インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板

震える将星

1 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)00時54分26秒
初めて書いた小説をどなたかに読んでいただきたいなと思いまして、
勝手ながらスレッドを立てさせていただきました。
不評でしたら削除依頼を出しますので、ご感想をお聞かせください。
それでは、プロローグを書き込みさせていただきます…。
2 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)00時55分29秒
『震える将星』

プロローグ : 朝の公園

「うむむ…ふう」
昨夜は久し振りに昔の友人と痛飲し、度を超してしまったようだ。
普通、部屋で二次会やったのだから「俺は仕事に行くけど、ゆっく
り寝てていいよ。鍵は○○○に入れといてくれや」って来るもんだ
ろう。なのに友人は「今日は早番だから」と俺を部屋から追い出し
やがった。
おかげで、まだ陽が上り切らないうちから公園のベンチにひっくり
かえり、犬を連れて散歩するじいさんやら、お揃いのウェアでジョ
ギングするカップルやらに変な目で見られながら酔いを覚ます羽目
になっちまった。くそーあの野郎、次に会ったときに慰謝料ふんだ
くってやる。
しかし、その酔いもかなり抜けた。これなら電車に乗っても支障無
いだろう。とりあえずホテルに帰って、シャワーを浴びるべ。
そう考え立ち上がった俺の耳に、朝の光も眩しく鳥たちの声がかま
びすしい公園には、100%似つかわしくない音が飛び込んできた。
3 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)00時56分30秒
キーッ!
というブレーキのスキール音。
複数の人間が同時に降りたと思しいドアの音。
「ここらあたりだ。探せ!」
という男の怒鳴る声だった。

俺は無関心を決め込み、ベンチから立ち上がると公園の出口の方へ
向いた。

「きゃあっ!」
ドシン。
「いった〜い」
出会い頭に、走ってきた少女と正面衝突してしまったらしい。
尻餅を着いた少女は、泣きそうな表情を一瞬浮かべたが、
「あ、ご・ごめんなさい。大丈夫?」
そう言って差し出した俺の手を握ろうともせず、気丈にも自力で
立ち上がった。
「私こそ、すいません。後ろを見て走ったりしたから…」
そう言うと少女は、怯えた表情であたりを見廻した。
「どしたの?」
我ながら優しい声で話し掛けた。少女がそれに答えようとした瞬間
「おい、こっちだ!」と彼女の後方から声が上がった。
4 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)00時57分38秒
少女が「嫌あっ!」
と俺の背後に回る。
たちまち4人の男たちが二人の前に半円を作った。
「探したぜ。なかなかどうして、アイドルも逃げる術を心得ている
じゃないか」
アイドル?逃げる?俺の頭の中を、疑問符がサークリングする。
しかし、それは少女の一言でピタリと止まった。
「助けてください!」
背後からトーンの高いアニメ声が、必死の色をまとって助けを求め
たのだ。
どうやら、この少女は拉致されようとしているか、された場所から
"逃げてきたらしい。白いブラウスにレモンイエローのプリーツ・スカート
の少女は、よく見ると片足しか靴を履いていなかった。"
これだけでも尋常じゃないが、問題は少女の素性であった。いくら
芸能界に疎い俺でも、彼女の名前ぐらい知っている。
いや、彼女たち、か。
俺が勤めていた会社を辞めて海外へ渡ろうとしていた時期、年端も
行かぬアイドルグループが歌うには、似つかわしくないとさえ思え
る詩の歌がヒットしていた。あれは確か…
5 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)00時58分35秒
「I WISH…」
俺は、上着の内ポケットに手を突っ込み、スイッチを入れながら
呟いた。前方の男たちに緊張の色が走るが、すぐに戻した俺の右手
に何も握られていないのを見て、その色が安堵から嘲笑に変わって
行く。こいつ、馬鹿か?奴らの目がそう言っていた。

「えっ?」
少女が悲壮感を漂わせつつ返した。
「こいつら、悪者?石川梨華さん」
「はい?」
「やっつけちゃっていいのかな」
「は、はい…」
よし、二日酔解消のトレーニングにしちゃあちょいとキツそうだが、
やってみるか。
「聞いたか?やっつけてもいいってよ。四人も寄ってたかって貴様ら」
俺は不敵な笑みを浮かべて男共に聞いた。
6 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)00時59分05秒
「はん?」
左から二番目の男が眉を吊り上げた。
「聞いたかよ。こいつ、正義の味方になるつもりだよ」
阿呆、なるつもりじゃねえ、俺ぁ正義の味方だ。
「お前ら、自分たちを悪人だってわかってんじゃねーか。なら大人
しく帰りな。交番はすぐそこだしな」
手首を前後にヒラヒラさせて行っちまえ、とやる俺に、左端の若い
のが
「けっ、馬鹿が」
と言うが早く、右ロングフックを振ってきた。
素人が、隙だらけだぞ。俺は軽くダッキングしてかわすと、右アッ
パーを喉元に叩き込む。
「…っ!」と声をあげる若いのの上あごへ、正確に左ストレートを
突き刺す。
「ぐうっ」と唸ってその場に崩れ落ちた男を意に介さず、俺は少女
…石川梨華に「離れてて!」と叫び、次の獲物に今度は自分から仕
掛けた。
最初に倒した若いのと同じく、右ロングフックを振る。相手は必死
に避け、反撃の大振りパンチを振ってきたが、誘いだとわからな
かったらしい。次の左アッパーは避けられなかった。顎に入った
カウンターで、20代半ばと思しい男は昏倒した。
7 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)00時59分52秒
よし、こいつら素人だ。これならあとの二人も何とかなる。
そう思った瞬間、後頭部に『ガン!』と来た。
「きゃあー!」
何度目かの梨華の悲鳴があがった。
ちきしょう、頭いいじゃねーかよ。素手でかなわないとみたらすぐ
に道具を使う。トラブルを丸く?収める鉄則と言えた。
声もなく地面に伸びた俺の目の前にカラン、と地面に転がったのは
どうやら鉄パイプらしい。急所は外れたが、意識を刈り取るには充
分なパワーと重量だった。

(こいつ、二人もやりやがって。ざまあみやがれ)
(おい、○○と△△を頼む)
(嫌あっ!離して、離してよ!)
(静かにしろっての。大人しくしてりゃ、手荒な真似はしないから)
(嫌っ!)
(こいつ、仕方ねえ。使いたくはなかったけど…)
(何、何するのよ!むぐっ、むーむー…)
8 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)01時00分26秒
薄れ行く意識の中でも、どうやら薬を使って拉致に持ちこんだことが
わかる。公園の出口へ向けて、梨華を抱えた男とその他3人が歩き
出した。
こんな時に限って、周りには誰もいやがらねえ。たかだか4人を相
手に情けない。くそ、なまっちまったか。
しかし、黙ってさらわれるワケにはいかんぞ。
遠くなる意識を唇に歯を立てることで奮い立たせ、5人を追う。
しかし、いかんせん頭をやられて平衡感覚がヤられていやがる。あ
っちこちにぶつかりつつ、ようやくたどり着いた公園の出口から俺
が最後に見た光景は、北へ走り去る青いベンツEクラスと、その高
部座席から驚愕の表情でこちらを見る、俺を殴ったらしい男の顔だ
った。
(珍しい色のベンツだな。ナンバーは練馬330 ね…)
そこまで見届けて、俺は気を失った。
9 名前:新人 投稿日:2003年03月22日(土)01時01分57秒
以上です。
何しろ初めてなので、誤字・脱字やメンバーの特徴など、
拙いところが多いかと思いますが、そのあたりは御容赦を
いただければと思います。
10 名前:るしあ 投稿日:2003年03月23日(日)17時25分06秒
なかなかおもしろいです。
これからもがんばてください。
11 名前:新人 投稿日:2003年03月23日(日)18時00分16秒
レスありがとうございます。
がんばります。
12 名前:新人 投稿日:2003年03月24日(月)00時37分36秒
『震える将星』

#1 プライド

「ん…」
意識が戻ると、そこは病院の診察室らしい一室だった。素人目にも、
古めかしい医療器具が所狭しと並んでいる。
「痛っ!」
上半身を起こしたところで、後頭部に鈍いが激しい痛みが走った。
手をやると、包帯が巻いてある。どうやら、道で昏倒していた俺を
誰かが助けてくれたらしい。
「おや、気付いたようだの」
未だ頭がはっきりしない俺に、奥から現れた白衣・白髭の老医師
が声をかけた。その風貌、その声、記憶にある。
「ああ、『教授』か…。面倒かけたな」
そういや、教授の診療所の近くだったな、逢坂のマンションは。
「まったくじゃ。久し振りの再会が、道端でくたばっておったとは、
相変わらずのようじゃな。いつ日本に帰ってきた?」
「2日前だよ」
「ほう。まだ時差呆けも治らぬうちにトラブルか。しかも丸腰での」
「はは。荷物は全部ホテルに置いてきたんだ。昨日は逢坂と飲むだ
けのつもりだったから。すまんな」
「礼なら、ゼンに言うんじゃな」
教授は、俺の足元に目を落とした。
そこには、漆黒のラブラドール・レトリバーが俺を心配そうな目で
見つめていた。
13 名前:新人 投稿日:2003年03月24日(月)00時38分13秒
「朝の散歩に行かせろと急かすので、外へ出た途端リードを振り切
って猛ダッシュじゃ。名付け親の匂いは忘れていなかったようだの」
「そうか、お前が…ありがとうなゼン」
頭を撫でてやると、ゼンは安心したように目を半分閉じた。
同時に、いくら二日酔いだったとはいえ、俺は自分の判断の甘さを
呪った。
男たちが石川を拉致しようとしていたことは明白だが、獲物の後方
に回って退路を塞ぐことすら思いつかない素人どもだ。一人倒した
時点でこいつは行けると判断してしまったのが、最大のミスだった。
素手で敵わないと見るや、手段を選ばず倒しにかかるのが素人なの
だ。
"それに、退路がガラ空きだっにもかかわらず、公園で決着をつけよう
としたのもエラーだった。7時を少し廻ったところだったから、通りへ"
出れば人通りはあったはずだ。そこで大立ち回りを演じれば、
目撃者が警察へ通報してくれる公算は大きかったはずなのに。
あの程度のトラブルは日常茶飯事で、意に介さない米国と違い、こ
こは日本である。自分の力で解決しなければならないトラブルは、
大いに減るはずだったのだ。
14 名前:新人 投稿日:2003年03月24日(月)00時39分10秒
「おお、そう言えば…いま何時だい教授?」
とんでもない事を忘れていた。自分のミスを後悔する前に、首を突
っ込んじまった以上、やらなければならない事がある。
「ん?おお、ほれ」
教授は懐中時計をポケットから出して俺の眼前へ持ってくる。
9時を少し廻っていた。奴等が動き出していてもおかしくない時間
だ。しかし、この類の事件は表に出にくい。犯人側は「警察に届け
た時点で人質の命はない」と脅すのが当たり前だからだ。
情報を得るとしたら…
「石川とは、誰じゃ?」
まだ本調子で無い思考回路をフル回転させる俺に、教授が唐突に訊
いた。
「あん?石川…」
「うわ言で呼んでおったわい」
記憶にはないが、どうやらあの立ち回りの続きを夢の中でやってた
らしい。
仕方がない。この老医師に借りを作りたくないのだが、力を借りる
しかない。
数年前に仕事はおろか人間関係を断ち切って海外へ渡ろうとした俺
を最後まで親身になって心配してくれたのは、この老医師と昨夜飲
んだ逢坂、そしてあと一人だけだったのだ。
「モーニング娘。って知ってるかい、教授?」
「石川梨華か!?」
15 名前:新人 投稿日:2003年03月24日(月)00時41分53秒
「なぜそう来るんだ?」
70をとうに過ぎたジジイが、知っているのかも舌を巻いたが、
その情報量の多さには脱帽するしかなかった。
「石川梨華…第4期増員メンバーじゃな。加入当初の影の薄さはど
こへやら、最近はキャラクターも確立して弄られキャラとしての魅
力を発揮しつつあるようじゃ。本体のみならず、タンポポやカント
リーなどのユニットの中心人物としてそのアイドル性を存分に発揮
しておる。何よりあのルックスとアニメ声は、死んだバアさんを彷
彿とさせ…」
「ん、んんんおっほん!」
「おお、すまんの。いやワシの好みなんじゃよ。で、石川梨華がど
うかしたのかな?」
この狸爺が。今回、俺が被ったトラブルの原因であることぐらい、
5秒とかからず理解しているはずだ。そのくせ、どうしても俺から
事実の全てを拾いたがる。
ここで長々と状況を話しても仕方が無い。事は一刻を争うかもしれ
ないのだ。
「教授、モーニング娘。の所属事務所はわかるか?」
教授は質問に質問で返した俺に若干、不満そうな表情を浮かべたが、
「待ってるがいい」
と言うとデスクトップパソコンをいじり始めた。
16 名前:新人 投稿日:2003年03月24日(月)00時43分05秒
中途半端ですが、更新です。
読者の方のご感想をお待ちしております。
17 名前:みっくす 投稿日:2003年03月24日(月)07時52分36秒
すごくおもしろいです。
今後の展開がたのしみです。
がんばってくださいね。
18 名前:新人 投稿日:2003年03月24日(月)12時26分56秒
>>17 みっくす さんへ

レスありがとうございます。
励みになります。
明日は休みなので、もう少し更新できると思います。
19 名前:るしあ 投稿日:2003年03月24日(月)13時35分08秒
どうもるしあです。
前回なかなか面白いとか生意気なこと言ってましたが訂正です
かなり面白いこれからもがんばって
20 名前:新人 投稿日:2003年03月24日(月)20時58分20秒
>>19 るしあ さん

ありがとうございます。
場面と心理をじっくり描きたいので展開は遅いかも
しれませんが、がんばりますので宜しくお願いします。
21 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時36分20秒
第3回の更新です。
こんな私の小説でも読んでくださっている方がいらっしゃる
と思うと、より良いものをと力が入ってしまい、なかなか進まない
です(苦笑)
では、更新します。
22 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時39分02秒
『震える将星』

#1 プライド −2

年寄が何を、と思うかもしれないが、情報収集能力、とくに裏の世
界でのそれは、警察機構をも凌駕するのがこの爺さんだ。
いったいどこから仕入れるのかわからないが、教授からもたらされ
る情報の威力に何度、感謝したことか。
「あったぞ。アップ・フロント・エージェンシー、通称UFAじゃ。
ほう、プロデューサーのつんく♂が珍しく事務所におるらしいわい。
打ち合わせにしては時間が中途半端じゃな」
なぜそこまで分かる!?と言いかけたのを飲みこみ、パソコン画面
から住所を拾った。
23 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時40分04秒
「世話をかけたな。礼はいずれさせてもらうよ」
「もう行くのか。せめて半日は安静にしてもらいたいところじゃが
…お主が聞くわけはないの」
「さすが、よくお分かりで」
「なんじゃ、気持ち悪いの」
「わかってると思うが、事態は一刻を争うかもしれん。それに、後
から鉄パイプで殴った奴に痛い目を見せてやらんとな」
「死人は出すなよ」
「ああ、ここは日本だからな」
「アテはあるのか?」
「さあ。とりあえずUFAを訪ねてみるわ」
と答えて背を向けた俺を、教授はこの爺さんにしては名残惜しそう
な声色で呼びとめた。
「待てい。ゼンを連れて行くがいい。必ず役に立つじゃろう」
俺は振りかえって、教授の足元で尻尾を振りつつ「お座り」してい
るゼンを交互に見つめた。
「ゼンを?」
「そうじゃ。ゼンの鼻がそこらの警察犬より信頼できるのは、お主
も覚えておるじゃろう?それに見ろ、久し振りに本来の飼主の役に立
てると、気合が乗っておるわ」
目線を落とすと、そこにはいつのまにか、足元にまで擦り寄って僅
かに尻尾を振ることで歓喜を表現するゼンがいた。
24 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時40分34秒
確かに幼犬の頃に引き取り、成犬まで育てたのは俺だ。しかし、唐突
に教授のもとを訪れ「こいつを頼む。ゼン、達者でな」とやったのも俺だ
った。立ち去る俺を、悲しそうな声で呼びとめたゼン。滅多に吠え
ないレトリバー種にも吠える根性はあったのかと、あまりに大人し
い性格に、育て方を間違えたかと心配していた飼主を安心させた。
その彼がいま、恨んでも不思議はない俺のパートナーに名乗りを
あげていた。
「…そうだな。久し振りでもあるし、このまま別れるのもナンだし
な。ゼン、来るか?」
「ウォン!」
おお、再会後初めて吠えやがった。先生、やる気だな。
「ほう、珍しく吠えよった。やはり縁りを戻したいようじゃの」
「気味悪いこと言うな。じゃあ、また連絡する」
左手を上げてゼンとともに出て行こうとする。
「スペンサーの連絡先はわかっているな?」
「おお、覚えてるとも。じゃあな」
25 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時41分11秒
診療所の扉を閉め、すっかり暖かくなった外気を吸い込む。後頭部
の鈍痛は残っているが、体調自体は悪くなさそうだ。
「行くかゼン」
歩き出した俺にゼンが無言で続く。ここで「ウォン!」と吠えたら
人語を理解する天才犬だが、残念ながら確証は持てていない。

一時間後、呼び止めたタクシーに「犬はダメだ」とさんざん拒否さ
"れ、通りかかったトラックの荷台に乗り込んでようやくUFAの入居
しているビルに、一人と一頭は辿り着いた。"
26 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時41分44秒
"平日の昼間にしては人気があまり感じられないビルだ。エレベー
ターでUFAが借り切っているフロアまで上がる。"
受付嬢の前までスタスタと歩いて行き、いきなり本題をぶつけた。
「つんく♂さんにお会いしたいのですが」
「は?…あの、失礼ですがアポイントはお取りでしょうか?」
「ありません」
「では、どなたかのご紹介で?」
「いえ」
受付嬢は、俺の後ろに『お座り』して懇願するような視線を
送るゼンが気になる様子だったが、きっぱりと言いやがった。
「では、お取次ぎは致しかねます」
丁寧に頭を下げられたが、なおも俺は名刺を出しつつ言った。
向こう用の英語しか書いてないやつだが、この際仕方がない。
「そう言わず、お願いしますよ」
受付嬢は、俺に渡された名刺を眺めている。
27 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時42分19秒
「ジョーヤ、タカシナ…、ボ・ボウン…何ですか?」
少なくとも名刺に興味を示した。俺はここぞとばかりたたみ
かけた。
「高品といいます。石川梨華さんの件でとお伝えいただけないで
しょうか?」
受付嬢の肩がピクリとしたのが気になったが、ともかく取り次い
でくれる気になったのか内線電話を取り上げたのを見て、俺は
満足した。
「ありがとうございます。あそこに座って待ってますね」
とウインクし、長椅子に座る。ゼンも俺の足元に大人しく寝そべ
った。

「はい、では」
受話器を置くと、受付嬢は俺を呼んだ。
「お会いになるそうです」
「ほほ、ありがとうございます。やったぞ、ゼン」
「?」
俺はゼンに親指を立ててみせた。
28 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時42分53秒
待つこと数分、事務所入口のドアを開けて、一人の女性が現れた。
淡いピンクの上品なジャケットに、黒いパンツをはいている。
髪は茶髪。年齢的には俺よりも少し下だろう。服の上からでも
細身なのがわかる。けっして若さはじけるという感じではないが、
かなりの美人である。
俺はこの女性を知っている。と言っても、ブラウン管の中で動く
彼女だけだが。
モーニング娘。の元リーダー・中澤裕子であった。
中澤はまるで値踏みするかのように俺を頭からつま先まで見ると、
足元に『お座り』しているゼンに気付いて頬を緩めた。
どうやら犬が嫌いではないらしい。

「あんたか?つんく♂さんに会いたい言うんは」
「ええ、まあ。今朝方、ちょっとした事に遭遇しましてね」
「ふうん、それがあの娘のことっちゅうワケか。ええわ、付いてき」
踵をかえした彼女の後ろに続く。ゼンも声ひとつ出すことなく付いて
来た。
前を通過するとき、受付嬢と眼が合った。
「?」微かに怯えたような表情を見せる彼女に違和感を感じたが、
後回しだ。今はとにかく、つんく♂に取り入ることの方が優先だ。
29 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時43分27秒
「意外と小柄なんですね、中澤さん」
「あん?ウチのこと知っとるんか」
「はあ。しばらくぶりに日本に帰ってきたら、脱退したんですって?」
これは昨夜、アイドル好きの逢坂からもたらされた情報だ。
「脱退やない、卒業や」キッ、俺を睨む。おお怖っ。
「はあ、すいません」
そんな会話をするうち、来客用の応接室と思われる部屋のドアを、
彼女がノックした。
「はい」と中から返事があると、中澤は「失礼します」と言って一歩だけ
入った。
「つんく♂さん、この人ですわ。石川のことでつんく♂さんを訪ねて来た
のは」
30 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時45分52秒
デスクに眼を落として何やら考え事をしていたらしいつんく♂は、
中澤の言葉に顔を上げて俺を見た。
シャ乱Qでブレイクした頃は、曲もそこそこだしお笑いのセンスもある
が、いかせん化粧が濃くてお近づきになりたくないタイプだったが、
今やTKを凌駕する大プロデューサーである。風貌も最後に見た頃
の5倍はまともだ。
「あんたか。いきなりアポも無しで無謀なやっちゃな。まあ、かけてん
か」
と、俺に椅子を勧める。椅子と言ってもかなり豪華とわかる応接セット
だ。言われるままに腰を下ろす。ゼンも足元に寝そべる。つんく♂は
俺と正対し、中澤はやや正面からズれた形で俺と対峙した。
31 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時46分31秒
「その犬、なんちゅうたかな。ラブラブ…」
「ラブラドール」
中澤の突っ込みが入る。石川が誘拐されたというのに、緊張感が
感じられない。いや、感じられないように装っているのか。
等と考えているうちに、本題を切り出してきた。
「で、石川がなんやて?」
少しだが、俺を警戒している。そう踏んだ俺はポケットから取り出した
ものをテーブルの上に置いた。
「まどろっこしい説明しても、信じてもらえるとは限らんから、駆け引き
みたいなのは省かせてもらう。これを聞いてくれればわかる」
俺はICレコーダーの再生ボタンを押した。
32 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時47分05秒
「そうか。助けようとしてくれたんやな、あんた」
聞き終わったつんく♂が、ため息をつく。石川の特徴ある声もしっかり
録音されていた。石川誘拐と、助けようとした俺の格闘シーンの
全てが、音声のみながら収録されていたのである。公園で奴等と
やり合う前、俺が内ポケットに手を入れて操作したのは、こいつ
だったのだ。
ICレコーダーは、賞金首との銃撃戦で誤って相手を殺してしまった
場合などに有効な、正当防衛の証明手段である。俺の場合、ペン型で
太さは万年筆ぐらいだが、収録時間は6時間に迫る特注品を使ってい
る。
33 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時47分42秒
「石川…」
中澤が眼に涙を浮かべて唇を噛みしめる。
「中澤、お前が泣いたらアカン。他のメンバーを心配させるだけや」
つんくが言い放つ。キツい一言だが、その通りだ。
すると、俺の足元で静かに会話に耳を傾けていたゼンが立ち上がり
中澤に擦り寄っていった。慰めるかのように、中澤の手に顎を乗せる。
ゼンはこういう芸当が出来る奴なのだ。
人間の感情を、その仕草から読み取ることが。

「他の娘。達には知られてないのか?」
「いや、知っとるよ。吉澤以上のメンバーはな」
年齢が、という意味だろう。
「石川が失踪したことにしてあるんよ」
中澤がフォローする。
成る程、誘拐とわかると失踪に輪をかけた大騒ぎになる。懸命な措置
と言えた。
「で、なぜあんたはわざわざここへ来たんや」
つんく♂が言う。
このICレコーダーを警察に持ち込めば解決の早道と考えるのは素人
だ。俺は自分の考えを伝えた。
34 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時49分25秒
営利誘拐は、その目的が金にあるとはいえ、警察の手が伸びれば
追い詰められた犯人は人質の命をいとも簡単に奪って逃亡をはかる。
金が取れないと分かった以上、足手まとい以外の何物でもない
からだ。
それに、俺は犯人の顔を見ている。さらには逃亡に使った車も目撃して
いる。手がかりは俺の頭の中にある。
そして、これが最大の理由なのだが、俺は素人同然の誘拐犯相手に
失態を演じた。二日酔いだったとはいえ、これはプロとしてあるまじき
ことである。出来ることなら、俺の手で事件を解決したいと考えた。
それだけのことである。別につんく♂やUFAに恩を売ろうとしている
わけでもない。ただ俺のプライドに触るかどうかなのだった。
35 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時53分18秒
「ちょい待ち。あんた、プロとか仕事とか言うが、何者なんや?悪い奴
じゃなさそうなんは、分かるけどやな…」
素性の知れん奴に首を突っ込まれたくないで、金ならやるから。そう
とでも言いたげなつんく♂を制し、俺は言った。
「中澤さん、俺の名刺ありますか?」
ゼンの頭を撫でて心を落ち着けようとしていたらしい中澤は、俺に名前
を呼ばれてはっとしたようだ。
「名刺か?つんく♂さん、これ」
「ん?」
俺の名刺を手に取ったつんく♂の眼が、鋭い光を帯びていった。
「あ、あんた、バウンティ・ハンターなんか?米国のホンマもんなんか?」
「はい。まだ駆け出しですが、米国の免許を持っています」
と言い、俺は身分証明書を差し出した。

米国政府発行の免許を持ち、賞金首をトッ捕まえて警察に差し出す。
受け取る報酬は被る危険に比べれば安いかもしれないが、数をこな
せばそれなりの生活ができる。
免許は、州限定のものもあれば合衆国全土にわたり有効なものも
ある。俺のは、米国内ならどこでも通用する。
36 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時54分23秒
それを手に取って見ていたつんく♂は、すぐに俺に返しつつ言った。
「そうか。それで分かったわ。石川を誘拐した奴等は賞金首っちゅう
ワケやな」
つんく♂は腕組みしながら視線を宙に泳がせる。彼の思考回路は、
いまの状況を整理しようとフル稼働しているのだろう。
「つんく♂さん、信用してもええんちゃいますか?」
「なぜそう思う?」
バウンティハンターの免許は見せてもらったが、本物という保証もない。
その俺を、中澤は信じてみようというのである。俺は黙って二人を見守
った。中澤はさらに続ける。
「さっきつんく♂さん言うたやないですか。『なぜここへ来た』って。誘拐
をネタに脅すつもりやったら、わざわざ面が割れるような真似せえへん
でしょ。しかも目立つ犬まで連れて…ええと」
「ゼンっていう」
37 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時54分56秒
「なあ、ゼン。お前のご主人様は、そんな悪い人やないなあ」
中澤はゼンの頭を静かに撫でていた。ゼンも気持ちよさそうにしている。
「つんく♂さん、警察に届けられない以上、こういうヒトに頼むしかない
んちゃうの?」
つんく♂は、さらに考え込んでいたが、中澤の一言に意を決したように
立ち上がった。
「わかった。あんたに賭けてみようやないか。本場の賞金稼ぎの
意地にのう」
そう言うと、つんく♂は右手を差し出した。
「賭けてもらうだけでなく、信じてもらえるよう、やってみるよ」
俺は差し出された手を握り返しながら言った。
「ぎく。な、何や疑り深いなあ。信用しとるで」
傍らでは、中澤が満足そうな笑みを浮かべていた。
38 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時56分05秒
そのときであった。中澤の側に座り込んでいたゼンが立ち上がり、
ドアの前までトコトコと歩いて行った。そして立ち止まると俺の方を
見る。
(はあ…成る程な)
「つんく♂さん、人が悪いなあ」
「な、何や」
俺は立ち上がると、死角を選びつつドアの前まで行き一気に開け放っ
た。
「うわわっ」「キャーツ」
思い思いの声をあげつつ雪崩れ込んできたのは、モーニング娘。の
メンバー達だった。
「わぁっ」と、倒れこんだ目の前に居たゼンにびっくりして、すぐさま立ち
あがったのは、保田である。
「おとなしそうな犬ね」と感想を漏らすのは、飯田だ。
「ホント、優い眼をしてるべさ」と屈託なく笑うのは、安部。
「名前は何ていうの?」と早くもゼンの頭を撫でている、一際小さい娘
は矢口だった。
四人とも、俺が知っている彼女たちよりだいぶ大人びていたが、紛れ
もなく「モーニング娘。」の1期・2期メンバーであった。
39 名前:新人 投稿日:2003年03月25日(火)11時59分32秒
更新終了です。
やっと「娘。」小説らしくなってきました(苦笑)
しかし私がファンであるヒロインは、まだ出てきていませんが…
では、ご感想、宜しくお願い申し上げます。
40 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月26日(水)21時25分36秒
「ハードボイルドアクション漫画を読んでいるような感覚」
といった感じでしょうか?

第三者の男性視点の娘。小説というのはとかく変な方向になりがちですが
この小説の硬派な主人公にはハマりました。

月並みな言い方ですけどとても面白いです。
作者さん、無理しない程度で頑張って下さいね!

(以下独り言)
つんく氏が悪人として扱われてない小説ってのも久しぶりのような・・・。
41 名前:新人 投稿日:2003年03月27日(木)01時45分03秒
>>40
名無し読者さん、ご感想ありがとうございます。
ハード・ボイルドに近いテイストを目指してますが、
そこはそれ、娘。達の小説ですから、少々コメディ・
タッチも入ります。
あと、推理とちょっぴりの恋愛を絡めて、エンタメ
小説にできればと思います。
これからも宜しくお願いしますね。
さて、いよいよ次回はヒロイン登場です。
更新は…週末にできるかなあ。
42 名前:新人 投稿日:2003年03月27日(木)01時53分36秒
追伸
つんく♂氏が悪者の小説、多いですよね。
意識したワケではないけど、石川が誘拐された
ことが引き鉄で娘。が解散にでも追い込まれたら、
困るのはつんく♂なワケで…で、ああいうつんく氏
になりました。でも、彼のことだから、わかりませ
んよ〜(笑)
43 名前:るしあ 投稿日:2003年03月27日(木)16時26分18秒
どうもるしあです
ヒロイン登場ですかぁやっぱりあの人か?
次回も楽しみにしてるよ〜
44 名前:作者 投稿日:2003年03月27日(木)17時42分42秒
どうも、作者です。
るしあさんはじめ、皆さんお気づきかと思いますが、アのヒト
です(^^)
たくさんありますからね、い×よ×小説は(あわわわわ)
でも、レ×はありません。あくまで親友というスタンスで
行きたいと思ってます。
これからもよろしくおつきあいください。
45 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)22時54分15秒
『震える将星』

#1 プライド−3


「ははは。まあ、そういうことやな。別にあんたに隠そうとしたワケや
ないで」つんく♂はさすがに居心地が悪そうだ。どういう意図で失踪
したことに、なんて言ったのかわからないが、眼鏡の奥の眼は、笑
っていない。まだ何か隠していそうだ。油断ならん男である。

「ねーねーおじさん、バウンティハンターってあれでしょ、殺しのライ
センスを持ってるとかいう」と聞いたのは矢口だ。思い切り誤解して
いる。ハンターといっても、勝手に賞金首を殺していいワケはない。
認められるのは、正当防衛だけだ。それも米国内に限っての話だ。
この日本においては、殺人どころか銃の携帯さえ許されていない。
本来ならば仕事がやりにくいことおびただしいのだ。
46 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)22時54分55秒
「そんなワケないでしょ矢口。ここは日本だべさ。ねえおじさん」
ほう、安部は意外にも常識を心得ているらしい。
「まあそうだが、その『おじさん』ってのはやめてくれんかなあ。
ジョーって通り名があるんでね。仕事用だが」
「ジョー?あしたの、だべか?」
「プーッ!」くそ、意外と失礼な娘だな、矢口真里。
「あのな、俺はこれでも、日本人ではトップの稼ぎ屋なんだぞ。
火の玉・ジョーって、仲間内からは呼ばれてるんだ。何かスポ根
アニメみたいで、ちょっと恥ずかしいんだがな」
「ひ、火の玉!?オ、オイラもうダメ」
と笑い転げる矢口。なぜか憎めないのは小柄なためか。
47 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)22時56分40秒
「それにしてもお前ら、立ち聞きとは関心せんなあ」
矢口のバカ笑いが収まるのを待って、つんく♂が言った。
「だって、石川のことを話してるんだと思って」これは保田。
「オイラ達にも聞く権利はあるよ。そのおじさんにあるんだった
ら」と矢口が口を尖らせる。
他のメンバーも異口同音に口を揃えた。皆、いてもたっても
いられないというのだろう。当たり前の話だが。
「あんたらなあ、話聞いてどうすんのや。探すいうんか?アテも
ないのに」中澤が年上らしくたしなめると、矢口が反撃だ。
「何だよ裕ちゃん、じゃあオイラ達に何もするなって言うワケ?石川が
どうなってるかもわからずに、ただ平気な顔して仕事してろっていう
のかよ!」おお、これは面白くなってきた。この娘は、そうとう気性が
激しいようだ。憤怒の瞳で中澤を睨みつけている。
48 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)22時57分17秒
「誰もそんなこと言うてへんやろ!」
「言ってるよ!石川が失踪した?んで、長引いたら入院でもした
って言って、裏では金を払うつもりだったんだろ?そんなことで
本当に石川は無事に帰って来るのかよ!」
「帰って来そうにないから考えてたんやないか!それとも何、
あんたらでいい知恵でも浮かんだんか?」
「そ、それは…」
「ほれ見い、いらんこと言わんで、大人しくしとったらええんや」
「ぐう…」
どうやら今回は、中澤の勝利に終わったようだ。
49 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)22時57分49秒
「はいはい、そこまで!」
つんく♂がパンパンと手を叩き合わせながらその場を制した。
「矢口の気持ちはわかる。皆もそうやろ、居ても立ってもいられんの
はよう分かるわ。せやからな、今回は専門家に任せようと思うてん
のや」
「専門家って、このハンターさん?」
「そうや。石川誘拐の現場で、勇敢にも犯人グループに立ち向かって
くれたんや」よせよ、おい。
「うそ、マジ?」矢口が驚愕の表情で俺を見る。
「ああ、まんまと成功させちまったがね」俺は頭を掻きながら言った。
「これを聞いてみ」これは仕方ないか。
中澤が、ICレコーダーの再生スイッチをONにした。
50 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)22時58分50秒
「四人もいたんだね…」
「多勢に無勢だべさ」
「ちきしょう、いったい何者なんだろう」
再生が終わると、メンバー達が口々に憤りを呟く。
静かな怒りというのは、こういうのを言うのかもしれない。
だが、それを燃やす人間が一人足りなかった。

「あれ…吉澤は?」最初に気付いた飯田が、皆を見回し
ながら言った。
「よっすぃーは…」安部が俯く。
そうなのだ。つんく♂は『吉澤以上』と言ったのに、彼女の
姿がなかった。記憶に残る最新のPVで、空手の道着を
着ていた、超絶美少女の姿が。
「何や、まだ泣いとるんか?ったく、自分が泣いてもどうにも
ならんちゅうのに」
つんく♂は頭を掻きながら吐き捨てるように言う。
「つんく♂さん、そういう言い方はないじゃん!すげえショック
だったと思うよ。よく耐えてるよ吉澤は」
矢口が反論する。つんく♂はため息をひとつついて言った。
「石川が浚われた時間にな、吉澤が一緒におったんや」
51 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)23時02分08秒
昨夜、仕事を終えた石川梨華と吉澤ひとみは、石川のマン
ションにいた。翌日がオフであったり、または逆に朝早く
からスケジュールが入っていたりすると、吉澤は石川の
部屋に泊まることが多かったのである。
「あー、疲れたねえ」
「うん、今日はちょっとキツかったかな」
二人とも外で食事を済ませ、あとは入浴を済ませれば
寝るだけだ。

「あっ、ヨーグルトが無いや。あたしちょっと買って来る」
冷蔵庫を覗いた梨華が言った。この時間なら人通りも少な
いし、コンビニは歩いて数分の距離である。
「いいよぉ梨華ちゃん、もうお風呂入って寝よ」
「でもぉ」
「いいじゃん明日の朝、あたしが買って来るからさっ。今夜は
久しぶりに二人の甘〜い夜なんだし」
「ばかっ」
梨華は顔を赤くして風呂の準備に逃げた。
「一緒に入ろーねっ!」
ひとみの冗談とも本気ともつかない言葉が後を追う。
52 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)23時02分39秒
明日は久々のオフで、二人でどこかへ出かけようということに
なっていた。久し振りのオフだ、ゆっくり寝ていたい気もしたが、
梨華は「お弁当持って、鎌倉にでも行ってみようよ」と提案した。
屈託のないその笑顔に、ひとみは自分の意見も言えずに賛成
してしまった。
「梨華ちゃんの手作りお弁当が食べられる…」
最近になってダイエットが実を結び始めたひとみだったが、明日は
腹がはち切れても完食するつもりだった。
「だって、梨華ちゃんのお弁当だもんね」

同期としてモーニング娘。に加入して以来、二人は良好な
関係を保ってきた。
梨華は、可愛いというよりも美しいのに、男っぽいキャラで性格
とのギャップが楽しい「よっすぃ〜」が大好きであり、ひとみは
性格・ルックスともに自分にはない女の子らしさを持つ「梨華
ちゃん」が大好きだった。
先を譲った梨華の入浴中に確信犯的に乱入し、それを
予期していた梨華との楽しいじゃれ合いで長風呂した二人
は、ぐったりしながらも仲睦まじく枕を並べて寝たのであった。
翌朝、戦慄の瞬間が待っているとも知らずに。
53 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)23時03分39秒
翌朝「よっすぃーが朝買うっていったんでしょ!」と梨華に追わ
れるようにヨーグルトを買いに出かけたひとみは、マンションの
前に路駐する青いベンツを見た。
「かっけー!こんな色、見たことないや」それ以上は何も
考えず、ひとみは小鳥達の声もかまびすしい早朝の街を、
コンビニを目指してのんびりと歩いて行った。

「えーと、梨華ちゃんはアロエだったっけかな…」
デザートコーナーを前に目移りするひとみの携帯が震えた。
「あ、梨華ちゃんだ。さすがだねえ」
きっと「○○のヨーグルトねっ!」という電話だ。以心伝心
だよねあたしたち。思わず笑みを浮かべながら出た電話は
しかし「よっすぃー!」と一言、梨華の声で叫んで切れた。
54 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)23時04分14秒
「え…なに今の?」
助けを求める悲鳴のように聞こえた。何だろう。
作るって言ってた目玉焼き、焦がしちゃったのかな。いや、
でもそんなことで電話なんかしないよね。
言い知れぬ不安を感じたひとみは、手早く買い物を済ませる
とマンションまでダッシュした。思うように加速できず、梨華
のサンダルをひっかけてきたことを後悔しながら部屋
まで戻ると、入口のドアが開け放たれているのを見てひとみは
愕然となった。
ま、まさか…
「梨華ちゃん!」
中へ飛び込むなり叫んだが、梨華の返事はない。
玄関に、彼女が好んで履くパンプスが片方だけ、寂しそうに
残されていた。
55 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)23時04分50秒
「え、何これ…」
室内はひどく荒らされていた。キッチンの椅子が倒れてい
た。フライパンが転がっている。その側には、出来たばかり
であったろう目玉焼きが潰れていた。居間のテーブルが
ひっくり返っている。クッションが破れ、羽毛が絨毯の上に
散っていた。換気扇も回りっぱなしだった。
「やっぱり、あの電話は…」梨華は暴漢に襲われ、必死の
思いでひとみに電話してきたのだ。
数分後、そう理解したひとみは、まず中澤に電話した。
ハロー・プロジェクトの中心人物であり、モーニング娘。
を脱退した現在も皆の姉貴分である、中澤裕子に助けを
求めたのだった。

中澤はすぐにつんく♂に報告するとともに、飯田・保田・安部
・矢口を集結させた。この4人も幸いオフであったし、飯田に
電話すると昨夜、久しぶりに飲んで、皆で安部の家に泊まっ
ているという。
事情もロクに説明せず「とにかく来ぃや!」と叫んだ中澤を
訝りながらも、4人は事務所へやって来た。
そこで彼女たちが見たのは、中澤の胸で激しい慟哭の
涙を流し続ける吉澤の姿であった。
56 名前:新人 投稿日:2003年03月28日(金)23時10分15秒
今回の更新は、以上です。
本当はもう少し進めたかったのですが、週末の休みが無くなってしまって(T_T)
中途半端な更新で申し訳ありません。

今日、更新するにあたり、前の掲載分を読みなおしてみたのですが、
誤字・脱字・表現がおかしいところ、たくさんありますね…
重ね重ね、申し訳ありません。今後はきちんと校正して、
なるべく誤字・脱字を防ぐように頑張ります。

それでは、ご感想を宜しくお願い申し上げます。
57 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時22分46秒
『震える将星』

#1 プライド−4


「そうか…ショックだったろうな」
「それでや、8時半ぐらいやったか、電話がかかってきたんや」
「石川を預かった、と?」
「そや。3億円、一週間以内やそうや」ん?俺は違和感を覚えた。
普通はこ一週間なんて猶予を与えないはずだ。確かに一日や
二日で用意できる額ではないが、かといって余裕を与えると、
極秘に警察が動き出す可能性も出てくる。
当然、警察に知らせたら石川の命は無いという常套文句も
接尾語として付けられただろうが、犯人が与えた期限は、誘拐
犯としては甚だ不自然だった。

「金さえ手に入れば、石川はすぐに解放する言うんやけどな…」
【けどな】の後に続く言葉が気になったが、つんく♂はそれ以上
は言わなかった。
「ねえ、吉澤ひとりにしておいて大丈夫かな?」冷静に見える
保田が、首をかしげながら言った。
「そうだよ、側にいてやらなきゃ!」
矢口の叫びを合図に、4人が吉澤のもとへ戻っていく。
58 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時23分40秒
「・・・ったく。だったら盗み聞きなんかするんやないわ」
つんく♂はまたも頭を掻く。
「俺も行っていいかな」
「ん?」
「話を聞きたい」
「まともに話せるか、わからんで」
「どうにか聞いてみるよ」

立ち上がり、ゼンを伴って応接室を出た。吉澤のいるという
部屋は一番奥だ。歩き出そうとした俺は、ふとゼンが何かに
気を引かれているのを感じた。
「どうした?」
ゼンの目線の先には、入口のドアがあるだけだ。
「何か気になるのか?」
こういうときのこいつの勘は侮っちゃならない。
俺は行ってみる気になった。
ドアの前まで行くと、ゼンは俺の顔を見上げた。
「外か」
俺はおもむろにドアを開けた。
59 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時24分10秒
"「大変だぁ!吉澤がいないぃ!」と矢口がこの娘にしては珍しく(?)
泣きそうな声で叫ぶ声が、フロアに響いた。"
「どこ行ったべさ!まさか一人で石川を探しに?」
「それはないやろ。アテなんかあらへんのに」駆け付けた中澤が
冷静に言う。
「まさか、じ…」
「圭ちゃん!変なこと言うなよぉ〜」
よく通る矢口の悲鳴を聞きつけてゼンと共に駆け付けた部屋は、
確かに無人だった。廊下では、メンバー達がただオロオロ
している。しっかりしているようで、やはり若い娘だ。
俺はゼンを見た。ゼンも俺を見ていた。
(そうか…さっきの)俺は確信を持つことが出来た。
60 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時25分49秒
「な、何だべさ。まさか匂いフェチ…」
「なワケないでしょ、なっち」矢口が安部に突っ込む。
「吉澤の居場所がわかったぞ」
「え!?」
ア然とする4人に「来るか?」と言い残し、俺はゼンとともに
ダッシュをかけた。エレベーターなんぞ待っちゃいられない、
階段を二段飛ばしで駆け上がる。
「ちょっと、何で屋上にいるってわかるのよぉ!」残すところ
屋上への十数段のみとなったところで、矢口の声が下から
叫ぶ。俺はそのまま、踊り場で4人の到着を待った。
やや遅れて到着した彼女たちに、俺は理由を話して聞かせ
る。
61 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時26分23秒
中澤に寄り添って彼女以外の匂いを確認していたゼンは、
俺達が会談をしている最中に、ドアの向こう側を通り過ぎる
同じ匂いに気付いていたのである。
人語は理解しなくとも、雰囲気でただならぬ気配を察した
彼は、俺に知らせようとエレベーターの前まで案内したの
だった。
果たして、エレベーターの位置表示は『R』で止まっていた。
そして吉澤の座っていたシートで、それぞれ匂いと気配を
確認した俺たちは、屋上を目指したというわけだ。
「へぇ、お前、あったまいいんだな」と矢口はゼンの頭を撫で
る。メンバー中1・2を争う元気&頭の切れる娘に褒められ
ゼンもまんざらでもなさそうだった。
62 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時27分11秒
「…いた」
屋上へ出るドアを少し開けると、ビル風に亜麻色の髪を
なびかせ、長身の少女が悄然と立ち尽くしていた。
梨華ちゃんが誘拐されたのは、昨夜あたしが買い物に出ようと
するのを止めたせいだ。いや、今朝一緒にコンビニに行っていれば
こんなことにはならなかったはずなのに。どうしよう、梨華ちゃん・・・
吹き付ける風に、吉澤の叫びが紛れている気がした。
ただ、幸いにも飛び降りる気配は無く、ただ下を向いて泣いている
だけのようだ。
「ねえ、誰が行くの?」
声を潜めて飯田が言う。
「そりゃあやっぱり、リーダーだべさ」
「やぁよ、あたし…かける言葉がないよ」
「ここはひとつあたしが」
「圭ちゃんはダメ!裕ちゃんよりキツいこと言いそうだもん。
いま刺激したら、飛び降りちゃうよ吉澤のやつ」
やれやれ。
「俺が行こう」
とドアに手をかける。
皆は声もなく俺を見つめた。
「いや、俺たち、だな」
俺が言うや否や、ゼンが足元をするりと抜けて屋上へ出て行った。
63 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時30分18秒
あとがき

おはようございます。今日から出張になってしまったのと、
昨夜の更新があまりに半端だったので、区切りの良いところ
までと思い早起きしてやってみました。
次の更新は来週中頃に、できればと思います。
しかし、ヒロイン登場がここまで遅くなるとは…自分でも
予想してませんでした。
では。
64 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時38分01秒
わー!「59」と「60」の間に大量の抜けがぁ!
更新しなおします。焦るとろくなことがないですね。。。。
鬱(。 。 )
65 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時39分15秒
「吉澤はどこに座っていた?」ここは俺が仕切らなきゃ、どう
にもなるまい。
「「「「えっ!?」」」」
皆が一斉に俺を見る。
ゼンがなぜ、エレベーターを気にしたか…。もう答えを見つけ
たも同然だが、念のためだ。
「吉澤はどこに座っていた?」
俺はもう一度聞いた。
「え…確かそこの隅っこだと思うけど」
保田の指した場所は、ソファの一番手前隅である。
俺はゼンの耳元で囁いた。「わかるな?」
ゼンは何も答えず(当たり前だ)、保田が示した場所へ歩を
進める。そして記憶を照合すべく、シートを嗅ぎはじめた。
そして、顔を上げたゼンの眼が言っていた。
(間違いなさそうだぜ、相棒)
ふむ、俺も。といっても、匂いを嗅ぐわけじゃない。シートに
掌を当てると、まだ温もりが残っていた。
66 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時40分19秒
>>58
の次に
>>65
が入ります。
以下再録します
67 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時41分20秒
〈再録〉
「な、何だべさ。まさか匂いフェチ…」
「なワケないでしょ、なっち」矢口が安部に突っ込む。
「吉澤の居場所がわかったぞ」
「え!?」
ア然とする4人に「来るか?」と言い残し、俺はゼンとともに
ダッシュをかけた。エレベーターなんぞ待っちゃいられない、
階段を二段飛ばしで駆け上がる。
「ちょっと、何で屋上にいるってわかるのよぉ!」残すところ
屋上への十数段のみとなったところで、矢口の声が下から
叫ぶ。俺はそのまま、踊り場で4人の到着を待った。
やや遅れて到着した彼女たちに、俺は理由を話して聞かせ
る。
68 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時42分21秒
〈再録2〉
中澤に寄り添って彼女以外の匂いを確認していたゼンは、
俺達が会談をしている最中に、ドアの向こう側を通り過ぎる
同じ匂いに気付いていたのである。
人語は理解しなくとも、雰囲気でただならぬ気配を察した
彼は、俺に知らせようとエレベーターの前まで案内したの
だった。
果たして、エレベーターの位置表示は『R』で止まっていた。
そして吉澤の座っていたシートで、それぞれ匂いと気配を
確認した俺たちは、屋上を目指したというわけだ。
「へぇ、お前、あったまいいんだな」と矢口はゼンの頭を撫で
る。メンバー中1・2を争う元気&頭の切れる娘に褒められ
ゼンもまんざらでもなさそうだった。
69 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時43分16秒
〈再録3〉
「…いた」
屋上へ出るドアを少し開けると、ビル風に亜麻色の髪を
なびかせ、長身の少女が悄然と立ち尽くしていた。
梨華ちゃんが誘拐されたのは、昨夜あたしが買い物に出ようと
するのを止めたせいだ。いや、今朝一緒にコンビニに行っていれば
こんなことにはならなかったはずなのに。どうしよう、梨華ちゃん・・・
吹き付ける風に、吉澤の叫びが紛れている気がした。
ただ、幸いにも飛び降りる気配は無く、ただ下を向いて泣いている
だけのようだ。
「ねえ、誰が行くの?」
声を潜めて飯田が言う。
「そりゃあやっぱり、リーダーだべさ」
「やぁよ、あたし…かける言葉がないよ」
「ここはひとつあたしが」
「圭ちゃんはダメ!裕ちゃんよりキツいこと言いそうだもん。
いま刺激したら、飛び降りちゃうよ吉澤のやつ」
やれやれ。
「俺が行こう」
とドアに手をかける。
皆は声もなく俺を見つめた。
「いや、俺たち、だな」
俺が言うや否や、ゼンが足元をするりと抜けて屋上へ出て行った。
70 名前:新人 投稿日:2003年03月29日(土)05時45分08秒
以上で更新終了します。
新幹線の時間がヤバいんで、前半部分は御容赦下さい。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
71 名前:るしあ 投稿日:2003年03月29日(土)21時07分26秒
どうもるしあです
1日来ないうちに2回更新されてる
ホント嬉しい限りです
忙しいかもしれないけどがんばってください
72 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月30日(日)03時58分48秒
×安部
○安倍
73 名前:新人 投稿日:2003年03月30日(日)06時30分25秒
おはようございます。出張先のホテルより作者です。

>>71 るしあさん、いつも書きこみありがとうございます。
頑張ります。

>>72 どなたかわからないけど、私のイージー・ミスです。
底の浅さを露呈してしまいました。なっちファンの
方、申し訳ありません。
以後、このようなことがないように気をつけます。
74 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時20分29秒
『震える将星』

『震える将星』

#1 プライド−5


その頃。
石川は手足の拘束を解かれ、少し痛む手足をさすっていた。
(はあ…よかった取ってくれて)石川は部屋をあらためて見まわす。
正面に、リーダー格らしい男が一人。いつでも動ける体勢で椅子に
腰掛け、こちらを見ている。
先刻、拘束を解いてくれた男は、目の前のテーブルに何やら食べ物
を広げているようだ。
「安心していい」リーダーが言った。
「大人しくここにいてくれさえすれば、手荒な真似はしないから」
(誘拐したくせに)石川は思わず抗議の声を上げようとしたが、
その言葉を飲み込んだ。天然ボケボケのお嬢様キャラが彼女の
売りだが、ここで感情に任せて暴れるほど馬鹿ではない。
「いつまで?お金が手に入るまででいいんですか?」
絞りだすように出した問いに、男は若干驚いたようだった。
「いや、そう簡単な話じゃなくてね。1ヶ月もあれば十分だろうが」
(1ヶ月?十分?そんなに休めないよぉ)石川には男の言うことが
理解できなかった。
75 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時21分14秒
「そんなこと喋っていいのかい?…袴田さん」食事の準備をして
いた男が言った。
「大丈夫。何もわかりゃしないさ」袴田の言うとおりだった。
石川にわかったのは、誰かが助けてくれなければ一ヶ月は監禁
されるであろうことと、自分の誘拐以外に何か目的をこの男達が
持っているらしいこと、それだけであった。
「あの…お手洗いに行きたいんですけど」
「ああ。おい稲生」
袴田が稲生に「連れて行ってやれ」とジェスチャーで示した。
稲生が「悪いね」と言いつつ、再び手錠を付ける。隙あらば逃げて
やろうと思っていた石川だが、ドアの外へ出た途端、諦めた。
通路には、目つきの怖い男が座っていた。しかも、木刀を抱えて
いたのである。見張りにぬかりはないようだ。
(この人、朝はいなかったよね)石川は、男が自分を誘拐した実行
犯ではないことに気付いた。
76 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時21分55秒
「終わったら連れてきてくれや銀香。飯の用意も出来てるでよ」
「承知した」短いやり取りの後、稲生は居間へ戻っていった。
「あの…」「トイレならそこだ」と目の前を交差する通路の奥を、
男は示した。
「…はい。ありがとうございます」石川は駄目を承知で「逃がして」
と言おうとしたのだが、銀香と呼ばれた男は石川を一瞥すると、
腕組みをして眼を閉じてしまった。
仕方なく石川は黙ってトイレへ入った。
ドアを閉めると、窓に駆け寄り、鍵をオープンにした。ここから
声を枯らして叫べば、誰かが気付いてくれるかもしれない。
それから、警察に通報が行くかもしれない。
しかし、窓を開けた彼女は、涙とともにその場に崩れ落ちて
しまった。
窓の外に見えるはずの空、あるいはビルの壁、そして街並み
はどこにもなかった。そこには、ブ厚い板が嵌め込まれ、声を
跳ね返さんと待ち構えていたのである。
「どうしよう…だめだよ、よっすぃー」
石川は両手で顔を覆い、そう呟くしかなかった。
77 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時23分39秒
「梨華ちゃん…お願い、無事に…」吉澤の瞳から溢れる涙は、
強いビル風にさらされながらも乾くことも、枯れることも知らず
流れ続けていた。しゃがみ込んで両腕に顔を伏せる。梨華のこと
以外、何も考えられなかった。考えたくもなかった。
そこへ、スッと寄り添った影がある。
「え…」
手をペロリと舐められ、我にかえりそちらを見た。
真っ黒い大きな犬が、心配そうな眼で自分を見つめていた。
(どうしたの?こんなところで一人で泣いているなんて)
犬の声が聞こえたような気がして、思わずその優しい眼を
見つめかえした。
「あたしの大事な人が、いなくなっちゃったの。誰かに連れて
行かれちゃったみたい。身代金の要求もあったんだよ。
あたしがいけないの。あの時、梨華ちゃんを一人にしたから」
(そんな風に考えちゃ駄目だよ。そのとき一人にならなくても、
連れて行かれちゃったよ、きっと)
「そうかもしれない。でも、あたしが買い物してる時に梨華ちゃんが
連れ去られたの。あたしが梨華ちゃんを一人にしなければ…」
78 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時24分42秒
黒い犬は、慰めるように顔を寄せてきた。
(だからって、いつまでも泣いていちゃ…皆も心配してるよ)
「皆が?嘘。あたしのことなんか」
「心配してるさ」
「えっ?」
俺の声に驚いた美少女は、はじかれたように立ち上がった。
ゼンは彼女がそんな風に動いても、悠然と『お座り』している
どころか、小さく尻尾を振っていやがる。ったく、たいした犬だよ。
「あまり一人で背負い込まない方がいい。君のせいなんかじゃ
ないんだから」
「おじさん、誰?」
「お、おじ…うおっほん」吉澤が、(あ、いけね)という顔をする。
「俺かい?君よりもっと罪深い男さ」
「?」
「石川梨華さんが誘拐された現場に居合わせて、みすみす
連れ去られちまったんだ、俺は。二人はどうにか倒したけど、
後ろから鉄パイプで殴られた。迂闊だったよ。俺のせいで
君にまで悲しい思いをさせてしまったようだな。すまない。
この通りだ」
79 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時25分18秒
「そんな…あなたのせいじゃありません」
俺は、自分がバウンティ・ハンターであることを明かした。
「俺にも、プロとしてのプライドってものがある。あんな失態…
ハンターとしちゃ落第だ。それに、誘拐犯の奴らはもっと許して
おけん。奴らはいつも、自分のことしか考えんのだ。人質の家族
や、ゆかりのある人間の苦しみなど考えもしない」
俺はいったん言葉を切った。吉澤は真っ直ぐに俺を見つめている。
その瞳に浮かぶ涙を、俺は拭いてあげることができるのだろうか。
「いま君達のプロデューサーと会ってきた。俺から依頼するなん
て初めてのことだよ。『プロとしての意地をはらせてくれ』ってな」
「つんくさんに…。梨華ちゃんを助けてくれるの?」
「そうだ。だから安心して待っていなさい。状況はつんくを通して
逐一報告する。プロの面目にかけて、この落とし前は必ずつける。
約束するよ。石川梨華さんを無事に救出するってな。女の涙は
こんなことで流しちゃいけない。もっと別の、嬉しい時のために
とっておくんだ」最後のは、我ながらキザなセリフだった。
80 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時25分50秒
「カッコいいべさ〜」
俺のすぐ後ろから、まるで緊張感の無い声が聞こえた。いつの間
にかすぐそばにまで来ていたらしい。この丸出しの北海道弁は…
(シッ!なっち。いまいいところなんだからっ)だそうだ。
くそ、せっかくの名場面をダイナシにしやがって。
ため息を一つ洩らし、俺は再び吉澤の眼を見つめた。
「そいつに言われたろ?いつまでも泣いていちゃ駄目だって」
彼女は足元のゼンを見る。ゼンは尻尾を僅かに振りながら、舌を
出してハァハァとやっている。しばらくゼンと見つめあっていたそ
の顔が、見る見るうちに明るさを取り戻していった。けっ、俺の
一世一代の名セリフより、ゼンかよ。ま、仕方ないか。ゼンに
任せたのは俺だしな。
81 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時26分34秒
「まあ、そういうわけだ。これからすぐに行動にかかる。君たちは
いつも通り、仕事をしているんだ。マスコミに嗅ぎ付けられたら、
厄介なことになるし、頼んだよ。行くぞゼン」
俺はきびすをかえし、心配そうに見守っていたメンバー達とすれ
違う。ゼンは例によって一言も発せず、俺に付いてきていた。
「吉澤のばか!心配させるなよもう」
「ごめんなさい」
「オイラ心臓が止まるかと思ったよー」
「すいません…」
「あの人に任せて大丈夫だべさ。バウンティ・ハンターだし」
「そうそう、えーと何て言ったっけ。日野俣ジョー?」
「ったくカオリはぁ。火の玉だよ。火の玉」
…それを連呼するな。
82 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時27分09秒
「それじゃ、な。ゼン、急げ」
俺は振り返って片手を上げた。
「ウォン!」
おお、珍しく俺に続きやがった。ふむ、こいつ吉澤に惚れたな。
昔から人間っぽいところがあったが、アイドル好きとは知らなか
った。まあいい、とにかく行動開始だ。
「あのー」
再び出入口へ向けて歩き出した俺を、呼び止めたのは吉澤
だった。
「何だ?」
俺は振り返りもせず訊いた。まだ泣き言を言うようなら、その頬を
一発張って、気合を入れてやるぞ。
「あたしも連れて行ってください!」
「何ぃ!?」
今度は振り向かざるをえなかった。
そこには、涙の跡などどこにも感じさせない、しかし悲痛な決意を
秘めた吉澤ひとみが、気迫を漲らせていたのだった。
「ちょっと、何言ってるの!」
保田が慌てて両肩を掴む。しかし彼女は、それを押し退けて一歩
前へ出た。
83 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時27分43秒
「あたしにも、手伝わせて下さい。このまま何もせずに、ただ無事を
祈るだけなんて、嫌です!」たった二言だが、断固たるものが
秘められている。それぐらい俺にもわかった。
そして、彼女の気持ちは痛いほどわかる。
俺だって、同じ立場ならそう言うだろう。しかし、彼女は、まだ少女と
表現してもいい、若い女性である。しかもトップアイドルなのだ。
「あ、あのな……ん?」
それでも「駄目だ。待ってろ」と言おうとした俺の機先を制したのは
ゼンだった。トコトコと吉澤の足元まで歩み寄ると、彼女に身体を
摺り寄せやがった。くそ、この裏切り者。
「ほら、ゼンも『一緒に頑張ろう』って」吉澤はニッコリと笑った。
だー、アイドルの武器だ。こんな場面で使いやがるとは。
「あうっ、ぐ…」反論できん。こうなったら俺の負けだ。
「勝手にしろ。だが邪魔だと思ったら、すぐにクビだぞ」仕方が
ないな。大親友の危機だ。じっとしていられる方がおかしい。
「付いて来なさい」俺は再び歩き出す。しかし−
84 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時29分16秒
「ん?」
ゼンも吉澤も付いて来ない。「ゼン、何やって」「ジョーさん!」
「うおっ!?」今度は矢口か。「オイラもやるっ!」うわちゃー。
俺は天を仰いだ。
「まりっぺだけじゃないべさ。あたしも頑張るべさー!」
「仕方ないなあ、あたしもやってみっか」
「ねえ、カオリにも何か役に立てること、あるかなあ…」
安倍と矢口など、ゼンの胴を抱いてテコでも承知させるという構え
だ。保田の「仕方ない」はポーズだろう。しかし飯田は…?
「この稼業はな、素人が通用するほど甘かねえんだ」と言いかけ
てやめた。彼女達の眼は、石川救出の御旗のもとに、紅蓮の炎を
吹き上げていたのである。チャ〜ララチャッチャラ〜というBGMが
聞こえたような気がした。まるで『巨人の星』の世界だ。
「本気か?」という問いに、全員が俺の眼から視線を外さず頷く。
どうやら、腹をくくるしかないようだった。
85 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)00時33分01秒
更新終了です。
出張の帰りは、新幹線の中でずっと書いておりました。
家に着いて校正して書き込みましたが、誤字・脱字が
あるかもしれません。御容赦を…。

『震える将星』は、第1章がここまでとなります。
現在、捜査第二日目のプロットを起こしている所で
自分では「驚くべき」展開を考えています。

それでは、ご感想を宜しくお願い申し上げます。
86 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時40分06秒
『震える将星』

#2 疑惑−1


応接室に戻った俺達はしかし、つんく♂の怒声に耳を塞ぐ破目に
なった。
「んな事できるワケないやろ!」
俺に対する協力を申し出たメンバー達に対し、彼の答えは当然
ながら、NOだった。
「お前ら全員、仕事に穴空けるつもりなんか?冷静に考えてみい、
会社が許すわけないやろが」
「そんな…オイラ達に平気な顔で『モーニング娘。でーす』って、
やってろっていうの?」気の強い矢口は当然、猛反撃する。
「みんな揃って娘。なんだよ!石川が危険な目に遭ってるのに、
知らん振りして仕事なんかできないよ!オイラたちの娘。は…
そんなんじゃない!!!」さっきの中澤に対してより、数段強い
口調と、表情だ。
87 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時40分39秒
これには「そんな我侭言うなや…」とつんく♂もタジタジだ。
「こうしてる間にも、石川がどんなことされてるか…酷いよ」
矢口は唇を噛み締めて俯いた。その頬を涙が伝う。
精一杯明るく取り繕っていても、やはり皆、石川が心配でたまら
ないのだ。
「矢口…」飯田が矢口の肩を抱く。この場合は逆効果だ。気の強い
矢口が、しゃくりあげ始めてしまった。「お願いだよつんくさん…。
お願いだから…」
「つんくさん、私からもお願いします」飯田が大きな瞳に決意を
込めて言った。
「・・・しかしやな、下旬からはツアーが始まるんやぞ。リハーサル
にも、そろそろかからなあかん。そんなんでどうやって探すんや?」
「それはこれから相談します。お願いします、つんくさん。圭ちゃん
の最後のツアーなんです。リハから本番まで、全部いまの12人で
やらないと、意味がないの」
飯田の眼にも、うっすらと涙が浮かんでいる。それは、矢口のもらい
泣きではなさそうだ。
「あたしも同じ気持ち」安倍が凛とした表情でつんく♂を見据えた。
「娘。のいい時も、悪い時も、一緒にやってきた圭ちゃんの卒業
ツアーだもん。みんなでやりたいの」
安倍の言葉から、北海道弁が消えていた。
88 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時41分32秒
「その点は俺も同感や。とくに石川は、保田が面倒見たんやしな
…しかしやなあ」
「しかし?何が『しかし』よ!つんくさんがそんな人だと思わなか
ったよ!あたしたち、騙されてたんだねっ!」
矢口は溢れる涙を拭こうともせずに絶叫した。
「やめ矢口、言い過ぎや」見かねた中澤が止めに入る。
矢口は既に号泣していた。
止めた中澤も、何も言えず黙ってしまう。
吉澤は唇をきつく噛み締めているように見えた。
沈黙の時間が過ぎていく。

この娘たちには、わかっているのだ。
過去の誘拐事件において、たとえ解決したとしても人質の生存率
が非常に低かったことを。
警察の手が伸びた場合、あるいは公開捜査に踏み切られた場合、
さらにそれが下がり、ゼロに近くなることを。
89 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時42分22秒
「仕方ないなあ…」つんく♂が苦渋に満ちた表情で断を下した。
「ただし、全面的に関わるんは吉澤だけやで」
たちまち輝きに彩られてゆくメンバー達の顔。
やはり彼女達には、笑顔が似合う。
「あとは仕事に支障のないように、空き時間を使うんや。ええな」
彼女たちも、それぐらいは譲歩しなくちゃならないだろう。ビジネス
なのだから。「うーん」矢口が腕を組むと、中澤が口を挟んだ。
「あんたらも少しは譲歩せえや。裕ちゃんかて、仕事なんぞ放り
出して、ジョーさんと一緒に探したいんやで」
その声に、先ほどまでの悲壮感は消えていた。
さすが元リーダーだ。今でも精神的柱は彼女とみた。
「つんくさん、根回しは任せるわ。あたしもやります。ええですよね」
「あーもう分かったわ。しゃあないなあ、二人は入院でもさせるか」

これで明日の芸能トップニュースは決まったな。
90 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時43分53秒
「それとな、今夜から全員、ホテルに入ってもらうで。不思議そうな
顔すんな。どこから石川の件が漏れるかもわからん。仕事と
石川捜索に出るとき以外は、一切の外出を禁じるで」
彼は厳しい口調で言い渡した。
機密漏洩(この場合、それに値する)に対するガードは、当たり前
だ。マスコミが嗅ぎ付けたら、石川の命は風前の灯火と言っても
過言ではない。
皆不満そうな顔だが、ここは納得してもらうしかない。
彼女達にもそれは分かっているようで、じきに穏やかな表情に
変わっていった。
「今日は一日オフやったな?」皆が頷く。「なら、今日だけは誰が
何をしても文句言わん。やれるだけやってみいや。ただし、危険な
ことだけは避けてくれよ」
「ありがとうつんくさん!」「さすが、心が広いべさ〜」「愛してるよー」
メンバー達の歓喜が満ちていく。まだ石川を救出したワケでもない
のに…しかし、明るいことはいいことだ。
俺は、そんな会話に加わることなく、別のことを考えていた。
UFAに来て以来、俺には引っ掛かることが二つあったからである。
91 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時44分32秒
俺は、今後の展開をあれこれ言い合ってワイワイやってる皆に
聞こえるかどうかの声量で言った。
「犯人はなぜ、石川を狙った?」
「え?ジョーさん、いま何か言った?」
気付いたのは矢口だけか…けっこう、大事なことだと思うがな。
「いや、なぜ犯人たちは、石川だったのかなあと思ってね」
「そりゃ、腕力のないコだし、誘拐しやすそうだからじゃないの?」
「簡単に言うな。だったら外出した吉澤の方が早いだろう?それに
なぜ、奴等は侵入できた?入口で暗証番号を打たなきゃ、エント
ランスホールにも入れないんだろう、石川のマンションは」
皆が、いつの間にか俺と矢口を見ていた。
「うーん、そうだよねえ。第一、石川はまだ引越しして2ヶ月もたっ
てなかったし、関係者以外は場所を知らないはずだよなあ」
ふむ。なかなかやるじゃないか。もう気付くかな?
「そうだろう。それに皆アレだろ、ストーカーとか付かないように、
半年に一度ぐらい引越ししてるんだろう?中澤、そうだよな」
「ああ、そやなあ。おかしなのが、うろつかんようにな」
これも逢坂の入れ知恵だ。本当らしい。
92 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時45分15秒
だとしたら、ファンの仕業じゃあるまい。
かといって、最後の仕事場から後を付けた事も考えにくい。
途中、マネと三人で食事をしているし、帰路はわざわざ、
乗る必要のない首都高に乗ってまで、後をつける車がない
ことを確認しているのである。
「だとしたら?」
「だとしたら…」
矢口が考え込む。そして数秒後、彼女の眼が大きく開かれ、
俺にがばっと振り向いた。
「わかったか?」
「うん。でも、でも…まさかそんなことって!オイラ信じたくないよぉ」
「なに何?まりっぺ、どうしたべさ。何を信じたくないって?」
「うぇーん、なっちい」
安倍の胸に抱きついてイヤイヤをする矢口の口から言わせるのは
酷か。

「内通者だ」
俺は、きっぱりと言った。
93 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)20時48分47秒
CD-TVのライヴにどうにか間に合った作者です。
保田の卒業ソングとなる新曲、いいですね。
久し振りに聴いた THE PRACE といい、
石川の魅力が際立ってます。

それにしてもこの小説、ヒロインが全く喋りませんね。
反省…
94 名前:新人 投稿日:2003年04月02日(水)21時54分12秒
いま気付きました。
PEACEのスペル、大間違い。
鬱(。。)
95 名前:みっくす 投稿日:2003年04月02日(水)23時28分50秒
おお、一気に進んでますね。

はたして内通者は誰かな?
楽しみにまってます。
96 名前:新人 投稿日:2003年04月03日(木)23時16分06秒
こんばんは、作者です。
>>95
みっくすさん、カキコありがとうございます。
さあて、内通者は誰でしょう?
伏線は張ってあるので、お気づきの方もいるかもしれませんね。
「いる」ってほど、読者の方がいらっしゃるどうかの方が、
私には謎です(w

次回の更新なのですが、これから校正してみて、今夜中に
できれば、と思っています。
遅くとも、明日の朝には。

仕事が忙しくなってきたので、週末のまとまった更新が難しく
なりそうなので、一回の更新量は少なくなくなりますが、
こまめにやっていければと思います。
97 名前:新人 投稿日:2003年04月03日(木)23時54分16秒
『震える将星』

#2 疑惑−2


内通者。何者かが、石川の身辺情報を犯人グループへ提供
したのだ。おそらく、ソースはマネだろう。
「何やてぇ?あんた、ウチらの中に裏切り者がおるっちゅうん
かい!」
中澤が血相を変えた。その眼には憤怒の炎。…怖い。

「落ち着け。誰もメンバーの中に、なんて言っちゃいないだろ。
おそらくマネージャーでもない」
「じゃあ誰が?」
保田が不安そうな声を出した。
俺は少し考え、「中澤、俺が訪ねて来たときのこと、まだ覚えて
いるよな?」と言った。
98 名前:新人 投稿日:2003年04月03日(木)23時55分01秒
「アンタが来たとき?…ああ、いきなり石川の件で、ゆう男が
犬連れてロビーに来てるって…」
そこまで記憶を掘り起こしたところで、中澤の表情が変わった。
それは、思い出してはならない記憶を取り戻してしまった時の
人間が見せる、一生に何度も作ってはならない表情だった。

「あのとき、取り次いだのは何故だ?『石川の件』だけで、
何の疑問も持たずに俺を会わせようとしたのは、いくら何でも
不自然だと思わんか?」
「そう言えば…」保田が何かを思い出したようだ。

「何日か前、石川のマネージャーが『手帳が無くなった』って、
ちょっとした騒ぎになったよね。結局、次の日にデスクの下
から出てきて、笑い話になったけど…」

内通者がいたとしたら、その程度は難しくない。しかも、UFAの
人間でありながら、直接芸能界と関係無い人間がやったとした
ら?これは盲点だろう。
99 名前:新人 投稿日:2003年04月03日(木)23時56分05秒
俺が疑惑を確信に変えたとき、異変が起きた。中澤の身体が
小刻みに震え出したのだ。
そしてぬおっ!と立ち上がると「あの小娘がぁっ!」と叫び、ドア
へダッシュした。
「あかん、取り押さえ!」
つんく♂の素早い号令が飛ぶ。
「待って裕ちゃん!」
「落ちつくべさァー!」
保田と安倍がすがりつく。

それでも中澤は「離せぇぇぇぇぇ!」と大暴れして止まらない。
これには流石の俺も引いた。こんなに激しい気性の持ち主だった
とは。
俺は「なぜ止めない」と非難の眼でゼンを見てやったが、やつめ、
そ知らぬ顔でそっぽを向いてやがった。
100 名前:新人 投稿日:2003年04月03日(木)23時56分58秒
「いま手荒な真似しちゃ、元もこもないだろうバカ裕子ぉ!」
「ぐっ!」
矢口が怒鳴りながら鳩尾にかましたヘッドバッドで、ようやく静かに
なった。

「あ、あんた、手加減しいや」
息も絶え絶えだ。しかし、彼女を止めるには仕方なかった。
「ったく!」と中澤を睨むと、矢口は俺に向き直りニッコリした。
「泳がせるんだよね?」
…こいつ、俺が言いたかったのに。
101 名前:新人 投稿日:2003年04月03日(木)23時57分50秒
本日の更新終了です。
本当に短くてすいません。
102 名前:新人 投稿日:2003年04月06日(日)00時00分14秒
『震える将星』

#2 疑惑−3


応接室での中澤騒動が一段落してみると、もう午後1時を回って
いた。かなり時間を消費してしまったが、まあいい。このあとの
戦術次第で、どうにか取り戻せるだろう。
それよりも、もう一つの疑問だ。

「つんくさん、あんた、何か心あたりがあるね」
俺はつんく♂をじっと見ながら言ってやった。
最初もそうだったが、依頼主のくせに今も、俺の眼をようとしない。
これは必ず、何かある。

「な、何や。やぶから棒に」
つんく♂は笑顔で取り繕ったが、やはり目線を合わせない。
「ぜんぶ話してくれないかね。石川を助けるために、少しでも情報
が欲しいんだ」
核心へ入っていこうとする俺の発言に、メンバー全員が固唾を
飲んでプロデューサーを見つめた。

「お、俺は何も…」と否定しかけたが、メンバーの悲痛な、とりわけ
吉澤の懇願するような視線には参ったようだ。
「かなんなあ、そんな眼で見んなや。わかったわ」
103 名前:新人 投稿日:2003年04月06日(日)00時01分13秒
話し終えて、つんく♂はため息をひとつ、大きく吐いた。
「そんなのひどい…」
それまで黙っていた吉澤が呟いた。
「娘。だけの問題じゃないじゃん」
矢口は怒りを抑えているように見える。
「証拠があるわけやない。けど、噂になっとるんは事実や」
つんく♂は困ったように言った。
「時間が無さ過ぎる。このままやと奴の思惑通りになってまうわ」
皆、悲痛な顔になる。そんなの酷い。酷すぎるよ…。

つんく♂の顔にも苦渋の色が浮かんでいる。
これだけの人数がいるのに、シンとしてしまう応接室。
誰もこの空気を破ろうとしない。
人間、誰でも認めたくない事実はある。それが全員となると、
時間も本人達も、凍りつくことになるのだった。
104 名前:新人 投稿日:2003年04月06日(日)00時01分50秒
この空気を破ることが出来るのは、俺と、あと一人しかいない。
「中澤」と俺は隣に座る妙齢の美女に声をかけた。
「やってくれるか?」
静かに煙草を燻らせながら話を聴いていた中澤は、それをもみ
消しながら言った。

「そう来ると思ったわ。いつの間にか呼び捨てにされとるし、
取り入るのうまいなあ、アンタ」
図々しいかい?ハンターにはけっこう大事な能力でな。
初めて言葉を交わしたときからタダ者ではないと感じていたが、
いまの会話でそれは確信に変わった。

今や『ハロー!プロジェクト』全体の柱に成長したモーニング娘。
の元リーダーは、俺のたった一言だけで全てを理解したのだ。
俺を揶揄したのは、照れ隠しに違いない。
「あたしを暇やと思うてるんか?失礼なハンターやな」
不敵な笑みを浮かべている。油断ならん女だ。
「まあ、仕事しながらでも出来ることやけど」
俺が微笑して右手を差し出し、彼女がそれを握り返したのは、
言うまでも無かった。
105 名前:新人 投稿日:2003年04月06日(日)00時03分10秒
これで空気が一変した。俺達の笑顔に「でも、やるしかないんだ」
という意識が満ちて行く。こうでなくちゃいかん。

俺はエージェント、もしくは非常勤エージェントになるであろう
メンバー達に、方針を明かす。
この場合、二つのチームに分かれて捜査した方が早いだろう。
うち一つは、中澤に任せることになる。
内部と外部、二方面から攻めるのだ。

「頼む。飯田と矢口、うまくやってくれよ」俺は中澤のブレーンに
旧・タンポポの二人を指名した。
「あいよっ。裕ちゃん、頑張ろうぜい!」
「え、何、何が始まるの?」
「あんたなあ…」
中澤が呆れるのももっともだが、飯田にはもう一つ依頼がある。
106 名前:新人 投稿日:2003年04月06日(日)00時03分51秒
「飯田、ボケてる場合じゃないぞ。お前に個人的にやってもらい
たいことがある」
「あたしに?何だろうなあ〜♪」
緊張感がまるで無い飯田を無視し、俺は「部下達」に聞いた。
「この近くに文房具屋はあるか?」
「文房具屋?それなら二つ先の角にあったべさ。確か、コケコッ
コー…」
「キンコーズ!ったく、ぜんぜん違うじゃん」矢口の突っ込み。
「そこにあるかな?スケッチブックと、3Bか4Bの鉛筆、なけりゃ
HBでいい。あと消しゴムも必要だな」
中澤の眼がキラリと光る。「あんた、ひょっとして?」
「あたし、行って来ます!」
メンバー随一の俊足を誇る吉澤が、怒涛の如く駆け出していく。
それを見送った俺は飯田に微笑み、言ってやった。
「描いてもらうぞ、飯田。犯人の顔を」
「!」もともと大きいその瞳が、一段と大きく輝く。
「は、はいっ!腕にヨリをかけて!」
…何を料理する気だ?
107 名前:新人 投稿日:2003年04月06日(日)00時05分32秒
本日の更新終了です。
今日は一日雨でしたね。
明日は晴れて暑くなるそうです。
それでは皆様、良い週末を…
108 名前:るしあ 投稿日:2003年04月07日(月)12時30分32秒
更新早いですねついつい見忘れていたら
3回ほど更新されていていっきに見ました
中澤っていったい何者なんだ?気になる
109 名前:丈太郎 投稿日:2003年04月07日(月)17時10分10秒
更新お疲れ様です。
偶然見つけて、最初から一気に読みました。
私も吉澤が好きなので、まだセリフが少ないみたいだけど期待してます。
可愛い吉澤を見てみたいなあ。
作者さん、がんがってください。
110 名前:新人 投稿日:2003年04月08日(火)06時35分27秒
>> るしあ さん
いつもカキコありがとうございます。
中澤姉さん、けっこう好きなんですよ。で、前半はけっこう活躍します。
その後、中盤は出番が少なくなる予定ですが、クライマックスではまた
大活躍する予定です。請うご期待?

>> 丈太郎さん
可愛い吉澤ですか?うーん…女の娘らしいということでしょうか。
それならご安心ください。ちょっとした仕掛けを用意してます。

CD−TVライヴの、なっち、矢口、それに吉澤。可愛くて、
美しかったですね。ヒットするといいなあ、新曲。

では。
111 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時04分19秒
『震える将星』

#2 疑惑−4


俺にはモットーがある。目には目を、この場合は情報には
情報を、ということになるか。
あるいは「毒をもって毒を制す」でもいい。
使う媒体はいくらてもあるが、かなり有力なのが、怪しげな
情報を元にスクープを求めて暗躍する連中だ。
こいつらを利用しない手はない。
そして中澤も、全く同じ事を考えていたのだった。

「心当たりがあるわ。任せてんか」
彼女は力強くそう言うと、手帳を取り出して何やら電話をかけ
はじめた。
自分の携帯を使わないところなどは、ちゃっかりしている。

その後、詳細を申し合わせ、今夜の手配をしてから、俺は
言った。
「スピードが命と思ってくれ。今日・明日中に目処をつけたい。
よろしく頼む」

俺がゼンにリードを繋ぎ、皆を見まわして頷いたのを合図に、
「石川梨華身代金誘拐事件」の『捜査員』たちはそれぞれに
行動を開始した。
112 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時05分17秒
つんく♂には、いくつか必要な品を用意してもらうように頼ん
だ。彼は同時に、関係者への根回しも行う。
パソコンが得意だという保田には、情報処理担当とつんく♂
のサポートを頼んだ。不満そうだったが、この仕事には欠か
せないと説得して押し切った。

俺の方は、安倍・吉澤と共に宿泊先のホテルへ向かった。

自分の荷の中から、必要なものを貸し与える為だ。
俺の証言を元に飯田が30分足らずで描いた似顔絵のコピーも
忘れずに渡した。
それにしても上手い。下手なモンタージュより、ずっと似ている。

さらに俺は、二人にICレコーダーを渡す。
自分で持っていたやつは、中澤に貸してあった。

「こいつで聞いた話を全部、録音してくれ。録音は聞き込みを
するときだけでいいが、電源自体は入れたままで頼む」
「なんでだべさ?」安倍が不思議そうな顔をする。
「知りたいか?」
俺は鞄からパソコンを出し、メインパワーを入れつつ聞き返した。
113 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時06分01秒
「うん聞きたーい」吉澤はやや元気を回復していた。
ピョンと跳ねて来ると、ゼンの首を抱く。
俺にはゼンの鼻の下が伸びたように見えた。
ゼンの奴も初めて見るはずだ。興味津々の顔で俺とパソコンの
間にひょっこり顔を出してきた。くく、さっきのお返しだ。

ほどなく、パソコンの画面が切り替わり、関東地方の地図と、
一つの光点が現れる。
光点に固有名詞を設定し、二人に見せてやった。
「見てみ」
「?」

二人が画面を覗き込む。画面では、明滅する光点の下に、
先ほど設定したネームが一緒に明滅していた。
「な・か・ざ…えっ!?」
「NAKAZAWA!これ、裕ちゃんのことだべさ!?」

そのとおりだった。このレコーダーは同時に発信機の役割を
果たし、俺がいまパソコンに出した画面はそのトレーサーなの
だった。

元・CIAのハンター仲間から譲ってもらった『お下がり』だが、
衛星を介してナビなんかより何倍も正確な情報を提供して
くれるので、俺は重宝している。
もっとも、ペン型発信機の方が恐ろしく高価なため、現在所持
しているのは3機だけだが。
114 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時07分00秒
その一つ(公園で使った)を、中澤に持たせたのであった。
「かっけー!」
吉澤が嬌声を上げるのに構わず、俺は東京都の地図を広げた。
二人も真剣な表情に変わり、側へやってくる。
いよいよだ。俺は二人に聞き込みの作戦とノウハウの一部を、
企業秘密スレスレまで伝授した。

「よし、行こうか」立ち上がった俺を、安倍が止めた。
「待ってジョーさん。よっすぃー、あれやるべさ」
「?」
「うん、やろう!」
二人は中腰になり、右手を出して重ねた。
ちょうど野球やバレーボールのチームが気合を入れるときに
やる『あれ』に似ている。
昨夜、逢坂にライヴのビデオを見せられたとき、舞台裏で
見た。彼女達が本番前に、必ずやることだ。

「ジョーさんもやるべさ」「早く!」
やれやれ。俺も右手を重ねた。
「がんばって行きまーっ」
「「「しょい!」」」『ウォン!』
声をそろえたゼンを見て、三人とも思わず吹き出した。

そして俺たちは、石川梨華が消えた街へと駆け出していった。
115 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時08分03秒
一方、中澤のチームはさらに二手に分かれて行動を開始
していた。

飯田・矢口の二人は、内通者であるUFA受付嬢・三輪祥子の
マークに付いた。
これほど無警戒に事務所に入り、必要な情報を集められる者
はいないだろう。
何しろ、関係者であって、芸能界とは直接関係の無い人間だ。

祥子は既に退勤していたので、二人は住所を調べてアパートへ
行ってみることにした。
新玉川線の駒澤大学から遠くない彼女の部屋はまだ暗く、
住人の不在を告げていた。

「どうする矢口?」
「うーん…闇雲に探してもアレだしなあ。張り込むしかないん
じゃない?」
「張り込むってどこで?このまま外に立ってたら目立っちゃわ
ないかな。それにまだ寒いしさ、風邪なんかひけないんだから
ね今は」
116 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時08分40秒
3月とはいえ、これから夜になるに従い、コートを必要とする
寒さがやって来る。
耐えようと思えばどうにかなるかもしれないが、彼女達は
アイドルである。
このうえ風邪で二人までが倒れたりしたら、グループ自体が
大変な窮地に追い込まれる。飯田はさすがにリーダーで
あった。

「そうだよね…裕ちゃんに聞いてみよっか」
納得した矢口はそう言うと、中澤の携帯番号をプッシュした。
相談を受けた中澤は、2時間後に車を持って行くという。
「2時間!?夜になっちゃうよぉ」
当然、矢口は文句を言ったが、こんなときに我侭を聞くような
中澤ではない。
「ええから!しっかり張ってるんやで」
とだけ言って、電話を切ってしまった。
117 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時09分12秒
ジョーと打ち合せていた「情報戦」とやらにとりかかっている
彼女は、仕事のこともあってまだ動けないらしい。
仕方なく、矢口は飯田と二人身を寄せ合い物陰に身を隠し
つつ、祥子と中澤が現れるのを待つしかなかった。


きっかり一時間後、中澤はダーク・ブルーのホンダ・フィットを
駆って現れた。小型で夜陰にまぎれる、張り込みには理想の
車である。
「うわぁ、助かったあ!」
寒さと迫り来る闇との両面戦を強いられていた二人は、運転
席に中澤の姿を見つけるとダッシュで車内に転がり込んで来た。

「ご苦労さん。ほれ」
「わっ、肉まんだぁ!裕ちゃんさすがぁ」
温かいホットコーヒーもあった。すかさずがっつく二人に苦笑い
しながら、中澤は祥子の部屋に注意を払っていた。
「まだのようやね」
「ふ?ほーがへ。ははひはんぉはやぁひ」
「そうやなぁ」
時計を見る。まだ7時を回ったところだ。
118 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時09分54秒
「んんん…はあ、生き返ったあ。で、そっちはどうだったの?」
コーヒーで肉まんを流し込んだ飯田が訊いた。
「まあ、今日は餌を捲いたっちゅうところやからな。そう簡単に
はなあ。効果が出るのは、早くても明日からやろ」
「そうかぁ。でも本当なのかな、つんくさんの言った…」
「信じたくはあらへんけどな。ジョーさんの勘がマジやと告げる
そうや。せやからウチを行かせたんやろ、魑魅魍魎の巣窟に」
「キミリョウモー?」飯田は相変わらずだ。

そのとき、バックミラーに映る通行人を見ていた中澤が一瞬だけ
後ろを振り向くと小声で(?)叫び、身を沈めた。
「シッ!来たで、身ぃ低く!」慌てて飯田と矢口も頭を低くする。
間もなく、三人が乗るクルマの横を、コンビニの買い物袋を
下げた三輪祥子が通り過ぎて行った。

何とか気付かれずに済んだようだ。
「帰ってきたね」
「ふむ。あとはあの女本人が動くんか、それとも裏で糸を引いて
いる奴が出るのか、やな」

夜はまだ、始まったばかりであった。
119 名前:新人 投稿日:2003年04月09日(水)22時12分35秒
少し早く仕事が終わったので、更新してみました。
ここまでレスが進んだのに、まだ半日しか経過してない…。
120 名前:丈太郎 投稿日:2003年04月12日(土)06時58分58秒
更新、お疲れさまです。
中澤姉さんの正体は気になるけど、主人公
の正体も怪しい?本当にただのハンターなん
ですかね?
121 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)06時39分25秒
>>120
主人公ですか…一応、「過去」は設定してありますが、ただのハンターです。
シティーハンターの瞭でしたっけ、あんなスーパーマンではありません。
その方が書きやすいですけどね。

では、更新します。
122 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)06時40分41秒
『震える将星』

#2 疑惑−5


(何か変…)
石川は自分の知識の中にある『誘拐犯』と、彼女を拉致した
目の前の男たちが違いすぎることに、自分なりに疑問を抱い
ていた。

手足の縛めを解かれて以来、用を足す以外に再び手錠が
はめられることはなかったし、食事もコンビニ食ではあるが
普通に与えられた。先程、夕食を済ませたばかりである。

10分ほど前に交代した見張り役の男・稲生は、買ってきた
漫画雑誌を読んですらいる。犯罪者という、殺伐とした雰囲気
が、素人目にも明らかに欠如していた。

これなら居眠りのひとつもしてくれれば逃亡も可能に思われ
たが、残念ながら先程トイレに立ったときも、銀香と呼ばれた
木刀を持つあの男が、入口に続く通路に座したままだった。
123 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)06時42分33秒
「あの…」石川は思い切って話しかけてみた。
「どうして私を誘拐なんてしたんですか?」
「あ?ああ、そりゃ勿論、金の為だよ」
自分を拉致した憎むべき男だが、きちんと顔を見て話して
くれるし、その眼は優しそうに見える。

「一ヶ月もここにいなきゃいけないんですか…」
そんなに仕事を休めるわけないよ。みんなに迷惑かけちゃう
し、だいいち映画の撮影スケジュールがメチャメチャになって
しまう。

「ああ、ありゃちょっと大げさだな。なに、おれたちだってバカ
じゃない。もっと即効性のある手を考えるさ」
(それに私が必要だったのかなあ)石川はそれも聞いてみた。
しかし、稲生は固い表情で首を振った。

「俺たちはね、金が手に入ればいいんだ。手段は他にもある
が、ちょうどタイミング良く今回の話が出てね」
(タイミング?そんなものなの、誘拐するのって)
「安心しなよ。大人しくしていれば何もしやしない。目的を
果たしたら、無事に帰してあげるよ」
124 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)06時43分24秒
(お金以外にあるんだやっぱり)石川は頷くことで
同意の意思表示をし、稲生も「いい娘だ」と頷きかえした。
そこへ、男が二人、入ってきた。
「おお、ご苦労さん。どうだった?」
稲生が労をねぎらう声をかけた。外で何をしてきたのだろう。

「まだ所轄も、それから本庁にも、捜査本部が置かれたって
話はないな。っ痛う!」
男は右の頬を押さえた。
(あの人にやれたところだ…)
「そっちは?」
「今日は飯田や矢口なんかはオフみたいだな。辻・加護と
5期メンバーは、ダンスレッスンとバラエティのロケだとさ」
「石川さんのことは?」

(さん?なんで人質をさん、なんて呼ぶの?)
石川はさらに混乱した。
「一応、緊急入院したことになってる。病名が笑っちゃうぜ、
吉澤と二人で食中毒だと。それと、飯田・安倍・保田・矢口
の4人は、オフなのに事務所へ現れてるな。おそらく吉澤も」
「つんくが呼んだな。おそらく今回の件が外へ漏れないように、
打ち合わせしてるのさ」
125 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)06時44分02秒
「あのー」
「は、はい!?」
男のうち一人に話しかけられ、石川はビクンとして思わず
正座してしまった。

「そんなに硬くならないでくださいよ。えっ、と…」
と男は肩から下げている鞄をゴソゴソやっていたが
「サインしてください」とペンと色紙を取り出した。
「サイン?」

何をされるのかと思っていた石川はオウム返しに、しかも
声が大きくなってしまった。
(サインなんて…この人、何考えてるんだろ)
と考えながら書いていた石川は「お名前は?」とつい、
いつもの調子でやってしまった。
126 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)06時44分44秒
「プーッ!」稲生が吹き出した。
もう一人も、声を殺しているが腹を抱えている。
「あ…」思わず赤くなる。
「すいません、クニオです。国に男」
「はい」

書き終えると「これでいいですか」と見せる。
「うわあっ、ありがとう!嬉しいなあ。何か欲しいものがあったら
何でも言ってよ。俺、パシリやるから!」
石川は笑顔を返しながらも(やっぱり変!)とあらためて思った
のだった。
127 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)06時47分07秒
今回はここまでにさせてください。
今夜、できればまた更新したいと思います。

では…
128 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時05分09秒
『震える将星』

#2 疑惑−6

聞き込みは、意外なほど順調に成果をあげていた。
まず現場から南へ、放射状に聞き込みのラインを引いて
安倍・吉澤の二人を放った。
なぜ南なのか?

@石川の住居から、現場の公園は北にある。
Aクルマは練馬ナンバーだった。これも北だ。
B奴らの一人が、俺がクルマを目撃したのを知っている。

からである。それならば北だ、と思いがちだが、俺はクルマが
走り去った方向を「欺瞞進路」と判断したのだ。
北へ一度逃げ、適当なところでとってかえす。自分が奴等の
立場でも、殴り倒したはずの男が立ち直って逃走方向を
目撃されたとしたら、まずはあさっての方向へ逃げる。

これがプロ相手なら、裏をかいてやっぱり北、いや裏の裏で南、
二重欺瞞で東…と考えるところだが、奴らは素人だ。
そこまではやるまい。もし本当に北だったとしても、俺がそちら
を押さえれば問題はないはずだ。
129 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時05分42秒
案の定、2時間もしないうちに安倍から連絡が入った。南南西へ
2キロほど下った交差点で珍しい色のベンツが信号待ちをして
いるのを、近所の主婦が目撃していた。

間もなく、吉澤がさらに情報を取った。
路上駐車した、あまり見かけない色のベンツから降りた男が
自販機でタバコを買うのを、犬の散歩途中だった婆さんが覚え
ていた。方角はやはり南。
二人の位置を確認し、聞き込み捜査の幅を少しずつ狭めて
いく。

目撃者を残すとは、やはり素人だ。だが、こっちも素人の二人に
簡単に目撃者を探せるほど馬鹿なのか?
そんな疑問も沸いたが、ともあれ順調なスタートと言えた。
それからの1時間で、インサイドの抜け道を環八沿いに進んだ
らしいことが分かってきた。

どうやら奴らは、玉川通りを目指して南下したらしい。
欺瞞進路なんかとりやがって。こちとら米国でもっと厄介な相手に
追いかけっこしてるんだ、貴様等の小賢しい悪知恵なんぞ通用す
るか。
130 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時06分22秒
お互いにさほど離れていないところにいる二人合流を命じ、
(これがトレーサーの威力だ)俺はダッシュしつつ電話をかけた。
前を走る漆黒のゼンが、見えにくくなっている。すっかりあたりは
暗くなっていた。これ以上の単独捜査は、彼女たち自身の危険を
ともなう。

「はい、××医院でございます」
「おお、高科だ。元気だったかい?」
「高科さん!?お久しぶりですね。ええ、私は。教授と今朝、3年
ぶりの再会を果たされたとお聞きしましたよ」
「ああ。帰ってくるなりトラブルでね。いま暇かい?」
電話に出たのは、看護婦だった。会話でもわかるとおり、
旧知の間柄だ。
「うふふ。高科さんらしいですね。今かわります」

間もなく、電話から教授の声が聞こえた。
「俺だ」
「ほほ、どうじゃ、娘。たちとの捜査はうまく行っておるか?」
「なぜ知ってる?」
「ウオッホン、年寄りの冷や水じゃ」
「?」
131 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時08分10秒
こんな会話をするために電話したんじゃない。
さっきかけた電話のうち一本は、教授へのものだった。
「三輪祥子の件は?」
「うむ、まだ照会中じゃ。ごく普通のOLじゃからの、情報量が
極めて少なくてな」
ま、これは仕方ない。

「わかった。それとは別に、追加で調べてほしいことがある」
「おお、追加注文か。ならば、なっちのサインを頼む」
「もらってやるから、調べてくれ。○○公園から南南西へ15km
以内で、ベンツEクラスのオール・ペイントを完璧にやってのける
クルマ屋だ。ただし、ディーラーは除く個人経営でな」
「おやすい御用じゃ」
「調べがついたら、Eメールで頼む」

アドレスを伝え電話を切った。安倍と吉澤が待つファミレスは、
もう目と鼻の先だった。
132 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時08分54秒
車まで動員して、まだ寒い春の夜に三人が張っている
にもかかわらず、三輪祥子はアパートに戻ったきり動く
気配はなかった。
UFAの受付で「石川さんのことで」とジョーは明言して
いるから、こちらの動きが想像ついているはずだ。
余程の楽天家でなければ、部外者が切り込んできた
ことを不安視して誘拐実行犯と接触しそうなものだが。

無論、電話で連絡を取られてはこちらには分からない。
だが、重大な犯罪に関することを盗聴の恐れがある
方法で話すかといえば、何回かはそうしたとしても、
必ず不安が沸きあがって動かざるをえないはずだ。
ジョーはそう言っていたが、果たして祥子は?

交差する道路に、よく見かけるバイクが止まった。
「あー、宅配ピザだ。食いてー」矢口が声をあげる。
「何や、さっき肉まん食うたやろ」
「だってえ。あれっぽっちじゃ・・・ん?」
「どないしたん?」
「祥子の部屋だよ、あれ」
飯田が指を差す。
133 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時09分30秒
本当だった。階段を2階へ上がってすぐの祥子の部屋
を、宅配ピザ屋は訪れていた。
「おかしいよ。一人で食べるの、あれ?」
ピザ屋が持っていたのは、レギュラーサイズの3〜4人
用だった。一人で食べるには、いかにも多い。
冷凍保存でもするのか?でもそんなの不味くて食べ
られたもんじゃない。

「まさか…あれ、誘拐犯が化けて接触しに来たんじゃ
ないだろうね裕ちゃん」
矢口が祥子の部屋から眼を離さずに言った。
そんな事まで気が回る彼女は、頭がいいと言える。
中澤は黙って動向を追い、推理を巡らせているようだ。

「あ、帰る」
特に長話をすることもなく、ピザ屋は祥子の部屋を離れ
バイクへ戻った。もと来た方向へ走り去るその挙動に、
不自然な点はない。
(メモか手紙?)
ピザと一緒に渡した可能性もあるが、残念ながらドアの
陰でそこまでは見えなかった。
可能性だけでピザ屋を止めて詰問するわけにもいかな
いし、この場は見送るしかない。
134 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時15分38秒
「一応、ジョーさんに連絡しといてや。ピザ屋の名前と
宅配時間な」
それだけ情報があれば、後からでも調査はできる。
中澤は、タバコを買ってくると言って外へ出た。

角を曲がったところの自販機でタバコを買い、その場で
一服した。
(ホンマは祥子を締め上げてやりたいんやがなあ。
それがバレて石川に何かされても困るし)
日曜昼の番組で一緒にコーナーをやっている彼女は、
ともすれば踏みこんでしまいそうになる衝動を抑えて
いたのである。
135 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時18分39秒
最近の石川の人気は凄いものがあるが、それは元々
のルックスの良さに加え、とある番組の締めを飾る
コーナーで演じるキャラクターによるところも無視でき
ないと、個人的には思っていた。
台本はあるにせよ、アドリブが全く利かなかった石川
がどんどん成長し、コントでもその特異なキャラクター
を活かせるようになったことに、目を細めていたので
ある。
メンバーを離れたとはいえ、石川に対する思い入れは
現役のメンバー達に負けないだけのものがあった。

「必ず助けたる。みんな頑張るからな、アンタも無事で
いるんやで」
ルージュの付いた吸殻をポケット灰皿にしまい、再び
張り込みへ戻ろうとする彼女を、薄暗い街頭だけが
見送っていた。
136 名前:新人 投稿日:2003年04月13日(日)21時29分34秒
今夜の更新終了です。
会社で確認してみて、重大な誤植に気付いて鬱になりました(ちょっと多すぎ)。

>>117
『きっかり一時間後、中澤はダーク・ブルーのホンダ・フィットを』

『きっかり二時間後、中澤はダーク・ブルーのホンダ・フィットを』
正解。
あーあ、この癖、いつになったら解消するやら。

それでは、ご感想をお待ちしております。
137 名前:丈太郎 投稿日:2003年04月17日(木)21時21分11秒
まだかあ…作者さん忙しいんですかね?
138 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時17分22秒
『震える将星』

#2 疑惑−6

袴田は、キッチンへ足を踏み入れると蛇口を捻り、直接口をつけて水を喉に
流しこんだ。

「あれ?お疲れッス。いつの間に?」
ちょうど同じように水を飲みに来た国男が声をかけた。
「たった今だ。異常はないな?」
袴田は少し前に外出し、戻ってきたところだった。

「はい、別に変わったことは。ああ、サインもらっちゃいましたけど」
国男はまずかったかな、という顔である。
「そのぐらいはかまわんが・・・彼女はどうしてる」
「別に、普通にしてますよ。特に怯えてもいないし、話もちゃんと出来ます」
「そうか」
短い返事だけをすると、袴田は浴室へと入っていった。
袴田の表情が妙に硬い気もしたが、国男は気にせず冷蔵庫を開けた。
浴室から、シャワーの音が聞こえる。
139 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時18分49秒
(おかしな奴が絡んで来たか・・・あの男かもしれん)
祥子から「犬連れの変な男が事務所を訪れ、石川梨華の件でと言い中へ
通された」と連絡を受け、その不安に震える声を聞いて様子を見に行って
帰ってきたところである。
万が一を考えてピザの宅配員に化けて訪れた彼に、ちょっと驚いた顔の
妹が渡したメモによれば、吉澤ひとみの失踪騒ぎもあったようだが、これは
屋上で見つかり事無きを得たようだ。
祥子は落ち着いていたが、僅かだが弱気になっているように見えた。

部外者が絡んだとなると、こちらも予定の変更を余儀なくされるかもしれない。
警察が動いていないのは幸いだが、「その筋」から捜索の手が伸びたら厄介だ。
犬連れということからは別人の可能性もあったが、今朝、公園でやり合った男で
ないと、100%否定はできない。

(あの動き…素人じゃない。面倒なことにならなきゃいいが)と考えつつ、袴田は
シャワーを浴び続けた。
140 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時20分39秒
ICレコーダーからの情報をパソコンに打ち込み終えると、俺は「腹減ったな」
とメニューを広げた。
外につないで来たゼンには悪いが、ここは腹ごしらえをしておこう。俺にとっての
夜は長いのだ。

「うん、空いたべさぁー。何か食べても?」
「いいよ。あとでつんくに請求しよう」
「やったぁ!よっすぃー、何にする?」
「私はいい…」
吉澤は俯き加減に言った。

「よっすぃー、まだ気にしてるの?よっすぃーのせいじゃないべさ」
「そうだ。食べなきゃ持たんぞ」
「でも、きっと梨華ちゃんも何も食べてない」
「そんなこと言ってたら、身体がもたないべさ…」
「あたしはいいから。ジョーさん、安倍さん、かまわず食事して」
「じゃあ、なっちもやめとくべさ」
安倍はパタンとメニューを閉じた。
「あたしたち娘。は、一身同体だべさ。よっすぃーだけに辛い思いさせるわけに
いか…」
「安倍さぁん」
吉澤が安倍に抱きつく。長身の吉澤が小柄な安倍に…傍目からは、安倍が
抱かれているように見えてしまう。よしよし、と頭を撫でてやっている
安倍に、母性愛を感じた。ふむ、これが娘。の太陽と言われる所以か。
141 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時21分37秒
「じゃあ俺も」
「ジョーさん?」
安倍が目を丸くした。
「なんで?あたしたちにかまわず食べるべさ」
「いや、吉澤に付き合うよ」
吉澤が顔を上げ、へ?という顔で俺を見た。
これほど苦しむ彼女を前に、俺だけガツガツ食うわけにはいかない。
誘拐を阻止できなかった責任は、大半が俺に課せられるべきなのだから。

「じゃあ、ホテルへ戻ろう。そろそろ荷物も届いているだろうしな」
メンバーたちは、俺が泊まっているのと同じホテルに投宿することに
なっていた。
「え…もう?」
泣き止んだ吉澤が、安倍に涙をふいてもらいながら訊いた。
「そうだ。夜に単独で動くのは危険だ。それに、いつどこでモーニング娘。だと
バレるかわかったもんじゃない」
伝票を掴んで立ち上がる。
142 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時23分19秒
「でも、夜の方が顔はわからないべさ?」
渋々ついて来る安倍は、諦めきれないらしい。
外へ出たところで、理由を聞かせてやる。
昼間だからこそ、芸能人がこんなところをうろついてる訳がない、という先入観
がある。相手に多少、疑われたとしても「似てるって言われるんですよ」で
誤魔化しが効くというものだ。

しかし、夜はその逆だ。
タレントの目撃情報は、80%以上が夜といっていい。
誰がどこの店でこんな奴と食事していた、あるいは飲んでいたという記事が、
写真付きで公開されるのがいい例だ。

そんなハイエナ野郎共がウロつく時間に、この日本一売れてるグループの
メンバーに外を歩き回らせたら、素人だって容易に気づく。
ましてや、聞き込みしている姿をキャッチされたら、どんな尾ヒレが付いた
記事になるか、わかったもんじゃない。

安倍はそれでもまだ「でもこうしている間にも石川は」と食い下がったが、
意外にも吉澤がそれを制した。
「安倍さん、ジョーさんの言うが正しいかも。あたしたちにまで何かあったら、
それこそ」と言い、黙りこんだ。
143 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時26分30秒
『それこそ』の先は誰だって、想像もしたくないに違いない。
しかし、あれほど石川誘拐の原因を自分と悩み、自らを苛むことでかろうじて
自分を保っていたはずの吉澤が、安倍を止めた?

聞き込みの成果があがるに連れ、俺の中には、ある犯人像が形を成して行く
とともに、確信めいたものが満たされつつあったのだが、吉澤の奴、同じこと
を考えてるんじゃなかろうな。

「ジョーさん、何してるべさ?」つかまえたタクシーの後部座席から安倍に言わ
れ、慌てて「おお、すまん」と乗り込もうとする。
おっとその前に。「トランクを開けてください」ドライバーに言い、バッグと共に
ゼンを滑り込ませた。
昼間は駄目だったが、夜なら漆黒のゼンは行動の幅が大きく増し、秘匿性も
広がる。
自分も乗り込み、張り込みを続けていた飯田と矢口に、あとは中澤に任せて
タクシーでホテルへ入るように(電車やバスは、危険の巣窟だ)電話した。

途中で、ドッグフードを買いにコンビニへ寄る。ゼンの晩飯まで抜くわけには
いかんからな。
安倍も降りてきて買い物をしていたが、吉澤はタクシーの後席から動かなか
った。
その顔は、悲しみ以外の何かに支配されているようであった。
144 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時45分07秒
『震える将星』

#3 確証−1


『コツ、コツ』と拳で窓を叩いた。
「遅くなってスマン、交代する」
中澤はウィンドーを下げると「ホンマ遅いわぁ。ああ、お腹空いた」
と笑った。時刻は22時を回っていた。

あれからホテルに着いた俺たちは、ほどなくやって来た飯田・矢口と今日の
成果を確認し合い、幸先良く狭めることができた犯人グループの足取りと、
内通者の疑いが強い三輪祥子、そして中澤が仕掛けた方面と、捜査方針を
再構築した。

飯田と矢口からもたらされた宅配ピザの話は、注目に値するものだった。
住所から、該当すると思われる店にかけてみたが、祥子の部屋に宅配した
店は見つからなかった。見落としている可能性もあるが、まず間違いなく、
犯人グループのうち一人が、内通者に接触をはかったとみていいだろう。
確かに、直接は話さずとも紙に書くことで目的は果たせる。
残念ながらドアが彼女達の方へ開く構造で死角に入ったため、その影で
何が行われたかは分からずじまいだったが、気付いた矢口の発想と頭の
回転の早さに素直に感嘆して話を終えた。
145 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時47分56秒
もう9時を過ぎていた。本日は解散だ。明日は吉澤を除く全員、仕事が入って
いる。
今夜は事件勃発の精神的疲労と肉体的なそれを解消するため、早く休むよう
にと諭すと、彼女たちはおとなしく(?)従い、それぞれの部屋に入っていった。


ツインルームの部屋割は、飯田と安倍、矢口と吉澤の組み合せにした。
別のチームの方が必然的に話題になるであろう今日の捜査内容において、
互いに気付きにくいことを再発見できる可能性があるからだった。

その後、つんく♂に今日の報告をし、俺は再び外出したのだった。

**************************************************************
中澤は、まるで恋人に再会したような笑顔を見せた。少々面食らったが、
その眼前に「食うか?」とコンビニのビニール袋を差し出した。
本当は肉まんか何かを買ってやりたかったが、たまたま寄った店では、この
寒いのに仕込んでいやがらなかった。
「カレーパンでよければな」
「すまんなあ」
146 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時51分00秒
なあに、いいってことさ。そう言いつつ、後部座席のドアを空ける。
ゼンが飛び込んだ。
「あんたも来たんかあ。お疲れさん」
差し入れを手にしても難しい表情を崩さなかった中澤が前席のシート間に
顔を出したゼンを見て相好を崩す。
むむ、こいつ、今回はモテやがるな。

飯田以下のメンバーがホテルに入った後に中澤と交代するのは打合せ済み
だった。
メンバー四人が部屋に落ち着いたのを確認し、俺はゼンを伴ってホテルを出た。
といっても、ゼンはロビーを通っては出られない。
非常階段から降りて、外で合流だ。実は、入る時も同じ手だったりする。来る
ときに使ったタクシーでトランクに乗ったのも、な。

「部屋は角か?」
「そうや。いまのところ動きはないなあ。さっき矢口が電話したピザ屋だけや」
「そのことだが、近くのピザ屋でその時間に宅配したところはなかったよ。
本当に犯人の一人か、それとも探し当てられなかっただけか、お前どう思う?」
「五分五分やな。仕種には変なところなかったし、微妙やな」

会話の最中も、中澤は前方のアパートから眼を離さなかった。
147 名前:新人 投稿日:2003年04月18日(金)22時55分48秒
作者です。またも中途半端ですが、本日の更新を終わります。

>>137
過分なお言葉です。ありがとうございます。
こんな小説でも、待っていただけているのかと思うと、
より気合いが入ります。
明日もう一度、更新できればと思っております。
では

148 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時22分09秒
『震える将星』

#3 確証−1


おあつらえ向きに、ここからは祥子の部屋の玄関と裏、双方が見渡せる。
まさか裏から出掛けたりはしないだろうが。
「で、あっちはどうだった」
「ご心配なく。ちゃんと種、播いてきたよって」
ふむ、種蒔きとはうまい表現だ。
「なあ、ジョーさん、吉澤のことやけどな」
「ああ。ありゃ思い詰め過ぎだ。どうにかしてくれよ裕ちゃん」
「それやめ、気持ち悪い」
「ははは。今日のところは何とか収まったが、ありゃいつ暴走してもおかしく
ないな。まあ任せておけ。あいつがそうなる前に、解決してやるさ」
「暴走かぁ…そうなったら、んー」中澤は少し考え込んだ。
そのときである。

『コツ、コツ』と俺と同じようにウィンドゥを叩く音がした。
外を見てみると、目がやけに大きい女が立っていた。
「おお、保田か。どうした?」ウィンドゥを下げながら訊く。
「持ってきたよ」そう言うと、右手に下げた鞄を示した。
保田は、俺がつんくに頼んだモノを届けに来たのだ。
149 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時22分46秒
「寒い中、ありがとな」
しばらくの間、今日の成果について話をしてやる。それを聞いた彼女は、少し
明るい顔になった。
石川の事が心配だとしても…こんなに暗い娘だったか?
「じゃあ、頑張ってね」と去ろうとする保田を、中澤が止めた。
「ちょい待ちぃな圭ちゃん」
鋭い彼女は、保田の心中を察したのだろう。優しい声だった。
「どしたの裕ちゃん?」
「飲みに行こや」
「!?」

言うが早いか、中澤は「っしょっと」と狭い室内で俺を乗り越え外へ出ようと
しやがった。
軽に毛が生えた程度のリッターカー・クラスである。当然、二人は密着する
ことになった。
「わかった、外へ出るから、ちょっと待て!」
「もう遅いわ。あたたたたたた」
痛いのはこっちだ。中澤のやつ、大腿に全体重をかけやがった。
150 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時24分27秒
「痛えコラ、いい加減にしろ」
ゼンが無茶するやっちゃなあ、という顔で見ていた。
「もうちょいやて」
ようやく中澤は、助手席のドアを開けて「よっと」と狭い車内から脱出した。
そのときに、俺の顔面をヒップで叩いたのに気付かなかったようだ。
まあ、ちっとも効かないサイド攻撃だがね。

「ま、あとは頼むでハンター・ジョー。ゼン、またなぁ」
とウインクすると、何なのよ急に、と訝る保田の肩を抱いて歩き出した。
二人で飲んでいればおかしな輩にキャッチされる懸念もあるが、大人の二人
なら誤魔化せるだろう。
俺は彼女達がファン向けに作る顔しか知らない。
しかしその俺にして、保田の笑顔に影を見たのだ。
いまの彼女には、彼女をよく知る人間が必要なのかもしれなかった。
151 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時24分58秒
さて、集中・集中。
三輪祥子の部屋を再度、監視しはじめたとき、二人が立ち去っていく方向から
「あんた!何でこんなところにいるの!?」という保田の声が聞こえてきた。
何事か言いあっていたようだが、すぐに静かになった。
何があったんだ?俺がバックミラーを見るより早く、助手席の窓がノックされた。
「何だ、忘れ物か?」そう言いつつドアを身を乗り出して(既に運転席に移って
いた)開けた瞬間、俺は凍り付いた。

そこに立っていたのは、吉澤ひとみであった。
152 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時25分29秒
『震える将星』

#3 確証−2


その頃ホテルでは、吉澤と相部屋の矢口が「吉澤がぁ!」と叫びつつ、飯田・
安倍組の部屋に転がり込んでいた。
「落ちつくべさ、まりっぺ。そんな格好で」
安倍が、事態に似つかわしくないのんびりとした口調で落ち着けと言う。
矢口は風呂上りらしく、バスタオルを身体に巻きつけただけで飛び込んで来た
のだった。

「こ、これが落ち着いていられるかぁー!」
矢口の興奮は収まらない。
「だから何、よっすぃーがどうしたべさ?」
「いなくなっちゃったんだよぉ!」
「げっ!」
これにはさすがの飯田も驚愕の声を出す。
「いなくなったったって、どこへ?」
「わかんないよ、そんなの!靴も上着もなくなってるから外だと思うけど」
「外?あれほどジョーさんに『夜は危ない』って言われたべさ!吉澤のやつー」
「とにかく裕ちゃんに電話しよう!」
矢口はようやく冷静さを取り戻しつつあった。
ある理由で、ホテル内では携帯電話の使用を禁じられているため、ホテルの
電話からゼロ発信だ。
153 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時26分03秒
プルルル・・・・・・・・・『はい、中澤ですぅ』
「裕ちゃあん!」
『矢口かぁ、どないしたんや泣きそうな声して』
「吉澤がいなくなっちゃったよぉ」
『はぁ?』
「オイラが風呂に入ってる間に、外へ出てっちゃったみたいなんだよー」
『吉澤なら、さっき会うたで』
「はぁ?」
これには、受話器に耳をくっつけて微かな音を拾っていた飯田と安倍も
顔を見合わせた。
「会ったって?いま一緒なの?」
『いや、いまは圭ちゃんと手頃な店を探してるとこや』
「店って、ちょっとぉ」
『とにかく、よっすぃーなら心配いらんから。子供は早く寝なさい』
「どーいうことだぁ!ちゃんと説明…」
『ええから、任せておきなさい。ほんじゃなぁ』
「ちょっと待てコラ裕子ぉ!」
プッ・ツーツー…

「いいの?」
「何が?」
「吉澤よ。あの人の所に置いてきて」
「大丈夫や。あ、ココ入ろ」
「ちょっとぉ」
とあくまで心配顔の保田だったが、中澤に「エエから」と背中を押されて
二人は店に入ったのだった。
そして彼女達は、たまたま選んだこの店で重要な情報を掴むことになる。
154 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時27分23秒
不本意ながら、一時間以上、何も会話できなかった。
俺は正直、戸惑っていた。
夜は外へ出るなという指示を反故にしてまでやって来た、吉澤の心境を
はかりかねていたのである。
まだ泣き出すのかとも思ったのだが、彼女は凛とした瞳で三輪祥子の
部屋を凝視しているのだ。
腕時計を見る。もう12時近い。
彼女には、こんなところにいないでホテルに帰り、少しでも休養を取って
おいてほしいのだが。

あたし…
「ん?」考え事をしていて聞き逃した。
「あたし、もう泣かないから」
どういう心境の変化だ?「何があった?」俺は短く訊いた。
「いずれ話します」
何だ?ワケわからんぞ!?と、横顔を見つめてしまう。
「何かついてる?」
「いや、別に。イイ女だなあと思ってな」
「こんなときに、よく冗談が言えるね」
「あん?冗談に聞こえたか。マジだがね」
「え…」
赤くなるなバカ。言ったこっちも恥ずかしいんだよ。
「吉澤…」俺はなぜここへ来たか聞こうとした。
155 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時29分04秒
「は、ハイ!?」
次の瞬間、正面を向いた俺は愕然となった。いかん!
「吉澤っ!」
いきなり抱きつき、シートバック・レバーを引いて押し倒す。
「わっ!ちょっとジョーさん何…むーむー」
口を思わず手で塞ぐ。気付かれたら厄介だ。
「…」幸い、俺の意図を察して静かになってくれた。
チラリとルーム・ミラーを見る。茶のコート姿が、小さくなって行く。
三輪祥子であった。
「ふう。もういいぞ」
ん?起きてこない。目を閉じたまま、じっとしている。
「おい、吉澤」
揺り起こそうとしたとき、手が思い切り引かれた。

次の瞬間、唇が重なった。
156 名前:新人 投稿日:2003年04月19日(土)20時31分26秒
作者です。
ものすごく不安なのですが、一応、更新終了です。
さて、今夜は日テレですね。
本物との共演、早く観たいなぁ。ミスムン最高!

では
157 名前:丈太郎 投稿日:2003年04月21日(月)21時48分51秒
更新お疲れ様です。
よっすいーが何やら女の子っぽいですね。けっこう好きかも。
あらためて読み返してみたんですが、かなり伏線を張ってますね?
推理もできて楽しいです。
158 名前:新人 投稿日:2003年04月27日(日)05時28分25秒
『震える将星』

#3 確証−3


「問題はアレやな。下の子たちやな」
「辻・加護たちのこと?」
中澤・保田の二人は、いつの間にか今回の事件を話題にしていた。
「あの二人だけやないで。紺野あたりも、時々メッチャ鋭いやんか。
石川と吉澤、二人同時に入院なんて、それにお見舞いにも行かせて
もらえないなんて…な?」
「う〜ん…」

紺野はボーっとしていることが多いし、TVでのキャラクターも天然
だが、実は頭脳明晰なのは数々のエピソードで実証済みだ。
中澤の言うとおり、何かある、と疑いを持っても、不思議ではない。
ミニモニの二人も同様だ。この二人が組むと、とんだ力を発揮する
ことしばしばである。
159 名前:新人 投稿日:2003年04月27日(日)05時28分56秒
「藤本と6期は完全に別スケジュールやから問題ないわ。けど、辻に
『梨華ちゃんとよっすぃ〜のお見舞いに行きたいのれす』なんて
詰め寄られたら、どうするんや?その辺のことも考えとかなアカンで」
確かに簡単な問題ではない。しばらく沈黙が続いたが…
「よし、ここはあたしが」保田が何かを思いついた。
「おっ、何や?」
「今度のツアーで、あたし卒業でしょ?記念に、下のコらと何かやり
たいと思ってたんだ」
「へえ、何をやるつもりなん?」
「ア・カペラよ。曲はこれから決める。あのコたちと一緒に何か作り
たいなって。間に合わないかもしれないけどさ、ツアーの前半には」
160 名前:新人 投稿日:2003年04月27日(日)05時29分44秒
保田は、2期オーディションのメンバーとして加入して以来、歌唱力
bPの評価を得てきた。
『プッチモニ。』は後藤を売り出すためのユニットのようなものだった
が、その魅力を引き出すために不可欠な存在として、当時は後藤の
教育係だった市井と共に、つんく♂に指名されたのが、彼女だった。

現在の娘。は、歌唱より楽しさとダンス・フォーメーションが中心と
なっているが、最後にひとつ、歌の部分で仕事をして卒業したいと
思っていた。
しかも、これからのモー娘。を背負って立つ辻・加護以下のメンバー
に何かを伝えられれば、と考えていたのである。
ア・カペラの難解さは、それを売りにするグループが何年も下積み
時代を過ごさなければならなかったように、半端ではない。
しかし、挑戦が残す「何か」は、ちょっとした「財産」になる。
そう彼女は思っていた。
161 名前:新人 投稿日:2003年04月27日(日)05時30分23秒
「それ行こ!圭ちゃん、さすがやなあ。ダテに齢は食ってないわな」
「あたしより7つも上の大先輩に言われたくないわね」
「頼むで、影のリーダー!」
「誰が影よ。任せときなさい。あのコたち、余計なこと考えられない
ぐらい、シゴいてやるから」保田は力瘤をつくった。

そのときであった。
(でよ、どうしても潰さなきゃ気がすまないんだとさ、あの映画)
微かに聞こえる会話に、二人とも気付いた。
「ちょっと、あの二人…」
「ああ、面白そうやね」
中澤と保田は、少し離れたテーブル席にいる二人のスーツ姿に、
注意を払った。
162 名前:新人 投稿日:2003年04月27日(日)05時31分41秒
「脚本書いたぁ?マジかよ。そんな才能あるのか、正田さんて」
「本人が書いたのかどうか定かじゃないけど、そう言って荒れて、
大変だったよ一時は」
男たちは中澤が録音の準備をしているとも知らず、話し続ける。
でも、どうやって録るの?遠いんじゃないかな。
保田の心配は無用だった。
中澤は、いきなりグラスを派手にブッ倒したうえに皿を床へ落として
粉々にし、首尾よく男たちにさらに近いテーブルへ移動するという
芝居をやってのけた。
男たちが話に夢中で、こちらを気にも留めていないことを織り込んで
のことである。
実際、こちらをチラリと見たきり、また話しこんでいるようだった。
保田は、中澤のカバーをしながら(裕ちゃんって、けっこう油断なら
ないヒトかも…)と身震いする思いだった。
163 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)15時57分10秒
『震える将星』

#3 確証−4


一方、吉澤の行方が判明してホッとした矢口だが、部屋備え付けのパジャマを
着て、何となく飯田・安倍組の部屋に留まっていた。
「ねえねえ、なっちい」
「何だべさ真里っぺ、さっきから。落ち着かないねえ」
昼間の捜査で手掛りが出たことで、二人の表情は明るい。
飯田は只今入浴中。バスルームから、名曲「王子様と雪の夜」が聞こえてくる。

「気にならないの?吉澤さぁ」
「ジョーさんに任せとけば大丈夫だべさ」
安倍も風呂上がりで、バスタオルで髪の水分を取りながら優しさあふれる
「なっちスマイル」を見せた。
「無茶するよなあ。こんな夜中にさ…。石川を想うのはわかるけど、こっちの
身にもなってほしいよ」
「それもあるけど、たぶん会いたかったんだべさ?」
安倍は悪戯っぽい微笑みで矢口に何かを気づかせようとしているように見えた。
164 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)15時57分46秒
「屋上のジョーさん、カッコ良かったべさぁー」
「何それ?ひょっとして…まさか…いやでもそんな…」
「まあ、よっすいーも、女の子だってこと」
「?…ぶっ、ぶわっはっはっはっははははは!」
「真里っぺ、笑いすぎ」
「あ、あのよっすぃ〜が?男前の吉澤が??ありえないよー」
「んー。でも思い当たる節、なっちにはあるべさ」
「まっ、マジ?」矢口は真剣な表情になる。
「タクシーの中でね…」

165 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)15時58分21秒
「何かおかしい」
「へ?いま何か言ったべかジョーさん」
「いや、情報が取れて幸先がいいんだが、簡単過ぎるとは思わんか?」
「そういえば…刑事ドラマでも、なかなか聞き込みの成果があがらない
シーン、よくあるよね」
「だろ?こっちは俺以外、みんな素人だぞ。今日は手ぶらで帰らなきゃ
ならんのが普通だ」
「ってことは、どういうことだべさ?」
「犯人グループ、いくら素人にしてもお粗末すぎる。何かもっと裏がありそう
だってことさ。こういうときの俺の勘は、自慢じゃないが外れたことがない」
「裏?」
「犯人は、わざと足跡を残している。つまり、行方を掴んでもらいたがって
いる…」
「まさかぁ」
「だからかもしれん。俺には、この誘拐は、つんくの話の他にもう一つ、裏が
あるように思えて仕方がないんだ」
166 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)15時59分55秒
「石川を誘拐することで、他に何か?…分からないべさ」
「俺だって分からんよ。だから中澤に、いろいろと頼んだのさ。それにしても
二人とも、やるじゃんか。感心したよ」
「えへへ、頑張ったべさ」
「二人とも立派なエージェントだ。この分なら石川救出作戦、必ずうまく行く」
「よっすいーの涙を、嬉し涙に変えるべさ」
「ああ。その吉澤の涙を、きっと神様が汲んでくれたんだと思うよ。無事で
いるに決まってるさ」
「うん。明日は仕事だけど、よっすぃーが頑張ってくれるべさ」
「はい!頑張りますっ!!」

そのとき、ジョーと安倍に挟まれて無言だった吉澤が、突然叫んだのである。
「びっくりしたべさ〜。よっすぃー?」
「ジョーさん、何でも言って。あたし、梨華ちゃんを助けるためなら、どんな
危険なことだってやってみせるよ」
ジョーを見る吉澤の瞳が、涙による物ではない光を放っていた。


話し終わった安倍は、くるくる変わる矢口の表情を楽しげに見ていた。
167 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)16時04分31秒
「涙を神様がねぇ…キザだけどオイラでもちょっとグッと来ちゃうかな」
「何となくわかるっしょ?さあ、もう12時だべさ。寝ようよ真里っぺ」
安倍がベッドに寝転がりながら言った。
「そうだねえ」しかし矢口は、腰を上げにくそうだ。
「どうしたべさ?あ、ひょっとして寂しいの?」
「だってさあ、一人でいると悪い方へ悪い方へ考えちゃいそうなんだもん」
そのとき、飯田がバスルームから姿を現した。
「『♪お料理もって お家いけば♪』ん、どしたのなっち?」
「真里っぺが今夜うちらの部屋で寝たいって。不安なんだべさ」
「はぁ?」飯田は少し抜けた声を出した。
「いいよ。オイラ戻るよ」
「何で?いいじゃん真里っへ。こっち来なよ」飯田が微笑んだ。
「へ…いいの?」
168 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)16時05分18秒
「当たり前だべさ。ベッドをこっちに入れてもらうべさ」と安倍が受話器を上げ
ながら言う。フロントへ頼もうとしているのだ。
「そうそう。不安なのは同じだよあたしも。一杯飲って、ガーッって寝ちゃお」
飯田は既に冷蔵庫からビールを出している。
「また飲むの?いくら何でもさぁ」
昨夜も飲み会だった。けっこう量も行った。裕ちゃんの電話で二日酔いどころ
じゃなかったけど。
「このままでなんて、興奮しちゃって寝れるわけないべさ」安倍がにっこりする。
矢口も笑顔になった。

明日は仕事だから、寝不足はまずい。少し飲めば、疲れもあるし、ぐっすり
眠れるだろう。
そして三人は、缶ビールを一本だけ飲んでベッドにもぐり込んだのだった。
169 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)16時08分46秒
吉澤は女にしては強い力で俺の頭を押さえ付け、捻るように唇を押し付けてくる。
俺の意図を察したのではなかった。衝動的な行動を抑制できなくなっているのだ。
落ち着いたように見えて、石川のことを思って陥った情緒不安定が、回復して
いないということだ。
別に女が嫌いなワケではないし、相手が吉澤のような美女ならこういうシーンも
やぶさかではないが、時と場合による。
しかし呻き声をあげようが腹筋の力で離れよう(両腕はシートバックとダッシュ・
ボードに突いて身体を支えなきゃならない)としようが、いっかな吉澤は止まる
気配がなかった。
ええい、くそ。祥子が行っちまう!
仕方がない。少々荒療治だが…
170 名前:新人 投稿日:2003年04月29日(火)16時10分41秒
「んん!?」俺は舌を入れると同時に、吉澤のバストを強く握った。
驚いて吉澤が『がばっ』と離れる。「じ、ジョーさん、あたし…」と言いかけるのを
制した。いまは余韻に浸ってる場合じゃない。
「話はあとだ。外へ出ろ!」
「ええっ???」
祥子は既に、角を左へ曲がっている。吉澤はまだ気付かない。
ゼンが祥子が消えた方向を見て「ウォン!」と吼え脚をバタつかせた。
「え…」吉澤がゼンと俺を交互に見て、顔色を変える。
「ごめんなさい、あたし!」
叫びつつ、外へ出て後席のドアを開けるとゼンが弾かれたように外へ飛び出て、
地面の匂いを嗅ぎ始めた。
俺もようやく車外脱出を果たすとゼンを呼び、保田から預かったものを鼻に押し
つけた。
「ゼン、走るなよ。まだそう遠くへは行ってないはずだ」
理解したゼンは移動を始めた。三輪祥子の匂いを、正確にトレースしていく。
保田から受け取ったものとは「それ…リボン?」正解だ。
三輪祥子が仕事着に付けているリボンであった。ゼンの鼻ならこれで万全だ。
171 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時09分51秒
夜目にも顔を赤くしながら、吉澤も無言で付いて来る。普段ならこっちからお願い
するかもしれないが、張り込み中じゃな。
道は都道と国道を繋ぐバイパスだ。片側2斜線で、こんな時間であっても車の量
はそれなりにあった。当然ながらタクシーも走っている。祥子が乗るかどうかは
五分五分だ。

5・6分は、5メートル先を行くゼンを追いかけたろうか。
「どこへ行くのかな、こんな夜中に」ようやく自分の誤解といまの状況を頭の中で
整理し終えたらしい吉澤が言った。
「こんな夜中に買い物でもないだろう。男か、それとも…」
「黒幕!?」
「だといいがな。ん?」
ゼンが止まった。半径1m程をサークリングし、目の前の建物を見上げる。24時間
営業のファミリー・レストランだった。ここへ入ったらしい。
172 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時10分31秒
「wait!」ゼンには英語での短い『指令』で言うことを聞くよう訓練してあるゼンの
元へ駆け寄り、駐車場の隅へリード線で繋ぐ。
植え込みの陰から中を覗いていた。吉澤は(ジョーさん、はやく!いるよあの女)
と声を潜めて俺を手招きする。
三輪祥子は、店のド真ん中の席に座り、携帯でメールを打っていた。まだテーブル
には水以外乗っていない。ということは猶予があるということだ。
「車を持ってくる。何かあったら携帯へ電話しろ」
そう言い残して俺はダッシュをかけた。黒幕か共犯者か、この場で結論は出せな
い。それを見極めるためには、記録と分析が必要だからであった。

******************************************************************
中澤と保田が入った店はほど良い客の入りだった。おかげで男たちは周囲を
気にすることなく情報を提供してくれた。
173 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時11分19秒
新人のプロモーションが映画そのものというのは、最近の流行となりつつある。
宮崎あおいや、少し前なら田中麗奈など、素材さえ良ければ企画はすぐ通る。
問題は、その後である。
いまの映画界は、経済そのものと同じ大不況の只中だ。
あの宮崎駿率いるスタジオ・ジブリ作品や、TVドラマの続編的な映画以外、
ヒットする確率は天文学的に低い現状なのを、誰も否定できない。
そんな制作サイドの事情で、才能ある若手監督に声がかかる可能性も同じ
ようなものと言っていい。
ある意味、メガホンをとる監督の名前や実績が、プロモーションに一役買う
側面も否定できないからである。
少しでもネームバリューのある中堅はVシネマやTVCMの仕事で、どうにか
食いブチを稼いでいる。いつも暇なのは、ピンク映画まがいのを撮るならば
お任せの三流監督か、一本撮れば5年は食える超一流しかいないのである。
174 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時13分58秒
そんな中で、ようやく交渉に漕ぎ着けた中堅のアイドル映画の巨匠が、
キャスティングに難所を示したとしたらどうする?
とりあえず制作費の上積みという形でギャラを弾んだとしても、映画監督とて
俗物である。収入が多いに越したことはないと考えるだろう。
そこへ、監督好みのキャスティングを持駒の中で提供できるライバル事務所が
切り込んできたら、果たして事態はどちらへ転ぶだろうか。
しかもヒロインにと推されたのが、その監督の撮りたい娘であったりしたら、
破格の条件提示を経て制作権が事務所間を移動するのを誰が止められる?

「まあ正田さんにしてみれば本を取られた、ってとこなんだろうけど、あの人
だっていろいろやってきたんだからな。自業自得ってやつさ。みんな適当に
流してるよ」
「本当に工作したりして」
「まさか!噂だよ。あくまでも噂」
そう結んで、男たちの話題は他へ移った。
隣のテーブルに強志向性の集音マイクが置かれているとは、想像もしなかったに
違いない。
175 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時20分47秒
「どう思う?」
「つんくさんの話と同じだよ。間違いないんじゃない?あのとき出たのと同じ
名前だったよね」
「よし。とりあえずジョーさんに知らせとこか」
中澤は番号をプッシュする。
「・・・・・・・・・・・って、何でつながらへんの!?まあええわ。明日の朝イチで言う
たろ」
「でもさぁ、噂だけじゃあ説得力に欠けない?」
保田は盲点を突いてくる。確かにいまの段階では、噂の域を出ない話だ。
裏を取る必要もあるだろう。
「ねえ、何かひと工夫必要じゃない?」
「例えば?」
「んー噂を無視できないように仕掛けるとか。別人が動いちゃ何にもならない
けどさ」
「いや、昼間ウチが捲いた種が芽ぇ出すのも期待できるで。ま、飲みなおそ」

二人は、チン!とやった。
「あとは保田圭、あんたがうまく下の連中を押さえられるかどうかや」
中澤は満足そうに水割を一口飲んだ。
「まあ、アンタなら…」
心配ないと思うけどな、と言おうとして保田の顔を覗き込んだ中澤はそこに
思いがけないものを見た。
グラスを見つめる彼女の大きな瞳から、こぼれ落ちたもの。
176 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時21分25秒
「圭…あんた、泣いてるんか?」
優しげな中澤の口調は、姉貴分のそれだった。
「ぐすっ。これであたしもやっと…裕ちゃん、石川、大丈夫だよね。無事でいる
よね」
「プロがおるんや、心配あらへんて」中澤は保田の肩を抱く。

保田は、石川の加入当時の教育係をつとめた経緯がある。
ルックスは抜群なのにテンで不器用で、すぐネガティブになってしまう石川に
厳しくあたることもあり当初は怖がられたが、どうにか自分を慕ってくれた。
いまでは、堂々とタメ口をきいてのじゃれ合いも珍しくはなくなった。
何より、チャーミー石川のブッ飛んだキャラは、おばちゃんキャラを極める保田の
影響が大きいという見方も出来るのだ。
(よくここまで来たよ…)卒業を前にして保田は、石川との思い出を振り返ったり
もしている。何度叱ったことか、それ以上に何度、励ましたことか…。
177 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時22分10秒
石川が誘拐されたと知ったときは卒倒しそうになったが、吉澤が錯乱寸前であり
他のメンバーも動揺していたため、(あたしがしっかりしなきゃ!)と平静を装って
きたつもりだが、メンバーの誰よりも、大親友である吉澤に負けないぐらい石川の
身を案じているのだった。
それを理解していたから、中澤は飲みに誘ったのだ。
「よし、圭ちゃん飲もう!ほら、何にするん?」
「裕ちゃあん…」
「ああもう、湿っぽいのヤメ!」
中澤は強い酒を注文した。飲まなやってられるかい!
こうして二人の夜は更けて行った…。
178 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)01時23分56秒
更新しました。
誤字・脱字は御容赦を…。
179 名前:るしあ 投稿日:2003年04月30日(水)20時10分48秒
おひさしぶりです。るしあです。
しばらく来ないうちにずいぶん進んでいるようなので一気に読みました。
相変わらず面白いです。これからもがんばってください。
180 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時18分03秒
『震える将星』

#3 確証−3


ファミレスに戻るまでに、携帯は鳴らなかった。
少し前に中澤から着信があったようだが、一回だけだし気にしないことにした。
道を一回で覚える癖(ハンターには必須だ)をつけているおかげで、ファミレスを
離れてから5分ほどで手前にハザードを出すことが出来た。
しかし、もとの場所に吉澤の姿は無かった。
「しまった!?」一人で残したことを後悔しかけた視界の隅に、片側2車線道路の
反対側で街灯を避けて立つ、一人と一匹が映った。

「なかなかやるじゃないかよ、モーニング娘。」と一人言を発しつつ前へ付けた車に
「ああ寒かったぁ!」と笑いつつ、吉澤とゼンは乗り込んできた。
車を街灯から外して路上駐車する。と、吉澤が「ずっと携帯でメール打ってるよ。
誰が来るんだろ?」と報告した。
双眼鏡で覗くと、確かにメールに夢中だ。
181 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時19分24秒
作者です

しまった…「4」だった。
誤字や直し漏れも多いし、鬱です。
でも、今夜の分だけは交信…じゃなかった更新します。
182 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時21分09秒
「おまえ、なぜ反対側へ移った?」
「え?だってあそこにいたら、車のライトが当たってバレそうだったんだもん」
ほぼ満点の回答だ。おまけに街灯の当たらない位置で待っていたし、駐車場の
裏に繋いだゼンを忘れなかったことといい、センスが感じられる。
「おい、将来アイドル歌手を辞めたら、アメリカへ来てハンターの修行しろ。素質
あるぞ」
「はあ?なに冗談言ってんの」
「俺が冗談やギャグでこんな話、する男に見えるか?本気にしないならそれでも
いいけど」
マジな口調に黙ってしまった吉澤に見てろ、と双眼鏡を渡し、俺はパソコンの
メールを開いた。教授からの情報をチェックしておかなくちゃならない。

おお、来てる来てる。添付ファイルは2つ。ん?2つ?一つは分かるが「SECRET」
って名前のもう一つは何だ?まあいい。とりあえず、依頼した方を開けてみる。
ふむ、ベンツEクラスのオールペイントをやってのける民間工場は、対象地域に
12軒か。これなら一日あれば何とかなる。
二つめのファイルを開けて、その内容に思わずのけぞりそうになった俺の耳元で、
「誰か来たよ」と吉澤が囁いた。
183 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時23分54秒
店内に眼をやると、ほぼ中央のテーブル席にいる祥子の向いにスーツ姿の男が
腰を下ろしたところだった。年の頃は34・5…俺より若干上ってところか。
髪はオールバックに近い7・3分けで、一見すると官僚に見えなくもない。

「ねえ、何か女の方が怒ってるように見えるけど」
確かに、祥子が身を乗り出して何か言っている。
男はそれをかわすのに汗をかいているようだ。
「なにコレ?」
パソコン画面を覗き込んだ吉澤が思わず声をあげた。
「【とりあえず情報は以上じゃ。礼はかおリンのサインで手を打とう。あと真里っぺの
生写真も頼む】…だれ?」
「ああ、今回の件で唯一の、外部からの協力者さ。町医者をやってる70過ぎの
爺さんでな。アイドル好きなんだ」
「プーッ!」吹き出すのも分かる。
あははははは、と笑う吉澤。これがいつもの彼女なのかもしれない。
184 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時24分31秒
彼女の笑顔を見ようと思ったら、教授との面白いエピソードなど腐るほどあるが、
いまはこっちだ。俺は最大望遠にして、シャッターを切った。
「それ、デシカメ?」
「ああ」
「ふ〜ん。いろいろ入ってるんだね、そのバッグ」
仕事用はロスの事務所に置いて来てしまったため、こいつのズーム倍率はちと
物足りないが、最高画質で撮っておけば拡大にも耐えうるだろう。
二人のテーブルには飲み物だけが置かれている。
人通りもなく、闇と車のヘッドライトだけが支配する中、俺達は眼だけを爛々と
輝かせて張り込みを続けた。
185 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時25分03秒
『震える将星』

#3 確証−5


「う〜ん。石川、大丈夫だからねぇ、あたしが必ず…」
保田は、ベッドに転がるなり寝てしまった。その足からソックスを剥ぎ取り、今度は
上着を脱がせようと悪戦苦闘しているのは中澤だ。
「ったくもう」やっとの思いで上着を取り、シワになってまうわ、とハンガーにかけて
やった。
二人とも酒は行けるクチだが、今日は少し量が限界を過ぎてしまったようだ。
とくに保田は、開き直ったようにカクテルを数杯おかわりし、店を出るときは既に
酩酊状態だった。
中澤もかなり飲んではいたが、保田が石川を想って酒を煽る姿に、思うように
酔えないでいた。
1時過ぎには店を出たものの、保田は歩ける状態ではなかった。今夜はホテルに
入るよう言われた二人だが、保田の状態を考えるとタクシーでホテルに着いたと
しても、部屋まで上がれるかどうか。ホテルマンの手を借りたら、何を詮索される
かわかったものじゃない。
そこで中澤は、つんく♂の許可を得て、保田の家へ来たのである。彼女の部屋は
マンションの2階であった。2階ぐらいなら、階段でも何とかなる。
186 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時25分40秒
保田をベッドに落ち着かせ部屋を見回していた中澤は、ある一点に目を止めた。
モーニング娘。に加入してからの出来事をプレイパックする品々が並ぶなかで、
とくに輝きを放つそれは…。
「明日な、裕ちゃん昼までで仕事終わるからなあ。必ず犯人の尻尾を捕まえたる。
あんたは下の娘たちのこと頼んだで」
保田の涙酒にも笑顔で付き合った元リーダーの眼には、涙が浮かんでいた。

壁にはメンバー達と撮った写真が、所狭しと貼られていた。
中澤と撮った写真も何枚かある。
だが、中澤が見たものはそれらではなかった。
机の上にたった二つ、ちょこんと乗っている写真立て…
そのうちの一つは、中澤が現役だった頃の10人で撮影した写真だ。
そしてもう一つには、加入したばかりで初々しさ一杯の後輩と、その肩を抱いて
楽しそうに笑っている先輩。
石川と保田の写真が収められていたのだった。
187 名前:新人 投稿日:2003年04月30日(水)23時27分36秒
少ないですが、今夜の更新終了です。
>>179
るしあさん、いつもカキコありがとうございます。
確かるしあさんも書いてらっしゃいませんでしたか?
Seekのどこかでお名前を見たような気がするのですが…。
188 名前:るしあ 投稿日:2003年05月01日(木)14時10分46秒
どうもるしあです。
たぶんそれはまた違うるしあさんだと思います。
ややこしくて申し訳ない。
私は書きたくても書けないんで。
次も楽しみにしてます。
189 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時32分24秒
『震える将星』

#3 確証−5


双眼鏡での監視を続けていた吉澤が、だしぬけに「あれぇ?」と声をあげた。
「何だ?」
「あの男の人、あたし見たことあるよ」
「何ぃ!?」吉澤と面識がある?業界関係者なのか?
「えーと、どこだっけかなあ」吉澤は必死に思い出そうとしている。もし業界関係者
なら、重要な手懸りになるはずだ。頼む、何とか思い出してくれ。
「あー」
「思い出したか?」
「ううん、違うの。二人が席を立ったよ」
見ると、二人はドリンクを飲んだだけで会計を済ませ、外へ出るところだった。
祥子の部屋に行ってくれたらいいのだが、表へ出た二人は、タクシーを探している。
できれば二人とも乗ってほしい…俺の願いは見事に砕かれた。
タクシーが走り去ったそこには、見送る祥子の姿があったのだ。
190 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時32分57秒
俺はアパートへと戻り始めた祥子を見ながら、正直迷った。
このまま祥子の張込みを続けるか、それとも吉澤が必死に思い出そうとしている、
件の男のタクシーを追うか。
あの男、裏で事件の糸を引いているかもしれない。
だが、夜中とはいえ人目につくファミリーレストランで会うなど、いかにも底が浅い
ように見えるのも事実だ。
黒幕がそんな真似をするか?
三輪祥子自身、自分が疑われているとは思っていないから不用意に外で会った
のかもしれない。

これだけのことを瞬時に考え、俺はある結論を出して後部座席を振り返った。
吉澤と眼が合い、微かに頷く。
「わかった。タクシーを追うんだね?」
意見が一致した。ゼンにも異論は無いようだ。
素早くUターンし、追跡を開始する。既にタクシーは、3つほど先の赤信号まで
行っていた。
こんな夜中に近づき過ぎたらすぐオジャンだ。俺は慎重に距離を取った。
吉澤に「念のため、ナンバーをメモしておいてくれないか」と言うと、驚くべき答えが
返って来た。
「もうしたよ。控えておけば、あとで運転手に話、聞けるもんね」
…マジにスカウトしたくなってきた。
191 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時33分42秒
タクシーは20分ばかり夜の街を疾走すると、杉並区の閑静な住宅街へ入った所で
止まった。
100mほど離れたところで車を止め、吉澤に声をかけた。
「ご苦労さん。疲れたろ」
彼女は、追跡中ほぼ休むことなく、双眼鏡でタクシーを追ってくれていたのだ。
おかげで、適度な距離を保つことができた。
やってみればわかるが、走る車の中で双眼鏡を覗き続けると三半規管をやられ、
車に酔ってしまうことが多い。
しかし彼女は「大丈夫だよ。それよりあの男」と笑顔で言ってくれた。
男はタクシーを降りて、住宅街の奥へと歩いていく。
俺は車の中で待つように言い、男を追った。
ゼンも置いていく。俺の許可無しに『ワン!』などとやる犬ではないが、万が一の
可能性も排除すべきだろう。
192 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時35分03秒
男は5分としないうちに、ある家の門へ入っていった。この辺にしては珍しい平屋で
敷地は広く、ちょっとした屋敷の風情だ。庭の隅に駐車場もある。
ストロボを焚いてしまわないように注意しながら、デジカメのシャッターを切る。
表札には「市野」とあった。
念のため、庭に停めてある車の車種とナンバーもメモった。2台とも外車だ。
俺なんざ、本拠のロスでも日本車を使ってるってのに…あ、あれも「外車」か。
目についたことをメモし終えて時計を見ると、短針は「2」を指していた。どうやら
これが今日の締めくくりの仕事になりそうだ。
吉澤が「市野」という男のことを思い出してくれれは、初日としては90点をやれる。

ダッシュで車に戻った俺は「帰るぞ、よ…」吉澤、と言いかけて、あわてて口を
つぐんだ。
後部座席で、すやすやと寝息を立てる美少女と、それを守るかのかのように枕元(?)
で丸くなっている真っ黒な犬が、俺を迎えたのだった。
193 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時36分13秒
『震える将星』

#4 罠−1


「くぁ…」
耳元に置いておいた目覚ましがわりに鳴り続ける携帯を止め、俺は大きく伸びを
した。隣のベッド越しに窓を見ると時刻は6時半。すっかり明るくなっていた。

間の通路にはゼンが寝ていたが、俺の気配に気付いて彼も起きたようだ。
顔を見合わせ、昨夜のことを思いだし二人してため息をつい(ゼンもついたように
見え)た。
通路を挟んだ隣のベッドには、吉澤ひとみが安らかな寝息をたてていた。


昨夜、ここへ戻ったのは3時近かった。
後ろで寝入る吉澤を起こすまいと、生涯初めて級の超安全運転でホテルを
目指したからである。
メンバー達と俺とは部屋の階が違うので途中で分かれたが、彼女は起こされても
不機嫌になることなくエレベーターを降りたところで「おやすみなさーい」と手を
振った。この事態に明るさを失わずにいられるのは、たいしたものだ。
194 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時36分44秒
部屋に入るや否や俺はまず、Eメールを打った。
宛先は教授だ。市野の素性を調べてもらうためである。
デジカメで撮った画像も添付した。
電話してもよかったが時間的に遅いし、「ミニモニ。」のサイン入りDVDを要求され
そうなのでやめた。
レプリケーションが始まったことを確認し、バスタブに湯を貯めるべく浴室に向かっ
たとき、ノックの音がしたような気がして足を止めた。
ゼンがドアの前までダッシュした。間違い無いようだ。疲れのためか護身用の
スタンガンを鞄から出すことも忘れて(我ながら情けない)覗き穴から外を見ると、
さっき別れたばかりの少女が不安そうに左右を見廻していた。
「どうした?」と言いつつドアを開ける。すかさずじゃれつくゼンをあやしながら、
吉澤はバツの悪そうな顔で部屋へ入ってきた。
195 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時37分19秒
話しを聞いてみると、部屋で先に寝ているはずの矢口も、飯田・安倍の部屋からも
果ては中澤・保田の部屋までもが、ノックをしようがチャイムを鳴らそうが、誰も出て
きてくれないらしい。おそらく、熟睡しきっているのだ。
それが想像ついた吉澤は、何とか寝床を確保しようと俺の部屋へ来たのだった。
三つのうちどこかへ内線電話をかけようかとも思ったが、今日一日で彼女達がした
経験とそれによる疲労を考えるとこの時間に起こすのは忍びなく、俺は受けいれる
ことにした。

「いま風呂の用意をしてる。入ったらさっさと寝ろ」
自分でも意外な程、冷静な声が出た。
疲れを取るには、ぬるい湯にじっくり時間をかけてつかるのが一番だ。少ない睡眠
で体力を回復することができる。
時間がないからといってシャワーで済ますと、翌日がキツいのである。
とにかく湯につかりたいと考えてバスルームに向かいかけた俺は、名前を呼ばれ
振り向いた。
「聞きたい事があるの」
『何だ、告白か?』と軽口を叩きかけて止めた。その表情は真剣そのものだった。
ベッドの縁に腰掛けた俺の顔を真っ直ぐに見て、心配そうに寄り添うゼンの頭を
撫でながら彼女は話し始めた。
196 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時41分01秒
「ジョーさんは、梨華ちゃんが無事だと思う?それとも…」
そのあとを口に出せないのは仕方がない。誰だって最悪の形を、一度は想像する
ものだ。しかし俺の見解は、少なくとも最悪ではない。
「無事だな」
吉澤の不安を取り払うべく、力強く言うことができる。彼女はほっとしたように微笑み
「あたしもそう。変だよね、これって。どうしてだろ?」と、さらに訊いてきた。
話すと長くなるのは分かっていたが、このままでは寝るに寝れなさそうだ。
そう判断した俺は、自分の考えを話してやることにした。

大半の誘拐事件は、私怨がある場合を除いて著名人や資産家の子息や、有名人
である本人が人質に選ばれるのはレア中のレアケースだ。
狙うならばそこらにいるごく普通の一般家庭の子供の方が早いし、簡単だ。
連れ去るときが楽だし、拉致してからも扱い易いからである。
事実、奴等は俺の乱入によって、失敗しかけた。
身代金は、可愛い子供のためなら何とかするのが親というもの。5千万くらいなら
何とか用意するだろう。
197 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時41分39秒
何の為に幾らの金が必要かにもよるが、借金ならば『誘拐』は甚だ割に合わない
手段であるのは、逃げ切った営利誘拐犯が皆無(性的興味の対象となった場合は
別として)なのを見ても、明らかだ。
捕まったら最後、主犯は極刑かそれに近い線は免れないからである。
今のご時世、自己破産宣告は恥ずかしいことじゃない。全てを清算したうえで、
裸一貫での出直しをはかる方がよっぼど得策のはずだ。
犯罪心理学や物理学で常識となっていることをあえて無視し、厄介な著名人を
狙っての誘拐という手段に出たのが、どうにも俺には腑に落ちなかった。

内通者(まだ疑惑段階だが)を使ってまで、ガードが一般人に比べて圧倒的に
固いアイドルを拉致しなければならなかったのは、なぜだ?
ここに、俺が「石川梨華は無事でいる」と確信に近いものを抱く所以がある。
犯人グループに、金以外にも目的があるのでは、ということだ。あるいは、金の
方が副次的なのかもしれない。
198 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時43分36秒
加えて、
○つんく♂から聞いた、業界内の不穏な噂。
○3億円という、高額な身代金(普通は1億とか、キリがいい)。事務所なら用意
できなくはないが、金目的だとしても高すぎる。
○身代金を用意する期限に変な余裕がある(多くは「明日の何時」だろう)こと。
○そして何より、犯人グループが素人であるにしても、まるで見つけてくださいと
言わんばかりに、痕跡を多く残していること。
これだけの理由で決め付けるのは早計かもしれないが、石川梨華は無事でいる。
ハンターとして培った俺の勘は、そう胸を張っていた。

「あたしと同じだ」吉澤はそう言って微笑んだ。その表情に思わずグッときた。なぜ
そうなるのかは分からない。
それにしても、俺と同じ事を考えていたとは。ヘッドハンティングが現実味を増して
いく。
「でもそう思えたのは、ジョーさんが私たちを捜査に参加させてくれたからだし、
いろいろと教えてくれたからだよ?最初は不安を振り切るために頑張ってたんだ
けど、いつのまにか行き過ぎる不安はなくなってたんだよね」
199 名前:新人 投稿日:2003年05月02日(金)14時44分25秒
「やめとけ。頭を下げるのは、スタッフとファンに、だけでいい」
俺は言い放った。自分でも、けっこう冷たい言い方だなと思った。
何でこうなるのかも、さっぱりわからない。
「風呂に入って寝ろ。全ては明朝だ」
「うん」と再びにっこり。だから、そういう殺人光線は使うなって。
「ゼン、お前も一緒に入れ」「やだぁ」と今度は大笑いだ。しかし…
俺がバスタブの蛇口を最大水量に捻って戻ると彼女はベッドにもぐりこみ、既に
寝息をたて始めていたのであった。
200 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)06時41分07秒
作者です。もっと更新しようと思ったのですが、力尽きました。
皆様も風邪には気をつけましょう…

>>188 るしあさん
人違いでしたか…申し訳ありませんでした。名前のことで考えたのですが、私の名前は芸がないですね。改名しようかな。

それでは皆様、ご感想お待ちしております。
201 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)16時27分16秒
そう明かす彼女の顔は、初対面とは正反対の落ち着きぶりだった。
「ありがとうジョーさん。吉澤、明日も頑張ります」
そう言ってペコリと頭を下げた。

「やめとけ。頭を下げるのは、スタッフとファンに、だけでいい」
俺は言い放った。自分でも、けっこう冷たい言い方だなと思った。
何でこうなるのかも、さっぱりわからない。
「風呂に入って寝ろ。全ては明朝だ」
「うん」と再びにっこり。だから、そういう殺人光線は使うなって。
「ゼン、お前も一緒に入れ」「やだぁ」と今度は大笑いだ。しかし…
俺がバスタブの蛇口を最大水量に捻って戻ると彼女はベッドにもぐりこみ、既に
寝息をたて始めていたのであった。
202 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)16時28分47秒
作者です。
199 は、201が正しい内容です。初めの2行が落ちてました。
申し訳ありませんです。
203 名前:るしあ 投稿日:2003年05月03日(土)21時35分52秒
どうもるしあです
間違えたことは気にしないでください
しかし同じ名前の人がいると厄介ですねぇ〜
オレも変えようかなぁ〜
次も楽しみにしてます がんばってください
204 名前:丈太郎 投稿日:2003年05月03日(土)21時46分19秒
更新お疲れ様です。だんだん話が複雑になってきましたね。しかも
理路整然。どんでん返しとかあるのかな?このあとも期待してます。
205 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時25分16秒
『震える将星』

#4 罠−2


で、朝である。すやすやと眠りつづける吉澤は起こさず、俺はバスルームへ入った。
腹が減ってもいたが、とにかくシャワーだ。我ながら汗臭い。
昨夜は彼女が風呂にも入らず寝てしまったため、自分だけ入るのは何となく気が引けて、
そのまま寝てしまったのだ。
おかげで昨日の疲れは残っているし後頭部の鈍痛も取れてはいないが、体調自体は3時間
あまりの睡眠にもかかわらず悪くない。

ベッドルームへ戻ると吉澤がベッドの上に身体を起こして、ぼーっとしていた。まだ半分寝て
いる顔だ。朝は弱いのだろうか。
「おはよう」と声をかけても「んー」と欠伸をしたきり、またぼーっである。まあ、3時間少々の
睡眠じゃな。

「7時半には皆集まるぞ。早くシャワーを浴びて来い。ラウンジで朝飯でも食おう」
「朝飯!?」途端に眼がバチッと開いた。
「すぐ浴びてくるから、待ってて!」と飛び起き、浴室へ突進する後姿を見て「うお!」と俺は
思わず手で顔を覆った。
吉澤のやつ、スラックスを脱いで寝てやがったのか。眼福…いや目の毒だ。
206 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時26分52秒
シャワーを浴び終えた吉澤を伴い、最上階のラウンジへ出向いた。
吉澤は「すっぴんならバレるわけないよ」と何もカムフラージュせずに部屋を出た。すっぴん
云々は別として思いきり普通な服と髪型だし、男性宿泊客と同伴でモーニング娘。の吉澤
ひとみが来るとは誰も想像すらしないだろう。
もし疑われても、一般人のフリをしてすっとぼければいい。

開店後間もなかったが、ラウンジには多くの宿泊客がいた。世界的なホテルチェーンだけ
あって、半数が外国人だ。これなら目立つまい。
バイキングのチケットを買い、ロールパンを5個、他にスクランブルエッグやらベーコンやら、
山盛り皿に乗せて席に着いた。
吉澤も俺に負けないぐらいの量をかき込み始めた。昨日は水分以外、摂っていないはずだ。
しかし、寝る前の一件で、すっかり食欲は回復している。頼もしい姿の彼女を微笑ましく見な
がら、持ってきた新聞を広げた。部屋にサービスで入っていた一般紙である。


『モーニング娘。石川梨華と吉澤ひとみが緊急入院』

社会面に、つんく♂が手配したらしい記事が出ている。
俺は記事を確認し、吉澤に渡してやった。「見てみ、お前ら二人、緊急入院だとよ」
207 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時30分14秒
「ほえ?」一心不乱に食べていた彼女も、むしゃむしゃとパンを頬張りつつ記事に目を通した。

『春の全国ツアーを控えているアイドル・グループ【モーニング娘。】の石川梨華(18)と
吉澤ひとみ(17)の二人が昨夜、ともに体調不良を訴えて都内の病院に緊急入院した。
プロデューサーのつんく♂によると二人の症状は食中毒に近いものだという。
「二人はグループ内でも非常に仲がよく、昨日も吉澤が石川の家に泊まりに行っていて
二人だったからよかったが、もし一人だったら救急車を呼べなかったかもしれない。医者
と本人たちの話を総合すると、一週間程度で復帰できそうなのでツアーに影響はない」
という。保田圭(22)の卒業がファイナルとなる春の全国ツアーに、黄信号が点った。
なお、病院側の混乱を避ける配慮から、入院先の病院名は明らかにされず、本人たちの
コメントも発表されていない』
208 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時30分53秒
絶妙の言い回しだと言えるだろう。これなら事実(と言っても大嘘だが)を小出しにして時間を
稼ぐことができる。
一般紙でこの扱いでは、スポーツ紙なら裏一面あたりで
【モー娘。緊急事態!】
【チャーミー緊急入院!よっすいーも倒れちゃった!】
みたいな見出しが踊っているはずだ。

すべて平らげてグラスの水を飲み干すと、ようやく落ち着いた吉澤は
「今日はどうするの?捜査対象がひとり増えちゃったじゃん?」
と聞いてきた。確かに、状況は一歩前進だが、人手不足は痛い。
「ふむ、とりあえず教授からの情報待ちだが、尾行は付けなくちゃならないだろうな」
「でも、みんな今日は仕事だよ?中澤さんはお昼過ぎで終わるって言ってたけど、飯田さん
たちは夜まで入ってるって」
俺は、食後のコーヒーをすすりながら考えた。
三輪祥子の方は、午後から捜査に復帰できる(と表現するのも変な話だが)中澤に頼めば、
うまくやってくれるだろう。
問題は、祥子と昨夜密会した、市野である。
209 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時31分47秒
教授の情報からどこの誰かが判ったとしても、割ける人手がないのだ。こいつはマズい。

俺と吉澤は、自動車工場とその周辺をあたらなくちゃならない。時間差で俺たち二人がともに
目撃したベンツは、Eクラスの標準塗装色ではない。間違いなくオール・ペイントだ。
それに、石川拉致からつんく♂に入った予告電話までの時間、聞き込みで判明した犯人の
逃走経路を考えると、敵は間違いなく、現場からそう遠くない都内に潜伏しているはずだ。
教授が探した12軒の中に、犯人に繋がる工場が必ずある。俺はこのやり方で、ハンティング
をしくじった記憶はない。
普通に行けば、昨日と変わらない成果を上げ、解決に近づくことができるはずだった。

しかし、それも昨日のような人海戦術があってこそだ。向こうでも誘拐事件を手がけるとき
にはチームを組むのがセオリーなのだ。ハンター仲間じゃなく、ポリスのときもあるがね。
210 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時32分32秒
部屋に戻り、中澤以下のメンバーが集合しても、俺の考えはまだ迷走を続けていた。
「吉澤ー!おまえなぁ!!」
「わあっ、ごめんなさい矢口さん」
「ほんと、あんまり心配かけるもんじゃないべさ」
などとやっているメンバーを尻目に、俺はソファに身を沈めて考え込んでいた。

「そんなことより、見てくださいよ、この記事」
「よっすぃー入院だって。食中毒?何食ったんだー?」
「つんくさんのコメント、微妙〜」
「一週間も休んだら、太っちゃうべさ」
新聞の記事を見てわいわいやってるメンバー達。光明が見えて明るくなったのはいいのだが、
これからが大変なのを分かっちゃいない。

いや、一人だけいた。
「なあ」いつの間にか近くに寄ってきていた中澤に話しかけられるまで俺は難しい顔をしていた
らしい。
211 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時33分35秒
「何や、厳しい顔して。あんな、ビッグ・ニュースがあるんやけどな」
「うっ、酒臭っ。お前ら、いったい何時まで飲んだんだ?」
「大きなお世話や。ええから、耳貸し」
中澤は遠慮なしに耳を引っ張りやがった。痛みに顔をしかめたが、耳打ちの内容に自分の
顔が苦悩から驚愕に変わるのを自覚するのは、今回はこれが初めてだった。

「おはん、それホンマか?」
「どこの言葉やそれ。それに『お前』?ったく、何様やっちゅうねや」
言うことは怒っている風だが、顔はけっしてそうではない。
むしろ、どんなもんや、と笑っている。
偶然とはいえ、ICレコで会話まで拾ってきたとは、大した手柄だ。俺は素直に褒めたたえた。
中澤は「照れるやんか。たまたまや、たまたま」と頭を掻いたが、喜んでばかりもいられない。
これでまた、同時に捜査を進めるべき対象が増えてしまったのだ。
212 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時34分09秒
「浮かん顔やなあ。あ、わかった。人が足らん思うてるんやろ」
鋭い。中澤もスカウトするか。
「心配いらんて。圭が来とらんやろ。風邪引いてもうてな。朝は病院へ行くって言うてたわ。
ボイトレやし、遅れても平気、平気」
「何い?」
中澤は自信たっぷりの顔で笑っている。すると保田は?
「今頃はもう、動き出しとる頃やで。それにな、今日はもう一人、応援を呼んだんや。昨日、
寝よ思ったら電話かけてきてな」
『応援』という言葉に騒いでいたメンバーも反応し、中澤をじっと見つめている。
213 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時35分34秒
「お前、この秘匿性が必要な事件に、部外者を絡ませるのか?」
俺は声を荒げた。思い切り部外者である『教授』のことを既に知っているはずの吉澤は、
黙って俺と中澤を見ていた(これには感謝だ)が、矢口らはあからさまに「裕ちゃん、それ
どういうこと?」「大丈夫なの?」「誰だべさ?」と不安を口にしている。
「大丈夫、部外者やない。信頼できる人間や」
中澤は得意そうに、この女性にしては珍しいと思われる悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「いったい誰?」飯田たちが顔を見合わせてひそひそ話し始めたとき、一切の会話を黙って
(話せないだけだが)聞いていたゼンが立ちあがり、ドアまでトコトコと歩いて行った。で、俺を
振りかえって、何かを伝えるように顔を見た。ん?こんな場面、昨日もあったな。
214 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時37分32秒
「来たようやね」と中澤がドアへ目をやると、間もなく訪問者を告げるチャイムが鳴った。
「あたしが出る」と言って迎えに出た吉澤が、慎重に覗き穴から外をうかがう。
「えぇーっ!?○△☆■」
意味不明に近い叫びをあげて、すぐにドアを開けた。少なくとも知っている人間のようだ。
「よっすぃーサンキュ」
…この声、まさか?飯田達もはっとしてそちらを見る。どうやら、間違いなさそうだ。
訪問者は物怖じした風もなくスタスタと部屋に入って来ると、皆の顔を見回してにっこりと
笑った。

「水くさいじゃん、みんな」
「「「ごっちーん!?」」」

飄々とした空気をまとって現れたのは、モーニング娘。の元センター・後藤真希であった。
215 名前:新人 投稿日:2003年05月03日(土)23時48分17秒
作者より

今夜の更新終了です。200を超えてようやく二日目…絶対1スレでは終わらないですね。
次スレを立てても怒られないかなあ。って、まだ気が早いか。

>>203
るしあさん、暖かいお言葉、感謝です。今回はビッグ・サプライズを狙ってみましたが、
ご期待に添えましたでしょうか。

>>204
丈太郎さん、いつもカキコありがとうございます。2ch.の小説スレでけっこうお名前を
お見かけしますね。お眼鏡にかなうよう、がんばります。

それでは、ご感想お待ちしております。
216 名前:みっくす 投稿日:2003年05月04日(日)09時17分10秒
いつよんでもおもしろいです。

ごっちん登場ですね。
活躍がたのしみです。
217 名前:コルク 投稿日:2003年05月04日(日)10時31分49秒
どうも元るしあのコルクです。早速変えました。
それにしてもごっちんとは・・・。
期待以上のもが見れてうれしいです。
このあとどうなっていくのかすっごい楽しみです。
218 名前:丈太郎 投稿日:2003年05月04日(日)21時45分05秒
更新お疲れ様です。
すげえ…ごっちんだ。意表をつかれました。いやー面白いっ。作者
さんがんがれ〜。
219 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)22時56分07秒
『震える将星』

#4 罠−3


「はあ、やっとお風呂に入れたよぉ…」梨華はため息をついた。
今朝で拉致から丸一日。既に手足は自由だし、男たちも変に親切で、誘拐を忘れて
しまいそうな環境だったが、昨夜は風呂へ入らせてもらえなかった。というよりも、
男たち風呂の準備すらしておらず、今朝もその気配はなかった。
18才の乙女を風呂に入らせないなんて、何を考えてるのかしら。自分の立場も忘れて
入浴を要求し、いま入っていたところだ。

湯船から出て身体を洗っている途中に「着替え、ここに置いておくね」とサインを
ねだった国男らしい男に声をかけられたのには参ったが、用意された着替えを見て
吹き出しそうになった。
パステルピンク基調のワンピースはともかく、下着まで…いったいどうやって手に
入れたのだろう。
サイズはやや大きかったが、付けた感じは悪くなかった。安物ではなさそうだ。
(あたし、こんなに大きくないよ)真っ赤な顔で下着を購入する国男を想像して、今や
クスクス笑う余裕さえ出てきた梨華だった。
220 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)22時57分33秒
浴室から居室へ戻るとき、通路で名前を聞いていない唯一の男に会った。
やはり24時間体制で見張られているようだが、この人には昨夜、優しい言葉をかけて
もらった。他の犯人達と同じく、やはり梨華に親切だったのである。
「あの…」「なに?」男はMDプレイヤーのヘッドホンを外してくれた。
「大したことじゃないんですけど」
梨華はモジモジしながら訊いた。
「お名前は?」
「へっ?」
名前がわからないから、話しかけられないと彼女は言った。
(あたし何をモジモジしてるんだろう。告白してるみたい…)びっくりしたらしい相手が
答えるまでの間、梨華はそう考えていた。
「はは、藤田だよ。ありがとね」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
藤田は昨夜、緊張で(不思議と恐怖はなかった)なかなか寝られない梨華を見て、
レンタルビデオ屋まで走り、ビデオを借りて来て一緒に観てくれたのだった。
持ち込んだビデオは5本。
(これぜんぶ観たら朝になっちゃうよ)と笑いがこみあげ、それがリラックスを呼んだ。
その一本目の途中で、眠りにつくことができたのである。
221 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)22時58分20秒
「藤田さんのおかけで、よく眠れました」
藤田は困ったような顔をしたが、すぐ笑顔に変わった。
「俺なんかに気を使わなくていいんだよ。さ、部屋に戻って」
「…すいません」と部屋に戻りかけたが、ふと思いついて振り向いた。
「何?」
「藤田さんたちの目的って、何なんですか?」
昨日から抱いていた疑問だ。この人なら答えてくれそうな気がした。
「目的って…君を誘拐して、身代金を」と言うのを「うそ」と遮った。
「あたし、これでもアイドルですよ。お仕事を通して、色々な人を見てきました。腹黒い
人も、心から応援してくれる人も」
梨華は思いきって言ってみた。
「皆さんが悪い人に見えないんです。私を誘拐はしたけど…何だか凄く親切だし、
乱暴もしないし。何かほん…」
本当は、他に目的があるんでしょ?そう言いかけた彼女を、「そこまでだ」という声が
遮断した。袴田だった。
222 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)22時59分14秒
「石川さん、頼むから余計な詮索はしないでくれないか」
と言いながら近づいて来た。
「俺達は、金目当て。それだけだ。誓って君に乱暴したり、命を奪ったりするつもりは
ない。けど、今みたいに探りを入れられると、改めなきゃならなくなる」
梨華は『命を奪う』という言葉にドキッとしたが、それに耐えて袴田の顔を見た。
嘘は言っていないように見える。といっても、この男は銀香と同じく無表情だが。

話はそこで終わり、再び梨華は居室で監視を付けられた。
当番の国男が、しきりに話しかけてくる。喉乾かない?藤田が持ってきたビデオでも
観ようか。
その気遣いは嬉しかったが、梨華は生返事しか返せなかった。
(マネージャーの車が来てる時間だ。みんな心配してるだろうなあ)
梨華はぼんやりと、シャッターが降ろされたままの窓を見つめていた。
223 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)23時00分13秒
驚くべき訪問者は、皆を見回したあと輝く笑顔で言った。
「あたしにも手伝わせてよ。友達じゃん」

海外が拠点の俺も、後藤真希ぐらい知っている。
モーニング娘。第3期追加オーディションにおける唯一人の合格者だ。
昨年秋に『卒業』するまでメイン・ボーカリストとしてグループを牽引、数々のヒットを
生み出した。現在はソロのはずだ。
最近は楽曲の迷走もあって伸び悩み気味だが、予備軍を含めて多数のアイドルが
集う『ハロー!プロジェクト』の中にあって、そのスター性とカリスマ、そして本来の
実力は屈指である。
派手な話題は、妹分の松浦ナントカに先行されることもあるが、グループに所属
していた頃から単独でドラマにも進出しており、今後は演技の機会も増えるはずだ。
契約中のCMも、数多い。
…後半部分は、自称アイドル研究家・逢坂の受け売りだが、いま目の前にいる少女は
奴の熱弁を充分に実証する輝きを放っていた。
224 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)23時02分12秒
「裕ちゃん、この人がハンターさん?」
「ああ、そやで。米国帰りの『火の玉・ジョー』はんや」
「『帰り』じゃない。本拠は向こうだ。それと、火の玉はやめろ。別のニックネームを
考えろと、同業の連中に言ってあるんだ」
「あはは、なんか面白いねえ」
後藤は興味津々という顔で俺を見る。その瞳に星が光っているような気がした。

「で、裕ちゃんあたしは何をやればいいのかなあ。梨華ちゃんを助けるためなら
何だってやるよ」
ほう、このコ吉澤と同じことを言うな。そう言や同じ歳だったな、三人は。確か学年は
石川が上だったと思うが、仲が良いのであろうことは容易にわかる。
「それをこれから相談するとこやったんや。ジョーはん、後藤を加えたら、何とかなる
んちゃうの?」
中澤が言ったが、俺は気付かなかった。後藤のオーラにおされていたらしい。
「ちょぉコラ、火の玉ジョー!何ぼーっと…ごっちんに見惚れてるんかい!」
中澤が声を荒げ、ようやく気づく始末だった。
225 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)23時03分24秒
「おお、すまんな。そうだな、俺と吉澤にゼン。後藤に午後からの姉さんに…ん?」
ゼンが足元にきて、困ったような顔をした。理由はすぐにわかった。
「ちょっと」
傍らに吉澤が立っていた。その瞳には、炎。
「何よ、ごっちんが来たからってその顔は!」
と耳元で叫びやがった。何を怒ってるんだ?この娘は。
「もういいよ、あたし一人でやるから。あのリスト、貸して!」
教授から届いた自動車屋リストのことを言っているのだろう。さっきプリント・アウト
しておいた。

「バカを言うな。お前一人じゃあ、相手に暴行を加えてでも吐かせようとしかねん」
これは冗談のつもりだったが
「何よそれ。あたしをそんなヒドイ女だと思ってるわけ!?」
とすっかり喧嘩腰だ。くそ、こんな小娘に負けられるか。
「いいから、お前は俺と来い。反問は許さん」
「ひゅーひゅー」
バカ、火に油を注ぐんじゃねえ矢口。
「何ですか!」
吉澤が怒りを含んだ声を放った。
「うわ、睨むなよ、わかったよぉ」
矢口は飯田の後ろに隠れながら吉澤に謝って事無きを得た。
ふん、ざまァみやがれ。
226 名前:新人 投稿日:2003年05月04日(日)23時17分06秒
作者より

少ないですが、今夜の更新終了です。

>>216 みっくす さん
ありがとうございます。後藤の登場で、捜査の華がひとつ増えました。
ご期待に応えられるよう頑張ります。

>>217 コルクさん
いつもありがとうです。「期待以上」…すっごい励みになります。後藤の活躍、
とくとご覧あれ。

>>218 丈太郎さん
「意表をつかれた」なんて、書き手としてはすごく嬉しい誉め言葉です。
がんがりますので、これからもよろしくお願いします。

このGWは仕事と小説で過ごしている感じで、保田圭の卒業を観に行けず残念です。
どなたか、彼女のラスト・シーンを教えていただけませんか?

それでは…。
227 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時20分59秒
『震える将星』

#4 罠−3


30分後、飯田・安倍・矢口の3人は名残惜しそうに仕事場へと出かけて行った。
彼女達はそれぞれに夜までのスケジュールを抱えていた。特に、ベテランと組んで
初のシングル発売が決まった安倍と、完全ソロでアルバム発売が決まっている飯田は
それぞれ、取材にレッスンに、トラックダウン作業にと忙しい。
矢口は、グループのツアー前に「ミニモニ。」の卒業イベントを控えており、そちらの
仕事とテレビの収録で一杯いっぱいだという。
そんな殺人的スケジュールの中にあって、貴重なオフを使って石川の捜索に力を
貸してくれた彼女達に、俺は深く感謝しなくてはなるまい。
仕事は大事だけど、矢口がブチ切れたように石川のことは頭から離れまい。少しでも
その不安を和らげてやりたいと考え、お互いの情報共有を約束し、三人を送り出した。
「頼むね、ジョーさん」
「ごっちん、がんばるんだよ」
「ガッツだべさ、よっすぃー!」
228 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時22分17秒
で、部屋に残ったのは4人と一匹だ。そろそろ本題に入るか。
「保田はいま、何してる?」
唐突に訊いた。相手は中澤だ。
「さあて、何やろねえ」
「ねえねえ、圭ちゃんはどーしたのぉ?」
プッチモニとかいうユニットで同期(そう言えば、吉澤もメンバーらしい)だった保田の
ことを、後藤も気にしているようだ。
「当ててやろうか。自宅でネットだろ」
「げっ」
昨夜、二人が仕入れた情報…証拠は無いが、追ってみる価値はある。
娘。のパソコン・マスターである保田は、情報をネット上のありとあらゆる掲示板に、
噂話の絨毯爆撃を仕掛けているのだろうと考えたのだが、当りだったな。
229 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時22分53秒
それより前に、昨日の昼間は中澤が、アイドル達が最も忌み嫌う雑誌の編集部を
抜き打ちで訪れ「あんた達やろ変な噂を流しとるんわ!」と、つんく♂の話の内容を
微妙に歪めて撒き散らすという大立ち回りを演じている。
アイドルの良からぬ噂を最も美味しい素材とするハイエナ共がこの餌に食いつく
のは想像に難くない。
保田が手がけるネットの方も、単なる噂が、さも真実のように語られるのが当たり前
の世界だ。レスがつけはつくほど、黒幕の耳に入りやすくなるし、敵も焦るだろう。
何しろ、自分の悪行がネット上で公開されるも同然なのだ。

これは、黒幕を情報の逆リークで追い詰めて炙り出そうという罠だ。石川が安全だと
確信しているから出来ることではある。
「へえー。すごいじゃん。さっすが本場のハンターさんだね。罠かあ」
後藤は感心したようだが、見えない敵を攻撃する常套手段なのだ。

新たな協力者を得た俺に、外部のそれである教授から連絡が入った。携帯で話した
ら部外者とバレてしまうが、そうも言っちゃおれん。
しかしまあ、このタイミング。どこかで監視でもしてるんじゃないかと疑うほど、毎度
毎度が絶妙だ。
230 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時24分15秒
「誰だ」
俺はワザと高圧的に電話に出た。
「ワシじゃ」
教授はさして驚かなかったようだ。くそ、これでもあの爺さんにゃ演技力不足かよ。
「ごっちんも参戦とは、美女に囲まれて羨ましいの」
「はぁ?」
思わず間抜けな返事を返してしまった。吉澤がプッと吹き出す。相手が誰だか分かった
のだろう。中澤と後藤は、不思議そうな顔をしていた。
「なぜ知ってる!?あんた、ストーカーもやるのか?」
「人聞きの悪いことを言うな。長年の努力が実っただけじゃ」
「何だそりゃ、さっぱり答えになっとらんぞ」もう吉澤は爆笑している。
中澤は「あなたぁん、相手だれやのぉん?」と迫ってきた。
やれやれ。教授の情報はありがたいが、なぜかいつもコントになってしまうので電話の
あとはドッと疲れるってのに、中澤までコレか。勘弁してくれ。
231 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時24分50秒
「で、わかったのか?」
俺はしっしっ、とやりながら教授に訊いた。
「おお、本題を忘れるところだったわい。市野哲哉。大手広告代理店のプランナーじゃ。
娘。のCMも手がけておるぞ」
「CMプランナーだと!?」思わず声が大きくなっちまった。
吉澤がはっとするのが見えた。
「そうじゃ。ほれ、何年か前に、ウーロン茶のパクリがバレバレの飲料のCMに、娘。
全員で出てたじゃろう。チャイナドレスのごっちん、いま思い出してもゾクゾクするわい」
…わかった。俺の負けだよ。

「あーっ!」
思い出したらしい吉澤が叫んだ。ようやく思い出したのだ。
「飲茶楼のスタジオにいた、会社の人だ!」
それにしても、朝からデカい声だな。傍にいたゼンが驚いて、こちらへ逃げてきたほど
だった。
言いたい事はだいたいわかるが、少し単語が抜けてる。
「飲茶楼のCM撮影のときにスタジオに居た、CM制作会社のプランナーの人だ」
とでも訳せば正解か。
232 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時26分01秒
「もうずいぶん前だけど、飲茶楼のときにいた人だよ」
何やねんソレ?と中澤が反応した。
「中澤さん、ごっちん、覚えてない?ほら、あいぼんやののが『おなかすいたー』って
騒いだら、『じゃあボクが何か買って来ます』って、山のよーにお菓子を買ってきた人。
もう、二人が喜んで食べまくっちゃって、あのあと大変だったじゃん」
「おー、あのお人好しかあ」中澤も思い出したようだが、「んー、わかんないなあ」と
後藤はまだ首を捻っている。
「ごっちんもほら、頭痛くって大変で、そしたら頭痛薬をたくさん買ってきてくれて、
『この中に、いつも飲んでるのありますか?』って。ごっちん、びっくりしてたじゃん」
「あー、思い出したよ。ちょっと柳葉敏郎似の?」
「ちょっとだけな。それがどうしたん?」
「その人がね、昨日の夜に三輪祥子と会ってたの」
「あの後にかぁ?ずいぶん遅い時間やね」
233 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時27分51秒
あの深夜のファミレスで、二人は口論…というより、祥子が市野に食ってかかって
いるように見えた。見方によっては、「私に梨華ちゃんの住所を調べさせて、何を
したのよ!」なんて会話であったとしてもおかしくない。
その場合は、市野が黒幕ということになるのだが、ファインダーから見たその顔は、
とても黒幕には似つかわしくない、中澤が言うとおりの「お人好し」に見えた。
「黒幕が出たかな、って思ったんですけど、あの人、そんなことできないよね」
「んーそうだねえ」
「ありゃ天然やで。いくら何でも『黒幕』はないやろ。せいぜい『手下』やと思うわ」
手下か。だとしても、あんな時間に会うほどの用件は何だ?
吉澤たちの会話の真偽どうかはともかく、やはり直に接触してみる価値がありそう
だ。メンバーの誰かが訪ねても、不信がられない下地があることだしな。
保田がネットで仕掛けた罠に加え、手下(かどうかは、まだわからないが)へ直に
揺さぶりをかけてやる。もし、奴の後にまだ黒幕が控えているとしても、将を射んと
すればまず馬を射よ、ということである。
234 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時30分19秒
問題は、それを誰がやるか、だ。俺がやってもいいのだが、教授がピックアップした
12軒の塗装屋をあたらなくてはならない。
吉澤のような若い女の子が一人で訪れて話を聞けるほど、商売人は甘くない。
第一、不自然だ。
「何を考え込んでるん?」
「中澤!はこのあと仕事だよなあ」
「まあな、つんくさんと『仕事に穴は空けん』って約束やしなあ。午後からで勘弁
してぇな」
うむ、正論だ。しかし、彼女以外では荷が重いのではなかろうか。
「いや、市野の所へ誰を行かせたものかと思ってな」
「ちょ、アンタ。ウチが何故、後藤を呼んだと思うてるん?いざとなったら頼りになる
コやで。度胸あるし、ドラマで演技力もついとるしな、どこでも寝れるんやで。緊張は
しても、アガったりはせんと思うで。なあごっちん?」
「裕ちゃん、寝るのは関係ないよぉ」
プッと頬をふくらませた後藤の突っ込みが入る。ちょっとムクれた顔もなかなかだな。
お、吉澤が睨んでる。ったく、何だってんだ?
235 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時33分17秒
「わかった、後藤に頼むとしよう。やってくれるか?」
「んー、どうすればいいの?」
俺は後藤に作戦を授ける。
市野の人物評からすると、やはり尾行よりも直接叩いた方が尻尾を出す確率は
高い。
「…という感じで、こっちの知りたいことを引き出してもらいたいんだ」
「ん、わかったよ。何とかやってみるよ」
と後藤はニッコリ笑う。これが【ごっちんスマイル】ってやつか?
「あの人、後藤のファンだって言ってたし、話してくれると思うよ」
「頼むぞ」
「えへへ」
「何や、ええコンビやなあ。初対面とは思えへんで」
うわ、また吉澤が睨んでる。さっきより凄い顔だ。
次の瞬間、俺は彼女の発した一言に、マジに凍りついた。
「…舌入れたくせに」
236 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時37分07秒
いかん、こいつ昨夜のことを持ち出しやがった。
「何を入れたって?」
ほら見ろ、後藤が反応しちまった。黙らせないと誤解を招く。事実だからと仕方ない
ところもあるが、いまここで変に仲違いするわけにはいかん。
「訴えてやる」
「だめろ吉澤!」
ダメだとやめろがゴッチャになった。なぜ焦るんだ、俺が?
「誰を訴えるの、よっすぃー」
徳俵に足がかかった。寄り切られるのも時間の問題…
「まあまあ、痴話喧嘩はその辺にしとき」
中澤が笑いながら土俵中央へ導いてくれた。
「痴話とは何だ?俺は何もしちゃいないぞ」
「そ、そうですよ。別にあのあと何も」吉澤が慌てて否定する。
「なあ、吉澤?」
「うん、そうだよねー」
何が「あの後」だ?そんなもんバレバレじゃないか。内心、冷や汗出まくりだ。中澤が
ニヤリとしたのも気にかかる。
237 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時39分59秒
「ほんじゃ、話がまとまったところで裕ちゃんは行くでー。今日は二時ごろ終わるから
そこで電話するわ」
よかった。どうにかこの場は収まりそうだ。
「わかった。車は俺が使ってもいいか?」
「ああ、じゃあウチは別に車借りることにするわ。どうせ会社の金やし」
そう言って中澤は、しっかりやるんやでぇ、と後輩二人の頭を撫でると「ゼン、また
夜なぁ」と手を振ってドアへ向かった。
ゼンが鼻を鳴らして別れを惜しむ。こいつ、吉澤じゃなかったのかよ。
ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、見送りに出た俺に中澤は「あんな、ちょっと
難しいとこあるけどイイ娘やで」と耳打ちし、ドアが閉まる直前に投げKISSまでしや
がった。
まだ酔ってるんじゃないのか?
238 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時43分53秒
中澤の最後の一言に僅かな動揺を感じながら、ともかく本日のエージェントに宣言だ。
「行動開始だ。頼むぞ二人とも」
俺の真剣な声に、二人の表情が引き締まる。
「後藤は市野、俺と吉澤は工場探しと周辺の聞き込み。後藤、単独行動なんだから、
無茶はするな。移動には必ずタクシーを使え。電車やバスは厳禁だぞ」
事件漏洩の危険を避けるためだが、後藤は理解できただろうか?
「ん、わかりましたっ」
心配ない。真剣なその表情でわかる。かなり頭がいい娘だ。
俺は吉澤に目をうつした。
「車屋には、俺があたる。もし、例のベンツを見たという証言が取れたら、すぐに知ら
せろよ。今日は昨日よりも地味だけど、網を狭めるための仕事だ。一緒に頑張ろうぜ」
「はいっ!」
おっ、笑顔だ。「一緒に頑張ろう」が効いたか。

そして俺たちは
「がんばって行きまーっ」
「「「しょい!!!」」」『ウォン!』
と気合を入れて、第二日目の捜査を開始したのだった。
239 名前:新人 投稿日:2003年05月06日(火)00時59分05秒
今夜の更新、終了です。

後藤が登場して、書き手の自分が思うのも変なのですが、やはり彼女の存在感は
凄いですね。次から次へとアイディアが出てきて、すっかり場をさらってしまい
ました。やはり後藤は後藤だ・・・。

2ch.のコンサスレを見ていたのですが、SSA、凄いことになっていたみたいですね。

赤のサイリウム
笑顔で見送る藤本
辞めないでと号泣するあいぼん

よっすいーの話題は少なかったけど、プッチモニ。の戦友として立派に保田を
送り出したようです。
DVD、絶対に買うぞ。

では、ご感想をお待ちしております。
240 名前:コルク 投稿日:2003年05月06日(火)23時10分55秒
どうもコルクです。
やっぱりよっすぃーはジョーのことが好きなのか?
気になるなぁ〜。これはまた次に期待にします。
がんばってください。オレもDVD買うぞー!
241 名前:新人 投稿日:2003年05月07日(水)11時16分49秒
>>240 コルクさん

気になります?実は私もです(笑)
実はラスト・シーンを思いついて書き始めた小説なのですが、
よっすぃーがよく動いてくれるので、ラストも変わるかも…。

明後日かその次の日に更新できるよう頑張ってます。
しばしのお待ちを。
242 名前:丈太郎 投稿日:2003年05月09日(金)22時37分49秒
今夜の更新はないのかな…。楽しみにしてますよー(^O^)
243 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時17分18秒
『震える将星』

#4 罠−4


「っはよっス」昨夜から外へ出ていた、稲生が戻って来た。袴田、国男、藤田は揃っている。
銀香は相変わらず廊下で瞑想しているようだ。
「ちょっと、気になることがあるんスけど」稲生が袴田の顔色を伺いながら言った。
「何だ?」
「実は、ネットで…」
後半部分を耳打ちしたため、梨華には聞こえなかった。
しかし、袴田の眉が僅かに動いたところを見ると、「ちょっと」どころではないらしい。案の定、
彼は「おい、隣だ」と三人に声をかけると、隣室へと移動してしまった。梨華には聞かれたく
ないのだろう。

梨華は、彼女にしては大胆な行動に出た。隣へつながるドアに、耳を寄せたのだ。
「壁に耳あり」状態である。
244 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時18分08秒
(う〜ん、よく聞こえないなあ。そうだ、ここはレコーディングスタジオ。集中、集中)
すると、微かだが男たちの会話が聞こえるようになった。
「・・・・・・・・・・の掲示・・・・・・おかしな噂・・・・・・・・・」これは稲生の声だろうか。
(噂?何だろう)
「・・・・・・・・・・だ?」「・・・・は・・・・・・・・・・の映画を・・・・・・・ってる奴が・・・・・・・いってのと、
・・・・横領も・・・・・・っていう・・・・・・あちこちの掲示板で・・・・・・・」
(映画?横領?あたしと何の関係があるの?)
梨華はますます集中した。
そのとき、彼女の肩を何者かが掴んだ。思わず声を上げそうになったが、もう片方の手が口を
塞いだため、どうやら事無きを得た。もし声が漏れていたら、男たちに知られてしまったはずだ。

「心配するな。声を出さずにこっちを向け」
あの男の声だった。
玄関へ続く通路に、夜を除いていつも木刀を片手に座している男。銀香と呼ばれていた。
恐怖を拭えないまま後を向いた梨華は、しかし銀香の意外にも怖くない、むしろ優しげな瞳を
見て、ホッと緊張を解いた。
245 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時19分42秒
「君が聞いてもどうにもならん。無事に帰りたかったら、彼らの言うことを守っていろ」
銀香は、梨華をソファへ誘導しながら小声で言った。
「どういうことですか?」
「彼らの君に対する行為は犯罪だが、彼らには彼らなりの正義があるということだ」
梨華の質問には答えず、銀香はそう言った。彼はちらりと隣室へのドアを見た。
「私はそれを認めたから依頼を受けた。彼らからは決して君を傷つけないと聞いている。この先
も君には指一本触れさせん」

(何言ってるのこの人、わけわかんないよー)
とチンプンカンプンな梨華だが、直感で彼の言うことに嘘はないと思った。そして、ゆっくりと
頷いた。
「いいコだ。あの様子では、決着は早そうだ。もう少しの辛抱かもしれん」
そう言うと彼は、もといた通路へと戻っていった。
あの人には、ドアの向こうの会話が聞こえたのだろうか?
最初は怖い人かと思ったが、いまの話からすると悪い人じゃなさそうだ。
彼女は銀香の話と声に、不思議な安堵感を抱いている自分に気づかなかった。
246 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時21分07秒
「うーん」携帯パソコンをゆっくりと折りたたみ、保田は思わずうなってしまった。
彼女は今朝起きてから、二日酔いの吐き気に耐えつつネットのありとあらゆる掲示板に、昨夜
飲み屋で仕入れたネタを書き込みまくっていた。
「具合が悪いので、朝は病院へ行きたいんですが」とマネに連絡を入れて迎えを断り、時間
ギリギリまでパソコンに向かっていた。
これだけ書きこめば、何か動きはあるはずよね。あとは休憩時間を使ってレスをチェックすれば
いいよね。
そしていま彼女は、正に掲示板をチェックしていたのである。昨夜の酒はどうにか抜けていた。

「横領、ねえ」
彼女は『ある映画を潰そうとしている奴がいる。もともとはその映画の企画を持っていた奴で、
他社にさらわれたのが気に入らないらしくて、あちこちで裏工作をしてるらしい。製作者側が
それに気付いて動き出したみたいだから、これからどう転ぶか楽しみ』と、事実に多少の脚色
を加え、噂らしく書き込んだつもりだった。
247 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時21分38秒
それに対するレスは、大半が
『お前キ○ガ×か?』だの、
『潰そうなんて奴は、俺が逆に潰してくれる。自衛隊をナメるな』だの、
『どこで知った?それは俺のことだ』
などという、およそまともとは思えないものばかりだったが、中にひとつだけ気になるレスが
あった。

『それって、正田のことじゃない?あの男、横領疑惑もあるよね』

という内容の書き込みだった。
しかも、保田が書き込みまくった掲示板の三分の二に、文言こそ違うが内容はほぼ同じレスが
ついていたのである。

「ちょっと気味が悪いけど、もう少し様子を見てみるかな」
保田は、そのレスのいくつかに『横領?本当に悪い奴だねあの男は。地獄へ落ちろってんだ
よね』と返し、再び仕事へと戻っていった。
そのときの彼女は、それがまさか自分と同じように事実が書き込まれたものであろうとは、
夢にも思っていなかった。
248 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時22分17秒
俺たち二人は、投宿しているホテルより遠いところから訪れることにした。教授が送ってくれた
リストの住所を、地図を頼りに探して行くわけだ。
ここ3年は米国内が拠点だったため、土地勘はかなり薄れてしまっており、吉澤のナビを必要
とした。情けない。人間、環境に染まるというのは怖いものだ。
「ねえ、窮屈そうだよ?」
くすくす笑いながら言うなよな。相手の警戒心を解く目的もあってスーツを着なければならず、
一年前に知人のパーティーに出席するときに着て以来のためか、首周りがどうも窮屈で気に
なって仕方がないのだ。
吉澤の方はというと、紺のスラックスと淡いイエローのプラウスにアイボリーのジャケットで、
比較的オーソドックス・スタイルにまとめている。
昨日はドタバタしていてその余裕が無かったが、こうして見ると『男装の麗人』と言われても
おかしくない艶やかさである。

それ以上余計なことは考えず、俺は彼女のナビゲートに従い、ハンドルを操作した。
そのナビは正確で、おかげで予定通りに目的地へ着くことが出来た。
249 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時22分51秒
「あれだ」
俺は車を道の端へ寄せつつ言った。
「けっこう遠かったねえ」
吉澤の声は後席からした。路上駐車のため助手席側から降りられないことを想定して、ゼンと
共に後席に乗ってもらったのである。
12軒もあることを考えると、一ヶ所にかけられる時間は30分が限度だ。それを伝え、ゼンを伴っ
て歩き出すまで待ってから、俺は工場へ向かった。
こういうのは米国で慣れている。向こうでは英語だが。

「こんにちは」俺は精一杯の愛想を使った。「お忙しいところをすいません…」
すると50絡みと思われる主人が面倒くさそうに
「ああ?何だねアンタは」
これこれ。車屋の典型的な反応のひとつだ。
自分が食べて行けて、そこそこの生活が出来るだけのお得意さんを抱えている場合、新規を
無理に開拓する必要もないため、見知らぬ輩には愛想もクソもあったもんじゃない。
「この間、○○の近くで珍しい色のベンツを見たんですよ。標準塗装色じゃないんで、どこかで
オールペイントしたんじゃないかと。こちら、Eクラスの塗装、お得意なんですよね?」
近くの地名を挙げてみたが、反応はすこぶる悪い。
250 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時23分50秒
「かっこいい色だったなあ」とか「相当腕のいい塗装工じゃないと」とも言ってみたが
「あんた誰?警察か何か?」ときたもんだ。
こんなんが下支えしてるから、日本は米国ビッグスリーに煮え湯を飲まされるし、昔日に栄華を
誇ったメーカーがフランスの禿親父にリストラを強要されるんだ。
要するに保守・排他的に過ぎるのだ。
仕方がない。奥の手を出すか。
「実は私、こういう者なんですが」
俺は身分証明書を見せながら、口調を明らかに変えた。

***********************************************************************
市野は、来客が後藤真希と知ると、かなり驚いた様子でソファを勧めてくれた。
「えへ。この間はお疲れさまでした。それと、ごめんなさい」
と後藤は頭を下げる。既に彼女の頭脳は、戦略モードにシフトしていた。
251 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時24分26秒
ここへ向かう途中、後藤はつい最近も市野と仕事をしていた事に気付いていた。
しかし、そのとき彼女は「初めまして」と挨拶してしまっていたのである。
3年近く前とはいえ、再会であったことに気付かなかったのだ。
近くまで来たのでそれを詫びようと訪ねたことにすれば、何とかなるかもしれない。

後藤が可愛らしくちょこんと頭を下げると、市野は破顔した。
「3年前よりはずいぶん体重が落ちちゃったし人相も変わっただろ?久し振りに会う人には、
たいていそう言われるんだよね」
後藤は素早く分析モードに入った。
痩せた?そういえば、前はもう少しぽっちゃりしてたような気がするなあ。この間も隅っこで
浮かない顔をしてたような…。
「言われてみれば、そうかも。前はもう少し顔がふっくらしてましたよねえ。ほら、あの頭痛薬
いっぱい買ってきてくれたとき」
「ああ、そんなこともあったね」
「あのときのお礼、まだしてないですよね」
後藤が笑顔で言うと市野はしきりに恐縮したが、かまわずバッグから『お礼』を出した。
252 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時32分03秒
「はいこれ。サインしときました」
と出したのは先日リリースされた彼女のアルバム「マッキングGOLD」であった。
ケースにサインしてある。これを用意するために途中でCDショップに寄り、油性のマジックを
買うためにコンビニに寄り、タクシーの運ちゃんに若干ムッとされていた。
矢口が聞いたら、またラジオで大変だろう。
後藤のファンである市野なら既に購入しているかもしれないが、サイン入りならば話は別だ。
案の上、CDを手に万歳をする市野。(人に見られてたらバカだと思われてるよ。子供っぽい
なあ)と予想以上の反応に少々あきれた後藤だが、着信した携帯に「いま来客中なんで」と
答えた直後に暗澹たる表情へと変化した市野を見て、話をいよいよ核心に持っていった。

「何か悩みでもあるんですか?この間も隅っこの方で、携帯でこそこそ話してたましたよね」
「ん…見られてたか」
市野は急に真顔になった。
「いやちょっと、上司がね」
「この間スタジオに来てた人?」
「いや、あれはクライアントだよ。正田本部長って覚えてない?二回とも撮影の時に会ってると
思うんだけど」
253 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時32分35秒
「正田さん???」と首を傾げながら後藤は
(ビンゴぉ。裕ちゃんの話と同じ名前じゃん)と内心ほくそえんでいた。
「うーん思い出せないなあ。正田さんがどうかしたの?」
後藤が必殺の「ごっちんスマイル」を発射すると、市野は篭絡されたかのように話し始めたので
あった。

***********************************************************************
「矢口でーす。状況はどう、ジョーさん?」
「おお、お疲れ。いまのところ、何も出て来ない。そっちの方はどうだ?」
「そっかぁ。こっちはね、あの記事で誤魔化せてるみたいだよ。つんくさんのコメント、けっこう
リアルだったしね」
「辻や加護はどうだ。何か言ってないか?」
「ん、いまのところは平気だよ。オイラたちのユニットの初めての単独ライブだし、そっちの方で
一杯みたい。午後からは圭ちゃんが何か考えてるって言ってたから大丈夫だと思うよ」
この娘が大丈夫だと言うのだから、そうなのだろう。
254 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時35分44秒
矢口真里は、今やモーニング娘。にはなくてはならない存在になりつつある、と逢坂が言って
いた。
実は俺も同意見だ。彼女にはじめて注目したのはグループ内ユニットの元祖「タンポポ」での
見事なコーラスと、歌番組でゲストイジりに天才的な冴えを発揮する某芸人と堂々渡り合う
トークの才能に気付いたときだった。もう3年も前になるか。
今回の事件に関しても、内通者に気付いたり、祥子の部屋を訪れたピザ屋を誘拐犯と推理
したりと、頭の回転の速さを存分に見せつけられている。
機を見るに敏、という印象がある彼女は、こちらが聞きたがる情報を事前にきちんと整理して
電話してきたようだ。さすがである。
これで体格が吉澤並で体力があれば、ハンターの資格は十分にあるのだが、さすがに天は
二物を与えなかったというべきか。もっとも、ハンターの資質なんてアイドルには必要ないが。

何か情報が入ったら、すぐに知らせろと言って、俺は電話を切った。
矢口にも言ったが、ここまで6軒ほど回ってみたものの有力な情報は獲られなかった。
255 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時36分23秒
うち4軒は最初は訝って何も話しちゃくれなかったが、例のハンター免許を「あちら」の警察と
勘違いするのも同じで、まあ底の浅いこと。
人のことを「あんた、F.B.I.の人だったのか」だの、
「私はC.I.A.に眼をつけられるようなことはしてませんよ」
などと態度が豹変するのである。
ちなみにF.B.I.はアメリカ連邦捜査局って言ってな、日本の警視庁を何倍もでかくして、
何十倍もまともにした組織だ。C.I.A.は007のMI6みたいなもんで、軍の指揮下にある
スパイ組織だ。
勘違いするなら、せめてインター・ポールぐらい言ってくれよ頼むから。

まあそんな連中だが、帳簿だけはきちんとつけてあった。だが、それらは俺と吉澤を落胆させ
るものでしかなかった。
どの工場にも、ペルシャン・ブルーに近い色にベンツのオールペンを行った記録はなかったの
である。
256 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時36分59秒
吉澤の方も同様だった。移動の度に、ゼンと共に周辺の聞き込みを敢行してもらったが、収穫
はゼロだった。
それでも、彼女は毎回明るく「じゃあ、行ってくるねー」と飛び出して行く。
さんざ歩き回って疲れ果てているはずだが、同じく疲れからか珍しく腰の重いゼンを
「ほらしっかりして!」と鼓舞する姿は、俺でなくとも感動していい涙ぐましさである。

その彼女も、6軒目が空振りに終わり、流石に言葉少なだ。
「お腹すいたなー」と言うのが精一杯である。
「そうだな。あと一軒、調べたら昼にしよう。それでエネルギー充填だ。もう少しだけ頑張って
くれ」
「うん、頑張る」
簡単に見つからないと思ってたから落胆はしないが、焦りは出て来る。
俺のプランは間違っていたのか?

「あ…あれみたいだね」
吉澤が目的地を発見し車を停めた時、携帯が鳴った。
インターネットで情報戦を担当する保田からの、第一報であった。
257 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)00時43分10秒
作者です。
今夜の更新終了です。お待たせして申し訳ありませんでした。

>>コルクさん
サンスポ特別版は買いましたか?いやあ、記事入り写真集の趣でイイですな。
小説に使えそうなネタがありそうなんで、熟読(といっても、文字は少ない)
してます。

>>丈太郎さん
すいません、お待たせして…。明日の夜か明後日の昼間には、もう一度書き込める
と思います。感想、聞かせてくださいな。

それでは皆様、よい夢を…。
258 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時44分58秒
『震える将星』

#5 転機−1


「おお、二日酔いはどうだ?」
「そっちは平気。ちょっと気になることがあって」
「何だ?」
「あたしがネットの掲示板に書き込みしたのは知ってますよね?」

これは確認済みだ。真実を書きながら微妙に脚色が施されており、レスの食いつきは
抜群によかった。
実は中澤より油断ならない女かもしれん、と感心していたところである。
「それに、変なレスがついてるの。『正田』って実名を名指しで『そいつ、横領疑惑も
あるよね。きっと脱税もしてる』って。あたしは『正○』って書いたんだけど」

「ほう。確かに偶然にしちゃ出来すぎだな」
「しかもね、あたし幾つの掲示板に書いたか覚えてないぐらいなんですけど、履歴追っ
てったら3分の2ぐらいに同じ内容のレスがついてるの。これってガセと笑えます?」
259 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時45分54秒
書き込みを揶揄して書き手をげんなりさせるのはよくあることだが、やけに手が込んで
いるというのだ。
それに、横領と脱税という具体的な犯罪行為をあげていることといい、こちらが伏せた
実名を書き込んでいることといい、何かありそうだと保田は言う。

「わかった。書き込みと監視は続けてくれ」
俺は電話を切ると、後席の吉澤に
「保田が気になる情報を掴んだぞ。俺達も負けちゃいられんな」
とハッパをかけた。
「うん、あたしたちも頑張ろう」
そう答えた彼女の顔に、力が甦った。
******************************************************************

後藤は市野との接触を終え、喫茶店に入った。
「へへ、やったね。うまくいくもんだ」
とふにゃふにゃ笑っている。
「さあて、電話かメールか、食いついてくれるといいんだけどな」
何か仕掛けたのは間違いなさそうだ。
260 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時47分44秒
「そうだ、まとめとこ」
後藤はバッグから手帳と先程とは『別の』ペンを取り出すと、市野の話を思いだして
書き留め始めた。

「ふーん。それはキツいねえ」
「まあ、仕事だから仕方ない面もあるんだけどね」

上司の正田は、もともと癇癪持ちで部下に辛くあたることが少なくなかったが、最近
とくにそれがキツくなっていた。
どうやら、自分の企画が何者かに乗っ取られたらしいのだ。
しかも、ある芸能プロダクションと組んでのプロジェクトだったらしく、そこのタレントを
使ってのCMは、今回の失敗によって門戸をほぼ閉ざされたと言ってもおかしくない
窮地に陥った。
問題はそのとばっちりが市野たち部下にそのまま被さって来ることで、中でも第一
制作クループ主任の肩書を持つ彼はその矢面に立つことが多いのだった。
261 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時49分01秒
「最近は、お前等も仕事を取って来い、みたいに言うようになってね。営業の仕事な
んかやったことないし、皆困り果ててるよ」
「大変だねえ。でもさ、そういうときは彼女とかに慰めてもらえばいいじゃん」
後藤は三輪祥子の方へ話を振った。
「いるように見える?」
「うん!見えるよぉ」
市野は照れたようだ。

だが実は、このところ祥子の様子もおかしかった。やたらと市野の仕事の話を聞き
たがるのだ。
「なんでそんなに知りたがるんだ?」
祥子と会っている時ぐらい仕事を忘れたい彼は、当然そう言う。
「この間もその話になって『広告マンと結婚するかもしれないんだから、知っておく
のは当たり前でしょ』って逆ギレされてね。このところ喧嘩ばかりなんだ」
「ふーん、付き合い長いの?」
「まだ半年ぐらいなんだけどね」
「もう結婚の話してるんだ?べた惚れだねえ市野さん」
と後藤はニヤニヤしてやった。市野はさらに照れた。
262 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時49分56秒
「いやべた惚れっていうか…彼女の身内に不幸があってね。いろいろ相談に乗って
あげたりしてたら、いつのまにか…ね。だからかな、変に遠慮しない間柄になってて
…」とハンカチを汗で拭いている。
何だか可愛らしいなあ。ここまで話してくれるんだから、大丈夫かな。
後藤は、とっておきの作戦を実行に移した。
「そーだ、市野さん手帳持ってる?」
「ああ、持ってるけど」
「貸してください」
「?」
後藤はバッグからペンを取り出し、市野の手帳の空きページに何やら書き込んだ。
「はい」と手帳を返す。
「これは…」市野の顔が驚きに染まって行く。
「あたしの携帯番号と、アドレス。メル友はいっぱいいるんだけど年上の男の人って
いないんだ。市野さんなら、いーかなって。彼女にプロポーズもしてるみたいだし」
そう言いながら、自分の手帳も出す。
「市野さんのも書いて」とペンと一緒に渡した。
263 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時51分38秒
ここがキモだよね、自然に自然に…。幸い彼は、満面の笑みとともに書いてくれた。
「これ、ゴツくて重たいけど書きやすいね」と後藤が貸したペンが気になるようだ。
「うん、お姉ちゃんがアメリカで見つけて来てくれたんだ。ちょっとカッコイイでしょ。
気に入ってるの」
「へえ。あ、そういえば石川さんと吉澤さん、入院しちゃったんだってね。早く治ると
いいね」というその口調に変化はない。
「そーなんですよ。お見舞いもダメだって。大丈夫かなあ」
やった、どうにかなるかも。後藤は一瞬だがニヤリとすると、「あ、あたしもう行かな
きゃ。友達とお昼ご飯食べる約束してるんだぁ」と慌てたように立ちあがった。
市野から手帳を受け取ると
「じゃあ今日はこれで。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとう。嬉しかったよ」
と挨拶をかわし、そそくさと部屋を後にしたのだった。

「んー、こんなもんかなあ。お腹空いたな、何か食べちゃお」とメニューを取った後藤の
携帯が鳴った。それに気付いた彼女は(やったぁ、本当にかかって来たよぉ)と小さく
ガッツポーズをとった。

電話は、市野哲哉からであった。
264 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時52分27秒
******************************************************************
「お疲れ様でしたー」中澤は挨拶もそこそこに楽屋を出た。次の仕事である雑誌取材は
少し離れたところにあるホテルの一室で行われることになっていた。

「裕子、あんた何やったの?」
タクシーへ向かう途中、マネージャーから言われた。
「例の出版社から、取材の申し込みが来てるって。事務所は『裁判が結審してもいない
のに取材なんか受けられるか』って突っぱねたらしいけど」
「さあ?ウチは何も」と答えながら、中澤は昨日の件を思い出していた。
あれだけの剣幕で怒りをぶちまけたのだから、この反応は計算どおりと言える。
(やはり、食いついて来たようやね)あとは彼らが、中澤の取材拒否に業を煮やし、自分
達で動いてくれることを期待しよう。
表向きには到底出来ないネタながら彼らはそういうのを扱うのが専門だし、その取材力
は侮れないものがある。
265 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時53分07秒
「もしかして石川の件?」
「しーっ!声が大きいですよ。新聞には『入院』って出たし、それはあらへんでしょ」
「とにかく、おかしな奴が周りをウロついたら、すぐに警察。いいわね」
「はーい。ったく、子供やないんやから」
地味だが、はまったらかなりの効果を望めるとジョーが言っていた作戦だが、どうやら
導火線に火は点いたようだ。
あとは今夜の祥子への張り込みを上手くやらなな。
中澤は仕事を終えたあとのことをあれこれ考えながら、タクシーに乗り込んだ。

******************************************************************
「ふう」飯田は、この娘にしては珍しくため息をついて座りこんだ。
今日は、長い間待ちこがれた末に訪れたソロデビュー・アルバムのレコーディングだっ
た。
といってもほとんど終了していて、急遽追加になったパートの音入れに来たのである。
自分の声のキーを変えて録音し、いわゆる2線にするというやつだ。
266 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時53分48秒
しかし、開始直後からたびたび中断していた。原因が自分にあるのは彼女も承知して
いたが、どうすることもできずにいた。
飯田の場合、普通に歌いあげても「切なさ」を感じさせる、持って生まれたニュアンスの
妙が持ち味なのだが、それが影を潜めてしまっている。
石川の誘拐事件が理由であることは明白だった。つんく♂も「休憩や。気持ち切り替え
て来い」と中断を言い渡すしかなかった。

飯田は「交信している」とよく言われるようにマイペースに見えるが、実は繊細な一面も
持ちあわせていた。
彼女は、聞き込みで成果をあげた安倍・吉澤に対し、祥子を見張っているだけで何も
できなかったことを気に病んでしまっていたのである。

「ほれ」
目の前に缶コーヒーを突き出され、思わずそちらを見た。つんく♂だった。
267 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時54分24秒
「何や、お前らしくないなあ。シャキッとせえや」
「はあ、すいません」
「お前がそんな顔しとったら、皆がどう思うかわからんぞ。変な尾ヒレがついたらどない
するんや」
つんく♂は、飯田の異変を訝るスタッフたちに入院した二人が気になるのだろうと説明
し、愛弟子のあとを追ってきたのだった。
彼なりに飯田の心中を察してハッパをかけたつもりだが、俯いた彼女の顔は曇ったまま
だ。
「何なら、今日はやめとくか?明日以降にするのも、時間的にキツいんやけどな」
もっとも明日になって石川の事件が突然、解決するとは思えへんが…そう言おうとした
が、ふと思いついて朝のことを話してみた。

「午前中な、安倍のレッスンを覗いてみたんやが、あいつも様子がおかしかったんや。
でもな、最後には笑顔を取り戻しとったで。『石川は、私なんかよりもっと辛い目に遭っ
てるんてすよね。でもきっと、あの娘のことだから明るさを失ってなんかいない。きっと
誰かが助けてくれるって信じて、待ってるに決まってる。私達が負けちゃいけないんだ』
って言うとったわ」
268 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時55分56秒
『震える将星』

#5 転機−2


俺は、車へ戻り吉澤の位置を確認した。こちらが移動して、彼女を拾う。今日は一軒目
からずっとこのパターンだった。
「お疲れ。昼メシにしよう」
乗り込んできた一人と一匹の労をねぎらう。
「あっつーい。このあたりも駄目だったよ」
ジャケットを脱ぎながら吉澤が言った。それでも明るさは失っていない。たいしたもんだ。

「昼飯を腹に入れれば、元気回復すっだろ。ファミレスでいいか?」俺は車をリ・スタート
させた。
「もうこの際、どこでもいいやー」
と言いながら、狭い車内を助手席へと移ってくる吉澤。
額に浮く汗をハンカチで拭っているその顔を横目で見ながら
「仕方ないだろう。昨日が上手く行き過ぎだ」
「んー」
俺の一言に、ヘコみの穴へと完全に落ちかける。
そろそろいいかな。俺は教授へ電話をかけた。
269 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時56分38秒
「ワシじゃ」
「俺だ。祥子からは何か出たか?」
「ぼちぼちじゃな。注目に値する情報もあるぞい」
この老医師が言うのだ、本当にそうなのだろう。
「わかった、まとまったところでメールを頼む。いま電話したのは別件だ。いまから言う
住所を中心に、5…いや3キロ四方でいい。その中に『正田』という家か名義のマンショ
ンやアパートがないか調べてくれ」
隣で吉澤が顔色を変えるのがわかった。
「ほほ、リストの住所じゃな。他には?」
「偽造だとは思うが、車検証の住所と名義人を調べてくれ」
俺は二つの住所と、一人の人名を伝えた。
「出たの!?」吉澤の眼が真ん丸くなるとともに、大声が左の鼓膜に響いた。ゼンもびっくり
している。
「よっすぃーが騒いでおるな。まだ言っておらんかったのか」
「まあね」と答えながら、ウインクしてやった。
驚嘆顔が満面の笑みに変りはじめた吉澤の携帯が鳴った。

「もしもし、あーごっちん?どうだった?」
後藤からのようだ。向こうも無事に終わったか。
「うん、うん、えー嘘っ!?すごいじゃん!」
吉澤のまだ大きい声が、後藤の成果を「凄い」と伝えた。
270 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時58分45秒
「ちょっと待っててくれ、またかけ直す」
「こら待て、ワシにもよっすぃーと話をさせろ」と騒ぐのを無視して切り、吉澤の電話をひ
ったくった。
「高科だ。うまく行ったのか?」
「あージョーさん。うん、大丈夫だよぉ」

話を聞いてみると、様子がおかしい市野の上司はやはり「正田」であった。
これで黒幕と手下がつながったと思ったが、市野の話によると言動が尋常ではないの
だという。
部下に当たり散らすだけならまだいいが、自分宛の郵便物や電話に、過敏な反応を
するようになったというのだ。
携帯の番号も突然、変わっていた。
元々が癇癪持ちのため最初は気にもとめなかったが、予定の会議をスッぽかして一人
で出掛けたり、かと思うとホディ・ガードらしき男を二人ばかり雇い、身辺警護をさせはじ
めた。
後藤は、祥子に関する情報も取っていた。興味深いのは、正田の様子がおかしくなり
始めた時期と、祥子が市野の仕事に興味を持ち始めた時期が重なることである。
何でも知りたがる恋人に対して芽生えた微かな疑念を、市野は話してくれたのだ。
271 名前:新人 投稿日:2003年05月10日(土)23時59分31秒
後藤の情報を総合すると、どうやら黒幕は正田で手下が祥子ということになりそうだが、
その接点が見えない。二人に共通する人物は、いまのところ市野一人である。
今後も彼をマークする必要がありそうだ。
「いまどこにいる?」
「喫茶店にいるよぉ」
トレーサーで位置を確認する。ん?まてよ。後藤を示す光点が移動している?

「おい、渡した発信機はどうした?」
「あれ?へへ、市野さんが持ってると思うよ」
「何ぃ!?」
冗談抜きに、携帯を落としそうになった。
吉澤が言った「凄い」はこれだったのだ。
「話はあとで聞く。予定変更だ。いまから言う住所へ、一時間後に来てくれるか」
「了解♪」
272 名前:新人 投稿日:2003年05月11日(日)00時00分24秒
電話を切って吉澤に返しながら「昼飯は後だ」と俺は言い渡した。
「もう動けないよお」
「その必要はないぞ。これから、教授のところへ行く」
「教授って、町医者の?」
「そうだ。向こうで後藤と合流する。そんな悲しそうな顔をするなよ。昼飯なら、教授に
用意させるから」
やったあ、と嬌声をあげるのを尻目に、車をUターンさせた。
教授の診療所は…ん、待てよ。このあたりは確か…。
「悪いが、1ヶ所寄り道するぞ」
「えーっ」抗議にももう慣れた。かわりに教授へ電話をかけなおす。
「これから行く。トップアイドル二人も一緒だぞ。昼飯がまだだから用意しといてくれや。
とびっきりのやつをな」と言ってやった。
電話の向こうから、とても70過ぎの老人のものとは思えない咆哮が聞こえて来たのは
言うまでもない。
かえす刀でつんく♂や中澤たちにも状況報告をし、俺は更にアクセルを踏み込んだ。
273 名前:新人 投稿日:2003年05月11日(日)00時03分08秒
今夜の更新終了します。

保田卒コンのDVD、いつリリースになるのでしょうか。
いまから待ちきれません(笑)

それでは、ご感想お待ちしております。
274 名前:新人 投稿日:2003年05月11日(日)07時12分17秒
作者です。
267と268の間に大量の抜け発見…
以下を入れてください。
誤字や脱字も多いし、もうダメぽ…


「なっちが…」
「そうや。それにな、保田から連絡が入ってん。何やら情報を掴んだようやで。それと、
ジョーはんもや」
「本当ですか!?」
「何やこれから、後藤と合流して知り合いの家に行くとか言うとったで。こっちを安心さ
せようという芝居やないとみたがな、俺は」

飯田はつんく♂の言葉を受けて少し考えていたが、口をキッと結んで立ち上がった。
「つんくさん、すいませんでした。もう一度お願いします」
「うん、それでこそ飯田や。さあ、さっさと終えてしまおうや」
「はいっ」
二人はレコーディング・ブースへと戻って行った。
(石川、頑張れ。よっすぃー、ごっちん、お願い。あたしも頑張るから)
ドアを開けて「すいませんでした」と頭を下げる飯田の顔に、先程までの悲壮さは微塵
も残っていなかった。
275 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時16分49秒
『震える将星』

#5 転機−3


15分後、俺たちは怪しげな建物の前に立っていた。
『BALALAIKA』
看板にはそう書かれていた。3年前は確か別の名前だったはずだが…一瞬のためらい
のあと、俺はドアを押した。

カランカラン、とドアに付けた鈴が鳴る。中からの反応はない。
「ジョーさん、ここいったい何?」
外光がほとんど入らない造りの店内に舞う埃を薄気味悪そうに見ながら、吉澤が呟い
た。確かに、アイドルが来るような店じゃないわな。

いかにもイカガワシイ空気が漂っている。客がいない昼間でさえこうだ。
夜に訪れていたら、彼女は悲鳴をあげて逃走に移ったのではないだろうか。
客層はよくないが、彼らの会話の内容はそれに輪をかけてよくない。

俺は吉澤の質問には答えず店内へ歩を進めた。
一人と一匹も、薄気味悪そうながらついてきた。
「スペンサー、いるのか?」俺は暗闇に声をかけた。
返事はない。ふむ、オフィスかな。
276 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時17分21秒
さらに奥へ歩き出そうとした俺の耳に、空気を切り裂く僅かな音が聞こえた。
「!」間一髪でトンボを切り、飛来したそいつをかわす。
カカカッ!とダーツが壁に突き刺さる音と、ゼンが「ガァーッ!」と怒声をあげて何者か
に飛びかかる気配は、同時にした。
「うわわっ、悪かった、やめてくれよゼン!」と、電灯のスイッチを入れるとともに悲鳴を
上げる男がいた。
俺たちが店に入った時から、壁に貼りついていたのだろう。それに気付いたのは、ゼン
だけだった。
背後から俺を襲ったダーツに殺気が込められていなかったのは、承知していた。言わば
少々過激な挨拶というわけだ。

ゼンも本気で噛んでるわけじゃない。闇討ち同然の挨拶に、ちょっとばかり腹を立てた
のだ。もし殺気を放っていれば俺も気づいたし、ゼンはドアを開けた瞬間に飛びかかって
いただろう。それがなかったから、黙って店内へついてきたのだった。
277 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時18分38秒
ようやく離れたゼンを悲しそうな目で見たそいつは「イタズラなどするものじゃないな。
買ったばかりの一張羅がこれだ」と苦笑いした。
「嘘つけ。古着だろう、そんな薄汚え皮ジャン」
「久し振りだな。ハンター稼業は順調か?」
「まあな。今日は仕事の件で来た」
「俺のところへ来るとは、少しばかり物騒だな。軟派した女連れで来る店ではないが」

そう言ってゼンに服の上から噛まれた右手を差し出したのはこの店の主、スペンサー・
渡だった。

年齢・経歴は不明。少し前までバウンティハンターではトップ・クラスであった日系3世
だ。不穏な噂も、枚挙に暇が無い。
元来は気のいい奴で、その口調は穏やかだった。
彼の背後で吉澤がようやく緊張を解いた。

「俺に気配を気づかせないとは、まだまだ捨てたもんじゃないな」
「やめてくれ。俺はもう危険な仕事に手を出さんことに決めたんだ」
俺が米国でハンターを始められたのには、この男の口利きもあった。
理由は聞いてないが、ハンターを廃業した後、祖母の故郷である日本でバーを始めた
この男の協力によって俺は米国での資格を得られたのである。
278 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時19分17秒
「で、用件は何だ?」
スペンサーはカウンターへ入りつつ訊いた。
「飲みに来たんじゃない。実はあるものが欲しい」
ただならぬ口調に、吉澤が息を飲むのがわかった。
そりゃそうだろう。こんな胡散臭い店に来て欲しがる「あるもの」なんざ素人でもわかる。

『あるもの』とは、スペンサーと俺を含めた一部の常連客だけに通用する隠語だ。
『飲む』という接頭語を介してのみ成立する。
スペンサーは俺と吉澤を交互に眺めていたが、じきに「来い」と俺だけを奥へ誘った。
「ああ」と応じて付いていこうとする俺を、何のつもりか吉澤が呼びとめた。
「待って」
「何だ?」
「あたしも行く」
「駄目だ。ここでゼンと待っていろ」
「どうして?あたしはパートナーでしょ?」
「勝手に決めるな。もう一度言う。ここで待ってるんだ」
最後は少しキツく突き放した。

彼女は僅かに視線を下にし、何事か逡巡しているようだったが、再び俺の顔を見た。
その表情を見て、俺は観念した。
「嫌。連れてって」
279 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時19分59秒
この娘の強情さは今朝の(後藤の)一件でわかっている。ひとつの感情に支配されたら、
もうテコでも動かないだろう。
「もし付いて来たら、二度と戻れなくなるかもしれんぞ」
普通のアイドルに、という意味だが、分かったかどうか。
無言で頷き、俺の傍らに並んだその表情からは、それは読み取れなかった。
「おい、いいのか」スペンサーが心配してくれたが、俺は構わず「行こう」とだけ言った。
店内には、ゼンだけが残された。


「整備はちゃんとしてある。どれを選ぶ?」
スペンサーはガラスケースの中を示しながら言った。
近づいてそれを見た吉澤の顔が、驚愕に染まる。
「ジョーさん、これって…」
これがスペンサーの「弾薬庫」だ。誰も、赤坂の大使館街に、地下とはいえ最新の軍用
拳銃から警察が制式採用した銃、果ては重火器までもが百種類以上、揃えられている
とは思うまい。
280 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時23分28秒
ある程度は予想していたのだろうが、ずっと奥にまで並ぶ、どう見てもマシンガンか
アサルト・ライフルの類にしか見えない銃の砲列を見て、吉澤は言葉が出ないようだ。
このフロアは携帯火器だけだが、さらに下へ降りれば対戦車ライフルや簡易バズーカ、
小型迫撃砲にモーター・ガン等、輪をかけて物騒な代物まである。
ま、今回は用のない装備だがね。

「後戻りできんという意味がわかったか?」
という俺に、顔面蒼白で頷くことしかできない彼女を押し退け、その目の前のケースを
示した。
「こいつだ」
「やはりな」
「ああ。扱い慣れたやつが一番さ」

俺が選んだのは、SIG・ザウエル・P226。
後継機種が世に出た今も世界最高峰の評価は揺るがない、スイス製オートマッチック
だ。口径9ミリ。薬室のとあわせて、16発の弾丸が連続発射可能。俺が米国で常用して
いるものだ。スペンサーが整備したのなら、もともと誤動作が少ないと評判のSIGは、
おそらく日本国内で最高のハンド・ガンとなっているだろう。
281 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時25分43秒
後藤の話からは、正田が雇ったというボディ・ガードがその筋の人間でなく、銃を携帯し
ていないという保証は無い。
そう考えてここへ来たが、吉澤にはちょっと刺激が強すぎたようだ。まだ呆然と辺りを
見まわしていた。
9ミリの弾を受け取ってスペンサーに礼を言い出て行こうとすると、我にかえり慌てて
ついて来た吉澤を見た野郎が、本気で心配するような声で言った。

「軟派した彼女には刺激が強すぎたんじゃないのか」
「阿呆、よく見ろ。この娘を軟派なんて出来ると思うか?」
俺とともに振りかえった吉澤をしげしげと眺めた奴の目が
大きく見開かれるのに、それほどかからなかった。
「どこかで見た顔だな…それもテレビでだ。ちょっと待て、まさかモーニング…」
282 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時26分21秒
「そういうことだ。事情は解決したら話す。それじゃあな」
「…ああ、教授によろしく伝えてくれ。おっと、忘れるところだった」
「何だ?」
「この間、珍しい男に会った。なぜ日本に来てる?」
「誰のこった?」

スペンサーの口から出た名前に、凄まじい疲労感を覚えながら店を出た。

「どしたのジョーさん、おかしいよさっきから」
車をスタートさせ、診療所が近づいても疲労感は消えなかった。
心配そうな吉澤の声も、何の慰めにもならない。
まさか、奴が正田のボディ・ガードについたんじゃなかろうな?
283 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時30分34秒
中澤は、ホテルの一階にあるドラッグストアに来ていた。
雑誌の取材は終わっていたが、昨夜の酒を抜くのを怠ったせいか、今になって頭痛と
胃痛が襲ってきたのである。
「んと、これでええかな。そや、栄ドリも買っとこ」
栄養ドリンクのことである。胃に良くないことは分かっているが、今夜はまた、祥子へ
付かなくてはならない。

「中澤さん」
隣に立って薬を選んでいると見えた男が、中澤の名前を呼んだ。
「は、アンタ誰?」
「昨日、ウチの編集部にいらしたでしょう。すごい剣幕で」

中澤は(しめた)と思ったが、顔には出さず
「ああ、あれかあ。そんならウチに取材するんはお門違いやで」
どうやら昨日、中澤が捲いた餌にゴシップ雑誌が食いついたらしい。

「ちょっと調べさせてもらいましたよ。なかなか面白いじゃないですか」
「聞きたいところやけど、これから事務所へ行かなあかんねん」
これは本当だ。
「返事しなくていいですから、そのまま聞いてくださいよ」
男は話し始めた。
284 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時36分10秒
「結局、最初の工作は実を結んだわけですね。石川梨華は精神的なショックが大きく
入院してしまった。違いますか?」
男がそう結ぶと、中澤の眉がピクリと動いた。
しかし、無表情なままレジを済ませた。そのままタクシー乗り場へ向かう。

乗る直前に、彼女は振り向いて言った。
「なかなか面白い推理やったけど、それじゃあまだ記事にはできんとちゃう?証拠がない
しな。それに記事にしたら、業界のあちこちで騒動が起こるかもわからんで。その話が
本当やったら、な」

そう言って彼女はタクシーに乗り込むと、行く先を告げた。
走り去るタクシーを見送る男は、満足そうな笑みを浮かべていた。
中澤裕子は、否定も肯定もしなかったのだ。

(さあて、これで正田をあおってくれるとしめたもんなんやけどな)中澤とジョーの狙いは、
まさに今の男のような奴が現れることにあった。
報告を入れるべく中澤は携帯をプッシュした。その頬には、知らず知らずのうちに笑み
が浮かんでいた。
285 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時37分30秒
☆☆☆
「圭ちゃん、おはよー。来たよー」
保田と合流すべく、安倍がやって来た。
ロビーでパソコンと向き合っていた保田は、それで我にかえった。
「おーっはよ、なっつぁん」
「二日酔いはどうだべさ?」
「ん、まあそっちはね」
「ジョーさんから聞いたべさ。掲示板で何かやってるんだって?」
「うん。例の噂を書き込んで陽動作戦やってんだけどさ。そうだ、なっつぁんにも見ても
らおうかな」
「何だべ?」
保田は、例のレスを見せた。

次々と切り替わる掲示板のどこにでも書き込まれているレスをチェックして行くうち、
安倍の表情が笑顔から難しいそれへと変わっていった。
「うーん」
「どう思う?」
「圭ちゃんと同じこと考えてる人が、他にもいるとしか思えないべさ」
「陽動作戦か…ひょっとすると、これマジレスなのかな。実名出してるし、横領と脱税
なんて、リアルすぎるよね」
「それともう一つ。圭ちゃんのレスには答えないで、自分の話だけ書き込んでるみたい
に見えるべさ?」
「!?」
286 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時38分35秒
そういえば…保田は
『本当に悪い奴だねえ。地獄に落ちればいいんだよ、あんな奴』
であったり、ジョーからの情報提供を受けて
『あくまでも噂なんだけど、あの映画の脚本、盗作って話もあるよ』
などとレスしていたのだが、相手はかまわず
『検察が動いたって情報もあるよ』
『芸能プロダクションとの癒着とかもあるらしいね』
などとレスしてきていた。レス返しでありながら、内容はまるでこちらを無視してるよう
に見えなくもない。

「どういうことかな」
「わかんないけど、こっちにも影響でそうな話だべさ」
二人は腕組みをして考え込んでしまった。
もし石川誘拐とは関係なしに、正田に対して揺さぶりをかけている人間がいるとしたら
目的は何だろう?
287 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時41分47秒
「ケメちゃん、なちみ、どしたの?元気ないよ」
いつのまにか、辻が側に来ていた。
「あ?ああ、ごめんごめん。始めよっか」
そうだった。捜査は大事だけど、こっちもきちんとやらなきゃ。
「ホントにやるの…」
あの元気いっぱいの辻が、心配そうな顔をしている。
当たり前だろう。保田が提案した「ア・カペラ」は、一朝一夕に出来るものではない。

曲目は、参加メンバーによるディスカッションの結果、「ふるさと」に決まった。
「ふるさと」…この曲を知っているのは、現メンバーでは飯田・矢口と保田。そして、ほぼ
ひとりで歌い上げた、安倍しかいない。
直後にリリースされ、初のミリオンとなった「LOVEマシーン」を期に、グループは路線
変更していったのだ。
言わば、結成当時の「歌謡アイドル」路線最後の記念碑である。
「ラブマ」や「ミスムン」とは対極にあるナンバーといえた。
288 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時42分56秒
理由は明らかではないが、現在の路線にシフトして後、この曲以前のヒット曲は全て
ライブでは封印されており、4期以降のメンバーほとんどが、歌ったことすらない。
そこで保田は、無理に頼んで安倍に来てもらったのである。
この曲をア・カペラで歌うことを考えたとき、彼女の協力は不可欠だった。

「なに言ってるべさーのの?圭ちゃんと最高の想い出を、皆で作るべさ。さ、行こ」
辻の手を引いてスタジオへ歩いて行く安倍の後姿を見ながら、保田の目には熱いもの
がこみ上げて来ていた。
加入当初から仕事では衝突することが多かった安倍が、自分のことを考えてくれてい
る。しかも、石川誘拐という危機的局面の中で。

「どーしたのぉ圭ちゃーん」
「ケメちゃーん」
二人が呼んでいる。
「いま行くよー!」
保田は一瞬、背を見せて涙を拭うと、閉じたノートパソコンを抱えて二人を追いかけた。
289 名前:新人 投稿日:2003年05月14日(水)21時46分27秒
作者より

今夜の更新、終了しました。
ヤスの卒コンDVDは6月下旬だそうな。
アマゾンで予約しておこφ(..)

では、ご感想お待ちしております。
290 名前:コルク 投稿日:2003年05月15日(木)18時12分54秒
どうもコルクです
いったい誰が日本に来たんだ?気になるなぁ
続き楽しみにしてますがんばってください
それでは
291 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時37分59秒
『震える将星』

#5 転機−4


少し遅刻だった。後藤は診療所の入口で、柱に寄りかかり石を蹴ったりして不貞腐れ
ていた。
「遅いよぉ、よっすぃー、ジョーさんもぉ」
「ごめんごめん。ちょっと寄り道しててさぁ」
「はい、原因は私です。スイマセン」

そんな会話が出来るのも、後藤があげた手柄のおかげである。
「よくやってくれた。でかした後藤」である。
「えへへ。こうもうまく行くとは思わなかったよ」
「ジョーさん、お腹すいたぁっ!」
また吉澤の邪魔が入った。いや、これは切実な叫びか。

「わかったわかった。中で教授が飯の用意をしてるはずだ。話は食べてからにしよう」
かく言う自分も腹ぺコだった。
「やったー」「えー、食べてこなきゃよかったぁ」と言いつつ、二人は俺に続いた。
292 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時42分23秒
「あら、遅かったですね。お待ちかねですよ」
診察室と住居を結ぶ通路が玄関にさしかかる所で俺たちを迎えたのは、この診療所
唯一の看護婦・和久井美弥子だった。
常連患者の80%は、この看護婦に会いたいがために診療所の扉を叩くと言われる。
年齢を訊いたことはないが、おそらくは20台後半。もとは大学病院で働いていたらしい。
教授の遠縁という話もある、大変な美女である。

「すまんな遅れて。食事の用意は?」
「もうできます。言われたのも、ちゃんと買っておきましたよ」
礼を言って靴を脱ぐ。都内で安心して靴を脱いでリラックスできるのは、教授のところ
ぐらいなものだ。

「何してる。さっさと上がれ。昼飯と教授が冷めちまうぞ」
吉澤と後藤は、玄関で固まっていた。
「どうした?」
「あ、いや、ごっちん」
293 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時45分25秒
「うん、お邪魔しまーす」

どうやら、美弥子の美貌に呆気にとられていたらしい。
天与のそれというにはあまりに整いすぎている、クレオパトラもかくやと思われる鼻梁、
やや切れ長の目に、大きくもなく小さくもない、理想的な形の唇。
女優になったら、たちまち映画・ドラマの世界を席巻し、日本に留まらず世界進出を
果たすだろう。
こんな女性を埋もれさせておいて、年端もいかぬ少女をスカウトする日本の芸能界は
間違った道を歩んでいはしないか?

診察室に行くと、教授が満面の笑みで俺を迎えた。
「おお、遅かったのお。待ちくたびれたわい。よっすぃー、捜査の按配はどうじゃ?」
「はじめましてー。うん、何かいい方向に向かっているみたい」
「ほほ、それはよかった。ごっちん、よく頑張ったの」
「へへ、まあねーって、誰このおじいちゃん?」
やはり教授と絡むと、自然とコントになっている。

「お待たせしました。吉澤さん、ベーグル買っておきましたよ」
美弥子が料理の載ったゴンドラを押して入って来た。
「わあ本当だー!いっただきまぁす」
294 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時46分07秒
吉澤は早速がつがつ食べ始めた。今朝もそうだったが、その食いっぷりはあっぱれと
表現するしかない。
モーニング娘。の中では辻・加護・紺野が食いしん坊トリオとして有名だそうだが、本当
はこいつがbPじゃないのか?そんな疑問さえ浮かんでくる食欲だ。

「それ、高科さんに『買っておいて』って頼まれたんですよ」
「そうなの?」
「頑張ったご褒美だ」
こんなもんでいいなら1トンでも2トンでも、と言うと吉澤は爆笑しつつ食事を再開した。
場は和んだな。
とりあえず自分も腹を満たし、午前中までの状況を整理する。

あのベンツを塗装した塗装屋は見つかったが、車検証のコピーを調べたところ、やはり
偽造だった。
所有者も偽名だろうが、それが何者であるかは、吉澤・後藤とイチャついてるじいさん
によってほぼ結果は出ているだろう。

後藤に、市野との接触の様子を詳しく聞いてみた。彼女は手帳を見ながら、順を追って
話してくれた。
それを聞くにつれ、この18歳のトップ・アイドルの末恐ろしさを垣間見た気がして、背筋
が寒くなってきた。
295 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時47分46秒
それは、どうやって発信機を市野に渡したか、を聞いたときに最高潮へ達した。
後藤は、手帳にメモをするのに貸したとき、約束があると一芝居うったのだ。
待ち合せに遅れる、と急いで退出した際に、ペンだけ受け取らずに出たのである。

さらには、忘れ物を知らせる電話をかけて来た市野に
「また仕事で会う事もあると思うから、それまで私だと思って身につけていてください。
市野さんが持っててくれれば安心だし」
と言ってのけたというから、恐れ入る。後藤真希にこんなことを言われたら、誰だって
肌身離さず持っているに違いない。


ともあれ、昨夜の中澤情報プラス保田の掲示板レス情報、さらに後藤が仕入れてきた
「挙動不審」ぶりで、正田の疑惑はより深まったといえるだろう。
その直属の部下兼、祥子の恋人である市野に発信機が付いたことは、今後の捜査に
有利に働く。あれは録音時間こそ6時間だが、発信自体は小さなバッテリーで一週間
はもつ。
296 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時49分34秒
「ねー、このおじーちゃんと遊ぶために集まったのぉ?」
話し終えて紅茶をすすっていた後藤が不満げに言った。
既に教授との記念撮影と、白衣へのサイン(そんな白衣を毎日着るつもりか!?)を済ま
せている。
吉澤も食事を終え、教授に絡まれていた。

「おお、すまんすまん。こら、そこの大先生。いいかげんにしてくれ。吉澤も迷惑がってる
やんけ」
吉澤はここぞとばかり、スッと離れて俺のところへ来た。
「何じゃ、もう少し遊ばせてくれてもよかろうに」
と教授は不満たらたらだ。美弥子は、そんなやり取りを微笑とともに見守っていた。

「やかましい。つべこべ言わずに、祥子と正田の件はどうなんだよ。整理できたのか?」
「当然じゃ。ついでに周辺の近況も洗っておいたぞい」
この辺はサービスか。明日には安倍のサインと矢口の写真を用意しよう。
教授は調べたことをきちんと整理して伝えてくれた。
297 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時51分37秒
○ベンツを扱った塗装屋を中心に半径5キロまで広げても、正田浩のものらしき家屋や
会社名義の賃貸住宅は無かった。
正田の自宅は、江戸川区であった。

○問題のベンツだが、やはり所有者本人も住所も、架空のものであった。

ここまでは予想していたことだ。ないないづくしでも別に驚きゃしない。

だが…

○正田は、映画界にパイプを持っており、企画段階から参画するほどその力は強い。
今回、問題となっている映画だが、元は正田の企画であり、CMを通して癒着のある
プロダクションの新人をデビューさせる計画だったらしい。
監督がキャスティング に難色を示したところを、UFAが資金力に任せて、形のうえでは
横取りしたことになった。正田は当然、かなり怒り狂っている。
盗作疑惑を自ら流している、という情報はあるが、誰かに命じて直接工作しているという
証拠は、いまのところあがっていない。

これについては、吉澤と後藤には少し生々しすぎたようだ。
298 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時55分38秒
「やっぱり…梨華ちゃんとミキティの映画のことだね」
「うん。あたしのと同時に公開されるやつだよ。本当だったんだ…」
UFAのやり方と映画潰しの噂の両方を指しているらしい。
二人は唇を噛み締め、怒りを堪えているように見えた。

「正田が無名の脚本家と合作したものらしいが、ちと話が変な方向に行っておるな」
教授の口調も、流石に重くなっていた。

○正田が身辺警護にガードを雇ったのは本当らしい。原因は、脅迫めいた電話があっ
たためとも、つい最近襲撃されたためとも言われている。

これが本当ならおかしな話だ。誘拐事件の黒幕が、いったい誰に脅迫されるってんだ?
もし実行犯が裏切ったのならば、そいつらの単独犯ということにでもしてとっとと警察に
タレこめば済む話だ。

「祥子の方は?」
教授は別の資料を俺に渡してくれた。
三輪祥子−22才。富山県出身で、高卒と同時に二人の兄を頼って上京している。
長兄・行雄と次兄・順次の三人で同居しながら、自らも働きに出た。
299 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)20時58分04秒
ぱっと見はかなり可愛い部類に入る彼女は、スナックでバイト中に現職場のUFAに
スカウトされる。田舎娘に訪れたチャンスであった。
可愛いうえに歌唱力もあった彼女は、年少アイドルの多いUFAとしてはギリギリでの
スカウティングを受けたのである。そのためかどうかはわからないが、お茶汲みをしな
がらレッスンを続けて一年半。デビューは果たせず、一年ほど前から受付嬢となった。
現状では、市野以外に正田との接点はない。

最後の一行に、俺は大きな落胆を覚えた。やはり「ない」か。
キーパーソンは市野で決まりのようだ。
トレーサーを見る限り会社を出ていないようだが、パイプ役を担っているなら、近いうち
に接触をはかるだろう。
問題は吉澤と後藤をつけるとしても二人に足がないことである。車で動かれたら最後だ。
「確かにの。それに張り込むとしても、オフィス街でアイドルが二人もこそこそしておった
ら目立つじゃろうな」
しかし、今や極めてクロに近いグレーに変わった正田には、俺が行くしかない。
正田が雇ったSPは、おそらくその筋に近い人間だ。少なくとも、小娘二人の尾行など
たやすく見破って排除にかかるだろう。
300 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)21時05分05秒
「ジョーさん?」顔に浮かぶ苦渋の色を感じ取ったらしい吉澤は、心配そうな声だ。
傍では、ゼンも俺を見上げていた。

「私が行きましょうか」
皆が一斉に発言者の顔を見た。
自分に集まる、まるで救世主を見るかのような視線に照れながら
「診察が終わったあとなら、問題ないでしょう?車もありますし」
と切り出したのは、美弥子であった。
教授の診療所に勤めていること自体がおかしいとも言われるこの美人看護婦は、俺の
顔色から心中を読み取り、助っ人を買って出たのだ。
まったく、中澤といい保田といい、どうして今回は凄い女ばかりが俺の周りに現れるん
だ?いま目の前で暗い顔してる二人だけで充分だってのに。
ともあれ、美弥子の申し出は助かるを通り越してこちらが頼みたいぐらいである。
「いいのか?」
「ええ。任せてください。これでも、涼子さんに頼まれて…」
「その名前は出すな」
301 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)21時09分33秒
声に怖いものを混ぜて遮った俺を、吉澤が悲しげな目で見た。
後藤も、これまでにない俺の冷酷な声に固まっているようだ。
まだまだ、こんなの序の口なんだがな。

「ごめんなさい。とにかく経験ありますから、大丈夫です」
名前を出したのがちと気に入らないが、あいつが頼むほどだ。技術的には、任せても
大丈夫とみた。しかし、看護婦がいったいどこで尾行術など身に付けた?などの疑問
はこのさい無視し、美弥子と後藤を組ませることにした。万が一バレても、後藤がいれ
ば誤魔化せるだろう。

正田には、俺と吉澤にゼンが付くことになる。あとは診療が終わるのを待って行動再開
だ。
「それには及ばんよ。美弥子君、休診の札を出しなさい。すぐに動くがいい。こうしてる
間にも、チャーミーにどんな危機が及んでいるか、ああ心配じゃのう」
「やったあ。教授、話せる!」
吉澤が思わず抱きつく。このジジイ、点数稼ぎのつもりか。

美弥子は微笑を残して「支度してきます」と奥へ消えた。
302 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)21時10分54秒
「ふおっふおっふおっ。ワシの生活なぞ、どうとでもなるわい。それよりも梨華っちが
大事じゃろう」
「優しいね、おじーちゃん」
いつのまにか、後藤まで教授を親愛の眼で見ていやがる。

ゼンを見ると、呆れたように床にうずくまっていた。その目は
「このジイさんの女好きは一生治らん。諦めろ」
と言っていた。

「いいかげんに…」
「しかし、美人じゃのよっすぃーは。ふむ、明らかにジョーの好みじゃ。琴美さんとは
タイプが違うがの」
「誰それ?」
「ん?琴美さんか。奴が日本の…」
「そこまでだ」
あの教授が、一瞬にして凍りついた。
美弥子に向けたのとは段違いの、声に込められた殺気に気づいたのだ。
冷たいだけではない口調に、教授は「ゴホン」と一つ咳払いをした。
303 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)21時11分34秒
「わかっておる。冗談じゃ。しかし、よっすぃーが好みなのは否定できなかろう」
「何!?」
「え…」
バカ、こんな爺さんの戯言で赤くなってるんじゃねえ。
「ふふーん」
後藤!お前、何だその眼は?

「けけけけ。まあ、あまり意識せんことだ」
「やかましい。こら、いつまで赤くなってるんだ。行くぞ」
「わ、わかってるよ」
そこへ、白衣から私服に着替えた美弥子が戻ってきた。
おかしな空気に包まれる診察室に気付いたようで「どうかしたんですか?」といつもの
調子で聞いてくれて助かった。

「何でもない。急げ」
合図に出口へ向かった3人と一匹を追いかけようとしたとき、教授が目配せするのが
視界の隅に映った。
まだ他に、伝えたいことがあるのだ。
「先に車に乗ってろ」
三人を笑顔で見送った教授が、真顔でこちらへ向き直った。
304 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)21時12分37秒
「正田と祥子のことで、ちょっと気になることがあっての」
「接点があったのか?」
「それは分からん。お主が判断することじゃ」
教授はコーヒーをすすって一呼吸置いた。そんなに話しにくい事なのか。

「例の車じゃが、偽造された車検証の所有者は、現存しておる。もっとも実体はない
がな」
「どういうことだ?」
「丹羽幸利という。これは正田が無名の作家と合作したとされる脚本家の名じゃ」
「!?」
これはある種の衝撃だった。
偽名なのはわかっていた。しかし、それを脚本家名にする必要が、どこにある?
こちらに教授のような情報屋がついているとは思っていないにしても、すぐにアシがつ
きそうなものじゃないか。

「まだあるぞい。正田の周辺で、ひとり映画監督兼脚本家が事故死しておる。袴田幸作
という男じゃ。祥子も上の兄を事故で亡くしておる。三輪行雄じゃな。名前は違うが、
時期は同じじゃ。死因も同じ事故死。これは偶然かの?」
305 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)21時13分51秒
確かに、名前こそ違うが死亡時期と原因が同じというのはひっかかる。これが二人の
接点なのか?だとしたら一体、死んだ二人の男にどういう共通項があるんだ?

「正田という男、もう少し洗ってみる必要がありそうだな」
「同感じゃ。祥子の身辺も、深く掘ってみよう。埋蔵金が出るやもしれんわい」
「頼む」
最後は血生臭い話になってしまった。教授が3人に聞かせたくなかったのもわかる。
「そうじゃ、写真が出来たら、二人にサインをしてもらおう。ふふ患者への自慢話には
持って来いじゃ」
わかったよ、と答えて診察室を出た。

最後は教授なりに気を使ってくれたのだろうが、気は晴れなかった。
正田のSPという存在と、その周辺で関係者が死んでいるという事実が重くのしかかっ
ていた。
石川梨華の命が、俺が考えているよりも安全ではないことを意味するからであった。
306 名前:新人 投稿日:2003年05月17日(土)21時17分14秒
作者より

今夜の更新は以上です。
明日、もう一度更新できればと考えています。

>>290 コルクさんへ

仕掛けはまだあります。謎解きも同時にお楽しみ下さい(w

ああ、明日が仕事でなければ、もっと更新できるのになあ。

それではm(__)m
307 名前:コルク 投稿日:2003年05月18日(日)03時59分20秒
お仕事ですか、大変ですね。
あまり無理せずがんばってください。
それでは!
308 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年05月18日(日)07時27分10秒
作者さま、はじめまして。
発見して一気に読みました。楽しく読ませていただきました。
続きも期待して待っています!!

PS:娘。小説の保存をさせていただいています。よろしければ保存させていただいてよろしいでしょうか?
   ここで、http://kuni0416.hp.infoseek.co.jp/text/index.html 保存しています。
   よろしくお願いいたします。
309 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時13分34秒
作者です(__)
ハロモニをBGVに、今夜の更新です。

>>307 コルクさん どうにか早く終わったので更新できます。ご声援(?)
ありがとうございます。

>>308 ななしのよっすぃ〜さん
こんな、誤字脱字・表現のおかしなところ・同音異句の漢字間違い
だらけの小説でよければ、ぜひお願いします(^^ゞ
何しろ初めてなもので、直したいところだらけです。
頑張りますので、よろしくお願いします。
では、更新します。
310 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時14分50秒
『震える将星』

#6 暗転−1


中澤は事務所に着くと、受付に祥子がいるのを確認し安堵した。
「おはようさん」
そ知らぬ顔で前を通過する中澤へ、祥子は「おはようございます」と返しただけだった。
愛想ないなあ。挨拶ってな、こうやるんや。
「おはようございますぅ」
いつもの京都弁で入った中澤だが、事務所のただならぬ雰囲気に気付き、近くの社員
を捕まえた。

「ちょ、どうしたのん。やけに騒がしいやないの」
「あ、中澤さん。お疲れ様です。いや、よく分からないんです自分も。ただ、電話がかか
ってきたとかで、大急ぎでつんくさんが呼ばれてましたけど」
(つんくさんが?) 中澤は眉をひそめた。

奥へ進むと、果たして彼女たちのプロデューサーは電話中であった。
「はい、それは心配ありません。ええ、長引くようでしたら、地元の方へ」
311 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時16分24秒
(標準語や) 先ほどまで浮かんでいた彼女の微笑が、かき消すように無くなった。
彼が関西弁を封じるときは、自分がけっして同じ土俵へ上がれない人物と会話すると
きが多い。
相手は誰なのだろう?
「本人には、そう伝えておきます。はい、ええそれでは失礼します」
電話を切ると、つんく♂は大きなため息をひとつついた。

「誰ですのん今の電話?」
「おお中澤か。いつのまに来とったんや。いや今のはな、石川の親御さんや」
つんく♂は、視線を宙に泳がせながら言った。

「今朝の新聞を見て一番驚いたんは、間違いなく家族やで。娘が断りもなく入院して
もうたんやからな」
「それで電話してきたんですか?」
「ああ。『ちょっと腹壊して、映画の撮影もあって疲れが溜まってるから、大事をとってる
だけです』って言うたんやが」
そこから先は、いま聞いた内容と同じなのだろう。
おそらく家族のうち誰かが、梨華の携帯に電話したものの繋がらず、娘の安否を確か
めるために電話してきたのだと中澤は判断した。
312 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時18分26秒
よく病院で携帯のスイッチを切らないといけない、と言われるが、最近は病棟の医師が
平気で携帯をかけながら廊下を歩いているぐらいだ。携帯通話禁止は、有名無実化し
ている。
ましてや、梨華が入るであろう個室では。

「どうしますのん?」
いつ家族に真実がばれてしまうかもしれない。今はつんく♂だったからいいが、社長に
直接つなげと迫られて、それを断りきれる社員が、果たしているだろうか?

「あと二日や」
と応える声が沈んでいる。この大プロデューサーには、珍しいことであった。
「それ以上音信不通やと、家族が動き出すやろ。バレたら警察へ届けると騒ぐやろな」
「二日、ですか…」
今日はもう半日過ぎている。
間に合うだろうか?
石川を懸命に探し続ける、娘。たちは。
全てを託したバウンティハンター、高科譲也は?
313 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時20分19秒
「信じようや。何でも、順調に犯人を絞り込んで動いとるそうやないか?」
つんく♂は自分自身へ諭すように言った。
「はい。そうですわ。信じるしかあらへんのですよね」
「それはそうと、お前、何や祥子に密着するんやなかったんか?」
「そうですけど?」
「もうすぐ退勤の時間やで?」
中澤は慌てて時計を見た。
既に3時半を回っている。
今日も早番シフトだった祥子の退勤は4時。
「しもた、もうこんな時間やったんか」

中澤は部屋を後にしようとして、つんく♂に向き直った。
「そや、あたしの方も、ちょっと面白い展開になってきましてん。後でメールしますわ」
「そうか、少しでも明るい材料が欲しいな。でないと創作活動にも影響するで」
急に弱気になったプロデューサーに、あたしらがしっかりせな、と笑いかけ、中澤は
祥子の尾行へと向かった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

後藤・美弥子コンビは、車で市野哲哉をマークすべく、東陽エージェンシーへ向かった。
314 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時21分15秒
例の発信器は健在だから、俺がフォローすれば車で動かれても追跡可能だし、電車
移動なら後藤が追えばいい。

俺たち二人と一匹は、いよいよ正田をマークすることになり、今まで以上に気合が入っ
ていた。
「いよいよ黒幕ね」
先ほどまで教授とワイガヤしていたのとは明らかに違う口調の吉澤は、笑顔までもが
切り替えが早い…ハンターにとって重要な資質の一つである。

「ああ。とりあえずお前は待機してろ。まずは所在を確かめなきゃな」
ベンツの塗装を行った車屋から遠くないところに持ち主の自宅があれば、セールスマン
でも装って踏み込んでやろうとスーツを着てきたが、こういう場面で役に立つとはな。
俺たちはいま、既に向かっている後藤と美弥子を追いかける形で、東陽エージェンシー
に向かっているのだった。

そこへ、中澤から連絡が入った。これから事務所行き、祥子マークについてくれるとの
ことだが、こぼれ話が付いてきた。
「出版社の奴らが動き出したようやで」
315 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時22分05秒
聞けば、昨日の中澤騒動(と呼ばれているかどうかは知らん)により動き出した記者が、
これまでの成果を手土産に接触をはかってきたのだ。
内容は、これまでに掴んだ手掛かりを裏付けるものであった。
だが、正田が護衛を付けたことには触れなかったという。ということは公になっていな
いということだ。ますます怪しい。

「わかった、ありがとうな。祥子をしっかりマークしてくれ」
「あいよ。そっちこそ、よっすぃーを頼むでぇ」
「なんじゃそりゃあ!訳わからんぞおい」
「ははは、照れんでもえええやん。ほいじゃ、そういうことで」
電話は切れた。
何が「そういうこと」だ?

変な汗をかき始めた俺に気づき、吉澤は不思議そうな顔をした。
「どしたの?中澤さんでしょ、いまの電話」
答えず、コイン・パーキングに車を入れた。
電話の内容を伝え、いよいよ佳境だと言い残して玄関へ向かった。
後ろから「何で否定しないのよー!」という吉澤の怒声が追いかけてきた。
316 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時23分31秒
「そうですか、お忙しいところを申し訳ありませんでした」
と礼を言い、受付をあとにした。
アポなしで接見を要求したため当然ながら門前払いだったが、とりあえずの目的は
果たせた。

社員教育のあまり行き届いていない会社の受付嬢でよかった。
「もうすぐ終業ですよね。そのあとのほんの僅かな時間でかまわないのですが」
と食い下がると、教育の行き届いていない受付嬢は電話確認までしたうえで
「残念ながら、このあと光栄書店のパーティーへお出かけになるそうです」
と答えたのである。身元も確認していなかったのにな。
ま、日本の株式会社のレベルなんて、こんなもんよ。

車へ戻り、パソコンを開く。教授から口頭で説明は受けたが、正田のデータをもう一度
確認しておきたかったからだ。
吉澤はというとゼンを隣に寝かせ、自分はその背を撫でながらMDを聴いていた。
精神安定的なものと、実益を兼ねているらしい。
局面はひとつの山場だから、リラックスは必要な要素だ。さっき聞いたら、来月発売の
新曲だと言っていた。
317 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時25分56秒
「来たぞ」
それほど大きな声じゃなかったが、気配で察したのだろう。
吉澤もビルの玄関をちゃんと見ていた。
「間違いないね」
彼女にも、正田の写真は渡してある。
「ああ。会場へ向かうらしいな」
社用車へ乗り込む正田は、タキシード姿だった。

「どうする?会場へ入られたら終わりじゃない」と心配そうに言う吉澤へ、
「大丈夫さ。人脈ってな、こういうときに使うもんだ」と自信ありげに答える。
「出版社に知り合いでもいるの?」
残念ながら不正解だ。
「とにかく後を付けよう。頼むぞ」
「うん…」
吉澤は釈然としない顔で双眼鏡を覗き始めた。

正田を乗せた社用車は、首都高でなく一般道を使い会場へ向かうようだった。
時間に余裕もあるし、吉澤がいるから見失うこともない。
車は、新橋から虎ノ門へ抜ける通称「桜田通り」を左折した。
318 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時26分39秒
「ご苦労さん。少し休め」
「ふう」
昨夜と違い交通量も多かった。よく見失わなかったものだ。
「ここどこ?」
正田の車に続いて俺たちが滑り込んだのは、虎ノ門にある某財団法人運営の宿泊
施設だった。
一流ホテルと同等の部屋に民宿並みの料金で泊まることが可能で、結婚式等、各種
パーティーがメインで公共のものに近いが、外観・内容ともそれなりの施設である。

エントランスを素通りし、駐車場の隅に車を停めて正田の動向を伺う。
案の定、駐車場へ向かった社用車の後にもう一台、SPの車が入ってきていた。
なぜそうなのかは、正田がすぐに建物に入って行かず、彼らの到着を待っていたこと
で分かる。

「間違いないな」
「どうするの?ここで見張るの?」
この場では、万が一奴が別の出入口から出た場合、ちと心許ない。
やはり潜入する手だろう。

「パーティーに乗り込むか」
「えーっ!どうやって」
驚く顔を横目で見ながら、携帯をプッシュした。
相手は、5回のコールで出た。
「はーい、リーシャでーす」
「俺だ」
「ジョー!?」
流石だ。ちと間隔が開いちゃいるが、常連客の声を忘れていない。
319 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時28分03秒
「何よ、いつ帰ってきたの?」
「3日前だ。単刀直入に言うぞ。力を借りたい」
「いきなり仕事の話?相変わらず色気もへったくれもないわね」
「すまん。緊急事態なんだ。あと、車とゼンを預かってもらいたい」
「ゼンも一緒なの?ふうん…」こいつはゼンが大好きだったはずだ。
「いまどこだ?」
リーシャはすぐ近くのシティホテル名を告げた
俺はこちらの所在も伝え「30分以内に来られるか?」と訊いた。
「いいわよ。もうすぐ終わるし」
と来た。よし。
「なら頼む。ロビーで待ってるわ」
「はいよ」

電話を切ると、俺は吉澤を伴って車を降りた。
無論、ゼンは車の中で留守番だ。
リーシャが到着する前に、済ませておかねばならない事があった。


「衣裳を借りたいのだが」
受付カウンターで、俺は苦みばしった(つもりだが、吉澤はクスクス笑っていた)声を、
受付の女の子にかけた。
「お連れ様ですか?ご予約は」愛嬌のある姉ちゃんが笑顔を見せた。
確かに訝られても仕方がない。俺はスーツだが、吉澤は思い切り普段着だ。
「いや予約してないんだが、連れの衣装が間に合わなくてね。今夜の光栄書店主催
のパーティーに出なきゃならんのだが。貸してもらえるかね?」
320 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時28分44秒
隣で吉澤が「あたしそんなドジじゃないよ」という顔をしていたが、無視して「料金は
倍払うが」と押した。
「よろしいですよ。よくそういうお客様、いらっしゃいますから。では、こちらへご記入を」
伝票を書き始めた俺に、吉澤が耳打ちした。
(ちょっと、あたしも行くの?)
(一人じゃ逆に目立つからな。お前は今から秘書だ)

吉澤は秘書?と目をパチクリさせたが、書き終えた伝票を手にして「どうぞこちらへ」と
と会釈されると、黙ってついて行った。
ふむ。肝が座っているのか、何も考えてないだけなのか、今イチわからん。

とりあえず、彼女が衣裳を選んで来るまで時間が出来た。
ソファに腰掛けてロビーを見渡してみると、平日だというのにスーツ姿が目立つ。
ドレスに近いワンピースで車から降り、同伴の男性に寄り添う女性も少なくなかった。

入口で確認したが、デカそうなパーティーは光栄書店のだけだ。
となるとこいつら皆、そのパーティーに出るのか?
俺は若干、吐き気を覚えた。
出席者と思われる連中は大半が、美女と野獣の組合せか家畜同士のカップルだ。
そんな風景にため息をつきながら、パソコンを開いた。
321 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時32分05秒
『震える将星』

#6 暗転−2


市野はさっさとデスクを片付けると自分専用のロッカーへ行き、中から着替えを出した。
今日は、部長の正田が光栄書店の30周年記念パーティーへ出かけたため、大半の
社員が残業を早めに切り上げて退社しつつあった。

「あら、珍しい。今日は単車で来たの?」
着替え終えてデスクに戻ると、前のデスクの女性社員から声がかかった。
オートバイを「単車」と表現するこの同僚を、市野は嫌いではなかった。同期入社である
彼女とは、いまでもたまに飲みに行くことがある。
「ああ。今朝寝坊しちゃってね。電車じゃとても間に合いそうになかったから。寒いから
眠気も覚めるし」
「ふうん」
彼女はそれ以上興味を示さず、市野はそそくさと駐輪場へ向かった。

後藤の携帯が鳴った。ジョーからだった。
「もしもーし」
『市野が移動を始めたぞ』
「うっそー。だって出てきてないよ」
『嘘じゃない。いま会社前の通りをのろのろ移動してる』
後藤は慌てて探したが、市野らしい男は歩いていない。
322 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時33分02秒
「わかんないよぉー」
と泣きそうになった。
「ひょっとして」美弥子が何かに気付いた。「あの人じゃ?」
見ると、バッグを背負ったライダーが一人、中型バイクを押していくところだった。
背格好は、確かに市野に似ているようだ。

そいつは、愛車にまたがるとバイザーを上げ、グローブをつけはじめた。
「あー、市野さんだぁ」
後藤が笑顔を見せた。
『いたのか?』
「うん大丈夫。美弥子さんが見つけてくれたよぉ」
「よかったですね。追いましょう。見失ったらジョーさんにフォローしてもらえば」
「うん」
『頼むぞ、おい』
ジョーの声を合図に、二人は追跡を開始した。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お待たせ、ジョー。久しぶりね」
「おお、早かったな」
30分もかからず、そいつはやって来た。
323 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時35分14秒
「まあね。時間は守るのがモットーだから」と笑顔を見せたのは、リーシャ・近藤。
スペンサーといいこの女といい日系人には縁があるが、生まれも育ちも東京の、日系
三世だ。
こいつとの挨拶に「元気だった?」なんて台詞は不用である。

「で、誰に化けるの?」
「俺じゃない。連れのメイクを頼みたいんだ」
リーシャは、フリーのメイクアップ・アーティストだ。警官を辞めて探偵社にエージェント
として入社した頃に、街の飲み屋で知り合った。
普段は依頼を受けて結婚式等の式典に出かけて行き、ヘアメイクを兼ねたごく普通の
仕事をしている。
しかし裏では、俺たちのような輩ともつながっており、腕の確かさから引く手あまたなの
だ。

俺も彼女のメイクによって別人となり、厄介な潜入捜査を完遂したのは一度や二度じゃ
ない。
何しろ、彼女の施すメイクによって、誰でも面影を残しながら全くの別人に変身できて
しまうのである。
よく知る人間なら「えーっ!!別人じゃーん」ってことになるが、会ったことがある、程度では
まず本人とは気付かれない。
324 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時37分06秒
彼女の顔も、実は本人のじゃないんじゃないか、なんて笑えない噂すらあるのだ。
俺の知る限り、日本で5本の指に入るアーティストだ。
もちろん『裏の』という但し書きはつくが。

「で、どこ?」
まだ吉澤は衣装選びから戻ってこなかった。まったく、もう始まってる時間だってのに。
「女の子?」
「まあね」
「おやおや、帰って早々、ナンパですか」
「スペンサーと同じギャクを言うな」
「会ったの?」
「まあな」

そうこうしているうちに、吉澤が戻ってきた。
「お待たせー」
その声に反応して振り向いた俺は、眼を剥いた。
「ひゅーっ。これはまた…」
初対面のはずの、リーシャの反応も無理はない。
吉澤は、若干のラメをあしらった濃紺のパーティ・ドレスに身を包み、見事な淑女へと
変身していた。
肩が大きく露出したドレスに、同色の手袋が泣かせる演出だ。
「似合う?」とモデルよろしく回転してみせたドレスから、星が散ったように見えた。
325 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時51分10秒
「何とか言いなさいよ」リーシャに肘で小突かれて我にかえった。
ほんの30分前の小娘とは見違えるようだが、この程度で有頂天になられても困る。

「この娘を、大人の女に仕立てられるか?」と言ってやった。
「何よそれ、失礼しちゃう」
むくれる吉澤だが、この程度の反撃は受け止めてもらわにゃな。本場のハンター達と
きたら、毒舌なんてレベルじゃない。いまのまま渡米しても、ものの半日でヘコまされ
て、帰国手続きをとるハメになるだろう。

「任せときなさい。久しぶりに腕が鳴るわね。あんた好みのイイ女に仕上げてみせる
わよ」と腕まくりしながらリーシャが宣言した。
最後の一言が気になったが「行こう吉澤さん!」と、やる気満々の「裏メイクアップ・アー
ティスト」の最高峰と吉澤は、颯爽とメイク室へ消えた。

モーニング娘。の吉澤ひとみとバレてたか。
ここにも油断ならない女が一人いたのだった。
326 名前:新人 投稿日:2003年05月18日(日)20時52分42秒
今夜の更新、終了しました。

仕掛け花火がお気に召しますかどうか…。
ご感想をお待ちしております。
327 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年05月18日(日)23時58分18秒
作者さま、講師の疲れさまです&ありがとうございます。
早速、保存させていただきました。
至らぬ点もあると思いますが、何か要望などありましたら遠慮なく言ってください。
http://kuni0416.hp.infoseek.co.jp/text/tremble/
になります。よろしくお願いたします。
PS:更新、楽しみに待ってます!!
328 名前:丈太郎 投稿日:2003年05月19日(月)21時48分08秒
更新お疲れ様です。
よっすぃーがドレス!?すっごい見たいっ(w
続きを楽しみに待ってます。
329 名前:みっくす 投稿日:2003年05月19日(月)23時41分04秒
更新おつかれさまです。
おいらもよっしぃーのドレス姿みてみたいです(笑)

あと、おいらのHPにも掲載、掲載させていただきますね。
330 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)06時29分34秒
作者です。

>>328 丈太郎さん
いつもありがとうございます。
明日更新できるように頑張ろうと思います。しばしお待ちを。

>>329 みっくすさん
こんなのでいいんですか?うーん。頑張らねば。
331 名前:丈太郎 投稿日:2003年05月20日(火)19時50分02秒
作者さん、すごいじゃないすか!ななしのよっすぃ〜さんに続いて
みっくすさんもリンク!僕も、もっとたくさんの人に読んでもらい
たいと思うけど、HP持ってないんで…。とにかく頑張ってください!
332 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時14分42秒
作者です。
みっくすさん、upなさったHP、教えてくださいね。
丈太郎さん、大げさです(w 頑張ります。

ここで、読んでいただいている皆様にお知らせします。
現在のペースでは、1スレで完結できないことが判明(容量が足らない)しました。
これは私が長編用であるかそうでないか、確認せずにスレッドを立ててしまった為
です。
皆様にはご迷惑をおかけしますが、300KBを超えたところで「海板」に移転させて
いただきます。
スレッドのタイトルは「震える将星(下)」と致します。
移転後も、変わらぬご愛読をお願い申し上げます。

それでは、今夜の更新をしたいと思います。
333 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時16分01秒
『震える将星』

#6 暗転−2


もう6時を過ぎていた。
今日も梨華は、監視付きの一日を強いられていた。
一人になれたのは、トイレに立った時と朝の入浴時のみであった。
(こんなに暇だと、逆にお仕事したくなるなぁ)
映画の撮影に入って以来、梨華はメンバー中随一の多忙なスケジュールをこなして
いた。

春のツアーと新曲のリリースを控えた娘。本体のスケジュールがキツくなってきていた
だけに、体力的にはぎりぎりに近かった。
だから、入院と報道されたと知ったときも(誰も驚かないよねきっと)と思った。
実際には、彼女の家族がつんく♂に抗議の電話をしていたのだが。

知らず知らずの内に、ため息が多くなっていたようだ。
「すまんな」
今の時間、監視役は袴田だった。
「何か?」
「さっきから、ため息ばかりついてるみたいなんでね」
(あたし、そんなについてたかな)
「別に何でもありません。気にしないでください」
334 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時17分10秒
袴田も梨華には親切だったが、笑顔を見せてさえくれる他の3人に比べると無口であ
ったし、笑ってもくれなかった。
(この人といると、空気が重くなっちゃうんだよね)
「何か言った?」
「いえ!何も」

(聞こえた?地獄耳ぃ)
心の中で舌を出しながら、暇潰しにと与えられた映画の情報誌をぱらぱらとめくった。
自分たちの映画の記事が出ていた。
その頁には新聞でも報道された石川・藤本ダブル主演の映画と、後藤の初主演作品
とが記事になって掲載されていた。
(ごめんね美貴ちゃん。あたしがこんなことになっちゃって)
梨華がこの状態では、二人の共演シーンは後回しになっているはずだ。その分、藤本
は自分のシーンばかりを先に撮っているんじゃないか。日程もメチャメチャになってる
だろう。藤本が持ち前のガッツで乗りきってくれていれば
いいが…。

昔のネガティブ癖が顔を出しかけた梨華に、不意に袴田が話しかけた。
「映画は好きかい?」
「えっ?」
335 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時17分40秒
その顔に、初めて見せる微笑が浮かんでいた。
「俺も好きなんだ、映画」
「はあ」
(この人、話が飛び過ぎでわけわかんないよぉ)
なぜか泣きそうになった。顔には出さなかったが…。
「俺も、それから兄貴も、ちょっと前まで映画に携る仕事をしていた。好きじゃなないと
出来ない仕事だった」
「はぁ」
梨華はどう返事していいかわからなかった。

袴田がこんなに喋るのも、その顔が穏やかになるのも初めてだった。しかし…
「特に兄貴は、超のつく映画好きだった。それなのに、あんなことになってしまった。
絶対に許さん」
微笑さえ浮かんでいた袴田の顔が、最後はやるせなさと怒りをミックスした表情へと
変わった。
「お兄さんに何かあったんですか?」
「いや…君にする話じゃなかった。すまん、忘れてくれ」
(忘れろって、そんな終わり方じゃ気になっちゃうよー)

今夜も、藤田が借りてきてくれたビデオの力を借りなければ寝られそうにない梨華で
あった。
336 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時19分21秒
後藤・美弥子のコンビは、市野の自宅まで無事に辿りついていた。
「あそこで間違い無いですか?」
「うん。表札は市野だよ」
相手がバイクだったため見失う心配はあったが、幸い市野は車の間を縫って先を急ぐ
ようなこともなく、風を楽しむかのようにゆっくりと、途中レンタルビデオを返却しに寄った
だけで自宅へ戻っていた。

平時は残業がキツく帰宅は遅いらしいが、今日は上司の正田がパーティー出席のため
早く退社したし、昨夜遅くに祥子と会ってもいるので、真っ直ぐ帰宅して休養するつもり
なのだろう。
「動くでしょうか?」
「うーん、どうかなぁ。昨日、祥子とも会ったばかりだし、正田はパーティーだしね」
「でももし彼がパイプ役だとしたら、何らかの動きはあるんじゃないですか?中澤さんの
話もありますし」
つんく♂を経由して、雑誌記者が中澤に接触してきた情報は二人にも入っていた。

「ねえ美弥子さん、その話し方、何とかならないのぉ?年下だよあたし。かなり」
後藤は「かなり」と言ってからしまったと思ったが、美弥子は気にした風もなく
「気になります?」と笑顔を絶やさなかった。
「うん、ちょっとね」
337 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時20分22秒
美弥子は微笑しながら、普段は患者さん相手に丁寧語を使っているもので、この方が
話しやすくて、と言った。

「彼氏とかとも、そういう感じなの?」
「いませんから」
こんな美人に彼氏がいない?うっそだぁ。後藤はさらに突っ込もうとしたが…
「あの車…おかしいわ」
美弥子がルーム・ミラーを見ながら言った。
「ずっと停まってるけど、誰も降りませんね」

後藤はその言葉に何かを感じ、後席へ移るとシートバックから双眼鏡だけを出して覗い
た。
「男の人が一人、乗ってる。メールか何かしてるのかな」
双眼鏡で見る限り、男は正面よりも下を見て何かを操作しているように見える。携帯の
メールだろうか?
「気になりますね。ちょっと走ってみましょうか」
「そうだね」
美弥子は車をスタートさせた。
「ねえ、ついて来るよ」
珍しく後藤が焦った声を出した。
「落ち着いて。そこを曲がってみましょう」
美弥子は、次の角を右折しようとウインカーを出した。怪しい車が接近してくる。

二人の間に、緊張が走った。
338 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時21分09秒
『震える将星』

#6 暗転−3


「待たせたわね。見てあげてよ」
つんく♂や中澤と連絡をとりあっていた俺に、リーシャの得意そうな声がかかった。
メイク室に二人が消えてから、僅か20分ほどしか経っていない。
「やけに早いな、お前本気で…」
仕事したのか、と続けられなかった。

目の前に立っていたのは、教授のところの美弥子にも負けない、クレオパトラや楊貴妃
等の歴史上名高い美女とも互角と思わせる、絢爛たる美女であった。

「吉澤…だよな?」
「あんま見ないでよ。恥ずかしいから」
その美貌たるや、貧困な俺のボキャブラリーでは何とも表現しようがないが、ロビーを
そぞら歩く男共の大半が傍らを通り過ぎようとして眼を奪われ、同伴の女性に呆れた
表情をプレゼントしているとでもいえば、想像がつくだろうか。

「こら参った。とても18には見えん」
「どういう意味よ?それにまだ17ですけど」
言葉とは裏腹に、嬉しそうにしている。
339 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時22分19秒
「どう?久々に会心のメイクね。もともと素材がいいから短時間で仕上げられたわ。
でも、そうは見えないでしょ」
「すまんなリーシャ。いつもの口座に振り込んどく」
「くすっ、毎度ありぃ。ゼンは預かっておくよー」
キーを受け取ると、リーシャは笑いながら、日本にいる内に一度飲もうよ、と言い残して
去っていった。

俺は気を取り直した。
「いくぞ吉澤。いや、吉澤君。君はたった今から、私の秘書だ」
「それマジでやる気?」
つんく♂に用意してもらった名刺を見せてやった。
『株式会社 U.F.A. 非常勤取締役 高科穣也』
「取締役だって、かっけー!」
ったく、サナギが変身して蝶になっても、吉澤は吉澤だ。

エレベーターの中で、この作戦の鍵を握ることを自覚しない吉澤に
「君、その言葉遣いを何とかしたまえ。男言葉を使うことは許さんよ」
とキツめの表情を作ってみせた。頼む、それらしくふるまってくれ。
すると、どうやら彼女もそれをわかったようで
「承知いたしました」と神妙な顔になった。
340 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時22分59秒
パーティー会場前のロビーは、既に中から人が出入りするようになっていた。
お偉いさんたちの挨拶が済み、歓談タイムに移行した証拠だ。タイミングは問題ない。
あとは、この名詞が威力を発揮するかどうかにかかっている。

「遅くなりまして申し訳ありません。高科と申します」
と俺は、受付で暇そうにしている女性に名刺を差し出した。
今回はつくづく、受付嬢に縁がある。
「は、高科様…」
彼女は名簿に名前を探していたが
「あの…失礼ですがご招待状はお持ちですか?」
と訊いてきた。

「おかしいな。確かにご招待を賜ったのだが…ありませんか、私の名前」
「はい。高科様というお名前は」
さて、ここからだ。吉澤、頼むぞ。
「吉澤君、どうしてくれるんだね。君が招待状を紛失したおかげで、私は入れてもらえ
ないそうだ」
吉澤は一瞬、眼を大きく見開いて何よそれ、という顔をしたが、すぐに理解してくれた。
「申し訳ありません。私の不手際で…。あの、やはり駄目でしょうか、招待状がないと」
と懇願する目をした。見事なアドリブだ。女優でも十分に食っていける。
341 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時24分02秒
絢爛たる美女の潤む瞳に見つめられ、信じられないものを見たとでもいうように数秒の
間硬直していた受付嬢だが、職務までは忘却の彼方へとはいかなかったようだ。
「申し訳ございませんが…」と心底すまなそうに返した。
それを受けて俺は言い放った。
「こんな屈辱は生まれて初めてだ。仕方がない。帰るとしよう。だが吉澤君、君は明日
の朝、辞表を出したまえ」
「はい…」
吉澤は涙を堪えているように見えた。

効果抜群と思ったが、事態は意外な方向へと進んだ。
「しょ、少々お待ちください。ただいま、当社の者を呼んで参ります」と、受付嬢が慌てて
場を離れようとしたのである。
しまった。「招待状がないだけで辞職」プラス、取締役の名刺があれば何とかなると
考えたのだが、この場へ責任者を呼ばれたらおしまいだ。
吉澤の顔色が蒼白へ変わっていくのがわかった。恐らく俺の顔も似たようなものだろう。

この上は、ズラかるしかないか…と俺が覚悟を決めたそのとき、背後から俺の名を呼ぶ
声がした。
「あら、高科さんじゃありませんか?お久しぶりですね」
この声は…まさか!?
342 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時24分45秒
愕然と振り向いた眼前に、女郎蜘蛛もかくやと思われる妖艶な微笑を浮かべた見覚
えのある美女が、純白のドレスをまとって立っていた。
震え始めた携帯に応じることもできず、俺はその女を凝視した。傍らでは、吉澤が怪訝
な顔で二人の顔を交互に見ている。
まさか…この女にこういう形で会うことになろうとは。

四年ぶりの再会は、意外な舞台で用意されていたのだった。
343 名前:新人 投稿日:2003年05月20日(火)21時29分22秒
今夜の更新を終ります。
明日、もう一度できたらと思っていますので、宜しくお願いしますm(__)m
344 名前:コルク 投稿日:2003年05月20日(火)23時27分19秒
どうもコルクです。
今回も楽しませてもらいました。
もうすぐ海板へ移るらしいですが、そちらでもがんばってください。
必ず見ますから。
345 名前:みっくす 投稿日:2003年05月21日(水)01時20分26秒
更新おつかれさまです。
誰がでてくるのかな?
あと、おいらのHPはhttp://maki-goto.org/です。
HPではHNちがいますが気になさらないでください。
まだ、プライドの分しか載せてませんが。
346 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時39分47秒
作者です。

>>344 コルクさん 今後とも、宜しくお願い致しますです。
>>345 みっくすさん HP拝見しましたよ。楽しかったです。

では、更新します。
347 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時40分23秒
『震える将星』

#6 暗転−4


三輪祥子はUFAの受付を退勤すると、その足で百貨店を訪れ、評判のパン屋へ寄り、
駅前のコンビニへ入り、それぞれ買物だけをして自宅へ戻った。
彼女は中澤達にとっての「容疑者」ではあるが、本来ごく普通のOLなのだ。

中澤は祥子が部屋へ入ったことを確認すると、あらかじめ手配してあったレンタカー屋
に電話をかけ、ひとつ向こうの通りで車を受け取った。
帽子と伊達眼鏡にテレビ用とは違うメイクで、唯一の懸念だった「レンタカー屋に『中澤
ゆうこ』と気付かれる」危機も乗り切り、前回とは位置を変えてはりこみを開始した。

昨夕に部屋を訪れたピザ屋が犯人グループのひとりであったと仮定した場合、同じ通り
に車を置くのはリスクが小さくない。
そう考えた彼女は、交差する道路で場所を探した。2階にある祥子の部屋から下へ降
りる階段と祥子の部屋の窓とが同時に見渡せる位置を見つけだし、念には念をと肉眼
で顔が視認できるギリギリの距離をとった。
348 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時42分59秒
用意した双眼鏡で部屋の中に祥子の影を確認すると、携帯を取り出した。
「えーと、つんくさんにメールしとかなな」
昼間の記者の一件をつんく♂にメールで報告するとともに、ジョーにもはりこみ開始の
報告メールを打った。
あの類の記者が動き出したということは、いずれ正田にも取材の手が伸びることになる
だろう。
それはプレッシャーから強迫観念という大きな波となって、奴を苛むに違いない。

中澤は今後の展望も含めて、つんく♂が言った「明るい材料」を満載したメールを送った
のだが、石川だけでなく彼女たちの身をも案じるプロデューサーからは、ごく短く「了解。
あまり無理するなよ」という返事だけが返ってきた。

「大丈夫やて、いつからそんな心配性にならはったんや」と独り言を言いつつ祥子の
部屋を監視する彼女の車の後方に、黒いブルーバードが様子を窺うように停まって
いた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
美弥子は車を停めて、後席にいる後藤を見た。
「すいません、私の思い過ごしだったみたいで」
349 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時47分20秒
双眼鏡で市野家の様子を窺っていた後藤は、目を外すと
「そんなことないよ。よかったじゃん何でもなくて」
と笑顔を見せた。

二人の車から30mほど離れた所に駐車していたドライバーが乗ったままの車は、こち
らが走り出すと少し遅れて追ってきた。
尾行されているかどうかまでは判断出来ず、それをするために右折してみたら、向こう
は直進した。
それを美弥子は「思い過ごし」と言ったのだった。

しかし、不自然なほどのタイミングで停まり、そして再び走り出した車をどうしても無視
できなかった美弥子は、通り過ぎる車のナンバーと車種を記憶していた。
「後藤さん、一応メモだけしておいてもらえますか。車種は」
「ブルーバード、bヘ品川550 せ ○△-□× でしょ?」
後藤は先回りして答えた。
彼女は、吉澤に『尾行のイロハのイだよ』と教えられていたのだ。
美弥子は「やりますね、後藤さん」と言い微笑した。彼女が初めてきく軽口であった。

「一応、ジョーさんに連絡しておくね」
笑顔を返した後藤は、携帯電話を取り出した。
350 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時48分14秒
中澤への電話を終え、僅かな懸念を隅っこに追いやりつつ前を行く女に声をかけた。
「なぜお前がここにいるんだ?」
「ご挨拶ね。四年ぶりの会話じゃないわよ」
津村涼子は、俺たちを案内しながら笑みを含んだ調子で言った。
パーティー会場へ潜入するための芝居が失敗しかけて、受付に関係者を呼ばれそうに
なったとき、この女が出て来たのである。


「私がご案内します。星野さん、呼びに行かなくて結構よ」
「はい」

星野と呼ばれた受付嬢は素直に引いた。
少なくとも、彼女よりは格上らしい。

俺は涼子の後に続きながら、なぜこの女がパーティー会場にいるのかを考えた。
頭に浮かんだのは、保田からの情報…ネットの掲示板に書き込まれた「横領」「脱税」
の二つの単語しかなかった。

(ちょっと、このヒト誰?)
並んで歩く吉澤が、早速訊いてきた。
(もと同僚だ。今は検察に転進した女狐さ)
351 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時49分16秒
「聞こえてるって」
「げっ」
涼子は扉の前で立ち止まり、呆れたような顔をした。
へーへー、どうせまた「ナンパでもしたの?」とか言うんだろ。
どうして俺の周りの女共は…。
「で、誰に紹介すればいいの?」
予想外の言葉にコケそうになった。情けない。

「ちょっと待て、さっきの質問の答えがまだだぞ。なぜここにいる?偉そうにしてるのは
なぜだ?」
「そんなに知りたければ言ったげるわ。私は先月から、柚木専務の秘書よ」
「何ぃ!?」

思わず声が大きくなっちまった。
柚木だと?正田の直属の上司じゃないか。
「お前、何を探ってるんだ?」
涼子は答えず、隣の吉澤をしげしげと眺めた。
「へえ。男前とか言われてるけど、本気になれば違うものね吉澤さん」
「え?いや、私は…」
気付いてやがったか。この女狐…いや魔女めが。
天使にも、悪魔とも見える笑みを浮かべ、涼子は扉を開けた。
352 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時50分14秒
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「うーす」
国男が外出から帰ってきた。
「よう、ご機嫌いかがかな?」
と石川に微笑む。
(いいわけないじゃない)と思いながら、石川はそれでも微笑みを返した。
よくはないが、それができるぐらい穏やかではあった。

石川が笑ってくれたことに気を良くしたか、国男は鼻歌交じりにキッチンへ行き、冷蔵庫
から缶ビールを取り出した。
プルトップを上げ、口をつけようとした瞬間
「一杯飲る前に、報告しろ」
と袴田の声が響いた。
先ほど、石川と話していた時とはまるで違う声色だった。

「ああ、すんません。とくに異常はなかったです」
「異常なしじゃわからん」
「はあ」
袴田は、隣へ来いとジェスチャーで示した。
(また私に聞かれたくないことかな)
前と同じように聞き耳をたててやろうかと思ったが、銀香の話を思い出してやめた。
353 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時51分20秒
「君が聞いても仕方のないことだ」
「彼らには彼らの正義がある」
「この分では、決着は案外早いかもしれん」

銀香は、そう言っていた。
(あのヒトがそんな風に言う理由って、何だろう?)
またひとつ眠れない理由が増えた。


「今日は、年長組の4人は普通に仕事してたようです。つんくは、昼間に一度、事務所
に姿を見せましたが、すぐに仕事へ出た後は現れませんでした。中澤も同様です」
国男はそこまで一気に話した。
このあと、袴田と交代することになっている。梨華の相手をしながら、早く一杯飲みたく
て仕方がなかった。

「で、マスコミの方は?」
「特に何も。朝刊の記事が、そのまま事実として伝わってます」
「そうか…」
袴田は逆に考え込んだようだ。確かに、何も動きが見られないのはこちらにとっても
好材料ではないが、警察が動くフシがないだけいいと思わなければならないはずだ。

「他には?」
「ありません」
「そうか。じゃ、後を頼むぞ。俺はちょっと出てくる」
と言い、袴田は自分たちの居室へ向かった。
354 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時52分23秒
「そういえば…」
「どうした」
「気になったんで帰りに寄ってみたんですよ。市野さんと、祥子さんの方にも。おかしな
のがウロチョロしてないかと思って」
「それで?」
「とくに変わった様子はなかったですね。市野家は静かなもんでしたし、祥子さんも。
ただ、両方とも近くに路駐してる車がいたんですよ」
「警察か?」
「いや、違うでしょう。祥子さんの方は女一人でしたし、市野さんの方は二人でしたけど
両方女です。2台ともすぐに移動しましたし」

車だと?あのときも祥子のアパート近くに停まっていたが、同じ車、同じ人物だろうか。
「ナンバーは控えたか?」
「いえ。『わ』ナンバーでしたから」

確かに、レンタカー屋に問い合わせても借主が誰かなど教えてはくれまい。警察では
なさそうだが、何者かが動いている可能性は逆に高くなったか。
355 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時53分59秒
そんな考えが脳裏に浮かんだが、顔には出さず
「そうか。ご苦労だったな」
「大丈夫でしょ。もし警察なら、片方は男でしょうしね。女二人や、まして一人だけって
のは、ありえないですよ」
「そうだな。あとを頼む」
「ういっス」

袴田は、着替えを済ませて玄関へ向かった。
「どうした?」
通路に居座っていた銀香が聞いた。
袴田は答えずに靴を履いた。

「どこへ行く?」
呼び止められた。
「ちょっと出てくるだけだ」
「何を焦っている?」
(この男…なぜわかる?)

「あんたはしっかり監視しててくれればいい」
「焦ると良い結果は出んぞ。奴が尻尾を出すまで待て」
表情には出さなかったが、内心動揺していた。
銀香の言った内容は、正に図星だったのだ。

「あんたに頼んだのは、ガードだけだ。やり方には口を挟まないでもらおう」
平静を装ってそれだけ言うと、外へ出た。
(尻尾を出すまで、か。残念だが、悠長に待っている訳にもいかんのだ)

袴田は何かを決意したような表情で歩き出した。
356 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時57分46秒
『震える将星』

#7 過去−1


後藤は、矢口と本来は吉澤が入る部屋に泊まることになり、届いた荷物を抱えて矢口
のもとを訪れていた。

「いいの、あたしこっち来ちゃって、やぐっつぁん?」
「大丈夫だって。また一番遅くなるし、ジョーさんの所に行くってば」
吉澤のことを心配している後藤。心配ないと言いきる矢口。

「何かさぁ、昨日も行ったんだってねぇ」
「あはは。オイラが圭織たちの部屋で寝ちゃったからね。でもほらおかげでジョーさんと
いい雰囲気らしいし」
矢口は今日一日をジョー・吉澤組と飯田・安倍とのパイプ役に徹したことでストレスが
溜まりつつあったが、明日は一日ではないが自分も動けることで、気分はいくらか上向
きだった。
さらに今夜こそ一人で寝るのかと思っていたところへ後藤がやって来て、さらに気分は
明るくなりつつあった。

「ふーん。やっぱりなぁ」
「ごっちんも?」
「いや、まさかと思ったんだけどね。今日…」
後藤は診療所での一件を話した。
矢口はへへ、こりゃ本物だねという顔になった。
357 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時59分04秒
「吉澤もさ、女に目覚めたんじゃないの?もともとは可愛いんだからさ、あの男前が女っ
ぽく変身しちゃったら、そのうち抜かれるぞーごっちん」
「えっ?いいよぉあたしは別に…」
確かに、昔は女のあたしが見てもドキッとするぐらいだったんだよね。
性格が男っぽいのにも惹かれたけど、それだけじゃない気がするんだよね、よっすぃー
って。

「さっ風呂入っといでよ。寝よ寝よ」と矢口に背を押された後藤は(よっすぃーのタイプっ
て、あんなに渋かったっけ)と考えつつ浴室に向かった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「くぁ・・・」
中澤は部屋へ着くなり大あくびをかました。
「お疲れ、裕ちゃん。風呂の用意、できてるよ」
パソコン画面を凝視していた保田が声をかけた。
「あーそうかぁ?じゃあ入って、寝かせてもらおかな」
とりあえず風呂だ。化粧も落とさなあかんし、明日に疲れを残したくないし。

風呂から上がると、まだ保田はパソコンと向かい合っていた。
358 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)18時59分46秒
「どうなん?」
「うーん。やっぱさ、話が具体的過ぎるのよね。あたしは結構こう、ワンクッション置いて
さ、ぼかしてるつもりなんだけど」
「ふうん。ほなやっぱり誰かが情報戦を仕掛けてるのと違うの?」
「ジョーさんもそう言ってたけど、じゃあいったい誰よ?」
「さあなあ」
と答えると、中澤はバスローブのままベッドにひっくりかえった。

「そーいえば、何か梨華の親御さんが怒鳴り込んで来たって?」
「あんたそれ、誰に聞いたん?話ねじ曲がっとるで」
「違うの?」
昼間に事務所でつんく♂から聞いた話を伝えた。
「それ、ヤバくない?梨華の家族って、すっごい仲いいし、本当のこと知ったら大変だよ
きっと」
正月に矢口・梨華と保田は、それぞれの家族とともに温泉旅行に出かけた。
そこで、梨華一家の仲のよさを目の当たりにしていたのである。

「つんくさんは、あと二日が限界やろって言うてたわ」
「だよねえ…ジョーさんは、何て?」
「予想はしていたそうやけど、ちょっと焦っとったわ。けどな、もしものときは秘策がある
そうや」
「秘策?」
保田は眉をひそめた。
359 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)19時00分47秒
「どんな?」
「言うてもうたら秘密にならんやろ。ウチにもわからん」
「そう…」
「さ、もう裕ちゃんは寝るでぇ。おやすみぃ」
「あ、うん。おやすみ」

すぐに寝息が聞こえてきた。
やはり、はりこみって緊張するんだなあ。あたしには無理かも。
保田は中澤の寝顔を見ながら、そんなことを考えていた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「なっち…起きてる?」
「…どした圭織。寝られないの?」

飯田は、つんく♂のアドバイスで何とかレコーディングを完遂したが、その後も何となく

仕事に集中できない、悶々とした一日を終えていた。
つんく♂によれば、安倍は「自分たちが弱気な顔をしちゃだめ」と気丈なところを見せて
いるという。
正直なところ、そんな安倍にあやかりたいと思っていたのである。
360 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)19時02分31秒
大所帯のグループの中で、たった二人の同期。北海道の同じ病院で、たった二日違い
の誕生日。だけど性格は正反対。仕事でぶつかることも多かった。
二人とも大人になって、その関係も変わった。リーダーとなった飯田圭織を、保田圭と
ともに支えてくれていたのは、安倍なつみ。
プライベートで一緒になることはない。いまでも性格的には交わらない。
けれども、お互いが何を考えているかはすぐわかる。どんなフォローをすればいいか、
答えはすぐに見つかる。
以心伝心とも少し違う。けれど娘。を牽引する両輪は、そんな二人なのだった。

「ごめん、やっぱいい。おやすみ」
「んしょ、っと」
安倍がベッドから出て冷蔵庫を開け、「ビールでいいっしょ?」と缶を差し出してにっこり
した。
目の前に差し出された缶を見つめていた飯田は、微笑むとそれを受け取った。
飯田はベッドの上で、安倍は椅子に座って一口飲んだ。
「で、どしたの圭織。なっちに話してごらん」
こういうときの安倍は、底抜けに優しい。果てしない母性をメンバー皆へ注ぐ、それが
安倍なつみだった。
361 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)19時13分40秒
「不安っていうか…何もしてないような気がして悔しいっていうか情けないっていうかさ
…あたし、役にたってなくない?」
「ちゃんと仕事してるべさ。周りに嗅ぎつけられてないのは、うまく行ってるからっしょ?」
「そうかなあ…今日なんて追加パートの録りだけしかやってないし、吉澤もごっちんも
頑張ってるのに、あたしは…」
「それは違うべさ。昨日のこと忘れたわけじゃないっしょ。圭織の描いた似顔絵がなかっ
たら、聞き込みで手がかり見つかったか怪しいもんだべ。ジョーさんも凄いって誉めて
たよ」
「そうなんだけど、あと二日でなんて…」そう言ったきり、飯田は黙り込んでしまった。
二人とも、昼間の件について、つんく♂から知らされていた。梨華の家族が彼女の病状
を心配し、探りを入れて来たことは承知している。
だがそれによって、もともと小さくなかった不安がさらに増幅されてしまっていた。

「リーダーがなに弱気になってるの」
安倍の口調が変わった。飯田は「えっ」という顔で安倍を見る。
362 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)19時16分08秒
「石川は一人で耐えてるんだよ。それに、あの娘のことだから『みんな迷惑かけて』って
逆にあたしたちのことを心配してると思うよ。あたしたちに出来ることは、少しでもジョー
さんを助けられるように一生懸命、仕事も、捜索も、頑張ることしかないっしょ」
自分にも言い聞かせているに違いない。飯田はそう感じた。

「あたしたちは何をやってきたの?デビュー賭けてシングルをこの手で売ってるときだっ
て、先のことは考えないで、いまできることを精一杯、やって来たじゃない。いまだって
そう。納得の行かない増員とか分割を言われて、悩んでさ。でもそれが、きっと娘。の
未来へつながるんだって信じて、気持ち切り替えてやってきてるじゃない」
「なっち…」
「今は少しずつだけど、梨華へ近づいてると思うよ。素人のあたし達が、不可能を可能
にしようとしてる気がするの。これって、デビュー前と同じだよ。圭織も、私も、それを
乗り越えてきたんじゃなかった?」
「…」
363 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)19時17分25秒
そうだった。オーディションに落ちたメンバーが集められて、わけもわからないままに
合宿に行かされて、レコーディングが終わったと思ったら、インディーズ盤を5万枚も
売れって言われて、必死に全国を回ったんだ。
あのとき、先のことなんて考えようとした?頑張れば、きっと道は拓ける。そう信じて、
ただもうがむしゃらにやってたよね。
ジョーさんが言ってた「二日で目処をつけたい」が現実になってきてるのも、いましてる
ことが間違っていないから。
リーダーのあたしが、石川を無事に、この手で抱きしめられるって信じなくて、他の誰が
信じられるっていうのだろう。なっちだって弱音を我慢してる。不安が無いわけないもん。
そうだよ、いまマスコミに嗅ぎつけられたりしたら、元もこもないんだ。

飯田は安倍の瞳を見つめ返すと、何かを振り切るように言った。
「そうだよね。あたしが変に沈んでたりしたら、下のコ達も心配しちゃうよね。石川は、
あたしたちが助けに行くまで、きっと元気でいる。あたしは娘。のリーダーなんだもん。
ヘコんでなんかいられないって」
364 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)19時18分08秒
そんな飯田の凛とした表情を見て、安倍はにっこりした。
「よかった。やっぱ圭織は『交信』してないと、変だべさ〜。さ、これ飲んだら寝よ」
飯田は(なっちの方が大人なんだよね、こういう時)と思いながら「うん!」と返し、
「明日も」「頑張って」「行きまーっ」「「ショイ」」と最後は小声で乾杯したのだった。
365 名前:新人 投稿日:2003年05月21日(水)19時19分12秒
今夜の更新は、以上です。

飲み会なんぞ行きたくないよぉ…。
では。
366 名前:丈太郎 投稿日:2003年05月22日(木)06時17分45秒
更新お疲れさまです。かおリンとなっち…うう、ええ話や(´Д`)
ホテルでのメンバー、好きですこういう描写(^^)
367 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時41分23秒
『震える将星』

#7 過去−2


光栄書店のパーティーを後にした正田が自宅へ入るのを見届けた後、リーシャを再び
呼んで預けた車とゼンをひきとり、いったんホテルへ戻った。
休憩をとったあと、祥子についている中澤と交代するためだった。
SPの二人を伴って帰宅するとすぐに彼らを帰した正田をみて、今夜はもう外出しないと
判断し、明日の早朝からまた俺がはりつくことにして引き上げたのである。

パーティーではとり憑かれたように酒をあおり、柚木専務はおろか、他の招待客にまで
嫌な顔をされていた正田だが、俺には奴が本当に酔ってはいないように見え、注意を
怠らずにいた。

案の定、携帯が鳴る(マナーモードだったようだが)と過剰に反応し、そのまま話さずに
にわざわざロビーの公衆電話を使って何者かと話し込むことがあった。
さりげなくトイレに立つふりをして動向を探ったが、残念ながら奴の周囲3m以内には
368 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時42分15秒
SPが控えており、話の内容までは聞けなかった。

懸念だったSPは、想像していたような手強い連中ではなさそうだった。相応の訓練は
積んでいるのだろうが、スペンサーが目撃した男より10倍は楽な相手だ。1対2ぐらい
ならば乗りきれそうなほど、隙を満載していた。

だが、根本的に謎が氷解したわけではない。どうやら、俺たち以外の何者かが正田へ
接触しようとしているのは間違いなさそうだが、その正体は皆目わからない。
それは中澤がはりこんでいる祥子も同様である。誘拐の動機が金以外にあるとしたら
何なのか、探ろうにも本人が動いてはくれないのだ。


俺たちが到着すると、中澤は必死に睡魔と戦っていたらしく、ホッとした笑顔を見せた。
後藤から連絡を受けて、彼女に不審な車の注意を促したとき「…おるで」と緊張感みな
ぎる声を出していた彼女は、車を移動させて事無きを得たらしい。
それからの時間は緊張の連続だっだはずだ。

少し寝かせろとぐずる彼女に「後藤を連れてホテルへ戻れ」と尻を叩き、迎えに行かせ
た。少し意地悪に映ったかもしれない。
この件に絡んでしまったため、今夜から後藤もホテル入りだ。
369 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時42分56秒
美弥子には、中澤と後藤が合流した時点で引き上げろと命じた。
前夜が遅かったからといって診察に支障をきたすような女じゃないが、彼女も自ら買っ
て出たとはいえ、これまで経験したことのない緊張感を味わっているに違いない。

中澤と交代して間もなく、飯田以下のメンバーがホテル入りしたという報告が飯田自身
から入り、保田がネットの書き込みを継続しているということも聞いた。

保田は体力が続く限り頑張ると気合充分ながら、仕事に穴を空けないというプロデュー
サーとの取り決めを守らせるのも、指揮官の義務だ。適当にきりあげて寝ろと諭した。


祥子の部屋の明かりが消えたあと念のため30分ほど待機してから、動く様子がないこ
とを確かめホテルへと車を向けた。
明日は矢口が、TV番組の収録が予定通りに終わりさえすれば、15時あたりから捜査
に加わることが可能とのことだ。
驚くべき活躍を見せた後藤は、明日は仕事。飯田はCM録り、安倍もラジオ収録(2本
録りだそうだ)があって午前が精一杯となると、また人手不足に悩まされそうな気がして
きた。
370 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時44分20秒
車を地下駐車場に停め、うたた寝をしている吉澤を起こしてみた。
「うーん、梨華ちゃん…」
起きないどころか、石川の夢を見ているらしい。
無理に起こすのは悪い気がして、しばらく車の中で状況整理をすることにした。

今日は朝から動き回り、体力的に少々キツかった。同じスケジュールだった吉澤は、
体力が俺よりない分さらに大変であったに違いない。
何しろ、光栄書店のパーティーでは図らずして主役をつとめることになったのだ。その
疲労は想像に難くない。
潜入作戦は、結果的に涼子の助け舟に乗ったとはいえ俺としてはかなりの策をこらし
たつもりである。

そのパーティーで吉澤は、中年親父どもばかりの出席者の注目を、その艶やかな一身
に集めてみせた。
裏メイクアップ・アーティストの最高峰・リーシャの手によるメイクもさることながら、持って
生まれた美貌とスタイルが濃紺のドレスと見事にミックス・アップし、その魅力が際立つ
どころか、輝く美貌で会場内を席巻してしまった。
371 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時45分04秒
すらりとした長身のうえ、肩から上が上品に露出したドレスによって強調される、首筋の
ラインと鎖骨部分の美しさは、米国で何倍もグラマーな金髪を見慣れている俺が、思わ
ず生唾を飲み込んだほどだ。
俺でさえそうなのだ。会場内の男の大半が同じ状態になったとしても何ら不思議では
なかった。
おかげで、吉澤には目もくれずに酒を飲む正田マークに、専念できたというわけだ。

どうですかご一緒に、と誘う男たちはかなりの数に上ったが、吉澤はそれをいとも簡単
に「連れがおりますので…」とあしらい続け、正田の後を追って退出するときには、その
後にぞろぞろと列が出来ていた。
「こいつ、銀座の一流クラブでもbP間違いないな」と確信したが、もっと驚いたのは、
その列に女性までもが加わっていたことだ。
彼女の魅力は同性をも、まるで食虫花のように引き寄せてしまったのだった。

そんな彼女が、貸衣装は返したが時間が足らずメイクを落とさないまま助手席に滑り
込んできたから、迎える姿勢のまま固まってしまった。
「何してるのー。早く追わないとダメじゃん」
と吉澤に目の前で手を振られる始末だったのである。
372 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時45分46秒
正田の家と帰宅ルートは所在地からほぼ想像が付いたので急ぐ必要はなかったが、
スピードを上げ運転に集中した。
ゆっくり走ったりして変な余裕を持つとついつい横を向いてしまい、事故を起こすのは
確実と思えたからである。

そしていま、ホテルに帰ってきた。
今日の捜査はここまでで打ち切りとなるが、「竜頭蛇尾」は否めない。

昼過ぎまでに、次々に判明した事実。
涼子の助力で潜入に成功しながら、正田が大酒飲みであることと吉澤がけっして
「よっすぃー」だけではないことを確認したのみに終わった、光栄書店のパーティー。
美弥子の手を借りてまで尾行した市野も、家から再度出てはこなかった。

俺は、焦りを感じ始めていた。
夕方、つんく♂と連絡を取ったとき、梨華の家族が梨華の身を案じ事務所に電話を入れ
てきたことを聞いた。
急遽、近くのスタジオで飯田とレコーディング中だった彼が呼ばれ何とかとりつくろった
ものの、バレるのは時間の問題だ。
373 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時46分58秒
「あと二日やな。それを過ぎると、ただの病気と過労やのに娘に連絡も取れない親御
さんが動き出すのは、止められへん」
と語るつんく♂の声は、苦いものに彩られていた。

焦りの元は、それだけではなかった。
津村涼子が語った話の内容が、拍車をかけていた。


「いま私の顔見てため息つかなかった?」
パーティーの主役になってしまった吉澤と、ただの酔っ払いと化した正田とを同時に
視界に入れられる壁際へ腰を下ろした俺の隣に、涼子がやって来た。
「いや別に」
「4年ぶりだってのに、つれないわね」

柚木専務の秘書なんかに収まってるとはな。脱税か?横領か?俺はそういう意味
のことを訊いた。
「その前に、何であなたが入院しているはずの吉澤さんとここへ潜入しようとしていた
か、聞かせてはもらえない?」
これは仕方ない。涼子がいなければ、失敗していたのだから。
俺は交換条件を飲み、こちらの事情を話した。
374 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時48分51秒
一般人にとっては衝撃の内容を、眉一つ動かすことなく聞き終えた涼子は
「そう…梨華さんがね。あなたがその場に居合わせて、良かったのかもしれない。
警察に知らせていたら、今頃彼女は…」
遠いものを見る目になった涼子に、まだ彼女が警視庁捜査一課の現役だった頃の
事件を思い出した。


15歳の少女が誘拐され、身代金1000万が要求された。家族は迷った末に
警察に通報し、本部の的確な捜査により事件は迅速に解決した。

人質となった少女の心に、社会復帰が不可能な程の傷跡を残して。

犯人は人質を殺して逃走することも思いつかないようなチンケなチンピラだ
ったが、警察の手が伸び、追い詰められたと分かると人質に陵辱の限りを
尽くし、その心を生き地獄へ突き落としたのである。

発見されたとき、少女は全裸でベッドに横たわっていた。
その涙は枯れ果て、精神は外部の干渉を遮断して動くことを知らず、家族が
何を問いかけても無反応だったという。
375 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時51分17秒
涼子は取調べにロクに答えず弁護士を呼べとヘラヘラ笑う犯人に対し、少女
のためにも素直に自供し、罪をつぐなってほしいと諭したが、もともとさしたる
計画性もなく金ほしさで少女を誘拐したチンピラが、聞く耳を持つはずがなか
った。

それでもどうにか調書をまとめ、あとは検察への送致を待つばかりとなっ
たある日、取調室から怒号と悲鳴が響いた。肋骨3本、胸骨に左肘の骨折
を負った犯人は、被害者に謝るから病院へ連れて行ってくれと、うわ言の
ように繰り返していたという。
取り調べを行っていたのは津村刑事という話があったが、発見時に不在だ
ったため、真相は定かではない。
376 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時52分11秒
この種の事件には蓋をする癖がある日本警察のおかげで左遷を免れたことが、涼子に
とって良かったのか悪かったのか?俺は後者と解釈している。
なぜなら、この事件と少し後に起きた身内の不幸がきっかけで、彼女は検察へと転出
をはかったのだから。

「お前の方はどうなんだよ。探ってるのは柚木か?それとも正田か」
「後者よ」と涼子は答えた。こいつらしい答え方だ。
直属の上司である柚木専務のセクレタリーとして潜り込み、通常では閲覧さえ
できない情報を分析することで、内偵は成果を出していた。
最近になって、奴への疑いは「容疑」へと変わりつつあるという。

きっかけは、タレ込みだった。
「正田が、仕事の失敗で発生した損失を、横領することで補完している」
これは特別背任にあたる犯罪行為である。
大筋はそんな内容で、実際はもっと具体的なタレ込みだったが、ここでは明か
せないと断られた。あいかわらず固い女だ。
377 名前:新人 投稿日:2003年05月24日(土)23時52分44秒
「もともと、正田は一族で映画に携ってきたようなの。父親は某配給会社の
取締役だったし、祖父はある出版社の創業時に映画部門の責任者だった。
そのせいか、映画界と芸能界にパイプを持っていて、以前から『そういう噂』
はあったらしいのよ」
涼子はまた、正田が裏金をプールしていて、映画のためにそれを投資してい
る可能性が高いとも言った。
「それで今回は裏金を使って監督を起用したが、自分以上の資金力を持つ
UFAに負けたんで、資金を補填する必要がある、ってか」
「そんなところかしらね」

そして一方では、私怨を晴らすための石川誘拐か。映画が潰れたら彼女を
解放するつもりなのだろうか?
「そっちの方なんだけど」
「何だ?」
「正田はシロね」
「んだと!?」

会場の隅にいることも忘れ、俺は思わず怒鳴ってしまったのである。
378 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)00時02分44秒
作者です。
今夜の更新終了します。
こんな誤字やミスだらけの小説にお付き合いいただいている皆様へ…
次の更新は月曜になると思うのですが、内容は7章のサブタイどおり
「過去」すなわち、ジョーの過去が明らかになります。
サイドストーリー的な展開ですので、その部分は飛ばしてもいいように
工夫しようと思います。
なぜジョーに過去を話させるかというと、吉澤がジョーを×××××のに
ダメを押したかった(?)こともあって…ほら、過去を恋人に話すのって、
勇気いるじゃないですか(w

では、今夜はこれで失礼致しますm(_ _)m
379 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時18分58秒
『震える将星』

#7 過去−3


梨華は今夜もなかなか寝付けずにいた。
昼間に袴田が言いかけてやめた話が、気になって仕方がなかったのである。
(あんなことに、ってお兄さんに何があったのかな)
何回目かの寝返りをうった。
(あたしの映画と、何か関係あるのかなあ)
眠ろうと目を閉じても、次々とそんな考えが浮かんできてしまう。

「眠れない?」
そんな彼女を見かねた監視役の稲生が、声をかけた。
「はい…」
「困ったねそれは。何か気になることでも?」
(気になるっていうより、こんなばかなことやめて帰してほしいよ)
と思ったが声には出さず、代わりに「袴田さんのことなんですけど」と返事をした。

「袴田さん?」稲生はオウム返しに訊いてきた。
「お兄さんがいるって聞いたんですけど。映画が大好きな」
「彼がそう言ったのかい?」
「はい。お兄さんも自分も、昔は映画の仕事をしてたって」
「そうか…あの人、滅多に自分のことなんか話さないのにな。袴田さんの兄貴は、よく
知ってる。映画が凄く好きな人で、それが嵩じて職業にしちまった。監督兼脚本家って
やつさ」
380 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時20分01秒
(監督さんだったんだ・・・)
「お兄さんて、いまも監督さんなんですか?」
稲生は答えようとして、僅かに逡巡した。
「いや…違うよ。もう仕事はしてない」
「そうなんですか。じゃ今は…」
「亡くなった」
沈んだ声が、静かに梨華の耳へ届いた。
「え?」
「袴田さんの兄貴は、事故で亡くなったんだ」
(「あんなことに」って死んじゃったってことだったの)

「いい人だった。映画が好きなだけじゃなくて、才能もあったんだけど、なかなかそれを
認めてもらえなくてね。苦労を重ねた末に完成した映画は、全国ロードショーじゃなかっ
たけど、高い評価をもらうことができた。それでも、みんなのおかげだとスタッフに頭を
下げるような人だった…」
稲生は、涙を堪えているような表情になった。
この人は、私にこれまで隠してきた事を話そうとしている。梨華は固唾を飲んで稲生の
次の言葉を待った。

「これからって時だった。奴さえ行雄さんに近づいて来なければあんな事にはならなか
ったんだ」
381 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時20分46秒
(やつ?誰のことだろう。あたしの知ってる人かなあ)
「あの人…?」
稲生は、はっとした顔になった。感情に任せて話してしまったが、一瞬にしてそれを
後悔する表情に満ちていった。

「ごめん。これ以上は言えない。悪かったね、変な話して」
「いえ、私がお願いしたんですから・・・」
梨華は本気ですまなそうな顔をした。
「君はいい娘だな。眠れないなら、ビデオでも観るかい?」
「いいんですか?」
「もちろん。君を無事に帰すって約束したろ。それは健康な状態でってことだよ。寝不足
じゃ、肌が荒れちゃうよ」
「あたし、そんな歳じゃありません!」

ちょっとむくれて見せると、稲生は笑ってビデオの準備にかかった。
梨華もつられて笑顔を見せ、リラックスしている自分に気づいたのだった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
俺はまだ、駐車場を動けないでいた。


パーティー会場の回想…

「何だと!?」
正田を「シロ」と言った涼子の横顔を、思わず凝視した。
382 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時21分21秒
「大きな声ださないでよ」と涼子は声量を絞った。
「すまん。シロってな、どういうことだ。証拠があるのか」
「ないわ。むしろ心証はクロに近いわね。でも、考えてみなさいよ。極刑まで
あり得る営利誘拐なんかに、手を出すと思う?それに気心知れた人間じゃ
ないと、実行犯を依頼なんてできないわよ」

これを聞いた時の俺は、どんな顔をしていたのだろう。
だが、もし涼子のポリシーが刑事時代と不変なら、軽視は禁物だ。
客観的な状況判断と事実の積み重ねで、仮説を立てる。
それが身上であり、憶測は決して口にしない女だった。

「しかしな、映画を潰そうとしているのは事実だし、金をバラ巻きゃどうとでも
なるだろう。自分は身元を隠して会うか、電話だけで指示すればいい」
「理屈はそうかもしれない。けど正田が何かに怯えている、あるいはそうね…
何者かに脅されているフシがあるとしたら、どう?その一方で誘拐の主犯
なんて器用なマネ、あたしだって出来ないわよ」
383 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時22分00秒
これは、奴が携帯番号を変えたり、SPを付けたりしていることを指している
のだろう。さらに涼子は、瞠目すべき情報を持っていた。
梨華誘拐が起きる随分前から、正田宛の郵便物は全て、総務から本人の
元へ直接、届けられるようになったというのである。
「おかしいでしょ。普通は制作部の事務担当を通して届けられるものよ」
考えられることはただ一つ。
「脅迫状か」
「その通り。おそらく二通目・三通目が他人の目に触れるのを防ぐためね」

黒幕と踏んでいた正田が、実は脅迫されていた…
まあ、噂を流布して、映画を根元から崩そうとしているらしいから、黒幕には
違いない。
しかし…誰が奴を脅す?

実行犯の問題も大きい。気心知れた部下に頼むわけにもいくまい。
だとしたら、いったい誰が?
頭の中に教授が掴んだ、正田と祥子の「共通項」が浮かんできた。
まてよ、内通者である祥子には身内がいるぞ。
まさか…
384 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時22分34秒
めまぐるしく回転する俺の推理回路を遮断するつもりもなかったのだろうが、
「とにかく、私の邪魔はしないでよね」と涼子は立ち上がった。
「ちょっと待て。ネットの掲示板に『横領』だの『脱税』だの書き込んでるの
はお前だな?」
「あら、ばれてた?」情報戦よ、と笑い、涼子は柚木専務のところへ戻って
いった。
最後に一本返したが、ネガティブに傾いて行くのを止められなかった。


そしてそれは、ホテルの地下駐車場に戻るまで晴れることを知らず、思考回路にマイ
ナスのバイアスをかけていた。
「ん・・・ジョーさん?」
吉澤が目を覚ました。
「いま何時?」
「1時だ。昨日よりは寝られるな」

吉澤はシートバックを立てると「んー」と伸びをし、真顔で俺の方を向いた。
「あの・・・さ。今夜も行っていい?」
「部屋にか?」
「だめ?」
「いいよ」

OKを出すと彼女は、はじける笑顔を見せて指をパチンと鳴らした。
「おいでゼン、一緒に外から行こう」
意気揚々と駐車所の出口へ向かう「二人」を見送り、俺はドアをロックしてエレベーター
に乗った。
385 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時23分50秒
バスタブの蛇口を捻って部屋へ戻ると、吉澤は
「ゼン、一緒にお風呂入ろっか?」などとはしゃいでいた。

俺は、明日のことを考えていた。午前は飯田と安倍の応援が入る。その後は15時に
矢口が合流するまでは、吉澤と二人だけだ。
人手不足もあるが、もし三人がおかしな動きを見せなかったらどうする?
奥の手を考えてあるにはあるのだが…。

「どしたの、顔が怖いよ」
「何でもない」
「何でもなくないよ。わかった、あの女の人だね。パーティーで会った」
吉澤の表情が曇った。はて…
「お前、何怒ってるんだよ?」
「別にぃ」
怒ってるじゃん。

「涼子なら、何でもないぞ。元同僚だっつったろ」
「へえ、何でもない人を名前で呼ぶワケ?だったらあたしも呼んでよ。『ひとみ』ってさ」
「そんな恥ずかしいこと出来るか」
「恥ずかしいとは何よ!」

ぐわっと立ち上がって俺を睨む吉澤。本当にあのパーティーで場をさらっちまったのと
同一人物か?
「わかった。話してやるから座れ」
「むう」
頬をふくらませ、ドスンと座った・・・。
さて、何から話すかな。
386 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時29分02秒
正直なぜ話す気になったのか、今イチ自分でもわからない。ただ、吉澤のひたむきな
瞳に見つめられると、ペースを握られてしまう自分がいたのは確かだ。

ただ、今回ばかりはそうもいかなかった。話が進むにつれて彼女の表情は暗く、辛い
ものを腹に抱え込んだようなものへと変わって行った。
少しショックが大きすぎたか。
俺が「おやすみ」と声をかけても、吉澤は何も言わずにベッドへもぐりこんだのであった。


名前を呼ばれたような気がして、浅い眠りから覚めた。
時計を見ると午前3時。寝入ってからまだ2時間と経っていない。
傍らを見ると…
「うわっ」
「そんな驚かなくてもいいじゃん」
吉澤が隣のベッドにちょこんと座り、俺を見つめていた。

「どうした。眠れないのか?」
「なぜあんな話、私にしたの?」
質問に質問で答えやがった。
「あたしなら、絶対に話さない。ううん、話せないよ。あんな辛いこと」
そう言って、笑顔が似合うはずの吉澤ひとみは視線を落とした。
387 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時49分39秒
作者でございます。
300KBに届きましたので、「海板」の方に「震える将星(下)」を立てさせて
いただきました。
続きは、そちらをご参照いただきますよう、お願い申し上げます。
次スレ→
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sea/1053869710/

実は今日も仕事だったのですが、ハロモニを録画し損ねてブルーです。
噂では、かなり盛り上がったようですね。
来週観たら、ウラシマ状態だろうな…。

>>366 丈太郎さん
飯田と安倍は道産子(藤本と紺野もいますけど)同志で、不仲説もあったけど
実はこういう感じじゃないかなと思って書いてみましたが、気に入っていただ
けてホッとしました。
ホテルでは、メンバーの「素」を表現できるよう、これからも頑張ってみます。

それでは…。
388 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時54分01秒
追伸

今週は更新できるかどうか怪しい(ストック分の校正が…)ので、少し多めに
書き込んだつもりです。
こう言っておきながら、週中で突然更新したりするのが悪い癖なのですが、
もしそうなった場合は御陳謝を賜りたく…m(_ _)m

余談なのですが、HPNが改編って本当ですか?
もしそうだとしたら、今日ハロモニを録画し損ねたのがトラウマになりそう…。

Converted by dat2html.pl 1.0