Exaudi nos

1 名前:七誌 投稿日:2003年02月28日(金)12時36分20秒
他版では短編・中編をしてきましたが今回は長編をしてみます。
2 名前:プロローグ 投稿日:2003年02月28日(金)12時37分25秒

その出来事は主婦たちが見るであろうワイドショーの片隅に速報としてわずかに流れた。

『本日未明、登校中の女子中学生二名が、居眠り運転の乗用車に撥ねられ死亡。
 運転手は重症の模様。女子高生二人の名前はまだ未確認』

なにげない出来事だった。
悪くいうならばただの交通事故。

それだけで終わるはずだった。
しかし、それはただの交通事故では終わらないものとなる。

ひっそりと――だが確実に――世界のどこかでなにかが動き始めていた。

3 名前:プロローグ 投稿日:2003年02月28日(金)12時38分29秒

シンシンと雪が降りしきっている。
雲が月を隠し光が差し込むことのない場所で彼女は一人祈りを捧げるように目を瞑り手を合わせていた。
身につけているものは黒衣。

「祈ってなんか変わるの?」

彼女の後ろで木にもたれかかるように立っているもう一人の少女がつまらなさそうに問いかける。

「なにも変わらないよ」

祈りを捧げていた彼女は立ち上がる。

「苦しみが続くだけ・・・・・・」

彼女が言うともう一人の少女はクックと喉を鳴らした。

「苦しみはあたしたちにはもう残されてないじゃん。続くのは命」

「・・・・・・・・・・・・」

「迷ってたってはじまんないよ」

「・・・まあね」

少女たちは連れ立って歩き出す。
雪の白さと彼女たちの纏う黒が一種、奇妙な美しさを放っていた。
4 名前:第1章 投稿日:2003年03月01日(土)11時44分21秒



石川梨華は物心つく頃から孤児院で暮らしていた。
人見知りの激しい梨華はうまく院に馴染むことができずに親しい友達をつくることができなかった。
それどころか、些細なことから苛めの対象となることもあった。

その日もそうだった。
なにがきっかけだったのか彼女自身も覚えてはいないが、
ともかく梨華は数人の女の子に囲まれて泣いていた。
そこへ偶然、二人の女の子が通りがかった。
梨華は、その2人の女の子に見覚えがあった。
つい最近、院長に紹介されて新しくこの院に入ってきた子たちだ。
梨華は、すぐに嫌だなと思った。
まだ院にも馴染んでいないその二人がうまくここで暮らしていくには
大多数のグループに属したほうが楽だろう。
きっと彼女たちは今、梨華を取り囲んでいるグループに入る――咄嗟にそう考えたのだ。
絶望的な状況に梨華は目を閉じる。
こうしていればすぐにことは終わるのだとでもいうように。

しかし――

次の瞬間、梨華の耳に届いたのは

「なにすんのよっ!!」

という驚きに満ちた叫びとざわめきだった。
なにごとだろうと、梨華は恐る恐る閉じた瞳を開いた。
そして、息を呑んだ。
梨華の目に飛び込んできたのは、グループのリーダー格の少女に
とび蹴りをくらわしている少女の姿だった。
5 名前:第1章 投稿日:2003年03月01日(土)11時45分15秒

「大丈夫〜?」

梨華が目を丸くしてその光景を見ていると、いつのまにかもう一人の少女がゆったりした声でうずくまっている梨華に手を差し伸べていた。梨華は、涙の溜まった目で少女を見上げる。
その間に、さっき梨華をいじめていたグループは走って逃げていた。
戦っていた少女はその後ろ姿を見届けるとゆっくり梨華の元に歩いてくる。

「立てないの?」

今しがたまで戦っていた少女は来るなりぶっきらぼうに問いかけてきた。
梨華はその口調に反射的にびくりとする。
それを見て、もう一人の少女が

「ダメだよ、マキちゃん。そんな言いかたしたら」

と、注意する。

「じゃぁ、どういえばいいの?」

マキと呼ばれた少女は不服そうに頬を膨らました。

「ん〜と。立てないの?」

もう一人の少女はしばし考えた末にマキと同じことを言った。

「ひとみちゃんだって同じじゃん」

すぐにマキが突っ込みをいれる。

「だから、言い方だよ。私は優しく言ったもん」
「あたしだって優しく言ったつもりだよ」

梨華は、くだらないことから言いあいをはじめた二人を見て慌てて立ち上がった。
突然の梨華の動きに今度は二人が驚いたように梨華に顔を向けた。
梨華はそこではじめて少女たちの顔をしっかりと見た。
6 名前:第1章 投稿日:2003年03月01日(土)11時45分59秒

二人ともとても整った顔をしている。
ひとみといういかにも優しそうな少女と一見、冷たそうにみえるマキ。
その二つが梨華を心配そうに見ていた。

「ホントに大丈夫?」

不安がっている梨華に気を使ったのかマキが言う。
口調こそぶっきらぼうだが今度は怖くなかった。どこか暖かさを感じた。
ひとみも梨華の答えを待っている。

「あ、あの・・・助けてくれてありがと」

梨華は消え入りそうな声で言った。
同年代の子と話したのはそれがはじめてだった。
二人が嬉しそうにニコッと笑った。
それにつられたのかいつのまにか梨華自身も笑顔を返していた。


それが、梨華とマキとひとみの出会いだった。

7 名前:第1章 投稿日:2003年03月02日(日)09時19分06秒



都心から少し離れたところにある少し古ぼけたアパートが朝の光を浴びている。
そのアパートの一室はいつものように朝日を受けて夜明けを迎えていた。

ピピピピ

電子音が鳴り響く。
ピンクで固められた一室の中央にある布団の中から梨華は手を伸ばしてそれを止めた。
もう起きて学校に行く時間だったが、
昨夜バイト先の子から頼まれて急なシフトチェンジをした梨華はようやく睡眠を取ろうと布団にもぐりこんだばかりだったのだ。

(・・・今日は・・・・・・休も)

そう思ってまた布団にうずくまる。
以前ならこんなことはしなかった。
しかし、3年前に大切な親友を失くして以来、
梨華には学校や今いる空間に対しての執着がなくなってしまっていた。
8 名前:第1章 投稿日:2003年03月02日(日)09時20分56秒

――事件は3年前に遡る。

梨華は中学3年、マキとひとみは中学2年になっていた。
普段と変わらない朝。
いつものように梨華はマキに声をかける。

「起きて、起きて、マキちゃん!」
「んぁ・・・もう、60分・・・」
「60分も寝たら遅刻しちゃうよ」

呆れながら梨華は真希の布団を揺さぶる。
それでも、布団の中のマキは起きる気配さえない。
それどころか寝返りを打って梨華に背を向けてしまう始末だ。

「梨華ちゃん、ごっちんはあたしが起こすよ」

後ろから登校の準備を終えたひとみが梨華に声をかけた。

「でも」
「梨華ちゃん、遅刻したらまずいじゃん。推薦受けるんだからさ」

今年で院をでることになっている梨華は高校に行くために奨学金推薦を受けることになっていた。
そのために3年間無遅刻無欠席を守ってきた。
ひとみは、それを知っていて梨華には先に学校に行ってもらおうと考えたのだ。
9 名前:第1章 投稿日:2003年03月02日(日)09時21分35秒

「大丈夫だって、ごっちん起こすぐらいあたしだってできるから」

心配そうな梨華にひとみが笑う。

「・・・それじゃ、お願いね」

梨華は、しばし考えてひとみに言った。
ひとみが「任せてよ」と胸を張る。

「ごっちん、遅刻しないようにね」
「あーい」

真希が布団の中から手だけをヒラヒラと上げてみせた。
仕方ないんだから、梨華は口元に笑みを浮かべて院を飛び出した。

それが、ひとみとマキと話す最後だとは知らずに――

10 名前:第1章 投稿日:2003年03月02日(日)22時22分59秒



教室は、授業が始まる時間になってもあらわれない担任のことでざわつきはじめていた。

「今日、自習?」
「っつーか、休みだったりして」

そんな会話が梨華の耳に届く。
梨華は、かまわず読書を続けた。
正直なところ、孤児院ではひとみと真希のおかげで自分の居場所を確保することができたが、
この教室に梨華はあまり馴染んでいなかった。
それでも別にいいと思ってしまったのもまたあの二人の存在があるからなのだが。

(二人とも、遅刻してないかな)

梨華が、ふとそんなことを思ったときだった。
不意に教室のドアが開き汗を拭きながら担任が駆け込んできた。
そして、妙に神妙な表情で「石川・・・」と梨華を呼んだ。
11 名前:第1章 投稿日:2003年03月02日(日)22時23分29秒

事件はひどく簡単なものだった。
長距離を通勤するサラリーマンが居眠り運転。
誤ったハンドル操作で歩道に突っ込んだ。
そして、二人はちょうど運悪くそれに巻き込まれたのだった。
12 名前:第1章 投稿日:2003年03月02日(日)22時24分58秒

「どうして・・・私を置いていっちゃったの?」

二人の墓石を前に一人佇む梨華。
あの日、担任が知らせたのはひとみとマキの死という現実だった。
すぐさま向かった病院で、彼女は二人に会わせてはもらえなかった。
病院に駆け込んできた梨華を孤児院の院長が止めたのだ。
梨華は、その場で崩れ落ち3日間寝込んだ。
そのあいだに、二人の葬儀は静かに行われた。
それから、一週間がたった今でも梨華の心は晴れることはなかった。
それほどまでに梨華にとってはひとみと真希という存在は大きかった。
二人の突然の死は、彼女の人生という名の電車を脱線させてしまったのだ。

そのことに本人も気づいていいる。

忘れなければならないというのは分かってはいるが・・・・・・
きっとそれはどれだけ時間がかかっても無理なんだろう。

――私が・・・あの日、真希ちゃんを起こしてたら

梨華の中でそんな罪悪感が渦巻いていたのは事実だったから。

13 名前:第1章 投稿日:2003年03月02日(日)22時26分14秒

     ※                 ※

梨華が二人の少女の真新しい墓石に黙祷を捧げていた頃、時を同じくして一人の女が飛行場に立っていた。
たった今着陸してきた小型のセスナから少女がおりてくる。
少女は、その女の存在に気づいて言った。

「なに?あたしの帰りが待ちきれなかったの?」
「そうやな」

女は加えていたタバコを投げ捨てると唇の端をあげて笑った。
少女は、呆れたように肩をすくめた。

「ウソばっかり」

チラリとセスナから運び出される大きな箱に視線を動かす。
それは、ちょうど人間が入りそうな大きさのものだった。
女が満足そうに笑って

「起きたらうちのところに連れてきてな」

と言うと少女を残して待たせていた車のほうへと歩いていった。

「起きたら・・・ね。そう言ってもいいのかな?」

残された少女は苦々しげな顔で呟き、再び箱に目を向けた。

14 名前:第1章 投稿日:2003年03月03日(月)11時37分57秒



ピーンポーン

再び眠りにつき始めた梨華の耳に間の抜けたチャイムの音が聞こえた。
布団で丸くなっていた梨華にわざわざ起きる気はない。
どうせこの家を訪ねてくる人物なんて新聞勧誘とかそんな類しかいないからだ。
ほうっておけばすぐにいなくなるだろう。

ピーンポーン

再びチャイムが鳴った。

ピーンポーン、ピーンポーン

今日はすごくしつこい。
梨華は頭から布団をかぶる。
しかし、チャイムの音はますますひどくなり、しまいにはドアをノックする音まで梨華の耳に届いてきた。

(もう、なんなの?)

あまりのしつこさに観念して梨華は体を起こした。
ドアへと足を向ける。その間にもチャイムは無遠慮に鳴った。
まぶたをこすり寝癖のついた髪の毛を手で撫で付けてのぞき穴から外を見る。
15 名前:第1章 投稿日:2003年03月03日(月)11時39分23秒

「誰ですか?」
「宅配便で〜す」

穴から見える制服は確かに宅配の人のようだった。
腕に小さな荷物を抱えている。
しかし、梨華に荷物が送られてくることは院の先生から年に一度あるかないかだ。
それも送ってくれるときにはきちんと梨華に連絡をしてくれる。

では、いったいこれはなんだろう?
もしかしたら、宅配強盗かもしれない。

「あの、間違いじゃないんですか?」
「え〜石川梨華さんですよね〜?」

確かにそうだが・・・・・・

「そうですけど・・・・・・誰から送られたものですか?」
「えっと、吉澤ひとみさんからですね」

外にいる人物はありえない名前を言った。
梨華は思わず驚きの声を漏らす。

そして、ようやくドアを開けた。
16 名前:第1章 投稿日:2003年03月03日(月)11時40分26秒

「なにかの間違いじゃ・・・んっ!?」

外にいた人物はいきなり梨華の口元を信じられない速さで押さえるとそのまま玄関の中に侵入してきた。

「んんっ!!?」

気が動転したまま抵抗を試みるがその人物の力にはまったく敵わない。
侵入者は、後ろ手で器用に鍵を閉めはじめた。
その隙をついて梨華はあらん限りの力で押さえつけられた手をふりほどこうとした
――侵入者のかぶっていた帽子が梨華の手にあたり床に落ちる。

その瞬間、梨華は固まった。


――どうしてここに?


だって、だって・・・・・・

なにかを言おうとしてはいるのだが上手く言葉にはならない。

「な、んで?」

そう一言、搾り出すだけで精一杯だった。

目の前に立っているのは紛れもなく・・・・・・

死んだはずの吉澤ひとみだったから。

17 名前:第1章 投稿日:2003年03月03日(月)11時41分57秒

「ひさぶり〜。キレイになったね〜、梨華ちゃん」

梨華の思いとは逆にノンキなひとみの声。
梨華は、息を飲み込んだ。
それから、当惑した顔のままひとみをじっとみつめた。

名前と同じ大きくてキレイな瞳。白い肌。
どこか外国の血が混じっているような容貌。
少し大人っぽくはなっているがその人懐っこい笑顔ははじめて会ったときと変わらない。

(ひとみちゃんだ・・・)

だが、彼女は3年前にもう一人の幼馴染真希と一緒に事故で死んでしまったはずだ。
梨華の混乱はさらに深まる。彼女の言葉を待つしかない。
そして、ひとみは口を開いた。

「とりあえずさ、寝かせて」

「え?」

予想外の言葉に思わず声が漏れる。
大きなあくびをしながら部屋に入っていくひとみ。

「ずっと寝てないんだよね〜」

「ちょ、ちょっと」

「起きたらおいおい話すから。おやすみ〜」

湧き上がる疑問にまったく答えることなくひとみはさきほどまで梨華が寝ていた布団に
体をもぐりこませるとすぐさま穏やかな寝息を立て始めた。

まだ自分は夢を見ているのだろうか――

梨華は、複雑な気持ちでひとみの傍らにそっと座ると彼女の髪を優しく撫でた。

18 名前:クロイツ 投稿日:2003年03月03日(月)20時57分42秒
はじめまして!クロイツと申します。
読ませて頂きました!!おもしろいです!!

先がどうなるのか、すごくわくわくします!
ヨッスィー早く起きて、説明聞かせて〜!!
続き、楽しみにしてますね♪
19 名前:第1章 投稿日:2003年03月03日(月)22時49分42秒



世界は、表裏一体で成り立っている。
表の世界は裏の世界とは関わることは決してない。
そんな世界があること自体想像もつかないことだろう。
しかし、裏の世界で生きる人間は必ずいる。

その中にUFAグループ――別に死の商人と呼ばれる――という組織がある。
UFAグループは、世界中のあらゆる場所に現れては武器の製造・流通を仕事としている大規模な武器商人だ。
傘下には多くの軍事開発企業がある。ゼティマもその一つだった。
数年前、ゼティマはある新プロジェクトをたちあげた。
それは、通称MOS(マンオブソルジャー)と呼ばれる。
MOSとは、一様に常人離れした戦闘能力と情報解析能力を持ち、
他企業への潜入やハッキング、銃撃戦までこなす戦いのスペシャリストたちのことだ。
そうやって開発されたMOSは、裏の世界のあらゆる場面で活躍した。
そのため、MOSの基本情報を得てさらに上を目指そうとゼティマおよびUFAグループに接触する企業も少なくはなかった。
危機を感じたUFAグループは、MOSに変わる次世代のMOSの開発を多数ある関連企業に発注した。

そして、MOSプロジェクトを立ち上げたゼティマから新たなプロジェクトが立ち上がる。
他企業への牽制を目的とした自己防衛のためだけにエースと呼ばれる最高傑作を産み出すために――

その頃から、ゼティマはその類まれな開発力をUFAグループからでさえ危険視されはじめていた。

20 名前:第1章 投稿日:2003年03月03日(月)22時51分51秒

薄暗い部屋――周りには、さまざまトレーニング機器が置いてある――その隅のベンチに少女がポツンとなにをするでもなく座っている。
そのとき、ガチャリとドアが開いて一人の女が入ってきた。
少女は、女のほうを横目でチラリと見てすぐに視線を戻す。

「吉澤、逃げたわよ」

女――保田圭は、冷たいとも取れる口調で少女に告げた。
少女の体が一瞬固まる。
しかし、すぐに

「そっか」

とため息をついて背中の壁に体を預けた。
女は、その隣に座る。

「あんたはどうするの?」
「なに言ってんの、けーちゃん。あたしにはここしか居場所ないじゃん」

明るい口調。
しかし、それとは裏腹に少女の顔に浮かんでいるのは例えようのない悲しさだった。
圭は、悲しさをこらえる少女の姿にいたたまれなくなって眉を寄せた。

「後藤・・・」
「それに、日本に逃げたって居場所なんてないよ」

そう言って、少女は切なげなため息をついた。
21 名前:クロイツ 投稿日:2003年03月04日(火)19時08分03秒
ををっ!ごっちんも生きてたのねっ!!
そして圭ちゃん!カッコ良いです〜♪

うう、どきどきが止まらない…。
これからどーなっちゃうのか…楽しみ過ぎです!!
次回も楽しみにしております!!
22 名前:第1章 投稿日:2003年03月04日(火)21時08分26秒



「じゃあ、私、バイトあるから」
「うん、行ってらっしゃい」
「勝手にどっかいっちゃわないでよ」
「分かってるって」
「行ってきます」

そう言って、梨華は玄関を後にした。
ひとみは、過度の心配をする梨華の姿に苦笑いを浮かべる。
ひとみが梨華の家を訪れてから丸一日がたった。
昨夜、目を覚ました自分に梨華は待ち構えていたようにあれこれとたずねてきた。
ひとみは、それに満足には答えることができなかったが、梨華は自分をここにおいていてくれると言ってくれた。

(梨華ちゃんがいなかったら、あたし、どこにも行けなかったな)

ひとみは、自嘲的な笑みを口元に浮かべた。
23 名前:第1章 投稿日:2003年03月04日(火)21時09分57秒

日本に――
この町に戻ってきたときに一番に思ったのはなにもかも変わってしまったということだった。
たった3年で――実際にはそう変わっていたわけではないのだろう。
だが、ひとみが過ごした3年はそれほど長く感じられるものだった。

世界の時計が全て壊れているのではないかと考えたこともあるほどに・・・・・・
なにも変わっていない町並みが変わってしまったと思えるほどに・・・・・・

だから、ひとみは内心、梨華を頼ることを恐れていた。
この3年でまた彼女までもが変わってしまっているのではないかと。
しかし、そんなことはなかった。
彼女は、3年前に見たままの微笑を自分に向けてくれた。

それだけが今の自分にとってここにいてもいいという許しにはなるだろう。

24 名前:第1章 投稿日:2003年03月04日(火)21時13分02秒



ひとみに見送られた梨華はバイト先までの道すがら昨夜ひとみから聞いた話を頭の中で反芻していた。


「・・・ひとみちゃん、だよね?」
「整形した偽者かもよ」

梨華の問いかけにひとみはそうおどけて言って笑った。
梨華は

「もうからかわないでよ」

と頬を膨らました。

「ゴメンごめん」

ひとみが手を合わせて謝る。
その目を覗き込むように見つめた。
ひとみは、それを嫌がるように少し体を引いて苦笑いを浮かべる。

「生きてたんだね・・・」

「そうみたい。お葬式とかしたの?」
「したよ。私は・・・でてないけど。学校の友達なんて泣きっぱなしだったって」
「へぇ〜もてもてだね、あたし」

ひとみは、笑いながら髪を掻き揚げた。

「それで、3年もどうしてたの?生きてたなら生きてたって教えてくれればいいのに」

「ちょっとゴタゴタしてさニューヨークにいたんだ」
「ニューヨーク?」

「そう、ソビエト・・・じゃなくてアメリカの」

ひとみはなにか言いたくないことがあるのかもしれない。
梨華はさっきから冗談交じりで答えるひとみの反応にそんなことを思い始めていた。

25 名前:第1章 投稿日:2003年03月04日(火)21時14分15秒

「・・・ニューヨークでなにしてたの?」

「えーっと」

ひとみが困ったように視線を逸らしたので梨華は顔をしかめた。

「言いたくないこと?」
「・・・もうちょっと時間たってから話したいんだ・・・今は・・・・・・」

梨華の言葉にひとみはぺこりと頭を下げた。
3年もの間、生きていることを隠していたのだ。
それなりに大きな理由があるんだろう、そう考え梨華は仕方なくため息をついた。
しかし、ひとつだけどうしても聞いておかなければいけないことがある。

「ねぇ」

「ん?」

梨華の声に顔を上げるひとみ。
そのキレイな瞳を見据えながら梨華は口を開いた。

「ごっちん・・・真希ちゃんは生きてるの?」

その問いかけにひとみが一瞬だけ辛そうに顔をゆがめる。
どう答えようか考える仕草。
ややあって、虫の羽音のようなか細い声で

「うん」

とうなづいた。

26 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)11時21分47秒



大きな会議室で数人の男たちが机を囲んで座っている。
中には、その場に不似合いな金髪の日本人の男までいる。
その脇には3年前飛行場にいた女が腰掛けていた。
3年前ならばとうていこの場にいることはできなかったのだがあの日から彼女の立場は大きく変わっていた。

そう、本社であるUFAに意見できるまでに――

「まずは、事態の報告をしてもらおうか。中澤」

中央の男が隣の女に言う。

「はい」

女――中澤はうなづく。

「・・・皆さんもご存知のとおりと思いますが、我ハロプロからツインエースの一人でラブマシーン被験者の吉澤ひとみが国外へと逃亡しました」

淡々とした口調で報告を続ける。

「ハロプロを取り締まっている私としましては、このまま彼女を放棄してしまおうと考えています」

「ちょっと待て」

中央の男は、明らかに動揺を含んだ声をだした。
27 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)11時23分43秒

「放棄だと?あいつは、我がUFAにとっても大事な戦力だ・・・なにより組織のことを知りすぎているんだぞ」
「彼女は、なにも喋りませんよ」

中澤は冷静な口調で答える。
それが妙な説得力を持たせた。中央の男は、言葉を詰まらせる。

しかし、

「全てはそっちの管理ミスじゃないのか、中澤」

と、中澤の二つ隣に座っていた男が怒りを込めた目で彼女を睨みつけながら立ち上がった。
子会社であるゼティマの中にあるハロプロの役員からコケにされては腹が立つのも無理はない。
だが、今のUFAはハロプロのツインエースに頼りきってしまっていたのも事実であった。
それをかわきりに次々と中澤を攻め立てる声が上がった。

「そうだ!そっちが責任を取るべきじゃないか」
「我々の情報がどこかでもれたらどうするつもりなんだ!」

中澤はどこかさげすむような視線で男たちを見回した。
28 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)11時24分32秒

「それじゃあ、どうしろと?そちらのエースでも使って吉澤をつかまえることができるんですか?
 もし、そうならば我々はいっさい干渉しませんのでご自由にどうぞ」

男たちの罵声が止まる。
それは明らかに無理だということが分かっているからだ。
中澤は、口元をゆがめて嘲笑を浮かべるとその場から立ち去ろうとドアへと向かった。
そのときだった。

「後藤はなにしとったんや?」

今まで一言も発さず場を観察していた金髪の男が中澤の背中に声をかける。
中澤はピタリと足を止めた。

「あいつなら吉澤を止められたんやないか?」

男の問いかけにやや間を置いて中澤は口を開いた。

「・・・・・・私には後藤の考えることなんてよく分かりませんよ」

そして、そのまま振り返ることなく会議室を出て行った。

「後藤しだい・・・ちゅうことか」

金髪の男は、中澤の背中のあった場所から目を逸らすことなく呟いた。

29 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月05日(水)13時45分13秒
ん〜、まだ謎だらけだ。
続き、期待してます
30 名前:クロイツ 投稿日:2003年03月05日(水)20時18分56秒
中澤さんかっけ〜!!設定もカッコイイですねっ!!
どきどきわくわくしてます!!先が楽しみ〜♪
毎日更新、がんばってくださいませ!!
31 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月05日(水)20時48分08秒
またいしよしごま系か…( ´_ゝ`)フーン
とかおもいつつ気になる
32 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)22時19分57秒

10

梨華は、夕方近くにならないと帰ってこない。
そう聞いたひとみは梨華には内緒である場所に向かっていた。
日本に来る前に調べていた改造拳銃を違法で扱っている店だ。

「あんた、上手いな〜」

店の地下にある射撃場で試し撃ちをさせてもらったところ付き添いの店員が感心したようにそう言った。
ひとみが、撃った弾全ては見事に標的のど真ん中を打ち抜いている。

「俺は、店に戻ってるから気が済むまで撃っていいぜ」

そういい残すと店員は店の中へと戻っていった。
それを見送るとひとみは手にした銃をどこか焦点の合わない目で見つめる。
33 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)22時21分39秒

「意外とよくできてるんだな・・・でも」

そう呟き、おもむろに銃を自らのこめかみに向けて

――引き金を引いた。

銃声が響き、銃口からはかすかに煙が出ている。
しかし、ひとみはその場に平然と立っていた。
確かに頭を撃ちぬいたはずなのにその場所は致命傷どころか血の一滴も流していない。
ひとみは、こめかみをさすり年寄りがつくような重いため息をついた。
それから、銃を傍にある机の上に置く。

「これじゃ、人は殺せないな」

その言葉にはやけに切迫したものが込められている。
自分を撃ち抜いたことよりも銃の威力に不満があるようだった。
どれだけ精巧に作られていようと所詮は偽物。本物には到底およばない。
しかし、そう文句を言っていられないのが現状でもあった。

「やっぱり、どうにかして持ってくるべきだったな」

後悔の呟きを漏らしてひとみは残っている玉を全て撃ちつくした。
34 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)22時22分58秒

「お、もういいのか?」

店内に戻るとさっきの店員が声をかけてきた。

「ええ、とりあえずこれと弾をケースで」
「オッケー」

店員が、棚の奥から細長い箱を取り出してひとみに手渡した。

「それにしても、なんか競技でもしてたのか?プロ級の腕だったぜ」

店員の裏のない言葉。
しかし、それはひとみの心に微かに突き刺さった。
ひとみは、愛想笑いを浮かべた。
店員はそれに気をよくしたのかさらに楽しそうに言葉を続ける。

「マジで銃で喰ってたんじゃないの?」

「そうだね・・・銃で生きてたから」

ひとみは、自己嫌悪の入り混じった本当に小さな小さな声で呟いた。

「は?」
「え?いや、なんでもないよ。で、いくら?」

気持ちを押し殺して再びニコリとひとみは笑った。

35 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)22時26分11秒

11

店が思ったより遠かったため家路につく頃にはすっかり日が落ちてしまった。

(梨華ちゃん帰ってたらまずいよな〜)

そんな思いでひとみは早歩きで急ぐ。
しばらくするとようやく梨華の住む小さなアパートが見えてきた。
部屋の明かりはまだついていない。
ホッとしながらアパートの玄関をくぐる。梨華の部屋は2Fにある。
ひとみは、階段に足をかけた。
その瞬間、なにかの気配に気づいて足を止める。

「・・・っ!」

不思議に思って振り向いたひとみの視界に飛び込んできたのは、
普通ならば避けきれないところまできている銃弾だった。

そう、普通の人間ならば――

しかし、ひとみはあっさりとそれを避け、次の瞬間には攻撃を仕掛けてきた人物への復讐を終えていた。

36 名前:第1章 投稿日:2003年03月05日(水)22時27分55秒

(もうこの場所がばれてるのか・・・・・・)

ひとみは、倒れている男を見下ろしながら小さく舌打ちをついた。

でていったほうがいい。梨華を危険な目にはあわせられない。
そんなことは最初から分かっていることだった。

しかし、彼女が――せめてもう少しだけと――そう思っても誰にも責めることはできないだろう。

それほどに今自ら手をかけた男を見下ろすひとみの顔は悲しみに歪んでいたのだった。

37 名前:第1章 投稿日:2003年03月06日(木)17時24分57秒

12

「ただいま・・・なんて言ったりして」

玄関を開けて部屋に入りながらひとみは一人ごちた。
てっきり梨華はまだだと思っていたのだ。

しかし――

「おかえり」

「え?」

薄暗い6畳間の部屋の片隅に梨華が体育座りでひとみを恨めしそうに見ていた。

「り、梨華ちゃん、帰ってたの?」

動揺した声でひとみは言う。

「帰ってたのじゃないよ!どこに行ってたの?急にいなくならないでよ、心配するじゃない」
「ご、ゴメン・・・っていうか、なんで電気つけてないの?」
「え?電気代の節約だよ。当たり前じゃん」

梨華は、いつもこんな暮らしをしているのか――

ひとみは、ポリポリと頭をかきながら電気をつける。
そして、きっぱりと言い放つ。

「電気消すのは寝るときだけ」

「えーっ!でも・・・・・・って、どうしたの?」

文句を言いかけた梨華が口に手を当ててひとみに駆け寄った。
一瞬、ひとみはなんのことか分からずキョトンと梨華を見たが、
その視線が自分の服にあることを知ってしまったといった表情を浮かべた。
38 名前:第1章 投稿日:2003年03月06日(木)17時25分59秒

「どっか怪我しちゃったの?」

「え?いや、これ・・・あたしの血じゃないから・・・・・・その、あの」

口ごもるひとみを見て梨華は息を吐いた。

「これも言えないこと?」

上目遣いで自分を心配そうに見つめてくる梨華にひとみは心底悩んだ。
はたして本当のことを話すべきなのだろうかと・・・・・・
話してしまった後に、彼女から嫌われてしまわないだろうかと・・・・・・

「分かった。言えるときになったら言ってね」

無言のままのひとみに梨華は諦めたようにうなづくと台所に向かった。

「ご飯、まだだよね」
「え?う、うん」

動揺したまま答える。

「じゃあ、着替えてそこで待ってて。すぐ作るから」

気を取り直したように明るく言ってくれる梨華の気遣いがひとみにはありがたく、そして、辛かった。

39 名前:第1章 投稿日:2003年03月06日(木)17時27分21秒

13

夜の闇が濃くなった頃、静かに寝入るひとみの隣で梨華は寝付けずに窓からの月を眺めていた。
チラリとひとみの顔に視線を動かす。
まだあどけない寝顔。梨華は少しだけ安心する。
さっき外から帰ってきたひとみに感じた奇妙なものはそこにはない。

梨華が感じた奇妙なもの――

ふだん感じることができないような人に対する攻撃的ななにか――

一瞬だけひとみが梨華の知っているひとみとは違う人物に見えた。

だからこそ、さきほどの件に関してあまり触れられなかったのだ。

実際は、気になることがたくさんある。

さきほどのことはもちろん――
死んだはずのひとみがどうして生きてここにいるのかということや
ひとみの隠している3年という空白の時間のこととか――

考えれば考えるほどなにか悪いことが起こりそうで不安になる。

そして、一番気になるのはもう一人の大切な人のことだった。

「真希ちゃん・・・・・・・」

梨華は、その人物の名前を小さく呟くとまた月に目をやった。
今夜は眠れそうになかった。
40 名前:第1章 投稿日:2003年03月06日(木)17時29分15秒

     ※                     ※

「やはりわが社のMOSでは敵いませんでした」
「そうか・・・」

「あの、ゼティマはわが社の子会社なんじゃないんですか?
 どうして、ムリヤリにでも後藤をださせないんでしょう?」
「無理だな、今のゼティマ・・・いや、ハロプロには口出しできない」
「それは、ハロプロがラブマシーンの全てを知っているからですか?」
「・・・・・・」
「我々がそれを奪ってしまえば」

「後藤がいる」

「・・・・・・」
「まぁ、いい。ともかく、こっちのMOSは引き上げさせる。タダじゃないんだからな」
「了解しました」

「引き続き、監視だけは続けてくれ」
「はい」

 プツ ツーツーツー

41 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月06日(木)21時15分33秒
ラブマシーンってなんやねん、マジで。
んげー続きが気になります
42 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月08日(土)13時38分19秒
新スレキテターー!あーあっちもこっちも気になるなあ。
ってかどっちも、CPが意外だったりしますたw
43 名前:第2章 投稿日:2003年03月08日(土)22時01分24秒



奇妙なまでにキレイな月が出ている。
マキは、冷たい風が吹いてくるのもかまわずに空を見上げていた。
この月をいなくなってしまった親友も見ているのかもしれない、そんな馬鹿げた考えがふと頭をよぎる。
マキは、自嘲的に笑みを浮かべなにかを否定するように小さく首を振ると、開け放していた窓をやや乱暴に閉めた。
それから、ベッドに体を預ける。

(・・・・・・吉澤・・・ひとみ、か)

マキとひとみの付き合いは2人がこれまで知り合った誰よりも長い。
出会い、それ自体がいつのことだったのかマキ自身あまり記憶にはないのだが
――気がつけばいつもひとみはどこか浮きがちだったマキの隣にそっと寄り添っていたのだ。
そして、マキもそれを嫌がることなく自然と受け入れていた。
なぜかは分からない。二人の間には奇妙な繋がりがあったのかもしれない。

(運命だよね・・・死ぬのも一緒だったなんて)

マキは、闇の中からなにかを探すように瞳をしっかりとひらいたまま薄く笑みを浮かべた。

(だから・・・・・・)

――コンコン

静寂を破る遠慮がちなノックの音が巻きの耳に届く。
マキは、すぐさま考えを中断して体を起こすと返事もせずにドアのロックを外した。
足音から誰がそこにいるかは分かっている。
44 名前:第2章 投稿日:2003年03月08日(土)22時03分00秒

「ゴメン、寝てた?」

ドアの外に立っていたのはかなり背の低い金髪の少女だった。

「寝ようとしてた」

マキは、短く答える。

「そっか、ごめん」
「で?なに?」

ぶっきらぼうな口調。それを気にした様子もみせずに彼女は口を開く。

「実はさ、祐ちゃんがごっつぁんに会いたいらしいんだよね。
 それで、明日、部屋にきてって」
「・・・それだけ?」

真希は、いささか疑問に思った。
そんなことならばわざわざこうして自分を訪ねなくてもいくらでも連絡のしようがある。
彼女の訪問は明らかになにか別の理由があるんだろう。
眉を寄せて彼女を見る。無言の追求。
45 名前:第2章 投稿日:2003年03月08日(土)22時05分36秒

「キャハ・・・いやー、実はねごっつぁんのことが心配でさ」

しばらく見つめ続けていると彼女は照れたように笑いながらそう言った。

「え?」
「ほら、よっすぃ〜のことで落ち込んでないかなって・・・辛かったらあたしの部屋に来ていいんだぞ」
「・・・・・・やぐっつぁん」

マキは、言葉に詰まった。どう反応すればいいのか分からない。
それは、以前にも彼女――矢口真里に言われた言葉と同じものだったからだ。

あの時、突然、訪れた異常な状況に混乱を隠しきれないひとみを前にして自分はしっかりしなければいけないと考えた。
だからこそ、ひとみと同じように抱いた巨大な不安を誰にも口にすることができず
一人で溜め込んでいった。
もともと感情を押し殺すのは得意なほうだったからそれは誰にも気づかれることはないはずだったのだ。

それなのに――

46 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時34分48秒



「はじめまして、矢口真里です。っていうか、かわいいー二人とも。
ヤバイ、矢口ほれそうだよーキャハハハ」

彼女が自分たちを見て発した最初の一声。

それは、その場所にひどく不似合いでマキは微かな苛立ちを覚えた。
無理はない。
いつものように朝が来ていつものように目が覚めたと思ったら、
そこはまったく見慣れない場所だったのだから。

いったい、どうしてこんなとこにいるんだろう?

マキは、できるかぎりの記憶をたどる。

(あたしたちは、確か通学途中で・・・・・・)

そこからの記憶がまるきりなくなっている。混乱がマキを襲った。
隣にいるひとみも同じ思いを抱いているのか頬を強張らせてうつむいている。

「ちょっとー、二人して矢口のこと無視すんなよー」

矢口は、そんな二人の顔を交互に覗き込む。
矢口と目が合いそうになってマキはそれを瞬間的に逸らした。

「わぉっ!矢口、嫌われてる・・・・・・超ショック」

どこがショックなのか分からないほど明るい口調とオーバーアクション。
だんだんとその態度に腹が立ってくる。少しは事情説明でもすればいいだろうに。

大体、この女はそのためにきたんじゃないのか?

不意にそのことに気づいてマキは顔を上げた。
47 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時36分45秒

「ここどこ?」
「え?」

マキの声に矢口が視線を動かす。

「ここどこ?」

もう一度言った。
矢口はニヤリと笑って「どこだと思う?」と聞き返してきた。

これはあとあと本人から聞いた話だったが、
あの時、矢口は二人に無視されてちょっと意地悪がしたくなったらしい。
しかし、「それはこっちが聞いてる」というあっさりとしたマキの言葉の前に
あまり意味を成さなかったのだが。

「クールなヤツー」

矢口は、頭に両手を当てて天井に目をやった。

「じゃぁ、ヒント1」
「はぁ?」

「天井は真っ白です。お部屋の中も真っ白です。二人はベッドに寝ていました。
さて、ここはどこでしょう?連想してね」

反論の声も聞かずに矢口はすらすらとそう言ってまた悪戯っ子のような視線をマキに戻した。
あまりの馬鹿馬鹿しさに答える気力も起きない。
マキは、チラリとひとみのほうを見た。
ひとみは、さきほどのヒントから本当に答えを探し出そうとしているのかマキに見られていることにすら気がついていない。
48 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時38分18秒

「後藤さんは考えないの〜?」

矢口が歌うように節をつけて言った。

「なんであたしの名前知ってるの?」
「さぁね〜」

ニヤニヤと笑う矢口。
その態度に抑えていた怒りを解放したマキはベッドから飛び降りた。
すばやく矢口に詰め寄る。

「ちょ、ウソ!?待って、落ちつこうよー、ちょっと、ねぇっ!!」

今まで余裕綽綽としていた矢口はマキのあまりの気迫に慌てて後ずさる。
マキは、その声も意に介さず矢口を壁際に追い詰めて見下ろした。
小さいと思っていたが実際に近寄ってみるとその小ささがわかる。
まるで肉食獣に追い詰められた小動物のように自分を見上げている矢口。

(自業自得・・・)

少々、手荒な真似をしてでも事情を聞きださないと――マキは矢口の胸倉を掴んだ。

その瞬間――

「分かった〜、病院だ〜!!!!」

という間抜けな声が緊迫した部屋に響いた。
49 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時39分20秒

二人とも驚いて声の主に目を向ける。
声の主――ひとみは、ニコニコと嬉しそうに

「病院でしょ?違います?」

と矢口に問いかけている。
場の雰囲気をあっさりとぶち壊した間の悪さに、
こいつにはかなわない――と、マキは、呆れながら矢口に視線を戻して

「病院なの?」

と訊いた。
矢口は、降参をするように両手をあげて首をコクコクと縦に振る。

「ごっちん、離してあげなよ」

ひとみが今度はしっかりとした口調で言う。
いつも自分がケンカをした時に止めるのはひとみの役目だった。
マキは、チッと舌打ちをして矢口の体を床に落とす。
矢口は、気持ち悪そうに胸元を直すと

「なかなかやるじゃん」

と、マキに笑いかけた。
まったく反省した様子もないその表情にいささか気をそがれ、
マキはベッドの淵で足をぶらぶらさせているひとみの隣に腰掛けた。
50 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時40分08秒

半年前の話だ。

ゼティマの中から独立したかたちで成り立っているMOS開発部ハロプロが
開発資金の大半を費やして二人の日本人を買い取ったといううわさが流れたのは――
しかも、その買い取られた日本人はまだ若い少女の死体だと言われていた。

MOSをとりしきるUFA。
そして、MOSを開発したゼティマ。

今度はいったいなにをたくらんでいるのかと他企業は身を乗り出してスパイやハッキングを行った。
しかし、資料の大半はすでに抹消されており、唯一、知り得ることができたのは
ラブマシーンというけったいなコードネームのみだった。

51 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時44分12秒



「それじゃ、新入生説明会でもはじめよっか」

ようやくマキの気が静まったと悟った矢口は口を開いた。

「実は、後藤さんと吉澤さんは交通事故にあったんだ」
「交通事故・・・・・・?」

ひとみが繰り返す。

「そう、そして死んだ」

矢口の短い言葉にひとみは絶句した。

きっと交通事故にあったことさえ信じられずにいるだろうに――
彼女はきっと混乱しているだろう。
信じられないというように怪我一つない自分の体をぼうぜんと眺めているひとみを見てマキは思った。

マキは、自分が交通事故にあったということ自体はなんとなくだが分かっていた。
急に突っ込んできた車に体が打ち上げられて地面に叩きつけられたところまでは意識があったからだ。

しかし――

死んでいるなら、今、ここでこうしている自分はなんなのだと――

マキは、矢口に無言で問いかける。
それに気づいたのか矢口は続ける。

52 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時45分22秒

「・・・で、あたしたちは二人に特別な蘇生を行ったわけ」
「特別な蘇生法?」

マキは、首をかしげながら矢口を見る。矢口は、頷いた。

「そう、まだ実験段階だったんだけど・・・上手くいけばタナボタってことで、
失敗してもたいした損益にはならないしね」
「ふ〜ん、で、なんであたしたちが選ばれたの?」

「それは、二人が孤児だから」

マキの問いかけに矢口はあっさりと答えた。

孤児だから・・・・・・結局は、そういうことか。
感覚が麻痺しているのか自分たちが売られたという事実には特になんの感情も抱かずにすんだ。
園長のことは嫌いではなかったし、園が経営不振だということにもうすうす気づいていた。
だから、園長が悪魔の囁きを受け入れてしまっても仕方はないことなのだろう。
そんなことまで冷静に考えられるほどマキは落ち着いていた。

横目でさっきから黙ったままのひとみを見る。
ショックを隠せないのかひとみの顔は青白く強張っていた。
これが当然の反応なんだろう。
今のひとみに矢口の言葉が届くはずがない。
マキは、自分がしっかりしなければと小さく息を吸った。
53 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時46分04秒

「で、あたしたちは何円だったわけ?」

マキの自棄的な言葉に矢口は眉を寄せる。

「園を楽に運営していくのに十分な金額だった?」
「そういうことは、言えない」

矢口は、マキから目線を逸らして言った。

「あっそう。それじゃ、次の質問ね。あたしたちを生き返らせてなにがしたいの?」

間髪いれずに真希は尋ねる。
その時だった。

「それは、うちが説明することや」

という声が聞こえてきた。
マキは、その声にドアのほうを振り返る。
そこには、1人の女性が立っていた。
54 名前:第2章 投稿日:2003年03月09日(日)22時47分48秒

「祐ちゃん!遅いよー!!マジ矢口怖かったんだけど」

矢口がその姿をみとめて嬉々とした様子を含んだ非難の声をあげる。
それに祐ちゃんと呼ばれたほうの女性が

「ちょっとつんくさんに呼ばれとったんや」

と弁解のセリフを口にした。

「ウソばっかり。飲み代のツケでも払いに言ってたんじゃないの?」
「な、な、なに言うてんの。そんなんあるわけないやろ、うちに限って」
「超焦ってるじゃん。ほんとにしっかりしなよー」
「あー、うっさいうっさい」

なぜか漫才のような会話を交わし始める二人。
話が進まないことにマキはいらだつ。

「あの・・・早く説明してください」

いい加減、マキが口を開きかけたときだった。
さっきまでうつむいていたひとみがこらえきれないといった口調で口にした。
半ば驚いてひとみを見たが彼女はその目線を前にいる二人から逸らすことなく見ている。

「そ、そうやな・・・・・・うちは、中澤裕子や。よろしゅうな」

そんな自己紹介はどうでもよかった。
マキは、中澤に鋭い視線を投げかける。
中澤は、そんなマキに口の端だけをあげる余裕の笑みを作ると言った。

「ほな、説明しようか」

その言葉を合図にしたかのように部屋の照明が落とされた。
55 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時42分05秒



「まず、あんたたちを生き返らせた方法についてやけど・・・・・・別に聞いても聞かんでもええ話や。どうする?」
「聞きます」

マキが返事をするよりも早くひとみが答える。
中澤は、うなづき矢口に目配せを送った。
矢口が、壁際にあるスイッチを押すと天井からスクリーンが下りてくる。

「まず、このスライド見てくれる?」

カチッという音と共に照射される光。浮かび上がる映像。
小さなケース。
その中に、液体とも金属ともとれる奇妙な物体が入っている。
マキとひとみは、目を凝らしてその映像を見つめる。

「これが後藤と吉澤を生き返らした最新の医療器具や。通称ラブマシーン」
「ラブマシーン?」

ダサい名前だ。
マキは、どこか醒めた思いでそう繰り返した。

「そう、これは簡単にいうならナノマシンの一種やな。
 体細胞の発する微量の電気で稼動しあらかじめプログラムしてある細胞の修復を開始するっちゅう画期的な発明や」

話が難しくなってきてさきほどの決意はどこへやらマキは眠気を覚える。
が、隣に座るひとみのあまりに真剣な様子を見てそれを我慢した。
56 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時44分33秒

「ま、理論上は完璧。失敗なんてありえんはずやった」
「・・・はずやった?」

ひとみが眉を寄せる。

「そうや、細胞の修復が完了したらラブマシーンは体内で消滅するはずやったんや。な、矢口」

中澤の言葉に矢口はなんともいえない曖昧な表情をかえす。

「世の中、計算どおりに進まんっちゅうことやな」

中澤はそう言うとおもむろに懐から取り出した銃を構えとマキに向かって発砲した。
サイレンサーによって抑えられた銃声が微かに響く。
マキは、額を打ち抜かれた反動で後ろに倒れこむ。

「ごっちん!!」

悲痛な叫び
と、同時にひとみは、ベッドから飛び降り恐ろしいほど素早く中澤の胸倉を掴んだ。
57 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時46分52秒

「あんた、よくもっ!!!」

「ちょっと待ってって、吉澤さん!」

矢口が止めにはいる。
中澤は抵抗する素振りを見せない。
ますますカッとしたひとみは止める矢口を突き飛ばすと中澤を攻撃しようと拳を振り上げた。

その時――

「・・・よっすぃ〜」

と、背後から声がした。

「え?」

ありえないはずの声だった。
間の抜けた呟きと共にひとみは振り返る。
マキが、ぼんやりとした表情で立っている。
胸倉をつかまれたままで中澤はニヤリと笑った。

「・・・ご、ごっちん・・・?」

確かに銃弾はマキの額を打ち抜いていた。
そのはずだった。だが、そこに立っている彼女は怪我一つしていない。
ひとみは、驚愕して目を見開いた。
顔にこそ出さなかったがマキも同じ気持ちだった。

今、自分は確かに撃たれたはずなのに――
58 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時49分04秒

「離してくれへん?」

「あ」

中澤の声に我に返ったひとみは慌てて手を離す。

「今のは悪趣味だよ、裕ちゃん」

襟を直す中澤に矢口が嫌悪感をあらわにして声をかける。
それから、なおも動揺の色を濃く残しているひとみに向かって言葉を続けた。

「・・・ラブマシーンは消滅するどころか体細胞と同化して
 普通ならありえない再生能力をつくりあげちゃったの。つまり・・・・・・」

そこで、矢口が言葉に詰まる。

「つまり、あんたらはもう心臓を撃たれようが脳を撃たれようが、
 今みたいにダメージを受ける前にラブマが修復してまうから決して死ねへんのや。
 体に入った銃弾すらも、ラブマが自動的に体内でプログラムを形成し分解する」

中澤がそんな矢口に代わって言葉を続けた。

中澤の言っていることは、普通ならただの空想の話だっただろうが、
今しがた自分に起こったことを考えると信じずにはいられない。
そのためのパフォーマンスだったのだ。

自分たちは、死なない。

もうなにがあっても死ねない。

それは、なんとも奇妙な感覚をマキにもたらした。
59 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時50分32秒

「そ、それでね・・・・・・」

「まだあるんですか?」

言いかけた矢口に震える声でひとみがたずねた。
矢口は、言い辛そうに答える。

「・・・ラブマシーンは、自律式の機械だから今も二人の体ん中でどんどんどんどん新しいプログラミングを再生してるの」

「どういうこと?」

今度はマキが尋ねる。

「二人には、もう人間離れしてるとしか思えない身体能力が身についてる。
 そう・・・その気になったら100メートルを3秒ぐらいで走れるような」

「ま、二人の力がどれくらいかはこれからの訓練で分かることやけどな」

矢口が言い終わるとすぐに中澤がそう続けた。
その言葉に二人の耳はピクリと反応する。

「「訓練?」」

同時にたずねる。

「そう、こっからが本題や。こっちかて慈善事業やないんでな」

中澤は、二人に目を動かしながら言った。
60 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時52分15秒



「世界には裏の顔っちゅうもんがあるんよ。うちは、その中のある機関を仕切ってるんやけどな。
 簡単にいうと、あんたたちにはうちらの会社のエースソルジャーになってもらうってわけや」

中澤の言葉に明らかに困惑の色を浮かべるひとみ。

「ソルジャーいうんは、こっちの世界で銃や麻薬と同じように取り引きされている最新鋭の戦力の総称や。
 特殊な訓練を経て戦闘のエキスパートとして戦いの場に赴く」

「ちょ、ちょっと待ってください・・・戦闘って、あたしたちがですか?」

ひとみが首を振りながら言う。

「そうや」

頷きながら中澤は動揺を色濃く残しているひとみとは対照的な表情を浮かべているマキに視線を動かす。
そこからはなにを考えているのかさえ読み取れない。
さきほどまでと違った不気味な沈黙だった。
61 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時53分32秒

「・・・矢口、圭坊はまだ来てへんの?」

中澤は、マキから視線を外すと部屋の壁によりかかっている矢口に問う。

「さっき連絡したらもう着くって。そろそろ着くんじゃない?」
「そうか。ならええけど・・・・・・」

中澤がそう言いかけた時、シュッと言う音がして一人の女が入ってきた。

「うわさをすれば影やな」
「なに?うわさって?」

入ってきた女――保田圭は、大きな目に力をいれて軽く中澤をにらみつけた。

「おぉ、こわ」

中澤は、わざとらしく身をすくめて見せる。

「圭ちゃん、この二人が例の二人だよ」

矢口が、保田に声をかける。
その声に保田はスッと2人を値踏みするように見やった。

「ふーん」

「ふ〜んってそれだけか?圭坊」

あまり関心を持った様子のない保田を訝しげに思った中澤が苦笑しながら言った。
保田は、中澤のほうを振り返って

「だって、普通の人間みたいだから」

と肩をすくめてみせた。
62 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時54分55秒

「あ、圭ちゃん、もしかして自分みたいに狛犬っぽい子達かと思ってたんだ」

すかさず茶々をいれる矢口。

「誰が狛犬よ!」

狛犬――その言葉にさっきからなんの反応も見せなかったマキが顔を上げた。
そして、彼女の顔を見るなり

「あはっ狛犬だってー。うまいうまい」

と手を叩いて笑いだした。
それにつられて世界の終わりを前にした人間のような暗い表情をしていたひとみも同様に吹き出す。

「ご、ごっちん、それ失礼だよ〜」
「あは、よっすぃ〜だって笑ってるじゃん」

今までの仏頂面はどこにいったことやら、突然、笑い出した二人を目を丸くして見つめる中澤。
怒り心頭で矢口にチョークスリーパーをかけている保田。

一変して明るい空気が流れ始めるかに思えた。
63 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時55分50秒

「圭ちゃん・・・ギブ、ギブ・・・」

「うるさいわよっ!!・・・・・・そこの失礼二人組!」

保田は、矢口をきめたまま二人を呼ぶ。

「なに?狛犬さん。あはっ」
「プッ、ご、ごっちん、マジやめて、苦しいから」

よほど、ツボにはまったのか二人はついにはベッドに転がって笑い出してしまう。
保田は、怒りに肩を震わせながら言葉を続けた。

「・・・・・・私はこれからあんたたちの訓練のコーチをする保田圭よ。
 訓練期間は半年、それが終了したらあんたたちは実践にかりだされる。
 つまり、半年間のうちに人を殺すためのあらゆる戦闘技術からコンピューターとかの知識を十分につけてもらうわよ」

その言葉にはたと笑いがやむ。
明るくなり始めた空気にも再び緊張がはしる。

「・・・人を殺すため?」

「そうよ。ソルジャーには殺しはつきものだしね」

マキは、一瞬、なにかを言いかけたように中澤に目をやり、それから無言のまま再び視線を戻した。
64 名前:第2章 投稿日:2003年03月10日(月)22時57分34秒

「そんなの無理だよ・・・」

震える声でひとみが呟く。その肩に中澤がゆっくりと手を乗せた。

「人を殺すのが怖いか?」

今までと違って重いの感じられる言葉。
ひとみは救いを求めるように顔を上げる。しかし、現実は残酷だった。

「あんたたちは、もう表の世界には存在せんのや。これがどういう意味かわかる?」

「・・・・・・・」

「今、こうして息をしてようとも結局は死んだ人間っちゅうことや。
 これまでのように安穏と表の世界で生きることは許されてへん」

中澤はすがりついてくる子犬を突き放すような冷たい口調でそう言った。
マキは彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
中澤は、目を逸らすことなく言葉をつなげる

「あんたたちに、これから裏の世界で生きぬく術を教えたる」

静まり返った部屋に最後の言葉だけが響いた。

「うちらみたいな裏の世界の住人は戦うことでしか自分の存在を維持できへんのや。
 いずれ二人にも分かる」

そういった、中澤の目がやけに切なげだったのをマキは覚えている。
65 名前:第2章 投稿日:2003年03月11日(火)23時12分03秒



ニューヨーク。
2000年、ミレニアムを迎えて世界がバカみたいに浮かれている頃、マキたちは半年の訓練を終え初の任務についていた。


闇を駆け抜ける2つの影。
追われる男と追いかける少女。
男が足をもつれさせ転倒する。
少女は、足を止めて絶望の表情で自分を見上げる男に照準を合わせた。

「・・・こ、殺さないでくれ・・・・・・」

弱々しく哀願する男に少女――ひとみは、目を細めた。
迷っているのかわずかにその手元がぶれる。
その一瞬の躊躇いを、男は見逃さなかった。やはり、男もソルジャーなのだ。
すばやく身を翻しひとみの足を払う。ひとみは、突然の男の反撃にたまらず転倒した。

「っつっ!」

「形勢逆転だな」

ドンっと容赦なく火を噴く銃。
吹き飛ばされるひとみの体。
男は、ニヤリと笑い――次の瞬間、驚愕に目を見開いた。

あたったはずだった。
男の銃は確実にひとみの頭を貫通していた。

しかし、彼女は何事もなかったかのように立ち上がり男を悲しげに見つめたのだ。
66 名前:第2章 投稿日:2003年03月11日(火)23時13分14秒

「な・・・!?」

男は、なにが起きたのか理解できていなかった。
脳天に銃弾を食らって生きていられる人間なんているはずがない。
たとえ、ソルジャーであろうともそれはもう人間ではない。

「残念だったね〜」

背後で冷たい声がした。

「!?」

男が振り返った時にはもう遅かった。
バンっという間抜けな音とともになにが起こったのかわからないまま
男は頭から血を吹き出して倒れていた。
67 名前:第2章 投稿日:2003年03月11日(火)23時14分08秒

「よっすぃ〜、大丈夫?」

銃をベルトにおさめながら少女が言った。

「う、うん、ごっちん、ありがと」

ひとみは、頷く。
それから、足元に転がっている男の死体を見ながら呟いた。

「・・・・・・簡単なんだね」

「んぁ?まぁ、最初から難しいことさせないでしょ」

「・・・じゃなくて」

ひとみは、どこか遠くを見るような目で続けた。

「人を殺すのって」

「あぁ・・・・・・って、よっすぃ〜が殺したわけじゃないじゃん」
「そうだけど・・・・・・」

なおもぼそぼそと続けるひとみにマキは近寄り励ますようにひとみの肩を叩いた。

「大丈夫だって。よっすぃ〜が人殺したくないんだったらあたしがしてあげるから」

「え?」

「昔から、そうだったじゃん。汚れ仕事はあたしの役目」

マキはあっけらかんと言うと

「それじゃ、戻ろう」

とひとみを促すように肩を軽く叩いた。
68 名前:七誌 投稿日:2003年03月12日(水)10時53分54秒
もう一個のほうで容量オーバーになりました。
新スレたてるほどでもないので一部だけこっちにのせます。
分かりにくくなってしまって申し訳ありません。
69 名前:マリーゴールド 投稿日:2003年03月12日(水)10時55分52秒

11

気がつくと、2人で目指していた売店の前にあたしは来ていた。
そこには、お見舞いのための花や食べ物や雑誌など色々なものがあり
静かな病院の中では一番にぎやかな場所だ。
本当は、あの日、真希とここに来るはずだった。

けっきょく、それは叶わなかったけど。

彼女は、買い物だってしたことがなかっただろう。
きっとあのキョトンとした顔で私に「これ、なに?市井ちゃん」って聞くんだ。
私は、笑って文句を言いながらも真希が指さすもの全ての説明をしてやるんだ。

「この花、きれいだね」

ありえない空想を浮かべる頭の中に、真希によく似た女の子の声が入ってきた。

――けっこう、きれいだったんだよ

驚いて声のした方向に目を向けると、
ガラスケースのマリーゴールドを前に母親らしき女性に笑っている女の子がいた。

黄色い花。あの花だ。
真希が、名前を知りたがったのは

マリーゴールドの花言葉には、嫉妬という意味があるんですよ――

昔、なにかに必要で花束をつくってもらおうとした時に、店員に言われた言葉を、不意に思い出した。
70 名前:マリーゴールド 投稿日:2003年03月12日(水)10時56分42秒

――嫉妬

真希は自分の命を奪う予定の私にどんな気持ちで接していたんだろう?
のうのうと生命を与えられる自分に嫉妬していたのだろうか、それとも憎悪していたのだろうか?

だから、偶然にも嫉妬という花言葉を持つ花に目に留めたのか……

それでもいい……
どんな感情でもいいから、なにかを思っていて欲しいと願う自分がいる。

でも、

――安心して寝ていてね

最期に聞こえた彼女の言葉と口調を思い出して考えてみる。
子供を安心させるような優しい響き。
医者やナースとそう大差のないものだった。
彼女にとっては、私はただの患者でありそれ以上の物ではなかったんだろうか?

そう考えるとますます辛さが増してくる。
71 名前:マリーゴールド 投稿日:2003年03月12日(水)10時57分51秒

「この花は、友情っていう意味を持っている花なのよ」

母親らしき女性が女の子に教えている。


友情……?


その言葉がぼやけていた記憶の引き金になったのか、聞き取れなかったはずの真希のもうひとつの言葉が頭をよぎった。


市井ちゃんは、初めての友達…だったのかな?あはっ――――――


彼女は、そう言った。

確かにそう言った。


嫉妬でもなんでもなく、真希は、はじめてできた友人として私のことを見ていてくれていたんだ。
だから、私を見殺しには出来なくて自ら死を選ぶようなことをした。
誰よりも私のことを思って心配してくれていた。


そんなことに、今ごろになって気づくなんて――

72 名前:マリーゴールド 投稿日:2003年03月12日(水)10時58分47秒

今まで枯れていたものが堰を切ったようにあふれ出す。
嗚咽が漏れる。
1人の時ならまだしも、こんな人の多い場所で泣いてしまうなんて私じゃないみたいだ。
周りに気づかれないように、流れ落ちる涙をおさえながら自分の病室に向かう。
途中で、女の子がマリーゴールドを持って歩く姿が視界にはいっていたが、涙でぼやけてよく見えなかった。




私の中でトクトクと正確に動きつづける心臓。

誰よりも暖かい心。
純粋な優しさ。

そのどれもを君は私にくれたんだよ。


だから、私は、真希の分まで精一杯生きてみる。

――だから、遠くの空で笑いながら見守っててよ。




                               Fine
73 名前:七誌 投稿日:2003年03月12日(水)11時02分40秒
というわけで、完結。
たったこれだけなのに本当にアホですみません。

当分は、これに絞ります(多分
74 名前:Exaudi nos 投稿日:2003年03月13日(木)22時17分58秒

>>67の続きです。

75 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時21分55秒



「お疲れ」

二人が初任務から戻ると心配して待っていたのか保田と矢口が出迎えてくれた。

「出迎えご苦労」
「お疲れ様です」

対照的な言葉を返す二人。
保田は、落ち込んでいるひとみを気にする素振りを見せながら二人に声をかける。

「どうだった?初の戦闘は」
「楽勝だよ〜。ね、よっすぃ〜」

マキは、隣のひとみに首を傾ける。
それにうつむいたまま微かに頷くひとみ。保田は、小さくため息を付いた。
訓練を受け持った最初からこうなることは分かっていた。
他人に優しく繊細な心の持ち主であるひとみにはきっとこの仕事は向いていない。
あとあとのケアをきちんとしなければ壊れてしまうだろう。
保田は、暗い表情のひとみの肩にふわりと手を置き

「まぁ、慣れるまでの辛抱よ」

と口にした。

「そうそう、慣れるまでの辛抱だよね」

マキも同じことを明るく繰り返した。
それを聞いた保田は

「あんたは、最初からなれすぎよ」

と苦笑する。
マキは、あはっと笑い返した。ひとみも微かに笑みを浮かべる。
能天気なマキがいるなら大丈夫かもしれない――保田は少し安心したように表情を緩めた。
76 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時22分36秒

それから、保田とひとみはなにやら話を始めマキも時折その2人に軽口を叩いている。
その輪から少し離れたところで矢口だけは会話に加わろうともせずに観察するような目をマキに向けていた。

しばらくすると大きなあくびとともにマキが立ち上がり

「なんか疲れたから寝るね〜」

と自分の部屋に歩き出した。
ずっとマキを見ていた矢口はすかさずその後を追う。

帰ってきたとき、マキの様子は任務の前となんら変わりないように見えた。
だが、どうしてか矢口にはマキが迷子になった小さな子供のようにうつったのだ。
77 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時23分45秒

「ごっつぁん!」

廊下の先に見えた背中に声をかけると、マキはゆっくりと振り返り矢口の姿を確認して微笑んだ。
その微笑に矢口はやはり彼女はどこか無理をしていると感じた。

「んぁ、どうしたの〜?」

そんなことをおくびに出さずのんびりとマキは矢口に問いかけてくる。

「え?えっと・・・大丈夫かなって思って」
「大丈夫ってなにが?」

マキは首をかしげる。

「ごっつぁんってさ、けっこう辛いこととか我慢しちゃうほうじゃん」
「え?」

マキが驚いたように矢口を見る。

「なんか最初に会ったときもそう思ったんだけど・・・だから、大丈夫かなって思って」
「あぁ・・・・・・」

どこか納得するかのようにマキは肯定とも否定ともつかない言葉を発した。
78 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時25分17秒

「まぁ、余計なお世話だって言うかもしれないけど・・・一人で部屋にいるの辛くなったらあたしの部屋に来ていいからね」

マキは、返事をしない。
感情の分かりづらい平べったい視線で矢口を見つめつづける。
さっきマキから感じた不安や恐れは自分の勘違いだったのだろうか。
そんな風に思えてしまうほど彼女はなんらかの動きも見せない。

(あまり追求しないほうがいいってことかな・・・・・・)

矢口はなにも言わないマキに少し沈んだ思いで

「無理だけはしないでね」

と元気付けるように微笑むと身を翻した。


「・・・・・・やぐっつぁん」

「え?」

背後からうめくような声で呼びかけられて振り向くと不意に抱きつかれる。
マキよりもずいぶん背が小さい矢口にしてみれば抱きすくめられたと言ってもいい形だったが――

「・・・少しだけこうさせて」

マキは、小さな声で言った。

どんな人間でも人を殺して平然としていられるはずがない。
ましてやまだ彼女は14歳だ。

それを証明するかのように小刻みに震えるマキの体に矢口は手を回し子供をあやすように背中を優しく撫で続けた。
79 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時26分47秒



「ごっつぁん?」

心配そうな声にマキはふっと我に返った。
気づくと矢口が自分を見上げている。

「んぁ?あ、うん、大丈夫だよ」

マキは、すぐに矢口を安心させるような笑顔を見せた。
しかし、意図とは逆に矢口はもっと心配そうにマキを見つめた。

(やぐっつぁんみたいに気を配ってたらよっすぃ〜はでていかなかったのかな)

――ふと、マキはそんなことを思った。
が、すぐにそれを打ち消す。
ひとみがでていった理由を痛いほどよく知っているからだ。
笑顔を崩すことなくマキは

「マジで大丈夫だから。ありがと〜心配してくれて」

と続けた。

「・・・ならいいけど。ホント辛くなったらいつでもお姉さんに言うんだぞ」

矢口は、小さな身長を少しでも大きく見せるように胸をそらしながら言う。

「はいはい、お姉さま〜頼りにしてますよ〜」

茶化しながら言うと、まだ心配そうではあったが少しだけホッとしたような表情を矢口は浮かべた。
80 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時27分32秒

「明日、遅刻しないようにね」

矢口の言葉にマキは頷く。

「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ〜」

矢口は、マキに手を振って歩き出す。
その小さな背中をしばし見送るマキ――
その表情からはさきほどまでの造った笑顔は消え翳りが生じている。

「・・・・・・ごめんね・・・・・・でも、ダメなんだ、やぐっつぁんじゃ」

もうあの頃とは違うから――

小さな声で呟くとマキは体を反転させ部屋に戻った。
81 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時29分50秒

相変わらず真っ暗な部屋がマキを迎える。
マキは、ゆっくりと洗面所に向かい冷水を顔に浴びせた。

少しも冷たくない。

自嘲的な笑みを浮かべて目の前の鏡を睨みつける。
そこにうつる彼女の目には常人なら見えないほどうっすらとした傷が刻まれている。

マキがその傷を見つけたのは、初出撃から1週間ほどたってからのことだった。
なぜか妙に引っかかり中澤と矢口の目を覗き込んだがそんなものは見受けられなかった。
そして、保田とひとみの目にそれを見つけた時にマキは瞬時に悟った。

これは、ハロプロの商標なのだと――

自分たちは、結局、人間として扱われているわけではないんだなとマキは思った。
中澤や矢口が自分たちに優しく接してくれるのは戦力がなくなるのが嫌だからなんだろう、
特に自分に気を配ってくれる矢口に対してそう思うのは辛いが

――もう誰にも弱さは見せられない。

マキは、その日から決意した。

それ以来、彼女は、誰の前でも泣くことはなくなっていた。


(そういえば、よっすぃ〜はこのマークのこと気にしてたな)

マキは、鏡にうつった自分の顔のちょうど瞳の部分を強く指でなぞった。
82 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時37分04秒



ひとみが梨華の家で世話になりはじめて3日が過ぎた。
梨華は、バイトがあるらしく朝から家を出ている。
残されたひとみは、いつ先日のように刺客がおくられてくるともしれないため
なるべく外出することを控えていた。

一人の時間は好きじゃなかった。
考えたくないいろいろなことを考えてしまう

――これからのことや、ニューヨークに残してきた・・・親友のこと。

ひとみは、深く嘆息し髪をくしゃくしゃとかきむしった。
ふと視線を動かすと梨華の手鏡が目に入る。
そこにうつっている刻印を見てひとみは唇をぎゅっと結んだ。


ひとみがそれを見つけたのは、マキと一緒に街に出かけた時のことだった。
ソルジャーだからといって四六時中そこかしこで戦闘をしているわけじゃない。
表の世界が活動している時間は裏の世界の住民は活動しないというのは暗黙の了解になっていた。
そのため、二人は任務外では年相応の時間を楽しむことができた。
83 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時38分44秒

「これよくない?」
「そうだね〜」

服装の趣味が似ている二人は街中をふらつき気に入った店を見つけてはそんな会話を交わしていた。
特にマキは、大好きなショッピングということもあってかやけにテンションも高く楽しげに見える。
ひとみがそんなマキ見るのは久しぶりだった。

最初こそ反抗していたが最近では、ひとみもマキも、矢口、保田、中澤、たちらに気を許しつつあった
――しかし、ある日を境に急に保田以外の2人に対するマキの態度が変わった。
それはごく些細な変化で、実際、態度を変えられた本人たちは気づいていない風だったが、
ずっとマキと一緒にいたひとみはその変化を敏感に感じ取っていた。

なぜ彼女が変わってしまったのかひとみにはまったく分からなかった。

しかし、素直に訊いたところでマキはきっとのらりくらりとはぐらかしてしまうだろう、
ひとみは、そう考えてしばらくマキの様子を見ることにしていたのだった。

そんな折に、昔のようにはしゃぐ彼女を見ることができてひとみは内心ホッとしていた。
マキは、ひとみがそんなことを考えているとは露知らず、どんどん自分が気に入った服を購入していく。
その様子に気おされていると彼女は自分の服どころかひとみの服のコーディネイトを始めてしまった。
84 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時39分52秒

「あ、これよっすぃ〜にあいそう」
「え〜?そうかな」
「うん、着てみてよ」

ここで突っぱねたらごっちんはがっかりするかもしれないな――

にこにこと笑顔を浮かべるマキを見てひとみは手渡された服を持って試着室に入った。
とりあえず、服を頭からかぶって鏡に映る自分をチェックする。
しかし、服よりも先にひとみの目に映ったのは鏡に移った自分の目だった。

「?」

違和感を感じて鏡を覗き込む。
そこには奇妙な刻印がされていた。

雷のような模様。

どこかで見たことがある。

(なんだっけ・・・・・どっかで・・・・・・)

集中して奥底にある記憶を掘り起こす。
不意に、自分がそれをどこで見たのかにひとみは気づく。

(・・・・・・ゼティマのマーク?なんでこんなものが)

しばらく呆然と見入っていると外からマキの呼ぶ声が耳に入った。

「よっすぃ〜?どうしたの〜まさかサイズが合わなかった?」

「――え?・・・いや、大丈夫だよ」

気もそぞろに答えながらひとみは試着室をあとにした。
85 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時41分18秒

10

「最近、どんな感じ?」

「え?」

買い物を終えて立ち寄ったカフェでマキがコーヒーカップを口に運びながら言った。
さっきのことが頭から離れずにぼんやりとしていたようだ。
ひとみは、ポカンとマキを見る。マキは、苦笑しながら続けた。

「まだ仕事のこと引っかかってるみたいだから」
「・・・そうかな」

ひとみは、小さく笑んだ。
マキは、コーヒーカップを静かにテーブルに置く。

「あたしは、すぐ慣れちゃったからいいけどよっすぃ〜ってそういうタイプじゃないじゃん。
 なんかあったら言ってよ。もう信じられるのはお互いだけなんだから」

マキが真っ直ぐひとみを見つめながら言った。
その口ぶりはまるでこの世界には2人だけしか存在していないかのような奇妙なものだった。
86 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時42分57秒

「よっすぃ〜はさ〜いろいろ考えすぎなんだよ。もっと無理せず無難に生きなきゃね〜」
「・・・そうかな〜。ごっちんが考えすぎないだけ・・・」

言い返そうとしたひとみは彼女の目の奥にあるものを見て思わず

「あ・・・」

と声を漏らした。
マキの目にもあったのだ。

先ほど自分の目の中で見つけた刻印が――

「どうかした?」

急に頬を強張らせたひとみにマキが不思議そうな顔をする。

「え?いや、その・・・・・・」
「なに?」

「ごっちん、あたしの目になんか見える?」

おそるおそる尋ねるひとみにマキはキョトンと首をかしげた。
そして、すぐに

「あぁ、よっすぃ〜も気づいたんだ」

と納得したように微笑む。

(――気づいたって?)

マキの言葉にひとみは疑問の眼差しをぶつけた。

「それ、商標みたいなもんでしょ。武器とかにもつけられてるし」
「ど、どういうこと?」

淡々と言うマキにひとみは戸惑いながら尋ねた。
87 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時44分00秒

「だからさ〜、あたしたちは結局あいつらにとって武器でしかないってことじゃないの」

言うと、マキはさして興味ないようにコーヒーを口に運ぶ。
ひとみは、愕然とした面持ちでマキを見る。

(あいつらって・・・・・・中澤さんたちのこと?)

だとすれば、最近のマキの彼女たちに対する接し方全てに納得がいく。

しかし――

中澤や矢口が自分たちのことを武器としてしか見ていないとはとてもじゃないが思えなかった。

「でも・・・みんな優しくしてくれるし親身になって」
「そりゃそうじゃん。あたしたちにいなくなられたら困るんだし。
信用できないよ、あいつらの優しさなんて」
「っ・・・・・・・・・・・・」

辛辣に言い放つマキにひとみは言葉を失った。
そんなひとみにマキは――彼女もこんな言い方をするつもりではなかったのか――困ったように肩をすくめた。

それから、身を乗り出し真っ直ぐな眼差しで覗き込むようにひとみを見つめ

「信じられるのはお互いだって。あたしには、よっすぃ〜だけだからね」

と、呆然とするひとみにウインクをした。
88 名前:第2章 投稿日:2003年03月13日(木)22時45分29秒

    ※                     ※


自分だけを信じてくれたマキ。
その気持ちは、ひとみも同じだった。

だが――

ひとみは脳裏に浮かんだ光景に痛ましげに眉を寄せた。
ずっと仕事に対して迷い続けていたひとみの背中を押した出来事。

(私は逃げだしたんだ・・・・・・)

再び手鏡を取り自分の目の中を見つめる。

(――だけど)

ゼティマの製品全てに刻み込まれている刻印。
一度、蜘蛛の巣に捕らえられれば最期、もがけばもがくほど動けなくなるように、
これがある限り自分は逃れられないのかもしれない。

ひとみは、壁にもたれかかったまま顔をあげた。
89 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時34分26秒

10

「どうだった、後藤の様子は?」

矢口がUFAのコンピュータールームに戻ると待っていたのか保田が尋ねてきた。
矢口は、肩をすくめる。

「しっかりしてるみたいだよ・・・ま、ほんとのことは分かんないけどね」

だって、ごっつぁんはあたしのこともう信用してないもん――
矢口は、その言葉を飲み込んだ。

いつからかマキが自分と距離をとって接しだしたことを矢口は気づいていた。
しかし、それをどうすることもできなかった。
矢口には、マキからもひとみからも嫌われて仕方のないことをしているという
罪悪感があったからだ。自分にできることは、それでも彼女たちのケアをしていくことだけ――
矢口は、そう心にきめていた。

「そう・・・・・・」

矢口の答えを聞くと保田は立ち上がり無言のまま部屋を出て言った。
そんな保田の態度を横目で見送り自分のデスクに座る。
矢口は、そこに置かれてある変なマスコットをしばらく見つめ

「・・・・・・ゴメンね」

と呟いた。
90 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時41分13秒

2000年。
連日繰り返される実践訓練を矢口はずっと見学していた。

それは、初のラブマ被験者がどれほどの力を持っているのかという研究者的視点からのものだったが、
次第にそれとは関係なく二人と打ち解けていった。
特にひとみは元来からのものなのか人当たりもよくこの子を嫌う人はそうそういないだろうと矢口は感じていた。

言い換えるならば、ずっとこのままでいるならばこちらの世界の人間としてはやっていけないだろうと――
91 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時42分24秒

ひとみが矢口の部屋を訪ねてきたのは初任務が終わったその日の真夜中だった。
帰宅直後は真っ青だった顔色も幾分かさっぱりしている。
確か保田と話し込んでいたはずだが――と、突然の来訪に戸惑いながらも矢口は部屋のドアを開けた。

「どうしたの、よっすぃ〜?」
「・・・少し、話がしたくて」

ひとみは、小さな声で言った。
矢口は、笑顔をつくりひとみを部屋に招きいれた。
部屋に入るなりひとみはキョロキョロと周りを見回し始める。
その姿がなんだかおかしてく矢口は吹き出しそうになりながら

「適当に座って。なんか飲む?」

と声をかけた。
ひとみは、

「いえ、大丈夫です」

と答える。
こういうときに、遠慮するのが彼女の悪い癖だと、矢口は思った。

適当にコーヒーをいれてひとみの前に置きながら真向かいのクッションに座る。

「ありがとうございます」
「・・・それで?どうしたの?」

聞かない限り話し出そうとしないひとみに矢口はオレンジジュースを一口飲んで尋ねた。
うつむいていたひとみが顔をあげる。
92 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時44分00秒

「・・・あたし、その」

「うん」

「ソルジャーに向いてないと・・・思うんです」

申し訳なさそうにひとみは言った。
別に矢口は驚きはしなかった。
そんなこと、普段の彼女を見ていれば誰だって分かることだ。
訓練中から戦うのを嫌がっていた――ただ、今日の実践がさらにその気持ちに拍車をかけているようだ。
加えて任務を完遂せしえたのはマキだったらしい。
そのことに対しても少なからず引け目を感じているんだろう。

さっきまでマキが人をその手で殺めたという罪悪感と恐怖を抱え込み泣いていたことを知らないから仕方のないことだが――

93 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時45分00秒

「今日、思ったんです。私たちのすることって人を殺すことで自分たちが生き残る事ですよね」

ひとみの真剣な目を見て矢口はひらきかけた口を閉じた。
ひとみは、続ける。

「しかも、相手とは平等に戦ってるわけじゃない。私たちはなにがあっても絶対に死ぬことはないから。
 でも、力と一緒に手に入れたこの戦闘能力は確実に人の命を奪う。
 ごっちん見てたらどんどん怖くなってきて・・・私にも同じ力があるんだって・・・・・・・」

矢口は、ひとみの言い草に苛立ちを感じていた。

こともあろうに、マキのことが怖いと口にするなんて――

誰のためにマキが気持ちを押し殺してまで人を殺したと思っているんだろう。

「保田さんや矢口さんが普通に接してくれるから錯覚しちゃってたけど・・・・・・こんなことしていいわけが・・・」

ひとみの声が少し掠れたところで矢口は口を挟んだ。

「いいんだよ」

「え?」

「確かに人を殺すのはよくないことかもしれないよ。でもさ、それはよっすぃ〜が前にいた世界の話」

ポカンとしたひとみを無視して矢口は淡々と話を続ける。
94 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時46分45秒

「敵だってよっすぃ〜を殺すために来るんだよ。戦いを挑んでくるからには、全力で叩きつぶす。
 それがアタシ達の世界での正義だよ。それに――」

そこまで言って矢口は口を閉じた。

――それにマキが人を殺すことに抵抗を感じていないわけがない。

矢口は、うつむいてしまったひとみの頭頂部を見ながら決してひとみが気づかなかったわけじゃないことを知った。

マキとずっと一緒に生きてきた彼女だ。
マキがどんな気持ちで彼女の代わりに人を殺したのか分からないわけがない。
つまり、彼女とて決して生半可な気持ちで自分の元に助言を求めにやってきたわけではなかったんだろう。
だが、本能的に裏の世界、そして、人を殺したマキのことを否定してしまっていたのも事実だ。

心のどこかでマキを裏切ってしまった――

ひとみはそのことが許せなかったのか。

ようやく矢口はひとみの気持ちが分かったような気がした。

95 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時47分44秒

「ねぇ、よっすぃ〜」

うつむいてしまったひとみに矢口は少し優しさの含まれた口調で呼びかける。

「正しいか正しくないかは表の世界の定義、あたしたちのいる世界の定義は・・・」

「生きるか、死ぬか・・・」

ひとみがうつむいたままボソボソと言った。
矢口はうなずく。

「そう・・・例え、逃げたってそれは付きまとう。よっすぃ〜は、どっちを選ぶの?」

「・・・・・・生きる」

「ならちゃんと生きなよ。」


それからのひとみは、少しだけ変わったように矢口の目にはうつった。
任務に対する抵抗は確実に消えたわけではないがなるべくマキに負担をかけないようにと頑張っていたように見えた

――だから、矢口にはひとみが逃げたということがにわかに信じられなかった。

最期に交わしたのはどんなことだったか。
あまりにたわいもない会話だったからなのか少しも思い出せない。

「・・・なにがあったんだよ」

矢口は、手のマスコットを指で軽くはじいた。

96 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時49分09秒

11

ベッドとデスクだけのシンプルな部屋に戻ると保田は大きなため息を付いた。
3年前には現役最強の狛犬として裏の世界で名をしらしめていた彼女は
一線を退き、今ではハロプロ専属のトレーナーとなっていた。
保田は、自分がトレーナーとして生きることに後悔はしていない。
むしろ誇りを持っていた。

ひとみとマキという絶対的な力を持つ少女たち――
3年前彼女たちに出会わなければ今も変わらずに戦っていたかもしれない――
その出会いが彼女にトレーナーへの道を選ばせたのだ。

努力して上り詰めてきた保田に二人の存在はうらやましくもあった。
願っても届かないとはこういうことをいうんだろう。
努力だけではどうにもならない。
彼女たちは存在だけでそのことを知らしめていた。
それを知って、保田は自分の持ちえる全ての戦闘技術を二人に教え込んだ。
そして、二人は見事に期待に答えることに成功していたのだ。

そう、一週間前までは――
97 名前:第2章 投稿日:2003年03月14日(金)22時50分14秒

ひとみがここから逃げ出して1週間がたとうとしているがまだ彼女が処理されたという報告は耳にはいっていない。
それどころか、代表者である中澤が沈黙を決め込んでいるため情報が止まってしまっている。

結局、誰を派遣したところで今のひとみに勝てるものはいない。

それが分かっているから中澤は動こうとしないのだろうか。
つまり、ひとみは、自分の力を毛嫌いしていたがその力があるおかげで生きていられるわけだ。

しかし――

たった一人だけひとみを殺せるとすれば・・・・・・・

そこまで考えて保田は、唇を強く噛み締めた。

もっと気をつけていればよかった。
はじめて会った時からいずれはこうなるかもしれないと予想はしていたはずだったのに・・・・・・
3年と言う月日が自分に油断を覚えさせたのだ。

保田は、もう一度大きなため息をついた。

98 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月15日(土)14時48分06秒
すごく面白いです。
マリーゴールドもまさかあんな・・・でした。

続きが楽しみ。
99 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月16日(日)17時29分52秒
今、この話が毎日の楽しみです。明日から、また頑張ってください
100 名前:第3章 投稿日:2003年03月17日(月)23時12分45秒



「ねぇ、明日、一緒にお買い物行こ」

梨華がそう口にしたのはひとみが転がり込んできてから1週間がたった夜のことだった。

梨華は、そのためにわざわざバイトを休みにしてもらっていた。
突然の申し出にバイト先の店長は少し驚いたようだったが、
普段、真面目に働いていたのが項を労したのかあっさりと快諾してくれた。

彼女がそこまでしたのには理由があった。
あることを確認するため。
そして、今、ひとみの顔に浮かんだ表情を見て梨華は自分の考えに確信を深めた。

困ったような顔。

やはりひとみは、自分がバイトに行っている間一歩も外に出ていなかったのだ。
うすうすそんな気はしていたが・・・・・・
101 名前:第3章 投稿日:2003年03月17日(月)23時13分34秒

ひとみはまだ迷っているような顔をしている。

「ダメかな?私、わざわざお休み取ったんだよ」

こういえば、きっとひとみは優しいから断らない。
梨華は、そう考えひとみが口を開くよりも先に言った。
案の定、ひとみは

「・・・わざわざ休んだんだ・・・・・・そっか。それじゃ・・・うん」

と歯切れは悪いながらも梨華の申し出になんとか頷いた。

梨華は、ホッとしていた。
いまだにひとみはなにも話そうとしてくれない。
もしかしたら、自分は昔のように彼女から信用されているわけではないのかもしれない――
そう元来のネガティブ思考から考えていたからだ。

もちろん、ひとみがなかなか梨華に打ち明けないのはそんなわけではなかったのだが。
102 名前:第3章 投稿日:2003年03月19日(水)15時07分41秒



翌日、約束どおり梨華とひとみは街中に繰り出していた。

「嬉しいな、何年ぶりかな、一緒に買い物なんて」
「さぁね〜」

心を躍らせる梨華とは逆にひとみはまったく心ここにあらずと言った風に答える。梨華にはひとみがなにを考えているのかが分からなかった。ただ、その目はどこか遠くを見ているような気がした。
また自分だけを置いてどこかにいってしまいそうな不安が胸をよぎる。

「ねぇ、梨華ちゃん」

不意にひとみが口を開いた。

「な、なに?」
「あのさ〜、あたしたち・・・・・・あたしのお墓ってあるのかな?」

言いづらそうにひとみは言った。
あたしたちと言ったのは真希のことも含まれているんだろう。

二人のお墓は、街のはずれにある共同墓地に建てられた。
経営が苦しいと言っていた園長が二人のためにわざわざお墓を建ててくれたことを
少しだけ不思議に思ったことを梨華は覚えている。
お墓を建てるだけの貯金があるなら真希に目覚まし時計を100個ほど買ってあげれば
こんなことにならなかったのにと園長を恨んだこともあった。

二人が生きていたことが分かった今だから思い出せることだが――
103 名前:第3章 投稿日:2003年03月19日(水)15時08分41秒

「あるよ・・・行きたいの?」
「うん。どれだけ立派なお墓が立ってるのかなと思ってね」

ひとみらしくない少し皮肉っぽい口調。
不思議に思いながらひとみの顔を見るとひとみはいつもと変わりなく微笑んでいた。

「ダメかな?」

梨華の無言を否定だと思ったのか残念そうにひとみが言う。
梨華は慌てて首を振りながら

「いいよ、うん、デートとしては変わってるけど」

と答えた。

「デート?」

ひとみが頭にクエスチョンマークを浮かべて眉を寄せる。
梨華は、だらっとたれているひとみの腕に自分の腕を絡ませて言う。

「ほら、カップルに見えない?」
「見えないよ〜、どっちが男?」

「さぁ?」

梨華は、首をかしげる。
ただ、心の中では、もちろんひとみちゃんに決まってるよと呟いていた。

「まぁ、いいけど・・・そうだ、あそこで花買っていこ」

髪を掻き揚げながら、気を取り直したようにひとみが通路の向かいの花屋を指差した。
梨華はひとみが指した花屋に視線を動かす。フラワーショップののかお。

(こんな花屋さんあったっけ?)

見覚えはなかったが必要のないところには出歩かないため見落としていたんだろう――
梨華はひとみに頷き一緒に通路を渡るとフラワーショップののかおに向かった。
104 名前:第3章 投稿日:2003年03月19日(水)15時11分16秒



「らっしゃい!」

花屋の前にくるとまるで魚屋のように威勢のいい声が中から聞こえてきた。
と、同時にその言葉に不似合いなほどキレイな女性が出てくる。

「どんな花をお探しですか?」
「えっと・・・あ・・・・・・・」

大きな瞳に見つめられてひとみはうろたえていた。
こんな風に人からじっと見つめられることに慣れていなかったのだ。

「お墓に備える花なんですけど」

隣に立っていた梨華が少しムッとした様子で女性に言った。
女性は気にした様子もなくやんわりと微笑んで

「そうですか」

と言って少し店先の花に視線を向けた。

「あの、お墓に飾る花って決まってるんですか?」
「いえ、特に決まりはありませんよ。
 棘のある花は避けたほうがいいんですけどね・・・・・・お好きなお花とかご存知ですか?」
「え?いやーあたしはあんまり花に詳しくなくて」

問われて照れながら答えると女性は首をふって

「お参りするお方のですよ」

と言った。
どちらにしても同じことだったがひとみは真希の好きなものを思い浮かべる。
105 名前:第3章 投稿日:2003年03月19日(水)15時12分12秒

「えっと・・・スイカかな?」
「スイカ?」

「スイカが好きだったんですよ」

決まりがないならスイカの花でもいいだろうとひとみは考えて言った。

「ちょっと、よっすぃ〜」

梨華が恥ずかしそうにひとみの服の袖を引っ張る。

「なに?」
「スイカの花なんてあるわけないでしょ」

「そうなの?」

小声でそう言葉を交わしていると女性がたまらないとでも言うように吹き出した。
二人は、驚いて女性を見る。
二人に見られて女性は笑いをかみ殺しながら言った。

「ふ・・・ふふ。ごめんなさい・・・・・・スイカの花はちょっと無理だからこっちでキレイな花を束ねますね」

「あ、お願いします」

ひとみが答えると女性はまだ笑顔のままで頷き何本か花を持って店の奥に入っていった。
106 名前:第3章 投稿日:2003年03月19日(水)15時13分13秒

「もう、スイカの花なんて・・・恥ずかしいんだから」
「あるかと思ったんだよ」

残された二人は女性が花を束ねる様子をウィンドウ越しに見ながらそんな話をしていた。

数分後、見事にまとめられた花束を持って女性が二人の元に戻ってくる。

「こんな感じでどうですか?」
「うわぁー、かっけー!!」

思わずひとみは感嘆の声を漏らす。
女性は、一瞬ひとみの放ったなぞの言葉にキョトンとした顔を見せたが

「スイカの花じゃないけどね」

と微笑み花束をひとみに手渡した。
ひとみは、照れ笑いを浮かべながらそれを受け取る。

「でも、キレイです」

ひとみが言うと女性は

「ありがとう」

とやはり柔和に微笑んだ。
と、背後から妙な気配を感じる。
チラリと後ろを振り向くといつのまにか店先にでている梨華が自分を見ていた。

まずい・・・とひとみは思った。
昔からひとみが誰かと仲良くなると妙なヤキモチをやくのが梨華だった。
別に変な仲ではないのだが――
あまりに梨華がひとみを独占しようとするのでよくそんなからかわれ方をしたものだった。
107 名前:第3章 投稿日:2003年03月19日(水)15時14分57秒

「あ、これいくらになるんですか?」

梨華の機嫌がこれいじょう悪くなる前にとひとみは慌てて女性に尋ねる。

「んー、サービス」
「え?」

「お墓参りなんて今時の子にしては珍しいからね」

戸惑うひとみに年寄りくさいことを言いながら女性はウインクした。
こんなことしてて商売になるんだろうか――とひとみは思いながらも
女性に礼を言って梨華のところへ向かった。

「またきてね」

背中にそんな声を投げかけられひとみは思わず振り向く。
女性は、にこやかに手をふっていた。
ぺこりとひとみは頭を下げ再び梨華の元へと急いだ。
108 名前:第3章 投稿日:2003年03月21日(金)12時04分45秒



「梨華ちゃん、ちょっと待ってよ。なに怒ってるの?」
「別に怒ってないよ」

バスを降りて共同墓地に向かう途中、早足の梨華に言うと彼女はつんけんとそう答えた。
車内でも一言も口を聞いてくれなかったくせに怒ってないはないだろうとひとみは小さくため息をつく。
まったく、お店の人と話したぐらいでこんなにヤキモチを焼かれてはたまらない。

(昔はここまでひどくなかったんだけどな〜)

なにか余計なことを言ってこれ以上機嫌を損ねないようにと
ひとみは梨華の後ろを黙ってついていくことにした。
109 名前:第3章 投稿日:2003年03月21日(金)12時05分37秒

小高い丘の上、他の墓とは離れたところに仲良く二人の墓はつくられていた。
ひとみは、そこからの景色をしばし眺めた。その横顔は憂いの色に満ちている。

「園長先生が、二人は高いところが好きだったからって」

と、気をつかったのか機嫌が直ったのか今まで黙っていた梨華が口を開いた。

「なんとかとなんとかは高いところが好きっていうからね」

と、ひとみは我に返ったように梨華を振り向き笑いながら自身の墓の前にしゃがみこんだ。
墓石にそっと手を触れるとひんやりと冷たい感触が皮膚を伝わってくる。
冷たいと感じるのは体が温かいからだ。
つまり、生きているということなんだろう。
しかし、この世界ではもう自分は死んだことになっている。
すごく妙な気分だった。

「大丈夫?」

後ろから梨華がそっとひとみの肩に触れた。
梨華の手が置かれた部分が温かかった。
ひとみは、顔をあげ梨華に微笑むと隣にある墓に体を向けた。
ゆっくりと持っていた花束を備える。

「ごっちんは・・・お墓参りなんてしないだろうから」

言い訳がましいことを口にしていた。
梨華はなにも言わずにひとみの傍らにしゃがむと両手を合わせた。
ひとみも、同じように両手を合わせる。

まだ生きている親友のために――
110 名前:第3章 投稿日:2003年03月21日(金)12時07分56秒



静かに祈り続けるひとみの横顔を梨華は横目で見る。

自分のお墓を見たいというよりは真希のお墓参り・・・・・・
本当は真希になにか伝えたいことがあるのにそれを伝えられない。
だから、その代わりに真希のお墓に祈っている――

そんな風に梨華は感じていた。

いったい、ひとみと真希は自分の知らない3年間の間になにをしていたんだろう。
再び、抑えていた疑問が膨れ上がってくる。

「よしっ」

隣で小さな声がした。いつのまにかひとみは立ち上がっている。
慌てて梨華も立ち上がる。

「もういいの?」
「うん、けっこう立派なお墓だって分かったしね」

ひとみの顔が夕焼けに赤く染まってどんな表情をしているのかは分からない。
ただ、置いていかれそうな不安を覚えて梨華はひとみの手を強く握った。
一瞬、ひとみはビクッとし

「どうしたの?」

と梨華に問いかけた。

「・・・なんとなく」
「変な梨華ちゃん」

手を握ったままひとみは歩き出す。
111 名前:第3章 投稿日:2003年03月21日(金)12時09分01秒

「・・・ねぇ」

「ん?」

穏やかに聞こえるひとみの声に梨華は迷った。
聞いてもいいのだろうか――
しかし、今、聞かなければこのまま彼女は消えてしまいそうで――

「真希ちゃんとのこと教えて」

梨華の声に握られた手が微かに強張った。
それでも――

「三年間、二人はニューヨークでなにをしてたの?」

ひとみが黙ったまま空を仰ぐ。
それから、疲れたように大きく息を吐き

「信じてもらえないかもしれないし・・・知っちゃったら梨華ちゃんはあたしのことが嫌いになるかもしれないよ」

とつぶやいた。
112 名前:第3章 投稿日:2003年03月21日(金)12時10分24秒

「そんなことないよ。私、ひとみちゃんのこと嫌いになんてならないし全部信じる」

梨華はまっすぐにひとみの目を見つめた。2人の視線が交錯する。
が、受け止めるひとみの顔はなぜか梨華を恐れているように見えた。

一瞬、ひとみはなにかを言おうとしていたはずなのに――

「・・・・・・ごめん」

そう小さく唸るように呟くと彼女は梨華の視線を避けるように俯いた。
その様子に、梨華はそれ以上追求することはできなかった。
逆に、彼女が教えてくれるまで待とうと思っていたのに・・・・・・
不安を抑え切れずに自分から聞いてしまったことを梨華は後悔していた


二人は、黙々と来た道を手を繋いだまま戻った。
しっかりと繋いだひとみの手がやけに実体のないもののように思えて梨華には悲しかった。
113 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)10時39分50秒



帰りのバスの中、さきほどの重たい空気をひきずったまま二人は無言で座っていた。
他に乗客の姿はない。
梨華は、窓に肩肘をついて流れている景色を見つめている。
ひとみは、梨華の後ろ姿を見ながら気づかれないように小さく嘆息した。

自分が答えられなかったせいですっかり沈んでしまった梨華への申し訳なさでいっぱいだった。
早く真実を言わなければならない。それは分かってはいる。
今まで梨華がなるべくそのことに触れないようにと気をつかってくれていたことも。

その梨華がこらえられずに尋ねてきたのだ――
さっきのタイミングで言うべきだった。
いや、言うつもりだった。

しかし――

「信じる」

そう言ってくれた梨華のキレイな眼差しに見つめられてひとみの中にある恐れが急速に膨れ上がってしまった。

きっと自分はこんなにキレイな目をしてはいないだろう・・・と。
114 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)10時54分33秒

ひとみは、視線を落とし自らの手のひらを見つめる。

(あたしの手は、血にまみれている・・・・・・)

ひとみは、泣きだしてしまいそうな弱々しい視線を梨華に向けた。
あいかわらず、梨華は窓からの景色を見ている。
その背中がやけに小さく見える。
まったく正反対の暮らしをしてきた無防備な背中。

(あたしが、傍にいたら梨華ちゃんは危険なんだ・・・)

いつ、どんな刺客が来るやもしれない。
何も知らないということはそれだけで生命の危機にも繋がる。
自分のせいで梨華が殺される、そんなことになったらきっと狂ってしまうだろう。

偽りの平和な時間は長くは続かない。
話さなければいけないのだ。

今ならば、まだ傷は浅くてすむかもしれない。


115 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)10時57分25秒

ひとみは、決意したようにふっと息を短く吐きだすと口を開いた。
と、同時に梨華の携帯の着信音が車内にに鳴り響く。
梨華は、慌ててバッグから携帯を取り出す。

「・・・はい・・・・・・・・・ます・・・いえ・・・・・・」

声が小さいためかバスの振動か梨華の声は途切れ途切れにしか聞こえない。
やがて、梨華の電話が終わる。

「ごめん、ひとみちゃん、先に帰ってくれる?」

携帯をバッグにしまいながら梨華がすまなそうに言った。

「え?」
「バイト先からだったの」

眉を八の字にして答える梨華。
また急に頼まれたのか・・・・・・休みをとっているのだから断ってもいいものを、
とひとみは少し呆れながらも「分かった」と頷いた。

「ほんとにごめんね」

最後までひとみに謝りながら梨華は予定より一つ前のバス停で降りていった。
見えなくなるまで手をふり続ける梨華の姿に少し苦笑しながら、
ひとみは心のどこかホッとしている自分に気づいた。
決意はしたが内心ではものすごく怖かった。

自分で居場所を壊すことを、梨華から畏怖の目で見られることを・・・・・・

さきほどまで梨華が見つめていた景色をぼんやりと見ているうちにバスは目的の駅に着いていた。
116 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)10時59分34秒

   ※                             ※

バスを降りたひとみは当てもなく街中をぶらぶらと練り歩いていた。
なぜか今日に限って一人の部屋に帰るということがとても寂しいと感じたからだ。
そして、自分が来る前の梨華も同じ気持ちだったのかと思った。

しばらく、そうして歩いているうちに月が姿を現し始める。

(そろそろ帰ったほうがいいかな・・・・・・)

梨華のバイトが終わるまでにはアパートに戻っていないとまずいだろう。
ぼんやりとアパートに向かう道の角を曲がる。
と、突然、体に軽い衝撃が走った。
不意のことにひとみは後ろにはじかれる。
殺気はなかった。攻撃ではない。

(・・・なんだ?)

緊張したまま目を向けるとぶつかってきたもの――いや、ぶつかってきた人物と目が合った。
お団子頭の幼い風貌をした少女だった。
少女は、尻餅をついて自分を睨みつけている。
117 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)11時00分34秒

「いてーじゃねーれすか!」

その外見とは裏腹に乱暴な口調。
しかし、妙に舌足らずで逆にひとみは吹き出しそうになってしまった。

「ゴメンゴメン、ボーっとしてて」

ひとみは、少女に手を差し出す。
少女は、プイッと顔をそむけ自分で立ち上がった。
行き場を失ったひとみの手は宙を彷徨う。
その手を立ち上がった少女が握った。
ひとみが驚いて少女を見ると少女はにっこりと八重歯を見せて笑った。
一瞬、どこかであったことがあるのかと勘違いしてしまうほど人懐っこい笑顔だった。
118 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)11時01分35秒

「家まで送ってくらさい」
「はぁっ!?」

急な、しかも、無茶なお願いに頓狂な声をあげると少女はビクッと上目遣いでひとみを見上げた。
その目がみるみるうちに潤んでくる。

「イヤ・・・あの、だってあたし、君の家知らないしさ・・・・・・ねぇ、ちょっと聞いてる?」

慌てて少女に目線を合わせて弁解をしても少女の目にはどんどん涙が溜まってくる。

「参ったな・・・・・・」

ひとみは、ほとほと困り果てて頭に手をやった。
これでは、まるで自分が泣かしたみたいだ。
誰かに見られていないかキョロキョロとあたりを見回す。
幸い、そう人通りが多い道ではないためその場にはひとみと少女の二人しかいなかった。

「ねぇ・・・お腹すいてない?」

どうにか泣き止ませようと考えた末にでた言葉だった。
さすがに子供だましすぎると思いながら口にしたのだが、意外にも少女は手で溜まった涙を拭いあっさり「へい!」と、頷いた。
119 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)11時05分57秒



ひとみは、少女を連れてさきほど通り過ぎた商店街にまで戻るとファーストフード店に入った。

「・・・おいしい?」

ひとみが自分と少女のために4つ注文したベーグルサンドを少女は一人でたいらげてしまう。
よっぽどお腹がすいていたんだなと、少し呆れながらひとみが問うと少女はモグモグと口を動かしながら頷いた。

「・・・あ」

ひとみの記憶にある一つの光景が浮かびあがって思わず小さな声を漏らす。

同じようなお団子頭の少女・・・・・・
今の自分のように座る幸せそうな真希の姿。

ニューヨークでひとみ以外に真希が唯一心を許した存在。
そして、ひとみがニューヨークを後にするきっかけとなった出来事。
湧き上がってくる凄惨な光景。

軽く頭を振ってひとみはどうにかそれを打ち消すと頬杖をついて少女に尋ねた。
120 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)11時07分17秒

「・・・で、君の家ってどこなの?だいたいさ・・・」
「あっ!!」

ひとみの声を遮って少女は椅子から立ち上がる。
一瞬、自分のことかと思ったがその視線が後ろに向けられていることに気づいて、
なにごとかとひとみは少女の視線の先をたどる。

「あ・・・」

少女の視線を追った先には見覚えのある女性が息を切らして立っていた。
長い髪と大きな瞳が印象的なキレイな女性――フラワーショップののかおにいた女だ。

「のんちゃんっ!」

女性は、ひとみに気づいた風もなく少女に向かって駆け寄ってきた。
同時にのんちゃんと呼ばれた少女も女性に向かって走っていく。

「もう心配したんだよ〜」
「ごめんなさいれす」

怒っているのか甘やかしているのかどちらともとれる微妙な口調で少女を抱きしめながら女性は言う。
少女も反省しているのか甘えているのかよく分からない口調でそれに答える。
ひとみがただ唖然としてそれを眺めていると不意に少女が振り返って自分を指差した。
女性がつられてひとみに目を向け、そして、訝しげに眉を寄せた。
どうやらひとみのことを覚えていないようだ。
121 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)11時08分06秒

「あの人とご飯を食べてたんれす」
「そうなんだ・・・・・・」

少女の言葉を聞いて女性がひとみの元へ近づいてくる。

「すみません、迷惑かけてしまって・・・・・・」

ひとみの顔を見ることなく深々と頭を下げる。
こんな風に頭を下げられることに慣れていないひとみは恐縮しながら

「あ、いえ・・・たまたまあたしもお腹すいてたんで」

と、返した。

「でも・・・」

女性が顔をあげる。ひとみの顔を見て口を驚いたようにあけた。

「あれー?今日、お店に来てくれたよね」
「あ、はい」
「あなただったんだ〜」

女性の顔が綻び口調が少し砕けた感じに変わる。
そのほうがひとみにとっては気が楽だった。

「ええ、お花ありがとうございました」
「ううん、こっちこそのんちゃんが迷惑かけちゃってごめんね」
「迷惑なんて・・・・・・でも、よかったです。これからどうしようかなって思ってたから」

女性の後ろから少女がピョコッと顔を出す。まるで親子だ。
122 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)11時09分02秒

「ほら、のんちゃん」

女性が少女の背中を押す。

「サンドイッチおいしかったれす、ありがとうございました」

少女がペコリと頭を下げてそれからニッコリと笑った。
すごくいい笑顔だった。
ひとみは少女の身長に合わせてかがみこみ

「どういたしまして、のんちゃん」

と頭を撫でた。
少女は、照れたようにまた女性の背中に隠れてしまう。
ひとみは、そんな少女を見て微笑みながら女性に向かって顔を上げた。
女性も微笑んでいる。その肩越しに時計が見えた。

「あーっ!!!!!!」

時刻を見てひとみは大きな声をあげる。

「どうしたの?」

すっかり忘れていたがもう梨華が帰ってきているかもしれない。
またいらない心配をかけさせてはいけない。

「いえ、あの、あたし、もう帰ります。それじゃ、もう迷子にならないようにね」

ひとみは、慌ててジャケットを掴み女性と少女それぞれに声をかけるとドアに向かって走り出した。

「ねぇ!」

女性の声が後ろから聞こえてひとみは振り返る。

「また、お店に来てね」

女性がにっこりと笑って朝と同じように手を振った。
ひとみは、「はいっ!」と返事を返して店を飛び出した。
123 名前:第3章 投稿日:2003年03月22日(土)11時10分12秒

     ※                        ※

「ごめんね、休みだったのに」
「いえ・・・それよりも店長、休憩とってないんじゃないですか?行ってきてください」
「あぁ、そうだね。ゴメンね、ほんとに、バイト代少し割り増ししておくから」

店長はすまなさそうに梨華に頭を下げそう言うとジャケットを羽織って出ていった。
個人経営の小さな本屋。
この時間はそうそう客は来ないので梨華一人でも大丈夫だった。

それに、なによりも今、梨華は一人になりたかったのだ。
ひとみと同じように梨華もまたバスの中の重苦しい沈黙からこのような形であれ抜け出せたことに少しだけ安堵していた。

あのまま一緒に帰っていたらきっと不安に負けて彼女を強く問い詰めだしていたかもしれない。
それが、ひとみにとって苦痛なことなのだとあの墓地で見せた弱々しい眼差しから梨華は察していた。

死んだはずのひとみと真希、空白の3年間――

普通では考えられないような生活をしていたことは容易に想像がつく。
いったいナニがあったのか、ひとみが自分から話してくれるまでは分からない。
梨華には、その日がくるのをただ待つしかないのだ。

梨華は、切なげな吐息を漏らした。
124 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月22日(土)13時54分24秒
ののかおほのぼのクル━━━(゚∀゚)━━━━!!??
125 名前:第3章 投稿日:2003年03月23日(日)09時51分41秒



暗いコンピュータールーム。
ディスプレイの光だけがぼんやりと彼女の顔を頼りなく照らしている。

「知ってて泳がしてるわけか」

彼女は鼻を鳴らしディスプレイに表示された地図を手際よくプリントアウトすると立ち上がった。

「どこに行く気、矢口?」

不意にドアの方から声がかけられて矢口はビクッと振り返る。
保田が立っていた。

「分かってるくせに聞かないでよ」

相手が保田だと分かれば構える必要はない。
矢口は、軽い口調で答える。
保田は、矢口が手にしている地図にチラリと視線を動かす。

「なんで矢口が行く必要があるの?」
「んー、好奇心旺盛だから」

からかうように矢口が答えると保田は憮然とした表情を浮かべてなにかを言おうとした。
それよりも早く口を開く。

「あたしには分からないから」

彼女らしくない乾いた声。

「・・・あたしには、戦う力ないからみんながどんな気持ちなのかなんて一生分からないから・・・・・・」
「・・・矢口」

自嘲的に微笑む矢口を見て保田はあることを思い出していた。
126 名前:第3章 投稿日:2003年03月23日(日)09時53分20秒

以前、自らの瞳の部分に見つけた商標。

同じ時期に入ってきた矢口にはそれが見つからなかった。
自分と矢口は根本的なところから違うのだということを悟った時の喪失感。
矢口はそのことに気づいていないだろうが、自分は商品で矢口は社員。
仕方のないことだ。
だからといって矢口に嫉妬するのは筋違いだろう。
保田は、そう割り切っていた。

なによりいつも明るい矢口と一緒にいることは保田にとって少しの救いにもなっていた。
どれだけ血に汚れようとも彼女の存在がそれすらも浄化してくれるようで――

しかし、実際はそうではなかったのかもしれない。

気づいていないかと思われた商標に矢口は気づいていた。
今の矢口の発言はそうとってもおかしくはないものだった。
そのことを誰にも悟らせることなく彼女は一人で悩んでいたのかもしれない。

いつも自分のそばで――いや、真希やひとみのそばでもそうだ――
笑っていてくれたのは彼女がだした精一杯の結論なのではないだろうか。
127 名前:第3章 投稿日:2003年03月23日(日)09時54分02秒

矢口が保田の元にやってくる。
その顔には相変わらず見慣れた笑顔が浮かんでいる。
健気な彼女の姿に保田は眉を寄せた。

「大丈夫、ちゃんと理由聞いてよっすぃ〜を連れて帰ってくる。そしたら、悲しいことは起こらないよ」

「・・・・・・」

「だから、圭ちゃんはごっつぁんのことちゃんと見てあげててよ」

矢口は、そう言うとコンピュータールームから出て行った。
保田は矢口の出ていったドアに体をもたれさせ大きく嘆息した。
そして、願った。

ひとみがここに帰ってきてくれることを――

真希のためにも――

自分自身のためにも――

そして、矢口のために――
128 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月23日(日)22時46分48秒
( 〜^◇^〜)いよいよ矢口の時代?
なんかこれから痛くなりそうで怖い・・・・・・
129 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時28分21秒

9

梨華とひとみがお墓参りに行ってから一週間が過ぎようとしていた。
あれ以来、梨華は真希とのことには触れてこない。
梨華の決意を知らないひとみにはそれが救いでもありもう見放されてしまったのかという不安でもあった。

「今日は少し早めに帰れると思うから」
「うん、気をつけてね」

バイトに行く梨華をいつものように玄関先まで見送る。
ドアノブに手をかけた梨華が不意にひとみの方を振り返った。
なにか忘れ物でもしたのだろうか?と、ひとみがキョトンと首をかしげると
梨華は少しお姉さんっぽい口調で「たまには外に出なきゃダメだよ」と言った。

「え?」
「ひとみちゃんは、ただでさえ色白いんだからこれいじょう白くなったら私が黒いみたいだもん」

梨華の遠まわしな気遣い。
墓参り以来、また自分が部屋に篭っていることに気づいているのだろう。

「分かった?」
「・・・うん」

念を押すような梨華に思わず頷くひとみ。
梨華は満足したように「よし」と頷き部屋から出ていった。
ひとみは、ポリポリと意味もなく頭をかき「そうだよな」と小さく呟いた。
130 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時29分36秒
   
       ※                   ※

「あぁ、いらっしゃい」

外に出たはいいがどこにも行くあてのないひとみはフラワーショップののかおに足を向けていた。
威勢のいい声の主がひとみを見て柔和に微笑む。
ひとみは、その人物にぺこりと頭を下げた。


「この間はありがとう」
「え?あ、いえ。のんちゃんは元気ですか?」
「もう元気すぎるくらい」

飯田と名乗った女性は楽しそうに肩をあげた。
飯田は、店を休憩にしてこの間のお礼にとひとみにお茶を淹れてくれた。
ひとみが遠慮すると「お客さん来ないからだいじょうぶだよ」と笑った。

まだ数えるばかりしか会ってもいないのに、なぜか彼女と一緒にいると嫌なことや辛いこと全てを忘れられるような気がした。
梨華とはまた違った心地よさ。
穏やかに流れる時間。
それが彼女の不思議な魅力の一つでもあるのだろう。
131 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時30分41秒

「どうかしたの?」
「え?」

気がつくと大きな瞳に見つめられていた。

「なんか元気がないみたいだから」

不意にひとみはなにもかもを吐き出したい衝動にとらわれる。
今、ここでこの人に話して恐れられたとしても自分は傷つかないだろう。
ひとみが黙ったまま見つめていると彼女は眉を寄せて首をかしげた。

「少し悩んでることがあって・・・聞いてもらえますか?」

ひとみは、口を開いた。

「悩み?お姉さんになんでも言っていいよ〜」

重苦しいひとみの言葉を和らげるように飯田はおどけている。
ひとみは少しだけ微笑み素直に頷くと言葉を続けた。

「・・・・・・大切な人がいるんです」
「うん」

「・・・でも、あたしはその人にある隠し事をしてて」
「うん」

つっかえつっかえ話すひとみを急かすことなく飯田は優しく相槌を打つ。

「それを打ち明けたいんだけど・・・嫌われるような気がして、もう一緒にはいられなくなるような気がして・・・・・・だから・・・・・・」
「そっか〜」

ひとみの僅かな呼吸の隙をぬって飯田が呟く。

「打ち明けるべきか否か・・・・・・難しいね」

ひとみは、うなづき飯田を見つめて言った。
132 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時31分42秒

「飯田さんならどうすると思いますか?」

「私なら・・・・・・打ち明けるよ」

飯田はどこか遠くを眺めながら答えた。
それから、遠い目のままひとみに微笑む。

「正確には打ち明けた・・・かな」

「え?」

思いがけない飯田の言葉にひとみは目を丸くした。飯田は続ける。

「まぁ、ちょっと立場は違うんだけどね」
「立場?」

「そう、私の場合はその秘密を教えちゃったらその子が傷ついちゃうようなことだったの」
「でも・・・教えた」

ひとみがごちると飯田はゆっくりと頷いた。

「どうして?傷つけるって分かっててどうして?」
「知りたがってたから」

飯田はあっさりとそう口にした。

知りたがっていたから傷つけると分かっていることを彼女は相手に教えた。

知りたがっている――梨華もそうだ。
自分と真希と3年間の空白のことをどれほど彼女は考えているんだろう。

でも――

「知りたがってたら、その子を傷つけてもいいと・・・そう思ったんですか?」

飯田は、そんなに白状な人間なんだろうかと――ひとみは、思った。
自分が傷ついても相手を傷つけるようなタイプではないと感じていたからだ。
ひとみの問いに飯田は小さく首を振り微笑んだ。
133 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時32分49秒

「そりゃ、私も悩んだよ。悩んで悩んで・・・・・・だけど、私が言わなかったら
 その子は一生そのことに縛られちゃうでしょ。いつか絶対に真実を知られるときが来る。
 どちらがダメージが大きいのか考えたんだ。
 そしたらね、私が傍にいるときに教えてあげたほうがいいと思えたの」

「・・・・・・」

「私が傍にいたらどれだけその子が傷ついたとしてもちゃんと守ってあげられるから・・・」

飯田の口調は限りなく優しかったがその言葉はとても力強かった。

(あぁ、だからか・・・・・・)

なぜ、自分が彼女に話を聞いて欲しくなったのかをひとみは納得した。

彼女は、すべてを乗り越えているから――
だから、自分は全てを打ち明けたくなったんだ。

(だけど・・・・・・だけど、あたしが打ち明けなければいけない相手は梨華ちゃんだ)

「なんか私、的外れなこと言ってるかな?」

黙りこくってしまったひとみに飯田がばつの悪そうな顔で問いかけた。
ひとみは、ハッとして首を大きく振る。

「そんなこと・・・・・・」
「よかった」

飯田は安心したように表情を緩める。
134 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時33分59秒

「ねぇ、飯田さん」

「ん?」

「後悔はしてませんか?」

ひとみは最後にそう尋ねた。
その時、店先から「ただいまー」という元気な声が聞こえてきた。

「のんちゃんだ」

飯田はその声の方向へと向かいかけ不意にひとみを振り返った。

「あんなに元気な声が聞けるんだから後悔なんてしてないよ」

飯田は、きょとんとするひとみを置いてスニーカーを履くと店先まで声の主を出迎えに行った。
慌てて立ち上がり店先へと向かうとこの間の少女が飯田にじゃれている。
ひとみは、その光景にしばし見とれて立ち尽くす。

幸せという抽象的なものが具現化されたような光景だった。
なにがあったのかは分からないが飯田が秘密を教えた相手とはあの少女なんだろう。
今のような関係になるまでにどれだけの時間がかかったのか、どれだけの衝突があったのか

――だが、結果としてあのような関係を築き上げている。

それは飯田が逃げることなく少女を受け止め、少女もそんな飯田を信じたから――
135 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時35分03秒

――ひとみちゃんのこと信じるよ

不意に梨華の言葉が蘇る。
彼女は、自分を信じてくれると嫌いにならないと言った。

しかし、自分はどうだろう。

最初から全てを打ち明ければ嫌われるだろうと勝手に決めつけていた。
信じてもらえないかもしれないと言いながら自分のほうが梨華を信じていなかった。

彼女はいつだって待っていてくれたのに――

「飯田さん」

ひとみの呼びかけに飯田が振り返る。

「ありがとうございました。なんか分かったかもしれません」

ひとみがそう頭を下げると、彼女は少しだけ首を傾けて考えるような仕草をみせ
優しく諭すような口調で言った。

「でも、私のことはあくまで一例に過ぎないからね。あなたの抱えている秘密はもっと大きいのかもしれないし・・・・・・
 だから、最終的にどうするかはよく考えるんだよ」

「そうですね」

そう頷くひとみの中ではもう自分がどうするかは決まっていた。

136 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時36分19秒

10

朝日の差し込む部屋で中澤と真希は向かい合い言葉を交わしていた。

「矢口が日本に向かったで」
「ふ〜ん」

関心もないように相槌をうつ真希。
相変わらずなにを考えているのか分からない。
中澤は、背もたれに体を預けながら言葉を続ける。

「あの日、なにがあったん?」
「あの日って?」

「とぼけるんやない。吉澤が逃げ出したわけ知っとるんやろ」

中澤が鋭く言うと真希はふっと口の端だけを歪めて笑みを作った。

「知らないよ、なんでよっすぃ〜があたしを置いて逃げだしたかなんて想像もつかない」

「・・・・・・なら、なんであそこにおったやつ全員死んでたんや?」
自然、声を押し殺すようになってしまったのは真希の体を覆うピリピリとしたものが
殺気だということに気づいたからだ。それでも、中澤は続けた。

「・・・あんたと吉澤とあの子の間になんかあったんやろ?」
「なんかあったとしても裕ちゃんには話さない」

部屋にはいってきてからはじめて真希が中澤に視線を向けた。
中澤は、その視線にゾッとする。
まるでそこらに転がっている石ころを見るような空虚な目で彼女は自分を見ていたからだ。
137 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時39分53秒

「そんなことを聞くためにあたしを呼んだの?」
「・・・・・・いや」

中澤は、湧き出てくる唾液を飲み込み首を振った。
ますます強くなる殺気。
さきほどの空虚な視線のことといい、いくら自分でもこれ以上の詮索は得策ではない。
中澤は、仕方なく追求を避け本題に入ることにした。

「あんたにこれを渡そうと思ってな」

言うと、中澤は傍にある電子金庫をあけ小さな箱を取り出しデスクの上においた。
真希はチラリとそれに視線を動かし

「あたしによっすぃ〜を始末しろってわけ?」

と薄く笑んだ。中澤は、首を振る。

「使うか使わんかはあんた自身が決めてええ。
 吉澤にはまだUFAからの刺客は送られてへんから放っておいたらそのまま表の世界で生きられるかもしれへん」

「表の世界・・・ね。ま、貰っとくね」

真希は、立ち上がりデスクの上から箱を取るとポケットにしまった。
そして、もう用は済んだとばかりにさっさとドアへと向かう。
中澤は、その背中を無言のまま見つめた。
138 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時40分38秒

「――ねぇ、裕ちゃん」

ドアノブに手をかけたところで不意に真希が振り返った。

「ん?」
「もしさ〜、もし、あたしも戻ってこなかったらどうするの?」
「そん時はそん時や」
「ふ〜ん」

納得したのかしないのか自分から聞いたわりにやはり関心のないような相槌をうつと
真希は部屋から出て行った。
それを見届けた中澤は緊張をほぐすように大きく息を吐き出した。
結局、真希から発せられる殺気は彼女が部屋に入ってきて立ち去るまで一瞬たりとも消えることはなかった。
なにかあれば瞬時に殺されたかもしれない――ふと手が汗ばんでいることに気がつき引きつった笑みを浮かべる。

「・・・・・・うちは・・・・・・なんてことしてしまったんやろうな・・・・・・・・・・・・」

自然、中澤の口からは後悔と恐怖の入り混じった呟きが漏れていた。
139 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時41分29秒
     
      ※                      ※

「ただいま・・・って、どうしたの、ひとみちゃん」

梨華がバイトを終えアパートに戻るとひとみがキッチンで料理をしていた。
ひとみは、梨華の疑問に答えず「もうすぐできるから着替えてきなよ」と、どこか楽しげに言った。
子供が悪戯を考え付いたような顔。こんな表情のひとみは久しぶりに見る。

(どうしたのかな?)

戸惑いながらも梨華は部屋の奥に向かった。

しばらくして、ひとみが両手に湯気の立った丼を持ってやってくる。

「お待たせ〜、梨華ちゃんの好きなジュージュー丼だよ」
「え?」

「ご馳走ご馳走」

それは、孤児院時代、梨華の誕生日祝いにでていたステーキ丼だった。
懐かしさに戸惑いは笑顔にかわる。

「なにかあったの?」
「んー、別に。今日は梨華ちゃんといろいろ話したいな〜と思ってさ」
「?」

妙に明るいひとみに梨華はおされながらもとりあえず食卓についた。
140 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時42分09秒

「梨華ちゃんって今、高校行ってるの?」

ご飯を口に運びながらひとみが不意にそう問いかけてくる。

「え?うん、一応行ってるよ」
「楽しい?」
「うーん、どうかな?」
「なに、それ?」
「だって通信制だし友達いないし」
「ダメだよ、友達作らなきゃ」

「でも、今はひとみちゃんがいるからいいよ」

梨華が笑いながら言うとひとみは少し困ったような顔で笑った。
それに気づいて梨華は急に不安を覚える。
まさか、今日のこれはお別れのご馳走なんじゃないだろうか?
だとしたら、ひとみがわざとらしいまでに明るく振舞っているわけも分かる。
141 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時42分46秒

「あ、いや、そうじゃなくて・・・」

梨華の表情から思っていることを察したのかひとみが首を振る。

「ただ、あたしは、いつまでも一緒にはいられないと思うんだ」

「え?なんで?」

梨華の問いにひとみはふぅと息を吐き真っ直ぐな眼差しを投げかけてくる。

「これから話すことは全部本当の話だから最後まで聞いてくれる?」

重たい口調でひとみは言った。
いつになく真剣な面持ちのひとみ。
これから彼女が話そうとしていることは何度となくはぐらかされてきた3年間のことだろう。
梨華は無言でうなづく。
それを確認するようにひとみも頷き静かな声で

「この世界にはもう一つ裏の顔があるんだ」

と言った。
142 名前:第3章 投稿日:2003年03月24日(月)11時43分44秒

       ※                       ※

「真希」
「んぁ?なに、けーちゃん」

ハロプロの地下訓練所で射撃を行っていた真希に保田が声をかけた。
真希はチラリと視線を動かしすぐに人型をした的のほうにそれを戻す。
保田は、真希のそんな態度を気にも留めずに壁に寄りかかると言葉を続けた。

「なんで裕ちゃんに話さなかったの?」
「別に〜」

真希が一発発砲した。
弾は人型の丁度右腿の部分にあたった。
保田は、呆れたようにため息を付く。

「その様子じゃあたしにも話してくれないわよね」
「聞きたいの?」
「まぁね」
「じゃぁ、話してあげましょ〜」

真希は、あっさりとそう口にした。さらにもう一発、今度は左腿にあたる。
あまりの呆気なさに保田は肩透かしをくらった気分だったが、
反動で揺れている的を見据えて「じゃぁ、聞いてあげましょ」と真希の真似をして応えた。
真希はふっと鼻で笑いようやく保田の方に向き直る。
なにから話そうか逡巡するようにせわしなく視線をうごかし

「――あんた、ゼティマのMOS・・・ラブマの一人やろ?――あの子は、いきなりそう声をかけてきたんだよ」

と、ようやく口を開いた。
143 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月24日(月)21時49分53秒
この喋りは・・・ちゃんかな?続き待ってます
144 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月25日(火)04時51分48秒
かぼちゃん?それとも、( `◇´)!?
ごっちんとよっすぃ〜の間になにがあったのか超気になります
145 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月25日(火)14時43分13秒
やぐごまの、心の距離は縮まらないのですか?
ちょこっと悲しい。
146 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月25日(火)15時37分17秒
>>145
メール欄
147 名前:145 投稿日:2003年03月25日(火)18時53分04秒
ありがとうございます!!!
148 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月25日(火)23時31分56秒
自分も探してた。>>146thx
149 名前:第4章 投稿日:2003年03月28日(金)10時09分31秒


初任務からはや一ヶ月が過ぎようとしていたある日――

その日は、任務も訓練も入っていなかった。
なにをするでもなくベッドに寝転がりうだうだとしているうちにもう時刻はとうに12時を回っている。
チラリと枕もとの時計に目をやり――時間なんてもう意味ないか――と、
真希は小さく自嘲的な笑みを浮かべた。その時、ノックの音がした。

「誰〜?」

気だるげに答える。

「あ、ごっちん、私だけど入るよ」

ひとみだ。

「どうぞ〜」

真希が答えるとひとみはドアを開けて部屋に入ってくる。
その格好を見て真希は思わず「今日、任務あったっけ?」と尋ねていた。
ひとみが、いつも任務の時に使うゼティマの戦闘服を着用していたからだ。

「え?あ〜違うよ。ただ、保田さんがヒマだから着替えて訓練に付き合えって」

ひとみは、まいったよというように苦笑する。
150 名前:第4章 投稿日:2003年03月28日(金)10時11分03秒

「けーちゃんらしいね〜。それで、あたしになんか用だったの?」
「いや、ごっちんも一緒にどうかなって」
「え〜、やだよ〜」

保田の訓練は実践といっても過言ではない。
それを知っているからこそ真希は速攻でひとみの誘いを断った。
ひとみもひとみで保田の訓練のきつさを知っている。
二人ならそれも半減だとでも考えていたのだろう。

「だよね〜」

ひとみはがっくりと肩を落とした。

「あはっ、がんばってね〜」
「はいはい」

ひとみは、うなだれたまま真希の部屋を出ていった。
ビーストの待つ地下訓練室に向かって――


「・・・出かけよっかな〜」

しばらくして真希は、誰にでもなくそう呟き自分の言葉に頷くと
買ったばかりのパーカーとジーンズ――ラフだが見る人がみればセンスのある――に着替えて自室をあとにした。
151 名前:第4章 投稿日:2003年03月28日(金)10時13分15秒



もう秋も間近になったニューヨークの午後はどこか物悲しい。
自分らしくない感傷的な感情になぜそう感じるのかと真希は不思議に思った。
ひとみが隣にいないからかもしれない。
ソルジャーとして暮らし始めてこんな風に一人で街にでるのははじめてだった。

ぶらぶらと目的もなく大通りを歩く。
ぼんやりしていると足早に歩くスーツ姿の男にどんとぶつかられ
真希はしりもちをついた。

「ったー・・・むかつくな〜」

男は気づかなかったのか真希を放って歩き去っていく。
その背中を見送りながら立ち上がる。
通りすがったおばさんが真希を心配するかのように声をかけてきた。
いまだに英語になれていない真希は適当に笑顔を見せ頷くと交差点をわたる。
なんか新鮮だな、真希は思った。
最近、あまり街にでることがなくなっていたから
表の世界というものがこんなにものんびりしていて穏やかなものだということを忘れかけていた。
しばし、自分もその仲間に入れるような気さえしてくるのだ。
行き交う人たちはまさかこんな小娘が裏の世界ではトップにいる殺人者だとは思いもよらないだろう。
そう考えると笑いだしたくなる。
一人、口元に笑みを浮かべていると背後から妙な視線を感じた。
152 名前:第4章 投稿日:2003年03月28日(金)10時14分11秒

まさか、ライバル会社のMOSか?
――昼は不可侵の領域のはずなのに、それが破られることは世界の調和が崩れることを意味する。

真希は、緊張を体に走らせながら振り返った。

「?」

視界には一人の少女が立っていた。
こんな少女が・・・・・・まさかという気持ちが浮かんだが
真っ直ぐに自分を見つめてくる瞳に気づき、いつでも動けるように臨戦態勢をとった。
そんな真希とは逆に少女はニッコリと笑い無防備に真希の元へと歩いてくる
今、ここで戦うつもりはないようだ。

じゃぁ、なんのために?

――少女の意図が分からず真希は訝しげに眉を寄せる。

「なんか用?」

真希は、臨戦態勢を解かないまま問いかける。
それに答えることなく少女は無遠慮に真希を上から下まで眺めた。
まるで品定めをされているかのようでいい気分ではない。
真希は、不快そうに少女を見た。

なんなんだ、こいつは?

――さらに追求をしようと口を開きかけたところで少女が口を開いた。
153 名前:第4章 投稿日:2003年03月28日(金)10時16分05秒

「なぁ」

「・・・・・・なに?」

「あんた、ゼティマのMOS・・・ラブマの一人やろ?」

問いかけている形だが確信に満ちた言葉。
やはり、この少女は同業者だ。
少女が一歩真希に近づき手を差し出してきた――、瞬時に真希は後ろに飛んだ。
真希の素早い反応に驚いたように少女は手を引っ込める。
その手には、なにもなかった。
咄嗟にその手にあるだろうと思い描いた武器もなにも・・・・・・
それに気づき少し混乱する。この少女は、いったいなにがしたいんだ?

「今は昼やん?そんな警戒せんでほしいんやけど」

少女が、困ったように真希に言う。

「うちは、加護亜依いいます。あんたの噂はよう聞くから、仲良くなりたいと思ってたんですよ」

「は?」

少女の急な申し出に真希はポカンと口を開けた。

仲良くなりたい?
ライバル会社の敵と?――理解しがたかった。

簡単に信じられるはずがない。
自分たちの中に埋め込まれたものを調べたがっている企業は数え切れないほどあるのだ。
裏があるんではないかと少女を睨みつける。
少女は、それでもにこにこと笑顔のまま

「嬉しいな〜、今日はうちのいいことある記念の瞬間やな」

と無邪気に言った。
154 名前:第4章 投稿日:2003年03月28日(金)10時16分55秒

それが、あたしと加護の出会いだったんだ。
すぐには信じられなかった。信じられるはずがなかった。

でも、あいつはあたしと同じだったんだ。

155 名前:第4章 投稿日:2003年03月29日(土)09時59分11秒



「最近、後藤明るくなったと思わない?」
「え?」

銃の手入れをしていたひとみは、保田からの不意の言葉に
ロッカーの傍で矢口と談笑している真希に視線を向ける。

「そうですね・・・」

「なんかあったのかしらねー?」
「なんかってなんすか?」

尋ねるひとみに保田はわかってるくせにというふうに笑った。
ひとみは、首をひねる。しかし、それ以上なにも聞かなかった。

――なにかあったならすぐに自分に教えてくれるはずだ、
自分もそうしてきたしきっと真希もそうしてくれる。

ひとみは、もう一度真希に視線を動かして頷いた。
156 名前:第4章 投稿日:2003年03月29日(土)10時00分17秒

翌日――
二人に新たな任務が矢口の口から告げられた。

「――で、それってどこの会社なの?」
「え?」

任務内容だけを聞いてしまえば、あとは関心のない様子で過ごす真希が
思い立ったように矢口に聞いた。
矢口は、思いがけない反応に少し慌てながら「えっと・・・」と手元にある資料をパラパラとめくり、
一つの企業の名前を口にする。

「ふ〜ん・・・なら、いいや」

真希は、一人でなにかに納得しそれからはいつもと同じように矢口の話を聞き流してはじめた。
逆にひとみは、真希が不意にみせた企業への関心が気になって、
いつもは真面目に聞いている矢口の話が耳に入らなくなってしまった。
157 名前:第4章 投稿日:2003年03月29日(土)10時02分03秒

「ごっちん!」

任務説明が終わると、眠たそうにあくびをしながら部屋に戻ろうとしていた真希にひとみは声をかけた。

「んぁ?なに、よっすぃ〜?」
「さっきどうしたの?」

「さっきって?」

真希は首をかしげた。

「ほら、会社のこと聞いてたじゃん」
「ああ、別に〜」

気のない言い草にひとみは少しムッとする。

「なんで隠し事すんの?」
「え?」

憮然としたひとみの表情に真希は少し驚いたようだった。
それにかまわず続ける。

「言ったじゃん、信用できるのはお互いだけだって・・・なのになんで」

心なし口調が強くなってしまうのはとめられなかった。
真希は、罰が悪そうに

「・・・ごめん」

と小さく言う。

それから、

「別に隠そうと思ったわけじゃないよ」

と付け加えた。

「じゃあ、なに?最近、ごっちんが楽しそうなのと関係あるの?」
「ん〜、今度さ付き合ってくれる?」

「え?」

「きっとビックリするよ〜」

真希はいたずらっ子のように目を輝かせながら言うと

「それまでは任務に集中集中」

と、彼女らしくない言葉を残してすごい速さで走っていった。
ポカンとその背中を見送る。
取り残されてわけも分からないひとみはしばらくして、小さくため息をつくと自身も部屋に向かった。
158 名前:第4章 投稿日:2003年03月29日(土)10時02分43秒


なにがあったかなんてことは本当はそんなに大事なことじゃなかった。

ただ、あの時の私はごっちんが本当に楽しそうに見えたから――

159 名前:第4章 投稿日:2003年03月30日(日)10時44分32秒



――数日後、真希が街に出かけようと誘ってきた。
断る理由もない。
それに真希のどこかはしゃいだ様子からこの間の答えなんだろうとひとみは考えた。

「どこ行くの?」

スタスタと慣れた足取りで先を歩く真希にひとみは問いかけた。
二人がいるのは公園だ。むろん、日本のものとはスケールが違う。広い広い公園。
休日にはたくさんの露店なども並ぶだろうしジョギングのコースにしているものもいるだろう。
しかし、今は平日の真昼間だ。人の数なんてまばらにしか見当たらない。
その公園のどこを目指しているのか分からずそう問うたのだが真希は
「もうすぐつくよ〜」とへらっと答えるだけで明確に教えてくれない。

「ったく・・・・・・」

ひとみは、嘆息した。

さらにしばらく歩くと大きな噴水の前に出る。
中央の像は聖母なのか、罪などまったく知らないというような無垢な表情をしている。
そこで真希の足が止まった。

160 名前:第4章 投稿日:2003年03月30日(日)10時45分52秒

「ん?」
「ついたよ」

真希がくるっと体ごと回転させる。

「ついたって・・・誰もいないじゃん」
「時間にルーズだからね〜」

さも当たり前と言わんばかりに真希はあっさりと答える。

「ごっちんに言われるなんてよっぽどルーズなんだね」

ひとみが笑うと

「ううん、最初は早めに来てたけどあたしがいっつも遅刻するから待ち合わせ時間の15分遅れにしたら丁度いいってさ〜」

と真希はこれも当たり前のように言った。
ああ、そういうことか――と、ひとみもあっさりと納得する。
真希以上にルーズなヤツなんていない、それがひとみの持論だったからだ。
真希が聞いたらムッとしそうなものだが。

「座って待ってよ〜」

真希は、噴水の淵に腰掛る。ひとみも同じように隣に腰を下ろした。
161 名前:第4章 投稿日:2003年03月30日(日)10時47分10秒

いったい、どんな人が来るんだろう?
真希がこんなに楽しみにする人物に――ひとみは、すごく興味を覚えた。

(彼氏かな?・・・・・・なわけないか・・・・・・)

自分で考えてそれを即否定する。
恋人はいたら弱みになる。
ある任務を終えたあとに真希がそんなことを言っていたのを思い出したからだ。
敵はどこで自分たちを観察しているのか分からないのだ、
一般人と付き合うということは必ずその人物を危険な目にあわせることになる。

それになにより、自分たちは本来ここには存在してはいけないのだから――

「後藤さんっ!!」

ひとみの思考を中断させる声。
その声に隣に座っていた真希が立ち上がった。
ひとみも慌てて立ち上がり声の人物に視線を動かす。

「え?」

少女だった――本当になんの変哲もない、といえば言い方は悪いが――とても真希がこれだけ楽しみに待つような相手には見えない。
思わず真希を見る。真希は、ニッコリと笑って

「あの子、加護亜依っていうんだ」

と言った。
162 名前:第4章 投稿日:2003年03月30日(日)10時48分38秒

「今日は早かったんですね〜」

――亜依は、来るなりそう言った。
真希は

「今日はね〜、体育会系の人が一緒だったから」

とひとみの肩を叩く。亜依が、ひとみに視線を動かした。
その目は威嚇をするかのようにどこか鋭い。

「よっすぃ〜っていうんだ」

真希は、彼女のそんな視線に気にすることなく紹介する。

「吉澤ひとみです・・・よろしく、加護さん?」

ひとみが言うと亜依はふぃっと視線を逸らし

「で、この人なんなん?」

と無遠慮に真希に尋ねた。
ひとみは、自分がこの少女から歓迎されていないことに気づく。
それにしてもあからさますぎではないか。

「もう一人のラブマ」

ムッとしているひとみの耳にそう答える真希の声が聞こえてきた。
ギョッとしてひとみは真希と少女を交互に見る。
それは機密事項のはずなのに・・・ましてや、こんな少女に話すようなものじゃない。
どこまで話しているのかは分からないが真希の答え方から察するにほとんどのことを少女は知っているみたいだ。

「そうなんや、ぜんぜんそう見えんからなんやと思った」

真希の答えを聞いて少女が笑い

「うちは、加護亜依いいます。よろしく、よっすぃ〜」

と今度はさっきとは打って変わってこやかに手を出してきた。
163 名前:第4章 投稿日:2003年03月30日(日)10時49分29秒

「ちょっとごっちん、どういうこと?」

ハッとして真希の肩を掴む。
真希はキョトンとひとみを見返してきた。

「どういうことって、なにが?」
「なんでこんな子供にラブマのこと話してんの!?」
「あ〜、それはね〜」

「子供って失礼やな〜、よっすぃ〜は」

真希が説明しようとするのを遮り亜依が間にはいった。

「こう見えても、うちはよっすぃ〜のライバルなんやで」

そう言って、ニッと笑う。

「はっ?」

「つまり、加護はMOSってこと」

真希が足りない言葉をつなげて説明した。

「はぁっ!?」

ひとみは、口を開けたまま目の前の少女を見る。

(こんなガキが、MOSだって!?)

――信じがたいものを見るかのようなひとみに亜依は

「よっすぃ〜はあれやな、天然失礼やな」

と真希に耳打ちした。
164 名前:第4章 投稿日:2003年03月30日(日)10時51分13秒

私がいけないときもあったしごっちんが行けない時もあった。
それでも、いつのまにか休みの日には彼女と遊ぶようになっていたんだ。

        ※                        ※

「ねぇ、ごっちん」
「んぁ?」

「もしさ〜、ターゲット先に加護がいたらどうする?」

ある日の昼下がり、日が暮れるのを待ってのんびりとしていたひとみは
隣であくびをしている真希にこう尋ねた。
それは、亜依と親しくなってからずっと考えていたことだった。

「今さら加護のこと殺せないから一緒に逃げるよ」

至極、当然と言ったように真希はふにゃっとした笑顔を浮かべて答える。

「だよね〜・・・って、私は?置いてっちゃうの?」
「もちろんよっすぃ〜も一緒だよ〜、3人よればなんとかっていうしね」

「よく分かんないけどいいね、約束だよ」

「当たり前〜」

二人は笑った。

          ※                          ※



彼女にはじめてあったときなにかしてたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
でも、私もごっちんもなにもせずただ3人で遊ぶことを選んだ。
今になって思えばあの時の私たちは表の世界にいるような気分だったんだと思う。
165 名前:第4章 投稿日:2003年03月31日(月)11時26分30秒



「今日は、よっすぃ〜おらんのやな」
「うん、ちょっとおいてきた・・・っていうか、風邪ひいたみたい」
「ふ〜ん」

相槌をうつ亜依に真希はあれっと首をかしげた。
いつもならバカは風邪引かないとかなんとか生意気な軽口を叩いてもよさそうなものだが
・・・・・・なにかが変だ。

今日の亜依はいつものように元気いっぱいだったが、真希には彼女が無理してそうふるまっているように見えた。
どうしてだろう、と、真希が亜依の様子を窺うように視線を動かすと亜依と視線がぶつかる。
ずっと自分を見つめていたのだろうか、思いつめたような眼差し。
しかし、すぐにそれは笑顔に変えられる。
真希も笑顔を返したがますますそんな亜依の態度が気になってくる。

くだらない事には大げさに騒ぐくせに、本当になにかある時はなにも言わない。
亜依はそんな子だとマキは知っている。
こちらが無理にでも聞き出さなければ決して話そうとはしないだろう。

ただ、人通りの多いこの場所は適切ではない。

「公園でご飯食べよう」

マキはそう言うと亜依の手を握って歩き出す。
途中、何度か亜依からの視線を感じたが真希はあえて気づかないフリをした。
166 名前:第4章 投稿日:2003年03月31日(月)11時29分58秒

いつもの場所にはやはり人の姿は見当たらない。
そこでようやく真希は口を開いた。

「なんかあったの?」
「え?」

「今日、ちょっと変」

「そんなこと・・・・・・」

亜依は首を振りながら無理矢理な笑顔を作る。
真希は、無言で亜依を見つめた。

「なんもないってホンマに」

そう言われてもじっと見つめ続けた。
だんだんと亜依の顔から笑顔が薄れてゆく。
彼女はこらえきれなくなったように視線を外しうつむいた。

「なにがあったの?あたしには言えないこと?」

真希は、亜依を覗き込みながら優しく肩に手を触れる。
亜依が顔をあげる。真希を真っ直ぐに見つめ返し弱々しく微笑む。
しかし、その瞳には、みるみるうちに透明なものがたまってくる。

「・・・ごっちん、うちな・・・・・・・・・・」

しばらくして、鳥の囀りよりも小さな声で亜依は言葉を発した。
167 名前:第4章 投稿日:2003年03月31日(月)11時31分04秒

※                  ※

「・・・・・・ん〜」

薄暗い部屋でひとみは唸りを上げて起き上がった。
今朝、妙にだるいと思ったら熱があった。
ラブマでも風邪を引くんだねと言ったのは誰だったのかぼんやりとした頭では思い出せない。
なかば強制的に薬を飲まされベッドに連れて行かれそのまま今まで眠っていたらしい。

ひとみは、枕もとのデジタル時計に視線を向ける。
時刻は深夜の3時を回っていた。

(いくらなんでも寝すぎだな・・・)

髪を掻き揚げながら立ち上がる。
無性にノドの渇きをおぼえた。

部屋から出て自販機に向かう。
節電のためかいつもよりも薄暗い。
自販機の前だけが少し明るくなっている。
なにを飲もうかとしばし考えけっきょく風邪にはビタミンCだとオレンジジュースにした。
ガチャンという音が静寂の中で妙に場違いに響く。
缶を取りだし上体を起こすと廊下の先を足早に歩く真希の姿が目にはいった。

「・・・ごっちん?」

こんな時間になにを?
ひとみは、慌てて真希のあとを追う。


追いついたのは真希が部屋に入りかけた頃だった。
168 名前:第4章 投稿日:2003年03月31日(月)11時31分39秒

「ごっちん!!」

「っ!・・・・・・なんだ、よっすぃ〜か」

ひとみが呼びかけると真希はひどく驚いたように振り返った。
まるでなにか悪いことをした子供が親に見つかった時のように――

「びっくりさせないでよ。あ、熱は下がった?」

言いながらひとみのおでこに手を当てる。

「うん、下がってる。さすが体力自慢のよっすぃ〜だね。でも、ちゃんと寝ないとダメだよ」

「う、うん・・・・・・」

「それじゃ、おやすみ〜」

真希は、いっぽうてきに言うとドアの向こうに行こうとする。
169 名前:第4章 投稿日:2003年03月31日(月)11時32分42秒

「ねぇ、ごっちん」

呼び止めると少しの間のあと真希は顔だけをひとみに向けた。

「・・・なに?」

「こんな時間にどこ行ってたの?」

マキが、聞かれたくないと思っていただろうことをあえて尋ねた。
案の定、マキは一瞬嫌な顔をする。
それから、取り繕うように笑い

「ちょっとやぐっつぁんに話があったんだけど・・・いなかった」

と、口にした。

ここまでみえみえのウソをつく真希をひとみははじめて見た。

基本的に真希は嘘がうまい。
というよりも、感情を隠すのが上手いと言ったほうが正しいのだが・・・・・・

しかし、今はそれがあからさまに出ていた。
なにを隠しているのか、なにをそんなに動揺しているのかひとみは聞こうとした。
しかし、真希をみて思いとどまる。
懇願するかのような思いつめた眼差し、これ以上の会話の拒否――

仕方なく、そのまま「おやすみ」と告げひとみは部屋に戻った。
170 名前:第4章 投稿日:2003年03月31日(月)11時34分08秒

あの時、きちんと聞いていたらどうなっていたのかなんて考えたくないけど

あの時、きちんと聞いていたら私はごっちんを・・・・・・


こんなにも恐れなかったかもしれない

171 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月31日(月)23時11分53秒
がんがってください
172 名前:第4章 投稿日:2003年04月02日(水)09時11分16秒



朝、緊急の召集コールが鳴った。

「うん・・・うん・・・・・・すぐ行くよ」

コールの内容は予想していたとおりのものだった。
真希は、立ち上がり傍らにおいてある銃を手に取ると部屋を出た。
いつも任務をうける会議室につくと深刻な面持ちの中澤・矢口と戸惑いの色を浮かべたひとみの姿があった。
この様子も真希は想定していた。
そして、これから話されることもーー今からなにも知らない演技をしなければならない。

「朝からなに?裕ちゃん」

あくびをしながら部屋の中央に進みソファに深く腰掛ける。
中澤は、緊張感のない真希に呆れたように薄く笑い「緊急の任務や」と言った。

「任務・・・ですか?」

ひとみの問いに中澤は頷く。

「なにがあったの?」
「――今日の明け方・・・っちゅうか、深夜やな、あんたたちのデータの入ったファイルが何者かの手によって盗まれた」

「え?」

ひとみが信じられないと言った風に発した。
173 名前:第4章 投稿日:2003年04月02日(水)09時12分28秒

「ふ〜ん、それで?どこが盗んだか見当はついてんの?」
「多分、内部からだと思う」

矢口が苦々しく答えた。

「だって、外へのセキュリティは完璧だったし・・・・・・正直、内部からでもあたしのセキュリティプログラムを突破してラブマのデータだけ盗むなんて不可能なのに」
「不可能じゃなかったから盗まれたんじゃん」

真希は、わざとせせら笑った。
矢口は、「そうだね・・・おいらのミスだよ」と悔しそうに唇をかむ。

「矢口さんのせいなんかじゃないですよ」

ひとみが慰めるように言った。
そのどれもが真希の予想の範囲内のものだ。
一睡も寝ずに今日、自分がどうふるまえば適切なのか考えていたのだからはずれるはずがない。

「誰のせいでもない。ともかくやな、早めにデータを奪いかえさなあかんのや」

中澤は二人を交互に見つめ口を開いた。

「やってくれるよな?」

やはりそうなったか――真希は心の中で思い頷いた。
ひとみも「分かりました」と答える。

「それじゃ、準備するから・・・行こ、よっすぃ〜」
「う、うん」

真希は、まだなにか中澤たちに聞きたそうなひとみの手を握って部屋を出た。
174 名前:第4章 投稿日:2003年04月02日(水)09時14分52秒

――深夜

ゼティマのビルから裏通りにでたところに一台の車が待機している。
二人は、いつもこの車に乗って任務先に向かうのだ。
無論、無免だがそんなことはこの世界では意味のないことだ。

車を走らせてから数分後、真希が前を見つめたまま「ねぇ、よっすぃ〜」と、ひとみを呼んだ。

「ん?」

「今日は役割反対にしない?」
「・・・え?」

役割とは、チマチマした雑魚を殺していくものとたった一人のエースを殺して目的のものを手に入れる二つのことだ。
最初の頃は、交互にしていたのだがいつのまにか真希がより多く殺しをしなければならない前者を、
ひとみが後者をすることになっていた。真希がそのことで不満をのべたことは一度もない。
むしろ――ひとみを気遣ってのことなんだろう――真希のほうがわざとそうなるように仕向けていた。

真希の気持ちはありがたかったが、ひとみは真希とは常に対等でありたいと思っていた。
真希にばかり精神的な負担をかけさせる仕事をさせてはいけないと――

だから、本当ならその申し出に疑問を浮かべることはないのだが・・・今日は事情が違った。
175 名前:第4章 投稿日:2003年04月02日(水)09時16分43秒

さっきから妙に落ち着いた様子の真希。
真希が落ち着いたようにみえるのはいつものことだが、それは見た目だけで内心はそうではないことのほうが多い。
しかし、今の彼女は本当に落ち着いている。
ハロプロにとっても2人にとってもそんな態度がとれる状況ではないはずなのに――

ラブマのデータが流出するということは、自分たちと同じ――
いや、もしかしたらそれ以上の力を持ったMOSの開発に繋がる。
そうなれば、あっというまにこの世界の状況は一変するだろう。
そして、それはハロプロの消滅にも繋がる。

なのに、なぜ彼女はこれほどまで悠然と構えていられるのか。

――それは、ひとみが知らないなにかを知っているからではないのだろうか?

ひとみの頭には、昨夜の出来事が引っかかっていた。
考えたくはないが、なんらかの意図があって真希がデータを流したのではないだろうか――と。

彼女に対する猜疑心と信用したいという二つの気持ちがせめぎあう。
そんな矢先にこの提案だ。
役割を交代するということは、流れたデータを真希が取り返しにいくということになる。
もし、本当に彼女がデータを流したのならばそれはなにを意味するのか、ひとみには全く分からない。
176 名前:第4章 投稿日:2003年04月02日(水)09時18分57秒

「たまには・・・あたしも楽したいしね〜」

真希は、前方を見つめたまま言う。
その横顔は明るいがどこか無理やり貼り付けたような感じがした。

「ダメ?」
「いいけど・・・・・・」

「よし、ついたッ!!」

ひとみが口ごもるように答えるのと同時に車はものすごい煙をあげて止まった。

ゼティマから枝分かれしたグループはたくさんある。
今回、ラブマの情報を盗んだとされるピッコロタウンもゼティマの下請け企業の一つだった。
177 名前:第4章 投稿日:2003年04月02日(水)09時20分14秒

「警備は手薄そうだね」

確かめるようにビルを見上げながら真希が呟く。

「うん」
「今日のタイムリミットは二十分ぐらいかな〜?」

真希が悪戯っ子のような目でひとみに問いかける。
いつもどおりの光景。そこに嘘の欠片は見あたらない。

(最悪だ、私・・・・・・・・・ごっちんが、そんなことしてなんになるってんだ)

ひとみは、少しでも真希を疑っていたことを反省した。

「そうだね」

二人は敵陣へ攻め込むときいつもタイムリミットを決めていた。
まとまってというよりは別々に行動することがほとんどなので、
そうすることによって、決めた時間を過ぎても一方が戻ってこなかった場合、どう行動すればいいのかの目安になる。
もう一つ理由をあげてしまえば普通に任務をこなすのはつまらないからだった。
どうせするなら面白いほうがいい。
どちらかがタイムリミットを過ぎてしまえば、たった半日でも意識朦朧とする
ビースト保田の訓練を丸一日受けるというある意味任務以上に過酷な罰ゲームを設けていた。
そのためか今までお互いタイムリミットを破ったことはない。

「んじゃ、がんばっていきまー」

「「っしょいっ!!」」

真希の気合入れと共に二人の姿はその場から一瞬で消えた。
178 名前:第4章 投稿日:2003年04月03日(木)10時41分53秒



「制御室はっと・・・・・・一番上か」

暗い踊り場で妙にノンキに手元の資料を見る真希。
足元には、まだ温かさの残る物体が転がっている。
真希は、それを冷ややかに一瞥すると目的であるメインコンピュータの制御室目指して非常階段を駆け上りはじめた。

        ※                       ※

ひとみは、なるべく相手を苦しめないように戦っていた。
手にしている武器は少し大きめのナイフ一本。
すばやく敵の背後に回りこむと喉元にそれを滑らせる。
そうやって倒されたソルジャーがはや10体をこしていた。
それでもひとみを取り囲む影は一向に減るようすがないのだが・・・・・・
ひとみは、辛そうに眉をよせた。
いつも自分は真希にこんなことをさせていたのか、と――

顔についた返り血を手の甲で拭いひとみは敵に向かって再び跳躍した。
179 名前:第4章 投稿日:2003年04月03日(木)10時43分24秒

    ※                      ※

制御室前、この階には一人のソルジャーもいなかった。
他のソルジャーをおいておく理由がない、イコール、ここにこの企業のエースがいることを意味している。
真希は、なにかに祈るように目を閉じそれから手にしていた銃をフォルスターにおさめた。

そして、ゆっくりとドアを開ける。

薄暗い部屋の中央で目的の人物が真希を待っていたかのように微笑んだ。

180 名前:第4章 投稿日:2003年04月03日(木)10時44分20秒

「やっぱり・・・・・・こっちにこれ送ったん後藤さんやったんやな」
「まぁね。そうしないと、あんたのこと殺しにいく理由ができないでしょ」

真希が言うと、彼女は「そうやな」と笑った。
真希も笑い返す。だが、その顔はひどく辛そうだ。
二人は、しばらく静かに見詰め合っていたが、やがて真希が気遣うような口ぶりで彼女に問いかけた。

「・・・今は、頭痛くないの?」
「まぁ、ぼちぼちやな」
「そっか・・・・・・」

「後藤さんは?」
「ん〜別にどうもないよ」

「そら、よかったな・・・・・・ほんで、これからどうするん?」

真希の答えを聞いて彼女は心配そうに尋ねた。
真希はしばらく考え「・・・自分で死ねないのはラブマの欠点かもね」と途方に暮れたような声を発した。

「うちは運がいいな」

彼女はニヤリと意味ありげに笑い真希をまっすぐみつめた。

「こうして後藤さんが助けにきてくれたんやもんな」

真希は、無言のまま頷き、ホルスターに収めていた銃をゆっくりと取り出した。
181 名前:第4章 投稿日:2003年04月03日(木)10時45分30秒

         ※               ※

タイムリミットの20分になろうとしても一向に戻ってくる様子のない真希を心配して
ひとみは制御室まできていた。
制御室のドアは、うすく開いており薄ぼんやりとした灯りが漏れている。
真希はいるのか、敵がいるのか――ブーンという微かな機械音以外はなんの音も聞こえない。
ひとみは、中の様子を窺おうと呼吸を止めゆっくりドアに近づき――次の瞬間、息を呑んだ。

ドアの隙間から見えたのは見慣れた真希の後ろ姿と――

おそらくはこの企業のエース、そして二人にとって大切な少女――亜依の姿だった。

ひとみにとってなによりの驚きだったのはここが亜依の所属先だったということよりも、
真希が今まさに亜依を殺そうとしていることにだった。

「ごっちんっ!!」

慌てて中に飛び込む。
亜依が一瞬、ひとみを驚いた目で見てそれから微笑んだ。

同時に、真希がトリガーを引く。

ひとみの絶叫と銃声が重なり、次の瞬間には亜依の胸にキレイな血の花が咲いた。
182 名前:第4章 投稿日:2003年04月03日(木)10時46分19秒

――今さら加護のこと殺せないから一緒に逃げるよ

――もちろんよっすぃ〜も一緒だよ〜、3人よればなんとかっていうしね


ひとみの脳裏に真希の言葉が蘇る。

(・・・・・・あれは、嘘だったの?)

呆然とするひとみを尻目に真希は亜依の背中越しにあったメインコンピュータのフォーマット作業を始めていた。
もう二度と笑顔を浮かべることはない少女の傍らで黙々と作業を進める真希をひとみは、戦慄に似た思いで眺めていた。

全てが夢なのだと思い込もうとするかのように――
183 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月03日(木)22時40分11秒
あ・・・あいぼん ・゚・(ノД`)ノ・゚・。
184 名前:ウィンキー 投稿日:2003年04月04日(金)11時21分34秒
感動!泣いた!続き待ってます。
185 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時48分15秒



「それで・・・・・・私は、ごっちんを置いて逃げたんだ。――違う、ごっちんから逃げ出したんだ」

ひとみは、うつむいたまま搾り出すように言った。
梨華の顔を見る勇気が出ない。
人を殺して生きていたこと、親友から逃げ出したこと――これがひとみにとっての3年間の真実だ。

「ごめんね・・・・・・明日には出ていくから」

なにも言葉を発しない梨華にひとみは言った。
梨華が今、どんな気持ちなのか――沈黙が全てを物語っているような気がしていた。

「・・・ごめん、今すぐ出て行くから」

ひとみは言いなおして立ち上がる。その手を梨華が素早く掴んだ。

「梨華ちゃん・・・?」

驚いたひとみは梨華の方に顔を向ける。
梨華はさきほどの自分と同じようにうつむいていた。
しかし、握られた手は力強く無理矢理に振り払うことはできない。
そんなことをしようとも思わなかった。
どんな言葉でもいいから最後に梨華の声を聞いておきたかった。 
186 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時50分28秒

       ※                 ※

怖いという気持ちはなかった。
それよりも先に梨華の中には運命と言うものに対する憤りが生まれていた。
彼女たちはその輪の中にただ巻き込まれただけだ。
たまたまあの日事故にあい、引き取られた先で失敗するはずの人体実験が成功してしまった。
彼女たちには避けようがないことだった。
生きていくために裏の世界に身を投じなければならなかったことも――彼女たちだって必死だったんだ。
それを自分が責めたり否定したりはできない。

ただ、一つだけ疑問があった。
なぜ、真希は加護亜依という少女を殺したのかということだ。

ひとみの話は、そこのところが明確ではない。
おそらく彼女自身もその理由は知らないのだろう。
真希が理由もなく大切な人を傷つけることはしないことは知っている。
ひとみもそれを知っているからこそ、その現実から逃げ出してしまったのだろう。

理由さえ分かれば、きっと二人の間に生じてしまった誤解は解ける、梨華は、そう信じた。
187 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時51分15秒
 
「・・・・・・・・・ひとみちゃん」

梨華は、顔をあげてひとみを見た。
ひとみは、自分の顔色を窺うようにおずおずと見つめ返してくる。

なにかを言ってあげたかった。
ひとみが、自分自身を憎まないでいられるように苦しみが和らぐような言葉を――
しかし、なにを言えばいいのか分からない。
自分が惰性で過ごしていた3年間、二人はにわかには信じられない現実と戦っていたのだ。
なまじ言葉を発すればウソになってしまう。

だから――

梨華はただひとみの手をギュッと握った。

「・・・・・・・・・・・・ありがとう」

掠れた声でひとみが呟いた。
188 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時55分36秒



「というわけ・・・つまり、あの子とあたしたちは超仲良し3姉妹みたいだったんだよ〜」

真希がわざとらしいまでに明るく節をつけて話を締めくくると保田はしばし無言のままなにか考え始めた。
興味なさそうに真希はまた的のほうに向き直る。

「ねぇ」
「んぁ?」

「・・・・・・けっきょく、なんであんたは加護亜依を殺したの?」

もっともな疑問だった。
真希の話はわざとそうしているかのようにそこだけが切り取られている。

「殺したかったからだよっと!」

真希が続けざまに銃を撃った。
ほとんど的を見ていないのに銃弾は正確に頭と胸を打ち抜いていた。
真希は、まだ打ち続けようとトリガーを引いたがすでに弾がなくなっていることに気づくと
拍子抜けしたように息を吐く。そして、クルリと回って保田に笑いかけた。
189 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時56分15秒

「そうだ、けーちゃんに楽しいこと教えてあげよっか」
「なによ?」

「ラブマに関して裕ちゃんたちが圭ちゃんに内緒にしてたこと」

銃を解体しながら真希が楽しそうに言う。
保田は、眉をよせた。
保田には二人の訓練を受け持つ前にラブマに関する資料が渡された。
それが全データだと言われて。
むろん、信じていたわけではないが――引っかかったのは裕ちゃんたち、
つまり、中澤ともう一人、ラブマの詳しいデータを知っている人物――
ラブマの製作者である矢口までもが自分に画していたということにだった。

「聞きたくなってきたでしょ?」

保田の表情の変化を察して真希が笑った。
見透かされたことは悔しいが確かにその通りだった。保田は、うなづく。
190 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時57分12秒

「ハロプロのうりは唯一ラブマの情報を持ってるってことじゃん」
「そうね」

「でも、本当はハロプロだけじゃないんだ。ゼティマ関連の企業はみんなラブマの情報を断片的に手に入れている。どういうことか分かる?」

真希がなにを知っているのかも定かではない自分に分かるはずがない。
保田は、首を振った。

「こういったら分かるかな〜、あたしたちが初の成功者だってことはその前にたくさんの失敗があるはずでしょ」

その言葉を聞いて真希の言わんとすることを瞬時に理解する。

「偶然、成功したから今はあたしたちだけってことになってるけどね。
 なり損ないからえたより詳しいデータもたくさんあったんじゃないかな。ってことはさ〜、もう分かるよね」

真希は、茶目っ気たっぷりにウィンクした。

盗まれる以前に、既にデータは方々に出回っていた・・・・・・
そして、そのデータから今もなおどこかでラブマに関する研究が続けられているということは――
つまり、いつかは真希たちよりもより優れた性能をもつMOSがでてくるということだ。

保田は、強張った表情のまま真希を見る。
191 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時58分20秒

「それが、ゼティマの狙いってワケ。最終的にはUFAに反旗を翻すつもりなのかもね。
 それとも、なにやっても死なない軍隊引き連れて戦争起こそうなんて考えてたりして」

「・・・・・・・・・・・・」

「ま、そのために裕ちゃんもこういうの作らせてたんだろうけどね」

真希が、一つの小さな小箱を取り出して保田に見せる。

「なに、それ?」

「あたしたちのアキレス腱」
「アキレス腱?」

「けーちゃん、コンピュータ使うでしょ。その時に一番厄介なのって分かる?」

先程からの真希の質問にややうんざりしながら保田は首を振りかけて「ウィルス?」と自信なさげに答えた。

「あたり!さすがけーちゃんだね」

真希は、にやりと笑った。
192 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)11時59分17秒

「これがラブマの機能を完全に停止させちゃうんだよ。ホントよくこんなのつくれるよね・・・・・・やぐっつぁんも」

最後に思い出したかのように付け足されたその言葉に保田は驚きを隠せなかった。

矢口がつくった?
真希やひとみを殺すためのウィルスを矢口が。

保田の頭に、先日のコンピュータールームでの矢口とのやり取りが浮かびあがり消えた。

悲しいこととは・・・・・・これだったのか。

「・・・・・・矢口が作ったの?」
「多分ね〜」

「多分って・・・・・・」

真希は矢口のことを恨んでいるだろうか?

保田はふと思って真希を見る。
真希は、小箱を眺めながらふっと鼻を鳴らした。

「でも、やぐっつぁんには感謝してるんだよ」
「感謝?」

「そう、いろんな意味でね・・・・・・それに、もしかしたら一生死ねないかもしれないって思ってたから」

真希は言った。
その表情からはどんな感情も読み取ることができない。
彼女が死にたがっているのか、そうでないのかさえも保田には分からなかった。
193 名前:第4章 投稿日:2003年04月07日(月)12時00分43秒

「さてと、そろそろ行こうかな」

解体した銃をアタッシュケースにしまい終わると真希は大きく伸びをした。
保田は、立ち上がる。

「どこに行くの?」
「よっすぃ〜のとこ・・・・・・・じゃなかった、違う」

真希は楽しそうに言ったあとすぐに首を振って妙な言いなおしをした。
保田は訝しげに眉を寄せ真希を見た。

「どっちよ?」

「だから・・・・・・どっちかな?」

真希は、まるで二つの気持ちがせめぎあっているように苦しそうな表情を浮かべている。

「知らないわよ、ちょっとどうしたの?」

急に不安定になりふらついた真希を保田は慌てて抱きとめる。
真希はなにかを抑えるように頭を押さえている。

「ちょっと真希?」

なにも答えない真希の顔を保田は心配そうに覗き込む。
と、真希はすばやく顔をあげ保田に笑顔を見せた。
その笑顔はこれまで保田が見たことのないものだった。
ただそこにあるだけの空虚な笑顔。
楽しいわけでもなくなにかを誤魔化すわけでもなく――人間が浮かべるようなものじゃないそれに保田は思わず息を呑む。
そんな保田を気にすることなく真希は

「そういえば、もう一つ、言ってないことがあった」

とやけに冷静な声で言った。
194 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月07日(月)14時22分04秒
更新キタ━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
ごっちん、どうなってんだ?ドキドキ氏ながら更新待ってます
195 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月07日(月)16時29分22秒
な、ななななななななんだごっちん!!
大丈夫かぁっ!?
196 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月08日(火)01時06分16秒
なんか分かんないけど痛いっす!
197 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時11分33秒

10

すべてを打ち明けた次の日の朝、ひとみと梨華は今までと変わることもなく
一緒に朝食をとっていた。違っているのは梨華の傍らに置かれた黒光りする銃だけだ。
ひとみは、チラリとそれに視線を向けた。梨華もつられて同じものを見る。
これからのことを考えて、ひとみは以前違法ショップで手に入れていた改造銃を梨華に渡し使い方を教えたのだ。
無論、教わったからと言ってまったく使ったことがない人間が簡単に扱えるものではないのだが。

「もうひとみちゃん、暗いよ〜ハッピー!!はい、一緒にっ!!」
「は、・・・ハッピー」

自分の様子を見て楽観的に振舞う梨華に感謝しながらひとみは同じ仕草を真似した。
こんなことで幸せになれるならいくらだってするのに、自嘲的にひとみは思った。

「梨華ちゃんのことは私が絶対守るから」

そんな気持ちを打ち消すようにひとみは言う。
はたからすれば自信にあふれた言葉だろうが、その口ぶりにはまったく自信が感じられない。
というよりも、躊躇いのようなものが感じられる。
過去のことは全部話したといったが、たった一つだけまだ梨華に話していないことがあった。
そして、ひとみにはもう分かっている。
次に自分を狙ってくる人物はおそらく真希だと言うことを・・・・・・・・・・・・
198 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時13分00秒

「ひとみちゃん・・・・・・」
「大丈夫だよ、私って・・・・・・」

言いかけてひとみは急に口をつぐむとなにか一つのことに集中するかのように瞳を閉じた。

「どうしたの?」

「・・・・・・・・誰か来る」

ひとみは、スッと音もなく立ち上がり梨華の傍らに置かれた銃を手に取った。

「ひと・・・・・・」

ひとみを纏っている張り詰めた空気にこれがあのひとみちゃんなんだろうかと――梨華は息を呑んだ。
怖くなって玄関を睨みつけるようにしているひとみの服の袖を握る。
無音のまま時間が過ぎていく。
たかだか一分ほどだが梨華にはとてつもなく長いように感じられた。

ピーンポーン

沈黙を破るインターホンの音。
ひとみの体がピクリと反応する。梨華がひとみに抱きつく。
199 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時15分00秒

「・・・梨華ちゃんは、隠れてて。私がでるから」

ひとみは、しがみつく梨華を優しくふりほどくと壁に沿って玄関に向かった。
覗き穴から外を確認する。
そこに立っていた人物を見てひとみは銃を握りなおした。
ふっと短く息を吐きドアを乱暴に開けすばやく銃を向ける。
部屋の奥にいた梨華はその一瞬の出来事に目を丸くした。
頭では分かっているつもりだったが実際に見るひとみの力は想像以上のものだった。

「・・・キャハハ、ちょっとよっすぃ〜いきなりそれはないじゃん」

銃を向けられた人物は両手をあげながら笑った。
しばらく確認するようにその人物を凝視し、ひとみはゆっくり銃を下げた。

「いつからそんなに喧嘩っ早くなったの?ビックリしたよ」

「矢口さんが忍び足でくるからですよ」

ひとみは、安堵のため息を漏らしながら言った。
200 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時18分35秒

11

「どうぞ・・・」
「あ、ありがとー」

突然、押しかけてきた矢口はまるで我が家のようにくつろいだ雰囲気で
梨華の入れたオレンジジュースを受け取る。
梨華がチラリとひとみを見る。ひとみは梨華を安心させるように頷いた。
その様子を少し羨ましそうに横目で見ながら矢口が言った。

「単刀直入に言うとさ、あたし、よっすぃ〜を連れ戻しにきたんだよ」
「本当に単刀直入ですね」

ひとみは、呆れて矢口を見る。
矢口は「まぁね」と笑い、すぐにそれを打ち消すと妙に真面目な顔つきになった。

「ごっつぁんとの間になにがあったの?」

「・・・・・・・・・・・・ごっちんはなんて言ってます?」

しばらく考えたあとひとみは問い返した。

「なーんにも話してくれないよ」

矢口は寂しそうに答える。

「そうですか。じゃぁ、なんにもなかったんですよ、きっと」

そう答えると矢口は鋭い視線をひとみに投げかける。
201 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時19分41秒

「ねぇ、前によっすぃ〜にあたし言ったことあるじゃん。あたしたちの世界は生きるか死ぬかだって
 ・・・・・・逃げ出すなんて選択はないはずだよ。ましてや・・・・・」

矢口は、チラリと隣にいる梨華を見やり

「表の世界で暮らそうなんて不可能だよ」

と続けた。

「どうして決めつけるんですか!」

梨華が立ち上がって矢口に叫んだ。

「・・・梨華ちゃん」

ひとみはなだめるように梨華の名前を呼ぶ。
それでも梨華は止まらなかった。
ひとみの前では我慢していたものが矢口の言葉で噴出してしまったのだろう。

「だって、今のままだったら暮らしていけるよ!」

と子供がいやいやをするように首を振る。

「どうしてかって?教えてあげようか」

それを一蹴するかのようにドスを聞かせた声で矢口が言った。
梨華は矢口をキッと睨みつける。
梨華からのそんな視線を軽く受け流しながら矢口は口を開いた。

「よっすぃ〜はごっつぁんを殺せないからだよ」

「え?」

「だから、このままだったらよっすぃ〜はごっつぁんに殺される」
202 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時20分52秒

「ちょっと待ってくださいよ」

今度はひとみが立ち上がった。
殺すとか殺さないとか――
なにをされてもしても死ぬことのできない自分たちには
もうとっくの昔に関係ないことになっているはずのことだ。
矢口は、ひとみの言いたいことが分かっているかのように手を上げる。

「よっすぃ〜の言いたいことは分かるよ。ラブマがあるかぎりなにがあろうと死なないんじゃないのかってことでしょ」

ひとみは、頷く。

「たった一つだけあるんだよ、ラブマ保有者を殺すための武器が」
「殺すための・・・・・・」

「簡単に言うとラブマの機能を停止させるウィルスを組み込んだ銃弾。
 3年前、万が一のために造ったんだ。処分したはずだったけど裕ちゃんが保管してたみたい」

「ウィルス?」

「結局、ラブマは機械だからね」

矢口は、あっけらかんとした口調で言う。
ひとみは複雑な思いで話を聞いていた。

ラブマが機械だというのならそれを保有している自分もそうなのではないだろうか・・・
人間である自分が否定されているような気がした。
203 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時23分22秒

「それがあたったらひとみちゃんは死んじゃうんですか?」

梨華が泣きそうな声で言う。

「そういうことだね」
「そんな・・・・・・」

悲嘆の声。
矢口が、大きく息を吐きひとみを見た。

「だから、ごっつぁんが来る前に戻ってきなよ。そしたら処分なんてないから」

真希なら絶対にひとみを殺すといっているかのようなその口調に梨華が突っかかる。

「ひとみちゃんが真希ちゃんを殺せないんだから、真希ちゃんだってひとみちゃんを
 殺せるわけないじゃないですか!私たちはずっと一緒に育ってきたんですよ。そんなこと」

「できると思う」

梨華の言葉を低い声で遮ったのは矢口ではなくひとみだった。

「「え?」」

思いがけない言葉に梨華も、そして矢口までもが驚いた表情を浮かべる。
矢口が口にしていたことは事実だが矢口自身も真希がひとみを殺せるはずがないと思っていたのだ。
ただそう話せばひとみはきっと戻ってくるだろうと信じていた。

「なんで?なんでひとみちゃんまでそんなこと言うの!?」

梨華が悲しげにひとみの肩を揺さぶる。
矢口も同じ気持ちだった。ひとみはうつむきされるがままになっている。
204 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時24分30秒

「なんとか言ってよ、ひとみちゃん!?」

「ごっちんは、もうごっちんじゃないんだ!」

ひとみが苦しそうな声を発した。

「ごっちんがごっちんじゃない?」

梨華は繰り返す。
ひとみは梨華にすがるように顔をあげた。その目には涙が溜まっている。

「ごっちんが怖いんだ・・・・・・」

「でも、あれにはきっとなにか理由があったんだよ。
 だって、真希ちゃんは意味なく人を傷つけないでしょ?ひとみちゃんだって知ってるでしょ?」

梨華はなにかを思い出すように震えているひとみを落ち着かせるように言葉をかける。
しかし、ひとみは「違う、そのことじゃない」と激しく首を振った。

「そのことじゃないって・・・・・・」


昨夜、言わなかったこと。言えなかったこと。
梨華が知らなくてもいいこと。

それなのに、なぜこうも自分は弱いのだろう?
205 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)13時25分27秒

「ごっちんはあそこにいた全員を・・・・・・・・・・・・全員をころし・・・殺したんだ」


あの時、真希は笑っていた。
人を殺しながら楽しそうに真希は笑っていた。


ひとみは、思い出しそうになる凄惨な光景を必死で抑えていた。
涙がとめどもなく溢れでる。
そばで慰めていた梨華もひとみの口から告げられた真実にともすれば倒れそうになる自分自身を支えることで精一杯だった。
沈黙のベールが空間を包み込もうとしたそのときガタンと音を立てて矢口が立ち上がる。
二人は咄嗟に矢口を見る。
その顔はさきほどまでと打って変わって強張ったものになっている。

「・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・」
「え?」

「あたしの・・・・・・・・・あたしのせいだ」

放心したように矢口はそう口にした。

206 名前:七誌 投稿日:2003年04月08日(火)18時09分52秒
今、気づいたんですが>>205の部分、かなり抜けていました
ので、訂正。だぶってしまって申し訳(ry
207 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)18時10分44秒

「ごっちんはあそこにいた全員を・・・・・・・・・・・・全員をころし・・・殺したんだ」


あの時、真希は笑っていた。
人を殺しながら楽しそうに真希は笑っていた。


  ※                  ※

アラームが社内中に響く。ソルジャーたちの足音。
こっちに向かってきている。
彼女がめんどくさそうにドアに目を向ける。

「先に戻ってて」

ひとみの答えを聞くことなく彼女は姿を消した。

戻る・・・・・・
彼女と一緒に車に乗ってゼティマに・・・・・・

ひとみは、穏やかに眠る亜依の傍らにしゃがみ込む。

「・・・・・・・加護、なんでそんなに嬉しそうなの?」

当たり前のことだがその問いかけの答えは返ってこない。
ひとみは、羽織っていたジャケットをその体にかけると部屋をあとにした。
208 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)18時12分30秒

廊下といわず一面に飛び散った血痕。
死体のめり込んだカベ、散らばる瓦礫。
まるで処刑地のような――ひとみは、立ち尽くした。
これを全て彼女がしたというのか・・・・・・
ひとみは、自分の体を掻き抱く。
恐ろしかった。
こんな力が、自分の中にもあるのかと思うと、恐ろしくてたまらなかった。


「────!?」

あまりにも、唐突にその声はひとみの耳に届いた。
声、いや、それはもう音でしかない。聞き慣れない音。
その音を発するモノはすぐ目の前にいた。後ろには黒い影。

次の瞬間――

何が起こったのか解らなかった。
ただ、気付いたときには、自分の体に真っ赤なペンキがかけられていた。

「・・・ぁ」

ドサリと横に倒れこんだのは白衣を着た女。
喉を真っ二つに切り裂かれていた。

「――っ!」

ひとみは、尻餅をついて後ずさった。
明らかに戦闘員ではない。それを、容赦なくその影は殺したのだ。
209 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)18時13分31秒

影は、ひとみに静かに近寄ってくる。
戦闘態勢をとらなければならない。
頭では分かっているのに体はコントロールを完全に失ったロボットのように動かない。

影が、手に握られた光る物を振り上げた。
ひとみは、身を硬くして目を閉じる。
自分が絶対に死なないということなど、頭にはなかった。絶対的な恐怖。

「・・・なんだ」

予測していた攻撃はなかった。
代わりにどこか機械的な声が聞こえた。その声は聞きなれたものだ。

「まだ、こんなとこにいたんだ。間違えて攻撃しそうになっちゃったよ」

目を開ける勇気が出ない。

「車に戻っててって言ったじゃん」

彼女の手がひとみの肩に触れた。
瞬間、ひとみは本能的にその手を払っていた。静寂。
しばらくして彼女が笑った。

「・・・・・・あ〜、そういうこと?そっか、分かった。じゃぁ、先に帰っていいよ。あたし、1人で帰れるからさ」

傷ついた声。自分が傷つけた。
乾いた空気に彼女が遠ざかる足音が響く。

しかし、ひとみは彼女を引き止めなかった。引き止めることができなかった。

そんな余裕など微塵も残っていなかったのだ。
210 名前:第4章 投稿日:2003年04月08日(火)18時14分23秒
  
      ※                  ※

ひとみは、思い出しそうになる凄惨な光景を必死で抑えていた。
涙がとめどもなく溢れでる。
そばで慰めていた梨華もひとみの口から告げられた真実にともすれば倒れそうになる自分自身を支えることで精一杯だった。
沈黙のベールが空間を包み込もうとしたそのときガタンと音を立てて矢口が立ち上がる。
二人は咄嗟に矢口を見る。
その顔はさきほどまでと打って変わって強張ったものになっている。

「・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・」
「え?」

「あたしの・・・・・・・・・あたしのせいだ」

放心したように矢口はそう口にした。
211 名前:七誌 投稿日:2003年04月08日(火)18時15分32秒
>>205は読み飛ばしてくらさい
なんでこんなに抜けてたのか自分でもワケわかめ
212 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月08日(火)18時47分00秒
矢口さん?!何を知っているの?!
213 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月09日(水)00時19分33秒
いしよしごまCPものかと思ってたら恋愛要素はないんだな
意外と期待
214 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月09日(水)09時27分24秒
どうも吉澤が常に逃げ腰で好きになれないなあ…
いや、話自体はすごく好きなんですけど(w
215 名前:第4章 投稿日:2003年04月09日(水)11時03分40秒

12

保田はその部屋の前でしばし躊躇い立ち尽くしていたが、やがて、意を決したように中にはいった。

主のいないコンピュータールーム。
慣れた足取りでその中央に設置されているメインコンピュータに向かう。
雑多な資料と不釣合いなお菓子。それらを手で払いのけ電源をいれる。
保田は知っていた。
彼女は重要な資料ほど驚くほど目に付く場所に置いていることを――
矢口の性格からすれば保田が今知りたい情報はこの中にあるはずだ。

見つからなければいい、だが、知らなくてはいけない。
保田は、そんな相反する思いを抱えながら次々にウィンドウを開いていく。
そして、不意に動かしていた手が止まった。

「こんなことって・・・・・・・・・・・・」

誰にでもなく呟く。
ディスプレイの光に照らされたその顔には怒りと悲しみの色に縁取られていた。

216 名前:第4章 投稿日:2003年04月09日(水)11時07分23秒

※                   ※

「ラブマはαとβの二つのタイプがあるんだって」
「二つ?」

「そう。で、αタイプには欠陥があることが分かったの。わざとそうつくったのかもしれないけどね、
ここから逃げ出そうなんて思わせないようにするために・・・ホントやんなっちゃうくらい、うまいやり方だよね」

「欠陥ってなんなの?あんた、なんでそんなこと」

真希は、保田の声が聞こえていないのか歌うように話を続ける。

「加護がさ、すごく怯えてた。人を殺すことがだんだん気持ちよくなってくるんだって。
殺したくないのに勝手に手が動いて殺しちゃうの。気がついたら血まみれになってるんだって。
まるで自分が誰かに操られてるみたいに・・・・・・・・・怖いよって、助けてってあたしに言うの。
だから・・・殺してあげた」

加護亜依のことは資料でしか知らない。
だが、先程の真希の話からどれだけ彼女が加護亜依のことを必要としていたのかは分かる。

自分だって辛かっただろうに。
加護亜依の心を助けるために・・・・・・殺したというのか。
217 名前:第4章 投稿日:2003年04月09日(水)11時08分45秒

「・・・・・・・・・・・・そのことを吉澤は知ってるの?」
「知らないよ、言ってないもん」

「どうして?言えば変な誤解うけなかったでしょ」

保田が問うと真希は目だけを細めて笑った。

「だって、よっすぃ〜は違うから」
「え?」

「けーちゃんも分かってたことじゃん、あたしとよっすぃ〜が違うって。みんな、はじめからそう思ってたんでしょ」

「な、なに言ってるの?」

「・・・加護を殺したときにね、はじめて加護の言ってた感覚が分かったの。あは・・・笑っちゃうよね」

真希の目がきゅっと三日月形に細められる。
保田は、湧き出てくる唾液を飲み込む。
保田を襲っていたのはいまだ味わったことのない恐怖だった。
3年間、彼女の傍にいて戦闘を見守ってきたが、ここまで彼女が怖いと感じたことははじめてだった。

チラリと真希が打ち抜いた射撃板に目を向ける。
見事に急所を打ち抜いている。
あれは、誰に向かって撃たれたものだろう――

こんなことは思いたくない、思いたくはなかった。

だが、真希はもう自分の知っている真希ではないのかもしれない。
218 名前:第4章 投稿日:2003年04月09日(水)11時09分49秒

「αとβ・・・・・・あたしは、どっちだと思う?よっすぃ〜はどっちだったと思う?」

真希は、くっくと喉を鳴らしうつむいた。

「真希・・・・・・」

保田が声をかけると真希はすぐに顔をあげる。

そこにはなにもなかった。

さきほどまで保田を恐怖させた得体の知れないなにかも,浮かんでいた空虚な笑顔ですらも――
ぼんやりと保田に焦点を合わせた瞳にはもはやなにもうつっていないのかもしれない。

彼女の得意な仮面。

「ま・・・」

「ねぇ、けーちゃん・・・」

保田が口を開きかけたのを察したのか真希が声を発する。
真希は、保田の返事を待つことなく続ける。

「よっすぃ〜は普通の生活に戻れるかもしれないね・・・・・・でも、あたしは無理なんだ。
あたしには人を殺せるここでしか生きていく場所がない」

冷たい声で真希は自分に言い聞かせるように呟いた。

「それって・・・・・・最悪だよね」
219 名前:第4章 投稿日:2003年04月09日(水)11時11分08秒

自分はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない――保田は、気づいた。

いつだってなにがあったって弱いところを見せなかった真希。
彼女は、いつもそう演じていただけなのではないか?
今だってそうだ。彼女の仮面は完璧すぎて崩れることはない。
だから、気づかなかった。微塵もそんなこと思いもしなかったのだ。

普通の生活を誰よりも望んでいたのはひとみよりも真希の方だったことに――


――今ならはっきりと分かる。

保田は彼女を痛ましげに見つめる。
保田には、無表情の真希が泣き喚く子供に見えていた。
どうして気づいてやれなかったのだろう、後悔が保田の胸を押し寄せる。
そんな保田をよそに真希は「そろそろ行かなきゃね〜」と、いつもの軽い口調になって保田に背を向けると歩き出した。
220 名前:第4章 投稿日:2003年04月09日(水)11時12分05秒

「・・・ま、真希!」

保田の声を無視して真希は無言のままドアに向かう。
これから真希がどこにいくのか、聞かなくてもわかる。

「吉澤を殺したらあんた一生、死ねないわよ!」

保田が悲痛な思いで声を荒げると真希はドアの前で立ち止まり静かな声で言った。

「殺すかどうかは決めてない」

「え?」

「ただ会って確かめたいの」
「確かめるってなにを?」

「・・・・・・あたしがよっすぃ〜を見てどう感じるか。今、よっすぃ〜に対して抱いている気持ちが
あたしの本当の気持ちなのか、それを確かめる。もう自分で自分がわかんないから」

自嘲的にそう呟くと振り返ることなく真希は出ていった。

221 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月09日(水)12時06分34秒
ごっちんが切ない ・゚・(ノД`)ノ・゚・。
222 名前:第4章 投稿日:2003年04月11日(金)11時54分57秒

13

「・・・・・・そんな作用がでるなんて思わなかったんだ」

矢口は、全てを話し終わるとうつむいた。
一介の研究員だった矢口がつくりあげたラブマ。
早く完成体をつくるためにその情報はゼティマ関連の企業に断片的に与えられ、
それぞれがその僅かな情報から最強のMOSを作り出そうとした。失敗につぐ失敗。
その都度、矢口はラブマの構造を少しずつ最良と思われる形へと変化させていった。
そして、ハロプロが他の企業から一歩遅れを取っていることを知り自らも開発に手を出すことになる。
おりよく手に入った2体の実験体。
矢口は、それぞれに違うラブマを植えつけた。

改良前のラブマと改良後のラブマ。

とはいえ、その両者とも矢口がこれ以上変化の仕様がないと思うところまで手を加えたいわば完成品で、
矢口にしてみればより最良のものをという研究者としては当然の思いがあった。

ほんの僅かな違い。

それだけで被験者への作用が違ってくるとは思わなかったのだ。
223 名前:第4章 投稿日:2003年04月11日(金)11時55分50秒

「・・・なんで・・・・・・なんでそんなこと・・・・・・」

梨華が泣きながら矢口の肩を乱暴に揺さぶる。
無理もなかった。
されるがままになりながら矢口はただ謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。

「謝ったって真希ちゃんはっ!!!」

梨華は、手を振り上げる。昂ぶった感情が梨華の体を動かしていた。
その手を素早くひとみが掴む。梨華は、驚いてひとみを振り返る。
ひとみは、静かに首を振った。

「矢口さんをせめても意味ないよ・・・・・・」

そんなことはいわれなくても分かっている。
今更、彼女を責めたところで時間は元には戻らないのだ。
しかし、梨華にはこの感情をどうすることもできなかった。
目の前にいる人物が大切な2人の運命を変えてしまったのは紛れもない事実なのだから――

「・・・でも・・・・・・」
「もういいんだ。全部分かったから」

涙目の梨華をなだめるようにひとみは微笑を浮かべた。
そんな顔をされてはこれ以上矢口を責めることはできない。
梨華は、力なくうな垂れる。
224 名前:第4章 投稿日:2003年04月11日(金)11時57分09秒

「・・・・・・・・・・・・戻る気は・・・ないの?」

矢口が小さな声で問う。ひとみは、頷いた。

「ごっつぁんと戦うの?」

「・・・・・・そうですね」

ひとみの答えに梨華が息を呑む音が聞こえる。

「・・・なんで?だって・・・だって」

「ごっちん、きっと苦しんでると思うんだ」

梨華を遮ってひとみはきっぱりと言った。

「え?」
「今の話を聞かなかったらきっと戦えなかったと思う・・・・・・
 でも、ごっちんが苦しんでるなら私だけのうのうと暮らすわけにはいかないよ」

「ヤダ・・・ぃやだよ・・・・・・・・・・」

梨華が耐えられないように顔を覆い泣き崩れる。
誰一人、言葉を発するものはいない。聞こえるのは梨華のしゃくりあげる音だけだった。
ひとみは、梨華の傍らにしゃがみこみ慰めるようにその細い肩を抱きしめる。

「もう・・・3人で暮らせないの?」

梨華が呟く。

真希と梨華と3人で――夢のような未来だ。
しかし、それは永遠にくることはないだろう。

225 名前:第4章 投稿日:2003年04月11日(金)11時58分28秒

ひとみは、うなだれたままの梨華を見る。
自分たちが生きていると知らなければ梨華が再び悲しむことはなかった。

「ごめんね・・・・・・ここに来なきゃよかったね」

ひとみが言うと梨華は嗚咽を漏らしながら首を振った。

「・・・あたしが作った銃弾は2発しかないからそれを全部避けたら・・・・・・二人は死ななくても――」

いたたまれなくなった矢口が苦しそうな声で言う。
梨華がすがるように顔をあげる。ひとみは、悲しげに首を振った。

矢口がラブマのエラーを知ってなにも手を打たなかったはずがない。
つまり、現状ではどうしようもないことなのだ。
そして、これからもきっとどうしようもないんだろう。
226 名前:第4章 投稿日:2003年04月11日(金)11時59分03秒

「それじゃぁ、解決にはなりませんよ。ごっちんは壊れていくだけだ・・・・・・
 矢口さん言ったでしょ?あたしを殺せるのはごっちんだけだって」

そう言ってひとみは矢口に笑いかける。
それは暗に真希を殺せるのは自分だけしかいないということを指していた。

彼女たちの前で泣いてはいけない、それは許されないことだ――
矢口は、ひとみの選択に唇を噛み締め涙をこらえる。

「あたしたちは最初から死んでたんだ、ずっと誤魔化し続けてきただけで・・・・・・
 でも、もう終わらせなきゃいけない」

誰にいうでもなくひとみは低い声で呟いた。
227 名前:第4章 投稿日:2003年04月12日(土)10時42分24秒

14

その日の夜、ひとみはこっそり部屋を抜け出し3人が出会い育った孤児院にいた。
古びたプレハブの建物。
手入れするものがいないのかぼうぼうと草が蔓延っている。
梨華はなにも言わなかったがもう潰れてしまっているようだ。
ひとみは、門の前でぼんやりとそれを眺めた。

真希と戦う――
果たしてそんなことが自分にできるのだろうか?
不安が体中を侵食していくのが分かる。
しかし、やらなければならないのだ。
結果がどうなったとしても――

(もう梨華ちゃんと一緒にはいられない)

ひとみは、ぐっと拳を握る。
自らが決めたことだ。

「よっすぃ〜」

「っ?」

不意に呼ばれて思わず振り返る。
カチカチと点滅を続ける街頭の下に小さな人影が立っていた。

「矢口さん……」
「よっすぃ〜が出て行く気がしてさ」

聞いてもいないのに矢口は早口で言った。
やはりこの人には隠し事なんてできないな、とひとみは思い微笑んだ。
228 名前:第4章 投稿日:2003年04月12日(土)10時45分10秒

※――

「どうぞ」

ひとみは、ベンチにチョコンと座っている矢口に買ってきたオレンジジュースを差し出した。

「ありがと」

自分用に買った紅茶を開けながら矢口の隣に腰を下ろす。

「あのね、よっすぃ〜」

少し遠慮がちに矢口が口を開く。

「はい?」

紅茶を飲みかけていたひとみは妙に間抜けな返事を返しながら矢口を見た。

「もうゼティマに戻ってきてとは言わないけど……こっそり出ていくのはやめなよ。
 あの子、石川さんにはちゃんとお別れ告げなきゃダメだよ」
「……」

「そうじゃなきゃ、かわいそうじゃん。あの子だってずっと辛いこととか我慢してるはずだから……」

言われて、はっとした。
今まで自分のことにばかり気をとられていて気がつかなかった。
辛いことを我慢してきたのはなにも自分たちばかりじゃないということに。
229 名前:第4章 投稿日:2003年04月12日(土)10時46分20秒

梨華だってそうだったはずだ。
3年前、自分たちは梨華を一人残して死んでしまった。
それだけならまだよかっただろう。まだ大丈夫だっただろう。
しかし、今の梨華は自分たちが生きていることを知ってしまったのだ。
ひとみが梨華を頼らなければ一生知らずにいたことを……
一瞬でも彼女に期待を抱かせるようなことをしておいてこのまま黙ってでていくのは卑怯だ。
それではあまりにも自分勝手すぎる。

「まぁ、元凶のあたしが言えたことじゃないけどね」

矢口は、黙ってしまったひとみに向かって自嘲的に笑った。
ひとみは首を振る。

「矢口さんがこなかったらまた逃げ出してましたよ、あたし」
「え?」

「最初の任務の時もそうだし…ごっちんの時もそうだし、
 今だって梨華ちゃんに迷惑かけちゃいけないなんて理由づけて……
 ただ一緒にいるのが怖くなって逃げ出そうとしてたんですよ」

矢口はどう答えたらいいのか分からず視線を地面に落とす。

「勝手ですよね、巻き込んだのはあたしなのに」

ひとみはスッと立ち上がり持っていた缶をゴミ箱に投げ込んだ。
ガシャンと言う音が静かな公園に響く。矢口はその音に顔をあげる。
230 名前:第4章 投稿日:2003年04月12日(土)10時47分02秒

「梨華ちゃんにはちゃんとお別れ言います」

ひとみは、吹っ切れたような笑顔を見せた。
矢口は、言葉を失う。
まるでひとみが笑うところをはじめてみたような気分だった。

「矢口さんは、これからどうするんですか?」
「…え?あ、そうだね。あたしは、アメリカに帰るよ。いろいろしなきゃいけないことができたし」

慌てて矢口は立ち上がる。

「そうですか」
「うん…………」

「それじゃ、今までありがとうございました」

ひとみは、矢口にペコリと頭を下げると矢口に背を向けた。
231 名前:第4章 投稿日:2003年04月12日(土)10時47分56秒

「よっすぃ〜!!」

矢口の声にひとみは振り返る。

「よっすぃ〜、ご…」
「さよなら、矢口さん」

矢口の謝罪を拒むかのようにひとみが早口で言った。
その口調は温かく優しいものであった。
そして、ひとみは笑い闇に溶け込むように行ってしまった。

「・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・」

ひとみの笑顔はもう二度と見ることはないだろう。
いや、もう二度と会うことはないのかもしれない。

それなのに、ひとみは笑った。

彼女たちをこんな歪な運命の歯車に組み込んでしまった自分に・・・・・・
いっそのこと責めてくれればお前のせいだと憎んでくれれば、
そうすれば幾分かこの罪悪感は薄れたのかもしれない。
だが、彼女はなにひとつせずただ笑ったのだ。

矢口はガクリと力なく膝をつき涙を流した。
232 名前:第4章 投稿日:2003年04月12日(土)10時48分48秒

15

――相変わらず、自分は情けない。

部屋に戻ったひとみは梨華の寝顔を見ながら思った。

――私は、誰かに守ってもらうばかりで逃げることしかできなくて。

きっと彼女が聞けば「そんなことないよ」と言ってくれるだろう。
独特の可愛らしい、それでいて、どこか包み込んでくれるような優しい声で。
彼女は自身が思っているよりも遥かに強いから。
どんなに辛くてもそれを見せないで暖かく微笑むから。

「私は・・・・・・梨華ちゃんをまた傷つけちゃうね」

ひとみは、闇に吸い込まれそうなほど小さな声で呟いた。
233 名前:第4章 投稿日:2003年04月12日(土)10時50分02秒

        ※               ※

「・・・ん」

自分の名を呼ぶ静かな声を聞いて矢口は顔をあげた。
少女は、いつからいたのかすぐ目の前に立っていた。
しかし、こんなに近くに来られてもなお少女の気配を感じることができない。
これが自分のしでかした罪なのだ。
ひとみだけではなく、この少女の前でも自分は泣いてはいけない――
矢口は、その目に浮かんでくる涙をゴシゴシと乱暴に手で拭った。

少女の顔を見る。
影になってどんな表情をしているのかは分からない。

なにを考えているのか、どうしたいのか――

スッと、少女の手が矢口の前に差し出された。
234 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月14日(月)16時24分02秒
ごま日本に到着?
ってことは、次は、やっといしよしごまが遭遇かな。
この終わりかただとヤグはどうなったのか・・・・・・まさか、ごまに!?
更新待ってます
235 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月15日(火)18時14分41秒
更新まだかな・・・・・・(ё)に浮気しないでね
236 名前:第5章 投稿日:2003年04月18日(金)00時08分21秒



ひとみから、矢口はもうアメリカに戻ったと聞いてから三日が過ぎた。
自分が眠っている間にひとみと矢口がなにを話したのかは分からない。
だが、あれから、ひとみの中でなにかが変わったと梨華は感じていた。
なにがどうかわったのかはっきりと分からない。ただ漠然とそう感じるのだ。

当のひとみは、ぼんやりと小さな出窓から外を眺めている。
その姿はまるで真希が来るのを待っているかのように見えた。
梨華は、眉根を寄せる。

できることなら、二人に戦ってなどほしくはない。
なんとかして彼女たちを止めることができるのなら・・・そこまで考えて梨華は頭を振った。
考えてもどうにかなることではない。
止めても無駄だということは分かっていた。
一度、決めたことはなにがあろうとも――たとえ、それが梨華の頼みであれ――絶対に覆さないのがひとみであり真希でもあった。

梨華は、この時だけは二人の性格を知りすぎている自分を恨んだ。
237 名前:第5章 投稿日:2003年04月18日(金)00時10分14秒

「ねぇ、梨華ちゃん」
「え?」

「今日、バイトあるんじゃないの?」

外を眺めていたひとみは、いつのまにか部屋のカレンダーに視線を移している。
カレンダーには月のバイトのスケジュールをメモしている。それを見たのだろう。
梨華は答えに詰まる。
こんな時にバイトになど行けるわけがない。
明日、どうなるかもしれないのに――彼女といられるうちは一緒にいたかった。
それに、なにより梨華がいないうちにいきなりいなくなられたりするのは嫌だった。

「ダメだよ、休んじゃ」

「でも」

「心配しなくても、いきなりいなくなったりしないから」

梨華の思考をよんだかのようにひとみはそう口にする。

「絶対になにも言わないでいなくなったりはしない。だから、安心して行ってらっしゃい」

ひとみは、真っ直ぐ梨華を見つめて笑った。嘘は感じられない。
素直な彼女がウソをついても梨華にはすぐ分かってしまう。
だから、今の言葉はウソではないんだろう。

「・・・・・・じゃぁ、すぐ帰ってくるから待っててね」
「はいはい」

念を押す梨華とは逆にひとみは軽い調子で手を振っている。
梨華は、渋々と支度をすませると家をあとにした。
238 名前:第5章 投稿日:2003年04月19日(土)12時31分31秒

    ※             ※

梨華が家をでて数時間後、ひとみは矢口に教えてもらった繁華街、それも人通りの少ない裏路地にいた。
そこには、矢口が懇意にしている銃の密売人がいるらしい。
ひとみは、教えられた場所につくとあたりを見回した。
ぐるりと視線を動かすと一人の薄幸そうな女が聞く者もいないのに歌っている。
この雰囲気と彼女は妙に場違いだ。

(あの人かな?それにしちゃやけにノンキだけど)

ひとみは、半信半疑ながらその女に近づく。

「なんか用か?」
「え?えっと、セクシービームを売りたいんですけど」

ひとみは、矢口に教えられたきっかけの言葉を口にする。
女の目つきがスッと細くなった。やはり、この女が密売人だったようだ。
人は見かけによらないとはいうが・・・ひとみは、変に感心しながら女の言葉を待つ。
239 名前:第5章 投稿日:2003年04月19日(土)12時32分01秒

「みっちゃん」

女が小声で言う。

「いい子なのにね」

ひとみもそれに小声で答える。
すると、女は「ほんまにやぐっちゃんの紹介みたいやな」とニヤリと笑い傍らに置かれたギターケースを開けた。
中にはゼティマで見慣れた銃が入っている。

「どれがいい?」

ひとみは、しばらくケースの中を見つめる。
やがてその中から一つを手にした。
それは、真希が愛用していた銃と同タイプのものだった。

「どうもありがとうございます」

銃をしまいながら女に礼を言う。

「いやいや、矢口によろしく言うといてや」

女の言葉にひとみは曖昧に頷きその場をあとにした。
240 名前:第5章 投稿日:2003年04月19日(土)12時33分04秒
         ※             ※

「・・・はぁ」

帰りのバスに乗ってから何度目かのため息が梨華の口から漏れた。
ひとみの言葉を信じているがもしもいなくなっていたらどうしようという不安が頭をよぎっていた。
バイト先でもひとみと真希のことを考えてミスばかりしてしまった。
そのため、梨華を心配した店長が時間よりも早く家に帰してくれたのだが・・・・・・

「ふぅ・・・・・・」

梨華はまた小さくため息をついた。

「疲れてるね〜」

背後から聞き覚えのある声が聞こえて梨華は驚いて振り返る。
髪が以前よりも長くなった。
ふっくらとした頬が少しだけ痩せて大人っぽくなっている。
だけど、昔の面影が残る少女。

「ま・・・きちゃん・・・」

「ひさぶり〜」

「な・・・え・・・・・・・あの・・・・・・・・えっと・・・でも」

いつのまにか後ろの座席に座っていた真希の姿を見て梨華は口をパクパクさせた。
うまく言葉が出てこない。

「少し落ち着いて喋ったら〜」

彼女は、唖然とする梨華に昔とまったく変わった様子のないのんびりとした口調でそう言うと嬉しそうに笑った。
241 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月19日(土)13時59分22秒
真希ちゃんが!真希ちゃんが!
242 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月19日(土)21時01分11秒
ごちーん、キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!
243 名前:第5章 投稿日:2003年04月22日(火)00時05分35秒



夕闇もさしせまった公園。
梨華と真希はブランコに並んで座っていた。二人以外、そこには誰もいない。

「・・・園つぶれちゃったんだね」

ブランコをこぎながら不意に真希が呟く。

「うん、去年ね・・・・・・」
「・・・ふ〜ん」

自らふった話題にしてはさして関心なさそうに真希は相槌を打つ。
きっと話したいことはこんなことではないのだろう。
しかし、なにから切り出せばいいのか分からない――それを誤魔化しているような呟きだった。
梨華も同じようになにから話せばいいのか迷っていた。
真希がここに来たということは・・・それは、つまりひとみを殺しにきたということ。
梨華は不安げに真希を見る。
真希の表情からはなんの感情も読み取ることはできない。
ラブマの副作用というものの片鱗さえ見られない穏やかな横顔。

どうにかできないのだろうか?
すれ違ってしまった2人をどうにか――
244 名前:第5章 投稿日:2003年04月22日(火)00時07分44秒

「・・・真希ちゃん」
「んぁ?」

「ひとみちゃんと・・・戦うの?」

意を決して梨華は真希に問いかけた。

「どうかな〜」

とぼけたように首をかしげながら真希は梨華を見た。
梨華は、真希のその目を見て息を呑んだ。

まるでガラス玉のようになにも映さない目・・・・・・

穏やかだと思っていた表情こそが勘違いだったのか、その目は人間の持つものではなかった。
背筋にぞっとするものがはしって梨華は思わず目を逸らしていた。
そんな自分に腹がたちながらも、なかなか真希に視線を戻すことができない。

(真希ちゃんは・・・・・・真希ちゃんなのに・・・・・・)

そんな梨華の変化を敏感に感じ取ったのか真希がふっと笑ったような気がした。
真希が漕ぐブランコはどんどんスピードをあげていく。
ひゅんひゅんと風を切る音だけが梨華の耳に響く。
245 名前:第5章 投稿日:2003年04月22日(火)00時09分35秒

「ねぇ、梨華ちゃん」

その音に負けないぐらいの声で真希が梨華を呼んだ。

「え?な、なに?」

「家に行っていい?」

「え!?」

一瞬、聞き間違いかと思って梨華は顔をあげた。
と、同時に真希が勢いのついたブランコから空高く飛びあがった。

――実際には、ただ飛び降りただけなのだが梨華の瞳には真希が空を飛んでいるかのようにうつった。

「っ!!」

慌てて梨華もブランコから立ち上がる。
家にはひとみがいる。
それは真希も承知のはずなのにどうしてそんなことを言うんだろう。
梨華は真希の真意を確かめるように背中を見つめる。

「ダメ?」

梨華を振り返って真希が尋ねた。
悪戯っ子のように目を輝かせる真希は昔の彼女と変わらないように見える。
さっきの真希と今の真希、どっちが本当の彼女なのか梨華には、分からなかった。
246 名前:第5章 投稿日:2003年04月22日(火)00時13分02秒

「心配しなくても不意打ちなんてしない主義だし梨華ちゃんの前でドンパチしないよ」

不安気な梨華に気を遣ったのか真希がぶっきらぼうに言う。
その姿にどこか懐かしさを覚える。まえにも同じことがあった。

そう、あの頃の・・・・・・

ここにいるのは、自分を助けてくれた強くて優しい真希だ。

「そんなの当たり前だよ・・・」

少しの間のあと梨華は自分に言い聞かせるような強めの口調で言うと真希に駆け寄った。
真希は梨華の答えに少し意外そうな表情を浮かべ、マジマジと梨華を見つめる。
梨華は、かまわずに真希の腕を取って歩き出した――ひとみの待つ自宅へと。

247 名前:第5章 投稿日:2003年04月22日(火)00時14分12秒

しばらくして、梨華は思い出したようにくすくす笑いながら「でもね〜」と真希を見た。

「なに?」

真希は、怪訝そうに眉を寄せる。

「不意打ちしない主義って真希ちゃんもよく言うよ〜」
「へ?」

「だって、私を助けてくれた時いきなりリーダーの女の子に飛び蹴りしたじゃん」

よりかかりながら上目遣いで真希を見る。
真希が頬を膨らまして言い訳することを期待しながら――が、そんな梨華の思いとは逆に真希は「そんなことあったっけ?」と首をかしげた。
まるで他人事のような真希の口ぶりに梨華は戸惑う。

「覚えてないの?」

3人がはじめて会った時のことだ。
真希が自分を助けてくれたのだ。
それなのに、彼女はまったく覚えていないというのだろうか・・・・・・自分にとって、いや、3人にとって大切な思い出だとずっとそう思っていた。
それなのに――梨華は悲しげに眉を八の字にしながら真希を見た。

「な〜んちって。忘れるわけないじゃん」

そんな梨華を見て真希がぺロッと舌を出しこらえきれないとでもいうように笑い出した。
そこでようやく梨華は彼女にからかわれていたことに気づく。

「もう、びっくりさせないでよ」
「あはっ」

真希がもう一度笑った。

満面の笑顔。

真希が垣間見せた一瞬の変貌は、その笑顔に掻き消されていた。
248 名前:第5章 投稿日:2003年04月22日(火)00時14分57秒

傾いた太陽が並んで歩く二人を明るく染め上げる。
こうして自分と話している真希は昔となんら変わっていない。
微かな安堵と共に、梨華の中に淡い期待が膨らみはじめていた。
もし、真希が自分と同じ思いを抱いているのならば――

3人で仲良く暮らせるのかもしれないと。

もちろん、ひとみや矢口の話を信じていなかったわけではない。
ただ、やはりずっと表の世界で暮らしてきた梨華には、
真希がもう昔の真希じゃないということがどうしてもピンとこなかったのだ。


だから、梨華は気づかなかった。

隣にいる真希が、とても大切なものを失くした子供のように切ない眼差しで自分を見ていたことなど――
249 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月22日(火)08時34分25秒
ごま・・・・・・ ・゚・(ノД`)ノ・゚・。
250 名前:第5章 投稿日:2003年04月25日(金)14時15分24秒



ひとみが梨華の家に戻るとやけにいい匂いが玄関まで漂ってきていた。
お世辞にも料理が上手とはいえない梨華にしては珍しいなと思いながらひとみは「ただいま〜」と中に声をかけた。

「おかえり、よっすぃ〜」
「ただい・・・・・・」

いいかけてひとみはバカみたいに口をあけて固まった。
キッチンからヒョコッと顔を覗かせたのは梨華ではなく

(――ごっちん)

ひとみは、唇だけで呟いた。それは音にはならない。
真希はそんなひとみの反応に面白そうに眉をあげて応えた。
そんなに離れていたわけでもないのに、ずいぶんと懐かしい感じがした。
よく学校をさぼって1人でどこかに行くくせに、ひとみと梨華が下校する頃には院に戻っていた真希。
その姿と、なぜか今ここにいる真希が重なって見えた。

だが――
ひとみの横には誰もいない。
ハッとなって部屋に駆け込む。

「梨華ちゃんっ!!」

ガランとした部屋。見回すほどの部屋でもない。
それでも、ひとみは、確かめるように右から左へ視線をやり、
壁にぶつかると、次は左から右へと戻した。

梨華の姿はどこにも見当たらない。
251 名前:第5章 投稿日:2003年04月25日(金)14時17分01秒

「あのね、よっすぃ〜」

背後からかけられた声にひとみは瞬時に振り向き、
そして、真希の胸倉を勢いよく掴んだ。

「梨華ちゃんをどうした!?まさか・・・」

続く言葉はない。
真希を掴んでいる両腕が小刻みに震える。

「まだあたしが・・・怖い?」

抵抗する素振りも見せずに真希がひとみの頬を手でなぞる。
確かめるようにゆっくりと動く冷たい指先。
真希の目は、少しだけ切なげに揺れていた。
ひとみは、ゆっくりと真希から手を離す。

「・・・」

ひとみが、重い口を開こうとしたときだった。
252 名前:第5章 投稿日:2003年04月27日(日)01時51分55秒

「ひとみちゃん、帰ってたの?遅くなちゃってごめんね」

玄関先から梨華がバタバタと入ってくる。

(梨華ちゃん・・・無事だったんだ)

ひとみは、ポカンと買い物袋を手にさげた梨華を見つめ、そして真希に視線を戻した。
呆気に取られるひとみを尻目に真希がふにゃッと笑い梨華の元へと駆け寄る。

「ありがと、梨華ちゃん。でも、わざわざ買ってこなくてもよかったのに・・・」
「いいの、いいの」

そして、真希は梨華から買い物袋を受け取り

「それじゃ、もうちょっと待っててね」

せかせかとキッチンに戻ってしまった。

ひとみには、なにがなんだか分からない。
ともかく、真希をここに連れてきたのは梨華のようだ。
梨華の部屋だから自分に了解をとる必要はないのは分かっている。

だが、下手をすれば殺されたかもしれないというのに――
253 名前:第5章 投稿日:2003年04月27日(日)01時53分03秒

「ちょっと梨華ちゃん!」

ひとみは、グィッと梨華の腕を引っ張る。

「きゃっ、な、なに?」
「どういうこと、なんでごっちんをここにつれてきたの?」

小声で梨華に詰め寄る。

「た、たまたまバスの中で会って」
「はぁっ!?」

「真希ちゃん、ひとみちゃんと戦う気ないみたいだよ」

声を荒げるひとみをなだめるように梨華は言う。
どう騙されたのかは知らないが戦う気がないのに真希がここに来るはずがない。
ひとみは、梨華のあまりの危機感のなさに呆れて大きくため息をついた。
そのため息の意味するものが分かったのか梨華は眉を寄せひとみを非難するような目で睨んだ。
その時

「おまちど〜、ごっちん特製カレーだよ〜」

と、台所から間延びした緊張感のない声がかけられた。
梨華は一瞬そちらに目をやり、それからひとみに視線を戻す。

「だから・・・・・・私は、昔みたいに3人で暮らせると思ってるよ」

素早くそう言うと梨華はひとみの手を振り解いてリビングにいってしまった。
254 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月28日(月)00時36分26秒
あっちもこっちも見てますよ〜がんばってください
255 名前:第5章 投稿日:2003年04月30日(水)04時13分23秒

(3人で・・・・・・・昔みたいに?)

残されたひとみは、唇の中で梨華の言葉を反芻した。

「・・・そんなの無理なんだよ・・・・・・・・・・・・」

そうできたらどれほど楽になれることか――だが、それは考えても意味のないことだった。
梨華は、なにも知らないからそんなことが言える。
真希がどれだけ誰かに対して優しく接しようがひとたびスイッチが入ってしまえばそこまでだということを。

もし梨華の前でスイッチが入ってしまったらどうなる?

きっと真希はためらいなく梨華を殺すだろう。
そのあとに苦しむのも真希自身だ。
自分を殺したいほどに憎悪する、でも自殺はできない。

そして、またスイッチが入る。
そんな生活を真希が望んでいるはずがない。

だから、どれだけ望んでも・・・・・・

梨華と同じように、ひとみが、真希が、
昔のように3人で暮らしたいとどれだけ切望してもそれは無理なことなのだ。

ひとみは唇を噛み締め小さく首を振った。
256 名前:第5章 投稿日:2003年04月30日(水)04時14分17秒

「よっすぃ〜食べないの〜?」

リビングから真希がひとみを呼んでいる。
確かに、その声には悪意は感じられない。

真希は、いったいなにをしに来たのだろうか?
本当に自分と戦う気がないのだろうか?

そんなことを思わせるほどに、彼女の声は呑気に――これほど警戒していることが馬鹿らしくなるほど――ひとみの耳に届いた。

「ひとみちゃん、私が真希ちゃんと仲良くしてるからいじけてるんだよ」

梨華のそんな声が聞こえた。
それに笑う真希の声。
2人で過ごした3年間、真希のこんな楽しそうな笑い声は聞いたことがなかった。
亜依と一緒にいた時も真希は楽しそうだったがそれとはまた違う。

亜依と過ごした時間はパーティーのようだった。
自分たちが生きていた世界の存在を想い出さないように、
身を寄せ合い穏やかな世界を作り上げて
忘れようと、切り離そうとしていた――

それはまるで、何時までも遊び続ける子供達が確実にやってくる闇を拒絶するように。
257 名前:第5章 投稿日:2003年04月30日(水)04時14分48秒

ひとみにも同じことがいえた。

梨華を頼ったのは、行くところがなかったからだけではなく――

彼女といると、失ったものがかえってきそうだったから
このくすんだ気持ちと自らに対する恐怖を覆い隠してくれる気がして

三年間、ずっと求めていたのは存在を受け入れてくれる温かく優しい空気。

真希がどうして戦う前に梨華に会いにきたのかが分かった気がした。
同時にこらえていた涙がひとみの頬を伝う。

「いじけてるとよっすぃ〜のぶん食べちゃうよ〜」

「・・・い、いじけてないよ!」

ひとみは、慌てて涙を拭い2人のまつリビングへ向かった。
258 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月30日(水)12時13分49秒
よしこの警戒する気持ちは分かるけど、何か嫌なヤツに見えるな…
特に梨華ちゃんと比較すると(w
259 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月30日(水)16時11分07秒
よっすぃ〜は、終始一貫してへたれキャラ
260 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月02日(金)08時24分33秒
よっすと梨華ちゃんの世界観の違いはでてるとは思うけど
ゴチーンも普通に接してるからか、よっすはちょっとやな感じになりつつ

でも、話自体は気になるので更新がんばってください
261 名前:第5章 投稿日:2003年05月05日(月)17時01分35秒



――真希ちゃんのカレーは辛すぎだよ〜

――え〜、これぐらいで丁度いいよね、よっすぃ〜

――うん、こんなもんでしょ

――ほら〜、梨華ちゃんの舌がおかしいんだよ。辛いんなら食べなきゃいいじゃん

――なによー、二人して。食べるよ、食べるけどー


カレーは、真希がよくつくっていた料理だ。
真希がつくるカレーは梨華の口には辛かったようだがひとみはそう感じたことがなかった。
ぶうぶうと文句を言う梨華の皿をひょいっと真希が取り上げる。
梨華は慌てて謝りひとみはそんなやり取りをみて笑っていた。

リビングに入ったひとみが見た光景はまるでその時を再現しているかのように見えた。
262 名前:第5章 投稿日:2003年05月05日(月)17時05分23秒

「食べるからお皿返してよ〜」
「どうしよっかな〜?」

2人が笑いながらそんな言葉をかわしている。
ひとみは、しばし2人を遠くから眺めるように見つめ、それから

「意地悪しないで返してあげたら」

と真希に言った。

真希が驚いたようにひとみに視線を向ける。
ひとみに話しかけることはできても、まさか話しかけられるとは思っていなかったようだ。
しかし、すぐに悪戯っ子のような笑顔を浮かべ

「・・・んぁ・・・あ〜よっすぃ〜は相変わらず梨華ちゃんに甘いんだから」

真希は素直に梨華の前に持っていた皿を戻す。

「当たり前でしょ〜、梨華ちゃんはごっちんと違って女の子だからね」
「うわ、あたしだって超かわいい女の子じゃん」

「はいはい」

ひとみは、笑いながら真希の右隣に座った。
梨華は、そんなひとみを嬉しそうに見ている。
気づかない振りをしながらひとみはカレーを口に運んだ。
263 名前:第5章 投稿日:2003年05月05日(月)17時06分22秒

「辛っ!!辛いよ、これ」

一度も辛いと感じることのなかった真希のカレーがやけに辛かった。
予想外の辛さに耐えられず水で流しこみはぁはぁと舌を出す。

「でしょ?前よりもっと辛いよね〜」
「うん、辛い。ごっちん、また辛いの好きがアップしたの?」

「マジで?そんなに辛くないけどな〜」

真希は、首をかしげながらスプーンを口に運ぶ。
ゆっくりと咀嚼し飲み込むと「こんなもんだよ」と満足げに頷いた。
やせ我慢をしているようには見えない。
梨華とひとみは顔を見合わせ、もう一度カレーライスをすくいスプーンを口に運ぶ。
そして、顔をしかめると「「辛いよ」」と同時に水を飲んだ。

それを見て真希はやはり不思議そうに首をかしげた。
264 名前:無印 投稿日:2003年05月05日(月)22時29分30秒
まさかごっちん…舌がおかしくなっているのか?!
265 名前:第5章 投稿日:2003年05月07日(水)18時25分58秒



薄暗い廊下に足音が響く。
足早に歩いている少女。
彼女は、なにかを決意した険しい表情で一番奥にある一室を目指していた。


※ ※

差し伸べられた手を、ゆっくりと掴む。
その手には、温もりがまったく感じられない。
これもラブマの副作用なのだ。矢口は、真希の顔をまともに見れずに俯く。

「アメリカ、帰るんでしょ」

真希が、さらりとそう口にした。矢口は、小さく頷く。

「じゃぁ、空港まで送ってあげるよ」
「え?」

予想外の言葉に矢口が驚いて顔をあげるのと同時に真希がスッと銃を抜いた。
銃口は、こちらに向けられている。
(あたし、死ぬのか・・・・・・でも、当然だよね)
矢口は、どこか現実感のないぼんやりとした気持ちでくるはずの銃弾を目を瞑って待つ。
頬の横をヒュッと風が通り過ぎて、次にドサッとなにかが落ちる音が耳に届いた。
恐る恐る目を開け、音のした方を振り返る。
黒い物体。
矢口は、真希に視線を戻す。
真希は、肩をすくめ

「――やぐっつぁん、もうUFAに狙われてるみたいだから」

と言うと歩き出した。
矢口は、一瞬ポカンとし、すぐに真希の後ろを追いかけた。

どうして、彼女は自分を殺さないのだろう、そう思いながら――
266 名前:第5章 投稿日:2003年05月07日(水)18時27分10秒

――

空港についても真希は矢口を守るように傍らに寄り添いあたりを見回している。

「・・・・・・・・・・なんで?」

矢口の口から小さく言葉が漏れた。

なんで殺さないの?

真希は聞こえていないのか、矢口のほうを見ようともしない。

「あたしのこと・・・恨んでないの?」

自分の声が、やけに鮮明に聞こえる。
空港のアナウンスと人のざわめきは遠く――この空間だけがまるで別世界のように感じられた。

「・・・・・・・・・別に、やぐっつぁんが悪いわけじゃないしね」

ややあって、真希が答えた。
呆れているのか、悲しんでいるのか、そのどちらともとれるような複雑な響きを含ませながら。
真希の答えに矢口は呆然とする。

悪いわけじゃない?悪くない?
そんなわけがない。自分が真希をこんなことに巻き込んだのだ。
267 名前:第5章 投稿日:2003年05月07日(水)18時28分27秒

「あたしが悪いんじゃん。あのままあたしがなにもしなかったら2人は」
「普通に死んでたね〜」

あっさりとした真希の言葉。

「でも、それはそれでしょ。やぐっつぁんはよくしてくれたよ、あたしにもよっすぃ〜にも。
 あたしが、やぐっつぁんと距離をとったのは・・・・・・信じられないかもしれないけど、やぐっつぁんのことが大切だからだよ」

「え?」

「あの時、やぐっつぁんがあたしを追いかけて触れてくれたから・・・・・・あたしは」

最後まで言わずに、真希が矢口を振り返った。
視線が交差して、刹那、矢口は目を細めた。

泣かないで――

矢口は、不意に思った。

今、彼女は自分に向かって柔らかく微笑んでいるというのに――
まるで全身で泣いているかのように見えたのだ。



※※

ある一室の前で足が止まる。
少女は、大きく息を吐きそしてドアを叩いた。
268 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)19時43分02秒
( ^◇^)いいね
269 名前:第5章 投稿日:2003年05月10日(土)12時35分57秒



――トントン

ノックの音がした。
1人、タバコをふかしていた中澤はそれを揉み消し「どうぞ」と返す。
返事を聞いて遠慮がちにドアが開かれた。

「なんや矢口、帰ってきたんか?」
「さっきね・・・」

暗い調子。
矢口は、ドア付近に立ったまま近づこうとはしない。
なにかを決意している表情。
中澤は、眉をよせ「なんか話があるんやろ?」と矢口を促す。

「・・・あたし、ここ抜けるよ」

ポツリと矢口は言った。
矢口が、この部屋に入ってきた瞬間からそんな予感はしていた。
いや、彼女がひとみを追いかけて日本に行ったときからといったほうが正しい。
中澤は、椅子の背もたれに全身をあずけ疲れたような声で「そうか・・・」と答える。
270 名前:第5章 投稿日:2003年05月10日(土)12時36分38秒

「・・・・・・それだけ?」
「矢口の決めたことや・・・・・・止める気はないよ」

「ラブマのデータは全部消していくよ。関連企業の持ってる小さいことからなにもかも」

中澤は、分かっているというように頷く。

「裕ちゃん、処分されちゃうかもしれないよ・・・・・・」

矢口が、心配そうに中澤を見る。
中澤は、その言葉を聞いて薄く笑った。

「うちが処分される前に矢口が処分されるやろ」
「・・・・・・そうだけど。いいの?」

「なんや、引き止めてほしいんか?」

中澤がずるがしこそうに唇の片端を引き上げる。
矢口は、首をプルプロと横に振った。
それを見て、「なら早く行き」と中澤は虫を追い払うように手を払った。
矢口は、唇を噛み締め中澤に背を向ける。

「バイバイ、裕ちゃん」

「あぁ、元気でな」

その言葉を背に受けながら矢口は部屋を出ていった。
中澤は、矢口の出ていったドアをぼんやりと見つめる。
271 名前:第5章 投稿日:2003年05月10日(土)12時38分37秒

ここまで来るのにどれだけの時間を費やしたのだろう。

最初は、なにもなかった。

ハロプロは――
自分は、なにひとつ持っていなかった。

それが、どうだ。
たった一つの成功で
上を脅かせるまでになったではないか。

緩やかな――しかし、どこか自嘲的な微笑が中澤の口元に浮かびあがる。
中澤は、それを掻き消すように煙草を口に咥え、ライターを近づけた。
着火のために軽く息を吸いすぐに煙を吐き出す。
輪郭の薄いぼやけた煙をぱたぱたと手で仰ぎながら、
中澤はなんとはなしに窓辺へ向かった。
272 名前:第5章 投稿日:2003年05月10日(土)12時39分19秒

ぼんやりと見下ろした街。
暗い世界に人工の灯りがポツポツと見える。
都会の喧騒も、複雑な心も、見ているだけではなにも感じられない。

自分が真希やひとみの気持ちなど分からなかったように――

傍観者でいるのはずるいことだとは知っている。
だが、傍観者でいるのはとても危ういことだとも知っている。
そろそろ立場を改めなければならないのかもしれない。

生き残るためには――

気づけば、すでになくなっていた煙草を床に捨て、次の一本を取り出す。
273 名前:第5章 投稿日:2003年05月10日(土)12時40分17秒

いつまでも
いつまでも
ハロプロの力が続くなどと愚かな考えを持っていたわけではない。

ただ、予想以上に終わりが来るのが早かっただけのこと。
いまや、ラブマの2人はいないのだ。

タバコのように替えが利くものではない

中澤は、焦点のずれた瞳でゆっくりと煙草に火をつける。

最近のUFAはなにかを隠している。
UFAだけではない、ゼティマもそうだ。
ハロプロだけに情報がこない現状。

それは、つまり――

「・・・・・・潮時やな」

中澤は、濁ったけぶみを肺の奥まで吸い込むと小さく呟いた。
274 名前:第5章 投稿日:2003年05月12日(月)23時30分22秒

7

中澤の部屋を出て自身のデスクのあるコンピュータルームへ向かう。
室内は、出かけた時と同じくなんら変わった様子はない。
矢口は、素早くメインコンピュータを立ち上げ難解なプログラムをいれていく。
と、不意に頭に冷たいものがあてられた。

この感触は――

矢口は、キーボードに置いていた両手をゆっくりと耳の横にあげ相手の出方を待つ。

「なにしてるの?」

聞き覚えのある声。

「・・・・・・なんだ、圭ちゃんか」

安堵の息を漏らしながら矢口はクルリと椅子を回転させ後ろに立っていた保田を見上げた。
額には、銃口が当てられている。

「なにしてるの?」

保田が、もう一度問うた。
矢口は、なにも答えずに曖昧な笑みを浮かべた。
275 名前:第5章 投稿日:2003年05月12日(月)23時31分14秒

コンピュータからビー、と、警告音が聞こえ矢口は再び椅子を回転させるとキーボードを恐るべき速さで打ちはじめた。

「あんた、死にたいの?」

保田は、憮然とした表情で小さなその背中に問いかけた。

「・・・そうだね」

作業の手を休めることなく矢口が答える。

「圭ちゃんになら殺して欲しいかも」
「・・・・・・なにバカなこと言ってるのよ、あんたらしくない」

保田は、呆れかえった風に大きなため息をつくと銃口を下げた。
本気なのか、いつものくだらない冗談なのか、判別できないほど彼女の言葉には抑揚がなかった。
ただ、冗談であればいいと保田は思った。
矢口にこんな言葉は似合わないからだ。

「なんか辛いんだよね。このまま自分のしてきたこと償いもせず生きてくのってさ」

しかし、矢口はひどく暗い声でそう呟いた。
作業が終わったのかゆっくりと保田の方に向き直る。
保田は、憮然とした表情のまま矢口を見つめる。
矢口は、その頬に恐々と手をのばしかけすぐにそれを下ろした。
そして、疲れきったように深いため息をついた。
276 名前:第5章 投稿日:2003年05月12日(月)23時32分10秒

「圭ちゃんの体をいじったのもあたしだ・・・・・・」
「そうだったわね」

「恨んでる?」

「別に」

保田は、肩をあげてあっさり答えた。
矢口は切なげに微笑む。

どうして、皆、自分を責めないのだろう。
真希もひとみも彼女もきっと――

「口ではそう言っても、恨んでないわけないよね・・・・・・あたしがしたことは、許されることじゃないから」
「・・・・・・・・・・・」

「なんかもう疲れちゃったよ。ここ抜けても追手はつくしどうせ殺されるんなら圭ちゃんがいいよ」

そう呟いた瞬間、保田の平手が矢口の頬に飛んだ。
静かな部屋にパチンという乾いた音が響く。
一瞬のことに、何がおきたのか分からずにポカンと保田を見る。
叩かれたのだということを遅れてやってきた頬の痛みで理解する。

保田は、無言で矢口を睨みつけていた。

怒っている――

彼女のこんな表情を矢口ははじめてみた。
そこにあるのは、自分に対する怒り。
それなのに、なぜか彼女の大きな目は悲しみに縁取られていた。
277 名前:第5章 投稿日:2003年05月12日(月)23時33分48秒

矢口を叩いた右手が痛い。
叩かれた方はもっと痛かっただろう。しかし、止められなかった。

いつだって、どんな時だって――健気なまでに矢口は笑っていた。
無理をしていると分かるものであってもそれだけが保田には救いだった。
なのに、彼女の口から漏れた言葉は、彼女自身のこれまでを否定していて――
それは、つまり彼女を救いとしていた自分までもが否定されているようで、悲しかった―――

「ふざけるのもたいがいにしなさいよっ!!あんたが死んだってどうにもならないでしょ!!」

怒りと悲しみとその他の様々な感情が混ざり合ったまま矢口を怒鳴りつける。
矢口の目は赤く潤んでいる。滲むものをこぼすまいと口を結んでいる。
それに気づき、保田は続くはずの言葉を躊躇う。

しっかりと結ばれた矢口の口から呻くような声が漏れた。
278 名前:第5章 投稿日:2003年05月12日(月)23時34分38秒

「でも・・・あたしが・・・もし、あたしがMOSなんて作らなかったら・・・・・・あたしが、ラブマなんてつくらなかったら、そしたら」

たらればを繰り返すのは意味のないことだ。
矢口にもそれぐらい分かっているはずだ。
だが、口に出さずにはいられないほど不安定なのだ。
保田は、冷静さを取り戻すようにふっと息をつき静かな口調に戻って言った。

「今更そんなこと言ったって意味ないでしょ。もうしちゃったことなんだから。
あんたがこれからしなきゃいけないのは寿命がつきるまで生き抜くことじゃないの?」

「生き抜く?」

矢口は、ワケがわからないと言う風に繰り返す。

「そうよ、生きて生きて自分のしてきたことを償いなさい。
それが、後藤も吉澤も望んでることでしょ。あいつら、二人はあんたのこと恨んでないわよ。
恨んでたらあんたを生きて帰すわけがないもの」
279 名前:第5章 投稿日:2003年05月12日(月)23時35分15秒

保田の言葉が矢口の胸に突き刺さった。

きっと――

そう、きっと自分はそう言って欲しかったのだ。
誰かではなく、自分が罪を犯した彼女たちにこのまま生きていてもいいんだと――

こう考えるのはずるい考えかもしれないが――

矢口は、小さく嗚咽を漏らした。


保田は、その小さな体を覆うように抱きしめる。

「私も一緒に抜けてあげるわよ」

頭を顎にのせ小さく囁く。

「あんたしか私のメンテできるヤツいないんだからね」

矢口が、小さく胸の中で頷いた。
280 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月13日(火)00時15分20秒
みんなどうなるんだろう。
更新毎回楽しみにしてます。
281 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月13日(火)20時57分12秒
( `.∀´)かっけ〜
そして、よしごまはどうなるのか・・・・・・よめないな〜
282 名前:第5章 投稿日:2003年05月18日(日)01時00分47秒

8

夕食を食べ終えとりとめのない思い出話をしながら布団に入って、だいぶ時間がたっていた。
耳を澄ませば自分の鼓動でさえ聞こえそうなぐらい静けさの中、
ひとみはなかなか寝付けずに何度目かの寝返りを打つ。
その時

「眠れないの?」

と、もぞもぞと起き上がった影がこちらを見ている。真希だ。
ひとみが頷くと彼女は梨華を起こさないように気を使いながらひとみの方へと移動してくる。

「なら、ちょっと外に行かない?」
「え?」

「2人きりで話したいことあるし梨華ちゃん起こしちゃかわいそうでしょ」

真希はそう言うと、かわいらしくウィンクをしてみせ、さっさと玄関に行ってしまった。
なにを考えているんだろう、ひとみはゆっくりと起き上がり真希のあとを追いかけた。
283 名前:第5章 投稿日:2003年05月18日(日)01時02分40秒

深く淀む暗闇の中、淡い月明かりと切れかけているのか点滅を繰り返す街灯が
二人を照らし出している。気まずい沈黙が続く。
なにをいっても場違いになりそうで
ひとみはただ黙ったまま真希と一緒に歩き続けていた。

横目で真希を盗み見る。
真希はどこか吹っ切れたようなすがすがしい表情を浮かべている。
なぜか切なくなって、ひとみは視線を前方に戻した。

月が微妙にその色を変える頃、ようやく世間話をはじめるように真希が口を開いた。

284 名前:第5章 投稿日:2003年05月19日(月)00時57分49秒

「今日は、楽しかったよ」

月明かりに染まった空気にその声が響く。
ありきたりな言葉にひとみは少しだけ拍子抜けして彼女を見返した。
それを言うためだけにここまで来たとは思えない。

「あたしたちって3年前もこんな感じだったんだよね」

真希がどこか自嘲的に続ける。

「え?」

「だから、3人でご飯食べて3人で川の字になって寝て・・・楽しく暮らしてたんだよね、3年前も」

確かめるまでもないようなことをどうしてこんな風に真剣に聞くのだろう。
もしかしたら、真希も3人で一緒に暮らしていけると思ったのかもしれない。
絶対に不可能だと思っていた自分でさえそう思ったように――
ひとみは、少しの期待をもって真希に視線を動かした。
しかし、真希の顔に浮かんでいたのは未来への期待などではなかった。

真希は、ただ自分の言ったことがあっているのかどうか、その答えを縋るような目をして待っていた。
ひとみは、はっと息を呑む。
その反応に真希は不安げに表情を曇らせた。
285 名前:第5章 投稿日:2003年05月19日(月)00時58分52秒

「違うの?あたしたちどういう風に過ごしてたっけ?今日みたいな感じじゃないの?」

震えた声。
冗談なんかではなく

「・・・・・・ごっちん」


――まさか君は3年前のことをまったく覚えてないの?


ひとみは、呆然として僅かに口を開いた。
胸に小さな棘が刺さったかのような痛みがはしる。

286 名前:第5章 投稿日:2003年05月19日(月)00時59分46秒

「違うんだ・・・・・・」

真希が搾り出すように――そう、本当に絞り出すように小さな声でそう口にした。
それから、落胆を隠しきれないのか弱弱しく首を振り頭に手をやる。
もうどうしたらいいのかまったく分からない途方にくれた表情を浮かべて――

「・・・・・いや、そうだよ。私たちは、今日みたいに楽しく過ごしてたよ、ずっと。」

気づいて、ひとみは早口で答えを返した。

「・・・ほんとに?」

念を押すように――指先が少しだけ震えていた。
だから、ひとみはしっかりと真希を見つめてうなづいた。

途端、真希の顔がぱぁっとはじけるような笑顔に変わる。

「よかった。これまで違ったらもう終わってるよ」

彼女は、心底、ほっとした風に息を吐きながら呟いた。

その言葉が仕草が、先ほどからの考えを肯定していた。
それでも、彼女の口から聞かない限りひとみは信じたくなかった。
絶対にそんなこと信じたくなかったのだ。
287 名前:第5章 投稿日:2003年05月19日(月)01時01分19秒

「ごっちん、なんで・・・・・・なんでそんなこと?」

祈りにも似た思いでひとみは尋ねた。
考えすぎだと笑い飛ばしてしまいたかった。

けれど――

「なんかね〜、最近すごい昔の記憶が曖昧なんだ〜」

さっきとは打って変わったあっけらかんとした口調で真希は言った。


「――でも、全部忘れてるとかじゃなくて徐々になくなってくみたいな・・・・・・
 梨華ちゃんとはじめて会った時のこととか・・・うん、楽しかった時のことが忘れやすいみたい。
 だから、3人で過ごしてたときのことってもうあんまり覚えてないんだ」

「嘘・・・・・だって、カレーのこと」

言いかけてひとみはそれを途中で飲み込んだ。
真希は、カレーのことに関する昔のエピソードなど一切、口にしてはいない。
ただ、なんとなくレシピにカレーを選んだんだろう。
そして、その味は以前のものとはまったく違うものだった。

気遣われていることが分かったのか、真希は困ったように微笑んだ。
288 名前:第5章 投稿日:2003年05月19日(月)01時02分02秒

「カレーは梨華ちゃんが久しぶりにあたしのカレーが食べたいって言ったからで・・・・・・
 本当は、料理する気なんて全然なかったんだよ。だって――」

言葉が最後まで紡がれるよりも先にひとみは悲しみに顔をゆがめた。
真希の口からは、悲しい悲しい言葉しかでてこないからだ。


まったく気づいてあげられなかった。
あれだけ傍にいたのに――
ずっと苦しんでいたはずなのに――


「――だって、もう味覚もなくなってるからさ」


それなのに、本人はどうしてこう達観したふうに笑っていられるのだろう?


逃げることしかしなかった自分が情けなくて仕方なかった。

289 名前:第5章 投稿日:2003年05月19日(月)01時03分05秒

ひとみの頬を一筋の涙がゆっくり伝っていた。
瞬きをするたびにぼろぼろととめようのない涙がこぼれていく。

「泣かないでよ、よっすぃ〜」

真希が笑う。

ひどく柔らかく――
真希がそんな風に笑うから余計にひとみは悲しかった。

真希は、慰めるようにひとみの頭を優しく撫ではじめる。

2人とも滅多なことでなくタイプではなかったが――
昔から一方が泣いている時は一方がただ黙って傍にいるのが、
二人の間では当たり前のことになっていた。
290 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)02時14分13秒
ごっちん・・・
悲しい、悲しすぎるよ
291 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)08時14分01秒
( ´ Д `)……
292 名前:第5章 投稿日:2003年05月23日(金)14時06分03秒

「はい、これあげる」

しばらく黙ったままひとみの傍らにいた真希だったが、
不意に思い出したようにポケットから小さなケースを取り出した。
その中から、鈍く光る銃弾を取り出しひとみの手をとると無理やり握らせる。
彼女が、手渡されたものがなにかを確かめるよりも早く真希は言葉を続けた。

「銃弾はお互い一発ずつ。オッケー?」
「オッケーって・・・・・・」

真希の言葉にひとみは返答に詰まった。
どこか、上の空といった風にも取れるぼんやりとした表情を浮かべてこっちを見つめている。

「二つあるから一つあげる。知ってる?あたしたちって自殺はできないようになってるんだよ。
 だから、死にたかったら戦うしかない。レベルが一緒じゃないと殺してもらえないから大変だよね」

わざとあっさりとした口調にしないと続けられないような気がした。

これから彼女に告げることは本心ではない。
だけど、いつかそれが本心に変わるのはもう止められそうにないから――

ひとみが、眉を寄せたのが目に留まる。
真希はそれを気にしないように努めて目だけで微笑んだ。
293 名前:第5章 投稿日:2003年05月23日(金)14時08分07秒

「どうしても戦わなきゃいけないの?」

真希の事情を知れば知るほど決心が揺らいでいく。
ひとみは、弱々しく呟いた。
その言葉に、真希の瞳に憂いの色がちらつく。
しかし、次の瞬間にそれは消え、かわりにどこか皮肉の混じった嘲笑が浮かんだ。
さきほどまでの彼女とは違う表情にひとみはたじろぐ。

「そうだね。よっすぃ〜が梨華ちゃんと暮らしていきたいならあたしを殺すしかない」
「・・・・・・・・・・・・でも」

「正直ね、確かめようと思ったんだ」

ひとみの言葉を真希が口早に遮る。

「確かめる?」

戸惑い繰り返したひとみに真希はゆっくりうなづいた。

「確認作業は済んだよ。あたしの気持ちは変わらなかった」
「・・・・・・ごっちん」

確認――
それがなにを意味しているのか、分からないわけではなかった。

ひとみは、懇願するかのように真希を見た。
真希は、無感情にひとみを見据えている。
294 名前:第5章 投稿日:2003年05月23日(金)14時12分45秒

「よっすぃ〜」

彼女の目がスッと鋭くなる。
ひとみは、無意識のうちに唇を噛締めていた。

彼女は、これから決定的な言葉をつむぎだす。

決定的な――
密かに芽生えた小さな希望を消し去ってしまう言葉を――

「あたしは、必ずよっすい〜を殺す。殺したいんだよ」

冷たくて暗い笑顔。
それが演技なのか本心なのかはわからない。
ただ、本気だと言うことは分かった。

295 名前:第5章 投稿日:2003年05月23日(金)14時13分52秒

「なんでだろ。なんでこんな気持ちになるのかな?
 ・・・・・・あたし、別に誰も恨んでないのに・・・・・・よっすぃ〜のこと嫌いじゃないのに」

真希の口から、自分に問いかけるような響きをもった言葉が零れた。
なにかを抑えるように真希は両腕でしっかりと自分の体を抱きしめている。
あまりに強くそうしているからか立てた爪の隙間から赤いものが滲んでいた。

「・・・・・・ごっちん!」

ひとみは、その腕をすばやく掴んだ。

「・・・・・・止められないよ・・・・・・・・・・・・・・とまらないんだよ!!!」

両腕をつかまれたまま真希は子供のような声を上げた。
荒い息を吐き出してがっくりと頭をたれる。
同時に、耳にかけていた栗色の髪が彼女の顔を隠した。

真希の悲痛な叫び。
自分にできることは――

その時、真希のうめくような声が聞こえた。
296 名前:第5章 投稿日:2003年05月23日(金)14時14分55秒

「・・・だから」

「え?」

真希が顔を上げる。
その瞳は少しだけ潤みを帯びている。

「・・・・・・だから、よっすぃ〜はあたしを殺してよ」

吐息だけで彼女は呟いた。

「助けてよ・・・・・・あたしを殺せるの・・・よっすぃ〜だけなんだよ・・・・・・」
「・・・ごっちん」

ひとみは真希の瞳を見つめたまま離さなかった。
真希も同様に自分の瞳を見つめたまま離そうとはしない。
ひとみは、何か言葉を探し必要のないものだとやめた。

その代わりに真希に向かって微笑んだ。
きっと引きつって不器用な笑みになっているだろう。
でも、真希には自分の気持ちは伝わるはずだ。

言葉を交わさなくとも真希の気持ちが痛いほど感じられるから――

「・・・・・・明日の夜、園で待ってるから」

真希が目をそらすことなく言った。

真希は、微笑んでいた・・・・・・
その目には光るものが溢れかえっていたが――
297 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月24日(土)13時14分11秒
( ´ Д `)<悲しいねぇ…。
298 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月24日(土)22時13分20秒
二人には幸せになってほしいっす
299 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月24日(土)23時09分57秒
ハッピーエンドになってほしいけど・・・・・・
300 名前:第5章 投稿日:2003年05月28日(水)16時06分38秒

9

中澤は、再び大きな会議室に呼び出されていた。
そこにいるのは金髪の男のみである。
思えば、この男との付き合いも長い。
彼が、ラブマの開発時に顔を曇らせていた上層部にかけあってくれなければ、
今の地位もなかっただろう。

それからも、たびたびゼティマから少しだけ浮いているハロプロのために力を貸してくれた。
ただの祭り好きか、他に意図したことでもあったのか――
彼がなにを考えて手助けしてくれたのかは今でも分からない。
だが、今回ばかりはそうもいかないだろう。
今回、彼がハロプロを助けるということは彼自身の命も危うくさせることに他ならないからだ。

無論、中澤は彼に助けを求めるつもりなどなかった。
いつだって最終的に頼るのは自分だけだ、中澤はそうやって今まで生き残ってきたのだから――
301 名前:第5章 投稿日:2003年05月28日(水)16時07分59秒

「全関連事務所からラブマに関するデータが消された」

男は、静かな口調で切り出した。

「どうもお前のところから侵入があったみたいなんやけどな」

中澤は、ピクリとも反応を見せない。
男は、そんな中澤の態度にどこか呆れたようにふんっと鼻をならした。

「今、ここでとめてももう遅い。次の段階のラブマはできとるんや」
「ええ、知ってますよ」

中澤は、あっさりとうなづく。

「知ってたんか・・・・・・ほんなら、話は早い」

男は、やや拍子抜けした表情で息を吐きだす。
それから、中澤に鋭い視線を向けた。

「お前の命もやばくなるで」

その視線に反して幾分か心配している口調。
中澤は、その言葉に肩をすくめてみせた。

「それも知っとるってことか・・・・・・お前もアホやな」

男は、苦笑した。中澤も同じように笑った。
夕日が窓から差し込んで部屋を赤く染めていた。二人の顔も赤く染まる。
男は、中澤に背を向け窓からの景色を眺めながら

「キレイやな」

つぶやいた。

「そうですね」

男の言葉に、中澤は頷いてはみたがどうみてもそれをきれいだとは思えなかった。
中澤には、夕日の赤は真っ赤な血のように見えていた。
302 名前:第5章 投稿日:2003年06月02日(月)13時58分41秒

     ※              ※

朝、目覚めるとすぐ間近にうさぎのように目を赤くしたひとみの顔を見つけた。

眠れなかったんだろうか?

寝起きでぼんやりとした頭にはそれだけしか思い浮かばない。
ひとみは、梨華がおきたことに気づくと顔を見られたくないのか
慌てて体を起こし寝すぎだよとぶっきらぼうに言った。
その口調はどこか昔の真希に似ていた。
梨華は、おそらくまだ寝ているだろうと真希の布団に視線を動かし、瞬間、頬を凍らせた。
きれいに畳まれた布団。
部屋のどこにも真希の姿はなかった。
咄嗟にひとみを見るが彼女は朝食の用意をするためにすでにキッチンに向かったあとだった。
梨華は、キッチンを覗き込む。
そこにも真希はいない。
そこでようやく梨華は、ひとみの目が赤かったのは眠れなかったからではなく、さっきまで泣いていたのではないかということに気づいた。
303 名前:第5章 投稿日:2003年06月02日(月)13時59分20秒

自分の知らないうちに二人の間になにかがあった。

それは、いったいなんなのか?

ざわざわと不安が纏わりついてくる。

まさかとは思うが、もう既に真希は――

そこまで考えて、梨華は首を振った。
そんなわけない。そんなわけがあるはずがない。
昨夜の穏やかな食卓。
それは、3年前と少しも変わっていなかったのだから――

「梨華ちゃん」

不意に声をかけられる。
ハッとして振り返ると、ひとみが、どこか所在なさげにカレー皿を持って立っていた。
304 名前:第5章 投稿日:2003年06月02日(月)13時59分52秒

黙々と昨夜の残りのカレーを口に運ぶひとみを窺うように見る。
ひとみがその視線に気づいたのかスプーンを皿においた。

「・・・なに?梨華ちゃん食べないの?」
「え?あ、おいしい?」
「うん、もう辛くないよ」

動揺する梨華を気にした風もなく再びカレーを食べ始めるひとみ。
彼女は、真希のことには一切触れもしない。
それが梨華の不安をさらに増幅させていた。

聞いたほうがいいはずなのに――どうしてか、梨華の口は動かない。
彼女の口から決定的な言葉が放たれるなんてありえないと信じているのに。
信じているから――

沈黙のまま食事は終わる。
305 名前:第5章 投稿日:2003年06月02日(月)14時00分50秒

ひとみは、梨華がチラチラと自分がなにかを言うのを待っていることに気づいてはいたがあえてそれに気づかない振りをした。

「さてと・・・・・・」

ひとみは、立ち上がりわざとらしく伸びをする。
梨華が期待と不安に入り混じった複雑な表情で見上げてくる。

「どうしたの?」
「ちょっと運動してこようかなって思ってさ」

「運動?」

ひとみの言葉を繰り返す梨華の表情が翳る。
その理由は、分かっている。だけど――

「体、なまってるからね〜」

ひとみは、誤魔化すように首をポキポキとならしながら笑った。
梨華はなにか言いたげな目をしてみせたが「そう・・・気をつけてね」と口にした。
ひとみは、片手でそれに応え外に向かった。

外にでたひとみの顔に笑顔はなかった。
苦渋に満ちた表情で道を歩いていく。

結局、自分は最後までこうなのだ。

もう梨華とは会えないというのに――

別れはきちんとするつもりだったのに――

なにも言いだせなかった。
言えるはずがなかった。
306 名前:第5章 投稿日:2003年06月04日(水)12時44分22秒

10

「こんにちは」

得意先から承った花束を店内で作っていた飯田は店先からかけられたその声に慌てて
「いらっしゃい!!」と威勢良く声を発した。
店先に立っていたのは吉澤ひとみだった。

「あ、よっすぃ〜、久しぶりだね」

彼女には久しく会っていなかったが、初対面に近い人間からあんな風に真剣な相談を受けたのは
はじめてだったのでよく覚えている。
彼女は、自分には分からないほど重たいなにかを抱えていた。
迷いや恐れ、様々な感情がその瞳の奥に見え隠れしていて
――それが、飯田の思い出の中の幼女と重なっていた――ずっと気になっていたのだ。
だから、今日ここに姿を現したひとみを見て飯田は内心ホッとしていた。
彼女の顔からは、そういったものが一切拭い去られていたからだ。
思わず、表情が緩くなる。

「元気そうでよかった」

そう言うと、一瞬だけひとみの大きな目が細められた。
笑ったからなのか泣き出しそうだったからなのか――もしくは、そう見えただけかもしれない。
現にひとみは、次の瞬間には飯田の言葉にしっかりと頷いていたのだから。
それも、おかしなほど穏やかな顔で。
307 名前:第5章 投稿日:2003年06月04日(水)12時47分38秒

※   ※

ほんの数回しか会っていない飯田に心配されていたことが素直に嬉しく思った
なのに、なぜか同時に涙がこぼれおちそうになってひとみは一瞬目を伏せた。
それに気づかれたのか、飯田の顔が微妙に変化する。
ひとみがなにか発するのを待っているかのように真摯な眼差し。
あの時のように、また相談にのってもらいたくなる。
しかし、もう誰にも頼ることはできないのだ。
ひとみは、飯田から視線を逸らし店内の花を見やった。

「・・・また花束つくってもらえます?」

ひとみの言葉に飯田はなぜか複雑な笑みで応えながら、店内の花に視線を動かした。

「この間みたいな感じでいいの?」
「ええ。今度は、二つ。お願いします」

「オッケー。よっすぃ〜は中で座ってなよ」

飯田にすすめられひとみは奥にある椅子に腰をかけた。
飯田は、慣れた手つきで花をまとめていく。
ひとみは、ぼんやりとその様子を眺めた。
これからのことを忘れてしまうほど平和に感じられた。
308 名前:第5章 投稿日:2003年06月04日(水)12時48分22秒

「なんかあった?」

作業をしながら飯田が不意に口にした。

「え?」

「よっすぃ〜、ちょっと雰囲気が変わった」

「そうですか?別になんにもないけど・・・・・・」

なんだか見透かされている印象を受けた。
ひとみは、動揺をかくし平然と答える。

「なら、いいけど・・・・・・・・・よし、できた」

飯田がひとみに色違いの花を使った二つの花束を差し出す。
ひとみは、慌てて立ち上がりそれを受け取った。

「ありがとうございます」

料金を払いながらひとみは言った。
飯田は柔和に微笑み「どういたしまして」と頭を下げる。
花束を抱え店からでかけてひとみはあることを思い立って振り返った。
飯田は、もうひとみから背を向け他の仕事にかかりはじめている。

「あの・・・・・・」

「ん?」
「お願いがあるんですけど・・・・・・・・・・・・」

飯田は、怪訝そうな顔をしたがひとみの真面目な表情に眉を寄せた。
309 名前:第5章 投稿日:2003年06月05日(木)09時44分36秒

    ※              ※

「はぁ・・・・・・」

梨華が小さくため息をついたのは交差点で信号を待っている時だった。
運動してくると言ったきりなかなか帰ってこないひとみを心配して捜しに出かけたのだが、
ひとみの姿はどこにも見当たらない。
夕方と言うこともあって家へ帰るサラリーマンや学生たちが同じようにその場に立ちつくしている。
信号が青にかわる。止まっていた人の波が一斉に流れ始める。
梨華も周りに押し流されるように歩き出した。

「ごめんね、梨華ちゃん」

急に声をかけられたので梨華は驚いて振り向いた。
そこには、誰もいない。

だが、その声には聞き覚えがあった。
310 名前:第5章 投稿日:2003年06月05日(木)09時45分42秒

「いろいろ心配かけちゃって」

梨華は人波に逆らって横断歩道に立ち尽くし声の主を探す。
ざわざわとしたこの場所ではどこから声が聞こえているのかがまったく分からない。
突然、立ち止まった梨華を人々が邪魔くさそうに一瞥しながら通り過ぎていく。
そんなものは関係なかった。
いまだ、見つからない彼女の姿に焦燥感だけが募る。

「でも、もう終わるから・・・・・・今日で全部」

信号が点滅し始めた。
梨華が唖然としたまま横断歩道に立ちつくしていると――一体どこにいたというのか――見覚えのある顔が彼女の横を風のような速さで通り過ぎた。

311 名前:第5章 投稿日:2003年06月05日(木)09時46分30秒

「ほんとにごめんね」

真希ちゃん・・・・・・

一瞬だけ見えたその顔は、本当に申し訳なさそうで。
振り向くと栗色のロングヘアーが目に入る。

信号が赤に変わる。

車のクラクションの音が梨華に警告する。
その音で我に返ったときには、梨華は横断歩道にただ一人ポツンと立っていた。
慌てて歩道を渡る。そして、向こう側に走り去っていった人物の姿を探した。
黒い人並みに紛れてしまってもう彼女の姿がどこにも見当たらない。

もう終わらせる・・・・・・・・・?

口の中で反芻する。
その言葉が継げる意味はひとつしかない。背筋を寒気が走る。

今日で・・・・・・全部?終わり?

「いやだよ!!なんで!?」

梨華は、そう叫ぶと走り出した。
312 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月07日(土)02時29分01秒
( T▽T)に同意
313 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月07日(土)17時24分22秒
(´Д`)はもしかしてよっすぃーに(自主規制)
314 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月07日(土)22時01分44秒
もしくは、(o^〜^o)はごまに(自主規制)
315 名前:第5章 投稿日:2003年06月10日(火)18時15分18秒

※ ※

小高い丘の上。冷たい風が頬を撫でる。
梨華と一緒にきた場所。
誰もいない霊園でポツンと一人だけ浮かんでいるような感じがした。
周りに人がいたら,幽霊が出た、と思うような、そんな情景の中にひとみは溶け込んでいた
仲良く並べられた二つの墓の前に立ちゆっくりと腰を落とす。
手に持っていた二つの花束のうち一つを真希の墓に備える。
そして、もう一つを先日はなにも備えなかった自分の墓に供えた。

「成仏しろよ・・・・・・」

ひとみは、低い声で呟く。
と、頬に冷たいものがあたりふと顔を空に向けた。
空からは、白いものがチラホラ舞っている。
ひとみは、悲しげな微笑を浮かべた。
そして、空に向かって手を伸ばしなにかを呟いた。

約束の時間はもうすぐそこまで迫っていた。
316 名前:第5章 投稿日:2003年06月14日(土)12時05分49秒

11

――公園。
僅かに積もり始めた雪の冷気のせいか、それとも、ただ辺りが暗いせいなのか、遊ぶ子供たちはいない。
そこに一つの黒い影が佇む様に立ち尽くしている。
ゼティマの戦闘服を身に纏ったひとみだ。
少し高めに定められたままの視線。
ひとみは、この位置から僅かに見える梨華のアパートに別れを告げていた。
もう逃げることはできない。
現実を現実として受け止めなければいけないのだ。
思い残すことはたくさんある。ありすぎるほどある。
それを振り切るようにひとみは、首を振り

「・・・よし」

小さな、だが強い響きが含まれた言葉を呟いた。
そして、公園をあとにしようと歩き出す。

その時だった。
317 名前:第5章 投稿日:2003年06月14日(土)12時06分24秒

「ひとみちゃんっ!!」

反対の入り口から駆け込んできた一つの影。
ひとみはその声にビクリと反応し足を止めたが振り返ろうとはしない。
振り返らなくてもその特徴のある声の主が誰かぐらい分かっていたからだ。
彼女には、今、一番、会いたくて会いたくなかった。
ひとみは、耐えるように両の拳を握った。

「いきなりいなくなったりしないって言ったじゃん!」

彼女の言葉が鋭く胸に突き刺さる。
ひとみは、それでも頑として振り返らない。
今、振り返ってしまえばせっかくの決意が泡になりそうな気がした。
弱い自分はまた真希から逃げてしまうような気がした。

「なにも言わないでいなくなったりしないって・・・言ったじゃん」

うるさく響く街の音の中で梨華の声はやけに鮮明にひとみの耳に届く。
梨華の痛切な叫びにひとみは耳を塞ぎたくなった。
318 名前:第5章 投稿日:2003年06月14日(土)12時07分56秒

「ねぇ、なんで戦うの!?私たち家族じゃないっ!!」

梨華の本心だった。
今まで梨華はあえてひとみたちを止める言葉を言ってこなかった。
それも、もう限界だった。どう言っても、もう止められないことは分かっている。
無駄な足掻きだとも――しかし、だからといってこのままなにもできずに
また二人を失うことが嫌だった。
家族として一緒に生きてきた二人が、残酷な運命に翻弄される理不尽さと現実が納得できなかった。

「それなのに・・・・・・なんで?なんで2人が戦わなきゃ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

返事は返ってこない。
梨華の声は聞こえているはずなのにひとみは、俯いたきりピクリとも動かない。

「そう思ってのは私・・・だけだったのかな?」

呟くと、梨華はこらえきれずに膝から崩れ落ちた。
無力感でいっぱいだった。

暫くの沈黙のあと、ザクッと少しだけ積もり始めた雪を踏みしめるかのような音がした。
梨華は、涙目のまま顔を上げる。
ひとみが、躊躇いながらゆっくりと梨華を振り返っていた。
しかし、ただ梨華を見つめたきり傍に来ようとはしない。
ひとみの目からは一筋の涙が零れ落ちていたが、それに反して彼女は笑顔を浮かべていた。
319 名前:第5章 投稿日:2003年06月14日(土)12時08分48秒

「家族・・・・・・だよ」

掠れた声でひとみが言った。

「・・・え?」
「家族だから戦うんだよ・・・・・・」

「なに言ってるの?・・・意味が・・・・・・意味わかんないよ」

「あたしもごっちんもあの時から死という眠りの中で夢を見てたんだよ」

ひとみは、今まで梨華が見たこともないようなどこか狂気にみちた顔をしていた。
思わず、梨華は言葉を失う。
薄暗い背景の中でひとみの纏う黒がやけにぼんやりとにじんで見えた。

「もうそろそろ目を覚まさなきゃ・・・・・・・・・」

「・・・・・・ひとみ・・・ちゃん」

「ゴメンね、また一人にしちゃうよ。ホントにごめんね」

ひとみがゆっくりと梨華に背を向ける。
梨華はもうなにもいえなかった。言うべき言葉が見つからなかった。
なにかを言わなければ今度こそ本当に彼女はいなくなってしまうのに――
梨華はその場から動くことができずにただその背中を見つめた。

「はじまったんじゃなくて、最初から終わってたことに今頃気づくなんてな・・・・・・」

ひとみは、梨華に聞こえない声で呟き静かに歩き出す。
320 名前:第5章 投稿日:2003年06月14日(土)12時09分41秒

「ひとみちゃん!」

歩き出したひとみに気づいて金縛りが解けたかのように梨華はその名を呼んだ。

優しいひとみは振り返ってくれる。
もう一度、自分のもとに戻ってきてくれる・・・・・・
梨華は祈るように名前を呼び続けた。

しかし――

「きちんとお別れが言えてよかったよ・・・・・・さよなら、梨華ちゃん」

ひとみは、もう立ち止まりも振り返りもしなかった。
黒い戦闘服がそのまま闇に溶け込んでひとみの姿はすぐに梨華の目には見えなくなった。

梨華は泣いた。
あの頃のように・・・・・・・・・・・・
しかし、もう手を差し伸べてくれたあの頃の2人はいないのだ。

梨華は1人、声にならない声で泣き続けた。
321 名前:第5章 投稿日:2003年06月16日(月)12時18分32秒

12

その出来事はその日のお昼、主婦たちが見るであろうワイドショーの片隅に速報としてわずかに流れた。

『本日未明、登校中の女子中学生二名が、居眠り運転の乗用車に撥ねられ死亡。
 運転手は重症の模様。女子高生二人の名前はまだ未確認』

それは、なにげない出来事だった。

二人の少女の死。
本当になにげない小さな出来事だった。
いつしか小さな出来事は小さなものではなくなり、少女たちは永遠に続いていく時間を歩き始めた。

しかし、それも今、ようやく終わりを迎えようとしていた。

残酷な現実に耐えられず逃げ出した少女。
残酷な現実をどうにかして乗り越えようとした少女。

何が正しくて間違っているのか
そんなことさえ分からなくなる世界に身を投じ――

少女達は、ただひたすらに自分自身と戦っていただけだった。
322 名前:第5章 投稿日:2003年06月16日(月)12時20分21秒

ひとみが園に到着したとき真希はポツンと子供用の低い鉄棒に腰をかけ、
ぼろぼろの教室を眺めていた。
ひとみの気配に気づかないのか微動だにしない。
その目には、もしかしたらなにか別のものが映っていたのかもしれない。
もう残り少ないであろう思い出を掘り起こしているのかもしれない。

声をかけるべきか迷う。

その迷いが空気を伝わったのか、不意に真希の視線が横に――結果として、
ひとみの立っている方へ――動いた。
真希は、自分の姿をとらえているはずなのに――
しかし、それでもなお、ぼんやりとした表情を浮かべている。

「ごっちん・・・・・・」

少し遠慮がちに声をかけると真希ははじかれたようにひとみを見つめなおした。
もしかしたら、今の今まで彼女の目には自分が映っていなかったのかもしれない。
そんな感覚に襲われそうになる反応の仕方だった。
ラブマの副作用がさらに進んだんだろうかと、ひとみは不安になった。

しかし、真希の口からでた言葉は至って普通で――

「遅かったじゃん、来ないかと思った」

「ごっちんの真似して遅刻してみたんだよ」

ひとみは、少し拍子抜けしながら――二人が持つ現状から考えればずいぶん暢気だが――そう答えた。
323 名前:第5章 投稿日:2003年06月16日(月)12時21分21秒

「あはっ、珍しい」

ただの冗談だったが、真希はなぜか嬉しそうに顔をほころばせた。
真希の笑顔は何度も見てきてはいたが、
ひとみには、今、彼女が浮かべたものは今まで見てきたものとは違って少し子供っぽく――それは、
本当は年相応のものだったのだが、彼女はいつも少しだけ大人びた笑顔をしていたから――感じられた。

「最後くらい遅刻してみるのもいいでしょ」
「まぁ、そうだけど。あたしは、最後くらい遅刻しないように頑張ったんだよ」
「最後に待つ側の立場が分かってよかったじゃん」
「別に分かりたくなかったんだけど」

今から殺しあいをするとは思えないほどの明るさで軽口をたたきあう。
こうして軽口を叩いていれば少なくともその一瞬だけは現実を誤魔化せそうな気がした。
324 名前:第5章 投稿日:2003年06月16日(月)12時22分03秒

真希もきっと同じ気持ちだろう。
最後の最後で――いや、最後の最後だからか――こんなにお互いの気持ちが
敏感に感じとれるようになるとはずいぶんな皮肉だが――ひとみは、微苦笑する。
それを真希に見られないように地面に視線を動かす。
足元には白。
昼から降り出した雪が、いつのまにかかなりつもっていたようだ。

ザクッと足音が聞こえる。

自分の影ともう一つの影が視界にうつる。
顔をあげると真希がすぐ傍まで来ていた。

真っ白な世界に紛れ込んだ二つの黒い影。

それが、今の自分と真希の状態だ。
325 名前:第5章 投稿日:2003年06月16日(月)12時23分35秒

「目覚まし時計の音がしない?」

不意に歌うように軽やかな口調で真希が言った。
いつも寝坊をしていた彼女らしい例えだとひとみは思う。

「神様があたしたちにさっさと起きろって言ってるんだよ」
「あはっ、ここらで思い出話なんてのも悪くないけど・・・・・・あたしが覚えてること少ないからさっさとやろっか」

真希は、眩しそうに目を細めて天を仰いだ。
ひとみも同じように視線をあげる。
ちぎれた雲のすきまから微かに光が差し込んでいた。

天国に行けるだろうか――

(・・・馬鹿馬鹿しい)

不意に浮かんだ考えに、ひとみは、天を仰いだまま再び苦笑した。

「・・・・・・うちらにお涙頂戴は似合わないしね」
「だね」

2人は、視線を戻し顔を見合わせると笑顔を浮かべた。
326 名前:第5章 投稿日:2003年06月17日(火)11時10分12秒



Exaudi nos 


神よ 我らの祈りを聞きたまえ




                   







327 名前:第5章 投稿日:2003年06月17日(火)11時11分30秒

3年前、突然の交通事故で梨華の家族は失われた。

そして、一週間前、再び梨華は家族を失った。

この一週間、梨華は彼女たちがまたひょっこり自分の前に姿を現すのではないかと
ガランとした部屋の中でずっと待ち続けていたのだった。

もし、自分が部屋にいなかったら彼女たちはあきらめて帰ってしまいそうだったから――

それはただの言い訳だったのかもしれない。
だが、そうでもしなければやりきれなかった。
一番年上なのに、2人になにもしてあげられなかったことがどうしようもなく辛くて――

おそらくひとみも真希も今の自分の状態を見たら怒るに違いない。
彼女たちは最後まで生きるということがどういうことなのかを探していた。

「・・・・・・私がしっかりしなきゃね」

梨華は、自分を戒めるように呟くと久しぶりに外に気持ちを向けた。
部屋を出ると眩しい日差しが暗闇に慣れた目に強く刺さる。
反射的に梨華は目を細めた。

328 名前:第5章 投稿日:2003年06月17日(火)11時12分12秒

小高い丘の上、ひとみと2人できた霊園に梨華は立っていた。
以前、彼女はここに立ちその風景をぼんやりと眺めていた。
あの時、梨華はひとみがなにを考えているのか分からなかった。
不安でくだらない言葉をかけるしかなかった。
今ならひとみが見ていたものがなんとなく分かるような気がする。

梨華は、ゆっくりと真希とひとみの墓石の間にしゃがみこんだ。
二つの墓石には、ひとみが供えた花束がしなびている。
梨華はそれを手に持っていた新しい花束ととりかえると両手で二つの墓石に手を触れる。
冷たいはずの墓石は、なぜか温かくて梨華は泣きだしそうになった。
それを誤魔化すように立ち上がる。

「ひとみちゃんのバカーッ!!」

梨華は丘から叫んだ

「真希ちゃんのバカーッ!!!」

太陽に染まる街に向かって。

「2人の大バカーっ!!!!!!!!!」

どれだけ時間がたっても彼女たちを忘れることはないだろう――梨華は何度も何度も繰り返し叫んだ。
329 名前:第5章 投稿日:2003年06月17日(火)11時13分30秒

         ※             ※

「石川さん・・・でしょ?」

空が赤くなる頃、家路についた梨華はそんな声に呼び止められた。
振り返ると、背の高い女が立っている。
女はゆっくりと梨華に近づき、
「実は・・・・・・よっすぃ〜から頼まれてて」と、キレイな花束を差し出した。

「え?・・・・・・・あ」

そこでようやく梨華は、その女がひとみと墓参りに言ったときに立ち寄った
花屋の主人だということに気づく。

「よっすぃ〜があなたにって選んだんだよ。だから、ちぐはぐでしょ」

言っている言葉は悪いが女はその花束を優しい目で見つめながら
ポカンとしたままの梨華の胸になかば無理やり押し付ける。
梨華は戸惑いながらそれを受け取った。

確かにチグハグだ。
ひとみらしいといえばそうだが――梨華は女を見る。

女は、梨華が抱えている花束の花に軽く触れ、なにかを思い出しているかのようにゆっくりと口を開いた。
330 名前:第5章 投稿日:2003年06月17日(火)11時14分02秒

「花言葉だけで選んだみたい」
「花言葉?」

「そう、この花たちありがとうっていう意味の花なんだ」

ありがとう?

なにもできなかったのに・・・・・・
結局、2人になにもしてあげられなかったのに・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・」

梨華は、花束を胸に抱えてうつむく。

「ねぇ、ちょっとどうしたの?カオリ、なんかまずいこと言っちゃった?」

女がうつむいてしまった梨華に動揺した声をかける。
梨華はただ首を振った。女は困ったように梨華の頭を優しく撫でてくれた。それがよりいっそう梨華の涙をさそった。

思えば、2人がいなくなってから涙を流したのこれがはじめてだった。
331 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月18日(水)03時45分20秒
今まで読んだ中で最高傑作かも

涙がとまらん
332 名前:エピローグ 投稿日:2003年06月19日(木)23時38分02秒

ゼティマの社長室で中澤はタバコをふかしながら窓から広がる世界を見下ろしていた。
ハロプロのトップの席よりもさらに上から見下ろす世界。
とてつもなくちっぽけに見える。
ひとみと真希の行方は依然として分からない。
矢口と保田もすでにどこかへと逃げていった。
もしかしたら、もう追跡者に殺されているかもしれない。

あれから、ラブマというツインエースのいなくなったハロプロ、およびゼティマは
一斉に他会社、そしてUFAからも狙われた。
腕の立つソルジャーたちはそのままUFAへ、行き場のなくなった社員たちは
逃げるか殺されるか――上手く逃げられたとしても一生闇を恐れなければならない。
ゼティマの社長という立場をもった男でさえ、あっさりと殺され自分の足元に転がっている。
結局、上手く生き残りここに立っているのは中澤一人だけだった。

もちろん、無傷ではすまなかったが――

紫煙が部屋中に広がっていく。
デスクの上は、足元の男がいついなくなってもいい準備をしていたかのように
やけにこざっぱりとしている。
その下には空っぽになった金庫と埃をかぶったコーヒーメーカーが捨てるように粗雑に積んであった。
333 名前:エピローグ 投稿日:2003年06月19日(木)23時39分57秒

「こうなったら情報なんて意味ないよな・・・・・・」

中澤は、男の死体をちらりと見やり彼の場所であった椅子にドカッと腰を下ろした。
そうして、また窓のほうに視線を動かす。
しばらく呆けたようにそうしていると、不意に侵入者を告げる警報が部屋に鳴り響いた。

「・・・・・・来たんか」

中澤は呟きタバコを揉み消すと警報機に向かって銃を撃った。
ぅぃぃんという情けない音を残して警報は止まる。
もうこんなものが鳴っても戦うソルジャーはここにはいない。
これが、かって裏の世界で最強と呼ばれた会社の終わりだ。

それを止めようともしなかったのは自分だが・・・・・・
気づかなかっただけで自分はずっとこの場所を壊したかったのかもしれない、

中澤はたった今浮かんだ自らの考えに苦笑した。

しばらくして、部屋のドアがノックされる。
自分を殺しに来たにしてはずいぶんと礼儀正しい。
334 名前:エピローグ 投稿日:2003年06月19日(木)23時41分06秒

「鍵かけてへんよ」

窓から視線を動かすことなく中澤は返事をした。
遠慮がちにドアが開かれる。
中澤は、新しく火のついた煙草を口に加える。
それから、ゆっくりと来訪者の方を振り返った。
その顔に一瞬だけ驚きの色が浮かぶ。

それも本当に一瞬だったが――

「あんたか・・・・・・どっちが来るか分からんかったけど」

返事はない。
かまわず、中澤は続ける。

「・・・・・・びっくりしたやろ。これがゼティマの成れの果てや。
 裏の勢力なんて1日で変わる。ここはもう終わったんや」
「・・・・・・・・・」

「そうそう、この間な〜、本社がラブマの植え付けに成功したんやって。
 どっちのラブマが植えつけられたかは知らんけどな。
 どっちにしても情報を持っとるうちは近いうちに消されるやろうな」

中澤は、喉を鳴らして笑った。
来訪者の少女は無言で中澤の話を聞いている。
335 名前:エピローグ 投稿日:2003年06月19日(木)23時42分02秒

「あんたも生きとるってことが分かったらきっと狙われるやろうな。
 顔が知れ渡っとるからおちおち外も歩けんくなる・・・・・・
 そん中でこれからどうするん?」

「・・・・・・・・・・・・…さぁ」

来訪者の少女はひどく簡潔にそう答えた。
中澤は、口の中に含んでいた煙を吐き出し満足そうな表情を見せた。

「そうか。ホンマ、悪かったな・・・・・・辛いことさせて」

窓から朝焼けが差し込み部屋を赤く染めた。
中澤は、無防備に窓のほうに向き直る。

少女に背を向ける形で――

「・・・・・・綺麗やな」

呟きながら、結局、最後まで太陽のキレイさが分からなかったと自嘲的な微笑を浮かべた。
そして、静かな朝の街に銃声が響いた。

                                   

                                       THE END
336 名前:七誌 投稿日:2003年06月19日(木)23時42分58秒
( `.∀´)Thankyou
337 名前:七誌 投稿日:2003年06月19日(木)23時43分35秒
(〜^◇^)for
338 名前:七誌 投稿日:2003年06月19日(木)23時44分18秒
( ^▽^)(o^〜^o)( ´ Д `)reading
339 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月20日(金)00時50分32秒
素晴らしい作品でした。
ありがとうございました。
そして、完結お疲れ様でした。
340 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月20日(金)00時51分57秒
はー、毎回息を詰めて更新分を読んでました。
どっちなんだろう。どっち…。
…てのは考えないことにしました。
番外編楽しみにしてます。
341 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月20日(金)07時54分02秒
こうくるとは思ってなかった。
本当にすごくよかったです。脱稿お疲れ様です
342 名前:Oterstory 中澤裕子 1 投稿日:2003年06月21日(土)11時01分22秒


死は存在しない。

生きる世界が変わるだけだ


343 名前:Oterstory 中澤裕子 1 投稿日:2003年06月21日(土)11時02分52秒

――お前には、二つ選択肢がある

肉の焦げる匂いと鉄錆に似た血の匂いとその他のあらゆる匂いが充満した場所で、
まるで自分のモノとは思えないほど重い体をだらしなく横たわらせたまま、
うちは不意に頭の上から降ってきたその声に閉じかけたまぶたを持ち上げた。

男は、黒い服を着ていた。
男は、まるで人間ではない別のなにかのように感じられた。

あんな場所にわざわざ足を運ぶくらいだから人間じゃなかったのかもしれない。


――生きるか死ぬか、どちらを選ぶ


このまま死ぬのも悪くはない。

せやけど――
本当にそうやろうか?


このまま死んでしまっては、うちはなんのために生まれてきたんや?

生まれてからこれまで奪われるばかりで
自らが欲したもの、なにひとつ、なにひとつとして手にいれることが出来んかったのに

こんなところで、野良犬のように朽ちていくのが望みだったわけやない。
344 名前:Oterstory 中澤裕子 1 投稿日:2003年06月21日(土)11時03分52秒


――どちらを選ぶ


「・・・・・・きる・・・・・・・・・うちは・・・・・い・・・・・・る」


男の口元が醜く歪められた。

笑ったのだろうか?

よく覚えていない。


記憶に焼きついているのは
どこかに搬送されながら視界にうつった赤。

血のように赤い夕日と夕日のように赤い体液。


                          
                                Fine
345 名前:七誌 投稿日:2003年06月21日(土)11時05分58秒

(〜^◇^)<スペル間違えてる
从~∀~从<アホがおるな〜


346 名前:七誌 投稿日:2003年06月21日(土)11時07分01秒
( `.∀´)<Otherが正解よね
(〜^◇^)<多分
347 名前:七誌 投稿日:2003年06月21日(土)11時09分45秒
从~∀~从<よう考えたら
(〜^◇^)<Anotherのほうが
( `.∀´)<正解よね
348 名前:another story 中澤裕子2 投稿日:2003年06月22日(日)07時50分01秒


寒くて寒くて

どうしようもなかっただけ

349 名前:another 投稿日:2003年06月22日(日)07時50分42秒

まるで昔の自分を見ているかのようやった。
怯えた目でうちを見上げている彼女はまるで――

彼女を拾ったのはいつだったか、
はっきりとは覚えていない。

やけど、どうして彼女を拾ったのかはよく覚えている。

あの頃、うちは寂しくて寂しくて
なんでもいいから傍においておきたかっただけや。


ホンマに彼女に自分と同じ道を歩ませる気はまったくなかったのに――
350 名前:another 投稿日:2003年06月22日(日)07時51分51秒

「生きたいんやったら立つんや」

うちの言葉に、彼女はなぜか微笑んだ。
髪だって服だってボロボロなのに、さっきまで怯えていたというのに。

ふらつきながらゆっくりと立ち上がる。
そんなに背の高くないうちを見上げている。
小さいと思ってはいたが、予想以上の小さな体。
こんな小さな体で彼女は生き抜いてきたのかと思うと少し胸が詰まった。

「・・・・・・寂しいの?」
「別に」

うちの答えに彼女はやはり微笑んだ。
そして、だらりと垂れたうちの手をギュッと握った。

何時以来だろう?
他人の体温を感じたのは――


凍えた路傍に転がっていたのにその手はやけに暖かくて、涙が出そうになった。


                                
                                  Fine
351 名前:another story 矢口真里1 投稿日:2003年06月23日(月)09時11分32秒


救おうなんて思っていない

ましてや、救えるとも


352 名前:another 投稿日:2003年06月23日(月)09時12分08秒

無言であたしに近づいてきた彼女はすごく怖かった。
真っ黒な服にサングラスをしていて悪魔みたいだったから――

でも――

「生きたいんやったら立つんや」

そう言ってあたしに手を差し伸べてきた時
サングラスの奥にある瞳がやけに寂しそうで
昔、ゴミ捨て場で読んだ童話を思い出した。

一人ぼっちの悪魔は、本当は人間が大好きで
彼らと一緒に暮らしたいのに
それは許されなくて、
泣きながら人間を襲う、そんなお話だった。
353 名前:another 投稿日:2003年06月23日(月)09時12分51秒

「寂しいの?」

「・・・別に」

そう答えた彼女の瞳はやっぱりどこか寂しそうで
あたしが今まで生きてきたのは
この人の寂しさを和らげてあげるためなのかなって馬鹿みたいに素直に思えた。

きっと彼女は、あたしじゃなくても
温もりを得られるなら
それこそ犬だって猫だってなんでもよかったんだろうけど――

あたしに手を差し伸べてくれたのは祐ちゃんだけだったから――



                                 Fine
354 名前:another story 矢口真里2 投稿日:2003年06月24日(火)12時23分27秒


気づかないうちに

2人はあまりにも遠くに行き過ぎた


355 名前:another 投稿日:2003年06月24日(火)12時24分16秒

祐ちゃんとの暮らしは穏やかで
涙が出そうになるほど穏やかすぎて
それなのに、いつも家に帰ってくる祐ちゃんは苦しそうだった。

あたしを見つめる瞳は相変わらずで
だから、あたしは、どうしたら祐ちゃんの気持ちが分かるのか考えた。

一番手っ取り早かったのが同じ仕事をすること――


あたしが、ゼティマの開発部に入るって言った時
祐ちゃんはひどく悲しそうな顔をした。
あたしには、自分と同じ世界に入ってほしくなかったみたいだ。

でも、反対の言葉は口にしなかった。
356 名前:another 投稿日:2003年06月24日(火)12時24分59秒

研修として開発部にはいると穏やかな生活は一変した。
ゼティマ内に用意された部屋で暮らすようになった。
前のように、祐ちゃんと一緒には暮らせなくなった。

祐ちゃんは祐ちゃんで新しい部署を任されるようになって
時折、姿を見かけても話しかけることが躊躇われた。


ちょうど一年たって、あたしは開発部に正式に迎えられた。
それから、あたしがMOSと呼ばれるプロジェクトをたちあげると、
祐ちゃんが、久しぶりにあたしの元に来てくれた。

ハロプロに新しく連れてこられた実験体と一緒に――
357 名前:another 投稿日:2003年06月24日(火)12時25分36秒

「矢口が立派になってくれて、嬉しいな〜ほんまに」

祐ちゃんは、実験体の肩に手を置いたまま笑った。
冷たい笑顔だった。
いつも寂しそうだったけれどこんな風な笑顔をする人ではなかったのに――

祐ちゃんを遠く感じた。

短く感じられた一年は、あたしたちの間に大きな、修復不可能なほどの溝をつくっていた。


あたしは、間違えたのだろうか?

あのまま穏やかな世界に身を任せていたら
祐ちゃんは、これほどまでに変わってしまわなかったんだろうか?


分からない。

358 名前:another 投稿日:2003年06月24日(火)12時26分06秒


でも――

元のような形でなくとも――


「この子、最強にしてや。ゼティマの中で一番・・・・・・
いや、UFAの中で一番になるくらいな」


あたしは、祐ちゃんの言葉にうなづいた。



fine
359 名前:another story 保田圭1 投稿日:2003年06月26日(木)09時11分22秒



自分の体を改造されるというのは、嫌なものなんだろうか?



360 名前:another 投稿日:2003年06月26日(木)09時11分55秒

「新しい腕の調子どう?」
「・・・・・・まぁまぁね」

「まぁまぁじゃなくて完璧でしょ」
「自信過剰」

言ったものの、確かに以前のパーツに比べれば調子はいい。
矢口は、ニコニコと付け替えたばかりの私の腕をさすっている。
笑顔は彼女を語る上ではずしてはならない要素だろう。

でも、はじめから彼女が私に笑顔を向けていたかというと、実はそうではない

361 名前:another 投稿日:2003年06月26日(木)09時12分57秒

私がここに連れてこられた時、彼女は開発部に所属したばかりだった。
彼女にとって私が初の強化手術だったと聞く。
それも、彼女が立ち上げたMOSプロジェクトの初の被験者。
そのせいか、彼女は最初、私に対して異常なほどに気を遣っていた。
手術を受けるまでの数日間、彼女は毎日私の部屋を訪ねてきては謝っていた。

別に彼女が謝る必要はどこにもないのに――

私は、自分の意志であの女についていくことを決めたのだから――
362 名前:another 投稿日:2003年06月26日(木)09時14分06秒

「保田さんは、怖くないの?これから自分の体が違うものになるんだけど――」

手術台の上に寝かされた私に彼女が言った。
私は、少しだけ考えて動かせる範囲で首を振った。

「ここに来る前は最悪だったから、これ以上、最悪なことはきっと起こらないわ」

彼女は、無言で私を見つめる。
ややあって、「じゃぁ、もう謝らないね」と笑った。


それが、はじめてみる彼女の笑顔だった。
363 名前:another 投稿日:2003年06月26日(木)09時15分10秒



「そういえばさー」
「ん?」
「あたし、またすごいの作っちゃうかも」

「へぇ〜どんなの?」

「んーとね、体の中のお医者さんって感じかな。撃たれても瞬時に治してくれるの。
 圭ちゃんは、しょっちゅう怪我するからね」
「たまにしかしないわよ、怪我なんて」

「ま、期待して待ってなよ」

矢口は、笑いながら部屋を出て行った。


こんなところにいて、こんな仕事をして
それでも普通でいられるのはその笑顔が近くにあるからかもしれない。

彼女にとって、たとえ、私がただの実験台だとしてもそれはそれでいいと思えた。


                                      Fine
364 名前:another story 保田圭2 投稿日:2003年06月27日(金)13時56分52秒


ここは暖かいわ
飢えも乾きもないし・・・

けど、
その代わり

希望もないの

365 名前:another story 保田圭2 投稿日:2003年06月27日(金)13時57分51秒

その部屋で、いつも彼女は窓からの景色を眺めている。

中澤裕子――私を拾った女。
そして
矢口の笑顔を曇らせる女。

そのことに気づいたのはつい最近のことだ。
彼女はあまり矢口を見ようとはしないし、矢口は彼女を見るとひどく辛そうな顔をする。


彼女と矢口の間にはなにかあるのだろうか?
366 名前:another story 保田圭2 投稿日:2003年06月27日(金)13時58分29秒

「最近どうや?もうここには慣れたか?」
「まぁまぁです」

「そうか、まぁまぁか」

彼女の背中が微かに揺れて、苦笑しているのだと分かる。
特におかしなことを言ったつもりはない。

「・・・・・・矢口とは仲ええみたいやな」
「え?」

その表情は、逆光でよく見えない。

「同期みたいなもんやし、あの子も甘えやすいんやろうな」

彼女が少し首を傾けた。
顔に当たる光の角度が微かにずれる。
その顔に浮かんでいたのは――悲しみ?
彼女が、実際にそんなものを感じているとは思えない。
光の角度がそう錯覚させただけだろう。
367 名前:another story 保田圭2 投稿日:2003年06月27日(金)14時00分19秒

「・・・・・・中澤さんのほうが矢口とは付き合い長いじゃないですか」
「矢口が、ここに来てからは短いで」

ぶっきらぼうな口調でそういうと、彼女は再び窓のほうに体を向けた。
なにか気に障るようなことを言ってしまったのかとそのまま様子を伺ってみる。
彼女は、ただ窓の外を眺めている。沈黙が続く。
ひどくゆっくりと時間が流れているような気がした。
これ以上、話がないのならさっさとこの部屋を後にしたい。
そう思った瞬間――

「圭坊」

自分の心を読み取ったかのように彼女は口を開いた。

「うちがあんたを拾う時に言ったこと覚えとるか?」
「私を拾った時・・・・・・」

しばし、逡巡する。

ぼんやりと彼女の言葉に頷く自分。
意識が朦朧としていて自分がなにに頷いていたのかはっきりとは思い出せない。
確かに、彼女はなにか言っていたような気はするが――

「いえ、覚えてません」
「そうか・・・・・・」

「なにか大切なことでしたか?」

そうたずねると、彼女は首を振りながら、再び私のほうを振り返った。
368 名前:another story 保田圭2 投稿日:2003年06月27日(金)14時01分19秒

「ここはあそこに比べたら快適なはずや。
 寒さに震えることもないし、食べ物も飲み物もなんでもそろっとる」

あそことは、私が生きていた場所のことだろう。
この場所とあの場所、比べようがないくらいかけ離れた環境だ。

私は、頷く。

「やけど・・・・・・なにもないんや」
「・・・・・・え?」

「・・・・・・一緒にいてくれるだけでよかったのにな〜」

最後の言葉は、まるで私が彼女の前にはいないかのような、独り言に似た呟きだった。
そして、今度ははっきりと彼女の顔に言い知れぬ悲しみが見て取れた。
誰のことを指しているのか――すぐに分かる。

「もうええよ、出てって」

くるりと身を翻しながら彼女がいう。
あっさりと話は打ち切られる。
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、これ以上彼女からは話を続ける気がないのが分かり、
仕方なく、そのまま部屋を出た。
369 名前:another story 保田圭2 投稿日:2003年06月27日(金)14時02分03秒

私には彼女と矢口の間になにがあるかなんて分からないし
分かったからといってどうすることができるわけでもない。

これから先も、ここで暮らしていくには変わらない時間を過ごすことだ。
それが彼女が口にしたなにもないということならばそうなんだろう。

別にそれでもいいと思っていたのに――
その時間が時折ひどく辛く思えるのは、

きっと――



                                   Fine

370 名前:七誌 投稿日:2003年06月27日(金)14時03分00秒
( T▽T)番外編って悲しいね
371 名前:七誌 投稿日:2003年06月27日(金)14時03分33秒
( T▽T)だって出番がないんだもん
372 名前:七誌 投稿日:2003年06月27日(金)14時04分19秒
(〜^◇^)やぐやぐ
( `.∀´)やすやす
从~∀~从ゆゆゆゆ
373 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月05日(土)12時11分49秒
ちょっとPC使えないあいだに完結してた。
どっちが助かったのか気になったりするけど
でも、あえてそこを曖昧にしたのがよかったりもして・・・・・・
番外編は番外編で中澤・矢口・保田の関係が垣間見えて楽しめました

本当にお疲れ様でした。
374 名前:カウントダウン 投稿日:2003年07月18日(金)14時49分47秒

あの日から、カウントダウンはもう始まっている。

1つ数が減るたびに
1つ彼女は消えていく。

そして、0――



うん、でも大丈夫なことぐらいわかってるよ。
命懸けで教えてもらったから。
どうすればいいかってことぐらい
いくらあたしがバカでも分かったよ。
ごめんね、もう一歩早く気づいてあげられたら。

『もう彼女なしでは息もできない』

375 名前:カウントダウン 投稿日:2003年07月18日(金)14時51分05秒


―――――――――――――――――――――――――――――――――


376 名前:カウント0 投稿日:2003年07月19日(土)08時31分50秒

「好き」

もう何度も冗談で言い合った言葉。
だけど――

「私、ミキたんのことが、好き」

今日は、やけに真剣で
彼女は、あたしのことを本気で

その『好き』はつまり恋愛感情という意味なのかもしれない

377 名前:カウント0 投稿日:2003年07月19日(土)08時32分25秒

そういえば、あたしがモーニング娘。に入った頃からだ。
こんな風に潤んだ目であたしを見るようになったのは――


「――――亜弥ちゃん」

そして、あたしは

「・・・・・も、もうやだな〜、そんな真面目に。あたしたち親友じゃん」

逃げた。

378 名前:カウント0 投稿日:2003年07月19日(土)08時33分19秒

沈黙。

月が雲に隠れたのか不意に辺りは頼りない街灯の灯りだけになる。
亜弥ちゃんがどんな顔をしているのか見えない。
どのみち見る勇気はなかったけど。


「・・・・・そっか。そうだよね」

ややあって聞こえた声は予想に反して軽いもので
さっきのは、友達としてと言う意味だったのか――と、半ばホッとして息を吐く。
あたしがモーニング娘。になってから、
前よりももっと2人で会うことが難しくなってきていたから少し不安だったんだろう。

あたしは、そう思うことにした。
379 名前:カウント0 投稿日:2003年07月19日(土)08時33分58秒


「ミキたんってずるいよね」

「え?」
「ん、なんでもないよ」

月の光が戻ってお互いの顔が見える。
あたしの心配とは裏腹に亜弥ちゃんは、笑っていた。

380 名前:カウント0 投稿日:2003年07月19日(土)08時34分45秒

「・・・・・・ねぇ」

「ん?」


「好きは好きでしょ、私のこと」

じっと見つめてくる瞳の奥にはあたしが映っている。
ニコニコと微笑んでいるのに
なぜか怖くなってあたしは彼女から少し目を逸らした。

「もちろん、好きだよ」
「じゃ、いいや」

あのまま見詰め合っていたら絡みつかれてしまいそうな気がした。

「ありがとう」

やはり、軽い感じで彼女は言った。
381 名前:カウント0 投稿日:2003年07月19日(土)08時35分29秒


―――――――――――――――――――――――――――――――――


そして、カウントダウンははじまる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



382 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時23分48秒

松浦亜弥が突然の休業宣言

その日から、こぞってワイドショーは彼女のことをネタにした。
妊娠だとか、事務所とのトラブルとかなんだとか
よくもまあこんなに考え付くなと感心するほどだ。

表向きは過労――
でも、本当の理由は、彼女にしか分からない。

ただ1つあたしに分かるのはあの日がきっかけだということ――

383 名前:カウント0 投稿日:2003年07月20日(日)09時24分33秒



「亜弥ちゃん、調子どう?」
「ミキたんが来てくれたからいいよ」

ベッドの上で彼女は笑った。
ファンの人たちには見せたことのない子供のような無邪気な顔で――

「辛くない?」
「なにが?」
「仕事帰りにここ来るの」
「ん〜、別に。前とそんなに変わんないじゃん」
「そうだっけ」
「そうだよ」

そう言ったものの正直、しんどかった。
ソロからいきなりの大所帯。
勝手が違うことも多々あって慣れるのにも一苦労しているところにこの事態。
でも、亜弥ちゃんはあたしが来ることを望んでいるからそうは言ってられない。

仕方ない、というよりも、これは罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
384 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時25分32秒

あの日。

あの日を境に、亜弥ちゃんは体調を著しく崩した。
亜弥ちゃんのマネージャーさんからは、マスコミに発表したとおり過労によるものだと聞かされた。
そうならば、そうでいいのだ。
過労なら休めば治るんだから――

ただ、彼女が体調を崩したのがあの日からだということがあたしの中で引っかかっていた。


「っていうか、ミキの心配するよりも自分の体を心配しなさい」
「うん、そうだね」

人よりも薄い茶褐色の瞳が揺れて見えた。
385 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時27分05秒

彼女からテーブルの上に視線を逸らす。
そこには、

「あ、ご飯食べてたんだ」
「そ。今日、初食事」

「え?」

「さっき起きたの」
「さっきって夜だよ、今」
「そうなんだよね〜、久しぶりにいっぱい寝ちゃった」
「太るよ、多分」

あたしの言葉に亜弥ちゃんは、気をつけなきゃね、と呟きながらフォークを手に取った。

奇妙な違和感。

見慣れた彼女の食事風景。
なのに――

386 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時27分42秒

「あ、ミキたんも食べる?」

自らに向けられた視線に気づいたのか楽しそうに彼女は言った。

なにが違うんだろう?
なにがいつもと

「ミキたん、聞いてる?たんたん?」

律儀にフォークを皿の上に置き、その手をあたしの顔の前でひらひらさせる。
そこでようやく気づいた。

違和感の正体。

387 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時28分22秒

「亜弥ちゃん……手、どうかしたの?」

亜弥ちゃんは、右利き。
右利きだ。

それなのに、
今、使っていたのは左手だった。

「え?あ、マイクの代わりとか言っちゃったりして」

なぜか嫌な予感がして、亜弥ちゃんが言葉を言い切る前に彼女の右手を掴んだ。

強く握る。
両手で強く握った。
388 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時29分02秒

「ミキの手、握りかえしてよ」

いつもみたいに――
亜弥ちゃんは、困ったように左手であたしの手を包もうとした。

「左じゃなくて、こっちの手で」


「……無理だよ」

しばらくして彼女の口からもれたのは望んでいない言葉。

一ミリも動こうとしない右手。

どうして動かないの?

そんな疑問よりも先に自然、涙がこぼれてきた。

389 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時29分36秒

「……ミキたん、泣かないで」

右手を握ったまま泣いている亜弥ちゃんは優しくそういった。
亜弥ちゃんの茶褐色の瞳を見つめる。

「ゴメンね……」

彼女の左手が目もとの涙をそっと拭う。
それから、母親が子供をあやすようにミキの髪を撫でる。
そうされると少しだけ気持ちが落ち着いた。


きっとこれは、一過性のもので
十分に休んだら右手も動くようになるはずだ。
絶対にそうなんだ。

390 名前:カウント10 投稿日:2003年07月20日(日)09時30分34秒

―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女は気づかない。
カウントダウンが始まったことを――

―――――――――――――――――――――――――――――――――

391 名前:カウント9 投稿日:2003年07月22日(火)13時50分38秒

仕事帰りに亜弥ちゃんの部屋に通う。
そんな生活が続いていた。



「じゃ、じゃぁ、明日早いからもう帰るね。今度は、3日後くらいになるけど」
「分かった、待ってるね」

こんな返事を聞くと
一層、不安が強くなる。

元気だった頃の彼女ならどうにかしてあたしを引き止めようとしただろうから――

392 名前:カウント9 投稿日:2003年07月22日(火)13時55分47秒

「あ、ミキたん」

鞄を持って立ち上がったあたしを静かな声で呼び止める亜弥ちゃんの熱っぽい想いを含んだ声。
以前も感じられたそれ。

でも、その中、奥深くに――

「……なに、亜弥ちゃん」

とても、冷たい棘が含まれているような気がして一瞬、返事を返すのがおくれた。

「今日は、お見送りできないんだ。ごめんね」

「そ、そんなのいいって、病人なんだから。
 それよりも、ちゃんと寝て復活しないとミキも寂しいじゃん」

あたしの言葉を受けて亜弥ちゃんの視線が若干上に動く。
これは、彼女がナニカを企んでいるときの癖で。
たいていは、くだらない悪戯をするときに見られるのだけれど
今、このタイミングで見るようなものではなかった。胸がざわつく。
393 名前:カウント9 投稿日:2003年07月22日(火)13時56分31秒

「・・・・・亜弥ちゃん、ホントは調子悪いの?ミキ、泊まろうか?」
「え?ううん、ホントに調子良いよ。ただ・・・・・」

ただ?

「足がね」

「足って・・・?」

誤魔化すように小首をかしげる。
その口元に浮かんでいたのはどこか狂気じみた微笑で――
考えすぎだと、気づかない振りをした。
どうしても次に起こることを知りたくなかった。
394 名前:カウント9 投稿日:2003年07月22日(火)13時57分36秒

「ミキタン、明日早いんでしょ」
「そうだけど・・・・・ホントに大丈夫なの?」
「心配しすぎ。ホントに大丈夫だよ」
「・・・・・・・」

「ね、おやすみ」

「・・・お、やすみ……」

まるで作り物みたいにキュッと引き上げられた口元はとても赤くて綺麗だった。

395 名前:カウント9 投稿日:2003年07月22日(火)13時58分18秒


―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女はまだ気づかない。
刻々と刻まれるそれに――

―――――――――――――――――――――――――――――――――

396 名前:カウント8 投稿日:2003年07月23日(水)09時46分59秒

「ねぇ、ミキ。松浦の具合どうなの?」

そう聞いてきたのは、飯田さん。

右腕が動かなくなりました。
理由は分かりません――なんて言えるわけがない。

どう答えたらいいのだろう?

「無理しないでね。お見舞いもいいけど、あんまり思いつめるとミキのほうが倒れちゃうよ」

黙ったままでいると飯田さんはあたしを励ますように肩をポンと叩いた。

「大丈夫ですよ。体力ありますからね」

あたしは、笑った。つもりだった。
でも、上手く笑えていなかったのか飯田さんは心配そうに眉を寄せる。
なにか言いたげな瞳。

心配してくれているのは分かる。
だけど、これ以上、亜弥ちゃんについて触れないで欲しい。
これは、あたしと亜弥ちゃんの問題なんだから――

あたしの心を読んだのか飯田さんは結局なにも言わなかった。



今日は、三日ぶりに亜弥ちゃんのお見舞いに行く。
397 名前:カウント8 投稿日:2003年07月23日(水)09時49分04秒



亜弥ちゃんの部屋に置かれたそれを見てあたしは呆然と立ち尽くしてしまった。
車椅子。
3日前はそんなものなかった。

「たん?なにしてんの?こっちおいでよ」

ベッドの上で彼女が言う。
その声にハッとなる。

「亜弥ちゃん、これどうしたの?」
「ん?大袈裟だよね〜、本格的な病人になった感じ」

まるで他人事のように――微笑む。
どうして、そんなに落ち着いていられるのだろう?
398 名前:カウント8 投稿日:2003年07月23日(水)09時50分02秒

「足、そんなに悪かったの?」

足が悪いと彼女が口にしてからたった3日しかたっていない。
その3日で車椅子になってしまうほどに――

「大したことないんだよ、ホントに」
「でも」

「な〜んでミキたんが泣きそうになってんの?」

彼女は、その笑みを絶やさない。
絶望もそこにはない。
あるのは、純粋ななにか――

右腕も両足も使えなくなったのにどうして?
399 名前:カウント8 投稿日:2003年07月23日(水)09時50分45秒

「ミキたんは、笑ったほうがカワイイのに」

こんな状況でどうして笑っていられよう。


ねぇ、亜弥ちゃん
君は、どうしてそんなに楽しそうに子供みたいに無邪気に

「私の好きなのは笑ってるミキたんなのに」

笑えるの?

「亜弥ちゃん……」
「でも、泣きそうなミキたんは私しか知らないミキたんなんだね」

どこか誇らしげな口調。

ずきり

棘が突き刺さる。
400 名前:カウント8 投稿日:2003年07月23日(水)09時51分28秒

――私、ミキたんのことが、好き――

あの夜の、あの言葉は、
あたしの中で何度も繰り返される

――ミキたんのことが、好き

彼女が微笑むたびに――
あたしは瞳を塞ぎたくなるんだ。
401 名前:カウント8 投稿日:2003年07月23日(水)09時52分00秒

―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女はまだ気づかない。
刻々と刻まれるそれに――

―――――――――――――――――――――――――――――――――
402 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)08時12分12秒
いつの間にこんなものがっ!!
ぜんぜん気付きませんでした。
あやみき大好物なので嬉しいです。
遡って長篇の方も全部読ませていただきました。
本当に面白いです。
カウントダウンの続きに期待してます。
403 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)08時30分34秒
カウントダウンを分類板に紹介させていただきました。
404 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)09時15分57秒
分類版を見て、拝見させて頂きました。
どんどん動かなくなっていく体…松浦は藤本に何を求めているのでしょうか。
固唾を呑んで次の更新も読まさせていただきます。
405 名前:カウント7 投稿日:2003年07月25日(金)11時51分13秒

彼女が休業してから2週間がすぎた。
ワイドショーに彼女の事が取り上げられることも事務所からの連絡もまったくなくなった。
あたしは、というと、仕事の合間に彼女へメールを打つのが日課になっていた。

返事が帰ってくると彼女の左手はまだ動くのだと安心し――
なかなか返事が返ってこないとなにもかも放り出して彼女の元に駆けつけたい衝動に駆られる。
彼女の傍にいてあげたくてたまらない。
あたしがいない間に、また彼女の体のどこかが壊れてしまうのではないかという嫌な考えが頭を離れないのだ。
406 名前:カウント7 投稿日:2003年07月25日(金)11時52分27秒

「藤本」

「え?」

小声でそう呼ばれてハッと我に返る。
矢口さんが、あたしを見ていた。
一瞬、どうして矢口さんがここにいるのか分からなかった。

「収録中だよ、ぼんやりしないの」

矢口さんは、カメラに移っていないのを確認してから続ける。

ああ、そうだ。
今は収録中だったんだ。
407 名前:カウント7 投稿日:2003年07月25日(金)11時53分35秒

「それでさー、ミキ超ボケッとしちゃってたから、すごい顔でうつってそうで怖いんだよねー」
「ミキたんは、どんな顔でもかわいいじゃん」
「亜弥ちゃんは、いつもそれだね」

「だって、ホントのことだよ」
「はいはい」

「ホントだってばー」

明日は、オフだからこのまま彼女と一緒にいられる。
他愛のないおしゃべり。
楽しくて楽しくてたまらない時間だった。いや、今だって楽しい。
それは変わらない。

なのに、どうしてこんなにも息苦しいんだろう。
408 名前:カウント7 投稿日:2003年07月25日(金)11時55分57秒

「ミキたん、こっち来て。一緒に寝よ」

その言葉だって以前と変わらない。
あたしは、笑って彼女のベッドに体を滑らせる。
まだ動く左手がすぐにあたしの体に巻きつけられる。
自分のものではない体温。
こうしていると、あの日に壊れてしまったなにもかもが戻ってきそうな気さえする。

「亜弥ちゃん・・・・・・」

「ミキたん・・・・・触っていい?」
「え?」

穏やかな声で言われた言葉の意味が分からない。

「お願い。ミキたんの感触を覚えてたいから」

彼女の左手が背中から上へと移動し、ぎこちなくあたしの髪を撫でる。
まるで壊れ物を扱うかのように優しく彼女があたしに触れるから
病気なのは自分のほうだという気がした。
409 名前:カウント7 投稿日:2003年07月25日(金)11時56分47秒

―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女は、まだ気づかない
刻まれ続けるその音に――

―――――――――――――――――――――――――――――――――
410 名前:あやみき大好きっ子 投稿日:2003年07月26日(土)07時17分58秒
やばい、おもしろすぎです。
今後も密かにROMらせていただきます。
411 名前:カウント6 投稿日:2003年07月29日(火)10時08分03秒

どうして、あの頃のままではいられなかったんだろうか?
どうして、亜弥ちゃんはあたしに気持ちを打ち明けたんだろうか?
あのまま親友としてふざけあっていけたならどれだけよかったろう。

あたしは、なにを間違えたんだろう。


あたしは、腕の中、静かな寝息を立てている彼女の髪にそっと口付けをする。
穏やかな寝顔からはまったく病魔の影は見えない。
朝になれば、右腕も両足も元通り。
そうなりそうな気さえするほど――
412 名前:カウント6 投稿日:2003年07月29日(火)10時08分50秒



でも、現実はもっと残酷にあたしの心を切り刻む。


413 名前:カウント6 投稿日:2003年07月29日(火)10時09分32秒

目を覚ますと亜弥ちゃんがあたしを見つめていた。
亜弥ちゃんは、あたしが逸らさない限り自分からは絶対に視線を逸らさない。
あたしは、半覚醒状態のまま彼女の視線を避けるように寝返りを打った。
こうすると、絶対彼女はあたしの体を自分のほうへ向けようとする。

それなのに――

「・・・たん」

予想していた行動とは違って彼女はあたしを呼ぶだけだった。

「ミキたん・・・・・・」

もう一度――

亜弥ちゃんは、ミキが返事をしない限り話を切り出そうとはしない。
それが分かっているから、あたしは返事を返さなかった。
聞きたくない言葉が彼女の口から出てきそうな気がしていたから。
414 名前:カウント6 投稿日:2003年07月29日(火)10時10分11秒

「・・・ゴメンね」

すまなそうな響きをもった声。

ああ・・・・・・そうなんだ。

直感で分かる。

あたしに触れない。
触れようとしない。



触れられない。


彼女の左手も、壊れてしまった――

415 名前:カウント6 投稿日:2003年07月29日(火)10時10分49秒

あたしは、半身を起こし彼女に向き直る。
かける言葉は見つからない。
ただ、彼女の背中に両手を回し抱きしめるように身を起こしてやる。

「・・・たん」

彼女は、上目遣いであたしを見ている。
彼女のこの目線は可愛い。
女の子ってきっとこういう感じなんだなと改めて思う。
この状況でこんな風に考えるあたしは危機感が足りないのかもしれない。
でも、それくらい今の彼女は可愛かった。
416 名前:カウント6 投稿日:2003年07月29日(火)10時11分37秒


―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女は、まだ気づかない
全てが進行形だと言うことに――

―――――――――――――――――――――――――――――――――

417 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)08時30分27秒
すごくいいです。期待してます。
418 名前:カウント5 投稿日:2003年07月30日(水)22時51分43秒

事務所は、なにを考えているんだろう。
日に日に壊れていく彼女の体を入院もさせずに家で静養させるなんて。
あたしが言うのも変だけど、彼女は事務所にとって一番の稼ぎ頭のはずなのに明らかにおかしい。
そう気づいたのは彼女の左腕が動かなくなって3日後のことだった。
419 名前:カウント5 投稿日:2003年07月30日(水)22時52分18秒

久しぶりに事務所に顔を出すと亜弥ちゃんのマネージャーさんがいた。
彼は、あたしに気づくとまるで避けるように部屋をでていこうと立ち上がる。
あたしは、先回りして彼を引き止める。
彼は、あたしをみて困ったように眉を寄せた。

「亜弥ちゃんの病気ってなんなんですか?」
「藤本・・・・・・」

今まで聞かずにいたことが間違いだった。
忙しかったからなんて自分に理由をつけて、

本当は怖かっただけなのに――

「・・・・・・知ってること教えてください」

「・・・場所を変えよう」

周りの目を気にするように短く言うと彼は歩き出した。
420 名前:カウント5 投稿日:2003年07月30日(水)22時53分20秒



「今日は、早かったね」

「え?そうかな」
「うん、いつもより少しだけ」

「ねぇ、亜弥ちゃん」

「ん?」

「ミキさー、しばらくここで暮らすことにした」

一瞬の沈黙の後――

「そう、嬉しい」

彼女は微笑んだ。

421 名前:カウント5 投稿日:2003年07月30日(水)22時54分20秒



「松浦は、このまま引退する運びになったんだよ」

彼は、苦しそうに言った。

「どうしてですか?だって」
「それは、こっちが聞きたいよ。医者も、原因不明としか言わないし。
 なにより松浦本人に治す気が全くないときたからな」

苦虫を噛み潰したような顔をしたまま彼はつづける。

「入院も拒絶、検査も拒絶・・・・・・理由を聞いたらなんていったと思う?」




「ミキたん、聞いてる?ボーっとして」
「あ、うん、なに?」

しょうがないなーと彼女は口元に手を当てて笑う。
422 名前:カウント5 投稿日:2003年07月30日(水)22時55分20秒


――仕事よりもなによりも欲しいものがあるんです


「お仕事、大変そうだもんね〜」


――これは、私の想いの深さだから


「ミキたん?ミキたんってば」


――治らないほうが嬉しいんです


「・・・亜弥ちゃん」

「ど、どうしたの?なんで泣いてるの?」


亜弥ちゃん
あたしには、君の言うこと、考えていることが
まったく分からないよ
423 名前:カウント5 投稿日:2003年07月30日(水)22時56分10秒

あたしは、以前よりも細くなった彼女の体を抱きしめた。

次に壊れてしまうのはどこなんだろう?
彼女は、どこまで壊れていってしまうんだろう?

424 名前:カウント5 投稿日:2003年07月30日(水)22時56分54秒

―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女は気づかない
悲しみの深さに――

―――――――――――――――――――――――――――――――――
425 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月31日(木)00時52分33秒
女の子特有の狂気が可愛らしく好きです。
426 名前:名無しミトコンドリア 投稿日:2003年08月01日(金)21時57分28秒
痛い…
痛いけど目が離せない…頑張って下さい。
427 名前:絶詠 投稿日:2003年08月03日(日)17時04分31秒
痛いけど、ハマります。
頑張って下さい。
428 名前:カウント4 投稿日:2003年08月04日(月)05時52分03秒

なにがあっても時は止まらない。
どんなに願っても時は戻らない。

亜弥ちゃんの左目には白い眼帯
隠された瞳にはもうあたしの姿は映らない。

・・・・苦しい。
彼女を見ているととても胸が苦しくなる。
彼女が微笑むたびに
透明なナイフで心臓を切り刻まれているみたいだ。
429 名前:カウント4 投稿日:2003年08月04日(月)05時53分19秒

「ミキたん、最近元気ないね」
「そんなことないよ」

「ねぇ、笑って」

不意に真面目な顔になって亜弥ちゃんが言う。

「なに、飯田さんの真似?」

「違うよ」

茶褐色の瞳。

じっと
まばたきをするのも忘れたかのように
あたしだけを見ている。

まるで、脳にあたしを焼き付けたいかのように――
430 名前:カウント4 投稿日:2003年08月04日(月)05時54分45秒

「ミキたんの笑った顔が見たいの」

なぜ、あたしが笑えないか知っているはずなのに
知っているからそんな無茶を言うのかもしれない。

「いつでも笑ったミキたんが再生できるように――」


そっか・・・・・・
そういうことか。

いやに頭のなかは冷静で、だけど体は正直に――
言葉の意味を悟って、あたしは、泣きながら笑った。
431 名前:カウント4 投稿日:2003年08月04日(月)05時55分30秒

―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女は気づかないのだろうか?
もう、すぐ終わってしまうのに――

―――――――――――――――――――――――――――――――――
432 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月04日(月)16時54分14秒
松浦さんの体は全て壊れちゃうの?
その時藤本さんは・・・悲しすぎます。。。
433 名前:カウント3 投稿日:2003年08月06日(水)08時36分37秒

亜弥ちゃんのために手が使えなくても大丈夫な障害者用の特殊な電話を買ってあげたのは、
彼女の腕が動かなくなってからすぐだった。
彼女は、

「仕事の時は迷惑になるからかけなくていいよ」

とあたしが出先からかけるたびにそういっていた。
それが、今日は違った。

寝ている亜弥ちゃんを起こさないように
そっと仕事に出かけようとするあたしの気配に気づいて彼女は言ったのだ。

――空き時間の時には電話してね
――いっぱいいっぱいミキたんと話したいから、約束


一抹の不安が頭をよぎった。
434 名前:カウント3 投稿日:2003年08月06日(水)08時37分53秒

考えすぎだろうか?
寂しいだけかもしれない。

いや、違う。

きっとそうなんだ。

相反する二つの思いがぶつかりあう。
もうなにもかも分からない。
ボーっとして考えがまとまらない。
混乱してる。
でも、考えなきゃいけない、あたしが考えなきゃ、考えなきゃ――

頭の中はそればかりで、今日だけは、適当にこなしていてもそう問題のないハロモニの収録がありがたかった。
435 名前:カウント3 投稿日:2003年08月06日(水)08時39分08秒



「藤本!藤本ってば」

「え?」
「さっきからどこ行ってんの?」

聞いてきたのは、機嫌が悪いのか怒ったような顔をしている矢口さん。
なんでこの人にいちいち言わなきゃいけないんだろう、
思いながらも他のメンバーもいる手前、無視は出来ない。

「いや、ちょっと電話しに」

気づかれないように嘆息してから言った。

「はぁ?休憩すぐ終わるよ」
「ちょっとだけですから」

あたしが作り笑顔をつくると、矢口さんの視線が急に心配そうなものに変わった。
436 名前:カウント3 投稿日:2003年08月06日(水)08時40分04秒

「あのさー、こういうこと言いたくないんだけどさ」

言いづらそうに
それから――口を開く。

「最近、おかしいよ。気づいてないかもしれないけど、みんな心配してる。
 なんか困ってることあるんじゃないかって。
 そりゃ、確かにまだ相談できるほどの関係じゃないかもしれないけどさ・・・・・・
 おいらたち、1つのグループになったんだよ。
 だから、藤本ももっとあたしたちのこと頼ってくれても」

「・・・・・・」

もうすぐ待ち時間が終わるな。
15分って言ってたもんな、電話かけられそうにないや。
437 名前:カウント3 投稿日:2003年08月06日(水)08時40分36秒

どうして、邪魔するんだろう?
亜弥ちゃんとの約束、破っちゃうことになるじゃん・・・・・・

彼女の話を聞きながらあたしが真っ先に思ったのはそのことで――

心配されているというのに
あたしも、おかしくなってきているのだろうか?




そして、亜弥ちゃんはあたしのいない間に無音の世界へ1人で行ってしまった。
438 名前:カウント3 投稿日:2003年08月06日(水)08時41分33秒

―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女はまだ気づかない
この刻みがなんなのか解っているはずなのに―― 

―――――――――――――――――――――――――――――――――
439 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月07日(木)06時50分39秒
うぅ…痛い……
440 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月07日(木)12時50分44秒
ヤバイ・・・泣ける・・
ガソバレ!!松浦さん
441 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月07日(木)18時05分50秒
作者がsage進行なんだからageちゃダメなんじゃないの
442 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月08日(金)18時13分08秒
期待して続きまってます。
今回の更新痛すぎて涙が出ちゃったよ…
443 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月14日(木)14時56分13秒
今いちばん気になるあやみき小説です。
カウントが進むにつれて精神が削られてく気がします。
更新待ってます。
444 名前:カウント2 投稿日:2003年08月14日(木)19時45分02秒

その日、はじめてあたしは仕事をさぼった。

携帯の電源もつけずに、ただ亜弥ちゃんの肩を抱いていた。
動くことも、見ることも、聞くことも出来ない彼女のそばに
ちゃんとあたしがいることを知らせてあげるにはまだ感覚がある場所に触れ続けることだけだ。

あたしが彼女の頬に触れると彼女は正確にあたしのほうに顔を向けて微笑んだ。

445 名前:カウント2 投稿日:2003年08月14日(木)19時46分09秒

「ねぇ、ミキたんと出会って何年だっけ?」

「最初、絶対仲良くなれないって思ってたってミキたん言ったじゃん・・・・・・
 実は、あたしもそう思ってたんだ」

1人で語る。
あたしたちの物語をつむいでいく。

「いつからかな〜、こんなにミキたんのこと好きになっちゃったの」

「ミキたんがモーニング娘。に入るって言った時、本当はどうしようかと思ったんだよ。
 だって、ミキたんってモテそうだから」

「私だけのミキたんなのに、ね」

彼女の声は心地よい。
あたしの脳に直接響く。
446 名前:カウント2 投稿日:2003年08月14日(木)19時48分47秒

「ミキたんのことが好きなの」

「好きで好きでたまらないんだよ」

「女同士でも関係ないくらい好きなんだよ」

「ミキたん」


「ミキたん」



「私のこと、本当はどう思ってた?」


麻痺してくる。
麻痺してる。
麻痺したあたしの心に体に亜弥ちゃんは思いの楔を打ち込んでいく。
447 名前:カウント2 投稿日:2003年08月14日(木)19時51分58秒

カーテンの隙間からは刺すような光。
外はきっとうだるような暑さ。
この部屋の室温はいつも快適設定。
世界は、私と亜弥ちゃん2人きり。
いつだってそうだった。


あれ?
じゃぁ、あたしって亜弥ちゃんのことが好きだったのかな?

だって
一緒にいるのが当たり前なら
あたしも亜弥ちゃんのことが好きじゃないとおかしいでしょ


そうだよね?

うん、きっとそうだ。
そうだよ。

気づかなかっただけなんだ。

あたしは亜弥ちゃんが好きだったのに気づかなかった。
448 名前:カウント2 投稿日:2003年08月14日(木)19時54分22秒

多分

「私は、ミキたんが誰よりも好きだよ」

きっと

「愛してるの、ホントに」

そうなんだろう。


「・・・・・・ミキも・・・亜弥ちゃんのことが・・・・・・好きだよ」

今さら、口にしてももう遅いのに
あたしの声は彼女の耳には届かない。
彼女がこれほど壊れる前に言っていればこんなことにならなかったんだろうか。

あの夜――

同じ言葉を伝えていれば今と違う未来がきたんだろうか。
449 名前:カウント2 投稿日:2003年08月14日(木)19時55分24秒

「ミキたん、ちゃんと私の隣にいる?」

不安げな彼女の声が聞こえてあたしは精一杯の力で彼女を抱きしめた。

「ミキたんに抱きしめられるの大好き。安心する」

あたしの腕の中で幸せそうに彼女はつぶやいた。
そして、深い眠りについた。

きっと彼女はもう目覚めないんだと、

ぼんやりとした頭で思った。
悲しいのに、悲しいはずなのに、あたしの涙は凍りついたように出てこなかった。

450 名前:カウント2 投稿日:2003年08月14日(木)19時56分27秒

―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女は、やっと気づく
もう遅いのに――

―――――――――――――――――――――――――――――――――
451 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)02時20分07秒
何て言ったらいいか…
とにかく、更新待ってます!!
452 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)21時15分33秒
せ…切な過ぎる
更新心待ちにしています
453 名前:カウント1 投稿日:2003年08月15日(金)23時17分52秒

何日たっても彼女は目覚めない、動かない、話さない
もうあたしのことはわからない。
それでも、あたしは彼女の傍から離れられない。

静寂の空間で
あたしは、ただそこにいる。
時間が止まったかのようだ。
否、きっと止まってる。
彼女が、刻みを止めてしまったから――あたしも動かない、動けない。
あたしは、彼女がいないと生きていけない。

狂ってる。

我ながら、そう思う。
でも、それでいいんだろう。
454 名前:カウント1 投稿日:2003年08月15日(金)23時18分27秒

カサリと風もないのになにかが落ちる音がした。

「亜弥ちゃ・・・・・・」

そんなはずがないのに――
彼女の名前を呼びかけた自分に苦笑しながら足元を見る。

可愛らしい便箋。

あたしは、それに手を伸ばす。


それは、亜弥ちゃんからのメッセージ

455 名前:カウント1 投稿日:2003年08月15日(金)23時20分02秒

「ねぇ、ミキたん、今の私たちはどうなってる?
私は、ちゃんと最後までいけたのかな?
多分、ミキたんがこれを読んでるってことは私の願ったとおりになったんだと思う。
これを書いてるのはミキたんが私から逃げた日だよ。覚えてるよね。
ミキたんが、自分の気持ちからも逃げた日なんだから忘れるはずないよね。
ミキたんは、いっつもずるいね。
いっつも、肝心なところで逃げようとするもん。結構ショックだったんだよ。
ミキたんは、私のこと好きなはずなのにって。
でも、今は、ミキたんがどうして逃げたのかなって考えてる。
考えて考えて――私が出した答え、それをこれから見せてあげるから。
456 名前:カウント1 投稿日:2003年08月15日(金)23時20分57秒

私は、本当にどうしようもないくらいミキたんが好き。
好きなんてたった二文字の言葉じゃ片付けられないほど、
きっと愛してるでも足りない。
私のこの気持ちはそんな言葉じゃ伝わらない。
きっと言葉だけじゃミキたんには伝わらないから
私の思いと命を全て使って、ミキたんに気づかせてあげる。

私が壊れていくのを見て、ミキたんも気づくはず。
私がいないと生きていけないって、きっとそう思うから
最後まで私が壊れちゃう頃にはミキたんも私のこと愛しすぎて壊れてるよね。
そう考えると、楽しみだな。

ミキたんは、今よりも
もっともっと私のことだけを考えて
もっともっと私のことだけを見て
もっともっと私たちだけの世界に来てくれるよね。

私のために壊れてくミキたんはきっととても綺麗だと思うから。
無事にそうなることを願って。

ずっと傍にいてね、ミキたん。
愛してるよ」
457 名前:カウント1 投稿日:2003年08月15日(金)23時22分39秒

あたしの手から便箋が滑り落ちる。


全ては彼女の計画。
思いの深さ。

そして、気づかなかったあたしの罪。
458 名前:カウント1 投稿日:2003年08月15日(金)23時23分24秒

あの日から、カウントダウンはもう始まってたんだ。
1つ数が減るたびに、1つあたしは壊れてく。
彼女の望みどおりに


そして、0


もう、彼女は壊れてしまって。

もう、あたしも壊れてる。



うん、でも大丈夫なことぐらいわかってるよ。
亜弥ちゃんが命懸けで教えてくれたから。
どうすればいいかってことぐらい
いくらバカなあたしでも分かったよ。
ごめんね、もう一歩早く気づいてあげられたら。


もう彼女なしでは息もできない――



459 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)23時52分47秒
あとは…藤本さんが壊れていって最後には…
悲しいけど更新待ってます
460 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月16日(土)00時10分20秒
向こうから来たんであまりのギャップにびっくりしました
痛い・・・・・・痛すぎるよ
461 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月16日(土)01時05分08秒
泣けた
あややの愛は病的に重く深い
462 名前:カウント0 投稿日:2003年08月17日(日)09時56分15秒












私は、白い闇から目を覚ます。




463 名前:カウント0 投稿日:2003年08月17日(日)09時56分50秒

どれだけの時がたったのか――
隣には、愛しい人。

焦点の定まらない目で私の名前を呼んでいる。
自然、頬が緩む。

これが、私の望んだ世界。

彼女は、気づいたんだ。
私の思いの深さと、彼女自身の思いの深さに。
やっと気づいてくれた。

今、彼女は、私のことだけを考えている。
それが、嬉しくて嬉しくてたまらない。
464 名前:カウント0 投稿日:2003年08月17日(日)09時57分27秒

私は、ゆっくり体を起こし

「嘘ついてたわけじゃないんだよ。体が壊れてたのは本当」

愛しい人を見つめ

「でも、そんなことはもうどうでもいいよね、ミキたんは来てくれたんだから」

愛しい人に口付けて


「ねぇ、ミキたん2人きりでどこか遠くへ行こうか」


465 名前:カウント0 投稿日:2003年08月17日(日)09時58分40秒


私は、彼女を愛してる。
彼女も、私を愛してる。

私たちは、お互いに愛し合っている。


それだけで十分、ここはきっと2人だけの楽園。





 


    

                                                              Fine
466 名前:七誌 投稿日:2003年08月17日(日)09時59分18秒

从‘ 。‘从
467 名前:七誌 投稿日:2003年08月17日(日)10時00分30秒
川VvV从
468 名前:七誌 投稿日:2003年08月17日(日)10時08分42秒
なんともいえないラストになってしまいましたが
ひっそりひっそり進めていたこの話に最後までお付き合いしてくださって
どうもありがとうございました。

469 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月17日(日)16時03分23秒
泣いた。
それが、2人の幸せでハッピーエンドなら、自分は何も言わない。
でもこれだけは言わせてくれ。
作者さん、最高だよ!
読ませていただきましてありがとうございました。
470 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月17日(日)21時34分00秒
正直、やられました。
ずっとロムで集中してたのにあの部分が誰の人称なのか最後まで気づきませんでした
そう考えて読み直すとまたちょっと違ってきますね。
本当に脱稿お疲れ様でした。次回作も期待しちゃってよいですか?
471 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月18日(月)02時25分58秒
470さんの投稿を見て「あの部分が誰の人称」なのか分かった時、鳥肌が立ちました
ずっと勘違いして読んでました
即座にもう一度読み返しました
そーゆーことだったのかぁ
素晴らしい作品ありがとうございました
472 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月19日(火)23時45分40秒
完結お疲れ様でした。今までにないあやみきで
小説を読み進む度に心が痛くなり、もっと痛くなりたくて
更新を待つといったサイクルでした(痛笑)

もっと七誌さんのあやみきが読みたいです。
473 名前:名無し募集中 投稿日:2003年08月21日(木)11時35分05秒
CP分類で見つけてきました
痛すぎる・・・・・・・゚・(ノД`)・゚・。
474 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月21日(木)22時12分46秒
頼む、分類板の名を出してageるのはやめてくれっ。
それにこの作品好きなんだし。
475 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)01時26分05秒
結局、みきたんはあややのことが本当に好きだったのかな?
ともあれ、完結お疲れ様でした。
このスレでまたなにかはじまることをさりげに期待しつつ(w
476 名前:七誌 投稿日:2003年08月27日(水)22時02分14秒
>>469さん
恐縮です

>>470さん
期待しちゃってよくないかもです

>>471さん
川VvV从そういうこと。じゃなくて、一応どっちのものともとれるようにしてました

>>472さん
痛かったですか?ほんわかハッピーな感じで〆たつもりっす(爆

>>473さん
痛かったですか?自分的には(ry

>>475さん
藤本さんは侵食されていったんで本当の気持ちはどうだったのか謎ですね(−−;


残りの容量は思いついた短編でもひっそりと書いていこうかと思います。
もともとCPにこだわりないんでそこらへんは適当に話も適当に
ということで、さっき書いた(●´−`●)( ´D`)でも
477 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時03分24秒

短い夏休みは、家の近くで行われる恒例の夏祭りの日と重なっていた。
こんなことは今までなかったので嬉しくなった私は、楽屋にいるメンバーにそのことを話して回った。
返ってきたのは「よかったね」とか「いいなー」とか似たような言葉たち。
別にいいんだけど、もう少し興味のある素振りをしてほしかった私は
内心がっかりしながら鏡の前に座った。

「ねぇ、のの」
「ん?」

隣でメイクをしていたなっちゃんが鏡越しに私に声をかけてきた。
さっきまで静かだったのはアイメイクをしていたからか――と、関係ないことに納得しながら
鏡のなっちゃんを見返す。

「夏祭り、なっちも一緒に行っていい?」
「え?」

思いがけないその言葉に私は直に彼女を見る。

「なっち、その日の夜はお仕事ないからさ」

なっちゃんは、ニコニコと笑っていた。
478 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時04分05秒



待ちに待ったその日は、すごくいいお天気で
私は、お母さんに浴衣を着せてもらって
お仕事の時みたいに上手くはいかないけど
自分なりにできる範囲で最高のお洒落をして家をでた。
479 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時05分17秒

待ち合わせの時間になってもなっちゃんの姿はまだない。
時計は、20時を少し過ぎたころ。
仕事が押しているんだろうかと少し不安になる。
連絡を取ろうと私は巾着から携帯を取り出した。
その時、私の前に見慣れた色のタクシーが止まる。

「のの、ゴメンね〜」

飛び降りるように現れたのはなっちゃん。
見るからに慌ててきましたっていでたちで、こんなに気合いれてきた自分が馬鹿みたいだと思った。
なっちゃんもなっちゃんだ。
少しは私の気持ちを考えて・・・・・・

「ゴメンね〜、なかなか仕事抜け出せなくてさ」

でも、ペコペコと頭を下げる姿がかわいいからいっか。
それに、それだけ私のことを考えて早くここに着くようにしたんだろうから。

「今日は、なっちゃんのおごりね〜」
「えぇっ!?・・・・・・ん〜、分かった。待たせちゃったお詫びだ」

なっちゃんは驚きの声を上げたけど、すぐにおどけてそう言った。
480 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時06分19秒



綿菓子にカキ氷にラムネを買ってもらって
射的をして――なっちゃんはものすごく下手糞で、
なのに女の子が2人木陰に座っている小さな小さな置物を狙うものだから結局なにも取れずに終わった。
私は、彼女のあまりの腕前に呆れながらその置物を狙う。
さすがに一発では無理だったが二発でそれを取ることができた。
なにげに射的には自信があったのだ。

「のの、上手いね〜」

私を見ながら心底、感心した風にそう口にするなっちゃん。
なっちゃんが下手すぎるだけだよ、
という言葉を飲み込んで残りの弾を適当な景品に当てた。

481 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時06分54秒

「ほら、これなっちたちみたい」

もうすぐ打ちあがる花火を見るために人ごみから逃れ、
私しか知らない穴場のスポットへ行く途中でなっちゃんが言った。
手には、さっき私が取ってあげた置物。

「ね?」

「うん」

あんまり嬉しそうに言うので私は頷く。
すると、彼女は「いい思い出だべ」と顔をほころばせた。

思い出――

来年になったらなっちゃんはソロになる。
今だってオフが重なることなんて少ないのに
ソロになったらきっとこんな風に遊ぶことなんてなくなってしまう。
これは、彼女の思い出作り。

自然な彼女の言葉に私の胸は痛んだ。
482 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時07分33秒

「あ、焼きそばだ!!買ってきてあげるね」

出店が固まっていた道から離れてぽつんとあるお店を発見したなっちゃんはそう言うと私を置いて走り出した。
別にいいよという私の声も聞かずに――
私は、その場に立ったままお店のおじちゃんと話すなっちゃんの後姿を見つめた。

小さい背中。
あの背中で一体、どれだけのものを背負ってきたんだろう。改めて思う。

いつのまにか私は彼女よりも大きくなっていたけど――

でも、いつだってステージ上の彼女は私よりも大きかった。
483 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時08分36秒

「のの!」

熱々の焼きそばを持ってなっちゃんが私の元に駆け戻ってくる。
私が言うのもなんだけどこういう姿はホントに子供だ。
手渡される熱々の焼きそば。
私は、素直にそれを受け取って歩き出す。

「なんかさー、なんか焼きそば見ると思い出すよね」
「え?」

唐突にそんなことを言われてなっちゃんを見る。
いったい、なにを思い出すんだろう?

「ほら、10人祭りの時のハロモニでさ、焼きそばが食べれなくてのの泣いたっしょ。
 だって自慢するんだもんって」

なっちゃんが思い出し笑いを浮かべながら言う。
私には忘れたい出来事の1つだ。

「あれ、今でも覚えてるんだ〜」

早く忘れてほしい。
なんだか決まりが悪くなって私は手の中の焼きそばに視線を落とした。

「あの時からののは大人になったね」
ゆっくりと落ち着いたトーンで
「ののの成長が見れたなっちってなにげに幸せものだったんだな〜」
感慨深げにそんなことを言うから私はなにもいえなくなった。
484 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時09分27秒



お揃いのうちわを仰ぎながら打ちあがる花火を見上げる。

「綺麗だね〜」

最後の花火が打ちあがったらこの時間は終わる。
私は、花火よりもなっちゃんの横顔を見ていた。
仄かな灯りに照らされた彼女はすごく綺麗で――彼女の瞳には、未来に向かっての強い決意が見え隠れしていて

――これからも私のこと見守ってよ
――やめないでよ

そんな我侭を口にしても意味がないということを私に伝えていた。
485 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時10分02秒

「なっちゃん・・・・・・」
「ん?」

「お願いがあるの」

なっちゃんは不思議そうに空に向けていた視線を私にうつした。
私は、小さく息を吸う。
行かないでは言わない。言うべきじゃない。
だから――

「来年もののと一緒にお祭りに行ってくれる?」

一瞬、なっちゃんの顔が曇った。
来年はもう卒業していてそんなことが無理なのは分かっている。
でも、彼女がうなづいてくれるなら――たとえそれが実際には叶わないと知っていても――私はそれでいいんだ。
なにもなく離れてしまうよりは、今、なっちゃんが私のために優しい嘘をついてくれたほうが嬉しいんだ。
486 名前:夏祭り 投稿日:2003年08月27日(水)22時12分15秒

夜空に広がる極彩色の花火。
眩しくて目に痛い。
やがて、最後の一発が散って、消える。
おとずれたのは打って変わって静まり返った世界。
今まで聞こえなかったセミの声が耳に届く。
みーんみーんと残り少ない命を振り絞って鳴くセミたちの声に
なっちゃんの返事がかき消されそうで――そんなワケないのに――私は、彼女の口に視線を固めていた。
なっちゃんの唇が微かな吐息を漏らす。
それから、動いた。

「いいよ、来年ね」

私は、なっちゃんを見た。
なっちゃんは、やっぱり笑っていた。
その笑顔はなんだかとても優しくて、私はこらえきれなくなってしまって、
だけど、その顔は見せられなくてうつむいた。
なっちゃんは、なにも言わずに私を抱きしめてくれる。
私は、なっちゃんの胸にしっかりしがみついた。

「大丈夫だべ、のの。なっち、約束ちゃんと守るべさ」

今日、はじめて聞いた方言に彼女の動揺が分かる。
私は、悲しくて泣いているのにそれが少しおかしくてなっちゃんの胸の中で笑ってしまった。

「な、なに?なに?なに?なして笑うのさ〜?」

なっちゃんは、とても温かく、柔らかく、とてもいいにおいがした

                                                          


 
                                      Fine
487 名前:七誌 投稿日:2003年08月27日(水)22時13分10秒
最後の文「とても」が重複してる


                           _| ̄|○  
488 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)03時15分54秒
いつの間に新作が!侮れないなあ。
マターリ(・∀・)イイ!と思って読んでったら・・・
最後が切なかった・゜・(ノД`)・゜・
ののさんとなっちが来年も一緒にお祭りにいけますように。
というわけで作者タソグッジョブ(●´−`)人(´D` )
489 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月28日(木)14時18分37秒
なちのの(・∀・)イイヨイイヨー
なんかジーンときた
490 名前:空色 投稿日:2003年08月31日(日)23時39分12秒

あたしとカオリは夜風を全身に感じながらビルの屋上からの夜景を眺めていた。
ダンスレッスン終了後、なんとなくノリではじめた
リーダー・サブリーダー会議と称する思い出話に夢中になってあたしとカオリは帰りそびれてしまった。
久しぶりに2人っきりで話す時間を得て帰りたくないという気持ちもどこかにあったのだろう。
もう少し話そうと、彼女の提案でここにきたのだ。

しかし、時間が経つうちに饒舌な喋りはどこへやら、
あたしが話しかけてもカオリは生返事しかしなくなった。
不思議に思って、カオリを見ると彼女はなにもない空を見上げていた。
首が痛くならないんだろうかと心配になるほど顔を上に向けている。
その横顔は、どこか寂しそうにあたしの目に映った。
491 名前:空色 投稿日:2003年08月31日(日)23時40分12秒

「カオリ?どうかした?」

「矢口、空って何色か知ってる?」
「は?」

あたしの心配を他所に彼女は視線を固定したままそう聞いてきた。
空って、空?
あたしは、彼女に倣って空を見上げる。
雲ひとつない空。
その代わり、街の灯りに掻き消されて星の光ひとつあたしたちの元には届かない。
花火でもうち上がれば面白いのに。
あたしは、お台場で見た花火を思い出しながら答える。

「今は、黒だね」

それから

「晴れの日は青で、曇りの日は灰色で、夕方は赤くなって・・・・・・えっと〜火星接近中は夜も赤くなるね」

思いつくかぎりの色をいってみた。
492 名前:空色 投稿日:2003年08月31日(日)23時41分13秒

「ぶー、はずれ」
カオリは、空を見続けたまま微かに笑った。

「・・・・・・答えは?」

「空は空色に決まってるじゃん」

そこでようやく彼女は空から視線をはずしあたしを見た。
夜風が彼女の髪をさらっていく。その姿は少しミステリアスな感じだ。
なんとなく気後れしてあたしは

「なにそれ?答えになってないじゃん」
呟きながら、彼女から視線をそらした。

「ん〜、じゃぁ水の色は分かる?」

「水?水は、青でしょ」
「違うよ。それは、絵の世界だね」

「じゃぁ、透明でしょ」

「水は、水の色なの」

どうやら交信中だったらしい。
彼女の答えにあたしは嘆息した。
交信中のときの彼女の話はひどく難解で支離滅裂であたしはいつも理解できないまま終わる。
今回もおそらく同じ結果になるだろう。そう思った。
493 名前:空色 投稿日:2003年08月31日(日)23時42分59秒

「だからね、矢口」
「うん」

「ホントは空にも水にも色があるんだよ。普段、カオリたちがそれを認識していないだけでね。
 それと同じで人の心にも色があるの。
 みんな、違う色をしてるからから一緒くたにまとめちゃダメなんだ」

カオリは、真面目な顔でいった。
完璧に交信モードになるとあたしはただひたすら聞き役に徹するしかない。
目で続きを促す。

「でもね、一人一人の色を見ていくのはすごく大変。
 ベースは一緒でもその時その時によって心の色は変わっていって、
 カオリはたまにそれを見逃しちゃったりしちゃうの。
 で、反省して今度は見逃さないようにしようと思うでしょ」
「・・・うん」

「そしたら、今度は自分の色が分からなくなっちゃって混乱しちゃうんだ」

カオリは、曖昧な笑顔を浮かべる。
彼女の話は予想通りのもので、あたしにはよく分からなかったけれど、なんとなく分かるような気もした。
494 名前:空色 投稿日:2003年08月31日(日)23時43分52秒

「じゃぁ、矢口がカオリの心の色を見ててあげるよ」

あたしは、いった。
カオリは、キョトンとした顔であたしを見つめ

「矢口じゃすぐ忘れそうで心配」
と、意地悪く笑った。

いつもの調子に戻ってくれたようだ。
あたしも少し緊張していた頬を緩める。

「そういうこと言うか〜。自慢だけど矢口の記憶力はアンディー・ベル級だよ」
「誰、それ?」
「記憶力世界選手権で優勝した人」
「へぇ〜、そんなのがあるんだ」
「矢口もこの間知ったんだけどね」

あたしは笑う。
彼女も笑う。

そんなに面白い話をしているわけでもないのに。
それでも、ただ今は、このかけがえのない時間が少しでも長く続けばいいとそう思った。
                                                             



                           
                                           Fine
495 名前:ナルシストの悩み 投稿日:2003年09月02日(火)23時34分15秒

「ん〜」

少女が、鏡の前で1人唸っている。
彼女は、いろいろな表情を作るのが趣味であった。
ひとたび鏡に向かえば数時間は軽くすぎてしまう。
自分の顔はどれだけ見ても見飽きないといったところだろう。
だが――

「ん〜」

少女は、再び唸る。
鏡の中の自分を見てため息を一つ。
それから、おもむろに入れっぱなしにしていたDVDの再生ボタンを押した。

流れるのは自身の姿と親友である藤本美貴の姿。
コスプレをしながらマナーを学ぶと言うよく分からない趣旨の番組をしていた時のものだ。
少女は、難しい顔をしてそれを見つめている。

――そういうことかぁ
――そういうこと

画面には頬を寄せ合って無邪気に笑う二人の姿。
少女が見入っているのは右側の自分の笑顔。
先ほどから、鏡に向かって練習していたのはこの笑顔だ。
これまでいろいろな表情を編み出してきたのにどうしてもこの笑顔だけができない。
いつもどんな表情も好きだと自負はしているが、この笑顔が一番可愛いような気がする。
そう思い込むと一直線。
日々鏡に向かっているというわけだ。
496 名前:ナルシストの悩み 投稿日:2003年09月02日(火)23時35分30秒

「そういうことかぁ」

TV画面から視線を再び鏡に戻し同じことをしてみる。
しかし、

「ん〜」

やはり首を捻る。
長年の表情筋の研究の賜物か、
この笑顔を出す時に自分がどの部分の筋肉を動かしているのかも分かっている。
それなのに、どこかが違うような気がしてならないのだ。

まったく、同じことをしているはずなのになにかが足りない。
そんな感じ。
少女は、大きく息を吐きながらがっくりと肩を落とす。
と、ピーンポーンとチャイムの音がした。
497 名前:ナルシストの悩み 投稿日:2003年09月02日(火)23時36分12秒

「おっはー」

少女を訪れてきたのは藤本だった。
突然の来訪に少女は目を丸くした。

「ミキたん、どうしたの?」
「やっぱり忘れてたんだ」

藤本は、少女の問いかけに少し頬を膨らませ

「ライブのリハに入るまでに一回は遊びに来てって言ったの亜弥ちゃんじゃん」
「そうだっけ?」

「メールしたのに返ってこないし」
「そうなの?」

少女は、机の上に置いてある携帯を見る。
確かに藤本からのメールがはいっていた。
マナーモードにしていたわけではないのに、と少女は不思議に思う。
498 名前:ナルシストの悩み 投稿日:2003年09月02日(火)23時37分14秒

「どうせ鏡見てて気づかなかったんでしょ」
「あ!」

きっとそうなのだろう。

「そういうことかぁ〜」

さっき見ていた映像が頭を掠めそう口にしながら藤本の顔に自身の顔を寄せる。
唐突な彼女の行動に藤本は呆れたように笑って

「そういうこと」

彼女の頬に自分の頬をくっつける。
その瞬間、少女の顔全体に広がっていたのはあの笑顔。
どれだけ練習してもできなかったというのに、今はいとも簡単にできている。
しかし、その事実に少女は気がつくはずもなかった。

                                   

                                       Fine
499 名前:ナルシストの悩み 投稿日:2003年09月02日(火)23時37分50秒




500 名前:ナルシストの悩み 投稿日:2003年09月02日(火)23時38分47秒

ミキ達、かなりバカっぽいんだけど>川VvV‘ 。‘从<そっかな〜

もういいじゃん。ミキ、お腹すいてるしさー、
     たこ焼きの材料買ってきたから>川VvV‘ 。‘从<いいねー、このまんまで食べよっか

いや、いや、いや。無理だから>川;VvV‘ 。‘从<私が食べさせてあげるって

食べさせてくれなくていいから作って>川VvV‘ 。‘从<あと、5分このままでいてくれたら作ってあげる

・・・・・・そういうことかぁ>川VvV‘ 。‘从<そういうこと


 
       
                                   みたいなね。
501 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)01時09分41秒
うわーい
あやみきだぁ
私もたん。と居る時のあややが一番可愛いと思うな
502 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月05日(金)13時53分52秒
あやみきはこういう感じ合いますよね。
あんまりベタベタした感じより
個人的にはこれくらいがいい塩梅です。

(´-`)。o0(藤本絡みのシリアス読みたいな)
503 名前:褒めて 投稿日:2003年09月07日(日)20時53分20秒

「なっちのこと褒めて」

「は?」

突然、そんなことを言われて――なっちの突飛な発言には慣れたつもりだったけれど――
あたしはひどく間抜けな声を出してしまった。

「褒めて」「いや、意味わかんないし」

褒めるという行為は、普通、相手のことを高く評価するときに使うものであって
褒めてと促されてするものではない。
だいたい、あたしはなっちを褒めるようなことを彼女からされた覚えがない。

「なんで、なっちだけ褒めてくれないのさ〜?」

なにも言わないあたしになっちは口を尖らせて文句を言う。

「どういう意味?」

なんであたしはいきなり変な注文されて文句を言われなければいけないんだろう。思いながら聞く。

「矢口さ、辻とか加護とか梨華ちゃんとかよっすぃ〜とかまこっちゃんとか紺野とかお豆ちゃんとか
 高橋とか藤本とか田中とか亀井とかしげさんのことよく褒めるでしょ」

一気に口にしても人数多いな〜。じゃなくて、そんなの当たり前の話だ。
みんな、ホントに成長してきたな〜と思うし、後輩のモチベーションを高めるには飴と鞭って言うし。
504 名前:褒めて 投稿日:2003年09月07日(日)20時55分04秒

「後輩だから当たり前じゃん」

言うと、なっちは口を尖らせるだけじゃなく頬まで膨らませて

「カオリのことも褒めるべさ!!」

声を荒げた。
あ、方言ではじめた。

「そうだっけ」

あたし、いつカオリのこと褒めたんだろう?思い出せない。

「そうだべ。なして、なっちだけ褒めてくれないのさ?」

少し拗ねたような顔。
よく分からない。
よく分からないけど、今までの流れから察するとこれって一種の焼きもちなんだろうか?
あたしが、なっちだけ褒めなかったから妬いてるとか?
いくらなんでもそんなことで焼餅やくなんて子供っぽすぎる。
505 名前:褒めて 投稿日:2003年09月07日(日)20時57分20秒

とはいえ――

「でも、それ言ったらなっちも矢口のこと褒めてくれたことないじゃん」

ついそう言ってしまうあたしも十分子供なんだろう。
今、気づいたけどあたしだってなっちからお褒めの言葉を貰ったことはない。ような気がする。
あたしの言葉になっちは目を丸くした。

「なして、なっちが矢口のこと褒めなきゃいけないべさ?意味わかんないべ」

そう、その通り。その通りだ。
その意味の分からないことを自分はあたしにしてほしいと言ってることはどうでもいいのかな。
いや、彼女のことだから気がついてないだけだろう。

あたしは、なっちを見る。
なっちは、クエスチョンマークを顔いっぱいに浮かべていた。
その顔がおかしくてついあたしは噴出してしまった。

506 名前:褒めて 投稿日:2003年09月07日(日)21時01分53秒

「なんだべ?」
まったく、彼女には敵わない。

「なっちはえらいっ!!よくやった!!!感動した!!!!!!」

あたしは、彼女の両肩をぽんぽんと叩きながらご要望どおり褒めてみた。

「それ小泉さんだべ」

なっちは、じっとりとした目つきであたしを睨む。
ちょっとした前振りなんだからそんな顔しないでほしい。
あたしは、両肩に置いた手に力を込めて彼女を引き寄せる。

「矢口は、そんなかわいいなっちが大好き」
耳元でささやきながら抱きしめる

「へ?」

今度は、彼女が間抜けな声を発した。

「ご満足していただけました?」
「褒めてないべ」

言いながらも、彼女の腕があたしの体にしっかりと巻きつく。
どうやら満足してくれたみたいだ。
まったく、世話が焼ける。
                                                     
           
                                   Fine
507 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/11(木) 13:31
なちまりですか。
僕の安倍さん像とかなり近いです。天然マイペースな感じ。(^-^)

藤本絡み執筆中ですか!短編かな?長編かな?
きっと502を書き込む前に祈りが通じたに違いない。
楽しみに待っております。

で、おまけ。こんなん見つけました。(空の色について)
ttp://www2.wbs.ne.jp/~wakato/niji.htm
508 名前:なちまりっぷ 投稿日:2003/09/13(土) 09:00
なちまりキタ━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
いいですね、この2人の掛け合いは。

あと、今さらですが夏祭りジーンときました。
509 名前:無題でいいや 投稿日:2003/09/18(木) 20:53

彼女の後ろに忍び寄る。
気づかれないように足音を立てずに。

「なに?手伝ってくれるの?」

お釜を洗っていた彼女が振り返る。
あっさりと気づかれた。

「ううん、見てるだけ」
「あっそ」

彼女は、苦笑しながらまた私に背を向けた。
音を立てていないはずなのにどうしていつもばれるんだろう。
研究によると足がつく瞬間よりも足を離す瞬間のほうが音が立ちやすい事が判明した。
つまり、そこに気をつければ音を立てずに歩くことは可能なはずだ。
そして、それを実行している。
なのに、なぜかいつも気づかれてしまう。

どうしてだろう?
510 名前:無題 投稿日:2003/09/18(木) 20:54

「亜弥ちゃん、すっごい視線感じるんだけど」

私を振り返らずに彼女が言う。
思わず、凝視していたらしい。

「だって、たんの背中がかわいいんだもん」

とりあえず、誤魔化す。もちろん、素直な気持ちでもある。
彼女の背中を見ているのは純粋に落ち着く。前から見ても落ち着く。
一緒にいれば落ち着くといったほうが早い。

「はいはい」
呆れた声で返事をしながら彼女が水を止める。

「終わった?」
「終わったよ。っていうか、いつのまにミキが炊事係になったんだろうね」

彼女は、私に声をかけながらまるで我が家のようにリビングに向かう。

「いつのまにかだね〜」

その背中を再び追いかけてみる。
音を立てずにゆっくりと――

「あのさ、その歩き方はなんなの?」
急に彼女が振り向いた。
511 名前:無題 投稿日:2003/09/18(木) 20:56

「最近、なんか歩き方変だよね」
「そ、そう?」

「うん。なんていうの、抜き足差し足忍び足みたいな」

冗談っぽい言葉とは逆に彼女は真剣な顔をしている。
本当に気になっているみたいだ。

「ん〜と、したいことがあるんだけどたんがいっつも振り返るからできない」
「はぁ?なにそれ?」

「だから、足音消す練習してるの」
「・・・・・・足音消してなにがしたいの?」

「秘密」

私の言葉に彼女は嘆息した。

「じゃぁ、今度は振り返らないからしてみてよ」
「嫌だ」

「なんで?」
「そんな身構えられてるとダメなの」

「あっそ」
彼女は、少しムッとした表情になった。
そんな顔されてもこれだけは譲れない。絶対に気づかれないように背後を取る。
そう、心に誓っているから――

明日の彼女はハロモニの収録。
明日の私は、ハロモニのスタジオライブ収録。

チャンスは絶対あるはずだ。
512 名前:無題 投稿日:2003/09/18(木) 20:57



スタジオから楽屋までの廊下。
私は、彼女の後ろに忍び寄る。
気づかれないように足音を立てずに。
いつもならフライングアタックをする距離を静かに歩く。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

彼女は、まだ気がつかない。
もしくは、とっくに気がついているのに気がついていないフリをしている。
でも、身構えた様子はない。だから、それでもいい。
少しだけ距離を詰める。
手を伸ばせばすぐに届く距離。
私は、そっと彼女の方へ腕を伸ばした。
少し広い肩を通過して顔の前に、両手で彼女の目を覆う。
彼女がビクッと反応した。
513 名前:無題 投稿日:2003/09/18(木) 20:58

「あ、あ、亜弥ちゃん?」

狼狽えた声。
私は、返事をしない。
彼女の目を覆ったまま背中にピットリと張り付くようにして彼女の顔を覗く。

「亜弥ちゃんでしょ?」

口がへの字になって眉毛は八の字。
オロオロしている。
ちょっと可哀想になってきた。

「せいかーいっ!!」
手を離した。

・・・数発殴られた。

514 名前:無題 投稿日:2003/09/18(木) 21:00



「なにがしたかったの?」

私たちは向かい合って座っている。
間には机。
彼女は、よく周囲の人から気をつけるようにと言われる人を見下す女王様目線で私を見ている。
あまりされたことのないその目つきは、ちょっと怖い。

「ほら〜、この間シャッフルしたでしょ」
「うん」

「あの時のハロモニでミキたん目隠ししたでしょ」
「うん」

「あれがかわいかったの〜」
ガクッと音がするように彼女がずっこけた。

「でもさ、たんってなかなか隙をみせてくれないから」
「音立てないように歩く練習したってわけ?」

呆れた声で私の言葉を彼女が続ける。
その顔からは怒りが抜けている。
私は、首を縦に何度も振った。

目隠しされておろおろする彼女はいつもの彼女とは違ってみえた。
ああいう弱っている姿を普段はなかなか見せてくれないから、ついやりたくなったのだ。
515 名前:無題 投稿日:2003/09/18(木) 21:02

「・・・・・・亜弥ちゃんって、馬鹿だよね」
「えぇっ!?」

「あぁ、姫路じゃだぁぼだったっけ?」
「馬鹿よりはそっちのほうがいいけど、だぁぼはアホって意味だよ」

「どうでもいいよ、そんなの」

どうでもいい・・・・・・
関西人にとっては馬鹿とアホの違いは命にかかわるほど重要なのに、
どうでもいいなんて。

「みきたん、ひどいっ!!」

「どっちがっ!?っていうか、亜弥ちゃんさ、美貴が目隠し苦手なの知ってるでしょ」
「知ってるよ」

「じゃぁ、なんでそういうことするかな〜」

「だって、可愛かったんだもん」
「またそこに戻るのかよっ!!!!」

ズビシッとツッコミをいれられる。
516 名前:無題 投稿日:2003/09/18(木) 21:04

「だって〜」
「・・・・・・もういいよ。美貴そろそろ楽屋に行かなきゃ行けないから」

彼女は、大きくため息をつきながら立ち上がった。
私も気づかれないように立ち上がる。

彼女は、私の楽屋をでていく。
私も気づかれないように後に続く。
怒り骨髄で隙だらけの背中。
私の中で再び熱いものが蘇る。

やってはいけないと思うほど、やりたくなるのが人間というものだ。
うん、きっとそうだ。これは仕方のないこと。

私は、そっと彼女の方へ腕を伸ばした。
少し広い肩を通過して顔の前に、両手で彼女の目を覆う。
彼女がビクッと反応した。

「だ〜れだっ!!」

「もう、うざいってば!!」

今度は飛び蹴りされた。

                                                      
           
                                   Fine
517 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/19(金) 13:07
藤本絡みキター
あのときのハロモニの藤本可愛かったですよね

いやもうぜひあやみきスレに! (^-^)
518 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/19(金) 16:46

              ガッ!   ノノノハヽ
      -=〃ノハヾヽ  ∫ ,、、从川;´o´)<ひぃっ!
    -=⊂川# VvV)⌒,⊃ )Σ (  つノつ
      --==∪ /  ^´   W ヽ)ヽ)
        -=∪

飛び蹴りでコレ思い出した(w
519 名前: 投稿日:2003/09/21(日) 23:17

久しぶりに2人で買い物に出かけた日の帰り道、急に雨が降り出した。
外れすぎると評判の天気予報をそれでもあたしは信じていたので
バッグの中にはきちんと折り畳み傘が入っている。

「亜弥ちゃんは?」

あたしの問いに彼女は首を振る。
彼女の場合、天気予報を信じなかったというよりそのものを見ていないのだろう。
思いながら傘を開いて亜弥ちゃんの体を入れた。
そう小さい傘じゃないけど二人で使うには少し無理があるみたいだ。
あたしは彼女が塗れないように体の半分を傘の外へ出した。
これで大丈夫だろう。
彼女はそんなあたしの行動に気づいた風もなく「相合傘だね」と嬉しそうに笑った。
あたしも彼女に笑いかける。あたしたちは寄り添って歩き出した。

しばらく歩いているうちに彼女がチラチラとあたしを見ていることに気づいた。
あたしが「ん?」と彼女を見ると彼女は首を振ってうつむく。
そんなやり取りを何度か繰り返したあと

「どうかしたの?」

あたしはとうとう彼女に問いかけた。
520 名前: 投稿日:2003/09/21(日) 23:18

彼女の方を向くと彼女は「どうもしないよ」と首を振る。
どうにも釈然としない。
確かに彼女は意味もなくあたしを見てることが多いけど
今回のそれはなにか物言いたげに見える。

他にまだどこかに行く約束をしていただろうか?

あたしは、彼女の様子をそれとなく盗み見しながら考える。
話しかければ返事を返してくれるから怒っているわけではないんだろうけど
いったいぜんたいどうしたんだろう。

「ほんとにどうもしない?」

もう一度尋ねてみる。

「言いたいことあるんだったら言ってよ」

「・・・・・・ミキたん、濡れてるよ」
「え?」

彼女は、傘から半分でているあたしの右肩に視線をとめていた。
なんだ、そんなことを気にしていたのか。
521 名前: 投稿日:2003/09/21(日) 23:20

あたしは、そんなことを気にしていた彼女に微笑を浮かべながら

「ミキは、亜弥ちゃんが濡れなければそれでいいんだよ」

あたしの言葉に彼女は納得がいかないといった風に頬を膨らませ
それから急にあたしの腰に抱きつくように腕を回した。

「なに、いきなり」
「こうしたら、二人とも濡れないね」

あたしが言うと彼女は上目遣いでそういった。
確かに濡れないけど

「歩きにくいし目立つよ、これ」

もしかして、最初からこれを狙ってたのかなとか思いながらも

「私は、ミキたんに濡れてほしくないもん」

そういってさらに体を寄せてくる彼女のことをとても愛しいと感じた。
雨の日も悪くない。

                                                   
                                  Fine
522 名前: 投稿日:2003/09/21(日) 23:21

川*VvV从<だからって、前に回りこんでキスするのはどうかと思うよ

从*‘ 。‘从<したくなっちゃったんだもん

川*VvV从 <そういうことかぁ

从*‘ 。‘从<そういうこと

川*VvV‘ 。‘*从
523 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/22(月) 00:03
このシリーズは七誌さんにとっては結構甘めなのかな
前にも恋愛物は苦手って書いてましたよね。
このスレの初めの2つみたいなのが得意分野なのですか?
ぜひあやみきスレに。とか書いておきながら
実は本当は七誌さんにはああいうの期待してたりします。
個人的にはそれに藤本が絡んでればベターですが (^-^)(しつこい?(^^;))
もちろんこの短編も良い感じですよ。
次も期待してます。頑張ってください。
524 名前:奈菜資産 投稿日:2003/09/23(火) 18:13
想い合うふたり。。。良いです!
525 名前:失くし物 投稿日:2003/09/29(月) 22:06
窓を叩く雨をぼんやりと眺めていると薄く窓に映った自分の顔が何度も何度も叩かれているように見えてくる。
こんなことを思うのはヘンだ。最近、自分はおかしい。
皆でいるときはそんなこと感じないのに、一人でぼんやりしているといろいろ余計なことを考えてしまう。
ぐるぐる回る思考が空き巣みたいに感情の引き出しの中をぐちゃぐちゃに掻き回していく感じ。
これでいいのだろうか。不安になる。
毎日、衣装を着て歌って踊る。
まるで感情のない操り人形のように皆揃って同じことを繰り返す。
それでいいのだろうか。
526 名前:失くし物 投稿日:2003/09/29(月) 22:08
ソロの時はそんなこと感じる暇なかった。
自分だけで持てる力の全てを見せなければいけなかったから。
その時その時に全力でいっていたから。
モーニング娘。にはいってもあたしはあたしのこのやり方を変えるつもりなんてなかった。
でも、いざその場所に入って必死に仕事に取り組んで行くうちに――
あたしは、気づいてしまったんだ。モーニング娘。はグループだということに。
漠然と分かっていたつもりになっていたソロとグループの違いに、気づいたんだ。

それから、なんだか頭の中がまとまらなくなった。
それでも仕事はあるし、余計なことを考えるなとでも言うようにユニットは増える。
どんどんどんどんあたしは飲み込まれていく。
藤本美貴というあたしが消えていく。
527 名前:失くし物 投稿日:2003/09/29(月) 22:09
「だから?」
私の話に最後まで耳を傾けてくれた彼女はそう簡単に言い放った。
「だからって……」
あっさりといわれて私は言葉をなくす。
しかし、よく考えればこんな生活をあたしよりも長く続けていて、
それだけ傷ついてきたであろう彼女に話すようなことではなかったのかもしれない。
きっと彼女はこの生活に慣れてしまっている。そうするしかなかったから。
だから――そんな風に、自分のことを諦めた口調なんだろうか。
528 名前:失くし物 投稿日:2003/09/29(月) 22:11
「ねぇ、ミキ」

彼女はゆっくりと口を開いた。

「確かに今の娘。の中に入るってことはさ自分自身をなくしちゃうことなのかもしれないよ?
 だけど……そこから自分自身を探しだす、探しださないは、その人個人の力にかかってるんだと思うよ。
 だって、カオリから見たらミキはなにをなくしたのか全然分からないもん。
 手伝ってあげることはできないよ。
 同じようにミキにもカオリがなにをなくしてきたのか分からないし、
 カオリがなにを探そうとしているのか分からないでしょ」

彼女は淡々と語る。
529 名前:失くし物 投稿日:2003/09/29(月) 22:12

「……要は、なくしてしまったモノを探し出すことを諦めなければいいんじゃないかな?」

ん?と首を傾げる彼女。
それから、「これは私の憶測だけどね」と微笑みながら続ける。

ミキは、諦めかけてたんじゃない?

諦めかけてた――
その言葉がゆっくりと体にしみこんでくる。
それは、体の中心に届くと形を変えあたしの内側から何か熱いものを呼び起こした。
モーニング娘。という大きな箱の中であたしが捨てたものを少しずつ思い出させた。
530 名前:失くし物 投稿日:2003/09/29(月) 22:13

そう、きっと最初に諦めたのはあたしだ。
探しだそうとさえしなかった。
捨ててしまったものをもう一度手にいれるのは絶対に無理だと決め付けて。
自分を消していたのはあたしのほうだ。
自分が自分であるための大切な何かをを探すのを諦めたのはあたしのほうだったんだ。
531 名前:失くし物 投稿日:2003/09/29(月) 22:15

「・・・・・・今からでも、見つかるかな・・・」

呟いたあたしの頭を彼女が優しく撫でる。

「大丈夫だよ」
「ホントですか」

「大丈夫、大丈夫」

彼女が、子供に言い聞かせるように何度も繰り返すからホントにそんな気がしてきた。
                                                               Fine


           
532 名前:七誌 投稿日:2003/09/29(月) 22:18

川‘〜‘)|| 作者が交信中みたいな話だったね
川VvV从 うむ

( ゜皿 ゜)カオリイイコトイイウネ
川VvV从 ビミョーだな
533 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/02(木) 00:38
やっぱり藤本らしさを無くすことなく頑張って欲しいですよね
頭なでられてる画を想像してみました。いいかも・・・・

藤本絡みっててっきり短編のことだと思ってました
長編で楽しめるのですね。マターリマターリ待ってます。
きっとその頃には3cmは首が伸びていることでしょう
534 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/02(木) 15:12
カオミキいいな〜。
もっとリアルでもミキ帝にはガンガンしてほしいですね。
娘。にはいってからあんまり目だってないし・・・

っていうか、ジュマペールって花のあれですか?作者さん??
535 名前:死闘 投稿日:2003/10/04(土) 12:06

「あいぼん、あいぼん」
呼びかけられて加護が振り返ると吉澤がにやけ面で手招きをしていた。
彼女があんな顔をする時はたいていろくでもないことを考えている時だ。
そう判断して加護は彼女から顔を背けた。
「ちょっと待ってよ、お願いがあるんだってば」
吉澤は駆け寄ってきて加護の肩を掴む。
その力は強く振り払えそうになかった。
加護は、ため息をつきながら彼女を見上げる。
「なに?」
諦めきった声で問うと、吉澤は子供のような笑顔で一枚の紙を差し出した。
加護は胡散臭そうにそれと吉澤とを見比べる。
吉澤は、代わらずニコニコとしたままだ。
嘆息しながら差し出されたものを受け取り目を通す。
それは、小芝居のシナリオのようだった。
「これなに?」
紙から顔を上げずに加護は言う。
「一緒にそれやってよ」
吉澤は、あっけらかんと答える。
「やけど、これって」
加護は、最後までザッと目を通して少しだけ同情交じりの視線を吉澤に向けた。
「いいじゃん。あたし、一度誰かに「こやつっ!」って言ってみたいんだよ」
そんな加護の視線に気づくはずもなく吉澤はやる気満々でおもちゃの刀を取り出す。
いいのだろうか、加護は一瞬悩んだが悩むのは髪に悪いと吉澤に付き合うことにした。
536 名前:死闘 投稿日:2003/10/04(土) 12:08

加護の了承を経て張り切っている吉澤はどこから手にいれてきたのか衣装と血のりまで用意してきている。
加護は、向かい合って刀を構えながらいいのだろうかと再び心の中で呟いた。
「なぁ、よっすぃ〜」
「ん?なんだい、あいぼんベイベー」
そのキャラは誰かのパクリだ。
加護は突っ込みながら
「ホンマにこやつっていう方の役がいいの?」
「なにいってんだよ、こやつのために命かけてるあたしに向かって」
吉澤は、今さらなに抜かすといった風に答える。
「それならええんや」
ようやく加護は納得して役作りを始めた。
537 名前:死闘 投稿日:2003/10/04(土) 12:11

風が吹きすさぶ草っ原。
馬鹿みたいに侍の格好をして向き合う2人の少女。その手にはおもちゃの刀が握られている。
吉澤が不敵な笑みを浮かべ、走り出した。同時に加護も走り出す。
交差する2人の姿。
ポカンとおもちゃの刀が触れ合うプラスチック音。
ザザッと土煙をあげて止まる二人。
加護は、振り返る。吉澤も振り返る。その腕が赤く染まっている。
「こ、こやつっ!!!!!!!」
吉澤は、腕を押さえ嬉々とした調子で叫んだ。
ここまでくると加護もはいってきているのかニヤリと笑い
「お主の剣、今のですべて見切った!!」言いはなつ。
吉澤の目が驚愕に開かれる。
「なんだと!!この俺様の剣がそう安々と見破られる筈がなかろう!!寝言はあの世で言うんだなっ!!死ねーーぃっ!!!!!!!!!」
微動だにしない加護に向かって吉澤が切りかかる。
まさに刀が触れる瞬間、加護の体がすっと横に流れ吉澤の胴を抜いた。
「ぐはっ!!!」
吉澤は、口から血のりを流して倒れた。
「だから、見切ったといったろう」
加護は、倒れている吉澤を見下ろし呟く。
乗り気ではなかったが、なかなかいい気分になっていた。
538 名前:死闘 投稿日:2003/10/04(土) 12:12

「あれーっ!?」
うつぶせになっていた吉澤がごろりと身を反転させる。
その顔は、満足げ・・・ではない。加護は、首を傾げる。
確実に彼女のシナリオどおりに展開したはずだ。
「なに、よっすぃ〜?完璧やったろ、今の」
「完璧じゃねーよ、なんであたし倒れてんの!?」
「うちに切られたから」
「ちっげーよ!!これってさー、あたしが悪役みたいじゃんっ!!」
吉澤の言葉に加護はぽかんと口を開けた。
なにをいまさら言い出すんだ、この馬鹿は。その目はそう語っている。
最初からそうだったではないか。
だから、加護は役について尋ねたというのに。
539 名前:死闘 投稿日:2003/10/04(土) 12:14

「なんであたしがぐはっとかいって倒れてんだよ、おっかしいだろーっ!!加護がぐはっていうはずじゃん。」
吉澤は、草っ原にあぐらをかいてまだ文句を口にしている。
加護は、かぶっていたちょんまげヅラを外してその場から立ち去ろうと背を向けた。
その背中に
「なんだよ、その態度。お前はぐはっじゃなくてづらって言いたかったのかーっ?それともズゴッかーっ!?」
吉澤がいってはいけない禁句を投げかける。
加護の肩がピクリと動く。
立ち去ろうとした加護は満面の笑みでゆっくりと吉澤を振り返ると静かにおもちゃの刀を振りあげた。
                                   


                                              Fine
540 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/05(日) 19:17
アフォ(o^〜^o)(w
541 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/08(水) 05:27
七誌さんのあやみき最高
542 名前:好きだから 投稿日:2003/10/11(土) 09:54

汗だくになって藤本美貴がドアを開けると室内からきつい声がかけられる。
「遅い」
「ごめん」
心にもない謝罪の言葉を言いながら、美貴は、本日3度目の帰宅をした。
先ほどの声の主、松浦亜弥はソファーベッドにゆったりと体を沈めて
自分が行ったライブ映像を見ている。美貴は、その画面を見て一瞬ひるむ。
「アイスは?」
亜弥が振り返りもせずに言った。
その言葉を聞いて美貴は我に返って部屋に足を踏み入れる。
エアコンのひんやりとした風が火照った体をさます。
美貴は、手に持っていたアイスを亜弥に渡した。
「・・・・・種類が違う」
亜弥は、渡されたアイスを一瞥して美貴を睨む。
「なかったんだよ」
美貴は、ため息交じりに答える。
「探してきて」
「え?」
美貴は、顔を上げる。
今、帰ってきたばかりなのに?
心の中で問いかけるが、その言葉を声にすることはない。
彼女は、もうtv画面のほうに視線を移している。
その横顔を痛ましい目で見つめ、諦めたように玄関に向かった。
「コレ終るまでに戻ってきてね」
閉まりかけるドアの隙間から彼女のそんな声が聞こえた。

8階建ての6階に位置する部屋。
美貴は、いつもエレベーターを使わずに階段を駆け下りる。
まるで自分への戒めだとでもいうように。
543 名前:好きだから 投稿日:2003/10/11(土) 09:56

美貴が部屋に戻ると、亜弥は眠っていた。
規則的に上下する胸と、マネキンのように固まった足。
美貴は、泣きそうな目でそれを見やり静かに買ってきたアイスを冷凍庫にしまった。

「・・・たん」

二度と呼ばれることはないと思っていた亜弥だけが使うその呼び名を聞いて
美貴はギョッとして振り返る。亜弥は、まだ眠っているようだ。
夢を見ているのかその顔は幸せな笑顔。
こうなる前に彼女が美貴に向けていたそれが今となっては悲しい。
微笑み混じりの唇に美貴は自分の唇をそっと寄せた。
「ん・・・・・・」
彼女が微かに動く。
ビクリと、美貴は体を離した。心臓の音が室内に響いているような気がした。

「・・・・・・なにやってんだろ」
あの頃には戻れないというのに。
2人で馬鹿みたいにじゃれあっていたあの時間は壊れてしまった。

自分が壊した。

美貴は唇を噛締めて亜弥の動かない足を見つめた。
544 名前:好きだから 投稿日:2003/10/11(土) 09:58

「・・・・・・帰ってたんだ」

前触れもなく彼女が目を覚ました。

「あ、うん。亜弥ちゃんの言ってたアイスあったよ」
「そ・・・・・・」
そっけない言葉を受けながら美貴は先ほどしまったアイスを取り出す。
亜弥は、それを受け取りながら美貴をじっと見つめてきた。
美貴は、どきりとした。さっきの行為が気づかれていたのだろうか、と。
視線をそらすこともできずにしばらく無言で見詰め合う。

「夢見てた」

美貴から手の中のアイスカップに視線を移して亜弥が言った。
「え?」
「夢の中で私はライブしてたんだ」
その言葉に美貴の体がこわばる。

「でね、面白いことに観客が1人しかいないの。誰だと思う?」
亜弥は言ってくすりと笑った。
美貴は、言葉を返せずにうつむく。

「私から居場所を奪ったのに夢にまで出てこないでよ」

膝の上で拳を固く握り締めたまま微動だにしない美貴に彼女は手に持っていたアイスカップを投げつけた。
それは美貴に当たるとベチャリという音を立ててフローリングの床に落ちる。
美貴は、転がったアイスカップに視線を固定する。

「ごめん・・・・・・」

彼女の言葉は事実だから――
自分は、なにもできない。
545 名前:好きだから 投稿日:2003/10/11(土) 10:00

「・・・私のこと憎い?」
静かに問われる。

「……あの時、死んでればよかったのにって思ってるよね」
「思ってないよ!」

美貴は、顔を上げた。
彼女の表情は穏やかな声と違って険しい。

「私があの時死んでたら、引退しなくてもよかったしね。
 私の代わりで、ソロに戻れてたかもしれないでしょ」

そんなこと考えた事もない。

「亜弥ちゃん・・・・・・」
美貴は、亜弥に手を伸ばす。
が、美貴の手が届くよりも先に彼女は美貴の手を払った。

「もうやめてよっ!!なんでいっつもいっつもそんな顔で私のこと見るの!?」

亜弥は泣いていた。涙を流しながら美貴を睨んでいた。

なんでかって?
そんなの簡単じゃん

美貴は、ともすれば浮かんできそうになるものを悟られないよううなだれる。
浮かんできそうな笑みを、悟られないように――
546 名前:好きだから 投稿日:2003/10/11(土) 10:02

「・・・・・・私のこと・・・なんて忘れちゃえばいいのに」

涙交じりの呟き。
美貴が亜弥に抱いている罪悪感。
それを、亜弥も美貴に対して抱いているのだろう。
だから、亜弥は美貴が彼女から離れて行くようにわざと冷たく接し続ける。
このままずっとお互いが傍にいれば辛いだけだから――

だが――美貴は違った。
そっと上目で彼女を見る。

ごめんね、亜弥ちゃん。
それはできないんだよ。亜弥ちゃんには悪いけど……
あたしは、今の……
あたしだけのものになった亜弥ちゃんが、大好きだから。

だから、
ずっと傍にいるよ





                                       Fine
547 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 17:53
やばい…すげーツボだ…。
これ長編で読みたいなぁ…って元は長編だったのか…。
うーん、これ、書いてもらえませんかねぇ?
すっげー面白いんですが…。
って、不躾なリクすいませんです。
でもほんと好きなんで、気が向いたらぜひぜひ…。
548 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 22:50
七誌さんのこういう路線めっちゃ好きです。
バカ路線も好きだけど・・・・・・ホント引き出し多いなー
549 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 22:56
長編でなくとももう少しこの二人がみたいなー。
続編とかどうですか?(w
550 名前:七誌 投稿日:2003/10/17(金) 12:17
川VvV从<続きなんて無理だからありえないくらい無理だから
从‘ 。‘从<これからはバカ路線しか

( ^▽^)<4714

从‘ 。‘从人川VvV从
551 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 00:41
あやみきバカ路線に超期待してます!
552 名前:あやみき真理教 投稿日:2003/10/19(日) 08:31



第1話 この人はなにかがおかしい



553 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/19(日) 08:33

最近、すごく不思議に思う事がある。

「だからさ、そこんとこどうなの?ねぇ、ねぇねぇ」
ほら、今、この瞬間とか。

「そこんとこって言われても、別にミキと亜弥ちゃんはそういう関係じゃ」
「またまた〜。そんなんんでオイラの目が誤魔化せると思ってんのか」
いや、ホントにもう・・・・・・なんなんだろう、この人は。
なんで、あたしと亜弥ちゃんのことばっかり聞きたがるんだ。
しかも、変なことばっかり。
だいたい、あたしが亜弥ちゃんと一緒にお風呂入ろうが一緒のベッドで寝てようが
すぐ変な風に決め付けるのはどうかと思う。
少し前までは「2人って仲いいよね〜」で終わってたのに

「いいか!今度デートするときは時間と場所教えてよ」

いつのまにこんなになっちゃったんだろう。
きっかけになるような変わったことを彼女が見ている前で亜弥ちゃんとした覚えはない。
見てなくてもしてない、はずだ。なのに

「いいか!今度デートする時はこのマイクつけていってよ」

無理矢理手に握らされたのは超小型の・・・・・・盗聴器?
まさかね。
思いながら彼女を見やると彼女は受信機のような四角い物体を誇らしげにかかげてニヤリと笑った。

川;VvV)ヤバいよ、この人・・・・・・
554 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/19(日) 08:35


♪♪♪

歌収録の待ち時間、携帯の着信音が聞こえた。

从‘ 。‘从<お、たんかな?

私は、そんな期待をしつつバッグから携帯を取り出す。
このバッグは秋物先取り買いした最近のお気に入り。
ミキたんと一緒に行けなかったのが残念だけど、
このお店は多分彼女の好みにも合いそうなのでオフの日が重なったら連れていってあげるつもりだ。

「ん〜ん〜♪・・・・・・あれ?」

メールは私が思っていた人物からではなくあいぼんからだった。
内心、がっかりしながらメールチェックする。

――うち、今度のオフは来週やねん

メールの内容はそれだけだった。
だから?なに?
これは、オフの日に遊ぼうっていう誘いなのかな?
そう考えて、返信する。数分もたたないうちに返事が返ってきた。

――おとめ組も来週オフあるらしいで

・・・だから?なに?
あいぼんは、確かさくら組で。
おとめ組がオフだからおとめ組の子も一緒でいいってことなのかな?
その前に、私は来週オフなかったような気がする。
その旨を返信。
555 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/19(日) 08:37

――オフやなくても時間作るくせに、このこのぉ

は?
あいぼん、酔っ払ってるのかな?

――今後のスケジュールのことやったらうちが把握しとるから知りたいことあったら聞いて

誰の?

――あと、浮気せんように見張っといたるからな。ほな、うちこれから収録やから

だから、誰のこと?
それを最後に一方的なメールは終わった。
計5通。1回にまとめてくれればいいのに。
ううん、そんなことよりも大事なのは今、あいぼんがなにを言いたかったかってことだ。
最初のメールから読み返してもみても彼女が私になにを伝えたかったのかさっぱり分からない。
分からないことは気になる。分からないから気になる。
ミキたんにメールしてあいぼんの様子をこっそり教えてもらおうかな。
556 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 01:59
わ〜い、これってあやみきのバカップル甘甘路線ですよね?
超超超超期待してます! やぐりやりすぎ(w
557 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/20(月) 08:47


おとめ組とさくら組に分割したからってTV収録は一緒。楽屋も隣同士。
っていうかパーテンションで区切ってるだけ。行き来自由。まったくなんの意味があるんだか。
歌収録がおわって一旦楽屋に戻ると亜弥ちゃんからメールが来ていた。

――あいぼんが変なの。っていうか、それはどうでもいいんだけど、たん、来週オフなんでしょ。
私、聞いてないんだけど。なんで言ってくれないの?今日、電話してよ。家に来てもいいよ。一緒にお風呂はいろっか。そうそう・・・・・・・・・

リ川;Vv)亜弥ちゃん、長いよ。

途中で読むのをやめた。
長文ウザいじゃなくて途中からいつもと同じ内容だってことに気づいたからだ。
推測するに、加護ちゃんのことでなんか聞きたかったけど・・・
途中であたしのオフのことが気になってっていうパターンなんだろう。
でも、なんで来週あたしにオフがあるってこと知ってるんだ?
昨日、急に決まったからまだ言ってないのに・・・・・・

「おっ!!それはもしかしてドッキドキラブメールか!?」

そんな声と共に後ろからおぶさるように抱きつかれてあたしの上半身は前のめりに倒れそうになった。
ここは、亜弥ちゃんタックル用に鍛えた腹筋の出番。
なんとか背中のコナキ爺ごと押し上げる。

558 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/20(月) 08:50

「なんなんですか、いきなり。ここおとめの楽屋なんですけど、矢口さん」
少し乱れた髪を直しながら後ろを振り返る。

「区切りなんて意味ないじゃん」
「なんですか、その口調」
「ほら、まっとうの時の藤本のセリフ」

バイトなんてしてないじゃん、区切りなんて意味ないじゃん。
なるほど、似てるといえば似てるか。くだらない。それよりも

「ごまっとうでしょ。ごっちんが抜けてますよ」
「ごっつぁんはな〜、いいアクセントだった。山椒だね山椒。
 って話誤魔化すなよ。ホレお姉ちゃんに携帯かして」

矢口さんは子供がお菓子をねだるように手を差し出す。

「嫌ですよー、なんで見せなきゃいけないんですか」
「そこに師匠からのメールがあるから」

( *^◇^)=3

そんなにきっぱり言われると見せないあたしが間違っているみたいだ。
もちろん、あたしのほうが正しいんだけど。

「矢口、なにしてんの?」
飯田さん、ナイスッ!!
たまにはいいタイミングで入ってくるじゃないですか。
いつもこのタイミングならあたしも突っ込まないんでそこんとこよろしくみたいな。

「ん、ちょっとね。あ、そうだ、カオリも仲魔にすればいいのか。
 オイラがおとめをチェックするのも限界あるし・・・・・・・」

矢口さんは、ぶつぶつと独り言を言いながら飯田さんの元へ行く。
よく分からないけどなんとか今そこにあった危機は免れたみたいだ。
今のうちに逃げておこう。あたしは、こっそり楽屋を抜け出した。
559 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/20(月) 08:53


「・・・・・・ったく、なんなんだか」

「なにが?」
階段の踊り場まで逃げて一息をつくと不意にそんな声がかけられた。

「ふぇ!?」
驚いて辺りを見回す。
誰もいない。気のせい?ヤバいな、ストレスかな。
ストレスだな、うん。幻聴ってどれくらいストレスたまると聞こえるんだろう。
人それぞれなのかな。ミキ、そんなにストレスたまってたのか。
仕方ないよね。忙しいし・・・・・・モーニング娘。って入ってみると変な人ばっかりだし

「ここや、ここ!!」
「聞こえない聞こえない。ミキは、正常」

再び聞こえる声にあたしは耳を塞いだ。
途端、上からピンクのハムが振ってきた。

川;VoV从!!

「くのいちラブラブ隊見参!!」
ハムかと思ったのは、さくら組の衣装を来た加護ちゃんだった。

「ミキちゃんは、あれやな。諦めが早すぎや。右見て左見て後ろ見て前見てそれで終わりかぃっ!!」

いや、そこに突っ込むか!?
普通、天井から降ってくるなんて誰も思わないでしょ。
あたしは、唖然としたまま彼女を見る。
560 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/20(月) 08:54

「まったく、矢口さんまいたからって安心したら大間違いやで!浮気は許さん!!」
「はぁ!?」

「なに頓狂な声あげてんねん」

ズビシッと手とうが入れられる。
叩かれるのは嫌いだ。

「っていうかさ、なんか用なの?」
ムッとしながらも大人な対応。さすがミキ様。
けど、顔に出ていたのか加護ちゃんは怯えていた。おかしいなぁ。

「と、ともかくやっ!!娘。に入ったからって入れ食い状態やと思ったら大間違いやからなっ!!」
言うと、ダッシュで逃げていった。
帰るときは天井じゃないんだな〜などとドタドタした後姿を見ながら思う。
っていうか、入れ食い状態って年頃の女の子がいうセリフじゃないし、
結局なにがしたかったんだか。

「あっ」
そういえば、亜弥ちゃんから加護ちゃんが変みたいなメールもらったんだった。
うん、確かにあれは変だと思う。納得。
それ以上に矢口さんも変なんだけど。
加護ちゃんから矢口さんの名前が出たってことはこの2人が変なのにはなんらかの関係があるんだろう。
嫌な予感がする。
あたしは、ため息をつきながら携帯を取り出し亜弥ちゃんにメールを打った。

561 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/21(火) 00:28
いや、それにしてもアホな話ですね〜(誉め言葉ですよ?)
あやみきの話はこれで最後になるそうで。
残念です…てか最後にこんなアホな話(しつこいようですが誉め言葉)
とりあえず大人しくオチを楽しみに待ってます。
562 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/21(火) 06:36



ミキたんからのメール。
――仕事終わってからそっち行く

「短かっ!!」

思わず、つっこんでしまった。
慌てて周囲を見回す。誰もいなくてよかった。
返信しようとした時にラストナイトのメロディが流れる。ミキたんからだ。
今、メールがきたばかりなのに不思議に思いながら出る。

「亜弥ちゃん、ミキだけど」
「うん、どうしたのぉ?」
「実はさ〜、今日亜弥ちゃんの家に」
「来るんでしょぉ。あのね、私この間新しく泡風呂の元買ってきたのぉ。これが」
「いや、そんなのどうでもいいんだけど。さっき加護ちゃんが変とか言ってたじゃん」
「うん」

軽くスルーされてちょっと凹みながら相槌を打つ。

「実はさ、加護ちゃんだけじゃなくて矢口さんもおかしいんだよね」
「ふ〜ん」

私は、興味なく返す。
あいぼんがおかしかろうと矢口さんがおかしかろうとそんなことどうでもいい。
私と電話してる時に他の人の名前を出すなんて信じられない。

「ふ〜んじゃなくて・・・・・・」

受話器の向こうで彼女がため息をつく。
ややあって「・・・・・・・泡風呂、どんなの買ったの?」
「あ!聞きたい?聞きたい?」
「・・・うん・・・聞きた」

彼女の声がプツリと途切れた。
ザーッというノイズ。

「たん?ミキたん?」

何度呼びかけても返事はない。
圏外になったにしてはあまりにも唐突過ぎる。
さっきまでクリアな音声だったのに。
563 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/21(火) 06:38

「おーいっ!みきたーんっ!!」

1分ほどそうしていると、プツッと音がした。
よかった、繋がったみたいだ。私の粘り勝ち。

「ミキたん、どうしたの?」
「こちら、カオリン電話サービスでございます」

「え?」
聞こえてきた声は彼女のものではなく――

「誰?」
「俺だよ、カオリだよ」

どこかのゲームのCMみたいに謎の人物――飯田さんは答えた。
なんで、ミキたんの電話に飯田さんがでているんだろう。

「あの、た・・・ミキたんは?」
「繋がらなくなった電話に向かって呼びかけている」

「は?どういうことですか?」
「ちょっと師匠に大事な話があってカオリにジャミングしてもらったんだよ」

私の問いに答えるこの声。
私のことを師匠と呼ぶのは1人しかいない・・・・・・
けど、なんで?
ねぇ、矢口さん?意味わかんないですけど。

564 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/21(火) 06:41

「あの」

「お前さー、ぶっちゃけ藤本とどうなのよ」
「ミキたんとですかぁ?仲いいですよぉ」

「ばっか、そういうこと聞いてるんじゃないよ」

答えると矢口さんはキンキンした声で怒鳴る。
仲がいいということ以外になにを聞きたいのか分からずに私は首を傾げた。

「もう亜弥ちゃん、しらばっくれんでもうちら協力してやるんやで」
横から割り込むようにあいぼんの声。
少しだけ助かったと思いながら「あいぼん、なんなの?協力ってなんの?」
尋ねる。

「亜弥ちゃんとふじもっちゃんのラブラブロードや!!」
「はぃっ!?」
思わず声が裏返る。

「隠すな隠すなーっ!!!おいら、某掲示板で二人の純愛の歴史を見つけてんだからな。
 まぁ、最初はネタかと思ってたんだけどさ、やっぱ一応気になっていろいろ裏取りしたわけ」

また矢口さん。
某掲示板って?2人の純愛って?
この人、変なクスリでもやってるのかな、と思えるほどのハイテンションで彼女は喋り続ける。

今になってミキたんが矢口さんも変だと言っていた意味が分かった。
565 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/21(火) 06:42

「それでさ、このあいだ事務所から無理やりもらって二人のさっむーい勉強DVDをじっくり見たんだ」

さっむーい勉強DVDってことミックとマナー部のこと?
あれは、2人の仲良しバイブルなのに。ひどい。
電話を切りたくなったけど全てを知るまでは切れない。まさに武士はくわねどなんとやらだ。
ん?違うかな?

「そしたら、師匠、大胆にも藤本を抱きたいとか言ってるじゃんか!!!」
「だ、抱きたいなんて言ってませんよ」

「照―れるーなーっ!!」

妙に間延びした飯田さんの声。後ろではやし立てるあいぼんの声。

「その様子じゃ、まだ食べてないんだな。ったく、早くものにしないと藤本浮気し放題だぞ」
ものにするって・・・・・・

「そうやで、亜弥ちゃん。ミキちゃんは浮気性やしな」
浮気性じゃないと思う。

「ミキはカオリにも接近してるよ」
多分、勘違い。

「ま、そのためにおいらたちが見張ってやってるわけだけど」
見張ってる?

「ええか、亜弥ちゃん!!ミキちゃんが家に来る今日はチャンスやで」
ちょっと待って、なんでミキたんが家に来ることあいぼんが知ってるの!?

「カオリ、おとめ組だから仕事さぼらせてでも連れて行く」
いや、ダメですよ。
そんなことしたら、みきたんが怒られる。

心の中でツッコミ入れるのにだんだん疲れてきた。
私は、ツッコミ魔王のみきたんじゃないんだから・・・・・・
566 名前:第1話 この人はなにかがおかしい 投稿日:2003/10/21(火) 06:44

「おいらたちは師匠の純な思いをキャッチしてるからな」
「亜弥ちゃんと、ふじもっちゃんが添い遂げるその日まで」
「影となり協力するからっ!!」

「「「任せてっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」

「は、はい」

かわるがわる馬鹿なことを言う3人に頭の中がぼんやりしていた私は思わずそう返事をしていた。
それがこの先私とみきたんの間になにをもたらすことか考えもせずに。
その時の私はただできるだけ早くこの会話を終えたかったのだ。

                                                    
  
                                                           続く
567 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/21(火) 10:02
>>561
違うやろがぼけ
568 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/22(水) 07:47

私の部屋にたどりついたミキたんはなぜかひどく焦燥しきっていた。
部屋にはいっても一言も発さずにキョロキョロしている。

「・・・どうしたの?」
「シッ」

素早く口元に人差し指を当てる。
私は、ワケが分からず同じ格好をする。
ミキたんは、分かればよろしいといった風に頷き勝手しったるなんとやらで
タンスの引き出しから筆記用具を取り出すとコタツに座った。
早速、なにかをかきはじめたので私も隣に座る。

『われわれは見張られている』
「えぇっ!?」

思わず、声を上げるとズビシッと頭をはたかれた。
相変わらず、ツッコミがきつい。

『声に出さないで言いたいことはここに書くのだ』

ミキたんは、紙とボールペンを差し出してくる。
私は、意味が分からないままそれを受け取り『いったい、どういうこと?』書いた。
569 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/22(水) 07:49

彼女は、『いい質問だ、小林君』『小林君じゃないから』『ミキ、この間明智小五郎みたんだよ。毛利小五郎じゃなくて』『陣内さんが出てるやつ?』『そう。あれって、実は1パターンなんだよね。怪しいと思った女が絶対犯人で最後は絶対死ぬの』『へぇ〜』

そこまで書いてかなり脱線していることに気づいた。

『それで、なにがあったの?』『いい質問だ、ワトソン君』『ワトソンでもないから』『ミキ、この間シャーロック・ホームズも見たんだよ』『NHKの?』『そう・・・・・・あとね〜、この曲かかるやつ』

そこまで書いて彼女は口笛を吹き始めた。口笛はいいんだろうか。
じゃなくて、まだ話が違う方向にいっている。

「ねぇ」
つい口を開くとデコピンされた。彼女は、紙をビシバシ指差している。
紙で書いているとそっちが脱線するから声を出したのに理不尽だ。
570 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/22(水) 07:51

『さっきのは、名探偵ポワロでしょ。それはいいけどなんで声だしちゃダメなの?』
『あれ?教えなかったっけ?』『教えてないよ』

『われわれは見張られている』

彼女は、一番最初に書いたことを再びでかでかとかいた。
いい加減、私も攻撃していいような気がするんですけど、神様。

『それは知ってるから。誰に?っていうか、なんで見張られなきゃいけないの?たん、なんかした?』
つんつんとペンで攻撃。

『誰にとは愚問だな〜。矢口さんに決まってるじゃん。ミキがどれだけ苦労してここに辿りついたと思う?』

オヨヨヨとワザとらしく涙を流すふりをする。
私は、矢口さんの名前が出たことでなんとなくビミョーにことの真相を理解したような気がする。
気がするけどとりあえず一から聞いておく。

『なにがあったか最初から教えて』

私が書くと彼女は真剣な面持ちで頷いた。
571 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/22(水) 07:53



『藤本美貴の手記』

こう書くとなんだかかっこいい。
亜弥ちゃんは、そんなこといいから早く書いてと言った風にあたしを見ていた。
まったく、関西人はせっかちだ。あたしは、ペンを握りなおす。

『「亜弥ちゃーん?おーい、亜弥ちゃん?聞こえてるー?」突然通じなくなった携帯の通話口にしばらくミキは呼びかけ続けていた。しばらくそうしていたが一向につながる気配を見せないのでミキは素直に諦めた』
『ちょっと待った』

そこまで書いて亜弥ちゃんが割り込んできた。

『なに?』
『なんでそんなにすぐ諦めるの?』
『すぐじゃないよ、ちゃんと5回呼んだもん』
『5回って少ないよ。私は、60秒も待ったんだよ』

『ろ、ろくじゅ・・・・・・って、1分じゃん!』

危うく、その数に騙されるところだった。
秒数になおして数を増やしてみせるとはこしゃくな手を使う。

『1分あれば1万回は呼べるよぉ』
『はいはい』

いちいち付き合ってたら朝になる。
あたしは、亜弥ちゃんの文句の文字をよけて続きを書きはじめた。

『ミキが諦めたあとすぐ後ろからミキのことを羽交い絞めにする謎の人物が現れた。ミキは、そのまま絞め落とされて意識を失ったんだけど』
『ちょっと待って』

亜弥ちゃんが再び割り込んでくる。
が、あたしは無視して続けた。
572 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/22(水) 07:55

『意識を取り戻した時にはなぜかミキは楽屋にいて、その隣に怪しげな電波を纏った飯田さんがいた。なにかある。そう思って問い詰めようとしたその時!!!!!!』

段々、腕が疲れてきた。あたし、めんどくさいの嫌いなんだよね。
この話、よく考えたらあとメモ帳30枚は余裕で使いそうだし。
ホント言葉って大切なんだな〜。
そんなことを身を持って実感していると肩を叩かれる。

『その時!!!!!なに?』

じっとりとした目で亜弥ちゃんがあたしを見ていた。
あたしは、小さく嘆息し書いた。

『次回につづけ→』

あたしの文字を確認した途端
「アチョーッ!!」亜弥ちゃんが飛び掛ってきた。

「うわっ!!」

ぜんっぜん意味わかんなかったけど寝ないでマトリックス見てよかった。
あたしは、上半身を反って亜弥ちゃんをよける。鼻先を掠める亜弥ちゃんの体。
助かった。
と、ホッとしたのもつかの間、あたしの耳にタンとなにかを蹴る音が聞こえた。
バッと振り返ると亜弥ちゃんが部屋の壁を使って三角飛び。
再びあたしに向かってきていた。
それも超高速。

川;VoV从ノーッ!!!!!!!」

叫びも空しくあたしは亜弥ちゃんのタックルをくらって倒れた。

ゴン。

思いっきりいい音がした。
っていうか、あたしの頭の音じゃん・・・・・・ヤバい。
これが俗に言う意識が朦朧とってヤツ・・・か・・・・・・・な?
573 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/22(水) 08:05
めちゃおもろいです。
574 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/22(水) 11:03
              ガッ!   ノノノハヽ
      -=〃ノハヾヽ  ∫ ,、、 川;VoV从<うぉ!
    -=⊂从#‘ 。‘从⌒,⊃ )Σ (  つノつ
      --==∪ /  ^´   W ヽ)ヽ)
        -=∪
わらた
575 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/22(水) 23:52
>>567
まぁまぁ。ケンカ売るのとかよくないですよ。
せっかくだから楽しみましょうや。
576 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/23(木) 07:54


曝ク' 。'从ハッ!!

気がつくとそこは雪国でした。駅長さーん・・・・・・
なんて、現実逃避してる場合じゃないでしょ、松浦亜弥!!!

「たんっ!?ミキたん!?あぁっ、いったいなにが起こったのぉ!?」

なぜかミキたんはピヨピヨマークを頭に浮かべて倒れている。
なぜか私はミキたんに馬乗りになっている。
さて、2人の間になにが起こったのでしょう?

「ん〜」
確かミキたんがあぁなってこうなって・・・・・・

 \  /
  (m) ピコーン
 /目\

从' 。'从

そうだっ!!
事情説明に飽きたから『つづけ→』で誤魔化そうとしたミキたんに私の中の春麗が目覚めたんだ。
なんだ、ミキたんが悪いんじゃん。
ピヨピヨしている彼女の頬をつねる。しかし、一向に起きる気配はない。
577 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/23(木) 07:56

「ねぇ、ミキたん?おきてよぉ。ミキたぁん」
ピヨピヨピヨピヨ

「たんたんたんたん?」
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ

私の呼びかけに呼応するようにピヨピヨが増える。
まずい、このままじゃミキたんが死んじゃうかも。

「そうだ、病院。救急車!!」

あたしは、彼女の上から立ち上がりかけ――超仲良しアイドル、本当は険悪!?――なんて勝手に頭の中に浮かんできた見出しにダメじゃんと座りなおした。

「落ち着け、落ち着け。確かこういう時は」

シャツのボタンを外して彼女の胸に耳を当てる。
トクトク。Tok2。
動いている。
次は、えっと呼吸だっけ?
ちゃんと救命実習うけておけばよかった。
そう思いながら彼女の口元に口を持っていこうとして、呼吸の確認になんで口を持って行くんだ松浦亜弥!と自分にツッコミをいれた。
その途端
「「「あ〜ぁ」」」どこからか聞こえる残念そうな声。
しかも、複数。
この部屋にはあたしとミキたんしかいない・・・・・・はず。
あたしは、彼女の顔を見る。まだピヨっている。
じゃぁ、今の声はいったい誰が・・・・・・背筋にゾクリとしたものが走る。
578 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/23(木) 07:57

松浦亜弥17歳、なにが苦手ってそりゃもうあなた、虫とお化けに決まってます。

「ミキたん、おきてよぉ。ねぇってば〜ねぇ〜」
彼女の上半身を無理矢理抱き起こして揺さぶる。

「・・・・・・もう・・・お腹いっぱい・・・・・・」
「違うってば、お化けお化けお化け!!!」
「・・・ん〜ホントもう・・・レバ・・刺・・・し・・・・10人前・・・なんて・・・・・・エヘラエヘラ」

なにが10人前じゃ、だぁぼーと叫ぼうとした瞬間――
ベランダに巨大な影がうつった。

「キャーッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

彼女に抱きつく。
ベランダから白い光が見えたような気がした。
あと、「グェっ」という苦しそうな声も聞こえたような気がした。
579 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 01:04
「グェっ」って(w
580 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/24(金) 07:29



「まったく松浦のせいでえらいめにあったぜ」
「あの管理人のおっちゃんがうちのファンでよかったな、矢口さん」
「加護はキモイおっさんにばっかり好かれるよね」

ベランダの巨大な影はこのアホ3人が合体してできたものだった。
私の声にベランダから落っこちて管理人さんに捕まった3人は30分後に私の部屋のチャイムをならした。
ベランダから落ちたとは思えないほどぴんぴんして。
そして、今は、まったく遠慮することなく私の家でくつろいでいる。
ちなみにミキたんは私の胸の中で窒息したらしくまだピヨピヨしている。

「あのですねー」

できるかぎり低い声で私はうるさい3人組に声をかける。
3人がナノの速さで私に顔を向けた。
その揃った行動が無性に怖くて
「・・・私になにかご用だったんでしょうか?」強くいえない自分が憎い。

「ご用って・・・松浦ぁ〜」
飯田さんが、ガックリした声を上げる。

「亜弥ちゃん、ひどいで。うちら、約束したやん」
あいぼんが涙目で言う。手には目薬。

飯田さん、あいぼん、と来たから最後は・・・・・・
あれ?
最後に一番テンションの高い人が来るかと思った私の目には意外にも落ち込んだように俯く矢口さんの姿。

「・・・矢口さん?」
思わず、呼びかけると彼女は顔を上げた。
穴が開くほど私を見つめてくる。
私が可愛いからって見つめても何も出ませんよ。
581 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/24(金) 07:30

「師匠・・・・・・・」
「はい?」

「正直、すまんかった」
上げた頭をバッと下げる矢口さん。

「「うぇーっ!!!!!!!!!!」」

飯田さんとあいぼんがそんな彼女の姿に驚きの声を上げた。
私は乗り遅れて口を開けることしかできなかった。

「な、なんで矢口さんが謝るんですか!?」
「そうだよ、矢口」
「ばっきゃろーっ!!!おまいら、それでもあやみき真理教者か!!!!!!!!!!!」

詰め寄る2人にビンタをかます矢口さん。
私は、あまりの展開に口を開けることしかできなかった。

「おいらたちは、師匠が藤本を食べるために心血をそそぐと誓っただろっ!!
 それなのに、寸前のところで声を漏らしてしまったではないか!!!」

「「あぁっ!!」」

いわれて気づいたのか二人はがっくりと――まるで甲子園の砂をかきあつめる高校球児のようにフローリングの床に手をついた。
まったく状況が読めない。
582 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/24(金) 07:35

「あれがなければ、師匠は既成事実を手にいれることができたのに」
わなわなと握ったこぶしを悔しそうに振るわせる矢口さん。

「そうや・・・・・・亜弥ちゃんがミキちゃんを食べれんかったんはうちらのせいや」
今度は、目薬を差さずに涙をこぼすあいぼん。

「カオ・・・・・・失敗した・・・・・・でも」
飯田さんは、思い出したように顔を上げる。

「これを見て、2人とも!!!」

どこからか取り出したのか何枚かの写真。
矢口さんとあいぼんは写真を受け取ると食い入るようにそれを見つめ
「おぉ・・・・・・さすが師匠」「なにやっとるんや、これは」妙に興奮したような声を漏らした。

って、ちょっと待って。

「な、なんなんですか、その写真!!」
「大丈夫、2人がオランダに行く時になったら愛のメモリーとして見せてあげるから」

素早く写真を女の子同士でも手を伸ばしにくいような場所に隠して矢口さんが(;´Д`)ハァハァしながら言う。
オランダってなに?愛のメモリーって・・・

「あいぼんっ!!」

矢口さんは諦めてあいぼんの持っている写真に手を伸ばす。
あいぼんは、その体に似つかわしくないほど俊敏に私の手をよけた。
しかし、彼女には恥じらいがあるのか矢口さんのようなところにそれを隠そうとはしない。

「見せてよ〜っ!!」
「今見たら、将来の楽しみが減るやろ!」
あいぼんは、走る。

「将来の楽しみってなによ〜?」
私は追いかける。

「加護、がんばれーっ!!」
「別に見せてもいいんだけどね〜」

矢口さんの応援と、飯田さんの呟き。
それを受けながら私は寝室に入ろうとしたあいぼんの下半身にタックルした。
あいぼんが倒れる。彼女の前に人影。

「ふぁ〜、なんかミキ寝てたっぽいよ〜」
ミキたんっ!!ナイスタイミング。

「ミキたん、あいぼんの手から写真奪って」
あいぼんを抑えながら叫ぶ。

「え?あ、うん」
戸惑いながらも、さすがミキたん、素早くあいぼんの手に握られた写真を奪取した。
583 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/24(金) 07:38

「あかんって!!ああーっ!!!!!!」

「なに、これ?」
ミキたんが、今奪った戦利品に視線を落とす。

「たん、なにがうつってる?」

あいぼんを押さえつけたままの姿勢で顔を上げる。
写真を持つ彼女の手が震えていた。

((((川;VДV从)))ガクブル

??????
なんだか、ものすごーく、ものすごーく、嫌な予感がするのは気のせいでしょうか?

「・・・・・・みき、たん?」

呼びかけると、彼女はビクっと写真から顔を上げた。
どこか怯えた目。

「ミキたん、どうしたの?」
あいぼんの抵抗を感じなくなった私は立ち上がる。

「い、い、いや、なんでもない。っていうか、ミキ、用事思い出したから」

なぜか私から目を逸らし
なぜか私を手で押し返し
なぜか引きつった笑顔で

そういうと、彼女はそれはそれは忍者がドロンと姿を消すようにいなくなってしまいました。


                                            あやみき真理教おしまい。







从;‘ 。‘从つって、なんでやねん!!

「ミキたん!?」

唖然とする私の上空におそらく彼女が落としていったのだろう――ひらひらと一枚の紙――写真が舞い落ちてくる。
私は、彼女がでていったはずのドアを見つめたままそれを人差し指と中指でキャッチした。
無意識のうちに写真を見つめ――
彼女がどうしてあんな態度で逃げていったのか、その理由を即座に理解する。

そして――
再び、私の中の春麗が目覚めた。

584 名前:第2話 この人たちは怪しい 投稿日:2003/10/24(金) 07:41

※                                                     

いったい、なにがどうなってあんなことになったんだろう。
先ほどの写真を思い出す。

あたしと亜弥ちゃん。

なんでか知らないけど亜弥ちゃんがあたしに馬乗りになって服を脱がそうとしていた=○×△!?
いやいや、待て待て。
あたしには亜弥ちゃんに押し倒された記憶はないぞ。
だから、あの写真は合成だ。コラだ。保田さんだ。
ビックリしてあんまり見なかったけどよく見たら実は首から下の色が違うじゃん、
ってつっこめたはずだ。ツッコミキティだ。
そもそも亜弥ちゃんとあたしは女同士だしそんなことありえないし考えられない。
まぁ、考えたことあるっちゃあるけ・・・・・・・嘘。ないないないない。
ともかく、あの写真は合成決定。

だいたい、服なんて・・・・・・ふと自分の着ている服を見る。

のわっ!?

川;VoV从ご開帳―っ!!!!!

開けっ放しじゃん。危ないじゃん。
慌てて、ボタンを閉める。なんでボタンがあいてるかっていうと。
ええっと――あたしの頭の中に馬乗り亜弥ちゃんが浮かんでくる。
・・・・・・・・・・・・いやいやいやいや、待て待て待て待て。
ありえない。
あたしは亜弥ちゃんに襲われかけた記憶はないぞ。
これは、あれだ。寝ていたあたしが暑くてボタン開けた。
この線が正解。
っていうか、いかにもあたしらしいからあり。あるあるあるある。
よし。段々落ち着いてきたぞ。
そもそも亜弥ちゃんとあたしは女同(ry



その日、あたしが悶々としたまま眠れぬ夜をすごしたのは言うまでもない。
                                                    



                                                          つづく



585 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/24(金) 08:02
何じゃこら。めちゃおもろい。
カウントダウン書いてた人とは思えん(w
586 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:26

歌番組のリハ。生番組だから朝から局入り。
今日は、モーニング娘。さんも出る。
あれ以来、なかなか連絡が取れないミキたんに会える。
そう考えると緩む頬を引き締めるのに大変だった。

モーニング娘。さん楽屋前。
ノックをしてからにこやかに私は中に入る。

「おはよーございまーす」
「お、おはよー松浦」
安倍さん。今日は遅刻してないらしい。

「おはよー、亜弥ちゃん」
梨華ちゃん。相変わらず、朝から聞くには辛い声だ。

「いぇい、おはよーまっつー」
吉澤さん。相変わらず変なテンションだ。

「おっはー」
辻ちゃん。

「「「「「「「おはようございます」」」」」」」
紺ちゃん、まこっちゃん、新垣ちゃん。と新しく入った子。
名前なんだったっけ?まぁいいや。

私は、メンバー一人一人に挨拶をする。
昔からの癖だ。
そこまで回って気づいた。ミキたんがいない_| ̄|○

「あれ?」
「ハ〜イ、まっつーどうしたのかな〜。このよっすぃ〜に行ってみそらしど?」
「ん・・・・・・なんでもないです」

私は、がっくりしたまま吉澤さんを交わして楽屋を出た。
途端、誰かにぶつかって尻餅をつく。
587 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:28

「った〜」
「あ、すみませ・・・って亜弥ちゃんじゃん。なにしてんの?」

謝りかけて私に気づいたミキたんは目を丸くしていた。
そんなに私がモーニング娘。さんの楽屋から出てきたのが驚きなのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
だって、ミキたんに会うのはすごくひさしぶりだから

「たんっ!!!!!!!」

私はいつものように思いっきり飛びつこうとした。
感動の再会になるはずだった――のに、ミキたんはなぜか両手で私の肩を押さえてそれを拒否する。
なんで?久しぶりにあったんだから抱きつかせてくれてもいいじゃん。
そう目で訴えると彼女はなんだか変な顔で「あ、いや――ついつい」いった。

「なにがついついなの?」
「ほら、人がいたし・・・・・・ねぇ」

いつもは人がいてもしてくれるくせになにを今さら照れてるんだろう。

「・・・・・・む〜」
「そんな顔しないの」

頬を膨らませるとミキたんは笑いながら私の頬を指で指した。
ぷしゅっと空気が漏れる。
588 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:30

「じゃぁ、ぎゅっとして抱きしめてよぉ〜」
「やだよ、恥ずかしい」

「なんで?」
「恥ずかしいから」

「ねぇ、ミキたぁん」
「イヤです」

頑なに拒まれる。おかしい。なにかがおかしい。
押しに弱いミキたんが――
ましてや、可愛さここに極まれりの私の上目遣いウルルンピーチアタックをかわすなんて
今まで一度だってそんなことなかった。

「亜弥ちゃん、そろそろ楽屋戻ったほうがいいんじゃない?」
「うっ」

「それじゃーね」

最後の最後までミキたんはよそよそしく私の頭をよしよしと撫でるとそのまま楽屋に入っていった。
残された私は放心状態。
おかしいよ、これは。問題ですぞ。
589 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:31

なんで?なんでなんで?
久しぶりにあったのになんで???

曝ク‘ 。‘从はっ!!!

まさか、あの写真が原因。まさかじゃなくて絶対そうだよ。
ミキたんに会えた嬉しさですっかり忘れてた。
これもそれもどれもあのアホ3人衆のせいだ。コホンと咳払いを1つ。

「ちょっとお話があるんですけど」
誰もいない廊下に呟く。
途端、天井から黒い影が降りてきた。

「クノイチ羅武羅武隊月影!!!」
「同じく茶々!!!」
「同じくカオリン!!!」

案の定、全てを狂わせた3人組だ。
さっき楽屋にいなかったから絶対近くに隠れていると思った私の勘は見事に当たっていた。

「飯田さん、最後だけおかしいです」
「だって、カオリクノイチ羅部羅武隊じゃないもん」

とりあえず、飯田さんを凹ませてから矢口さんを見る。
ビクリと矢口さんは肩を震わせた。

「スピニングバードキックは反則だ」
「そうやで、亜弥ちゃん。あれは髪の毛にくるんや。あんまりしたら・・・・・・」

この間のことがよほど怖かったらしい。
それならもう私とミキたんの観察なんてやめたらいいのに。
でもやめる前に起こってしまったことの責任は取ってもらわなきゃ。
590 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:33

「あのですねぇ、ご覧になったとおり私ミキたんに避けられてるんですけどぉ」
「・・・・・・まさに晴天の霹靂だな」
「うちもびっくりした」
「カオリ、クノイチラブラブ隊じゃないもん」

「あの写真のせいだと思うんですよねぇ」
「あの写真ってどの写真?」
「あれか〜、亜弥ちゃんがミキちゃんを襲ってる瞬間のな」
「襲ってないから・・・・・・」
「カオリ、クノイ(ry)」

「あれは、よかったな。既成事実ゲットでオイラも(;´Д`)ハァハァ できて」
「なんであれのせいでミキちゃんに避けられるんや?」
「カオリ、クノ(ry)」

この3人は事の重大さがまったく分かっていない。
ミキたんとあれだけスキンシップ取れるようになるまで私がどれだけ努力したと思ってるんだろう。
それも、3人のせいで全部水の泡になってしまった。
591 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:34

「ともかく、3人には責任を取ってもらいたいんです」
「師匠・・・・・・」
「亜弥ちゃん・・・・・・」
「松浦・・・・・・」

3人が眉を寄せる。

「よしっ分かった」
分かってくれましたか、よかったです。

「亜弥ちゃん直々の頼みやからな」
え?まだなにも言ってないよ。

「任せて」
なにを?だから、まだなにも言ってませんって

「「「我らあやみき真理教!!!!!!!!」」」

戸惑っている間に3人はそう叫んで消えてしまった。

ちょ、ちょっと待って。
私は、ただミキたんとちゃんと話す時間を3人に用意して欲しかっただけで
それ以上のことはなにも望んでないんですけど・・・・・・
なんだかものすごーくいやな予感がする。
嫌な予感がするけど、そろそろ楽屋に戻らないといけない。
私は、もやもやしたまま楽屋に向かった。

592 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:36



「藤本、ちょっとカモンナ」

どこにいっていたのか少し遅れて楽屋に入ってきた矢口さんがあたしに向かって手招きをする。
その顔には怪しい笑い。超行きたくない。さりげなく逃げたほうがよさそうだ。

「・・・・・・ミキ」

( ゜皿 ゜)

「うわっ!!な、なんですかいきなり」

背後からあたしの腰に手を回してきたのは飯田さん。
そのまま、あたしを抱きかかえて矢口さんの下に運んで行く。
クソッ、こいつもヤツの仲間だったのか・・・・・・・不覚。

「カオリ、ナイス」
「任せて」

ニカッと親指を立ててさって行く飯田さん。
なんなんだ、あの人は。操られてるのか?リーダーの癖に。

593 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:37

「・・・なんか用ですか?」
観念して矢口さんと向かい合うように座る。

「うん、まぁちょっと藤本に謝ろうかと思ってな」
「へ?」

急にしおらしく言う矢口さんにあたしは間抜けな声を上げてしまった。

「そう驚くなよ。おいらだって反省してるんだぞ」

あ、怪しい・・・・・・限りなく怪しい。
彼女の真意を測るようにじっと見つめる。

「なに、その目。ホントマジで悪かったって思ってるんだからさ、怒んないでよ」

怒ってないし。普通に見てるだけだし。
っていうか、怪しすぎる。こんな素直な矢口さんなんて信用できるはずがない。

「なにたくらんでるんですか?」
言うと、彼女は心外だとでも言うように口を開けた。それから

「企むって・・・・・・おいら、ホントに反省してるから謝ってるだけなのに」

_| ̄|○ と頭を下げる。
その顔は、今にも泣き出しそうだ。

柏;VvV从はっ!!

周りを見るとなぜかメンバー全員が固唾呑んであたしと矢口さんを見守っていた。
この状況は非常にまずい。傍からみたらあたしが矢口さんをしめてるみたいじゃんか。
被害者は完璧にこっちなのに。
594 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/25(土) 08:38

「ちょっと矢口さん・・・・・・・分かりましたから。頭上げてくださいよ」
「許してくれる?」

「許しますって、超許すから」
「やったーっ!!!!!!!」

あたしの言葉を聞いた途端に、満面の笑みでガッツポーズを作る。
嘘泣きかよっ!!
从 `,_っ´)あぁ・・・頭痛くなってきた。

「じゃぁ、仲直りのお祝いに今日は一緒に焼肉食べに行こう」
え?今、なんと言いましたこの人。

「焼肉ですかっ!」

「おうっ、焼肉大好きでしょ」
「はい、大好きですよっ!!!!!!もういくらでも食べちゃいます」

「むしろ、食べてって感じだよな」
「食べてって感じですねー。って意味わかんないですよ、あははー」

もうロマンティック浮かれモードでノリツッコミもなんのその。
あたしの頭の中は焼肉でいっぱいだった。

「もちろんオイラのおごりだからな」
「いぇーっ!!!」

あたしは、多分馬鹿なんだろう。
思えば、このときすでに彼女の計画は始っていたと言うのに
焼肉大好き藤本美貴でーすっていうぐらい焼肉好きなために
彼女の瞳が怪しげに光っていたことに気づきもしなかった。

「矢口さーん、無事メール送っておきました!!」
「そうか、でかした加護!」

それどころか、後ろでそんな会話がされていても浮かれモードのあたしの耳には届きもしなかったのだ。
595 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/25(土) 14:30
おもしれぇぇぇぇ
596 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 06:47
藤本…、あほだ。
597 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/26(日) 08:36



楽屋に戻ってもさっきの3人衆の動向が気になって落ち着かない。
みきたん、あの人たちに変なことされてないかな〜。
はぁ・・・・・・
私がため息をついた瞬間、メールの着信音。
みきたんからだった。

――さっきは冷たくしちゃってゴメン。
――今日、仕事終わったら亜弥ちゃんの家に行くからその時は煮るなり焼くなりベッタベッタしていいよ

這這曝ク‘ 。‘从な、な、な、なんですとっ!?

思わず携帯を落としそうになってしまった。
煮るなり焼くなりって――それは、つまりそういうことで( ´Д`)ハァハァ
ベッタベッタ( ´Д`)ハァハァ
って、餅ついて落ち着いて、松浦亜弥。
私とミキたんは別にそういう関係じゃないでしょ。

そうだよ。私とミキたんは友達。
親友。大切な人。一緒にいるとドッキドキ胸キュンでお風呂なんて一緒に入ったら
嘗め回すような視線で眺めちゃってたまに食べちゃいたくなる人。
それだけだ。
ん?あれ?
なんかおかしいような気がする。

「ん〜?」

唸ってみてもなにがおかしいのか分からない。
まぁ、いいや。
ミキたんが我が家に来てくれるならそれだけで満足だし。
598 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/26(日) 08:38

「よーしっ!!がんばるぞぉっ!!!!!!!!」

私がズビシッとコブシをあげるのと同時にノックの音。
ビクっとしながらも返事をする。

「やっほー、あなたの恋の救世主カオリンです」

入ってきたのは飯田さん。
珍しく日本語を喋っている。

「ど、どうしたんですか?」

この時間帯、楽屋にいないとやばいんじゃないだろうか。
リーダー自らがウロチョロしてるのは考え物だ。

「ちょっと松浦に耳寄りな情報」
飯田さんは、ニヤリと笑う。

「耳寄りな情報?」
「そう。ミキの本心を録音してみました」

「ミキたんの本心?」

それは、ひっじょーに気になる。
だって、ミキたんってシャイなんだもん。
そこがいいところでもあるけど从‘ ∀‘从ニヤニヤ

「松浦?大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。それより、ミキたんの本心って?」

「再生するね」
そういうと、飯田さんは小型のレコーダーを胸元から取り出してスイッチを押した。
599 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/26(日) 08:40

Q.あなたは松浦亜弥さんのことが好きですか?

妙な機械声の質問。ザーッと言う間の後に

A.はい、大好きですよっ!!!!!!

ミキたんの声。大好きなんて。

从*‘ 。‘从<私も好きだよ、好きだけど・・・・・・ミキたんのことが大好きだよー!!

いぇーいめっちゃミキDAY!!!うきうきなミッキきぼーっ!!!
テンションがあがってきた。

Q.もしかして食べちゃいたいくらい好きですか?

質問をする機械の声はなぜか嬉しそう。
私も嬉しい。彼女の答えは

A.もういくらでも食べちゃいます!!

えっ!やだ、私が食べられちゃうほうなんだ。
ミキたんのひんやりとした手を思い出す。あの手が私の中に(*゚∀゚)=3ムッハー

Q.むしろ食べてって感じですか?
A.食べてって感じですよーあははー

イヤンイヤンハワイヤン。
照れ笑いしながらも私に食べられたがってるミキたんにもうドッキドッキ。
(・∀・)イイ! かも

さっきのメールの内容もその思いを加速させる。
ガチャッとテープが止まる。

「ミキって松浦のことが大好きなんだね」
飯田さんの呟きも遠く

はしゃいじゃってよいのかな?
たんがちょっとトロピカルっぽい
KISSを 期待してたら どうしよう

私の頭の中ではトロピカール恋してーるミキたんverが流れていた。
600 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/26(日) 08:41



生放送も無事に終わって楽屋に戻ると加護ちゃんだけが大人チームの帰りを待っていた。
他のメンバーは出番が終わって帰ったらしい。
いつもは残っているはずなのに珍しいなと思いながらも
あたしの頭の中は本日のメインイベント焼肉食べ放題でいっぱいだったのでたいして気にならなかった。

特上カルビ、上カルビ、 カルビ、特上ハラミ、ハラミ、特上ロース、上ロース、 ロース、
タン塩、ネギタン、ミノ、センマイ、ユッケ、キムチ、ビビンバ、レバ刺しレバ刺しレバ刺し・・・・・・

「お疲れー、また明日ね」
安倍さんの声。

「お疲れー」
「おつー」
「お疲れ様でーす」

いつのまにか楽屋にはあたしと矢口さん、飯田さん、加護ちゃん・・・・・・
あれ?この面子って。

川;VoV从

果てしなく嫌な予感がするんですけど。
601 名前:第3話 この人たちは全てがおかしい 投稿日:2003/10/26(日) 08:42

そう気づいた時にはもう遅かった。
トントンと肩を叩かれて振り返った瞬間

「藤本、おやすみ」
「へ?」

強烈なパンチがボディに炸裂していた。
顔は・・・やめな・・・・・・・ボディに・・・・・・・・・・・・・・・・

「意外と打たれ弱いな」
「殴られるの嫌いらしいですからね〜。あ、飯田さんしっかりそこ結ばなほどけますよ」
「はいはい。あ、矢口そっちの足持って」
「おうよ」

薄れ行く意識の中、3人の謎の会話が聞こえた。

602 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 19:49
拉致かよw
603 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/27(月) 07:28

23時。
ミキたんはまだこない。
あれだけ桃色アプローチしておいて今さら照れてるのかな。
ミキたんなら、ありえる。
じゃぁ、ミキたんがきたら私から積極的に押して押して押し倒さないといけないのかな。
もうミキたんったら。エヘラエヘラ。
ピーチな夜を考えると勝手ににやけてくるといったものだ。

「今日は寝かさないよぉっ!!」

えいえいおーっ!!とコブシをあげたその時、
ピーンポーン

ミキタ━━从‘ 。‘从━从‘ 。)━从从从━(V 从━(vV从━川VvV从━━━ン!!!!

「はーいっ!!」

ミキたん、ミキたん、ミキたん、たんたんたん
ガチャリと勢いよくドアを開けたそこには

「アローハー!!」

矢口さん、飯田さん、あいぼんのアホトリオ。
速攻でドアを閉めた。
604 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/27(月) 07:29

ドンドンドンドン。

「ちょっと松浦閉めるなよ!!!!」
「プレゼント持ってきたんやって」
「松浦の最愛の人だよ〜」

最愛の人?

私は、チェーンをかけたままドアを開ける。
隙間からムッとした顔の矢口さんが見えた。
その後ろに見覚えのある足がある。あの22.5cmのちっちゃな足は

「ミキたんっ!?」

慌ててチェーンをはずしてドアを開ける。
ぐはっと矢口さんがドアにぶつかって吹き飛んだみたいだけど気にしない。

「亜弥ちゃんのために連れてきたったでーっ!!」

あいぼんが自慢げに鼻をこする。
いやいや、これは連れてきたって言わないよね?

「松浦のためにカオリがお姫さま抱っこしてきた」

飯田さんがさわやかに額の汗を拭う。
お姫様抱っこって私がしたかったのに・・・・・・じゃなくて、よく不審尋問されなかったよね。
違う違う、問題にすべきはそこじゃない。
605 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/27(月) 07:30

「あ、あの・・・・・・」
なんでミキたんは体をロープでぐるぐる巻きにされてるんでしょう?

「藤本のこと頼んだよ」
「え?いや、あの」

「ミキちゃん、シャイやからな。押して押して押して押し倒すんや」
「だから、その」

私が戸惑っているうちに飯田さんとあいぼんは吹き飛んだ矢口さんを抱えて闇に消えていった。
あとにはぐるぐる巻きのミキたん。

「・・・・・・と、ともかく中に入れないとね」

自分を落ち着かせるように言い聞かせながらミキたんを抱きかかえる。
腕力つけておいてよかった。
それにしても、いい匂いだな〜
くんくんくんくん(*゚∀゚)=3ムッハ―

起こさないようにゆっくりとソファにミキたんを寝かせる。
さて、ロープはどうしよう。
って、迷うことじゃなかった、すぐにほどいてあげなきゃ苦しいよね。
間違えて服も脱がせちゃっても私のせいじゃないよね(;´Д`)ハァハァ
606 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 22:05
松浦さんまで壊れてきましたね…。
うーん、いいよ〜いいよ〜。
607 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/28(火) 00:15
从‘ 。‘从<匂いフェチなだけだよ
おもしろいな〜
608 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/28(火) 07:36

「ぅん・・」

曝ク‘ 。‘从

私がロープに指をかけた瞬間、ミキたんが可愛らしく唸って目を開けた。

「・・・・・ぁれ?亜弥・・ちゃん??」

まだ寝ぼけているのかトロンとした目で私を見る。キャワ!

「お、おはよ」
「おは・・・・・・ん?」

ようやく自らが置かれている状況に気づいたのかミキたんは目線を下に下げた。

「はぁっ!?ちょっとなにこれ!?あれ?ミキさっきまで楽屋にいたのに、
 なんで亜弥ちゃんいるの!?っていうか、なんでミキ縛られてんの!?
 ミキが縛られるの間違ってるから、縛りたいんだってば!!!」

ソファの上で海老のように跳ねるミキたん。
最後のほうは少し錯乱気味になっているのか変なことを口走っていた。
ミキたんになら縛られるのも(・∀・)イイ! けどね。
609 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/28(火) 07:38

「亜弥ちゃん、どういうこと!?」

「えぇ!?私に聞かれても・・・・・・」
ミキたんを連れてきたのはあなたの先輩方だし。

「えぇ!?じゃないよ!ほどいてよ、これ」

相当キレてるのかミキたんは今まで見たことのないめっちゃ怖い顔で私を睨んでいる。

「あ、はい今すぐ」

つい敬語になりながら私はロープに手をかけてほどき・・・・・・はじめなかった。
ミキたんが怪訝そうに私を見る。

「亜弥ちゃん?どうしたの?早くほどいてよ」
「ほどいたら帰っちゃうでしょ」
「へ?」

このとき、私は全て気づいてしまったのだ。
ミキたんからの桃色アプローチの全てはあの3人衆の仕込みだということに。
そもそも彼女たちがミキたんを連れてきた時点で仕込みバレバレなのに。
全思考をミキたんに傾けていたから気づかなかった。
きっとほんとのミキたんは私に対して誤解したままでこの状況はさらにその誤解を深めている。
今、ロープをほどいてミキたんを自由にしたら光の速さで逃げてしまうのは容易に想像できた。
彼女の逃げ足の速さはこの間のことで知っている。
ちゃんとした話をするなら今の状況しかない。
610 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/28(火) 07:39

「私ね、ミキたんと話したいことがあって」
「話なら聞くからこれほどいてよ」

ミキたんは、段々涙目になってきている。キャワ。
あ、ダメだダメだ。ちゃんと誤解を解かないと。
次のステップに進むためには。

「そのままで聞いてよ」
「・・・・・・なに?」

「この間の写真のことと今の状況のこと」
言うと、ミキたんはビクッと怯えたように体を震わせた。
そんな風にされると悲しい。

「あの写真は合成だし(合成じゃないけど)
 ミキたんを私の家に運んできたのは矢口さんたちだし(家の中に運んできたのは私だけど)・・・・・・
 だから、私がしたんじゃないの。全部誤解なんだよぉ」
「誤解って・・・・・・じゃぁ・・・・・・・・・・・・
 あぁっ!!!!!そういえば、ミキ、飯田さんに殴られて・・・・・・・・・・・・」

ミキたんは、なにか心当たりがあるのか口を大きく開けた。
キャワ。違う違う。
611 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/28(火) 07:40

「そっか・・・・そうだよね、ミキと亜弥ちゃんってそんなんじゃないし。
 ゴメンね、なんか変に意識しちゃってさ」

照れたように笑うミキたんキャワいいけど「じゃぁ、私とミキたんってどんな関係なの?」

「は?ど、どんなってそりゃぁ・・・と、友達でしょ」

ガックシ_| ̄|○

少なからず、っていうか絶対ミキたんの心には私がいると思っていたのに友達ですか。
そうですか。ズバッと打ち砕かれて、その時になってやっと私は自分の気持ちに気づかされた。
気づいた途端に失恋なんて人間って悲しいね……

「それより、ほどいてよ」
「・・・・・・うん」

本日3度目になるロープの感触。めっちゃきつく結んである。
痛くないようにゆっくりほどいているうちになんだか無性に泣きたくなってきた。
我慢しようと思えば思うほどこらえきれなくなってくる。
612 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/28(火) 07:42

「亜弥ちゃん?どうかしたの?」
私の異変に気づいたのかミキたんが驚いた声を上げた。

「…なんでもないよ」
「なんでもないって、泣いてるじゃん」

「え?」

気づかないうちに涙が零れていた。私は慌てて目を拭う。
でも、涙はポロポロと堰を切ったようにあふれ出して止まらない。

「ちょっと亜弥ちゃん?なに?大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「え?」

「大丈夫じゃないよ」

どうしてこの人はこう鈍感なんだろう。

「大丈夫じゃないに決まってるじゃん……私がどれだけ桃色の夜を楽しみにしてたか知らないくせに」
「も、桃色の夜?」

「それなのに、告白記念日どころか失恋記念日になったんだよ。
 泣いても泣いても止まらないに決まってるでしょ。ミキたんのバカーっ!!」

私は、泣き顔を見られたくなくてミキたんの胸に顔をうずめた。
弾力のない胸ハァハァなんてこれっぽっちも思ってない。

613 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/28(火) 08:34
落とさな気すまんのかいw
614 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/28(火) 11:29
ミキが縛られるの間違ってるから、縛りたいんだってば!!!」

さすが帝(w
615 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/29(水) 07:56

「亜弥ちゃん……失恋しちゃったんだ」
「そうだよ」
あなたに。

「そっか。元気出しなよ、ミキ今日は傍にいてあげるからさ」

(゚Д゚)ハァ!?

ありえない言葉に私は顔を上げる。

「亜弥ちゃんを振るようなバカなヤツなんてパーッと忘れちゃえ」

(゚Д゚)ハァ(゚Д゚)ハァ(゚Д゚)ハァ

もしかして、自分じゃないと思ってる?もしかしてじゃなくて絶対そうだよね。
鈍感すぎる、この人。

「アホォっ!!!」

ズバッとビンタ。
軽くしたつもりなのにミキたんはピューンと吹き飛んで壁にぶつかる。

「うひゃぁっ!?」

その拍子にもともと緩くなっていたロープがはらりとほどけた。
ミキたんは、クエスチョンマークを顔いっぱいに浮かべて私を見つめている。
616 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/29(水) 07:59

「私が好きなのはミキたんだよっ!!あややVTRコレクションの中に
 ミキたんプライベートショット満載秘蔵VTRぁゃゃ'sカットも作って永久保存版にしてるのに!!」
「ひ、秘蔵VTR!?」

「今日なんて、ミキたんが私のこと大好きとか私を食べたいとかむしろ食べてとか言うから勝負下着でめっちゃ燃えてたのに!!」
「え?いや、そんなこと言ってないし……」

「こんなにこんなにミキたんのこと好きなのにぃ……」

「……亜弥ちゃん」

ふわりと肩に置かれる手。
ミキたんが困ったような顔でいつのまにか私の前に立っていた。

「あの……その…ミキさぁ、亜弥ちゃんのことそういう風に見てなかった……わけでもなくて、
 よく考えたらそうだったような気がしないでもないんだけど」

「じゃぁ、私のこと好きなの?」
「す、好きっていうか・・・・・・いや、こうねぇお風呂とか一緒に入ってたらちょっとドキミキしたし……いや、たまにだけどさぁ、たまにね」

シャイガールミキたんのはぐらかしキタ━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
これは脈ありってことですよね、神様。
期待に満ちた目でミキたんを見ると、彼女は困ったように

「でもね……やっぱり桃色の夜?とかまでは考えてなかったんだ」
「そ、そっかぁガックシ」

「ゴメンね」
そういうとミキたんは私をギュッと抱きしめてくれる。
桃色の夜がお預けになったのはちょっと残念だけど…今は、これだけでも十分幸せだ。
それに、考えてなかったってことはこれから考えてくれるってことだしハァハァ。
あとは押して押して押しまくればいいだけだと思う。
617 名前:第4話 この人は鈍くて愛しい 投稿日:2003/10/29(水) 08:00

「それにさ」
「なぁに?」

「矢口さんたちのいいようにミキたちがくっつくのも癪に触るじゃん」

「(゚Д゚)ハァッ!?」

「だから、当分は今までどおりにしようね」

ニッコリと笑うミキたん。
私は、もうピキピキマークですよ、ピキピキマーク。

「こぉのぉっ!!!!!ダァボォーーーーーーーーーーー!!!!」

ズバッとサマーソルトキック。
私の最愛の人は宙を飛んだ。その姿も(*´∇`)キャワワ。


618 名前:エピローグ 投稿日:2003/10/29(水) 08:01




                       从*‘ 。‘从人川VvV*从








619 名前:エピローグ 投稿日:2003/10/29(水) 08:03



なんだかんだあったけど
あたしと亜弥ちゃんはお互いの気持ちに気づくこともできたしこれまで以上に仲良くやっている。

「おっはー、あやみき」

楽屋で亜弥ちゃんにメールを打っていたあたしの背中にこなき爺のように飛び乗ってきたのは矢口さん。

「意味わかんないからその呼び方やめてくださいよ」
「いや、ついつい。っていうか、オイラの相談のってよ」

真剣な顔であたしを見つめてくる。珍しい。
どうしたんだろう?

「なんですか?」
「お前らがくっついちゃって人生に張り合いがなくなってさ〜」

「あっそう。じゃ」

心配して損した。
最近、周りが静かだったから忘れてたけどこの人はこういう人だったんだ。
620 名前:エピローグ 投稿日:2003/10/29(水) 08:03

「ちょっと待ってよ」
立ち上がりかけたあたしの手を矢口さんは慌てて掴む。

「もう、なんですか?」
「だからさ〜、新たな張り合いを求めてるんだよ」

「それで?」

「どれがいいと思う。石柴とイシヨシとヤスイシとイシゴマ」
「はい?」

「イシヨシとヤスイシはなんかこう美少女同士って感じがしないし、
 イシゴマは攻略が難しそうなんだよな。やっぱ石柴かな」

もう馬鹿としか言いようがない。
あたしは、ぶつぶつと考え込む彼女を置いて楽屋を出た。
向かうのは少し離れたところにある亜弥ちゃんの楽屋。
久しぶりに一緒のスタジオで仕事。きっとタックルされるに違いない。
考えると自然に笑顔がこぼれてきた。

621 名前:エピローグ 投稿日:2003/10/29(水) 08:08



                                                     从*‘ 。‘)<おしまい>(VvV*从
622 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 18:56
矢口はこりないな〜w
いや、おもしろかったです。
あやみき、サイコー
623 名前:トモ 投稿日:2003/10/29(水) 19:47
お疲れ様です。
面白かったです!
やっぱあやみき最高!大好き☆
624 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 21:58
…最高。やべぇ。超おもしろかったっす。
625 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/30(木) 02:20
実は朝一回読んだとき(授業中)含み笑いをしてしまいました。
誰かに見られてなかったか心配です…。
何はともあれあやみき最高。矢口も最高。
626 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/31(金) 10:56
ぶっとんだお話で毎日笑わかせていただきました
お疲れ様です。
627 名前:マイキ− 投稿日:2003/11/01(土) 11:30
亜弥美貴イイ!!そして矢口大好きニダー(意味フ
628 名前:りんりん 投稿日:2003/11/02(日) 11:26
最 高 で す!
629 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/05(水) 15:13
作者さん、メール欄
630 名前:七誌 投稿日:2003/11/06(木) 08:17
レスありがとうございます。
ぶっちゃけ、矢口さんがぶっとんでいく予定だったのに
いつのまにか松浦さんがぶっとんでました(w
終わりよければ全て(o^〜^o)ですね。

>>629さん
正解。
631 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 19:55
どこどこ??
632 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/07(金) 10:28
>>631
海で一番沈んでるのだと思う。
あやみきじゃないっぽいよ。
633 名前:七誌 投稿日:2003/11/08(土) 07:35
新スレは花雪月花のどこかにってかいてたのを忘れていて海にたててしまいました。
  _______  _______  ______
 〈 ドモッ、スミマセン....。 〈 スミマセンスミマセン...。 〈 コノトオリデス!
  ∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ||'-' 川ヾ       ||'-' 川            ヾ
   ∨)        (八 )          ||'-' 川、
   ((          〈〈            ノノZ乙

_| ̄|○すること必至ですので放置してください
634 名前:藤本美貴は考える 投稿日:2003/11/08(土) 10:04



635 名前:第一話 失言 投稿日:2003/11/08(土) 10:06

最近のあたしはいろいろなことを考えている。
それも亜弥ちゃん絡みのことばかり。
今日の考え事。ラジオのコメント録りでの自分の失言について。


「まぁ、ちなみにあたしあんたの好きなあややと大の仲良しだって知ってる?
 もし、しんやが新曲かけてくれたらあややのこと?ちょっとは考えてあげてもいいんですけどねー。
 それじゃぁ、しんやオンエアしくよろね。しくよろー」

前半はきっちり台本仕事モードだったのになんか読んでるうちにだんだんムカついてきて

「こんな感じですかね・・・っていうか、あややとかまじほんとありえないんですけど。
 ねー?駄目ですからねー」

で、ちょっと台本読み終わったあとに本音っていうかなんていうかポロリしちゃったというか・・・・・・
636 名前:第一話 失言 投稿日:2003/11/08(土) 10:07

でも、これはあたしは亜弥ちゃんって呼んでるから
あややって言ってる自分がありえないってことを言いたかったんであって、
あややはあたしのものだーっていうことが言いたかったわけではないと思う。多分、だけど。

もうマジ分かんなくなってくる。
あたし、台本のどこでムカついたんだろ。
髪をわしゃわしゃしてみたところで答えなんて出てこない。

・・・・・・・・嘘。大嘘。

あぁ、出てますよ。出てるよ、出てる。答えでまくってる。
あたしの中でどこがムカついたかってホントは分かりすぎるくらい分かってるんだよ。
だから、余計気にしてるんだよ。
637 名前:第一話 失言 投稿日:2003/11/08(土) 10:09

「うぅ・・・・・・・」

あたしって、独占欲強いのかな〜と、頭を抱えてしまう。
いや、起こってしまったことをくよくよしても仕方ない。
切り替えが早いのがあたしの長所だ。
ともかく、これはあたしの胸の中だけにしまっておけばいいことだ。
亜弥ちゃんにだけは絶対に知られないようにしないといけない。
ますます調子にのられたらこっちの身が持たないし。

「よし!!」

気合入れて立ち上がった瞬間にメールの着信音。
矢口さんからだった。
仕事のことかな、と呑気に思っていたあたしはその驚愕の内容に目の前が真っ暗になった。


『藤本の師匠へのラブコールばっちり録音して師匠に聞かせてやったから
 感謝して今度なんか奢ってね〜。やぐっち!』

            
638 名前:第一話 失言 投稿日:2003/11/08(土) 10:10




                                                                         Fine
639 名前:第二話  投稿日:2003/11/11(火) 03:13


640 名前:第二話 お願い1 投稿日:2003/11/11(火) 03:16

「亜弥ちゃん、お釜洗ったよ」
「じゃぁ、お米も研いで。お願い」

約1ヶ月ぶりに亜弥ちゃんの家にあがったわけですが、相も変わらずお釜洗ってお米研いでいるあたしはなんなんでしょう。
よく考えるとおかしい。おかしいですよ、松浦さん。とあたしがツッコミキティになっても無理はない。
どうせ、お米といだらお風呂洗ってってお願いされちゃってさ、
で、ソレが終わったら、でさらに、でetc―――考えてぞくっとした。
ここは一回ビシッと言っておかないとお姫さま亜弥ちゃんのメイド状態みたいになってしまう恐れがある。

「亜弥ちゃん!!」
とりあえず、お米を研いでから亜弥ちゃんのいるリビングに行く。

「ん?なに?あ、お米終わったんだったらぁ」
「ちょっとミキの前に座りなさい」

亜弥ちゃんの言葉を遮ってあたしは正座する。
ソファに座っていた亜弥ちゃんは怪訝そうに、だけどあたしの視線が怖かったのか素直に――って

「おーいっ!!誰がミキの膝に座れって言ったぁっ!?」

「あ、いやぁなんとなくミキたん怖かったからぁ」

そういってケタケタと笑う亜弥ちゃん。可愛い。
違う。ここで負けてはいけない。
心を鬼にしてあたしは亜弥ちゃんを見つめる。ポッと赤くなる頬。
だから、なんでそこで赤くなる。
こっちまで恥ずかしくなってくるからやめてほしい。

気を落ち着けるために咳払いを一つ。
641 名前:第二話 お願い1 投稿日:2003/11/11(火) 03:17

「あのですね、松浦さん」
「なに改まっちゃって」

「ミキは、別にお釜洗ったりお米といだりすることは嫌じゃないんですよ」
「うん?」

「でもですねー、それを当たり前に思ってもらうのはちょっとどうかと思いまして」

これのどこがビシッと言ってるんだか自分でもよく分からない。
めちゃくちゃ下手にでてるじゃん。

「当たり前なんて思ってないよぉ」

亜弥ちゃんが首を傾げる。
いや、思ってるでしょ。思ってるから、絶対。

「・・・・・・ちょっとは、思ってたかも」

あたしの心の声が届いたのか亜弥ちゃんが反省したように呟いて上目であたしを見つめる。
うっ!!なんちゅう目で見るんだ、こやつは。
642 名前:第二話 お願い1 投稿日:2003/11/11(火) 03:18

あたしは、首を振って

「これからは一緒にしよ」
「・・・うん。ゴメンね、ミキたん」

「いや、全然いいんだけどね」
お釜洗うのも、お米研ぐのも、そう口を滑らせてあたしはしまったと亜弥ちゃんを見る。

「いいの!?」

先程の反省の色はどこへやら喜色満面の亜弥ちゃん。
頬が引きつる。
あぁ、あたしってなんて馬鹿なんだろう。

                                     
643 名前:第二話 お願い1 投稿日:2003/11/11(火) 03:18
Fine
644 名前:第3話 口癖 投稿日:2003/11/14(金) 09:56

「ミキちゃん、これカワイイでしょ」

梨華ちゃんが新しく買ったらしいピアスをあたしに見せてくる。
どうやら他のメンバーにも誉められた自信の一品らしい。
それは、あたしの趣味には合わないけど、よく彼女が身につけているそれは間違ってるだろ的な感じはしない。

「うん、素敵素敵」
あたしが言うと梨華ちゃんはちょっと変な顔をした。

「なに?」
「ん?いや、ミキちゃんって素敵ってよく言うなーと思って」

「そうだっけ?」

そんなに言ってるだろうか。

「うん、この間飯田さんにも素敵ですっていってたし、矢口さんにもいってたし、口癖なんだね」

言われて見ればそんな気もする。素敵です、が口癖って微妙。
指摘されたのは今回が初めてだから昔はそう言ってなかったんだろう。
はてさて、あたしはいつからそんな口癖が身についてしまったんだろう。

考える。

素敵ですが口癖になるような出来事なんて・・・・・・


あるじゃん。

「また、あんたか・・・」
あたしは、頭に手をやった。
645 名前:第3話 口癖 投稿日:2003/11/14(金) 09:57

あれは確か亜弥ちゃんの家にはじめて泊まった日のことだ。
あの頃は亜弥ちゃんもまだ今のように直接的な表現をしていなかった。


「ミキすけー、これどう?」
「んー?」
「素敵でしょ?」
「うん」
「うんじゃわかんないからぁ」
「素敵素敵」


「ミキすけー、寝起きの私どう思う?」
「どうって?」
「素敵でしょ?」
「うん」
「うんじゃ分かんないってぇ」
「素敵です、素敵」


思い起こせばこんなやり取りだらけ。
一緒にいるときは確実に素敵素敵と言わされてた気がする。
亜弥ちゃんは、あれで遠慮してたっていうんだから驚きだ。
今じゃぁ、直接「カワイイ?」って聞いてくるし。ワケわかんないし。
一番わかんないのはなんかあたしも「うん、かわいいよ」とか言ってることだし。
これは、口癖にならないように気をつけよう。
そこまで亜弥ちゃんに浸かるのはあたしのプライドが許さない。
646 名前:第3話 口癖 投稿日:2003/11/14(金) 09:58

「藤本さん」

気がつくとあたしの前には道重ちゃん。
かなりボケッとしててなにを考えているのかよく分からない子だ。
心の中でツッコミいれた回数、実はナンバー1の子だったりもする。

「なに、道重ちゃん」
「今日も私ってカワイイですか?」

小首をかしげて問われる。

「うん、かわいいよ」

あたしが即答すると彼女は「知ってます」とふわふわした足取りでいってしまった。

そしてあたしはというと―― 
今のは口癖になってるわけじゃないから聞かれたからそのまま答えただけだから、と自分自身にツッコミをいれていた。
647 名前:第3話 口癖 投稿日:2003/11/14(金) 09:58

                                                           Fine
648 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/14(金) 21:03
素敵です。
649 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/15(土) 01:05
川VvV从<素敵です
650 名前:第4話 お願い2 投稿日:2003/11/16(日) 06:43

お釜洗う、お米研ぐ、お風呂洗う、洗濯物を取り入れる、野菜を切って肉切って――
あげていったらきりがない亜弥ちゃんのお願い。
そして、なぜかそれを拒めないあたし。
本当になぜなんだろう。考えた。死ぬほど考えた。
そこまで考えるようなことじゃないのに、睡眠時間を削って考えた。
寝不足のままダンスレッスン受けて起こられた。亜弥ちゃんのせいだ。
この恨みはらさでおくべきか〜。
なんて1人で盛り上がっている場合じゃない。

待ってろ、亜弥ちゃん。
今日のあたしは一筋縄じゃいかないのだっ!!

心の中で勝利のコブシを突き上げてあたしは亜弥ちゃんの部屋に乗り込んだ。
651 名前:第4話 お願い2 投稿日:2003/11/16(日) 06:45

リビングで雑談すること数十分。

「ミキた〜ん、お腹空いたね」

亜弥ちゃんが、チラリとあたしを見てくる。
お願いモード段階1。
まだ大丈夫だ。

「そうだね」
慌てず騒がず対応。

「今日はパスタにしようかぁ」

亜弥ちゃんがあたしの服の裾を引っ張ってくる。
お願いモード段階2。
ちょっと苦しいけどまだまだ我慢。

「そうだね」
ニッコリ笑って対応。

「麺茹で」
「ストーップ!!!!!!!!!!!」

亜弥ちゃんが視線をあたしに定めるよりも先に慌てて止める。
最終段階にくるのいつもより早いじゃん。
とりあえず、ツッコみながらあたしはバッグの中に用意しておいたものを取り出す。

「な、なに?」
「ちょっとジッとしてて」

あたしの出した結論が正しければ――グルグルと持ってきた布で目隠し。

「ちょっとぉ、ミキたん?」
亜弥ちゃんが不安な声をあげる。

「大丈夫きっと大丈夫〜」

ごっちんの歌を口ずさみながらのりのりのあたし。
多分、おそらく、きっと、亜弥ちゃんの上目遣いが全ての元凶なんだ。
あたしが、亜弥ちゃんのお願いを聞いてしまうのもきっとあの上目遣いのせいだ。
つまり、そこさえ絶ってしまえばあたしはすっきりきっぱりしゃっきりと亜弥ちゃんのお願いを断れるって寸法。
さすが、ミキたんってのは亜弥ちゃんの台詞だけど、まさにさすがミキたんだよ。
652 名前:第4話 お願い2 投稿日:2003/11/16(日) 06:47

「さぁ、さっきミキに言お願いしようとしたこと言ってみて、亜弥ちゃん」
「えぇ?この状況で」

「おうよっ!!」

「ん〜、じゃぁ麺茹でて?」

ふっふっふっふっふ。

さぁ、断るぞ。
断るぞ。

たまには亜弥ちゃんが茹でてって言うぞ。

「ミキたん、お願い」
「いいよ」

って、なんでやねーんッ!!!!!!!!!!!!!!!」

上目遣いお願い光線は防いでるのに、なにがダメなの!?
ワッケ分かんないんだけど。

心の中の叫びと、あたしの体はまったく噛みあっていないらしく

あれ?
なんでミキ立ってんの。なんでキッチン向かってんの。

自分へのツッコミが空しく木霊する中、あたしの体はパスタを茹で始めた。
653 名前:第4話 お願い2 投稿日:2003/11/16(日) 06:48

パスタを茹でてレトルトのソースを温めてお皿に盛り付けて、
ついでにサラダなんか作っちゃったあと、やっと亜弥ちゃんに目隠しをしたままだったってことを思い出した。
目隠しを取るなり、亜弥ちゃんはむぅっと頬を膨らませ得意の上目であたしを睨みつけた。

「で、なんで目隠しなんてしたのぉ?」
「うっ・・・・・・ちょっとした実験」

口が裂けてもいえない。

「実験?」
「そう、実験」

亜弥ちゃんの上目遣いにやられてると思いました、なんて

「なんの?」
「別にいいじゃん。さ、食べよう」

それも結局失敗だったし。

「よくないよー」
「ミキがいいって言ってるからいいんだよ」

まさか、亜弥ちゃんの声にやられていたとは思いもしませんでした。
今度は猿轡でも・・・・・・いやいや、それはさすがに変態のすることだ。
それに亜弥ちゃんを傷つけるのはよくない。なんかいい対策考えないとな。
654 名前:第4話 お願い2 投稿日:2003/11/16(日) 06:49

                                                    Fine
655 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/20(木) 15:49
め、目隠し(;´Д`)ハァハァ
656 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 05:58

657 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 05:59

「ねぇ、亜弥ちゃん」
「ん?なに?」
「ミキってさ、顔怖い」

「ううん。カワイイよ」
即答。

「いや、素の顔がだよ。怖くない?」
658 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 06:00


――ミキちゃんはー、素の顔がめっちゃ怖い

昔っから親兄弟爺婆親戚友達担任その他もろもろに、顔が怖いだの目つきが悪いだのおでこが(ry・・・・・・
言われてきたことを、少し前のダンスレッスン中に真顔で加護ちゃんに言われた。
そんなこと言われてもこの顔は生まれつきだし、と返したものの内心かなり気にしている。
どうにかしたほうがいいかなと素の顔を見せないための作戦計画までたてるほどだ。

作戦その1.カメラに映っている映っていないに構わずにとにかくニコニコしてみるver亀井ちゃん。
想像するだけであまりのありえなさにゾッとして却下。

作戦その2.交信してても柔和な微笑を絶えず浮かべているver飯田さん。
これもきっついと思って却下。

そもそも柔和ってなにって感じだし。柔らかく和やかってどっちかにしてみたいな。
作戦その28まで考えてやめた。
以来、加護ちゃんの言葉はあたしの頭の中でぐるぐると回っていた。
それで、一番あたしがリラックスしててボケボケとした顔を晒しているであろう人物に聞いてみることにしたのだ。
659 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 06:02



「素の顔ってボケッとしてる時とか?」
亜弥ちゃんが小首をかしげる。

「そう。怖くない?」
「怖くないよぉ」

亜弥ちゃんは、不思議そうに首をふる。
確かに彼女に顔が怖いとは言われたことは一度もない。
半眼で寝てるのが怖いならあるけど。

「ホントに?正直に言ってよ。ちょと怖いなって思ったことあるよね」
「ないないない」

「面と向かっていえなかったらあのお面かぶってもいいよ」

あたしは、壁にかかっている不気味なマスクを指差す。
去年、ラジオで一緒のお仕事をしたときに亜弥ちゃんがクリスマス記念にと
ディレクターさんからもらったらしい。
正直、どうかと思っていたけどこのときばかりはナイスな存在だ。
660 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 06:04

「ホントにないって。なんでそんなこと聞くの?なんかあった?」

少し離れて座っていた亜弥ちゃんがずずぃっとにじり寄ってあたしを覗き込むように見つめてくる。
そんな風にじっと見つめられると居心地が悪くなってくる。
目をそらすことも許されないほど強い眼差しに観念してあたしは事情を説明した。
全てを聞き終わると亜弥ちゃんは

「そんなの当たり前じゃん」
あっさりと言った。
確かに本心を聞きたかったけどそこまであっさり言われると少しショックだ。
さっきまでないない言ってたのに、あたしは耳を疑う。

「それは、ミキの顔が怖いってこと?」
言うと、亜弥ちゃんはううん、ミキたんの顔はかわいいよぉと首を振る。

「じゃぁ、なに?当たり前って・・・意味わかんないんだけど」
「かわいいけどさぁ、私がいないのにあの顔したらそりゃぁちょっとヤバいと思うってこと」

亜弥ちゃんは、諭すような口調で言う。
あたしの素の顔と亜弥ちゃんの存在の有無のどこに関連性があるのかなんて分からない。
おそらく、その思いが顔に出ていたんだろう。

「私がいないときに亜弥ちゃんってかわいいなぁしみじみなんてトリップしてたら誰だって怖いと思うってぇ」
亜弥ちゃんが言った。
661 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 06:05

「は、はぁっ!?」

って、ちょっと待って。
思いっきり変なこと言わなかった、この人。言ったよね。

「だ、誰が、亜弥ちゃんってかわいいなぁしみじみ、なんて思ってんだよ!」

「ミキたん」

声を荒げるあたしとは正反対に亜弥ちゃんはにっこり笑顔であたしを指差す。
冗談じゃなく本気でそう思っているらしい。

そういえば、あたしがボケッとしていると必ずといっていいほど亜弥ちゃんは嬉しそうに抱きついてくる。
今までは、ちゃんと話を聞いていないあたしの関心をひくためだと考えていたけど――
もしかして・・・あたしが、亜弥ちゃんってかわいいなぁしみじみ、って思いながら
自分のことを見つめていると思い込んで嬉しさのあまりのダイブってことだったのだろうか。
だとしたら、拍手がしたくなるほど凄まじい勘違いっぷりだ。
662 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 06:06

「ほら、またぁ。私がかわいいのは分かってるからぁ」

亜弥ちゃんがにゃははっとからかい半分嬉しさ半分であたしを見ている。
なにを言ってるのか一瞬分からなかったが、すぐに今の自分の顔が
彼女以外の人から見れば怖いといわれる素の表情になっていたことに気づく。

「だから、そんなこと思ってないってばっ!!」

「おーおー、照れちゃってぇ」
「いや、照れてないから」

「たんがシャイガールなのは知ってまぁす」

「だーかーらーっ!!!!!」

否定の言葉を口にしかけて、亜弥ちゃんのにっこにっこ笑顔にぶつかった。
それは、多分おそらく絶対どれだけあたしがムキになって否定しても
無駄だと分からせるには十分なもので、あたしは大きく嘆息した。

そして、思った。

最近では自分の出ている番組だけじゃなくあたしのでている番組もチェックしているという
彼女の勘違いがさらに進行しないように、収録中はボケッとしないでおこうと。
それは、使わない頭を捻って考えた28個の作戦のどれよりもあたしをやる気にさせるものだった。

663 名前:第5話 顔 投稿日:2003/11/22(土) 06:06
                                                    Fine
664 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/23(日) 18:53
ウケター。
作者たん最高です。
665 名前:第6話 お願い3 投稿日:2003/11/25(火) 10:50

666 名前:第6話 お願い3 投稿日:2003/11/25(火) 10:51

対策なんて思いつかないまま、亜弥ちゃんの部屋に行き
いつものごとく亜弥ちゃんのお願いをこなしたあたしはグッタリとソファに寝転がっていた。

「たんも一緒にお風呂はいろぉ」
「うん」

お風呂場から聞こえる元気な亜弥ちゃんの声に急かされるように立ち上がる。
それにしても、いつからこんなベッタベッタした友達付き合いが大丈夫になったんだろう。
どっちかっていうとサッバサッバしてる関係が好きだったはずなんだけどな。
手繋いだり抱きついたりはまだしも一緒にお風呂なんて昔なら考えられなかった。
服を脱ぎながらつくづく思う。
慣れって恐ろしいというか、あたしにそこまでさせるようになった亜弥ちゃんが恐ろしいというか。
667 名前:第6話 お願い3 投稿日:2003/11/25(火) 10:52

「アトムゥ!!」

あたしがお風呂場に入ると亜弥ちゃんは泡風呂で角を作っていた。
バカだな〜と思う。

「ミキたんもつかりなよ」

亜弥ちゃんがにこにこしたままちょっと移動してスペースを作ったのであたしも素直にそこにおさまった。
隣り合って座る。亜弥ちゃんは気持ちよさそうに鼻歌なんて歌っちゃって。
あたしも一緒になって歌っちゃったりして。
お風呂場はエコーがかかるから即興のカラオケみたいだ。
ひとしきり歌うと「ねぇ、ミキたん」と亜弥ちゃんがあたしに向き直った。

「ん?」

すっかりいい気分のあたしは何も考えずに返事をする。

「お願いしていい?」
「お願い?」

油断しまくっていたあたしは驚いて亜弥ちゃんをみる。
お得意の上目遣いとぶつかった。
少しだけ上気した頬が色っぽいとか思っている場合ではなく。
こんな状況でされるお願いとはなんだろう?
体は2人で洗いっこだし、髪もそうだし、他になんかあるっけ?
分からない。考え付かない。
だいたい、亜弥ちゃんというのは人が考えないようなことを口にする人だ。思考回路がおかしい人だ。
まともなあたしはいつもその突拍子もないことに驚かされる。
668 名前:第6話 お願い3 投稿日:2003/11/25(火) 10:53

「な、な、なに?」

思いっきり動揺しながら問う。
亜弥ちゃんはあたしを見つめながら可愛く小首をかしげる。

「キスして」

ゆっくりとしたお願い。

「キ、キス!?」
「うん、ミキたんからして」

あたしはボケ体質じゃないから、キスって魚の鱚?なんてボケは言えなかった。

「いやお願いって言われても・・・」
「いっつもしてるじゃん」

「そうだけど」

いっつもしてるのは、ふざけてチュっていう感じの軽いやつだし。
大抵はあたしからじゃなくて亜弥ちゃんが仕掛けてきてそれが避けられなかっただけのものだ――

なんで今そんなお願いするんだ、松浦亜弥―!!

もしかして、あたしが亜弥ちゃんのお願い攻撃に弱いことに気づいたの?
うわっ、絶対そうだ。ありえる。
お願いしたら、ミキたんなんでもしてくれる。
キスもしてもらっちゃえって感じで言ってるんだ。

北海道の真ん中に藤本美貴ありっていわれたほどのあたしがなめられたもんだぜ。
そう簡単に
669 名前:第6話 お願い3 投稿日:2003/11/25(火) 10:54

「ねぇ、ミキたん?」

670 名前:第6話 お願い3 投稿日:2003/11/25(火) 10:55
ドアップで迫ってくる亜弥ちゃんの顔。
彼女の発するピンクのオーラをこれだけ間近に見た人ってあたしだけなんじゃないだろうか。
ったく、なんでそう体全体で雰囲気醸し出してくるかな〜、この子は。
恥ずかしいのと嬉しいのとごちゃごちゃしてきて髪の毛を掻き毟りたくなったけど
両手は浴槽の床について体を支えているから使えない。

あぁ、もう!

「お願い」

勝てるわけないじゃん。
白旗をあげたあたしの頭と同時に体が動きだす。

っていうか、あたしは上目遣いでも声でもなくて亜弥ちゃんの存在そのものにやられちゃってるのかな、なんてことをキスしながら思ったりなんかした。
671 名前:第6話 お願い3 投稿日:2003/11/25(火) 10:55
                                               Fine
672 名前:七誌 投稿日:2003/11/25(火) 10:56
藤本美貴は考えるシリーズ終わり。
元々はお願いシリーズだったんで3つの話は繋がっていますが。
他は一話一話繋がっているかっていうと繋がっていないような気がしないでもないこともなくもないと見せかけて(ry
全部、即興で書いたのでグダグダです_| ̄|○
673 名前:ss.com 投稿日:2003/11/25(火) 19:52

 はじめまして。金板でアヤミキの大甘、エロ絡みを書いている者です。
 七誌さんのユーモアセンスには、はっきりいって脱帽です。
 藤本美貴は考えるシリーズ、本当にあり得なくないって感じ。
 私の方も松浦さんはけっこうブッ飛んでますが、飼育を開きながら、
ここまで笑ったのは初めてです。
 これからも期待しています。
674 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/26(水) 12:29
面白かったっす。
特に5話の顔、これからミキティの素の顔が映った時は
あややのことを考えてるんだなと思ってしまいそう(w
675 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/28(金) 21:04
作者様
勝手なお願いしちゃっていいですか?
ってか、しちゃうし…。
『カウントダウン』そして『好きだから』の二人を何とか救ってあげて
下さい。元の二人には戻れなくとも、せめて、お互いの心が分かりあえる
くらいまでは…。
676 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/28(金) 23:14
私からもお願いします。
677 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 01:00
陸受け付けてるわけでもないスレで厨なことすんなよ
何様?(゚Д゚)
作者さん、無視していいですよ、こんなの
678 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 17:10
ほんとうにいろんな文を書ける方ですな。作者殿は。
『藤本美貴は考える』シリーズも適度な甘さで楽しく読ませていただきました。次の作品も期待してますです。

>>675-676
この作品はこれで終わったからこれでいいんと思います。
ちょっと「えっ」的な部分がおもしろい作品だと俺個人では思ったりしてますが。

>>677
注意オンリーの書き込みの方が厨だと思うが。

スレ汚しすみませんです。
679 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/30(日) 02:50
考えるシリーズ楽しかったです。
基本的には無敵の彼女が松浦さんにはフニャフニャってのが大好物なもんで。
シリアス系からギャグ系まで萌え所をおさえて書いてくれる作者さん。
素敵です!!
これからも色んなあやみきを見せてください。お願いします。
680 名前:番外編 松浦亜弥は不思議に思う 1 投稿日:2003/11/30(日) 05:53


681 名前:番外編 松浦亜弥は不思議に思う 1 投稿日:2003/11/30(日) 05:54



最近、不思議に思うことというか、え、なんで?と腑に落ちないことがある。


682 名前:番外編 松浦亜弥は不思議に思う 1 投稿日:2003/11/30(日) 05:57

久しぶりにモーニング娘。さんと一緒の仕事。年に数回あるかないか。
楽屋の床に座っているミキたん。やっぱ1人だと静かだねーとさっき私の楽屋に転がり込んできた。
丁度、モーニングさんの楽屋に挨拶に行こうと思っていた私は
予定を変更してミキたんと背中合わせに座ってまったりしている。

「でも、いいのぉ?こっちにいて?」
嬉しい反面少しだけ心配。訊いてみる。

「大丈夫だよ。ちゃんと言ってきたし」
不意に背中越しにあった抵抗が消える。

「亜弥ちゃん」
私の正面に回りこんできてミキたんが言う。

「なに?」
「いつものしてよ」

子供みたいな口調。
私はしかたないな〜と思いながら体操座りをやめて、正座を少し崩したお姉さん座りをする。
ミキたんは、にひひと笑いながら私の膝にゆっくり頭をのせた。
683 名前:番外編 松浦亜弥は不思議に思う 1 投稿日:2003/11/30(日) 06:01

膝枕。なんだか最近私の膝で眠るのがお気に入りらしい。
別にいいんだけどね。
サラサラの髪を何度か撫でていると、疲れていたのか安心しているのか、
すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。気持ちよさそうな顔は小動物みたいでかわいい。
本番前だけどいいのかなと思いつつこんな時間が長く続くことを祈ってしまった。
その時、コンコンとドアをノックする音がして

「藤本いるー?」

私の返事よりも先に矢口さんが入ってきた。
ミキたんを呼びにきてくれたらしい矢口さんは私の膝の上で寝ている彼女を見て珍しいモノでも見るような顔になった。

「たん?ミキたん、矢口さん来たよ」

うにゅうにゅとホッペをつねると、んんと妙に女の子らしい吐息を漏らしてミキたんが目を開けた。
けど、まだ寝ぼけているのか私の膝の上で寝返りを打つと甘えるように腕を腰に回してくる。
684 名前:番外編 松浦亜弥は不思議に思う 1 投稿日:2003/11/30(日) 06:04

「ちょっとミキたん?」

「いやぁ・・・仲いいな〜、相変わらず」

矢口さんが驚きを通り越して呆れたといった声を発した。
途端にミキたんがガバッと起き上がる。
危うく、彼女の頭が私の顎に当たりそうになってのけぞった。
ガラスの腰が悲鳴を上げる。

「や、や、矢口さん!?なんでここにいるんですか!?」

ミキたんは、そんな私よりも今の状況のほうに気をとられている。
ちょっとひどい。

「なんかいいもの見ちゃったなぁ、オイラ。ひゅーひゅー」
「ち、違いますよ」

首をぶるんぶるんと激しく横に振る。
なにが違うの?
矢口さんも同じような疑問を持ったらしく

「なにが違うんだよ、この甘えん坊が」

よくぞ言ってくれました的なことを口にした。
ミキたんは動揺しまくっているのか、普段の私よりもすごいジェスチャーつきで説明を始める。
685 名前:番外編 松浦亜弥は不思議に思う 1 投稿日:2003/11/30(日) 06:07

「だから今のはー、亜弥ちゃんが無理矢理膝枕してあげるって言って聞かないから
 ミキはしかたなくですねー」

はい!?

今の言葉、き、聞き捨てなりませんけど。
膝枕してって、あんたが言ったんでしょあんたが。

「ホントかよ〜」
「ホントですよ、なんでミキが亜弥ちゃんに甘えなきゃいけないんですか」

はいー!?

あなた、私に甘えまくってるでしょ?
いっつもいっつも家の中では甘えるほうでしょ?

「それより、早くいきましょ。それじゃね、亜弥ちゃん」
「じゃーなー、松浦―」

ミキたんのあまりの変わり身の早さに言葉を失っているうちに2人は出て行ってしまった。
686 名前:番外編 松浦亜弥は不思議に思う 1 投稿日:2003/11/30(日) 06:09

また、このパターンだ。
ハロプロメンバーがいるときはそっけないくせに
2人きりになるとちょっと邪魔なくらいくっついてきたり
外と中でこれほどまでに態度が変わるのはどうしてなんでしょう?
考えてみても、ミキたんの習性はよく分からない。
そんなミキたんの態度には慣れてるはずなんだけど今日のはちょっとひどいよ。

「ぬぁああああああああああ!」

叫んで怒り放出すると少しだけスッキリした。



                                                                   Fine
687 名前:七誌 投稿日:2003/11/30(日) 06:15
=≡从#‘ 。‘从ノ((VvV;从

>>677
マターリと

>>678
多謝_| ̄|○

>>679
川VvV从<素敵です
688 名前:番外編 好きだといってよミキティ(こんなネタ分かる人いないよ 投稿日:2003/12/02(火) 07:59

ミキたんは、私のことを好きだと言わない。
私が言ってそれに答える形で言うことはあっても自分からは決していってくれない。
彼女が照れ屋なことは百も承知だけれど、たまには言ってほしいと思う。
じゃないと、不安になる。好きなのは私だけなのかなと心配になる。
689 名前:番外編 好きだといってよミキティ(こんなネタ分かる人いないよ 投稿日:2003/12/02(火) 08:02

ある日、私の楽屋に遊びにきた彼女にそのことを訴えると彼女は
「んー」と困ったように唸った後至極真面目な顔でこういった。

「ミキには尻尾があるんだよ、亜弥ちゃん」
「は?」

意味が分からなくて思わずそんな声が漏れる。
ミキたんは、真面目な顔のまま聞いてくる。

「分かる?」
「分かんない」

ミキたんは私の返事にポリポリと頭をかいた。
心なしかさっきより顔が赤くなっている気がする。
エアコンが効きすぎているわけでもないのになんでだろうと思っていると彼女は「ともかくね」と切り出した。

「亜弥ちゃんと会ってる時、ミキはパタパタとその尻尾を振ってるわけ」
なにがともかくなのかも尻尾を振ってるからなんなのかも分からない。

「それで?」
私が問うと彼女は

「わかんないの?」
とちょっとなさけない顔になった。
690 名前:番外編 好きだといってよミキティ(こんなネタ分かる人いないよ 投稿日:2003/12/02(火) 08:02

「だって、尻尾ないよ」
「だから例えばの話だって」
それはそうだけど。

「・・・うん、それでパタパタ振ってるからなに?」
私の言葉にみきたんは心底がっかりしたような大きなため息をつくと言った。

「亜弥ちゃんは、犬の勉強して来てください」
「ちょっとなにそれ?ちゃんと勉強してるよ」

失礼な。
私にはナナちゃんという足の吸盤の匂いまで知りつくした仲のワンちゃんがいるというのに――
ちょっとムッとして言い返すと

「亜弥ちゃんがしてるのは匂いの勉強でしょ。今度は尻尾の勉強しなよ」
ミキたんは呆れたような声でそう返してきた。
691 名前:番外編 好きだといってよミキティ(こんなネタ分かる人いないよ 投稿日:2003/12/02(火) 08:03

「意味分かんない」
「分かるから。ともかく、勉強すること」

ミキたんはピッと人差し指で私の鼻先をつつききっぱり言った。
釈然としないまま、だけど私が頷くとミキたんはよろしいと満足げに頷く。

「で、ミキたんから私に好きっていう話はどうなったの?」

「・・・・・・知らない」

ミキたんは一瞬呆気に取られたようにポカンと口を開け、すぐさまダッシュで楽屋を飛び出していった。
意味分かんない。
692 名前:番外編 好きだといってよミキティ(こんなネタ分かる人いないよ 投稿日:2003/12/02(火) 08:04

後で調べてみたら犬が尻尾をパタパタと振るのはその人に対する愛情表現をしているらしい。
他にもいろいろな役割はあるけど、ミキたんが言いたかったのはそういうことだったんだろう。
すごくすごく遠まわしな彼女なりの好きって言葉。
照れ屋過ぎるのも考え物だなとちょっとだけ思った。

もちろん、そんなミキたんのことがもっともっと好きになったワケなんですけどもね从*‘ 。‘从



                                              Fine

693 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/02(火) 16:02
川*VvV从の遠まわしな表現萌へぇ〜(*´Д`)

ほんっと!あやみき最高ー!
694 名前:迷宮 投稿日:2003/12/06(土) 06:19


695 名前:迷宮 投稿日:2003/12/06(土) 06:20

夜中、ふと目を覚ますとベッドの下には美貴が寝ている。
もう二度と彼女が隣で眠ることはないのかもしれない。
狭いよねぇと笑いながら一緒のベッドに寝ていたことが、遥か昔のことのように思えて少しだけ胸が痛んだ。
696 名前:迷宮 投稿日:2003/12/06(土) 06:21

あの日から、美貴はずっと亜弥の傍にいる。
決して触れない距離。温もりもなにも感じさせない距離。見ているだけの距離。
意図してそうしているのだろうか。だとしたらひどく残酷な話だ。
彼女が傍にいるだけでどうしても思い出してしまう。

あの日のことを。
あの時の彼女の顔を。

まるで忘れさせまいとするように美貴は決して亜弥の傍を離れようとはしない。
どれだけ傷つけているのかも分からないほどひどい言葉を亜弥が投げかけても。
どれだけ無茶苦茶なお願い――いや命令といってもいい――を亜弥がしてみても。
決して。
美貴が片時も離れず傍にいてくれる生活を望んでいたはずなのに今ではそれがたまらなく苦しい。

だから

美貴が自主的に出ていってくればいいと願ってしまう。
美貴が自分のことを忘れてしまえばいいと願ってしまう。
697 名前:迷宮 投稿日:2003/12/06(土) 06:24

そんな気持ちを知ってか知らずか美貴はただ困ったような悲しいような微笑を浮かべたまま
いつもいつも傍にいる。美貴のそんな顔を見るたびに亜弥は息苦しくなる。
雲の様に自由奔放で引き止めていなければふっと掻き消えてしまいそうな彼女はもういなくなってしまったことに気づかされるから。

罪悪感という檻が今の彼女を閉じ込めている。

彼女が、そんなものを抱く必要はないのに。
美貴の翼をもいでしまったのは亜弥自身だ。
自分の未来と引き換えに彼女の未来をつぶした。
いや、それとも手に入れたのだろうか。今となっては分からない。

いったいいつまでこの関係は続くのだろう。思う。

笑って彼女を許すようなことを口にすればそれで終わるのだろうか?
そうすれば美貴は鎖を解いて亜弥の傍からいなくなるのだろうか。

そんなことできるはずがない――

亜弥は、穏やかな寝息をたてている美貴を見つめる。
698 名前:迷宮 投稿日:2003/12/06(土) 06:25

遠くへいってほしいけれど、彼女を失いたくはない。
傍にいられたら全て彼女のせいにしてしまうけれど、彼女を嫌いになんてなれない。
彼女を好きなまま、彼女を憎む。

歪んでいる感情。

止められない。この思いはきっと止まらない。
おそらくここは出口のない迷宮。
先に囚われたのはどちらだったのか、そんなことはもう関係ない。
ただ2人とも抜け出せなくなっただけ。
699 名前:迷宮 投稿日:2003/12/06(土) 06:26


「……ミキたん」

700 名前:迷宮 投稿日:2003/12/06(土) 06:27

呟いてみる。
二度と呼べない自分だけが使う彼女の愛称。

ゴメンね。
好きになってゴメンね。好きなままでゴメンね。

亜弥のその言葉は音にならず静かな闇に溶けて消えた。





                                                   Fine
701 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/07(日) 08:40
作者様の広角打法には舌巻きっ放し&頬緩みっ放しですw
前のも含めて寝るのも忘れて読み耽ってます。
702 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 11:40
切ない…
703 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:21

704 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:23

「たぁん!!」

迷子になった子供さながら飛びついてくる亜弥に油断していた美貴は「どわっ」っとよろけながらも
彼女の行動にはいい加減に慣れているので自然に体勢を整えながら受け止める。

「ただいまのちゅぅ〜」

当たり前のようにんーと唇を突き出してくる亜弥に美貴の喉が音を鳴らす。
なにせ今年のクリスマスは二人にとって散々なものだったのだ。
亜弥は、クリスマスだってのにファンツアーでハワイ営業。
去年と違って過ごす相手のいない美貴はハロプロコンのリハの後は寂しく一人チキンと鮭トバ。
さすがに普段なら恥ずかしいし、したらしたでキリがないので軽くいなす亜弥の言葉にも体が勝手に反応してしまう。

「ん〜」

まだ待っているあひる口にそっと自分のそれを触れさせる。

「にゃははぁ、ミキタンの味がする」

唇を離すと亜弥はにやけた顔で言った。
ん?と美貴は小骨が喉にひっかかったような表情を浮かべる。
今の亜弥の言葉。以前にも聞いたことがあるような気がした。

記憶の引き出しをひっくり返してみると、それはすぐに思い出すことができた。
705 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:23

あれは、確かまだ自分たちがあやっぺ、みきスケとお互いを呼びあっていた時のことだ。
706 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:28



「だぁかぁらぁ……分かったよ、お詫びになんでもするからそんな怒んないでよ」

言い返そうとした美貴は亜弥のむくれた顔を見て、怒らせた心当たりもまったくないのに
なんだか本当に悪いことをしたような気になってそう言いなおした。

「なんでも?」

先程の収録後から意味もなく美貴にたいして怒っていた亜弥の表情が僅かに変化する。
怒りが少し減ったような感じ。

「う、うん!なんでも」

このチャンスを逃してなるものかと美貴は勢い込んでうなづく。
亜弥は、んーと考えるように口元に手を当てた。

「そんなに考えなくても・・・どっか美貴のおごりで遊び行くとか、ご飯食べるとか
 あぁ!コンビニでルパンごっことかでもいいよ」

あんまり亜弥が真剣な面持ちで考えはじめたので、美貴は反対におちゃらけてそういった。
さすがにすごすぎるお願いは聞けないよという意味も込めて。
しかし、亜弥の表情は変わらない。
なにをお願いされるのか――
ある意味待っているというのは心臓に悪い。
美貴は、薄い胸を軽く叩いて落ち着かせる。
707 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:29

「・・・みきスケ」
亜弥がようやく口を開けた。

「ん、決まった?」
「その前に1つだけ約束して?」

小首をかしげての上目遣い。
どうしてこの子は男の子にするような視線を向けてくるのか
先程とは違った意味で心臓に悪い。
美貴は思いながら「約束って?」訊いた。

「今日みたいに私の前で他の人とはあんまりはしゃがないで」

亜弥が諭すような口調で言う。
今日みたい?
美貴は一瞬なんのことか理解できず目をぱちくりとさせた。
そもそもなぜ亜弥が怒っていたのかもわかっていないのだ。

「シャッフルゲームの時だよ!」
「へ?」

「柴っちゃんとわざと仲良くしてたでしょ」
「あ!」

言われてようやく思い当たる。
彼女の表情が激変した時の状況を。
708 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:31

今日の仕事は、ハロモニ夏恒例シャッフル対抗戦の収録だった。
美貴と亜弥は同じ踊る11という大所帯。
たくさんのハロプロメンバーと仲良くなる絶好の機会ということもあって
美貴は亜弥以外のメンバーともなるべく積極的に話をするよう心掛けていた。
その際、亜弥がちゃっかりと隣にいたけれど。
しかし、収録が始まってゲームとなると状況は変わる。
ずっとべったりというわけにはいかない。
思い出してみると、徐々に亜弥の表情からは笑顔が消えていたような気もする。
一番それが顕著だったのは美貴がカキ氷つくり対決から戻ってきた時だ。

いつも笑顔。
完璧なキューティースマイルを絶やさない彼女が
収録中にもかかわらず美貴をすごい顔で睨んでいた。
あれは気のせいじゃなかったのか。

さすがに真正面から見据えられて気のせいと思おうとしたのは無理があったのだが。
709 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:33

「…もしかして、それで怒ってたの?」

亜弥は、当たり前じゃんという風に首を思いっきり縦に振った。
そんな風に首を振られても理解不能。

「他の子と仲良くしても別にいいじゃ……なるべく控えます」

勝手にヤキモチを妬かれてはたまらない。
そう思って言い返そうとした美貴は悔しそうな泣き出しそうな亜弥の表情を見て
再びなんだか悪いことをしているような気になって言いなおした。
亜弥が嬉しそうに顔をほころばせる。

「それじゃ、お願いしていい?」
仕切りなおすように声のトーンを少しあげて亜弥が美貴を見る。

「お願いって?」
「さっきなんでもしてくれるって言ったじゃん」

もう忘れちゃったのぉと亜弥が唇を尖らせる。
忘れたわけではなかったけれど――

「っていうか、今のじゃないの?」
「違うよ、今のは約束。お願いは別なの」

「そうなんだ……じゃぁ、どうぞ」

甘過ぎだよ、あんたは。
自分で自分にツッコミをいれながら手で促す。
710 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:34

「あのね」
「うん」

「あの……」

キュッと美貴の服の袖を掴んで躊躇っている。
そわそわと落ち着きがなく、心なし頬が赤い。
そんなに言いづらいことなんだろうか?と美貴が首を捻っていると

「あのね…」
「うん」

「目、つぶって?」

ようやく亜弥が口にしたのはそれだけで美貴はキョトンとなる。
もっととんでもないお願いをされると思っていただけに拍子抜けした気分だ。
711 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:35

「えっと、目を瞑ればいいの?」
「うん」

聞き間違いでもないらしい。
亜弥の目が早くと言っているのを感じて、美貴は「じゃぁ」と言われたとおり目を瞑った。
瞬間、唇になにかが触れた。
頭ではなにをされたのか分からなかったが本能的に分かる。
反射的に目を開けるとりんごのように顔を赤くした亜弥が

「みきスケの味がするね」

と言った。

美貴は目を丸くしたまま、しかしそれでも

「焼肉かトバのどっちかでしょ」

生来のツッコミ癖は健在だった。

「…む〜、そうかもねぇ」

亜弥は少し不満げにうなづくと美貴の体に甘えるようにぎゅっと抱きついてきた。

「あやっぺ?」

「これから頑張るね」
「は?」

「こっちの話」

亜弥は抱きついたまま上目で悪戯っぽくウィンクした。
712 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:38



あれはどういう意味だったんだろう。
そもそも、焼肉ととばの味がする自分の唇は人としてどうなんだろう。
思い出すと、色々考えてしまう。

「たん?なに考えてるの?」

ずぃっと亜弥の顔が間近に来て美貴は素早く顔を引いた。
亜弥が頬を膨らませる。

「不意打ちはねぇ、びっくりするっていうかさぁ」
「…ま、いいけど」

情けない笑顔で弁解すると亜弥は頬にいれていた息を吐き出した。

「なに考えたの、今?」
「ん〜、美貴の味ってなにかなぁって?」

問うと、亜弥は美貴の手をぎゅっぎゅっと握りながら甘える声で

「たん、ちょっと目ぇ閉じてみて」
「ん?」

閉じた瞬間、亜弥の唇が触れる。
予想だにしない行動に美貴は驚いて目を開けた。
さっきまで思い出していたことを速攻で忘れていた自分に呆れる。
713 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:39

「さ、なに味だ?」
亜弥は、どこか誇らしげな口調で問いかける。

「えぇっとぉ……亜弥ちゃんの味?」
「半分正解!!」

パンパンと大げさに手を叩きながら亜弥は美貴にまた抱きついてくる。
なにがなんだか分からずに美貴は亜弥の顔を見た。

「半分って?あと半分は?」
「考えて!」

「そういわれても……」

いいかけて、不意に閃光のように答えがはじき出された。


あの時、初めてのキスをして
あの時、彼女が頑張るって言ったのは


「そういうことかぁ」
「そういうことぉ」

やっと分かったかという風に彼女がさらに体を押し付けてきたものだから
美貴はバランスを崩して後ろの壁に頭をぶつけた。
714 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:40

思わず顔をしかめていると亜弥が心配げに体を離す。
美貴は、大丈夫だよとその頭をぽふぽふと撫で亜弥の腰に腕をまわしながら

「亜弥ちゃん、頑張ったね」
「ミキたんが鈍ちんさんだからね」

ちょいと鼻を押される。
失礼な、とも思うが確かにあの時は鈍かったかもしれない。


美貴の味が美貴の味で
亜弥の味が亜弥の味だったあの時。

美貴の脳裏に、油断すれば降ってくる亜弥のキスの猛攻から逃げ回っていた自分が蘇る。
あの頃は彼女がなぜそんなことをしてくるのか美貴にはまったく理解できていなかった。
逃げ惑う自分を見て亜弥はどんな気持ちだったんだろう。
悪いことをしちゃってたんだなぁ、と素直に思った。
715 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:40

「お詫びになんでもお願い聞いてあげる」
「お詫びってなんの?」

「なんでもいいじゃん。なんかある?」
「えぇ〜っと。ちょっと待って、ちょっと待って。考えるから」

亜弥が目をきらきらさせながらも真剣に考え始める。
もうしばらくかかりそうだ、美貴は苦笑を浮かべた。

「ねぇ、亜弥ちゃん」
「…ん?待って待って、まだ考えてないから」

「うん。ゆっくり考えていいけど先に」

キスしていい?

言うなり、美貴は亜弥にそうしていた。
716 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:41

「うん」
唇を離して満足げに頷く。
亜弥が不思議そうに首をかしげた。

「亜弥ちゃんの味は美貴の味だ」
「たんの味は私の味がするよ」

美貴の味は亜弥の味
亜弥の味は美貴の味。

「知ってるぅ」
「だよねぇ〜」

きっとそういうことなんだろう。
717 名前:キスの味 投稿日:2003/12/26(金) 07:42
                               Fine
718 名前:キスの味おまけ 投稿日:2003/12/26(金) 07:42

「で、お願い決まった?」
「・・・う、うん」

「なに?」
「あ、あのねミキたんが食べたいの!!」

「いや、さすがにそれはちょっと……イヤイヤイヤ、ねぇ、亜弥ちゃんってばぁ!?」
「ミキタンハァハァ/lァ/lァ/ヽァ/ヽァ ノ \ア ノ \ア / \ ア / \ ア」

ギャ━━━川;VoV从━━━ !!!!!
719 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/26(金) 10:17
あまあまですな
720 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/26(金) 11:54
激甘ありがとうございます。
あとがきワロター
721 名前:七誌 投稿日:2003/12/28(日) 07:58
>>719
尼尼頑張りました(・∀・)

>>720
ハァハァ/lァ/lァ/ヽァ/ヽァ ノ \ア ノ \ア / \ ア / \ アりがとうございます
722 名前:事件の後 投稿日:2004/01/06(火) 06:54

鍵を回してドアノブに手をかけた。
しかし、ドアは開かない。

「あれ?」

確かに開けたはずなのに、怪訝に思いながら亜弥はもう一度鍵をまわす。
ガチャッと鍵の開く音がした。
もしかして、出かける前に掛け忘れていたのかもしれない。
泥棒が入ってたらどうしよう、亜弥は恐る恐るドアを開け、
すぐに逃げ出せるような体制で中を覗き込む。
電気はついていない。真っ暗だ。誰かがいる気配もしない。
亜弥はホッと胸を撫で下ろし靴を脱ぐ。
その時、カタンとなにかの音がした。
亜弥は息を呑んで音のしたほうを凝視する。
影が立っていた。
薄暗いので顔が見えない。
だが、それが誰なのか亜弥はすぐに気づいた。

「…びっくりしたぁ」

仕事上いつでも部屋にいるわけではないからお互いに合鍵を渡しているとはいえ、
連絡も寄越さずに彼女がこの部屋にやって来る事は今まで一度だってなかった。

「どうしたの急に?」
「・・・・・・」

「ミキたん?」

呼びかけても彼女、美貴は何も答えない。
亜弥は、首をかしげながらとりあえず玄関先の電気をつける。
彼女がどんな表情をしているのか分からないからだ。
明かりがつくと彼女の顔がはっきり見て取れる。
口をぎゅっとつぐんでどうやら怒っているようだ。
待たせられたことに怒っているのだろうか?
そっちが急に来るのが悪いのに、そう思いながらも彼女が仕事が終わってすぐに自分の元に来てくれたことは素直に嬉しかった。
723 名前:事件の後 投稿日:2004/01/06(火) 06:55

「ミーキたん!」

満面の笑みで抱きつこうとした瞬間

「亜弥ちゃんのバカ」

そんな声と同時にぷいっと背中を向けられた。

「ふぇ?」

大きく広げた両手は宙を行き場をなくしてしまう。
亜弥は、キョトンとしたまま仕方なくその手を下ろし、
自分に背を向けている彼女の前に回りこんだ。
顔を覗き込むように首をかしげる。

「怒ってるの?」
「怒ってるよ、バカ」

美貴は、亜弥から視線を少しずらして答える。

「私、たんになんかした?」
「なんかした?じゃないよ、バカ」

ますます分からない。
原因も分からずに怒られても対処の仕様がない。
724 名前:事件の後 投稿日:2004/01/06(火) 06:56

ただ

「バカバカッてさっきから言いすぎ」

あまりにそう言われて逆にカチンときた亜弥はついそう言い返してしまった。
美貴がジロリとそんな亜弥を睨む。
それは、彼女の顔が怖いとよく言われる理由が分かるもので、亜弥は思わず目線をさげた。

「ミキがどれだけ心配したと思ってんの?」
「え?」

顔を上げると彼女は子供のように口を尖らせていた。

「教えてくれたっていいじゃん。ホントに……心配したんだよ」

言って、美貴はまたくるっと体を反転させて自分に背を向けた。
その時、彼女の瞳になにか光るものがあったのを亜弥はしっかりと見てしまった。
さっきから険しい顔をしていたのは涙をこらえていたのかもしれない。

亜弥は、ようやく彼女が怒っていた理由に思い当たった。
725 名前:事件の後 投稿日:2004/01/06(火) 06:57

「ミキたぁん」
後ろから抱きつく。

「ごめんね?だってさぁ、誰にも言っちゃダメって言われてたんだよ」
「そんなの知らないよ」

拗ねた声。
抱きついたまま前に回る。

「めんごめんご、ぺこり」
「それ、マシューのパクリじゃん」

ペシッと頭をはたかれる。
その目元がいつものものに変わっていたので亜弥は少しホッとした。

「にゃはぁ。ほんとにごめんね」
「ごめんじゃないよ。ったく……マジで死んじゃったかと思った」

「私はぁ、たんをおいて死なないんだぞ」

「はぁ?」

美貴が力の抜けた声で亜弥に視線を向ける。
726 名前:事件の後 投稿日:2004/01/06(火) 06:57

「約束」

ウィンクしてみせると美貴は呆れたように嘆息して
「じゃぁ、美貴が先に死ぬのか」と意地悪く笑った。

「ダメ!それはなし」
「なんで?だって、そうじゃん。亜弥ちゃん長生きしてね」

「ダメだよ!!それは違うから」

「ニヤニヤ(・∀・)先立つ不幸をお許しください」

「もうミキたんのバカァ!!」

いつのまにかからかわれていたことに気づいて亜弥は頬を膨らませて美貴から離れた。
そのまま美貴を置いてリビングに行ってしまう。

「あれ?亜弥ちゃん?怒ったの?」
「知らない!!」

「なんでこれくらいで怒るかなぁ、もう」

美貴は文句を言いながらご機嫌取りに向かった。
727 名前:事件の後 投稿日:2004/01/06(火) 06:58
                                         fine
728 名前:事件の後――おまけ 投稿日:2004/01/06(火) 06:59

川VoV)<っていうか、結局ミキがあやまんのかよ

从‘ 。‘)<ミキたんらしいよね

川;VoV)<他人事ぉ!?ねぇ、他人事なの?

从*‘m‘)<にゃははは
729 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/06(火) 12:06
从*‘m‘)<にゃははは

(*´Д`)ポワワ
ごちです。
730 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/01/30(金) 03:29
きっと現実の藤本さんも死ぬほど心配したんでしょうね。
あの時の表情は本物です。
731 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/03(火) 20:40
保全!!
732 名前:題が思いつきませんけどなにか? 投稿日:2004/02/10(火) 09:34

テーブルの上、携帯の振動が鳴らす音で目が覚める。

久しぶりの休日。
気を遣わない無粋な人間に起こされないようマナーモードにしていたのだ。
それでも、こうして起こされてしまったのだがと眉間に皺を寄せる。
カーテンから零れる仄かな光が目蓋に当たり、
目を開けなくとも今日はいい天気だということが分かる。
ほんのり汗ばんだ自分の背中が気持ち悪くて鼻先まで体を起こす。
霞む目に枕元に置いた目覚まし時計の針は見えない。
それでもじっとその方へ、目を向けたままあたしは動かない。
携帯の音が諦めたように途切れた。

それを合図にあたしはベッドから跳ね起きた。

洗面所に向かって顔を洗う。
そのまま適当に歯を磨いてリビングに戻る。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しボトルから直接口に含んで乾いた口内を湿らし
喉を伝う水の冷たさに頭が完全に冷め切る前に、先程鳴っていた携帯を手に取った。
733 名前:無題 投稿日:2004/02/10(火) 09:36

誰だか分かっているんだ。リダイヤルする。
多分怒っているだろう。思いながら呼び出し音を聞く。
きっかり五回。

『……しもし』

移動中なのか不機嫌そうな彼女の声は途切れ途切れだ。

「仲直りしたいんだけど」

そう望みだけいうとあたしは彼女の周囲が発する物音に耳を澄ました。
息を呑む音。呆れた嘆息。誰かの声。車の振動。途切れる音。
その全てに耳を澄ます。

『…私のこと嫌いって言った癖に』
「…うん」

『電話にも出なかったくせに』
「うん」


『……本当に仲直りできると思ってる?』

少し間を置いて彼女はそう言った。
734 名前:無題 投稿日:2004/02/10(火) 09:36

「無理?」
『1週間も無視したくせに勝手すぎ』
「……」

『…前みたいにはしないよ、絶対』

彼女は、絶対の部分に力を込める。

「じゃぁ、美貴が前みたいにするからさ」
『え?』

「亜弥ちゃんがいなくても平気だと思ったんだけど、無理だったから」
『そういうとこが勝手だって言ってるの』

「一年に一回好きって言うから」
『…すくなっ!それ少なすぎでしょ、あんた』

あたしの言葉にすかさずツッコミを入れる。
やっぱり関西人だ。

「じゃぁ、3回に増やす」
『あんたねぇ……』

「一週間離れてたら、なんかキスしたくなっちゃった」

沈黙。

切られたのかと思ったけれど、ざわめきが聞こえるからそうではないらしい。
735 名前:無題 投稿日:2004/02/10(火) 09:37

「もしもし?亜弥ちゃん?」


『……だからぁ、たんって嫌いなんだよ』

呼びかけると彼女がそう呟いた。

「なんで?」

『私、今から仕事なの。分かってる?』
「うん」

『そういうこと言われたら、会いたくなるでしょ』
「じゃぁ、亜弥ちゃんの楽屋に会いにいってあげる」

『……30分以内に来ないといなくなるよ』

唐突に、電話は切られた。
736 名前:無題 投稿日:2004/02/10(火) 09:38

彼女は某局で新曲の収録。打ち合わせとかなんだかんだ。
そのあとは、地方でラジオがあるから移動。
つまり、これを逃すと今日は会えないってわけだ。

あたしの家から彼女がいる場所までは乗り換え含めて電車で二つ。
そこから歩いて5分。走って信号が都合よく全部青になってたら3分。
タクシーをかっ飛ばしてもらっても渋滞に巻き込まれればアウト。
頭の中で想定しただけで30分以内はけっこう厳しいことが分かる。

あたしは、手早く着替えボサボサの髪を帽子でかくすと携帯と財布片手に玄関を飛び出した。
着いたら女の子なんだからちゃんとしなさいと
年上ぶった口調で彼女から言われることは間違いない。

まぁ、いいや。

あたしは、全速力で駅に向かって駆け出した。



                                                FINE
737 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 13:20
よいですねぇー。(・∀・)ニヤニヤ
自分勝手だけど、亜弥ちゃんを大事にするみきたん萌。
少々駄々こねる亜弥ちゃんも萌!
久々の更新ありがとうございます。
738 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 00:53
自分勝手な彼氏を持った松浦さんに同情しますw
739 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:28

完璧に確実にフィクションですので怒らないでください_| ̄|○
740 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:31

20XX年×月×日。
ハロープロジェクト解散。ついでにM娘。も解散。イェイ、おめでとー

ついでに解散するなよっ
っていうか普通ハロープロジェクトがついでのはずだろ逆じゃん、つんく!
という気がしないでもなかった大事変のあと
上手く芸能界に残れた人はけっこう少ないわけで、
細々ながらも仕事してるあたしは運がいいというかなんというか。
意外に喋りの仕事ってのも合うもんだと思うし。

まあ、なんていうか、アイドル街道一直線美貴まっしぐら…
というわけでもなかったあたしこと藤本美貴は、
ハロープロジェクト解体後のどさくさに紛れて
不本意ながら今ではラジオ局の人気DJになってしまいましたというわけです。
741 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:33

「ラジオネーム、ミキサマミキサマオシオキキボンヌさんのお便りです。
 なんか字が小さくて読みにくいですねー。
 えっと、最近、コンビニで僕の買う食パンがいつも売り切れています。
 これはコンビニ側からの僕に対する嫌がらせなんでしょうか?」

……電波ゆんゆんだなぁ。
大体、そんなことあたしに聞かれてもって感じだし。

「あなたが引き篭もりでなければ時間帯変えて行ってみるのがいいと思います。
 はい。次のお便り」

あたしは葉書をポイと捨てて、次を読み上げる。

「ラジオネーム、ピンクモンキーさんからのお便り。
 私の好きな人が最近意味もなく冷たいのですが嫌われているんでしょうか?」

・・・いや、知らないし、そんなの。
これだけでどうアドバイスしろと。こういうタイプのはがきは対応に困る。

「えぇっと、相手と話し合ってみるのが一番いいんじゃないでしょうかねぇ、
 あなたが一方的に付き合ってると思い込んでるストーカーじゃなければの話ですけど。
 はい。次」

ピンクの文字で電波を発している葉書を投げる。
742 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:34

「ラジオネーム、今日のゲストの大ファンさんからのお便りです。
 おっ、ゲストの方の大ファンさんですか。CM明けを楽しみにしててくださいね。
 えっと、読みますよ。ゲストの方と美貴ちゃんは大の仲良しだそうですが、
 もう少しおおっぴらにあんなこ――えー、この方少し妄想がはげしい方みたいですので省略しました。
 仲いいんで、普通に。はい、そんな感じです」

葉書のチェックとかしてないのかなぁ。
あたしは、ガラス越しに見えるディレクターさんを軽く睨む。
ディレクターさんは、玉のような汗を額に浮かべて両手を合わせている。
いや、そこまで怖がらなくてもいいんですけど。
743 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:35

『今日も明日も美貴がいるから藤本美貴!!』

やっとCM。
お悩み相談コーナーいい加減なくしたほうがいいような気がする。
適当なアドバイスにも関わらずなぜか一番人気らしいからなくならないんだろうけど。

――10秒でCMあけます。

『今日は亜弥がいるから藤本美貴ィ!!いぇえい』

このジングルいつの間に録ったんだろう。

「はい。えぇっとジングルがね、すごいことになってますよね。
 というわけで、今日のゲストはぁこの方です」

「松浦亜弥でーす!!」

自分で自分に拍手する亜弥ちゃん。そういうところは変わってない。
ハロプロ解体後、一人でアイドル街道を突っ走ってきた彼女は少し休業。
半年前に本格復帰。
落ちていた人気も曲を出すごとにあがってきている。
744 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:36

「いやいや、なんか久しぶりですね」
「そうだっけ?休んでる時毎日会ってたし、一緒に…
 もがもが、ひゃにしゅりゅの?」

亜弥ちゃんが、変な事を口走りそうになったので慌てて口を押さえた。
あたしは、咳払いで誤魔化す。

「生放送中ですので変なことは言わないように気をつけましょうね」

あたしが言うと彼女は恨めしげに眉を寄せた。
気にしないで続ける。放送事故は勘弁。

「さ、亜弥ちゃんも来たことですので、さくさくとファンのみなさんのお便りを読んでいきましょうか」
「うん、そうしましょう。っていうか、ミキたん、アドバイスが適当すぎだよ」
「じゃぁ、そこは亜弥ちゃんがフォローしてくれるってことで」
「おっ、任せて」
「うん、任せる」

さっきの不機嫌はどこへやら亜弥ちゃんはにこにことなる。
お互いの意思を結束して、あたしたちは大きく頷く。
745 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:37

「じゃ、さっそく行きましょう。
 ラジオネーム、ピンキーモンキーさんからのお便りです」

なんかどっかで聞いたようなラジオネームだ。
思いながら、読み続ける。

「美貴ちゃんと亜弥ちゃんは以前ハロープロジェクトのメンバーだったそうですが、
 ハロプロメンバーとは今でも遊んだりするんですか?
 おっ、これはどうなんですかね、亜弥ちゃん」
「たんとは遊ぶよ」
「だねぇ」

「たんは?ほかの人と遊んでるの?」
「えっとねぇ、この間よっすぃ〜とご飯食べたね。
 あと、マイちゃんとふらふらして……まぁ、意外と連絡は取ったりしてますけど」

思い出しながら答えると

「初めて聞いた、そんなの」

亜弥ちゃんがとびっきり低い声で言った。見ると目が笑ってない。
そこであたしは自分の犯したミスに気づかされる。
いや、ミスっていうかミスじゃないけど。やばい、やばい。
746 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:39

「はい、次のお便りいきますね。
 ラジオネーム、浮気なミキーパイを逮捕しちゃうぞさんからです。嫌な名前ですね。
 ええっと…藤本さん、こんばんは。はい、こんばんは。
 今日のゲストは松浦亜弥ちゃんだそうですが、嬉しいですか?」

めっちゃストレート。
っていうか、なんだこのおたよりは。

「たん、嬉しい?」
「まぁ嬉しいけど……なんなんだろうね、このお便り」
「二人の愛の行く末を心配しているファンの方ですよね。ありがとうございます。あ、ミキたん、この葉書読んでいい?」

亜弥ちゃんはどこから取り出したのか葉書をひらひらさせる。
まぁ、どうでもいいか。あたしは、頷く。

「ラジオネーム、ピンクモンキーさんからのおたよりです」

ピンクモンキー?
つい最近ものすごーく最近聞いたような気がする。

「最近、家で本当に冷たいんですけど……
 ぶっちゃけ、藤本さんって亜弥ちゃんのことどう思ってるんですか?」

「はぁ!?」

思わず素で反応してしまった。
亜弥ちゃんはにこにことあたしを見つめている。
747 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:40

ピンクモンキー。ピンクモンキー。
あぁ、そういえば冒頭のお悩み相談の中にそんなのあった。
同じヤツかよ。
っていうか、それって…あたしは亜弥ちゃんから葉書を奪い取る。

うわっ!やっぱりそうじゃん。
葉書の文字はよくよく見れば亜弥ちゃんのもので――

「ほら、ミキたん早く答えなよ」

亜弥ちゃんはにこにことあたしの答えを待っていて――

「あのねぇ……」

あたしは、それしか言葉が出てこないわけで――

慌てたディレクターさんが突然曲を流し始めた。
曲紹介もなくそのままCMへ。
748 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:41



「放送中になに遊んでんの?」
「遊んでないよ。遊んでたのはたんのほうじゃん。よっすぃ〜さんとかマイちゃんとか」

亜弥ちゃんは逆切れでさっきの話を蒸し返す。

「それは、別に仲いいだけでなんにもないし」
「秘密にしてたのが怪しい」
「秘密とかじゃないし。
 っていうか、今そういう話してるんじゃなくて仕事中なんだからちゃんとしてよね」

亜弥ちゃんの話に付き合っていたら埒が明かない。
ともかく、そう釘を刺す。亜弥ちゃんは頬を膨らました。
と、同時にCM明けのジングル。
749 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:41

「はい、突然曲になったんでビックリした藤本美貴と」

チラリ。
亜弥ちゃんはふいっと露骨にあたしから目を逸らしボソッと下がりに下がったテンションの声で

「松浦亜弥」
「がお送りする美貴がいるから藤本美貴。いや、残り時間もあと僅かです。ところで、亜弥ちゃん」
「…なに?」
「ここからはフリートークだったりするんですよ」

この状態でフリートークとは自ら地雷を踏みに行くようなものだけど、仕方がない。
一応、新曲の話というネタはあるわけだし。
750 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:42

「で、新曲の話でもしちゃおっか?」
「嫌だ」
「へ?」

「新曲の話は置いておいて」

亜弥ちゃんは、なにかを持っているような手つきでそれを横にずらした。
置いておくってことか。そんなのはどうでもいい。
やばいやばいやばい。
もしかして、あたし地雷踏んじゃって動けない状態?
変な汗をかいてきた。いったい、なにを言い出す気だ。
亜弥ちゃんの口元を見る。

「もうすぐ松浦は誕生日なんですよぉ」
亜弥ちゃんは、にこやかに言った。

「…あ、そういえばそうだね」

なんだ、そのことか。
新曲も誕生日に発売だからそこから話をつなげていくってことか。
ホッと胸を撫で下ろす。
751 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:43

「新曲が誕生日発売なんだよね」
「それもおいておいて」

またさっきの仕草で話を置く、亜弥ちゃん。
引っ込んだ汗が倍になってあたしの背中を流れる。

「誕生日プレゼントが欲しいなぁ」

くるっと上目遣い。
小首をかしげる角度もなかなかいい感じ。

「はい、誕生日プレゼントの催促がきました!ファンの皆さんは亜弥ちゃんの新曲買いましょうね」

あたしは、冗談めかして誤魔化す。

「そうじゃなくてぇ、たんから欲しいの」

亜弥ちゃんはどんと机を叩いた。あたしはびくっと身をすくませる。
ちなみにもなにも当然ただ今絶賛放送中なわけでマイクはフルオープン。
ガラス越しに見えるディレクターさんは青褪めた顔をしている。
多分、あたしも同じようなものだ。
752 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:44

「そういうね、プライベートなお話はあとでしようよ、亜弥ちゃん」
引き攣りながら答える。

「あとで?絶対?本当に?してくれる?」

言うごとに顔が迫ってくる。
ここから聞いた人はどう思うんだろうなぁ。
あたしが、知ったことじゃないけど。

「するする。約束。はい。それじゃぁえっとプレゼントの話がでたからついでに聞いちゃいましょうか。
 たぶん、男の子とか気になっちゃうと思うんですよね。
 亜弥ちゃんは、どういうものをプレゼントされたら嬉しいのかなぁって」

なんとか普通っぽいトーク内容に持っていこうと繋げた先が――
とんでもなく拙かった、らしい。
亜弥ちゃんは目をキラキラさせ

「たんから貰うものならなんでも嬉しいよぉ」

そう言ってのけたのだ。
753 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:45

「今、美貴の話してないからね」

あたしがそういうのも構わずに亜弥ちゃんは柔らかな笑みをたたえたまま
手を机に突いて頬杖をする。
あたしをじっと見つめて――ここであたしの野生動物も真っ青の本能が目覚めた。
彼女がなにを言おうとしているのか、ピコンと豆電球が閃くように分かったのだ。

「強いていうならキス」
「マークのボードが欲しいんだよね!
 亜弥ちゃんは最近スノボー始めたんですよ、皆さん知ってましたか?」

どんなものだ。ナイス誤魔化しっぷり。
誤魔化シストっていう職業があったら超売れっ子になれるだろう。

誤魔化された亜弥ちゃんは口を尖らしてあたしを睨んでいる。
無言の圧力というやつだ。こういう空気にあたしは弱い。
思わずすみませんすみませんと謝りたくなる。
すっと亜弥ちゃんが息を吸う。
今度はなにがでてくるのかあたしは身を竦ませた。
754 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:46

「ねぇ、ミキたん」
出てきたのは意外にも静かな言葉。

「ミキたんは、私と一緒の仕事で嬉しくなかった?」
「…う、嬉しいけど」

「でしょ?私も超嬉しかったんだよ。だからぁ、ちょっとテンション上がったっていうか」

ちょっとどころじゃなく上がりすぎだから。
というのは飲み込む。

「ごめんなさい、ぺこりみたいな」
「……あ、いや美貴にじゃなくてリスナーの皆さんにペコリでしょ」

「うん、ペコリ」

うわっ、なんだこの素直さは。
ある意味、怖い。
なにか企んでいるような……あたしの本能はまだ危険シグナルを発し続けている。
755 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:47

「というわけでぇ、ミキたん」

一転、声の調子が変わる。ほら、やっぱりなんかあるんだ。
亜弥ちゃんと目が合う。彼女はにっこりと笑った。

「新曲の話しよっか」
「え?」

予想外の言葉にあたしは呆けた声。

「新曲の話。そのためにきたんじゃん」
「そ、そ、そうだね。うん、そうだ。じゃぁ、タイトルをどうぞっ!!」

あたしは、忘れていた。
彼女の新曲のタイトルを綺麗さっぱりうっかりすっかり忘れていたのだ。


「二人暮らしぃっ!!!!!!!!!!!!」

チュドーーンッ!!!
あたしは、どうやら地雷から足を離してしまったらしい。
756 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:48

「実はですねぇ、休業中の松浦はたんと一緒に暮らしていたんですよ。
 リスナーさんだけに教えるトップシークレットなんで他の方には内緒にしておいてくださいね」

水を得た魚のように活き活きと喋る亜弥ちゃん。
砂漠の真ん中ら辺、オアシスがあったと思って
最後の力を振り絞って走ったらそれは蜃気楼で
意識朦朧、倒れる寸前のあたし。

「それでね、ミキたん。この新曲、実は歌詞を私が書いたんだよ。
 やっぱりまた一緒に暮らそうよって」

相槌をうつことすらままならず
いつのまにか亜弥ちゃんの独壇場ラジオ。

くらくらする頭を振っていると、ふと、隣の部屋にいるディレクターさんが
透明ガラスごしにカンペを出していた。
たまに何かあると、こういう風に直接控え室の方から指示が来たりする。
その手は可哀想なくらいに震えていた。
あたしも震えてますよってわけでして、今まで多少のアクシデントはあったけれど
ここまでなのは初めてだ。えっと、なになに……
757 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:49

「おっと、お話中残念だけど、どうやらお時間になってしまったようですよ、亜弥ちゃん!!」
「えぇっ!!早くない?」

早いよ、確かに早いんだよ。
あともうちょっと放送できるはずだったんだよ。
けど、このまま放送するの無理だから。

「早くない早くない。それじゃ、最後に亜弥ちゃんの方から、何か一言ありますか?」

心の感情を見事に押さえ込んで進行を進めるあたしはさすがプロ……
と自分で思ってみたりする。

「一言……
 えっとぉ、松浦はこれからもミキたんとラブラブになろうと思うので、
 次回またゲストで来たときは二人の生活など語りたいと思います!!」

「あは、あはは。では、また来週までおやすミキティ」
758 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:49

――――――――――――――――――――――――
759 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:50

「―――はい、CM入りました」

終わりのテーマソングに切り替わると同時に、
控え室の方からマイク越しに聞こえてくるスタッフさんの声。

「…終わったぁ」

CMに入った、とは、ラジオ番組において終了した、と同義語である。
つまり、悪戦苦闘した番組も、本日は無事終了ということだ。
無事とは言い難いけれど。
760 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:51

「亜弥ちゃん…美貴の仕事なくなったらどうすんのさ」
「大丈夫大丈夫。そしたら、養ってあげる」
「いやだ、ことわる」
「たんの意地悪」
「っていうか、変な質問メールとか葉書とかあれ全部亜弥ちゃんでしょ?」
「だって、ミキたん最近冷たいじゃん」
「プライベートと仕事を一緒にすんなよ」
「じゃぁ、今からプライベートだしチューしよっか」
「はぁっ!?」

あたしは、ガラスの向こう側を見る。
あわただしく動いていて誰もこちらを見ていない。
ディレクターさんがADさんからなにか受け取っている。
ファックスの束とか、電話とかメールとか――ともかく束束束。
いっぱい苦情がきてるんだろうなぁ。本当に仕事がなくなったらどうしよう。
761 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:52

「ねぇ、チューしよって」

能天気な亜弥ちゃんを睨む。
亜弥ちゃんはわざとらしく震えてみせ

「怖っ!ほぐしてあげまチュー!!!」

スッとあたしに顔を寄せた。
避ける間もなくチューされる。
もういいけどね、どうでも――マジでそんな心境。

「ご馳走様でした」
「・・・どういたしまして」

亜弥ちゃんは、このあとも仕事があるらしく先に部屋をでていった。

あたしは、しばらくそこにいた。
もしかしたら、もうこの部屋でラジオができなくなるかもしれないなぁとおもいながら。
762 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:54

部屋を出るとディレクターさんに呼び止められる。
その表情からはなにもうかがい知ることが出来ない。

「・・・」
「さっきの放送なんだけど」
「はい…拙いですよね。本当にすみません」
「いや、ちょっとこれ見てよ」

彼は、いいながら手元のファックスの束をあたしに手渡す。
頭にクエスチョンマークを浮かべながらそれを受け取り目を通す。
通しながら、あたしは「はぁッ?」と声を上げた。
思わずディレクターさんを見る。

「なんか思ったよりも評判がいいんだよ。
 まだ分かんないけど、もしかしたら二人でラジオになるかもしれないね」

彼はいつのまにか満面の笑顔になっていた。

「はぁっ!?」

毎週、あんなの続けたらあたしの髪が――もとい、身が持たない。


                                              終わり
763 名前:ラジオの時間 投稿日:2004/02/20(金) 13:54
要は
             ,─────────────、
            │あやみきユニット発動しろよ、と│
             `────v───v─────'
          スチャ                 スチャ
           ∧、             ノ_,ハ,_ヽヽ    ∧_
         /⌒ヽ\  ノノ_,ハ,_ヽヽ  (‘ 。‘ 从  //~⌒ヽ
         |( ● )| i\川VoV从  /   ハ/i |( ● )|
         \_ノ ^i |ハ    \     ヽ | i^ ゝ_ ノ
           |_|,-''iつl/  / ̄ ̄ ̄ ̄/   l⊂i''-,|_|
            [__|_|/〉 ._/  FMV  /__〈\|_|__]
             [ニニ〉\/____/    〈二二]
             └―'               '─┘
764 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/20(金) 15:35
激しく同意
765 名前: 投稿日:2004/02/20(金) 21:57
いや、こっちも激しく同意。
766 名前:ss.com 投稿日:2004/02/23(月) 00:43
大賛成!
767 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/29(日) 08:18
あ。ライブはトーク一時間ぐらいでヾ(´¬`)ノ
768 名前:とことん乗り遅れてます 投稿日:2004/03/06(土) 13:18

亜弥ちゃんと喧嘩した。
っていうか、一方的に怒られた。



ことの起こりは、亜弥ちゃんのミュージカル。
事務所が座席を確保してくれているのであたしは他のメンバーと一緒に見にいった。
別に普通のことだしあたしはたいして気にもしてなかった。けれど、亜弥ちゃんは違ったらしい。
ミュージカルが終わって見にライブが終わる頃に
亜弥ちゃんのマネージャーさんが楽屋で待ってていいよと呼びに来たので
あたしたちは彼女の楽屋に向かったんだ。
769 名前:無題 投稿日:2004/03/06(土) 13:25



楽屋に戻ってきた亜弥ちゃんはあたしたちを見て笑顔になった。
だけど、ほんの少しその笑顔はおかしかった。気づいたのは多分あたしだけだと思う。
なんていうか、いつもの笑顔が100だとすると半分以下。
さすがに疲れているのだろうと思って一緒に来てた紺ちゃんに
「亜弥ちゃん疲れてるみたいだからなるべく長居しないようにしようね」と
小声で言うと、彼女は意味ありげに微笑んで「分かってますよ」と言った。
彼女の意味ありげな笑みは気になったけど、とにかく亜弥ちゃんのことのほうが気にかかっていたのであたしは「ありがと」と返した。

しばらくみんなで当たり障りのない会話をしていると
紺ちゃんが急に立ち上がった。
「松浦さんもお疲れでしょうから、私たちはそろそろお暇しよっか」
そういって他の子たちをせかせかと立たせる。
亜弥ちゃんは驚いたように大丈夫だよと言っていたけど、
紺ちゃんはいえいえとよく分からない言葉で濁して他の子たちの背中を押す。
あたしも立ち上がって後に続こうとしたけど、
ドアの前で紺ちゃんがピタッとあたしを行かせまいとするように立ちはだかり
「それじゃ、美貴ちゃんは置いてきますね」
とあたしを通り越して亜弥ちゃんに声をかけた。
「はぁ?」
「おじゃマルは人の恋路は邪魔しませんから」
紺ちゃんは、おじゃマルシェの口調でニヤリとすると出ていった。
ドアが閉まる。なんなんだ一体。
770 名前:無題 投稿日:2004/03/06(土) 13:26

「座ったら」
ポカンとしたままドアを見ていると、後ろから亜弥ちゃんが言った。
振り返ると亜弥ちゃんは鏡を見ていた。
なんだかなぁと思いながらあたしはさっき座っていたところに再び腰掛ける。

「紺ちゃん、なに考えてるんだろうね」

苦笑しながら、ちらっと鏡越しに亜弥ちゃんを窺うと
彼女は冷たい目であたしを見返し「たんがなに考えてるの?」と言った。

「え?美貴がなに?」

意味が分からなくて聞き返すと亜弥ちゃんはくるっとあたしの方に向き直った。
その顔にはさっきの笑顔なんてどこにもなくただただ不機嫌そうなもので。
なんだなんだ。今の会話の間で美貴なんかした?と心臓がばくばくしてきた。
どうして自分がここまで亜弥ちゃんに怯えてるのかは分からないけど、
ともかくあたしはパニック状態に陥ったのだ。
771 名前:無題 投稿日:2004/03/06(土) 13:28
「なんで一人じゃないの?」 「へ?」 「一人で見に来てよ」 「…いや、だってさぁ」
「私、ずぅっと見てたんだからね」 「な、なにを?」
「あなたがぁ、紺ちゃんとか6期の子とかに喋りかけてるところ」 「えっ!?」
確かに喋ってた気がするけど 「亜弥ちゃんの出番じゃない時だよ」
あたしは言い訳する。彼女が舞台に立ってるときはちゃんと真面目に見てたはずだ。
多分。少し自信がないけど。 「それでもダメなの!」
「いいじゃん、ちょっとくらい。それに、亜弥ちゃんについて話してたんだよ」
ごめん、これは嘘です。 「嘘ばっかり」 すぐにばれた。あたしは言葉に詰まる。
亜弥ちゃんはじっとあたしを見つめてくる。
「たん、最近私に冷たい」 「冷たくないよ」 「冷たいね。冷たい、冷たい、冷たい」
亜弥ちゃんは壊れた機械みたいに冷たいと繰り返す。
「どこが?」 「矢口さんと遊園地行ったりさ、よっすぃ〜さんと焼肉食べに行く約束したりさ、するじゃん。それも私に隠れてこそこそと!!」
なんでばれたんだろう。別にこそこそしてたわけじゃないんだけど。
あたしは、狼狽する。と同時に、なんでいちいちそんなこと亜弥ちゃんに報告しなきゃいけないんだろうとも思った。
そもそも、どうしてあたしは怒られているのか-―考えれば考えるほど不可解になってくる。
772 名前:無題 投稿日:2004/03/06(土) 13:31

「誰かと遊びに行くんだったらちゃんと私に報告してから行ってよ」
「報告ってそこまでしなくてもいい……っていうか、あたしはあんたのなんなのさ?」

いい加減、亜弥ちゃんの言い分がおかしいと思ってついあたしが言い返すと
「え?」
彼女の顔からは一瞬のうちに怒りが消えて――
変わりにきょとんとした子供のような顔が浮かんでくる。

「恋人でしょ?」 
「え?」

「恋人じゃん」

亜弥ちゃんがきっぱりと言い切る。

「でしょ?」
「え、あ、うん…そうだったね」

腑に落ちないものを感じながらもあたしは亜弥ちゃんの強い眼差しについ頷く。
そうか、恋人ね。納得。

って、恋人!?
それは、あれですか。

好きです、つきあってください。
私も好きでした。これからよろしくね。ラブ!

ってやつですか?そんな話したことないよ。する気もないけど、恥ずかしいし。
そりゃぁ、亜弥ちゃんはあたしの中でそんな感じの位置づけになってるような
なってないような気がしないでもないけど。

「たん」 
「はい?」
トリップしている所を呼びかけられてあたしはつい返事をしながら背筋を伸ばしてしまう。
その仕草が楽しかったのか亜弥ちゃんがくすくすと笑う。
「・・・なに?」

「私はたんのなに?」

亜弥ちゃんは期待に満ち満ちた眼差しであたしを見ている。
なにこの桃色光線。まぶしい眩しすぎる。

あたしは、危険を感じて目を逸らした。
773 名前:無題 投稿日:2004/03/06(土) 13:35




それからずっと亜弥ちゃんは「言って言って」と迫ってきたんだけど
恥ずかしくてあたしは逃げましたとさ。終わり。めでたしめでたし。じゃないし、自己完結しちゃったよ。
ともかく、あたしが亜弥ちゃんの事をこ、こ、こ、恋人といわなかったから彼女は怒ってしまったのだ。

メールをしても「恋人以外からのメールは受け付けません」とか返ってくるし信じられない。
あたしたちの間でこんな状態が続いてるのに、どうしてか今日の収録――
よろしく!先輩っていうキッズの子達へのコメント番組?みたいなもの――では、
亜弥ちゃんのことを話さなきゃいけないらしい。なにを話せばいいのか。
あたしは、溜息をついた。変なこと言ったら火に油注いじゃうことにもなりかねないし――


「あ」

少し考えていいことを思いついた。
亜弥ちゃんの怒りも解けてあたしもそこまで恥ずかしくないいい方法。

ちょっとそれらしい事を言う。亜弥ちゃんに放送日をメールで教える。
亜弥ちゃん見る。亜弥ちゃん、感激。あたしは、完璧。
二人は仲良し。ダーマ&グレッグ。亜弥&美貴。となる寸法だ。
774 名前:無題 投稿日:2004/03/06(土) 13:35

775 名前:無題 投稿日:2004/03/06(土) 13:36


放送後――亜弥ちゃんと喧嘩した。
っていうか、一方的に怒られた。


「ふざけてそんな話をしたりとか……してますねぇ」

あんまりストレートな話をしたらやばいかと思って最後に付け加えたこの言葉が
亜弥ちゃんにとってはNGだったらしい。

ふざけてないでしょ、真面目でしょ、真剣なお付き合いがどうたらこうたら。


川;V-V)亜弥ちゃんはまだ怒っている。从#‘ )
                                           
 
                                            おしまい
776 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/06(土) 17:32
作者さん、ありがとうございます。
満たされました。
777 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 01:10
ここのあやみきに何時も癒されてます。
778 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 08:46
ふいんき変換できないは某巨大掲示板派生のネタかと思われ
それはおいておいて、よろせん(・∀・)イイ!!
まさにそういうことか川VvV‘ ワ‘从状態です(*´д`)
779 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:46

とある街に藤本さんと松浦さんという女の子がいました。二人の家はお隣同士。
小さい頃から仲がよく、どこへ行くのも一緒、お洋服もお揃い。
それはそれはまるで姉妹のようでした。

ことに藤本さんは松浦さんの全てに弱く、彼女のおねだりならなんでも聞いてあげたくなってしまうのです。
松浦さんもそんな藤本さんの気持ちを知っているのか――彼女にだけは我侭放題自分全開。
そうして、すくすくと成長した二人ですが、本日ついにお別れの日を迎えます。
今日、藤本さんは高校を卒業してしまうのです。
去年は、松浦さんが嫌だと駄々をこねたため
藤本さんはワザと留年をするという小細工までして卒業を延期したのですが、
今年はそう上手くいきませんでした。
780 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:48


「ごめんね、亜弥ちゃん」
「たんのうそつき」

昨日から何度、同じ事を繰り返したことでしょう。
しかし、一向に松浦さんの機嫌は直りません。
終いには「もうたんなんて知らない」と彼女は藤本さんを部屋から追い出す始末。
追い出された藤本さんはしょんぼりした顔で卒業式に向かいました。


卒業式。

藤本さんをよく知る教師たちが口々に「今年は卒業できてよかったな」と声をかけてきます。
藤本さんにはちっともいいことではありません。
もう一年、留年できたら松浦さんと一緒に卒業になる予定だったのですから。
もちろん、そういう約束をしていたのです。
もう一度言いますが、藤本さんは松浦さんの全てに弱く、彼女のおねだりならなんでも聞いてあげたくなってしまうのです。
勿論、今まで彼女のおねだりを断ったことはありません。
そして、約束も破ったことはありません。

今日この日が、藤本さんにとってははじめての日になったのは確かでした。
781 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:50

仲のいいクラスメイトたちとの会話もそこそこに暗い顔をしたまま藤本さんは帰路につきました。
と、校門に見覚えのある姿が不貞腐れたようにしゃがみこんでいます。
藤本さんは、「あ」と小さく声を洩らして立ち止まります。
その声を聞きつけたのかしゃがみこんでいた彼女は立ち上がり藤本さんの方に視線を向けました。

「・・・たん、遅い」

ぷくっと頬を膨らまして藤本さんを睨みつけたのは松浦さん。
いったい、どうしたのでしょう?
藤本さんは、なぜ松浦さんがここにいるのか分からずにポカンと口を開けたまま呆けてしまいます。
その藤本さんの顔がおかしかったのか松浦さんは少し表情を緩めました。
782 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:51

「卒業おめでと」

「え?あ、どうも……って、えぇ!?」

「なんでそんなに驚くの?」
「いや、だっておめでととか言ってもらえると思ってなかったから」

朝の様子を見れば藤本さんがそう思っても仕方がありません。

「私も大人になったってことだよ」

松浦さんは、ふふっと笑います。
松浦さんが笑ったので藤本さんは嬉しくなってきました。
にまにまとしまりのない笑顔が浮かんできます。
783 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:52

「笑うな」
「いひゃい、いひゃい」

照れ隠しなのかムッとしたような松浦さんが
むぎゅっと藤本さんのぷっくりほっぺをつまみます。
容赦のないつまみ方。それでも、藤本さんはあまり痛さを感じませんでした。

「ちぇっ」

頬をつままれている藤本さんがにこにこしているので
松浦さんはつまらなさそうに手を離して歩き出しました。
藤本さんは慌てて松浦さんの後を追いかけます。二人はしばらく無言で歩きます。
藤本さんには、この沈黙も心地のいいものでした。
なんといっても松浦さんがもう怒ってないということが分かっているからです。
と、藤本さんはいいことを思いつきました。
784 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:53

「亜弥ちゃん、亜弥ちゃん、亜弥ちゃん」
「なに?」

「なんか欲しいものある?卒業祝いに美貴が亜弥ちゃんにプレゼントしてあげるよ」

この発想自体がどこか間違っていることを藤本さんは知りません。
藤本さんの言葉に松浦さんは可愛らしく小首をかしげます。
そして、ポンと手を打ちました。
785 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:54

「この間ね、私世界不思議発見ミステリー見たの」
「うんうん」

「ピラミッドのお宝が欲しい!」
「分かった、取ってくる!あとは?」

「あとねぇ、ナスカに地上絵っていうのがあるんだって」
「うんうん」

「そこに、ミキたんと私の相合傘書いてきて?」
「オッケー!!!」

「あと、アンコールワットってところで祝杯挙げたらいいことがあるらしいから二人分の祝杯挙げてきて?」
「ラッジャー!!」

「ついでにさぁ、虎に乗ってる格好いいミキたんが見たいから乗ってるところ写真に撮って?」
「撮る!!」


「もう一個、いい?」
「いいよ」

「私、モアイ好きだから持って帰ってきて」

「えぇ〜、モアイ大きくない?」

今まで軽々と引き受けてきた藤本さん。
ここではじめて難しい顔をしました。
786 名前:とある二人のお話 投稿日:2004/03/11(木) 09:54

「じゃぁ、欠片でいいよ」
「なるべく大きいのとってくる!!」

「うん!ミキたん、大好き!」

松浦さんが嬉しそうに藤本さんに抱きつきます。

「美貴も亜弥ちゃん大好き」

藤本さんもしっかり彼女を抱きとめました。
次の日、藤本さんは逆さまにした世界地図を片手に旅立ちました。


そして、まだ帰ってきません。
                                                     



                                          おしまい
787 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/11(木) 11:59
かなりヒットしましたw
おもしろすぎ。。。
788 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/11(木) 12:09
ってか亜弥ちゃんはたんに会えなくてさびしくないのかw
しかしなんでも言うこと聴いちゃうたんに萌。
789 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/11(木) 23:33
腹が痛い(w
藤本さん、それは間違ってる、間違ってるよ!
790 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/12(金) 02:11
噂じゃなかったのか!w
791 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/12(金) 12:25
そーゆーことか!w
792 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/23(火) 22:25
あっちの方見て、なんかどっかで見たネタだな…と。
しばし考えて思いつく。そうか、そういうことですか。
793 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/08(木) 07:03
あっちの方完結お疲れ様でした。
また七誌さんのあやみきが読みたいです。
794 名前:無題 投稿日:2004/04/28(水) 19:02

藤本。藤本さん。ミキティ。美貴ちゃん。もっさん。
あたしの呼称ってヤツだ。
随分グループに馴染んだものだ、と我ながら思う。
ホントは呼ばれ方なんてかなりどうでもいいことなんだけど…
そのどうでもいいことをなぜ今あたしが気にしているかっていうと――

「ねぇ、もっさん」

ガキさんが使うそれを亜弥ちゃんがさっきから使っているからで
あたしは彼女からもっさんと呼ばれる度にとんでもなく複雑な気持ちになっていたのだ。
795 名前:無題 投稿日:2004/04/28(水) 19:03

「……あの、なんなのさっきから?」

堪り兼ねてそう訊ねると亜弥ちゃんはあっさりと答えた。

「この間、新垣ちゃんがそう呼んでたからさ」
「それは分かるけど……なんで亜弥ちゃんがそう呼ぶの?」

「気分転換だよ。嫌?」

亜弥ちゃんがなにかを企んでいるかのような上目をあたしに向ける。
気分転換ならもっと可愛らしいというかそういうのが。

いやいや、別にもっさんって呼ばれるのが嫌ってワケじゃないんだけど。
このもっさんっていうのは、いつまでもあたしのことを藤本さんと呼んでいたガキさんが
どうにかして捻り出したガキさん専用のものなのだ。
だからというわけじゃないけど、亜弥ちゃんにそう呼ばれるのはどうも抵抗がある。
っていうか、かなり抵抗がある。
796 名前:無題 投稿日:2004/04/28(水) 19:04

「嫌ってわけじゃないけど……やっぱ嫌だ」
「ほうほう」

あたしの答えに亜弥ちゃんはさらになにか企んだ顔をする。
なんとなく嫌な予感を覚えてあたしは眉を寄せる。

「なに?」
「たんって一杯渾名あるでしょ」
「んー、あるねぇ」

あたしは頷く。

「どれが一番好き?」
「へ?」

「今まで呼ばれてきた中でどれが一番好き?」
「そりゃぁ、ミキテ……」

あたしが、ミキティと言いかけた時亜弥ちゃんの目がきらりと光った
気がして、あたしは咄嗟に言い直す。

「あ、亜弥ちゃんからミキたんって呼ばれるのが一番好き、かも」
「かもぉ?」

亜弥ちゃんは、不満げに口を尖らせる。
797 名前:無題 投稿日:2004/04/28(水) 19:05

「す、好き」
「よろしい」

今度は満足げに。
そして、彼女はあたしに飛びついてくる。
あたしは慌てて抱きとめる。

「たんって呼ぶのは私だけでしょ?」
「うん」
「にゃはは、特別だ」
「それだともっさんって呼ぶガキさんもそうなるじゃん」

あたしが笑うと

「さっき私が使ったからもっさんは新垣ちゃんだけのじゃなくなったもんね」

亜弥ちゃんはどこか勝ち誇ったようにそう言った。
そういうことなのかなぁ?あたしは首を捻る。
とりあえず、亜弥ちゃんがあたしのことをもっさんと呼んだのにはそういう意図があったらしい。
かなりくだらないけど亜弥ちゃんらしいといえばらしい。
798 名前:無題 投稿日:2004/04/28(水) 19:05

「たんのことたんって呼ぶ私がたんにとって特別だね」
「いや、意味分かんないから」

「分かってるくせに」

亜弥ちゃんがぎゅうっとあたしの背中に回した腕の力を強める。
確かに分からないわけじゃないけど

「じゃぁ、そういうことにしとく」

素直に答えるのもなんとなく癪なのでそう答えながら
あたしは彼女を抱きしめ返した。



                                         おしまい
799 名前:七誌 投稿日:2004/04/28(水) 19:05
ダメポ(´・ω・`)
800 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/29(木) 02:23
(*゚∀゚)=3
801 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/29(木) 09:04
(ё)y━・~
802 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/02(日) 01:42
お互いが自分にとっての特別な存在。
嗚呼、あやみきって素晴らしい。
803 名前:こういう話を誰かが書くと思う 投稿日:2004/06/06(日) 22:25

たん、ちょっとこっち来て。

どうしたの?
袖ないのに腕まくりの振りなんかしちゃって。

いいからいいから。
ちょっとそこに寝転がって。

どうしたの?
立派な力こぶなんか見せちゃって。
804 名前:こういう話を誰かが書くと思う 投稿日:2004/06/06(日) 22:26

練習練習。
早く寝転がって。

うん、いいけど。
何の練習すんの?

ドラマ!
私、今度柔道するでしょ。
寝技の練習しないとね、やっぱり。

なにがやっぱりなんだか……
ねぇ、寝技じゃなくて立ち技のほうがTV的にはいいと思うんだけど。
寝技なんて見た目からして地味だしさぁ、大体相手によってはファンの人が…
805 名前:こういう話を誰かが書くと思う 投稿日:2004/06/06(日) 22:27

袈裟固めぇっ!!

うぇっ!!

どう?上手い?
この間、教えてもらったの。

上手いよりも重い…
っていうか、なにグリグリしてんの?

嬉しい?

いや、なにが?
色んな意味で苦しいから早くどいてほしいんだけど。
806 名前:こういう話を誰かが書くと思う 投稿日:2004/06/06(日) 22:27

また惚けちゃって、嬉しいくせに。
ほらぁ、ほらほら。

だから、なに?
…あのねぇ、顔に胸押し付けるのやめてほしいんだけど
ホント息苦しいから

とか言って、私の胸が当たって嬉しいでしょ。
ほれほれ。

なんでミキが亜弥ちゃんの胸が当たったくらいで嬉しがらなきゃいけないんだってば。
そんなのよくあるじゃん、慣れてるし、嬉しくないから、とっととどけ!!
807 名前:こういう話を誰かが書くと思う 投稿日:2004/06/06(日) 22:27

……でも、顔にはないでしょ?
素直に嬉しいって言えばいいのに。

あるよ!
しょっちゅうあるじゃん!

うっそだー!
いつ、そんなことしたの?

美貴、寝る時に亜弥ちゃんを抱き枕にしてるじゃん。
腰に手回すから、丁度、あんたの胸に埋まる位置に美貴の頭がきてるでしょうが。
808 名前:こういう話を誰かが書くと思う 投稿日:2004/06/06(日) 22:28

……たんってエッチーんだぁ

寝技で胸押し付けてくる人には言われたくありません

うわ、ムカつく
今の言い方はムカつく

はいはい。
いいからどいて。

たん、おでこ広いぞ

うっさいよ、バカ
809 名前:こういう話を誰かが書くと思う 投稿日:2004/06/06(日) 22:29
おしまい
810 名前:七誌 投稿日:2004/06/06(日) 22:34
むしゃくしゃしてやった
台詞だけならなんでもよかった
今は反省している






どこの犯罪者やねんヽ(゚∀。)ノ
心の底からごめんなさい_| ̄|○
811 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/07(月) 15:38
容易に想像できるのが
ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!!
812 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/07(月) 22:31
>>810
あんたのセリフに免じて許してやろうw
・・・とうか萌え萌え(*´Д`)
ありがとうございました
813 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:21

※注※

この絵を小一時間ほど見たあとにご一読下さい_| ̄|○
ttp://hicbc.com/radio/hyper/dokimiki/corner/040719/index.htm
814 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:22


私の家にコンピュータがやってきたのは
コンピュータウィルスが人間に害を与えないと私が知ってから
数週間経ってからのことだった。
インターネットに接続できるようになったのは今日。ママからそう連絡があった。

仕事終わり、ウキウキしながら家に帰る仕度をして一応携帯チェック。
どこで知ったのかなんなのか
ミキたんから「亜弥ちゃん、ネットできるようになったんでしょ」とメールがきていた。
まだ報告してないのに謎だなぁと思いながら「今日からね」と返事を返す。
すると待っていたのかなんなのかすぐに「今から亜弥ちゃんち行くから」と返事が来た。
815 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:22

「はぁ?」

私の口からそんな声が勝手に漏れる。
意味不明。不可解すぎる。

「今からって今から?」

思わず携帯に問いかける。もちろん、答えが返ってくるわけがなく
私は、時計に目をやる。ミキたんのマンションから私のマンションまで
タクシーで三十分もかからない。絶対、私が着くよりも先にミキたんは到着してしまう。

「ヤバい」

私は、返事を返さずに走りだした。
816 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:23

案の定、私よりも先についていたミキたんは
エントランスの前でうろうろしていて明らかに不審者そのものといった感じだった。
しかし、不機嫌な様子はなく――寧ろ、ご機嫌で
タクシーから降りた私を見ると「おかえりー」と出迎えてくれた。
817 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:24



「おぉっ、パソコンだぁ」

私の部屋に入るとミキたんは
慣れた足取りで奥に進み、ピッカピカおnewのコンピュータの前に座って
おもむろに電源を入れた。って、勝手に電源入れるなよ。
心の中でツッコミながら私はミキたんが脱ぎ散らかした靴をきちんと並べる。

「亜弥ちゃん亜弥ちゃん亜弥ちゃん亜弥ちゃん」

亜弥ちゃんの大バーゲンみたいにミキたんが私の名前を連呼する。
本当になんなんだろう。

「なに?」

私が部屋に入ると、ミキたんは自分の隣を手で叩く。
誘われるままに彼女の隣に私は腰を下ろす。
818 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:24

「見て見て」

ミキたんがいいながらモニタを指差した。
彼女の指がある場所に視線を動かし――私は、眉を寄せた。
うん、この独特なタッチはミキたんが描いた絵だ。で、それを私に見せてどうしろと?

「…たん、コレ何?」
「ちっがーう!!ここは、タン今何してんの?って言うとこじゃん」

私が問うとミキたんは口を尖らせた。
それは、この絵の台詞じゃんと言い返そうとして気づく。

あぁ、よく見るとこれアヤちゃんって書いてるよ。
819 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:25

「……コレ、私なんだ?」
「上手くない?これ、ミキね初めて二回も書き直したからね。ヤバいよね。
 もうさ、書いてる時、亜弥ちゃんの顔がパパパパパーって目に浮かんできたから
 浮かんできすぎてどの亜弥ちゃん書こうかと思ってさぁ、どうしようって迷ったんだよ。
 もうね、完璧なんだよ。超アイドル顔じゃない?やーばいよね」

目に浮かんできた私でコレなんだ。
でも、初めて二回も書き直したとか言ってるからコレでも本気なんだよね。

「…これって、ラジオ?」
「そう、早口言葉の罰ゲームで。
 あんまり出来がいいからこれは亜弥ちゃんに見せようと思って。
 亜弥ママに聞いたら今日ネット繋がるって言ってたから」

謎が解けた。いつのまにかママに聞いたのね。
じゃなくて、出来がいいの?これで?
820 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:26

「ね、ねぇ、他には誰書いてんの?」
「んーとねー、タモリさんとかつんくさんとかよっちゃんさんとか
 …あぁ、でも亜弥ちゃん以外は自信ないから見ちゃダメだよ」

うわ、すっごい見たい。
どう考えても、そんなに出来に違いがあるとは思えないんですけど。
私は、素早くミキたんの手からマウスを奪い取る。
カチカチっとバックナンバーの所に矢印を当てる。

「あー!!」

ミキたんの叫びも虚しく、出てきたのは、ちびまる子ちゃんに出てくる花輪君。
じゃなくて、よっちゃんさんって書いてる。

想像以上の出来だった。
私は、込上げてきた笑いをセキで誤魔化す。
ミキたんは観念したらしく嘆息する。続けて、私は他の絵を探す。
つんくさん発見……WAO!って。

WAOって何?
821 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:26

「ごほごほ」

噴出しそうになってさらに大きなセキで誤魔化す。

「亜弥ちゃん、風邪気味なの?」
「え?あ、うん。そうかもね」

ミキたんの絵のせいだとは言えない。タモリさんも見たかったけど
それを見て笑いを誤魔化せる自信がないのでやめておく。
私は、元の画面――私の絵があるページに戻す。マジマジと見やる。
そして、確かにこれが一番いい出来だと納得してしまった。
822 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:27

「ん?」

納得した所で私は変なものに気づく。

「なに?」
「このさ、ハートの下にマってあるけどなんて書こうとしたの?」
「マ?」

ミキたんが私の指差した箇所に目をやる。
それから、あぁと声を発した。

「ちょっとこの絵、マヤヤ入ってるからついマヤヤって書きたくなったんだよ」
「マヤヤ……」

マヤヤ入ってる……のかなぁ?
ちょっと分からない。

「亜弥ちゃん」

つい絵に神経を集中させているとミキたんが私を呼ぶ。
彼女はなんだかやけにキラキラした子供のような目で私を見ていた。
823 名前:芸術は爆発だ 投稿日:2004/07/21(水) 23:28

「感想は?ミキ、超頑張ったからね、どう?」
「え、感想?」

「そう、感想」

ミキたんは、誉められると信じきった子供のような顔をしている。
こんな顔を前にして、怒るを通り越して呆れたよ、とは言えない。
口が裂けても言えるわけがない。

「う、嬉しいよ。ホントすごい上手に書けてるからビックリしちゃった。よしよし」

私は顔を笑顔の形にしてミキたんの頭を撫でる。
ミキたんは、にひひーっと満足げに目を細めた。
なんでこんな子供っぽいんだろう、と思う反面、こういうのも悪くないな、と私は思った。

今度は、私がミキたんの似顔絵を書いて誉めてもらおう。


                                              おしまい
824 名前:七誌 投稿日:2004/07/21(水) 23:29


いや、本当はこうだと思いますがなにか(*´д`)


        ∋oノ_,ハ,_ヽ   たん、なんでこれがわたしなの!?お尻ペンペンよ!              
        ∩从#‘ 。‘)ノノハヽ
         ィ⌒とノ从;VoV)  だって、だってぇ〜
         (__ノ(^)(^)、__つ 、つ
825 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/22(木) 16:52
ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!!
どちらにせよ萌えるのですがなにか(*´д`)
826 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/25(日) 23:15
素敵なお話ありがとうございました!
827 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/27(金) 05:40
七誌さん最高保全
828 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:17

カタンと物音がして目を開けると
大きなマスクにサングラスに帽子といった明らかに変態スタイルの誰かが
寝室に入ってくるところだった。

戸締りはしっかりしていたはずなのにどうやって入ってきたんだろう?
それとも、熱で浮かされていて戸締りした気になっていたんだろうか?

疑問がぽかぽか浮かんでくる。
けれど、そんな疑問を解決するよりもこの危機的状況をどうにか回避しないと
いけないことに気づいて、あたしはぼんやりした頭を必死に回転させて考える。

これが普通の状態なら役者の発声練習よろしく、大声で悲鳴をあげて助けを呼ぶこともできるのに
今のあたしは喉が痛くて声も出せない状態。
ダッシュで逃げようにも熱でふらふら。足が縺れて変態さんの前でこけるのがオチだ。
829 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:19

どうしたらいいんだろう?どうすればいいんだろう?

あたしは薄目でベッドの周りになにか武器になりそうなものがないか探してみた。
――と、すぐ脇にある小さなテーブルの上に携帯が転がっている。
ありがとう、携帯魔のあたし。
昨日、寝床でお母さんにピコピコメール打って置きっぱなしにしてたんだ。
よし、と気合を入れてあたしはそろそろと携帯に手を伸ばす。
幸いなことに変態さんはあたしが起きていることにまだ気づいていない。
限界一杯まで腕を伸ばすとようやくストラップに手が掛かった。
オッケー!!
そのままぐぃっとベッドの中に引っ張る。
そこまでして一息。息をするのも痛いけど、一息。
830 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:20

ふと気がつくと、いつのまにか変態さんの姿が寝室から消えていた。
熱が見せた幻だったのかなと、少し体を起こして――瞬間、あたしは素早くベッドに体を戻した。
変態さんは、リビングでなにかしていた。

やばいやばいやばい、あれ絶対ヤバい人だ。
ストーカーだ。変態だ。
変態スタイルの変態なんてありえないけど絶対そうだ。

半ばパニックに陥りながら、SOSのメールを打つ。
打ってから誰に送ればいいのか悩む。
マネージャーさん、は多分娘。のツアーに付いていって都内にはいない。
じゃぁ、事務所か?
あぁ、もうワケが分からなくなってきた。
携帯に登録されている人全員に送っちゃえ!

きっと熱のせいだろう、いつもよりも1.5割豪快な思考になっているあたしは
一括送信でたった今作った本文を送信した。
831 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:22

いきなり隣の部屋で音楽が聞こえる。あたしは、ビクッと布団を頭から被った。
偶然、変態さんにもメールが来たらしい。
人の家に侵入してるくせに図太いヤツだ。せめてマナーモードにしろと。
まったく、心臓に悪い。
心の中で毒づきながらもあたしは怖くて動けない。
静寂。と思ったら、足音がした。
パタパタと――こちらに近づいてくる。

冷や汗。ドクンドクン、と心臓の音がうるさいくらい聞こえる。
変態さんにも届いてしまうんじゃないかと、あたしは心臓を抑えた。
足音が止まる。すぐ真横に人の気配。嘘でしょ?

「……どうしたの?」

声。

まさか電話してんのか?あたしの真横で図々しい。
また毒づくけれどやっぱり動けない。

さっさとどっか行ってよ。超怖いよ。
あたしは泣きそうになった。

ふわっと布団に誰かの手の感触。
やばいやばいやばいやばい襲われる。絶対襲われる。
832 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:23

「布団はがすよ?」

いやぁあああああああああああ!!!!
マジでごめんなさい。ごめんなさい。
なんかよく分からないけど謝るから許して勘弁して見逃して。
神様仏様お母さん亜弥ちゃん、助けて。マジで。

あたしの必死の祈りも虚しく、変態さんの手が布団にかかる。
そして、一気に布団が剥がされた。

その時のあたしの格好ったら、もう拝み屋スタイル。
携帯を両手に挟んでナンマイダ。
変態さんの顔見たくなくて目だってしっかり瞑っちゃう。
833 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:24

「……大丈夫?」

大丈夫じゃない。大丈夫じゃないからどっかいって。
何もしないで。消えてください。

「ねぇ?助けてってどうしたの?」

あんただよ。あんたが怖いんだよ
――って、どうしてこの変態さんあたしが送ったメールの内容知ってるんだ。
あたしはパチッと目を開ける。

「っ!」

変態さんが超絶至近距離であたしを覗き込んでいた。

キ、キスしようとしてるんだ、こいつ!!!

あたしは、シュバッとベッドを横に転がって
変態さんの魔の手から逃れる――逃れて、逃れたのはいいけど、
ベッドの下へダイビングという地獄がその先であたしを待っていた。
834 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:24

「たんっ!!」

変態さんが、あたしの体をぐいっと掴んで引き寄せる。

あたしをたんって呼んでいいのは亜弥ちゃんだ、け……だぁ?って――
あたしは傍から見たらものすごーく間抜けな顔で、変態さんを見やった。

身を乗り出した際に、帽子が取れてサングラスがずれて
そこから覗く、日本人にしては色素の薄い茶色の目は見慣れたもので。

「…びっくりしたぁ。ミキたん、寝ぼけてるの?」

この甘ったるくて耳に心地いい声は。
もしかしなくても――亜弥ちゃん。あたしは、パクパクと口を動かす。

「あ、そっかぁ。声出しちゃだめなんだよね。よしよし」

亜弥ちゃんの手があたしの頭を撫ぜる。
あたしはまた口をパクパク。
それでなにが言いたいのか分かったのか、亜弥ちゃんが笑った。
835 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:25

「うんと…今日ね、午後からオフで、たんのお見舞い行っちゃうぞぉって
 燃えてたのよ。そしたら、なぁぜぇか!マネージャーさんがそのこと知っちゃって…
 絶対ダメだ!うつったらどうする。許さぁん!!って」

ご丁寧に声真似までしてくれて亜弥ちゃんが肩をすくめる。
マネージャーさんの言う事はもっともだ。
グループなら一人休んでも代わりがいるけど、ソロの場合はそうはいかない。
ソロをやってたから余計判る。

「でもね、やっぱり私としてはミキたんを看病したいじゃん。
 マネージャーさんと戦ったね、私。愛のための戦争だよ。
 それで、勝利してここにいるワケ。
 まぁ、このマスクはマネージャーさんの最後の意地ってヤツかな」

えっへんと鼻を擦る亜弥ちゃん。
愛のための戦争だなんて、大げさなと呆れてしまうけど
マネージャーさんを振り切ってここに来る亜弥ちゃんの姿を想像すると素直に嬉しかったりもする。
836 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:26

しかし――
あたしは、亜弥ちゃんの顔にかかったマスクを見る。

このマスク、マネージャーさんが買ったんだろうなぁ。
あたしも亜弥ちゃんもちょっと大きめなマスクすると顔の半分以上が消えるんだよね。
それでもって、移動中必需品のサングラスと帽子なんかつけちゃったら
もうそれこそ変態さん出来上がりってなるわけだ。なるほどなるほど。

「で、助けてってどうしたの?苦しかったの、たん」

納得していると、急に心配そうな顔になった亜弥ちゃんがあたしを覗き込んでいた。

しまった!

言えない。亜弥ちゃんのこと不法侵入してきた変態さんと思ってたなんて。
それで怖くて手当たり次第に助けを求めたなんて、
愛のために駆けつけてくれた亜弥ちゃんにそんなこと絶対いえない。
言えるわけがない。
837 名前:無題(´・ω・`) 投稿日:2004/09/11(土) 22:27

「たん?」

じっと見つめてくる強い瞳にあたしは心底悩んだ。
これじゃぁ、安静どころか……頭がくらくらしてきた。

「たん?大丈夫?死んじゃヤダよ、たん!」

思わず、目を閉じかけたあたしを亜弥ちゃんが揺さぶる。
死なないよ。
死なないけど――ちょっと記憶喪失になりたいな、なんてことを、
あたしはがくがくと揺さぶられながら思ったり思わなかったりした。


おしまい
838 名前:七誌 投稿日:2004/09/11(土) 22:28

            i
  、        i!
  i,`ヽ、     i |
  i   丶、  ,i :|
   i;::_,、-、`1_ | .:|
  -'‐'"1i !、'i゛ヽ:;、
   ヽ:::|| | /' _,、‐'" '`‐、
    ヽ|i!r'/       \
     W'" ̄''‐-、_.     \
            `''‐-―一

鶴折っときますね(´・ω・`)
839 名前:名無し読者 投稿日:2004/09/12(日) 09:10
おもしれ〜!
毎度素晴らしい作品ありがとうございます!
840 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/14(火) 01:20
色んな意味で萌えた
ごめん藤本さん
841 名前:七誌 投稿日:2004/12/17(金) 08:22
使うかもしれないので自己hoしとこ(ノ∀`)
842 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/21(火) 16:59
あやみき、待ってます。
843 名前:還る時 投稿日:2004/12/29(水) 22:35

1.38本の悲しみ


力を奪われるような感覚が日ごと強くなっている。
藤本美貴は、空っぽの頭で薄汚い天井を凝視していた。
覚醒したばかりだから頭が働かないというわけではない。藤本の頭は、脳は、確実に活動している。
だが、それが意味のある活動だとは到底思えないのだ。
藤本の瞳が今捉えているのは天井の木目であり、そこからは気が遠くなる程の情報が脳に雪崩れ込んでいる。

例えば、天井になる前の木々がどのように雨風を受け太陽光を吸収し成長していったのか。
例えば、木の中に生きていた微細な虫たちが今はどこに行ってしまったのか。
例えば、天井を構成する木片の一つ一つのどこが生きているのか死んでいるのか、
もしくは、どのようして今死に絶えようとしているのか。

空っぽにしていなければ、キャパシティを越えてしまうだろう何千何万の情報が
脳から発生しては頭の中を勢いよく音をたてて踊りだす。それらは目を閉じてもなにも変わらない。
藤本は、だから、瞬きをせず目をあけ続け、終いにはあまりの痛みに涙を零してしまうのだ。

不意に涙を垂れ流したままの状態で藤本は枕もとの時計に手を伸ばす。
時計など本当は必要ないほど正確な体内時計が藤本の体には出来上がっていたが、
時計に手を伸ばすまでの約三秒を使うことに意味があった。
844 名前:1. 投稿日:2004/12/29(水) 22:36

「おはよー、ミキたん」

時計を手にして顔の前に翳した瞬間、そんな声と共にドアが開かれる。
ノックの必要がないことを訪問者の彼女は知っている。
藤本は手にした時計の表示を見て「5分ぴったし」
小さく呟くとベッドから体を起こし部屋に入ってきた彼女に微笑みかける。

藤本は彼女を知っていた。
確か彼女は毎朝来てくれる一つ歳下の――
一つ歳下の誰だっただろうか?
彼女の名前が自分の口から出て来ない。
藤本は彼女を覚えていたが、彼女の名前を覚えていなかった。
どうにか思い出そうとすると、頭の中に霞がかかって思考回路が遮断されていく。
分からなければ素直に訊ねればいいのだろうが、
なぜかそうできず藤本はただぼんやりと彼女を見つめた。

「…亜弥」

藤本の物問いたげな視線に気づいたのか、彼女が言い慣れたように二つの文字を口にする。
アヤ。
言われて、頭の中の霞がパッと晴れた。
845 名前:1. 投稿日:2004/12/29(水) 22:37

「知ってるよ」

藤本は嘯く。
ならいいけど、と彼女は言いながら部屋を見回して眉を寄せた。

「…こんなに飲んで」

呟かれた言葉に藤本が彼女と同じように部屋を見回すと、
薄暗い部屋のそこかしこに、尋常ではない数の空の酒瓶が散乱していた。
これだけの量を、昨夜、一人で消費したのだろうか。
覚えてはいないがそうなのだろう。
しかし、アルコールにどっぷりと浸った筈の肉体は頗る好調で藤本はそのことが少し不思議だった。

「ぼんやりしてないで片付けるよ」

彼女がしゃがみ込み酒瓶を拾い始める。うん、と頷いて藤本はベッドから降りる。
冷たい床に足をつけると、指紋の襞の一つ一つがどうでもいい床の情報を吸収して
頭に送り込んでくる。油断していた藤本は眩暈を覚えた。
846 名前:1. 投稿日:2004/12/29(水) 22:38

「たん、大丈夫?」

微かに頬の表情筋を緊張させてしまったことに気づいたのか
彼女が心配そうな顔で立ち上がった。
藤本は肩を竦め、逆に床にしゃがみ込むと
「亜弥ちゃん、その部分、あと38年もしたら穴が開いちゃうらしいよ」
彼女の足元を指差して言った。
彼女は、質問に対する答えとは全く関係のない言葉に一瞬キョトンとした顔になるが、
すぐに笑顔を見せた。しかし、それはとても悲しそうな笑顔だった。

「38年後には誰も住んでないよ」

言いながら、彼女が再びしゃがむ。

「そうだね」

藤本は酒瓶を拾い集めながら頷いた。
酒瓶は全部で38本もあった。
847 名前:2. 投稿日:2004/12/29(水) 22:40

2.空には届かない


彼女と一緒に朝食を食べ終えると
ビニル袋に適当に詰め込んだ酒瓶を二人で持って外に出る。
吐息が、白く濁って大気に溶ける。気温はだいぶ低い。
空を覆っているだろう雲の間から、滲み出すように地上に漏れる朝焼けの色は瞼の裏の色。
光の矢はまるで毛細血管のように体に注がれていく。
耐え切れないほどの情報の氾濫に、藤本は空いている右手でサングラスをかけて視線を落とした。
彼女がなにか言いたげにチラリと藤本の方を見やったが、
サングラス越しに目が合うと彼女は言葉を飲み込んでただ微笑むだけだった。

歩くたびにガチャガチャと酒瓶が袋の中で音をたてる。音は頭の中の情報と合唱する。
ガンガンと耳鳴りがしそうなほど五月蝿い。
848 名前:2. 投稿日:2004/12/29(水) 22:41

「今日っていい天気?」

耐え切れず、藤本は半ば無理矢理に言葉を紡いだ。
隣で彼女が顔を上げ、朝焼けの眩しさにだろう、目を細める。

「…うん」
「そっか」

頷くが、藤本は空を見上げない。もう見上げることは出来ない。
空には呪詛が飛び交っている。直接、見てしまえば藤本は発狂してしまうだろう。
彼女もそれを知っているからなのか不思議がらない。藤本は言葉を続ける。

「どんな色してる?」
「んーとねぇ、青い」
「……表現が貧弱すぎ」
「ターコイズって感じの色」
「それ、どんな色か知ってんの?」
「……大体分かってるからいいんだよ。ともかく綺麗な青」

自分に体をぶつけて口を尖らせる彼女を藤本は目を細めて見つめた。
849 名前:2. 投稿日:2004/12/29(水) 22:42

彼女がどうして毎朝自分の部屋に来てくれたのか、藤本は覚えていない。
ひょっとすると、自分は彼女となにか重大なる関係性の元に共に在ったのかもしれないが
それは必要のない物として脳から削除されてしまったようだ。
藤本の脳に残されているのは、大地とそれを取り巻く全ての生物たちの個人的観念を一切排除した客観的な情報で、
それらはしっかりと藤本に根付いて何時いかなる時も音をたててその存在を誇示している。
藤本は、時折その音のあまりの騒々しさに耳を削いでしまいたい衝動に駆られるが
彼女の姿を見ているとその衝動は小さくなっていくようだった。今もそうだ。
彼女といると、先ほどまでの騒々しさが少しだけ和らいでいるように藤本には感じられた。
それが、空っぽになりつつある今の藤本が彼女といる最大の理由だということを
彼女はおそらく想像もしていないだろう。
850 名前:2. 投稿日:2004/12/29(水) 22:43

藤本は19で彼女は18。
彼女が今の藤本の気持ちを知る頃には、藤本はもう彼女の傍にはいなくなっている。
だから、その時が来るまで― 

「亜弥ちゃん」
「んー?」
「明日も美貴のところに来てね」

誰だかよく分からない彼女を縛り付けておこう。
藤本の言葉に彼女は照れたのか

「当たり前じゃん。改まってなに言ってんの」

少しぶっきらな口調になった。藤本は微笑む。
851 名前:2. 投稿日:2004/12/29(水) 22:43

「ほら、投げるよ!」

ゴミ捨て場の前につくと、彼女がビニルをぶぅんと振った。
ぶぅーん。ぶぅーん。ぶぅーん。

「せーのっ!!」

声にあわせて手を離すとヒュッと空気を切ってビニルは少し浮遊した。
着地すると同時に、数本が割れたような音がして、
藤本は空っぽなのに無数の錘が全身に乗せられた状態の自分も
空を飛ぼうとすればあの酒瓶と同じような目に合うのだろうなと思った。
852 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/30(木) 00:42
( ゚д゚)ポカーンってなって(゚Д゚)ハァってなりますた。
853 名前:3. 投稿日:2004/12/31(金) 01:18

3.プログラムセンター


じゃぁ、またねとプログラムセンターの前で彼女が言う。
一人になった彼女がどこに行くのかを藤本は知らない。知ろうとも思わない。
藤本はただ機械的に手を振って、また明日、と彼女に別れを告げるとセンターの自動ドアを潜った。

音もなく滑るように開いたドアの先には真っ白な空間が広がっている。
一歩足を踏み入れると廊下が動き出して足を動かす必要が全くなくなる。
そうして廊下が止まった所にある一室で、着ていた物を全部脱ぎ生まれたままの姿になると、
さらにその奥にある部屋へと進むのだ。
そこは同じような出で立ちの人間達で溢れ返っているが一様にして会話を交わすことはない。
ここですることは一つだけである。
軽く数千台はあるカプセルポッドの中から空いているものを探し出し
その中に日が暮れるまで身を浸す。それが19歳の人間の為すべきことなのだった。
854 名前:3. 投稿日:2004/12/31(金) 01:39

藤本はキョロキョロと辺りを見回す。
来るのが少し遅かったせいか空いているカプセルがなかなか見当たらない。
それでも、部屋の端から端まで歩くと漸く一つだけ空いているものが見つかった。
早速、藤本はそのカプセルの方へ歩き出す。
すると、どうやら同じカプセルを狙っていたらしい体の大きな男が
どん、と藤本の体を押し退けて、さっさとそのカプセルに潜り込んでしまった。
押されて尻餅をついた藤本は、けれどぼんやりと次のカプセルを探すべく視線を動かし始めた。
今の仕打ちに対して藤本の中には一握りの怒りでさえ湧いていなかった。
それは、カプセルの中で受けるプログラムが順調に進んでいる証でもあった。
855 名前:3. 投稿日:2004/12/31(金) 01:40

プログラムを受けている者は、センターに足を踏み入れる以前に経験した事柄の大半を失ってしまう。
それらは大地に還る際に不必要な物とされているからだ。
だから、彼らは19歳以前にどのような感情を自身が取り巻く世界にぶつけていたのかが分からなくなる。
喜んでいたのか怒っていたのか、哀しんでいたのか楽しんでいたのかも分からない。
想像をすることは出来たのかもしれないが、
泡のように湧き上がる情報を前にすると、そんなことをする気にはならなくなるのだ。
そんな状態で、誰かに対して怒りを覚えることなど当然ながらありえるはずがないだろう。
そういった面でいえば、藤本も他の19歳と変わらなかった。
だが、ただ一点、藤本に彼らとは違う部分があるとすれば
藤本自身がまだ人間的な部分が自分には残っているのかもしれないと思っていることだ。

藤本がそんな風に思うのには理由がある。
それは、センターに行くのに付き添いがいる人間は自分だけだという単純で明快なものだった。
そして、おそらくはそういった行為は大地にとって異端なことなのだろうが、
藤本はどれだけプログラムが進んでも自分がその付き添いを
拒否することはないのだという気がしていた。
856 名前:3. 投稿日:2004/12/31(金) 01:40

暫くして藤本はまた新しく空きカプセルを見つけた。
今度は邪魔が入らなかったので、ゆっくりとカプセルに足をかける。
中に入ると、ふわふわのまるで高級な羽毛のような感触の泥が全身を包み込む。
藤本は目を閉じた。泥が体温を奪うように体の芯に染み込んでいくと、
段々と自分の体が自分の物ではなくなるような気がしてくる。
そうして、カプセルの一番底まで沈むと、いよいよ体と泥の境界線がなくなり
まるで羊水に包まれているかのような安心感が頭の芯を痺れさせ、なにも考えられなくなる。
その間に大地に還る予行練習と体内の浄化作業が同時に行なわれるのだ。
カプセルを出る頃には頭の中は再び空っぽになってしまうだろう。
もしかしたら、彼女の存在すら忘れてしまうかもしれない。
そう考えると怖くなったが、ただでさえ覚えていることのほうが不思議なのだ。
現に今朝は名前を忘れていたはずだ。
もしも、自分が完璧に彼女のことを忘れてしまったら彼女はどうするのだろう。
薄れ行く意識の中で藤本はそんなことを思った。
857 名前:4. 投稿日:2004/12/31(金) 01:46

4.涙


目を開けると銀色のしなやかな回転が、天井から藤本を見下ろしていた。
藤本はぼんやりとそのシーリングファンを眺めていた。
三枚羽根のプロペラが部屋の空気を掻き混ぜる。
流動する空気が、プロペラの回転が、自分になにかを教えようとしているかに見えた。

藤本は全ての感覚を研ぎ澄ませる。
情報が氾濫する。情報が氾濫する。その情報の隙間をぬって手を伸ばす。
プロペラが回転を続ける。回転が時間を彼方へと滑空させる。
伸ばした指の先端に何かが触れた気がした。もうすぐ彼女がやってくる。
ハッとなって体を起こした瞬間、ドアが開いた。プロペラは静かに空気を温める。

「アヤちゃん、おはよう」

入ってきた顔を見て自然と藤本の口は動いた。
それを聞いた彼女が嬉しそうに顔を綻ばせたので、
藤本はなんとなく同じように顔を綻ばせる。

「たん!」
「うわ」

嬉しそうな顔のまま、彼女はまるで長い間お留守番をしていた仔犬のような勢いで飛びついてきた。
858 名前:4. 投稿日:2004/12/31(金) 01:49

頭を抱えるように抱きしめられて、その心地良い暖かさに異を唱える自分と、
身を任せたくなる自分が同時に存在することに不意に気づいた藤本は苦しくなった。

「…アヤちゃん」

彼女に離してくれるよう言外に含ませたつもりだったが、逆にさらにきつく抱きしめられる。
胸に押し付けられた耳が彼女の鼓動を感じ取っていた。

トクトクと少し早い規則正しい確かさの内に鳴っている心臓は彼女の生を象徴している。
藤本は、そっと自分の心臓の辺りに手を添えてみた。
同じように少し早くなっている心臓音を手の皮膚感覚で掴み取る。
しかし、彼女とは違って自分の心臓は死を象徴しているかのように思えた。

つまりは生も死も大した違いはないのだろうか。
そう考えると、生を感じた彼女の心臓も死へと一直線に向かい続けているような気にさえなってくる。
そして、鼓動というのはそれを知っている心臓という個の器官が
ただ最後の最後まで力強く鳴り続けていようと必死で活動している音なのかもしれない。
そんな心臓の張り詰めは藤本の胸をさらに苦しく圧迫させる。
859 名前:4. 投稿日:2004/12/31(金) 01:52

「アヤちゃん」

耐え切れない息苦しさに、彼女の両肩に手を置いて首を引っこ抜くようにして拘束する腕から逃れると
藤本は酸素を求めるように大きく息を吸った。心臓はバクバクと鳴っている。
それが少し落ち着くのを待ってふと彼女を見ると、
無理矢理、体を押し退けられた彼女は傷ついた瞳を藤本に向けていた。

「…苦しかったんだよ」

藤本は自分の首を摩りながら、どうしてか慌てて言い訳を口にする。
彼女は、その時始めてそのことに思い当たったのか、あ、と小さく音を発し
「…ゴメンね」と、首を摩る藤本の手の反対側に手を置いて同じように摩った。
微かに指と指が触れ合う。
触れた指先から彼女が藤本に抱いている、だが、藤本にはもう理解できない
感情の塊がぴりりと静電気が走ったように一瞬だけ流れ込んできて、不意に涙が零れそうになった。
吸収されず皮膚の表面に持て余した彼女の感情という情報が
彼女に対してのアクションを起こしたがっていた。

涙が零れそうになったのは、他に方法を持たない赤子が
親になにかを訴える時に即座に行なう生命音の発射と同じことなのだろう。
860 名前:4. 投稿日:2004/12/31(金) 01:53

藤本は彼女を見つめる。
嘗て、自分は彼女となにか大切な言葉の、心の、キャッチボールをしていたことがあるのかもしれない。
だが、それらは皹だらけの記憶の水槽から流れ落ち下水として流されてしまったのかもしれない。
だから、自分は今涙を零したいのだ。
記憶がないから、方法がないから、赤子のように彼女に縋りつきたいのだと藤本は思った。

「……アヤちゃん」

呼びかけると、彼女は柔らかく微笑み首に触れていた手の平を緩々と上に上げて藤本の頬に触れた。
頬に優しく柔らかい糸のような温もりが浮かんでくる。

彼女の表情や言葉はいつもとても優しい。
藤本の心の構造をすべて知り尽くしているかのように
張り巡らされた骨の間を通り、心をダイレクトにそっと撫でてくれる。
泣いている赤ん坊をあやすかのように、母性に満ちた手の平を差し出してくれる。
藤本はその温もりに身を震わせた。すると、驚いたように彼女が表情を固まらせる。
不思議に思って眉を寄せると

「…たん、どうして泣いてるの?」

彼女が言った。
藤本はそう言われて初めて自分が本当に涙を零せていたのだと気づいた。
861 名前:4. 投稿日:2004/12/31(金) 01:56

「分かんない」

「そっか」

ポロポロと涙を零す藤本に笑いかけると彼女は両手でそっと涙を拭ってくれた。
その指が余りにも温かくて、その温もりを全身で感じたいと藤本は思う。
その欲求のままに、先ほどは自ら逃げ出した彼女の胸の中に
藤本はおそるおそる顔を埋めてみた。
その行動にピクリと驚いたように彼女は一瞬身を強張らせたが、
すぐにギュッと先ほどのように頭を抱きかかえ、愛しくてたまらないというように藤本の髪に頬擦りをした。

「ねぇ、ミキたん。ファンつけたばっかりで勿体無いけど、今日から私の家で暮らそうよ」
「……」
「センターの前で待ってるから、ね?」
「……うん」

藤本は相変わらず、彼女がどうして自分の傍にいるのか分かっていなかったが
カプセルの中の擬似大地から受ける安心感とはまた別の、温かな安心感を与えてくれる彼女のことを
自分は必要としているのだと思うことにした。
それはもしかしたら、プログラムセンターのプログラムからはかなり
逸脱しているのかもしれないが――必死に鳴り続ける心臓のように、
最後の最後まで彼女の――全ては無理にしても――欠片の一片でも
捕まえておくことが出来たならば、自分はこの残り僅かな生の中で
なにかを手にすることが出来るかもしれないと藤本は思った。

「アヤちゃん…」

小さく彼女の名前を呼ぶと、藤本は彼女の体にしがみつくように腕を回した。
862 名前:5. 投稿日:2004/12/31(金) 01:58

5.想いが咲かす悪意


大地と一つになる。
それは人間同士の性行為よりもさらなる快楽と喜びに満ちている。
藤本は泥の中深く深く沈みながら自分の体を迎える素敵な愛の賛美歌を耳元で聞いていた。

泥は藤本を優しく受け止め、愛撫し、癒し慰め、深く口付けてくれる。
藤本の体内から放出される有毒な体液でさえ嫌な顔をせず飲み干してくれる。
藤本は大地が与えてくれる愛の全てに満たされる。そして、自分自身の全てで大地を愛す。
二つの愛は交わり融合し完全に完璧に重なり合った1となる。
他者とでは深く深くどれだけ深く愛し合ってもありえない1を大地は可能としてくれる。
大地の愛は2を必要のない物だと藤本に教えている。そして、藤本はそれを感涙しながら受け入れ
大地と同化する瞬間を待ち望む。

泥の中、藤本は指と言う指を限界まで広げていた。
四股では物足りなかった。
もし自分が八本の足を持つ蜘蛛や、百本の足を持つ百足ならこんな物足りなさを感じなかったのかもしれない。
大地の愛撫に応えるために全ての手足で地面を愛撫できただろう。
しかし、生憎藤本には二対の手足しかない。
だから、藤本は両の手足の指全てで大地に愛を送ろうとしていた。

ずぶずぶと泥に溶け込みながら、藤本はうっとりと微睡む。
863 名前:5. 投稿日:2004/12/31(金) 02:00

『……キたん』

不意に体を包みこむ温もりが僅かに振動し、誰かの甘い声が響いた。
ピクンと藤本の体は反応する。

『…ミキたん』

『ミキたん』

声は遠く近く、藤本の体の中心から響いているような揺らぎを持っていた。
何度も何度も声は響く。愛の賛美歌が遠ざかる。
その声だけが聞こえる。

『ミキたん』

『みきたん』

『たん』


「…………だ、れ?」

呼びかけに口を開けると待ち構えていたかのようにゴボリと口内に泥が入り込んだ。
途端に声が聞こえなくなり、代わりに賛美歌が大音響で響きはじめる。
泥はさらに咽の奥へ、そしてさらに奥へと藤本の体の中をゆっくりと、ゆっくりと進んでいく。
864 名前:5. 投稿日:2004/12/31(金) 02:02

「……ん」

呻きが、咽奥から漏れた。
体の中を這い回る蛇のように泥は藤本の体の中へと送り込まれてくる。
押し寄せる吐き気で苦しくて溜まらなくなるが、それでさえ大地からの愛なのだと我慢していると
次第に体の中を泥が蠢く感覚は快感に変わっていった。
藤本は今しがた聞こえていた声のことなどすっかり忘れてその快感に溺れる。
そうして、藤本が歓喜に身を震わせた瞬間、カプセルの蓋が開いて生温い現実が戻ってきた。

ダイヤモンドダストのような微細な光の情報が網膜を通して飛び込んでくる。
脳内で音が騒ぎ始め、藤本はゆっくりと体を起こした。
何か薄気味悪い粘着質の膜に囚われているかのように体に気だるさが残っていた。
プログラム終了後はいつも空虚な爽快感を覚えていた藤本は
いつもとは違う体の反応に微かに戸惑いを覚えるが、
すぐにそれは考えなくてもいいことだと思いなおして首を振り、カプセルの淵に足をかけた。
名残惜しそうに体に纏わりつく泥は藤本がカプセルから完全に抜け出すと
ぷちんとゴムが千切れるような音をたてて離れる。
藤本はぼんやりとカプセルの中の泥を見やった。
静かに横たわる泥は奇妙に赤く染まって見えた。
865 名前:6. 投稿日:2005/01/04(火) 23:07

6.決して語らぬモノ

「ミキたん」

服を着込んでセンターのドアを潜ったところで藤本は誰かに呼びかけられた。
視線を上げると、階段の下からこちらを見上げている少女がいた。
藤本はキョトンとその場に立ち止まる。

「朝、待ってるからって言ったでしょ」

階段を二段抜かしで駆け上がってきた少女は藤本の前まで来るとそう言って悲しげに微笑んだ。
藤本は眉を寄せる。少女が誰なのか。約束とはなんなのか。まったく頭の中には残っていなかった。
ただ彼女を視覚情報として捉えていると、とても心が安らいでいくのは確かだった。
だから、知りあいなのだろうと藤本は判断する。

「ん?私のこと忘れちゃった?」

ぼんやり少女を見ていると彼女は微笑を浮かべたまま言う。
やはりその笑顔は悲しげで痛々しささえ感じられて、
藤本はひどく申し訳ない気分になった。

「……ゴメン」
「んーん。あと三日だもん、しょうがないよ」

ポツリと言って、少女は自分のことをアヤと名乗った。
藤本は忘れないように、アヤという名前を口の中で反芻し、それから
彼女が言った三日というのがなんなのかを訊いた。
866 名前:6. 投稿日:2005/01/04(火) 23:08

「…三日は三日。それより、ほら、帰ろうよ」

彼女は藤本の疑問と疑惑の眼差しに気づいているはずなのに、ただにこやかに腕を取ると歩き出した。

「…帰るって、どこに?」
「家に決まってるじゃない」

引っ張られながら問うと少女は笑ってそう答えた。
家に決まっている。当然だ。藤本は納得して彼女のあとについていく。
しかし、彼女が向かおうとしているのが自分の家ではないことに気づいて藤本はピタリと足を止めた。
ぐんぐんと腕を引っ張っていた彼女は急な藤本のブレーキに対応できず、自然手が離れる。
見知らぬ家々の立ち並ぶ居住区のゲートの前。不思議そうに悲しそうに彼女が振り返った。
藤本は首を傾げたまま口を開く。

「美貴の家はこっちじゃないよ」
「……うん、そうだね」
「家に帰らなきゃ」
「…今日は、私の家においでよ。覚えてないかな?前はよく来てくれてたんだよ」

離れた手をキュッと握られて、藤本はぼんやりと自分の手に視線を落とす。
ほんのりとした熱が彼女の手の平から伝わってくる。
867 名前:6. 投稿日:2005/01/04(火) 23:08

「ね、私の傍にいて」
「……どうして?」

「どうしても」

硬質な響きの声だった。
藤本はマジマジと彼女を見やる。彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
視線を落とすと力の込められた彼女の指とだらりとした自分の指が写っていた。
握り返したら彼女は笑ってくれるのだろうか。藤本は、ふとそんなことを思った。

「…アヤ、ちゃん」
「お願い」

伝わってくる温もりは微かに震えていた。
藤本はおそるおそる彼女の手を握ってみる。
しっかりと繋がった手は陽だまりのような温かさを持っていた。
驚いたように目を上げる彼女に藤本は曖昧に頷く。
彼女は一瞬確認するかのように真正面からじっと藤本を見やり、
そして、安心したのかほぅっと息を吐いた。

「よかった」

彼女の顔から笑顔が零れた。その笑顔に藤本は言い様のない気持ちを覚えた。
見つめていると、それこそ氾濫する情報さえ押し込めてしまうほどその気持ちは強くなる。
藤本は、我知らず空いている手で自分の胸を抑えていた。
868 名前:6. 投稿日:2005/01/04(火) 23:09

「たん、行くべ」
「…う、うん」

ぎゅぅっと握る手に力を込めて彼女が歩き出す。
歩いている間、藤本と彼女はほとんど無言だった。
それは藤本にとって、彼女が初対面であることも関係していたが
それ以上に先ほど彼女に感じた気持ちがなんであるかを考えるのに藤本は頭が一杯だったのだ。
上手く表現できないが懐かしさに近いものがあった。
大地に感じるそれとはまた違う、温かな懐かしさ。

「…アヤちゃん」
「んー?」
「美貴ってアヤちゃんのこと知ってるんだよね」
「…うん」
「美貴ってアヤちゃんにとってなんなの?」
「ミキたんはミキたんだよ」

返って来た漠然とした答えは、妙に納得のいくもののように感じられた。
藤本はきっぱりとそう言いきった彼女の横顔を斜め後ろから見詰める。
道を知っている彼女は少し早足で、藤本はなんだか母親に手を引かれているようで安心した。
869 名前:7. 投稿日:2005/01/04(火) 23:10


7.戻るべき場所

彼女の家は居住区を抜けて橋を渡った郊外にあった。
まわりが、緑の木で覆われている湖の畔にあるロッジ風の一軒家。
その長閑な風景に藤本は急に落ち着かなくなる。

「たんがここに来るのも久しぶりだね」

木戸を開ける彼女にそう言われても、藤本は郷愁の念を見つけられなかった。
そして、なにも感じられない自分に不快を覚える。
だが、自分がここに来るのが久しぶりなのだという客観的事実は彼女にとっての事実であり
彼女とは初対面だと感じる藤本にはなんの感慨ももてないものでもあったのだ。

彼女の傍は自分に相応しい場ではない。
否、自分は彼女の傍にいるに相応しい者ではない、と。
藤本は不意に閉ざした眼差しの奥に思った。

足が止まる。
このまま彼女と家に入ることが躊躇われた。
870 名前:7. 投稿日:2005/01/04(火) 23:11

「ミキたん?」

玄関の前で立ち止まってしまった藤本に顔を向け、彼女が腕を引っ張る。
藤本はふるふると首を振った。

「どうしたの?」

急に態度の変わった藤本に彼女は首を傾げ体ごと振り返った。

「ここは…美貴の場所じゃないよ」
「…」
「アヤちゃんが一緒にいたいのは…今の美貴じゃないんでしょ?」

どうしてそんなことを言ったのか藤本はよく分からない。
ただ、彼女の傍にいるべきなのは、ここに連れてこられてもなにも感じられない自分ではなく
ここに連れてこられたら懐かしいと思える誰かなのだろうと思った。
それが例え藤本美貴という固有名称を持つ人物だったとしても、
確実に今の自分ではないことを藤本は分かってしまった。
そして、きっと彼女が傍にいて欲しい藤本美貴はとっくに消えており、
今は彼女に取って抜け殻の自分がいるだけに他ならないのだ
抜け殻の自分が傍にいるということは、彼女に言い様のない苦痛を与えているのかもしれなかった。
871 名前:7. 投稿日:2005/01/04(火) 23:12

「……ゴメンね、アヤちゃん」

なにも考えずついてきた藤本はどれだけ彼女を傷つけたのか想像できず、
小さく謝罪の言葉を口にして逃げるように彼女に背を向けた。
胸が針で刺されているようにチクチクと痛む。
心が彼女と一緒にいたいと訴えているようだった。

「ちょっと待ってよ!」

歩き出そうとした瞬間、そんな声と共に強く肘を取られて
藤本は無理矢理に体を彼女のほうに向き直させられる。
藤本は、驚いて彼女を見やった。
彼女は怒っていた。彼女は泣いていた。

「なんで自分で勝手に決めて帰ろうとすんの!?私が一緒にいたいのはミキたんなんだよ?
 ミキたんはミキたんだって言ったじゃん。今とか昔とかそんなの関係なしに
 私はミキたんに傍にいて欲しいんだよ」
「……でも」

「でもはいらない。私はミキたんがいてくれればそれでいいんだから
 ……そんな悲しくなること言わないでよ」

彼女は怒っていたし、泣いていた。
そして、それらの感情を上回る優しさで藤本の体を引き寄せギュッと包んでくれた。
それは、全てを許す大地に似た、いや、大地よりも確かな愛情の表現のようだった。
872 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/05(水) 01:22
きれいで、きたなくて、うつくしいです。
ヽ(゚∀。)ノアヒャ
873 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:38

8.今朝は鮮明に覚えている夢


朝が来て隣に彼女が眠っている。規則的な呼吸と、安らかな寝顔。
彼女は深い眠りの中にあるようだった。
その寝顔を目の前にして、藤本の喉がごくりと鳴る。
艶やかな前髪、長い睫、愛らしい頬と唇。
ベッドにくくりつけられたライトがやんわりと照らし出すその横顔を藤本は魅入られたように見つめた。
赤ん坊の寝顔を天使のそれと例えるならば、これは天女のそれかもしれない。
感情の色がついていない、真っ白なキャンバスのような彼女の寝顔に、藤本は目眩を覚えた。

アヤちゃん。

藤本は不意に湧き上がってきた、おそらくは彼女の名前だろう単語を口の中で呟く。

「アヤちゃん」

今度は音にしてみる。
驚くほど、すんなりとその音は藤本の口に馴染んだ。
874 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:39

「アヤちゃん」「アヤちゃん」「アヤちゃん」「アヤちゃん」「アヤちゃん」

ベッドに両肘をついて彼女の顔を見つめながら藤本は何度も耳元で繰り返す。
名前を呼ぶと情報の氾濫は起こらない。気分は爽快だった。

「アヤちゃん」
「…るさい」
「アヤちゃん」
「……もぅ、うるさいってば」

突然、体を起こした彼女は頗る不機嫌な顔をしていた。
藤本は小さく息を呑み、咄嗟にごめんと謝る。
その謝罪は意識に届いているのかいないのか
「…まだ…六時半じゃん」
彼女は落ちかけた瞼を擦りながらぐずぐずとした調子で言うと再び布団の中に身を落とした。

彼女は朝に弱いのかもしれない。新鮮な発見にふむ、と頷きながら、
藤本はまた怒られないように、そっとベッドから這い出る。
昨日、着ていた服は綺麗に畳まれて木製の椅子の上に置かれていた。
藤本は、それらを着こんで静かに家を出る準備をはじめる。
875 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:40

「…たん、なにしてんの?」

空気が動く気配に気づいたのか、彼女が眠たげな声で問うてきた。

「センター行く準備。ここは美貴の家より遠いから少し早めに出ないと……」

コートのボタンを留めながら返事を返すと、ムクリと彼女が体を起こした。
彼女は、先ほどとは違ってすっかり目を覚ましているようで
こちらを見つめる瞳には強い意志のようなものが感じられる。
急にどうしたのだろう、と藤本は小首を傾げた。

「行かないでよ」
「…え?」
「センターには行かないで」
「でも」
「もう二日しかないんだから、行かなくてもいいでしょ」
「二日って……なにが?」

「…お願いだから。明日までココにいて。私の傍にずっといてよ」

縋るような声に藤本は心動かされる。
おずおずとベッドの傍、彼女の傍に寄ると藤本は視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
876 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:41

「明日が終わったら、センターに行ってもいいの?」

その問いかけに対する答えはなかった。
彼女は藤本の顔をただ悲しげにじっと見つめ、やがて首に腕を回した。
あっという間に引き寄せられて彼女に唇を塞がれる。

彼女の口付けは、とても優しく、温かかった。
肉と肉の潰れ合いという様な卑猥な感じではなく、心に直接口付けされたように藤本は感じた。
心の中に彼女が溶け込んできそうで怖くなった藤本が身を引いて唇を離すと
彼女は悲しげに目を細め、それでも、また藤本の体を強く抱き寄せる。
されるがままになりながら、藤本は自分が失った物がどれほど重要な物だったのかを思い知らされていた。

彼女の胸に何故か在る自分への愛に対して、
藤本はどう応えたらいいのか、どう応えるべきなのか分からなかった。
877 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:41

「アヤちゃん…」
「…ん?」

「美貴、どうしたらいいの?
 こういう時、どうしたらアヤちゃんが喜んでくれるのか美貴には分かんないよ」

聞いた自分の顔はきっと情けないものだったろうと思ったが、
藤本はそれよりも無償に自分を愛してくれる彼女に対してなにかを返したかった。
彼女は藤本の言葉に驚いたように体を離して、藤本の顔を見やる。そして、少しだけ微笑んだ。

「……別になんにもしなくても、こうしてるだけでいいよ」
「でも」

藤本が食い下がると、彼女は藤本の肩に顎を置いて
「じゃぁ、ギュってして」と、耳元で囁くように言った。

「…う、うん。こう、かな?」

藤本は頷き、恐る恐る彼女の背中に手を回す。
そうすることで得られる体温に、藤本は頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
温かく、柔らかく、甘いもの。未知なようで、既知。
878 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:41


――明日が来なきゃいいのに。
――明日になんてならないで、今日がずっと続くの。


自意識とかけ離れた場所で刻み込まれた記憶が悲鳴をあげた。
不要なものとして切捨てられた名前のない感情が出所を求めて暴れる。


――そうしたら
――ずっと一緒にいられるでしょ


「ミキたん」


記憶と彼女の声がリンクする。
押しつぶされそうな切なさに藤本は彼女をきつくきつく抱きしめた。
879 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:42

あの日、明日は来て藤本は一つ歳をとった。
あの日、明日が来て彼女は涙を流した。

あの日からもうすぐ一年が経つんじゃないだろうか。
そのことに気づいた時、先ほどの彼女の言葉が脳裏を過ぎった。


もう二日しかないんだから。


もう二日。あと二日。
880 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:43

「二日しか残ってないんだ……」

藤本は無意識に呟く。
彼女が言っていた言葉。藤本には理解できなかった言葉。その意味。
彼女との過去にあったことを思い出したわけではないが、藤本はその言葉の意味をようやく理解した。
だが、理解できなかったことは理解できないままのほうがよかったのかもしれない。
彼女のためにも自分のためにも。藤本は口にした後でそう気づいた。
何故なら、顔を上げた彼女の瞳が涙に濡れていたから――

「そうだよ」

伏せられた睫毛は白磁のような肌に陰を落とし、言葉にならぬ何かを語りかけている。
それは藤本に二の句を躊躇わせるには十分だった。

「…どうして急に思い出すのかなぁ、たん」
「全部、思い出したわけじゃないよ。期限だけ」

即座に否定すると、彼女は顔を上げ真正面から藤本を見つめた。
そのまま彼女の顔が近づいてきてコツンと額と額が合わせられる。
あと少し動けば、唇さえも触れ合いそうな至近距離に少なからず藤本は緊張していた。
881 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:43

「中途半端に思い出さなきゃ…たんが全て忘れてたら、私だって少しは楽だったのに」
「…ゴメン」

責めるような言葉に藤本は目を伏せる。

「なんてね。嘘だよ。どっちにしても私は泣いてたし」
「……ゴメン」
「ミキたんが悪いわけじゃないでしょ」
「………ゴメン」
「謝るな」

近すぎてよく分からないが、彼女は目をきつくしたようだった。
また、ごめん、と言いかけて藤本は喉の奥でそれを飲み込む。
代わりに彼女の震える瞼の上にそっと唇を落とした。
鼻を撫でるような甘い香りを感じる。そして、唇に涙の味がした。
882 名前:8. 投稿日:2005/01/05(水) 23:44

「海行こっか」

唐突に思いついたことを藤本は口にする。
彼女は当然「え?」と訝しげな顔を浮かべた。

「なんか、しょっぱいから」
「なにそれ」

赤い目でクスリと彼女は笑い、お返しと言うように藤本の瞼に唇を落とす。
そして「ホントだ。しょっぱい」と、また小さく笑った。

ああ、どうやら自分もいつのまにか泣いていたらしい。

藤本は気づいて、そんな自分に対して喜びと微かな戸惑いを覚えた。
883 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:37

9.そして黄昏がやってくる


気持ちの良い風が吹いていた。
海から吹き上がる風。坂道を駆け上がり、空へと戻ってゆく風。
途切れることなく吹き続ける風を正面から受けるようにして自転車を漕ぎ続けていると
次第に草と土の薫りが潮の匂いに変わり、微かに波の音が聞こえ始めた。
潮の薫りが 強くなる。道を曲がると 突然目の前に海岸線が広がった。

「うわぁ!」

少し先を行く彼女が感嘆の声をあげる。
冷たい冬の海には誰もいない。二人きりだ。おそらくどこまで行っても二人きりだろう。
それに気をよくしたのか彼女は自転車のまま

「とつげーきっ!!」

砂浜に乗り入れた。

「え、ちょっと待ってよ。危ないって」

既に自転車から降りて歩いていた藤本は慌てて彼女を止める。
だが、その声は少し遅かった。
彼女の乗った自転車は既に砂浜の中に突撃しており、そして、呆気なく転んでしまった。
柔らかい砂の上を自転車で走れる訳がないのだ。少なくとも二人の自転車では無理だった。
884 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:38

「アヤちゃん、大丈夫?」

自転車をその場に放り投げて藤本は砂浜を駆け下りると、
砂の上に仰向けに寝転がる彼女を抱え起こした。
自転車を漕いで汗をかいていたせいか、彼女の腕には砂埃が張り付いている。
顔にも同じように砂がついており彼女の顔は斑模様になっていた。
藤本は眉を寄せ、彼女の頬についた砂を服の裾で落としてやる。

「大丈夫?」
「ん、大丈夫。口に砂入ってジャリジャリするけど」

彼女は顔を顰めて舌を出した。
幸いなことに衝撃は全て自転車が引き受けてくれたらしく彼女に怪我はないようだ。
藤本は安堵の息をついて、ふっと海を眺めた。
大海原とはよく言ったもので、白く立つ波がまるで海原に生えた草のように見える。
水平線は、どこまでもどこまでも続いており、
小さい点になっている船がその向こうに消えていくのが見えた。
885 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:38

「たん、大丈夫?」

よほど、ぼんやりとして見えたのか彼女が急に顔を覗きこんでくる。

「え?あ、うん。大丈夫」

藤本は少し身を引きながら微笑む。情報は氾濫しない。
波が砂浜に打ち付けられる、ざぶーんざぶーん、という音以外にはなにも聞こえない。
頭の中は静かだった。

「よし、もっと海の近く行こ」

藤本は、彼女の手を取って走り出す。
靴の裏で形を変える砂が心地良かった。
886 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:41




一頻り波打ち際で遊んだあと、彼女は疲れたと言って砂に埋もれた石の上に腰掛けた。
藤本は、ちょっと歩いてくると言い残し、真っ赤に染まった夕陽を横目に、波打ち際を歩きはじめた。
少し冷たい波が素足を浚い心地よい。
さざ波だけが静かに響き渡って、吹きつける潮風が髪を揺らす。
世界が波に呑まれていく。
青く澄んでいた海は既に青さを失いつつあった。
代わりに黄色味を帯びはじめている。
昼間が澄み切るような青さだっただけに、それはどこか寂しい色に見えた。
今日が終わった合図になるのかと思うと、言い様のない気持ちがこみ上げてくる。
過ぎて行く日々にはもう帰れない。そんな切なくやるせない気持ちが藤本の胸に沸いた。
時計の針が動くのさえ憎らしい。
そんなことさえ感じながら藤本はただひたすら波間を歩き続ける。
どれくらいそうしていたのか、そろそろ彼女の元に戻ろうかと藤本が思い始めたその時。

「ミキたん!」

背後からペタペタと足音がして、振り返るより先に背中から抱きつかれた。
というよりは、よりかかる、というほうが正しいのかもしれない。
藤本は振り返ることもできず、振り払うわけにもいかず、とりあえずはその衝撃を受け入れる。
しかし、すぐに離れてくれるかと思っていた彼女は背中に張り付いたまま容赦なく体重をかけてくる。
前のめりになった状態で暫く耐えていた藤本だが
プルプルと膝が震えてきて、さすがに。いい加減に。
「重い」きっぱりと言い捨てると
「…むぅ」と、不満げに彼女は唸り背中から離れた。
887 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:42

支えるように肩に置かれていたた手の重さがなくなって、藤本は、やっと一息つける。
少し寒いくらいだったから 彼女の熱はいつまでも体に残っていた。
ドクンドクンと音をたてる心臓を軽く叩いて

「…どうしたの?急に」

藤本は彼女を振り返り手を伸ばす。
彼女はギュッギュッとなにかを絞るように藤本の手を握りながら

「なんかたんを海に取られちゃうみたいで寂しくなったの」ポツンと漏らした。
「……そっか」

それ以上の言葉はなかった。
彼女も下手な慰めや嘘はいらないのだろう。そう、と頷いて歩き出した。
888 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:43

二人はただ手を繋いで来た道を戻る。
藤本が辿ってきた足跡は寄せる波に消されたのかもうすっかり消えてしまっていた。
海はいつの間にか黒く染まっていた。ぼんやりと黄色いのは月の灯りだろうか。

「ミキたん…」
「ん?」
「すっごいね、今、空がキレイなんだよ」
「…そうなんだ。どんな」

どんな色と、聞こうとして彼女の顔を見やって藤本は、ああ、と納得の吐息を漏らす。
彼女がキョトンとして藤本を見つめた。

「どうしたの?」
「アヤちゃんの目の中に月がうつってる。すごくキレイ」

藤本は丸められた彼女の双眸に表情を緩めながら、問いかけに対する答えを口にした。
思いがけない言葉だったのか彼女は驚いたように微かに目を見開き、
やがて、藤本の双眸に同じように月を見つけたのかしんなりと目を細めた。

「ミキたんの目も月の色に染まってる」
「そう?」
「うん」

頷いて彼女は微笑んだ。
それは、優しく温かく、少し寂しそうな色の織り交ざった笑顔だった。
藤本は、見ていられなくてさりげなく海に視線を移す。
889 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:44

海はやはり黒く、月明かりが波を輝かせていた。
その様は神秘的で、全ての生命が其処から生まれたというのにも頷ける。

「海も母なるものだよね…」

我知らず、零れた言葉に彼女がピクッと反応する。
そして、彼女はチラリと藤本を見やり「たんは、海に還りたいの?」言った。

「別にそういう意味じゃなくて……ただなんとなくどうして海じゃないんだろうって思っただけ」
「…海を捨てたからじゃないの。私たち、海を捨てて大地に上がったから」
「なるほど」

彼女の言うことは尤ものように藤本には思えた。
祖先が大地に上がったせいで大地に縛り付けられる。
大地はそうしなければ自分も何時捨てられるのではないかと不安なのかもしれない。

捨てられても斯様に寛大にあり続ける海とは正反対で、
大地は厳格に子供たちを手中に収め続けることを望む、狭量な思考の持ち主なのだろうか。
そう考えると、あれ程大地の愛を感じ心を歓喜に震わせた自分が酷く愚かに感じられる。
しかし、それでも藤本は人間以上に嫉妬深く独占欲の強い大地から逃れることは出来ない。
嫌いにはなれない。

それがプログラム故のものだとしても、
いや、プログラム故のことだからこそ藤本にはどうしようもないことであった。
890 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:45

「たん、なに考えてるの?」
「え?あ、えっと……」

今考えていたことを素直に彼女に教えてしまうと、絶対に悲しませてしまうだろうことは分かる。
かといって、咄嗟に上手い誤魔化し方も思いつかず
「まぁ、色々」と藤本は我ながら何とも苦し紛れな返答をした。
だが、そうやって曖昧に言葉を濁されれば余計気になるのが人間の心理というもので
「色々ってなに?」と彼女は追求の手を緩めてくれない。

「色々は色々……みたいな」
「だから、色々の内容を言えって言ってんの」
「えぇっと……」

強くなる詰問に藤本が落ち着きなく視線を彷徨わせると
ふと浜辺に打ち上げられたゴミの中になにかがキラキラと光っているのが見えた。

「あ、あれ、なんだろ?」

白々しくそう口にして、藤本は彼女から逃げるようにキラキラ光る物の方に向かう。

「すぐそうやって誤魔化すんだから」

後ろで彼女が怒りの声をあげた。振り返るといじけたように彼女はその場にしゃがみ込み
ぷっくりと頬を膨らませてこちらを睨んでいる。
あの機嫌を直すのは骨が折れそうだと思いながら、藤本は溜息混じりに視線を落とした。
先ほどのキラキラが視界に入る。彼女を気にしながらしゃがみ込んで見てみると
キラキラ光っていたのは、直径5cmほどの透けるように薄いブルーのガラス玉だった。
891 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:47

「へぇ」

藤本はそれを拾いあげると、軽く海につけて砂を落としてみる。
すると、それは水滴を弾いてさらにキラキラと輝いた。

「アヤちゃん、アヤちゃん」

なんだか嬉しくなった藤本は彼女の元に駆け戻る。
いじいじと砂にのの字を書いていた彼女は
「……なに?」とむくれた顔をあげた。

「はい、プレゼント」

にこにこと藤本はたった今拾ったばかりのガラス玉を彼女に差し出した。
彼女は驚きに微かに口をあけ、藤本とガラス玉を交互に見比べるとそっと指でガラス玉に触れた。
懐かしそうに彼女は藤本の掌の上でガラス玉を撫でる。

「…拾ったの?」
「うん。キレイでしょ」
「私が貰っていいの?」
「明日になったら美貴はアヤちゃんを忘れてるかもしれないから…
 今日の思い出はアヤちゃんが持っててよ」

「……しょーがないなぁ。たんは忘れん坊だもんね」

ガラス玉を玩んでいた彼女は寒いのか震える声で言うと、
藤本の掌からガラス玉を手に取った。

彼女の手の中に移ったガラス玉は月をその中に閉じ込めたかのように淡い光りを放ってみえた。
彼女はキュッとガラス玉を握り締める。ふと藤本が気づくと、その手も肩も震えていた。
先ほど彼女の声が震えたのは寒さのせいだと思っていた藤本は
ポロリと零れた雫に漸く彼女が泣いていたことを悟る。
892 名前:9. 投稿日:2005/01/06(木) 23:48

「…アヤちゃん」

どうして彼女が泣いているか見当がつかない藤本はただ
自分がまた彼女を泣かせてしまったという罪悪感を覚えた。

「……ゴメンね」

藤本は、躊躇いがちに彼女を抱き寄せる。
体に感じる彼女の温もりに例えようのない息苦しさと切なさを感じながら
けれど、藤本はやはり出所を失った感情に対する答えを掴めない。

「美貴、バカでゴメン」
「……たんがバカなのは昔からだよ」

涙混じりに返ってくるその声に
そうだね、と頷いて藤本は回した腕に力を込めた。

冷たい潮風が髪を軽く遊ばせる。
藤本はその冷たさに終わりゆく一日の寂しさを感じたが、
このまま彼女とこうしていれば今日という一日は終わらないような気もしていた。
893 名前:10. 投稿日:2005/01/06(木) 23:51

10.キミヲサガシテル


最後の日は、これでもかというくらいに晴れていた。
眠っていた藤本はカーテンを突き破ってくる光で目を覚ましたくらいだ。
目を開けてすぐに網膜を焼くような眩しさに耐えられず藤本が掛け布団のなかにもぐりこむと、
一足先におそらく寝ぼけたまま差し込む光から避難したのであろう彼女の頭に顎をぶつけそうになった。
彼女と一緒に寝ていたことを覚えていなかった藤本は
思いがけないその存在に驚き身を引こうとして、誤って彼女の足を軽く蹴飛ばしてしまう。

「…ん」

その衝撃に彼女が小さな吐息を漏らした。
一瞬、起こしてしまったかと藤本はドキリとして彼女の顔を見やったが、
彼女はぐっすりと眠っているのか穏やかな寝息を立て続けていた。
ホッと息を吐き、藤本は薄暗がりの中そのまま彼女の寝顔をまじまじと見つめる。
彼女の寝顔は、藤本の目には大変新鮮に映っていた。

もしも彼女が起きていたら「どうしたの?」という不安げな言葉か
「私が可愛いからって見つめすぎ」というからかいの言葉を聞くことが出来ただろう。
それほど真剣な顔で藤本は彼女の寝顔を見ていた。
それは、他にすることがなかったせいもあるが、
藤本は彼女の健やかな寝顔を見ているとなぜか「昔」を思い出せそうな気がしていた。

もしかしたら、生きていた頃の自分も早く目覚めると
今と同じように彼女の寝顔を見つめていたのかもしれないなと、藤本は思い、
その時の自分なら今は名づけようもないこの感情に名前をつけることが出来たのだろうか、
ともやもやする胸をトンと叩いた。
894 名前:10. 投稿日:2005/01/06(木) 23:53

今の藤本が名前のつけられないその感情は、ある種優しさと呼ばれるものにも似ていたが、
その中に、決して優しいだけではない複雑な感情が入り混じっていて、
そう単純に名づけてしまうのを藤本に躊躇わせていた。
この感情がなんであるのかを知るには、彼女が自分にとって何者なのかを知らなければ無理なのかもしれない。
そう考えて、藤本が一番に思い当たったのは家族だった。
しかし、次の瞬間には藤本はその考えを撤回していた。
頭の中で彼女は家族ではないのだと否定する声が聞こえたからだ。
否定したのは嘗ての自分なのだろうか。
恐らく彼女に対する答えは自身にとってとても重要なものだったに違いない。
そして、それは大地にとっては有害な物なのだろう。藤本は顔を顰める。

なんとかして思い出そうと頑張ってみてはいるが、
目に見えない強力な何かがそれを阻止するべく
藤本の頭に毒をおくっているのか次第に頭がガンガンと疼き出してくる。
まるで思い出すなと脅迫されているようだった。
それに抗えない藤本は諦めの溜息をつき彼女の頬にそっと手を伸ばす。
触れた温もりと同時に溢れてくる、単純には量れない、
深くて高い名前のない感情に終わりも果ても底もない。尽きることもないのだと思う。

藤本はキュッと眉根を寄せ彼女の顔にかかる髪を指で撫で上げる。
と、微かに彼女は、けぶるような長い睫毛を、ふるりと震わせて、緩慢な仕草で、瞼を開いた。
驚いて藤本が手を引くと、その手に彼女が触れた。
895 名前:10. 投稿日:2005/01/06(木) 23:54

「……た、ん?」

彼女は取った手が夢ではないことを確かめるようにぎゅっと握る。
未だ。夢に囚われたその視界にはぼんやりと生気のない自分の顔が映っていた。
藤本は終わりが近いことを痛感する。

「たん……眠れないの?」

手を握ったまま、眠たげに問うてくる彼女に藤本は微笑を浮かべる。

「もう朝だよ、起きなきゃ」
「……何時?」
「んーと、十時回ったところかな」
「十時………十時っ!?」

ぼんやりと時間を反芻していた彼女は一気に覚醒したのか布団を跳ね除けて飛び起きた。
その勢いに驚いて藤本は目を丸くしながら、ゆっくりと身を起こす。

「なにか用事あったの?」
「たんとデート」

端的に答えると彼女はベッドから飛び降りて慌しく出かける準備を始めた。
服がベッドに向かってポンポンと飛んでくる。
ベッドの上で呆気にとられていた藤本は
飛んでくる彼女の温もりの残った服をキャッチしながら
デートの約束なんていつのまにしたんだろうと首を傾げていた。すると

「たんも準備して。ちゃんと寝癖とか直すんだよ」

着替え終えた彼女がぐるりと怖い顔を藤本に向ける。
藤本はその迫力に思わず姿勢を正して「は、はい」と返事をした。
896 名前:10. 投稿日:2005/01/06(木) 23:55



藤本を引き摺るようにして表に出たはいいものの
彼女は行く場所をはっきりと決めていなかったのか
「どこに行きたい?」と藤本に聞いてきた。

てっきり彼女が決めるものだと思っていた藤本は考えて、一瞬口篭る。
行きたいと思う場所はなかったが、行かなければいけないと思う場所はあった。
ただそこが彼女にとって絶対に足を踏み入れたくない場所だということはなぜか予測できたため
藤本はその場所を口にすることを躊躇したのだ。
だが、藤本の躊躇いを彼女が見逃す筈がない。

「どこ?今、行きたい所見つけたでしょ」
「え?あー、いや…まぁ」
「どこどこ?遠慮せず言いなよ」
「別に遠慮してるわけじゃないけど……あの、街に」
「街?」
「そう。地下鉄乗って街に行くのは…どうかなって」

藤本は彼女が断ってくれないかなとどこかで願いながら窺うように口にした。
街かぁ、と彼女が間延びした声を零す。それから嬉しそうに「いいね」と頷いた。
897 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:16

11.真実と絶望


空気の圧縮音と共に、地下鉄のドアは閉まった。
誰も乗客を乗せないまま、無人地下鉄は静かに滑り出し、次の駅へと向かう。
無意識に墓場である街を避けているのか、それとも街に出る必要がないだけなのかよく分からないが
降り立った駅のホームにも藤本と彼女の二人以外誰もいなかった。

無人の地下鉄は毎日変わりなく運行しているが
居住区から少し離れた場所にある街に出る者はそういないのだ。
もしかしたら、最後の一日だけ足を踏み入れるという者の方が多いのかもしれない。
実際、藤本も――そしておそらく彼女も――街に出るのは初めてだった。

「たん、手繋ぐべ」

彼女は緊張しているからかわざとおどけたように言って藤本の手を取る。
手袋越しの、手の感触。
それはどこか頼りなくて、すぐにすり抜けていってしまいそうな気がした。
藤本は少しだけ彼女の手を強く握る。ん?と彼女が藤本を見た。
別に、とぶっきらに返して歩き出す。
二人分のスニーカーの足音は空気清浄機の低い作動音と同じくらい静かだった。

「うちらって真面目だよね」

地下鉄に乗る際に買った切符を取り出し無人改札に通す時、彼女がくすくす笑いながら言い、
そうだね、と藤本も笑いながら緩やかな警備が解かれた改札機を潜った。
898 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:17

駅から外へ出た途端、正面から突風が吹き付ける。
狂ったように煽られ靡く髪を押さえながら
「さむーい」繋いだ手を離して彼女が体をぶつけるように腕を組んでくる。
風と彼女の体重に藤本は少々よろめきつつ、辺りを見回した。
身長の100倍はある超高層ビルが立ち並んでおり空は見えない。
ビル群は、それぞれが自分以外の風景を鏡のように跳ね返す黒色の硝子窓を見に纏って
三面鏡の中の現象があちらこちらで起こっていた。

見ていると不思議の国に迷い込んでしまったような不安な気分になってくる。
だが、藤本にとってこの街が迷い込んだら戻れない本当の不思議の国になるのは明日の話だ。
藤本は、隣にいる彼女に視線を戻す。

「とりあえず、歩こうよ。アヤちゃん」

乱れる髪をそっと指で払いながら、藤本は視線の先の彼女に笑みを見せた。

「じゃ、じゃんけん」
「へ?」
「じゃーんけん」

ぽん、と言われて反射的にチョキを出すと彼女は、へへーと笑って
「パラシュート」と腕から離れて六歩進んだ。
そのまま、じゃんけんをしながら勝った分だけ歩いていく遊びをしながら、目的もなく街を歩く。
風は少しも収まらなかったが遊んでいる間に慣れてしまった。
899 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:18


「たん、こっち来てーっ!!」

勝ち続けて大分遠く道路を渡ってしまった彼女がなにかを見つけたのか
大きな声で藤本に手を振っている。

「じゃんけんはー?」
「そんなのいいから早くーっ!」

白いコートでぴょんぴょん飛んでいる様はまるでうさぎのようだ。
藤本は頬を緩め、車の通らない三車線の道路を一気に渡った。

駆けつけてみると、先ほどいた位置からは見えなかったが
彼女の後ろにビルに沿って下に向かうエスカレーターがあった。
それを見つけて興味深々な彼女とは逆に藤本の顔は曇る。

「下行ってみようよ」
「いや、やめとこうよ」
「いいじゃん。たん、怖いの?」
「そうじゃなくて……行かない方がいいっていうか」
「なんで?」
「…なんででも」

ぼそぼそと拒否し続けていると彼女の顔が徐々に不穏なものに変わっていく。
900 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:19

「たん、この下になにがあるか知ってるんだ」

一呼吸のあと彼女はポツリと言い、いきなり藤本に背を向けた。
そして、止める間もなくエスカレーターを駆け下りていく。

「アヤちゃん!」

藤本は慌てて彼女のあとを追いかける。
カンカンカンカンと五月蝿いくらいの音が辺りに響く。
近づいてくるのは――ビル群のように内部の見えない黒い硝子窓を一つも使っていない――
一面、透明な硝子板の低い大きな鳥かごのような形をした温室。
その内部は上から下までくすんだ茶色をしていた。

近づけばそれらがなんであるかは明白だ。
だが、彼女は止まらない。
藤本よりも先に地上に降りたった彼女はそのまま温室の中に入っていく。
少し遅れて、エスカレーターを降りた藤本は諦めの眼差しを茶に染まる温室に向ける。

コルクに渋紙、煤竹、赤褐色。セピアに仙斎茶。
生命力を微塵も感じさせない腐り切った枝葉が存在を維持できるだけの僅かな生命を与えられてそこにあった。
藤本は嫌な寒気に身体を震わせる。
彼女を追いかけたかったが、中に入るのが恐ろしく怖かった。
901 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:20

これが最後なのだろうか。
大地の愛を一心に受けた最後がこれだというのだろうか。
死の異臭を放ち地面にへばりつくそれが。

ぶるぶると全身を震わせながら藤本がその場に立ち尽くしていると、
不意に、目も開けていられないほど視界がぐるぐると回り出し、
愛の賛美歌が頭の中に木霊のように響きはじめた。
温室の色が色鮮やかな緑に変わっていく。
それは、大地が見せる虚像なのか。または実像なのか。
自分を取り巻く世界全体がぐるぐると回っているかのような激しい酩酊感に襲われて藤本には分からなくなる。
その苦しみに耐えられずに、藤本は苦悶の呻きを洩らしていた。

「…ヤちゃん……アヤちゃんアヤちゃ」

口からは知らず知らず縋るように彼女の名前が零れ落ちる。
だが、藤本が本当に縋りつきたかったのはその人そのものだった。
藤本は回る視界の中、必死に建物の入り口を見つめる。
キィッとドアが開く音がしたのは気のせいだろうか。
902 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:23

「たんっ!ミキたん!!」


彼女の声が――した。

寒気が収まる。眩暈が消える。歌が止まる。
藤本はぼんやりと視線を上げる。
視界に飛び込んできたのは彼女が来ていたコートの白色だった。

抱擁は力強く、けれど、まるで壊れ物を掻き抱くように優しかった。
彼女の優しさが自分を思っての切実さで満ちていればいるほど、
藤本はどうしても圧迫された重圧に耐えているような苦しさを抱いてしまう。
それでも、その苦しさから逃げようとは思わない。
苦しみを共有しているような安心感をこんな繋がりでしか見出せない事に
情けないとは思うものの、今の藤本にはこういう方法でしか彼女との絆を確かめられないからだ。

「…たん、大丈夫?」

藤本は返事もせず彼女の体にしがみつく。
与えられる温もりに、感じる鼓動に、藤本は自分の中の何かが膨れ上がるのを感じていた。
903 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:24

藤本の記憶の一番揺ぎ無い部分に隠されていた鋼鉄の保管庫が
唐突に音をたてて開くのを感じる。
今まで名付けられなかった感情が名前を持って全身に流れ込んでくる。
藤本は驚きに身を強張らせた。

流れ込んできた感情は藤本が毎日のように覚えていたものであった。
藤本は一度としてその感情を忘れたことなどなかったのだ。
だが、藤本はその感情は大地に与え、大地から与えられるべき感情だと信じ込んでいた。
藤本にとってそれは、決して他の誰かに与え、他の誰かから与えられるべきものではなかった。

大地のために大地のためだけに、それが藤本の世界では正しく常であり
彼女のために彼女のためだけに、というのは誤りで異常であった。
だから、藤本は正しく常でありたいと思いながら同時に誤りで異常でありたいと願っている
今の自分に気づいてどうしようもないほど混乱していた。

ただそれでも最終的に藤本の中にある選択肢は一つでしかないのだが――
藤本は、彼女の胸にしがみつくように顔を埋める。
904 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:24

「…アヤ、ちゃん」
「……ん?」

「亜弥、ちゃん」
「…うん」

確かめるように名前を呼ぶたびに彼女は柔らかな返事を返してくれる。
よしよし、と頭を撫ぜてくれる。
それは涙が出そうなほど心地よく、手放したくないものだった。
けれど、藤本は自分がそれを掴んでおくことができないことを痛いほど知っていた。
あれほど名前を知りたかったそれに気づかなければよかったという後悔に
藤本の胸は彩られ、そして、それはすぐに絶望へと姿を変えた。

「亜弥ちゃん…」
「…たん、大丈夫?」

柔らかな柔らかな声。
彼女の全てを包みこむようなその温かさは
けれど、今は藤本の泣き出したいまでの絶望感を助長するだけだった。
藤本は自分がどうこうというよりも
彼女を一人置いていってしまわなければいけないということに深い絶望を覚えていた。
905 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:26

「亜弥ちゃん」

ゆっくりと顔を上げ、藤本は彼女の頬に手を触れる。
彼女の整った眉毛は不安そうに下げられていた。

「ミキたん……顔色悪いよ?どうしたの?」
「……大丈夫。美貴は、大丈夫だよ」

ダメだ。これ以上、彼女を不安にさせてはいけない。
この絶望を悟らせてはいけない。

藤本はそんな焦燥に駆られて無理矢理に微笑を浮かべてみせるが、
彼女はそれにますます顕著に不安を表した。

「でも」
「…ちょっと場所変えていい?なんかここ…あんまり好きじゃないから」
「う、うん……でも」

不安げなまま彼女は頷き、少しだけ視線を上に動かした。
それは二人が使ってきたエスカレーターに向けられている。
エスカレーターは下り用しかなく、見上げた遥か先に黒いビル群がキラキラと光っている。
藤本はなんでもないという風に立ち上がり

「上に行くには少し遠回りしなきゃいけないんだよ」

彼女の肩を促すように叩いて歩き出した。
906 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:27


「……変な造りだね」

とてとてと背後からついてくる彼女が言う。

「ここに降りたら滅多なことで帰る人なんていないから、上りは必要な……」

自分の中に見つかってしまった彼女への気持ちに気を取られていた藤本は
考えなしにただ事実だけを口にしていて、それに小さく絶句した彼女に気づくのが遅れた。

「…ゴメン」

慌てて謝ると、彼女は無言のまま藤本の腕にぶら下がり小さな息を吐く。
冷たい風が轟々と、藤本の鼓膜を振るわせる。彼女は俯いたままだ。
胸がそわそわと落ち着かなくなる。
気まずい。それは気まずいという感覚だった。

別に今の彼女は、怒っているわけではなく、
そして、それを藤本自身も知っているのだが、やはり気まずいと感じるのだ。
しかし、こんな奇妙に気まずい空気をどうやって吹き飛ばせばいいのか藤本には分からなかった。

藤本は瞼の伏せられた彼女の横顔をチラリと見やる。
昔の自分ならこういう時どうしていたのだろう。
馬鹿みたいにおどけてみせたか、それとも顔を覗きこむようにして微笑んでみせたか。
思いつくことはたくさんあるがそのどれもが今の自分には相応しくないような気がした。
907 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:30

とりあえず、なにかいい話題がないかと藤本が必死に頭を捻っていると

「……たん、あの建物なに?」

不意に彼女にグィッと腕を引っ張られた。
藤本はバランスを崩しながらも彼女が示す場所に視線を動かす。
そこには先ほど見たものと同じ鳥かごのような形をした建物があった。
ただし、もう役割を果たしていないのか透明な硝子の向こうには
鬱蒼とした植物ではなく空っぽのプランターや植木鉢が見える。
少しの興味と気まずさからの逃避のために藤本はそこに近づいてみた。
改めて見てみると、先ほどの温室とは形こそ同じだが
全体的に錆びや汚れが目立っており随分と年代物のようだった。
入り口らしい扉の上には、文字が消えかかった看板が危なっかしく引っかかっている。

「…植物園?」

彼女が目を凝らしてかろうじて読み取った文字を口にして藤本を見やった。
藤本は肩を竦め「中入ってみよっか」
言うと、彼女の返事も聞かずにドアノブに手をかけた。
908 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:32




中は思っていたよりも広く小奇麗な空間だった。
床は一部コンクリートで固めてあるが、殆どが割れて、黒い土が剥き出しになっており
踏むとじんわりと水気が感じられた。
硝子には皹割れが見られたがビル風を阻むには十分で、
外より温度は高く、湿度はもっと高くなっている。
なんの作動音も聞こえないことから、それらが自然のままに作られた気候だということが分かった。

「…へぇ」

藤本は感心の息を漏らしぐるりと視線を巡らせる。
すぐに飛び込んでくるアルミ合金の棚には、
外からも見ることが出来たプランターと植木鉢がずらりと並んでいた。
ただし、そのどれにも植物の姿は見られない。
藤本は思わず想像してしまう。ここに還った自身の姿を。
悪くない。思った。
少なくとも、管理されたもう一つの鳥かごの中よりは自然で悪くはなかった。
909 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:34

「ミキたん」

何度か呼びかけられていたのかもしれない、
少しムッとしたような調子で呼ばれて藤本は想像から我に返った。

「あ、ゴメン。なに?」
「…もう帰ろ」
「え?」

戸惑う藤本に彼女は心底悲しげな瞳を震わせる。

「帰る」

彼女はポツリと言うと、くるりと踵を返し出ていってしまった。

「あ、亜弥ちゃん?」

藤本は慌ててガラスの扉を開ける。
途端に顔にビル風がかかり、息が詰まりそうになった。
髪がくしゃくしゃに乱される。藤本は顔を顰めながら彼女の背中を探す。
風のせいで足音が其処彼処に散らばってなかなか見つからない。

漸く見つけた小さな背中は藤本から随分と遠く感じられた。
910 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:35

「亜弥ちゃん!!」

風に掻き消されないような大声で藤本は先を走る彼女を呼ぶ。
彼女は止まらない。
小さく舌打ちして藤本は走り出す。
風が邪魔をするように前から吹き付けて息が出来なくなるが、それは彼女も同じことだろう。
藤本は構わず走る。
結局、先に根負けしたのは彼女のほうだった。
徐々に脚の回転が鈍くなり、彼女はついには立ち止まった。

「…いきなり、どうしたの?」

少し遅れて追いついた藤本は、膝に手をついて荒い呼吸をしている彼女に
咳き込みながらそう問いかける。
顔を上げた彼女は「んー、鬼ごっこしたかっただけ」と言って
えへへっと笑った。

だが、赤く潤った彼女の目は他のなによりもなにかを語っており、
強風の煽りをまともに受けたせいだと無理矢理にでも思い込まないと
藤本は彼女のように嘘でも笑えそうになかった。
一旦呼吸を止めてから、藤本はゆっくりと息を吐きだし笑顔を浮かべた。

「…じゃぁ、次は亜弥ちゃんが鬼する?」
「え?」
「ほら、走るよ」

藤本は上りのエスカレーターに向かっててろてろと走り出す。
すぐに彼女は追いついて、後ろからタックルするように藤本の腕を取った。
911 名前:11. 投稿日:2005/01/11(火) 23:36



地下鉄の駅は相変わらず無人で、今度は不真面目でいこうと彼女が言ったので
二人は切符を買わずに一緒に改札を飛び越えた。
912 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:16

12.それは一つになる夢


彼女の家に戻ると、向かい合って食事を食べて、食事が済むと
クリーム色のソファの上で他愛もなく彼女が喋り、その隣で藤本は相槌を返し
きっと、今日いつもと違うことをしたといえば街に行ったことくらいで
おそらくは一年前の二人が過ごしていた一日と同じ一日が過ぎようとしていた。
そして、彼女は一年前となんら変わらないその一日をおそらくは望んでいた。
彼女の痛々しいまでの振る舞いに、藤本は覚えていないながら応えようと
彼女が望む言葉を吐き、望む温もりを与えた。

二人は明日のことについては何一つ触れなかった。
明日で藤本がいなくなってしまうことにも。
全てを無視して二人は笑いあった。

やがて、彼女の言葉をきっかけに二人は眠ることにした。
明かりを消し、同じベッドの上で同じ布団を被る。
913 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:17

「おやすみ、ミキたん」
「…おやすみ」

そう返したものの目を閉じることが出来ずに、藤本はただ天井を見つめていた。
情報が文字となって中空に渦を巻いている。

2を1にするのは大地だけである。
大地の愛は無限である。
その腕に抱かれるのは最大級の快楽である。

藤本はまるで自分を洗脳するかのようにポコポコと浮かび上がる文字を睨みつける。
そんなことは知っている。分かっている。
けれど――藤本は自身の肩口にある温かな重みに触れる。

彼女は2を1にしてはくれないのだろうか。
彼女の愛は有限なのだろうか。
彼女の腕に抱かれる時に感じる、充足感はなんなのだろうか。

そんなことも思って苦しくなる。
914 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:18

「……亜弥ちゃん、まだ起きてる?」
「…うん、起きてる」

その返事をしっかりと聞いて藤本は彼女の顔が見えるように少し身をずらした。
向き合うような態勢で藤本は彼女を真っ直ぐ見据える。

「今日さ、古い植物園見たじゃん…」
「…うん」
「あそこに、美貴、還ることにしようかなって思ってるんだけど…どうかな?」
「どうって…」

彼女はそのまま言葉を区切り応えずに困ったように表情を固くした。
それを見て藤本はまた自分がミスを犯したのだと気づいた。

訊くべきではない事。言うべきではない事。
その判断が上手くつけられない自身に藤本は軽微な絶望の表情を浮かべる。
彼女を傷つけるしか出来ない自身への嫌悪と、彼女への罪悪感で胸が一杯になった。
そんな藤本を前にして彼女の目が驚いたように微かに開かれ、
やがてその細くたおやかな指先が慰めるように藤本の頬を撫で始めた。
心地よい感触が、肌を滑る。
915 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:19

「…亜弥ちゃん」

呼ぶと、彼女は優しく目を細める。
藤本は叱られた子供の如く、眉を下げた。
なにかを言いたかったが、また彼女を傷つけるかもしれないと思うと次の言葉を紡ぐことが出来ない。
藤本はただ彼女を見つめた。分かっているからと言う風に彼女はゆっくりと目で頷き
「……どうしてあそこがいいの?」言った。

頬を撫でていた指先は藤本の髪をあやすように梳いている。
その温かさは、今の藤本の心には刺激が強過ぎて喉の奥がつんとした。
藤本は無意識に涙を流してしまわないように唾を飲み込んでから、おずおずと口を開く。

「多分…多分なんだけど、あそこならすごい綺麗な花咲かせられると思うんだ」
「どうして?」

「だって、美貴は……亜弥ちゃんのこと覚えてるから
 美貴、この気持ちがなんていうのかはっきりとは言えないんだけど……
 亜弥ちゃんは家族とかじゃなくて、美貴にとってきっともっと近くて大事な人だったんじゃないかなって」

話の途中で顔を伏せてしまった彼女に藤本は驚いて言葉を一旦区切った。
静寂が部屋を包む。
幾らかの秒数が流れた時不意にある音が藤本の耳に届いた。
それは、彼女の嗚咽だった。

「…亜弥ちゃん」

藤本は俯いたままの彼女の目元の辺りにそっと右の手を伸ばした。
手を彼女の涙が濡らした。
916 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:21

「亜弥ちゃん…」

藤本は、思わず彼女の細い身体を抱き寄せる。
彼女の温度が形あるものとして存在していることを藤本はその二本の腕で確かに感じ取っていた。
その温かさになにかが満たされていくような気がした。
藤本は彼女の体をさらにきつく抱きしめながら、先ほどの続きを言うべきか、否か、逡巡していた。
しかし、彼女の腕がキュッと背中に廻された瞬間、その迷いはすっと消える。
伝えるべき言葉だろうと、いや、伝えたいと藤本は思った。

「亜弥ちゃん……あのさ…その、美貴は多分、亜弥ちゃんのこ」
「言わないで」

こちらの声の半分よりもずっと小さな声量で、だが、はっきりと彼女が藤本の言葉を遮った。
驚いて体を少し離すと、すぐ傍に自分を見つめる彼女の瞳がある。
藤本は動揺を隠しながら言葉を捜す。
だが藤本が言葉を見つけるよりも先に

「…言わないで」

彼女は酷く哀しそうにもう一度そう繰り返し、そのまま口を噤んだ。
自分をまっすぐ見ている彼女の瞳。それはもう正直に気持ちを露にしていた。
その真摯な感情に藤本は心の中に強い渇きを覚えた。
藤本はその渇きをすぐにでも癒したいと思い、
そして、彼女ならその渇きを癒してくれるのではないかと感じていた。

心が彼女を求めていた。体が彼女を求めていた。
そこに大地の存在はなかった。

藤本は彼女の背中から両手を動かし、ゆっくりと腕に触れ、肩に触れ、首に触れた。
そのまま、顎へ、頬へ、耳へと、その形を確かめるように指でたどる。
彼女はそっと息を詰めたまま、藤本の好きなようにさせてくれた。
917 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:22

やがて、藤本が包み込むように彼女の頬に手を当てると、
彼女は躊躇うようにゆっくりと藤本の指に自分の指を絡める。
そんな仕草一つとっても、心の底から愛しいと思えた。

藤本は指を滑らせて彼女の震える唇に触れ、形をなぞるように指で辿り、
それから静かに顔を寄せた。緩やかに重ねた唇は温かかった。
彼女の心のように、強さと優しさを含んだ温かさだった。
一度、唇を離し、角度を変えてもう一度。
お互いが全く別箇の個体として創られ、お互いがいくら物理的に極めて近しくあろうとも
一つには絶対になりえないと分かっていて、藤本の心は彼女と一つに重なりたいと渇望していた。

矛盾とエゴと間違いだらけの、しかしどこまでも純粋でひたむきな欲求。
大地以外に対して抱いてはいけない思い。抱く筈のない思い。

しかし、藤本はそれを自分が彼女に抱くのはひどく自然なことのように思えた。
だが、彼女が自分と同じ気持ちを共有しているかどうかと問われれば自信が持てず、
藤本は不意に今の自身の行動がまた彼女を傷つけている可能性に思い当たった。

ハッとして唇を離す。彼女は呆としていた。
瞳には新しい涙が溜まっていて、その雫が頬へと流れている。
918 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:24

「……ご、ごめ……んっ!」

慌てて口にした言葉は彼女の唇に遮られる。
藤本が驚く暇もなく瞬時に離れる掠めるような軽い口付けだった。

「謝るな」

唇を離した彼女は少し不機嫌に言った。

「え?」
「たんの、ゴメンは聞き飽きたの」
「ごめ」
「ほら、また!」

鋭く遮られて藤本は思わず口を押さえる。
その仕草がおかしかったのか彼女が目を細めた。

「おっかしいの、ミキたん。子供みたい」
「……だって、亜弥ちゃんが怒るから」
「怒ってないよ。少しも怒ってない」

彼女の指先が藤本の肌をそっと撫ぜる。
藤本もまた彼女の感触を求め彼女に触れた。
暫く無言でお互いを見詰め合う。
彼女の色素の薄い瞳の奥に藤本は自身の過去を見ているような気がした。
彼女の知っている自分。今はどこにもない自分。ふと気になった。
919 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:24

「……昔の美貴ってどんな奴だった?」
「んー、今とそんなに変わんないよ」
「ホントに?」
「うん。そうだね、もっとエッチだったかも」
「…エッチ?」

キョトンと聞き返した藤本に彼女は「ウソウソ」と悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
それでも藤本がキョトンとしたまま彼女を見つめていると
彼女は若干笑顔の種類を変えて目を伏せる。言うならば、崩壊しかかった笑み。
視線が途切れる。そして「そろそろ寝ないとね」と、彼女は言った。

「……ん…でも、美貴はまだ眠くないけど」

眠ってしまうのはなんだか勿体無い気がして、けれど彼女が眠たいのならどうしようもない、
窺うように言ってみると彼女は目を伏せたまま寂しげな吐息をつく。
920 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:25

「…たんはホントずるいな」
「え?」

「なんでも私に決めさせようとする」

むっくりと上半身を起こすと彼女は藤本の両耳の横に手をつく。
視線を上げると悲しげに自分を見下ろす彼女の顔がある。
藤本はゴクリと唾を飲み込む。

「…亜弥ちゃん?」
「いいからじっとして」

パジャマに伸びた彼女の指先がボタンを一つずつ外していく。
彼女の手によって露になっていく自身の上半身に藤本は戸惑うが
いやに真剣な表情の彼女に言葉をかけられずただ彼女のしたいがままにさせる。

全てのボタンを外し終えると、彼女は儚い笑顔を口元に浮かべ藤本の胸に耳を寄せた。
921 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:27

「亜弥ちゃん?」
「……たんの心臓の音好きなんだ、私」
「え?」
「いっつも私といると早くなるの。へへ。なんかね、昔からそれが嬉しかった」

少し顔を上げて彼女が上目で見つめてくる。
藤本はたとえ様がないほどに真っ直ぐなその視線に先ほどとはまた違った穏やかな欲情を感じ、
気がつくと、体の上にある彼女の体に両手を回してそのまま抱きかかえるようにして体を反転させていた。
今までと逆の態勢になって藤本は彼女を見下ろす。
しかし、無意識の行動だったためそこから動けず、
固まってしまった藤本を彼女が不思議そうに視線を揺らして見上げていた。

「…ミキたん?」
「あ……えっと…そうだ。あの、美貴も…亜弥ちゃんの心臓の音聞いていい?」

しどろもどろに言うと、彼女は一瞬目を丸くし、次の瞬間には噴出した。
笑われるようなことを言った覚えがない藤本は驚いて

「な、なに?美貴、なんか変なこと言った?」

その問いかけに彼女は笑いながら首を振り、
ゆっくりと自身のパジャマのボタンに指をかける。
藤本は困惑したまま徐々に露になっていく彼女の半身に吸い寄せられるように目を奪われていた。
薄暗がりの中でぼんやりと浮かぶ薄く朱を混ぜた彼女の白い肌は滑らかで魅惑的だった。
922 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:28

「いいよ、たん」

全てを曝け出した彼女が手を伸ばして藤本の頭を抱える。
藤本はそれに促されるようにゆっくりと彼女の胸に耳を当てた。

トクトクトク、と少し早い鼓動が心地よく耳に響く。
命を紡ぐ音。
鼓動が伝えてくる僅かな振動までも漏らさぬように藤本は息を詰める。
どうしてか酷く泣きたくなった。耳を当てたまま藤本はおそるおそる彼女の肌に触れる。
ピクンと彼女の体と心臓が跳ねた気がした。

「…亜弥ちゃん」

藤本は体を起こして先のように彼女を見つめる。
彼女もまた藤本を見つめていた。
静かに静かに、どちからともなくお互いの肌に触れ、そっと唇を求め合う。
カラダの温みを確かめ合う、互いのイノチを求め合う、存在を確認するかのように肌を合わせる。
彼女の心臓の鼓動が、触れ合った肌を通じて伝わってくる。
その胸の高鳴りに合わせるように、藤本の心臓もまた強く鼓動していた。
滝壷のような動悸の音は、全身を震わす心臓の音は、このまま永遠に続くような気がした。

やがてそんな音でさえ、どちらのものなのか分からなくなり、
二人の鼓動が一つに重なり合ったように感じる。
そんな不確かで曖昧な感覚に藤本は溺れそうになりながら、頭の中のどこか冷静な部分で
明日になれば彼女はどうなってしまうのだろうと心を痛めていた。

時が止まったような静寂の中で藤本は涙を流しながら彼女をきつくきつく抱きしめる。
不意に彼女が身じろぎした。
力を込めすぎたのかと藤本が少しだけ腕の力を抜くと彼女の吐息が耳元にかかった。
923 名前:12. 投稿日:2005/01/12(水) 23:29

「…一年ちょっとだよ」
掠れた声で彼女が零す。

「一年?」
「私が二十歳になるまで、一年とちょっと」
「……」
「私、ミキたんと同じとこに還るからさ……そしたら、ずっと二人っきり」

彼女は自分に言い聞かせるように呟いて、
藤本が緩めた力の分だけ強く背中に廻している腕に力を込めた。
触れた体から切なさの粒子が流れ込む。
藤本はキュッと眉根を寄せ彼女の体にしがみついた。そして、心の中で願う。

朝が、いつまでも来なければいいのに――
この夜が、いつまでもいつまでも続けばいいのに――
美貴とアヤちゃんが、いつまでも二人一緒にいられればいいのに――


「このまま時が止まってしまえばいいのに――」


闇に溶けた切実な声は自分のものだったのか、彼女のものだったのか
藤本には分からなかったが、どちらにせよそんな些細なことはもうどうでもよかった。
924 名前:13. 投稿日:2005/01/12(水) 23:31

13.一人ぼっちの二人


お互いを強く抱きしめあったままいつの間にか眠りに落ちていたが、
日付が変わる数分ほど前に藤本は目が覚めてしまった。
自分の体に回っている彼女の腕をそっと外して、横になっていた身体を起こすと、気だるさと鈍い痛みがあった。

彼女を起こさないように藤本はゆっくりと静かに息を吐き、彼女の寝顔をじっと見つめた。
どうしようもない渇望の切なさに、胸がつぶれそうになりなる。
世界から一切の音が消えてしまったかのように自分の心臓の音しか聞こえなくなる。
藤本はスローモーションのようにゆっくりと彼女の目にかかっている前髪に手を伸ばしかけ
微かに身じろいだ彼女の動きにハッと伸ばした手を引き戻した。

音が戻ってくる。
時計の針が時を刻む音が耳に届いた。
あと一分も時間が残されていないことを藤本は正確な体内時計から悟る。

藤本は瞬きをして胸元をギュッと握った。
未だ胸に残る切ない痛みは、今となっては必要のないものだと心底から思う。
そんなもの存在しなければよかったのだ。気づかなければよかったのだ。
そうすればなにも感じずに彼女を置いていけたのに――
つぅっと頬に涙が伝うのを藤本は止められなかった。
925 名前:13. 投稿日:2005/01/12(水) 23:32

「……亜弥ちゃん」

涙を零しながら藤本は彼女の名前を呼んだ。

「ミキは……どうしたら」

小さな問いかけに応えるように彼女の喉が微かに鳴った。

藤本は目を慄かせ頭の中に浮かんできた考えを否定しようとしたが
どうしてか今頭の中にある考えは間違っていないような気がしてたまらなかった。

濡れた吐息を吐き出して藤本は小刻みに震える自身の手の平を見つめると、
静かに眠る彼女の上に跨り、その白く細い首に手をかけた。
藤本の行動に対して、世界は全て死に絶えてしまったように無音で、
平坦で、何の変化も見せなかった。
肌に触れる熱は何も変わることはなくて、唇に触れる気体はずっと同じ味だった。
塗りたてのペンキみたいな均一が、藤本の体を覆っていた。
926 名前:13. 投稿日:2005/01/12(水) 23:33


時計の針が静かに0時を回る。

その音を聞きながら、藤本は彼女の首にかけた手にゆっくりと力を込めていった。
927 名前:還る時 投稿日:2005/01/12(水) 23:34


Return
928 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/16(日) 23:35
・・・すげ〜引き込まれる。。。
929 名前:1. 投稿日:2005/01/19(水) 21:18

1.ホントじゃないホント


はぁ、と今日何度目かの重たい溜息が向かい側から聞こえた。
息を吸う。吐く。吸う。吐く。大きく吸って――また溜息。
松浦は先ほどから目の前にある目玉焼きの黄身をプチンとつつきながら
上目で彼女の口元を見つめていた。
どうやら彼女の口は食事をするためにではなく溜息を付くためだけに使われているらしい。

切り分けた白身に流れ出た黄身を絡めてフォークで口に運びながら松浦は顔を上げる。
そこには世の中の不幸を全て背負ったような顔で苦悩している彼女がいる。
時折、チラチラと自分を窺っているのは慰めて欲しいとでも思っているからだろうか。
人の気も知らないで――もぐもぐと目玉焼きを咀嚼しながら、
松浦はピークに達した苛立ちから彼女を睨みつけた。
その視線に気づいた彼女は予想に反した松浦の態度に少し戸惑ったようだった。

「…な、なに?」

松浦はその問いかけを無視して口の中のものをゴクリと飲み込むと
彼女を睨みつけたまま紅茶に入ったカップに手を伸ばした。
対してなにか言いたげに彼女が口を開けるが、それはまた小さな溜息になって消える。

松浦は彼女のいつもと違うその情けない態度にも苛立ったが、
これ以上感情的にはならないようにと紅茶でゆっくりと唇を湿らせる。
紅茶の瑞々しい香りに少し感情の波が凪いでいくのを感じながら
松浦は漸く彼女の問いかけに対する応えを口にした。
930 名前:1. 投稿日:2005/01/19(水) 21:19

「もう朝から辛気臭い溜息ばっかりつかないでよ」
「し、辛気臭い…」

彼女が絶句する。紅茶の効力はあまりなかったらしい。
第一声がついきつくなってしまったことを
十分自覚しながら松浦は慌てて、少しだけおどけた調子をつくって続ける。

「…朝からこのプリチーな私と一緒にいるんだよ?たん、嬉しいでしょ」
「…そりゃ、まあ」
「なら、もっと明るくいこうよ。ね?」

努めて明るい声を出しながら松浦は彼女に頷きかける。
だが、彼女のほうはどうにも煮え切らない表情で、
渇いた唇を小さく舌で湿らせると言い辛そうに口を開いた。

「でも…今日で最後なんだよ?」

弱弱しいそれはあまりにも予想通りといえば予想通りの言葉で
松浦は怒りを通り越して苦笑を禁じえなかった。彼女の目が咎めるように鋭くなる。
931 名前:1. 投稿日:2005/01/19(水) 21:20

「なんで笑うのさ?」
「だって…最後って言っても、別に明日になったからってあんた死んじゃうわけじゃないでしょ。
 大体、ミキたんはいっつも大げさすぎるんだよ」
「そうだけど……亜弥ちゃんって、意外と冷たいんだね」

彼女が恨めしげな視線を送る。
その視線をどうにか平静を装いながら受け流して松浦は肩を竦めてみせた。

「毎年祝ってたことじゃん。明日も日付変わった瞬間にちゃんと祝ってあげるよ」
「……嬉しくないよ」

ガタリと激しい音を立てて椅子から立ち上がると
彼女は今にも泣き出しそうな表情で松浦を見つめ、くっと喉を鳴らすと早足で部屋から出て行った。

「ミキたん!」

慌てて立ち上がった松浦の呼びかけと同時にバタンと乱暴にドアが閉められる。
すぐに追いかけようと松浦は一歩足を動かしたが、
そのまま彼女の出て行ったドアを見つめて立ち止まった。
そして、小さく息をついて崩れるように椅子に座りなおし、
背凭れに体を預けるようにして天井を見上げる。
その顔には今までの強がりは全て消えうせて先ほどの彼女よりも明確な悲しみが浮かんでいた。
932 名前:1. 投稿日:2005/01/19(水) 21:21

「最後じゃ、ないもん…」

明日から全てのお終いが始まるのだとしても
松浦はそれを彼女との関係性の最後だとは思いたくなかった。
今までの二人の最後だとは決して思いたくなかった。
だから、頑ななまでに今日をいつもと変わらない一日にしたかったのであり
明日をいつもと同じ彼女の誕生日にしたかったのだ。
例え、それが欠片ほどもない可能性に縋る愚行だったとしても――

「…たんのバーカ」

体内は熱く、心はピンと張り詰めていた。
松浦は一度思考を絶つ様に目をゆっくりと閉じる。
そうすると、いつのまにか目の淵に溜まっていた涙が押し出されるように右頬を伝った。
ふと部屋を出て行く前の彼女の泣き出しそうな顔が頭に浮かぶ。

「泣きたいのは……私の方だってば」

松浦は忌々しげに涙を拭うと壁にかかった時計に目を向けた。
時刻は9時を回ろうとしている。
933 名前:1. 投稿日:2005/01/19(水) 21:21


「12時までか…」

呟いて松浦は机の上にある食器類を真ん中のほうへ寄せ空いたスペース突っ伏した。
喧嘩をして相手が部屋から出て行ってしまったら
3時間後に残された方が迎えにいくことにしようと
昔、収拾がつかなくなる程、大喧嘩をした際に二人で決めたルールがある。
ただし今まで一度として松浦が彼女を迎えに行くという事態にはなったことがない。
出て行くのは松浦で迎えに来て謝るのはいつも彼女の方だった。

「やっぱり迎えに行こうかな」

松浦は頭を腕に乗せたまま横にずらしてまた時計に目をやる。
3時間。貴重な時間をこうして離れて過ごすのは勿体無い気がする。
だが、今すぐ迎えにいって先ほどと同じようなことを繰り返すのはまた勿体無い気がする。
彼女はどう思っているのだろうか?腕の上で頭を転がし松浦はうー、と唸る。

散々迷った挙句、結局松浦は3時間ルールを採用することにした。
934 名前:2. 投稿日:2005/01/19(水) 21:22

2.ターコイズ


意外と綺麗好きだった彼女の部屋が散らかり始めたのはいつだっただろう?
今日の彼女は私を見て微笑みかけてくれたけれど、私の名前は出て来なかったみたいだ。
教えると、知ってるよなんて見え透いた嘘なんかついてくれて。
私は納得した振りをして酒瓶を片付けはじめる。

一緒に片付け始めた彼女はまた私には感じないなにかを床のどこかから
感じ取ってしまったのか少しだけ顔を強張らせた。
心配になって、大丈夫?と聞くと、彼女は肩を竦めて私の足元を指差し
亜弥ちゃん、その部分、あと38年もしたら穴が開いちゃうらしいよ、と言った。
私は思いも寄らなかった返事に少しだけ驚いて、それから
私たちに38年後なんて未来がないことに気づいて少し悲しくなった。

拾い集めた酒瓶は38本あって、彼女は覚えていないからか何も言わなかったけれど、
きっと昨夜の夜も同じことを床から感じ取った彼女は、先程の私と同じように
38年後の存在しない未来を悲しんだんだろう。
935 名前:2. 投稿日:2005/01/19(水) 21:23

朝食を食べて外に出るとさらりと風が吹いた。
冬の弱い太陽の光を満遍なく吸い込んだそれは空気より少し温かい風だった。
透明な光が零れるように空から落ちる。
彼女が眩しそうに目を細めて片手で器用にサングラスをかけた。
私は少し前の彼女の言葉を思い出していた。

空には幾億もの眼球が浮かんでいて自分に向かって呪いの言葉を吐き続けているのだと。
空を見上げたらきっと死んでしまうんだと。

怯えた子供のようにぶるぶる震えながらそう言って彼女は私に抱きついた。
それ以来、彼女は空を見上げない。
彼女は空を見上げるのがすごく大好きだったのに、もう見上げることが出来ない。
だから、私は彼女の代わりに彼女の隣で空を見上げる。

空はぶ厚い雲に覆われていた。
雲は風に吹かれる事もなく、まるで時が止まったかのように同じ場所の空を埋め尽くしている。
その隙間を縫うようにして太陽の光は必死に地上に降り注いでいた。
936 名前:2. 投稿日:2005/01/19(水) 21:24

前を向いたまま彼女が今日の天気を聞いてくる。
私は、いい天気だと嘘をついた。
次に空の色を問われたので、当たり前に青だと答えると少しバカにされた。
だから、具体的に彼女がよく好きだと言っていたターコイズをあげると
どんな色か知ってんの?とまた少しバカにされた。

私はターコイズがどんな色かはっきりとは知らないけれど
彼女が好きだと言っていた青の色は覚えている。

彼女は覚えているのだろうか。
あの青の色を――
937 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:27

3.脆弱な掌中の希望


ドアを開けるとベッドに腰掛けていた彼女がギロリと上目で松浦を睨んだ。
まだ怒っているらしい。
松浦は折角採用した三時間ルールを無駄にするな、と文句を言いたくなったが
あまりにも鋭いその視線につい身を竦ませた。
彼女がふんっと鼻を鳴らして立ち上がる。松浦の足は石のように動かない。
彼女が近づく。その顔は能面のような無表情に覆われている。

「…キたん?」

目の前で立ち止まった彼女に松浦はおそるおそる呼びかけた。
カタンとどこかで音がする。
彼女は無言のまま松浦にニヤリと笑った。

「…え?」

耳元になにかが触れる。彼女は動いていない。
カチカチカチ。
変な音がした。松浦は眉を寄せて彼女を窺い見る。


「ミキた」


呼びかけようとした瞬間――
ジリリリリリリ!!――けたたましいベルの音がすぐ耳元でした。
反射的にビクッと体を飛び上がった松浦はその拍子に座っていた椅子から転げ落ちた。
938 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:28

「…ったぁ」

強かに腰を打ち付けて松浦は呻いた。
飛び上がるほど松浦を驚かせた音はもう止まっている。
一体、なんだったのだろうと顔を顰めたまま目を上げると、
してやったりといった顔で彼女が目覚まし時計を松浦に見せていた。
音はどうやらそこから発されたものらしい。
だが、そんなことよりも松浦は彼女の背景に目を奪われていた。
彼女の背景になっているものはどう見ても松浦自身の部屋だった。
松浦は一瞬パニックに陥って、怒るよりも先にキョロキョロと視線を巡らせる。

「…あれ?なんで…私、さっきミキたんの家にいたはずなのに」

混乱のまま呟くと彼女が呆れたように眉を上げ手を差し出してくる。

「……夢でも見てたんでしょ。
 待ってたのに迎えに来ないんだもん。戻ってきちゃったよ」
「夢?」

そう言われれば頭の中がぼんやりとしている気がしないでもない。
松浦は差し出された手を取りながら改めて部屋を見回す。
室内は先ほど彼女が出て行った時となんら変わっていない。
唯一違うといえば、テーブルの上にあった食器類が片付けられていることくらいだ。
戻ってきた彼女が片付けてくれたのだろう。
ということは、自分は大分寝ていたらしい。それを悟って松浦は頭を下げる。
939 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:28

「…ゴメンね、ミキたん」
「別に、もういいよ。ほら、立って」
「うん。引っ張って」
「はいはい」

新たに差し出されるもう片方の手を松浦はキュッと握る。
ぐぃっと彼女の両手が松浦を引っ張った。
その力を頼りに素直に立ち上がりなら、ふと松浦は先程の目覚まし時計の仕返しを思いついていた。
力を込めるために中腰になっている彼女の腰の辺りにチラリと目をやり
「ミキたーん!!」抱きつくように自分の力で一気に立ち上がる。

「うわっ!!」

松浦を引っ張っていた彼女は松浦の企みどおり、いきなり負荷が消えた分の力を
制御できずそのまま後ろに倒れこんだ。ただ松浦の予想と違っていたのは
自分自身も彼女に引っ張られる形で一緒に前のめりに倒れ込んでしまったことだ。

「…うぇっ」

下になった彼女が溜まらずといった悲鳴を漏らす。
そして、そのまま低く唸るが、まだ自分の身におきたことにいまいち対応できていないのか動こうとしない。
松浦の方も彼女の上に重なったままぼうっとしていた。
940 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:29

「…亜弥ちゃん、ちょっと太った?」

やがて、そんな失礼な言葉を彼女が口にする。

「……太ってない」
「重いんだけど」

言いながらも彼女の腕がゆるゆると背中に回るのを感じて
起き上がろうと少し頭を浮かしかけていた松浦はまた彼女の胸の辺りに頭を戻す。
トクトクと早い鼓動の音が感じられた。
その音に勇気付けられるかのように松浦は口を開く。

「…たん、さっきのことまだ怒ってる?」
「さっき?それは…亜弥ちゃんが美貴を迎えに来ないで寝こけてたこと?
 それとも、冷たかったこと?どっちかなぁ」
「……冷たかったこと」

彼女の意地悪な質問に松浦はムクリと体を起こして答える。
見下ろした彼女は意外なことに柔らかな微笑を浮かべていた。

「それならもう怒ってないよ」

両手を伸ばし松浦の髪をくしゃりと掻き混ぜる。

「怒ってないの?」
「うん。おいで」

髪を掻き混ぜていた彼女の腕が首に回り引き寄せられる。
松浦は力を抜いて彼女の首筋に潜り込むように顔を摺り寄せると、
小さく安堵の溜息をついて瞳を閉じた。
941 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:30

「よく考えたらさ」
耳元をくすぐるように吐息が動く。

「んー?」
「よく考えたらね、美貴が亜弥ちゃんのこと忘れちゃうとかありえないし。でしょ?」
「……うん。だね。一人でよくそのことに気づけたね、たん」

少しだけ偉そうな口調で言うと彼女がふっと笑った。

「そりゃ、5時間も考えたら気づくって、ふつー」
「5時間!?」

てっきりいつものように3時間ぴったりに来てくれたのだと思っていた松浦は驚いて体を起こす。
彼女がまた少し笑って頷く。

「そうだよ。亜弥ちゃんが迎えに来ないから美貴も気づかなくてさぁ…
 気づいたら14時過ぎてんだもん。亜弥ちゃん、逆切れして
 迎えに来てくれなかったのかなとか思って、慌てて戻ったらぐーぐー寝てるし」
「……そっかぁ、ゴメンね」
「ううん。おかげで色々考えられたし」

よいしょ、と彼女も体を起こしたので彼女の腿の辺りに跨っている松浦と向き合う形になる。
松浦は彼女の背中に腕を回して額にこつんと自分の額をぶつけた。
同じように松浦の背中に腕を回しながら「っていうかさ…」と彼女がゆっくりと口を開く。
至近距離で見詰め合っているから彼女がどんな表情をしているのかいまいち分かり辛い。
942 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:32

「結局、美貴が一番心配なのは亜弥ちゃんなワケなんですよ」
「へ?」
「だって、もしよ、もし…美貴が亜弥ちゃんのこと忘れちゃったりしたら」
「ありえないって言ったじゃん」
「うん、ありえないけどさ…もしもってこともあるじゃん。
 そしたら、すごい亜弥ちゃん傷つくだろうし一人ぼっちになっちゃうし……
 っていうか、それって美貴が亜弥ちゃんを一人ぼっちにさせちゃうわけで…」

なんかそれは嫌だなって、と彼女は目を伏せる。
一人で勝手に解決してきたのかと思いきや、案外そういうわけでもなかったらしい。
当たり前だ。そんな簡単に割り切れる問題でもないのだから、
松浦は納得するが、今の彼女の話には納得できなかった。

確かに彼女が自分のこと忘れてしまったら自分は傷つくだろうが、
かといって一人ぼっちになるということは断じてない。
そうはならない、させない自信が松浦にはあった。
松浦は少し額を外して、また頭突きをするように彼女の額にぶつける。

「った!」

彼女が顔を顰めたのが分かった。文句を言われるよりも先に口を開く。
943 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:32

「ミキたんは私を甘く見すぎ」
「はぁ?」
「私がたんにちょっと忘れられたくらいで諦めると思う?
 この私が、一人寂しくミキたん達者でね、なんてすごすご引き下がると思うわけ?」

もしかしたら唾がかかっているかもしれない勢いで松浦は一気にまくし立てる。

「ありえないけど…ありえないけど、もしも、たんが私のこと忘れちゃったら
 絶対に思い出させてあげるもん。そうだね。明日から毎朝ミキたんに会いにいくことにする!
 それでもおばかなミキたんが私のこと忘れちゃったら、毎朝自己紹介だってしてあげるよ。
 たんが、なにコイツって顔しても気にしないで、ベッタベッタくっつくから覚悟しとけ!」

きっぱりと言い切って出し尽くした酸素を大きく吸い込む。
気がつくとあまりの勢いに押されたのか彼女は大分顔を引いて
目を点にさせて松浦を見返していた。そんな反応をされると急に恥ずかしくなってくる。
松浦は彼女から視線を外し立ち上がりながら

「と、ともかく…たんが私のこと忘れるのはありえないし
 忘れても私はしつこいから安心していいよ」

ぼそぼそと口にする。

「……うん、ありがと」

ややあって彼女が呟き、お昼食べに行こうかと立ち上がった。
944 名前:3. 投稿日:2005/01/21(金) 08:33

少し遅めの昼食はいつもと同じ、居住区内にある自動販売機で買える
ぼそぼそした歯ごたえの決して美味しいとはいえない竜田バーガーと温いオレンジジュースだった。
それが5時間かかって松浦の表面的な意思を読み取った彼女が出した答えなのだろう。
それは自分が松浦を忘れることはありえないと言った彼女の嘘に明確に現れており
だから、彼女のおかげで松浦もありえないねと同意の嘘をつくことができた。
だが、そのあとに彼女が零した迷いはおそらく真実で、そのあとに松浦がぶつけた言葉も真実で
結局、自分たちが最終的にどういう選択をしたのかはまだ分からなかった。

ただ彼女もまた最後の日をいつもと同じように過ごそうとしてくれている。
松浦と同じようにくだらない欠片ほどの希望に縋り付こうとしてくれている。
それでいいのだと松浦は思った。

最後のことなんて、きっとその時になってみなければ
誰にも分からないものなのだから。
945 名前:4. 投稿日:2005/01/22(土) 02:59

4.最後のプレゼント


何ヶ月かぶりに彼女が私を見てすぐに亜弥ちゃんと呼んだ。
すごく嬉しかったけれど、私は彼女が私のことを思い出したのかと
期待しそうになる自分をしっかりと押さえつけた。
だって、前に私の名前を呼んだ数秒後に彼女は私のことを忘れてしまった前科があるし、
それに、もうあと三日しか残されていないのに
今思い出されたら、逆にもっともっと辛いだろうから。
だけど、それはそれとして私は彼女に飛びつくように抱きついた。
彼女を抱きしめて、私ははじめて彼女の体がとても華奢になってしまっていることに気づいた。
それに驚愕とともに納得してしまう自分がいる。
もう本当に終わりが近いのだと――そして、私は決心した。
今日からの三日間彼女を手放すまいと。彼女と最後まで一緒にいたかった。
大地だってそれくらい許してくれるだろう。
946 名前:4. 投稿日:2005/01/22(土) 02:59

アヤちゃん、と彼女が二度ほど私を呼んで半ば無理矢理に体から離れた。
驚いて彼女を見ると、彼女は首を摩りながら苦しかったんだって、と言った。
どうやら感情の昂ぶりからか強く抱きしめてすぎたみたいだと気づいて
ゴメンね、と少し赤くなっている彼女の首筋に触れると
同じように首筋を摩っていた彼女の指にかすった。彼女の指がピクンと反応し、固まる。

少しして彼女が私を掠れた声で呼ぶので彼女の頬に触れながら顔を上げると
どうしたことか彼女はポロポロと涙を流していた。
彼女は自分自身でも泣いていることに気づいていないようだった。
これは、私の知る彼女の涙なんだろうか。

今日、彼女が私の名前を覚えていたことも、こうして涙を流したことも
残り三日間という不安定な状態が生み出してくれた
彼女から私への最後のプレゼントなのかもしれなかった。
947 名前:5. 投稿日:2005/01/22(土) 03:01

5.綺麗事と地雷原


昼食の後もいつもと変わらない緩やかな時間を過ごした二人だったが
彼女は日付が変わるとすぐに行かなければいけない場所があるのでと
いつもよりも早めに軽い夕食を済ませて、いつもよりも早めにベッドに潜り込んでいた。
ベッドサイドにある小さな灯りはしぼっているが、
それでもしっかりとお互いの表情が見て取れる位置で二人は
向かい合ってなにを話しているわけでもないのに微笑みあう。


「さすがにこんな時間じゃ眠れないね」

枕もとの時計を見ながら彼女が笑い、ゆっくりと松浦の髪を梳きはじめた。
指に絡めるように優しく、まるで泣いている子供を宥めるように何度も何度も行ったり来たり。

松浦は彼女の指の心地よい感触に目を細める。
指は髪から離れ、耳朶に流れる。頬に触れ顎へ項へと滑るように移動する。
冷え性の彼女の手はぞくぞくするほど冷たかったが、
彼女の指に触れられた部分は逆にポカポカと熱を持った。
948 名前:5. 投稿日:2005/01/22(土) 03:02

「なんかまだ実感湧いてこないなぁ」

動かしていた手を松浦の腰の辺りで止めて彼女がぼやく。
目を上げると彼女は本当に実感がなくなってしまったのか
――午前中は勿論のこと、微かに迷いのみえていた午後よりも――
随分とさっぱりとした顔をしていた。松浦は微かに眉を寄せる。
彼女とは反対に松浦は時間と共に隠していた気持ちを抑えることが苦しくなっていた。
もしかしたら、自分の方が今は追い詰められているような顔をしているのかもしれない、
気づいて松浦は彼女にその顔を見られないようにと彼女の胸元に顔を寄せた。

「…亜弥ちゃん?」

驚いたような呼びかけを無視して松浦は彼女にしがみつく。
甘くて、どこか切ない香りが鼻を擽る。彼女の香り。

耳を澄ませば、彼女の早い鼓動が布越しに聞こえてくる。
松浦はさらに強く彼女の体に身を寄せる。
彼女の手があやす様にゆっくりと優しく背中を撫で始めた。
松浦はその手の平の温かな重さに泣きたくなってしまう。だが、泣くことは許されていなかった。
松浦自身が彼女の前でそうすることを許さなかった。

けれど、松浦は口から零れようとする言葉までは止められなかった。
949 名前:5. 投稿日:2005/01/22(土) 03:03

「…明日が来なきゃいいのに」
「え?」
「明日になんてならないで、今日がずっと続くの。そうしたら――
 ずっと一緒にいられるでしょ。ミキたん」」

松浦はおそるおそる顔を上げる。
見上げた彼女は心の中に溢れる感情の混乱をそのままその瞳に映し出して自分を見つめていた。
泣いているわけではない。悲しげに瞬きする彼女の長い睫毛は、乾いている。
彼女の優しい瞳は、ただただ途方にくれているようだった。
その瞳を見て松浦は自分の口を呪った。
あれだけ彼女に好き勝手に言っておいて、それにつき合わせた癖に
最後の最後で松浦は一番奥底に隠していた気持ちを言葉にして彼女に伝えてしまったのだ。

吐き出してしまった言葉をなかったことにするのは無理だ。
ならば、どうするのが一番いいのか。
考えて咄嗟にでてくるのはやはり、ゴメンの一言だった。
彼女の顔がますます途方に暮れたように暗くなる。
そして、彼女は溜息混じりに口を開いた。
950 名前:5. 投稿日:2005/01/22(土) 03:04

「…亜弥ちゃんが謝ることじゃないでしょ」
「……そう、だけど…」

目を伏せたのと同時に、松浦は彼女の腕に優しく抱き寄せられる。
甘い疼きが胸に広がり、唇は自然に落ちてくる彼女の口付けを受け止めた。
その瞬間、松浦は時間という概念があっという間に遥か彼方に飛び去っていくような気がした。
時間の止まった場所に二人でいる。まるで、ワープしてしまったかのように。

彼女の唇は暖かくて、ふわりと心地良い。
そっと目を開くとすぐ側で彼女の睫毛が震えているのが見えた。
松浦は目を閉じて軽く重ねている唇をもう少し強く押し当ててみる。
応えるように彼女の腕が背中に回った。

ぴったりと体をくっ付け合ったまま、何度も唇を触れ合わせる。
皮膚が触れて、少し擦れる感覚を松浦は何度も味わう。
やがて唇を離した彼女は額をくっ付けて松浦の瞳を覗き込むように見つめてきた。
951 名前:5. 投稿日:2005/01/22(土) 03:05

「亜弥ちゃんの唇、赤ちゃんみたいにふわふわしてすごく好き」

ふにゃりと笑って彼女は松浦の唇を指でそっとなぞる。

「肌は白くてお人形みたいだよね」

瞼にキスが落ちて、松浦は睫毛を震わせる。
彼女は松浦の髪を優しく掻き混ぜながら体を起こすと松浦の両耳の横に肘を付いた。
そのままなんだか強張った顔で松浦を見下ろしながら彼女は小さく息を吸い、口を開く。

「美貴は亜弥ちゃんのことが大好きなんだよ」
「…へ?」

硬い表情とはまったく違った甘い言葉に松浦は思わず間抜けな声を発してしまう。
彼女が困ったように苦笑を漏らした。

「…今まであんまり言ったことなかったから言っておこうと思って……
 ホントに好きだよ、亜弥ちゃん。愛してる。絶対忘れないから、大丈夫だよ」

苦笑から微笑へと移行した彼女の笑みは泣き笑いのようにも見えた。
松浦も微笑み返しながら頷く。
きっと自分は、彼女と同じような顔をしているんじゃないか、そう思いながら松浦は、
ゆっくりとまるで壊れ物を扱うように丁寧に体に触れてくる彼女の冷たい手の平に身を委ねた。
952 名前:6. 投稿日:2005/01/22(土) 13:00

6.海風の名残


砂がゆらめいていた。
ちょっと歩いてくると言い残して波打ち際に添って歩き出した彼女の背中は
昔とちっとも変わらないものだった。
953 名前:6. 投稿日:2005/01/22(土) 13:01




「…美貴さぁ、ちっちゃい時海に帰るんだと思ってたんだよね」
「海?なんで?」
「母なる海とかって聞いたことない?」

彼女は海に視線を定めたまま言う。
彼女の瞳は海の色を映してなんとも言えない色に染まっていた。

「そんなの初めて聞いたけど……」
「そっか。美貴もどこで聞いたか忘れちゃったけどね」
「なにそれ」
「いや、だからさ…なんか残ってるだけ。
 印象的だったんだろうね、ちっちゃい時の美貴には」
「ふぅん」

相変わらず彼女は海を見つめていて、私は彼女の横顔を見ていた。
ふと彼女の目が何かを見つけたように下に下がる。

「あれなんだろ」

彼女は私を置いて波打ち際に走り、
戻ってくるとキラキラ光る硝子玉を手にしていた。

「亜弥ちゃんにあげる」


にこにこと差し出されたそれは私の宝物になった。
悲しい位に幸せな時間だった。
954 名前:6. 投稿日:2005/01/22(土) 13:01




ふと我に返ると、海に映っていた夕日は月へと変わっており、
時おり波が月を食べてしまいそうだった。
月はそんな波など気にしないまま、ゆらゆら揺れていた。

目を上げると、波打ち際を歩いていた彼女は随分と遠くまで行っており
彼女が残した砂浜の足跡は半分ほど波が浚って消してしまっていた。
私は慌てて立ち上がり、彼女まで消されてしまわないように
残った足跡をなぞるようにして走った。
955 名前:7. 投稿日:2005/01/22(土) 13:02

7.誕生日おめでとう


松浦は、ぼうっと天井を眺めていた。
静かな部屋には、隣で横たわっている彼女の規則的な呼吸と
シーツに押し付けられた時計の針が動く音だけが微かに響いている。
松浦は暫く甘ったるい気だるさに浸った。
んん、と小さく彼女が唸って寝返りをうつ。その声を合図に体を起こすと松浦は
ベッドの下にいつのまにか落ちてしまったパジャマを羽織り彼女を見つめた。

汗に濡れていつもより濃く見える睫毛は、時々小さく震えている。
布団から半分ほど出てしまっている彼女の体の美しい曲線を松浦の目は辿った。
いつもなら甘い征服感と独占感を沸き起こらせる彼女の肌の所々についた唇の跡は
今はただ松浦の胸に虚しい切なさだけを残した。
956 名前:7. 投稿日:2005/01/22(土) 13:03

「…たんのエッチ。バカ。変態」

松浦は彼女の前髪に手を伸ばす。
松浦の指を感じたのか彼女はくすぐったそうに口元にうっすらと微笑みを浮かべた。
眠っている彼女の顔は、起きている時よりも何倍も幼く見える。
見つめていると、松浦の胸に狂おしいほどの愛しさが湧き起こった。
その愛しい気持ちは松浦の瞳を微かに潤ませる。

松浦はカチカチと五月蝿いくらいに存在を誇張している時計が憎らしかった。
時は止まってなどいない。
今、二人の傍らにはしっかりと時間という概念が寄り添っていた。
松浦は正確な時間を知るために手を時計に伸ばす。
動かした手は自分の手ではないように重かった。
ゆっくりと一回瞬きをして松浦は手にした時計の表示を見る。
喉の奥から絶望の吐息が漏れた。
957 名前:7. 投稿日:2005/01/22(土) 13:05

「…ミキたん」

喉がからからに渇いて声が掠れた。松浦は虚ろな眼差しを彼女に向ける。
ゆっくりと上下する胸に、こくりと動く喉に、松浦は視線を彷徨わせ
そして、最後に自身の開いた両手を見つめた。それはとても自然な行為のように思えた。

松浦の頭の中は真っ白になっていた。
ただ彼女の喉だけがぼんやりと浮かんで見えた。
そこに手が添えられる。その手は、ぎゅっと、渾身の力をこめて彼女の喉を絞り上げる。
血管が浮かび、白い手がもっと白くなる。

彼女が目を開ける。
一瞬、驚いたようにその目が見開かれ、だがすぐに安心したように細められた。
彼女の顔の上に何かがぼたぼたと落ちている。不意に誰かの手が松浦の頬を拭った。
彼女の顔に零れ落ちていたそれは自身の涙だった。

松浦は泣いていて、泣きながら首を絞めていて、
絞められている相手は血が行き届かなくなった冷たい手でその涙を拭っている。

うぐっと喉が鳴った。力が抜けて行く。
958 名前:7. 投稿日:2005/01/22(土) 13:06


「――――誕生日、おめでとう」


彼女の首からゆっくりと手を離しながら
松浦は声にならない声で今までと変わりなく彼女の誕生日を祝った。
959 名前:8. 投稿日:2005/01/23(日) 02:43

8.二人ぼっちの一人


名前を呼ばれたような気がして薄く目を開けると彼女の苦しそうな顔が微かに見えた。
噛み締めた歯の隙間から彼女が鳴咽のような言葉を漏らす。
私の喉には彼女の手がかかっていた。
まるで一年前とキャストを入れ替えただけの再現に私はなんだか嬉しくなった。
私たちって似たもの同士だなって気がした。
960 名前:8. 投稿日:2005/01/23(日) 02:43

鼻の奥がじんじんと唸り、耳鳴りが低く取り巻いて視界はぐるぐると回っていたが、
不思議と彼女の顔だけはよく見えていた。
彼女はまるで首を絞められているのは自分のほうだと言わんばかりに
苦しそうに歯を食い縛り体を強張らせていた。ポタポタと涙が私の顔に零れ落ちる。
まだかろうじて息をすることはできたから彼女の名前を呼んであげたかった。安心させてあげたかった。
大丈夫だよって。言ってあげたかった。
けれど、私の喉からは微かにくぐもった呻き声が出ただけだった。
961 名前:8. 投稿日:2005/01/23(日) 02:46

声が無理ならば、と私は一年前に彼女がしてくれたようにゆっくりと両手で彼女の涙を拭った。
彼女がハッとしたように目を見開く。目に浮かんでいるのは怯えだろうか。
ねぇ、そんな顔しないで。私は、口を少しだけ開いてそう言おうとした。
けれど、やっぱりそれは言葉にはならない。私は彼女の揺れる瞳をじっと見つめた。

やがて彼女に触れていた手が痺れて力なくパタンとシーツの上に落ちるのをどこか客観的に感じた。
涙がうっすらと滲んで彼女の表情がぼやけた。次第に焦点が合わなくなってなにも見えなくなる。
最後に頬に手が置かれて、塩辛い唇が押し当てられた。
その温もりは私の唇にいつまでも留まり、もう二度とそこから動くことはないように思えた。
私はそのままどろどろとタールのような暗い意識の淵に飲み込まれて溶けていった。


どこか遠くでドアが閉まる音を聞いたような気がした。
962 名前:還る時 投稿日:2005/01/23(日) 02:47


∞ キミがいる優しい世界 ∞
963 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 02:48


気がつくと朝が来ていた。
私の世界が全て変わった日に変わりなく昇ってきた太陽を私は憎んだ。

3時間ベッドの上で私は無為な時を過ごし、それから起き上がって顔を洗った。
鏡に映った私の首筋には彼女の手の形がくっきりと残っていて、
折角洗ったばかりなのに私は泣いてしまい何度も顔を洗う羽目になった。

やがて涙も枯れ果てた頃、私は街に出かけた。
昨日、彼女と一緒に出かけた街だ。
地下鉄も駅も相変わらず無人で私は改札に切符を通さずに突っ切った。
駅から外に出ると顔にビル風がかかり息がつまる。
寒い、と言っても隣にいた人はもういない。私の傍らにはもう温もりがなかった。

誰もいない都市を一人で歩く。
乱反射する硝子のビル群はただうざったいだけだった。
964 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 02:49

暫く歩くとあの下りだけのエスカレーターが見つかる。
私はそれを駆け下りて、彼女が嫌った綺麗な鳥篭のような温室を通り過ぎ
彼女が選んだお世辞にも綺麗とはいえない温室まで走った。

植物園と読み取れるプレートは昨日見たまま危なっかしくぷらぷらと引っかかっている。
私はその扉を押し開けた。
不意に昨日はなかった得も言われぬいい香りが私の鼻腔を刺激した。
私は視線を巡らせて彼女の姿を探す。

彼女が見ていたアルミ合金の棚に並ぶプランターにも植木鉢にもその姿は見当たらない。
確かにここに還ると言っていたのに――
やっぱり気が変わって、あっちの綺麗なほうにいったのだろうか。
あの中はたくさんの植物で溢れ返っていて、いくら私でもそこから彼女を見つけ出すのは難しいかもしれない。
そう途方に暮れて視線を落とした時、私は黒の中にパッと浮かび上がる小さな青を見つけた。
965 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 02:50

「……これがターコイズなの?」

思わず、その前に駆け寄りしゃがみ込んで問いかける。
プランターでも植木鉢でもなく、割れたコンクリートから覗く黒い土に
直接還った彼女は凛とした雰囲気の青い花を咲かせていた。

「ミキたん……」

呼びかけると微かに花が揺れた。
勿論、罅割れた硝子の隙間からたまたま風が吹き込んできただけだと
頭では分かっていたけれど、それがまるで私の呼びかけに彼女が応えてくれたように見えて
枯れ果てた筈の涙が再び込上げてくるのを私は止められなかった。
966 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 02:51

たっぷり泣いて、目を上げると外はもう大分薄暗くなっていた。
夕日は高層ビルの陰に落ち、人工照明のない温室は明るいサンセットに染まっている。
私は彼女に一滴自分の涙を乗せると立ち上がった。

「…また明日来るね」

そう声をかけるとまた彼女が微かに揺れた。私は少し微笑んで温室を後にする。
外に出ると風はすっかり止んでいた。

相変わらず、生きる物が見当たらない静かな街は
風がないとなにもかもが死に絶えたかのように感じられる。
けれど、この街で唯一、彼女は生きている。確かに生きている。
私の言葉に応えてくれる。
だから、私はまだ生きていける。生きていこうと思う。

目を閉じると簡単に、彼女の隣に寄り添うように咲く桃色の花を浮かべることが出来た。
それが現実になるのは少なくともあと一年とちょっと。
だけど、待つのは辛くない。あの温室には彼女がいるのだから――
967 名前: 投稿日:2005/01/23(日) 02:51

968 名前:七誌 投稿日:2005/01/23(日) 02:51

ぺけた!ぺけた!ぺけた!
無事に入りきってよかったよかった(ノ・∀・)ノウッヒョー
どうもありがとうございました
969 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 11:03
よかった。
こういうのがあるからこのスレは見逃せない。
970 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 13:23
黙って読み通しました。
この作品で何度泣かされたか、まったく。
感動しました、ありがとう!
971 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 17:38
ものすっごい良かったです。
972 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/24(月) 00:12
最高でした。どうもありがとう。
973 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/25(火) 13:29
すげ〜。まじすげ〜。
読めて良かった。
974 名前:ろむ 投稿日:2005/02/01(火) 01:48
感動しました。本気で。
975 名前:,, 投稿日:2005/02/06(日) 04:57
ツマンネ
976 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/12(土) 07:18
ツマル。溢れた。
977 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 10:45
ビバ☆七誌さん

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