原色のディテール
- 1 名前:名無し 投稿日:2003年03月01日(土)06時24分58秒
- 道重主役の青春モノを書こうと思います。出てくるメンバーは少しです。
更新ペースはかなり遅くなると思うので、sage進行でいきます。
それではよろしくお願いします。
- 2 名前:0 投稿日:2003年03月01日(土)06時26分06秒
- 友達。親友。知り合い。クラスメイト。明日は?
―――――原色のディテール―――――
- 3 名前:七月二十日 旅行に行く事になった。 投稿日:2003年03月01日(土)06時27分27秒
- 七月二十日。終業式が終わり、中学生になって、二回目の夏休みが始まった。
校門の手前で紺野さんにさよならを告げると、わたしは一人、ぽつぽつと家路についた。
空色の空には大きな入道雲が一つ。きらきらと放射線状に光線を落とす丸い太陽は笑ってる。
無機質なコンクリートに支配されたこの町には、緑が無い。
国語の授業で習ったみたいな、ペット化された自然しかこの町には存在しない。
ザリザリと、わざと足音を響かせて歩いた。真っ黒なアスファルトから熱が伝わってきた。
学校から二十分ほど歩いた所にわたしの家はあるけれど、一緒に帰る友達はいない。
去年の今日は三人で帰っていたのに。きっとそんな日々は二度と戻ってこない。
仲良くおしゃべりをしながら、わたしの横を通り過ぎていった三人組の小学生。
楽しげに揺れる三つの背中を、わたしは一人、立ち止まって眺めていた。
- 4 名前:七月二十日 旅行に行く事になった。 投稿日:2003年03月01日(土)06時28分27秒
わたしの家はこのニュータウンの一角にある。お父さん曰く念願のマイホームらしい。
何の変哲もないけれど、三人でくらす分には少し大きすぎる気もする。
「ただいま」
と、大き目の声を出しても返事は当然返ってこない。虚しく木霊して消えるだけ。
じゃあ何でわたしは大きな声でただいまを言うんだろう。
お昼なのに薄暗い家に帰ってきても、する事なんて何もない。
でも、わたしは他に行く所がない。紺野さんだってわたしだけが友達じゃない。
スカートのポッケから携帯電話を取り出しても、メモリにはたった十人。
着信はほとんど紺野さんか家からで、わたしから電話をかけることやメールを
送ることはほとんどない。どうしたって、自分から何かをすることが出来ない。
だから、わたしは今ここに一人でいるし、仲の良かった日々も戻らない。
あの時わたしが二人に何か声をかけていれば、今ある、何もかもが違っていたかもしれない。
- 5 名前:七月二十日 旅行に行く事になった。 投稿日:2003年03月01日(土)06時29分09秒
- ひっそりとした螺旋階段を忍び足で上って、つきあたりにある自分の部屋に向かった。
目立ったものが何も無い、モデルルームみたいな自室。
嫌いではなかったけれど、もちろん好きじゃなかった。
だからといってわたしは部屋に可愛らしい装飾を施すような行動力がない。
普通でいられればそれでいい。何かしようとしたって、上手くいった試しがない。
今の生活だって、満足はしていないけれど、不満もない。
カーテンを開いて、窓を全開にした。空は青。広がるのは無機質の世界。
こんな様々な人口色で満ちてるこの町にも、優しい風は吹いてくれる。
気持ちいい風を浴びながら私服に着替えて、何となくベッドに腰掛けた。
パタパタとカレンダーが揺れている。静かな空間はきらいじゃない。
クラスのみんなは今頃遊んでるんだろうな。青い空を見ると、なぜかそんなことを思った。
鞄を膝に乗せて、クラスで配られたプリント類に軽く目を通した。
宿題は早めにやってしまいましょう。夜の外出はひかえましょう。
そんな感情のない事柄が延々と連なってる。面白くなかった。
わたしは勢いよくベッドに大の字になって、真っ白な天井に雄大な空想を描いた―――。
- 6 名前:七月二十日 旅行に行く事になった。 投稿日:2003年03月01日(土)06時29分48秒
- 五時になってお母さんが帰ってきた。
帰ってきて早々、エプロン姿になって夕ごはんを作り始める。
六時には夕ごはんを食べるのがうちの日課なんだけれど、
どうもそれはわたしの教育のためらしい。
お母さんはパート勤めで、わたしの高校受験と大学受験の費用のために働いてる。
もちろんそのことを直接お母さんから聞いたんじゃない。
夜中、トイレに起きた時にぐうぜん盗み聞きしたんだ。
期待されてるなんて考えたことはない。お父さんだって、取り柄のないわたしに優しい。
みんな優しいのに、わたしはお返しになにをしただろう。
「お母さん?なんか手伝おっか?」
わたしが小首を傾げて、お母さんの顔を覗き込むようなかっこでそう言うと、
お母さんは笑って首を横に振った。
「さゆみは不器用だから、よけい手間取っちゃうわよ」
台所は閑散としている。お母さんの笑顔は苦しかった。
- 7 名前:七月二十日 旅行に行く事になった。 投稿日:2003年03月01日(土)06時30分18秒
- テーブルを間に挟んで、お母さんと二人でごはんを食べる。
窓外は、橙色の太陽がきれいなセピア色の世界を作っていた。
遮断されて篭った蝉の鳴き声が、二人だけのさみしい食事をいくぶんにぎやかにした。
最近はこの夕陽を見て、蝉の声を聞きながら夕ごはんを食べるのが日課だった。
夏は嫌いじゃない。
「学校楽しい?」
「うんまあまあ」
とりとめのない会話をしながらテレビのニュースを見る。
また誰か殺されて、誰かが笑ってる。誰かが賞をもらって、誰かが涙を飲んでいる。
「夏休み何か予定あるの?」
「今のとこない」
ぶっきらぼうなわたしの口調にも、お母さんは笑顔を絶やさない。予定は今後もきっとない。
「じゃあ、旅行に行ってるみる気ない?」
「え?」
唐突にそんな事を言われてとまどったけれど、わたしの胸は踊った。
ここ数年、旅行なんて行ってなかったし、何よりも、夏休みに色を添える事が出来る。
「どこ行くの?」
「じゃなくて、さゆみ一人で」
- 8 名前:七月二十日 旅行に行く事になった。 投稿日:2003年03月01日(土)06時30分50秒
- お母さんはふふっと優しく笑って立ち上がった。
そして、四隅が黄ばんでいる一枚の写真を鏡台の棚から持ってきた。
お母さんと並んで写ってるのは柔和な笑顔をもらしている一人の美人な若い女性。
「お母さんの親友なの。今は民宿経営しててね、さゆみが大きくなったら
連れて行こうと思ってたのよ」
そう言って、お母さんは写真にぼんやりとした視線を落とした。
懐かしそうに、頬が緩んでる。
緩んだ頬のせいで、両目の端にクシャっと何本かのしわが寄っていた。
「じゃあ何でわたし一人なの?」
「お母さんは忙しいから。行きたくない?一週間ほど」
- 9 名前:七月二十日 旅行に行く事になった。 投稿日:2003年03月01日(土)06時31分23秒
- 「一人なんて・・・・」
わたしが口篭ると、お母さんは優しく笑った。
「さゆみはもう大きいし、大丈夫よ。ちゃんと向こうについたらむかえに行かせるし
夏休み予定ないんでしょ?行ってみなさいよ。いい所よ?海もあるし、山もあるし」
「でも・・・・」
不安だった。人に任せっきりで、世の中の右も左もわからない。
見知らぬ人に会ったら、きっとわたしは言葉を失ってしまう。
どうしてこんなウジウジした性格で生まれたんだろう。
「行ってみなさいよ?」
お母さんの優しい目に促されたわたしは、
「・・・・うん」
無意識のうちに頷いていた。
―――
- 10 名前:名無し 投稿日:2003年03月01日(土)06時32分33秒
- 更新。
ペースは遅くなると思いますが、よろしくお願いします。
- 11 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月02日(日)20時07分22秒
- 期待大
- 12 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時49分09秒
- ジリジリとした日差しを感じて、わたしは目を覚ました。
新幹線で○○まで行って、電車を三つ乗りかえた。
わたしじゃ考えられないほどの長旅だ。今は最後の鈍行電車に揺られている。
辺りは一面、田園地帯。
長らく見てなかったほのぼのした風景はわたしの心をいくぶん、穏やかにした。
外はきっと新鮮できれいな空気で満たされているんだろうな。
不安だった気持ちは今では期待一色なっていた。
人の気持ちなんて天気のようにかんたんに変化するんだ。
外の風景を数分楽しんだあと、車窓の日除けを下ろして、
わたしはもう一度目を閉じた。
- 13 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時50分16秒
- 降り立った駅は無人駅で、わたしはどうしようもなく落ち着かなくなった。
むかえに来てくれるはずのおばさんの姿がない。目の前には大きな山がそびえていた。
湿った風が吹いて、磯の匂いが鼻をくすぐった。海と山に挟まれた偏狭の町。
わたしは駅前にポツンと置かれている、所々ペンキがはげた木のベンチに座って、
加護おばさんを待つことにした。ココの家々は綺麗に風化していて、どの家も
この田舎特有の穏和な雰囲気をたたせている。わたしの町とは大違いだ。日射もどこか優しい。
空を見上げると、カモメが三羽つれそって仲良く旋廻していた。
それを見ているとわたしは不意に昔を思い出した。三人親友という名でつながっていた日々。
れいな、えり。いやちがう。亀井さんに、田中さん。二人と仲良く笑う日はきっと戻らない。
- 14 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時51分27秒
- 数十分、もの思いに耽りながら待っていると、一台のワゴン車が止まった。
車内から写真のおばさんが降りてきた。薄地のシャツに、デニム地のロングスカートを履いている。
――加護おばさんだ。わたしは姿勢を正し、かしこまった。
「さゆみちゃん?」
写真ではなかった皺が、口端をあげると両頬にくっきり浮き彫りになった。
年季を帯びた一つ一つの深い皺に、ドキッとするような大人の艶がある。
「はっはい」
わたしは立ち上がって、頭を申し訳ないていど下げた。
「礼儀正しいのねえ。うちの子とは大違い」
加護おばさんには養子の娘とがいるとお母さんから聞いた。
元々、加護おばさんは子供の出来ない体だったらしく、それが理由で離婚してしまったらしい。
だから、養子に来たその子のことをとても大切にしてるそうだ。
でも、その子の詳しいことについては何も聞いていない。仲良くしなさいよ、と言われただけ。
わたしと同い年だらしいし、友達になれたらいいなと思った。
- 15 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時53分50秒
- 加護おばさんは助手席に無口で座ってるわたしにいろいろと話しかけてくれた。
うちの子はへんなとこだけ意地っ張りだ、とか、全然なつかないのよ、とか。
話の内容の八割はその子のことだった。本当に好きなんだとしみじみ思った。
わたしは良い子の典型みたいに、かしこまって返事をしていただけだった。
やがて会話は途切れ、わたしは気まずさをごまかすように辺りに広がる辺鄙な
風景に視線を委ねていた。
加護おばさんは運転しながら開放している窓から入ってくる風を
気持ち良さそうに受けている。
その薄く笑う横顔を見て、わたしは初めて自分から問いかけた。
「この町は空気がきれいなところですね」
加護おばさんはわたしが口を開いたことに驚いたようだった。
えっ、と大きな声で催促されたので、わたしは少し大きめの声で同じことを訊いた。
「うん。いい所だね。おばさんは大好き。この町」
「わたしも好きになれそうです」
「ははは。さゆみちゃんは本当にいい子だね」
わたしは、そんなことないです、と照れながら言って、もう一度外の風景に視線を委ねた。
- 16 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時55分16秒
- 澄んだ日射は、家々や木々につやを施し、新鮮な印象をもたらしている。
海は波が起こるたびにキラキラと光を反射し眩いていた。自然。
この町はどこを見ていても飽きることがない。そっけないわたしの町とは大違いだ。
車はやがて一軒の民宿の前で止まった。ここは加護おばさんが一人で経営しているらしい。
平坦な瓦屋根の真ん中に、『民宿かご』とかかれたブリキの看板がかかっている。
塗料がはげて、かごの「ご」の濁点が欠けていた。でも、それをわたしはとても気にいった。
なんだか落ち着くし、何かが欠けているのが妙に安心した。なぜだかはわからない。
入り口の引き戸を開けると、玄関と食堂が一緒くたになっていた。
広いコンクリートの床の上に、長机が二つ。それを囲むようにパイプ椅子が八つ並んでいる。
「ここでお食事するんですか?」
「うん。お客さんが多いときはね。少ない時は座敷で一緒に食べる時もあるけど」
「そうなんですか」
「七月はまだ予約無いから、さゆみちゃんは座敷で一緒に食べようね」
おばさんは首を下げて、ニコッとわたしに笑いかけてくれた。
わたしも、はい、と笑顔で答えた。不思議とここには安心感があった。
- 17 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時56分25秒
- 広い空間があるわけじゃないし、少し、広い目の家をそのままお客に開放した
だけという作りの作用かもしれない。わたしはここが一目で気にいった。
靴を脱いでいると、ダダダという音が聞こえた。
玄関を抜けたすぐそこにある、階段からだった。
「なあ、おばさん、ウチの体操服もう乾いた?」
ひょっこり現れたのはわたしと同い年くらいのかわいい女の子だった。
髪を頭の上で二つにまとめていて、黒目がちなつぶらな瞳はとても澄んでいた。
関西のイントネーションで、快活に言葉を紡ぐ。でも、表情はどこか曇っていた。
「おお。もう乾いてると思うよ。篭のなかにあるから、勝手に持ってけ」
「ありがとう。今日は体育の補習やねん」
なにやら素っ気無いやりとりとしたかと思うと、その子は私を興味無さそうに一瞥し、
さっさと出て行ってしまった。
- 18 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時57分45秒
- 「あの子さあ、おばさんのこと、「お母さん」って呼んだ事無いんだよ」
その子の去って行った玄関を、おばさんはとても儚いモノを見るように見つめていた。
「・・・まだ、日は浅いんですよね?」
わたしはお母さんから、あの子が加護家に養子に来て、日が浅い事を聞いている。
「そうだねえ、あの子がやってきて、そういやまだ一年経ってないな」
「だったら、まだ慣れてないんじゃないでしょうか」
「そういう訳でもないみたいなんだようねえ・・・・さっ、部屋に案内するよ。
あんまり辛気臭い話は子供には良くない」
おばさんは途中、言葉を濁して、言い切った。
- 19 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時59分00秒
- 案内された部屋は二階にある八畳間で、わたし一人で使うには大きすぎる感があった。
部屋の真中に置かれたテーブルの向こう側には大き目のテレビ。
様式タンス、押入れには布団が四人分入っていた。無駄な物が無くて、広々とした客間。
私は三日分の着替えを詰めてパンパンに膨れ上がったボストンバッグを部屋の隅に置き、
障子を開けて、窓を開けた。するとそこには見たこともない、大海原が姿をあらわした。
ウミネコの声、みなもを鏡にして反射する日射、断続的にひびく波の音。
目の前に広がる全てが私の町とは違った。こっちのほうが全然いい。
私は安全を入念に確かめてから窓枠にこしかけ、しばし広がる風景に見入った。
髪の毛を耳にかぶせ、流れる風を無為に受け止める。
潮風は肌を少しべとつかせたけれど、そんなことは気にならないくらいに心地よかった。
静かな時間は、空想へと変わる。
わたしは一定時間何かを見ていると、自然と空想を描いていることが多い。
ありえないような設定の舞台で、わたしはいつも笑っている。
周りの人はみんなわたしを慕ってくれる。
成績は優秀、運動も得意、友達は数え切れないほどいる。そんな空想の世界のわたし。
- 20 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)03時59分56秒
- はっと現実に帰ると、日はほんの少しだけ傾いていた。緩やかな波は健在でも、
その色はほんのりオレンジ色になっている。わたしは着ていたシャツとスカートを脱いで、
黒色のTシャツと白のハーフパンツに着替えた。そして階段を下りる。
玄関に直通になっている階段を下りると、180度まわり、廊下を抜けて座敷に向かった。
「さゆみちゃん、部屋は気に入った?」
座敷にはおばさんがポツリと一人で座って、テレビを見ていた。
全ての窓を開放していて、剥き出しの縁側の向こうには海の一端が見えた。
「はい。でもわたしには少し広すぎるかも・・・」
「ははは。そうだよねえ。でも、さゆみちゃんがいる間はあの部屋で
亜依を寝かせるつもりなんだ。それで一緒に寝てもらおうかなって考えてる」
『亜依』というのはあの子の名前なのだろう。
- 21 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)04時00分49秒
- 「一緒にですか・・・」
わたしが少し、考えるように俯くと、おばさんは心配そうな声を出した。
「嫌かな?あの子の事」
「ああ、そんなんじゃなくて・・・その・・・わたし嫌われてるんじゃないでしょうか?」
あの子と目が会った時、なんとなくだけどそんな印象を受けた。
私のことを嫌ってないとしても、好意的にはとらえてない。そんな目をしていた。
「大丈夫だって、人見知りなんだよ。顔に似合わずさ」
おばさんは軽く笑ってからそう言った。
「だったらいいんですけど。・・・あの、仲良くしようと思います」
「うん。そうしてあげてよ。六時までには帰って来ると思うし、
さゆみちゃんはこれからどうする?ここらへんには一人で遊べる所もないしねえ。
亜依がいればなにかしら遊べる場所も知ってると思うんだけど」
おばさんはわたしの為になにかしら楽しめることを考えてるようだった。
うーん、とテーブルに頬杖をついて、首をかしげている。
「じゃあ、ちょっとその辺散歩してきます。なんか、こんな自然がいっぱいの所
わたし知らないし、歩くだけでも十分楽しいと思うし」
言葉を選んでそう言ったら、おばさんはニコッと笑って、そっか、と言った。
- 22 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)04時01分57秒
- 外にでると、わたしはまず海に向かおうと思った。
この民宿から海までは300メートルも離れていない。
この時期にお客がいないのは些か不思議だと思ったけれど、世間の事情なんてわたしにはわからない。
持ってきたビーチサンダルに履き替えて、わたしは海へと続く畦道を進んだ。
俯きながら歩くのはわたしの癖だった。ジッと下を向いて、何かを考えながら歩き続ける。
家のこととか、宿題のこととか、テレビのこととか、どうでもいいこと。
そのせいでわたしの背中は情けなく曲がってしまっている。猫背と言うやつだ。
せっかく辺りには雄大な自然が広がっているのに、わたしは下を向いて歩いてる。
そのことに気付くのは決まって目的地についた後だ。ああ、今日もわたしは俯いていたんだ。
なんてことを心中で呟いて自分を叱咤するんだけれど、
頭の回らないわたしはすぐにその事を忘れてしまうのだった。
- 23 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)04時03分10秒
- そんな自分が嫌いと言うわけではなかったけれど、やっぱり光っている人には憧れる。
そう言えば、紺野さんは誰とでも仲良くお話が出来たな。そんなことをふと思い出す。
わたしが下を向いて200メートルほど歩いてると、前になにやら気配を感じた。
わたしは顔を心持ち上げて、上目遣いでその方向を見る。
女の子がいた。私に背を向けてしゃがんでいる。セーラー服を着ていた。
ポニーテールに結んだ髪の毛が、その子の呼吸にあわせて上下に揺れている。
どことなく、『亜依』さんに似てるなあと思った。
当然のように私はその子の横を通り過ぎようと考えた。
その子がいったい何をしてるのかは気になったけれど、わたしは知らない人に声をかけた
ことなんてあるわけがない小心者だ。さりげなく、大胆に、私はその子の横をすり抜けようとした。
時だった。
- 24 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)04時04分10秒
- 「ちょっとまってくらさい」
舌足らずな声が、足元から聞こえた。思わずわたしは立ち止まる。
声がなにやら震えてた。
「え?わたし?」
その子の方に視線を落としたとき、わたしの顔は蒼白になったに違いない。
うるうると涙を両目に溜め、口をへの字にして涙をこらえているその子の腕の中には
血だらけになった一匹の子犬が包まれていた。
「このここのこ、まだ子犬なんだよ?」
事情がつかめない私は、思わず訴えかけるようなその子の視線をそらした。
軽蔑されただろうな。なんてことを考える間も無く、その子は泣き出した。
とっても可愛らしい顔をしていて、やっぱりどこか「亜依」さんに似ている。
わたしと同い年だろうか、それでも、その子がかもし出している純情さにわたしは心を奪われた。
「子犬なのに・・・」
わんわん泣いているその子をなだめるように、わたしは隣にしゃがんで話しかけた。
やけに大人ぶった態度をしているな、と自分自身で思ったけれど、
わたしはその子の背中をさすりながら尋問じみたことをいくつか訊いた。
- 25 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月03日(月)04時06分10秒
- あなたの犬?ちがう。じゃあどうしてあなたはその子を抱いてるの?かわいそうだもん。
そんなやりとりを幾らか繰り返した。決まってその子は首を振る。
かわいそうだよ。と、涙をこぼしながら言って、その子は子犬を抱きしめている。
かわいそうだね。と、なす術が無いわたしは情けないことを言って、二人でジッとしゃがんでいた。
その子の夏用のセーラー服は、子犬の血がべっとりついて赤黒い色になっていた。
子犬は眠っているように静かにその目を閉じている。目立った傷は背中にしかなくて、
顔や足などはほとんど外傷が見られなかった。その子が訥々と語った話では、
その子がこの子犬を見つけた時にはすでにぐったり道端で横になっていたのだという。
車にひかれたのか、故意に傷つけられたのか、原因はわからない。
「なまえ」
ジッと子犬を抱きしめたまま黙っていたその子が、震える声で言った。
「なまえ?」
語尾をあげてわたしが訊きなおすと、
「この子になまえつけてあげようよ」
と、その子は力強く言ったのだった。
- 26 名前:名無し 投稿日:2003年03月03日(月)04時07分30秒
- 更新
>>11頑張るので、よろしくおねがいします。
- 27 名前:名無しの蒼 投稿日:2003年03月04日(火)00時24分36秒
- おもしろいです!かなり。
続きが気になる・・・。
- 28 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月04日(火)22時49分47秒
- さらに期待大
頑張って下さい
- 29 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月05日(水)18時03分09秒
- すごいです。
どこか郷愁にかられるこの雰囲気、好きです。
続き期待〜〜〜。
- 30 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)06時53分27秒
- 結局マロンと名付けられたその子犬を、わたしたち二人は近くの岸壁のすぐそばにある
小さな神社に埋めに行くことになった。辻希美さん。その子の本名だ。
私と同い年で、ここから五キロも離れた所にある中学校に歩いて通ってるらしい。
「さゆみちゃんはりょこうで来たの?」
同い年なのに辻さんの口調は舌足らずで、低学年の子と話をしているみたいだった。
まだそんなに多くの言葉を交わしていないけれど、辻さんは間違いなく優しくていい子だ。
目を見ればわかる。辻さんは真っ赤に腫れた瞳を隠そうともせずに、私に笑いかけてくれた。
「うん。あそこの民宿に泊まってるんだ」
私は「民宿かご」を指差そうと振り返ったけれど、この場所からはもうその外観を
うかがうことが出来なかった。
「あいぼんのとこだ・・・」
辻さんがボソッと呟いた言葉をわたしはききのがしてしまった。
「え?」
「いや、なんでもないよ」
どこかよそよそしく、辻さんは首を軽く振った。
- 31 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)06時57分44秒
- 制服についた血を全く気にしないで、辻さんはマロンをずっと抱いていた。
辻さんのうでに包まれているマロンはどこか、微笑んでいるようにも見えた。
死んでしまったから、辻さんの優しさはマロンに伝わらないかもしれない。
それでもわたしは思う。マロンは天国で辻さんの姿を見ているんだって。
それできっとその優しさを受け取っているんだって。
誰か泣いてくれる人がいるということは、マロンは幸せだったんだ。
「ここにしよう」
辻さんは鳥居を抜けて、神社の境内に入ってすぐ横にある、大木の下を指差した。
「でも、そこだったら人目についちゃうよ?」
「だって、大きな木の下のほうがマロンをまもってくれそうらもん」
辻さんの態度はあくまで頑なで、あくまで純粋だった。
わたしは辺りを見回して人がいないことを確認すると、
「・・・じゃあ、ほろっか」
と、辻さんの意思にしたがった。
- 32 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)06時58分25秒
- 神社の周りを囲んでいるのは背の高いススキの木と竹藪。
ちょっと林の中に足を踏み入れると、ヒヤリとした冷たい風が吹いた。
首を上げても、太陽はススキの葉、そして竹の葉にさえぎられていて切れ切れでしか見えない。
その林の手前にある名前がわからない大木。その元に、マロンのお墓をつくる。
土は柔らく湿っていて、手で掘っても十分に深くまで掘ることが出来た。
マロンを抱きかかえながら、辻さんは片手で地面を掘る。
わたしは両手で力強く掘った。こんなことをするのは生まれて初めてだ。
それなのに、何の違和感も感じることなくこうしているのは、やっぱり辻さんに感化された
からなのだろうか。わたしらしくないことをしている。手も服も泥だらけになってしまった。
「ふかく掘らないと・・・」
辻さんもわたしも、汗びっしょりになって地面を掘り続けた。
- 33 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)06時59分12秒
- 太陽はだんだん西の彼方におりていって、その斜陽は神社を囲む林に吸い込まれていた。
暗くなった境内はわたしの心の中にマイナスの要素をかきたてた。
カラスが断続的に鳴いた。その濁音で統一された鳴き声は、
怒りを表現しているのだとわたしは思った。
だんだん不安になってきて、辻さんに何度も、そろそろいいんじゃない?と催促した。
「ダメだよ。深いところにうめないと、掘り起こされちゃう」
「でも・・・もう暗いよ?」
「じゃあ、さゆみちゃんは帰ってもいいよ。ののひとりで掘るから」
辻さんは目に涙を溜めていた。
―――その時だ。
辻さんの涙はわたしにいくつかの記憶をフラッシュバックさせた。
田中さんが亀井さんの頬をぶった場面。
亀井さんが田中さんの服装を真似しだした頃。
わたしはどっちにつくわけでもなく、ただただ、様子を傍観してるだけだった。
同意することも、否定することもしない。ただただ空気のように二人の動向をみていただけ。
- 34 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)06時59分58秒
- だからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
わたしはマロンのお墓を辻さんと一緒に最後まで完成させようと思った。
ここで帰るということは、わたしはまた同じことを繰り返すということだ。
「わたしは、辻さんが満足するまで帰らないよ。帰っちゃったら、ダメだと思うんだ」
辻さんは大きく頷いただけの返事をした。わたしも頷いた。
爪が深爪をしたときみたく、ひりひりと痛みを帯びてきた。
やけに指先が冷たい。辺りは日陰に包まれてしまったので、汗が冷えてきた。
辻さんもわたしも喋らない。子犬を一匹埋めるのにもこんなに時間がかかるんだ。
でも、不思議と疲労感は感じなかった。夢中になっているとか、そういうわけでもなく。
それから三十分ほどして、マロンが二匹分入るくらいの大きな穴が出来上がった。
わたしたちが穴を掘っている間、人は誰一人散歩にもお参りにも現れなかった。
元々人口の少ない町なんだろうけれど、
それでも人気の無い薄暗闇の神社というのは無気味だった。
- 35 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)07時00分38秒
- そしてやっと辻さんがマロンを解放した。やさしくやさしく、穴の中心にマロンを沿える。
辻さんのセーラー服のついた血は乾いてこげ茶色になっていた。と言っても辺りが
暗いのでそのように見えただけかもしれない。
「マロン・・・」
辻さんはまた泣き出した。
どうして今日見つけて、ただ死んでいた子犬にそこまで愛情を注げるのだろう。
不思議だと思う前に、辻さんをほんの少しでも偽善者だと思ってしまったわたしは最低だ。
「お別れだね」
「・・・うん」
わたしは残酷なのかもしれない。友達の不幸にだって目を逸らすだけだった。
今までなにもしていない。自分が不利になることには一切干渉しない。
そう、わたしは、残酷だったんだ。
「さゆみちゃん、ありがとうね」
辻さんがわたしの方を見て、微笑んだ。
「え?」
「らって、のののこと何にも知らないのに、手伝ってくれたじゃん」
「それは・・・」
「マロンのこと、ののは忘れないよ。忘れちゃったらダメだからなまえ付けたんだ」
「名前・・・」
- 36 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)07時01分27秒
- 名前の意味をわたしは今日、辻さんと出会って初めて考えた。
だれかの記憶に残るため。存在していたということの証明のため。
それよりももっともっと深い意味があるのかもしれない。
ただ、この時のわたしはそれ以上の意味を見出せなかった。
そしてなんとなく、わたしに名前を付けてくれた両親のことを思った。
「さゆみちゃんのことだって、忘れないよ。ののに優しくしてくれたもん」
「わたしも辻さんのこと、忘れてないと思う。いや、忘れないよ」
境内の隅にある水道で手を洗いながら、わたしたちはそんな会話を交わす。
まだ辻さんと会って二時間も経っていないけれど、
そんな時間なんて表現を超えた親しみをわたしは辻さんに覚えていた。
マロンを埋めたところに、大きな菱形の石を供えた。
辻さんは目をつむって手を合わしている。わたしも同じ動作をしたけれど、
心の中では何も唱えなかった。いや、唱えることができなかった。
辻さんはきっとマロンの冥福を祈っている。
- 37 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)07時02分23秒
- 「いつまれいるの?」
「うーんとね、一週間」
「けっこういるんだね」
「お母さんのお友達のおばさんが民宿を経営しててね、だからこんな長期間泊まれるんだ」
辻さんと一緒に来た道を戻る。
辻さんの家もこの近所らしくて、わたしはまた辻さんと会えることを素直に喜んだ。
「あいぼんには、会ったの?」
「あいぼん?」
「らって、あの民宿に泊まってるんでしょ?」
話をしながら歩いていると、民宿の外観がうかがえるところまで来ていた。
辻さんは霞んだ光を帯びている「民宿かご」を指差して立ち止まる。
気付いてみると夜の帳は下りていて、あたりはもう闇に包まれようとしていた。
空には文字通りの満天の星が広がっていた。
一つ一つの星々には意思があるかのように、その光を存分に地球に送っている。
大気が澄んでいるせいだと思うけれど、星がとても近くに感じられた。
もっと夜が更ければその光の度合いは増すのだろう。
- 38 名前:七月二十三日 名前の意味 投稿日:2003年03月07日(金)07時03分16秒
- 時折吹く冷たい潮風は、わたしを芯から身震いさせると同時に海の存在を知らせた。
わたしは無意識にハーフパンツのポケットに手をやった。
時間を確かめようと思ったからだった。
「ああ、携帯は置いてきたんだった」
「さゆみちゃんは携帯電話なんかもってるんだ。すごいね」
「うん。みんな持ってるから」
「へえ、ののは触ったこともない」
「辻さんには、似合わないよ」
わたしは笑ってそう言った。すると、やっぱりそうだよね、と言って辻さんは
テヘテヘとかわいらしく笑った。
「民宿かご」の前まで来て、辻さんと別れた。
辻さんの家はここから十分ほどで着くらしい。
もしからしたら「亜依」さんと友達かもしれないな、とわたしが思ったのは、
辻さんと別れて、帰るのが遅くなったことをおばさんに謝った後だった。
- 39 名前:名無し 投稿日:2003年03月07日(金)07時09分02秒
- 更新
言い忘れ、CPにはならないと思います。萌えどころもなくてすいません。
>>27ありがとうございます。少量ですが更新です
>>28頑張ります。続きもよければ是非読んで下さい
>>29恐らくこのままの雰囲気が続くと思いますが、よろしくです。
- 40 名前:名無し 投稿日:2003年03月07日(金)11時35分08秒
- ああ、今気付いた・・・。
>>38の最後の下から四行を読み飛ばしてくれるとありがたいです。
訂正し忘れた箇所をそのまま載せちゃいました・・・。
すいません。情けない限りです
- 41 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月07日(金)12時33分42秒
- 更新乙です
この雰囲気、すごくツボです
萌えどころなんて無くてもいいですw
続きを楽しみに待ってます
- 42 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)04時49分54秒
- 「民宿かご」の前まで来て、辻さんと別れた。
辻さんの家はここから十分ほどで着くらしい。
帰途につく辻さんの背中はどこか寂しげで。
月が落とすモノクロームの光は辻さんをどこまでも儚げなものに写していた。
だから、わたしは辻さんの背中が見えなくなるまでずっと見続けていた。
何か痛みをこらえているみたいにずっと両手を握りながら歩いていた
辻さんは、わたしの予想に反して一度も振り返らなかった。
「へえ、のんちゃんと会ったんだ」
おばさんが夕御飯をテーブルに並べてくれてる合い間に、わたしが
辻さんのことを話すと、おばさんは辻さんのことを知っているみたいだった。
「さあさあ、食べて食べて。こっちきてから何も食べてなかったでしょう?」
思いもよらなかった力仕事をしたせいか、わたしのおなかは気付かれない程度に
小さく何度か鳴っていた。すると、ふとマロンの眠ったような死に顔が蘇った。
- 43 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)04時51分01秒
- 命について、考えた。わたしたちは常に命を奪って生きている。
今日生きるために、わたしたちは毎日命を口にしているんだ。
わたしはグッと喉の奥がいたくなったのをこらえて、
おかずの一つだった山菜に箸をつけた。今日も命があることに、感謝をしつつ。
おばさんが作ってくれた御飯は美味しかった。
海産物も家で食べるよりも何倍も美味しかった。
お母さんが料理が下手というわけじゃないけど、こっちとは素材に分があるから仕方ない。
「辻さんとってもいい子で、好きになりました」
「のんちゃんは亜依がここにやって来たときも
優しくしてくれたからね。あの子は本当にいい子だよ」
「ホントに、そう思います」
- 44 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)04時56分29秒
- おばさんからその後も幾つか辻さんの話を聞いた。
おばさんは辻さんを小さい頃から知っていて、辻さんは「亜依」さんが
ここに来た時にはおばさん以上に喜んだらしい。
この辺りには辻さんと同年代の子はいないらしくて、
それで友達になれると思って辻さんは喜んだんだろう。
今さっき出会ったばかりだけど、その当時の辻さんの喜んだ顔が容易に想像できた。
辻さんと「亜依」さんは似てるとわたしは思ったけれど、同じようなことをわたしは
感じたことがある。でも、今はそのことよりも、マロンのことを考えた。
マロンの魂はきっと辻さんの優しさに包まれて天国に昇ったんだろう。
わたしはマロンのことを忘れないだろう。そして、今日の日のことを忘れないだろう。
- 45 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)04時57分18秒
- お風呂に入って、それから一段落して部屋に戻った。
部屋には布団が二つ並べて敷かれてあった。真ん中にあったテーブルは立てられて、
部屋の隅に寄せられている。そこで改めてただのお泊りじゃなくて、旅行に来たのだと
思い知る。部屋には誰もいなかった。
わたしは窓を開けて、着いた時にやったのと同じように窓枠に腰掛けた。
夜風は透き通っていて、長時間は耐えられないくらい冷たかった。
ふと海の方に視線を移す。すると、なぜか空と海の境目がわからない。
波の音は確かに聞こえるし、星空に負けないくらいに三日月の月光を受けて
海は輝いている。だけども境目がない。そこでわたしは閃いたように思ったのだった。
- 46 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)05時00分51秒
- もともと全ての物に境目なんてないのかもしれない。
あの星々も海の煌めきもすべては一つのもの。それを、わたしたちはわざわざ
名前を付けて区切ったんだ。もちろんそれは意味をえる為に。
夜風は冷たくて、わたしを底冷えさえる。だからなんだ。
こんな綺麗な景色を見ていられるのなら、わたしはどうなっても構わない。
どうしてなんだろう、この風景はわたしにそんなことまで思わせた。
その、直後だった。
「ちょっと、窓、締めてくれへんか」
ドアが勢いよく開いて、昼に会った「亜依」さんが入ってきた。
やけに堂々としていて、どこか素っ気無い。
そして、初対面の時と同じように、あの「目」をしていた。
- 47 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)05時01分55秒
- 「あ、あの。さっきは挨拶できなかったけど、わたし、道重さゆみ・・です」
わたしは窓を閉めて、固くなったように立ち上がる。
「ふーん。ウチは亜依や。よろしくな」
「・・・これから一週間ほど、よろしくね」
社交辞令のようなわたしの挨拶を「亜依」さんは適当に流すように受けた。
加護さんは挨拶を済ませるや否や、突然、敷かれていたふとんにピョンと横になった。
そのコミカルな動きがおかしくて、緊張していたわたしはふっと力が抜けた。
「ああ、こっちの方がやっぱ布団はやらかいなあ。さすが客用や」
加護さんは二つ並べられている布団のうち、一つの掛け布団に抱きついてそう言う。
その嬉々とした様子に安堵したわたしは、ついつい馴れ馴れしい態度をとった。
「加護さんはさあ、辻さんと友達なんだよね?」
おもむろに隣の布団にペタリと座って、わたしはそう言った。
- 48 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)05時03分22秒
- すると、ゴロゴロと無邪気に掛け布団を抱きながら転がっていた加護さんは、
わたしの声を聞いてピタリとその動きを止めた。
そして無気力な目でジーっとわたしを見つめて、
それから横を向いて加護さんは口を開いた。
「知ってるよ。ただの知り合い。そんだけ」
険のある口調に、わたしは戸惑った。何を言えばいいのかわからない。
わたしがばつが悪そうに口篭っていると、
「あとなあ・・・」
加護さんは口をモゴモゴ動かしながら、なにやら眉をひそめた。
「え?」
「ウチのこと、加護っていうのやめてくれへんか?嫌いやねん。その名前」
「・・どうして?」
「理由はいろいろ」
「・・・・」
わたしは無意識のうちに正座をしていた。
都合が悪くなると、わたしの体は畏まってその状況を誤魔化している。
- 49 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)05時04分22秒
- 「これからはあいぼんでええわ。みんなにそう呼ばれてるし」
「あいぼん・・・」
「あんたのことはなんて呼べばいい?」
あいぼんは腕枕をして、仰向けになった。
流し目でわたしを見てくるその様子が、どこか高圧的だ。
「わたし?・・・ええどうしよう・・」
「道重さゆみやったっけ?名前」
「うん・・・」
「じゃあなあ・・・さゆみんで」
「・・・」
「気にいらへん?」
「普通に、さゆみでいいよ・・・」
わたしが悄然とそう言うと、加護さんはあぐらをかいて真剣に何かを考え出した。
落ち着かない子だな、とわたしが思っていると、
あいぼんの頭の上に豆電球がピカっとついた。何か閃いたらしい。
「うーん・・・じゃあさゆみんで。いいやん。さゆみん」
「・・・」
- 50 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)05時05分21秒
- わたしが反応に困っていると、あいぼんはまた仰々しく考える仕種をした。
「いやなん?・・・じゃあなあ・・・あっ思いついた!」
「な、何?」
「さゆみんで」
「・・・」
わたしはからかわれてるんだろうか。あいぼんはケラケラ笑った。
はーっと息を吸い込み、笑い終わってから、あいぼんは肘を付いて横になった。
「さゆみんこんな所になにしにきたん?一人で?」
あいぼんは辻さんとは違った意味で人見知りしない子だ。
後先考えずに、ずんずんと人の心に踏み込んでくる。気持ちのいいくらいの勇み足。
わたしだったら、こんなことはもちろんできない。もし嫌われちゃったらどうしようとか、
そんなことを延々と考えるから。
「ただの旅行なんだけどね。お母さんが、ここのおばさんと友達らしくって・・・」
わたしが長々と説明すると、わたしの話に聞き入ってたと思っていた
加護さんはふわあっと、かわいい欠伸をした。
ムニャムニャと頬を弛ませて、目をクシクシする仕種もかわいい。
あれ・・・からかわれてる?
- 51 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)05時06分18秒
- 「ウチ、明日もクラブやねん・・・寝てよろしいか?」
どうも、足元をすくわれっぱなしだ。ただ、
「・・・うん。電気消すよ?」
わたしは何時の間にかあいぼんと打ち解けていたことに気付いた。
つい、数分前まで赤の他人だったのに、今はもう気を使っていないわたしがいる。
これはあいぼんの魔法なんだろうか。いつも他人とかかわる時には
つきまとう大きな隔たりを、あいぼんはアッとう間に埋めてしまった。
そうだ。辻さんもだ。辻さんも気付いた時には昔からの友達のように接していた。
容姿以外は全く異なる二人だけど、わたしにはどうしても大きな共通点が
あるようにその時思ったのだった。
電気をパチパチと消して、暗くなったらすぐにあいぼんが寝息をたてた。
というか、いびきを。
わたしはクスクスと笑って、ゆっくりと睡魔に溶けていった。
- 52 名前:名無し 投稿日:2003年03月28日(金)05時07分35秒
- 更新
>>41ありがとうございます。更新遅くてごめんなさい。
- 53 名前:◆ZeNFO3yU 投稿日:2003年04月09日(水)14時19分05秒
- 待ってますよ
- 54 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時17分26秒
- わたしが目を覚ました時には、隣の布団で寝ていたはずのあいぼんはすでにいなくて。
ちらちらと障子の隙間から差し込む朝日は、まだ早朝だということをわたしに知らせてくれた。
時間を確認しようと体を起こすと、体の節々がズキンとにわかに痛んだ。
昨日なれないことしたせいだな、と思いつつ、わたしは鞄に忍ばせていた携帯電話の
ディスプレイを覗く。案の定、着信履歴の一つも入っていなかった。時間は七時を示していた。
ぼんやりした意識のままで私服に着替える。あいぼんは早起きだな、と考えていると、
そういえば昨日の夜、クラブ活動があると言っていたことを思い出した。
トタトタと階段を下りて洗面所に向かった。わしわしと筋肉痛の腕で顔を洗うと、
鏡の中には少し日焼けして、たくましくなったように見えるわたしがいた。
外の日差しが刺すようにきついのが、洗面所の窓からうかがえる。
それでも家の中はすずしくて、少し肌寒い感じがした。途端に、昨日辻さんとの一件で
行くことが出来なかった、海に行きたいと思った。
- 55 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時18分58秒
- 「おはようございます」
座敷にいたおばさんに挨拶をする。おばさんは笑顔でおはようと言った。
その後、もっとゆっくり寝てればいいのに、と表情を曇らしておばさんは付け足した。
「いえ、いつもこの時間には起きることにしてるんです」
「偉いなぁ。子供なんだから夏休みぐらい、はめ外せばいいのに」
「なんか、習慣になっちゃいまして・・・」
「はははっいい事だよ。御飯食べる?」
「あ、はい。あの、あいぼんはもう出掛けたんですか?」
わたしは言い終わってから普通に『あいぼん』と言っていたことに気付いた。
おばさんは、キョトンとした顔をしている。
「あの子とは、もう仲良くなれたんだ?」
「ええと・・・」
わたしは昨日の夜、あいぼんがケタケタ笑っている姿を思い出した。
無邪気に笑うんだ。と納得したように思ってから、はい、と返事をした。
すると、おばさんは心から嬉しそうに微笑んだようだった。
- 56 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時19分30秒
- 朝食をごちそうになった直後に、わたしはおばさんに海に行ってきますと告げた。
カラカラと出入り口の引き戸を開けると、わたしが思っていたよりも幾分も強い
日光が出迎えてくれた。あらためて夏だなあ、なんてことを思いながら海の方に
足を進める。裏手の山や、方々の家々の庭に植えられている木々から蝉の鳴き声が
けたたましく聞こえてくる。自然のノイズはわたしの心を浮かれさせた。
わたしの町の蝉の声は、町並みのせいかもしれないけれど、どこか機械的に聞こえてしまう。
そうして歩いている内に、一人でいるのが、ものすごく嫌になった。
どうしてだろう・・・いつもは一人でいることに何の違和感も感じないのに、
むしろ、一人のほうが楽とさえ思っていたのに。
- 57 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時20分15秒
- 眼前に広がる海はあまりにも広壮すぎて、一人砂浜にいるわたしを
圧縮しているみたいだ。わたしは波打ち際にあった流木に座って、ただぼんやりと
水平線を見る。すると何時の間にか時間の流れを忘れていたようだった。
わたしの意識は虚無と現実に分離されて、海に溶けている。
さざなみの音は、雄大すぎる海にとっては静かすぎて、
海の恍惚に溶けていたわたしの意識はいつのまにやら幻想になっていて、
すると、潮風に煽られたせいなのか、涙がポロポロとこぼれてきた。
不意に思い出した光景は田中さんと亀井さんの笑顔だった。
- 58 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時21分04秒
- 海に委ねていた意識を現実に戻す。
くしくしと手の甲で涙を拭って立ち上がった。空には白の白さを誇示してる大きな
入道雲が一つ浮かんでいた。それは広い世界をのんびり静観しているように見えた。
そこでやっと時間を確認する。一時間近くもわたしは海がもたらした壮大さに耽っていたんだ。
透きとおった海水は、初めて触れ合うわたしを優しく誘っているようだ。
視線を足元からすーと前方に移していくと、深度が顕著に変化してるのだろう、
深い青色の境目が見えた。
裸足になって、足首まで海につける。ひんやりした冷たさと、シャクっと砂に
埋まった足の感覚が心地よかった。浜にはあくまでわたしだけが存在していて、
ウミネコの声や、さざなみといった自然の音はどこかわたしの心を寂しくさせたのだった。
- 59 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時21分53秒
- ―マロン。
そういえばまだ昨日埋めたマロンのお墓に行っていなかった。
持て余した時間の使い道は多々あるだろうけれど、マロンのお墓参りを
するのが先決だと思った。砂がこびり付いたままサンダルを履くと、足の裏が
チクチクしてむず痒かった。太陽が入道雲に隠れて、忽然と影が世界を覆い尽くした。
神社の階段をポツポツと上っていると、前方に一人、若い女の人がいるのが見えた。
水色のワンピースを着ていて、スラっとした背中には無邪気さと艶っぽさが混合していた。
わたしはその人の背中に見惚れていたせいか、その場に立ち止まっていたことに気付いた。
ふっと我に帰って、また階段を上り始める。それにしても、こんな寂れたところに
一人でお参りなんて不思議な人だなぁっと思った。
- 60 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時23分47秒
- カランカランと鐘が鳴ったすぐ後に、わたしは境内に足を踏み入れる。
そして前方にはその人が手を合わせている姿がうかがえた。
背中しか見ていないけれど、人を惹き付ける魅力がある人だと思った。
わたしは左に曲がって、マロンの墓石の前に向かった。
サラサラと竹の葉が擦れる音を聞きながら、ひんやりとしたマロンの墓石に手を乗せる。
昨日とまるで変わっていなかった外観がなんだが物憂げで、記憶の中に
留まっているマロンの姿を何度も思い出した。ああ、この子は死んでいる。
- 61 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時24分42秒
- わたしはこの子が元気に遊びまわっていた姿を知らない。
どうしてこんな出会い方をしてしまったんだろう。
辻さんはそれでも涙を流していた。マロンの死がもたらした辻さんとの出会いを、
わたしは大切にしなければいけない。ここにいれば、辻さんはやってくるに違いない。
夏の暑さにも、木々が取り囲んでいるために、この辺りはシンと冷たい風が吹く。
わたしはマロンに感謝して手を合わせた。
目を瞑った世界は強い日射を浴びていたせいか、赤かった。
「ねえ、何しているの?」
しばらくもの思いに耽っていたせいで、最初その声は幻聴だと思った。
そして微かに漂ってきた、夏を連想させる芳香に、わたしは反射的に顔を上げた。
そこには、太陽のような笑顔があった。
- 62 名前:七月二十四日 太陽の笑顔 投稿日:2003年04月11日(金)02時25分33秒
- 「あ・・あの」
思うように、声が出ない。
人との出会いにわたしはまず、戸惑ってしまうんだ。
やり場のない視線を地面に移すと、ふわっとわたしを包み込むように、夏の
香水の匂いがさっきよりも強くわたしの鼻腔をくすぐった。
わたしと同じかっこうでしゃがんだその人は、やはり眩しい笑顔を宿していて、
「ごめんね、突然話しかけちゃって」
「あ、あの」
「わたしは安倍なつみ。なっちでいいよ」
とても子供っぽい話し方をするけれど、時々ドキっとするような大人の仕種をする。
安倍さんとの出会いも、やはりマロンの仕業だった。
- 63 名前:名無し 投稿日:2003年04月11日(金)02時27分07秒
- 更新。
>>53ホント、更新遅くてごめんなさい。
- 64 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月25日(金)22時40分24秒
- おもしろいです。楽しみにしてます…。
- 65 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月22日(木)02時57分57秒
- 更新待ちsage
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)08時46分04秒
- 続き期待保全。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月25日(水)22時49分37秒
- 期待保全
- 68 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月26日(土)01時02分10秒
- hozen
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)07時12分29秒
- 作者を信じて待っています。
- 70 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 14:48
- 待ってます
- 71 名前:◆ZeNFO3yU 投稿日:2003/12/21(日) 17:09
-
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/13(火) 12:11
-
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