Pink Prisoner
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時26分19秒
- 以下妄想。
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時28分29秒
- なんていうんだろう。
たとえば人になつかないプライドの高い猫が、あたしの前ではお腹をむき出しにし
て、撫でてもらうのを待ちこがれて、ごろんと寝転がっている感じ。
かわいいヤツめ、っていう素直な嬉しさと、どう、あたしだけ特別なんだから、
っていう、周りを見渡したくなるくすぐったい優越感。
なんていうんだろう。
たとえば親戚の家で遊んであげた女の子が、やたらとあたしのことを気に入って、
もう帰りたいのに帰っちゃやだと泣きわめいてるみたいな感じ。
かわいいヤツめ、っていう素直な嬉しさと、もう、カンベンしてくれよ、っていう、
周りを見渡したくなる途方に暮れた、でも甘い閉塞感。
本当に、なんでここまで気に入られたのやら。
あたしは今日も首をかしげる。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時30分03秒
- 「ねーねーねーみきタン、今日はどうすんの?」
甘ったるい声で、彼女は言った。
ゴハン食べて帰ろうか? あるいは、亜弥ちゃん家、寄ろうかなぁ。
彼女が望んでる返事はわかりきっていたけど、あたしはそ知らぬ顔で「どうすんの
って、帰るよ。明日早いもん」と言った。
「うそぉ」
それでなくてもびっくりしたような顔なのに、そんなに目を見開くと、まるでコント。
「も、いちいちオーバーなんだから」
あたしは笑ってしまいながらも、わざとそっぽを向いた。
番組収録の帰り、いっしょに乗ったタクシーの中。窓ガラスの外はすでに真っ暗。
わずかな街の明かりでは、景色も楽しめない。景色の代わりに、ふくれっ面で
こっちをにらむ美少女が、窓ガラスにはきっちり映っている。
わざと素っ気なく作っている、自分の顔も。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時33分18秒
- 「つーめーたーいー」
節をつけた口調。
これをするのが彼女以外の子だったら、きっとはっ倒したくなるだろうな。
しかし、甘えた口ぶりは彼女なればこそ、その魅力を最大限に発揮する。
さすがトップアイドル。男だったらイチコロどころか死屍累々のかわいさだろう。
しかし、あいにくながらあたしは女。
「よく言うよ。亜弥ちゃんだって自分の仕事早いときは、さっさと帰っちゃうじゃん」
振り返ると、おっと、顔の位置がやたらと近い。いつの間に、にじり寄ってきたんだ。
あたしは思わず身をひく。
彼女はいつも、やたらと顔を近づけてくるものだから、気をつけないとしょっちゅ
うキスする羽目になってしまう。
かわいい子ならではの性癖なんだろうけど、まったく無邪気というかなんというか。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時34分44秒
- 「さみしいなあ。久しぶりに会ったのに」
「って、前に会ったときから3日もたってないじゃん。それに、鍋するって言った
の4日後だよ?」
あたしが指折り数えると、
「ナニ言ってんの、みきタン! 会ったって、お仕事でしょー。お仕事で会ったって、
カウントされないの。前に遊んだの、もう8日も前なんだから!」
亜弥ちゃんは激しく抗議してくる。
「……ていうか、よく数えてるよね、そんなの」
「なんでそんなに冷静なのぉ。私に会えなくてサミシーッてなってよ」
「サミシーッ」
ギャグみたいな口調でさけぶと、
「なんかヤ。それ、なんかヤ」
と言いながらも笑って体をぶつけてくる。つられてあたしも笑ってしまう。
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時35分36秒
- タクシーはあたしのマンションの前についた。
「じゃ、またねー」
あっさり降りようとするあたしの腕に亜弥ちゃんはすがる。
ドアが開いたままだから、車内灯がついて、さっきより顔がよく見えた。
「なぁにーよ」
「元気でねっ」
ちょっと芝居がかってはいるけど、その声音の湿り気に、あたしはおや、と思った。
ひょっとして、ほんとにさみしいのかな。
最近このこ忙しすぎるし、珍しくナーバスになってるのかも。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時39分14秒
- 「……寄ってく?」
ついつい、そんな言葉がぽろりとこぼれる。
亜弥ちゃんはじー、とこちらを見上げたあと、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「はー。やっぱみきタンてやさしい。ラブ」
「ナニ言ってんの」
心配して損した。あたしはちょっと笑って亜弥ちゃんの腕をふりほどいた。
「またねっ」
「アイ……」
殺し文句の途中で、無情にタクシーのドアを閉める。つづく「してるよー」は、口
もとの動きだけで聞いた。顔をしかめる彼女に笑ってしまう。
タコみたいに口をちゅうの形にした顔は、やっぱりかわいくって、ほほえましいの
と同時に、ほんのちょっぴりムカついたりもした。なぜか。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月09日(日)14時41分47秒
- ここまでです。あやみき中心に、他もちらちらでてきます。
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月11日(火)03時22分43秒
- あやみき━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!
リアルですね、どうなるのか楽しみです
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時41分12秒
- >>9
レスありがとうございます。はい、リアルです。お気に召したら幸いです。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時42分24秒
- 本当に、なんでこんなに気に入られたのやら。
あたしはまた同じ疑問を心の中でくりかえす。
天下のトップアイドル松浦亜弥嬢。彼女の友情は、やたらと濃く、深かった。
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時43分08秒
- 最初のイメージでは、取っつきにくそうな子だなと思っていた。
誰にでもにこにこ、愛想良くて礼儀正しいけど、誰にも心を開いてない感じ。
自分だけが一番で、隣に並ぶ人間なんて、必要としてない感じ。
どちらかといえばさばけていて、女子より男子の方がお友だちの多かったあたしは、
この女の子丸出しのアイドルちゃんとは、気が合いそうには思えなかった。
それなのに。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時44分23秒
- ペアルックにペアリング、毎日のメールに週何度かの電話、オフになれば過ごすの
は彼女の家か二人きりの買い物。
ベタベタした友だちづきあいは苦手だったはずなのに、手をつなぐのなんてあたり
まえ、抱きつくわ、キスするわ、女子校でもありえない過剰なコミュニケーション。
あげくの果てには一緒にお風呂。
最初のうちは戸惑っていたのに、いつの間にやらすっかりそんな関係に慣れてしまって。
清々しいほどのナルシストの彼女のライブビデオを、並んでくりかえし見たり、
リクエストにお答えして釜も洗うしお米もとぐし。
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時44分58秒
- 本当に、なんでこんなに好かれてんだろ。
そしてあたし、なんでこんなにつくしてんだろ。
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時46分04秒
- 部屋の電気をつけると同時に携帯が鳴った。
この着信音はメールだ。案の定、亜弥ちゃんから。
『今日はいっしょに仕事で楽しかった! 鍋めっっっっちゃ楽しみ!
おやすみなさい、愛をこめて。チュッ』
「うーん」
思わず息をついてしまう。
別れた直後に飛んでくるメール、まるで彼氏彼女だ。その内容さえも。
まあ、今に始まったこっちゃないけど。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時47分27秒
- 「マメだよね」
ひとりごちつつ、あたしはすぐに返信しない。
不精者なのだ。それだけじゃなくて、亜弥ちゃんの場合、あまりにもすごいパワーで
こっちに向かってくるから、正面からはね返してると身が持たない。
まともに取り合ってると、恥ずかしくなってくるのだ。
なのであたしには、お相撲の肩すかしみたいに彼女の愛情表現を、わざとすり抜け
させてしまうクセがついてしまった。
そうしながらも、あの顔で甘えられるとついつい冷たくしきれない。
戸惑っているのかもしれない。
こんな風にまっすぐに突っこんでくるタイプは、今までいなかったから。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時49分40秒
- テレビをつけるとちょうど音楽番組をやっていて、亜弥ちゃんが司会者に向かって
アイドルスマイルを向けていた。
たった今までいっしょにいた子が、ヘンな感じ。
そういえば、見ろ見ろってうるさく言っていたことを思いだす。
亜弥ちゃんの新曲なんて、プレス前から飽きるくらい聴かされてるんだけどな。
しばらく適当に眺めていると、『藤本美貴ちゃんと、プリクラ撮ってー』などとテ
レビの中の亜弥ちゃんは言いだす。
「また美貴のネタぁ?」
思わずテレビに向かって突っこんでしまう。
持ってきてるんです、とテレビ画面に大きく映し出された二人で撮ったプリクラ。
あああ、何もテレビで見せなくったって。
予想しないところで自分の顔がテレビに映って、いささか居心地が悪い。
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時54分42秒
- 司会者も喜んでて悪い気はしないし、むしろ同じアイドルとして、出てもいないの
にこうやって話題にされるのは、はっきりいってオイシイ。
しかし亜弥ちゃんと来たら、雑誌のインタビュー、テレビにラジオ、メディアじゅ
うのいたるところであたしと自分がどれだけ仲がいいか、喧伝しまくっている。
そんなとこにも、あたしはいつもの疑問を感じるのだ。
何がそんなに嬉しいんだろう、と。
またまた着信音が響いて、新しいメールの到着を知らせる。
『見た見た?? ちゃーんとミキスケの一番かわいく写ってるプリクラ選んだんだから。
ケイタイにも貼ってるんだから。あんたも貼っとくように』
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時55分32秒
- 「マメだよね」
呆れた口調を装いながらも、その端から笑いがこぼれてしまう。
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時57分01秒
- なつかれていることをそう単純に喜べるほど、あたしは純な乙女じゃないわけで。
正直、芸能界であたしよりランクが上(もちろん近々並ぶ予定だけど)の松浦亜弥
に好かれるのは、藤本美貴にとってプラスだ。
押しも押されもせぬオンリーワンの亜弥ちゃんにとって、美貴との仲の良さをこれ
ほどまでにアピールすることのメリットってなんだろう。
より自分を輝かせる相手としての友だち、その条件にぴったりあってるというのがある。
たぶん、アイドル松浦亜弥の友人として、あたしは容姿もステータスも、
ほどよいバランスなんだろう。女の子人生は長い。その感覚はよくわかる。
引き立て役というより、引き立てあい役として、あたしに白羽の矢がたった。
それが彼女の意志か、事務所の戦略か、そのあたりはわからない。
だけど。それはわかっているんだけど。
それだけで片づけてしまえない何かを、彼女の目の中に見るのは思い上がりだろうか。
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月11日(火)20時59分25秒
- ここまで。
- 22 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月12日(水)08時29分24秒
- 思い上がりじゃないことを楽しみに、更新待ち。
作者さん、おもしろいよ!
- 23 名前:ほげ? 投稿日:2003年03月15日(土)15時09分59秒
- 同じ疑問を持ってましたっけ
でも本当に好きなんだなぁと思うんですよね
- 24 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月16日(日)20時36分52秒
- あやみき小説発見。
最近嵌っています。
リアルで、話のテンポもよく面白いです。
期待してます。
- 25 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月17日(月)22時57分28秒
- 確かに松浦と仲良くする事は藤本にとってはかなりおいしい。
今まであまり考えた事なかったけど…。
現実的に考えると、そういう事もありえますよね。
でも自分は松浦が藤本の事を話してるときの笑顔は最高だと思ってます。
きっとそれが真実なんだと思います。
思わずマジレスしてしまいました。そして長文スマソ。
このお話、上手いとこついてると思います。続き、期待してます。
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月18日(火)11時37分21秒
- 嗚呼、ヒサブリにUNICORN聴きたくなったよ…。
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時26分20秒
- 「モーニング娘。に藤本美貴」
このことを聞かされたときは、さすがに目をむいた。
カメラを気にして引きつった半笑いを浮かべるのが精一杯。
感情をとりつくろうのが得意じゃないあたしには、あれで上出来。
暴れ出さなかっただけ、マシってもんだ。
そして。
なんでもかんでもそうなんだけど、実感てのは、だいたい後から沸いてくる。
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時28分04秒
- 「まさか美貴ちゃんが入ってくるとはねー」
矢口さんはおどけた仕草でいったけど、その目に揺れる戸惑いは隠せていない。
あたしと矢口さんは、控え室で一緒にお弁当を食べている。
今日は彼女のラジオにゲスト出演だ。リスナーが気になるのは、モー娘。加入、
ミキティの心境いかに、てなとこだろう。
イカにもタコにもなりやしない。
あたしはつまみあげたタコさんウィンナーを、憎しみをこめて咬みきった。
「それ美貴のセリフですよ」
- 29 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時28分36秒
- っと、失礼な言い方だったかな。
さすがのあたしもショックみたいで。調子いいのが性分なのに、いつもみたいな軽
口が出ない。
思わず手で口を押さえるが、矢口さんは気にした風はない。
「だろうねぇ。まったく、なあに考えてんだ、社長は」
ショックまでは行かずとも、びっくりしてるのはあたしと同じなんだろう。
些細な言葉づかいなんか、気にならない程度には。
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時29分31秒
- 「どうなるんだろうね、モーニング娘。は」
「さあー」
とぼけた顔をしていると、矢口さんは呆れ顔で、お箸をぶんぶんと前後に振りなが
ら話す。
「あのねぇ、人ごとみたいに言ってらんないよ。春なんてあっという間なんだから。
ふと気がついたらいっしょに並んでジャケ写撮ってさ、あらっ、矢口さん、なんで
こんなとこに? あらっ、何でこんなに人がいるの? あらっ、あたし、ひょっと
してモーニング娘。? てなってるんだから」
「矢口さんときはそうだったんですか?」
あたしはあめ色のお肉とタマネギを口に運んだ。
いっしょに食べ始めても、あたしの方が断然ごはんの減りが早い。
しゃべってばかりの矢口さんは、手がお留守になることが多いからだ。
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時30分36秒
- 今から始まるラジオの放送、メディア向けのお話の前のせいか、なんだかあたしは
普段より口軽くなっているみたいだ。
発表されてしばらくたつけど、まだあんまりこのことについて、誰とも話し合って
いない。何しろ忙しくてそんなヒマないし。
『聞いたよー』と神妙に近づいてくるハロプロのこたちに、肩をすくめたり泣きま
ねをしたり、よろしくっ! と背中をたたいたり。相手に合わせて適当な反応を返す。
同郷の飯田さんに軽く相談したことがあったけど、自分からこの話題を出したのは、
それくらいだった。彼女にいえたのは、モーニング娘。のリーダーで、ずいぶん年
上で、キャリアも長くて。絶対的にあたしより先輩だからだった。
そうでないと、泣きごとなんて、死んでも言いたくない。
つまり、あたしは負けず嫌いなのだ。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時36分07秒
- 「オイラはモーニング娘。加入=芸能界デビューだったからね。他のメンバーもそ
うだし、ミキティとは根本的に違うよ。ていうか、ひょっとして……ひょっとしな
くても、ソロデビューしてから他のグループに入るこって、はじめてじゃない?
ハロプロ限らず、そんなアイドルって今までいたのかな」
矢口さんはペットボトルのお茶に口をつける。
「あんまいないらしいですね。社長が嬉しそうに言ってた」
「社長が嬉しそうにかぁ……」
ははははは、とあたしたちは乾いた声で笑った。
たぶん、二人して同じことを考えたんだ。
華やかな舞台でたくさんの視線を浴びて輝いてるつもりでも、所詮あたしたちは大
きな盤の上に置かれた手駒のひとつに過ぎないんだな、と。
あっちだこっちだあれをやれこれを着ろ。言われるがまま、どこにいったって最高
に楽しいって笑顔で跳ね回るあたしたちは、なんなんだろう。
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時36分44秒
- あたしにとっては初めての、決定的に理不尽な事態。
幼い表情に似つかわしくない達観した目で笑う彼女にとっては、何度も突きつけら
れた、それでも慣れない天災みたいな人災。
なんだか言葉につまってしまって、あたしはしばらく黙々とごはんを口に運んだ。
何か考えているのか、矢口さんも無言だ。
黙って二人でお弁当を食べつづける。
憂鬱でも腹が立っていても悲しくても、焼き肉弁当はうまい。
そう感じられるうちは、まだまだ子どもということなのかな……。
冗談じゃない、子どもにだって、意地はある。
子どもだからこそ傷つく。笑え笑え笑え笑え。そういわれたって、笑ってばかりい
らんない。
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時37分35秒
- 「ミキティの気持ちは、誰にもわかんないよね」
矢口さんがぼそりとつぶやいた。
「えぇ?」
無意識のうちにぎっちり寄せられていた眉根の下から見やると、うおっ、と矢口さ
んは口を開けた。
「な、なにガンつけてんだよぉ」
しまった。
いつの間にか相当に凶悪な表情になっていたらしい。
「あ、いえいえ。考えごとしててぇー」
わざとらしくかわいこぶってにこにこしてみたが、矢口さんはうさんくさそうな目
でこっちを見ている。
「美貴ちゃん、ときどき目が怖いんだよな……。今、マジでちょっと怖かった」
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時39分36秒
- 「えっと、で、なんですっけ? 美貴の気持ちがなんとかって……」
「あ、そうそう。いやね、うちらも相当に微妙な目にあってきたけどさ、今回のミ
キティみたいなパターンって、初めてだよなあって。だからそれって、どんな気持
ちか、今ひとつわかってあげられないなあってね」
「うう……」
あたしは複雑な気分でうなった。
そんな風にいわれるのは、つきはなされてるみたいにも感じられたからだ。
矢口さんは私の反応にあわてたのか、すぐに明るい声を上げる。
「や、でも! ねっ。ま、なんかこう、うまくいえないけど、これからは……つっても、
もうちょっとしてからなんだけど、メンバーになるし……美貴ちゃんにとっては複
雑だってことだけは、よくわかるから、簡単には歓迎するよ、とか一緒にがんばろ
うよとかいえないんだけどさ……でも、オイラはモーニング娘。好きだし、うちらと
ミキティ、どっちも良くなっていけたらって思うよ。ウン」
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時40分15秒
- クサいセリフ……。
でもその言葉は真摯で、あたしを迎え入れてくれる気持ちは真っすぐで。
彼女の言葉は適当じゃなくて「ほんと」だっていうのは、すぐにわかる。
前々から、ちょっとだけ、自分に似た空気をこの人に感じていた。
ツッコミタイプだとかいう表面的なことだけじゃなくて、好きなこと言ってるよう
に見えて気が小さいところや、その場の空気が見えすぎて、おかしく楽しく振る舞
ってしまうところも。
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時41分30秒
- 黙って顔を見ていると、矢口さんは顔を赤くした。
「なんだよぉ。人がまじめに話してんのに。聞いてんの?」
「やー、なんかこう、先輩って感じで、感激してたんです。ステキっ。矢口先輩!」
あたしは矢口さんに肩をぐりぐりとぶつけた。
「うわ、この人ぜんぜんまじめに聞いてねー」
「そろそろ用意お願いしまーす」
ディレクターの声が、室内に飛びこんでくる。
そのおかげで、あたしは矢口さんにお礼を言いそびれてしまった。
そんな風に言ってくれてすごく嬉しい、あたしもなんとかやってけそうです、
そんな言葉を。
まあいいや。これから態度で示していけばいい。
見てろよ、ソロでは使えないになんて言ってたヤツら、絶対見返してやる。
自分の意識がそんな風に変わったってことに、後からあたしは気がついた。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時42分32秒
- 突っぱっていながら、「人事」に対する不満を、誰かと分かち合いたかったのかも
しれない。それも、蚊帳の外の友人や家族じゃなく、当事者のうちの誰かに。
その相手として、矢口さんはもってこいで、だから今日のあたしは、この人と話せ
て、穏やかな気分になったみたいだ。
そんな風に自分のことでいっぱいいっぱいだったあたしは、亜弥ちゃんとこのこと
について話すヒマなんかなかった。
ていうのは嘘で。
負けず嫌いのあたしの本音。彼女には言いたくなかった。
自分のなかで消化するまで、このことに関しての会話を、あたしは避けていたのだ。
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時43分12秒
- ここまで。
下げ進行でエロありか? とか誤解されたら申し訳ないので、上げて行きます。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時43分57秒
- レス、たくさんありがとうございます。
>>22
思い上がりかどうかの答えは、出るのに結構時間がかかりそうです。
おもしろいと言ってもらえて嬉しいです。
>>23
その疑問に対して、フィクションの世界で回答を見つけようという試みです。
というほどのものではありません。ちなみに言うまでもなく同意見です。
>>24
あやみきはハマりますね。というか、ミステリーです。
長々ムダなことを書いてしまうタチなので、テンポ良いとのお言葉は望外です。
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月18日(火)21時44分37秒
- レス、ありがとうございます。
>>25
藤本さんと話してるときの松浦さんは、怖いくらい楽しそうです。
そして、松浦さんと話しているときの藤本さんは、ちょっと微妙。そこなんです!
>>26
わかってくれる方がいてくれて、いと嬉し、です。
もろイメージでございます。
- 42 名前:ほげ? 投稿日:2003年03月19日(水)08時15分53秒
- いやぁそれにしてもリアルっていうかあのラヂオ聴きながらオレが思ってたことそのままですもん
- 43 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月19日(水)10時23分42秒
- 更新お疲れ様です。
これから波乱がありそうな予感が・・・。
ドキドキ
- 44 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月24日(月)05時03分12秒
- 何だか、ミキティ好きになれそうです(笑)。
すごく読み易いです。更新楽しみに待ってます。
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月25日(火)12時52分05秒
- 川o・-・).。oO(エロないんですか…)
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時44分50秒
- 「水着だね」
「水着だー」
感想、というより見たまんま。
あたしと亜弥ちゃんはのぞきこんでいた写真集から、同時にお互いに向かって視線
を上げた。前髪がふれあう。
この距離感。
いつもの亜弥ちゃんだったら間違いなく唇をつきだしておどけるところだけど、
今日は神妙な顔だ。
といっても、このこはマジメな顔をしていても、いつもどこかコミカル。生き様の
明るさが、どんな表情からも完璧には消し去れないみたいだ。
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時45分47秒
- あたしは、んー、と亜弥ちゃんに向かって唇をつきだすマネをする。
されると逃げちゃうくせに、ひねくれ者のあたしはされないとなると、こっちから
迫ってしまう。
「やーめて」
亜弥ちゃんはつれなくあたしの肩を押し返した。めずらしい。
「みきタン、ふざけてる場合じゃないでしょ!」
「なーにがぁ」
あたしはしらけて身をそらした。ぴったりくっついて座っていたソファ、あたしと
亜弥ちゃんの間に空間があく。
ここはオフィス。あたしたちの所属する芸能事務所の。
今日は仕事が早く上がったあたしたちは、応接セットに陣取って、できたての写真
集を文字通り額を寄せて眺めていたところだった。
仕事中の社員さんたちは忙しそうで、あんまりあたしたちに注意を払わない。衝立
越しのこのスペースは、意外と落ちつくのだった。
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時46分34秒
- 矢口さんのラジオに出てからしばらくたった。
もうモーニング娘。加入は目前だというのに、あたしは未だ亜弥ちゃんと、そのこ
とについて正面切って話し合ってはいない。
世間話のネタとして、かすることは多々あったけど、具体的にそのことについてどう
思ってるか、そういった話はしない。
以前と比べて気分的にずいぶん落ちついたから話してもいいのだけど、ここまで話
さないでいると、今さら感が強くて、こちらからは口に出しにくい。
そういった空気を感じとっているのか、あるいは何も考えてないのか、彼女も何も
聞いてはこない。
- 49 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時49分16秒
- 「ん!」
亜弥ちゃんは二人の膝の上の写真集を指して、アヒルみたいな口をした。
あたしも写真集のつるつるした紙に視線を向ける。
――どこのB級グラビアアイドルかしら。布面積の少ないビキニで、そんな格好を
しているってな恥ずかしさを感じさせない、満面の笑みを浮かべてるこは。
「あんただよ、あんた!」
そう、あたしだあたし。……って。
「亜弥ちゃん、いつエスパーになったの? 美貴の考えてること読んだね?」
そんな能力まで身につけてしまっては、さらに敵なし。これ以上強くなってどうする。
「口に出してたって! なに言ってんのよ、もう。人ごとみたいな顔してないのー」
亜弥ちゃんは頬を膨らませた。
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時50分11秒
- あ、そういえば、声に出てたかも。まずい。思考の垂れ流しは疲れてる証拠。
モーニング娘。加入のせいで、まわりもあたしも相当バタバタしてる。そのせいかな。
あたしは咳払いした。
「で、何が問題なのよ、この写真集の」
「問題も問題、モウマンタイだよ!」
「……無問題(モウマンタイ)なら問題ナシだよ亜弥ちゃん」
「茶化さないで」
「茶化してるわけじゃないんだけど」
「とにかく! 大問題よ」
亜弥ちゃんはさりげなく言いなおす。
あたしはよくわからなくて、首をかしげた。
とりあえず膝の上の写真集を閉じてみる。
いくら納得ずくで水着になったからって、いつまでも自分の水着姿がご開帳という
のも落ち着かない。
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時51分35秒
- 「エッチい!」
亜弥ちゃんの叫びに、あたしはソファからずり落ちそうになった。
半分冗談、半分本気で。
「『えっちい』? えと、エロいってこと?」
亜弥ちゃん、大きくうなずく。
「すっごくエッチくない?」
「おいおいおいおいー。亜弥ちゃんだって似たような写真集出してたじゃんよぉ。
おんなじようなもんさぁ!」
亜弥ちゃんは水切りをするわんこのように、激しく首を振った。
「ちがう。ぜんっぜん、ちがう。なんていうの、なんか、なんか……やらしい。
ダメだよこんなん出しちゃあ。お嫁に行けないよっ」
あたしは頭をかいた。
ま、確かにどこまでも健康的な亜弥ちゃんとはちがって色香満載さ。自分で言うの
はナンだけど。
言いたいことはわかる。でもさ。
- 52 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時52分39秒
- あたしは唇をとがらせた。興奮して鼻息も荒い亜弥ちゃんの額を、ぺしっと一発。
「いたっ」
亜弥ちゃんは恨めしそうに、でもどっか嬉しそうにこっちをにらむ。
ほんと、構われたい星人なんだから。
あたしは呆れ混じりにその目をのぞきこんだ。
「なんでそんなに亜弥ちゃんが騒ぐかな。いいじゃん、プチセクシーじゃん。てか、
もっと誉めてよ。恥ずかしいのガマンして、がんばって水着なったんだよ? 美貴、
亜弥ちゃんの写真集見たとき、アホみたいに誉めちぎったのにさぁ。なんで怒られ
てんの?」
「怒ってないよ。怒ってないけどさ……」
亜弥ちゃんは珍しく口ごもった。
彼女が言葉を濁すなんて、めったにないことだ。
「なんか、その……もったいない気がするっていうか……なんか、あんまそういう
格好して欲しくないっていうか……」
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時54分11秒
- 「は、はーん」
あたしはソファにあずけていた背中を起こす。きっと、今のあたしの顔には、腹話
術の人形並みのあやしい笑みが浮かんでいるにちがいない。
「松浦さん、それはズバリ、シットでしょう!」
モノマネ混じりの冗談口調で言ったのに、
「あっ!」
と亜弥ちゃんはあたしの顔を思いきり指さした。爪が鼻先を引っかきそうになる。
こちらを見つめる彼女の瞳は、何か新しい法則を発見した科学者並みの輝きだ。
「だね。そうだ、絶対そうだ。あたし、シットしてたんだ。今気づいた。そう、シ
ットなんだよこれ」
そっかー、シットだったんだー、とあんまりにも感心してるから、こっちが恥ずか
しくなってくる。いやはは、とあたしは照れ隠しに体をよじった。
いつでもどこでも松浦一番の彼女に、そんなカワイイとこがあったなんて。
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時55分27秒
- 「いや、……まあ、わかるけどぉ。自分でいうのはナンだけど、なんかこう、美貴
の水着ショットは、亜弥ちゃんと違ったセクシーっつーか……ま、もちろん亜弥ち
ゃんもかわいんだけど、シットされてもしょーがないっていうかぁ……いやー、照
れるなあ」
にやけるあたしに、亜弥ちゃんはうんうんとうなずいた。
「あたし、みきタンのこういう格好、ほかの人に見られるの、嫌みたい。でも、あ
たしたちってアイドルだから、えっちい衣装とか、えっちいダンスとかやりたくな
いなんて言えないじゃん。ヘタしたらラブシーンとかもしなきゃいけないわけだし
ぃ、ま、しょうがないよねー。お互いさまだよねー」
「や、そりゃ……え、えええ?」
あたしは、はたとにやにや笑いを引っこめた。
- 55 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時56分44秒
- あれ? あれあれあれ。
なんかこのこ勘違いしてないっすか?
「もしもし、え、あの、シットってさ、美貴の……」
「あたしもさ、結構なんつうか、きわどい? そういう格好してるじゃない。なの
にみきタン怒ったりしないもんね。いっつもかわいいかわいいって誉めてくれるじ
ゃん。なんか適当に聞こえるときもあるけどさ。でも誉めてくれるじゃん。なのに
あたし、こんなこと言ったらダーメだよねぇ。ごめんね、ヘンなとこで怒って。
許して。ちょーだい?」
え、ちょっと待って。待ってください。
あの、やっと腑に落ちてきたんだけど、あなたの言っているシットっていうのは、
美貴のナイスバディにじゃなくって、あたしのそういう格好を他の人に見せたくな
いとかそういう独占欲的な……。
ちょっと待て。それってなんか……なんか。
- 56 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時57分58秒
- なぜこのこは、話しながらどんどんどんどん近づいてくるんだろう。
あたしはひきつった笑いをはりつかせて、ソファの端に追いつめられている。
タジタジ。そんな言葉がぴったりくる、今のあたしの状態はなんなのだ。
口調は冗談ぽいくせに、亜弥ちゃんの目が異様に真剣なせいだ。
多少の接近は慣れっこなのに、この感じはなんだか今までになくて、どうしたらい
いかわからない。
まずい。どんどん顔が近づいてる。
- 57 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)16時59分15秒
- ふいに亜弥ちゃんが首をかたむけて笑った。
「ね、許してよぉ。仲直りのちゅーする?」
その笑顔は完璧にいつも通りで、微妙だったあたしたちの間の空気が、するりとほ
どける。
唇をつきだされて、
「なんでだー」
我にかえったあたしが唇をつまもうとすると、
「むわ!」
あわてて避ける亜弥ちゃん。
日常茶飯事のじゃれ合い。そこからはいつも通りのばかばかしい攻防戦。
あたしはひそかにほっとして、いつも以上にヘンな顔をしておどけて見せた。胸の
ドキドキを隠したまま。
なんだったんだ、さっきのは。
ひとしきりふざけたあと、亜弥ちゃんは甘えるみたいにあたしの腰にしがみついて、
目を閉じた。
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)17時00分28秒
- 「なによ。寝るんだったらおうち帰んなさい」
妙にぐったりきて、そっけなく二の腕をつつくあたしの顔を、亜弥ちゃんは見上げた。
愛のテレパシー。上目遣い上目遣い上目遣い。
はじめて聞いたとき、爆笑してしまったごっちんの新曲のフレーズが頭に浮かぶ。
もちろん愛のテレパシーは伝わってこないけど。伝わったら困る!
「シットついでに……もいっこ、いい?」
引きつってしまう笑顔を自覚する。
上目づかいの亜弥ちゃんは、今度は何を言いだすつもりだ
- 59 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)17時01分20秒
- ここまで。
展開が遅い……。どうか長い目でみてやってください。
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)17時01分55秒
- レス、ありがとうございます。
>>42
ラジオ聞けてないんですよね。
不自然な点がないか、どきどきしながら書きました。
>>43
波乱……なかなか起きませんが、気長にお待ちください。じわじわ行きます。
- 61 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月29日(土)17時02分56秒
- レス、ありがとうございます。
>>44
ぜひぜひ好きになってください。私も以前はダメでした。
読みやすいとは嬉しいお言葉。
>>45
川o・-・)ノ.。oO(ダメです…)
- 62 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月29日(土)22時31分34秒
- 展開遅いなんてことないですよ!
もうドキドキです。二人の何気ないいちゃつきにムラムラです。
ああ早くあやみき写真集が見たい…。
- 63 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月30日(日)01時00分21秒
- 更新待ってました!
やっぱり文章うまいですね。
リズムがいいというか、心地よいです。
天真爛漫なあややになんとなく振り回されているようなミキティがリアルでいいです。
しかし、あややは何を言い出すんだろう・・・とても気になります
- 64 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月30日(日)06時01分22秒
- 良い所で切りましたね!
凄い気になる!!
更新、楽しみに待ってますー。
- 65 名前:ほげ? 投稿日:2003年03月30日(日)13時26分27秒
- えー! あのラヂオ聴かずに書いたとはスゴイ!!
恐れ入りました
このあやみきってホントリアル
現実にこうであってもおかしくないって思わせる作者殿の筆捌きにただただ感心ですら
- 66 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月08日(火)00時04分36秒
- 続き期待しております。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時47分22秒
- 「ずっとみきたんに言いたかったんだ」
さっきまでのはしゃぎようが嘘のように、亜弥ちゃんは真顔であたしの目をのぞき
こんでくる。
腰にまわった亜弥ちゃんの手。ソファの端に追いつめられてるあたし。逃げ場はない。
せっかくいつもの空気に戻ったと安心してたのに、また逆戻り。シットうんぬんの
話をしてたときの、微妙な空気の中へ。
つまり、亜弥ちゃんの目は、ミョーに、艶めいているというかイロっぽいというか、
なんというか――女の子なのだ。こんな目で見られたら、よろめかない男なんてき
っといない。そしてなぜ彼女は、女のリーサルウェポンともいうべき、こんな目つ
きであたしを見つめてくるんだ。女友達のあたしを。
あたしはまたしても頭の中をぐるぐるしだす、妙な考えを振りはらった。
まったくのいつも通りににっこりと笑……ったつもりだけど、不本意ながら、ちょ
っとばかし引きつってるかもしれない。
「な、何よ。水くさいんだからぁ」
でた声が、多少うわずっていたとしても、しかたない。
- 68 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時49分55秒
- あたしの動揺を知ってか知らずか、亜弥ちゃんはごくごく静かな声で話す。
「こういう話して、迷惑がられたらヤなんだけど……」
「う、うん」
「その……ずっといいたいのガマンしてたっていうか……」
「う、うんっ」
――早く言えっ。
あたしは心の中で叫ぶ。
聞きたいような聞きたくないような。
でも、鬼が出ようが蛇が出ようが、こう引っぱられるのはツライ。
「みきたんさ……」
亜弥ちゃんは目を伏せた。
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時51分00秒
- 「娘。さんに入るっしょ」
「…………………」
あたしは拍子抜けしすぎて、目をぱちくりさせた。
……なんだ。……そのこと。
いつか聞かれるんじゃないか、いつか話さなくちゃと思ってたお話。
「あ、はいはいはいはい」
ほっとして何度もうなずく。
ああ、びっくりした。何をいいだすかと心底ビビった。あたしゃてっきり……おっ
と、なんでもありませんけどね。
雰囲気がおかしくなったって感じたのは、気のせいか。マジメな話だからってだけで。
ひょっとして、美貴の方が意識しすぎてる?
いかんいかん――あたしは首を振った。
タコツボのタコじゃないんだから、自分からハマっていってどうする。
- 70 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時51分53秒
- 「ちょっと。聞いてる?」
挙動不審なあたしに、薄気味悪そうな目を向ける亜弥ちゃん。
「き、聞いてる聞いてる!」
あたしはオーバーにうなずく。
「なら、いんだけど。でね……どう?」
「どうって、何が」
「やってけそう?」
あたしは頭をかいた。
「うーん、やってけなくってもやってくしかないしな。ていうかね、もうお悩みモ
ードはクリアしたから、今はもうイケイケモードだよ」
亜弥ちゃんは笑いだしながら、「なによそれ」と聞きかえす。
「前向きにね、気持ちが切り替わったってコト。決まっちゃったこと、いつまでも
嘆いてても始まんないし。美貴にしろ、モーニング娘。にしろ、これでお互いクサ
るんじゃなくて、かけあわさってもっといい感じになってけたら、最高じゃん」
あたしはウンウンとうなずいた。
矢口さんの教えを、さも自分の考えみたいに話したりして。
「そっか」
「そだよ」
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時52分51秒
- 「ふっううん」
亜弥ちゃんはちょっとつまらなさそうに体を離した。
「聞きたかったことって、それ?」
ぴょこんとうなずく。
「そんな風にしてみきたんは、知らぬ間に悩みを解決しているのでした……マル」
「なにそれ」
「知らない」
知らないといいながら、完全に仏頂面。亜弥ちゃんはつん、とそっぽを向いた。
――そういうことか。
彼女の考えそうなことにすぐ思いあたって、あたしはへらっと笑った。
「ひょっとして、心配してくれてたんだ?」
「……してたね」
語尾の上がった、なぜかいばってるみたいな口調。
「ずっと?」
「ずっとさ」
亜弥ちゃん、ますますそっぽを向く。
「それでー、美貴が亜弥ちゃんの助けを借りないで解決しちゃったから、気に入ら
ないんだ?」
「……いらないね」
- 72 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時53分38秒
- こういう時、そっぽを向きながらも妙な意地を張らないところは大好きだ。
あたしは嬉しくて、にこにこと笑みくずれた。
「ありがとっ」
照れくさいので短く呟くと、亜弥ちゃんはあごをあげたまま、目だけこっちに向け
て歯を見せた。それだけでお互いに万事OK。
- 73 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時54分30秒
- 「そういえば……」
あたしはふと思いだして、あごに手をあてた。「だいぶ前から亜弥ちゃん、ちょっ
と様子がおかしかったよね」
亜弥ちゃんはすっとぼけた顔をした。
「いつ?」
「ええと……年末ぐらい……。もう三ヶ月以上前だっけ。いっしょに仕事して、
タクシーで帰ったとき。あ、だんだん思いだしてきた。うん、あんた、あの時ちょ
っとおかしかった」
そう、そうだった。
いつも以上に甘えてきて、妙にさみしそうな顔してて、あたしは何か悩みごとでも
あるんじゃないかって心配して……。
あれ以来バタバタで、亜弥ちゃんと顔合わせてゆっくり話すのも今日がひさびさで、
あんまりそのことについて深く考えてなかったけど。
- 74 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時55分26秒
- 「そ、そうだっけ……」
なんだか亜弥ちゃん、視線が宙を泳いでいる。
あたしは、はっとした。
「あんた、まさか……」
亜弥ちゃんは顔の前で両手を左右に振った。
「し、知らなかったよっ。みきたんが娘。さん入るだなんて……」
「はあっ?」
「あ、しまった!」
大口を開けているあたしと対照的に、亜弥ちゃんは両手で口を押さえた。
――おいおいおいおい。
カマをかけてすらいなかったのに、亜弥ちゃんは自らとんでもないことを口走って
くれている。
- 75 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)17時57分12秒
- あたしは亜弥ちゃんをにらんだ。
「あんた今、なんてったぁ?」
亜弥ちゃんの胸ぐらをつかむ。写真誌にでも撮られたら、ますますヤンキー疑惑に
拍車がかかるだろう図だ。
見出しはきっとこんなとこ。
『人気急上昇アイドルFM、モー娘。加入で「浮かれモード」!? 超人気アイド
ルMAをつるし上げ現場を目撃!!』
「う、ううう……」
「吐けっ! 吐くと楽になるぞっ」
コントみたいな口調だけど、きっとあたしの目は笑ってない。それを感じてるのか、
亜弥ちゃんは目を白黒させている。ほんと、意外とマヌケな人だ。
さっきまでオロオロと亜弥ちゃんの出方をうかがってたくせに、今度は逆に亜弥ち
ゃんにグイグイと詰め寄ってるあたし。完璧に形勢逆転。
……今のとこは、ね。
- 76 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)18時13分00秒
- ここまで。
大変更新が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。ほんとすいません。
次回は比較的早くにお届けする予定です。
- 77 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)18時13分51秒
- レス、ありがとうございます。
>>62
写真集、出てしまいましたね。最近二人の露出が少ないので、妄想の枯渇にあえい
でいます。でも買えてないんです。
あんまり起伏のない話なので、いちゃつきは喜んで頂けるよう力入ってます。
>>63
できてるかどうかはともかく、文章のリズムには気をつかっているつもりなので、
そこを誉めていただけると舞い上がるほど嬉しいです。ありがとうございます。
- 78 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月19日(土)18時14分30秒
- レス、ありがとうございます。
>>64
一応、興味を持っていただけそうなところで切るようにはしてるんですけど、むず
かしいですね。
>>65
妄想とはいえ、精一杯リアリティをだせるようがんばります。
>>66
遅くなりました。次からはこんなに遅れることのないようにしたいです。
- 79 名前:ほげ? 投稿日:2003年04月19日(土)22時51分23秒
- 何故にまっつーは知ってるのだ?
>作者様
いやぁ素晴らしいですよ、ほんと
- 80 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月20日(日)09時39分16秒
- 更新お疲れ様でした。
勘違いミキティが良かったです(w
あややの方が一枚上だったのかな・・・
続き期待いたします。
- 81 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)20時59分33秒
- 亜弥ちゃんは観念したらしく、ひとつ息を吐いた。
こっち、とあたしの腕を引っぱる。
廊下をついて行きながら、なによなによと騒ぐと、あんまり聞かれちゃマズイって
いうか……と亜弥ちゃんは煮えきらない。
連れて行かれた先はひとけのない書庫だった。
古い写真集、床に積まれた資料、古い型のパソコン、何が入ってるのかわからない
段ボール……足の踏み場もない書庫は、ほんのり紙の香りがする。
亜弥ちゃんの接近に異様に感度の上がっていた(なんかイヤらしい言い方だ)さっ
きまでのあたしにしたら、こんな狭いとこに二人きりというのは微妙なんだけど、
この時はすっかり興奮状態になってて、それどころじゃなかった。
「さ、説明なさい」
狭い棚と棚の間に、あたしと亜弥ちゃんは向き合った。
- 82 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時01分24秒
- それは、モーニング娘。に新メンバーとして加入することをあたしが知る、一週間前のこと。
マネージャーの電話を盗み聞き(亜弥ちゃんいわく『人聞きの悪い! 勝手に聞こ
えて来たんだよっ! 藤本がどーのなんてコソコソ話してたらさ、気になるじゃん!?
みきたんの一大事かと思うじゃん!? でぇ……こっそり自動販売機の裏に隠れて……』
……やっぱり盗み聞きじゃん)、藤本美貴のモー娘。加入というアクロバティック
な人事を知ってしまった亜弥ちゃん。
あっさり見つかって(ほんとマヌケだ)『絶対、藤本には言うな』と釘をさされた
亜弥ちゃん、あのタクシーでいっしょに帰った日にはもう、あたしがモーニング娘。
に入るってコトを知っていた。道理で様子がおかしかったはずだよ。
言おうかどうか悩みながらも言わないことに決めて、でも隠し事をしたのが心苦し
くて、あたしがそのことを知らされたあとも、モーニング娘。加入の話には、とて
も触れられなかった……。
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時02分45秒
- ――なんてこった。
亜弥ちゃんの話が終わる頃、あたしは完全に不機嫌状態になっていた。
棚に背中をあずけてふんぞり返って、らしくなく背中を丸めている亜弥ちゃんをじ
っと見る。なんだかすごく腹が立つ。
「……いいわけ、スタートしていい?」
珍しくおずおずと切りだす亜弥ちゃん。
「聞きたくないね」
はねつける。
なんでこんなに腹が立っているのか、自分でもわかんない。
「亜弥ちゃん、美貴には絶対かくしごとするなとか、嘘つくなとかいうくせに、そ
んっな重要なことかくしてたんだ」
「や、聞い……」
「ひどくない? 知ってたんなら、教えてくれたら良かったじゃん! 何にも知ら
ない美貴見ておもしろかった?」
胸のなかの怒りは口から外にだすと、ホンモノになってしまう。
つまり――いったん口にだすと、感情ってものは、どんどんヒートアップしてしまう。
袋から出したホッカイロのように。
- 84 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時03分44秒
- 「ちょっ……」
「ばっかみたい! なにそれ。なんでそんなこと黙ってられるわけ?」
「ごめん。で、でも、みきたん、ちゃんと自分でしてたから、あたしが余計なこと
言わなくても……」
「そう思えるまでに美貴がどれだけ……どれだけしんどかったと思う? 亜弥ちゃ
んさぁ――」
感情にまかせてもっとひどいことを口走りそうになったあたしの唇の動きが止まる。
急ブレーキがかかったのだ。心のどこかから。
――あ。
あたしは吸いこんだ息を言葉に変えずにそのまま吐きだした。
これはちがう。これはこのこにぶつけるべきじゃない。
あやうく、とんでもないことを口にするところだった。
唇の暴走を止めてくれた心のブレーキに感謝しつつ、残りの言葉をぐっと呑みこむ。
口を真一文字につぐんでしまったあたしを、亜弥ちゃんは不安そうな目で見ている。
「みきたん……」
「ごめん!」
時代劇の挨拶みたいに、くっきりはっきりと声に出す。
そして両手をぱん、とあわせた。
「ごめん。これ、八つ当たり。あたしだってそんな状況になったら、絶対黙ってると思う」
- 85 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時04分41秒
- 怒りから一転、態度を豹変させたのは、気づいてしまったからだ。
あたしは、問題をすり替えてた。違う怒りの矛先を、このこに向けてしまってた。
もしつんくさんより先に亜弥ちゃんに聞いてたとしたって、どうにもならないこと。
決まってしまったことにあたしたちは従うしかないわけで。
そもそもあたしたち、仕事の話なんてあんまりしない。亜弥ちゃんがあたしに言わ
なかったのは、まったく自然なことなのだ。
亜弥ちゃん以外の人にそのことを言われても、きっとこんな気持ちにはならなかっ
た。亜弥ちゃんだったから、亜弥ちゃんにだけは、自分より先に知られたくなかった。
なのに。
一番弱みを見せたくないこに、何もかも自分より先に知られてて、その上心配なん
かされちゃってて――あたしの頭に血が上った原因は、そこにつきる。
あたしは同業者として、めちゃめちゃに亜弥ちゃんを意識してる。そのことをはっ
きりと自覚する。
そして、勢いにまかせて口から飛びだしかけた言葉に我ながらぞっとした
- 86 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時06分11秒
- ――亜弥ちゃん、自分がモー娘。入ることなんて絶対ないから、そんなこと言えるんだ
- 87 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時07分02秒
- ……最低。亜弥ちゃんを傷つけて、あたしを惨めにさせるだけの、最悪のひと言。
そして、そんな言葉が確かに自分のなかにあったことが、とてつもなくイヤだ。
最悪。ヒクツ。キモイ。自分に対してムカつく。
あたしは情けなくて後ろめたくて、亜弥ちゃんから目をそらした。
ほんと八つ当たりじゃん。参ったな。
鼻から息を吐いた瞬間、
「八つ当たり、していいじゃん」響いた亜弥ちゃんの声はやさしかった。
- 88 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時08分17秒
- 顔を上げると、さっきまでの戸惑い顔とは違って満面の笑みの亜弥ちゃんがそこに
いる。許すどころか、怒られてたことさえもう忘れてるみたいな、混じりけなしの
笑顔。
「え」
まじまじと見つめるあたし、亜弥ちゃんはふふふふふー、とブキミな笑いをもらした。
「あのねー、クールにお悩みを解決しちゃってるみきたんもいいけど、怖い顔して
怒ったり反省したりするみきたんもいいわけ。わかる?」
「わかんねぇよ」
さっきまでの反省はさておき、反射的につっこんでしまう。
この人の脳みそは、ちゃんとそのおでこの向こうに存在しているのだろうか。
亜弥ちゃんはあたしの手をとった。両手をつないで指を組み合わせる。亜弥ちゃん
の手はあたしのよりあたたかい。
「わっかんないかなー。つまりさ、プラスでもマイナスでも、思ったこと、バーッ
て出してもらえる方が、気持ちいいってコトさ。いっつもそうでしょ。隠し事はよ
くない」
よくないっ、とあたしの手をつかんだまま両手をあげる。二人して肘から上をバン
ザイしたヘンな格好。亜弥ちゃんはぎゅーっともたれかかってくる。されるがまま
のあたし。
顔のすぐ横の彼女の髪からは、甘い香りがする。
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時08分59秒
- 「それは……そうだけど」
でも、おい。
「ていうか、隠してたの亜弥ちゃんじゃん」
ふくれるあたしに、亜弥ちゃんは大きく笑った。
「そうだっけ」
「そうだよ、まったく」
あたしはため息混じりに笑った。
さっき心の中にあった複雑で憂鬱な感情は、胸の奥の奥の方に封印。
いろんな思いがあっても、友だちとして、亜弥ちゃんが大好きだから。
そんなつまらないことで失いたくはない。
そして、こんなあたしを謝る前から許してくれてる亜弥ちゃんに、感謝する。
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時09分57秒
- 「あー、でも、すっきりしたわぁ」
亜弥ちゃんはぴったりくっついてた体を、腰から上だけ離した。
そのまま離れるのかと思いきや、つないでた手は自動的に腰にまわってる。必ずど
こかあたしにくっつけていたいらしい亜弥ちゃんは、まるで良く慣れた子犬のよう。
「んん?」
聞きかえすあたし。
「いや、みきたんに隠しごとするの心苦しくってさぁ……。大変だったんだよ」
ほっぺたがほんのり赤らんでいる。
「そっか」
あたしはすっかり油断していた。
「そうだよう。ほんっと、クチ滑りそうで滑りそうで、ちっとも安心してしゃべれ
なかったね」
「その割には、しゃべりすぎだったけどね」
「ヒドーイ」
- 91 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時11分22秒
- 国語の教科書か何かで読んだことがある話。確か、坊さんが主人公だった。
植木屋の新入りが、高い高い木に、はじめて登ってるときのこと。
下から腕を組んで見上げる親方。一番の難所では、新入りに何もアドバイスしない。
が、もう地上まであとひと足の所まで来たとき、はじめて声をかけるんだ。
『気をつけろ』って。
なぜ、一番難しい所じゃなく、最後のひと足で声をかけたかって問われて、親方は
こう答える。
『いっとう危険なところでは人間、警戒してますから、一番の用心で動くでしょう。
それだとまず落ちることはない。だけど、あと、もうちょっと、ほんのひと足で地
面につくって時は、どうしても油断しちまって、集中力が途切れる。わかりやすい
難所よりも、実はそこが一番危ないわけです。だから、最後にだけ声をかけたんでさ……』
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時12分25秒
- 長い例えでナンなんだけど、この時のあたしの状態は、まさにこの植木屋の新入り
だった。最後のひと足を、今踏み出すところ。油断が招く、一番の危険地帯。
そして、あたしには親方はおらず。
「そういえばさぁ……さっき亜弥ちゃん、シットがどうのって言ってなかった?
この話って、シットとは関係ないよね?」
だからだ。自ら蒸し返してしまったのは。
- 93 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時12分57秒
- 「大ありなんだな、これが」
ずい、と亜弥ちゃんは顔を近づけてくる。冗談ぽい瞳の奥に潜む何か。
またしても脳内に危険信号が点る。
なんだかあたしは、いらぬスイッチを押したような気がする。でも、こんなことで
は動揺しないぞ。さっきので懲りた。自意識過剰はバカを見る。
「なによう」
ずい、とこっちものぞきこむ。
ヘンに意識さえしなきゃ、じゃれ合いはそもそも嫌いじゃない。
亜弥ちゃんはちょっと唇をとがらせた。
「つまりその……すごいイタいこといってい?」
「亜弥ちゃんは基本的にイタいから大丈夫だよ」
「ひゃはっ」
くしゃくしゃの笑顔。
あたしたちは鏡におでこをくっつけるみたいに、お互いを見合った。
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時13分52秒
- 「なに?」
顔が近すぎて、必然的にひそひそ声になる。亜弥ちゃんはうなずいた。
「じゃ、ゆうよ。あのね……」
ちいさく吸いこまれる息。
「モーニング娘。に入ってもー、みきたんの一番はあたしでいて?」
ちょっと早口。なぜか語尾の上がった疑問形。ほんのりピンクの頬。
前髪を触れあわせたまま、あたしは固まってしまった。
- 95 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時14分27秒
- 来た。やった。やってしまった。
微妙。微妙だ。微妙きわまりない。
超きわどいコースのボールが今投げられた。あたしはどう打ち返したらいい?
ていうか、どうなのよ、これ。どっちさ。どうとったらいいのさ。どっちともとれ
るじゃん。どっちよ。セクシー? キュート? そのどっちじゃないし。
――落ち着けあたし。あたしがどう取りたいかじゃん。亜弥ちゃんの言葉は、無心
に聞いたら何の問題もない。意識しすぎてるあたしが悪いんだ! そうに決まってる!
だったら、自分に都合のいいように解釈してしまえ!
この間わずか五秒ほど。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時16分06秒
- 「あ、あったりまえじゃん」
ちいさく息を吸いこむ。
「なにせ美貴と亜弥ちゃんは、親! 友! なんだからっ」
両握りこぶしで、ちょっと『ことミック』入ったオーバーアクション。
『親友』という単語に、他の部分の3.5倍の力をこめる。
言葉にならない美貴の思いは伝わっただろうか。
亜弥ちゃんは不思議な表情を浮かべた。
笑顔……。たぶん。
だけどそれは、笑いきれてないみたいな、中途半端にこぼれた感情のような……い
つものひまわりみたいものとは、なんだか違った表情で。
あたしは胸をつかれた。
間違ってはない。あたしのセリフはNGじゃない、そう思ってるのに、不安な気分
になる。
「亜弥ちゃん……」
頭突きするみたいに、亜弥ちゃんのおでこがあたしの額に押しつけられた。
どきりとする。
だけど彼女の頭はするりあたしの額をすべって、鎖骨のあたりに落ちた。
くぐもった声が肌をくすぐる。下を向いて笑ってるんだと、あたしは思う。
- 97 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時17分23秒
- まるで子どもをあやしつけるみたいに、亜弥ちゃんを抱きしめてる図。
あたしはこの大きな赤ちゃんをもてあましてしまって、手持ちぶさたに髪なんかな
でてみる。中途半端な言葉をその髪に落とす。
「えと、美貴がモー娘。入ったってさ、亜弥ちゃんと仲良しなの、絶対変わんない
し。メンバーとはずっといっしょだから仲良くなるだろうけど、美貴にとっても亜
弥ちゃん……ちゃんと一番だからさ。そんな心配しなくてもいいし。オフになった
ら絶対遊ぶし。なんか言いたいことがあったら、いつでも言っていいんだよ。なん
せ美貴は亜弥ちゃんの……」
亜弥ちゃんは勢いよく顔を上げた。
「親! 友! だもんねー」
笑い顔はいつも通りに見えた。そう思いたくて。
あたしは大きくうなずく。
「そうっ。親友じゃーん」
「親友!」
「親友!」
あたしと亜弥ちゃんは、カタく抱き合った。
- 98 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時18分31秒
- この時。
あたしは気づいてしまっていた。気づいたくせに、そこから目をそらした。
『親友』って言葉ににじんでいた、何か。
亜弥ちゃんの瞳ににじんでいた、何かのことに。
あたしは気づかないフリをする。
- 99 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時19分05秒
- しばらくして。
あたしは自分が決定的に間違ってたことに気づくことになる。
なるんだけど――。
それはもうすこし、先の話。
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時19分41秒
- ここまで。
上下巻の上巻終了といったところです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この先もおつきあいいただけたら幸いです。
- 101 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)21時20分12秒
- レス、いつもありがとうございます。
>>79
いつもありがとうございます。
松浦が知っていた理由、超古典的でしたが、どんなもんでしょう。
>>80
勘違いの藤本さん、誉めてくれてありがとうございます。
ここの藤本さんはマヌケ度が高いです。どんどん暴走してゆきます。
第一ラウンド終了ですが、シーソーゲームはまだまだつづきます。
- 102 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月24日(木)21時21分25秒
- すいません、流します。
- 103 名前:一読者 投稿日:2003年04月24日(木)23時51分13秒
- ちょっとマジレス。
>>91
徒然草 第百九段「高名の木登り」
作者さんはもしかして徒然草ファン?
- 104 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月24日(木)23時56分17秒
- 始めてレスします。ずっとストーカーのように毎日更新を待ってました。
萌える話を有難う(●´ー`●)Muchas gracias! 後編も楽しみス。
- 105 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月25日(金)03時23分17秒
- 更新待ってました。
すんげぇすんげぇ楽しみ(w
- 106 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月25日(金)10時57分34秒
- 从‘ 。‘从はまるでお母さんのようにあったかくて優しいなぁ。
ミキティの心の葛藤と動揺がすごくよく伝わりました。
でも2人の間に生まれた何か不穏な感情が気になります。
後半戦がんばってください。
- 107 名前:ほげ? 投稿日:2003年04月25日(金)12時44分19秒
- よく止まられたなぁ
それを言ったら全てが終わるような気がするもの
受け止めることって難しい
藤本さんは松浦さんの感情、いや自分の感情を受け止めることが出来るのでしょうかね
>作者殿
下巻も楽しみにしてますら
- 108 名前:@ 投稿日:2003年04月28日(月)14時49分02秒
- はじめてレスさせていただきます。
ここのあやみきメチャA感情がリアルに伝わってきて
ものすごく好きです。下巻も楽しみにしてます。
- 109 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月05日(月)23時56分38秒
- <<「モーニング娘。に入ってもー、みきたんの一番はあたしでいて?」
くぅぅぅ〜この言葉たっっっしかに微妙ですね〜
どっちにとるか悩むミキティの気持ちがわかります。
こっちにも心情が伝わってきてじらされます。
- 110 名前:110 投稿日:2003年05月08日(木)22時51分20秒
- きょうはじめて知って、一気に読みました。
女の子の一人称が、流れるようにごく自然に読める文章ですね。すごいです。
「マヌケ度が高い」藤本さん、でも素直にまっとうな感覚の持ち主で、いいじゃないですか。暴走しつつもそのまっとうさは忘れないでほしい…などと願ったり。
続きが楽しみです。
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時39分11秒
- 彼女ととあたしはよく似てる。
似てないけれどよく似てる。
愛してるもの見てる世界。
腹が立つとこ笑うとこ。
- 112 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時40分10秒
- ウマ合いまくりのあたしと亜弥ちゃんだけど、あたしには逆立ちしたってマネでき
ないところが、亜弥ちゃんにはひとつ。
それは自己愛。そして自信。その、とんでもない強さ。
もちろん、あたしだってそれなりには自信あって、自分好きで。
でも、残念ながら亜弥ちゃんには負ける。
亜弥ちゃんの自意識は、ちいさな自分をひけらかして悦に入る凡百の俺サマ系の、
吹けば飛ぶようなちゃらい自意識とはワケが違う。
類いまれな才能と惜しみない努力によって磨きあげた自分。松浦亜弥に対する信頼感。
松浦亜弥という存在を、彼女は誰よりも愛してる。
だから強い。彼女は強い。
まぶしいくらい。うらやましいくらい。……そしてちょっぴり、妬ましいくらい。
- 113 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時40分52秒
- そう。あたしは甘かったのだ。亜弥ちゃんのガッツを軽く見てた。
あんなことぐらいで――たった一度、スルーされたくらいで、この人があきらめる
ワケがなかったんだ。ちょっと考えればわかったのに。
亜弥ちゃんが、あんなことでへこたれるような子じゃないことくらい。
障害があればあるほど、燃えるタイプだってことくらい。
……とほほ。
本当に、何がどうなってこうなっちゃったのか。
あたしは今日もため息をつく。
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時43分29秒
- 「……何やってんの」
寝起きで、思ったより低い声が出た。
あたしの顔をのぞきこんでた亜弥ちゃんは、おおっ、とちいさくつぶやいて、おお
いかぶさっていたあたしの上半身から身をひいた。ふ、と軽くなる体。
かわいらしく笑ってみせてるみたいだけど、暗くて亜弥ちゃんの顔はよく見えない。
「お、起きてたんだ、みきたんー」
「……起きました」
のっそりとあたしは上半身を起こす。
暗い室内に薄く浮かぶ家具は、見なれた自分の家のものとはちがう。
そりゃそうだ、ここは松浦邸。
あたしは久々に亜弥ちゃん家に泊りに来ているのだ。
そして、今は夜中なわけなんだけど。いつの間にこんな時間になったんだっけ。
枕元の目覚まし時計は、1時をさしている。
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時44分56秒
- そうだ。DVDを見ながら、どうやらあたしは眠ってしまってたんだ。というか、
半ば確信犯的に眠りについていた。
連日のレッスン疲れのせいか、眠くてたまらなかったもので、寝るなー、寝るなー、
とうるさく騒ぐ亜弥ちゃんをほっぽって、勝手に亜弥ちゃんのベッドに潜りこんだのだ。
あたしのそっけなさは、近ごろアヤしい素振りを見せつつある亜弥ちゃんに対する、
軽い牽制でもあったりしたんだけど、たぶん効果は期待できない。
- 116 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時46分00秒
- そして目覚めた瞬間、視界いっぱいに入ってきてた亜弥ちゃんの顔。
ちょっと前ハヤった魚眼レンズで撮ったワンちゃんみたいな、かわいんだかマヌケ
なんだか微妙な顔。
問題は、その顔が自分の顔の上数センチ――いや、ミリ単位だった。数ミリの所に
迫ってきていたということであって。
あたしは寝起きのぼうっとした頭で、その意味を考える。
亜弥ちゃんはベッドに片肘ついて、手のひらに頬をのせてこっちを見てる。一回ひ
っかきまわされたみたいにやわらかく乱れた髪、ちょっとこちらをうかがうみたい
に見上げる瞳は、めずらしく色っぽい。
なんて言ったら調子に乗って長くなるから言わないぞと。
「みきたん、ほんとに起きてる?」
「うん」
なんでそこに顔が? とか、寝顔見られてたの? とか、考えなくちゃとわかって
はいるんだけど、眠い。なにより眠い。
あっという間に頭が働かなくなってくる。
布団はあったかいし、やばい。超眠い。
- 117 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時46分50秒
- 「すぐ寝ちゃってさ。何しに来たかわっかんないじゃん。お風呂あがりっぱなしで
お手入れもしてないから、あたしがちゃーんと化粧水も乳液もぜーんぶしたげたか
らね。感謝してる?」
「うん」
ねむい。――亜弥ちゃんはよくしゃべるなあ。
「みきたん、やっぱり半目なってたよー。かなりおもしろい顔だったね。だから観
察してたの」
「うん」
ね、む……。亜弥ちゃん、嬉しそうだなあ。
あたしは再びベッドに倒れこんだ。
意識がうず潮のように急速に眠りに吸いこまれてゆく。
「ねーねーみきたん、抱きついてもい?」
「うん」
夢見心地でむぐむぐとかえす返事。
がばっと上半身をおおうやわらかくてあったかい物体。
気持ちいいな、なんて、思うそばから眠りの中へ。
- 118 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時48分04秒
- 翌朝目覚めたとき、やっと頭に浮かんだハテナマーク。
「半目の観察には顔近すぎじゃなかったかい?」
あの距離じゃ、毛穴しか見えないよ。
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時48分51秒
- 今のは、ほんの一例ってヤツで。
そんなこんなをあげつらっていけば、キリがない。
あれ以来――美貴が亜弥ちゃんのこ……告白? をきっぱり拒絶してから(適当に
ごまかしたともいう)亜弥ちゃんは果たしてあきらめたか。あきらめるわけがない。
ますます、ますます力強く、アグレッシブに、すごい勢いで迫りくるのだ。
あたしの気分は、すっかり闘牛士。右に左にひらりはらり。嘘。そんなにうまくさ
ばけてない。意味のない笑いを駆使してごまかすばっかりの日々。完全に美貴の作
戦(単なる逃げ口上ともいう)は裏目にでた。
亜弥ちゃんの今の伝家の宝刀はコレ。
「親・友」
あたし自ら亜弥ちゃんに手渡してしまったこの武器を振りかざして、亜弥ちゃんは
あたしに詰め寄るのだ。
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時49分57秒
- 口をとがらせて真顔でキスを迫ってくるからおいおいと押し返せば、
「親友なのにー」
おソロはいいんだけど、携帯の待ち受けをお互いの画像にするのはどうかと……っ
て言葉をにごすと、
「親友じゃん」
最近仕事でいっしょの石川梨華ちゃんから来たメールを勝手にチェックしたから怒
ったら、
「親友のくせに」
……親友ってナニ?
思わず辞書で調べてみた、今日この頃。
- 121 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時51分28秒
- しかしまあ、深く考えないのがあたしの信条、というか考えられない性分なものだ
から、にこにこ顔の亜弥ちゃんに苦笑しつつも、いつしかつられて大笑い。
男の子じゃないからオソわれるなんて危険もない――はずだし、困ったなあと思い
つつも、日々はのんきに過ぎてしまってる。
亜弥ちゃんもあれ以来、決定的な言葉をあたしに突きつけることはない。むしろ、
開き直って明るく冗談ぽく迫る方向に、路線変更したようにも見える。
もちろんわかってる。そこを一枚はがすと、そんなに単純じゃないってことくらい。
あの時の彼女のまなざしの昏さを思いだすと、息がつまる。でも、どうしようもない。
なんのかんの言ってもあたしは亜弥ちゃんが好き。引きはしても、嫌いになんかな
るわけがない。
彼女の「好き」とはたぶん種類は違ってるけど、大好き。それがすべて。
エゴイスティックかも知れないけど、彼女を失うわけにはいかない。
そのためには、この際、手段を選ばない。あたしは非情なオンナなのだ
だからあたしは、気づかないフリをする。
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時52分27秒
- こんな甘苦しい駆け引き、一体いつまでつづくんだろう。
どうしても亜弥ちゃんの気持ちが変わんないなら、せめてこのまま。
あたしは、このままつづけたい。
それってずっこいことなのかな。自分勝手なことなのかなあ。
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時55分19秒
- ここまで。
間あけないと言った舌の根も乾かぬうちに。。。もう余計なことは言いません。
放置だけはしないので、気長にお付き合いください。
- 124 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時56分11秒
- >>103
レス、ありがとうございます。
その通り「徒然草」です。該博な読者さんに拍手。
でも、うろ覚えで書いた自分は、藤本さんと同じく古典の授業で習っただけなんです。
どちらかといえば「枕草子」の方が好きです。すいません。
>>104
初めてのレス、ありがとうございます。
毎日だなんて、嬉しいですが申し訳ない。週一でも動かないような体たらくなので。
ス、スペイン語?
>>105
レス、ありがとうございます。
ストレートな期待が嬉しい。お話は前半の山を越え、いささかマターリムードですが、
飽きずにお付き合いいただけると幸いです。
- 125 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時57分23秒
- >>106
レス、ありがとうございます。
自らキモイですが、これ書いてると異様に松浦さんがいい人に思えてきます。
藤本さん視点だからではないかと。
葛藤、動揺は難航しつつも楽しかった個所なので、伝わって嬉しいです。
>>107
レス、ありがとうございます。
かかるべくしてブレーキはかかりましたが、話が進むに連れてブレーキの調子はお
かしくなってくるかもしれません。
>>108
レス、ありがとうございます。
リアルと言っていただけると本当に嬉しいです。
動だけじゃなくて静の部分、二人の内面からにじみ出る雰囲気を、はずさないよう
精進します。
- 126 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時59分16秒
- >>109
レス、ありがとうございます。
このセリフ、ヤツならいいかねん、とひっそり思ってます。
むしろ、これくらい絶対言ってる。
>>110
長いものを一気に読んでくれてありがとうございます。
自然といわれて嬉しいです。なかなかきつい十代の一人称、ちょっとでもそれっぽ
かったらいいんですけど。
主役ゆえにいろいろ悩みはつきませんが、まっとうな感覚を大切に、藤本さんはが
んばります。
- 127 名前:104 投稿日:2003年05月17日(土)16時18分13秒
- 毎日見てた甲斐がありました〜。作者さんのペースでいっそ殺して!みたいな
生殺しラヴを続けてください。面白いです。(●´ー`●)Muchas gracias!
- 128 名前:110 投稿日:2003年05月17日(土)22時25分00秒
- 更新おつかれさまです。
いよいよ下巻スタート、めでたやめでたや。
>>116「魚眼レンズで撮ったワンちゃんみたいな」
こういう言い回し、しみじみ「うまいなあ」と思います。
意外にしたたか、駆け引き上手な藤本さん。年上、って感じですね。
したたかでオッケーだぞ藤本さん、「まとも」ってそういうことだから(?)
それでも、いなしてるようで、だんだんはまりこんでますよね〜〜。
次回、楽しみです。
- 129 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月18日(日)00時15分31秒
- ついに更新きましたね。待ってた甲斐があった素晴らしい内容でした。
自分の想像する二人の姿がこの小説で読むことができるんですよ。
藤本さんが松浦さんのパワーに押され気味なとことかね(w
年上なのにいまいち主導権を握れない藤本さんが大好きです。
次回の更新もマターリ待たせてもらいます。
- 130 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月18日(日)03時32分34秒
- 基本的にいしよししか読まない俺。
でも、唯一ここのあやみきは読んじょります。
何故読むかって?
それはあやみきの展開が進むうちに分かるでしょう(謎)。
ではでは、頑張ってくださいまし(はぁと)。
- 131 名前:@ 投稿日:2003年05月18日(日)17時22分57秒
- 基本的にいしごましか書かない&読まない俺w
でもここのあやみきは引き付けられますね。
ここを呼んで最近“親友”を辞書で調べてみたくなった今日この頃。。。
楽しみにしてるので頑張ってください。
- 132 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)12時16分55秒
- 更新お疲れ様です。
この静かな時間の流れが逆に不気味だったり(w
何か起こりそうで、期待と不安が入り交じっています。
それにしても、ここのあややは単純明快なのか、それとも何か心に持っているのか
未だに掴みきれないです。
とにかく続き楽しみです。
- 133 名前:ほげ? 投稿日:2003年05月20日(火)12時40分05秒
- まっつーの手を変え品を変え攻撃を上手くかわしてるのかな?
逆にドツボに嵌ったしまったり
うーん 楽しみだ
- 134 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時27分07秒
- まわるまわるよ 時代は廻る 喜び悲しみくりかえし
そんな風に歌ってたのは、中島みゆきさんだったっけか。
まったくもって、まわるまわるよ芸能界は廻る。
アイドルの日常というのは、比喩でもなんでもなく、目が回る忙しさだ。
めまぐるしくてせっかちで、ひとつひとつの瞬間を味わいきる間もなく、あたした
ちには次のステージが用意されている。
ひとつクリアしたら次、もうひとつクリアしたら次。
先の見えないジェットコースターに乗ってるみたい。ブレーキなんか、このジェッ
トコースターにはハナからついてない。
ステージが用意されなくなるとき、あたしはどこに辿りついてるんだろう。
そんなことを考える間もなく、前へ前へ。
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時28分42秒
- 「なんでため息ついてんの?」
背中越しに聞こえてくるのは、亜弥ちゃんの特徴のある、歌うような声。
楽屋の畳の上。
片や両足を投げだしてだらんと。片やちんまりと三角座り。お互いの背中を背もた
れがわりに座っている娘が二人。
もちろん、あたしと亜弥ちゃんだ。
今日はひさしぶりに、本当にひさしぶりにいっしょの仕事。
もっとも、あたしはもうソロじゃなくってモーニング娘。の藤本美貴になっている。
ソロの頃とは別世界の、人であふれかえらんばかりの楽屋には、楽しげな話し声、
親しさゆえの無言、初々しい緊張感、喧騒も沈黙も包みこむ圧倒的な集団の空気が
充満してた。その空気は不快でもなんでもない。ただ、ちょっと慣れてないだけで。
あたしはひっそり亜弥ちゃんの楽屋に避難してきた。
亜弥ちゃんの楽屋だって、近ごろ落ちつかなくもあるんだけど、モーニング娘。の
楽屋よりは遥かにマシ。
- 136 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時30分25秒
- ちいさなため息を聞きとがめられたあたしは、肩をすくめた。
「別に。ため息なんかついてません」
「うそつけー」
かたん、と音がして、背後で何かが動く気配。
あたしと背中合わせになって携帯ゲームをしていた亜弥ちゃんが、ゲーム機を置い
て上半身をこちらに向けたのだ。たぶん。
にゅっと体の前に出現する白い腕。力まかせに抱きついてくるものだから背中に思
いきり胸があたってるけど、あたしは男子じゃないので別にどうということもない。
というか、一緒にいる時間のうち3分の1くらいはどこかくっつけられているので、
最初は照れくさかったぬくもりは、もはや当たり前のものと化している。
やらかいなあ、とぼんやり思う。
- 137 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時31分00秒
- 「元気ないね」
肩の上で動く白いあご。
「そう?」
さっきから、強がりばっかり。そんな自分が嫌になる。
心配かけたくないんだったら、ため息なんかつかなきゃいいのに。
これは矛盾。ほんとは心配して欲しい。
ひさしぶりに顔をあわせた亜弥ちゃんに、慰めて欲しいわけだ。迫られると逃げち
ゃうくせに、我ながら勝手だ。
そう、勝手だって思うから、いちおう強がってはみるんだけど。
あたしにしては珍しく、ちょっと弱ってて。
おまけにちょっと、スサんでる。
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時31分47秒
- あたしのモーニング娘。としての初舞台、そして保田さんの卒業公演が行なわれた
のは、ついこの間のことだった。
舞台の上で行なわれた保田さんの卒業式、涙を流して保田さんを送るメンバーたち、
会場を埋めつくした赤いペンライト、手を振る保田さんの笑顔の鮮やかさ。
目を閉じれば蘇る、感動的な場面のかずかず。
その感動のさなか、醒めた目を隠しきれずにステージの上で所在なく視線を泳がせ
る娘がひとり。フツーにしてりゃいいのに、わざわざ「あたしは興味ありませんよ」
ってな顔を見せつける娘がひとりだけ。
- 139 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時32分47秒
- どこかに何かが刺さってた。
- 140 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時33分39秒
- いろんな人から、あたしはひどく怒られた。イメージダウンだって。
もし、テレビでこのステージを見てたら。客席から声援を送っていたなら。
きっと、心からお疲れさまと言えた。なんて素敵な絆なんだろうと涙さえ流せた。
じっさい、あたしは何度かひそかに涙ぐんだ。でもその涙は、あたしに関わりのな
い、完結した世界を外側から眺める、傍観者の涙だった。映画を見て流す涙と変わ
らない。
そんな涙しか流せない自分が悔しかった。
だってあたしはちがうんだもの。この場の感情はあたしのものじゃないよ。
絶対共有できない、彼女たちとファンの儀式の場。
積み重ねた月日もないに等しいあたしが、その交歓に加われるわけがない。
望んであの場に立った、他の六期の子とはちがう。
あたしはステージで繰り広げられる世界から、自分の感情がどんどん遠ざかってゆ
くのを止められなかった。
- 141 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時34分37秒
- だからといってあそこまで出すことなんてなかったんだ。あたしだって下を向いて
悲しそうなフリくらい、いくらだってできる。なにもこれから先、一緒にやってか
なきゃいけない人たち、応援してもらわなきゃいけない人たちの印象を悪くするよ
うなこと、するべきじゃなかった。
だけど、たまんなかった。言いたかった。
ここはあたしのいる所じゃないって。
それは意地。従うしかないあたしの、精一杯のデモンストレーション。
強がりで負けず嫌いで、そんな自分の性格、嫌いじゃないけどやっかいだ。
- 142 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時35分20秒
- てな次第で、入ったばっかりだっていうのに早くも不協和音。
あたしの気持ちを汲んでくれて、しゃーないって許してくれる人もいたけど、そん
な態度にカチンと来た子だって、もちろんいるわけで。
あたしが楽屋に居づらい理由は、そんなことのせいもあったりする。
――モー娘。なんかでやってけない。
そんな風に思いつめてるわけじゃ、もちろんない。がんばるって言葉、嘘じゃない。
ゆっくりでもいい、ここにいるあたしを納得させるんだ。
メンバーにも、ファンにも、そしてあたし自身にも。
- 143 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時36分31秒
- あたしのなかに刺さった何か。
胸に響いた鈍い痛みは、今もまだ完治していない。
刺さった何かは引っぱりださない。痛みも苦さも飲みこんで、ひとまわりだって、
ふたまわりだって、あたしは大きくなってみせる。
- 144 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時37分10秒
- ここまで。
藤本さんのつぶやきでした。
- 145 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時38分00秒
- >>127
レス、ありがとうございます。
山を過ぎた今回はマターリムードにもかかわらず、おもしろいとのお言葉、素直に嬉しい
です。LOVE生殺し。
>>128
レス、ありがとうございます。
こんな風にピンポイントで誉めてもらえると、とても嬉しかったり。
文体にマッチする比喩をいろいろと考えるのは楽しいです。
藤本さんはまっとう(wながら、自分には矛盾をはらんだ人に思えるので、妄想の
しがいあります。
- 146 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時39分24秒
- >>129
レス、ありがとうございます。
こんな妄想に素晴らしいなんて形容詞、もったいないです。
二人の関係、自分もそういった所がとても好きです。
単純な仲良しにひそむ、奥の深い変幻自在のバランス感覚というか。
>>130
レス、ありがとうございます。
なんでしょう。作者も知らない、いしよし好きの琴線に触れる何かが、このお話に
はあるのでしょうか。実はいしよしだったんでしょうか。(w
>>131
レス、ありがとうございます。
なんでしょう。作者も知らない(略)。しかし結構そういう人いらっしゃるんですね。
にもかかわらず読んでいただけているとは、とってもありがたいことです。
- 147 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)11時40分10秒
- >>132
レス、ありがとうございます。
上巻下巻で二人の視点を入れかえようかとも一瞬思ったんですけど、1秒で却下し
ました。何考えてんだー、何も考えてないのー、どっちー? と藤本さんといっし
ょにやきもきしていただけると、書き手冥利につきます。
>>133
レス、ありがとうございます。
かわしているつもりでイマイチかわせていないところがミソです。
ドツボにはまるかどうか、今後の展開にご期待ください<えらそう。
- 148 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月25日(日)14時39分53秒
- 基本的にいしよししか読まない俺。
更新、お疲れ様でし。ヤパーリ読んじゃうのよね…
だって、いしよしとか関係無しにこの話がいいんだもん!
ではでは、頑張ってくださいまし(はぁと)
- 149 名前:110 投稿日:2003年05月25日(日)16時16分55秒
- 更新おつかれさまです。
「まっとう」……ああ、いま気がついた。自分で書いといてマジボケしてたか?
藤本さんが落ち着いても「まっ」が暴走する、と。「ご」はどこへ?なんだそりゃ。
それはともかく、今回はぐちゃぐちゃな葛藤で(あ、また「藤」)。いいですねえ。藤本さん、いかにも生真面目に思い悩んでそうなイメージがあって、本当にこんなふうに感じてんじゃないかとか。もっと肩の力抜こうよ、じゃないと松浦さんにハマっちゃうぞ、と。
- 150 名前:ほげ? 投稿日:2003年05月25日(日)19時07分49秒
- そうそう舞台袖で涙をぬぐってたっけね
あれはそういう涙なんだなぁ
傍観者かぁ・・・ うーんあの場はねぇしゃーないでしょ
まっつーとのやりとりが楽しみだなぁ
いつもながら作者殿よく見てますわ
だってオレもそう思ったもの
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月27日(火)01時26分43秒
- 楽しく読ませて貰ってます
あやみき大好物なんでこれからも読みつづけます
- 152 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月27日(火)11時41分55秒
- 更新お疲れ様です。
あのステージ上に自分がいること、嬉しくもある反面、意に反するような事務所の意向へ対する
不満と違和感が、よく伝わりました。
確かにあのステージ上にいなければ素直に感動していたのかもっていう深層心理があっぱれでした。
仕事だからプロだから、嘘でも演じなければならないと頭で分かっていても
何かどこかでもう一人の自分をアピールしたいって気持ちは、
多感で不安定なあの年頃特有の繊細な感情ですよね。
もちろんアピールしたい対象はたった一人、あのお方でしょうが │。‘从チラッ
相変わらず細やかな感情の機微に惹かれました。
- 153 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時12分17秒
- 「元気ないって」
亜弥ちゃんはあたしのほっぺたをつんつんとつつく。
彼女を背中に貼りつけたまま自分のなかに沈みこんでいたあたしは、しゃぼん玉が
はじけるみたいに我にかえった。
背中に、亜弥ちゃん。
べっちゃりと抱きつかれてて重かったりもするんだけど、自分から伸ばす手じゃな
くて向こうからさしのべられる手は、あたしを認めて、ここにいることを喜んでい
る、そう感じさせてくれて、心のイガイガをすこし丸める。
首筋にふれる髪の感じや、女の子特有の甘い香り、すべすべした腕の感触。
あたしは亜弥ちゃんの腕をつかまえて、しばらくリラクゼーション、と思ったんだ
けど、「なんで黙ってんの? ね、なんで? なんで? なんで。ね、なんで?」
と耳元で連発した挙げ句、「顔、見えないっ」と、亜弥ちゃんはあたしの腕をほど
いて隣に並んでしまった。
- 154 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時13分05秒
- せっかく人が落ちつこうとしてるのに、落ちつきのない人だ。
まあ、生身の人間に――しかも人一倍騒がしい亜弥ちゃんに、犬猫みたいな癒し効
果を求める美貴が間違ってた。
などとうなずきかけて、あたしはふと心づく。
ていうか、このヒト、危険人物だった。……すっかり忘れてた。こんな風に甘えて
ちゃ、あらぬ誤解のもとじゃないか。
自分のうかつさに目眩がする。
だめだ、落ち込んでるとはいえ、あたしには危機管理能力が欠けている。
- 155 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時13分56秒
- とはいえ、亜弥ちゃんもこんな状態のあたしには、迫る気なんてないらしい。
「しゃべって」
首を90度くらいに傾けて、亜弥ちゃんはあたしの顔をのぞきこむ。
心配の表情があたしにくれるのは、心地よさとひとさじの苦さ。
「何を?」
苦さがあたしに、はぐらかさせる。
笑って見せたのに「なんでも」と亜弥ちゃんは真顔でうながす。
「亜弥ちゃんがしゃべってよ」
「やだ。みきたんがしゃべって」
「亜弥ちゃんしゃべってよ」
「みきたんしゃべってよ」
「しゃべって」
「しゃべって」
なんて、二人していつもみたいにふざけてくり返したけど、亜弥ちゃんはあんまり
楽しそうな顔にならない。ちょっと不服そうに鼻を鳴らした。
「じゃあ、お題」
亜弥ちゃんはあたしの膝に手を置いた。「なんか悩んでんの?」
あたしは乾いた笑い声を立てた。
そのセリフは正解。ストレートな言葉で逃げ道を塞いでくれないと、あたしは弱音
を吐けないから。
- 156 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時14分30秒
- 亜弥ちゃんから視線をはずして、あたしはつぶやいた。
「あのさ――今、ちょっとしんどい……かな」
なるべく軽く響くように。
あたしの言葉は、100あるうちの5にも足りてないのに、亜弥ちゃんは「なんで」と
も「なにが」とも言わない。
「気分悪いとか、そういうのでなく?」
ちょっとひそめられた声。
「うん、ちょっとキツい」
「……そっか」
さっきまであんなにしつこくため息の訳を聞いてたのに、亜弥ちゃんはあたしの言
葉に、ひどく短い返事をかえした。
- 157 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時16分29秒
- 肩に顔を押しつけるみたいにして、あたしの体を横から抱きしめる。
「なあにー?」
「あたしは知ってるよ」
亜弥ちゃんはきっぱりと言った。
「みきたんは戦ってる。がんばってる。これからもがんばる。みきたんはかわいい
しカッコイイ。みきたんは最高。すごいやさしいのもたまに泣き虫なのも、みんな
あたしが知ってるから。知ってるんだよ? わかってる?」
早口で言うと、どうだ、といわんばかりの顔であたしを見つめる。
あたしはちょっと泣きそうになってしまった。
今のあたしには、何百回がんばれって言われるより嬉しい言葉。
たぶん、口にださなくてもわかってて。
たぶん、口にださないで済ませてくれた。
亜弥ちゃんは、やっぱりあたしのことをよくわかってる。
あたしが考えもしなかった方法で励ましてくれた亜弥ちゃん。
彼女があたしにいてくれることが、すごく嬉しい。
- 158 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時17分29秒
- 「わかってる」
照れ隠しに、あたしはちいさくつぶやく。
「アーユーOK?」
まっすぐな視線でこちらを見上げる亜弥ちゃんに、親指を立ててみせる。
「OK牧場!」
勢いつけて叫ぶ。
「それよっすぃーだし」
「てか、ガッツさんだし」
亜弥ちゃんは歯を見せて笑う。
あたしのなかの棘は消えない。
だけど、それをひっくるめて認めてくれる、ありのままのあたしを委ねさせてくれ
る――そんな子がいるんだから、こんなに強い味方があたしにはいるんだから、あ
たしはまだまだ戦える。そんな風に感じられて。
あたしたちは二人して、ほんとばかみたいに、にやにやと笑いあった。
- 159 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時18分22秒
- 「なんっか最近、心配されてばっかりかも」
マジメな話のあと特有の気恥ずかしさをごまかすように、あたしは必要以上に明る
い声をだした。
確かに近ごろ、あたしは亜弥ちゃんに助けられてばかりいる。前はどちらかといえ
ば、美貴が亜弥ちゃんの相談にのったげてたのに。まあ、モー娘。加入っていう大
事件のせいではあるんだけど。
「いいじゃん。前も言ったじゃん。心配させてよ!」
亜弥ちゃんは元気にあたしの肩をがくがく揺さぶる。
あまり感じないとはいえ美貴の方が年上なのに、これじゃあどっちがお姉さんかわ
からない。
- 160 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時19分01秒
- 「亜弥ちゃんも、なんか美貴に相談とかさ、あったら言ってよ」
がくがくと頭を揺らされながら、ふと、そんな言葉が口をついて出る。
「相談?」
亜弥ちゃんはあたしの腕をつかんだまま、頭をかたむけた。
「うん。どっちかって言えば、美貴が亜弥ちゃんの相談聞いてあげたいじゃん、
やっぱ年上だし。イチオー」
亜弥ちゃんは瞳をくりくりと動かす。
「うーん。今はないなー」
「そう? なんかして欲しいこととかでもいいよ」
「して欲しいこと?」
「うん。まあ、言ってるけどねー、アナタは」
あはは、と笑ったあたしに、
「言ってないことあるよ」
亜弥ちゃんの表情が移ろった。
- 161 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時19分59秒
- ――あ。
あたしはもはや何度目か知れない「やっちまった感」に襲われた。
最近ではそっちモード(ってどっちよ)に切り替わるとき、だいたいの予測ができ
てたのに。またしても油断してた。学習能力ゼロだ
ていうか、フツーに話してて落とし穴が多すぎる。友だちなんだもん、それくらい聞
くじゃん。油断っていうか心許してるし、なんでそんな用心しなくちゃなんないの
よ。なんでこんな展開になるのさ? せっかく悩みが晴れかけてるトコなのに。
あたしはさっきとは違う意味で泣きそうになる。
しかし、たった今嬉しい言葉であたしの心を軽くしてくれた亜弥ちゃんに対して、
ここで話題を変えるなんて、不誠実なことができるわけがない。
「な、なに?」
めいっぱいの動揺を隠して笑ってみる。
どもるな、あたし。引きつるな、あたし
- 162 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時21分00秒
- 亜弥ちゃんの瞳の色が深まった気がした。もちろん気のせいだろうけど。
なんだか吸いつけられるみたいな気分。
亜弥ちゃんはゆっくりと唇を開いた。
「キスしてよ」
- 163 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時21分38秒
- 164 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時22分22秒
- 165 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時22分57秒
……どうしよう。
- 166 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時24分07秒
- ここまで。
上巻下巻で話がループしてるなあ。
- 167 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時25分45秒
- レス、ありがとうございます。
>>148
レス、ありがとうございます。
そういっていただけると嬉しいです。いしもよしも出てこない予感なので。
がんばります。
>>149
レス、ありがとうございます。
こちらこそ、完全にネタで書いてらっしゃるものと思いこんで、しつこく使ってし
まいました(w
葛藤はなにかしらあったろうなあと思うと、ついつい肩入れしてしまって。
現実を背景にしてると、そのあたりのバランスがなかなか悩めるところです。
>>150
レス、ありがとうございます。
あの涙にはぐっと来ましたね。ステージでの態度とかも。
松浦さん、今回は出番多いです。いかがでしたでしょう。
- 168 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)20時26分56秒
- >>151
レス、ありがとうございます。
大好物ですか、ありがとうございます。
更新も展開も遅い話ですが、今後もぜひお付き合いください。
>>152
レス、ありがとうございます。
あのステージのあたりは、書くにあたって作者の方でもちょっと葛藤がありました
ので、伝わったと言ってもらえてほっとしています。
厳しい現状+お話の中の友情問題でここの藤本さんは異様に悩める人になってますねー。
- 169 名前:110 投稿日:2003年06月01日(日)00時31分57秒
- 更新おつかれさまです。
うーん、藤本さん、たしかに学習能力ないっすな。
もしかして望んでるんじゃないか。なーんて、はっはっは。このまま一気に……
前回とうって変わって幸せな空気で、読んでて気持ちよくなりました。でもある意味レッドゾーンか?
次回も楽しみにしてます。
- 170 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月01日(日)01時31分29秒
- 基本的にいしよししか読まない俺。
きっと、この話に恋をしたんだ!うん!間違いない!
いしよしとか関係無しに作者に付いていくことを誓う今日この頃。
ではでは、頑張ってくださいまし(はぁと)
- 171 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月01日(日)06時14分05秒
- 作者しゃんの更新見るたびにコトミックを見直してます(w
あやみき最高です。
- 172 名前:ほげ? 投稿日:2003年06月02日(月)12時38分23秒
- あーあ、自ら地雷を踏んでしまいましたね、藤本さん
まぁがんばれよ(他人事)
>作者殿
いよいよ藤本さん、娘。の仕事を本格的に始めましたね
この劇中ではいったいどんな感情を表すのか非常に楽しみですね
- 173 名前:@ 投稿日:2003年06月02日(月)16時37分54秒
- ミキティいい味出してますねぇ。
自分の尻は自分で拭きましょうってことでキスしちゃえ(笑)
楽しみにしてます。
- 174 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月04日(水)03時22分15秒
- ふふふ藤本さん!!
あなたどう切り返すんですかそれ!?
やばいやばい気になる試験とかどうでもよくなってきた。
でもこのままじゃ単位が……。
…おとなしく勉強して待ってます…。
- 175 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月04日(水)23時50分10秒
- 今日、一気に読みました。
おもしろいですねー
ほんとによく2人の特徴をとらえてると思う。
ゆっくりでいいから、がんばって完結してね。よろしく!
- 176 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時37分58秒
- 「キ、キ、キ、キ、キス?」
「動揺しすぎ」
激しくどもってしまったあたしを、亜弥ちゃんはやさしくにらんだ。
「いやいやいやいや。……いやいや。えーっ」
口を思いきり開けておどけてみたけど、亜弥ちゃんは笑わない。
ちょっと不自然に引きむすばれた口もとは、笑うのを我慢してるみたいに見えるけど、
たぶん緊張のせい。
彼女のこんな表情を、あたしは前にも見たことがある。
「モーニング娘。に入ってもー、みきたんの一番はあたしでいて?」
解釈に苦しむセリフをあたしにぶつけた、あの日とよく似た瞳の色。
どうやら、いつもみたいに冗談でまぎらわせることは許されないらしい。
あたしは脳細胞をフルスピードで回転させた。
ええと、落ちつこう。落ちつけ、美貴。この場合は落ちつくのが先決だ。
ええとええと……い、色づきは早く成熟時に先んじる。果房は大きく、円筒形。
着房数多くきわめて豊産。完熟すると濃厚。果汁100%になったフルーツソース。
頭の中でぶつぶつ唱えて、あたしは軽く深呼吸した。
――MD当たる!
よ、よし、落ちついてきたぞ。平常心、平常心。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時39分45秒
- 「あのう……なんで、キスなんかしたいの」
ごくごく平静な口調。を、装ってあたしは訊ねる。
「理由って、いる?」
唇からもれるやわらかな声も、いつもと違って、しっとりとしたものだ。
普段がころころふわふわしたマシュマロだとしたら、こういう時の亜弥ちゃんは、
オトナの味のガトーショコラってところか。そのココロは――甘いのはおんなじでも、
奥ゆきがあって底知れない。なんて、のんきに分析してる場合じゃない。
甘く深みのある表情は、きっと彼女に恋している男の子になら、とんでもない効果を
発揮するだろうけど、美貴にはまるで逆効果。
魅力的に見えれば見えるほど息苦しくて、なんか不安になっちゃって、逃げだした
くなる。
「り、理由はいらないけどさ。えと、恋人同士ならね。でもほら、美貴と亜弥ちゃ
ん恋人じゃないし」
言いきってしまうのはマズいかな、とも思うけど、この辺はっきりさせとかないと。
しかし、最近の亜弥ちゃんは、コレぐらいじゃあ、もうひるまない。
「そうじゃなくてもしたいの。ていうか、もう何回もしてるじゃん。なんでそんな
こと、いちいち言うの」
亜弥ちゃんの目に苛立たしげな色が宿る。
- 178 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時41分32秒
- たしかに。
何度かおふざけでチュッとばかりにやらかしたこと、なくはない。
でもそれは主に亜弥ちゃんからであって、美貴からキスしたことなんて、ほとんどない。
亜弥ちゃんはキス真似が大好きで、しょっちゅう迫ってくる上に、またまた本気で
近づいてくるものだから、美貴が避けなきゃ、公衆の面前で口ちゅーというとんで
もない事態が何度だってあったはずだ。さらにあたしは、こちらからキス真似する
ときも、不慮の事故がないよう、万全の注意を払ってる。つまり、基本的にはカン
ベンして欲しいのだ。
理由は簡単、恥ずかしいから。
手をつないだり腕を組んだり顔近づけたり。ハロプロの子たちの間で過剰な、女の
子的コミュニケーションは嫌いじゃないし、来るもの拒まずなあたしだけど、
女同士でほっぺやおでこならともかく、人前で口にキスするなんて、心の底からあ
りえねー、て感じなのだ。
- 179 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時42分23秒
- とはいえ。
あたしは強気な亜弥ちゃんの態度に、早くも押され気味。
「し、してたねー、そういえば。でもさ、いきなりそんな口に出して『しよう』と
か言われると、恥ずかしいっていうか……」
「みきたんが最近、徹底的に避けるようになったからでしょ」
「う」
あたしはぐっとつまった。
「ちょっと顔近づけたらすごい勢いで逃げちゃって」
亜弥ちゃんは悔しそうに頬を膨らませる。「最近ぜんぜんキスしてないじゃん」
「てか、フツーしないんだよ? 友だち同士はっ」
「するよ。あたし、あいぼんとするもん」
「し、してたねー」
そうそう、二人はあいさつがわりにキスするんだよね――って、なんかおかしくな
いですか、ハロプロ。
「あ、最近はしてないから」
「あ、そう……。いや、それはいいんだけど……」
亜弥ちゃんの神経を逆なでしないため、「それは」と「いいんだけど」の間の
「どうでも」は口に出さないでおく。
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時44分38秒
- 「みきたんとは、あいぼんより、もっともっと仲良しだもん。してあたりまえじゃない?」
「も、もちろん仲いいよ。でも、だからって……」
「単なる愛情表現でしょー」
亜弥ちゃんは不服そうに肩を揺らす。
いやさ、その愛情が「友『愛』感『情』」だったらいいのだ。
でもさ、アナタの言ってる愛情って「恋『愛』感『情』」の方じゃないの?
口にだせない疑問ばっかりのあたしは、ただただじりじり後じさる。
「いいじゃんいいじゃん、1回や2回。減るモンじゃなし」
亜弥ちゃんはねだるようにささやく。
――亜弥ちゃん、それはセクハラオヤジの論理だ。
なんて反論する間もなく――。
- 181 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時45分39秒
- 「ストーップ!」
あたしは両手のひらでバツをつくった。ずんと近づいてきてた亜弥ちゃんの顔が、
めちゃめちゃ間近で押しとどられる。手のひらに彼女の唇が触れて、しっとりとした感触。
指の間からのぞいてる彼女の瞳は強い強い。
気をゆるめると、悪い魔法にかかっちゃいそうだ。
- 182 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時47分22秒
- 「ちょっと、亜弥ちゃん、離れて」
近づきすぎ。
背筋がぷるぷるいうくらいのけぞっているあたしは、畳に片手をついた。床と背中の
角度は、約40度。がぶり寄ってる彼女の角度は140度。このまま二人して水平になっ
ちゃったら問題だ。あたしにとっては。
「ほらっ、倒れる! 倒れる! あーぶなーいっ」
「人をドミノみたいに……」
亜弥ちゃんはぶつぶついいながらも、がっちりガードを固めてるあたしに、ばから
しくなったのか、素直に身を起こす。あたしもほっと息をつきつつ、背中を伸ばした。
体勢を立てなおすとすぐそこに、亜弥ちゃんの恨みがましい目。
「なんでそこまで嫌がるかな。傷つくよ」
「なんでそこまでキスしたいかな……」
思わずあたしがあきれ顔になると、
「トクベツになりたいの」
亜弥ちゃんは押しつけるみたいな目で、あたしを見た。
- 183 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時48分28秒
- 「特別?」
「トクベツ」
ひそやかに亜弥ちゃんはささやく。
あたしは言葉の意味を図りかねて、聞きかえすことができない。
亜弥ちゃんはちょっとあごをあげた。いつもよりいっそう強気な表情になる。
「友だち同士でキスなんかしないもんだってみきたんが言うなら、なおさらあたし
はキスしたい。だってそれって、友だち以上ってことでしょ。恋人同士がキスする
のだって、おたがいが特別だからじゃない? ほかの人とはキスしないじゃん?
誰よりも一番なんだって証明にも、なる。だからぁ、したい。あたしだけが違うって、
ほかの人と違う、みきたんにとってのトクベツなんだって、キスしてくれたら、
すぅごい思えるよ」
真摯なまなざしが胸に刺さる。
――トクベツ。
その言葉に、あたしはどれだけの意味を汲めばいいんだろう。
友だちの中の特等席、ていう意味でのトクベツ。そう、友だちのキスだったらいい
んだよ。恥ずかしいけど、ここまで拒む理由はないわけで。
だけどそれが――。亜弥ちゃんのトクベツが美貴とは違ったトクベツなら。それを
思うと、やっぱりあたしの体は動かない。
- 184 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時49分39秒
- 「キスなんかしたって、何にもなんないよ」
あたしはぐっ、と亜弥ちゃんを見た。にらむみたいに。
「なんで」
「キスしたからってトクベツになんか、きっとならない。だって、キスとかえっち
とかしたからって、その相手がトクベツだって――絶対的に信じられるっていうん
なら、恋人同士は別れないし、離婚しちゃう夫婦はいない。100回したって1000回
したって、別れるときは別れちゃうんだよ」
人さし指を振り振り、あたしはアツく語る。
亜弥ちゃんが欲しがってるのは、こんな理屈じゃない。わかってる。一見、正論を
言ってるみたいにみせかけて、またしても逃げを打とうとしてる、そんな自分が情
けない――。だけど、こればっかりはどうしようもないんだもの。
- 185 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時50分56秒
- 「そんなのつまんない」
亜弥ちゃんは、ものすごく嫌そうな顔をした。「みきたんはそう思うの?」
「そういう意味で、亜弥ちゃんがキスしたいって言うならね」
「だったら、なんも信じれないじゃん。みんなとは違うんだよって、そういうのって、
そういうことで信じるんじゃないの? そんなこと言われたら、何を信じればいいのさ。
わっかんない!」
亜弥ちゃん、やや興奮気味。
あたしは自分の鼻先を指さした。
「美貴」
「ええ?」
「キスなんかしなくたって、美貴にとって亜弥ちゃんはトクベツだし、亜弥ちゃん
にとって美貴はトクベツ。ちがう?」
「ちがわない、けどぉ……」
もうひと押し。
「キスしなきゃ、亜弥ちゃん美貴のこと信じられない?」
真顔になって見つめると、亜弥ちゃんはあわてたように首をぷるぷる振る。
「信じてる。信じてるよ」
「ありがと。美貴も亜弥ちゃん信じてる。ほらぁ、わざわざそんなことで確認しな
くたって、美貴と亜弥ちゃん、信じ合ってんだよー。ね? ――だったらオールオ
ッケーじゃーん」
あたしは亜弥ちゃんの頭を、わざと子ども扱いするみたいな手つきでぽんぽんとたたく。
- 186 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時51分46秒
- 亜弥ちゃんはむー、と小鼻に皺を寄せた。
「よくわかんないー」
そりゃそうだ。ごまかしたんだもの。
「気にしなーい、気にしない」
あたしが一休さんばりにのったりと言うと、うむむとうなりつつ「まいっか」と亜
弥ちゃんも首をかしげる。
「そうそう。ま、いいじゃん」
――よしよし。
難しい局面をクリアして、思わず心中鼻歌が出そうになったあたしに、
「うん、まあいいや。それはそれとして――じゃ、キスしよ」
亜弥ちゃんは、にっこりと笑った。
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時53分29秒
- 「はああ?」
あたしは気を失いそうになる。「亜弥ちゃん、美貴の話聞いてた?」
「聞いてたよ。信じる信じないとか、トクベツな関係だからってキスは関係ないっ
てでしょ」
「う、うんっ」
「それはそうかもしれないね。みきたんの言うことも、一理ある。で、それはそれ
としてー」
亜弥ちゃんは、んー、と唇をつきだした。
「したい。だからしよう」
あたしは絶望的な気分に襲われる。さっきの美貴の力説は何だったというのだ。
ヒトの話、まるで聞いてねえ。聞いてるけど、ぜんぜん聞く耳持ってねえ。
さすが亜弥ちゃん。あたしもそうっとう話聞いてないヒトだけど、あんたには負ける。
もうダメだ。これ以上は、さすがのあたしもキョヒれない。
ごまかすことができなきゃ、はっきりきっぱり拒絶するしか、もう手はないもん。
そんなことできるわけない。友情を犠牲にしてまで逃げるくらいなら、最初っから
逃げおおせてたんだもん。もう、やっちゃうしかない。
――やっちゃえ、まずやっちゃえ!
つんくさんの声が聞こえてくる。幻聴か。そんなCMあったよね――
ていうか、つんく! おまえのせいだ!!
あたしは幻に向かって当たり散らしたくなる。
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時55分00秒
- なんて現実逃避をしてる間に、亜弥ちゃんの顔はどんどん迫ってきてる。
さっきまでのしっとりムードはどこへやら、唇を思いきりつきだした亜弥ちゃんの
顔は、男の子にこんな顔でキスを迫られたら100パーセントお断りさせていただく
だろう、かなり気合いの入ったアホ面である。
しかしまあ、そんな顔も確かにかわいいのだから、このヒトはずるい。
あたしは観念した。
――もういいや、キスくらい。もういいや、やっちゃってください。
今の状態でその線を越えたらマズイ。それがわかってるから「たかがキスぐらい」を
こんなに死守してた。それは自覚してるんだけど、なんかもう、抵抗するの疲れちゃった。
亜弥ちゃんの接近を阻もうとする肩の力を抜いて、あたしは目を閉じる。
- 189 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時55分39秒
- 今まさに唇を奪われんとするその時――。
こんこんこん。
硬質なノックの音が、楽屋に響きわたった。
- 190 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時56分57秒
- ぱちり。あたしの目が開き。
ぴたり。亜弥ちゃんの動きが止まる。
「おはようございまーす。あややー、ちょっといーい?」
――て、天の助けっ!
このとき、何の変哲もないあいさつは、あたしの耳に、天使のラッパ並みに高らか
に響いたのだった。
- 191 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)13時00分15秒
- ここまで。
- 192 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)13時01分31秒
- >>169
レス、ありがとうございます。
皆さんに喜んでもらえる展開になればなるほど、藤本さんは追いつめられているという罠。
話のテンションが毎回ころころ変わるので、不自然じゃないか心配になったりします。
>>170
レス、ありがとうございます。
ぜひ、藤本さんとともに地獄の果てまでついてきてください。
>>171
レス、ありがとうございます。
ことミックはとんでもないですね。合わせて見ていただくと、この話が100倍ほど
楽しめる、素敵な習慣ではないかと。あれがなければこの話は生まれませんでした。
- 193 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)13時04分02秒
- >>172
レス、ありがとうございます。
現実の彼女はとても柔軟そうなので、人的にはすぐに娘。にもなじみそうに思えます。
むしろ、悪なじみしそうでちょっと心配ですが。
>>173
レス、ありがとうございます。
今回はアレでしたが、墓穴を掘ってばかりの藤本さんですし、ここから先の展開で
アレかもしれません。
>>174
レス、ありがとうございます。
試験がどうなったかがとても気になります。勉強、大変ですね。こんなことが原因
で単位を落とすとさらに大変です(w
>>175
レス、ありがとうございます。
一気読みしてくださって嬉しい限りです。
スピードに自信はないですが、完走だけは自信があります。がんばります。
- 194 名前:110 投稿日:2003年06月08日(日)14時32分31秒
- おお、更新だ! お疲れ様っす。
ますます良いぢゃないですか。お話も、二人のキャラも。
松浦さんの徹底的マイペース一直線、たしかに凄い。強烈。
しかし、藤本脳内の危機回避ルート探索装置の高速回転っぷりは、それ以上に強烈でわないかと。煙出てるぞ。>>176「MD当たる!」って…。
焦りまくったあまり妙に冷静になって、言ってもしかたない正論を導き出してるのも最高。>>179「なんかおかしくないですか、ハロプロ」…うん、たしかにそうなんだけどさ、今それ言っても…。
壊れてきたのか? 壊れてるのか? まだまだ持ちこたえてくれ〜。
というわけで次回を楽しみにお待ちします。
- 195 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)18時00分39秒
- 更新ありがとう! !Muchas Gracias! 乱入者が誰か気になる〜。
- 196 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)18時56分25秒
- へたれなみきたんさいこーです!!
どこまで逃げ切れるのかが楽しみです。(w
- 197 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)22時17分40秒
- 基本的にいしよししか読まない俺。
あ〜・・・
う〜・・・
お〜・・・
二人の何とも言えない空間に唸りながら読んでますが、何か?(w
ではでは、頑張ってくださいまし(はぁと)
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月08日(日)23時30分57秒
- テストも終わり明日は大学をさぼろうかと考えているダメ人間です。
今回も焦らされまくった感じでとても良かったです(変態
そして藤本さんのヘタレなところが愛しくてしょうがない。
いつまでもヘタレ全開な藤本さんでいて下さい。
松浦さんもそのアグレッシブな所をいつまでも忘れないで下さい。
作者さんもいつまでも僕を焦らし続けて下さい。
- 199 名前:ほげ? 投稿日:2003年06月09日(月)08時26分09秒
- 聞く耳持たないまっつー最高!
危機から間一髪逃れられた幸運な?フジモっちゃん
次回は逃げ切られるかな?
- 200 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時42分39秒
- あたしは『エクソシスト』の少女も顔負けの、非現実的な角度で顔をドアに向けた。
「は、はいい!」
助けを求める切迫感のあまり、亜弥ちゃんのお客さんなのに勝手に返事をしてしまう。
と、ノブのまわる音がして、ちいさな頭がぴょこんとドアの向こうから突きだされた。
「おじゃマンボウ」
あたしの救世主は、やけにオヤジくさいあいさつで、片手をひらり。
軽快な口調、頭のてっぺんに突っ立ったアップの髷がかわいらしい、天使の名は矢
口さん。
だけどあたしと目があった矢口さんは、なんだかぎょっとしたような顔をした。
あたしがあんまりにも満面の笑みを浮かべてるせいかと思ったけど、どうやら違うらしい。
「あの、今、良かった?」
遠慮がちに、でも興味津々のていで動くつぶらな瞳。
あたしは自分の状況に思いあたる。
しっかりあたしの肩に巻きつけらたままの、亜弥ちゃんの腕に。
そして、あたしと彼女の顔が、一センチ以下の距離にあることに。
- 201 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時43分39秒
- 「うわたっ」
あたしはブルース・リーのような声とともに、亜弥ちゃんの腕から飛び退く。
「あ、ええと、こ、これはですねー」
言いわけを考えあぐねているあたしを、亜弥ちゃんはちらっと見た。その瞳は心な
しか冷たい。
「おはようございますー、矢口さん」
亜弥ちゃんはドアに顔を向けると、実にさわやかな顔で笑った。
「あ、おはよ」
矢口さんはぽかんとした顔のまま言い、「あ。開けっ放しだった」と、ドアを後ろ
手に閉める。
「ちょっとちょっと、聞いてください。今、ひっさしぶりに、みきたんに友情の証
しにちゅうしようとしてたんですよー。なのに、みきたん嫌がっちゃって嫌がっち
ゃって。すっごいオソわれるみたいな勢いで逃げまくりなんですよ。ヒドいと思い
ません? 矢口さんからも叱ってやってくださいよー」
憎らしげな顔で、あたしを指さす亜弥ちゃん。
「なっ、何言ってんのさ」
あたしが思わず抗議しかけると、
「事実じゃーん」
亜弥ちゃんはいじわるな顔をした。勘ちがいじゃない、どうやらあたしは、彼女の
ご機嫌を完璧に損ねてしまったらしい。
――ま、確かに嘘は言ってないけどさ……。
あたしはぐうの音も出ない。
- 202 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時44分14秒
- あたしと亜弥ちゃんの顔を交互に見たあと、矢口さんは明るい笑い声をたてた。
「ほんと二人仲いいよね」
リラックスした表情から、妙な誤解を受けずにすんだことを、あたしは悟る。
そしてそれは、亜弥ちゃんの機転のおかげだということも。
「別にいんでないの? ちゅうくらい」
無責任なことを言う矢口さん。
そういや、モー娘。のみんなもあいさつどころか、なんの脈絡もなくキスするよね
――って、なんかおかしくないですか、ハロプロ。ていうか、あんたらが元凶じゃん!
すっかり板についてきた引きつり笑いが浮かんでしまう、あたしを後目に、
「んねー。ちゅうくらい、ねー」
矢口さんを見上げて、ノリノリの亜弥ちゃん。
「ケチケチしないで、させたげたらいいのに」
「でっしょー?」
「あややとキスできるなんて、超幸せモンなのにねー」
「でーしょ、でっしょ?」
「って、自分で言うなよう」
「えへへへ」
なんだか幸せな空気が流れている。
置いてけぼりのあたしは、畳の目なんか眺めて、ちょっとさみしい。
- 203 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時45分26秒
- 「あっ、そうだ」
突然矢口さんは手をたたいた。「オイラ、ミキティ呼びに来たんだった」
「美貴ですか?」
すっかりおきざり気分になりかけてたあたしは、目をしばたたかせた。
「そう。集合だから。行くよっ」
言うなり、矢口さんはドアに手をかけ、早くもこちらに背中をむけかけている。
「あ、はいっ」
あたしもあわてて立ち上がる。
「ごめんね、あやや。ミキティ拉致っちゃって」
「イエイエ」
「おじゃましましたー」
立ち上がると、屈託なく笑って、矢口さんを見送る亜弥ちゃん。
が、矢口さんのちいさな背中がドアの向こうに見えなくなると、すい、とその笑い
が引っこんだ。ふてくされたような表情は、なかなかにドスがきいていて、そそく
さと部屋を出ようとしていたあたしは、その豹変ぶりにぎょっとする。
- 204 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時46分44秒
- ――どうしよう、謝っとこうか。かといって、なんにも悪いコトはしてないわけだし……。
ちょっとのためらいに立ち去りかねたそのとき。
猫のように静かに、亜弥ちゃんは一歩を踏みだした。あたしの手をつかむ。
なめらかで自然な動きは、驚くほど素早く。身を引く間もない。引き寄せられると
同時に近づく気配。
――キスされる!
直感したあたしは、反射的に目をつぶってしまった。
- 205 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時47分16秒
- と、なぜか一拍の間をおいて。
ふうっ、と前髪をあたたかい風が吹き上げた。
目を開けると、唇を丸い形にした亜弥ちゃんの顔。おでこにかかったのは、亜弥ち
ゃんの吐息だったと悟る。
ぽかんとしてるあたしに、顔の下半分を膨らませて、亜弥ちゃんは言った。
「みきたんのバーカ」
- 206 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時48分00秒
- 「おっそーい」
小走りで追いついたあたしをちらりと見て、矢口さんは腕を組んだ。
「すいません」
「ん」
人さし指であたしに向かって指ししめしたのは、腕時計。
長針の示す時間は、指定された集合時間15分前である。
「げっ」
あたしは思わず声を上げてしまった。
今日の収録、解説があるからとのことで、六期メンバーは20分前にスタジオに入
るよう、お達しがでていたのだ。
「うわー、すいませんでした!」
「スタッフさんにね」
う、クールだ。
「呼びに来てくれて、ありがとうございます」
あたしは矢口さんにふかぶかと頭をさげる。
集合時間を忘れてたってこと、亜弥ちゃんの前で言わないようにしてくれた。
自分の集合はまだなのに、気を利かせて迎えに来てくれたんだ。
矢口さんはちょっと笑った。
「手すきだっただけだよ」
そして、唇をかるくひねるようにする。注意かアドバイスを与えられるかと、あた
しは言葉を待ったけど、矢口さんは「ほら、駆け足駆け足」と、背中をたたいただけだった。
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時48分43秒
- 番組収録のスタジオ。
六期に対する解説はつつがなく終えられたものの、肝心の収録が、ゲームの小道具
で何か準備のできていないものがあるとかで、「待ち」になってしまった。
すでに全員集まっていたメンバーは、ぶうぶう言いながらも、20分かかると言わ
れて、その場でくつろぐ子あり、連れだって出ていく子あり、携帯をいじりだす子
あり、みんなてんでに半端な時間を過ごすらしい。
――どうしようか。
自然に側に行ったり側に来る誰かが、まだあたしにはいない。
今のあたしにはやっぱり、自然に側に行こうと思いたつのは、あの子なのだ。
どんなに気まずい思いをしようとも。
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時50分20秒
- 「あ。ふじもっちゃん、ジュース買いに行くんだけど、行く? それか、ついでに
買ってこようか? パシっちゃうよー」
スタジオを出かかったところで、声をかけられた。
人の良さ丸だし、といった笑顔であたしに話しかけてくるのは真琴ちゃん。
彼女と腕を組んで、にこにことこちらを見ているのは、紺野ちゃん。
「ここの自動販売機、アイスもあるんだよ」
すごいことを教えちゃう、といった口ぶりの紺野ちゃんに、あたしは笑った。
「行って帰ってアイスって、時間キツくない?」
「食べれるよー」
ねー、と同意を求める紺野ちゃんに、
「あさ美ちゃんは」「紺野ちゃんは」
「やめといた方が」とあたしと真琴ちゃんの声がハモる。
あたしたちは声をそろえて笑った。
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時51分16秒
- あたしが笑いながら「ごめん、あたしいいや。二人で行ってきて」と、片目を閉じ
ると、二人の表情がちょっぴり曇った。あたしはあわてる。
「ちょっと亜弥ちゃんに用事あって。今、隣で収録してるから」
「ああ」
二人は納得、といった表情でうなずいた。それだけのいいわけで通用するのは、
あたしと亜弥ちゃんの並々ならぬ仲の良さを、みんなよく知っているからだ。
「わかった。じゃあねぇ」
「うん、ばいばい」
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時52分05秒
- TV局の廊下を歩く。競歩ばりの早足。
歩きながら、あたしは亜弥ちゃんのことを考えてる。
さっき、あたしが目をつぶってしまったとき、亜弥ちゃんはキスしようと思えばい
くらでもできた。なのに、しなかった。たぶん、できなかった。
目をつぶって身を引いたあたしを見て、亜弥ちゃんは傷ついた。本気で嫌がってる。
そう感じたにちがいない。
その想像に、あたしの胸もずきずきしてくる。
キスくらい、させたげればよかった。なんであたしは、もっともっと知らんぷりが
できないんだろう。
キスするのが嫌なんじゃない。亜弥ちゃんが嫌なわけがない。ただ、あたしは戸惑
っている。あたしは困っている。
そういうこと、もっとうまく説明したいのに。ダメ。説明したら友だちでいられない。
またしても思考は同じ所をぐるぐる回る。
とりあえず、謝ってみるか。あたしに悪気がなくたって、彼女を悲しませて、傷つ
けたのは確かだもの。でも謝ったりしたら、かえって怒らせるかも知れない。
……だったら仲直りしよう。普通に接すれば、向こうもつられてしまうかもしれない。
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時52分40秒
- 暗いスタジオから見る、ライトの下はまるで別世界。
スポットライトを全身に浴びて、自らの体からもライト以上の光をびしばし放出し
ながら、亜弥ちゃんは歌い、踊っている。
- 212 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時53分26秒
- そうかもしれないとは思っていたものの、歌収録の真っ最中の彼女に、話しかける
隙なんてなかった。
顔だけ見て、アイコンタクトできたら上出来だと思って来たものの、集中してて、
どうやらあたしには気づいていない。
あたしは突っ立ったまま、無心に歌う彼女を見つめた。
こんどの新曲、ぜんぜんヘン。でも、亜弥ちゃんはかがやいてる。
たったひとりで見えないもの相手に、精一杯自分を焼きつけようとするバトル。
自分にも覚えのある、つい最近まで立っていた場所。
複雑な気分を押さえきれなくなる。
違うステージにひとり同士で立っていたからこそ、あたしと亜弥ちゃんはひかれあ
ったのかもしれない。だけどあたしは、もうひとりじゃない。仲間ができた。
単純に嬉しく思えない、自分がさみしい。
孤独だからこそまばゆいステージ。たった一点にのみ、ひとりのために注がれる、
視線とライト。
未だ焦がれる気分を捨てきれない、自分がむなしい。
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時54分21秒
- 「熱心だね」
声をかけられるまで、その人が隣にいたことに気づけなかった。
あたしはちょっと体を震わせてしまう。
「矢口さん」
あたしと並んで、同じようにライトの下の亜弥ちゃんを見ている。
照明が射さず、うす暗いこの場所で、彼女の輪郭はあわい。頬や腕に、ステージか
らの反射光が明滅している。
「なんかオイラ、ミキティのストーカーみたいだよね。ストーキングしてるワケじ
ゃないよ、ゆっとくけど」
ステージに向けていた目をあたしにあてて、矢口さんはちらりと笑う。
――見透かされてる。
そんな思いが胸をかすめ、あたしは頬が熱くなるのを感じる。
声をかけられたとき、あたしはどんな顔してたんだろう。
でも、負けず嫌いのあたしは、すぐになんでもない表情をつくってしまう。心の奥
に感情を沈ませる。
「矢口さん、亜弥ちゃん好きですもんね」
「ウン。研究研究」
矢口さんは口をつぐむと、またステージに目をやる。
- 214 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時54分54秒
- 一回目が終わったらしく、亜弥ちゃんが決めポーズのあと、ぱっと顔をかがやかせた。
こちらに向かって両手を振る。
「あーややー」
男ファンみたいなドスのきいた声援を、わざと送る矢口さん。
あたしもいっしょに手を振りながら、困ったぞと思う。
こっちに顔は向けてるけど、亜弥ちゃん、あたしとは目を合わせない。視線はずっ
と、隣の矢口さんの上。顔はこちらに向けてるから、誰も気づきはしないだろうけど。
どうやらマジ怒りだ。マズい。
すぐに2度目の撮りが始まるらしい。亜弥ちゃんは愛想を引っこめると、あっとい
う間にきりりとした顔になる。
- 215 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時55分26秒
- 前奏が鳴り響き、まるでここに立っているあたしたちとは違う世界の人みたいに、
再び歌い、踊り始める亜弥ちゃん。
「ミキティもね」
矢口さんはステージに目をすえたまま口を開く。
「え? 何がですか?」
主語のない言葉に、あたしは戸惑う。
矢口さんは意味深な笑い方をした。
「オイラがあややのこと好きだって言うからさ。ミキティの方が、ずうっとあやや
のこと好きじゃん? って言ってんの。向こうにもめちゃめちゃ好かれてるけどさ、
ミキティも、あややのこと相当好きだよねー」
「……親友ですから」
ざらつく言葉を、さらりと押しだしてみせる。
そう。好きは好き。大好きといってもちっとも過言ではない。むしろ、足りないか
もしれないくらい。
「相思相愛ってヤツだ」
なんだか引っかかる言い方だなあ。
あたしは矢口さんの横顔を見てみるけど、ステージに目をすえたままの小作りな表
情からは、何も読みとれない。
おそらく、矢口さんの言葉に含まれているのは、世間話程度の興味だけ。
そう判断して、あたしも世間話レベルの返事で応じる。
「気ぃ、合うんですよね。なんか」
- 216 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時55分57秒
- 「付き合っちゃえば?」
「はああ?」
あたしは眉を跳ね上げた。なんというピンポイントなことを聞いてくる人だ。
思わず、何か勘づいてやしないかと、その顔をじろじろと見てしまった。いや、あ
たしには何にもやましいことはないんですけど。
矢口さんのつぶらな瞳には、きらきらとしたからかいの色しか読みとれない。にも
かかわらず、
「なに言ってんですか。亜弥ちゃん女の子ですよ」
思わず素の顔になってしまっている自分がいる。
「うん」
「美貴もいちおう女なんですけど」
「うん」
平然とうなずく矢口さん。
「だったらあ……」
「いやさあ、確かにそうなんだけどさ、あややかわいいじゃん」
矢口さんはステージ向けた目を細める。
「……矢口さん、かわいかったら女と付き合えるんですか? じゃあ梨華ちゃんと
つき合えますか?」
「うぎゃあ」
矢口さんがパグみたいな顔になる。「キショっ。カンベンしてよ」
「だしょ?」
勝ちほこるあたし。
- 217 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時56分44秒
- 「ちょっと待て。たとえがあんまりだって、梨華ちゃんじゃあ」
矢口さん、なにげにひどいことを言う。恋人にしたいアーティストベスト5常連の
彼女をここまであしざまに言えるのはこの人ぐらいだ。……いや、モー娘。のメン
バー全員こんな感じか。……梨華ちゃんって。
ここまで世間と仲間うちの評価がちがう人も珍しい。
- 218 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時57分39秒
- 「いやでもさ、亜弥ちゃんだよ? 松浦亜弥だよ? あややだよ? たぶん、今ニ
ッポンじゅうであややと付き合いたいって男、百万人くらいいるよ」
「それはちょっと多すぎなんじゃ」
「じゃ、すくなく見積もって十万人」
その数字が正確かどうかは別にして、矢口さんは実に冷静。
ある意味、同じアイドルの言葉とは思えない。まるで一般人の評。
こういうバランス感覚の良さが、矢口さんの矢口さんたるゆえんだよな、なんてあ
たしは思いつつ、
「矢口さんと美貴だって、それなりにいるんじゃないかと……」
と、反論を試みる。
「いるよ、もちろん」
矢口さんはあっさり肯定する。
- 219 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時58分39秒
- 「でも、なんつーかあややって、ちょっとちがうんだよな。なんか別口っていうか
……うちらとはちがうステージに立ってる感じがする。……うまく説明できないけど。
ま、どっちが上だとか下だとか、そんな風には考えないけどね」
目の前で繰り広げられる亜弥ちゃんのパフォーマンス、そこから目をそらさずにつ
ぶやかれた矢口さんの言葉には、妙に人を納得させる力があった。
というより、いつも傍にいるあたしが、そういうの感じてないわけがない。
「……正直……良くわかる気も、します」
ついつい、こぼれてしまう本音。
「あんな子に、あれだけ好かれてさ」
矢口さんはつぶらな瞳をいたずらに輝かせた。「優越感、感じない?」
あたしは斜め上に視線を逃がした。
ないといったら嘘になる。
誰もが憧れるスーパーアイドル、たった一人で立つステージ。
亜弥ちゃんがそこから手をさしのべて求めるのは、たぶんあたしだけ。
その考えは甘い。だけど、その甘さに怖くなる。心地よいその甘さに身を委ねすぎ
ることには、足がすくむ。
ちいさい頃、プール開きの日、なかなか水に飛びこめなかった。そんな感じ。
ま、この場合プールというより、底なし沼だよね。きっと。
- 220 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時59分17秒
- 歌撮り2回目が終了。
矢口さんとあたしはステージに意識を戻す。
「あーややー」
矢口さんは再び手でメガホンをつくって叫んだけれど、
『ちゃんと見てくれてましたー?』
マイク越しに亜弥ちゃんの不服そうな声が響いて、肩をすくめる。
どうやらステージそっちのけでしゃべり倒してたとこ、しっかり見られていたらしい。
もっとも、自分がネタにされていて、しかもあんな話をされてたなんて、さすがの亜弥
ちゃんでも思うまい。
そして亜弥ちゃん、やっぱりあたしの顔を見ない。……というより、なんかさっき
より怖い顔になってるような。
なんて思ってるうちに、亜弥ちゃんはスタッフさんと打ち合わせを始めてしまった。
それをキリに、あたしと矢口さんは亜弥ちゃんのいるスタジオを後にする。
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)21時59分57秒
- スタジオから出ると、矢口さんはぴたりと足を止めた。ちいさな背中にぶつかりそ
うになる。
くるりとふりかえった矢口さんの顔は、ちょっと怖い。
「あのね、ミキティ、ちょっとおせっかい言うね」
「は……」
あたしの返事を聞き終わる前に、矢口さんは言葉をつぐ。
「ミキティはモーニング娘。になった。わかってるね」
「はい」
「……ほんとウザいこと言うけど、聞いて。あのね、あややとミキティがすっごく
仲いいの知ってる。まだ入ったばっかりのうちらとは、気ぃ使う部分とか絶対ある
だろうとか、そういうのもわかってる。わかってるんだけど――仕事の時だけは、
モーニングみんなでいっしょにいたいんだ。短い待ちの時間でも、話とかムリにし
なくて構わないし、何しててもいい、だけど、そこにいて。あややと仲良くするな
とか、そんなことぜんぜん言ってるワケじゃない。プライベートだったら、ぜんぜ
んいいの。ただ、今は。居づらいと思うんだったらなおさら、みんなといっしょに
いて欲しい。居るべきじゃないかって、思うんだ」
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月23日(月)22時00分27秒
- さっきまでの冗談ぽい口調は伏線だったんだな、そう思う。
たぶんずっと、矢口さんはあたしに、この話がしたかったんだ。
そして、このお説教が含んでいる二重の意味にも、あたしは気づく。
言われるんじゃないかと思っていた。そして、言いにくそうに、一生懸命説明する
矢口さんの言葉は、まったく正しい。亜弥ちゃんはあたしのシェルターじゃない。
あたしはもう、亜弥ちゃんとは違うステージに立たされている。
あたしの世界はもう決まってしまったんだ。
「わかりました。すいませんでした」
あたしはぺこりと頭をさげる。
矢口さんは、ほっとしたように笑った。
「ごめんね」
「美貴こそ、そういうこと言わせてすいませんでした」
「よし、行こか」
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)06時59分58秒
- 先に立つ矢口さんの背中が、スタジオの入り口に消える。
あたしは足を止めた。
モーニング娘。のみんなが待つスタジオと、亜弥ちゃんの歌うスタジオとの間で。
かすかに歌声の漏れ聞こえる、向こうに亜弥ちゃんのいる扉に目をやった。
変ってゆく。何もかもが。あたしは変わらずにいられるかなあ。
- 224 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)07時00分43秒
- 前髪を整える。目の前を行き来する手のひらで何かが光り、あたしは手を止めた。
じっと手を見る。
手のひらに残ってる光沢は、亜弥ちゃんのグロスのピンク。
あたしはせめてと唇を寄せて、手のひらにちいさくキスをしてみた。
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)07時03分06秒
- ここまで。
更新が途中で切れていました。ほんとすいません。
途中までで見てくれていた方、中途半端なところで終わっていて、戸惑われたこと
と思います。本当に申し訳ありませんでした。
- 226 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)07時04分11秒
- レス、ありがとうございます。
>>194
「藤本脳内危機回避ルート探索装置」いいですねー。速いのだけが取り柄です。
「MD当たる!」まで入れようかどうか。前回の更新で一番悩んだところです。
>>195
いろいろひっかきまわした末、ああなりました。
みなさん誰を予想してらしたかな。
>>196
普段はしっかりものだけど、松浦さんといるとペースが狂うという、マンガのよう
なキャラを地でいっていますね、藤本さん。この話では、特にひどいことになってます。
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)07時07分40秒
- >>197
いしが名前だけ出てきました。(w
うなってくれてありがとうございます。
>>198
なんだかすごく藤本さんが愛されていて、嬉しいです。
いつまでも焦らしたいところですが、そうなると話が終わらないので、急展開があ
るかも、ないかもしれません。
>>199
いつまで逃げ切れるか。そろそろ藤本さんは足に来ている感じです。
- 228 名前:ほげ? 投稿日:2003年06月24日(火)12時41分36秒
- 矢口の言葉がグッと来ますね
嫉妬と羨望・・・
其処までの感情はなくとも近いものはあるだろうなぁ
合流して1ヶ月以上が経過しましたが「自然に側に行ったり側に来る誰か」は見つかったでしょうかね?
- 229 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)19時12分24秒
- 基本的にいしよししか読まない俺。
いしを名前だけ出してもらいました(w
藤本さんもキショイと思ってらっしゃるのですか?(w
最後の藤本さんの行動が気になる・・・
ではでは、頑張ってくださいまし(はぁと)
- 230 名前:110 投稿日:2003年06月25日(水)21時44分34秒
- 更新お疲れさまです。
藤本さん、親友として独占したいけど重たい愛情はちょっと、ってのはやっぱ無理だって。
こうなることはわかってたんだよね?
だからってどうにもならん…つーか、ほんともう飛び込んじゃえ。いや、まだ逃げてくれ。
矢口は本当にいいやつだな。だからいいこと言えるんだな。これからも藤本さんをよろしく頼む。
- 231 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月27日(金)00時06分40秒
- う〜ん、すごい。マジっぽくて。
話の内容が現実的に考えても全然ありそうなんですよね。
まいったなぁ、うん。すごい。作者さんにはほんと参りました。
応援してます。頑張って下さい。
- 232 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月27日(金)14時33分30秒
- いやぁ本当に胸が高鳴る小説ですね。
あやみきが信じてる?信じてるよ?って言い合うシーンとかって
ことミックの未公開シーンに入ってましたよ!
きっとあれはこういう意味だったんだ・・・・笑
作者さんって本当にリアルっていうか想像豊かっていうか
スッと感情移入できる文章で、本当にいつも感動してます
これからもマイペースに頑張って下さいね。
- 233 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時22分39秒
- このときを最後にして。
亜弥ちゃんと会わなくなって、もうずいぶんたつ。
しっかり仲直りをできないままに別れてしまったから、気まずくなっちゃうんじゃ
ないか、あたしはすこし心配だった。小さないさかいは、今までいくらでもあった
けど、今回のはどことなしに、いつものとはちがった気がしたから。
だけど、その晩、何ごともなかったようなメールをおそるおそる送ったら、彼女か
らも何ごともなかったような返事が来た。
なので、そのあともあたしたちは、何ごともなかったように毎日メールを送りあい、
何ごともなかったように長電話をして、何ごともなかったようにくだらないことを
報告しあった。
もちろん、「なかったように」は「なかったように」でしかなくて。
「あった」何かは「なかったこと」にはならないわけで。ああ、ややこしい。
- 234 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時23分33秒
- キスうんぬんのことで亜弥ちゃんを傷つけてしまったこと、矢口さんに「距離を置け」
という意味のことを言われたこと。
彼女と最近会っていないのは、それだけが原因という訳じゃあない。
今のあたしたちは忙しすぎて、仕事の合間に関わることを禁じられたら、プライベ
ートで会うことが叶わなくなった、そういうことだ。
仕事場でのニアミスはちらほらあったけど、軽く手を振りあったり、すれ違いざま
にひとことふたこと交わすくらいのやりとりしかできなかった。
顔を会わせる機会がないことを幸いに、あたしは小さなひっかかりを黙殺すること
にした。キスを拒んだときの亜弥ちゃんの顔や、ステージで歌ってた亜弥ちゃんに
対して沸きあがった感情とか、そういったいろんなものを。
- 235 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時24分43秒
- 新しい居場所。
あたしはだいぶモーニング娘。のみんなと、そこにいる自分自身に慣れ、居心地の
悪さを感じることが少なくなってきていた。
大勢でのお仕事は何もかもがソロとは違っている。その新鮮さを、皮肉な気持ちを
持たないで楽しむことができるようになってきた。
何もかもを納得してるわけじゃないけど、気にしてくれる人たちや、のんきに近づ
いてきてきてくれる子たちのおかげで、ずっと素直に笑えるようになっていた。
そうなってくると、歌もダンスも、トークも演技も、覚えなくちゃいけないことは
山積みで、次から次へと降ってきて、いっぱいいっぱいで、でも助けあい笑いあい、
時にはハードにぶつかりあう。
悪ふざけやおしゃべり、小さないさかいや大きな充実に満ちたにぎやかな日々は、
みるみるあたしの上を過ぎ去っていった。
- 236 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時26分02秒
- 亜弥ちゃんとあたし。
おたがいの生活の中でおたがいが占める濃度は、確実に薄まってきていた。
あたしの亜弥ちゃんを思う気持ちが目減りしたということは、もちろんない。ただ、
現実に会える時間が減ってしまうと、あたしという存在に占める亜弥ちゃんの割合
は、どうしても少なくなっていく。気持ちとはまったく別の所で。
遠いところに住んでいる友だちと、どんなにがんばってもだんだん疎遠になってく
ように、気が合う合わない関係なく、近所の子たちと遊ぶ機会がどうしても増えて
くみたいに。
あたしの血中亜弥ちゃん濃度が以前は80%だったとしたら、今は50パーくらいで、
減ってしまった30%を占めるのは、モーニング娘。のみんな。
気にはなっている。電話だけで、メールだけで、減った亜弥ちゃんは増量されない。
それはきっと、亜弥ちゃんの中の美貴だってそうだ。むしろ彼女の方が、あたしの
占める血中濃度は高かったはず。
いったい何が、亜弥ちゃんの残り30%を埋めてくれるだろう。
そんな思いが胸をたたくけど、考えることを止めてしまっているあたしには、
心配をする資格がきっとない。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時27分07秒
- 映画の完成、ミュージカルの千秋楽、カントリー娘。への参加、シャッフルユニット、
モーニング娘。本体の新曲。
仕事をひとつこなす度に、変わっていくあたしの気持ち、あたしの状況。
だからといってソロ活動はもういいかと言われると、それはまったく別の話だし、
亜弥ちゃんとの微妙な関係だって気にはしてる。
ただ、そういった答えのないことはとりあえずどこかにしまっておかないと、目の
前のハードルにトップスピードで飛びこめない。
だから、とりあえず。大切なすべては棚の上に置く。
いつかはきちんと取りだすからと、あたしは棚に、柏手を打つ。
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時28分08秒
- あたしがとんでもない噂を耳にしたのは、そんなある日のことだった。
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時29分18秒
- その話をいちばん最初にあたしの所に持ちこんできたのは、紺ちゃん、こと紺野あ
さ美ちゃんだった。
「ねぇふじもっちゃん。最近、あややと遊んでる?」
カントリー娘。の歌番組収録の楽屋で、紺ちゃんは声をひそめてあたしに訊ねた。
突然出てきたその名前に、あたしはどきりとする。
さっきまで、最近食べたおいしいものランキングを熱く語っていたくせに、紺ちゃ
んの話は、急にとんでもないところに飛んだ。
本家本元カントリー娘。のみんなは外出中で、今はあたしと紺ちゃんしかいない。
比較的話しやすい五期メンバーの子たちの中でも、紺ちゃんはかなり好きなタイプ
だった。
同じ北海道出身の上に、良くも悪くも前へ前へ、元気ばりばりのメンバーの中で、
(人のこと言えないけど)どこまでもマイペース、のんびり屋のこの子といるのは、
なんだか気がゆるんで、楽だった。
おかげで、もうほとんど気兼ねなく話すことができている。
- 240 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時30分10秒
- あたしは首を振った。
「ううん。ぜんぜん。今度ヒサビサに遊ぶ約束してるけど。なんで?」
亜弥ちゃんと紺ちゃんに、直接の友だちづきあいがあるって話は、聞いたことがない。
だからこんなことを訊ねられることが、単純に不思議だった。
「連絡は取ってる?」
あたしはうなずいた。
以前よりずっとこまめに連絡は取っている。
「メール毎日してるし、電話もちょこちょこ。で、なんで?」
「亜弥ちゃんさ……最近どう?」
「なになに、その業界人っぽい質問。別に普通だと思うけど。で、なんで?」
「……そっか」
紺ちゃんは、考え深げな顔になる。
あたしはじりじりしてきた。亜弥ちゃんの話だってだけで気になってしょうがない
のに、やけに思わせぶりな紺ちゃんの態度。
「つか、なんでって聞いてるっしょ」
あたしは声を低くして、体を前後に揺らす。「こーたーえーろー」
「うーん」
としか言わない紺ちゃん。
あたしは顔をしかめて紺ちゃんをにらむフリをした。
「怒るよ」
「わ、わわわ。怒んないで」
紺ちゃんは心底脅えた顔になった。失礼な。
- 241 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時31分16秒
- 「どうしても聞いてこいって……。あたしやめとこうって言ったんだよ? 加護さ
ん、ふじもっちゃんだったら、ぜったいあややからそういうの聞いてる、って……。
辻さんもまこっちゃんも興味津々でさ、あたしが一番乗り気じゃなかったのに、じ
ゃんけんに負けちゃったから。カントリー同士ちょうどいいじゃーん、て。みんな
無責任だと思わない?」
紺ちゃんは、実にあっさり口を割った。
とっちらかった紺ちゃんの言葉を、あたしは頭をかきながら整理する。
「……要するに、亜弥ちゃんに関する噂がなんかあると。で、誰かあたしに噂の真
相を確かめろってことになって、紺ちゃんはじゃんけんで負けて、聞く役を押しつ
けられたってわけだ」
「そうそう、そんな感じ。あのほら、童話であるじゃん、あれみたいだよね、猫の
首に鈴をつけろってやつ」
あたしは苦笑いとともに息を吐いた。
役に立たないネズミさんだ。しかしそのたとえ、なにげに失礼だって気づいてない
んだろうな、きっと。
そもそも、紺ちゃんはこういった計画には死ぬほど不向きな人だ。明らかにミスキ
ャスト。本人もその辺よくわかってるらしく、忠実に任務を遂行する気は、はなっ
からなかったらしい。
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時32分11秒
- 「本人に直接ききゃいいじゃん」
「あー、あたしもそう言ったんだけどさ、やっぱりデリケートな話だから、間違い
だったら困るって。……みんなが」
「よく言う。単なる興味本位じゃない」
いささか、声が刺々しくなる。悪気がないのはわかってるけど、噂話とかゴシップ
に振り回されるのたまらないって、みんなよく知ってるくせに。
「だよねぇ」
食に対しては執着しても、野次馬根性は希薄な紺ちゃんは、ふかぶかとうなずいた。
- 243 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時33分12秒
- 「で?」
「んん?」
あたしの言葉に首をかしげる紺ちゃん。
「いやさ、その噂って、一体どんな噂なのよ?」
肝心のことをまだ聞いてない。
「あー、言ってなかったっけ?」
おっとりとした動作に、我知らずため息がもれる。亜弥ちゃんみたいに賑やかすぎ
るのもナンだけど、ここまでテンポがずれてるのもアレだ。
まあ、これくらいでいらいらしてちゃ、この子とはつき合えない。
あたしは辛抱強く聞き直した。
「言ってない。なに?」
紺ちゃんはにこにこ笑いながら人さし指を振った。
- 244 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時34分15秒
- 「だからぁ、あややに彼氏ができたってこと」
- 245 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時36分39秒
- ここまで。
前回交信分、「小川真琴」でなく「小川麻琴」でした。自分のバカさ加減に情けな
くって、とうちゃん涙がでそうです。
蛇足ですが、このお話は現実よりすこし昔の頃、ということになっております。
- 246 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時37分54秒
- みなさん、レスありがとうございます。
>>228
実際の藤本さん、早くも随分、まわりと仲良くなっているように見受けられますね。
ほんと、異様なほどに適応能力の高い人なんだと感じます。
おかげで話の内容にもマイナーチェンジがほどこされる今日この頃です。
>>229
藤本さんがどう思っているかはさておき、石川さんには、作者から最大の愛をこめて
「キショイ」の言葉を贈ります。
最後の藤本さんの行動は、いかようにも深読み推奨です。
>>230
「どないやねん」と藤本さんからの返答です。(w
ここの藤本さんはマヌケなので、飛びこむというより足を滑らせて深みにはまる可
能性もありますね。あの役回りは、やっぱり矢口だったなと思います。
- 247 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)21時38分59秒
- みなさん、レスありがとうございます。
>>231
ここまで現実に即する以上、少しでもリアリティをと心がけてはいるんですが、
現実の二人がどんどんエスカレートしているものだから、これ位ではヌルいんじゃ
ないかと思えてきます。応援ありがとうございます。
>>232
「信じてる?」のくだりは、もちろんことミックからです。
普通、友だち同士で信じる信じないなんて言葉、あんまり使いませんよね。
妄想は妄想として、あの二人には普通の友情より密度の濃い感情のやりとりがある
ように思えてなりません。
マイペースすぎて見捨てられないよう、がんばります。
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)22時17分39秒
- ちょっとずつ動き始めましたね。
藤本さんがどう出るか…
続きに激しく期待です。
- 249 名前:@ 投稿日:2003年07月09日(水)18時40分57秒
- 気になるとこで切りますねぇw
ミキティの感情というか感想というか…
とにかく気になりまくります。
- 250 名前:名無す 投稿日:2003年07月10日(木)11時10分04秒
- 更新だぁー!!!
しかも・・・気になるー!!!
藤本さんの心情の変化に期待です。
彼氏ができたなんて、本気か策略か。
あやや、どっちが好きなの〜♪
>「信じてる?」のくだりは、もちろんことミックからです。
やっぱりですか。この時の二人はまるで恋人同士に見えましたもんね。
マナー部も(もちろん)買いましたが、本当に甘甘カップルで、
見てて癒されますw
- 251 名前:110 投稿日:2003年07月10日(木)23時37分31秒
- 仕事の充実と、薄まる気持ち。
大切なものはとりあえずはおいておく、って
そのまっすぐな強さが…なぜだろう、せつないなあ、藤本さん。
悲しいだけじゃなくて、せつないだけじゃなくて、
爽やかな、明るい哀感。作者さん、ほんとうまいですよ。
紺野&藤本ペアの微笑ましさがよいです。迷コンビ。
- 252 名前:ほげ? 投稿日:2003年07月11日(金)12時27分04秒
- 相変わらず描写が素敵です!
まっつーに彼氏ですか? うーん
もっちゃん、どうするんだろ?
やはり真意を確かに本人に面当向かって聞くのかなぁ・・・
>異様なほどに適応能力の高い人なんだと感じます。
そうなんですよね
すーっと溶け込んじゃったって感じですよね
紺ちゃんとも仲いいみたいだし
そういうところもちゃんと表現されてて
さすがですね
- 253 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時07分15秒
- あたしは硬直した。――まさしく言葉どおり、止まってしまった。体の動きが。
「もしもし。もしもーし、ふじもっちゃん?」
――亜弥ちゃんに彼氏、だと?
「おーい、どしたの? おーいおーい」
あたしは紺ちゃんの顔を見ている。見てるけど、見えてない。
視界の真ん中にある紺ちゃんの顔より、頭のなかで渦巻いてる問いに、完全に意識を取られている。
- 254 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時07分58秒
- ――亜弥ちゃんに彼氏、だと?
「……ふじもっちゃん? ねえってば……」
――亜弥ちゃんに彼氏、だと?
「………………」
――亜弥ちゃんに彼氏、だと?
「――ふ、ふじもっちゃんー、どしたの? 動いて。まばたきしてないよぉ」
- 255 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時08分53秒
- がくがく、と肩を揺さぶられる。
ふと現実にたちかえり、あたしはまじまじと紺ちゃんの顔を見つめた。
そして――
「ぶはっ」
開いた口から最初に出たのは、笑い声だった。
「えええ?」
紺ちゃんは丸い瞳をさらにまん丸にした。
「あは、あっはははははははははは。あははははっ、はっは」
ぱっかりと口を開けて笑うあたしに、「ちょ、ちょっと……なしたの?」と、紺ち
ゃんはあわてた。助けを求めるみたいに周囲を見渡す。
「あは、あはは、えええ? 亜弥ちゃんに、彼氏だってぇ? ぷっ、ふわはははは」
ダメだ、止まらない。涙すらでてきた。
「ひゃ、ひゃひゃひゃひゃははっはっはっ」
「ええー? なんで笑ってるの。どうしてー」
涙目になって手を上げたり下げたり、必要以上におろおろしている紺ちゃんの挙動
のおかしさが、笑い上戸に拍車をかける。
- 256 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時09分37秒
- たっぷり20秒ほどげたげた笑いつづけた末、「あーおかしかった、あー笑った」と、
あたしはやっと笑いをおさめた。
「おかしくなったと思ったのはこっちだよ……」
紺ちゃんは不可解そうな顔だ。
「だって、ねーえへへへ、ははっ……」
またしても笑いだしそうになるあたしに、「ストップ、ストップ」と紺ちゃんは両
手の平をつきだす。
「わかんない。何がそんなにおかしいの?」
と、聞く紺ちゃん。
「いや、だってさ……」
あたしは目尻の涙を拭うと、言いはなった。
「ありえない」
- 257 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時10分24秒
- 「は?」
「亜弥ちゃんに彼氏だなんて、ありえない。ありえないにも程がある。ほんっと、
ありえない。はは、笑っちゃうくらいありえない」
あたしは自信満々だ。4回も「ありえない」って言っちゃうほどに。
紺ちゃんは首をかしげた。
「その根拠は?」
「だって、亜弥ちゃん……」
とっとっと、あたしは危ういところで言葉をとどめる。
問題発言は、すんでの所で世に出ずにすんだ。
「……いやいやいや。ともかく、ありえません」
胸の前、あたしは両手でバツをつくった。紺ちゃんの首はまだかしげられたままだ。
「……ふじもっちゃんは、あややからなんも聞いてないんだ」
「うん。……ていうか、聞くも聞かないも、それガセだって。亜弥ちゃん、彼氏な
んかできてないって」
彼氏なんて都合のいいモンがいてくれたら、どれだけ助かるか。
亜弥ちゃんの美貴に対する重い重い思いを、半分――いや全部かな……全部はちょ
っとシャクかもしんない……ま、ともかく、そういったものの一部を、肩代わりし
てもらえるんだから。
- 258 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時11分12秒
- 決めつけるあたしに、紺ちゃんは何ともいえないまなざしを向けた。
悲しそう――というのとはちょっとちがう。
なんだろう、この感じ。
マネージャーさんにおやつを取りあげられて、梨華ちゃんに当たり散らしている辻
ちゃんを見るような目。
その目に宿ってる感情の種類は……ひょっとして、憐れみってヤツじゃ。
ちょっと待って、なんで美貴が同情されなくっちゃなんないのさ。
「なあに。なんか言いたそうだね」
問いかけても、紺ちゃんは困ったような顔をしている。困った顔はいつものことだ
けど、困り度合いが、いつもより2割ほど増しているみたいに見える。
あたしはちょっと不安になった。
――なんだろ。そんなにマジっぽい噂が飛びかってるわけ?
よくよく考えてみたら、ゴシップ、デマの類に慣れきっているみんながこうやって
騒ぐなんてことは、滅多にないことで。
「ちょ、何? どういう話か、くわしく聞かせてよ」
あたしは居住まいを正した。
まさか亜弥ちゃんが――という不安ではなく、まさかそんなヒドい噂が――ってこ
とを気にしてたこのときのあたしは、思えば相当おめでたかった。
- 259 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時11分59秒
- 『あややに夏男(仮名)ができちゃった疑惑』
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時15分04秒
- シャッフルユニットSALT5での撮影の時のこと。
休憩時間にトイレに行こうとスタジオを抜け出した加護ちゃん。トイレに向かう途中、
廊下の窓から見かけた早咲きのひまわりにつられて、ふとスタジオの外に出た、そのとき。
揺れるひまわりの花壇の向こう、建物の陰で、亜弥ちゃんの赤い帽子がぴょこぴょこ
動いているのが見えたのだそうだ。
携帯電話で話すとき、みんなの前でも構わず会話を始める人と、素早くその場を離
れる人と、世の中には2種類の人間がいる。亜弥ちゃんはどちらかといえば前者。
これはあたしも知っている。
さらに、仕事中ならまだしも、休憩時間に、わざわざ屋外に出てまで話すとはこれいかに。
普通ならそこで気を利かせて離れるものだけど、そこは加護ちゃん。
こっそり亜弥ちゃんに近づいた。
盗み聞きの上、雑音の多い外ということもあって、会話の詳細は聞き取れなかった。
ただ、共犯者めいた微笑みや、時折もれるささやかな笑い声から、相手との間の並
々ならぬ親密な空気は感じとれた。
- 261 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時15分38秒
- そして、たったひとつ、加護ちゃんの耳にはっきり聞き取れた言葉とは。
最後にささやかれた、
「大好きだよ。……めっちゃ、好き」
という、ベタにも過ぎる、愛の告白だった……。
- 262 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時16分24秒
- 「ちょっと待って」
半分笑いだしながら、あたしは紺ちゃんの肩をたたいた。
やや、照れた顔になりつつ。
「あのさ、はは、その電話の相手ってさ……」
「ふじもっちゃんじゃないの」
あたしの反応を予測していたのか、紺ちゃんはふるふると首を振った。
図星と意表を二段突きされて、あたしは止まる。
「え?」
「その話聞いたとき、みんな『それ、ミキティにでもかけてたんじゃん?』って反
論したんだ。けど、加護さんトイレに行く途中、11WATERのスタジオのぞい
たんだって。じゃあ、撮影の真っ最中で、帰りもまだ撮影してたって。だいたい、
ふじもっちゃん、その日あややから電話もらった記憶ある?」
「そういえば――」
ない。
そんな電話、かかってきた記憶がないぞ。
「で、でもでも、それだけで彼氏だなんて、弱すぎない?」
紺ちゃんはさっきと同じような目で、再びあたしを見る。
「まだまだあるんだな、これが」
- 263 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時17分06秒
- 証言その2>加護亜依さん
「ちょっと待って」
あたしは紺ちゃんの袖を引いた。
「証人が片寄っていやしませんか?」
「まあまあまあ。最後まで聞いて?」
- 264 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時19分17秒
- 証言その2>加護亜依さん
「なんかこないだSALTのみんなでコイバナとかしてたらさぁ、亜弥ちゃんだけ、
妙にマジっぽいこと言うんだよね。
好きな人とはこうしたいとかこうして欲しいとか、そういう話だったんだけど、
加護とかまこっちゃんはこう……妄想? ……笑うなー。ま、そんな感じでしゃべ
ってる感じだったんだけど、亜弥ちゃんだけ、なんか相手がいて……そう、その人
のことをしゃべってるってフンイキなの。
こう、昔好きだったコの話とかじゃなくて、なんての、今、まさに、て感じっていうか……。
で、なんかそういう話してる時亜弥ちゃんめっっちゃかわいくて。
なんかもう『あんたそれ相手おるやろ』ってつっこみたくなった。
でも、いるの? 実際、ってな話になったら、きっぱり否定すんの。
そういうのかえってあやしくない? 安倍さんなんかきゃっきゃ喜んでたけど、
なんか加護『えぇ?』て感じで。
『亜弥ちゃんいいの? 亜弥ちゃんそんなこと言っていいの?』て逆に心配になっ
ちゃったんだよ。ウン」
- 265 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時20分17秒
- 証言その3>加護亜依さん
「ていうかさ……」
あたしは加護ちゃんの声マネを終えた紺ちゃんのほっぺたをつまんだ。
「ぜんぶ加護ちゃんじゃん!」
「最後までひ(聞)いてって」
ほっぺにかかった指を引き離し、不服顔のあたしをいさめると、
「これはわざわざ再現するまでもないや」
紺ちゃんはさっさと終わらせてしまおうとでもいうようにうなずいた。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時21分35秒
- 「証言その3……加護亜依さん。『亜弥ちゃんは最近異様にかわいくなった』」
「あのさ……」
「うん、わかってる。これはちょっと弱いね」
またしてもほっぺに伸びかけたあたしの両手をブロックすると、紺ちゃんは言った。
「あと、もいっこあるの。証言その4……」
「加護亜依さん」
「よくわかったねー」
ぱちぱちぱち、と拍手する紺ちゃん。なんか、バカにされてるような気がしてきた。
「証言その4、加護亜依さん。『左手の中指に指輪をしてる』」
- 267 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時22分44秒
- 「指輪?」
あたしは目をぱちくりさせた。それは初耳……というか、そんなんしてたっけ?
最近見かけた亜弥ちゃんの手を思いだそうとするが、ちっとも思いだせない。
そんなとこしげしげ見てないし、おしゃれ心は人並みにあるけど、そういった方面
――つまり、誰が何を持ってるかとか、何を着てるかとかには、疎い方なのだ。
一度、亜弥ちゃんが髪の色を変えたときも、本人が言いだすまで気づかなくて、
こっぴどく叱られた記憶がある。
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時23分59秒
- 「ふじもっちゃんて、そういうとこあんま見てないよね。あたしも人のこと言えな
いけど。加護さんとか、すごい見てるよー。おニューの靴とか履いてったら、一番
に気づくもん。こないだもね……」
「いやいやいやいや」
脱線必至の話を引きもどす。「亜弥ちゃんの指輪。美貴ぜんぜん知らないんだけど」
「あ、そうそう。だから、シャッフルで加護さん楽屋あややといっしょでしょ。
で、最近あやや指輪してて、すごいかわいかったから見せてもらったら、ティファニー
のだったんだって。で、加護さんティファニーでこんなんあるんだーって、百貨店
行ったとき、見に行ったんだって。似たようなので、かわいいのないかなーって。
したら、そのリングが置いてあって、あーこれこれって思って見たら……」
紺ちゃんは一拍おいた。
「ペアリングだったんだって」
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時25分13秒
- 「ペアリング……」
あたしは紺ちゃんの言葉をオウム返しにした。
今までに並べ立てられた話のなかで、唯一まともな証拠といえる気がする。
そして、亜弥ちゃんがそんな指輪を買ったことを、あたしは知らない。
毎日のメールで服や小物を、あれ買ったこれ買った、いちいち報告してきてる亜弥
ちゃんが、あたしにないしょでそんなに大きな買い物をしていた。
ティファニーのリングだなんて、何万円もするにちがいない。それを誰かとおそろいで。
あたし以外にそんなことをする女友達が亜弥ちゃんにいるとは思えない。
唯一に近い候補の加護ちゃんでないとしたら、地元の友だちとか……。
ううん、普通の高校生の経済感覚で買うものじゃない。
胸のあたりで、もくもくと煙みたいなものが広がっていく。
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時26分30秒
- 呆けているあたしに、紺ちゃんは、ねー、と同意を求めてきた。
「これだけ証拠があったらさ、いるんじゃないかって思っちゃうよね。加護さんな
んか、もう確信してて、相手が誰だか知りたいーって」
あたしは反射的に言いかえす。
「で、でも街を歩いてるとこ見かけたとか、写真見たとか、そういった証拠じゃな
いじゃん! だったら、そんなのわかんなくない?」
「それはそうなんだけど……。あややの場合、そういう証拠ってぜったい残さない
と思う。あたし、あややは彼氏なんかぜったい作んないんじゃないかって思ってたもん。
彼氏がいたとしても、ファンとかまわりのこと考えて、カンペキに隠しとおしそう」
普段はおっとりしてるくせに、こういった理屈っぽい話になると紺ちゃんは雄弁だ。
「あ、現に指輪もね、カメラ入ってると絶対はずしてるんだって」
「……そうなんだ」
それって。
いまやあたしの胸は、煙どころかキャノーラ油でも流しこまれたみたいに、むかむかと
してきている。
- 271 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時27分37秒
- 「で、でもでも、美貴なんも聞いてなくて……」
「うん……だから、ふじもっちゃんにも言ってないってあたり、さっき言ったみたいに、
隠しとおそうって……そういうつもりなんじゃないかって」
「……いやでも、それ言ってるの、加護ちゃんだけでしょ?」
「そうなんだけど、なんか納得いく感じがするっていうか……。加護さん実際まわ
りよく見てるし、冗談きついトコあるけど、こういう話でいい加減なこと言わないと思う。
あややとも仲いいし」
「でも、あ、指輪。そうだよ、彼氏に指輪もらったら、普通左手の薬指にしない?」
「そんなとこにしてるとオトコに重く思われるし、マスコミに見つかったら大変だから、
彼氏できても薬指に指輪なんかしない――って矢口さんが前言ってた」
「で、でも……」
なおも食い下がろうとするあたしの言葉を、紺ちゃんはさえぎった。
「ふじもっちゃん、今までの話、後藤さんのことだったら、どう?」
「え?」
「今までに聞いたあややの彼氏疑惑が、仮に後藤さんに関するものだったとして、
どう思う?」
「どうって……」
あたしは口ごもった。
紺ちゃんから聞いた話を、頭の中に並べたてる。
- 272 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時28分09秒
- 証拠その1、みんなに隠れて電話してる相手に「大好き」なんて言ってた。
証拠その2、恋愛話がヤケに具体的。
証拠その3、最近キレイになった。
証拠その4、「ティファニーのペアリング」(撮影中ははずしてる)
あ……だめだ。
あたしは頭を抱えた。
『ねーねー、ごっちんアレぜったい彼氏できたよねぇ』
なんつって、嬉々として亜弥ちゃんに耳打ちしている自分の姿が目に浮かぶ。
- 273 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時28分51秒
- 「……亜弥ちゃんの話じゃなきゃ、そう思っ、ちゃうね……」
正直者のあたしは、力なくつぶやいた。
「でしょ」
紺ちゃんの声が頭の上から降ってくる。
あたしは下を向いたままうなずいた。
「やっぱり仲のいい友だちに彼氏とかってさみしいよね。あたしだって、まこっち
ゃんとか五期の子とかに彼氏できたら、超さみしいと思うもん。それにさ、隠され
てたっていうのがまたショックだよね……わかる気がするよ」
紺ちゃんはしみじみつぶやいてくれてる。
そう、亜弥ちゃんに彼氏……。彼氏。カレシ。
……彼氏。
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時29分39秒
- 何かがぐつぐつと燃えたぎってくるのを感じる。
……納得いかない。いくわけがない。
胸にこごっていたキャノーラ油に火がついた。
あたしはくわっ、と顔を上げた。
椅子を蹴飛ばしそうな勢いで立ち上がり、テーブルをばん、とたたく。
「ありえない!」
そう、そんなバカな。亜弥ちゃんにかぎって。
好きなオトコがいるだなんて。指輪をもらうような相手が存在してるだなんて。
モーニング娘。に入ってもあたしが一番でいてなんて言ったくせに。
あんな顔してキスしてなんて言ったくせに。
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時30分50秒
- 「うん、ありえない。ぜったいありえないねっ。それね、ぜったいガセ。
もう、美貴と矢口さんが大げんかしたってオッサン雑誌の記事くらいガセ」
「でも……」
「ありえません!」
あたしはきっぱりと言いきった。
紺ちゃんは金魚のモノマネしてる時みたいな、ぽかんとした顔になっている。
「ふじもっちゃん……」
「なによ」
「どうしてそんなにムキになってるの」
完全に困惑してる紺ちゃんに、あたしは立ち上がってまで力説していた自分に気づく。
「あ……っと」
紺ちゃんはポケットに手を入れてごそごそすると、カラフルな包み紙のひとくちチ
ョコを取りだした。決まり悪くて座りかねていたあたしの前に、黙って差しだす。
あたしが受け取ると、紺ちゃんは気づかうように笑った。
「元気だしなよ」
あたしの頑なな態度は『親友に裏切られたかわいそうなふじもっちゃん』像を、
よりアピールしてしまったらしい。
善良さの権化のようなその顔に、あたしはちょっとだけ落ちつきを取りもどした。
「……ありがと」
- 276 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時32分02秒
- あたしは椅子に腰かけなおすと、包み紙を開けてチョコレートを口にほうりこんだ。
広がる甘さをかみしめて思う。
まったくだ。紺ちゃんの言うとおり。なんであたしはこんなにムキになってんだろう。
亜弥ちゃんに彼氏ができたから? 隠しごとされてたから?
……亜弥ちゃんが、あたしのことなんか別に好きじゃなかったかもしれないから?
チョコの甘さが、喉にはりついて苦みを帯びる。
- 277 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時32分49秒
- 「……どうなんだろうね」
紺ちゃんがぽつりとつぶやく。何に対しての言葉かわからないけど、あたしはうなずく。
――ほんと、どうなんだろう。
亜弥ちゃんだけじゃない、あたしの方だって。
何考えてんだか、なにがなんだか。……わけわかんない。
- 278 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時36分23秒
- ここまで。
>>260の冒頭、
証言その1>加護亜依さん
が、抜けてました。申し訳ありません。文脈的には支障はないかと。
- 279 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時37分15秒
- レス、ありがとうございます。
>>248
やっとここまで……とほっとしてます。
ここで気を抜かず、ラストまで突っ走りたいと思います。……マイペースで。
>>249
藤本さんはこんな感じです。
続きが気になると言ってくださってありがとうございます。
あえて前回はキリの悪いところで切ってみました。
>>250
あやみき、自分は逆に、異様に甘い二人の世界に、見てて甘酸っぱい気分になります。
はい、キショイですね。すいません。
- 280 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)21時38分20秒
- レス、ありがとうございます。
>>251
悲しかったり辛かったり、そういった感情も藤本さんの場合、あまりじめじめして
なさそうに思えるんですよね。さすが梅雨のない大地出身者。
そういった想像をしながら書いてました。紺野さん、書いててとても楽しかったです。
>>252
『もっちゃん』てかわいいですね。
藤本さんと紺野さん、仲よさそうだけど実際に絡んでいるとこは数えるほどしか見
ていないので、二人の会話はちょっとあやういです。
- 281 名前:ほげ? 投稿日:2003年07月16日(水)12時28分39秒
- 今まで隠し事はなかっただろうから寝耳に水ってヤツですね
瞬間湯沸し器状態になったはいいがまっつーを拒否してしまったという事実があるから
うーん・・・ 複雑だーねー、こりゃ
>もっちゃん
近頃こう読んでますね
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月16日(水)13時42分53秒
- 気になる展開ですね…
藤本さんがどうでるか。
今一番気になる小説です。
続きに期待!!
- 283 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月16日(水)16時00分32秒
- うはははは。おもしれーっす。オラわくわくしてきたぜ。続きが来るまで転がって
待ってます コノヘン→.
作者さんえらい。
- 284 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月16日(水)18時01分12秒
- 初レスです。
作者さん、うまいっす。文章上手すぎます!!
藤本の微妙な心の変化とかがめちゃくちゃ伝わってきますよぉー
そしてあややどうした?まさか、ほんとに……
パソコンの前で正座して更新を待ってます(w
- 285 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月18日(金)01時32分03秒
- 私も藤本さんと同じ気持ちです
あややに彼氏なんてありえない
やだやだやだ
- 286 名前:読者26才 投稿日:2003年07月18日(金)02時28分06秒
- あややの彼氏登場ですか・・・
ヤヴァイ 緊張してきた。。 (遂に俺も小説に登場か・・・(*/∇\*) キャ
パソコンの前で全裸四つんばいして更新待ってます(w
- 287 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月18日(金)10時40分27秒
- あややの狂言操作であるに1票。
- 288 名前:110 投稿日:2003年07月19日(土)21時31分50秒
- いやー、これ、いい機会じゃないか藤本さん。
重い「愛情」じゃなくて風通しのいい「友情」を築くには。
自分で望んでたことじゃない。
そう思えないってことはやっぱり、はまってる?
- 289 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003年07月20日(日)08時15分42秒
- リアルっぽくてイイ(・∀・)!!
ミキティなんか切ないですね・・・
続きが気になります。
作者さんがんばって!
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時21分16秒
- 両手を枕にベッドに寝そべり、あたしは天井を眺めていた。
仕事を終え自宅に帰ってきた所で、つけたばかりの冷房はまだ効きはじめていない。
夕食は仕事場でとってきたし、あとはお風呂に入って寝るだけ。
着替えもせずにごろごろしていると、すぐに眠気がやってくる。危険だから、いつも
はお風呂に入ってからじゃないと、横にならないようにしてるんだけど――。
今日のあたしには、眠ってしまう心配はない。
――亜弥ちゃんに彼氏、ねぇ……。
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時21分59秒
- 紺ちゃんの話を聞いてから、仕事の間じゅう、ずっとそのことが頭から離れなかった。
といっても、そんなことで仕事に支障をきたすようなことは、もちろんしない。
ただ、ふと気をゆるめると、「お腹空いたな」とか「ここ暑いな」とか、考えるとも
なく沸いてくる感情みたいに、「亜弥ちゃんに彼氏」というフレーズが、ぽわんと
脳内に浮かび上がってくる。これには参った。
- 292 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時23分43秒
- ――亜弥ちゃんに彼氏、ねぇ……。
何度目かしれない、脳内のつぶやき。
あたしは寝がえりをうった。
あんな忙しいヒトが、彼氏なんかつくるヒマあんのかな……。
亜弥ちゃんのスケジュールほとんど把握してるけど――ていうかさせられてるけど、
どう考えても彼氏と遊ぶヒマなんてない。そんなヒマあったら美貴と遊んでるし。
……最近かわいくなったとかコイバナが具体的だとかって、美貴のことだったりする
んじゃないの。
電話だって、姫路のお母さんとでもしてたんだよ。……でも、お母さんと話してたと
したら、関西弁じゃないのはヘン、か。
指輪は……指輪は、自分で買ったとか。ペアだって、一つだけ買えないことはないよね。
でも、わざわざペアリングを選んで買うのは、やっぱおかしいんじゃないかな……。
いや、どうしてもそのデザインが気にいって、それで……。
だったらなんで美貴に黙ってんだろ。
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時24分25秒
- ぼんやりと頭に浮かぶ思考。
客観的な事実を精一杯自分に都合のいいように解釈しても、すっきりしない。
それはそうだ。これらはあくまでうわさ話。
加護ちゃんや紺ちゃんを信用しないってわけじゃないけど、はっきりいって人づての
情報なんて、あてになんない。だけど。
- 294 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時25分34秒
- 昼間に比べると、だいぶ頭は冷えていた。
――ぜったいない。
ついそんな風に言いきってしまったけど、そんなこと、あたしに決めつけられるだろうか。
もし本当に、亜弥ちゃんに彼氏ができてるとしたら。
それをあたしに黙ってるとしたら。
最近二人で遊びに行ってないから、電話でわざわざ言うのもナンだし、今度会ったと
きにゆっくり報告しよう……、そう考えて何も言ってこない、っていうのはどうだろう。
聞かれもしないのに、そういう話するのには、抵抗がある……とか。
- 295 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時26分59秒
- あたしは首を振った。
美貴ならともかく、亜弥ちゃんの場合それはない。
亜弥ちゃんは、自分のすべてを他人に伝えていないと気が済まない人だ。
相手にもそれを要求する。
「二人の間に隠しごとはなしね」
なんつって、自分の一日のスケジュールや晩ごはんのメニューまで報告してくる彼女が、
あたしがほかの友だちと黙って遊びに行っただけで不機嫌な顔を隠せなくなる彼女が
――彼氏ができたなんて『大事件』をあたしに黙っていられるとは、やっぱり思えない。
もしその話が本当なら、美貴に一番にうち明けてくれるはずなのだ。
紺ちゃんの言うとおり、誰にも隠しておこうってハラなのだろうか。
それで、あたしにもうち明けないつもりでいると。
そんなの許せない。
人に隠しごとするなって言っといて、自分はそんなに大きな秘密を作るだなんて。
- 296 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時28分18秒
- そんなことより、なにより、かにより。
あたしは思いきり顔をしかめた。親のカタキみたいに壁をにらみつける。
自覚はあるんだ。自分が大切な部分を飛ばしてるってこと。
胸の奥が重苦しくてしょうがない。吐き気を思わせる不愉快さ。
この重苦しさは、隠しごととか、そういう次元の問題じゃない。
彼氏が。亜弥ちゃんに彼氏ができたなんて。
気にいらない。ほんっと気にいらない。
許せない。ありえない。
認めたくないけど、あたしはただただ、気にいらない。
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時28分57秒
- 悶々とする胸のあたりをベッドに押しつけるように、あたしはうつぶせになった。
目を閉じると視界が黒くなる。感情に意識が集中する。
なんでこんなに頭にくるんだろう。
彼氏だなんて、もし本当なら喜ばしいことのはずなのに。
亜弥ちゃんがぶつけてくるミョーな感情に、あたし悩んでたはずじゃん。
もうヘンな心配しなくて済むんだよ。ヘンな警戒しなくて済むんだよ。
フツーに仲良く、お友だちやってられるようになるんだよ。
ていうか、そもそも美貴が冷たくしたから、彼氏作られたんじゃないの。
そんなの、自業自得ってヤツじゃん。
何怒ってんの、あたし。バカじゃないの。ほんとバカじゃないの。
考えれば考えるほど気分が滅入ってくる。
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時29分41秒
- ――とにかく。
あたしはため息をついた。
コトの全貌がつかめてない以上、こんな風に考えこんでも時間のムダだ。
まずはその噂が本当かどうか、確かめるのが先決でしょう。
なにより、うわさ話だけで判断するなんて、亜弥ちゃんに対して失礼極まりない。
もし――もし本当に彼氏ができてたっていうんなら。
あたしが直接聞いたら、亜弥ちゃんはきっとうち明けてくれる。
きちんと説明してくれるなら、隠してたことは大目に見てあげてもいい。
大目に見るだなんてクールぶっちゃってるけど、あたしは冷静でいられるだろうか。
彼氏ができた、その事実を亜弥ちゃんの口から聞いて、平然と、
『すごいじゃん! やったねー』
と喜んであげられるだろうか。
……ちょっと自信がない。
- 299 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時30分13秒
- あたしは傍らに転がっている携帯電話に目をやった。
寝そべったまま取りあげパカンと開き、着信履歴から亜弥ちゃんの番号を呼びだした。
不必要に強く通話ボタンを押し、耳に押しつける。
呼びだし音が響く時間が、やけに長く感じられた。
- 300 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時30分44秒
- 「もしもしー」
すこしの雑音に混じって、聞きなれた亜弥ちゃんの声が響いた。
あたしだってことを確認して、出る前からテンションあがってる、いつもの声。
「……もしもし」
「おう! みっきたーん。元気? って、昨日も電話したっけか」
電話の向こうの笑顔が目に浮かぶ、こっちまで嬉しくなってしまう、はずんだ声。
「おう」
あたしの声のトーンは上がらない。
電話をかけたものの、どうやって聞きだすか、それについて何ひとつ考えていなかっ
たことに気がついたからだ。
- 301 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時31分38秒
- 「ええと……今、いい?」
「ウン」
「外みたいだけど、大丈夫?」
かすかに車の走るような音が聞こえてきている。
「今ねーぇ、タクシー降りたトコ」
「あ、そうなんだ。家ついてからかけなおそうか?」
「いい、いい。歩きながら話す」
正直、仕切りなおしたかったのだけれど、そう言われては仕方がない。
「そっか」
「うん」
会話が途切れた。
なんかしゃべんなくちゃ。そう思いつつ、とっさに言葉が出ないでいると、
「ふははは」
亜弥ちゃんの笑い声が耳を打った。
「なに笑ってんの?」
「いや、自分から電話してきて、なんで黙ってんの?」
やばい。不審に思われてしまう。
あたしはさしあたって、いつも通りに話をすることに決めた。
「あ、はは、ちょっとぼーっとしてた。ええと、そうそう。今日なんの仕事だった?」
「んん、グラビアとかいろいろ」
雑談をとり交わしながら、どうやって話を切りだそうかとあたしは思いをめぐらせる。
- 302 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時32分27秒
- 「……なんかおもしろいネタある?」
いつも二人の間を行き来するなにげない問いかけを、あたしは普段と違った緊張感を
もって口にした。
「んー、ないねー。昨日の今日で、そんなないよ」
亜弥ちゃんの口調はあっけらかん。
「変わったコトとかは?」
あたしの口調はおそるおそる。
「あ、あった」
亜弥ちゃんの言葉に、携帯を握る指に力がこもる。
「なに?」
「十七歳になった」
「知ってる」
ほっとした気持ちをそっけなさにすりかえて、あたしはつぶやく。
「おめでとうは?」と、亜弥ちゃん。
「言ったじゃん」
「めでたいことは何回でもいいんだって、ママが言ってた」
「亜弥ちゃん、十七歳おめでとう」
いちおう心をこめて、十何回目かのお祝いを言うと、
「いぇーい」
と亜弥ちゃんは、電話の向こうでピースサイン。たぶん。
のんきなもんだ。
「ほかは? 変わったコト」
あたしはしつこく探りを入れる。
「うーん、ほんとないな。なんもナシ」
- 303 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時33分38秒
- 言葉も態度もまるでいつも通り。
嬉しそうに、楽しそうに、亜弥ちゃんは自分のことを話す。
気が向いたみたいに「みきたんは?」と切りかえし、たいしておもしろくない話でも、
けらけら笑う。
聞きなれた亜弥ちゃんの声や口ぐせが魅力的に聞こえるのは、きっと、聞くあたしの
気持ちの問題だ。
彼氏ができたかもなんて疑うことによって、いつも通りの彼女の態度に、前とちがっ
た部分を探してしまう。
ばかみたい。そんな詮索してないで、たったひとこと聞けばいいのに。
『亜弥ちゃん、彼氏できたの?』って。
頭のなかでは何度も響いてるくせに、一度も口から出てこない言葉。
- 304 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時34分09秒
- そりゃあ出てこないよ。そんな簡単に聞けない。
聞いて、
『うん』って、あっさり『うん』って言われたらどうしたらいい。
重苦しい。
胸んなかに閉じこめられている何かは、どんどん大きくなってくみたいだ。
- 305 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時35分30秒
- 「たん!」
突然大きな声をだされて、あたしは驚いた。
「な、なに?」
『たん』というのは、最近亜弥ちゃんによって発明された、あたしの新しいあだ名。
『みきたん』の『たん』だから、名前のどこにもかからなくてわけわかんないけど、
つけられた当初恥ずかしくてたまんなかった『みきたん』よりはマシかと思っている。
にしても、こんな風に呼びつけられると、犬にでもなったみたいだ。
「ヒトの話、聞いてる?」
不機嫌な声。
もちろん聞いてなかった。
「あ、えっと……」
あたしは口ごもる。亜弥ちゃんは聞こえよがしなため息をついた。
「聞いてなかったー。さいあく。寝てたでしょ」
「ちゃんと起きてたよ」
「うそ。じゃ、なんで聞いてないのさ」
「あ、ちょっとぼーっとしてて……ごめん」
「もー」
思いきりふてくされた声のあと、受話器の向こうに沈黙が落ちた。
怒ったのかもしれない。機嫌を取る言葉を頭のなかで検索しかけたとき。
- 306 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時36分26秒
- 「行こっか? 今から」
亜弥ちゃんはからりとした声で言った。
「は?」
あたしはすっとんきょうな声をだした。なんの話だ。
「どこに?」
「みきたんち」
「なにしに?」
「顔見せに」
「はあぁ?」
まったくもって意味がわからない。
あたしは頭をかいた。
「なによそれ」
「元気ないじゃん」
「あー」
あたしは脱力した。言いたいことの見当がついた。
こちらの納得を感じとったらしく、亜弥ちゃんはえへへへと子どもみたいな声で笑った。
「元気でるでしょ」
電話の向こうに、太陽もかすむような満面の笑みが見えた気がする。
- 307 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時37分05秒
- 「うん、マジ行くよ。最近会ってなかったしさー。じゃあねえ、40分後に――あ、
もうちょいかかるかな。えーと……」
「いや、ちょっと」
「あ、たんがこっち来る?」
「じゃなくて! もう夜遅いよ。亜弥ちゃんも美貴も明日仕事でしょ。
それにあさって、遊び行くじゃん。だから、今日はもういい」
「でも元気ないし――」
「元気でたから!」
あたしはわざとテンションをあげて叫んだ。
「ちょっと疲れてたんだけど、亜弥ちゃんとおしゃべりして、すぅごい元気でた!」
「――――そう?」
うわ、今超嬉しそうな顔してんだろうなあ。
適当なことを言ったあたしは、ちょっとばかし後ろめたい。
単純なんだから、と思いつつ、亜弥ちゃんの素直さが愛おしく思えた。
- 308 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時37分51秒
- 結局、
『彼氏できたの?』
のひと言を、あたしは口にすることができなかった。
だけど、肝心なことは聞けなかったけど、電話の向こうの亜弥ちゃんの変わらなさに、
あたしはある意味ほっとしていた。
口数すくないあたしを心配して、こんな夜中に飛んでこようとしてくれた亜弥ちゃん。
全部投げかけるみたいにして、安心しきった声で甘える亜弥ちゃん。
ただ声を聞いただけ。それだけなのに、あたしは信じることができた。
この子があたしに嘘なんか、つくはずないって。
あたし以上に大切な他人なんて、いるワケないって。
あんな噂は、嘘っぱちだ。
- 309 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時38分32秒
- 信じたはずなのに……なぜだろう。
その晩あたしは、寝つけなかった。
- 310 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時39分02秒
- ここまで。
- 311 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時39分47秒
- レス、ありがとうございます。
>>281
おっしゃる通りですねー。
これまで余裕ぶっこいてた藤本さんの今後の動向にご注目ください。
>>282
一番に続きを気にしてくださるなんて、ありがとうございます。
ここからちょっと山場ですので、気合いを入れてがんばります。
>>283
起きてください。(wサイヤ人ですか、紺野さんが喜びます。
おもしろといってくださってありがとうございます。
- 312 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時42分09秒
- レス、ありがとうございます。
>>284
初レスありがとうございます。
自分の文章なんてほんっとまだまだです。もっとうまくなりたいです。
かなり内面描写、モノローグが多い話なので、そこを誉めていただけるとほっとします。
>>285
自分だって嫌です。(w やだやだやだって感じです。
現実に彼女に彼氏が出来たら、なっち以来の激震が走りそうな気がします。
とはいえ、お話の中では、何が起こるかわかりませんってことで。
>>286
全裸はやめてください。(w藤本さんに踏んだり蹴られたりしてもいいなら、どうぞ。
でも、待っててれてありがとうございます。
- 313 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)15時42分50秒
- レス、ありがとうございます。
>>287
ノーコメントに一票。(w
>>288
ねえ。自分勝手なオンナです。風通しのいい友情を二人は取りもどせるのか。
あともうすこし、がんばります。
>>289
リアルと言ってくださってありがとうございます。
いろんな部分で現実に遅れていますので、追いつくようがんばりたいなあと。
- 314 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)17時47分20秒
- ♪風呂に入って寝るだけ♪
あはは。懐かしい。続きが待ち遠しいです〜
- 315 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)18時34分32秒
- なかなか距離がちぢまらない二人…
藤本ぉ!自分の気持ちに素直になれ〜!!
とゆーわけで更新お疲れ様でした、次も期待しております。
- 316 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003年07月27日(日)08時47分42秒
- 更新キタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
切ないね〜ミキティ
- 317 名前:読者26才 投稿日:2003年07月29日(火)03時29分50秒
- 「たん」出ました。
(・∀・)イイ!! よ! アンタ(・∀・)イイ!! ヲタだね! 合格 合格〜♪
更に雰囲気出すには「プライベートは関西弁」←これを会話に混ぜると
より親密度というかオフのリアル感が増すと思った
ちょっと秋松浦一緒に逝こう。チケ送るんで まず郵便番号から(略
- 318 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)01時57分37秒
- 藤本さん、心中穏やかじゃないご様子で・・・
まっつーに彼氏が出来たのか!?
それともフェイク?
ミキティと同じく気になりまくりっす!!
- 319 名前:110 投稿日:2003年08月01日(金)01時23分14秒
- うーむ。本当に勝手な女だ。でもそれでいいんだ、と思わされたり。
身勝手な心情をスムーズに読ませてくれる作者さんに感謝。
>313「あともうすこし」ってどういう意味っすか!? 気になる。
- 320 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時31分37秒
- ドアを開けた亜弥ちゃんは、目をまるくした。
ぽかん、とめずらしく口が開く。
「みきたん?」
裏がえりかけの声も無理はない。よっぽどびっくりしてるんだろう。
- 321 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時32分47秒
- ノックしたときから浮かべていたお手本みたいな正しい笑顔で、あたしは亜弥
ちゃんの瞳を見かえした。
「来ちゃった」
語尾を上げてかわいらしく。彼氏のところを突然訪れた、ドラマかマンガの女の子みたく。
乙女ちっくに両手を組み合わせてみせる。
いつも通りに、冗談ぽく見えていればいいんだけど。
このドアをノックする前、かすかに震えてた手も、何度か吐いて吸った息も、
気づかれちゃいけない。
- 322 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時34分03秒
- 呆けていたのは、ほんの一瞬だった。
口もとから、すごい勢いで体ぜんたいに広がる喜色。ぱあっ、と空気に色がつ
いたみたいな幸せビームが、亜弥ちゃんの全身から放散される。
「みきたーん」
これ以上ないくらい甘い甘い声を放って、彼女はあたしに飛びついた。おおい
かぶさるみたいにして、いつものようにがばっと上から。
いつものように、抱きつかれてから亜弥ちゃんの背中に手をまわすと、まるで
おもちゃのブロックみたいにがっちりと、あたしたちの体は組み合わさる。
肩をくすぐる髪の位置、耳もとに感じる笑い声の混じった吐息、こっちの体が
傾くくらい押しつけてくる体の密度。
――ああ、亜弥ちゃんだなあ。
あまりにも身になじんだ感触に緊張をしばし忘れて、あたしはその背中を抱き
かえした。
- 323 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時34分55秒
- 顔だけ肩から上げて、亜弥ちゃんはあたしに笑いかける。
彼女の笑い声の吐息を口もとに感じるくらいに、顔と顔の距離は近い。
「ビックリしたー」
「へへへ」
あたしも笑いかえす。
「どしたの? 急に。お仕事は?」
聞いてくるのも無理はない。
今はまだ午後三時で、おたがい、こんなに早くに仕事があがることは滅多にないのだ。
そして、亜弥ちゃんはまだ仕事中。
ここは、ドラマの収録をしているテレビ局の楽屋だった。
熱帯夜をしのぐ地獄の一夜が明けた今日。
明日も遊ぶ約束をしているというのに、あたしは仕事を抜けだして、亜弥ちゃ
んに会いに来たのだった。
- 324 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時36分01秒
- 亜弥ちゃんの問いに、あたしはすらすらと用意していた答えを口にする。
「ひとつ終わったとこ。夕方からまたあるんだけど、ちょっと中途半端に時間あってさ」
半分ほんとで半分うそ。
空き時間はほんとだけど、時間なんかない。普段とちがうフォーメーションに
なる明日のライブ収録にそなえて、五・六期は全員、先輩でも熱心なメンバーは、
短い時間を活用するためレッスンスタジオに走ったはずだ。あたしもいっしょに
走るべきだった。
だけど、こんな気持ちで練習しても、はかどらないのはわかりきってる。
そう判断して、あたしは家の用事とウソついて、人目を忍んで電車を乗り継ぎ、
亜弥ちゃんがいるテレビ局にやってきたのだ。
- 325 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時38分16秒
- あたしは亜弥ちゃんの体を離すと、後ろ手に持っていたシュークリームの箱を
差しだした。
「これ、陣中見舞い。みんなで食べて。めっちゃ買ってきたけど、足りるかなぁ」
「うわぉ。ありがとう」
亜弥ちゃんは目を見開いて喜んだ。「あ、入って」
シュークリーム片手に開け放していた楽屋に戻る亜弥ちゃんのあとを、あたしは
すこし後ろめたい気分でついてゆく。
楽屋の壁には大きな鏡が据えつけてあって、入ってくるあたしと亜弥ちゃんを
映している。あたしは鏡越しに亜弥ちゃんの顔を見る。
「マネージャーさんは?」
「お買いもの。すぐ帰ってくると思うけど」
「ふうん」
「昨日は来るなって言ってたくせにさあ。たん、やっぱりあたしの顔見たかったんじゃん」
亜弥ちゃんはターンでもはじめそうな上機嫌で、軽やかにソファをよけた。
鏡越しにかみあった視線に気づいて、にひひ、と幼稚園児みたいな声を出す。
- 326 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時39分29秒
- そんな態度を見せられて、機嫌を良くさせた張本人が嬉しくないわけがない。
いつもそうやってあたしと亜弥ちゃんのテンションは上がっていくんだけど、
今日のあたしはそうはならない。喜ばれて嬉しくて舞い上がりかける心には、
騙されないぞと大きく書いた、憂鬱な文鎮がぶらさがってる。
「ね、ね、明日までガマンできなかったんでしょ」
「まあね」
さらりと答えると、亜弥ちゃんは化粧台の上にシュークリームの箱を置き、
肩越しにあたしの顔を見つめた。
「なに?」
「……いつもだったら『べつに』って言わない?」
「そかな」
「そだよ」
あんまりにも近すぎたさっきとはちがって、ひさしぶりの亜弥ちゃんの顔を
じっくりと観察することができた。
ドラマの撮影ということもあって、歌でのお仕事のときに比べると、メイクが薄づきだ。
顔を見たって、目を合わせたって、心の中なんてわからないのに。
あたしはその表情に、ウソの落とす影を、秘密の気配を探してしまう。
だけど、あたしが見つけられたのは、眉のあたりにただよう心配そうな色だけ。
- 327 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時40分28秒
- 「ね、やっぱり疲れてる?」
それすら、あたしに向けられたものだ。
「えー、元気だってば」
あたしは笑顔を浮かべてみせる。
「昨日、電話のときもおかしかったよね」
「考えごとしてただけだよ」
「前も言ったけど、なーにをそんなに考えることがあるの?」
――あんたのことだよ。
なんてことは、もちろん言えない。
ましてやほとんど一晩中、夢の中でさえも。
どこかの線が焼き切れそうなほど、繰りかえし繰りかえし、誰かさんのことを
考えつづけていたなんて……口が裂けても言えない。
- 328 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時41分32秒
- だから、ちがうことを言うことにする。
あたしは亜弥ちゃんに向けた表情をひきしめた。
「話があるんだ」
鼓動が早くなっている。あまり気持ちのいい緊張感じゃない。
「……なんだろ。ま、座って?」
亜弥ちゃんは化粧台のすぐそばに据えつけられた、大きなソファを指さした。
狭い楽屋にはアンバランスなサイズのソファに、あたしは腰をおろす。
亜弥ちゃんも当然のように隣に座る。
向かいにも低い一人用のソファがあるのだけれど、向かいあって座るという
選択肢は彼女の中にはないらしい。
あたしは体をひねると、亜弥ちゃんと向きあった。亜弥ちゃんがあたしの膝に
手を置く。きれいな楕円形をした爪に目がいく。その白い指。
あたしは下を向いて考えるような顔で、さりげなくその左手を見やる。
そう、部屋に入っていちばんにチェックしていた。もう一度確認する。
指輪は――ない。
不意打ちだったら隠すヒマなんてないはず。そう踏んでいたんだけど。
- 329 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時42分47秒
- ふと、亜弥ちゃんの着ている服に気がついた。
ステージ衣装とはちがってカジュアルだけど、ふだん彼女が着るものとは、
明らかに異なった系統のファッション。
「この服って……衣装?」
当然、という顔で亜弥ちゃんはうなずく。
あたしは吹きだしてしまった。
当然といえば当然だった。ドラマの撮影に、私服でのぞむわけがない。
そして、撮影用の衣装を身にまといながら、私物の指輪をはめているなんて、
バカな話があるわけがない。
――アホだ。やばい。あたしアホになってる。
自分で自分にウケてしまって、あたしは息をひいて笑った。
ここでこんなにツボに入るあたりも普段よりバカになってる証拠だ。
でも、自覚あってもどうしようもない。
「もー。黙ったり笑ったり、わけわかんないよ」
亜弥ちゃんは顔をしかめて、でもほっとしたようにぐちる。
笑ってしまったことで緊張の糸が切れた。あたしは亜弥ちゃんの瞳をのぞきこんだ。
「ねえ」
「なに?」
「亜弥ちゃんさ――」
- 330 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時43分37秒
- 「失礼しまーす」
大きな声がノックとともに楽屋に割りこんできた。
あたしの言葉は音になる前に止まる。
「はい」
亜弥ちゃんはドアに向かって振りかえった。
あたしは舌打ちしそうになる。なんてタイミング。
以前は危ないところを救ってくれた楽屋のノックだけど、今日は反対にじゃまするか。
どこのどいつだよ。
楽屋なんかでこみいった話をする方が悪いという常識を完全に棚に上げて、
あたしは内心毒づいた。
- 331 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時44分47秒
- ドアが開く。
廊下に立っているのは、スタッフらしき女性だった。あたしの姿を見て、ちょ
っと息を吸う。きっと、不機嫌を隠す気のないあたしの目つきにびびっているのだろう。
おはようございます、といちおう頭を下げる。
「お、おはようございます……っと、すいません、松浦さん、そろそろ現場入
っといてもらえますか?」
「はい、わかりました」
亜弥ちゃんは礼儀正しく頭を下げると、あたしを振りかえる。
「みきたん、お仕事だー」
泣きそうな顔をつくる。
「どうしよう、お話あるんだよね。ここで待ってて……あでも、今日まだまだ
かかりそうなんだ。みきたんも夕方から仕事なんだよね」
「いいよ」
あたしは首を振った。
- 332 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時45分25秒
- 「でも」
「いきなり来た美貴が悪いんだし。話はまた今度ね」
「いい?」
「いいもなにもしょうがないし。ほら、早く行きな」
あたしは亜弥ちゃんの肩を押す。
亜弥ちゃんは名残惜しそうな顔をしていたが、行かないわけにはいかないのは
わかっているのだろう。素早く立ち上がる。
「ごめんね。明日ゆっくり聞くから!」
「うん」
「せっかく来てくれたのになあ。あ、昼寝でもしてったら? マネージャーさ
ん帰ってくるまで留守番しててよ。ね?」
「あはは。そうだね」
「ほんじゃ!」
- 333 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時46分16秒
- 片手をぴっとあげると、亜弥ちゃんは台本や細々したものをひっつかんで、
飛んでいってしまった。
あたしは一人とり残される。
「はあー」
大きなため息を声に出した。実際、ぐったり来ている。
どうしても直接確かめたくて、明日まで待ちきれずに来たというのに。
彼氏いるの? の言葉は、結局口から外には出してもらえなかった。
顔を見られただけでラッキー、ではあったのだ。反応を見たくて、連絡すら入
れずに来てしまったからには。撮影の真っ最中だったらきっと、シュークリー
ムだけ置いてすごすご帰る羽目になったことだろう。
――どっちにしろ、聞けてないんだから来た意味なかったわけだけど。
あたしはソファにふんぞりかえって、天井をあおぐ。
- 334 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時47分34秒
- 計画性ゼロ。合理的に動きがちなあたしにしたら、めずらしい失態だ。
なにやってんだか。わざわざこんなとこまで来て。
どうにも調子が狂ってる。
ほんとに昼寝して帰っちゃろうかな……などと考えつつ首をまわしていると、
視界の端をかすめた鏡に、完全に気の抜けた自分の顔が映って、あたしはぎ
ょっとした。
立ち上がり、鏡に近づいて自分の顔をよく見る。
寝不足のせいでクマってるし、なんかちょっと青ざめてる。
かわいくない。
あたしは頬をぴしゃぴしゃたたいた。
――と。
鏡の下方に出っぱっている、収納式の化粧台に目がいった。
マニキュアの瓶やら大きな携帯用の鏡やら、小物類がごちゃごちゃと置いてある。
だいたい見覚えがある、亜弥ちゃんのものだ。そして。
台の端に、見なれた亜弥ちゃんの化粧ポーチがちょこんと鎮座していた。
- 335 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時48分29秒
- あたしはしばらくそれを見つめたまま、動きを止めてしまった。
やがて、中身のぱんぱんに入った化粧ポーチに手が伸びる。
だめだ、そんなことしちゃだめだ――制止する声と、
リップ借りるだけじゃん、いつものことじゃん――そそのかす声が頭に響く。
ハロモニ劇場の天使と悪魔さながらに。
そう、リップを。うん、借りようと。
貸してって言ったら、亜弥ちゃん、勝手に取ってって言うときあるよね。
だからそれとおんなじことで。
あたしは自分自身を納得させる言葉を頭でつむぐ。
『撮影とか、カメラ入ってるときは絶対はずしてて――』
紺ちゃんから聞いたセリフがぐるぐる回っている。
見え透いた自分のいいわけとは別のところで。
そしてあたしは、亜弥ちゃんが私物のアクセサリーを、撮影中はいつもこのな
かに入れていることを知っている。
にもかかわらず。だからこそ。
あたしはファスナーに指をかけた。
- 336 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時49分45秒
- ファスナーが中のものに引っかかり、こめた力にかすかな抵抗を感じた瞬間。
「――ダメ」
あたしは熱いものをさわったみたいにはっとして、ポーチを卓上にもどした。
大息をつく。
危ない。何しようとしてたんだあたし。そんなことしたら最低だ。ちゃんと話を
聞きもしないで。
わかってるのに、体が動いてた。自分で自分のコントロールがきかなくなってる。
落ちつかなくちゃ。頭に手をやる。
廊下からぱたぱたと足音が聞こえてきた。こちらに近づいてくる。
マネージャーさんだろうか。あたしは動転した。
あわててソファに戻る。座っただけでは落ちつかなくて、ごろんと横になると、
目を閉じて寝たふりをしてしまう。そんな必要まったくないのに。
人間って後ろめたいと、行動のすべてが乱れてくるみたいだ。
- 337 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時51分02秒
- と、ドアが開いて、人が入ってくる気配。
そういえば、鍵すらかけていなかった。内心ひやりとする。
「みきたーん」
――亜弥ちゃんだ。
冷たいものが背筋を走る。
危ないところだった。持ちものを無断で漁ろうとしていたところを、あやうく
見つかるところだった。
見つかったとしても、リップ借りるよ、と平然と言ってのけたなら何の支障もない。
だけど今のあたしには、その平然がひどく困難なことになってしまっている。
「シュークリーム忘れちったよー」
亜弥ちゃんの声が部屋を横ぎる。あたしは身をちぢめて寝たふりを続行する。
「みきたん」
すぐ上から降ってくる声と気配。
「寝ちゃったの?」
あたしは目を閉じたまま、規則正しい呼吸を装っている。
ふいに空気が動き、頬をくすぐるのはたぶん、あたしをのぞきこんでる亜弥ちゃんの息。
「たーん」
目を覚ませない。
さっきの行為の罪悪感で、まだ亜弥ちゃんと言葉を交わすことができそうにない。
あたしは息苦しくなりながらも、寝たふりをしつこく続行する。
- 338 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時52分06秒
- 「ちぇ」
タヌキ寝入りが通用したらしい。ちいさくつぶやくと、亜弥ちゃんはあたしから離れた。
あたしは体の力を抜く。
薄目を開けてうかがうと、亜弥ちゃんはシュークリームの箱が置いてある化粧
台の前に立っていた。こちらから見えるのは横顔。壁の鏡に顔を寄せ、前髪を
いじっている。
と、あたしを見た。
半目で寝ていることが多いあたしだけに、閉じきっていないまぶたも不審に思
わなかったらしい。むしろ、よく寝ているように見えているのだろう。
ちらり、という程度の刹那で視線ははずされる。
- 339 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時55分10秒
- 亜弥ちゃんは化粧台の上に置いてあった鏡を取りあげた。
普段から持ち歩いている、やたらとでかい上下折りたたみ式の二面鏡だ。
上の面が普通の鏡、下の面が拡大鏡。自分の顔を見るのが大好きな彼女は、
よくこの鏡で、拡大された顔のパーツを、飽きもせず眺めていた。
亜弥ちゃんは両手で鏡を取ると、胸の高さに持ちあげた。くるりとひっくり返す。
必然的に下に向けられていた面――つまり拡大鏡が亜弥ちゃんの方を向いた。
亜弥ちゃんと――こちらからは見えないけど――鏡の国の亜弥ちゃんは、しばし
見つめあい。
亜弥ちゃんは鏡面にキスをした。
とてもやさしい動きで。
あたしは思わず笑ってしまいそうになり、頬の筋肉をひきしめた。鏡の中の自
分にキスするなんて、いかにも亜弥ちゃんらしい仕草だ。撮影前だし、テンシ
ョンを上げるおまじないなのかもしれない。
親指で唇が触れたところを丁寧にぬぐうと、亜弥ちゃんは元どおり口づけた面
を下にして鏡を置いた。シュークリームの箱をつかんで出ていってしまう。
今度はあたしの方を見なかった。
- 340 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時56分32秒
- あたしはタヌキ寝入りをほどいて体を起こした。
「かえろ」
のぞき見みたいなことをしていた自分がばからしかった。
放り投げてあった鞄をつかむと立ち上がる。
鏡に向かい、さっきの亜弥ちゃんのように髪を直した。
化粧台の上には相変わらず亜弥ちゃんのポーチがあったけど、もうそれはあた
しの心を騒がせはしなかった。
そういうことは、やっぱり性に合わないのだ。
明日。明日聞けばいい。
あたしは自分に言い聞かせる。
ほんの一瞬だったのに、何も考えずに寝転がったせいで横髪がつぶれている。
――うしろ、大丈夫かな。
手櫛を入れながら、あたしは左手で亜弥ちゃんの鏡を取り上げた。合わせ鏡に
してうしろ頭をチェックしようと思ったのだ。
下に向けられていた拡大鏡の面が開いて、垂れさがる。
- 341 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時57分24秒
- 最初は写真だと思った。
でも、ちがうかった。プリクラだった。
特大バージョンのプリクラ。
美貴も亜弥ちゃんとよく撮る。
- 342 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時58分19秒
- 拡大鏡の鏡面、三分の二くらいをおおって貼られたそれに映ってるのは、
亜弥ちゃんと知らない男の子。
よく知った亜弥ちゃんが見たこともない男の子といると、並んでる二人は
友だちのプリクラ帳に貼られたカップルみたいに、ちがう世界の人たちに見えた。
やさしいキスの行く先は、美貴の知らない彼の笑顔。
- 343 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)07時59分19秒
- ここまで。
あと二、三回で終わります。
- 344 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)08時01分25秒
- レス、ありがとうございます。
>>314
ですね。
ユニコーンの歌詞世界を軽く意識してたんですけど、だんだんはずれてきてます。
>>315
振り子のような展開をめざしています。藤本さんの心に関しても同様な感じを。
>>316
そんなAA使ってくださると、かなり嬉しいです。
- 345 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)08時01分57秒
- レス、ありがとうございます。
>>317
こんなものを書いている以上、ヲタ以外の何者でもありません。
「たん」はかなりヒットです。期待を裏切らない松浦さんはすごいです。
>>318
藤本さん、うるさいくらい考える人になってしまいました。
考えてばっかりで話が進みにくかったり。
>>319
身勝手さを許容してもらえるように描けてるとしたら、大成功です。
「あとすこし」は文字通り、もうすぐ終わり、とのことです。
夏の間にはなんとか決着をつけたいところです。
- 346 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月12日(火)10時14分44秒
- あああああ…(七転八倒中
どう完結するのかが怖くなってきました。
でも、続きを待たずにはいられない。
- 347 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)13時20分21秒
- そうきたかぁあああぁあああぁ…
それにしてもなんつーとこで切るんですか(w
藤本さんじゃないが、続きが気になって眠れない…
- 348 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)16時13分17秒
- どういう事なんだ!?
このままじゃぁ悶え死んでしまう。
はやく、はやく続きを……。
- 349 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)16時53分39秒
- 俺はあややを信じてるぞ
余裕で昼寝しちゃうくらい信じてるぞ
・゚・(ノД`)・゚・
- 350 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)19時25分14秒
- うーん・・・ 決定的か・・・・・?
いや、そんな事はない!!
俺もあややを信じるぞ・゚・(ノД`)・゚・
- 351 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月12日(火)23時32分43秒
- この展開でマジ彼でもある意味面白い・・・続き期待っ。
- 352 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月13日(水)00時34分16秒
- ミキティがどんどんあややに嵌っていっていますね。
ミキティ好き好きオーラを出しながらも実はミキティを自分の虜にしてしまうあやや哉。
あと少しで終わってしまうそうで…残念でもありラストが楽しみでもあり…。
>>351 それは(・A・)イクナイ!
- 353 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月13日(水)01時56分57秒
- うわぁ!本当に彼氏がいるのか!いやだー!
- 354 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月13日(水)02時02分23秒
- 更新キタ----------!!!!!
もう心臓は64ビートくらいに高鳴っています。
まるで自分が藤本さんになったように胸が苦しいです。
松浦さん・・・・誰なんですかその男は(笑)
はまりすぎです私。
マイペースにがんばってくださいね。
- 355 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003年08月13日(水)12時54分34秒
- 美貴帝こりゃショックだわ…
- 356 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月14日(木)02時28分39秒
- お早い更新、お待ち申し上げております。
ああ、てか俺もうだめ…。
- 357 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月14日(木)21時37分09秒
- すごく(・∀・)イイ!次回の更新楽しみに待ってます
- 358 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)01時59分03秒
- あぁ、幻想が崩れていく...・゚・(ノД`)・゚・
- 359 名前:読者26才 投稿日:2003年08月15日(金)03時21分47秒
- なんか、実は彼氏じゃないと信じてる派が多い中
俺は彼氏がホントにいると信じてる
あと2〜3か〜… そっちの方がショックやわ。。
- 360 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)12時10分22秒
- いつの間にか捕らえられているのは読者という罠
- 361 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月16日(土)04時37分55秒
- プリクラに男か・・・
ミキティだけでなくオイラもガックシ。
それでもまだ信じてる・・・あやや嘘だと言ってくれーー!!
- 362 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月16日(土)15時19分27秒
- プリクラの男の子がどんなんか知りたい…。
気になるポイントが皆さんと多少ずれてますけど。
だってあのあややの男ですよ!?
どんだけいい男なんだろう。う〜ん、気になる。
- 363 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月16日(土)21時56分28秒
- 夏だね・・・
- 364 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)18時03分40秒
- そろそろ限界です…
どうか続きを…
- 365 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)18時15分46秒
- わたすからもお願いしますだ
- 366 名前:読者26才 投稿日:2003年08月26日(火)04時15分43秒
- あのさ〜 この小説に矢口から
「松浦のところばかりじゃ無く 藤本は娘。に入ったんだから
なるべく娘。と一緒にいて」みたいな台詞あるじゃん
日曜 武道館逝ってきたんだが、リアルなんだよね・・・
藤本、めっちゃ娘。溶け込んでたし、自分からも周りのメンバーに
気軽に声かけてたし、2人隣には松浦いるのに目も合わなかった・・・
松浦も 隣の後藤か紺野だけだったかな 話ししてたのは・・・
妙に、この小説と重なって見えた。
- 367 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月26日(火)10時31分15秒
- そう言えば、あやごまの武道館ラブラブシーンの動画うpされてたね。>366
あれはあれで萌えたけど(w
- 368 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月26日(火)10時57分07秒
- マイペースに更新待っておりまする。
一番大好きな小説なので。
藤本さんは元々環境適応能力が優れてる方ですしね。
でもなんだか・・・悲しい・・・
>>367
あやごまが??意外な組み合わせですね。
何があったのか気になります!
- 369 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月26日(火)12時58分43秒
- 先日のラジオでも大阪公演でのハロコンのミスをごっちんに指摘されて「『いちばん近いごっちん』
にバラされちゃった〜」とか言ってたな。
かたやミキティは辻、吉澤。カントリーのメンバーとも仲が良いしな。
外ではラブラブで会っていて欲しいなぁ・・・。
- 370 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)12時20分08秒
- >>368
ttp://www.petit.bounceme.net/source2/ploader0735.mpg
ちっちゃくて見にくいんだけど、あややがごっちんにすり寄って二人で顔合わせて楽しそうに話してる。
スレ汚しスマソ。
- 371 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)20時24分49秒
- 更新が大変に遅れていることをお詫びします。
引っぱろうという気とかはさらさらなくて、(むしろこんなとこで間あけたらテンション落ちる、
と歯がみしてます)前回更新時の予想に反して、書く時間がとれない状態に陥ってまして……。
次の更新はいつになることやら。。。時間ある時にもっとストックしとけばよかった。
中途半端なものをお見せすることはできないので、申し訳ありませんが、もうしばしお待ちください。
- 372 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)20時57分02秒
- おとなしく待ってます。
こういう一言をいただけると安心して待てるのでいいですよね。
- 373 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)21時17分13秒
- いくらでも待ってますんで頑張ってください
更新心待ちにしています
- 374 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月29日(金)00時19分19秒
- 作者さんが自分自身にとって納得のいく作品を出してくれるのは、
読者にとって非常に嬉しく、ありがたいことです。
焦らずゆっくりといいものを書いてください。
こんなこと言ってプレッシャー感じちゃうかもしれないですけど(w
続き頑張って下さいね。応援してますよ。
- 375 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時45分02秒
- 人間というのは、矛盾した生きものである。
あたしはつくづく思い知った。
『人というのは――』なんて、一般論に逃げてちゃ、ずるい。
矛盾しているのは、ほかでもない、あたし自身なんだから。
- 376 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時45分58秒
- 亜弥ちゃんに彼氏ができた……ていうか、彼氏がいた。
言葉にすればたったひとこと、なのに、どうして、これほどあたしのなかをいっぱいにして、
体ぜんたいをはち切れそうにさせるんだろう。
爪の先までつまったまっ黒い不快感のせいで、あたしは今にも爆発しそう。
気にいらない。
いっそ、ぶちこわしてやりたい――なんて、危険な考えが頭をよぎるくらい、
気にいらない。
亜弥ちゃんの隣に、あのプリクラに映ってた、いかにも彼女好みそうな、オンナ
の子みたいな顔した優男が並んでるところを想像するだけで、瞬間的な、だけど、
身震いがくるくらい凶暴な気分に襲われる。
殺意というのは、こういうもののことをいうのかもしれない。
- 377 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時48分02秒
- わざわざ仕事を抜けて訪れた亜弥ちゃんの楽屋で、カレシとのツーショットプ
リクラ(熱いキスのオマケつき)を目撃したあと。
周りの景色も見えない状態のくせに、どうやってか電車に乗り、あたしは仕事
場にたどりついた。
インタビューに答えて、ラジオ番組にゲスト出演して。
「ちょっとおとなしい」程度でおさまるテンションで、なんとかそれらをこな
すことができたのは、あたしが話さなくても話してくれる子がたくさんいるからだ。
自分ひとりだけが注目されるソロでの出演だったら、こうはいかない。
あたしはヘンなところで、グループのありがたみを実感してしまった。
仕事の間じゅう、あたしはテーブルの下で左手の甲を何度もつねっていた。
つきあがる凶暴な気分を散らすために。
- 378 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時49分37秒
- 「美貴、眠かったでしょ」
帰りがけ、嬉しそうに話しかけてきた飯田さん。
「眠くなかったですよ」
「うそ。ずっと手ェつねってたじゃん。カオ、超ウケてさ、ガマンするの大変
だった」
あいまいにあたしはうなずいた。
「ん?」
何かを見つけたように濃い眉をひそめたあと、飯田さんは笑いを引っこめてあ
たしの手をとった。
「見せて……。って、ちょっとあんたつねりすぎ! なにこれ。すごいことな
ってるよ」
「へへ」
「美貴?」
- 379 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時50分44秒
- あたしは唇の端を上げて、だけどたぶん笑えてはいない顔で、飯田さんの大きな
目を見かえした。
「痛み、感じなかったんですよね。あんまヒドいと、これくらい痛めつけても
ダメみたい。だから、どんどん力入れちゃったんだけど、それでも効果なかったな」
あたしは熱をもっている左手をぷるぷると振る。
飯田さんはひっそりと言った。
「なんのはなし?」
カンのいいひとだ。あたしはあっさり肩をすくめて、嘘をついた。
「睡魔との戦いについて、です」
「ばか」
飯田さんはやさしく言って、すこし困った顔をした。
- 380 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時51分31秒
- 夜になっても苦しい気分は変わらない。ますます強くなる。
意味がないってわかったから、湿布をはられた左手は、もう用なしだ。
思いだしたくないのに。
閉じたまぶたの奥は写真の男の子の笑顔を。
考えたくないのに。
聞きわけのない心は亜弥ちゃんの言葉の響きを。
延々とリピートしつづけて、知りたくないことをあたしに気づかせる。
- 381 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時53分12秒
- あたしに亜弥ちゃんを責める資格なんてあるだろうか。卑怯者のあたしに。
亜弥ちゃんが、あたしを、美貴のことを好きだって、友だち以上に好きだって、
恋愛感情持ってるって、勝手に思いこんでた。
思いこんで、気持ちには答えられないなんて先走って、亜弥ちゃんに冷たい態度を
とっていた。
よくよく考えてみれば「好きだ」とか「恋してる」なんて、ひと言だって言わ
れちゃいないのに。あたしにとって友情と呼ぶには過剰に思えた彼女の言動は、
ただ単なる親愛の表明にすぎなかった、ということか。そういうことか。
今になって自分のこれまでを思いかえすと、耳が音を立てて赤くなっていきそ
うなほど、恥ずかしい。穴どころか、入れるものならブラックホールに入りたい。
そこでうずくまって、宇宙のチリになってしまいたい。
死にそうに恥ずかしい。「笑い死に」や「狂い死に」みたいにヒトの死因に
「恥死」なんてものがあるなら、ひょっとしたらあたしは「恥ずかし死に」
してしまうかもしれない。
恥ずかしさが憎らしさに化けて、あたしは唇をかむ。
- 382 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時55分46秒
- なにもかも美貴のカンちがいだった。
亜弥ちゃんは美貴のこと、恋するどころか、彼氏の存在をうち明けるにもたり
ない、ちっぽけなサイズにしか思ってなかった。
あんな風に迫ったり悲しい顔したのも、単にあたしの反応をおもしろがってい
ただけ。大事じゃないけど手放したくない古いおもちゃみたいに、美貴が離れ
てくのがおもしろくなかっただけで……。
考えかけて、あたしは首を振る。
いや、ちがう。そこはまちがっちゃいけない。亜弥ちゃんはそんな子じゃない。
彼女があたしを大切に思ってるのはほんと。
ただ、あたしは一番じゃなかっただけだ。
ただ、あたしは恋されてはいなかっただけだ。
ただ、一番で恋する相手が他にいる、それだけだ。
それだけのこと、ただそれだけのことに、「親友」のあたしが、腹を立てる道理
なんて、まったくないのだ。
- 383 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時56分47秒
- なのに、どうしたことだろう、あたしの心はどんどん嫌な色に染まってゆく。
隠されていたことに対する怒り、彼氏がいることに対する不快感、プライドを
傷つけられた恥ずかしさ、マヌケな自分に対する情けなさ。
憂鬱な感情は混ざりあって、どんどんふくらんでいく。
体のなかにはおさまりきらない。
うう、なんてうめいたり、爪でベッドカバーをがりがりひっかいたり、髪をば
さばさにかきまわしてみたり。
美貴のなかの良くない感情は、じわりじわりと外へ漏れだしている。名前もつ
けられない嫌なものへと変わりつつある。
- 384 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時58分17秒
- この気持ちはなんなんだろう。ほんと、なんでこんな気分になるんだろう。
あたしは自分に問いかける。
こんなにぐちゃぐちゃになっちゃうなんて、ひょっとしてあたし、亜弥ちゃん
のこと好きだったの?
友だちとしてじゃなく、恋してたのは、美貴の方だったの?
その答えはノー。
自分のせこさを思い知らされてつらいけど、でもノーだ。即答できる。
そういった気持ちになってる自分の状態は知っている。これまでのすくない経
験から照らして、これはどうもちがう。
あたしは亜弥ちゃんのこと、そういう気持ちでは見ていない。なんといっても
美貴とおんなじ女の子だし。
すごく大切に思ってはいるけど、その気持ちは恋愛感情とはちがう。
どんなにイカれちゃってても、それくらいの区別はつく。
だったらどうしてこんなに腹が立つのか。
許せない、って気持ちを押さえられないのか。
- 385 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)14時59分22秒
- それはたぶん――たぶんどうやら――たんなる独占欲だ。
……なんて自分勝手。ほんと死にたくなる。
つまりあたしは、亜弥ちゃんを誰にも取られたくないのだ。
たとえあたしの一番が、彼女じゃなくても。
一番でなきゃ気が済まないのは、亜弥ちゃんじゃなくて、美貴の方だったのだ。
恋していない相手にだって、人間は嫉妬する。
あたしはあまり知りたくない真理を、身をもって思い知った。
- 386 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)15時00分07秒
- 翌朝、はがれかけた湿布をめくってみると。
きのう執拗にひねくりまわされたかわいそうな左手は、まだらな青あざで毒へび
のように見えた。
自分のなかに飼ってた何かが、形をもった、みたいに思えた。
- 387 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)15時00分39秒
- ここまで。
さんざん待たせたあげくにしょぼい更新ですいません。
- 388 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)15時01分16秒
- 自らによるネタバレが怖いということもあり、ここからまとめ返レスにさせて
いただきます。すいません。
レスはとても参考と励みになってます。ので、気が向いたら書いたり書かなか
ったり、これからもよしなにお願いいたします。
- 389 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)15時01分49秒
- 次回はおデート地獄篇です。
- 390 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)15時15分17秒
- 藤本さん結構いっぱいいっぱいですね…。
松浦さん、ほんとのところはどうなんですかー!
作者さんの次回予告の言葉、非常に気になります。
早く次の更新を…と言いたいところですが、
大人しく更新待ってます。
- 391 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)15時22分04秒
- こちらの藤本さん可愛いすぎるー。うひー。健全なのも素敵すぎるー。ゴロゴロー。
- 392 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)21時38分09秒
- やったー!更新されてる^^
殺意の波動に目覚めかけてる藤本さんが怖いけど(・∀・)イイ!
これからも頑張ってください
- 393 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)22時03分05秒
- なんか男出てくるの萎えるな。
男出すなら最初に注意書きとして親切に書いておいてもらいたかった。オチ。
- 394 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)22時06分13秒
- 気になる気になる〜!!私もおとなしく待ってます。
- 395 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)22時56分07秒
- 作者さん更新乙です。
待ってましたよ。藤本さんが大変な事になってますね。
続きが気になりますなぁ。
>>393さん
まぁまぁ。それが松浦さんの男だって決まったわけでもないし。
これからに期待、ってことで。
>>394さん
ageるのはできればやめて欲しいです。
- 396 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)23時39分13秒
- 周りの意見に惑わされず。
作者さまの書きたいようにお願いします。
楽しみにしています。
- 397 名前:110 投稿日:2003年09月08日(月)00時06分07秒
- 更新お疲れさまです。
藤本さん、すげえ。エゴの塊だ。
呆気にとられる…いや、圧倒される。
自分で自分を追い込んで、どうなっちゃうんだろう…
- 398 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年09月08日(月)22時21分23秒
- 作者さま、はじめまして。
みつけていっきに読みしました!!
いや〜面白いです。今まで気づかなくて残念でした。
では、次回更新も楽しみに待ってます!!
PS:娘。小説の保存を細々とやらせていただいております。
この作品も是非保存さていただければと思います。
現在はこんな感じです。http://kuni0416.hp.infoseek.co.jp/text/index.html
よろしくお願いいたします。
- 399 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/09(火) 02:10
- 更新お疲れ様です。
プリクラツーショットのくだりでBUBKAのミキティツーショット写真を思い出してしまって鬱・・。
作者殿の意地悪(w
佳境に入ったようですがマイペースで頑張ってください。
- 400 名前:読者26歳 投稿日:2003/09/10(水) 01:54
- 作者の世界観を楽しんでいるので
どーぞ どーぞ
ハッピーエンドだけが小説じゃないですからね。
マイペースで頑張って
- 401 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/11(木) 10:50
- すごい書き込みの量ですね。
それだけ作者様の世界観に惹かれている人が多いという事ですか。
本当に文章表現が素晴らしいですね。
愛や恋よりももっと深いものを感じます。
藤本さんの気持ちが本当にリアルな人間そのものですよ。
作者様のペースで頑張ってください、応援しています。
- 402 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:36
- 本日、東京の天気は曇りのち雨、ところにより雷雨をともなうでしょう。
6時から12時までの降水確率は40%、以後、6時間ごとに70%……だったっけ。
サングラスの隙間から肉眼で見上げる13時過ぎの空は、やっぱり暗かった。雨雲が迫ってる、
といった段階じゃなく、天いっぱいに灰色の雲が層を成していて、空の色も見えない。
降るぞ降るぞと威嚇されてるみたいで、うっとうしいことこの上ない。
そんなヤな感じの空を、あたしがひたすらに見上げつづけているのは、胸のうちの、天候より
も不穏な気配を殺すためだ。
胸に宿ったマモノが、目の前の女の子に襲いかからないよう。妙な言いがかりで傷つけてしま
うことのないよう。
あたしの視線はテーブルの上のパスタのお皿と、観葉植物越しの曇った空を交互に行き来し
ている。皿の上の鶏肉やほうれん草をもてあそんだり、つるつる滑って食べにくい、マカロニ型
のパスタを口に運んだりしつつ。
- 403 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:40
- 今日は二人とも待ちに待っていた――はずの、ヒサビサのおデートの日。
ずっと遊べていなくて、亜弥ちゃんにさみしい思いさせてるんじゃないかって、あたしはこの
日を心待ちにしていた。していたんだけどな。
あたしは慣れないサングラスをかけて家を出た。
我ながら似合わなくて悲しくなったけど、視界を切りとる薄い茶色は、目の表情をすこしは
殺してくれるだろう、そう思って。
お互い仕事が終わったあたしたちは、首尾良く落ち合った。
昨日と同じ感じで飛びついてきたあと、亜弥ちゃんは見慣れないあたしのサングラス姿をひ
としきりからかった。とりあえず、遅い昼食を取ろうということになる。
「焼き肉が食べたいのはヤマヤマなんだけど――へへ、みきたんも食べたいだろうけどぉ、
さすがに昼から焼き肉は濃いぃからねー、パスタでガマンしなさい。いいとこ、メイクさんに
教えてもらったんだ。こっからすぐだよ」
声を弾ませて、亜弥ちゃんはあたしの手を取る。例の指輪はしていない。
- 404 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:40
- ――そっか。美貴にはやっぱり、言ってくれる気ないんだ。
絡む指の感触に、得体の知れない感覚が走った。
あたしはそれをごまかそうと、かえって亜弥ちゃんの手を強く握りかえした。
目深にかぶった彼女の帽子、あたしがかけてる薄い色のサングラス、ささやかなフィルターの
おかげで、並んで歩く分には、その顔をまともに見ないで済んでる。あたしの顔を見られなく
て済んでる。
あたしは快活に言った。
「パスタもいいじゃん。おいしんだ、そこ?」
目をみなければ、ちゃんと会話をすることができた。
- 405 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:41
- 「空、すごい色だね」
窓の外に向けられたあたしの視線の先を追って、亜弥ちゃんが感心した声で言った。
アイドルらしからぬ勢いで、でも十二分にきれいな動きで、パスタをいっしんに食べていた手が、
皿の上で止まっている。
「雨だって」と、あたし。
「ゲー」
「80%。夜中にはやむらしいけど」
あたしはなにげに、10%のサバをよんでおく。
「ふうん。めずらしいね」
「雨が?」
「たんが。いつも天気予報なんか、見てないのに」
亜弥ちゃんは不思議そうに言う。
確かに普段のあたしは、あんまり天気なんて気にしない。
今日、わざわざ天気予報をチェックしてきたのには、もちろんワケがある。天気を理由に早く
帰ろうという魂胆なのだ。自分が妙なことを言いださないうちに。
- 406 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:42
- あたしは空からテーブルに視線をもどした。
サングラス越しに見る世界は、レンズのセピア色に染まっている。どうも慣れない。パスタが
おいしそうに見えない。
亜弥ちゃんに、ゴハンのときくらいはずせとぶうぶう言われながらも「クマがすごい」との理由で
(まあそれは事実でもあるけど)かけっぱなしにしていた。
気休めのおまじないみたいなつもりだったけど、多少は効果がある。このせいでパスタがお
いしそうに見えないなら、目の前の亜弥ちゃんからだって、距離を感じられる気がする。
「雨降るんだったら、今日はあんまり遅くまで遊ばない方がいいかな」
パスタをフォークで突きさしながらさりげなくつぶやくと、
「はぁ?」
亜弥ちゃんは思いきり嫌そうな顔をした……気配。あたしは顔を見ないでパスタに話しかけ
ている格好だから、細かい表情がわからない。
- 407 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:44
- 「ねぇみきたん。あたしたちってナメクジ? 雨降ったら溶けちゃうの?」
あたしはちょっとだけ視線を上げる。
「ナメクジは」
「塩で溶けるくらい知ってます。SALT5なんだから。あんた11WATERだし。カンケーない
けど。じゃなくって、雨降ったら溶けんの? 死ぬの? 死ぬっていうんだったら考えるけどさ、
せっっかく久しぶりに遊んでるのに、雨がなによ。あたしがどれっほどみきたんと遊ぶの楽し
みにしてたか、知ってんの? 今日はもう、イヤっちゅうくらい遊び倒すんだから! ちょっと
やそっとのざーざー降りくらいじゃ、早くなんかぜったい帰りませんからねー」
すごい早口でまくしたてたあと、いーだ、と亜弥ちゃんはかわいくない――だけどかわいい顔
をした。
胸のなかに、棒をつっこんで掻き回されたみたいに、淀んだものがわきあがる。
- 408 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:44
- あたしは乱暴にパスタを口に入れた。
味なんてほとんどしやしない。やわらかいゴムを食べてるみたいだ。
よく言う。よくもまあ、そんなかわいいこと言ってくれちゃってるよ。
ちゃっかり裏でカレシ作ってるくせに。
あたしに隠しごとしちゃってるくせに。
あたしを恋してるワケじゃないくせに。
- 409 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:45
- 腹の中でじりじりしながらも、こんな文句はとうてい口に出せない。
ただ単に隠しごとに腹を立てているだけなら、聞けるさ。
『カレシできたこと、なんで美貴に言ってくんなかったの? ひどいよ』って。
でも、あたしのイライラには、余分な要素が多すぎる。
『亜弥ちゃん、カレシなんか作らないでよ。美貴のこと好きなんでしょ。
亜弥ちゃんは、美貴のことだけ見てたらいいんだよ』
胸のうちで漠然と形をとるだけで恥ずかしくなる、こんな身勝手な本音、口に出せるワケがない。
はっきりいってむちゃくちゃだもの。亜弥ちゃんに恋してるワケでもないくせに。
あたしは、昨日から何度も自分の胸に言い聞かせていた言葉を再びくりかえす。
亜弥ちゃんが誰を好きになろうが、誰と結婚しようが、美貴には嫉妬する権利なんてない。
むしろ、祝福するのが友だちとしての美しいあり方ってヤツだ。
亜弥ちゃんはあたしを大切に思ってくれてるし、あたしだって、負けないくらいに亜弥ちゃんの
ことが大切なんだから。
- 410 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:46
- そう、だから。胸のうずきは、絶対バレないようにしなくちゃならない。
こんな自分勝手なモヤモヤは、きっと一時的なもの、きっとすぐ消える。
今日一日を乗り切れば、しばらく会うことを控えたら、次に会うときはまっさらな親友として、
あたしたちはリニューアルオープンできるはず。
- 411 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:47
- そう思うから、顔をあわせてからずっと、亜弥ちゃんと目を合わせないよう、あたしは細心の
注意をはらっていた。
その笑顔や、言葉や、すねた口ぶりや、絡めた指先にただよう甘い親しみや、彼女があたし
に投げかけるすべてのものから意識をそらし、この時間が一刻も早く終わるよう、あたしは
神様に祈っていた。
もし、その目を正面から見つめたら、彼女の瞳があたしに対する変わらない愛情で潤んで
いるのを確かめてしまったら――。
予感じゃなくて確信だ。
視線が絡めば、瞬時に何かがもつれだす。あたしのなにかは暴れだす。
どうしてあんたはそんな風に、って。
彼女からの、あたしへの気持ちが確かだと感じられればられるほど、その対象が自分だけ
じゃないことに苛だつだろう。
それがほんとに自分本位な感情だとは知ってるから、亜弥ちゃんの顔を見ることはできない。
こんなあたしを知られるわけにはいかない。
- 412 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:47
- だからお願い。今日一日だけ。
どうかあたしを見逃して欲しい。
精一杯、いつも通りに振る舞ってみせるから。
目の前の彼女に、あたしは心のなかで手をあわせた。
- 413 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:50
- ここまで。短くてすいません。
ブラウザ、はじめて使ってて、おっかなびっくり更新です。
- 414 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:51
- レス、ありがとうございます。
おデート篇が思いのほか長くなりそうなので、刻んであげます。
あと2、3回で終わりと言ってましたが、その分、まだしばらくかかりそうな様子です。
いいかげんですいません。
とりあえず、つんくがでようが象がでようが、気にならないくらいおもしろい、
ていう風に感じてもらえるのが、目標です。
>>398
どうもありがとうございます。
誤字脱字が多くて恥ずかしいです。連載終了後にいちおう正誤表をつけるつもりです。
- 415 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 11:51
- 流し。
- 416 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/13(土) 12:05
- リアル。すでにナニが出ようとおもろいです。でも謎、あんま引っ張らないで
さっさと安眠させて欲しいッス。鬼が出ても蛇が出てもいいスから。まじで。
- 417 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 13:50
- 私は終ってしまうと悲しい・・・。
こんなにはまった小説は今までにないです。
感情表現が本当に上手ですよね〜。
自分じゃ絶対こんな表現思いつきません。
- 418 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/13(土) 13:56
- 自分も同じ気持ちです…。
限界が近いんで、できるだけ早く決着してもらえれば嬉しいです。
あややにまじで彼氏がいても文句言ったりしないんで。
は、早くはっきりして下さい…そろそろやばいです…。
- 419 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003/09/13(土) 21:12
- 作者さま。更新お疲れ様です。
さっそく、保存させていただきました。
誤字脱字等の修正は、正誤表を参考にさせていただきたいと思います。
気づいた範囲での誤字の訂正はさせていただきました。
次回更新をおとなしくそして楽しみに待ってます!!
- 420 名前: 投稿日:2003/09/13(土) 21:58
- 俺もそろそろ死にそうでつ…
- 421 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/14(日) 19:44
- 続きが気になって夜も眠れません(w
彼氏の正体は、あややの気持ちは…
続きに期待しております。
- 422 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:29
- 主に亜弥ちゃんがしゃべり、あたしがうなずき、つつがなくランチは終わった。
食後のお茶とケーキが目の前に並べられ、あたしたちはなにかの儀式みたいに、ケーキを
見て『おいしそう』とひととおりはしゃぎ、お互いのものをつつきあった。そして。
「そうだそうだ」
亜弥ちゃんはリズミカルにテーブルを指でたたいた。
「ね、昨日いってた、話ってなんだったの?」
「ああ」
あたしはアイスオーレのグラスを置いた。ストローでざくざくと氷をつつく。
そういえば、そんなこと言ったな。
忘れていたわけじゃないけど、今のあたしにはどうでもいいことだから、何も言わなかった。
『亜弥ちゃん、カレシいるの?』
なんて、今となればまったくばかげた質問をぶつけるために、あたしは昨日、彼女の楽屋を
わざわざ訪れたんだっけ。
もはや、そんなことを聞く気なんてさらさらない。
だって、答えはもう知っているし、彼女自身の口からうち明けてくれなかったことを、動かぬ
証拠が手に入ってから聞かされてもしょうがない。
いまさら、ってやつだ。
- 423 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:29
- なによりあたしの心には、
――自分から言いだすまで、美貴の方からなんて、絶対聞いてやるもんか。
などという、アホとしか言いようのない意地まで芽生えかけているし。
「なーによ」
亜弥ちゃんはテーブルに腕をついて、あたしの顔をのぞきあげる。
逃げるようにそらした視線をごまかして、あたしは鼻をこすった。
「……たいした話じゃないし……あとでいいよ、あとで」
「たいした話じゃなかったら、今でいいじゃん」
「あとでね。晩ごはんのときにでも……」
言いかけて、ふと絶望的な気分になる。
――晩ごはんって、何時なんだよ。
まだほんの昼下がり。
いったいあと何時間、こんな状態で彼女といっしょに過ごさなくちゃならないんだろう。
亜弥ちゃんの話にから返事、目も合わせないで、ゴハンの味もわかんないで、自分のなかに
囚われっぱなしで、おかしいと思われてないか、それだけを気にしてて。
- 424 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:30
- 「ま、いいや」
亜弥ちゃんは肩をすくめた。「マジメな話だったら、夜の方が良さそうだしね。あたし忘れちゃ
いそうだから、みきたん、ちゃんと覚えといてね」
あたしは浅くうなずいた。
亜弥ちゃんは気持ちを切りかえるように、ぽん、と手をたたく。
「あ、そういえば。言ったっけこれ。ウチのママこないださ……」
早く帰りたい。
亜弥ちゃんといっしょにいるときに、そんなことを思うだなんて。
二人で遊んでると何時間たってもお話はつきなくて、帰ってから「あ、アレ話すの忘れてた」
なんてメールを送ったり、「あたしも言い忘れてたー」なんて、電話がかかってきたり、そんな
あたしたちはいったいどこに消えちゃったんだ。
- 425 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:31
- 亜弥ちゃんにはなんの問題もないのだから、あたしさえフツーに振る舞えたら。
そしたら何もかも元どおりなのに。
悪いのは美貴だ。自分勝手なのは美貴だ。それはわかってる、けどさ。
あたしは目の前の女の子を見つめた。目は見ないように、鎖骨のあたりに視線をあてて。
身振りつきで楽しそうに話している亜弥ちゃん。
しゃべってる声は聞こえてて、あたしの目は彼女に向けられているのに、胸には何も届かない。
字幕なしの洋画を見ているみたい。
- 426 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:31
- あたしの意識は亜弥ちゃんに向かって問いかける。
ねえ亜弥ちゃん、悪いのは美貴だけかなあ。
確かに美貴はアホだよ。亜弥ちゃんみたいな子にカレシがいないとか、オトコより美貴と遊ん
でる方がこのこ楽しいんじゃんとか、コイツ美貴にマジ惚れてるよ、ヤバクない? なんて、
喜んだり困ったりしてた美貴は、超おめでたかったよ。そりゃもう、盆と正月がいっぺんにきて
るくらいに。
でもさ、自分にはどっこも悪いとこなかったって、亜弥ちゃん言いきれる?
美貴が勝手にかんちがっちゃっただけで、あんたの方にはそんな風に美貴にかんちがわせ
ちゃう要素なにもなかったって、亜弥ちゃん、宣言できる?
そもそも、あたしをこんなにしちゃったの、亜弥ちゃんなんじゃないの?
あれだけ大好きだ大好きだってへばりついて、あーんなうるうるした目で見つめてきて、他の
人たちと明らかに区別した声で名前呼んで、ヒトをその気に……じゃなくて、あんた美貴のこ
と大好きなんだねえ、ういヤツういヤツって優越感持たせといて、実はオトコいるだなんて、
どうなのよ。どういうことよ。ヒドくない?
- 427 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:32
- 「藤本美貴さーん」
突然呼ばれたフルネームが、もの思いを切って響いた。
両手をメガホンに、口をとがらせて、こちらを見ている亜弥ちゃんの顔。
脳内で際限なくふくらみかけていた嫌な気分がぎゅっと縮む。
妄想のなかとはいえ、さんざん言いがかりをつけた後ろめたさでますます居心地が悪いあた
しと同じく、目の前の亜弥ちゃんも、なぜか困ったような顔をしている。
「あ、なに?」
問いかえすあたしに、
「うん……」
亜弥ちゃんは口ごもると、すっと視線を横にそらした。こちらを見つめすぎる強い瞳から解放
されて、あたしはほっとし、同時に落ちつかなくなる。
「あのさ……なんかさ……みきたん、おかしくない?」
――だろうね。そりゃ気づくよね。
人ごとみたいに、あたしは内心大きくうなずいた。
あたしの態度はあんまりなんだもの。これじゃあ、不機嫌に気づいてくれと言っているような
ものだ。
もちろんわざとじゃないんだ。ただ、あたしの顔は正直者で、こんな気持ちでは、うまく笑え
ないし、うまく話せない。
なのであたしは、顔より不正直な口先で、予定通りのごまかしを言うことにした。
- 428 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:33
- 「ん……今日さ、美貴仕事でめっちゃ怒られたんだ」
ちょっと目を伏せてみたりなんかして。
「うそ。なんで?」
あっさり亜弥ちゃんは食いついてくれる。
「フォーメーション、うまくできなくてさ。夏先生に死ぬほど怒られちゃった」
上手に嘘をつく秘訣は、ホントのことをちょっぴり混ぜこむことだと、何かで読んだことがある。
怒られたのは本当だ。
それが亜弥ちゃんに対するおかしな態度の原因だというのは、嘘。
思ったことをすぐ口にする、亜弥ちゃんいわく「言いたいこといい」のあたしは、こういうクッシ
ョンを置いた話し方は嫌いだ。
こんなことしてたら、ホントと嘘の区別がつかなくなってきそうで怖い。
- 429 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:34
- あたしの話に、亜弥ちゃんは熱心に耳をかたむける。
今日のダンスレッスンは確かにうまくいかなかった。もともと得意でない上に、みんなきっちり
こなしていた昨日の自主練を、美貴だけ亜弥ちゃんに会いに行くためにサボっていたせいだ。
ただ、顔色があまり良くなかった点が考慮され、体調不良ということで、責められるどころか、
みんなに心配までされてしまって、とても息苦しかった。
そういった話を、サボりの部分だけ省いて話していると、
「みきたん、体調悪いの?」
亜弥ちゃんは眉をひそめた。
「うん、ちょっとね……」
また嘘。
まあ、大変な精神状態のせいで、睡眠不足、食欲不振のあたしの体調は、いいとは言えないか。
「体調っていうか……なんかこう、ぐったりしちゃってさ。夏バテかな」
はい嘘。
夏バテなんかじゃもちろんない、目の前の彼女が原因の神経衰弱。
- 430 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:34
- ほんと、意識して嘘をつきながらの会話って、しづらい。
まだまだ先は長いというのに、あたしはほとほとイヤになってきた。
しかし亜弥ちゃんは、大いに納得、というようにうなずいている。
「夏バテかぁ。確かに最近あっちぃもんねー」
「暑い」
「でもさ、うちら体が資本だし、ちゃんとしなきゃダメよ?」
お姉さんぶった口ぶり。
「してるよ」
「うそだ。ゴハン残してたじゃん。あのね、みきたん、一番の健康法はゴハンだよ。ちゃんと食べ
なきゃ。あたしなんか、どんなに忙しくっても食欲なくっても、ぜーったい三食バッチリ食べるし」
心底心配してくれているらしい、亜弥ちゃんの顔。
あたしはおとなしくうなずいた。
親しい人間につく嘘っていうのは、自分の胸にもちくちく響く。
- 431 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:35
- 食事がいかに健康に不可欠かを、おかあさんの言葉を引用しつつ、ひとくだりぶったあと、
亜弥ちゃんは、ふいにその表情を明るくした。
「ねね、海とか行きたいよね〜。プァァァッとさ」
と、両手を広げる。
「行きたいねー」
話題の飛躍は慣れっこなので、あたしが間延びした相づちを打つと、その表情がいきいきと
輝いた。
「でもさー、なかなか行けないじゃん」
「うん」
「でね、海のかわりにー、あたし行きたいとこあるんだけど」
「え?」
強引な話の持って行き方は、彼女が何かを思いついたとき。
あたしはイヤな予感がした。
- 432 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:35
- 「ほら、アレ見て。アレ」
亜弥ちゃんの指さす窓の向こうには、さっきまで美貴が見ていた光景がある。が、彼女の指
がさす角度は、雲よりもっと下の方。あたしはサングラスをずらした。
ビルが立ち並ぶ向こう、周囲の景色と縮尺をまちがって置かれた模型みたいにバカでかい
それは、すぐに見つかった。濃淡さまざまなコンクリ色の景色のなかで、その形と色彩も、
場違いな鮮やかさを誇っている。
「観覧車?」
あたしの言葉に、亜弥ちゃんはウンウンとうなずいた。
「観覧車!」
- 433 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:36
- 最近ではめずらしくない、遊園地でもなんでもない街なかの、巨大観覧車。
「観覧車、観覧車!」
観覧車に向けたひとさし指の引き金を、亜弥ちゃんは嬉しそうに振った。
「ね、乗りに行こう!」
予感的中。
「ヤだよ」
あたしは速攻で拒否した。
ありえない。こんな状態であんな密室に閉じこめられるなんて、冗談じゃない。
だいたい、なんでいきなり観覧車なんだ。
亜弥ちゃんは、ぐい、と身を乗りだした。
「行こうよ! 今日平日だし、真っ昼間だからきっとすいてるよ。テレビでやってたけど、あそこ
すんごい人気で、金曜とか土曜の夜は1時間待ちとからしいし」
「そりゃ、昼間はすいてるさ。ああいうのは、カップルが夜景を見に来るモンなんだから」
亜弥ちゃんは、甘えた仕草でつれないあたしのシャツの袖を引いた。
「今日たぶん、たんもあたしも、この夏最後の休みだよ。さみしくない? 海にもプールにも、
どーっこも行けてないじゃん、うちら。夏の思い出しようよー。ね、遊園地行こうって言ってた
じゃん。行けてないよね? きっととうぶん行けないよ。だったら、せめて観覧車乗ってさ。
二人で遊園地気分しようよー。これ、めっちゃよくない?」
- 434 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:36
- ――またコイツはかわいいこと言いやがって……。
胸でとぐろを巻いている感情がうずく。
「しない」
あたしは冷たく言いきった。ぜったいお断りだ。
- 435 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:37
- 「よーし、そうと決まったら」
「決まってないし」
亜弥ちゃんは残りのケーキを一気に口に押しこんだ。口をもぐもぐさせながら、あたしのお皿
をフォークで指す。
「みきたんも。早く食べて」
どうやら本気で行く気らしい。
「いや、亜弥ちゃん。美貴、乗りたくない」
「あたし、乗りたい。たん、つきあって?」
なんだかカタコトの外国人みたいな会話。
亜弥ちゃんは両手の指を組みあわせた。
「おねがい!」
- 436 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:37
- こんな風に亜弥ちゃんにおねだりされると、いつものあたしだったら断りきれない。
あたしは亜弥ちゃんのワガママには寛容なのだ。
普段通りを装うつもりなら、行くべきなんだろうか。でもほんとやだ。どうしよう。
あたしは顔をしかめて、窓の外を指さす。
「ちょっと、空見てみ? めっちゃ曇ってるよ。こんなんじゃ、景色ぜんぜん良くないと思う」
「ウン。こんだけ曇ってたら、きっとすいてるね。並ばなくて乗れたら、あたしたち超ラッキー
だよ」
強硬なプラス思考。
こうなっちゃうと、このヒトはしつこい。
拒否するためのうまい理屈がどれだけ見つかっても、最後に押し通されるのは、亜弥ちゃん
の意志。ならば、抵抗するだけムダだ。
あたしは深いため息をのみこみ、残りのケーキを胃に押しこんだ。
- 437 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:38
-
- 438 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:39
- 順番待ちの間にぽつぽつと降り出した雨は、係りのおねえさんがドアを閉めてしばらくすると、
観覧車の天井をリズミカルにたたきはじめた。
「あーあ、本降りだよこれ」
あたしはため息をつく。
隣にぴったりくっついて座る亜弥ちゃんは、たった今離れた斜め下の乗り場を見て、嬉しそう
に言った。
「ねね、ほら見て下。ヒト集まってるよ。バレちゃったね、うちらって」
「亜弥ちゃん、声でかいんだもん」
短い順番待ちの間じゅう、容赦なくはしゃぎまくる亜弥ちゃんの姿は、実によく目立っていた。
「どうする? 降りてきたら人だかりだったら」
むしろ嬉しそうに聞いてくる亜弥ちゃん。
「走って逃げる」
「ラジャー! 楽しいね」
雨降りなんかもろともせず、亜弥ちゃんは上機嫌。
- 439 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:39
- 二人ではちょっと広すぎる六人乗りの観覧車は、空調まで入っているらしく、どこからかささ
やかな風がながれている。
あたしたちは二人で、景色の見えやすい外側のベンチに座り、亜弥ちゃんは片手をあたしの
腕に絡めて、美貴の見ているのとは反対側の窓に額を押しつけている。
あたしは狭い窓枠に頬づえをついて、雨で色を変えだした街を見ている。
それじたいはさほど大きくないのに、雨の音は不思議に世界から雑音を消しさる。
このちいさなカプセルに、あたしは亜弥ちゃんと閉じこめられた気分になる。
観覧車は、動いていることがわからないくらいの緩やかなスピードで、雨の落ちてくる空へと
あたしたちをつれてゆく。
- 440 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:40
- 一分経過。
「あたしんちってどのヘンかなぁ。もっと高くなんないと――あ、ほらほら、地図ある。東京タワ
ーはこっちの方角……ないじゃん。低くてまだ見えなのかな……あ、あったっ。ほらたん、東
京タワー。あれ東京タワーね」
「へー」
「ちゃんと見てる? ねね、海も見えるよ。うみうみぃ。あー、早くてっぺんつかないかなー。
ちょっとコワそうだけどさ、楽しみだよね」
亜弥ちゃんは窓にかじりついたまま、顔だけこっちに向けて、すごい笑顔。
できればそうやって十数分の周回の間、ずっと景色に夢中になっていて欲しい。
あたしは視線を正面に転じた。
空をめぐる円の内側には色鮮やかな鉄材が、あやとりの紐みたいに縦横無尽に張りめぐら
されている。
幼い頃家族で乗ったデパートの屋上観覧車とは、まるでスケールがちがう。
もしてっぺんから、観覧車のまん中つっきって落ちたら、ガンガンガンガン、下に落ちるまで
に体じゅうの骨がばらばらだろうなあ、そんなことを思う。
こういう悪趣味な思いつきを口にすると亜弥ちゃんは嫌がるので、黙っておく。
- 441 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:41
- 三分経過。
「あ、写真撮らなきゃ」
窓から額を引きはがすと、亜弥ちゃんはカバンから携帯を取りだした。
「はいみきたん寄って寄ってー。て、グラサン取れよう」
「ヤです」
ぐぐっと美貴に頬を寄せて、亜弥ちゃんは携帯をかざし、ぱちり。
表示された静止画像は、背景が曇っているせいで、今ひとつぱっとしないできばえだ。
あたしの顔も、当然ぱっとしてない。
明るく輝いているのは、亜弥ちゃんのくしゃくしゃの笑顔だけ。
「あんまキレイじゃないね」
あたしの言葉に、
「記念だからいーの。みきたん、もっとスマイリーに! あたしひとりバカみたいじゃん。はい、
もーいちまい」
亜弥ちゃんは再び携帯をかざす。あたしは苦笑した。
「記念ねー。オンナふたりで観覧車記念ってか」
口に出したあと、あたしは自分の言葉ににじんだ、皮肉に気がついた。
――ダメだって、よけいなこと言うな。
手綱を引こうとしたけれど。
- 442 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:41
- 「いーじゃん」
亜弥ちゃんはあたしの脇腹をつついた。
「ラブラブでしょー、うちら」
その屈託のない態度に、またもあたしの口はすべる。
「普通こういうの、カレシと乗るもんだよね」
――また。
口に出すつもりのなかったはずの言葉が、中途半端な形でこぼれた。
自分の口の聞きわけのなさが、怖くなる。
なんでこんなイヤミ言ってんだあたし。正面切って聞く気がないなら、一生黙ってろよ。言う
権利、美貴にはナニひとつないんだよ、わかってんの? 亜弥ちゃんに何を言わせたいんだ。
さいあく。あたし最悪。
亜弥ちゃんはそのぱっちりとした瞳をくるくるさせて、あたしを見て笑った。
「いないし、カレシなんて」
- 443 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:42
- 五分経過。
……長い。
まだ五分しかたってないなんて、どういうことなんだろう。
五分ってこんな長かったっけ? まだてっぺんまでついてない、てことは半分もいってない。
息苦しい。この観覧車のなかは空気が薄い。
もはや口をきくこともままならなくなってきたあたしは、左手の甲を右手でぎゅっと握りしめて
いる。痣が鈍い痛みをはなつ。
もう限界だった。いっしょにいるだけで、ダメだ。
観覧車を降りたら、気分が悪くなったと言って逃げだすしかない。
向こうの景色は見つくしたのか、あたしの後ろから抱きつくみたいにしてぴったりはりついて、
こっち側の窓をのぞきこんでる亜弥ちゃん。
くっついているおかげで目を見ないで済んでるのに、その体温があたしの胸をしめつけている。
あたしは景色に気分を集中する。よけいなことは考えない。
空の暗さと雨粒に邪魔されて、やっぱりすべては濁っている。
雨のしずくでできた細い川が、ガラス窓の外を斜めに流れつづける。
亜弥ちゃんは黙って景色を見ている。
- 444 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:43
- 七分経過。
てっぺんまでもうすぐ。
黙ったままの亜弥ちゃんに、ようやくあたしは気がついた。
景色に夢中ならなおさら、口数多くなるはずの亜弥ちゃんなのに、息をひそめてあたしに身を
寄せているだけ。美貴とちがって、亜弥ちゃんには沈黙の理由がない。
――なんで黙ってんだろう。
気がついて、あたしはちょっぴり怖くなる。
「ほら亜弥ちゃん、いっこ上の観覧車今てっぺんだから、うちらのももうすぐだよ」
声がうわずらないように意識して、無理矢理ささやくと、あたしは斜め上を指さした。
その指が、白い手にとらえられる。
『おにごっこするもの、この指とまれ』
人さし指に絡められた亜弥ちゃんの手に、そんなフレーズがぼんやり浮かんだ。
この場合、鬼は美貴だろうか、それとも亜弥ちゃん?
- 445 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:43
- 亜弥ちゃんの声が、耳元で響いた。
「こっち、見てよ」
あたしは答えられなかった。
「どうしてあたしの顔、見ないの?」
亜弥ちゃんは重ねて問う。
あたしは答えない。
「今日だけじゃない、ずっとみきたんヘンなんだよ。なんか、怒ってる? なんかあたし、知ら
ないうちにヤなこと言ったりしたりした? 今日、あたしの顔ぜんぜん見てくんない。こんな
狭いとこでもそっぽ向いてる。ここだったら、あたしの顔見てくれるかなって思ったのに……」
- 446 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:44
- つかまれた指をほどこうとして身じろぎするが、やわらかく、だけど強情に、指は絡められた
ままだ。
ふいに反対側から白い手が現れて、あたしの視界をおおった。と、思ったら、サングラスが
乱暴に取りさられる。世界に色がつく。
反射的にその行方を追ってしまった視線の先に、こちらを強く見つめる亜弥ちゃんの顔が
あった。
あたしと亜弥ちゃんの瞳は、その日はじめて、真っ向から向かい合った。
「あたし、嫌われるようなこと、した?」
- 447 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:44
- ――好きだなあ。
ほとんど絶望に近い気分で、あたしは思った。
――あたし、亜弥ちゃんのこと、すごい好きだ。
きっと、だからなんだ、許せないのは。
- 448 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:45
- 「知ってる? 亜弥ちゃん」
あたしは立ち上がった。
上からつり下げているだけの観覧車は、安定が悪い。足下がわずかにぐらりとした。
『運転中は席を移動しないでください』との警句はもちろん知っている。
あたしは一歩踏みだし、窓に両手をつく。両足を軽く広げた『休め』の体勢。
窓の隙間から吹きこむ雨粒が膝小僧をなぜる。
「み、みきたん、立たないでよ。今、揺れたよ」
亜弥ちゃんの声がわずかにわなないている。
あたしは眼下を見下ろした。
たくさんのビル、ひとけのない公園、ミニカーのような車、仁丹くらいの人。
白い雨粒は次々と、遠い地上へ音もなく吸いこまれてゆく。
「観覧車ってね、こうやって立って乗ると、いい感じに怖いの。こう、窓におでこくっつけて、真
下見るとね、自分の足下がない感じして、なんか、うまくいえないけど、足すくむの。ちっちゃ
い頃、にいちゃんと乗ったとき、ほら美貴みてみろって言われてさ、怖かったなぁ……。やだ
やだって泣いちゃって。でも、今は平気……でもないかな。ちっと怖いね。雨降ってるからよ
けい、自分の体が雨粒みたいに音も立てずに落ちてっちゃいそうな気分、する。……亜弥ち
ゃんも見てみなよ」
「……やだよ」
あたしは亜弥ちゃんの方を向いた。
自分の体を抱きしめるようにして、亜弥ちゃんは唇をかんでいる。
「……なんで今、そんな話」
ちょっとぐらっとしただけだろうに、あたしの話に想像がふくらんだのか、不安でたまらないよ
うな顔。そんな話をするあたしを恨めしそうに、でも不可解そうに見つめている瞳。
- 449 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:46
- そう、こわがりなんだ、この子は。
あたしは頬をゆるませた。
「でもね、もっと怖かったのはそのあとなんだよね」
これからあたしがすることの予測がついたのか、亜弥ちゃんの顔はこわばったまんまだ。
あたしは亜弥ちゃんを見つめたまま、ゆるやかに体を揺らした。波乗りの要領で開いた足の
左右に体重移動すると、すぐに観覧車は大きなゆりかごになった。
たいした揺れではないのに、亜弥ちゃんは顔色を失っている。
「ちょっと、たん、怖い。やめて……やめてって」
頼みこむみたいな口調の亜弥ちゃんを無視して。
あたしは片足を浮かせた。
残った足を床に押しつけるみたいにして、タイミングよく力を入れる。
亜弥ちゃんが叫んだ。
床は大地みたいに踏みこみをはね返してこない。思いのほか大きく体がかしぐ。
ちがう、体じゃない、大きく揺れたのはこの観覧車。
- 450 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:46
- さすがによろけて、あたしは壁に手をついた。
「はは、はははは」
口もとからだらしない笑いがもれる。自分でやっておきながら、驚いた。
意外と揺れるモンだな。
亜弥ちゃんは両手で頬を押さえて、目をつぶっている。
まだ、ほんのわずかだけれど、振り子みたいに足下が動いている。
あたしは亜弥ちゃんに言った。
「大丈夫。これくらいじゃあ、落ちないよ」
おそるおそる、といった感じで亜弥ちゃんの目が開く。
涙ぐんだその目に、罪悪感と、もうひとつ別の感情が呼び覚まされた。
あたしは笑った。
その日はじめて、心の底から笑うことができた。
あたしは亜弥ちゃんの前に膝をつく。
「た……なんで、こんなことするの?」
亜弥ちゃんは泣きだす寸前の声で、あたしを見つめた。
その頬にあてられていた両手をつかみ、亜弥ちゃんの表情が驚きを示す前に。
あたしは亜弥ちゃんにキスをした。
- 451 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:47
- 頭の芯が熱い。熱に浮かされたみたい、でもどこか冷静に。
あたしは、感情そのもののように、唇を強く押しつける。
観覧車の壁に、亜弥ちゃんの頭がぼん、というのんきな音をたててあたる。
絶え間ない雨の音が耳に響いている。それはまるで、壊れてしまったあたしの何かのノイズ
のようだ。
亜弥ちゃんは硬直している。抵抗もせず、身動きひとつしない。
その目は見開かれたまま。
あたしはゆっくりと唇を離した。
亜弥ちゃんは口を半開きにして身動きひとつしない。
『呆然』という言葉がぴったりくる顔をしている。
茶色い瞳がわずかに動き、あたしの視線と絡む。
- 452 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:48
- 「亜弥ちゃんが好きなんだよ」
嘘だ。また嘘。
こんな嘘用意していなかったのに、意識する暇もなく、すらりと口から流れでた。
でもこれは嘘だろうか、ホントだろうか。
亜弥ちゃんを傷つけないために、今日のあたしは嘘をつき通すんじゃなかったの。
この嘘はなんの嘘? なんのために美貴、こんな嘘つくの?
もうあたしにはわかんない。口だけ勝手に動きつづける。
「亜弥ちゃん、ずっと美貴に、一番にして、とか、キスして、とか……そういうの、すごいつらか
った。気持ち押さえられなくなるの怖くて、ずっと逃げまわってた。美貴、亜弥ちゃん大好きな
のに、そういうの知られて、友だちでいられなくなるの、イヤだったから」
わかった、この嘘は――。
あたしはようやく自分のしようとしていることを理解しだす。
「亜弥ちゃん、カレシ、いるんでしょ」
――亜弥ちゃんを傷つけるための嘘だ。
あたしは亜弥ちゃんの瞳に宿る驚きを、あたしがたった今つけた生々しい傷を、痛々しい気分
で見つめた。
「昨日楽屋行ったとき、プリクラにキスするの、見た。隠しごとされてたの、すごいショックで……。
ちゃんと今日しゃべれなかった、ごめんね」
- 453 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:48
- こんな嘘、言っちゃいけない。わかっているのにとどまらない言葉。
あたしは自分が涙さえこぼしていることも知ってる。
しゃべってるのは誰なんだろうか。泣いてるのは誰なんだろうか。
ウソの涙なんだろうか。涙はホントなんだろうか。
もう、なにがなんだかわからなかった。涙を拭き、立ちあがる。
観覧車は亜弥ちゃんの楽しみにしていたてっぺんをとっくに過ぎている。
それどころか、地上はすぐそこ。
あたしは亜弥ちゃんに背を向け、永遠に思えた沈黙の時間のあと、転げるようにして観覧車を
飛びだした。
夜中にはやむはずだった雨は天気予報を裏切って、三日間、あたしの上に降りつづいた。
- 454 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:49
- ここまで。
- 455 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:49
- レス、ありがとうございます。
みなさんのレスに、なんだか自分がすごい極悪人のような気がしてきて、
(さよならエゴイストの作者さんも同じようなこと言ってたな)長目早めで更新してみました。
かえってアレな気分にさせた気がしてなりません。
- 456 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 21:50
- 次回最終回です。
- 457 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/17(水) 21:57
- うわあ、リアルタイムで読んでしまった…。
せつにゃい…それは、それはあまりにせつないよみきたん!!!
作者さま、お疲れさまです。最終回、震えて待ちます。
- 458 名前:110 投稿日:2003/09/18(木) 00:17
- 作者さんが極悪人か大聖人か、次回ではっきりするわけですな!!
いや、こんな面白いの書いてくれてひたすらありがとー、なだけですが。
結末が楽しみで楽しみで。
- 459 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/09/18(木) 01:01
- 心臓がドキドキしてます。俺やべぇ、やべぇよ。
こんな感覚味わえるなんて幸せです。作者さんありがとう
- 460 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/18(木) 01:08
- うっっはあぁっっ!!
心臓にきた……
最終回、待ってます。
- 461 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/18(木) 02:04
- うわ、いきなりこんな展開。
頭がうまくついていってません。どうも回転が悪いようです。
もうちょっと経って落ち着いたらもう一度読みます。
最終回の更新、万全の体制でお待ちしてます。
- 462 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/18(木) 06:33
- ……ラストが見え〜る。。。どういう展開でも俺氏にそう(ノД`)・゚・。
- 463 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/18(木) 10:32
- 深い・・・・。
一体どういう行動にでるのか。
一体何が本当なのか。
いよいよラストかぁ。
楽しみがなくなるなぁ。
でも更新が待ち遠しいなぁ。
- 464 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/27(土) 20:01
- はやくつづきを・・・!
ラストが全く想像できません・・
- 465 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/27(土) 22:20
- 続きを早く・・・・気になって眠れない
- 466 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/27(土) 22:33
- >>465
感想はsageが基本。
- 467 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/28(日) 00:54
- 更新きたのかと思ったよ…。
- 468 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 06:51
- そろそろ助けて下さい…死にそうでつ…
- 469 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/30(火) 23:11
- sage
- 470 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/01(水) 01:04
- >>469
sageってのはメル欄に書けばいいんですよ。
と言ってみたり。スレ汚しスマソ
- 471 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/02(木) 15:10
- それはさておき…マジでそろそろ更新希望…。
死ぬ、死ねるよこれ…。
- 472 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/05(日) 00:16
- 終わっちゃうのは寂しいけど、
早く続きが読みたいっす…
- 473 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:06
- なんていうんだろう。
たとえばうちで飼ってるハムスターのムク、ぎゅう、と両手で胸のあたりに抱きしめると、ちょっ
と苦しそうに鼻をひくひくさせて、それがかわいいもんだから、ついつい力入れすぎて噛みつ
かれちゃって、イッテーみたいな感じ。
ああ、やっちゃった、っていうごめんねの気持ちと、あんたがかわいいから悪いんじゃん、て
いうか噛むかフツー、生意気なんだよ、っていう、開き直り混じりの自分勝手な罪悪感。
なんていうんだろう。
たとえばちいさい頃のこと。お歳暮でもらった、藤本家では見たこともない高級なお菓子。
冷蔵庫を開けたり閉めたりしながらも、おかあさんがコワいやら、ゴージャス感にビビってし
まったりで、あたしはお菓子に手が出せなかった。そわそわぐすぐず、待ちくたびれた居眠
りの末、目覚めたときは、お菓子はすでに、にいちゃんのお腹の中。
フザけんなよてめぇ、っていう単純ゆえに猛烈な怒りと、だったら怒られてもハタかれても
美貴が先に食べちゃえば良かったっていう、歯ぎしりしてしまいたくなるような、苦い苦い
後悔の念。
- 474 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:08
- ……だんだんワケがわかんなくなってきた。
とにかく。
本当に、なんであんなことしちゃったんだろう。
あたしは今日こそ死にたくなった。
- 475 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:09
- 『……あたし。松浦です』
電話の向こうの声は、意外と落ちついたものだった。
どこか、雨粒のあたる屋根の下で話しているのだろうか。電話の向こうで雨音が一定のリズ
ムを刻んでいる。ひょっとしたら、開いた傘の下にいるのかもしれない。
あたしは見もしないのにかけていたテレビを消した。つまらないメロドラマから解放されて、
狭い部屋が静まりかえる。
「うん。美貴だよ」
答えるあたしの声も、思ったよりずっと静かにでた。
そろそろかかってくるかもと、かかってこなけりゃかけなくちゃと、そう思っていたからだろう。
息を吸って吐くくらいの長さの沈黙のあと、亜弥ちゃんは言った。
『会って、話したいんだけど。今から大丈夫? 急だけど』
急なんかじゃない。
あれから二日とちょっと、約60時間。たぶんあたしも亜弥ちゃんも、心の準備は整いきって
いる。
「いいよ。亜弥ちゃんち行こうか?」
『ううん、あたしが行く。じゃあ30分……や、1時間後に』
「わかった。じゃあね」
『はい』
通話時間27秒は、亜弥ちゃんとの会話における最短記録だった。
最後の電話なのにと、自分勝手にさみしい気がした。
- 476 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:10
- そう、最後。その覚悟はもうできている。
あれから二日しかたっていないのに、ずいぶん頭は冷えていた。
それはたぶん『後悔』と『反省』いう冷たく重い感情が、暑苦しい嫉妬やらムカつきを、すばら
しいビッグウェーブでさらってくれたからだと思う。
――まだ雨、降ってるんだ。
あたしは窓を細く開けてみる。降ってくる雨音。蒸し暑い空気は、夜と雨のにおいがした。
「……レインレインレイン。雨が降るー、てか」
『ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ』のリズムで、ひとりごちてみる。
ささやかなのに耳につく雨の音。おとついからずっと世界に響きつづけて、あの日あたしがし
たことを忘れるなって言ってるみたいだ。
あたしは窓を閉めて、雨音を外に閉じこめた。逆だ、閉じこもったのはあたしの方。
食器が山盛りになった流し台が目にはいる。この数日、食べたら食べっぱなし、コップ使った
ら置きっぱなしの生活をしていた。
「洗うか」
――亜弥ちゃんも来ることだし。
あたしはため息をついた。この二日間あたしの吐きだした二酸化炭素は、寝息以外はほとんど
ため息。ヒドい事態だ。
- 477 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:11
- あたしは台所に立つと、気分を変えるつもりで腕まくりをする。
勢いよく水を出し、たまりっぱなしだった洗い物にシャワーを浴びせると、水はざあざあ音を
立てて洗い桶にたまる。
スポンジに洗剤を数滴垂らし、洗い桶から食器をとりあげ、洗っては重ねてゆく。
細かな水が水面を打つ音。絶え間のなさ以外はまるで違う響きの音はなぜか雨音に似て、
せっかく窓辺から逃げだしたあたしに、おとついのことを思い起こさせた。
バカなことをして、亜弥ちゃんを傷つけてしまったあの日のことを。
- 478 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:12
- 今考えても、どうしてあの時、あそこまで極端な行動にでたのか、よくわからない。
完全に頭に血がのぼっていた。
どうやらあたしにとっては、彼氏がいたのよりも、亜弥ちゃんが平気な顔して美貴に嘘をついた、
そのことの方が打撃だったらしい。二つの痛みはかけあわさって何倍にもなって、世界はあの
観覧車みたいにぐらぐら揺れた。そんなみっともない自分を知られたくなくて、そのくせ、亜弥
ちゃんが許せなくて。自分を全部見せないくせに、相手の嘘を許せない。ひどい矛盾だ。
『復讐』
こんなおどろおどろしい言葉が、あの時のあたしの中には確かにあった。
目には目を、歯には歯を、嘘には嘘を。
まっとうだけど、なんて愛のないやりくちなんだろう。
この二日間、亜弥ちゃんがどれほど困り果てたか、簡単に想像がつく。それはそのまま、つい
最近までの、あたしの悩みと同じ――ううん、それ以上の痛手を彼女に負わせたはずだ。彼氏
いることが美貴にバレていたというのも予想外のダブルパンチだろう。亜弥ちゃんには、決して、
悪気はなかっただろうから。
あたしはずっと、亜弥ちゃんが自分に恋していると思っていた。
それはとっても息苦しくて、嫌じゃないけど、嫌じゃないぶん、他の悩みごとみたいに切り捨て
られなくて、苦しかった。
- 479 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:13
- 勘違いに過ぎなかったとはいえ、逆の立場だとしたら亜弥ちゃんにぜったい言って欲しくなかった
ことを、美貴は自ら口にした。
自分の味わったのと同じ……いや、それ以上の罪悪感と困惑を味わわせてやりたくて、あたしは
口にしてしまったのだ。
『好きだ』などという大嘘を。
――しかも、しかも、あんなことまでしくさって。
- 480 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:14
-
指の間から、重たい泡がぼたぼた流し台にこぼれている。
スポンジをつかむ手が、知らないうちに震えるほど強く握りしめられていた。
心臓が痛い。たぶん、顔はみるみる赤くなっていってる。
「ううううううう」
あたしはうなった。
気がふれたわけじゃない。だけど。口に出さずにはいられない。
「あーもう! さいあく! 美貴さいあく」
無意識のうちに手が頭に伸びて、髪をかきむしる。シャボンの泡が頭についてもおかまいなしだ。
あたしは、ああとかうぅとかうなりながら、台所の床にしゃがみこんだ。
死にたい。恥ずかしい。
女の子に――しかも自分の親友に、キスしちまった。しかも思いっきり。あんなキス、男の子に
だってしたことない。その上好きだなんて! 好きだなんて!
- 481 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:15
- 首から上が熱い。唇の感触が鮮明によみがえってきて、目をきつく閉じる。
あの、驚いた顔! 目!
そのときの亜弥ちゃんの、そりゃあもうショックを受けたような顔が、やたらとクリアに脳裏に
浮かんで、あたしは頭をかきむしる。涙目になってくる。
あのときのことを頭んなかでリピートするたびに、こうなりつづけて二日半。
飽きもせずあたしは七転八倒。ヒトの死因に「恥死」なんてものがあったなら、もうすでにあたし
は何回昇天したことかわからない。
ヘンタイだ。絶対ヘンタイだと思われた。
確かに、うなりながら台所の床をたたくあたしの姿は、どこにだしても恥ずかしくないヘンタイ
ではあるけれど。
亜弥ちゃんにそっち疑惑を持ってたあたしが、自らなんでそっちに行くんだ。なーんで、そんな
とこに行っちゃったのさ、あの時の美貴の思考。普通にケンカしときゃ、修復可能だったかも
しれないのに!
『亜弥ちゃんの嘘つき! 隠しごとはナシっていったじゃん!』
こんな風に言えてたなら。
『ごめんね、みきたん。恥ずかしくって言えなかったんだ』
なんつって、いともたやすく仲直りができてたかもしんないのに。
バカバカバカ! 美貴のバカ!
なんでキスなんかしちゃったんだ。
なんで好きなんて言っちゃったんだ。
- 482 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:16
- 不思議に思いながらも、不本意だけど、あんなに自分がイカれたこと、どこかで納得がいく気
もしてしまう。
たぶん、あたしはどうしてもやり返してやりたかったんだ。
美貴の気持ちを振りまわした――本人に自覚なくても、あたしのなかをひっくりかえした亜弥
ちゃんの拠り所を、同じようにひっくりかえしてやりたかった。
うぬぼれでもなんでもなく、彼氏がいることを知った今でも、亜弥ちゃんにとって美貴はすごく
大事でおっきい存在だってこと、確信してるから。
だから、キスした。好きだって言った。
暗闇で足払いをかけられたみたいな、あたしが味わったのと同じ心もとなさを、彼女にも味わ
わせてやりたかった。
自己嫌悪に胸がつまる。
こんな気持ち、普通じゃない。あたしはやっぱり、どこかおかしい。……でも。
あたしと亜弥ちゃんは、そもそもマトモじゃなかったんだ。
- 483 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:18
- 普通の友だち同士の関係が手をつないでるくらいだとしたら、あたしと亜弥ちゃんはべったり
抱き合っているような関係で。距離が近すぎる。近すぎて相手しか見えない。
それはおそらく、亜弥ちゃんが意識して築いた関係だった。
彼女は自分の瞳の中にあたしだけを映すことを望み、あたしの瞳の中にも自分以外の存在を
許さなかった。
抱きあうというより抱きつかれてる関係。重みに倒れそうになるくらい、亜弥ちゃんはあたしに
よっかかっていた。あたしは足を踏んばって、彼女の背中に手をまわしていた。
あたしもきっと望んでいたのだ。無意識のうちに。
亜弥ちゃんの方があたしのことを好き。
たったひとつの最大の強み。そう思うことであたしは、太陽みたいに輝いている彼女のそばに
いても、どんどん変わってゆく自分の立場に不安を覚えはじめても、コンプレックスを持たずに
済んでいたのだ。
こっちが戸惑うくらい、亜弥ちゃんが好きだ好きだってぶつかってきてくれるから、あたしは
しょうがないなあって、この子ほんと美貴のこと好きなんだよって顔して、笑っていられた。
亜弥ちゃんの愛情は重くて、だけどその重みはあたしに安心感を与えていた。それが、ぱちんと
はじけてしまったら。あたしはバランスを失ってしまった。立っていられなくなった。
だったらどうする。倒れるしかない。
落ちなかった観覧車の変わりに、派手に転んで、美貴は地上に真っ逆さま。大切な亜弥ちゃんを
道連れに。
- 484 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:19
- 深いため息とともに、あたしは起きあがった。のろのろと立ち上がり、洗い物を再開する。
もう、考えない。後悔なら、この二日半で一生分した。
観覧車なんか乗らなければ、観覧車を揺らさなければ、キスなんかしなければ、いっそ、あの日
亜弥ちゃんと遊ばなければ。
こんなこと、考えるだけ意味がない。この水といっしょ。言葉も嘘も、一度蛇口から出てしまえば、
もうとどめようがないんだ。覆水盆に返らず、バイことミック……にはなかったっけか。ともかく。
亜弥ちゃんにひどいことをしてしまったっていう事実も、あたしと亜弥ちゃんの間にぴきぴきって
走った決定的なヒビも、もはや消えない。
だけどとにかく、誠心誠意、謝ろう。あたしはそう決意している。
ちゃんと謝るんだ。ほんとのこと言って、亜弥ちゃんの目を見て。
もうきっと、友だちとしては終わってるんだろうけど、許してもらうためじゃない、自分と亜弥ちゃん
の明るい明日のために。
自分のバカさ加減をさらけ出すことによって、そのみっともなさを白日のモトに晒すことによって、
もう二度と、バカな真似をしないで済むよう。
あたしは泡のついた指先で、鼻をこすった。
――さようなら、亜弥ちゃん。生まれかわっても親友でいようね。
泡が鼻に入って、くしゃみが止まらなくなった。
- 485 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:20
-
- 486 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:20
- 玄関のドアを開けると、雨音が高まった。彼女越しの夜空は、雲におおわれて濃い灰色。
亜弥ちゃんはあいまいに微笑んだ。
笑ってるのは頬から下だけという、実に中途半端な笑顔。
「ご……ごめんね、急に」
おぼつかなく語尾の上がる言葉。定まらない視線。こないだまでのあたしを見ているようだ。
そんな顔をさせてるのは自分だって知ってるから、胸がずきずきする。
「雨、まだ降ってんだ」
「あ、ウン。ざざ降り」
片手に持った傘の先からは、滴がしたたっている。
「入って」
「うん」
と、いいつつ、亜弥ちゃんは玄関先でもじもじしている。
どうしたんだろう、と不思議に思ったが、ふと心づく。いきなりキスをするような危険人物の家
にあがることを、躊躇しているのかもしれない。
- 487 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:21
- 自業自得とはいえ、あたしはブルーな気分になる。ほんとにあたしはヒドいことをしでかしたん
だな、と。
確かに、相手の同意もなしにいきなりキスするなんて、あたしがオトコだったら『強制わいせつ罪』
で捕まっても不思議じゃない。以前はあたしに激しくちゅーを迫ってた亜弥ちゃんだけど、きっと、
して欲しかったのはあんなキスじゃなかっただろう。
「ヘンなことしたりしないよ」
あたしは暗い口調で言った。
「えっ?」
聞き返したあと、言葉の意味に気づいたらしい。「あ、そんなこと……」
亜弥ちゃんの顔がうつむいた。さらりと落ちた髪の隙間から見える白い耳たぶが、みるみる赤く
なってゆく。そんな場合じゃないのに、自分の顔も同じ勢いでまっかっかになっていってしまうの
を感じる。
――恥ずかしい。
亜弥ちゃんは今、美貴が亜弥ちゃんのこと、好きだって思ってる。ずっとそういう目で見られてた
って思ってるんだ。いっしょにお風呂入ったり、いっしょの布団で寝たりしながら、ずっとそんな
こと考えられてたって思ってるんだ。
……死にたい。いや、死ねない。早く釈明しなくちゃ。
- 488 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:22
- あたしは耐えがたくなってきて、亜弥ちゃんに背中を向けた。
「鍵、かけといて」
「あ、うん」
ほっとしたような声とともに、鍵のまわる音がする。靴を脱いでいる気配。
ヘンなことされないかビビってたというより、ただ単に、あたしと顔つきあわせたのが気まず
かっただけらしい。それはそれで胸が痛いことだ。
交通の便がいいので、家で遊ぶときはいつも、あたしが亜弥ちゃんちに行っていた。だから、
亜弥ちゃんがあたしのうちに入るのは、はじめてということになる。
シンプルな室内を、亜弥ちゃんは興味深そうに見渡した。
どこに腰を落ちつけるか考えあぐねているようなので、
「どうぞ」
あたしは薄っぺらいクッションを、フローリングに敷かれたカーペットの上に置いた。
「どうも」と、亜弥ちゃん。
おばあちゃんみたいに、ぺたんと座りこむ。
- 489 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:22
- あたしは冷蔵庫からウーロン茶を出して、二人分グラスについだ。
亜弥ちゃんの前には、ちゃぶ台風の低いテーブルがある。グラスをテーブルに置くと、あたし
は一瞬悩んだあと、亜弥ちゃんの真ん前に腰をおろした。
謝罪の心は形から、ときっちり正座する。あたしたちは、テーブルを挟んで向かい合う格好に
なった。
無言のままウーロン茶を亜弥ちゃんにすすめると、喉が渇いていたのか、亜弥ちゃんはいっき
に半分ほど飲み干してしまった。
グラスを置いた亜弥ちゃんの目と、あたしの目がばっちり合う。
亜弥ちゃんの頬は上気している、と思うまもなく、すごい早さで視線がそらされる。当然怒って
いるんだろう。ヘタしたら、キモがられているのかもしれない。
ツラい、泣きそう……。って、美貴のことはどうでもいんだよ。亜弥ちゃんの心配しろよ!
相も変わらず自分勝手な思考回路に、心底情けなくなる。
- 490 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:23
- どう切りだしたものか……いや、話しながら考えよう。とりあえず――。
「ご……」「あのねっ!」
言葉と言葉が正面衝突。
弱めだった美貴のセリフは、亜弥ちゃんの噛みつくみたいな言葉にかき消されてしまった。
「あ……はい」
おとなしく先手をゆずる。
「こないだの、ことなんだけど」
「はい」
消えそうにちいさい声しか出ない、自分が情けない。
背筋をピンと伸ばしてるのに、顔だけうつむけている亜弥ちゃん。髪に隠れてその目は見え
ない。空気がとてつもなく重い。あたしは言葉を待ったけど、なかなか彼女は顔を上げない。
やっぱり美貴から謝るべきだ。
「亜弥ちゃ……」「あのね」
またしても正面衝突。あたしの言葉は宙に消える。
「あの……ね」
亜弥ちゃんは顔を上げた。
泣きだす寸前みたいに潤む瞳、きゅっと結ばれた薄い唇。
あたしは思わず胸を押さえた。
刃物で突き刺してそのまま真横へ。そんな切腹めいた痛みを、心臓に感じる。誰も介錯して
れない。今日までさんざん悩んで、痛い思いをしてきたつもりだったけど、今までのが鈍痛
だったとしたら、これは激痛。C1とC4、比べものにならない。
- 491 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:25
- だけど、どんなに痛くても、目をそらすわけにはいかない。あたしは精一杯の誠意をこめて、
亜弥ちゃんの目を見かえした。
「みきたん……あたしのこと……好きって……言ったじゃん」
きれぎれのちいさい声。
「うん」
あたしは息を吸いこんだ。
今から自分がしなくちゃならない懺悔の重みに、皮膚が軽く震えた気がした。
目とお腹に力を入れる。こんなに強い視線を亜弥ちゃんに向けるのは、はじめてかもしれない。
あたしはテーブルに身を乗りだした。
「そのことなんだけど――」「嬉しかった」
テーブルの上にぽかりと乗せられた言葉。
亜弥ちゃんのセリフに、美貴の謝りの言葉は三度目の蒸発。
あたしは口を開けた。というか、口が開いた。
餌を待つヒナ鳥みたいな顔になっているあたしを見つめて、亜弥ちゃんはくりかえした。
- 492 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:25
- 「嬉しかった」
- 493 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:25
- 潤んだ瞳で、緊張した感じで、だけど、いつの間にやら言葉の通りになっている表情。
つまり、嬉しそう。
あたしの動きは止まっている。
- 494 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:26
- 意味が、まったくわからない。
『うれしい』という言葉の意味は、ヤッホーっていう『嬉しい』以外に何かあったっけ。
『うっとおしかった』の聞きちがい? だけど二度も。ひょっとして、美貴の知らない姫路弁?
――まてよ。
パニックに陥りかけたあたしは、すぐに我にかえった。腑に落ちる。
つまりアレだ。世間でよく聞くフり文句、『あなたの気持ちはとっても嬉しいけど、ごめんなさい』
ってヤツだ。その割には亜弥ちゃんの顔は明るい気がするけど、そうにちがいない。いや、でも
待って。それは誤解なんです。嘘だったんです。
あたしはテーブルに両手をついた。
「亜弥ちゃん、実は美貴……」
亜弥ちゃんはすい、と体を乗りだした。近づきすぎる瞳に押されて、口からでかかった言葉が
止まる。またしても、美貴のセリフは空中分解。さっきから、一度もまともにしゃべらせてくれ
てない。
すごい近距離で、亜弥ちゃんの瞳が大きく細められた。
- 495 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:26
- 「みきたんと、両思いだなんて」
- 496 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:32
- 言葉がでない。あたしの口はたぶん、最近のウチのじいちゃんみたいに、あわあわ動いては
いる。だけど、言葉がでない。スイッチオフ。強制終了。頭が働かない。亜弥ちゃんの言って
いる意味がわからない。まったくわからない。
「みきたん?」
のぞきこむ茶色の瞳を、あたしはしげしげと見た。もちろん、その中になぞなぞの答えが書い
てあるなんて思ったわけじゃない。だけど、何かを探す気分で。
見つめかえす瞳がいたずらっぽく輝いたと思うと、すばやく唇がつきだされる。パブロフの犬。
あたしはマッハで飛びずさった。
壁に背中をぶつけて、やっと思考回路が回復してくる。
「あ、あ、あ、あんたっ」
「あはは。照れることないじゃん」
あたしは亜弥ちゃんを指さした。その指は、ぷるぷると震えている。
「あんた、彼氏いるくせに!」
めいっぱいの絶叫。
亜弥ちゃんは、ああ、というようにうなずいた。なんだろう、この落ちつきはらった態度。あたしは
つばを飲みこみ飲みこみ、冷静さを保とうとする。
亜弥ちゃんはすっとぼけた顔で言った。
「いない」
「ウソつけ!」
「ホント」
「はああ?」
あたしは頭に来た。
ヒトがせっかく素直に謝ろうと思ってたのに、この期に及んで、まだシラを切り通そうっていう
のかこのアマは。
- 497 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:33
- 「知ってるんだけど、美貴」
「何をさ」
「亜弥ちゃんに彼氏いるの。隠してたつもりかもしれないけどさ、証拠、いっくらだってあるよ。
プリクラに指輪に――彼氏にもらった指輪してんでしょ、あんた。あ、あと、すごいラブラブな
感じで電話してたって聞いたし、それに、それに……」
指折り数えるあたしに、亜弥ちゃんはわざとらしいため息をついた。
「たん、あたし彼氏いるって一回だって、アナタに言ったことある?」
「ない、けど」
「だったらさあ――ま、いいけど? なんか、ちょっとショックだよね。みきたん、あたしの言う
こと、ちっとも信じてくれてなかったってことでしょ」
「信じようとしたよ。でも――」
「他の人がそう言ったから?」
亜弥ちゃんはかすかに目を細めた。狭まった視界から放たれるまなざしは、逆に強まる。
「あたしだったら信じないけどな。直接みきたんの口から聞かない限り、世界中の人からナニ
聞いたって、絶対信じない」
その迫力にのまれて、あたしは口をつぐむ。亜弥ちゃんは表情をやわらげた。
「なんて、自分でそう仕向けといて、ちょっと意地悪かな」
「……なんだって」
あたしは低い声をだした。聞き捨てならないことを、今この子は言った。
亜弥ちゃんはふむ、と頬をかく。
「説明しよっか」
- 498 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:34
- 「まずこれでしょ」
カバンに手を入れて亜弥ちゃんが取りだしたのは、あの忌まわしい二面鏡だった。
――わかってんじゃん、とぼけやがって。
あたしはまた、ムカっ腹が立ってくる。
「そう、そうだよ。美貴見たんだから。それに彼氏と写ったプリクラ貼ってんの、プリクラにキス
してんの、美貴、見たんだからねっ」
興奮のあまり幼稚園児みたいな口調でまくしたてるあたしをしり目に、亜弥ちゃんは鏡を開いた。
あたしに向けて突きだされる鏡面。
「これのこと?」そこにはやっぱり、あの日と同じ、見たくもない彼氏とのツーショット写真が
でかでかと貼りつけてあった。
悪びれもせず、こんなものをあたしに見せつける、亜弥ちゃんの神経がわからない。
「そうだよ」
「ふうん……。カップルに見えるんだねぇ」
亜弥ちゃんは人ごとみたいにつぶやいている。
「あんた、何言ってんの?」
血管が切れそうになってきた。あたしはテーブルをたたく。
「カップルなんでしょ。あんたの彼氏なんでしょうが」
「これ、妹ちゃんの好きな先輩」
亜弥ちゃんは写真の中の『彼氏』を指さした。
「え……」
突然出てきた『妹ちゃん』に、あたしの勢いが止まる。
- 499 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:35
- 「こないだ実家帰ったときに、どうしてもって頼まれて、三人で遊んだんだよね。この男の子、
あたしのファンなんだって。妹、普段そんなお願いしない子なのに、すっごい頼みこんで
きてさ、お姉さんとしては、かわいい妹の初恋、応援してあげたいじゃない。で、三人で
カラオケ行って、プリクラとって。こないだ妹ちゃんがくれたお誕生日のお手紙に、いっしょに
入ってたんだよね。『亜弥ちゃんにこんなお願いしたのバレたらママに怒られるから、亜弥ち
ゃんの写ってるのだけ、送るね』って。こんなんもらってもしょーがないんだけど」
ここぞとばかりに畳みかけてくる亜弥ちゃん。
- 500 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:36
- 「ちょ、ちょちょちょちょ」
「チョー・ヨンピル?」
「ふざけない。ちょっと待って」
あたしは息を整えた。ごまかされるもんか。
「何、バレバレの嘘言ってんの?」
「ホントだって」
「……もしそれがホントだったとしてさ、なんで妹ちゃんの好きな子の写真を、亜弥ちゃんが
持ち歩いてるんだよ。わけわかんないじゃん。その子のこと、好きにでもなったわけ?」
「まっさか」
「キスしてたじゃん!」
いらだつあたしとは正反対に、亜弥ちゃんは感情の見えない顔をしている。
亜弥ちゃんは体を横に向けた。片方の瞳を動かして、ちらりとあたしを見る。
「こんな風に?」
鏡に向かって、またしても亜弥ちゃんはキスをしてみせた。近距離での、この間楽屋で見た
のと同じ、妙な色気を出している横顔。あたしはムカムカする。
亜弥ちゃんはこちらに向きなおった。
気のせいだろうか、瞳の中に、笑い出すのをガマンしているみたいな色が、ちらちら動いて
いるように見えるのは。
「さっきのつづきね。で、こんな友だちでもなんでもない男の子とのツーショット、もらっても
しょーがないって思ったあとさ……いいこと思いついちゃったんだよね。
――『使える』って」
- 501 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:37
- 桜の代紋のようにあたしに鏡を向けると、亜弥ちゃんは右手の爪の先をプリクラにかけた。
ぴりり、とあっけなくプリクラがはがれる。その下にあったのは鏡じゃなかった。
同じように並んで写る二人の人物は、美貴と亜弥ちゃん。あややとミキティ。見覚えのある、
二人で撮った特大サイズのプリクラ。
……二重に貼ってあった? 同じサイズのプリクラを、ぴったり二枚重ねて。
あたしは合点がいったような、でも意味がわからなくて、じっとプリクラを見つめた。
ついに声を出して笑いだしながら、亜弥ちゃんは再び鏡をかざした。今度はあたしにプリクラ
が見えるように、半分以上背中を向ける。
芝居っけたっぷりな、だけどやさしく甘い仕草で、亜弥ちゃんは唇を押しつけた。のんきに笑
ってる、写真のなかのあたしの顔いっぱいに。
「みきたん、あたしのキスシーン横から見てたでしょ。真横からで、しかもあの時あんたソファ
にいたから、けっこう距離あった。あれじゃ、遠近感つかめないよね。どっちにキスしたか、わ
かんなかったはずだよ。ふふ。いっくら写真って言ったってさ、好きでもなんでもない男の子
にキスするのは、ちょっとねー」
重ねて貼られた二枚のプリクラ、上と下とで、亜弥ちゃんの位置は逆転していて、あたしは亜弥
ちゃんが大好きな自分と隠れていたあたしに、いっぺんにキスをおくってたってことを悟った。
それは――それってつまり。
「みきたんの寝顔にかけちゃ、あたし研究に研究を重ねたプロなんだから。熟睡の半目とタヌキ
寝入りの区別ぐらい、つかないわけないよ。バカにしてもらっちゃあ、困りますなー」
亜弥ちゃんは事件を解決した水戸黄門のように、実に愉快そうに笑う。
……ヤラレタ。
誰に言うともなく、あたしは心の中でつぶやいてしまったのだった。
- 502 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:37
-
- 503 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:38
- あたしはのろのろと壁に預けていた背中を起こした。ダメージが大きくて、そのくせ何がなん
だかまだよくわかってない。ぐっちゃぐちゃ。あたしをそんなにしておいて。
テーブルの上に両肘をついて、手の甲の上にあごを乗せて、どっかの広告みたいなポーズ
も完璧に、にこにこ顔でこちらを見ている松浦亜弥17歳。
とりあえず何かと思い、あたしは「ええと」とつぶやいた。
「……確認していい?」
亜弥ちゃんは軽快にうなずく。
「彼氏、いないの?」
「ぜーったい、いない。つか、つきあったことありましぇん」
「なんで、こんなことするの」
素朴な疑問。関係ない男の子の写真にキスするフリまでして、自分に彼氏がいるって、あた
しに思いこませたかった、その動機はなんなのか。
「亜弥ちゃんさ……美貴のことハメたんだ?」
脱力のあまり、あたしの言葉は責める響きを失っている。でも、この質問は亜弥ちゃんの痛
いところに触れたらしい。亜弥ちゃんは真顔になった。
「みきたんのためだよ」
「意味わかんない」
あたしはあぐらをかくと、その上に両腕をのせて、亜弥ちゃんを見上げた。芝居がかったポー
ズの亜弥ちゃんと、だらしのないヤンキーみたいなポーズの美貴。
「ほんと、美貴にはわかんない。亜弥ちゃんが何考えてるか、ぜんっぜんわかんない」
「わかんないんだ」
「わかんないねえ」
- 504 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:39
- 亜弥ちゃんは不服そうな上目づかいであたしをにらんだ。
「わかんないっていうか、ちっとも考えてないじゃん。すごい簡単なことなんだから。たんだっ
たら絶対わかる。ちゃんと考えてよ」
「そう言われたって。彼氏いるって嘘つくことが、なんで美貴のために……」
言いかけて、頭の上で豆電球がついたみたいにひらめいた。
亜弥ちゃんの言うとおり、めちゃめちゃ簡単なことだった。この子がどうしてそんな嘘ついたの
か、どうして罪悪感を感じてないように見えるのか。
他の人にはわかんないかもしれない。だけど、美貴になら、絶対解ける問題X=すなわち――。
深く長いため息がでて、あたしはかゆくもない頭をかいた。それだけで伝わったらしい。
亜弥ちゃんはふふん、とうなずいた。
あたしは情けない顔で言った。
「そういうことか」
亜弥ちゃんは誇らしげな顔で言う。
「そういうこと」
- 505 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:43
- 「彼氏いるって噂だけじゃあ、弱いかなって思ったんだ。でも、存在してないものを見せるワケ
にはいかないでしょ。だから、だめ押しのつもりでプリクラ貼っといた。ああしておいたら、どっ
かで誰かの目について、みきたんにも伝わるかなって。やっぱりノッペラボーの彼氏より、写真
は現実味があるじゃない。あの日、みきたんがわざわざ楽屋に来た日、すぐわかったよ。
あ、ぜったいなんか聞いた、こいつなんか感づいてるって。あんたの態度、めちゃめちゃおかし
かったもん。なんでか寝たフリとかしてるし、これはチャンスだって思ったの。それで」
亜弥ちゃんはまた、プリクラのあたしにキスをする。
「こんなことするの見せとけば、彼氏持ちだって確信するでしょ」
そう何度もぶちゅぶちゅやられると、顔じゅうに口づける唇の感触がする気がして、無性に恥
ずかしいからやめて欲しい。
- 506 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:43
- 目の前のあたしじゃなく、写真の美貴に向かって亜弥ちゃんは話しかける。
「あたし……みきたんが娘さん入って、正直さみしかった。あたしの知らないみきたんがどん
どんどんどん増えてって、そこにはあたしじゃない人たちがいてさ。なのにあたしにはみきたん
しかいなくて。あたしはみきたんだけでいいのに、娘。さん、めっちゃいっぱいいるのに、あたし
からみきたん取っちゃうなんて……。
そういう問題じゃないって、どうしようもないってわかってるのに、すごく嫌だった。
だから、もっともっとみきたんと仲良しになりたかった。そしたら、離れていても安心できるかっ
て思ったんだ。普通の友だち同士なんかじゃ、ぜんぜん足んなかった。でも……みきたん、
あたしがたんのこと好きだって気づいて、困ってるみたいに見えた。あたしたちの関係が、
だんだんヘンな感じになってきて、あたし、たんのこと好きだけど、好きだから、好きなせいで
嫌われるの、ぜったいイヤだった。それで、思いついた。あたしに彼氏ができちゃったら、みき
たんも安心して、前みたいな仲良しの二人に戻れるんじゃないかって……。だけど、面と向か
って彼氏ができたなんて嘘、すぐにバレちゃいそうで、つけなかった。他の子につっこまれても、
うまく答えられそうになかったし。それで、あんな回りくどいやり方したの。それっぽい電話の
シーン、口軽めの加護ちゃんに見せたり」
- 507 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:45
- あたしは思わず口を挟んだ。
「……電話も引っかけだったワケ?」
「もちろん」
それにしたら。あたしは疑問を口にする。
「隠れてしてたって、聞いたけど」
亜弥ちゃんはおかしそうに笑った。
「ちゃーんと、加護ちゃんが出てくるの見計らってたんだよ。バッチシ見つけてくれるように、
わざわざSALTの帽子かぶってさ」
「あ」
あたしは記憶を呼び起こす。
そういえば、シャッフルでの撮影の合間、暑いからと言って、映っていないときは亜弥ちゃん
はあの帽子をまったくかぶっていなかった。なのに、こっそり電話をしようと言うときに、あん
なに目立つ赤い帽子をかぶっているのはおかしいじゃないか。――今思えば。
「あと、何知ってるの?」
気のせいじゃない。亜弥ちゃんはちょっぴり嬉しそうだ。
「……彼氏がいるぞって感じのコイバナ」
亜弥ちゃんは、はいはいという風にうなずく。
「したね、シャッフルの人たちに。はは、やっぱモー娘。さん、ツーツーなんだね。えっと――
つまり、彼氏がいるってウワサ、みきたんの耳に届くよう、流して欲しかったの。ハロプロのみ
んなだったら、マスコミとかに変な情報が漏れる可能性もないしさ。隠してるらしいって前提が
あったら、直接あたしがつっこまれることも、ない。あと、たんが知っても気ぃまわして、あたし
には直接聞いてこないだろうなあ、なんてことも考えた」
- 508 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:46
- 「すごいね」
あたしはぽつりとつぶやいた。
亜弥ちゃんの説明にはほとんど曇りがなかった。たった一点をのぞいては。
「すごい綿密な計画……。びっくりだよ……」
あたしはもう、完全に亜弥ちゃんの言葉を信頼していた。
ぴったりとあう辻褄、見ないようにしていた亜弥ちゃんの気持ちを突きつけられて、自分のず
るさを目の当たりにした気がした。きっちり向き合うこともせず、そのくせ離れられるのが怖く
てしかたなくて……定まらないあたしの態度が、どれほどまでに亜弥ちゃんを傷つけたのだ
ろう。傷を目の当たりにしながら知らんぷりをつづけ、挙げ句の果てにエゴの固まりの嘘で、
亜弥ちゃんを困惑させた。
聞いてどうなると言うことでもない気がしたけれど、半ば義務的な気分であたしは亜弥ちゃん
に問いかけた。残るひとつの疑問点。
「指輪は、なんだったの?」
亜弥ちゃんは、しばらくあたしの顔を見つめた。というより、頭の中で、何かをこねくりまわして
いる顔。
「言いたくないんだけどな……。ま、しょうがないっか」
ため息のような言葉。
「なにが」
亜弥ちゃんはカバンをごそごそ探り出した。
「なにがよ?」
あたしの追求は完全無視。腹が立つのでみたびは口に出さないで、忙しく動くその手もとを
眺めていたら、あったあった、との言葉とともに、水色のちいさな箱が出てきた。
「はい」
身を乗りだして、あたしの膝の上に箱を置く亜弥ちゃんは、なんだかえらそぶった顔つき。
「なによこれ」
「あけて」
「なんだって」
「あけれ」
意地と好奇心の対決は、あっさりと後者の勝利。
あたしは箱に手をかけた。四角い紙箱はあっさりと開き、中から出てきたのは、ビロード張り
のジュエリーケース。あたしはその蓋を開けた。
- 509 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:48
- 「なにこれ?」
「あげる」
あごをつんとあげた亜弥ちゃん。
あたしは手の中に視線をもどした。水色の箱に印刷されていた「TIFFANY」の文字。
ビロードの中に埋もれて輝いている銀色の指輪。これはなんの冗談だろう。
あたしは亜弥ちゃんを見た。
「いらない」
「あげる」
「いらない……てか、意味わかんない。これ亜弥ちゃんのじゃん」
そう。目にしたのははじめてだけど、たぶん間違いない。これが、加護ちゃんが目撃した、
噂のティファニーだ。
「いーらーなーい」
亜弥ちゃんは憎々しく歯を見せると、カバンの中に再び手を突っこんだ。乱暴に化粧ポーチ
を取りだしてごそごそやったと思ったら、ちいさく光るものを右手の指でつまみ上げる。
「持ってるし」
あたしは思わず身を乗りだした。
亜弥ちゃんの指の先で、蛍光灯の明かりを受けて光るのは、あたしの膝の上のものと……
どう見ても同じ指輪に見える。
二つの間を忙しく行ったり来たりするあたしの目の動きを「みきたん」のひと言で止めて。
亜弥ちゃんは左手の薬指に指輪をはめた。
こちらに手の甲をかざして、にっこりと微笑む。その笑顔のあまりの影のなさに、あたしの感情
は矛先を鈍らせて宙に浮く。
「どういう、こと」
「あたしとみきたんの、ペアリング」
- 510 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:50
- 「こないだ青山にお買い物行ったって言ったじゃん。いっしょにいた人がティファニー行くって
いって、連れてかれたの。で、その人が選んでる間、ぼーっとショーウィンドー見てたら、
これがペカーッ、て置いてあってさ。も、一目ボレだったね。超かわいいーって思って、でも
ペアだったのね。
あたしとしてはみきたんとおソロするべって思ったんだけど、けっこうお値段するし、あっさり
おそろいで買おうってモンでもないしなあ、って、ちょっと悩んじゃって。そしたら、すっごくい
い方法思いついたの。あたしのすごい方法ね。まず、あたし、その時17歳になったばっかだ
ったから、マイバースデイプレゼントにすることにした。がんばってるあたしに、あたしからの
17歳の誕生日プレゼント。でね、みきたんの分もやっぱり買っちゃったんだけど、こんなたっ
かいモン、いくら仲良しでも『あげる』『ありがとう』ってはいかないじゃん? あんたお金払うと
か言いそうだし。でも、あたしが気にいってあたしが買ったものでそういうの、なんかちがうし。
だから、これもバースデープレゼントにしようって思ったわけよ。あたしの17歳の誕生日プレ
ゼントと、みきたんの19歳の誕生日プレゼント。お誕生日プレゼントだったら、多少豪華でも、
喜んで受けとってくれるはず!
もう、我ながらステキすぎな思いつきだー、って、大喜びしちゃったね。でも、たん誕生日……
たんたんじょうびって、なんかかわいい。誕生日、二月じゃん。まだまだじゃん? おソロを
先にひとりでするのもさみしいし、あたしがしてるの見ちゃったら、たん、もらうときの楽しみが
減っちゃうから、それまでこっちも、つけるのガマンするつもりだったんだよね。
だけど、あんまりかわいいモンだから、ついついしたくなっちゃってー、みきたんのいないとこで、
ちょくちょくつけてた。で、加護ちゃんにバレちゃったと。以上!」
- 511 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:51
- ――よくもまあ、口がまわるモンだ。
なんてことを考える余裕は、今のあたしにはなく。
隙間なく筋の通った話に、めまいを覚えかけている。亜弥ちゃん彼氏いる説の一番有力な
証拠だった指輪、蓋を開いてみればそんなことだったのかという脱力感。
なるほど。なるほど、なるほど。ああなるほど。こういうことか。
嘘ついたのは美貴のためで、キスの行き先は美貴の写真で、ないしょの指輪は美貴のもの
で。つまりつまりつまり、それが何を意味するかというと……。
「ね、してみてよ?」
亜弥ちゃんは膝をついてテーブルを回りこみ、こちらにいざりよってくる。
そう、つまり。
亜弥ちゃんはやっぱり美貴なのだと。なにひとつ前と変わらずに、亜弥ちゃんは、美貴まっ
しぐらブレッキーズなのだと。
あたしはもはや、逃げる気力も消え失せて、近づいてくる笑顔を眺めている。
- 512 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:53
- 整理しよう。
亜弥ちゃんは、あたしのことが好きだった。だけど、そんな風になる気のなかった美貴は、
亜弥ちゃんを拒否した。
避けられた亜弥ちゃんは、迷惑をかけたくないと、彼氏がいる風に装った。あたしとの友人
関係を保つために。
その作戦によって亜弥ちゃんに彼氏がいるって思いこんだ美貴は、あたしのことを好きだ
ったはずの彼女に、自分以上の存在がいたことが許せなく。
キスをして好きだって言った。亜弥ちゃんを困らせようとして。
そう、言ったんだ。好きだって。そう、したんだ。思いっきりキスを。
あたしのことを変わらず大好きな亜弥ちゃんに。
なんでこんなことに。どこでどうまちがえたのか、もはやわからない。
ありとあらゆる選択肢の中で、一番避けてた一本を、転びかけた勢いにまかせて思い切り
つかんでしまった。完全なる自業自得。
嘘をついたのはお互い様。
だけど彼女の、やさしい嘘とはまるで違う、あたしのついた罪深い嘘。
美貴は責められなくちゃなんない。裁かれなくちゃなんない。謝んなくちゃなんない。
でも、でも……。
- 513 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:54
- 床に両手をついて、首をかたむけて、微笑みかける亜弥ちゃん。もしも彼女にしっぽがある
なら、すんごい勢いで床をたたいていることだろう。悪意をもたれたり、傷つけられることな
んて考えもしないだろう無防備な笑顔にあるのは、両手いっぱいでも足りない愛情がもたら
す信頼。
未遂に終わったとはいえ、あたしはそんな亜弥ちゃんを傷つけようとした。
実は美貴、亜弥ちゃんのこと好きじゃないんだよ。好きは好きだけど、友だちとしての好きな
んだよ。亜弥ちゃんの好きとは、決定的に違うんだよ。だったらどうしてあんなこと言ったか
って? あんなことしたかって? それは亜弥ちゃんにムカついたから。美貴にあんな思い
をさせた亜弥ちゃんに、同じ気持ちを味わわせたかったから。つまり、美貴はそういうえげつ
ないヤツなんです。
胸の中でつむぐ言葉は、もう口に出せない。自分のためだけじゃなく、亜弥ちゃんのためにも。
あたしは亜弥ちゃんを失った、傷つけた痛みを、もうお試し体験してしまった。お試しで十分、
二度とごめんだ。もう傷つけたくない。離れたくもない。
こんなにあたしを思ってくれてる亜弥ちゃんに、真実を言えるわけがない。だったら黙ってる
しかない。だけど、黙ってるってことはさ――。
- 514 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:55
- 「あたし、みきたんが好き」
腿のあたりに乗せられた手、瞳に宿るは恋の色。確かに見えたこの色を、どうして見誤った
りしたんだろう。それはずっと亜弥ちゃんの目の中にあったのに。たわいない策略と誤解で、
あたしはホントが見えなくなってた。
「あたしのこと、好きだって言ってくれて、すごくびっくりして、嬉しかった。半分あきらめてた
から」
大切そうにひとことずつ口にする言葉。体にふれる手、熱を帯びたまなざしと吐息。
亜弥ちゃんはちいさいストーブみたい。目には見えない暖かい色が、彼女の体をおおって
いる。手を伸ばしたら、美貴にも熱が伝染しそう。
あの嘘を隠し通すということは、このぬくもりを、両手で抱きしめるってことだ。今までと違う、
新しい意味で。そう、つまり亜弥ちゃんとそういう……そういう……どういう……わかってる
けどあんまり想像したくない、なんというか、ス、ステディな関係に、世間一般でいうところの、
さあ恋人になろう、みたいな? そういうとこに陥っちゃうっていう、そういうことだ。
だって、美貴はもう最後の言葉を口にしちゃってるんだから。
『亜弥ちゃんが好き』だって。
- 515 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:56
- 今までで一番と言っていい、危機的状況。前のあたしだったら、大慌てで逃げ道を探してる
とこだけど。
今日のあたしは静かな気分だった。
あきらめ、というのとはちょっと違う。まっすぐすぎる瞳であたしを見つめる目の前の女の子
に、感動すら覚えかけているのだ。すごいなあって、ちょっと涙まで出てしまいそうなほどに。
――そうか、やっぱりあんたはそんなに美貴のことが好きか。
素直に嬉しい。彼女にそんな気なかったとはいえ、いろんな意味でやられっぱなし、むしろ
完敗。なのに、いっそすがすがしい。
だって、この子はこんなにもあたしが好きで、そのためにあれやこれや、忙しいのに策略め
ぐらして、おかしなことをしてくれちゃって。こんな自分勝手なあたしのために。
- 516 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:57
- あたしは息を吐きながら笑った。ため息とは違う、お腹いっぱいの時にでるみたいな吐息。
視線がかち合って、おたがいの目の奥のぎこちなさが、笑い声とともにふわりと溶ける。
笑ってるあたしに、はにかむみたいにして、でも思いきり笑いかえすと、抱き寄せようと手が
動くより先に、腕のなかにもぐりこむ亜弥ちゃん。
いつもより新鮮な気持ちで、その背中に手をまわす。
たいしてひさしぶりでもないその感触は、とてもなつかしく愛おしく思えた。
- 517 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:58
- 亜弥ちゃんのことが好き。
誰にも渡したくないくらい、アタマおかしくなっちゃうくらい、知らなかった自分のヤな部分を
発見しちゃうくらい。
たとえ恋していなくても、あたしと亜弥ちゃんの気持ちが違う種類のものだったとしても、
いいじゃん、べつに。
だって気持ちを取りだして見せることなんかできない。どこまでが友情でどこからが恋愛か、
そんな区別、誰にもつかない。きっちりとした境界線なんて、たぶんない。
あたしたちの気持ちを、そぐわない言葉の型に、押しこむことなんてない。名前なんて、なく
てかまわない。
あたしの好きも亜弥ちゃんの好きも、他の誰のものともちがう、自分たちだけの感情。
たったひとつ確かなのは、それが相手に向かってるってこと。
あたしは亜弥ちゃんが好きで、亜弥ちゃんはあたしが好き。
二人でいるのは楽しくて、美貴は楽しいのが好き。
それでもう終わり。ほかに理屈はいらないよ。
あたしは亜弥ちゃんをぎゅうっと抱きしめた。
抱きかえしてくれる手を持つ女の子は、子犬よりも、子猫よりも、ずっとずっと暖かい。
方便の嘘がくれた、思いがけないマコトに、感謝したい気持ちになる。
- 518 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 06:59
- 亜弥ちゃんはぐりぐりと頭をあたしの肩に押しつける。
「あーもう。たん大好き!」
ストレートに過ぎる言葉に、照れ笑いがもれる。
「美貴も、亜弥ちゃん好きだよ」
くすくす混じりにささやくと、擬音にしにくい、うにゃうにゃした声で亜弥ちゃんは笑う。
しばらく、そうやって『いちゃいちゃ』という形容がぴったりくる状態をつづけたあと、亜弥ちゃん
はあたしの手をとった。
「していい?」
ケースの中の指輪をしめす。
「もちろん」
口ずさむウェディングマーチとともに、亜弥ちゃんにはめられた指輪は、とてもかわいらしか
った。
「やっぱり。みきたん指けっこうごついからさ、細身のリングよりこういうがっちりしたのの方が、
似合うと思ったんだよね。でも、そこまでハードでもないし、かわいいっしょ?」
亜弥ちゃんはご機嫌であたしの手を持ってひらひらさせる。きらきらと、繊細な光を降りこぼ
す指輪。
- 519 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:00
- 「ごめんね」
銀色の輝きに、そんな言葉が、ぽろりと口から出てしまった。
「ナニ謝ってんの?」
亜弥ちゃんと同じように好きじゃなくて、亜弥ちゃんに嘘ついちゃって、亜弥ちゃんにヒドいこと
して、亜弥ちゃんのこと、信じなくて。
謝らないといけないことは山のようなのに、口に出せるものは少なかった。だから、ひとつだけ、
言うことにする。
「いきなりキスしちゃって」
亜弥ちゃんは恥ずかしそうな顔をした。
「ビックリしたけど、イヤじゃなかったから、いい」
「そっか……」
「うん。あたしがイヤじゃないことはさ、悪いと思ったって謝んなくていいよ。だってあたし、たん
に謝って欲しいことなんて、なんもないもん」
こっちの心を見透かすような、そんなひと言をいつも言えるのは、ワガママで突っ走り気味だ
けど、彼女なりに、本当にあたしのことを思ってくれているからだ。
現実に触れる体のぬくもりとは別に、心のなかにも亜弥ちゃんの体温は触れる。
やさしい暖かみに、許された気分になる。
「あ、ひとつだけあった」
亜弥ちゃんはくすっと笑った。
「あたしのこと、信じてくれなかったコト。あやまれー」
「ごめんなさい」
素直に下を向くと、
「うん。ちょっと傷ついたね」
亜弥ちゃんはしれっと言う。
自分でだまくらかしておいて、信じてなかったと文句を言うなんて、よく考えたらめちゃくちゃ
勝手な理屈なんだけれど、あたしは素直に反省する。
そもそも、美貴が亜弥ちゃんを信じて、彼氏いるなんて噂、笑い飛ばしていたら、こんなやや
こしいことにはならなかった。でもそうなると、あたしたちの関係はたぶんうやむやのまま、
どっちつかずにつづいて行ったんだろう。
どっちが良かったのかは、わかんない。だけどこうなっちゃった以上、消えた未来はもう考え
ない。
- 520 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:01
- 「ごめんね」
あたしは繰りかえした。たくさんの意味をこめて。
「しつこい」
そう言いながらも一拍おいて、亜弥ちゃんはあたしの瞳をのぞきこんだ。そのまなざしは心臓
にまで届きそうに深い。
「やっぱ許さない」
「うっそ。さっき謝んなくていいって言ったじゃん」
「気が変わった。許せない」
冗談めかした口調。
「ええ。美貴、前科一犯?」
つぶやくと、
「前科じゃないよ。まだ償ってもらってないんだから」
嬉しそうな、ほんとに嬉しそうな、何かたくらむ亜弥ちゃんの顔。
「そうなの?」
見かえすあたしも、ほんとに嬉しい、亜弥ちゃんを見つめかえす顔。
「うん。今から……なんだっけ? ハン……ハン……」
「判決?」
「それそれ。……えー、判決をくだします」
亜弥ちゃんはあたしのひたいにおでこを押しつけた。
「判・決」
重々しく口を開く。
- 521 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:01
- 「無期懲役」
最高に気合いの入った甘い口調で、亜弥ちゃんはささやいた。
――言うと思った。
あたしは思わず吹き出して、自慢の顔におツユを盛大に飛ばされた亜弥ちゃんに、背中を
バシバシたたかれた。
- 522 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:02
-
- 523 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:02
- 「うーん」
携帯メールを打つ親指を止めて、あたしはしばし考えこんだ。
問題は点滅するカーソルの手前の、最後の部分だ。
『亜弥ちゃん泣いたら困るもん。』
ごくごく普通の一文だけど、美貴らしくなくかわいらしいフレーズは、ちょっと問題アリかもし
れない。こんなこと書いたら、それでなくても、近ごろテンション過剰で、何の会話をしてても
美貴が何をしても、「ていうか、あんたあたしに惚れてるしー」のひと言で締めずにはいられ
ない亜弥ちゃんを、より調子づかせてしまう可能性が高い。やっぱり消すか。
「冷めちゃうよ」
クリアボタンを連打しようと指を動かしかけたとき、後ろから話しかけられた。
あたしは椅子に座っているから、声は頭より上から降ってきた。ふり返らないで、首をがくん
と後ろに倒すと、逆さまの矢口さんが、両手にトレイを持って、こっちを見ている。この人に
見下ろされるのは、なんかヘンな気分。
「おつかれさまですっ」
逆さ向きのまま言うと、
「ミキティって、ほんとなにげに無礼だよなー」
と、矢口さんはあたしの顔にトレイを乗せる。
「うあ、つぶれる」
あわててじたばた暴れると、笑いながら矢口さんはあたしの向かいにまわった。トレイをテー
ブルに置いて、座る。
- 524 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:04
- モーニング娘。のツアー真っ最中で、あたしは今地方にいる。
リハーサルのあとの昼食時間。目の前のカレーに手をつけるのをガマンして、携帯でメール
をいっしんに打っていたあたしだった。
ほかのメンバーもいるにはいるけど、ほとんどの子たちが会話もせずに黙々と食べている。
今日のリハは長かった。みんなお腹を減らしていたのだ。
「矢口さん、遅かったですね」
「なんか冷えてさ。上着取りに行ってた」
短く答えると、せわしなく割りばしを割る。どうやらこの人も、ハラペコのクチらしい。
「あんたも早く食べないと。食いっぱぐれるよ?」
「あ、これ打ってから」
あたしは携帯に意識をもどすと、さっきの文はそのままに、たたたっと残りの文章を打ちあげ
る。すぐに送信。送信音を確認してから、うきうきとカレーのスプーンを取り上げると、矢口さん
がもぐもぐと口を動かしながら、こっちを見ていた。
「あやや?」
「はい」
とっさに答えてから、まずったかな、と思う。以前矢口さんに、亜弥ちゃんとのつきあいのこと
について注意されたことを思いだした。
そんな気持ちが顔に出たらしい。矢口さんは苦笑した。
「やだな。そんな、メールとかまで、くちだししない」
「そうですよね」
「しかし、あややに対してはマメだよねー。オイラのメール、返事遅いくせに」
「なはは」
返事になっていない笑い声で答えると、あたしは両手をあわせて声を出さずに『いただきます』。
カレーはまだ充分に温かい。おいしい、幸せだ。
しばらく夢中になって食べていると、またしても矢口さんと目があった。どうも、ご飯を口に運び
ながら、こっちをちらちら見ていたらしい。
なんだろう。美貴に惚れてるんだろうか。いやいやいや、そういうのは亜弥ちゃんひとりでお腹
いっぱい、胸やけ気味です。
- 525 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:04
- さすがにそんなわけないのはわかってるから、聞いてみることにする。
「なんか見てました?」
この手の質問を、きつい目つきとともにくりだして、ムダなもめ事に発展したこと数十回。
同じ轍を踏まないよう、できるだけにこやかに聞いてみる。矢口さんは頭をかたむけた。
「うーん。なんつうか、アレだね」
「はい?」
アレって言われても。ちっとも意味がわからない。
矢口さんはあたしのカレーをお箸で指した。
「おいしい? カレーか生姜焼きか迷ったんだよね」
「食べます? ひとくち」
あたしは矢口さんにお皿をさしだす。
「生姜焼きもまいうー」
矢口さんのお皿とあたしのお皿が入れ替わった。
「で、なんの話してたっけ。あ、そうそう、アレだよ。あのさ、なんか藤本、いい感じだなあって
思ってさ」
「げ。惚れないでください」
「あほう」
- 526 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:07
- 矢口さんはカレーを口に運んで、ウンウンとうなずく。
「じゃなくってさ……けっこ辛いねこれ。なんていうのか、最近の――はっきり言うと、娘。入
ってからの藤本には、迷いがあったようにオイラ思うんだよね。ちょっと前なんか特に、自分
の中にばっかり入りこんでる感じで、怖いくらいだった。けど、ここ何日か、それがなくなった
感じ。吹っ切れたっていうか、楽しそうに見えるよ」
「吹っ切れたというか振り切れたというか押し切られたというか……」
「は?」
いぶかしげな矢口さん。口いっぱいに頬張った生姜焼きのかけらを完全に飲みこんでから、
あたしは口を開く。
「なんでもないです。……だけど、美貴そんな風に見られてたんだ」
亜弥ちゃん彼氏疑惑からつづいた、嵐の三日間。あたしは、かーなりダークな空気を醸しだ
していた。にもかかわらず、体調不良とのいいわけを信じてか信じないでか、みんなは何も
聞かずにいてくれたのだ。単に興味がなかっただけかもしれないけど。
「うーん、ちょっとヤバげな感じだったよ。かなりの確率で、目が据わってた。カオリもすごい
心配してて、なんかあったかって聞かれたもん」
「飯田さんが?」
思わず、遠くの席でメンバーと談笑している飯田さんに視線がいった。目があうと、一瞬ぼん
やりこちらを見つめたあと、視線の意味をどう取ったのか、無防備に笑う。
視線をおろす。あのとき、自分でつけた左手の痣は、もう跡形もなく消えていた。
そのことにほっとして、だけど、見えなくなっただけで、そこにはそれがあったことを、忘れない
ようにしようと思う。――そして。
- 527 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:11
- 「別にリーダーだから、とかじゃないよ。カオリとオイラだけじゃなく、みんな心配してた。
藤本に限らず、悩んでそうな子がいたら、ほかのメンバーも、口に出さなくても、多かれ少
なかれ、みんな気にしてる」
こんなセリフをさりげなく手渡してくれる人のことも、忘れないようにしようと思う。
特別な言葉を交わさなくても、何をしたりされるわけじゃなくても、さまざまなことを考えながら、
いっしょに時間を重ねてる人たちの存在も。
「思ったより、みんなおせっかいなんですね」
照れかくしにわざとひねくれた言い方をすると、矢口さんはにやりと笑う。
「と、いうより……」
あたしに顔を近づけた。
「こっちが迷惑するんだよね。ちゃんとしてくんなきゃ」
「なにそれ」
あたしは思わずムッとする。矢口さんはおかしそうに笑った。
「あのね、うちらはあくまで団体行動なの。ひとりはみんなのために、みんなはみんなのため
に。て感じ? みんな他の子の足ひっぱんないよう、一生懸命にやってんのね。だからー、
個人の都合でいちいち仕事に差しつかえられたら、全員に迷惑かかるんです。いい? ソロ
の時、アナタの不調は自分ひとりの問題ですんでたかもしれない。けど、今ミスったら、14人
に迷惑がかかんの。あんたあわせて15人。すごくない? 1クラス分の女子がいるんだぜ。
ゆっとくけどね、14人怒らしたら、謝って歩くだけでもチョー大変」
大まじめにふざけたことを言う口ぶりは、からかい混じり、お説教くさくなくて嫌みがない。
だけど、ちょっと意地悪な言い方なのは、たぶんかわいくないことを言ったあたしに対するお
かえしだ。だから、今度は素直にうなずく。
- 528 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:12
- 「なるほど」
「ま、なんつうかさ――あんま思いつめんなってコト。はい終わり」
話の内容を気にしてこちらをちらちら伺ってる、隣のメンバーの視線がくすぐったい。
「矢口さん」
あたしは矢口さんの目を真剣に見た。笑いの全く混じらない表情で。案の定、改まったこと
でも言われるかと勘違いしたらしく、意外とシャイな矢口さんの目が泳ぐ。
「な、なんだよ?」
「食べちゃいました」
「ハ?」
照れくさそうにほっぺを動かしかけていた矢口さんは、ぽかんとする。
「生姜焼き、おいしかったから食べちゃった」
あたしの前に置かれた自分のお皿に目を落とすと、矢口さんは奇声を発した。
「うわあああ。全部食べやがった。藤本、オイラの生姜焼き、全部食べたあっ」
あたしはお腹を抱えて笑い転げた。やっぱり、話に夢中で気づいてなかった。
「もいっちょもらってきます。カレー食べといてください」
矢口さんが本気で怒り出す前に、さっさとトレイを持って立ち上がる。
「バカぁ。あの生姜焼きがよかったんだよぉ! 返せっ、ふじもと、返せ!」
「矢口、うっさい!」
どこからか飛んでくる声。みんなのざわめき、笑い声。あたしもくすくす笑いながら、ケータリ
ングに向かう。と、トレイを持った人影が横に並ぶ。
- 529 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:13
- 「紺ちゃん」
「へへへ。おかわりー」
お腹がだいぶふくらんだらしく、ごきげんさんの紺ちゃんは、スキップしそうな軽い足どり。
「よく食べるねー」
「ふじもっちゃんもおかわりしたら?」
「そうだね。ついでだし」
紺ちゃんはあたしのトレイを見て、おや、というような顔をした。
「あれ? その指輪……」
目についたのはトレイじゃなくて、左手の中指に光る、亜弥ちゃんからもらった指輪だったら
しい。あたしは左手を指がそるくらい大きく広げて、紺ちゃんにつきつけた。
「かわいいね」
女の子らしく、ほんわりとほほえむ紺ちゃん。
「亜弥ちゃんにもらった」
「え、それって……」
「ティファニーだよ」
- 530 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:15
- 紺ちゃんは指輪を見つめたまま、会話を止めた。
別にぼんやりしているわけじゃなくて、きっと考え中。
熟考型の紺ちゃんの脳は、美貴とは逆で、出来はいいけど回転が遅いんだと思う。
その間にあたしはケータリングを物色、生姜焼き以外にもおいしそうなものをちょちょいと
トレイに乗せる。考えこみながらも、食べ物を選定する手は素早い紺ちゃん。
紺ちゃんはようやっと、大きくうなずいた。
「あ、それって例の……」
――おそっ。
あたしは苦笑いをもらす。
「そ。ペアリング」
「てことは、やっぱりあれって単なるウワサだったんだ」
「ちょっと、耳貸して」
あたしは紺ちゃんの肩をたたいた。寄せられた耳に、とある言葉をささやくと。
「えええー」
まん丸な目をさらに円形に近づけて、紺ちゃんは期待通りの反応をくれる。
あたしは笑いながらうなずいた。
- 531 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:16
- 『彼氏はいないけど、好きな人はいるらしいよ』
紺ちゃんにささやいた言葉は、亜弥ちゃんにはないしょにしておこう。
窓の外は長雨に洗われた、嫌になるくらいの晴天。
あたしはその日ようやっと。自分があたたかい居場所をすっかり手に入れたことを知り、なぜだか、
亜弥ちゃんの存在を、あらためて大切に思った。
- 532 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:16
-
- 533 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:17
- そんなこんなで。
雨降って爺……じゃなくて、地、固まる。
あたしたちは相変わらずな日常の、相変わらずの仲良し二人に、戻ることができた。
ていうか、前よりずうっと仲良しこよし。
もっとも、いろいろ変わったとこもある。完全に前の通りには、やっぱりいかない。
自分の気持ちをはっきり伝え、かつあたしと永遠の愛を確かめあった(と言い張る)亜弥ちゃ
んは、前以上にすごい勢いでまとわりついてくるし、独占欲を隠しもしないし、キスどころか
うにゃうにゃなことまでしたい素振りを見せたりするし、もう大変だ。
今のところそんな気はないので、「ヤだ」のひと言でいなしてはいるけど、いつどうなるかわ
からない。なにしろ亜弥ちゃんはかわいいし、美貴は亜弥ちゃんがめちゃめちゃ大好きなのだ。
まあでも、深くは考えない。これからどうなるかはなりゆきにまかせて。
とりあえず、友だちみたいで恋人みたいで姉妹みたいな、名前のつけられないあたしたちの
関係はつづく。
目に見えないほどゆっくりじわじわと、亜弥ちゃんの引力に引き寄せられていっている気も
するけど、それはそれでいい。銀色の指輪が、たまになぜだか手錠みたいに見えちゃうとき
があるけど、それもそれでいい。
- 534 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:18
- あたしをとりまくピンクのオーラ。必死で逃げまわっていたそこは、いざ捕まると、溶けちゃい
そうに居心地がよくて、だんだん何も考えなくなってきてる。
これはきっと、嘘の報いだ。たぶんほんとに無期懲役。
でも、こんな甘い監獄、一生いるのも悪くない。
――いや、でもさ、囚人にだって、情状酌量の余地ってものがあるんだよ。
――実際! 無期懲役でも、一生つかまりっぱなしの人ってあんまいないらしいし。
――つか、いいのそれで? あんたいいの? ホントにそれで?
頭の片隅、誰かがときどき叫んでるけど。
あたしは今日も、亜弥ちゃんといっしょ。
- 535 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:19
- Pink Prisoner
- 536 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:19
- fade-out
- 537 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 07:20
- やっと上げられた……。長くてすいません。休み休み読んでください。
全体的にえげつない交信の遅さにもかかわらず、おつきあいくださって、本当にありがとう
ございました。いや、必死で書いてるんすよ、ほんと。(w
レスくださったみなさん、プレッシャーと二人へのラヴを、ありがとうございました。
レスのやりとりでありましたが、このお話はユニコーンの「Pink Prisoner」という曲をモチ
ーフとしています。
書き始める前から、二人を見るとよく、サビがこう頭んなかをぐるぐるとまわっていました。
名曲です。
ネタバレないうちに、この辺で失礼いたします。では。
- 538 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/10(金) 07:33
- 最高でした。
長い間お疲れ様でした。こんなにハラハラドキドキ感覚、久々だった。
くゎいいなぁ、あやみき。二人大好きになっちまいましたよ。
読む楽しみを与えてくれて、ありがとうございました。
ゆっくり休んで下さいね。
- 539 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/10(金) 10:02
- ヤラレタ…ほんとにこんな言葉がぴったりくるようなラストでした。
モーニングの関係とか色んなものが、ほんとにいい感じ。
って、こうやって書いてるとネタバレなりそうで怖いんですが…。
ほんとに最高でした。
こんなにドキドキした小説ないよ。
面白かったです。
ありがとう。
- 540 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/10(金) 11:06
- 人を好きになる気持ちって本当に自分でも掴めないもので
何が起こるか分からない、そんなリアルな感情を表現
している作者さんを神として崇めたいくらいです(笑)
松浦と藤本の会話もすごい特徴とらえてますよね。
まるでこの文章の中に本当に二人が存在するかのような錯覚すら
覚えました。あ〜きっとこんな風に会話するんだろうな〜って。
作者さん研究してますねー!いやぁ本当に素晴らしかった。
こんなに引き込まれた小説初めてです、だからずっとお付き合い
できました、きっとそういう人がいっぱいですよ。
長い間、お疲れ様でした。
- 541 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/10/10(金) 17:55
- 面白かったです。
あたたかい気持ちになりました。
作者さんミキティ大好きですね!
伝わりましたよ。
お疲れ様でした
- 542 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/10(金) 21:29
- Pink Prisoner 聴きながらもう一回読み返します
自分もあのセリフ松浦さんに言われたいな(w
作者さん、お疲れ様でした
- 543 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/10(金) 23:03
- 最初から最後まですごく心躍らされた作品でした。
楽しかったです。
藤本のとまどいの心境描写、鮮やかでした。
感服しました。
作者さん、本当にお疲れさまでした。
- 544 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/10(金) 23:45
- 顔をニヤケさせながら「怖〜ッ」と思ったのは自分だけでしょうか…。
534>頭の片隅、誰かがときどき叫んでるけど。
このへんのマトモな藤本さんがもうちょっと割合が多くなったあたりの話が読み
たいというか。幸せそうな囚人だなぁ…。
- 545 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/11(土) 00:29
- お つ か れ さ ま !
- 546 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 01:19
- お疲れ様でした。素敵な作品をありがとうございました。
ミキティは、とっくの前にあややのことが本気で好きになってたんじゃないかな?
ただ、本人が気付いてなかったというだけで・・・
なんとなく、そんな気がしました。
読み終わったときに、マナー部DVDの告白シーンを思い出しちゃいました。
リアルに楽しめた作品でした。
- 547 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 13:03
- 謎は全て解き明かされたっ。
って感じでしょうか。うんうん。
さて、また最初から読もうっと。
- 548 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/14(火) 14:26
- 作者さんへ
他に何か書いている作品あったら教えて欲しいです。
作者さんのファンになってしまったので、せめてお名前を。
もしかして違う名前で他の作品とかやってたりはしないですよねぇ?
とにかく是非、是非とも!
- 549 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/14(火) 22:27
- マジ感動しました!!
実際の絡みが少なくなって冷めてしまってきたあやみき熱がこの小説によって復活しました!!
お疲れ様でした!!!
- 550 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 19:28
- あとがきます。
ユニコーンの「Pink Prisoner」は、曲の最後で音がいったんフェイドアウトします。
コーラスとメロディがだんだん小さくなっていって、そのまま終わるかと思うと、今度は逆に
音がだんだん大きくなってきて、突如ばつんと、音楽は止みます。
終わったと思ったら、もうちょっとあったよ、みたいな。
実は、このあと松浦さん視点の「Pink Spider」というオマケをつける予定でした。
「Pink Prisoner」を書いているときに「松浦さんが何を考えてこの行動に出ているのか」と言う
ことをアフォな作者が把握しておくため、彼女のひとりごとめいたものを、ちょこちょこと書きつ
けていました。
それらをひとつのエピソードに絡めてまとめて、最後に彼女の思惑を明らかにして終わろう
と思っていたのですが……。モノローグばかりのせいか、どうもうまく組みたちません。
正直、ない方がいいかも、と思えてきてる部分もあります。書いてる自分が、燃えつき症候群
入っていることも否めません。
そういうわけで、書かないことにしました。そのために張っていた伏線とかなんやかんやあっ
て無念なんですけど、ここまでで一応話は落ちついていますし。
書かないんだったら黙っとけって言われそうですが、なんか、このまま終わった顔して終わ
るのはフェアじゃない気がしたというか……。
すいません。裏話ということで、大目に見てください。
ともあれ、長い間のおつきあい、本当にどうもありがとうございました。
しんどいながらも楽しく書きつづけることができたのは、読んでくださった皆さんの存在のお
かげです。
- 551 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 19:29
- レス、ありがとうございます。
>>538
即レスありがとうございました。
間あきまくりの交信にもかかわらず、書きこんですぐレスいただけて、すごい嬉しかったです。
>>539
ヤラレてくれてありがとうございます。
ほのぼのっぽいの好きなので、娘さんを出すと長くなって困りました。これでも大分削ったんですよね。
>>540
崇めたくなってくれてありがとうございます。むしろ貶めてください(w。
若い娘のかしましさ丸出しって感じで、この二人の会話はイメージしやすいんですよね。
>>541
あたたかい気持ちになってくれてありがとうございます。
>>作者さんミキティ大好きですね!
恥ずかしながら、ここまで好きになるとは思ってもみませんでした、ってくらい好きになってしまいました。
- 552 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 19:30
- レス、ありがとうございます。
>>542
あのセリフを気に入ってくれてありがとうございます。
「Pink Prisoner」自分も書き上げてから聴き直したんですが、連載当初イメージしていたラス
トにおける藤本さんの立場がこの歌詞だったんです。似て非なるものになっちゃいました。
>>543
心躍ってくれてありがとうございます。
とまどいの部分は、正直探り探りで、一番苦し楽しかったです。
>>544
ニヤケながら「怖〜ッ」と思ってくれてありがとうございます。
藤本さんに関しては、時間の問題だと思います(w。が、松浦さんが手を打たないわけが……
などという今後は、皆さんのご想像にお任せします。
- 553 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 19:31
- レス、ありがとうございます。
>>545
ど う も っ す。
>>546
リアルに楽しんでいただいてありがとうございます。
藤本さんの気持ちは――マナー部DVD風に『美貴も好きなんで!』て感じですかね。
松浦さんの熱い告白に対してのヤケくそっぽい応答は、彼女らしくて良かったです。
>>547
最初からまた読んでいただけてありがとうございます。
謎は解き明かされたようでなんだかなんだったりするんですけど、読み返して疑問を感じて
もお気になさらないでください。
>>548
是非と名前を尋ねてくれてありがとうございます。
我が輩は名無しである、名前はまだない……ベタだ。いちおうずっと名無しなんです。
今までに書いたものリスト、下につけます。
>>549
感動してくれてありがとうございます。
実際の絡みがすくないのはほんとに悲しいことですね。自分も他の方の良作で不足を補っ
ています。
- 554 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 19:49
- 正誤表です。""内の文字が、間違い箇所。
先に書いてある文が原文>以降が訂正後の文です。
>> 35 8行目 私>あたし
>> 37 下から2行目 ソロでは使えない"に"なんて>ソロでは使えないなんて
>> 96 下から2行目 するりあたしの額をすべって>するり"と"あたしの額をすべって
>>111 1行目 彼女と"と">彼女と
>>200 巻きつけらた>巻きつけ"ら"れた
>>216 ステージ向けた目を細める。>ステージ"に"向けた目を細める。
>>209 1行目 あたし>美貴
>>223 最終行 変ってゆく>変"わ"ってゆく
>>327 "前も言ったけど">トル(言ってません。言ったとこカットしたの忘れてました)
>>476 『反省』いう>『反省』"と"いう
>>490 誰も介錯してれない>誰も介錯して"く"れない
多さに目眩を覚えました。アホ丸出しです。恥死しそうです。
読みづらくて、心底申し訳ありませんでした。
- 555 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 19:50
- これまでに自分が書いたものリストです。かっこ内は主役。
M-seek 白板 「血のあじ」(市井)
2ch 「娘。十夜」(後藤)
M-seek 紫板 第2回短編コンペ「あなたの知らない世界」(辻)
M-seek 第1回リレー小説 「つじのかじ」1及び8番手(飯田)
M-seek 第7回短編コンペ「嘘月」(後藤)
M-seek 第11回短編コンペ「あかいはなさいた」(後藤)
M-seek 金板「Pink Prisoner」(藤本)
はじめて自分でまとめて、少なさに愕然としました。
だいたいぐぐったら出てくるかと……お暇つぶしによろしければ――と言いたい所ですが、
すべて現実の彼女たちに沿ったお話なので、食べられないほどではなくても、賞味期限は
切れている感じです。ののかお周辺の話は、そんなに時間の洗礼をさほど受けていないで
すかね。あと「あかいはな」は今年のなので、なんとか。
「キャラクター小説の世界」さんという素敵サイトで「あかいはなさいた」以外はまとめてくだ
さっています。短編コンペ第2回優勝者のコーナー、というところです。勝手に書いちゃって
すいません。
なんだかもうほんとに長々とすいませんでした。それではこれにて。
- 556 名前:名無しさん(誤字脱字) 投稿日:2003/10/18(土) 19:55
- ↑ そんなに時間の洗礼をさほど>時間の洗礼をさほど
最後の最後までアホを晒しつつ半泣きでフェイドアウトします。では。
- 557 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 20:18
- うーん「Pink Spider」かぁ…読みたかったなぁ…
ちょっと残念。
それにしてもあの作者さんだったとは…驚きました。
今回もめちゃめちゃ楽しませてもらいました。
本当にありがとう!!
- 558 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 21:49
- へ〜それみんな作者さんだったのかー。
自分、ほぼ全部読んでます。
でもせっかくだからまた読んでみます。
また違った気持ちで読めそうですしね。
- 559 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 22:24
- あー、見たことありますよ!!!
基本的に上手いなぁと想う作品しか読まないのですが
作者様のはほぼ見てるかも。
見てない奴探してきます!!
今回の作品、松浦視点がなくとも十分素敵に面白いですよ。
- 560 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 23:28
- 自分もオマケ見たかったです・・・うぅ・・・。
それにしても血の味大好きでしたよ!!
まさか作者さんだとは思いませんでした。
もっかい読みなおそっと。
- 561 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 00:19
- まさか血の味の作者さんとは。
この作品はもちろん、作者さんの書かれた小説は
全て自分のお気に入りになってるものだったので驚きでした。
松浦視点はなくても充分楽しめましたが、とりあえず自分は読みたいです。
- 562 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 00:31
- 知ってる作品かなり多いですね。
コピーして保存してる作品もありますね。また読み直してみます。
最初はあやみきのカップリングだけに引き付けられましたが、すぐに作品の世界に引き込まれました。非常に楽しく読ませていただいたのでまた書いてください。ありがとうございました。
- 563 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 01:39
- 圧倒されました
- 564 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 08:32
- 何なんだこの作者は。凄すぎる。プロかよ!
- 565 名前:ナッツ 投稿日:2003/10/19(日) 13:18
- みなさんと同じですが、とても楽しかったです。
そして、お疲れ様でした!
過去の作品も、全部読みたいと思います。
これから、また連載する予定はあるのでしょうか?
それから、HPをお持ちの場合は是非教えてください。
- 566 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/19(日) 21:59
- すいません、書き忘れ。上下巻といいつつ、結局三部構成でした。
上巻 >>2〜99
中巻 >>111〜224
下巻 >>233〜536
下巻が異様に長いですね。
「Pink Spider」読みたいと言ってくださって嬉しいんですが……。厳しいです。
気力が回復して奇跡的にまとまったら、載せるかもしれません。なんとか形に
したいんですけどねえ。せっかく書いたし。こんなお答えで申し訳ないです。
HPはありません。たぶん作ることはないです。
次の連載は……今までのペースから行くと、2年後くらいですかね(w
冗談はさておき、とうぶん無理そうです。企画に突発的に参加するくらいではないかと。
それでは失礼します。
- 567 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/21(火) 10:18
- 無理はなさらず…
確かに「Pink Spider」は読んでみたいですけどね。(w
いつかどこかでまた作者さんの作品に出会えるといいなと思います。
本当に楽しませてもらいました。
ありがとう!!
- 568 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 22:27
- わたしもよみたい。>Pink Spider
観覧車の事件の後の2日間、松浦さんは何をしていたか知りたいし。
いつか、機会があればおねがいします。
- 569 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/01(土) 00:51
- たまたま見つけて、一気に読まさせていただきました。
マジでおもしろかったです。
ありがとうございました。
- 570 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/11(火) 20:57
- 本当におもしろかったです。
いつか機会があれば、松浦さんの話も読んでみたいです。
もちろん、無理はいえませんが…(汗)
おつかれさまでした。
素晴らしい作品をありがとうございました。
- 571 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/17(月) 00:22
- 血の味読んだときは衝撃だったな。当時からレスはまめな人だった。
またあなたの作品を読めただけで嬉しいです。
- 572 名前:亜弥美貴LOVE(´D`) 投稿日:2003/11/22(土) 11:32
- 最高でした!!亜弥美貴は永遠に不滅でし!!!
- 573 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/26(水) 23:12
- 泣けました!!
感動をありがとうございます!!!
- 574 名前:nanasi 投稿日:2003/11/30(日) 13:08
- 前作ってどこにあるんですかー?教えてくださいー
- 575 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/01(月) 20:54
- ↑
- 576 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 22:23
- 松浦さん視点の「Pink Spider」読みたいですm(__)m
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