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フロム・ザ・スカイ

1 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時09分29秒
ども。初めて書かせてもらうのでグダグダになるかもしれませんか、頑張ります。
中身はひねくれ者で情に欠ける男をドジ天使が更正していくって感じです。
では。
2 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時10分22秒
<プロローグ−出会い>
その交差点はいつになく騒々しかった。
一人の男性がフロントのつぶれた車の横で、俯いたまま警察に事情聴取されている。
怒号と大勢の野次馬が取り巻く中、一人の青年が救急車で運ばれていった。
救急車の中で一人の救急隊員が、ポツリと呟いた。
「…もう助からないだろうな。まだ若いのに…」

「そんな事言うもんじゃない。それより今は全力を尽くすんだ。」
そばにいた先輩の隊員が彼をたしなめた。
「すいません。えっと脈拍は…」
救急車のサイレンが静かな街に響き渡っていった。

渡部 敦は意識の底にいた。
「俺は…そうか、交差点で車にはねられて、そして…」
ふと気付くと金色の膜が彼を包んでいた。
そして、目の前には大きな川が広がっている。
そうか、これが三途の川って奴なんだな、と彼は思った。
「ここを渡ったら、死ぬんだな…。」

彼はやけに冷静だった。
「別にやり残した事も、未練も無いしな。ここに…」
そう思うと、足を一歩ずつ踏み出していった。
その時だった。
「…まだダメです。そっちに行っては…」
3 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時11分13秒
敦は辺りを見回した。だが誰もいる様子では無い。
「…気のせいだな。」
また一歩、歩を進めた。
「だからぁ、ダメですってば。こっちに戻って来てください。」
敦は再び辺りを見回したが、やはり人影は無い。

また一歩踏み出そうとした。
「頼みますから、戻って来てくださーい。」
敦はようやく気のせいではないな、と思った。
そして、声に問い掛けてみた。
「一体誰なんだ?出て来い。」

「戻って来てくれたら、出てきます。」
声が返ってきた。
「理不尽だろ、そんなのは。」
敦が反論すると、体がフワっと浮かんだ。
「何を言っても無駄みたいなので、連れて行きます。」

「な!?冗談だろ?おい!」
敦はもがいたが、体の自由は完全に無くなっていた。
体はどんどん川から遠ざかって行く。
「おい!答えろ!俺をどうするつもりだ!」
しかし、声は返ってこない。
4 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時11分50秒
「ふざけんなー!」
そう叫んだ瞬間、体が起き上がった。
周りには医者や看護婦、敦の父や母がいた。
敦は辺りを見回した。そして、両親と目があった。
「父さん、母さん…。何でいるの?」

「敦ー!」
母が敦に抱きついた。
「心配したんだから…良かった、本当に…。」
「敦、お前ずっと意識不明だったんだぞ。」
父が安堵の表情で説明する。

「信じられませんな。あの状態から意識を回復するなんて。」
医者が感心したような口調で話した。
「でも骨折はひどいし、後遺症の心配もあるから、当分は入院してもらいますよ。
じゃあ、詳しい話はまた後で。」
そういうと、医者と看護婦は出て行った。
5 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時12分34秒
「入院するから、色々準備しないとね。」
「うん、ごめんね。」
敦は母に頭を下げた。
「いいのよ。じゃあ、行って来るわね。」
「私は先生にこれからの事を聴いてくるよ。」

そう言うと、敦の両親も出て行った。
「ふう…。」
「良かったー。ちゃんと助かったみたいですね。」
敦がため息をつくと、どこからともなく声が聞こえた。
「その声は…さっきの!」

「そうですよ。」
「いい加減出てきたらどうなんだ?」
敦が問い掛けると、すぐに声が返ってきた。
「もういますよ。ほら、天井見てください。」
言われるままに敦は上を見上げた。

そこには一人の女の子がいた。背中には羽根が生えている。
「…何者?」
敦は訝しげな表情で尋ねた。
「天使です。」
女の子は真顔で答えた。

「…」
敦は言葉を失った。そんなバカな事が…そう思っていた。
「そんな馬鹿なことあるわけ無い、って思いましたね?」
彼女の言葉に敦はドキッとした。
「信じられないのも無理ないですよね。でも本当なんですよ。」
6 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時13分32秒
「じゃあ、百歩譲って天使だとして、何で俺を助けたりしたんだ?」
敦はまた質問した。
「あなたは…まだ死ぬ予定じゃなかったからです。」
「?」
敦は首をひねった。

「人は大体死ぬ時が決まってるんです。」
「ふーん。」
「でもたまに予定から大きく外れて死んじゃう人とかいるんです。
まだ人生において自分のやる事を果たしてないのに、ですよ。」
天使は熱弁を振るっている。

「それで、俺を死の淵から呼び戻したって訳?」
敦は幾分、うざったそうに言った。
「そうなんです。」
「俺はもうやる事なんか何もないよ。普通に働いて、年とっていくだけさ。」
「何でそんな事言うんですか!」

天使がキレ始めた。
「うっせーな。あんたに俺の何が分かるってーの?ほっとけよ。」
「そうは行きません。私はあなたの監視を担当してるんですから。」
「監視?」
敦は驚いて起き上がった。
7 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時14分07秒
「あっ!痛てっ!」
「無理しちゃダメですよ。怪我は酷いんですから。」
「うるせー!」
「あ、自己紹介遅れましたけど、私、リカって言います。よろしく。」
リカはぺこりと頭を下げた。

「勝手に決めるな!俺は監視なんて認めないからな!」
「これから宜しくお願いしますねー。」
敦の言葉も意に介さず、リカはニコニコしながら言った。
「何でこうなるんだー!」
敦の声が空しく病室に響き渡った。
8 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時14分52秒
<第一話>
敦が退院した頃には、街の桜も満開だった。
もう四月になっていた。
家でぼんやりしていると、敦はふと思い出した。
「あ、明日から学校だな。」
「敦さん、学校行くんですか?」

リカが話し掛けてくる。
「ああ、明日からな。あの事故で春は棒に振った。」
「学校ですかぁ。楽しいですよね。」
能天気にリカが呟く。

「つーか、何で普通に話してんだよ?」
敦はうざったそうに言う。
「そんな言い方しなくても…入院してる時はお世話したじゃないですかぁ。」
「ほほう、天使の世界では花瓶ひっくり返したり、色んな物動かして
『ポルターガイストー!』とか言って、人驚かす事をお世話って言うのかな?」

「それは…謝ったじゃないですか。」
リカがバツの悪そうな顔になる。
「まあ、もう普通に歩けるからいいけどさ。いつまでいるんだよ?」
敦はテレビをつけながら言った。
「いつまでって…それは分かりません。」
9 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時15分46秒
リカはきっぱりと言った。
「まあ、どーでもいいんだけどな。」
「何ですかー!言わせといて!」
「今は、だよ。」
敦はリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。

そこでは歌番組であるアイドルグループが歌っていた。
モーニング娘、という今人気絶頂にいるグループだった。
「ふん、くだらない…。」
敦は鼻で笑った。
「そうですかぁ?皆可愛いじゃないですかぁ?」

いつしか、リカの方がテレビに釘付けになっていた。
その横で、敦はリカの横顔を見ていた。
実際、まだ信じられなかった。
彼女が天使だと言うこと、自分が監視されているという事。
何が目的なのか。自分がどうなるのか。

「なあ…」
溢れるほどの疑問をぶつけるべく、敦はリカの方を振り返った。
すると、リカの様子がおかしい事に気付いた。
「どうしたんだよ?」
見ると、いつにない厳しい表情になっている。
「おい?」
10 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時16分54秒
「あの子…」
「?」
「今日、死ぬ…。」
リカの言葉に敦は呆気に取られた。
「あのさ…何言ってんの?」

「本当なんです!この子が…。」
リカは震える指で、テレビに映る一人の女の子を指差した。
「ああ、確か石川梨華とかいったな。」
「石川梨華…っていうんですね?」
リカが真剣な表情で敦に問い詰める。

しかし敦はそんなリカを見ても、信じようとはしなかった。
「だとしても、それはそうなるんだろ?どうしょうも無いじゃん。」
「あの子は…違います。まだ生きるべき人なんです!」
リカが必死で敦に訴えかける。
「百歩譲ってその話が本当だとしても、どうにも出来ないさ。」

「どうして!人が一人死のうっていうのに!」
「あの子らは芸能人っていってな、一般人じゃ近づけないんだよ。」
「…冷たいんですね。」
敦の言葉にリカの声のトーンが落ちた。
「…もういいです。私一人で何とかしますから。」

そういい残して、リカは窓を開け、飛び立っていった。
部屋に残された敦はリカの後ろ姿をしばらく見ていたが、
やがてベッドに寝転がり、呟いた。
「…何考えてんだか。人のために必死になるなんて。馬鹿じゃねーの。」
つけたままのテレビから、「ありがとう」という声が聞こえた。
11 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時19分22秒
一方、部屋を出て行ったリカは梨華を探していた。
「うーん、どこだろう?」
空から梨華の位置をキャッチしようとするが、なかなか見つからない。
「困ったな、もうどうしたら…」
リカは焦っていた。彼女はもう時間があまり無い事を直感で悟っていた。

「おやおや、リカじゃないか?」
リカの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。
「何をしてるんだい?」
「その声は…」
リカが振り向くと、そこには小柄だが、しかし一際大きな羽根を持った天使がいた。

「マリさん…どうして人間界に?」
マリはリカの三年先輩の天使であり、仲が良かった。
天使としての地位もリカよりはずっと上だが、
多くの者に慕われる人望があり、リカの憧れでもあった。
「こんなことだろうから、様子を見て来いってユウコがさ。」

「ユウコさんが…?」
ユウコは天使の長で全ての天使を統括する存在だった。
リカはその顔を一度も見たことが無いが、怖いらしいとは聞いていた。
目をつけられると大変なことになる、という噂まであり、リカにとっては
恐怖の存在だった。


12 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時20分06秒
「そ。リカは絶対ヘマするから、だって。」
「やっぱり…。あたしって天使失格ですよね。」
リカは涙目になった。自分が情けないやら悔しいやらで
もう耐えられなかった。
「この前も、その前も結局仕事失敗して、マリさんに助けてもらったし
…。今だってこうして…」

「リカ。」
ぐずりだしたリカに、マリが声をかけた。
「…この前は成功したんだろ?」
「そうですけど、あれは…」
「あれは、じゃないの。あたしはリカの頑張りだと思うよ。」

リカは顔を上げてマリを見た。
「確かにリカはニブイけど、人一倍努力してるし、使命感は
すごいよ。最近は仕事したらハイオシマイって輩が多いけど
あんたは違う。人の事、よく考える。それは天使に一番大切な事だよ。」
「マリさん…」
13 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時21分06秒
マリはリカの肩を叩き、発破をかけた。
「さあ、急ぎな。助けたいんだろ?彼の様に。」
そう言うと、マリはリカの指輪に手をかざした。
すると指輪から一筋の光が放たれ、北の方角を指しだした。
「あんたの目的は、あそこにあるよ。」

「ありがとうございます!マリさん!」
リカはマリに一礼すると、猛スピードで飛んでいった。
「今回だけだぞ。助けてやるのは…」
マリはリカの後ろ姿を見送ると、大きな羽根を翻し、
空へと舞い戻っていった。

それから程なくして、リカは歩道橋の上に佇む石川梨華の
姿を見つけた。
「見つけた!」
だが、梨華の背中には黒い霧がかかっていた。
それは死を思う人間にかかるもので、天使にしか見えないものでもあった。
14 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時21分49秒
「とりあえず、説得しないと…。」
だが、リカは重大な事実に気がついた。
「…しまった!あの子にはあたしが見えないんだ!」
とりあえず、梨華に接近し、様子を伺うことにした。
すると、梨華の心の声が聞こえて来た。

『はあ…もうどうにもならないのかなあ…。
いつもドジばかりだし、何も上手くいかないし…。
もう…疲れちゃったよ…いっそ、ここから…』

「マズイ!」
リカは梨華の近くに降りて行くと一生懸命説得し始めた。
「ダメですって!まだやる事がいっぱいあるでしょう?」
しかし、梨華の耳に声は届いていない様だった。
「考え直してくださいよ…ああ、もう!」
15 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時22分47秒
また一方で敦は悩んでいた。
「あいつ、まだ戻ってこない…。」
時計はもう一時を指している。
「あいつの言う事が本当だとしたら…でもな、そんなバカな事…」
その時、敦の脳裏によぎった一枚の映像があった。

湖の前に立つ、中年の男性と女性。
その間には手をつないだ子供がいる。
「怖くないから、大丈夫だよ。」
男性が無邪気な子供に笑いかける。
一歩一歩、湖へ踏み出していく三人の姿…

敦は我に返った。
「…くそっ!」
敦はレザージャケットとバイクのキーを引っつかむと、部屋を飛び出した。
バイクのエンジンをかけると、夜の町へ飛び出していった。
気付けば、彼はアクセルを思い切りふかしていた。

リカは困っていた。
「もう…このコどうしよう…。」
半分泣き出していた。死のうとする人を目の前にして
何も出来ない無力さと、天使としての責務を果たせない自分が
情けなかった。
16 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時23分21秒
リカが梨華の方を振り向いた、その時だった。
梨華の体がフワっと中に舞ったかと思うと、
歩道橋の前に投げ出された。
『もう、楽になれる…これで…』
梨華の体は一瞬空中で静止したかと思うと、そのまま下へ落ちていった。

「誰か…助けて!」
リカは泣きながら叫んだ。
すると、下でドスっと鈍い音がした。
「また…ダメだった…。」
リカは歩道橋の上にへたりこみ、そのまま泣き出した。

「何で…?私は天使じゃないの?教えて…お母さん…。」
その時、カツカツという音がリカの耳に届いた。
「何て顔してんだよ。」
聞きなれた声にリカは振り向いた。
「敦さん…?」
17 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時23分58秒
見ると、梨華をおぶっている。
傷は無く、気を失っているだけのようだ。
「どうして…?ここが…?」
「明日学校に行けないと困るから、バイクの試運転してたんだよ。」
「?」

「そしたら、たまたまこうなった。この子は無事だ。」
「あ、あ…」
敦は梨華を下ろして歩道橋に座らせると、リカに言った。
「…勘違いすんなよ。偶然だ。」
「敦さん!」
リカは敦に抱きついた。

「…神様に感謝するんだな。」
敦は素っ気無く言った。
「…はい。」
「泣くんじゃねーよ。余計ブサイクになるぞ。」
敦が言うとリカは微笑みながら言った。
「今日は…何言われても怒りません。」

その時、梨華が目を覚ました。
「う、うーん…」
「ヤベ。目、覚ましたぞ。どうする?」
「決まってるじゃないですか。説得するんですよ。」
リカが何を今更、といった感じで敦にいう。
18 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時25分13秒
「何言ってるんだよ、てめーは。」
「ここまでしたんだから、責任もってくださいよ。」
「どうなっても知らねーぞ。」
敦はリカに言うと、梨華を下ろした所へ行き、背を向けるように立った。
「あれ…?あたし何で…?」

梨華は困惑しているようだった。
「目、覚ましたみたいだな。」
そういうと、敦はタバコに火をつけた。
「あなたは…?」
「誰でもいいだろ。」

「あたしは、ここから飛び降りて、そして…」
「俺にキャッチされた。よかったな。車来なくて。」
「どうして…」
敦は煙を吐き出した。
「どうして助けたりしたんですか!」

勢いよく立ち上がった梨華は激怒した。
「心外だな。怒られるなんて。」
「もう、生きてても意味なんて無いのに、それなのに…」
梨華は膝をガックリとつくとその場で泣き出した。
敦は何も言わなかった。
19 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時25分43秒
「敦さ〜ん…」
リカが心配そうに言った。
「もう誰もあたしの事なんか見てないんだから…」
梨華はうわ言のように言った。
「違うんじゃねーか?」

敦はもう一度タバコをふかした。
「見てくれない、じゃなくて、自分を見せるんじゃないのか?」
梨華が顔を上げて敦を見た。
「俺にはよく分からんが、自分を見せるためには、人を引き付けなきゃならねえ。
それには限界まで努力しなきゃダメじゃねえのか?」

「…」
「何でもやれる事全部やってからだ。意味なんて考えるのは。」
梨華は敦の話に聞き入っていた。
「まだ、やれるんじゃねーのか?さっき怒鳴る位の元気があるんなら。」
「あたし…あたしは…」
20 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時26分24秒
梨華は懊悩しているようだった。
「ま、好きにするがいいさ。あんたの人生だ。」
敦はそういうと立ち上がった。
そして梨華の方を振り向いた。
「でも、仲間は大事にしろよ。宝物だ。」

敦はそれだけ言って歩道橋を降り、バイクに乗ると帰路についた。
「あ、敦さ〜ん。待ってくださ〜い。」
リカは敦を追いかけて、空へと飛び立った。
もうすぐ、夜が明けようとしていた。

一ヶ月後、テレビの生放送でいつもと変わらぬ梨華の姿が
ブラウン管の向こうにあった。
「大丈夫だったみたいですね。」
リカがニコニコしながら言う。
「よく言うぜ。鼻水たらして泣いてたくせに。」

敦が意地悪くリカに言った。
「なっ…鼻水なんかたらしてませんよ。」
「いーや、たらしてたね。すげーブサイクだったし。」
「またブサイクっていいましたね!」
「うっせーな。怒んねーって言ったじゃねーか。」
21 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時27分03秒
「まあ、いいんですけど…それにしても…」
リカが敦をじーっと見ている。
「何?」
敦がリカの視線に気付き、尋ねた。
「敦さんがよく説得できたな、と思って。」

「説得じゃねーよ。世の中の常識を教えただけだ。」
それを聞いたリカはクスクスと笑った。
「何だよ。」
「カッコ良かったですよ。なんだか。」
それを聞いた敦は何だか照れくさいような気分になった。

リカはそんな敦を見て、ますます可笑しくなった。
「あ、梨華ちゃんですよ。」
テレビでは、梨華がトークしていた。
『…ある人のお陰なんです。あたし、頑張ってやってみたらスランプも越えて
今回は凄くいい感じでレコーディング出来ました。』
22 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時28分12秒
「良かったですね。」
「…まあな。」
敦は無愛想に言った。
『会ってお礼したいですね。』
ブラウン管の向こうで話す梨華に向かって、敦は心の中で呟いた。

「良かったな。自分、大事にしろよ。」
その時、敦はふと思い出した。
「今日、学校だったじゃねーか!」
敦が大声を出したのを聞いて、リカは飛び上がった。
「学校だったんですかぁ?」

「昨日、あんな事してたからすっかり忘れてた!お前のせいだぞ!」
「何であたしのせいになるんですかぁ?」
「またとぼけやがって…」
「ま、まずい…」
敦の殺気を感じ取ったリカは一目散に逃げ出した。

「待てー!バカ天使ー!」
「マ、マリさ〜ん、助けて〜!」
そして、リカと敦の追いかけっこが始まった。
星のきれいな、ある春の日の出来事だった。
23 名前:kris.S 投稿日:2003年03月04日(火)15時29分37秒
今回はプロローグと一話をお届けしました。
こんな感じでやっていこうと思います。
それではまた。
24 名前:zai 投稿日:2003年03月04日(火)17時26分30秒
はじめましてzaiといいます。
男×娘。の小説って結構好きなので
たのしみにしています。
がんばってください
25 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月12日(水)15時02分05秒
>zaiさん
レスありがとうございます。今、第二話を鋭意執筆中なんですが
一回書いたのがしっくり来なくて書き直しました(爆)
途中まで書いたんであげておきます。
よろしければまたご感想などお願いします。
26 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時04分10秒
<第二話>
「…なるほど。」
大きなスクリーンに映し出された映像が終わるとユウコは言った。
「まあ、今回は助けられて何とか、いうとこやなぁ。」
そしてユウコは、立ち上がると窓の方へ歩いて行き、外を見た。
差し込んでくる光がユウコを照らす。

それはユウコの美しい顔を優しく包みこんだ。
世の中の全てを魅了するような、そんな美しさをたたえていた。
「これからが楽しみやな。」
ユウコは一人呟いた。
そして、期待に胸膨らませながら、再びスクリーンの前に戻っていった。

一方、地上では敦が学校にいた。
彼は東京都内の大学に通っていて、今は二年生だった。
敦は、硬派な雰囲気を持っているが近寄りがたい、という訳でもなく
友人も普通にいた。彼の大学生活はそれなりに充実したものだった。
しかし、今日からはリカがついてくるのだった。

「あのさあ、何でついて来るんだ?」
学校へ行く道の途中、敦が迷惑そうに尋ねた。
「何でって…あたしは敦さんの監視役ですから。」
「で、俺は何を監視されてる訳?」
それを聞いてリカは答えに詰まった。

27 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時04分44秒
確かに自分は敦の監視役として命を受けた。
だが、何を監視するのか、何が目的なのか、何も知らされていないのである。
「ま、お前にも色々事情があるだろうからな。分かったら教えてくれ。」
「何ですかー!」
リカとそんなやりとりをしていると、学校に着いた。

「おはよう。敦。」
バイクを止めて教室へ行く途中、一人の女の子が声を掛けてきた。
女の子にしては背が高く、ショートカットで活発そうなイメージの
子であった。そして、パッチリした目が一際目立っていた。
「ああ、ひとみか…。」

「なーに?久しぶりにあったってのに。」
ひとみ、と呼ばれた女の子はが不満そうな声で敦に言った。
「俺はいつもこんな感じだろ?」
「そうだねー。いつもの敦くんですね。」
からかうような口調でひとみが言った。

「ほら、早くしないと授業遅れるよ。先行ってるから!」
ひとみは敦に手を振ると、先に行ってしまった。
「敦さん…あの子、彼女ですかぁ?」
やりとりを一部始終見ていたリカが呑気に声を掛けた.
「あれはただの幼なじみだ。」
28 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時05分21秒
「そーですかぁ。でも全然そんな風に見えませんでしたよぉ。」
「行くぞ。また遅刻する。」
敦はからかってくるリカを無視して、キャンパスへ歩いていった。
「あ、待ってくださいよ〜。」
リカも敦を追ってキャンパスへと飛んでいった。

しかし、二人は木の陰から敦を見ている人影に気付いていなかった。
「渡部…敦…。」
人影はそれだけ言うと、何かメモ帳のような物を開いて書き込むと、
不気味な笑いを浮かべ、どこかへ去っていった。

数時間後、授業も終わり、敦は帰り支度をして教室のドアを開けた。
「よ。」
教室を出た敦に声をかけてきたのはひとみだった。
「何だよ…。」
「あのさー…今日時間ある?」

「ああ…。今日は何も無い。」
敦の返事を聞いて、ひとみはニッコリと微笑んだ。
「ちょっと、付き合わない?」
敦はちょっと考えていたが、
「かまわん。ただし買い物の付き合いはパスな。」
29 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時05分58秒
「違う。そんなんじゃなくて、聞いてもらいたい事があるの!」
「じゃあ、どこに何時?」
「今14時だから…15時に中央通のスタバ前に。じゃあね!」
そう言うと、ひとみは自転車をこいで行ってしまった。
「敦さん、デートですかぁ?」

リカがニヤニヤしながら敦に声をかけた。
「そんなんじゃない。あいつは暇な時に俺を呼び出すの。」
「ふーん。」
リカはまだニヤついている。
「ま。信じる信じないは自由だけどな。」

「あー、そうやってうやむやにする所がまた怪しいー。」
「勝手に言ってろ。じゃ、俺は帰るからな。」
敦はリカを無視して、バイクに乗ると学校を出て行った。
「全く…。素直じゃないんだから。」
リカはそう思いながら、敦の後を追いかけた。

そして一時間後、敦はひとみに言われた場所で待っていた。
敦はリカの事を考えていた。今日はこないように言っておいた。
『監視って何だ?俺はどうなるんだ?』
おそらく、考えても答えの出ない疑問に敦は頭を悩ませていた。
「お待たせ。」
30 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時07分08秒
敦が頭を上げると、ひとみがやって来た。
学校で会った時は気付かなかったが、よく見ると
目の下にクマが出来ているし、疲れた顔をしている。
「お前、何だか疲れた顔してるな。」
敦の言葉にひとみは一瞬ドキッとしたようだが、

「ま、中入ろ。」
と言って店の中へ入っていった。
そして、それを見ていたリカが柱の陰から出てきた。
敦が店の中に入ったのを見計らうと、
リカも後を追って店に入っていった。

「…つけられてる?」
敦はひとみの発言に驚いた。
「三月くらいからかな…。バイト帰りとか夜一人で歩いてると
何だか人の気配がするの。でも振り返ると誰もいないし…。」
ひとみは本当に参っている様だった。

「話は分かったけど、俺にどうしろと?」
その言葉を待っていたかのようにひとみは顔を上げた。
「それで…お願いがあるんだけど…」
ひとみはそこまで言って何やらモジモジし始めた。
「何だよ…。」
31 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時07分40秒
「一緒にいてくれないかな…。」
ひとみの言葉に敦は別に驚きもしなかった。
しかし、一人でいるのを好む敦にしてみれば、迷惑な話だった。
「でも、つけられてるって、確実じゃないんだろ?」
「本当だってば!最初のころはよく見たの!」

ひとみが必死になり始めた。
じゃあ、その時にやめてって言えば、と敦は思った。
しかし、ひとみの表情を見る限り、とてもそんな事が出来そうではなかった。
思い出して余計怖くなったのだろう。わずかだが体が震えている。
『まいったな…。』

その時、少し離れた所から二人を見ていた
リカは真剣な顔になっていた。
ひとみの体を黒い霧が包んでいたのだった。
それは石川梨華の時と全く同じ物であった。
しかし、敦と、ひとみはそんな事に気付くはずも無く、話をしていた。

「ねえ、敦お願い!このままじゃ睡眠不足で死んじゃうよ!」
ひとみは両手を合わせて敦に頭を下げた。
『ガキのころから借りがあるしな…』
敦はそう思ってひとみに言葉を返した。
「一週間。それ以上は付き合わんぞ。」
32 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時08分14秒
敦の言葉にひとみは顔を上げた。
「本当!?ありがとう、敦!」
ひとみは敦の両手を取った。
「犯人が見つかり次第、この契約は打ち切りな…」
何気なく、入り口の方を振り向いた時、敦はリカの姿を見つけた。

「悪い。トイレ行ってくる。」
敦はひとみにそういうと、リカの方へ一直線に歩いていった。
「おい…何してるんだ。」
敦が声を掛けると、リカは驚いて飛び上がった。
「あ、敦さん…びっくりしたじゃないですかぁ。あ、それよりちょっと話が…。」

「お前もか。じゃあトイレ来い。」
敦はリカの手を取ってトイレに引っ張り込んだ。
「ああ、ちょっと!私女の子ですって〜!」
敦はトイレに入ってカギをかけると、小声で話し始めた。

「話って?」
敦がぶっきらぼうにリカに尋ねた。
「ひとみさんに…あの…死の兆候が…。」
「お前が前に言ってた黒い霧って奴?」
「はい…。」
33 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時09分08秒
リカの言葉を聞いた敦は少し俯いて、頭を掻いた。
「なるほど…。今回の話と関係あるかな…。」
「どういうことですか?」
状況をさっぱり分かっていないリカは少々困惑していた。
「すぐに分かる。お前もちょっと手を貸せ。」

「それはかまいませんけど…?」
「よし、3日で片づける。」
敦はトイレを出ると、ひとみの所へ戻って行った。
リカもトイレを出て、少し考えたが、全く敦の意図が分からなかった。
「敦さん…何考えてるんだろう?」
34 名前:kris.S 投稿日:2003年03月12日(水)15時10分10秒
すいません。ここまでです。後半は後日アップします。
一応二話の前半って事で。ではまた。
35 名前:zai 投稿日:2003年03月12日(水)16時25分23秒
早速見させてもらいました。
いや〜続きが気になる終わりかたしますね〜
早く次が見たいって感じです。
次の更新もかなり期待してます。がんばってください。
36 名前:妄想男@読者 投稿日:2003年03月12日(水)21時46分18秒
初めまして。緑板で書かせてもらっている者です。
設定が変わっていておもしろいです。
石川さん天使はやっぱりハロモニの姿を思い出してしまいます(w
これからもがんばってください。期待してます。
37 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時06分47秒
お待たせしてすみませんでした。
ようやく第二話出来ました。上げておきます。
>zaiさん、ありがとうございます。励みになります。
>妄想男@読者さん、これを書き始めたころ、丁度石川天使がハロモニに出始めてビビりました。
すんごい偶然(笑)
ほんでは続きを。
38 名前:kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時08分35秒
そして次の日、敦はいつも通り学校に行き、
いつも通りに授業を受けるという、全く普通の生活をしていた。
ひとみの事が気になるリカは気が気ではなかった。
ただ一ついつもの敦と違うのは、ひとみを避けていたことだった。
あいさつされても、生返事しかせず、何かおかしいと思っていたのだ。

「じゃあ、後でね。敦。」
さっき、同じ講義を受けていたひとみは敦に声をかけた。
やはり敦は、軽く手を振っただけであった。
ひとみは訝しげな顔をすると、講義室を出て行った。
それを見ていたリカはいよいよ不安になってきた。

「敦さん、ひとみさんはどうするんですか?」
「ああ?大丈夫だろ。」
敦は講義室で、雑誌を読みながら、適当な返事をした。
「ひとみさんと一緒にいるんじゃないんですか?」
「今日は後一つ講義がある。ひとみはさっきので終わりだから、
お前ひとみの跡つけろ。」

「はぁ?」
リカは怒っていいやら、呆れていいやら分からなかった。
「いいから。俺には考えがあんの。」
リカに顔を向けようともしない敦の意図が、未だに分からずにいた。
「分かりました…。今日だけですよ。」
39 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時09分16秒
リカは不満そうな表情のまま、ひとみを追って学校を出て行った。
敦は雑誌を下にずらして、講義室全体を見渡した。
昼休みとあって、さすがに講義室にいる学生は少なかった。
おしゃべりをしている女子学生が三人、次の時間の予習をしている
らしき男子も何人かいた。

そしてもう一人、講義室に残っている学生がいた。
顔はよく分からないが、黒のジャケットに黒いジーンズ
といった格好をしていた。座っているから分かりにくいが、
割合、痩せていた。
普通に講義を受けている分には気付かなかったが、
よく見ると、席を移動していた。

さっきの講義では最前列にいたはずだが、二段ほど後ろに下がっていた。
「…?」
敦は少し不思議に思ったが、すぐに理解した。
「なるほど…。」
それから三十分ほどしてから彼の友人達が一人、また一人とやってきた。

敦はそれを見ると、雑誌を閉じて講義室を出て行った。

そして次の日も、敦はひとみに素っ気無くした。
二つ目の講義が終わると、ひとみは今度は敦の顔をチラッと見た
程度で講義室を出て行ったが、淋しそうな表情をしていた。
リカはもう気が気でなかった。
このままじゃ、犯人を捕まえる所では無い。
40 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時09分50秒
それどころかひとみには死が近づいているというのに…。
リカは焦っていた。
「敦さん。本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫。明日まで待て。」
敦は相変わらず雑誌など読んでいた。

しかし、やはりリカの方には顔を向けようとしない。
「…ひとみさん帰っちゃいましたよ。」
リカもイライラしているためか、口調が荒くなってきていた。
「じゃあ、今日も頼む。」
「敦さん!そんないい加減なことでいいんですか!」

リカはとうとう耐えかねて敦に怒りをぶつけた。
敦はそれでもリカの方を向かず、沈黙を守った。
「また無視ですか?」
「…」
「もういいです。ひとみさんはあたしが助けますから…。」

リカはそう言うと敦から離れていった。
「ガッカリですよ…。」
立ち去り際、リカはそういい残していった。
リカが居なくなっても、敦は変わらなかった。
『…まあ、こうなるとは思ってたけど。』

敦は昨日の様に、雑誌をずらして講義室を見渡した。
そして昨日、気になっていた男子学生の姿を捜した。
果たして彼は講義室にいた。
今日も座席が変わっていた。
そして、そこは昨日と同じ席だった。
41 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時10分29秒
「よし…明日だな。」
敦は確信した。さっきひとみと話をしている時に、
彼が自分達の方を凝視していたのを、敦は見逃さなかった。
「さて…あのバカ天使。どうするかな…。」
解決方法が見えたことで、敦の悩みはリカの説得方法へと変わっていた。

一方、リカはひとみを追いかけていた。
街を歩くひとみの背中には相変わらず、黒い霧がかかっている。
「もう…敦さんたら…。何考えてるか位言ってくれればいいのに…。」
リカはブツクサ言いながら、ひとみを追いかけていた。
『あーあ、敦の奴何考えてるんだろ…。』

リカは急に聞こえた声に一瞬ビックリしたが、
すぐにそれがひとみのものだと気付いた。
『昨日も今日も、ほったらかしにして…。』
リカはいけない、と思いつつもつい聞き耳を立ててしまった。
『敦…。一緒にいたいのにな…。』

リカは一瞬ドキッとした。
「ひとみさん…敦さんの事好きなんだ…。」
そうと知ると、リカは居ても立ってもいられなくなった。
ひとみが家に入ったのを確認すると、敦の家に向かった。
「敦さん…。ひとみさんをほうっておいたらダメです…!」
42 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時10分59秒
リカは敦の家に戻ってきた。敦も家にいた。
もう夜になっていた。リカはひとみのそばにずっといたのだ。
「敦さん…。ひとみさんの所に行ってあげてください…。」
敦はリカをチラッと見ると一言言った。
「今日は…ダメだ。」

「何で!」
リカの声を聞くと、敦は振り返ってリカの目を見て言った。
「心配すんな…。明日が終わったらあいつに頭でも何でも下げてやるよ。」
敦の目は真剣そのものだった。
敦からは鬼気迫る雰囲気が感じられた。
リカはその気迫に一瞬恐怖さえ覚えるほどだった。

『絶対に…あいつを助けてやる…。』
敦の心の声が聞こえた。
それを聞いてリカはフッと微笑んだ。
「約束…ですよ…」
リカはそう言うと、その場に倒れこんだ。

「おい?」
敦がリカに近寄ると、スース−と寝息を立てていた。
そう言えば、今日、学校でも目の下にクマが
出来ていたことを思い出した。
「…昨日も今日も帰ってこなかったけど、学校には来た…。寝てないのか?」

敦はリカに毛布をかけてやった。
「悪かったな…。」
敦はそれだけ言うと、自分も眠りについた。

そして、次の日…。
43 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時12分51秒
敦は講義を受けながら、ひとみの方を見ていた。
ひとみの前にはあの男子学生がいた。
敦は彼の動きを逐一監察していた。
リカやひとみと離れたところで、敦は聞き込みをしていた。
彼はナイフコレクターである事、講義が終わるといちいち席を移動する事。

そして…いつもひとみの写真を持ち歩いている事も彼の友人から聞いた。
敦には彼の行動が手にとるように分かった。
やがて講義も終わり、敦は外に出た。
「リカ。」
「何ですか?」

「ひとみを追っかけてくれ。片付いたらひとみに電話入れるから、
それが合図だ。全然関係ない話するから。」
リカは少し戸惑ったが、敦を信じることにした。
「はい!」
リカはひとみを追いかけて、飛び立っていった。

一人になった敦は例の男子学生を捜した。
バイクを取りに行くと、敦は彼を見つけた。
彼は自転車に乗って学校を出て行った。
「よし…。」
敦は彼を追いかけていった。

44 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時14分38秒
彼は自転車に乗って普通に、道を走っていた。
だが、敦はそれがひとみの通学路であることも知っていた。
敦はバイクをゆっくりと走らせながら、彼を追っていた。
やがて、彼は自転車を止めた。そこはひとみのアパートの前だった。
「来たな…。今日で片づけてやる。」

彼はひとみの部屋へ歩いていった。
敦はギリギリまで待たなければならなかった。
敦の手元には状況証拠しかないため、現行犯でなければ
証拠をつかめない。だから待たなければならなかった。
でも、ひとみを傷つける訳にはいかなかった。

敦は気付かれないように、彼の動向を見ていた。
そして、すこしずつ近づいていった。
ひとみの部屋は一階にあるのだが、
彼はその前で立ち止まったきり、動かない。
また少し近づいてみた。

横から見てみると、何かを呟きながらポケットから
何かを出したり、引っ込めたりしている。
太陽の光に反射して時々光る部分が見え隠れしていた。
大分近づいたが、彼は何かに取り憑かれた様で、敦には気づいていなかった。
アレを出した瞬間が勝負…。敦はそう思っていた。
45 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時15分32秒
5分も経ったころ、彼は意を決した様に右手をポケットに
突っ込んでアレを取り出した。明らかにナイフだった。
敦はそれをみるや否や、彼にものすごい速さで近づき、
右手を強く握って、上に上げた。
「はい、そこまで。」

「…!」
彼は敦の手を振り払おうとしたが、敦の握力が強すぎて
どうにも上手くいかなかった。
やがて、無理だと諦めたのか、やがてナイフを取り落とすと
その場に膝をついた。

「…ちょっと話しようか。」
男は敦に逆らっても無駄だと判断したのか、大人しくついてきた。

同じ頃、ひとみは中央通りのスタバでコーヒーを飲んでいた。
そして、リカはひとみについて歩いていたが、
ひとみを纏っていた黒い霧が発散して、消え去った。
「敦さん…。やってくれたんですね!」
リカは小さくガッツポーズを作り、喜びをかみ締めていた。
46 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時16分57秒
敦と男は公園のベンチに座って話をしていた。
「なぜだ?」
最初に声をかけたのは意外にも男の方だった。
敦は何も言わずに振り向いた。
「なぜ、俺の行動が分かったんだ?」

敦はタバコに火をつけると、一度ふかしてから答えた。
「大体予想がついた。学校での行動と、証言を突き合わせりゃ
答えは一つだ。」
「何だと?」
「あんたさ、二限が終わると席移動してたな。」

男は一瞬驚きの表情を見せた。
そんな事はお構いなしに、敦は言葉を続けた。
「あんたが移動後に座ってる席。あそこはいつもひとみが座ってるところだ。」
「…それだけで?」
男が聞き返してきたので、敦は面倒臭そうな顔をすると、話を続けた。

「ひとみは黒が似合う男が好み、って言ってたのも俺は知っていた。
だから、いつも黒い服のあんたはやけに目に付いた。」
「…。」
「もう少し言えば、常にひとみの視界に入る所に座っていた事、あんたの趣味
、ひとみの写真を持ってる事も考えたら分かる。」
47 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時17分41秒
「だとしても、なぜ今日だと?」
男がまだ聞いてくるので、敦はいい加減にうんざりしていたが、
逆上されても困るので、話すことにした。
「一年の頃からだが、俺がひとみと話してるたびに、視線を感じてな。
今頃になって意識したら、あんただった。」

「…。」
「だから、ひとみを無視して俺とひとみが仲が悪いように、見せかけた。
そうすればお前は近づくだろうと、俺はふんだんだ。」
「…そんな事でバレちまうとはな。」
男は脂汗をかいていた。

「やっぱり、彼氏にはかなわないか…。」
男がそういったのを聞いて、敦はタバコを消すと立ち上がって
話し始めた。
「あんたは勘違いしている。一つ、俺はひとみとはただの幼なじみだということ。
二つ、ひとみはあんたみたいにコソコソしてる奴が一番嫌いだってこと。」

「な…なんだと!」
男は敦の発言に逆上しかけたが、敦はすぐに腕を掴んで
『今度は折るぞ。』と小声で言った。
それを聞いて男は恐怖を覚えたのか、再びベンチに腰掛けた。
48 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時18分21秒
「俺から一つ聞く。」
敦は男に話し掛けた。男は顔を上げた。
「なぜ、ひとみをつけたりした?」
「…彼女が好きだからさ。」
男は敦から顔を背けて言った。

「そうか…。でも赤の他人に付きまとわれて気分いい奴はいない。」
「分かってる。でも、彼女が僕なんかに振り向いてくれるはずがない…。」
男が一人で落ち込みながら、話し始めた。
「最初は、写真をとるだけのつもりだったんだ。
気付いたら段々エスカレートして来て、あんな事を…。」

男はガックリうなだれた。
敦は黙って彼の話を聞いていたが、程なくして口を開いた。
「それで、満足か。」
「何…?」
「ひとみに付きまとって、気味悪がられたままで、満足ならそれでもいい。」

「…」
「あいつは、自分からぶつかっていけば、真剣に受け止める位の器はある女だ。
最もあいつの気持ちなんて俺は知らないし、お前がどうしようと勝手だがな。」
敦はタバコを消して灰皿に入れると、ベンチから立ち上がった。
「待て!」
49 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時19分09秒
男が敦を呼び止めた。
「…警察に突き出すんじゃないのか?」
少し歩いたところで、敦はそれを聞いて立ち止まり、振り返った。
「警察は嫌いだからな。ただ、今度こんな真似をしたら、その時は俺が容赦しない。」
敦はそういうと、公園を出て行った。

その頃、リカは敦からの携帯がなるのを待っていた。
待っている間、色んな事を考えた。
とりあえず、ひとみの霧は晴れたから大丈夫だが、
敦自身に何か起こっていないか。
敦とひとみは、上手い事仲直り出来るのか。

「敦さん…。」
リカの心は色んな不安に満ち満ちていた。
と、その時ひとみの携帯が鳴った。
「合図だ!」
リカは外に出て、羽根を翻すと、敦のもとへ飛び立っていった。

「あ、もしもし。」
「…何の用?」
ひとみの声は暗く、重たいものだった。
「謝ろうと思ってな。」
「…。」

返事はなかったが、敦はひとみに話を続けた。
「今、4時か…。話を聞いてくれる気があるなら百合丘公園で待ってる。」
そう言うと、敦は電話を切った。
そして、空を見上げると、空から敦に急接近する白いものがやって来た。
リカだった。
50 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時19分49秒
「…早すぎじゃないか?」
「いてもたってもいられなくて…。敦さん、犯人見つかったんですね!」
リカは声を弾ませた。
「ああ…。」
しかし、敦の顔は浮かない表情を浮かべていた。

「で、犯人はどこですか?」
「…今度やったら、容赦しないって言って釈放した。」
「まあ、黒い霧が晴れたから、大丈夫だとは思いますけど。
あれは、誰かからの殺意や、自分のなかの死にたい願望を表してるんです。」
でも、それは俺には見えないんだよな、と思いながら敦はリカの話を聞いていた。

「敦さん、帰らないんですか?事件も解決したのに。」
リカが来てから、三十分ほど経ったが、敦は帰ろうとしなかった。
「もう一つ、やる事があるからな。」
はっきりとは言わなかったがリカにはそれが何だか分かった。
「…あと何分くらい待つんですか?」

「来るまで。」
敦はそれだけ言って何も言わなかった。
長い三十分が過ぎた。
そして、公園の時計が5時を指し示した頃、ひとみはやって来た。
「頑張ってください。」

リカはそういうと、敦から離れた。
「よ。」
敦から声をかけてみたものの、ぎこちない空気がただよっていた。
「…話って?」
ひとみがそれだけ返してきた。
51 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時20分44秒
「一つは、ひとみをつけてた奴を捕まえたことだ。」
さっきまで俯き加減だったひとみが、少し顔を上げた。
「犯人については、もうストーキングしないように粛清したから、
もう大丈夫だ。で、もうひとつなんだけど…。」
敦はそこで口篭もってしまった。

「もう一つは何?」
「…。無視とかして悪かった。」
敦の口からはそれだけ出てきた。
「どうして、あんなことしたの?」
ひとみは謝ってくれたことがうれしかったのか、口調も少し軽やかになった。

そして敦は、ひとみと仲が悪くなったように犯人に見せかける工作をするため
だった、と説明した。
「…そんなの、言ってくれればよかったのに。」
ひとみは顔を上げ、敦を真っ直ぐ見て言った。
「…怖かったんだからね。」

ひとみの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「今回は…俺が悪かった。すまん」
敦は頭を少し下げた。
「じゃ、責任とって。」
「分かった。」

ひとみはしばらく、考えていたようだが
「…『プレリュード』のチョコパフェ、食べたい。」
『プレリュード』は大学の近くにある喫茶店である。
敦は、そんなんでいいのか、と思っていたが内心ホッとした。
「分かったよ。」
52 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時21分39秒
「じゃあ、行こうよ。」
ひとみは敦の手を取って歩き出した。
「な…何で手なんかつなぐんだよ。」
敦は少したじろいだ。
「いいじゃん。子供の頃はあんたが『一緒に帰ろー。』、とかいってたくせに。」

「いつの話してんだよ。」
「手、おっきくなったね…」
敦とひとみは、そんな話をしながら公園を出て行った。
そして、その光景を見ていたリカは、街灯の上に座って、一人呟いた。
「あーあ、いいなあ。ああいうの。」

リカは空を見上げた。仲間達がいる空を。
夕日に照らされて、茜色した雲がほのかな温かさを感じさせた。
「幼なじみ、か。」
しかし、リカの中にはもう一つ別の思いがあった。
「やっぱり…気になるー!」

リカは敦とひとみを追いかけて飛んでいった。
彼女がやって来てから、もう二ヶ月が経とうとしていた。
53 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月18日(火)17時24分30秒
と、いった感じで第二話終了です。取っ掛かりが悪くてうまくまとめきれませんでした。
一話より断然長いし。
第三話はまだ途中なんで、完成したら上げたいと思います。
それでは、今日はこんなところで。
54 名前:zai 投稿日:2003年03月19日(水)00時46分41秒
Kris.Sさん更新お疲れ様です。
なんか敦とひとみがかなりいい感じだけど
リカとはなんかあってほしいいかも
それでは、次の更新も期待してます。頑張ってください。
55 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時28分16秒
>zaiさん
レスありがとうございます。もうそろそろ、そんな流れになりそう…かも。
56 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時29分35秒
更新です。今日は第三話をあげておきます。
57 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時30分30秒
<第三話>
もう、五月も終わりに近づいていた。
四月に咲き乱れていた花も散り、緑色の葉をつけ始めた
木も現れ始める季節になった。
そんな中、敦の家には相変わらずリカがいたが、
もはや天使のいる生活に慣れっこになっていた。

「さて、今日も行くかな…。」
夕方になり、敦はスーツに着替え始めた。
敦は家庭教師のバイトをしている。
東京大学の二年生である敦には、割と依頼が舞い込む。
今では高校三年生を一人受け持っているだけだが、受験シーズンには依頼が殺到する。

去年の十二月には9人もの生徒を抱え、めまぐるしい忙しさだった。
「敦さん、今日も仕事ですかぁ?」
リカがテレビを見ながら敦に尋ねた。
「ああ。分かってるだろうがついてくるなよ。」
敦はそういい残すと、部屋を出て行った。

一人部屋に残されたリカは、しばらくは大人しくテレビを見ていたが、
「ちょっと覗くくらいならいいよね…。」
そう思い直すと、敦の後をこっそりついて行った。
一方、そんな事とはつゆほども知らない敦は、
家庭教師先の家に到着していた。
58 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時31分24秒
「ごめんください。家庭教師の渡部です。」
そう言うと、奥から中年の女性が出てきた。
三角眼鏡をかけた、いかにも教育ママと言った風情である。
「あら、先生。どうもお疲れ様です。」
そう言って丁寧にお辞儀をした。敦もお辞儀をした。

「今、呼んで来ますから。少しお待ちくださります?」
そういうと、彼女は二階へ上がっていった。
『相変わらず凄い豪邸だな…。』
一体いくらするのかわからないシャンデリアに、
今かけているソファも相当なものだった。

やがて二階から先ほどの女性が、一人の女の子を連れて、
降りてきた。
「亜依、先生に挨拶なさい。」
そう言われると、少女は敦にぺこりと頭を下げた。
「お願いします。」

「じゃあ、始めようか。」
「はい。」
敦は少女と一緒に二階へ上っていった。



「…で、ここと辺BCの中点を結ぶと、重心が出来るから…」
「先生、分からないよ〜。そもそも重心ってナニモノ?」
亜依が頭を抱えた。
敦は毎度、亜依の質問攻めに合う。
最初の頃は、そうでもなかったが最近とみに増えた。
59 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時32分01秒
「定義は三角形で、各辺に向かい合ってる頂点と辺の中点をつないで
三辺が交わる所だ。今の俺にはこれが限界だから、考えてくるよ。」
敦がそう言うと、亜依は微笑んだ。
「どうした?」
「先生、何だか変わりましたよね。」

「何が?」
「四月の頃はすっごく無愛想だったのに、何だか少し明るくなったような…。」
「そんな事は無い。…と思うが。」
「彼女でも出来たんですか?」
亜依がニヤニヤしだしたので、敦は戸惑ってしまった。

「そんな事はおいといて、再会するよ。」
敦の言葉に亜依はいささか消化不良のようだったが、また机に向かった。
敦は亜依に勉強を教えながら、頭の中では違う事を考えていた。
『この三ヶ月かいろいろあった…。事故って死ぬかと思えば、生き返るし、
芸能人は助けるし、ストーカーは捕まえるし…。』

色々考えたが、敦は全てリカが来てからの出来事に振り回されている
気がしてならなかった。
「…生。先生!」
亜依の声で敦は我に返った。
「ああ…ごめん。」
60 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時32分47秒
一方、外ではリカが亜依の部屋を覗いていた。
意外と教師姿がハマっている敦に、リカは少しビックリしていた。
「敦さん、人に教えるってガラじゃないのに…。まあ、これも
あたしのお陰かな。うんうん。」
リカは自己満足に浸っていた。

『もー!嫌や!』
突然聞こえた声にリカはあたりを見回した。
『勉強とかしてても意味が無い!いい高校、いい大学、
いい会社…。その先に何があるっちゅうねん。』
「も、もしかして…あの子…?」

リカは窓の外から見える亜依を見た。
『うちは歌が歌いたいんや!歌が好きなんや…。』
「あの子…大学なんて行きたくないんだ…。」
『でも、お母さんにそんな事言われへん…。どないしたらええんやろ…。』
亜依の心の声がリカの中に響いた。

「あの子…似てる…。」
リカは自分の幼少時代を思い出していた。
リカの両親は優秀な天使で、天使の中でも名前を知らない者は
いないほど有名な存在だった。
一つ上の兄もそんな両親の血を受け継いだようで、今では世界中を飛び回ってい
61 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時33分37秒
そんな家庭の中で、リカは昔から不器用だった。
優秀な天使になるための勉強もさせられた。
しかし、リカは覚えが悪く、両親の期待はリカの兄に寄せられていた。
リカは幼い頃から、一人ぼっちだった。
そんな中でもやって来れたのは、友人や先輩のマリの存在があったからだった。

そんなリカには、彼女が自分とダブるのであった。
「…。」
リカは亜依の姿をじっと見ていた。


一方、部屋の中では敦が今日の勉強を終えていた。
「じゃあ、今日はここまで。今度は来週の水曜だね。」
「はい。」
「ちゃんと、勉強しておくんだよ。」
「先生。」

敦が部屋を出て行こうとすると、亜依が声をかけた。
「ん?」
「…いや、何でもないです。ありがとうございました。」
そう言うと、亜依は部屋のドアを閉めた。
階段を下りていくと、母親が待っていた。
62 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時34分08秒
「先生。ありがとうございます。それで亜依の事なんですけど…。」
「何か、不都合な所でも?」
「あの子…いい大学に入れるんでしょうか?」
敦はそんなの分からない、と思ったが、
「亜依ちゃんは真面目だし、積み上げていけば大丈夫でしょう。」

敦の言葉に、母親は必死な目なった。
「お願いします。ここでいい大学に入れないと苦労するのは
あの子なんですから…。」
「まだ時間もありますし、心配しないで下さい。それでは失礼します。」
そう言って敦は亜依の家を出た。

敦は門を出て、亜依の家を振り返った。
「それにしてもでかい家だな…。」
亜依の父親は弁護士だといっていた。
敦はバイクのエンジンをかけて、しばらく見ていたが、
やがて、家に向かってバイクを走らせた。

家に着くと、リカが待っていた。
しかし、敦には心無しか元気がないように見えた。
いつもなら、「お帰りなさ〜い。」
とか声が聞こえてもよさそうだが、と思っていた。
リカは敦のベッドの上で体育座りをして考えこんでいるようだった。

「どうした?」
しかし、返事は返ってこなかった。
「リカ?」
「あの子…」
リカは口を開いた。しかし、どこか様子がおかしい。
63 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時34分41秒
「あの子?」
「…大学に行きたくないって…」
「お前、何言ってるんだ?」
敦には話が見えてこなかった。
「敦さんが…教えてる子です。」

「ああ、亜依ちゃん…って何で知ってるんだよ?」
敦はふと疑問に思ったが、すぐに理解した。
「あれほど来るなって…」
「あの子は、私なんです!」
リカが突然大声を上げた。

「あの子は…」
一人でパニックになっているリカをどうしていいものやら
敦には分からなかった。
『どうしたっていうんだ…?』
始めてみるリカの姿だった。

今まで怒りこそすれ、取り乱したりした事はなかった。
『仕方ないか。気は引けるが…。』
敦は心を鬼にする事に決めた。
「落ち着け!」
そう言うと、リカの右頬を平手で張った。

その拍子に、リカはベッドの上に投げ出された。
『やりすぎたかな…。』
リカは右手で頬を押さえてポカンとしていたが、
どうにかパニック状態から脱したようだった。
「すまん。やりすぎだった。」
64 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時35分48秒
リカはまだ息が少し荒かったが、やがて少しずつ沈んだような表情になった。
「すいません…。取り乱してしまって…。」
「いや…。」
敦はようやくホッとした。
それから敦はリカが落ち着くのを待ってから話を聞く事にした。

「…なるほど。」
リカの話を聞き終わった敦は、ひとさし指で頭を掻いた。
「そういう訳であの子を助けて欲しいんです…。」
「…高校時代にはそういうのはよくあることだ。」
「本当だったらどうするんですか?」

今日のリカは粘り強い。いつもならここら辺で怒って
出ていくのに、と敦は思った。
「お前、今日は何だか変だぞ。」
敦の言葉に、リカは少し戸惑った。
「別に…。変な事ないですよ。」

リカは平静を装っているが、どうも落ち着きがなかった。
「亜依ちゃんにそんなにこだわるのは何故だ?」
「…。」
それを聞くと、リカは口をまた閉ざしてしまった。
「そこはどうしても言いたくないんだな…。」

65 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時36分29秒
敦もほとほと困りはててしまっていた。
「今度、一応話は聞くけどそれだけだ。それがどうなっても責任持たないからな。」
敦はそういうと、ベッドに潜り込んでしまった。
「もう…。」
リカは敦を見ながら、頭の中では亜依の事を考えていた。

「明日から…様子見に行こう…。」
リカはそう心に決めていた。

あれから丁度一週間経ったが、リカは最近学校について来なくなった。
敦にとっては大歓迎…な出来事のはずなのだが、何かが足りない気がしていた。
今日はひとみと一緒に講義を受けていた。
あの事件以来、学校では何故だかひとみといる事が多い。
そのせいで、友人達からも冷やかされる始末であった。

そして今日も、学生食堂で昼食をひとみと一緒に食べていた。
「敦ー。今日予定ある?」
「今日は…あ、バイトだ。」
そう言った時、敦の頭の中に亜依とリカの顔が浮かんだ。
「ふーん。じゃあしょうがないな。」

「なあ。」
頬杖をついているひとみに、敦は唐突に尋ねた。
「何?」
「お前さ、大学に入るかどうか悩んだ?」
敦の質問にひとみは、訝しげな顔をした。
66 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時37分07秒
「どうしたの?急に?」
「いいから、聞かせろよ。」
ひとみは上をむいて、人差し指をあごに当てて考えるような
仕草を見せた。子供の頃からの彼女の癖だった。
「うーんと…あたしはやりたい事を捜しに大学にきたって感じかな?」

「なるほど。」
「高校の時は将来の事とか考えてなかったしね。」
ひとみは頬杖をついて宙を眺めている。
「夢とか…そういうのは無かったのか?」
「敦、今日何だか変だよ〜?」

「何が変なんだよ?」
敦が憮然とした表情をして聞き返すと、ひとみはニッコリと微笑んだ。
「だって、敦の口から夢なんて言葉が飛び出すなんて。」
「たまには、そんな時もあるだろ?」
敦はそう言ってごまかしたが、何だか全身がむず痒くなった。

「でも、最近変わったよ。いい意味で。」
ひとみはニッコリと微笑みながらそう言った。
「俺は何にも変わってない。」
そう言ったところで、敦はふとリカの顔を思い浮かべた。
「あいつのせいかな…。」
67 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時38分37秒
「えっ?あいつって?」
敦は自分に聞こえる程度の声で呟いたつもりだったが、
地獄耳のひとみはそれを聞き逃していなかった。
「何でもねーよ。じゃ、俺さっきので終わりだから帰るわ。」
そう言って席を立つと、敦はさっさと食堂を出て行った。

『あいつって誰?女…?』
ひとみの中に言い様のないもどかしさが沸いてきた。
「明日、聞いてみっか。」
そう呟くとひとみも食堂を出て、次の講義がある講義室へと
向かっていった。

一方、リカは亜依の事が気がかりで、様子を見に行っていた。
彼女の様子を見に行き始めてから、今日で丁度一週間になった。
学校では明るくて、クラスにも馴染んでいる様子であった。
しかし、学校から帰ってくると、学校での快活さはどこへ行って
しまったのか、「お嬢さま」になってしまっていた。

部屋に入ると、一生懸命勉強はしている様子だったが、
時折、何かチラシのようなものを出しては、
じっと見るのだが、すぐにため息をつく、という感じであった。
そして、毎日がそんな生活だった。
リカは亜依の姿をみるたび、自分と同一視していたが、今日は違っていた。

68 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時39分13秒
「あたしとは…違うんだなぁ。」
リカは思い出していた。自分にも夢があったことを。
勉強も運動も得意とは言えなかったリカには
一つだけ特技があった。リカは歌が得意だった。
彼女の歌は、聞く人を引き付けるものを持っていた。

声は穏やかで、でも力強いものだった。
リカは歌手のオーディションをいくつか受けたが、全てダメだった。
緊張して実力が出せずじまいで終わっていたが、後悔はしていなかった。
自分は期待されていなかったため、ある程度自由に夢を追うことが出来た。
しかし、あの少女…亜依には、夢を掴むチャンスすら与えられないのだ。

両親の期待をその小さな肩に背負って、
自身の幼い翼を心の内にしまいこんでいるのだ。
「ああ、何か良い方法無いかな…。」
リカは亜依の家の屋根の上で頭を抱えていた。
その時だった。

「もー嫌ぁー!」
大きな怒声が響き渡った。
「な、何?!」
69 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時39分48秒
その頃、下では、敦が亜依の家にやって来ていた。
「ごめんください。家庭教師の渡部ですが。」
しかし、反応は無かった。
敦はもう一度インターフォンを押してみた。
「ごめんくださーい。」

すると、玄関がガチャリと開いて、亜依の母親が出てきた。
「まぁ、先生…。」
亜依の母親は息が荒くなっていた。
よく見ると、いつもはキチンとセットされている髪も少し乱れているようだ。
「どうか…なさいましたか?」
敦は尋ねた。
「いいえ。ちょっとありまして…。どうぞ。上がってください。」
敦はいつもの様に二階に上がった。
しかし、いつもと違って、今日は母親がついてきた。
違和感を感じながらも、敦は亜依の部屋の前に行きドアをノックした。

「家庭教師の渡部です。亜依ちゃん?」
返事は無い。
「亜依ちゃん?」
二回めの呼びかけで、ドアの向こうから声が聞こえて来た。
「先生、そこにお母さんいますか?」
70 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時40分34秒
「うん、いるよ。」
「じゃ、開けられません。」
敦は驚いて亜依の母の顔を見た。
母は申し訳なさそうな顔をして、顔を背けた。
「とりあえず、下に…。」

敦は一旦、一階に戻る事にした。
「亜依ちゃん…何があったんだ?」

一階に戻ると、母親は亜依の変化について話始めた。
「…以前からうすうす感づいていたんですが、どうも亜依の様子がおかしかったんです。」
「でも、今までは素直な良い子でした。」
「ええ、あの子は私達に逆らったことなんてありませんでした。でも
ここ一週間くらいで、亜依が私と口を利かなくなってしまって…。」
「心あたりはないんですか?」

「あの子、私達に隠れてオーディションを受けようとしていたみたいで…。」
敦は一瞬、ドキッとした。リカの言ったとおりだ、と思った。
だが、平静を取り戻して母親の話を聞く体勢に戻った。
「オーディション?歌手か何か…ですか?」
彼女はコクリと頷いた。

「それで、その事を巡って亜依と喧嘩してしまって…。」
「そうですか…。」
「こんな大事に時期にオーディションなんて
受けてる場合じゃないんですよ。あの子の将来がかかってるんですから。」
敦は、この母親に不信感にも似た感情を抱いていた。
71 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時41分13秒
しかし、彼は大学受験を推奨する立場にあった。
亜依が歌手を目指そうと、大学生になろうと敦自身には
およそ関係の無い話のはずなのだが。
どちらにせよ、亜依の話を聞かなければ何も始まらない、と思っていた。
「…亜依ちゃんと話をさせて頂けますか?」
敦は母親に話を切り出した。

「第三者の僕になら話してくれるかもしれません。」
母親はしばらく迷っている様だったが、敦に頭を下げた。
「お願いします。あの子、渡部先生の事は気に入ってらしたようですから。」
敦は二階に上がって、再び亜依の部屋をノックした。
「亜依ちゃん、渡部です。」

「お母さんは?」
「いないよ。俺だけだ。」
敦がそういうと、部屋のドアがガチャリと開いて、亜依が出てきた。
「先生…。」
亜依は笑顔を浮かべたが、作り笑いのような笑顔だった。彼女の顔からは
疲れが明らかに見て取れ、いつもの亜依ではなかった。

「入っていいかな?」
「どうぞ…。」
部屋に入ると、いつもと変わりはなかった。
「今日は…勉強する気分かな?」
亜依は何も言わなかった。ただ椅子に座って下を向いていた。
72 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時41分45秒
「正直に言っていいよ。」
敦が言うと、亜依は小さな声で呟いた。
「今日は…ダメです。」
敦は亜依の姿に、痛ましさを感じずにはいられなかった。
「分かった。じゃあ、帰るよ。」

「待って下さい、先生。」
敦が立ち上がると、亜依は敦を呼び止めた。
「亜依の話、聞いてもらえませんか?」
敦は振り返った。亜依はひどくおびえた目をしていた。
悩む気持ちが痛いほど、敦に伝わってきた。

「分かった。じゃあ、外行くか。」
「えっ?でも…。」
亜依は戸惑いの色を顔に浮かべた。
「今日は星がきれいだ。気分も少しは変わるんじゃないか?」
敦がそう言うと、亜依はコクリと頷いた。

「じゃあ、玄関にいるから。着替えたら降りて来て。」
敦はそう言うと部屋を出て、階段を下りた。。
「お母さん、亜依ちゃんを少し外に連れていってきます。」
母親は一瞬何を、と言う表情を見せたが、今は敦に頼るしかないと思ったのか
無言で頭を下げると、リビングの向かいにある一室へ入っていった。
73 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時42分15秒
敦は会釈をすると、外に出た。
「うわ、また寒くなってる。」
敦はふと、空を見上げた。満天の星空だった。
「あ、敦さん…?」
どこからか自分を呼ぶ声がして、敦は振り返った。
「…?気のせいか。」

「敦さん!」
上の方から声がしたので、上を向くとそこにはリカがいた。
「お前…何して…!」
敦は怒ろうと思ったがやめておいた。
怒鳴った瞬間に亜依が出てきたら、間違いなくエスケープしてしまうと
判断したからだった。

「あの子が心配で…」
そこまで言いかけたとき、亜依が外に出てきた。
「先生…。」
「お、来たか。じゃあ行くか。こっからちょっと行ったところだ。」
敦は亜依を連れて歩き出した。

五分も歩くと、近くにある高台に着いた。
「ここだ。」
そこは歩道から半円型にせり出していて、街が一望出来る場所だった。
ベンチが二つ、置いてあるが木は立っていないため、空がよく見えた。
「うわぁ…。」
74 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時42分49秒
亜依は初めて見たのか、感動している様子だった。
「初めてか?こんなに近くにあるのに。」
「こんな所があるなんて知りませんでした。」
亜依は敦の方を向かって微笑んだ。
いつもの亜依の笑顔だった。

「ちょっとは元気になったか?」
「はい。先生、ありがとうございます。」
「じゃあ、ちょっと話するか…。」
敦がそう言うと、亜依は敦の横に座った。
「オーディション、受けたいんだって?」

亜依は何も言わずに頷いた。
「そうか…。どうしてだ?」
「あたし、歌が好きなんです。」
そう言うと、亜依は照れているのか下を向いたままだった。
「なるほど。でも、現実はそんなに甘いものでは…」

「お母さんにも同じ事いわれました。でもあたし思うんです。
やってみなきゃ分からないって。」
亜依の目は輝いていた。
元々リアリストの敦は、「夢」と言う言葉は嫌いだった。
「可能性」という言葉も耳に馴染まない。

しかし、亜依は自分の夢を疑う事など知らない様だった。
昔ならこういう事態に直面した時、適当に切って捨ててきた。
『あの子は私なんです!』
リカの声が敦の頭の中に響いていた。
そして、敦は一つの結論をだした。
75 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時43分29秒
「…試してみたいか?」
敦は亜依に尋ねた。
「はい。」
「その言葉にウソは無いな?」
「ありません。」

亜依の目は澄んでいた。
敦はふっと笑って亜依に一枚の紙を渡した。
「先生…?」
「開いてみろ。」
亜依は言われるままに紙を開いた。

そこには地図が書いてあった。
「これは…?」
「来週の金曜、学校が終わったらここに来い。」
「…?」
亜依には敦が何を考えているのか全く分からなかった。

「そこで、亜依ちゃんを試したい。」
「え…?」
「本気かどうか、そして実力はどうか。」
「せ、先生…。」
亜依はようやく敦の意図が理解できたようだった。

「練習してこいよ。」
「ありがとうございます…。」
亜依は半泣きになっていた。
「ただし…約束がある。」
「何ですか?」

「もしダメでも、くさらずに勉強に戻る事。いいね?」
「はい!約束します!」
亜依は力強く答えた。
「じゃあ、帰るか。」
敦は立ち上がると、亜依の家に向かって歩き出した。
76 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時44分07秒
亜依の家に着くと、敦は亜依の母親を説得した。
少しもめたが、ダメなら勉強に戻ると言う条件を
飲み、了承してくれた。
「じゃあ、今日は失礼します。」
敦は亜依の家を出て、バイクに乗ると家に帰った。

家に帰ると、リカが待っていた。
「お帰りなさい。」
「話、聞いてたんじゃなかったのか?」
敦がスーツを脱ぎながらリカに言った。
「はい…。ごめんなさい。どうしても気になって。」

「…今更謝ることか。」
「でも…どうやって亜依ちゃんにオーディションを?」
「俺の知り合いにプロデューサー兼バンドがいる。」
リカは目を丸くした。が、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「敦さん、ありがとうございます。」

「何でお前が言うんだ?」
「あの子の気持ちが判るんですよ、何となく。でもよかったです。」
リカはニコニコしていた。
「どうかな…。」
「え?」

「何でもね―よ。じゃ、明日早いからもう寝る。」
敦はそう言うとベッドに潜り込んだ。
しかし、リカは敦の呟きが気になっていた。
「変な敦さん。」
そう言うと、リカも眠りについた。
77 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時44分47秒

そして一週間後、敦は近所のスタジオにいた。
無論、リカもついて来ていた。
「敦、いつ来るんだ?その子は?」
テンガロンハットを被った男が敦に尋ねた。
「…もうそろそろ。準備しといてくれ。」

「了解。」
男はコントロール室に入ると、機械の調整をし始めた。
「すまんな。せっかくのオフに。」
「かまわんよ。お前には借りがあるからな。ところでよ…。」
「何だ?」

「お前、今音楽やってんのか?」
男がそう言うと、敦は少し怒ったように言った。
「俺はあの日から音楽は止めたんだ。」
「そうか…。でもお前ならプロになれるよ。惜しいな。」
男は真剣な顔で悔しがっている。

「もう、その話はやめよう。」
と、その時スタジオのドアが開いた。
「わ、渡部先生…?」
「お、来たか。」
敦が亜依を手招きした。

「えっ?!」
敦の横にいる男を見て亜依は驚いた。
「あ、あの…えっ!?」
「亜依ちゃん、挨拶は?」
敦が亜依を促した。
78 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時45分22秒
「あ…は、始めまして加護亜依です。よろしくお願いします!」
緊張した様子で亜依は頭を下げた。
それを見て、男も帽子を取って会釈した。
「始めまして。冴島です。」
リカには、さっきまでいまいちピンと来なかったがようやく理解した。

「敦さん、敦さん!」
リカが幾分興奮気味で敦の肩を叩く。
敦は面倒臭そうな顔をすると、冴島にちょっと出てくる、と言って外に出た。
「何だよ?」
「あの人、今売れてる冴島浩次さんですよね!?」

「そうだけど…。」
「あたし、あの人の曲凄い好きなんですよ!どうして隠してたんですか?」
「別に…。さ、戻るぞ。亜依ちゃんが気になる。」
敦はスタジオの中に戻って行った。
リカも慌てて中に戻る。

中に戻ると、亜依はレコーディングブースに入り準備をしていた。
「敦。」
冴島がヘッドホンを右耳にあてながら、声を掛けた。
「何だ?」
「もし、あの子がダメだったらどうする気だ?」

「…本人の希望だからな。」
「でも、お前が俺に紹介するって事はよっぽどなんだろうな。」
敦はまた無口になった。
「ま、やってみっか。情けはかけないぜ。いいんだな?」
「かまわん。」
79 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時46分19秒
そういうと、冴島はブース内の亜依に声を掛けた。
「はい。じゃあ一回やってみよう。」
「お願いします。」
亜依は頭を下げると、真剣な顔になった。
あの日の夜の、強い目をしていた。

冴島がスイッチの一つを入れると、曲が流れ始めた。
去年ミリオンセラーだった「Message for your heart」という曲だった。
敦の顔が一瞬こわばったが、すぐに元の顔つきにもどった。
冴島も敦の方を一瞬見たが、亜依の方に向き直った。
「…?」

リカは敦のほんのわずかな動揺に気付いていたが、
理由が分からなかったため、首をひねって亜依の方に向き直った。
亜依の声は話すときのそれとは違って、高く、澄んだ声だった。
冴島の顔つきも真剣であった。
「…驚いたな。」

敦もそれだけ呟いた。
亜依の歌声は聞いている者を優しく包み込むような、そんな声だった。
「亜依ちゃん…。」
リカも祈るようにして亜依を見守っていた。
そして、曲が終了した。

「はい、お疲れ様。ちょっとそこで待ってて。」
冴島がそう言うと興奮した様子で、敦の方へやって来た。
「さすが敦だな。」
「どう思う?」
敦は冴島に尋ねた。
80 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時47分07秒
「脱帽だな。まだこんな逸材がいたなんて。」
「そうか…。」
「ただ、少し勉強は必要だろうな。声は抜群だから
理論とか、リズムの取り方とか勉強したら、デビュー出来るよ。」
幾分興奮気味で話す冴島に対し、敦は少し笑っていった。

「確かにな。客観的に見てもお前の言う通りだ。」
「なあ敦、あの子を俺に預けてみないか?」
そう言うと、冴島は敦に頭を下げた。
「あの子なら、生かせる気がするんだ。お前が置いていった曲を。」
「冴島…。それはもう忘れろ。」

「ほっとけねーよ!あんないい曲ぞろいで!」
敦にくってかかる冴島をたしなめると、敦はマイクで亜依に呼びかけた。
「亜依ちゃん、お疲れ様。冴島が感想言うから戻ってきて。」
亜依は敦の声を聞いて、ブースを出てきた。
「俺は外に出てるからな。」

敦はドアを開けると、亜依と冴島を残して出て行った。
外に出ると、タバコに火をつけて、一度大きく吸い込んで
煙を吐き出した。
「敦さん。」
リカが声をかけてきた。
81 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時47分49秒
「亜依ちゃん、よかったですね。」
「ああ。俺も正直ビックリしたよ。あそこまでやれるなんて。」
敦はふっと笑った。左手に持ったタバコの煙が
糸のようになって流れていった。
「亜依ちゃん、エンジェルボイスですよ。」

リカが手を後ろに組んで敦の隣に立った。
「何だ、それ。」
「あっちでは天使の中で100年に一度出るか出ないかっていう位
キレイな声の人をさして言うんですよ。」
リカは空を指差して言った。

「ふーん…。ベタだな。」
「何ですかー!」
リカが敦に怒りそうになった時、スタジオのドアが開いた。
「先生!先生!」
亜依が興奮冷めやらぬ様子で敦の所にやって来た。

「亜依ちゃん、どうだったんだい?」
「冴島さん、あたしの事認めてくれたんですよ!」
亜依は満面の笑みを浮かべた。
「そうか。よかったな。」
敦もはにかんだように笑った。

「それでだ、敦。この子の親に話をしに行きたいんだが
案内してくれるかな?」
冴島がテンガロンハットを被りなおして敦に尋ねた。
「いや。亜依ちゃんに案内してもらえよ。俺の役目は終わりだ。じゃ。」
帰ろうとする敦の服を、亜依がグイと引っ張った。
82 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時48分23秒
「ダメです。先生も来て下さい。先生が責任者なんですから。」
敦はしまった、と言う顔になった。そう言えば、亜依の話を聞き、母親までも
説得したのは自分だった。
「分かったよ…。でも説得は亜依ちゃんがするんだよ。」
「分かってますよ!」

「じゃあ、行きますか。」
冴島はそう言うと、車のロックを外した。
敦、亜依は冴島の車に乗ると、亜依の家へ向かった。


亜依の家では亜依と冴島、そして亜依の両親との話し合いが始まっていた。
「亜依…本気なの?」
母親が信じられない、といった顔をしてそれだけ言った。
「はい。」
亜依は力強く答えた。迷いは無かった。

「亜依ちゃんは才能があります。きっと人の心に響く
歌を歌ってくれるはずです。」
冴島も亜依をフォローした。
「しかし…。芸能界は不安定だろう。いつ仕事が無くなるかも知れない。」
亜依の父が腕組みをしながら言った。

「おっしゃる通りです。ですが…。」
冴島は言葉に詰まった。痛いところを突かれた様だった。
「あなたの下で働くっていう事は、あなたが失敗すれば
亜依も困るんですよ。」
「…。」
83 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時49分08秒
「お父さん、お母さん。」
亜依が落ちついた声で言った。二人は亜依の方を向いた。
「あたし、どうしてもやってみたいの。もし大学に行ったとしても一緒だと
思う。音楽をやるの。」
「亜依…。だったら大学に行ってからでも…。」

「でも、音楽って本気なら片手間に出来るものじゃないと思う。
そうでしょ?大学入るのも、弁護士になるのも。」
「…。」
亜依の父は黙り込んでしまった。
「チャンスなの。あたしのワガママを聞いて。」

亜依は両親に向かって頭を下げた。
敦はその光景を黙って見ていた。
「…こういう問題はよく話し合うべきだ…。とりあえず
今日のところはお引取り願えますか?」
父は冴島に言った。

「分かりました…。では今日は失礼いたします。」
冴島は名刺をテーブルに置くと、頭を下げて出て行った。
「先生も今日の所はお引取り願えますか?」
父は敦にも帰るように言った。
「分かりました…。では失礼いたします。」

敦は礼をするとリビングを出て、亜依の家を後にした。
外ではリカが待っていた。
「どうでした?」
リカが不安げな顔をして敦に尋ねた。
「さあな…。」
84 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時50分38秒
敦はそれだけ言ってバイクに乗ると、帰って行った。
「もう…。いっつもああなんだから。」
リカはほっぺたをプウッと膨らますと、敦を追いかけた。

そして、一週間が経った。

今日は家庭教師の予定だったので、夕方になると
敦はアパートで着替えて、亜依の家に行こうとしていた。
「敦さん、亜依ちゃんの家に?」
リカが尋ねた。
「ああ。って分かってるだろ?」

「どうなったんでしょうね…。」
「お前、見に行ってたんじゃないのか?」
「行ってましたけど…分からないんですよ。外から見ただけじゃ。」
「まあ、いいよ。行ってくる。」
そう言って、外に出ようとしたとき、敦の携帯がなった。

敦は通話ボタンを押して、携帯を耳に当てた。
「もしもし?」
「あっ、先生ですか?亜依です。」
電話の主は亜依だった。
「ああ、亜依ちゃん。今から行くところだったんだけど。」

「あ、そうだったんですか?じゃあ、待ってます。」
そう言うと、向こうで電話が切れてしまった。
敦は携帯をしまうと、外に出て、バイクに乗ると亜依の家に向かった。


85 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時51分14秒
亜依はリビングへ敦を引っ張って行った。
リビングに入ると、亜依の両親が頭を下げた。
「どうも…。」
クビか?と敦は思った。
しかし、予感はしていた。教え子にオーディションを受けさせた挙句に
知らない男を連れてきて、そいつが娘を預けろ、なんて言ったのだから。

「あたし、高校卒業したら冴島さんの所に行ける事になったんです。」
敦は亜依の方を向いた。
「そうか…。」
「先生。私達は間違っていたのかもしれません。」
亜依の父が言った。

「私はこの子が安定した生活を送る事が、この子にとって幸せだと
思っていました。」
母が言った。
「でも、違いました。私は仕事でろくに家にもいなかった。
その間に、この子は自分の夢を自分で見つけていました。」

「…はい。」
「私が弁護士を志したように。この子もまた自分で夢をつかもうと
しているんです。そして、この子の意志を確認して、冴島さんのところに
預ける事にしました。」
「聞けば、渡部さんがこの子の手助けをしてくださったとか…。」
86 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時51分45秒
父親と母親は敦に頭を下げた。
「僕は何もしていませんよ。亜依ちゃんが自分で頑張ったんです。」
「せんせ。」
敦が亜依の方を振り向いた。
「ありがとうございました。」

亜依は敦に頭を下げた。
「じゃあ、二階行こうか。」
敦は言った。
「はい。じゃあ、先行ってます!」
亜依はリビングを出て行った。

「渡部先生。」
亜依の父親が敦を呼び止めた。
「はい?」
「亜依には勉強より大切な事を教えてくれたみたいですね。」
彼はそう言うと、穏やかに笑った。

「いいえ…。そんな事はありません。」
「亜依が高校出るまで、お願いしますよ。」
そう言うと、亜依の両親は頭を下げた。
敦は会釈すると、リビングを出て亜依の部屋に向かった。
そして、今日の予定を終えると、敦は家に帰った。

家に帰ると、敦はリカに一部始終を教えた。
リカはまるで自分の事のように喜んで飛び上がった。
「よかったですね。」
リカは満面の笑みを見せた。
その笑顔に、敦は一瞬ドキッとした。
87 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時52分25秒
『何だ…?今までこんな事無かったのに。』
敦は少し戸惑ったが、疲れてるんだと思って寝る事にした。
「じゃあ、俺は寝るから。お休み。」
そう言うと、ベッドにもぐりこんでしまった。
「敦さん?寝ちゃったんですか?」

リカは幾分か不満そうだったが、リカも寝る事にした。
敦はベッドの中で、自分の手を胸に当てていた。
「…何だ?この感じ…。」
自分の中に浮かんだ、今まで感じた事の無い気持ちに戸惑いながら、
敦は眠りについた。

夏がもう、そこまで来ていた。
88 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月22日(土)17時54分23秒
と、こんな感じで第三話終了です。
何だか回を重ねるごとに長くなってるような…。
駄文ですが、読んでくださった方は感想などいただけると嬉しいです。
それではまた。
89 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月22日(土)22時51分53秒
結構好きだよ、この小説。
込み入った背景とかもなくて読みやすいし。
愛想悪いレスしかできんが、これからも更新がんばって。
90 名前:zai 投稿日:2003年03月25日(火)21時33分46秒
とうとう敦はリカが気になりだしたか?
ダメだ気になる気になってしょうがない。
更新待ってます。がんばって!
91 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時43分32秒
>名無し読者様、ありがとうございます。レスあるとやる気が上がるんで嬉しいです。
>zai様、毎回ありがとうございます。敦とリカの変化も上手く書いていけたら良いと
思っています。
それでは更新します。今回は前、後編に分けて書きます。大分長くなりそうなので。
92 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時44分17秒
<第4話-前編->
…。
見慣れない家の寝室で、敦はスーツに着替えていた。
『あなたー。準備できましたぁ?』
誰かの声が聞こえた。
『ああ、今行くよ。』

敦はネクタイを締めると、急いで玄関へ行った。
そこにはリカがいた。だが、頭には輪も無いし、羽根も無かった。
見ると、エプロンをしていて主婦といった感じである。
『今日は早く帰れそうだから、ご飯用意しておいてな。』
『はいはい。』

リカがニッコリ微笑んだ。
『じゃ、行ってくる。』
敦がリカの方を向くと、目を閉じている。
『何だよ…。』
『行ってきます、のキスは?』

敦は思わず赤面してしまった。
『…仕方ないな。』
敦の顔が近づく。あと5センチ、4センチ、3センチ…。
93 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時44分47秒
「…さん、敦さん…。」
「うあ!」
いきなりベッドから飛び起きた敦にリカも驚いた。
「ど、どうしたんですかぁ?」
「ああ…。何でも…」

そこまで言ってリカの振り向くと、キョトンとした顔のリカがいた。
「…夢か。」
敦がそう言うと、リカは一人で勝手に納得したようだった。
「怖い夢でも見たんですか?」
リカにそう言われて、敦はさっきの夢を思い出していた。

「…ある意味な。」
敦は頭を抱えていた。
『ここ最近おかしいな…。』
夢の中の出来事を、敦は思い返していた。
敦とリカは夫婦。しかも新婚だった。

『それにしたって…ありえん。でも夢は深層心理だっていうしな…。』
一人で悩む敦を、リカは不思議そうな顔で見ていた。
と、その時玄関のドアをノックする音が聞こえた。
敦はそれを聞くと、時計をちらりと見た。
94 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時45分20秒
16時だった。今日は土曜日でさっきまで昼寝をしていた。
しかし、夢のせいで起こされてしまった。
敦はまだ寝ぼけ気味な目をこすりながらドアを開けた。
外にはひとみが立っていた。
「おはよう、敦。」

「…何?どうした?」
「今起きたばっかでしょ。声で分かる。」
ひとみはクスクスと笑った。
「…それで、用事はなんだ?」
敦がそう言うと、ひとみはやれやれといった顔になった。

「もーう!今日は映画見に行くって言ったでしょー?」
そう言うと彼女はほっぺたをぷうっと膨らませた。
「…まだ時間あるんじゃないのか?」
敦は眠気が未だに抜けていなかった。
「じゃあ、ちょっと上がるね。」

「お、おい…。ちょっと待てよ。」
敦が止めるのも聞かず、ひとみは部屋の中に入ってきた。
「大丈夫だって。えっちい本とかあっても気にしないから。
お邪魔しまーす。」
諦めた敦はひとみを中に入れると、自分は顔を洗いに洗面所へ行った。

タオルを水に浸して固く絞ると、顔をぬぐった。
「ふう…。ん?」
ふと鏡を見た敦はちょっとした変化に気付いた。
少しだけ、顔全体の感じが柔らかくなっている気がした。
目が前よりも、穏やかな感じになっていた。
95 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時46分19秒
「…変わったな。」
それだけ呟いて、敦は洗面所を出た。
すると、洗面所を出たところにひとみが立っていた。
「何してんだ?」
敦がそう言うと、ひとみは不信感に満ちた顔をしていた。

「どうした?」
「…敦ってコスプレ趣味があったの?」
「は?」
ひとみの発言の意味が敦には分からなかった。
「何言ってんだよ?」

「まさか、女の子に天使のコスプレさせるなんて…。」
敦は心臓が飛び出そうになるほど驚いた。
そして、ひとみの手を取って部屋に連れて行くと、
リカを指差して言った。
「これの事…?」

ひとみは無言で頷いた。
「…見えるのか?」
また首を縦に振った。
リカも少し困ったような顔になっていった。
「敦さん以外に見えるはずはない…んですけどねぇ。」

地上でちょっとしたハプニングが起こっている頃、
そんな事とは、露ほども知らないマリとユウコが
のんびりとしていた。
「平和だねぇ…。」
「平和やなぁ…。」

そう言って湯のみに入ったお茶をすすった。
「…ユウコ。」
「なんや?」
「何でリカの事があの子に見えるようにしたの?」
マリの質問にユウコはちょっと伏目がちに言った。
96 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時46分51秒
「…マズいんちゃうかな、って思ってな。」
「何が?」
マリが首を捻った。
「前にな、人間と恋に落ちてしまった天使がおんねん。」

マリはユウコの顔を見た。
「その子は天界から追放されてしまってな、人間になったんや。」
「それで?」
「天使はいわゆる人間界での『悪いこと』ってしないやろ?」
「まあ…。」

「その子はそんな人間の側面に触れて、嫌になってしまった。」
「それで…?」
そう言われて、ユウコは俯くと、そっと目を閉じた。
「子供もおったんやけど、家族で入水したんや…。」
マリの顔に悲しみの色が浮かんだ。

「でも、死んだら天国か地獄だよね?」
「死んだのは、奥さんだけや。」
「え?」
「子供も、旦那も助かったんや。二人とも入院しとったんやけど
旦那の方は自責の念と恐怖からか、子供を置いて失踪したそうや。」

「じゃあ…子供は一人残されたってこと…?」
マリの中に子どもへの憐憫の情と、両親への怒りが
同時に生まれていた。
「ひどいよそんなの…。」
ユウコも沈痛な面持ちをしていた。
97 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時48分55秒
「それで、奥さんの方はどうなったの?」
「…天界に戻って来て、天使に戻れたそうや。」
「それで、リカには同じことして欲しくなくて…?」
マリが言うとユウコは頷いた。
「似てるんや…あの時と。」

「それと、あの子にリカが見えるのとどういう関係が?」
「あの子は、敦のことを好きになりかけてる。
そして、敦もリカに傾きかけてんねん。」
「ユウコ…詳しいね。」
マリは半ば呆れたような表情をしていた。

だが、可愛い後輩に関わる事なので気持ちは真剣だった。
「あの子が敦を好きでも、ライバルが人間やったら諦めもつくやろ。」
「まあ…確かに。でもどうなるんだろうね。」
マリが呟いた。
「ま、うちらには見守る事しか出来んけどな…。」

一方、地上では敦がひとみに必死の説明をしていた。
春休みに事故って、奇跡の復活を成し遂げた所から、
ひとみのストーカーを捕まえたのに貢献したところまで話した。
「…という訳なんだよ。」
ひとみの顔からは敦に対する疑心が明らかだった。

98 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時49分50秒
「…じゃあそういう事にしておいてあげるよ。」
敦は諦めることにした。
大体、天使の存在を筋道立てて説明しろ、などというのが無理なのだ。
「…そりゃどうも。」
「で、この子何て名前なの?」

ひとみがリカの方を向いて言った。
「あ…リ、リカです。」
リカは顔を真っ赤にしてひとみにお辞儀をした。
「リカちゃんね。よろしく。」
ひとみもリカにお辞儀をした。

「顔…赤いぞ。」
敦がそう言うと、リカは照れたように笑った。
「あたし、初対面の人の前だとこうなっちゃうんですよ。」
「リカちゃん、かーわいいね。」
それを聞いてひとみはニッコリ笑った。

その時、携帯電話の鳴る音がした。
「あ、俺だ。ちょっと失礼。」
敦はそう言うと、外に出て行った。
そして、ひとみとリカが部屋に残された。
「ねえ、リカちゃん。」

「何ですか?」
「敦の事、どう思ってる?」
ひとみにそう聞かれて、リカは腕組みをして考えた。
「…そうですねぇ。口は悪かったりするんですけど、
悪い人じゃないです。あたしは好きですよ。」
99 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時50分37秒
「どういう意味で?」
ひとみは何か言いたげな顔をしていた。
それを見て、リカはもう少し考えてみた。
「…いい人です。」
「そう…。」

ひとみは目を伏せた。
「まあ、でも安心した。」
「何でですか?」
「ん?いやこっちの事。」
ひとみの言葉に、リカは不思議そうな顔をした。

その時、敦がちょうど戻ってきた。
そして、急いでスーツに着替え始めた。
「ひとみ、悪いけど映画は今日はパスだ。」
「えー!何でよー?」
ひとみは口をアヒルにしてブーイングを始めた。

「今度、埋め合わせするから。じゃな!」
敦はそう言うと、急いで部屋を出て行った。
「もーう、何よあいつ!」
ひとみは不満げな様子だったが、すぐに淋しそうな顔になった。
「…バカ。」

それを見ていたリカには、ひとみの気持ちが何となく分かった。
そして、ある一つの提案をした。
「…ついて行きません?」
ひとみはションボリした顔のまま、リカの方を振り返った。
「え?でもどこいったか分からないじゃ…。」
100 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時51分27秒
そう言うひとみに、リカは胸をドンと叩いた。
「大丈夫ですよ。」
リカは羽根を一枚取って、息をフッと吹きかけた。
すると、羽根がフワフワと浮かび出した。
「これについて行けば、敦さんの所に行けますよ。

その光景を目の当たりにしたひとみは、唖然とした。
「リカちゃん…ホントに天使なんだね…。」
「さ、行きましょ〜!」
ハイテンションになるリカを見て、ひとみはフッと笑った。
「なるほど…。敦が変わったのも分かるかな。」

一方、敦は某テレビ局の前にいた。
「遅いな…呼び出しておいて。」
そう思ったとき、冴島が局の入り口から走ってくるのが見えた。
冴島も敦を見つけたらしく、手を上げていた。
「やー、悪い悪い。」

「何の用だ?こんな時間に呼び出しなんて。」
「仕事だ。今日は…」
また雑用か…。
冴島はバンドでデビューし、シングルを何枚か出してから
プロデュ―サーに転向した。どうやらこっちの方が適職らしい。
101 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時52分57秒
敦が東京に出てきてから、冴島は何か人手が要ることがあると、
敦をバイトとして雇うのだった。仕事は重い機材運びとか、
ライブステージの設営とかいわゆる雑用だが、
敦にしてみれば割のいいバイトだったので、特に問題はなかった。
そして、今日も雑用か、と敦は思っていた。

「ボディガードだ。」
冴島の言葉に、敦は耳を疑った。
「何?」
「だからボディガード。」
聞き間違いかと思って聞き返したが、「ボディガード」としか聞こえなかった。

「何言ってんだ?SP雇えばいいだろ?」
「SP10人よりお前一人の方が当てになる。」
敦は子供の頃から、色んな武術をやって来た。
その腕はかなりのものだが、最近では封印していた。
「…やってもいいが、時間による。」

「ライブ中。ソデにいて見守った後、裏口から出て、車に乗せるところまで。
まあ3時間かな。何かあったら、即、俺に電話。
自分で何とか出来そうな時は指示を出してかまわない。」
「分かった。」
冴島は敦の肩を叩いて、「頼んだぜ。」と言うと
敦を局内に連れて行った。

102 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時53分50秒
局内のタレント控室の一室を、冴島はノックした。
「冴島です。」
と言うと、ドアの向こうから「どうぞ」と言う声がした。
冴島はそれを聞くと、ドアノブを回して中に入った。
敦もそれに続いた。

「おはようございます。」
部屋にいた女の子が、冴島に挨拶をした。
「亜弥ちゃん、紹介するよ。今日のSPの渡部 敦君。」
冴島に紹介されて、敦は頭を下げた。
「渡部です。宜しくお願いします。」

敦がお辞儀をして、頭を上げると女の子が敦をじっと見ていた。
「どうかいたしましたか?」
「…もしかして、渡部くん?」
「はい。」
「白涼高校陸上部で三年A組の?」

敦は自分の素性を知っている少女に驚いた。
「何故それを?」
「やっぱりだぁ。覚えてない?松浦よ。同じクラスだった。」
敦は少し考えた。自分の記憶を掘り下げた。
そしてすぐにぴんと来た。

「あやや…か?」
「そうだよー!久しぶりー!」
亜弥は敦の手をとると、満面の笑みを浮かべた。
「あれ?知り合いなの?」
そばで見ていた冴島も面食らった様子だった。
103 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時54分43秒
「はい。高校のクラスメイトなんです。」
「へぇー。こんな事もあるんだね。」
冴島は感嘆していた。
「冴島さん、あとどの位でリハですか?」
「あと一時間くらいかな。それまでは楽屋待機で。」

「はーい。」
「敦はちょっと来てくれ。」
冴島が敦を手招きした。
「敦くん、また後で。」
敦は亜弥に軽く礼をすると、楽屋を出た。

局の外に出ると、冴島は急に疲れた顔になった。
「疲れてるみたいだな。」
「ああ…。寝てないんだよ。」
「でも、タレントの前では元気なフリでもしないとな。」

「ずいぶん、変わったな。」
敦がそう言うと、冴島はフッと笑った。
「お前もな。」
敦は少しむず痒い気がしたが、悪い気はしなかった。
「ところで、俺はどうすりゃいい?」

「…爆弾探し。」
敦はまたしても耳を疑った。
「爆弾?」
冴島は真剣な顔で頷いた。
「昨日、局に脅迫電話がかかってきてな。今日の生放送にあわせて爆破するように
爆弾を仕掛けたって言うんだ。」
104 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時55分18秒
「それで…捜したのか?」
「ああ…。お前が来るまでずっと捜したが、見つからなかった。」
冴島は頭を振った。
「松浦には言ったのか?」
「まだだ。不安にさせることは無い。秘密裏に処理しなきゃならない。」

「どうするんだ?何も知らずに爆発したら。」
敦の発言はもっともだった。
「分かってるよ!」
冴島は大声を上げた。
「分かった。捜してくるよ。見つけたら連絡する。」

敦はそう言うと、局内に戻っていった。
そして、冴島は敦の後ろ姿に一礼した。
「宜しく…頼む!」


その頃、ひとみとリカは敦を追って、羽根について行っていた。
「遠いですねぇ。」
「でもこの羽すごいね。ちゃんと電車に乗り降りしてる。」
ひとみは感心していた。
「最短距離で追っかけるようになってますから。」

リカは微笑んだ。
「でも、リカちゃんって人間にもなるんだね。」
「頭のリングを外すと、普通の人にも見えるんです。でも
こっちに何があるんですかねぇ?」
リカがひとみに尋ねた。
105 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時56分04秒
「あたしの記憶ではテレビ局があった気が…。」
「じゃあ、敦さんテレビ局で?」
リカがひとみに尋ねた。
「それは分からないけど…。」
ひとみはなぜか嫌な予感がしていた。

「参ったな…どこ捜してもないぞ。」
敦は局中を走り回った。放送のあるZスタジオを中心に怪しいところは
大体捜したが、それらしきものは見当たらない。
客席の椅子の下も、ステージ裏も全部調べたが、それらしきものは
どこにも無かった。

敦はロビーのソファに座って、俯いていた。
爆弾なんて、本当は無いんじゃないのか?
そんな考えが頭をよぎった。
しかし、事実であれば…。
「何してんのー?」

不意に声がしたので、上を向くと亜弥の顔があった。
「ああ。松浦さん…。」
「松浦、でいいよ。亜弥、でもいいし。隣、いい?」
敦はちょっと亜弥の顔を見ていたが、
「どうぞ。」と行った。

「ねえ。敦くんは今、何してるの?」
「大学生です。」
「もー!敬語もダメ!久しぶりなんだよ。同級生に会うの。」
亜弥はちょっと膨れて見せたが、すぐに微笑んだ。
「失礼。」
106 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時56分51秒
「ひとみ、元気?会ってるの?」
亜弥は矢継ぎ早に質問をぶつけて来た。
「そうか…ひとみと仲良かったんだな。あいつとは
大学も学部も一緒だからな。毎日顔合わせてる。何にも変わってない。」
「そっかー。良かった。あたしも会いたいな。」

亜弥は足を前の方に投げ出してブラブラさせた。
「敦くんは、ひとみと付き合ってるの?」
亜弥の唐突な質問に、敦は吹き出した。
「あいつはただの幼なじみだよ。今も昔も。」
が、亜弥は安堵と、不満の入り混じったような顔になっていた。

「どうした?」
「敦くんって、鈍感なんだね。」
「な…。」
敦が言葉に詰まると、そこに冴島がやって来た。
「ああ、亜弥ちゃん、ここにいたの?」

「あ、冴島さん。」
「もうそろそろだから、楽屋でメイクとかしてもらって。」
「はーい。」
そう言うと、亜弥は敦の耳元で「後でね」というと、戻って行った。
亜弥の後ろ姿を見送ると、冴島は敦に近づいてきた。

「見つかったか?」
「いや、無かった。くまなく捜したが…。」
それを聞くと、冴島は「そうか」と力なく言った。
「まずいな…。もうギリギリだ。」
「中止には出来ないのか?」
107 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時58分26秒
冴島は首を振った。
「出来ない。局が許さないだろう。」
それを聞いた敦は、冴島の首を掴んだ。
「お前な…人が死ぬかもしれないんだぞ。」
「あ、敦…離せって!」

「人より面子と金の方が大事か?」
そう言って、敦は手を離した。
「ゲホッ…。」
咳き込む冴島に背を向けて敦は歩き出した。
「ど、どこに…行くんだ?」

「もっかい捜してくるよ。」
敦はそれだけ言うと、走り去った。
冴島はその背中を見送ると、フッと笑った。
「敦…変わったな。でも今のお前の方がいいぜ…。」
冴島は咳き込みながら、スタジオへ向かっていった。

108 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)08時59分11秒
生放送開始十分前、リカとひとみはテレビ局の前にいた。
「人、多いですねぇ。」
リカは始めてみる光景が珍しいようだった。
「あ、羽が…。」
羽はテレビ局の中にスウーッと入っていった。

「敦さん、あの中にいるみたいですねぇ。」
「あの中じゃ入れないよ。警備に止められる。」
ひとみはここまできて、と言う顔になった。
しかし、リカは慌てる様子は無かった。
「大丈夫ですよ。」

リカはそう言うと、ひとみと自分に手を翳した。
すると、何かきらきら光るものがひとみとリカを包み込んだ。
「これで、周りの人には見えないですよ。」
ニッコリするリカとは対照的に、ひとみは呆れていた。
「さ、行きましょう!」

こうして、ひとみとリカはまんまとテレビ局に入り込んだ…。

後編へ続く。
109 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)09時00分55秒
以上、前編でした。
後編ではこの話全体をもう少し展開させたいと思っています。
それでは。
109 名前:Kris.S 投稿日:2003年03月30日(日)09時00分55秒
以上、前編でした。
後編ではこの話全体をもう少し展開させたいと思っています。
それでは。
110 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時38分37秒
後編、というか最終回になってしまいました。
では。
111 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時40分02秒
<第4話-後編->
リカとひとみは、局内で敦を捜していた。
と言っても、羽について行くだけだったので
比較的楽だった。
羽は階段を上り、三階まで登った。
しかし、その時羽は動かなくなり、ヒラヒラと床に落ちた。

「ありゃー。効果が切れたみたいですね。でもこの
階にいると思いますよ。」
リカは羽を拾うと、ひとみの方を向いた。
しかし、ひとみは少しボーっとしているようだった。
「ひとみさん?」

リカに声を掛けられて、ひとみは我に帰ったようだった。
「あ、ごめん。」
ひとみがそう言うと、「行きましょう」と言って歩き始めた。
電車の中でも、そしてさっきもひとみはひとつの事を考えていた。
なぜリカはここまでして敦を追いかけるのか?

急に予定が入って、遊ぶ約束がキャンセルになるなんてのは
よくあることだ。
リカは何かを感じたのだろうか。それとも…。
「ひとみさん。」
リカが声をかけると、ひとみはリカの方を向いた。

112 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時40分35秒
「ん?ああ、どうしたの?」
「ここで生放送やってるみたいですよ。」
リカはスタジオの指差して言った。『ON AIR』のランプが赤く灯っていた。
「ホントだ。そういえば今日、特番で歌手の授賞式あるみたい。」
ひとみがそう言うと、リカはひとみに小声で言った。

「ちょっと見ていきません?」
ひとみはちょっと考えたが、こんな機会はそうそうあるものではないので
見に行く事にした。
二人はそっとドアを開けて中に入った。
中は観客で満員だった。

「…ありがとうございました!」
司会者がそうアナウンスすると、四人組の男性グループが
丁度、退場するところだった。
「すごいですね。」
「すっごい混んでる。って当たり前か。」

二人は姿が見えないのをいい事に、前の方へ進んでいった。
「次はこの方です!どうぞー!」
アナウンスの後、後ろのカーテンが開いた。
そこから亜弥が出てきた。
「あれ?」
113 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時41分23秒
ひとみが思わず呟いた。
「どうしたんです?」
「亜弥じゃん…。芸能界入ったのは知ってたけど…。」
「ひとみさん、知り合いなんですか?」
リカが尋ねると、ひとみは頷いた。

「高校時代の友達だよ。すっごく仲良かった。」
「へぇー。」
リカは感心した。
「亜弥は敦のことが好きだったんだよ。もっとも
あいつは鈍感だから気付いてなかったみたいだけどね。」

「敦さん…もてるんですねえ。」
リカはまた感心してしまった。
「それでは松浦亜弥さんで、受賞曲『トロピカ〜ル恋して〜る』です!」
観客の『あやや』コールに包まれて、BGMが流れ出した。
ひとみは両手を組んで祈った。
「亜弥…。頑張れ!」

その頃、舞台裏では敦やスタッフが爆弾捜しに奔走していた。
「あったか?」
「こっちは無いです。」
だが、敦は考えていた。
犯人の目的が亜弥本人だとしたら…?
114 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時41分55秒
『俺なら確実に松浦の近くで爆発させられるところを選ぶ。それはどこだ?』
その時、冴島が敦に声を掛けた。
「敦、見つかったか?」
冴島も息が切れていた。
「いや、まだだ。」

「くっそー!爆破予告まで後一時間しかないぞ!」
敦たちはなす術も無いまま、爆弾を捜していた。
その頃、ステージでは授賞式が行われていた。
「最優秀新人賞は…」
会場が暗転し、ドラムロールが鳴る。

「松浦亜弥さんです!」
会場が明るくなり、紙吹雪が舞った。
亜弥は信じられないといった表情だった。
「ありがとうございました!」
そして、亜弥にカップが渡された。

それを観客席から見ていたひとみとリカも拍手していた。
「亜弥…すごいね。」
ひとみも感慨深そうだった。
「亜弥さん、すごいですねえ。見てくださいよあのカップ。」
リカも拍手していた。

その時、ひとみがリカに言った。
「ねえ、楽屋に行って亜弥を驚かしてこようよ。」
「え、でも…。」
「大丈夫。いざとなったらリカちゃんの魔法で隠れて逃げれば。」
「…そうですね。」
二人は会場を後にして、亜弥の楽屋へ向かった。
115 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時42分42秒
結局、爆弾が見つからないまま、敦と冴島は楽屋に戻って来ていた。
「爆弾なんか無かったし、何も起こらなかったな。」
冴島がぼやいた。
「松浦さんの出番も終わったしな。」
敦も言った。

「後は車に乗るとこだけ守ってくれればいい。」
その時、亜弥が楽屋に戻ってきた。
「敦くん、冴島さん、見てくださいよぉ!」
亜弥がカップを持って入ってきた。
「やったね!亜弥ちゃん!」

さっきまでだれていた冴島が、急にシャキっとなって、
亜弥に駆け寄った。
敦も何気なくカップを見た。
『珍しいな。上はガラスなのに、下が鉄で時計ついてる…?』
敦は違和感を覚えた。

そして、亜弥が手に持ったままのカップに耳を近づけた。
「敦くん、何してんの?」
だが敦の耳には亜弥の言葉ではなく、ピッピッ…という音が刻まれていた。
敦は目にも止まらぬ速さで、亜弥からカップを奪い取った。
「あ!ちょっと敦くん、何するの!?」

「後で説明する!」
敦はそう言うと、カップを持って楽屋を出て行った。
テレビ局を出た所で、カップの底を力任せに開けた。
その中身を見た敦は、険しい顔になった。
「こいつは…。」
116 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時43分31秒
中には大量のコードと小さい直方体が入っていた。
直方体には赤いデジタル数字が表示されていて、
どんどん、ゼロに近づいていった。
「時間が無いな…。」
敦はカップを持つと、海の方へ向かって走り出した。

鉄柵で仕切られた向こうには海が見えている。
敦は全力で走り、柵にギリギリまで近づくと、カップを
海に投げ込んだ。
「敦くん!」
敦が後ろを向くと、亜弥が追いかけてきていた。

「ちょっと、どういうことなの?」
そう言った時、爆発音と共に海から大きな水柱が立ち上った。
「…ああいうことだ。」
敦は亜弥にそれだけ言った。
亜弥はしばらく呆けていたが、やがてガタガタと震えだした。

「…な、何で?どうして…。」
敦は携帯を取り出すと、冴島に電話をした。
「冴島、爆弾予告は本当だった。」
『な、何だって?!一体どこに?!』
冴島は慌てていた様子だ。

「さっき、処理した。あのカップに仕込まれていた。」
『今、どこだ?』
「局出てまっすぐ、鉄柵の所だ。」
すぐに行く、と言って冴島は電話を切った。
敦は携帯をしまうと、亜弥の方を向いた。
117 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時44分17秒
それとほぼ同時に、亜弥は敦に抱きついてきた。
「怖いよ…。誰がこんな事…。」
敦はとりあえず亜弥をこれ以上おびえさせないように
優しく頭を撫でた。そして小さく呟いた。
「誰だよ…。こんな事すんの…。」

その頃、ひとみとリカはまだ局内をうろついていた。
「亜弥、いなかったね。」
「どこにいるんでしょうねぇ?」
楽屋に行ってこっそりドアを開けたが、誰もいなかった。
「敦もどこいったんだろうね。」

ひとみが軽くぼやいた。
二人はロビーまで戻って行った。
そこで二人が目にしたのは、走り回るスタッフ達と、
それを囲む大勢の報道陣だった。
「何これ?」

「場立みたいですね。」
その時、二人の耳に報道陣の声が聞こえた。
「松浦さんは大丈夫なんですか?!」
「カップに爆弾が仕込まれていたという事ですが!」
それを聞いた二人は顔を見合わせた。

「爆弾って…。」
ひとみの顔に緊張が走る。
「あのカップに…?」
リカもこわばった顔になった。
「行きましょう!たぶん外です!」
118 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時45分10秒
二人は局の外に走っていった。
外に出ると、報道陣に囲まれた一人の男が対処に苦慮していた。
冴島であった。
「だから、まだ詳しい事は分かってないんです!」
報道陣から質問が飛ぶたびに、冴島はそう答えた。
そうしか答えようが無かった。

「松浦さんは無事なんですか?!」
「彼女はSPに頼んで行き先を指定した後、ここを発ちました。怪我はありません。」
「行き先は?!」
「それは秘密です。本人もかなりショックを受けているので…。」
冴島は車に乗り込むまで、報道陣にもみくちゃにされていた。

冴島が車に乗って去ると、ひとみとリカは途方にくれてしまった。
「これで完全に手がかりがなくなったね。」
「敦さん、どこに行ったんですかね。」
「…待って。」
ひとみが何かを思いついたような顔になった。

「ここまで捜して敦がいないって言うのもおかしいよね?」
リカも何かに気付いたような顔になった。
「確かに…ただの一度も見てないですよ。」
「という事は…。」
「松浦さんのSPって…。」
119 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時45分54秒
「敦?!」
二人は同時に言った。
その時、二人を覆っていた光が無くなった。
「あれ?効果切れちゃいましたね。」
そう言うとリカは頭を掻いた。

「どうする?」
ひとみがリカに尋ねた。
「ここまで来たら…。」
「行くっきゃないか!」
ひとみが前を向いた。

「じゃあ、行きましょうか。」
リカは輪を頭に乗せると、天使に戻った。
そして羽を取って、息を吹きかけると道標を作った。
それを追ってひとみとリカは走り出した。
もう、深夜になっていた。

一方、敦と亜弥はあるマンションの前にいた。
冴島のオフィス兼自宅で、局からはさほど遠くないところにあった。
局を出てから、亜弥は敦にしがみついたままだった。
まだ恐怖が離れないのだろう。
「先に行こうか…。」

敦は亜弥を連れて、マンションの中に入った。
冴島からもらったキーを差し込んで、玄関を開ける。
中は机と、ソファ以外はテレビや機材があるばかりで殺風景だった。
二人はソファに腰掛けた。
だが、亜弥は敦から離れようとしなかった。
120 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時46分34秒
「もう、いいだろ?とりあえず大丈夫だ。」
「…もう少し、このままでいさせて。」
亜弥はそれだけ言った。
敦は考えていた。
カップに爆弾を仕込めた人間は誰か?

もちろん、第一容疑者はカップを作った人物だ。
しかし、カップを作る段階で爆弾を意図的に仕込めるはずはない。
爆発時間の逆算も出来るはずがない。
だとすると、亜弥の行動が分かる人物。あるいはその依頼を受けた人間。
そして、カップに近づく事の出来た人間…。

分からない…。敦は頭を悩ませた。
敦はふと亜弥の方を見た。
彼女はすっかり寝入ってしまっていたようだった。
そして、目の下には涙の乾いた跡があった。
「怖かったんだな…。」

その時、ドアが開いて冴島が入ってきた。
「悪いな…。マスコミに囲まれてな。」
「何、気にするな。」
「亜弥ちゃんは?」
「疲れたのと、怖いので寝ちまったみたいだ。」
121 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時47分18秒
そうか、と言うと冴島はタバコに火をつけた。
「亜弥ちゃんはお前のことが随分とお気に入りみたいだな。」
「は?」
「今も仲良く一緒に座ってるじゃないの。」
「…成り行き上だ。」

冴島はフッと笑うと、タバコを一度大きく吹かした。
「…誰の仕業なんだろうな。」
敦がそう言うと、冴島は不敵な笑みを浮かべた。
「すぐに分かる…。」
「何?」

「何のためにここに行くように指示したと思ってる?」
冴島は指をパチンと鳴らした。
すると壁の一角がドアのように空き、黒いスーツの男が
二人、三人と出てきた。
「な…?!」

「押さえろ。」
冴島がそう言うと、男達は敦と亜弥に飛び掛った。
「くっ…!」
さすがの敦もなす術無く、取り押さえられてしまった。
「亜弥…?なぜ起きない?ぐっ!…。」

敦はそれを不振に思ったが、頭に強烈な一撃が
飛んできたかと思うと、気を失った。
「さてと…これからが本番だ…。」
冴島は不気味に笑って立ち上がると、男達に
何か指示を出して、敦たちを運ばせた。
122 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時47分52秒
その頃、リカとひとみは敦を追いかけていた。
ところが、その途中異変が起きた。
羽が大きく舞い上がったかと思うと、
力を失って地面に舞い落ちてしまった。
「あれ?」

リカは羽を拾い上げると、不安な表情になった。
「どうしたの?リカちゃん?」
リカはひとみの方を向いた。
「敦さんに…危険が!」
「何だって?!」

「この羽がさっきみたいに動く時は、追いかけてる人に
何かあった、ってことなんです。動きが大きいほど重大なことが!」
「じゃあ…どうしたら?」
リカはバッグから頭の輪を取り出すと、天使になった。
そして、ひとみに言った。

「これから敦さんの所に行きます。かなり危ないと
思いますから、ひとみさんは帰ってください。」
ひとみはリカの言葉に憮然とした表情になった。
「リカちゃん。それは無いんじゃない?」
「もしかしたら命に関わるかもしれないんです。いいですね。」

ひとみはフッと笑った。
「敦には、随分助けられたから…。そして、敦がいなくなったら
あたしも生きていける自信が無いから…。かまわない。」
リカはひとみの目を見た。
凛とした強さ。迷いの無い強さ。
123 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時48分32秒
それを目の前にして、リカはもはや何を言っても無駄だと
思った。
そして、リカはひとみに手を翳した。
銀色の光が、ひとみを包み込んだ。
「姿隠しと、体重ゼロ効果です。あたしの背中に乗ってください。」

ひとみはリカの背中に乗った。
「行きますよ…。」
リカは羽を羽ばたかせて、漆黒の空へと飛んでいった。
リカは敦のことを考えていた。
素っ気無くても、色んな所で優しさを見せてくれた。

敦のお陰で、自分も強くなれた。
敦に何度も助けられた。
色んな思いがリカの中を駆け巡った。
「敦さん…!」
白い羽が、空に一筋の光を描いて行った。

「リカちゃん…何でこんな敦のために?」
ひとみはリカの背中でそんな事を考えた。
そして、必死に空を飛ぶリカの表情を見ると、
目を伏せた。
『あたしだって…リカちゃんには負けないんだから。』
124 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時49分09秒
30分も飛んだ頃、リカは敦の存在を感じた。
そこは海に隣接した、倉庫が立ち並ぶ場所だった。
「ひとみさん、あの倉庫のどこかに敦さんが!」
「何だか、黒い服来た危ない人が見えるよ。」
ひとみがリカに耳打ちした。

「見えないから大丈夫だと思いますけど…。一応眠らせましょう。」
リカとひとみは倉庫付近に着陸した。
「見えないみたいだね。」
「でも一応…」
リカは頭の輪を外すと、手に持って振りかざした。

すると、黒服の男達はすっかり眠ってしまったようだった。
「これで、安心ですね。」
「じゃあ、敦を捜そう!あたしは左から見ていくから、リカ
ちゃんは右から!」
ひとみはそう言うと、走っていった。

リカはひとみの後ろ姿を見送ると、一つ一つ倉庫の扉を
開けていった。
その時、リカは「天使」に戻る事を忘れていた。
125 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時50分02秒
その頃、敦は暗い倉庫の中で目を覚ました。
「お目覚めか。」
そこには冴島が立っていた。
敦は両手が縛られている事に気付いた。
「…何でこんな真似をした?」
冴島はフッと笑った。

「俺は…お前が憎かったんだ。」
敦は耳を疑った。
「何だと…。」
「お前は昔から何でも出来た。音楽ももちろん例外じゃない。」
敦は黙って話を聞いていた。

「俺は確かにプロデューサーとして社会的には成功した。」
「…。」
「最初は良かった。お前を超えたと思ったよ。」
「なら、なおさらこんな事する必要は無かったはずだ。」
敦がそういうと、冴島は沈んだ顔になった。

「けどな、気付いちまったんだ…。俺の曲はお前のコピーに過ぎないってことにな。」
「俺の作った曲が何だっていうんだ?」
敦がそう言うと、冴島は敦を睨んだ。
「お前とバンドやってなけりゃ、今の俺は無い。だが俺の力は
認められないままだ…。そう考えたら空しくなった。」
126 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時51分50秒
「…大体察しはつくが俺をどうしようっていうんだ?」
敦がそう言うと、冴島は無言で胸ポケットから何かを取り出した。
「…決まってるだろ?」
冴島はハンドガンを敦に向けた。
「なるほど…。よく分かった。」

冴島はそう言うと敦に近寄り、顔を蹴り飛ばした。
「余裕面しやがって…。ムカツクぜ。」
敦の顔に激痛が走った。だが、敦は絶えて、口を開いた。
「…松浦はどうした?」
冴島は後ろを向いたまま、答えた。

「彼女は家に送ったよ。お前が目的だったからな。」
「証人だぞ。」
「時間差で効く睡眠薬を入れておいたからな。」
「爆弾の件は?一発間違えればアウトだったぞ。」
「お前なら見つけると思った。」

「なるほど…。」
敦がそう言うと、冴島はハンドガンを再び敦に向けた。
「さて、そろそろ終わりにするか。」
敦は冴島の表情を見た。
「今のお前…醜いぜ。」
127 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時52分46秒
「何とでも言え。何か言い残したことは無いか?」
敦はふと考えた。
「亜依ちゃんによろしく。旅に出たとでも言っておけ。」
「それだけか?」
「ああ…。」

敦は目をつぶって思った。
『リカ、お前が来てからこんなんばっかだ。ろくなことが無い。
でも…楽しかった。あっち行ったら面倒見てくれよな。』
「お祈りは済んだか?」
冴島が冷たい声で言い放った。

敦は目を開いて、言った。
「やるなら、一発でやってくれ。」
敦がそう言った時だった。
「敦さん!」
一人の少女の声が倉庫の中に響き渡った。

「リカ…?」
敦がそう思ったとき、冴島は驚いて振り返った。
彼はパニックになり引き金を引いた。
弾はリカの方へ一直線に飛んでいった。
その瞬間、リカの体が弾かれたように宙に舞った。

そして、リカはその場に倒れた。
敦の頭の中が真っ白になった。
「あ、あ…。」
冴島も呆然と立ち尽くしている。
「リカ!」
128 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時53分30秒
敦は後ろ手を縛られたロープを力ずくで切り、走り出した。
立ち尽くす冴島に向かって一直線に走り、
冴島の顔面に右ストレートを叩き込んだ。
冴島の体は三メートルは吹っ飛び、倉庫に積まれた木箱に叩き付けられた。
その拍子に、手に持っていたハンドガンも倉庫の隅へ飛んで行った。

敦はリカの元に駆け寄った。
「おい!しっかりしろ!」
リカはうっすらと目を開けた。
「敦…さん…。無事だったんです…ね。」
リカが力無い笑みを浮かべた。

胸からは血が流れ出している。
「天使なんだろ?何で、こんな…。」
「輪っか…つけ忘れて…。ドジですね…あたし…」
リカの呼吸が荒くなってきた。
「もう…しゃべるな!」

敦の目に自然と涙が浮かんできた。
「泣いて…くれるんですか…」
リカは敦の目を見た。
世をすねていたような目が、今は澄み切った目をしていた。
「敦!」

その時、後ろから声がした。
「…ひとみ?」
ひとみも、リカの様子に気付いたのか血相を変えて駆け寄った。
「リカちゃん!どうして…こんな!」
ひとみも涙声になった。
129 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時54分28秒
「ひとみさん…敦さんのこと…よろしく頼み…ますね。」
「何言ってるの!リカちゃんは…あたしのライバルなんだから!」
「ひとみ…。110番と109番頼む…。」
ひとみは敦にそう言われて、携帯を取り出すと、電話をかけ始めた。
「敦…さん…。」

リカの声が小さくなってきていた。
「俺は…ここにいる。」
そう言ってリカの手を握り締めた。
「あったかい…敦さんの手…あったかいです。」
リカは微笑んだ。

「俺…今分かったんだ!俺はお前が…リカが…!」
敦はリカの顔を見た。
リカは目を閉じていた。
それは安らかな表情だった。
「リカ?」

敦が呼びかけるが、返事は無い。
「リカ!」
敦はリカの体を抱きしめた。
リカと過ごした日々が頭の中を駆け巡っていた。
「リカ…。」

「敦…!」
ひとみはリカを抱きしめた敦を見て、全てを悟った。
「リカ…ちゃん…」
ひとみも涙を流した。
「勝ち逃げなんて…ずるいよ…。いい友達になれると…」
130 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時55分11秒
その時だった。
倉庫の上の方から、光と共に何かが降りてきた。
敦とひとみは上を向いた。
リカよりは小さいが、しかし大きな羽を持った天使が現れた。
「あんたは…?」

敦は力無き声で尋ねた。
「あたしはマリ。この子の上司。」
それだけ言うと、マリはリカに近づいた。
「…リカ。こんなになって…。」
沈痛な面持ちになると、それだけを口にした。

「あんたの力でどうにかならないのか?」
マリはリカの様子を見ていた。
「おい!答えろ!」
「黙って!」
マリは敦を一括すると、リカの体を持ち上げた。

「天界に連れて行けば、まだ助かるよ。でももう地上には…。」
マリはそれだけ言った。
「構わない!リカを助けてくれ!リカはこんな所で終わる
ようなヤツじゃないんだ!」
敦は叫んだ。
131 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時55分45秒
「あたしからもお願いします!リカちゃんを助けて!」
ひとみも頭を下げた。
マリはリカの顔を見た。
『随分、愛されてるね。』
そして、敦とひとみに言った。

「一つだけ、この場で助けられる方法があるけど…。」
「それは…?」
ひとみが尋ねると、マリはリカのリングを持った。
「これの力を使えば、リカは生き返る。でも…天使じゃなくなるんだ。」
敦は迷った。

リカが生き返れば一緒にいられる…。
でも、天使でなくなることに対してリカはどう思うのか。
「…リカに任せる。多分、マリさんなら、生死の境にいる
リカに会いにいけるはずだから。」
『この子、鋭いな。』
132 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時57分00秒
そう思うと、マリは頷いた。
「分かった。じゃあ、この子に聞いてくるよ…っとその前に。」
マリはそう言って、敦とひとみに手を翳すと光が二人を包んだ。
「これで、1時間は誰にも見えなくなるはずだから。
警察来る前にどこかに逃げて。じゃ、待ってて。」

そう言うとマリの姿は、リカの体の中に消えていった。
その時、パトカーのサイレンの音が聞こえた。
その音で、敦とひとみは現実に引き戻された。
「よし…、じゃあここから離れるか。」
敦がそう言うと、ひとみは頷いた。

二人はリカの体を抱えて、倉庫をでた。
外では、警察が黒服たちを確保していたが、
二人は一目散に逃げ出した。もう、夜が明けようとしていた。
そして、マリはリカの精神へ向かっていた。

『あたし…死んだんだよね…。』
リカは暗闇の中にいた。どこまで続くか知れない暗闇の中。
『天使が死ぬと…こんな風になるのかな。』
リカは人間界での日々を思い返していた。
『敦さんと会って…最初は喧嘩ばかり…。』
133 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時58分02秒
『でも段々変わってきた。本当はいい人だった。』
『ひとみさんとの出会い。いい友達が出来た。』
『亜依ちゃんを見たときはビックリ。あたしを見てるみたいだった。』
リカの中に、色々な思い出が浮かんでは消えていった。
『敦さん…会いたい…。』

その時、リカは気付いた。
自分にとって敦がどんな存在だったのかを。
『…ーい。おーい。』
その時、誰かの声が聞こえた。
一筋の光が差し込んでいた。

『リカー?どこだー?返事しろー?』
『マリさん…?』
『リカー?』
『ここですー!』
リカがそう言うと、一筋の光がリカに向かって接近してきた。

そして、見慣れた姿がリカの前に現れた。
『はあ、やっと見つけた。真っ暗なんだもん。』
『マリさん…どうして?』
が、マリはその質問に答えずに、尋ねた。
『リカ。今、どうしたい?』

『えっ?』
唐突過ぎて、リカには答えられなかった。
『今、あんたは決めなきゃならない。天使として天界に戻るか、
人間として地上で生きるか。』
『それって…どういう事ですか?』
134 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時58分54秒
『リカは一回死んだ。でも天界で治療を受けて、永遠に空で暮らすか。
そうでなければ、リングの力を使って人間として生き返るか…。そういう事。』
マリがそう言うと、リカは迷い無く言った。
『決まってます…あたしは…。』
リカが最後まで言った時、リカの暗闇は光にかき消された。そして…。

135 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)17時59分43秒
<エピローグ>

あの日から、4年が経っていた。

「ありがとうございました!」
とある大型書店で、一人の女性がサイン会を行っていた。
今年、モーニング娘。を卒業した彼女は女性雑誌で
エッセイを執筆し、それをまとめた物が本になった。
タイトルは『Believe』、著者『石川梨華』である。

彼女は敦に助けられてから、才能を発揮し、
歌手から女優、バラエティまでこなすマルチタレントになった。
余談だが、今年の『結婚したい女性 第一位』となった。
「あの人、元気かな…。まだお礼言えてないし…。」
石川は時々敦のことを思い出している。


「みんなー!今日は最後まで楽しんでってやー!」
野外の特設ステージに立つ一人の少女がそう言うと、大歓声が返ってきた。
今やJ−POP界では人気絶頂の『加護亜依』のライブである。
彼女は冴島の下で歌の勉強をしていたが、冴島があの事件で逮捕されたため
一時は途方にくれたが、別のレコード会社にスカウトされ二年前、デビューを果たした。

『渡部先生ありがとう。うち、あきらめんでよかった…。』
亜依はそんな事を思いながら、今日もステージに立っている。
「まだまだ行くでー!」
136 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)18時00分29秒
冴島はあの事件で逮捕されたものの、証拠不十分で罪には問われなかった。
とはいえ、芸能界では一つのスキャンダルが命取りになる。
冴島もそれは例外ではなく、彼がプロデュースしていた
タレントは次々と別のレコード会社へ移籍し、
芸能界に彼の居場所は無くなった。

彼は今、芸能界で稼いだ金を元に、ライブハウスの店長をやっている。
しかし、彼はもう敦を羨んだりはしなかった。
ライブハウスで新しい音楽を発信する事、それが彼の生きがいになっている。
「店長、時間です。」
「おし、じゃあ、順番に入ってもらって。」

冴島はタバコをふかした。
『敦…。いつかお前がぶっとぶ逸材、見つけるからな!』
137 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)18時01分33秒
ひとみは大学を卒業後、ブライダルサロンで働いている。
成績も良く、人情溢れる彼女は上司からも好かれている。
だが、今日は違っていた。
「はぁ〜。あの敦が結婚か…。」
「吉澤さん、どうしたの?」

上司の女性が声を掛けてきた。
「今日、幼なじみがウエディングドレス見に来るって言ってまして…。」
「あら、そうなの。」
「幼なじみと友達が結婚って、どう思います?」
「何言ってるの、そんなのよくあるわよ。」

「そうですか…。」
「吉澤さん、今日飲み行かない?おごるわよ。」
「…いいですねぇ。喜んで。」
「じゃあ、後でね。あ、いらっしゃいませ。」
上司は、客が入って来たのを見ると、また接客に入った。

「敦…来るなら早くしてくんないかな〜。」
138 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)18時02分15秒
「マジで?!カオリ結婚するんか?」
一方、天界ではユウコが一通の手紙を見てビックリしていた。
「ユウコ〜、何さ大声出して。」
「カオリが結婚するんやて!ああ、あたしも結婚したいわ〜。」
ユウコは手紙をヒラヒラさせて、窓の外を見た。

「ユウコはまず相手、でしょ?」
マリがユウコの心に突き刺さる一言を言った。
「マリもな、あんまり油断してると、ウチみたいになるで!」
「コワイこと言わないでよ〜。あたしは行くよ。」
「なんや、マリは行くんか?」

「うん。ブーケもらってくる。」
「ちっちゃいから無理ちゃうか?」
「なんだよー!」
そして、マリとユウコの追いかけっこが始まった。
今日も天界は平和だ。
139 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)18時02分46秒
そして、地上では…。

「敦さん、遅いですよー!」
公園のベンチに腰掛けていたリカは、頬を膨らませた。
「すまん。道路が混んでてな。」
「もう…。まあ、いいですよ。今日は特別です。」
「お前、特別な日多すぎ…。」

「さ、行きましょう。ひとみさんを待たせちゃ悪いですよ。」
リカは足取りも軽く、先に歩き出した。
敦は四年前の今日のことを思い出していた。


マリがリカの体に入って一時間後、リカの体が
光ったかと思うとリカの傷は塞がり、目を覚ました。
敦は泣きながら、リカを強く抱きしめた。
「痛いですよ。」と言いながらも微笑むリカ。
あの日、敦は人を愛することの意味を知った。

それはあの日まで自分に無かったもの。
リカのお陰で、知る事の出来た温かさ。
それから、喧嘩もしたけれど、ここまでやって来た。
仕事を頑張って、自立もした。
そばには、いつもリカの笑顔があった。
140 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)18時03分33秒
「敦さん、早く行きましょうよ。」
20メートル先で、リカが敦を呼んだ。
「今行くよ。」
そう言うと、敦はリカの所へ歩いて行った。
「さ、行きましょ。」

「…ありがとな。」
「どうしたんですかぁ、急に?」
リカは微笑みながら言った。
「何でもねーよ。行くぞ。」
その時、リカが敦の前に立った。

「どうした?」
するとリカは何も言わずに、敦の唇に自分の唇を重ねた。
時間が止まったように思えた。
やがて、リカが唇を離すとテレ笑いをしながら言った。
「…今のはありがとうっていうのと…」

「いうのと?」
「…愛してるってことです。」
敦は照れくさいのと嬉しいのと半々だったが、
「…そういうのは家でやろうな。」
「たまにはいいじゃないですか!
じゃ、行きましょう!ひとみさんが待ってますよ。」

二人は手をつないで歩き出した。
公園のそばに止めてあった車に乗り、そこを後にした。
夏の空は青く、太陽が眩しいほどに輝いていた。
公園を出て行く二人の後ろで響いていたのは、
まだ幼く、無邪気にはしゃいでいる少年達の笑い声だった。
141 名前:Kris.S 投稿日:2003年04月04日(金)18時05分32秒
以上で『フロム・ザ・スカイ』完結です。
まとめ方と展開構成に難あり。やっぱり第三者の
視点は難しいです。
余裕があれば、また新作を書きたいと思います。それでは。
142 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月05日(土)03時17分19秒
甘い世界を楽しみながらも「天使が人間になったら戸籍とかどうするんだろ?」とか
変なこと考える余裕もあるような楽しい作品でした。
新作マターリと待ってますのでマターリと良い作品を書いて下さいな♪
143 名前:zai 投稿日:2003年04月05日(土)20時47分59秒
終わってしまった・・・・
かなり悲しいですでも
新作始まったら絶対見ますお疲れ様でした
144 名前:妄想男@読者 投稿日:2003年04月05日(土)21時54分08秒
完結ですか・・・残念です・・・
新作を期待して待っております。
145 名前:Kris.s 投稿日:2003年04月13日(日)11時09分16秒
こんにちは。Kris.sです。
>名無し読者さん:こんな拙い文章を読んでくださってありがとうございました。
>zaiさん:最初の頃からお付き合いいただき、ありがとうございます。
>妄想男@読者さん:今度は上手く書けるように頑張ります。
146 名前:Kris.s 投稿日:2003年04月13日(日)11時09分55秒
今日は、短編を書いてみました。アップしときます。
147 名前:Kris.s 投稿日:2003年04月13日(日)11時10分55秒
<ショートストーリー。〜The Object's View〜>

「…そっかー。大変だね…うん…うん…。」
俺は今日も彼女の声を近くで聞いている。
「でも、今が頑張り時じゃない?」
そうなんだよね、という声がもう一つの耳に聞こえる。

「うん。分かった。じゃあね。勉強頑張って。」
そう言って、彼女は俺の胸の右にある丸い
部分を押した。その後、俺は彼女の手に誘われて
「ベッド」に入った。
昨日、十分眠ったから今日はなかなか眠れない。

仕事が来るまで暇なので、いつもの様に彼女を観察する。
今日はテレビをぼーっと見ている。
疲れてるな、と俺は思った。付き合いが長いから分かる。
あ、今度は欠伸した。早く寝りゃいいのに…。
148 名前:Kris.s 投稿日:2003年04月13日(日)11時11分27秒
彼女の名前は保田圭。
何だか、芸能人とかいう人種らしい。
いつも忙しそうで、それについて歩くこっちも大変だ。
俺は呼び出しがかかるまでは、待っているだけ。
体の下でブラブラしてる飾りがウザイ時もあるが、
彼女を見ていると飽きない。

俺と彼女の出会いは丁度二年前の事。
大型電気店の倉庫の中で、ぼーっとしていたある日、
俺は急に運びだされて、初めて明るいところに出た。
何が何だか分からないままで、俺は彼女に連れ出され、
初めて外に出た。

最初の頃は、色んな人間の電話番号やら、歌やらを
たくさん覚えなくてはならず、大変だったが
今ではもうすっかり慣れた。今でも歌は時々
覚えなくてはならないが、暇つぶしにはちょうどいい。
これも仕事の一つだが。
149 名前:Kris.s 投稿日:2003年04月13日(日)11時12分01秒
おっと、まただよ。今日は大変だな。
俺はELTの「unspeakable」を歌う。キー高いんだよ。
苦しいから、早く来てくれ保田圭。
俺の願いが通じたのか、彼女は俺の方にやって来て、
歌を止めてくれた。あー喉痛えな。

彼女は俺の体を「くの字」に伸ばして、あちこち
いじり始めた。く、くすぐったい!
しかも同時に色んな字を書かないといけない。
この仕事だけは何年やっても慣れない。
給料が欲しいくらいだ。

体のくすぐったいのが納まったかと思うと、
俺の体は再び二つ折りにされ、ベッドに戻らされた。
うーん、さっきの一仕事でちょっと眠くなったな。
これでよく眠れそうだ。
そう思った時、部屋の電気が消えた。

彼女も寝るようだ。彼女は俺を枕もとにおいて
布団に入ると目を閉じた。
俺の位置からは彼女の寝顔が見える。
テレビじゃ散々いじられてバラエティ色豊かに
なってきたが、この寝顔は可愛い。
150 名前:Kris.s 投稿日:2003年04月13日(日)11時12分52秒
でも、この寝顔を見ていられるのもそんなに長くはない。
俺達は「バッテリー」とか言うキカイで生きている。
これのお陰で寝れば体力回復するが、それにも限界がある。
三年くらいしか持たないらしく、大体の人間はバッテリーが
切れるまえに、他の仲間に「浮気」するらしい。

一年足らずで乗り換えられる奴もいるから
俺はきっと幸せなほうなんだろう。
でも、二年間も一緒にいた奴がいなくなるのは淋しい。
かといって俺から、彼女に話し掛ける事もかなわない。
だから、最近はあまり眠らずに彼女の寝顔を見ている。
151 名前:Kris.s 投稿日:2003年04月13日(日)11時13分37秒
俺の声で「ありがとう」と言えたら、と思う。
彼女には空耳にしか聞こえないだろうが、それでもいい。
自分の言葉では話せない俺が、彼女に届けたいくつもの声。
それがいつの日にか、彼女の中で思い出される日が来るなら、
これ以上嬉しいことは無い。

もし、叶うならいつか彼女の元へ戻ってきたいもんだ。
俺は目を閉じた。明日も明後日も、俺は彼女にいくつもの
「声」を届け、また「保田圭」の声を必要としている誰かに
届けなくてはならない。
それが俺が彼女に出来るたった一つの事だから。

152 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月19日(土)14時45分52秒
凄い面白いしちょっと切ないっすね…
村○製作所のCM思い出した
153 名前:名無し読人 投稿日:2003年05月14日(水)23時19分42秒
斬新な発想ですねぇ、ジーンときますた。
154 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時34分25秒
久し振りに戻ってきました。ここ数ヶ月色々忙しかったもので。
そろそろ新作でも行こうかと思う次第です。
トリッキーだと自分では思う話ですが、読んでいただいた
際には感想など頂けるとうれしいです。では。
155 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時35分32秒
「よし!」
俺はターフビジョンを見て、馬券を握り締め
軽くガッツポーズをとった。
「啓太、また獲ったのかよ。」
「これで、皐月、ダービーと二冠か。ありえん。」
友達の駿と京がため息をついた。
「何とでも言え。勝負の世界は厳しいんだよ。」

俺は小倉啓太。千葉大学法経学部の三年生だ。
実家は東京の三鷹だが、無理を言って一人暮らしさせてもらっている。
将来は検事か、裁判官か…。司法試験の勉強はしている。
趣味は競馬、映画鑑賞、テニス、ギター、作詞作曲など。
順風満帆な大学生活を送っている。

今日は競馬の祭典、日本ダービーの日。
俺は中山競馬場へ足を運び、一勝負打っていた。
結果は大勝ち。俺の連れは負けたようだった。
「啓太、奢れよな。」
「わーったよ。じゃ、飲み行こうぜ。」
俺は払い戻しをすると、競馬場を出た。
156 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時36分18秒
「じゃあな、啓太!また明日!」
「おう。」
新宿まで繰り出して飲んだ後、駿、京と
分かれた後、俺は電車で帰るべく、駅に向かった。

電車の中で軽く眠り、丁度目がさめたところで津田沼駅についた。
目をこすりながら電車を降り、改札へ向かう。
俺の家は駅から20分位のところにあるので、いつも通り歩いて帰った。
今日はよく眠れそうだな。
そんな事を考えながら歩いていた。

アパート「コーポマツダ」に着き階段を上った時、俺は足を止めた。
俺の部屋の前に誰かいる?
俺は、自分の部屋である201号室へゆっくり近づいていった。
どうやら、女性のようだった。上下ベージュのスーツを着ている。
…それにしてもこんな人、このアパートにいたかな?

とにかく、どかさないと部屋に入れない。
俺は彼女の肩を叩いた。
「あのー、こんなところで寝たら風邪ひきますよ。」
しかし、返事は無い。
「もしもし、起きてください。」

今度は声を少し大きくして言った。
「…ん。」
リアクションあり。どうやら気がついてくれたようだ。これで一安心。
「立てますか?」
俺がそう尋ねると、彼女は俺の方を向いて急に涙目になった。
157 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時37分08秒
「ケイタ〜、なんでわかれるなんていうんや〜!」
は?
「な〜、なんでや〜!」
そう言うと、彼女は俺に抱きついてきた。
この人酔っ払いかよ!俺が苦手なもの第三位じゃねーか!

「ちょ、ちょっと…。」
俺は対処に困った。
「な〜、ケイタ〜!」
彼女は俺から離れようとしない。
何が一体どうなってんだよ?

「とりあえず、離れてください!」
俺が彼女の体を引き剥がすと、彼女はフラフラっとしたかと思うと、
床に膝を着いた。
「…うっ、うっ…」
沈黙?いや、泣きか?

「え〜ん!」
彼女は声を上げて泣き出した。もう勘弁してくれ。
「あたし…かわいくないもんな…。」
何だ、これ〜!
俺は半ば呆れていたが、このまま放置しておいたら大家に追い出される。

「おんならしいとこ…ないもんな…グスッ。」
そう言うと、彼女はその場に倒れこみスースー寝息を立て始めた。
…ったく。訳が分からない。
だが、このまま放置しておくのも、人としてダメな気がしたので
俺は部屋の鍵を開けると、彼女をおんぶして部屋の中に収容した。
158 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時37分53秒
彼女をベッドの上に乗せて、布団をかけてやる。
これで俺は非常用の寝袋で睡眠する事が確定した。
飛んだハプニングだ。
俺は疲れきった体でシャワーを浴びると、部屋ジャージに着替えた。
その後寝袋を出して、床に敷いた。

寝る前にふと、彼女の顔を見た。
さっきは分からなかったが、よく見るとなかなかの美人だ。
まぁ、俺にはどうでもいいことだが。
俺は寝袋に入り、目を閉じた。
さっきの出来事で疲れていたためか、俺はすぐに眠ってしまった。

翌朝、俺が目を覚ますと彼女はまだ眠っていた。
「まだいる…。」
枕もとの時計を見ると、8時だった。
やべっ、遅刻する!
俺は彼女を起こさないように、そーっと身支度を整えた。

そして、メモを残して水と胃腸薬をテーブルの上に置くと
そっとドアを開けて部屋を出た。
ま、今日は午前だけだし、大丈夫だろ。


学校で、昼を食べながら俺は駿と京に昨日の話をした。
「へぇー。何だか漫画みたいだな。」
「やっちゃわなかったの?」
駿は変な所で感心し、京は下ネタに走った。
「出来るかよ。いきなり泣き出すんだぜ。
何で別れるんや〜、って言って。」
159 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時40分32秒
「お前…そういう事はちゃんと話し合えよ。」
「だから、知らねーって。」
「ま、家帰ったらいない事を祈るんだな。」
「そうだな。じゃ、俺帰るから。」
俺は駿、京と分かれると家に帰った。
まだいんのかな…。

アパートに着くと、俺は鍵を取り出して、鍵穴に差し込んで捻った。
…何っ!ロックされた!…まさかな。
「何しとんのー?」
中から声が聞こえた。うげっ、まだいるじゃん。
俺は鍵をもう一度捻って鍵を開け、中に入った。

中には昨夜の彼女がいた。
「メモ…読まなかったんですか?」
俺がそういうと、彼女は頭を掻いて言った。
「んー、さっき起きたばっかりやねん。」
おいおい、大の大人が午後の一時までご就寝かい。

「仕事とかあるんじゃないんですか?」
「今日はオフなんや。」
オフって…芸能人気取りが!
と思ったが、あとあと怖そうなので口には出さなかった。
「君、名前は何ていうん?」

160 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時41分08秒
「小倉啓太です。」
「け…小倉くんやな。うちは中澤裕子。よろしくな。」
彼女はそう言うと、手を差し出してきた。
俺は社交辞令的に握手をした。
「何かお礼せんとな。」

「お礼なんていいですよ。」
どっちみち不可抗力だったのだから。
「んー。その謙虚な所、ええなあ。」
彼女はウンウンと頷くと、頬に指を当てて何か考え出した。
俺としては早く帰って欲しいのだが。

だが、聞きたい事もあった。
「あの…。」
「ん?」
「何でここにいたんですか?」
俺が尋ねると、彼女はバツの悪そうな顔をした。

「それが、昨日の事は全然覚えてへんねん。」
そう言うと、彼女はヘヘッと笑った。
「すごく酔ってたみたいですけど。」
「昨日はそやな…。ワインボトル三本は飲んだなぁ。」
そりゃあ、記憶とぶだろうよ。

「そろそろ帰るわ。迷惑かけて悪かったなぁ。」
彼女はそう言うと、ハンドバッグを手に持って立ち上がった。
やっと帰ってくれるのか。ああ良かった。
帰り際、彼女は俺にメモを差し出した。
紙切れには、11桁の数字が並んでいた。
161 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時41分49秒
「うちの携帯番号。暇あったら飲みにでも行こな。奢るから。」
「はあ…。」
昨日の事は本当に覚えていないようだ。
「あっ、そや。君の番号聞かな。かけられへんやん。」
この人は天然なのか。それともわざとか?

「な、番号教えてや。」
俺は携帯を取って、プロフィール画面を出すと彼女に差し出した。
彼女はそれを受け取ると、自分の携帯に入力しそれが終わると
俺に携帯を返した。
「ほなな。」

彼女はそう言うと、部屋を出て行った。
はあ、やっと帰った。
俺はベッドに横になった。何だかいい香りがする。
あの人の化粧品か?まあいい。
昨日熟睡出来なかったため、俺はそのまま眠ってしまった。
162 名前:Kris.s 投稿日:2003年07月11日(金)18時46分44秒
今日はこんな所で。
>>152:名無し読者さま
そのCM知らないんですが…。自分でもちょっと切なくなりました。
>>153:名無し読人さま
斬新といえばそうかも。たまにはこんなのも面白いかな、と思って
書いてみたものですが、機会があればまたこんなものも書きたいかと。

なお、新連載のタイトルは『201』です。その意味はおいおい。
それでは。
163 名前:booubu 投稿日:2003年07月12日(土)17時41分44秒
「201」前作に比べかなり面白そう
期待してるよ。

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