな・・・?
里沙はそれをわがことのようにうれしく思う。

そのなつみの顔がふと上げられ、里沙のいる教室のほうを向いた。
里沙の胸が大きく震える。

「安倍、さん・・・」

吐息だけでつぶやくと、なつみはこちらを見上げかすかに笑ったように見えた。

高鳴る胸を押さえ、里沙は窓際から離れしゃがみこむ。
だめだ。もう、我慢が出来ない。
告白する。絶対、必ず。近いうちに。勝算なんてこれっぽっちもなくても。

窓際で独り言をつぶやき、真っ赤な顔をして突然しゃがみこんだ里沙を、クラスメイトたちはものめずらしげに見ていた
77 名前:たすけ 投稿日:2003年03月12日(水)23時34分10秒
動揺が見えるようですが(v 初月2終了です。
せめて登場人物がそろうまでもう少しこのような更新にお付き合いください。
78 名前:繊月 投稿日:2003年03月13日(木)21時10分03秒
麻琴には秘密がある。
誰にも知られてはいけない、知られたくはない秘密。
麻琴が好きになった人は幼馴染。
明るく、快活でよく笑う大きな目をしたその人とずっと一緒にいるためにはこの想いを封じて生きていかなければいけない。
「だって・・・ずっと一緒だったんだもん・・・」

家も近い。年も近い。学校も一緒。告白して気まずい関係にはなりたくない。
麻琴は自分が大学を受験する年になるまでこの想いを伝えるのはやめようと決めていた。
どこか遠くの大学を受ければ幼馴染と自然に離れることが出来る。
麻琴は知っていた。
幼馴染の―愛の視線の先を。
自分の想いは届かないことを。

しかし麻琴は知らない。
その秘密を知り、心を痛めているものがいることを。
79 名前:恒月 1 投稿日:2003年03月13日(木)21時13分53秒
朝いつも一番にそこへ飛んでいく。
かつての我が家の隣、一番大好きだった親友。
加護家の朝は早く、亜衣は今日も元気に学校へと駆けて行く。

希美は、その光景を見るのがとても好きだった。
頭の上のほうで二つのお団子にした亜衣は、中学へ行く途中の病院の前で立ち止まる。
そして一回目を閉じて、また駆け出す。
後ろからのんびりと空に浮かび、亜衣の後を追っていた希美もそれを見てぺこり、と頭を下げる。
それは亜衣が遅刻しそうな朝でも、希美と亜衣の二人がずっと続けている習慣。

その場所は―その病院は、亜衣の親友、希美が命を失った場所。

「ねえ」

後ろからかけられた声に希美は気付かない。
「ちょっと」

肩に手をかけられ、希美は文字通り飛び上がる。

「ふぇっ」

希美が振り返った先には、長い茶の髪を揺らし、黒のコートをまとった少女が立っていた。
80 名前:恒月 1 投稿日:2003年03月13日(木)21時14分48秒
「辻希美さんだよね?ここの地区担当の。あたし、後藤真希。管理官なんだ」

言われた言葉が理解できず、希美は首をかしげる。
「管理官ってなんですか?」
その希美にすこし眉を上げ、真希は説明してやる。
「管理官っていうのは、死神の監視の監視をしたり、仕事を助けたりする人なワケ。元はおんなじ死神なんだけどさ。仕事の内容が違うだけって思ってもらえればいいよ」

「・・・えと、なんで辻のところにきたんですか?」

今までなんども仕事をこなしてきたが、希美は管理官などという人間に会ったことも、仕事を手伝ってもらったこともない。
「そっか・・・もしかして今週の名簿、見てない?」
そっと首をかしげて言われた言葉に希美は首をすくめる。
本来ならば週の初め、名簿をもらった時点で一回は全部に目を通しておかなければならない。
最初はまじめにそれを励行していた希美も、今ではその日の初めにその日の分だけ名簿に目を通すのが常となっていた。

81 名前:恒月 1 投稿日:2003年03月13日(木)21時15分21秒
「あ、いいよそんな申し訳なさそうな顔しなくても。後藤もそんなもんだしさ。・・・今週の金曜、確認してくれる?」

最後の言葉を気遣うような口調で言って真希は希美から目をそらすと、声には出さず詫びを口にする。
自分に非がないのは重々承知の上だが、それでも自分より年下の少女が受ける衝撃を思うと心が重い。

「・・・どういうことですか」

手元の名簿から顔を上げず、低い声で希美はつぶやく。
「後藤さん!これ、どういうことですか!なにかの間違いでしょう?」

整った顔を悲しみと嘆きにゆがめ、真希に詰め寄る。
しかしその顔にはもうすでにどこかあきらめの色がにじんでいた。
4年の歳月を死神として過ごした希美には、死というものがどんな人間にも避けがたく、突然やってくるものだということが身にしみて分かっていた。
それでも受け入れたくはない。どこかで受け入れている自分を認めたくはない。

「間違いじゃないよ。・・・このために後藤は来たんだから。辻さんのお手伝いのためにあたしは来たの。ちゃんと加護さんを送ってあげられるように」
82 名前:恒月 1 投稿日:2003年03月13日(木)21時16分23秒
「間違いじゃないよ。・・・このために後藤は来たんだから。辻さんのお手伝いのためにあたしは来たの。ちゃんと加護さんを送ってあげられるように」

希美はその言葉にはっと気付き目を下にやるが、亜衣の姿はもうどこにもない。
しかも、亜衣の目に映らない、声も聞こえない自分では亜衣に危機を知らせることもできない。
死神になってから一番強く自らの無力を恨みながら希美は真希の腕にすがる。

「ねえ、後藤さん・・・なんとか、ならないんですか・・・?」

「ごめん、ならない・・・辻さんがやらなくても、後藤がやらなくても。ほかの誰かが加護さんを送るだけなんだ。・・・ね、ちゃんと送ってあげよう?あたしが見てるから」

真希の腕から手を離し、座り込んだ希美からの答えはない。
今日はまだ水曜。とりあえず時間はある。
それまでの希美の仕事の手伝いもすることを真希は決意しながらそっと天を仰ぎ、ため息をつく。

市井ちゃん・・・今回はあたし一人でやるって言ったけどさ、こういうのって辛いね・・・後藤、市井ちゃんに会いたくなっちゃったよ・・・。

83 名前:たすけ 投稿日:2003年03月13日(木)21時17分55秒
繊月、恒月1終了です。

84 名前:名無し 投稿日:2003年03月13日(木)22時11分40秒
ぬあぁぁ〜〜なんて展開なんだ!!
死神という役割を最大限に使われて書かれているのがとても面白いです。
やっぱり後藤さんもそうだったのか…。
ということはもしかして安倍さんのおねえ(ry
85 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月14日(金)12時09分45秒
いろいろな話があって、これからどんな風にリンクしてくるか非常に楽しみです。
あと亜衣→亜依ですね。
86 名前:たすけ 投稿日:2003年03月14日(金)13時22分49秒
>>84 名無しさん
レスありがとうございます。
>死神という役割を最大限に使われて書かれているのがとても面白いです。
よかった・・・ほっとしております。
ほんと、ありがとうございました。

>>85 名無し読者さん
レスありがとうございます。
ああ・・・今後、このようなことがないようにとか思いながら早速やってしまいました・・・。
ご指摘ありがとうございます。
訂正してみなさまにお詫びします。
残り一応チェックしたんですがこれから気を引き締めていきます・・・ので、よろしければ、これからもお付き合いください。

ほんとぼけててごめんなさい。
弦月1、更新します。

87 名前:弦月 1 投稿日:2003年03月14日(金)13時23分51秒
何度も思い出すのは瞬間の映像。
残像に色を滲ませぼやけながら迫る車と、金色に光って見えた見慣れた小さな頭、それから背中に感じた手のひらの分の圧力。

痛みもなく転がって横になった視界に、案外近いアスファルトと普通に歩いていたら見落としそうな小さい石ころ。
背中の両の手のひら分の圧力とあの日の空の色はたぶん二度と忘れない。
大好きだった先輩の命を奪った交差点の見える、この席にあたしは今日も座る。

駅前のファーストフード店に、毎週土曜、学校が終わった頃の時刻にいつも一人で現れる客がいる。
窓際のおなじ席にいつも陣取り、日が暮れるまでなにをするでもなくただ座り、外を眺めている。
整った白い顔にどこかボーイッシュな雰囲気。長いまつげに縁取られたその瞳は軽く伏せられ、外の景色を映したまま動こうとしない。
その女子高生に憧れの視線を送る者は多いが、彼女はそれに気付かない。
また、視線を送るだけでは飽きたらず告白をした者もいたが、彼女は誰とも付き合おうとはしなかった。

彼女―吉澤ひとみはあの事件以来、いつも一人だった。
必要最低限のこと以外は口を開こうとせず、学校でもそのルックスと事件のおかげで近づきがたい雰囲気があり、皆からは一歩はなれた場所にひとみはいた。
そして、この一年間、そのひとみを石川梨華はずっと見ていた。
88 名前:恒月 2 投稿日:2003年03月14日(金)13時37分53秒
泣きたくとも涙の出ない体を悲しく思いながらのろのろと希美は顔を上げる。
真希と会ったときにはまだ東にあった太陽は、もう真上を通り越して西へと傾き始めている。
そろそろ亜依が帰宅する時間だ。
希美は暗い気持ちを引きずりながら亜依の家の方角へと飛ぶ。
いつもなら楽しいはずのことが今ではただ悲しみを増すばかりの作業のような気がしていた。
それでも亜依のもとへ行くのはそれが希美の日課になっていたから。
すこし飛ぶと亜依の姿が足下に見えてくる。

希美は亜依の真上まで降りていき、その隣にまで近づく。

「亜依ぼん」

希美の顔がゆがむ。

「ねえ、亜依ぼん!」

声を張り上げても静かな亜依の横顔は動かず、想いは届かない。
知っていても希美は声をかけ続ける。
89 名前:恒月 2 投稿日:2003年03月14日(金)13時38分33秒
「ねえ・・・亜依ぼん・・・のの、亜依ぼんに死んでほしくないよ」
死神になったのは、自分が死んだことで悲しみにくれる自らの家族と亜依を見守りたいという思いから。
歩く亜依と同じスピードで浮かびながら希美は必死に声を張り上げる。
「死んだらいっしょに死神できるかなとか考えたけど・・・そんなのどうなるかわかんないし、やっぱヤダよ。亜依ぼんは、ののの分まで生きてよ」

死神になって一年後、記憶を取り戻してから希美は何度も両親と亜依に会いに行った。
届かない声と認めてもらえないこの姿に何度も涙した。

「どうして亜依ぼんはののに気付かないの?しょうがないとか思ったけど・・・ねぇ!死んじゃうんだよ!?ののを見てよ!気付いてよ!」

目の前に立って悲痛な顔をして声を張り上げるかつての親友の体を、亜依はいとも簡単にすり抜ける。
90 名前:恒月 2 投稿日:2003年03月14日(金)13時39分18秒
「辻さん・・・」

そっと気遣うような声が背後から聞こえる。
「後藤さん・・・」

見れば肩に長い細い柄の鎌を担いだ後藤の姿があった。
「行こう。そんなに叫ぶと疲れちゃうよ」

優しい顔でそっと腕が伸ばされた。
希美の姿は所々が薄くぼやけ、ゆがんでいた。

真希の手を、ぼやけた手でとる。

その手は引き寄せられ、抱き寄せられた。

「ね。どうしても辛かったら後藤がしよっか・・・?」

それがなにを指すのかに気付くと、希美はかぶりを振る。

「いえ。・・・亜依ぼんは、ののの友達です。・・・ののが、やります」

真希の手が優しく希美の頭を撫でる。
「そっか・・・辻さん、えらいね」

しばらく黙っていた希美がふと顔を上げる。

「後藤さん。辻さんじゃなくて、辻って呼んでください」
91 名前:恒月 2 投稿日:2003年03月14日(金)13時39分56秒
そう言って微笑む目の前のお団子頭をきょとんとした顔で真希はしばらく見つめ、やがて笑顔になる。

「じゃ、後藤もごっちんかごっつぁんって呼んでくれる?・・・友達には、そう呼んでもらってるんだよね」

「はい・・・あ!仕事」

急いで名簿を確認しようとする希美に真希が笑う。
「今回は特別サービス。あたしがやってきたよ。明日からはちゃんと見てるからサボらないでよね」

「はい!」

大きな声で返事をする希美を見て真希は目を細める。
空には満月が顔を出していた。
92 名前:たすけ 投稿日:2003年03月14日(金)13時41分56秒
主要メンバーがやっとそろいました。
弦月1、恒月2終了。
93 名前:名無し 投稿日:2003年03月14日(金)18時07分03秒
そうそう前から言いたかったんですが涙を
出せないという設定に完全にやられています。
これからも頑張ってください。
94 名前:たすけ 投稿日:2003年03月14日(金)19時22分13秒
>>93 名無しさん
レスありがとうございます。
こんな訳わかんない更新なのに結構ジャストにレスくださるんで驚いてます。
すごい感謝です。
ちまちまとミスだらけにもかかわらず付き合って下さってほんとすみません&ありがとうございます。

ではこの不定期更新もこれで最後の予定です。
弦月2短いながらも更新です。
95 名前:弦月 2 投稿日:2003年03月14日(金)19時23分37秒
「はい、ポテトのSサイズとコーヒーですね。かしこまりました」
土曜の午後、いつもの時間。
いつもと同じ制服にいつもと同じ暗い瞳。
ひとみの目は一度も梨華を捉えず、梨華はそのひとみに微笑む。

梨華はひとみに会うためだけに、土曜のHRが終わると同時に息を切らせてここまで走ってくるというのに、ひとみはここ一年一回も梨華の存在を認めてはくれない。

「お客様・・・スマイルはいかがですか?」

勇気を振り絞っていった言葉。
無視されることを覚悟し、周りに人がいないことを確認した上の言葉だったが、膝が震えた。

思いもかけない言葉にひとみはトレイのほうに落としていた視線を上げ、店員を確認する。
96 名前:弦月 2 投稿日:2003年03月14日(金)19時25分15秒
スマイルはどうかと聞いた割にはすでにきっちりとした営業スマイルに固められた表情。
ひとみは無視をしようかと視線をもう一度自らの持つトレイに戻そうとした。
しかしその目がカウンターに置かれた梨華の手に止まり、ひとみは驚く。
細かく震えたそれは彼女の緊張を物語り、ついでもう一度確認した梨華の顔はただの笑顔と判断するにはあまりにも悲しげで、引きつっていた。

どうしたの?

問おうとした声を自分の中に引きとどめる。
必死な彼女の姿は哀れだったがどこかかわいらしく、ユーモラスに見えたから彼女の意をくんでやることにする。

「じゃあ、ください」

思いもかけない言葉に梨華は目を見張り、ひとみを見つめる。
ひとみの顔は相変わらずの無表情に見えたが、よく見れば口元が少し笑みの形につりあがっていた。

「はい!ありがとうございます!ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
ゆるゆる、と固まっていた梨華の表情が動き出す。
驚愕の表情から口元を緩ませた喜びの表情へ。
次の瞬間梨華は満面の笑みを浮かべ、勢いよく頭を下げる。
その笑みは営業上浮かべられるものの範疇をはるかに超えていた。

それに背を向けひとみはひそかに笑みをこぼす。
それが久々の表情であることに本人も気付いていなかった。
97 名前:たすけ 投稿日:2003年03月14日(金)19時25分54秒
弦月2終了です。
98 名前:名無し 投稿日:2003年03月14日(金)21時44分16秒
いい…。
これこそ石川さんだぁ〜。
99 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年03月16日(日)00時41分22秒
いしよし〜・・・
あ、始めまして〜影ながら読んでましたがいしよし登場でついつい出てきちゃいました・・・
何か落ち着いた感じのお話ですね〜
こーゆーの好きなのでがんばってください、応援してます!
100 名前:たすけ 投稿日:2003年03月17日(月)19時19分47秒
>>98 名無しさん
レスありがとうございます。
ほめて頂いてうれしいです。
少しずつ話も動き出す予定です。
お付き合い、ありがとうございます

>>99 ヒトシズクさん
レスありがとうございます。
こちらこそはじめまして。」
読んでくださってありがとうございます。
もう少ししたらちゃんと吉澤さんの出番もありますので・・・少しお待ち下さい(笑
つたない小説ですがもしよろしければこれからもお付き合い下さると嬉しいです。
101 名前:恒月 3 投稿日:2003年03月17日(月)19時21分41秒
「後藤」
足下には川が流れ、希美が鎌を肩に担ぎそれを見つめている。
川の端には遊ぶ子供の姿。午後の明るい陽光のさす、穏やかな光景。

それを一段高いところから見つめる真希の表情はあくまで静かだった。
長いまつげが目元に影を落とす。

「なに?市井ちゃん」

答えは返るが真希は紗耶香のほうを見ようとはしない。

「辻希美、どう?」

漠然とした問いに、真希は紗耶香のほうに向き直り、目を伏せる。
光に透け、紗耶香のサングラスに覆われた目元が今日ははっきりと見て取れる。

「限界が近いよ。怒ったりすると姿が薄れる・・・もう、体を維持する力さえ弱まってるみたい。本人に自覚があるのかは分からないけど」

紗耶香は辛そうな真希の顔から、希美のほうへと視線を移す。
102 名前:恒月 3 投稿日:2003年03月17日(月)19時22分24秒
「・・・あたしが、やろうか・・・?」

重い、硬い声で言われた言葉に真希は伏せていた目を上げる。

「ううん・・・後藤がやるよ。あたしにやらせて」

これは自分の仕事。いつまでも紗耶香を頼るわけにはいかない。
紗耶香にやらせるわけにはいかない。

下に目を戻すと希美が鎌を振り下ろしている姿が目に入った。
それを二人で無言で見守り、紗耶香は両手をポケットに入れる。
「あたし、そろそろ行くわ。じゃな、後藤。見てるからがんばれよ」

太陽を背にふわりと浮かび上がった紗耶香をまぶしそうに目を細め見つめ、真希は手を振る。

「うん、じゃあね」

別れるときはいつも不安になる。
遠くなる紗耶香の後ろ姿を見つめ、真希はさみしそうな表情を隠しきれない。

自らの顔を軽くはたき、気を引き締める。
その真希の横を、黄色の丸い魂が通っていった。
103 名前:恒月 4 投稿日:2003年03月17日(月)19時23分18秒
その日は朝から雨だった。
それはまるで希美の、亜依へと贈る涙のような霧雨。
雨は細かく、優しく街をぬらす。

希美はさすがに4年も死神をしてきただけあって仕事は確かだった。
3日間、希美を見続けてきた真希はその仕事ぶりに感心をしていた。
しかし。

今日は金曜。
亜依の命の炎が消える日。

希美は朝からふさぎ込んで、真希と一言も会話しようとはしない。

希美は今日という日をまだ気持ちの整理をつけることができぬままに迎えていた。
亜依に死んで欲しくはない。
自分の分まで、楽しいこと、悲しいことを体験して生きていって欲しかった。
それをできる限り見守り、追体験できたらと思っていた。
何より大好きだった亜依の家族にも、また希美の家族にもあの悲しみを繰り返して欲しくはない。
それは真実、掛け値のない本心からの希美の気持ち。
104 名前:恒月 4 投稿日:2003年03月17日(月)19時24分24秒
しかしどこかに違う思いがある。
亜依ともう一度まみえ、できることならば少しでも一緒に死神をしていけたらと願う気持ち。
そしてどこかで、なくしたものをうらやむ気持ち。
そっと希美は胸を押さえる。

見守ることで満足していると自身に言い聞かせてはいるものの、やはりそれは真実ではない。
もう一度、目を合わせて会話がしたい。
その機会が近づいている。

相反する想いを抱えたまま希美は午前を過ごし、ついに夕刻、仕事をする時刻を迎えた。

「辻」

短くかけられた真希の声は硬い。

「はい。わかってます」

先ほどから見上げていた空ももう夕方の赤い色。
オレンジの光に照らされた希美は右手を宙へと伸ばす。

足に力をいれ、体をまっすぐに起こす。

右手を天にまっすぐ伸ばし、拳を握りこむ。
とたんに感じる、肩にずっしりとかかる重さ。

視界に映り込む鋭利な刃。

足を踏ん張ってこらえ、現れた大きな鎌をまっすぐ体にそって下ろす。
いつもの甘い表情は鳴りを潜め、凛々しいともいえるその姿。
105 名前:恒月 4 投稿日:2003年03月17日(月)19時25分15秒
真希はその姿を複雑な表情で見つめていた。
ここまでは良い。
紗耶香について管理官を始めて以来、このような場面にはなんどか立ち会ってきた。
大事なものを送ることに耐えられず逃げ出す者や、逆上してこちらに襲い掛かってくる者などいろいろな者がいた。

まさか希美がこちらに襲い掛かってくるとは思えないが・・・最後まで気は抜けない。
自分の手で親友を送りたいと言った希美自身のためにも無事、仕事を済ませてくれることを祈るのみ。
真希自身も自分の仕事もちゃんと済ませられることを祈る。

空を仰ぐと細かい雨粒が落ちてくる様が見える。
濡れることはないが、濡れてみたいような気になり真希は静かに目を閉じる。
あたしは、これから・・・・。
何度も迷った。
言う機会が無かったと言ったら嘘になる。
方法はこれだけ。
ならばちゃんと伝えよう。
今日が終わったら。
106 名前:恒月 4 投稿日:2003年03月17日(月)19時25分50秒
「行きましょう・・・ごっちん」

声のか細さに閉じていた目を開け、真希は振り返る。
「どうした?」
手にした鎌を引きずるように持ち、希美は不安そうな顔をして立っていた。
「ののに、ちゃんとできるかな・・・」
まるで見放され捨てられた子犬のような希美に、かがみこんで目を合わせその頭を優しくなでてやる。
「できる。絶対。ちゃんと、後藤が見てるから。加護さんも絶対ののに送ってもらうのが一番いいって」

その優しい言葉に決意の表情を作り希美はうなずく。
時刻は午後5時過ぎ。
亜依の帰宅時間がそろそろ迫っている。

希美の手がそっと伸ばされ、真希の手を捉える。
ふとその手に目をやる真希に、希美は手を離そうとする。
その手を握り返し、笑顔を希美に向けると元気づけるように真希は笑いかけた。
これから自分のすることを考えると真希も顔がこわばりそうになる。
「行こう」

ここからが大切だ。
真希はしっかりと希美の手を握ったまま宙を強く蹴った。
107 名前:たすけ 投稿日:2003年03月17日(月)19時30分18秒
恒月3、4終了です。
108 名前:名無し 投稿日:2003年03月17日(月)19時56分41秒
応援したいんだけど、したくないという複雑な感情を初めて知った(w
109 名前:たすけ 投稿日:2003年03月18日(火)21時30分49秒
>>108 名無しさん
レスありがとうございます。
え、えと・・・?(笑
さくさく、ゆっくり(笑 話は進みます。
終わりがどうなるかはまだまだってことで。
話の方もまだまだなんですが(笑

では恒月5,更新です。
110 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時32分14秒
雨は強くなっていた。
暗い街にはぽつりぽつりと街灯がともっている。
学校指定のかばんを揺らし、亜依は家路を急ぐ。
透明なビニールの傘に雨粒が落ち、端から流れ落ちて亜依の制服の肩をぬらす。

傘越しに見えるぼんやりとした空はどんよりと曇っており、亜依は憂鬱そうに顔を曇らせる。
明日は友人と遊びに行く約束をしている。
この分やと明日も雨かな・・・。

病院の前で足を止める。
木々の茂る、見上げる建物はくすんだ灰色。
いつもより尚暗く見えるその色は亜依の憂鬱を加速させる。

ここでののは死んだ。
111 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時32分45秒
数年前関西から越してきた。
隣に住んでいたのが希美。
すぐに仲良くなった。
それからずっと一緒に過ごしてきた、まるで半身のような大事な友達。

ちょっとした病気と聞いていた。
入院して一ヶ月。
お見舞いも何度か行った。
元気そうな姿にすぐにも退院するだろうと思っていたその一週間後、あっさりと希美は逝った。
死に目には会えなかった。
安らかな顔で横たわる希美はとても死んだとは思えなくて、なぜか明日にでも会えそうな気がしたことを覚えている。
喪失感を覚えたのは少したってから。
それは4年たった今でも亜依の胸を締め付ける。

いつものように目を閉じる。
のの・・・ただいま。

そっと呼びかけてまた歩き出す。
すぐそこの横断歩道を渡ればもうすぐ家。
母親が夕飯の準備をしながら亜依の帰宅を待っているはずだ。
112 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時33分16秒
その亜依の体を白い、強烈な光が照らし出す。
続けて間近に聞こえたタイヤのスリップ音とエンジン音。
徐々に近づく大型のトラックの車体。
運転席の男の驚愕の表情。手にした携帯電話。

嘘!ぶつかる!

衝撃に思考はさえぎられる。
自らの体が宙を飛ぶのが分かる。

やから携帯片手の運転はやめろって言われてるのに!

続く衝撃。地面の水溜りが真横に見える。
手も足もまったく動かない。
視界に侵入してくる赤い色が、自らの血の色だと気付くのに数秒。

なんか周りがうるさいな・・・
うち、死ぬんかな・・・?

周囲がうるさい。聞こえてくるたくさんの声にうんざりする。
その声がふと途絶え真横に誰かの靴が見えた。

耳に飛び込んできた、懐かしい声。
「亜依ぼん?大丈夫?」
113 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時33分52秒
聞き覚えのある声。
大丈夫やないちゅーねん。
このまぬけな声は・・・まさか、のの?

「のの・・・?」
どうして・・・

声が出たかは分からない。
靴の主が見たいがどうしても体が動かない。
「あ、そっか・・・どうしよ・・・」

「特別だよ」
希美のものとは違う声が聞こえ、ふと体が軽くなった。
動かなかった体が今度は動く。

亜依は勢いよく立ち上がると、靴の主を確認する。
「あ・・・れ?のの?」

問う亜依の声に自信がないのは、その顔が記憶にあるものと若干違うため。
面影はあるものの、数年前に死んだはずの目の前の親友は明らかに成長の跡が見て取れた。
そしてその手には大きな鎌。

「そうだよ、亜依ぼん」

抱きつかれたその腕を引き離し、もう一度顔を確認する。
「まさか・・・生きてたとか?なに、その鎌?」

「ううん。のの、死んだよ。死んでから死神をしてるんだよ。・・・今日は亜衣ぼんを、迎えに来たの」
114 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時34分52秒
ちょっと悲しそうに、でも強い顔で言われた言葉に亜依はまじまじと希美の顔を見る。
「じゃあ・・・うち、死んだってこと?」

その言葉にちょっと希美は首をかしげ、その後首を振る。
「まだ、死んでないと思う。けど・・・亜依ぼんは今日死ななきゃいけないんだ・・・」

告げられる内容に、頭が白くなる。
「・・どうしても・・・?」
なんとか搾り出した声に、希美は悲しく顔をゆがめてうなずく。

「もう、母さんも父さんも・・・みんなに会えへんの?どうしても?」

希美はうなずく。

腕に掴みかかり、必死な顔で言い募る親友を悲しく見つめる。
泣けない自分を情けなく思う。

「どうしても。ののもそんなの嫌だけど・・・亜依ぼん、ごめん・・・。見てたよ。のの、亜依ぼんが一生懸命、楽しく生きてるの見てたよ。泣いてるのも見てた。ののの為に、毎日病院で祈ってくれてありがとう。・・・だから、今度はののの番。ののが亜依ぼんをちゃんと送る。亜依ぼん、死ぬのは終わりじゃないよ。また会えるよ。お母さんにも、お父さんにも。だから・・・一緒に、いこ?」
115 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時38分51秒
数歩離れたところからそれを見ていた真希は驚く。
辻・・・まさか、知ってる・・・?

「一緒って?」

そっと亜依を抱きしめ、希美は答える。
「ののももう、死神をやめなきゃいけないんだ」

最後をつぶやくように言って、希美は微笑む。
その笑みはまるで泣いているようだった。

「でも、でもきっと会える!たぶん、たぶん。ううん、絶対。約束する」

勢いよく言われ、亜依は微笑む。
泣き虫で大喰らいで甘えん坊だった親友は、嘘をつかない真っ直ぐなその目は変わらずに知らないうちに強い、優しい瞳をするようになっていた。
今の彼女になら、なんでも任せられそうな気がする。
116 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時39分58秒
後ろを見れば自分の体がある。
血にまみれ、あちらこちらがかしぎ、変に曲がった自らの体からすぐに目をそらす。
目の前の希美以外、世界が全部霧がかかったように遠くぼんやりしていて細部までは見えない。
人ごとのようだがあの体ではもう助からないと思った。
それで納得した。

全部、希美に任せようと思った。
希美は絶対、自分を裏切らない。
そう信じることができた。

「また、すぐ会えるよな?」

その言葉には笑顔が返ってきた。
希美は亜依から離れ、地面に倒れている亜依の体に近づく。
携えた鎌を右肩上方で構える。

「なにするん?」

不安そうな顔をする亜依に笑顔を向ける。
「大丈夫。信じて」

そっと振り下ろされる鎌。
すこん。音が響き、亜依は自分の体がなんだか軽くなったことに気付く。
足が宙に浮く。
117 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時40分43秒
希美は優しい顔をして、天へと上っていく亜依を見つめている。
「また会おな!また、遊ぼな!絶対やで!」
「きっと会えるよ!」

声に手を振る希美に、真希が近づく。
「待っててくれて、ありがとうございます」

真希はばつが悪そうな顔を向けた。
「知ってたんだ・・・」
それに希美は薄く笑みを返す。

消えそうな体、たまに襲ってくる痛み。
自分の体のことぐらい、自分が一番よく分かっている。まして自覚症状があれほどあればなおさら。
118 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時41分26秒
「ののは消えるんですか?」

力を使い果たした死神の末路は知っていた。
魂に備わった力を使い切れば、ただ消滅が待っている。
それを知っていても希美は亜衣と共にあることを願った。
本来ならばもっと長く保てるはずの力を使い、亜依と共に自らの姿を成長させ、亜依と共に歩いた。
それに悔いはない。

真希はかぶりを振った。
「何のために後藤が来たと思ってるの?後藤がののを送ってあげるよ。だから・・・だから、ののはもう一回、またすぐに亜衣ちゃんと会えるよ」
119 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時42分14秒
そっと右手を伸ばすと現れる鎌。
半透明に薄く濁った、美しい曲線を描く長い柄を持つその鎌を苦もなく操り、真希は笑う。
「ほんとですか!?」
声に力強く真希は頷いた。
「あたしに任せてくれる?」
その真希に希美も笑顔を返す。
「ありがとう・・・ありがとうごっちん」

真希の左手がその柄に添えられ、鎌が高く構えられる。

周囲では喧騒が尚ひどくなり病院から人が出てきて、亜依の体が運ばれていく。

しかしその音は真希と希美には届かない。
騒がしさから切り離され、そっと目を閉じ鎌を待つ希美に、街灯が頼りなく優しい光を届ける。

痛みも無くその瞬間はやってきた。
希美の体を音も無く真希の鎌はすり抜け、真希の手は止まる。
「ごっちん。また、会える?・・・会いたいよ」

「うん・・・会えるといいね」
かわいらしく笑顔で手を振るその姿はやがて闇にとけるように消える。
柔らかい黄色の光が空へと上っていく。
後には希美が腰に付けていた名簿だけが残された。
120 名前:恒月 5 投稿日:2003年03月18日(火)21時42分44秒
「・・・ばいばい」
それを細い指で拾い上げ、真希はその表面をそっと手で払った。
会えるかな・・・わかんないな。
だってあたしたちこんな仕事してるしさ。

かわいらしい妹のような少女は逝った。
けっこうなショックを受けている自分に苦笑する。
知らない間にずいぶんと希美を好きになっていたらしい。

「さ、市井ちゃんのところにさっさと行かないと」
あの優しく無鉄砲で、あまのじゃくな寂しがりやの先輩は、自分の帰りを平気な顔を作って待っているはずだった。
121 名前:たすけ 投稿日:2003年03月18日(火)21時43分18秒
恒月5、終了です。
122 名前:名無し 投稿日:2003年03月19日(水)20時30分27秒
死というテーマを扱う作品はどうも穿った目で見てしまうんですが、
この話しは死が決してお飾りでは無いので好きです。
それぞれの視点でそれぞれのストーリーが語られるので飽きる事がありません。
本当に面白いです。
123 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年03月19日(水)20時59分28秒
泣きました。
「死」ということが何か美しく感じられる作品ですね^^
ものすごいいいです!
これからもちょくちょく現れます。
がんばってください。
124 名前:たすけ 投稿日:2003年03月20日(木)11時50分14秒
>>122 名無しさん
毎回エス本当にありがとうございます。
題を決めてから「死」っを扱うことはプレッシャーとためらいがあったので、温かく受け入れて頂けて良かったです。
これからも視点をばしばしと変えつつ(笑 がんばります。

>>123 ヒトシズクさん
レス、ありがとうございます。
>泣きました。
ありがとうございます。
良いと言っていただけて嬉しいです。
がんばりまっす。

では更新。上弦です。
125 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時51分26秒
狭い部屋に雑然と置かれた書物と工具。
細かい細工物。マネキンの頭とマニキュア。
小さな机に付けられた、唯一の部屋の光源である手元灯に照らされているのはそれだけ。他の物は混沌とそこらじゅうに置かれ闇によどみ判別がつかない。

「石黒彩。あんたのしたことはみんなばれてる。自首しないか」
黒いサングラスに覆われた目元。その下の薄い唇。
長い黒いコートの彼女はそのいで立ちから、確認するまでもなく管理官だと知れる。

暗闇の中にいた女は呼びかけにゆっくりとその顔を上げる。
茶の髪は緩やかな弧を描き、白い顔にかかる。その鼻には銀に光る鼻ピアス。
迫力のある目元をきつくして彩は管理官をにらみつけた。
126 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時52分10秒
「市井紗耶香か。うわさは知ってるよ」

紗耶香は眉を上げる。

「うわさ・・・?いったい何のうわさだよ」

彩は手にしていた工具を置き、椅子を揺らして立ち上がると着ている白衣の裾を音を立てて払い、紗耶香に近づく。

「いろいろ。後輩に手を出したとか」
一歩。
「後輩と出来てるとか」
もう一歩。
狭い部屋で紗耶香と彩の距離はもうほとんどない。
ゆっくり近づく彩から紗耶香は逃げない。
色の濃いグラスの下、紗耶香の目が不快そうにすがめられる。
「・・・その眼、とか」

吐息すらかかる至近距離で言われたその言葉に、紗耶香は目をそらすことなく無言で応じた。
「怖い目。その色のことはほんの一握りのやつがうわさしてるだけ。でもあたしは知ってる。・・・ねえ」
127 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時53分05秒
管理官、石黒彩。
紗耶香たち実働部隊とは違い、彼女は名簿の管理、メンテナンス、鎌の補修など技術的なことをこなす部署の実力者。

「取引、できない?」

彼女の罪は、堕落。
死神を管理する管理官でありながら、罪に落ちた死神に手を貸し、その罪を隠蔽し続けた。

「なにを?」

紗耶香の声は短い。
彩は自らの眼を指し、なにかを取り出すしぐさをした。
「あたしのものなんでもあげる。出来ることはなんでもする。たとえばこのコンタクト、特別製なの。これもあんたにあげる。だから・・・」

ライトに透かし、そっと机から取り上げたケースに落とす。
「だから、あの子は助けて。お願い」

取引の目的は自らの助命ではなかった。そのことに紗耶香は瞠目したが、小さく首を振る。
「残念ながらあたしの事はもう局に報告済なんだ・・・それに取引はできない。・・・もう無理なんだ」

彩は振り返る。
「なんで!」

その右目は先ほどと同じ、茶。しかし、左目は瞳孔すら見えない漆黒に染まっていた。
詰め寄る彩に、紗耶香は宙から名簿と、真っ二つに折れた鎌を取り出した。
真っ直ぐに伸びた柄は彩の目と同じ漆黒。先は尖り、付いた刃は薄く、薄闇の色に光っている。
128 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時53分35秒
「まさか・・・明日香?」

震える手でそれを受け取った彩はうつむき、その鎌に手を滑らせた。

それを見ながら、紗耶香は最後の引き金を引く。
「そう、だ」

彩がはじかれたように顔を上げ、紗耶香を凝視する。

「あんたが・・・」

宙に伸ばされる腕。それが何かを掴み取り、真っ直ぐに手が伸ばされる。
そこに現れたのは鎌。

「あんたがやったのか!?」
紗耶香は答えない。

反った長い柄を持つ、漆黒の柄を持った鎌。肉厚な刃は明かりに反射しうす闇色の不吉な色にぎらりと輝く。

「明日香の仇!」

まっすぐ振り下ろされたそれを紙一重でかわし、柄に手をかけて鎌の動きを止める。
「やめな!自首しろって言っただろ!これは福田明日香の願いなんだよ!」

鎌を動かそうと力みながら彩は眼を吊り上げた。
死神であるその眼に涙は無いが彼女は涙を流すよりも激しく、慟哭していた。

「そんなものいらない!あたしもあの子と同じに殺してよ!」
死神である彼女らは魂の存在。罪を犯した死神は死をもってその罪をあがなうこととなる。
つまり、魂の消滅をもって。
129 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時54分09秒
「ちがっ・・・福田明日香はっ・・・!」

そこへ別の声が響く。

「市井ちゃん?」

仕事を終えた真希だった。
慣れた気配に気が一瞬緩む。
その隙に振り上げられる鎌。
「市井ちゃん!」
真希と紗耶香の声が同時に響く。
「だめだやめろ!」

紗耶香の顔からサングラスが飛び、部屋に響く、大きな金属音。
鎌から身を守るように挙げられた紗耶香の右手には大きな鎌があった。
真希のものとよく似た、湾曲した長い柄は黒い闇の色。長い、長い厚い大きな刃は闇を切り取ったかのような漆黒。

「な・・・!」

声を上げた彩に、紗耶香はにやりと微笑む。
現れたその双眸は彩の左目と同じ、闇の色。
「それで終わり?」

明らかに先ほどと様子が違う紗耶香に彩は戸惑う。
「じゃあ行くぞ」
130 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時55分02秒
踏み込みは早く、紗耶香の体は宙を舞う。
積み上げられた荷物を巻き上げ、それすら凶器に変え襲い掛かる紗耶香に彩は恐怖し、かろうじてその攻撃を自らの鎌で受ける。

「逃げて!」
真希が部屋へと入って攻撃を止めさせようとするが紗耶香の勢いと部屋の狭さに邪魔されそれを果たせない。
「はっ!」
数回の攻撃でひときわ大きな金属音を立てて、彩の鎌は真っ二つに折れる。
一瞬、折れた鎌を呆然と眺めた彩の肩口に吸い込まれるように紗耶香の鎌が入った。

彩の目から、血の色をした涙が流れ落ちる。
「明日香・・・」

崩れ落ちる彩に紗耶香なおも鎌を振り下ろそうとする。
「もうやめて!市井ちゃん!」

後ろから真希は紗耶香の鎌に手を伸ばし、それを消す。
抱きつく真希を振り払おうとする紗耶香の腕から力が抜けていく。


「・・・後藤?」

問う声は小さく、幼子のようだった。
131 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時55分40秒
「そうだよ、市井ちゃん」

答える声は優しい。

「・・・お前が送ってやってくれ」

自らのサングラスを拾う、肩を落とした背中を悲しく見つめ真希は聞く。
「え?消滅じゃないの?」

右手で自らの鎌を呼び出す。
「ああ。あたしが頼んだ。もう受理されてるから。・・・後藤が間に合って良かった。・・・聞こえてるか?石黒彩。福田も、おまえも。一応消滅は免れたんだよ」

荒っぽくなってご免。もう少しでころしちゃうとこだった。

つぶやかれた声に、真希は痛みをこらえるような顔をして一瞬目を閉じる。
紗耶香に代わり体が消えかけた彩の前に進み出、その鎌を振り下ろす。

132 名前:上弦 投稿日:2003年03月20日(木)11時56分15秒
彩の体を鎌はすり抜け、彩は今度こそ消えうせる。

ごめんね。ありがとう―

かすかな声が二人の耳に届いた。
二人、肩をすくめて苦笑する。
律儀に電灯を消し、かるく右手を上げて部屋から去る。
真希は明日香と彩の鎌と名簿を手にし、紗耶香の後を追う。
後には闇だけが残された。

133 名前:たすけ 投稿日:2003年03月20日(木)11時56分50秒
上弦終了です。
134 名前:名無し 投稿日:2003年03月20日(木)21時54分00秒
更新がこんなに早いのに
なんで毎回クオリティーが高けーんだ!!
全く眼がはなせないっす!!
135 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月21日(金)20時01分23秒
描写がきれいですごい好きです。

前の作品も読んでみたいのですが…
136 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年03月22日(土)20時13分44秒
彩っぺぇ〜・・・
何か切ないです・・・でも、何か楽しい・・・^^
描写がすごい綺麗ですよねぇ〜風景がすごい伝わってくると言うか・・・
では、がんばってください、応援してます。
137 名前:たすけ 投稿日:2003年03月23日(日)10時05分43秒
>>134 名無しさん
レスありがとうございます。
お褒め下さって光栄です。
これからもできれば目を離さず、お付き合い下さい(笑

>>135 名無しさん
レスありがとうございます。
きっと初めましてですよね?嬉しいです。
http://mseek.xrea.jp/sea/1028442738.html

これが前作になります。
ミスも多く非常にどうなのですが・・・もしもよろしければ読んでやってください。

>>136 ヒトシズクさん
レスありがとうございます。
楽しいですか?良かった(笑
お褒め下さってありがとうございます。
頑張りまっす。

短いながら更新します。玉鉤。
138 名前:玉鉤 投稿日:2003年03月23日(日)10時07分50秒
月光の差し込む白い廊下に長い影を落とし、彼女は歩く。
管理官の仕事場であるここ管理局には天気や四季というものは無く、通年満ち欠けをしない満月のみがその空を支配する。

ふと彼女は立ち止まる。
その目の先には無骨な掲示板。
ここには通常、業務連絡やニュース、個人の伝言や連絡などが掲示される。
彼岸よりもずっと大きく、明るい月光が照らし出したそのニュースに彼女は目を大きく見張る。
顔を動かさず周囲を確認し、人の気配が無いことを確認すると彼女は大きく息を吐き出した。
「・・・彩っぺ、明日香・・・」

また失ってしまった。
名を呼び、月を見上げ祈るように目を閉じる。

生前からの友人だった。
記憶を取り戻し偶然の再会に互いに驚いた。
バイク事故で自分よりも少し前に死んでいた彼女。
そしてその友人の少女。
なにも報いることが出来なかった。
なにもできなかった。

彼女はまた歩き出す。
彼女が目にしていた紙は管理局からの通達。
そこには先日の彩と明日香の罪とその処分が載っていた。
139 名前:たすけ 投稿日:2003年03月23日(日)10時12分50秒
ほんっと短いですが玉鉤終了です。
きりがいいのでこれまでで。

えっと、これが3月最後の更新になると思います。
ちょっと事情で引っ越しをしますのでネットに触れるようになるのが4月から・・・だと、思うのですが。
とりあえずかならず4月にはまた更新をするようにします。
待っていてください。
お願いします。
140 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月23日(日)15時25分50秒
前作教えてもらいありがとうございます。
タイトル見て「あっ!」と思い、この作者さんだったのかと納得しました。この作品も読んでました。すごい好きでした。
しばらく読めないのは残念ですが、4月の更新を待ってます。
141 名前:名無し 投稿日:2003年03月23日(日)18時23分33秒
お疲れ様様です。
しばらく会えないのはさびしいけど会えない時間が会い育てるって感じで待っています(w
142 名前:たすけ 投稿日:2003年04月11日(金)12時59分56秒
>>140 名無しさん
レスありがとうございます。
前作まで読んでくださってこれもありがとうございます。
うれしかったです。ものすごく。
待っていて下さってありがとうございます。
また以前の更新ペースに戻す予定ですのでよろしければこれからもお付き合いください。

>>141 名無しさん
レスありがとうございます。
>お疲れ様様です。
ありがとうございますます。
引越しも無事すみ、ネットできる環境を一応手に入れました(笑
待っていてくださってありがとうございます。ただいまです。

それでは七日月、ようやく更新です。
143 名前:七日月 投稿日:2003年04月11日(金)13時01分16秒
なつみはここ数日、鏡を抱えて生活していた。

その生活でわかったことは鏡に真里が映るのは月の出ている夜のみだということ。

雨の晩は真里の姿は現れず、なつみは真里の姿を夜通し待ち次の日睡眠不足で学校を休んだ。

今週は晴れの日が続いている。

 

真里は鏡に映ると必ず死神業を続けている。

鏡はなつみが月の下見守る中夜の風景や昼の光景を映し出し、真里となつみ、双方の時間がいつもつながっているわけではないということを教えてくれる。
144 名前:七日月 投稿日:2003年04月11日(金)13時02分48秒
昨日の真里が送ったのは夜の川に落ちた酔っ払いの男。

その男は酔いがさめると死にたくないと泣き、真里は泣いているその男にも変わらず鎌を振り下ろした。

鎌を振り下ろした表情は辛そうに歪み、死ぬはずの男よりもずっと悲しいその姿になつみは涙をこぼした。

死神ってなに?

辛そうだけど・・・やめちゃいけないの?

 

今日はテスト前の休日で、なつみは一日家にいる。
両親は相変わらずお互いを避けるためにか家には寄り付かず、なつみはいつものように広い家で一人で過ごす。

なっち的には平和でいいけど、結局なんか勉強ばかりがはかどっていやな感じ。
なにをしても面白くない。
145 名前:七日月 投稿日:2003年04月11日(金)13時05分27秒
今日は満月。
いつもよりも数段明るい月光が暗い室内を照らす。
空は曇っていないから今日は真里の姿が見えるはず。
 
「暇・・・」

つぶやいて机にうつぶせになるとようやく鏡が曇る。
なつみは急いで起き上がると肘を突いて鏡を覗き込む。
 

待ち望んだ真里は目を閉じて月を背に宙に浮かんでいた。
月は満月。今日なつみが見上げる空と同じ。
手には相変わらずの長い鎌。
目を開けて下へ降りていく。

 

その下はなんの変哲もない住宅街。深夜で寝静まったそこの一角へ真里は降りていく。
庭に音なく降り立った真里は、きっちり閉まった窓を潜り抜け、中へ入る。
暗い室内で真里の体が青白く光を放つ。

その冷たい、しかしどこか優しい光に浮かび上がるのは、和室に敷かれた布団とそこに横たわる老婆の姿。
146 名前:七日月 投稿日:2003年04月11日(金)13時09分58秒
ああ、今日はこの人か・・・。

『本人と確認』

静かな室内に真里の声が響く。

せめて眠りながら逝ってくれるといい。
ヤグチさんが悲しい顔しないといい。
おばあさんが苦しまないといい。
しかし見つめるなつみの願いとは裏腹に老婆の目は開いた。


真里の姿を認めた老婆は一瞬目を見張ると、あわてるでもなく着ていた浴衣の乱れを直し身を起こす。
痩せた体にやわらかい印象の細い目。


『お迎えですか?』
自分よりも数十歳は若い真里に敬語を使い、あわてたり騒いだりしない老婆に真里は驚き問いを発する。
普通、寝てていきなり人が・・・しかも矢口みたいなのがいたら驚くよ?
147 名前:七日月 投稿日:2003年04月11日(金)13時14分44秒
『迎えって・・・なんで矢口が死神ってわかったんですか?』

鎌を引きずり、心底驚いた顔をして聞く真里に老婆は優しく微笑む。

『だってあなた鎌を持っているし、光ってるじゃないですか。それにしても、かわいい死神だわね』

言われ、真里は顔を赤らめる。

『おばあさんは矢口のこと、こわくないんですか?』
『持病もあるしねえ、この年だし。もうそろそろだとは思ってたけど・・・そう。死神さんってこんなかわいらしかったのね』

にこにこと笑う老婆に真里はうつむく。
鎌を持つ手に力が入り指先が白くなる。

『ごめんね、おばあちゃん。おばあちゃんの寿命は、今日までなんだ。死神、矢口真里。あなたの魂を送らせていただきます』

無表情を装い告げる真里に、なつみの胸が痛む。
その声に老婆はちょっと悲しそうに返した。

『息子たちと孫にお別れを言うことは出来ない?』
『ごめんなさい。規則で決まってるから・・・』

頭を下げる真里に、老婆はあわてて手を振った。

『いいんですよ、・・・そういうものなんですものね。さ、そろそろいきましょうか』
そう言って布団に正座する老婆に真里は苦笑する。
148 名前:七日月 投稿日:2003年04月11日(金)13時15分24秒
『あの、おばあさん、横になってください』

確かに。正座して亡くなるの、変だしね。
なつみが妙な納得をしている間に老婆を送る準備は整ったらしい。

『じゃ、いきます』
そっとその鎌を構える。
『痛くない?』
顔を少ししかめて言う老婆に真里は笑ってみせる。
『大丈夫』

その顔は笑顔とはいえ今にも泣き出しそうなものだった。
鏡の表面にぽつり、ぽつりと水滴が落ちる。
気付けばなつみの目から涙が溢れ出していた。

『そんな悲しそうな顔しないで。わたしはあなたみたいなかわいらしい死神さんに送ってもらえてうれしいんだから。あなたは優しい子ね。ありがとう、お世話をかけます。さ、やって頂戴』

その声にうなずくと、真里は鎌を振り下ろした。

すこん。

そっと漂うまん丸の、たまご色の魂は真里の周りをそっと一周すると上へ上がっていく。
何も言わず立ち尽くしたまま優しい、切ない表情で真里はそれを見送る。

 

光が見えなくなるまで見送ると真里は窓からそっと飛び上がり、月を見上げる。


「泣いちゃえばいいのに・・・もしかして、ヤグチさん泣けないのかな」
149 名前:七日月 投稿日:2003年04月11日(金)13時16分13秒
なつみがそう呟いたとき。
真里はその言葉が聞こえたかのように一瞬びくっと体を動かし、あたりを見回す。

どうしたの?
なつみの体が緊張する。

『今の・・・なに?なんか声・・・したような・・・』


え?
まさか・・・。
そんな・・・それでも。

「き、きこえますか・・・?」

鏡に向かって呼びかける自分の姿に恥ずかしくなる。
それでもそっともう一度なつみが声をかけると今度は明らかな反応があった。

『だれか・・・いるの?』

真里は周囲を見回す。

ここは空。周囲は見通しが良く、周りを見回して誰もいない。

150 名前:たすけ 投稿日:2003年04月11日(金)13時17分01秒
七日月、終了です。
151 名前:名無し 投稿日:2003年04月12日(土)01時48分24秒
ついに接触ですかな!?
矢口は死神でいるには優しすぎますね。
でもそこがリアルの矢口と被って見えます。
152 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年04月12日(土)09時52分15秒
初めて読みましたがかなり面白い作品ですね。
今後の展開も激しく期待しています!
153 名前:たすけ 投稿日:2003年04月16日(水)10時30分51秒
>>151 名無しさん
レスありがとうございます。
さぁ、接触でしょうか(笑
たすけ的に矢口さんはまじめでやさしい人だってイメージがあるので、できるだけそのように
書けたらと思っております。お褒め頂いて嬉しいです。

>>152 読んでる人@ヤグヲタさん
レスありがとうございます。
読んで下さって嬉しいです。
激しい期待にお応えできるよう(笑 がんばりますのでよろしければこれからもよろしくおねがいします。

それでは更新します。
十三夜。
154 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時33分58秒
「誰かいるの?」
もう一度呼びかけて周囲を見回し、滑稽な自らの姿に真里は苦笑する。

ここは空の上。
声をかけてくるのは真里の姿が見え、宙に浮かぶことの出来る死神だけのはずだ。
しかし同じく空に浮かんでいるはずの同僚の姿はなく、その声も記憶には無い初めて聞くものだ。

『えと、聞こえますか』

もう一回響く声に真里は身構える。
控えめな声は、真里の腰のあたりから聞こえた。
おそらくは少女の声。
おそるおそる腰を見る。
そこにあるのは吊り下げた名簿だけ。

まさか、死者からの声とか?恨み言?
しかし今週の死者の中には少女はいなかったはずだ。
真里の背筋が一瞬冷えるが、おそるおそる腰の名簿を確かめる。
155 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時35分26秒
その表面に映るのは見慣れた自分の顔でも、確認したはずの名簿の映像でも無かった。
名簿は死神が望んだときだけその表面の映像を変えその役割を果たす。
それ以外の時はそれはただの鏡と同じく、覗き込めば見るものの顔や周囲の様子を映し出す。
しかし、これは。
死神が望んでもいないものを映し出し、しかもそこに映る者がしゃべるなどということを、真里は聞いたことがなかった。

「えと・・・」
なんと言ったらいいのか分からない。
真里はひたすら混乱していた。
鏡の中の顔はかわいらしい。
肩までの髪、白い顔。
不安げに大きく見張られた黒目がちの綺麗な目。
長いまつげにちいさい、筋の通った鼻。
唇は驚きにかすこし開かれている。
頬は濡れていた。
156 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時36分34秒
真里と同じぐらいの年の少女。
『聞こえますか?』
「あぁ!聞こえてる、聞こえてる!」
鏡の中のなつみの顔が今にも泣きだしそうなものになっていた為真里はあわてて返事をした。

「聞こえてます!」
妙なテンションになってしまった自らをどこか冷静に認めながら真里は相手の反応を待つ。
『えと・・・どうしよう、何喋っていいの?どうしよ?どうしよ?』
ああ、向こうもけっこう・・・。
「ええと・・・落ち着いて?落ち着こうよ。あなた、だれ?ええと、おいらは矢口。矢口、真里」
鏡の少女の顔がすこし落ち着いたように見えた。

『ヤ、グチさん?』
「そう。弓矢のヤに、口。真里。あなたは?」
『安倍なつみ。』

そこで彼女はやっと濡れた頬を拭いた。
157 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時37分21秒
えっと、どうしよう。次、何話せばいいんだろう。
落ち着け、落ち着け矢口。

「どうして話、通じるかわかる?あなた・・・安倍さん、ってどこにいるの?やっぱり、死神なの?」
ためらいがちに真里は聞く。
だってそれが一番、確率高そうだし・・・。
『死神じゃないよ。ただの高校生。えっと・・・どうして話が通じるかはわかんないんだけど、何から話せばいいかわかんないんだけど』

死神という単語を聞き、ましてやこの状況の割には彼女は落ち着いて見えた。
『あの、ね。通学路で鏡をひろったの。何日か前。』
何?鏡?

『丸くて小さい鏡。なっちさ、どうしてかわかんないけど気になってこの鏡拾ったんだ。ほんとどうしてかわかんないけど。で、それ見てたら・・・矢口さんが見えたんだ』
158 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時38分18秒
ちょっと待って、わかりにくいんだけど・・・矢口が見えたってどういうこと?
真里は眉根を寄せる。
「え?その鏡を拾ったら矢口が見えたってこと?」
言いながら嫌な予感に襲われる。
真里は少し前に使用済みの名簿を落とした事があった。
しかしすぐにそれを上役で管理官の裕子に告げ、裕子もその名簿は回収したと言っていた。
それに名簿って普通の人には見えないはずだから・・・矢口の名簿って線は薄い訳で。
けどなんで矢口が見えるわけ?
しかも矢口の仕事を見てたってことでしょ?
普通の鏡だったらまずありえない。
わからない事だらけでなつみを問いつめたかったが、なつみ自身もわからないことは答えようがないと自らの思考にきりをつけ、真里はとりあえず話の続きを促した。
159 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時39分04秒
『月の出てる日に見えるの。矢口さんのえっと・・・お仕事のことが。普段のこととかはわかんないんだけど。病院でおじいさんを・・・送る、お仕事してたときから』

一瞬感じたのは理不尽な感情。
どこから沸いてきたのかわからない怒り。
わきあがったそれは仕事をしてる姿を見られたことの羞恥心からなると真里の理性は判断していた。

矢口はこの仕事を誇りになんて思えない。
人の命を奪う仕事だよ。
自分は死にたくなくてこの世に惨めにしがみついてるくせにえらそうな顔をして人に鎌を振り下ろす、そんなところを見られてた。
それに嫌悪と言っても良いほどの感情を抱いた。

しかしすぐに真里は思い直す。

安倍さんは最初から見たくて見たわけじゃないし・・・矢口だって、拾った鏡にいきなりなにか映し出されたら見ちゃうし。
160 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時40分28秒
そこまで考えて、ふと気付く。
そういえば、この子殺すとかじゃなくて、『送る』って言った。

『送るお仕事』となつみが言葉を選んで使ったことが真里にはうれしかった。

「どうして矢口のことが見えるの?」

先程までの疑問を真里が口にするとなつみは黙り込み、首をかしげわずかに眉を寄せる。

『わかんない・・・』
出てきた言葉はそれだけ。
「・・・矢口のこと、こわくないの?」
真里は質問を変えてみる。
なつみの顔に嫌悪や恐怖の表情が浮かんでいなかった事が不思議だった。

だって、矢口のやってること、見たんでしょ?
普通は驚くよ。
普通は、怖いよ?
『最初はびっくりした。次は、冗談かと思って・・・毎晩矢口さんを見るようになったら、ちょっと怖くなった・・・けど』

だって、おじいさんのときから見てたわけだから・・・死にたくないって言って死んだあの女の人も、家族に会いたいって泣いたあのおじさんも見たわけでしょ?
『それでも・・・怒らないでくれる?矢口さんは、悲しそうに見えたから。すごい、鎌おろすときもそれが終わったあとも』
161 名前:十三夜 投稿日:2003年04月16日(水)10時41分07秒
なつみの顔がゆがむ。
『だからなっち、怖くなかった。矢口さんはちゃんと・・・わかってる人だと思ったから。女の人のときごめんねって言うの、聞こえたよ。今日も悲しそうだったよね。なっち見てたから』

感じた怒りや羞恥心は真里の心から消えていた。
覗き見されたとももう思わなかった。
真里は小さく笑みを浮かべる。

「・・・ありがとう」
『うん』
微笑んだ真里に応えなつみも微笑みを返す。




その後、真里となつみは互いの日常を話した。
笑い合い話は尽きず、気付けばもう真夜中を大分過ぎた時間になっていた。
『やばい!なっちもう寝ないと!あのさ、すごい楽しかった。また話せるかな?』
「話せるよ!きっと。今日話せたんだしぜったいまた話そうよ!・・じゃあ今日はまたねなっち。おやすみ」
『うん!ありがとう、矢口。おやすみ』
なつみの消えた鏡面をなぞり、真里は笑みをこぼす。

同年代と話するのってこんな感じだったのか。
裕子と話すのとは違う、懐かしいような新鮮なような感じ。
自分が生きてるころのこと、忘れちゃったけど友達ってこんな感じかな?
きっとまた会える。
そう信じて真里は目を閉じた。
162 名前:たすけ 投稿日:2003年04月16日(水)10時41分49秒
十三夜、終了です。
163 名前:名無し 投稿日:2003年04月16日(水)15時45分01秒
なんかいいですね、この関係性。
続きがすごい楽しみです。
164 名前:たすけ 投稿日:2003年04月22日(火)12時36分04秒
>>163 名無しさん
レスありがとうございます。
「序破急」で言えばここらがちょうど「序」から「破」に差し掛かったところのような。
当然ながら(笑 話は続きます。
お付き合いくださってありがとうございます。

更新します。
夕月、それから半月1。
165 名前:夕月 投稿日:2003年04月22日(火)12時38分31秒
かわいい妹ができた日のことは鮮やかに記憶に残っている。
そのころのあたしは父親の結婚を認められず、ぐれて外を出歩いてばかりいた。
小さな妹は確かにかわいらしかったが他人でしかなく、存在すらただうっとうしかった。
あの日までは。

両親が再婚したばかりの家は明るく、活気付いていた。
そんな家を疎ましく思ったあたしは、前にもまして外を出歩くようになっていた。
ぐれてはいたが、ただ泊めてくれる人の家を転々として、少しの喧嘩はしても盗みもしなかった。
いきがっていたわりにはおとなしいぐれ方だったと今では思う。
166 名前:夕月 投稿日:2003年04月22日(火)12時39分14秒
その日は雨が降っていた。
たまたま父親が帰ってきていたことに気付かず、家に帰りいつものように自分の荷物を持って出て行こうとしたところで口論になった。
たしか、こんなことでどうするとかもう止めろとか。
子供に関わることが苦手だったあの人にしては珍しく、真摯に子供に向き合った瞬間だったのではないかと思う。
口論は激しくなり、初めて殴られた。
激しい雨の降る玄関先で殴られたあたしは外へと転がり、続いての打撃に構えた。
しかし父の手は中途半端なところで止まっていた。

あたしの前にはちいさな影と、開いたまま転がるかわいらしい真っ赤な傘。
幼稚園の制服を着た妹があたしの前に立ちふさがっていた。
雨に濡れた髪は垂れ下がり、肩はあたしたちを見つけ走ってきたのだろう、大きく上下していた。小さな体は寒さと恐怖で細かく震えていたが、広げた、濡れた袖の張り付いた手は下がらなかった。
覗く耳は緊張で真っ赤に染まっていた。
167 名前:夕月 投稿日:2003年04月22日(火)12時40分43秒
「お姉ちゃんをいじめないで」

凍りついたように見えた父親は次の瞬間大きく息を吐き出し、その手を振り下ろしあたしに言った。
「風呂へ入ってからもう一度話をしよう」

そして妹の頭に手をやり、家へ入っていく。
その背中を房前と見送ると、どうしてもあたしが認めることができなかった母親は、あたしの頭上に傘をさしかけ、そっとハンカチで顔を拭いてくれた。

そのときから、あたしは家族を持てたのだろうと思う。
あたしは決してあのちいさな背中を忘れられない。
168 名前:夕月 投稿日:2003年04月22日(火)12時41分37秒
そう思った。


かわいい妹はその後もずっとあたしを慕ってくれた。
その数年後、あたしは本当につまらないことで命を落としてしまい、そのことで家族はまた離れ離れになるのだけれど。あたしが、また家族を壊してしまうのだけれど。

あたしは、あたしを守ってくれたあの背中を守ろうと決めた。
あたしを受け入れてくれたあの家族を守ろうと決めた。
それが、あたしにできる唯一の償い。

かわいい妹―なつみを、守る。
それが、今のあたしの唯一の願い。
169 名前:半月 1 投稿日:2003年04月22日(火)12時42分44秒



たまに悪夢にうなされる。
大好きだった祖母の部屋。
行きたいけれど足が動かない。
影が大きな鎌を持って立っている。真っ黒な、不吉な色をした影。
その影が窓から降りていった瞬間。
祖母の表情が色を失い、こときれたのがわかった。
あれは絶対、自然な死ではない。
祖母の口が動いていた。
まだ、まだ、と。
なぜ・・・と。
あの顔が今でも目に焼きついてはなれない。
あたしは、あの意味を知るために生きているのかもしれない。


170 名前:半月 1 投稿日:2003年04月22日(火)12時43分19秒


「また、あの夢・・・」
つぶやいてベッドから身を起こす。
何度も見て、目に焼きついた光景。
絶対に忘れることの出来ない出来事。
このごろはその夢を見ることすら忘れていた圭織がその夢を頻繁に見るようになったきっかけは自分でもよく分かっていた。
なつみの背後にたまに見える影。
黒とほんの少しの金色。
よく見る霊とかじゃない。あれはそんなもんじゃない。
171 名前:半月 1 投稿日:2003年04月22日(火)12時43分49秒
祖母の命を奪ったであろうそれとは違うようで、しかしよく似ているようでもあって。
圭織は不安で仕方がない。あの影が、祖母と同じようになつみを奪っていったら。
祖母の死に様になつみの姿がだぶる。
「どうしよう・・・」

この世ならざるものを見ることはできても圭織にはそれをなんとかする力はない。
「どうしよう・・・なっち・・・」
自分よりも力にあふれていた祖母に呼びかける。
お祖母ちゃん、友達を、なっちを守りたいの。圭織に力を貸して・・・。
なっちを連れて行かないで。
圭織は祖母に祈った。
172 名前:たすけ 投稿日:2003年04月22日(火)12時46分49秒
夕月、半月1、終了です。
次回は後月1になります。「の」を省いてしまいましたが「のちのつき」と読んでください。
173 名前:名無し 投稿日:2003年04月22日(火)21時28分37秒
ずわーい!!
なんだか急に色んな事が動き出した!!
本当に飽きが来ないオモシロさです。
続きがとても楽しみです。
174 名前:たすけ 投稿日:2003年04月25日(金)11時31分35秒
>>173 名無しさん
レスありがとーございます!
動きだしましたようやく。
もういいかげん話も動かないとあれですしね(笑
レス、心の支えになってます。ありがとうございます。

更新します。後月1。
175 名前:後月 1 投稿日:2003年04月25日(金)11時33分31秒

「保田さん」
声がかかり、圭は首をめぐらせその声の主の方を向く。
「ああ、高橋」

以前、階段から落ちかけたこの後輩を助けてから彼女はちょくちょく圭の元を訪れるようになっていた。
積極的な性格とはいえない彼女は圭の教室に押しかけることはなかったが、こうして帰り道などで会うとまるで子犬のように圭の元に寄ってくる。
「今日、早いんですね」

まん丸の目をますます開いて驚いた顔で言う彼女を微笑ましく見ていた圭はその声で我に返る。
「あ、ああ・・・ちょっと行くところがあってさ」
愛は知っている。
176 名前:後月 1 投稿日:2003年04月25日(金)11時34分14秒
毎月20日。
圭はHRを済ませると一目散に教室を出て行く。
そのくせ家に帰るわけでもなく、普段利用しているバスではなく電車を使ってどこかへ行くのだ。それは圭が転校してきてからずっと続いている。
そしてその日、決まって愛は部活前に教室の窓から圭を見守る。
または部活を休み今日のように圭を待ち伏せる。
圭がどこへ行くのか。
それが愛のずっと抱いていた疑問だった。

「保田さん・・・」
いつもとは調子の違う、真剣な声に圭は愛を見やる。
静かに冷たい風が吹き、路傍の落ち葉を掃いていく。

「毎月20日、保田さんは急いでどこかへ行きますよね・・・?習い事か何かですか?あ、答えたくなかったらいいんですけど」
177 名前:後月 1 投稿日:2003年04月25日(金)11時35分16秒
少し眉間にしわを寄せた圭を気遣うように愛は言う。
その愛を安心させるようにちょっと笑ってやり、圭は答える。
「・・・20日は命日なんだ。あたしの大事な友達の」
そのお墓参りに行くんだよ。

大事な友達。
そう言った圭の瞳の色は今までに見たことのない、甘い、深いものだった。
「そうですか・・・」

それだけをやっと搾り出すように言い、愛は黙り込む。
分かっていた。
自分はただの顔見知りで、ただの後輩。
それ以下でもそれ以上でもない。
今からがんばればそれ以上の関係になれるかもしれない。
それに「友達」という単語にはまだ救いはある。
なにより、いない人に嫉妬しても仕方がない。
そう思っていいはずだった。
しかし圭の横顔にはその楽観を許さない何かがあった。
178 名前:後月 1 投稿日:2003年04月25日(金)11時36分05秒
「すみません、立ち入ったことを聞いてしまって・・・」
律儀に謝る後輩にぱたぱたと手をふって圭は言う。
「いいよそんなの。・・・じゃ、あたしは急ぐから、ここで。ちょっと遠いところにあるから急がないといけないんだわ」

じゃね。

軽く言われた言葉が、なぜか重い別離の言葉のように愛には感じられた。
「保田・・・さん」

小さくつぶやき目を閉じる。
涙があふれて仕方がなかった。
まだ、全部が終わったわけではない。
そう自分に言い聞かせて家路を急ぐ。
涙に濡れたこの顔を見るだろう母への言い訳を必死で考えながら。
179 名前:たすけ 投稿日:2003年04月25日(金)11時42分49秒
後月 1終了です。
次回は半月 2になります。
180 名前:名無し 投稿日:2003年04月25日(金)22時34分48秒
高橋切ねー。昨日のうたばん思い出した。
保田さんの友達も気になります。
181 名前:たすけ 投稿日:2003年04月30日(水)17時18分29秒
>>180 名無しさん
レスありがとうございます。
うたばん・・・普通にチェック忘れたり(泣
と、とにかく。少しずつの更新で恐縮ですがちまちまと進めて参ります。

半月 2
182 名前:半月 2 投稿日:2003年04月30日(水)17時19分09秒

落ち葉を踏みしめ、学校への道を急ぎながら圭織は眉をひそめる。
学校への道路に、校内に。
たまに見えるあの影はなんだろう。
黒い人影。その頭部あたりにたまに透けるように現れる、金の色。
胸騒ぎがする。
あれは、あの影はまるで。

「やっぱりお祖母ちゃんの部屋でみたやつと同じ・・・」

小さくつぶやき、唇をかみ締める。
何かが起きているのかもしれない。しかし何が起きているのか分からない。
183 名前:半月 2 投稿日:2003年04月30日(水)17時20分12秒
朝の通学路を一人いらだちに顔をゆがめ早足で歩く圭織に声をかけるものはいない。
そのとき、圭織の目の前を掠めるように降り立った影がひとつ。

それは敷き詰められた落ち葉をまったく動かしもせず前方を歩く一人の少女の影に重なり、とけ、一瞬の後消える。
「な・・・」

驚愕に目を見張り、圭織は一人立ち尽くす。
なに?今の・・・。

圭織はその持って生まれた勘のようなもので確信する。
あれはいいものではない。

顔色を蒼白へと変じ、圭織はその少女の下へ走る。
高く、後ろで一くくりにされた長い髪に大きな瞳、愛嬌のあるかわいらしい顔立ち。リボンの色で自分と同じ高等部の生徒だということがわかった。
184 名前:半月 2 投稿日:2003年04月30日(水)17時21分40秒
「あなた、大丈夫?」
勢いで思わず声をかけてしまった自分に圭織は内心舌打ちする。
これじゃ、カオリやばい人だよ・・・。

案の定、少女は大きく目を見張ってまじまじと圭織を見ている。
無理もない。歩いていたらいきなり高等部の先輩が、しかも長身の美人がその顔を必死なものに変えて自らの肩をつかんできたのだから。
「だ、大丈夫って・・・大丈夫ですけど」

―高橋愛。1年2組。
どうせ声をかけてしまったのだからと、圭織は少女の名札をすばやく確認し、笑顔を浮かべて見せた。
185 名前:半月 2 投稿日:2003年04月30日(水)17時22分27秒
「いや、ごめんごめん。カオリ寝ぼけちゃってさ・・・。知り合いに見えたもんだから」

ほんとごめんね。

来たときと同じく先輩はすごい勢いで去っていく。
その長身を見えなくなるまで見守って、あっけにとられた顔のまま愛はつぶやく。
「なに?いまの・・・?」

周囲で息を潜めて顛末を見守っていた生徒たちは笑顔を取り戻し、また元の雑談へと戻ってく。
高等部の有名な名物先輩はまたその武勇伝に逸話をひとつ付け加えたようだった。
ただそれだけのはずだった。
186 名前:たすけ 投稿日:2003年04月30日(水)17時23分52秒
半月2終了です。
次回は後月2です。
187 名前:名無し 投稿日:2003年05月01日(木)22時15分27秒
飯田さんの一般人の立場でのこの能力がこの先重要になる気がする……。
続き期待。
188 名前:たすけ 投稿日:2003年05月02日(金)11時10分35秒
>>187 名無しさん
レスほんとありがとうございます。
連休前の更新です。
ようやくここまできた感が。

それでは後月 2更新です。
189 名前:後月 2 投稿日:2003年05月02日(金)11時12分05秒

朝から降りしきる雨のせいで、持久走を行う予定だった体育は急遽体育館での球技を行うことになっていた。
歓声が上がる教室で愛の表情はまだ先日のことを引きずり精彩を欠いている。

友人と連れ立って更衣室で着替え、体育館へと向かう。
「そういやさ、朝なんか飯田先輩に言われてなかった?」
「うん・・・なんかよくわかんないこと言われた」
 
友人の問いに生返事で応じて愛は扉から見える外の景色を見つめる。
雨の降る校庭には人の気配がない。
 
「保田さん・・・」
 
声に出さず名前をつむぐと、集合の合図がかかった。
190 名前:後月 2 投稿日:2003年05月02日(金)11時12分35秒
どうやら今日の球技はバスケットを行うらしい。
愛はため息をつく。
 
「どうしたの?愛ちゃん、今日元気なくない?」
座って順番待ちをしていると隣の友人が心配げな顔をして顔を覗きこんでいた。
そこで同じチームとなった別の友人から名前を呼ばれる。ゲームが始まるという。
「ううん・・・そんなことないよ」
到底元気とはいえない口調で愛はそれを否定してゲームへと向かった。
 
とりあえずがんばろう。
そう決めた。
これ以上情けない顔をしていてもしょうがない。
圭に亡くなったという友人のことをちゃんと聞いて、その後で好きな人のことを聞く。
それの結果次第でだめそうならきっぱりとあきらめる。
ここ数日、心配をかけないように避けていた幼馴染たちの顔を思い出す。
ごめん、麻琴、里沙、あさ美。
明日はちゃんと学校に一緒に行こう。
191 名前:後月 2 投稿日:2003年05月02日(金)11時13分32秒
湿気のせいかいつもよりも耳につくシューズの摩擦音と、ボールのドリブル音、それから少女たちの歓声。
 
白熱したゲームの最中ふと一人の少女の手からボールがこぼれ、体育館の扉のほうへ向かう。
そのボールを追って愛は軽く走っていく。
ボールは扉の外へと転がり、濡れたコンクリートの上で止まる。
雨に濡れることに少し顔をしかめながらそのボールに愛が手を触れた瞬間。
 
その愛の体がかしいだ。
心臓が大きくひとつ鼓動を打つのが分かる。
 
なに?
 
目をやると頭上に真っ黒な影と、鎌。
その刃が不気味な輝きをもって愛に迫る。
192 名前:後月 2 投稿日:2003年05月02日(金)11時14分04秒



それを避けることができず、鎌をまともに体に受け愛は倒れた。
痛みはない。ただ、何が起きたのか分からないという恐怖と混乱が胸に渦巻いている。
 
愛の手からはなれ、ボールはまたてんてんと転がってく。
 
足から崩れ落ちるようにうつぶせに倒れた愛の口から言葉が漏れる。
 
なに?どういうこと・・・?
 
その言葉を聴くことができたのはその黒い人影だけ。
急転する視界と付いた膝への衝撃で愛は自らの体が今崩れ落ちるさなかにあると理解する。
 
横倒しになった視界に映る灰色のコンクリートが急速に暗く、見えなくなっていく。
貧血でも起こしたのだろうか。
自分が倒れているという状況は認識できるものの意識は薄れ思考がまとまらない。
 
―保田さんに自分から一緒に帰ってくださいって言ってみようと思ってたんだけど・・・
193 名前:後月 2 投稿日:2003年05月02日(金)11時14分53秒




愛が倒れたことに気付いた友人たちが愛の元へ走り、あたりは騒然とした雰囲気になる。

その愛の体からふわり、と黄色の、丸い光が離れようとした。
宙をそっと漂い、上へ向かおうとしたその動きはあっさりとひとつの手によってさえぎられる。
闇をそのまま変じたような暗い影の手の中、ひよこ色の光はそこから逃れようとでもするかのように震え、明滅を繰り返す。
手が愛の魂を自らの腰につるした鏡に近づけると、光はそこへ吸い込まれるようにして消えた。


愛の名を呼ぶ叫び声の中、影は身を翻し消えた。

雨にうたれたボールは茂みの影に転がっていった。
194 名前:たすけ 投稿日:2003年05月02日(金)11時15分42秒
後月2終了。
195 名前:名無し 投稿日:2003年05月04日(日)20時28分29秒
うわーいきなりか!!
どうなったのか続き期待!
196 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月05日(月)00時26分10秒
同じく続き期待!!
197 名前:たすけ 投稿日:2003年05月08日(木)16時27分47秒
>>195 名無しさん
レスありがとうございます。
続きはできるだけさくさくと。
お付き合い、ありがとうございます。
よろしければこれからもよろしくお願いします。

>>196 名無し読者さん
レスありがとうございます。
続き期待の言葉に安心しました。よかった。
正直失敗だったかなーと思っていたので。

それでは十四日月更新します。
198 名前:十四日月 投稿日:2003年05月08日(木)16時32分30秒
朝日は窓から差込み、なつみの顔を照らす。
まぶしそうな顔をしたなつみは、布団にもぐりこみしばらくうなった後やっと身を起こした。

その体勢のまま枕元の鏡に目をやり、その表面に手を滑らせる。
「・・・おはよ、やぐち」
その姿が現れてもいないというのに新しい友人に挨拶する。

満月の次の日、勢いよく起きあがってみれば天気は曇り。
厚い雲に月が遮られ、やはり真里の姿は鏡に現れなかった。
その次の日は雨が一日中降り続いていた。
念のため遅くまで起きて鏡向かって呼びかけてみたものの変化は無かった。

ようやく訪れた今日の晴れ間に、なつみの機嫌は良い。
そのまま起き上がり制服をまとうと、母親に朝の挨拶をして食卓へと向かった。
199 名前:十四日月 投稿日:2003年05月08日(木)16時33分27秒



「あっれ?なっち、なんでいるの?」

偶然会った圭に朝の挨拶よりも早くそう言われ、なつみは膨れる。

「なんだよ圭ちゃん。なっちはここにいちゃいけないっていうのかい?」
ここ、なっちの通学路でもあるんだけど。

口を尖らせて、それでも目を笑みの形にして言うなつみに、圭は笑って返す。
「ごめんごめん、そういう意味じゃなくってさ。遅刻じゃないの珍しいからさ。でもさ、今日機嫌よさそうじゃない。なんかいいことでもあった?」

「へへー・・・ナイショ」
珍しい、のあたりでまた膨れかけた顔を笑みに崩し、なつみは答えた。
その笑みはほぼ一年ぶりとも言えるかげりのないもので、圭もそれにつられて満面の笑顔になる。

やっぱり、なっちの笑顔はいいんだよ。
そういう顔で、いつまでも笑っててよ。
200 名前:たすけ 投稿日:2003年05月08日(木)16時35分22秒
マフラーを翻し、なつみと圭はたわいもない話をしながら学校へと急ぐ。
正門まで来たとき、その雰囲気の妙な暗さにふたりの笑顔は収められ、不審な顔になる。
「何かあったのかな・・・?」
問うなつみに圭は首をかしげるのみ。
校門の前には教員の姿があり、その顔は暗く翳っていた。
生徒たちはその異様な空気に圧倒され、わけも分からないまま急ぎ足でそれぞれの教室へと散っていく。
「とりあえず、行けばわかるよきっと・・・」

語尾を濁し、ふたりはその後なんとなく無言で自らの教室へと向かう。
またいつもの無表情に戻ってしまったなつみの横で、圭は舌打ちしたい衝動にかられる。
せっかくなっちの機嫌よかったのに。

圭と別れ始業ぎりぎりの時間に教室へ入ると、担任が入ってきてすぐにHRが始まる。
なつみの前は空席だった。

隣の友人にこっそり声をかける。
「カオリ、休み?」
「わかんないけど、朝から見てないよ」
礼を言って元の姿勢へと戻ると、担任の声が耳に入った。
「今から校長先生からの放送があるから、よく聞くように」
201 名前:たすけ 投稿日:2003年05月08日(木)16時36分02秒
放送を待つ間、教室ではあちらこちらで私語が始まり、雑然とした空気が場を満たす。
なつみはなんとなく窓の外を眺め、めずらしいことだと休みらしい親友のことを思う。
けっこう繊細なところもある圭織だが学校への姿勢はまじめで、ほぼ無遅刻無欠席を誇っていた。

いろいろと珍しい日。

そう結論付けなつみが肘をつき、そこへあごをのせたところで放送が始まる。

退屈な朝の挨拶の後で、校長が告げたのは1年の生徒の突然死のニュースだった。
体育の途中で、どうやら心臓麻痺で死んだらしいその生徒への簡単な悔やみの言葉の後、全校生徒への運動前の準備の注意が続き、声は黙祷を促す。
教室の全員が顔を伏せ、気持ちはともかく黙祷の真似事をする中で、なつみは先ほどの校長の言葉を思い出していた。

―彼女の死を無駄にしないためにも―

無駄ってなにさ。
無駄になるような、無駄にできるような命や死なんて存在するのだろうか。
醒めた気持ちでそこまで考え、なつみは真里のことを思い出す。
202 名前:十四日月 投稿日:2003年05月08日(木)16時36分54秒


矢口ならなんて言うんだろ。
たくさんの死を見つめてきた彼女の意見を聞きたかった。
それに。
なつみはふと思い出す。

この学校の生徒を送る真里など、鏡の映像には出てこなかった。
鏡には映されなかっただけだったのだろうか。

「矢口・・・」
顔が伏せられているのをいいことになつみは唇だけでそうつぶやく。
なぜかとても真里に会いたかった。

合図に上げた顔には、次の授業をサボる決意がしっかりと表れていた。
203 名前:たすけ 投稿日:2003年05月08日(木)16時44分35秒
題などいろいろと失敗してしましたが十四日月更新終了です。
と、ここまできて今気づいたんですが十四日月は2がありますそう言えば。
すみません。
今回更新分、すべて題は十四日月1になります。

十四日月1、終了です。
次回は半月3。火曜までには更新予定です。
204 名前:名無し 投稿日:2003年05月11日(日)18時43分51秒
なっちだけが知ってる事実、それに対する死への思い。
変化していく彼女が楽しみです。
そして矢口との関係性も。
205 名前:たすけ 投稿日:2003年05月12日(月)15時57分44秒
>>204 名無しさん
レスありがとうございます。
なちまりながら一向に出会わない二人と進まない話ながらお付き合いありがとうございます。
もう、ほんのちょっとなんですが。
頑張って進めて参ります。

では更新します。半月3。それから十四日月2、幾望1。
206 名前:半月 3 投稿日:2003年05月12日(月)15時59分10秒
雨上がりの道の所々にはその名残の水たまり。
そこへ映り込んだ自分の顔は、普段よりも濃い目の隈と色の悪い唇のせいかひどく疲れて見えた。
圭織が先日の生徒、高橋愛の死を知ったのは偶然。
通学途中、バス停で会った友人からそのニュースを聞いたのだ。
彼女と家が近いというその友人は少し目を赤くしてその話を教えてくれた。

あの影のせいかもしれない。
そう思ったらいてもたってもいられなくなった。
自分が行っても何も出来ないし何も解らないだろう事は解っている。
それでも少しでも真相に近づければと、圭織はその少女の家まで行くことにした。
207 名前:半月 3 投稿日:2003年05月12日(月)16時00分13秒
晴れた青い空が葬式にふさわしいのか否か、圭織にはわからない。
愛の友人達はその青を仰ぐように、またその青を避け俯き涙にくれていた。
「愛ちゃん、愛ちゃん」
棺桶にしがみつくようにして号泣している少女の肩を、その友人と思われる少女が抱いてその場から離す。

「麻琴・・・」
号泣する友人の名を悲しそうに呼ぶ少女の目もまた赤い。
抱き合って涙する少女達の姿から目をそらし、圭織はもう一度空を仰ぐ。
この世で命だけは人に平等に与えられ、また平等に人はそれを奪われる。
死は唐突にやってくるものであり、明日などいつもあるものでは無い。
祖母の死と生まれ持った感覚でそれを知っていた圭織だが、こんな場面は胸が痛んで仕方がない。
長身のため目立つ自らの姿を電柱の影に隠し、必死で涙を堪えるのが精一杯だった。
208 名前:半月 3 投稿日:2003年05月12日(月)16時00分52秒

「カオリ・・・?」

いぶかしげな誰何の声に、弾かれるように圭織が振り向くとそこには見知った友人の姿があった。
「・・・圭ちゃん?」

互いになぜここに、という思いが名呼ぶ声ににじみ、疑問の形になる。
それを一足早く口にしたのは圭織だった。
運動はあまりしない圭がなぜか制服に包まれた肩を上下させていることに軽い驚きを感じながら問う。

「圭ちゃん、なんでここにいるの?」
その問いになぜか少しの居心地の悪さを感じながら圭は答えた。
「いや・・・高橋は実はちょっとした知り合いで・・・カオリこそ、どうして?」
圭織はその声にどう答えたものかと眉を寄せるとしばし悩む。
「あ、言えないんならいいけど」
それを気を遣い言葉を継いだ圭に圭織は軽く手を振る。
「ううん・・そうじゃないんだけど・・・圭ちゃん、後で話聞いてくれる?長くなるから」
圭織の勢いに少し押されたような形で圭はうなずく。
「・・・行かなくてもいいの?」
長身の友人は遠慮がちに高橋家の方を指さした。
目前ではもう霊柩車が発車しようかというところ。
209 名前:半月 3 投稿日:2003年05月12日(月)16時01分32秒
圭は少しためらうと首を振った。
「もういいよ・・・遅かったみたいだし。気持ちは、伝わったと思う」
間にあわなかったけど来たことはきっと無意味じゃないから。

自分の迷いを吹っ切るように圭は空を見上げた。
その目には紛れもなく死者を悼む悲しみの色が見てとれる。
「そっか・・・圭ちゃん、学校は?」
圭織が同じように空を見上げながら聞くと圭はぎくりと肩を揺らした。
「飛び出して来ちゃったし・・・今日はこのまま休む」
罰がわるそうに言うと隣の圭織が少し笑った。
「じゃ、さ。あたしん家でお茶飲んでかない?今日はたぶん家に誰もいないし・・・気持ちだけでもお弔いをしよう」
妙に生真面目な節で言われた言葉に苦笑する。
「お酒でものむの?」
からかい半分でかけられたそれにはまじめに首を振り、圭織は圭の手をとった。
「未成年でしょ、圭ちゃん!さ、さっさとカオリの家にいく」
なつみと妙に良く似た物言いに、やはり幼馴染だと圭は変なところで納得し手を引かれるままに圭織の後についていく。
自分の悲しみを察知し、それを紛らわそうとでも言うように強引に自らの家に誘ってくれた圭織の心遣いがただありがたかった。
210 名前:十四日月 2 投稿日:2003年05月12日(月)16時02分31秒




「やぁぐち・・・出て来てよ・・・」
鏡の表面に変化はない。
「やっぱだめか・・・」
なつみはいつもの壊れた温室に座り込んで鏡を日に透かす。
「昨日せっかく話せたのに・・・やっぱ夜じゃなきゃだめなのかぁ?」
きらきらと反射する光に目を細めながらなつみはひとりでつぶやく。
整った顔には鏡が反射する光が落ちている。
鏡を横の地面に伏せ、なつみはそのまま目を閉じた。

チャイムが鳴り響き、次の時間が始まった事をなつみに知らせる。

人が一人いなくなっても世の中は動いていくんだね・・・。
薄く目を開き横目で鏡を確認する。
ちょっとぐらいでてきてくれてもいいじゃんかよう。ケチ。

口を尖らせてそのまま寝る体勢に入った。
「矢口のばか・・・」
でもなんでなっちこんなに矢口に会いたいんだろう・・・?


誰かに名前を呼ばれたような気がして真里は周囲を見回した。
その後、腰に付けた名簿を確かめたのは昨日の教訓から。
名簿になつみの顔は現れてはいない。
211 名前:幾望 1 投稿日:2003年05月12日(月)16時04分52秒


どうしてあたしは生きてんの?
愛ちゃんになんにもしてあげられなかった。好きだったのに。好きだったのに。
あたしが、あたしだけが愛ちゃんが誰を好きか知っていた。
ここ数日、ふさぎこんでいたのも知ってきた。
なんで・・・なんであたしはそれをそっとしておこうと思ったのだろう。
あのときあたしが愛ちゃんに話を聞きに行けば良かった。
それを聞いて胸が痛くてもなんでもあたしは愛ちゃんを慰めたのに。
あたしの胸が痛んでも壊れてもかまわなかったのに。

最後の、チャンスだったのに。

あたし、愛ちゃんと最後何話したっけ?

―麻琴足速いねー
違う!
―昨日のドラマ見た?
違う!
―今日宿題してないよーやばいー
違う!違うよ・・・

「思いだせないよ・・・なんで・・・なんでだよぉ・・・」
笑顔、しかめた顔、驚いた顔。
いろいろ浮かぶのに。声も浮かぶのに。ほんの少し前のことすらもう思い出せない。
こうやってこの記憶たちも、いずれ薄れてしまうなんて。
212 名前:幾望 1 投稿日:2003年05月12日(月)16時05分29秒
「嫌だ・・・無くしたくないんだ・・・」
―ごめん、先行くね
―うん

思い出した。

「なんで・・・なんでだよ・・・」
なんて間抜けな受け答え。
「くっそぅ・・・」
なんであたしは生きてるんだよ。
拳を床にたたきつけると指の付け根から鈍痛が伝わる。
「なんでだよ!」
叫んでもう一回。腫れ始めた手の痛みのせいで先ほどまでには強く床に拳を打ち付けられない自分に無性に腹が立った。
あふれる涙が赤くなった手に伝い落ちる。
「・・・なんでだよ・・・」

いっそ言えばよかった。迷惑だったとしても好きだと伝えれば。
待っててくれるだなんてなんで思ったのだろう。
大学までなんて。
「あたしはただ逃げてただけだ・・・」
どこにもいない。
もう会えない。



もう、会えない。

213 名前:たすけ 投稿日:2003年05月12日(月)16時07分22秒
一気に更新で少しわかりにくくなってしまったかもしれませんが、半月3、十四日月2、幾望1、終了しました。

次回は幾望2になります。
214 名前:名無し 投稿日:2003年05月12日(月)21時46分37秒
むぅーーそれぞれの思いが交錯してますな。
正解なんてもんは無いんでしょうけど、彼女達の答えをゆっくり見つけていって欲しいです。
215 名前:たすけ 投稿日:2003年05月16日(金)16時56分11秒
>>214 名無しさん
レスありがとうございます。
感謝してます。
満月を経て月がまた欠けるころには彼女達の答えもきっと。

幾望2、小望月更新します。

216 名前:幾望 2 投稿日:2003年05月16日(金)17時02分07秒


かすかにドアが開き、部屋の中へ薄く細く外の明かりが入り込む。
「麻琴・・・」
呼ばれても麻琴は振り向かない。
幼い頃から訪ね慣れた暗い部屋には、その部屋の主が床の上に直に座り込んでいた。
その部屋の電気をつけようか躊躇って結局つけるのは止め、あさ美はそっと部屋の中へ入った。

「麻琴」
幾分強い声で再度名を呼ぶとわずかに首を振られた。
軽く顎のあたりでそろえられた髪が力無く揺れる。
こんな麻琴の姿は初めてで、あさ美は息をのむ。
「ねえ・・・」
そっとその肩にふれると顔を背けられた。
顔をのぞき込むようにもう一度強く呼びかける。
闇に慣れた目に、麻琴の姿は薄い闇にとけて消えてしまいそうに見えた。
「ごめん・・・ちょっと、ほっといて・・・」
217 名前:幾望 2 投稿日:2003年05月16日(金)17時02分39秒
小さく聞こえた声には生気が全く感じられなかった。
「だってもう2日もご飯食べて無いじゃない!おばさんも心配してるよ!・・・ね。ご飯、たべよ・・・?」

肩に置かれた手を振り払い、麻琴はあさ美の方を向いた。
その目は暗い。
「あさ美には関係ない!ほっといてって言ってるでしょ」
激高する、その顔にも力が見えないことに愕然とするがそれを押し殺してあさ美は切り札を口にした。
「関係なくない。・・・愛ちゃんは麻琴がご飯を食べなくてもかえってこないよ。愛ちゃんはっ・・・」

乱暴に肩をつかまれ強く押され、続きを口にすることはできない。
「やめてよ!わかってるよそんなこと!!そうだよ愛ちゃんはもう戻ってこないんだ!ねぇもうほっといてって言ってるじゃん!幼なじみだからって邪魔しないで!そんな筋合いないでしょ!」
218 名前:幾望 2 投稿日:2003年05月16日(金)17時03分34秒

あさ美は下を向き痛みを堪えるようにぎゅっと一度唇を噛み、また顔を上げる。
言い放った言葉に自分でもはっとした表情をした麻琴だが、それを隠すようにまたあさ美から目をそらし、力無くその肩を解放した。

「・・・あるよ」

静かな声と急に届いた光に麻琴はあさ美を見る。


部屋のドアが開かれ、そこに立つあさ美の顔は逆光となって麻琴にはあさ美の表情が見えない。

「どうしてかは言えないけど心配する筋合いあるよ。同情とかじゃなくて、友達だからとかでもなくて。・・・今は帰るけど・・・寝てるとき内緒でなんか流し込んででも食べさせてあげるから」

平坦な声で告げるとあさ美は扉を閉め去っていく。
また闇に包まれた部屋で麻琴は呆然と頭の中であさ美の言葉を繰り返す。

219 名前:幾望 2 投稿日:2003年05月16日(金)17時06分00秒
今は言えないという筋合いとやらのことも気にはなったが、それよりも。

「・・・内緒って・・・言っちゃったら全然内緒じゃないよ・・・あさ美」


あの声は多分本気。
今晩ものを食べなければ扉に鍵を掛けておいても彼女は計画を実行に移すだろう。
内緒、と言いながらもそれをきっちりと口にする生真面目さを思うと麻琴はすこしおかしくなる。



まるでタイミングを計っていたかのようにドアがまた開かれ、あさ美がまたひょっこりと顔を出した。

「ご飯、たべるでしょ?それからまた少し泣こうよ、麻琴。付き合うから」

・・・なんで?


「帰るんじゃなかったの?」
毒気を抜かれたような顔をして麻琴が問うとあさ美の形をした影は首を傾げた。

「気がかわったのと・・・麻琴がご飯、食べてくれるような気がしたから」
220 名前:幾望 2 投稿日:2003年05月16日(金)17時07分46秒
その優しい声に答え、麻琴は立ち上がる。

「・・・わかったよあさ美。食べる」

足下がふらつき、麻琴はようやく自分の空腹を自覚する。
白熱灯の温かい光が灯る廊下に出たとき、麻琴は隣に立つあさ美の頬を流れるものに気づいた。


「あさ美・・・泣いてるの?」
あさ美はその問いには答えず、流れる涙を右の手のひらで拭いて言った。

「・・・好きだったの?」

唐突な問いに麻琴は二、三度瞬きし、首を振りかけ、そして一瞬躊躇った後に小さく頷いた。
その麻琴を見やり、あさ美は小さく笑った。

「知ってた」

どこか唐突な話運びはいつもの事ながら、その内容に麻琴は唖然とする。

「・・・は?知ってたって・・・」

さして広くも長くもない廊下に二人立ち止まり、互いの疲れた顔を見つめる。

「だから、麻琴が愛ちゃんのこと好きだったってこと」

あさ美の真っ赤に充血した目と同じく赤い鼻を見つめながら麻琴は困惑の表情を見せた。

「え?え?あの・・・好きって・・・」
221 名前:幾望 2 投稿日:2003年05月16日(金)17時08分47秒

「友達とかじゃなくて、好きだったんでしょ?愛ちゃんのことが。ずっと見てたじゃない。だってわたしは麻琴のこと、見てたからわかるよ」

表情を動かさず当たり前の事を言うように淡々とあさ美は言い、呆然としている麻琴の手を取った。

「行こ。わたしもおなか空いたし」

大きな丸い目を微笑ませて、階段を下りていく。
その手に導かれながら麻琴はまだ困惑の渦の中にいた。

見てたって・・・?


ずっとよく知っていて、手のかかる、まるで妹のような友人が急に見せた大人の表情はまるで見知らぬ人のようだった。
違和感は拭えないが、決して嫌な感じでは無い。
自分の手を引くあさ美の後ろ姿をまじまじと見つめる。

・・・あさ美?

階下からはあさ美の姿を見た母親の安堵の声と共に、温かな食事のいい匂いが立ち上っていた。
222 名前:小望月 投稿日:2003年05月16日(金)17時09分58秒



日々は続いていくものだと思っていた。
当たり前に明日がきて、当たり前に大人になる。
しかしその認識は間違っていた事を喪失の涙と共に思い知った。
あたしもいつ死ぬかわからない。
あの人も。

涙を拭い、仏前に手を合わせる。
ずっと共にいた友人がこんな所に収まっているなんて信じられない。

だから宙に呼びかける。本当は、呼べば返事をしてくれるようにも感じている。
呼べば、隣の部屋から出てくる気がしている。
黒い縁に縁取られた写真を見ても、まるでなにかの冗談のようだ。

またあふれてくる涙を拭う。
愛ちゃん。愛ちゃん。
絶対、見ててくれると信じてる。
応援してくれた。優しくしてくれた。

だから、あたしは一人でもがんばります。
愛ちゃんが教えてくれたから。

新垣は、安倍さんに告白します。
見てて。

223 名前:たすけ 投稿日:2003年05月16日(金)17時10分57秒
幾望2、小望月終了しました。
224 名前:名無し 投稿日:2003年05月16日(金)21時58分36秒
あー泣き出しそう。
aikoのアスパラって歌を思い出しました。
225 名前:たすけ 投稿日:2003年05月20日(火)18時01分31秒
>>224 名無しさん
レスほんとうにどうもありがとうございます。
aikoの歌かわいいですよね。アスパラとはちょっと季節ちがっちゃうんですけれど、よかった。
うれしいです。

では十五夜、更新します。
226 名前:十五夜 投稿日:2003年05月20日(火)18時02分30秒
「何があっても、やっぱかわんないんだねぇ・・・」

一人つぶやいて見上げた空は灰色。

どんよりと雲が厚く重なった空は今にも泣き出しそうに見えた。

寒さに身をすくめながらなつみは一人通学路を急ぐ。

 

今日は矢口に会えそうもないなぁ・・・。

一つため息を大きくつく。

教室を見やると窓際の席に圭織の姿が見えた。

なぜか思い詰めたような横顔を見てなつみは首を傾げる。

あんな圭織の顔は久々に見る。

そう、彼女の祖母が死んだ時に一回見たきりだ。

 

「カオリ・・・?」

思わず小さくつぶやいたなつみの声が聞こえたかのように彼女はこちらを向くと、笑って手を振った後自らの腕時計を指さし、眉を軽くつり上げてみせた。

それに肩をすくめて応えるとなつみは足を早める。

脳裏からは先ほど見た圭織の横顔が離れない。

笑って手を振る前。

 

なっちになんか言いたいことがあるんだね、圭織。

 

昔からなにか言いたいことがあると圭織は人の顔をじっと見つめ、その目で語る癖があることをなつみは知っていた。

 

どうしたのさ・・・。

 

教室の窓にはもう圭織の姿は見えなかった。

227 名前:十五夜 投稿日:2003年05月20日(火)18時03分28秒
「ねぇなっち」

教室へ向かうとなつみに圭織が話しかけてくる。

「今日・・・なっちの家に泊まりにいっていいかな?」

 

言いよどむかのように語尾をふるわせる圭織になつみは眉を寄せ考え込む。

 

まず思い当たったのは真里の事。

鏡が騒ぎ出したら圭織になんと説明したらいいのだろう。

昔からただならぬ気配に敏感だった圭織の事に、なつみは余計に心配だった。

 

矢口です、って紹介してもなぁ・・。

幼なじみにすべてうち明ければいいのかもしれないが、なぜかなつみは気が進まなかった。

 

とりあえず窓の外を見上げる。

今日の予報は曇り。

月が出ているときにしか鏡は騒ぎ出さない。
228 名前:十五夜 投稿日:2003年05月20日(火)18時04分20秒
「だめ?なっち」

「んー・・・いいけどなんで?このごろそんなこと無かったじゃん」

 

なるべく軽く響くよう聞くと圭織はそれに肩をすくめ答えた。

「今日家に誰もいなくなるんだ。たまにはいいでしょ」

 

確かに昔はよく互いの家を行き来していた。

それに、なつみも先程の圭織の表情が気にかかる。

 

なつみはもう一度窓の外を確認し、頷いた。

 

「ん、いーよ。おいで」

「ありがと」

 

笑顔になった圭織だがその顔にはやはり疲れとかげりが見られる。

なつみはそれにそっとため息を付いた。

 


229 名前:たすけ 投稿日:2003年05月20日(火)18時07分16秒
少なく、しかも1が抜けて申し訳ないんですが十五夜1更新しました。

次回は望です。
230 名前:名無し 投稿日:2003年05月20日(火)21時05分57秒
ぬぉーー!微妙な二人!!何を言う気なんだ!
行間が読ませますね。
231 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)22時40分52秒
矢口です、って紹介してるところを想像して、おもわず顔がニヤリと(笑
続きが楽しみです。
232 名前:たすけ 投稿日:2003年05月23日(金)17時19分31秒
>>230 名無しさん
レス、ありがとうございます。
何を言うかと思ったらまた場面が変わっていたり・・・。
行間、好意的にとっていただけてよかったです。

>>231 名無し読者さん
レスありがとうございます。
「矢口です」本当は言ってもらいたい・・・(笑
ほんと、感謝です。

では更新します。望。
233 名前:たすけ 投稿日:2003年05月23日(金)17時21分05秒
もう、冬も半ばにさしかかる。

うららかな冬の日差しの差し込む教室では、数学の教師が黒板に向かい数式の説明を行う声が響いている。

 

あれから2年と少し。

見つめる先の彼女の時間はまだ止まったまま。

 

梨華が報いの少ないバイトを始めて1年がすぎようとしていた。

 

少し前の彼女との出来事をぼんやりと梨華は思い出す。

初めて口を少し緩ませ、笑顔らしき物を見せてくれた彼女。

その顔を思い出し、梨華は笑みをもらす。

背で髪が揺れる。

 

吉澤ひとみ。

それが彼女の名前。

 

矢口真里。

それが梨華の想い人が囚われている人の名前。

234 名前:たすけ 投稿日:2003年05月23日(金)17時23分32秒
真里は校内でも金髪と小さな体で有名で、梨華もその名をよく知っていた。

先生に何を言われようとも自分のポリシーを貫いていた彼女。

ひとみとは家が近かったらしく、一緒にいる姿をよく目撃されていた。

 

事故の時、彼女はその小さな体で自らの後輩をかばったらしい。
らしい、というのは人づてにきいた話だからで、学校側からは何の説明も無かったのだが。

 

自らも傷を負い血を流しながらも呆然と現場に立ちすくむひとみの姿は幾人かに目撃されており、見る者にも彼女のその悲しみを伝えるに十分だったらしい。

しばらくして学校に戻ってきたひとみに、クラスメイトをはじめ関係者は皆同情的だった。

腫れ物をさわるかのように彼女に接した周囲を空気でも見るかのようにひとみは扱い、そしてひとみは孤高の存在となった。

 

校庭にはそのひとみの姿。

ひとみのクラスは体育らしく、校庭では持久走が行われておりひとみもクラスメイトにまじり白い息を吐きながら校庭を走っている。
茶の髪が風になびくのを見ながら梨華は一つ大きくため息をついた。

どうして好きになったんだっけ・・・


そう、あれはたしか5月。
その日、梨華は校門でひとみを見かけた。

ひとみが突然髪を金に近い茶に染めて登校して来た、その日。

校門でそれを見とがめられ、しかし頭を下げるでもなくひとみはただ黙って教師の注意を受けていた。

同情と困惑、好奇心の入り交じった目の中で、彼女はただ立っていた。


梨華はそれをうらやましいと思った。

235 名前: 投稿日:2003年05月23日(金)17時25分01秒
梨華はクラスでも目立たない、地味な生徒だった。
中学時代、その整った容姿から他の学校の生徒から告白をされ、クラスメイトから嫌がらせを受けて以来彼女は目立つことを避け人の目を気にして生きてきた。
周囲の注目を受けても、陰口をたたかれても同情されても頭をあげている彼女。

関心を一身に集めても堂々と、それを気にしない彼女。

それは梨華にまぶしく映った。
そう、けれどそれだけで吉澤さんが好きになったわけじゃないんだよね・・・

教師による説教が終わり、周囲の空気が緩み生徒達が興味をひとみから他へと移したその後。
ひとみは一瞬上空を見上げ、春の日差しに自分の髪を透かしかすかに顔をゆがめたのだった。

透けたその色は金。
彼女が目の前で無くしたその人の髪の色。
236 名前: 投稿日:2003年05月23日(金)17時25分58秒
その顔を見て梨華はひとみに囚われたのだった。

同情ではない。

その顔を自分が笑顔に変えられたらと願ったのではない。

ただ・・・ただ、梨華はその顔が忘れられなかった。
それだけ。

 
梨華はその日からひとみを見つめるようになった。

自分のバイト先にひとみが現れると知った時は自分から願い出てシフトを変えてもらった。
 
想いを告げるわけでもない、仲良くなろうと願うでもない、ただ見つめるだけのその想い。

バイト先の店内でひとみの視線を追うたびに胸が締め付けられるような痛みを覚えても、梨華はひとみを見守り続ける。
 

救いたかった。

自分にそれがかなわないなら誰かにひとみを救って欲しかった。

237 名前:たすけ 投稿日:2003年05月23日(金)17時28分28秒
もうものっすごい勢いでミスっております。まさに鬱。

とはいえ望、終了しました。
あああ。せっかくだったのにやってしまった感が。
次回より気をつけます(泣
238 名前:名無し 投稿日:2003年05月23日(金)21時10分13秒
こういう犠牲的な所が石川さんっぽいです。
239 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月29日(木)00時46分15秒
長編は、好きだぞぉーー!
240 名前:たすけ 投稿日:2003年05月29日(木)18時01分54秒
>>238 名無し さん
レスありがとうございます。
石川さん結構好きですので嬉しいです。
しかしいつまでも犠牲ではいけませんので・・・どうでしょう(笑
そろそろ吉澤さんのお話も近づいてきましたし、早いうちになんとか。

>>239 名無しさん 
レスありがとうございます。
あの、もしかして・・・じゃもう1回(笑 レス、ありがとうございます。
よかった。長編好きと言ってくださってほっとしております。うれしいです。
えと・・・短編も好きと言っていただけるよう、頑張りまっす。

では十五夜2、更新します。
241 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時03分29秒



その後二人はなつみの家に圭も誘ったのだがそれは都合が悪いと断られた。
二人でにぎやかに夕食の支度をし、食卓につく。

「おじさんとおばさんは?」

問われるとなつみは困ったように微笑んで見せた。

「お父さんとはもう何日も会ってない。お母さんには圭織が来ること伝えたんだけど・・・なんか用があるらしくて今日は遅くなるって。いただきます」

言ってはしをとるなつみに合わせ圭織も前に置かれたはしを手に取る。

「いただきます。たしかおばさんも仕事始めたんだっけ?」

安倍家から怒鳴り声は絶えた。
その代わりに家庭に訪れたのは冷たく孤独な静寂だけ。

夫婦、顔を互いに合わせなければ怒鳴り合う事もない。
近所ではもう別居間近との噂が流れていた。


「そう。あ、カオリこれおいしい」

圭織が作った煮物をつつきなつみが笑う。

そういえば、昔はよくおいしいと声に出して本当においしそうにものを食べていたなつみだが、近頃はそんな事も無くなっていた。
242 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時05分16秒

「さんきゅ。・・・ところでさ。なっち、このごろ変わったことない?」

そっと伺うように聞くとなつみは首を傾げた。

「無いよ。なんで?」

明るく即答したなつみに圭織は少し考え込むような顔をして口を閉じる。

「勘、かなぁ・・・なんか不安でさぁ・・・」

さんざん悩んでそれだけ口にした圭織を気遣うようになつみは笑う。

「カオリの勘、昔から当たるからねぇ・・・けどなんも無いよ。大丈夫」
「そう?・・・でも気を付けてて」


それだけしか圭織には言えなかった。
いくら幼なじみとはいえ祖母に見たのと同じ、なつみの背後に黒い影が見えることがあるなどと簡単に切り出すことは出来ない。


あまりにも不吉すぎる。



幼い頃から圭織がそういうことを口にすることはよくあった。

見えるんだもん。

昔そう言った小さな圭織を思いだし、なつみは神妙に頷いた。
圭織の勘はあたる。


「なっち・・・あたし、なっちを信じていいんだよね・・・?ほんと、大丈夫だよね?」


唐突とも言える友人の言葉に胸をつかれた。
243 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時06分48秒

ごめんね。
カオリ、その勘大当たりだよ。

なんかなんて・・・あったよ。大あり。

しかしいくら幼なじみとはいえ死神に会った、死神と話ができるなどと言える訳が無い。

「うん」

疑われないよう、深く頷いておいたが心が痛んだ。
圭織の顔はまだくもったままだった。
やはりなにかが見えるのかもしれない。



「おばさん達いなくてさみしくないの?」

重くなった空気を変えるように圭織が聞くとなつみは首を傾げた。

「んー・・・もう慣れた。昔からそうだもん。それに・・・父さんも母さんも会わない方がお互いに幸せかも」

話題が変わったことにほっとしながら何でもないことのように言うと、なつみは煮物をまた口に運んだ。

「おばさん元気?」

反対に聞かれた事に圭織はあわてて答える。

「元気だよ。なっちにたまには顔を見せてって伝えろって」

圭織の両親は今日二人で一泊の旅行に出掛けた。
仕方がないことなのだがそんなことすらなつみに悪いような気がして、圭織はほんの少しの居心地の悪さを味わう。

互いの居心地の悪さを紛らわせるように二人は学校のたわいもない話をして夕食を終えた。


「じゃ、先お風呂借りるね」

244 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時07分51秒
言い残して去った圭織を見送り、なつみはそっと自室の窓にもたれ夜空を見上げた。

「やばい・・・」

一声うなると鞄から鏡を取り出す。
空に輝くのは細い三日月。
そう、いつもだとこの時間に・・・

「やぁっぱりー」

なつみはベッドに突っ伏す。
鏡の表面には真昼の病院の映像と、そこを見下ろす真里の姿。

まずい。
やばい。

昔から圭織の入浴時間は長い。
それまでに鏡の中の真里の仕事が終わる事を願うしかない。


「今日曇りって言ったのに」

予報に悪態をつきながらも扉の外に耳をそばだてつつ鏡の中の真里を見守る。

真里が見ているのは一人の老人だった。

彼は病院の中庭のベンチに腰掛け、穏やかな顔をして周囲で遊ぶ子供を見ていた。
見たところ彼は入院患者ではない。

真里は腰に付けた名簿を確認すると静かにそこへ舞い降りた。
245 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時09分12秒

『本人と確認』
その後、大きな声が響き渡る。

『おじいちゃん!どうしたのおじいちゃん』

響く声になつみは扉の外をうかがう。
まだ圭織の気配はない。
安堵のため息をもらし、なつみは再び鏡に向かい合う。


事態は急激に変化していた。
穏やかな顔をした老人は倒れベンチからずり落ちており、付近の看護婦が駆けつけると老人は病院へ向かって搬送されていく。

真里はその様子を離れた所からじっと見つめていた。



「なっちー」

その時圭織の声がなつみの耳に届いた。

「はぁい!!」

いつもよりも甲高い声が自らの喉から漏れる。

「バスタオル貸してー」

月がでていることに動揺していたため、圭織の為の来客用のバスタオルを出しておくことを失念していた。
なつみは、先程の自らの声と合わせてその事態に苦笑し、あわてて浴室へと向かう。
246 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時10分24秒
真里の事は気にはなったが圭織の元へ行くので鏡は置いてきている。

「ここ置くね」

返事も聞かずにタオルを置くとなつみは急いで部屋へ駆け戻る。


鏡の中では真里と老人が会話をしていた。

『死にたくない』

そう言って老人はベッドの上で首を振っていた。

周囲で忙しく働いているはずの医者達はそのままの姿で固まっていた。

『なんでっていっても、死にたくなくても、貴方は今日が寿命なの。それだけは変わらないんだ』

鎌を右手に引きずるように携えた真里はそう言うと鎌を右肩に担ぎ直す。

『どこか悪いだなんて言われた事はなかったじゃないか。死ぬわけにはいかないんだ、わしが死んだら会社はどうなる』

その言葉に真里の口からはため息がもれた。

『さっきからそればっかだけど貴方はいつまでも生きてるわけにはいかないのはわかるでしょ?人はいつかは死ぬんだし。それが貴方にとっては今日の事なの。それは変わらないから・・・ごめん、なさい。あきらめてください』

説得はまだ続く。
長引きそうな予感を感じてなつみの顔から血の気が引いていく。
247 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時11分26秒
やばい。
もう圭織がお風呂から出てくる。

『ああ、もう時間だし』

そう言って真里は鎌を肩あたりまで持ち上げた。

『時間がありません。申し開きは後でなさってください。強引な手段をとってしまうことをお詫びします。死神、矢口真里。あなたの魂を送らせて頂きます』

『待て!ちょ・・・』

横たわった姿勢のまま手をあげかけた老人めがけ真里は鎌を振り下ろした。

『ひと・・・ごろしっ』

最期に聞こえた声に真里はきつく目を瞑る。

いつものように舞い上がる丸い魂を追う事もせず、処置室の白い床へずるずると座り込んだ。


「なっち?」

ノックの音が響き、なつみの部屋を圭織が覗く。
それに肩をふるわせてなつみは振り返った。

「どうしたの?顔色悪いよ?」
248 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時12分24秒

その圭織になつみは鏡を座っていたベッドのシーツの影に隠した。

「大丈夫だって」
『おじさん・・・ごめん』

声が響きなつみはびくっと飛び上がった。

「なっち?」

今度こそ圭織はなつみのそばに寄り、その額に手を当てる。
「カオリもお風呂上がりだからわかんないなー」

首を傾げている圭織におそるおそる聞く。

「今、何か声しなかった?」
「んーん。聞こえなかったけど」

嘘だ。あんなはっきりした声が圭織に聞こえなかったはずは無い。
249 名前:十五夜 2 投稿日:2003年05月29日(木)18時13分24秒


覚悟を決めてなつみは先程隠した鏡を取り出した。

「これ見て」

不審げな顔をしながら圭織は鏡を受け取り、それを覗き込む。

「これがなに?普通の鏡じゃん」

あわててなつみが覗き込むとそこにははたしてまだ真里が鎌を生きずるようにして座り込んでいた。
その姿はなつみが見守る中やがて消える。

「ほんとになっちどうしたの?」
「んー・・・うたた寝してたから寝ぼけてたみたい」

その後もしつこくなつみの体調を気遣う圭織をごまかし、なつみは浴室へと向かった。

圭織にも見えないものがどうして自分に見えるのか、なつみにはわからなかった。
250 名前:たすけ 投稿日:2003年05月29日(木)18時14分19秒
十五夜2、終了です。
次回は不知夜月になります。
251 名前:名無し 投稿日:2003年05月30日(金)12時59分46秒
安倍の影が矢口との関係にどのような影響を齎すのかとても楽しみです。
矢口の悲痛さが伝わってこっちまで痛い…。
252 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月01日(日)21時33分39秒
うわー…。すっげぇ、せつないっす…。
なっち!矢口を救ってあげて!
253 名前:たすけ 投稿日:2003年06月02日(月)17時15分59秒
>>251 名無し さん
レス、ありがとうございます。
影。影は一応白道の謎のつもりなので楽しみにして頂いて嬉しいです。

>>252 名無しさん 
レス、ありがとうございます。
せつないっすか。ありがとうございます。ほんと。
でも矢口さん、まだきっと・・・。

それでは更新いたします。

不知夜月。
254 名前:不知夜月 投稿日:2003年06月02日(月)17時19分08秒


ふと、隣のぬくもりがなくなったことに気付いて目を開ける。

目を開けると、その目を射るようにさす月光。

あたしが背を向けた色。

苦い思いが胸をよぎる。

それに縁取られようにして目に入るのは白い肩、光にとけてしまいそうな金髪。

「みっちゃん?起きたん?」


こちらを向いたその目は漆黒。
夜の闇よりももっと深い、瞳孔すら見えないその鏡のような表面に映るのは妙に悲しそうな顔をした自分の顔。

みっちゃんと呼ばれた女、平家みちよはせめてその漆黒の瞳に映るあいだだけはと、その口元を笑みの形へと引き上げる。
なんとか微笑むと相手も口元を吊り上げてくれた。

金の髪が揺れ、漆黒の瞳が細められる。温度のない微笑み。
その顔をみちよはどこか悲しい思いで見つめる。

この顔を見るとみちよはいつも思い知らされる。この人の愛はここにはない。

 
「ちょっと目が覚めてしもただけ」

みちよが搾り出した声は掠れていた。

「そうなん?起きんと思って油断しとったわ」

いたずらっぽく言って、整った顔をくしゃりと崩し子供のように笑う。

255 名前:不知夜月 投稿日:2003年06月02日(月)17時21分30秒
ああ、あたしはこの笑顔にやられたんや。

普段はカラーコンタクトに隠されている深い闇の、罪の色に染まった瞳とそれに負けない強い光。
誰にも境界を侵させない刃のような冷たさ。
金に染められた髪は、その罪の色を隠すためだと聞いた。

白い頬に手を伸ばすと漆黒の目は細められた。

「あんたの目もあたしと似てきたな」

うれしさに顔が緩むのがわかる。

「そんなうれしい顔することとちゃうよ」

呆れように笑うその顔がうれしかった。

だって姐さん。あたしの中に、あんたの色があるんやで?


「罪の色なんやで?隠すのも面倒やろうに」


その色が罪だろうとなんだろうと。
この人があたしを愛してなかろうと。


あたしはそれがうれしかった。
この瞳を見るたび、あたしはこの人を思い出せる。

姐さんもいつか、その目の色を見てあたしを思い出してくれるんやろうか。

 

愚かやと思っても、誰にののしられようとも。

あたしは、今、ここにこの人がいること幸せになれる。

それが真実。

 

「そろそろ行くわ」

羽織った白いシャツの背中に声をかける。

「気ぃ、つけてな」

髪をかきあげて身支度を確認する、その顔はこちらを向かない。

「みっちゃんも気ぃつけて。じゃあな」

ヒールの音が遠ざかる。

「次は、いつ来てくれる・・・?」

 
吐息にまぎれさせたみちよの声は、扉の閉まる音に跳ね返された。

「ふふ・・・」

 
空々しく響いた笑い声は、あの人のいないこの部屋に似合いのように思われた。

256 名前:たすけ 投稿日:2003年06月02日(月)17時25分52秒
用があるので、短いのですがここまで。
不知夜月、終了です。
次回は十六夜。
明日かあさって更新します。
257 名前:名無し 投稿日:2003年06月02日(月)18時45分01秒
ふーむ、また世界が広まった。
この世界がどの様な形で使われていくのかが楽しみです。
258 名前:たすけ 投稿日:2003年06月03日(火)17時00分20秒
>>257 名無しさん
レスありがとうございます。
なかなかつながらない話を見放さずにいてくださってありがとうございます。
気持ち的にやっと半分あたりに差し掛かった気がします。
これからもよろしくお願いします。

更新します。十六夜 1。
259 名前:十六夜 1 投稿日:2003年06月03日(火)17時03分41秒
名簿に映ったのは40代後半の男の姿と病院だった。

看護婦からもれ聞こえてきた話によればこの男には家族も無く、見舞う客もないらしい。

会社に尽くして過労から病に倒れ、家族も友人もなしに、孤独に病院で死ぬ。
その彼の人生を思い、真里は悲しく瞳を伏せた。

家族もなしで・・・。

それまで座り込んでいた彼の病室の片隅から腰を上げると、真里は右手を伸ばした。
そこに鎌が現れる。
 

矢口もいっしょだよ。
わかんないんだ、家族って。
皆が持ってるものだから、矢口にも家族はいただろうっていうあやふやな知識でしかない。

愛されてたかどうかすらわからない。

矢口の家族はまだどっかにいるのかなぁ・・・矢口を覚えていてくれるのかなぁ・・・。


鎌は小さな真里の手には相変わらず重い。
その重さが真里には今から命を奪う彼の孤独と真里自身の孤独の重さのように感じられた。

感傷を振り切るように真里は鎌を大きく一度振る。
動きに、彼が気づいたようだった。
260 名前:十六夜 1 投稿日:2003年06月03日(火)17時04分48秒


「・・・君は・・・?」

細い、今にもとぎれそうな声。
それだけ話す間にも呼吸の音がひゅーひゅーと漏れる。
 
彼の体力はもう限界のようだった。

「死神、矢口真里です。貴方の魂を、送りにきました」
 
大きなその鎌を横たわる彼にも見えるように掲げる。

「・・・死神?」

ベッドの横に歩いていく。
横分けにされた髪はしっかりとなでつけられて、脇に置かれた縁なしの眼鏡はよく磨かれており、彼の性格を物語っていた。
 
真里は腰に付けた名簿で彼の顔を確認する。

「本人と確認」
 
腰の名簿から手を離し、その澄んだ瞳を男に向けた。

「そうです。貴方は今日死にます。私があなたを送りにきました」
 
その言葉に男は大きく目を見開き、一瞬真里の方に手を伸ばしかけ叶わず、やがてその手を力無く白いシーツに落とした。
 
やせ細り筋張った男の手が小さな音をたて落ちるのを真里はじっと見ていた。
261 名前:十六夜 1 投稿日:2003年06月03日(火)17時06分48秒


「そうか・・・」

どこか黄色く濁った目を光あふれる窓の方に向けると、彼は激しく咳き込んだ。
真里は手に持った鎌を強く握る。
 
「君がなんだろうとかまわない。殺すなら殺してくれ」

肩を激しく上下させ、吐息とともにそれだけを力無く口にすると男は目を閉じた。

「殺すって・・・」

一度反駁しかけ、真里は力無く肩を落とした。


ひとごろし。


先日送った老人の言葉を思い出す。

そうだ。矢口達の仕事は、死に行く人達にとってはそういうものだ。
そういうこと、か。
 
整理された周囲、軽くふけの浮いた頭にシーツの上からでも見て取れる細い体。

落ちてきた自らの金の髪をかきあげると真里は男に一礼した。
 
もう、疲れた・・・。

 
弧を描き鎌が静かに上がる。

窓からあふれる白い光に、鎌が放つ光は不自然だった。
262 名前:十六夜 1 投稿日:2003年06月03日(火)17時07分38秒







縛り付けられていた病室から木々の揺れる中庭へ、光あふれる青空へ。
漂い、生前よりもよほど楽しそうに自由に浮かぶ魂を追って真里は浮かび、彼の病室を振り返る。
磨かれた眼鏡が、静かに光っていた。
 
その光から目をそらす。
ねぇ、なっち。なっち。
なっちも矢口があの人を殺したって思う?
 
右手の鎌を消す。
訪れる空虚な開放感。
 
矢口は何もないあの人から、あの人の持ってた最後の持ち物を奪ったような気がする。
胸が痛い。痛いよ。
 


真里は髪を揺らし、両手に顔を埋めた。

なっち。なっちはどう思う?

263 名前:たすけ 投稿日:2003年06月03日(火)17時13分04秒

十六夜 1終了です。
2まで今日いきたかったんですけど時間がなくなってしまいました。
連日のちびちび更新、ごめんなさい。

できれば明日かあさって、金曜までには更新予定です。

264 名前:名無し 投稿日:2003年06月03日(火)23時44分59秒
うわぁぁ〜〜ん!
早くなっちと矢口が出会えますように。
265 名前:たすけ 投稿日:2003年06月05日(木)17時09分03秒
>>264 名無しさん
レス、ありがとうございます。
こういうレス、かなり嬉しかったり。
いや、どんなレスでもほんっとうに心から嬉しいんですけれど。
これからもさくさくしっかり進めて参ります。

それでは更新いたします。
十六夜、2。
266 名前:十六夜 2 投稿日:2003年06月05日(木)17時10分33秒


「矢口・・・?泣いてるの?」
 
なつみは鏡の縁をきつく握り小さくつぶやく。

だって・・・なんだよ。そんな人たちの為にそんな悲しい顔しないでいいよ。そんな顔しないでよ!
 
「矢口・・・」
 
きしむような声で名前をつぶやくと応答があった。
 
「なっち?」
 
その声が響くとなつみは大きく目を見開き、あわてて室内を見回す。


何かに気づいたように顔を上げ窓際まで駆け寄ると、一息にカーテンを開き冷たい窓に手と額を押し当てた。
吐息で白く曇る窓を透かして見えるのは、大気の揺れに従い瞬く星と、白く輝く満月。
餅をつくうさぎの姿に例えられたその影を一瞬呆けたように見上げると、なつみは再度聞こえた声に返事をした。

 
そっか・・・今日は満月なんだ。
 

「なっち・・・?」
「矢口!矢口!」
 
机の上に放り出したままの鏡を手元に持ち上げ、のぞき込むようにそこに映る者の名前を呼ぶ。
267 名前:十六夜 2 投稿日:2003年06月05日(木)17時14分07秒

「なっち・・・?どうしたの?」
 
映る真里の表情はいぶかしげだったが静かで、昼間の影は見あたらない。
なつみはあふれようとしている涙をとどめようと目元を軽く押さえた。
 
真里はなぜか悲しい声で自分の名を呼んだなつみを気遣う。

なつみの丸い大きな瞳には涙がたまり、それでもこちらに微笑もうとする顔は今にも泣きだしそうに見えた。

「だって・・・だって」

整った顔をゆがめて今日の真里の昼の仕事のことを語るなつみの頬を、途中から涙がぬらしていた。

聞けば、先ほどその光景を見たという彼女に昼間の疑問を真里はそっと唇にのせる。

 
「どうおもった?」

 
その声は自分でも驚くほどか細く、小さく聞こえ真里は恥ずかしそうに肩をすくめた。

「え?」
「だから・・・矢口、生きてる人から見れば人殺しなのかな?」
 
声に出してしまえば自分の言葉は重く、真里はなつみと眼を合わせていられなくなりその眼を逸らす。
 
空に輝くのは丸い月。
凍えた大気は清浄に澄んでおり、本当ならばこの場所はひどく寒く感じるのだろう。

死神になってからは寒さ暑さを体感しなくなったが、足下を通る人々は皆寒さに肩をすくめ歩いている。
268 名前:十六夜 2 投稿日:2003年06月05日(木)17時15分58秒


「違う」


名簿から小さな声が聞こえ真里は名簿に眼を戻す。
そこには白い頬を赤く染め、涙をふくなつみの姿があった。
 
「違う」

もう一度つよい声で繰り返し、なつみはまっすぐ真里を見据えた。
濡れた丸い黒い瞳は今日の月のように輝き、真里の目を奪う。
 
「矢口。おじさんは孤独だったと思うけど・・・おじさんの幸せがなんだったかわかんないけど、おじさんは矢口に送ってもらえて幸せだったとなっちは思う」
 
言葉の途中で少し視線を揺らがせたがなつみは最後まで真剣な声で言い切った。
 
「どうしてそんな事が言えるの?」
 
その迷いのない声に真里はいらだちを込めて言い返す。
なっちはあの人の何を知ってるんだよ!矢口の何を知ってるんだよ!
 
「だってあの人は最後、ひとりじゃなかったよ」
 
真里の激高したような声とは対照的な声。

静かなその声は真里の心に素直に入り込んできた。
269 名前:十六夜 2 投稿日:2003年06月05日(木)17時17分52秒

虚をつかれたように黙り込む真里になつみは言葉を続ける。
 
「寂しそうでも最後は一人じゃなかったじゃない。矢口はあの人の死を悲しく思ってあげたんでしょ?なっちにもわかったんだもん、あの人にわかんないわけないよ。おじさんは死にたくなかったのかもしれないけど・・・それは、矢口のせいじゃない」
 
緩く首を振り、真里は自分の顔を手で覆った。


やぐちのせいじゃない。


そう・・・ずっと、そう言ってもらいたかったんだ。
だれかに。
 
死んで、あの世にいくはずなのになんでか未練があって人の死を代償にしてこの世にとどまってる、罪悪感はいつも拭えなかったんだ。
しかも矢口は持っていたはずの、その未練すら覚えて無くて。

それでも矢口は人を送ってここにいるんだ。
 

「死にたくないって・・・聞くたびに辛かった。だって・・・矢口は死んだのにここにいるから。この人たちを送って、ここにいるから」
 
「うん」
 
「大事な事思い出せなくて怖くて・・・いままで送った人達の中に家族や友達がいるんじゃないかって・・・」
 
「うん」
 
「ほんとは、そう言ってほしかったんだ・・・矢口のせいじゃないって・・・ずっと」
270 名前:十六夜 2 投稿日:2003年06月05日(木)17時20分15秒

泣きたくて、でも涙がないから泣けなくて。

かわりに言葉に出来ない思いも伝わるといいと、真里はなつみの顔が映る名簿に額をつけた。
 
至近距離で優しい声が響く。

「矢口のせいじゃない。誰がなんて言ってもなっちはそう思うよ。だから・・・もう矢口、そんなに悲しまないでよ。なっちも悲しくなるよ」
 
真里は祈るように目を閉じる。

「ありがと・・・ありがと、なっち・・・」
 
鏡向こう、床に直に座り込んでいたなつみも真里と同じように手に持った鏡を額に寄せる。
感じるのは冷たく硬い感触。
 
そのままなつみも目を閉じる。
かすかな声が聞こえた。
 

「会いたい。あいたいよ、なっち・・・」
 

目を一度驚きに大きく見張ったなつみだが、やがて目元を緩ませ笑った。

「じゃあさ、会いに来いよ矢口。それとも・・・やっぱ来れないの?」

笑いをにじませた声に真里も目を開き、至近距離で見つめ合う。
 
「わかんない・・・なっち、どこにいるんだよ?それがわかんなきゃ会いに行けるわけないじゃん」
 
やっと笑顔を見せた真里が嬉しくてなつみは笑みを深くする。

「えっと・・・」

なつみが住所を告げると真里は顔を輝かせた。

「近いよ!会えるよそこなら!ぎりぎり矢口の担当地区だよ!待ってて!今すぐ会いに行くから!」
271 名前:十六夜 2 投稿日:2003年06月05日(木)17時21分45秒
スタッカートだらけの弾んだ声を残し、真里の姿が鏡から消える。

そのかわりに映るのは揺れる夜空と時折映り込む満月。
どうやら空を移動しているらしい真里の様子になつみは苦笑する。

「矢口・・・そんな急いで待っててって・・・」
 
自分で言ってはたと気づく。
待ってて・・・?
 
「って今から矢口が来るってこと?!」
 
部屋着姿の自分をあわてて見直し、前髪をなおしたりそうも乱れていない襟元をチェックする。
机の上の本を無意味に直し、脱ぎっぱなしの制服をハンガーに掛けるとすることは無くなった。

それでもなつみはベッドの上に座り直したり部屋の中をうろついたりと落ち着かない。


10分もたったころ、窓の外に気配を感じた。
 

「こんばんはー、だよね。・・・見える?なっち」

272 名前:十六夜 2 投稿日:2003年06月05日(木)17時22分49秒


窓の外に浮かぶ、燐光をまとったように輪郭を白く光らせて立つ真里の姿。

軽く手を振り、ドアをノックするように窓を軽くたたくふりをする。


「・・・みえてる・・・」


うわぁ・・・ちいさい、かわいい・・・ほんとに金髪なんだ・・・

窓際に駆け寄って立ちすくむなつみとしばし見つめ合う。
 
うわ・・・なっちやっぱかわいい・・・
 
先に沈黙を破ったのはなつみだった。
 
「入って・・・?」
 
「うん・・・お邪魔、します・・・」

ぎこちなく返事をして、真里はなつみがあけてくれた窓をくぐる。
その足が窓枠をすり抜けるのを見て、なつみは真里がこの世の者では無いことを実感した。

「えと、はじめまして。矢口真里です」

器用に室内でブーツを消して見せ、一礼する真里になつみは神妙に礼を返した。

「はじめまして。安倍なつみです・・・って矢口、初めてじゃないよ」

笑いながら返すなつみに真里も照れ笑いを返した。

「そ、そうだよね。へへ」
 

次の日、なつみは大幅に寝過ごし、走って学校へ行かなければならかった。
273 名前:たすけ 投稿日:2003年06月05日(木)17時24分19秒
十六夜2、終了。
次回は哉生魄になります。
274 名前:名無し 投稿日:2003年06月06日(金)18時39分14秒
今回の更新は涙しそうになったり、なっちが矢口を待っている時間と同じ様に
画面をスクロールさせながら勝手にドキドキしたり、個人的に忙しかったです(w
275 名前:七誌 投稿日:2003年06月09日(月)20時31分15秒
どうやらなっちが救ってくれたようで。ずっとROMですが、思わずレスをば。
矢口さんの行動力、素敵です!すっげえ、イイ!
思わずこっちも照れ笑いしてました(w
276 名前:たすけ 投稿日:2003年06月10日(火)17時14分41秒
>>274 名無しさん
レス、ありがとうございます。
うわ、嬉しい・・・すっごいありがとうございます。
書いててよかった(笑

>>275 七誌さん
レス、ありがとうございます。
ようやく会えました。長かった(笑

>矢口さんの行動力、素敵です!すっげえ、イイ!
そういっていただけてよかった!ありがとうございます。
レスは心の支えです。励みです。
ありがとうございました。

それでは更新します。
哉生魄。
277 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時16分11秒


整った顔だけど無愛想。

最初の印象はそんなものだった。
 

「今日からパ−トナーとして一緒に働いてもらう。後輩として指導してやってくれ」


高圧的な口調で紹介された彼女はぼんやり突っ立っていた。

「市井紗耶香です」
「はぁ・・・」

それ以上の答えは返ってこない。
まだぼんやりとしていたらしい彼女は上司に促され、我に返ったらしくとってつけたかのような口調で続けた。


「後藤真希です。よろしく」

 
軽く頭を下げたその態度はいかにも生意気に見えた。

本当は後藤はただ緊張してただけ。


そう気づいたのはずっと後になってからのことだった。
278 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時17分53秒


無言で管理局の廊下を歩く。

あたしはこの廊下が好きではない。
地上で見るより大きな満月は妙で落ち着かないし、その光を受けて廊下にできる陰影は青く、濃い。光と影のコントラストがいかにも陰気で憂鬱だった。

 
斜め後ろの後藤を振り返る。

月光を受けて茶の髪は薄く透け、死神特有の燐光に後藤の体は青くぼんやりと光っていた。
見慣れたはずのその光がやけに綺麗に見えて、しばらくあたしは後藤の姿を見ていた。
 


「なんですか?」

かすかにあげられた語尾は思ったほど冷たく響かない。


「後藤さんは死神をどれぐらいやってたの?」


後藤の声に我に返ったあたしはそんな事を思いながら聞いた。

「えと、半年です」
 
短く応えて後藤は顔にかかる髪をかき上げた。
279 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時19分03秒

「ふうん」


半年で管理官。


思いの強さがそのまま強さにつながる死神の世界。
その中でも特に力が強い者が死神を統括し監視する管理官に選ばれる。


死神達には最初生前の記憶が無い。
その為か執着が弱く思いも強く無いため、最初は力が弱く、管理官に選ばれる者は記憶を取り戻した者が大半を占める。

だいたい死神たちが生前の記憶を取り戻すのが一年から三年の間と言われるから、後藤の半年で管理官に抜擢というのは異例の事だ。

 
「あの・・・」


遠慮がちにかけられた声に振り向く。

「後藤さんじゃなくて後藤でいいです」
 
ちょっと眉を下げた顔は最初の印象からは大きくかけ離れていた。

「了解。あたしのことは好きに呼んでいーよ」
 
それに応えた後藤の笑い顔に音をつけるとしたらにこ、ではなくへにゃ、とも言えるようなもので、あたしはこの後輩に好意を抱いた。
280 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時19分53秒


話してみれば後藤は普通のかわいい後輩だった。


ただ、後藤はふらっといなくなることがよくあった。

呼べばすぐ帰ってくるが、あたしには後藤がどこに行っているのか気になった。
それでもプライバシーを詮索するのはあたしの趣味じゃなかったから聞かなかった。
 


それが、あのことを引き起こした原因の一つだったのだろう。


281 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時21分21秒



「後藤?後藤」
 

仕事前にまたいなくなっていたから大きな声で名前を呼ぶ。


「ごめん、市井ちゃん」

後藤はこのころからあたしの事を市井さんではなく市井ちゃんと呼ぶようになっていた。

「仕事いくぞ」

話しかけても返事がない。
 
この日の後藤はどこかおかしかった。
 
「あ、ごめん」
 
短く謝ってあたしの横に並んだがその瞳は暗く、いつもの明るい光はどこにも無かった。


仕事の内容はある死神の監視。

その死神の友人を送るのを見守る仕事だった。
局からの指示では問題がありそうならば代わりに仕事を執行するようにということだった。
 
そう難しい仕事ではない。
282 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時22分56秒


若い男の死神だった。
その死神の友人の病室の上で仕事を見守っている時後藤がつぶやいた。
 

「ねぇ・・・市井ちゃん。死んでいい人間とかっているのかな」

 
小さな声だったがその声はまるで闇の底から汲んだかのように暗かった。
いつもの後藤からは想像もつかないような声だった。

 
「後藤?」
 

振り向いた後藤は顔を伏せていて、あたしには後藤が何を考えているのか読みとれなかった。
 
死神が鎌を振り上げている。
青空はまぶしく、小鳥の鳴き声が聞こえる中、あたしと後藤は長いコートを翻し宙にただ立っていた。
 
「どんな人間でも死んだら悲しむ人もいるのかな・・・いや、やっぱいい。市井ちゃん、忘れて」
 
そう言ったきり、後藤は日差しに目を細めると、その後あたしが何を言っても生返事を返すだけだった。
 



あたしは、それが後藤自身の事だと思った。
この仕事のせいで友人の事や家族のことを思い出したのかと思った。


 
仕事を終えた死神は暗く辛い顔をしていたがどこかほっとしたような表情を浮かべていた。

それをねぎらうと、後藤を連れてその日は局へ帰った。
 
 
283 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時24分05秒


その日から後藤の目には暗い光が灯るようになっていた。

どこかへ行く回数も増えた。

一度、あたしが後を付けたら後藤は山の上でぼんやりとしていた。
 
それを気にしながらもあたしは後藤が自分で立ち直ってくれるのを待った。



 
それから3日後、あたしは課長に呼ばれた。
 
後藤の経歴のことだった。
 
それを知ったのは、遅すぎたのだろう。
いや、一応は間に合ったのだから遅すぎた事はなかったが・・・やはり遅かった。



 
それでも市井はその後自分がしたことを後悔したことは一度もない。
 


284 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時25分17秒



あたしに後輩ができて少したった頃。


青い闇のにじんだ廊下で、後藤は小さな声で自分の過去を覚えていると言った。

忘れられるわけがないと。
 

しかし資料では後藤はまだ記憶を思い出していないと記述されていた。
 
後藤は交通事故で死んだ身だった。
家族で、車で行った旅行先で事故にあった。

雨の日の山道で、視界が悪く正面衝突だったという。
両親は即死、後藤と弟は少し生きていたらしいが救急車を待たずに死んだらしい。
 
相手の車両は大型のトラックらしいというだけで警察は見つけることができなかった。
 
それを、後藤が見つけたとしたら。
 


―死んでいい人間とかっているのかな
―どんな人間でも死んだら悲しむ人もいるのかな・・・
 


暗い後藤の声がよみがえる。
 


後藤が見ていた山は、後藤と後藤の家族が亡くなった山だった。

285 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時26分56秒

案の定課長の話が終わった後に後藤の部屋に行くと後藤はいなかった。


「後藤!後藤!」
 
いつもはすぐに返ってくるはずの返事はない。
あたし達管理官は腰に吊す死神達の名簿と同じもので自分の意志を伝えあうことが出来る。

その、管理官である後藤があたしの声に応えなかったことは今まで一回もなかったことだった。
嫌な予感にあたしは後藤を追う事にし、後藤の鎌の気配をたどる。
 
本当ならばこういうケースで死んだ者が死神になることはあまりない。
思いの強さが負の方向へ向かい、審査の時に自滅する者が大半だ。
後藤はなぜ死神になれたのだろう。
 
後藤・・・おまえは本当に復讐のために死神になったのか・・・?
286 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時29分13秒

気配はすぐに見つかった。


「後藤!」
 
見慣れた背中に声をかける。
後藤は鎌を右肩に掲げ止まっていた。
 
「後藤・・・」
 
「市井ちゃん・・・邪魔しないで」
 
強く迷いのにじむ声だった。

後藤の目の前には一人の男が倒れていた。

名簿を持った左手で男の魂をつかみだし、揺さぶっていた。
倒れ込んでいる本体の方の男の顔は、酒を飲んでいたらしくひどく赤かった。
 

「ねぇ・・・どうしてあんたは生きててみんなが死んだの?」


低い後藤の声は男には届かない。

「どうして救急車を呼んでくれなかったの!弟はまだ生きてたんだよ!」

魂だけになった男はただただ混乱して意味のない言葉をわめくのみだった。
287 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時30分40秒


「こいつね・・・後藤のこと覚えてないって言った・・・酒のんで、愚痴ってた」
 
男の顔から目を逸らして自嘲するかのように後藤は口元をゆがませ、吐き捨てた。
 
「なんで俺が運転手をやめなきゃいけないんだって。借金あって車、壊れたの直せなかったみたい」

暗い目を魂に向ける。
 

「あんたがぶつかったせいでみんな死んだ。あたしは忘れない。弟の痛いって声を。助けてって声を。あの光景を・・・暗かった。痛かった。怖かった!」
 

後藤の魂をつかむ手にそっと手をかけた。

「後藤。もうやめよう。そんなことしてもみんな返ってこないことは後藤が一番よくわかってるんだろう?」
 
あたしも自分の死に際の事を思い出していた。
白い病室の天井と本当は最後に見たかった、大好きだった横顔。
 
「わかってる。わかってるよ!けど!」
288 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時31分56秒

「わかってる。わかってるよ!けど!」
 
市井の手をふりほどくと後藤はそのまま魂を地面にたたきつけた。

「後藤!」
 
そのまま男の魂は倒れている男と同じ姿をとる。


「てめぇなにしやがる!」

いきり立った男が後藤につかみかかる。
 
その男の腹部を後藤は鎌の柄で突き、距離をとってから振り向かずにあたしに言った。

 
「あたしはこいつを許さない!死んでからの裁きじゃ遅いんだ!あたしが、あたしがみんなの仇をとらないとあたしが自分を許せない!」
 

「駄目だ後藤!」
 
男の前に立ちふさがると後藤は舌打ちをして鎌を構えた。


「やめて市井ちゃん。市井ちゃんが止めてもあたしはやるよ」
 
そのとき後ろから圧力を感じた。

男があたしを押しのけたのだ。

そう理解したときには後藤が鎌を振り上げていた。
 
289 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時33分16秒

「やめろ!」

後藤の鎌が男にのびる。

体から切り離され魂となった姿に鎌が当たれば間違いなく男は死ぬ。
後藤の魂は消滅処分になることは間違いないだろう。
 
それをこの短い瞬間に思っていたのか、後から思ったのかはわからない。
それでも市井の体は動いていた。
 
後藤の鎌の下に体を割り込ませ、とっさに出した自らの鎌で受ける。

至近距離からの負荷に体中がきしんだ。
 
「っく」
 
聞こえた声に後ろを振り返る。
男の体に後藤の鎌が届いていた。


 
力を込めて後藤を押し戻すとうずくまる男を見る。

肩口に大きな傷が出来ていた。
 
 
男はちいさくなにかをつぶやいていたが、その声があたしの耳に入った。


「痛ぇ・・・仕方なかったんだ・・・おれは悪くない。おれも人生が狂ったんだ・・・しかたなかったんだ・・・」

290 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時34分33秒


あたしは地面に転がした自分の鎌を引き寄せた。

「市井ちゃん?」

いぶかしげに問う後藤には応えず立ち上がり男に完全に向き直ると、鎌を構え一気に振り下ろした。



 
「市井ちゃん!」

男の体が元の球体の形状に戻り、浮かんでいく。

「なんで・・・」
 
「あたしは後藤を失いたくない」
 
言うと後藤は一瞬目を大きく見開き、首を振った。

「けど・・・」
 
「これを防げなかったのはあたしのミスだし・・・魂にあれだけ傷がついたあいつはもう生きていけなかった。そういうことだ」
 
静かに告げると後藤はあたしの肩をつかんだ。


「けど市井ちゃんが!」


291 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時35分46秒


「あいつは後藤達のことを仕方ないって言った・・・後藤が消滅を覚悟して手を下す必要はない」


あたしたちは涙を流せないけど、後藤は、泣けるものならきっと泣いていたと思う。


「後藤がやるより良かったんだよ・・・あたしなら大丈夫。成績の悪い後藤だったら即消滅処分だけど市井は優秀だから。それともあたしがあいつを送ったことに怒ってるのか・・・?」


聞くと後藤は首を振り、あたしの胸元に顔を埋めた。


 
「巻き込むつもりはなかったんだよ・・・ごめん。ごめん市井ちゃん・・・」
 


本当はただ、後藤は死にたくなかったんだ・・・あんな風に死なせたくなかった・・・


292 名前:哉生魄 投稿日:2003年06月10日(火)17時36分34秒


絞り出すようにそれだけを言い、後藤は俯いていた。
 
右手の鎌を消す。

鎌はやけに重かった。
そしてやけに黒く見えた。
 



あたしはこの後自分になにが起こるか知っていた。
それでもいい。そう思った。

自由になった右手を後藤の頭におくと、あたしは空を仰いだ。
 




出たばかりの月は赤く、大きかった。

293 名前:たすけ 投稿日:2003年06月10日(火)17時37分12秒
哉生魄、終了です。
294 名前:名無し 投稿日:2003年06月10日(火)20時46分39秒
ぐあぁぁーー!すげー!こんなことになってたのか。
市井と後藤の出会いとか、市井との別れとか微妙に現実と被っているのが泣けます。
295 名前:七誌 投稿日:2003年06月12日(木)21時07分39秒
(T-T)<泣きますた…
296 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月12日(木)23時16分30秒
市井の後藤への想いの深さに涙・・・
297 名前:たすけ 投稿日:2003年06月16日(月)17時09分04秒
>>294 名無し さん
レス、ありがとうございます。
こんなことになってました。
>すげー! って言ってくださってありがとうございます。

>>295 七誌さん
レス、ありがとうございます。
>泣きますた の言葉、嬉しく頂きます。
まぢ嬉しいです。

>>296 名無しさん
レス、ありがとうございます。
伝わった、よかった!って感じです。
ありがとうございました。

ほんと、レスありがとうございます。
よかったー。一人じゃない(笑

それでは更新いたします。
十七日月。
298 名前:十七日月 投稿日:2003年06月16日(月)17時11分56秒



「あ、れ?」
 
感じた違和感に真里は目を瞬かせた。

なつみに会ってから3日。
真里は仕事のない時や暇な時、こうしてなつみに会いに来ていた。
白い息を吐いてコート姿のなつみが振り返る。
 
「どした?矢口」

それに何かの・・・誰かの姿がだぶる。
 
「なっち、気をつけなきゃ駄目だって。矢口の姿は人には見えないんだから。これじゃあなっち不審者だよ」


 
―振り向いた誰かの横顔。
―揺れる鞄。


 
上の空を隠しながら言うとなつみは真里にしかめ面を返す。
 
「周りに人いないのはちゃんと確かめましたー!矢口、不審者って失礼な!」
 
笑顔をこぼしてなつみが周囲を見回す。
 
通い慣れた通学路。

大通りを抜け、もうすぐ十字路にさしかかる。
どんよりと曇った厚い雲の下、吹き付ける冷たい風になつみは身をすくめた。
299 名前:十七日月 投稿日:2003年06月16日(月)17時13分42秒
 

「さっむー」
 


―縮む心臓とかすめる残像。目に入る制服の背中と鞄。
 


髪の茶色、制服の紺、アスファルトの灰色、横断歩道の縞の白。


飛び込んでくる、大きな塊の銀色。


 
赤。
 


―寒いですね矢口さん
 


「・・・や、ぐち、さん?」

 
今度こそ呆然と立ちすくんだ真里の姿になつみが眉を寄せる。

「矢口?」

周囲をはばかっての小声に真里は答えない。



 
―衝撃。その後の浮遊感


 
見上げた、見上げさせられた青、雲の白。常緑樹の緑。


自分の制服の手。

 
遠くはじけ飛んだ黒い鞄。


 
―矢口さん!

―・・・よ しざ わは



 
「よし・・・?」

300 名前:十七日月 投稿日:2003年06月16日(月)17時14分58秒


通りを渡りきったなつみは真里の方へ駆け寄ろうとした。
呆然としていた真里だがそれでも体は反応した。
 
「なっちあぶない!」
 
大声に驚きなつみが立ち止まると車が音を立ててなつみの前を通り過ぎた。

 
車。
 
「おもいだした」


 
吉澤、試合、十字路。

紺のブレザーにチェックのスカートという制服が好きだった。

ラケットが鞄に当たる音。


そうか。そうか、矢口は


 
 
「・・・と、矢口ありがと」
 
駆け戻ってきたなつみに真里はまだ呆然とつぶやいた。
 


「あそこで死んだんだ」
 


「え?」

眉を寄せたなつみにもう一度言う。
今度の声は確信に満ちたものだった。



「なっち・・・矢口、思い出したよ。記憶、戻った・・・と思う」
 


301 名前:たすけ 投稿日:2003年06月16日(月)17時21分19秒
十七日月、終了です。

立待月、更新します。
302 名前:立待月 投稿日:2003年06月16日(月)17時22分57秒



なつみが校庭を横切って歩く姿を里沙は目で追っていた。


「安倍さん?」

 
聞き慣れた声に振り向きもせずに頷いた。

「うん・・・あさ美、麻琴は?」
 
なつみから目を離そうとしない里沙だが、その声は真剣なものだった。

「このごろちょっと前向きかな」
 
里沙はひとつ大きなため息をつくとあさ美の方へ向き直った。

「あさ美は?」
 
突然の問いにあさ美は大きな目をさらに大きくした。

「は?」
 
「だから、あさ美はどうなの?」

「んー・・・」
 
煮え切らない親友の態度に里沙は愛嬌のある眉をあげて答えを促す。
 
「・・・言ったよ。見てたって」
 
小さな、小さな声で言われたそれは教室の喧噪の中でも里沙に確かに届いた。
303 名前:立待月 投稿日:2003年06月16日(月)17時23分52秒

「・・・ほんと?え?え?で、麻琴は・・・?」
 
まるで自分の事のようにあわてる里沙にあさ美は苦笑を返し、続ける。

「見てたって言っただけだし・・・麻琴が好きなのは・・・愛ちゃんだよ」
 
まだ、と付け加えようとした自分にあさ美は嫌悪感を抱いた。
 
もう自分は愛の死を過去のものにしている。
ずっと・・・あんなに一緒にいたのに。

大事な友達だったのに。友達、なのに。

悲しい気持ちはまだ胸で生きているのに、どこかで愛の死を喜んでいる自分がいる。
これで麻琴は自分のものになるかもしれないと。
 
あの麻琴の嘆きを見たはずなのに。
 
急に唇をかみ締め、暗い顔をして俯いてしまったあさ美の顔を里沙はのぞき込む。
 
「ちょっと、あさ美・・・元気だしてよ」

肩に手をかけるとようやく顔をあげたあさ美の顔があまりに悲しげで、里沙の表情も曇る。
 
「あさ美・・・」
 
大粒の涙をこぼすあさ美を連れて、里沙は教室を出た。
 
304 名前:たすけ 投稿日:2003年06月16日(月)17時24分45秒
立待月、終了です。

次回は十八日月1になります。
305 名前:十八日月 1 投稿日:2003年06月19日(木)16時04分36秒
淡く見える青い空には、白い月。
存在感の無いそれに真里は自分の姿を重ねる。

昼の空に浮かぶ月と同様に、そこに在っても顧みられることのない存在。
 


記憶が戻ってから、真里は孤独を強く感じるようになった。


なつみは今授業を受けている。
いくら暇とはいえあまりなつみにはりつくのもどうかと、真里は空をふわふわとあてもなくさまよっていた。


 
流れるままにふと下へ目をやればそこは駅前。

「ああ・・・」
 
短くうめいて真里は身を起こす。
 
ここ、矢口が死んだ所だよ・・・
 
記憶が戻ってから何度か真里はここを訪れていた。

ここから自分の学校へ。
ここから自分の家だったところへ。
 
そして悟る。

もう自分の居場所はもうここには無いと。


 
確かに自分は愛されていたらしい。

自分の部屋はそのままで、和室に新たに自分の仏壇が置かれていた他は懐かしい家に何一つ変化は無かった。
しかし、家族や妹の前に立っても自分に気づいてもらえず、家族の話題の所々がわからない。
家族の時間は確実に動いている。

過ぎた真里の時間だけを残して。

すでに身は過去の存在となり、大事にはされていてもいずれはゆっくりと風化していく。
 
それは真里にとってたまらなく寂しいことだった。
306 名前:十八日月 1 投稿日:2003年06月19日(木)16時05分49秒


制服の生徒達の中で見知った顔を探すのは一苦労だった。

制服や校舎は一緒でも、行き交う生徒がかわっている。
甦った記憶のまま、制服の生徒達の中に見知った顔を無意識に探す自分に気づき、真里は切なさをかみ締めた。

自分の中に鮮やかに息づく情景。
それがやはり過去のことでしかないことを真里は思い知る。

 
確かに、良い思い出ばっかりじゃない。

でも・・・。


「そう言えば・・・」
 
宙に座り込んだ真里は一人つぶやく。

「よっすぃー・・・」
 
自分が死んだとき、隣にいた後輩。
彼女は元気でいるのだろうか。
307 名前:十八日月 1 投稿日:2003年06月19日(木)16時07分16秒

何度か高校を訪れ、体育館も見に行ったのだが彼女の姿はどこにも無かった。
 
よっすぃー。吉澤ひとみ。
 
小さくつぶやいた真里の声が聞こえたかのように足下の人影はふと顔を上げた。
 
「よっすぃ・・・?」
 
黒かったその髪は明るい茶に。
人なつっこく優しい瞳は冷たく、感情をのぞかせない色に。
 
しかし整った秀麗なその顔は間違いなく真里のよく知る後輩のもの。
 
視線は真里を透過して天頂で輝く太陽を捉えた。
まぶしそうに目がすがめられ、顔が伏せられる。
 
「よっすぃー!」
 
彼女は足早に歩き去ろうとする。

そこは駅前の十字路。
 
信号が変わるのを恐れるかのように走り出した彼女はやがて足を止める。
十字路をわたりきった、その先。
 
彼女は足を止め、目を閉じる。
口が小さく動いた。
 
「よっすぃー?」
 
上空から追いかけていた真里もひとみの動きに合わせ、止まる。
 
 
今、なんて言ったの?


ひとみは目を開け、再び歩き出す。
その目的地はファーストフード店。
308 名前:十八日月 1 投稿日:2003年06月19日(木)16時08分41秒

真里はその姿を見届け、腕を組んで考え込む。
さっきの口の動き。
 
―やぐちさん
 
多分間違いないだろう。
窓際の席に陣取り、死んだような目をして交差点を見るひとみが何を考えているのか真里にはわかった。
 
ごめん・・・よっすぃーは、矢口が自分のこと忘れてる間もずっと苦しんでたんだ・・・。
よっすぃーのこと苦しめるためにあんな事したんじゃないのに・・・。
 
声の、姿の届かない自らがじれったい。


窓際の席には、暖かな質感をもつかのような冬の午後の日差しが差す。
以前の彼女ならばその光に目を細めて昼寝をしていてもおかしくはなかったのに。
 

今のひとみの心にはその日差しすら届かないかのように見えた。

309 名前:十八日月 1 投稿日:2003年06月19日(木)16時09分40秒


伝えられたら。

自分はここにいると。

よっすぃーは苦しまなくていいと。

矢口はああしたこと、悔やんでない。
瞬間の事だから、どうしようもなかった。

犠牲になろうとか思ったわけじゃないんだ。
矢口のが先輩だから体が勝手に動いただけ。
 

 
よっすぃーが生きてて、うれしかった。

なのに。

どうしたらいい・・・。
よっすぃー、おまえはそんなところでそんな事してる場合じゃないだろ?
 
期待されてたのに。
部活、どうしてしてないんだよ・・・中等部からずっとがんばってたのに・・・。
 
どうして、どうして矢口の声、届かないんだよ!


 
なっち・・・なっち。

悔しいよ。苦しいよ。
助けてって言ったら・・・なっちは助けてくれる

310 名前:たすけ 投稿日:2003年06月19日(木)16時11分09秒
十八日月1、終了です。
311 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月19日(木)21時19分31秒
矢口、切ないよ・・・
更新おつかれです
312 名前:たすけ 投稿日:2003年06月20日(金)17時10分27秒
>>311 名無しさん
レス、ありがとうございます。
こちらこそ、読んでくださってレス、お疲れ様です。
ありがとうございます。

それでは更新します。
望月。
313 名前:望月 投稿日:2003年06月20日(金)17時11分57秒



なくして初めて大事だったってわかることがある。

最初にそう言ったのは誰だったのか。

 
なぜ人はなくしてからでないと大事なことに気づかないのだろう。

今も後悔している。

どうしてあたしはあの人をもっと大事にできなかったのだろう。
 


髪の色、本当はとても綺麗だと思ってました。
大好きな先輩だったんです。
 

「ほんとに・・・」
 
ひとみは小さくつぶやいて目を伏せた。


茶の髪を風が揺らしていく。
 
思い出さないようにしていたことなのに、なぜ今頃。

苦く笑ってひとみは顔をあげた。
黄昏の街にひとつ、またひとつと街灯が灯りはじめていた。
314 名前:望月 投稿日:2003年06月20日(金)17時13分01秒


怒られても脅されても決して下げられなかった頭。

金色の頭のうえには決して自分を曲げない、誇りという名の冠がのっていた。

人一倍小柄なはずの背中はとても大きく見えた。
 
 
矢口さん。
 
呟きは風に乗り、声は溶けて流れる。
 
長いまつげを伏せて優しく、悲しく呟かれたそれに呼応するようにまた風が流れる。
 
ひとみは悲しいとき、苦しいときその背中を思い出すようにしている。
小さな背中がくじけそうな自分を支えてくれる。
 

いくら辛くても頭を下げてはいけない。

だって矢口さんはそうしなかったから。


吉澤の命は矢口さんの犠牲の上にあるから。

315 名前:望月 投稿日:2003年06月20日(金)17時13分32秒

冬も半ば、黄昏の時間は短い。

門灯のついた家々を見ながらひとみは自分の家へと続く角を曲がる。
 
角を曲がってすぐ。
丸い門灯の優しく灯る家。矢口という表札のかかった家。
 
いつもは目を伏せて通るそこをひとみは見上げる。

通りに面した2階の窓。
カーテンの閉ざされたその部屋の主はもういない。
 
ひとみは窓に黙祷するように目を閉じた後、また歩き出した。
 
その横をまた風が吹き抜けていく。
ひとみの背を見つめ立ちつくす真里をのこして。

316 名前:十八日月 2 投稿日:2003年06月20日(金)17時16分26秒


なっち・・・お願いがあるんだ。
 
思い詰めた顔で、声で。

真里がしたのは彼女自身の死と笑顔を無くしてしまった後輩の悲しい話。
 
校内を回り噂を拾った結果わかった、ひとみの現状。
 
よく笑うお調子者の後輩は、自分のせいで闇の中から抜け出せずにいる。
月光差し込む室内で燐光をまとい、真里は顔を伏せる。

 
なつみの部屋の窓枠に腰掛け、俯く真里の姿は小さく見えた。
 
いつものようにベッドの上に座り、話を聞いていたなつみは真里に歩み寄る。
 

「・・・なっちにできること、あるかな?」

 
真里の前で立ち止まり穏やかな声で真里の願いの続きを促す。
 
「うん・・・」
 
顔を上げ、なつみをすがるように見上げた真里はそれをゆっくりと口にした。
317 名前:十八日月 2 投稿日:2003年06月20日(金)17時17分37秒


「よっすぃーに・・・矢口といっしょに会ってくれないかな・・・」
 


矢口の姿は他の人に見えないし声も聞こえないから伝えたくても矢口の思い、よっすぃーに届かないんだ・・・
 
悲しそうにつぶやく真里になつみは軽く頷く。
 
「いいよ」
それで真里が慰められるならば。
 

「ほんと?ごめんね、なっち・・・」
 

申し訳なさそうに、しかし顔をうれしさに輝かせてなつみに礼を言う真里に、なつみは首を傾げた。
 

「でもさぁ、よし・・・ざわさん?に、なんて言ったらいいの?普通いきなり知らない人が目の前に現れても信用しないよ」
318 名前:十八日月 2 投稿日:2003年06月20日(金)17時18分47秒

話の内容も内容だし。
 
どうする?


問われた真里はそっとなつみを伺い、言った。

「・・・とりあえず、考えがあるんだ。後はその場で」

「頼んだよ。会いに行ってただの不審人物って終わりはやだよ」
 
大丈夫。

なにやら自信ありげに頷く真里に、なつみは明るい笑顔を見せた。
 
記憶をとり戻してから、真里は姿を現すたびに暗い顔をして肩を落としていた。
その彼女をなつみはずっと密かに心配していた。
 
この分なら、大丈夫か。

心持ち明るくなったような気がする真里の燐光を目を細めて眺めながら、なつみは優しく微笑んでいた。

319 名前:たすけ 投稿日:2003年06月20日(金)17時19分22秒
望月、十八日月2終了です。
320 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月21日(土)00時37分29秒
矢口を想う吉澤
吉澤を想う矢口
矢口を想う安倍

どうなっちゃうんだろう・・・楽しみです
321 名前:名無し 投稿日:2003年06月21日(土)19時00分23秒
もし死んだら自分のために悲しむ人がいるのならば、死にたくないと思いました。
ありがとう。
322 名前:七氏 投稿日:2003年06月22日(日)18時56分45秒
なっち、健気だねぇ…
よっすぃーは…頭は下げずとも、その瞳は前を見ていないのが悲しいところではありますが。
楽しみにしてます。
323 名前:296は和尚 投稿日:2003年06月23日(月)00時39分42秒
再会ですか・・・
自信ありげな矢口さんに注目。
そして、無事に矢口さんとよっすぃーが再会できる様に祈ります。
324 名前:たすけ 投稿日:2003年06月23日(月)17時58分21秒
>>320 名無しさん
レス、ありがとうございます。
吉澤さんの今後は・・・これから、今から更新していきます(笑
楽しみのお言葉、嬉しかったです。ありがとうございます。

>>321 名無し さん
レス、ありがとうございます。
ほんとうに、そうですね。
うまくいえないけど私もそう思います。
こちらこそありがとうございました。

>>322 七氏さん
レス、ありがとうございます。
>頭は下げずとも 、の文、言いたい事が伝わった!って感じで思わずモニターに手を合わせてありがとう、って感じでした。
ありがとうございます。

>>323 296は和尚 さん
レス、ありがとうございます和尚さん。
再会、になりました。
たびたびの(? レス、ありがとうございます。
励みになりました。
 
レス、沢山いただけて本当に胸がどきどきしました。
ちょっとびっくりするぐらいうれしいです。ありがとうございました。

それでは更新。
十八日月 3。
325 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)17時59分46秒



「いらっしゃいませ」


明るい声になつみは目を瞬かせた。
その横で真里の楽しそうな笑いがはじける。
 
「何驚いてんの!なに?なっちマック初めてじゃないでしょ?」

むっとした顔をしたなつみだが、人目がある為おおっぴらに真里と会話することが出来ない。
なるべく口を動かさないようにして言い返す。
 
「店員さんがあんまかわいい声だからびっくりしただけ」
 
自分の右前方を軽くにらみつけるとなつみは周囲を見回す。


窓際の、日射しさし込む席に彼女はいた。
感情の伺えない冷たい顔をして窓の外の交差点を見ている。
 
それを確認し、なつみはオーダーをすませ商品を受け取るとトレイを持って客席へと向かう。

真里はその前を歩きながら、なつみを伺う。
白い顔が緊張の為にますます白くなっている。
きゅっと結ばれた口元には決意の色。


彼女を見据える真剣な目に、真里はしばし見とれる。
326 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時00分35秒


ごめんねなっち・・・お願い。よっすぃーを助けて。
 

なつみには聞かれないように小さく呟くと真里はひとみの斜め前、ボックスの席の奥へと座る。
 
その隣、ひとみの真ん前の席にトレイを置こうとするなつみにひとみは視線をあげた。

素早く周囲を見渡し、席に多く空きがあることを確認するとひとみはなつみをにらみつける。
 
「他、席空いてますけど」

 
不機嫌そうな声になつみは困ったように微笑み、それでもそのままひとみの前に座った。
 
「ちょ・・・迷惑なんだけど」
 
言いかけたひとみの声にかぶせるようになつみは口を開いた。


「ひさしぶりだね。元気だった?2年ぶりかな・・・髪、茶色にしたんだ。似合ってるけど・・・」
327 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時02分10秒

感情を込めず淡々と口にするなつみにひとみは眉をひそめる。

小柄な体に白い顔、大きな黒い目。短めで少しだけ茶色の髪。
整ったその顔は印象的で、会ったことがあるのならば忘れるはずはない。
 

「どこかで・・・?」
 
いぶかしげに聞くひとみになつみは答えず、続きを告げる。

矢口の金髪、嫌いだったんじゃなかったっけ?よく戻しましょーよとか怒られますよとか言ってたのにさ」
 
驚愕に立ち上がり目を見開いて固まった後、ひとみは怒りに顔を赤く染めた。

「なっ・・・あんた何だよ!?何が言いたいの?」
 
声を荒げるひとみに、なつみは真剣な目を向けると最後の一言を口にした。
 


「って・・・矢口が」
 

立ちつくすひとみの耳に、その声はひどく静かに、強く聞こえた。


328 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時03分18秒

「ちょ・・・」
 
立ちつくすひとみになつみは優しく声をかける。

「座ってくれる?みんな見てるし・・・まだ、伝えたい事があるんだ」
 
微笑んだなつみを見やり、ひとみは眉間にしわを刻みゆっくりと腰を下ろす。
 
なつみはそのひとみの様子を見ながら横目で隣の真里を伺う。
 
真里はひとみを見据え動かない。
 
「・・・何?ってゆうか・・・あんた誰?なんであたしの事知ってんの?」
 
つっけんどんな口調で問われ再度困ったように笑うとなつみは答えた。

「安倍なつみ。吉澤さんのことは矢口から聞いた」
 
ひとみはいらただしげに問いを重ねる。

「矢口さんの友達なんですか?で、あたしに何の用ですか?」
「矢口が、あなたを救って欲しいって。話がしたいって」
 
329 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時04分13秒


数秒間、ひとみは口を軽く開け固まっていた。

無理もない。
なつみ自身も自分が突拍子も無いことを言っていると思っている。
 
それでも隣の真里はなつみを見て軽く頷き、笑った。
笑みに勇気付けられ、なつみは真里の声に合わせ口を開いた。
 
「ごめん、よっすぃー。・・・辛い思い、させちゃったね」
 
ひとみはなつみを見つめたまま動かない。
 
「けどあの時・・・背中押したこと、矢口は後悔してない。後悔してることがあるというなら・・・よっすぃが、そのせいでそんな風にずっと悲しい顔をしてるということ、それだけ」
 
目を見開いてそれをじっと聞いていたひとみの顔は真っ青だった。
 

「そんな・・・勝手な・・・信じられるわけないでしょ!矢口さんが救ってくれだなんて・・・あんた一体なに?何様なわけ?勝手に来て勝手にしゃべって!大きなお世話なんだよ!救うとかなんとか!頭おかしいんじゃないの?病院いったほうがいいよ!」
330 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時04分50秒
持っていたカップを握りつぶしたひとみの手は力がこもって真っ白に染まり、細かくふるえていた。
 
「初めて会った日。あのときも、よっすぃーはそう言ったね。あんた一体なに?って。大きなお世話だって」
 
なつみは震える声で言う。
 
「学校の体育館の裏で。よっすぃーは泣いてて、外は雨でさ。家近かったのにその時初めてしゃべったんだよね。結構道とかですれ違ったりしてたのに」
 
懐かしそうに、目を細めて真里は思い出を紡ぎ、なつみはそれを音にする。
 
「たしか・・・部活の先輩にいじめられてしょげてて。よっすぃーは中1だったっけ?かわいかった」
 
小さく笑う真里を横目に捉えながらなつみは必死にひとみに言葉を届ける。


真里の想いが届くように。
331 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時05分45秒
「泣いてるくせに泣いてないとかって意地はって。せっかく紅茶おごってあげたのに飲まないし」

顔を伏せていたひとみから声が聞こえた。


「・・・んで」
「え?」
 
水滴が一つ、ひとみのトレイに落ちた。
思わずなつみが聞き返すと涙を目にためたひとみが顔を上げた。
 
「なんで!矢口さんがおまえに話したのか!?矢口さんから聞いてたんだろ!?」
 
真里は悲しそうに首を振った。

どうして・・・どうしてなっちには見えるのによっすぃーには見えないんだろう。


伝わらないんだろう。
 
悲しげな真里の様子になつみは顔をゆがめ、ひとみを見据えた。

「なんで?矢口が言うわけない!吉澤さんと矢口の大事な思い出なんでしょう?そんな大事なもの、簡単に矢口が人に言うわけないよ!・・・ここにいるの。矢口はここで、あなたを見てる。悲しい顔してなっちの隣で吉澤さんを見てるよ」
332 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時06分30秒

絶句するひとみにかまわずなつみは続けた。感謝するようになつみを見て口を開いた真里の言葉を。
 

「言ったよね。矢口さ、この金髪は譲れないって。決意の証だって。続き、言えなかったよね。車つっこんできたから」
 
なつみの頬に涙が伝う。
一筋、また一筋。


明るい、昼下がりの店内でそこだけが異質な空間だった。
 
「嘘だ・・・」


今まで誰にも言ったことないのに・・・
 
呆然と呟くひとみにかまわずなつみは口を開く。
真里の言葉そのままを彼女に伝えるために。
 
「矢口さ・・・いじめられてたんだ。無視されたり、陰口たたかれたり。・・・かつあげまではいかなかったけど」

333 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時07分15秒


目を伏せて小さく笑うと真里は続ける。

「強くなろうと思った。昔泣いてたよっすぃーはさ、先輩のいじめに負けなかったでしょ?いつの間にか先輩とも仲良くなってたし。それ見て矢口思ったんだ。強く・・・ほんとに強くなろうって」
 
大粒の涙を流してなつみは続ける。

涙に紛れ聞き取りにくいその声をいつしか懸命に追っていたひとみもまた、大粒の涙を流していた。
 
「ほんとはその決意だけでよかったんだけど・・・矢口、弱いから。いつもそれが目に見えるといいと思ったんだ。怒られるのわかってたけど・・・そんなのに負けないようにしようと思ったんだ。それで色を抜いた。目立つ金に」
 
なつみに向かってこれ、というように自らの髪をかるく一房引っ張って見せた。
334 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時08分03秒


「ねぇ、もういいよ。矢口の事、忘れてないのは嬉しい。けど、そんなよっすぃー、矢口は望んでない。見たくないよ・・・許してあげてよ」
 
ただ静かに涙を流しているひとみになつみは優しく微笑んだ。
 
「吉澤は・・・あたしは、矢口さんの金髪、好きでした」
 
唐突にぽつりと告げられたそれに目を見張った真里はなつみの隣で身じろぎした。


「ごめんなさい。ずっと言いたかったんです。ずっとずっと後悔、してました。金色の髪すごく似合ってたし・・・好きでした。隣にいると目立つけど・・・どうして思っちゃったんだろう・・・隣にいて恥ずかしいなんて。吉澤、自分が目立ちたくなかっただけなんです。ほんとはかっこいいと思ってました」
 


涙に濡れた顔をあげ、ふるえる声でそう言った。
335 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時09分41秒


なつみを疑う気持ちはまだ消えなくても、真里は本当にそこにいるのかもしれない。
なつみが隣を伺いながら話す様子は真剣で、届く言葉は本物のようにひとみには感じられた。


この気持ちが届くならば。

この懺悔を聞くために真里が甦ってきてくれたと言うのならば、ひとみはそれで良かった。
嘘かもしれない。それでも、これが嘘ならばもうそれでもいい。


信じようと思った。
 
「その強さに、ずっとあこがれてました。何があっても俯かなかった矢口さんに。避けちってごめんなさい。本当は・・・矢口さんは、吉澤の誇りでした」
 
なつみの隣の席に頭を下げた。

顔を上げたひとみの顔にはほぼ2年ぶりとも言える、笑顔があった。
336 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時11分28秒


瞼は腫れ、頬の涙が乾き白い筋がいくつもでき、鼻も赤くなっていたが、差し込む日射しに照らされたその顔はとても美しく見えた。
 
「安倍さん。・・・安倍さんのこと、信じます。疑ってひどいこと言ってごめんなさい・・・わざわざ来てもらったのに」
 
体育会系らしく勢いよくもう一度頭を下げたひとみになつみも涙の筋の残る顔を上げ、手を振る。
 
「そ、そんな、頭下げてもらうことでも・・・でもさ、聞いてくれて、なっちと矢口を信じてくれて・・・ありがとう」
 

二人、顔を見合わせ微笑み会う横で真里も笑っていた。
337 名前:十八日月 3 投稿日:2003年06月23日(月)18時11分58秒


よかった。ねぇ、伝わった、信じてもらえたよ、矢口。
 
しかし涙を拭い微笑む二人の横顔を見る真里の顔に一抹の寂しさがにじんだ。


もう・・・もう、矢口は死んでるから。
ほんとならよっすぃーに言葉を伝える事も出来なかったんだから寂しいなんて思っちゃいけない。
 
軽く首を振った真里を見て、なつみは透けるその手に自分の手を重ねた。

宙で重ねられた手から、なつみの暖かささを感じたような気がした。
 
338 名前:たすけ 投稿日:2003年06月23日(月)18時12分46秒
十八日月、終了です。
次回は三五の月になります。
339 名前:名無し 投稿日:2003年06月23日(月)19時07分45秒
ちきしょぉーい……目から汗が零れらぁ。
340 名前:七氏 投稿日:2003年06月24日(火)22時21分41秒
なんて言ったら良いのか…すごく良いです。
ありきたりな言葉ですみません。
これでようやく、よっすぃーの中の時間が動き出す事でしょう。
ありがとうございます。
341 名前:たすけ 投稿日:2003年06月26日(木)18時02分28秒
>>339 名無しさん
レス、ありがとうございます。
汗かいてくださってありがとうございます(笑
すごい、素直にほんと嬉しいです。
ありがとうございました。

>>340 七氏さん
たびたびのレス、ありがとうございます。
ありがとうだなんてむしろ私こそありがとうございます。
良い、といっていただけてどれほど嬉しいことか。
単調な下手レスで申し訳ありません。
もう、ほんとになんていうか書いててよかった(笑
ありがとうございました。

それでは更新します。
三五の月。
342 名前:三五の月 投稿日:2003年06月26日(木)18時05分15秒


願ってやまなかったそれが叶ったというのに、梨華の心は暗かった。
 

いつものように梨華は接客をしながらひとみを見守り、その日も暮れていくはずだった。


彼女が現れるまでは。
 

小柄な印象の彼女は物怖じもせず不機嫌なひとみの前に座り、そして。

 
ひとみから涙と笑顔を引き出して見せたのだ。
何を話していたのかは梨華のいた場所からはわからない。

バイト中ということもあり、ひとみを気にしつつも梨華はどうしてもその近くへ行くことが出来なかった。
前に居座られ、最初は怒りをあらわにしていたはずのひとみは帰りには穏やかな顔をしていた。
 


その、ひとみの表情は今まで梨華が一度も見たことがないものだった。
343 名前:三五の月 投稿日:2003年06月26日(木)18時06分30秒


ずっと願っていた。
ひとみが笑顔を取り戻すことを。


過去から、彼女から解放されることを。
 
しかし今はこんなにも心が痛い。
バイトに身が入らず、いつもよりもずいぶん早い帰り道に梨華はため息を落とした。
 
「誰でもいいって思ってたのに・・・」
 
吉澤さんをたすけてほしい。

そう思ってたはずなのに。
 
黄昏に梨華の呟きは誰に届くこともなく消える。
 
誰でもいい。
それは嘘だった。


梨華は自分の心に気づく。
 
本当は自分の力でひとみの笑顔を見たかった。
ただ自分は逃げていただけだった。
 
ずっと見ていられれば良かった。

それも嘘だった。
 
ただ梨華は自分が傷付くのを恐れていただけだった。
ひとみの笑顔を見た後ならそう言える。

344 名前:三五の月 投稿日:2003年06月26日(木)18時07分20秒


「だって・・・本当なら嬉しいはずでしょ・・・?」
 
 
自らに語りかけるように口にした後、自嘲の笑みを浮かべた。
 
明日からひとみは以前のひとみに戻るのだろう。

明るく朗らかな皆の人気者に。少しずつ。
そう、これからひとみは少しずつ梨華の知らな吉澤ひとみになっていくのだろう。


梨華の関わりのないところで、知らない力で。
 
梨華は変わらずに地味な生活を送り、もう彼女は店にも現れなくなる。

 
「いや・・・」
 
呟き、梨華は顔を手で覆った。
345 名前:三五の月 投稿日:2003年06月26日(木)18時08分01秒


「コーヒーとポテトのs」
 
相変わらずの無愛想な声。冷たい仏頂面。
 
釈然としない思いを抱えたまま梨華はオーダーを繰り返す。
 
恐れていた変化はやってこなかった。


次の日も、またその次もひとみの変化の噂は届かない。
 
校門で見かけた時もひとみは人を寄せ付けないオーラを放ちながら一人だるそうに下校していく。
 
「ど・・・」
 
どうして、と聞きかけた口をあわてて閉じる。


今はバイト中。しかも梨華にはひとみにそんなことを問う権利はない。
346 名前:三五の月 投稿日:2003年06月26日(木)18時09分08秒


「ど?」
 
あわててとりつくろうような笑みを浮かべた梨華は、眉をひそめたひとみに商品が載ったトレイを押しつけた。
 
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
 


顔を上げたそこにあった満面の笑顔に梨華は凍り付く。
 
「スマイル返したよ石川さん」
 
固まっている梨華に背を向けひとみはまたいつもの席に向かう。
 
「いし・・・かわ?」
 
驚きに思わず胸に手をやり、手に触れたものに気付き苦笑する。
そこにあるのはネームプレート。
 
きっと変化はゆっくりやってくる。

まだぎこちなかったものの、ひとみの笑みはとても温かかった。
 

それを胸に刻んで梨華は決意する。
 
明日、校門で挨拶をしてみよう。
接客用でない、きちんとした笑顔を添えて。
347 名前:有明月 投稿日:2003年06月26日(木)18時12分14秒



色が足りなかった。

目の端にあったはずの金色が。
 
だからひとみは自分の髪を染めた。
大好きだった人がいないから、せめて日射しの下でだけはそれを目に出来るように。
 
完全な金髪に染めた自分の顔を見るのはきっと苦痛だと思った。

同じ色彩で、しかしまったく違うものを見るのは、彼女の不在をありありと自分に思い知らせる。
 
けれどもうそれも必要ない。
 
その色がなくても自分は一人で立てる。
立たなきゃ矢口さんが心配する。
 
あの金色は矢口さんだけで十分だし、矢口さんはどこかでいつも自分を見てくれている。
 
見えないだけできっとそこにいてくれる。
 
「そうですよね・・・矢口さん」
 
風になびくひとみの髪は黒に近い茶色に染まっていた。
 
348 名前:たすけ 投稿日:2003年06月26日(木)18時13分03秒

三五の月、有明月終了です。
349 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月26日(木)20時09分08秒
最後の一文の場面の、イメージが頭に浮かびました
なんか、読後爽やかって感じ♪
350 名前:和尚 投稿日:2003年06月26日(木)21時10分29秒
更新ありがとうございます。
この作品は携帯で読まないで、自分の部屋でジックリ読むのに限ります。
何故なら自分の部屋で泣いても大丈夫だから。
再会シーンでも泣いたけど、今回の更新も泣けた〜。
351 名前:名無し 投稿日:2003年06月26日(木)23時13分34秒
色んな形の決意を感じた。
伝えられる文章が書けるのだから凄い。
352 名前:七氏 投稿日:2003年06月29日(日)16時19分00秒
有明月のよっすぃーのセリフ、泣けます。
読んでてよかった…
353 名前:たすけ 投稿日:2003年06月30日(月)17時32分53秒
>>349 名無しさん 
レス、ありがとうございます。
>なんか、読後爽やかって感じ♪
ありがとうございます。爽やか、うれしいです。
あまり爽やかな話でないので(笑

>>350 和尚さん
たびたびのレス、ありがとうございます。
更新ありがとうだなんてとんでもないです。
こちらこそ、お部屋で読んでくださってありがとうざいます。
じっくり読むとのお言葉に、感謝の気持ちで一杯です。

>>351 名無し さん
レス、ありがとうございます。
つたない文ですがお褒めくださって本当に嬉しいです。ありがとうございます。
伝わったことを伝えてくださった、そのことに心から感謝します。

>>352 七氏さん
たびたびのレス、ありがとうございます。
こちらこそ、書いててよかった・・・。
セリフに>泣けます とのお言葉、初めてでもう本当にうれしいです。
これからも精進いたします。

たくさんのレスありがとうございました。
嬉しくて一瞬目を疑いました(笑
本当にありがとうございました!

それでは更新します。
居侍。
354 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時35分15秒



電車の窓から見える青空に圭は目を細める。
明るい太陽を見て、まん丸の目を思いだした。
 
 
あの子にはもう会えない。
355 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時36分09秒



月命日ではないものの、圭は今日そこへ行くことを朝から決めていた。

天気はいいし、無性に友人に会いたくなった。
大切だった友人にそこへ行っても会えないことを圭はよくわかっていたが、行かずにはいられなかった。

 
ねぇ・・・また人が死んだよ。

あんたが死んでからもうこんな思いしたくないって何回も思ったのに・・・。


 
「また・・・」

小さく呟くと圭は目を閉じた。

そのままでいれば涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。
 

午後の温んだ日差しが窓から差し込み、窓際の席に座る圭の髪を茶色に透かす。
4時になるかならないかという中途半端な時刻のせいか、車内に人は少ない。
 
ある駅で圭は電車を降りると、慣れた足取りで駅近くの花屋で花を買い、それを携え歩き出す。



目的地はもうすぐだ。
356 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時36分57秒

日当たりのいい街を見下ろすことのできる丘の上にそれはある。


整然と整えられた墓地の一角。
まだ新しい墓の前に圭は鞄を下ろすと、大きな瞳を細め柔らかく微笑んだ。
 
「来たよ、紗耶香」
 
供えられていた、まだ真新しい花を整えそこへ自分の買ってきた花を加え、しゃがみこんで手を合わせる。
周囲に人の気配はない。
 

閉じた目を開けると圭は静かに語りだした。
 

「紗耶香・・・あんたが死んでもう3年、か。また会いに来たよ。・・・あのね、あたし・・・また友達、なくしちゃったよ。高橋っていうんだけどさ。かわいい子で、たまにだけどあたしと話してたんだ」

357 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時38分57秒


語る圭の目前。


そこには顔の半ばを覆うグラスを外し、自分の墓の上に行儀悪く座り込んだ紗耶香の姿があった。

い目をし自分の墓に語りかける圭を、口元に微笑みを浮かべ穏やかな表情で見つめる。
 
『うん・・・そっか。あたしが死んで3年。圭ちゃん、変わってないね。ここに来てくれてるの知ってたけど会うのは初めてだね。市井は会わないようにしてたから、さ』
 
ぶらぶらと足を揺らし、届かないと知りつつも相づちを打ち、紗耶香は圭に語りかける。
口元が悲しげに弧を描いた。
 

「なんであんな子が死ななきゃいけないんだろ。あたしあんたの時もそう思ったけど・・・納得出来ないよ・・・なんであんた、あたしの横にいないのよ・・・いっしょにいるっていったでしょうが・・・」
358 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時41分01秒

下を向き語尾をふるわせる圭に紗耶香は眉を下げた。
 
『しょうがないじゃん・・・泣かないでよ圭ちゃん。慰めたくても市井にはもう圭ちゃんを慰めることできないんだよ』
 

言いながらすり抜けないようそっと、圭の肩あたりに紗耶香は自らの手を置く。
 
変わらない優しい親友に安心すると同時に軽い嫉妬と皮肉な思いが胸をよぎる。
 
『圭ちゃんが今のあたしを見たらびっくりするね・・・おっきな真っ黒な鎌もってるしさ、目も真っ黒で・・・』
 
そう言って圭の肩においた手を見る。


『あたしさぁ、もう駄目なんだ。魂に傷つけちゃって・・・限界なんだ。鎌をもう支配出来ない。情けないけど今じゃ鎌を出すとあたしが鎌に引きずられちゃうんだ』
 


肩をふるわせる圭を悲しそうに見やると紗耶香はもう一度自分の墓の上に座り直した。
359 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時42分40秒


『次の仕事したらもう死神やめようと思う。後藤も・・・後輩ももう一人前だしさ』
 
涙を拭いている圭に笑いかける。

 
『罪、しょっちゃったし生まれ変われるかわかんない。したこと後悔してないけど謝んなきゃいけないし・・・罪も償わないと。だからもう一度、圭ちゃんに会えるかわかんないんだ。もともとさ、圭ちゃんのためにこっちにしがみついてたってのにさぁ・・・市井、情けないよ。もっと圭ちゃんのこと見てたかったのに』
 
それでも、あたしがしたこと圭ちゃんならわかってくれると思うんだ。
 

「それでも・・・あたしがんばってるから。あんたもあたしを見ててくれるって信じてるから」
360 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時46分12秒


その言葉に紗耶香は顔をゆがめ笑った。
 
『市井も出来る限り、ぎりぎりまで見てるよ。・・・何をしても会いに行くよ。立って、こっちで話しようよ。たまにはあたしの言う事も聞いてほしいしさ。会いたいよ、また』
 
市井家の墓、と彫られた文字をそっと指でなぞると圭は静かに言った。


「だから、がんばるよ。あんたに笑われないように」
 
圭の、自分に言い聞かせるかのような口調に紗耶香は大きく頷く。


『うん。あたしもがんばるから』
 
いつの間にか傾きかけた太陽に、圭はあわてて自分の鞄をとると立ち上がった。

一歩下がるとわずかに笑う。
361 名前:居侍 投稿日:2003年06月30日(月)17時48分01秒


「また来るよ。・・・また、会おう?」
 
『次、またここで会えるかわかんないけどね。あたしがもうどこにもいないかもしれないけど、市井はがんばるから。圭ちゃん、また会おう』


紗耶香は墓の上から立ち上がると歩き去る圭の背中に呟いた。




『ありがとう。大好きだよ・・・大好きだったよ・・・ばいばい』

362 名前:たすけ 投稿日:2003年06月30日(月)17時48分42秒

居侍、終了です。
363 名前:名無し 投稿日:2003年06月30日(月)20時06分17秒
過去形が……。
二期メンには特別な思いがあるので今回の更新はマジでやばかったです。
そして市井ちゃん……後藤は一体どうなってしまうのか。
続き期待です。
364 名前:和尚 投稿日:2003年07月03日(木)13時15分08秒
いちーさんが切なすぎる・・・
また泣いてしまった・゜・(ノД`)・゜・。
365 名前:七氏 投稿日:2003年07月03日(木)19時38分52秒
市井ちゃん、がんばれ。がんばれ…
366 名前:たすけ 投稿日:2003年07月04日(金)17時17分56秒
>>363 名無しさん
レス、ありがとうございます。
二期メン、私も好きです。きっとおわかりでしょうが(笑
ご期待に添えるよう、頑張ります。

>>364 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
感謝してます。
>また泣いてしまった・゜・(ノД`)・゜・。
ありがとうございます。

>>365 七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
励みになってます。
ありがとうございます。
あの、私もがんばりまっす(笑

それでは更新します。
十九日月

367 名前:十九日月 投稿日:2003年07月04日(金)17時19分23秒



「安倍さん」

かたい声になつみは足を止める。
なつみの前方を歩いていた真里も立ち止まり、声に向き直った。
 
「お話があります。あの、時間大丈夫ですか」
 
小さな顔の中の意志の強そうな眉をきりっとあげて言う彼女を思い出そうとするかのようになつみの眉が寄せられる。
 
「えと・・・?」
 
なつみのとまどいを察した里沙は二つにくくった髪を揺らすと頭を下げた。


「中等部3年3組の新垣里沙と言います!あの・・・」
 

そこまで言って周囲を見回す。

下校時間を迎えた校門にはたくさんの生徒の姿がある。
言いにくそうにしている里沙を察し、真里は宙に浮き上がるとなつみに言う。
368 名前:十九日月 投稿日:2003年07月04日(金)17時20分05秒


「この子なっちに用なんでしょ?付き合ってあげたら?矢口はもうすぐ仕事だし」
 
真里の言葉になつみはかすかに頷くと里沙に視線を戻し、首を傾げた。

「いいけど・・・ここじゃ無理な話なの?」
 
なつみが承諾してくれたことに里沙は安堵の笑みを浮かべる。


よかった・・・まずは第一関門クリア。

心の中で握り拳を作り気を引き締め直す。
 
「よかったらそこの公園までつきあってください」
 
公園は校門を抜け5分ほど歩いたところにある。


話の内容の予測はつかないとはいえ断る理由も見つからず、なつみは内心首を傾げながらも里沙の後を追った。
369 名前:居待月 投稿日:2003年07月04日(金)17時21分45秒




「言っちゃったよ言っちゃったよ!」
 
興奮した様子で走り込んできた友人の姿をあさ美は驚きに大きな目を見開いて迎える。
 
「ちょ・・・里沙、どうしたの?」
 
机に向かい宿題をしていた姿勢のまま口を二三度開閉し、閉じる。

そんなあさ美にお構いなしで里沙はあさ美の腕にすがりついた。
ずっと走ってきたらしく里沙の顔は真っ赤に染まり、息も荒い。
 
出迎えた母親が不思議そうに首をひねっていた訳もわかる。
 
「だから・・・!」


そこで息を切らせた里沙の背をあさ美はさする。

「落ち着いて?だから、誰になにを言ったの?」
 
ゆっくりと話すあさ美の顔を見上げ、里沙は大きく息を吸うと言った。
 

「だから、安倍さんに好きですって」

370 名前:居待月 投稿日:2003年07月04日(金)17時22分37秒


あさ美は一度目を瞬かせると再度口を開け閉めし、驚きの言葉を口にする。
 
「えー!ほ、ほんとに?え、え、で、安倍さんなんて?」
 
里沙は眉を下げ、情けない表情で答える。
 
「あたしのこと覚えてなかった・・・好きな人はいないけどムリだって・・・」
 
「里沙・・・」
 
表情を曇らせたあさ美に里沙は笑顔を見せる。


「けどわかってたもんそんなこと!だから友達ってゆうか後輩からってお願いしてきた!」
 
「え?」
 
動きを止めたあさ美の手を握り振り回すと里沙は嬉しそうに続ける。

371 名前:居待月 投稿日:2003年07月04日(金)17時23分36秒

「明日から安倍さんと話せるんだよ!あたしがんばるから!安倍さんを振り向かせてみせる!」
 
元気な里沙にあさ美はしばらく驚いた顔をしていたがやがて目元を緩ませる。
 
「うん」
 
ちゃんと里沙ががんばったのわかったよ。

すごく勇気だしたね。自分のことをきっと知らないだろう人に告白したんだもん。

ずっと好きだったんだもんね。
駄目って言われてもそれでも友達からって言葉もらってきた里沙はすごい。すごいよ。
 

声に出さなくても思いは伝わったのかもしれない。


優しい顔をしたあさ美に里沙はもたれかかった。
 


口には出さなくてもあさ美も麻琴も今、きっと辛い思いをしてる。
だれもが幸せになれればなんてやっぱ無理なのかな・・・。


372 名前:二十日月 投稿日:2003年07月04日(金)17時25分05秒


様子を見に行ったひとみは元気そうだった。


また一週間が始まる。


373 名前:二十日月 投稿日:2003年07月04日(金)17時25分55秒

浮かない顔で真里はひとつため息をつく。
 
 
真里の一週間分の名簿を届けてくれるのは管理官である中澤裕子だった。

その裕子が今日に限って妙に遅い。
 
「遅いぞー裕子」
 
管理官である裕子と真里の仲はとてもいい。


毎週月曜に真里に会い、名簿を渡しては真里にあれこれとちょっかいをかけ帰っていく裕子に真里も悪態を付きながらもよく懐いていた。
 
宙に寝ころび裕子を待つ間、真里は先日の出来事を思い返していた。
374 名前:二十日月 投稿日:2003年07月04日(金)17時27分55秒

仕事を終えなつみの部屋に寄ると、なつみはいつになく落ち着かない様子だった。

不審に思った真里が何があったのか尋ねると、なつみはその整った顔を少し困惑にゆがめ言ったのだ。

 
「告白されちゃった・・・」
 
 
と。
 
 
あのときの少女は確か中学生ぐらいだったはず。
 
「好きです、つきあってください、か・・・」
 
ストレートな言葉。
それを断ったなつみにひるむことなく彼女は言ってのけたという。
 
「じゃあ友達からで!あの、新垣のことをちょっとでも知ってください」
 
好きな人がいないと言ったのを逆手に取られたとなつみは苦笑していた。

新垣里沙。

その日から彼女はなつみにほぼ毎日つきまとい、真里は以前のようになつみの前に姿を現すことが出来ないでいる。
375 名前:二十日月 投稿日:2003年07月04日(金)17時28分44秒

「ちぇ・・・」
 
一緒にいる時間は減ったものの、会えなくなった訳ではない。
夜や朝、仕事のない時真里はなつみの元にいる。
 
―新垣がね、新垣は―
 
嬉しそうに語るなつみの顔と声を思い出すとなぜか胸がうずいた。
 
「なっち・・・」
 
自分の気持ちがよくわからない。
矢口となっちは今もちゃんと友達で、一番一緒に、近くにいる。誰よりも。
 
新垣里沙よりも。
そうだろ?
 
「なっち・・・」
 
もう一度呟くと後ろで気配がした。

「あ、裕ちゃんどうしたんだよ。おそかったじゃん」

後ろを向くと待っていた裕子が立っていた。
 
「・・・待たせたな。ごめん」
 
感情のない平坦な声でわびを口にした裕子の顔色は悪かった。

376 名前:たすけ 投稿日:2003年07月04日(金)17時29分31秒
十九日月、居待月、二十日月終了です。
377 名前:名無し 投稿日:2003年07月04日(金)21時29分48秒
更新お疲れ様です。
作者さんは魁!新垣塾のファンと見た(w
378 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月04日(金)23時25分45秒
祐ちゃん・・・
気になるなぁ・・・
379 名前:七氏 投稿日:2003年07月09日(水)06時25分39秒
裕ちゃんの顔色の理由が気になります…
嵐の予感…
380 名前:たすけ 投稿日:2003年07月09日(水)18時15分44秒
>>377 名無し さん
レス、ありがとうございます。
こちらこそ読んでくださってありがとうございます。
新垣塾。えと、はい(笑 ファンでっす(笑
笑わん姫。も大好きです(笑

>>378 名無しさん
レス、ありがとうございます。
ようやくここまで、とか言いながらあんまり進んでいなかったので今度こそ。
やっとここまで。
裕ちゃんの話は一応最後までありますので、しばらくお付き合いくださるとうれしいです。

>>379 七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
つたない話にお付き合いくださってるって思うと感謝です。
裕ちゃんの話ともども、これからもたすけにお付き合いくださると幸いです。

それでは更新します。
雨夜月。
 
381 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時16分29秒





―天はどこに。
 


 
異変に気づいたのは偶然だった。

記憶を取り戻してからの裕子は毎日自分の家を見守ってきた。
変わっていく家族の姿に胸を傷めつつも、それでも変化から目を逸らさないようにするのは自分のつとめとすら思っていた。
 
 
その影が現れたのは春。

進級したなつみが新しいクラスにようやく慣れた頃だった。
自分の担当する地区で自分以外の死神を見たのは初めてだった。
 
それが事件の前触れ。
 
382 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時17分34秒

「裕ちゃん、それちょっとおかしいんじゃない?・・・調べとくよ」

友人の彩は裕子の話を聞くと即座にそう言った。

彩は裕子の友人で、裕子が死ぬ数年前にバイクの事故で死んでいた。
再会したころにはもう管理官になっていた彼女は、その死神の服装を聞くとそれを管理官だと断じ、その管理官が担当の死神に挨拶もせずにその担当地区で働いているという事実を聞くとそう言った。
 


次に管理官の姿を見たのは彩と会った数日後だった。
 

彩は言っていた。
裕子の地区に管理官は派遣されていないはずだと。

次に見つけたら捕まえて話を聞いてみろと。
 
その忠告に従って裕子はその管理官の男を追った。
 


彩っぺ、ありがとうな。
彩っぺのおかげであたしはあれを止められた。

383 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時18分29秒


あのとき、眼前に繰り広げられていた光景を思い出すと怒りに魂が震える。
 
名簿を手にかざし、なつみへ向けその魂を引きずり出そうとしていた影。
 
死神特有の燐光がなつみの部屋から漏れ出ているのを見つけたときの胸騒ぎは今でも忘れられない。
 
大きな力が動く時の肌が泡立つ感触。
 
なつみの体が一瞬淡く輝き、名簿に引き寄せられるようにその魂が体から抜け出ようとした瞬間、裕子が影に殴りかかっていた。
 
「なっ・・・・あんた・・・何しとんの!」
 
こちらへ引っ越してきてからも、その死後も抜けなかった関西弁で怒鳴ると管理官は裕子をにらみつける。
 
血走った目、乱れた髪。
30代ほどの外見を持つ、男の管理官だった。
384 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時19分20秒


「・・・邪魔するなら容赦はしない」
 
 
すごみのきいた、しかし静かな狂気さえ感じる声に裕子は恐怖するが、なつみの前へ進み出、背になつみをかばう。
 
ふるえる体を意志の力で押さえつけ男をにらみつける。

一歩でも退いたら負ける。
捨てたはずの体が持っていた本能が警鐘を鳴らしていた。
 
死神としての能力、今ある力、道具。
全てが管理官であるこの男にかなわない事はわかっていた。
 
それでも引くわけにはいかない。
 
幼い身で自分を守ってくれた妹を今度は自分の背に守る。
決意だけが裕子を支えていた。
 
「そいつの魂をわたせ」
 
低い声で言い、なお前へ進み出ようとする男の前に、裕子は自身も一歩前へ出ることで立ちはだかる。
 
「いやや。この子は、なっちはあたしの妹や。渡すわけにはいかん・・・あんた、それより何?あたしはここの担当死神や。名簿も見た。なっちの名前は名簿にはないはずや」
 
暗い男の目にいらだちの影がよぎる。
385 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時20分26秒
「肉親に知らせるはずが・・・」
「局にも問い合わせた」
 
間髪入れず答えた裕子に男は軽く目を見張り、そして口元をゆがめた。
月光に照らされた顔の右半面は完全な闇に、白い月に照らし出された左反面は皮肉の影をきつく刻んだゆがんだ笑みに。
まがまがしいその表情に裕子は戦慄する。
相手から感じる重圧がまた強くなる。
 
「いいからわたせ」
 
男はまた一歩足を踏み出すと右手に鎌を呼び出した。
その色は黒。
光に反射すらしない闇それ自体のような刃と柄。
厚く、浅く弧を描く刃は今まで見たこともないほど巨大だった。
 
「あんた・・・その鎌は・・・まさか」
 
罪のことは知識の上でしか知らなかった。
 
「そうだ。罪の証だ。だからなんだ?」
 
双眸暗いのは夜のせいでは無かった。
386 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時22分04秒

男は身を強張らせた裕子を無視し、また名簿を手になつみの魂を引き出しにかかった。
 
「ふざけんといて!」
 
それを阻止するため裕子は鎌を呼び出すと男めがけて踏み込む。
それに舌打ちをし男は名簿とは反対の手で鎌を操り、裕子の鎌を受け止める。
 
「なっち!」
 
なつみの魂が漂い出ていた。

光る魂を手にしようと男の手が伸びる。
瞬時に鎌を消すとその手に裕子は全力でしがみついた。
 
「くそっ」
 
男はしがみつく裕子をふりほどこうと鎌を振り回す。
 
それを避け、裕子は男の腹部を膝で蹴り上げた。
攻撃に男はうめき声を上げるとよろめく。
 
その隙に裕子はなつみの魂を両腕に抱き込んだ。
387 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時23分28秒

「このっ」
 
男は体勢を立て直すと再度鎌をふるう。

紙一重でその一撃を避けた裕子だが、両腕が使えないは自分の不利は知悉していた。
それでも、例え自らが消滅する事になってもなつみを守りたかった。
 
男に背を向け夜空へ飛びだすと、片手でなつみの魂を保護し裕子は自らの鎌を再度呼び出した。
 
「死ね!」
 
叫んで背後からふるわれた鎌をしっかりと受け止める。
生前から喧嘩には慣れていたものの、こんなふうに命のやりとりをした経験はなく、恐怖に足が震えた。
 
誰か・・・誰でもいい、助けてほしい。
 
なつみをかばいつつ必死で打ち合う事十数合。



均衡は突然破れた。

388 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時25分11秒
裕子の鎌が男の鎌に大きく飛ばされる。
虚空に思わず手を伸ばした裕子の手からなつみの魂が漂い出していた。
まるで不安を示すかのように明滅を繰り返す魂は裕子に向けられたまま、斬撃をくり出していた男の鎌に触れる。
 
「なっち!」
 
魂はその衝撃で一度大きくふるえた。
光は弱まり、激しく明滅を繰り返す。
 
「なんて事を!」
 
予想外の事態に一瞬呆然とした男の体を裕子の鎌が通り過ぎた。
純粋な驚愕に顔を引きつらせた男は自らの腹部を薙いでいく鎌を為す術もなく眺めていた。
 
「なぜ・・・お前の鎌は遠くに・・・」


「あんた頭固いな。鎌飛ばされても消してもう一度呼び戻せばええやろ」
 
瞬きをした男の目に理解の色が広がり、闇色の双眸は風に散る砂塵のように宙に散じる。
 
溶けるように姿を消す男に憤然と言い返した裕子はなつみの魂の所まで跳ぶ。
389 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時26分22秒


送るなどという気を回す余裕は無かったため男の魂は消滅した。
 
一刻も早くなつみの体に魂を返し、事の決済を管理局に仰ぐ必要がある。

裕子は宙を蹴る。
後悔は感じなかった。
 
 
裕子は管理局へと急いだ。

男を勝手に消滅させてしまったことで自分は処分されるかもしれない。
それでも犠牲者であるなつみは助けてもらえる。


そう思っていた。

男を放っておいたのは管理局のミスでもある。


しかし。


「あたしは、甘かった・・・」
 
うめくように声をあげ、きつく目を瞑る。
 
390 名前:雨夜月 投稿日:2003年07月09日(水)18時27分31秒




―天は、どこに。
 
 
局に強い怒りを感じた。
天は何をしているのかと思った。

罪人にその証を与える事ができるのならば、なぜその場で罰してしまわないのだろう。

なぜ罪を防ぐことが出来ないのだろう。
なぜ罪もないものが傷つくのを放っておくのだろう。
どうしてなつみがこんな目に遭わねばならなかったのだろう。
 
このままではまた何もかも壊れてしまう。
死神などになってまで守ろうとした家族を、なつみをなくしてしまう。
 

ならば、あたしは。
 

天に逆らうことになろうとも、身が、魂がなくなろうともこの非道を許しはしない。
 
「絶対に」
 



たとえ、月に背を向けこの身を罪に染めようとも。
 
391 名前:更待月 投稿日:2003年07月09日(水)18時31分23秒


―平家みちよ、中澤裕子を誅殺せよ
 
 
 
下った指令に紗耶香は目を疑った。
 
罪状は記録の改竄。
死するべき者の延命と、名簿に無い者の殺人。
 
彼女らは死すべき運命の者を数年にわたり匿い、命を長らえさせ管理局の記録に改竄を加え続けてきたという。
 
罪は一枚の名簿の返還から発覚した。
死神が使用を終わった名簿は管理局に返還することが義務づけられている。
 
その名簿は一度行方がわからなくなり、後になって返還された。
波長のおかしいそれを不審に思った管理局が調べを開始し、行き着いた先がみちよと裕子だった。
 
それは当然の帰結だったのかもしれない。

明かされない罪はなく、死すべき運命にある者を生かすのには相当な無理を生じる。
 
紗耶香と共に真希にも同じ指令が下された。

真希には誅殺令に加え、必要ならば真希が担当の死神かわりその死者を送ることも指示されている。
 
392 名前:更待月 投稿日:2003年07月09日(水)18時32分40秒






改造された名簿を使っていた死神の名は矢口真里。



罪により庇われていた死者の名は安倍なつみといった。



393 名前:たすけ 投稿日:2003年07月09日(水)18時33分48秒
雨夜月、更待月終了です。
394 名前:たすけ 投稿日:2003年07月09日(水)18時34分19秒


△▽
395 名前:たすけ 投稿日:2003年07月09日(水)18時35分07秒


△▽

396 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月09日(水)22時53分53秒
更新オツカレです
人物の関係が明らかになってきましたねー。
ますます目が離せません!
どうなっちゃうんだろう?
397 名前:名無し 投稿日:2003年07月09日(水)23時12分51秒
やばい!!ここに来てこんな展開になるなんて!
面白すぎます!続きめちゃ期待!!
398 名前:和尚 投稿日:2003年07月10日(木)00時14分13秒
どひゃ〜!!!!
また泣いちゃうかもしれませんが、続きが非常に気になります〜!!

399 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年07月10日(木)12時27分17秒
ぐわぁ〜、凄く続きが気になる!!
400 名前:たすけ 投稿日:2003年07月11日(金)17時03分55秒
>>396 名無しさん
レス、ありがとうございます。
人物関係、やっとはっきり書けました。
最後までお付き合い、よろしくお願いします。

>>367 名無し さん
レス、ありがとうございます。
こういうことになりました(笑
お褒めの言葉、ありがとうございます。
これを胸にいっそう励みまっす。

>>398 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
あの、恐縮です。
ありがとうございます。

>>399 読んでる人@ヤグヲタさん
レス、ありがとうございます。
読んでくださっていて、ありがとうございます。
お言葉、とてもうれしいです。
ご期待に添えるよう、できるだけ早めの更新で行きたいと思います。

では更新します。
二十三日月。
401 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時06分54秒


今日は里沙と遊びに行く。
 
二人きりでデートだと頬を染めて言われた時には思わず苦笑してしまったが別に悪い気はしなかった。
 
朝家を出て真里が居ないことに少し違和感を覚えたが待ち合わせ場所へと急ぐ。
時間がもう無い。
 
昨夜の真里の様子がなつみの脳裏によぎった。

 
明日の人若くてさ・・・。

それだけ口にして、いつものようになつみの部屋の窓枠にもたれるようにした真里の横顔は悲しげだった。
 
きっと肩を落として帰ってくるに違いない真里の為になつみは出来れば今日は部屋で真里を待ってやりたかった。
 
それでも、今日を以前から楽しみにしていた里沙を思えば、予定をキャンセルすることは出来ない。

今では里沙はなつみにとって恋愛の対象ではないもののかわいい後輩になっていた。


結局は真里の勧めもあり、なつみは後ろ髪引かれる思いで里沙との予定を優先したのだった。
402 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時08分11秒


真里の様子を確認できるよう、持ち物に鏡を加えてきた。
夜になって月が出てないと鏡に真里の姿が映る事は無いが一応念のためということもある。
 
待ち合わせの駅では里沙が先に待っていた。

「待った?」

息を切らせるなつみに里沙は笑い、首を振った。

「いえ全然。行きましょう」
 
今日は買い物をした後映画を見ることになっている。
 
歩き出したなつみの背中に里沙は小さな声で呟いた。


「来てくれてありがとうございます。・・・夢みたいです」
 
「ん?」
 
振り向いたなつみに再度の笑みで答えると、里沙は小走りでなつみの後を追った。
403 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時09分26秒



里沙が選んだ映画が終わり、外に出るともう月が夜空を飾っていた。
 
「もうこんな時間?」
 
時計を見ると7時前。
なつみは高校生で家にも人はいないため、門限などは無いが中学生である里沙はそうはいかない。

「早く帰らないと家の人が心配してるんじゃない?送っていくから帰ろう?」
 
言ったなつみに里沙は首を振った。

「今日は家に人、居ないんです。だから何時になってもいいし・・・あの、安倍さん、今日家に泊まっていってくれませんか?」
 
眉を下げ、すがるような瞳で言われなつみは迷う。
 

けど、今日はきっと矢口が・・・。
404 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時09分56秒

「今日だけでいいんです。うちに人いないと不安で・・・出来るだけ安倍さんといっしょにいれたらって思ってて・・・やっぱだめですか?」
 
重ねて請われ、なつみは困ったように額に手を当てしばらく沈黙し、やがて口にする。
 
「じゃあ・・・いいよ」


こんな小さな子を放っては帰れない。

 
矢口・・・矢口は死神だもん。
仕事、いくつもやってるんだもんね。



平気、だよね?

405 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時11分39秒


帰り道に見上げた夜空には慣れた気配が無い。
ここのところ、なつみの近くには絶えず真里がいた。
 
なぜか落ち着かない。


隣にはちゃんと里沙がいるのに。
以前は一人でも平気だったのに。
 
なにかがちがう。

違和感に首を傾げた。
 
「どうかしましたか?」
 
見ればもう里沙の家の前まで来ていた。
立派な門に新垣の文字がある。
 
里沙の言葉通り家には灯りが灯っていなかった。
 
「うん・・・」
 
言葉を濁し門をくぐろうとしたその時、それが聞こえた。
 
―なっち・・・
 
泣きそうなその声はなつみの鞄から漏れてきた。
 
「安倍さん?」
 
表情を固まらせ立ちつくしたなつみを、不審に思い里沙は声をかけるがなつみは動かない。
406 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時12分45秒


―なっち・・・


 
もう一度聞こえた声はかすれていた。
 
なつみはきつく目を閉じる。
 
矢口はひとりなんだ・・・。
 
同じ死神にはなかなか会えず、見守っている生前の友人や家族とは話も出来ず見てももらえない。
それでも心を殺して悲しい仕事をして。
 
どうして大丈夫だなんて思ったんだろう。
だって、なっちだって慣れた矢口がいないだけでなんか落ち着かないのに。


 
矢口はずっと一人だったんだ。
なっちが矢口と会ったんだ。


なっちが。なっちだけが。


 
407 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時13分40秒

「ごめん・・・新垣。約束したけど・・・用ができた。どうしても帰らなきゃいけない」

「用ってなんですか?」
 
口調は強かったものの門に手をかけた里沙の顔は悲しみに染まっていた。
 
「大事な用。それしか言えない」
 
絞り出すようになつみが言う。
 
月光が二人の陰を長く引き延ばしていた。
 
「それは・・・新垣よりも大事ですか?新垣は・・・やっぱり安倍さんの大事なものには、一番にはなれませんか・・・?」
 
里沙の目がまっすぐなつみに向けられる。
ひたむきなその目に応えなつみの里沙の目を見つめる。
 


エンジン音が響き車のヘッドライトが二人の姿を照らし、通り過ぎていく。
 
また静かになった住宅街になつみの声が響いた。
408 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時14分53秒

「新垣の事好きだよ。いっしょにいて楽しかったし大事な後輩だと思ってる。けど・・・ごめん。なっちには今新垣よりも大事な人がいるみたい」
 
里沙に注いでいた目を落とし小さく笑った。
白い顔に陰影が出来る。
 
「みたいじゃないね。自分のことだもん。大事な人がいるって今気づいた。だからごめん」
 
もう一度里沙の顔を見て言うなつみに里沙は口元だけで微笑んで見せた。
視界はもう揺らいでいた。
 

それでも最後ぐらいはちゃんと安倍さんを見ていたい。
だって今までも、ずっと見ていたから。


「そうですか・・・わかりました。あの・・・またあたしと話してくれますか?」
 
最後はかすれた小さな声になったがちゃんとなつみには届いた。
 
「もちろんだよ。・・・じゃあなっちは行くね。友達によろしく」
 
なつみはきびすを返す。
409 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時16分44秒


「友達・・・?」

走り去ったなつみの最後の言葉の意図が分からず首を傾げた里沙に、遠慮がちに声がかけられた。
 
「ごめん。立ち聞きする気はなかったんだ・・・」
「ごめんね」
 
伸びた影は二人分。
手をつないだ形のそれは里沙の方へゆっくりと近づいてくる。
 
「麻琴・・・あさ美・・・」
 
呆然とした顔で幼なじみの名を呼んだ里沙に二人は歩み寄った。
 
「おばさんから頼まれてたんだ。今日一緒に泊まってやってって」
「そしたら・・・」
 
麻琴の言葉をあさ美が引き継ぎ、ばつが悪そうに語尾を濁した。
410 名前:二十三日月 1 投稿日:2003年07月11日(金)17時18分19秒

「あさ美・・・」

堪えていた雫が一粒二粒と里沙の頬を伝って落ちていく。
 
その里沙の肩を両方から抱きかかえるようにして麻琴とあさ美は門を押した。
 
「中に入ろう?暖かいもの飲んでさ。話はそれから聞くよ」

麻琴の言葉にあさ美も頷く。
 
「ココアいれてあげるから」
「うん・・・」
 
頷いて玄関を開ける。
 


「ほんと、好きだったんだよ・・・」


温かい手に涙が止まらなかった。
呟きを残して、扉は閉まった。
 

411 名前:二十三日月 2 投稿日:2003年07月11日(金)17時19分38秒


白い息を吐いてなつみは走る。


鏡を取り出し確認すると真里はいつものように鎌を持ち立っていた。
 
その視線の先には一人の少女。
制服には見覚えがあった。
 
あれ・・・矢口と吉澤さんの学校の子。


病院らしい部屋に、彼女の周囲には医者の姿がある。
必死に手をつくされているらしいその子の近く、壁にもたれるようにして真里は立っていた。
 
周囲の音は聞こえてこない。

そうか・・もう時間なんだ。
 
真里は鎌を肩にかつぐと少女の近くまで歩いていく。

「本人と確認」


忙しく働く医者をすり抜け彼女の枕元に立つ。
412 名前:二十三日月 2 投稿日:2003年07月11日(金)17時21分20秒


「・・・聞こえてるよね?貴方はもう死にます」
 
声に少女は懸命に目を開け真里を確認しようとする。
 
「いいよ、無理しなくても。苦しいよね。もう大丈夫だから」

告げた真里も苦しそうな表情をして鎌を持ち上げる。
 
「ちゃんと送るから。死神、矢口真里。貴方の魂を送ります・・・ばいばい」
 
小さく別れの言葉を継ぎ足すと真里は鎌をふるった。


いつもよりも短い会話。
そこに真里の苦悩がみてとれるような気がした。

413 名前:二十三日月 2 投稿日:2003年07月11日(金)17時22分07秒

にわかに彼女の周囲が騒がしさを増し、大きな器具が引き寄せられる。
 
真里はそれに見向きもせずに、漂いだした魂をそっと引き寄せ壁を抜け夜空に舞い上がる。
病院の上空で鎌を消し、両手を開いた。
 
漂う魂の光で、青い燐光を放つ真里の顔あたりが黄色い優しい光に染まる。
 
「じゃあね・・・」
 
聞こえた声を最後に鏡の光景は消えた。
 

これはいつの事なのだろう。

いつしか立ち止まっていたなつみに青白い光が届く。
414 名前:二十三日月 2 投稿日:2003年07月11日(金)17時25分12秒


「・・・おかえり」

細く高い声が澄んだ空気をふるわせる。

夜空を背に、住宅地に浮んだ小柄な体。
なつみに笑ってみせた真里の顔は泣き出す寸前と言ってもよいほどゆがんでいた。
 

真里を抱きしめて慰めたかった。
触れられない体が悲しかった。 


「ただいま」


それが出来ない代わりに、手をさしのべてなつみも顔をゆがめ、笑った。

415 名前:たすけ 投稿日:2003年07月11日(金)17時26分17秒

二十三日月1,2、終了です。

次回は破鏡。
416 名前:名無し 投稿日:2003年07月11日(金)18時26分15秒
くそぉ!ガキさんに鼻の奥をツーンとさせられた!
面白い!そしてなちまり最高!
417 名前:和尚 投稿日:2003年07月12日(土)01時18分51秒
新垣さんに、矢口さんにそして安倍さんに・゚・(ノД`)・゚・。
418 名前:七氏 投稿日:2003年07月14日(月)22時47分57秒
雨夜月、更待月の衝撃が大きすぎて、思わずレスできずにいました。
すごく良いです。せつないです。何度も読み返してます。
419 名前:たすけ 投稿日:2003年07月16日(水)17時39分15秒
>>416 名無しさん
レス、ありがとうございます。
お褒めの言葉、とても嬉しかったです。
なちまり最高。

>>417 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
書きたい事を汲んでくださっているような気がして、本当に感謝です。

>>418 七氏さん
毎度のレス、あありがとうございます。
お付き合いくださってたんだって、嬉しくなりました。
>何度も読み返してます。
光栄です。気を引き締めて文に励みます。

それでは更新します。
破鏡。
420 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時40分07秒



その子は大きな力を持っていた。
 
死んで一年。

当然のように管理官になり、みじんの感情の揺らぎも見せずに訓練を終えた。

彼女が希望した配属先は一番人気のない、いわゆる裏方。
あたしが所属する管理局管理科。


鎌のメンテナンスや鏡の管理を中心に行う部署。

421 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時40分53秒


そこの新人だったあたしは繰り上がりで自動的に後輩の指導を行うことになった。
管理科期待の新人はあの、福田明日香。
 
噂の有名人、福田明日香は噂通りの落ち着きぶりで、噂通りの優秀さで、噂と違い優しい子だった。
 
 
管理局の奥にあるこの部署は、月の光の恩恵は遠いため、終日手元の灯りを灯し仕事をすることになる。
その日、仕事に夢中になりすっかり遅くなってから帰ろうとすると、隣の部屋にはまだ人がいた。
 
明日香だった。
422 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時41分42秒

「明日香?まだいるの?」
 
声をかけ、それを悔やんだ。

わずかにこちらを向いた彼女の顔はゆがんでいた。
こちらの表情からそれを悟ったのかあわてて彼女は手元に顔を落としたが、死んでからそれなりに経験を積んであたしは理解していた。


この顔を死神達がするとき。
それは泣きたいときだ。泣いているときだ。

体をなくし涙を捨てたあたし達でも、情や悲しみまで捨てる訳にはいかない。
 
「鏡を見てた」
 
観念したらしく短く答え、明日香は口元を少しつり上げて見せた。
大丈夫と目で語った顔には、無理がありありと見て取れた。
 
プライバシーに踏み込むのは趣味では無かった。
馴れ合ったり、ましてや傷をなめあうなんてまっぴらだと思っていた。
 
それでも迷いながらも口にした。
423 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時43分49秒

「どうした?」
 
答えは返ってこないものだと思っていた。
はぐらかされて当然と思った。
 
「人はどうして死ぬのかな・・・メンテ終わった鏡をチェックしてたら悲しくなった」
 
まっすぐに目をこちらに向けて、乾いた声音でそう言った。

生半可な言葉はきっとそこには届かない。
明日香にどう声をかけたらいいかわからなかった。

鏡のチェックはあたしも好きではない。
仕事とはいえ人の死ぬ様を何度も、何枚もの名簿の分見るのは限りなく苦痛で辛い作業だった。
自分が死んだ時のことを思い出す。
大事な人たちの悲嘆を思い出す。
 
 
黙ってこちらを見る、目前の透徹した瞳に胸をつかれた。

命を失い死神となり、管理官に選ばれ、その間に何度も死を見つめ死に慣れていく。
そんな同僚たちの無感動な目をここであたしはずっと見返してきた。
 
あたし自身も忘れていたような明日香の目に素直に驚き、悲しくなった。
死に慣れることのできないこの子は、不幸だ。
424 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時44分46秒
その目が美しければ美しいほど哀しかった。

管理官になってから日が浅いからこんな目をするのかもしれない。
いずれこの目も失われる。


信じようとしたが無理だった。
明日香はきっとこの目を失う事はないだろう。
それは直感だった。
 
「そんなの考えたら持たないよ」
 
この目の前で建前を唱えることはできない。
はぐらかしとも取られても仕方ない言葉で小さく答え、目を逸らした。
下手な言い訳や慰めは不要だと思った。
 
「早くやすんだほうがいい」
 
早晩彼女はこの管理局を照らす月の裏側、光の差さない澱んだ影に自ら到達するだろう。
潔癖なこの人格は見つけた闇にどのような答えを出すのだろう。

できれば、聡明でまっすぐな彼女がこの管理局の欺瞞やゆがみに気づかなければいい。
それは不可能だということに気付きながらもあたしは祈った。
425 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時45分55秒


生前からの友人である裕ちゃんの事を聞いたのはそれから少したった頃だった。
最初は妹を事故で失ったと聞いていた。
 
その裕ちゃんが管理科にあたしを訪ねて来て、頭を下げた。
あの、プライドの塊だった裕ちゃんが土下座をして言った。
 
無理な願いだとわかっている。それでも協力してくれと。
 
鏡に細工をするから黙って見逃して欲しい。
協力とはそういうことだった。そういう頼みだった。


妹の事は知っていた。
今は死んでしまった裕ちゃんの一番大事なものがそれだったということも。
 
事情を聞いて憤った。
裕ちゃんには生前からの恩があった。
執着にも共感していた。あたしにも、妹がいたから。
妹の為に管理官になったようなものだから。



しかしそれは鏡の事を見逃すだけのこと、ただ、それだけだったはずなのに。


426 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時46分38秒


ある日鏡に妙な細工があることに気づいた。
 
「中澤さんの話、聞いちゃったんだ」
 
聞き慣れた固い声が聞こえ、部屋の外を見れば明日香がいた。

「あたしがいじった鏡が彩っぺのところにいったの、わかったから・・・」

ばつが悪そうな顔をして扉にもたれ、白状にきたと言う明日香に呆然とした。
 
「どうして・・・」
「あの日、二人の声が聞こえて、つい立ち聞きしちゃったんだ。その後中澤さんに話しに行った。協力するって」
 
自嘲するように笑う明日香に思わず椅子から立ち上がり詰め寄った。
 
「あんたわかってんの!?もしばれたら・・・消滅かもしれないのよ!?」
 
明日香はそれに真剣な顔で答えた。
 
「わかってる。でも・・・あんな話を聞いて我慢出来なかった」
427 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時47分56秒

横を向いた顔はあの日、鏡を見ていた時のそれとおなじものだった。
 
祈りは無駄に終わった。
明日香はすでにたどり着いていた。

ここまで。

暗い夜の闇を統べ光る月への、これが彼女の答えだった。
 
その日からあたし達は共犯者となった。
以来一度もあたしは後悔というものをしていない。
裕ちゃんに巻き込まれたとも思っていない。
 
きっとそれは明日香も同じ。

裕ちゃんを見捨てていたら、あの話を許していたらあたしはあたしでなくなっていた。
それはあたしの消滅と同じことだったから、この身が罪に染まろうとかまわない。
428 名前:破鏡 投稿日:2003年07月16日(水)17時48分42秒
覚悟はできている。それは、いい。
 
ただ、明日香は助けてあげられたら。
 
あの潔く優しい魂を失いたくなかった。
どこまで持つかわからない。
 
それでも、あたしは「生きている」。
皮肉な事に生を失い管理官になってから、執着を亡くしてからあたしが、初めて生きている実感をもてた。
 
だから、それでよかった。
その先に待っているものがなんであれ、ほんとうにそれでよかった。
429 名前:たすけ 投稿日:2003年07月16日(水)17時49分38秒

破鏡、終了です。
次回は二夜月になります。
430 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月16日(水)23時04分55秒
更新オツカレです
それぞれの人物の決意が重いですね・・・
次回も期待
431 名前:和尚 投稿日:2003年07月17日(木)21時09分58秒
今回の更新も切ないっす・゚・(ノД`)・゚・。

432 名前:名無し 投稿日:2003年07月17日(木)22時11分38秒
オリメン万歳!!と叫んでしまいました。
433 名前:七氏 投稿日:2003年07月21日(月)23時01分51秒
かっこいい…あやっぺも、明日香も…
芯に強いものをもってますね。流れる空気がたまらなく良いです。
434 名前:たすけ 投稿日:2003年07月23日(水)00時25分05秒
>>430 名無しさん
レス、ありがとうございます。
ちょっと更新の間が開いてしまいました。
>次回も期待、も、の文字がとてもうれしかったです。

>>431 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
えと、恐縮です。ありがとうございます。
これを励みにがんばっていけます。

>>432 名無し さん
レス、ありがとうございます。
オリメン、大好きです。
オリメン万歳。ありがとうございます。

>>433 七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
お褒めの言葉、とてもうれしいです。
いつもお付き合いくださって、感謝しています。

それでは更新します。
二夜月。
435 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時26分30秒



「平家みちよ。あんたがなぜ・・・」

そこまで口にして紗耶香は首を振った。
その後ろにかなり離れて真希の姿がある。

管理局にみちよの姿はやはり無かった。
巧妙に隠された気配を苦労して追い、ようやくみちよを見つける。


そこは管理局と現世の狭間ともいえる場所だった。
薄赤く、ぼんやりと照る月に背後にみちよは一人浮かんでいた。
ほの明るい燐光は自らが背を向けた月の恩恵を拒むかのように主人に付き従い、立ち上る陽炎のようにみちよの体にまとわりつく。
闇色のはずの目はわずかに伏せられた睫に覆い隠され、その色は見えない。

「・・・罪はもう局に露見した。あたしに下ったのはあんたの誅殺の指令だ。・・・なぁ。どうしてこんなことを?」
436 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時27分31秒

紗耶香の大きなサングラスが表情を隠している。
纏うコートがこの後起こることを暗示するかのように、風に不穏に大きくたなびく。

月に背を向け立ったみちよの姿は漆黒の陰となって紗耶香の目に映る。
全身を染める闇は悪の象徴。

向き合う両者それぞれに背負う罪の色。

「お互いにここももう長い・・・わかっとんやろ?あたしは姐さんが好きなんや。姐さんの頼みやったらなんでも聞く」

青白い光にくっきりと照らされた紗耶香の口元がかすかにゆがむ。

「だからって・・・!」

「あんたはわかるはずや。後藤の為に罪を背負ったあんたなら。あんたほど優秀なら出世も思いのままやったろうし、生まれ変わったらなんにでもなれたやろうに・・・それを棒に振った。おしかったな」

その言葉に激昂し紗耶香は自らの顔からサングラスを乱暴にむしり取る。
437 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時28分23秒


「あたしの事はどうでもいい!そうじゃないだろ!なんでこんな事をしたんだ!死者の延命など無駄なだけだってあんたは知ってるはずだ!どうして中澤裕子を止めなかった!どうして説得しなかったんだ!妹でもなんでも・・・なんであんたまで罪を背負った?あんたの手助けがなかったら中澤もこんな事は出来なかったはずだ!」

紗耶香が投げ捨てたサングラスが下方へ落下していく。
声を荒げ手を握りしめ立ちつくす紗耶香に静かにみちよが答える。

「最初は事故やった。もう、調べはついとるんやったら知っとるんやろ?それからずっと罪やって知ってあたしが姐さんにずっと手を貸してきたのは・・・」

みちよは一歩足を踏み出す。

闘気となった燐光がみちよを照らしだし、青白い色が紗耶香の目を射る。
漆黒の瞳があらわになる。

光を拒むはずの色はなぜかその奥から光っているかのように見えた。
苛烈なまでに紗耶香に向かっていた視線が一瞬緩み、遙か高みへと向かう。

「好きやったから。あたしに出来ることはそれしかなかったからや」
438 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時28分58秒

つなぎ止めるためにはそれしかなかった。
あの人と共に落ちるのならばそれで良かった。
あの悲しい人を一人には出来なかった。したくはなかった。

淡く甘い光を浮かべたみちよの目から紗耶香は目をそらす。

「どうして・・・」

呆然と呟いた紗耶香にみちよは口元を引き上げた。

「もう十分やろ?あたしとあんたはもう敵同士。あんたはあんたの仕事を遂行する。天に背いたあたしは姐さんをあんたから守るためにあんたと今から戦う」

目元に苦悩をにじませ、その言葉に弾かれたように紗耶香は顔を上げた。

「あたしは闘いにきたんじゃないんだ」
「それが指令やろ?」

あきれたように笑うみちよに紗耶香はのろのろと首を振る。

「違う!あたしはもう自分の意志で鎌を操ることは出来ない。限界なんだ。闘わない。・・・自首してほしい。あたしは、市井はあんたの消滅なんて望んでないんだ」
死なないで欲しい。
439 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時29分34秒

苦しげに呟いてみちよを見る。
背後の真希がわずかに身じろぎした。

「自首して―裁きを待ってくれ。闘ってはいけない。あたしはそれを言いに来たんだ。あんたの罪は記録の改竄だけなんだし情状酌量の余地がある。・・・後藤ならあんたを送る事が出来る」


「そうして、あたしは姐さんを裏切って一人にするんか?」

差し出された可能性を冷ややかな声でみちよは拒み、右手を天にかざした。
そこに現れる華奢な弧を描く細身の漆黒の鎌。
管理官の中でも有数と言われたその美しい鎌は漆黒に染まった今でもその優美な姿は変わらない。

それまで紗耶香の影のように室内の様子を見守っていた真希がそれに応え、自らの鎌を取り出し前に出る。

「だめだ!死ぬことは無い!闘えば極刑が待っている!」

「市井ちゃん下がって」
440 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時30分35秒
短く告げ真希は紗耶香の体を自らの背に庇う。

「後藤!」

それを押しのけようとする紗耶香を押しとどめる。

「説得するだけって約束でしょ。市井ちゃんは闘っちゃだめ。下がってて」
「でも!」

それでも前に出ようとする紗耶香の体を真希は鎌を持ってない方の手でつかみ止める。

「もう話す余地は無いよ。あたしは平家さんの気持ちもわかる。これ、市井ちゃんの最後の仕事なんだよ?後藤には平家さんよりも市井ちゃんのが大事なんだよ」

そのまま鎌の柄で紗耶香の体に無理矢理触れる。

「ご・・!」

瞬間、紗耶香の姿は二人の視界から消え失せる。

「・・・強制退去か。あの市井紗耶香を・・・さすがやな」

唇をかんで顔をうつむけた真希は下から睨め付けるようにゆっくりとみちよに視線を向ける。


「さすがじゃないよ。市井ちゃんはもう自分を押さえるだけで限界なんだ。もう一回聞くね。自首しないの?このままあたしと闘う?」
441 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時31分13秒

真希は右手に携えた鎌を一振りし、ゆっくりと構えをとる。
鈍色の鎌が月光に照りかえりぎらりと光を放つ。

「あたしを倒しても逃げられないよ。また次の管理官が平家さんと中澤さんの所へ行くだけだし」

言い放つ真希にみちよは穏やかな笑みを浮かべた。
達観の、諦念の笑みだった。
結末は見えていた。


「あんたと闘う事が時間かせぎにしかならんことはわかってる。それでもあたしは姐さんに少しでも長く生きててほしい。姐さんを裏切れへん」

その言葉に真希は目を伏せた。

市井ちゃん・・・あたし、がんばるから。
安心してもらえるように。



無事に、向こうへいってもらえるように。
442 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時31分53秒



真希の足が宙を蹴るのが合図となった。

夜空を舞う真希にみちよは鎌で応戦する。
振り下ろされた鎌から身を引き、漆黒の柄で受け流しこちらから斬撃を放つ。

真希はまた身軽に宙を蹴り宙へ舞い、それから逃れる。

着地すると同時にその足を踏み込みにしてみちよに鎌を振り下ろす。
みちよもまたそれを宙に跳んでかわし鎌を横凪ぎにふるった。
443 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時33分02秒




「後藤!」

襲撃と共に宙に放り出され紗耶香はあわてて姿勢を立て直す。

あわてて周囲を見回せばそこは管理局の外れの上空。
紗耶香は広大な局の敷地のほぼ対岸まで吹き飛ばされたことになる。

みちよがいたのは管理局を挟んでこことほぼ対角線上にある局と現世の狭間。

この敷地内では通常の瞬間移動は使用できない。
舌打ちして即座に紗耶香は全力で宙を蹴る。

まさか後藤に強制退去をくらうとは思わなかった。
自分の衰えを思い知ると共にこんな時だというのにほんの少しだけ後輩の成長が嬉しい。

しかし。

「間に合え・・・!」

小さく漏らす。
平家みちよは古株の管理官。
内勤になって長いとは言え、その力は強い。
444 名前:二夜月 投稿日:2003年07月23日(水)00時33分47秒
後藤を信じてはいるし自分はできれば闘いたくはないものの、向こうは本気。
生半可な相手ではない。

「後藤・・・」

遠い。

焦る気持ちに胸を焦がしながら紗耶香はきつく目を閉じた。

強制退去発動の寸前、真希が見せた横顔が胸をよぎる。
優しいあの子にあんな顔をさせてしまった。
自らの無力を強く憎む。

後藤。
どうか、どうか無事で。
445 名前:二夜月 2 投稿日:2003年07月23日(水)00時35分19秒



金属がぶつかる鋭い音と小さく散る火花。
舞い散る燐光が尾を引き、激しく明滅を繰り返す。

派手にやり合うことしばし。
互いに死んでいる為に息が切れることは無いのだが、やはり集中力は途切れてくる。

みちよにはもう後はないという気迫があり、真希には迷いがあった。

退去させた紗耶香が気になる。
あの消える瞬間の悔しそうな悲しそうな目が真希の脳裏に焼き付いていた。

斬りかかられ、その刃から身を逸らし打ち込もうとした瞬間それが引かれる。
まるで手品のようにその鎌が翻り強烈な衝撃が真希の腹部を襲った。

半ばすくい上げられるように入ったそれに声をあげることもかなわず真希は吹き飛ぶ。


「後藤!」

響いた声にみちよが素早く飛び退くのと同時に人影が飛び込んでくる。
現れた紗耶香の姿にみちよは舌打ちした。
446 名前:二夜月 2 投稿日:2003年07月23日(水)00時37分07秒

「早かったな」

先程とは逆に後輩を背に庇い立つ紗耶香は後ろを振り向かずに真希に声をかける。

「大丈夫か」

返事は無い。
立ち上がれない真希に素早く目をやると紗耶香はみちよに剣呑な目を向ける。

「刃と柄、どっちでやった」

見たところ外傷はなさそうだが、この体は魂が具現したものである。
傷つけられれば、それは魂の傷になる。

「・・・次はあんたか」

けだるく息をつくみちよに紗耶香は怒りに満ちた目を向けた。

「答えろ!」
「どっちかはすぐにわかる」

短く答え踏み込んできたみちよを避け紗耶香は跳ぶ。

避けられた所で方向転換し鎌で半ば自分を守るようにしてみちよは再度紗耶香めがけつっこんだ。

「なぜそう死にたがる・・・!」

その柄を懐から出した短い杖で受け紗耶香は問う。
447 名前:二夜月 2 投稿日:2003年07月23日(水)00時37分59秒

それにみちよは口元だけで微笑み、答えた。

「あの人を逃がすためや」

穏やかな口調は戦闘にそぐわない。
眉を険しくした紗耶香にみちよは再度斬りかかる。

迫る刃を避けると紗耶香は真横から蹴りを放ち、みちよを大きく引き離した。
腹部ねらいの蹴りそのものは鎌の柄で受けたものの、衝撃までは殺しきれずにみちよの体は鎌を胸に抱いたまま夜空を滑った。

「意味の無いことは止めろ!市井が守るから!中澤裕子もなんとかするようにする!」

「無理や!あたしはもう決めた!天に背いた覚悟は出来てる!」

斜め上段からの切り下ろしは鋭く速かった。
刃の角度と軌跡を見極めなんとか杖でその斬撃をそらしたものの、勢いに負け紗耶香の手から杖がはじけ跳ぶ。

跳ぶ杖に一瞬紗耶香の気が逸れ、そこへみちよの刃が迫る。

後藤。
あたしを許して欲しい。
448 名前:二夜月 2 投稿日:2003年07月23日(水)00時38分48秒


自分の体の奥に潜むものを呼び出す。
これがおそらく最後になるだろう。

馴染んだ気配。心の奥からどろどろとした黒い液体があふれてくるかのような感触。
それは体の中心から瞬間で、身を守るためかざした手に駆け上り形を取った。

手に硬い感触を感じると同時に紗耶香の意識は周囲から押し寄せてくる闇に呑まれた。

目に焼き付けるようにしたあの日の背中に呼びかける。


・・・圭ちゃん。

未練があった。
こんなことなら、向こうで待ってれば良かったかなぁ・・・。
どうしてももう一度会いたかった。市井のままで、もう一度。
言いたかったことまだあるのに。
全然、伝わってないのに。伝えられなかったのに。

でも圭ちゃんはあたしの事覚えててくれるよね。
もう会えないけど、それでもちゃんと。

消えたくない。諦められない。

圭ちゃん。けいちゃん。
ごめん。ほんとうにごめん。

449 名前:たすけ 投稿日:2003年07月23日(水)00時39分23秒
二夜月1,2終了です。

450 名前:たすけ 投稿日:2003年07月23日(水)00時40分07秒


△▽
451 名前:たすけ 投稿日:2003年07月23日(水)00時40分38秒


△▽
452 名前:和尚 投稿日:2003年07月23日(水)17時40分43秒
いちーさん、ごとーさん、へーけさんの想い。
へーけさんにやられたごとーさんは?
ごとーさんを助ける為に鎌を出して闇に呑まれたいちーさん。
次の更新がどうなってしまうのか気になりこんな状態です→・゚・(ノД`)・゚・。
453 名前:名無し 投稿日:2003年07月24日(木)21時40分36秒
なんつー面白さ。
悲しみの連鎖ですね。
一体何処で、何時、誰の手によってそれが途絶えられるのか。
続きが楽しみすぎます。
454 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)13時05分23秒
次の更新が気になりすぎて心臓が痛い・・・・。
455 名前:たすけ 投稿日:2003年07月29日(火)00時12分12秒
>>452 和尚さん
毎度、毎度のレス、ありがとうございます。
次が気になるとおっしゃっていただけるとそれはもう励みになります。
ありがとうございます。

>>453 名無し さん
レス、ありがとうございます。
も、すっごいうれしいです。うれしすぎます(w
できれば最後まで、もうすぐなのでお付き合いお願いします。

>>454 名無しさん
レス、ありがとうございます。
あの、うれしいです(w
ちょっと間が空いてしまってごめんなさい。
ありがとうございました。

更新します。
下弦。


456 名前:下弦 1 投稿日:2003年07月29日(火)00時14分23秒


「出てこい。いるのはもうわかってる」

背後を振り向くことなく口にする。
風に金髪がなびいていた。

「そっか」

悪びれる様子も無く陰からすんなりと人影が現れる。

「中澤裕子。お前の誅殺令が出ている」

漆黒の長い鎌がその手には握りしめられている。

「市井紗耶香?」

宙に佇んでいた人影はいぶかしげに背後を振り向いた。
足下には街の灯りが光る。

「・・・サングラスは?」

気配がおかしい。
確かに姿を見ればそれが市井紗耶香だと納得せざるを得ないが、裕子はそれが自分の知る市井紗耶香だとは信じられなかった。
思わずといったように発せられた問いに紗耶香は口元をつり上げ微笑んで見せた。

「あんたには関係ない」

短く答えると紗耶香は鎌を振り上げる。
その鎌は漆黒。そしてそれを握りしめる彼女の腕もまた漆黒に染まっていた。
457 名前:下弦 1 投稿日:2003年07月29日(火)00時16分26秒

「ちょ・・・!」

寸前で自らも鎌を出し裕子はその一撃を受ける。
大きな音を立てて闇色の刃がかみ合った。
軽く微笑み、紗耶香は裕子から離れる。

裕子は背に冷たいものが走るのを感じていた。

聞いたことがある。

罪を犯し、罪に染まった鎌を操り続ける者はその魂が弱るとその鎌に体を乗っ取られるという。
その者はその身まで漆黒に染まり、汚れた鎌に負の感情を増幅され、鎌の命じるままに魂を屠り続けるようになる。
そうなってしまってはもう助からない。

自分はともかく、紗耶香ほどの優秀な死神がどうして。
市井紗耶香の罪は局によって認定され、紗耶香も罰を受けているはず。

こんな状況になるまで紗耶香を管理局が放っておく訳が無かった。

「なんでや・・!」

また打ちかかってきた紗耶香は軽く笑った。

「それより自分の心配をしたら?あんたは消滅する。愚かな平家と同じく」

「なっ・・・」

458 名前:下弦 1 投稿日:2003年07月29日(火)00時19分34秒
消滅。
それは覚悟をしていたことだった。みちよの、それすらも。


罪の露見はみちよが残してくれた伝言ですぐにわかった。

会おうとしてもみちよの姿は見あたらず、裕子はみちよを探して回っていた。
言わなければならないと思った。
死ぬなと。
罪は自分がかぶるからと。

自首をすればみちよが助かる可能性はあった。
少なくとも即時消滅は免れるはずだった。

あたしは無理やけど。

自嘲の笑みをはいて裕子は思う。

悪人に徹するならば、見つからないみちよを放ってなつみを探しに行くべきだった。
真里の放ったなっち、という言葉も気になった。

裕子は自分の甘さに唇をかみ締める。

結局どっち付かずやったな、あたしは。
みっちゃん・・・許してなんて言えへんけど、あたしもあんたに殉じるから。
あんたがあたしに殉じてくれたのと同じに。
459 名前:下弦 1 投稿日:2003年07月29日(火)00時20分53秒
受け流す鎌の動きを攻撃に転じる。

突然攻勢に転じた裕子に驚き紗耶香は軽く目を見張る。

「よくもみっちゃんを!」

自分を鼓舞するために叫んでみたものの、紗耶香が哀れだった。

そう親しかった訳ではなかったが、市井紗耶香の事は知っていた。
自分の功績を棒に振ってでも人を助けようとする優しさを持っていた。
甘いと評されても自分を曲げない強さも持っていた。
何よりも自分の道を信じていた。


しかしここにいるのは紗耶香では無い。
ただの抜け殻。
彼女の姿を模し、彼女を冒涜した最悪の抜け殻。

裕子は鎌を操りながら心の中で歯がみする。
彼女の姿はまだ完全に闇に染まってはいない。
それは彼女の魂がまだ闇に完全に呑まれてはいないということだ。

「あんたの後輩は?」

鎌を合わせた姿勢のまま聞くと紗耶香の顔から一瞬表情が抜け落ちる。

「後・・・藤?」

460 名前:下弦 1 投稿日:2003年07月29日(火)00時23分44秒

絞り出すような声に答える。

「そうや。後藤はどうしたんや?」

「ごとう・・・ご、とう・・・」

呟いて崩れ落ち、頭を振る紗耶香から離れる。

「市井紗耶香・・・?」

尋常でない様子の相手に呼びかけると、背中に衝撃を受けた。

「っく・・・」

うめき、裕子は背を丸め落下し、なんとか留まった宙で崩れ落ちる。
その姿をを真希は鎌を振り下ろした姿勢のまま眺めていた。

「市井ちゃんの最後の仕事なの。後藤はこれ以上市井ちゃんを苦しめたくないんだ・・・」

それでか。
ここまで弱った紗耶香が送られずに出てきたのは、渋る局を紗耶香自身が説き伏せたせいなのだろう。
最後の仕事、との言葉でそれを悟る。

視界が揺らぎ、胸の奥から力が抜けおちていく。
裕子は自らの意識が深い闇へ落ちていくのを自覚する。

ここまで、か。

461 名前:たすけ 投稿日:2003年07月29日(火)00時31分26秒

いつもよりも少ないですが下弦1、終了です。
次回は下弦2です。
462 名前:名無し 投稿日:2003年07月29日(火)17時17分32秒
そうきたか!
くぬ……一体どうなるんだ。
続きを待ちます。
463 名前:和尚 投稿日:2003年07月30日(水)12時48分45秒
うあ゛〜ん!悲しいよ〜切ないよ〜
次の更新が気になるよ〜
・゚・(ノД`)・゚・。<いぢーぢゃーん
464 名前:七氏 投稿日:2003年08月01日(金)22時43分23秒
消えていく者、残されたもの…せつないです…
ごっちん、がんばったね…
465 名前:たすけ 投稿日:2003年08月02日(土)21時49分15秒
>>462 名無しさん
レス、ありがとうございます。
えと、そうきました(笑
>続きを待ちます。
その言葉に感謝。

>>463 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
光栄です!励みになります。励んでます。
ありがとうございます。

>>464 七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
お付き合いくださってて、本当にうれしいです。
もうすぐこの話も終わり。がんばっていきます。

それでは更新します。
下弦2。
466 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)21時52分13秒
間に合ったことに大きく息を付き、真希は鎌を構える。

「覚悟してください」

湧き上がる苦い想いを押し殺し、裕子に近づこうとして動きを止める。

裕子の様子がおかしい。
小さく震える背中は泣いているようだった。
がっくりと肩を落とし座り込んだ姿勢のまま、鎌を持った手がゆっくりと上がっていく。

漆黒に染まった鎌がまるで生き物のようにうごめいていた。

「まさか・・・」

かすれた声で呟くと真希は急降下し、裕子へ向け再度鎌を振り下ろす。

紗耶香の最初の暴走を思い出した。
たしか、あの時も鎌がまるで生きているかのように動き紗耶香の意志を踏みにじって指令を無視し、魂を屠ろうとしたのだった。

あのときの紗耶香は真希が止め、なんとか自分の力で鎌の暴走を押さえたのだが、今の裕子にそれが出来るとは思えない。
467 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)21時52分53秒
背中には真希のつけた傷があるのだ。
あれだけ大きな傷を負ってはいくら管理官のなかでも指折りの強さを持つ裕子でも鎌を押さえることはできないだろう。
魂の傷はそこに自分があろうとする意志の力への大きなダメージになる。
もう裕子は正気に返れないかもしれない。


背筋を凍らせながら真希が放った斬撃はあっさりと受けられた。

裕子は宙に座り込んだまま真希の方すら見てはいないのに、その鎌がまるで裕子を守るかのように真希の刃を受け止めていた。

それを握る手が徐々に黒く染まっていくのを真希は間近で目にする。
あの黒が体を覆えば、裕子は災厄を撒き散らす負の具現となる。
手傷を負った今でもこの存在感、この力だというのに魂と良心の枷から逃れた裕子を誰が止められるというのだろう。
468 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)21時53分46秒
「中澤裕子!」

きっとまだ残っているだろう、その存在に届くよう名を呼ぶ。
完全な失策だった。

「お願い!あたしに送らせて!」

指令は誅殺であったが真希はそれを遂行する気は無かった。
まずは送る。それが紗耶香との約束。
紗耶香から学んだこと。

裕子の背を襲った一撃も送る意志を込めた一撃だったが、それでも躊躇があった。
紗耶香を止め、速く手を打たなければと背後から襲った。
しかし卑怯の自覚が真希の刃を鈍らせた。

「正気に返って!妹がいるんでしょ!?」

ゆらりと立ち上がる裕子の目に先程まで在ったはずの強い意志は感じられない。

そのまま裕子の姿がぶれる。

瞬間移動。
悟った時にはもう右からの刃が真希を襲っていた。
それを柄を使って受けたが、無理な体勢で受けた為にその体は遠く弾かれる。
469 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)21時55分50秒
宙で体勢を整え、また裕子に向かっていこうとした真希は目の端に影を捉えた。

「市井ちゃん!」

影は紗耶香だった。
腕の半ばまでを漆黒に染め、紗耶香は裕子に向かっていく。

意識はないだろうにまるで真希を守るかのように動いた紗耶香に真希は顔をゆがめる。

「市井ちゃん・・・」
助けにいきたくとも真希は二人の攻防に入っていくことが出来ない。



生来の優しい気質をなくした紗耶香は、真希が今までに見たこともないぐらい強かった。
その紗耶香相手に背に傷を負っているはずの裕子は互角の闘いをしている。


いや、互角以上か。
真希にはわかった。
紗耶香の動きはどことなくぎこちない。

きっと市井ちゃんはまだ闘っている。

その一瞬に意識を集中する。
片方を止めただけでは意味が無い。
双方を同時にとどめ、正気に返す。

確実に紗耶香を止め、裕子を送る。
470 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)21時57分20秒
真希の見守る中、紗耶香は大きく足を踏み出し鎌を振る。
裕子がそれを避けるため大きく跳び下がった。


今。


飛び出し、二人の間に入ろうとした瞬間、刃をただ避けただけかのように見えた裕子の動きが変化する。

下がったのは半歩だけだった。
肩を斬る鎌に目もくれずに裕子は鎌を紗耶香めがけ振り下ろす。

そこへ真希は飛び込んだ。
余裕も時間も無かった。
自分を守る事など頭から消え失せていた。

もう、少し・・・!

紗耶香の体を腕で押しのけ裕子の鎌の下身を投げ出す。

ゆっくりとした視界の中、見えた紗耶香の目に映った自分はかすかに微笑んでいた。
紗耶香は確かに自分を認めている。それが嬉しかった。

「ご・・・とう?」

左肩に灼熱が走った。

鎌を消した紗耶香の言葉と共に真希の体が崩れ落ちる。




長い茶の髪が宙を舞い、落ちた。




471 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)21時59分46秒
結構な深手だったのか、肩を押さえた裕子もまたそこへ崩おれる。

「後藤!」

紗耶香が抱き起こすと真希は薄く笑っていた。
肩から脇腹近くまで走った傷が光る。

「痛いよ・・・」
「ばか、修行がたりないぞ・・・痛みの切り離し方、教えただろ」


「今、やってるよ・・・市井ちゃん・・・遅くなったけど平家みちよ、送れたよ・・・褒めてよ」

痛みをこらえ、柔らかないつもの笑みを見せる真希を抱きしめる。

「後藤・・・」

何を言っていいのかわからない。

体の傷から漏れる光は強くなっている。
このままでは真希は消滅してしまう。

「後藤・・・よく聞け。お前は今のままだと消滅する」

送ろうとする意志も無い鎌で滅ぼされればそれは免れない。
こんな所で真希を失う訳にはいかなかった。

それがどんな結果を招くのかはわからない。
それでも。
472 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)22時00分24秒
裕子が立ち上がろうとしている。
紗耶香は早口で続けた。

「いっしょに向こうへいこう。後藤の鎌で、あたしを送って欲しい。あたしが後藤を送る。手助けするから」

告げられた予想外の内容に真希が目を瞬かせる。

「だって・・・指令・・・」
「もういい。このままじゃあたしはまた狂ってどうなるかわからない。後藤を一人で行かせらんないよ・・・お前、あっちでなにするかわかんないんだもん」

苦笑した真希に合わせ笑う。
裕子は力の入らない肩をなんとか動かそうとしてもがいていた。

「一緒に来て、くれるんだ・・・じゃ、いつもみたいにいっしょに・・・怒られにいこっか」

真希は横たわり、紗耶香に抱えられたまま自らの鎌を右手に呼び出す。
刃のごく近くを握った力の入らない真希の手に手を添え、紗耶香は刃を自らの首元に近づけた。

473 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)22時02分40秒

真希が小さく笑う。

「うまくできるかな。鎌ってこういうとき不自由だよね」
「こういうときって・・・こんな事するための道具じゃないんだからしょうがないって」

不思議に不安はなかった。

真希から漏れる光が弱くなっている。
目の端に見える裕子は鎌にすがるようにして立ち上がろうとしていた。

全て放り出してこのまま逃げるのは身勝手だけど、ごめん。
どうしてもあたしはやっぱり、死にたくない。消えたくなんかない。
無効でどうなるかわからないけど、後藤は一人に出来ない。
圭ちゃんにもう一度会いたい。

「市井ちゃん、次はあっちで会おうね。始末書一人で書くの嫌だし・・・次は生身で会いたいよ」
「始末書は一緒に書こう。あたしがちゃんと見るから一緒に出しにいこう・・・そしたら、そしたら今度は向こうで会おう」




つかんだ手を動かした。





痛みは無かった。
首をすり抜け、後藤の体に入ったはずの鎌にも感触は何も無かった。






神様。
もしもあんたがそこにいるなら、聞きたいことが山ほどある。

474 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)22時03分44秒
   
475 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)22時05分08秒





出来ることなら、みんなに会いたい。

お父さん、お母さん。弟。

家族で、仲良く、今度こそ長く、ずっといっしょに。
弟と喧嘩もたくさんしたけど、きっとまたするけど、後藤はきっと前よりもいいお姉ちゃんになれると思うんだ。

いっそ家族が増えてもいい。ねぇ、お父さん、お母さん。
ほんとはお姉ちゃんも兄ちゃんも欲しかったんだ。弟も妹も、もっといっぱい。
にぎやかなの、あたし好きだよ。

あのね。

大事な人たちをきっと、もっと大事に出来ると思うんだ。前よりも、ずっと。
もう無くしたくない。無くさないよ、なにもかも。

普通に穏やかに暮らせたらいい。普通に学校にいって、恋をして。帰ったら家族がいて。
市井ちゃんや、みんなに会って笑って。

死神なんてやめる。二度としたくないよ。ちゃんと生きたい。
わがまま言って、市井ちゃんを困らせて、みんなに迷惑かけて。

こんな願い事、叶わないかもしれないけど・・・願う事ぐらいは許して下さい。

たくさんの家族と、友人と。
たまには喧嘩しても、にぎやかに、幸せに暮らすのが後藤の夢です。
476 名前:下弦 2 投稿日:2003年08月02日(土)22時05分52秒








後藤がかなえられなかった、かなえたかった夢、でした。





477 名前:たすけ 投稿日:2003年08月02日(土)22時06分57秒

△▽
478 名前:たすけ 投稿日:2003年08月02日(土)22時07分50秒

△▽
479 名前:たすけ 投稿日:2003年08月02日(土)22時08分59秒
下弦2、終了です。
480 名前:和尚 投稿日:2003年08月03日(日)22時14分56秒
素直に泣きました。
ええ、思いっきり泣きました・゚・(ノД`)・゚・。
481 名前:名無し 投稿日:2003年08月04日(月)16時25分24秒
目が熱いです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
482 名前:七氏 投稿日:2003年08月06日(水)20時33分46秒
マジ泣きしました…
ごっちん、よく頑張ったね。お疲れ様。
いつかきっと…次こそは…かなうといいね。
483 名前:たすけ 投稿日:2003年08月08日(金)12時59分02秒
>>480 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
えと、ありがとうございます!
更新の度にいただけるレスで、やる気を出しております。

>>481 名無しさん
レス、ありがとうございます。
つたない話にお付き合いくださって感謝してます。
もう少しですので、できればそのまま、最後までよろしくお願いいたします。

>>482 七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
とてもうれしいです。
後藤さん・・・きっと。はい、きっと。

それでは更新します。
二十六日月。
484 名前:二十六日月 1 投稿日:2003年08月08日(金)12時59分33秒
なつみはいつものように屋上の温室にいた。
暮れかけた空から近づいてくる人影に目を細め笑うと、立ち上がり外へ出る。
 
「矢口」
 
傾きかけた夕日に染まった真里の体は、柔らかい太陽の橙の光とは別にうす青い燐光を放ちはじめていた。
 
二つの色彩に彩られなつみの声に軽く手を振った、真里の顔は硬く、暗い。
 
「どうしたの?」
 
顔を覗き込んで問うなつみと目を合わせ、逸らせる。
 
管理局への出頭命令。
今までに無いことだった。
 
突きつけられた書類。
 
そこ、ここに躍る罪の文字。
 
知らされた真実。
 
なつみの体に手を伸ばす。
すり抜ける自分の手を見つめ、しばし躊躇ってからその手をなつみの頬あたりに添える形で留めた。
485 名前:二十六日月 1 投稿日:2003年08月08日(金)13時00分08秒


「矢口?」
 
首を傾げ不安げな顔をするなつみに、真里はなんとか笑みのようなものを顔に浮かべる。
 
信じられない。
こんなに、ちゃんと生きているのに。
 
 
 
なっちが死者だったなんて。
 
安倍なつみを監視し、管理官が来たら管理間の監視のもとに送る。
 
それが指示だった。
 
「・・・なっち」
「なに?またなんかあったの?」
 
ようやく口を開いた真里になつみは少しほっとした顔をする。
 
「だからなっちは矢口のこと見つけられたんだね。それに・・・それ、やっぱり名簿だったんだ・・・」

「え?」
 
真里は以前に使用済みの名簿を落としてしまったことがあった。
それは裕子に報告し、上役である裕子からそれを回収したとの知らせがあったのだが。
そう、裕子、から。
 
486 名前:二十六日月 1 投稿日:2003年08月08日(金)13時01分51秒
その名簿がどうしてなつみの手に渡ったかはわからない。
真里の姿が映った訳もわからない。
管理局の満月の力と現世の月の力が真里となつみを結びつけたのかもしれない。
真里の使用していた鏡は、なつみを名簿から消すために裕子達が細工をした特別製だったと言うから、そのあたりも関係しているのかもしれない。
未だ全てが調査中で憶測の域を出ない。
けれど。
 
「そうだよね・・・普通見つけられないよね・・・」
矢口も、鏡も。
死神が見えるのは死にゆくものだけ。
 
「矢口?」
 
一人つぶやく真里になつみは焦れ、名を呼ぶ。
その時真里は弾かれたようにその顔を上げた。
 
遙か頭上、紫の空に見えた影。
 
真里は目を凝らし、影の名を呼んだ。
 
「ゆう、こ・・・」

487 名前:二十六日月 2 投稿日:2003年08月08日(金)13時03分41秒


ゆうこ。


それはなつみが失った姉の名前。
 
「・・・うそ、でしょ・・・?」
 
その影は見る見るうちに大きくなり、二人の斜め上で停止する。
 
「どうしたんだよ!あんた何してるんだよ!みんなに・・・なっちに、自分の妹になんてことしたんだ!」
 
「矢口?一体何言って・・・」
 
そこで真里は言葉を切る。
言いたいこと、問いたいことはまだあったが裕子の様子が明らかにおかしかった。
 
「・・・裕ちゃん?」
 
左肩には大きな裂傷。そこからじわじわと光が漏れている。
コートの裾からのぞく手は手袋をしているのかと見えたがそれは間違いだった。

腕そのものが闇の色に染まっている。
カラーコンタクトに彩られた青い目には、いつもの強い意志の光は感じられない。

そして、黒い右手には漆黒の鎌。
488 名前:二十六日月 2 投稿日:2003年08月08日(金)13時04分41秒


「どうしたんだよ・・・」
 
言葉を失った真里の横からなつみのかすれた声が聞こえた。
 
「うそ・・・おねえちゃん?だって・・・おねえちゃんは、裕ちゃんは・・・まさか・・・死神?」
 
様変わりしているものの、その姿はかすかな記憶に残るものだった。
 
妹の声にゆらりとそちらを向いた裕子は右手に鎌を携え、なつみめがけて降りてくる。
 
「裕子!」
 
不吉なものを感じ一瞬で鎌を取り出すと真里はなつみを背にかばい、立つ。
次の瞬間、鋭い音を立てて鎌と鎌がぶつかった。
 
「どうして・・・ちょ、一体何!?」
 
後ろで声をあげるなつみにかまわず真里は裕子の鎌を押し返し叫ぶ。
 
「裕ちゃん!どうしたんだよ!」
 
叫んで、脳裏を文字がかすめる。

管理局で読んだ書類にあった記述。その一文。
罪とその鎌。


彼女が、漆黒の色に堕ちた裕子がたどるであろうその道。

489 名前:二十六日月 2 投稿日:2003年08月08日(金)13時05分52秒

「正気に返れ!大事な妹だろ!」
 
裕子は真里の叫びにも耳を貸さずまた鎌を振り下ろす。
受けた強烈な衝撃に腕が悲鳴を上げる。
なんとか踏みとどまり、真里は鎌を返すと柄で裕子の体を突く。

突きはやすやすとかわされ、裕子の鎌が再度真里を襲った。
鋭い刃が真里の頭部めがけ降ってくる。

「矢口!!」

なつみの叫びが聞こえるが応えてやる余裕はない。

斬撃を柄で受け流すと衝撃に体が震えるのがわかった。
漆黒の刃ごしに見る裕子の双眸は闇をそのままはめ込んだかのように見えた。
感情の見えないその色にはいつもの裕子の面影は微塵も感じられない。


真里はきつく唇をかみ締めると力ずくで裕子の鎌を押し返し、自らの刃を裕子の体めがけ叩き込もうとした。
 
その真里の鎌の動きが鈍る。
490 名前:二十六日月 2 投稿日:2003年08月08日(金)13時06分44秒


刃を振るう瞬間、真里が見たのは裕子の肩の裂傷だった。
 
肩の光は黄昏の空に、ますます強く光り、じわじわと漏れだしているように見える。
これ以上の傷に裕子の魂は耐えられるのだろうか。

もし、この刃が不用意に裕子にあたったら。
一撃で決めなければならない。正気に返して、送る。
そんなことが管理官でもない、経験もない自分にできるのだろうか。


裕子の消滅は避けたかった。
死神に成り立てで、ただ宙に浮かび途方にくれていた真里を助けてくれたのは裕子だった。

何も思い出せない不安をぶつけても、黙って話を聞いてくれた横顔。
触れられる、暖かい確かな腕。
意地の悪い、でも本当は優しい強い青い目。
 

浮かぶ記憶に胸がつぶれる思いがする。

491 名前:二十六日月 2 投稿日:2003年08月08日(金)13時07分56秒

たとえ向こうでどうなるかわからなくても、そこに消滅が待っていたとしても裕子を、自分の手で消滅させるわけにはいかない。
ましてやなつみの前で裕子を殺すことなど、できるわけがない。
 
ためらいの色が真里の瞳を横切る。
そこを逃さず裕子は真里の体を蹴り上げた。
 
「うあっ」
 
倒れ込む真里を後目に裕子は立ちすくむなつみに鎌を振り上げた。

「止めろ!」



「おねえちゃん・・・裕ちゃん!」


目を瞑り叫ぶなつみを裕子は感情の色のない瞳で見下ろす。

「やめて!!」
「裕子!それはなっちだ!あんたが守りたかった、守ってきたなっちだよ!」
 
今から立ち上がっても間に合わない。
苦し紛れに真里は腰から名簿を引きちぎり、裕子めがけ投げつけた。
光の漏れる肩口あたりに当たった名簿に裕子の体が大きくかしぐ。
492 名前:二十六日月 2 投稿日:2003年08月08日(金)13時11分21秒




「な・・・っち・・・?」
 
漏れた声は別人のように低かった。
 
「そ、そうだよ、お姉ちゃん・・・裕ちゃん」
 
震える声でなつみが答えると裕子は歯を食いしばり、鎌をゆっくりと下ろすと、それを消した。
息を大きく吐きだすと肩から漏れる光が弱まる。


「矢口・・・ごめん」
 

足下に倒れる真里を見て謝ると、裕子は真里に手を貸すために自らの手を伸ばすが、それを引いた。
漆黒の自らの手を眺め自嘲するように笑う。
 
「気持ち悪いな」
 
その黒い手を真里は強引につかみ立ち上がる。
 
「どうしてこんなことになったんだよ。どうしてこんなことしたんだよ」
 

鎌を消し、ぼろぼろになった裕子のコートの襟をつかみ問う真里に、裕子はなつみをしばし見つめると口を開いた。
493 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時12分09秒





「自分の恋人を少しでも長く生かそうと思ったやつがおった。その恋人は生まれたときから病気にかかってた。男は、その人が少しの幸せも味わうことも無く死ぬのが哀れやと、死ぬ定めにあった彼女の為にたくさんの命を使って、その運命を延ばした。その犠牲者になりかけたのがなっちやった」
 
裕子は宙から舞い降り屋上に降り立つ。
裂けたコートが長く尾を引き、力無く垂れ下がる。
 
「ある日、寝てたなっちの魂を男は引き出した。あたしはそれに気づいて、男を止めた。自分の家をいつも見守っていたから。でもあたしの力が足りんくて・・・男がなっちの魂に傷を付けるのを止められなかった」
「そんな・・・」

そしてついに日が落ちる。
藤色の空は藍が強くなり、裕子と真里の体から燐光が漏れ、周囲を青く染め上げる。
494 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時13分32秒

「あたしはそれでもなんとか男を倒して局へ訴えた。
傷を負ったなっちをなんとか生かして欲しいと。
でもそれは無理やと突っぱねられた。
男を処理出来なかったのはこちらのミスだが今にも死にそうなその子はもう助からない。
名簿を用意するからお前が送ってやれと言われた」
 
なつみは蒼白な顔で告白を聞いていた。
 
「でもそのころの家は両親の仲は冷え切っていて、なっちの存在だけが家庭をつなぎ止めてた。
家がああなったのはあたしのせいや。
まともになって幸せになろうと思ったのにつまらん事で死んで・・・父さんはあたしの墓の前でいつも泣いてた。
母さんも。管理局に怒った。
でも、それよりも自分に腹がたった。
あたしは何もできん。このままあたしがまた家族の幸せを壊すのかと思った」
 
伏せたまつげが目元に影を落とす。
495 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時15分29秒
ゆるく頭を振ったその動きに従って青白い、揺らめく光が灰色の屋上を彩る。
 

「なっちが哀れやった。
あたしに家族をくれた妹が、家族のあったかさを知らずにいるのが悲しかった。
いくら来世があるといっても、恋も、幸せもなんも知らんとこんな中で死んでいくのが許せんかった」
 
立ちつくす二人の前、ぽつりぽつりと話す裕子の顔はどこか穏やかだった。
 
「管理局は男を倒したあたしを管理官にした。
 それで思った。
 こんどはあたしがなっちを守ろうと。
 ・・・なっちの魂の傷はこっちで生きるにはぎりぎりやった。
 このまま送ってもどうなるかわからん。
 それで彩っぺの力で他人の魂の力を借りて傷を癒しながらあたしがなっちを見守ってた。
 なっちがそんなこと望まんのはわかってたけどそれでもいいと思った。
 それがあたしの償いやって。来世も望めない。

 そう思ってももう止まらんかった」

496 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時16分02秒
漆黒に染まった自らの両手を眺め、続ける。
 
「訴えた時、窓口になってくれたみっちゃんはあたしの気持ちをわかってくれた。記録の改竄を手伝おうとまで言ってくれた。あたしはそれを利用した。生前から仲の良かった内勤の彩っぺが鎌や名簿の道具管理の部署にいることも知って、あたしは彩っぺとその後輩の明日香も巻き込んだ。管理局の欺瞞が、許せんかった彼女らを、同じ思いでおったとはいえあたしは利用した」
 
そこで顔を上げ、なつみの隣で告白を聞いていた真里に顔を向ける。
 
「後は知っての通り。あたしは罪もない人の魂を使ってなっちの魂を庇い続けて罪人になった。こうなったのは自業自得やし申し開きもない」
 
未だ光の漏れる肩に手をやり強く押さえた。
497 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時17分48秒


「なっちには済まないことをしたと思っている。でももう謝って済ますことができんほどに、あたしの手は罪に染まってるから・・・矢口。あたしを殺してくれ。この場で即刻消滅させて欲しい。それで罪が償えるかはわからんけど・・・それしかあたしにはもうできることがない」
「そんな・・・意味わかんないよ!裕ちゃん!」

叫ぶなつみを悲しそうに見ながら、裕子は腰に付けた名簿を天にかざした。
 
「魂は解放する」
 
裕子の言葉で、鏡の中からいくつもの魂が天へと上っていく。
 
「裕子・・・?」
「さすがに魂を殺してまでなっちを生かそうとは思わんかった。おかげでめっちゃ魂を集めて回ることになったけど・・・それでも生気を奪ってたのは本当やし、まだ死ぬ運命にない人をたくさん殺したのも本当」
 
震える手を胸元で組み、蒼白な顔をなつみが裕子へと向ける。
498 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時18分28秒
「なっちは・・・人の命を使ってまで生きてたくは無かったよ。裕ちゃんにこんな事までしてもらって生きたくなかった。そんな価値、なかった!どうして・・・」
 
「それでも。こんな形で生きながらえるのをなっちが喜ばないのをわかってて、やった。なっちを悲しませても生きていてほしかった。あたしのエゴや。いつの日か無理がくる。罪がばれる。そう長くは持たない。それでもかまわん。そう思った」
 
静かに言うと真里の方に向き直った。
 
「矢口。もうそろそろ限界や。力が持たん。次意識を失ったらもうあたしはどうなるかわからん。なっちの魂も殺して矢口も消滅させてしまうかもしれん。そうなる前にあたしを殺して欲しい」
 
言って真里に一歩近づく。

「だって・・・」
 
それに一歩後退した真里に、裕子はもう一歩近づく。

「頼む。あんたにやって欲しい。いい上司やなかったし迷惑もいっぱいかけて・・・あたしの来世、きっとないから埋め合わせ出来へんけど、ごめん」
 
頭を下げた裕子に真里はどうしてよいかわからずに立ちすくむ。
499 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時20分04秒


「でも・・・」
 
なおも言いよどむ真里に一度目をやると裕子はなつみの方へ向き直る。
瞬間右手を振り上げ、足を踏み出し容赦のないスピードで手をなつみめがけ振り下ろす。
 
「なっ・・・」
 
その予測も付かない行動に真里の体が反応していた。
右手が空を握り込み水平に動く。
自らの鎌が裕子の腰あたりを薙いでいくのを真里は信じられない思いで見つめる。
裕子は満足そうな表情で真里を見ていた。
なつみへ向けた手は止まっていた。
 
最後、裕子の体を鎌が抜けてしまう瞬間とっさに真里は叫んだ。
 
殺したくないんだ!どうしても!

「天へ!」


言葉を聞き、鎌に両断され姿を薄れさせた裕子はわずかに肩をすくめる。
「あんたは・・・・・・ほんとありがとうな、矢口。なっちは頼んだ」

500 名前:二十六日月 3 投稿日:2003年08月08日(金)13時21分02秒


顔をゆがめ、苦笑いの形で留めると裕子は自らの右手を開く。


なつみを襲う鎌に見えたのはただの杖だった。
紗耶香が用いていたのと同じ、管理官が用いる魂を傷つけないための捕縛の道具。
 
「・・・・・・最後までほんとうに勝手な姉ちゃんで・・・ごめんななっち。許してくれんかもしれんけど・・・愛してる。ほんとうに、ごめん」
 
裕子はなつみに呼びかけ目を細めた。
姿はますます薄く、燐光の中に輪郭すらとけてゆく。


「ごめん」
 
それが最期になった。
 
弱々しい光が天へと上っていく。
 
「裕ちゃん・・・お姉ちゃん」
 
なつみの呟きに、揺れる魂が一瞬明るくなったように見えた。
501 名前:たすけ 投稿日:2003年08月08日(金)13時22分46秒
二十六日月終了です。
次回は三十日月。
502 名前:名無し 投稿日:2003年08月08日(金)16時02分21秒
なんてこった……。
言葉が出ないです。
503 名前:和尚 投稿日:2003年08月09日(土)02時59分30秒
・゚・(ノД`)< みんな・・・みんな向こうへ逝っちゃうよぉ〜!!
504 名前:七氏 投稿日:2003年08月13日(水)21時50分05秒
うわ・・・すっごいです・・・
すごくせつないです。なんか、もう言葉にならない感じです
505 名前:たすけ 投稿日:2003年08月13日(水)22時13分29秒
>>502 名無しさん
レス、ありがとうございます。
こういうことになりました。
いただくレスを励みにしてます。
ありがとうございます。

>>503 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
もうすぐ、ありがとうございました、になりそうな。
終了までがんばっていきます。

>>504 七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
レスくださるたびに、お言葉に何度も励まされました。
ありがとうございました。

それでは更新します。
三十日月。
506 名前:三十日月 1 投稿日:2003年08月13日(水)22時15分36秒


「なっち・・・?どうしたの?」
 
藍色に染まった空を背景に滅多に家に来なくなったなつみが家の前にいることにも圭織は驚いたが、それよりもその姿に衝撃を受けた。


なんと表現していいのかわからない。

しかし圭織の目に映るその姿は薄すぎた。

時折水面にゆれるようにぼやけ、二重に浮かぶ姿は違和感に満ち、薄い、としか表現できない。
もとより普通よりも存在感が儚く、薄い感があったなつみだったが近頃ではそんな印象は影を潜めていた。

にもかかわらず今のなつみの姿は記憶にのこる以前のそれよりも格段に儚く、黄昏の空気にそのまま溶けてしまいそうに見えた。


いったい何が。
 
「なんか会いたくなってさ」
 
言って笑った顔は美しかった。
まるで内側から光って見えるような透明な笑顔に不吉な予感を覚えた圭織は思わず聞く。
507 名前:三十日月 1 投稿日:2003年08月13日(水)22時16分36秒


「ちょ、なっち大丈夫?どうしたの?なんかあったの?」
 
それに笑って応えようとしたなつみだったが、幼なじみの顔色と本気の心配に気付き、笑顔に失敗して目を軽く伏せた。
 
「カオリにはなっちどう見える?」
 
問いと同時に視線をあげ、まっすぐ強い目で自分を見るなつみに圭織は正直に答えた。
 
「なんか・・・今にも消えちゃいそうに見える」
 
その言葉になつみは一度大きく目を見張ると、軽く息を吐いた。
 
「やっぱすごいね、カオリは・・・なんでもお見通しなんだ。なっちびっくりしたよ」
 
小さく笑うなつみに圭織は詰め寄る。
 
「なにそれ?だから何があったの?ねぇなっち、どうしたの?」
 
頭一つは大きい所にある必死な顔を見上げ、なつみは静かに告げた。
 



「お別れに来た。カオなら、信じてくれると思ったから」

508 名前:三十日月 1 投稿日:2003年08月13日(水)22時17分22秒


凪いだ、鏡面のような丸い瞳を見つめ、圭織は言葉を失う。
 
「お別れって・・・」
 
きしむような声でそれを聞いた圭織を悲しそうになつみは見つめると、ゆっくりと話し出す。
 
「カオリ。カオとは長い付き合いだったよね。生まれた時からずっといっしょでさ、いっぱい喧嘩もしたけどなっち、カオにはすごいお世話になった」
 
小さく笑って目を伏せ、自らの手を見る。

ぼんやりと輪郭を形作る手は、ともすれば下の地面が透けて見えそうな気さえする。
自分の手ながらその不思議な光景に感銘すら覚える。
なつみの改竄されていた記録が正されたことと、なつみの体に魂を強く結び付けていた力がなくなった結果、今のなつみの不安定な状態があるらしい
 
死を目前にし、全てを知ってからなつみの目に世界は色を変えた。
自分の存在、他人の存在。
全てを感じ取り理解した。


もう長くはない。 
509 名前:三十日月 1 投稿日:2003年08月13日(水)22時18分05秒


「まさか・・・影のせいなの?カオ、気付いてたんだよ!なっちの背中の影の事!まさか・・・それのせいなの!?」
「やっぱり?なんとなく気付いてるなぁって思ってたけど・・・カオリさすがだねー」
 
のんびりとほめる友人に焦れたように、圭織は乱暴に髪をかき上げ大きく息を吐いた。
 
「なっち!」
 
怒る圭織から目を逸らし、自嘲するかのようになつみは曖昧に微笑み、口を開いた。
 
「影のせいとかそういうことじゃないよ。・・・なっちね、本当はもっと前に死んでなきゃいけないんだったんだって。それを・・・ずっと、引き延ばして許してもらってたって。なっちはそれ知らなかったけど、それはいけないことで・・・なっちは死ななきゃいけない。その時が来たんだ」
 
門灯には灯りが付きはじめ、夕食の匂いがあたりに漂いだしていた。

犬の遠吠えも遠く聞こえる。
日常の、なんでもない景色の中、なつみの話はなつみの姿同様に非常識なまでに異質だった。
510 名前:三十日月 1 投稿日:2003年08月13日(水)22時18分53秒

「何言ってるのかわかんないよなっち!」


「嘘だよ。うすうすでもわかってるはずだよカオには。だって気付いてたんでしょ?なっちの周りに見える影のこと。なっちの影が薄くなってること」
 
言葉につまり思わず黙り込んだ事が圭織の肯定を伝えていた。
 
「だから・・・ありがとう。さよなら。みんなと別れるのは辛いけど・・・圭ちゃんにはカオリからなっちがありがとうって言ってたって伝えておいて」
 
目をすがめて笑うと、なつみは幼なじみの目からあふれ出した大粒の涙をつま先立ちでそっと拭う。
 
「元気で」
「・・・っちは」
「え?」
「なっちは悲しくないの?悔しくないの?なにそれ?誰に言われたのか知らないけどカオはそんなの信じない!あたしはそんなの嫌だよ!なっちが死ぬなんてあたしは認めない!」
 
なつみの肩をつかみ圭織は泣きじゃくる。
「どうして・・・」
511 名前:三十日月 1 投稿日:2003年08月13日(水)22時19分53秒

「なっちだって死にたくなんてないよ!けど・・・でも、しょうがないの!なっちが生きてきたせいで死んだ人がいるの!悲しんで、苦しんだ人がたくさんいるの!これ以上なっちが生きようと思ったらきっともっとひどいことになるの!だったら!」
 
なつみは表情を和らげ、近くにある圭織の体を引き寄せかすかに笑った。


「なっちは、死ななきゃいけない。これまで生きてこれた、そっちの方が奇跡なんだから」
 
楽しかったよ、ほんとうに。

ささやくような声に、圭織はそれ以上何も言えずただ泣いていた。
なつみの体はそこにあり、体温も心臓の鼓動も感じることもできるのにその存在が遠い。
 
「ねぇ、本当に無理なの?出来ることないの?」
「・・・ないよ。あってもなっち、もう・・・こんなこと知って生きてけないよ」
 
なつみは泣きじゃくる圭織の髪をなでていたが、圭織の母が圭織を呼ぶ声を耳にするとそっと圭織からその体を離した。
512 名前:三十日月 1 投稿日:2003年08月13日(水)22時20分47秒


「じゃ、行くね。・・・だいすきだよ、カオリ。今まで、ありがと」
「なっち!」
 
追いかけようとする圭織になつみは涙で顔をゆがめながらも笑顔で手を振ると駆け出す。
遠くなってゆくその姿を追いかけることも出来ず、呆然と圭織は立ちつくした。
その圭織の前に薄く、黒い影が現れた。
 
「なっ・・・」
 
身を固くした圭織にその小さな影は軽く頭を下げるかのような動作を見せると、そのまま溶けるように消え去った。
 
「どうしたの圭織!」
 
返事のない娘を心配し、家から出てきた母には目もくれず圭織は立ちつくす。
小さな影の色の頭部はまるで天使の輪のように丸く、金に光っていた。
513 名前:三十日月 2 投稿日:2003年08月13日(水)22時21分58秒
「なっち、もう大丈夫だよ」
 



 
後ろを伺っていた真里がなつみの前に回り込んで言うと、なつみはようやく立ち止まった。

気付けばもうなつみの家の前まで来ていた。
肩で息をし、立ち止まったなつみの足下にぽたり、ぽたりと雫が落ちる。
 
「なっち・・・」
 
顔を覗き込もうとした真里を制するようになつみは右手で目をこすったが涙は止まらない。
 
「矢口・・・」
 
ようやく聞こえたなつみの声に安心した真里がほっと安心の笑みを漏らすが、なつみの言葉にその笑顔は凍り付く。
 



「矢口・・・なっちだって死にたくないよぅ」
 
自らの言葉に、自分でも驚いたような表情になったなつみだが、言葉は止めることが出来なかった。

514 名前:三十日月 2 投稿日:2003年08月13日(水)22時22分52秒
 

「納得なんて出来る訳ないよ!したいこともわかんなかったし今までだってそんなちゃんと生きてきたわけじゃないよ!でも!」
 
泣きながらなつみは叫ぶ。
 
 
「死にたくない!ねぇ、矢口、怖いよ!なっちまだ死にたくない!まだなんにもしてないんだよ!どうして今死ななきゃいけないの!なんで今なの!」
 
「なっち!」
 
 

「なんでもっと前じゃないの!?そしたらこんなに悲しくなかったのに!だって、今、今やっと楽しくなってきたのに!・・・せっかく矢口に会えたのに!」
 
 

真里の体に伸ばした手は、真里の肩をすり抜け勢いよく下へと落ちた。

体勢を崩したなつみを真里は助けようと手を伸ばし、その手がなつみの体を捉えられずすりぬける。
大きくたたらを踏んだなつみは地面に手をつき、自分の力で体勢を立て直した。
515 名前:三十日月 2 投稿日:2003年08月13日(水)22時23分45秒



「ごめん・・・」
「・・・なっちこそごめん」
 
ぎこちなく謝り、その手を見つめなつみはため息を付いた。
 
言葉が見つからず真里は立ちつくす。
金の色の頭を落とし、足下のなつみの薄い影を見る。
 
隣の家の門灯が灯る。なつみの家は暗いままだ。

「わかってんだよ、ちゃんと。なっちは死ななきゃいけない。なっちと裕ちゃんのせいで死んだ人も死にたくないって、きっとそう思ってたよね・・・。どうして、て思ったよね」

黄昏に染まる空気を振るわせ、なつみは唇をかみ締める。
 
「矢口が送ってくれるの?」
「・・・そうだよ」
 
真里がなつみと共にいることが出来るのは、今日の深夜まで。
 
516 名前:三十日月 2 投稿日:2003年08月13日(水)22時24分26秒

「ごめんね、矢口。矢口の事困らせちゃって。矢口も、今までの人たちもみんな、ほんとは生きていたかったのにね・・・。ごめん」
 
顔を上げ、薄く微笑んだなつみに真里はゆるく首を振る。
 
「ごめんなんて・・・」
「・・・人が来るし家はいろっか」
 
 
人が通らなくて良かったと首を振りながら、赤くなった目をこすりごまかすような笑顔を浮かべ門をくぐるなつみの背中を真里は見送る。
 
 
「でも、ね。せめて・・・送ってくれるのが矢口で、よかった」
 
ため息に紛れかすかにきこえた声に真里は両手をきつく握りしめる。
 
 
「大丈夫だから」

なっち。だいじょうぶだから。
何かをふりきるように頭を振り、真里は空を見上げた。
 
 

「矢口?」
「今いく」
 
扉が閉まり、ようやく安倍家の門にも暖かな灯りが灯った。


517 名前:たすけ 投稿日:2003年08月13日(水)22時25分12秒
三十日月、終了です。
つぎは晦日。月が沈みます。
518 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月14日(木)00時48分49秒
age
519 名前:名無し 投稿日:2003年08月14日(木)15時27分25秒
この歯痒さは何のでしょう。
なっちは死ぬために矢口に出会ったのでしょうか、いやなっちはだからこそ矢口に出会えたのでしょうね。
しかし張り巡らされていた伏線に脱帽です。
もう一度読み返したくなりました。
520 名前:和尚 投稿日:2003年08月15日(金)00時11分02秒
・゚・(ノД`)<たまんねぇな・・・悲しいなぁ・・・
521 名前:七氏 投稿日:2003年08月20日(水)19時54分09秒
ついに・・・その時が来てしまうのですね・・・
なっちらしさがあちこちに出ていて、さらにせつなく・・・
522 名前:たすけ 投稿日:2003年08月21日(木)22時12分40秒
>>519 名無しさん
レス、ありがとうございます。
つたない話にこんなお褒めの言葉をいただけて、恐縮です。
うれしいです。ありがとうございます。

>>520 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
単調なレス返しでいつもすみませんでした(v
お付き合いくださってありがとうございました。

>>七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
いつも丁寧なレスをいただいて、感謝に頭が下がる思いでした。
お付き合いくださって、ありがとうございました。

更新します。
晦日。
晦日、と言いながら安倍さんと矢口さんの話です。
本筋の最終回となります。

523 名前:たすけ 投稿日:2003年08月21日(木)22時15分48秒
>>521 七氏さん、ミスってすみませんでした。
524 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時19分30秒
電気を消したなつみの部屋に真里の燐光が舞う。
差し込む月光が、なつみのベッドの脇の床に直に座り込むなつみと、真里の髪を穏やかに照らす。
その白に紛れる、めぐらせた青の光。
真里の動きに伴って瞬き、部屋は幾度も細かに明滅を繰り返す。
 
夕食もとうの昔にすんだこの時刻になってもなつみの両親は帰ってきていなかった。
 
「・・・こんな時に」
 
小さく呟いた真里になつみは笑う。
「父さんや母さんに会ってもどんな顔していいかわかんないし・・・あの人達はまた新しい幸せを探すんじゃない?いつもでも縛り付けられてるから苦しいんだよ」
 
縛り付けられてるから苦しいんだよ。
 
冗談めかした声になつみの悲しみが見て取れる気がして真里は唇をかみ締めた。
525 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時20分12秒
圭織には謝りたかった。
自分の事を大事にしてくれた。助けてくれた。
圭にも会いたかったが仕方がない。
泣きはらした目で会いに行けばどうしたのかと心配される。
そうすればまたあの説明をしなければならない。
圭が信じてくれるのかということよりも、なつみは自分が死ぬんだという事をもう一度友人に説明する、その事が辛かった。
 
「本当はお母さんとお父さんに遺書とか書きたいし・・・きっと二人とも悲しむだろうけどしょうがないね」
口元をゆがめ、目を伏せる。
 
「矢口・・・おねぇ・・・裕ちゃんはどうなるの?」
「わからない・・・」
 
情状酌量がされれば、あるいは消滅は免れるのかもしれない。
それは甘い考えなのだろうか。
集めた魂を殺してはいないとはいえ裕子は追っ手の管理官二人を殺してしまっているという。
苦い沈黙が落ちる。
526 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時20分59秒
「・・・矢口、なっちはどうなる?」
「なっちは矢口が送った後、向こうで新しく生まれ変わるのを待つと思う。いつになるかはわからないけど・・・きっとそんなにかからないよ」
「じゃ、裕ちゃんには会えるんだ。向こうで・・・みんなに謝れるかなぁ・・・」
「わかんない・・・」
見上げた夜空は明るい藍色に光っていた。
 
「矢口は?」
青白い光に照らされ陰影が濃く落ちた真剣な顔を真里に向ける。
 
「矢口は死神だから・・・そんなすぐにはこっちにこれないと思う。向こうで会えるかもわかんない。会いたいけど、多分無理だと思う。いくところが違うから」
「・・・そっか」
 
正直に告げられたそれになつみは少し顔をゆがめると小さく笑みを浮かべた。
 
それでも矢口は決めたよ。
決めたことがあるんだ。
527 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時22分30秒
「じゃあさ、なっちは待つよ。みんなが来るまで。矢口と、裕ちゃんと、カオリに圭ちゃん。お父さん、おかあさん。こっちでまた皆に会えるようになるまで、向こうで待ってる」
「・・・うん」
 
その言葉が嬉しかった。
そんなの無理だって。
 
言いかけた言葉は飲み込んだ。
急いで言葉を繋ぐ。
 
「きっと。きっと、会えるよ」
 
真里の笑顔になつみも満面の笑みを返す。
 
「生まれ変わっても矢口、なっちのこと覚えてて会いに来てよ。来ないなら今度はなっちが行くよ」
「覚えてって・・・さすがにそれは無理だって」
 
真里のあきれた声になつみは笑った。
 
「出来るって。また名字一緒とか無理かなぁ・・・矢口は矢口じゃないとなっち困るしさぁ。なんか目印つけといてよ」
「なんだよそれ」
 



時計の針が刻む音が聞こえる。
話をしながらも小さなその音を確かに聞いていることは、お互いが知っていた。
528 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時24分15秒




部屋の暗闇に細かい星のように撒かれた真里の燐光になつみは手をかざす。
 
「きれいだね」
 
手のひらに輝く青い色に目を細め、なつみは呟いた。
冷たく感じるはずの青白い光は、持ち主と同様に色に反してとても優しい。
 
そっと真里の頬のあたりになつみはその手を伸ばし、宙で留めた。
 
「触ってみたかったな、矢口の髪の毛とか。すごい綺麗な色だよね」
「でも枝毛とか多かったし」
 
苦笑まじりで答えて真里もなつみの頬に手を伸ばした。
頬に重なりそうで重ならない手に、目をわずかに細め苦く笑う。
 
「こんなに近いのに、やっぱ遠いんだね」
「さわれなくても・・・せめて心は、近くにあるよ」
 
寂しそうな目をした真里の方に体を傾け、額と額を重ね合わせた。
529 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時26分44秒
「あのね、矢口。矢口に会って、なっちは、はじめて生きてて良かったと思った。おもしろかった・・・もう死んじゃうけど、ほんとうに」
「うん」
「会えてよかった。ないはずの数年間の最後に矢口に会えて。そのために犠牲にしてしまった人に悪いけど、それでも矢口に会えて良かった。なっちは、矢口に会ってやっと死にたくないって思えた」
「・・・うん。矢口も、なっちに会えて良かった。ほんとうに、よかった」
 
至近距離のなつみの目から涙がこぼれ落ちた。
 
「・・・泣かないでよ」
「へへっ・・・ごめん。なっち、矢口と会ってから泣いてばっかだったね」
 
真里はくしゃりと顔をゆがめると眉根を寄せ、口をとがらせた。
 
「・・・そうだよ。矢口、なっちに触れないんだからさ、泣くなよぅ」
 
指でなつみの目元を拭う仕草をみせると、真里は寄せた眉を柔らかくほどき、八の字に下げて苦笑に目元をゆるめた。
530 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時28分22秒


「でも、矢口の代わりに泣いてくれてるって思った。それだけで、なんかちょっと楽になれた。嬉しかった。ありがと」
「うん」
 
柔らかな真里の声に、なつみは部屋に転がるティッシュに手を伸ばし涙を拭き、鼻をかんだ。
赤くなった鼻に照れ、笑うと、なつみは時計を見上げた。
 
「そろそろだよ、矢口」
鼻声で告げられ、真里はなつみを見つめる。

「約束、覚えといてね。絶対だよ」
「絶対」
 
言って、真里は自らの鎌を呼び出し窓の外を眺めた。
 
「初めて会ったのも満月だったね」
「だね」
 
頷いてなつみも夜空を眺める。
そのなつみに向き直ると真里は鎌を構えた。
 
「ねぇ、さっきさ目印欲しいって言ったけど」
「うん」
「あれ、ほんとはいらない。なっち、きっと矢口の事ならわかるから」


「・・・うん」

531 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時29分33秒



「ぜったい、また会うんだから。・・・ね、矢口・・・やって?」
「生まれ変わっても、なにがあっても忘れない。きっと、絶対なっちのこと忘れない」
 



音もなく伸ばされた真里の右手に鎌が現れる。
円弧を描いた刃は月光から作ったかのように銀に清く輝いている。

一度目を伏せ、大きく息を吐き、吸った。
光が呼吸にあわせ一層華麗に舞い散る。
 


真里は満月のかかる夜空を切り取った窓を背にする。

部屋を、世界を静寂が支配する。
緊張にきん、と張った空気の中、ゆるく燐光の尾をひいて真里の右手が天へと上がっていく。
 
 
白と青の色に縁取られた真里に既視感を覚えた。
 
光に白い頬を照らされたなつみは、扇型の睫をゆっくりと伏せた。


532 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時30分19秒

 




 
「いくよ」
 
 
 
 
 


 
 
533 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時31分00秒











534 名前:晦日 投稿日:2003年08月21日(木)22時32分30秒


真里が見守る中、なつみは大きく目を見張る。
一度大きく見張られた瞳に一瞬驚愕の色が浮かび、それはやがて薄れ、消える。
細い首をのけぞらせてゆっくりと窓枠にもたれかかるように体が崩れ落ち、その体に二重写しになるように魂が体から離れる。
 
 
なつみの体に鎌が入り、抜けていくのを真里は自らの魂にまで焼き付けるように見ていた。
 
 
 
その魂が丸い光へと変じる瞬間。
 
真里の頬になつみの手がふれた。
指が真里の頬をかすめ、そしてたどり、離れる。
 
ばいばい。
 
 
 
口の動きだけで告げるとなつみの姿は消え、優しい丸い光がなつみの部屋の窓から外へ出ていく。
 
なっち・・・

たしかになつみがふれた頬を手でおさえ、真里はくしゃりと顔をゆがめる。
 
なっち、今ゆびがふれたよ。
出会ってから、初めて。
 
はじめて。
 
ゆがむ口元をむりやり引き上げ微笑むと、真里は窓枠の下で口元に微笑みを浮かべるなつみの亡骸に小さく手を振り夜空に舞い上がった。
 
 
 
「・・・ありがとう。・・・、き。」
 
吐息だけでつむぎ、目を閉じ天を仰いだ。
なつみの魂が向かう、天を。
535 名前:たすけ 投稿日:2003年08月21日(木)22時35分12秒
晦日、終了です。
536 名前:名無し一読者 投稿日:2003年08月22日(金)15時05分58秒
昨日見つけて一気に読みました。
心の底から感動して泣きました。
書いてくれてありがとう。
ただ、それだけです。
537 名前:名無し 投稿日:2003年08月22日(金)18時17分37秒
ちくしょ〜。
これでこの小説で泣いたの何度目だぁー!!
538 名前:七氏 投稿日:2003年08月25日(月)22時13分35秒
何度読み返しても、涙が出てきます…
本当に、本当にありがとう・・・
539 名前:和尚 投稿日:2003年08月26日(火)12時41分55秒
今回の更新は神聖な感じがしました。
やっぱ泣いたけど・゚・(ノД`)・゚・。
540 名前:たすけ 投稿日:2003年08月27日(水)22時14分24秒
>>536 名無し一読者さん
レス、ありがとうございます。
本当にうれしいレスでした。感謝。
あの、こちらこそ見つけて、読んでくださってありがとうございます。
はじめまして、で少し残念ですが最終回です。
ありがとうございました。

>>537 名無しさん
レス、ありがとうございます。
どうもありがとうございます。
泣いてくださるほどにお付き合いくださったことに感謝です。

>>538 七氏さん
毎度のレス、ありがとうございます。
読み返してくださってありがとうございます。
ミス多いし、つたない話ですごく恐縮です。
こちらこそ、お付き合い本当にありがとうございました。

>>539 和尚さん
毎度のレス、ありがとうございます。
お言葉、うれしいです。
いつもお付き合い下さってありがとうございました。
最終回です。
ほんと、最後までありがとうございました。


前回、ちょっと大きめのミスが数点あって文がおかしなことになってます。
すみませんでした。
訂正はまた、すべて終わった後に。


それでは更新します。
最終回、幻月。
541 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時16分04秒



「どうかした?」

立ち止まった少女に、大きな目をいぶかしげに細めてその隣を歩く少女は問う。

「いや、いま友達がなんかものすごい勢いで走ってったんだけど・・・」

二人、立ち止まり出たばかりの校門を眺める。
 
ただでさえ小さい後ろ姿は遠ざかり、ますます小さく見えにくい。
 
「はっやー・・・どーしたんだろうね」
 
半ば呆然と短い髪をかき上げて問うと、目の大きな少女は肩をすくめた。
 
「そんなのあたしが知るわけないでしょ。ま、いいでしょ。気になるなら明日聞けば」
 
髪を揺らしさばさばと応えると少女はまた歩き出す。
 
「あ、待ってよ」
「それよりよかったの?」
 
潔い気性の、隣の友人の整った顔を見やって彼女は聞く。
 
「なにが?」
「あの子置いてって。たしかに気持ちよさそうに寝てたけどさぁ」
542 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時16分41秒
軽く吹き出すと少女は口をとがらせた。
 
「だってさぁ。あいつ起こすの大変なんだもん。それにさ」
 
とがらせた口は俗に言うあひる口。あいつ、と彼女が呼んだ少女がするそれによく似ている。
 
「たまにはふたりっきりもいいでしょ?」
 
言ってにやりと横目で伺えば、少女は顔をわずかに赤らめてそっぽを向いた。
 
「・・・まーね」
 
小さく、かすかに聞こえた声に少女はますます口元をゆるめる。
しかし彼女たちのふたりきりもここまで。
後ろから軽快な足音が近づいてくる。
 


「ちょっとー二人とも追いてくなんてひどいよー」
 
どこかのんびりとしたその声に顔を見合わせ苦笑し、少女達は振り向くと声の主に手を振り立ち止まった。
543 名前:     投稿日:2003年08月27日(水)22時17分31秒






また、ねぇ、また会おうよ
矢口、死神をやめるんだ。
家族は矢口の事忘れてないし、よっすぃはもうちゃんとやっていけると思うんだ。









544 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時18分56秒




「あ・・・今の」
 
「知り合い?」
 
通り過ぎた背中に注いだ視線を、首を傾げ問うクラスメイトに戻す。
 
「そう。同じ委員会の先輩」
「たしか美化委員だっけ?」
「そう。ずっと寝てたのにどうしたんだろうね」
 
あんなあわてて。
 
独り言のように呟くと鞄を持ち直す。
 
「みんなは?」
 
いまだ少しなまりの残る言葉にはもう慣れた。
転校してきた彼女の言葉に最初は驚いたが、今ではそれも彼女の味と思っている。
なくてはならない大事なもの。
 
「先帰るって。委員会あたしたちだけだからさ」
言って、揺れる長い髪を眺める。
「待ってた」
 
そう続けると小さく笑い、目を伏せた。
 
「ありがと」
 
穏やかに笑う友人から目を逸らすと伏せた視線を上げ、笑顔で声を張り上げる。
 
「来年卒業だよー」
なんかやだねぇ、と言う割には元気な友人につられ少女も笑い出す。


「高等部でも同じクラスになるといいねぇ。今年みたいにさ」
「うん!4人で」
545 名前:     投稿日:2003年08月27日(水)22時19分45秒








まだこっちに未練もあるけど、矢口はなっちに会ったから。
死神やってたおかげで、矢口はなっちに会えたから。
なっちが矢口に光をくれたんだ。
だから、もういいんだ。そう思えるようになったんだ。








546 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時20分32秒




バス停で二人は立ち止まる。あたりは黄昏のあわただしい空気に染まり、二人の姿を車のヘッドライトが照らしていく。
 
「だからぁ、ごめんて、な?今日こそ一緒に飲みにいこ?あたしがおごるから」
 
制服姿の二人の横、スーツの女性がバスを待つ間携帯に向かいひたすら謝っている。
 
「な?機嫌直して?あたしも好きで約束破ってるんとちゃうんやし。ほんっとごめん。やからさ、今日いこ?な?付き合って?」
 
そう言ってしばらく耳をすますように黙り込んだ女性の顔が見る見る間に明るくなっていく。
 
「わかった。じゃ先行って待ってるから。ん」


頷いた女性の口元には穏やかな微笑み。
携帯をしまうと、彼女は丁度やって来たバスに乗り込んだ。
 
547 名前:     投稿日:2003年08月27日(水)22時21分07秒








それでさ、生まれ変われたらなっちを探すよ。
どれだけかかっても会いに行く。なっちも向こうで待っててくれるんだよね?

ちゃんと待ってるんだぞ?
生まれ変わったらあっちでさ、きっと、きっと見つけるから。








548 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時21分50秒




その彼女と入れ違いにバスを降りたのは、見慣れない制服姿の小柄な少女。
彼女は手にした地図を確認すると歩き出し、数歩進んだところで歩みを止めた。
 
「・・・なんでいるの?」
「かわいくないなぁ。あんたが道に迷ったらと思って長い間待っててあげたのに」
 
少女はにやりと笑った長い髪の女性の言葉に顔を露骨にしかめてみせる。
 
「いらないって言ったのに・・・相変わらず過保護なんだから」
「いいじゃん!転校なんてそうそうあることじゃないんだし、あたしもここに用があるんだよね」
「・・・用?」
 
立ち止まる背に手を回し、視界に見えてきていた校門を目指し歩き出す。
 
「あたしも春からここに転任でーす」
「うっそ!言わなかったじゃんそんなこと!」
「ほんとだって。びっくりさせようかと思って」
549 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時22分24秒

再度人が悪い笑みを浮かべる彼女を少女は口を尖らせ、にらみつけていたがふと目元を緩めた。
 
「ま、いっか。さっさと手続きと見学だけして、夕飯食べようよ。あたしおなかすいた」
「あんたまたそれ?二言目にはおなかすいたって・・・んもー」
 
その彼女の言葉尻にかぶせるように響く音。
 
「すっごいタイミング!」
 
笑い声がはじけ、家路を急ぐ少女たちが何事かと振り返る。
 
「うっわ注目の的。ほら、早くいこ!」
 
足早に歩き出す少女の背中に女性は穏やかな笑みを浮かべ、つぶやく。
 



「転校もね、きっと楽しいよ?」
 
 
550 名前:     投稿日:2003年08月27日(水)22時23分06秒








もう一度会えたら言おうと思うことがあるんだ。
未来の見えなかったあそこでは言えなかった言葉。

もう一度最初から始めよう?
死神と死者じゃなくって、生きて出会うんだ。

一緒の学校とか行ってみたいな。
矢口も学校好きじゃないし、なっちもつまんない顔してたけどさ、きっと二人なら楽しいよ。








551 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時24分39秒




「あっれ、先輩?」
 
肩までしかない小さな先輩が廊下を走り過ぎようとするのを彼女が引き留める。
 
「ちょ、急いでんのごめん!」
 
それだけ言い残して小さな背中は遠くなる。
 
「先輩どうしたの?」
 
横にいた少女が驚いたように問いかけると、彼女は首を振った。
 
「わかんない・・・」
どうしたんだろうねぇ。
ふたりでのんびりと首を傾げてみても答えが出るはずも無い。
 
「あ、そうだそれよりもさぁ私、今日またあの二人に色黒いっていじめられてさ」
 
少し色の黒い彼女はテニス部に所属している。
テニス部には名物の暴れん坊二人組がいることで知られている。
かわいらしい、家が隣同士だという二人組と彼女らは幼なじみ。
 
確かにいじめたくなる。
いじめ甲斐がありそうな彼女をしみじみと見やると横から脇腹に緩くこぶしを贈られた。
 
「今いじめ甲斐がありそうとか思ってたでしょ」
「思ってないよー」
「嘘!ぜんっぜん誠意が感じらんない!」
「ソンナコトナイヨー。この誠意の塊のあたしを疑うなんて!信じらんない!」
「誠意の塊ってどこが?意味わかんないし。んもー・・・もーいいよこんな人。置いてってやるから」
「ちょ、待ってって!」
 

552 名前:     投稿日:2003年08月27日(水)22時25分15秒







で、さ。








553 名前:幻月  投稿日:2003年08月27日(水)22時26分14秒




「あ、帰るの?」
 
声に振り向くと髪の長い長身のクラスメイトが階段の上から身を乗り出していた。
 
「うん」
 
穏やかに頷くと少女は快活な笑みをこぼす。
 
「委員会ようやく終わったからさ。図書、まだ終わんないの?」
「もう終わった。あたしももうちょっとしたら帰るとこ」
 
笑顔で応じた少女の長い髪が揺れ、肩に流れる。
夕日に照らされた彼女の姿を、階段の下から少女は目を細めて見ていた。
 
「じゃいっしょに帰らない?」
 
階下からの誘いに首を傾げ、彼女は考えるように眉間にわずかなしわを寄せた。
 
「んー・・・今日はやめとく」
「え?」
 
「また誘ってよ」
問いには答えず、長い髪を翻して彼女は廊下へと去っていった。
後に残された少女はしばらく不思議そうに目を瞬かせていたが、やがて首を傾げながら靴箱へと向かう。
 
「今日は、ね」
教室で鞄を手にし、ひとり呟いた少女の目は深く澄んでいた。

554 名前:     投稿日:2003年08月27日(水)22時27分00秒







出会ったら、言うよ。
ちゃんと覚える。
もしも忘れてても、思い出せなくても出会ったら必ず好きになる自信があるんだ。
なっちの覚えてるって言葉も、信じてるから。
 


だから、ねぇ、なっち。







555 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時27分50秒




荒い、吐き出す呼吸の音と共に聞こえた声に少女は軽く振り返る。
黄昏の空に影が伸びる。
淡い藤色の空には星が輝き出している。

一度首を傾げ、また少女は歩き出そうとする。
 
金髪に染められた髪を一度とかすようになでつけて、肩で息をしていた少女は大きく深呼吸をする。
 
高い声があたりに響く。
名を呼ばれ、今度こそ前にいた少女は金髪の少女の方へ振り向いた。
 
「え、なに?」
「や、あの・・・」
 
なぜかひるんだように身をわずかに退いた彼女だが、真っ赤な顔をして言葉を続けた。
浮かんだ決意の表情に茶の髪の少女が軽く身構える。
 
「ずっと・・・最初から見た時から気になってた。どうしても忘れられなくって・・・好きです。良かったらつきあってください!」
 
一息で最後まで言って彼女は頭を下げた。
金の髪が前にさらりと流れる。
 
街灯に灯りが点りはじめていた。
それを背にして立つ、小柄な彼女の体の線が白く光って見える。
556 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時29分04秒




―・・・っち


耳元で誰かの声が聞こえたような気がして少女はあたりを見回す。

しかし周囲には自分と目の前で頭を下げたままの彼女以外の人影は無い。
不思議に思いながらも少女は自分よりも小柄な彼女に声をかけた。
 
「頭、あげてよ・・・しゃべりにくいよ」
 
笑みを含んだその声におそるおそる金髪の少女は顔を上げる。
その姿に改めて笑いかけ、しかしすぐに真剣な顔をして口を開く。
 
「あたしも・・・初めて見たときからどうしても気になってました。なんか、忘れられなくて・・・」
「だよね、普通女の子だしね無理だよね・・・いや、わかってたんだけど・・・って、えぇ!?」

肩を落とし、後ろを向きかけた少女はひた、と立ち止まり勢いよく向き直る。
 
「今なんて!?」
「だから・・・あたしも」
 
途中から期待に目を輝かせ出していた彼女に、赤く染まった頬をわずかにゆるめ、小さく付け加えた。
 
 
「あたしも好きですって。・・・前からずっと、好きでした」

557 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時29分48秒


言い終えないうちから金の髪を揺らして彼女は駆け出し目の前の少女を抱きしめていた。
 
 
「やった!え、でもなんで!?」
「わかんないよ!でもさ、しょうがないじゃん、悩んだけどどうしても気になるんだから」

「・・・無理だと思ってた。うれしい。すっごいうれしいよ!!」
「うん・・・あたしもうれしい」
 
しばらく抱き合った後小さな体を再度決意に固め彼女が思い切って口を開く。


 
「キスしていい?」


肩をつかみ、緊張のあまり真っ赤な顔で問う彼女に苦笑を漏らし、少し考え少女は頷いた。
 
「いーよ」


周囲を念入りに確認し、お互いに身を固くして目を閉じる。
558 名前:幻月 投稿日:2003年08月27日(水)22時30分24秒
 


― 、会おう 。わす ない。
 
 

 
唇が離れた瞬間、声が聞こえたような気がした。
 
「なんか言った?」
「んーん」
 
金髪をかきあげ目を瞬かせる彼女にまだ頬を紅潮させた少女は笑いかけると手をさしのべた。
 
「帰ろう、矢口」
「名前・・・」
 
驚いて呟くと彼女は再度頬を染めた。
 
「あ、つい・・・だめだった?なんか自分の中でそうそう呼んでたから思わず・・・」
 
それに相好を崩すと少女は差し出された手を取った。
 
「いいにきまってんじゃん!知っててくれて嬉しかった!ね、いっしょに帰ろ!」
「うん!」
 
二つの影が長く尾を引き、遠ざかる。
その空を美しい満月が飾っていた。
 
559 名前:     投稿日:2003年08月27日(水)22時30分56秒







好きだよ。
ずっと、きっと生まれ変わってもずっと好きだよ。









560 名前:白道 投稿日:2003年08月27日(水)22時31分45秒






ほらね。
無理なんかじゃなかったよ。また、会えたでしょ?
また、ここで。
 
 
ここから、歩き出すよ。









561 名前:たすけ 投稿日:2003年08月27日(水)22時33分16秒

最終回幻月終了しました。
562 名前:つみ 投稿日:2003年08月27日(水)22時48分25秒
うぇぇぇぇん!!
涙がとまらないよぉ〜!!
563 名前:たすけ 投稿日:2003年08月27日(水)22時52分51秒

この話を読んでくださった方、管理人さん。
6ヶ月ちょっとの間、お世話になりました。
特にレスを下さった方には感謝しています。

白道(なちまり)(笑、やっと終了しました。
本当にどうもありがとうございました。
564 名前:名無し 投稿日:2003年08月28日(木)18時55分58秒
完結、おめでとうございます。
この作品でレスするのは初めてなんですが、
連載開始の時からずっと読んでいました。
作品の世界観が好きで、何度も読み返したりして。
この作品で何回泣いたことか(w
本当に、素敵な作品をありがとうございました。
次回作もあるのでしたら、楽しみに待っています。
565 名前:名無し 投稿日:2003年08月28日(木)19時39分04秒
完結おめでとう御座います。そしてお疲れ様です。
初めてレスをした2月22日から、もう6ヶ月も経ったのか……。
ほぼ毎回レスができたので、終わりとなった今はなんだか自分まで感慨深い気分です(w

最終回の更新は本当に泣きました。
今までのストーリが皆重なっていて、堪りに堪った物が此処で吐き出された気がします。
そして間々に挟まれている矢口の言葉が熱くて、こっちまで胸が熱くなりました。
この小説が読めて嬉しかったです。有難う御座いました。
また次回作で会えたら嬉しいです。
566 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)21時40分11秒
お疲れ様でした。
本当に引き込まれる内容で、涙したことも多々ですw。

567 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年08月29日(金)13時27分00秒
脱稿お疲れ様でした。
簡単ですが一言、「感動をありがとう!!」
次回作があるコトを期待しています。
568 名前:和尚 投稿日:2003年08月30日(土)03時14分15秒
完結おめでとうございます!
そしてお疲れ様でした!!

毎回泣かせてくれた作品はこの小説だけです。
本当にありがとうございました。
569 名前:七氏 投稿日:2003年08月31日(日)22時09分21秒
完結おめでとうございます。お疲れ様です。
ほんとに、何度泣かされた事か…
こんなに素晴らしい作品を生みだしてくれて、ありがとうございます。
この作品と出会えたことを、とても幸せに感じます。
ほんとにほんとにありがとうございました。
570 名前:shio 投稿日:2003年09月01日(月)00時24分26秒
こんばんわです。
ここには初カキコします。
いつも楽しみに読んでいました。
毎回、更新がとっても楽しみでした。

これからも頑張って下さい。
次回の作品も楽しみにしてます。
571 名前:たすけ 投稿日:2003年09月06日(土)22時22分50秒

>>562 つみさん
レス、ありがとうございました。
そう言っていただけてうれしいです。
終わって一番にいただけたレスなので、うれしかったです。

>>564 名無しさん
レス、ありがとうございました。
前作からお世話になりました(笑
前がなちごま、今回はなちまりで、前作を読んでくださった方には申し訳なかったかもしれないと思っておりました。
読んでくださったと知って、うれしく、ほっとしております。

>>565 名無しさん
レス、ありがとうございます。
そうでしたか、最初から最後までずっとお付き合い下さって、毎度のレスありがとうございました。
何度か「やはりだめか」と(苦笑 弱気になる度にレスに助けていただきました。
すっごい感謝してます。
教えてくださって、感謝が伝えられてよかったです。
ありがとうございました。

>>566 名無しさん
レス、ありがとうございました。
うれしい感想をありがとうごいざます。
くじけないでよかった(笑
こちらこそ、読んでくださってありがとうございました。

572 名前:たすけ 投稿日:2003年09月06日(土)22時23分42秒

>>567 読んでる人@ヤグヲタさん
レス、ありがとうございました。
以前からお付き合いくださっていましたよ、ね?
ありがとうございます。そういっていただけて何よりです。

>>568 和尚さん
レス、ありがとうございました。
途中から最後、ずっと支えていただいていた気がします。
毎度のレス、本当にうれしかったです。
途中から、「よかった」とレスいただけるたびにほっとしていました(笑
毎回泣いていただいて、恐縮でした(笑

>>569 七氏さん
レス、ありがとうございました。
毎度毎度、いただけるレスに頭が下がる思いでした。
あの、実は実際に下げていました(笑
私こそ七氏さんに出会えて、レスいただけて幸せでした。
お世話になりました。
本当にありがとうございました。

>>570 shioさん
レス、ありがとうございました。
前作もレス頂き、それから引き続いてお付き合いくださってありがとうございます。
毎回楽しみにしていただけたとのこと、本当にうれしいです。
これからもがんばります。
ありがとうございました。
573 名前:たすけ 投稿日:2003年09月06日(土)22時37分27秒
修正のことなのです、が。
「晦日」、文を直したり付け加えたときにうっかりミスで矢口さんが二回鎌を取り出したり、なんだかおかしな文があるので修正をするつもりでした。
しかし、そうすると晦日をもう一度途中から更新しなおすことになりますので、修正は止めようと思います。

それから次回作のことです、が。
始めたころの容量では、白道でほぼスレが埋まると(いいなぁと)思ってましたので、余りのレス分のことを考えていませんでした。
それでも貴重なスペースなので、もしもよければ、間にあえば、なちごまの少し短めの文を書こうと思います。
あくまで予定で、まだ少し考え中です。

とりあえずどうなるかは分かりませんが、残りを無駄にはしないよう努力いたしますので、待っていていただける方が居れば、少し待っていて下さると幸いです。

最後に。
白道にとてもたくさんのレス、ありがとうございました。
お世話になりました!
574 名前:七氏 投稿日:2003/09/11(木) 21:28
次回作、とても楽しみにお待ちします。
なちごまも大好きです(w
もちろん前作も読ませていただきました。ROMですが。
考え中との事ですので、気が向きましたら、お願いします。
575 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/13(土) 15:43
今日はじめて読みました。一気に読んでしまいました。
もうずっと号泣(w
最高でした。ホントに。ありがとうございました!

なちまり最高!
576 名前:たすけ 投稿日:2003/09/28(日) 20:53
>>574 七氏さん
レスありがとうございます。
考え中の言葉にへのお返事、とてもありがたかったです。
七氏さんがなちごま好きでよかった。
前作からお世話になってます(笑

>>575 名無し読者さん
レスありがとうございます。はじめまして。
お褒めのお言葉、本当にうれしいです。
なちまり最高!

・・・って言いながらなちごまやって、すみません(v

えと、お待たせしました。
白道とは関係なくなってしまうのですが、前にも言ったとおりスペースの余剰が出来てしまいましたので
なちごまで、トワイライト。いかせていただきます。

短めの予定です。
577 名前:トワイライト 投稿日:2003/09/28(日) 20:55




段ボールから手が出ていた。



578 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 20:55



ひらひらと揺れる指先、その非現実的な景色に一瞬意識が宙に浮く。
 
「・・・ち、なっち」
 
記憶にのこるものとは違う、けれど同じ声に意識が立ち戻る。
 
「ごっちん?」
 
声はしても主の本体は見えない。
合わせて動く手の先は廊下の角から出ている。
 
「こっち」
 
 
滅多に人がこない、ここに真希がいたことも驚きだが、彼女がどうしてこんなところに。
正確な疑問にすると、どうしてこんなダンボールの中に彼女がいるのだろうか。
 
一歩一歩白い廊下を踏み、壁に手を付きおそるおそる覗き込むと真希と目が合った。
 
「なっちおつかれー」
 
長い足を窮屈そうに折り畳み、手を軽く外に出して段ボール箱の中に行儀悪く座り込んだまま手を振る。
579 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 20:57

「何、してんの?」
「何って・・・なっち、冷たいなぁ」
 
わずかに顔をしかめ、真希特有とも言えるのんびりとした穏やかな口調で抗議が返ってくる。
 
「え、だって」
「だって?」
「びっくりするしょや、ふつう」
 
ゆるゆるとやってきた驚きを隠さずに口にすると、なつみはまじまじと真希を観察し始めた。
 
「なんでこんなところにいるの?」
 
出られなくなったわけじゃないっしょ?
脳裏に浮かぶのは、はちみつのある穴から体をはみ出させた、ディズニーのキャラクター。
あくまで確認の為聞くと真希は声を出して朗らかに笑う。
 
「んなわけないじゃん。なっちを待ってたんだって」
「そんな段ボールの中で?」
「そ、中で」
 
目を細め、満足した猫のような顔をして頷く真希を見ながらなつみは遠い目をした。


最近まではすぐ近くで、この表情をよく見ていた。
こんな小さな仕草で目の前の人の不在を思い知る。
580 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 20:57
「で、どうして?」
 
改めて問う。
それだけではかなり抽象的な質問だが、意味は通じたはずだった。
 
「なっちんちにさぁ、しばらく後藤を泊めてくれないかなぁ」
 
窮屈そうに丸めた腰を軽く伸ばし姿勢を正すと顔の前で両手を合わせ、ぎゅっと目を瞑る。
 
「お願い!」
 
 
ともすれば20を越したなつみよりも大人っぽい真希の、年相応、もしくはそれ以上に幼い仕草を見ながらなつみは困惑に眉をひそめた。

昔は互いの家に止まったり遊びに行ったりということが多かった。
しかし、ここの所共に遊びに行くことも泊まりもほぼないといってよい状態だった。
 
仕事のスケジュール、真希がひとみや梨華ら歳の近いグループと仲良くなるにつれ自然にそうなっていった。

ましてや、今の真希はモーニング娘の一員ではなく、仕事のスケジュールもかなり違う。
真希を泊めることに関してはなつみはほぼ異存はない。
でも。
 
581 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 20:58
 
「しばらくっていつまで?」
 
しばらく、の言がひっかかった。
ここ一週間は地方の仕事はないが、なつみは困惑を隠せない。
普通、他人の家に泊まるのは一日か二日が限度。
仕事を抱え、家が仕事場から遠い訳ではない真希がそれ以上家を開けなければいけない理由はない。
 
「うー・・・しばらく。・・・3日、いじょう・・・?」
 
言い終える前にちら、と上目使いになつみの顔色をうかがう。
あきらかにかたく暗いなつみの顔に、真希は段ボールの中でますます体を小さく縮こまらせる。
 
「訳は?」
「まだいえない」
 
いかにも申し訳なさそうに、しかし即答をした真希になつみはますます表情を曇らせた。
 
「おうちのひとと喧嘩したの?」
「んーん。そうじゃないけど・・・」
 
歯切れの悪い答えを返す真希。
しばしの沈黙が訪れる。
しびれをきらしたのは真希の方だった。
582 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 20:59
「お願いなっつぁん!ほんっと、困らせてんのわかってるんだけど!お願い!」
「んー・・・」
 
小さく唸ったなつみに、真希はますます頭を下げた。
 
「お願い!邪魔しないしさ、迷惑もなるべくかけないようにするから・・・後藤をひろってください!」
「は?」
「だから」
 
自らが半ばまで埋まった段ボールの壁面を手のひらいっぱいで軽くたたく。
 
「これ」
 
なつみは気づいていなかったが、指し示されたそこには真希自身が書いたと思われる、「ひろってください」の文字があった。
 
「ひろってって・・・アイドルのやることじゃないっしょ・・・」
 
しかも全部ひらがなで。
なつみは軽くため息を付いて頭上を仰いだ。
廊下の天井はありきたりの薄汚れた白。
蛍光灯の端がうっすらと暗くなっているのが見える。
 
天下のアイドルが、あの後藤真希が。
ファンが見たらなんというだろう。
情けないと嘆くだろうか。
いや。
 
・・・こんなん見たらぜったいみんなごっちんを速攻で拾って帰るよね。
 
想像に思わず笑みを浮かべたなつみに、真希の眉が期待にわずかにあがる。
583 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 21:00

「いーよ、わかった。そこまでされたらしょうがないよ。拾ったげるよ、もう」
「ほんと!?」
 
立ち上がり、なつみのそばに行こうとして真希は段ボールを足にひっかける。
大きな音を立てて真希の仮の住処はその使命を終える。

「あぶないなぁ」

危なくバランスをとった真希になつみは苦笑いをもらした。
 
「へへ、ごめんごめん。ありがと、なっつぁん。行こう?」

それに笑顔で頷こうとしたなつみは顔を中途半端にうつむけた姿勢のまま、なにやら考え込むようにして止まる。
 
「どうかした?」

視線を軽くさまよわせ、真希の顔を今度はなつみが下から見上げた。


「通りがかったのがなっちじゃなかったらどうしたの?」

宿がなつみの家でなくても良かったのではという言外のニュアンスを真希は感じ、あわててなつみの手を取り先ほど自分で破壊した段ボールの場所まで連れ戻す。
584 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 21:01

「これこれ」

満面の笑顔で指し示されたそこには「ひろってください」の文字。
その脇を真希は指でたたく。
 

「ひろってください・・・なっちぃ?」

小さな字でも、確かに書かれた自分の名前。
ハートつきのそれにこみ上げてくる笑いをとめることは出来なかった。
 
「ごっつぁん!も、なんて言うか・・・暇人ー」
 
寸暇を惜しむ芸能人に失礼な言葉を向け、なつみはひたすら高い声で笑う。

「うわ、ひどーい!」

いっしょになって笑う真希の手をなつみはまだ笑いを残しながらも取った。
 
「ま、いいよいいよ。じゃ、帰りますか捨て後藤さん。感謝するんだぞ?この安倍なつみが拾ってあげよーってんだから」
「はいはい」
 
はいは一回、などとじゃれるようなやりとりを交わしながらエレベーターに乗り、玄関へと向かう。
エレベーターが開く瞬間、なつみは真希の方を振り向き笑った。
585 名前:トワイライト 1 投稿日:2003/09/28(日) 21:02


「で、どっちなのさ」
「え?」
「だから、猫と犬。捨てられてる動物のセオリーっしょ?」
 
捨てられている、の所でその様を想像したのか、なつみは軽く視線を落としたが真希の返事を待つように器用に片側の眉を軽くあげて見せた。
 
「んー・・・猫かな」
「そーだねなんかごっつぁん犬よりも猫っぽいかなぁ・・・」
 
扉をくぐりながら顔を伏せ笑うとなつみはまた真希の手を引いて歩き出す。
 
「でもよかった」
「え?」
「ごっつぁんが猫で。メロンが嫉妬するからさ」
 
つないだ手をあっさり離しにやり、とどこか人の悪い笑みを浮かべるとなつみはすれ違う人に挨拶をしながら真希に背中を見せ歩き出した。
 
「待ってなっつぁん」
「まてなーい」
 
遠いはずの背中は記憶の中にあるものよりもずいぶんと大きく見えた。
 

586 名前: 投稿日:2003/10/01(水) 00:16
587 名前:トワイライト 2 投稿日:2003/10/01(水) 00:17



「部屋、変わったね」

首をひねり、全身で部屋を見回そうとする真希に背を向け、なつみはひとりキッチンへと向かう。

「なっちん家、最後にきたのいつだっけ」
「どう、だったかなぁ・・・」

互いににわかには思い出せないことに寂しさを覚える。

「でもいいかんじっしょ?なっちインテリアも結構がんばったんだ」

冷蔵庫に頭をつっこみながらまるで独り言のように言うなつみの姿に苦笑し、真希は近くのソファに腰を下ろした。

「まーね」
「とりあえず水でいい?」

自分でふったはずの話題にはもう触れず、500ミリのミネラルウォーターのペットボトル2本を下げてなつみは真希の座るソファの下の床に直に座る。

自分は既にキャップを外して口を付けながら一本を真希に手渡すと、手持ち無沙汰なのかなつみはテーブルの上にあった油性のペンでボトルになにやら書き込んでいた。
手慣れた様子で無造作に書かれた、見慣れたなつみの名前とイラストに真希は遠い目をする。
588 名前:トワイライト 2  投稿日:2003/10/01(水) 00:18

「そういえば、そうだったねぇ」
「・・・だったとか言わないでよ。今も名前書いてるでしょ、みんなでいるときはさ」

眉を下げ、口をへの時に曲げて呟くなつみに真希は曖昧な笑みを浮かべた。

「はい」

手渡され、真希はボトルに自分の名前をいれ、ペンを置いた。
居心地の悪そうな真希の名前入りペットボトルをなつみは何も言わずに見ていた。

「そ、そういえば今日さぁ」

訪れた沈黙を恐れるように真希はなつみに今日の収録や、マネージャーとの馬鹿話を話し始める。
相づちは打つものの、明らかに会話に乗り気ではなさそうななつみに、真希の口はすぐに行き詰まる。


そしてまた訪れる沈黙。



「ねぇ、ごっつぁんさぁ」
どうしてしばらく家に帰りたくないの?

叱られた子犬ような様子で肩を落とし、ソファで膝を抱えた真希を見上げなつみは自分の言葉の終着点をねじ曲げた。
589 名前:トワイライト 2 投稿日:2003/10/01(水) 00:19


「映画見たくない?」


口から滑り出た助け船になつみは心中でため息をつく。
明日の入りは早いというのに、自分は何を言っているのだろう。

「あ、見たい。見る見る」

ほっと表情を明るくした真希になつみは最後の悪あがきのつもりで聞いてみる。

「明日の入り何時?」
「10時。なっち何見る?何見ていい?」

嬉しそうにテレビに歩み寄る真希の背中になつみは今度こそため息をついた。
助け船のつもりが自分にとってのそれは泥船だったらしい。

ま、いいっしょ。付き合えるだけ付き合ったら、朝は居候さんに起こしてもらいましょう。
真希の取り出したDVDのパッケージを見ながら勝手に結論付けなつみは覚悟を決めた。

DVDの前に寝る準備を済ませようと、今は真希が先に浴室を占領している。
洗い物をし、寝室を軽く片づけ真希が寝る布団を出すとなつみは大きく息を吐き出した。
590 名前:トワイライト 2 投稿日:2003/10/01(水) 00:20


「どうしたんだろうねぇ・・・ごっちんは」

マネージャーに断ってから別れた帰り、よりたい所があるからとタクシーを回したそこは駅のコインロッカーだった。
大きなボストンバッグを引き出してきた真希を思い出し、なつみは口元を苦笑の形にゆがめた。

今朝駅にそれを預けてから仕事へ向かったという真希になつみはあきれ顔で応じた。
気付かれなかったようだからいいものの、もし誰かに見つかっていたら何を思われるだろう。
家出?秘密のお泊まり?
どちらにしても好ましい事にはならないのは明かだ。

「ま、秘密のお泊まりっていう想像はあたりかも」

ひとりごちて客用の布団のシーツを仕上げとばかりに軽くたたくと、真希が浴室から出てくる。

「お先にー」
「おう。水冷蔵庫の中いれといたから。なっちもお風呂行くね」
「はぁい」

笑顔の真希を残して浴室の扉は閉まる。
591 名前:トワイライト 2 投稿日:2003/10/01(水) 00:21

「じゃ行ってくんねごっちん!」

早口で告げ玄関先で音を立てるなつみを見送りに真希は立ち上がる。



昨夜二人で選んだDVDを家主は最後まで見ることは無かった。

途中までは下がってくる瞼をこすりつつ真希と会話を交わしながら映画をみていたなつみだが、物語が中盤にさしかかった頃に「もうだめ!限界」などと叫びつつベットの上で丸くなってしまった。
寝るには苦しそうな体勢のなつみに、せめてもの慰めと布団をかけ直そうとした真希に届いたのは寝言のような明日起こして、の言葉。

そのために真希は本来の自分ならば後一時ほどは睡眠を取っているだろう時間にこうしてなつみに付き合っている。

「あ、そだ」

靴ひもを結ぶ手を止め、なつみは鞄を探る。

「これ、貸すから」
592 名前:トワイライト 2 投稿日:2003/10/01(水) 00:22

つきだし、握られた手から真希の手のひらへと落ちたのは銀色に光る鍵。

「合い鍵?」
「ないと不便っしょ。なっちが遅い時は先に部屋に勝手に入ってていいから!じゃね!」


鍵をつかんだ真希の手を上から強く握り、相手のほうに押し出すように離してなつみは出ていった。
手の中で鍵は二人の体温をうつして鈍く温もって、玄関の薄明かりに縁を光らせる。




ぱたぱたとあわただしく遠ざかる足音を聞きながら真希は鍵をもう一度握りしめると髪をかきあげた。

「もー一回、寝れるかなぁ・・・」

鍵を鞄に納め、一度確かめるようにそこを押さえると真希は布団へ潜り込んだ。

593 名前:たすけ 投稿日:2003/10/01(水) 00:22
トワイライト2終了です。
594 名前:七氏 投稿日:2003/10/01(水) 20:02
思わず「キター!!」とか叫んでしまいました(笑
ごっちんかわいい!萌!
「・・・こんなん見たら〜」のくだりには思いっきり同意です。
もう、すっごくリアルでほっぺたゆるみっぱなしです(笑
期待してます。
595 名前:たすけ 投稿日:2003/10/09(木) 23:03
>>594 七氏さん
おひさしぶりです(笑 レスありがとうございます。
萌、っていわれたの初めてなんで、めっちゃうれしいです。
うしゃ!がんばります。

更新します、最初から最後までずっと後藤さんと安倍さんのトワイライト。
596 名前:トワイライト 3 投稿日:2003/10/09(木) 23:05


決して単調とはいえない仕事をしているが、その中にも日常と呼ぶことのできるリズムが生活には確かに存在している。
しかし、その出来事はなつみに思いもかけない非日常をもたらした。

全員がそろった楽屋には荷物と喧噪があふれている。
思い思いの場所へと陣取ったメンバーから高い笑い声が響き渡る。

「どーしたんだいなっつぁん。変なカオして」

眉を八の時に下げ、口元をかすかにゆるめたなつみを見とがめ頭上から声がかかる。


「カオリ・・・」

楽屋入りまでは普通だった。
いつものように元気よく挨拶をし、ふと足を止め、首を巡らせくるくると扇風機のようにあたりを見たなつみはその後、軽く肩を落としてその場に立ちつくしたのだった。

「探しちゃったじゃん・・・」
「ええ?」

子供のような口調で舌足らずに呟かれたそれに圭織は眉をひそめ、なつみの方へ身をかがめ耳を寄せる。
597 名前:トワイライト 3 投稿日:2003/10/09(木) 23:06

「な、何でもない!ごめんカオ、忘れて!」
「ちょ、なっつぁん?」

首振り扇風機はスプリンクラーほどの勢いとなり、首を振ったなつみは圭織を背に歩き出す。

「探す・・・?」

聞き返しはしたものの、確かに耳に捉えた言葉を口にし、圭織は首を傾げた。

「探す」為には対象となる物体が必要となる。
なつみのなくしたもの。
なつみは自分の手荷物では無く、確かにこの部屋を見ていた。


この楽屋に探さなければいけないもの。
ないもの、それは―

「なんだろ」

呟いたところで、時間を告げるマネージャーの声がする。



「はいはい、みんな移動だよ!」

意識を個人レベルから大所帯のリーダーにまで引き上げ、圭織は思考をうち切った。


598 名前:トワイライト 3 投稿日:2003/10/09(木) 23:06




鍵穴に鍵を差し込み、ひねる。
ノブに手をかけ、扉を引いた手はがつんという衝撃にその目的を果たせなかった。

「あれ?」

思わず呟き静かな廊下で一人あわてる。
今鍵が閉まってしまったということは、元から鍵が開いていたということ。

「なっちおかえりー」

のんびりした声と共にがちゃん、と中から解錠され、見知った顔が現れた。
「ごっちん・・・鍵かけといてよ」

大きく脱力し廊下に軽くへたり込む。
居候に鍵を渡した事を忘れていたどころか、居候がいた事すら一瞬記憶に無かったことは秘密にすることにした。

「なっち、後藤のこと忘れてたんでしょ。ひどいなぁ」
「んええ?」

目を見開いてしっかり図星をつかれたことをアピールし、ゆるゆると口元を引き上げていく。
599 名前:トワイライト 3 投稿日:2003/10/09(木) 23:07


「まさかぁ」
「あは、もーばればれだし」

とっさにごまかす術など幾通りも知っているはずなのに、そのどれも使うことは出来なかった。
中途半端な表情を仕方なく苦笑いでしめ、なつみは真希の待つ玄関へと足を踏み入れる。

「ただいま」
「おかえり」

ひさびさに口にするただいま、に気恥ずかしさを覚えるが、居心地の悪さはおかえりの健全な正しい響きにうち消された。
慣れた感のある、しかし丁寧に感情の込められた挨拶は真希の育つ家庭とその人柄を雄弁に語る。

「早くご飯食べようよ。後藤待ちくたびれたよ」
「うっわーごめん、待っててくれたんだ」
「当たり前でしょ、作って待ってたんだよ?早く上がってあがって」
600 名前:トワイライト 3 投稿日:2003/10/09(木) 23:08
まるで我が家のようになつみをせかし、室内へと戻っていく真希の背中に笑みがこぼれる。
その背中は昨日ひさびさに来た客の割にはあまりに室内に馴染んでいる。
その馴染みようになつみは一人首をかしげた。


そういえば、ごっちん部屋に来てから「なっつぁん」って呼ばなくなった。
なっちもごっちんのこと、「ごっちん」だけで・・・昔みたいに。

なっつぁん、ごっつぁんの呼称が定着したのはそうそう昔のことではない。
規則性もなく気分で「ごっちん」「ごっつぁん」などと呼びかけてはいるが、なぜか普段もつかっているはずの「ごっちん」という響きが昔の自分を引き寄せているようで、不思議な感覚を覚えた。
決して嫌なわけではない、どこか恥ずかしいような複雑な感情。
感情というよりも感傷に近いようなそれを首を振って振り払い、いつの間にかなつみを追い越していた真希の後を追う。
601 名前:トワイライト 3 投稿日:2003/10/09(木) 23:09


良い匂いにさそわれ、鞄をソファに投げ出しなつみがキッチンへと向かうと真希は鍋でスープを温めていた。
テーブルの上にはまだ食材が多く入ったスーパーの袋が広げてある。

「あんまなっちのキッチンいじるの悪いと思ったからさ、買い物してきたんだ」

その言葉通り、真希が使ったと思われる調理器具はなつみが目に付くところに置いておいた必要最低限のものだった。

「いいのに別に」
「なっちだし気にしないだろうと思ったけど」

笑いを含んだ真希の声を後になつみは着替えの為に寝室へと向かう。

「なんだいそれ。ごっちん、なっちがおおざっぱだって言いたいの?」
「そんなことないって!それ考えすぎだよ」

ついにキッチンから響く笑い声に懐かしさを覚えた。

602 名前:トワイライト 3 投稿日:2003/10/09(木) 23:10




2日めにしてなぜかすでに恒例のようになってしまった映画鑑賞。
二人並んでソファに座り、言葉少なく画面に見入る。

「ねぇ、なっち」
「ん?」
「なっちとごっちんって呼び方、なんか久しぶりだったね」

真希の提案で暗めに落とした照明のに浮かび上がる頬が画面の照り返しで白く浮き上がっていた。


「・・・そだね」

区別して呼び分けていたわけではないものの、そう言われてみればそうだった。
昔にかえったようだった。

まだ真希がなつみの隣で歌っていたころ。

いつもいっしょにいて、ふたり、隣で笑っていたころに。

603 名前:たすけ 投稿日:2003/10/09(木) 23:12
大きな変化はないものの(v トワイライト3終了です
604 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/13(月) 12:32
新作!たすけさんのお話好きなので嬉しいです!
なちごま。徐々に切なげになってますね。先が楽しみ。
605 名前:七氏 投稿日:2003/10/16(木) 23:01
ところどころにちりばめられた切なさが、すごく良いです。
続きを楽しみにしています。
606 名前:たすけ 投稿日:2003/10/23(木) 23:49
>>604 名無し読者さん
レスありがとうございます、はい、新作になります。
なちまりやった後でなちごま、まずかったかな、と思っていたところなのでレスがとてもありがたかったです。
私の話が好きと言ってもらえて、これほどうれしいことはありませぬ。
ありがとうございます。

>> 七氏さん
レス、ありがとうございます。
話はまだ動きませんし、なんだか更新速度まで落ちておりますが見捨てないでやってくださると幸いです。
がんばりまっす。

では更新します。
607 名前:トワイライト 4 投稿日:2003/10/23(木) 23:51




曇り空を見上げる。
スタジオの窓を陣取って見上げる空の色はいつもに増してくすんで見えた。


「なんだか、なぁ・・・」

呟いた独り言を受ける相手がいた。

「何がなんだか?」

目の前に黒髪が流れてくる。
落ちてきた髪の一束を握り、なつみが見ていた空を覗き込んだ持ち主に目を移す。

「カオ」

ん?と唇を軽く持ち上げ、続きを促すかのように小首を傾げる。

「どした」

短く抽象的な問いかけに、なつみは眉を下げ情けない表情を見せる。

「どうも・・・うん、どうもしない、けど」
歯切れの悪い言葉に眉を寄せ、圭織は一つ大きく息を付くとなつみの横に椅子を引き寄せた。

「あたし今暇だから聞くよ?いいじゃん、初期メンで話しよーよ。今まではあんまできなかったんだからさ」
「ずるいよカオ・・・そんなこと言われたら話せなくても話さなきゃいけなくなるっしょ」

窓際の椅子の上で小さくなるなつみに圭織は苦笑いを投げ、肩をすくめた。
608 名前:トワイライト 4 投稿日:2003/10/23(木) 23:53


「ごっつぁん、今なっちんとこにいんだって?」

飛んできた直球はど真ん中ストライクどころか、心境的にはデッドボール。
口を見事に開け放ち、ぱくぱくとあさ美の十八番のまねごとを披露するなつみに圭織は呆れた顔で応じる。

「何動揺してんのなっち。わかりやすすぎ」
「だって、なんで・・・」
「え、だってカオはリーダーだから」

マネージャーから聞いたんだけどね。
穏やかに付け加える圭織になつみは体勢を立て直し、椅子に手を付き圭織に体を寄せる。

「そうじゃなくて、どうしてなっちがごっつぁんの事考えてるかわかったのさ」
「んー・・・勘?なんかわかんだよね、なっちはさ」

窓に付いていた手を離し椅子に腰掛けると圭織はなつみに向き合う。

「なっち、そんなわかりやすい?なんかすっごいショックなんだけど」
609 名前:トワイライト 4 投稿日:2003/10/23(木) 23:53
「や、それもあるけどそうじゃなくて。なんだろ・・・よくわかんないけどやっぱ、腐れ縁?みたいなものあるからさうちらは。長い付き合いだしね。きっとなっつぁんもわかるよカオのこと」
「そ・・・かなぁ」

釈然としないと首をひねるなつみをよそに圭織は窓の外を眺める。
はっきりしない空からは今にも雨粒が落ちてきそうだった。
圭織につられたのか、再度空に目をやったなつみの横顔に圭織は切り出した。

「あのさ、あたし思うんだけど」
「ん」

軽く頷く横顔からはいつも浮かべている挨拶代わりとも言える笑顔がぬぐい去られ、りりしい印象を受ける。

「なっちとごっつぁんはさ、いっしょに山を登ったんようなもんなんだよね。山登りって楽しいよね、景色とか綺麗でさ、頂上で何しようーとか、いろいろ楽しみで」
「えぇ?」

突然始まった例え話になつみは半分苦笑するような、呆れたような色を浮かべるがそれを遮るような事はしない。
610 名前:トワイライト 4 投稿日:2003/10/23(木) 23:54
圭織もそのなつみに頓着せず話を続ける。

「でもさ、山は登ったら降りなきゃいけないんだよね。いつまでも頂上に居るわけにはいかないからさ、ふもとの生活に、現実に帰んないと」

山登りと聞いてなつみは幼い頃の登山を思い出していた。
そう、山登りといえばおばあちゃんだよね。

「ごっつぁんは今、なっちを待ってるよ。手、出して待ってる。登ったんだもん、なっちもごっつぁんと一緒に山を下りなきゃいけないよ。手を取るかどうかは別だけど、いつまでも頂上にいてもう登れなくなるかもとか思って、怖がってちゃいけないとあたしは思う」
「ふぇ?」

ぼんやりとしていたところにいきなり出された真希の名になつみは目を瞬かせる。

「カオ?」


首をかしげ、椅子の背にもたれ穏やかな笑顔を浮かべる圭織の前でぱたぱたと手を振る。
611 名前:トワイライト 4 投稿日:2003/10/23(木) 23:55


「え、今の話とごっつぁんの、どう繋がんの?っていうか、なっち山登りなんてごっつぁんとしたことないし意味わかんないんだけど」

先ほどのぱたぱた、は大丈夫か、という意味だったらしい。

「なっちにはわかってると思うんだけど。ってゆうか、カオにはなっちがわかんないふりしてるとしか思えないよ」

顔を覗き込まれ、なつみは居心地悪く圭織から目をそらす。
窓に手をつき、灰色の曇り空を眺める。
圭織はあからさまに目を逸らせたなつみを咎めもせずに壁にかけられた時計を見上げ、もうこんな時間か、などと一人つぶやいている。

612 名前:トワイライト 4 投稿日:2003/10/23(木) 23:56


冷たい窓に映りこんだ自分の顔は驚くほど情けなく見える。
小さくため息をつくと、なつみは軽く両手で自分の頬をはたく。

「・・・よくわかんないけどあんがとね、カオ」
「うん」

真顔で礼を言い、いすから立ち上がりきびすを返すなつみの姿を圭織は目で追おうともしない。
そのままの体勢でなつみと同じく、窓の外を眺めると顔をしかめ、眉を寄せた。



「こりゃ、一雨くるな」

613 名前: 投稿日:2003/10/30(木) 23:21









614 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:22


マネージャーの車から降りた直後に雨が降り出した。

珍しく早い帰りのなつみは、頭上を見上げ盛大なしかめ面を空へと向ける。

「せっかく買い物に行こうと思ったのにぃ」
ついてないよまったく、などとぶつぶつと呟きながらエレベーターから降り、部屋のドアを勢いよくひねり、開けようとすると硬い手ごたえと共に手が大きくすべる。

「あぁー、もう」


今日は真希はまだ部屋に帰っていないらしい。
そういえば今日の帰りは遅くなる、などと昨夜言っていたことを思い出す。

じゃあ今日はなっちが疲れて帰ってくるごっちんのためにおいしいものでも作って待ってるかな。

鍵を差込み、回す。

冷蔵庫の中身を思い出し夕食の献立を思案し始め、そんな自分に苦笑した。
これじゃまるで同棲中か新婚さんみたいっしょ。

それでも夕食のために買出しに出かけようと、なつみは傘を手に、もう一度開けたばかりのドアを閉めた。
615 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:23
街路樹は濡れて心持頭をたれているように見える。
足元には小さな水溜りが出来始めていた。
真上から落ちてくる雨粒に目を細める。



そういえば、あの日も雨、だったっけ。



ツアー中のホテル。

忘れていた、いや忘れようとしていた思い出。
昔のように痛みを伴うことはもう無くなったけれど、それでも。
悪い思いでもない、あいまいなそれは位置づけの難しさで余計に胸にしくりとひっかかる。



あの日も、あの夜も雨だった。

616 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:24


まだ幼い真希と同室になり、ひとしきり騒いだ後だった。
ツアー中の馬鹿話、家族の話、ひとしきり話してなぜか話が恋の方面に向かい、盛り上がる。
夜で、しかもホテルという場所もあるのだろう。
マネージャーが半ば呆れ顔で消灯を告げた後も、部屋の電気を落とし明日も早いというのに二人は深夜までひとつのベッドにもぐりこみ、話を続けていた。


「ね、なっちキス・・・したこと、あるよね」

小さな声でも、すぐ隣に寝転んでひじを付き、同じ毛布にくるまっていれば耳に届く。

「ええ?なにさいきなり!恥ずかしいっしょぉ!?」

うっすら頬を染め恥ずかしがるなつみに、真希は暗闇でも分かるほど目を輝かせ言葉を継ぐ。


「で、あんのないの」
「・・・あるよ、そりゃあるけど・・・ごっちんは?」
「後藤も昔したけど・・・なんかあんまよくわかんなかったんだよねぇ」

むぅ、とかわいらしいうなり声を小さく上げ、寝たまま器用に腕組みをして視線を窓にやる。
外はまだしとしとと降り続く雨がガラスを濡らしている。
617 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:26


「ふぅん・・・」

あいまいな顔でなつみが応じ、真希につられ窓を見やった瞬間、告げられた。

「ね、キスしよ」

大きな目をさらにまん丸にして目をむくなつみに、真希は妙に神妙な顔で続ける。


「だから、興味あるからさ、キスしよーよ」
「えぇ?・・・ごっちんたまに裕ちゃんとしてるっしょ」
「うん、それはそうなんだけど、人によって違うかなとかいろいろ知りたいし」

頬を真っ赤に染めて口を開け閉めするなつみに、真希は口元をわずかに尖らせて首をかしげる。

「いろいろって・・・」
「え、なっち嫌?後藤とはしたくない?」
―裕ちゃんとはするのにさぁ。

視線を外して小さくつぶやく真希に、なつみは困惑の視線を送る。
伸びてきた髪がまだ少し幼い印象の顔にかかっている。
不満にあひるのように尖らせた口元に目が嫌でも向かう。

「嫌じゃないけど・・・」
618 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:27

ちょっと、裕ちゃん子供になんてことを・・・!
とりあえず困った状況に間接的に手を貸した裕子に心の中で八つ当たりをし、なつみは眉を下げた。

「じゃ、しよ?だめ?」
「だって、ごっちん、キスは好きな人とするもんでしょぉ」

語尾が弱くなるのは好ましからざる前例を作ってしまった裕子のせい。

「そうだけど、でもみんなもしてんじゃん。ね、なっち、しよ?それとも・・・後藤じゃどうしても嫌なの?あたし、きらい?」
「あああ・・・ああ」

顔を半分手で抑え、ベッドに一度突っ伏すとなつみは今までもぐりこんでいた毛布から這い出てそこへぺたんとひざをついて座りなおす。

「うー・・・」
先ほどの真希と同様に小さくうなり声をあげる。
「ね、だめ?」

半ばまで体を起こし、なつみの顔を下から覗き込む真希に、ついになつみは顔を上げた。

「ん、いいよいいよ、わかった。しよ」
「まじ?やった」

快哉を上げベッドから勢いよく起き上がる真希に苦笑いを浮かべるとなつみは釘をさす。
619 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:28

「んもー。ごっちん、ほんとは、ほんとのキスは好きな人とするんだからね?」
「うん、わかってるから」
「はいはい、じゃ」

すわりこんでベッドに両手をついた真希は、同じような姿勢でいるなつみにゆっくり額を寄せる。暗闇になれた目に映る、目前の真希に聞こえそうなほどの心音。
鏡を見るまでもない、きっと頬は目の前の真希と同じく、真っ赤だろう。

「なんかさ、照れるよね」

後数センチまで近づいたところで真希が怖気づいたのを隠すように少し笑う。
息がなつみの顔にかかり、目を軽く閉じていたなつみの顔もさらに赤くなった。


「・・・じゃ止める?」
「やめない」

最後の言葉はほぼ吐息。

吐息に次いで柔らかい感触が訪れ、体温が伝わる。
そうそう日常的には行わないこととはいえ、知っているはずの一瞬の感触が妙に胸に迫る。
くすぐったそうに真希が唇だけで笑み、離れる。

真希よりの年上の自分のはずなのに、心臓が体中で跳ねて苦しくて恥ずかしい。
620 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:29



「・・・わかった?」

照れ隠しのように乱暴になつみが聞き、離れようとするがその手を真希がつかんで止める。

「まだ」

引き寄せられ、真っ赤な顔をした真希の顔が再度近づき、再度唇にぬくもりを感じる。
首元に回された手には思いもよらないほど力が入っている。

なんども触れては離れ、またぎこちなく重なる温度にのめりこみそうになる。
唇が離れるたびに苦しげな息がふたつの唇からこぼれ落ちる。

その甘い響きに酔ったように、キスがとまらない。
半ば無意識に真希の肩に手をやると、真希の緊張が伝わってくる。
こわばった肩をなだめるように手を滑らせれば、真希から伝わる体温がよりいっそう高くなったような気がした。

「・・・っは」

長い口付けの後、二人の距離がようやく広がる。

息を乱し、色づいた真希の唇から目が離せない。
しばらくぼんやりとした目でなつみを見ていた真希の顔が思い出したかのようにまた真っ赤に染まっていく。

勢いよくお互いに距離をとり、ぎこちない沈黙が部屋に満ちる。
お遊びにするにはリアルすぎるキス。


耳と唇に残る甘い時間の名残が、重い。
621 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:30


「・・・も、も、寝よっか!明日起きられないよ!」

うわずったなつみの声に真希も勢いよく首を縦に振ると、そのまま隣のベッドへ飛び移り、毛布をかぶってなつみに背を向ける。

「うん!!そうだね、なっちお休み!」
「おやすみ!」

気恥ずかしさに大きな声で挨拶を返したが、鼓動はまだ早くて眠れそうにない。
無理に目を閉じると唇にさっきまでの真希の感触がよみがえる。
眠れない。眠れるわけがない。

ふたりが次の日、集合に遅れたのは言うまでもない。




あのときからだよね。

二人の関係が微妙に変化したのは。
以前と同じように仲はいい。
それでも二人の中で、二人の関係はなぜかあの日からすこしぎくしゃくしたものに変わってしまった。
622 名前:トワイライト 5 投稿日:2003/10/30(木) 23:30



意識、しちゃったんだよね・・・。

気づけば真希を目で追っている自分がいる。
それは今でも変わらなくて。

ああ、まずいこと思い出しちゃったなぁ・・・。

思い出していないうちは変な意識もしないですんだのに。
真希はまだなつみの家に滞在の予定。



憂鬱なため息をひとつつき、傘をさしていない手でふと唇を抑えなつみは頬を染めた。


623 名前:たすけ 投稿日:2003/10/30(木) 23:32
トワイライト5、終了です。
624 名前:从‘ 。‘从 投稿日:从‘ 。‘从
从‘ 。‘从
625 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/31(金) 14:43
更新キタ〜。続き気になるよ〜。
626 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/01(土) 19:11
なちごまカワイイ
627 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/02(日) 22:49
こんなに好みな話が始まっているとは…
続きに期待です。なちごまマンセー!!
628 名前:七氏 投稿日:2003/11/03(月) 22:30
ぐはぁ!なちごまにコロサレル…(爆
やばい!カワイイ!うああああ
と、のた打ち回っております(w
629 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/07(金) 19:43
なちごまマンセー!!!!!
630 名前:たすけ 投稿日:2003/11/09(日) 20:09
>>625 名無し読者さん 
レスありがとうございます。
読んでいてくださってありがとうございます。
よろしければこれからもどうぞよろしく。

>>626 名無し読者さん
レスありがとうございます。
>なちごまカワイイ 頂いた書き込みもとてもかわいいと思いました。
なちごま好きですか。私は好きです。

>>627 名無しさん
レスありがとうございます。
なちごまはじめました(笑
なちごまマンセー!!
お付き合いくださって感謝です。

>>628 七氏さん
レス、ありがとうございます。
うれしいです。ご期待に沿えるよう、もっとのた打ち回っていただけるよう頑張ります(笑

>>629 名無し読者さん
レスありがとうございます。
なちごまマンセー!!!!
力でました(笑

多くのレスありがとうございます。読んでくださる方にも感謝。

それでは更新します。トワイライト6
631 名前:トワイライト 6 投稿日:2003/11/09(日) 20:10



夕飯は散々だった。

少し焦げ臭い焼き魚をつつきながら目の前の相手には悟られないようにため息を逃がす。
その真希は焦げた皮を器用に避けて身をほぐし、箸を口元へと運んでいる。

自分の注意が真希の口元へと向かっていることに気づきなつみは憮然とした表情で箸を咥える。情けない。

「どうかした?なっち」

目を瞬かせ、小首をかしげる真希の動きに、長い髪が肩を滑って背へ落ちていく。

「なんでもない」

間髪いれず答えるとなつみは軽く首を振る。
あー、だめだごっちん絶対なっちのこと変だと思ってるよ・・・。

おそるおそる視線を上げると、目があった真希は塩辛いじゃがいもを箸にさして、にっこりと微笑んだ。
632 名前:トワイライト 6 投稿日:2003/11/09(日) 20:14

今日は二人ともに帰宅が遅かったため映画鑑賞は止めた。
真希は自分が押しかけたのだからと、初日から来客用の布団をなつみのベッドの下あたりにしいて、静かな寝息をたてている。

いつの間に雨があがったのか、夜空は晴れて星がひかり、満月に少し足りない月の光が部屋に差し込んでいる。
明るい光に自分の部屋にもう見慣れた真希の、体がわずかに呼吸で上下するさままではっきりと見える。

らしくない。

真希は明らかに挙動のおかしかったなつみを不思議そうに見ても、訳を聞いてこなかった。昔なら必ず子猫のようにすりよって「どうしたの?なんかあったのなっち」などと聞いて、なつみが訳を話すことになっていたというのに。

「大人になったのかな・・・」

言葉にすると存外寂しくて、起き上がってなつみは肩を落とした。
633 名前:トワイライト 6 投稿日:2003/11/09(日) 20:15


見下ろす真希の横顔は濃い陰影に彩られている。

あの日と同じように、ベッドにひざをついて座り込むとなつみは真希の顔を覗き込んだ。
寝息にかすかに揺れる前髪はきれいにそろえられている。

「昔は金髪だったのに、ね?」

話しかけるように語尾を上げ、かすかに微笑むとなつみはわずかにもつれていた長い髪を手で軽くすいて直す。

かすかに顔をしかめる真希に心臓がはねる。
なにかをつぶやくようにその口元が動く。

闇の中でなぜか光っているように見えた唇に、知らずなつみは指を伸ばしていた。

指に感じるやわらかい感触に従うように、乾いた端にそっと人差し指と中指をそえ、輪郭をなぞるようにして離す。



ふわりとした感触。皮膚から伝わる体温。あ、ちょっとここ荒れてる。



少し伸ばしたつめがあたらないよう、そっと離す。まだ指に体温が残っている。

634 名前:トワイライト 6 投稿日:2003/11/09(日) 20:15



真希の唇に触れた指をしげしげと眺め、自分のしたことの恥ずかしさに気付きなつみは頬を赤く染める。
自分の心臓の音が耳元で聞こえる。激しくなった動悸にますます顔は赤く染まる。

なっち、なっち今なにした!?

手を握り込んで自分のパジャマの胸元を押さえる。
力を入れすぎて白くなった指先には、まだ先ほどの真希の感触が残っているかのようだ。
激しい動悸を抑えきれず、キスした後と同じように勢いよく布団をかぶり、真希に背を向けた。






確信した。

翌日は睡眠不足のはずだった。あの日のように。

635 名前:たすけ 投稿日:2003/11/09(日) 20:16
少量ながら6終了。次はもう少し早めに更新の予定、です。
636 名前:626 投稿日:2003/11/13(木) 02:36
なっち切ないですね。
これからどうなるか楽しみです。
なちごま好きです!なちまりも好きです。
637 名前:七氏 投稿日:2003/11/13(木) 21:45
確信しちゃいましたか。
すっごいドキドキしてます(w
638 名前:たすけ 投稿日:2003/11/16(日) 21:44
>>636 626さん
再度のレスありがとうございます。
お返事うれしかったです。
そうですか、なちごまもなちまりも好きですか!うわ、うれしい(笑
せっかくなのに特典とかなくってごめんなさい(v
これからもよろしくお願いしまっす!

>>637 七氏さん
レスありがとうございます。
お世話になっております。
>すっごいドキドキしてます(w
できればそのままの状態で最終回までお付き合いいただけるよう、がんばります(笑

更新します。
トワイライト7。
639 名前:towairaito 投稿日:2003/11/16(日) 21:45


確信は幸せを連れてはこなかった。

穏やかに恋が出来る段階など、とっくに済んでしまっている。


残されたのは不安。

コンビニで開いた週刊誌には幾人もの同業者のスキャンダル。

世には暗闇と穴がたくさんあって、ときに人を飲み込もうと待ち構えている。
大人たちが行列を組むかのように決められた、一般的な平安の中突き進むのは少しでも闇から身を守れるようにする知恵だ。

草食動物が、小さな魚たちが捕食者から身を守ろうとする知恵だ。
道を外れてしまえば自由にはなれるが格段に危険は増す。


闇は深い。その世界が華やかな光にあふれていれば、なおさら。
640 名前:トワイライト 7 投稿日:2003/11/16(日) 21:46


真希のほうに一歩踏み出す勇気もない。
真希が自分のことを好きだという保証もない。



しかし、目が。真希のあの目が。
伊達に数年間一緒にいたわけではない。
 

ああ、ああ。

それでもあふれるいとしさ、恋、愛情。
名前を聞くだけでも震える感情。
目を閉じると浮かぶ顔。
手に負えない自分の心。
 
 
641 名前:トワイライト 7 投稿日:2003/11/16(日) 21:47


それから二日。

真希は地方の仕事だと言ってなつみの部屋に居ないが、メールは頻繁に届く。
それによると今日東京に着くらしい。

実家には寄るつもりらしいが、そのままなつみの家に帰ってくるという真希のメールを、なつみは複雑な心境で眺めた。

この二日間、心の中はまるでジェットコースターだった。
真希への想いを自覚し、頭の中は真希でいっぱい。

想いなど悟らなければこんなことにはならなかった。
珍しく週刊誌などを眺め、ため息をついていると真里にどこかおかしいと指摘され、希美にはぼんやりしているところを見られて心配され、憂鬱をまだ引きずったままなつみは仕事を終える。
そういえば今日の昼にはひとみに話かけられた。
642 名前:トワイライト 7 投稿日:2003/11/16(日) 21:48

「そういえば、今いるんすよね?ごっちん。安倍さんとこに」

短い言葉でも目の色がなぜだかいつもとは違うような気がする。

「・・・いるよ。なんで?」

ふと目を和ませてひとみは首を振る。

「いや、なんとなく。めずらしいなと思って」

なんの含みもなさそうなひとみの顔に、ずいぶんと過剰な反応をしてしまったとなつみは苦い思いをかみ締める。
 
もやもやとした不確かな思考が頭をめぐり、どうにも落ち着かない。
ここ数日ずっとそうだった。考えても考えても思考は同じところをぐるぐると回る。


未来が見えない。いや、言い直せば、幸せな未来が見えない。
なつみの口からまたため息がこぼれ落ちる。


「ね、矢口」

なにやらひっかかるような声で呼びかけられ、真里はなつみに体全体で向き直った。

「なにー?」

643 名前:トワイライト 7 投稿日:2003/11/16(日) 21:49

仕事も終わり、みな帰り支度も済んで、楽屋の中にはのろのろと支度をしていたなつみと、打ち合わせのため早く帰りそびれた真里の姿しかない。
 
「あの、さぁ」

言いよどむなつみをせかすことなく、真里は先ほどまで座っていた椅子を中腰でなつみの座る鏡側にまで引き寄せ、そのまま座りなおす。
落ちる沈黙に決まり悪げにかすかに視線を下げ、なつみは口を開いた。

「あの、さ。ちょっと相談なんだけど、あの、なっち詳しくは言えないんだけど、ね、あのね」

顔をわずかに赤らめ、まくしたてようとするなつみを片手をあげ、真里は制する。

「待ってなっち。なにテンパってんの?そんな恥ずかしい話?なんだよーうなんなんだよーぅ」
「本気なんだから、ちょっと矢口、本気で聞けよぅ」
644 名前:トワイライト 7 投稿日:2003/11/16(日) 21:50

「あー、ちゃんと聞くから、テンパらないでしゃべってよ。それじゃわかるもんもわかんないし」

顔の前に突き出された手をものともせず、なつみは真里の手を取りそれを下げると先ほどよりはゆっくりと言葉を継いだ。
 

「あのね。たとえなんだけどさぁ、矢口の前に道があんのね?で、その先にもしかしたらいいものがあるかもしれないのね?
でも何があるかはわかんないの。で、その道いったら戻ってこれないの。そこへ行くには邪魔がいっぱいで、それに人から見たらその道はあんまり・・・っていうかきっとみんないい顔しない、
いい道じゃないの。でも先にあるのはすっごい、自分が欲しかったものかもしれないの。
矢口ならどうする?」
 
なつみの顔をじっと見つめ、わずかに眉根を寄せて黙っていた真里がひとつ息をついて口を開く。
645 名前:トワイライト 7 投稿日:2003/11/16(日) 21:51


「つまりさぁ」
なつみも真里のほうに身を乗り出し、真里を注視する。

「・・・それってさぁ、欲しいもののために割の悪い、負けるかもしれない賭けができるかって話?違う?」
 
言葉を選ぶようにゆっくり話す真里に、なつみはいちいち首を縦に振り、肯定する。

「そう・・・か、な」
 
ひときわ大きくなつみが首を振ったとき、楽屋の扉が開いた。
鏡の前で至近距離で向き合っていたなつみと真里は、あまりのタイミングで開いた扉のほうを同時に振り向き、驚きに目を見開き身を固めている。

「ただいまー!なっち、いっしょに帰ろ、って・・・二人とも何やってんの?」
 
思わぬ人の登場に椅子から転げ落ちそうになっている真里と、持っていた化粧道具を床にばら撒いたなつみに、真希は不思議そうに首をかしげて見せた。
 
 
646 名前:たすけ 投稿日:2003/11/16(日) 21:53
最初題名失敗しましたが、トワイライト7終了。
647 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/18(火) 18:10
続きがすっごく気になるっス!!
648 名前:たすけ 投稿日:2003/11/22(土) 23:14
>>647 名無し読者さん
レスありがとうございます。
うれしいっス!(笑
ほんとに、うれしいです。
この話、もう少し続きます。

では更新します。トワイライト8
649 名前:トワイライト 8 投稿日:2003/11/22(土) 23:15
真希からの土産も受け取り、夕食を済ませた夜。
なつみのこのところのお気に入りの映画を見ながら、真希の頭は時折船をこぐ。
決まりごとのように室内を薄暗くし、ソファの右になつみ、左に真希。
並ぶ順も変化はない。

変化したのはなつみの気持ち。
真希の呼吸の音が耳に届くたびに、身じろぎする真希の体に触れるたびに平気な顔はしているものの、心臓が大きくはねる。
それでも眠気にゆらゆらと揺れる頭に目をやり、なつみはもう何度目かになる言葉を口にする。

「ねぇ、ごっちん、もう寝たらぁ?」

隣からまるで台本どおりの、さっきからタイミング、台詞ともに変わらない答えが返ってくる。

「んー、でもこれなっちがすきなやつでしょー」
「そうだけどさぁ・・・ねぇ、もー寝よごっちん。明日も早いっしょ」
「んー・・・」
650 名前:トワイライト 8 投稿日:2003/11/22(土) 23:15

なつみが好きな映画だから、という分かるような分からないような理由で無理やり上げていた頭がついに下がる。
あきれたため息を軽く吐き出し、なつみはゆれる真希の頭を自分の肩のほうに軽く引き寄せた。
胸がざわめく。頬の赤みを隠すために真希の側の手を顔にやった。

この人がすきだ。

耳もとの真希の寝息とともに、ストーリーは続いていく。
起きているときよりも幼い印象の、見慣れた寝顔を横目で見やり、なつみは目を閉じた。

なっちとごっちんは若いよね。恋もさ、きっと、これからもたくさんして。

やわらかい重み。自分でも信じられないぐらい、自分にとってこの人は大事だ。

テレビの中で主人公が老人に諭されている。


「危険、か」
651 名前:トワイライト 8 投稿日:2003/11/22(土) 23:16

好きなもののために犯す、危険。リスク。
時折届く甘い香り。真希のフレグランス。

ここで出会って。ずっと一緒にいて気づかないわけなどない、なつみたちの微妙な関係。
杞憂だと思っていた。杞憂だといい。真希が自分のことなど好きでなければいい。


それなら痛い思いはなっちだけですむから。自業自得ですむから。

「3年、もう4年、か。わかんないわけないっしょ」

小さく苦笑いをもらす。目が熱い。


この人が大事だ。

心を殺す。気持ちを、いっしょに歩んだ年月を心の底に押し込める。
秋を、冬を、春を、夏を。笑顔も、泣き顔も、怒った顔も。

おいしい笑む顔、大丈夫かと心配するときの顔、ありがとうと笑うその一瞬の。

ずっと願ってる。ごっちんの幸せを。ごっちんの幸せだけを。
652 名前:トワイライト 8 投稿日:2003/11/22(土) 23:17

傷はいつか癒えると信じている。
今ならまだ引き返せるだろう。
互いの夢のためには、仕方ない。どうしようもない。
なつみは唇をかみ締める。

今からなっちは嘘をつく。自分の気持ちを踏みつける。
せっかく生まれてきた気持ちなのに、育ったのに。
無視してて、気づいた瞬間にこんなことになってごめんね。殺しちゃって、ごめんね。

でも、この気持ちはかなうことはない。かなえてはいけない。
これからも歌っていくために。大切な仲間たちに迷惑をかけないために。

後藤真希と安倍なつみのために。


昔の自分ならばこうはしなかっただろうか。
リスクを犯す勇気など、使い果たしてしまった。
自分でも振り返るのが恐ろしいほど、この背に負うものは大きくなりすぎた。


時間は巻き戻らない。

653 名前:トワイライト 8 投稿日:2003/11/22(土) 23:18



ごめん。ごめん。


この人が大事だ。ほんとうに、本当に大事だ。




滑り落ちた涙が熱かった。

しみる塩味で、決心をした。

恋がかなったストーリーは美しく終わった。

かみ締めた唇から血の味がした。

抱えたひざに不器用につめを立てた。

不規則に漏れる息を止めた。

やすらかな寝息の聞こえる暗闇をきつくにらんだ。

部屋は暗いままだ。




恋は終わった。
654 名前:たすけ 投稿日:2003/11/22(土) 23:18
トワイライト8終了。
655 名前:  投稿日:2003/11/22(土) 23:19
▲▼
656 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/22(土) 23:19
▲▼
657 名前:七氏 投稿日:2003/11/25(火) 22:15
くあー、切ない・・・せつないですよ。
ハラハラしながらも期待しております。
658 名前:たすけ 投稿日:2003/11/30(日) 21:50
>>657 七氏さん
レス、いつもありがとうございます。
こんなことに、なりました・・・。
>期待しております。
その言葉で更新できます。がんばります。

それでは更新します。トワイライト9
659 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:51



部屋にメモを残して出た。幸いなことに、目ははれていなかった。

顔を洗ってなんとか真希を起こしてソファから布団へと移動させ、昨夜は終わった。
昨日の今日で真希に平然として会う自信など、なつみにはない。
 
別になにかあったわけじゃないけど。
 
今日一日握り締め続けたおかげですっかり爪のあとが残ってしまった手のひらを見つめ、なつみは口の端を持ち上げる。
大丈夫、まだ笑える。帰ったら、きっとごっちんにも笑える。

プロなんだから。
 
今日は一日中圭織の視線を感じていた。
長い付き合いできっとなつみの不調を知っていたのだろう。

それでも声を掛けてこなかった仲間に感謝する。
沈んでいることを悟られまいとはしゃぎすぎたらしくのどが痛い。
かばんからのど飴を取り出し、パッケージを開けたところで手が止まる。



真希はいつまで家に居るつもりだろう。
660 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:52
 
仕事から帰ってきた真希は、何か言いたげにしていた。
しかしお互い何を言うでもないまま、黙りがちに食卓を囲み、夕食を済ませる。
 
「ねぇ、なっち」
「んー?」
 
今日のDVDは真希が借りてきたものだった。
決まりごとのように室内を薄暗くし、右になつみ、左に真希。肩を並べ画面に見入る。
 
「なっちさ、最近おかしいよね」
「え?」
 
映画から現実へ、意識を一挙に引き上げられ思わず真希をまじまじと見る。
真希の視線は揺らがず、画面からはずれない。
横顔はひどく静かで、大人びていた。

「おかしいよね。なんかさ、かくして・・・っていうか、なんかあった?」


前髪、高い鼻梁、唇。
画面からの反射の白い光に横顔を縁取られ、まるで一人ごとのようにつぶやかれるそれは疑問ではなく、確認。
 
661 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:53


「・・・なんで?」
「なんとなく」
 
一呼吸いれようと、態度保留の言葉には即答で返してくる。

「んー・・・」
 
小さくうなって頭を抱えると、真希はようやくなつみのほうに目を動かしてちら、と笑って見せた。

「あの時とおなじだよねそれ」
「え?」
「昔、後藤がなっちとホテルに泊まったときの、あれ」

うっすら頬を染めてまた真希は画面に目を戻す。
おろしていた足を抱え、真希はまた口を開いた。


「ね、あのとき・・・キス、しよっていったときもなっち、困ってそんな顔してた」
 
同じことを思い出していたことに驚いた。がつり、と心臓にめり込むような衝撃。
なつみは体ごと向き直り、言葉をつむぐことも忘れ真希を見ている。
 
662 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:54
 
真希の目が正面からなつみに向かう。
なつみを捕らえる、まっすぐに貫くような力のある視線。
まるでかみ合っていた歯車が狂うような不快感が心臓を襲う。

図星といえば図星、確実な直球。
表情が凍りついた。
 
「ねぇ・・・後悔、してる?」


この日初めて真希の視線が揺れた。不安げに視線をはずし、目を伏せる。
なつみは唇をかみ締め、下を向く。
 
後悔なら、
 




「・・・してる」
 
 
 
後悔している。
 
あそこであんなことをしなければ、今でも真希とはぎくしゃくなどせずに話ができただろう。何も考えず、いい関係を築けただろう。
意識もせず。ただのいい友人同士で。無くす心配も、しなくて。気づかずにすんで。
663 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:55
 
「・・・そ、っか・・・」
 
握りこんだ手に爪が痛い。でも、それよりも胸が痛い。傷つけた。
ごめん、ごめん。でも、でもなっちはごっちんよりも大人で。
 
「でもさぁ・・・あたしは、後藤は後悔してないよ。・・・だって、あたしはなっちが」
 
はじかれたように顔を上げる。
真希の視線がなつみの目を貫く。


思っていた。
最後の、最後の希望で同性どうしだから、とその理由が、タブーがブレーキになるだろうと。
でもこの目は自分と同じ、受け入れた目だ。乗り越えた目だ。
 
知っている。
 
心臓が大きく不快に鼓動をうち、身が警戒に縮こまる。
しかし、まさか。



一瞬を祈るように、耐えるように待つ。予想が裏切られるように。
ブレーキが作動するように。
その言葉は聞かないですむように。
 
664 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:56



真希の口が5文字を形作り、音にするのを呆然と見守るなつみに、断罪が下る。
 


「すきだから」
 


あぁ。
なつみは大きく息をつき、顔を手で覆った。
 
すきだよ。
なっちもだよ。そうだよ、なっちもだよ。
でも、でもさぁ、ごっちん。ごっちん。
すき。好きだよ、なっちも、ほんとうに、ほんとうは。
 
 
真剣な目はどこまでもまっすぐで美しかった。
なつみはこんなときでも素直に真希に見とれている自分を不思議に思う。
どうして、どうしてこの人の隣にいて、この顔をみて今まで普通にできたのだろう。
 
665 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:56
 
「そっか・・・」
「なっちは?」
 
なつみはゆるゆると手を下げる。
こわばった、真っ青な顔が現れ真希は息を飲む。

その真希から目を離さないまま、なつみの口の端がぎこちなくつりあがる。
口を開こうとするが重い。無理やりにのどを動かそうとすると空せきが一つこぼれた。
なつみは緊張でからからに乾いた口内を一度湿すように軽く息を吐き、つばを飲み込むとついに唇を動かした。
 
「なっちは、なっちは好きじゃない。そういう意味では、ごっちんのこと見れないよ。ごめんね」
 
真希の目から光が消える。
血を吐くような言葉のはずが、今度はすんなりと口から滑りでた。
 
決意の成果か、これまでしてきたドラマや芝居のおかげか。
潰れた、希望の潰えた胸で口元を引き上げた。

絶望の中で笑う、そのことが不思議で今度はそれより自然に笑えた。
666 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:57

「あ・・・あは、あはは、そうだよね・・・普通、気持ち悪いよね、だよね、あたしなに言ってるんだろ・・・ごめんねなっち、忘れて」
「気持ち悪くない!ぜんぜん、そうじゃないよ、ごっちん!」
 
必死で言い募り、細かく震える真希の腕に手をかけて気づく。
なっちは、あたしは何を。
 
かけた手を力なくほどくと、なつみは肩を落とす。
今からこの人を傷つけるというのにいったい、何を。
何を言うことがあるだろう。
 
「だけど・・・ごめん」
 
血の気のうせた顔の中、真希のまつげが伏せられる。
膝の上で握り締められた手が白い。
すがるように、まるでなにかを乞うように真希が小さな声を絞り出した。
 
「ごめん・・・だめ、だよね、だめなんだよね」
「だめだよ」
 
許しを、救いを求める手を、真希をそして自分自身を。
広がっていたはずの淡く甘い空想、未来、可能性をばっさりと切り捨てた。
667 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:58
 
自分の一言一言に傷つき、激しく血を流していた胸の痛みを今はもう感じることもできない。
 
誰よりも大事なはずの人を傷つけて、その表情を確認する。

ひとつ、ふたつ。

真希のスカートの布に丸いしみが出来る。
耐え切れないかのように涙をこぼし、うつむいた真希を、なつみはなだめるでも手を伸ばすでもなくただ見ていた。


 
静かだ。
後ろに聞こえていたはずの映画の音も聞こえない。
真希の落とす涙の音を聞き、粒を数える。
 
長い髪が真希の顔を隠し、表情が見えない。


恋は終わった。
 
最後の顔ぐらい見ておきたかった。

好きだった人に最後に関わったその結果を、こんなことでもその人に何かを自分がもたらした、その結果を胸に焼き付けたかった。
たとえ痛みでも悲しみでも、真希から受け取ることのできるものならそのすべてが欲しかった。
 
668 名前:トワイライト 9 投稿日:2003/11/30(日) 21:58

 

ごめん。ごめん。傷つけてごめん。でも、傷はすぐに癒えるから。
ここから先の道は進ませるわけにはいかない。進むわけにはいかない。


なっちはごっちんよりもお姉さんだから。

ごっちんはごっちんの幸せをみつけてよ。格好いい人を探してよ。
まだ若いんだからさ、なっちもごっちんも、まだこれからなんだから、失恋なんてたいしたことないって思ってよ。
こんなひどいなっちのこと、早く忘れるといいよ。


好き、好き。好き。
大好きだよ。ごっちん、大好き。
 
・・・愛してる。
 
 
幸せとは程遠い部屋についに暗闇が訪れる。
きっとこのDVDを見るたびに二人、今日のことを思い出すのだろう。
 
 


最初のほうしか見てなかったけどこれ、結構面白かったのに。
もう、なっちこの映画だけはこれからもずっと見れないとおもう。

669 名前:たすけ 投稿日:2003/11/30(日) 21:59
トワイライト9終了です。
670 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/02(火) 12:54
この先ふたりはどうなっちゃうの?
続き楽しみにしてます。
671 名前:七氏 投稿日:2003/12/07(日) 21:55
なっちの選択に、正しいとも間違っているとも言えない自分がもどかしい・・・
現実感がありすぎて、見ていると胸を締め付けられる思いです。
672 名前:たすけ 投稿日:2003/12/09(火) 21:25
>>670 名無し読者さん
レスありがとうございます。
寒くなりましたね。
年内に決着をつけようと思って書いてきましたが少し予定が怪しくなってきました(v
なるべく定期的更新を目指してがんばります。
ああ、だめかな、だめかな?と思いながら書いておりますので(苦笑 嬉しかったです。
読んでくださってありがとうございます。

>>671 七氏さん
レスありがとうございます。
現実感があると言っていただけて嬉しいです。
初めてのリアル長編なので実はまだ緊張しながら書いています。
お付き合い、ありがとうございます。

では更新しまっす。
トワイライト10。
673 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:26



なくしたものなんてなにもない。

傷なんかじゃない、みんないい思い出だ、って。
言えるようになるのはいつになるんだろう。



あたしたちは間違える。
間違えて、悔やんで、戻れない道を戻ろうと必死であがいて血を流す。



なにが間違いかも分からずに。

674 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:27


後悔している。
その言葉を後悔している。
その後悔を後悔している。

後悔という言葉で胸がうまり、メビウスの輪の思考に吐き気がする。



なつみは楽屋では一人、ひたすら眠るふりをして空き時間をごまかしていた。
近づいてくる希美を遠ざけ、希美の表情にまた後悔をする。
苦しくて悔しくて、いっそ本当に眠ってしまおうと思い目を閉じるのだが、すると今度はあの日の真希の目が浮ぶ。

胸がうずいて眠れるわけがない。
楽屋を出て、トイレへと向かう。
今日の仕事はこれで最後だと聞いていた。
ぎりぎりの努力でカメラの前でだけ表情を作り、笑い、話をしているのだがもう限界だった。

早く、早く帰ろう。

あの後真希は顔を洗うと帰るね、と荷物をまとめタクシーで家へと帰っていった。
あれ以上同じ部屋にいればどうなっていたかわからない。

なつみも真希が帰ってくれたことに、正直ほっとしていた。

真希から家についたことと、長の宿泊の礼のメールを受け取ったが返事は返せなかった。
真希の居ないソファに座り、スイッチの切れたテレビの画面を見ていたら気づけば朝だった。

675 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:28


あれからまた2日。


部屋にはまだ真希の使っていた布団が残っている。
真希の気配をまだ色濃く残した部屋へ帰るのは苦痛だったが、それ以外になつみの帰る部屋はない。
真希の気配が少しずつ部屋から消えるのを感じながら、真希の使ってた布団に寝転がり秒針の刻む音を聞きながら闇を睨む。

そんな生活を続けていた。
676 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:28



廊下の前方から硬い表情で真里が歩いてくるのが見える。
人気のない廊下をブーツが床を刻む音まで硬く、よそよそしい。

「なっち」

「んー?」

わざとのんびりと声をだし、なつみは眠そうにあくびをしてみせる。

「なんだやぐちー」
「何じゃないよ。このごろどうしたわけ?皆すっごい心配してんだけど」
「んー・・・」

ひとつうなると、なつみは廊下の窓の外に軽く視線をさまよわせる。

「なんでもないよ、なっちなんでかこのごろ超眠いんだよねー」

ごまかそうという意図がありありと見て取れるなつみの返答に、真里は眉を吊り上げる。

「なっち!ねぇ、どうしたの?・・・この前なんか言ってた、あれが関係してんの?」

真里に視線を合わせながらも、どこか遠くを見ていたなつみの目が戻ってくる。
677 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:30

「ああ、あれね、あれはもういいんだ」

どこか凄絶なものを湛えた目にひるみながらも、真里は体勢を立て直しなつみに再度挑む。

「いいってなんだよ!なっち、うちら仲間じゃないの?カメラが回ってる間だけ良かったらいいってもんじゃないでしょ!そんなのなっちが一番分かってるはずじゃないのかよ!心配してんだよ、みんな。下の子も、安倍さんどうしたんですか、って、みんな」

きつい口調とは裏腹に、真里の表情はみるみる悲しげに曇っていく。
目の端にたまった涙を手で拭うと、真里は肩を落とした。

「おいらも心配してんだよ・・・ホント。ねぇ、なっちどうしたの?どうしても言えないことなの?つらいよ。なっちがそんなんだと、おいらも辛くなるよ」

真摯な目を受け止められず、なつみは目を再度そらせた。
言葉を捜しあぐねて口を軽く開き、見つからずに口を閉ざす。
なつみのもらしたため息を最後に、廊下に沈黙が満ちる。
678 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:31

「ね・・・。なっち、この前の賭けの話。ねぇ、おいらはさ・・・思うんだけど」

重い空気を必死でかき混ぜるように、顔をあげる真里をなつみは静かに見る。
目に見えないなつみの壁を越え、なつみにまで届くように祈りを込め真里は続けた。

「おいらたちはさぁ、ずっと・・・夢を追って走ってきたじゃん・・・。今はさ、夢がかなって、いや、まだまだなんだけど・・・。それでも、ここまでこれたのは」

真里は顔を伏せ、そして上げた。

「オーディションとか、壁とか・・・いろんなのを越えたからだよ。勝算なんかなかったよ、なくしたものだっていっぱい、たくさんあったと思うよ・・・でも、でも」

息を継ぐ音が大きく聞こえる。
679 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:31


「なくすもの考えてたら、何も前に進めない。手にいっぱいものを抱えたままで、欲しいものに手を伸ばせるわけないよ。ほんとに欲しいものだったら、誰に何を言われても矢口は手にいれたい。後で後悔して、今持ってるものまで大事に出来なくなるのは嫌だから」

なつみは一度大きく目を見張ると、息を吐いた。

届くのかもしれない。届いたのかもしれない。

「なっちはさ、なっちたちが、矢口たちがここにいて出会えたのは、最初になっちや圭織たちが負けるかもしれない賭けをして、勝ったせいじゃないの・・・?だから今、おいらたちここにいるんだよ」

ぽたり、ぽたりとしずくがリノリウムの床に落ちる。

口元を震わせ、あごに伝う涙を拭う真里になつみは歩み寄った。

「ごめんね、矢口・・・ありがと。でも、なっち、なっちもうだめなんだ・・・。・・・傷、つけたし決めたからもう、戻れない。走り出したら、もう止まれないよ」

680 名前:トワイライト 10 投稿日:2003/12/09(火) 21:32

「なんだよそれ!」

思わず一歩踏み出すと、手が伸びてきた。
触れた指の冷たさに真里は一瞬身を引く。
真里の流れたメイクを左手で軽く拭い、なつみは小さく笑った。

「今は辛くても、悲しいこともそのうち薄れて忘れてくよ・・・今までみたいにさ」
「どういうことだよ!」
「そういうことだよ矢口。心配かけてごめんね矢口。ああ、そんな泣いちゃだめっしょ。なっち冷やすものもらってきたげる」

まるで逃げるようにきびすを返すなつみを追えず、真里は廊下に取り残される。



「わかんないよ・・・わかんないよ・・・」



真里から遠くはなれたなつみは握り締めていた右手を開く。

力の入れすぎで真っ白になり、爪のあとがくっきりとついた手のひらを何度かさすると、涙がそこに一粒落ちた。

681 名前:たすけ 投稿日:2003/12/09(火) 21:33
トワイライト10終了です。
682 名前:七氏 投稿日:2003/12/15(月) 22:22
ひたすらせつないです・・・
どこへ向かってしまうのか・・・最後まで見届けたいです
683 名前:ロン 投稿日:2003/12/17(水) 10:59
トワイライト初読みしました。
登場人物の心情が丁寧で、更に切なく・・。
続き楽しみにしてます。
684 名前:たすけ 投稿日:2003/12/29(月) 22:46
>>682 七氏さん
レスありがとうございます。
ええと、もうすこし、もうすこし・・・。
最後までお付き合い、どうぞよろしくお願いします。

>>683 ロンさん
レスありがとうございます。
感想ありがたく頂戴いたしました。
なかなか進まない話ですがこれからももう少しお付き合いくださると嬉しいです。

更新しますトワイライト11。
685 名前:トワイライト 11 投稿日:2003/12/29(月) 22:47



嵐の前の静けさ。違う、もうこれ以上なんてない。


なんだろう・・・これは台風の目だ。

台風がずっと去らない、ずっとなくならない台風の目だ。
心は青空とはいかないものの一応は落ち着いた。


それでも渦をまく心の中でぽっかりとあいたなにかが、ある。


686 名前:トワイライト 11 投稿日:2003/12/29(月) 22:48


ようやく訪れた表面の平穏。
未だ顔色は優れないが楽屋では少し笑うようになったなつみに真里は苦笑を浮べ、圭織は眉根を寄せる。

ふとした瞬間に仲間たちがもらす自分への心配の表情を申し訳ないと思うものの、いい加減うんざりとした気持ちもぬぐえない。

もうだいじょうぶだってんのに。

苛立ちを大きなため息に代えて逃して、タクシーの窓から外を眺める。
このところの不養生を叱られた帰り道。
沈んだ顔をみせたせいか、ため息をついたなつみに同乗していたマネージャーはなつみを一瞥しただけでなにも言ってはこなかった。

外からの光に片頬を照らされながら、なつみは胸を押さえる。

687 名前:トワイライト 11 投稿日:2003/12/29(月) 22:48

ごっちん。

名前をようやく心に浮かべる事が出来るようになった。
まだ胸は痛むけれど、これならまた思い出に変えていけそうな気がする。
悲しい思いもいつかは経験にかえて、歩いていけそうな気がする。

ごっちん。

ふと、真希のスカートに落ちた丸いしみを思い出しまぶたが熱くなる。
ごっちん。

恋人らしき男性と腕を組んで歩く、幸せそうな少女の姿に真希を重ね合わせ、なつみは強く唇をかんだ。
そう遠くない未来、きっと現実になるであろう想像。
そうなるよう真希の手を拒み、背を押したのは自分。
悲しく思ってはいけない。
泣き出すわけにはいかない。

頬杖をつくふりで、浮んだ涙を服の袖でこっそりぬぐった。

688 名前:トワイライト 11 投稿日:2003/12/29(月) 22:49



マネージャーと言葉少なに別れ、なつみは部屋へと帰る。

一時期は出しっぱなしにしてあった客用の布団も、未だ吹っ切れない未練のような気がしてしまってしまった。

冷蔵庫の中にあった買い置きの材料で手早く夕食を作り、片付け、台本を読んでしまうともうすることがなくなる。


なんとはなしにDVDを収納してある棚に手を伸ばすと胸が鈍く軽く痛んだ。

「ああああ!もう!いつもまでもくよくよしてもしょうがないっしょ!しっかりしろ安倍なつみ!」

頬を軽くはたく。
決めたことだ。
くよくよしても仕方ない。


胸と頬の痛みをふりきるように以前圭から借りたDVDを見てしまおうと抜き出す、その棚の上に見慣れないパッケージがあった。

「あ、これ・・・」

あの夜に見ていた映画。
真希が借りてきた、というDVDだった。
フラッシュバックのように真希の睫、白い手が浮びなつみは顔を伏せる。
689 名前:トワイライト 11 投稿日:2003/12/29(月) 22:49

「大丈夫、大丈夫・・・」

痛みをやり過ごすように頭を抱える。
しばらくそのままの姿勢で呪文のように唱え、頭を振って浮んだ涙をぬぐうと、なつみはパッケージをそのままに鞄から携帯を取り出した。

唇をかんで何度も首をかしげ、手を止めながらも短い文章を作り上げる。
かなりの間をおいて送信ボタンが押された。

「ごっちんのばか・・・」

ソファの上で膝を抱えて携帯を握り締める。
あれからもう2週間あまり。
真希は忘れ物に気付いていないか、気まずくてメールすら打てずにいたのだろう。
誰から借りたものかは知らないが、借り物ならば早いうちに真希に返してやらなくてはいけない。

「探してたらかわいそうだし」

一人、まるで言い訳のようにつぶやいてなつみは携帯を指ではじく。と、返信を告げるメロディーが鳴り始める。

ボタンを押す手が震える。

690 名前:トワイライト 11 投稿日:2003/12/29(月) 22:50

「あれ・・・なんで・・・」

心臓の辺りに温度がある。
不意打ちのようにじんわりと暖かく、まるくなにかが広がる感じ。
驚いた表情で手を熱の中心へ持っていく。

あぁ、ああそっか、なんだ。

「なんで、まだ、もぅ、ほんとに・・・だーめだねぇ、なっちは・・・」

口の端が持ち上がる。
ふっきれた、落ち着いたと思ったのは嘘だった。
まだ、まだこんなに、なっちは。

短い内容を確認し、仕事が重なっている明日、DVDの受け渡しをすることに決める。
送信ボタンを押した携帯を額につけた。

「ごっちん・・・」

声が震える。
今、真希とつながっている。
湧き上がる愛おしさと寂しさを目を閉じてやり過ごす。

691 名前:トワイライト 11 投稿日:2003/12/29(月) 22:51

―後藤は、なっちが―
―ほんとに欲しいものだったら―

真希の、真里の声が相次いで耳によみがえる。

明日になればごっちんに会える。
罪悪感、気まずさ、不安、負の感情の中それでも確かに息づく期待と幸福。

「ばかばかばかばか、ごっちんのおおばか・・・忘れ物なんかすんなばか・・・」

未だ気持ちを整理しきれていない自分に、なつみは天を仰いだ。


692 名前:たすけ 投稿日:2003/12/29(月) 22:52
次回あたりで、なんとか終われそうな気がします。
トワイライト11終了です。
693 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 00:38
なっち...(涙)。

終わってしまうのはさびしいけれど、続き楽しみにしています。
694 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/02(金) 01:36
何回読んでも、切なくて胸が締め付けられる感じがします。
本当に綺麗で良い話ですね。
695 名前:七氏 投稿日:2004/01/02(金) 11:35
せつないなあ・・・
いよいよ終了ですか。心して続きをお待ちします。
696 名前:たすけ 投稿日:2004/01/18(日) 21:51
>>693 名無し読者さん
レスありがとうございます。
楽しみって言葉、ありがたく頂きました。
最後までお付き合いくださってありがとうございます。

>>694 名無し読者さん
レスありがとうございます。
何度も読んでくださったんですよ、ね?(笑
ちょっと恥ずかしいものの、お褒めの言葉を拝んでしまいました(笑
ありがとうございます。
その言葉でがんばれました。

>>695 七氏さん
レスありがとうございます。
最初から最後までここでほんとうにお世話になりました。
やっとここまで来ました。
今までありがとうございました。

では最終回です。
長かった!良かった完結できた!
トワイライト12。

697 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:52
つかんだものを落とす。
飲もうとしたお茶をこぼして衣装を汚し、段差ではつまずく。
はみ出したマニキュアが目立つ指先で耳もとを触れば、ピアスは片方しかない。

仕事に身が入らない。

わかっていたこととはいえ、そわそわしている自分。
落ち着かない心境で、まるで消えてしまうのを恐れるかのようにかばんの中のDVDをチ
ェックする。

楽屋にはもうだれもいない。
仕事が終わり、食事の誘いを断ってぐずぐずしていたなつみをおいて仲間は帰っていった。
ひとみに手をひかれ、圭織に背を押されて出て行った真里の瞳を思い出す。

「大丈夫、大丈夫・・・」

どきどきと脈打つ心臓を押さえるとなつみはふと苦笑する。
698 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:53


そういえばこんなことが前にもあった。

あの時、真希の口元に触れた手を握りこむ。

こんなことになるなんて、なっち思ってもみなかったよごっちん―

「はは・・・」

乾いた笑いを漏らすと携帯のアラームが鳴る。
約束の時間まであと数分。

いつもよりも数倍広く感じる楽屋を見回す。
大きく息を吸い、吐き出す。
大丈夫。普通にできる。

「いくぞ!安倍なつみ!」

気合をいれ、なつみはかばんを手に取ると楽屋の扉から外へと出た。
699 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:53







待ち合わせは階段の踊り場。
自分を保つためにも人目があるところのほうがいい。
そう思って自分から指定したが少し後悔する。
人目を気にしながらなつみは踊り場の隅で小さくなるようにして真希をまつ。

3分、5分。
コートを着込み、かばんを抱え込んだ姿勢のまま早くもなつみはそわそわしはじめる。
仕事が長引いているのだろうか、真希が来ない。
携帯でメールと時間をチェックしながら腕を組みなおす。


「・・・ちぃ」

どこか舌足らずな、色濃く不安を残した声。
昔を思い出させる声。

「!ごっちん!」

声を上げはじかれたように見上げたなつみに目を丸くして真希は体をこわばらせる。

「あ・・・あ、ごめ」

真希を驚かせてしまったことを恥じるかのように一瞬視線を宙にさまよわせたなつみはきまり悪げに謝り、ゆるゆると顔を伏せた。
700 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:54

「・・・うん」

あいまいな表情を浮かべて短く返事だけ返し、真希はゆっくりと階段を下りなつみの前2mほどの距離を残して立ち止まる。
2mは、今のなつみと真希のあやうい心の距離。
互いに距離を気にし、そしてそれを隠して沈黙が落ちる。


「あ、あのね、ごっちん、そ、そだ、そうだDVD!DVDなっちんちにあったから持ってきた、か、ら・・・」

沈黙から必死で逃げるように切れ切れに、それでも息継ぎ無しでまくしたてるとなつみはかばんからDVDを取り出す。

「から、これ」

無理やり言葉をつなげて、なつみは目の前の相手の目も見ずに袋に入れたDVDを差し出す。

「うん・・・ありがと」
「じゃ」

その間、一度も真希の目を見ないままなつみはきびすを返す。
701 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:55



「待って」

とっさに出された手がなつみのコートの裾を捉える。
感じる抵抗に振り向きはせず、なつみは立ち止まる。

「・・・なに?ごっちん」

真希から隠すように胸に抱え込んだかばんを支える手が震えている。
手と同じく震える声をなんとかしようと腹筋に力を入れる。

「なっち、ねぇ・・・」

そこで止まる言葉。
見ないでも分かる。
きっと真希の顔は不安に、悲しげにゆがんでいる。
普段よりは少し高い、この平板な声を出すときはそうだ。
見ないでも分かる。
それだけの時間ともにいた。
同じ時間を歩いてきた。

「なに?・・・用がないならいくよ、なっちもう行かないと・・・」

早口で言う。

声が震えているのをきっと気づかれてしまっただろう。
これ以上いっしょにいてはいけない。
また歩き出そうとしたなつみに声が降ってくる。
702 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:56




「なんであの時あたしにさわってくれたの!あんな、あんなやさしく」




なつみの動きが止まる。
踏み出した右足を軸に思わずそのまま振り返る。


「あのときって」
「夜。なっちんち行って2日目か3日目の、映画見なかった、夜」



頭の中が真っ白になる。

全身の血が足に向けて一挙に落ちてくる。

踏んでいるはずの地面がどこにあるのか分からない。

世界が音を立てて遠ざかっていく。



「う、そ・・・ごっちん、おきて・・・」

「起きてた、っていうよりそれで起きたんだけど」


白い顔からさらに血の気を引かせてそれだけをやっと搾り出したなつみに、真希は眉を下げると頷いた。

703 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:56


「なっち、後藤は・・・あたしさぁ、すっごい悩んだよ・・・悩んで、うあーってなって頭狂うかって思うぐらい」

衝撃に、まだ呆然と口を開いてたなつみに言い聞かせるように真希は言葉をつむぐ。

「ねぇ、なっち。なっちさぁ、やせたよね」

話の方向をいきなり変えた真希に、なつみは真顔で瞬きをすると、それまでより少し安全な話題に逃げ込む。

「あぁ、うん・・・ごっちんもやせたよね」
「うん、まぁね」

下を向き、目元に影を落として小さく笑う真希に胸がざわめく。
あぁ、ほんとうになっちはこの人のことが好きなんだ。

何度も繰り返した言葉に、今ようやく仕方ないと苦笑することが出来た。

「ね、なっち、ほんとうに、ほんとうにだめなの?なっち、一回もあたしのこと見ないでしょ。あたしのこと、あれから一回も」

なつみから渡されたDVDの入った袋を指の色が白く変わるほど強くつかむ。
穏やかだった真希の双眸に苛立ちと悲しみの色がよぎる。
704 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:57



「・・・なんで?」



聞きたいことがたくさん詰まっている「なんで」だった。

複雑な気持ちをにじませ、真希の唇から零れ落ちた質問を正確に受け取ったなつみの目にもまた悲しみの色が満ちる。

「見てなくない。そんなことない、ないけど、がんばったけどあんなことあって普通にごっちんと話せるほど、なっちは大人じゃない」

最後の言葉を悔しそうに、まるで吐き捨てるように横を向いてつぶやく。

「なっちたちは友達だよ、それはそう。もうちょっと待って、そしたら前みたいになるから」

「前みたいって、そうやってあたしはまたなっちに期待して、振り回されるの」

体温のなくなった声になつみは真希をまっすぐに見やる。

初めて視線が絡んだ。
やっとまともに正面から真希を見たなつみは愕然とする。
このひとはこんなに小さかったっけ。こんなに細い人だったっけ。
705 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:58



小さく整った顔は蒼白という言葉では生易しいほど白く血の気が引いていた。
ジャケットからでている手は依然よりもますます細くはかなく、細かく震えている。

あぁ、ああ、そうか。
妙にないでしまった心境とはまたく別に口が動く。

「振り回されるってなにさ」
「あたしは、またなっちあたしのこと好きかも、あたしなっちのこと好きかもって思うの、ってことだよ!もう、もぅやだよ・・・ぐぁーって考えて頭真っ白になってもぜんぜんわかんないんだもん、もう、もうなっちのことあたしぜんっぜんわかんない!」

大きな声になつみの理性が働きだす。


ここはまずい。

そう、そういえば周りが見えていなかったがここは階段の踊り場、公共の場所。
人通りがある場所だ。
自ら指定したものの、誰になにを聞かれているか分からない。

706 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:59


「ちょ、ごっちん場所変えよ?ここでこんな話はやばいっしょ、誰になに言われるかわかんないべさ」

手をつかんで階段を下りようとする、その手を払われた。

「だから止めてって言ってんじゃん!」

普段の穏やかで優しい真希からは想像もつかない、聞き分けのない姿。
階下と踊り場でにらみ合う。

「なんで!なっちたちがこんなとこで喧嘩してんの誰かに見られたらみんなに迷惑かかるでしょ!」
「わかってる、わかってるけど・・・ねぇ、なっち」

見上げた真希は肩を落とし小さく、幼くみえる。

「あたしなっちのこと、きっとわかってると思ってた。結構いっしょにいたし、最近はそうでもないけど、でもあたしなっちのこといっぱい考えてたし、さ・・・ねぇなっち、なっち」
なつみの手を払ったはずの左手が戻ってくる。
なつみの右手をつかみ、やわらかく握り締める。

ゆっくりとかかる力。

707 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 21:59

「ほんとに、後藤のこと好きじゃないの?・・・あたしのこと、きらいなの?」

自分の中で何度も繰り返された問い。
ごっちんのこと、好きなの?
ほんとうに、ほんとうに好きなのかな。

答えは、その答えは―



「きらいだよ・・・」


ゆっくりと真希の左手が滑り落ちる。

心情そのままにこぼれた答え。
下からは人の声がする。
こんなところ、見られるわけにはいかないのに。
ずっと隠してきた感情だったのに。
それを、それが。

「きらいだよごっちんなんか」

改めて言葉にすると胸がひどく痛んだ。
真希は青い顔をしてなつみを見ている。

なつみの顔が目の前の真希よりも痛みにゆがんでいることを本人は気づかない。
投げてよこすように拒絶を伝えるとなつみは唇をかみ締めてうつむく。

708 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:00

「・・・みんながどうおもうと思うの、誰かにばれたらどうすんのさ!お母さんにも言えない、好きな人だって、誰にも紹介できない・・・。ねぇ、だめだよ、ごっちんも、なっちも夢があるっしょ・・・夢、かなえるためには、だめ。ごっちんをこんな道に進ませるわけにはいかない!なっち、大人だもん・・・ごっちんよりは大人だから」

言い終えるとその言葉の重さになつみの体が震える。
唇をかみ締めた真希の目が色を取り戻す。


「・・・そんなの・・・立場とか言って何かを怖がったり、なくすもの気にして欲しいものに手を伸ばせないんならあたしは大人なんかにはなりたくない!・・・ねぇ、夢ってそんなんじゃないでしょ、そんな顔して夢かなえなきゃいけないならあたしは夢なんていらない。あたしは、あたしはただなっちと幸せになりたいよ・・・なっちがあたしのこと嫌いだったらそれでもいい、でも」


ひゅ、と音を立てて空気を吸い込む。
709 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:00

「でも、ねぇ、なっち、そんな顔であたしのこと嫌いだなんて言わないでよ・・・期待しちゃうじゃん・・・ねぇ・・・好きでしょ、あたしのこと、すきでしょ」

目の前が白くなる。

封じ込めていたはずのものがどろりと動き出す。
闇の中動き始めた感情に従うように一瞬でなつみの目に怒りが満ちる。

「・・・きらいだよ、嫌い!ごっちんなんてだいっ嫌い!なっちがどんな思いでごっちんのことあきらめたと思ってんの!」

立場も場所も悩みも恐れも、建前も。
すべて放りすてて吐き出した先には、真希のどこか満足げな顔があった。

目と頬を真っ赤に染めて怒鳴り、気まずさと情けなさを怒りに代えて真希をにらむ。
なつみの少し荒い息を聞きながら半開きの口を一度閉じると、真希は小さく笑った。

「・・・なんだ・・・。なっち、後藤のこと好きなんじゃん・・・」
「っ・・・」

710 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:01


言い返してやろうとするが涙をこらえる熱い咽喉が動かない。

しかられて、ふてくされた子供のようにぎゅっと唇を真一文字に結んだなつみを改めて見下ろすと、真希の唇が弧を描いた。
蛍光灯の灯りの下影を刻んで、口元だけで微笑んだ不敵な表情。

「・・・じゃあさ、キスするよ。今からなっちにあたし、キスする。キスしたらなっちはあたしのものだよ。これ、きまりね。・・・イヤだったら、逃げなよ」

「なに言ってんのごっちん!」
「言っとくけどあたし本気だから。逃げなきゃキスする。捕まえたら、キスするよ」

「ちょ、何を勝手に・・・」
「ほら、いくよ。なっちあたしより足遅いからハンデあげる。本気で追いかけるから、本気で逃げないと捕まるよ」

711 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:01



驚愕に目を見開く。

真希がどうしてこういう結論を出したのかわからない。本当にわからない。
緊張の色は見えるものの呆けた顔をさらしているなつみに、真希は笑みを苦笑へと変える。

と、その表情が一瞬で引き締まり、たらされていた腕がまっすぐになつみへと伸びる。
速すぎる展開についていけず、足を後ろに一歩引いたところで腕を引かれた。

「なっち、危ない。階段、気をつけて」

その手が体温もろくに残さず離れていくのを、名残惜しい気持ちで追い、なつみは我に返る。

「ちょっと、ごっちん」
「ほら、いくよ。いち、にぃ・・・」
712 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:02

カウントが始まった。

3、まで聞いてもう一度真希と正面から目を合わせる。
磨いた鏡面のような平らかな瞳だった。
濁りもなく、まっすぐになつみを見下ろしてくる。
決意などというものではない。
宣言した行為を当然にまで確信した瞳がこちらに、静かに問いかける。
なつみの次の行動を待っている。

「ご、ろく」

小さな声がそこまで数え上げたときになつみははじかれたように真希に背を向けた。
まだ混乱している。

何がしたいのか、真希はいったいどうしたというのか。
わからない。
まだわからない。
713 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:02

振り返るとき最後に見た真希の茶色の深い瞳と、流れる横手の壁の汚れが鮮やかだった。
手すりを指で捕らえ、摩擦を感じながら階段を早足で下りる。
とたんに響く自分の刻む足音。
階段の縁を確認しながら足を出す。
右、左、右、左。
いち、にぃ、さん、し。
思わず数えながら踊り場まで降りたとき、階上の真希の姿は逆光で黒く見えた。





714 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:03



深夜とはいえ、ビルにはまだ仕事を残した者がたくさんいる。

人影。
右手に人の姿を見つけ、なつみは駆け足を中止すると早足程度のスピードを保つ。
その方向へ笑顔を振りまき挨拶を終え、後ろを横目で確認し人目がなくなるとまた走り出す。
後を追う真希も同様。

まだ距離は十分にある。
律儀にも挨拶の間は距離を詰めようとしない真希に笑いがこみ上げる。
スピードをわずかに上げると、視野がまた少し狭まる。
息があがる。

心臓が急ピッチで鼓動し、体いっぱいで踊る。
耳元に大きく聞こえる自分の呼吸音と真後ろから迫る足音。
靴底で感じる床の反発。
揺れ動き腰にぶつかる鞄。
足に時折まとわりつくコートの裾。
つばを飲み込み、人にぶつからないよう、友人に出くわさないよう祈る。
短く大きく息を吐いた。

715 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:04



廊下をいつもの倍のスピードで駆け抜けるとエントランスが見える。
奇妙なことをしている自覚はある。
乱れる息を抑え、増える人に挨拶をしながら考える。

外にでるか、それとも。

迷い、振り返ればまっすぐな目とぶつかる。
揺らがぬ視線に改めて真希の意志の強さを思い知る。


奥歯をかみ締め、腹をくくる。
かばんから帽子を取り出し、深くかぶった。


自動ドアが開いていく。



刺す冷たい大気と、とたん白くこごる息。
乾いたアスファルトの、冬の匂い。
温度差に身震いする。

ガードマンに挨拶をし、タクシーの脇を通り駐車場を抜けると街に出る。
なつみは走り出した。
716 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:04


顔が冷たい。
吸う空気が鼻を刺激する。

通行人が振り返り、ライトを纏った街路樹が視野の端を次々に掠めていく。
心臓が、気管支が痛みを訴えているのに止まらない。
確実に聞こえる足音に、止まれない。

―とまっちゃえばいい。
少し前からそればかり考えている。
―つかまりたいんでしょ?ほんとは。ごっちんのこと、好きだよね、好きだからさ



なつみは大きく首を振ってスピードを上げる。
鞄がいっそう激しく舞い、体に当たる。
前に出てきた人を避け、角を曲がった。
ネオンが目に染みた。

道行く人が減る。
足音が近くなる。
荒い息遣いをすぐ近くで感じる。
焦燥に心臓が縮こまる。
流れる汗を唐突に感じる。


やばい。やばい。


717 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:05




明るい光を振りまくマンションの前を通り過ぎる。
いよいよ足音と呼吸音が近い。
手が伸びてこないのが不思議なほどだ。
真希から逃れようと左に折れる。


肩に衝撃、ついで圧力。
瞬間、脳裏がパニックに真っ白に染まる。
足が空転し、後ろへ働くベクトルに耐えられない。
街灯とブランコが回転した。



718 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:05







719 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:06


「っ、は・・・はは・・・」


ぜぃぜぃという大きな自分の呼吸音と乾いた笑いを耳が捉える。
小さな街灯の白色と街からの遠い明かりが二人を照らしている。

重い。痛い。固い。冷たい。温かい。

どうやら倒れてしまったらしい。
他人事のようになつみは今の自分の状況を分析する。

なにかが自分に乗っている。そのなにかは確認するまでもない。
土のにおいに混じり汗と香水のにおいが冷気に痛めた鼻につく。

のどからは血のにおいがする。
指先までどくどくと脈打って体が震えている。
ひざがわずかに痙攣して抑えられない。

目を開くと地面と、長い髪、細く爪まできれいに整えられた指先があった。
少し離れて帽子とかばんがそれぞれ二つずつ転がっている。

720 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:07



「はは・・・じゃ、ない、しょや・・・これ、バレたら、どうすんの、さ・・・」

やっとそれだけを口にするとなつみは大きく真希のにおいのする空気を吸い込んだ。
言葉を発すると気管支がひゅうひゅうと悲鳴をあげる。

「大丈夫、だって・・・べつに、さ、悪いことしてない、よ・・・」
「そうい、うもんだいじゃ、ないっしょ・・・」

かすれた声が再度耳元から聞こえる。
うつぶせに転がったなつみの頭の真横に真希の頭があるらしい。
背中いっぱいに感じる柔らかな体の熱と重さ。
ほてった頬に冷たい地面がいっそ心地良い。

じゃり、という音を立てて横にあった真希の手に力がこもり、背中の温もりが離れていく。

「・・・ねぇ、なっち」


疲れた体を引きずるように真希の体を押しのけ、あお向けになると真希と目が合った。
721 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:07

上体だけを起こし、澄んだ夜空を背に負い自分と同じく頬を上気させた真希と見詰め合う。
自由になった胸が大きく上下する。
潤んだ目元がふわりと和むと、真希の荒い息が零れ落ちて来る。

「なっち」
「な、に」
「もう、あきらめなよ。好きなんでしょ。後藤にしときな。あたしがなっちのものになってあげるから、なっちも後藤のものになりなよ」

「・・・ふ、ふ・・・なにそれ」

「幸せになんて、できない、かもしれない、いっぱい、いっぱい、隠し事も増えるし、いろいろ、辛い思いもすると思う・・・でもさ」

肩を上下させた真希ののどが大きく動く。
呼吸が少し落ち着く。

「一緒にいるから。なっちが、望むなら。後悔させないから。・・・人なんていっぱいいるけど、あたしと、付き合えるなんて、そうないよ?あたしもてるもん。お得、だよ?・・・ね、もう、あきらめなよ。・・・今だけでもさ、難しいこと考えないで、あたしと付き合おうよ」

722 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:08


なつみは目を閉じる。
大きく息を吐くと、なぜか泣きたくなってきた。
しかしそれと同時にこらえていた衝動が奥からこみ上げてくる。

「ふ、ふふふふ・・・」

体の下で震えだしたなつみを最初はただ見ているだけだった真希もそれにつられたのか表情を緩ませる。

「あははははは!!」

声が響く。
涙を流しながら苦しそうに身をよじって笑うなつみの上につっぷすようにして真希も薄く涙をにじませ笑い続ける。

「なにそれ・・・も・・・・ほんっと、ばかみたい、っていうかばかっしょ」
「なっち、うるさいって・・・人来る」
「ごっちんこそ・・・ふ、ふふ」
「あはははは」

723 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:08


「・・・もう、ごっちん」
目元を拭い、笑いの余韻を振り切るように息をついたなつみに気づき、真希が表情を引き締める。

「・・・お得って、意味わかんないっしょ・・・っていうか告白すんならもっと場所選べばか」

柔らかくどこか甘い声音で告げられたそれに真希は目を瞬かせ、小さく笑う。

「うわなにそれ。こんなところまで逃げてきたのなっちでしょー?後藤のせいじゃないよ。ってゆうか、夜の公園もロマンチックでよくない?」

「じゃなくってなっちの上から早くどきなってこと!おーもーいー」

心外だ、と訴え噴きだす真希の両肩を口を尖らせ押す。

「あ、あぁ・・・だってなっちが逃げるからぁ」
「もう逃げないって言って・・・あー、なっち息きれ、て、疲れた・・・明日筋肉痛で起きれなかったらごっちんのせいだべさ」

724 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:09

頬を膨らませるなつみに真希が笑いながら身を起こす。
急に外気に触れた下半身が寒い。
伸ばされた手になつみは右手を重ねた。

「まーねぇ・・・そういうことになるかなぁ・・・じゃあ、責任とってあたしなっちん家に泊まってあげる」

勢いをつけて引っ張られる。
少し近くなった夜空が新鮮に見える。
長く転がっていたために腰も背中も冷え切っている。

「はぁ?そんなんぜんっぜん前と変わってないっしょ」
「あははは!もー、そんな細かいこと気にしなーい」
「いや普通するっしょ!」

ついた土ぼこりをぱたぱたと音を立てて払う。
あー髪の毛じゃりじゃりー、腰痛い、ひざ痛い、あざになってたらどうしてくれんのさ、などと盛大に文句を言いながら落ちたかばんを拾い上げるため腰をかがめたなつみに、真希が苦笑する。自らも髪を整えながら息をつき、口を開く。

「で、返事は」
725 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:09


「・・・うん」

短い問いに地面のかばんから真希へ視線だけを動かして腰を伸ばす。
緩やかに空を見上げ、背伸びをしたなつみに焦れて真希が再度問いかける。

「うんじゃなくて」
「だから、うん!あきらめてあげるって言ってんの!ごっちんでいいよ!ごっちんで我慢したげるよ、もう。なっちだってもてるんだぞ?」

薄暗い街灯の下でもはっきりとわかるほど頬を染めてなつみがまくし立てる。
拾ったばかりのかばんを照れ隠しに振り回し、口を閉じるとふいと横を向く。

呆然とその言葉を聴いていた真希はゆるゆると頬を動かし一度目を閉じる。
顔を伏せ、あげたそこにはこらえきれない満面の笑みがあった。
726 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:09

「感謝すんだぞ?」
「うん」
「なっちもうめっちゃくちゃに悩んだんだから」
「うん」
「じゃ、帰ろっか」

なつみのものよりも遠くに飛んでいた帽子とかばんを拾い上げる真希に手を差し伸べる。

「なっちんちに?」
「そ、なっちんちに帰るべさ」

垂れる髪をかきあげて小さくちらり、と口元だけで笑うと真希はなつみの手をとった。

「帰るべ!」
「おーかえっべ!」


帽子をかぶりなおして、つないだ手をぶんぶんと振り回し夜道をゆっくり大通りのほうへと進む。

727 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:10

「でもさ、うちらすっごいことしたよねー、芸能人でさ、普通ありえないよ、大体夜の公園とかって超危ないよね」
「なにいってんの、元はといえばこれごっちんがさー!」

「そうだけど、そうだけど逃げたのなっちじゃん!あんな一生懸命逃げなくてもいいでしょ!後藤けっこう傷ついたよ、だって首傾いてるし、あ、なっちこれ本気だって」
「首って!いや、だって」
「あたしのことそんなに嫌いなんだって」

「い、や、じゃなくって、だってごっちんが追いかけるから」
「そーだけどさ」

自動販売機の白い光が笑う二人を照らし出す。

728 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:11

「あー、ばれて怒られたらどうしよ。週刊誌とかにさ、安倍なつみと後藤真希の喧嘩とか深夜の追いかけっことか」
「あー、やばいね、それ怖いね!どうしよう・・・」
「・・・まぁ、なるようになるよね」
「・・・ばれたら二人で謝るしかないっしょ」
「記者会見とか?」
「なっちそれやだ!突っ込まれたら笑っちゃいそう」

ふふ、と目を細めて笑うなつみを見下ろしながら真希がタクシー呼ぶよ、携帯をとりだす。
ふとその手がとまり、手の中の画面表示を見直すとなつみへとぎこちなく首をまわし、口元を引きつらせた。

「あ、の、なっち・・・なっち、さん」
「なんだい?」

眉を上げ続きを軽く促すなつみに真希は恐る恐る口を開く。

「あの、もうすぐ夜が、あけちゃう・・・やばい、あたし明日早いんだ、・・・これ、徹夜・・・?」
「うっそ!え、え、えごっちん嘘でしょちょっと、やだよーなっちも明日超早いんだ!うーわー」
729 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:11



立ち止まり自らも携帯を取り出し頭を抱えるなつみを横目に、真希はタクシーを呼びながらガードレールにもたれる。

「あーもう嘘でしょ・・・」
「とりあえずいこ。近くのお店教えてもらったから」
「うん」

道行く車はまだ少ないが街を彩る人工の光が色あせて見えだした。
遠くの空の宇宙の色が薄くなってきている。
冴えた空気を胸いっぱいに吸い込む。
夜明けはもうすぐだ。

なつみの手を引いて先をいく真希の耳に車の音に隠れて声が届く。

「・・・ごっちんが、いいよ。ごっちんじゃなきゃ、やだよ」
「・・・うん」

つないだ指に力がこもった。
はぁ、と白い息を吐き出し、なつみは空を見上げる。

夜の間少しだけ見えていた星もずいぶんと遠い。
朝を透かした大気はもうすぐ朝焼けの色へと染まるのだろう。
夜が明ける。
730 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:12


「そうだ、ごっちんなんでさ、追いかけっこなんてしようって思ったの?」
「あー・・・うーん・・・」

言いにくそうになつみを見た後、口ごもりながら目を逸らす。

「なんかさー、なんかのテレビで、つり橋とかで二人でどきどきしだら、恋が出来るって見てー」
「う、うん・・・」
「でも東京にはつり橋なんてないし。だから、あー、じゃあどきどきすればいいんだ、って思って・・・」
「ま、まさかそれだけの理由で?」
「うん、そう。なっちの性格だったら追いかけっこ絶対いける、って」
「・・・う、わ、信じられない、なんだいなんだい、なんだよそれ!!」
731 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:12

騒ぐなつみにあせり、なつみの服の袖を握ってすがる。
「なっち、怒った?」
「あー、あー・・怒ってない、あんまりばかみたいであきれてるだけ」
「そっか」
よかったーと、のんびり安堵の白いため息をつく。

「ね、なっち、朝焼けとか見えないかな、いっそ見たいよねここまできたら」
「そうだねー、見て、それからなっちちょっと寝たい」
「あたしも」

口元しか見えないが真希はあの無邪気な笑みを浮かべているのだろう。




「あ、タクシーきた」



732 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:13



解決したとか、これで幸せでおしまいだなんて思ってない。
きっとこれから苦労するんだろうなって思うし。

隠し事増えるし、ばれないようにすんのって大変だよねぇ。
みんな結構するどいし実はカオリにはもうあたしたちのことばれてんだよごっちん。

わかってる?わかってないっしょ。

二人でいると、こっち見て笑ってんの。優しい感じで。たまににやにや笑いになるけど。

同い年なのにおねぇさん、って感じでさ。あー、なんか、ねー複雑な感じだよなっち。



733 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:14

「なっち、最近おちついてんじゃん」
「まーねー、いや、なっちもね、大人の余裕って感じかな」
「いや意味わかんないしそれ!なに、悩み解決したのかよぅ」
「さーねぇ、どうだろうねぇ」
「うっわ!心配してんのに・・・こいつむかつく!」
「矢口にはわかんないかなー、まだ早いもんね」
「ちょ、何だよなにがあったんだよ教えろよ」
「うるさいむしでちゅねー」
「あー!もうむし言うな!」


メールの着信音が響く。
文句をぶつける真里をいなしながら携帯を操り、なつみは笑い出した。
画面には先ほどなつみが送信した、真希への質問の答えが並んでいる。

―あたしもずっとなっちのこと好きかどうかって悩んでたんだ。すっごい考えてわかんなくなったから近くにいたらわかるかなーって―
734 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:14

「そ、そんなことで・・・」
肩を震わせ笑い続けるなつみに、真里はますます機嫌を損ねる。

「もー!おい、なっち!もー、だからなにがあったの」
「ないしょ」
「ないしょって・・・」
「ないしょ」

穏やかな目でなつみがもう一度繰り返すとマネージャーが楽屋へと入ってきた。


「移動するよー!」

日々は続いていく。朝が来て、夜が来てまた太陽が昇る。
いっしょにみえても、変わらないものなんてないあたしたちの日常。
明日どうなるかわからないけど確かに存在する、不確かなあたしたちの不確かな関係。

「ごっちん」

あの日真希と並んで見た朝焼けを思い出し、唇を指でなぞるとなつみは顔を伏せ、笑った。



735 名前:トワイライト 12 投稿日:2004/01/18(日) 22:15
736 名前:たすけ 投稿日:2004/01/18(日) 22:23
トワイライト終了です。

なちごま好きとしては一度リアルのなちごまを書いてみたいと始めたこれでしたが、思うよりも時間がかかってしまいました。

リアルといいながらちょっと作り事と無理の多い話でしたが、見逃して下さると幸いです。

読んでくださった皆さんとレスを下さった皆さんに感謝します。
感想まどありましたら、レスいただけると嬉しいです。

ほんとにほんとに、ありがとうございました!
737 名前:shio 投稿日:2004/01/18(日) 22:45
こんばんわです。
更新されていて、嬉しくっていっきに読みました。
途中、やばい涙出てくるかもって思いながら読みました。
切なかったりしたので、心が痛いかもって何回も思いました。

ちゃんとした感想は、またのちほどということで。
簡単ではありますが、これぐらいで失礼したいと思います。

これからの作品も楽しみにしております。
738 名前:ろん 投稿日:2004/01/18(日) 22:56
最終更新お疲れ様でした。
ひたすら心待ちにしていました。
結構ニュータイプななちごまって感じで
実に面白く読ませて頂きました。
感謝ですです。

739 名前:片霧 カイト 投稿日:2004/01/18(日) 23:26
完結お疲れ様です!
前作からの大ファンで、最近になってこのスレを見つけ(遅っ!
一気に読ませていただきました。
今回の作品も最高でした!
素晴らしい作品ありがとうございました!
740 名前:堰。 投稿日:2004/01/19(月) 08:33
ガツンと、一気に読ませていただきました。
流れている時間の質感が、わかるというか。
走っている間の距離感とか、感情そういうものです。念のため。
いつも、この方の技なのだなぁと、読むたび思い知らされます。
でも結論だと、ごまなちキャワ!と頭の中がちょっと桃色です<壊
今後の筆も期待しております。
完結、お疲れ様でした。
741 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/19(月) 09:22
お疲れさまでした。
ひとつひとつの言葉、場面にキューンとなりながら、
最後まで一気に読ませていただきました。
ステキな作品、本当にありがとうございました。
742 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/19(月) 22:11
もぉぉぉーー!
最高ですぅぅぅぅぅーー!
743 名前:七氏 投稿日:2004/01/19(月) 22:44
…信じてついてきて良かった〜
と、胸をなでおろしてます(w
会話とかも凄くリアルな感じで、引き込まれました。
「首」のくだりは、あまりにもリアルで笑っちゃいそうでしたし。
ほんと、良い作品をありがとうございました。
744 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/24(土) 00:17
情景が伝わってくるような気がして、
自然と安倍さんや後藤さんのいろんな姿が浮かんできました。
本当に本当に綺麗で良い良い作品をありがとうございます。

完結お疲れさまです。次回作も期待しています。
745 名前:たすけ 投稿日:2004/02/01(日) 22:00
>>737 shioさん
レスありがとうございました。
すごく早いレスで驚きました(笑
お褒めの言葉、嬉しく頂戴いたします。
えー、これからもどうぞよろしくお願いします。

>>738 ろんさん
レスありがとうございました。
最後までのお付き合いいただけて、こちらこそ感謝しております。
>ニュータイプ に一瞬動揺いたしましたが(笑 面白かった、と言っていただけて本当に何よりです。
役に立つようなものでもないのですけれど、少しでも楽しんでいただけたら本望です。
ほんとうに、ありがとうございました。

>>739 片霧 カイトさん
レスありがとうございました。
あの、とてもとてもうれしいです(笑)レス頂いて驚きました。
お話、読ませていただいております(笑 
ありがとうございました。

746 名前:たすけ 投稿日:2004/02/01(日) 22:09
>>740 堰さん
レスありがとうございました。
>桃色 のお言葉に嬉しくて一瞬どうしようかと思いました。
「萌え」といわれて見たかった私としてはほんとうに、ほんとうに嬉しいお言葉でした。
ありがとうございました。
こっそりこれからも応援させていただきます(笑

>>741 名無し飼育さん
レスありがとうございました。
いや、もうこちらこそ頂いたレスでキューンとなりました(笑
よかった、ほんとよかった(笑
読んでくださってありがとうございました。

>>742 名無し飼育さん
レスありがとうございました。
ほんっとにうれしいでっす!
なちごまばんざーい!
ありがとうございました(笑

747 名前:たすけ 投稿日:2004/02/01(日) 22:18
>>743 七氏さん
レスありがとうございました。そしてほんとうに、お世話になりました。
リアルと言っていただけてほっとしました。
書けない、更新できない・・・と思うたびにレスに助けてもらいました。
ほんとに、ほんとにありがとうございました。

>>744 名無し飼育さん
レスありがとうございました。
動きのない、強引な展開の話で許していただけるかひやひやしながら最後まで更新しておりました。
そういっていただけて、ほんとうによかったです。
こちらこそ最後まで読んでくださってありがとうございました。
748 名前:たすけ 投稿日:2004/02/01(日) 22:30

えっと、次回の予定は未定です。
書くか書かないかもわからない、といいながらどこかでこっそりとなにかしら書いているかもしれません。
もしも見かけられたら、またよろしくお願いします(笑
お声などかけていただけたら嬉しいです。

白道、トワイライト両方、もしくはどちらか(笑)を読んでくださった皆さん、「color」をcp分類に紹介して下さった方、読んでくださった方にも心からお礼を申し上げます。
ありがとうございました。


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