恋愛爆弾2

1 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年03月07日(金)22時01分06秒
同板に書いていたものの続きです。
予想に反して一つで終らず、次のスレを立てることになってしまいました。
あと少しで終ると思いますがお付き合いしてくれると嬉しいです。
2 名前:Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時07分07秒
その日から3日経った昼時、私はソファーに座りながら矢口に借りたマンガ
を読んでいた。
あまりにすることがなかったので暇つぶしに借りた。

借りたといっても配達されたものだから、矢口の所用物なわけじゃない。
それは少女マンガだったけど目新しい本が他にないので我慢した。
こんなことなら何か頼んでおけば良かったなと、私は淡い後悔をしながら
初めは読んでいた。

今更色々と文句を言っても仕方がない。
にしてもマンガを読むなんて久しぶりのことだった。
というか殆ど読んだ記憶なんてないから、初めは読み方が分からずに少し
苦労した。

でも「これってどう読むの?」なんて矢口に聞いたら、絶対に間違いなく
バカにされに決まっている。
だから私は半分はもう意地になって読んでいた。
いや、こんなことに労力使うこともバカらしいとは思うけど。

でもそれだけ私達にはすることがない。
だから少女マンガでも少しは時間潰しにはなると思った。
矢口は相変わらずテレビに噛りついて、いつもようにゲームをしている。

私は矢口の存在を少し意識しながら、マンガを読むことに集中した。

3 名前: Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時11分27秒
でも読み出すと結構ハマってしまって、すぐに物語に引き込まれていった。
それは高校生の男女3人が織りなす恋愛物語。
ごく普通の女子高校生の主人公と、ある日隣に引っ越してきた同じ年くらい
の男の兄弟。

そこから話は始まって揺れ動く三角関係に発展していく。
別に突拍子もない話ではなくて、どこにでもありそうな平凡な感じだった。
きっとそういう方が読者の共感を持たれやすいのだろう。

でもまぁ、あんまり平凡な人生じゃない私には逆に縁遠い世界だけれど。
でも一つの恋に一喜一憂できるのは素直に羨ましい。
幼稚と言えばそうかもしれないけど、でも私はそういうのに少し憧れる。

だってそんな純粋な心は失ってしまったから。
そんなものはもう欠片すら残ってない。

だから初めは適当にページを捲っていたのに、いつの間にか夢中になって
読んでいた。
けれど読み進めていくうちに私は妙な感覚に襲われた。
なぜかすごくもどかしい気持ちになった。

それはあと少しで胸に渦巻く霧が晴れそうなのに、でも何か一つ足りない
ような感じだった。

4 名前:Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時17分12秒
でもそれはあるシーンを見ていてやっと分かった。

主人公は友達や恋敵などに促されて、ついに想い人に告白する決意をした。
そんなとき上手い具合に二人になりチャンスが訪れる。

想い人である男の子の大きな背中を見ながら、主人公は今までの見てきた
その子の色んな表情を思い出す。
それはどれもこれも胸を苦しく締めつけるものばかり。

主人公は感情が溢れてきて、思わず男の子の腕を掴んで唐突に告白した。

私はそこまで読んで話の途中にも関わらず本を閉じた。
だって矢口に抱いて感情も意味も分かったし、今までの意味不明な行動の
理由も理解できたから。

私は本をソファーの横に置くとゆっくり立ち上がる。
それから不安定な覚束ない足取りでベランダへと向かった。
でも窓に手をかけたとき「どうかししたの?」と矢口に声をかけられた。

けれど私は無反応でベランダへ出ると、勢い良くカーテンを引いた。
そのとき何やら不満そうに愚痴ってた矢口が一瞬見えたけれど、今はそんな
ことに構っていられない。

私は後ろ手に窓をしっかりと閉めて鍵をかけた。

5 名前:Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時19分49秒
それが合図のように全身の力が抜けて、倒れ込みそうになったけれど何とか
フェンスに捕まって支えた。
今はそうでもしないと立っていられなかった。

私は疲れたような深いため息を吐き出して項垂れていた。
夏はもう終わりに近づいてるため、髪を撫でる風も涼しくなってきている。
私はもう一度ため息をついて何気なく顔を上げた。

しばらく微風に吹かれながら呆然と遠くの景色を眺めていた。

「・・・っ・・・なんでだよ。」
私は腹の底から絞る出すような声で小さく呟いた。

それからフェンスを強く握り締めると、急にその場にしゃがみ込んだ。
そして静かに嗚咽を漏らしながら泣いた。

でも矢口にバレないように声を押し殺していた。
泣いたのなんて10何年ぶりだ。
だけど本当は泣きたくなかった、別に泣くつもりも全然なかった。

ベランダに出たのはただ一人になりたかっただけ。
それは泣きたかったからじゃない。
でも瞳から溢れる涙は止まる気配がなくて、喉は上手く呼吸できずに空気を
欲している。

喉と胸が思いきり締めつけられて苦しかった。

6 名前:Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時22分44秒
それから感情がまるで波のように押し流れてくる。
私は今まで自分が起こす不可解な行動や気持ちの意味を知った。

でも少女マンガを読む前から、少し前に出掛けてオヤジに「優しい目で矢口
を見つめてる」と言われたとき、いやもっと以前からそんな予感はあった。

ただ認めないようにしていただけだ。

だってそれが自分の致命傷になるなんて、あまりに分かり切ってるから。
だから素直に認められるわけないじゃないか。
でもマンガで主人公の告白シーンを見たとき、ようやく全てを理解した。

私は矢口のことが好きなんだ。

恋をしていたから胸は苦しくなって、目が合う度に全身が熱く火照った。
あんなにも異常に鼓動が高鳴るのは好きだからだ。

でもこんな答えを私は望んでいない。
原因が分かってもこれじゃ打開策なん見つからない。

こんな答えを知るくらいなら、一生知らないままの方がずっと良かった。

7 名前: Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時27分32秒
そんな感情はとっくに捨てたはずだった。
いや、生まれときからそんなもの持ち合わせてない。
それが今頃になって不意に出てくるから、胸が痛くてたまらない。

私は今まで他人を好きになったことはなかった。
人恋しさに心にもない告白をして、適当に恋人を作っていただけ。
でもそれで心は満たされた。

それにあまり他人には興味と関心がなかった。
だから誰かを本気で好きになったことも、強く惹かれることもなかった。
いや、動物や物など何一つとして私の心を奪ったものはない。

それがよりにもよって矢口を好きになるなんて。
だって長所は片手で余るくらいしかなのに、短所なんて両手でも足りない
くらいあるから。

そんな奴を好きになる理由なんて全く思いつかない。

8 名前:Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時29分11秒
どうせなら良い男がよかったのに。
なんてため息を吐きながら苦笑しても、今となっては後の祭りでしかない。
私が女の子が好きなら話はまた別なんだけど。

でもそういう趣味はないし、だけどそこまで男に固執もしていない。

多分女の子でも付き合ってと言われれば頷いてたと思う。
私には男も女も等価値だった。
というか、人間自体にそこまで興味ないからどちらでも構わない。

だけど矢口の場合は少し違う、性別を越えて一人の人間として惹かれてる。
別にそこまで魅力に溢れるとは今も思わないけど。
でも好きだという気持ちまでは否定できなくて、そんな自分に少し呆れる。

だってバカみたいにベタ惚れだから。
そんな自分が何だかおかしくって、今度は涙の代わりに笑いが止まらなく
なって少し困った。

9 名前:Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時32分21秒
それから少し経って笑いが納まると、感情も大分落ち着いてきたので部屋に
戻ろうとした。
けれど窓に手をかけたとき私はふと思い止まった。

冷静になった頭でこれから先の生活を考えて不安になった。
自分の気持ちを知る前は多少の自信もあった。
けれど思いを認めてしまった今では、そんなに自分を過信していない。

でも死ぬのは恐いから絶対にバレたくない。
私は臆病で卑怯者なのかもしれない。
だけど死への恐怖から逃げられる人間なんていやしない。

だから私は気づいててもこの思いを告げない。
ただ心の中で想っているだけ。
でもこのまま何も言わずに黙ってれば、勝って大金を手に入れられるんだ。

10 名前:Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時39分11秒
「それでいいじゃないか」と私の黒い塊が囁く。
きっと矢口やゲームのことは日常に戻ればいずれ忘れてしまう。
案外1年くらいで忘れるかもしれない。

それにこの非現実な世界では常に興奮状態になってるから、それを恋だって
錯覚してるとも考えられる。
誘拐強盗とその人質に恋愛感情が生まれるのと同じことだ。

そう思って納得してればいいのに。
そんな心理的な類で好きになれないのは、自分自身が一番分かっている。
私の心は簡単には揺れ動くことはない。

この深い闇に捕われた孤独の心を、目が眩むほど照らしたのはあいつだ。
だから私は矢口に惹かれたのだと思う。
けれど愚者だから想いを告げずに逃げ続けるんだ。

窓ガラスに写る自分の顔がひどく醜く見えて、しばらく目を逸らしていた。

11 名前: Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時41分50秒
私が意を決して部屋に戻ると、すぐに矢口が近寄って顔を見上げてくる。
そんな仕草に相変わらず嫌なほど胸が高鳴る。

「どうかしたの、圭ちゃん?なんかいつにも増して顔色悪いよ。」
その言い方は素っ気無いけど顔はちゃんと心配している。

自分を気にしてくれることが嬉しく思って、私はつい金髪を撫でようと手を
伸ばした。
けれど触れる寸前で手を止めた。

さっき決意したばかりなのに、もう平気で触れようとしている。

「らしくもない心配すんな。」
私は呆れたようなため息を吐いて矢口の頭を軽く小突いた。
それから茶化すように笑って、それをいつもの意地悪のように思わせた。

少しでもこの気持ちが外に出るのが怖かった。
それにもし今触れてしまったら、全てが崩れるような気がしたから。

もう2人は近づいちゃいけない。

12 名前: Love is a great tempter 投稿日:2003年03月07日(金)22時44分29秒
私は普通に矢口を通りすぎて台所の方に行こうとする。
「何すんだよ、バカ!」
と後ろから聞き慣れた怒鳴り声が聞こえて、私はつい反射的に振り返って
しまった。

矢口は目を少し細めながら、舌を思いきり出してアカンベーをしていた。
でもすぐに吹き出して子どものように無邪気に笑う。
私はその表情に心から身体が震えてまた熱が一気に上昇した。

それがバレないように急いで前に向きなおり、しばらくその熱が冷めるのを
待っていた。

私達はもう今まで通りに生活することはできない。

その日を境に私を矢口を避け始めた。

13 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月08日(土)01時04分10秒
新スレキター!
前スレがぶつりといっててちょっと焦りましたが、これからも楽しく読ませていただきます。
頑張ってください。
14 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月08日(土)02時17分58秒
新スレ待ってました!

とうとう保田さんハッキリ自覚しちゃいましたねぇ。
これから先も楽しみにしてます。
15 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月09日(日)05時00分03秒
面白い展開になってきましたね
更新待ってます
16 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月10日(月)00時02分36秒
新スレおめ!
圭ちゃんが矢口への想いを認めた後、
2人の絡みがどういう展開になるか凄く気になります
17 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月10日(月)16時41分16秒
新スレおめでとうございます!
なんかおもしろい展開になってきましたねぇ〜。
18 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月12日(水)00時01分48秒
新スレおめ。
完結まで楽しみによましてもらいます。
19 名前:ななしくん 投稿日:2003年03月25日(火)01時22分38秒
遅ばせながら新スレおめ
更新待ってますよ。
20 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年03月25日(火)12時09分01秒
今まで忙しくてなかなか来れなかったんですが・・・
久しぶりに読んだら、だいぶ圭ちゃんの気持ちが進行していますね。
今後の展開がますます楽しみです。
21 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年03月27日(木)22時53分21秒
>名無しさん  本当はもう少し書いてから切ろうと思ったんですが、
引っ越す警告が思ったよりも早く出ていて自分もビビりました。
期待に応えられるように頑張ります。

>名無し読者さん ようやく恋愛話らしくなってきて、書いていてすごく
楽しいと思う反面、今回みたいに更新期間が空いてしまうくらい難しい場面
でもあります。なのでこれからも気長に待っていてくれると嬉しいです。

>15の名無し読者さん これから急な展開になってくいと思うので、
期待を裏切らないように頑張りたいです。

>16の名無し読者さん これから保田さんの本当に苦悩が始まって
話は多少暗くなるんですが、ここからが話の一番面白い所だと思います。

>17の名無し読者さん これからの展開に期待していてください。
更新は遅いと思うので、たまに思い出して覗いて見てください。

22 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年03月27日(木)22時55分48秒
>18の名無し読者さん 中盤までは完結できるか不安だったんですが、
やっと兆しが見えてきたので、最後まで付き合ってくれると嬉しいです。

>ななしくん レスありがとうございます。これからより更新は遅くなる
と思いますが、また気長に待っていてください。

>読んでる人@ヤグヲタさん そういえばお久しぶりですよね。
結構展開が早かったので分かりにくい所もあったかもしれませんが、
たまに読んでもらえると嬉しいです。


これから更新はまた遅くなると思いますが、出来るだけ少量でも更新して
いこうと思うので、2、3週間空いても気にしないで待っててくれると
嬉しい限りです。

23 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時01分14秒
私が起きた頃にはもうお昼を過ぎていて、寝すぎたせいで頭がしばらく回転しなかった。
でも起きる時間をズラすためには嫌でも寝てないといけない。
それは避ける方法としては幼稚だと思う。

だけど二人でいる時間を削ってなるべく接近しない。
それが今の私はそれぐらいしか出来ない。
食事するときは少し距離を置いて座ったり、何かと理由をつけて寝室に
籠ったりなんかもした。

だけどもっと露骨にやることもできた。
ひどい言葉で傷つけたり、冷たい態度で接することも簡単だった。
でも矢口を自分勝手な想いで傷つけたくないから。

なんて優しい人間のフリをするけど、所詮はそんなのただの建て前。

本当は自分が傷つきたくないだけなんだ。
避けてることを知られて距離が離れることを恐れている。
もう今まで通り近くにいることはできない。

そんな矛盾してる想いが関係が崩れない程度に避けさせる。

でもそんなことしてもいずれはバレてしまう。
例えバレなかったとしても、私達の生活はそれほど長くない。

2ヶ月目もあと少しで終わろうとしていた。

24 名前: Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時04分47秒
私が寝惚け眼で欠伸をしながらダイニングに行くと、矢口がキッチンで
何やら料理をしていた。
甘い匂いが漂ってるところからどうやら菓子系らしい。

お菓子作りなんて珍しい、というかやってるところなんて初めて見た。
その危なっかしい手つきから趣味ではないのが分かる。
右手と脇でボールをしっかり固定しながら、左手で泡だて器を使って何かを
かき混ぜている。

でも急に慌てて電子レンジに駆け寄って中の様子を見に行く。
それからまた料理本と睨めっこしながら格闘してる。
笑ったり、驚いたり、真剣な顔になったかと思えば、突然泣きそうになる。

その顔はまるで百面相のように様々な表情に変わっていく。
それは本当に見てて飽きない。
でもそんな光景を見ているだけで心は温かくなる。

きっと今の私は優しく微笑んでると思う。

好意的なものもあるけれど、親が子ども見守ってるという感覚に近い。
それは何か放っておけなくて目が離せない感じ。

25 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時11分44秒
「あっ、圭ちゃん。起きたんなら声かけてくれればいいのに。」
矢口は料理本を見ていた視線を私に向けると照れくさそうに笑っていた。

「いや、見てると面白くて全然飽きなかったからさ。」
私はそれは正直な感想だったけど、わざとらしく鼻で笑ってからかった。

「はぁ、何それ?・・・・それよりご飯作ってあるけど食べる?」
矢口はその言葉に始めは怪訝そうな顔をしたけれど、すぐに別の話題で
話しかけてきた。

「今はいいよ、お風呂入った後に食べるから。」
私はその質問に一瞬体を強ばらせたけれど、すぐに何事もないような顔を
して平然とした様子で答える。

お風呂に入るのだって少しでも一緒にいる時間を削る為の口実。
だから避けてることがバレたのかと思った。

26 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時16分06秒
「うん、分かった。でもそういえばこの頃二人で一緒に食べないよね?」
矢口は何の反論もなく頷いていたけれど、突然思いついたという感じで
問いかける。

「そう・・・・かなぁ?だって昨日の夜は一緒に食べたよ。」
私はなるべく自然を装いながら、考え込んだフリまでして言い返した。

相変わらず勘が良過ぎて心臓に悪い奴だよ。
と内心思いながら少しでも動揺が声に出ないよう気を遣った。

「あっ、そっか。まぁとにかくさ、お風呂上がったら一緒に食べようよ。
矢口特製の朝ご飯とガトーショコラ食べさせてあげるから。」
何の疑いもなく納得すると矢口は自慢げに笑いながら言った。

「いや、後者のやつは遠慮しとくよ。」
朝ご飯はともかく、ケーキにはあまり期待してないので私は謙虚に断った。

「何だよそれ!超おいしく出来ても絶対にあげないからね!」
でもそれで矢口は機嫌を損ねてしまい、すぐに顔を逸らされてしまった。

だけど私は宥める気がないので黙ってお風呂場へと向かう。
でも廊下に出ようとドアノブに手をかけたと同時に、

27 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時19分53秒
「・・・・マジで食べないつもり?」
どこか拗ねたような矢口の小さく呟きが耳に入った。

声のした方に顔を向けると、頬を掻きながら照れくさそうにしていた。
でも未だに顔を逸らしたままなのが矢口らしい。

「・・・・・ふふっ。」
私は不意に込み上げた笑いが堪え切れずに漏らした。

それから心がが異様に弾んでるのに気づく。
矢口の知らない一面が見れて、それがたまらなく嬉しく思えたからだ。
やっぱり私はバカみたいにベタ惚れみたいだ。

28 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時20分38秒
「な、何笑ってんだよ!」
矢口はらしくないことした恥ずかしさからか急に怒鳴り出した。

「だっていつも嫌だって言っても絶対に食べさせるのに、今日に限っては
珍しく弱気だからさ。」
私は振り返ると自分でも初めて聞くような明るい声で言った。

強引で強気で子どもみたいで、磁石みたいに引き寄せるのが矢口だから。
だから私も急速な勢いで惹かれていったんだ。

でも矢口はその言葉を聞いた途端、なぜか唖然とした表情で固まっていた。
「初めて見た・・・・。」
それから少しして感心するような口調で呟いた。

「はぁ?」
私は言葉の意味が分からず怪訝な顔をする。

「分かんないの?圭ちゃん笑ってたんだよ、今まで見たことないくらい。」
矢口は嬉しそうに笑いながらどこか興奮しているようだった。

29 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時25分44秒
今度は私が呆然となって固まってしまった。
確かに自然に微笑んでいたけれど、そんな笑っていたんだろうか。
矢口が驚いて固まってしまうくらいに。

それとも私が今まで笑っていなかっただけだろうか。

でもウソの笑みなんて数え切れないくらい使ってきた。
本当の笑い方を忘れてしまうくらい。
だけど世の中なんてそれで十分に乗り切っていけた。

けれど一番の理由はそんなことじゃない。

笑っていると幸せになりそうだから、もう二度と笑わないと心に決めた。
だって私には幸せになる権利なんてないから。

そんなとき不意に頭を過る、一生忘れることのない太陽みたいな笑顔。

その重い過去を思い出す度に今でも心に鋭い痛みが走る。
でもそれが私は幸せになんてなれないと、教えてくれる唯一の戒めだった。
だから誰に対しても笑うことはなかった。

偽物の笑顔に誰も疑いを持たなかったし、自分もそれで満足していた。
だけど本当の笑みを見せてしまったのは矢口への想いのせいだ。
その想いが私をゆっくりと壊していく。

でも気づく前ならきっと簡単に捨てられた、なのに今はもう手放すことが
できない。

30 名前:川o・-・)ダメです… 投稿日:川o・-・)ダメです…
川o・-・)ダメです…
31 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時29分19秒
「そんなに笑ってた?」
私は顔を軽く俯けながらいやに落ち着いた声で聞いた。
自分でも冷静なのが怖いくらいだった。

だから多分そのときにもう答えは決まっていたんだと思う。

「うん、すっごく良い顔してたよ。なんだちゃんと笑えるんじゃんか!」
その声に思わず顔を上げると、矢口は眩しいくらいの笑顔で笑っていた。

するとまた心が大きく震えて身体の熱が一気に上がり出す。
それはもう自分が制御不能になる合図。

「当たり前だろう!」
私は軽く鼻を鳴らすと歯が見えるように笑って叫ぶ。

今度は自分でも自覚していた、すごい笑顔で笑っているんだってことを。

「だったらもっと早く笑えよ。」
矢口も笑いながら茶化すように言葉を返してくる。

「私の笑顔は超レアなんだからさ。」
「そうなの?言うほど大したものでもなかったけど。」
互いに楽しそうに笑い合ってから、私は普通にドアを開けて廊下へと出た。

でもリビングから出ると胸を押さえながらため息を吐いた。
それから早足でお風呂場へ向い、飛び込むように中に入ってドアを閉めた。

32 名前:Don't wish a Happiness 投稿日:2003年03月27日(木)23時32分27秒
そして洗面所の蛇口を捻ると、頭から勢い良く冷たい水を浴びた。
冷水が私を癒すように髪や頬を撫でていく。
これで今の出来事を全て洗い流せればいいのにと思った。

私は完全に狂い始めてる。
だって死ぬまで思わないって心に決めていたんだ。
なのに矢口の顔を見たら一瞬で忘れた。

ふと顔を上げて鏡に写った自分を見ると、未だに笑った痕跡のように口元が
緩んでいる。

「クソッ!」
その顔が憎らしくて私は横の壁を拳で叩いた。

するとすぐに拳に鈍い痛みがゆっくりと広がっていく。
でもこの程度の痛みじゃ許されない。
だってそれは絶対に思ってはいけないことだから。

暗闇に続く道を一人で歩くと決めたときから、それは捨てたはずだった。
けれど矢口と会話しているときに心から願ってしまった。

「・・・・・なんでだよ。」
私は今にも泣きそうな掠れて弱々しい声で呟いた。

鏡の中の自分の笑みは相変わらず、それはこの思いが本心だって語ってる。


その日、私は初めて過去に背いて願った。

幸せになりたいと。



33 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年03月28日(金)08時23分59秒
前に和田のおっさんが言った一言が、
ますます重みが増したっていうか、真実味がでてきたというか・・・

この状態で残り1ヶ月・・・圭ちゃんは耐えられるのかな?ドキドキ
34 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月28日(金)14時15分39秒
圭ちゃん、何があったんだろ
35 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月12日(土)00時26分52秒
楽しみに待ってま〜す
36 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年04月12日(土)22時16分12秒
>読んでる人@ヤグヲタさん そうですね、ようやく和田さんのの言葉の
真意が分かってくるところだと思います。残り1ヶ月はこの話の一番良い
ところだと思うので、気合い入れて書いていこうと思ってます。

>34の名無し読者さん それは保田さんの過去に関係することなので、
多少は触れると思いますが、深い所まではこの話では書くつもりないです。
それは番外編として書こうと思っているので、詳しいことはそこで分かると
思います。

>35の名無し読者さん 相変わらず更新遅くてスイマセン。
なので、そう言ってもらえると嬉しいです。

37 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時22分00秒
それからよく分からないけどお風呂に入った。
元々そのために来たはずなのに、いつ間にかそんな気分はなくなっていた。
でも無理にでも入ったのは正解だった。

状況的な変化はないにしても、精神的に意外だけど楽になったから。
やっぱりリラックス効果かがあるのだろうか。

私はお風呂から上がると、髪を整えて服を着替えて洗面所を後にした。

けれど廊下に出ると甘いチョコレートの匂いと共に、少し焦げ臭いような
匂いが流れてくる。
そしてさっき矢口がお菓子作りに夢中になってたのを思い出した。

でも今から既に結果が見えていることが怖い。
まして今から食べさせられるんだから、ガンの発生率を上げそうなものを。
そう思っただけでリビングに行く前から憂鬱になる。

けれどいつまでも廊下にいても仕方がない、私は軽く溜め息をついてから
部屋に入った。

38 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時30分40秒
「あっ、グットタイミングじゃん。今ケーキが焼き上がったんだよ!」
矢口は頬と鼻にチョコレートをつけながら駆け寄ってくる。

それは泥遊びした子どものようでもあったし、また同様の遊びをした小犬の
ようにも見える。
どっちにしても私の胸はまたうるさいくらい高鳴り出す。

けれど皿に盛られているケーキを見たとき、さすがに少しは幻滅した。
確かにガトーショコラだから黒いのは分かる。
けれど私の目の前に出されたのは、どう見ても少し黒すぎる物体。

食べなくても苦い味だということは分かる。

好きな人から冷める瞬間とはきっとこんなときなのだろう。
けれど生憎そんなことで冷める程、この想いが浅くないのはよく知ってる。
でもそこまで惚れてる自分に相変わらず少し呆れた。

39 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時33分49秒
「これって嫌がらせ?」
私は顔を顰めながら戸惑ってるような口調言った。

「違うっての!ちょっと・・・・・失敗しただけだよ。味だって悪くないと
思うし、一応食べ物なんだからね。」
矢口は即効でツッコむと、バツが悪そうに頬を掻きながら言葉を続けた。

「冗談だって。本当は思ってたより食べられそうで安心した。」
私は微笑してから取り繕うように言葉を付け加えた。

「今更言い訳しなくていいよ。失敗したからこんなの捨てる!圭ちゃんには
もう何も作ってあげないから!」
矢口は拗ねたような口調で言うと、体を反転させてキッチンの方へ向かう。

「・・・・・もったいないじゃん。」
と私は小さく呟いて後ろから手を伸ばし、ケーキを掴んで一口だけ食べた。

「ふえっ?」
矢口は間の抜けたような声を出して振り返ると、その顔もマヌケだった。

40 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時36分36秒
「だって結構いい材料使ってるんでしょ?」
私は焦げたケーキを味わいながら自分の言葉に確信をもった。

「材料かよ!ウソでも「矢口がせっかく作ってくれたんだからさ」とか
言えないわけ?」
矢口はどっかの芸人みたいにツッコむと、虫酸が走るような言葉を言って
軽く睨んでくる。

「私がそんなこと言うと思ってんの?」
「いや、思ってないけどさ。」
私が呆れたように問うと、矢口はその質問に即効ではっきりと答えた。

そこまで断言されるとそれはそれで少し悲しい。

「でもこれって見た目より案外食べられるんだね、結構おいしかったよ。」
思っていたよりも苦みが弱かったので、私はため息混じりに苦笑した。
これで本当に丸焦げだったらキッチンに直行してたはずだ。

「えっ?それってマジ?!」
矢口はその言葉に驚いた顔をして、すぐに私の持つケーキにかぶりついた。

その行為に心臓が思わず大きく高鳴って脈が早まった。
そして頭に間接キスという言葉が浮かぶ。

それから惚けたように矢口の顔をずっと見つめていた。

41 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時41分15秒
「うん、結構イケるじゃん!これ絶対食べられないって思ったのに。」
矢口は予想以上においしいケーキに上機嫌だった。

でも私はその言葉に引っ掛かるものがあり、恐しい答えを考えないように
しながらそれとなく聞いた。
「もしかしてさぁ・・・・・味見ってしてないの?」
「してないよ。だってどう見ても食べられそうにないじゃん。」
矢口はあっけらかんとした口調で平然と返答した。

答えはとてつもなく恐ろしかった。

「それで私に毒見させたってわけ?もしかしたらお腹壊すとか下痢するかも
って考えなかったの?」
私はその答えに怒る気が失せてしまうほど呆れながら言った。

それに矢口があまりに嬉しそうに笑うから、その顔を見てたら怒りなんて
すぐに消えてしまった。
でもそれならさっき怒ったのは演技だったんだろうか。

例えそうであっても今の私じゃ見破れない。

「いや、一応焼けてるから大丈夫かなぁって思ってた。」
脳天気に笑う矢口の顔には反省の色は全くない。
でもそんな姿を見ても不思議と怒りが沸き上がることはなかった。

42 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時44分41秒
「いや・・・・・そういう問題じゃないないから。っていうか、もしも私が
食べなかったらどうしてたの?」
私はため息を吐きながら一番疑問に思っていたことを口にする。

矢口は食べられるってことを前提に考えてるけど、もし私が拒否したら一体
どうしていたんだろう。
もしそうなったら一人で食べていたんだろうか。
でも一人寂しくマズいケーキを頬張る矢口も少し見たい気はする。

その姿はきっとものすごく滑稽で、でも間違いなく私の熱を上げると思う。
だってちょっと想像しただけで口元が自然に緩むんだから。

「えっ?あぁ、それは考えてなかった。だって圭ちゃんは絶対食べてくれる
と思ったから。」
矢口は指摘されて初めて気づいたようだったが、すぐに自信に満ちた顔に
なって言った。

その言葉には何の確証も根拠もないに言葉は断定していた。
だけどその正しさは自分自身がちゃんと証明してる。

「ふっ、あっはははは・・・・・・。」
私は不意に込み上げてきた笑いを抑えることなく吐き出した。

43 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時46分11秒
矢口の言葉が嬉しくたまらなかったから。
私のことを信じてくれていることが分かって胸を締めつける。
その言葉が嘘か冗談かは知らないけど、そう言われただけで心は弾みだす。

そうしたら何かもう笑いが止まらなくなった。
今まで笑わなかったが不思議なくらい自然に笑っていた。

「何かおかしいことでも言った?」
矢口は突然笑い出され意味が分からず、ただ呆れた顔して私を見ていた。

相変わらずその口調は素っ気無くて少し尖っている。
だけど今はそんなところも好意的に思える。

全てが出会った当初と逆転していて、それが少し悔しくもあり癪に思えた。

何も知らない子どものように近づきてはひどく心を悩ませる。
でも今は初めに感じてたあの疎ましさは微塵もない。
もう嫌いになんて絶対になれない。

今は一緒にいるだけで胸が詰まって苦しくなるんだ。
だって私の全てを引き込んで離さないから。

だから一緒にいると息も出来ない。

44 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時48分29秒
「ふふっ・・・・・いやぁ、見事矢口にハメられたって思ってね。」
私は何とか笑いを堪えると軽い皮肉を言って挑発する。

でもそれは矢口にじゃなくて、罠にかかってしまった自分への嫌味。

「ハメってないちゅうの!圭ちゃんが勝手にハマったんじゃんか。」
矢口は言葉は怒ってるのに顔は楽しそうに笑っている。

そんなことを言い合いをしながら、私達はしばらくじゃれ合っていた。

45 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時50分54秒
初めはバカみたいな出会い方だった。
だからこんなに胸を痛めるなんて全く予想していなかった。
なのに今は過去に会った誰よりも強く惹かれてる。

意識しないと思えば思うほど、激しい激情が胸の中に次々と溢れてくる。
そして想いが自分では止められないほど加速していく。
でもこんな風に他人を想って苦しくなるなんて初めてだった。

今までの自分が平気で崩れていく。

態度や言葉とは裏腹に確実に矢口に引き寄せられてる。
だから私に幸せになりたいとすら思わせる。
二度と思わないと固く決めた決心を一瞬で揺るがせてしまう。

世界に二人だけが存在すればいいとか、この時間が止まってしまえばとか、
このゲームが実はテレビの企画だとか、運良く二人の命は救われるとか、
誰かが爆弾を解除して来てくれてどこかに逃げしてくれるとか。

そんな幼稚で空想めいた考えが、この頃ふと頭の中に浮かんでくる。

でも本当に願っていることは大したことじゃない。
このままずっと二人で普通に暮らしたい。
たったそれだけで私には十分すぎるほど幸せなんだ。

でもそれすらも今は叶わない。

46 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時52分47秒
だから私は想いを閉じ込める。
口に出すことができないから、せめて心の中だけでも思っていたかった。
だって好きだと言っても何の意味もないから。

想いを告げても私は埋め込まれている爆弾によって死ぬ。
でも想いを告げなかったとしても、ゲームに勝つことによって矢口が死ぬ。
だから勝っても負けても一緒に暮らすなんてこともできない。

私達は絶対に結ばれるないことはないんだ。
先に見える未来は何にしても暗い最期、明るい光なんて見えやしない。

でもきっとこんな想いがなければもっと楽に乗り切れた。
知らなければ、気づかなければ、誤魔化せれば、忘れてしまえれば。
多分こんなにも苦しまずに済んだのだと思う。

なのに今は怖くてたまらない。
いずれどちらかの選択を迫られるその日が来ることが。

だって私はきっと自分が助かる道を選ぶ。

そのとき死ぬほど胸を痛めるだろうから、今から避けているんだと思う。
だから矢口を好きになったって本当に意味がない。

47 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時56分20秒
それは避け始めて1週間が経った昼のことだった。
昨日夜更かしをしていた矢口をベットに残し、私は1人朝食を食べ終わり
その洗い物をしていた。

相変わらず起きる時間はズラして一緒にいないようにしている。

でもこの頃は矢口も怪しみ始めている。
もう気づかれるのも時間の問題というところまできていた。
私がこれからの対策を考えていると、寝室のドアがゆっくりと開いた。

それだけで体が硬直して緊張したように息が詰まった。
でも矢口は欠伸しながら普通に部屋に入ってくる。
それからキッチンいる私と目が合うと、おぼつかない足取りでやってきて
カウンターから顔を覗かす。

たったそれだけで体が固まって動けなくなる。

寝惚けているのかどこか焦点の合ってない瞳、パジャマで目元を擦りながら
私を見上げてくる。
そんな仕種にいつものように胸の高鳴りが止まらなくなる。

目と目が合うだけで体が熱くなって、でも後ろを向けば背中が熱い。

だから近頃は熱射病で倒れてしまいそうだよ。
でも私は冷ます術を知らないから、熱は身体から抜け切ることがない。

48 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)22時58分35秒
「・・・・なんかジュースちょうだい。」
矢口はまるで寝つけなくて起きてきた子どものようだった。

その表情に思わず頬が緩みそうになる。
でもすぐに我に返ると恥ずかしさからまた顔に熱が帯びる。

「そ、そんなの自分で取りに来なよ。」
だから私は顔を隠すように俯いて、言葉を噛みながらも邪険に言い返した。

「相変わらずケチだよね。」
矢口は大きな欠伸しながら素っ気無い感じで呟いた。

それから軽くため息をつくと、渋々と冷蔵庫のところまでやってくる。

「そういうのはケチの部類には入らない。」
私は食器を洗いながらいつもの少し冷めた口調で言った。

「あのねぇ・・・・・好きな女の子には優しくするもんなんだよ。」
矢口は無邪気に笑いながら忠告するような口調で言った。

その言葉に私の心臓は大きく跳ね上がる。
ふざけて言ってるのは分かってた、だけど今の状況では聞き流せない。

「バカなこと言わないでよ!」
だから私は初めて出すくらいの大声で怒鳴った。

49 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時00分45秒
一瞬、矢口が全て知ってるように思えた。
その可能性はあの勘の良さを考慮すれば十分にありえることだ。
自分の気持ちに気づいたときからその考えはあった。

だから本当は全て見透かしていながら、戸惑う私を嘲笑っている気がした。
そんなこと考えると時々とても怖くなった。
でも確かに頭も切れるし性格も悪いけど、その子どもような無邪気な笑みは
絶対嘘をつかない。

その瞳の奥にある純粋さと無垢さだけは裏切らない。

なんて思ってしまうのは、恋による相手の美化ってやつだろうか。
だって昔はこんな簡単に人を信用しなかった。
けど今は何の根拠もないのに間違ってないと確信を持ってる。

恋愛で人が変わるなんて、何かの雑誌で見たときは戯言だと思っていた。
なのに自分がなってみると嫌なくらい痛感する。
だって矢口を好きになってから、私は150度くらい変わってしまった。

50 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時03分31秒
「どうしたの?いきなり大声なんか出して。」
矢口は突然怒鳴られたことに唖然とした表情をしていた。

「あぁ、ごめん・・・・・。最近ちょっとイラついてることがあってさ。」
私は素直に謝ると軽く笑って適当に誤魔化した。

「なんだよぉ〜、だからってオイラに当たるなよなぁ。」
矢口は私の言葉に疑いもせずに、不機嫌そうに頭を掻きながら言った。

「本当に悪かったと思ってるよ。」
「だったら棚からコップ取ってジュース注いで。」
私がバツの悪そうな顔して再度謝ると、予想通りに矢口が調子に乗り出す。

「それとこれとは無関係でしょ。」
だから私は敢えて冷たく突き放すような口調で言った。
ここで甘やかすと絶対につけ上がって、後々厄介なことになりそうだから。

「いきなり怒鳴られて心が傷ついた・・・・・・。」
矢口は突然床にしゃがみ込むと、寂しそうに潤んだ瞳で見上げてくる。

その姿は完璧なまでに私の心を鷲掴みしてくれた。
でもそんな内心が少しでも出ないように、しばらく口元の辺りを手で覆って
隠していた。

出会った当初なら受け流せただろうけど今はムリ。

51 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時05分28秒
「もう、分かったよ・・・・・ジュースを注げばいいんでしょ!」
私は深いため息を吐くと棚からコップを取ろうとした。

惚れた弱みにつけ込まれたってやつだろうか。
でもあぁいうことを本能的にやってくるんだから侮れない。
本当に色んな意味にすごい奴だと思う。

だって見た目以上に大人で頭も切れてカンも鋭い、なのに子どものように
無知に笑ってくるから。
そんな厄介すぎる奴だから油断はできない。

だって閉ざしていた私の心をいつの間にか攫っていった。

「へぇ〜、珍しいじゃん。普段は絶対やらないのに何かあった?」
矢口はすぐに立ち上がると、興味津々といった顔をして詰め寄ってくる。

「別に大したことじゃないよ。」
私は顔を少し逸らしながら微かに自嘲の笑みを浮かべた。

「・・・・・ふ〜ん。」
矢口はあまり納得してないような表情をして呟いた。

でもそれ以上追求することもなかった。

52 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時07分38秒
それは2カ月が経うとしてる今でも変わらないところだった。
矢口は相変わらず人の深いところは聞かないし、関わってこようとしない。
それは他人に入られたくない境界線が見えるんだろうか。

でも何の理由にせよ、前はその方が付き合いやすくて楽だと思っていた。
だけど矢口のことを好きな今ではそれは逆にうっとうしい。

それから少しだけ沈黙が訪れて、でも破ったのはやっぱり矢口だった。
「っていうか、ジュースを早く注いでほしいんだけど。」
冷蔵庫を軽くノックしながら、ふと思い出したような言い方で催促された。

「チッ、忘れてるかと思ったのになぁ。」
私は茶化すためにわざと舌打ちをして残念そうに呟いた。

「うわぁ〜、最低だねぇ。」
矢口は顔を顰めて呆れたように言いながら、どこか楽しんでる感じがした。

それは少しだけいつもの生活に戻った気がした。

53 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時09分58秒
私は抗議をムシしながら冷蔵庫からサイダーを取り出す。
それをコップに8分目まで注いで手渡した。

「はい、どうぞ。」
そのとき矢口の手と私の手が微かに触れ合った。

いきなり身体と心が大きく震えて、さっきよりも胸が大きく高鳴った。

それに驚いて私は思わず手を離してしまった。
すると矢口がまだ持ってなかったため、コップは自然に床へ落ちて割れた。
おまけに入っていたサイダーもかなり広範囲に流れてしまった。

「あぁ!もう何やってんだよ、圭ちゃん。」
矢口は呆れたようなため息を吐きながら膝を曲げようとする。

「いいよ、手切ると危ないから拾うよ。」
私はその行動を軽く手で制し、床に散らばったグラスの破片を拾い始めた。

「えっ?あ、ありがとう・・・・・。」
矢口はなぜか少し戸惑ったような声を出して素直に身を退いた。

「ねぇ、割れたコップを入れる袋を取ってくれる?」
私は手で大きめの欠片を拾いながら言った。
さすがに手で持ってるとケガをしそうだから、その方が無難だと思った。

「うん、分かった。」
矢口は素直に頷くとその場からすぐに姿を消した。

54 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時13分51秒
「・・・・痛っ!」
けれど私は拾っている最中に、グラスの破片で指を軽く切ってしまった。

痛みはないのに傷口から血が溢れように出てくる。
一応予想していたとはいえ、実際にやってしまうのが少し情けない。

「ねぇ、こんなでもいいの?」
そんなときに矢口が茶色の紙袋を片手に持って戻ってきた。

「別にそれでいいじゃない?」
私が軽く一瞥して曖昧に言葉を返すと、その袋に持っていた破片を入れた。
そして指から血を出しながらも平然と拾い続ける。

「ちょ、ちょっと血出てるじゃんか!」
矢口は突然大声を出すと、強引に私の指をに掴んで自分の方へ引き寄せる。

「ちょっと切っただけだよ、浅いからすぐ止まるだろうし。」
けれど指を切った張本人は冷静に答えていた。

でも矢口の方が妙にこだわって指を離してくれなかった。
「でもバンドエードぐらいしなよ、そういうのって部屋になかったけ?」
「知らないよ。それに大した傷じゃないんだから舐めときゃ治るって。」
殆ど意地のようになってるのを私はため息を吐きながら諭した。

「それならオイラが舐めてあげるよ。」
矢口は唐突にそんなことを言い出すと、私の指を口の中に入れようとする。

55 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時18分02秒
その言葉につい柔らかそうな桃色の唇が視界に入る。
すると私の顔が一気に熱くなって、胸の高鳴りが止まらなくなった。
もう理性が飛んで狂ってしまいそうだった。

だから指が唇に触れる直前で私は矢口を突き飛ばしていた。
頭で意識する前に体が勝手に動いていた。
だから結構力を入れてしまったらしく、また唐突なこともありその距離は
大きかった。

矢口は何があったのか理解できないのかしばらく呆然としていた。
でもやっと分かると尻餅を着いたまま怒鳴った。
「なっ・・・・何すんだよ!いきなり突き飛ばしたら危ないじゃんか!」

怒るのも無理はないので私は反論せずに黙っていた。

「・・・・・ごめん。」
それから少しして俯きながら疲れたように呟いた。

矢口は立ち上がると床を見ながらゆっくりと近づいてくる。
それから3歩くらい手前で立ち止まり、どこか切ない瞳で私を見つめる。

「本当にどうしちゃったの?この頃の圭ちゃんって何か変だよ。」
そして軽くため息を吐いてからそう話を切り出した。

56 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時19分39秒
近寄りたいのかもしれないけれど、グラスの破片が散らばってるので迂闊に
傍へ踏み込めない。
それは今の私達の距離のようだった。
見た目では結構近いのに本当は果てしなく遠い。

でもきっと元々遠かったんだ、どんなに走っても届かないくらい。
なのに私はどこか夢見てて変な期待を持ってた。
そんな自分の浅羽かさと子ども染みた考え方が惨めを感じた。

そして自虐精神のせいか不意に笑いが込み上げる。

もう一緒にはいられない、暮らすことなんて出来るはずがない。
意識しないように振舞えばただ墓穴を掘るだけ。
そんなこと分かってたはずなのに、矢口と離れることができなかった。

だから今まで穏便に避け続けていた。
他人にここまで未練ったらしくなることなんて初めてだ。
この矢口への好意という想いが私を狂わせていた。

だけどもう別れないといけないらしい。
もう二人の生活は限界なんだ。
これ以上一緒にいると互いを傷つけ合うだけだから。

こんなのバカな意地だとは思うけど、別れるのは私から仕掛けさせてよ。
そっちから言われたんじゃあまりに痛いから。

57 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時23分33秒
「何笑ってるの?」
矢口からその表情が見えたらしく、気に食わないのか不満げな声を漏らす。

その様子から推測すると鼻で笑われたとでも思ってるようだ。
でもそういう風に見えたことは逆に好都合だった。

「だって変なのは・・・・・矢口のほうだからさぁ。」
私はゆっくりと顔を上げると、口の端を軽く釣り上げて久しぶりに嘲笑う。

血は未だに止まらずに鈍い痛みを響かせながら床へと落ちる。

でもこんなの心の痛みに比べたら何ともない。
壊れそうなほど締めつけられる痛みに比べたら何ともない。
これからひどいことを言う私には何ともない。

でもこんなに心を痛めるくらいなら、このまま出血多量で死にたい。

「それってどういうこと?」
矢口が顔を顰めながら怪訝そうに聞いてきた。

「だってこのゲームも残り1ヵ月になるんだよ?それなのに何か変に期待
してるんじゃない?命を賭けたゲームをしてるのに、くだらない友達ゴッコ
を続けてるとても思ってた?」
私はわざとらしくため息を吐くと、まるで茶化すような軽い口調で一気に
その質問に答えた。

58 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時26分12秒
自分では笑ってるつもりだった。
矢口の心を深く鋭く抉って、嫌いになるほど傷つけようとした。
私はそんな風に上手く笑えているだろうか。


でも今はこれが私の精一杯だ。

59 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時30分43秒
それから矢口はただ顔を俯いてしばらく黙っていた。
けれど何を思ったのか、顔を上げると突然私の方へと近づいてきた。
まだ破片が落ちてるかもしれない床を平然と踏み越えて。

そして矢口は真剣な目で見つめてくる。
私はなるべく嫌味ったらしく見えるように笑った。

その瞬間に頬を平手で思い切り叩かれ、乾いた音が静かな部屋に響いた。
多少予想していたけど受け止めきれずに体が数歩だけ動く。

「・・・・・最低。」
矢口は聞いたこともない低い声で吐き捨てるように呟いた。

その瞳は貫かれるるくらい真っ直ぐで、鋭く切るように私を睨んでいて、
そしてひどく軽蔑していた。

それから矢口は何も言わずに寝室へと戻っていった。
すぐに乱暴にドアが閉められて、リビングは何の音もしない静寂に包まれた。
血は相変わらず止まらなくて痛みは増すばかりだった。

だけどそれが気にならないくらい心の痛みのほうが激しい。
でもそんなものは何ともない。

矢口の痛みに比べたら、本当にこんな痛みは何ともないんだ。

60 名前:Something broken sound 投稿日:2003年04月12日(土)23時32分23秒
私は不意に力が抜けてしまって、つい持っていた紙袋を床に落とした。
すると甲高く澄んだ何かが割れる音が響き渡る。

それがコップの破片が割れた音なのか、それとも心が壊れた音なのか今の
私には分からなかった。

61 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年04月12日(土)23時40分22秒
この頃更新してなかったので、少し多めにしましたが、多分これからまた
間が空いてしまうと思うので、その間に暇つぶしにサイト作ってたので見て
くれると嬉しいです。
ttp://members.tripod.co.jp/anvibarent/index.htmlです。

62 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月13日(日)13時55分59秒
圭ちゃんつらいなぁ…
63 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月13日(日)22時08分34秒
あぁ・・痛い・・切ないっすねぇ
64 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月14日(月)01時38分39秒
うーん、やぐヲタのおいらは圭ちゃんに感情移入してしまうな
2人とも幸せになってほしいけど、そう簡単には行かなそうですね・・・
65 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年04月14日(月)11時29分24秒
ああ・・・悲しい展開ですね・・・。
なるべくチョコケーキの話の部分のような微妙な関係が続けばいいと思っていたけど、
やはり命を賭けたゲームという現実は残酷ですね・・・。
66 名前:   投稿日:2003年04月14日(月)22時53分19秒
正義のために保田氏は勝利を収める義務があります。
67 名前:66 投稿日:2003年04月14日(月)22時57分28秒
残念ですが矢口氏の未来は火葬場です。
68 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月14日(月)23時46分42秒
>>66-67
単なる感想ならいいが、煽りにも見える。
煽るつもりなら来るなよ。
69 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月15日(火)01時23分02秒
>>68
キティガイは放置しろよ
70 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月15日(火)12時56分41秒
多分>>66-67の奴だと思うんだけど、
他のスレでも同じような事発言してるよ。
とりあえず放置の方向で
71 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月26日(土)01時47分37秒
作者さんなんか変な奴がいるけど気にせず頑張って!
更新楽しみにしてます。
72 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月06日(火)00時03分12秒
楽しみにまってま〜す♪
73 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年05月09日(金)22時02分12秒
>62の名無し読者さん 保田さんの辛さと苦悩が話のウリですから。

>63の名無し読者さん 話が進むにつれて痛くなっていきますが、
書いてる方としてはとっても楽しいです。

>64の名無し読者さん 話的に感情移入は難しいと思ってたので、
そう言ってもらえると嬉しいです。きっと最後は一般には幸せじゃないと、
思いますが、2人が満足したならそれが幸せだと考えてます。

>読んでる人@ヤグヲタさん 2人の関係が良くなっていくほど、皮肉にも
ラストが辛くなるという感じです。
まぁ、それは自分で狙って書いたんですけどね。

>66−67は放置ということで

>68、69、70の名無し読者さん 助言ありがとうございます。

>71の名無し読者さん 更新が本当に遅くて申し訳ないんですが、
後2、3回で終わると思うので付き合ってくれると嬉しいです。

>72の名無し読者さん お待たせしました、やっと更新できます。


74 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時05分00秒
私はウソをついた。

でもそれは別に大したことじゃない。
ウソをついて悩むなんて、そんな良心は持ち合わせていないから。
そんな子どもみたいな純粋な精神はもう微塵もない。

罪悪感に苛まれるなんて、そんなこと昔からなかった。
だから心が痛むはずはないんだ。

なのに、どうして掻き毟りたいほど胸が苦しいんだろう。

75 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時07分50秒
あれから矢口とは完全に別離してしまった。
私は二人で寝ていた寝室を離れ、今まで使われなかった空き部屋に移った。
あの日から1日の大半をそこで過ごしている。

そのせいなのか矢口とは1度も顔を合わすことはなかった。
避け合っているせいか、それとも偶然が重ねっているだけか、どっちに
しても合わない方が互いの為だ。

そうして私達が別れて暮らしてから2週間が過ぎた。

もうゲームも3ヶ月目に入り、あと3週間で終わりを迎えてしまう。
何だかその事実は虚構のようで信じられなかった。
始まった当初はまるで終わり無い悪夢のように思っていたのに、
それがあと少しで終わろうとしている。

思い出すと案外それは短い月日だったような気がする。
でも私はその間に随分と変わってしまった。
他人との関わりをいつも拒絶していたのに、今じゃ心の底から求めている。
限りなく深い永劫に続くと思っていた暗闇に光が差した。

そして私は病にかかった。

泣きたくなるほどの熱い想いに悩まされてばかりだ。
神様でも悪魔でも構わない、胸に渦巻く痛みを和らげてくれるならば。
でも1人しか癒されないこの痛みはきっと罰だ。

76 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時15分20秒
ある日の夜、私は珍しくリビングで寛いでいた。
お風呂から上がると何となく足がこ向いてやってきてしまった。
この部屋にはご飯を食べる以外は入っていない。

リビングと繋がってる寝室から矢口が現れそうで怖かったから。
でもそのときは導かれるように部屋に入り、私は久しぶりにソファーに
腰を下ろした。
そして日本の現状況をテレビで見ながら湯冷まししていた。

けれど私は不意に部屋を大きく見回してみた。
この前までここで矢口と笑い合っていたなんて、今となっては夢のように
思える。

あいつはいつも騒がしいくらい部屋を駆け回ってた。
ヒマだと言って私のとこに駆け寄ってきては、いつもテレビゲームを無理に
でもやらせた。
それに飽きたら一人で延々と話し続ける。

たまにからかうと耳障りなくらい甲高い声でよく怒鳴ってた。
自分が仕掛けて反応無いとまた怒って、からわれるとそれでもまた怒る。
まるで小型犬のように限りがないくらい叫んでは私を困らさせた。

そして本当の子どもみたいに無邪気な笑顔で笑った。
心の底では深い傷を持ってるのによく笑う。
本当は全てを知っているにも拘らず、それでも楽しそうに笑っていた。

77 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時16分04秒
その笑顔を見て胸が高鳴ったのは、思えばいつからだったんだろう。

ふと気がつくと私の頭は矢口の事ばかり。
さっきまでテレビで遠い異国での戦争中継を見てたのに、いつの間にか
思考が切り替わっていた。

矢口への想いは世界の一大事さえ無関心にさせる。

78 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時19分02秒
私は不意に立ち上がると台所へと向かった。
そして冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、3本を右手で抱え込むと左手で
2本掴んだ。

矢口と別れてからすぐに私はお酒に手を出した。

元々飲んでもおかしくない年だし、ゲームをする前は毎晩飲んでた。
けれどなぜか矢口と暮らし始めてからは飲んでいない。
それは外へと出掛けた以来のことだった。

でも帰ってきてからまた飲み始めたというわけでもない。
別に気を遣ったなんてことは絶対ない。
ただ何となくそういう気分にはならなかっただけ。

私はビールをテーブルに置くと、早速プルタブを開けてすぐに一本空けて
しまう。
それは急に飲んだためか目眩を起こしたように辺りが揺れた。
でもすぐに治まって、私は軽くため息をついて新しい缶に手を伸ばした。

だけど一人暮しをしてたときもこれほど飲みはしなかった。
あのときは好きだから飲んでいたはずだ。
けれど今はただ意味なく喉へと流し込んでるだけだった。

でも飲んで酔い潰れでもしないと、色々考えすぎてもう眠れないから。
それが私がお酒に手を出した理由だった。

79 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時24分15秒
きっと矢口に初めて会ったときから狂い始めてたんだ。
胸にある爆弾じゃなくて、他の何かが私に漠然とした不安を与えていた。
だけど今ならその正体が何だか分かるよ。

心がずっと警告してたんだ、「こいつと恋に落ちる」から気をつけろって。
でもその意味に気づかなかった私は予想通り矢口を好きになった。

だから本当はもっと前からこの想いはあったんだ。
それを今までは強引にムシしてただけ。
だって命は賭かってるし、それにもう誰にも心揺れないって決めたから。

その胸に感じた密かな予感を認めることができなかった。
だけどもう隠し切ることすら困難になってきてる。
何とか押さえ込んではいるけど、本当は今すぐ会ってに言ってしまいたい。

きっと無意識にでも言ってしまいそうで怖かったんだ。
だからあのとき矢口を傷つけて突き放した。
少しずつ傷つけくらいなら、痕が残るくらい深く傷つけたかった。

80 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時25分46秒
そうすればもう私に近寄ってこないと思ったから。
だって傍にいるだけで心が高鳴って、普通の仕種なのに心が揺れてしまう。
その表情の一つ一つが胸に焼き付いて頭から離れない。

屈託のない笑顔で見上げられる度に、ひどく抱きしめたい衝動に駆られる。

81 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時29分35秒
私はゆっくりと腰を上げると、まだしっかりとした足取りでキッチンの方へ
向かう。
そしてカウンターの端にあったタバコとライターを取ってきた。

ソファーが揺れるくらい勢いづいて腰を下ろすと、タバコの底をテーブルに
当てて一本取り出した。
それを唇でくわえると石を鳴らして火をつけた。
すぐに喉に重く伸しかかってくるような独特の苦味が口に広がる。

それから白い煙を吐き出すと部屋に甘い匂いが漂った。
私はソファーの背もたれに寄りかかると、天井へと上っていく白い煙を
何となくしばらく見ていた。

タバコを吸い始めたのもここ最近のことだ。
お酒と同じで配達の商品に新たに加わった一つだった。
これもゲームをする前は普通に吸ってたけど、矢口の前では一度もない。

「もうダメなんだな・・・・・。」
特に意識もしてなかったのに、不意にそんな言葉が口から漏れた。
でも自分で言ってるにも関わらず意味が分からなかった。

絶対に延長できないこのゲームに対して、落胆した諦めの声にも思えた。
でもあまりに変わり過ぎだ自分への嘆きにも思えた。
そして二度と元には戻らない、矢口との関係を言ってるようにも思えた。

82 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時31分16秒
それはまるで時計の針が一秒ずつズレていく感じだった。
初めは全く気がつかないが、それは月日が過ぎていくと膨大な歪みを生む。
私は多分そのズレを少しでも直したいんだと思う。

だから出会う前にやっていた酒とタバコに手を出して、昔に戻ったように
錯覚をさせてるんだ。
でも今更そんなことをしてももう手遅れだよ。

誰も触らせなかったこの心に、土足で勝手に入ってきた奴がいるから。
けどそいつだけが私が密かに抱えていた傷を癒せた。
だからいつの間にか心奪われて、気がついたら想いさえ向けていた。

それはどんなことをしても消えることのない気持ち。

でも想いなんて欲しくなかった。
だって別に知らなくても人は平気で死ねるから。
でも一度知ってしまったら、絶対に手放せなくなるのを知っていた。

だから自分が呆れるほどに求めて止まらない。
そして孤独に一度光を与えられると闇に戻るのが怖くなる。
でもこれは罰なんだって分かってる。

胸を痛めるほど想いの深さを知り、届かないことにまた胸を痛める。
だけどこれほど重い罰を私は他に知らない。

83 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時42分52秒
その日の出来事はきっと偶然だ。
私はリビングにビールを取りに行こうと思い、普通にあの部屋へと入った。
でもまさか矢口に鉢合わせするなんて思わなかった。

それは反則にも似た偶然だった。

もし誰かが仕組んだのならあまりにも悪意に満ちていて、そしてあまりに
狙いすぎている。
でもその狙いは間違いなく私のど真中を貫いている。

私達は2週間と6日ぶりに再会した。

矢口が反射的に首をこちらへ向けると、視線が自然と重なって目が合った。
私は体が硬直してその場から1歩も動けずにいた。
でも心臓はまるで反比例するように、早く脈打って苦しいくらい動き出す。

その姿を見ただけで想いが次々と溢れてきて身体を熱くする。
それから私の目線は矢口に釘付けになっていた。

初めて会ったきより少し伸びた髪は、色落ちしたのか金から茶になった。
いつも見飽きるくらい笑ってたのに今はどこか強張っている。
そして大概は開いてるはずの口もしっかりと閉じられ、その瞳は相変わらず
鋭さを保っている。

けれど1歩も動けないのは矢口も同じらしい。
時間がそこで止まったように、私達はしばらくその場で固まっていた。

84 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時46分09秒
「・・・・・矢口。」
その呟きだけが私の意識から外れたように口からこぼれた。

でもそう言った瞬間に時間がまた動き出した。
矢口はまるで肉食獣の気配を察知した草食動物のように、すぐに身を翻して
私の前から姿を消した。

そしてドアを乱暴に閉める音だけが耳に残った。

私だけがまた静かな部屋に一人取り残されてしまった。
それは二人が別れる原因になった、あのときの映像を頭の中に再生する。
二度と見たくないと思ったあの顔と言葉。

あのときの矢口を思い出すとまた激しい痛みに襲われる。
でも今みたいに避けられるのは仕方がない。
それだけのことをしたという自覚はこれでも一応あるつもりだ。

私は自嘲の笑みを微かに浮かべると、自分の部屋へ戻ろうと思って寝室に
背を向けた。

「圭ちゃん!」
とそのとき後方から突然私の名前を叫ぶ声が聞こえた。

久しぶりに聞いたその懐かしい声に、思わず心臓と体が大きく震える。
そして意味の分からない嬉しさで心が満たされた。

85 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時51分18秒
けれど私はすぐには言葉を返せなかった。
今の私達の現状からすれば返すことはあまり好ましくない。
互いに避けているのに会話をする、その矛盾した行為自体に疑問を持った。

それに不用意な言葉で矢口を傷つけてしまいそうで怖かった。
でも本当は心の底から強く求めているから。
だからなのかもしれない、矢口の言葉に返事してしまったのは。

「・・・・何?」
私は初めて会ったときのような冷たく抑揚のない声で答えた。

「あのさぁ・・・・ジュース取ってきてよ、冷蔵庫に入ってるコーラ。」
久しぶりの会話のせいなのか、矢口はどこか戸惑っていてぎこちなかった。

「なんで私が取らないといけないわけ?」
私はあくまでも感情を抑えつけて冷静に心を保っていた。

「だ、だって取ろうと思ってたとこに圭ちゃんが来たんだから、多少は
責任あるんじゃないの?」
矢口は少し考え込んでからまだ慣れてない様子で反論してくる。

86 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時53分54秒
「そういうのに責任ってないと思うんだけど。」
私は軽くため息を吐いてから呆れたような口調で言い返した。

「あるに決まってるよ、圭ちゃんが来なければコーラーは取れたんだよ。」
矢口は勘を取り戻していくように、その話し方は徐々にいつもの調子に
なっていく。

だからなのか私は知らない間に上手く乗せられていた。

「偶然そうなったものは仕方ないでしょ?」
まるでダダをこねる子どもを優しく諭すように言った。

「でも取れなかったのは事実じゃん!だったら責任はあんじゃないの?」
「だったらもう二度とこの部屋には入らないよ。」
「そんなこと言ってないじゃんか!今はコーラを取ってくるかってことで
話してるんだからさ。」
「私が出て行った後に自分で取ればいいでしょ!」

売り言葉に買い言葉、私達は気がつくと言い争いのようになっていた。
でもなぜだか段々と楽しくて心が弾んでくる。
まるで今まで話せなかった分、それを吐き出しているような気がした。

けれど私達は会話したらいけない。
距離を近づけちゃいけない、きっとバカみたいに傷つくから。
そして本当に傷つく前に離れないといけない。

87 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時55分48秒
「それじゃ圭ちゃんが責任を果たしてないからダメだよ。」
「だから私に責任なんて・・・・・。」
また話がふりだしに戻ったところで、ようやく言葉を止めることができた。

矢口とこれ以上会話をしたらいけない。
もし口を滑らせて想い言ったら、このゲームは終わってしまう。
必ずくる離れるときに今よりもっと辛くなるだけだ。

二人は必ず別れる定めにあるから。

「分かった。コーラーを取ってくればいいんでしょ。」
会話を止める為だけに、私は今までの意見を簡単に覆して了承した。

「えっ?あぁ、うん・・・・。」
矢口は突然の展開に呆気に取られような返事をする。

「今持って来るから待っててよ。」
私はまたさっきのように冷淡な声で言葉を返した。

そして冷蔵庫があるキッチンへと歩き出そうとしたときだった。
「圭ちゃん!」
と先程と同じように矢口がまた後から呼び止める。

でも今度は返事を返すことはなかった。

88 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)22時59分27秒
私が聞き流して歩き出そうとすると、微かに呟くような声が聞こえた。
「・・・・・・どうして矢口のこと避けるんだよ。」
それはどこか寂しげな口調に思えた。

でもその言葉に身体が鋭い何かで射貫かれたような痛みが走る。
だけど私はその問いに答えることはできない。
強く奥歯を噛み締めながら、拳を痛いくらい握って耐えた。

その質問に答えるには自分の想いを言うことになるから。
だからわざと聞こえなかったフリをして、私は立ち止まらずに歩を進めた。

矢口はそれから何も言うことはなかった。

聞こえなかったと思ったのか、それともムシしたことに気づいたのか。
けれど聞き返されない方が有り難かった。
部屋はさっきの喧噪がウソのように静まり返ってしまう。

出来ることなら全てが幻なら良いのに。
そうすれば目覚めたときに全てが夢で片づくから。
こんなにも胸を痛める必要もないんだ。

なのにこれは間違いなく現実。

89 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)23時02分54秒
私は冷蔵庫から冷えたコーラーを取ってくると、寝室のドアを軽く叩いた。
「取ってきたよ、お望み通りに。」

「・・・・・ありがとう。」
矢口は照れくさいのか小さな声で呟いた。

そして少し間があってから、小さな音がしたかと思うとドアが開いた。
それから僅かな隙間から白い手が私の方へ伸びてくる。

「早くコーラちょうだい。」
矢口は顔を見せることなく、ただ軽く手を揺らしながら催促してきた。

そのとき私の頭の中はつい邪推してしまう。

今一瞬の不意をついてドアを開ければ、矢口をこの手に抱きしめられる。
前のようにその温もりに触れることが容易にできてしまう。
今一歩さえ踏み出せばきっと何だって奪える。

頭の中に大量に様々な妄想が浮かんで、私の鼓動は一気に早まった。
興奮しているのか息が少しだけ荒くなる。

けれど奥深くに眠っていた冷静な自分が目を覚まして呟く。
『それでどうする?』

その一言で異常なほどに舞い上がった頭が冷まされた。
私は矢口の手にコーラーの缶を渡していた。
そして何事もなかったように、寝室のドアは平然と閉められた。

90 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)23時10分13秒
確かにあの瞬間なら奪えたのかもしれない。
けれどそれは目に見えるものだけで、私が本当に欲しいものとは違う。
でもきっとこの世の誰も奪うことはできない。

私が欲しいのは矢口の心だ。

何だか脱力したようにふと力が抜けて、私は寝室のドアに寄りかかった。
それから口元を強く押さえて声を殺した。

怖かったのは死ぬことじゃない、自分の命なんていくらでも捨てられた。
怖かったのは幸せになることじゃない、強い決意も想いの前では消えた。
怖かったのはあの人の笑顔じゃない、それすらも今まで普通に霞んでいた。

どんなことも胸にあるこの想いのためなら背けられる。

だから矢口に告げたって構わなかったんだ。
全てを失っても初めから何もない私には大して意味がない。
でも本当に恐怖していたことが引き止めていた。

本当に怖かったのはこの想いが受け止められないこと、矢口の心を奪えない
という事実を知ってしまうことだ。
初めて本気になったから拒絶されるのが怖かった。

私はようやく真実が分かって何だか清々しい気分だった。

それはとても嬉しく感じられたけれど、それと同時にひどく泣けた。

91 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)23時18分36秒
私は顔を俯きながら込み上げてくる嗚咽を押し込んでいた。

「圭ちゃん・・・・・もしかして泣いてる?」
意外すぎて確信が持てないのか、矢口は怪訝そうな口調で言った。

「誰が・・・泣いて・・・んだよ・・・。」
私は泣いてるのを悟られないよう、なるべく声を詰まらないよう努力した。

でもその言葉は誰が聞いても泣いてるようにしか聞こえない。
だけど情けないことにどうにも涙が止まらなかった。
そして自分が本当は弱すぎることを知った。

「そっか、やっぱそうだよね。」
けれど矢口は一人納得したようにそう言うと、少しだけ語尾で笑った。

私はバカにされたような気もしたが特に反論しなかった。
そんな状態じゃなかったのもあるし、それになぜか怒りは湧かなかった。

それから突然背中に軽い衝撃を感じた。
見えないから定かではないが、矢口がドアに寄りかかったらしい。
私達はドア一枚挟んで背中合わせの格好になった。

92 名前:Unbearable feeling 投稿日:2003年05月09日(金)23時21分19秒
「もう少しだけこのままでいいかな?」
自分でも恥ずかしいのか、矢口は素っ気無い感じで問いかける。

「・・・好き・・に・・・・すれば・・・。」
私は声を震わせながら何とか答えた。

止まらない涙と繰り返される嗚咽、それでも矢口は何も言わなかった。
全て分かってるはずなのに相変わらず何も言わない。
ただドア越しに立っているだけだった。

それが矢口の気遣いなのは分かっていた、その優しさが嬉しかった。
本来は私が言うべき言葉を何を悟ったのか言ってくれた。
だけど素直にお礼を言えるほど器用じゃない。

でも私はそれで十分に救われていた。

だからか不思議なくらいあっさりと決心できた。
明日になったら、私は矢口に今抱いてる想いの全てを告げることを。

93 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月10日(土)13時07分52秒
更新待ってましたよ。
とうとう終わりが近づいてくる予感!?
94 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月12日(月)09時47分51秒
とうとう想いを告げるのか・・・圭ちゃん・・・

二人の毒舌掛け合いが凄く面白くて読み始めたのですが
段々と切ない感じになってきましたねえ・・・
マターリ待ってますので頑張ってください
95 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月24日(土)18時42分47秒
告白ですか、
2人が上手くいくことを願ってしまうな…
96 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月14日(土)00時00分24秒
更新楽しみにしてます♪
97 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年06月14日(土)22時18分32秒
>93の名無し読者さん なかなか更新しなくてスイマセン。
でも次の更新でこの話は終わらせようと思ってます。

>94の名無し読者さん 2人の毒舌トークは自分でも気になってたので、
そう言ってもらえると嬉しいです。当初考えてた通り話が進むにつれて、
段々と切ない感じになっていけて良かったです。

>95の名無し読者さん 保田さんの告白は上手くいくけど・・・・・・
って感じです。結末は次の更新で明らかにします。

>96の名無し読者さん お待たせしました、やっと更新できます。

98 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)22時25分18秒
ちゃんとお風呂にも入ったし、髪も梳かして念入りに整えた、服だって
外行きと思われるくらい頑張って選んだ。
黒のデニムを軽く叩いて小さな埃を払い、黒い7分丈シャツのボタンを
二つ目まで外して襟を正す。

それから深いため息を吐くと両頬を音が出るくらい平手で張った。

後悔なんかしてないし、命を落とす覚悟もできてる。
死ぬことなんて怖くない。
私が一番恐れてるのは矢口に想いを拒絶されること。

でも固く決意したはずなのに、洗面台の鏡に映るその顔は少し不安げだ。
死ぬことが全く怖くないと言えばウソになる。
生死に興味なかった私ですら、いざ直面すると少し後退りしている。

それだけ死の持つ負の力のエネルギーは一瞬で心を飲み込む。
それに生きることは人間の本能だから。
けれどそれに背いても私は想いを矢口に告げたかった。

なのにあまりに情けない顔してるから、気合いを入れるためにさっき頬を
思いきり平手で叩いた。
だけど結局そんなものは気休めでしかない。
でも確かに死ぬのは怖いけど考えを変えるには至らない。

何にも誰にもこの想いだけを侵せはしない。

99 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)22時32分52秒
私が他人に好意を持つことなんて絶対にありえなかった。
なのに今は告白をしようとしてる。
別に矢口は大して良い女じゃない、でもあいつの為なら命を捨てられる。

さっき叩いたせいかは知らないけど、鏡の中の私は良い顔になっていた。
そしてあまりに単純な自分に少しだけ笑った。

そんなとき私は外に出掛けた日の帰り、車の中でオヤジに言われたことを
ふと思い出した。
『私も本当は死ぬはずだったんです。イミテーションに恋をしたんですよ、
こんな私ですけど。それで告白しようとしたんです。死ぬことは分かって
いました、それでも伝えたかった。』

脳天気に言ったオヤジの言葉の意味と気持ち、今の私なら理解できる。

全てを犠牲にしても欲しいものがある。
例えそれが自分を絶望の淵に追い込んでも構わない。
気持ちを伏せて失ってしまうなら、言って死んだ方がずっとマシだ。

この想いを捨ててまで守るものなんて何一つない。
そう思えたからこそ、オヤジも告白することを選んだのだと思う。
でも今の私みたいに恋に悩んでる姿を想像すると、あまりにも似合わなくて
何だか笑えた。

100 名前:Look 投稿日:2003年06月14日(土)22時37分39秒
けれど告白する私は実は臆病者なのかもしれない。
ゲームが終わっても生き続け、死ぬまで矢口への想いを背負いたくない。
その受け止めきれない重圧から逃げてるだけなのかもしれない。

でもこの想いだけは偽りのない真実。
だから今はもうそれだけを信じて道を進しかない。

でもオヤジに言い返してやれないのは、たった一つの心残りだった。
あのときに勝っても負けても私は敗者だと言われた。
でも今はそれは違うと断言できる。

矢口に出会えたことも、恋に落ちたことも、告白して命を落とすことも全く
後悔してない。
それは今までない程とても満たされた楽しい日々だった。

私が知らなかった感情をたくさん教えてくれた。

でもこれは非現実による錯覚の恋かもしれない、または偶然が重なり合った
出来事かもしれない、それか誰かが巧妙に仕組んだ罠かもしれない。
この想いが他に考えられる無数の可能性の一つだったとしても構わない。

でも私達はきっと普通に出会っても恋をした。

もう一度ゲームを始めからしても、結果はこれ以外にはならないと思う。
世界中の他人が否定しても構わない。
ゲーム上のルールーで負けても私は絶対に勝者だ。

101 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)22時42分28秒
私は不意に右手首にしてる白い腕時計に目をやった。
それを手を胸のところまで持ってくると、ため息を吐き出してから握った。
この時計はあの人が最期に与えてくれたもの。

形見だと言ったら怒りそうだけど、私にとってはそれくらい大切ものだ。

これは死へ逃げない為の生へと繋ぎ止めるたった一つの楔。

でも矢口を好きになってからそれが一変した。
いつも感じるはずの痛みは消えて、代わりに優しい温かさが胸に溢れた。

不意にこの時計を貰ったときの映像が私の頭を過った。

「この時計あげるよ。もし圭ちゃんが一番大切だと思えた人に出会えたら、
今度はその人にあげて。」
照れくさそうに笑いながら、彼女は大事にしてた時計を平然と放り投げた。

私はそれを慌てて受け取ると意味が分からず首を傾げていた。
あの頃はまだその言葉の意図を理解できなかった。
けど今なら痛いほど分かる。

今まで私が生きてこれたのはこれのお陰だった。
正確に言うならば、この白い腕時計とあの人の目が眩むほどの笑顔。
それが私にとって本当に大きな支えだった。

だから最後にお礼と少しの謝罪を込めて時計に唇を落とした。

102 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)22時47分46秒
「・・・・・おし。」
私は洗面台の鏡を軽く拳を打ち込むと、再確認するように気合いを入れた。
表情もさっきと比べると全然良くなってるし改めて心も決まった。

腕時計を見ると12時を少しだけ過ぎている。
早く行かないとまた矢口にうるさい小言を言われそうだ。
私は最後にもう一度だけ服装と髪型を整えると洗面所を後にした。

約束の時間は12時、良い服装を着て待っていて欲しいと昨夜に言った。
まだ来るか来ないか分からないけど行くしかない。
でも私はなぜかリビングに矢口がいることを確信していた。

別に何の確証も根拠もない自信だけど、外れてる気が全くしなかった。
けれど緊張しているのか少し喉が乾いている感じがする。
だけどそれは死ぬことへの恐怖じゃなく、矢口へ告白することに対して
だと思う。

リビングに通じるドアの前に立つと、乱れた心を落ち着かすために目を
瞑って深呼吸をする。
そしてドアノブをゆっくりと回すと、意を決して中へと足を踏み入れた。

今日、私は矢口に今ある想いの全てを告げる。

103 名前: Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)22時50分31秒
部屋に入ると矢口が部屋の中央に立っていた。
その顔から感情を読み取るに、時間に遅れたことを少し怒ってるようだ。

「呼び出ししといて遅いんだけど。」
「悪かったね、こっちにも色々とやることがあってさ。」
あからさまに不機嫌そうな矢口の言葉に私は平然と流して答える。

それはいつもお馴染みの二人の会話だった。

自分が恐れている正体が分かった今、もう避けることも逃げる必要もない。
拒絶されることを恐れている私は絶対に矢口を傷つけない。
だから前のような会話をすることができる。

でも改めて矢口その姿を見ると、思わず笑いが込み上げてきて私は慌てて
手で口元を押さえた。

「何笑ってんの?」
さらに不機嫌さを増した声で言いながらも、表情には照れくささが見える。

「ふっははは・・・・いや、気合い入りすぎだなぁっと思ってさ。」
私は何とか笑いを堪えながら軽く皮肉も交えて言葉を返す。

「べ、別に気合いなんて入ってないよ!圭ちゃんが良い服着てこいって
言うから・・・・・。」
矢口は最初は勢い良く怒鳴るように反論するも、すぐに顔を俯けながら
小さな声で呟いた。

104 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)22時54分13秒
今の服装は柔らかい感じのする薄手の白いタンクトップ、そして軽く透けて
見えるその下には紺色のワンピースを着ている。
それからスモーキー色の少し短めのデニムを重ね着している。
髪は軽くウェーブがかかっていて、色々と試行錯誤したことが想像できる。

こんな格好は外出したとき以来見たことがなかった。
いつも部屋着はジャージだとか、ジーパンにTシャツといった感じだった。
それに髪だっていつも梳かさず寝癖のまま放置だし、やってもゴムで軽く
結ぶ程度しかやらなかった。

なのに今日はどう見てもちゃんとした服装だから。
自分も人のこと言えないけど、矢口がそうしてくれたことが嬉しかった。
私に言われて仕方なくした行動だとしても胸が熱くなった。

「確かにそうは言ったけどさ、何も勝負服じゃなくてもよくない?」
でも何だかふと意地悪くしたくなって軽く挑発してみた。

それは小学生とかがやる、好きな子にイタズラをする行為と同じだった。

「どこが勝負服なんだよ!やっぱこんなの着てこなきゃ良かった。」
すると矢口は見事すぎるほど乗ってきて、怒鳴ってからと不機嫌そうに
思い切り顔を逸らす。

そうして二人の間に長い沈黙が訪れた。

105 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)22時57分07秒
「ごめん、今のは私の方がちょっと調子に乗りすぎた。」
私は苦笑しながら矢口の顔を覗き込んで謝った。

「・・・・・・・。」
でも謝っただけでは怒りは治まらないらしく無反応。
矢口は腕組みをして下唇を噛みながら、私と絶対に目線を合わせない。

「よく似合ってるよ、その服。」
「・・・・・今更お世辞なんて言っても遅すぎだから。」
黙ったままでは仕方ないので、私の服を誉めるという単純な行動に出た。

でもその作戦はとりあえず成功したようだ。
話してさえくれれば後は何とか会話を波に乗せればいい。

「本当にそう思ってるって。」
「はぁ?そんなのどう聞いても分かりやすい煽てじゃん。」
「私が簡単にそんなこと言うわけないでしょ?」
「そうだとしても信じられない。」
会話は進んでいるけれど根本的な部分は進展していない。

矢口の不信感は未だ取り払えないようで、疑いの眼差しで見つめてくる。

「だから本気だってば。今日の矢口はすっごくかわいいよ。」
私は頭を掻きながら照れくさそうに笑った。

今までの言葉がお世辞だとしても、この言葉だけは心の底からの本音。

106 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)23時01分50秒
あまりに臭い言葉だから笑われるかと思いきや、矢口は顔を俯けて黙り込ん
でいた。
耳が真っ赤になってることから多分照れてることが予想できる。
素直に喜ぶところを見せないのは何とも矢口らしい。

それは何気ない仕種なのに、見てるだけで心の奥が温かくなって癒される。
そしてそんなとき自分が抱いている気持ちを実感してしまう。

『こんなにも矢口が好きなんだ』と。

にしても今日は告白する大事な日なのに、何やってんだかと自分でも思う。
でも二人で過ごす時間は楽しくて少しでも続けたいのは確か。
本当にもっと長く続けられたらいいのにと思う。

でもそう思ってる自分がゲームを終わらせるなんて、改めて皮肉すぎる
現実につい苦笑してしまう。
でも変えられない事実を悔やんでも仕方がない。

それなら手に入れられる精一杯の幸せを掴めばいい。

107 名前: Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)23時08分08秒
「っていうか、こんな朝ぱっらに人を呼び出して何の用なの?」
ようやく矢口は顔を上げたものの、未だ恥ずかしいのか少し顔を逸らして
本題へと入る。

「朝って時間じゃないでしょ、この時間じゃ。」
「じゃぁ、こんな昼ぱっらに人を呼び出して何の用?」
私は言葉の矛盾の揚げ足を取ると、矢口は面倒くさそうな口調で言い直す。

でもそれはすぐに本題に入れなくて誤魔化しただけ。
ちゃんと心に決めたけど、いざその事態に直面すると戸惑ってしまった。
真面目に告白するのはこれが初めてだから。

私は軽くため息をついてから唾を飲み込んだ。
「実は今日さ・・・・・矢口に言いたいことと渡したいものがあるんだ。」
と拳を握り締めて内心密かに気合いを入れると、まっすぐ目を見つめて
真剣な顔して言った。

「はぁ?何?いきなり改まっちゃって。」
矢口は重くなりそうな気がしたのか、茶化すように笑いながら言葉を返す。

私は目を瞑って大きく深呼吸をして息を吐き出した。

「これ、あげるよ。」
そして満足したように微笑みながら、腕にしていた時計を外すと矢口に
向かって放り投げた。

108 名前:Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)23時11分25秒
「へっ?えっ?ちょっといきなり何?」
矢口は唐突すぎる展開に驚きながらも腕時計をちゃんと受け取る。

「それ大したものじゃないけど貰ってよ。」
「ど、どういう風の吹き回し?っていうか本当に貰っちゃっていいの?」
私からの突然のプレゼントに矢口は困惑の色を隠し切れないようだ。

不安そうな表情で手の中の時計と私の顔を交互に見つめている。

「別にいいよ、自分の命より大切な物ってだけだし。」
私は普通に頷きながら平然と言葉を返した。

「はぁ?全然ダメじゃん!ってかそんな大切な物なんてヤバいよ、まして
オイラなんかにさぁ。」
矢口はその言葉に冷静にツッコミを入れながら、口調と共に顔は動揺して
いて動きは妙に慌てている。

「矢口だけだよ、この時計はあげようと思うのは。」
私はそんな様子に軽く笑ってから諭すような優しい声で言った。

すると矢口の顔色が一瞬にして変わる。

「・・・なんで・・・そんな・・・・・・。」
と呆然としたような気の抜けた表情のまま掠れた声で呟いた。

けれど私はその問いに何も答えなかった。

109 名前: Look at the dive 投稿日:2003年06月14日(土)23時16分09秒
言われた通り、命より大切だと本気で思えた矢口に腕時計を渡した。
でもあの人はどんな気持ちだったんだろう。
一体どんな想いを込めて、あの大切な時計を私に渡したんだろうか。

それは多分この気持ちと同じ部類に入るものだと思う。
ここまで想いは強くなかったにしても、そういう感情は多少あったはずだ。
けれどあの人は言わなかった。

きっと死に行く自分が言うことで相手の負担になりたくない。
優しいあの人のことだからそう考えたんだと思う。
それでも想いの微かな匂いだけは伝えたくて、結局理解しにくいあんな
言葉になってしまった。

そして鈍感な私はこの年になってようやく意味が分かった。
とはいってもきっと全ては理解してないはずだ。
でももしあの人に恋心を打ち明けられても、きっとこの心は奪えない。

私の心を奪えるのも粉々に壊れせるのも矢口だけ。


この命を犠牲にしても欲しいものがある。
自分の全てを犠牲にしても手に入れたいと思うものがある。

この世の何よりも大切で愛しい、それが私にとっては矢口真里なんだ。

110 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月18日(水)16時37分35秒
とうとうって感じですね…
読んでてどきどきします
111 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月22日(日)01時49分27秒
更新されてる!!

そうですか、次回で最後・・・
2人はどうなるんでしょうね・・・楽しみに待ってますよ
112 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月09日(水)04時47分23秒
age
113 名前:名無〜し 投稿日:2003年07月12日(土)23時21分09秒
ラスト期待してます♪
114 名前:タケ 投稿日:2003年07月14日(月)04時02分01秒
面白い・・・
最初から今まで全部読んでしまった。
続き期待してます。
115 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月22日(火)00時18分35秒
sage
116 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月03日(日)12時51分47秒
hozen
117 名前:名無〜し 投稿日:2003年08月15日(金)00時09分07秒
hozem
118 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年08月30日(土)22時56分58秒
>110の名無しさん 大変お待たせしました、ようやく最後です。

>名無し読者さん 期待に添えられたかは微妙な感じです。

>112の名無しさん ただ下がってたのを上げてくれたなら
いいんですが、もしも晒し上げなら勘弁です。

>名無〜しさん 期待に答えられていれば本望です。

>タケさん 最初からここまで読むとはお疲れ様です。
面白いと言ってもらえて嬉しいです。

>名無しさん、名無〜しさん 保全ありがとうございます。


放置と思わせるぐらい長い間書けなくてスイマセン。

119 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時00分01秒
「・・・・それで?言いたいこともあるんでしょ?」
我に返った矢口は軽くため息を吐くと、珍しく少し低めの声で問いかける。

「あ、あぁ、そういえばそんなことも言ってたね。」
私は乾いた笑みを浮かべて今思い出したような口調で言った。
唐突に一番の大事なところを突くから、思わず動揺して体が微かに震えた。

「うん。だから早く言って。」
矢口は誤魔化そうとする言葉を受け流し、私に本題に言わせるようとする。

もしもこの心情を知ってやってるなら、それはとても冷酷な行為に思えた。

でも私を見つめるその目は真剣そのものだった。
気を抜くと心の奥まで一瞬で射貫かれてしまいそうな瞳。

矢口もきっとそれなりの覚悟をして聞いているのだと思う。
それに勘が異常に鋭い奴だからこの想いを既に悟ったのかもしれない。
仮にそうじゃないにしてももう後戻りはできない。

だから私は想いを告げる決心を固めると、大きく長い深呼吸をしてから
ゆっくりと口を開いた。
「あ、あのさ!実はさ・・・・いや、だから、つまり、その・・・・・
私はあんた、っていうか矢口のことが・・・・。」

でもいざ事態に直面すると良い言葉が浮かばずに吃ってしまった。

120 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時02分16秒
思えば今まで真面目に告白したことなんてなかった。
昔は『好き』なんて適当に言ったけど、それはその場凌ぎにすぎなかった。

ただ相手の期待を裏切らない為だけの言葉。

だってこの心は今まで誰にも奪われることはなかったから。
だから感情なんて込めずにあっさりと言えた。
それにこの言葉に大した価値はないと思ってたから、軽はずみに多用して
辺り構わず言い回っていた。

でも今は本当の意味に気づいた。
矢口を本気で好きになった私はそれを知ってしまった。
とても重くて激しく心揺らすものだと。

だから初めて告白する小学生のように、私の心臓はバカみたいに高鳴って
治まってくれなかった。
でも今までの人生経験上からすれば上手く言えるはずだった。

なのに絶対言えないという不安だけが先立って、この状況に少し困ってる。

121 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時05分21秒
「だから何が言いたいの?っていうか頭おかしくなった?」
いつまで経っても煮え切らない態度の私に対して、矢口は怪訝な顔をして
ため息混じりにそう言った。

そういう言葉はいつもこっちが言っているセリフだった。
矢口に言われたら終わりだな、なんて思いつつもその言葉で冷静になれた。
そして他人から言われるとかなりムカツクことに気づいた。

とにかく何とかまともになった頭が導きだした結論は、頭を冷せという
扱く簡単なことだった。
興奮か緊張かは知らないが今の私はどうもおかしくなってる。

「あんたじゃないんだから大丈夫。あぁ、もうっ!ちょっとあと一分で
いいから待て!」
とりあえず皮肉な言葉で言い返してから少し待たせることにした。

今の私には考える時間が何より必要らしいから。
だけど告白するのに相手に待てと言うのはアリなんだろうか。

「あのぉ、何気に今ひどいこと言われたんですけど。っていうか最後は
なんか命令形だし。」
矢口が何やら不満そうに呟いていたけれど全て無視した。

私は背を向けると静かに目を瞑り、もう一度自分と話し合って今の気持ちを
整理することにした。

122 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時08分32秒
見た目に反して中身は大人で、でも不意に子どものような無邪気な一面を
見せてくる。
色んなことを知っているのにそれを打ち明けずに笑ってる。
自分から寄ってくるのに心の中は他人に決して覗かせようとしない。

そして誰も踏み込めない聖域を持っている。

でもそれは私にも言えること、二人は嫌味なほどよく似ていた。
重い十字架を一人で背負っているところも。

あの笑顔の裏に隠された悲しみ、ふと垣間見せる消せない哀愁、
それが私を惹きつけて止まなかった。
そして気がついたらもう手遅れなくらい好きになっていた。

人生や未来とか命さえ捨てても矢口が欲しい。
自分を守り抜いて生き抜くくらいなら、この想いの為に死んでも構わない。
私の孤独と罪悪感で占められた暗い心に光を照らしてくれた。

だから求めてはいけないはずの幸せを望み、許されない過ちさえも平気で
忘れてしまう。
一生揺れないはずの心を動かせるのはあいつだけなんだ。

考えれば考えるほど、想えば想うほど、愛しさが勢い良く溢れてくる。
『やっぱり私は矢口が好きなんだ』
結局出せる結論はそこにしか行き着かないし、それ以外にはいかない。

123 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時13分23秒
どっかで聞いたような形の良い言葉を使って告白することはできた。
だけど今は無器用でも自分の言葉でちゃんと言いたい。
きっとそれは上手いセリフではないけれど、私の全てを込めて伝えたい。

心が決まったからかさっきまでの緊張が嘘のように消えていた。
そして深い深呼吸をして最後の気合いを入れる。
私は背筋をしっかりと伸ばして胸を張る、それから顎を引いて顔はまっすぐ
前だけを見つめた。

そしてどこにいるか知れない奴らに向かって話し出した。
「そこで見てるんでしょ?私の爆弾の起爆装置持ってる人。悪いんだけど
10分だけ時間くれないかなぁ。もしもあんたに良心が残ってるなら
最後のお願いだから聞いてよ。」

本音を言えば願いを聞いてくれるほど殊勝な奴らだとは思ってない。
でもこれは私が最期に望むことだから、今は微かにあるだろうその良心に
期待するしかなかった。

「圭ちゃん?!一体何言ってんだよ!それじゃまるで・・・・・。」
矢口は素っ頓狂な声を上げると、今にも掴み掛かってきそうな勢いで叫ぶ。

「矢口。」
私はさっきとは違う自信に満ちた声で名前を呼んで言葉を遮る。
そしてゆっくりと後ろに振り返った。

124 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時16分58秒
矢口は私から少し顔を逸らすようにしながら、何かに詰まったように一言も
言わなかった。
その姿は唇を軽く噛み締めながら手は拳を作って強めに握られている。

それは次にくるであろう衝撃に備えているように見えた。

私は乾いた喉に唾を飲み込んで潤すと、大きく息を吐き出してから矢口を
見つめる。
また少し緊張してきたけれど心は安定していた。

そして顔はなぜだか自然に頬が綻んできて笑顔になっていた。

それはきっと想いを伝えられるのが嬉しいから。
この心に溢れて止まらない愛しさを言えることに心が弾んでる。

「矢口・・・・・・・私は矢口が好きなんだ。」
もう一度名前を呼んでから言おうとしたけれど、その後に言葉がすぐさま
続かなかった。

けれど言い淀びながらも何とか無事に告白することができた。
一言で言えなかったのは怖かったからじゃない。
あまりに想いが胸に溢れてるから、少し混乱して上手く言葉が出なかった。

でもやっと想いを伝えることのできた達成感で私は満たされる。
ちゃんと言えたことの喜びで心が大きく震えた。

125 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時20分21秒
矢口は私を見つめながら突然のことに口を開けて呆然としていた。
でもそれから静かに顔を俯けると冷たい声で呟いた。
「バカじゃないの。」

それは私にとって予想外の言葉だった。

別に両思いの言葉が返ってくるとは思ってはいない、逆に笑われるか
蔑まれることさえ覚悟もしていた。
でも矢口の言葉は思ったよりも迫力のない言葉だったから。

良いことか悪いことか分からないけれど、色々と想像していた私は何だか
拍子抜けしてしまった。

私はいつものように軽い調子で言い返そうとしたが口を閉ざした。
矢口の小さな肩が小刻みに震えていたから。
俯いているため顔はよく見えないけれど、どんな表情をしているかは
一目瞭然だった。

矢口は泣いていた。

この2ヶ月と少し暮らしてきたけれど、今まで一度も泣くことはなかった。
その矢口が小さな体を震わせて声を殺しながら泣いていた。
初めは信じられなかったが現実は嘘をついてない。

126 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時26分42秒
私は突然のことに戸惑ったけれど、内心は歓喜とした感情で溢れていた。
矢口は親に会ったときさえ泣かなかった。
きっと今までに辛いことはたくさんあったはずだ、それでも矢口は決して
泣かなかったと思う。

それなのに私が死ぬという現実を知って泣いている。
その事実が単純に嬉しかった。
それは僅かな間だったけど一人で感動に浸っていた。

けれど少し経ってから泣き止んだ矢口に服を強く引っ張られた。
そうして私は残酷な現実へと引き戻される。

どうやら大分落ち着いてきたのかゆっくりと顔を上げる。
でもその瞳は未だに困惑の色が消えず、矢口の心境そのものに思えた。

「圭ちゃん、今の言葉の意味分かってんの?オイラを好きになったら
死ぬんだよ?」
「知ってるよ。」
「死ぬって意味知ってる?生きれないんだよ?もう何もできないんだよ?」
「知ってるよ。」
「これからいっぱい楽しいことも面白いこともきっとあるよ?」
「知ってるよ。」
矢口は初めて見るくらい必死な表情をして、考えを改めるようにと私の瞳を
見つめて訴えてくる。

それが本気で説得しようとしてるのを知りながら、冷淡にさえ思える程に
一つ一つ淡々と言葉を返した。

127 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時28分46秒
でもその行動が嬉しくて私は諭すようにその頭を撫でようとした。
けれどまるで出会った初期の頃のように、手は届く寸前のところで見事に
宙を切った。

だけどそれは触れるのを拒絶したのではないと思った。

それが自分の弱さを認めたくない子どもの意地のように感じた。
また頭を撫でるという安易な行為なんかじゃ騙されないよ、という大人の
賢さを見せつけられた気もした。

相変わらず素直じゃない天の邪鬼な奴だよ。
でもそれもきっと私が矢口に惚れた要素の一つだと思う。

128 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時31分09秒
「なんでオイラなんだよ?命賭けるほどの女じゃないでしょ?」
矢口は私の腕に跡がつきそうなほど強く握ると、今にもまた泣きそうな
弱々しい声で言った。

「それも知ってる。性格はあんまり良いとは言えないし、長所より短所は
多いし、笑うと顔がパグに似てるし、スッピンは結構微妙だし。」
その様子に心が少し痛んだけれど、指折り数えながらいつもと変わらずに
皮肉った言葉で返した。

「最後の方はちょっと言い過ぎだよ、バカ。」
すると矢口は乱暴に目許を擦ってからぶっきらぼうな口調で言い返す。

それから照れくさそうにはにかみながら笑った。
気がつくと私も矢口の笑みに釣られたように軽く微笑んでいた。

「だけど・・・・どうしょうもないくらい好きなんだよね。」
そしてその言葉は唐突に私の口から飛び出した。

でも言った自分自身にさえ信じられないようなセリフだった。
そして言い終わってから私は不意に恥ずかしくなって、すぐに耳が熱を
持つのを感じて顔を逸らした。

けれど横目で盗み見た矢口の顔も赤みを帯びていた。

129 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時36分40秒
「で、でもあと2週間すれば勝てるんだよ?大金も手に入るんだよ?」
矢口は今の言葉に動揺したのか少し声を上擦らしながら、でもすぐに真面目
な顔つきになって考えを改めるように促す。

「知ってるよ。でもこれは自分なりにちゃんと考えて、これしかないって
決めた答えだから。」
私は冷静さを取り戻すとしっかりと落ち着いた口調で言い返した。

「矢口だって本当は・・・・・。」
一息置いてから意を決したような顔をして矢口は何かを言おうとする。

けれども私はその唇を人差し指で制すると、静かに首を振ってその後に続く
言葉を遮った。
それは口に出さなくても何が言いたいか想像はついた。

「それ以上言わなくていいよ。」
そのときの私は本当に優しい声で語りかけていた。

矢口はまた瞳を涙で潤ませると、両手で口元を塞ぎながら私を上目遣いで
見つめてくる。
どうやら言いそうになるのを押さえ込んでいるらしい。

けれどその姿に私の理性は今にも崩壊して襲ってしまいそうになる。
そしてあまりにかわいくて嫌味なくらい胸が高鳴り出す。
きっと今の私はタコみたいに真っ赤なんだと、自分で分かるほどに顔が
熱く照っていた。

130 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時40分22秒
私達は両思いだった。
それが分かったらもう死んでもいいような気がした。
だって一番求めていた答えが分かったから。

地位も名誉もお金も権力も命もいらない、私が欲しかったのは純粋な矢口の
想いだけ。
それが奇跡的に自分と同じ答えだと知った今は悔いることもない。

でも本人の口から言ってないから、予想が合ってるのかは定かじゃない。

それでも多分答えは合ってると確信していた。
何の確証も保障もないけど間違っている気がしなかった。
だからこの世に思い残すことがなくなった。

それに元々私の命なんて上から三番目くらいの価値しかない。
そして一番大切なのは矢口。
だから両思いだと分かった私にとって怖いものなど何もない。

恐れていたのは矢口の拒絶だけだから。
だからいつ死んだって構わないんだけど、やっぱりバカな人間だから最後に
なって少し欲が出てきた。

131 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時45分39秒
「あのさぁ・・・・・抱きしめてもいいかな?」
私は自分で切り出してみたものの、羞恥心が胸を占めてまともに顔を見る
ことができなかった。

でも最期だと思ったら急に矢口を抱きしめたくなった。
これこそが人間の汚い性かただの我侭か知らないけれど、無性にその温もり
を感じたくなった。
だけどどうせ告白して死ぬんなら抱きしめるくらいさせてほしい。

「そういうことは聞かずにやれよ。」
矢口も恥ずかしさからか顔を紅潮させながら、照れ隠しなのか刺のある
言葉を返される。

でも了承されたはいいがどうしていいか分からず戸惑った。

けれどあまり悩んでいる時間もないので、私はぎこちなく機械のような
動作で矢口の両肩に手を置くと、一息ついてからその手をゆっくりと背中に
もっていく。

そのとき矢口が欲しいという欲望に心が支配された。
私は少し乱暴にその小さな体を自分の方へ引き寄せると、自分の中に閉じ
込めるように強く抱きしめる。

矢口の感触を余すとこなく感じるためにその手に力を込めた。

132 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時47分20秒
その瞬間、今まで離脱していた魂の片割れが自分へと戻ってくるのを感じた。
それはゆっくりと身体の中へと浸透していって、私は心が完全に満たされて
いく感覚に酔いしれた。
そしてずっと失っていた空虚な部分が埋まっていくのが分かった。

私が今まで無くしていたものがそのときやっと見つかった。


それは愛だ。


私は今までずっと誰かを愛したかったのだと思う。
でもきっとそれ以上に愛されたかった。

133 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時49分36秒
「・・・・・・そろそろ10分経つかな?」
私は矢口の髪を優しく撫でながら、部屋の置き時計を見ながらふと呟いた。

本当はこんな残酷な現実に戻るようなこと言いたくなかった。

矢口は抱きしめてからまた泣いていた。
小さな嗚咽はすぐ耳元で聞こえていたし、涙で服の肩口が濡れてる感覚が
あった。

私は何にも言わずにただ泣き止むまであやすように髪を撫でていた。
完全に預けられている温かな人の重み、髪から薫る柔らかな花の匂い、
そして悲しくて切ない肩に感じる冷たい熱。

それは何時間でもこのままでいようと私を誘惑してくる。
でもそれができないことなのは分かっているし、今更文句を言うつもりは
毛頭ない。

それなら今できる精一杯の幸せを飽きるほど味わいたい。

「もうそろそろ時間なんですけど。」
少し茶化した感じに言うと矢口は子どものように嫌々と首を横に振る。
それからしがみつくように痛いくらい抱きついてきた。

134 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時52分31秒
「・・・・・矢口。」
本当は愛しさと嬉しさで一杯だったけれど、私は少し呆れた顔してその名を
呼んだ。

けれど肩に押しつけられたその顔が上がる気配はなかった。

「圭ちゃんは本当にこれでいいの?」
でも予想外なことにくぐもった掠れた声が矢口から返ってきた。

「そりゃ最高の終わり方だとは思ってないよ?でもどうにもならない現実を
悲観するより、矢口と出会って好きになったことを嬉しく思いたいんだ。」
私は軽くため息を吐いてから場にそぐわない呑気な口調で言い返した。

本音を言えばもっと生きていたい。
もっと矢口に触れていたいし、抱きしめ合いたいし、今はそれ以上のことを
したいと思ってる。

色んな理由つけて納得してるけど本当は死にたくなんかない。

ずっと一緒にいたいって心の底から思う。
せめて来年くらいまで過ごせればって考えたこともある。
だけどそれは全部叶わない願いだから、私は無謀な望みなんて思わない。

それよりも今ある幸せを噛み締めたい。

135 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時54分38秒
「笑ってよ。矢口に泣くところは似合わないから。」
髪を優しく撫でながら耳元で囁くと、景気づけに背中を少し強めに叩く。

「もうっ・・・・・痛いよ、バカ。」
すると矢口は顔を上げて赤く腫れた目で泣きながら笑った。

本当にその存在全てが愛しくて、一緒にいれる今は最高に幸せだと感じた。
そして生まれて初めて生きていて良かったと思った。

「あ、あのさぁ・・・・・キスしてもいいかな?」
私は恥ずかしくて顔を逸らすと、横目でその様子を伺いながら聞いた。

「だからそういうことは聞くなっうの!」
矢口はすぐにツッコミを入れながらもその顔は赤く染まっていた。

「いや、だって聞かなきゃ後で絶対怒りそうだし。」
私は誤魔化すように苦笑をしながら、その小さな肩に静かに手を置いた。

「聞かれたこっちはチョー恥ずかしいんだよ?」
すると矢口は突然顔を俯けて少ししてから震えた声で言った。

多分これは平然を装ってるつもりなんだろうけど、堪えてるのはあまりに
明白だった。
きっと私が死んでしまうという現実を思い出したのだと思う。

本当はすごい泣き虫なのかもね、なんて思いながら少しの間だけ矢口を
見つめていた。

136 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月30日(土)23時59分20秒
「普通キスするときって目を瞑るんじゃないの?」
私は視線を合わせる為に膝を曲げると、からかうような軽い口調で言った。

「・・・・・・バカ。」
矢口は拗ねたように顔を逸らすと小さく呟く。

「はいはい、どうせバカですよ。」
私は珍しく言葉を受け止って返すと優しく微笑んだ。

そして少し強引に矢口の顔を自分の方に向かせると、目元に浮かんでいる
涙を指でそっと拭った。
その顔はとても悲しさに溢れていて見ていて少し胸が痛かった。

でもすぐに矢口は笑った、それはいつもの無邪気で純粋で楽しそうな笑み。

その顔は私が一番好きな表情だった。

これはきっと矢口になりの私へ送る餞なのかもしれない。
死ぬときは笑って見送ってくれる、それはお釣りがくるほど十分な餞だ。

それから矢口は突然私の手を取って自分の左胸に持っていく。
「あげるよ。」
そしてため息を吐き出すと嬉しそうに微笑みながら言った。

137 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月31日(日)00時01分49秒
最初はあまりに矢口があっさりと言うから意味が分からなかった。
でもあの人のときより少しは知恵がついてる、だから時間はかかったけど
その言葉の真意を悟れた。

だけど分ったら急に目頭が熱くなって泣きそうになった。

矢口はきっと「この心全部を圭ちゃんにあげるよ」、という意味で言った
のだと思う。
でも主語も何も使わないから矢口の言葉は難しすぎる。
けれどその意味がちゃんと分かると心に響いてひどく泣きたくなる。

その言葉は私が一番求めていた答えそのものだった。

138 名前:恋愛爆弾 投稿日:2003年08月31日(日)00時04分22秒
そして矢口は勝手に一人で満足して目を閉じる。

私はそんな光景に軽く苦笑いすると改めてその肩に手を置いた。
けれどそこにはさっきは感じなかった緊張感があった。
そして喉が異常に乾いていて私は自然と生唾を飲み込んだ。

でも不意に艶やかな矢口の唇に目線がいくと自然と胸が高鳴った。
徐々に脈が早まっていって、血が激しく逆流しているような錯覚を覚える。

でも私はゆっくりと矢口に顔を近づけていった。

すると胸の高鳴りが急に大きなって、そして思考が上手く働かなくなる。
深呼吸して何とか落ち着かせようとしても効果は全くない。

もし私の心臓に設置された爆弾の起爆装置が押されたら、こんな感覚に
陥るのかもしれない。
静かに数字が時を刻む度に自分の心臓は早く脈打つ。

でももしこれが爆弾の仕業なら、起爆装置を押したのはこのゲームの
主催者じゃない。
私の目の前にいるこの世で一番愛しいと思うこいつだ。

矢口真里だけなんだ、私の中に眠っていた爆弾を起動させられるのは。



きっとその名は恋愛爆弾。






fin
139 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)00時10分18秒
完結おつかれさまです!!!
本当にすばらしい作品に出会えて幸せです。更新ありがとうございました。
最後は甘く切なく…。泣かせていただきました。作者さん最高です!!
140 名前:つみ 投稿日:2003年08月31日(日)00時14分44秒
なんとなくこの後の保田が気になる・・
141 名前:弦崎あるい 投稿日:2003年08月31日(日)00時18分16秒
今まで見捨てずにレスをくれた方、またはただ見てただけの方、自分が
やる気になって完成できたのは皆さんのおかげだと思ってます、
ありがとうごさいました。

以上でこの話は終わりです。
といっても次に保田さんの若いときの番外編を書くつもりなんですが、
それはともかく本編としては終わりです。

最後は一気に書き上げたかったのと、諸事情で色々と忙しかったために
最後なのに間が空いてしまい申し訳ないと思ってます。

この話のアメリカのホームドラマをイメージしてるので、会話が毒舌ぽっい
のはそのせいです。
それが出ていたかは分かりませんが。

やぐやすは自分も好きなCPなので、読んだ人が少しでもこの2人の好感を
上げてくれたら嬉しい限りです。


読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。

142 名前:通りすがり 投稿日:2003年08月31日(日)02時18分23秒
本編完結お疲れ様です。
番外編も楽しみに待ってます。
143 名前:タケ 投稿日:2003年08月31日(日)02時18分26秒
完結お疲れ様です。
初めてやすやぐが好きになりましたありがとうございました。

番外編も楽しみにしてます。
144 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月31日(日)02時26分04秒
長編お疲れ様でした。
やぐやすの魅力が良く反映された素敵な純愛物でしたね。
毎回更新楽しみにして読んでましたよ。
もう一度最初からじっくり読み直してみようかなと思います。
145 名前:名無〜し 投稿日:2003年08月31日(日)02時34分05秒
完結お疲れ様でした。
もう一度はじめからじっくり読み返したいと思います。
番外編楽しみに待ってます♪
146 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年09月01日(月)12時53分10秒
脱稿お疲れ様でした!!
キレイな終り方で凄く良かったと思います!
番外編も楽しみにしてます。
やぐやすマンセー!!
147 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/16(火) 13:41
去年の秋からずっと読んでました。
完結おめでとうございます、そしてありがとう。
素敵なラストでした。番外編も期待しています。
148 名前:弦崎あるい 投稿日:2003/09/27(土) 14:17
>名無しさん まだまだ改良のある話ですが、褒められると素直に嬉しいです。
最後に泣いてもらえれば何も言うことありません。

>つみさん あえてラストはちゃんと書かないと初めから決めてました。
無責任な言い方かもしれませんが、それから後のことは脳内で自由に完成させて
ください。

>通りすがりさん 番外編はやぐやすよりもさらに暗い話になると思いますが、
期待外れにならないようにがんばります。

>タケさん やぐやす自体があまり小説では見かけないCPなので、
好きになるキッカケになれたなら最高です。

149 名前:弦崎あるい 投稿日:2003/09/27(土) 14:44
>名無し読者さん 少しでもやぐやすを好きになってもらえれば、
それだけでもう十分です。でも現実の二人に熱い絆があったから
こそ描けた純愛だと思ってます。

>名無〜しさん かなり後半は更新が空いてしまったので、多分
もう一度読んだほうがいいかもしれません。

>読んでる人@ヤグヲタさん レスありがとうございます。
やぐやすマンセー!という言葉がこの話の全てだと思ってます。

>名無し読者さん 随分と長い間こんなマイナーCPの話に
付き合ってくれてありがとうございます。
番外編も見捨てずに読んでもらえると嬉しいです。


たくさんのレス本当にありがとうございました。
私事によりかなり返すのが遅くなってしまって少し反省してます。
ようやく番外編を書くのですが、多分また更新が空いてしまうことが
あると思うので、気長に待ってもらえると嬉しいです。

150 名前:弦崎あるい 投稿日:2003/09/27(土) 14:46
一応初めなのでスレ流し
151 名前:弦崎あるい 投稿日:2003/09/27(土) 14:46




「空も飛べるはず」



152 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/09/27(土) 14:52
「あなたがたは以前は自分の過ちと罪のために死んでいったのです。
この世を支配する者、そしてそれに従順な者たち、それらは働く意思に
従い過ちと罪を犯して歩んでいました。」


確かに人は罪深くて業を背負った生き物だよ。
でも現実にそんなことを意識する人は滅多にいないけどね。
恩や情けなんてすぐに忘れるのに、憎悪や仇だけはしつこく覚えてる。


「私達は皆こういう者たちが中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、
心の欲するままに行動していたのであり、そういう人々と同じように生まれながら
神の怒りを受けるべき者でした。」


心を支配するのは己の欲望とくだらない執着だけ。
そして重なり合うことしか頭にない、そんな単純で卑猥な動物なんだ。
でもそれが永遠に進化することのない人間本来の愚かさ。


「しかし憐れみ豊かな神は私達をこの上なく愛してくださり、その愛によって
罪のために死んでゆく私達を生かし、あなたがたはその大いなる恵みによって
救われたのです。」


でも神様なんてものは所詮は理想であり空想でしかない。
それに私達が無能で汚れた存在だから、だから聞こえるのは賛美歌ではなくて
暗く湿っぽい鎮魂歌なんだ。
だからこそ人は救ってほしいと手を伸ばすのかもしれない。


153 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/09/27(土) 14:54
神様の言葉の波は溢れるように街に流れていた。
けれど道行く人々は無神論者なのか無視して平然と通り過ぎて行く。
そして神様を信仰している者なのか、ただ金儲けのだけに働く者か、大して身なりの良くない
中年の人達がプラカードを高々と持ち上げている。

その持っている棒にはレコーダーが取り付けてあって、さっきから神の言葉が大音量で
街中に流れっぱなしになっている。
その言葉を私は適当に聞き流していた、けれどさすがに3回目ともなると
いい加減に飽きてきた。

でも信仰には全く興味ないから元々真面目に聞く気はない。
一応実家は何らかの宗教に入っていたようだけど、その名称や詳しいことは何も知らない。
それに神様を信じたことなんて今まで一度もない。


だって例え信じても私を救ってはくれないから。


154 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/09/27(土) 15:07
その日、街は久しぶりの晴天に浮かれているようだった。


けれど浮かれているのはいつものこと。
宙に浮いてて不安定だから予測不可能なことが起こったりする。
いつから人や街がそうなったのかは知らないけど。

そんな街中でビルの隙間の壁に寄りかかりながら、タバコを吹かしてる私は傍から見ると
随分と異様な存在らしかった。
でも確かにどうも見てもガラは良くないし、近寄り難いということは自覚している。
それに補導されても文句を言えない年だった。

私はタバコを吸いながら遥か遠くにある澄んだ空をずっと見ていた。
高いビルに囲まれながらすまなそうに顔を出している青色。
それは人間の残した最後の良心な気がした。

何しようが、どんな風に生きようが、死んだら最期はあそこに行く。
でも空へ魂が昇っていくっていう考え方自体、あまり現実的ではないし信憑性がない。
それに本音を言えば天国とか地獄なんてどうでもよかった。


ただそこはこの埃ぽっい街よりはマシだろうなと思った。


155 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/09/27(土) 15:07
何のお偉いさんか知らないけれど、自分の名前と都合の良いことしか言わず、
にこやかな作り物の笑顔と共に白いワゴン車が通り過ぎていく。
でもそれこそ本当の騒音。

他人の為に尽そうとする若者の間を迷惑そうな顔で擦り抜ける人々。
どこかの貧しい国の為か、それとも自分達の国の為か、バインダーを片手に声をかけている。
けれど道行く人は誰しも自分で精一杯だし興味もないらしい。

ただ密かに視線を合わせながら、小さく声を潜めて呟きながらどこかへと消える。
そんな何事にも無関心で自己中心的な街には少し飽きてきた。

私は吸い終わったタバコを道に投げ捨てる。
道行く人々は一時的な興味の視線と、軽蔑しているような白く冷たい視線だけが向けられる。
私は誰にでもなく軽く嘲笑すると新しいタバコを取り出して口に咥えた。
そして本通から外れた人気のない薄暗い裏通りへと向かった。



どうやら私は『混沌とした世間が生み出したゴミ』らしい。
皆そう思うことだけは一致しているようだった。
けれど私はそれに反発する気もしないし半分くらいは同意してる。


不実で混沌としている街と人は似ている。
高く聳え立つ誇らしげな高層ビル群、流行を先取りしてはしゃぐ人々。
それは見た目には華やかで美しいけど所詮はそれだけ。

見栄えだけ昔に比べて良くはなった、けれど心は薄まって内容はお粗末になった。
そうして決して深く関わり合おうとしないのは滑稽だった。
無論それは私自身も含んでことだ。



こんな世の中だから人々は生きるほどに何かを失っていく。


156 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/09/27(土) 15:14
私が上京ときはまだ16歳という年だった。
別に何か目的があったわけでもなく、夢なんてものは微塵もなかった。
ただあの重苦しい空間から逃げ出したかった。

私の生まれた場所は千葉県の奥まったところにある、それなりに大きな村だった。
でも別にこれといって何もない不便な場所だ。
その村で一番権力があり支配していたのが私の実家だった。

良家とでも言うのだろうか、古い木造建築ながら50人は住めそうな大きな家に
私達は家族は召使い雇って住んでいた。
そして父親は村の中では誰も逆らえない無敵の王様だった。

元はある程度の知名度を持つ政治家で、今でも多少の発言力を持ってるらしい。
そういう父親なものだから村長すら頭が上がらない。
だから村に住んでいる者で逆らえる者は一人もいなかった。

それは家族の私にしても例外ではなかった。
だから村は小さな独裁国家のようで、いるだけで息が詰まる空間だった。
とても閉鎖的でまるで時代遅れの鎖国してるような場所。


だから私は生まれ育ったその村から逃げ出した。


157 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/09/27(土) 15:29
親は特に何も言わなかった、反対もされなかったし止められもしない。
それは私があの家では透明な存在だったから。
跡継ぎにはちゃんと弟がいるからいなくても何の問題もない。

でもそれも理由の一部に過ぎない、私は異常に何をさせても出来が悪い子だった。
良家の名には相応しくないバカで無能な落ちこぼれ。
それはとても安直で分かりやすい考えで、役に立たないものはこの世に
いらないってことだった。

両親は家の名に恥じないよう私に色々と習い事をさせた。
ピアノにバレイに英会話や絵画教室、それらしいものを週5ペースでさせられた。
空いてる日は家庭教師が付きっきりで学校の予習と復習。

毎日はそんなだから私は当たり前のように友達と遊べなかった。
でも元々格の違いというやつなのか、それとも親とかに止められているのか、
私には友達と呼べる子が1人もいなかった。

年や性別なんて関係なく、村中の誰もが一線を引いてたのは分かっていた。
そんな犠牲を払ったというのに習い事の効果は殆どなかった。
特に絵なんてひどいもので、それは幼い自分でもいくらか自覚していた。

割合良かっと思えるのはピアノや楽器関係だった。
それでも特に優れてはいなかった、腕前としては上の下レベルでしかない。
そんなわけで何も出来ない私は自然と両親から見放された。

158 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/09/27(土) 15:29
これほどまでに出来が悪いとは、さすがの張本人達も分からなかったらしい。
それに中学へ上がる頃には私は近所でも有名な不良だった。
その頃は本当にバカだったから非行に走ったけど、それは多少でも親の目を自分に向けたい
という思いがあったから。

けれど存在自体が見えてないかの如く無視され続けていた。
そんなバカ娘が自分から出て行くと言うのだから、きっと両親は両手上げて喜びたい
心境だったと思う。

でも生まれる前は家を継がせたくて『圭』という、まるで男みたいな名前を付けたというのに。
実際に生まれた子は何一つ親の期待には応えられない無能な子ども。
それは笑いたくなるほどの皮肉だった。


だから親の愛情は必然的に弟が全て浚っていった。


でも私は悔しいとかは思わなかった、愛情なんて特に欲しくはなかった。
別にそんなもの無くても人間が生きていると思っていた。
煩わしくなくて自分には丁度いいくらいだった。

だって欲しければ適当に甘い言葉を吐いて、甘えたようにしな垂れれば大抵の男は抱いてお金をくれた。
嘘ぽっい愛なら誰もが私に与えてくれた。
習い事には向かなかったけれど、人生の世渡りには才能があるらしい。


だから上京しても特に苦労なんてしなかった。


159 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/30(火) 18:34
おっ、番外編が始まってる
更新楽しみに待たせてもらいます
頑張って下さいね
160 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/23(木) 18:45
今更ながら初めて読ませてもらいました
悪態つきながら掛け合う二人が微笑ましくて凄く良かったです
終わりは切なかったけど描写が綺麗で引きこまれました

番外編も楽しみにしています
161 名前:名無〜し 投稿日:2003/11/03(月) 02:15
hozem
162 名前:弦崎あるい 投稿日:2003/11/11(火) 22:15
>159の名無し読者さん 相変わらず遅い更新ですが、期待を裏切らない
話を書いていきたいと思ってます。

>160の名無し読者さん 読んでくれてありがとうございます。
中途半端な終わり方をしているので、そう言ってもらえると嬉しいです。
更新は遅いので気が向いたときに覗いてみてください。

>名無〜しさん 保全ありがとうございます。

163 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/11/11(火) 22:20
毎日街を歩いては適当なカモを探して日を凌ぐ。
時にはガラの悪い奴等と一緒に犯罪まがいの事までしていた。
でも残念なことにその時はまだ未成年だったもので、お説教だけで
いつもすぐに釈放された。

その頃はまだ未成年者の犯罪天国だった時代。

私やバカな悪友達にはとって万引きや恐喝はただのゲーム。
だから罪の意識を感じる心は微塵も持ち合わせていなかった。
警察官から逃げきれれば勝者だし、捕ってしまえばそこでゲーム
オーバー。

そして明日になればまた同じことを繰り返す。
そんな毎日でも村にいたときは感じえなかった充実感があった。
閉ざされていたあの生活よりも自由で飽きなかった。

それに親は銀行に毎月それなりのお金を振り込んでくれる。
でも本当にただそれだけで、手紙をくれたり訪ねて来ることは
一度もなかった。
世間でよく言う金で手を打たれたというやつだ。

けれど私はそれで構わなかった、親の愛情なんて期待するだけ
ムダだと随分昔に知っているから。


164 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/11/11(火) 22:24
あの人達がこちらに対して何の感情もないのは明白だった。
そのことに今更嘆くことも驚くこともない。
送ってくれる仕送りのおかげで生活には殆ど不自由しなかった。

けれど私は自分の家を持とうとはしなかった。
どこか特定の場所に住まず繁華街辺りを点々とて暮らしていた。
無論それはお金が足りないからではない、少しだけ生活を切り
詰めれば家賃なんて余裕で払えた。

でも私は一つの所に留まるのというのが苦手だった。

どうも家というもの自体に良いイメージを持てなかったから。
だから夏は大体公園や街の路上とかで野宿だったし、今みたいな
冬は適当につるんでいる仲間のとこで世話になったり、オヤジと
一緒にラブホというときもあった。

そんな乱れた生活を送っていたけど後悔は全くなかった。
大人になったら困ると皆言うけれど、私は元々人並みの人生は
歩めない存在だから。

それは上京する前から何となく感じていた。
きっと私みたいな人間はいつかの日か破滅するのだと思う。
そういえばいつの頃だかは忘れたけど親に言われたことがある。

『お前は間違いなく人並みの人生なんて歩めない』と
あの時はまだ幼かったから意味が分らなかったけど、今なら
ハッキリと分かる。

だけど破滅的な人生なんて私にはお似合いだ。


165 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/11/11(火) 22:27
けれど私にとって大きな転機が訪れる。
その日をありきたりの言葉で表現するならば、まさに運命の日だった。
私があの人と出会うことになった日。

その日は朝から続く雨が未だに止む気配がなく、冬の到来を告げる身を切るような
北風が吹いていた。
時間はもう夕方過ぎで普通ならもうご飯時だったと思う。

あのときは誰もが都合悪くてどこの家に泊まれず、上手い具合にオヤジも引っかからなかった。
でもそれはみんな適当に付き合っていたから。
不良仲間やホテルで一夜を共にした人も含め、誰一人として私は真面目に付き合ってない。

心を開かずに見せかけと上辺だけで誤魔化しながら遊んでいた。
でも私はそのことに全く不満はなかった。
ただこういう緊急事態になったときに誰も助けてはくれない。

適当に遊んでいたから相手も真剣になってくれず簡単に見捨てられる。
でもそうなることの予想はしていたし、今更その関係を悔やむようなことはなかった。
だから私は小さな公園の滑り台の下で雨宿りしていた。

ここは繁華街から何時間か歩き続けてようやく見つけた場所だった。
タコの形をモデルにしていて四方に下りるところが伸びている、という少しあまり見かけない
感じの滑り台だった。

大分年代物なのか当初真っ赤だったろう外壁はピンク色に薄れていた。
そして中が空洞になっていたのが私にとって何より幸いだった。

166 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/11/11(火) 22:34
強くなりだした雨には当たらないし、冷たい風も多少は防いでくれた。
季節は冬真っ盛りで私は手足を擦りながら息を吐いて温めた。
でもそんな努力も虚しくさっきから寒さで体が小刻みに震えている。

一応冬らしい格好はしているけれど一夜乗り切れる自信はない。
金があればまだ方法はあっただろうけど、今月の仕送りは全て使い果たしていた。
銀行の通帳残高は250円くらいしか残っていないと思う。

でもそれくらいなら安いパンかおにぎりは買える。
けれどもし手数料がかかったら半分消えるし、第一そんな細かい金が銀行で
下ろせるはずもなかった。
仮に下ろせても私には場所も知らないコンビ二や銀行に行く気力がない。

だって今のこの状態でさえ意識が朦朧としてるのが実状だった。
だから私はここで野たれ死ぬことも覚悟した。
それは別に悲観や妄想ではなく、現実的に考えて死ぬ可能性も少なくない。

冬の厳しい寒さで体の体温は下がっているし空腹を満たす食べ物もない。
そうなれば絶対に死なないと断言することは難しかった。
でも実際そうなったら私らしい陳腐な人生だと思って諦めればいいと思った。

167 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/11/11(火) 22:39
そんなとき少し遠くの方から微かに足音が聞こえた。
でも私は大して気にも止めなかった、それでこの悲惨的な状況が好転するとは
とても思えなかったから。

それにこの状態に気づいても大概の人は見捨てて通り過ぎていく。
他人を助けてくれるなんて奴は滅多にいない。
人は誰もが自分で精一杯だから異物に関心を寄せず無視するに決まってる。

もし助けてくれる奴がいたなら神様に代わって祭られたほうがいい。
現実はいつも冷たくて汚いのに、その足音は徐々に私の方へと近づいてくる。
ならきっと金品目当てで近づいてくるのだと思った。

ホームレスとか危ない奴が服や物でも取ろうとしているに違いない。
そんな悲観的なことしか私の頭には浮かばなかった。
でもこんな狂った世の中に希望を持つなんてできそうにない。

けれど足音はまるで当然のように私の目の前まで静かに止まった。
そして襲ってくる気配もなく人影は困ったようにその場に立ちつくしていた。

それから少しして訛ったような、変なアクセントのついた言葉が上から聞こえた。
「遠くから見た時は猫だと思ったんだけど・・・・・・。あはは、こりゃまた
随分とでっかい猫だねぇ。」

それは困惑してるように聞こえたけど、でもどこか楽しそうで呑気な口調だった。


168 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/11/11(火) 22:48
私はこの状況とその言葉にただ唖然としていた。
でも不意にこのバカでお人好しの顔が見たくなって顔を上げた。
すると降り続いていたはずの雨は止んでいて、その人の後ろには目が眩むような
金色の太陽が輝いていた。

私にはそれが何だか神様の後輪のように見えた。

その人は軽く膝を曲げて顔を近付けてくると、優しそうな微笑みを浮かべて言った。
「一緒にウチへ来るかい?」
すると私はその人を見上げながらまるで子どものように頷いていた。

優しい顔して危険な奴はたくさんいる、そんな当たり前のことくらい分かってる。
でもその胡散くさい言葉にいつの間にか頷いてる自分がいた。


それはきっと天使に見えたから。


まだ親が親だった子どもの頃、童話や絵本で見せてくれた絵を思い出させた。
それは白くて純粋で誰にでも優しくて真っ直ぐというイメージ。
目の前のこの人はあまりにそれに当っていて、だからその姿に自分の思う天使の姿を
重ねてしまったのだと思う。

けどそれは今の自分とは真逆で一番遠い存在。
でもだからこそこの人なら私を救ってくれるような気がした。
神様なんて曖昧なものは期待しないけど、目の前にいる天使には非現実的なことも
叶えてくれる予感を抱いた。


だから私に伸ばされた白い小さな手を自然と掴んだ。


169 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/11/11(火) 22:50


こうして私は彼女と知り合い、それから成り行きで一緒に暮すようになる。
でもそれは今から4年も前の話。
そのとき私はまだ16で、彼女は21だった。


170 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/12/03(水) 22:40
彼女の家は公園から歩いて多分10分とかからなかった。
高級マンションというほどの外見ではないが、今いる現在地から
考えれば家賃は相当するはずだ。

玄関の表札には一人の名前しか表記されてないことから彼女は
一人暮しをしているらしい。
または結婚しているという可能性も考えられるけど、そこまで
お人好しなら病院へ行くことを勧めたい。

そして喜ぶべきか家に入ると他者がいる形跡はなかった。

同居人が出迎いにも来ないし、他者らしい靴も見当たらない、
また恋人とのツーショット写真も置いていなかった。
どうやら普通に一人暮しをしているらしい。

そんな彼女の詮索は一時置いといて、私は服や髪が濡れていた
のですぐに脱衣場へと連れていかれた。
そしてお風呂を沸かすには時間がかかるというので、手短かで
済むシャワーを借りることにした。

何にしても私には入れるだけで有り難かった。
シャワーを浴びるとさっきまでの寒さが嘘のように消えていく。
でも長居するのも悪いと思い髪だけ洗って上った、そして脱衣場
には彼女が用意してくれた服が置いてあった。

脱いだ自分の服は洗濯でもされたのかその場にはない。
そんなわけで着るものがないから仕方なく用意された服を着た。
にしても見知らぬ他人だというのに、ここまで世話する精神には
頭を下げたくなる。

でも絶対に詐欺に引っ掛かるタイプなのは間違いない。


171 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/12/03(水) 22:45
親切は確かに有り難いけれど私は本気で信用していなかった。
だって上手い話には裏かまたは鋭いトゲがある、それはいつの
時代でも通用する言葉だから。


でも嬉しそうな彼女の顔を見ると疑ってる自分に罪悪感が募る。


「その服よく似合ってるべさ。」
彼女は上から下まで舐めるように眺めると、満足そうな顔をして
何度も頷いて言った。

でも私の今の服装は上に灰色のTシャツに下には紺色に赤い
3本線の入ったジャージ。
だから似合うよと言われても何だか素直に喜べなかった。

でもいつもなら冷たく素っ気無い態度で言葉を返すはずのに、
そのとき私はなぜか躊躇ってしまった。

「・・・・・ありがとうございます。」
そしてその場を上手く流すために抑揚のない声でお礼を言った。

こんな風に私が人に気を遣うなんて滅多にしないことだった。
他人を疑い、嘘を吐き、決して信用しない、これはこの社会で
生きていくの為のルールだと上京してからずっと信じていた。

だから上っ面だけで人を気遣うことは何度かあっても、何の得も
ないのにしたのは今日が初めてだった。
他人は利用するためだけに存在しているのだと思っていた。

でも彼女は今まで出会ってきた奴らとは根本的に違う。
具体的に何とはこの無知な頭では言えないけれど、私は本能的に
そう感じていた。


だからいつもとは違う態度を取ったのかもしれない。

172 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/12/03(水) 22:49
「じゃご飯にしないかい?お腹空いてるっしょ?」
彼女は答えを聞かないままで勝手に納得すると、軽く手を叩いて
から立ち上がって台所へと行ってしまった。

そして一人見知らぬ部屋に残された私にはすることがなかった。
手持ち無沙汰のまま仕方なくカーペットの敷かれた床に座り、
ご飯ができるのを彼女の後ろ姿を見ながら待っていた。


それからすぐに包丁が小刻みに何かを切る音が聞こえてきた。


「そういえば名前なんていうの?確かまだ聞いてないよねぇ?」
彼女は器用にも作業を続けながら背を向けて問いかけてくる。

「・・・・・圭。保田圭です。」
私は少し考え込んだ末に素直に自分の本名を教えた。
一瞬偽名でも答えようと思ったけど、そこまでする意味もないと
思って止めた。

「ケイ?へぇ〜、いい名前だねぇ。似合ってるんじゃない?」
彼女は無邪気に笑みが想像できるような弾んだ声で言った。

「ありがとうございます。」
私は感情のこもっていない冷たい声でそれに返答した。


この名前に黒い過去があることを当然彼女は知らない、それは
当たり前のことなのに何だかひどく腹立たしく思えた。


「ナッチはさ、安倍なつみっていうんだよ。」
彼女は聞いてないのに嬉しそうに名前と愛称を教えてくれた。

「ふん・・・・・ナッチか。」
私は軽く鼻で笑うと抑揚のない声で彼女の名前を呟いた。


きっとこの呟きは聞こえてない。
だけど初めから聞かせるつもりなんてなかった。


173 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/12/03(水) 22:55
それから20分くらいして今日の夕御飯は完成した。


「ほい、お待たせ。」
嬉しそうな声と共に料理を両手に持って彼女はやって来た。

見たところ豪華という感じは全くなく、何の変哲もない普通の
素朴な家庭料理のようだった。
でも香ばしい匂いと空腹も手伝ってそれは美味しそうに見えた。
それに湯気が立ち上ってるところがまた食欲を誘う。

本当はすぐにでも手を伸ばしたかったけれど、彼女が座るまで
手は膝の上に置いておいた。
これでも昔の躾が厳しかったせいで最低限の礼儀は弁えている。

そして最後に飲み物をテーブルに置くと、彼女は私の様子を見て
急におかしそうに吹き出した。
「ぷっ!あっははは・・・・・いやぁ〜、ケイちゃんって意外に
律儀なんだね。ナッチなんか待たずに食べてて全然いいのに。」
そうして1人で楽しそうに笑いながら向かい側に腰を下ろす。

「別に律儀じゃないですよ。ただ全員が揃うまで先に手をつけて
はいけないって親に教わってましたから。」
私は変な誤解をされると困るので淡々とした口調で反論した。


「へぇ〜、結構教養があるんだね。ってそれよりさ、さっきから
敬語使ってるけど別にいいからね?なんていうか苦手だからさ、
そういう堅苦しいの。だって年いくつなの?そんなになっちと
変わらないっしょ?」
彼女は少し感心したように感嘆の声を上げてから、まるでお酒を
飲んでるかのように饒舌に話し出した。


はっきり言ってこういう人が一番苦手だった。
色々質問されるのは煩わしいし、たくさん話すのも面倒くさい、
それに何より自分の中に踏み込んでくる感じが嫌だった。


174 名前:空も飛べるはず 投稿日:2003/12/03(水) 23:04
「年は今年で16歳です。」
私は一切余計のことは言わずに要点を押さえて簡潔に答えた。

「16?ひゃぁ〜!ってことはナッチと5つも違うんかい?
見た目がすごく落ち着いてるからもう少し上かと思ってたよ、
それはちょっと驚きだね!」
彼女は目を見開いて大げさに驚くと少し興奮した様子で言った。

でもこっちの驚きだって十分に大きかった。
確かに年上だとは思っていたけれど、まさか5歳も上とは本当に
予想外だった。

顔が童顔だしそれに似合って行動も幼い感じがしたから。
でも5つも違うと言うことは彼女は現在21歳ということになる。
その事実に久しぶりに本気で驚いた。

「いやぁ、5歳も違うのには本当に驚いたね。でも敬語とかは
使わなくていいからね?変に気を遣われるのは嫌だから。」
彼女はまだ少し興奮の余韻を残しながらも、最後に諭すように
優しく笑った。

「分かりました、なるべく直すようにします。」
私は軽くため息を吐き出すと納得したように頷いて見せた。

でもそう言いながら直す気は全くなかった。
別に拾われたことの恩とか、上下関係に対する礼儀とか、
そういう理由ではない。
ただ敬語を使わないと距離が縮まるようなに思えたから。

きっと今彼女は私の最終防衛ライン付近にいる、だからこれ以上
踏み込まれない為に考え出した防御壁だった。

「あっははは、早速敬語使ってるよ。ケイちゃんって意外に
ボケてるっしょ?」
彼女は腹を抱えながら本当に面白そうに大声で笑った。


でもその無邪気な笑顔を見ていたら、私の防衛壁が少しだけ
崩れたような気がした。


175 名前:ななし 投稿日:2003/12/10(水) 02:30
更新ご苦労様です。
続き、きたいしてま〜す
176 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/28(日) 00:34
ここまで一気に読みました
なんというか・・・この作品の雰囲気好きです
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/18(日) 00:52
ho
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/11(水) 22:49
ze
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/15(日) 12:44
どうしたんだろう?
180 名前:名無〜し 投稿日:2004/03/05(金) 03:12
まってま〜す

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