終止符オーディション
- 1 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時22分34秒
- 小説書きます。
題は「終止符オーディション」
※<< >>内の人物の視点でチャプタ―は進みます。
※設定は13人体制のままです。時期としては6、7月。
フィクションです。
- 2 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時23分55秒
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.................. 終止符オーディション ..................:
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- 3 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時24分53秒
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長い苦しみは もうお終い
これが最初 これで最後
終焉を望み 許しを乞う
私たちの最期 これで最後
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- 4 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時25分49秒
----------プロローグ<<小川>>----------
「何、これ?」
思わず声を上げてしまった。
移動先のコンサート会場に着いて、初めて出した声だったと思う。
いつも使っているお気に入りのバッグ。開くと、小さな紙切れが入っていた。
こんなものを入れた覚えは、全くない。
「麻琴?どうしたの」
紙切れを握り締めて固まっていた私にあさ美が声をかけた。
「うん、なんか私のバッグに変な紙が入っててさ」
「変な紙?」
ゆっくり近づき、紙を覗き込んでくる。
二人とも歩きながら見るその紙切れは、手の平と同じくらいの大きさ。
定規で書いたみたいな、気持ちの悪い字が貼り付いている。
- 5 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時26分34秒
「気味が悪いね」
「うん……」
「あ、でも! 何かのゲームのメモかもよ? メンバーの誰かが今はまってるとか」
思いの外元気のない私を気遣ってか、努めて明るく言うあさ美。
長い髪を揺らしながら、顔を覗き込んでくる。
心配そうなその顔付きを見て、
「そうかもね。まあ、気にしない、気にしないっと」
言ってハハハと笑って見せた。そそくさとバッグに紙をしまう。
気付くと私たちは、楽屋までの道のりを他のみんなから大分遅れて歩いていた。
そう。こんなこと気にしていても、仕方がない。
「あさ美、私たち遅れちゃってるよ!」
「え?あ、待ってよ、麻琴!」
駆け出した私を慌てて追いかけるあさ美。
きょとんとした顔で荷物を持ち直している。
「走ると転ぶぞー」
バタバタと音を上げる私たちを振り返って、愛ちゃんが笑ってそう言った。
- 6 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時27分17秒
----------<<紺野>>----------
コンサートの前は、いつも目まぐるしい忙しさだ。
今日の一曲目は「そうだ!We're ALIVE」。
全員が蛍光緑の衣装に身を包む。
決して広くはない部屋で、各々が世話しなくアイドルの表情を纏い始めた。
鏡越しにぼんやりとそんな様子を眺めている、自分。
何気なく、私は麻琴に目を向けた。
準備を終えてしまったのか、一人座り込んでいる。
何か考え事でもしているのか、その表情は虚ろだった。
(やっぱり、さっきのメモ気にしてるのかな)
思い当たるのはその位しかない。
内容はよく覚えていないが、確かに気持ちの悪い文面だった。
- 7 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時28分03秒
『なんか私のバッグに変な紙が入っててさ』
入っていた、ということは誰か入れた人物がいるということになる。
麻琴が色々考えてしまうのも訳は無かった。
「はい、下向かないでねー」
メイクさんにくいっと上を向かせられる。
瞬間、どきりと鼓動が鳴った。
ああ、そうだ。自分もメイクの途中だった。
この考え事に夢中になる癖は、どうにかしなくてはいけない。
「ちょっとだけ目を瞑ってね。……うん、これでOK」
パールの光沢が入ったチークが入れられ、ようやく終了。
鏡の中の自分はちゃんとアイドルに仕上がっていた。
- 8 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時28分51秒
「そろそろでーす」
「はーい」
スタッフの声に、保田さんが一番に反応する。
会場から聞こえる音が、段々と大きくなってきていた。
「みんなも早くねー」
先頭を切って、部屋から出て行くのは飯田さん。
続いて吉澤さん、石川さん、後藤さんの三人が後を追った。
もしかして準備が整っていないのは、私だけだろうか。
焦りを感じながら、ダンスに使うピンクのバッグを探す。
椅子の脇、メイク台の下。
思いつくところを探してみるが、なかなか見つからない。
「何、紺野。探し物?」
手にマスカラを持ったままの安倍さんが、こっちを向いた。
見開かれた大きな瞳は、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「あ、はい……」
「なんちゃって。はい、これでしょう?」
「え?そう、です。ありがとうございます」
にっこりと笑って突き出されたバッグ。
確かに私のものだった。
どうして、安倍さんが持っていたんだろう。
- 9 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時29分37秒
「なっつぁん。いつまでメイクしてんのー」
「圭ちゃんこそ、ついさっきまでこだわってアイライン入れてたっしょ?」
保田さんと安倍さんはそんな会話をし、メイク道具をしまい込んだ。
「はいはい、さっさと行くぞー」
座っている二人の頭を、これ見よがしにポンポンと叩いたのは矢口さん。
「もう、矢口ってば」
「仕返しだー」
「きゃはははは」
三人は笑い声を上げたまま、部屋を出て行った。
- 10 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時30分15秒
「私たちもそろそろ行こうよ」
残ったメンバーでは一番年上の愛ちゃんが皆を促す。
「そうだね、早くしないと怒られちゃう」
バッグを肩にかけ、私も続く。
「あさ美ちゃん。 今日はあんまり食べないね」
テーブルの上から、小さいチョコレートの包みを取る辻ちゃん。
口の中にも一つ入っているのだろうか。頬が膨らんでいる。
「いっつも本番前は何かしら口に入れてるのにな。 これで、ののだけになってしもたな」
「あいぼん!」
思わず愛ちゃんと顔を見合わせて、笑ってしまった。
辻ちゃんと加護ちゃんはいつもこんなやり取りなのだ。
- 11 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時31分23秒
「元気足りないぞ〜!」
里沙の声だ。
まだ座り込んでいた麻琴の腕を引き、立たせている。
「そうかな? ちゃんと、元気だよ……」
「マジで!?」
それが合図になっていたのは、麻琴も知っていたはずだった。
マジデ、デジマ、マジデジマ。
私たちの中での「お約束」みたいなものだったから。
「本当に大丈夫だから。さ、早く行こう?」
「あ、うん……。そうだね」
「デジマ」を期待していた里沙を横切り、麻琴はすたすたと部屋を後にした。
「私たちも行こうっか。遅れちゃうよ」
私たちの方を振り返り、弾ませた声で里沙が言う。
その明るい表情にほっとして、私たちも麻琴の後に続いた。
- 12 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時32分01秒
「遅いよー」
「ほら、早く輪に入って」
「これで全員?」
「腕、頭の上に乗っけないでよー」
「あ、そこに入れるんじゃない?」
「もうオッケー?」
「んじゃ、始めるね」
13人で作る小さな輪。その一番外からどうにか手を伸ばした。
コンサートはいつも、これで始まるのだ。
「がんばっていきま〜…しょいっ!」
「しょい!」
これがモーニング娘。最後のコンサートの始まりだったなんて。
この時はまだ知る由もなかった。
- 13 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時33分06秒
コンサートは極めて順調に進む。
歌、踊り、MC。
行うべきパフォーマンスは全て頭に入っている。
皆、手馴れたものだ。
順調じゃないのは、私の声くらいかもしれない。
歌唱力赤点の私にも、いくらかのソロパートはある。
例えば今やっているこの曲。『電車の二人』。
「♪パッと咲いてー 散ってもいいわー 叶うならー…」
『あ』の音で暫く延ばさなければいけないのに声が、出ない。
声量が足りないのは、自覚している。
この数秒間は私にとって一つの鬼門だった。
どうにかして絞り出す声。
その音だけに、会場が耳を欹てる。
責め立てられているような長い時間。
「♪優しい時間をー あなたはー 持ってるー」
待ち詫びた里沙の声が耳に入る。
落ち着いたその歌声が、頼もしい。
残るのは一つのソロパート。音から外れないよう、体を動かす。
- 14 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時33分47秒
「♪ああずっと、ああずっと、このままでー」
「♪ああずっと、ああずっと、未来までー」
音が消え、照明も落ちる。歓声が、曲の終わりを告げた。
最後のソロは、自分なりに何とかこなせた。
合格点、といったところか。
額を伝う汗を拭い、ふうっと大きく息を吐いた。
左手のマイクを持ち替え、軽く手のマッサージをしていると
「紺野? ぼーっとしない。次すぐだから」
吉澤さんに背中を押された。
周りと見渡すと残っていたのは、加護ちゃんと私たちだけだった。
そうだ、これで終わったわけじゃない。
ぼんやりしてる暇はないんだった。
次は「初めてのロックコンサート」。
ステージ上のメンバーが入れ替わる。
私たち「電車組」の七人は、そのまた次の準備をしなくては。
- 15 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時34分33秒
ステージを後にすると、会場の喧騒が幾らか和らいだ。
着替え用のスペースには、13人分の衣装がずらりと並んでいる。
曲順のため、『ザ☆ピ〜ス!』の衣装のままだった私たちと違い、
次の六人は独自の衣装が割り当てられていた。
「急いでー!」
飯田さんが声を上げる。
鏡を見て、髪をさっと直し後藤さんがステージへ向かった。
辻ちゃんの衣装の着こなしを直してあげている矢口さん。
そんな二人を、保田さんが引っ張るように連れて行く。
ええと、これで五人。あと一人は麻琴だ。
麻琴はドリンクボトルをしまい、口を拭っていた。
ステージから零れるわずかな光に照らされた横顔。
水気を帯びた口元が、艶やかに光る。
じいっと見詰めていたせいか、目が合ってしまう。
「あさ美、見惚れないでよ」
麻琴は頬を緩め、笑ってくれた。
出番はもうすぐ。
マイクを握りしめ、出て行く麻琴に笑い返して「頑張って」と言った。
それが、私たちの交わした最後の会話だった。
- 16 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時35分11秒
六人がそれぞれの立ち位置へと向い、最初のポーズを決める。
その様子を邪魔にならないよう、ステージ側から覗き込んだ。
(赤い衣装、似合ってるよ! 頑張れ、麻琴!)
心の中でエールを送る。
変な紙を見つけてから、元気のなかった麻琴。
大丈夫かどうか、今ひとつ不安だったのだ。
台詞が終わるまで見届けたら、後は私も着替えに入ろう。
控えめな灯りで、照らされる六人。
初めてのロックコンサートは、麻琴の印象的な台詞から始まる。
「いつも… 弱気なままで…今日ま、でなにやっ…て、たんだ、ろう…」
皆よりも高いステージへと歩を進めていく。
一歩、一歩。
(麻琴……?)
段々と照明が強くなる。
麻琴は何故か、いつも以上に顔を伏せていた。
なんだか、様子がおかしい。
途切れ途切れの台詞、聞き取れないような篭った声。
それでも麻琴は、遅れずに声を出そうとしていた。
- 17 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時35分50秒
「ふ、つーにっ…あっ…!う、ぅぅぅ…」
「小川?」
飯田さんの声が入った。他の五人も、視線を送る。
歌が始まるまでは動かないはずの五人。
麻琴の様子は、明らかに異常だった。
「うぐっあああっ……!」
うめきにも似た奇怪な音。
少女とは思えないほどの、つぶれた醜い声。
麻琴は、喉を押えながらその場に倒れ込んだ。
手元からマイクが落ち、ゴトリという音が会場中に響き渡る。
『初めてのロックコンサート』は、流れたままだ。
「小川! どうしたの!?」
矢口さんが、真っ先に麻琴のもとへと駆け寄った。
「どうしたー、小川ー!」
「まこっちゃーん!」
「まことぉーーっ!」
ざわついた会場では麻琴の代わりに、客がそのメロディに乗せて声を上げている。
私は動けなかった。
あるはずの足が、前に進まない。
様々な光が揺れるその光景を、目だけが必死に確かめていた。
- 18 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時36分30秒
「静かに! 静かにしてくださーいっ!」
叫んだのは後藤さんだった。よく通る明るい声が、震えていた。
それでも騒ぎは一向に収まらない。
「音、止めて!!」
保田さんが声を張り、大きく腕を振った。
程なくしてようやく止まる、『初めてのロックコンサート』。
会場を埋め尽くしていた音楽が消え、ざわつきが一層際立つ。
誰のMCの時よりも、ただひたすらに叫ばれる麻琴の名前。
(これは、麻琴の、コンサート……?)
一瞬、馬鹿なことを考えた。
そうだったら、どんなにいいだろう。
そうだったなら、この歓声に包まれた麻琴が動かないはずなんてないのに。
近づいてくる矢口さんに、立ち上がって平気ですっていうはずなのに。
「小川、大丈夫っ?」
マイクを通さない矢口さんの声が、何故か私にも聞こえた。
倒れた麻琴を引き剥がすようにして、抱き込む矢口さん。
麻琴は、歪んだ表情のまま固まっていた。
(麻琴……!)
- 19 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時37分15秒
小さな手が、苦しみを浮かべた顔に触れる。
矢口さんの手だ。
恐々と二度ほど触れて、すぐさま離された手。
どんな思いで触れたのだろう。
何を、確かめたかったのだろう。
ただ、見ているだけの自分。
その感触は、分からない。
矢口さんは触れた手を、そのままゆっくりと口元へと運んだ。
その手が、小刻みに震えている。
「矢口! 小川は?」
駆け上がった保田さんが、震える小さな肩を抱き、自分の方を向かせた。
「死ん、でるっ……死んでる、よ……」
かすれるほどの声だったと思う。
けれど揺れるその口の動きで、私には何を言っているのかが分かった。
息が、できない。
矢口さんは、保田さんにしがみついて震えていた。
死という言葉が、溜め込んでいた矢口さんの涙を一気にはじけさせていた。
- 20 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時37分52秒
その様子を見ていたのは、ステージ上に居たほかのメンバーも同じだった。
後藤さんが、ぎゅうっと両手でマイクを握り締め、顔を伏せる。
必死で飯田さんに状況を尋ねている様子の辻ちゃん。
強ばった表情の飯田さんは、それでも優しく辻ちゃんの頭を撫でていた。
「おっがっわー、おいっ! おっがっわー、おいっ!」
気付けば、会場のあちらこちらから手拍子と共に小川コールが巻き上がっていた。
私たちの小さなやりとりなど目に届かないのだろう。
ただただ無責任にそれは響いた。
広い会場でこのステージだけが、ぽっかりと取り残された気さえしてくる。
埋め尽くす人々の声が、妙な迫力を帯び始め私たちを襲う。
「おっがっわー、おいっ! おっがっわー、おいっ!」
「やめてくださいっ!!」
遮ったのは、辻ちゃんだった。
「お願いだから……、静かにして、下さい! まこっちゃんが、まこっちゃんが……」
声を詰まらせ泣きじゃくりながらも、必死に叫んでいた。
マイクを近づけすぎたのか度々ハウリングする。
キィンと響くその音は、まるで悲鳴のようだった。
- 21 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時38分29秒
ざわめきが、蠢くように駆け抜けていく。
先程までの小川コールが一斉に鳴りを潜めた。
辻ちゃんの様子から、これは貧血でも怪我でもないと察したのだろうか。
騒ぎは一転して、混沌としたものに変わっていっている。
「どーなってるんだー!」
「いいから続けろー!!」
怒号さえ飛び交う始末だ。
辻ちゃんは罵声に怯えながらも、呼びかけを続けようとしていた。
けれど、声が出ない。
いや、もう聞こえないのだ。
騒ぎはどんどん大きくなってきてしまっている。
「のんちゃん。もう、いいから……」
飯田さんがそっとマイクを取り上げ、胸に引き寄せた。
迷子が母親に会えた時のように、夢中でしがみつく辻ちゃん。
- 22 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時39分13秒
どうしてだろう。
目に映るシーンが、どれも遥か遠くのことのように感じられる。
『どうして』、『何で』ばかりがぐるぐると頭に浮かぶのだ。
他にも、考えるべきことは沢山あるはずなのに。
手に滲む汗がへばり付いて気持ちが悪い。
こんなことは、どうでもいいはずなのに。
「あさ美ちゃん、これは何の騒ぎなの!?」
里沙だった。
異常な事態に気付き、いつのまにか私の後ろに来ていたようだ。
『電車の二人』の時と同様に、その声は頼もしかった。
唯一いつもと変わらない里沙。
その懐かしい存在に、思わずしがみついた。
「ねえ! 何があったの?」
降り掛かるその声が優しく響く。
私は泣いていた。
助けを乞うように泣き叫んだ。
ブーイングに包まれ、年下の里沙に縋って。
みっともないなんていう考えはなかった。
私はずっと泣きたかったんだ。
そう主張することしか、できなかった。
- 23 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時40分10秒
----------<<新垣>>----------
(やっぱり何かが起きたんだ。何か、とても嫌なことが……)
唯一分かったことは、それだけだった。
肩を震わせ、上ずった声で泣きじゃくるあさ美ちゃん。
こんな風に泣くあさ美ちゃんは見たことがない。
私はその体を抱きとめるだけが精一杯だ。
(一体、何が……?)
つい、先程のことだったと思う。
「あれぇ、あさ美ちゃんがいない」
電車組のメンバーが楽屋で着替えを始めると、愛ちゃんがそう言いだした。
それを受け、安倍さんが呼びに行ってきてと私に頼む。
次の準備もあるから、私は急いでステージの方へと向かった。
(もう、どこにいるんだろう……。 あっ!)
向こうで何かを必死に見詰めているあさ美ちゃんの姿を見つけた、その時だった。
ぷつり。
『初めてのロックコンサート』が鳴り止んだ。
(何か……、あったんだ!)
- 24 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時41分28秒
ふと頭に過る、元気の無い麻琴ちゃんの顔。
嫌な、予感がする。
私は一目散に、あさ美ちゃんのもとへと向かった。
そして、今。
あさ美ちゃんは、私の腕の中で泣いている。
その涙が私の衣装に滲んで、少し熱い。
しがみつくあさ美ちゃんの、ちらりと覗く耳がやけに赤くなっていた。
泣いても、泣いても、足りない。
そんな叫びが伝わってくるような気がした。
「ねえ、あさ美ちゃん……」
「紺野、新垣っ!」
男の人の声だった。
何度か、会ったことがある。事務所の割と偉い人だったと思う。
スーツ姿に似つかわしくない慌てた様子だ。
肩で息をしながら、怖い顔で私たちを睨みつける。
「楽屋に戻れ! 今すぐだっ!」
- 25 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時42分21秒
「え?」
「いいから戻るんだ!」
怒鳴り声に驚いたのだろう。
抱いている肩が、びくりと揺れた。
「で、でも……」
ちらりと、あさ美ちゃんの方を見る。
その視線に気付いたのか、あさ美ちゃんはゆっくりとその顔を上げた。
涙で、ぐしゃぐしゃの顔。
セットされた前髪が、水分で額に張り付いてしまっている。
「麻琴が! 麻琴がぁっ……!」
ようやく紡がれた言葉は、すぐに泣き声に掻き消された。
その先に何を言おうとしたのか、私には分からない。
しかし、スーツ姿の男にはそれが分かっていたようだった。
「救急車が直に来る。 楽屋に戻っていてくれ。 頼んだぞ、新垣」
「は、はい……」
冷静にそう言い捨てると、その男の人はすぐさまステージの方へと向かった。
ステージにはまだ、『初めてのロックコンサート』の六人がいる。
きっと、同じことを言いに行くのだろう。
私は自分でも驚くほど、落ち着きを取り戻しつつあった。
- 26 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時43分37秒
(麻琴ちゃんが、救急車が必要な事態に陥っている……)
それが、この騒ぎの原因。
転んで怪我でもしたのか、それとも貧血で気を失ってしまったのか。
麻琴ちゃんが歌えなくなり、『初めてのロックコンサート』は止まってしまった。
そのことに客が騒いでいるんだ。
何が起こっているのかさっぱり訳が分からない。
そんな状態から抜け出せたことに、私はひとまず安心した。
(あさ美ちゃんは、麻琴ちゃんを心配して泣いていたんだね……)
(私も、心配。でも救急車が来るんだって。もう、大丈夫だよ)
思いを込め、わずかに震えているあさ美ちゃんの手をぎゅっと握り締めた。
弱々しく握り返された手の感触には、不安の色が覗く。
ぽたり。
重なった二人の手の上落ちる水滴。
あさ美ちゃんはその大きな瞳から、拭うこともせずただ涙を流しつづけていた。
時折、ふるふると何かを振り払うように頭を振る。
『楽屋に戻れ』、そうあの男の人は言った。
確かに、ここに残っていても何もできない。
詳しい事情は飲み込めないが、言う通り楽屋に戻ろう。
- 27 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時44分19秒
「あさ美ちゃん、とりあえず行こっか……」
私はあさ美ちゃんを支えながら、歩き出した。
すぐそこのはずの、楽屋。
来た道と同じ道とはとても思えない程、その道のりが長く感じられた。
「新垣と紺野だ! ねえ、帰ってきたよ!」
楽屋の入り口前にいた安倍さんが、私たちを見つけ声を上げる。
中にいる他のメンバーにもそのことを伝えると、こちらへと駆けてきた。
「紺野!? どうしたのー」
何も聞かされていないのか、あさ美ちゃんを不思議そうに眺める安倍さん。
しっかりと、次のMr.moonlightの衣装に着替えを済ませている。
私はとりあえず部屋に行きましょう、と目配せをして伝えた。
小首を傾げながらも、安部さんは分かってくれたのだろうか。
あさ美ちゃんの背中をさすって、一緒にゆっくりと歩いてくれた。
- 28 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時44分58秒
そこは、いつも通りの楽屋だった。
愛ちゃんと加護ちゃん、石川さんと吉澤さんが楽しそうに話している。
明るい蛍光灯が、晴やかなそれらの表情を嫌味なほど際立たせていた。
「あ、安倍さんだ」
石川さんの一言に四人が一斉にこちらを向いた。
と同時に、すぐさま凍りつく四つの笑顔。
「どうし、たの……!? あさ美!」
愛ちゃんが、目を見開きながら詰め寄る。
それを制したのは、安倍さんだった。
「うん、まだちょっとね、落ち着いてないみたいなんだ……」
俯いて涙を流すあさ美ちゃんに、吉澤さんが黙って椅子を差し出す。
そっと腰を下ろすよう促すと、あさ美ちゃんは崩れるようにして椅子に座った。
「何も、聞いていないんですか?」
重い沈黙を恐れて、口を開く。
かすれた弱々しい声しか出せない自分が悔しい。
「ただ待機していろ、としか……」
質問に答えると、安倍さんはごくりと息を呑んだ。
きっとよくないことだ、とあの時の私と同じ予感が頭に浮かんだのだろう。
そしてそれは残りの四人も同じらしかった。
- 29 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時45分45秒
知っていることだけでも、話すべきか。
私が迷っていると、加護ちゃんがドアを方を見てぽつりと呟いた。
「誰か、来る」
「え?」
皆で加護ちゃんに習って、ドアに注目する。
程なくして、がちゃりという音とともにドアが開いた。
やってきたのは後藤さんだった。
後藤さんはこちらを一瞥すると、疲れたように息を吐いた。
いつも通りクールな表情だったが、明らかに顔色が悪い。
続くようにして矢口さんと保田さんが、その後に飯田さんと辻ちゃんが入ってくる。
その全員が、何かに怯えているように見えた。
特に、矢口さんの様子は異常だった。
こちらを見ようともせず、ただひたすらに涙を流し続けている。
怖いくらいの無表情で、声も上げずに。
その有様を見た『電車の二人』組の面々に、緊張が走った。
(事態は、自分の思っているよりもずっと深刻なのかもしれない)
誰もがそう感じたのだろう。
皆一様に俯いて、口を閉じた。
誰かが深呼吸する音だけがこの部屋に響く。
- 30 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時46分36秒
何分、そうして沈黙を共有していただろうか。
埒があかないというように、安倍さんが話を切り出した。
「圭織、何があったの? コンサート、中止になるの?」
「……小川が」
飯田さんは小さな声でそれだけ言うと、その先の言葉を飲み込んだ。
そこまでで愛ちゃんには十分だった。
手で口元を覆い、『嘘でしょ?』と確認するかのように恐々とこちらを見た。
きっと麻琴ちゃん一人だけ楽屋に来ない時点で、愛ちゃんは薄々気付いていたのだと思う。
ずっと私に『ねえ、麻琴はどうしたの?』と無言で訴えていたから。
その恐れに満ちた視線とは対照的に、ぼんやりとどこか一点を見詰める飯田さん。
安倍さんがそれじゃあ分からないと言いたげに、声を荒げて再度詰問した。
「小川? 小川に何かあったの……?」
「……」
「圭織! 答えて!」
「小川は。 ……小川は」
「死んだ」
矢口さんが、まるで何かの記号みたいにさらりと続きを告げた。
『シンダ』という音が、どんな意味を持つのか。
私は、すぐには分からなかった。
- 31 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時47分20秒
「死んだ……?」
恐々と言葉をなぞる安倍さん。その声に先程までの勢いはまるでない。
けれど、単語の意味を強調するには十分な大きさだった。
加護ちゃんが小さな声で「嫌だ」と零す。
私の脳裏には、救急車が来ると言った時のあさ美ちゃんの様子が浮かんでいた。
(麻琴ちゃんが、死んだ。 死んだ? 死んだの? だからあさ美ちゃんは首を振っていたの?)
誰もが信じられないといった面持ちで言葉を失っていたその時、
「嘘だよ、そんなの。 ねえ、圭織、違うよね?」
「……なっち」
安部さんが口を開いた。信じていない口振だが、潤んだ瞳が事態を冷静に見据えている。
分かっているんだと思う。安倍さんだって、これが嘘なんかじゃないことは。
それでも言葉が追いつかないのは、皆と同じで、ただ信じたくないからだ。
「こんなの変だよ。 そうでしょ? どうして死んだりなんかっ……」
「しっ! 何か聞こえる」
保田さんの一言に安部さんは言葉を呑み込み、皆一様に耳を欹てた。
足音だろうか。遠くから数人の駆ける音が聞こえる。
- 32 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時48分00秒
「! 救急車だ」
救急車が来たに違いない。
私は誰と目を合わせるでもなく、すぐに廊下へと飛び出した。
バタバタと担架を持った数人がこちらへと向かってくる。
運ばれてくるのは赤い衣装を纏った麻琴ちゃんだ。
私の後から加護ちゃん、安倍さん、石川さん、愛ちゃんが廊下に出て一緒に様子を見守る。
「はい、退いて、退いて!」
狭い廊下に固まっていた私たちを除けるような手振をして、担架を持つ数人が駆けていく。
それはあっという間に目の前を通り過ぎていった。
担架に乗せられた人形のような麻琴ちゃん。
喉を掻き毟るようにくいこむ両手。引ん剥いた目。
皆が見ているのに、ぴくりとも動かなかった。
赤いコートの下から捲り上がってしまっていた次のMr.moonlightの衣装。
そういえば、『愛を下さい』というあの歌の歌い出しもあんなポーズだった。
乙女の祈りと言わんばかりに、手を組み上を見上げる仕草。それとよく似ている。
担架に乗せられ、だんだん遠ざかっていく麻琴ちゃん。
遠目からだと、ますます麻琴ちゃんが歌を歌おうとしているように見える。
そこだけスローモーションになったみたいに、通り過ぎるその映像が頭にこびりついていた。
- 33 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時48分41秒
「小川……」
石川さんの声に、顔を両手で押える愛ちゃん。
泣きたい気持ちは多分、この場にいる全員が同じだった。
それでもまだ死んだと聞かされてから見た私たちは、マシだったのかもしれない。
部屋にいるメンバーを思い、一つ大きく息を吐く。
と、また向こうからバタバタと誰かがやって来た。
私たちに楽屋に戻れと言ったあの男の人だ。
「こっちの部屋へ全員集まるんだ!」
楽屋三つ向こうの部屋の前で、男の人があの時と同じ口調で叫んだ。
『はい』と慌てて頷く安部さん。やっぱり偉い人だったようだ。
楽屋へ戻ったときと同じ要領で、ペアを作り、辛そうなメンバーを支えながら私たちは移動した。
「これで全員集まったな」
十二人と指で数えて、その男の人が話を切り出す。
ここは使用されていない机や椅子なんかの保管場所のようで、随分と狭くとても十三人もの人間が居る場所ではなかった。
話なら楽屋でいいのに、どうしてこんなところに呼び出したのだろう。
「コンサートは中止だ。 君たちにはこれから直ぐ車で移動してもらう」
男が要点のみを簡潔に伝えた。その言い回しは極めて事務的だ。
「このまま中止にして移動するんですか?お客さん、納得しないんじゃ…」
「納得する、しないの問題じゃないんだ!」
安倍さんの抗議にその男は声を荒げた。
感情的になったことを恥じたのか、続きはまた冷静に紡ぎ出した。
- 34 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時49分27秒
「もうネットに情報が上がってる。コンサート中に小川が倒れたって。死んだみたいだったってな……」
「そんな! だってついさっきのことですよ?」
私たちでさえ、つい先程知ったというのにそんな情報がネットに流れているだなんて。
そんな人がコンサート会場に居たなんて。男の人が焦っている理由が分かってきた。
「おそらく携帯電話からだろう。 とにかく、マスコミはもう嗅ぎつけてるんだ。 早く移動しろ」
「小川は救急車の中だ。もう君たちにはどうしようもない」
「動揺も分かる。だがな、君たちが居ることでの混乱の方が大きい。騒ぎが広がってまた新たに事件が起こらんとも限らない。
ここは危険だ」
男が次々と私たちを諭す言葉を投げかける。そのどれもがただ冷たく響いた。
「表に車が用意してある。 荷物も運んだ」
なるほど。ここで私たちがごねないようにこの部屋に移動させたというわけか。
話をしている間に楽屋の荷物を運び、有無を言わさず移動させようとしているんだ。
そこまで分かれば十分だった。選択肢など、ない。
「……分かりました。このまままっすぐ向かいます」
「頼んだぞ、保田」
私たちは楽屋を通り過ぎ、朝とは全く違った心持で同じ廊下を歩いた。
手ぶらであるはずの肩には、荷物なんかよりもずっしりと重いものが圧し掛かっている。
会場から聞こえる罵声に、まるで逃げているような感覚さえする。
長い廊下を抜け、漸く鈍い光が見えてきた。
一台の大きなワゴン車が私たちを待ち構えている。
その車の前には意外な人物が立っていた。
- 35 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時50分15秒
中澤さんと市井さん。
どうして、この二人がここに居るんだろう。
うろたえている私たちを尻目に、中澤さんはメンバーを誘導し次々と席に座らせていく。
私はあさ美ちゃんと隣になった。
泣き止まないあさ美ちゃんを窓際に座らせ、私も席に着く。
反対側の席には愛ちゃんと加護ちゃん。全員がペアになって座っているようだ。
市井さんが一番前の席に座り、中澤さんもその隣に腰を下ろした。
さて出発と中澤さんがドアを閉めようとしたその時、
「待ってくれ!」
つんくさんが息を弾ませてやってきた。
落ち着かない様子でワゴン内の私達を一通り見渡すと、話を始める。
「これから、お前達には俺の別荘に向かってもらう」
「別荘、ですか」
「中澤、鍵はお前に預ける。好きに使っていい。食料も何かしらあるはずや」
「はい」
「そっちにもいつマスコミが嗅ぎ付けて行くか分からん。いいか。外には出るな」
「はい」
「明日の夜に一度そちらに数人で向かう。それまでは待機だ」
「明日の夜まで、ですね。分かりました」
中澤さんだけがハキハキと受け答えする、奇妙な会話。
それでも、今の私達には中澤さんの存在がありがたかった。
つんくさんはこのやり取りに満足したのか、ドアを閉め運転手に出発を促した。
そろそろと、私達十四人を乗せた車が動き出す。
- 36 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時52分11秒
閉め切った車の中は、ステージともまた違う異様な空間だった。
大型ワゴンの中にいる十四人。
運転手も素知らぬ顔で運転を続けている。
いつもの移動と似ているようで、全く違う。
衣装のままの私達。
重いため息が、無造作に体を縛り付ける。
(なんでいつもはコンサートになんか来ない人たちが一杯いたんだろう……)
車の揺れに身を任せていると、そんな疑問が頭を擡げた。
が、麻琴ちゃんの死という大きな謎の前では、別にどうでもいいことだ。
とにかくもう車に乗ってしまったんだ。あとは目的地である別荘へとただ運ばれるだけ。
私達は逃げるんだ。その避難所として充てられたのが、つんくさんの別荘。
明日の夜までそこで隠れていなくちゃいけない。
そう考えると気が滅入ってくるが、反面どこか安心もしていた。
多分、私も疲れていたんだと思う。
今は何も考えずに休んでしまおう。
隣のあさ美ちゃんも泣き疲れたのか、うとうとしていた。
しかし、その目からは未だに涙が流れて止まない。
膝の上で繋がれた手に、それがぽたぽたと落ちていた。
(これ位しかできないけど……)
私はすっと衣装の帽子を脱ぎ、手の上に被せた。
冷たい涙が帽子に吸い込まれ、帽子に包まれた二人の手は少しだけ暖かになる。
あさ美ちゃんに掛けてあげられる精一杯の『おやすみ』。
帽子に広がる染みを感じながら、私もゆっくりと目を閉じた。
- 37 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時53分07秒
----------<<加護>>----------
「着いたよ」
「ん……」
愛ちゃんの声に、ゆっくりと目を開く。
明るくなった視界にはザ☆ピ〜ス!の衣装を纏った愛ちゃんが映り込んだ。
(ああ、そうだ。 コンサートが途中で中止になって、車に乗ったんだっけ……)
その姿が、単なる移動ではないことをすぐに思い出させる。
私は目に掛かる前髪を振り払うと、大きな欠伸をした。
(とてもあんな気分じゃ休めないと思っていたのに……)
車の窓から見える景色を追っている内に、どうやら眠ってしまっていたようだ。
けれど、そんな図太い神経を持つ自分に呆れている暇などない。
ぼんやりとしたままの頭でも、いつまでもこうしていられないことは容易に察することができた。
「愛ちゃん、皆は?」
「もう、外に出てるよ」
「え? じゃ、うちらだけ?」
「だって、中々起きないから」
「うわ、早くしないと」
「荷物はもう持って行っちゃったみたいだよ」
「じゃあ、本当にうちらだけじゃんか」
窓の外にいるメンバー達がこちらに気付き、『早く』という合図を送ってきた。
がらりとワゴンのドアを開け、慌てて外へと降りる私達。
数時間ぶりの空はうっすらとした夕闇に変わっていた。
衣装一つの体には、頬を撫でる風さえもが冷たく感じられる。
なぜか急に寂しくなって、二人でメンバーの元へと駆け寄り、自分の荷物を受け取った。
- 38 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時53分53秒
「OKです」
中澤さんの合図に、運転手はすぐさま元来た道へと戻っていった。
車が出て行くのを見届けると、やや大げさとも思える門に中澤さんが丁寧に鍵を閉めた。
そのガシャリという音に、改めて自分が今いる場所を見渡してみる。
深い山間にぽつりと佇む白い建物。ここが、つんくさんの別荘なのか。
周囲には、他に建物がありそうな雰囲気もない。
私達を隔離するための場所としてはまさにぴったりだったのだろう。
白いコンクリートの2階建て。こうやって見ると何かの施設のようだ。
(つんくさんも別荘だっていうなら、もっと豪華な作りにすればいいのに……)
見当違いの愚痴を思い浮かべていると、中澤さんがすっと目の前を通り過ぎていった。
玄関らしき黒い扉の前で立ち止まる。
金の取っ手が申し訳程度に別荘らしさを主張していた。
「えっと、これやな」
ポケットから鍵を取り出すと、中澤さんはごく普通に鍵を回し扉を開けた。
勿体ぶった仕草で、ゆっくりと扉を押し開ける。
ドアの先に見えた中の様子は、外観からは想像がつかない程立派だった。
一面に広がる薄ピンク色の絨毯。
広いロビーには、四人掛けのテーブルと椅子のセットが幾つも置いてある。
まるでちょっとしたホテルのようだった。
- 39 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時54分45秒
「なんや、結構しっかりしてるやん」
「裕ちゃん……」
「分かってるって、圭織」
呑気なことをとでも言いたげな物言いに、中澤さんは慌てて辺りを見渡し出した。
あった、と大きな声を上げて指したのは案内板のようなものだった。
この建物の簡単な案内が図で描かれている。
「部屋は二階やな。圭織は辻、圭ちゃんはごっちんと矢口を頼むわ。紺野は大丈夫?」
「はい……、何とか」
「じゃあ、圭織と圭ちゃんは二階。他の皆はそこら辺に荷物下ろして」
中澤さんの指示通りに、私達は荷物を下ろし席に着いた。
ののが飯田さんに連れられて二階へと消えていく。きっとこのまま休ませるつもりなのだ。
矢口さんもごっちんも、涙こそ流れてはいないが様子は変わっていない。
俯きながら表情を変えようともしない二人は異常だった。
ぼんやりとそんな三人の様子を思い浮かべていると、
「あれえ? ない」
安倍さんの声が聞こえてきた。
「何がですか?」
「ケータイ。 よっすぃーのはある?」
「え?ケータイ、ケータイ……あれ、ないや」
皆も探して、という声に私も自分のケータイを探す。
バッグの横に専用の入れる場所があるのだが、そこにはなかった。
いつもそこにしか入れないはずなのに。
- 40 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時55分32秒
「ケータイなら無いで」
中澤さんが、さらりと事もなげに告げた。
そんな一言で『はい、そうですか』なんて、私達は納得できない。
「何でよ、裕ちゃん」
「抜き取ったの、私達だから」
「紗耶香! どういうこと?」
「皆が楽屋抜けた時に、ケータイ取り出せって指示があってさ」
「うちらしかバッグ開けたりしてへんから……」
キッと二人を睨みつける安倍さん。騙された、という思いがしたのだろうか。
どこかその瞳は悲しげだ。
「仕方がなかったんだよ。 情報が漏れるのを防ぎたい。 それ以上の目的はないんだし」
「そうやで。 明日の夜にはまた帰ってくるはずやしな」
二人は許して、と軽くポーズを作った。
その仕草に安倍さんはふうっと息を吐き、口元を緩める。
「それなら、仕方がないか。二人を責めたいわけじゃなかったんだ。ごめん」
「こっちこそ黙ってて悪かったと思ってる。ごめんな」
「ううん、もういいの。そうだ、テレビ! テレビでも見ようよ」
そう言うと安倍さんは、何型か分からない巨大なテレビの元へと駆け寄った。
どんな仕事の時よりも、努めて明るく振舞おうとしている安倍さん。
私達も顔を見合わせて、椅子を持ちテレビの前へ集まることにした。
しばらく使われていないのか、テレビのコンセントが抜けてしまっている。
そのコンセントを入れている内に、飯田さんと保田さんが戻って来た。
- 41 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時56分23秒
「どうやった?」
「部屋、一杯あった。 適当な部屋で寝かせてあげたよ」
「後藤も矢口も相当参ってる。ちゃんと着替えさせて寝かせておいたけど」
「そっか。お疲れさん、二人とも」
「ねえ、裕ちゃん……」
三人の会話を遮ったのは、テレビから流れるMr.moonlightの歌だった。
その場にいた全員が、予想もしなかったその音に思わず息を呑む。
やがて明るくなってきた画面に映し出されたのは、Mr.moonlightのPV。
まこっちゃんがアップになる所で、当たり前のようにスローモーションになり音も消えていく。
「亡くなったのは人気アイドルグループ、『モーニング娘。』のメンバー、小川麻琴さんです。
小川さんは所属するモーニング娘。のコンサートの最中、突然苦しみ、その場に倒れました。
至急病院に運ばれましたが、まもなく死亡しました」
淡々としたアナウンサーの声、仰々しいテロップ。
これがニュースだと気付くのに、さほど時間は掛からなかった。
「な、何、ニュース?」
「やだ……、嫌だよ」
「小川……」
皆が口々に声を上げる。
誰に聞かせるでもない、ただ零れてしまった嘆きの断片。
それでも、誰もが画面から目を離すことはできなかった。
- 42 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時57分23秒
機械が話しているような『現場から』という声と共に、画面がまた変わる。
モザイクのかかった男が、ざわつきの中に一人。
手には、私の顔が印刷されたウチワ。
「本当にびっくりしました。すごかったですよ。うううって。苦しんでる声がマイクで。はい。そうです。
すぐコンサートが中止になって。その後メンバーは一切出てこなかったですよ」
「メンバーですか?一番動揺していたのは、辻さんでしたね。泣きじゃくちゃって」
「小川抜きでコンサート続けろとか暴言も出て。それを聞いた小川ファンと乱闘になったりですね」
私のウチワを持って、そんなことを言わないで欲しい。
まるで私が報告してるみたいじゃないか。
実際の状況を見ていない私には、その男の話す情報の一つ一つが衝撃的だった。
それがひどく、悔しい。
「なお、この騒ぎで男性四十六人が、怪我などで病院に運ばれた模様です」
アナウンサーの一言で、ニュースのテロップがまた別のモノに変わる。
『衝撃の現場!モー娘。小川麻琴(14)死亡の実態と謎!!』
画面に映った『小川麻琴』の文字を見て、咄嗟に『良かった、字、間違えられてない』と馬鹿げたことを思った。
そんなこと、どうだって、構わないのに。
目から涙が溢れて、次第に画面が見難くなるのが、鬱陶しくてたまらない。
「現場に居たファンの皆さんによると、小川さんが倒れたのは『初めてのロックコンサート』という曲の冒頭で、
十三人のメンバーがふたつのグループに分かれて歌う形を取っていたとのことです。このフリップですね」
- 43 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時58分46秒
┏━━━━━┳━━━━━━┓
┃飯田 圭織 ┃ 安倍なつみ .┃
┃保田 圭 ┃ 石川 梨華. . ┃
┃矢口 真里 ┃ 吉澤ひとみ ┃
┃後藤 真希 ┃ 加護 亜依 ┃
┃辻 希美 ┃ 高橋 愛 ┃
┃小川 麻琴 ┃ 紺野あさ美 ┃
┃ ┃ 新垣 里沙 ┃
┗━━━━━┻━━━━━━┛
- 44 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月19日(水)23時59分53秒
「こちら側の、ええと向かって左。左側のメンバーですね。ステージに居たのは六人です。
残りのメンバーの皆さんは次の曲の準備ということで……」
「こんなので何がわかるっちゅーねん」
中澤さんがプツンと電源を切ってしまった。
途端に、この場は静かになる。
「裕ちゃん、私は知りたいよ」
飯田さんが、ぽつりとそう言い出した。
「だってあんなの、変だよ。 何があったのか、私もよく分からないもの」
「圭織……」
「その場にいたのに、よく分からないんですか?」
冷静に言い放ったのは市井さんだ。
ともすれば嫌味にも聞こえるその台詞は、意外な盲点でもあった。
「うん、そうなんだよね。わかんないの。急に呻き声がして。そのまま倒れて」
「会場に居ったファンと同じってことやな」
「あの……、中澤さん、私、見てました」
「あさ美ちゃん!」
「きっと私が話さないといけないんだと思う。大丈夫だよ」
紺ちゃんが目に涙を溜めながら、それでも力強く里沙ちゃんに頷いてみせた。
噛み締めたその唇が、ゆっくりと見たままの状況を一から語り出す。
私達は紺ちゃんの決して大きいとは言えない声に、必死で耳を傾けた。
- 45 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時00分54秒
「これが、私の見た麻琴の様子です……」
「ありがとう、紺野」
飯田さんの一言に、ほっとしたように涙を流す紺ちゃん。
もし私が紺ちゃんの立場だったら、こんな風に正確に話すことはできなかっただろう。
その頑張りに心の中で小さく拍手する。
と、よっすぃーが腕を組み、手を額に当てて話を始めた。
「苦しむ前に飲んでたスポーツドリンク。それが怪しいな」
「毒、とか……?」
「別に発作とかじゃないだろうしね」
「紺野、小川になんか変わった様子はなかった?」
「そういえば、少し元気がありませんでした」
「私もそうだったと思います。愛ちゃんも気付いてたよね?」
「うん、なんか元気がなくて……」
「それじゃあ、さ」
そこまで言うと市井さんは、言いにくそうに俯いた。
形の良い唇が、ゆっくりと開く。
「自殺じゃ、ないのかな」
自殺!? そんな、まさか!
思ってもみなかった言葉に皆が言葉を失っていると、
「紗耶香、それ、ひどくない?」
安倍さんが怒りを露にした。
- 46 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時02分11秒
「ひどい、ひどくないの問題じゃない。それしか考えられない」
「紗耶香がどう考えるかは勝手だよ。でも、無神経じゃない?あんまりだよ」
「死ぬ直前に口にしたのは、自分で飲んだスポーツドリンクなんでしょ。だったら……」
そこまで言うと、紺ちゃんが席を立った。
ほら、見なよ、そういうこと言うから、という具合に市井さんを睨む安倍さん。
けれど、紺ちゃんはまたすぐに席へと戻ってきた。
手には、何やら一枚の紙切れが握られている。
「すみません。これ、言うの、忘れてました。これがあったから、麻琴、元気が無かったんです」
そういうと紺ちゃんは、安倍さん、中澤さん、飯田さん、保田さんの居るテーブルの上に、紙切れを置いた。
残りのメンバーも紙を覗き込もうと、椅子をそのテーブルに寄せる。
「紺野、何、これ? 気味悪い……」
「麻琴のバッグに入っていた紙です」
「どれどれ、『長い苦しみはもうお終い、これが最初、これで最後。
終焉を望み、許しを乞う。私たちの最期、これで最後』……内容も気色悪いな」
「入ってたってことは、メンバーの誰かが、入れたの?」
「その可能性が高いだろうね」
飯田さんがよもやと思って口にした言葉を、市井さんがすんなりと肯定した。
私もテーブルの上の紙切れを覗いてみる。
変にまっすぐな、下手な字で綴られているのだけがどうにか分かった。
先程の中澤さんが読み上げた言葉を思い返し、必死で意味を探るものの、私には見当もつかない。
すると、『あ』と飯田さんが声を上げた。
- 47 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時03分16秒
「終焉なんて難しい漢字、私たちで知ってるヤツいないんじゃない?」
ようやく見つけた、という風に声を弾ませる飯田さん。
「あ、確かに!」
「じゃ、じゃあうちらは学校で習ってないよね。多分」
「でも紺野は」
「そういえば、前にハロモニで五月蝿いも読めてたよね」
「そんな!」
バンっ!
テーブルを叩く音に思わず身をすくめる。
「漢字なんて、どうにでも調べられるっしょ!?」
明らかに苛立った口調の安倍さん。その表情にいつもの笑顔の面影を感じられない。
「……相手は毒を使って、小川を殺したんだよ。漢字ぐらいどうにでも、する」
ぽつりとそう付け加え、テーブルの上の紙片を睨みつけるように見据えた。
十一人もの人間がここに居るはずなのに、静寂がこの場を支配し始めようとする。
「あ」
梨華ちゃんのアニメ声がやけに場違いに響き、皆一斉にその音の方を向いた。
今はその明るい声がこの嫌な空気を切り裂いてくれるような頼もしさを帯びていた。
「私、気付いちゃいました」
- 48 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時04分02秒
「犯人、わかったの?」
すかさず飯田さんが身を乗り出す。
「いえ、犯人とかはまだ分からないですけど」
「じゃあ、何?」
保田さんが怖いくらい真剣な表情でその続きを促した。
「この漢字、ちょっとおかしくないですか?」
「だから、漢字なんてどうにでもなるって、さっきも!」
「なっち!……石川、続けて」
「はい。あのー、書けないような難しい漢字とかじゃなくてですね。もっと簡単なことなんですけど。
なんだか言ったら怒られそうで怖いなあ」
「いいから!」
中澤さんが諌めて、紙片を梨華ちゃんの前に突き出した。
ちょっと肩をすくめ、怯える仕草をして梨華ちゃんは続きを始めた。
「この一文なんですけど、『私たちの最期、これで最後』ってなんでサイゴっていう言葉なのに違う漢字なのかなあって」
「石川……」
呆れた様子で保田さんが梨華ちゃんを見る。
「あんたねー、最期と最後じゃ意味が違うんだよ。ふたつあんの。何も不思議じゃない」
「! ちょっと待ってください!」
紺ちゃんが泣きそうな顔で叫んだ。
- 49 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時05分03秒
「これは、確かに変なんです。グループとしての娘のラスト。
そういった意味で『終焉』が用いられたとしたならば、『最後』でいいはずなんです」
「?どういうことなの、紺野」
口元に手を置きながら説明を求めるよっすぃー。
私にも紺ちゃんの言おうとしていることがまだ掴めない。
「最期という漢字は、一般的に死に際の意味で使われます。いいですか。これを、この単語を犯人は意図的に用いているんです」
「死に際って……」
私の口から洩れた言葉はそれだけだった。
次々と言葉が頭を通り抜けて、思わず零れてしまっただけだった。
けれども、目の前の紺ちゃんは私を見てこっくりと深く頷いた。
「そうです。これを書いた人は明確な意思を持って、最期という漢字にしたんです。
明確な意思。それは殺意……ではないでしょうか」
「それはさ、書いた人が小川を殺したっていうこと?」
確かめたのは市井さんだった。
この中で一番落ち着いているように見えた。
「私にもはっきりとしたことは……」
紺野ちゃんが言葉を濁し、目を伏せた。
再び訪れる沈黙。
時間がどんどん重みを増して、ずっしりと纏わり付いて来る。
私達は紙の上に踊る文字をただ恨めしく辿るだけしかできなかった。
- 50 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時06分00秒
「もう、やめない?」
飯田さんの一言に、皆がすっと顔を上げた。
奇妙に揃ったその動きに少し驚いたのか、大きな目が更に見開かれる。
(早く、続きを話して)
複数の目線に続きを促され、飯田さんは手を組み直し、話を続けた。
「ねえ、だって、こんなことしたって何になるの?私、もう嫌だよ。こんなの、嫌だ」
眉を顰め、駄々をこねるような口振。
吐き出すようにそれだけ言うと、飯田さんは俯いてしまった。
震える肩に、泣くのを必死で堪えている様が窺える。
「せやな。こんなん、しててもしゃーないな……」
中澤さんが慰めるように言って、そっと紙切れを裏返しにした。
黒い靄の発信地だった紙切れが、白い背中を曝け出し、テーブルの色に溶けていく。
「確かに、今のままじゃ、あやふやな所が多すぎて何とも言えないしね」
続けたのは市井さん。
落ち着き払った物言いに思わずほっとしてしまう。
- 51 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時07分03秒
(これで、誰も疑わなくて済むんだ……)
皆もそう思ったのだろうか、口々にもう終わりにしようと言い出した。
「やっぱりこういうの、警察に任せた方がいいですよね」
「うん、そうだよ。それにまだ殺されたって決まったわけじゃないし」
「この紙が関係してるかどうかっていうのも怪しいよ」
「どうせ、明日の夜には迎え来るんだしね」
ぎこちない笑みを交しながら、終わりにする口実を並び立てていると、
「決まりやな。じゃあ、もうこれでお終いってことで」
中澤さんが結論付けて、パンっと一回手を打った。
場を変える力強いその響きが、どこか懐かしい。
「これから、どうしよっか」
一息吐いて切り出した保田さんに、すかさず安倍さんが返した。
「んー。とりあえず、コレ着替えたいんだけど」
「うわ、あんたら衣装のまんまやん」
- 52 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時07分57秒
中澤さんはがたっと椅子を引いて、今更のように安倍さんの衣装を上下に眺めた。
コントみたいな大袈裟な仕草に、やっと皆の顔が綻ぶ。
「ずっとだってば、裕ちゃん」
「気付かんかったわー。近くで見るとすっごいな」
安倍さんはあの時すぐに着替えを済ませてしまったせいで、一人だけ違う衣装を着ている。
Mr.moonlightのフリフリの衣装。
自分の衣装も良く見てみると、すごく場違いに思える。
黄色いサテン地に、下は太いストライプ。ド派手もいいところだ。
早く着替えてしまいたいという気持ちは私も同じだった。
「あれ?圭織と圭ちゃんはいつのまに着替えたの?」
「さっき上に行ったとき、ついでにね」
言われて二人を見ると、確かに普通の格好をしている。
飯田さんは白いカットソーに黒のスリムジーンズ。
同じくジーンズに緑のオフタートルニットの保田さん。
着替えたことにも気付かなかったが、二人が衣装を着ていたという印象も薄かった。
私には周りを見る余裕すらなかったんだ。
改めてそう気付かされると、自分の着ている衣装が何だか馬鹿らしく思えてくる。
詰るように衣装の端を引っ張ると、それを見ていた保田さんが笑って助け舟を出した。
「すぐ着替えてきなよ。部屋も決めといた方いいし」
「あ、寝てる三人が居るから静かにね」
「うん、わかった。そうするよ」
安倍さんが答えて、各々が荷物を持ち、二階へと移動した。
- 53 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時08分44秒
二階は、一階にもまして本当のホテルのようだった。
ふかふかとした絨毯が敷き詰められた廊下。
正面と左右には木製のドアがずらりと並ぶ。
見ると、それぞれのドアの右には小さなホワイトボードが設置してあった。
階段を上ってすぐのドアには、『辻』と記されてある。
その隣には『飯田』の文字。
「数はあるみたいやし、適当に決めちゃっていいから」
「あ、こうやって名前は書いとこうね」
中澤さんと安倍さんが言い終えると、私達はばらけて部屋に入った。
自然と、年齢順に分かれていったように思う。
私は迷わず『辻』と書かれた隣の部屋に入った。
(これで、ののが夜に目が覚めても気付いてあげられる)
言い訳でもするように、この部屋に居る理由を探した。
ここに居ることで心配が薄まるのは、むしろ私の方だったから。
音を立てないようにドアを閉めて、すぐに荷物を下ろす。
顔を上げると、でんと構えているベッドが目に付いた。
窓側に据えられたそのベッドには、カーテンから零れる夕日が差し込んでいる。
私は意味もなくベッドに駆け寄り、ぼんっと飛び込んでみた。
スプリングの効いた上質なベッドが、ふわりと体を押し返す。
暫く使われていないためか、少しだけ埃っぽい。
肌に触れるベッドは、当たり前のようにひんやりとしていた。
「暖かそうな色、してるのにな……」
呟いて、指で枕のカバーに付いたチャックを弄ってみた。
頭をからっぽにして、体に纏うサテンのつるつるとした感触を楽しむ。
- 54 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時09分33秒
数分程だろうか。
そうやって何をするでもなくベッドで体を休ませると、ようやく重い腰を上げて荷物を解いた。
バッグの中には、ポーチやら漫画やら財布やらがごちゃごちゃに入っている。
私服もあったが、ダンス用のジャージとTシャツが一番に見つかったのでそれに着替えた。
「んー、やっぱこっちのが楽だ」
後に残ったのは脱いだままの黄色い衣装。
ハンガーを探すのも面倒で、しわを伸ばしベッド脇の椅子に掛けて置いた。
(そろそろ下に行かないと)
着替えだけ、ということだからいつまでもこうはしていられない。
私は静かに部屋を出ると、ホワイトボードに『加護』と書いた。
安倍さんの言葉通り、こうでもしないと誰がどこの部屋にいるのか全く分からない。
反対側の隣を見ると、『高橋』の文字が見える。
(隣は、愛ちゃんか)
それだけ確認すると、私は階段に向かっていった。
荷物がないこともあって、下りの足取りは軽い。
すぐに階段を下りて、一階に着いてしまった。
- 55 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時10分29秒
「加護、危ないからちょっと退いてくれる?」
廊下でうろうろしていた私に声を掛けたのは、飯田さん。
両手に湯気の立つマグカップを持っている。
「それ、何ですか?」
「スープ。カップスープの素あったからさ、作ったんだ。そーっと運ばなきゃなんないんだよね、これ」
「運ぶの手伝いますよ」
「うん、じゃ向こうのお願い。ありがとね」
飯田さんは揺れるカップの水面を見詰めながら、ロビーの方へゆっくりと歩いていった。
零してしまわないかハラハラするが、ついて行くわけにもいかない。
とりあえず、私は飯田さんの来た方向へ向かった。
近づくとあまり広くない台所があり、そこに保田さんが居るのが分かる。
「保田さん、お手伝いに来ましたよー」
しゅんしゅんと沸いたやかんの隣で、保田さんはカップスープの素を開けていた。
並べられたカップの数がやけに多い。まあ、この人数だから当たり前か。
「じゃあね、お湯入れるからスプーンでかき回してくれる?ちゃんと溶け残りないようにね」
「スプーン、これ使いますよ」
「うん、それでお願い」
保田さんがお湯を入れた後に、私がくるくるとかき混ぜていく。
立ち上るコーンスープのいい匂いが、食欲をそそる。
スプーンを回す単純作業に夢中になっていると、
「いいものあげる」
保田さんがいつの間にか緩んでいた私の口に何かを入れた。
- 56 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時12分26秒
「な、何ですか、これ?」
「チョコレート。見つけたんだ。美味しいよ?」
にんまり笑って、自分の口にもチョコレートを入れる保田さん。
口を動かして噛んだのを見て、私も真似て噛んでみた。
チョコレートの中から出てきたのはトロリと何か熱い液体。
すこし、ほろ苦い。
「これ、何か変だよ?」
「へへー。ナッツでも入ってると思った?これね、お酒なんだ」
「お酒?え、いいの?食べちゃったよ?」
「こん位なら大丈夫だって。なんかふわーっとして美味しいでしょ?」
「んー、よく分かんないけど、ふわーっとはする」
あれ、お酒だったのか。
どこか暖かくて、いい香りがするチョコレート。
美味しいかどうかまでは分からなかった。
飲み込んでしまった今でも、ふわっと熱さが残る。
保田さんは私の反応に満足したのか、包み紙を丸めながら話を続けた。
「チョコレート、これしか見つかんなかったんだよね」
「え?」
「ほら、甘いモノ食べると落ち着くって言うじゃん」
「それ、聞いたことある」
「でしょ?じゃあ、これ。皆には内緒、ね」
そう言うと、紙に包まれたチョコレートを二粒渡してくれた。
- 57 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時13分16秒
「一つは、辻にあげること。いい?」
唇に人差し指を当てながら、優しく微笑む保田さん。
やっとその意図が分かったような気がする。
保田さんは知ってたんだ。
私がののに何かしてあげたいって思っていたこと。
「うん、分かったよ。ありがとう、お・ば・ちゃん」
わざとらしい言い方をして、私はいたずらっぽく笑ってみせた。
照れ隠しだと分かっちゃうんだろうな、保田さんには。
「加護!無駄口叩かないの。ほら、出来たら運ぶよ」
「はーい」
返事をして、大事なチョコレートをポケットにしまい込む。
(夜にでも、ののに渡そう。絶対、喜んでくれる)
私は残りのカップを手早くかき混ぜた。
これで全て完成だ。
やがて戻ってきた飯田さんが途中で少し零したというのを聞いて、
私達は二つのトレイを使って、残りのカップを運ぶことにした。
- 58 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時14分43秒
「あ、それで全部?」
「うん、ちゃんと足りるはず」
トレイで運んだカップを、ひとまず近くのテーブルに全て置く。
先に飯田さんが運んだ二つを除いた、九つのカップがずらりと並んだ。
「一応皆に渡すけど、無理して飲まなくてもいいからね」
保田さんはそう付け加えて、席に着いているメンバーにカップを回していった。
私と飯田さんも、同じようにしてカップを渡す。
(静かだな……)
(いつも皆で何か食べたりする時は、うるさいって怒られる位なのに……)
ロビーには、中澤さんと休んでいる三人を除いた全員が揃っている。
それなのに、皆が俯いて視線を合わそうともしない。
特に里沙ちゃんは顔色も悪く、私が目の前にカップを置いた時も辛そうだった。
「これでよし、と」
「うん、全部オッケー」
私達がカップを渡し終えてしまっても、誰も手を付けようとはしない。
湯気だけがふらふら立ち上り、時の流れを刻む奇妙な風景。
三人で顔を見合わせていると、丁度タイミング良く中澤さんが現れた。
- 59 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時16分00秒
「お。皆、揃ってるんやな」
「裕ちゃん」
「三人の様子を見てきた。よう眠ってたで」
「そう……」
飯田さんも保田さんも、気に掛かっていたことは同じだったのだろう。
その一言に、ほっと胸を撫で下ろした。
「スープ、これ飲んでいいの?」
「うん、もちろんだよ」
私達が席に着いてカップを手にし始めると、どうにか皆もそれに続いてくれた。
続く沈黙に、相変わらずの重い空気。
ふうっとスープに息を吹きかけると、温かい湯気が顔を包んだ。
その優しい感触に、思わず泣いてしまいそうになる。
スープの温かさでさえ、今の私達には疲れを認識させる代物でしかなかった。
「ずっと気になってたんだけど」
一口だけ飲むと、すぐに話を切り出したのは安倍さん。
カップを両手に包んで、俯いている。
「何で、裕ちゃんたち二人が居たの?」
ワゴンの前に当然のように立っていた二人。
私達だって何の疑問を持たないわけではなかった。
安倍さんの質問に、全員が面を上げる。
- 60 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時17分19秒
「うん、気になってるやろなって思ってた」
カップから口を離して、中澤さんは市井さんの方を向いた。
視線を合わせた市井さんが、静かに首を横に振る。
「今話しときたいことやけど、全員が揃ってへんし……。明日、話すわ」
それだけ言うと、中澤さんは逃げるようにカップに口を付けた。
「話しにくいこと、か。 じゃあ、明日聞かせてもらうけど」
返事に不満なのか、やや早口に安倍さんが言う。
一連の様子を見ていた保田さんは、場を収めるように、
「せっかく作ったんだし、冷めない内に飲んじゃおうよ。ね?」
と皆を促した。
保田さんの言葉に、私もようやくカップに口を付ける。
飲み込んだスープは舌の上を確かに通り過ぎたはずなのに、味がしなかった。
(かき混ぜるの、足りなかったのかな……)
ぼんやりと、どうでもいいことを思い浮かべた。
胃に流れ込んだ液体が染み込んでいくのと同時に、疲れが湧き上がってくる。
そんな感覚を覚え、声を出さずに一つだけ小さなため息を吐いた。
包み込むように持った手の中のカップが、少し熱い。
息苦しい空間ではっきりと存在を主張するその熱さを、私は大事に握り締めていた。
- 61 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時18分16秒
----------<<吉澤>>----------
「すみません、あの、もう休んでいいですか?」
残ったスープも冷めかけた頃、そう言って新垣が手を挙げた。
声こそはっきりしているものの、顔色が相当に悪い。
すぐに紺野と圭ちゃんに付き添われ、部屋へと戻されていった。
「皆も疲れてるやろ。 早めに休んだ方がええんちゃう?」
三人を目で追っていた皆を見て、中澤さんが促す。
その言葉を待ち侘びていたように、私達は次々に席を立った。
後に残ったのは、中澤さん、安倍さん、飯田さん、圭ちゃんの四人だけだったと思う。
お酒を見つけたから飲もう、ということらしかった。
でもきっとそれは口実で、何かしらの話し合いが為されるのだろう。
あのまま気まずい雰囲気の中には居たくなかったこともあって、
私は逃げるようにして部屋へ駆け込んだ。
ドアを閉めて、ひとまず深呼吸をしてみる。
(なんだか、疲れちゃったなぁ……)
コンサートの声援、中澤さんの先程の台詞、小川のニュース。
様々な声が、次々に頭の中に浮かんでは響いて離れない。
ふと顔を上げると、窓から見える景色に、闇が徐々に濃さを増していた。
いつもなら、夕食でも食べている時間だろうか。
スープ半分がやっとで、とても食事がしたいという気分ではなかった。
今日はもう、このまま寝てしまった方がいいのかもしれない。
明日になれば、少なくともこの閉塞感からは抜け出せるんだから。
私は根拠のない憶測で自分を慰め、パチリと頬を軽く叩いた。
「よし、そうと決まればさっさとシャワーでも浴びますか」
- 62 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時19分25秒
服を脱いで、裸になって。
ユニットバスのカーテンを閉めて、蛇口を捻った。
やがて、温かいシャワーがざあっと体に降り注ぐ。
頭よりも少し高い所にあるシャワーを、私は暫くそのままにして置いた。
(流れていってしまえばいいのに。嫌なこと全部、ぜんぶ……)
そんなことを考えながら、私は頭と体を洗う作業を黙々と進めた。
最後に再度、清めるように真水で体を流してバスタイムは終了。
後ろを向いて、棚に置かれたバスタオルを取った。
備え付けのそのバスタオルは、新品なのか、やけにビシッと固い。
渋々、それで体の水分を取ってしまうと、私はすぐにバスルームを出て元の服に着替えた。
「少しはすっきりした、かな……」
ベッド脇の椅子に腰掛け、鏡越しの自分に呟いてみる。
見ると、肩に掛けたタオルに、髪を伝って水滴がぽたぽた落ちていた。
(何だ、全然拭けてないじゃんか)
もう一度丁寧にタオルで拭いていると、トントンと控えめなノックの音。
内鍵も閉めていない、ドアは開いているはずだ。
確認して、私は声を上げる。
「どうぞー、入っちゃっていいよ」
「よっすぃー、今いいかな」
そう言って、ドアから顔を覗かせたのは、梨華ちゃんだった。
- 63 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時20分29秒
「いいけど、どうしたの?」
「うん、ちょっとメイク落とし貸してもらおっかなって」
「持ってなかったっけ?自分の」
「本当なら今日もあのホテルに泊まるはずだったんだよね。だからてっきり」
忘れてきちゃったんだ、と付け加える梨華ちゃんは妙に早口だ。
どこか、様子がおかしい。
「梨華ちゃん?」
目を合わせようともせず、梨華ちゃんはこちらへやってくる。
私は気付かない振りをして、鏡に向かい、ただ髪を拭いた。
「あ、これ?借りるね」
目の前の台にあるポーチを見つけると、梨華ちゃんはポーチに手を伸ばした。
私の頭の上で、目的の品物をごそごそと探り始める。
「ふうん、よっすぃーってオイル派なんだ。私はクレンジングミルク派なんだけど」
ボトルだけ取り出して、すぐにポーチを元に戻す。
その声が、どこか震えている。
どうも意図が掴めない歯痒い会話に、私はいい加減痺れを切らしてしまった。
「梨華ちゃんってば!」
大声を出して、ボトルを握ったままの梨華ちゃんの腕を掴む。
立ち上がり、その表情を見ると、口をへの字に結んで、涙を堪えているのが分かった。
- 64 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時21分41秒
「……ごめん」
どちらともなく、互いに同じ言葉がついて出る。
慌てて私は梨華ちゃんをベッドに座らせ、自分もその横に座った。
「どうしたの?梨華ちゃん」
「うん。ごめんね。なんか辛くって、小川のことを考えると……」
梨華ちゃんの目から、涙が一粒だけ零れ落ちた。
そう言えば梨華ちゃんは小川の教育係だったっけ……。
先輩気取りで教える梨華ちゃんを、圭ちゃんと一緒にからかった覚えがある。
(人一倍、辛かったよね、梨華ちゃん……)
自分のことに精一杯で、梨華ちゃんのことを思いやれなかった。
悔しいけれど、私はその程度の度量しか持ち合わせていない。
ごめんね、本当にごめん。
心の中でごめんを繰り返していると、梨華ちゃんが頬の涙を拭って話を続けた。
「小川が死んだのに、皆逃げるようにこんな所にいて。内心、皆、迷惑だって思ってる」
途切れ途切れに、言葉を紡ぐ梨華ちゃん。
「そんなことないよ。皆だってきっと辛い。悲しいよ?」
「悲しい、も確かにあると思うけど。けど……」
梨華ちゃんの言いたいことも分からないではなかった。
小川が死んで、『モーニング娘。』はどうなっちゃうんだろう。
誰もが頭の中にそんな心配を思い描いたはずだから。
- 65 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時22分28秒
「小川ってさ」
「え?」
突如、私が切り出した言葉に、梨華ちゃんがきょとんとしてこちらを向いた。
「ほら、Mr.moonlightの踊りで私とペアだったっていうか。組んでやってたじゃんか」
「うん、そうだったね……」
「あの時のさー、顔が浮かんでくるんだ。もうこれ以上小川のこと考えたことってないなっていうくらい」
言って、笑って見せた。
新メンバーとして入ってきた小川とのダンスレッスン。
交した会話までは思い出せないが、その時はいつも二人笑っていたように思う。
角度のついた眉の割に、笑うと一変に人懐こい表情になる小川。
もっと、もっと、仲良くなれたかもしれないのに。
「私も。なんだか、懐かしいなぁ」
今度は、梨華ちゃんがゆっくりと微笑んだ。
一年も経っていないというのに、懐かしいなんて普通は変なのかもしれない。
けれど、私達には密度の濃すぎる時間が流れている。
こうやって、思い返す時間すらままなかった程に。
「一杯、頑張ってた」
「うん」
「なんか、部活の後輩って感じだったな」
「あはは。言えてるかも」
独り言のような会話を、私達は続けた。
二人で小川のことを話すことが、唯一の慰めに思えてならなかった。
- 66 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時23分43秒
「次、だったんだよね」
「え?」
「Mr.moonlight。初めてのロックコンサートが終わったらそれだったでしょ?」
「そう、だったね……」
そんなこと忘れてた、と梨華ちゃん。
確かに、私もついさっきまでコンサートどころじゃなかった。
Mr.moonlight。
すうっと息を吸い込んで、頭の中のBGMに合わせて声を出してみる。
「おお、心が痛むというのかい?」
大袈裟な口調に、差し出された手。
それらに照れるように微笑む小川は、もういない。
梨華ちゃんは突然始まったMr.moonlightに驚きながらも、すかさず、
「う〜ん、ベイベー それは恋、恋煩いさ」
と続けて、こちらを向いた。
私のモノマネのつもりなのだろう。
精一杯、男前に作って見せた表情はどこか滑稽だった。
「梨華ちゃんが言うと、何か変」
「えー?もう、ひどいなー」
顔を見合わせて、二人で笑い声を上げる。
まるで涙を零す代わりにみたいに、私達は笑った。
声に乗せて、心の中に溜めていた黒いモノが空気中に散らばっていく。
一頻り笑い終え、訪れた沈黙はどこか暖かだった。
- 67 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時24分36秒
「今日はなんか、疲れちゃった」
「じゃあ、私、部屋に戻るね」
「うん、おやすみ」
ボトルをちゃんと忘れずに持ち、梨華ちゃんがドアへと向かう。
私はそれを黙って見守った。
「おやすみ、よっすぃー」
最後に笑顔を見せて、梨華ちゃんは帰っていった。
バタンと閉じたドアの音が、今日の終わりをそっと告げる。
(さあ、もう寝ちゃおう……)
私はベッドに体を滑り込ませ、窓を見上げた。
膨らんだカーテンに区切られた歪な四角の風景。
辺りの山間に広がる闇に、月が柔らかな明かりを溶け込ませている。
「まさにMr.moonlight、なんちゃって……」
ぼそりと呟いて、カーテンを閉めた。
枕元の電気のスイッチも切って、目を瞑る。
閉じた視界にも、やがてさっきの窓から見えた暖かい黒が広がっていく。
枕に濡れた髪の感触を感じながら、私は疲れた体をその闇に明渡した。
- 68 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時25分59秒
----------<<高橋>>----------
(……嫌だ、嫌だよ……逃げなきゃ、もっと速く走らなきゃ!)
(……どこ?ここ、どこ?真っ暗だ。誰も、いないの?)
(……一人は怖いよ。暗いの嫌だよ……やだ、いやだ……)
「やだってばぁーっ!」
朝起きての第一声。
思いのほか大きく発された声に驚いて、私はぱちりと目を開けた。
顔の上には枕が乗っかっている。
(夢? あれは、夢か……)
それにしても、一体私はどんな寝方をしたのだろうか。
枕が目隠しになっていれば、あんな夢も見るはずだ。
欠伸をしながら枕を除けて、顔に掛かる髪を払った。
カーテンから零れる光で、起きたばかりの頭でも朝だということがどうにか分かる。
(朝、いつもと同じ、朝だ……)
カーテンを開いて、ひとしきり伸びをする。
一瞬だけ、ここは昨日までのホテルだと思い、目に飛び込んだ景色に目の覚める思いがした。
やっぱり、昨日のことは本当だったんだ。
晴れ渡り澄んだ空までもが、恨めしい。
「麻琴」
誰に聞かせるでもなく、私はその名前を口に出してみた。
昨日あれだけ泣いたというのに、またじわりと目頭が熱くなる。
- 69 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時27分13秒
「もう、やだなぁ……起きたばっかなのに」
泣いてばかりいられない。
私はパジャマの袖で、無造作に顔を拭った。
それから顔を洗おうとバスルームに近づくと、廊下から話し声が聞こえてきた。
「おはよー」
「おはよう」
「早いじゃんか」
「そっちこそ」
誰の声かまでは分からないが、他愛もない朝の挨拶だった。
なんだ、私以外にも起きている人いるんだ。
(里沙は起きてるかな……)
具合が悪そうだった里沙。昨日のあの状態は不安だった。
(もし、寝ていたらそのままにしよう。確認だけ)
思い立って、私は隣の里沙の部屋へ行くことにした。
当たり前だが、ドアには鍵が掛かっていない。
音を立てないようにして、そっと開ける。
「里沙?」
電気の点いていない部屋に、カーテンの隙間から一筋の光が差し込んでいる。
私はどんどん奥へと進んだ。
部屋の構造はほとんど同じ、奥のベッドへと向かう。
- 70 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時28分31秒
やがて、逆光で見えなかった黒い影のようなものが見えてきた
あれは、なんだろう。
ゆっくり目を細めると、それは人だった。
後ろ向きにベッドの上で膝立ちしている。
だらりと腕がぶら下がっていて、チェック柄のパジャマを着ている。
あんなパジャマを、持っていただろうか。
それに、里沙なら、もっと髪が長いはずだ。
(じゃあ、あれは、誰?)
「里沙?」
声を掛けてみるが、やはり反応はなかった。
後ろ向きのその人物を確かめるだけなのに、何故か嫌な予感がして堪らない。
近づいて、肩に手を掛けてみる。
その感触は、まるで人形みたいに硬かった。
(なにこれ……)
(触っちゃいけない。これは危ない。嫌だ。逃げたい)
頭の中でいくら拒否しても、置いた手はぴくりとも動きはしない。
次第に、私の息が荒くなってくる。
(もしかして、これって……)
最悪の事態が頭に過り、恐怖に手を勢いよく離した時だった。
反動でゆらりとこちら側へ、そのモノが倒れてきた。
朝日に照らされる格好になり、姿が私の目に飛び込んでくる。
間違いなく、それは加護ちゃんの形をしていた。
- 71 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時30分00秒
(加護ちゃんが、死んでる?なんで、どうして)
口に触れていた指先をふいに噛んでみた。
痛い。ぎりりとした痛みの先にも、加護ちゃんらしきモノが見える。
どこか夢から覚めていないのではないか、という一縷の望みはすぐに絶たれた。
ピクリとも動きはしない目の前の物体。
髪を下ろしてはいるが、加護ちゃんだということは一目で分かった。
まじまじと記憶の中の『加護亜依』の形を辿る。
と、瞬間、加護ちゃんと目が合った。
濁った目が、光に反射してきらりと光る。
私が映るはずもないビー玉の瞳。
その目を縁取るように、顔に髪がかかっている。
重力に耐え切れなくなったのか、髪がはらりとこぼれ落ち、加護ちゃんの口元が見えた。
薄く開いた口元から白い歯が覗く。
加護ちゃんが私を向いて、歪んだ笑みを浮かべているように見える。
血の気のない唇が、今にも動き出しそうだ。
(愛ちゃん)
「きゃあぁぁーーーっ!」
ありったけの声で私は叫んだ。
喉を傷める発声法だったが、それで構わなかった。
私の見たこと全てを切り裂いてしまいたい。
朝の夢が悲鳴で終わったように、これも全部ウソだったらいいのに。
全身の震えが止まらない。今更のように恐怖が体を駆け巡る。
それでもどうにか体をドアの方へ向け、這ってこの場から逃げようとした。
廊下からみんなの駆けつける足音が聞こえる。
- 72 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時30分57秒
「今、悲鳴が聞こえたよね?」
「向こうからだ」
「誰の声? 何なんだろう、こんな朝早く」
遠くから聞こえる小さな声。誰でもいい。早く来て欲しい。
這ったその後ろから、加護ちゃんが追いかけてくる気がして怖かった。
ドアを閉める音やら、走る音が随分遠くに感じられる。
その音を掻き消すようにして、近づいてくる音がした。
「愛ちゃん!」
あさ美だった。
そうか、ここは里沙の部屋だ。隣はあさ美だ。すぐ駆けつけるはずだ。
ドア付近にまで進んでいた私は、あさ美に夢中で縋り付く。
痛いくらいに強くあさ美の腕を掴んだ。
柔らかな暖かさに、荒い息が少しだけ落ち着く。
「里沙に何かあった、の?」
私の様子を見て、あさ美の声までもが弱々しくなった。
(違う、あれは里沙なんかじゃない。あれは、加護ちゃんなんだよ。加護ちゃん、死んでるんだよ!)
言おうと思い、口を動かすが声にならなかった。
ただパクパクと口を開閉させるだけが精一杯。
私はそれを指差して伝えることにした。
ぎゅっと唇を一文字に結んで、あさ美は向こうを見詰めた。
震える指先の方向へと、ゆっくり歩を進めていく。
そろりそろり進むあさ美の後ろ姿を、私は何かの映像のように眺めていた。
- 73 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時32分02秒
「ひっ……!」
腰を抜かし、その場にへたり込むあさ美。
やっぱり、やっぱり嘘なんかじゃないんだ。加護ちゃんは死んでるんだ。
何故か、唇だけが笑うようにかたがた動く。
「高橋!」
「どうしたの!? 何かあった?」
やって来たのは飯田さんに、保田さん。その後ろに矢口さんと市井さん、後藤さん。
私とあさ美の様子を見て、顔を見合わせている。
入り口から身を乗り出して、飯田さん、保田さんの二人が部屋へと足を踏み入れた。
飯田さんが私の前をすり抜けて、奥へと進んでいく。一歩遅れて、保田さんがその後を追った。
「新垣?」
ベッド脇のあさ美は、近づいてくる二人に見向きもしない。
私も誰を見るというわけではなく、ただこの光景を辿るだけがやっとだ。
「きゃああっ!加護!?」
「加護が、加護が、死んでるっ!!」
悲鳴を上げ、互いに抱き合う二人。
私だって、ここで加護ちゃんが死んでいるのを見つけるなんて、思ってなかった。
保田さんが叫んだ事実に、ドアの向こうの三人がはっと息を呑むのが分かる。
「いやああぁーーっ!」
この部屋以外から発せられた悲鳴。
廊下からだ。そしてこれは、辻ちゃんの声。
- 74 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時33分31秒
飯田さんも保田さんもその声にぴくりと反応し、廊下の方に顔を向ける。
けれども、走って駆けつけることはできない。
市井さんが仕方が無い、という風に去っていった。
その後に続く後藤さん。
矢口さんはそんな二人を気にするでもなく、呆然とこちらの様子を見ていた。
「なんで、なんで……?」
それだけの繰り返しながら、ひたりひたりと奥へ進んでいく。
周囲の震えるみんなに目を向けず、加護ちゃんのもとを目指す矢口さん。
ベッドを覗き込むように体を前に倒すと、当然のようにそれに手を延ばした。
「冷たい」
涙交じりに、一言。
泣き喚く人は誰一人もいないが、この部屋にいる全員が静かな悲鳴を上げている。
- 75 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時34分09秒
ゆらりとドア口に人の影。
見上げると、安倍さんがそこにいた。
「どう、なってるの?」
部屋の奥だけをじっと見詰める安倍さん。
瞬きも忘れたその瞳には涙が溜まっている。
こちらを見ていた安倍さんは、加護ちゃんが死んだことを察したのだと思う。
「向こうは……?」
矢口さんがどうにかそれだけ聞いた。
辻ちゃんの悲鳴。あれは一体なんだったのか。
この質問にも、安倍さんの様子は変わらなかった。
「加護の部屋で新垣が、死んでた。 それを、辻が見つけたみたいで……」
一言一言を確認するように、安倍さんの唇が動く。
真っ先にその台詞が示す事の重大さに気付いたあさ美が、小さな悲鳴を上げて顔を手で覆った。
- 76 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時35分05秒
「新垣もなの?新垣も、死んでたっていうの……?」
保田さんがふらりと立ち上がった。睨むようにドアの人物を見据える。
その視線を受けてもたじろがない安倍さん。
(これは嘘なんかじゃないんだ。里沙も、里沙も……!)
私は呆気に取られている皆を背に駆け出した。
自分の部屋の反対側の隣。加護ちゃんの部屋は思いの外近くにあった。
開けられたドアの向こうから泣き声が漏れ聞こえてくる。
私は恐る恐る中を覗き込んだ。
(里沙!)
朝日が明るさを増したその光景に、里沙はいた。
二つに結った髪が蛇のように床を這っている。
うつ伏せに倒れた里沙の周囲には中澤さんと市井さん。
後藤さんは目を伏せ壁際に立ち尽くしていた。
この部屋一杯に鳴り響く泣き声の主は辻ちゃんだった。
辻ちゃんは石川さんにしがみ付いて泣き喚いている。
どこかパニック状態で必死に辻ちゃんを抱きしめる石川さん。
ドア付近のその二人を通り過ぎて、私は奥へと進んだ。
里沙はベッド近くの床に倒れていた。
足元に里沙の頭部があるのがなんか不思議で仕方が無かった。
崩れるようにその場にしゃがみ込んで、里沙の頬を撫でてみる。
血の気の引いた顔は苦しげな表情を作ったままで、ぴくりとも動きはしない。
- 77 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時35分53秒
「里沙」
呼びかけにも反応はなかった。
見ると、うつ伏せになった顔の周りの絨毯に大きな染みができていた。
影の部分だが、一段と濃いのですぐ分かる。
伸ばした手の周りにも染みは広がっていた。これは一体?
「それ、血じゃないから」
染みに手を伸ばしかけた私に、市井さんが声を掛ける。
その声に私は思わず顔を上げた。
市井さんは手にレシートくらいの大きさの紙を持っていた。
中澤さんがそれを難しい顔で覗き込んでいる。
「じゃあ、この染みは?」
私も市井さんの手元に視線をやりながら、問い掛けた。
「水か、何かの液体っぽい感じだね。ところで高橋、この字誰のか分かる?」
「え?」
渡された紙に目を通す。水に滲んだ小さな字だったが、どうにか読めた。
独特のこの字には見覚えがあった。里沙の字だ。
癖のある字体はそう易々と真似できるものではない。
- 78 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時36分38秒
「これは、里沙の字、です……」
私は意味もわからずにそう答え、紙を返した。
市井さんも中澤さんも私の返事に何故かやっぱりそうか、という顔をする。
「あの、それは一体?」
たまらず、二人に問い掛けた。市井さんが目を伏せて、言いにくそうに口を開く。
「私達が来た時、そこに新垣の手があったの。それで、この紙握ってたんだ」
「紙を取ろうとして手を退けたんやけど、水でふやけて途中で破れててな。今のが後ろの部分や」
中澤さんの声は震えていた。
里沙が握っていた紙に、里沙の字。
それってどういうこと?書かれていた文面は何だった?
考えようとするのに、頭が機能することを拒む。
(二人は死んだ。入れ違いで死んでた)
ぐるぐるとその事実だけが電光掲示板のごとく頭を駆け巡る。
どうしようもなくただ固くなってしまった里沙を眺めていると、
「さっき、保田さんの声がした。あいぼんも、あいぼんも死んだって……」
泣き声交じりに辻ちゃんが叫んだ。
守るようにして石川さんが強く辻ちゃんを抱きしめる。
誰も辻ちゃんの叫びに何も言おうとはしない。
その泣き声の中、私は俯いて唇を噛み締めていた。
- 79 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時37分47秒
「何だよ、これ……」
矢口さんの声がドアの方から聞こえた。
そちらに目をやると、向こうに居たメンバーもドア越しに里沙を見ていた。
固まるメンバーをよそに、矢口さんだけは里沙の死を確認しようとこちらへ歩いてくる。
「矢口!」
覚束ない足取りに中澤さんが手を差し出した。
ちょうど私の隣の、里沙の体がよく見える所で矢口さんは中澤さんの手をしかと掴んだ。
「どうなってんの?おかしいよ。こんなの、おかしいって」
派手なネイルが施された矢口さんの手が、ぶるぶる震えている。
辛そうな表情でただその手を握り返す中澤さん。
「ねえ、裕ちゃん。救急車でも警察でも呼ぼう?うちらじゃ、こんなのどうしようもないよ」
「それはできひん」
「なんで!」
「忘れたんか?ここには一切の連絡手段がないんやで。何のためにここに来たと思ってんねん」
「そんなの言ってる場合じゃ……!」
「じゃあ一体どうするつもりや、矢口。歩いてこの山道下って、警察呼びに行くんか?」
「それは……」
「落ち着いて考えれば分かるやろ。今日の夜に来る迎えを待つしかないんや」
- 80 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時38分43秒
矢口さんはそれきり言い返せなかった。
痛々しげな表情で答える中澤さん。
きっと心中は矢口さんと同じなのだと思う。
「待つしか……、待つしかできないの?」
ドアに居た飯田さんがぼそりと呟いた。
誰に向けてでもない問いかけに中澤さんが答える。
「うちら、こんな仕事してるんやで。人が死んだからそれ辞めますなんて、無理や」
「やっぱ、待つしかないんだね……」
朝日が照らす飯田さんの表情はどうしようもなく暗かった。
これからこのまま夜まで待つなんて、考えただけでも辛い。
それでも私達には中澤さんの言う通り、待つだけしかできないのだろう。
死んだのは、「モーニング娘。」の加護亜依と新垣里沙なのだから。
麻琴とこの二人と……。モーニング娘。から三人も死んだんだ。
(何、考えているんだろ)
里沙や麻琴や加護ちゃんが死んだってことは、メンバーが減るってだけじゃないのに。
もう二度と喋ったり、歌ったり、踊ったりできないのに。
バカみたいだ。
私が死んだって、みんなそう思うのか。
(モーニング娘。がまた減ったみたいだって、そう思うのかな)
(昨日のニュースで伝えられたのが、私の死だとしてもさして変わらないんだろうな)
この狭い部屋にずらりと揃えられた私達が何故か、とても悲しく思えた。
- 81 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時39分52秒
----------<<辻>>----------
「ここに皆で居ても始まらへん。一旦下に集まることにしよう」
俯く矢口さんの肩を抱いて、中澤さんが話を切り出す。
その声に返事をしようとする人は誰もいなかった。
(なんか収録の時の雰囲気に似てるなぁ……)
ハロモニのコントとかやってる時の、次のセリフを待ってる時。
それに凄く似ている感じだと思った。次は誰が喋らなくちゃいけないんだっけ?
困るなあ、次のセリフがないとみんな先に進めないんだよね。
梨華ちゃんは私の頭をずっと撫でてくれてる。
その腕の下で、私は次に発せられる声を待った。
「……分かりました。着替えてからでいいですか」
愛ちゃんの声だった。服の擦れる音が後に続く。
どうやら立ち上がったみたい。
撫でる動作を止めた梨華ちゃんの腕を除けて、音の方を見上げた。
「ええで。他の皆も、準備出来たらロビーに集まるってことで頼むわ」
「うん、じゃあ、そうするけど……」
保田さんの返事と同時に、矢口さんが走って部屋を飛び出して行った。
ドアの付近の安倍さん達とぶつかったことに謝りもせずに。
「泣いてた、矢口さん」
梨華ちゃんが、ぼそっとそれだけ言った。
- 82 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時40分59秒
「無理やと思うけど、落ち着いて欲しい。とにかく落ち着くんや」
怖い顔で私達を睨む中澤さん。「落ち着け」とそれだけをずっと繰り返す。
右手を握り締め、まるで自分に言い聞かせてるような口振だった。
中澤さんの指示を理解した皆は、ロボットみたいに無表情のまま自分の部屋へ帰って行く。
そろりそろり。
幽霊が歩くみたいに私はゆっくり歩いた。
梨華ちゃんもその横にいて、手を繋いで同じ速度で動いた。
けど、私の部屋はあいぼんの隣。
すぐに自分の部屋に戻れてしまう。
「じゃあ……、またね、のの」
「うん」
ばたんと扉を閉めると、朝起きたまんまの平和なベッドがそこにあった。
絨毯も朝日に照らされて、とても明るい色をしている。
「さっきのが、嘘みたいだ……」
白い壁一枚向こうが、さっきまで居た空間だとはとても思えない。
こんなに近かったんだ。
きっとあそこで、新垣ちゃんは誰かに殺されたっていうのに。
私はそれに気付きもしないで、朝までグースカ寝てたんだ。バカみたい。
昨日あの事件の後、私は何してた?
ただ泣いて、眠ってただけじゃんか。
悲しいのは皆同じなのに、自分のことだけで精一杯だった。
こんな風になるなんて少しも思ってなくて、ただマコっちゃんが死んだのが嫌で悲しくて。
あの時はそれで一杯で。
- 83 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時42分07秒
だって普通思わないよ。あいぼんも、新垣ちゃんも、死ぬ、なんてさ。
なんで、なんで、こんなに死んじゃうの?
分かんないよ、夢じゃないの? 変だよ、おかしいもん、こんなの……!!
「バカじゃないっ!」
脱いだパジャマを壁に思いっきり投げつけた。
軽い衣服は大した衝撃も与えずに、そのままずるりと床に落ちる。
「ばかぁ……」
白い壁の下隅に溜まっている赤のチェックのパジャマ。
陽の当たらない影に在る赤は、まるで血みたいに見えた。
(……ロビーに行かなきゃ、だ)
中澤さんの指示が頭を過ぎる。そうだ、私には「これから」があるんだった。
なんだか、面倒臭いや……。
私は起きたばかりだというのに、疲れてしまっていた。
けど、そうも言ってられそうにないということも分かっていた。
「もう、みんな集まってるかもだよ」
投げ捨てたパジャマを仕方なく拾って、綺麗に畳んでやる。
そしてすぐにバッグにしまった。
バッグの中にある服の中から適当に着替えて、下ろしたまんまの髪を後ろに一つに結う。
歯も顔もささっと綺麗にしちゃって身支度を終わらせると、慌てて階段を駆け下りた。
- 84 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時43分01秒
ロビーには既にほとんどの人が集まっていた。
みんな、やって来た私に目を向ける。
けど誰も辻、遅いよって言ってくれない。
皆が囲むテーブルの上にもお菓子なんて用意はされてないし、飲み物もない。
「これで、全員かな?」
安倍さんが皆の顔を見渡して確認した。
けれども、明らかに「いつも」に比べて足りないのでこれが今いる「全員」なのかは分からないようだった。
「あとは誰がおる?」
「えっと……、あ、よっすぃーがいない」
「吉澤がいない? まだ寝てんの?」
「よっすぃー、起きてますよ」
梨華ちゃんが強い口調で言った。
確かに、よっすぃーはまだここには来てないみたいだけど。
飯田さんの隣りに席を下ろして、私も来ているメンバーの顔を見渡した。
「じゃあ、吉澤、ここに集まるっていうの知らないのかな?」
問い掛けた市井さんに、梨華ちゃんは「さあ」と頭を振る。
- 85 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時44分07秒
「まあ、ええ。起きてるならその内降りてくるやろ。ここらで話始めることにするわ」
パン、と中澤さんが手を打つと、皆が顔を上げた。
ペンのキャップを外してノートを開いたのは市井さん。
(書記係、なのかな? あれ、これって会議?)
ぼんやりそんなことを考えてる私をよそに、中澤さんは話を始めた。
「加護と新垣のことやけど。 皆も知ってるように二人は、死んでた。朝、見つけた時には死んでたんや」
『死んでた』って響きがぞくりと私達の体温を奪う。
中澤さんが辛そうに喋っているのは、それが事実だから。
嘘だと信じていたい気持ちすら、見る見るうちに小さくなって消えていく。
「最初に、高橋が、新垣の部屋で、加護を発見した。せやな?」
「はい……」
確認するように、一言一言を区切って話す中澤さん。
新垣ちゃんの部屋で、あいぼんは死んでた。それを見つけたのは愛ちゃん。
そうだ。最初はそうだったっけ……。
「次に、辻が、加護の部屋で新垣を見つけた、と。辻はなんで加護のとこに行ったんや?」
「愛ちゃんの悲鳴が聞こえて。皆がばたばたしてたから、それであいぼんも起こそうと思って」
朝の出来事を順に思い出していた私は、冷静に答えることができた。
その後のことは、実はぼんやりとしか答えられない。
それを察してか中澤さんは続きを促すことをしなかった。
- 86 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時44分58秒
「そっか。二人ともごめんな」
『言い辛いことを話させてごめんね』ということなのだろう。
中澤さんだって、こんな話したくないはずなのに。
「それにしても、遅いね。よっすぃー」
ひとまず切りがついた所で安倍さんが話を振った。
二階に一人でいるはずのよっすぃー。
起きているにしては、少しも物音がしない。
「ちょっと石川、呼びに行って来てくれる?」
「あ、はい」
中澤さんも変だと思ったのか、梨華ちゃんを呼びに行かせた。
ばたばたと階段を上っていく梨華ちゃんの足音がやけに響く。
なんでこんなに静かなんだろう。
みんながいるのに、静かでいると不安になっちゃうよ。
私は一人一人の顔を窺った。
また誰かが次のセリフを言うのを待っていたのだ。
「こんな風に話して、なにかなるのかな……」
「圭織」
隣りに居た飯田さんがぼそりと呟いた。
独り言のような小さな声だったが、沈黙の中、きちんと全員に伝わるだけの声だった。
- 87 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時46分08秒
「だって。 だってさ、私達には分からないじゃない」
「分からないって?」
「その、死んだ時間とか、死因ってやつがさ。 話し合うたって何を話すのよ!」
「ちょっと落ち着きなってば、圭織」
どうやら飯田さんは色々考えていたらしく、喋っていく内にヒートアップしてしまったようだった。
保田さんが制すと、小さくごめんと謝って、額に手をやり目を伏せた。
「圭織の言いたいことも分かる気がするんだ。確かにさ、このまま闇雲に話し合ってても気が滅入るだけっていうか」
「いや、この話し合いは続けなくちゃだめだよ」
飯田さんのフォローをしようとした保田さんを、今度は市井さんが制した。
「まだ話し合う余地のあることは、たくさんある」
それだけ強く言い放つと、市井さんはまたノートに何か書き込み始めた。
「とにかく」
軽くテーブルの表面を叩いて、中澤さんが「注目」の合図をかけた。
「やらんよりやってみた方がいい。 どうせ、やることもあらへんしな」
「そ、そうだよね!……話すことによってある程度分かることもあるんじゃないかな?」
そう安倍さんも同調しかけた時だった。
- 88 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時47分09秒
「きゃあぁぁーーーーーーーーっ!」
二階からの悲鳴。梨華ちゃんの甲高い声が皹切れて聞こえた。
愛ちゃんの悲鳴がテープで再生されたのか、と一瞬思った。
今日これで何度目だろう。
一斉に動き出す皆を私はどこか疲れた面持ちで見やる。
階段を駆け上がり、皆の後を追った。
乱暴に開け放たれたドアの向こうを覗き見る。
そこにいたのはよっすぃーだった。
よっすぃーもあの二人と同じように体を横たえていた。
中澤さんが頬を叩いて、生死を確かめている。
反応は、ない。
「死んでるんだ、よっすぃーも死んでるんだ……」
私の声はなぜか楽しげに響いた。
瞬時にこちらを振り返った安倍さんが、すごく怖い顔で睨んだ。
「あはは……」
咄嗟に私の口から漏れたのは渇いた笑い声。安倍さんはもう部屋の方に向き直っていた。
(違うんだよ。楽しくなんかあるわけない)
(笑いたい訳でもないんだ)
(ただね、あんまりにもおんなじだから、驚いたの。 驚いただけなんだよ)
- 89 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)00時52分16秒
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以上がこれまで下記スレッドで連載していた分になります。
更新が遅いため、こちらで続きを書きたいと思います。よろしくお願いします。
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1039408315/
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- 90 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)02時16分34秒
----------<<石川>>----------
「よっすぃー? 起きてるー? 皆、下に集まってるよ」
ドアの前でそう声を掛けたのはつい先程のこと。
コンコンとノックも加えた二度目の呼び掛けにも反応はなかった。
(これは完璧に二度寝しちゃってるな)
(朝起きて、すぐこの部屋を訪れた時はちゃんと起きていたっていうのに……)
なんでこの騒ぎの中で寝ていられるんだろう。
事実だけを取り出せば、よっすぃーが随分と呑気に思える。
何も知らないのだから仕方ない、と一応理解はしているけれど。
ノックの形を作っていた手を滑らせドアノブへと伝わらせる。
冷たい金属の感触が指先で止まり、開けるための準備が整う。
(すぐなのに。力を入れればドアはすぐに開くのに)
私はよっすぃーを起こすことを躊躇っていた。
さっきの呼び掛けだって起こそうとして出した声にしては小さすぎる。
(だって、何て言って伝えればいいの?)
『加護と新垣が死んだから、起きて』なんて、そんなの言えない。
言えないし、言いたくもないよ。
- 91 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)02時19分30秒
でもいくら言いたくないことでも、事実は変わらない。
今が非常事態だっていうことも。
私はよっすぃーを起こすためにここに来たってことも。
(私の『嫌』なんて小さいことだよ。あれこれ考えちゃだめ!)
迷ってたって仕方が無い。
ベッドの中のよっすぃーをまず起こす。それだけ考えればいいの。
自分に言い聞かせて、ドアを力強く開けた。
「よっすぃ、起きっろー!」
元気良く声を張り上げて見せた私の視界にあるモノが飛び込んでくる。
開けた空間に転がる一つの物体。
考える間も無く自然と目線が下へと動いた。
「きゃあぁぁーーーーーーーーっ!」
横たわっているよっすぃーの表情は新垣が作っていたそれと全く同じだった。
死んでいる、と瞬時に確信できた。
這うように近づいて、転がるよっすぃーをまじまじと見るだけの私。
他に何をすべきかなんて考える余裕はなかった。
- 92 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)02時20分37秒
その内に中澤さん達がやって来た。
ばたばた、うるさいとしか思わなかった。
頬を叩いて反応を見て、その死を今更のように確かめている。
(まるでさっき、どこかで見た光景だね……)
そう無意識に傍観者を気取ろうとした私を現実へと引き戻したのは辻ちゃんだった。
「よっすぃーも死んでるだ……」
言ってすぐに辻ちゃんは「あ、いけない」という顔をしてみせた。
きっと私が辻ちゃんをまじまじと見詰めたからだ。
(違う。無神経だ、とか言って責めたいわけじゃない)
事実を告げただけの当たり前の一言が何か引っ掛かる。
『よっすぃーも、死んでる』? そうだ。死んでるんだ。
なんで? どっか、おかしい。
だって、朝、起きていたじゃないか。
私と確かに喋った。あれは誰?
高橋が悲鳴を上げたのは、よっすぃーと喋って一時間もしていないはず。
そんな短時間の間に、一体どうして……。
「こんなはず、ない」
「石川?」
- 93 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)02時21分43秒
考えが纏らないまま、口が動く。
中澤さんが眉間にしわを寄せて怪訝そうに私を見た。
ここにいる皆の視点が自分に集まるのを感じながら、何も考えずに続けた。
「死んでるなんてはずないの。だって、喋ったんだよ?私、よっすぃーとちゃんと今朝話したよ!?」
「ちょっと、どうしたって言うの!……石川?」
「だから死んでるはずないの。これは嘘なの。こんなの、違うんだよ!」
「石川、何をっ!」
勢いよく手を振り上げ、よっすぃーの頬へと下ろした。
下ろそうと、した。
あと数センチで触れそうだという所で手が止まる。
「びっくりした。引っ叩くのかと思った」
市井さんの声。どこか癇に障る口調だ。
けれど、今はそんなことどうでもいい。
数センチある距離でも、よっすぃーの頬からは体温が感じられた。
そっとそのまま手を下ろしていく。
手に吸い付く、しっかりとした人間の肌の感触。
別に固いわけでも、色が変なわけでも、驚くほど冷たいわけでもないのに。
(ピクリとも反応しないんだね)
- 94 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)02時23分22秒
「死んでる、の?」
保田さんが聞いた。
でも、多分答えなんて求めての問いではないのだろう。
そう考えて、私は黙っていた。
今ごろになってやけに頭がすっきりとし出す。
瞳はこの部屋でやたらあちこちを動き回っている市井さんを自然に追っていた。
(一体、何をしているの?)
しばらく色々と動いた後、何かを見つけたらしい市井さんが勿体つけてこちらを向く。
「なるほどね。『安心できる』犯人か……」
呟き程度の小さな声。
形の良い唇の端を上げて、確かに彼女はそう言った。
- 95 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年03月20日(木)02時25分03秒
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新規更新分 >>90-94
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- 96 名前:七人の名無し 投稿日:2003年03月20日(木)22時34分40秒
- これからもがんがってください。
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月23日(日)00時13分56秒
- フカーツオメ
- 98 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月12日(土)00時42分11秒
「紗耶香、何してるの?」
先程から思わせぶりな行動を取る市井さんに、安倍さんが声を掛けた。
「ちょっとね。 何か分かることはないかと思って見てたんだけど」
「ふうん、そうなんだ。随分冷静だね。よっすぃーが死んだっていうのに」
あからさまに刺のある言い方をする安倍さん。
どこか緊張感のない市井さんをそのきれいな目で睨みつける。
態度には表さないが、ここにいるメンバー全員が少なからず同じ思いを抱いているはずだ。
どうして市井さんはこんなにも冷静でいられるんだろう、と。
それにさっきの言葉。
『犯人』って誰? 誰がこんなことをしているっていうの?
市井さんは何を知っているの?
「まあ、落ち着いて。一つ、分かったことがあるんだ」
そう言って、市井さんはベッド横の机の下へ身を屈ませた。
机の下の『何か』を取り出そうとしている……。
それは一体?
- 99 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月12日(土)00時45分07秒
「よっ…と。これ、見覚えあるはず。吉澤のものだよね?」
右の手にしっかり握られているのはドリンクボトルだった。
白地に青のワンポイントのデザイン、下方にはマジックで「ひとみ」の文字。
間違いなく、よっすぃーがいつも使っているボトルだ。
「確かに、それは吉澤のだけど……。それがどうしたの?」
一瞬の間を置いて保田さんが答える。
「どうしてこんなとこにあったと思う?」
「さあ、そんなの知らないけど」
「中身、からっぽなんだよね」
そう言って、手に持っているボトルを振る市井さん。
いちいち勿体つけた喋り方に剛を煮やした保田さんが、すかさず言い返す。
「何が言いたいのよ」
「わからない?」
「まさか、吉澤さん……」
「お、紺野は気付いたみたいだね」
「麻琴と同じく、それを飲んで……?」
紺野の言葉を受けて、市井さんは黙ってこくりと頷いた。
そして一挙手一投足にみんなの注目が集まっていくのを感じてか、
「これはあくまで推測だけど」と前置きして続きを話し始めた。
- 100 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月12日(土)00時46分43秒
「吉澤は毒入りのドリンクを飲んじゃったんじゃないかな」
「なんで紗耶香がそんなこと言えるの?」
安倍さんが突っ掛かっても、市井さんは別段気にする様子もなくさらに続けた。
「まず考えたのは、どうして空のボトルがあんなところにあったのかっていうこと」
名探偵を気取ってか、とんとんと指でボトルを叩く仕草までする。
(言いたいことがあるなら、さっさと言ってくれればいいのに……)
いらつきを覚えながらも、みんなに習って私もボトルを見詰め頭を働かせる。
すると、投げかけられた質問にごっちんが「んー」と声を発しながら答えた。
「昨日飲んで空になったから、そこらへんに放っておいたんじゃない?」
「そうかも。よっすぃーって結構雑なところあるから」
慌ててフォローをする私。
きっとそんなに意味のあることじゃない、そう思いたかった。
「うーん。どうも、そうとは思えないんだよね」
頭を掻きながら、市井さんはあっさり私たちの意見を否定する。
- 101 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月12日(土)00時47分41秒
「だって考えても見てよ。もともと置いてあったんなら、倒してそのままっていうのもあるかもしれない」
けど、私たちは昨日ここに来たばっかじゃん。空のボトルを出す必要なんてないでしょ?
それもあんなとこに置いておく必要なんてあるかな」
昨日あんな事件があってここへ来てから、着替え以外の私の荷物はほとんど手付かずだ。
きっと他のみんなも似たようなものだろう。
わざわざボトルを取り出すってことは、やっぱ何か必要があってのことなのかな。
机の下に転がっていた空のボトル……。
考えてみれば、確かに不自然かもしれない。
「だとすると、あれはもともと置かれていたものじゃなくて……」
「紗耶香」
矢口さんが、一気に捲くし立てようとする市井さんを遮った。
「もしかして、吉澤は昨日の残りのドリンクを飲もうとしたんじゃないかな」
まるで、それが事実であるかのような力強い口調だった。
自分のペースを乱した矢口さんに一瞬呆気に取られた市井さん。
注目がどんどん矢口さんの方へと移っていくのが分かる。
- 102 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月12日(土)00時49分32秒
「あの、実はおいらも昨日飲んだんだよね。夜さ、ちょっと喉渇いて。ぬるくなってるけど、別にいいやって」
「矢口は平気? なんともないよね?」
飯田さんが心配そうに矢口さんの顔を覗き込んだ。
靴を履いていない状態だと、この二人の身長差が改めて強調される。
顔を見合わせると、矢口さんは飯田さんに向けて少しだけ笑ってみせた。
「おいらは大丈夫だよ。そりゃちょっと焦ったけど、なんか即効性っぽいし。毒とか、そういうのは大丈夫だと思う」
紺野の話だと小川の時も飲んですぐ、だったということを今更ながら思い出す。
よっすぃーにしても助けを呼ぶ暇もない程、あっという間のことだったのだろう。
頭の中で映像が浮かぶ。
私が帰った後、よっすぃーが「のど渇いた。でも下まで行くのめんどくさい」って言って、ぬるいドリンクを飲んじゃう映像。
おいしそうにごくごくって飲み干しちゃう映像。
その続きの映像は真っ暗で、思い浮かべることができない。
「私もそう思うよ。多分、吉澤は飲んだんだね。そしてそれに毒が入ってた」
矢口さんを肯定しつつ、またもや市井さんが話をどんどん進めていく。
「毒に苦しんでボトルを落として、円筒形のボトルが転がってあんなとこに、ってところかな」
「……もういいよ!」
まだまだ続きそうな話をストップさせたのは、安部さんの吐き出すような一言。
一人だけ淡々と話す市井さんに不快感を持ったのか、少し興奮しているように見える。
ふうっと息を整え、安部さんは小さく「ごめん」と謝った。
- 103 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月12日(土)00時57分08秒
- 「ここでさあ、みんな集まっても仕方ないと思う。また続きは下で話そう?」
「せやな。……ドア側のメンバーから順に外出てくれるか?」
中澤さんが促すと、メンバーは何も言うことなくぞろぞろ扉の向こうへと歩き出した。
よっすぃーの死体の前でずっと話してた私たち。
決してその存在を忘れたわけでも、ついさっき知った事実に気付いてないフリをしているわけでもなかった。
ただ、あんまりにも市井さんが普通に話すから。
まるでこれは何かのお芝居なんじゃないかって。
よっすぃーが死んだのもどこか嘘なんじゃないかって思えて。
「石川……」
肩に手を置いて、呼びかけてくれたのは保田さん。
「行こう、石川」
横たわっているよっすぃーの明るい髪が、太陽の光に照らされてそこだけきらきら輝いて見える。
と同時にその光は投げ出された手の下に影を作り出していた。
風で揺れているカーテンに従い、ちらちらと光と影が動いていく。
よっすぃーだけが、この空間で動かない存在だった。
「石川?……大丈夫? 気分悪いの?」
問い掛けには無言で、保田さんの腕を掴む。
そして多分、今日初めてまじまじと顔を見合わせて、言った。
「行きましょう、もうここには居られないから……」
- 104 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月12日(土)01時02分23秒
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新規更新分 >>98-103
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- 105 名前:名無しさん@一触即発 投稿日:2003年04月12日(土)12時23分10秒
- 更新乙です。がんがってください。
- 106 名前:七人の名無し 投稿日:2003年04月13日(日)13時04分03秒
- 更新お疲れさまです。
- 107 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月13日(日)19時19分23秒
- 更新お疲れ様です
この物語の終焉がどこへ行くのか凄く気になります
頑張ってください
- 108 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月14日(月)01時49分30秒
手摺りに掴まりながら、一段一段ゆっくりと階段を下りていく。
そうしていないと、この角度からでも一気に転がっていきそうでなんだか怖かった。
前に広がる景色が、足の動きに沿ってかくんかくんと揺れ落ちる。
視界に必ず見慣れたメンバーの後姿が映り込むのが、今はとても心強かった。
(二階から一階へ、下りるだけの階段で良かった……)
やがて見えてきた廊下に安堵する。
すると階段を降りきったところで、突然私の少し前にいた市井さんがその足を止めた。
「私、ちょっとトイレ行ってくる」
振り返って見ると、市井さんの額は何故か汗びっしょりで、顔色も良くない。
実は我慢してたんだよね、と小声で付け加えるとロビーの方向とは逆の廊下へと走り出した。
トイレに向って一直線。
(そんなに我慢してたのかあ……。あんまり我慢すると体に良くないっていうけど)
さっきまであんなに一番平気そうな顔していたというのに。
市井さんの態度に少し腹立てていたらしい安部さんも、トイレに慌てて駆け出す様子を見て拍子抜けしたようだ。
「紗耶香、なるべく早くねー」
飯田さんがとっくに姿の見えなくなった市井さんに向けて言う。
どこか間の抜けた響きに、一瞬だけ張り詰めた場の緊張が解けた。
- 109 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月14日(月)01時51分33秒
「じゃあ、私も行ってこようかな。トイレ」
そう言って保田さんが笑っても、許容する雰囲気になっていた。
しかし、すぐ後に
「早く戻ってくるんやで」
と中澤さんがぴしゃりと窘めたことで、一気にまた元の雰囲気に引き戻された。
「分かってるよ」とどうにか笑顔のままで続けて、トイレへ続く廊下へと消えていく保田さん。
先に階段を下りて前方にいるごっちんや矢口さんは、ロビーの方へどんどんと歩いていった。
一連のやり取りに足を止めていた私たちもそれに従う。
少し前に緩んだ雰囲気はどこへやら。
適当な席に座って、周りを見渡すとやけにピリピリとした感じで場が重い。
空気が読めないヤツ、なんて言われてる私でもそれがはっきりと分かる。
(そりゃあ、こんな状況だから仕方ないって分かっているけど……)
手持ち無沙汰にきょろきょろする私。不意に安倍さんと目が合った。
安部さんはすぐに視線をまた別のメンバーへと移していく。
手をテーブルの上に置き、怖いくらい真直ぐな目でメンバーの顔を一人一人見渡している。
もしかしたら、これがピリピリの原因なのかもしれない。
- 110 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月14日(月)01時52分54秒
「これで、全員なんだよね」
一通り顔を見尽くしたのか、安倍さんが口を開いた。
「今、いるのこれで全員や」
少し遅れて中澤さんが答える。
昨日、同じようにして重い雰囲気の中ここに来たメンバーはもっと大人数だった。
ううん。それだけじゃない。
本当なら小川だってこの中に居たはずなんだ。
(もう全然、いつものモーニング娘じゃないね……)
いるメンバーの人数の方が、いなくなった人数よりずっと多いというのに。
その事実は何の慰めにもならなかった。
「ねえ、話してくれるでしょ?知ってること全部」
安倍さんがなお、中澤さんに問い掛ける。
昨夜もこんな場面があった。
その時の答えは「みんなが揃ったら話す」というもの。
――もうこれで「みんな」だから、約束通り話してくれるよね。
安倍さんは、そう言いたいのだろう。
- 111 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月14日(月)01時54分40秒
今度こそ話さなければいけない、それは中澤さんだって分かっていること。
少し考えるように目を泳がせると、
「後藤、あのことも話すことになると思うけど……」
「どうせ、その内分かっちゃうことだし。私は構わないよ」
「そっか。ありがとう」
ごっちんに辛そうな顔で確認を取った。
(……なんでここでごっちんが出てくるの?)
私には「あのこと」に該当しそうな心当たりが全く無い。
窺うように、相変わらずの表情で俯いてるごっちんをただじっと見詰める。
「あの二人、まだですかね……」
紺野が、いつもより更に小さな声でぼそりと言った。
(そう言えばトイレに行ったんだっけ、あの二人)
(そろそろ帰ってきてもいいと思うけど……)
- 112 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月14日(月)01時57分19秒
誰もがそう思ったのだろう。
改めて気付いたように「そうやな」と中澤さんが会話を繋げようとした。
すると、
「ごめん、待たせて」
市井さんと保田さん、二人が揃って現れた。
その一言だけで、何事もなかったように二人は別々に席に着く。
「始めて」の合図なのか、すっと保田さんが手を出す動作をして見せた。
「じゃあ、まず、昨日のことから話そっか」
先手を取るように、一番聞きたいことを突きつける安部さん。
そして昨日と同じように中澤さんは市井さんと顔を見合わせると、黙って一度頷いて渋々話し出した。
「……実は昨日はな、特別な日やってん」
- 113 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月14日(月)01時59分09秒
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新規更新分 >>108-112
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- 114 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月14日(月)05時59分25秒
- 交信乙彼
- 115 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時20分19秒
「特別な日?」
聞き返したのは安倍さん。
「そんなの聞いてた?」と近くに座っている保田さんが私に尋ねる。
これまた心当たりが全く無い私は「知らない」とただ首を振った。
ざわつき始めた周りを見渡すと、高橋と紺野も似たやり取りを交わしている。
「どういうこと? ちゃんと話してよ」
飯田さんも身を乗り出して、中澤さんと市井さんに詰め寄った。
余程言い難いことなのか、中澤さんはなかなかその続きを話そうとしない。
それを見て、市井さんが仕方なく代わりに口を開いた。
「つんくさんとか事務所の人も居たでしょ?
ハロー全体の再編成を行うってことで話し合いがある予定だったんだ」
「再編成……」
「そう。モーニングや各ユニットなんかをまた色々動かすらしくって」
(モーニングを動かす? 再編成の、話し合い……?)
――事務所の人やつんくさんが居たのは、小川の事件があったからだとばかり思っていた。
でも、よく考えればそんなに早く来るわけがない。
あんなすぐに対応できるなんて、おかしいことだったんだ。
何で、こんなことにも気付かなかったのか。
その答えは分かってる。
小川のことで頭が一杯で、他のことなんて考えられる余裕がなかったから。
廊下を通り過ぎていく担架に乗せられた小川。
「どうして」も「なんで」も全てあの小川に向けられていたから。
- 116 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時22分21秒
「それで、なんで裕ちゃんと紗耶香が?
いつも勝手に発表されるだけで話合いなんかしないじゃない」
「うん、うちらもおかしいなって思ったんやけど……」
卒業の時も、加入の時もいつだって発表は突然。
「タンポポに入れ」って言われた時も、「カントリーに入れ」って言われたときも……。
中澤さんの卒業だって、突然だった。
ビジネスだから仕方が無い部分もあるって分かってはいるけど。
話合いをして、グループのことを決めるなんてことは一度もなかった。
次から次へ、やるべきことだけが淡々と示される。
それが今になってどういう風の吹き回しだろう。
こういう言い方はしたくないけど、もう「モーニング娘。」ではない中澤さんと市井さんを呼ぶ理由が分からない。
(一体、何がどうなってるの?)
全然話が見えてこない。
ふと顔を上げると、中澤さんが市井さんに話しの続きを求める視線を送っていた。
市井さんは唇を噛んで、俯いている。
さっきまで歯切れよく何でも喋っていたのにどうしたんだろう。
みんながその様子を訝しげに見詰めていると、突然市井さんが口を開いた。
- 117 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時23分17秒
「キュービッククロスやめて、ハローに戻れ」
「紗耶香?」
「向こうはずっとそれを私に打診してたんだ。そうだなあ、まだキュービックでCD出す前から」
他人事のように笑ってみせる市井さん。
モーニング娘を卒業した市井さんの新しいユニット、『市井紗耶香 in CUBIC-CROSS』。
シャ乱Qのたいせーさん、ギターの吉澤直樹さんとのユニットだ。
「作詞にも挑戦しているんだ」って、そう聞いていた私にはすごく順調にいっているように思えたのに。
(確かに、市井さんはハロープロジェクトのメンバーじゃない……)
中澤さんが卒業後もハローに留まり、私達と一緒に仕事をしているのとは対照的だった。
でもそれは、そのことだって、事務所が決めたことではなかったのか?
それを今になって何故?
ハロープロジェクトではできない、バンドのボーカリスト。
そのポジションを手に入れた市井さんを今更どうして?
「プッチモニを再結成させたいんだって」
震える声で市井さんが言った。
馬鹿馬鹿しい、と言いたげに笑みを浮かべてみせる市井さん。
しかし、そのすぐ後に笑みは悔しそうな表情に変わった。
- 118 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時24分34秒
「紗耶香と後藤、それに圭ちゃんの最初のメンバーで、
ユニット名変えてでもいいから組ませてCD出すって言うとった」
唇を噛み締め俯いてしまった市井さんに代わり、中澤さんが続きを話した。
中澤さんの口から出た話に、すぐさま反応したのはたった二人だけ。
「そんなのっ、聞いてない!」
ごっちんと保田さんだ。
二人は驚いてるような、怒っているような、複雑な顔をしていた。
頷いて、その反応を当然のように受け止める市井さん。
「嫌だって伝えた。そうやって、あれこれ振り回されるのはもう沢山だって。けど……」
「そう強く出れるわけでもない、か……」
「うん、結局のところ雇われてるわけだし。キュービックのCDだってそんなに売れてないしね。
だから直接会って話し合おうって言われた時、多分そこで色々条件つけて説得されるんだろうなって思ってた」
「説得しなきゃいけないのはモーニングも同じや。それ位大きく動かす予定やったらしい。
でも、13人もいるモーニング娘。の時間をわざわざ取るなんて難しい。
そういうわけでコンサート会場に皆集まって、そこで話合いをすることにしたって」
私達は黙って中澤さんと市井さんの話を最後まで聞いた。
呆然として何も言えなかった、という方が正しいのかもしれない。
自分はごねる市井さんの説得役として呼ばれたのだ、と中澤さんが説明を付け加えた。
ワゴンの前に立っていた二人。
昨日ああやってあの場所に居たのは、そういうわけだったんだ。
- 119 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時25分48秒
(それにしても、プッチモニの再結成って……)
頭の中によっすぃーの顔が浮かぶ。
倒れているよっすぃーじゃない、元気で笑ってるよっすぃー。
市井さんが抜けた後、よっすぃーが入って、新プッチモニとして頑張ってきたっていうのに。
それじゃだめだったっていうこと?
やっぱり、市井さんが居た時が良かったっていうこと?
そりゃあの時のプッチモニは「ちょこっとLOVE」がミリオンセラーになったけど。
その後、売上が落ちたのはよっすぃーのせいじゃない。
よっすぃーだけのせいじゃ、ないのに。
まだ話し合いの段階とは言え、理不尽な決定に私は怒りを感じた。
その先にあるだろう私達モーニングのごちゃごちゃした決定も合わせて。
今年のシャッフルユニットの企画だって、つい最近動いたばかりだった。
恒例企画とはいえ、あれこれ組替えられるのは気分のいいものじゃない。
大きく変わるって中澤さんは言っていたけど、どんなものだったんだろう。
またきっと、驚くんだろうな。
で、それがテレビかなんかで放送されるんだ。
驚きも怒りも戸惑いも、全部演出にできるんだもんね。
- 120 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時26分39秒
親指の爪を弾きながら、ずっとそんなことを考えていると、
「でさ、うちらどうなる予定だったの?どう変わる予定だった、とか知らない?」
矢口さんがそう言って、中澤さん達に詰め寄った。
きっと似たようなことを考えていたのだろう。
「後藤がモーニング娘。をやめて、ソロになるってことしか……」
そこまで言うと、中澤さんはごっちんに視線を向けた。
(ごっちんが、モーニング娘をやめる? ソロになる?)
中澤さんと話してた「あのこと」ってこれだったのか。
みんなが驚いて、ごっちんの方を見る。
当の本人はいつもと変わらない表情のまま、口を開いた。
「すぐにソロっていうわけじゃなくて、九月とかまでは娘。にいろって。
とにかく、『お前はソロでやることになったから』って言われて」
「後藤の卒業はうちらとはちょっと訳が違うんや。大方この卒業を再編の口実にするつもりやったんやろ」
確かに卒業して、メンバーがいなくなったら、ユニットが変わってもおかしくない。
だから、プッチモニの話も出てきたっていうこと?
- 121 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時28分56秒
決して良いとは言えない頭で精一杯考えても、何も分かることはなかった。
ごっちんは九月まではモーニングにいると言った。
きっと、そのずっと先のことまでが考えられているのだろう。
段々、頭が痛くなってくる。
「昨日がそんな日だったんだなんて……」
「この別荘もな、なんか別の用件で元々使う予定やったらしいって話や。
……つんくさんもそのごたごたで色々大変らしい」
「でも今こんなんじゃ、そんな話しも全て水の泡って感じですよね」
私は、何気なく言ったつもりだった。
話しの流れとしてはおかしくない、と自分では思っていた。
それなのに、中澤さんがものすごい形相でこちらを睨む。
(あれ、また空気読めてないって思われてる?)
この馬鹿に明るい声がいけないんだ。
キショイ声だって、わかってるけど、声はどうにも変わらない。
笑って誤魔化すが、中澤さんはこちらを見ずに疲れたように溜息を吐いた。
つられて、私も一つだけ深く息を吐く。
- 122 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時29分42秒
(疲れた、本当に疲れたよ……。こんなのだったら、聞きたくなかった)
(モーニングのこれから、なんて一番考えたくなかったことだったのに)
(だって、もう昨日あった『モーニング娘。』とは全然違う……)
昨日、テレビで見たニュースを思い出した。
きっと今日もあれこれと報じられているはず。
(でも、もうそれだけじゃないんだよね。……小川だけじゃないんだよ、死んだの)
『モーニング娘。』はもう終わりだ。
明日にもなれば、そんなことをどこかのコメンテーターが得意げに話すんだろう。
(どうなっちゃうのかな、これから……)
良いことなんて浮かびはしない。
憂鬱な気持ちで、テーブルに置いた自分の手が作り出す影に見入った。
きっと同じような影が頭の中を一杯に覆っているんだと思った。
- 123 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時30分32秒
「ところでさ」
このままだとずっと黙り込むだろう私たちを見越してか、市井さんが話し出す。
「ちょっと、見てもらいたいものがあるんだけど」
市井さんがそう言ってノートに挟んであった紙を取り出すと、高橋はびくっと体を震わせた。
テーブルに突き出された紙切れは二つ。
その両方がしわしわでお世辞にもキレイとは言い難い状態だった。
みんなが身を乗り出して、小さな字を目で追う。
考えることにも疲れていた私は、他にやるべきことが出来て嬉しかった。
「なんか字が滲んでて見難いけど……」
「あ、読めるかも。『麻琴ちゃん』だ。こっちのは『麻琴ちゃん』って書いてある」
「こっちはねえ……、あれ?『たのは私です。ごめんなさい』? ……訳分かんない」
中澤さんが俯いたまま、一つため息を吐いた。
そして突然みんなが交互に眺めている紙片を取り上げて、こう言った。
「これは新垣が、その手に握っていたものや」
「新垣の筆跡だってことも、高橋が確認したよ」
後に続けて市井さんが話す。
名前が上がった高橋の方を振り向くと、高橋は目を見開いて小さく二度首を縦に振った。
- 124 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時31分32秒
(新垣が書いた? 新垣が書いてそれを手に握って……)
どういうことだろう、と自分の中であれこれ考えてみるが、相応しい「意味」が見当たらない。
とりあえず分かったことは、新垣が何か謝るようなことをしたということ。
そして、市井さんが何かそれについて知っているらしいということ。
これ以上考えても、分かりそうもない。
ただ、とてつもなく嫌な予感がする。
「『麻琴ちゃん』を殺し『たのは私です。ごめんなさい』」
市井さんから発せられた言葉にハッとして全員が面を上げる。
『殺した』という単語に、見ないようにしてきた部分を突付かれたような気がした。
隣りにいる辻が、私の服の裾をゆっくり握り締める。
「そう読めないかな。この二つ、きっと繋がっていたものだと思うんだけど」
言って、市井さんは二つの紙切れを横に並べて置いた。
『麻琴ちゃん』『たのは私です。ごめんなさい』……、間に入るものが何かなんて断定できはしない。
けど、この状況で小川に対して謝らなければいけなかったことは、確かに一つ位しかない気がする。
みんなが銘々市井さんの言葉の意味を考えていると、
「新垣のことだけど、実は私もちょっと言わなかったこと、あるんだよね」
安倍さんがそう言って手を額に置いた。
- 125 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時32分33秒
「なんなの?」と隣りの飯田さんが首を傾げて続きを促す。
「うん、確信が持てることじゃなかったから言おうかどうか迷ってたんだけどね」
「何でもいい、知ってることは全部話してよ」
涙目になりながら、矢口さんが言う。
誰かが知ってて誰かが知らない、そんなのは私だって嫌だ。
言いにくそうに顔を伏せている安倍さんに、詰るような視線を送る。
「そうだね。……うん、話すよ。
新垣ね、昨日コンサートの時、『そうだ!』の衣装あるでしょ?あのバッグがいっぱいぶら下がってるの。
あれの前で何かごそごそやってたのを、私、見たんだよね」
所々思い出すようにして、安倍さんが話し出した。
「でも、でもそれは、何か違うことなんじゃないですか?」
「あの気味の悪いメモだって、衣装のバッグじゃないですよ。入ってたの」
話しの続きを察したのか、高橋と紺野が続けざまに反論する。
安倍さんはそんな反応をあらかじめ予想していたのか、受け止めるようにゆっくりと一度頷いて続けた。
「なっちもそう思ったよ、最初は。それで聞いたの。
『こんなとこで何やってるの?怪しいぞ』ってちょっと冗談ぽくさ。
そしたら、新垣、一瞬にしてサーって顔青ざめちゃって。なんか普通じゃなかった」
- 126 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時33分55秒
何かを思い出したのか、高橋が気まずそうに目を伏せた。
安倍さんの話はそんな高橋を気にかけることもなく続く。
「その時さ、変だなって思って一応バッグの中とか調べたんだよね。イタズラとかあったら嫌だし。
メイクの時、紺野のバッグ持ってたっしょ。あれもそれなんだ。結局何もなかったけどね」
「確かに、安倍さんは私のバッグ持ってました。けど、それだけじゃやっぱり……」
紺野がさらに反論しようとした時だった。
「決まりじゃん。犯人は新垣だったんだよ」
「紗耶香」
「そうだとすると、全てに説明がつく」
言って、また市井さんは笑みを浮かべた。
よっすぃーの部屋で見せたそれと全く同じ笑い方だった。
- 127 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年04月22日(火)00時36分30秒
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新規更新分 >>115-126
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- 128 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月22日(火)20時36分39秒
- 大量更新おつかれさまです。
- 129 名前:七人の名無し 投稿日:2003年04月23日(水)01時07分35秒
- 更新お疲れさまです。犯人は本当にガキさんなんでしょうか。続き楽しみに待ってます。
- 130 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月26日(土)12時51分28秒
- 他人を「怪しい」と言い出す人が怪しく見えるんだよなあ(w
面白いです、作者タンがんがって!
- 131 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月04日(日)20時39分24秒
- 今日初めて読みました。
おもしろいです! 頑張って下さい!!
- 132 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月11日(日)22時14分58秒
- かなり続きが気になるんですけども・・・
- 133 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月16日(金)16時24分23秒
- マジで楽しみです。
作者さん期待してます
- 134 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月03日(火)02時42分52秒
- まったり羊で待ってるよ。
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月03日(火)18時27分58秒
- 期待age
- 136 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時17分36秒
「どういうこと?」
保田さんが聞き返す。
先ほどからずっと何かしら確信めいた言動を繰り返す市井さん。
よっすぃーが死んだと分かる前から、犯人は新垣だと思っていたのだろうか。
「これから説明するよ」
メンバーの視線を集めながら市井さんが話し出した。
「犯人が新垣だと前提して話進めるね。まず新垣は、小川のボトルに毒を入れた。小川はそれを飲んで死んだ。
……メモのこととかはここではちょっと置いとくよ。そして、次に加護を自分の部屋に呼び出す。
加護を殺した後、新垣は加護の部屋に行き、自殺。これで、どうして部屋が入れ替わりになっていたか説明がつく」
ゆっくりと一つ一つの出来事を確認していくように、市井さんの言葉が響く。
それが実際に起こったことなのだ、と受け入れてしまいたくなるような力強い口調だった。
しかし、市井さんが言った「全てに説明がつく」という状態を錯覚させるほどのものではなかった。
納得できないメンバーがどんどんその表情を曇らせていく。
「なんで自殺するのに、加護の部屋に行くの? 全然説明になってないよ」
少し怒り気味で突っ掛かる矢口さん。
- 137 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時19分25秒
- どう答えるのか、と市井さんを見ると、
「さあ。それは分からない」
あっさりと返事をした。
矢口さんもはっきりそう言われては何も言い返すことができない。
「よっすぃーは新垣の後に死んだんだよ? そんなの新垣が犯人なわけないじゃん!」
矢口さんの変わりとばかりに詰め寄る飯田さん。
私がずっと感じていた疑問もこのことだ。
よっすぃーは新垣と違ってまだ体に温かさが残っていた。
そういう知識って警察じゃないから分からないけど、本能的に死んでから時間が経っていないとそう感じた。
新垣が死んでるって分かる少し前に、私はよっすぃーと話してる。
その頃には新垣はもう……死んでいたと思う。
死んでいた人間が殺人なんかできるわけないのに。
「何も殺す直前に毒を入れなくてもいいんだよ」
なぞなぞのヒントでも出すように得意げな表情で市井さんが言う。
今の私たちは苛立ちながらもその言葉に耳を傾けるしかなかった。
- 138 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時21分23秒
「ここに着いた時点でボトルにはあらかじめ毒が入れてあったとしたら?」
「そんなのいつ飲むか分からないじゃないですか?」
市井さんの言葉に突っ掛かって叫んだ。
私のヒステリックな声は涙交じりでちょっと情けなく響いた。
「そうだよ。昨日のコンサート中だって飲んでたよ?」
フォローを入れてくれたのは安倍さん。
じっと市井さんの方をその大きな瞳で見据えている。
市井さんは視線を交わせると、一つ溜息を吐いて話の続きを始めた。
「これは推測だけど、毒は小川のボトルに入れたのと同時に入れたんじゃないかな。
小川がああなってからは飲まなかった、違う?」
思い出すように下を向いたが、何も言おうとしない安倍さん。
その沈黙は市井さんの言葉を肯定した。
「吉澤は飲まなかった。それを朝になって、飲んでしまった」
トンと机を軽く叩く市井さん。冷たい音にみんながびくりと肩を震わせた。
- 139 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時23分45秒
「新垣は恐らく小川の件で吉澤がボトルに手を出すことはなくなるだろう、と思ったんだ。
紺野がそれを飲んで死んだのを見たって言ってるのに、まさか
もう同じドリンクを飲みはしないだろう、とね。だから諦めた。
もしかしたら別の方法で殺す予定だったのかもしれないし、もう殺すのを諦めたのかもしれない。
そこら辺はどういう事情だったのかわからないけど」
市井さんは時々考え込むようにして、どんどん話を続けていった。
そうやって口に出すことで自分の考えをまとめているように思える。
(つまりよっすぃーは偶然飲んじゃったから死んだってこと?飲まなければ死ななかった?)
(飲んだのが悪いってことなの?……バカみたい。そんなのって、ないよ……)
頭の中でぐるぐるとあのボトルが浮かぶ。止められたら良かった。
朝、話したときに「飲んじゃだめだよ」ってそう言えばもしかしたら……。
有り得ない仮定ばかりが後悔となって自分を責める。
市井さんの言葉を受け止め、私は一人暗くなっていた。
すると、
「でも、吉澤さんを殺そうとしていたなら何故自殺なんか?」
高橋が早口で詰め寄った。
そうだった。市井さんは新垣が加護を殺し、自殺した、と言っていた。
- 140 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時25分29秒
(どう説明するつもりなんだろう?)
今までの全ての話が高橋の指摘で崩れてしまうことを期待して、市井さんの方を見詰めた。
「それは分からない。もしかしたら、加護に何かを見られたのかもしれない。自分が犯人だっていう決定的な証拠をね」
少し首を傾げながら、それでも表情はそのままで淡々と答える市井さん。
親指と人差し指で唇をなぞるようにしてさらに考えを巡らせていく。
「話されてしまっては困る、そう思って衝動的に加護を殺した。
けど、振り返ってみると元々殺すつもりのない加護を殺したことで
罪悪感に苛まれたのか、これまた衝動的に自殺したくなったのかもしれない」
ここに来て昨夜の新垣の様子が脳裏に浮かぶ。
昨日、スープを飲んでいる時、「休みたい」と部屋に下がった新垣。
思えば顔色が相当に悪かったが、あれは何故?
小川の事件によるショックとか疲れだったらもっと前に悪くなるんじゃ……?
(まさか、本当に新垣が犯人なの?)
俄かに市井さんの言葉が正しいように思えてきた。
それは皆も同じだったらしく、誰もが項垂れて何も言おうとはしない。
- 141 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時26分33秒
「犯人は新垣。もう事件は終わったんだよ。あとは事務所から迎えが来るのを待って、警察に任せよう?」
優しい声音で市井さんがそう告げた。
その言葉にこくんと頷いてしまった私は、きっともう終わりにしたかったのだろう。
今まで黙って市井さんの話を聞いていた中澤さんも顔を上げて、
「そうやな。もう警察に任せて、うちらは迎え待つことにしよう?きっとすぐ来るし……」
疲れたようにこれだけ言うとまた俯いた。
これで終わるんだ、と思うと不謹慎ながらも少しほっとしてしまう。
すると突然、その静寂を許さないかのようにガタッと椅子を引く音がした。
「里沙が犯人だったら、それで安心なんですか?」
立ち上がって、吐き出すように言葉をぶつける紺野。
「里沙を犯人にしてしまえば、それでみんな安心できるっていうんですか?」
涙を一杯に溜めた目が私たちを非難する。
その顔は真っ赤で、テーブルの上に置いた手もぶるぶると震えていた。
- 142 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時27分28秒
「そんなの、ひどすぎますっ! 里沙は、里沙はもう『違う』ってことすら言えないっていうのに……」
ぎゅっと唇を噛み締めると、紺野は零れる涙を拭おうともせず駆け出した。
黙って聞いているだけの私たち。しかし、高橋だけは違った。
「あさ美!」
二階へ上るばたばたという足音を追うように、高橋もそちらに体を向ける。
「市井さんの言う通りなのかもしれない、それは分かってます。
けど、私は……。私も『違う』ってそう思うんです」
また向き直り、真直ぐにこちらを見据えながら高橋は言葉を紡いだ。
「だから、もしかしたら違うのかもしれないってことだけ、考えてみてくれませんか?
私はあさ美の側についてることにします。勝手ですみません」
「そうしてあげて。……ごめんね、高橋」
飯田さんが声を掛ける。
言葉に頷き、お辞儀をすると高橋は紺野を追いかけて行ってしまった。
どちらもひどく、辛そうな顔をしていた。
- 143 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時30分49秒
普段はあまり意識しすぎないようにしているけど、やっぱり「同期」という繋がりは根強い。
もし、例えばよっすぃーが犯人呼ばわりされたら、私だって庇うと思う。
さっきの紺野と同じようにそんなことあるはずない、ひどいって責め立てると思うよ。
そして心のどこかで思うんだ。
『私たちのことは私たちにしか分からない』って。
そんな壁なんか作りたくないのに。
私たちは『モーニング娘。』で、一緒に頑張ってる仲間なのに。
安心できる犯人……。
市井さんの言った言葉の意味がようやく分かった気がする。
新垣はもう死んでるから、犯人だとしたら、もう誰も殺されないもんね。
もう全部「おしまい」にできるもん。一応の「安心」が手に入る。
けど、本当に新垣が犯人なのかどうかなんて私、深く考えることができなかった。
頭のどこかで「もうそれでいいじゃん」って悪い声が聞こえてくるんだ。
市井さんの話を聞いても疑問は一杯残ってるよ。
「どうして殺されたの」とか「あのメモは何」とか。
でも全部言葉に出る前に言うことを躊躇ってしまっている。
私ってダメな先輩だよね。ごめんね、紺野、高橋。
分かってる。本当なら私も言わなきゃいけないんだ。「新垣は犯人なんかじゃない」って。
- 144 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時32分59秒
けど、それを言って何になるっていうの?
誰が犯人だって変わらないじゃんか。
よっすぃーや小川、あいぼんに新垣が死んだってことは。
……変わらないんだよ!!
犯人が誰かなんてもういいじゃん……。
もう、終わりにしたいよ。こんなの、嫌だよ。
考えすぎて次第に頭が靄がかかったようにぼやけてくる。
気付くと目から、ぽろぽろと涙が落ちていた。
悲しみも混乱に紛れて、今はただ、頭が痛い。
駆け出していった紺野と高橋の、座っていた座席には勢いよく引かれた椅子が不恰好に並んでいる。
隣り合わせて座っていた二人分の席はぽっかりと空いて、この重苦しい空間の唯一の出口みたいに見えた。
- 145 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年06月06日(金)03時34分16秒
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新規更新分 >>136-144
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- 146 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月07日(土)10時34分49秒
- 更新乙です
続きがすごく気になりますね
- 147 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月07日(土)19時04分31秒
- 更新お疲れです。
がんがってください。
- 148 名前:七人の名無し 投稿日:2003年06月13日(金)02時47分52秒
- 更新お疲れさまです。本当の犯人はだれなんだろう?次回更新を楽しみに待ってます。
- 149 名前: 投稿日:2003年06月22日(日)02時37分47秒
- 全然謎が解けない・・・まったく犯人わからない・・・
頭の悪い俺のために早く続きキボン!
- 150 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月25日(水)12時28分41秒
- 犯人が気になります
こういうミステリアスなもの好きです
- 151 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)01時57分39秒
- ----------<<飯田>>----------
紺野と高橋がこの場を去って数分立っただろうか。
あれきり誰も言葉を交わそうとしない。
ここにいるみんなが座ったきりだ。それぞれ暗い顔で思案している。
紗耶香が与えてくれた答えにまた疑問を加え、悩んで一体何になるというのか。
(何もかも分かるなんて、きっと無理なんだよ……)
分かりたくない、という気持ちをごまかすように頭の中でこのフレーズを繰り返した。
『もしかしたら違うのかもしれない』そのことを考えてみて欲しい、という高橋の言葉。
確かに紗耶香の説明は事実ではないのかもしれないけど、違うとも言い切れない。
断定できることなんて今の私たちにはなに一つないんだ。
さっきからこの堂々巡り。私を疑惑の中に取り残し、沈黙は続く。
「ちょっとテレビでも付けてみようか?」
気を紛らわすために辺りを見渡していた私は、テレビを付けることを提案した。
返事も待たず、言い出したことを実行する。
すたすたとテレビの前まで一直線に歩き、左下についている主電源のボタンを押した。
- 152 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)01時58分22秒
- 「あれ?」
ぱちりとも映らない。電源は確かに入れてあるのに。
おかしいと思い、裏側を覗き見るとテレビ本体から伸びているコンセントの線がすぱっと切られていた。
「あ、これ、切れてる……」
ナイフか何かで切ったのだろうか。
私を嘲うかのように金属の肌を見せ付けている尖った切っ先。
明らかに人為的な切り口だ。
「映らない?」
「うわ、それって『切れてる』じゃなくて『切られてる』んじゃないの?」
「これも犯人の仕業……?」
みんなもこちらへ視線を向けぽつりぽつりと言葉を投げかける。
先が切り取られたコンセントをだらしなく持ったままの私。
こちらを見て、みんなが不審な顔つきをしている。
(余計なことして、また不安させてどうするのよ……)
唇を噛みしめ、自分を責めた。何もかもがうまくいかないもどかしさに苛立ちが募る。
窺うようにみんな方をちらりと見上げ、助けを求めた。
- 153 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)01時59分12秒
- 「別にテレビなんか見たくないし、いいよ。もう」
視線が合ったなっちがそっけなく言った。
そうだった。テレビを付けたってやっているのは見たくも無いニュースばかり。
私は一体テレビを点けて何を見ようとしていたんだろう。
「そうだね……」
慌てて手に持っていたコンセントを置いた。
みんなは姿勢を元の位置に戻しまた先程の格好に戻った。
ふう、と一つ息を吐いて、立ち上がる。
歩いて、前に座っていたところとは別の席へ向った。
みんながいる所とは少し離れている隅のテーブル。
自然とそこに足が向いていた。
窓が真正面にある席に腰を下ろす。
暖かな日差しが、私を柔かく包み込む。
(なんでこんな日に晴れなんだろ……)
じっとレースのカーテンから滲む光を見やり、その呑気な明るさを羨んだ。
ぼんやりと、その遮られた景色を探るように窓に見入る。
しばらくそうしていると、一つの近づく人影が視界に映りこんだ。
辻だ。辻がこちらへと歩いてきた。
- 154 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時00分07秒
- 「ここ、座ってもいい?」
「うん、いいよ」
返事を受けて、特徴のある八重歯を覗かせて微笑む辻。
音を立てないように、ゆっくりと私の正面の席に腰を下ろした。
「なんか、色々考えてたら頭が変になってきたみたい」
小さな声でそう言うと、辻は拳でトントンと頭を小突いた。
「あんまり思い詰めちゃだめだよ」
「うん……」
無理なことを言っている、と自分でも分かっていた。
こんな状況で考え込まないほうがどうかしている。
けれど辻には余裕のない姿なんて見せられない。
リーダーはどんなときも落ち着いていなくちゃいけないんだ。
辻はしばらく窺うように私の顔を見つめた後、あのね、と話し出した。
「昨日、部屋にあいぼんが来た」
「え?」
「あれからすぐ寝ちゃったでしょ。だからね、何時かはあんまり分かんないんだけど」
部屋に寝かせておいたのは私だった。昨日、ここへ着いてすぐに二階へと運んだ辻。
てっきり今朝までずっと寝ていたものだと思っていたのに。
- 155 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時00分50秒
- 「聞いてる?」
昨日を思い返していた私を辻が呼び戻す。
加護が来て、辻を起こした。一体、何があったというのか。
「あ、ごめん。聞いてるよ。それで? 加護は?」
辻はにっこり笑って、ごそごそとポケットから紙に包まれた丸い物体を取り出した。
「これね、あいぼんから貰ったんだ。綺麗でしょー? へへ、あいぼんがとっても美味しいヤツだよって言ってた」
「美味しい? ねえ、これなんなの?」
「保田さんがね、あいぼんと辻の分、チョコくれたって」
「チョコ。そうなんだ。 のんちゃん、よかったね」
「もしかしたら夢かもって思ってたんだぁ。でも朝起きたらチョコがあったから」
そこまで言うと辻は一瞬だけ表情を曇らせた。
きっと思い出してしまったのだろう。
チョコを渡してくれた加護が昨夜いたというのも現実ならば、
もう加護はいないというのも現実なのだと。
「これ、今食べちゃってもいいかなぁ?」
表情を戻し小さな声でそう尋ねた辻に、私はわざと辺りを見渡す仕草をして耳打ちした。
- 156 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時01分32秒
- 「今、皆見てないし、こそっと食べるならいいよ」
「じゃあ、こそっと食べることにする」
同じく耳打ちで返事をし、えへへ、といつもの笑顔。
辻は私を安心させようと無理していつも通りに振舞っているように見えた。
「いただきまーす!」
「こら! こそっと、でしょ?」
そうでした、と舌を出しつつ、辻はつまんだチョコレートを口に放り込んだ。
目をきょろきょろさせて口の中にあるチョコレートを転がしている。
やがて笑顔で出されたOKサイン。
(そりゃあ加護がくれたチョコレートだもん。美味しいに決まってるよ)
ふふっと小さな笑い声が零れた。
久々に聞く私の笑い声に、二度ほどうんうんと頷いてみせる辻。
そして、辻は口の中にある一粒にしてはやや大きなチョコレートを噛んだ。
両手で頬を押えて顔を左右に振っている。
美味しいものを食べている時のまさに至福と言ったその表情。
随分久しぶりに見る幸せそうな笑顔だ。
見ているこちらまでもが嬉しくなってしまう。
私は辻に「ねえ、美味しい?」と聞こうとした。
その時、突然、辻の顔が、苦痛に歪んだ。
- 157 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時02分16秒
- 「ぐ…ぁ…!」
「のんちゃん!?」
「辻!?」
「うぅ…ぐるし…ぁあああっ……!」
口元を押えた辻はそのままうずくまるように下を向く。
やがて力なくぶらりと辻の腕が垂れ下がった。
それきり、辻は動かない。
(なに……? なんなの、これ?)
一体、何が起こったというのか。
ほんのつい先程まであんなに可愛らしい笑顔だったのに。
どうしてこんな醜い顔で固まらなくちゃいけないの?
こんなに、苦しそうな顔でいなくちゃいけない?
「辻!」
みんなの声が椅子を引く音と共に聞こえた。
はっと我に返った私は、慌てて辻を抱き起こす。
ぐったりともたれかかる辻。
いつもじゃれついてくるときとは比較にならない程に重い。
必死で倒れないように支えながら、何度も呼びかけてみる。
「のんちゃん、のんちゃん!ねえ、のんちゃんっ!」
頬を軽く叩いても、振動で動くだけで何の反応もない。
- 158 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時03分28秒
- 「圭織……」
「チョコレートをのんちゃん、食べたの。そしたら急にこうなって……」
近づいてきたみんなに向って、必死に説明するがうまくできない。
息が荒く、言葉が続かないのだ。
裕ちゃんがそんな私の肩を押えて、辻を席に下ろすよう言った。
私はその言葉通り、辻から手を離す。
抱きかかえるようにして辻をゆっくり席に座らせたのは、なっち。
そうやってぐったりと項垂れる辻は疲れて眠っているようにしか見えない。
「チョコレート? チョコレートを食べてこうなったんか?」
手を強く握って質問してきた裕ちゃんに、私は慌てて頷いた。
「あいぼんがね、昨日くれたって言ってた。チョコは圭ちゃんがあいぼんに渡したって……」
言って、私はちらりと圭ちゃんの方へ視線をやる。
同じようにみんなもそちらを見つめた。
「圭ちゃんが? そうなの?」
「確かに昨日加護に渡したよ。辻にあげなって。……でもこんなの、知らない! 私は何もっ!」
何もしてない……、圭ちゃんは小さな声でそう続けた。
矢口が悔しそうな表情で頭を横に振る。
- 159 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時04分19秒
- 「でも辻は死んだ。圭ちゃんが渡したチョコで辻、死んだじゃん。原因、はっきりしてるよ。
それでも全く関係ないって、言えるの? そんなの信じられないよ!」
その言葉に何か反論しかけた圭ちゃんは、しかし何も話してはくれなかった。
黙って俯くままで、私たちもそれ以上何も言うことができない。
しばらく気まずい沈黙が続く。
私も黙って圭ちゃんの口元が開くのを待った。
「裕ちゃん、私、二階行ってるわ。迎えが来るまで鍵かけて部屋に篭る。
それしかできることないから。今なに言っても信じてもらえないだろうし。
同じ立場だったら私も疑うと思うから。けど、私は本当に、何もやってない……」
ようやく話し出した圭ちゃんはゆっくりとそう言葉を紡いだ。
疑いを持たれても仕方が無い、とそう認めた圭ちゃんの提案。
私たちはすぐにそれを受け入れることはできなかった。
(どういうこと? 圭ちゃんが殺したんじゃないの?)
圭ちゃんは「殺した」、とも「犯人だ」、とも言っていない。
何もしていないとそう呟く表情はとても悲しそうで、嘘には思えなかった。
「わかった。うちがついてく」
動揺しきりの私たちを見越してか、裕ちゃんが場を取り成すように口を開いた。
見張り役、そんな言葉が浮かぶ。
二階には高橋と紺野がいる。
もし本当に圭ちゃんが犯人でまだメンバーを殺そうとしているなら、一人で行かせるわけにはいかない。
- 160 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時05分28秒
- 「私も行きます。紺野と高橋と、少し話もしたいし……」
石川がそう言って立ち上がった。
この中では一番、五期のメンバーと親しくしていた石川。
確かにあの二人だけで思いつめていたら可哀相だ。
「じゃ、行って来るから」
俯く圭ちゃんの背中に手を回し、こちらを向く裕ちゃん。
うん、分かった、と私は反射的に返事をした。
それを確認すると三人はそのまま歩いて二階へ向った。
「ねえ、とりあえず座ろう……?」
なっちが促し、私たちは黙って席に着いた。
けれど、それは本当に『とりあえず』だ。
他にやるべきことは、見つかりそうもない。
ドクドクといつもよりも早い鼓動の音がする。
焦りの中、私は今ある状況を必死に考え込むことにした。
(死んだんだ……。私の目の前で、チョコレート食べて……)
(そしてそのチョコを渡したのが圭ちゃんで。圭ちゃんは部屋に篭るって……)
だめだ。考えがちっともまとまらない。
そもそも辻が死んだことだって、まだ受け入れられないのに。
こんな時にきれいに話をまとめてくれないだろうか、と私は紗耶香の方を見た。
紗耶香もまた、他のみんなと同じように顔を青くしている。
「そんなまさか……。そんなはずって……。どうしよう……」
小さな声だったが、周りが静かなので聞こえてきた。
先程までの雄弁な紗耶香とは余りにも違いすぎるその姿。
それだけ言うと紗耶香は顔を覆って俯いてしまった。
- 161 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時06分09秒
- 三人が二階に上がり、程なくして裕ちゃんだけがロビーへ帰ってきた。
その間、私たちはあのまま呆然と席に座り込むだけだった。
「ちゃんと鍵締めたとこまで確認してきた。紺野と高橋にも話しておいたから」
「うん……」
「石川が今、あの二人と同じ部屋におる。三人もおったら、大丈夫や」
私たちが使っている二階の各部屋の扉。
鍵は内から締めるものしかない。
外から締めるものもあるようだが、その鍵自体がどこにあるのか不明だった。
渡された鍵はあくまでも玄関の鍵。
部屋の鍵がどこにあって、別荘はどう使え、なんていう指示もなかった。
あの時の私たちにはそんな余裕なんて、なかった。
内鍵しかない部屋。
もし、本当に圭ちゃんが犯人だとしても相手が三人一緒ならば安心できる。
「ねぇ、裕ちゃんはさ、その……本当に圭ちゃんが犯人だと思う?」
「分からん」
矢口の問いかけに裕ちゃんはすぐにそう答えた。
「ただひどく落ち込んでる。うちらと同じように辻が死んだことを悲しんでるように見えた」
「……そっか」
矢口はそのまま辻の方に視線を向ける。
辻はさっきなっちが座らせた形と少しも変わっていなかった。
だらりと投げ出された手足に、項垂れた頭。
ひどくだらしない格好で、眠っているように思える。
- 162 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時07分03秒
- 「ねえ、辻、このままにしておけないよ」
私はやっとやるべきことを見つけた気がした。
辻に近づき、また体を抱き起こしてやる。
「ちょっと、圭織! 下手に動かさん方がええって!」
「分かってる。でも、じゃあずっとここに?」
「どこに移動させるん?どうする気や、圭織」
「移動させる? 違うよ。のんちゃんをベッドに連れてくだけだよ。昨日と同じ。のんちゃん、寝かしてあげるの」
肩に手を回し、連れて歩こうとするがそれは無理だった。
ずるりと重みで崩れ落ちる辻。
私はどうにか立たせようと必死で力を振り絞る。
「私も手伝う」
「二人でもキツイでしょ。階段あるんだし」
ごっちんと紗耶香がのんちゃんの体を一緒になって支えてくれた。
「……ホンマに二階に連れて行くんか?」
「うん、ベッドにちゃんと寝かして置くから」
「私も圭織と同じ気持ち。やっぱり辛いよ。このまま、辻見てるの」
紗耶香が私の後に続いた。
「三人で大丈夫か?」
やがて裕ちゃんが諦めたように、それだけ確認した。
「うん、これならなんとかなりそう」
私とごっちんが肩に辻の腕を回す。紗耶香はそのサポート。
それじゃあ、と声を掛けて、私たちは歩き出した。
- 163 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時08分55秒
- 動かないのんちゃんを運ぶのは三人でもきつかった。
時間を掛けたゆっくりとした足取り。
私たち三人は力一杯、階段の傾斜に逆らい上っていった。
考えることはそれだけで、かえって頭はすっきりとしていたくらい。
半ばその重さに引き摺られながらも、どうにか二階へと運び終えることが出来た。
辻の部屋のドアを開け、ベッドに横たえさせる。
体を覆い隠すように、椅子にかけてあったタオルケットを掛けた。
横向きになった体の背中をこちら側にして寝ているその姿は、本当にいつもの寝姿そのもので。
起きなよ、って言えば起きるんじゃないか。
そう思わせる後姿だった。
「運ぶの、手伝ってくれてありがとね」
部屋から出た私は紗耶香とごっちんに声を掛けた。
「別にいいよ。実はあの場所から離れたいっていうのもあったし。
なんか疲れちゃって。じっとしてああやって考え込むの、辛いんだ」
目を伏せて、それだけ言うごっちん。
疲れているのはみんな同じだった。
けれど、ごっちんの居心地の悪さはまた私たちとも違ったものだろう。
一人、モーニング娘からの卒業決定していたことが、こんな形で分かってしまったのだから。
「部屋で休んでる。ごめん、気分良くなったらまた下にいくから……。何かあったら呼んで」
ごっちんはそう言ってすまなそうにこちらを見た。
- 164 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時09分51秒
- 「分かった」
そうしたい、と言われれば断ることはできない。
事情が分かるだけになおさら。
すると、
「私もそうしていいかな」
「え?」
紗耶香までがそうしたい、と言い出した。
私だって、部屋に篭ってじっとしていたい。
けれど、そうはできない。
下に残っているなっち、矢口、裕ちゃんの三人を思えば、そんなことはできない。
しかし紗耶香の顔色は見るからに悪く、本当に苦しそうだった。
思えば、紗耶香はごっちんよりもずっと前から、私たちの中で居場所がないように感じていたはずだった。
小川のことがあったからこそ、さして驚かなかった紗耶香の存在。
けど、やっぱり紗耶香はずっと会っていなかったせいか、私たちの中で浮いていたように思う。
「分かったよ。気をつけてね。二人のことは私が言っとくから」
引き止められるわけもなく、そう言って笑顔を作って見せた。
力無く頷き、二人はふらふらと自分の部屋へと向っていく。
中に入りドアが閉まるまでを見届けて、また階段を下りる私。
- 165 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時10分42秒
- たった一人で、階段を下りていく。
階段を下りて、ロビーに戻って。
それから……。
(『それから』? それから、どうするんだろう……)
ロビーには三人しかいない。
矢口と裕ちゃんとなっち。
(この三人の前でなら、もうリーダーでいなくても大丈夫かな……)
弱い自分がどんどん出てくる。
怖くて不安で泣き出したくて、大声で叫びたかった。
わがままに思われてもいいから、もういやだ、逃げたいって正直に言いたかった。
けど、そんなことをしてもどうにもならないと私は知っている。
- 166 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時11分27秒
- 階段はまるで嘘のように軽やかに私を階下に誘い出す。
罠にでも掛かっているんじゃないか。
そう思った私は、ふと足を止めて辺りを見渡してみた。
丁度一階と二階の真ん中。
踊り場に差し掛かったそこできょろきょろと周囲を窺った。
気配を感じるのは上から。じっと見つめ、その正体を探った。
それは蛍光灯だった。
切れかかった蛍光灯がぱちんぱちんと緩やかに点滅していたのだ。
一瞬、訪れる闇とすぐにまたやってくる光。
警告でもするかのように、それは私を責めたてる。
(こんなの、関係ない……)
逃げるようにして、私は階段を駆け下りた。
とりあえずロビーに戻るんだ。
それだけを考えることにして、私を捉えようとする点滅を忘れることにした。
- 167 名前:◆XYnQrG2o 投稿日:2003年07月17日(木)02時12分49秒
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新規更新分 >>151-166
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- 168 名前:川o・−・) 投稿日:2003年07月17日(木)02時54分42秒
- キター!
- 169 名前:七人の名無し 投稿日:2003年07月20日(日)18時53分06秒
- 更新乙です。次はどうなるんだろう。
- 170 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月21日(月)03時31分56秒
- ののたん…… 。・゚・(ノД`)・゚・。
- 171 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月07日(木)22時57分53秒
- ものすごく続きが気になる、今日この頃
- 172 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月24日(日)04時22分48秒
- (●´ー`)<ほぜんするべさ♪
- 173 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)14時49分21秒
- 保全
- 174 名前:ほぜん 投稿日:2003/09/20(土) 11:29
- ほぜん
- 175 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/03(金) 01:49
- 短編感想スレから来ました。
近々更新ということで楽しみに待ってます。
- 176 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 22:58
- 続きがかなり気になるんですけれども……
- 177 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/02(日) 18:12
- 続ききになります〜
- 178 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/05(水) 19:34
- 期待age
- 179 名前:名無し 投稿日:2003/12/02(火) 23:44
- hozen
- 180 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/14(日) 18:16
- 期待sage
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