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二人で独り
- 1 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時45分44秒
- 拙い文章ですがよろしくお願いします。
- 2 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時46分25秒
- ある国の山奥に、時代に取り残されたような、人口100人に満たない小さな村がある。
隣町まで歩いて1日以上かかる貧しい農村だ。
しかも近年不作が続き、満足に飯を食べず
痩せた体で田を耕しているものも少なくない。
彼らは被差別階級だった。
彼らの祖先がまるでゴミを払いのけるように町から追い出されてから、
すでに半世紀以上経っている。
おそらく追い出したほうの人間は、彼らの事を覚えてすらいないだろう。
「麻琴ー、ちょっと裏で水汲んできて」
「はーい」
麻琴と呼ばれたまだ幼いその女は、彼女の母親らしき女に返事を返し、
立て付けの悪い戸を開け、勢いよく外へ飛び出していった。
そのまま軽く走りながら裏へ廻り、川で水を汲む。
済んだ水がたっぷりと入った事に満足して桶を持ち上げようとする麻琴の視界の端っこに、
何か動くものが見えた。
- 3 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時47分00秒
- 「うわぁ・・」
麻琴の手のひらよりも大きそうな茶色い蛙が、
やる気なさそうな顔でのそのそ歩いていた。
「里沙ちゃーん」
麻琴は大きな声で隣の家に呼びかけた。
すると、すぐに麻琴より2、3歳若そうな女の子が顔を出す。
麻琴と里沙は、いわゆる幼馴染と言う奴だ。
もともと里沙には母親がいなかったのだが、
二年前、父親が死んでからは二人は姉妹のようにずっと一緒にいた。
けして気が合うと言うわけではなかったが、生まれてからずっと一緒にいるのに
これといった喧嘩をした事もない。
麻琴は里沙の事を本気で信頼しているし、里沙は麻琴のためなら死んでもいいと思っている。
- 4 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時47分36秒
- 「なあにー、まこっちゃん」
麻琴には、張りのある若々しい声が真夏の太陽のように感じられた。
「見て、ほらそこ」
「うわぁ・・、でかいね」
「久しぶりの晴れだから蛙も気持ちいいんだろうね」
今はちょうど梅雨の終わるころ。
実に5日ぶりの晴天だった。
ふいに、二人の後ろでジャリッ、という砂を踏む音が鳴った。
「こんな所で、どうしたんだい」
白いひげをたくわえた老人が、ニコニコしながら二人を見ていた。
「あ、村長さん。見てくださいよ、これ」
「ほう、立派なもんだね。蛙も平和ボケしているようだ。」
「平和ボケ・・?」
- 5 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時48分46秒
- 確かにのんびりしてるけど、平和ボケとは少し話が飛びすぎではないだろうか。
そんな疑問を視線にこめて里沙は村長を見た。
「昔々、わしがまだ小さかった頃に戦争があったのはしっとるかね。
その頃は食料がなくって、蛙やウサギや昆虫なんかも食べたりしたもんだ」
「ええー、虫もですか」
里沙は量の多いの眉毛を上げて少々大袈裟に驚いた表情を浮かべる。
「ああ。食べなきゃ死んじゃうからな。それで、
その頃はこんなにのんびりした蛙なんかいなかったと思ってな」
「へえ・・」
村長さんは、いつもはもっと明るくて、昔の事は喋りたがらなかったのに、と麻琴は思った。
なんか今日の村長さんは変だ。
「もし、わしが死んだら、東トリニティーへの使いは中止しろと村のみんなに言っといてくれんか」
- 6 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時49分28秒
- 東トリニティーと言うのは、隣町(と言っても歩いて一日以上かかるのだが)の事だ。
2カ月に一度、村長はその東トリニティーへ行って、世界の状況などの情報を仕入れたり、
調味料や薬などを買ってくる。
昔は二人も村長の仕入れてきた話を楽しみにしていたものだ。
その仕事を中止しろと言うのはどういうことだろうか。
二人ともすぐには返す言葉が見つからなかった。
「今世界では大変な事が起きつつある。
・・頼んだぞ」
麻琴は、ただの冗談である事を期待したが、村長の目には
そんな雰囲気はまったくなかった。どちらかと言うと恐怖の色が浮かんでいるように見えた。
蛙はいつの間にか姿を消していた。
- 7 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時49分58秒
二ヶ月が過ぎた。
最初に報せを聞いたのは里沙だった。
彼女は村人が話しているのを聞きつけ、麻琴の所へ駆けた。
「まこっちゃん!まこっちゃん!」
晩御飯を食べていた麻琴が驚いて玄関にでる。
「どうしたのさ?」
「村長さんが、得体の知れない病気で死んじゃったって」
「え・・」
瞬間、頭の中でフラッシュのような光が瞬くのを感じた。
それと共に、だいぶ前に村長と交わした言葉がよみがえる。
あれからも何度か村長と話をした事はあったが、
あのときの事など忘れたようにニコニコしていたから、結局どういう意味なのか聞けなかった。
二人は村長の家へ走った。
もうとっくに太陽は地平線に幽かな紅を残して沈み、真上には星が輝いていた。
村長の家は村のはずれにある。
何も考えずに、ひたすら走った。
- 8 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時51分03秒
- 家の前にはもうすでに村の人々が集まっていた。
麻琴は、上がった息を整えながら人々の背中に声をかけた。
「おじさん、村長さんどうしたんですか」
ここでは、あまり年上に名前で呼びかけることはしない。
おじいさん、おじさん、お姉ちゃんなどで代用する。
だか、この時は誰一人振り返ってくれなかった。
ふと、誰かが大人の群れの中から飛び出してきた。見た事のある顔だった。
「さゆみちゃん!」
さゆみは村長のたった一人の孫娘だ。
父親がいなく、かなりのおじいちゃんっ子だったと聞いたことがある。
- 9 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時51分39秒
- さゆみははっとした表情で麻琴と里沙を見た。
目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見える。
「さゆみちゃん、・・村長さんが死んだって本当?」
「・・うん。それも、普通の死に方じゃなかった」
「え?」
「体中が黒くなってて・・、手とか足が、腐ってた」
そこまで言ってさゆみは声を上げて泣き出した。
目に焼きついた祖父の遺体を涙で洗い流そうとするように。
麻琴はそっとさゆみを抱き寄せた。里沙は泣きそうなのを唇を噛んで堪えていた。
村長が亡くなったと言う報せはその日のうちに村全体へ広がった。
あまりにも奇怪な死に方だったせいで、遺体をどうやって処理するかで村民同士で揉め事が起きたらしい。
麻琴の両親は、もう真夜中だと言うのに、話し合いに行ってくるといって出かけていった。
この日里沙は、麻琴の家の、麻琴の隣に布団を敷いた。
- 10 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時52分14秒
- 街のはずれの集会所は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「えー、まず話し合いたいのは、村長の遺体をどうしましょう」
彼は村長の長男だ。とりあえずは彼が話し合いの進行役をする事に決まっていた。
30人ほどの大人が地面に腰をおろして彼を見ている。
「あれはきっと疫病だ。早いとこ焼いて埋めないと、疫病が広がる」
そういったのは30代の目の大きな男だ。
村長の事を慕っていたはずなのだが。
「そんなことできるか。きちんと葬ってやるべきだ。
お前あんなに村長を尊敬していたじゃないか
第一まだ疫病と決まったわけじゃない」
今度は少し目の釣りあがった男。彼も村長を慕っていた。
- 11 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時52分52秒
「それとこれとは話は別だ。村長だって俺たちを道連れにして喜ぶものか」
どちらも譲ろうとはしない。見かねた村長の息子が立ち上がって二人を止めた。
「わかった。他の人の意見が聞きたい」
何人か指名して意見を聞いたが、皆答えは一様に「わからない。決められない」だった。
まだ村長の死を認められない人がほとんどだったので、当然だったのかもしれない。
結局、今日は解散、明日の午後からまた話し合いをする、と言うことになった。
しかし、結局午後の話し合いが行われる事はなかった。
村長の長男、話し合いの進行役を務めた彼が、
村長と同じような状態で死んでいるのが翌朝発見されたのだ。
- 12 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時53分25秒
「村」と言うものを、人々が集まって暮らすところ、と定義づけるなら、
そこはもう村ではなかった。地獄のような有様だった。
あの会議から、一日に四、五人のペースで、確実に誰かが死んでいた。
人々は追い詰められた。村から遠ざかろうとするもの
(村の周りは果てしない森で、唯一の道には追い詰められおかしくなった
人間がいた)、諦めて誰彼かまわず犯そうとするもの、
自分の墓をつくるものもいた。
その点で麻琴の両親はまともだった。
里沙と麻琴だけを家に入れ、窓や戸を完全に封鎖したのだ。
といっても古い鍵やつっかえ棒、板を打ち付けただけなど、
淋しいものだったが。
一週間ほどがたった頃、麻琴の父親が外へ様子を見に行った。
すぐに帰ってきたのだが、都を開けるなり言った。
「もうだめだ。この村はおしまいだ」
- 13 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時54分01秒
- 彼の話によると、もう生きているものは半分ほどしかいないらしかった。
道端には黒くなった人々の死体が転がっていて、
カラスや肉食動物たち、一部の人間もそれをついばんでいた。
まだ生きている人の中には、『若い人間を殺してその血を飲めば病気にならない』
という噂を信じているものもいた。
何人かはそれを信じる人によって殺されたらしい。
麻琴の父親はもう一度家から出た。食料を調達するためにだ。
節約に節約を重ねて来た食料がついに残りわずかとなったのだ。
心は痛むが、家族の亡くなった家から盗って来るつもりだった。
そうしないと生きていけない。
道端に転がっている真っ黒になった死体をよけ、適当な家へ入った。
すごい匂いだ。なかで三つの死体が腐っていた。
彼はそれを見ないように家の中を見渡す。玄関から家の中が全て見えるような小さな家だった。
あった。ちょうど玄関と反対側に、壺が二つ置いてある。
気は進まないながら死体をまたぎ、一つを玄関まで持ってきた。
少し思案してもう一つも持ってくる。
- 14 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時54分41秒
- 中を見ると、やはり野菜や穀類のようだ。
よし、これでまた当分は大丈夫だ、と思った時だった。
ブスッと、奇妙な音が聞こえた。見ると、彼の腹から棒が生えていた。
付け根から、大量の鮮血が流れ出ている。
いったい何だと言うのだろう。何が起きたんだろう。
視界に誰かの足が入って来る。顔を上げた。
何度か見たことのある顔だ。
彼はやっと自分がどういう状況にあるのか自覚できた。
こいつに、刺されたのだ。
「う・・」
彼は地面に膝をつき、やがてうつぶせに倒れた。
背中から突き出た棒が天を指していた。
- 15 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時55分14秒
- ドンドンドン!
ドンドンドン!
「開けて!私、さゆみだよ!お願い、開けて!」
突然、戸が激しい音を立てた。
そしてそれを追いかけるように届いた声。
里沙も麻琴も、迷わず戸を開けに行った。
さゆみの声に間違いなかったし、さゆみは安全だと信じていたから。
戸を開けると、泣きそうな顔のさゆみがいた。
「麻琴ちゃん、里沙ちゃん、おばさん。おじさんが、
麻琴ちゃんのおじさんがそこで死んでた」
「え・・」
- 16 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時55分44秒
- 「と、とにかく中に入りなさい」
麻琴の母親が言った。
戸を開けていては危険だ。
「はい・・ありがとうございます」
さゆみは麻琴の母親と、家の奥へ行った。
麻琴と里沙も戸の鍵を閉めて二人のあとに続こうとした。
しかし・・。
「ぐあっ・・」
麻琴の母親の声だった。
見ると、彼女の背中から、棒が生えていた。
麻琴も里沙も、状況がつかめなかった。
彼女は膝をついた。陰になっていたさゆみが見えた。
血まみれで、生気の無い幽霊のような眼をしていた。
- 17 名前:S 投稿日:2003年03月01日(土)03時56分37秒
- 「お・・お母さん!どう・・」
「来るな!!」
彼女は叫んだ。叫びながら、倒れた。
麻琴は何もできなかった。里沙は足がすくんで動けなかった。
さゆみは、また別の棒を手にして二人に近づく。
さっきまでとは別人のようだ。
殺される。麻琴は思った。
・・でもさゆみにならいいかもしれない。
里沙とならいいかもしれない。どうせ生きていたってこの村ではもう生活できないだろう。
こんな状況だというのに、やけに現実感がなかった。
さゆみが、手にした棒を握りなおし
こちらへ向かってくるのがスローモーションで見えた。
麻琴と里沙は同時に目をつぶった。
「しねぇぇっ!!」
- 18 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年03月01日(土)12時05分27秒
- 凄いっすね…
続きがかなり気になります。
- 19 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年03月02日(日)00時26分18秒
- (・∀・)イイ!!!
続きが気になります。更新期待。
- 20 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時08分10秒
- 「うっ! ああああ!」
絶叫が響いた。思わず里沙は目を開ける。
自分ではなかった。隣を見る。麻琴でもない。
どういうことだ。里沙はゆっくりと周りを見渡した。
さゆみが、叫び声を上げながら地面で転がっていた。
背中に、麻琴の家で使っていた包丁代わりの黒曜石がめり込んでいる。
その後ろで、麻琴の母が血を吐きながら言った。
「東トリニティーへ行きなさい!」
「お母さん」
「早く、私はいいから早く!」
「わ、わかった」
二人は、大きくうなずいた。
- 21 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時08分49秒
- さゆみが立ち上がろうとしている。
麻琴は里沙の手を引き、家から飛び出した。
村から出る唯一の道に頑張っていた人々はもうすでに瀕死だった。
彼らの横を二人は颯爽と駆けて行く。
二人とも村から出るのは初めてだった。
ここ何年かは村長以外誰も出たことは無いはずだ。
なんとも頼りない道だった。
他と比べて草が少ないだけだ。それも真っ直ぐではなく曲がりくねっている。
おそらく村長が行き来するにつれ、少しずつ出来ていったのだろう。
上を見ても空はあまり見えない。
走りながら里沙は後ろを振り返った。
大丈夫。さゆみは来ない。それでも二人はしばらく走った。
- 22 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時09分19秒
- 息継ぎがうまくできなくて立ち止まった。
それに気付いた麻琴も、ゆっくり止まる。
二人はしばらく呼吸だけに専念した。
麻琴は混乱していた。
あんな状況の中でいつ誰が死んでもおかしくないとはわかっていたけど、
実際に両親が相次いで死に、友人が狂っ行ったことのショックは大きかった。
そしてそのショックは、未来への不安を抱かせる。
「とにかく、歩こう」
麻琴は里沙を促しゆっくり歩き出した。
村のことや、これからのことはしばらく考えないことにする。
わずかに覗いた木々の隙間で太陽が輝いている。
おそらく時刻は正午頃だろう。
鳥のさえずりがあちこちから聞こえる。
そういえば、二人は朝御飯から何も口に入れていない。
二三日食べなくても死にはしないだろうが、人一倍胃袋の大きい麻琴にとっては
空腹は耐えがたい苦痛だった。
- 23 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時09分54秒
- だからと言ってこんな所に食べ物が落ちているわけもなく。
ただ一刻も早く東トリニティーに着くことを願うしかできなかった。
考えないという事は意外と難しいな、と麻琴は思った。
他のことを考えようとするけれど上手くいかず、
いつのまにか両親のことやさゆみの事に意識が行ってしまう。
頭から離れないとはこういう状況なのだろうか。
そもそも他のことを考えるといっても、ほとんど生活の全てが
一気に無くなったのだから、うまく出来るはずが無い。
里沙は、このショックをかわす術を知らなかった。
真正面からぶつかってしまった。
麻琴の母親やさゆみの顔が頭に染み込んでいて、
思い切り目をつぶっても、頭を振っても、決して消えることはなかった。
ただ、前を行く麻琴の背中を見ると、なぜか少し安心できた。
二人は、一言も喋らずに歩きつづけた。
- 24 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時10分36秒
- 気が付くと西の空が紅く染まっていた。
歩き始めてしばらくしてからの記憶が、里沙にはまったく無かった。
もしかしたら歩きながら眠っていたのかもしれない。
あるいは頭がそれ以上悩みすぎると危険だと感じたのかもしれない。
暗くなってからではこの道を進むことは出来そうもない。
そう思って麻琴に話し掛けようとした時、ちょうど彼女が振りかえった。
「そろそろ、今日はここら辺で休もうか」
「うん。そだね」
「御飯はしょうがないとして、問題は寝る場所だよなあ・・」
つい先日降った雨で地面は濡れている。
だからといって他に寝ることの出来そうな場所など見当たらなかった。
「しかたない、あの木に寄りかかって寝ようか」
「ん・・それしかなさそうだね」
- 25 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時11分12秒
- 目をつぶっても、麻琴はなかなか寝付けなかった。
空腹と興奮と疲れとが自分の陣地を広げようと境界線を押しやり、
だんだんと疲れが陣地を広げていく様をぼんやりと想像した。
そしてそのまま、少しずつ眠りの中へ沈んでいった。
小鳥のさえずりで目が覚めた。
泥のように絡みつく眠気を払おうと、弾みをつけて立ち上がる。
お尻のあたりが濡れているのが気持ち悪かった。
しばらくぼんやりと周りの景色を眺めたあと、用を足しに里沙から離れる。
それが終わったところで、自分が水を欲しがっていることに気付いた。
まるで喉の奥がふさがってしまった様だ。
しかしこんな所で水を手に入れることは出来ない。
やはり、なるべく早く東トリニティーに着くことだ。
麻琴が歩き回る気配を感じたのか、里沙が目を覚ます。
目をこする仕草がなんとなく里沙っぽいな、と思った。
- 26 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時11分51秒
- 「さあ、今日中には着けると思うから頑張ろう」
麻琴は努めて明るい声で言った。
里沙も大きくうなずく。
昨日と違い、今日は二人ともよく喋った。
度を越した空腹のせいか、徹夜開けのように気分が高揚している
「…ねえ里沙ちゃん」
「なあに?」
「村長さん、東トリニティーへの使いを止めろって言ってたけど、なんでかな」
「…東トリニティーでも病気が流行ってて、それを村に入れないようにと思ったんじゃないかな。
実際は村長から広がってしまったわけだけど」
「なるほど…。里沙ちゃんすごいなあ」
「いや、こないだ私も同じ事考えたんだよね」
「そっか…」
雨を含んで濃くなった様々な緑や茶色の中を、私たちは歩き続けた。
- 27 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時12分36秒
- 昼過ぎ、ようやく森のトンネルのような道の出口が見えた。
二人は浮かれ、走り出そうと足を踏ん張った。
しかし疲労の溜まった足は思うようには動いてくれない。
それでも出せる限りの速度で、出口へ向かって歩いた。
もうすぐ、東トリニティーだ。
- 28 名前:S 投稿日:2003年03月03日(月)00時17分16秒
- >>18
初レスありがとうございます。
精進してがんばります。
>>19
前作に続いてレスサンクスです。
期待はしないほうがいいですよ。
忘れてましたが、今回更新分までは第一話です。
次回から第二話に入ります。
- 29 名前:19 投稿日:2003年03月03日(月)01時19分02秒
- (・e・)人∬´◇`∬
・゚(つД`)゚・. ウワァァン 泣けてきたよぉ。
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月04日(火)22時42分38秒
- 激しく続きが気になります
- 31 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年03月05日(水)10時14分42秒
- リアルに伝わって来ますガナ
がんがれまこにい!更新待ってます
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月06日(木)20時47分12秒
- 炭疽菌万歳
- 33 名前:第2話 投稿日:2003年03月07日(金)06時38分52秒
- 急に頭の中が空っぽになったような感覚に捕らわれた。
あれは私たちが『家』と呼んでいたものだろうか。
急に開けた視界には、色とりどりの壁や屋根が並んでいる。
それらはどれもしっかりと地面に建っている。
二人の住んでいたものと同じ用途とは思えなかった。
だがそれを考えたのはほんの一瞬で、
食欲をみたすことがなにより先だった。
二人はまるで、いきなりステージに立たされた子供のような足取りで、
今までと違うアスファルトの地面を踏みしめる。
外に誰も居ないのが不思議だったが、二人はとりあえず
一番近い家のドアを開けた。
電気がつけっぱなしだった。
- 34 名前:第二話 投稿日:2003年03月07日(金)06時39分28秒
- 麻琴は恐る恐る家の中へ入る。里沙もそれに続いた。
が、すぐに立ち止まった麻琴の背中にぶつかってしまう。
「あ、ごめん…。まこっちゃん、どうしたの?」
しかし麻琴は答えない。それどころか、凍りついたようにピクリとも動かなかった。
不思議に思いながら麻琴の視線をたどると、そこにあったのは、真っ黒になった死体だった。
やはり病気はここでも広がっていたのだ!
里沙はため息をつきながら部屋を見渡した。
部屋の隅にある白く大きい箱が少し開いていて、
見覚えのある野菜類が覗いている。
たまらず里沙は死体を飛び越え、その箱を開けた。
中には、食料、飲み物。
二人は、吸い込むような勢いでそれらを食道に押し込んだ。
胃袋をこれでもかというくらい満たし、二人はその家を出る。
相変わらず人影もなく物音もせず、不気味な雰囲気が町を包んでいた。
- 35 名前:第二話 投稿日:2003年03月07日(金)06時40分05秒
- それもそのはず、次の家でも、その次の家でも
誰も居ないもしくは死体が転がっているという状況だった。
二人は焦った。せっかくここまで来て誰もいなくては、
笑い話にもなりはしない。
「手分けして、一軒一軒見ていこう。
私は向こういくから里沙ちゃんはあっちお願い。
陽が沈み始める頃にまたここで会おう」
「わかった」
麻琴と別れてすぐ、里沙は嫌な胸騒ぎを感じた。
もしかしたら本当にこの町は全滅してしまったのではないか。
誰も居ない町でいるはずのない人間を探しているのではないか。
胸が、溺れたように苦しい。
…ここにも、いない。
もう十軒もまわっているのに。
いったいこの町ではどれくらいの速さで広まっていったのだろう。
- 36 名前:第二話 投稿日:2003年03月07日(金)06時40分41秒
- この町は、道路が網の目のようになっていて、家々がきれいに整理されている。
さらに西へ行った所にあるトリニティーと同じような、歴史のある町だ。
人口は約2500人。1000世帯程が暮らしていた。
ほんの2ヶ月前までは。
ちょうど太陽が地平線に接しはじめた頃、里沙は麻琴と別れた場所にいた。
まだ麻琴は来ていないけど、結果は目に見えている。
それでも里沙は微かな期待を抱かずにはいられなかった。
ここまで来て誰も居ないのではこの先どうすればいいのかわからない。
だけどやっぱり現実は現実で。
現れた麻琴の表情を見れば、結果は一目瞭然だった。
「どうだった?」
「まだ見てない家もたくさんあるけど、今見てきたとこには誰も居なかった。そっちは?」
「…同じだね」
覚めた夫婦のような、まったく意味のない会話だった。
- 37 名前:第二話 投稿日:2003年03月07日(金)06時41分24秒
- 「どうしようか…」
「とりあえず、どこか家借りて泊まろうよ」
「そうだね」
二人は一番近くにある、死体のない家に入った。
麻琴としては何も考えないですぐ寝てしまいたかったが、
まだ時間が早すぎる。
それでも食事を済ませると、すぐにベッドに入った。
「明日、どうしようか」
やはり眠れないのか、里沙が話し掛ける。
「…そうだね、残りの家をまわって、もし…
もし、誰もいなかったら、トリニティーに行こうよ。
あそこは学者さん達がたくさん住んでるって村長が言ってたし」
「…うん」
「変なこと考えないで、早く寝ようよ」
「…わかった。おやすみ」
里沙は、本当にすぐ眠ってしまったようだった。
- 38 名前:第二話 投稿日:2003年03月07日(金)06時41分58秒
- 昔から、麻琴は姉で里沙は妹だった。
麻琴が近所を探検する時には、里沙は後ろについて行った。
里沙がいじめられた時は、麻琴が仕返しに行った。
そして今、麻琴は里沙が眠ることを望んでいる。
里沙は眠ってはいなかった。
麻琴を安心させるためにフリをしただけだ。
「・・っく、・・ん」
暗闇の中から、麻琴の押し殺したような声が聞こえる。
里沙が薄目をあけて見ると、麻琴の肩が揺れているのが分かった。
麻琴は外見は男っぽくて気が強そうだけど、
中身はそうでないことを里沙はよく知っていた。
だから、泣き出してしまうことも予想できた。
ただ、予想できたからと言って納得したわけではない。
里沙は昼間の町の光景を思い出していた。
- 39 名前:第二話 投稿日:2003年03月07日(金)06時42分32秒
- ほんの数ヶ月前まで人が喋り、笑い、歌い、遊び、歩いていたとは思えなかった。
無機質な家々が立ち並び、何の物音も聞こえない町。
まるで異次元の世界に迷い込んでしまったように里沙には思えた。
そんな世界で孤独を感じない人間がどこにいるだろうか。
ただ単に友達がいないとかではない。見渡す限りに人がいないのだ。
なぜそんな運命を背負ってしまったのか。
昔の本の一節に、『理由もわからずに押し付けられたものを
おとなしく受け取って、理由もわからずに生きてゆくのが、
我々生き物のさだめだ。』と言うのがあったことを
里沙はなんとなく思い出した。
もしもトリニティーにも人がいなかったら、
それを素直に受け取ることが出来るだろうか。
気付くと、里沙の頬もしっとりと濡れていた。
真っ暗な闇の中にぼんやりと浮かぶ麻琴の背中はもう動いてはいない。
泣きつかれて寝てしまったのかも知れない。
里沙も、今度は本当に、眠りについた。
- 40 名前:S 投稿日:2003年03月07日(金)06時50分08秒
- 卒業式の日の朝に、俺はいったい何をやってるんだろう(鬱
>>29さん
川o・-・)ノ 泣かないで!
>>30さん
ありがとうございます。
でも期待は禁物です。まじで。
>>31さん
ありがとうございます。
リアルですか。うれしいっす・゚・(ノД`)・゚・
>>32さん
ありがとうございます。
でも、炭疽菌(・A・)イクナイ
- 41 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年03月07日(金)18時12分18秒
- ガ―∬∬;´Д`)―ン!!
衝撃的。まこにい良く生きてますな。
- 42 名前:第二章 投稿日:2003年03月11日(火)16時33分16秒
- 二人の目を覚まさせたのは、けたたましい電子音だった。
ピピピピピピピピピピ!!
麻琴も里沙も驚いて飛び起きる。
あたりを見渡し、どこから音がするのか探したが、
寝ぼけた耳には音が大きすぎていまいちわからない。
が、やがて近くにある小さな箱からだと分かる。
音の止め方が分からず、少しいらつきながらそれを思い切り床に叩きつけた。
ガン! ピピピ・・
ようやく、止まった。
何とも心臓に悪い目覚めだったが、おかげですっかり眠気は飛んでいった。
麻琴は里沙を促して朝食を取る。
食欲のない胃に物を詰め込み、二人はまた玄関のドアを開けた。
- 43 名前:第二章 投稿日:2003年03月11日(火)16時33分50秒
- 終始くだらない冗談などを飛ばしながら歩いた。
二軒、三軒と回るうちに不安がどんどん積み重なっていったが
話を止めようとはしなかった。
沈黙が怖かったからだ。
もし声を出すことを止めれば、
たちまちあの、空気が音を吸い込んでいるような静寂が、
あたりの景色を絵や幻に変えてしまいそうだった。
だから、すぐにはそれが信じられなかった。
空耳か何かだと思った。無論、そうではない。
二人の歩く道の先から、機械の音が聞こえて来たのだ。
音が聞こえる事の意味を理解した瞬間、麻琴は走り出していた。
里沙もそれに続く。
だが麻琴は、純粋に人がいることを期待していたわけではなかった。
頭のどこかで、『もし間違いだったら』と言う事を考えていた。
裏切られた時のことを考えると、むやみに期待はできない。
そんな思いが、純粋に期待したいという気持ちと
磁石のように反発しあい、麻琴を揺さぶっていた。
ただ一つ言える事は、麻琴が『疑う』事を覚え、大人になったと言うことだ。
- 44 名前:第二章 投稿日:2003年03月11日(火)16時34分22秒
- 低く唸るような音や、頭を突き刺すような甲高い音が
切り取られたように響いていた。
他の家の2倍ほどの大きさで、白い壁の地味な建物だ。
二人は浮き立つような足取りで、中へ入って行った。
その建物ははまるまる、様々な機械が置いてある部屋だった。
それらはまだ動いているが、人の気配は感じられない。
二人の横のスペースには銀色の物体が山を作っていた。
外で聞こえてきた音は全て機械の音のようだ。
「じゃあまた、2手に分かれて探そう」
「うん・・」
麻琴は右、里沙は左。
二人はしびれた頭を揺らし、奥へ進んでいった。
- 45 名前:第二章 投稿日:2003年03月11日(火)16時35分18秒
- 「いない・・か」
一時間後、約束の場所に現れた麻琴に里沙は言った。
「なんで誰もいないんだよ・・。
もう私たち死か生きてないのかな・・」
里沙は歯を食いしばり、涙を流していた。
まるで、不安を詰め込んだ水風船が、ちいさなショックで破裂したかのように、
里沙の心に出来た裂け目から、涙が延々と流れ続けている。
麻琴は一緒になって泣き出してしまいそうなのを懸命にこらえ、里沙を抱きしめた。
しばらくそうして、里沙が泣き止んだのを確かめてから麻琴は里沙を促し外へ出た。
そして少し考えてから、里沙に言った。
「残りの家はいいからさ、トリニティーに行こうよ。
トリニティーならきっと人もいると思う」
これ以上家をまわって自分たちの孤独を浮き彫りにするのは
意味のないことだし、もうこの町には人がいないのはほぼ間違いなかった
- 46 名前:第二章 投稿日:2003年03月11日(火)16時36分10秒
- 東トリニティーに来た時と反対側の道が、トリニティーへ続いている。
二人は近くの家で腹ごしらえをし、靴や服を着替え、その道に入った。
道は黒い石を固めてあって、なんとも頼りない感じがする。
トリニティーには数時間でつくという話なので、
夕方にはつけるだろうか。
真上でまぶしく輝く太陽をみながら、麻琴はそんなことを考えた。
二人はまた談笑しながら歩き続けた。
- 47 名前:S 投稿日:2003年03月11日(火)16時39分40秒
- >>41さん
衝撃的ですか。
これからもっと大きな衝撃があるかもとか言ってみる。
ここまでで第二章終わりです。次から第三章(あたりまえか…)。
- 48 名前:つけたし 投稿日:2003年03月11日(火)16時40分55秒
- >>41さん、レスありがとうございます。
- 49 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月13日(木)14時26分09秒
- まこにい、強く生きろ
- 50 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年03月13日(木)19時25分17秒
- 苦しい胸が苦しいッス
まこにいガンバレエェエエエ!!・゚・(ノД`)・゚・
- 51 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時51分13秒
- トリニティーに着いたのは、空が少し紅くなってきた頃だった。
が、街に入るなり二人は目を疑う羽目になる。
入ってすぐの所に、またしても真っ黒になった人間が倒れていたのだ。
しかも何か紙の束を持っている。
里沙が恐る恐る覗き込むと、一番上の紙にこう書いてあった。
『もし生き残った人がいるならば、これを読んで下さい』
里沙は、眠ったライオンのそばを通り抜けるように、
死体に触れないようにビクビクしながら、その紙を取った。
*
これはあなたが何も知らないことを想定して書いています。
時間がないので乱筆お許しください。
まず、単刀直入にいいますと、もうこの地球上には、
おそらくあなた(がた)以外に生きている人はいないでしょう。
原因はもちろん、名前を付ける暇すらなく広がっていった例の病気です。
- 52 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時51分51秒
- 最初の患者が出たのは三ヶ月前、北の方にあるサラスと言う国でした。
小さな港町でしたが、一週間足らずで全滅したと聞いています。
そこから爆発的に広がり、このパンゲア大陸全てに広まって行きました。
トリニティーで管理していた情報によると、ほぼ全ての街で患者が確認されています。
病気について分かっていることを、ごく僅かですが書いておきます。
まず、空気感染により広まります。
ただ、空気中では長いこと生きていられないようです。
それから、感染しても、発病までに一ヶ月以上かかります。
それが自分が感染していることを知らず、他人に感染させてしまうという風に
広がって行く原因になったのでしょう。
つまり、誰かが発病した時点で、その周りはみんな感染していると思っていいのです。
これらのことは、研究所で確認されましたが、公表はされませんでした。
もし公表していたら、もっと恐ろしいことになっていたのでしょう。
どうして私が知っているのかと言うと、このトリニティーの生存者が
十人を切った時、教えられたのです。隠していてもしょうがないと。
(何行かまとめて消したあと)
- 53 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時52分21秒
- これを書き始めた時は、ただいるかもわからないあなたのために
役に立てばと思ったのですが、どうやら私もあなたを道連れにしたかっただけのようだ。
知らないほうが幸せなことを教えてあげたかっただけみたいだ。
死者からでは感染しないが、どの街でも患者が出たと言うことは、
余程隔離された人間でもない限り生き残ってはいないだろう。
それでも私は、最後まで希望を忘れずにいたい。
追記 トリニティーのコンピューターネットワークによると、
確認できる街の生存者数は、0。
それでも私は、最後まで希望を忘れずにいたい。
*
麻琴は、言葉を発することが出来なかった。
この不気味な手記が、とてつもなく重たいものに感じた。
とくに、最後の三行。麻琴を絶望的な気持ちにさせるには十分すぎる威力を持っていた。
それはまるで、何日も何ヶ月も何年もかかって並べたドミノが、ちょっとしたミスで
崩れて行くようだった。一種爽快な気分でもあったかもしれない。
- 54 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時52分56秒
- 「やっぱり、みんな死んじゃったんだ」
里沙が、ぽつりと言った。
どうしようもなく大きな無色透明な感情が、麻琴の立つ地面をぐらぐらと揺すった。
そしてそのまま、バランスを取ろうとすることもなく倒れこむ。
何故か体に力が入らず、何もやる気にならなかった。
里沙も横に倒れたのが気配でわかったけれど、それすらどうでもよく思える。
いつのまにか麻琴は眠っていた。
*
「まこっちゃん、早く早く!」
里沙が麻琴の腕をひっぱり、麻琴は寝ぼけたままついて行く。
歩きながら、やっと今日の約束を思い出した。
二人で村のはずれの洞窟へ探検に行くのだ。
- 55 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時53分36秒
- 2日前だったか。村の友達と遊んでいて、崖にぽっかり開いたその洞窟を見つけたのは。
まるで子供の好奇心を煽るためにあるかのような存在感だった。
たしかその時も少し入ってみたが、真っ暗だったのですぐに引き返した。
そして今日。麻琴の手にはランプが握られている。
「おや、そんなもの持ってどこ行くんだい?」
洞窟を目指して歩く途中、村長に会った。
「ちょっと探検に行くんです」
里沙は満面の笑みを浮かべて言った。
たぶん麻琴も同じような表情をしたはずだ。
「二人はいつも仲が良くていいね。怪我しないように気を付けるんだよ」
村長もまた優しく微笑んでいた。
- 56 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時54分19秒
- この前と変わらず確かな存在感を持ったその洞窟を前に、麻琴の胸はとくとくと高鳴っていた。
明かりを持つ麻琴が先を行き、里沙が後に続いた。
洞窟の中の空気はひんやりとしていて肌寒かった。
だが二人の腕に鳥肌が立っていたのはそのせいだけではないだろう。
しばらく行くと、洞窟は二つに分かれていた。
麻琴は立ち止まり、里沙を振り返る。
穴が真っ直ぐではなかったせいで入り口の光はもう見えなかった。
適当に里沙が指差したほうへ進んだ。
その後もいくつかの分岐点に出会ったが、その度同じ方法で進んだ。
そして案の定、迷って帰れなくなった。
麻琴は初めて死の恐怖を感じた。でもあまり恐くはなかった。
なぜだろうか。
*
「へい!」
「返してよ!」
- 57 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時56分07秒
- 麻琴はその日珍しく熱で寝込んでいて、ふっと目を覚ますとその声が聞こえた。
里沙の「返してよ!」という声が悲鳴のようだったので、麻琴が戸を開けて外を見ると、
里沙が村の子供たちに囲まれていた。
様子を見ているとどうやら、里沙の靴を奪い、里沙が近づいてくると
他の子に投げて渡す、と言うようなことをしてからかっているらしい。
それを理解した瞬間、麻琴は地面を蹴り、一人につかみかかっていた。
その男の子は不意を突かれ倒れこむ。
それから、靴を持っている女の子に向かっていった。
女の子はとっさに靴を投げる。
しかし麻琴はその行方には見向きもせず、女の子に体当たりを食らわせた。
「なにすんだよ!」
リーダー格と思われる男の子が麻琴の服をつかみ、次の瞬間、肩を地面に叩きつけられた。
麻琴も負けずに、仰向けの状態のまま相手の足を蹴る。
相手が痛がっている隙に手をついて起き上がった。
が、視界の隅に泣いている里沙の顔が写り、動けなくなる。
背中に蹴りをもらって我に返り、麻琴はその集団を抜け出て、里沙の手を引き逃げ出した。
- 58 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時56分39秒
- *
麻琴が目覚めたのは夜明け前だった。
空に輝く星が、少し明るくなった空に浮かんでいる。
周りの家々を見て、あのまま道端で眠ってしまったのだと思い出した。
横に里沙がいるのを確認して、麻琴は近くの家に入り、用を足し顔を洗う。
蛇口をひねりながら麻琴は思った。
麻琴は独りではない。里沙がいるのだ。かけがえのない親友である里沙が。
それに、麻琴達が生きているということは、ほかにも生存者がいる可能性があることの証明になる。
もっと他の町へ行って、人を探すのだ。
もしそこに男の子がいれば、子供が出来、またすこしずつ人類が増えていくかもしれない。
家を出ると、ちょうど日が出始めていた。
二人の出発にはちょうどいい。麻琴は里沙を起こそうと肩を揺すった。
- 59 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時57分19秒
- …が、まるで熱いものに触れたように手を引っ込める。
今度は顔を触って、またビクッと手を引っ込めた。
冷たかった。
- 60 名前:第三章 投稿日:2003年03月29日(土)04時57分55秒
- 麻琴の生きる理由が消えた。
麻琴はすっくと立ち上がり、近くの家の前に植えてあった花を二本むしりとり、里沙の所へ戻った。
そのうちの片方を里沙の顔の横に置く。
それから里沙に折り重なるように倒れて、二度と目を開けなかった。
- 61 名前:二人で独り 投稿日:2003年03月29日(土)04時58分42秒
終わり
- 62 名前:S 投稿日:2003年03月29日(土)05時10分47秒
- こんなラストでごめんなさい。
ただ、別に書くのが嫌になったとか、こういう終わり方がマイブーム(wとかでは決してなく
話を書き始めた時点でこのラストは決まっていました。
って言い訳になってないですね…。
>>49さん
レスありがとうございます。
まこにい、最期まで強く生きました。
>>50さん
レスありがとうございます。
そして…、ごめんなさい・゚・(ノД`)・゚・
そのうちまたこのスレでなんか書くかもしれません。
その時はまたどうぞよろしく。
- 63 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年03月29日(土)07時54分43秒
- 感動です。つってもだたの感動じゃ無いんですが(w
なんか言葉に表しにくいッス。今までにない感じ。
当方馬鹿なんでこれしか言えません。ギョエーナサーイ。
エート良い作品ありがとうです。新作、待ってますYO!
- 64 名前:S 投稿日:2003年04月05日(土)17時41分28秒
- >>63
レスありがとうございます。
そして最後まで読んでくれてありがとうございます。
どうしようもない気持ちになるようなラストにしたかったのです。
やっぱりマイブ(ryなのかも…
- 65 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時42分40秒
- となりであさ美が起きる気配を感じてわたしは目を覚ました。
水曜の朝、午前三時。
カーテンを開けると、昨日の雨がまだしつこく降り続いていた。
せっかく咲き始めた桜が散ってしまうかもしれないと、場違いな考えが頭をよぎる。
「ごめん起こしちゃった?もう少し寝てなよ」
彼女の声は心なしか硬かった。
「ううん。なんか目覚めちゃった」
昨日の行為の余韻が残る中、わたしはベッドから出、コーヒーを入れテレビをつけた。
あさ美は昨日飲んだチューハイの缶を片付けている。
「雨、止むかな」
缶を袋にまとめて台所に置き、戻ってきた彼女が椅子に座りながら訊いた。
「どう転んでも私は後悔しないよ」
わたしの答えに、彼女は少し驚いた顔をし、それから小さく笑う。
- 66 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時43分15秒
- 今日は三日続きのオフの二日目だ。
そしてわたし達にとっては忘れられない日になる。
テレビが退屈でわたしは椅子を立った。
そもそもこんな時間にまともな番組がやってるはずもない。
「あさ美ちゃん、……もう一回しよ」
わたしのひどく我侭な言葉に、彼女は紅くなってうつむくように頷いた。
彼女の携帯がステーションの音を奏で、時計を見ると七時ちょうどを指している。
私たちはシャワーを浴び行動を開始した。
これは、事務所への裏切りだ。
出版社、新聞社、テレビ局にファックスを送りつける。
記者会見を開く、と言う内容。
原稿を持つ手が震えたが、ためらいはしなかった。
- 67 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時44分04秒
- 午前10時20分前、わたし達はマンションを出、タクシーで会場へ向かった。
その間も手の震えがと止まらなかったが、無視した。
会場として指定したホテルには、半信半疑といった顔つきの記者たちが集まっている。
私は自然に早足になりながら会場の部屋に入った。
席に着き、昨日決めた段取りどおりに、まずわたしが口を開いた。
「忙しい中お集まりいただいてどうもありがとうございます。
……わたし、小川麻琴は、紺野あさ美さんと、お付き合いをしています」
緊張のせいで台詞を忘れたが、とりあえず要点は言えた。
あさ美が続ける。
「娘に加入してから二ヵ月後に、私から告白しました」
いっせいにフラッシュがたかれたが、現実感に乏しく、夢の中にいるようだった。
記者たちから質問が相次ぐ。
「若い二人にこういうことを聞くのもなんですけど、どこまで行ってるんでしょうか」
いきなりすごいことを訊いてくる。
そんなこと彼女言わせたくないと口を開きかけたが、それより先に彼女が言った。
- 68 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時44分41秒
- 「昨日、麻琴と寝ました」
とたんに会場がざわめく。
「告白を受けた時の小川さんの気持ちは?」
「わたしもあさ美のことが好きだったので嬉しかったです」
「同姓同士で付き合う事に抵抗とかはなかったんですか」
「全くありませんでした」
これは、先輩メンバーの影響があったと思う。
当時は吉澤さんと安倍さんが付き合っていたし、その前にもカップルがいたと聞いている。
「そのことは他のメンバーや事務所の人は知っているんですか?」
「勿論知っています」
「今は同棲とかはしているんですか?」
「いえ。してません」
・
・
・
いつのまにか記者会見は終わっていた。まだ頭の中がもやもやしている。
行きと同じようにタクシーで彼女のマンションへ帰った。
雨はまだ降り続いていた。
- 69 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時49分24秒
- テレビでは緊急速報と題して、さっきの記者会見の内容が繰り返し流されていて、
ありきたりなコメントしか出来ないコメンテーターが、何もかも知ってそうな口ぶりで
「いいことだとは思うけれども、世間の風当たりは強い」と言うようなことを述べていた。
わたしは普段からワイドショーや、そのコメンテーターが大嫌いだったけど、
今日はまるっきり他人事に思えて腹も立たなかった。
あさ美ちゃんはパソコンを立ち上げて、ファンサイトを回っている。
以前彼女は「ファンの人たちはきっと認めてくれる」と言っていた。
私はよく分からないけど、ファンサイトの人たちは礼儀正しいし、アンチ的な発言もしないらしい。
だが、ディスプレイを見る彼女の表情が曇っているのに私は気付いていた。
「どう?」
わたしはモニターに手を置き、尋ねた。が、その前に表示されている文字が目に飛び込んでくる。
『若気の至り』だとか『僕はいいと思うけど…』とか、
テレビのコメンテーターの発言と似たような書き込みばかりだった。
- 70 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時50分35秒
- 彼女はいくつかのファンサイトを回った後、「麻琴には刺激が強すぎるかも」と言いながら
猫のようなアイコンをダブルクリックする。
そして『お気に入り』から『モ娘。(狼)』を選んだ。
ずらっと並んだ掲示板のタイトルらしき言葉たちの一番上に
『【紺野】熱愛発覚【小川】その16』
とある。あさ美は迷わずそれをクリックした。
下に内容が表示される。
よく意味の分からない言葉ばかりだ。
彼女に訊くと、「私もよくわかんない」と口元だけで笑った。
不意に画面がぷつんと音を立て、真っ青な画面になり、英語の文字列がそこに浮き上がった。
彼女はしばらく狐につままれたような表情をし、それからため息をついて電源を落とす。
「コーヒーでも入れるよ」
彼女はそう言って台所へ向かった。
私は朝と同じようにテーブルに着きテレビをつける。
まだしぶとく会見の様子を映し出していた。
あさ美は私のほうにコーヒーを差し出しながら言った。
- 71 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時51分34秒
- 「私達ってそんなに子供で何も考えてないように思われてるのかな」
「ほんと、そんなわけないのにね」
今回の事だって相当悩んだし、何度も話し合った。
失うものが大きくても、認めてもらいたい気持ちのほうが大きかった。
それなのに「子供」だとか、口の悪いヤツに至っては「世間を舐めてる」とか。
あんたに、不機嫌な時でもひたすら笑顔でいなければならないわたし達の気持ちがわかるのか。
何度も心の中でそう毒づいた。
同性ではあるけれど互いに好き合っている事や、周りが思ってるほど子供でないことをわかってほしかった。
これは、様々なものからの脱出なのだ。
「麻琴」
ふいに、わたしを呼ぶ声が考え事を遮る。
「なあに」
彼女はそれに答えず、テーブルに片手をつき、わたしの唇を引き寄せた。
- 72 名前:escape 投稿日:2003年04月05日(土)17時52分13秒
終
- 73 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2003年04月08日(火)13時42分22秒
- フォー…なんかいろいろ考えさせられる。
にしても大胆ッスネ2人ともw
本当にあったら…(((∬;゚д゚)))マコブル
- 74 名前:りゅ〜ば 投稿日:2003年04月15日(火)12時22分10秒
- 遅くなりましたが二人で独りの完結お疲れ様です。
ラストは言葉が出ないくらい、作者さんのマイブームを感じました(謎
本物の悲しみって、余計な感情描写はいらないんですね。
さすがです。感動しました。
- 75 名前:S 投稿日:2003年06月14日(土)02時43分25秒
- >>73 名無しどくしゃさん
前作に引き続きレスありがとうございます。
かなり励みになりました。
本当にこんなことあったら、俺はきっと泣きますw
>>74 りゅ〜ばさん
またまた前作に続いてレスありがとうございます。
マイブーム感じて貰えましたかw
というより、ただの俺の好みなんじゃないかと思う今日この頃。
もうこのスレには何も書かないつもりだったのですが、
なんとなくネタが浮かんだので保全。
ただ忙しいので始めるのはだいぶ先になりそうです。
- 76 名前:S 投稿日:2003年06月14日(土)02時46分07秒
- 前作に引き続きって、りゅ〜ばさんのレスは前作へでしたね…。
なにをぼけてるんだ俺は…・゚・(ノД`)・゚・
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