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Goodbye! My Pride
- 1 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時09分16秒
- いしよしごまの学園小説を連載したいと思います。
更新は、これから毎週土・日に行いたいと考えています。
連載は5月中旬から末ぐらいに終了するのが今のところ目標です。
感想はどしどし下さるとうれしいです。
森板の「My Fabulous Girl」もお読みいただけると非常に幸いです。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
Easestone
- 2 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時12分26秒
- 春になったばっかだっていうのに、この頃何だかとてつもなく暖かい。
始まりの季節・・・。始まんなきゃいけないのに、あたしはまだこの季節を持て余していた。
誰もいない。憂鬱な高校生活が始まろうとしている。
今ごろみんな、何してんだろ?ふっと考えた。
新しい高校生活にもっともっと希望膨らませてるんだろうか?
そりゃそうよ。みんな希望どおりの高校に行けたんだもん。
- 3 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時14分06秒
- 「ねぇ。梨華。梨華は頭いいんだからどんな高校いったって大丈夫だって。大学さえ受かればいいんだから。3年の辛抱よ。3年の。」
親友のあゆみの言葉が唯一の支えだ。
でもそのあゆみだって春からは、隣町の英進高校に通う。
そう。あたしが、受験を失敗した高校に。
あたしが通ってた中学は、国立の附属中学で、ほとんどの卒業生はレベルの高い全寮制の高校か隣町の英進高校に進む。
- 4 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時14分44秒
- そしてあたしがこれから通う、夢見が丘女子高校になんて誰も来ない。
この高校、進学校なんてうたってるけど実情は怪しいもんだ。
第一に卒業生でいい大学に入ったなんて聞いたことない。
なんでこんな高校行かなきゃ行けないの・・。
あたしは、自分が4月から通う高校のパンフを見た。
ダサい。ダサすぎる。何から何までダサすぎる。
校舎も制服もカリキュラムだって、あたしは気に入らなかった。
どうせ、くだらない事ばっかやらせるんだろうな。
- 5 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時15分22秒
- こんなことになるんなら、もっと遠くの全寮制の高校でも受けときゃ良かった。
ここに住みつづけて、あの高校に通うなんて生き恥さらしだ。
あたしは、自分の運命を冗談じゃなく呪った。
英進の受験の時に、大風邪をひいた。
あの風邪さえなければ・・普通に受けてれば通ったはずだった。
あたしの実力なら。だってあたしより成績悪かったあゆみが合格したんだから。
そんなことばかり考えていたら、ますます滅入りそうだったからあたしはぶらっと外へ出た。
- 6 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時16分00秒
- あたしの家は和菓子屋で、夢見が丘商店街の真中にある。
あたしは両親の仕事があまり好きじゃない。
うちの親は、大したお金にもならないのに人前でぺこぺこしてあくせく働いている。
あたしのためっていうのも分かってたから、あんまり文句はいえないけど友達に見られたら恥ずかしいっていうのもあったし、大企業で働けばもっと楽に稼げるのにって子供心にずっと思っていた。
- 7 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時17分07秒
- 商店街は、いつものとおり田舎くさい音楽が鳴り響いてた。
あたしは、近所のおばさんにでも会ったらめんどくさいから小走りに商店街を走り抜けた。
「梨華ちゃん!高校合格おめでとう!」なんて言われても、本人は全然うれしくないのだから「ありがとうございます!」なんて言いたくない。
あたしは、近くのCDショップに入るとほっとして息をついた。
ここのCDショップは中学の帰りにあゆみとよく立ち寄った。
でももう高校の場所も全然違うし、学校帰りにあゆみが来ることもないだろう。
そう思うとあたしは、自分だけ取り残されたみたいで不安だった。
「大丈夫!三年だ。三年。三年間夢見が丘の馬鹿生徒なんかに染まらないで、いい大学に合格したら帳消しだ!」
あたしは、不安を振り払うように思った。
高校生活なんて長い目で見れば、短い。いい大学入ってキャンパスライフをエンジョイすれば、英進に行った子と一緒になれる。
あたしはそう思って自分を奮い立たせていた。
「ねぇ。」
突然誰かがあたしの肩をたたいた。
- 8 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時18分01秒
- どっかで見たことあるような女の子が立ってた。髪は茶髪でやたら大きくて人懐こそうな目が印象的だった。
うちの中学には絶対いないタイプ。瞬時にそう思った。
「やっぱりだ。和菓子の石川さんとこの梨華ちゃんだよね?」
頭の中に「和菓子」って言葉が響いた。
失礼な!和菓子屋は、あたしの親がやってるんで、あたしはあたしだ。
「この前はごめんねー。あんまりにもうれしくってさぁ。」
「は?」
あたしは、この子と面識はない。この女の子は自分を誰かと勘違いしてるんじゃないかと思った。
「ほら!夢見が丘の合格発表の時さぁ。あたし合格したのあまりにもうれしくって近くにいた梨華ちゃんに抱きついちゃったじゃん。覚えてない?」
「あぁ。」
あたしは、やっと彼女のことを思い出した。
- 9 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時18分37秒
- ちょっと合格したの確認して帰るだけだったのに、この子に思いっきり抱きつかれた。息が出来なくて死にそうだった。
あたしも合格したって言ったら、しつこくいろんなこと聞かれてあたしはその日は相当閉口ものだった。この子の何も考えてなさそうなテンションの高さにあたしはついていけない。いやついていこうとも思わない。
「何で?何であたしが和菓子屋の娘だって分かったの?」
あたしは、この子に家まで知られてしまったのが不愉快でそう尋ねた。
「だってあたしの家も夢見が丘商店街にあるんだよ。梨華ちゃんの家とそんなに離れてないし。あたし、吉澤工務店の吉澤ひとみ。よろしくぅ!」
ひとみは、また抱きつかんばかりの勢いで手を出してきたので、あたしはしょうがなく握手に応じた。
「あたし、前から梨華ちゃんのこと知ってたんだぁ。毎朝、梨華ちゃんが商店街歩いてるのよく見てたから。梨華ちゃんてすごい可愛いからうちの商店街じゃ有名なんだよ。」
- 10 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時19分09秒
- 「そ、そうなの。」
あたしは、この子の言葉にぞっとした。あんな商店街で有名になんてなりたくない。そんなのこの子が勝手に、あたしをストーカーして言いふらしてるに決まってる。あたしは、きっとひとみを睨んだ。
「梨華ちゃんて4月から、夢見が丘行くんだよね。へヘ。あたしと同じ高校だ!」
ひとみは、大きな目を輝かせて言った。
「そ、そだね。」
あたしは、そのままその場を立ち去ろうとした。もうこの子とは、関わりたくなかった。この子と関わってると自分のこと根掘り葉掘り引っ張り出される。
「ね、ねぇ待ってよ。せっかく会ったんだしお茶でもしてかない?」
ひとみが急いで言った。
- 11 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時20分04秒
- 「ごめん。家帰ってやることあるから。」
あたしは、用意をしてたみたいに素早く言うと、店を出た。
生暖かい空気がすうっと自分を包んだ。寒くなる時もあったかくなる時も容赦なく季節は変わってた。
今、チャンスが欲しい。心からそう願った。
それでも行くあてのないあたしは、そのまま家の自分の部屋に戻った。
コートを脱ぎ、ベッドに座り込んでまたため息をついた。
全く今日は散々だ。このお店は中学の友達とよくきてた店なのに。
何であの子にわざわざ会わなきゃいけないんだろう。
はぁ、とうなだれた時、ちょうど携帯にメールが入った。あゆみからだ!瞬時に思った。
「梨華!今家にいる?今ちょうど梨華んちの近くまできてるんだ。出てこない?」
- 12 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時20分44秒
- あたしは、家から離れた駅の近くの食べ物屋であゆみに会った。
ここまで来ればあの夢見が丘から逃れられる。
中学からの親友、柴田あゆみは、シックな落ち着いた装いで、ミルクコーヒーを飲んでいた。あゆみは、中学の時から少し大人びたところがあってそれがそのまま服装に出ていた。それでいてマイペースであまり動じないとこがある。今回合格圏内ぎりぎりだったあゆみが英進の受験を、何もなかったようにクリアしたのもそんな性格がいいように働いたのかもしれない。
「どうしたの?こんな家から遠いとこまでこなくても良かったのに。」
あゆみが不思議そうに尋ねた。
「今、あの家の周りにいたくない。夢見なんてつくとこ、あたしは関わらないことにしたから。」
「あはは。なるほどね。でも気持ち分かるな。確かに梨華に夢見が丘高校なんて会わないよ。梨華ちゃんにはもっと雰囲気の良さそうなとこが合うようなきがするんだけどな。」
あゆみが言った。
- 13 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時22分00秒
- 「でしょー?もぅやってらんないよ。」
あたしは、散々あゆみに愚痴った。
「でもね。梨華。大学行ったらそんなの関係ないじゃん。一緒に東京の大学行こうよ。」
あゆみが、あたしをなぐさめるように言ってくれた。
やっぱ今のあたしの状況を分かってくれる人なんて中学が一緒だったあゆみでしかありえない。そう確信した。
入学式が近づくまでの日々、あたしは極力ものを考えないようにした。
もう悲劇のヒロインになりきるしかない。
あたしは、国立の附属中学を卒業した。
もう一人の人間が出来上がってる。
今さら、地元のどんくさい高校生になれと言われても無理だ。
例え、いじめられようとぶたれようとも刺されようとも。
あたしは、田舎くさい青春になんて何の興味もない。
ただ大学に合格して、この街を出て行きたいだけ。
だからあの高校にも何の興味もない。
でも、でも・・・これからの3年間は返して欲しい。まじでそう思った。
- 14 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時22分35秒
- そしてとうとう入学式の日がやってきた。
「梨華もとうとうこの制服を着るぐらいになったんだねぇ。」
朝食の準備をしながら、母が言った。うちの母は夢見が丘女子の出身だった。
「あたしもその制服着て3年間通ったわよ。思い出すわぁ。若い頃・・。」
今まであんまり考えてなかった。ということは、この高校うちの母の頃から制服が全く変わってないってこと。
さすがだと思った。入学式の朝にして早々ボディブロー。
- 15 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時23分39秒
- あたしは、集合時間ぴったしに機械的に高校に到着した。
玄関のところにお祝いのメッセージとクラス分けが書いてあって、女子高らしくキャーキャーいいながら人だかりができていた。
めんどくさいな。クラス見るの。そんなことを思いながら人ごみに割って入ろうとしたら、強い力でぐいと引き戻された。
「梨華ちゃん!あたし達同じクラスだよ!」
振り向くとひとみがにっこりと笑いながら立っていた。
「うそ。」
あたしは、思わず言うと急いで掲示板でクラスを確認した。
あたしは、1年3組・・・。それで・・。いた!「吉澤ひとみ」・・・ホントだ。
あのうるさいテンションに1年間もつきあわされるのか。トホホ。
そう思ったら気が遠くなった。
「やだなぁ。梨華ちゃん。そんなに喜ばれたら照れちゃうジャン。さ、入学式の会場。一緒に行こ!」
- 16 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時24分32秒
- あたしの気持ちなどつゆも考えない、この能天気一直線の少女は、入学式会場にあたしを連行した。
式で「おめでとう」って言葉を何回聞いただろう。
この「おめでとう」って言われて、本人が本当におめでたいと思えることって意外に少ないんだろうなってふと思った。
今日は、入学式の後クラスルームが終われば開放されるはず。こういう縁起の悪い日はさっさと家に帰るにかぎる。
そう考えたあたしが甘かった。クラスルームで、担任の中年のおばさん先生が延々と自己紹介をしていた。
そのうち話は脱線して、買い物の話にうつり最後には育児の話しにまでなった。
これじゃ、うちにようかん買いに来ては母と無駄話してる客と何も変わんないじゃん。
あたしは、ため息をついて、うなだれたまま机の木目を見つめた。
「石川梨華さんっています?」
アホみたいに大きな声で担任の先生が言った。
「はぁ?」
あまりにも突然だったので、不良のような返事をしてしまった。
隣に座ってるひとみがクスクス笑ってる。
- 17 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時25分14秒
- 「あーはっは。あなたが梨華ちゃんね。悪いんだけど1学期のクラス委員やってちょうだい。最初だとみんな知らないから投票もできないでしょ?だから最初は、私が決めさせてもらうわね。じゃあ今日はこれでおしまい。みんなまた明日ね。」
「はーい。」
子供みたいな声が響いた。あたしの周りの人が帰り際、口々に「梨華ちゃ〜ん。これからよろしくね!」「梨華ちゃーん。ばいばーい!」と言ってきた。
もしかして馬鹿にされてる?もーう初日早々我慢ならない!
そこに隣のひとみが帰り支度を済ませて話しかけてきた。
「ねえ。梨華ちゃん梨華ちゃん!」
もう、どいつもこいつも梨華ちゃん梨華ちゃんうるさい!うるさすぎる!
「最初のクラス委員って多分、成績で決めてんだよ。きっと。やっぱ梨華ちゃん頭いいんだぁ。すごいなぁ。かっけー!」
「ふぅん。でもそんなことないんじゃない?じゃ、あたしも帰るからバイバイ。」
あたしは、さっさと家に戻ろうとした。
- 18 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時26分27秒
- 「あぁ!ちょっと待ってよ。梨華ちゃん。方向一緒でしょ〜?一緒に帰ろうよぉ!」
こう言われると断る理由もない。仕方なくひとみと一緒に帰ることにした。
高校から夢見が丘商店街は歩いてすぐのところにある。
当然同じ商店街にあるあたしとひとみは通学路まで一緒だった。
ぶぅん。一台のバスが商店街の脇の道路を通り過ぎる。
あたしが、小中6年間も通学に使ったバスだ。二度と戻れないんだ。
あたしはそう思った。
これから3年間は自分を殺して生きていくしかない。
たかが高校・・大げさかもしれないけど本当にそうだ。
夢見が丘と名のつく全てとあたしは、根本的に違うんだ。
あたしの思いは確信的になっていた。
学校の授業も平常どおりに行われるようになり、慌しい時期も終わった。
高校生活とはいっても、授業が1限から6限まであってそれを繰り返してるだけだ。もうクラスは入部するクラブの話で毎日盛り上がっていた。上級生が教室へ入ってきて目当ての子を必死に勧誘してることもあった。クラブに入部する意志など全くもたないあたしは、全く興味はない話だった。
- 19 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時27分42秒
- 「ひとみは、クラブに入らないの?」
あたしは聞いてみた。
「うん。ダンスとかそういうクラブあったら入りたい気持ちはあったんだけど。
そんなクラブないし。いいや。何か先輩後輩とかってめんどくさいじゃん?そういうのあたし嫌いだから。」
活発そうなひとみにしては意外だと思った。ひとみは、何か思いつくと暴走する。
そんなところがあたしは嫌いだった。
だけどひとみは、絶対にクラスの高校に入っただけのきゃぴきゃぴムードには流されていない。
そんなところがあたしは、少しは好感をもてた。
「梨華ちゃんは?何か入りたいクラブあるんだったら一緒に入ったたげよっか?」
「は?いいよ。クラブなんて馬鹿らしくてやってらんない。」
あたしは、強く断言した。
「だよね。」
ひとみは、やっぱりといった顔をして笑った。
- 20 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時28分22秒
- 「ひとみは、クラブに入らないの?」
あたしは聞いてみた。
「うん。ダンスとかそういうクラブあったら入りたい気持ちはあったんだけど。
そんなクラブないし。いいや。何か先輩後輩とかってめんどくさいじゃん?そういうのあたし嫌いだから。」
活発そうなひとみにしては意外だと思った。ひとみは、何か思いつくと暴走する。
そんなところがあたしは嫌いだった。
だけどひとみは、絶対にクラスの高校に入っただけのきゃぴきゃぴムードには流されていない。
そんなところがあたしは、少しは好感をもてた。
「梨華ちゃんは?何か入りたいクラブあるんだったら一緒に入ったたげよっか?」
「は?いいよ。クラブなんて馬鹿らしくてやってらんない。」
あたしは、強く断言した。
「だよね。」
ひとみは、やっぱりといった顔をして笑った。
- 21 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時29分02秒
- 「ちょっとごめんね。」
と、あたし達が話しているところへ上級生らしき人がひとみに話しかけてきた。
「あたし達、演劇をやってるんだけど・・。あの、吉澤さんてそういうの興味ないですか?」
その先輩は、上級生なのにおどおどして、妙にぎこちなかった。
丸顔にふくらかな瞳。
でもきっと笑ったらものすごく可愛いんだろうなと思う。
「えー。演劇ですかー?何かピンとはこないですね。」
相手は先輩だというのにひとみは、態度はふてぶてしい。
あたしはあっけにとられて見ていた。
- 22 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時29分35秒
- 「あの、あなただったら主役もとれると思うし。中心的な存在になれると思ってる。」
名札に「安倍なつみ」と書かれたその先輩は、さらに一生懸命ひとみを説得しはじめた。
「でも、めんどくさしなー。」
それでもひとみは、意地悪な笑いを浮かべるだけだった。
「正直あたし達、このままじゃ人数足りなくて文化祭の出し物もできないの。で、吉澤さんみたいな人がきてくれたら、演劇部も人気でてくるし。だからお願い。」
最後は、もう勧誘ではなくなっていた。目元も微妙に潤んでる。
「しょうがないですね。じゃあ梨華ちゃんも一緒に入るっていうんだったら入部してもいいですよ。」
「え!?」
あたしは、咄嗟にひとみの顔を見た。
ひとみは、いつものいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
- 23 名前:Easestone 投稿日:2003年03月09日(日)21時30分23秒
- 今日はここで終わりにします。
- 24 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2003年03月10日(月)11時24分55秒
- いしよし新作だー!!
こういったカンジの梨華ちゃんがこれからどうよっすぃ〜に感化されていくか楽しみです
- 25 名前:Easestone 投稿日:2003年03月11日(火)20時34分43秒
- ラヴ梨〜様
感想ありがとうございます。次回更新は、3/15(土)を予定してます。
よろしくお願いします!
- 26 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)14時56分32秒
- 「もーお!何考えてんのよ。あたしは、クラブなんか入んないっていったじゃん!?」
あたしは、後からひとみを責め立てた。
あの後、その先輩曰く「あたし、絶対にあなたを説得する!!!」だそうで、授業が始まってもあたしは入部を説得された。
先輩は、結局先生に追い出されたけど、あたしはクラスのいい笑いものだ。
「だから。別に梨華ちゃんに強制してないって。梨華ちゃんが入るんだったらあたしも入るってだけなんだから。それにあの先輩、慣れない勧誘して可愛そうだったじゃん。最後のほう涙目だったし。あれ以上断ったらあたし、あの安倍さんて人泣かしてたよ。」
- 27 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)14時57分15秒
- 「知らないよ!そんなの!あたしは忙しいの。とにかく、きっちり4時15分からはあたしの時間なんだから絶対にこの高校に侵害はされない!」
あたしは、大統領演説のように言い切った。
「でも。さぁ。梨華ちゃん、授業終わってからあたしとだらだらファーストフードとかにいるじゃん。そんな忙しくはないんでしょ?」
ひとみが軽く言ってのける。
「うるさーい!!!!」
あたしは、両耳を押さえた。
- 28 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)14時58分09秒
- 「はい。分かりました。放課後改めて断ってきます。」
ひとみの言葉を聞いてやっとあたしは、納得した。その時校内放送が鳴った。
「1年3組の石川梨華さん。放課後担任の白井先生のところまで来てください。繰り返します・・・」
「いきなり侵害されてますな。長いよぉ。おばさんの長話は。」
ひとみがまた笑ってた。
当たり前のことだけど、あたしは思う。
用があるなら向こうから来るべきだ!
文句を考えたらきりがない。あたしは、放課後職員室へ白井先生を訪ねた。
「あー。梨華ちゃん。いらっしゃい。」
勝手に呼び出しといて「いらっしゃい」ってどういうことなんでしょうか?
- 29 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)14時58分55秒
- 「実はね。クラスで2名ほど、チアガールになる人を決めなきゃいけないの。陸上大会のね。クラス委員長のあなたに一応相談しとこうかと思って・・・」
まず何で女子高にチアガールが必要なのか疑問に思う。
「それで、クラスでクラブとか入ってない暇な人で決めさせてもらうことしようと思うんだけど、それでいいわよね。」
「え!?クラブですか?」
「そう。だってクラブ入ってる人は放課後練習できないでしょ?」
「そうですけど。」
「何なら、梨華ちゃんやる?」
「え、結構です。あ、あたしクラブ入ってて忙しいですから。」
チアガールなんて冗談じゃない。
そんな恥ずかしいのやるぐらいだったら斬首されて磔にでもなったほうがましだ。
あー。もう世の中一難去ったらまた一難。
- 30 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時00分29秒
- 「ひっとみぃー!」
あたしは、職員室の廊下を歩いてくひとみをみつけて叫んだ。
「やっぱあたし、演劇部入ることにする。」
あの人数の足りない部だ。どうせろくに練習してないに違いない。
幽霊部員なればあたしの生活は侵害されない。
めんどくさいチアガールもやらずにすむ。
「えーチアガール!?そんな女っぽいの。あたしにはできない。じゃあ一緒に演劇部入ろっか。」
ひとみの反応も予想通りだった。
ひとみが演劇か・・・。確かに、ひとみは顔立ちも整ってて美人だとは思う。
だけど、あたしには宝塚の男役にでも所属しているタレントように見えて、少し笑えた。
- 31 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時01分38秒
- 「でも、梨華ちゃんって結構笑う子なんだね。」
少したってひとみが突然言ってきた。
「え?」
「あ、冗談冗談。ほら。梨華ちゃん入学したてのころピリピリしてたから。でも今はなんかずっと普通じゃん。だから最初の方はあたしが話しかけて迷惑かなって不安だったんだ。」
「そお?あたしは、最初から最後までずっと一緒だと思うけど。」
確かに、あたしはぴりぴりしてたかもしれない。でもそれは今も変わらない。
だけどひとみに対するイメージは、変わった。
ひとみは突っ走ってぶっとんでるけど、いつもあたしの話をよく聞いてくれる。
こっちがそれに吸い込まれてどんどん話してしまうまで。そして誰よりもあたしの状況をよく把握してくれてた。
あたしにとってそれは、不思議な魅力だった。
だからあたしは、ひとみをこの夢見が丘で見つけられた唯一の友達だって思うようになっていた。
季節は5月を迎える。
高校生活終了まであと、35ヶ月、あたしにとって長いレースの始まりだった。
- 32 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時02分45秒
- いつも使ってたバス停がびしょぬれだった。
この頃、小雨がよく降る。
梅雨にはまだなっていないのに霧雨が毎朝のように降っていた。
この頃あたしは、雨が好きだ。ほとんどの人が嫌いなのに何で雨が好きになってきたんだろう。
それは、あたしの本心を表しているのかもしれないと思う。
今日は、ひとみと演劇部の練習を覗いて見ることになっていた。
一応演劇部に入部した以上挨拶ぐらいはしといたほうがいいだろうということになっていた。
「あぁ。めんどくさい。」
はっきり言ってそうだった。
「は?梨華ちゃん。何言ってんのよ。一応顔出さないかって言ったの梨華ちゃんだよ。あたしだってめんどくさいよ。どうせ幽霊部員なんのにさ。」
隣を歩いてるひとみがふくれて言った。
- 33 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時03分33秒
- 「ごめん・・・。でも、一応さ・・」
「分かってるって。でも梨華ちゃんて変なとこまじめだね。授業だって全く聞かずに内職ばっかりやってるくせに。」
「ひとみだって授業中ずーっとしゃべってるじゃん。相変わらず元気だよね。」
「じゃあお互い様か。」
あたし達はお互いに笑いあった。
- 34 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時04分37秒
- あたしは、高校に入ってひとみ以外に友達をつくってない。というより、つくろうとしていなかった。
ひとみがいなかったらクラブに入るなんて器用なことはとても出来なかったと思う。
相変わらず高校は、生徒会主催のバザーで品物の出品を強要したり、夢見が丘女子体操なんて意味不明の体操を覚えさせたりでたいそうあたしは、憤慨しきってた。
それでもあたしは、感情的になりながらも高校生活をこなしていた。
ひとみはそれはそれで楽しんでいるようでもあった。
あたしは、そんなひとみをうらやましく思う。
でもそれは、今まで育ってきた生活環境の違い、しょうがないって思った。
- 35 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時05分27秒
- 放課後、あたしはひとみに言った。
「ひとみ、そろそろ行ってみる?」
ひとみは、突然言いづらそう口を開いた。
「ごめん!!梨華ちゃん。実は、今中学の友達から連絡あって。夕方会おうってことになっちゃった。その子部活があって忙しいから今日ぐらいしか会えないんだ。だからごめん!」
「!?ひとみ、あたしを一人で行かせるつもり!?」
「そんなつもりはないよ。また別の日にすればいいじゃん。」
「でも、安倍さんに今日行くって言ってあるんでしょ?」
「あぁ。でもまた会ったときに謝ればあの先輩も許してくれるでしょ。」
「そんな適当な!」
ひとみは、いつもこんな感じだ。いきあたりばったりの典型的なO型気質。
- 36 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時06分11秒
- 「それじゃ。今日はお先に。」
ひとみは、かばんをひっつかむと教室を飛び出していこうとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
あたしは、教室の外までひとみを追いかけた。
教室を出たところでいきなり横に隠れていたひとみに羽交い絞めにされた。
「この埋め合わせは必ずするから。だからね。梨華。」
まるで恋人にささやくようにひとみが耳元でささやく。
「ちょっと!何すんのよ!」
あたしは、耐えられなくなってひとみを突き飛ばした。
思いっきり突き飛ばしたのにひとみは、へらへら笑ってた。
「冗談だって。まった明日ねー。」
ひとみは、そう言うと、あっというまに消えていった。
あたしは、そんなひとみの後姿をぼぉっと見つめていた。
- 37 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時07分08秒
- 最近、ひとみのペースに完全に乗せられてるような気がする。
ひとみはあたしの内面にまですっと入り込んでくる。
中学時代までこんな友達いたことなかった。
いい友達はあたしのさらけ出したくない一面を覗いてはこない。
嫌なやつは、それをひっぺがして笑い者にしようとする。
あたしは、友達なんてその二通りしかいないって思ってた。
でもひとみは違う。
いくらあたしが心を閉じようとしても、何のハードルもないようにやすやすと乗り越えてくる。
- 38 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時08分09秒
- そんなことより、何にも考えていない無鉄砲で馬鹿な人間を、あたし自信一番嫌ってるはずなのに何でこんなに仲がよくなってしまったのか、自分が一番不思議だった。
とにかく、ひとみばかりに頼ってられない。
今日ぐらいは、演劇部の活動は一人で見学に行って一応入部してますってことにしとこう。
あたしは、演劇部が練習している体育館に向かった。
- 39 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時09分32秒
- 演劇部の練習場からは、んーとでもぬーとでもうなっているような不気味な声が響いていた。
やっぱり怪しい部なんだ・・・行くのやめようかと思う。
あたしは、いつもこんな調子だった。
子供の時の商店街のイベントも、盆踊りも行かなかった。
何故かって学校の友達が一人もいなかったから。
国立の小学校に行ってる子供なんて近所でも、あたししかいない。
だからどうせ仲間はずれにされるって思った。
でも今でもそれは臆病だったとか思ってない。
学校に行ったら友達も、親友のあゆみもみんなそうだって言ってた。
だからあたしは、臆病なんかじゃないんだ。
- 40 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時10分53秒
- そこまで思ってあたしは、練習場のドアを開けた。
中にはその不思議な発声練習をしている集団と先輩らしき人の集まりがあった。
期待に反して、誰もドアを開けたあたしに注目する人はいない。
そのうち安倍先輩が、あたしに気付くと笑顔で手招きしてきた。
「石川さんね。待ってたよ。」
安倍さんが親切そうな笑顔を浮かべて言う。
それで少し緊張気味だったあたしの心は少しほぐれた。
「へぇー。この子も新入生?超可愛いじゃん!いきなりヒロイン役でもいけんじゃん。」
横から安倍さんの友達らしい人が顔を出した。
「もーお。あたしがせっかく勧誘した子なんだからね。からかわない。」
「ごめんごめん。おいら矢口真理。なっちの同級生の2年だからよろしくね。」
矢口さんは、安倍さん以上に人懐こそうだった。
安倍なつみ先輩は、「なっち」と呼ばれていてこの部の部長らしい。
安倍さんは、教室で勧誘してた時みたいなおどおどぶりは全然なく部員ときゃあきゃあ騒いでいた。
あたしにはどうもあんまり熱心に活動してるようには見えなくて安心できた。
- 41 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時12分28秒
- 「ねぇ、あなた演劇に猛烈燃えてる人?」
矢口さんが、あたしに近寄ってきて聞いてきた。
「あ、いえ全然。」
とあたしは、咄嗟に答えてしまった。
「そ、よかった〜。ほら、うちって部長のなっちからしてあんなじゃん。あたしもそんなに練習に参加してなくてさ。いいよ。別に暇つぶしって感じで入れば。」
矢口さんは、そう言うとあははと笑った。
あたしは、正直安心した。
先輩も雰囲気も良さそうだし、無理やり練習させられることもなさそうだ。
「でもね。この間入った新入生がね。もぉがっちがちの超真面目なんだ。熱心なのはいいんだけどあたしもついていいけなくてさー。」
迷惑な人もいるもんだ。
せっかくのだらだらムードでやってる部なのにそれを変えようとするなんてはた迷惑な話もあるもんだ。
あたしは、そう思った。
- 42 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時13分56秒
- 「はい、次ウォームアップやるよー。その前に10分間休憩!」
うしろで大きな声が聞こえた。さっき発声練習をしていた集団だ。
指示をだしていたリーダー格っぽい女の子ずっとこっちへ近づいてきた。
いかにも意志の強そうな大きな目に茶色の長い髪がきれいだった。
すごく大人びているようにも幼くも見える。
まるで反抗期の中学生のような顔の表情をしている子だった。
ちょっとあいさつをしようとあたしが目線を合わせるとふっと顔をそらして通り過ぎていった。
「無視された!」あたしは、確信的に思った。
「ね。何か感じ悪いっしょ。あの子、後藤真希っていうんだ。演劇のこと詳しいみたいだから新入生の面倒おしつけてるあたし達も悪いんだけどさー。あたし達もそんなにやる気ないんだよねー。あのグループの子達も結構いやがってんじゃん。」
「ですよね。あたしもあの中入らないといけないんですか?」
- 43 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時15分18秒
- あたしは、それだけは嫌だった。
ああいうタイプは、どうせあたしを勉強しかできない人間だと見下してるに決まってる。
うまくいくはずがない。
「いいよ。そういってる子も多いし、梨華ちゃんと吉澤さんは、おいらとなっちで面倒見るから。あのグループには入んなくていいよ。機会があったらまた遊びにきて。とにかく人数足りないとうちの部つぶれちゃうからさ。」
「つぶれるとやっぱまずいんですか?」
「まずくはないけど、部室使えなくなるじゃん?」
「あぁ、なるほど。」
あたしは、納得した。
確かに、放課後に自由に使える部室があるのは便利だ。
練習するかどうかは別にして。
とにかく、あの生意気そうな後藤真希を除けば、うまくやってけそうな部だ。
こういう部を一つ確保しとくのもいいかもしれない。
- 44 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時16分37秒
- 演劇のことは、よく分からないけど、あたしは中学の時運動もやってたし、セリフを覚えるのも簡単だろう。
高校生の演劇なんてたかがしれてる。
たとえ台詞覚えられなくても失敗しても、そのときに一生懸命にやってさえいれば何となく周りの大人は満足する。
あたしには、適当にやりこなす自信があった。
あたしは、家に帰ると今日のことをひとみに電話した。
「へぇー。で、その後藤真希って子そんなにまじめなんだ。感じ悪いって言っても実際会って見ないとわかんないじゃん。案外、あたしにだったら心開くかもよ。それに結構可愛いんでしょ?早く会ってみたいな。」
ひとみは、後藤真希に興味しんしんだった。
こういうことはいかにもひとみらしい。
「うん。でもねー。結構手ごわいかもよ。」
「そういう子ほどそそられるなぁ。少し、心の隙さえ見えればあたしが・・。」
「何が、目的なんだか。」
あたしは、あきれて言った。
- 45 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時17分43秒
- ひとみはとにかく可愛い女の子には目がないらしい。
でもあたしは、ひとみ自身がものすごく可愛い部類に入ることを本人は気付いているんだろうかと不思議に思う。
ひとみほど整った顔に大きな目をもった子は、あたしは今まで見たことがない。
ひとみと会っているときは、意味不明の馬鹿な話しばっかりしてるからそんなこと全く考えなくかった。
けどひとみには、そのギャップがいいのかもしれない。
吉澤ひとみ・・・か・・。でもすごいいい子だな。あたしは、そう思った。
「あ〜ら。奥さん久しぶり。んまあ、健太君こんなに大きくなって!」
お店から相変わらず母の騒々しい声が聞こえてきた。
あたしは、はぁっとため息をつくとさっさと自分の部屋へ戻った。
- 46 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時18分38秒
- 翌日の放課後、ひとみはやる気まんまんで演劇部に向かおうとしていた。
「初めて行くってのにものすごい自信だね。ひとみ演劇なんかしたことあったっけ?」
あたしは、ひとみに聞いてみた。
「は?そんなの全然。体動かすのは好きだけどね。だからついでに演劇に興味ありそうな子スカウトしてきた。」
そう言うとひとみは、教室のドアのところに立ってる女の子を手招きして読んだ。
「どうしたの?あの子は?」
「ん?昨日、演劇のすきそうな子を適当にみつくろってきたんだ。可愛いでしょ。」
なんという素早さだ。
どうせまた新手のナンパみたいなことをしてきたに違いない。
でも確かに幼そうな顔立ちでまだまだ中学生の雰囲気が残っている子だった。
「石川梨華ちゃんですか?」
その子があたしに尋ねた。
- 47 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時20分03秒
- 「あたしは、あさみっていうんだ。よろしくね。」
この高校によくいそうな人の良さそうな子だった。
だからひとみにだまされて連れてこられたに違いない。
あたしもひとみも、演劇なんてまともにやる気などないのだ。
まぁ全てが気分次第のひとみは、そこまで考えてないだろうけど。
ひとみは、中学の友達と違って何も考えずにつきあえる。
思ったままを話せる。そこがいいところだった。
私達3人はぞろぞろと演劇部の練習場所の体育館に向かった。
「こんにちは〜。あ、安倍さ〜ん。お久しぶりです。」
ひとみは、初めて部活に来たとは思えない慣れたものだった。
「あ、吉澤さんね!いらっしゃい。」
安倍さんが手をふって答えている。
よほどひとみが来たことがうれしかったのだろうか。
さらにその声につられて上級生が一斉に集まってきた。
あたしが一人で行った時にはとてもこんなふうにならなかったのにだ。
- 48 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時23分18秒
- 「ふーん。あなたが噂の吉澤さん?何でうちの部なんかに?」
「可愛くてかっこいい!」
「これでうちの部も救われる・・。」
ひとみの周りは、たちまち人だかりだ。
すでに、あたしとあさみは、人だかりからはじきとばされていた。
カチン、あたしの頭の中で音がした。確かに演劇部なんてどうでもいい部だ。
この部でどう扱われようとそんなのはあたしの関心事項じゃない。
でも、でも小さい頃から「可愛いね。」とか「頭いいね。」とか「友達になって欲しい」とか人の関心の対象になるのはあたしの専売特許のはずだ。
それを、この扱いはないんじゃない!?あたしは、気を静めるためにあたりを見回した。
すると、あたしと同じようにいまいましそうに人だかりを見てる人物がいる。
後藤真希だ。みると、真希と一緒に練習してた新入生もひとみの周りに集まっていて、真希だけ一人ぽつんと残っていた。
そりゃあ、自分の練習邪魔されたんだから怒ってんだろうなと思う。
でもあたしが連れてきたひとみの人気に押されて、孤立しているのをみるとせいせいする気がした。
- 49 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時24分13秒
- しばらくあたし達は、あさみと適当におしゃべりをしていたが、なかなか「ひとみを囲む会」は、終わりそうにない。ひとみは完璧にお調子者で、時間などお構いなしにしゃべりつづけている。もうあたしは、あきれ果てていた。
「もうここにいても意味なさそうだし。帰ろうか?ごめんね。こんなになっちゃって。」
あたしは、あさみに言った。
「ううん。梨華ちゃんのせいじゃないし。それに、梨華ちゃんと話せて楽しかった。」
あさみが言った。
その時、後藤真希があたし達のほうにも目線を向けてこっちを睨んでるようだった。
このままいたら何かめんどうなことになる。
つまらない争いは極力避けよう。あたし達はさっさと体育館をあとにした。
あさみは、演劇が好きでちょっと吉澤ひとみに憧れている普通の子だった。
ひとみが、憧れるような人なのかあたしは、大いに疑問だったけど。
- 50 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時25分21秒
- 「ねぇ。梨華ちゃん。今度も練習一緒に行ってくれるうれしいんだけど。」
「オッケー。ひとみも行くときは、教えてあげるから。じゃあまたね!」
あたしは、適当に答えておいた。
「ありがと!またね!」
あさみが、笑顔で言った。
その笑顔は、無邪気で、屈託がなくてあたしが普通に高校に合格してたらあんなふうに笑ってたのかなと思った。
「はぁ。ひとみいないとなんだかつまんないな。」
あたしは、商店街の方まで一人で帰ってきた。
ちょっと演劇部に顔を出しただけですぐに人気者になれるひとみがうらやましかった。
だけど別にひとみのようになりたいとは思わない。
そんなことを考えてた。そして、あたしはその瞬間に立ち会った。
- 51 名前:Easestone 投稿日:2003年03月15日(土)15時26分28秒
- 商店街に入ろうとしたら入り口に2人の少女が向かい合って立っている。
一人はひとみ。もう一人は想像もできなかったから最初は分からなかった。
「後藤真希!?・・。」あたしはつぶやいた。
二人が何で?さっきまで体育館に二人ともいたはずだ。
またひとみが、ナンパしてひっかけてきたんだろうか。
でも真希がひとみの誘いにのるような人には思えなかった。
それに、演劇部の練習を中断させて怒ってるに決まってるのに何故。
あたしは、奇妙な不快感を覚えた。
二人の間は、微妙に距離があいてる。
気まずい距離な気がした。
その瞬間、「バシン!!」っていう音がここまで聞こえてきた。
真希が、ひとみのほほをおもいっきりひっぱたいた。
というより殴ったっていったほうが近いかもしれない。
その光景は、今まで遭遇したことはないけどまるで恋仲の男女のようだった。
- 52 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時13分23秒
- 真希は、さっと顔を向きなおしてこちらを向いた。
そしてまたあたしを睨んで無視したあげくに、走り去っていった。
事情はよく分からないけど会った日にこの商店街までひとみについてきて、しかもひとみにビンタまでするなんてどういう神経してるんだろう。
このことで「後藤真希」アレルギーは完璧になったような気がする。
ただ変わらぬのは、平凡な夢見が丘商店街。
でもあたしの思いとは裏腹に二人の存在が、二人がさっきまで一緒にいたって事実が、まるでドラマのように商店街から浮かび上がっていた。
- 53 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時14分21秒
- ひとみは、しばらく呆然とたちつくしていた。
そしてもう一人ぼぉっと突っ立っているあたしを見つけると気まずそうに笑った。
「何かあった?」
あたしは、ひとみに聞いてみた。
ひとみは、しばらく黙っててたけど突然堰を切ったようにしゃべり始めた。
- 54 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時15分20秒
- 「もう〜。何あいつ。梨華ちゃんの言うとおり相当なくわせもんだね。
ちょいとばかし可愛いからって、下手に出てたあたしが馬鹿だった。
演劇の話でここまで連れ出したのは、良かったんだけど。
あまりにもあたしにつっかかるからさ。
あたしも梨華ちゃんも演劇なんてそんなやる気ないって言ってやったんだ。
そしたら、迷惑だから部活辞めてくれっていわれて・・・。
もしあたしがやめたら梨華ちゃんもみんなも全員やめて、あなた一人になるんじゃない?って言ったらぶったたかれた。」
- 55 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時16分26秒
- ひとみの顔は、まるで運動してきたかのように上気していた。
ひとみは、なおも続ける。
「あ〜。もうとにかくむかつく!何かあの顔見るたんびにストレスたまりそう。本当に調子狂うな。」
あたしも「後藤真希」のことは、当然よくは思ってなかったけどひとみまでここまで嫌うとは以外だった。
それからもう、ひとみは後藤真希のことをしゃべり続けていた。
顔の表情の一つ一つ。スタイルやファッションまで。
ひとみがここまで人間を観察してるとは思わなかった。
- 56 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時18分15秒
- 「じゃ、もうやめちゃう?演劇部?」
あたしは、聞いてみた。演劇部にいる限り後藤真希とは関わらなければならない。
最初から意見も何もかも違う人間となんてやっていってもストレスがたまるばかりだ。
「いや、あいつにだけは負けたくない。あたし、演劇でも何でもやってこてんぱんにしてやりたいんだ。だからちょっとまじめに練習してみる。」
「えー。適当に幽霊やるって言ったじゃん。」
「うん。そういうつもりだったけど、吉澤の中の何かが許さないんだ。絶対に目にものみせてやる。」
- 57 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時19分04秒
- ひとみは、このモードに入るともう誰が何と言っても駄目だ。
後は、もう猛烈に突っ走っていってしまう。
あたしにはそれがわかってたからそれ以上はなにも言わなかった。
あたしは、思う。もともと演劇は好きでも何でもなかった。
そんなあたしがのうのうと演劇部なんてところで時間をすごすのははっきり言って無駄なことだ。
ひとみが演劇やりたいのならやればいいと思う。
やはりあたしにはついていけない。
- 58 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時20分27秒
- 季節は、慌しい春を過ぎてどんどん夏に向かっていった。
ひとみは、がぜんやる気を発揮し、毎日のように演劇部にいくようになった。
あたしはあたしで、もはや演劇部に行く気も起きず学校が終わったらさっさと家に帰るようになった。
ひとみと過ごす時間は、極端に減ったと思う。
別にあたしは、ひとみを避けているわけでも何でもない。
あたしは、ひとみから演劇部のことを聞くのが嫌だったのだ。
ひとみは、相変わらず後藤真希との仲は、悪いらしくしょっちゅう喧嘩してるみたいだったがそんな話を聞くのも嫌だった。
だから演劇部に顔を出す気も到底起きないようになってた。
でももし、ひとみが後藤真希と仲良くなろうもんなら今度は、演劇部だけじゃなくて、ひとみとも少し距離を置かなければならないとも思っていた。
- 59 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時21分34秒
- あたしは、ひとみと、演劇部の間を何とかして裂きたいとは思った。
でもあたしには、どうすることもできない。
ただ演劇にあきてくれることぐらいを待つのみだった。
それでもひとみは、あたしのことを気にかけているらしく時々、練習に誘ってくれたが、そんな誘いもあたしは断るようになっていた。
ある意味ひとみをためそうと思っていたのかもしれない。
夏休みにあたしは、塾の夏期講習を受けることにした。
何もすることもないまま悶々と家で過ごすよりはいいと思った。
入学前に考えていたあたしの受験構想をそろそろはじめる時期にきていた。
夏休みこそ、この高校から開放される。
その休みをいかに活かすかがあたしにとって最も重要なことなのだ。
- 60 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時22分08秒
- 「あんたもよくそんな塾の日程きつきつにして。大丈夫なの?勉強頑張ってくれるのはうれしいんだけど。ちゃんともつのかしら?」
母が、あたしの塾のカリキュラムを見て言う。
「大丈夫だって。こういう休みの時ぐらいしか塾の講習まともに受けれないんだから。だってこの街じゃろくな塾もないし。やっぱ都会の塾でないと。授業も役に立たないんだよ。」
あたしは、自信満々に答えた。
「そんなに頑張るんだったら、絶対東京の大学だろうとなんだろうと行かしてやるから。あんまり気負わずにやれよ。」
父も心配そうに言った。
うちの父は甘いのはいいのだが、その甘さが自分の人生の命取りにもなってると思う。
あたしには、父の器じゃ満足できない。
- 61 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時23分10秒
- 演劇部では、秋の学園祭の発表に向けて練習も佳境に入るところだ。
あの部が、後藤真希と吉澤ひとみという新戦力を加えることによってどう変わったのかはあたしには、分からなかった。
ただひとみのあのやる気が続いているのと、あの部でのひとみの人気を考えたら結構まともに練習をやっているのかもしれない。
夏休み前の最後の日、ひとみが学校から帰ったばっかのあたしを訪ねてきた。
ひとみはあたしの部屋に入るといつものようにベッドにあぐらをかいて言った。
「あ〜。練習疲れるなぁ。」
ひとみは、壁に頭もたれかけている。
「全くめんどくさいのによくやるよ。」
あたしは、あきれて言った。
- 62 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時24分16秒
- 「だって、あの真希って子。先輩達にどんどん可愛がられていってさぁ。
練習も真希中心にやるようになっちゃったんだよね。適当にやれば楽しいのに。」
「だからやめちゃえばいいんだって。」
あたしは、何度もひとみに言ってきたことをまた言う。
「梨華ちゃん。一緒に練習行こうよ。梨華ちゃんいてくれるとあたしも助かるんだけどな。」
ひとみは、ぼそっとつぶやいた。
ひとみが、わざわざ演劇の練習を抜けてあたしの部屋にきてくれたことはうれしかった。
でもあたしは、夏休みにはぎっしりと夏期講習の予定がつまっている。
演劇どころの騒ぎではない。いくらひとみが大の仲良しでも夏休みを捧げてまでひとみにつきあうことはできなかった。
そして、真希が練習を中心となっていることを考えればなおさらだった。
- 63 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時25分27秒
- 夏休みが、はじまるとあたしは猛烈に塾に通った。
あたしが通った塾は大手の予備校で隣の県まで新幹線で通学しなければならない。
さらにカリキュラムもきつきつだったため朝から晩まで授業、そして移動、そして予習・復習とまるで地獄の様相を呈した。
あたしが、そのカリキュラムに決めたのは、あの高校から少しでも離れたい、演劇部のこととか極力忘れたかったからかもしれない。
そんな感情まかせで組んだスケジュールは、はじめから無理だった。
夏の暑さもあいまってあたしは、講習会を半ばにしてバッタリと倒れてしまった。
- 64 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時26分34秒
- 高熱で苦しい。典型的な夏風邪だ。ただ暑いってだけで体力奪われるのにその上病気になるなんて。
気分は最悪だった。そして何ともいいがたい不安感があたしをとりまいていた。
別に病気に対してじゃない。
母は、時折1階の店を父にまかせて時々様子を見にきてくれたが、それでも不安だった。
あたしだけ取り残されてる?そんな気がした。
風邪は、3日たっても治らずとうとう母が塾の日程を全てキャンセルした。
そのおかげで少しは楽になった。だけど、最悪な気分は到底収まらない。
悶々とした感情に不安感が重なると、ここまで苦しいものなんだ。
あたしは子供ながらに初めて思った。
ひとみがやってきたのは風邪をひいて1週間後ぐらいだった頃だった。
最悪な気分は変わらなかったが、熱はひいて何とか普通に生活できるようになっていた。
- 65 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時27分31秒
- 「あ〜。本当に熱下がってよかった。梨華ちゃんが倒れてから、お母さんから梨華ちゃんの体調は聞いてたんだ。
でも熱のあるときにお見舞い行ったら気つかわせて返って悪くなりそうだし。だから来れなかった。ごめん。」
ひとみはいつものように優しい笑顔をあたしに見せていた。
「いいよ。別に。自業自得だもん。」
その時あたしは、ひとみが来てくれた安心感と自分のふがいなさを一気に感じていた。
自分に対する怒りで胃の底がつかえるような感覚がした。
「梨華ちゃんならさ。頭いいんだからこれくらいすぐ取り戻せるって。って言ってもあたしよりもはるか前にいるんだろうけど。」
- 66 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時28分29秒
- ひとみが言ったことは一生懸命にあたしをはげまそうとしてくれたんだと思う。
だけどその時はあたしがあまりにも心が不安定で余裕がなかった。
「何よ!分かったようなこと言わないでよ!あたしがどれだけ苦しんだか知らないくせに!
そっちは演劇部行ってきゃあきゃあ騒がれてんのかもしれないけど。あたしそんな人に慰められたくない!さっさと帰って!」
もうその瞬間の後は自己嫌悪の嵐だった。
何を理不尽な馬鹿なことを言ってんだろ。
自分でもはっきり分かる。ひとみの顔が悲しそうに歪んだ。もう終わりなんだろうなって思った。
でもひとみは言ってくれた。
- 67 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時29分43秒
- 「ねぇ。梨華ちゃん?まだあたしに話してないことあるんじゃないの?」
その言葉がなかったら多分もうひとみとは話せなくなってたと思う。
その後あたしは、ひとみは悩んでること考えてること全部をぶちまけてしまった。
最初から夢見が丘女子には行きたくなかったってこと。中学と高校で人の相が全然違うからはっきり言って全然合わないこと、考えてたこと全部だ。
これまでひとみには少し話してたけど、まだいい足りないことがこんなにあったんだ。
自分でも話してみて驚いた。
「そうかぁ。やっぱりね。中学と高校がそんなに違うんじゃ・・。でもさぁ、そういうのって別世界に舞い降りてきたみたいでおもしろくない?」
ひとみは、さっきのことなんて全然気にしてなくて目を輝かせて言う。
「おもしろい?そんなわけないじゃん。」
言ってるあたしは笑ってしまった。
やっぱりあたしは、今までひとみにずっと元気付けられてたんだってことを実感した。
高校じゃ友達も少ないあたしにとってひとみはとても大事な存在なんだって思う。
- 68 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時31分14秒
- それからあたしは、たまにひとみと遊びながらゆっくりと夏休みを過ごした。
4月から何となくあたしは、自分を追い込んできた。
でもそんなプレッシャーは、高校生活3年間を通じてもつはずもなく自分で解決の糸口も見つからなかった。
自分の中では何も解決していないのに、あたしは何も出来ずにいるのに、ひとみと一緒にいることであたしの最悪の気分は薄れていった。
新学期が始まって少したった頃、ひとみが珍しくまじめに話があるって言ってきた。
「今度、うちの部で秋合宿があるんだ。その合宿はさぁ、今まで幽霊だった人も含めてきちんと最初から演劇を教えていこうってことになったんだ。だから・・・。」
「あたしもでろって言うんでしょ?」
「出てくれんの?」
「いいよ。分かった。」
あたしは、素直に答えた。今さら演劇部に復帰するなんてとんでもなく嫌なことだったけどそれでひとみが喜んでくれるのなら仕方ないと思った。
- 69 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時32分14秒
- 「練習だって別にこれから毎日でろっていうわけじゃないし、週に1,2回でもきてくれるだけでもいいと思うんだ。
それにみんなで合宿なんて結構楽しいと思わない?」
ひとみは、あたしがOKしたことでよほど喜んでくれたのか前のめりになってあたしの顔をまっすぐ見ている。
あまりに距離が近かったからあたしもどぎまぎした。
「でも、練習は毎日やってるんでしょ。」
「真希達のグループはね。それは、きついっていう子も多いからあたしとかあさみ達は、適当にやってるんだ。」
後藤真希。あぁこの人のことをすっかり忘れていた。
合宿に行くっていうことはこの子とも顔をつきあわしてやってかなければならない。
やっぱりあたしにとっては気の重いことが多かった。
- 70 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時32分59秒
- 「後藤真希と別々にやってるってことは分裂してるってこと?」
「まあそうだね。でもそのほうが梨華ちゃんにとっては都合はいいんじゃない?
だからさ、戻ってきても大丈夫だと思うんだ。それにあさみも梨華ちゃんに会いたがってたよ。」
ひとみは、あたしを勇気づけるように言った。
そう。あさみには、初めて会ったあの日以来一度も会ってない。
あさみの人懐こそうな笑顔が思い浮かんだ。
一緒に練習に行こうと言っておきながらそのまま会わずじまいだ。
悪いことしたかな、あたしの心がちくりと痛んだ。
- 71 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時33分39秒
- 合宿に行くまでの間やはりあたしは、不安だった。
生まれてこの方そんなめんどくさい活動をしたことがなかった。
中学の時はあたしは、テニス部の部長をやっていた。それはテニス部で活躍できることが分かっていたから、だからテニスを続けていたんだと思う。
高校になったら大学受験があるし、演劇なんてやってたらますます中学の同級生に差をつけられるだけじゃないか、そんなことを考えたりもした。
そうこうしてるうちに合宿の日はやってきた。
- 72 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時34分34秒
- その日は、前日までの暑さが嘘のように過ぎ去り、秋が夏を吹き飛ばしたようだった。
そして商店街全体にはものすごく濃い霧がかかっていて何だか幻想的だった。
霧が肌に触れるたびにひんやりと冷たさが体に染み込む。
雲が舞い降りたって感じじゃない。氷がおりてきてる。そんな感じがした。
あたしは、家の前でひとみと待ち合わせていた。
すぐ近くの吉澤工務店も見えないくらいに濃い霧だった。
「わぉ。めっちゃすごいね!この霧。すぐ先も見えないや。」
「あたし、こんな霧経験するの初めてだ。」
あたし達は、そんなことを言いながらはしゃいぎながら学校に向かった。
霧は、高校までずっと続いていた。
何故かあたしは、合宿所のある高校の裏庭までずっと続いてるんだと思った。
学校の裏庭につくと演劇部の部員はもうほとんどそろっていた。
- 73 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時35分28秒
- 「みんな、おはよ〜!今日は、気持ちいいから外で練習します。
じゃ、みんなそろったみたいだから荷物置いたら練習はじめよっか?」
安倍さんが、おお張り切り部員全員に言った。
「え〜。もうやるんですかぁ?せっかくついたばっかなんだからもっとゆっくりしましょうよぉ。」
ひとみがすかさず言う。
「駄目だよ。よっすぃー、家すんごい近いでしょ?ちょっと歩いてきただけっしょ。」
「えー。でも梨華ちゃん引きずり込むのに大変だったんですからね。」
ひとみが、あたし首に手をまわしていった。
「よっすぃーいつもそんな勧誘ばっかしてんじゃん。もういつからそんな子になったの?」
矢口さんも笑いながらひとみに言ってみんなが笑った。
前と雰囲気全然違う。まるで修学旅行にきたみたいにみんなうきうきしていた。
- 74 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時36分07秒
- 「梨華ちゃん。久しぶり!」
振り返ると、あさみがいた。
「もう、全然練習来ないからやめちゃったのかと心配してたんだよ。」
あさみは、前と全く変わらない屈託のない笑顔で言った。
演劇部には、全く練習にきてないせいで友達はひとみとあさみしかいない。
後は、知らない人ばっかりだ。習慣で平気を装うっているけど元来あたしは、人見知りするタイプで、こんな知らない人に囲まれるのは大の苦手だった。
でもあさみとひとみがいれば何とかやっていけるかもしれないとあたしは思った。
- 75 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時37分16秒
- 演劇部の練習は、発声練習とウォーミングアップからはじまる。
唸り声を上げつづける発声練習までは何とかついていけた。
でも、次に発声しながらステップを繰り返すという段階になると、みんなの調子についていけない。
しかもステップのバランスがとれない。そのことばかり気になると声が出せなくなって、みんなが簡単そうにやってることはものすごく難しいことが分かってきた。
今まで幽霊部員だったくせに突然、合宿にきておいてみんなの足を引っ張るのがあたしはとても嫌だった。
でも運動は自信があったはずなのに。
高校入って以来なにも運動してないのがたたったのか出来ないものは出来なかった。
「はい!じゃ新入部員でまだ出来ない人は各自で練習して。」
安倍さんが言った。あたし以外でもひとみが勧誘したのか今日はじめて練習に来た子も何人かいた。
あたしは、何度かステップを繰り返した。
けど何度やってもうまくいかない。
あたしは、あきらめて芝生の上に寝転んでしまった。
- 76 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時38分03秒
- 霧のせいであたりの様子ははっきりとはわからない。
空を見上げると霧がゆっくり動いているのが見えた。
そのまま眠ってしまうぐらいに気持ちよかった。
練習をしてるみんなの声が次第に遠くなっていく。
代わりにどこからともなく歌声が聞こえてきた。
鼻歌なのに恐ろしく繊細できれいな声だった。
それは木漏れ日のようにあたりに流れていた。これも演劇で使う歌なんだろうか。
あたしは目を閉じて聞き入った。
- 77 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時38分51秒
- 「梨華ちゃん?」
「んー何〜?」
最初は、あさみが呼んだのだと思った。だけどよくよく考えたら違う。その歌声の持ち主だ。
「ステップできないんでしょ?」
髪の毛を二つに分けたその少女はにっこりと笑いながらあたしに言った。
「きれい」その言葉が浮かんだ。その子自身がそうなのか歌声を聞いてそう思ったのか一瞬では分からなかった。
あたしは、はっとなって起き上がった。
あたしに話しかけたのは「後藤真希」だったのだ。
- 78 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時39分33秒
- 「で、できるわよ。ステップくらい。一体何?突然。」
あたしは思わず答えた。
「ごめん・・ね。びっくりさせて。」
真希の印象は、最初と全然違う。
あたしは、真希にはもっと鋭くて人を見透かしてるような印象をずっと持っていた。
「話すのはじめてだね。でもみんなが梨華ちゃんて呼んでるからさ。
あたしもそう呼んじゃった。」
真希は、あたしの横に体を降ろした。あたしは、固まっていた。
何ていったらいいのか分からない。
- 79 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時40分42秒
- 「あたしにさっきのステップみせてよ。」
真希は言う。仕方がない。あたしは、嫌味を言われるのがいやだった。
けどあきらめて出来もしないステップをやりはじめた。
案の定つっかかるし頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
「そう。そこは難しいんだぁ。そこのステップはね。」
真希は、普通にそう言うとあたしの後ろに回って重心の取り方を教えてくれた。
「ね。こうするとリズムとりやすいでしょ!」
確かにそうだった。ステップの動きばかり追ってるとそればっかりが気になってリズムもとれないし発声も出来なくなる。
「最初からそう教えてくれれば・・。」
思わずあたしはそう言ってしまった。
せっかく教えてくれたのに少し生意気だったかなと思う。その時だった。
- 80 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時41分20秒
- 「ちょっと!真希!何やってんの?ステップできた人は、安部さんとこ行って先輩達の練習加われって行ってたよ。」
強い調子のひとみの声が聞こえてきた。
穏やかなひとみの声しか今まで聞いたことがなかったからびくっとした。
こっちを見つめる顔の表情も、今まで見たことがないくらい厳しかった。
「ふん。関係ないじゃん。」
真希の顔が、一瞬悲しそうな表情になった。
そして吐きすてるように言うとさっと行ってしまった。
- 81 名前:Easestone 投稿日:2003年03月22日(土)14時42分02秒
- 今日はこれで更新終了です。
- 82 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2003年03月23日(日)02時19分59秒
- んお!!
これはただならぬ雰囲気になってきましたね〜
こっからがいしよしごま本番ですか!?
楽しみっす
- 83 名前:Easestone 投稿日:2003年03月24日(月)20時12分05秒
- ラヴ梨〜 様
いつも読んでいただいてありがとうございます。
これからも更新頑張りますんでよろしくです!
- 84 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時02分40秒
- 「はぁ。もうお昼だね。お腹すいた〜。梨華ちゃん、学校の外に何か食べにいかない?」
ひとみは、真希のことは一切ふれずにそう言った。
昼ご飯の時期になり、部員全員が集まってきた。
真希は、あたし達1年よりも先輩達と仲がいいらしく、安倍さんや矢口さんと仲良さそうに話している。
そしてひとみを中心とする新入生の固まりがもう一つできていた。
確かに演劇部がひとみのグループと真希のグループに分かれてるというのは何となく分かった。
ただ思うのは、それは二つのグループに分かれているのではなく、ただ単にひとみと真希の仲が悪いだけのようにも見えた。
あたしは、ひとみとあさみの3人でハンバーガーショップで昼ご飯を食べに行くことになった。
霧は、午後になると蒸発したように消えていった。
朝、霧で隠されてた商店街の街路樹がまた元気に姿を現している。
「夢から覚めたみたい。」
あさみが言った。あたし達は、まるで今までトンネルの中にいたような感覚だった。
さっき「後藤真希」とあたしは本当に会って話をしていたんだろうか。
- 85 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時04分45秒
- 何故かあたしは、彼女には憎まれ口の一言でも言われないと本当に会ったことにすらならないように感じていた。
不思議な感覚だった。あたしの「後藤真希」アレルギーは、完璧だからそう感じたんだろうか。
でも何を根拠にそれを感じていたのかは分からなくなってきた。
ハンバーガーショップにつく頃には、霧も不思議な感覚も消えて、いつもひとみと来ていたお店が目の前にあった。
「ひとみと後藤さんは相変わらず仲悪いの?」
あたしは席につくと、ひとみがハンバーガー選んでる間にあさみに聞いてみた。
あさみは、困ったようにうなずいた。
「うん。あたしもよくわからないんだけど、ごっちんっていちいちよっすぃーにつっかかることが多いんだ。よっすぃーも、いっつもごっちんにとやかく言われるもんだから、ひどい言葉で言い返したりして。」
「ふうん。やっぱそうなんだ。」
あたしは言った。
どうやら後藤真希は、「ごっちん」と呼ばれひとみは「よっすぃー」と呼ばれているらしい。
あたしは、部の流れに乗り遅れ少し寂しい気がした。
- 86 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時06分04秒
- 「でもさぁ。ごっちんって前あたし達が言ってたみたく悪い子じゃなかったよ。」
「そりゃあ、世の中極悪人なんてそうそういないからね。」
あたしは、答えた。あさみは、反論しようとしたけどすぐ横にひとみがやってきて黙りこくってしまった。
午後からは、安倍さんがあたしにずっと発声とステップを教えてくれた。
一日で今まで新入生が習ってきた全ての発声とステップをこなすのは、とても無理だと思った。
だけど、安倍さんはずっとにこにこしながら教えてくれたし、午前中に真希から習ったステップだけは、あっという間にうまくなれた。
安倍さんは、ほんのちょっとのことでも大絶賛してくれた。
前あたしが、演劇部に行ったときの安倍さんとは何だか違う。
安倍さんはここまで楽しそうじゃなかったしこんなに柔らかくもなかった。
「後藤さんってどんな人ですか?」
あたしは、この先輩なら何だか信頼できそうだと思って聞いてみた。
- 87 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時08分07秒
- 「大好き。なっちが馬鹿なこと言ってもずっと笑ってくれるし。」
安倍さんは、そう言うとクスッと笑った。
あたしは、人のことを聞いてみてそんな風に返されると思っていなかったので、少し不思議だった。
合宿の夜は、確かに楽しかった。ひとみは、ずっときゃあきゃあ騒いでいたしあたしもいろんな人と話すことができた。
誰かが、近くのお店でビデオを借りてきてみんなで一緒に見たりもした。
そうやってあたしが、はじめて行った演劇部の合宿の夜は過ぎていった。
夜は、朝の霧とは無関係に暑かった。
次の朝、ひとみと真希以外の新入生は全員解散となった。
どうやらこの二人は、学園祭の演劇に出る可能性があるから先輩達と残って練習するらしい。
帰りがけに、これから演劇の練習に出ることをあさみに念を押された。
ここまで、ひとみとあさみに言われては演劇部に復帰せざるを得ない状況になっていた。
「まぁいっか。」
あたしは、一人でつぶやいた。演劇部での合宿は結構楽しかったし、2日に一度くらいは、練習にも出れると思った。
それにあたしは、ひとみ達とは違って演劇に出るわけじゃない。
- 88 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時08分52秒
- 学園祭で出番があったとしても木か通行人か、道具の用意とかに決まってる。何せ学園祭まであと一ヶ月もないのだ。
家に戻ると、思わずうっとなった。父と母がせっせとこしあんを作っていたのだ。家には、甘い匂いと湯気が一面に立ち込めている。和菓子にあんこ作りはつきものなのでこの作業は日常茶飯事だった。
「はぁ。朝からこの匂いじゃ滅入るなぁ。」
あたしは、思う。小さい頃は、この甘い匂いが何ともいえず良かった。
でもここに住みつづけて15年間、この匂いにさらされたんじゃ飽きもくる。
あたしは、さすがに耐え切れずに2階に駆け上がると自分の部屋のベッドに倒れこんだ。
ひとみにでも電話しようと思ったけどひとみと真希はまだ練習中ということに気付いてあきらめた。
- 89 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時09分43秒
- 後藤真希か・・・。あれほどひとみが嫌ってる人って一体どんな人間なんだろ。
昨日のあのひとみの真希に対する言い方はどう考えても尋常じゃない。
気にはなっても、何故だかあたしは後藤真希には近づきたくなかった。
「いつまであんこ作ってるつもりだろ。さっさと終わらせちゃえばいいのに。」
あたしは、お腹がすいてきてそう思った。
親がさっさと午前中の仕事を終わらせないかぎり昼ご飯にはありつけないのだ。
しばらく待ってみたがとても終わりそうにない。
あたしは、空腹に耐え切れなくなり、覚悟を決めて匂いと湯気の立ち上る1階のお店に降りていった。
- 90 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時10分40秒
- 下へ降りると母が接客しているのが見えた。
あたしは、構わず父を探そうとした。その時「梨華ちゃん!」という声がした。
あたしは、振り向くと目から火がでそうになるほどびっくりした。
店先で立っていたのは何と後藤真希だったのだ。
「な、何してんの?こんなところで。」
あたしは、うちの店と親を見られたことで恥ずかしさが一気にこみ上げてきた。
同時に真希に対する憎憎しさがこみあげてきた。
そう。あたしが真希を警戒してたのは平気でこういうことをしそうな人間だったからだ。
真希は、あたしに笑顔で手をふるとそのまま店を出ようとした。
このままただで帰すわけにはいかない。あたしは、真希を追いかけて店を出た。
「あたしに何か恨みか用でもあるの?」
あたしは、真希の肩をこづいて振り向かせると言った。
「あたし、このお菓子好きなんだぁ・・・。夢包み。」
真希は、あたしを見ると微笑んで言った。
- 91 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時12分01秒
- 「夢包み」は、うちのお店のお菓子でモナカにつぶあんが入ってるだけのごく簡単なお菓子だ。
夢なんてたいそうな名前をつけるほどのものではない。こういうお菓子を食べたければ、うちでなくともいくらでも手に入るだろう。
「そうじゃなくて、何でわざわざうちにくるわけ?」
「だって夢包み、梨華ちゃんとこじゃないと売ってないじゃん。練習ずっとあって昼ご飯まだ食べてないんだ。あたし、夢包み買って帰ろうって楽しみにしてたんだよ。」
真希が当たり前のように言った。
「こんなもののために、わざわざうちに来ないでよ。」
あたしはつぶやくように言った。
「え?こんなもの?」
「だから、これ!」
あたしは、真希が大事そうにもっている夢包みの袋をたたいた。
「あぁ!危ない。」あたしのあまりの勢いに、真希は袋を地面に落としてしまった。
「あ、ごめ・・・」と言いかけて、何とか踏みとどまった。
- 92 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時12分54秒
- こんなところで謝ってはますます真希をつけあがらせるだけだ。
もう言うべき言葉がみつからなかったあたしは、逃げるようにその場を立ち去った。
これで、演劇部ではやりにくくなるかもしれない。
後藤真希はひとみと喧嘩してるだけで、部内では嫌われ者ではない。
いやむしろ先輩からも可愛がられているんだから、それなりに人気者なのかもしれない。
真希と仲が悪いと演劇部ではやりづらい面も多いだろうと思う。
だけどあたしには、もうどうでも良かった。あたしは、あの子のことが嫌いなんだと分かったから。
何か言われたとかされたとかじゃない。もう生理的に分かる。
あたしの中に彼女を受け入れる価値観はない。
- 93 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時13分51秒
- 「ひとみ!四時からリハやるってなっち言ってたじゃん?何でこないわけ?」
演劇部の練習に行くと真希がひとみに食ってかかっていた。
「ちょっと、遅れただけじゃん。それに結局、真希が学園祭の演劇に出場するんでしょ?
あたし、関係ないし。」
ひとみは、迷惑そうに答えている。
「そんなことないって。なっちだって、最後までひとみが必要だからリハ呼んでるんだからね。ひとみがいないと困るの!」
食い下がるように必死に真希が言う。
真希が、何でそこまでひとみにこだわるのかがあたしは、不思議だった。
勝負事なら、もうすでに決着はついていた。
真希は、新入部員ながら学園祭の演劇に出演することになった。
真希とひとみのどちらかを新入部員の代表として出演させようということになっていたらしい。
だけどひとみは、あと一歩のところで出演機会を逃して不満爆発ぎみだ。
- 94 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時18分07秒
- 「何だよ。自分が出演できるからっていい気になってさ。あとで絶対しめてやる!」
後でひとみは、あたしにいきまいていた。そして、いつものように「後藤真希」への不満トークが始まる。ひとみは、出演できないことよりも真希に負けることが何よりも嫌みたいだった。
「ホントにしめんの?」
あたしは試しに聞いてみた。
「うん。体育館倉庫にでも連れ込んで二度と外、出歩けない体にしてやる。」
ひとみは、そこまで言うとはぁっとため息をついた。
大きなひとみの眼差しが、ずっと遠くを見ているようだった。
「あたし、しばらく練習休むわ。」
ひとみがそう言い出したのは、学園祭が目前に迫ったときだった。
ライバルだった真希は、王クローディアスという中心的な配役だった。
対するひとみは、あたし同様何の役も与えられていない。ただ、舞台装置や物はこびをあたしとやることになっていた。
それをひとみは猛烈に納得がいかないらしい。
- 95 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時19分38秒
- 「もう、絶対納得いかない。真希ばっかりえこひいきされてさ。あんなの、ただ突っ立って台詞読んでるだけじゃん。うまいように見えるだけだって。」
一度、真希の悪口が出るともうひとみは、止まらない。
「もう、安部さんとか、真希のことほめちぎってさ。自分のことなっちとか呼ばせて喜んでんだよ。矢口さんも最初のころと全然違って真希とめちゃめちゃ仲がいいし。もうむかつく!気に入らない!もういい!真希があたしの言いなりにならないかぎり練習には出ない!」
ひとみは、すごい剣幕であたしに迫った。
ひとみが、興奮して話すのは真希の話題が出たときだけだ。
「うぅん。いいんじゃない?」
あたしは、あまりの勢いに押されてしまった。
演劇のステージ作りは、その時に手伝えば問題ないだろうし、真希と顔会わさずにすむ。
あたし達は、とりあえず学園祭が終わるまでは練習にはもう出ないことにした。
- 96 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時20分15秒
- あたしは、はっきり言ってひとみが演劇部から距離を置いたことで、少しほっとしていた。
最近のひとみは、演劇のことが話題に出るたんびにいらついているようだった。
後藤真希といっしょにいる時間が増えたからかもしれないとあたしは、思った。
- 97 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時21分47秒
- 曇った天気に古いくさい音楽。それが夢見が丘の学園祭だった。
あまりの白けた雰囲気にあたしは、思わず苦笑いしてしまった。
がやがやと人が歩いている。狭い広場に所狭しと出店が立ち並んだ。
あたし達は演劇部の発表のために体育館で舞台道具を運んでいた。
昨日、安部さんからステージ作りを手伝って欲しいという連絡があった。
声の様子だとそんなに怒ってもなさそうだったのであたしは、安心していた。
「梨華ちゃん、真希のやつ、自分が出演者だからって手伝いもしないでさ。むかつかない?あと、うちの部いつからやるんだっけ?」
ひとみは、落ち着きのなさそうに言った。
ひとみは、何だか朝からそわそわしている。
午前中の手伝いもきょろきょろとよそ見して道具を壁にぶつけたりして、安部さんに怒られていた。
「昼の部の3本目だから、落ち着いて昼食べてからゆっくり見に行けばいいんじゃない?あたし、朝から物運びやって疲れたよ。」
あたし達は、午前中の準備が一段落してやっとのことで昼食にありついていた。
昼食とはいってもサークルの出店のカレーライスだ。
何が入っているんだかひどく怪しいものだ。
- 98 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時22分47秒
- あたしは、午前中の作業だけで演劇は十分だった。
ただでさえ、今日はひとみに集合時間の2時間も前に携帯でたたき起こされた。
「あ、あたし心配だからちょっと見てくる!」
ひとみが突然立ち上がった。
「え、あたしまだ食べ終わらないよ。」
「ちょっと見てくるだけだから、すぐ戻る。」
そういうとひとみは、風のように消えてしまった。
あたしには、ひとみの行動はまだまだ読めない。
つい昨日「真希のことが気に入らないからぜってぇー見に行かない!」とひとみは言い張っていたのだ。
全く何考えてんだか。あたしは、ぼけっとあたりを見回した。
「り〜か!」
突然後ろから抱きすくめられた。
うちの高校であたしを呼び捨てで呼ぶ子なんていたっけ。咄嗟に思った。
- 99 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時23分20秒
- 「あゆみ〜!何で!?」
そこには、ひどく懐かしいあゆみの顔があった。
「はは。今日りかっちのとこの高校、学園祭だって聞いててね。久しぶりに会いたくて来ちゃった。」
あゆみとは、メールの交換はしていたけど会ったのは高校へ入学する前が最後だ。
「今のが、お噂の吉澤ひとみちゃん?すっごい可愛い子…。」
あゆみは、ひとみが走り去った方向を見て言った。あゆみは、あたしとひとみが話しているのを見ていたらしい。そういえばあゆみには、電話でひとみのことを話したことがあった。
「ちょっと行動読めないことがあるけど、いい子なんだ。」
あたしは、笑顔であゆみに言った。
「いいなぁ。何か楽しそうで。あの子と一緒に演劇もやってるんでしょ?」
「ちょっと、つきあいでね。」
あたしが言った。あゆみの格好は、ますます都会っぽくなって髪型、イヤリング、服装、どれをとってもうちの高校には不似合いだった。
- 100 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時24分10秒
- 「そっちこそ、いい高校入れてさ。うらやましいよ。」
あたしにとってあゆみは、もはや親友というより憧れになっていた。
「そんな、うらやましがられることなんてひとつもないよ。テスト、テストでもう疲れちゃったよ。」
あゆみが遠い目をして言った。目がうつろでどことなく疲れてるように見えた。
中学の時はあゆみは、どんなにつらくても弱音をはいてるとこなんて見たことない。
それどころかいつも楽天的だったあゆみにあたしは救われていた。
だからあたしはあゆみの言葉を聞いて少し意外だった。
「あの、さ。うちの部の演劇、あたしは出ないけど午後あるんだ。もし良かったら見ていかない?」
あたしは、しぼんだ雰囲気を壊そうとして言った。
「うぅん。ごめん。もう帰らないと。実は明日テストなんだ。今日は梨華に会いたくて来ただけだから。」
あゆみが、申し訳なさそうに言った。
- 101 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時25分07秒
- あゆみの通う栄進高校は、有名大学に何人も合格する超優秀な進学校だ。
こんなシミ臭い学園祭などやっている暇なんかないに違いない。
「梨華。やっぱ後悔しない高校生活送んないとね。」
あゆみが突然言い出した。
「何それ?嫌味〜?」
あたしは、自分のことを言われてるのかと思って言った。
「違うよ。やっぱ何でもない・・・。」
少し無言が続いた。がやがやと人の話す声が連続的に聞こえる。
息を吸うとあたりの空気が、すうと冷たかった。
「あゆみ。また来てよね。」
あたしが言うと、あゆみはやっと笑ってくれた。
その時ドォーン、どこからかお祭りのように太鼓のたたく音が聞こえた。
午後の部門が始まるみたいだ。帰っていくあゆみの後ろ姿が何だか寂しげだった。
あゆみの高校生活ってそんなに大変なんだろうか。
でもあたしが、あゆみに比べて高校生活がうまくいってるとは到底思えなかった。
夏期講習は倒れて失敗したし、今はひとみに頼って高校生活を送ってるだけだ。
あたしは、何もしていないし何も解決したわけじゃない。
ただ違う環境にはまりこんでもがいてるのは変わらなかった。
- 102 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時25分55秒
- あたしは、なかなか出てこないひとみを探しに演劇部の楽屋に入ろうとした。
「あの二人またやってるよ〜。」
あさみがあきれた顔で出てきた。中からは騒がしい声が聞こえた。
一瞬でそれがひとみと真希だと分かった。
「よしこ、何であたしにばっかりそんな意地悪するわけ?あたしに出演とられたのがそんなに気に入らない?」
真希は、ほとんど半べそになっていた。
「別に意地悪なんかしてないって。ただメイク長そうだったから手伝っただけじゃん。」
「だからあたしそんなの頼んでないって。こんなにされたら人前出れないよぉ。」
「あぁそう。あたしのやることがそんなに気にいらないわけ?」
真希は、ひとみが手伝ったメイクが気に入らないらしい。
何でわざわざひとみは、トラブルの原因をつくるんだろう。
「まぁまぁ。二人とも本番前なんだしさ。」
大柄な二人に、背の低い矢口さんが必死に仲裁している。
まるで先輩後輩が入れ替わってるみたいだ。
- 103 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時26分40秒
- 「あぁ。梨華ちゃん。ちょうど良いところに。後ろのホック止めてくれる?えーとあの二人が騒いでる間に、あたしはこれをすましてと。よしOK!」
安部さんは、二人の喧嘩を全く気にしていないらしい。
あたしは、楽屋で少し安倍さんを手伝った後、真希ともめてるひとみを何とか楽屋が引きずり出した。
次は、演劇部による「ハムレット」の上演を行います。
進行役のアナウンスががやがやうるさい体育館に響いた。
「また喧嘩?」
あたしは、ひとみの不可解な行動の理由を聞こうとしていた。
「あ、うん・・・。」
ひとみは、さっきの元気はどこにいったのか急に静かになっていた。
あの程度の喧嘩でひとみがしょげるなんてありえない。
でもひとみの表情を見てるともうそれ以上聞こうとも思えなかった。
あたし達は無言のまま席に着いて演劇を見た。
- 104 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時27分50秒
- 主演の安倍さんが舞台全体を使って喜怒哀楽を表現している。
音と光と声が鮮明だった。演劇は繊細で緻密だとあたしは思った。
でも、それよりも驚いたのは真希の演技だ。
「生か死か。」
真希が叫んだ。真希の役どころは、主人公の父を殺す悪役だった。
声も表現も上手いのか下手なのかあたしにはよく分からない。
でも自然に目が真希の方へ向いてしまう。
ひとみは、食い入るようにじっと真希を見つめていた。
真希の目はずっとこっちを見ているようだった。
こんなに離れているのに目が合うなんてありえない。
演じてる真希は、ここからはずっと遠い存在の思えた。
でもここからでも真希の目とあたしの目は確実に合っている。
思い込みかもしれない。でも合図を送っても伝わるんじゃないかって思えた。
- 105 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時28分33秒
- 演劇の最中に一体何を伝えるって言うんだろう。
自分でもわからない。だけど真希の目はそれを確実に伝えてきていた。
演劇が終わってあたしに真希の存在感が色濃く残っていた。
それは、まるで自分の心の中に新しいものが植え付けられたようだった。
新しいことが自分にもできそうな感覚。でもそれを「後藤真希」の影響と認めたくはなかった。
真希はあまりにももてはやされていて、目立ちすぎていた。
そしてあたしにはない別の価値観の中で、生きているような気がした。
- 106 名前:Easestone 投稿日:2003年03月29日(土)15時29分48秒
- 今日の更新は終了です。
感想やもっとこうしたらっていうのがあればお書きくださいませ。
Easestone
- 107 名前:あきない 投稿日:2003年03月29日(土)22時33分39秒
- お久しぶり?になりますね。これから、感想を書いていくと思いますので、
よろしくです。
早速、新作を読ませていただきました。Easestoneさんの書くこの三角関係
が大好きなんです。今後、この三人がお互いにどのような影響を与えていき、
梨華ちゃんの高校生活がどんな風に変わっていくのか楽しみにしてます。
完結目指してがんばってください。
では。春夏冬人より(笑) 覚えてます?
- 108 名前:Easestone 投稿日:2003年03月30日(日)11時26分00秒
- 春夏秋人さん
あぁ・・・。思わず涙・・・。お久しぶりです!!
感想かいてくださってありがとうございます!つもる話もありますが
ここは小説板なので、あとでメアドでも教えていただけますか?
- 109 名前:Easestone 投稿日:2003年03月30日(日)11時27分03秒
- すいません。名前を間違えました。
春夏冬人さんですね。申し訳ないです。
- 110 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月30日(日)14時13分04秒
- 奥が深くて読んでいてとてもひき込まれました。
ひとみの不可解な所がきになります。
続き期待!
- 111 名前:読者 投稿日:2003年03月30日(日)17時14分10秒
- 石川さんの憂鬱な心情がリアルで「ありそうだなぁ」と思いました。
実際に彼女の高校生活ってこんな感じになるんじゃないかな…(w
とても楽しみな小説です、更新お待ちしてます。
- 112 名前:名無し 投稿日:2003年04月01日(火)22時57分08秒
初めてレスします!
すごく素敵なお話だなって思いました。
続き、期待しております。
- 113 名前:Easestone 投稿日:2003年04月02日(水)21時35分01秒
- 110様
感想ありがとうございます。
「奥が深い」なんていってもらえると、とてもうれしいです。
今後ともよろしくお願いします。
111様
石川さんの心情は少し自分ともかぶるところが
ありまして。。。そのままストレートにかいた
つもりです。ありがとうございました。
112様
ありがとうございます。そのためにも更新頑張りますね!
次回更新は恐らく4/4(土)にできると思います。
- 114 名前:Easestone 投稿日:2003年04月02日(水)22時02分24秒
- すいません。4/5(土)ですね。
- 115 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時47分27秒
- あたしとひとみは、また演劇部に行くようになった。
どっちが行こうって言ったわけじゃない。
あたしは、学園祭の演劇のイメージから何かを見つけられそうで演劇から離れたくなかった。
ひとみは、ひとみできっと何かあるのだと思った。でもただ、練習に出てるだけじゃ、ただ体育館にいるだけじゃあたしは、何も得られなかった。
何かができそうで、できない。
素直にやれそうでやれない。
頑張ってるんだけど取り残されてる。いつもそんな気がしていた。
ひとみも口には、出さなかったけどあたしと同じようにもがいてた。
その事件が起こったのは、そんな日が続いていたときだった。
「真希、アンタうちのこと馬鹿にしてる!?自分だけ出演していい気になってんじゃないの?」
ひとみの声が響いた。
その日は、先輩が誰もいなくて1年だけで演劇の練習をしていた。
- 116 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時48分29秒
- 「は?自分の方がうぬぼれてるだけでしょ?演技が駄目だから駄目って言っただけじゃん。」
真希は、ひとみのいらつきなんて考えないで言った。
その言葉は、真希の視線が一直線にひとみを見つめていた。さらに無表情で言ったものだからきつい言い方に聞こえた。
その時、ひとみは信じられない行動に出た。
真希の手をいきなりつかんで体育館の音楽器材が転がっているところに突き飛ばしたのだ。
「きゃ!」
ものすごい音と真希の悲鳴が聞こえた。
あたしは、はっとして真希を見つめた。
「ごっちん!!!大丈夫?」
あさみが真希のもとにかけつけた。真希は痛みと驚きで呆然としてるようだった。
右腕から血がひたひた流れてるのが見える。とてもかすり傷ではないのはあたしにも分かった。
「よっすぃ。ひどすぎるよ!!ごっちんが何したって言うの?」
あさみがひとみを睨みつけて言った。
- 117 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時49分23秒
- 「ふん。知らないね。」
ひとみは、全く悪びれる様子もなかった。
真希は、右腕を押さえるだけで絶対に泣こうとはしなかった。ただうつむいて痛みに耐えている。それは、あたしが一番怖れていた強い意志だった。
あたしには、そんな意志はもてない。
そんな意志をもったからどうだったと言うのだろう。周りが不愉快なだけだ。
だけどあたしは、打ち砕かれたように立ち尽くしていた。
そして何もしてないのに、突き飛ばされてうずくまる真希に対してあたしは、ただ何もできなかった。
練習が中止になって教室に戻った。機械的に鞄をもって家に帰ろうとした。
どうせもうひとみは戻ってはこないと思ったから。
「演劇、やめよう。」
あたしは、思った。あたしは演劇部にいてはいけないような気がした。
一歩一歩歩くごとに足が重くなった。
何故だか分からないけど心がズキズキ痛んだ。
- 118 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時50分25秒
- どうせやめるのに、何でこんなに後ろ髪をひかれるんだろう。
そもそも今日は、あたしに何かあったわけじゃない。ひとみと真希の間であったことだ。
あたしは、別に関係ない。だからやめたって別に問題はないはずだ・・・。
そこまで思ってあたしは、ついに耐え切れなくなって立ち止まってしまった。
真希の悔しそうな顔が忘れられなかった。学校の方を振り返ると一目散に保健室に向かって戻った。
保健室の扉は開いたままになっていた。
恐る恐る中に入ると、真希がぽつんと一人でベッドに座っていた。
真希に今までのような華やかさがない。右腕に包帯が痛々しく巻かれていた。
真希はうつむいて右腕の包帯をじっと見つめいている。まるで萎れた花のようだった。
包帯の上に何かが零れ落ちた。
真希の涙は、自分自身の血のように感じた。
痛くてとても悲しくて話しかけられなかった。
- 119 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時51分34秒
- 真希は、あのまま体中が枯れてしまうまで泣きつづけなければいけないんだろうか。
誰がそんなこと決めたんだろう。何もできなかった・・・。
あたしは家への帰り道ずっとそのことを考えていた。
でも一個だけ分かったことがある。あたしは何かが間違ってる。
何がどう間違ってるなんて今は、関係ない。
とにかくあたしの今までのあたしは間違っているんだ。
とても寒いその冬の日は、あたしにとって全てがモノトーンに見えた。
次の日、あたしはひとみに言うべき言葉がみつからなかった。
本当に何を言っていいのかわからない。そればかりか怒っていいのか慰めていいのか感情さえも見つからなかった。
でもあたしが驚いたのは、ひとみの反応だった。
「昨日は、真希に悪いことしたと思ってる。でもあのくらいじゃあたし、まだおさまんない。」
「え?」
あたしは聞き返した。ひとみの言ってることが全く分からなかった。
真希はどうしようもないほど傷ついてるんだ。
- 120 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時53分30秒
- 「あたしって悪魔なのかも・・・。自分でもどうしたいのかよくわからないんだ。」
ひとみが無表情で言った。
あたしは、少なくとも演劇からは逃げないと決めた。
ここで逃げたら間違った方向へどんどん進んで深みに嵌るのが怖かっただけかもしれない。
それからのあたしの、生活はただただ苦しかった。
生活というよりも心とか気持ちとかそういうものに全く余裕がなかった。
時間がないわけじゃない。でもいくら休んでも休んだ気にならなかった。
中途半端に演劇の練習をして、学校の授業に通った。
安倍さんは、最近よく練習に出てくれるって誉めてくれたけどあたしには、全くそんな意識はなかった。
驚いたことに真希の怪我で悪びれることもないひとみに、お咎めは全くといっていいほどない。
少しかっとなっただけの事故。みんなそう思ってるのだろうか。
あたしだって一方的にひとみを責めたいとは思わない。
でもどうしようもないやりきれなさを感じた。
そしてあたしは何をすればよいのか全く分からなかった。
真希は怪我のせいで演劇は出遅れて、その後体調まで崩した。
- 121 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時54分57秒
- 真希にとって代わり、次第に練習はひとみ中心となっていく。
あたしは、まるで弱肉強食の世界だと思った。周りの人間は、どうしてこうも楽観的なんだろ。
でも一番問題なのは、その周りに何も言えない自分だということはだけは分かっていた。
特にひとみに対しては言いたいことが山ほどあるはずなのに。
年が明けて雪が降ったりやんだりしても、状況は全く変わらなかった。
日曜日、あたしは居間でこたつにあたっていた。
冬休み中、家でゆっくり休めば少しは元気になるかもと思ったあたしが甘かった。
休みも終わっても、気分は疲れたままだった。窓の外はずっと雪が降り続いている。
窓ぶちに雪が積もっていて、その向こうには薄暗い世界が広がっていた。
窓から見える商店街に人はほとんどいなかった。
からーん。うちの店からお客が出て行く音が聞こえた。
うちは日曜日だというのに今日お店を開けている。
でも朝からほとんど客はきていない。
- 122 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時57分04秒
- 「誰だろ。この寒いのに。」
あたしは、立ち上がって窓から外を覗いてみた。
あたしと同い年ぐらいの女の子がちっちゃな男の子の手をとってゆっくり歩いていくのが見えた。
その後ろ姿を見てはっとなった。髪の毛を二つ分けしてる。真希だ。
あたしは、着るものもとりあえず店を出た。
男の子の歩くスピードがひどく遅かったからあたしは、すぐに真希に追いついた。
「・・後藤さん?・・ごっちん?」
後ろから声をかけた。
真希は、数歩歩いてようやく気付いたように後ろを振り返った。
「あはっ。ばれっちゃったか。」
真希が、はにかんだように笑ってあたしに言った。
「誰でも自分の店に、同級生が来たら嫌だよね。この前はホントごめん。」
真希が言った。
「だから、今日は梨華ちゃんに見つかんないように夢包み買おう!って思ってきたけどやっぱばれちゃった。あたしってば馬鹿だね。」
- 123 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時57分53秒
- 真希が人懐こそうに笑った。真希の右腕はもう包帯はとれてたけど、何だか痛々しくてどうしても見ることができなかった。
「謝まんなきゃいけないのはあたしの方だよ。せっかくうちに来てくれたのに。あんなこと言っちゃって・・・。」
自分にしては素直に言えたと思った。こんな気持ちになれるのって何年ぶりだろ。
「そんなこと別にいいって。それよりこの子さ。弟なんだけど夢包み大好物なんだ。どうしても食べたいっていうから連れてきちゃった。この寒いのにね。」
真希の弟のちっちゃな男の子は、あたしに見つからないように真希の横に隠れていた。
「もう。恥ずかしがりやなんだから。」
そうやってすごい小さな男の子のあたまを撫でる真希の姿はとても愛らしかった。
今まであたしは、真希の何を見てきたというんだろう。
- 124 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)13時59分12秒
- 「今度、またお店に来てよ。絶対サービスするから。」
あたしは言った。
「え?いいの?そんなことして。でも夢包みサービスで安くなったらうれしいな。」
「このお菓子そんなに高いんだっけ?」
あたしは、うちの店に置いてあるお菓子の値段なんて全く知らなかった。
「うぅん。そんなでもないけど、うちって母子家庭だからさ。あんまり高いもの買えないんだ。梨華ちゃんとこのお菓子って高級だから、うちでお母さんがお客さん用に買っといたあまりをいつも食べてたから。」
高級?あまりを食べる?うちのお菓子はいつも居間のちゃぶ台に置いてある。
このお菓子をそんなふうに思ってる人が身近にいるなんて。信じられなかった。
「梨華ちゃんが次から夢包みサービスしてくれるんだって!やったね!ばんざーい!」
真希は、ちっちゃな弟の手をとって喜んでいた。
商店街は雪が降って街灯も少なく、とても暗いはずなのに、何故かその光景をとても明るく映していた。
- 125 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時00分42秒
- あたしは家に戻るとしばらくぼけっと居間のこたつに入った。
目の前には夢包みが置かれている。
思わずビニールテープを破ってそれを口にしてみた。
ほのかに甘いつぶあんの味がした。何故か分からなかったけど、目に涙が溜まっていた。
その日からあたしは、ひとみと話すのが少し怖かった。
「このくらいじゃおさまんない」と言ったひとみがなにをしでかすか、あたしには分からなくて不安だった。
それにあたしには、ひとみへの納得できない感情を抱えている。
親友だからこそ、その思いをぶつけたかった。
でもそれを今ひとみへぶつけるのは、ものすごく理不尽な気がした。
元々真希のことを気にいらないとけしかけたのは自分なんだ。
- 126 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時01分52秒
- 「梨華ちゃん。明日のことなんだけどさ。」
あたしとひとみは、以前と同じように一緒に行動していた。
だけどひとみは、事件以来真希とはずっと気まずそうだった。そして何よりも二人とも全く生気が感じられなかった。
やっとひとみの時代がきたのだ。ひとみとしては、うれしくはないのだろうかとも思った。
やはりひとみも真希の怪我が心にひっかかっているのかもしれない。
「先輩達、模試で練習来ないからさ。休みにして1年みんなでカラオケにでも行こうよ。」
「ごっちんは?」
意地悪で聞いたつもりじゃない。あたしに意地悪を言う余裕なんてない。
「練習にでてきたとこ捕まえて、体育館倉庫にでも閉じ込めときゃ文句言わないでしょ。」
ひとみは笑いながら言う。
冗談だってことは分かってた。
ひとみだって、真希のことは気になってるはずだ。だけどあたしには、それを冗談で受け流す心の隙間もなかった。
「そんな・・・。ごっちん・・・可哀相だよ。」
蚊の泣くような声がついて出た。
その瞬間ひとみは、青ざめた顔のままあたしを見つめてうつむいた。
- 127 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時04分49秒
- 「やっぱ梨華ちゃんもあたしが、真希のこといじめてると思ってるんだ。」
ひとみが、うつむいたまま言った。
このままあたしは、ひとみとの関係まで壊さなければいけないんだろうか。
都合よく演劇部に寄生しようとしたあたしが悪いのは分かってる。
何で、あたしは真希にあんな下らない感情をもったのだろう。
何で人をそのまま受け入れられなかったんだろう。真希があの涙を流す前に。
次の日は、結局練習は自由となった。
ひとみは体調が悪いらしく練習を休むと言ってきた。
他のメンバーもひとみがいないから誰も練習にでないらしく、事実上練習は休みとなった。
だけどあたしは、真希のことが気になっていた。
「もしかしたら」という思いがあって放課後の体育館に向かった。
体育館は、シーンとしていた。ただ窓から差し込む太陽光が、窓枠の大きな影をつくっていた。
いつも大勢の生徒が集まってるところに一人でいるのは少し不安で、そして不思議な気分だった。
「いないかぁ。やっぱりな。」
あたしは、自分で苦笑した。こんなことしても全く意味はない。
ひとみに対して意味なく冷たくしたりこの頃のあたしは、どうかしてる。
何もかも意味のないことだらけだ。
- 128 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時06分08秒
- ダンッ!
突然あたしの横で大きな音がした。
「きゃっ!」
突然のことにあたしは、めちゃくちゃに驚いて尻餅をついてしまった。
バスケットボールが上から落ちてきたのだ。
「あはは。そんなにびっくりした?」
今度は上からケラケラと笑い声が降ってきた。
「ごっちん!?」
体育館の2階に真希がいた。窓からの太陽で赤いヘアバンドが輝いていて見えた。
「何してんのー!?そんなとこで。寒くない?」
あたしは、上に叫んだ。
「うん。大丈夫。」
真希が笑って答えた。
真希の笑う顔を明るいとこであまり見たことがなかったから、それは本当に楽しそうだった。
「待って。今すぐそっち行くから。」
あたしは、すぐに体育館の横の階段から上へ駆け上った。
思えば真希に会うたびにあたしの感情は、めまぐるしく変わってる。
同じ感情で真希に会ったことは今まで一度だってなかった。
「来ると思ってた。」
真希は言った。
- 129 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時07分42秒
- 「どーしたの?今日練習ないよ。」
あたしは、優しく真希に言った。
「知ってる。あたし、寝にきただけだよ。」
「え?」
「こんなにいい天気だとね。こうやって窓辺でお昼寝すると気持ちいーんだ〜。」
真希はそういって制服のまま窓辺に敷いてあるマットに横になってしまった。
目を閉じた真希の姿は、まるで妖精が眠ってるように美しかった。
「ごっちん?こんなとこで寝たら風邪ひくよ。」
あたしは、無防備に寝転んでいる真希に言った。
「じゃあ、梨華ちゃん布団になってよ。」
真希が恥かしげもなく言った。
あたしは、しょうがなく真希が眠ってる横に腰を下ろした。
真希の体に手をやると暖かくて気持ちよかった。
窓から穏やかな日光が差し込んできた。急に時間がゆっくり流れてるように感じる。
真冬なのにふんわりとした空気があたし達を包み込んでいた。
あたしは、あまりにも気持ちよくて真希に覆い被さるように寝てしまっていた。
- 130 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時08分39秒
- 急に冷たい空気が背中にあたって冷やっとした。あたりは、すっかり暗くなっている。
窓から校庭を照らしているライトが薄明るく見えた。
あたしははっとして起き上がった。
「ごっちん!起きてよ。もう夜だよ!」
真希は、まだあたしの腕の下でよく眠っていた。
寝顔だけ見ているともう永遠に起きてこないんじゃないかと不安になるぐらいだった。
「う、うーん。ふぁーい。」
あたしが真希の体を揺さぶると以外なほど簡単に真希は答えた。
「もう、7時かぁ。帰んないとね〜。」
真希が、あっけらかんと言った。
「ごっちん、急いで!夜遅いと体育館とか閉められちゃうでしょ!」
あたしは、大慌てで言った。こんなところに明日の朝まで閉じ込められるのはごめんだ。
「あ、それだったら大丈夫。確かに鍵は閉められるけど。中から開けて出ちゃえばいいんだから。あたしなんて、寝過ごして9時ぐらいまでここにいたことあるよ。」
真希は自慢そうに笑って言った。
- 131 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時09分32秒
- あたしは、その言葉を聞いて体の力が抜けてしまった。
そう。いくら外から鍵かけられたって閉じ込められることなんてない。
あたしは、いつもいつも何を焦ってるんだろうと思う。
あたし達は、一緒に階段を伝ってゆっくりと体育館の1階へと降りた。
今度は校庭の薄暗いライトのおかげで窓枠のほのかな影ができていて幻想的だった。あたし達が、鍵を内側から開けて外にでた瞬間、北風がぴゅうと吹いた。
「「さむーい!」」
あたし達は同時にそう言ってお互いの顔を見た後、笑いあった。
そして薄明かりがともる校庭を二人で一緒に歩いた。
「これで梨華ちゃんも不良の仲間入りだね。」
「不良?」
「こんな夜まで、あたしと一緒にいるってことはさ。あたしって結構不良だったんだ。」
真希が急にまじめな顔になって言った。
「はぁ?ごっちんが?」
あたしが、信じられなくて言う。
- 132 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時10分27秒
- 確かに真希は、服装も派手だしあたしも最初は不良だと思っていた。
でも今までの行動から考えても不良なのはむしろあたしの方だ。
「中学の時は夜遊びもよくしたし、お母さんにもすごい心配かけちゃった。あたし、小学校の時から中学になったらオシャレしまくるぞ。って勝手に思ってたんだ。いったんそう決めたらとめられなくなっちゃって。ほら、そういうオシャレしてる子って夜の街に多いじゃん。隣町で夜通し遊んでたこともあった。」
真希の話はあたしにとって驚きというより新鮮だった。
今まであたしの過去でそんな経験をした友達などいたことがないのだ。
「でもさ。分かったんだ。そんなことしても周りやお母さんが心配するだけだって。それになりたいものもみつかったし。」
「何?なりたいものって?」
「あたし、歌手になりたいんだ。」
真希が、あたしを一直線に見つめた。
あの学園祭の演劇と同じ目だ。あたしとひとみが吸い込まれるようにみつめてしまったものだった。
- 133 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時11分14秒
- 「歌手かぁ。」
あたしは、反芻するようにつぶやいた。
「だけど、オーディション何回受けても落っこちちゃった。それで、しょうがないから高校で演劇やって卒業したら劇団とかに入って有名になる。それから歌手目指そうかなって思ってるんだ。夢みたいな話だけどね。」
真希が軽く笑って言った。
「あたしは、演劇部に寄生しようとしただけ。練習見ても楽そうだったから。ただクラブに所属してるって肩書きが欲しかったんだ。」
あたしは、はっきり言った。ただ、自分と真希との違いをはっきり言いたかった。
自分にそれを認識させるために。
「そぉ?そうは見えないけどぉ。」
真希は、あたしの顔を覗き込むようにして言った。
- 134 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時12分04秒
- 「ホントだよ。クラブに入部してないと応援団のチアガールやらされるじゃん。あれが嫌だっただけ。」
「でも梨華ちゃん。ずっとこの部にいるじゃん。合宿の時だっていたし、最近の練習だってずっと練習場にいて、あたしのこと心配そうに見つめてた・・・。」
真希は、そういうと寒さで身をよじった。あたしは、思わず真希の肩に手をかけた。
その時あたしの心に不思議と余裕が生まれていた。
あたしは、本当に真希のことが心配だった。もうあの涙は見たくない。繰り返しちゃいけないんだ。
そう思うと同時に「あたしはもしかしたら変われるかもしれない」と心の中で感じていた。
- 135 名前:Easestone 投稿日:2003年04月05日(土)14時12分51秒
- 今日の更新を終了します。
- 136 名前:名無し読者です 投稿日:2003年04月06日(日)01時29分03秒
- 深くて毎週毎週唸りながら読んでます(w
ごっちんと梨華ちゃんが繋がってこれからどんなふうに話が繋がっていくのか楽しみです。
あと、もちろんよっすぃーも…
次回も期待してますんで、頑張って下さい。
- 137 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月07日(月)14時01分59秒
- 梨華ちゃんとごちんの間にひかりが・・。
よすぃにも変われる日が来ますように・・・。
次の更新も待ちきれな〜い。
- 138 名前:Easestone 投稿日:2003年04月09日(水)20時56分51秒
- 136様
毎週読んでくださってありがとうございます。
お話はこれでちょうど半分ぐらいでしょうか。これからもお話は
繋がっていくのでよろしくお願いします!
137様
感想ありがとうございます。これからも1985トリオの関係が
続きます。更新期待してくださってうれしいです。
次回更新は、4/12(土)を予定しています。
- 139 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時18分23秒
- 沿道の雪は、ますます勢いを増して毎朝除雪車が行き交うようになった。
大寒を過ぎた頃、夢見が丘商店街は雪で埋め尽くされる。
特に朝は冷え冷えとした空気が家の中まで伝わってきた。
あたしは、物好きにも早朝から起きだして家の仕事を手伝っていた。
「思い出すわね。あんたがちっちゃい頃。」
母が言った。
あたしは、小さい頃お菓子作りが大好きだったのだ。
それで両親が一斉にお菓子を作り出す早朝、わざわざ小学校に行くずっと前から一緒にあんこ作りをしていた。
大きくなるにつれそんなことからはどんどん離れていたけど、まだあたしには、あんこ作りには自信があった。
ところが最近、真希のためにと夢包みのあんこを作ってみたのだが、全くうまく作れなかったのだ。
いくら上手に作ろうとしても工夫しても親と同じあんこは出来なかった。
それで、今日は親の作ってるとこをもう一回見てやってみようと思ったのだ。
- 140 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時19分50秒
- まず最初にあんこのためのあずきは、冷たい水でかなりよく洗わなければならない。一個一個を洗うように繊細に。
あたしは、その最初の段階で大苦戦だった。
小さい頃にやっていたことがこんなに神経をすり減らして重労働だとは考えもしなかった。
母は、それを見て「ダメネェ。」とか「向いてないんじゃない?」とか散々言って笑っていた。
それでも、あたしは久しぶりに懐かしくて楽しかった。
真希は怪我から急回復し、演劇においても元気いっぱいになってきた。
無表情な顔からいろんな表情へくるくると変わる演技は、安倍さんが言うとおりあたし達の学年ではナンバーワンだ。
ただひとみと真希の関係は、真希が元気になったぶんいじめからまた大喧嘩に変わっていた。
「違うよ。そこの言い方は、感情がこもってないとさぁ!」
「そうじゃないって。逆にここは、感情を押し殺しさないと意味ないでしょ。梨華ちゃんどう思う?」
ただ、最も困ったことにあたしは、どっちの味方もできない。
- 141 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時20分58秒
- 真希は、すがるようにあたしを見つめてくるし、ひとみは「あたし達親友でしょ?」って言わんばかりだ。
それにいつも台詞棒読みのあたしは、二人の論争に何とコメントすれば言いのだろう。
絶対に喧嘩になるのは分かってるのにいつも二人は近くにいる。
あたしはそんな二人が不思議でしょうがなかった。
「大変だね。いつも。」
あさみがウォーミングアップを終えてあたしに話しかけてきた。
あたしは、何のことかわからずきょとんとしてしまった。
「最近さ。いつもごっちんとよっすぃーの間に挟まれて困ってるじゃん。」
「あ、それいつものことだから。」
あたしは、思わず笑って言った。
「でも梨華ちゃん。イメージ変わったな。前はなんかお高くとまってる感じだったけど、今は全然そんなことないし。それにごっちんが元気になったの、梨華ちゃんのおかげだ。あたしからもお礼言うよ。」
「あたし、別に何もしてないよ。」
「だってごっちん、梨華ちゃんと仲良くなれたぁってすごいうれしそうだったよ。」
あさみが笑みを浮かべていった。
- 142 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時22分39秒
- その時あたしは、嬉しさをごくりと飲み込んだ。
その気持ちは、今までのあたしだったら一生味わうことない感情だと思う。
「梨華ちゃん!悪いんだけどちょっと手伝ってくれる?」
安倍さんの呼び出しだ。台詞が棒読みのあたしは、当然役がもらえるはずがなく舞台装置の立案や音だしをしている安倍さんを手伝っていた。
安倍さんは、部長だけあって舞台の中心的な役柄をやりながら舞台美術まで何から何までやっていたのだ。
ひきかえあたしは、どんな脇役だってもらえそうにない。
「梨華ちゃんは、こんだけ可愛いんだから。立ってるだけで様になるって。」と矢口さんは言ってくれたけど当然そんなことは認められるはずもない。
あたしは、安倍さんが作業しているステージ横の部屋へ入った。安倍さんはわざわざちっちゃな舞台の模型をつくって装置の場所や照明をいつも考えていた。
「ここの部分の照明は、PINSPOTで人物を浮かび上がらせた方がいいな。問題は背景かな。こればっかりは実際に見てみないと分からないし。」
演劇について話してる安倍さんの目は、輝いていた。
安部さん達先輩は春に市民ホールで行う公演で引退する。
だからなおさら最後の演劇を楽しみたいんだと思う。
- 143 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時24分13秒
- 「舞台の照明ってね。光らせ方によって感じが全然違うんだよ。ほら人物を正面からあてるとすごい明るい感じになるっしょ?逆に照明を真上にもっていくと、何だか影のある人物に見える・・・。」
照明一つで人物だけじゃなく舞台全体の雰囲気もがらっと変わったことにあたしは驚いた。
これに色や音響が加われば、やり方次第で舞台は大きく変えられる。
あたしは、前見た文化祭の演劇を思い出した。
あの鮮明な光と影、あれ全部うちの部員でつくったんだ・・。
あんな舞台をまたつくることを考えたら、何だかわくわくした。
あたしは、文化祭の準備をあまり手伝わなかったのを本当に後悔した。
雪もすっかりなくなって、厳しい寒さもだいぶ和らいできた。
自分の心も溶けてる。そんな気が自分自身でもしていた。
商店街を歩いてると寒くても一瞬だけふっと暖かな風が自分の中に流れる。
それは、自分にとって本当の意味での春なのかもしれない。
その頃、あたしは安倍さんと一緒に舞台装置作りに夢中だった。
台詞が棒読みの自分には少しショックを受けたけど、自分でもやりたいものが見つかって、正直本当にうれしかった。
- 144 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時25分23秒
- 「梨華ちゃーん。こんなもんでどうかな。」
ひとみは、休みの日だというのに舞台装置を作ってくれていた。
さすがは工務店の娘だけあってのこぎりで板を切ってパネルをつくったり背景のための添え木をつくったりするのは大工顔負けの腕前だった。
「うん!○!」
あたしは、ひとみにOKサインを出して笑った。
今、自分にとって高校や実家や商店街がどうとかそんなことは抜きにしてあたしはいろんなことを考えることができた。
ただ周りをこだわりなくすっと受け入れていた。演劇をやる時間が大事な時間だったし、何よりひとみや真希と一緒に過ごす時が刺激的で楽しかった。
- 145 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時26分46秒
- あたしが、そんなふうになってから二人について気付いたことがある。
それは、真希とひとみには何か運命付けられたものがあるということだ。
ひとみは、いつもはべらべらとくだらない冗談を言ってるくせに最も大事なことは、簡単に口に出さない。
真希は、陽気でいつもはしゃいでるけど実はあまりしゃべらない。
あの大きな目を見つめて、その表情をじっと見るだけで何となく考えていることが分かるのだ。
真希には自分の感情や気持ちを口には出さずに伝える能力があるのだと思う。真希自身その能力を過信することで、時おり大きな誤解を受けていると思う。
そしてあまりにも対照的な二人には、恐らく、いや必ず伝えきれてない大事なことが山のようにあるのだとあたしは、勝手に思う。
二人が喧嘩してるとき、その運命に抗うために無意味な必死の努力をしているように見えた。
そして、二人がお互いのことを話すときには、決まって力が抜けたふっとした幸福な時間が流れる時だ。
それは二人があたしだけに見せてくれている特別な瞬間なのかもしれないとあたしは考えていた。
- 146 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時28分15秒
- 日曜日の午後、あたしは「夢包み」作りの最後の工程に入っていた。
今まで大苦戦していたあんこは、これまでにない良い出来だった。
「素人にしちゃあいい出来だ。」父は、笑いながら言ってくれた。
あとは、あんこをモナカに挟んで完成させるだけだ。
この夢包みにあたしは、ずいぶんいろんなものを封じ込めてしまった。
朝、早く起きて工房に向かう時のとんでもなく寒い時間、今日の出来はいい感じだ!と思えたときの鍋のぐつぐつ煮える音、芸術品としては一級だけど食べ物としてはねぇ。と母に毒づかれて悲しくなってしまった時、それこそ全てだ。
ただ、このお菓子を作っていたらあたしはいつも夢中になってた。
父や母がどういう風にして和菓子にのめりこんだかはあたしにはわからない。
でも、こんなに人を魅了することが世の中にはたくさんあるんだと思う。
そしてあたしは、丁寧にあんこをモナカの中に封印していった。
「梨華ちゃん!」
店先に真希が姿を見せた。
今日は、真希にあたしが作った夢包みを食べてもらう約束なのだ。
「外行こ!外!」
あたしは、夢包みが入ったかごをもつと真希を引っ張って外に出た。
- 147 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時30分16秒
- 朝、商店街の街路樹や庭や辺り一面に緑が噴き出しているのを見た。
その日は、あたしが今年で一番最初に春を感じる日だった。
あたし達は、近くを流れる川までやってくると土手に腰をおろした。緑のいい匂いがただよっていた。
「気持ちいい〜。」
真希は、川の向こうを見つめながら目を細めて言った。
その表情が、あまりにもひとみに似ていたからあたしは少し驚いた。
でも真希は、くるっと表情を変えると勝手にかごをあけると、あたしの作った夢包みをもぐもぐ食べ始めた。
「どぉ?あんま自信ないんだけど。」
あたしは、真希の表情を伺うように聞いた。
「うん。いけてる!」
真希は、にこっと笑うと本当においしそうに夢包みを食べてくれた。
「これ、全部もらっていい?弟に食べさせてあげたいんだ。」
真希は、優しい笑顔でそう言うと、もうかごを自分のものにしてしまった。
あたしは、そんな真希の優しさが大好きだった。
家族に対してだけじゃない、演劇部で真希を見ていたらいつもそうだった。
それは、あたしの全てを溶かすのに十分だったのだ。
- 148 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時31分18秒
- 「いいよ。その代わり、今度あたしにクッキーとかケーキの作り方教えてよ。」
真希は、料理好きで特にお菓子系は大得意という話をあさみから聞いたことがあった。
「もちろん!あたしだって洋菓子系だったらつくるの得意なんだから!梨華ちゃんにもあたしがつくったフルーツタルトとか食べて欲しいな。」
今度は真希は負けず嫌いな表情を見せて言った。
「あたしだけじゃなくってひとみにも食べてもらったら?喜ぶんじゃない?」
そう言うと真希は、はっとしたような顔であたしを見た。
あたしから真希にひとみの話を持ち出したのは初めてだったと思う。
二人は、いつも喧嘩していたから、仲が悪そうだったから。
でも今になってあたしは気付いていた。二人の間にある特別な感情に。
「よっすぃこは、あたしがつくったものなんて食べてくれないよ。」
真希はうつむいて下を向いてしまった。
- 149 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時32分22秒
- 「よしこは、あたしのことなんて何も分かってくれない。あたしは、ひとみに勝ちたくて学祭の演劇で喧嘩したんじゃない。それに演劇部でひとみにあたしがつっかかったのはひとみとはきちんと信頼しあいたいからなんだよ。それなのによしこはあたしに、笑顔ひとつ見せてくれない・・・。梨華ちゃんにはいつも笑ってるのに。」
真希が搾り出すように言い始めた。
「ごめん。こんなこと言って。梨華ちゃんがちょっとうらやましかった。あたしは、よしこに嫌われちゃってるから。」
真希は、うなだれたままだった。
あたしはひとみに突き飛ばされて保健室でうなだれていた真希をふっと思い出した。
あの情景を思い出すたびにあたしの胸はズキズキ痛む。
「ごっちんってさ。よっすぃーのこと好き?」
思わずあたしは聞いた。それを聞かないともうどうしようもないと思った。
あたしが聞くと、真希は以外にも素直にうなずいた。
こんなにも自分の感情に素直な子が、ひとみと言い争いを繰り返すのはどんな大変だったかと思う。
- 150 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時33分35秒
- 「最初によしこに会った時から、もうずぅっとたまらなく好きで、好きで好きでしょうがなくて・・・。よしこが初めて演劇部に来た時、あたしだけよしこに呼ばれて一緒に帰ったんだ。そんときはもう夢かと思ったよ。」
あたしは、商店街でひとみと真希が立っていたのを思い出した。
「あたし、梨華ちゃんが一緒に来たの知ってたから聞いたんだ。梨華ちゃんは、置いて帰っていいの?って。そしたらよしこ、梨華ちゃんのことなんかどうでもいいようなこと言ってあたしにキスしようとしてきた。だから思いっきり引っ叩いちゃった。それからはもうよしことはすれ違いばっか。」
あの馬鹿!あたしは、思わず心の中で思った。
ひとみは、どうしてそんな大事な時間をいい加減に扱うのだろう。
人と人の間には大事なタイミングっていうのがあると思う。
そのタイミングを一度逃したら、その何倍もの大事な時間を無駄にしてしまうんだ。
「ごっちん、大丈夫だよ。よっすぃとは絶対このまま終わらせない。」
あたしは、真希の目をまっすぐに見て言った。
- 151 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時34分36秒
- 「何で?よしこが好きなのは梨華ちゃんだよ。あたし見てたら分かるもん。」
真希は不思議そうな表情をしていた。
「ごっちんは、あたしとよっすぃーがつきあってたらあきらめる?」
「いやだ!あきらめたくない。よしことこのままで終わりたくないよぉ。」
真希は、突然泣き叫ぶように言った。
それは、真希がその強い意志を初めてあたしにぶつけてくれた時だったと思う。
今までのあたしは、ずっとそれが怖かったんだと思う。
そして初めてあたしは、その強い意志を受け止めることができた。
今までのあたしは、砂の上に立っているような弱くて脆いプライドにしがみついていた。
- 152 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時35分34秒
- 「終わるわけないよ。よっすぃーとごっちんがこのままで。あたしは、よしこにはすごい感謝してるし親友だけど、あたしはよしこの恋人じゃない。」
あたしは、断言した。
あたしには、恋愛よりもまだまだやることがたくさんあるんだ。
今のあたしには自分で試したいことが山ほどあった。
演劇でもそうだったし家でも学校でも、ひとみにも真希にもしてあげられることは、今のあたしには山ほどあるはずだ。
あたしが、そう言うと真希は安心したようにあたしの顔をずっと見ていた。
- 153 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時37分15秒
- あたしは、夢包みをつくるようになってからというもの朝早く起きて両親のお菓子作りを手伝うのが習慣になっていた。
あずきを一個一個洗うことが新鮮だったし、あんこをこねる作業にはひたすら集中できた。
朝はずっと暖かくなっていた。
早起きの洗面所に桜の花弁が舞い込んできていた。あたしは、ふっと息をはくと花弁は窓の外の世界へと戻っていった。
外には桜の園と化した商店街が広がっていた。
あたしは、準備が整うと桜の園を突っ走った。あたしが考えた舞台の設定がやっとまとまったのだ。
あたしは、安倍さんに舞台美術を教わって以来それの虜になっていた。
そしてあたしは、安倍さんが主役を演じるためから舞台美術をまかされるまでになれた。
あたし達が春の公演で行うのはシェイクスピアの「オセロー」、激しい嫉妬と恋の物語だ。
この舞台を全て花をイメージした背景と装飾にしたいと思う。
花には、情熱も恋も嫉妬も激しい感情も全てを表現する力をもってる。その図面が昨日ついに完成したのだ。
- 154 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時38分04秒
- 「すっげぇじゃん。梨華ちゃん。こんな図面一人でかいてくるなんて!」
体育館で早朝の練習に励んでいたひとみが言ってくれた。
「確かにすごい。でもこれだけのはりぼて作れるかな・・・。」
安倍さんは心配そうに言う。
「大丈夫です。あたし頑張って作りますから。」
あたしは、何としてでも自分の作った舞台でみんなに演技してもらいたかった。
「オイラ手伝ってもいいよ。オイラそんなにたくさん台詞ないし、今回で演劇部引退になっちゃうから後悔しないようにやりたいんだ。いいかな?」
矢口さんが、言った。
「もちろん!」
あたしは即答した。
- 155 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時39分39秒
- あたしが演劇部に見学しに来た時、矢口さんはまるでやる気がなさそうだったのを思い出した。
あの時は、単に仲がいい安倍さんが部長をやってるからそれにつきあってるだけだったのだと思う。
だけど今は、全然違っていた。文化祭の演劇の練習にいなかったことは一度もなく、今は毎日楽しそうに練習してた。
もしかしたら矢口さんだけじゃないのかもしれない。演劇部全体に、前にはなかったやる気と活気が満ちていた。
こんなに人を変えられる力って何なのだろうと不思議に思う。
今のあたしだったら、自分を励まして勇気付けて必死に頑張ることはできるようになった。
でも、人を変えれる力なんて到底もてないだろうなと思う。
先輩達の最後の公演まであと一ヶ月。
あたし達は、5月の公演に向けて一丸となった。
あたしは、配役のない完全な舞台美術担当だ。ひとみがつくってくれたパネルや添え木を元にいろんな花を作ってぬって描いた。
模擬で照明をあててみたり、人の立つ位置を調整したりで授業が終わってからはそれを夢中になってやっていた。
- 156 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時54分23秒
- 「梨華ちゃーん!こんなもんでどうかな?」
照明を照らしてくれている矢口さんが叫んだ。
「OKでーす!次、こっちきてパネルの並び替え手伝ってくれますかー!」
「全く梨華ちゃん、人使い荒いって。これでもオイラ先輩だよ。」
矢口さんは、もうへとへとのようだ。
「でも照明とかパネルの花とか実際に並べてみないと分かんないじゃないですか。だからあと、登場人物に位置確認しないといけないですよね。だから・・・。」
「わかったよ。もぉー。」
矢口さんは、文句は言っても何だか楽しそうだった。
あたしもそれに甘えていろいろと頼んでしまう。
「でもオイラさぁー。やっぱ演劇やれてよかったよ。最初は、なっちにつきあって時間つぶししてるばっかりだったけどさ。」
矢口さんが、パネルを運びながら何だかしみじみと言った。
- 157 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時55分26秒
- 「矢口さんが演劇が楽しくなったきっかけって何ですか?」
あたしは、聞いた。
「んー。やっぱごっつぁんのおかげかな。オイラだけじゃないよ。なっちだってごっつぁんが来てからだよ。すっごい楽しそうに演劇やるようになったの。」
「ごっちんですか?」
あたしは、きょとんとなった。
言われてみればそうかもしれない。安倍さんも真希の事を話すときにはことさら楽しそうに話す。
- 158 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時56分17秒
- 「そう。あの子さぁ。クールで生意気そうなのに、本当はすっごいひたむきで甘えん坊でさ。あたし達も頑張んなきゃ!って気持ちにさせるんだ。」
矢口さんは、そう言うとパネルをひょいと持ち上げて次々並び替えていった。
あたしは、真希の人懐っこそうな笑顔が浮かんだ。
あの笑顔を見てると本当に体がほぐれるように安心してしまう。
先輩達もきっと同じ感覚なんだろうと思う。
ただ、その矢口さんも安倍さんも今まで真希を可愛がってた先輩達は、次の公演で引退してしまう。
またひとみ中心の練習になってしまったら真希は、孤立してしまうじゃないかってことだけがあたしは、気がかりだった。
真希が、ひとみとの関係に行き詰まってるのはただひとみが好きだから。
あたしには、真希のあまりにも激しくて強い恋心を感じることが出来た。
真希が孤立する理由なんてそれ以外にない。それが分かってるだけ、あたしは悔しくてたまらなかった。
- 159 名前:Easestone 投稿日:2003年04月12日(土)09時58分56秒
- 今日の更新を終了します。最近体調不良です。
毎晩のように熱が・・・。
こんなことで更新に影響がでるとは思ってませんが
念のために報告しておきます。
- 160 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時18分28秒
- 体育館の窓を全開にして、練習を始めようとすると髪の毛が壊れるぐらいに風が流れた。
もう初夏の香りがしている。あたし達、舞台美術係は、春の公演に向けてはりぼて作りもパネル作りも順調だった。
後は、資材を運ぶ段取りと照明の細かい設定を決めるだけだった。
音響のタイミングも完成してあとはプレッシャーに弱いアサミがどれだけ本番に力を発揮してくれるかだった。
機械に弱いあさみはテープレコーダだけで四苦八苦してる。
あたしは、あさみの音響チェックもかねてリハーサルを見た。
安倍さんは主役のオセローで真希がその妻デスデモーナ、ひとみはデスデモーナとオセローに激しい嫉妬と憎しみを抱くイアーゴーの役だ。
まさに現実世界も似たようなものだとあたしは思う。
イアーゴーは性悪説のモデルのような人で悪を悪とも感じないで、冷静に立ち回る。
その標的となったデスデモーナはまさに悲劇のヒロインだ。
- 161 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時19分41秒
- 真希とひとみは、直接は多く関わりあわない役回りだった。
でも真希は舞台に立つたびに憂いと悲しみの入り混じった表情でひとみを見つめている。
あたしには、真希は演技してるのかそうじゃないのか分からなかった。
でもあたしが知ってるぐうたらな真希もふにっと甘えるような表情を見せる真希も演技の時には存在しなかった。
あたしは、その舞台を見て真希には悲劇のヒロインというよりも引き裂かれていく愛情を感じた。
あたしの心は、もうすでに演劇をとびだしていたのだ。
「もうそろそろごっちんの気持ちにこたえてよ。よしこ。」
そんな気持ちがあたしの中をうずまいていた。
その日は、あたしはあさみと最終チェックを済ませて先にさっさと帰った。
演劇のことは、すこぶる順調だった。ただ何だかやるせなかった。
- 162 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時21分29秒
- 最後の公演の前日。あたしの複雑な思いとは裏腹にあっという間に日にちは過ぎていた。
明日で安倍さんや矢口さんたち先輩はいなくなる。
舞台を成功させなきゃいけないっていうプレッシャーと先輩達がいなくなるっていう気持ちが入り混じってあたしは、ものすごく精神不安定になっていた。
「梨華ちゃん。もうちょっと力抜いてやったら?別に演劇にでるわけないんじゃないんだし。段取りどおりやってくれればあたし達いくらでもフォローするからさ。」
安倍さんが優しく言ってくれるのを聞いてあたしは、ますますぐっと胸にくるものがあって悲しかった。
ただ無心にテープのタイミングを確認して、パネルの数を確認して、照明を意味なくいじっていた。
あたしは、そうして気持ちを落ち着かせていた。
「梨華ちゃん。今日、一緒に帰らない?今日は通しで一回リハやって終わりだからさ。」
ひとみの声が聞こえて、あたしはほっと救われた気分になった。
なんだかんだ思ってもやっぱりあたしの心の支えはひとみだった。
真希は、新しい力をいつもあたしにくれた。
二人ともあたしの心のよりどころだった。けどあたしのネガティブ思考には、ひとみの存在がてきめんだった。
- 163 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時22分08秒
- 「明日で安倍さんとか矢口さんは、演劇部から出てこなくなるんだね。」
あたしは、しみじみと言った。
「うん。」
ひとみは、無表情に答える。ひとみとお茶するのは久しぶりだった。
「あたし、安倍さんのふわふわっとしてて、でもしっかりとところがすごい好きだったな。」
「うちも好き。」
「でも、安倍さんてうちの部で一番演劇が好きだよね?」
「うん。」
ひとみがいつもと違うのはあたしは、すぐ分かった。でもひとみの表情は、ものすごい悩んでいるようにももう覚悟を決めたような思いつめたようにもどちらにも見えた。
「ごっちんのこと?」
あたしが聞くとひとみは、弾かれたようにあたしを見る。しばらく沈黙が続いた。
「ね、ひとみ?ごっちんのこと本当はどう思ってる?」
あたしが今、この瞬間に引き出したいのはただ一つ。
ひとみの気持ちだった。
あたしを含めてみんなが変わらなければ何も動かないんだ。
だから、そのためには言葉にしなきゃいけないと思う。
- 164 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時22分52秒
- 「あたしは、本当はごっちんに猛烈に恋してる。泣きたいくらいに気持ちがおさえれない。頭がかぁっとなって。」
でも流れるようにひとみは話し始めていた。
「だってごっちん、劇の時ずっとあたしをみつめてるんだよ。そんなこと台本に全然かいてないのに。ずるいよ。ずるすぎるよ。あたしもう耐えらんない。」
その言葉を聞いて、あたしは肩の荷が降りたような何か温かいものがこみ上げてきた。
ひとみと真希の激しいいざこざなんてもうどうでもいい!やっと真希の願いが叶うんだ。
あたしの意地悪な態度にもひとみの愛情が裏返った激しい嫉妬にも真希の思いは負けなかったんだ。
「恋のことは、よくわからないけど。やっぱ恋って好きになったほうが、負けなんじゃない?だから今回ばっかりはひとみの負けだよ。素直になるしかないと思うよ。」
あたしは、確信していた。ひとみは、一度口にした思いは必ず実行してくれる。
ひとみは、もうそれ以上は何も言わなかった。
- 165 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時25分52秒
- 帰り道、商店街をひとみと歩くと、太陽の光が真っ直ぐにおりてきた。
街中なのにふっと草の匂いがした。
ひとみは、迷っていて悩んでいるのかもしれない。
でもそういう思いって真希とひとみにとって正当な悩みだと思う。
全てがこれから始まるんだ!あたしだけが、時めくように胸が弾んだ。
次の日の本番、あたし達は商店街の近くの市民ホールで、安部さんたちの卒業となる舞台「オセロー」に望んだ。
あたしが無心で舞台の準備が出来たのもこのことがあったおかげだと思う。
考えてみればこんな他人のことなのに、ここまで自分が影響されることってなかったと思う。
当の本人であるひとみは、演技はともかくため息をつきっぱなしだった。
あたし達は、ただ真希を見つめるだけだった。
「この衣装とかどう思う?梨華ちゃんがデザインしたんだけどさぁ。趣味悪いよねぇ。」
何も知らない真希は、あたしをだしにして舞台裏で安倍さんや矢口さんとはしゃいでいた。
- 166 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時27分04秒
- 「あはは。梨華ちゃんらしいね。舞台道具とかはいいんだけどね。衣装だけはねぇ。」
安倍さんはまるで妹を見つめるような優しい笑顔で真希の話に聞き入っていた。
「でも、なっちとやぐっつぁんいなくなったらこの梨華ちゃんの暴走誰もとめられなくなるじゃん?そうなったどうすんの?」
「そんなのごっつぁんが止めればいいじゃんー。」
矢口さんは、いつものきんきん声で答える。
二人ともあまりにも明るくて、楽しそうで今日で演劇部を引退してしまうなんて信じられなかった。
「嫉妬は千の目を持っているが、一つとして正しくみることができない。」
最後に舞台で嫉妬の亡者の役をやったひとみ自身が、この台詞を言った。あたしにはこの言葉がすごく印象的だった。そして演劇は閉幕した。さすがに最後は安倍さんも矢口さんも涙ぐんでいた。
打ち上げは、商店街のハンバーガーショップだった。
- 167 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時28分04秒
- あたしは、その席に座って始めて力が抜けた。何せ舞台道具の搬出と搬入、音響、照明とあたしは全く気が抜けなかった。
自分からやりたいって思ってやったことだから、絶対に成功させたかった。
それが今うまくいったんだってことが分かってやっとほっとしたのだ。
「梨華ちゃん!お疲れ〜。」
真希が、あたしに乾杯の合図をすると側にやってきた。あたしが話そうとした瞬間、突然ひとみが真希に話しかけた。
「あの・・、ごめん。ごっちんちょっといい?」
真希は、ぎょっとしたような表情であたしを見た。
あたしは、真希を安心させるように笑うと席をたった。
真希がひとみに連れられて外に出てる間、あたしも安倍さんに呼び出されたて店の外に出ていた。
「あたし今日、すっごい楽しかったよ。」
安倍さんは、笑って言った。
安倍さんの笑顔はすごく充実した何かをやり遂げたようだった。
- 168 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時29分19秒
- 「ずっと考えてたんだけどさ。梨華ちゃん、演劇部の副部長やってくれない?」
そして安倍さんは表情をまじめに戻すとそう言った。
「え?あたしが、ですか?」
あたしは、はっきり言ってびっくりした。
あたしは、ちょっと前まで幽霊部員だった。
それにあたしは、演劇で役ももらえなかったし、あたしに演劇部を引っ張っていけるはずがない。
「まだ決まったわけじゃないけど、考えてもらっていいかな?あたしは、ごっちんが部長で副部長は梨華ちゃんがやって欲しいんだけどな。」
安倍さんは、まるで決意したようにそう言った。
あたしは、「考えてみます。」とは言ったものの全くなんであたしにやって欲しいのか分からなかった。
「ごめん。突然こんなこと言って。あたし先に戻るね。」
安倍さんは、そう言うと店の中に入っていった。
その時、店から矢口さんが顔を出した。
「聞いた?なっちから副部長のこと〜。」
いつもの悪戯っぽい声で言う。
矢口さんが言うとどうも冗談ぽく聞こえてしまう。
- 169 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時30分09秒
- 「聞きましたけど・・・。何であたしなんですか?」
「ごっちんが本当に頼れるのって梨華ちゃんなんじゃない?」
今度は矢口さんが真剣に言った。
「勿論、それだけじゃないと思うよ。梨華ちゃんは舞台装置の企画もできるし、これからもいろんなこと出来るってオイラ思うよ。でもさぁ・・・、なっちはやっぱりはごっつぁんのことが一番心配なんじゃない?なっちってさ。ごっつぁんのこと特に可愛がってたからさ。」
あたしは、安倍さんが真希のことを話すときはいつも優しくてふわりとした表情になるのをいつも感じていた。
でもだからといって真希とひとみが激しい言葉の応酬を繰り返してる時は、何も言わなかった。
それは、安倍さんの真希のことを思いやった一級の思いやりだったんじゃないかって今さらながら気付いた。
「でもオイラも同じ気持ちかもしんない。梨華ちゃんとかよっすぃーに比べてとかじゃなくて、ごっつぁんってね。一緒にいると本当に可愛いんだ。それにあの子は、まだまだ大きな力秘めてると思う。何か天性の運があると思うんだよね。」
- 170 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時31分14秒
- 「天性の運、ですか?」
あたしは、聞いた。
「梨華ちゃんやよっすぃーに同期として出会えたのもそうじゃない?だってあたしに話してくることって梨華ちゃんかよっすぃーの話ばっかだよ。」
見た目はすっごいクールなのに仲が良くなればなるほど不思議な魅力で引き込まれる。
逆にいくら殻をはっていても向こうからすっと中に入ってくるひとみとは好対照だ。
二人は、性格がおおざっぱで全てにマイペースである点でよく似ていた。
でも二人の本質的な部分においては、全然違う。
それが二人が惹かれあってる一番の理由だと思う。
そして二人の圧倒的な魅力に振り回されてるうちにあたし自身も、ずいぶん変われたと思う。 あたしは、もう元の超合理主義的で世の中を悟ったような冷めた自分には戻ることはできない。そのことであたしの運命も人生もすごい変わるんだろうなと思う。でもここまで辿り付けたことが、こういう気持ちになれたことがあたしにとって胸がはちきれそうなくらいに嬉しいことだった。
- 171 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時32分09秒
- あたしが、席に戻ってもまだ真希とひとみは出て行ったきり戻ってきてなかった。
あたしはまたひとみが勢いあまって真希に変なことはしないかと心配でしょうがなかった。
でもそんなあたしの心配も真希からのメールで吹き飛んでしまった。
Fromごっちん
本文 よっすぃこに告白されちゃった。すんごい嬉しい!!!!詳しいことは帰って話すね〜☆
真希からのメールはすごくシンプルだった。
はぁー。よかったぁ・・・。あたしはそれで本当に安心できた。
でもあの二人がつきあったらどうなるんだろとも思う。
毎日喧嘩ばっかりするんだろうか。あたしに見せたがらないだけで二人とも激しい性格を持ってることをあたしは知っている。
- 172 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時32分50秒
- 帰った後の、真希からの電話は延々3時間以上だった。今度デートに着ていく服は何しようとか、服のセンスなんか梨華ちゃんに聞いても駄目だよね。とか。カチン・・・
「今度、演劇部の部長、ごっちんがやるんでしょ?安倍さんから聞いた?」
あたしは、安倍さんから言われたことを聞いてみた。
「うん。でもできるかなぁあたしに。」
真希は少し自信なさげに言う。
「絶対大丈夫だよ。ごっちんだったら。ひとみだって応援してくれる!」
「うん・・。そうだ!梨華ちゃん、副部長になってあたしを助けてよ。そしたらやれるかもしんない。」
真希は、純心そのままに言ってきた。
「それ、今日、安倍さんに言われた。あたし幽霊部員で配役さえももらえなかったのに。」
「そんなの、関係ないって。じゃ話し早いじゃん。これで決まり。よかったぁ。あたし梨華ちゃんと一緒にだったらできるような気がするんだ。」
- 173 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時33分32秒
- 「わかったよ。ごっちんがそこまで言ってくれるんだったら・・・。」
真希が、あまりにも嬉しそうに言ったので思わずそう言ってしまった。
結局、その日は副部長になることを約束させられ、のろけ話をさんざん聞かされた。
あたしは、どうしてこうも真希に甘いのかと思う。
その上ひとみには、話したいことあったのに電話かけてもずっと話中だったとさんざん文句を言われた。
「ごっちんにちゃんと告白したよ。」
ひとみは、真希とのことをそれだけをさらっと言った。
それ以上は何も言わない。そのシンプルな言葉は、いろんな迷いや思いを飲み込んだ、ものすごく硬いひとみの意志を表してると思う。
- 174 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時34分17秒
- 次の日、安倍さんが最後に部員を体育館に集めた。
その時には、もう4人の新入部員もきていた。
「新しい演劇部は、部長は後藤真希、副部長は石川梨華に決定しました!あと4人も新しい仲間も入ったことだし、みんなよろしくね。」
安倍さんが、最後に言った。
「えー。梨華ちゃん、副部長なんてできるのぉ?」
ひとみが冷やかすように言ってきた。
「出来るよ。あたしだって中学の時はテニス部の部長だったんだからね。」
「でも、演劇とテニスは違うからね〜。」
あたしは、ひとみにだけは負けたくない!見返してやる!って思った。
「そういえばさ。新しい部員入ってきたじゃん。今年は粒ぞろいだって話だよ。」
ひとみは、新入部員の方を見て言った。
- 175 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時34分52秒
- ひとみにとっての粒ぞろいって何が粒ぞろいかはよく分からなかったけど、確かに顔立ちの整った子達が集まっていた。特に、高橋愛って子は生き生きとした目をもっていて、ポニーテールにしてるところが特に可愛いと思った。
「あの〜。あたし高橋愛っていいます〜。福井出身です〜。よろしくお願いします。」
高橋がものすごい福井訛りで話したせいで部内でどっと笑いが起きた。
「やっぱ高橋可愛いよね。後輩ができるって楽しいなぁ。何か育てられるって言うか・・・。」
ひとみはしみじみと言った。
「全く何考えてんだか。あなたにはごっちんがいるでしょ?」
「別にそんな変な意味じゃないって。あたしは、ごっちんが以外に手ぇだすとしたら梨華ちゃんしか考えてないから。どう?あたしで。」
ひとみが言ってきた。
- 176 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時35分31秒
- 「お断りします。それにこれからは、演劇部は実力主義にするんだからね。ひとみだってそんなことばっかり考えてたら次の文化祭、配役なしになるからね。」
「へぇー。梨華ちゃん。そんな自分の首締めるようなことしていいの?あたしは、梨華ちゃんと恋人同士の役やりたかったんだけどなぁ。」
ひとみは、真希が自分のものになって上機嫌だった。
それに真希にも前にも考えられないくらいに優しくなっていた。
「よしこってあたしにものすごーく優しいんだぁ。もう信じられないぐらい・・・。」
真希が目をきらきらとさせてよく言う。
あの告白の日からひとみは、よく真希とこそこそ話をしているのを見かけた。
その時の二人はうらやましくなるぐらいに楽しそうだ。
これまでのひとみの真希に対する冷たさは、多分真希を自分のものに出来ないっていう挫折感からだったと思う。
それだけ、真希は、ひとみにとって魅力的だったんだと思う。
- 177 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時36分15秒
- あたしとひとみと真希は、高校2年になって同じクラスになった。
あたしとひとみは腐れ縁なのか当然のようにまた同じクラス。
担任の先生も同じおばさん先生だった。
「ちぇっ。代わり映えしないメンバー。もっと超美人ですんごい問題児がいるとかそんな刺激的なことないのかよ。」
ひとみは、言ってるわりにはものすごくうれしそうだ。
「ごっちんが一緒のクラスでうれしくてしょうがないんでしょ?」
あたしが、言うとひとみはうれしそうにはにかんだ。あたし自身、3人一緒のクラスっていうのが楽しみでわくわくしていた。
「なーんか変な感じ。」
真希が言った。
「「なーにが。」」
あたしとひとみが同時に尋ねる。
「今まで3人が一緒にいることってあんまりなかったじゃん。なのに昔から一緒にいたような気がする。」
真希がくっきりとした大きな目をあたしに見せて言った。
- 178 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時37分11秒
- 「運命なんじゃない?全部。正直あたしは、ずっと今まで自由に生きてきたから運命に縛られるなんてありえないって思ってた。でもあるような気がする。出会いの運命って。」
ひとみの口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。
あたしもひとみも真希に出会うことによって確実に変わってきていた。
あたし達は、互いに共鳴しあって加速度的に自分を変えようとしていた。
夢見が丘の商店街は、初夏の匂いが町じゅうにあふれてきた。
今度はあたしが始まりにならなきゃいけない。
あたしは、強烈にそう思っていた。
それは、具体的には、競争に勝って主役級の役を自分自身の力で勝ち取りたいってことだった。
舞台監督のような仕事もあたしは、嫌いじゃない。でも安倍さんみたいにどっちもできるようになりたい。
そうすれば二人に追いつけるって思ったし、何としてでもあたしは二人に追いつきたかった。
- 179 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時38分13秒
- あたしは、誰よりも早く練習に行くようになったし、発声練習も人一倍もした。
あたしの声はアニメのお姫様のように高音で、その高い声のまんまで話すせいで台詞が棒読みなのだ。
それに副キャプテンだし、安倍さんも矢口さんもいないんだ。
後輩のめんどうだって見なきゃいけない。だから、あたしの演劇の練習にはいっそう熱がこもった。
「石川さん。ここんとこちょと分からなくて〜。」
高橋は、よく演劇のことをあたしに相談してきた。
あたしは、ステップや発声の仕方を懸命に教えた。
ちょっと前まであたしは、そんなこと何も分からない新入部員だったというのに・・・。
そのうち、他の新メンバー、新垣、紺野、小川まであたしにいろいろと相談を持ちかけてくるようになった。
新メンの4人は、真希とひとみにもすぐ打ち解けてたけど難しい相談事は決まってあたしらしい。
安倍さんが何であたしを副部長にしたかったのか分かったような気がした。
「梨華ちゃん。最近、ちょっと疲れてない?」
見かねた真希がついにあたしに言ってきた。
- 180 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時39分05秒
- もうすでに夏が、満開寸前のところまで来ていた。
湿きった風が練習で疲れたあたしの体をゆっくりと流れた。
あたしは、真希の澄んだ大きな目を見ると、心が落ち着いてゆっくりと汗をぬぐった。
「大丈夫だよ。これくらい。」
去年のあたしだったらもうへこたれてるかもしれない。いいことも悪いことも全て自己完結させていた去年。
今は違う。あたしは自分に対してそれを確信できた。
「そっか。良かった。で話しあるんだけどさ。」
真希は、あたしが笑ったのを見ると安心したように言った。
- 181 名前:Easestone 投稿日:2003年04月19日(土)16時40分37秒
- 今日の更新を終了します。
感想とかありましたらどうぞ。
- 182 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月19日(土)18時28分56秒
- いつも楽しみにしています。
スムーズに読んでてここのよしごまなのにいしよしごまのこのホンワカ雰囲気が好きです。
なっちとやぐっちゃんがいなくなり新しく入ったメンバー、
今後もどうなっていくのか楽しみです。頑張ってください
- 183 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月21日(月)03時58分37秒
- すご〜く、良い感じです。
作者さんも体調悪い中、定期的な更新を続けてくれて有難い限りです。
新入部員が入ってきて今後の展開がどうなるのか楽しみ♪
高橋あたりにひと波乱起こして欲しかったりします。
- 184 名前:Easestone 投稿日:2003年04月22日(火)22時19分05秒
- 182様
感想ありがとうございます。演劇部もメンバーも組替えて今後は演劇部を中心
にどんどん話を展開させていくつもりです。
今後ともよろしくです!
183様
ありがとうございます!体調は回復したのですが今度は仕事が激務になって
きて、結構まいってます。この小説の更新にはほとんど影響ないとは思い
ますが、後続の作品がちょっと厳しい状態ですね。
今後ともよろしくお願いします。
- 185 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月25日(金)23時34分01秒
- 一気読みしました。
んげぇ(・∀・)イイ!っす。
いしよしごまの原点を見た気がしました。
引き続き、楽しみにしております。
- 186 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月26日(土)02時48分33秒
- うお!いしよしかと思ったらよしごまか!
でもいいっすね、すごく。
続きが気になるなぁ。作者さん、ゆっくりでいいので頑張って!
- 187 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時22分11秒
- 185様
感想ありがとうございます。一味違ったいしよしごまを書こうと思って書き
始めたのですが、原点など言ってもらえるとは思いませんでした。
ありがとうございます。引き続きよろしくです。
186様
感想ありがとうございます。
いしよしごまは、CPを2点3転できるのが良いところですよね。
Easestoneは、定期更新と最速完結を目指してますので、これからも
よろしくお願いしまーす。
それでは第8回更新をします。
- 188 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時23分54秒
- 「来週、練習が休みの時、あたしとよしこと弟と梨華ちゃんで野球見にいかない?」
「野球かぁ。どこ対どこ?あたし阪神のファンなんだ!」
思わずそれを聞いてあたしは、一気に元気になって、言ってしまった。そう。
あたしは阪神タイガースの大ファンなのだ。
小さい頃には、両親によく阪神を応援しに連れて行ってもらってた。
でも最近は、野球を見に行くことはほとんどなくなっていた。
「阪神対広島!ね、梨華ちゃん行くでしょ?」
真希は、きらきらした眼差しであたしを見た。
「でも、さぁごっちんはよっすぃーと一緒に行きたいんでしょ?あたしがいたら邪魔じゃない?」
「そうなんだけどぉ。弟のユウキさぁ、野球すぅんごい好きなんだよね。だからどうしても連れてけってうるさいし、それにおいてったら可哀相じゃん?」
真希は、気にすることもなくずけずけと言う。
「それで、あたしにユウキ君の面倒みてろって?」
「お願い!梨華ちゃん。一生のお願いだよぉ。」
- 189 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時25分08秒
- 真希は、またいつものおねだりモードだ。あたしは、もう少しじらして意地悪してみようかと思ったけど、きらきら光ってる真希の目を見るとそれもできなかった。
商店街を歩くと太陽の強い光が、何にも邪魔されることもなく一直線にに地球にぶつかってくる。
梅雨がやっと終わったと思ったらすぐこれだ。
あたしはもともと地黒のため真夏の太陽はちょっと苦手だった。
これ以上日焼けしたら、色白で肌のきれいなひとみから何言われるか分かったもんじゃない。
ただ最近のひとみは、もう幸せいっぱいという感じであたしの肌の色なんて気にならないぐらいだ。
「うち、ごっちんがいてくれるだけでいいんだ。」
ひとみが、あたしに言うのろけ話は決まってそうだった。
「でも、あたしごっちんとつきあうまですっごいごっちんのこと傷つけた。それがずっと心に突き刺さってるんだ。その言葉であたし自身も傷ついてる。でもそれがあるからあたしは絶対同じことを繰り返さないんだ。」
その言葉は、重くてあたしの胸に響いた。
- 190 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時26分05秒
- あたしには、また保健室で傷ついて泣いていた真希の姿が思い出された。
あの泣き方は、感情を外に思いっきり出して泣いてるっていう感じじゃない。
自分の感情や力が奪い去られたような泣き方だった。
人を傷つけるってそういうことだと思う。多分、ひとみはあたしと同じ気持ちなんだと思った。
「お待たせー!!」
真希が、いかにも野球応援って格好で走りながらやってきた。
「ちょっとごっちん!野球場に行ってから着れば?」
あたしは、恥かしくなって言った。
「いいじゃん!この方が楽しくて!なぁー!」
「なぁー!」
ひとみがユウキ君の手を取って言うと、ユウキ君は楽しそうにはにかんで答えた。
猛烈な夏真っ盛りの日、あたし達は4人で電車に乗って野球観戦に出かけていた。
「あたし、うまくユウキ君の相手できるかなぁ。あたしあんまりちっちゃい子供の面倒みたことないんだよね。」
あたしは、すぐに打ち解けあって二人して騒いでるひとみとユウキ君を横目に見ながら言った。
- 191 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時27分15秒
- 「大丈夫だよ。あの子阪神すっごい好きだからさ。いろいろと阪神のこと聞いてあげてよ。そしたらすっごい楽しそうに話すんだ。あたし、野球のことあんまり分からないからいつもそういう話できないんだ。」
その時真希の目に海が写った。思わず振り返ると電車の窓から海が広がっていた。
まだ昇りきらない太陽が海に乱反射して眩しいぐらいに青かった。
野球場は、海のすぐ側にあった。どこのチームのホーム球場でもないちっぽけな野球場。
いわゆるプロ野球の地方巡業だった。周りには海岸沿いに立ちならぶ少しだけオシャレな家並みと、逆に昔馴染みの古そうなスーパーマーケットが一軒あるだけだった。
潮の匂いを蓄えた風が夏の雰囲気をかもし出していた。
あたし達は、出店で食べ物をたらふく買い込むと野球場の中に入った。
空はからっと晴れていて真夏の太陽もそんなに不快じゃなかった。
いつもは、激しいはずの阪神の応援団も場所のせいかしょうしょう控えめだった。
ただユウキ君は、ずっと投球練習をしてるピッチャーを見つめていた。
「今日、どっちが勝つかな?」
あたしは、思い切ってユウキ君の隣に座って話しかけた。
- 192 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時28分11秒
- 「きっと阪神が勝つよ!でも広島のピッチャーも調子良さそうなんだ。ほら、すっごいキレのある球なげてる。黒田ってね、速急派のピッチャーだからめちゃくちゃ球が速いんだよ。」
ユウキ君は、夢中になって話し始めた。あたしも野球選手には詳しかったけどユウキ君の知識には脱帽した。試合も実際にユウキ君の予想通り広島先発の黒田と阪神先発の川尻の投げあいとなった。
「次のバッターは今岡」
場内アナウンスが流れた。
「お姉ちゃんが生まれた頃は阪神ってものすごく強かったんだよ。」
あたしは、ユウキ君に言った。
「知ってるよ。お姉ちゃん達って1985年でしょ。あの時、阪神は優勝したんだ!」
ユウキ君は、楽しそうに言った。
その時、今岡が振りぬいた打球が空高く舞い上がった。
ボールはゆっくりゆっくり降りてきて、あたし達観客席の近くにスッと落ちた。途端に歓声が沸きあがる。
「イェーイ。今日は、楽勝だぜぇ。」
ひとみが叫ぶようにいうとあたし達4人は、抱き合って喜んだ。
- 193 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時29分14秒
- その試合は、結局阪神が今岡のホームラン1発を守りきって1−0で阪神が勝利した。
あたし達は、球場を後にすると海へ向かった。
ひとみの提案でせっかくだから海でも見てこようということになったのだ。
「梨華ちゃん。海だよ!」
すっかりあたしになついたユウキ君があたしの腕を引っ張る。
「ちょっと待ってよ。」
あたしは、砂浜に足をとられそうになりながらもこのちっちゃい子を追いかけた。
「ユウキ!梨華ちゃんはお嬢様なんだからあんまり振り回しちゃ駄目だかんね!」
真希は、言ったけどはしゃぎ回る子供は聞いてそうにもない。あたしは、散々砂浜を駆け回された後ユウキ君の砂遊びに参加した。
波打ち際に堤防を作って、砂や木の切れ端でいろんなものをつくった。
それは、波打ち際の小さな町をつくっているようで楽しかった。
「よっすぃこ、冷たいよ!」
「いいじゃん!これくらい。」
真希とひとみは、いつのまにか二人で海の中に入って水をかけあったりして騒いでいた。
あたしとユウキ君は、完成した町を満足そうに眺めながらそれを見ていた。
二人の笑顔が波と打ち溶け合って妖精達の風景のように美しかった。
- 194 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時30分13秒
- あたし達はその日は、もう全ての力を使い尽くさんばかりに思いっきり遊んだ。
そのせいで、真希とユウキ君は帰りの電車ではすうすう寝てしまっていた。
「本当に姉弟そろって可愛らしい子達だよね。」
ひとみが真希の寝姿をみながら言った。
「うん。ごっちんって授業中もすっごい気持ちよさそうに寝てるんだ。やっぱ兄弟って似るんだね。」
「いいなぁ。こんなごっちんの寝てるときの表情ずっと見れるなんて。このまま二人とも連れ去っちゃいたいな。そういや梨華ちゃんてごっちんの席の隣なんだよね。」
「何なら変わったげよっか?」
「うん。」
ひとみがあまりにも真剣に答えるのであたしは笑ってしまった。
電車からオレンジ色に溶けるようにゆらゆらしている太陽が見えた。
海は、昼間の勢いを失って静かに海岸を濡らしていた。
- 195 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時31分38秒
- この日のおかげで気分を一新できたあたしは、俄然演劇にやる気を出した。
秋の文化祭で行う演劇が決定したのだ。「ロミオとジュリエット」恋愛演劇の定番だった。
舞台監督は、あたしがやることになったけど配役はまだ白紙にした。
あたしと真希で話し合って、配役はコンテストを行って部員全員でふさわしい人を決めることにしたのだ。
あたしは、勿論ヒロインのジュリエットを狙っていた。
来年の文化祭の時は、もう演劇部は引退してるし、これがあたしにとっての最後の文化祭での演劇となるのだ。
ひとみと真希のいざこざも、もう全部なくなった。
あたしは、元気いっぱいに輝きを放ってる真希を見て、正々堂々と正面から勝負できると思っていた。
結局ジュリエットの候補に立候補したのは予想通り真希とあたしだった。
そしてロミオの候補となったのはひとみと新人の小川真琴だった。
「後藤真希に勝ってやる!」
とあたしは、意気込み盛んで練習にもますます熱が入った。
- 196 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時32分40秒
- 「梨華ちゃんがジュリエットにぃ?無駄な抵抗はやめたほうがいいんじゃないのぉ?ごっちんに勝てるはずがないじゃん。」
この頃ひとみが教室でからかうようによく言ってくる。
「ジュリエットにはこのチャーミングで美しい石川梨華以外にだーれがやんのよ?」
あたしは、負けずに言い返す。
この頃は、ひとみにも真希にも気を使う必要はない。
あたしは、ひとみとはお互いにずけずけとものが言えるようになっていた。
「はぁ?どこが?」
「よっすぃーにはあたしの魅力分かんないからなぁ。」
「分かりたくないなぁ。」
「なーによ!」
「まぁ二人ともさぁ。演劇のことなんだし、梨華ちゃんは校内で一番可愛いってのはみんな言ってるよ。今度の文化祭で初めてやる美少女コンテストでも梨華ちゃんは優勝候補なんだよ。」
真希が慌てて言う。
最近あたしと真希の立場は逆転して、真希があたし達のなだめ役に回っていた。
- 197 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時34分06秒
- 「梨華ちゃんが優勝するか落選するかは別としてさ。次、美少女コンテストなんてあるの?おもしろそうじゃん。」
ひとみが興味深そうに真希に聞いた。
「そう。文化祭でミス夢見が丘を投票で決定するみたいだよ。」
真希は、人事にように答えた。
あたしは、ミス夢見が丘のことは噂で聞いていた。
「梨華ちゃん。優勝するんじゃないのぉ?」
ってよくクラスメイトにも冷やかされていた。でも、そういうことで噂されるのは別に嫌なことじゃなかった。でもあたしにとって今は、全て演劇が優先だった。せっかく好きなことをみつけたのだから絶対に何かの形にしたかったのだ。
高2の1学期はそうやって瞬く間に終わり、夏休みがやってきた。
あたしは、週3回の演劇の練習と少しだけのお菓子作りと勉強に精を出していた。
自分の内側では、何に関しても熱く燃えてた。
だけど何故かあたしは、包み込んでくれるような静かな夏を体中で感じていた。
- 198 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時36分54秒
- 練習の行き帰りに商店街を歩きながら、ふっと感じる夏の匂いや風に包まれているのが心地よかった。
家の店番してる時に、からーんと音をたてて入ってくるお客さんの音、何気ない世間話、全てが何故かあたしにとってすごく落ち着くような体験だった。
ひとみと真希の二人は、もう毎日豪快に遊び回っていたのとはまるで対照的だった。
ひとみからだけ、今日どこに遊びに行ったとかごっちんのあの表情がたまらない!とか昨日はこのまんま誘拐しちゃおうかと思ったとか危ない話まで毎日、電話でかかってきた。
- 199 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時37分38秒
- 「ごめんね。こんな話ばっかで。でも梨華ちゃんごっちんに嫉妬しちゃ駄目だよ。」
ひとみは、電話口で幸せそうに笑う。
「あたしは、よしこよりごっちんが心配だよ。ごっちん人がいいから、よしこの言うこと何でも聞くでしょ?ちゃんとごっちんのこと考えてやってんでしょうね。」
「やってるよ!もちろん。でも梨華ちゃん、冷たいなぁ。昔は、よっすぃーがいないと梨華何にもできなぁい!って感じだったじゃん。」
「ありませんー。そんなこと一度も。」
あたしは、ひとみに調子にのらせないようにきっぱり言った。
「ホントは、あたし一筋なくせに〜。」
ひとみとの話は、つきなかった。
- 200 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時38分50秒
- あたしは、演劇の舞台の勉強と本業のお勉強のため夢見が丘図書館に通うようになっていた。
夢見が丘図書館は、ちょうどひとみの吉沢工務店の裏にあった。
家からも近く、人も少なくてあたしにはお気に入りの場所だ。
椅子に座ってもくもくと本を読んだりしていると瞬く間に時間が経ってしまう。
図書館にいるほとんどの人も本を読みふけり、今、図書館にいるという意識は多分誰も持っていない。
ただ聞こえるのは、自動ドアが開く音だけ。それが神秘的な音だけの世界を作り上げていた。
「梨華ちゃん。見ぃつけた。」
その言葉であたしは、演劇の空想の世界から一気に現実世界に戻ってきた。
「あぁ。ごっちん〜。」
あたしは、何年かぶりに友達に会ったような声を出した。
「家行ったら多分ここだっていうから。」
真希は、不思議な時にあたしの前に突然現われる。
去年の合宿のときもそうだったし体育館倉庫でのときもそうだった。
その不思議な習性は、仲良くなってからも変わらないみたいだ。
- 201 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時40分10秒
- 「何してんの?」
真希は、ぶっきらぼうに聞いてきた。
「ん?あたしは、ここで演劇の勉強と休み明けのテスト対策。それにしてもごっちんその格好すごいね。」
真希の格好は大胆だった。ピンクのキャミと太ももの全部出た虹色のショートパンツをはいていた。
「へへ。よっすぃ〜こに買ってもらっちゃった!いいでしょ。」
真希は、幸せそうに笑う。あたしは、その格好を見てひとみの趣味だと一目で分かった。
「よしこに物買ってもらうのはいいけど。よしこの言うことそのまま聞いてるとスケベよっすぃーのことだからいつか身ぐるみ剥がされるよ。」
あたしは言った。
「よっすぃこは、そんなことしないよ。」
真希は、人を全部信じきっている純情な目であたしを見た。
真希にそこまで言われるとあたしも否定はできない。
ただひとみの親友であるあたしには、お気に入りの子をみつけるとすぐにたぶらかそうとするひとみの性格など全てお見通しだった。
- 202 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時43分22秒
- 「休み明けテストあるんだっけ。まいったな〜。」
真希は、さも憂鬱そうに言った。
「ごっちんは、よしこほど重症じゃないから大丈夫でしょ?」
あたしは、成績の悪いひとみへの思いっきりの嫌味も込めて言った。
「でも、梨華ちゃんほど頭良くないし・・・。そうだ!梨華ちゃん、休み中にあたしに勉強教えてよ!」
真希が突然言った。
「え!?いいけどぉ。よしこのことはいいの?」
あたしは、ひとみを気遣って思わず答えた。
「大丈夫。勉強は梨華ちゃん。遊びはよしこ!これでいいでしょ?」
真希は楽しそうに言った。
これで、あたしは真希に毎日勉強を教えることを約束させられてしまった。
最初はあたしは、毎日一緒に勉強なんてそんなに長続きはしないと思ってた。
真希は、ひとみへの恋が実って今が一番楽しい時期に違いないのだ。
それでも真希は、毎日楽しそうにあたしの元へやってきた。
- 203 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時44分02秒
- 「三角関数はね。とりあえずこの二つの公式のどっちかをあてはめてみるんだよ。そしたらどうすればいいか分かってくるじゃん。」
「ホントだ!梨華ちゃんすごい!じゃ、この問題はどーなんの?」
「これはね・・・」
あたしは、もう真希の専属の家庭教師になっていた。ただ、驚くほど真希の物覚えがよかった。
「梨華ちゃん、毎日ごっちんの家庭教師やってんだって?全く嫉妬しちゃ駄目って言ったのについにそういう方向性できたか。」
ひとみから恨めしそうに電話がかかってきた。
「一緒に勉強してるだけだって。何ならひとみも一緒にお勉強するぅ〜?」
あたしは、嫌味っぽくひとみに言った。
「あ〜もう。あたしは、二人にはかなわないな。振り回されっぱなしだよ。」
ひとみは、あきらめたように言った。
- 204 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時44分36秒
- 「そうかな。あたしが一番、よっすぃーとごっちんに振り回されてる気がするけど・・・。」
あたしが言うと、
「いや、やっぱりあたし達の一番の被害者はごっちんだって。」
ひとみが言った。
「「やっぱそうだよね。」」
その部分だけあたし達の意見は一致した。
その夏は、ひたすら太陽が暑くて風が爽やかにあたし達3人の間を通り過ぎた。
真希とひとみと演劇と一緒に商店街で過ごした夏休みだった。
- 205 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時46分29秒
- 新学期が始まると、休み明けのテストもそこそこにこなすと、そろそろ配役決定の時期が迫ってきた。
あたしは、自分の演技の練習の妨げにならないよう舞台道具の配置や器材の決定早い段階で済ませていた。
バックには、ほとんど全面ガラス張りを模したパネルを貼り付ける。
激しい恋愛の情念を表現するためには、背景はシンプルなほうがいいと思った。
あとはもう、真希とジュリエット役を巡って勝負するだけだ。
「では、ただ今からロミオとジュリエットの配役決めを行います。順番に立候補者に出て演技をしてもらい、後で投票で決めます!あははは。梨華ちゃん、これでいい?」
部長の真希がまた緊張感のない声で、部員に号令をかけた。
「いい?みんな公平に判断するんだかんね!あと、よっすぃーは投げキッスしたら駄目!」
あたしは、ひとみを見て言った。
「えー!?それじゃうちの魅力発揮できない!」
ひとみは、心外そうに言う。
「じゃ、ロミオの座はさっさと譲り渡して、舞台裏でも手伝ってね。」
「舞台裏は、梨華ちゃんの専門だから、それはできないな。」
「何よ!あたしは、ジュリエットやるわよ。」
あたしは、自信満々に答えた。
- 206 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時47分21秒
- 「梨華ちゃんは、絶対何もしゃべらずにつっ立ってた方がいいって。そうすりゃミス夢見が丘にだって何だってなれるんだから。」
ひとみはいつもあたしにそう言う。
「何よそれ。どーゆー意味?」
あたしは、ひとみをきっと睨みつけた。
「いやだから、見た目だけで勝負したほうが・・・」
ひとみの声がしどろもどろになる。
「あの・・・さ、二人とも。そろそろはじめてもいいかな〜?」
真希が、さもいいにくそうにあたし達に言ってきた。
「あぁ、ごめんごめん。」
思わず我に返ったら部員の視線があたし達に集中してて恥ずかしかった。
あたしは、去年の安部さん達がいた頃を思い出した。あの時は、新入部員への指示は真希が全部出してたはずだ。
あの頃の真希は、生意気に思えるぐらい意志が強そうでひたすら自己主張してたと思う。その頃に比べると、えらい変わりようだった。
真希は、変にあたし達に気を使う。でもそんなところが、あたしにとってものすごい魅力的で可愛らしく思えた。
そんなことを考えている間にあたしの発表の時はやってくる。
- 207 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時48分19秒
- 「おお、ロミオ、なぜあなたはロミオなの?」
あたしは、ロミオ役のひとみに言った。
「あぁ、何と言う姫のあでやかさだろう。誓う!今までの恋は恋じゃなかった!」
ひとみの男役は、まさに絶妙でぞくぞくきた。
相手役がひとみだったおかげであたしは、今までの台詞棒読みから抜けきれた。
これも、4月からの猛練習の成果だぁ。やったぁ!っとあたしは、心の中で叫んだ。
そして次に発表する真希を見たら、何故かあたしを見てにこにこ手をたたいていた・・・。
結果
ロミオ 吉澤ひとみ 19票 小川真琴 5票
ジュリエット 後藤真希 22票 石川梨華 2票
やっぱり惨敗だった・・・。あたしに2票入ってるけどそのうち1票はあたしなわけで、とすると実質入った票って1票。
その1票ってホントに大事だな。清き1票って生徒会長の選挙の時、散々誰か言ってたけどそれってやっぱ大事だな・・・。
あたしは、ぶつくさそんなことを考えていた。
- 208 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時50分00秒
- 「いやぁ〜。今日は充実した一日になったね。副部長さん。」
ひとみが意地悪そうにあたしに言ってきた。
「みんな〜。よく頑張ってくれたんじゃないかなぁ。うん。」
返すあたしももう何言ってんのか分からない。
「でもさぁ。梨華ちゃん、棒読みは治ってたしすごくうまくなってた。他の役とかでも梨華ちゃんにやってもらったらおもしろいんじゃない?」
優しい真希は、あたしにそう言ってくれた。
「そうだねぇ。肖像画の絵とかいいんじゃない?」
ひとみは、そんなこと全くお構いなしに言ってくる。
「あはははは。それ役になってないじゃん。」
ひとみが言うと真希は、本当に楽しそうに笑う。
「とにかく、おめでと。これでごっちんとよっすぃーの舞台だね。」
あたしは真希に言ったら真希はうれしそうにはにかんだ。
あたし達が、体育館から教室へ移動すると、廊下に休み明けのテストの結果が貼り出されていた。
ひとみがそれを見ると一気にテンションダウン、しおしおとうなだれた。
でもあたしは、その結果を見て度肝を抜かされた。
- 209 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時51分13秒
- 1位 後藤真希 ・・・・点
2位 石川梨華 ・・・・点
3位 ・・・・ ・・・・点
ごっちんが一位!?ごっちんってそんなに頭良かったっけ?一瞬そんな思いが駆け巡った。何せあたしは、この高校に入学以来ずっと一位の座は守りつづけてきたのだ。それがまさかごっちんに奪われるなんて。あたしは、信じられなかった。
「えへへ。これも梨華ちゃんのおかげだ。」
真希が言った
「え?」
あたしは思わず聞き返す。
「梨華ちゃんが夏休み中にずっとあたしに勉強教えてくれたおかげだよ。あたし、ずっと梨華ちゃんみたいに頭良くなりたいって思ってたんだ。これでちょっとは追いつけたかな。」
真希はあたしに言った。それはあたしの驚きを何も気にしないみたいだった。
ただ無邪気に喜んでた。
- 210 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時52分00秒
- 「ホントよく頑張ったね。」
もう、この子には完全に負けた。次の瞬間あたしは、真希の髪を撫でながらそう言っていた。あたしの完敗、無条件降伏だ。むしろ真希にずいぶんと置いてけぼりにされているのはあたしの方だと思う。後藤真希、彼女はもっともっと大きな力を秘めているかもしれないと思った。
「すっげぇ!梨華ちゃん追い抜くなんて!?ごっちん、どうやったらそんなことできんの?宇宙人にさらわれたとか?」
ひとみだけが、まだ信じられないようで真希にしつこく迫ってる。
「秘密〜!」
真希が、楽しそうに笑って廊下を逃げるように走り始める。風が真希を祝福するかのようにふっと真希の前髪に流れ込んだ。窓から秋らしく涼しい風が時おり入り込んでくるのが感じられた。文化祭まであと2ヶ月をきっていた。
- 211 名前:Easestone 投稿日:2003年04月26日(土)14時54分09秒
- 今日の更新を終了します。
次回更新はGWで実家に帰るので5/5(月)にしようと思います。
- 212 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月26日(土)19時25分32秒
- 石川さんかわいそ〜
- 213 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月28日(月)01時31分07秒
- すごくおもしろいです。
この小説を読むたびに、自分はこの3人トリオが好きだなぁ〜とつくづく感じます。
更新がんがってください。
- 214 名前:Easestone 投稿日:2003年04月28日(月)22時54分40秒
- 212様
素直な感想どうもです。でも大丈夫です。石川さんは演劇の主役とられようとも、
成績で抜かれようともこの物語の立派な主人公なんで。
213様
感想ありがとうございます。この物語も1985トリオが好きな方に読んでもらえると
本当に光栄です。応援ありがとうございました。
- 215 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月04日(日)15時19分16秒
- 一組の恋愛を第三者的な観点から眺めるという形式は、ベタベタな恋愛物が
多い飼育ではなかなか見られないものだと思います。面白いです。
いしよしごま云々も気になりますが、それよりも石川さんの内面の成長
が丁寧に描かれていく様に、非常に好感を持ちました。
がんがってくらさい。
- 216 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時34分11秒
- 215様
丁寧な感想をありがとうございました。
そうですね。石川さんの内面の成長は、常に意識して書いてます。
こちらが伝えたい本質をさらっていってくださる読者様には本当に恐れ入り
ます。ありがとうございました。
それでは、第9回目の更新を始めます。
- 217 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時35分53秒
- それからあたしは、今回の演劇「ロミオとジュリエット」は舞台監督に専念することにした。
舞台美術、音響、照明の立案・作成。全てあたしに一番最初に演劇の楽しさを教えてくれたものだ。
あたしは、舞台監督として演劇の全体に関わっていくことができた。実際に演劇に出ることはないけどあたしは、この仕事がやっぱり一番好きだった。
「よっすぃーとごっちん、もうちょっと離れてたほうがいいかな。パーティーの中っていう設定だから。うん。それぐらい。OK!」
あたしは、ひとみと真希に笑顔を送った。演劇の準備は順調に進んでいた。
あたしは、照明のチェックのため暗室で作業をしていた。その時、同じく配役のない1年の紺野に手伝ってもらった。
紺野は、1年の中で一番行動が遅くて人よりワンテンポ遅れてる。そこが、あたしは魅力的だとあたしは思うけどまだまだ才能が開花せず、配役がなかった。
「石川先輩って何だかカッコいいですよね。」
突然紺野が言ってきた。
- 218 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時37分27秒
- 「カッコいいって言うんだったらよっすぃーじゃないの?」
あたしは、当然のように言った。
「吉澤さんはカッコいいですけどやっぱり見た目じゃないですか?石川さんは、何だか頼りがいがあるっていうか。先輩の中では一番信頼できるってみんな言ってますよ。」
いつもぼんやりとしか物事を言わない紺野がはっきりと言うのであたしは少し驚いた。
「でも、あたしは裏方だよぉ。部長にちゃんと後藤真希っていう超目立つ子いるじゃない?」
あたしは、恥かしくなって言った。
「後藤さんは、あたし達の中では頼れるっていうか憧れなんですよね。絶対に追いつけない。それに、吉澤さんも後藤さんも石川さんの言うことは何でも信頼してるじゃないですか?そういうの見るとあぁー石川さんってかっこいいなぁって思うんですよ。」
「そうかな。でも確かにあの二人は学校でもすごく目立つからそう言ってもらえるとうれしいな。」
あたしは、思ってたままに言ってみた。
- 219 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時38分24秒
- 二人には花があると思う。ただあたしにはまだその力がもてない。
ただあたしには、あたしなりの道を歩んでる自信は何となくあった。
今は二人に並べなくともいつかきっと追いつく。どんなことで追いつくのかは分からなかったけど、あたしにはそんな信念のようなものがあった。
朝の商店街に吹く風が冷たくなってきた。
それは、文化祭が近づいてきたあたしの気持ちにひときわ緊張感をもたらしていた。
今回は、初めて自分一人が作り上げた舞台での発表だ。前の春の公演で、舞台監督のような仕事をしていた。
けどあの時は、安倍さんというものすごく頼りになる先輩がいたのだ。今とは全く状況は違う。
それにあたしは、演劇部の副部長なのだ。
「あぁ、何だかプレッシャーかかるなぁ。もうなっちとかいないんだもんね。」
いつもあっけらかんとしている真希にも緊張感は伝わっているようだった。
- 220 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時39分40秒
- 「そだね。あたしは、舞台に出ないからいいけど、ごっちんとよしこには舞台で暴れ回ってもらわないとね。」
あたしは、真希を励ますように言った。
ただ本当を言うと文化祭の演劇は、あたしが一番プレッシャーがかかっていた。
音響だって音だしのタイミングを一つ誤れば、なしくずしに演劇全部のタイミングが狂ってくる。
そのことは、安倍さんによく教わったから分かりすぎるぐらいに理解していた。
そこで、あたしが「あたしも不安だ・・・。」だなんて絶対言えなかった。それは、真希やひとみに不安な気持ちのまま演技しろって言ってるようなものだ。
あたしは、何度も照明や舞台道具の搬入方法をチェックした。
リハの時も特に入念にやったし、担当の部員とも何度も確認したつもりだった。
それでもなんだか不安はぬぐいきれない。
一方真希の表情は、いつもの無邪気さから女優のような表情にだんだん変化していった。
- 221 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時40分46秒
- 「梨華ちゃん、今の立ち位置と台詞の読み方でいいかな。」
すでに舞台の出演3回目の真希はもう貫禄さえ感じられる。
それでも何だか不安なのだ。
文化祭の前日は、何故か緊張であまり眠れなかった。
でも自分が出るわけじゃないのに何で緊張してるんだろって思ったら何だかおかしかった。
当日の朝、珍しくひとみが家の前あたしを待っていた。
「梨華ちゃん。今まで本当にお疲れ様!今日は、あたし達頑張るからちゃんと見ててね。」
第一声にひとみが言った。
「よっすぃーやる気まんまんだね。」
「もっちろん。それにしても梨華ちゃん。心配しすぎやって。うちらのこと思うてくれるのはわかるけど、あんま心配しすぎんのも体によくないんとちゃう?」
ひとみは、ふざけた時に使う関西弁で話してきた。
あたしは、しばらく考えてから言った。
「そっか。あたし心配だったんだよね。よっすぃとごっちんのことが。ちゃんとやれるかなって。」
あたしは、今までの自分の気持ちに気付いて言った。
- 222 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時41分50秒
- 「だから、それうちらのこと馬鹿にしすぎやって。あたしとごっちんと梨華ちゃんの3人が組めば最強なんだからね。大丈夫!」
今日、主役を演じるひとみに逆に励まされた。
「最強・・・かぁ。」
あたしは、つぶやくように言った。
「優しいね。梨華ちゃんて。」
ひとみがそれに返すように言う。
「そういう梨華ちゃん大好きだな。さ、行こ!」
ひとみが学校に向かって駆け出してのであたしは、必死について走る。
「ちょっと!走って行かなくてもいいんじゃない?まだ時間あるよー!」
あたしは、ひとみの後姿に言った。
「今日は、走って行きたいんだ。ついてこれる?」
「当ったり前でしょ!」
あたし達は、演劇の発表をする体育館まで走って駆け込んだ。
- 223 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時43分15秒
- もう体育館内には、文化祭の準備のために生徒が集まっていた。うちの部員も見える。
「あれ!石川さん達どうしたんですか?」
例の福井弁訛りの高橋が言った。ずいぶん先に来てもう練習していたようだ。
高橋は、今年一番の期待の新人でジュリエットの父の役をやることになっていた。
「演劇部の副部長と今日の主役が早く来ないわけにはいかないでしょ。」
あたしは、高橋に言った。
「でも、ヒロインのジュリエットは少し遅れるみたいですよ。」
小川真琴があっけらかんとした表情で言った。
「遅れるぅ!部長のごっちんが?何で?」
あたしは、思わず不満そうな声を出してしまった。
「もうしばらく寝たいそうです。あたしに今朝電話してきましたよ。梨華ちゃんに言ったら絶対怒るからって。」
「なるほど。ごっちんらしいね。」
ひとみは、笑った。
- 224 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時44分36秒
- 体育館は、文化祭の準備で椅子の配置やなら何やらで人がごった返していた。
午後のメインの舞台は演劇部の発表だ。
体育館の人の動きを見ているだけで緊張感が伝わってきた。
あたしは、午前の部が始まる前にとりあえず器材の搬入や照明と音だしのタイミングを再確認して準備を全て整えた。
この辺の舞台の設営は、全部あたしがやってきたから真希がいなくても問題ないといえばないのだが。
あたしは、今日のひとみの言葉でだいぶ楽になっていた。
あとは、やれるだけのことをやるだけだ。
真希は、リハのぎりぎり前になってやってきた。
「やっぱ、役者も一流になると違うね。」
あたしは、真希に言った。
別にそんなに怒ってるつもりはなかったのだがその言葉をあまりにも平然と言ってしまったようだった。
そのせいか真希は、「梨華ちゃん、ごめん。本当にごめん。もう何でも言うこと聞くからさ。許してぇ。」と何度も言ってきた。
でもあたしは知ってる。真希は、どんな状態だろうと必ず本番はいつもの力を出してくる。
だから全然心配はいらない。
- 225 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時47分06秒
- 午後の部がはじまると、あたしは舞台の袖に座った。
あたしは、舞台監督なので本番中はトラブルがない限り何も仕事はない。
照明は紺野にまかせてあるし音だしをやっているのも別の部員だ。
もちろん、本番中はあたしの出番なんてないほうがいい。
後は、ロミオとジュリエットがどんな舞台を作り上げるかだけだった。
有名な演劇なのとあたし達の宣伝がよかったようで、体育館には、山のように人が集まっていた。
「あぁ〜。こんなたくさんの人の前でやるなんて緊張するぅ。あたしが、モンタギュー家の総帥なんて迫力不足だよなぁ。」
舞台裏で最終チェックをしていたあたしにあさみが言ってきた。
モンタギュー家は、ロミオの家にあたり、ジュリエットのキャピュレット家とは仇敵の間柄だ。
「大丈夫だって。キャピュレットだって高橋がやるんだから同じようなもんでしょ。」
新人で一番成長株の高橋愛は、福井弁でいつもは訛ってる。
だけど台詞の読む声はものすごく透っているしダンスのバランスも抜群だった。
だけどいかんせんまだ1年生、一家の主の役をやるには少し無理があったけどそこは演劇だから仕方がない。
- 226 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時47分56秒
- 「じゃあ、みんな頑張っていこうね!」
真希が、みんなに言った。ひとみとみんなが団結したように一同うなずく。
真希はあたしに遠慮してか普段あまり部員に指示を出さない。
でもその時の真希の言葉には不思議なリーダーシップがあった。何となくふっとついていきたくなる。
「がんばって、いきまっしょい!」
舞台裏では、あたしを含めて一人一人が後藤真希の下に団結していた。
それからあたしが、心の準備をする間もなくするすると幕はあがり開演となった。
日増しに苦悩を極めるロミオに追いすがるように求愛するジュリエット。
ひとみと真希は、互いに恋に落ちながらお互いの激しい力をぶつかり合わせた。
- 227 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時49分21秒
- 「あぁ、ロミオあなたはどうしてロミオなの?」
真希の演技は、あたしがやってたのとはまるでレベルが違う。でもそれぐらい力を出さないとすぐにひとみの力にうずもれてしまう。
あたしが、舞台のレベルについていけてるのは、ただ照明と音と背景のマッチングだけだ。
それ以外は、あたしのどんな演技も超えられてしまうだろうと思う。演劇がこんなに、自分の存在感を出すための闘いを強いられる場だったなんて思わなかった。
吸い込まれるようにあたしは、舞台を見終わった。
会場がものすごい拍手に包まれた。
思わずあたしはガッツポーズをとってしまった。
すぐに舞台裏に駆け込んでまだ演技が終わったばかりの真希とひとみに抱きついた。
「よかったぁ。きっと大成功だよ。」
何たってこの配役もないあたしが、この舞台で一番プレッシャーがかかっていたのだ。
テープの音一つで舞台は止まってしまう。ライト一つで演劇は台無しになる。
舞台監督を最初から最後まで本当に全部成し遂げられるかものすごく不安だったのだ。
震えるようなあたしを裏腹に、真希とひとみは激しい戦いを終えたように穏やかな笑顔をしていた。
- 228 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時50分35秒
- 「あの、演劇って良かったよね。」
「うん、例年の文化祭には珍しく。でもあの、ロミオやった人ってカッコいい!」
あたし達の演劇は、あの拍手どおり大好評で、みんなが口々にそう言っているのを聞いた。
あたしは、この舞台には大満足だった。
部にとってベストなのは、あたしが、舞台美術を担当して、ひとみと真希のコンビを中心に配役をまとめることだとも思った。あたしは、安倍さんのように舞台も担当しながら自分の配役もこなしたかったけど、とてもあの二人には勝てそうにもない。というよりも、あたしはまだまだ二人の演劇が見てみたかったのだ。
「これより、ミス夢見が丘の発表を致します!」
屋外の特設ステージからマイクの声が聞こえた。
「ミス夢見が丘は、あの演劇部の吉澤ひとみさん!、準ミス夢見が丘も同じく演劇部の後藤真希さんに決定しました!」
ひとみが、みんなに笑顔を振りまいてステージに上がった。
- 229 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時51分32秒
- 「イェーイ!みんなあたしに投票してくれてありがとー!」
あたりの群集がステージに集まりながらそれに答えてる。
「吉澤さん。勝因は何ですか?」
「そうですね。やっぱごっちんと二人で石川梨華を押さえ込めたことですかね。」
出さなくていいのにひとみはあたしの名前を勝手に校内のみんなに出す。
「惜しかったですね。石川さんは、後藤さんに大きく水を開けられて3位でしたー。3位の方には残念ですけど商品はないんですね。それでは、見事にミス夢見が丘を勝ち取られた吉澤ひとみさんでしたー!」
あたしは、思わずぎゅっとこぶしを握り締めていた。
「おっかしぃな〜。あたしは、梨華ちゃんに投票したんだけどねぇ。」
真希が、横からあたしの肩をぽんとたたいた。
- 230 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時52分17秒
- 「女子校ってさ。ミーハーだからね。梨華ちゃんがつくった演劇が良すぎたんじゃない?」
真希が、あたしを勇気付けるように言う。
「いいさ。あたしなんてあたしなんてどうせ裏方だぁー。」
あたしは駆け出して途中で止まる。
「早く人間になりたーい。なーんちゃって。」
あたしは笑いながら振り返って言った。後ろで真希が苦笑いしてた。
- 231 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時53分39秒
- 「これすっげぇ欲しかったんだ。ラッキー!」
ひとみが帰りによったファーストフードで言った。ひとみへの商品はMP3プレイヤーだったらしい。
「ごっちんは、何だったの?」
「あたしは、お料理セット。あたしにぴったりなんだよねぇ。」
真希が楽しげに笑う。
あたし達の学園祭は、そうやって楽しくそしてにぎやかに過ぎていった。
あたしは最近何だか真希とひとみの二人に、いい所をもってかれっぱなしだと思う。悔しくないと言ったら嘘になってしまうかもしれない。
でもあたしは、十分に満足してた。ぼろぼろだった去年とは全然違うし、とにかくあたしは素直になれたと思う。
商店街には、秋色だった植物がちょっぴり冬支度を始めているようだった。
- 232 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時54分55秒
- 高校2年の年の瀬、卒業後の進路調査のため担任との面談が始まっていた。もうそんな時期なんだ。早いもんだと思う。
「梨華ちゃん、進路どうするの?」
例によってあたしの担任はずっと変わらずおばさん先生だ。
「地元の大学がいいかなって思ってるんです。両親の仕事もちょっと手伝ってみたいし、地元にもうちょっといようかなって。あたしこの辺の町が好きなんですよね。」
あたしは、考えていた自分の進路を伝えた。
「地元の大学と。でも今の若い子だったら東京でたい!とか思わないの?わたしね。そういうと思って結構調べてきたのよ。東京でオシャレな大学は・・・、」
「いえ、いいですよ・・・。そういう時は自分で調べますし。」
「あら?そう?困ったことは何でも相談していいのよ。」
「分かってます!」
あたしは、話が脱線するのを必死で抑えた。
- 233 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時55分41秒
- 「でも、梨華ちゃん、あなたずいぶん変わったわよね。」
先生がしみじみと言った。
「柔らかくなりました?」
あたしは訊いた。
「そうじゃなくて。何でも安心してまかせられるようになったわよ。あなたの周りってすぐにたくさんの人が集まるから。そういうのって素敵じゃない?」
先生の以外な言葉にあたしは少し驚いた。
「先生、ありがと。」
別に大した話をするわけでなく面談は、それで終わった。
- 234 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時56分35秒
- 「ね、何聞かれた?日ごろの生活態度とか?」
面談が不安なひとみが、せがむように訊いてきた。
「別に。世間話とか。」
あたしは答えると「ホントにぃ?」とひとみは疑り深い目であたしを見る。ひとみの目は相変わらず大きくて吸い込まれそうになった。
真希は、面談を気にする様子もなく相変わらずふにっとした表情であたし達のやり取りを見ていた。
真希は、こうやってしゃべらずにぼぉっとしている間によく考え事をしている。
「あ、いいこと思いついた!」
真希が突然言った。
「今度の演劇さ、あたし達のオリジナルのものにしようよ。」
「え?オリジナル?ってどーゆーことよ。」
ひとみが、間髪いれずに真希に尋ねる。
「だからぁ、台本もあたし達がつくってあたし達だけの新しい演劇をやる!」
「台本も作んのぉ?誰かかける人いるのかなぁ。」
「いるでしょ。ここに。」
真希は、あたしを指差した。
- 235 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時57分18秒
- 「はぁ?あたし?」
あたしは、びっくりして顔を振った。
「だって梨華ちゃん言ってたじゃん。いつかは、演劇のプロットや台本も書けるように
なりたいって。」
確かにそんな話も真希にしたこともあったかもしれない。でもそれは、遠い将来の話だ。
「そりゃそう言ったけど・・・。」
いまいちあたしには自信がない。
「梨華ちゃん、やってみなよ。」
あたしと真希の会話をずっと聞いていたひとみが言った。
「安倍さんだって、そういう演劇をずっと目指してたんだと思う。あたし達が全部作る演劇。だから今まで、ト書きみたいな説明が全然ないようなシェイクスピアの演劇をすごくやってたんじゃない?」
ひとみが続けた。ひとみがそこまで演劇部のことについて考えてたとは知らなかった。
「そう。なっちはずっとそう言ってたよ。」
真希が思い出すように言った。
- 236 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時58分39秒
- 真希は、あたし達と仲良くなる前はずっと安倍さんの側にいた。
だから、あたし達が知らない安倍さんも、安倍さんが何をどう考えて演劇をやってたかも、ずっとよく知っているのかもしれない。
「おもしろそーじゃん。」
あたしは強気に答えた。かくして、部でも全部があたし達オリジナルの演劇を、春の公演で目指すことが決定した。
あたし達自身も春の公演で部を引退となる。あたしには、まだ高校に入学が決まったときがまだ昨日みたいに思えていた。
ただ時が経つのが異様に早くて、自分も周りも走っていくのがとても速くて、それに乗り遅れないように夢中でついていった。 夢見が丘の町にはまた冬がやってきた。部屋の中で暖房をしていても耐え切れなくてあたしは、こたつに潜り込む。こたつには、書きかけの原稿やペンの類が散乱していた。
- 237 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)11時59分50秒
- 「梨華!ちょっとは片付けなさいよね。」
「はぁーい。」
母が注意しなければいけないほどあたしは、結構ずぼらで物を片付けられない性質だ。
でもあたしが、台本作りに没頭すればするほど状況はひどくなっていく。
「まるで、売れない小説家ね。」
コタツの上やごみ箱の原稿の山を見て母がそう言った。
自分で大体の構想はつかんできてはいるのだがそれを台詞の形にするのは、意外と難しかった。
だけどあたしは構想の中心だけは固まっていた。それは、「後藤真希」を使い切ることだ。
もう、あたしは演劇に出るつもりはなかった。台本書いて、構成考えて、舞台装置考えてとやってたらとてもじゃないけどあたしの全身の力は使いきってしまう。
だから、うちの部のエースのごっちんに演技はまかせてしまおうと思う。
あの子には、あたしもひとみも持ってない不思議な力がある。
それは、うまく言葉では表せないけど本人がもってる美しさとか性格とかだけじゃなくて、運とか運命みたいな力だって感じていた。
- 238 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時00分57秒
- あたしが、台本の構想に四苦八苦してる間に冬はどんどん深まっていった。
毎日家の前の雪をどかしたり、道路の雪を運んだりしてみんなが雪のために何かをしてた。
特に、ひとみは、そういう作業となると俄然得意だ。隣の家の雪かきを手伝ったり、商店街に積もる雪を運んだりして、いつも商店街では感心な子だと噂が広まる。
いつになったら女の子っぽくなるのかと心配してるのは親友のあたしだけみたいだ。
結局あたしが、台本の形に何とか出来たのは、冬の真っ盛りの頃だった。
「えー!けん&メリーのメリケン粉オンステージ!」
ひとみが驚いたように言った。
「そ。新しい演劇の題名。」
「内容はどんななの?」
- 239 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時01分54秒
- 「先輩に片想いしてる主人公が先輩に気に入られるために様々な努力や妄想をひけらかしてダブル漫才とかいろいろなことに挑戦するものの結局先輩は違う子とくっついちゃってしょんぼりする。けど失恋した主人公をお父さんがすごく励してくれる。今までケンカなどすれ違いがあったものの父親の愛・家族の愛で元気を取り戻し、主人公がいつものように明るさを取り戻していく。」
あたしは、内容を簡単に説明した。
「でも、この主人公さ。ほとんどごっちん仕様じゃない?」
ひとみが言った。
「この役ができる人にやってもらうだけだよ。」
あたしは、確信犯的に言った。
「それってあたしが主役をやるってこと?」
真希がさっそうと聞いた。
「勿論!」
あたしは即答した。
- 240 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時02分54秒
- 最初からこの劇の台本は、真希に演じてもらうためにあたしはつくった。
台本が先にあるんじゃなくて、演じる人が先にいる。そんな演劇があってもいいんじゃないってあたしは思った。
だからあたしは、今の自分の思いや感情が全てをぶつけられる台本をつくったのだ。
この演劇は、人の優しさや愛情がいっぱい詰まってる演劇になればよいと思う。
ひとみと真希に出会ってあたしは、自分を変えることができた。
最初ひとみがあたしの中に入り込んできて、そして今度は真希にどんどん惹きつけられて二人とつきあっていくうちに、あたし自身の下らないプライドが全部降参してしまった。
その代わりあたしが得たものは、もっともっと大きなものだった。
- 241 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時04分08秒
- さらさらと降る雪が、いつしか雨に変わるようになっていた。凍てつくような寒さがおさまってきた証拠だけど、それでも雨はとっても冷たかった。
ただ夢見が丘商店街は、いつも暖かい。商店街のお店が開いて人の顔が一瞬見えただけでも、何となく暖かい気持ちになれた。
あたし達の演劇公演の準備はフルスピードで進んでいた。
演劇に寒さなんて関係ない!みんながそう思っていた。
特に、真希の準備の早さは驚異的で台本を渡してすぐに台詞をほとんど覚えてしまっていた。
それにつられてひとみやあさみも、次々に覚えてしまった。
背景設定や音響設定のが方が追っつかない。
「これ、ミュージカルにしようよ。」
「そうだ!絶対そのほうがいい!」
誰が言い始めたのかは分からない。
「けん&メリーのメリケン粉オンステージ!」は、ミュージカルとなった。
- 242 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時04分51秒
- 次第にあたしは、演じてる人からそのアイディアをもらうようになっていた。
それこそ、みんなで演劇をつくっていた。演劇がここまで楽しいなんてあたしは思わなかった。
毎日が楽しくて、ひとみと真希がこの同じ時間を共有できていることが何より嬉しかった。
でも、それがもう終わってしまうことをあたしはしばらくして知った。そんな出来事は季節が変わるようにやってきた。
「ごっちんが転校する。」
それは突然あたしに突きつけられたのだ。
- 243 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時05分57秒
- 今日の更新を終了いたします。
感想等あればお願いいたします。
- 244 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時07分58秒
- 今回の結末を隠すための投稿
- 245 名前:Easestone 投稿日:2003年05月05日(月)12時08分53秒
- 今回の結末を隠すための投稿
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)21時04分20秒
- 定期的なかつ一定量の更新、お疲れ様です。
放置、もしくはいつ更新されるかわからずヤキモキさせられる作品が多い
中、オキニの連ドラを見るように週一の更新楽しませて頂いてます。
ほのぼのから急展開、次回の更新も楽しみにしております。
- 247 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時11分06秒
- 246様
定期的な更新誉めていただいてうれしいです!ずっと定期更新頑張ってきて
読者様からこういった言葉をいただけるととても励みになります。
ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
それでは第10回目の更新をします。
- 248 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時12分18秒
- 「いつ、決まったの?」
真希に聞いた。あたしは、何も考えられない。ただそうやって一つ一つ聞いていくしかない。
「一昨日・・・。昨日ずっと悩んでた。」
「演劇のこと?」
「そう。」
「けん&メリーの主人公は、ごっちん以外に演じれる人はいないんだよ。それに公演日まであと一ヶ月しかないし。ごっちん、どうしても劇には出てよ。演劇一緒にやろうよ。」
あたしは、正直に気持ちを言うしかなかった。それだけは譲りたくなかった。
真希は、黙り込んでうつむいてしまった。
「梨華ちゃん。気持ちは分かるけどさ。ごっちんのことも考えてあげようよ。」
ひとみが、あたしに諭すように言った。
「分かってるよぉ。分かってるけどさ・・。今までずっと一緒だったんだよ。」
あたしは、泣きそうになるのをおさえて言った。
- 249 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時13分13秒
- 「あたしは、演劇には出れないよ。」
真希は、低い声で言った。
「けん&メリーは、今もずっと変化してる。あたしはもう練習にも参加できない。だからそれについていけないんだ。」
「そんなことどうだっていいよ。」
あたしは、必死に食い下がる。
「梨華ちゃん、ごっちんだって演劇出れなくてすごい悔しいはずだよ。うちら、すごい演劇が好きでこれまでやってきたんじゃん。分かってあげようよ。」
こういうときのひとみは、すごくしっかりしてた。あたしには、もう平常心になんてなれそうにもない。
もう真希と一緒に演劇ができないなんて。
あたしは、ずっとひとみと真希と一緒に最後の演劇やって、それで一緒に高校を卒業するもんだと思ってきたんだ。
- 250 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時14分27秒
- 「ひとみはいいの?ごっちんがいなくなって?」
「いやだよ。いやに決まってるじゃん。でもさ、うちらがごっちんに出来ることは笑って送り出すことしかないんだよ。」
ひとみが真希の肩を手を置いた。あたしは、認めたくなかった。全てを認めたくなかった。
あたしは、そのまま家へ駆け出してしまった。しばらく何も考えられないと思っていた。
しばらくベッドに突っ伏していた。
「梨華ちゃん、いますかぁ?」
間の抜けた声が下の階で響いた。
「ごっちん!?」
突然の真希の訪問に驚いた。ドアを開けるともうそこに真希がいた。
「さっきはごめん。でもうれしかった。梨華ちゃんがそんなにあたしのこと考えてくれてたなんて。」
真希は笑顔で言う。
- 251 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時15分03秒
- 「ごっちん、こっちこそごめん。本当にごめんね。」
あたしは謝りながら耐え切れなくなって涙をぽろぽろ流してしまった。真希の言い方にあまりにも別れを感じてしまったのだ。
「梨華ちゃん、泣かないでよ。あたしよしこと話したんだ。ただ転校するだけなのに悲しいお別れなんて寂しいじゃん。それにあたしは、参加できないけどあたし達は、来月の演劇に突っ走って行かなきゃいけないんだよ。立ち止まってる余裕なんてないよ。」
「あたしは・・・あたしには無理だよ。この状態からどう立ちなおすって言うの?」
あたしには、もう分からなかった。真希とひとみがどこに向かって何をしようとしているのか。
- 252 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時16分19秒
- 「あたし、昔から決めてた。どんなことがあっても走りつづけるのをやめない。自分にとって大事なことはどんなことがあっても振り返らずにやりつづけるって。」
真希は、強く言った。あたしに悲しんでる暇なんてない!って言ってるみたいだった。
確かにそうだと思う。部長の真希がいなくなれば、副部長のあたしが後を引き継いでいくしかない。
「あたし、何すればいいんだろ?」
「けん&メリーのめぐみ、梨華ちゃんがやってほしい。」
突然の真希の言葉だった。
「!?けん&メリーのめぐみはごっちんのためにあるんだよ。あたしがやれるわけないじゃない?」
- 253 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時16分59秒
- けん&メリーは、真希の魅力を最大限に出そうと部員全員でつくりあげてきたのだ。あたしがやって成り立つはずがない。
「だからこそやってほしいんだよ。梨華ちゃんにはあたしの代わりに舞台のまん真中に立って欲しいな。」
「じゃあ、あたしは何のためにあの台本を書いたのよ・・・。」
あたしは、言った。そして言った後に後悔した。何であたしは、こんな言い方しか出来ないんだろう。
「分かってる。いくらあたしにだってそんぐらい分かってるよ。」
真希は、言葉に詰まった。
「ごめん。本当にごめん。」
あたしは、また泣き出してしまった。
- 254 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時18分22秒
- 真希は、ここ夢見が丘から遠い町に引っ越してしまう。
そんな真希を明るく送り出せないこと。
真希のけん&メリーが見れないこと。
特に最後の演劇部の集合写真でまん真中に真希がいないことがあたしは、嫌でしょうがなかった。
ごっちんと一緒に教室に居てもひとみと3人で一緒に学校から帰ってもこれが、後何回あるんだろと思ってしまってつい泣きそうになってしまう。
真希は、「お別れ会」とか「見送り」とか絶対やらないでと言ったのをひとみから聞いた。
「あたしは、よしこと梨華ちゃんとはお別れだなんて考えてない。そんなのめんどくさいしやらない。」のだそうだ。
- 255 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時19分25秒
- 「明日でごっちん行っちゃうね。あたし、最後の最後でごっちんにひどい事ばっか言っちゃったな。」
あたしは、ひとみに言った。
「ごっちんはそんなこと思ってないよ。ただ・・・。」
「ただ、何?」
「今、梨華ちゃんに会うとすぐびーびー泣くからほとぼりが冷めたころ会いにくるって言ってた。」
「そっか・・・。」
「梨華ちゃん、気持ちが伝わりすぎちゃうんだよ。あの芯の強いごっちんがそれだけがすごいつらいって言ってた。」
あたしは、その晩さんざん泣いた。
真希がこの世からいなくなってしまうわけでもないのに。
会いにいけないほどずっと遠くにいくわけでもないのに。
- 256 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時20分14秒
- あたしは、演劇でも何でも決まって難しいことやつらいことにぶち当たる時は、真希を頼りにしてたんだ。あたしは、その時はっきり分かった。
「こんなに、あたしってごっちん頼ってたんだ。ごめんね。そしてありがとう。ごっちん。」
あたしは、最後の最後にそう思った。
そして真希は、何の前触れもなかったようにすっといなくなった。
「やるしかない。」
今のあたしには、それがうずまいていた。
演劇部の部会を緊急に開いて、配役を決めようと思った。
あと一ヶ月しかない土壇場でけん&メリーのめぐみを誰もやりたがらない。
みんなが口々にそんなの無理と言った。やっぱ公演自体を中止にしたらという声さえ上がった。
- 257 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時20分53秒
- 「そんなの!絶対駄目!ごっちんの気持ちはどーなんの?自分のせいで公演駄目になったって思ったら・・・。そんなのって。」
あたしは、感情が先走りすぎて言葉にならない。
「中止にはしない。」
ひとみが言い切った。
「やっぱ梨華ちゃんがやるしかないよ。部長の梨華ちゃんがやって駄目なんだったらみんなもあきらめるよ。」
ひとみがものすごく真剣な眼差しでそう言った。
「梨華ちゃん、本当にそれで大丈夫?」
あさみが心配して後で言ってきた。
- 258 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時21分45秒
- 「ぜーんぜん。でもあたしがやらなきゃこの演劇はじまんないでしょ!」
何の根拠もない自信だった。でもあたしには、やる以外の選択肢なんてなかった。
とにかくあたしは、あたしが主役をやることで公演続行となったことだけが唯一の救いだった。
あたしには、舞台監督としての仕事も全部あったし演技は真希に全て任せてしまっていた。
だからどんぐらい大変になるかなんて全く分からない。
それに、真希の得意な歌を活かすため途中で山ほど歌を入れてあるのだ。
- 259 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時22分38秒
- 難しい・・・。量が多い。演劇の練習はあたし一人でみんなの足を引っ張った。そのくせ音響や照明にはいろいろと指示を出さないといけない。足が棒になって目が回りそうになった。
「大変だけど梨華ちゃんが作ってくれる演劇だから頑張れるんだ。」
そう言っていた真希の言葉が跳ね返るようにあたしに聞こえた。
真希は、よくもこんな大変な設定をはいはいって受け入れてきたと思う。
あたしがよく考えずに入れてしまった振り付けもあるのに。
でもそう思ったらとてもあたしは、練習をやめられなかった。
一つ一つの演技をするたんびに真希の真剣な演技がフラッシュバックのようにあたしに蘇ってくる。
一緒の台詞をよんで、真希がぼろぼろになるまで使っていた演技ノートをあたしはそのまま使っていた。
- 260 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時23分35秒
- 「あ〜。もう今日もへとへと。」
あたしは、演劇部の練習の終わった体育館に一人残っていた。
出来ないダンスステップがあってそれだけは、マスターして帰りたかった。
「誰かに教えて欲しい。」そう思った。でもそんな人いないかと思って思わず苦笑いをする。
あたしは、演劇部の部長になったんだし先輩だっているはずない。
「ステップできないんでしょ。そこはね・・・」あたしは、初めて真希と話したときのダンスステップを思い出した。
左足のかかとをつけて思いっきりよく回る。そして右・・
「そう、そして右足!あはは。そのステップもう完璧だね。」
突然体育館に聞きなれた声が響いた。
「安倍さん!?」
安倍さんが屈託のない笑顔でこっちに向かって歩いていた。
- 261 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時24分32秒
- 「そのステップね。ごっちんがどーしても出来ないって今の梨華ちゃんみたいに残って練習してたんだ。」
安倍さんが言った。
「ごっちんが?あの子、人より練習しなくても何でもできるって思ってたのに。」
意外なことを安倍さんから聞いてあたしは、少し驚いた。新しい歌もダンスも決まって真希がマスターするのが一番早かった。
何かに苦戦してるとこなんてあたしは見たことない。
「練習せずに何でもできるわけないっしょう。」
安倍さんが、ふっくらとした笑顔で言った。
「今日は、どうしたんですか?」
「ごっちんがいなくなって梨華ちゃんが一人で頑張ってるって聞いたからちょっと心配になったからきちゃった。」
安倍さんは、今年の4月に高校を卒業して大学生になっていた。
「でも梨華ちゃんにとったら嫌だよね。ごっちんさえいたらって周りから言われるの。」
安倍さんは言った。
- 262 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時25分07秒
- 「そんなことぜーんぜんないですよ。」
あたしが言うと安倍さんがきょとんとした表情になった。
「一番あたしですから。いつもごっちんがいたらなって思ってるの。」
あたしは、はっきりと言った。
「でも一番嫌なのは、最後の集合写真でごっちんがいっちばん真中にいないってことです。あたしが、真中だったら何かすぅすぅして仕方ないんですよね。」
「あたしが真中にいたげよっか?そしたらなっちだけずるぅーいって言って、ごっちんとんでくるよ。」
安倍さんが笑いながら言った。
- 263 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時25分55秒
- 「でも、本当に良かった。ごっちんの同期に梨華ちゃんがいてさ。あたし、引退するときごっちんのことが心配でしょうがなくてさ。でもそんな心配全然なかったんだね。」
安倍さんがしみじみと言った。
あたしは、うなずいて言った。
「そりゃそうですよ。ごっちんには、よっすぃーもついてるし。部でも一番の人気者です。このままずっといてくれてたらよかったのに・・・。」
でも今は、真希はいない。でもいないから何ができないとかじゃなくて、あたしは自分の意志を貫こうと思う。
あたしは、ごっちんと約束したのだ。
ごっちんの演劇「けん&メリー」をあたしの手でやり遂げるって。
「安倍さん。あたし、頑張りますよ。この演劇。」
あたしが言うと、安倍さんはいつもの朗らかな笑顔をあたしに見せてくれた。
- 264 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時26分37秒
- 演劇の本番までの練習は、ひとみが必死になってあたしを支えてくれた。
今までひとみと馬鹿やってられたのも真希がいてくれたからだと初めて分かった。
もうあたし達にはふざけてる余裕さえなかったのだ。
「そんなさぁ。何から何までごっちんの真似しなくたっていいんじゃない?これは、ごっちんの劇じゃなくて梨華ちゃんの劇になったんだから。」
ひとみが息を切らしながら言う。
「いや、けん&メリーはごっちんの演劇だよ。」
あたしは絶対に譲らなかった。この演劇はあくまでごっちんの演劇として完成させる。
ひとみは、あきれたように笑った。それでもあたし達の練習は夜遅くまで続いた。
- 265 名前:Easestone 投稿日:2003年05月10日(土)17時32分19秒
- 今日の更新を終了します。
今後の予定
「Goodbye! My Pride」5/17完結予定
新作「小説・後藤真希」を一週間繰り上げて5/17より連載を開始したいと
思います。
更新速度も今回同様週1回ペースでできると思います。
よろしければ今後ともおつきあいくださいませ。
Easestone
- 266 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時56分09秒
- 「漫才やるんだから、楽しく行こ!まったなしだよ。」
緊張でがちがちになっててもひとみの声だけははっきり聞こえた。
「けん&メリーのメリケン粉オンステージ!」公演の日だった。
ゴールデンウィークの最終日だけあって公演場所の市民ホールには結構な数の観客が集まってる。
流れるように音楽は始まり、幕が開いた。
すると、がやがやしていた客席が一瞬静まる。ぞくぞくするような感覚だった。
真希がいつも言ってたことを思い出した。
「みんなの中心にたって観客の前に飛び出していく感覚が最高!これが味わえるんだったら休みなんていらない!」
あたしには、その感覚が分からなかった。
大勢の人の前では怖さがあたしを先行する。
だけどこの日だけは違った。もう、いつものあたしじゃないって思ったら思いっきり開き直れた。
言葉を発するたびに叩くように観客からの反応が返って来るのが感じられた。
はっきりと見られてる、注目されてる!そう思うたびにあたしの中に力がみなぎっていった。
あっという間に演劇は進んで、あっという間に終わった。
- 267 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時57分11秒
- 「梨華ちゃん、すごいわぁ。見直した。まさか梨華ちゃんがあんなに弾けられるって思わなかった。」
ひとみが最初に駆け寄ってきて言ってくれた。
「石川さん、大盛況ですよ。」
後輩達がやっと持ち場を離れてあたしのもとに来てくれた。
でもあたしには、不思議な感覚がしていた。「まだまだやれるのに。」っていう感覚だった。
あれだけで終わるのなんてもったいない。そんな気さえしていた。
新しい何かが湧き上がってくるような惑々するようなそんな気持ちと演劇をやり遂げた爽快感があたしを包んでいた。
そんな時いきなり後ろから羽交い絞めされた。
そういうことをしてくるのは、大抵ひとみだったけど、ひとみは目の前で笑ってる。
「どう?あたしから主役を奪い取った感想は?」
後ろに肩のでた茶色のセーターと黒のパンツをはいて恐ろしくファッショナブルになった真希が立っていた。
- 268 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時57分58秒
- 「ごっちん!?来てたの?」
「もっちろん!来ないわけないじゃん。」
真希が大きな目をくりっとさせて言った。
「よしこには、行くって話してあったんだけどね。梨華ちゃんには当日まで言わないつもりだった。」
「何でよ〜。水臭いなぁ。」
言いながらあたしは、思わず真希に抱きついてしまった。自然と涙が流れる。
うちの部にごっちんがいるっていう安心感があたしに久しぶりに訪れたのだ。
「だってあたしが、いつまでもうろついてたらさ。梨華ちゃん、自分のための演劇が出来なくなるって思ったから。でも本当にすごかった。そんでうらやましかった。あんなステージに立てて。」
真希はあたしの耳元でそう言った。
「何言ってんのよ。この演劇は本当はごっちんの演劇なんだからね。」
あたしは、何度も自分に言い聞かせてきた言葉を真希に言った。
「あはっ。分かってるって。でも梨華ちゃんON STAGE だったよ。この演劇。」
真希は言った。でもその時の真希は、とっても負けず嫌いないつもの表情に戻っていてすごく可愛かった。
- 269 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時58分44秒
- 「3年生のせんぱーい!写真とりますよ!」
紺野の声が聞こえて、演劇部最後の記念撮影になった。
「ごっちん!その目立つカッコで写真に写らない手はないでしょ!」
もう演劇部員じゃないからと写真に写るのを遠慮していた真希は、ひとみに力づくでひっぱりこまれた。
あたし達は、せっかくまん真中を開けといたのに、真希は強引にあたしを真中にして、あたしの右隣にきてしまった。
「ごっちん、あたし達の代の部長なんだから。真中に立ってよ。」
あたしは真希に言い聞かせるように言った。
「お願いだから、これで写真とらせて。」
真希が静かに言った。
- 270 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時00分00秒
- 「梨華ちゃん、ごっちんがそう言うんだし。今日の演劇は梨華ちゃんが主役でしょ。」
ひとみがあたしの側にきて言った。
演劇部最後の写真は、二人に囲まれたあたしの演劇部生活を表しているようだった。
こうやってあたしの演劇部生活は、幕を閉じた。
- 271 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時01分02秒
- けん&メリーが終わってからあたしは、親に家から地元のK大学に通いたいということとと、和菓子を作るのを本格的に手伝ってみたいということを伝えた。
「東京の大学は、行かなくていいの?」
両親は、てっきりあたしは東京に行くものだと思っていたらしく、不思議そうに言ってきた。
別にそんなに都会に出ることがおもしろいと思わなくなったと言ったら、父も母も拍子抜けするぐらいにOKを出してくれた。
5月の空は晴れ渡っていた。雲ひとつない空に爽快な風が吹いている。
「あたしがこんなにブルーなのになんでこんなに晴れてんのよ。」一人そう思った2年前を思い出して、思わず苦笑いしてしまう。
今日は、ひとみと会う約束をしていた。
- 272 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時01分49秒
- 「あ〜疲れた。おばさんのホームルーム長いせいでダンス行くの遅れそうになっちったよ。」
休憩中のひとみが、顔をしかめて言う。
ひとみは、来年から劇団に所属希望しているらしく地元のダンスクラブに通い始めた。
「あたしは、もう慣れたよ。もう3年目ともなるとね。」
「それもそうだよね。」
あたしとひとみは腐れ縁もいいとこで3年連続で同じクラスで同じ担任の先生だった。
「ちょうどこのぐらいの時期だったよね。ごっちんと初めて会ったの。」
あたしは、真希と出会った2年前の春を思い出した。
「そう。あの頃、あたしも素直じゃなくてさ。」
ひとみが、懐かしむように言った。
- 273 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時02分23秒
- 「あたしも。最初っから素直にどうしてなれないんだろ。」
「いろんなものに囚われちゃってるから。うち、ごっちんって世の中全部を見透かしてるような生意気な人間だって勝手に思ってた。でも自分の予想と全然違うごっちんが、現われるたんびに焦って、自分がいやになってさ。特にあたしにとってごっちんは特別な存在だって分かってたからなおさら素直になれなかった。」
ひとみは、そう言うと疲れたようにスポーツバッグからタオルを取り出して汗をぬぐった。
「でも、ごっちんは梨華ちゃんのことだけは最初からちゃんと分かってたよ。」
「え?」
ひとみの言葉にあたしは少し驚いた。
- 274 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時03分29秒
- 「最初に梨華ちゃんが演劇部にきたときのこと、ごっちん覚えてるんだって。可愛いけどめちゃくちゃプライド高そうな子だなって思ったんだって。でも絶対根はいい子だからあたしが演劇部で更正させてみせる!って勝手に思ってたらしいよ。でも助けようと思ったのが逆に助けられちゃったって後で笑ってた。」
あたしなんて助けなくていいのに。
ごっちんには、ごっちんのやりたいことをひたすら追いかけて欲しい。
あたしは、それを見守れるだけでいいんだ。
「そういやさ。明日ごっちんと会うんだ!」
ひとみは、疲れた顔を一変させて言った。
「え?ごっちんってそんなに簡単にこっち来れるの?」
あたしは、不思議になって言った。
- 275 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時04分23秒
- 「だからさ。梨華ちゃん。ここから電車乗り継げば2時間ぐらいの距離だよ。それに梨華ちゃんとこの和菓子も買いに行かなきゃ行けないつってたから頻繁に来るんだって。」
「なぁーんだ・・・。もうめったに会えないのかと思ってた。」
あたしは、安心したのと同時に力が抜けてしまった。
「それで、びーびー泣かれてもねぇ。どうしよってごっちん言ってたよ。」
ひとみがあきれたように言った。
「それもそうだよね。」
あたしは、笑った。その後、ひとみと喫茶店でおしゃべりをして家に戻った。
7時頃だっていうのにまだ西に太陽が沈む直前だった。商店街の軒の影がながーく通りに写ってる。
「もう、夏だしなぁ。勉強始めないと。」
あたしは、受験勉強のことを思い出して少し憂鬱だった。
でも明日真希に会えるかもしれないって思ったらちょっとは元気が出た。
- 276 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時05分18秒
- 家にもどると店先に誰もいなかった。どうせ、母親が近所に油売りに行ったに違いない。店を閉めて行けばいいのに。
全く物騒なことを・・あたしはあきれて、自分の部屋に戻るといつもの癖でベッドに倒れこむ。
ぐにゃって変な感覚がした。枕が布団に埋まってる・・・にしては大きすぎる!
「ごっちん!何やってんの!?」
真希が、勝手にあたしのベッドで寝ていた。それも普通に布団をかぶって。
「待ちくたびれて寝ちゃったぁ・・・。」
真希は、いつものあくびをする。
全く真希の神出鬼没さはもう治らないんだろうかと思う。いつも人の気持ちを先回りして。
「ごっちんってさぁ。何でいつもそうなのかな。」
あたしは、怒ったように真希に言う。
「はぁ?何がぁ。」
真希は、目をこすりながら甘えたようにあたしに言った。
その姿を見てるとあまりにも屈託がなくて、愛らしかった。
- 277 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時05分58秒
- 「ん?やっぱ何でもないよ。」
あたしは真希の手をとって言った。
「今日、梨華ちゃんち泊まっていい?いいでしょ?」
「え?でも、明日よしこと遊ぶんでしょ?よしこの家に泊まらなくいいの?」
あたしは、真希が心配になって言った。
「それがさぁ。今日よしこの家、いとこが遊びに来るんだって。だから泊まれないんだ。でもよくよく考えたら、よしこの近くに梨華ちゃんがいるじゃん!って思っちゃって飛んできた。それに話したいこともあったし。」
真希が無邪気に言ってきた。
「だったら外でない?」
あたしは言った。今日の爽快な晴れの日の締めくくりに窓から射す夕日がすごくきれいだったのだ。
あたし達は、商店街を二人で並んで歩いた。
- 278 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時06分42秒
- 「梨華ちゃんてさぁ。来年どーすんの?大学とか。」
真希からそんな話がでるのは初めてだった。
「あぁ。あたし、地元のK大学とか志望しようと思ってる。出来ればこの辺離れたくないんだ。あたしを変えてくれたとこだから。それに大学入ったら和菓子ももっともっとたくさん作ってみたい。だから家から通える大学がいいなって。」
演劇部に入ってひとみや真希と出会って、いろんな経験をして、そして最後に出した結論だった。
「梨華ちゃんがこの商店街が好きなのってよく分かる。あたしも大好きだもん。いつも商店街にきてさ。よしこや梨華ちゃんとよく遊んだ。あたしうらやましかった。二人はずぅっといつもここに住んでて。」
真希も、しょっちゅう商店街にきてたからもう近所中の人が「真希ちゃん」って名前を覚えるほどだった。
- 279 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時07分32秒
- 「でもね。あたし梨華ちゃんにお願いがあるんだ。」
急に真希が表情を変えて言った。
「あたしと一緒に東京の東都大学へ行かない?」
「え!?東京?東都大?あの演劇で有名なとこ?」
あたしは、驚いて何個も聞き返してしまった。長い間あたしから、東京っていう選択肢は消えてしまっていたのだ。
「そうだよ。二人で東都大目指そうよ。そんで一緒に演劇部入ろ。だってあそこの演劇部が大学の演劇の中で一番すごいんだよ。演劇、ここで終わるのなんてもったいないよ。」
真希は必死になって言っていた。
「でも何であたしと?よしこは?」
あたしは、不思議だった。ひとみは真希にとって永遠のライバルで最愛の恋人のはずだ。
「よしこは、劇団に行くんだって。よしこは一旦決めたら絶対目標を変えたりしないよ。あたしもおんなじだからよく分かるんだ。」
- 280 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時08分38秒
- 「それに、あたし梨華ちゃんともっとよく演劇について話したい。意見ぶつけたりとかしたい。喧嘩もしたい。」
真希が、まっすぐにあたしを見ていた。
「え?喧嘩?あたしとごっちんが?」
あたしは、笑ってしまった。そんなことはあたしの中ではありえないことだから。
「だって、梨華ちゃんさ。ずぅっとあたしの味方じゃん。よしこと喧嘩したって演劇部で一人孤立したっていつもいつもあたしの味方だった。」
真希の言い方はまるで怒ってるみたいだった。
「そうだよ。あたしはずっとごっちんの味方だよ。」
あたしは、負けずに言い返した。
「そうされると、あたし何も言えないよ。演劇でも梨華ちゃんが右って言ったら左って言えない。そんな人今まで一人もいなかったんだよ。ずるいよ。だからもう一度梨華ちゃんと演劇やりたいんだ。そうじゃなきゃあたしは、次に進めない!」
- 281 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時10分34秒
- あたし達は、商店街の中を流れている小さな川までやってきた。
商店街の街灯が流れる川に映っている。それが空の夕闇をバックにしてとてもきれいに光っていた。
あたしは、橋の手すりにもたれかかりながら言った。
「あたしにとっていっちばん大事なことは、ごっちんやよしこに出会えたことなんだ。もうそれだけで何もいらないよ。もし、ごっちんやよしこが別の部にいたらあたしも演劇部じゃなくても良かったかもしれない。でもそういう出会いってものすごく大事だって思う。
でもさ、自分が何かに囚われていたりくだらないプライドをもってたりするとそういう出会いを無駄にしてしまうんだ。だからあたしは、何でもいい。とにかく自分の好きなことと自分の大事なことさえあれば。将来は、それに向かって走っていくだけだよ。」
答えになってるかどうかは分からなかった。でもそれが、あたしの考えている全てだった。
「あたしは・・・。」
真希は何かを言いたそうにしていた。
- 282 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時11分21秒
- 「あたしは、演劇にもダンスにも歌にもプライドを持ってたい。それがあるから前に向かって突っ走れる。」
真希が毅然と言った。
「じゃあ、勝負だね。」
今度はあたしが言った。
夕暮れ時に、太陽が完全に姿を隠した。赤色の雲が名残惜しそうに西の空に点在するだけだった。
「そろそろ帰ろっか?うち、今日お母さんが腕によりをかけておいしいもん作るっていってた。ごっちんラッキーだね!」
「うそ。やったぁ。」
真希は、またもとの無邪気な姿に戻っていた。あたし達は、また商店街を歩いた。
- 283 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時12分04秒
- 「でも、ごっちんさぁ。ちゃんとした自分のプライドもってるんだったら、ロミオとジュリエットの投票の時さ。あたしに票を入れるのはどうかと思うよ。あたしに2票だけ入ってたの、あたしともう一人はごっちんでしょ?」
あたしは、真希の頭を軽くこずいて言った。その後、真希はあたしに散々追及されてあたしに票を入れたことを白状させられた。
あたしは、今になってやっと気付いた。この「後藤真希」って子にものすごく惹きつけられてるってこと。
それは、「恋」なんて言葉以上のことなのかもしれない。
- 284 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)11時14分29秒
- とにかくこの夢見が丘商店街が好きなこと、演劇が好きなこと、和菓子作りが好きなこと、吉澤ひとみが大親友なこと、
そして今、本当にあたしは「後藤真希」が大好きなこと。
そんな自分を全部ひっくるめて自分の事が好きになれていた。
それは、有る意味自分への自信だった。
この先あたしは、どうなるかなんて分からない。
東都大学の受験失敗してへろへろになってるかもしれないし、演劇なんてあたしみたいな棒読みで何とかなるもんでもないと思う。
それでも一番確実に言えることは、今のあたしだったらあたしは、ずっと、幸せでいられるってことだ。
どうせうまく行かないことが山ほどあるんだったら、大事なことだけを決めて突っ込んでいきたい。
「やるぞぉ。」
あたしは、燃えていた。受験勉強は、もっと大変になる。
そういえば最近、あゆみからも連絡がきてあゆみも東都大をめざしてがんばるらしい。
でも、あたしは受験にだって、あゆみにも真希にも負けない。
演劇だってひとみが劇団に入ってプロ並になったって絶対負けないんだ。
今のあたしであるかぎり。
「Goodbye! My Pride」 完
- 285 名前:Source or References 投稿日:2003年05月17日(土)11時21分56秒
- 「Maki's Angel Feather」ttp://www004.upp.so-net.ne.jp/gocchin/top.html
「ハローモーニング。」 テレビ東京
「Musix」 テレビ東京
「変身革命」 夏まゆみ ワニブックス
「モーニング娘。×つんく」 ソニーマガジンズ
- 286 名前:Acknowledgment 投稿日:2003年05月17日(土)11時29分14秒
- 「Maki's Angel Featherの管理人様及び掲示板で情報をいただいた方々」
ttp://www004.upp.so-net.ne.jp/gocchin/top.html
「コメントや助言いただいた皆様」
「コメントいただかなくても密かに読んでくださってる読者の皆様」
以上の皆様ありがとうございました。
白板で新作はじめました。「小説・後藤真希。」です。
まだまだおつきあいくださる方がいらっしゃいましたらよろしくお願いします。
- 287 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)12時04分37秒
- 感想や要望等ありましたらお願いします。
今後の糧にします。
- 288 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月18日(日)01時02分10秒
- 完結おめでとうございます。毎回泣いたり鳥肌を立てたりしながら読んでいまし
た。ほんとに素晴らしかったです。素直に拍手を送りたい気持ちです。
- 289 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月18日(日)17時23分16秒
- 完結ごくろうさまです
よかったです、ホントよかったです
このお話大好きで何度も読み直せるようにPCに保存しちゃいました
新作もどうかがんばってください
作者さんのファンで追い続けちゃいますよ
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月24日(土)02時14分05秒
- ごっちんがとても素敵に描かれてて好きでした。次回作も期待してます。
- 291 名前:Easestone 投稿日:2003年05月24日(土)10時39分43秒
- 288さん
そのようなお言葉をもらえるとは、、、うれしいです。実は、長編連載するのは
初めてだったので結構不安な中毎回更新してました。でもこんな感想をいただける
と最後までやれてよかったなぁと思いました。
289さん。
ありがとうございます。PCに保存していただけるなんてめっちゃ光栄です。新作も期待に
沿えるように頑張りますよ!
290さん
ごっちんの描き方は、特に意識してました。この話の裏の主人公にしようと思って
いたので。だから気に入ってもらえて本当にうれしいです。
次回作もよろしくお願いします。
- 292 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月28日(土)01時03分38秒
- 保全
- 293 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年07月13日(日)23時32分44秒
- Easestoneさま、はじめまして。
一気に読ませていただきました!
変わっていく梨華ちゃんの心理描写に脱帽です。
新作も楽しみに待ってます!!
- 294 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年07月14日(月)21時45分33秒
- Easestoneさま。
保存の件、承諾いただきありがとうございます。
早速、保存させていただきました。
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新作も期待して待ってます!
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