青のカテゴリー5
- 1 名前:カネダ 投稿日:2003年03月24日(月)05時03分00秒
――――――青のカテゴリー――――――
それは彼女達の物語の、始まりの終わり。
- 2 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時05分22秒
- K学と相対する前日の日曜日。
梨華はラケットを肩に掛けて、いつものようにケヤキ並木の坂を上っていた。
強い日射を受けたケヤキの葉は黄緑色に透けていて、影を色濃く落としていた。
天気はよく、朝だというのに立ってるだけで汗ばんでくる。
そんな夏真っ盛りだと言うのに、辺りはどこか寂しい印象があった。
まるで、もう夏を終えてしまうような。
心の奥底ではもう決心がついてるのかもしれない、と梨華は思った。
――吉澤との別れだ。
まさかじゃないが、K学には勝てないだろうと梨華は思っていた。当然だ。
昨年度の全国優勝校。その圧倒的な肩書きは、僅かな希望すら霧散させるのも容易い。
梨華は最悪の結果を考えながら歩を進める。
別れる時には絶対涙は見せない、とか、吉澤の事は一生忘れない、とか。
そんな笑えない事柄を、俯きながらブツブツと考える。
太陽が半分ほど雲に隠れて、梨華はふと首を上げてみた。
忽然、何かに誘われたような気がしたからだ。
するとそこには見慣れた肢体が逆光を受けて、シルエットで写っていた。
(あ・・・)
いくら考えたって、まだ明日がある事には変わりない。
諦めたらダメだって事くらい小学生でもわかる。
最高の笑顔を作って、梨華は坂を駆け上がった。
もうすぐいなくなってしまうかもしれない、間違いのない親友。
「おはよ!よっすぃ。」
「やあ、梨華ちゃん。ナイスダッシュだったよ。」
「はははっ。なんか、よっすぃの顔見たら走りたくなっちゃった。」
「笑うと、更に黒さがますねえ。梨華ちゃん。」
「ぶー。もう慣れましたよぉだ。」
- 3 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時06分13秒
- 吉澤は笑う。
梨華も笑う。
夏の日差しは刺すように鋭いが、それでもどこか心地よい。
二人は坂を上った。他愛の無い会話を紡ぎながら。そこにやがて希美が加わる。
日常と言うやつだ。掛け替えの無いモノとも言う。
明日の事は触れなかった。互いが互いに、腫れ物にさわるのを避けるように、触れない。
と、梨華と希美が考えていた時だった。
「明日さあ、勝てるかなあ?」
突然、前振りもなく吉澤がそんな事を二人に訊ねてきた。
梨華と希美は思わず言葉を失って息を呑んだ。吉澤はケロッとしている。
「やっぱり無理なのかなあ。相手はあたしでも知ってるK学だしねえ。」
「・・・勝てるよ。負ける訳ないよ。」
梨華は前を向いてそう言った。吉澤を直視する事が出来なかったからだ。
希美も、そうだよ。と言って大きく頷いた。吉澤は変わらずケロッとしている。
日曜日なので通学路に生徒の姿は全く無い。
ミンミンとうるさく鳴く蝉の声と、首を傾げるだけで模様替えする陽炎だけが覗える。
三人は無言で坂を上った。吉澤だけは呑気に口笛を吹いている。
それでも梨華も希美もわかっていた。
空元気でもない、かといって不安を隠す仕種でもない、吉澤の行為。
吉澤は気を使っているのだ。二人に対して、皆に対して。自分がなにをすればいいのかを
吉澤は理解している。梨華にはそれが痛かった。一端の高校生が考えるべきではない事柄だ。
- 4 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時07分04秒
- 「おはようございます。」
途中、後ろから松浦の声が聞こえた。
そこに紺野の声も被さった。
「そこでコンコンと会ったんですよ。」
松浦は至極楽しそうにニタニタしている。
それを不快に思った吉澤は眉根を吊り上げて、松浦を睨み付けた。
「なんでお前そんなにニタついてんだよ?」
吉澤の恐い恐い尋問。
それでも松浦は頬を緩めている。
紺野はそんな吉澤の様子を見て、すぐさま希美と梨華の後ろについた。
が、殺伐としていない。
それどころか、松浦は吉澤との受け答えを楽しんでいる感さえある。
吉澤と松浦の関係は二回戦の直前あたりから妙に怪しくなっていた。
怪しくなったといっても、別に色恋が芽生えた訳じゃない。
二人のやりとりが、どことなく信頼関係で成り立っているように感じられるのだ。
奴隷とゴシュジン様、その相容れぬ存在に生まれた友情ドラマ。・・・アホだ。
「だってえ、明日はK学じゃないですか?私の真価が問われるわけです。」
「お前ごときじゃ相手になんないって。」
「だからコンコンがいるんじゃないですかぁ。私とコンコンが組んだら
1+1が10000位になるんですよぉ。」
- 5 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時08分38秒
- 松浦はグフフと口を抑えて笑い出した。覗かせる上目遣いが、やたらと憎たらしい。
ソレにどうしようもない不快感を覚えた吉澤の一言。
「死ねよお前。」
死ねは酷いだろ。と、前方を行く三人は心中でツッコム。
松浦はもう慣れてしまっているのか、ニコニコ笑顔を崩していない。
「なんですか?嫉妬ですか?私とコンコンがあんまりにも完璧だから?」
上目遣いのまま、松浦は吉澤に顔を接近させる。
すると吉澤はゴミくずでもみるような視線を松浦に向けた。
それでもニコニコ笑顔を崩さない松浦。・・・アヤシイ。
「まあ、なんだな。奴隷生活も長いじゃん?だからさ、もし明日条件満たしたら
奴隷解放運動促してやってもいいよ。国連通して。」
「えええ!?ホントですか?」
「声がでかいよお前。」
「す、すいません。・・・で、なんですか?条件って?」
「勝て。」
首を上げ、目を細めて太陽を覗くように見ながら、吉澤はさり気なく、言う。
「勝て、ですかあ・・・相手にはあの藤本さんがいるからなあ。」
松浦は思案するように顔を心持ち、俯かせた。
- 6 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時09分54秒
- 「誰だよ?藤本って?」
「私らの学年で、今のとこ日本一の娘です。」
「・・・そんなのがいんの?」
さすがの吉澤も辟易したように、言葉がどもる。
その時、前方で二人の会話を聞いていた希美が会話に加わった。
「藤本さんとはののも一回、シングルでやったことあるよ。」
吉澤は興味深そうにほうほうと小さく相槌を打つ。
梨華も紺野も松浦も希美の語りに耳を傾ける。
「あれは、中学三年のときの、とあるれんしゅう試合での一こまだった。」
希美は昔を思い出すように、目を瞑って腕を組みながら小刻みに頷いている。
自ずと聞き手側の四人も息を呑んだ。
「そ、それで。」
吉澤が、固い声色で、訊く。
なかなか答えようとしない希美の所為で、辺りは蝉の鳴き声だけ響く、
沈黙に包まれた。やがて、希美の瞳がカッと大きく開いた。
「・・・・マローンと、やられた。」
「まろーん?」
「つまりね、コテンパンのぼっこぼこにされたってことだよ。」
「のの・・・ののでも相手になんないの?」
「まあ、ののはダブルス専用にかいはつされたわけだからね。シングルじゃ
勝てるわけないよ。藤本さんには。」
「・・・そうなんだ。でもその藤本ってのもダブルスなんでしょ?
しかも一番手だし。って事はそいつよりも強いのがわんさかいるのか・・・
K学恐るべしだな。」
- 7 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時11分54秒
- 重ーい停滞前線が五人の周りを包み込む。
誰一人口を開けない空気を打破したのは、唯一近代化に成功している紺野だった。
紺野は携帯に内臓されている写メールという摩訶不思議なモノで四人をパシャリと撮った後、
「でも、絶対に負けるとは言い切れないよ。」
と、意味ありげに言った。
四人は脊椎反射でもしたのか、一斉に視線を紺野に向ける。
その言葉の内容よりも、原始時代から抜け出していない四人は紺野の行動が気になる。
「まって、紺野さん、今何したの?」
ゲーム機もファミコンしか知らない梨華が、紺野にパーの字の手を突き出して訊ねた。
「ああこれ、今携帯で写真撮れるんだ。みんなの暗い顔を試しに撮ってみたの。」
「携帯ねえ・・・」
吉澤が紺野の携帯電話をマジマジと見つめ、ポツリとこぼした。
「よっすぃ携帯欲しいの?」
話は流れのまま、携帯電話の話になった。緊張感の欠片もない連中である。
「いやだってさ、そろそろ時代の波に乗らないと一生取り残されそうじゃん。」
「ふーん、よっすぃ買うなら私も買おうかなあ・・・」
梨華がさり気なく言うと、吉澤はあからさまに嫌そうな顔をした。
- 8 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時13分06秒
- 「なになに?真似?便乗?いやらしいなあ梨華ちゃんはさあ。
梨華ちゃんって基本的にエロいもんね。あーやだ。」
「・・・なによ?エロいって?」
梨華は声を重くして、吉澤を睨みつける。
「ええ?あたしに言わせんの?・・・その体だよ。か・ら・だ。
梨華ちゃんスタイルエロいもん。考え方もエロいし。ああ、いやらしい。」
「エロエロ言わないでよ!よっすぃなんかもうしらないよ!」
プンプン頬を膨らませた梨華は他の連中を置いて、一人さっさと行ってしまう。
しゃあないなあ、といった風に希美が梨華を走って追って、宥めた。
吉澤は肩を上げ、背中をピンと伸ばして膨れ上がってる梨華の背中を楽しげに
数秒見つめながら、
「で、紺野さん、さっきの話なんだけど、勝算ってあるの?」
平板な声色で紺野に訊ねた。
一縷の望み、いや、もっともっとミクロな可能性かもしれない。
それでも、吉澤には大きな事だった。
可能性がゼロじゃないという事の意味。それは、結果次第では100%になりうる。
「うん。私達の中の誰かが勝ったらわかんないよ。」
「私達?」
「あっ、つまり矢口さんと安倍さん以外の誰かが勝てば。」
「難しいなあ・・・相手はあのK学でしょ?安倍さんとか矢口さんみたいな
化物級の強さが溢れてるんだろうなあ・・・」
「石川さん。」
- 9 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時14分15秒
- 紺野は半ば、確信じみた声で言い切る。その視線は前方を行く梨華の背中を捉えていた。
「え?」
「石川さんに一番チャンスがあると思う。」
「なんで?梨華ちゃんトリじゃん。K学のトリにはさすがに厳しいでしょ?」
「・・・でも、同じ一年生で、しかも無名の子だよ。可能性はあると思うな。
石川さんって、私達にはないような可能性を秘めてると思うんだ。」
「梨華ちゃんねえ・・・」
吉澤は少し前を歩いている梨華の膨れた背中をぼんやり見る。
逆光の所為で、少し霞んで見えた。
しかし、吉澤も梨華から何からしら人とは違う要素を受け取っていたのは事実だった。
中澤に言われて初めて気付いた梨華の能力。
「吉澤さん、何か、隠し事してない?」
紺野は前振りもなく、核心を迫るように、吉澤の横顔を見てそう言った。
不用意だった吉澤は怯えたように紺野の方に顔を向けた。
「・・・・」
「最近の吉澤さん、なんだか元気ないよ。」
紺野は人一倍、洞察力に長けている。
だから吉澤の心の闇を見透かせない訳がなかった。
ただ、いつそれを訊ねようかと聞きあぐねていた。
吉澤は炎のように熱い部分が殆どだが、ガラス細工のような繊細な心を持っている、
と紺野は吉澤を分析していた。
すると、二人のやりとりを少し後方で聞いていた松浦が我さきと吹きだした。
- 10 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時15分21秒
- 「あははっ吉澤さんに隠し事なんてあったら地球は回らないよ」
「・・・・」
「・・・・」
松浦の見下した笑いを聞いた吉澤は、ぶち切れた。
「お前、何笑ってんだよ?」
「ははは・・・す、すいませんすいませんつい。」
「つい。で済んだら矯正はいらねえんだよ!」
「・・・だって、ありえないもん!」
「開き直りやがって・・・お前にはまだまだ調教が必要だな・・・」
「今日は逃げ切ってやるもん!」
松浦は何故か学校とは逆方向に走った。裏道を使って、西門から登校しようと企んだのだ。
「あの馬鹿・・・道は割れてんだよ!」
吉澤は坂に幾つかある曲がり角の内の一つを曲がって、駆け回る。
そんなしょうもない鬼ごっこをしている間にも時間は刻々と過ぎる訳で。
それから松浦と吉澤が練習に遅刻して中澤にこっ酷くしばかれたのは言うまでも無い。
―――――――――
- 11 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時16分25秒
- T高校戦前日の日曜日。
真希が目を覚ますと、台所の方から物音が聞こえてきた。
そういえば今日は母親が休みだと言っていた。と、真希は寝惚け眼で思い出した。
ワシワシと寝癖の部分をこねて、大きく伸びをしてから部屋の襖を開けた。
「お母さんおはよう。」
「ん?えらく早いじゃない?」
「今日は試合前日でミーティングがあって、だから早いんだ。」
自ずと真希の頬は綻ぶ。
ここ最近、落ち着いて母親と話をしていなかった。
だから真希は今日くらい遅刻覚悟で会話を楽しもうと思った。
台所の格子窓からは心許無い朝日が差し込んでいる。
漂う朝食の匂いと母親の笑顔が、徐々に真希の意識を覚醒させた。
「そう言えば真希に渡しておきたかった物があるんだった。」
「え?なになに?」
母親は立ち上がって、部屋の角に置いてあるタンスの一番下の引き出しを開けた。
ちゃぶ台に両肘をついて、真希は母親の揺れる背中を楽しげに傍観している。
やがて母親は黒い、所々が解れた一つのリストバンドを持ってきた。
「これねえ。お父さんが使ってたリストバンド。
真希に使って欲しいなあって思って。」
「これ・・・なんとなくだけど、記憶にあるよ。」
- 12 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時17分16秒
- 真希が小学生の頃、父親に手を引かれて連れて行ってもらったテニスクラブ。
その握られた父親の右手首にはいつも黒いリストバンドがあった。
父親の記憶。そういえば、酷く断片的にしか残っていないな、と真希は思った。
「もう古くて使えないかもしれないけど、お父さんの何かを真希に渡したかったの。」
「・・・でも急にどうして?」
「だって、真希は真剣にテニスしてるじゃない。やっぱりお父さんの子だよ。真希は。」
「真剣にやってるっちゃやってるけどさ・・・」
「明日試合見に行ってもいい?」
「えええ!!?」
真希は大袈裟に仰け反って見せた。
「ふふふ、明日も休みなのよ。」
「・・・まあ、いいけど。行き方知ってる?」
「Hテニスクラブでしょ?昔はお父さんとよく行ったのよ。」
「・・・・へんな期待しないでよ?」
「ふふふ、わかってるわよ。」
それから真希はK学のレギュラーメンバーを一人一人詳しく、
身振り手振りで母親に説明していった。
妖怪藤本やテニスに厳しい保田。加護と高橋の親友コンビに、部長で優しい飯田。
そこまではすんなり一息で説明出来たのだが、市井の所で口が動かなくなった。
- 13 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時18分09秒
- 「あとね、市井ちゃんっていう、捻くれたのがいるんだけどね・・・」
「へえ。それで?」
「ええとね、ええとね。何て言ったらいいんだろう・・・」
市井は自分にとってなんなんだ。真希は自問してみた。
答えが出てこない。友達と言っても広いし、ただの先輩という訳でもない。
「うーんとね。私にとって大切な人で、掛け替えの無い人だよ。」
「・・・そうなんだ。真希にとって大事な人なんだね。」
母親は興味深そうにそう言って、ニコッと笑った。
真希はそう言ってみたものの、何故だかしっくり来なかった。
「・・・うん。大事だね。」
「よかったね。いい人達と出会えて。」
「それは本当に思うよ。」
無邪気に真希は笑った。
「それより、時間は大丈夫なの?」
「ああ、やばい。でも今日ぐらいいいよ。」
「ダメダメ。先生に迷惑かけちゃうじゃない。」
「ええっいいよ別にさあ・・・」
「ダメ。」
- 14 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時19分35秒
- 真希は渋々登校準備を始めた。
そして未練タップリといった表情で家を出る。
そこで先程自分に問い掛けた事柄をもう一度思い返してみた。
―――市井とは、自分にとって一体なんなのだろう。
その事を吟味するように考えながら、真希は学校への道程を走った。
今日は日曜日で、教科書などのかさばるモノを担いでいないから、快活に足が前に出る。
辺りの景色は代わり映えが無かったが、とても新鮮に真希は感じた。
母親と話をしたからかもしれないし、そうじゃないかもしれないが、
この日の真希は機嫌がよかった。
心持ち次第で世界の様相は変わるのだ。
(市井ちゃんねえ・・・)
洒落た通りを抜けて、畦道に出る。そこでばったり加護と高橋に出くわした。
二人も今そこで出会ったばかりだという。
「おはよう。明日三回戦だねえ。」
「おはよごっちん。最近遅刻しなくなったなあ。」
「ごっちんおはよ。」
「今日は遅刻する予定だったんだけどねえ。」
「遅刻する予定とかありえへんやろ?」
加護は笑い出した。高橋も同じように笑い出す。
言われてみればそうだな。と真希は思った。
二人の笑顔は心が和むな。とも思った。
- 15 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時20分33秒
- 三人並んで、川沿いの畦道をまったり歩く。
他の部活の部員達は賑やかにゆっくり歩く三人を、するするずかずかと追い越していく。
うるさく鳴く蝉の声と、練習の為に登校する運動部員達の騒々しい道が出来上がっていた。
夏は本番にさしかかろうとしている。が、真希は夏の終わりを肌で感じたような気がした。
「明日はT高校かあ。矢口さんに会えるね。」
高橋は目を煌めかせている。
対照的に加護はプクっと膨れっ面をしていた。
「ののと対戦かあ。なんか運命を感じるわ・・・」
「あいぼんはそういやそうだったねえ。昔の相方との一戦かぁ。漫画みたいだ。」
「そうだね。辻さんとだね。でもあいぼん大丈夫だよ。私がいるしね。」
高橋は加護の肩に、ポンと軽く手を置いた。
「愛ちゃん・・・そうやな。勝たなあかんな、この勝負。負けたら笑えへんわ。」
加護は一つ、確かめるように大きく頷いた。
「明日はねえ。私も張り切っちゃうよ。」
「ん?ごっちんの相手って誰やったっけ?」
「いやいや、相手とか関係なくてさ。実はお母さんが見に来るんだよねえ。」
「へえ。そういやごっちんのおかんとか全然知らんわ。」
「私もだ。」
- 16 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時21分19秒
- 「いやね、私の為に毎日頑張って働いてくれてるからさ、頑張ろうかなって。」
「ええことやん。じゃあ明日のごっちんには期待してええんやな。」
「ごっちんの試合は毎回期待してるけどね。」
「私までに勝敗が決まってれば気楽に試合出来るんだけどねえ。」
三人はそれから更衣室に入るまで、明日の試合に関する事柄を話し合っていた。
――――
レギュラーの部員達が普段は使わない、たいそうなミーティングルームに集合すると
石黒の淡々とした明日の説明が始まった。
藤本、保田ペアには特にこれと言った指示も無く、普段通りやれば
間違いなく勝てるという。それは加護、高橋ペアも同じだった。
辻希美は実力者であるが、そのパートナーの実力は著しく低い。
だから、二人が先のように試合を進めれば問題は無い。
石黒のホワイトボードを使った、淡々とした説明が続いていく。
しかし、次の対安倍なつみから石黒の言葉に熱がこもりだした。
「安倍は知っての通りの実力者だ。全国レベルを遥かに凌駕している。
飯田、一度勝ってるからといって絶対に油断はするなよ。ああいう、タイプの選手は
負けると強くなるんだよ・・・」
- 17 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時22分30秒
- 飯田も神妙な面持ちで、石黒の問い掛けに丁寧に頷きながら話を聞く。
自ずとミーティングルームにも緊迫感が漂ってきた。
が、市井と真希、二人だけはその緊張の色が無かった。
真希はもともとそういう性格だから明日の試合についても何も考えてないかもしれないが
市井は果たして矢口戦である。特別な心構えが否が応にもある筈だった。
石黒も、矢口と市井の試合だけは判断に困った。
一年前の市井の行為は認められる事じゃない。しかし、自分が同じ立場ならば
同じようにしていたのかもしれない。身近に超えられない存在がいるのは、
自身の全否定と同義だ。頂を目指す者にとって、綺麗な手段などは必要ない。
「矢口については説明は必要ないだろう。市井、自分のやりたいように
やってこい。」
石黒は市井の目をしっかり見据えてそう言った。
その強い視線を市井は逸らさずに、数秒受け続けてからやがて頷いた。
市井の中で矢口と対峙する場合の手段はもう決まっているのだろう。
「さて、最後にこの石川梨華という一年の選手だが。」
真希に資料が手渡される。が、各欄はほぼ白紙で統一されている。
実績もなければ、特徴も何も無い。真希と比べてもその実力差は自明である。
ただ、石黒は中澤の言葉が気になっていた。
(うちにはなあ、とんでもない馬鹿が一人いるんや)
- 18 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年03月24日(月)05時23分15秒
- 「・・・これといって、注意する事もないが、気を抜くな。
気になる選手だ。理由は無いがな。」
真希は梨華の資料の上半分を占めている、
試合時の写真を頬杖をつきながらぼんやり見つめている。
一度駅で会った事がある、褐色の美少女だ。試合は覗いていないが、
一時間ほどのやりとりだけなのに、とても印象がよかった娘だ。
まさか、その娘と相対することになるなんて、真希は夢想だにしなかった。
(運命感じるなあ・・・)
石黒の事前説明はそれから激励に変わって、部員達の覇気を促した。
それが終わると、部員達はテニスコートに向かって、試合前の調整的な練習をする。
レギュラーではない勝ち組の部員達と、負け組の部員達はすでに厳しいメニューに
取り組んでいて、真希はこの大勢の連中よりも優位に立っていると考えると、
ひどく寂しい心持ちになった。だが、この連中のために自分は
明日絶対に勝たなければいけないとも思った。
――――――――――――
- 19 名前:カネダ 投稿日:2003年03月24日(月)05時24分14秒
- 更新しました。
これからもよろしくお願いします。
- 20 名前:カネダ 投稿日:2003年03月24日(月)05時26分07秒
- と、言い忘れ。
前スレhttp://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/sky/1035212236/
それまでのスレは全て空板の倉庫にあります。
- 21 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年03月24日(月)11時15分19秒
- 仕事が忙しくて、しばらく来れなかったんですが・・・
まだこの作品が続いていて良かった♪しかも新スレ突入♪
いよいよ最終話。どーゆー展開で話が進んでいくのか激しく楽しみにしています!
- 22 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年03月24日(月)12時28分50秒
- 新スレおめでとうございます
とうとうですね
どちらが勝っても祝福してあげたいです
- 23 名前:きいろ 投稿日:2003年03月24日(月)13時50分05秒
- 新スレおめでとうございます。
ついに最終話始まりましたねぇ。と、ゆーかこれでやっと二人の天才の試合が見れるのかと思うと…毎日楽しみにしています。
市井と矢口。飯田と安倍。辻&吉澤と加護&高橋ペアとどれも目が離せません!!
更新お疲れ様でした。マッタリと最後まで頑張ってください
- 24 名前:名無しさん@超真矢 投稿日:2003年03月24日(月)16時00分06秒
- 最終話ですか・・・
ついに来たかって感じですね
最後まで頑張ってください
- 25 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月24日(月)17時15分55秒
- |
|ノハヽ
|o・-・).。oO(新スレおめでとうございます)
⊂ノ
|
- 26 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年03月24日(月)22時07分36秒
- カネダさま、更新お疲れさまです&新スレおめでとうございます。
昨年、10月に保存させていただきだしてからですかが、娘。小説にどっぷり浸かるきっかけになった作品でもあります。
いよいよ最終話に突入ですが、最後まで楽しみに読ませていただきたいと思います。
これからも、よろしくお願いいたします&頑張ってください。
一読者として完結を楽しみに、そして、更新を楽しみに待っています。
- 27 名前:りんりん 投稿日:2003年03月25日(火)19時15分01秒
- かなり遅れて拝見させていただきました。
昨日の深夜から眠ることも忘れ、出勤前まであほの様に読み続けようやく追いつきました!
作者様、最高です。本日は保存作業に没頭したいと思います。
- 28 名前:名無しくん 投稿日:2003年04月03日(木)01時30分28秒
- 待ってるよー・・・続きが待ち遠しいよ。
- 29 名前:カネダ 投稿日:2003年04月06日(日)03時40分28秒
- レス有難う御座います。
ここまで続けてこれたのも、レスの御蔭です。本当に励みになります。
>>21読んでる人@ヤグヲタ様
おお、お仕事だったんですか。まだもう暫く続いてしまいそうです。
最終話と記しつつ、まだ勝敗を決めかねている自分がいます・・・
また、お仕事が落ち着いたら、読んでやって下さい。
>>22むぁまぁ様
有難う御座います。新スレ立ててしまいました。
とうとうきてしまいましたね。どっちの学校も満遍なく全力で書きますので、
これからも読んでくれたら嬉しいです。
>>23きいろ様。
いよいよ試合ですね。今回の更新では試合までは持っていけないのですが・・・
そうですね。自分もこれまでのエピソードはこの試合の為に書いた、位の
心持ちで試合は盛り上げたいと思ってます。更新マッタリで申し訳ないです・・・
>>24名無し読者@超真矢様
とうとう来ました。
ここまで来たからには死んでも完結させます。
頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
- 30 名前:カネダ 投稿日:2003年04月06日(日)03時55分31秒
- >>25名無し読者様
有難う御座います。
これからも読んでやって下さい。
>>26ななしのよっすぃ〜様
有難う御座います。この界隈は素晴らしい作品で溢れてますから、
きっかけになったという言葉はいろんな意味で貢献出来たようでなによりです(w
これからも頑張りますので、よろしくです。
>>27りんりん様
おお、こんな長い話・・・お疲れ様です。
本当に感無量です・・・どうか、実生活には差し支えない程度に・・・
こんな話でよければ幾らでも保存してください(w
>>28名無しくん様
すいません・・・更新遅れがちです・・・
必ず完結させますので、どうか気長に待ってくれれば幸いです。
それでは続きです。
- 31 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)03時56分41秒
- 「はいはい。そこまでや。道具片付けて、コート整備して全員集合。」
夕刻、二面しかないテニスコートに中澤の号令が隅々まで響き渡った。
はい、と大きな声が方々で発せられて、その後に部員達は黙々と片付けを始めた。
ポプラの葉がわしわしと揺れて、カラスがカーと鳴いた。
夕方にもなると、この学校周辺は酷く閑散としたモノになる。
色濃い夕陽はポプラの木をすり抜け、余す事無くコートを包み込んでいた。
K学戦までの短期間、部員達は例外なく練習試合の繰り返しを課されていた。
試合前日は特にソレをほぼ休み無く繰り返す。
明日はK学戦だというのに、練習メニューは通常通りで代わり映えが無い。
勿論、個々の能力は高くなっているし、矢口意外は著しい成長が見られた。
二度の試合を通じて、特に梨華の上達が顕著だった。
練習の内容は濃く、時には体が悲鳴を上げるほど厳しい。
だが、それでも部員達は明日の下準備に何か特別な指示が欲しかった。
やはり、K学の名前は大きい。
不安を押し殺す為の裏づけを欲しがるのは、俗人にとっては当然の行為である。
しかし、あくまで中澤の態度は普段通りだった。
「ええと、明日は泣く子も黙る私立K学園との試合やけども、
意気込みはどうや?まずは、そこの安倍川もちみたいな顔してる安倍!」
ビシッと中澤に指差され、安倍はニコニコしていた表情を固めた。
キョロキョロとお約束のように隣にいる希美、吉澤の方を向いてから自分を指差す。
- 32 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)03時57分24秒
- 「なっち?」
「お前以外に安倍川もちがいるんか・・・」
「いないですねえ。」
安倍はニッコリとお日様笑顔を覗かせ、それからうーんと唸って、
考える仕種を大袈裟にした。何時の間にやら練習後の安倍と中澤のやりとりは
この部の名物になっていた。部員達は安倍のひょうきんさに自ずと笑い声を漏らす。
「なっちは勝ちますよ。だって、明日は飯田さんだもん。」
安倍は笑ってそう言ったが、その言葉は闘争心と野心に満ちていた。
こんな安倍川もちみたいな顔をしてるが、安倍は人一倍負けず嫌いでもある。
飯田圭織。安倍にとっては負けられない存在だ。
「ほお、童顔のわりにはえらいええ声だすなあ。」
「なっちは部長だし、負けるわけにはいかないっしょ。」
「よし。んじゃあ、次辻。」
希美は明日の元パートナーである、加護亜依との一戦が控えている。
入部したての頃、あからさまにその名前を出されるのを嫌悪していた
希美の心境の変化を中澤は知りたかった。
どんな因縁があるにせよ、勝負の世界に私情を持ち込むのは好ましくない。
「別に、いつもどおりやるだけですよ。よっすぃといっしょに。」
希美は隣にいる吉澤の手を握り、ケロッとした顔で言う。
- 33 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)03時58分09秒
- 「吉澤はどうやねん?」
「あたしですか?そりゃあ、全力でやるだけです。そんだけ。」
「そういうことです。」
「ふん、なら心配いらんみたいやな。」
二人ともポカンとしたアホ面をしているが、この三ヶ月で酷く大人びた感がある。
たった三ヶ月。それでも人は大きくなるのだ。
中澤がいつか覚えた予感が今、核心に変わろうとしている。
吉澤の持ち前の運動センスが見せた、たった三ヶ月で一流まで成した桁外れの進歩。
それに元々強豪であった希美との揺るぎの無い連携。
二人はいよいよ本物になる。
(あやっぺ、待っとれや。一泡ふかしたるでえ)
「んで、奴隷と紺野は順調みたいやから置いといて・・・」
中澤は何故か目をキラキラと輝かせている松浦を敬遠した。
すると、声をかけられるのを楽しみに待っていた松浦はプクっと
頬を膨らませて、不満げな表情をした。
「ちょっと待ってくださいよぉ。聞いてくださいよ私達にも。」
途中で口を挟まれた中澤は、うざったらしそうに松浦を見る。
- 34 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)03時59分26秒
- 「なんやねん?お前らイチャイチャと、なんも問題無いやないか。」
「私とコンコンの意気込みも聞いてくださいよ。明日絶対勝って見せますからぁ。」
(勝ったら、国連通じて奴隷解放運動だ・・・)
「ふーん。期待してるわ。」
「うわ・・・なんでそんなに素っ気無いんですかぁ?」
「あのな、松浦。お前、どこで頭おかしくなったかしらんけど、相当うざくなったぞ。
覚えてるか?最初のお前の高慢ちきな態度。安倍に絶対勝つとかぬかしてた頃のお前。」
松浦は中澤に注意されるや否や、視線を上に向けて、ポーっと昔を振り返ってみた。
すると、みるみるその顔が紅潮していく。
隣の紺野は入部当時の松浦を知らないので、不思議そうに首を傾げている。
と言っても、紺野にとっては松浦の過去などどうでもいいのだが。
「あ、あの頃はですねえ、情緒不安定な時期でして、そのなんというか・・・」
「んで、今と比べてどうやねん?」
「・・・今が、本当の自分だと思います。」
「本当の自分?はははっ。奴隷やってる今が?ははは。」
中澤が大声で笑い出したので、松浦は慌ててその事を否定した。
両手をパタパタ振りながら、その様はまるでギャグ漫画の一コマだ。
「ち、違いますよ。奴隷は明日で撤廃してもらいますから。」
「はははっ。まあ、期待してるわ。紺野はしっかりこの奴隷支えたれよ。」
「はい。」
「そんで・・・」
- 35 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時00分22秒
- 楽しげに笑っていた中澤はその表情を引き締めた。
そしてボケーっとしていた、列の端にいる梨華を射抜くように見る。
明日のK学戦のキーパーソンであるのは間違いなく梨華だと中澤は踏んでいる。
テニスは下手糞で不器用だが、梨華には化ける素質がある。
精神論。中澤の嫌いな言葉の一つだった。
勝負事は感情などで勝敗が左右されない。それをこの界隈に長くいる中澤は
痛いほどわかっていた。だが、そのこびり付いた既成概念が徐々に氷解されつつあった。
この部員達に感銘を受けたのだ。互いが互いの為に前進する、この若者達に。
その中で、梨華に感じられる底知れない、背筋も凍るような覚醒の予感・・・
「石川、明日はお前にちょっと期待してんねや。応えてくれるか?」
「え?私・・・ですか?」
突然のラブコールに梨華はやや狼狽しているようだった。
梨華は今朝の吉澤の一件をまだ引き摺っていたのだが、中澤の期待してる発言に
そんなしょーもない事柄は一掃された。期待。聞き覚えの無い二文字だ。
「そうや。お前や。バカの三連星の筆頭のお前にウチは期待してしまっている。」
「な、なんかひどい言い回しですね・・・」
「なんでかわからんねんけどな、どうにもお前に胸が高鳴ってるんやウチ。」
中澤が梨華をここまでヨイショするなどありえなかった。
他の部員達はポカーンとした表情で、二人に漂う怪しい雰囲気を傍観している。
「あの・・・何と言うか・・・私、がんばります!」
- 36 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時01分39秒
- 梨華は明日の対戦相手とは面識があった事を思い出した。
終始マイペースで、全くの他人の自分にどういう訳か激励してくれた娘だ。
いい人で呑気な人という印象はあっても、とりあえず、強そうに見えなかった。
それがグレート馬鹿である梨華に僅かな希望を齎した。
(もしかしたら・・・)
この時、梨華は件の娘がK学のトリである事実を九割方、忘れていた。
「ホンマ頑張ってくれよ。下手すりゃ明日はお前の日になるから。」
中澤の気持ち悪いくらいのヨイショに梨華は懐疑の念を抱きながらも
喜悦せずにはいられなかった。なにやら胸が高鳴って、そして奇妙な使命感を覚えた。
人に期待された事など、人生15年でほとんど覚えが無かった。
メラメラと瞳に情念という炎を宿し、拳を握り締め、梨華は明日への決意を固めた。
中澤はそんな梨華を不敵な笑みを浮べて見やった後、フウっと仕切りなおすように
息を吐いた。
「じゃあ、矢口以外はもう解散してええわ。お疲れさん。
今日はゆっくり休んで体調整えとけよ。」
矢口一人が取り残され、部員達は、何故矢口だけが?といった表情を
一様に浮べて更衣室へと足を進めた。
途中、矢口を気遣って立ち止まった安倍を、中澤は野良猫を追い払うように
しっしと手を振って、更衣室へ向かうように促した。
安倍はなにやら嫌な予感がしていたが、渋々と踵を返した。
- 37 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時03分36秒
- そしてコートにはベンチに両手を広げて腰掛けている中澤、その様子を正面から
見下ろしている形の矢口、二人だけが残った。
斜陽が深くなり、自ずとコートに物寂しげな空間が提供される。
夏の臭いが降りてきた黄昏に浄化され、辺りに哀愁が漂った。
日は秒単位で沈む速度を増していた。影が、するりするりと間隔を縮めて伸びている。
在校している生徒が殆どいないため、蝉の鳴き声が止むと、辺りは耳鳴りがするくらいの
静寂に包まれる。
「矢口、明日は市井戦やけど、気分はどうや?」
二人で暫し見つめ合った後、違和感タップリのあからさまに軽い中澤の口調。
そして矢口は相変わらずの無表情。日の具合で矢口の横顔は浮き彫りになって、
その容貌は殊更無機質だった。人形。
「特に、変わったことはないです。」
「そっか。どうも、ほんまに変わった事なさそうやな。」
「・・・」
「お前は何時からかしらんけど時間止まってるもんな。もしかしたら明日また
同じように市井にやられるかもしれんな。・・そうそう今日こそは言おうと思っててん。」
「・・・」
中澤はヘラヘラとした顔で、無責任な言葉を矢口に、サクサク投げ掛ける。
依然として矢口に変化は無い。中澤はハアっと一つ、嘆息をついた。
「矢口、お前だけやぞ?周り見てみろ。全員成長してるわ。
テニスが上手いとか、練習をこなすとかやないねん。
お前だけが意固地張ったみたいにその場で足踏みしてるんや。」
「・・・」
「こんな事言われても悔しくないんか?そうやろうな。お前は他人の意見なんて
どうだっていいもんな。でもそれやったらなあ、自分の殻くらい自分で破ってみろや。」
- 38 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時05分31秒
- 中澤はむくりと立ち上がって、矢口にツカツカと歩み寄った。
慣れた仕種でブラウスの胸ポケットからタバコを取り出し、それを丁寧に着火してから
矢口を見下ろし、ふうっと一度煙を大きく吐き出してから、
「矢口、ウチはな、お前の事、全然わからんかったんや。」
と言った。中澤の瞳には涙が薄っすら溜まっていた。
矢口は中澤から視線を外さない。勿論、中澤の変化には気付いている。
「・・・どういう意味ですか?」
「お前はどこに向かってるのとか、何が楽しくてテニス続けてるんかとか、
全く文句も言わんし、愚痴一つこぼさんし、かといって楽しいとも嬉しいとも言わんし、
なんも判断できなかったんや。」
「・・・私はテニスしかないんですよ。だからどこに向かうとか、何のために
テニスをするとか、そうのは無いです。」
矢口は中澤の双眸を覗きながら、心から無感情に言う。
そんな矢口の可哀想な発言に、中澤は首をふにゃりと傾げた。
ああ、この娘はこんなに儚い。と、中澤は矢口を間近で見て思った。
「ちゃうよ。お前にはテニス以外にやって一杯選択肢はある。
なんならテニスなんて今日限りで辞めたっていい。いいか?
ウチは笑わんガキは嫌いや。でもなあ、
笑う事が出来ないガキは嫌いになれないんや。あんまりにも惨めで。」
西日はやがて色褪せ、二人の体の左半分はセピア色になった。
中澤はポロリポロリと涙を地面に落とした。
時折空を見たり、中指の腹で涙を拭ったりしていたが、それでも涙は止まらない。
矢口は何故中澤が泣いているのかわからなかった。わかれなかった。
- 39 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時07分30秒
- 「私からテニスをとれば何も残りません。存在する理由がなくなるんです。
だからテニスは辞めません。」
「矢口、何で人は涙流すと思う?何で笑うと思う?何で怒ると思う?」
「・・・」
「一人では生きていけないからや。誰かの為に人は泣くし、怒るし、笑うんや。
伝えるんや、自分の意思を。そうやってわかりあうんや。」
中澤は矢口の微動だにしない顔を見つめる。
泣く大人に、それを無表情で見つめる子供。傍から見たら奇妙以外のなんでもない。
矢口は理由もなく顔を伏せた。泣き続ける中澤を直視できなくなったわけではなくて、
ただ、伏せた。
「・・・」
「テニスは楽しいぞ。そんで、お前は仲間に恵まれてる。
明日ぐらい、あいつらの為にテニスやってやれ。いや、これはウチのお願いや。
お前は気付いてないかもしれんけど、あいつらはみんなお前の事が好きなんや。
それにお前やってあいつらに助けてもらってる筈や。な?矢口。
お前は一人やない。・・・話はそんだけや。」
中澤が話し終わる頃には丁度太陽がその役目を終えるところだった。
夜の帳が下りたコートにはライトが煌々と照らされた。
矢口は中澤に一つ頭を下げると、ゆっくりと更衣室に向かった。
更衣室の鉄の扉を開けると、中は真っ暗闇で、少しかび臭かった。
手際よく着替えて、ラケットを肩にかけた。
その刹那、何故かさっきの中澤の泣き顔が頭をよぎった。
鉄の扉は入ってきた時よりも若干、重く感じた。
外に出ると嫌に空気が新鮮に感じた。空を見上げると、星々が煌めき、
丸い月が鮮明に浮かんでいた。
- 40 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時10分14秒
- 矢口は特に歩調を速める事も無く、淡々と歩いた。
何も考える事無く、泰然と歩いた。
矢口が醸し出す雰囲気というのは、どこか高圧的だが、長く付き合うと
それが酷く寂しいモノだと自ずとわかる。
校門の所に数人、雑談している生徒が覗えた。
時折笑い声が響いたり、大きな声を出したりしている。
もう少し、距離を詰めると、それがテニス部員全員だとわかった。
すると何故か、鼓動が大きく一つ高鳴った。ドクン。
「あ、矢口さん!」
梨華は矢口の姿を見つけるや、即座に甲高い大声を出した。
それを隣で聞いていた吉澤は大袈裟に耳を塞いで、煩わしがっている。
そんなお茶らけた吉澤を見て、他の部員達は笑っていて、梨華は頬を膨らませていた。
「みんなで矢口さん待ってたんですよ。何か、みんな同じ事考えてたみたいで。」
梨華は矢口をさあ、と腕を引いて先導した。
「矢口ぃいい後輩持ったねえ。」
安倍は夜でも太陽のように笑う。
「ささ、矢口さん、みんなで帰りましょう。」
微笑を浮かべた梨華が矢口を輪の中心へ招き入れた。
希美なんかは緊張して、いつもより硬い表情になっている。
こうやって部員全員が固まって帰宅する事は今まで一度もなかった。
普段はペチャクチャ喋る松浦も今日は大人しい。そんな松浦を吉澤が悪戯に揶揄した。
この日は月が明るいから、全員の表情が判然と見える。
- 41 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時12分03秒
- 七人はそれぞれ離れる事無く、ある種の陣形じみた並びで坂を下る。
吉澤が安倍と話したり、希美が紺野と話したり、松浦が梨華と話したり、
そうすると安倍が会話に参加したり、みんながみな、隔たりなく会話を紡ぐ。
そしてその中で、梨華の話は印象的だった。
「矢口さん?」
他の連中が楽しげに会話してる中、やはり矢口だけは一言も発さなかった。
言葉の応酬の合い間を縫って、梨華はこっそり矢口に話し掛けた。
矢口は視線だけを梨華に向ける。
「うちの学校の、正門あるじゃないですか?」
T高校の正門は馬鹿でかく、観音開きで無駄に厳かな作りになっている。
お嬢様学校ならではの贅沢を尽した、意味の無い気品の象徴と言っていい。
矢口は頷いた。
「私ですね、あの門、その日の気分で色んなモノに見えるんですよ。」
梨華は矢口を一瞥して、それから話を続けた。
別に相槌もいらないし、返事もいらないし、何を求める訳でもなかったが、
どうしてだろうか、梨華は清々しい心持ちになった。
「落ち込んでる日は、悪魔が大きな口開けてるように見えたり、
気分のいい日には、あの両開きの門が天使の羽に見えたり。
そんな風に心持ち次第で印象が変わるんです。」
- 42 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時13分42秒
- 「・・・それで、それがどうしたの?」
「別にこれと言って意味なんて無いんですけど、そんな風に色
んなモノを見たら、ちょっとだけでも一日の楽しみが増える
かなあって。それを矢口さんに言っておきたかったんです。」
そこで、そんな事思ってるの梨華ちゃんだけだよ、という吉澤の
優しくない横槍が入った。よっすぃに言ってないよ、と梨華は頬を膨らます。
その後、梨華は申し訳無さそうに矢口を横目で見た。矢口は空を見上げていた。
「矢口、さん?」
空を見上げている矢口は、いつもと違った印象だった。
「明日、勝つよ。」
「矢口さんだったら、絶対勝てますよ。」
「勝ちたいと、思った。」
矢口は相変わらず空を見上げている。そこで梨華は気付いた。
矢口と、『普通』に会話をしている。
「頑張りましょう!」
嬉しくなって、思わず声が上擦った。
矢口は夜空を見ながら小さく頷く。星空の中に月の中に、はたまたそれを際立たせる
闇の中に、矢口は一体何を見ているのだろうか。きっと、それは形あるモノ。
「じゃあ、あたしはここ左に曲がるんで。」
- 43 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時16分29秒
- 何時の間にか、吉澤と別れる交差点に来てしまっていた。
吉澤にとって時間とは残酷な存在である。
どうしたって時間の流れは止められないし、転校という運命を変える事もできない。
だから明日も笑う為に、吉澤は今日笑う。
安倍と紺野と松浦が吉澤に明るい声でサヨナラを言った。
梨華と希美は言わなかった。矢口も。
吉澤はニッコリと再度笑ってから、置き土産に松浦に酷い事を言って帰途についた。
勝たなくちゃいけない理由がたくさんあるな、と吉澤の背中を見て梨華は思った。
それからやっぱり矢口は口を開かなかった。それでも輪の中心には矢口がいた。
駅の明かりが見えてきて、その前で紺野と別れる。
紺野は別れ際に松浦に何か耳打ちした。すると松浦はアホ面を晒してニシシと笑った。
矢口と安倍が電車に乗るのを見届ける。それから残り三人は改札を通る。
いつか矢口と安倍と肩を並べれる日が来たら、みんな一緒に電車に乗ろうと希美が昔言った。
梨華はその日がすぐ来たらいいな、と思いつつ、希美と松浦と別れた。
無人の車両に一人腰を降ろし、梨華は向かいの車窓に写る自分の顔を見る。
これはもう、日課になっていた。
明日はきっといい日になるよね、と窓に写る自分に語りかける。
返事はこないが、窓に写る自分は笑ったような気がした。
―――――――――
- 44 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時18分13秒
- 生徒一人一人の怒号で地鳴りのようにコートを揺らす中、レギュラーメンバー
だけは石黒に解散を命じられた。まだ時間は夜というには早い頃で、
夕陽は殆どその姿をくらましてはいるが、まだその山形だけは残っていた。
俄かにコートにライトが点く。まだまだ覇気の衰えない部員達を余所目に、
レギュラー部員は更衣室へと足を進めた。
真希は先に行われた二回戦以降、市井との仲を修繕したようで、
休憩時間や練習試合の時などはお互い笑顔をこぼしながら、楽しげなやりとりをしていた。
市井の左手には件のブレスレットが輝いている。
真希はソレの輝きを毎日確認するだけで自ずと頬が弛んだ。
市井との距離が日に日に近くなっているように思えて、
何をするにもここ最近の真希は喜びが滲み出ていて、朗らかだった。
その相乗効果なのか、他の部員達も変な蟠りが解れたように、
これまでよりも仲睦まじくなっているように思えた。
試合前日の今日、部員間の仲はこれまでで一番結束していると言える。
更衣室でも笑い声が絶えなかったし、あの藤本ですら最近は加護なんぞを
相手にテニスの話をしたりしていた。
保田と高橋は相変わらずだし、飯田は部長らしく寛厳をよく心得ていた。
- 45 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時20分12秒
- だが。
その中で、市井は浮いていた。雨雲で覆われてる空の中、ふとした切れ間から
覗かせる太陽のように所在がなかった。真希の計らいで市井をさり気なく部員達に
近づけてみるものの、やはり市井が与えてしまったかつての印象が部員達全員に
こびり付いてしまっている所為か、ぎこちなさが拭えない。
しかし、それでも今までと比べればまだ市井は溶け込んでいた。
自分が避けられているとわかっていながら、協調を必死で貫いていた。
真希はそんな市井を見て一々思う。
(仲間って、一体何なんだろう)
更衣室へ向かう途中、真希の数メートル前方で飯田、保田と共に笑っている
市井の背中は、とうに忘れていた筈の真希の厭世観を強く煽った。
――帰路。
飯田と保田は裏門から帰るので、道が一緒になる事はない。
真希は普段、加護と高橋と三人で帰るのが常だったのだが、
この日は藤本と市井を誘ってみようと思い立った。理由は、色々。
勿論、断られるのを前提としてだ。
「ねえ、今日一緒に帰らない?」
まず、向かい側のロッカーで着替えていた藤本に声をかけた。
何気ない風を装った所為で、口調が微妙にぎこちない。
藤本は真希に背中を向けて、パリパリという音を発しながら淡々とウェアを脱いでいる。
- 46 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時21分35秒
- 大方、スナック菓子でも齧っているのだろう。
藤本の足元にはそれらしき『粉』が散らばっている。
真希の声に藤本は鷹揚と振り返ると、
「どういう風の吹き回し?」
制服に袖をするりと通し、上品ぶって言った。口の周りが油でテカっている。
真希は、ハァうぜえ、といった顔を作った。
(こいつ、スタイルいいと思ったけど、案外胸無いな・・・)
「いやさ、なんとなくだけど。あんたいつも一人で帰ってるじゃん?
友達いなさそうだし、帰ってあげてもいいかなあってね。」
真希の言動が癪に障ったのか、藤本は真希をジッと見つめ、
そのまま顔だけを真希に接近させた。首が、ニュっと伸びる。
そして目が据わっていた。その無気味な行動は紛れも無く、妖怪そのもの。
「な、なに?・・・変な目で見んなよ。」
「・・・いいわ。帰ってあげる。」
ゆーっくりと、一言一言確かめるように藤本は言った。
真希の顔に藤本の甘い吐息がスウっとかかる。と言っても、香辛料の。
「あげるぅ?」
憤慨した真希が語尾を上げて訊き返すと、当然、と藤本は顎をしゃくりあげた。
ここは我慢だ。真希は自分に言い聞かせてから、平然と言ってみせる。
- 47 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時23分22秒
- 「と、とりあえず、門んとこで待っててよ。」
まずは一人。
真希はそれからすぐに制服に着替えて、裏側のロッカーで着替えている筈の
市井の所へ向かった。市井は既に着替え終わっていて、ラケットを肩にかけていた。
真希は手前で着替えている保田と飯田の間を通り抜けて、奥で淡々と帰る用意をしている
市井を捕まえる。
「ねえ、市井ちゃん。今日さあ、何か予定ある?」
真希は市井の視線を外し、足元を見てそう言った。
何故か、市井と目を合わせることが出来ない。
照れているのだろうか?自問してみても答えはやってこない。
普段は意識する事なく会話しているが、改まって何か誘いかけるとなるとどうしても
照れや恥ずかしさが生じてしまうのだ。人というのはつくづく妙な生き物である。
「ん?いや、特に無いけど明日試合だろ?」
「そんなんじゃ無くてさ、途中まで一緒に帰らない?」
真希はちらりと上目遣いで市井を一瞥する。
すると市井は普通に何か悩んでいるようだった。
顎に手を当てて、うーん、と唸っている。
やっぱり断られるかな、と真希は思った。
- 48 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時24分09秒
- 「・・・他の連中はどうするんだよ?私がいたら空気が悪くなるだろ。」
市井の自虐的な発言に、真希はカチンときた。
「だからさ、そういう自虐的な考えやめなって。気にする事ないから。
もしなんか言ったら私が怒るし。」
「はははっ、なんか保護者みたいだな。お前。」
市井は目元をフニャリと緩めて、大きく笑った。更衣室に笑い声が木霊した。
真希もつられて笑っていた。そうだ、市井は明るいんだ。と真希は笑いながら思った。
「もうみんな待ってると思うからさ、行かない?」
「・・・そうだな。たまには後輩に付き合ってやるか。」
二人は一緒に更衣室を出た。外の空気は透き通っていて、いい匂いがした。
空は群青色で、星が出ている。月は雲の中に隠れていた。
秋風のように涼やかな風が吹いてみたり、校門横の草むらからは虫達が
様々な鳴き声を奏でて、その場を盛り上げていたりしている。
そんなしみじみとした感慨に耽っていると、真希は今朝思ったのと同様に、
夏の終わりを俄かに感じたような気がした。いい予感ではない。
不意に、明日の試合が恐くなった。
「明日さ、矢口さんじゃん?」
- 49 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時25分11秒
- 隣を悠然と歩く市井に、真希は前を見ながら訊ねた。
市井はどんな顔をしているのだろうか、なんて事を思ったが
それでも市井の横顔を一瞥する事すら出来なかった。
理由はわかっているが、真希は考えなかった。
「そうだな。」
「・・・勝てそう?」
しまった何訊いてるんだ、と真希は思った。
「うーん勝てないだろうな。私は矢口に勝てる器じゃないよ。」
「・・・そんなのやってみないと、わかんないじゃん。」
「・・テニスの世界ってさ、どんでん返しみたいなのはまずあり得ないんだ。
矢口と私とじゃ、大人と子供だよ。もちろん例外もあるけどな。お前とか。」
「でも、あきらめてないんでしょ?最近、練習一番がんばってるのは
誰が見てもあんただしさ。」
「あきらめてはないよ。でも、勝てないよ。」
市井の表情は整然と清々しく、それ以上に声色は確信に満ち溢れていた。
勝てないと言い切っていながらシャカリキ頑張っている市井の心中を
真希は理解できないし、したくもなかった。
「負けたらさあ、やっぱ辞めんの?」
「それは当然。」
「でも・・・」
- 50 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時25分57秒
- 真希が口を開こうとした時、校門で待ち呆けていた加護から声が掛かった。
「ごっちん遅いぞ!・・・え?市井さん?・・」
市井に気付いた加護は慌てて頭を下げた。隣にいる高橋も驚いたように焦ってお辞儀をする。
そのちょっと離れた位置にいる藤本だけはチラっとこちらを窺っただけで
挨拶らしい挨拶をしなかった。藤本は市井を『終わった人間』として
見ている。それを市井はわかっていたし、容認もしていた。
真希は待たせた事に対し、手を合わせてゴメンを作ると、
ゴホンと一つ咳払いをして、言葉を選びながら二人に『訳』を説明した。
「今日はさ、市井ちゃん誘ってみた。明日試合だしさ、二人とも
なんか訊きたい事あったら、訊いたらいいし。それと・・・」
真希は藤本の方をチラリと見て、大仰に手招きをする。
「藤本も誘った。多いほうが賑やかだと思うしさ。ハハハ。」
真希の空笑いが響いて、無碍に沈黙が生まれた。
市井の存在に、先輩を立てない藤本の高慢さ。二人の事を知らなかった
加護と高橋、互いが意識し合って、誰も口を開こうとしない。
翌々考えると激しく微妙なメンバー編成である。
仕方なく全員と気兼ねなく話せる、特異点の真希が率先するしかない。
- 51 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時27分39秒
- 「ほら、喋ってよ。あいぼん?なんで黙ってんの?いつも一人で
ベラベラ喋ってるじゃん。愛ちゃんもさあ、テニス談義聞かせてって。
藤本、お前もなんか言えよ。市井ちゃんもさ、先輩らしくビシッと何か言ってあげてよ。」
「・・・・」
真希の言葉はサラッと流され、そこはかとなくザッザッと五人は
横一列に並んで畦道を歩き出す。真希は左右に目配せして、何か話題がないか探っている。
薄暗い道を歩いていると、右手にある川が星の光を反射し、キラキラ光ってどこか後ろめたい。
チョロチョロと、どこまでも川の流れは穏やかである。
真希が列の真ん中で、半ばやけくそで場を取り盛り立てようとしたが、誰も口を開かない。
右隣にいる加護の禿は俯いてしまっている。
その隣の藤本は斜めに顔を上げて、空ばかり見ている。
左隣には高橋がいるが、隣の市井の醸し出す雰囲気からか、固まってしまっていた。
空気が、硬い。無言の圧力はどこまでも真希を逼迫する。
「何で黙ってんだよ!」
堪えきれない真希は吹っ切れたように叫んだ。しかし誰も反応しない。
カラスだけがカーっと、必死な真希を嘲笑った。
そして暫く間が続いてから、隣の加護が真希だけに聞こえるようにボソッと口を開いた。
もじもじと、両人差し指をくるくる回しながら。
「ウチ、人見知りするタチやねん・・・」
「嘘付け!藤本とは今日喋ってたじゃん!」
「なんか、こう改まって一緒に帰ったりすると、ハズイねん。」
- 52 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時28分23秒
- 「・・・この禿・・・」
「・・・その通りや。ウチは禿や。ゲーハーや。でもなあ、後藤君。
それが何だっていうんだい?もしウチが禿として、それがどうだっていうんだい?」
加護に呆れ果てた真希は、左方に首をクルリと九十度回し、高橋に声を掛ける。
「愛ちゃんもさ、市井ちゃんに何か訊きたい事とかあるでしょ?」
「・・・ごっちん、ゴメン。私、緊張しちゃって・・・」
「緊張って、私にか?」
市井が素っ頓狂な声で高橋に話し掛けた。すると高橋はまた舞い上がってしまったのか、
顔を紅潮させて首を小刻みに横に振った。
またどんよりと思い沈黙が発生する。
こうなってしまえば真希でもどうする事も出来ない。
誘った事を後悔しはじめた真希が、ハァ。と、嘆息をついた時だった。
「ねえ、あなたの破天荒なプレイスタイルはどっから盗ったの?」
一番この場で白けていたと思われる、藤本が沈黙をぶち破って加護に話し掛けた。
空気を読まない、いや、読めない藤本ならではの偉業だ。
この沈黙を打破するのは、常人では不可能な業である。
「う、ウチ?」
「あなた以外に破天荒なテニスする人いないでしょ?あ、あと一人いるか。」
微笑を浮かべながら藤本は真希に一瞥をくれる。
- 53 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時29分41秒
- 「ううんと、ドカベンとか、アストロ球団とか、言うなれば、数々の漫画から。」
「漫画ねえ・・・冗談言ってる訳じゃないみたいね。」
「うん。藤本さんもなんかあるやろ?バックボーンみたいなの?」
「バックボーン?パックンチョならあるけどねえ・・・」
真剣に思案しだした藤本に、加護は神を見た。
(この人・・・天然や!天然のボケや!)
同時に、ナニカの闘争心に火が点いた。
「お、おもろいやん・・・藤本さんって、おもろい人やってんな。」
「おもろい?モロコシワタロウなら持ってるけど・・・」
それが皮切りだったようで、加護と藤本は延々と訳のわからない会話を
紡ぎだした。ある特定の人から見れば高尚なボケの応酬。
ふつーの人から見れば、ただのアホな娘の会話である。
その二人の会話がこの緊張感を緩和したようで。
「高橋はさあ、サーブに拘ってるよな?お前だったらセンスあるんだし、
もっといろんな事覚えた方がいいよ。
お前見てるとサーブにばっかり気がいってる感じがする。」
「え?」
高橋が市井に話し掛けられて思った事。グルグルとまず市井の言葉が頭の中を反響し、
(私のこと、市井さんは見てくれてるんだ)
感動を超えた特別な感情が沸き起こった。
- 54 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時30分45秒
- 「ん?いや、何となく気になったから。」
「あ、あの、私・・・私・・・」
「ど、どうしたんだよ?」
頬を上気させ、言葉がなにやら上擦っている高橋に、市井は辟易する。
「嬉しいです!」
「はあ?」
「いやあの、頑張ります!」
完璧にテンぱってる高橋を見て市井は大きく笑った。どこか貫禄のある笑いだ。
その様子を窺ってた真希も、二人の雰囲気を壊さないように優しくほくそえんだ。
大切な人が大切な人と楽しげに会話しているのを見るのは、悪くない事だ。
「お前はさあ、もっと自分に自信もった方がいいよ。」
「でも、私はごっちんみたいに才能ないですから・・・」
「才能かあ。じゃあさ、才能ない奴はテニスやったらダメなのか?」
「そ、それは・・・」
「資格なんて無いよ。自分が正しいと思ってる事、なにより、好きな事をするのに
才能なんて必要ない。お前は十分通用するし、今後も活躍できる能力を持っているよ。」
市井が持っている、言葉の魔力ってやつを、高橋は知らないだろう。
真希はそう思って心中で笑った。高橋は面食らっている様子である。
市井の言葉は重くて、輝いている。人を誘う力を持っている。
そんな市井を、真希は喪いたくなかった。だから明日が来てほしくないと思った。
矢口真里を実際目の当たりにして、素人でも市井との実力差は歴然だった。
人には様々な個性という名の魅力がある。
- 55 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時32分19秒
- 市井に限って言えば、テニスの他に言葉の力など。
それでも、やはり同じ舞台で共に頑張っている市井を、真希は喪いたくなかった。
市井はテニスの世界を抜け出しても、きっと他の分野で活躍できるだろう。
それでもだ。真希はこれからも、ずっと一緒に市井とテニスをしたいと思った。
高橋が市井と一所懸命話しているのを見ると心が明るくなる。
みんなが楽しそうにしているのを見ると、自然と頬が弛んでしまう。
世界中の人々が幸せになればいいのにな、と真希は思ったが、矢口の顔が浮かんで
すぐにその考えは霧散した。ふと、空を見上げると月がぼやけて見えた。
誰も悪くない筈なのに、どうしてこうも運命は悲観的なのだろうか。
加護と別れる曲がり角で、市井と藤本とも別れた。
三人はこのまま畦道をまっすぐ進んで、やがて出る国道の辺りでそれぞれ分岐する。
三人でどんな会話をするのか真希は気になったが、きっと仲良くやってるんだろうな
と思って、すぐに考えを明日の試合へと移した。
角を曲がると、例のように店舗は全て閉まっていた。
「ねえ、愛ちゃん。私さ、なんか明日の試合、嫌な予感がするんだよね。
勝つとか負けるとかじゃなくて、なーんか、こう、モヤモヤする感じ。」
しんみりと真希がそう言うと、何か考え事をしていた高橋は、え?と素っ頓狂な
声を上げた。市井との会話の余韻に浸っていたのである。
だから真希はもう一度同じ事を言った。
- 56 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時33分51秒
- 「私はね、いつも試合前には故郷のみんなの事思い出して臨むんだ。
そうすると、変な不安はスッと消えるの。」
「へえ。私には・・何て言ったらいいんだろう・・・そんな風に心から理解し合った
友達みたいなのはいなかったな。高校生になって、みんなと会って初めてわかった。」
「じゃあ、私は恵まれてるのかもしれないね。今も昔も友達には不自由しなかったから。」
「愛ちゃんはみんなに愛される性格してるもん。だからそれは当然。羨ましいよ。」
「ごっちんにだけは言われたくない。」
高橋はそう言って笑った。真希は最初よく理解できなかったが、
高橋があんまり無邪気に笑っているから、笑い返した。
二人が数秒笑いあって、いずれスウっと笑いが収まると、沈黙が生まれた。
それを嫌った真希は、すぐに口を開いた。
「石川梨華って名前だったんだ。あの娘。」
月を見上げながら真希がそう言うと、高橋は首を可愛く傾げた。
「誰?」
「んあ?いや、明日私と試合する娘の名前。
会ったことあるんだよねえ、本当に偶然に。T高校の試合見た日に。」
「そうだったんだ・・・で、どんな娘だったの?」
「んーとね、すごい面白い娘。なんかさあ、ぬけてるって言うのかなあ、
一所懸命なのがなんか笑えるんだよねえ。あっ、これは誉め言葉で。
あんな娘がいる部は絶対楽しいだろうなあ。」
「それは偶然じゃなくて、必然かもしれないね。」
- 57 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時35分22秒
- 高橋が確信じみた声色で言い切った。
「んあ?」
「話聞いてるとさ、なんかごっちんに似てるもん。」
「・・・全然似てないよ!私なんかより全然かわいいし・・・」
「いや、そういう事じゃなくて、ごっちんがいるから、きっとうちの部は
楽しくて、みんな明るいんだなあって思ったから。」
「ええ、私よりもあいぼんとかの方が、ムードメーカーじゃん。」
「何て言えばいいんだろう・・・ごっちんはそこにいるだけでみんなを
幸せにするんだよ。」
市井にいつか言われた事と同じ事を高橋に言われて、真希は思わず落ち着かなくなった。
「市井さんと今日話せたのも、ごっちんのおかげだし、ごっちんはさあ、
みんなの中心なんだよ。いろんな機会を与えてくれる。」
「自分ではよくわかんないなあ・・・」
「で、明日試合する娘にごっちんはそんな印象持ったんでしょ?」
「うーん・・・なんだろう・・・あの娘だけなんだよね。T高校で
矢口さんと普通に会話している所が想像できるのって。試合見て、
部員全員の印象からね。」
「じゃあ、やっぱりごっちんと似てるよ。だって、ごっちんだけだよ。
市井さんとあんなに楽しそうなやりとりしてるの。」
果たしてそれはいい意味で捉えていいのだろうか、と真希は思った。
- 58 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時37分55秒
- 「愛ちゃんはどうだったの?今日市井ちゃんと話してみて。」
「すっごいいい人。優しくて、言葉に深みがあって、それで、正しい人だと思った。」
「でしょ?なんか市井ちゃんが喋ると普通の事でもへんに納得しちゃうよね。」
「うん。」
「市井ちゃんの事さ、みんな知らないんだよ。きっと。」
「でもね、市井さんを変えたのはやっぱりごっちんだと思うよ。
ごっちんが本当の市井さんを引き出したんだよ。」
「どういう意味?」
「だって、入部当初の市井さんって、恐いイメージしかなかったもん。
怒るとかそんなんじゃなくて、もっと、恐ろしいイメージ。でも
ごっちんとマンツーマンで練習するようになってから、そんなイメージ
消えたもん。」
「私は昔の市井ちゃんの印象、あんまり覚えてないや。今の市井ちゃんしか
思い浮かばない。」
そう言って真希は笑った。
すると高橋も、それでいいと思うよ、と笑った。
- 59 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月06日(日)04時38分30秒
- 高橋と別れて家路を急ぐ途中、今朝疑問に思った事の答えが浮かんだ気がした。
――市井は自分にとって一体なんなんだろう。
真希にとって市井は、言葉なんかじゃ表現できない、もっともっと深いモノ。
だから真希はこの気持ちのいい感覚を、自分の胸の内にだけそっと秘めておく事にした。
でも、それは市井に限った事じゃなく、みんなそうなんだ、とも思った。
自分の仲間達は言葉で説明が事足りるほど安い存在じゃない。
スーと胸の支えが取れたような気がして、真希は駆け出した。
夏の澄んだ夜空の元、真希は一つの希望となって駆け抜ける。
何時の間にか、明日への不安は消えていた。
勝っても負けてもそれはそれでよし。忽然、楽観的に世界を望めた。
真希はとにかく精一杯、みんなの為に頑張ろうと思った。
―――――――
- 60 名前:カネダ 投稿日:2003年04月06日(日)04時39分00秒
- 更新しました。
- 61 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月06日(日)04時45分05秒
- 更新お疲れ様です。
「明日」になってしまうのが楽しみなような、寂しいような。
- 62 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年04月06日(日)08時23分51秒
- 次回更新は、とうとうT高とK学の試合ですか?
かなり楽しみです。
- 63 名前:名無しくん 投稿日:2003年04月06日(日)15時23分11秒
- 更新おつかれです。試合が楽しみです!
毎日更新をチェックしてたんで、うれしかったでし。
気長に待ってますんで、よろしくです。
- 64 名前:きいろ 投稿日:2003年04月06日(日)20時27分36秒
- 大量更新お疲れ様です。
T高とK学それぞれの決意と心の準備は整ったのでしょうか…
なんとゆーか、どちらにも負けてほしくないですね。色んな意味で。
市井・矢口この二人には試合で『何か』を見つけてほしいと思います。
そして二人の天才の――――試合。かなり期待しています。
最後に一言、よっすぃ〜がんばれ!!
- 65 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年04月07日(月)12時23分27秒
- 試合前のひととき
お互いいい雰囲気で試合に望めそうですね
試合についてはじっくり書いて頂きたいなと思います(プレッシャーを与える罪なやつ)
- 66 名前:葵 投稿日:2003年04月07日(月)16時18分51秒
- 昨日、東京体育館(?)で全国軟式ソフトボール大会を見てきました。
テニス面白いですね!無知ですけど…。次回更新がかなり楽しみです!
- 67 名前:七誌読者 投稿日:2003年04月07日(月)19時35分24秒
- 3日前くらいに見つけてからじわじわと読んできてものすごくはまりました。
いよいよ最終話で試合が始まるようですね。
禿げしく期待してます!!頑張って下さい!
- 68 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月09日(水)20時06分27秒
- ∬´▽`) ついについにですね…ドキドキ
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月20日(日)01時24分52秒
- 待ってますよー!
- 70 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月20日(日)02時28分25秒
- 更新キタ━━━━━(゚∀・・・・・
・・・・・・・・・・
コネェ━━━━━━(゚A゚;)━━━━━━ !!!!!
- 71 名前:カネダ 投稿日:2003年04月20日(日)05時27分45秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>61名無し読者様
そうですね。自分も同じ気持ちです。
ここまで長く書いてると、なにやら変な感慨が生まれてしまってダメです。
必ず完結させますので、最後まで読んでくれたら嬉しいです。
>>62読んでる人@ヤグヲタ様
今回の更新では試合まで持っていけそうにないです・・・すいません。
次回の更新で一回戦を書けたらいいなと思ってるんですが、何分優柔不断
な自分ですので、言い切れないのが情けない。ですが、頑張って書きますので宜しくです。
>>63名無しくん様
毎日覗いてくださってたんですか・・・申し訳ないです・・・
本当に有難う御座います。更新ペースだけは崩したくなかったのに。
こんな自分ですが、これからも読んでくれれば嬉しいです。
>>64きいろ様
そうですね。自分も勝敗をつけるのは複雑な心境です。
どちらの高校も思い入れが深いですし、なにより書いている内に自分の中で
いろいろと感じるものも変わってきましたから。吉澤は頑張らせます(w
- 72 名前:カネダ 投稿日:2003年04月20日(日)05時42分13秒
- >>65むぁまぁ様
準備はそろそろ整ったぽいですね。
お互い、悔いの残らないような試合をさせたいと思ってます。
試合はじっくり書きたいので、今回の更新ではまださせないんですが、出来ればこの次で。
>>66葵様
スポーツは全般に面白いですよね。ソフトボールは自分も大好きです。
テニスの面白さが伝わればいいなあっと思って書いてきたので、
そう言っていただけてすごい嬉しいです。また読んでやって下さい。
>>67七誌読者様
有難う御座います。こんな長いのを読んでくれて・・・
試合のほうは次回あたりでさせたいと考えていて、今回はすいません・・・
藤本は自分も好きなキャラですね。あんな扱いで怒られないかと心配してましたが(w
>>68名無し読者様
ああ、この小川のAAがひどく懐かしく感じるのは自分の更新が遅い所為ですね。
出来れば早く書き上げたいんですが、最近どうにもまた忙しくなってしまって・・・
試合は次にさせますので、是非読んで下さい。
>>69名無しさん様
遅れてすいません!更新します。
ああ、ペースが落ちた自分が嫌だ・・・
>>70名無し読者様
更新行きます!遅い自分はアホです!
それでは続きです
- 73 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時44分02秒
- ふわぁっと、一つ、大きな欠伸をして梨華は目を覚ました。
寝る前はあれだけ今日への心構えの所為で高鳴っていた心臓も、嘘みたいに治まっている。
寝起き早々だというのに、なにやら気分がとても清々しい。
心の中に澱みはなく、それでいて程よく湧き上がる覇気が妙に心地よかった。
ベッドから上半身だけを起き上がらせ、梨華はふと、窓の方に視線を向けてみた。
カーテンで遮蔽された部屋にはピンク色の、淡く弱い日の光しか入ってきていない。
ソレを嫌った梨華は、反射的とも言えるくらいの勢いでカーテンを開いた。
そこで待ち構えていた、突き刺さるような強い日射―――。
梨華は気持ち良さそうに目を細めた。澄んだ青い空は、どこまでも快晴。
K学との一戦を控えているこの日は絶好の試合日和だった。
それだけに、梨華はどうにも複雑な気分にもなった。
「ああ、晴れちゃったかぁ。」
残念とも歓喜とも取れる間延びした声を出す。
雨だったら試合は延期だったのにな、という言葉を飲み込んで梨華はピョンと
ベッドから降りた。その拍子にギシっと床が軋む。
そして机の上に居座っている、熊のぬいぐるみに惰性でおはようを言った。
(あれ?)
日課になっている筈なのに、何故かこの自分の行為に対して不可解な違和感を覚えた。
(そういえば・・・)
- 74 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時44分41秒
- そういえば、どうして自分はその当時、このピンクの熊を貪欲に欲しがったんだろう。
梨華の頭にふと、考えもしなかった疑問が浮かんだ。
無欲で、何も欲しがろうとしなかった自分が、あの時だけは自分でも
考えられないくらい、恥も捨てて欲を露呈していた。
後にも先にも、恐らくあんな事は二度とないだろう。
梨華は改めて熊のぬいぐるみが宿している、ガラスの瞳を見つめてみた。
目前にいる熊はどこ吹く風といったように、ぼけっとした顔をしている。
(ま、いっか)
そんな事よりも、今日の一戦に意識を集中するよう努めようと思った。
すぐに思考を切り替えて、
「さあ、がんばろ!」
試合に向けて、自分を昂然と鼓舞した。それは恐れという感情を誤魔化す為でもある。
うんしょ、よいしょと、梨華は年寄りじみた声を漏らしながら全身を入念にストレッチし、
よし、と最後に意気込んでから階段をタタタと元気よく駆け下りた。
恐らく台所にいるであろう、母親へ意思の無いおはようを言い、リビングに向かう。
試合は十二時からで、集合は十時だった。
梨華は普段通りに起きてしまったので、時間には大いに余裕がある。
公園でラケットでも振ってこようかな、と考えてみるが、どうにもそんな気分じゃない。
リビングでは父親がいそいそと出社の仕度をしていて、
その斜向かいには珍しく、ソファーに座ってテレビを見ている姉の姿があった。
- 75 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時45分22秒
- 「あれ?お姉ちゃん今日なんかあるの?」
キョトンとした顔の梨華に話し掛けられた姉は、気だるそうに梨華を一瞥した。
「別に、何にも無いけど。あんた今日試合なんでしょ?だからたまには
激励してあげようと思ってね、朝早くから待っててあげた訳。」
「ええぇ・・・なーんか、らしくないなあ・・・」
「見に行こうかなあっとも思ってたんだけど、今日講義あるし。」
「いいよいいよ。見にこなくて。・・・恥ずかしいし・・・」
梨華は慌てて首を横に振った。そんな梨華を見て姉はクスリと大人っぽく笑んだ。
二人は極平凡な姉妹ではあるが、驚くほど共通点をもっていなかった。
姉は常に行動的で積極的。そして自分の行為に自信と誇りを持っていた。
いわゆる姉さん肌というやつだ。根底にある種の『信念』を据えている。
気丈な姉の強さに、梨華は幾度と甘えたものだった。
一方の梨華は、新天地などでは自分から他人に声をかける事が出来ないくらい
消極的な性格をしていた。圧力には圧されるばかりで、対抗も抵抗も出来ない。
か弱くて母性本能くすぐる『女の子』であると同時に、典型的な弱者像と言ってもよかった。
が、それは過去の話――
「でもさあ、あんた変わったよねぇ。ちょっと前まではウジウジウジウジしてたのに。」
「そ、そうかな・・・」
- 76 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時45分58秒
- そう言われてみれば昔に比べ随分、心持ちは変わった気がする。と梨華は思った。
「今日の試合は勝てそうなの?」
「・・・今日の相手さ、去年全国優勝した高校なんだよね・・・」
梨華は悄然とした口調でそう言うと、チョコンと姉の隣に腰を降ろした。
姉は梨華を見ながら、ふうん、と気の無い相槌を打った。
「じゃあ、今年はここまでか。」
「・・・いや、諦めてないよ。私、勝たなきゃいけないんだ。」
テレビに写っている、ヘラヘラしたアナウンサーを凝視して梨華は言う。
おお、と、姉は梨華の勇ましい発言に感嘆の声を漏らした。
人間とはきっかけがあれば、こうまでも変貌するものなんだ。
姉は隣で凛とした表情をしている梨華に、顔には出さないが深く感心した。
その間に、父親は意味もなく肩身が狭そうに家を後にした。
「なんで勝たなくちゃいけないの?」
「それは、いろいろ訳があるんだけど・・・
みんなとまだ一緒に勝ち上がりたいってのもあるし、いろいろ。」
「ふうん。まあ、いい事じゃん。男にうつつぬかしてるよりもよっぽどマシだよ。」
「そういやお姉ちゃんこの前言ってた人どうなったの?」
「別れた。」
- 77 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時46分50秒
- きっぱり言った後、姉はハハハと高く笑った。
梨華もつられたように苦笑する。
姉はあくまで一直線で、迷いが無くて、そんな姉を梨華はやっぱり好きだった。
「あんた、いい顔してるよ。勘だけどさ、きっと勝てるね。うん。」
「ふふ、ありがとう。」
「まあ、心配いらないみたいだし、私はもう一眠りして大学行くわ。」
くしゃっと梨華の頭を撫でて、姉はリビングを後にしようとする。
「あっそうだ。」
と、姉の背中に梨華は声をかけた。その声に振り向いた姉に、
「ねえ、私の部屋にピンクの熊のぬいぐるみあるでしょ?」
さきほど思った疑問を訊ねてみようと思った。
姉は視線を斜め上に逸らして数秒思案するような仕種をした後、ふん、と頷いた。
「なんでさあ、私、あんなにあのぬいぐるみ欲しがったんだろう?」
ふざけてるのか、と姉は一瞬思ったが、梨華の眼差しが嫌に真剣だったので
暫しその当時の事を思い起こしてみようと考えた。
- 78 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時47分23秒
- 頭の中で不鮮明だった当時の映像が、徐々に形になってくる。
ギャーギャー喚いて熊のぬいぐるみの権利を勝ち取った当時の梨華。
それは、大人しくて自分の意思を家族にさえ、まともに公言できなかった
かつての妹像を破綻するきっかけになった事件でもあった。と言っても、
あれだけ騒いだのはソレが最初で最後だったのだが。
ふーむ、と唸って、姉は疑問符を浮べながら自分を見ている梨華を見下ろす。
―――直感。
梨華の瞳を見つめていると、そんな単語が頭に浮かんだ。
どういう訳か、梨華の瞳の奥には、定められた未来があるように思えた。
「ねえ、もしさあ、あの時、あのぬいぐるみが私のになったとするじゃん。」
「うん。」
「そうだったらさ、あんたみたいに大事にしないと思うんだよね。絶対。」
なにやら考えてる梨華の返事を待たずに、姉は続けた。
- 79 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時48分07秒
- 「あんたはさ、変に鋭いんだよ。直感であのぬいぐるみを守りたいと思ったんじゃない?
自分で意識しない内に、あんたは私のとこに来た場合の
あのぬぐるみの未来を予知してたんだよ。」
「・・・そうなのかな・・・」
「私にはそれ以外には理由が思い浮かばないわ。じゃあ、おやすー。」
「あ、うん。おやすみ。」
姉が階段を上りきった後に、梨華はあのぬいぐるみと初対面した光景を蘇らせた。
包装紙に収まりきらず、頭が半分ほどはみ出ていたのを微かに覚えている。
そして、あのガラスの瞳。あの虚無の瞳の第一印象は、今でも鮮明に思い出せる。
守りたかった、というよりも、助けたかったのかもしれない。
その意識が、自分の性格の基盤であった萎縮自己卑下気質を猛然と打破したのかもしれない。
梨華はいろいろと考えてみるものの、結局正解と言える答えを導く事は出来なかった。
―――――――――
- 80 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時48分40秒
- ガタンガタン。
床が微動する感覚で真希は目を覚ました。
こんな些細な震動で目を覚ます事など一度も無かったのだが、
今日試合を控えている為に、少し神経が敏感になってるのかもしれないと真希は思った。
そして、妙に意識が判然としている。
双眸はやたらに見開けるし、視界は鮮明で、薄暗い部屋の天井のしみさえも確認できた。
寝起きの悪い自分にしては妙だな、なんて事を考えていると、部屋の襖が開いた。
リビングから蛍光灯の光が入ってきて、カーテンで締め切っていた部屋に
微かな明かりと、淡い影が訪れた。その影の形は見慣れているようで見慣れていなかった。
「あれ?真希起きてたの。」
母親は声を潜めていう。
「・・んあ、なんか目が冴えちゃったみたい。今何時?」
真希は母親の声に誘われるように立ち上がった。
そして首を捻り、クキっと小気味よい音を奏でると、
続けざまに両手の五指をポキポキと鳴らした。手足が軽い。
体の調子も悪くない。
- 81 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時49分16秒
- 「まだ七時。試合は確か十二時からだったよね?」
「うん・・・おかしいな・・こんな早く起きるなんて。」
「緊張してるの?」
「いや、全然。」
「だと思った。」
そう言って母親はフフフっと口端を上げるだけの優しい微笑をした。
真希も、ははは、と合わせる様に笑った。―――その、刹那だった。
真希には断片的にしか残っていなかった父親の記憶が、
生前のはっきりとした容姿さえもが蘇ったような気がした。
何故だろうと考えてみると、呆気なく見えないモノが見えた。
真希が忌み嫌っている、このちっぽけな箱のような家の中には、間違いなく
笑顔が溢れていたのだ。大切なものを真希は忘れていて、今漸くソレに気付いた。
非行を繰り返してる馬鹿な弟だって、今は盲目になっているだけだ。
目に見えているモノなんて、実際は極僅かなのだ。
リビングに移動して、二人は朝を御飯を食べながら会話をする。
「お母さんさあ、今日来るんだよね?」
「うん。やっぱり来てほしくない?」
「ははは、なんで?」
「真希くらいの歳の子は、だいたい親と関るのを嫌がるものだから。」
「ぜーんぜん。むしろ来てよ。お母さんにはさ、見てもらわなくっちゃ。私のテニス。」
- 82 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時49分59秒
- 真希は揚々とラケットを振る仕種をした。
自分の人生を変えたテニス。
まだまだ未熟で、お世辞にも人を魅せるようなテクニックなんて無いが、
それでも上達への過程を、そしてテニスによって出会えた仲間達を、
そして何よりも現在の自分自身を、母親には示さなければいけない。
運命というモノが存在するとして、世界には幾億もの人とその人生が存在していて、
その中で、果てなく希有な宿命とも言えるテニスと出会えた喜びを、
真希は今日の試合で表現しようと自分の心に言い聞かせた。
「楽しみにしてるから、頑張ってね。」
「まかせてよ、勝てれば勝つからさ。」
「ねえ、真希は将来の進路とか決めてるの?」
「んあ?どしたの、急に。」
「ゆっくり話せる時に話しとこうかなぁっと思って。
別に決めてないんだったら今じゃなくてもいいんだけど。」
「進路ってねえ・・・まだ高一だし・・・でも・・」
―――テニス。
テニスを続けたい。
真希の中で、それだけははっきりとしていた。
- 83 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時50分29秒
- 「大学に行きたいんだったら、家の事なんて気にしないでいいから。」
「大学は・・・考えてないけど。たださ、テニスは続けたいかなあって思ってる。」
「テニス?」
「・・・うん。だってさあ、楽しいもん。趣味でいいから続けたい。」
「真希の夢は、テニス選手になること?」
「なーんでそう話が飛躍しちゃうのかなー。ただ続けたいだけだよ。」
夢を持つには資格がいる。と、真希は考えている。
人は生まれついた時から何らかの使命を持って、歩み出すモノだと。
市井を見て、矢口を見て、加護を見て、高橋を見て、里田を見て。
そして自分と関った幾多の人達を見てきて、そういう結論に至った。
長い目で見て、十五歳という今はすごく大切な時期なんだと真希は思う。
事細かに様々な分野に興味を持つ年頃で、それらが不適応だったり挫折したり、
不安定な感情を抑えられなかったりと、いろんな経験を積む歳なのだ。
誰だって好きな事を続けられて、そしてソレで生きていけたらそれに越した事はない。
本人に直接顔を見て言う事は出来ないが、やっぱり市井にはテニスの才能は
ないんだろうと思う。加護にもテニスの才能はないんだろうと思う。
だけど、二人にはテニスをいつまでも続けてほしいと思う。
真希は矢口真里を見て、思った。
矢口の背中には羽が生えている。それは妖精なんかじゃなくて、
もっと大空に羽ばたける大きな翼だった。テニスの世界で生き抜く為の、
大きな大きな夢の翼だった。そんな羽を持つ者は、ほんの一握りしかいないんだろう。
真希本人も、勿論自分にそんな羽は生えていないと考えている。
- 84 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時51分02秒
- 「そうだよね。ゴメンゴメン。学校は楽しい?」
「うん。それはめちゃくちゃ。」
高校に行けて、本当によかったと真希は思った。
「だったらいいのよ。テニスも好きだったらずっと続けなさい。
自分から妥協したらダメよ。絶対。」
「うん・・・続けられたらいいね。」
そこで初めて真希は矢口に嫉妬した。
悔やんでも仕方ないのに、自分の不安定なテニスに嫌気がさした。
今まで、知らなかった感情だ。
どうしてこうも世界は不平等で、幸と不幸が存在するのだろうか。
自分の不甲斐無さと、現実の厳しさと、理想の脆さに、真希はもがいた。
「真希?どうしたの?」
「あ、いや・・なんでもない。勝つよ。今日。
夢は今のとこないや。明日の事は・・・明日考えるよ。」
「真希だったら、心配いらないけどね。」
- 85 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時51分41秒
- 母親は微笑して、そして真希は俯いた。
まず今だ。真希は何度もその言葉を心中で連呼した。
時計を見ると、まだ九時だった。
定期的に走り去る電車の所為で、家はその都度揺れていた。
揺れるたんびに、真希は理由の無い罪悪感に襲われた。
揺れる部屋と、母親の背中を見る度に。
「今日はこれつけて試合するよ。」
真希は昨日母親に貰った黒のリストバンドを示した。
そして父親の事を考えた。
他界した父親は、自分がこうしてテニスをしている事をどう思ってるのだろう。
すると、それを見透かしたかのように母親が口を開いた。
「お父さんも喜んでるね、きっと。」
「そうかな?」
「だって真希とテニスクラブ行った日はいつもお母さんに言って聞かせたんだから。
真希がまた上手くなっただの、才能があるだの。いろいろと嬉しそうに。覚えてない?」
「ごめん・・・全然覚えてないや。でも・・・」
本当に真希は覚えていなかった。
- 86 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年04月20日(日)05時53分32秒
- 頭の隅にある、記憶の中の父親を蘇らせ、当時の場面を想像してみる。
自分の右手には包み込むように、父親の大きな左手が握られている。
帰り道はいつも夕陽が支配していたから、空はオレンジ色だった。
オレンジ色の世界、父親の大きな左手、そして左肩にかかったラケットバッグ。
どんな会話を紡いだのかは全く覚えていない、ただ踏み切りを待っている時に
聞こえる警告音とシグナルの赤い点滅、そして電車が通過した時にかかる風の
風圧だけは鮮明に思い出せた。
どうしてこんな下らない事しか覚えていないんだろうか。
一つ一つの場面で微かな匂いすら思い出せるのに、父親とのやりとりだけは
どうしても思い出せない。
真希は思い描く。
オレンジ色の世界、踏み切り、シグナルの点滅、警告音、通過する電車。
父親の左手を辿って、その天辺にある横顔を覗く。そして、喋りかける。
電車が通過して踏み切りが開く。音が止む。
「テニス、大好きだよ。」
そう言った後、自分の右手を包んでいた左手が霧散した。
世界には真希だけが取り残され、オレンジ色の世界だけが残った。
どうしたって、死人からの答えなんて聞ける筈がないのだ。
それでも、父親は喜んでるに違いない。
真希はもう一度、心の中で言った。
(テニス、大好きだよ)
―――――――
- 87 名前:カネダ 投稿日:2003年04月20日(日)05時54分11秒
- 少ないですが、更新しました。
次で、できれば試合させます。
- 88 名前:きいろ 投稿日:2003年04月20日(日)08時18分53秒
- 更新お疲れ様です。
あぁあ…本当にどちらにも負けてほしくない…。
早く試合が見たいような見たくないような(w
でも、やっぱり見たいですね。
個人的にはやはり矢口vs市井と大将戦が楽しみです。
これからもがんばって下さい。最後まで固唾を呑んで応援させて頂きます。
- 89 名前:名無しくん 投稿日:2003年04月20日(日)12時03分06秒
- 待ってました!ついに試合ですか。
のの対あいぼん、矢口対市井、石川対後藤
ぜーんぶ楽しみです。
更新首を長くして待ってます。
がんばってください!
- 90 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年04月20日(日)15時47分49秒
- 更新お疲れ様です
テニスや仲間を通じて二人の少女が変わっていく姿
そして自分だけではなくまわりも変えて行く
もっと見ていたいですね
こちらも負けないよう気合いを入れて読ませて頂きます
- 91 名前:カミヤ 投稿日:2003年04月21日(月)12時00分48秒
- この小説を読んでいると、T高のみんなが、
まるで自分の友達のような、教え子のような気がしてました
(以前部活の顧問をしていた、と書き込んだ者です)。
自分は生徒に何もしてやれなかったので、T高には
是非勝って欲しいなあ。
更新はとてもうれしいけど、終わりが近いのが悲しいので、作者さんは
できればゆっくり(笑)書いてください。
- 92 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年04月24日(木)20時59分24秒
- カネダさま、更新お疲れさまです。
いよいよ対決のときが近づいてきました。
それぞれのチームに魅力があり、どっちが勝つのか予想も付きませんが、いつまでもテニスが大好きな人でいて欲しいです。
最後にある梨華ちゃんVSごっちんの対決楽しみに待ってます!
- 93 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月11日(日)11時34分33秒
- 更新をお待ちしてます。
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月12日(月)20時57分59秒
- まってますよー
- 95 名前:カネダ 投稿日:2003年05月13日(火)00時32分24秒
- レス有難う御座います。
本当に更新遅くなって申し訳ないです・・・
>>88きいろ様。
どっちも本当に負けて欲しくないと自分でも思ってしまいます。
試合までいけると思ったのに・・・自分の不順さが憎らしい・・・
頑張りますのでこれからも読んでやって下さい。次は死んでも試合です。
>>89名無し君様。
ああ、試合楽しみに待っててくれたのに・・・すいません。
なんとか試合させたかったのですが、アホな自分に嫌気が・・・
次の更新では絶対試合ですので、読んでくれたら嬉しいです。
>>90むぁまぁ様。
上手く成長の過程を書けてるか不安だったんですが、
そう言ってもらえると本当に嬉しいです。
こっちも気合入れて書かせてもらいます。
>>91カミヤ様。
そう言ってくれると本当に嬉しい限りです。
自分も書いている内になにやら本当に愛情みたいなモノが湧いてきました。
更新ゆっくりしすぎて申し訳ないです・・・
>>92ななしのよっすぃ〜様。
いよいよきました。思えば長かったです・・・
テニスを通じで娘。達の魅力を書こうと必死でした。
後藤対石川まで、まだちょっと遠いのですが、その試合は命懸けで書きたいと思ってます。
>>93名無し読者様。
本当に更新遅れてすいません。
これからも読んでくれれば嬉しいです。
>>94名無しさん様
すいません。不甲斐無い限りです。
こんな作品ですが、見捨てないでやってくれれば、ありがたいです・・・
それでは更新です。
- 96 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時33分26秒
- 梨華は大きな声でいってきますと言って家を出た。
水色を塗り手繰った雲一つ無い空を見上げながら、線路沿いの道を歩く。
この日は今年の最高気温を暫定で記録する猛暑となるのだが、今の時点ではそこまで
気温は高くなく、朝の澄んだ大気はまだ心地よさを保っていて、
時折吹く風は、べとつかせる湿潤をサラリと洗い流してくれ、心地がよかった。
朝の町並みを見ながら足を進めるのは嫌いじゃなかった。
様々な様相を呈している、格固有物。
昨日矢口に言ったとおり、梨華はそれらを見て様々な感想を抱く。
夜には奇妙な陰影を帯びるシンとした家々も、朝の澄んだ日射を帯びれば忽ち生きてくる。
カサカサと囁き合っているのか、微笑をしているのか、一定の間隔で立ち並んでいる
街路樹からはプラスの印象を得た。
いや、今日は何を見ても自分を勇気付けてくれるようだ。
後押しするように背中を照射する日光も、時折吹く冷たい風も、街路樹も、何もかも。
どこを見ても敵はいない。
梨華の心に、沸々と勇気が涌いた。
こうまでも世界は優しいのに、どうして三ヶ月前までは自分を卑下したりしていたのだろう。
テニスをやってよかった。みんなと会えてよかった。
だから今日は、みんなの為にテニスをしよう。
出会いをくれたテニスに感謝しよう。
- 97 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時34分16秒
- 梨華は肩に掛けているラケットバッグをポンと優しく叩き、快活に足を進めた。
駅に着くと、いつもとは反対側の改札を通って、反対側のホームで電車を待つ。
ほどなくして、やっぱり反対側から上りの電車がやってきた。
リズムよく流れていく、時間と調和。
「梨華ちゃんじゃん。」
と、そのリズムを乱す、呼び声。
聞き慣れた声を聞いたから、梨華は車内に踏み入れかけた足を急いで戻す。
暫し二人で向き合っていると、電車は二人を置いてさっさと出発してしまった。
閑散としたホームに、二人だけが取り残される。
二人の距離は、五メートルと言ったところ。
「よっすい!」
「うわあ・・・朝っぱらから縁起悪いなあ。」
「ぶー。何よそれえ。」
「ははは、嘘ウソ。」
「ハァ・・・よっすぃってほんとアホだよね・・・」
落胆の溜息をついた時、梨華が俄かに感じ取った違和感。
(あれ?)
吉澤の肌が、嫌に白い気がした。
色白なのは元々なのだが、そこに何か病的なモノを窺えた。
吉澤はツカツカと手提げ鞄を肩の後ろに引っさげて、男前さながらに歩み寄って来る。
目の下にはでかい隈なんかをおまけに施していた。
- 98 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時34分55秒
- 「昨日寝れなかったの?」
「ん?なんで?」
「だって・・・なんか顔色悪いよ?」
「ああ、ちょーっとね。そんな大したこと無いよ。」
明らかにヨソヨソしい吉澤の態度。ポリポリと頬を人差し指で掻いている。
「ホントに?私には嘘つかないでよ。」
梨華の心配そうな表情を見て、吉澤はうーん、と唇を歪めた。
「・・・少しさ、親に感謝したんだ。」
「親?」
「あんなに憎んでたんだけど、こうやってテニスをしてるのはあたしの父親が
転勤がちでコロコロ住居換えてる御蔭なんだってさ。いや、そもそもあたし
自身が存在している事が。因果なもんだよね。」
「・・・・」
「世の中に意味の無いものなんてないんだね。」
吉澤の表情は、感情を押し殺しているのか、曖昧だった。
回送の電車が通り過ぎて、電車に糸を引くように纏わりついていた風が行き去って、
そしてミンミンと鳴く蝉の声が鮮明に聞こえてから梨華は口を開いた。
「よっすぃーと会えたのってさ、運命なんだと思う。
いや、みんなと会えた事も。だっさあ、世界中にはいーっぱいヒトがいるんだよ?
そんな中で、こうやって私達は出会えたんだ。」
- 99 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時35分45秒
- 梨華は図書室で吉澤の手を握った時と同じように、吉澤の空いていた左手を
無意識に強く握った。握られた吉澤は一瞬キョトンとした茫然を表情に出したが、
すぐに真顔になって梨華を目を見つめた。梨華は優しい笑みを浮べている。
それは欺瞞なんかじゃなく、心からの微笑みだ。
梨華の左手に、しっかりとした吉澤の力が伝わった。
ギュッと握られた手は暖かく、そして意思が篭っていた。
「梨華ちゃん、ありがとう。あたしは、今日みんなの為に試合するつもりだよ。」
「うん。それは私もね。今日やっとさ、色々気付いたよ。よっすぃに会えてよかった。」
「あたしは勝利に貢献出きるかわかんないけど、梨華ちゃんには期待してるんだ。」
「私?なんでよー」
梨華はからかわれていると思って、軽く笑った。
その時、電車がホームに滑り込んで来た。
ゴオっと風が最初に来て、二人の髪を軽く乱した。
空気の抜けたような音と同時に扉が開き、二人一緒に電車に乗って、
そのまま扉に背凭れた。車内には殆ど乗客はいなかったが、お互い席に座る事を嫌った。
二人は向かい合う。
梨華のニコニコ顔とは裏腹に、
吉澤はまるで死刑台に向かう死刑囚さながらの陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
歯を食いしばったような表情をしていて、なにやら視線を伏せている。
怯えているのだ。吉澤ひとみは―――。
こうやって友達の存在が尊くなればなるほど、していた筈の覚悟が薄れていく。
離れたくない。負けたくない。ところが自分のテニスは情けない。
- 100 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時36分34秒
- 「よっすぃ。私さ、勝って見せるから。だからそんな顔しないで。」
梨華は窓外の流れる景色を横目で見ながら、諭すように言う。
梨華の顔を驚いたように一瞥してから、吉澤も視線を外に向けた。
「そうだね。」
「うん。」
不思議と、梨華に危機感はなかった。寧ろ、闘志さえもが涌いた。
誰かの為にナニカをする。それは、己の限界を超える原動力になる。
だから、そういう状態になっているヒトは強いのだ。
それから二人の会話はピタリと止まったが、二人に言葉なんて必要なかった。
二人とも同じように、窓外を流れる景色を見ていた。沈黙。
――
二つ後の停車駅に止まって扉が開いた時、そこに用意されていたように希美がいた。
最初目が合った時ポカンとした顔をしたが、すぐに嬉々とした希美らしい
テヘテヘ笑顔で二人に挨拶をした。
「何にも約束してなかったのにね、偶然ってすごいね。」
希美の口調は最近、やたらにしっかりしていた。
滑舌のよい希美なんてらしくないな、と梨華は思っていたがそれも束の間で。
今ではハキハキと事場を発する希美が本当に頼もしく見えた。
自分では気付いていないが、それは梨華もそうだし、吉澤もそうだ。
経るべく道を辿って成長するのは当然の事なのだ。
- 101 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時37分08秒
- 「やっぱ三人だと落ち着くよねー。」
希美がやけにませたことを言う。首を傾げて苦笑する吉澤。
「のの、やけに大人びたなあ。」
「よっすぃが子供過ぎるの。」
梨華の横槍が入って、吉澤のカウンター。
「梨華ちゃんは体だけがオトナ。」
「・・・」
希美と吉澤は大きく笑い出した。
二人が笑ったから、梨華もどうでもよくなって一緒に笑った。
笑顔は昔から今もなんら変わらない。
「三人だと本当に落ち着くね。私は二人に会えて本当によかったと思うよ。」
「梨華ちゃんは相変わらず痛いこと言うなー。」
「私はこんな性格なんですよーだ。」
「梨華ちゃんって痛々しいね・・・」
「こう、喉元が、ムズムズする痛さ。」
「・・・二人ともうるさい!」
決戦は近い。
――――――――――
- 102 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時37分56秒
- カンカンカンと、真希は軽い音をワザと立てて階段を下りる。
空に輝く太陽に一瞥くれてから軽く屈伸をし、よーい、ドン、と自分で言ってから
学校までのランニングのスタートを切る。
いつも通い慣れた道を淡々と走る。毎日同じ事の繰り返し。それが一番楽しい。
世界は広くて、青い。
今日もこの青空の下で、厳しくて楽しい試合ができたらいいと真希は思う。
走りながら呼吸を意識してみる。トクントクンと心音に合わせて息を吸い、吐く。
町並みが幾条もの線になって行過ぎる。
何時の間にやら掛け替えの無いモノになってしまったテニスというスポーツに
真希は畏敬の念を今更抱いた。ふとしたきっかけで人生なんてモノは
180度コロリと変わるものなのだ。
石黒とはじめて会った日の事を不意に思い出す。
今考えてみると、あの時石黒からの勧誘を断っていたら、今日の自分自身はありえないのだ。
ペースを一定で走りながら、真希はクスリと笑った。
全てはあの日から始まったのだ。
それまでは腐っていた、と言えばそうではないし充実していた、と言えば
それは嘘になる。
ただ単に、自分自身に疑問符を抱かなかっただけだ。
ラップに包まれた食事を一人で食べるのも、つまらない友人と付き合うのも、
父親がいなくなった事によって勝手に全ての事象を正当化して、
お行儀のいい自分を装っていただけなのだ。
流されるように生きてきたそれまでの人生を、真希は後悔していない。
高校生になって、そして色んな人と出会って、わかる事が出来たのだから。
- 103 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時38分44秒
- 「ごっちーん!」
洒落た店の通り、その幾つめかの細い脇道を出た所に高橋が立っていた。
どうやら、真希を待っていたらしい。高橋の左手には件のブレスレットがあった。
キラリと日光を塗して、何とも言えない綺麗な色で光っている。
「愛ちゃん!」
と言ってから真希は足を止めた。
一旦運動を停止すると待ち構えていたように疲労が体に襲い掛かってくる。
真希は膝に手を置き、はぁっと、一度大きな息を吐いてから高橋に挨拶をする。
「おはよう。待っててくれたんだ?」
「うん。最近ごっちんは遅刻しないしね。」
「ああ、そういやそうだね。」
「ははは、普通はしないんだけどね。」
二人は他愛のない会話を楽しげに紡ぎながら歩き出した。
高橋と仲良くなったのは、食堂で一人、食事をしていた高橋を
加護が誘ったのがきっかけだった。
もしあの時、加護が声を掛けなかったら高橋とこうして登校する事は
なかったのかもしれない。そういう日常に溢れているきっかけという
不思議な種を真希らは全て拾い、そして丁寧に開花させてきた。
本人に実感はないが、真希という存在はいるだけで周りに光を齎し、
そしてある種の幸福をいる者に与えるのだ。
それが怖くて、少し前まで市井は意識して真希を避けていた。
- 104 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時39分22秒
- 学校まで一直線に続いている畦道に出た所で、二人は加護とばったり出くわした。
お互いが顔を見合わせて、目をぱちくりさせている。
それからニタリと加護がゆっくり破願した。
加護と初めて話しのは始業式で真希以外、加護だけが
保護者を同伴していなかったのがきっかけだった。
そう言えば、加護と家族の話をした事はなかったな、と真希は思った。
「おお、おはよう。こんな風に会うなんて偶然っておもろいなー。」
「あいぼんおはよ。」
「今日は頑張ろうね。なんだか、辻さんとあいぼんが試合するなんて
想像できないけど。」
そうして三人は並んで歩き出した。
思えばいつも支えあってきた一番仲の良い三人組だ。
誰か一人でも欠いていたら今日の成功も、明日への希望も無かったかもしれない。
太陽が高くなって、ギリギリと気温が上昇する。
上昇する気温に比例してに、今日への意気込みも徐々に増してくる。
三人とも口を噤んでいたが、今日の試合は自分達の「これから」を左右する
重要な試合になると揃って思っていた。
だから、負けられないし、負けたくない。
- 105 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時39分59秒
- 「ごっちん、ウチらん時応援してな。ごっちんの声聞いたら元気二億倍くらい
出るから。」
「出すぎだっつーの。」
「ははは、でもごっちんの声は落ち着くよ。」
「自分ではわかんないなー。」
「わからんでもいい事が世の中には一杯あんねんごっちん。」
「そうそう。ごっちんはわかんなくてもいいんだ。」
「なんだよー仲間外れみたいじゃん。」
笑い声が木霊して、心が軽くなって、そして色々な決意をする。
チョロチョロと穏やかな流れを保っている、端の川を一瞥してから真希は空を見上げた。
どこまでも澄み渡っている青の青を見て、願った。
この蒼穹の下でみんな一様に勝利を。
――――――――――
- 106 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時40分36秒
- 梨華ら三馬鹿トリオがHテニスクラブに到着し、試合を行うCコートに向かった
時には既にK学の面々が意気揚揚と準備運動を始めていた。
皆が皆一様に理路整然とメニューをこなしている様を見て、梨華だけじゃなく
吉澤、希美も思わず固唾を飲んでしまう。なんと言うか、本格的だ。
そんな萎縮した様子で三人は自陣を窺ってみると、そこには意外な光景が広がった。
中澤が、恐らくK学の顧問であろう、その女性と笑いあっていた。
まるで昔から懇意だった友人のように、その様子にぎこちなさは見受けられなかった。
ただ一つだけ引っ掛かる所が。
二人の笑顔には、どちらにもギラギラしたオトナの棘が節々に垣間見えた。
よーく目を凝らせば、二人の視線の合い間に小さな火花が飛び散っている。
「いやあ、彩っぺ。絶対当たると思っててんけど、実現したなあ。」
「負けないよ。裕ちゃん。」
「ウチが鍛えあげた連中に、そうそう勝てると思うなよぉ?」
「それはこっちのセリフだよ。」
クルン、と回ってお互い逆方向に歩き出す。
中澤は振り向いた途端に顰めっ面を作っていて、自陣のベンチに座るまで
その表情を崩す事はなかった。そして席につくとブルブルと顔を左右に大きく振って、
ブラウスの胸ポケットからタバコを取り出す。
それから大きく一息吸って、太陽に手を翳した。
吐いた煙が指の隙間から差し込む光線を暈して、その手にかかる。
太陽は真上にあった。その球体はギラギラと熱光線を
コートに落とし、起こりうる激戦の舞台照明は既に用意されていた。
中澤はもう一度大きく吸って、高鳴る鼓動を抑えようと努めた。
自分の試合なんかよりもよっぽど期待してしまう。
- 107 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時41分20秒
- そして辺りはやけに騒々しくなった。
蝉の鳴き声に扇動され、続々と集まっては席につく観客達。
余りにも因縁が深すぎる両校の試合に、人々は期待をしない訳が無かった。
特に注目されるのは、言うまでも無く矢口と市井。
梨華はK学の面々の優美さに見入っていた。
全員どこか貫禄と言った傲慢なモノより、漂う雰囲気に美しさがあった。
ラケットを振る様子も、部長である飯田を筆頭にピタリと息が合っている。
それでも当の本人達にはその意識が無いように思えた。
皆それぞれリラックスした面持ちをしているし、
掛け声の合い間には笑い声も混じったりしている。
無意識に自然に、K学の面々は繋がっていた。
それはただ無理強いをさせられて『作られる』強豪よりも、よっぽど脅威と言える。
そこで、軽い違和感を梨華はK学の列の一点から受けた。
例の、少女だった。
名前は後藤真希という。
K学のトリを努める存在であり、梨華と相対する存在であり、同じ一年生だ。
その真希という少女だけが、ピタリと息の合ったK学の動作に微妙なズレを生じさせている。
驚くべきは、そのズレた動作に他の部員が合わせていた事だった。
それも、それは無意識のままに、真希という存在に、他の連中が従っているのだ。
「ねえ・・・のの。あの娘、本当に無名の娘なの?」
- 108 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時41分52秒
- 梨華は恐々とした声色で、隣で同じようにK学の練習を窺っていた希美に声をかける。
「どの娘?」
「ほら、あの栗色の髪の毛の、私の対戦相手の。」
「ああ、ののは知らないよ。って、誰も知らないと思うけど。」
それよりも希美が注目したのは当然だが加護亜依だった。
喧嘩別れした時には思い詰めた顔していたあの加護が、今は見違えるように
その表情を輝かせている。加護はK学に行って、何かしらの好転をして、
そして自分自身の役割みたいなモノを見つけたのだろう。
希美は加護の笑顔を見ながら、自分の三ヶ月を不意に振り返ってみた。
こちとら、負けていないはずだ。
この三ヶ月間は、これまでの人生をも凌駕する。
加護の清々しい表情に対抗するように希美は梨華の手を強く握って、そして笑ってやった。
「どうしたの?のの。」
「ううん。なんでもないよ。梨華ちゃん、ほら、もっと胸張って。」
「は?」
その時希美は気付いていたが、気付きたくなかった。
加護の隣で楽しげに声を掛け合っている現、加護のパートナーである高橋愛の存在を。
高橋は射抜くような視線をチラリチラリと希美に送っていた。
それを正面から捉える事をしないで、希美はさり気なく逸らしていた。
高橋にとって自分の存在が気にならない訳がない、当たり前の事なのに、
どういう訳か後ろめたさを感じてしまう。
まるで、自分が罪人のようだ。
高橋の視線はあくまで正義で、その刃を突きつけられているよう。
- 109 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時42分36秒
- 「あの高橋って娘、きっと凄い上手いんだろうね。」
「・・・やっぱり気になるの?」
「別に、こっちはよっすぃがいるもん。」
その吉澤は相変わらず松浦を玩具にしようと企んでいた。
梨華と希美と別れた後、吉澤はテニスウェアにさっさと着替え終えて、
ジッとK学の藤本を凝視していた松浦に死角からの水平チョップをかます。
いたーい、と言って松浦が振り返ってみてもそこには誰もいない。
「もう!吉澤さんってバレバレですよ!」
「そりゃあたししかそんな事しないもんね。」
吉澤は松浦の前に下からニョキっと現れた。
真下から突然現れたので、油断していた松浦は強張った顔を作り、片足分、後ずさる。
「そんなに見たって変わんないって。勝つか負けるかしかないじゃん。」
溜息交じりに、吉澤は興味ゼロの視線をK学の面々に向ける。
「それでも、何か癖とか掴めるかもしれないじゃないですか。」
「お前はいさぎが悪いなあ。もっとさー気持ちのいい奴になれよぉ。」
「私と吉澤さんと一緒にしないで下さい!」
松浦はトコトコと紺野が座っているベンチに向かった。
「・・・ったく。不安だなあ。この先あたしいなくて大丈夫かいな。」
- 110 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時43分52秒
- そう吉澤がぼやいた所でK学の事前練習が終わり、T高校の練習時間に換わる。
今までどこかに姿をくらましていた矢口がやってきて、辺りが沸いた。
自ずと誰もが矢口に視線を移し、そして市井と交互に見比べる。
――死神
梨華が初めてナマで見る死神の様相は端整で、そして思慮深い。
凡そ見当違いとしか思えないその表現に、どうしても首を傾げてしまう。
「ねえ・・・どうしても私にはあの人が死神になんて見えないよ。」
市井を見ながら梨華は希美に話し掛けた。希美からの返事は無い。
希美はただ歯を食いしばって、睨みつけているだけだった。
市井から受け取った率直なイメージを心に焼き付けて、梨華は矢口に視線を移した。
今、そう距離も離れていない市井を見て、矢口は何を思うのだろうか。
堪らなくなって、梨華は矢口に声を掛けに走った。
「矢口さん、頑張りましょうね。」
「うん。」
「私も頑張ります!」
「そうだね。」
矢口の双眸は力に満ちている。
表情の停止したその容貌はいつもと変わらないが、梨華は確実に矢口からの
意思を受け取った。矢口は今日、なんらかの決心をしている、と。
- 111 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時44分22秒
- 「さあさあ、ウチらの練習時間だよ。二人共さっさとコート入って。」
安倍に促されて、梨華と矢口はコートに向かう。
無意識に、歩きながら梨華は敵陣を見やった。
K学の面々は顧問の教師からの指示を受けていた所だった。
後藤真希。
既存のK学のイメージからの視点で見ると、異物のようにすら思えてしまう彼女。
梨華には、脅威としか写らなかった。
まるで真希中心に世界が回っているような、そんな感覚だ。
カリスマ性とも違うし、リーダーシップがあるわけでもない。
そんな説明できない、甚大な魅力が、真希にはある。
梨華は再度真希を一瞥して、そしてコートに入った。
―――――――――――
- 112 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時45分06秒
- 石黒から簡単な指示を受けて、部員達は各々の時間に戻った。
加護と高橋は興味深げにT高校の連中の値踏みをしたり、今日の試合の
対策やらを熱心に考えていた。だから真希は二人から距離を置いて、
一人ベンチに座って、ラケットの歪みを直している飯田のところに向かった。
行きしなにコートを一瞥してみると、コート内は薄っすらと蜃気楼が浮かんでいて、
緑色のハードコートが熱されたフライパンのように見えた。
(うげえ・・・暑そう)
ちょっとした悪戯心から、真希は気付かれないようにベンチに座っている
飯田の背後に回った。そして、顔をそっと近づけ、耳元に声をかける。
「飯田さん、どうですか?調子は。」
「キャ。」
背後から不意に声を掛けられた飯田は思わず目を丸くして、軽い悲鳴を上げた。
振り返ると真希があははと笑っていた。
「もう、後藤は緊張してないの?」
「緊張ですか?全くしてないです。」
「だろうね・・・やっぱ後藤はいいなあ。」
「そんな、飯田さんだって平気でしょう?」
「平気なわけないじゃない。相手はあの安倍なつみなんだよ。
気を抜いたらアッと言う間にやられちゃうって。」
- 113 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時45分42秒
- 飯田はコートで笑顔を満開に咲かせている安倍に視線をやる。
釣られる様に、真希も安倍の方に首を向けた。
一つ一つの仕種が可愛らしくて、その愛嬌のある笑顔は思わず心を和ませる。
太陽みたいな人だな、と安倍に対し真希は思った。
ニコニコと楽しそうにラケットを振って、周りまで明るくさせる、太陽のような人。
「可愛らしい人ですね。」
「顔はねえ、あんな顔してるんだけど、テニスは違うよ。」
「私も見ました。こう・・・球がグネグネって曲がるんですよね。」
「やっかいだね・・・器用だからって出来るテクニックじゃないしさ。」
「でも、飯田さんは返したんですよね?」
「昔はね。今はどうだか。」
飯田は安倍を再度見やる。太陽のように笑う安倍を見やる。
あんな風に笑った事は、K学のテニス部に入部してからは殆ど覚えていない。
そう言えばどうしてテニスをやっているんだろうと、そんな疑問が飯田に浮かんだ。
「飯田さん、大丈夫ですよ。私が見る限り、飯田さんが勝ちます。」
「はははっ根拠はなんなのさ?」
「ええとですね。勘です。」
そう言って真希はクスクスと笑った。
はっきり言う奴だな、と思って飯田も笑った。ああ、笑えるじゃないか。
「そうだね。ここはかわいい後輩のために、私は負ける訳にはいかないね。」
「だから、飯田さんは勝ちますよ。」
「ははっうん。勝つよ。後藤が言ってくれるんなら勝つんだろうね。」
「その通りです。」
- 114 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時46分45秒
- 飯田はいつの間にやら、羽が生えたように心が軽くなっている自分に気付いた。
毎回毎回、試合の直前になると体が硬直するように強張る。
考えようとしなくても、体が勝手に怯えるのだ。
常勝K学と呼ばれるテニス部の部長の座に座り、
負けることの許されない試合に臨む。試合はいつの間にやら苦痛になっていた。
勝ったら当たり前で、負ければ視線のやり場を失う。
そんな喜悦を得られないこの場所で、一体何の為にラケットを振るのか?
テニスが好きでテニスをやっていたのに、どこかでソレはズレてしまった。
だが、こうして真希と向き合うことで、そのズレが修正されていく。
「後藤とはもっと昔から知り合いになりたかったな。」
「それ、よく言われるんですよ。そういや飯田さん、前も言ってませんでした?」
「ははっ言ったっけ?でも本心だよ。」
「市井ちゃんにも言われたし。」
真希は市井に視線を向けた。
「紗耶香に?」
「はい。市井ちゃんはカッコつけるから言う事クサイんですよ。」
「・・・後藤、ごめんね。」
「は?」
「なーんとなく。」
言った飯田もどうして真希にゴメンを言ったのか、わからなかった。
ただ、真希が嬉々として市井の姿を見ているのを見ると、そんな言葉が勝手に出てきたのだ。
去年、市井に畏怖してしまったから、飯田は市井から心を閉ざした。
理由も聞かずに、何の猶予も無く、心を閉ざす。
だから市井も心を閉ざしたんだろう。そう思っていた。わかってるのに、わかっていない。
飯田の中で、ある結論が出た。本当のトモダチは、理解し合わなければいけない。
- 115 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時47分30秒
- 「今日の試合が終わったら、ゆっくり紗耶香と話し合おうと思う。」
「うーん、市井ちゃん、いい人ですよ。ただ、不器用なだけ。」
「不器用なのは、私だよ。」
「じゃあ、二人とも不器用と言う事で。」
そう言ってにっこりと、真希は笑う。
そうだね、と飯田も笑って頷いた。
飯田と話した後、真希は一人、コートの外をブラブラとほっつき歩いていた。
コートの中はやけにピリピリしているし、何となく一人になりたかったからでもある。
Cコートの外はプラタナスの木々によって囲まれている。
その所為で辺りは概ね日陰になっていて、大きな葉が重なる隙間を縫って
所々に差し込んでいる木漏れ日がキラキラと瞬き、どこか幻想的に映えた。
真希はなるべくコートから離れた場所にいたかった。
喧噪の余韻さえも聞こえない、誰もいない空間に。
理由は自分でもわからないが、自分の体がそう望んでいたのだ。
原因はきっと市井だな、と、真希はなんとなく思った。
そうして真希はコートから50メートルほど離れた所にある一本のプラタナス
に凭れかかった。凭れかかって、目を閉じようとした。辺りの空気がそうさせたからだ。
目を瞑って心を静めて、そうして気を落ち着かせようと思った。
すると前方に、見慣れた人影を見た。恐らくコートに向かっているのだろう、
その人は横顔を一瞬覗かせただけで、すぐに後姿になって離れていく。
見間違える訳もない、かつての仲間であり賢明で優しい先輩。
- 116 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時48分39秒
- 「里田さん!」
真希はその人の背中に声をかけた。
白のキャミソールにジーンズを履いていて、肌は健康的な褐色だった。
ポニーテールに結んだ髪の毛は、退部する前と変わっていない。
見慣れすぎていて、まだチームメイトかと錯覚してしまう。
そしてその人は振り向いた。
「後藤?」
真希は走った。
里田は立ち止まって、真希の姿を見つけると笑顔になった。
里田の口が僅かに動いて、何か呟いたようだったが、
真希は気にせずに里田の目前まで行って、嬉々とした声をかける。
「見に来てくれたんですね。」
「うん。やっぱり、テニス頑張ってるみんなを応援したいからね。」
「私、頑張ってます。」
「そうだろうね。後藤が変わってなくて安心したよ。」
安堵したように里田は微笑して、真希もエヘヘと笑った。
辺りには誰もいなくて、蝉の鳴き声が止まると奇妙な静けさが生まれた。
里田にはたくさん報告したい事があるはずなのに、こうやって実際目の当たりにすると、
どうしても言葉が隠れてしまう。真希は自分が情け無い人間だと思った。
「里田さんは、頑張ってますか?」
訊きたかった事もたくさんあった。なのに、真希はこんな事を訊いてしまう。
- 117 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時49分29秒
- 「ははは、後藤らしい質問だね。うん。頑張ってる。」
「そうですか。」
「そういやすぐ試合でしょ?時間は大丈夫?」
「ああええと・・・」
真希はクラブ内に幾つか点在している、最寄の大時計を見た。
「ヤバイです。」
「じゃあ行こう。」
二人は歩き出した。心なしか、真希の歩調が弾んでいて先走っている。
真希を意識して、里田は歩調を若干速めた。
活き活きしている真希を見ていると、
自分の選択はやっぱり正しかったんだと里田は思った。
「みんな里田さんが来たって知ったら喜びますよ。」
「ああ、顔は出さないつもり。」
「え?何でですか?」
「みんなとはね、私はもう別の場所にいるんだよ。」
「・・・形は違っても、里田さんは里田さんですよ。」
真希がそう言った後、里田は何も言い返さなかった。
それでも、里田の意思が変わらない事くらい、真希はわかっていた。
そういう確固な意思がなければ、K学の一軍というネームバリューを易々手放す訳がない。
真希は残念そうに下を向いて、そして嬉しそうに顔を上げた。
「じゃあ、見ててください。私、がんばりますから。」
「うん。誰よりも応援するから。」
「はい。」
- 118 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時50分05秒
- 真希がコートに戻った時、T高校は締めのサーブ練習を行っていた。
安倍は相変わらず信じられないサーブを打っていて、それを平気で受けている
矢口を見ると、やっぱり格の違いを実感してしまう。
真希はコートを囲んでいる観衆の中から母親の姿を探したが、見つからなかった。
里田も、どこで見ているのか、姿を確認できない。
結局真希は加護の隣にどっかり腰掛けて、相手の様子を窺う事にした。
そうなると、どうしても対戦相手は気になってしまうが、
真希は敢えて見ないよう心掛けた。対戦相手である石川梨華は加護の元相方である
辻希美と楽しげにサーブ練習を行っている。T高校のメンツは矢口以外、
みな楽しそうだった。
「あいぼーん。相手さん、どんな感じっすか?」
「そうやなあ・・・強いと思うなぁ。」
「んなーことはわかってるよお。あいぼんの相手さんは?」
「のの?」
「うん。それとあの、男前の娘。」
加護は黒目がちの瞳をウルウルさせて、希美の相方、吉澤ひとみを見た。
そして頬っぺたを膨らませたり、唸ったりして、最後には大きな溜息を一つついた。
「なんか、テクニックとかは愛ちゃんとは比べもんにならんほど劣るけど、
なーんか持ってるわ。あの男前。」
「へえ、確かにサーブは切れてるねえ。」
「サーブは切れてるけど、全体的に粗いし、やっぱりそこまでの選手やと思う。
けど・・・・」
「けど。」
「なんか恐いねんなー。」
「まあ、軽くあしらって下さいよ。」
「ごっちんの相手はもっと下手やで。」
- 119 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時50分50秒
- 興味なさげに加護は言った。
真希は反射的に梨華を見て、加護は梨華の隣のコートでラケットを
降っている矢口に視線を向けた。
一度見てしまったから、こうなりゃとことん拝見してやる。
ワザとらしく目を細めて、膝に片肘立てて、掌に顎を乗せ、真希は梨華を諦観する。
色黒だが、そんなことを感じさせない華奢なイメージを与えるし、
思わず嘆息を漏らしてしまうほどの整った容貌をしている。
テニスは・・・下手糞に見える。
特にサーブは酷かった。本当に練習しているのかと、真希ですら思ってしまう。
だけども見ているうちに、返球率が驚くほど高い事に気付いた。
希美の重くて鋭いサーブを危なげながら、殆ど返している。
ゆらゆらと揺れるテニスコートなどなんのその、その体からは一滴の
汗も滴り落ちていない。真希は思わず生唾を飲む。
「不思議な娘だ・・・」
「ん?なにが?」
加護は矢口を見ながら興味なさ気に訊ねる。
- 120 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時51分43秒
- 「あの娘さあ、全然汗かいてなくない?」
「へえ。それがどないしたん?」
「いや、体力あるんだなーって。」
「そりゃ人には一つくらいあるやろ。そういう優れてる部分。
仮にも、あの娘、トリなんやで?」
その時、矢口がコート隅に完璧なフラットサーブを決めたので、
加護は思わず、あっ、という素っ頓狂な声を上げた。
「まあ、勝って見せるよ。」
「おお、ごっちん今日はえらい自信あんねんなあ。」
「だって、お母さん来るもん。」
「そうなんや。じゃあ気合入るな。」
そしてT高校の事前練習が終わって、後は試合開始を待つばかりとなった。
保田と藤本は二人で厳しい顔を作り、今にも爆発しそうな気合の入りようだった。
真希はやれやれといった感じで相手の一戦目のペアに視線を向けると、
あっちはあっちで、二人、コソコソと耳打ちし合っている。
(どっちもどっちだな・・・)
コートが係員に整備されていって、次第に整い始めると辺りは自ずと静かになった。
―――――
- 121 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時52分20秒
- 梨華と希美は二人、松浦と紺野に最後の激励をしに二人のところに向かった。
二人は相手の藤本、保田をチラチラと窺いながら何か囁きあっている。
その様子は余裕さすら受け取る事が出来た。どうやら緊張してないようで、
梨華は二人に淡い期待を抱かずにはいられなかった。
「二人とも頑張ってね、気を楽にね。」
「あ、石川さん。頑張ります。気を楽には出来そうにないですけど。」
そう言った後、梨華がとても落胆したように表情を曇らせたので、
松浦は慌てて、嘘です嘘ですよ、と付け足した。すると梨華の表情は晴れた。
ハアっと溜息を一つつき、松浦はもう一言、頑張りますよ、と言った。
それから梨華は相手のペアである、保田と藤本に視線を向けた。
二人とも、この界隈では名前の通っている実力者である。
――ギョ
梨華はギョッとした。
二人のうちの、保田が、こちらを信じられない形相で睨みつけている。
咄嗟に視線を外す梨華。見ていたら石にでもなってしまいそうだ。
「あ、あの、保田さん・・・こっち睨みつけてるよ・・・」
「ああ、睨んでますねえ。だからこうやって私らヒソヒソと話してるんです。」
松浦はあっけらかんとしている。
「な、なんで?」
「フラストレーション溜めて、冷静さを奪う作戦です。」
「こ、恐いよ・・・」
「試合はもう始まってるんです。」
- 122 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時52分59秒
- 人差し指をピンと立てて、松浦は梨華に顔を近づけた。
「そ、そうだね。」
と言って、梨華はもう一度保田を窺ってみる。
すると保田は怒りの所為か、顔が上気していて、それはまるで四天王の鬼神を思わせた。
梨華は視線だけで殺されると思ったので、やはり咄嗟に目を逸らした。
「ねえ、石川さん、真剣勝負で勝つにはどういう方法が一番効率いいと思う?」
と、紺野が突然、質問を投げ掛けてきた。梨華は、はてと、首を傾げる。
「本気だすことー」
と、梨華の隣の希美が答えると、紺野はそれも大事だねと笑った。
「私はね、卑怯になる事だと思うの。」
「うわ・・・外道プレーするの?」
「ええとね、言葉にするなら、やらしいプレー。」
「ヤラシイプレー・・・」
希美が何やら顔を赤らめて俯いたので、隣で訊いていた松浦は
何考えてんですか、と大きな声で笑った。馬鹿みたいに大きな声で笑ったから
辺りの視線の的になってしまった。思わず縮こまって、松浦は声音もヒソヒソと潜める。
「とにかく、見ててください。なんとかして勝って見せますから。」
「期待してるよ、あやちゃん。」
そうして松浦と紺野の二人は最後の指示を受けに中澤の元へ向かった。
「二人、勝てるかなあ?のの?」
「勝たなきゃお仕置き。」
「ふふ、だね。」
―――
- 123 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時53分32秒
- 「藤本、なんも考えなくていいよ。普通にやりゃあ勝てるんだから。」
「わかってます。保田さんの事なんて考えてたらまともなテニスなんて出来ません。」
「そうそう。・・・もしかして私、馬鹿にされてる?」
「んなわけないじゃないですか。保田さんなら一人でも勝てるって意味ですよ。」
「アンタ・・・いい子ね。」
「ありがとうございます。」
保田と藤本は二人、相手ペアの松浦、紺野を睨みつけながら
お互いの気持ちを鼓舞しあっていた。その松浦と紺野、なにやら先ほどからチラチラと
薄気味悪い視線をこちらに向けてくる。保田はそれが気になって仕方なかった。
「あの二人、どんなテニスするんだろうね?」
「練習見た限り、二人とも特に大した技術は持ってないみたいです。」
「んなこたーあわかるけどさ、気にならない?」
「何がです?」
「さっきからコソコソこっち見てくるのが。」
「全く気にならないですね。それよりも保・・・」
「え?」
「いや、なんでもないです。」
保田はジッと藤本を睨みつけて、それからまた松浦と紺野の視線を戻した。
と、その時。
「ふじもとー勝てよー」
- 124 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時54分14秒
- 間延びした激励が背後から届いた。
こんな情け無い声を出す人間を認めてしまった自分もどうかと思うが、
それでもテニスの実力は桁外れにすごい。藤本は声の方に振り向いた。
「ねえ、あなたさあ、もっとはっきりした声出せないの?」
十メートルほど離れたベンチに座っている真希に大きめの声で言う。
すると真希は、出せなーい、とまた情け無い声を出した。
「ホント、後藤が来てからウチの雰囲気変わったわね。」
保田は相変わらず紺野と松浦を睨みつけていた。その形相は、鬼夜叉を想像させる。
「でも、今の感じも私は嫌いじゃないですね。」
「うん?あんたが一番後藤みたいな奴疎がってると思ったけど。」
「うーん。嫌いじゃないですね。」
「ふーん。それより、あの二人、藤本の事、こそこそ言ってるんじゃない?」
「いや、私にはどう見ても保・・・」
「え?」
「何でもないです。」
藤本がさも何でもなさそうにそう言った直後、召集がかかった。
第一試合の火蓋が切って落とされる。
コートに泰然と向かう藤本に、真希は再度声をかけた。
「がんばれー」
「頑張って!藤本さん、保田さん。」
「頼むでー!」
高橋と加護も真希に追随して声をかける。
藤本は顔だけを少しこちらに向けて、意味深な微笑を浮べた。
頑張るわよ!キリキリ行くわよ!と、保田は今にも爆発しそうである。
―――――
- 125 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時55分04秒
- 紺野が先にコートに入って、松浦はいる筈の人物を探していた。
吉澤が、事前練習を済ませた後に消えてしまったのだ。
別に言う事なんて何もないのだが、いないと変に不安になった。
何を気にしてるんだろう、と、自分でもわからないこの不可解な気持ちを
解消させるべく、松浦は吉澤を探した。
その吉澤は一人、コートの外でいろいろな事を考えていた。
静かな大気を作るプラタナスの樹木群は、今の吉澤には絶好の場所だった。
試合が近づくにつれ、どうしても怯えが如実に現れてきた自分の様相を
チームメイトには見せたくないと、勝手な吉澤はそんなカッコワルイ思いやりを
仲間に、さもカッコイイと思ってしていたのだ。
そんなこんなで召集がかかる声を聞いたので、吉澤は表情を固め、
いつもの自分を取り繕ってコート内に戻ろうとした。そこで鉢合わせた。
「吉澤さん、どこ行ってたんですか?」
「うわ!お前こんなトコにいていいの?」
「まずいですね・・・じゃあ行きます。」
「ああ、そうだ。今日でドレイはやめ。もうタメ語でいいよ。」
「なんでです?」
「なんとなく。」
「変なの。」
「変だね。」
二人向き合って、暫し沈黙が生まれた。
吉澤はなんでこいつはさっさと入場しないんだと、怪訝に思い、
一方の松浦は先ほど感じた不安が一層大きくなっているのに気付いた。
- 126 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時55分37秒
- 「なんか、嫌です。」
「何が?お前ドレイ嫌だったんじゃないの?」
「何かおかしいですよ。今日の吉澤さん。」
「何もおかしくないって、怒られんじゃないの?早く行けよ。」
「ヤです。」
「何で!?」
すると松浦の双眸がウルウルと潤み出したので、吉澤はどうにも訳がわからなくなった。
何考えてんだ、こいつは。と思いつつ、その瞳を潤ます松浦の姿が最近、
消費者金融の宣伝で話題の、ナントカとか言う犬に見えてしまった。
吉澤は天性のアホである。
「何か命令してくださいよ。」
松浦は口をへの字にして、眉間に皺を寄せる。その声は震えていた。
よくわからない吉澤はとりあえず言葉を探した。
「じゃ、じゃあなあ。最後の命令だ。心して聞け。」
「・・・」
松浦は上目遣いで吉澤の言葉を待っている。
「勝て。」
「・・・はい。」
- 127 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月13日(火)00時56分13秒
- グシグシと右腕で浮かんだ涙を拭って、松浦は笑顔を残し、走ってコートに入場した。
何が起こったんだと、吉澤は暫しその場で茫然と突っ立っていたが、
松浦の意味不明な行動が面白くて、はははとその場で声を上げて笑った。
すると不思議なモノで、さっきまで怯えきっていた自分が何時の間にやら
プツリと消え失せているのに気付く。そしてこうして隠れていた自分が
えらくダサい事にも気付いた。
吉澤は本当に普段通りの吉澤になってコートに入った。
コート内はシンとしていて、その場は試合のコールを待っている。
梨華の隣に腰掛けて、吉澤は一言言った。
「松浦さ、アホだよね。」
「よっすぃのがアホだよ。」
「うん。あたしも真性のアホだ。」
そして試合が始まった。
――――――――――
- 128 名前:カネダ 投稿日:2003年05月13日(火)00時56分49秒
- 更新しました。
本当に遅くてすいません・・・・
- 129 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月13日(火)03時18分29秒
- お待ちしていました。
読んだ後は「待っててよかった」と思わせる重量感は相変わらづすごいですね。
次の更新もマターリとお待ちしています。
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月13日(火)07時40分40秒
- やった〜更新されてる!朝から何度も読み返しちゃいました。
今日は仕事がはかどりそうだ。
ゆっくりでいいんで次回の更新お待ちしています。
- 131 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月13日(火)08時17分45秒
- 更新ありがとうございます。
試合の行方より何より、後藤藤本バトルが最も気になる自分の観点はおかしいでせうか(w
いや、でも最高ですよここのみきごまマンセー
- 132 名前:タモ 投稿日:2003年05月13日(火)18時44分30秒
- 更新お疲れ様です。
毎回毎回大量更新で嬉しいです(w
吉澤の最後の命令が心にじーんと来たのは自分だけでしょうか?
なんだかこれを読んでいると、昔入っていた部活を思い出します(バスケ部だったのです)
あの頃も試合の前は正にこんなような感じでした。
緊張と、それぞれの想いを乗せての試合がついに始まりますね。
次も期待させてもらっていいですか?
更新頑張って下さい。
- 133 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年05月13日(火)22時16分07秒
- 更新お疲れ様です
なんか知らんけど泣けてきた
とうとうですね
- 134 名前:名無しくん 投稿日:2003年05月14日(水)04時46分37秒
- 更新お疲れ様です!
ついに試合がはじまるんですね!
心待ちにしてたんで感激です。
なんかとっても泣けてきます。作者様の表現力には脱帽です。
ものすごーーーーーーーーーく期待して待ってます。
今はこのスレが一番楽しみです。がんばってください!
- 135 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年05月14日(水)21時26分17秒
- カネダさま、更新お疲れさまです。
普通に試合をしたら、迫力で保田・藤本組の勝ちでしょうが、潜在能力では、あやゃ&コンコンの高いと信じてます!!
う〜ん、かわいさならあやゃの圧勝なんですけどね(当社比:120%UP)
では、試合も楽しみに待ってます!!
- 136 名前:カネダ 投稿日:2003年05月31日(土)00時45分17秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>129名無し読者様。
ありがとうございます。最近の更新ペースはどうしようもなく不甲斐無いので
そう言ってもらえると本当に救われます。
なんとかペースは上げたいと思ってるんですが・・・
>>130名無しさん様
何度も読み返してくれるなんて・・・本当に感謝です。
自分もなんとかして更新ペースを上げたいと考えてるんですが、
長く間隔が空いてしまって申し訳ないです。
>>131名無し読者様
藤本と後藤はなにかしらやりあってますね(w
そうやってキャラが好きになってくれるのは本当に嬉しいです。
それだけでも書いててよかったと思えます(w
>>132タモ様
更新量は更新ペースが遅い分、多くしたいなと思ってます。
自分も部活動の事を色々思い出して書いてる部分は多いですね。
期待に応えられるかわかりませんが、頑張りますので読んでくれたら嬉しいです。
- 137 名前:カネダ 投稿日:2003年05月31日(土)01時07分18秒
- >>133むぁまぁ様。
いよいよ試合始まりますね。思えば長かったです。
まあ、計画性の無い自分ですからまだ長引いちゃいそうなんですが(w
毎回のレス本当に有難う御座います。
>>134名無しくん様
ついにここまで持ってくることが出来ました・・・
表現力は本当に乏しいと思いますが、そう言っていただけるとありがたいです。
期待に応えられるように、一回戦も気合を入れて書きます。
>>135ななしのよっすぃ〜様
かわいさなら松浦の圧勝ですか(w
この勝負もやっぱり最初から書きたかった一戦なので、
本当に気合入れて頑張ります。
余談ですが、リストラ(完結)、緑の星、edgeなどを執筆なさっている
駄作屋さんのサイトのキリ番を踏んだ縁で、インタビューなんてのを受け
させて貰いました。なんとなく自分じゃないみたいですが、よろしければ
一読してみてくれれば幸いです。多少ネタバレ気味になっていますので、
これからこの話を読むという方は、敬遠したほうがいいかもです。
インタビュー http://www.neoweb.jp/level-i/interview/warning.html
それでは続きです。
- 138 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時11分35秒
- 炎天。
松浦のサーブで第一試合の火蓋は切って落とされる。
はっきり言って、運がこちらに向いているのだと松浦は思った。
トスに勝った松浦は選択権を得、即座にサーブ権を審判に志願した。
第一ゲーム、自分のサーヴィスゲームでまずはポイントを奪うのだと。
試合には理屈ではない、『流れ』と言うものが必ず存在している。
紺野のサーブでは、はっきり言って、K学の二人を圧倒するには心許無い。
だが、松浦はサーブには絶大な自信があった。
始まりとはどんな事柄でも大事な要素の一つだ。
最初のゲームを奪い、不可知な『流れ』をこちらに引き寄せる為に、
松浦は息を飲んで、最初のサーブに神経を研ぎ澄ませた。
たった一回でいい。この組み合わせで二度と勝てなくてもいい。
だから、今日のこの日の、この試合だけは、勝たなくてはいけないのだ。
それは命令だから。
ゆっくりとトスを上げて、松浦は撓りを利かせたフラットサーブを放つ。
受け手は暫定、一年生トップの実力者藤本。
綺麗な直線を引いたその打球を、藤本は探りを含ませた両手打ちのレシーブで返す。
上手い、フォームに無駄がない。完成された藤本のテニスの一端でこれだ。
刹那の嫉妬が松浦を襲う。
だが、松浦は怯まない。しっかりと足に吸着するハードコートに重心を委ね、
腕を撓らせてストロークを打つ。まずは、二人のラリーから試合は展開された。
レベルの高い力比べだ。
- 139 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時12分32秒
- 観客、選手、それぞれ息を飲み、二人のラリーを見守る。
キュッ、キュッ、と、ハードコートに擦れるテニスシューズが音を奏で、
しっかりと打球を中心で捉え続けるラケットからは小気味良い、抜ける音が響く。
まるで延々と続きそうなほど、安定していて、それでいてレベルの高いテクニックの応酬。
先にミスを犯したのは、藤本だった。
松浦の気迫、並ならぬ集中力の前に、何時の間にやら圧され、打球を捉え損ねる。
まるで、後ろがない人間を相手にしているような。
『全て』が一球一球に凝縮されているような。
(へえ。)
フッ、と、藤本は軽い微笑を浮かべた。なかなか手応えがある。
こういうタイプは嫌いじゃない。藤本の不敵な笑みに、松浦は自ずと警戒心を抱く。
15=0。
松浦は考える。
練習通りやればいいし、紺野がしっかりとした策を提示してくれるから、
多少な無茶は出来る。
相手の二人、保田と藤本。それぞれ個人の能力は紺野、松浦の比にならない。
だが、ダブルスとは完成された個人の合併で、モノを言うのではない。
情報では、相手の二人は戸田、木村ペアを埋めるべく生まれた、即席ペアだと聞く。
一足す一が二ではいけないのだ。ソコに付け入る隙がある。
(勝機はダブルスという形式の時点で0じゃない)
松浦は落ち着いていた。この厳しい日射にももろともしない精神力があった。
何よりも、仲間の為に勝とうと思う心が強かった。
- 140 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時14分06秒
- 大きく深呼吸をして、松浦はトスを上げる。
紺野の背中を一瞥してから、代わった受け手の保田を睨む。
保田は溢れ出る気迫を顔面に纏い、松浦を睨み返した。
松浦は一瞬怯みそうになりながらも、負けじと睨み返し、意志を固めた。
カコっと、乾いた音が響き、コート隅に見事なフラットサーブがインする。
決まった、と松浦が思っても相手は常人ではない。油断を少しでも
見せたらやられる。松浦は回転の利いた保田の切れのあるレシーブを丁寧に返す。
そこで、傍観していた藤本が仕掛けてきた。
先ほどのミスを返上する為、藤本は、松浦の打ったストロークの軌道を
途中で遮り、強引な形で横槍のボレーを打った。
打球は紺野の脇を勢いよく過ぎ、後方へ抜ける。
それに反応した松浦は姿勢を低くして、全速で打球に向かった。
間に合わない距離ではない。そうして寸での所でやっと拾った打球。
だが、恐ろしく切れのある、スライスの回転がかかっていた。
(あの体制から、回転まで・・・)
返した打球は力のない緩やかな軌道を描いて、
ネット際で待ち構えている藤本の頭上に届いた。ニヤリ。
目が覚めるような、強烈なスマッシュで締める。
15=15。K学も譲らない。
だが松浦、紺野は何事もなかったように平然としていた。
妙だな、と、藤本はその時、頭の片隅で漠然とそう思っていた。
- 141 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時14分55秒
- 松浦は続けてサーブはフラットサーブに固執して、攻めた。
力押しで、強引にでもゲームを奪う姿勢はよろしいとは言えないが、
この松浦の攻めは紺野の意図したものでもある。
試合は序盤で流れを引き寄せ、中盤で耐える。そして終盤で取らなければいけない。
その為の、心理的な布石を、紺野は敷こうと企んでいた。
精細さを欠く、松浦らしくないテニスはT高校の面々を狼狽させたが、
それも計算のうち。松浦の目立つ躍動振りに自ずと注意は松浦一人に
向けられていく。
第一ゲーム、ポイントが40=30になって、松浦はやっぱりフラットサーブを打つ。
藤本、保田はリターンを悉く決めた。
松浦がリスクを犯してラインぎりぎりの所にインさせても、
なんのその、力のあるレシーブを打ってくる。
そして、そこからの攻めも今まで対戦してきた相手とは違い、秀抜していた。
保田、藤本の一つ一つの動き、テクニックがずば抜けている。
位置取り、フォーム、即席ペアとは思えないような呼吸のよさも見せている。
だが、松浦は負けなかった。せめぎ合いに、実力で劣りながらも互角の勝負をしていた。
その差を埋めるものは、思い、使命。
- 142 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時16分43秒
- 紺野はただ拾うだけで精一杯の様子だが、
松浦の足は引っ張らなかった。目立たないように、最低限の仕事はこなしていた。
紺野の策では、勝つために自分がこの時点で前に出てはいけないのだ。
その分、松浦には頑張ってもらわなくてはならない。
――全力。
松浦は初っ端から全力を出した。藤本のテクニックを封じ、保田を欺く
綺麗なバックハンドのスピンが決まる。力でもぎ取った第一ゲーム。
まずは、T高校が先制した。
神経を研ぎ澄まして固い表情を保ち続けていた松浦は漸く顔を崩し、フウっと
空気の抜けるような安堵の溜息をついた。先は長い。
第二ゲーム、藤本のサーヴィス。
太陽を一瞥して、真希を横目で見て、保田の背中に溜息をくれて、藤本はトスの体勢に入る。
相手は格下ではなくて、ちゃんと期待に応えてくれる実力の持ち主だ。
凛とした表情で待ち構えている松浦。藤本はソレを見て不敵な笑みを浮べる。
ふわりと優しく宙に球を浮かして、瞬く間にラケットを振った。完成されたフォーム。
―――強烈。
何時の間にか足元に届いていた打球を、松浦はほぼ反射的に叩く。
―――だが。
無重力状態の中、微量の力を与えられて、緩くだが確実に前に進む丸い果実。
松浦のレシーブを例えるとそんなもんだった。
ゆっくり確実に相手コートに向かう打球。
- 143 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時17分43秒
- タタっ、という足音が聞こえた。松浦の耳にのみ、鮮明に届いた。
甘い打球を返した。油断はしていない。ただ、レベルが一桁違うのだ。
藤本は走りながらのボレーを紺野と松浦の丁度中間に打ち、二人の足を無碍に接着した。
松浦の打球が浮かんだ瞬間に藤本は突進した。
それは勘ではなくて、しっかりと相手の位置を把握し、そして狙ったのだ。
人間とは思えないような咄嗟の判断力、反射神経。
ワァっと、コートの外が沸いた。藤本のテクニックに思わず誰もが酔った。
フッと、藤本は頂上の微笑を一瞬だけ垣間見せた。
数秒唖然と突っ立って、松浦は思い出したように紺野の方を見た。
紺野から、僅かだが絶望が窺えた。いつものように、演技をしているんだと松浦は信じたが
無理だった。紺野は一瞬だけ下唇を噛んで、藤本のサーブに備える為にバックライン
に下がった。松浦の決意に、ほんの僅かな亀裂が生じた。
その亀裂は、痛々しくも広がる事になる。
藤本がラブゲームで第二ゲームを取り返すと、K学はそこから堅実で
残酷とも言えるテニスを始めた。
何の変哲もない、オーソドックスなテニスだ。なのに、松浦と紺野は
赤子の手を捻るよりも容易くポイントを献上していく。
- 144 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時19分04秒
- 第三ゲーム、第四ゲームをK学に取られてから、松浦が僅かな暇を盗んで
左コートで茫然と背中を向けている紺野に声をかけに行った。
「コンコン・・・私、私・・」
「・・大丈夫、大丈夫だよ。まだ、これからだから・・」
訥々と会話を紡ぐ二人、T高校のベンチは静まり返り、K学のベンチを
覗き見ると加護と高橋の二人がしてやったりの表情を浮べていた。
勝負の世界は残酷で、優劣をつける。
一方が劣っているならば、それで終わりなのだ。
――――だが。
「私は負けられないよ。」
吉澤を気付かれないように見て、松浦は再度決意をする。この試合は勝たなければいけない。
サーブ。
これに頼っていてはいけないのかもしれない。松浦は光明を模索する。
保田と藤本、各々の能力は付け入る隙がなく、バランスがいい完成されたテニスをする。
だからこそ、そこに隙間があるように思えるのだ。
ダブルス。
今までの考えを松浦は払拭し、もう一度ゼロからその仕組みについて考えた。
藤本と保田の穴をこじ開けるのではなく、自ずから開かせるテニス。
ダブルスでこそ可能な戦術。
それを最大に生かすことが、勝利への近道。
自分を目立たせる方法は己を誇示するだけじゃない。
そうと踏んだら、松浦は吹っ切れた。
- 145 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時20分51秒
- かき回す。このコートをかき回して、あの二人の穴を見つけてやる。
顎を伝って滴り落ちる汗をリストバンドで拭って、松浦は意気込んだ。
第五ゲーム、順番は巡り、松浦のサーブ。
トップスピンサーブ。
最初と一転した松浦の攻めに一瞬、臆したが藤本は冷静だった。
相手が何を考えているのであれ、普通にやれば負けることはない。
多少のポイントは目を瞑ればいいし、最終的に勝てばいいのだから。
勝つことが、ここではどんなモノよりも勝るのだから。
松浦は藤本のタイミングを外し、サーヴィスエース決める。
15=0。藤本は動じない。松浦の変化を嗜み、冷静に展開を眺める。
交代したレシーバーの保田に、松浦はスライスサーブを打った。
切れのいいスライス。この日の松浦はスライスの回転が殊に切れていた。
保田はレシーブを決めながらも、コートの外に追い出されてしまう。
保田の返した打球を、松浦はバックハンドのストロークで迎え撃つ。
猛暑の中、柔軟に躍動する松浦の影が濃やかに、判然とコートに刻まれていった。
紺野は松浦の動きを観察しながらポジションを四方八方に移動させていく。
松浦が躍動しやすいように、そして、なるべく優しい打球が届くように。
自分の力でまともにテニスをしても、どうしたって相手の二人には敵わない。
だったら、通用する松浦を少しでも楽にできるように努めればいい。
- 146 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時22分29秒
- 傍からではわからないが、コートを地味に旋廻するように動く紺野は、
松浦の後押しをしっかりしていた。ダブルスに限り、ラケット捌きだけが
全てではないのだ。
息が切れない。
第五ゲーム、ポイント30=15で、サーブを打つ前に松浦はふとそう思った。
この猛暑の中、風も無く、自分で考えてもペースはオーバー気味だった。
なのに、どうしてこうも体に疲労を感じないのか。
第一ゲームから今まで、いつもならあり得ないようなオーバーワークをしてきた。
スタミナが突如ついたなんて事はある訳が無い、理由が思い当たらない。
すると思い出したように、松浦は紺野の背中を諦観するように見た。
(まさか、ね)
体力の操作まで紺野は可能なのだとしたら、それこそ紺野は最高のパートナーだ。
理由は特に無い。だが、紺野とペアになれた事を思うと、松浦は涙が出そうになった。
保田は松浦の表情の変化を見て、なにやら嫌な予感を感じていた。
この第五ゲーム、『普通』にテニスをしている筈なのに、何故か苦しい。
相手の高校、矢口真里と安倍なつみがいるところだ。それ以外には何も無い。
格下だ。そう、位置付けるならば、あの二人はこの界隈の一端の格下。
それなのに、どうして自分がこうも松浦の存在に脅威を感じているのか。
- 147 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時23分36秒
- 松浦はスライスサーブを打つ。
切れのいい、一流のサーブだ。誰に見せたって100点満点のサーブだ。
しかし保田はそれでもリターンを決める。上手く体が反応したからよかった。
もう少しで捉え損ねていた。危機感。そう、それが先ほどからちらついている。
舐めてかかっている訳じゃない、となれば、相手の実力が本物だという事だ。
(矢口、安倍だけのチームじゃないわけね)
松浦の動きをしっかり見定めて、保田はネットに若干、近づいた。
そこで、紺野が動いた。
松浦が打った威力のあるストロークは保田と藤本の丁度中間地点に落ちる。
それを拾ったのはあり得ない反射神経を先ほどから覗かせていた藤本で、
藤本はそんな無理のある体制からでも、しっかりとした切れのいい回転をかけて
返してくる、と、紺野はわかっていた。だから、センターラインにスルスルと移動し、
藤本の返したボレーにスマッシュをお見舞いしてやった。
その後、紺野は本当に自分が決めたのか、とそんな具合の素っ頓狂な演技を見せる。
T高校サイドはそんな紺野を見て俄かにほくそえんだ。
あんなふぐみたいな頬を携えている紺野は部内で一番の策士であり、役者だった。
この試合、初めて紺野が動いた。
- 148 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時24分58秒
- 藤本本人は気付いていないが、藤本は相手コートに返球する際、相手が返すのに、
出来る限り一番難の場所を見極めて、無意識のうちにソコに打球を
返球する、潜在的な特徴を持っていた。
それはシングルでは極めて効率的。だが、ダブルスではその天性の能力も儚い。
二人の位置を把握した所で、結局隙間は二分の一になり、さらにそれを
計算されてしまうと、その効率的な潜在能力は意味を無さなくなってしまう。
―――計算。
そんな事が出来るのは、K学、T高校のメンバーを総動員させても紺野だけだろう。
紺野の観察眼はこの第五ゲームまでで、しっかりと二人の特徴を見極めていた。
相手の目覚しい部分も、よくない癖も、些細な動作も、紺野は全て計算する。
今は、藤本の素晴らしい能力の裏をかいたのだ。紺野は長所さえも短所に変えてしまう。
40=15。
紺野の一撃で、松浦は相手に傾きかかっていた『流れ』を再度引き寄せたと確信した。
今日の自分のサーブはいつになく切れている。だが、それに頼ってばかりじゃいけない。
保田、藤本はシングルの試合に慣れすぎている。
シングルでは起こりえない事象を起こせば、自ずと穴は広がるはずなのだ。
松浦はフラットサーブを打って、その勢いのままネットに三歩詰めた。
藤本の当てただけのレシーブは回転を失い、低い弾道を描いて松浦の前に落ちる。
腕を幾分強めに振って、松浦は保田と藤本の位置の、中間地点を狙う。
保田がその打球を処理しようとしたが、ラケットは届かなかった。
しかし後方にいる藤本がサイドステップを踏んで、リズムよくストロークを打つ。
- 149 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時27分21秒
- 紺野がバックハンドでそれを拾い、藤本がスピンの回転をかけたボレーで返す。
そのまま藤本はネットダッシュをし、そして保田もその隣に詰めた。
打球は紺野の足元をすり抜け、松浦の右側の足元、難しい場所に落ちた。
ここで大事な事柄が一つある。松浦は至って万能なスタイルの選手だという事だ。
普段はオーソドックスでそつのないテニスをこなす。が、本来松浦はなんでも出来る。
気転だって利くし、場合によっては人が変わったと思わせるプレイだってこなす。
何時だっただろうか、あれは吉澤にバックハンドを夜中に黙々と教えていた時だ。
「お前、実はサイボーグなんじゃねえの?」
なんて事を言われた。
心外だな、なんてその時松浦は思ったが、翌々考えればドレイ扱いされてる方が遥かに心外だ。
そうして更に翌々考えてみると、サイボーグ、強ち遠くない表現かもしれない。
松浦のセンス、それがあのK学のレギュラーである、二人の目測を超えた。
強烈なストローク、それを保田と自分の間に打ち込んでくるはずだ。藤本はそう踏んだ。
あの位置からでは小細工はないし、打球の軌道だって限定される。
同じ事を、保田も考えていた。これまでの松浦の攻撃パターンから判断したらそうだ。
確実な方法だし、リスクも少ないからだ。だが、二人は松浦のラケットが振られた瞬間、
同時に空を見上げた。大空には逆光を受けて翳になりながら進む一つの丸いボールある。
二人の頭の中は空っぽになってしまった。空の進路。
何が起こったのか、瞬時に判断できなかった。
紺野も、二人に誘われたかのように空を見上げた。
- 150 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時28分21秒
- 一方、松浦といえば、コートに力なくずっこけていた。
無理な体勢から救うように打ったロブショット。
ソレを打った所為で、つんのめってしまった肢体はバタリと前に倒れる。
しかし息をつく間も無く松浦は立ち上がって、腰を落とし、相手の反撃に備えた。
コートに少しだけ擦れた鼻頭がヒリヒリと痛かった。油断は禁物。
自分の行動に満足してはいけない。それがこの学校に来て、安倍と相対して、
初めて学んだ事柄だった。
空に浮かぶ、蛍光色のボールに見惚れている藤本と保田。
一瞬の自失はこの世界では命取りになる。矢口真里はそのテクニックで他を圧倒した。
テクニック?自己を取り戻し、まだ空を見上げている保田に舌打ちをくれて、
そうして浮かぶ打球の落下点目掛けて走る藤本には、そんな事どうでもよかった。
今まで何かにつけて理屈をこねてきたが、そんなものは全くの無意味だ。
ガムシャラに、藤本は落下点に全力疾走した。
矢口は相手に魔法をかける。
それは圧倒的な矢口のテクニックに相手が恍惚という絶望を体感しているだけだ。
果たしてそうなのか?いや、そんな理屈は自分の妄想だ。
- 151 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時29分26秒
- ゴトウマキ。天才だ。
自分が矢口以外で認めた、二人目の天才だ。後藤のテニスにリクツなんてあったか?
藤本は走る。
松浦のロブショットは完璧だった。打球はバックラインすれすれの所にポトリと着地し、
おまけに優しい落下はバウンドをコートにほぼ吸収させていた。
10センチ、その程度のバウンド。リクツじゃ拾えない。
「オルァ!」
藤本は叫んだ。
これまで、いや、この人生で初めての咆哮だった。
ゴトウマキ、ヤグチマリ、二人に理屈なんてない。
二人と肩を並べるには、理屈を超えなければいけない。
前に足を踏み込んで、後ろ向きのままラケットを後ろ側へ振った。
無理な体勢のストロークの所為で、藤本はそのままつんのめって前にぶっ倒れた。
思いっきり擦った鼻は、高温の鉄板に押し付けられたみたいにヒリヒリと熱を帯びて
馬鹿みたいに痛い。
藤本の返したストローク、それは力がなかった。
素人が打ち上げたような低質なその打球、ネットにすかさず詰めていた松浦は
脅威を感じなかった。だが、自分の前に近づいてくるにつれ、ソレがあり得ないような
威圧を帯び始めた。松浦は目を疑った。
- 152 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時30分20秒
- まるで触れると殺されてしまう、禁忌の類いのモノのように見える。
こんなもの錯覚だ。さっさとスマッシュを打ってこのゲームを取ればいい。
なのに、この打球は何だ?
「アヤヤ!」
紺野の声で、ハッとした松浦は息を呑んでラケットを空に掲げた。
そして無感情を努めて、意志のないスマッシュを放つ。
打球は誰もいないコートに吸い込まれて、第五ゲームを松浦、紺野ペアが奪った。
(重い・・・)
重かった。これまでの人生で、幾多の相手と試合をしてきた中で、一番『重い』打球だった。
非現実的な例えを松浦は好きではなかったが、あの打球は確かに『重』かった。
ヒリヒリする、痛くてこそばゆい感覚を拭う為、松浦は藤本を見つめながら親指で鼻頭を擦った。
ズキズキと燃えるような熱い痛みを誤魔化す為、藤本は松浦を見つめ返しながら
鼻全体を乱暴に拳で擦った。ゲームカウント、三=二。
そこからT高校の反撃が始まった。
- 153 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年05月31日(土)01時31分04秒
- 切りのいいところまで更新しました。
出来るだけ更新ペース上がるように頑張ります。
- 154 名前:カネダ 投稿日:2003年05月31日(土)01時32分02秒
- 間違えた・・・・
>>153のレスは作品の内容じゃないです・・・すいません・・・
- 155 名前:初レス読者 投稿日:2003年05月31日(土)18時34分34秒
- ついにT高校VSK学の試合が、キタ――――!!!
両チームとも気が抜けない程の気合のぶつかりを見せてますね。
それぞれの選手の事情を知ってる私はハラハラドキドキしながら読んでいます。
どっちのチームも負けてほしくないですけど、
私はどっちかっていうと松浦&紺野ペアに勝ってほしいような…(w
更新お疲れさまでしたーっ!!(部活ノリ)
- 156 名前:名無しくん 投稿日:2003年06月01日(日)19時18分33秒
- 来た北北ーーーーーーー
更新お疲れです。待ってました!
松浦と藤本のやりとり、紺野の駆け引き最高です!
ほんっとに読んでて引き込まれます。
次が読みたくてたまりません!!!
毎回毎回感情移入してしまって、今回は松浦に引き込まれました。
松浦・紺野にはがんばって欲しいです!勝つことを期待して更新お待ちしております。
- 157 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年06月02日(月)12時24分55秒
- とうとう松浦vs藤本のもとい、両チーム先鋒の戦いが始まりましたか
勝利の女神はどちらに微笑むのかわかりませんが、藤本にはいい経験になったかと
- 158 名前:カネダ 投稿日:2003年06月12日(木)02時37分12秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>155初レス読者様。
初レス、ハイテンションで有難う御座います(w
気合は両チームとも入りまくってますね。
自分も両チームともに思い入れが深いので、勝敗つけるのが辛いです・・・
>>156名無しくん様。
このペアは今まで試合を深く書いてなかったので、ちょっと自分も気合入れてます。(w
松浦に感情移入すると、奴隷の気分になってしまいそうだ・・・
松浦、紺野ペアが勝つと金星なんですが・・・
>>157むぁまぁ様
藤本は鼻やられましたね(w
先鋒の試合始まったのはいいのですが、なかなか先に進まない感じです・・・
勝利の女神は個人的にどっちにも微笑んで欲しいな・・・作者なんですけど(w
それでは続きです。
- 159 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時38分57秒
- 第六ゲームこそレベルの違う藤本のサーヴィスに独壇場で取られてしまったが、
第七ゲーム、紺野の不安定ながらも丁寧なサーブでゲームを展開させ、
松浦のかき回すテニスが有効に機能し、辛くもながら第七ゲームを奪った。
ゲームカウント四=三。ここからが耐え時であり、仕掛け時だった。
T高校からすればなんとしても追いつかなければいけない大事なゲームであり、
K学からすればココを取ればほぼ確定的に第一セットを取れると言っても過言ではないゲームだ。
第一セット、最も大事な場面。第八ゲーム、保田のサーヴィス。
保田圭。出場した数々の大会で、例外なく上位に食い込んでくる実力者だ。
プレイスタイルに個性がないが、それでも基本を崩さないオーソドックスな
スタイルには隙がなく粗もない。個性がないのを自分がよく知っていて、今いる場所が自分の
限界なんだという事も保田にはわかっていた。限界。
「保田ってのは、怖い奴やで。」
試合を食い入るように見つめていた中澤が、隣でニコニコと試合を眺めていた
安倍に話し掛けた。ベンチには客の歓声の所為か、それとも白熱した様相を呈している
コートを駆け回る四人の無為な意志なのか、絶えず微かな震動が伝わってくる。
「怖いですよねえ。なっち、さっきちょっと睨まれました。」
「ツラ以上に、考えてる事が恐ろしいわ。」
「考えてることなんてわかるんですか?」
「あいつの動き見とったらわかるやろ。典型的なK学のプレーヤーや。
あやっぺもさぞかしかわいがってるんやろうなあ。」
- 160 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時39分55秒
- 保田は型のいいフラットサーブを打つ。
藤本ほどの切れや威力はないが、保田のファーストサーヴィス成功率、
K学に入り、レギュラーになってから数々の試合をこなしたが、実に9割を越す。
保田の安定して冷めた試合展開は、石黒が望んでいた形そのものだった。
松浦は気を張ってレシーブを打つと、先ほどから刻みだした軽快なステップを始める。
基本を崩さずに、保田は強烈なストロークを打って、横にステップを踏む。
松浦のテニスが序盤とがらりと変わって、保田、藤本ペアは若干だがリズムを乱されていた。
それから二度、松浦と保田がストロークを打ち合って、松浦はアプローチショットを打つ。
ネットに詰めていた紺野が二歩、後ろに下がり、松浦がダッシュする。
松浦のアプローチショットに、保田は意表を付いたロブを打った。
ポイント欲しさに愚行を起こす人間に限って、ネットプレイが目立つもの。
先ほどからネット際での攻防が多くなっていた松浦、紺野ペアに対して
保田の放った打球は見事に裏をかいた―――とはいかない。
紺野あさみ。
誰も彼女に注意は向けない。それはコートの中にいるプレイヤーさえもだ。
目立ったプレイは一切ないし、出色したテクニックがある訳でもない。
だが、このゲームを支配しつつあるのは、間違いなく紺野だった。
何も『見えるところ』でだけでゲームは進行しているわけじゃない。
保田の『仕掛け』を警戒した紺野の、この場面でありえない後退が功を奏し、紺野は保田の
ロブを難無く拾った。打球はロブを打ち、前進していた保田の横をすり抜ける。
紺野が見つけた保田の短所。次の行動が表情で推測できる点だった。
- 161 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時42分21秒
- 強いストロークやサーブを打つときは遠くからでもわかるほど、保田は歯を強く食いしばる。
そして、こんな風に仕掛けてくる場合には決まってポーカーフェイスを努める所為か、
表情がフッと消えるのだ。紺野はそれを頭に入れていたので、保田のロブを読めた。
気合を入れるのは試合において、大事な要素だが、保田のように気張りすぎて
しまってはそこから粗が生じてしまう。と言っても、そんな些細な部分なんてのは
紺野の目だからこそ認める事のできる事象だった。15=0。
ハアハア、と、保田の大きな呼吸が紺野と松浦にまで届いた。
こんな試合の序盤から保田の息が荒れるなんて、ありえなかった。
ダブルスの所為か?藤本の所為か?それともこの暑さの所為か?
保田は色々と考えてみるが、下らないと思ってすぐにサーブの体制に入る。
体が気だるい、こうやって思う通りに試合が進まないと、
恐怖やら重圧やらに食い潰されそうになる。限界。
新しい波はすぐそこまで迫ってきていた。よりにもよって今年の新入部員はテゴワイ。
こんな所では負けられないのだ。
最後までレギュラーを守りきって、テニスを続ける為に。
トン、トン、と二度コートにボールをバウンドさせてから、保田は足に力を入れた。
――――その直後だった。
目の前に、かつて、置き去りにした一コマが広がった。フラッシュバック。
- 162 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時43分14秒
- 『圭ちゃん、矢口に勝ちたくない?』
『私には無理だね。あいつは天才だよ。』
『私さ、・・・いや、なんでもない。』
『紗耶香。努力したって、成せない事はあるでしょう?』
『・・・それを認めたら、終わり、なんじゃないかな?』
『私みたいなのは、どうせトップ選手にはなれない。
でもね、この世界の殆どの人間はそうなんだよ。だから、私は安心してる。』
『私は一番になりたいよ・・・私――――』
去年の丁度この時期だ。その時の市井との会話が不意に保田に蘇った。
市井が死神と呼ばれるようになる、前日だ。
あの時、何か違う言葉をかけていたら、市井は壊れなかったのだろうか。
いや、そんな事は今更どうでもいい。保田は平静を努める。
ココに立ち続けるには、堕ちた人間を糧にしなければならないのだ。
トスを上げ、保田は先ほどと一寸の狂いもないフラットサーブを打つ。―――フォールト。
おや、っと石黒が思った次の瞬間、保田はダブルフォールトを晒していた。
30=0。
「なんで、こんな時に・・・・」
市井の顔がちらついた。
保田の頭の中を、あの日の、訴えかけるような、市井の眉根を下げた表情が侵食していく。
(私、私、私―――――。)
その先の言葉を聞くのが怖くなった保田は、市井から永遠に離れた。
続く言葉は、自分自身が何時の間にか封印していた、禁忌の呪文のような気がしたからだ。
もし聞いてしまっていたら、自分は現在、ココにいないかもしれない。
- 163 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時43分54秒
- 保田は頭をブルブルと二度大きく振って、市井の陰影を振り払おうとする。
ふと、目端に移った矢口を意識した。そこには去年と何一つ変わっていない、
仮面を付けた妖精がいた。そして反対側には、もう、会話を紡ぐ事さえなくなった
死神がいた。
フォールト。続けて、フォールト。40=0。
「保田!」
感情的ではない、石黒の通った叱咤が飛ぶ。
保田は至極冷静だった。なのに、体が思ったように働かない。
ここまで、何か間違った事をしてきたわけじゃない。
言われたとおりに、レギュラーにい続ける為に、特色の無いテニスをしてきたのだ。
ずば抜けたテクニックなんていらない。ただ、ココに立てるのならばそれでいい。
フォールト。そして保田の頭の中は真っ白になった。今までの記憶が白に塗り潰されていく。
「保田さん!」
藤本からの怒りの篭った怒号が保田に届く。
あの日あの時、置いてきたモノは市井だけじゃない。
己の意志、いや、常識的な欲望さえ置いてきてしまったのだ。
―――フォールト。
呆気なく、この大事なゲームを保田はT高校に無傷で献上する。
ああっと呟いて、保田はその場に膝から落ちた。
ラケットを持つ手が震えた。今まではこんな事はなかったのに、
市井と矢口が同時に写ってから心の奥底で眠っていたナニカが目覚めた。
保田がソレをはっきりと認識する事が出来ない所為で、この試合は混沌を呈す事になる。
ゲームカウント四=四。
- 164 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時44分55秒
- 第九ゲーム、巡って松浦のサーヴィス。
松浦の気持ちは雲のように、軽かった。
まるで、神ががったとさえ自分自身で思う。
このセットのキーであった第八ゲームを、こうも簡単に奪う事が出来たのだ。
天は間違いなくこちらに微笑みかけている。
松浦はフワっと優しくトスを上げて、軽い腕を思い切り振る。フラットサーブ。
受け手の藤本はさすがで、そんな松浦の最高のサーブでさえ返球する。
だが、そこからの展開は松浦、紺野ともお互い相談するまでもなかった。
なにやら様子がおかしくなった保田を攻めるのだ。
松浦は藤本のレシーブを保田の手の届く位置に打ち、保田のボレーを誘った。
普段の保田ならあっさりポイントを奪えるショットを打ってくる。
しかし、こんな簡単な場面でも保田は松浦に馬鹿みたいな優しい打球を与えてしまい、
松浦はそれに強烈で鋭利なクロスを決めた。藤本も届かない。15=0。
ピョンピョンとその場で二度跳躍してから、松浦はトントンと球をコートについた。
自分のリズムで、試合が出来ている。
予定通りの試合展開にもっていくことが出来ている。
まるで、相手はただのマリオネット。自分の思い通りに動いてくれる。
先ほどと同じフォームから、松浦はスライスサーブを打った。回転に切れがある。
保田は何とかリターンするものの、体制を大きく崩し、流れに一歩乗り遅れてしまう。
- 165 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時45分42秒
- この試合、K学の方は藤本一人で持ちこたえているような感が誰の胸にも宿っていた。
保田の情け無い打球に対し、ポイントを奪いにいった松浦の強烈なストロークを、
藤本が奇跡のプレイで拾ってみせる。そんなのが幾度か目立った。
藤本が強烈なスマッシュを打って、ポイントは15=15と並んだが、
如何せん、松浦の調子がどんどん上がっている。
サーブは序盤とは打って変わって、際どいコースに決めてくる。
そしてK学側が完璧に決まった、と思った打球を何故かその真正面にいる紺野が
拾って見せて、やはりK学はリズムを崩されていく。
奪った筈のポイントが無効になるほど萎える事柄は他に無い。
藤本、保田とも、覇気さえ失いかけていた。
ポイントは40=30。藤本は下唇を噛んで、辺りに漂う嫌な空気を濁した。
保田はまだ気付いていなかった。
自分の体が自分の命令に対して拒否反応を示している事に。
腕を振るにしても、どういう訳か微妙なズレが生じてしまう。
脳からの命令信号が、途中で曖昧になってしまっている。
保田が見つめる先の松浦は光り輝いていた。この試合を、本気で楽しんでいる。
フラットサーブ、そう予測して、保田は松浦のサーブに備えた。
フォームから球種は判断できない。松浦の実力は伊達じゃない。
打ってきたのはトップスピン、打球は縦に落ちた。
保田の渾身のレシーブ。松浦のバックハンドボレー。保田のアプローチショット。
後ろに下がっていた紺野のフォアのストローク。藤本のパッシング。松浦の足元を抜いて、
紺野の左に落ちるが、紺野はバックハンドのボレーで何とか拾った。
- 166 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時46分25秒
- 保田はそれにクロスを合わせた。決めた、と思った。
打球は松浦を欺き、紺野の右サイド、難しい所。これまでの紺野なら拾えるわけが無かった。
が、紺野のが打った逆クロスは逆に保田を欺いた。藤本はなんとか追いつこうと手を伸ばすが、
打球は藤本のラケットを抜けて、後方へ。
紺野は見えないところで躍動する。暗躍。
保田、藤本共に、紺野のレベルは中の下、能力からいえば
問題にもならないレベルだと断定していた。
そんな固定概念は一度ついてしまうと、鉄錆のように簡単には落ちない。
下手糞な人間が、忽然、上手くなるなんて科学的にありえない。
常識の枠外の事象なんてモノは普通の人間なら考えることさえしない。
だから、紺野の逆クロスはポイントを奪うと同時に藤本と保田の一般思考さえ貫いた。
ゲームカウント五=四。
そしていよいよ、藤本に焦りの色が見え始めた。
バックラインに下がり、平静を保ってサーブの体制に入ろうとするが、
左サイド前方にいる保田のよそよそしい背中が気になって仕方ない。
気温は馬鹿みたいに上昇を続けていて、頼りない保田がその所為で浮かび上がった
陽炎に暈され、消えてしまいそうだと藤本は思った。明らかに、劣勢。
何よりも、紺野の存在を見くびっていた。なるほど、面白いテニスをする。
加護とは正反対のスタイルだ。紺野は裏で遊んでいる。
藤本は松浦、紺野、二人に今までよりも強い警戒心を敷いた。
サーブの受け手の松浦をギロリと睨みつけて、今までよりも意識してサーブを打つ。
- 167 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時47分18秒
- 松浦は丁寧なレシーブでリターンすると、二歩、前進して
藤本からのストロークをボレーで返す。
そこで紺野が出てきた。
紺野は流れるような素早いサイドステップから、
人が変わったようにしなやかなボレーを放つ。
賭けに成功したかはわからない、これまでのポイントを計算すると、
あの場面で実力を出すのが一番タイミングがいいと判断した。
今の紺野は一つ一つの動きが数分前よりも、目に見えて上手くなっている。
藤本はそのボレーに強烈なストロークをお見舞いした。
低空飛行で、アッという間に紺野に返還されたストローク。だが紺野は臆さない。
勢いは殺されたが、綺麗な軌道を描くボレーを打ち、ネットに詰めた。
松浦が紺野のネットダッシュを見て紺野の後ろ、サーヴィスライン付近まで下がった。
それは紺野がこの第九ゲームが始まる前に指示していた事柄だった。
意図は松浦にもわからない、だが、紺野がこれまで示したきた作戦で間違いが
あった事など一度も無かった。信頼はダブルスにおいて大前提であり、問題にもならない。
紺野の動きを見て反応した保田、その表情は消えている。
それを確認して見て紺野はほくそえんだ。
自分の先ほどと打って変わったテニスに灸を据えてやろうと
保田は何かしらのテクニックを見せてくる、と紺野は読んだのだ。
そして保田が放ったのは紺野の横を鮮やかに抜く、パッシング。
紺野はしてやられたが、安心していた。
- 168 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時48分32秒
- 後ろには紺野が最も頼りにしている素晴らしい相方がいるはずだ。
アヒャ、と保田に不敵の笑みを投げ掛ける。らしくないな、と紺野は思ったが、
どうやらこんな事をするのが本当の自分の性格なんだとも思った。
後は松浦からの返球が後ろからくるはずだと思って、紺野はその先の展開をジッと窺う。
松浦は後方に下がっている藤本に向けて、スライスをかけたストロークを打った。
藤本の気の弛み、保田のパッシングでポイントを奪ったと誤認していたのがまだまだ甘い所だ。
藤本は打球を僅かに捉え損なって、ふわりと浮いた返球に、紺野は鋭利な角度に食い込む、
えげつのないスマッシュを決めた。15=0。
その直後、紺野は松浦にハイタッチを求めた。
凛とした紺野のその表情からは、喜悦と自信と小憎たらしさが混合し、ひしめき合っている。
一瞬、紺野の意外な行動に対して呆気に捉われていた松浦は、
やがて満面の笑みを作ってハイタッチを交わした。紺野がのっている。
それはこれまでの紺野のイメージを、T高校のメンツから綺麗さっぱりと払拭した。
テニスを通じて、紺野自身が変わっていっていることにさすがの策士紺野も気付かない。
俄かに松浦の心は、何かとても大きな重荷が取れたみたいに清々しくなった。
- 169 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時49分34秒
- 藤本は何か大きな間違いをしているんじゃないか、とサーブの体制に入りつつ考える。
K学のレギュラーになることが一年の時点での目標じゃない。
だが、思わぬアクシデントのおかげでダブルスながら、今、こうして第一戦を任されている。
K学。その名前は、テニスに携わる者になら自ずと耳に入るブランド名だ。
そして、その環境は自分に最も適している、弱肉強食の素晴らしい世界。
それなのに最近はやけにその体制が居心地悪くなっている気がする。誰の所為だ?
一年の時点での目標、それは一軍に食い込む事。あっさりと入部して間も無く達成した。
一人が好きだった。一人で勝ちあがり、負けることの許されない世界で生き残る。
他人に構っている暇なんてなかったし、友達なんて端から作ろうと思った事が無い。
それは間違いじゃない。それを否定してしまうと、自分のやってきたこと全てが
間違いになる。だが、正しいかどうかはわからない。
後藤真希。
真希と関る内に、何時の間にやら毎日が楽しくなった。
認めたくないが、それは自明の事実だった。
昨日の帰り道、列を作ってただ歩く事が馬鹿みたいに嬉しかった。
何が正しいのかなんてわからないが、藤本は真希の見ている前では負けられないと思った。
- 170 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時50分22秒
- 藤本はラケットを鋭く振る。
紺野の反応をワンテンポ遅らせて、鮮やかなサーヴィスエースを決める。15=15。
続けて、同じフォームからのトップスピンサーブ。これは松浦に見せ付けた。
松浦よりも一つ上のレベルのサーブが決まり、松浦は辛くもリターンする。
そして返球に成功した松浦が見たものは、完成された藤本だから可能な、
静謐で、無駄のない鮮やかなラケット捌きだった。
あまりにも冷静な藤本の試合運び。先輩の保田はすっかりと影を潜めてしまった。
そして、テニスを知り尽くしている藤本にはわかっていた。
この連中相手に一人でどれだけ善戦した所で勝ち目はない。
ダブルスは二人でゲームを作るものだし、お互いの相乗効果が勝利を呼び込むものだ。
幾ら藤本が目覚しい活躍をしたところで、限界はある。
藤本はゲーム中、何度も保田に視線をやった。
集中力の切れたその弛緩した顔に、藤本は何度も怒鳴ってやろうと思った。
保田のそつのないテニスは藤本の理想としていたソレに近いものがあり、
今の時点では越せない大きな壁だと思っていた。だが、この失態はなんだ!
ポイントは気付けば40=30と先ほどと同じ展開だ。
ブレイクポイントであり、セットポイントでもある。
- 171 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時51分00秒
- 紺野、松浦はともに息を凝らした。
あのK学の保田と藤本相手に、一セット取れるところまできているのだ。
ただ、藤本のあの冷めた表情の中に見え隠れしている圧倒的な集中力、覇気、闘志。
こんな局面でもそれらが一向に萎えない藤本の様子は、T高校の二人に
勝利という二文字を遥か遠くの存在のモノのように感じさせた。
藤本の渾身のフラットサーブ。鮮やかにインして、そして受け手は、紺野。
切れと重さに圧せられたレシーブは、力のない緩やかな放物線を描いて、保田の頭上へ届いた。
スマッシュを打てる絶好の位置だった。保田は当たり前のようにラケットを空に翳した。
これで、ジュース。藤本はこのゲームはここからだと俄かに思った。
保田の振りぬいたスマッシュ。打球は風を割く速度で、真直ぐ直線に進む。
―――カコ。
乾いた音が響いた。その瞬間、藤本は脊髄反射で舌打ちをしていた。
保田の詰めが普段よりも桁外れに甘くなっている。
あんな馬鹿みたいなスマッシュ、いつもの保田ならありえない。
そのスマッシュを返したのは、紺野だった。
角度をつけない、ただ振り抜いただけのスマッシュならば、
まだ返球の可能性は捨てきれない。タイミングを計り、保田のラケットが振り下ろされた
数コンマ後に、紺野はラケットを思い切り振った。
そして見事に中心で捉えたその強烈な打球は、
保田、藤本の丁度中間を割くようにしてバックラインの手前に落ち、決まった。
ゲームカウント六=四。
- 172 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時51分45秒
- まさかで、T高校が第一セットを奪った。
奪った張本人の二人は暫しその場に茫然と立ち尽くし、
やがてお互いが顔を見合わせてから、初めて堪えきれなくなった歓喜を露にした。
藤本はリストバンドで額の汗を拭うと、保田に一瞥もくれずに自陣のベンチへと足を進める。
張り詰めていた気を緩めると、俄かに鼻に高熱を帯びたような痛みを覚えた。
ドクドクと鼻頭の血管が大きく収縮し、自然と涙が浮かび上がってくる。
ちくしょー、と、心の中で叫んだ。
第一セット、取られた理由は誰が見ても瞭然だった。
隣にドカリと腰掛けてきた保田に反射的に視線を向けると、藤本はいよいよ抑制が効かなくなった。
保田は頭にタオルなんかを被せて、自分の情けなさをさもカッコつけて覆い隠していやがった。
それが、気に食わなかった。
「ふざけるな・・・・」
「・・・え?」
バシっと、藤本は手の甲で思い切り保田のタオルを払いのけた。冷徹な藤本は視線を定める。
現れたのは何か焦点の合わない目を瞠目させていた、弱弱しい猫目の女だった。
藤本はその女をギロリと睨みつけて叫んだ。
「やる気がないんなら、こんな試合最初から棄権すりゃあいいんだ!
私を馬鹿にしてるのか?それだったらこっちからこんな試合願い下げだ!」
- 173 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時52分29秒
- いつもの藤本には考えられない熱の帯びよう。
K学ベンチはそんな藤本の異変に目を丸くしている。
レギュラー?勝ちが全て?全部しゃらくさい。
藤本は立場、居場所に脇目も振らず、センパイに牙を立てる。
「声が、聞こえるんだよ。私の中でグルグル回ってるんだ・・・」
「いい訳なんか聞きたくない。ココは、そんなものが通用しない世界だ。
さっさとはっきりしない頭切り替えて、やるなら次のセットは絶対取るんだ!」
「わかってる・・・わかってる・・・」
保田は俯いて、ブツブツとそう連呼した。
その明晰としない保田の行動に、藤本はまた吠えた。
「しっかりしろ!保田!」
「わかってる!」
ふーふーと二人、息を大きく吐いて、それ以上言葉を発することをやめた。
居心地の悪くなった藤本はその場から離れて、次の試合が始まるまで
コートの外に出ていようと思った。保田の顔を見ていると虫唾が走る。
石黒の制止を振り払って、藤本は荒れ模様でコートを後にした。
- 174 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時53分26秒
- 一方の松浦と紺野は先ほどのゲームの余韻に浸っているのか、
お互い、ベンチに前屈みで座ったまま口を噤んでいた。
空には丸い太陽がその光をコートに満遍なく落とし、庇のない
コートはゆらゆらと穏やかな川面のように蜃気楼で揺れていた。
あのコートで今しがた、K学から第一セットを奪ったという事実に、
T高校の連中は中澤以外はっきりと確信できていない。
「すごいよ、二人とも。」
安倍が、ニッコリと二人に微笑みかけた。
二人は思い出したように顔上げて、はい、とぎこちない笑顔で返事をした。
それから流れるようにメンバー達が声をかけてくれた。
矢口は相変らずベンチに座ったままだったが、その視線から二人は覇気を貰った。
松浦はなんとなく吉澤の言葉が気になっていたのだが、簡素に、やるじゃん、の
たった一言だけだった。なんとなく物足りない。
奴隷なんてものは割に合わないな、と嫌でもそんな事を思う。
だけども、吉澤らしいからまあいいか、とも思った。
先のゲームの感覚を忘れないように、二人は言葉を発してはゲーム展開を思い起こした。
思い起こすたびに、松浦は紺野のハイタッチが嘘のように感じられてきた。
「ねえ、コンコン。ハイタッチしようか。」
ふと、気になってそんな言葉が出た。
- 175 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時53分57秒
- 「え?」
「試合中やったじゃん。スマッシュ決めた時。」
「うん・・・」
松浦は右手を空に伸ばした。太陽が松浦の掌に隠れて、指の隙間から陽が零れた。
ゆっくりと手を上げて、紺野はフッと松浦の掌を目掛けて手を振った。
パチン、と、小気味のいい音が世界に響いた。心の奥底まで届く透き通った音。
それは果たして現実の音色だった。
それから二人はまた言葉隠し、各々何か考えるように俯いて第二セットが始まるまで
ジッと静止していた。二人が言葉を交わす事無く見据えているのは勝利という二文字。
保田はベンチに座って頭の中に反響して離れない、市井の言葉を掻き消そうと
そればかり気がいっていた。
何度も、消えろ、と自分の中に問い掛けても一向に離れる気配がない。
(私、私、私―――――。)
その言葉の続きをもし自分が知りたがっているのだとしたら、
答えの持ち主の市井はすぐそばにいる。
どうして今日、しかもこんな大事な時に、忘れかかっていたその言葉が蘇ったのか。
保田は幾ら考えてもわからなかった。何がわからないかもわからない。
俯いて、目を閉じて、保田は頭の中を誤魔化そうとする。
- 176 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時54分29秒
- 「圭ちゃん。」
声が聞こえた。久しく聞いていなかったように思われる声だ。
顔を上げると市井がいた。その顔は去年のあの日と同じ顔をしていた。
ああ、やっぱり、答えが知りたかったんだ。
ぱったりと関る事を止めたはずなのに、保田には笑顔が宿った。
解放の鍵は、市井が持っている。だが、それは開けてはいけないパンドラの箱。
「紗耶香・・・」
「いつも通りにやれば、大丈夫だよ。」
市井の態度はよそよそしい、どうしてこれまで距離を置いてきたのに
保田に声をかけたのか、そして保田もどうして声をかけられたのかわからない。
ただ、市井も保田も漠然とそれは真希の仕業だと思った。
いつも通り?
あの時、市井が漏らしかけた言葉はそんなものじゃないはずだ。
「紗耶香、私・・・思ったとおりにテニスしても・・・いいよね?」
「え?」
一瞬、市井は狼狽の色を顔に出した。しかしすぐに、
「当たり前じゃん。」
笑顔で、答えた。
「うん。」
- 177 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時55分17秒
- 保田は解放された。頭の中でグルグル彷徨っていた言葉は霧散し、
後に残ったのは市井を置き去りにした愚鈍な自分への叱責の感情だけだった。
今すぐに仲直りなんてわけにはいかない、とにかくこの試合に勝って、
ゆっくりと市井とやり直すんだ。そう思って、保田はそれ以上何も言わなかった。
去年の市井の意志、あれは自分自身の意志でもあったのだ。
市井を止める事が出来なかったのは、自分の責任だ。
人間は生きてる限り、やり直す事が出来る。
一年の歳月はそれぞれの変化と共に、二人の少女をもう一度同じ空間に誘った。
――
「何カリカリしてんの?」
真希はコートを出てすぐの所、更衣室に続く短い廊下で藤本を捕まえた。
藤本は真希をギロリと睥睨すると、すぐに視線を下に落とした。
誰もいない空間に一人、佇んでいた藤本はいつもよりも遥かに孤独に見えた。
腕を組み、真希の方に向き直ると藤本は言った。
「笑いにきたの?」
なにやら被害者意識旺盛のその藤本の言葉を聞いて、真希は思いっきり笑ってやった。
狭い廊下に馬鹿みたいな笑い声が反響し、藤本はウンザリしたようにデカイ溜息をついた。
「何なのよ?あなた?」
「保田さんが不調なのはわかるけど、アンタが怒るのは筋違いなんじゃないかな?」
真希は平板な声色で答える。
- 178 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時56分11秒
- 「一緒にやってるとむしゃくしゃする。」
「ほぉ。むしゃくしゃねえ。お前さあ、自惚れすぎだよ。」
「自惚れ?」
「ダブルスってのはさ、一人じゃどうにもなんないじゃん。
あんたが確かに頑張ってたのは認めるけど、保田さんが崩れた時支えれなかったのは
お前の責任だよ。」
「保田さんが普通にいつも通りのテニスしてれば、軽くこんな試合は勝てるのに、
私に理由も言わず、突然様子がおかしくなって、気付けば第一セット取られてたのが、
私の責任なんだ?」
「うん。」
当たり前といった風にコクリと縦に頷く真希。藤本はペースを乱される。
どう考えても、第一セットを取られたのは保田の責任だ。
藤本は両手を腰に添えて、本腰を入れた。
「私はいつも通り、いや、いつもよりも内容がいいテニスをしたはずだけどね。
あなたにはそうは見えなかったみたい。」
「だからさ、お前が幾ら活躍したって、勝てないのはわかってるでしょ?」
「・・・」
「相手の二人もそうだけど、あいぼんとか愛ちゃんとか見てれば、ダブルスで
勝つ方法くらいすぐにわかると思うんだけどね。」
「わかってるわよ。」
「じゃあ、なんで協力しないのさ?二人とも自分しか見てねえじゃん。
シロートの私が見てもわかるよ。」
- 179 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時56分50秒
- 何で真希に説教をくらっているのか、そう思うと藤本は何が何やらわからなくなってきた。
真希の双眸は揺るぎの無い意志の光を宿している。どうも、真面目らしい。
どれだけ話し合ったとしても展開が進展しないのを藤本はわかっていた。
真希の言いたい事は理解している。
だが、それをそのまま素直に承諾出来ない、自分の意思主張は曲げれない。
今更保田に、協力しましょう、なんて言えるわけが無い。
ただ、あからさまに後味の悪さを残すようにコートを後にして、
それでも自分に声をかけてきたのは、真希しかない。
「ダブルスなんて、私には向いてないのよ。」
「私は、そうは思わないな。」
「・・・一体何なのよ?何が言いたいのよ?」
「これだけ言っても私が何を言いたいかわかんないの?だったらいいや。馬鹿みたいだ。
もうしらねー。勝手にやれば?勝てる試合をむざむざ落とすなんて私には考えられない。」
真希はクルリと踵を返し、呆れたようにコートに戻る。
その背中には、何やら落胆とか失望とか、そんな類いのモノが見受けられた。
そして藤本にある確かな思いが宿った。真希に見放されたくない。
いや、そうじゃない。藤本はその場で何度も首を横に振った。
そもそもどうしてこんなにも真希を意識してるのだろう。
落胆されようが、失望されようが、関係ないはずじゃないか。
それなのに、こんなにも腹が立ってるのはどうしてなのだ。
色んな事を誤魔化すように藤本は決意した。あいつの見ている前で負けられるか。
- 180 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時57分27秒
- 藤本はコートに戻ると、とりつかれたように保田の前まで歩み寄った。
今の自分はどんな顔をしているのだろうか。そんな事を考える。
きっと誰もが指を指して笑うような情け無いツラをしているに違いない。
だが、この試合は負けられない。負けてたまるか。
保田の真正面に立つと、藤本は姿勢を正してぺコリと頭を深く下げた。それはもう、深々と。
藤本らしくないそんな行動に、先ほど市井から貰った安堵も忘れ、保田は唖然とする。
「さっきはすいませんでした。あんな失礼な事口走ってしまって。」
「・・・いいよ。私が悪いのは変わりないんだから。」
「いや、私にも責任はあります。保田さんをフォローできませんでした。」
「アンタ・・・」
「私、この試合はどうしても勝ちたいんですよ。だから、つい・・・」
「・・・藤本、私はこの試合、今までの自分のスタイル捨てて、思う存分本来の
自分のテニスしようと思うんだ。いいかな?」
保田は親友から許可を得るように、藤本に訊ねた。
ついさっきまでの先輩風はどこへいったのか、藤本はまるで同じ存在に保田を見た。
上も下も無い、全く同じ立場。
- 181 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月12日(木)02時58分03秒
- 「・・・そんなの、全然構いません。だけど、その代わり条件が。」
「条件?」
「私を信用してください。私も、保田さんの事を誰よりも信頼するから。」
「なんか、ダブルスっぽいね。」
ははは、とキツイ猫目を弛緩させて保田は笑った。
そうして藤本は思う。まだこの試合、いや、このペアは始まってもいなかったと。
「漸く相手の土台に立てたって感じですね。」
「そうだね。勝とう。一緒に。」
――
審判から召集を受けお互いを鼓舞し合った後、相手コートを窺った松浦と紺野は目を疑った。
保田と藤本が、さっきまでとは全くの別人に見えた。
上手く表現する事が出来ないが、二人は恐ろしく固く繋がっている。
ゴクリ、と生唾を飲んで松浦は覚悟をした。
この試合、第一セットのようにはいかない。
一面の青い空のもと、太陽はその輝きを増し、コートを無碍に照らし続ける。
第二セットが始まる。
- 182 名前:カネダ 投稿日:2003年06月12日(木)02時59分31秒
- 更新しました。
- 183 名前:すえ 投稿日:2003年06月12日(木)16時16分59秒
- 更新キターーー!!!お疲れ様です。
この試合も最高です!!
こんこんがついに実力を発揮してきましたね♪
こんこんとあややのハイタッチが最高でした!
保田さんがこれからどのようなテニスをするのか
非常に楽しみです♪
これからもがんばってください♪
- 184 名前:155 投稿日:2003年06月12日(木)18時37分42秒
- 次回で藤本&保田ペアが本領発揮ですかね。。
T高校ピンチ!!
頑張れ松浦&紺野!
そして、藤本に声をかけた真希…なんかかっこ良かったです(w
- 185 名前:露天家 投稿日:2003年06月12日(木)18時57分12秒
- 初レスです。
とはいえ、少し前から読ませてもらっていました。
なんか読んでいると風景が目に浮かんで来るんですよね。
もう、素晴らしいの一言です。
どうやったらそんなに書けるのか教えて欲しいぐらいです(爆)
内容に関しては、この話の中のキャラが、独特(よい意味で)の雰囲気を放っていて、とても面白いです。
個人的に言えば、こんこんあたりが最高です!
なにはともあれ(?)更新楽しみにしてます!
- 186 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年06月13日(金)12時30分09秒
- よしもうこれで保田・藤本ペアは大丈夫だ
やっと松浦・紺野ペアと対等に闘える
しかし後藤の存在って大きいな
>勝利の女神は個人的にどっちにも微笑んで欲しいな・・・
全く同感です
勝負事とはわかっていてもどちらにも勝って欲しいですね
そう思えるほど二つのチームに思い入れがありますから
- 187 名前:カネダ 投稿日:2003年06月30日(月)01時56分15秒
- レス有難うございます。
本当に励みなります。
>>183すえ様。
ようやっとこの二つのペアもまともにテニスさせる事が出来ました(w
これからどうなるのか、実は自分も予定していないのですが、
こんな自分の気分次第で進む作品でも、最後まで読んでくれたら嬉しいです。
>>184 155様。
本領発揮させてしまおうかと考えていたら更新が遅くなってしまいました・・・。
どちらの高校も平等に扱うってのは思ったよりきついです。(w
後藤はちょろちょろ顔出してますね(w
>>185露天家様。
いえいえとんでもございません。自分なんてただのアホ作者です。(w
ただ勢い任せに書き殴ってるくらいしか書き方思い当たりせん。(w
紺野はちょっと影薄い感じだったので、そう言ってくれると嬉しいです。
>>186むぁまぁ様。
有難うございます。両方のチームを共に好きになってくれるように
ここまで書いてきたつもりでした。
そう言ってくれると書いててよかったと思います(w
だけど、そう思うと勝敗つけたくないと思ってしまうんですよね(w
それでは続きです。
- 188 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)01時57分23秒
- 第二セット開始直前、観客、T高校のベンチはそこはかとなくどよめいていた。
保田の表情からは綺麗さっぱり、気張りと後半の動揺が消え、藤本からは
漂っていた孤独感が払拭されていた。
それはまるで人が変わったようですらある。
第一セットを半ば運の欠如で取られただけで、こうまで意気込みが変わるものなのか、
ベンチで咥えタバコの中澤は何やら判然としない厭な空気を感じずに入られなかった。
(まずいな・・・)
一方の石黒も二人の変化の理由がまるでわかっていなかった。
休憩中に何やら二人、話し合っていたようではあったが、二人とも言ってみれば
個人主義で他者とは相容れない存在同士のはずだった。寧ろ、それを石黒は望んでいた。
保田、藤本は普段通りのテニスをしていればこんな試合には苦戦などしないはずなのだ。
特に仲違いするわけでもなく、お互い気を配り過ぎるわけでもない。
その状態は常に一定で、ある種完成されたペアとも言えるのだ。
大前提で、ダブルスという要素を活かさなくても相手の二人とは格が違うのだから。
それがあの短時間でこれほど見事に結ばれている。
コーチとして監督として、教え子の変化の理由がわからないのは気持ちのいいものではない。
石黒、中澤の心の靄が晴れぬままに、藤本のサーヴィスで第一ゲームが始まる。
- 189 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)01時58分45秒
- 受け手の松浦は腰をじっくりと据え、先ほどの紺野との連携の感覚を
思い起こしながら藤本のサーブに毅然と備えた。
相手がどんな攻めで来るのであれ、やるべき事は第一セットと変わらない。
相手のミスを誘うように、ダブルスの条件を最大限生かして穴を広げればいいのだ。
紺野の背中を見つめ、松浦は意志を固める。
恐れる事は何も無い。通用する。自分達は通用するのだから。
藤本が打ったのはスライスサーブ。切れのいい回転を帯びた打球は
サーヴィスラインの隅に落ちると、意志を持ったかのように外へと逃げていく。
コートが熱っされた所為で浮き上がった陽炎が見せる、蠢くように歪んだ打球はそれだけで
松浦に本来帯びた回転以上に不規則な揺曳を見せた。
それでも、松浦の集中力はソレを攻略する。しっかりと打球を捉えて、そのまま
流れるように次の展開に備えた。集中力を持続させて、神経を張り詰めていれば
藤本が実践している一つ上のレベルのテクニックだってどうにかなる。
どうしても、藤本をノラせるわけにはいかないのだ。
松浦が返した低い弾道のレシーブに、藤本はミスショットともとれるロブを上げてきた。
(ロブ?)
- 190 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)01時59分31秒
- 「コンコン落ち着いて!」
松浦の声を聞いて、紺野はボールを見上げなら二度頷いた。
何か意図があるのだろうか、不信に思いながら紺野はゆっくりと三歩下がり、
力一杯のジャンピングスマッシュを打った。こうも簡単に最初のポイントを奪えるのか。
軌道は鋭角で完璧。松浦は紺野が着地するのと同時に
藤本、保田ペアの歪みはまだ継続しているんだと俄かに思った。
(いけるよ!)
――が。それに保田が食いついた。
そら!っという叫び声とともに、打ったのはフォアのハイボレー。
紺野のほぼ完璧に打ったスマッシュに対し、保田はねじ伏せるように、
力の差を誇示するように、目の覚めるような一撃を食らわした。
0=15。第一セットのお返しと言わんばかりに、保田はニヤリと口端を上げた。
保田はポイントを奪った後、無表情で藤本に拳を差し出した。
そして顎で合図をすると、藤本は意図を汲み取ったのか、
その拳の先に自分の拳をコツンと当てる。
このポイントは自分だけの力で取ったのではない。二人で取った初めてのポイントだ。
保田、藤本両者とも言葉を交わさずともそう解釈した。
「コンコン、大丈夫。私達のテニスしよ。」
- 191 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時00分40秒
- スマッシュをこうも鮮やかに返されたショックで、紺野の表情は若干曇っていた。
すかさず松浦がフォローを入れて、二人、掌を合わせる。
「うん。ありがとうアヤヤ。」
だが、紺野、松浦の表情はともに陰鬱さを隠せない。
ワイワイ騒ぐ観客の声援から注意を逸らし、空を一瞥して、保田を一瞥してから
藤本はサーブの体制に入った。相手は本物だぞ。絶対侮るな。何度も自分にそう言い聞かせ、
フワリと柔らかいトスを上げる。振りぬいた打球は代わった受け手の紺野の
リターンを封じた。打球が重くそして切れがある。先ほどの藤本のサーブよりも
何か一つ、新しい要素が加わっているサーブだ。紺野は考える。
変化を考える。何が起こった?あの二人に何が起こった?目を見開いて、
藤本を諦観してみるもののわからない。0=30。
紺野のこめかみからの汗が顎を伝って、無力に、ポタポタとコートに滴り落ちた。
視線を、藤本に定めながら紺野は言う。
「藤本さんのサーブ。さっきよりも断然切れがあるよ。」
「え?」
「本当に、人が変わったみたい・・・」
- 192 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時01分35秒
- 紺野の言葉が気がかりだったが、藤本の表情は依然、第一セットのソレとは変わらない。
バックラインに下がった松浦はラケットをクルリと回転させて、不安を紛らわした。
(悪い事は考えるな。一回だけでいい。この試合、勝つ。)
ステップを軽快に踏んで、リズムよく藤本の呼吸に自分の呼吸を合わせる。
レシーブの感覚は掴んでいる。展開させれば、チャンスは見出せるはずだ。
そして藤本が打ったのはフラットサーブだった。
別段、第一セットと威力も質も変わらないフラットサーブ。
松浦はイメージ通りに、そして思い切りラケットを振った。
―――なのに。
「フォーティーラブ!」
審判の声が響いた直後に、松浦は右手首の痺れを感じた。
第一セットで、藤本の力の無いストロークをスマッシュで返した時に感じたあの感覚。
(重い・・・)
松浦、紺野とも気付いていないが、それは藤本の意志の力だった。
今の藤本には、憎悪とも狂気とも言える勝ちへの執念の力が宿っている。
――真希の見ている前で負ける訳にはいかない。
馬鹿みたいな理由だが、それは裏を返せば真希の為に藤本は試合をし、
勝とうとしているのと同義だった。
己の栄光だけの為に行う試合なんて味気ないが、どんな理由であれ、
誰かの為に勝とうとする者には本来持っていた以上の理屈の通じない力が加わるのだ。
こうなった人間は、ただ、強い。
- 193 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時02分11秒
- 藤本は続けてフラットサーブを打った。
自分では気付いていないが、意志の詰まった重く、切れのある打球だ。
受け手の紺野は、センターラインぎりぎりに決められたそのサーブに動く事すら出来なかった。
第一ゲーム、K学が本来持っていた力の差を見せ付ける。
ゲームカウント、零=一。
コート外の四方からはただ嘆息だけが漏れていた。これが藤本。
ゲームを取った直後、胸に沸き起こった不思議な感覚を堪え切れずに藤本は拳を空に掲げた。
ラブゲームなんて別段、不思議な事じゃない。だけども、今この瞬間は最高に気持ちがよかった。
らしくない歓喜を表してみたら案の定、ベンチでボーっと試合を見ていた真希がツッコンできた。
「おい藤本!やれば出来るじゃん!」
「・・・いちいちうるさいわね・・・」
ジロっと一顧して、藤本は真希に気付かれないようにニヤリと笑った。
「藤本いい感じじゃん。やっぱりアンタの力はウチらの中でも群を抜いてるよ。」
「ありがとうございます。でも、やっぱり保田さん達の背中は遠いです。」
「ははは、よく言うよ。」
朗々と会話を紡ぐ保田と藤本。
ダブルスの本当の意味での面白さに触れた瞬間であったのだが、
鈍感でどこかズレている二人は気付く事が出来なかった。だが、心では感じている。
- 194 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時03分09秒
- 第二ゲーム、松浦のサーヴィス。
松浦は第一ゲームが終わって、すぐに受けてしまった感傷を必死で覆い隠そうとしていた。
絶望だ。
もともと実力では雲泥の差がある。
だからこそダブルスという方式に勝機を賭けた。
それなのに、相手の二人はまるで繋がっている。
唯一上回っていた要素の穴を塞がれてしまって、これからどう勝てばいいのだ。
松浦が常に頭に置いていた、第一セットを奪った展開のイメージがぼやけていく。
ぼやけてぼやけて、霞んでしまった勝利の二文字はすでに形すらない。
だけども、この試合は負けるわけにはいかない。
吉澤の命令なのだ。ゴシュジン様の命令は例外なく絶対。
杞憂が齎した松浦の無駄な葛藤は、そのまま打球に反映された。
松浦のサーブは見た目ではわからないものの、中身は空っぽでスカスカだった。
散り散りになった意識のまま放った、中途半端なサーブ。
そんなものを藤本がリターンできない訳がなく。
松浦の心を折るほどの強い意思の詰まった強烈なレシーブは、
第一セットで松浦が見せ続けた、相手を攪拌するテニスを完全に封印した。
藤本のリターンエースが決まる。0=15。
- 195 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時03分58秒
- (落ち着け、落ち着け)
言い聞かせて見ても、どういう訳か手が力なく震えている。
松浦は受け手の保田をチラリと窺った。リズミカルにステップを踏み、
そしてその表情は自信に満ち溢れていた。思わず視線を外す。
第一ゲーム終盤の情け無い保田の翳はもう、欠片も残っていない。
松浦はラケットを渾身の力で振りぬいた。
力が入り過ぎた所為で喘ぎ声のような嬌声が漏れた。
それを、レシーブを打つと同時に保田が発したオラア!という怒鳴り声のような肉声が掻き消し、
勢いのままに飛んだ打球は松浦のタイミングを外し、見事なまでのリターンエースとなった。
0=30。二度連続、リターンエースを食らう。
それも、自分の調子が悪いわけじゃない。
今日のコンディションはモチベーションと共に、今までで最高だと言っていい。
サーブには自信だってあった。それなのに―――。
松浦は自分の不甲斐無さを恥じて、思わず俯き、下唇の強く噛んだ。
これほどまで力の差を感じたのは、安倍と初めて練習試合をした時以来だった。
そこで、紺野が松浦に声をかけに行った。
「大丈夫。チャンスはまだあるよ。ここで挫けちゃ、もう終わりだよ?」
「・・・うん。」
「アヤヤ。今は耐える時間帯だよ。」
「・・・うん。」
- 196 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時05分11秒
- 紺野が諭すように話し掛けても、松浦は終始俯いて相槌を力なく打つだけ。
最後にもう一度紺野は、頑張ろう、と松浦の手を握って念を押した。
だが、そんな二人に追い討ちをかけるように試合は残酷な展開を見せる。
保田のテニスの、K学の面々までもが驚愕した全貌が明らかになったのはその直後だった。
松浦が打ったサーブを藤本が事も無げに返し、
そしてその後の、松浦のフォアのストロークを、冷静沈着で当り障りのない
テニスを実践していた保田が、奇声を発すると同時に思い切りぶち抜いた。
大ぶりのラケット捌き、荒々しく、まるで野生生物さながらのそのスタイルに、
見る者全てが瞠目した。
「はははっ、中学ん時の圭ちゃんだ。」
自陣のベンチの隅で観戦していた市井が苦笑しながらひとりごちた時、
そのすぐ後方にいた石黒は表情を怒りで歪めていた。
あのような保田のスタイルを、石黒はかつて一度だけ見た事があった。
保田がまだこのテニス部に入ったばかりの時分だ。
例のように、実力を測るための新入部員同士の練習試合を行った。
そこで、両隣のコートで試合を行っていた部員の手を、無意識に止めてしまうほど
レベルの高い試合を演じていた新入部員が二人いた。
市井と保田だった。
全国から推薦で入部してくるのが当たり前のこの部で、石黒は誰一人特別扱いせず、
あくまで部員全員に、平等に評価を下していた。
中学の時の実績などは完全に度外視し、この試合で個人の能力を見極め、判断を下す。
- 197 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時06分29秒
- その中で、名前は勿論知っていたが二人がこれほどレベルの高い選手だとは予想だにしなかった。
市井のテニスは基本を忠実に高め、そのままオーソドックスで粗の無い丁寧なテニスだった。
得意としているのか、披露したネットプレーに限ってはこの部の誰よりも上回っていた。
そして保田。
保田は本能が赴くままに実行する、まさに感覚のテニスだった。
飛び跳ねるように躍動し、そのテニスは掴み所のない意外性に溢れていたが、粗が目立った。
試合の方は接戦だったが市井が獲った。敗因は保田が露呈したミスの多さだった。
テニスのレベル的には二人は遜色がない。
しかし、保田のテニスは石黒が最も嫌う部類のモノだ。
テニスをするに至って、一番馬鹿で間抜けなプレイは、
ミスをして相手にポイントをみすみす与えてしまう愚かさだ。
不安定な人間は必要としていない。
石黒は保田にそのままの旨を伝えた。そして保田はその日から変わった。
あくまで従順に忠誠を示した保田は、今まで積み上げてきた自分のテニスをプッツリ
封印し、石黒の望んだ安定したお手本のようなテニスを驚くほど短時間で習得して見せた。
その結果、保田は一軍に上がり、今、この部のレギュラーの一角を担っている。
「うひゃあ・・・凄いなぁ保田さん。こんなテニスできるんや・・・」
真剣に、食い入るように試合を眺めていた加護が言った。
- 198 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時07分23秒
- 「保田さんはずっと何か抑えてる気がしてたんだよねえ。だってらしくなかったもん。
あんな馬鹿丁寧なテニスしてるのがさ。」
隣で座っていた真希は無意識のうちに、加護の言葉に反応していた。
真希は今の保田を見ていると、自然と嬉しくなってきた。
理由はよくわからない。だけども、思うがままコートを駆け回っている選手を見るのは
保田に関係なく、見ていて心地いい。
「まあ、元々野獣みたいな人やもんな・・・今まで抑えとった野獣パワーが解放
されてしまってんな・・・」
「うわーひでー、言ってやろー。」
「待て待て!タンマ、タンマ!そんなん言われたらウチ殺される言うねん!」
「ははは、冗談だよ。でも、藤本とも息が合ってきたみたいだし、よかったよね。」
「うん。それは思う。」
会話を楽しげに紡ぎながら、加護と真希は保田と藤本の行く末を祈った。
きっと二人は勝つに違いない。
そして藤本は試合後、こんな類の事を言うに違いない。
つまんない試合だった、とか、余裕だった、とか、とにかくこんな調子に乗った言葉を
顎をツンと上げて、さも余裕ぶって自分を見下しながら言ってくる。
そんな場面を想像していると、真希は自ずから表情が綻んだ。
「なにニヤニヤ笑ってんの?」
「へへへ、何でもない。」
「何でもない事あらへんやん。笑ってんもん。」
「あいぼんは知りたがりだもんなあ・・・とにかく、二人、勝つといいよね。」
- 199 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時08分11秒
- 真希は真剣な顔を作って、試合の展開に注意を向ける。
真希の声色に緊張を感じ取ったのか、加護も渋い顔を作って言った。
「勝つやろ。二人とも相手の二人とは桁が違うわ。」
試合は馬鹿みたいにハイスピードで進んでいた。
理由は簡単、T高校が何も出来ぬまま、ずるずると思うようにやられているからだ。
第一セットで披露された互角の攻防が嘘のように、藤本、保田はポイントを
止め処なく取り続ける。
「二人とも、どうしちゃったんだろ・・・」
ベンチに畏まって座りながら、梨華が心配そうにそんな事をぼやくと希美が
それにすぐ反応した。T高校サイドの雰囲気は悄然としていて、頗る空気が悪い。
「二人ともちゃんとやってるよ。だけど、相手の二人が強すぎるんだ。」
「だって、一セット目は取ったじゃない?」
「長くダブルスやってると、わかるよ。あっちの二人は掴んじゃったんだよ。
ダブルスのなんていうか、コツみたいなもんをさ。もちろん、紺野さんもあやちゃんもね。
だけど、そうなるとやっぱり太刀打ち出来ないよ・・・」
「・・・何で?」
「テニスのレベルが、一桁違うよ・・・向こうの二人はもう、即席のダブルスじゃない。」
- 200 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時08分54秒
- 希美が苦痛そうにそう言うと、隣で二人の話を聞いていた吉澤が口を挟んだ。
両腕を横に広げて、足を組んで、そして偉そうに試合を眺めている吉澤のその様は
まるでどこかの勘違いした恰幅のいいオッサンのようである。
「レベル?そんなもん、あたしは知らないな。あたしはただ、松浦に
勝てって言ったんだ。」
「よっすぃさあ、幾らなんでもそりゃ無理じゃない?そんなの野球で、
ホームラン打ってこいって言ってるようなものじゃない。」
実は野球好きの梨華が少しきつめの口調で言うと、
吉澤はなにやら不敵な笑みを浮べた。グフフ。
「あたしが松浦を評価するとしたらたった一つ。命令には絶対従うって事だけだね。
あいつは勝つよ。命令に逆らったらどうなるかは、あいつが一番よく心得てるからね。」
「そんなの・・・めちゃくちゃだ・・・」
押されっぱなしの試合をジッと眺めていた希美が、呆れたように声を出した。
その間にも試合は着々とゲームを消化していく。
「負けたらまた例のアレするの?」
梨華が恐る恐る訊ねると、吉澤はイヤラシイ笑みを浮べて大きく頷いた。
太陽の光の加減で、吉澤の顔は酔っ払ったエロオヤジさながらに見える。
そんな吉澤に呆れかえった希美はポカーンと大口開けて、それから我に帰って吠えた。
- 201 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時09分38秒
- 「よっすぃの外道!」
「お?ののには言われたくねえなあ。」
「ののはそんなキツイ事言わないもん!」
「まあ、最後の命令だからさ。」
「さいご?」
「うむ。」
「・・・よっすぃ・・・」
梨華が眉根を下げた心配声で言うと、吉澤は太陽の光を嫌うように目を窄め、
そういうこと、と、軽い口調で、えらくカッコつけて言った。―――最後の命令。
喜ばしい事のはずなのに、梨華、希美ともに思わずしょげかえって顔を伏せてしまう。
吉澤という人物は現実がなんであるか、自分の役割がなんであるか、
そして世の中がどのように流れて行くかを当然の様に、よく心得ている。
堅実すぎるその怜悧な思考は、この三回戦は負ける、と無意識のうちに周りに暗示していた。
この一戦目が勝てたとしても、最後の最後に笑っているのはK学に相違ない。
最後の命令とは、それはすなわちそう言う事だ。
「最後の最後、あたしはあいつを信じるね。」
「・・うん・・・きっと勝てるよね。」
「ののは嫌いだからね。K学の二人。こわーい顔してさ!
あやちゃんと紺野さんは大好きだもん。大好きな方が勝つに決まってるんだ。」
「そうそう。相手の二人は人相が悪い!あんな奴らに勝たせちゃ正義の味方はお役ゴメンだぜ?」
「そうだよね。私、ののとよっすぃの理論を信じる!」
- 202 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時11分09秒
- この三人は本物の馬鹿である。
だが、本当に仲間を大切にしている友情馬鹿でもある。
馬鹿に理屈は通じない。この三人の言ってる事もまんざら戯言ではないかもしれない。
しかし、そんな三馬鹿トリオの思いも虚しく、試合はK学の独壇場と化していった。
気付けばT高校の二人が一ゲームも取れぬままに第四ゲームに突入している。
何度か惜しい場面もあった。
保田が自滅してくれて、ポイントは何もせぬまま幾らか奪う事もできた。
ところが今の保田は、肝心な所では絶対に致命的なミスを犯さなかった。
藤本の後ろ盾があるおかげか、ミスをしても自分の思うがままのテニスを歪めない。
コートを縦横に躍動して、ポイントを強引に抉り取る保田。
そして冷静に保田をフォローしつつ、切れのいいクロス、逆クロスを芸術のように決める藤本。
まるで成す術がなくなってしまった松浦、紺野は、もはやお互い声をかける事もなく、
ただ、相手の二人に偏りきった流れに身を任せていた。
紺野は必ず存在するはずの、相手の穴を見極めようとしたが、どうしても
見出せないままでいた。保田は本能のままに荒っぽいテニスをしていて
攻撃の展開は読めなくなったが、その分、付け入る隙は以前よりも格段に増えた。
バックハンドのハイボレーを誘えば、成功率は恐らく四割程度。
フォアハンドのローボレーも恐らく、その程度かそれ以下の成功率だと推測できる。
- 203 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時11分49秒
- だけども、どうしても藤本の存在が邪魔だった。
藤本は保田に伝えぬままに、同じくこの二つのショットの成功率の低さを認めている。
それを見越して、保田の位置を計算しつつ、ポジショニングしていた。
その巧みな藤本の動きが障壁となり、保田にそれらのショットを
誘う事がどうしても上手くいかない。
ミスを誘う以前に、松浦の精細さが著しく普段よりも低下していて、
テニスの形にするのが精一杯のような状態だ。
何よりも、保田の成功率の低いショットを敢えて保田に注意せず、
奔放にテニスをさせている、藤本の寛大な思考が一番の隘路だった。
(まるでベテランの調教師みたい)
第四ゲームを事も無げに奪われた後のコートチェンジの際、紺野は藤本から目を離さなかった。
同学年とは思えないほどに、完成されているテニスをする。
パーフェクト。矢口に一番近いのは藤本かもしれない、と紺野は俄かに思った。
T高校が一ゲームも取れぬまま、試合は第五ゲームに入る。
サーヴィスを打つのは一回りして、藤本。
受け手の松浦。表情はただ、気張っているだけ。
その仮面を剥がせば、中にあるのは空っぽの臆病面しかない。
それでも、藤本は松浦を侮らなかった。
- 204 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時12分45秒
- 今は流れに乗っているからこうまで相手を圧倒できている。
どんな拍子で、それが覆るかなんてわかったもんじゃない。
一つは紺野。紺野は『何か』を狙っている。このセットは諦めているにしても
まだまだその双眸は反撃のチャンスを今か今かと狙っていてギラギラしている。
藤本はわかっていた。この試合、裏で操っているのは紺野だと。
第一セットを取られたのは、松浦を上手く使った、紺野の功績だと。
試合が進むにつれ、藤本の動きは良くなっていった。
サーブの切れ、各ショットの成功率の上昇に、鋭さも増している。
相手を嘲笑うかのようなクロスをもう、何度も決めている。
それでも、藤本に安息はなかった。
第一セットを取られたのは紛れもない事実。もう許されない。
保田は乗ってきていて、負ける要素は客観的にみて、見当たらない。
それでもだ。藤本は安息を拒んだ。
最後まで全力を尽して勝ち、そうして初めてわかり合えたこのペアを祝うために。
一方、このセットを紺野はもう捨てていた。
第四ゲームを成す術が見当たらぬまま取られた時点で、
第三セットに全てを賭ける事を独断ではあるが、決意した。
今、すべきなのは勝利への手がかりを少しでも見出す事だ。
必ず、それは潜んでいるはずなのだ。やはり保田に集中的に打球を集めるべきか。
紺野は試合の最中そんな事を黙々と煮詰めていく。
松浦が今抜け殻のような状態なのは一時的なものだ。
- 205 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時13分32秒
- きっかけさえあれば松浦は立ち直ってくれる。
その鍵を持っているのは、こうなってしまっては一人しかいないのだが。
そして、紺野にはまだ一つ、相手に見せていない武器があった。
―――ドロップショット。
紺野のドロップショットというのは独特で、ソレは何も知らない人間から見れば
故意とは思えないような、ただの打ち損じの打球に写る。
見栄えは不細工だが、完成されたショットだった。
紺野が誰に対しても自信を持って得意といえる、唯一無二の得意技だ。
それも一つの得点源になる。しかし、あくまで欺くショットである以上、
頻出してしまっては、すぐに見破られてしまう。
流れをそのままこちらに引き寄せられるような、永続的な利点がどうしても欲しい。
紺野が思案に思案を重ねる中、保田のスマッシュが決まり、第五ゲームも奪われてしまった。
その直後、
「ああ、まぁ、こうなるのは何となく読めとったけどなぁ。」
中澤が咥えタバコのまま、誰に言うともなく、溜息混じりにぼやいた。
第一ゲームを取る事が出来たのは、二人には悪いが実力が齎したものではない。
原因不明な保田の乱調と、そしてチームワークの欠如がT高校に奇跡を呼んだのだ。
だからそれが修復された今、このような展開になるのは容易に予測できた。
- 206 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時14分06秒
- 「先生的に、この後どうなると思います?」
隣に座っている安倍がまた同じように合の手を入れた。
中澤は松浦と紺野の表情を窺ってから、悪戯の色を込めて言う。
「じゃあ、その質問、そっくりそのまま聞き返そうか。お前はどうなると思う?」
「・・なっちはですねぇ、やっぱり二人は勝つと思いますよ。」
「何でや?」
目の前で揺れる紫煙を手で振り払って、中澤は携帯灰皿に吸殻を押し付ける。
安倍はニコニコ笑顔を潜めて、凛然とした表情を自然と作った。
しかし、そんな真面目な顔をしているのが自分でも不自然だと思ったのか、
安倍はワザと口をクニャっと可愛らしく歪めてから声を出す。
「信じてるからです。松浦も紺野も二人とも勝つって信じてるし、なっちも信じてますから。」
「ほお、そりゃまた意外な答えやなあ。」
「意外ですか?」
「お前は普段はポヤポヤしてるけど、殊テニスの事になったら、辛辣やからなあ。
そんな半ば願望的な意見聞くとは思わなかったわ。」
「辛辣ですかあ?」
安倍は心当たりが見当たらないようで、苦笑交じりにそう言ってから、
「でもですね。やっぱり二人の思いがこの試合の行方を左右すると思うんです。」
口を結びつつ、頷いて言い切った。
- 207 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時14分46秒
- 「でも今は、ボロスカにやられてるぞ。別に二人の呼吸が合わなくなった訳やないのに。
寧ろ、あいつらの阿吽過ぎる呼吸が、相手の二人を目覚めさせてしまったって感じや。」
「先生はどっちが勝つと思うんですか?贔屓抜きで。ここだけの話。」
中澤はブラウスの胸ポケットから緩慢な動作で新しいタバコを一本、艶やかに取り出し、
半開きの唇に添えるように置いた。その一連の動作がやけに惹きつけるもので
安倍は思わず自我を忘れて見惚れてしまっていた。ハッと正気に戻って目を二度瞬かせる。
タバコに慣れた手つきで火を点けると、中澤は大きく一つ吸って、それから口を開いた。
カコン、と藤本が放った鮮やかなボレーの音が響いた直後だった。
空は相変らずの青。
「勝つよ。あいつらは。」
「・・・本当ですか?」
「うん。ウチの目に狂いはない。やってくれるよ。」
「じゃあ信じますね。」
「矢口、お前はどう思うねん?」
中澤は安倍の隣で試合を相変らずの無表情で眺めていた矢口に、少し大きめの声をかけた。
矢口は試合から視線を逸らさないまま、一旦、間を置いたあと、
「勝てると思います。」
それだけ言った。中澤はククク、と下を向いて思わず苦笑を漏らした。
安倍は二人のやりとりの意味を掴めないでいた。
ポイントはこんな会話の内容と相反し、ラブゲームのまま0=30とされている。
- 208 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時15分27秒
- 「ほら見ろ、これで満場一致でウチらが勝つ予想や。矢口のお墨付きやぞ。」
「矢口はどうして勝てると思うのさ?」
「そんな気がしたから。」
それを聞いて、ははは、と中澤は笑った。
首を傾げて安倍は怪訝そうな表情を作る。
「しかし、あいつらはいい先輩持ったもんやで。」
「なんですか、突然?」
「わからんでいいねん。お前はしっかり応援してやれや。部長。」
ムスッとした顔を大袈裟に作って、腕を組んで安倍は考えた。二人が勝つ理由。
矢口が言うんだから根拠はあるはずだし、中澤だって何か隠しているに決まっている。
松浦、紺野には何か秘策があるのだろうか。
練習ではそんな変わったメニューなどはしていないはずだし、このままの流れでは
松浦が立ち直ったとしても苦しい。悩んでも悩んでも答えが出ない。
安倍がそんな思案をしている間に、第六ゲームをラブで奪われてしまっていた。
完封だ。第二セットを完封で取られた。ゲームカウント零=六。
熟考していたのも忘れ、脇目もふらず、安倍は二人に声をかけに走った。
こんな時に部長の自分が出来るのは、精一杯励まして、そして少しでも気持ちを
鼓舞してやる事だけだ。
- 209 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時16分16秒
- 「二人とも、これで並んだだけじゃん。あと一セット。それ取れば勝ちなんだからさ。」
満面の笑みで安倍は二人の間に入り、交互に二人の顔を見た。
安倍の笑顔は、そこにあるだけで莫大に気分を落ち着かせてくれる。
紺野にはまだ余裕があるようで、ありがとうございます、と、心からの感謝の声を出した。
しかし、松浦はただ歯を食いしばっているだけで反応しない。
憧れの安倍が優しく声をかけているのに、松浦はその存在にすら気付いていない。
「松浦ぁ、気にしなくたっていいさ。気持ち切り替えなきゃ。」
「アヤヤ、そうだよ。ね?アヤヤがしっかりしてくれなきゃ・・・」
声をかけつつ、チラリと紺野はベンチにいるはずの吉澤の方を窺った。
ここまで落ちに落ちている松浦を一発でベストの状態に持っていけるのは、
この世に吉澤しかいないと紺野は考える。
どうしてアレだけ酷い扱いを受けてまで松浦が吉澤を慕っているのかは理解しかねるが。
紺野は視線をベンチに向けた。吉澤が一言でも声をかけてくれれば、きっと松浦は立ち直る。
が、三馬鹿トリオの定位置に吉澤一人だけがいない。
キョロキョロと辺りを窺って見るがやっぱりいない。
そして見落としていた一方向。松浦の背後だった。いた。
- 210 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時17分16秒
- 何時の間に潜んでいたのか見当もつかなかったが、
そんな事を考える余地もなく、紺野は吉澤の両手の位置に目線が釘付けになった。
どう見ても、その両掌は松浦の胸の前にある。後ろから抱擁でもするのだろうか、
思わず息を凝らした。松浦はその突き出た両腕に気付いていない。まるで放心状態。
そして次の瞬間。
ムニュ。
紺野はおちょこ口を全開にして目を見開いた。
吉澤の存在を松浦に悟られないように演技を努めていた安倍は、
作った満面の笑顔で硬直している。
背後から往診でもしているかのように、吉澤は視線を上に向けて、ムムム、と唸っている。
ムニュムニュムニュ。
その内に、松浦の双眸にジワリと光が戻った。―――刹那。
「キャアアアアアア!!」
甲高い悲鳴がコートの境界を超え、世界中に響き渡る。
普通に考えて、そりゃ叫ぶ。
胸を抱えるようにしてしゃがみ込んだ松浦は、
その背後の人物を確かめる為、思わず振り返って頭上を仰ぎ見た。
気だるそうなだらしない目尻をしていて、口端はエロく歪んでいる。
両手を腰に当てて、まるで勝ち誇っているかように自分を見下ろしているアホがそこにいた。
- 211 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時18分02秒
- 「なにするんですかぁ!」
「お前は不注意すぎるね。でも思ったより結構デカイな・・・」
「変態!アホ!電波!」
「電波じゃない!そこだけは否定しろ!」
「電波です!ふつーの人は胸揉んできたりしませんよ!」
松浦はスクっと立ち上がって、吉澤に紅潮した顔を接近させた。
両目が心なしか、ウルウルと柔らかく揺れていた。
そして吉澤はまた件のCMの犬を思い出した。言うまでもなく、吉澤は真性のアホ。
「するよ。痴漢とか。」
「痴漢はふつーの人じゃないです!」
フウフウと息を荒げて松浦は吉澤を威圧する。
だが一方の吉澤はそっぽを向いてまるで相手にしていない。
段々松浦はアホ相手に憤慨している、今の自分がアホらしく思えてきた。
あれ?そういえばさっきのセットは一ゲームも取れなかったのか、と、
何故か突然そんな事が頭をよぎった。
「お前さあ、これでイーブンだけど、勝てんの?」
眉根を寄せて、吉澤は挑発的に訊ねた。
それはもう、端から期待していないような声色で。
てめえマジで勝てんのかよ?ええ?と、松浦には聞こえた。
確かにそう聞こえた。誰がなんと言おうと。
- 212 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時18分44秒
- 「勝てますよ!負けたら何してくれてもいいです!」
「言ったな?」
「言いました。」
「よし。お前・・・負けたら死ぬかもよ・・・」
意味深な笑みを浮べて吉澤は踵を返した。
そのどす黒い邪気を帯びている背中からは、ジョーダンでない事がひしひしと伝わってくる。
ゴクリと生唾を飲み込んで、松浦は紺野に話しかけた。
「どうしよう・・・」
「・・どうしようって?」
「勝たなきゃ。ねえ・・・コンコン、もう作戦ないの?」
紺野が思い描いていた試合展開は、序盤で流れを引き寄せて中盤で耐える、そして
終盤でなんとか死に物狂いで取るというものだった。
が、中盤で耐える。ここで躓いてしまった。
ぼろぼろにやられたあげく、流れまで完全に持っていかれた。
第三セットまでもつれ込む事は予想通りだった。もし、第一セットを取られたら
そこで終わりだと覚悟を決めていた。
藤本。一番やっかいなのは賢い藤本だ。どうすればいいのか。
紺野は思案しながら、対面にいる藤本に気付かれないように視線をやった。
清涼飲料水を一口、二口だけ飲んで、藤本は慣れた手つきでラケットの
ガットの歪みを正していた。その横で楽しげに笑う保田。藤本も笑みを零していた。
- 213 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時19分18秒
- まるで第一セットの時とは変わった二人。
そこで気付いた事があった。藤本は幾らか間を置きながら、自陣のベンチのある一点を
頻りに気にしていた。首の緊張を解すように大きく捻っては、その都度視線を向ける。
何があるのかと思って見たら、そこには後ろの廊下を除いて、五番手の真希しかいない。
(後藤・・・真希さんだっけ)
「よお、よくやっとるやんか。二人とも。」
中澤が二人に歩み寄って、声をかけた。
陽光を受けて、中澤の艶やかな唇は鈍く光っていた。
空を見上げると時間が止まったかのように、太陽はまだほぼ真上でその存在を誇示している。
「ありがとうございます。」
紺野が藤本を見つめながら頭を下げた。松浦も続いて頭を下げる。
「あっちの二人が気になるんか?」
紺野の注意に気付いた中澤はあからさまに、K学ベンチを覗き見た。
ご丁寧に、目まで細めて凝らしている。紺野は慌てて否定した。
「あっ、いや、そういう訳じゃないです。」
「取り敢えず、お前ら二人ともコンディションはいいみたいでよかった。
相手の二人、強いやろ?まあ、あれが高校でトップレベルの選手や。」
- 214 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時20分04秒
- 中澤の声色は妙に清明としていて、そこには余裕すら感じさせた。
第二セットの醜態を叱咤されると覚悟していた二人は、
予想外の言葉に拍子抜けてしまった。
「強いですけど、勝てない相手じゃないと思ってます。」
松浦はキリっとした精悍な顔つきで、中澤に抑揚のない声で言った。
松浦の両目に帯びている光は希望の光、確信の光。
挫けていない松浦が小気味よくて、中澤は照れ隠しするように顎を掻いた。
「勝てない相手じゃないけど、普通にやったら勝てへんな。第二セットでわかったやろ。」
「先生、何か相手の二人に短所はありませんか?些細な点でもいいんです。」
少しでも情報を得ようと紺野は懇願して、頭を下げた。
それは藁にも縋ろうとする弱者の行為ではない。
一縷の望みを否定しない、強者の執念だった。
「そんなんは実際試合してるお前らが一番わかってるやろ。特に紺野。
それで、お前ら何か考えてる事でもあるんか?」
「・・・相手の二人の息が合ってから、取り敢えずは、ありません。」
「取り敢えず?」
「まだ、見つからないだけで、きっとあると思うんです。人間だったら、絶対に。」
- 215 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時21分12秒
- 拳をギュっと握って、紺野は俯いた。
そんな紺野を気遣って、松浦はそっと紺野の拳に指を添えた。
K学らしからぬテニスを始めた保田。それがまず第一の誤算だった。
おまけに藤本の舵取りは見事すぎて言葉も出ない。この多勢の観客、それに控えてる選手を
合わせて、どれほどの人間が藤本の怜悧さに気付いているだろう。
紺野は悔しかった。敵うわけがないのに嫉妬している自分がいる。仮にも同じ年なのだ。
「お前がゲーム動かしてるのはバレてるやろうな。藤本に。
でもな、テニス抜きにして、頭の切れやったらお前の方が勝ってると思うぞ?紺野。
そんで松浦、お前には相手の二人に劣らないテニスを出来る能力が潜在してるはずや。
本当に精一杯やってるか?本当に本気でやってるか?お前ら気付かんだけで、
自分の能力を過小評価してるんと違うか?心の声に聞いてみろ。
この試合、ウチはお前らが勝つと思ってる。」
中澤はそれだけ言うと指示らしい指示も告げずに、ベンチの奥へと帰っていった。
中澤が言う精一杯とは、本気とは、どういう意味なのだろう。
松浦、紺野とも一所懸命その意味を考える。
「この試合、負けたらアヤヤどうなっちゃうんだろう?」
不意に、吉澤の言葉が気になって紺野は言った。
「殺されるね・・・たぶん。」
「じゃあ、負けれないね。」
「うん。どんな事してでも勝たないと。」
- 216 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時22分17秒
- ―――どんな事をしてでも勝つ。
一年前、市井はそう心に言い聞かせてきっと矢口を蹂躙したんだろうな、と紺野は思った。
この世の全てに正否があるとして、市井は間違いなくやってはいけないことをした。
それでも、今なら漠然とだが市井が何故、矢口を壊すようなテニスをしたのかわかった気がした。
市井は勝つ事が目的で、見返りに何も望まなかったのだろう。
後先の事を考えずにどんなに蔑まれても、どんなに卑下されても構わないならば、道はある。
しかし、それでは無意味なのだ。紺野は矢口を一瞥して、続いて市井を一瞥した。
二人とも、同じ意味で、正しくない。
勝つとは喜びを得る事だ。
誰からも賞賛されなければならない。
そして、心から勝利を喜ばなければならない。
それじゃあ、正しいとは、一体どんなテニスだろう。
正々堂々とテニスをすれば正しいのだろうか。
何もかもが勝っている相手に、正しく勝つにはどうすればいいのだろうか。
テニスが出来て、頭が切れて、まるでパーフェクトな藤本。
どうすれば勝てるか。恐らく考え抜いた策を、全て藤本は見破るはずだ。
どうすれば。紺野は本気になった。精一杯考えた。精一杯。そこで出た答え。
- 217 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時23分01秒
- 「アヤヤ、一つ、思いついたことがある。」
「え?本当に?」
「・・・うん。それでちょっと聞いて欲しいんだ。
私はね、自分のこと、みんなに心から嫌われるくらい、本当は卑怯者だと思ってる。
苛められてたのもね、怖くて怖くて、目を瞑って現実から逃げてたんだ。
それで何度も死のうと思って、こんな自分がいやで、違う自分になれると思って、
だけど矢口さんのテニス見て、石川さんに出会って、みんなと出会って私は
私が好きになった。アヤヤ、私は計算高いんだ。心の奥底で、私はアヤヤを
パートナーと思うよりも前に、利用できる道具としか考えてない自分がいる。」
紺野は次第に涙声になった。
松浦はただ、紺野が一所懸命紡ぎだす話に耳を傾けていた。
突然すぎる、告白だ。意図が掴めなかった。
「コンコン・・・?」
「みんなに感謝したいんだ・・・それでね、アヤヤには私の全部を受け入れて欲しい。」
「全部?」
紺野はまず、松浦と本当に理解し合おうと思った。
人間、誰だって譲れない部分というのを抱えていて、それで誰にだって
人には言えない、言ったらきっと嫌われてしまう秘密がある。
紺野は可能な限り、全て吐き出した。実は時折松浦の事を疎ましく思っていたこと。
苛められていた時分、本当は凄惨な復讐劇を企てていて、いつになったら実行してやろうかと
機会を窺っていて、ノートを憎悪に満ちた文字で埋め尽くした事もあると言った。
- 218 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時24分00秒
- それよりももっともっと思いつく限りの秘め事を紺野は吐露した。
途中で涙がポロポロ零れて、訥々と声がちぎれて、上手く言葉にならない部分もあった。
それでも精一杯紺野は言葉を出した。本当に、曝け出す。
人間は汚いし、それは自分も同じなのだと。
これで嫌われたって仕方がない。それでも本当に理解し合うにはこうするしか
ないと紺野は思った。言葉は力。翳を受け入れないで、光は掴めない。
松浦は凝然と数秒、コートに視線を落として何かを沈思していた。
紺野を直視できなかったのではなく、考え込むと松浦は俯く癖があった。
そしてある結論をだした。
紺野が紡ぎだしたこの秘め事の数々の意味は、ダブルスという形式じみた
垣根を越えて、ただ息の合った関係よりもより屈強で、より認め合える関係を
築こうと突如、思い立ったのではないかと。今以上の信頼関係を。
そして、精一杯の本音を松浦も言った。
松浦は、自分の思った事をそのまま実行するタイプの人間だから、
隠しているような事柄は大して無いと思っていた。
ところが、こうやって改めて紺野に何を隠していただろうと考えると、
数え切れないほど思い当たる節があった。
- 219 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時24分32秒
- だが、それは告白する意味、価値が無いからだと松浦は考える。
わざわざ個人的な不平不満を表に晒して、それで上手くいった関係なんて聞いた事がない。
この世の中は上辺で成り立っている。それが結果として幸福に結びついている。
ただ、本当に心の内を全て打ち明ける事が出来る人間は
たった一人であれ、絶対に必要なのだ。松浦は切に思った。
包み隠さず、本音をぶつける事が出来る相手など、厳密には誰一人だっていなかった、と。
初めて、松浦は裸になった。
笑う仕種をしたり、悩む仕種をしたり、万華鏡のように松浦はその動作を変えながら言う。
「コンコン、私だってさ、そんなのいーっぱいあるよ。
私も最初はコンコンと二人きりになる時間辛かったもん。
石川さんがコンコンの事気にしだした時、私は関らない方がいいって
しょっちゅう言ってたんだよ?入学した時は本当に腐ってたしね。
世界で自分が一番不幸だと思ってたもん。今となっては笑い話だけどさ。
それに・・・そうだ!コンコンだけには教えてあげる。」
涙を拭っている紺野の耳を松浦はそっと借りた。そして辺りを気にしながら
誰にも言えなかったある事柄を紺野に伝えた。
「・・・・」
「あはっ・・・ははは。」
- 220 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時25分28秒
- ピタリと止んだ涙の後に出来た赤く腫れた目で、紺野は精一杯の笑顔を作って言う。
「わかってたよ。ずーっと前から。私、こう見えても勘はいいから。」
「ははは、やっぱり?コンコンだけには絶対ばれてるなって思ってた。絶対秘密ね!」
「うん。誰にも言わないよ。」
「コンコン信じてるからさ。」
「うん。」
改めて二人は手を繋いだ。
不器用な二人が本当を見出そうと一所懸命になった。
こんな行為に意味があるかどうか、紺野も松浦も心の底ではわからなかった。
ただ、数秒前よりも目の前にいるパートナーが途方もなく尊く写っていた。
「それで、第三セットはね・・・」
紺野が考えに考えて導いた作戦。
狙いはゲームを支配している藤本を欺いて、それで尚且つポイントを奪う事。
藤本の思考を停止させなければ、流れは絶対にこちらに傾かない。
泥試合覚悟で、保田の粗くなったテニスを集中的に叩く事を避け、
隙もない、テニスで勝てない、しかも恐ろしく頭の切れる藤本に、敢えて照準を合わせた紺野。
松浦はゆっくりと頷いて、紺野の賭けとも言える策を躊躇する事なく承諾した。
――――――
- 221 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時26分34秒
- 「どういう事だ。保田。」
第二セットが終わり、審判台横のベンチに嬉々として腰掛けていた保田に、
石黒が代わり映えの無い、平板な声をかけた。
その声色には怒りも無いし、落胆もないし、喜悦もない。
だが、石黒が求めている答えは、自分のテニスの変化に相違ないと保田は確信した。
「自分に正直になってみました。そうしたら、楽しかったです。ただ、楽しかった。」
「あんなテニスは下卑ている。自分の足を掬うことになる。わかっているだろう?」
「わかってますよ。」
保田は自分を見下ろしている石黒を、ギロリと上目遣いで見た。
その隣で藤本はまるで無関係であるように、平然とグリップを拭っている。
空気が張り詰めていた。
この部の中で石黒に逆らった事があるのは真希しかいない。
石黒は怪訝に思う。部員達全員に、同じような変化が起きている。
それは紛れも無く真希が一軍に昇格してからだった。
「あくまで通すんだな?」
「はい。テニスって、楽しむものだと、今日思い出しました。」
「勝手にしろ。この大会が終われば、お前には入れ替え戦を受けてもらう。」
「承知の上です。・・・一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「先生にとって、テニスって何なんですか?」
- 222 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時27分06秒
- 保田は怒りの色を含んでいた目付きを止め、好奇心に満ちた表情を作った。
本当にこの人は人生の喜びを感じた事があるのか?
この人は、誰が為に生きているのだろうか?
この人にとって勝利とは、名声とは、一体何の価値があるのだろうか?
「・・・」
「・・聞いた私が野暮でした。すいません。聞き流して下さい。」
「・・・恥だけは晒すなよ。」
そう吐き捨てて、石黒は踵を返し、ベンチの奥へと下がっていった。
石黒の悠然とした後姿を見ながら保田は苦笑する。
それを怪訝に思った藤本が訊ねた。
「何がおかしいんですか?」
「いやさ、テニスする理由考えてみたんだよ。お前は忘れちゃいけないよ。
テニスは楽しむもんだ。それだけは肝に銘じとかなきゃいけない。」
「・・・楽しむものですか。」
言いながら、藤本はガットの歪みを指で丁寧に直す。
そして続けた。
- 223 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時28分37秒
- 「あっちの紺野でしたっけ?さっきからずっと私の方見てくるんですよ。
どうしても私達に勝ちたいんでしょうね。」
「普通に考えて、勝てると思うのかね?まあ、一セットは取られたけど。
あいつらのテニスは面白いよ。ウチらにはいないタイプだ。」
保田は無邪気に笑う。
「きっと普通に考えてないですよ。嫌いじゃないです。こういう相手は。」
藤本もクスクスと微笑を零した。
そして、無意識のうちに真希の方をチラリと一瞥する。
ベンチを覆っている庇の元、真希は楽しげに加護、高橋と笑いあっていた。
「後藤が気になるのか?」
「いや、そういう訳じゃないですけど。彼女の見てる前では負けたくないな、と。」
「後藤がいてよかったって、思うよ。今まで先生に逆らうのは選択肢にすらなかった。
よく考えりゃ、あいつはいつも食って掛かってたもんね。」
「不思議ですね。」
本当に不思議に思った。真希の周辺はココとは違う次元なのかと錯覚させられるほど、
優しい空気が流れている。加護も高橋も、どこまでも幸せそうな顔をしている。
あんな顔が出来るようになるのだろうか。真希の傍にいれば。
- 224 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時29分26秒
- 「藤本、お前とペア組めるのはこの大会が最後になるかもしれない。
いけるところまで行こうよ。勝ち続けて、笑おう。」
保田の表情は、硬い。
K学のやり方に逆らうのは、正気の沙汰ではないと本人が一番わかっている。
「そうですね。」
藤本は空をゆっくり見上げて、それから少し間を作って言った。
つられるように保田も空を仰いだ。
二人とも自然に、目を細める。
雲一つない無邪気な青空の茫洋に、二人は世界の平等さ、残酷さ、素晴らしさを知った気がした。
係員がホースの先を摘んで、コートに水を撒いていた。
パラパラと細かい飛沫になって、コートに、膜を張るように丁寧に満遍なく撒く。
しかし、この猛暑で鉄板のように滾ったコートは、ソレを拒否するかのように
飛沫を一瞬で蒸発させていた。
(出る杭は打たれるか。)
- 225 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年06月30日(月)02時30分19秒
- 水の撒かれるコートを見ながら、藤本は保田と石黒の会話を思い出し、
何となくそんな事を思った。二人はどちらも正しい。
保田は本来の、自分のスタイルでのテニスを始めたが、それは本人が望んだ喜びを得る為だ。
石黒は保田の将来を考えて、あくまで手堅いスタイルを求めているのだろう。
腹を割って話し合えば、お互いどこかの地点で妥協だって出来るだろうに。
そう思った刹那、審判から召集がかかった。
この試合に勝利する事は両軍、個人的な事情が加味されている。
T高校の二人は、負けたら松浦が吉澤にぶっ殺されるから勝たなくちゃいけない。
K学の二人は、真希の前では負けられない、そして少しでも長くこのペアを継続させる為に
勝たなくてはいけない。到達点は一つ、勝利という二文字を手に入れる。
そして運命を決する、第三セットが始まった。
- 226 名前:カネダ 投稿日:2003年06月30日(月)02時31分05秒
- 更新しました。
相変らず遅くてすいません・・・
- 227 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年06月30日(月)12時54分26秒
- 思い切りテニスを楽しんでくれればどちらが勝ってもいいです
いよいよ第三セット
悔いの無いように自分らのテニスをさせてあげて下さい
- 228 名前:184 投稿日:2003年06月30日(月)19時49分11秒
- いつもながらの大量更新お疲れ様です!
真希の前では負けられない藤本。吉澤の前では負けられない松浦。
それぞれに相手に抱いている想いがあるのでしょうね。
松浦と紺野…いったい何を話していたのでしょうか…
白熱した試合展開これからも期待しております
- 229 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月30日(月)23時34分25秒
- 224の保田さんの台詞が何だか胸に響きました…
- 230 名前:u-dai 投稿日:2003年07月02日(水)16時57分32秒
- こんにちわ!1話からずっと読んでます。
本当に面白いです。なんだか娘。たちの個性がうまく表現されていて
かなり感情移入してます。作者さんの描写力ハンパじゃないですね^^;
すごいですよ、自分が本当にその場面に存在しているようです。
これからも応援しているので、がんばってください。
- 231 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年07月02日(水)23時07分48秒
- 更新お疲れ様です。
第1試合も第2セットまで終わり互角の展開!
あやゃにがんばって欲しいのですが、獣に戻った圭ちゃん最高です!
どっちにもがんばって欲しいです!
次回更新も楽しみに待ってます!
- 232 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月03日(木)04時32分06秒
- 更新お疲れ様デス。
そっか、このペアは野獣と調教師だったんだ。
この試合、もう一波乱ふた波乱ありそうですね。
次回の更新も楽しみにしています。
- 233 名前:ヨ〜ド〜ケッティ 投稿日:2003年07月07日(月)21時17分53秒
- 松浦は何を耳打ちしたんだろう・・・。
ずっと読んでます。
そして続きを楽しみにしています。
頑張ってください。
- 234 名前:ヨ〜ド〜ケッティ 投稿日:2003年07月07日(月)21時18分26秒
- ごめんなさい。ageてしまいました。
- 235 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年07月08日(火)12時14分43秒
- だからと言ってochiってのはなぁ・・・
- 236 名前:むぁまぁ 投稿日:2003年07月11日(金)12時34分30秒
- 保全
- 237 名前:カネダ 投稿日:2003年07月25日(金)01時31分12秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>227、235、236むぁまぁ様。
悔いの無いテニスを存分にやらせたいですね。
勝敗は大事なんですが、それ以上の事を書ければいいなあと思ってます。
保全有難う御座います。ochiやsageやageは気にしてませんので、
レスを貰えるだけでも自分としては嬉しい限りです。
>>228、184様。
大量更新だけがとりえの作品になってしまいました・・・昔は早く更新できたのに・・
両校共に、いろいろな思いを込めて書きました。
紺野が松浦に何か言ったのは、今回の更新で明らかになるかと。
>>229名無しさん様。
保田もここに来てようやくキャラが立った感じです。
試合のほうも応援してやってくれれば嬉しいです。
>>230u-dai様
有難う御座います。メンバーは出来るだけ自分が抱いてるリアルの娘。達を
イメージして書いてきたので、そう言ってもらえると本当に嬉しいです。
描写なんて自分は本当にアホですので、少しでも上手く描けたらいいなと思ってます(w
- 238 名前:カネダ 投稿日:2003年07月25日(金)01時37分33秒
- >>231ななしのよっすぃ〜様。
松浦も保田も全員頑張らせてみせます(w
更新を待ってくれてるのにこれだけ遅いのは本当に不甲斐無いです・・・
出来る限り早い更新を目指してはいますが、どうか、よろしく願いします。
>>232名無しさん様
野獣と調教師はちょっと無理があった感じですね(w
試合のほうは一気に終わりまで更新しようと思ってます。
更新遅くなって本当に申し訳ないです・・・
>>233、234ヨ〜ド〜ケッティ様
松浦が耳打ちした内容はもう少し後で出そうかな、と思ってます。
こんな長い話をずっと読んでくれて本当に感謝です。
age、sage、ochiは全然気にしてませんので、また気軽にレスしてやってください。
それでは続きです。
- 239 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時38分40秒
- 第三セット。第一ゲーム。松浦のサーヴィス。
松浦は始まる前に、心にこう言い聞かせて、この第三セットに臨んだ。
(自分のサーヴィスゲームは何が何でも取る)
もし、自分のサーヴィスゲームを落とせば、この第三セットはその時点で終わると考えてもいい。
それに、ゲームの主導権を握ることが出来るサーブを使って、
みすみす落としてしまってはお話にもならない。
力の差は考えないようにして、松浦は先ほど言われた中澤の言葉を思い起こした。
―――お前には相手の実力に劣らないテニスを出来る能力が潜在してるはずや。
ただの気休めだったのかもしれない。何時に無く落ち込んでいた自分を
励ます為の詭弁だったのかもしれない。しかし、松浦は絶対的なモノに縋るように、
その言葉を芯から自分に信じ込ませた。
T高校の二人はまず、相手に完全に傾いてしまった流れをこちらに寄せる為に、
なんとしてでもこの第一ゲームは取らなければいけなかった。
スポーツ選手はそんな非科学的な『流れ』というモノに、こうも四苦八苦させられ続ける。
理屈などはない。が、確かに存在している勝ちへの道標である、流れを掴む。
- 240 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時39分51秒
- 第二セットを完封でやられたのが逆にT高校の二人を吹っ切れさせ、
松浦は決して気張りすぎる事無く、いい具合の緊張感を保ちながら
ファーストサーブを藤本の左足目掛けて振りぬいた。
腰の回転のみで、ほとんど腕の力を使わずに藤本はリターンする。
藤本の弾道の低い、それでいて鋭いレシーブに松浦は体をしなやかに使った
ストロークで応対した。その後続けて、松浦と藤本のラリーが続いた。
第一セットの第一ゲームと同じ展開だが、今度のは力比べじゃない。
二人の打球は力みが全くなく、切れと重みを併せ持った、美しささえ垣間見せる
流麗な打ち合いだった。二人ともまるで楽にラケットを振っている。
このままでは永久に続いてしまうのではないか、見ている誰もがそう思うような、
寸分の狂いも無い打球の交換。
しかし、何度目かのラリーの後、藤本が目測を誤って打球をネットに引っ掛けてしまった。
15=0。特に落胆する事もなく、ラケットの表面を確かめるように見てから
藤本は次の展開に備える。
(どうやら、立ち直ったみたいね)
その際、紺野が何か松浦に指示を出していないかをしっかりと確かめたが、
紺野はネットに張り付いたまま松浦を振り返りもしなかった。
- 241 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時40分25秒
- 松浦も当たり前のように右コートに移動し、代わった受け手の保田を
無表情で窺い見た。ポイントを奪ったからと言って一々喜悦はしていられない。
保田は左右に軽快なステップを踏んで、タイミングを計っている。
力強い一つ一つの動作。器用さは無いが、一つでも甘い打球を送れば噛まれる。
その保田の粗を埋めるのが藤本の万能さだったが、サーヴィスゲームに限って、
欲を出せば藤本に介入されるまでもなく、保田からエースを狙う事が出来る。
保田のリターン成功率は第一セットと比べ、著しく低下していた。
だからと言って、欲張りすぎると馬鹿を見るのがこの世界の厳しさだ。
様々な要素を整然と選択肢にして脳裡に置き、深呼吸を気付かれない程度にしてから、
松浦はトスをふわりと上げた。
(まずは、エースでも狙ってみよう。)
時間が、ゆったりと流れるような気がした。
天高く上がった白球が太陽を背にした所為で翳り、最高点でピタリと止まった時
不意に、紺野の言葉が蘇った。―――私は卑怯なんだ。
松浦は思わずラケットを振る手を止めて、再度、トスを上げた。
紺野に告げられた作戦。それは至極簡単なものだった。
ソレを実践するのは全くと言っていいほど苦労が無い。
藤本が先ほどからチラリチラリと紺野の動作を窺っているのがわかる。
紺野の思考を、藤本はこの短時間で知悉していた。
- 242 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時41分18秒
- 第三セットが始まる直前に、松浦にもそれがわかった。
直感じゃくて経験から来るものなのだろうか、
とにかく尋常じゃないセンサーを藤本は備え持っている。
単に警戒している、とは言えない異常なほどの強い視線を紺野に送っている。
そして、藤本の注目を浴びる紺野は、そんな藤本を欺こうとしている。
松浦は降りぬいた撓りの利いたフラットサーブで、保田のタイミングを上手く外した。
簡単にサーヴィスエースを奪う。だが、二度は続かないだろう。
保田だって馬鹿じゃない。大きめに踏んでいたステップを、今は小さく小刻みに踏んでいる。
ポイントをたて続けに奪った。先ほどあれほど遠かった一ポイントが、
今ではすぐ手の届く位置にあるような気がする、と松浦は思った。
気楽だ。この場面で、こんなにも心が軽いのが自分でも理解できなかった。30=0。
ハードコートの緑色に不思議と心地よさを覚え、ネットの高さがやけに低く感じた。
気負いが無い今の自分は挑戦と、そして自分の持っている最大限の能力を
引き出すのに最高の状態だと自信を持って言えた。
いや、こうまで覇気に満ちている状態を保てるのは、紛れも無く
前方に最高のパートナーがいるからだ。そして、後方からはこれまで自分を
疎外しないで、本当の友達のように接してくれた仲間達が背中を押してくれている。
松浦は考えるたびに泣きそうになった。これまで、本当に仲間として接してくれた
トモダチは誰一人だっていなかったのに。
- 243 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時41分59秒
- 松浦は代わった藤本に、この日一番調子がよかったスライスサーブを打った。
打球はサーヴィスラインの隅に落ちると、しゅるしゅる外へ逃げていく。
フラットサーブだと踏んでいたようで、藤本はほんの一瞬だけ返球の動作が遅れた。
立ち止まったまま、反射的に思いきり左足を真横に突き出し、
その後に体を捻りつつ、ラケットを背中に回して、グルリと反動をつける。
それは藤本だから絵になるものの、常人が同じ体制をすれば酷く滑稽に写るに相違ない。
幾ら藤本でも、あの体制では返せない。松浦はそう思った。
だが、藤本は自慢の長い脚で踏み込んだ、切れのあるレシーブを打ってきた。
体の柔らかさがハンパじゃない。
返せないと心のどこかで決め付けていた松浦は、油断から逆をつかれてしまう。
藤本のバランスのいい肢体から放たれた、高等なレシーブは観客からの嘆息を誘った。
30=15。
さすがに一筋縄ではいかないな、松浦はそう思ってまた目まぐるしく思案を重ねる。
ガットを忙しなく指で弄りながら、代わった受け手の保田をチラリと見た。
保田は小刻みなステップを踏んでいて、ギラリと輝いた獣のような双眸には
食ってやろうか?と意思表示されているようだった。
(気張りすぎと自滅する場合が多いけど、あの人の場合は例外みたい)
- 244 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時42分45秒
- スライスサーブを打って松浦は保田をコートの外に追い出した。
それでも拾ってきレシーブに松浦が合わせると、ボールは巡って紺野の肩の位置に飛んできた。
紺野は藤本の足元を狙った打ち下ろし気味のハイボレーを打った。
打球は鋭く、藤本の右手前に勢いよくバウンドすると、低い弾道
を維持したまま後方へ飛んでいく。が、藤本はその打球に、腰を屈めてラケットを振った、
技ありのボレーを打ってきた。インさせるだけでもかなりの高等な技術だった。
(これが藤本美貴なんだ)
紺野は藤本のテクニックに見惚れそうになったが、すぐに気を取り直し、
腕を伸ばしてバックハンドのボレーをクロスに打った。
しかし、そこには保田が待ち構えている。
紺野は思わず甘く打ってしまった自分に対し、不甲斐無さから出た舌打ちをした。
紺野の打った急速の緩いボレーのバウンドが、一番高い位置まで跳ね上がった
のを見計らって、保田はオルア!と大声で叫び、強引なスマッシュを打った。
欲張りすぎだ。松浦は心でそう思いつつ、打球の軌道を目掛けて突進したが
すぐに足を止めた。打球は大きくバックラインを超え、遥か後方に落下した。
40=15。ゲームポイントになった。
後一つ。松浦は空を仰いで澄んだ空気を思いっきり吸った。
次で決めてしまおう。
松浦は受け手の藤本をサラリと一瞥した。先ほどコートに撒いた水が醸され、
独特の湿った臭いが俄かに松浦の鼻腔をついた。ジリジリと湿気が体に纏わりつく錯覚を受ける。
藤本は首を左右に二度大きく捻った後、ゆっくり股を開き、腰を据えた。
目で松浦は伝える。取るよ。藤本は微笑してソレを迎え撃った。
- 245 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時43分24秒
- ――フラットサーブ
藤本の読みは当たった。相変らずフォームからは判断できない一流のサーブだ。
だが、藤本は松浦の実力を、これまでのゲームを通して完全にとは言わないものの、
大体の見当は付けていた。万能さは飯田に通じるモノがあるが、テニスの方は
まだまだ青い。加護のような突拍子のない攻撃も出来るし、その攻撃パターンは広い。
しかし、サーブ。本人は自信があるようだが、K学の強者相手に毎日練習に
励んでいる自分には別に代わり映えのない、決して脅威とは言えないサーブだ。
高橋よりも切れと深さが無いし、飯田と比べればまた更に落ちる。
真希と比べれば、大人と子供だ。
藤本はレシーブを相手コートの難しい所に鋭角に決めつつ、合宿の時の真希との試合を
意図的に思い出していた。序盤はまるで素人のようだった真希が、忽然、化け物のように写った。
その感覚は、入部当初の練習試合でも、一瞬だけ感じたのを覚えている。
試合終了間近、真希の怒声と共に放たれた強烈な打球。
寸での所でアウトになったものの、完全に力の差が垣間見えた一打だった。
真希は覚えてないかもしれないが、藤本にとってはその時から
真希の事を知らず知らずのうちに意識するようになっていた。
(追いつきたい)
- 246 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時44分03秒
- 松浦とラリーを交わし、仕掛けたクロスは紺野によって返された。
だが保田のストロークで、今度は保田と松浦のラリーが始まった。
保田相手じゃ打ち合いするには分が悪い。
根負けして、何かしら仕掛けてくるだろう松浦の動きに注意を向けて、
藤本はコート内の位置取りをする。
福田との試合でも真希は魅せ付けた。
最後の最後に打った、形は不細工だったスマッシュ。
あの時、自分は完全に魅せられていた。他人のテニスにああまで感情移入し、
そして試合終了後に真希の元に駆け寄っていた自分が今でも信じられない。
試合後、暫く経ってから自分自身に激しく懐疑心を抱いたのを鮮明に覚えている。
真希はあの試合を決めた瞬間、間違いなく、このK学全員の心をその手に収めていた。
言うなれば、この個人主義で成り立っていたK学テニス部を、石黒までも
その存在のみで一つにしたのだ。
試合終了直後、真希を中心に、皆が自然と作っていた輪が完成していた。
(追いつきたい)
松浦は予想通り、保田の力のあるストロークに打ち負けてドロップショットを打ってきた。
まだまだ青い。藤本はワザと保田から距離をとっていたが、松浦が仕掛けた瞬間、
待ち焦がれていたようにダッシュをした。そして、これまで幾度も決めていた
鮮やかなパッシングショットを打つ。紺野の足元を抜き、打球は勢いそのままに
後方へ消えていく。―――その先。
- 247 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時44分37秒
- 藤本の視界の端に、不意に松浦が写った。あり得なかった。
ドロップショットを打った直後に走り出していたのか。
自問してみても、答えは松浦にしかわからない。
松浦は腕を目一杯ピン伸ばして、藤本と保田のいない、右コート前方に
ボレーを決めた。藤本は決められた瞬間、思わず、クソ、と叫んでいた。
青いのは、誰でもない。自分だ。こんなテニスをしていて、何が真希に追いつきたいだ。
どんどん遠くなるばかりだ。
「藤本。落ち着いて。次はお前のサーヴィスだよ。」
第一ゲームが終った後、保田は少し荒れた息づかいで藤本に声をかけた。
第二セットから急遽プレイスタイルを変更したつけが、今になって保田に如実に現れ始めている。
「保田さん、大丈夫ですか?」
「心配は必要ないよ。この試合は死んだって取ってみせる。
今が楽しいんだ。ダブルスがこんなに楽しいなんて、思ってなかった。」
保田の言葉を聞いて、藤本は思い出したように平静を取り戻した。
保田は第三セットが始まる前に、確かにこう言った。
―――お前とペアを組めるのはこの大会が最後になるかもしれない。
恐らく、負けという失態を晒せばすぐにでも石黒はこのペアを解散するだろう。
そして保田は入れ替え戦を余儀なくされる。
負けられない。K学でテニスをするという事は、誰しも同じ理由ではないにしろ、
絶対に負けられないという固い前提に基づいている。
忘れていた。K学テニス部は、頭に常勝という二文字を置いている事に。
- 248 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時45分08秒
- 「・・・勝ちましょう。勝って、笑うんですよね?」
「うん。私は昔から言ってたろ?お前には誰よりも期待してるって。」
「ただの激励かと思ってました。」
藤本は微笑して言う。
「ははは、はっきり言うやつだな。」
楽しげに保田は笑うと、藤本の肩をポンと軽く叩いて、元のポジションに戻った。
さあて、と藤本は一度大きく息を吸う。
第二ゲーム、藤本のサーヴィス。
藤本は何度もコートの感触を確かめるように、トスを上げる前にボールを
コートにバウンドさせる。
そして、一呼吸するほどの短い間を置くと、
今まで血の滲むほど練習をかせねてきた惰性でも打てるサーブを打った。
そんな特に意識したサーブではないのに、相手にとっては馬鹿みたいに脅威に映る。
藤本は己の能力の限界を知ってるから、今まで努力を怠らなかった。
だから何か目標を掲げれば、時間はかかるにしろ必ず達成する事が出来た。
勿論、自分の青写真をしっかり実現できるレベルの目標だ。
そしてこの試合に勝つ事は、これまでのどんな目標よりも容易い。
- 249 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時45分39秒
- 藤本の強烈なファーストサーブを松浦は綺麗なバックハンドでリターンする。
そして藤本は早々に仕掛けた。松浦のレシーブにアプローチショットを打って
ネットダッシュする。そして保田と平行に並び、T高校の二人をあたかも俯瞰するように
見下ろしてきた。さあ、勝てるものなら勝ってみろ。藤本は松浦に目で伝えた。
松浦は藤本の動きは目で捉えていたのだが、その場に止まって防御に徹しようと考えた。
ここからならどこへ打っても二人の隙間を縫う事は出来ない。
ならば、出来るだけ弱い打球を誘って、その後にロブを狙うか、紺野のパッシングを
期待するのが一番頭のいい戦い方だ。松浦は保田のバックであり、藤本のフォア目掛けて
思い切りラケット振った。その打球を処理したのは保田。形の悪い苦手としている
バックハンドのハイボレーだった。しかし、打球は見事にコートギリギリで失速し、
松浦は全力で食らいついたものの、追いつく事が出来なかった。0=15。
それがきっかけとなり、藤本に更なるエンジンがかかった。
サーヴィスのバリエーションを目まぐるしく変え、相手の二人を翻弄するように
ポイントを奪いだした。0=30となり、0=40となり、そして
ゲームポイントになって藤本はとんでもないサーブを打ってきた。
打球がバウンドした後、極端に曲がり、フラットサーブだというのに、
捻るように軌道が歪曲した。
直線を引くかと思われた打球が、センターに向かってぐにゃっと曲がる。
そんな打球に、受け手の紺野は反応する事も出来なかった。
- 250 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時46分15秒
- 第二ゲームが終わって、ゲームポイントは一=一と均衡を保ってる。
が、その内容は明らかにK学のほうが圧倒していた。
また第二セットのように、ここからK学の独壇場になるかと思われる展開だったが、
そうはどっこい、紺野が許さなかった。
第三ゲーム、紺野のサーヴィス、受け手は藤本。
藤本は自分でも意識しない内に独自のリズムを取り始めた。
ツ、ツツ、タン。ツ、ツツ、タン。そんなリズムをレシーブの構えに入りながら、
上半身を上下に動かして刻む。
紺野はそのリズムを意識しないように、藤本から視線を逸らしてサーブを打った。
トップスピンの回転を帯びていたが、貧弱な回転だったので打球は藤本の絶好の場所に
落ちる。強烈なレシーブ。その打球を紺野は渾身のストロークで何とか返した。
藤本が走ってフォアのストロークを打つ。その後に紺野と藤本の
ラリーが続いて、紺野は向かい風がその時強く吹いたのも計算に入れ、
得意のドロップショットを打った。
打ち損じで死に球のように映る、紺野の一流のドロップショットだ。しかし―――
- 251 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時47分03秒
- 藤本はネットダッシュもしないで、その打球を右サイド前方にいた保田に託した。
保田の位置からならば届かない打球ではない。藤本は確信する。
ネットのすぐ前に落ちたその打球に、保田は下から掬い上げるようにしてラケットを振った。
しかし、力みすぎた。ボールは高く柔らかい放物線を描く。
そしてその高く打ちあがった打球―――松浦はほぼ直感で動いた。
ボールの高さを見計らってから、後ろを向いて走り出し、自分の勘で立ち止まると、
振り向いて空を見た。目測よりも、二、三歩手前だったので、打球を見上げながら
後ろに二歩下がり、体制を崩しながらジャンピングスマッシュを放った。
「いけ!」
松浦の甲高い叫び声。
打球は藤本によって辛うじて返されたが、死に球になってふわりと浮かび、
今度はそれに紺野がコートの隅を狙った思い切りのいいスマッシュを打って決めた。
15=0。
- 252 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時47分41秒
- 松浦はホッと胸を撫で下ろしてこう思った。
こっちのサーヴィスゲームさえきちんと取れば、結果的に勝ちに繋がる。
テニスはサーブで決まる。ゲームを有利に展開できるこの特権を行使するのだから
絶対に、落としてはいけない。
「コンコン、相変らずすんげぇドロップショットだね。」
松浦は口元を手で隠しながらそう言って、相手の二人にチラリと視線をやった。
「秘密だよ。」
紺野はくすくすと笑いながら囁くように言った。
どこからくるのか、二人には余裕の笑みが見受けられた。
何から何まで負けているのに、二人には当人しか理解しがたい確かな余裕がある。
紺野のサーブは安定していたが、安定しすぎていた所為で
保田にはそれが絶好の甘い球に映った。
紺野がサーブを打つと、保田は待ってましたとばかりにレシーブダッシュをする。
そして藤本と二人並んで、アッという間にネットプレーを始めた。
ネットプレーに終始されると、松浦、紺野ともに心理的な枷が施される。
テニスは攻撃するスポーツだ。好戦的な性格の方が優位に立てる。
- 253 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時48分13秒
- ネットにつく事によって相手の二人にただならぬプレッシャーを与える事が出来る。
スマッシュでポイントを奪えるし、どんな打球でもノーバウンドで返す事が出来るが、
その反面、コートの後ろがガラ空きになるというリスクも伴う。
そういったリスクを無視しても、攻撃を好む藤本と保田はネットプレーを選んだ。
藤本と保田は、紺野がサーヴィスの時は例外なくネットプレーに徹するようになった。
紺野のサーブが甘いからそういった極端な戦法が可能になるのだ。
しかし、藤本は警戒していた。紺野の事だ。何かやってくるに違いない。
第三ゲーム、一度はポイントを取ったものの、T高校の二人はたて続けにスマッシュを決められた。
15=30になって、紺野はフラットサーブ一辺倒を強いられる。
出来るだけ強いサーブを打って、相手のレシーブダッシュを防ごうとした結果だった。
それでもやはり紺野のサーブは力が無い。保田はレシーブを放つとともにネットに詰めた。
紺野はそのレシーブに対し、バックハンドの少々力を入れすぎたストロークで迎え撃つ。
打球はネットにダッシュしていた保田の正面に飛んでいった。避ければアウトになる
高さと勢いだった。しかし、保田はそれを反射的に返してしまった。人間、目の前に
飛来してくる物体があれば、無意識のうちに手で防ごうとする。
打球はあさっての方向に飛んで、紺野はしてやったりのポイントを奪った。
30=30。
- 254 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時49分02秒
- ここで、絶対にポイントを取らなければいけない。松浦は思った。
もし相手に取れたなら、次で取り返したとしてもジュースになるし、
そうなればこっちの不利は自明だ。
何としても、この後二度続けてポイントを奪わなければいけない。
松浦は紺野に告げられた言葉を不意に思い起こし、反芻する。
そして、トスを上げようとしていた紺野の元に駆け寄った。
相手の二人と審判に頭を下げて、それから松浦は紺野に言った。
「コンコン、ちょっと。」
「どうしたの?」
「多分さ、藤本さんはレシーブダッシュしてくると思うんだ。だから出来るだけ
センターラインに向かって、トップスピンのサーブを打って欲しい。
フォールトは気にしないでいいからさ、目一杯、ライン目掛けて打って欲しいんだ。」
紺野は松浦の目をジッと探るように見つめた後、
「・・・うん。わかった。」
微笑を浮かべてそれだけ言った。
松浦は優しくニッコリ微笑んで頷き、また同じように審判と、相手の二人に
頭を下げると元のポジションに戻る。
その様子を、藤本は射抜くような視線で見つめてた。
- 255 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時49分37秒
- 松浦に言われた通りに、紺野はセンターライン目掛けて、目一杯回転をかけた
トップスピンサーブを打った。しかしフォールト。指示通りにサーブを打つのは
そう簡単なモノじゃない。フォールトをした瞬間、紺野に今までに無い大きな
重圧が圧し掛かった。手が震える。咽喉が渇く。このポイントがどれほど大事かは紺野だって
よく理解していた。
(落ち着け)
ふと縋るように松浦の背中を見た。松浦の背中はいつもよりも大きく見えた。
松浦は紺野の気配に気付いたようで、顔だけを後ろに振り向かせ、まるで
安倍のように燦々とした太陽のような笑みを紺野に投げ掛けた。安堵。
その刹那、紺野はフッと緊張の糸が解れた錯覚を受ける。
そうだ。松浦は、初めて心の声を受け止めてくれた最高のパートナーだ。
何も危惧する事なんてない。
セカンドサーブを紺野はまさに松浦の注文通りの場所に決めた。
位置が絶妙で、藤本はレシーブする時に思わぬ足止めを食らってしまった。
足を踏ん張ってラケットを振る。が、ラケットの中心で捉え損ねた。
振り終わると同時にネットにダッシュする。
紺野はその甘く返って来た打球に思い切ってクロスを打つ。
しかし、保田に切れのいい、フォアのボレーを返される。
そこで松浦が魅せた。
保田の絶妙なボレーに、とんでもない体制からロブショットを打った。
――――ロブ。
- 256 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時50分09秒
- 藤本は漸くネットについたところで、まだ前に勢いがついたままの体制で
頭上を見上げる事になった。俄かに鼻頭が疼きだした。第一セットのあの失態が蘇る。
藤本は意地になってそのフワリと浮かんだ打球を追った。
「保田さんはあとお願いします!」
そう言って後ろに走った。
走りながら、松浦というのは底の見えない選手だな、と藤本は思った。
出口が見えたと思ったら、まだ先があって、そのまた先に出口を発見したと思ったら、
その先が続いている。そんな、気分の悪い、底力に富んだ選手だ。
ロブを上げた直後に、松浦はネットダッシュをし、紺野と二人で壁を作った。
ネットプレーを逆にやってやる。少しでも怯んで、消極的になったら
ずるずるとやられるのがこの世界だ。
やられたらやりかえせ!自分に言い聞かせて、松浦は紺野と壁を作った。
どんな球を打ち返してきたって、コートに叩きつけてやる。
二人は意気込んだ。が、藤本はそれを拾えなかった。
落ちた場所が絶妙で、ラケットを出す前にその打球は力なくポトリと沈んでしまった。
40=30。こうなって、藤本は逆に焦った。
取れるゲームなのに、ゲームポイントを何時の間にやら握られている。
先はまだ長いが、このゲームは相手にとってはとても大切な一ゲームのはずだ。
藤本の焦燥を、保田も同じように感じていた。
- 257 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時50分42秒
- そして紺野はまた同じ位置に絶妙のトップスピンサーブを打った。
一度吹っ切れれば、自然と体は動いてくれる。
そして保田も藤本と同じように足止めを食らう。保田がコートに着く前にゲームは展開した。
紺野が藤本のバック目掛けて思い切りストロークを打った後、
藤本の若干甘くなったボレーを松浦が切り返して、後方にいた保田の足を止めた。
保田と松浦のフォアのストロークのラリー。こうなると、松浦は堪えきれなくなって
何か仕掛けてると藤本は数分前と同じように予測する。
松浦は、死んでもこのラリーを制そうと思った。
今日で腕が千切れてテニスが出来なくなったって構わない。
力の限り、体全体で腕を振って、保田から死に球を誘ってやる。
二人はフォアのストロークでやりあう。
傍から見れば松浦が圧倒的不利に映った。経験も力も技術も明らかに保田の方が勝っている。
なのに、保田の表情は一球打つごとに、ジワリ、ジワリと歪んでいっている。
一方の松浦は一球打つごとに表情に気合が刻まれていった。
これでもか、どうだよ、そんな表情だ。
いい顔してるな、とベンチで観戦していた真希が笑った。
保田は、八回目のラリーでついに力尽きた。
ガットの端で打ってしまい、ボールはフワリと深い弧を描き、T高校サイド
に届けられる。松浦はダッシュした。そして、思い切りのいいスマッシュを放つ。
- 258 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時51分33秒
- 藤本は何とかラケットに当てたものの、それまでだった。
第三ゲームをT高校が取る。
決めた刹那、松浦は思わず紺野に抱きついていた。
やったー、と二人同時に歓声を上げて、どちらが言う訳でもなく、抱きついていた。
ゲームカウント二=一。先はまだ長い、しかし、二人にはとても大切なゲームだった。
藤本はフウっと溜息をつくと、別段落胆した様子も無く保田の元へ声をかけに行った。
保田の傍ら――手の届く距離まで行って、藤本は思わず目を見開いた。
「どうしたんですか?」
狼狽した様子で訊く。
「・・・大丈夫だって・・」
保田は汗をポタポタとコートに滴らせて、その顔色はどこか青白かった。
保田と言えば、K学の中でも屈指のスタミナの持ち主だ。
それが、ガス欠寸前のオンボロ車さながらの疲弊の様。
「保田さんオーバーワークしすぎです。私はまだ大丈夫ですから・・・」
「・・大丈夫、まだ、まだやれるさ。心配はいらないよ。」
訥々と言葉を繋ぐ保田。その様子は痛々しい。
「・・・まだやれるんですね?信頼してますから。」
- 259 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時52分03秒
- それだけ言うと、藤本はポジションについた。
ここで優しい言葉をかけたって意味がない。保田は経験が豊富な選手だ。
やれると、言うのだからやれるのだろう。信じる。藤本は保田を絶対的に信頼する。
第四ゲーム、保田のサーヴィス。
急遽プレイスタイルを変えた所為でペースが狂い、スタミナには自信があった
保田はその時すでに、大きく肩で息をしていた。
ゲームが長引けば長引くほど、保田にとっては大きな問題になる。
早くゲームを進めることが結果として、勝ちに繋がる。
保田は覚悟を決めて、これまでよりも更に運動量を増やす決意をした。
第四ゲームは保田が急いだ所為もあって淡々と、素早いペースで消化された。
保田がサーヴィスエースを決めて0=15、続いて松浦が粘ってボレーを決める、
15=15、しかしその後は藤本が冴えた。たて続けにクロスを決め、
最後は華麗なスマッシュを決めた。ゲームカウント二=二。
保田はそんな藤本に徹底的に依存しようと改めて思う。
藤本は将来が明るい選手だ。頼らない方が馬鹿である。
そして相乗。ダブルスはその二文字に尽きる。
だが、保田の体は確実に悲鳴を上げ始めていた。
体が自分の命令よりもコンマ1秒ほど遅れて反応する。
よくない状態だ。ミスショットが増える兆候でもある。
- 260 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時52分49秒
- 松浦はそんな保田の変化を見逃さなかった。
第二セット、プレイスタイルを変えた保田は異常に張り切りすぎていた。
あれが本来の保田のスタイルであったとしても、明らかなオーバーペースだと誰もが気付く。
保田に集中的にボールを集めるのが、この場面では得策なのは明白だった。
――しかし。
紺野はそんな保田を無視してまで藤本に標的を定めていた。
藤本を攻略しないで、勝ちは転がり込んではこないのだ。
紺野にはそんな確信があった。
第五ゲーム、松浦のサーヴィス。
松浦はボールを鼻まで持っていき、一つ大きく匂いを嗅ぐと、二度コートにバウンドさせた。
それをしながら思う事。こちらのサーヴィスゲームは何が何でも取る。
松浦には見えかけていた。ほんの僅かだが垣間見えた光明。
サーヴィスゲームをキープし、試合を出来るだけでも長引かせ、
保田の燃料をカラにする。そしてその間に紺野に藤本を欺いてもらう。
松浦はサーブを決めた後の展開をしっかりと脳裡で描き、サーブを打った。
だけども思い通りにいかないのが現実でもある。
保田はどこに力があるのか、ストロークの球威も重さもまるで序盤と変わらない
モノを打ち込んでくる。紺野のボレーを鋭いバックハンドのボレーで返し、
松浦の低めのロブをジャンプして打ってくる。しかし、疲れからくるのか、
K学の選手にはありえないような凡ミスも見せ始めた。
- 261 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時53分29秒
- 展開は一進一退。ポイントは30=30となる。
T高校のポイントは全て保田のミスから得たものだったが、K学が奪ったポイントは
全て保田が取ったものだった。まだまだ保田には力がある。
―――いける。
保田は自分に言い聞かせたが、その意気込みはすぐに萎縮してしまう事になる。
松浦のサーブに藤本が先ほど打ったような、奇妙な回転が帯び始めたのはこの直後だった。
フラットサーブが、地面を抉るとグニャっと曲がる。
奇妙なモノだった。松浦本人もどうしてこのようなサーブが打てるのかわからない。
これまで何千、何万回とサーブを打ち込んできたが、こんな奇妙な
軌道を描いたサーブは初めてだった。
受け手の藤本は驚いた。まさか、自分と同じサーブを打ち込まれたのだ。
驚愕したのと同時に、当然の様に打ち返す事が出来ない。
そして、向こうのコートでニッと歯を覗かせてガッツポーツを掲げた
松浦亜弥に、藤本はいい得ぬ親近感を抱いた。もしかしたら松浦と自分とは
とてもとても似ているのかもしれない。或いは、今はまだその実力に大きな差があるのだろうが、
到達できる場所は松浦もまた、自分と同じなのではないか、藤本はそう思い始めたのである。
- 262 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時54分21秒
- 松浦にサーヴィスエースを決められて、ポイントは40=30となった。
第五ゲーム。ここをもし取られると、仮にその後全部ゲームを取ったとしても
向こうに半分取られた事になるのか。そうなったら、石黒はとても怒るだろうな。
そう考え、保田はリズムの早い荒い呼吸の合い間に、クスリと不敵な笑みを混ぜた。
そして口をピタリと一文字に結び、サーブの構えに入った松浦を睨みつける。
まだいけるのさ。保田の目は額から滴り落ちる汗で睫に水泡がつき、キラキラしている。
松浦にはその時、とても不可解な現象が起こっていた。
頭の中がスーッと晴れたように明晰とし、腕に異常な軽さを覚えた。
あの変化したサーブ。あれをもう一度打つんだ。
一種の興奮状態だった。眼底の奥がドクドクと大きく脈打っているのがわかる。
もう二度とテニスを出来なくなっても構わない。松浦はこの試合中、幾度と無く
自分自身に言い聞かせ続けた。そして、保田の反応を凌駕する、これまでで
最高のサーブを決めた。ゲームカウント三=二。決められた瞬間、保田は心の内にあった
覇気という名の風船が割れ、その下に吊るされていた鉛が解放されて突如、
心の核に圧し掛かって来た錯覚を受けていた。
第六ゲームは圧倒的だった。
藤本のサーブ。もう己の限界を超えている、最高の球をコート隅にビシビシと決める。
松浦が何とかレシーブを一度決めたものの、保田の大振りのストロークに紺野が
負けてしまい、結局ラブゲームで取られてしまった。ゲームカウント三=三。
- 263 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時54分53秒
- だが藤本、保田には笑顔がない。
いや、保田には笑う余裕すらその時無かった。
シーソーゲーム。このまま行けば、延々と続く事になる。そうなったら
先に朽ち果てるのはこちらだ。藤本は懸念し始める。
これは紺野が考えた作戦なのだろうか。それにしては正統で、捻りのない作戦だ。
何を考えている。藤本は紺野を睨み付けた。しかし、その表情は気張ってはいるものの
第一ゲームで見せたような、怜悧な顔じゃあない。掴み所がない癖に、ゲームの空気を
創造しているのは紺野だ。心理戦じゃ負ける気がしないが、こちとて探偵が本業じゃない。
藤本は紺野の一挙一動にこれまでよりも深い注意を向けた。
第七ゲーム、紺野のサーヴィス。
紺野は今になって、どうしてサーブ練習を特別してこなかったかを悔いていた。
サーブを打ったら前のめりの体勢でレシーブを決められ、相手はそのまま急流のように
こちらに迫ってくる。そして気付けばネットプレーを始められている。
自分の無力さが、どこまでも不甲斐無かった。
松浦の動きはゲームの進度に比例するように良くなっていて、
これがセンスというものかと、紺野はまざまざ現実を見せ付けられているような気がしていた。
生き物なんだから優劣はあるだろうし、どれか一つ誇れるモノが人間だったらあるはずなのに、
この第三セットが始まった時点で、紺野には何も無くなってしまった。
紺野はゲームが始まる前に、松浦にこう言った。
- 264 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時55分28秒
- 「ねえ、藤本さんは私が作戦出して、ゲーム作ってるって気付いているんだ。
だから、これからはアヤヤに全部任せようと思う。アヤヤが思ったとおりに私も動くから。
私は、藤本さんを欺けない。あの人は、凄い選手だよ。私よりもずっと賢いし、
テニスの才能に溢れてる。もう私の考えじゃ藤本さんは誤魔化せない。
でもね、アヤヤだったら大丈夫だよ。アヤヤは自分で気付いてないかもしれないけど、
藤本さん、いや、藤本さん以上にテニスのセンスがあると思う。
先生の言ったこと、嘘じゃないよ。私は人を見る目だけは確かなんだ。
だからアヤヤ、後はお願い。」
松浦が特別紺野に指示を出したのは、第三ゲームでトップスピンサーブを打てと
言ったそれ一度だったが、試合そのものの空気を作り上げているのは、そして
間違いなくゲームの流れを構築しているのは第三セット以降、松浦だった。
保田の勢いは徐々に萎み、藤本はその力を見せ付けてはいるが、紺野の行動に
気を取られていて、今一つ、乗り切れていない。その二人の足踏みの合い間を縫って、
松浦は試合の空間を構築していた。本人はただ自分の出来る最高のプレーを
心掛けているだけだったが、世界を作っているのは他でもない、奴隷松浦。
- 265 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時56分07秒
- 紺野は松浦に全てを委ねた。
松浦のテニスに忠実に従う。紺野は松浦が実戦するテニスが大好きだった。
点を奪えば喜んで嬉しそうに微笑むし、勢いもあって、何よりも楽しそうにテニスをする。
そんなテニスをする松浦も、大好きだった。
サーブはさっきと同じように、トップスピン一辺倒を努めた。
ファーストサーブをフォールトするものの、セカンドサーブを絶妙な場所に決める。
紺野はそうしてから、松浦のテニスに自分の意思を任せた。
藤本の視線が幾度となく紺野に向けられるのがわかる。
藤本はまだ紺野が松浦に指示を出しているものと思っている。
それを紺野はわかっているから、藤本にはまだ第一セットと同じ「策士」を
演じて見せていた。しかし、藤本の事だ。
松浦が作り上げたこの爽快な空気に、気付くはずだった。
第七ゲーム。松浦が冴える。
- 266 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時56分50秒
- 保田の足元を抜くパッシングを決め、藤本にはストロークで打ち勝った。
進化。人間は、戦う事で成長する生き物だ。松浦はその進化を驚くほど早く
遂げている。いや、その過程。紺野はソレを間近で目の当たりにしていた。
30=30から40=30とし、保田にスマッシュを決められてジュースとなった。
紺野はジュースにされた瞬間、思わず舌打ちをしたがその際、同時に見た松浦の
横顔を見て思わず呼吸を忘れてしまった。
笑っていた。
松浦は愉しそうに、決められたのがまるで快感だったように。
瞬きしてもう一度見てみると、松浦はもう元の凛然とした表情に戻っていた。
見間違えだったのだろうか、と紺野は思ったがすぐにそれを否定した。
松浦は、確かにこの展開を望んで微笑んだのだ。
ジュースになった後、紺野が始めてのダブルフォールトを晒してしまって
アドヴァンテージを相手に捧げてしまったが、松浦はすぐに紺野の元に駆け寄り、
「コンコン、全然気にする事ないって。この場面から取るのが美学ってもんだよ。」
「美学?」
「そうそう。THE・美学。カッチョいいよ。取っちゃおう。コンコン。」
- 267 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時57分23秒
- とても意味不明な事を言った。
それが可笑しくて、紺野は思わず試合中だと言うのに、辺りを憚らずクスクス笑った。
松浦は吉澤の影響を多大に受けてるな、そう思って紺野は笑うのを
止めてからも、心の中でクスクスと微笑んでいた。
松浦のおかげで落ち着いた紺野がサーブをキチンと決めると、藤本が強烈なレシーブを打ち、
そのまま二歩前に詰めてきた。執拗なまでにネットプレーに固執する。
保田に負担をかけない為でもあるんだろうが、松浦がそうはさせなかった。
松浦は二人がネットプレーを始めると隙あらばロブを上げた。
それがまた一流のロブで、落ちる位置は決まってバックラインの手前一メートル
のどこかだった。そしてこのゲーム中に保田を四回走らせた。
その四回目が、今。
保田は走りながら、松浦に対して打った甘いバックのハイボレーを後悔した。
少しでも甘い球を打てば、松浦は絶対にロブを上げてくるとわかってたのに。
保田は松浦の最高級のロブに対し、何とか追いついてみるがラケットに当てるのがやっとだった。
当てた打球はそのまま後ろへは飛ばずに、横のとんでもない方向に飛んでいく。
瞬間、その場で地面に手をついて、跪いた。コートから湿ったアスファルトの臭いがした。
- 268 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時58分02秒
- 立ち上がるのが酷く難儀だった。だから、保田はそのまま跪いていた。
ダサい。情け無い。不甲斐無い。
跪きながら、色んな言葉で自分自身を罵った。K学の面汚しだ。見ろ。こんなに息が荒れてる。
汗が噴出して、力の象徴だった純白のウェアは汗で曇り空の色になってる。
保田は石黒の方に視線を向けた。嘲笑っているんだろう。そう思って、キツイ視線を遣った。
しかし、石黒の双眸には軽蔑の色も、嘲りの色も含まれていなかった。
力強い、それでいて信頼という名に相応しい、生きた光の色をしていた。
石黒は信じているのだ。保田を、藤本を。そうして保田の思考は麻痺した。
保田は石黒からすぐに視線を逸らし、テニスについて、自分について、市井について、
そしてK学のやり方について考えてみた。考えてみたが、どうして自分は馬鹿なんだろうか、
何も分からなかった。すると滴り落ちる汗に混じって涙が流れ落ちた。涙?
何でこんな所で泣いてるんだ。そう思った時、スラリと細い二本の
脚が視界に入り、保田は顔を上げた。
逆光を受けて表情は不鮮明だったが、藤本の、パートナーの手が差し伸べられている姿があった。
保田は反射的に微笑み、そして涙を流す。
- 269 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時58分39秒
- 「藤本・・・私、泣いてるんだ。ほら。涙が出てる。」
「・・・保田さん。立ってください。」
「はははっ、泣いてるんだ。何で泣いてんだろうな?」
藤本は保田の質問には答えず、保田の手を強引に掴んで引っ張り上げた。
「保田さん、私は保田さんがこれまでやってきた事について深くは知りませんが、
今の保田さんのスタイル。好きですよ。」
「だって見ろよ、汗が止まんないし、もうバテバテだ。」
「だから保田さん、最後までやりましょうよ。泣いてる顔、不細工で見てられません。」
「悲しくもないし嬉しくもないし悔しくもない。でも、涙って出るんだな。」
保田は嗚咽交じりでそう言った後、リストバンドで乱暴に目元を拭って、藤本に笑顔を見せた。
「笑えるんだったら大丈夫ですね。次は保田さんのサーブです。勝ちましょうよ。」
藤本はそれだけ言うと、相手の二人を交互に一瞥してから、鷹揚とポジションに戻った。
高慢な奴だな。松浦はそんな藤本に対してそう思ったが、どういう訳か惹かれていた。
紺野は、藤本に憧憬の念すら抱き始めていた。
- 270 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時59分23秒
- ゲームカウント四=三となって、この流れ。
大きな大きな波涛となった試合の「流れ」はここに来て、小さな小さな小波になった。
松浦という選手の大きな飛躍。それが、小波になった「流れ」が微笑みかける矛先。
松浦の背中をさらに押すように、T高校に流れは舞い戻った。
どうしてだろう、藤本は思う。
どうして名も知らぬ相手に、こうも苦戦を強いられるのか。
自分が青いからだろうか、それだけじゃないはずだ。
やられているのに、こんなに心が清々しい訳がない。
誰の仕業だろうか、真希とはまた違う。
それでも、この空間にいる事がとても心地良い。
紺野。違う。紺野の空気は第一セットで知っている。じゃあ、一人しかいない。
―――松浦亜弥。
藤本は保田のサーブを待って、レシーブの構えをしている松浦を諦観した。
確かに松浦が並の選手以上の能力を持っているのは認めるが、でもどうして
苦戦などを強いられているんだ。勢いに乗ってるからか、そうじゃない。
この世界は実力の世界だ。例え世界を味方にしたって、弱い方が負けるのが必然だ。
とどのつまり、松浦は自分達を凌駕しようとしているのだ。
どんな異常変化が起こったか知らない。だけども松浦はもう、『K学の下』の選手
じゃなくなっている。
- 271 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)01時59分58秒
- 松浦は保田の力無いサーブに、序盤とは桁違いなほど鮮やかなレシーブを決める。
潜在能力が、今、解放されているのだろうか。
藤本は保田の打ったストロークに合わせた、松浦のボレーを返しながら思う。
そしてこの試合中、時折感じる事があった、ある感傷―――孤独。
慣れていた感覚なのに、どうにもこの試合中それが辛い。
保田のガソリンが尽きてきて、コートがえらく広い感じがする。
松浦がパッシングを打ち、保田の足元を抜いた。15=0。
その刹那だった。
悪寒。藤本に、全身の身の毛がよだつ悪寒が走った。
この第八ゲームをもし取られると、相手はリーチをかける事になる。
松浦が第七ゲーム、ジュースになって何故微笑んだのか。藤本には見抜けなかった。
なるほど。それが今、判然とした回答になった。
藤本はある確信を抱いて、松浦を見る。藤本の慧眼は、松浦の心の中を捉えた。
そして、藤本は松浦の描いていた世界に恐怖し、惹かれた。
松浦が描いた青写真が今、実現しようとしていた。
こちらのサーヴィスゲームの死守。
そして、シーソーゲームになるこの展開。ポイント四=三。ここまで実現した。
この後には疲弊が如実になって、その頃にはヘトヘトになっているであろう、
保田のサーヴィスだった。ここで、ブレイクをもぎ取る。それさえ叶えば――
- 272 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時00分38秒
- ゲームは思ったように展開していた。保田のストロークはもう、威力も
切れもほとんど無い、平凡なものに成り下がっている。
紺野が躍動した。松浦のように、力の限りを出し切ってこの苦しい場面、スパートをかける。
ポイントが30=15になって、保田がダブルフォールトを晒した。40=15。
ドクン。
一つ、大きい心音が松浦の中で響いた。
吉澤のアホ面が脳裡をよぎった。光が、見えた。刹那――
「保田さん!!!!」
慌ただしくトスを上げようとした保田に、藤本が叫んだ。
ビクッと体を震わし、保田は声の主の方へ反射的に視線を向けた。
藤本は視線の合った保田に目で訴える。このゲームは取られちゃいけない。
絶対に、取られてはいけない、と。過度な運動の継続で、保田の意識は薄ぼんやりと、
霞みがかかったように不鮮明だった。が、藤本は直接保田の脳に語りかけた。
このゲームを落とすと、命取りになる。
保田は一呼吸起き、自分の心臓を右手で思い切り殴りつけてから、改めてトスを上げた。
そうだ勝って笑うのだ。保田はサーブを打つと、そのまま覚束ないステップで前に三歩つめる。
紺野のレシーブをフォアで返して、その位置で心を決めた。
- 273 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時01分42秒
- が、しかし松浦が止まらなかった。時間が経つにつれて、動きが良くなっている。
サーブ。ストローク。ボレー。ロブショット・・・どれを取っても、もう一流という名が相応しい。
保田は松浦の勢いを受け止めるのが精一杯だった。
腕が重く、体が思うように動かない。松浦の打球が脅威だった。
どこで打ち損じるかわからないくらい、もう打球に触れるのすら怯えていた。
でも、負けられない、負けたくない。楽しい、テニスが楽しい。
その思いが、もう体力なんて残っていない保田を動かした。
松浦と保田のラリー、四度目で、保田が打ち損じた。
打球がフワリと優しい軌道を描いてT高校サイドに届く。保田は諦めたように顔を歪めた。
松浦を目で制して、紺野が構えた。スマッシュ。保田の見ている世界は黒く濁る。
松浦は紺野が振り下ろす瞬間を今か今かと待ちわびた。心臓が大きく高鳴る。
思い切り振り下ろされた。松浦の見ている世界がより鮮明に、光か輝―――藤本。
油断?違う。あのスマッシュは返せる類いのモノじゃない。
松浦は藤本のボレーを返しながら思う。化け物か?妖怪か?藤本美貴とは。
松浦のストロークを保田はまた打ち上げてしまった。今度は松浦自らスマッシュを打つ。
体を撓らせて、思い切りラケットを振った。カコ。乾いた音。今は聞きたくない音。
藤本はまたもや返した。尋常じゃなかった。藤本には神が宿ったのだ、と紺野は本気で思っていた。
そしてこの試合、藤本が今まで三回しか使わなかった伝家の宝刀。
――――クロスへ打つ体制からのストレート。
それに松浦は反応できなかった。40=30。
- 274 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時02分26秒
- ハアハアと、藤本は息を荒げていた。しかし、ニヤリと微笑む。
そして松浦に目で伝えた、取らせない。松浦の覇気が瞬間的に萎縮した。
しかし、松浦は恐れる物が何も無い事を思い出した。後ろにはみんがいる。
前には紺野がいる。取るよ。松浦は藤本と意志を交し合った。
保田のサーブが藤本がポイントを奪った途端、息を吹き返した。
そうだ。勝って笑う。藤本の言葉が嫌に鮮明に蘇った。
ゲームは一進一退。藤本に甘い球は絶対に打ってはいけない。
慎重に松浦と紺野はラケットを振った。
この場面にきて、流れは藤本に微笑みかけるように、移り変わろうとしていた。
あのスマッシュを二度返した。藤本は溜息が出るほど強い。
そして、藤本は試合をジュースに持ち込んだ。起死回生。
こうなると、もう誰にも止められない。藤本はアドヴァンテージを奪い。続けざまに
ストレートを決めた。ゲームカウント四=四。試合は未だ平行線。
藤本は帝王のようにT高校二人の前に立ち塞がる。現実の厳しさ。そんなんじゃない。
松浦は思った。上手く表現できないが、『現実』なんて存在しないような気がした。
- 275 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時03分03秒
- 第九ゲーム、松浦のサーヴィス。
本来ならここで五=三となっていたはずだった。
そして、自分のサーヴィスゲームで決める。そんな青写真は藤本によって
無残にも引き裂かれた。だからと言って、このゲームを落とせばそれこそ
試合は決まったようなものじゃないか。松浦の信念は揺るがない。
それどころか、更に燃え滾っていた。紺野とアイコンタクトし、覚悟を決めると
これまでよりも一段冴え渡ったスライスサーブを決めた。
が、藤本、リターンに躊躇は無かった。当たり前のように決めると、
それから、怒涛のようにコートを駆け回る。動きが冴え渡っていた。
紺野がドロップショットを決めた。しかし、藤本はあり得ない反射神経でそれを拾う。
そして逆クロスを決めて、最初のポイントを奪った。0=15。
観客からはもう、喚声も嘆息も無かった。ただ、目の前で行われている
二転三転する試合に、釘付けになり、声を出すのを忘れていた。
それはベンチも同じだった。ギャーギャーとでかい声で応援していた加護や辻や、
吉澤や高橋はもう試合展開にただ、没頭していた。
- 276 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時03分39秒
- 松浦は保田からサーヴィスエースを奪った。
フラットサーブ、軌道は一直線。保田はソレをネットに引っ掛けた。
保田の硬い意志もろとも貫く松浦のサーブ。15=15。
この展開で、試合の行方の鍵を握っているのは、誰の目にも明らかだった。
――松浦と藤本。二人の意志のぶつかり合い。どちらに神は微笑む?
松浦は藤本に対して渾身のサーブを振りぬいた。藤本はレシーブを決める。
二人のラリー。打ち合って打ち合って、ここは藤本が取った。15=30。
松浦は思わず苦笑を漏らす。
(強すぎるよバカ)
その後、松浦は保田と打ち合ってポイントを取り返し、更に藤本は
この大事な場面でボレーをミスしてしまった。40=30。藤本に油断は無かった。
完全に捉えた筈だった。相手が回転をかけていなかったとすれば、自分の感覚が
鈍ってきつつあるのだ。視界は鮮度良好、まだ体力もある。しかし、
この展開になって、何かが、拒否反応を起こしているのだ。
藤本はリストバンドで何度も額の汗を拭った。
(楽しいなあ。クソ)
そしてチラッと真希の方を窺ってみる。
真希は藤本の視線に気付いたようで、ヘラヘラ笑顔を浮かべてピースサインを藤本にやった。
――負けるか。
藤本は再燃する。真希の前でなんて、死んでも負けられない。
- 277 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時04分12秒
- 松浦は目を瞑り、紺野の言葉を再度思い起こした。
――私は卑怯なんだ
そして目をゆっくりと開いて、紺野の背中に視線を向けた。
(卑怯、か)
馬鹿だな。そう心の中で呟いて、松浦はトスを上げた。
紺野は卑怯なんかじゃない。それは絶対的に間違っている。
サーブは絶妙な位置に決まったが、保田が、どこから搾り出すのか、切れのいい
レシーブを決めて松浦はそのレシーブを叩いた。
その後、紺野が保田と打ち合って、保田がクロスに打った打球に松浦が食らいついた。
展開は、松浦と藤本の打ち合いへと誘われる。
藤本が持つ最大の武器、クロスへ打つと見せかけるストレート。
松浦は何度目かのラリーの後、敢えて緩い打球を藤本に提供した。
そして、すぐにネットに三歩前進した。藤本はどこに打ち込んでくるか。
松浦は紺野の言葉を瞬間的に思い出した。藤本は賢い。
そうだ、藤本は賢いんだ。藤本さん。藤本美貴さん、美貴、タン、タン。
藤本の名前を揶揄して弄って、リズムを取る。そうすると、藤本の思考が露になって
見えてくるような気がした。美貴、タン、美貴、タン、美貴、タンタン。
―――クロス。
- 278 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時04分43秒
- 松浦が一瞬で出した結論。
そして、藤本が松浦を欺こうと打った打球は、クロスへ。
松浦の体を一直線の伸ばした、バックのハイボレー。
打球は、誰もいない空隙に。第九ゲーム、T高校が奪った。ゲームカウント五=四。
藤本は何故松浦に軌道を読まれたのがわからなかったが、松浦もまた、
どうして藤本がクロスへ打ってきたのか、わからなかった。
勘といえばそれまでだが、松浦にはどこか確信があった。
それでも藤本は気落ちしなかった。次は自分のサーブだ。
松浦は紺野の元に歩み寄った。
「コンコン、ここで決めちゃおう。ね。」
「・・・アヤヤ凄い。私、こんなゲームになるなんて・・・」
「馬鹿だなあ。コンコンは吉澤さんくらいバカだ。」
松浦はニコニコと微笑みながら言った。
「私達だって、やればできるのさ。相手だって、ただの人間なんだから。」
松浦の声色はまるで、天から話し掛けているような、どこか達観した色がある。
「だから、自信もって、勝とう。私、こんな所で死にたくないからさ。」
- 279 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時05分50秒
- 松浦は吉澤を見ながら、笑ってそう言った。
「・・・うん。」
紺野は取りあえず、いるわけも無い神様に感謝した。
そして一方の藤本と保田も、言葉を交わしていた。
「保田さん、大丈夫ですか?」
何度訊いただろうか、藤本は話しながらそう思った。
「だい、じょうぶ。まだまだ。」
保田の顔からは覇気が消えていない。
「勝ちましょう。負けられませんよ。」
「・・・当たり前。」
「じゃあ、次の試合からはペース抑えてくださいね。今回だけ許してあげますよ。」
「・・・ゴメン、な。」
保田は力なく笑って、顰っ面を作った。
「謝るのは、勝ってからお願いしますね。」
藤本は皮肉っぽくそう言うと、バックラインまで悠然と歩いていく。
位置につくと、眼下のラインを凝視し、その後ボールを眼前まで持っていって、
産まれてから現在まで、概念に無かった事を藤本は不意にした。
(お願いします)
願掛け。神なんてこの世にいない。藤本は現実逃避するように神に乞う人間が嫌いだった。
- 280 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時06分21秒
- それなのに、今の自分はちっぽけなボールに声をかけている。
フフっと自嘲気味に笑ってから、藤本は松浦を見る。
相変らず一直線で綺麗な瞳を持っている。そしてネットについている紺野を見た。
いい顔をしていた。まるで何も恐れていない。藤本は覚悟を決めて、トスを上げる。
藤本の打ったフラットサーブは、また、グニャリと曲がった。
決まる。そう思ったが、松浦は辛うじて返した。
世の中は広いな。そう思って藤本は松浦のレシーブを叩く。
自分は自惚れていたんだ。そう、自惚れ。世の中にはまだまだ自分なんかよりも
よっぽど優れた選手がゴロゴロといるのだ。青い。
松浦は藤本とラリーをしながら、藤本に尊敬の念を抱いた。
まるで同い年とは思えないような完成されたテニス。
シングルスで相対せば10回に1回も勝てないだろうな。
藤本は凄い。そして、体力が尽きているはずなのに力のある打球を打ってくる
保田も凄い。K学、噂に違わぬ強豪だ。こんな二人が一回戦を担ってる。
だが、松浦は思う。それは決して超えれぬ壁じゃない。
この一回戦を勝って見せ、皆に教えてあげるんだ。
- 281 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時06分57秒
- ゲームはポイントの取り合い。
藤本は紺野からサーヴィスエースを奪うが、松浦に二回、スマッシュを決められた。
しかし、保田が意地を見せて、パッシングを決める。
30=30になって、藤本がストレートを決める。30=40。
コートにいる四人ともが、鼓動を高鳴らせた。ドクンドクン。共鳴。
藤本は紺野に対し、思い切りフラットサーブを打つが、フォールト。
セカンドサーブは安全にインさせて、それからじっくりと取ろうと決めた。
お互いが力を振り絞る。そして、松浦がスマッシュを決めた。ジュース。
藤本、冷静にサーブを決めるが、保田がボレーをミスしてしまい、死に球を
捧げてしまう。松浦がスマッシュを打った。藤本がソレを叩く。が、三度目の奇跡はなかった。
T高校にアドヴァンテージ。マッチポイント。松浦は取る、と自分に言い聞かせた。
藤本は冷静だった。
振り切ったサーブに紺野は綺麗なレシーブを決めた。
保田が思い切りのいい、逆クロスを狙った、松浦がボレーで返す。
その後に紺野と保田のラリーになった。保田のボールには力がない。
風は、向かい風。紺野は四度目のラリーで、打った。
――――ドロップショット。
「決まれ!」
- 282 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年07月25日(金)02時07分39秒
- 叫んだ、保田は即座にダッシュする、だが、足が縺れてスタートが遅れた。
万事休す、と思われた瞬間、藤本が食らいついた。
ひょいっと掬う様にして、相手のネットの前にポトリと落とす。
取られた。紺野がバックライン付近でそう思ったが、松浦が拾った。どうして届く?
保田の疑問は答えの出ぬまま、藤本の強烈なストレートになって掻き消された。
が、それに松浦はほぼ横っ飛びの形、ノーバウンドでボレーを打った。
藤本の顔面の横を、弾丸のように通り抜ける。高い。藤本は思った。
しかし、保田は走っていた。打球はコートの真ん中辺りで大きく減速し、インする。
保田がバックハンドのストロークを何とか打った。松浦はソレを返そうと
手を伸ばすが、足が縺れてしまってこけた。紺野の駆け足の音が後ろに聞こえた。
紺野に託す。松浦はそう思ったが、保田の打球はネットを越えずに、力尽きた。
パサ、とネットが揺れて、ボールはコロコロと転がる。
一旦の静寂のあと、四方から轟音のような喚声が響き渡った。
試合は決まった。第一試合、松浦、紺野ペアが、下馬評を大きく裏切って、
まさかの勝ち名乗りを上げた。二人は勢いよく抱きついて、そのままコートに崩れ落ちた。
見上げた空は青く、コートからは水を醸しているアスファルトのような、湿っぽい匂いがした。
それが、何故だが二人の心をとても安心させていた。
―――――――
- 283 名前:カネダ 投稿日:2003年07月25日(金)02時08分47秒
- 更新しました。
本当にペースが遅れて申し訳ないです・・・
死んでも完結させますので、どうかこれからもよろしくお願いします。
- 284 名前:カネダ 投稿日:2003年07月25日(金)02時09分42秒
- 結果が出たのでスレ流しします。
- 285 名前:カネダ 投稿日:2003年07月25日(金)02時10分28秒
- 流し
- 286 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月25日(金)02時30分34秒
- 深夜の更新乙です。
読みながら歯をくいしばってしまいました。
- 287 名前:かつらぎ 投稿日:2003年07月25日(金)04時37分49秒
- 睡魔がおそってきてそろそろ寝ようかと思ったときに、
ここの更新を発見して、一気に目が覚めてしまいました。
体が熱くなるような内容でした!
今、目がギラギラしてますw
- 288 名前:∬´◇`∬<ダメダモン… 投稿日:∬´◇`∬<ダメダモン…
- ∬´◇`∬<ダメダモン…
- 289 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)13時35分03秒
- >288さん
作者さんがラスト隠してるんだからネタバレになるようなレスは控えようよ・・・
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)14時24分53秒
- >>288さん
いつも思うけどネタばれしないで…
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)14時50分43秒
- >288さん
今後は本当に気をつけてくださいね。
- 292 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003年07月25日(金)16時19分56秒
- 石川x後藤の試合以外は、淡々と話を進めていくのかな〜、と思っていましたが、
最初の試合からこの内容の濃さ!!読んでいて手に汗握る、凄く面白い試合でした。
次の試合も激しく期待して待ってます!!
- 293 名前:ヨ〜ド〜ケッティ 投稿日:2003年07月26日(土)22時54分08秒
- 読み終わって、はあっとため息。
はっきり言ってテニスの専門用語なんて全然知らないのに、
何でこんなに食い入って読めるのか
楽しめるのか不思議です。
続きも期待してます。
頑張ってください。
ちなみに私は、T高校を応援しています。
- 294 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年07月26日(土)23時11分14秒
- カネダさま、更新お疲れ様です。
いつ読んでも読みふけてしまいます。更新の速さよりも内容重視でいいと思いますYO。
納得のいく試合を書いてください。なんて1読者が生意気にすみません。
では、次の試合も楽しみに待ってます!
- 295 名前:u-dai 投稿日:2003年07月27日(日)09時41分31秒
- いいですホント(・∀・)イイッ!!です
内容の濃〜い展開がたまりません。
何度も予想を裏切られる試合内容でした・・・ってか
天才ですね!!次の更新も鼻息ムフーで待ってます
- 296 名前:カネダ 投稿日:2003年08月18日(月)03時25分43秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>286名無し読者様
最近は深夜ばっかりですね・・・不健康丸出しです・・・
試合の方はホント勢いだけで書いてるので、冷静になって見てみると
恥ずかしくなったりします(w
>>287かつらぎ様
ああ、そんな睡魔に襲われながら読んでくれてありがとうございます。
ようやっと一回戦を終わらせる事が出来ました・・・
本当に更新ペース上げなくては・・・
>>288むぁまぁ様
自分でスレ流したくせに、レスに結果を書き込まないで下さい、
と注意書きしなかった自分が全部悪いです。
申し訳ありませんでした。また、気軽にレスしてやってくれたら嬉しいです。
>>289名無しさん様
すいませんありがとうございます。
今回の更新が終わったら注意書きをしようと思います。
>>290名無しさん様
自分の不注意です。
すいませんでした。
- 297 名前:カネダ 投稿日:2003年08月18日(月)03時27分23秒
- >>291名無しさん様
ありがとうざいます。
最後まで付き合ってくれたら嬉しいです。
>>292読んでる人@ヤグヲタ様
そうですね。これだけ長くやってきたからには全試合、
なるべくちゃんと描写しようかな、と考えています。
期待してくれているのに、度々更新遅れてすいません・・・
>>293ヨ〜ド〜ケッティ様
ありがとうございます。自分もテニス用語については、
以前からいろいろと間違いをしてしまって、
正確にちゃんと書けているのか不安なのですが、そう言ってくれると嬉しいです。
>>294ななしのよっすぃ〜様
ありがとうございます。そう言ってくれて本当に嬉しいです。
でも更新速度はやっぱり速いほうが読者さんにとっては
いいかな、とどうしても考えてしまいます。
内容、速度と共に向上できたらいいんですが・・・
>>295u-dai様
ありがとうございます。一回戦からちょっと飛ばしてしまいました。(w
二回戦以降もなるべくしっかり描写しようと考えていますが、
そうなると完結が遅くなって長くなってしまう・・・自業自得なんですが・・・
それでは続きです。
- 298 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時28分57秒
- 藤本は試合が決まってから暫く、その場で立ち尽くし、ただ、真直ぐ対面のコートで
抱き合い、喜び合っている松浦と紺野を見つめていた。
悔しいと言えば悔しいが、そうでないと言うならばそうでない。不思議な心境だった。
ただ、満足。それだけは確かに感じていた。そして、どこまでも勝者は輝いている。
運動を止めた途端に疲れというのは襲ってくるものだ。
試合の疲れが待ち構えていたように、一気に藤本に襲いかかった。
呼吸が苦しくなり、汗が噴き出してくる。蒼穹には燦々と輝く大きな太陽があって、
藤本は今更ながらその存在を憎たらしく思った。とにかく暑い。
コートは熱を帯びていて、ゆらゆらと揺れている。
荒れている呼吸を無理やり整えて、藤本はコートの外を囲んでいる四方の観客
全てに視線をゆっくりと順番に遣った。偉そうに。高慢ちきに。
それはどこからどう見ても今しがた、敗北を晒した選手には見えない。
まるで、勝者が勝ち誇って己の力を誇示しているようですらある。
藤本は胸を張った。何も恥ずべき事はしていない。
自分達のペアは全力を出し、そして何のアクシデントもなく、敗れた。
それならば、何故、顔を伏せる必要があるのだ?藤本は肩をそびやかし、スーパーモデル
さながらの歩き方で、後方で顔を伏せていた保田の元に向かった。
- 299 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時29分40秒
- 「保田さん、顔上げてください。この歓声、何も、相手の二人だけを
祝福してるだけじゃなさそうです。」
観客はしっかりと保田と藤本の善戦を讃えていた。
二人に向かって、いい試合だったと声をかけたり、視線があったりすると
より一層の拍手をくれた。藤本は乱れる呼吸を再度押さえつけて、威風堂々と胸を張る。
「胸を張りましょう。私達は負けたけれど、何も恥ずべき事はしてないんですから。」
「・・・藤本。」
保田が顔をあげると、観客はまた大きな拍手をくれた。
勝利。K学ではこの二文字だけが意味をなす。負けた者はその存在意義すら失う。
そして、藤本はそんなK学の非情さやリザルト志向に惹かれてこの学校に入学した。
だが今日の試合、そして、真希との練習試合を思い出し、
藤本は思った。そんなもんは糞くらえだ。
ネット越しに、相手の選手と握手をする。
松浦はこんな場面で笑う事はとても不謹慎だと思ったが、どうしても、歓喜の笑みが
込み上げてきて止まらない。
だから、いっそのこと最高の笑顔で藤本と保田に声をかけようと思った。
「ありがとうございました。本当に、楽しかったです。」
松浦は藤本と握手をして、そう言った。藤本は微笑を漏らす。
- 300 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時30分59秒
- 「今日は完敗。でも、もし次やるとしたら、負けないわ。それに、私も楽しかった。」
藤本は続けて紺野とも握手をし、そして悠然と自陣のベンチに帰って行った。
何か声をかけようと紺野は思ったが、藤本の前に緊張してしまい、結局何も言えなかった。
石黒の方をジッと見つめながら藤本は歩を運んだ。その視線の色は洞察。
そして、すぐ横を通り過ぎた。藤本の心臓がガラにも無く、トクン、と大きく高鳴った。
引き止められて、どんな叱咤を食らうのか、覚悟した。
何を言われても毅然と構えようと思ったのだが、予想に反し、石黒は何も言ってこなかった。
続けて保田と握手をする際にも、松浦は同じことを同じように言った。
「ありがとうございました。本当に、楽しかったです。」
保田は小さな微笑をたたえ、ただ頷いて返事をした。
その表情は全てを物語っているようで、松浦はもう一度大きく頭を下げる。
そして踵を返すと、走って自陣のベンチに戻って行った。
「保田さん。どうしてプレイスタイル変えたんですか?」
続いての紺野が保田と握手した際に訊いた質問。
試合途中からずっと抱いていた疑問だった。
常勝と呼ばれる強豪校に、相応しくない不安定なプレイスタイル。
それに、保田は紺野に笑ってこう答えた。
- 301 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時31分44秒
- 「あれが、私のテニスだからだよ。」
「・・・」
もし第一セットと同じように、淡々としたオーソドックスなスタイルを
貫き通されていたら絶対にこの試合は勝てたのに、と紺野は明らかに
消沈している様子の保田に言おうと思ったが、止めた。
―――私のテニス。
それが、紺野には厭に新鮮に、そして心に重く響いた。
「おい、お前ら。出だしから早々金星かっさらいやがって。」
中澤は帰ってきた教え子二人に、ニシシとイヤラシイ笑みを浮かべながら声をかけた。
続けて、その他の面々も歓喜を抑えきれずに二人を囲んで、馬鹿みたいに祝福する。
矢口だけは輪に加わらないで、その場で座って、ただ様子を眺めている。
「あやちゃん!!凄い凄い!!藤本さんよりも全然上手かったよ!」
梨華は掌を合わせて目をキラキラさせながら松浦を誉めまくる。
「いやあ、それはあり得ないですよぉ。」
嬉々とした松浦の謙虚発言を無視するかのように、面々は松浦をヨイショする。
「コンコン!こんなプヨプヨした頬っぺたしてるのに、凄すぎ!」
梨華の、よく考えればとても失礼な発言に、紺野は照れるような仕種をして、
プヨプヨした頬をちょっぴり赤く染めながらその場で俯いてた。
- 302 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時32分51秒
- 「紺野さん!すごいよ!試合の流れは全部紺野さんが考えたの?」
希美が鼻息を荒げてそう訊いたが、答えを聞く前に審判から召集がかかった。
一試合目を勝ったというだけでココまで馬鹿騒ぎしているのはさすがに異常である。
チラと、希美は吉澤に視線を向けた。
「松浦、お前、本当に命令に忠実なドレイちゃんだな。」
頬をポリポリと照れくさそうに掻き、目を逸らしながらそういう吉澤に
松浦は顔を思いっきり寄せ、ニカっと笑って言った。
「吉澤さん。ドレイが勝ったのに、ゴシュジン様が負けたら、恥ずかしいですよぉ?」
「う、うるせー馬鹿!わかってるっつーのに。」
そう言った後、希美と目が合った。いよいよ、二人の出番だ。
吉澤は正直、松浦と紺野では勝てないと思っていた。相手の二人とは格が違うと思っていた。
なのに、結果はどうだ?現実はいつでも厳しくて、辛くて、面白くなかった。
でも今は、今なら。吉澤は意を決す。信じれば、不可能な事なんて無いはずだ。
それを松浦は目の前で実証して見せたじゃないか。
吉澤は希美と目で意志を交換し合った。勝とう。そして二人は頷き、
コートへと向かった。
「よっすぃ!のの!頑張ってね!私、応援しまくるから!」
梨華の甲高いアニメ声が背中に届く。
いつもウザイと思っていたそのアニメ声は、今日に限って二人の心を
とても安穏にした。
――――――――
- 303 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時33分31秒
- K学のベンチは二人の帰還を暖かく迎え入れなかった。
誰もが視線をチラチラと泳がせたり、口を意味も無くモグモグと動かしたりと、
みな一様に落ち着かない仕種をしている。いるだけで咽喉が締め付けられるような不快な環境。
そんな重苦しい空気がやたらと蔓延しているのが、藤本にはおかしかった。
ベンチの隅に保田と藤本は並んで腰掛けた。
まるでそこだけ隔離されているように、他の連中とは距離が置かれていた。
保田は自分にはお似合いの待遇だと思って、席につくとそのままそこで俯いた。
入れ替え戦、レギュラー落ち、そして伝統に従っての退部・・・
いろいろな未来が保田の頭の中を埋めていった。それは、市井をこれまで拒絶し、
自分のテニスに逆らっていた報いなのかもしれないと保田は思った。
一方の藤本は何故かその場所をいやに気に入っていた。
試合の内容が評価されないなら、こんな連中とは同じ部類に属されない方がマシだ。
負ける事は、チームとしては無意味なのかもしれない。
しかし、そこから学べる事、得る事は勝利から得るモノよりも格段に意味があるじゃないか。
純粋にそんな事を考える自分は何かに感化されたのだろうか?
心の中で沸々と沸き起こる、説明のつかないこの正義じみた感情が妙に心地いい。
「藤本、いい試合だったよ。私、感動したもん。マジで。」
- 304 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時34分03秒
- そんな事を黙々と考えていると、真希が藤本の前にふらっと現れた。
一体何時の間に忍び寄っていたのだろうか、藤本が不思議そうにキョトンとした顔をすると、
真希は不貞腐れたように頬を膨らませた。
「ちょっと、聞いてんの?」
「・・・聞いてるわよ。」
「でもしゃーないかなぁ。あの松浦って娘、今日は凄かったもん。」
「今日は?」
「うん。多分、本人も驚いてんじゃないかなぁ。やっぱさ、相手が強いと
潜在能力が引き出されるんだね。人間ってすげえや。でも、次やるとしたらアンタ勝つよ。
私が言うんだから間違いない。」
さも他人事のように言う真希に対して、藤本は声を上げて笑った。
「ああ、でも不思議。負けたってのに、全然悔しくない。私はもうダメかもねえ。」
「そんな事ないよ。あんだけの試合して、それでも未練がましくウダウダ言うやつの方が
全然いけてない。あんたはどうやらマトモな人間だったみたいだ・・・」
(妖怪説はどうやら嘘だったのか・・・)
「・・・どういう意味よ?」
「こっちの話。」
そう言って真希は悪戯に笑った。
- 305 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時35分16秒
- 「あ、保田さん、お疲れ様でした。保田さんのテニス、メチャカッコよかったですよ。
見直しました。あのなんて言うんですか?鬼気迫る活き活きとしたテニス。凄いなあ。」
藤本の隣で項垂れているように俯いていた保田に、真希はたどたどしく話し掛けた。
ぎこちないジェスチャー付きの喋りに、藤本は苦笑する。
「後藤さあ、アンタは勝ってよね。」
「ほえ?あ、はい。出来たら・・・」
「アンタはさ、変えれるよ。この部のシステム。嫌でしょう?わかってるよ。
いっつも先生に反抗してたしさ。納得いかないようだったら、壊せばいい。
アンタにはそれができる。私には無理だから・・・」
「壊す?」
「ココのやり方をね。あんたはウチにとっちゃ毒みたいな存在。いい意味でね。
そういう、まあ、説明できないけど、持ってんだよ。才能をさ。」
そう言う保田に対して、真希は納得いかないと言った風に眉を寄せた。
「・・・ううーんと、よくわかんないですけど、先生は保田さんの事、
見損なったりしてないと思いますよ。私はココの仕組みは好きじゃないけど、
先生だって人間ですし、みんなが思えば、自然と望んだテニス部に変わると思います。
みんな忘れてるだけですよ。先生も。私は、この部が好きですから。
いっそのこと、みーんな負けた方が、これからの為かもしれないですね。」
- 306 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時35分49秒
- そう言うと真希はケラケラと笑う。
保田は顔を上げて、真希を見つめた。無邪気に笑う真希を見て途端に、
心が解放されたように軽くなった。
真希という存在は、本来全ての事象に必要不可欠である、
絶対的な核のような存在なんじゃないのだろうか。
真希の周りに漂う空気は優しくて心地いいし、それは必ず、正しい方向に物事を導こうと誘う。
保田はそう思った。
思えば、今年の新入部員のレギュラーは誰一人、この部には相応しくないような連中ばかりだ。
新しい時代。保田は未来に光を見た。
「そうだね。私もココが好きだよ。」
そう言って、保田は俯いていた顔を上げた。
――――――――
- 307 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時36分32秒
- 運命というモノが存在するとしたらこの試合は文字通り、運命の悪戯だ。
希美は対面のコートで大仰に伸脚をしている加護をチラリと見やった。
昔の話だ。二人には、始めて相対した時から変わっていない一つの信念がある。
絶対に、コイツには負けない。
二人は同じように、そう心に刻み付けてペアを組んでいた。
中学時代、燻っていた希美を開花させたのは間違いなく奈良の中学校
から転校してきた加護であり、その加護をテニス界隈では知らない者はいないという
地位まで押し上げたのは希美だった。
二人はその似通った姿態とは裏腹に、面白いくらいにプレイスタイルが異なっていた。
加護の独創性豊かな、パラドックステニス。捉えどころの無いゲームを加護が作る。
そして、希美のオーソドックスだが、粘り強い力のテニスが加護のテニスの基盤になって、
奥行きを何倍にも膨らませた。そこに隙はない。
言ってみれば、お互いが持ち合わせていないモノを、二人は見事に補完し合っていた。
複雑なパズルが、完全に一致したように。ダブルスの理想形だ。
それが今こうして、相対することになった。
お互いがお互いを知り尽くしている。
「よっすぃさ、あいぼんにはあんまり注意しなくていいから。」
「え?どういう事?」
トスを終えて、サーブ権を見事に得た吉澤に希美が話し掛けた。
- 308 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時37分27秒
- 「あいぼんのテニスに真剣に付き合ったら、思うツボだよ。なるべく意識しないで、
飛んでくるボールだけを見るんだ。それと、走らせる。あいぼんはスタミナがへなちょこ
なんだ。なるべく左右に振らせるのがいいね。」
(だけど、そう一筋縄でいかないのがあいぼんだ。)
「なるほど・・・さすが元パートナーだね。良い所も悪い所も知り尽くしてる訳か。」
「負けたくないんだ。あいぼんには、ね。」
希美は何時に無く鈍い光を目に湛えてそう言った。
希美には、加護に負けられない訳があった。手段を選ばず、『勝利』を得る為だけのテニスをする
市井紗耶香を、希美は認めない。そして、そのテニスに惹かれて自分の元を去った
加護を、希美は今でも心のどこかで許せないでいた。
価値観なんてものは人によって違う。だが、加護とは心も通じていると信じていた。
そうは思っていても、矢口の表面だけを目指した自分が正しいとは言えない。
そう。物事はそんな単純な問題じゃないのだ。それなのに、当時の自分達は、
どこまでも青かった。加護はこの三ヶ月で、どんな風に成長したのだろうか。
自分は変わったんだ。テニスという一つのカテゴリーの中で、たった三ヶ月。多くの事を学んだ。
希美は、胸に揺ぎ無い信念を宿す。
――
- 309 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時38分09秒
- 「ののはな、とりあえずトロイ。コース突けば拾えへんよ。後、ラリーは避けた方が
賢明やな。あいつの打球、鉛みたいに重いねん。馬鹿力やからなあ。」
加護はオイッチニ、サンシ、とワザと大きな声を上げながら、
コートのど真ん中で準備運動をこなしている。
高橋は手首の調子を確かめるように、手首を大きく捻ったり、手を開いたり
拳を握ったりしている。二人のリストバンドの下には、真希と共に装着している、
友情、絆の印がその光彩を隠していた。
「ねえ、あいぼんさ、辻さんと話とかしなくていいの?」
高橋は体を動かしながら、神妙な面持ちで加護に訊く。
二人の間には妙に緊張した空気が張り詰めている。こうした形での再開は残酷だと高橋は思う。
昔のパートナーと、それも、公式戦でやり合わなければいけない。
幾ら割り切っているといっても、特別な感情が涌き出るのは当然の事だ。
「ええよ。とりあえず、白黒つけたい。話はそれからや。容赦はせえへんよ。」
「辻さんのパートナーも気になるよね。」
「なあに、のの苛めてたら自然と勝てるよ。あいつはゲームは作れへん。
こっちのペースにしてしまえば、大丈夫や。」
(ただ、ののは心が強い・・・それにいっつも助けられてきたんや)
- 310 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時39分33秒
- 加護は辻と完全に別れる際に言ったセリフを、今でも覚えていた。
『間違ってるのはどっちか、証明したるからな。』
これまでK学で過ごした三ヶ月を、加護は胸を張って正しい、と言えた。
勝つという、単純明快な喜びに憧れた。真希と出会った。
そして自分には才能という資格が無い事に気付いた。
それなのにどうしてテニスを続けているのか、それには訳がある。テニスとは一つの手段なのだ。
テニスを通じて、世界の見方を学ぶ事が出来る。仲間が出来る。とても大切な事が見つかる。
希美に、それを伝えようと加護は思った。
「あいぼん、勝とうね。」
「うん。ウチのパートナーは愛ちゃんだけや。勝って、また愛ちゃん家で騒ぎたいなあ。」
「前二人がきた日、隣の人に怒られたんだよ。そういや。」
高橋はクスクスと笑った。
何気ない会話をしていると、二人の緊張は少し和らいだ。
「ウチらが勝って、飯田さんに繋げよう。」
「うん。」
二人は、ベンチで声を出して応援してくれている真希を一瞥すると、改めて決意をした。
――――
- 311 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時40分25秒
- 試合は吉澤のサーブから始まる。
緊張はしていた。血液が忙しなく全身に循環しているのが分かる。
バックラインの手前に立って、吉澤は徐に目を閉じた。
心を閉ざすのは慣れている。家に帰ると、感情は自然と消え失せるようになった。
それが何時頃からは、覚えていない。物心がついた時には、既に両親を憎んでいた。
漸く見つけた居場所だって、手放すのは時間の問題だった。
(勝ちたいな)
だからこそ、と吉澤は思う。
たった三ヶ月なのに、これまでの人生を払拭してくれるくらいの喜びをくれた仲間達に、
貢献がしたい。純粋でアホだが、吉澤はオトコマエだ。
「吉澤さーん!サーブは気持ちですよ!」
松浦の声が背中から聞こえる。
一々声がデカイな、と考えつつも、松浦の助言を反芻する。
気持ち。テクニックならばこのコートの中で自分が一番劣るだろうが、
気持ちならば誰にも負ける気がしない。勝つってのは自分の為じゃない。
これまでの恩返しがしたい。吉澤は、集中した。
- 312 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時41分00秒
- 受け手は、高橋。
吉澤の能力は、事前練習を見る限り、お世辞にも脅威とは言えない。
サーブのフォームは安定していないし、小手先が器用なわけでもない。
ただ、運動能力は高い。足は速いし、判断も悪くない。だが、テニスは
筋肉バカが通用するほど甘いスポーツじゃない。高橋はラケットをクルリ、クルリと
グリップを二回転させて、それから吉澤のサーブに構えた。合宿で覚えた、
独自のステップを刻む。そして、吉澤の呼吸に自分の呼吸を合わせた。
加護は相手コート、右サイド前方にいる辻と視線を交わそうとしなかった。
ただ前方にいる吉澤を凝視して、体を小刻みに揺らしている。一方の希美も同じように
加護を意識せずに、前方の深い所にいる高橋を見つめていた。
不意に間が生まれ、観客、ベンチ、もろともが息を飲んでゲームが始まるのを待つ。
時刻は二時半を回ったところ、まだまだ太陽は上にある。
コートはいつに無く張り詰めた空気と、間断なく続く蝉の鳴き声が支配していた。
吉澤がフウっと息をつくと、コートの中の緊張は絶頂に達した。
四人が同時に息を飲む。終盤勝負。加護を打破する為にはそれが一番の得策だ。
最初から飛ばしてくるであろう加護を、何とか抑えなければいけない。
吉澤はトスを上げ、そして、第一セット、第一ゲームの幕が上がる。
やや押さえ込んだような、フラットサーブをサービヴィスコート中央に安全に決めた。
出だしからのフォールトを避けたのである。
高橋は、余裕のレシーブを決めた。そして、加護が作り出す世界が生まれようとしていた。
- 313 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時42分00秒
- 吉澤はなるべく、フォアハンドを努めた。バックの位置に飛んできたボールでも
回り込んで、フォアハンドでストロークを打つ。あからさまなバックハンドの苦手意識。
それをこうも堂々と晒しているのだから、高橋は逆に何か、裏があるのではないか、と
ちょっとした疑心暗鬼になる。第一ゲームは加護を除いた三人のプレイには牽制の色が濃かった。
加護は最初から、運動量の多い動きを頻繁に見せた。第一ゲーム、高橋が吉澤の
タイミングをあっさり外して、0=15。続いて加護がトントンと、奇妙な回転をかけて
吉澤のミートを殺した。40=0。
初っ端からこんな調子だが、吉澤のサーブは回数を重ねる毎に良くなっていた。
希美は全く心配していなかった。吉澤にはセンスがある。
小さい子供のように物覚えがよく、そして素早い成長を遂げる。それは今も継続していた。
(二試合まえとは別人だよ。よっすぃは)
K学のラブゲームのまま、第一ゲームを終えるかと思われた直後に、
無敵のツインズと唄われた二人の初コンタクトをむかえた。
吉澤が三回、高橋と打ち合った後、無理やり打った大振りのストロークに
加護が食らいついた。奇妙な形のアンダーハンド。加護の得意技だ。
打球は振った方向とは逆に飛ぶ。そうして見事に相手を欺くのだが、
それは加護のテニスをよく知らない者が引っ掛かる、しょーもない手品だ。
- 314 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時42分32秒
- 希美は、知り尽くしている。
迷い無く、希美はバックコートの左側に移動した。
打球の軌道は希美が予測していた場所に、一寸の狂いも無く届いた。
(あいぼん、変わってないね)
右足の爪先をコートに思い切り押し付け、腰の回転と腕の振りが最大に作用するある1点
に意識を集中させる。ガットの中心にボールは吸い込まれた。完全に捉えたストローク。
加護は一瞬の間にバツが悪そうな表情を作り、舌打ちをした。
希美からの飛球は傍目からはそれほどスピードがあるようには見えない。
希美の打球もまた、加護が放つ奇異なショットのように、受けた者にしかわからない、脅威がある。
高橋は少し体制を崩して、希美のストロークにバックハンドのボレーを合わせた。
しかし。
「・・・つっ!」
返球は失速し、ネットに吸い込まれた。
そして高橋の右手首に予想だにしない、鈍痛が走る。
鉛。確か、加護は希美の打球をそう形容した。
なるほど、受けてみて初めてわかる。確かに科学的には説明がつかないが、鉛のような
重い球体を叩いた感触だ。
左手で右手首を軽く揉むと、どういう訳か、高橋はそれが快感であったかのように
意味深な笑みを浮べた。そしてジロリと対面にいる希美を睨みつける。
(これが辻希美)
- 315 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時43分20秒
- 相手が強ければそれだけテニスとは面白くなる。
それが手の届く範囲の相手であるとわかれば、より一層、闘争心には火がつく。
高橋はこの瞬間、希美には勝てる、と思った。根拠は無い。テニスを幼少の時から
続けてきて、それで培った勘が高橋の本能にそう伝えた。
ポイントは15=40。吉澤は、淡々とした様子でトスを上げる。
加護の作る試合は、ふざけている。
不真面目、非常識、荒唐無稽、ドカベン・・・
とにかく、加護はラケットとボールというツールを使ってコートの中で遊びまくる。
理に叶っていないのにテニスなのに、
中学時代、誰もこの無敵のツインズと唄われた二人組みに勝てる同学年のペアはいなかった。
どうしてあんなテニスが通用するのかと、時の指導者は首を傾げるしかなかった。
希美は加護が引っ越してきた中学2年の夏から卒業まで、加護と過ごした日々を
鮮明に、まるで昨日の事のように覚えている。
- 316 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時43分52秒
- ◇ ◇ ◇
『ねえ、名前、なんて言うのん?』
奇妙なイントネーションの標準語を喋った。奈良出身と、既に担任が説明した後だったのに。
希美は込み上げてくる笑いを堪えながら、隣の席に腰掛けた加護に対して、なるべく
真摯に自己紹介をした。
『つじ。辻希美。』
『ウ、わたし、加護亜依。よろしくね。』
◇ ◇ ◇
『テニスやってんのん?うわーウチもやねん。ここのテニス部ってどんな感じ?
怖い先輩とかおる?ののとダブルス組めたら嬉しいなあ。』
『あいぼんとのの、似てるもんね。』
並んで立つと、まるで双子の様だとクラスメイトは笑った。
そして、希美に連れられて、加護はテニス部に入部した。
初めて打ち合った時、二人はお互いに、全く違うテニスをするのだと知った。
◇ ◇ ◇
『なあ、ののってさあ、絵描くの得意?』
『ぜーんぜん。へったくそだよ。』
『ウチさあ、けっこう得意やねん。見てやほら。今描いてんけど。』
『なにこれ・・・』
加護は鉛筆でグチャグチャにキャンバスを塗り潰しただけのように見える、
グロテクスな球体の絵を希美に見せた。
希美はその絵に対して気味悪いといった風に眉根を寄せたが、
よーく凝視してみると、その球体の中にはフワリと柔らかい羽を途中まで広げた、
一人の天使が描かれているのに気付いた。
◇ ◇ ◇
『テニスはお絵かきや。頭で思ったように展開描いて、そんで実践する。
のの、テニスは力じゃない。ココや。頭。』
『でもさあ、そんな思い通りにいったら苦労しないよー。』
『少しでもそう思ったらあかんねん。まあ、ウチに任せとけ。』
- 317 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時44分45秒
- 加護は頭の中に、でたらめな戯画をまず、描いた。
そして、その一見メチャクチャな絵を、忠実に、精細にコートの中で描く。
試合中、加護の背中を見ているだけで、まるで自分がゲームを作っているような錯覚に捉われる。
こんな不可思議で、相手を翻弄するようなテニスを自分がしているのだ。そう確信する。
だけどそんなのは全部、加護が実践したという事に試合が終わってから気付く。
その時に襲われる、表現する事の出来ない、虚無感、失望感。
希美は加護が途方もなく羨ましかった。
加護がいなければ、とっくの昔にテニスとは決別していたのかもしれない。
吉澤は加護に甘く浮いたボレーを提供した。
瞬間、加護はニカっとお日様のような、サッパリとした軽い笑顔を浮かべる。
突然の笑みに、疑問符を浮べた吉澤はその時、もう加護の掌の中にいた。
「そらぁ!」
加護は吉澤の顔面を狙って、バットスイングさながらのストロークを見舞う。
アホかコイツ、とアホな吉澤は思って、ボールを避けつつその場にしゃがんだ。
どう考えても、勢いがあり過ぎる飛球。そのまま後ろの金網に突き刺さるんじゃないか?
吉澤はしゃがみながら後ろを振り返る。が。
キュルキュルと強いバックスピンを帯びた打球は、バックライン手前で急激に失速した。
そうなるとわかっていた希美は拾おうと全力で駆け出したが、余りにも鮮やかに失速した
打球はラインギリギリの絶妙な場所に吸い込まれて、なんとその場でピタリと静止した。
- 318 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時45分53秒
- 「すげえ・・・」
吉澤は思わず感嘆の声を上げてしまう。こんな漫画みたいな事がありえるのか。
そうは考えてみたが、安倍の打球を毎日見ているのでこういうのもアリなんだな、と
アホらしい結論に達した。第一ゲーム、加護、高橋ペアが取る。
「どう?ウチのテニスすげえやろ?」
加護はネット前で呆然と立ち尽くしている吉澤に声をかけた。
トントン、と、ラケットで肩を叩きながら軽々しく言葉を発する加護の全身を、
吉澤は舐め回すように見つめる。
「・・・おお、マジでやばいよ。」
「吉澤さんやったっけ?いい事教えてるわぁ。先入観は捨てた方がいいでえ。」
「捨てりゃアンタに勝てるかなあ?」
「いや、そら無理やけどね。」
「しかし、不思議なショット持ってるよね。」
顎に手を当てて、吉澤は再度舐め回すように加護の全身をくまなく見る。
「いやん。そんな目で見んといて。」
「ちょっとよっすぃ!」
背後から希美の馬鹿でかい声が聞こえた。
吉澤は、はて、と首を後ろに向ける。
- 319 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時46分59秒
- 「おっと、邪魔が入ったみたいやな。」
希美が憤慨した様子で寄って来たのを見計らって、
するすると、加護はその身をコートの後ろに下げる。
「よっすぃ。あいぼんに耳貸しちゃダメだって。ペース飲まれるよ。」
「え?ああ、そうだね・・・。うっかり話してた。しかし上手いなあ。カゴ。」
「何言ってんだよ・・・今、試合中だよ?」
「わかってるけどさ。」
無意識のうちに加護の世界に足を踏み入れている事に、吉澤は気付いていない。
対面のコートの奥で高橋となにやらヒソヒソ話をしている加護を、希美は機嫌悪そうに睨んだ。
相手の選手に甘言を吹きかけて、自分のペースに引き込む手段。それは加護の常套手段だった。
変わっていない加護の攻撃。市井を目指した割には、テニスには変化がない。
狡猾で、如才なくて、そしていつの間にやら勝ちを収めている。
加護はこの試合に対してどんな絵を描いたのだろうか。希美は下唇を軽く噛む。
第二ゲーム、高橋のサーヴィス。
こなれたように、高橋は足の位置を確かめ、蒼穹にトスを上げる。
何度も何度もこうやってトスを上げてきた。サーブには、命を懸けなければいけない。
『高橋、テニスはサーブだ。何でだと思う?サーブで実力ってのは決まるんだよ。
サーブがぞんざいな奴は、テニス自体がぞんざいなんだ。そんな奴は通用しない。』
- 320 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時47分50秒
- 小学校の時通っていたテニスクラブで、毎日耳にタコが出来るくらい聞かされた。
テニスはサーブ。それを何度も自分に言い聞かせて、サーブ練習にばかり時間を費やした。
それが功を奏して、福井県での小学生ジュニアのシングルスで初めて優勝をもぎ取った。
その時から、高橋のサーブをまともに返せる者は、県内の同学年では誰もいなくなっていた。
それでも高橋は天狗にならずに、毎日の練習を怠ったりはしなかった。
こんなちっぽけな舞台に自分は納まりたくない。全国いや、世界。
高橋が抱いた野心は練習の原動力になり、その技術は日に日に上達を見せた。
サーブ。サーブ。サーブ練習に明け暮れた。
しかし。
それが間違いだって事に気付いたのは、矢口の試合を見た時だった。
レベルの違い、いや、センスの違いを見せ付けられた。
テニスとは総合力が問われるモノ。
矢口がいる場所に辿り着くには、あらゆる要素を極めなければいけない。
しかし、それは才能のある者だけが成せる業だ。
その矢口も、市井の非道なテニスの前には無力だった。勝利。
それの何と困難な事か。
大好きなテニス。毎日、腕の神経が麻痺するくらいにラケットを振ってきた。
それ故に、自分のいる場所、限界を知ってしまった日は涙が止まらなかった。
立て続けに現れた、矢口、市井。この二人には一生勝てないと気付いた。
だとすれば、自分はどうしてテニスをしている?
- 321 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時48分23秒
- カコ、乾いた音が蝉の鳴き声を縫って、コート全体に響く。
吉澤のサーブとは次元が違う。
鋭く振り下ろされたラケットから生まれる。超一流のサーブ。
受け手の吉澤は動けなかった。空間を割くような一閃。
観客は涌いた。
今日の高橋のサーブは何時になく切れている。
K学の中でも高橋のサーブとはトップクラスだ。ソレに、殆ど素人の吉澤が
対応できるわけがない。0=15。ヒュウっと、吉澤は高橋の見事な一撃に口笛を吹いて見せた。
希美も思わず息を呑む。
T高校サイドのど真ん中のベンチに腰掛けている中澤は、新しいタバコを一本取り出して、
泰然と火を点けた。その虚ろな瞳からは感情を読み取る事ができないが、全く動じていない
事だけは確かだった。K学のベンチの端でずっと立ち上がったまま試合を見ている石黒は
とりあえず、今日の加護、高橋の調子を見て安堵した。間違っても、負ける事はない、と。
「よっすぃ・・・なに余裕ぶって口笛なんか・・・」
両掌を胸の前で組んで、眉根を八の字にしながら梨華はブツブツと呟く。
その様はまるで、我が子の晴れ舞台をハラハラと見守っているようですらある。
- 322 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時49分31秒
- 「吉澤さん、何かやってくれそうですよねぇ。」
その時、松浦が隣に腰掛けてきた。
タオルを片手に、洗顔をしてきたのだろうか、
顔には所々に雫が残っており、潤いを帯びて何かと艶かしい。
髪をオールバックにしていて、日焼けした肌が赤く火照っている。
「あやちゃん・・・勝てるかなあ・・二人。」
「勝ちますよ。だって、吉澤さんですよ?」
松浦はクスクスと笑う。
「だよね・・・勝つよね・・・」
ヒュウっと調子こいて口笛なんか吹いてみたものの、吉澤の視界はお先真っ暗になっていた。
なんだこのサーブは?アホか?と、平然とした表情の裏側は狼狽の色、一色になっている。
加護のあの漫画みたいなショットといい、このサーブといい、つくづくK学というのは化け物集団
だと、否が応にも認識させられる。
高橋が黙々とトスを上げた。ピンと腕を掲げるそのフォームは完成されていて、美しい。
あんな風に綺麗なフォームを極めれば、自分も同じようなサーブが打てるのだろうか。
アホな事を吉澤は考える。そして、受け手の希美ならきっと返してくれるだろうと思ったが、
希美でさえも高橋のサーブの切れに沈黙してしまった。サーヴィスエースを決められる。
0=30。口笛を吹こうと思ったが二番煎じになるので、吉澤は目をパチパチと瞬かせてみた。
(すげえ・・・)
- 323 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時51分10秒
- どうして危機感が涌いてこないのだろうか、どうして焦燥感が涌いてこないのだろうか。
決まっている。
これくらいのサーブだったら返せると、心のどこかが確信してるからだ。
吉澤は本腰を入れて、サーブに構える。二回とも、同じサーブだった。
軌道は綺麗な一直線。速度は100何キロ位でてるんだろう?とりあえず、100はいってる。
感覚が麻痺しているんじゃない。吉澤には根拠のない自信があった。
(次、レシーブ決めるぜ)
高橋は右手首を軽く揉んで、一つ屈伸をする。そうしてから、ゆっくりと
トスを上げる動作に入った。寸分の狂いもない、完成されたフォームから繰り出される、
レーザー光線のようなサーブ。吉澤は、クスっと笑った。全く同じサーブ。
「舐めんなよ!」
とりあえず、感覚に任せてラケットを打った。
すると、見事にジャストミート。打った本人が一番驚いている。
ベンチに座っている梨華と松浦は思わず黄色い声を上げた。
第二ゲーム、初めて試合が展開した。双方、忙しなく動き出す。
吉澤はレシーブを打った後、ガットを眼前まで持ってきてまじまじと見つめた。
人間、信じりゃなんとかなるもんだ。そして、マグレでもこうやって展開させる事が
出来たのだからポイントが欲しい。が、レシーブに対して打ってきた高橋のストロークが
また優しくない。ドライブの回転が利いた難しい球だ。
- 324 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時52分29秒
- 吉澤はもうガムシャラにボールをただ、叩いた。
それが不思議なモノで、吉澤のストロークは見事に高橋の手の届かない絶妙のコースをつく。
(やりぃ!)
吉澤の文字通り、マグレの一打が決まるかと思われた。
しかし、そこには何時の間に潜んでいたのか、加護が待ち構えていた。
どうしてあんな場所にいるのだ。
吉澤の疑問符は加護の打ったサイドスピンのよく利いた、奇妙に曲がったストロークを
前に霧散することになる。届かない。
ゴッ
希美がバックラインの中央後ろ、一メートル付近まで下がっていた。
こんな場所にどうして希美がいるのだ。
高橋の疑問符は、希美から放たれた重い音を帯びて顔の横を通りすぎた
ストロークによって霧散した。後ろには、加護。
(久しぶりやなあ。のののストローク)
希美のストロークは、力任せに打っては絶対にダメだ。
50勝49敗。今日が記念の100戦目だ。もう、100回も試合をした。
- 325 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時53分34秒
- 攻略法はわかっている。
加護はラケットを両手持ちに持ち直し、そしてバックサイドに回る。
腰を捻る。思いっきり、ゴムを最大限まで捻るように。
そしてギリギリまで堪えて、フッと体を解放する。回転に身を任せ、ガットの中心。捉えた。
トップスピンの回転付きだ。ラケットを振った後、加護は首を一つ、コキンと鳴らした。
(久しぶりやけど、衰えてへんぞ)
加護の鋭い切れを帯びたストロークに、希美は舌打ちをして迎え撃った。
「互角・・・やなあ。今のところ」
中澤は煙を小さく吸い込み、顔を顰めた。隣で観戦している安倍はなにやら
不安になっている。中澤の様子がどうも落ち着かないからだ。
「先生、大丈夫ですかねえ?なっち、不安で不安で・・・」
「大丈夫というか、まだお互い本性表してない感じやなぁ。ツインズ。」
「そうですか?辻はいつもの辻みたいですけど・・・」
「いやいや、あいつはあんなもんじゃないよ。何か企んでるんかな。」
コートの外からまるで事前に打ち合わせでもしているかのように、観客たちは
揃って嘆息したり、喚声を上げたり、拍手したりする。
それは希美と加護がコンタクトする際には特にピッタリと重なっていた。
このコートの中で唯一の特異点は吉澤だった。
吉澤だけは誰からも注目されていなかった。その実力は他の三者に比べ、あまりに拙劣。
見劣りしすぎた吉澤は、その存在すらも認識されないままでいる。
- 326 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時54分18秒
- だが、加護、高橋ペアは吉澤を集中的に狙っては来なかった。どちらかと言うと、
希美により多くボールを集めている。勝つ為への近道を敢えて使わない。
パラドックス。加護は、勝利への最短距離は希美を打破する事にあると、踏んでいる。
「オラ!のの!どうした?」
第二ゲーム。ポイントは15=40。どうしてもリードする事が出来ない。
加護の術中には嵌っていないはずだ。打球だってしっかり返してる。
何故だ。希美は思索するが、答えはでない。
吉澤はレシーブを決めていたし、力の差も如実ではない。ゲームの展開は五分五分に感じる。
なのにどうしてリードされているのだ。心の靄が晴れないまま、希美はラケットを振る。
高橋のサーブを吉澤は、マグレなんかどうかはわからないが、順調に返していた。
最初はレーザー光線のように見えたサーブ。
だが、二、三度打たれると体が勝手に覚えた。これは自分の才能なのかもしれない。
こんな場面で自惚れる吉澤はアホ。
高橋はサーブの種類を変えずフラットサーブ、それも、軌道を少しも変えないまま
打ち続けていた。吉澤の運動神経が相当優れているのはわかった。まさか、渾身の
サーブをたった二度見られただけで返されるとは思ってもみなかった。
そして、展開してからはなるべく希美にボールを集めるように加護に言われた。
加護の考えている事は何時だってよくわからない。だけど、それは終わってから
初めて理に叶っていると気づくのだ。だから、従うだけ。
コートの中を駆け回る加護。急がば回れ。それをまさに絵に描いたような。
- 327 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時55分27秒
- 希美からのボレーを高橋はクロスに打った。
打球はやや浮き気味で勢いが無い。それでも、そこには誰もいない。
希美の足はビデオで見た通りそのまま、遅かった。拾えない。
吉澤、触れたところでまともな返球は来ないはずだ。第二ゲームはもらった。
と、高橋は思ったが、後ろの方で加護が忙しなく動いた。加護は合宿で
スタミナ強化に重点を置いてメニューをこなしたとは言え、
体力は才能と同様、自分が望んだように鍛えればそれだけ増加される類いのモノじゃない。
序盤からハイペースなのは加護のテニスの特徴だが、この試合はもう少し
落ち着いてやっても勝てる気がする。そうは思っても、高橋は加護の意思に従う。
そして、加護はいつも正しいのだ。
吉澤が高橋のクロスに、完璧な形で捕らえたバックハンドのストロークを打った。
吉澤の反応は高橋の予測を凌駕する。
バックハンド。苦手意識はいまだに拭えないが、二度の試合で多少なりとも自信っていう
モノがついた。それは松浦のおかげだったが、吉澤はへそ曲がりだから素直に感謝しない。
まさかの返球に高橋は意表をつかれて反応が遅れた。後ろ。加護がいる。
加護はまるで高橋が抜かれるのをわかっていたかのように、その場所にいた。
希美は舌打ちをする。加護っていう選手はダブルスでこそその能力を最大限に活かせる。
それは自分もまたそうだと中澤に言われたのだが、こうして相対してみると、
改めてその理由がわかる気がした。
- 328 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時56分20秒
- 加護が打ってきたのは、まるでスマッシュを打ってくれと言わんばかりのロブだった。
あの位置からなら、センターラインに目掛けてのストロークを打てば
それで第二ゲームは終わるはずだった。
試されているのか、舐められているのか、それとも。
希美は前にダッシュして、ポカンと浮いた飛球を相手コートのど真ん中に叩き落そうと思った。
希美のスマッシュは得点率、実に9割を軽く超えるほど強力なものだった。
中学時代、希美にスマッシュチャンスを与えてしまった相手選手はその瞬間に
せめて抵抗しよう、と思うことすら止めたほど希美のスマッシュとは脅威だった。
コートに触れるとボールが爆ぜて、相手に襲いかかる。
下手に手を出すと手首がイカレてしまう。
そんな末恐ろしいスマッシュのチャンスを、加護はワザと希美に与えた。
フワっと降りてきたその白球。
希美は狙いを定めると、思い切り振り下ろした。
刹那、高橋の眼光が俄かに鋭くなった。返すつもりだ。
一方の加護はラケットをコートに立てて肘を付き、顎を掌に置いてニヤニヤ笑っていた。
笑っていた?
ガゴ。
- 329 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時57分00秒
- 鈍い音。希美は思わず、アッ、と情け無い声を出していた。
打ったスマッシュはそのまま一直線に前に進んで、バックラインを遥かに超えた所に
突き刺さった。その瞬間、希美に襲いかかる後悔という名の大波。自分のミスでゲームを
落としてしまった。それも、それは加護の得意技に見事に引っ掛かって。
希美が苛立ちを抑えきれず、コートにやり場の無くなった視線を落としていた時、
加護がのこのことネットに歩み寄ってきた。
「吉澤さん吉澤さん。どうやった?ウチの秘球、『ガクガクブルブル』の威力は?」
「はあ?秘球?なんだよそれ?」
こうやって素直に加護の話に耳を傾けてしまう所、吉澤は単純バカ。
「わからんかった?あれ、ただのロブちゃうで。打球がブルブルと揺れとったはずや。」
「んな安倍さんみたいな事をアンタが出来るわけ?あたしには揺れてる
ようには見えなかったけど。」
「安倍さんみたいなんはさすがに無理や。あの人はまるで漫画やもん。」
加護はそう言うと、安倍の方をチラリと一瞥した。さすがに安倍のような球は打つ事が出来ない。
本気で研究したが、結局、ヒントすら見いだせなかった。
「あんまり変わらないような・・・」
「ナックルボールって知ってる?野球の?」
「知らねえ。」
「それと同じ要領やな。回転をゼロにしたんや。だから、ボールは風に流されてブルっと揺れる。
名付けて、秘球『ガクガクブルブル』。」
「・・・」
(ネーミングセンスは死ぬほど無いな・・・)
「まだまだウチは秘球持ってるで。師と呼べるものはこの世で一人。ドカベンの殿馬様や。」
- 330 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時57分45秒
- そう言うと加護はニシシと笑って後ろで会話が終わるのを待っていた高橋の元に走った。
二人で笑い合っている姿がやけに羨ましい。ゲームを連取された。
まだまだこれから。吉澤に不安は無い。だが、隣の希美はまだ悔しそうに俯いていた。
「のの、これからこれから。張り切っていこうぜ。」
「あいぼんの得意技だったのに、完全にひっかかった・・・」
「これからこれから。」
吉澤の茫洋なまでの余裕綽々ぶりが、希美には理解できない。
「よっすぃって不安ないの?2ゲーム取られちゃったよ。」
「不安なんて感じてる余裕ないね。だってあたしは勝たなくちゃ『お終い』だからさ。」
あくまでも、吉澤の顔には笑顔が絶えない。しかしその時。
希美は思わずゾッとしてしまった。そのヘラヘラ笑っている笑顔の奥。
そこに、吉澤の計り知れないほどの狂気が一瞬、垣間見えた気がしたのだ。
吉澤がこの試合に懸ける意気込みってモノは、恐らくこの中にいる誰よりも強いものだ。
後ろのない者。そういう人間は、理由のない強さがある。
「よっすぃ、次は絶対に取ろう。三ゲーム先取されると、さすがに笑えないよ。」
「おおーじゃあいっちょ取るか。」
あくまで、吉澤には笑顔が絶えない。
- 331 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時58分42秒
- 第三ゲーム。希美のサーブ。
ポイントを稼ぐとしたら、希美のサーブというのはこの試合、最も有利に働く。
力。馬鹿力。それだけで、希美は成り上がった。
『ののには力がある。それは、ウチには一生手に入れる事が出来ないもんや。
だから、ウチらはやっぱりペアを組んでよかった。ウチが欲しい要素をののは全部もってる』
二人が中学三年の時分の全中ダブルスの大会、三回戦の試合後だった。
加護にそう言われた希美は馬鹿みたいに心の中で喜んだ。
加護と、ずっとずっと一緒にいれたらいいと思った。
テニスを続けるならば、一生加護とペアを組んでいたい。本気でそう考えていた。
一蓮托生を誓った。しかし。
ファーストサーブ。思いっきり振ったラケットから放たれたその打球はネットに突き刺さった。
その突き刺さり方が尋常じゃなかった。抉れている。フォールト。
高橋はそのサーブを見て、生唾を一つ、ゴクリと飲み込んだ。
どことなく錆びた鉄の味がしたが、それが変に高橋を安心させた。
どんな球だろうが、レシーブを決めて勝つだけだ。そう自分に言い聞かせた。
希美は神経を集中させた。
一点。ある一転を見定める。そこに狙って、打てばいいだけだ。
だが、希美にはそういう精細さが乏しかった。
打球には威力がある。だが、思った場所に飛ぶのは五割に満たない。
- 332 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)03時59分30秒
- 精度。それを補ったのは加護だ。加護にはマグレとしか思えないような、
ラインギリギリを強行して攻める事のできる、精度があった。
加護よりも自分が優れているモノ―――――
セカンドサーブ。希美は躊躇せずに、思い切りのいいフラットサーブを打った。
心。
加護は思う。
希美っていうのは、こういう時に揺らぐ事のない強い心を持っている。
加護が試合を諦めかけた時、いつもそれを救ったのは希美の強い心だった。
希美よりも自分が優れているモノ―――――
高橋は返せなかった。希美の難しい位置に刺さったフラットサーブに
ラケットを当てるのが精一杯だった。
そして襲い来る痺れ。こんなサーブを受けたのは初めてだ。が。
痺れる右手を眼前に持ってきて、高橋はニヤリと口端を上げた。
(次は返す)
ポイント15=0。
代わった受け手の加護。
希美の本気のサーブを受けるのは実に久しぶりだった。
思い起こすと、希美のサーヴィスゲームはほとんど取れなかった。
自滅してくれるのを願うか、安全に入れて来るのを願うか・・・
ジリジリとコートから醸される蒸気の所為で気が散る。
集中力。それが必要なのだ。額から滴り落ちる汗が、更に加護の気を散らした。
- 333 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時00分34秒
- 希美はある一点を見据え、思い切りボールをぶっ叩いた。
こういう頭の悪そうなテニスはダサいな、なんてしょうもない杞憂を感じたが、
自分のテニスとはこういうテニスなんだとすぐに納得させた。
加護は返した。最大限に神経を集中させ、気付くと呼吸すら忘れていた。
ただ、恐ろしく重い球を返すだけの存在になった。
だから次の行動まで頭が回らない。
希美のサーヴィスゲームを取れない要因はそこにあった。
だが、今はシングルじゃない。高橋がいる。高橋は本当に万能な選手だ。
どんなケースだって、対応できる頭の良さがあるし、テクニックもある。
ダブルス。それはお互いの補完だ。
加護のレシーブに対して希美は前進しながらのボレーを合わせる。
高橋は不規則なステップを踏んでいた。呼吸が合わない。
加護がバックラインに沿って右サイドに走り出した。行動が読めない。
吉澤はコート中央にいた。希美はネットに詰める。希美と高橋のボレーのラリー。
その後に加護がまた奇妙な体制をしてラケットを振った。
まるでドジョウ掬いのような変形のストローク。スライスの回転が強烈に利いた打球。
吉澤には返せない。
そう思いながらも、加護はしっかりと次の展開を予想した。
テニスに限らず、スポーツとは頭で行うモノだ。次の次を予め頭に置いておかなければ通用しない。
「ちょこまかと!」
- 334 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時01分47秒
- 吉澤は加護のストロークをへっぴり腰になりながらも返した。
思わず加護は笑みを浮べた。運動バカって言うのは恐ろしい生き物だ。
こんな状況でもしっかりと体が反応する。
吉澤は何とか拾ったものの、返した打球は力のない、高めに浮いた死に球だった。
高橋がサイドステップで落下点の先回りする。足を踏ん張った。逆クロス。
吉澤のタイミングを上手く外したはずの完璧な一打―――のはずなのに、吉澤はまたも
へっぴり腰になってその打球にボレーを合わせた。
まるでコント。
「しつこい!」
高橋が完璧だった逆クロスを返された鬱憤から、また吉澤にストロークを打った。
それでも吉澤は返した。体が反応する。自分でも不思議だと思ったが、吉澤には
ボールが止まって見えた。加護はこの試合、吉澤の潜在能力が一つのキーポイントだと思っていた。
先ほどの松浦。それを見ていたから、吉澤のようなタイプには要注意が必要だ。
二度とは起こせない奇跡を起こす可能性がある。
だからこそ、希美を狙うべきだ。だが高橋は熱くなっていた。
このまま打ち合うと、『まさか』がある。
それに、この短時間で吉澤は傍から見てもわかる、急成長を遂げていた。
実戦をこなせばこなすほど、実戦を吸収していく。試合慣れってやつだ。
高橋が吉澤に対して打った『これで決める』という意思の篭った逆クロス。
アホな吉澤はまんまと引っ掛かってタイミングを外された。なのに。
- 335 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時02分31秒
- 「アウト!」
あからさまにラインを超えてしまった。高橋らしくない、凡ミスだ。
バツの悪そうな顔をして加護は高橋に歩み寄った。
「愛ちゃん、言ったとおり、やっぱりのの狙う方が確実やで。」
「どうして?どうして返せるの・・・」
高橋はぶつぶつと呟きながら焦点の定まらない目をコートに落としている。
「アホに理屈は通じへんねん。吉澤はあれは真性のアホやな。見たところ。
天才とアホ。二種類の人間には要注意。触らぬ神に祟りなし、とな。」
「・・・怖いね。アホって。」
「ああ、怖い怖い。世界で著名なやつはみんな天才かアホや。」
アホアホ言われているとは知らずに、対面のコートで吉澤は嬉しそうに希美と拳を合わせていた。
「見た?なんだかさ、ボールが見えるんだよねぇ。何て言うの?才能かな。」
「なんかよっすぃ。阿波踊りってるみたいだったよ。」
「ほー。秘球『阿波踊り』いいかも。」
「・・・」
ナンダカンダで第三ゲーム、T高校の二人は30=0と有利に進めていた。
吉澤の反応は驚異的だ。意外性に溢れている。
この試合の勝敗の行方は吉澤が握っているのかもしれない。
希美は漠然とそう思った。
- 336 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時03分18秒
- 足の位置を入念に確かめ、希美は同じように一点を見定めてトスを上げた。
自信がついたのか、最初のサーブに比べ、その一連の動作にはスムーズな流れが出来ている。
(ノらしちゃったかな・・・)
そう思った時、高橋の鼓動が若干早くなった。わくわくするのだ。強い相手と相対すると。
無敵のツインズと唄われた二人が今こうして戦っている。
そして、自分はその一人とペアを組んでいる。
ドラマだ。こんな試合に自分が立ち会っている。それがいつにない昂揚感を高橋に齎した。
真希に出会って見つけたのだ。テニスの楽しみ方を。
幾ら努力しても矢口にも真希にも市井にもなれない。そうだとしたらテニスをする理由。
それは誰よりも、テニスを楽しむ事だ。
希美の渾身のフラットサーブ高橋はバックハンドで返した。
上手く腰の回転を使い、なるたけ腕にかかる負担を減らす。
やっている事は加護と一緒だったが、高橋は加護を意識していない。
初めて希美の渾身の打球を返せた。それが高橋に忘れかけていた自信を取り戻させる。
ゲームが展開すると、誰もが自然と加護を意識してしまう。
加護の作るデタラメな世界を、何とかして攻略したい。相手はそう考える。
次は一体何をやってくれるんだ、加護の妙技に酔いしれたい。観客はそう考える。
そして、加護に気後れしないように、しっかり加護の思案通りに
ゲームを展開させなくてはいけない、と相方の高橋は考える。
加護を中心として動く世界。それこそが、加護の望む世界。
- 337 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時04分22秒
- 『のの、ウチはな、人が面白がってくれればくれるほど、体がノッてくんねん』
加護の原動力になっているのは、この大衆の視線なのだ。
天性の目立ちたがり屋。
加護の世界に捉われてはいけない。希美は自分に言い聞かせる。
サイドスピンの利いた加護のストロークに吉澤は擦りつけるような形で振った
フォアハンドを合わす。それがガットの中心を逸れて高めに浮いてしまう。
高橋がスッと打球の正面に現れた。高橋のフットワークはK学の中でも一、二を
争うほど綺麗だった。滑らかな動作から捉えたフォアのハイボレー。
ネットに張り付いていた希美を上手く抜いた。しかし、吉澤がバックハンドで拾う。
こういう場面は何度もあったからもう驚かない。
ああ、もったいない。
加護は吉澤のテニスを見ていると、敵なのにそう思ってしまう。
吉澤は反応速度が抜群に優れていた。それにショットの一つ一つも
不器用さはあるがセンスに富んでいる。それだからこそ、勿体無い。
バックハンドの返球を苦手にしているのだろうが、こうも回転が優しいと
決めてくれと言っているようなものだ。これでは、通用しない。
「いっちゃえー!」
- 338 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時04分59秒
- そう叫ぶと、加護は手首をぐるりと捻った不可解なフォームのバックハンドを打った。
だけども威力はない。吉澤はフォアサイドに回り、慎重にストロークを打つ。が。
吉澤のラケットは滑稽な事に空を切った。頭が真っ白になる。今度は何をしやがった。
コートに落ちた打球は吉澤の方には飛ばず、そのまま真上にポーンと上がった。
強烈なバックスピンが生んだ魔球。
吉澤の反応が幾ら優れていようとも、余りにも予想だにしない軌道だった。
「吉澤さん、先入観は捨てんとなぁ。」
加護がでかい声でそう言うと、観客は感心したように大きな拍手をした。
気持ちいい。加護は一人が嫌いだった。だからこうやって注目を浴びる事が出来る
試合は何度やっても気持ちがいい。30=15。
「よっすぃ、気にしないでいいから。自分を見失っちゃダメだよ。あいぼんは無視して。」
「わかってるけどさ、やっぱどうしても気になっちゃうんだよ・・・」
対面で嬉しそうに高橋とハイタッチをした加護は、そのまま高橋のお尻をポンと、左手で叩いた。
真っ赤になって高橋は加護を睨みつける。そうするとすぐに笑い出した。
何やらとても楽しそうだ。
高橋の笑顔は特徴があるな、と吉澤はそんなどうでもいい事を考えた。
その後チラっと希美の方を窺ってみる。希美はとても怖い目付きをして
高橋を見ていた。楽しそうな相手の二人。希美は、吉澤の存在も忘れて見入っている。
- 339 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時06分25秒
- 「ののー。ののが一番気にしちゃってんじゃん。」
ハッとして、思い出したように希美は首を右斜め上に上げた。
吉澤は釈然としない様子でポリポリと人差し指で顎を掻いている。
「ののの今のパートナーはあたしだ。それが気に入らないんだったら、この試合止めようか?」
冗談ではない。吉澤の真剣な双眸はそう物語っている。
吉澤とは自分の一体なんだ?希美は自問する。答えは考えるまでも無く明白だった。
「よっすぃ・・・アホ!」
そう言うと、希美はアッカンベーをして、吉澤のケツをラケットでブッ叩いた。
言うまでも無く、希美のストロークはテニスボールを鉛に変えてしまうほど常識外れのモノ。
「・・・・・・いてえええええ!!!!!!」
「あはははは。」
- 340 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年08月18日(月)04時07分06秒
- 希美は腹を抱えて哄笑する。吉澤はケツを抱えてその場にしゃがみ込んだ。
覗いた八重歯が可愛らしくて、痛みを堪えながらも吉澤は安堵した。
こうやって無邪気に笑っている方が希美には似合うのだ。それにしても痛い。
「のの!手加減しろよ馬鹿!ケツ割れちゃうよ!」
「馬鹿はおたがいさまだよ!それに、お尻は最初っから割れてるよー。」
笑いながらそう言うと、希美は背伸びをして吉澤に耳打ちをする。
「勝とうね。」
返答も待たずにトコトコ恥ずかしそうにバックラインに戻る希美の背中を見ながら、
「ばーか。当たり前だっつーのに。」
希美に届かないように、吉澤は苦笑してそう言った。
その後審判に、ゲーム中に悪ふざけをするな、とこっ酷く怒られた。
(あたしだけかよ・・・)
第三ゲーム、ポイント30=15。
希美は忘れてかけていた大切な事を思い出して、サーブの体制に入った。
- 341 名前:カネダ 投稿日:2003年08月18日(月)04時10分49秒
- 更新しました。
また間が空いてしまって申し訳ないです・・・
これからは試合がメインになるので、更新ごとにスレ流ししようと思います。
本当に恐縮なのですが、ネタバレになるような内容のレスは控えてくだ
さると助かります。こんなだらだらと長く続けてるアホな自分がこんな事を言う
のはとても気が引けるのですが、よろしくお願いします。レスは頂けるだけでも
嬉しいんですが、生意気ですね・・・
- 342 名前:カネダ 投稿日:2003年08月18日(月)04時11分31秒
- 流し
- 343 名前:カネダ 投稿日:2003年08月18日(月)04時12分12秒
- 流し
- 344 名前:u-dai 投稿日:2003年08月18日(月)20時46分37秒
- あぁこの2人はアホと天才ですか・・
でもそのアンバランスさがまた味を出してますねぇ!
加護サンと高橋サンも激しく強いみたいですし・・試合展開が気になって眠れませんね
次の更新も待ってます
- 345 名前:ヒトシズク 投稿日:2003年08月18日(月)20時54分47秒
- 緊張感がある場面なのに爆笑してしまいました。
バカ吉、怖いですよね〜バカほど怖いものはないと(笑。
高橋が微妙に可愛い(w
どんどんと皆が本心を出していくのが楽しみです^^
では、次回の更新楽しみにしております。
- 346 名前:でつ 投稿日:2003年08月19日(火)15時42分04秒
- どっちもがんがれ!
- 347 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月24日(日)10時58分34秒
- 更新されてたのですか。お疲れ様です!
ついに始まりましたね無敵のツインズ同士の対決。
今のところ、まだ辻が本領発揮していないようにみえますが。
(0^〜^0)のアホパワーが徐々に発揮されていくのを楽しみに更新お待ちしております!
- 348 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)04時07分38秒
- あ〜超待ちどうしいよ〜!!交信待ってます!!
- 349 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月27日(水)10時54分10秒
- ageないでください
- 350 名前:まる 投稿日:2003年08月27日(水)13時22分14秒
- どっちもがんばって!良い試合を
- 351 名前:カネダ 投稿日:2003年09月04日(木)00時36分08秒
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>344u-dai様。
辻と吉澤の二人は書いてて楽しいですね。
そう言えば、いろいろとアンバランスな組み合わせを今まで書いてきました(w
この先、もう少しこの試合続きそうですが、読んでくれると嬉しいです。
>>345ヒトシズク様。
空気読まずに、ネタを入れてしまうのはどうも自分がひねくれ者だから
だと思います(w 笑ってくれると、本当に嬉しいです。
吉澤はなんでもこなしてくれて本当に大助かりです(w
>>346でつ様。
どっちも頑張らせます!
勝敗つけるのは酷ですね・・・
>>347名無しさん様。
この対決は書き始める前から頭の中にあった試合なので、書いてて楽しいですね。
まだまだ全員が本調子出してないのですが、今回の更新では頑張らせます。
この試合は吉澤がキーマンですね。
>>348名無しさん様。
すいません・・・何とか量で遅い分を埋め合わせようと考えているのですが、
量を減らして早い更新をする方が読者さんにとっては望ましいのかもしれないですね。
>>349名無しさん様。
自分としてはageでもsageでも特に気にしてないので、よろしくお願いします。
>>350まる様
頑張らせます!
いい試合になるかは自分の腕次第なんですよね・・・
文章力がもっとあればいいんですが・・・何分アホなので、情け無いです。
それでは続きです。
- 352 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時37分34秒
- そう言えば何時だって、吉澤は隣にいたような気がする。
フワリと上げたトス、その軌道は直線。
まるで、迷いが消えた希美の心を反映したような、鮮やかな垂直。
そこから思い切り、振り下ろした。ガットのど真ん中、乾いた音じゃなかった。
何かが爆ぜたような、テニスボールからじゃありえないような爆音だった。
希美はサーブを打った直後、
「どるぁ!!!!」
とんでもない奇声を上げた。
希美の咆哮。それは、加護にとってはお馴染みだった。
(久しぶりやな・・・キレやがった)
希美が本気を出す時、本人は気付いてなかったかもしれないが、こうやって
一つ、スイッチを入れるように大きな咆哮を上げる。
それからの希美は別人のように『強く』なる。
精神力が向上し、動きが機敏になり、心理戦がべらぼうに強くなる。
高橋は返せなかった。
これまでとは全く違う『重さ』を帯びたサーブ。
腕がドコカの彼方に持っていかれるかと錯覚した。
ニヤリと希美は笑ったが、それは高橋を揶揄するような類いのモノじゃなかった。
有り余る闘志から漏れ出た、一種の狼煙。
それが、高橋の闘争心という名の炎に油を注ぐ結果にもなった。
希美に対してはどうしても特別な意識が芽生えてしまう。
それは、希美も高橋に対して同じように抱いていた。
お互いが、そうやって気持ちを高めていく。
(負けないよ・・・)
40=15。
ここが、最初の分岐点だった。
- 353 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時38分48秒
- 希美がエースを決めた直後、加護は誰にも気付かれないように、顔を真下に向けて、
苦虫を噛み潰したようなやりきれない表情を作った。
希美が本調子になり、吉澤のアホは時間が経つにつれ
テニスそのものが上達している。なにやら、嫌な予感が沸々と沸き起こってくる。
こういう時の加護の勘と言うのは当たるのだ。
吉澤はネット歩み寄ると、俯いていた加護にさもむかつかせるようなアホ面を向けた。
「お〜いカゴ。なんだぁ?腹でも痛くなったかぁ?」
口調も子供をあやすような、ねちっこくて、うざいくらいのスローモーション。
「・・・ちゃうわアホ!」
「アホ・・・」
(あたしは初対面の人間にまでアホと思われてんのか・・・)
むしゃくしゃしたままトコトコと、加護はバックラインに歩いていき、
頭に二つ携えてあるお団子の一つを握って、ムニュムニュと二回揉んだ。
(あー落ち着く)
そして気を引き締めて、レシーブの構えを作る。
こうなった希美のサーブを返すのは至難の業だ。
不意に辺りを見渡してみる。やはり観客の視線が、気持ちいい。
ここでむざむざサーヴィスエースなんて決められた日にゃ、
自分には興醒めして、注目は全部希美に移ってしまうかもしれない。
加護は真剣になった。いや、真剣な表情を作った。
- 354 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時39分59秒
- 希美が体を反らして、ラケットを思いっきり振り下ろした。
恐ろしいほど威圧的なフォームだ。加護は腰をぐいっと捻る。
感覚に任せるまま、打球を叩く、そう叩く。それだけに努める。
綺麗なレシーブとか、そんなもんはどうだっていい。
返しさえすれば、ゲームは作ることが出来るのだから。
しかし、希美のサーブが、加護には爆弾に見えた。見えてしまった。
「返したるわこんなもん!」
と意気込んでみたものの、加護が潜在的に持っている、臆病癖が顔を出してしまった。
自分じゃどうしようも出来ない。頭で命令を出しても、体が怖がる。
加護の一番ダメな部分だ。心が、脆い。
一瞬の怯みが加護のミートを外した。そして襲い来る腕の痺れ。
希美のサーブの場合、しっかりと球の中心を叩かなければ、腕には莫大な負担がかかる。
打球はあさっての方向に無情にも飛んで行った。第三ゲーム、T高校が取る。
ゲームカウント、一=二。
「のの!すげえ!」
「まあ、こんなもんかな。まだまだこれから、だよね?」
「もち。」
希美と吉澤がハイタッチを交わすと、パチンと大きな音が観客の喚声やら
蝉の鳴き声やらの間隙を縫って響いた。
それは空気中で波紋となり、相手の二人の心にじんわりと届く。
そして一つ、大きな溜息。
「ハア・・・・」
「あいぼん?どうしたの?」
「ん?よりによって、ここでウチのサーブやからさ。」
加護が最も苦手としているものの一つ、サーブ。
先天性の臆病、スタミナ、サーブ。
加護はこの三つの項目だけはどうしてもその弱さを克服できなかった。
スタミナだけは僅かだが合宿の成果のおかげで、少しはついた感もある。
- 355 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時41分41秒
- だが、サーブ。
一見、加護の得意分野でありそうな、テニスの代名詞とも言える、サーブだけは上達しない。
原因は加護にもわからないし、コーチでもある石黒にもわからなかった。
回転を掛けるのは加護の得意分野だった。力が無いといっても、回転を巧みに扱えば
サーブと言うのは脅威になる。
だが、加護はサーブに回転をかける事がどうしても上手くできなかった。
どんな回転を掛けたとしても凡庸なモノにしかならない。
本人はもう諦念して、それをコンプレックスとも思っていなかった。
が、しかしこの場面。相手に嫌な形でゲームを奪われた直後。
もし、生半可な攻撃を仕掛けてしまえば、完全に試合の『流れ』を引き渡す事になりかねない。
「あいぼん大丈夫だよ。とりあえず、インしさえすれば、後はいつも通り
あいぼんのテニス出来るんだから。」
「相手ノらしちゃうかもしれんけど、そん時は堪忍な・・・」
「弱気なあいぼん、つまんないよ。」
「・・・でも、ウチはどうしてもサーブだけは・・・」
しょぼーんと俯いてひ弱な声を出す加護に、高橋は眉を顰める。
「ホント、笑えないね。ごっちんも笑ってないよ!」
加護を鼓舞しようと、高橋は必死になって声をかけた。
加護に一番効くカンフル剤。それは真希という唯一無二の存在だった。
真希の名前を出して、加護に盲信とも言える、根拠の無い自信を付けさせたかった。
- 356 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時42分33秒
- ―――が。
渦中の真希はポカンと口をだらしなく開けて、試合をボーっと見ていた。
時折、ヘラヘラと笑いながら。隣の藤本も何やら口端を上げて、したり顔をしている。
高橋は思わぬ展開にギョッと目を見開いた。
どうしてこんな場面で真希は笑っているのだ。
「笑ってるやん。ごっちん。」
トホホ、といった表情で加護は落胆したように肩を落とした。
予定外の出来事に焦った高橋は、すぐに加護の注意を真希から逸らす。
「そんなんじゃない!ごっちんはああやって笑ってるふりして、
心の中では悲しんでるんだよ!どうして気付かないの?あいぼん自信もって行こうよ!」
「・・・でもごっちんめっちゃ楽しそうやん。隣の藤本さんも何か頬弛んでるし。
二人で何か面白げな話してんちゃん?」
真希と藤本が話してた話題なんてそれこそ下らなくてしょーも無かった。
「私さあ、最近、うまい棒のたこ焼き味にハマってんだよねえ。」
「フッ・・・たこ焼き味ね。あれは口の中に残るからね。10円以上の価値は確かにあるわ。」
「だっしょ?おいしいよね。」
「でも、通の間ではやっぱりチーズ味が一番評価が高いのよ。」
「ははは、うまい棒に通なんてあんの?」
「今度集まりがあるんだけど、来る?」
「何の会合だ・・・遠慮しとくよ。」
そんな事、高橋は露知らず。
- 357 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時43分03秒
- 「ああやって私達の事さ、応援してくれてんだよ。無理に笑顔作って、私達を
安心させようとしてくれてるんだ。だから、ね?あいぼん、自信もって!」
「・・・よくわからんけど、何となく吹っ切れたわ・・・」
(愛ちゃんも、バカやらかなあ・・・)
高橋のテンパぶりに敢えてツッコマず、加護はそろそろとバックラインに
ついて、サーブの体制に入ろうとする。高橋のおかげで、気持ちはとても楽になった。
どこか抜けてるが、高橋って言うのは暖かい人間だ。
組んでいて、楽しい。
加護は改めて高橋とペアになれた事を感謝した。
思えば、ダブルスを組もうと誘ってくれたのは高橋だった。
自棄になっていた時、真希と高橋がいてくれたおかげで、テニスがこれまで以上に
好きになって、掛け替えの無いモノになった。
高橋という存在がいなければ、この部で一軍になんて絶対になれなかった。
ふとした瞬間、走馬灯のようにこの三ヶ月の思い出が蘇る。
出会いや経験は燻っていた加護を何倍にも強くした。
第四ゲーム。
加護のファーストサーブ。受け手の吉澤は拍子抜けた。
どんな切れ味の鋭いサーブを打ってくるかと思ったら、
テニス暦の浅い吉澤が余裕で返せるほどの甘いサーブだった。
回転も緩くて、軌道はほぼ真直ぐだった。吉澤はフォアのレシーブを難なく決める。
打球は深い所をつき、加護の攻めを思いがけず封じるが、
ゲームが展開してしまえば、後はチャンスが訪れるのを待てばいい。
加護はそうやって割り切って、これまでゲームをこなしていた。
だが、加護の優しいサーブはK学の二人に厳しい試合を齎した。
- 358 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時43分49秒
- 一々深い打球を打つようになった吉澤。加護と打ち合っても主導権を握っていた。
希美は読みが冴え始めた。ゲームの展開を、不器用ながらしっかり予測している。
コートは俄に慌ただしくなった。そして、この試合初めてK学の二人が押されていた。
キュっと、ゴム底が悲鳴を上げて、希美が体勢の崩れた状態から放った加護の
ストロークをぶっ叩いた。軌道はストレート。高橋は手を伸ばしてボレーを打とうとするが
結局、希美の力に負けた。15=0。
サーブ。
出だし一つで、実力の差は簡単に埋まる。
加護の緩いサーブは相手に絶好のレシーブを与えてしまい、結局主導権を持っていかれる。
しかし、加護は伊達に無敵のツインズと唄われていない。
このままずるずると相手ペースを維持させるはずが無かった。
加護は緑色のコートに視線を落とし、靴底をギュッギュッと擦りつける。
うーん、と一つ、組んだ掌を空に向け、大きく伸びをしてから屈伸をした。
これまでの試合ペースに比べ、加護は1,5倍速でゲームを展開し始めた。
サーブを打つと、慌ただしくネットに詰め、相手が思考する暇も与えぬまま
ワシャワシャとコートを掻き回す。いちいち球に回転を掛ける事も忘れない。
吉澤は目が回りそうになった。加護はちょこまかと素早くコートを駆け回る。
悪戯っ子顔負けのしたり顔で、ラケットを振る毎にそらぁ、だの、おりゃあ、だのと叫ぶ。
その勢いに負けた吉澤はむざむざと死に球を打ち上げてしまった。高橋のスマッシュが決まる。
15=15。
――変わってないなぁ
と、希美は吹き出しそうになった。しかしすぐに試合の緊張を取り戻す。
- 359 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時45分25秒
- 加護は不安になったりおっかなくなったりすると、決まってでかい声を出して
自分を誤魔化そうとするのだ。中学三年の夏、加護とお化け屋敷に行った時の事を
希美は不意に思い出した。加護との思い出は数え切れないほどあるが、この日の事は
それこそ鮮明に覚えている。
『やれるもんならやってみろやぁ!』
と、出口に辿り着くまで加護は叫び続けた。
一緒にいた希美は勿論、お化けの着ぐるみの中の人まで呆気に捉われた。
なんでも勢いで誤魔化す。
それはどうやら今でも変わってないらしい。希美なにやら嬉しくなった。
K学に行って、その性格までもが矯正されたと思っていたのが、
まるでこれまでの加護の特徴をより奔放にしたようにすら見えた。
加護っていうのは止まったら死んでしまうマグロみたいな奴だな。
こんなアホみたいな事を考えたのは勿論、吉澤。
サーブを打っては、ダッシュして駆け回る。
加護に注意を向けるな。そう試合前に希美から言われた。吉澤は反芻する。
動き回る加護を余所目に、吉澤はなるべく、深い位置にストロークを打ち込んだ。
加護の打球には、当初のような切れのある回転が利いていなかった。
切れがあるのは加護本体の動きだけ。ボールにまで気がいってない様子。
冷静に考えれば、こんなバカみたいにチョロチョロしてるのに、まともな回転なんて
掛ける余裕なんてある訳ないのだ。吉澤は捉える。おりゃ、と叫びながら打ってきた加護の
ストロークに、切れのいいフォアのボレーを合わせた。打球は加護の懐を掠めて、
コートの隅に落下する。30=15。動揺を隠せない加護、吉澤はニヤリと笑う。
- 360 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時47分05秒
- 結局このゲーム、加護がキエー、だの、ウリャアなど散々叫び散らしたが、
希美、吉澤のペアが冷静にゲームを運んで取った。ゲームカウント二=二。
「ごめん・・・ウチ、サーブだけはどうしても苦手や・・・」
「ドンマイドンマイ。まだ並んだだけだし、もう相手の実力もわかったし、大丈夫だよ。」
「実力?」
「このゲームでさ、私、勝てるってわかっちゃったから。」
そう言うと高橋は意味深に口端を少し上げた。
加護は首を傾げる。
空の色がやんわりと濃くなっていた。観客の喚声に包まれ、選手達の
気持ちを知らぬ間に昂揚させる。
緊張が解けると、人の視線っていうのは途端に心地いいモノに変わる。
テニスの試合が熱くなるのは第四ゲーム以降が大半だった。
お互いの手の内を、完全にではないにしろ、ある程度までは把握できる状態に達するのが
第四ゲーム。これから先は探り合いをやめ、各々パターンを築き、勝つだけ。
首をガリガリと引っかきながら、吉澤はお行儀悪くサーブの体制に入ろうとする。
今までのゲーム展開から、どうやら僅かながらかもしれないが、勝機はありそうだ。
大きく息を吸った。グリップを握り直す。表情を引き締めた。
一縷の望みでもあれば、吉澤には十分だった。
第五ゲーム。吉澤のサーヴィス。
手首を捻って、球に回転を掛けつつ、真上にポンっと上げる。
三度、そうやって上にボールを上げた。吉澤の癖だった。
大抵の選手はコートに何度かバウンドさせてからトスを上げるのだが、
吉澤はこうやって、球を回転させながら真上に二、三度飛ばす。
- 361 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時47分50秒
- 落ち着いてる証拠だった。それを確認してから、希美は前方奥にいる、レシーブの構えを
とっていた高橋に口パクでメッセージを伝えた。
『舐めてると、痛い目あうよ』
何を言っているのか聞き取れずに、高橋は首を傾げた、その直後。
吉澤が空高く、トスを上げた。―――刹那。
センターラインぎりぎりの位置に、信じられないようなスピードを帯びたフラットサーブ
が突き刺さった。第一ゲームの時の吉澤のサーブとは、次元が違う。
高橋は瞠目した。このサーブ、自分のサーブよりも・・・
「どう?100キロは出てっかなぁ?」
吉澤はラケット持った腕をぐるぐる回して、前方にいる希美に延びのある声をかけた。
「余裕だね。」
親指を立てて、希美はウインクをする。
本調子の吉澤のサーブ。たった三ヶ月で習得した、脅威の武器。
それは、高橋の渾身のサーブに勝るとも劣らない。
電光石火の一撃。高橋は歯を食いしばって、次のレシーブの機会を待った。
15=0。
そして、代わった受け手の加護。
吉澤が隠していた、光線のようなサーブを目の当たりにして、加護の心は一瞬だけ竦んだ。
だが、一瞬だけ。
いかついサーブの持ち主だったらK学には山のようにゴロゴロといる。
高橋のサーブを何度も受けた。飯田のサーブをバカみたいに受けた。
素人がちょっと球速つけたサーブ習得したからと言って、恐るるに足らない。
加護はニシシとイヤラシイ笑みを浮かべた。
加護にとっては相手のサーブを返す方が打つよりも楽しい。
- 362 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時48分31秒
- だが。吉澤のセンス。それは常人とは一桁違っている。
不良の集団が野球部を作って甲子園で優勝する、みたいな漫画はよくある。
そういう話は強ちファンタジーとは言い切れない。もともと運動神経の塊のような人間に、
それなりのルールとテクニックを仕込めば、アッと言う間に化けたりするものなのだ。
その典型が、吉澤。この短期間で、掴んでしまった。
「行くぞ!カゴー!」
「来いやアホ!」
加護が体を揺らして、タイミングを取る。吉澤の呼吸に合わせてタン、タン、タン。
ステップを踏む。
吉澤のフォームはとても独特だった。
体を使わないで腕だけを思い切り振り下ろすようなド素人の打ち方。
それなのに、軌道は綺麗な一直線。
加護はタイミングを計って、腰の力でレシーブを打つ。
返した。が、フワリと浮く。僅か、ほんの僅か、中心で捉え損ねた。
それだけなのに、レシーブは死に球になって吉澤に提供される。
ダッシュして、ネットに詰める。その速度も非凡で、気付いた頃には既に
吉澤はスマッシュの体制。
「もらい!」
突き刺さる。
高橋の足元を抜き、加護のボレーは当てるだけが精一杯だった。
30=0。K学が押される光景。先の試合の結果が不意に高橋と加護の脳裡を掠める。
名前とか、そんな事はどうだっていいのだ。
と、高橋はバックラインにつき、腰を落としながら考えた。
テニスを続けてきた意味。それが漸く明瞭な形となって現れて、それを楽しめる事さえ
出来れば、何もいらない。純粋に、テニスがしたいのだ。
- 363 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時49分15秒
- 吉澤のサーブを高橋は返した。
二度同じサーブを見ただけで、既にコツを掴んだ。
吉澤が第二ゲームで高橋のサーブを返したように。
K学でレギュラーを担うのは、個人差があるとは言えやはり常人には務まらない。
高橋が培ってきた経験は、吉澤には到底理解できない高尚なものだ。
第五ゲーム、初めて展開する。
加護が駆け回り、高橋が一つ一つ、丁寧にストロークを決める。
希美のボレーを加護がバックスピンをかけたボレーで返し、その回転を見極めた
吉澤がフォアのストロークを打つ。加護のテニスが簡単には通用しなくなっていた。
お互いの手の内はもうほぼ、露になっている。だからこそ、特異点の吉澤は脅威だった。
一人だけ、時間が経つ毎にテニスが変化しているのだ。
高橋がクロスを打つ時の癖を掴んだのか、吉澤は難無く返球し始める。
その吉澤を嫌って、K学二人の矛先は当初から決めていた
希美へと向けられるのだが、その希美もまた、
第三ゲーム以降、動きが冴え渡った。緻密さに溢れながら、その打球は鉛のように重い。
打ち合いじゃまず相手にならなかった。二度打ち合っただけで、加護はすぐに根競べを止める。
そして、吉澤に対してトリックショットを打った。
無理な体勢から打った、角度も浅い、サイドスピンを掛けたストローク。
目で捉えると、引きつけた。
緩い打球だから、すぐに手を出したくなるのを吉澤は堪える。
バウンドして、ピョンと左側に、不自然に跳ねる。
跳ねきった直後、思い切りストロークを叩き込む。
バックライン手前に深く刺さる。
- 364 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時49分54秒
- 高橋はなんとか食らい付いてバックハンドで返そうとするが、捉えきれない。
40=0。K学ペアが点を取れなくなった。
吉澤のサーブが、流れを完全にT高校側へ引き寄せた。
結局このゲーム、加護が維持のドライブを決めたが、T高校が取った。
ゲームカウント三=二。三連取された。依然、T高校に流れはある。
それでも、だ。
高橋は何も危惧していなかった。
ゲームの流れは、それは寄せては返す波のようなモノ。
経験からなのか、それとも天性の勘なのかはわからない。
だけど、負ける気がしなかった。どんな事があろうと。
第六ゲーム、高橋のサーヴィス。
高橋は初めてこの試合でスライスサーブを打った。
そのフォームはフラットサーブと全く同じ、ラケットが振り下ろされるまで
球種がわからない。吉澤は完全にタイミングを狂わされた。
ラケットに当ててみるものの、苦手のバックハンドではそれまで。
0=15。高橋の表情は、無。
チッ、と少しだけ悔しそうに吉澤は舌打ちを打ったが、さして気にしていない。
高橋は希美に対して、サーヴィスラインの隅を狙ったフラットサーブを打った。
高橋が実際に手並みを拝見しての判断。希美の反応では拾えない。
(それでもきっと返してくる)
と、打った後すぐにネットダッシュした。
高橋の予想通り、希美は体制を崩しながらもレシーブを決めてきた。
油断は絶対にしない。自分のミスで絶対に点を捧げない。
そういう当たり前の信念が、高橋のテニスを如実に向上させる。
- 365 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時50分37秒
- お手本のようなバックハンドのストローク。吉澤には絶対に打てない。
そして、返せない。
0=30。
高橋がノリ始める。それでも至って、高橋は冷静だった。
「愛ちゃんキてるねえー。」
何時の間にやら当たり前のように会話をするようになってた真希と藤本。
この年頃の連中の友情なんて、こんな風に簡単に芽生えては、一生の宝物になったりする。
「確かに、動きに切れが出てきたわね。サーブでペースを掴んだ、か。」
「まあ、もともと相手の二人とはココが違うんじゃない?」
そう言って、真希は自分の左胸を親指でトントン、と突付く。
その後に掌に顎を乗せて、楽な体制を作った。
対照的に藤本は足を組んでベンチに座り、そして腕を組んでいる。
一年のくせにやたらと偉そうだ。
「あんまり肝が据わってるようには見えないけどね。」
「だってさあ、地方から一人暮らししてまでテニスやってんだよ。
テニスに対する気持ち、っていうのかな?それが違うよ。」
「でも、あの吉澤っていう子はバカに出来ないと思うけどね。」
「確かに何かあるよねー。鬼気迫るモン持ってるもん。」
呑気に話しているが、二人の眼光は鋭い。
希美と加護の、無敵のツインズ対決に注意は引かれがちだが、勝敗のキーを握っているのは、
真希の勘ではどうやら吉澤のようだった。藤本もどうやら、同じように感じている。
- 366 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時52分19秒
- 「あの子、バックハンドは素人みたいに下手糞なんだけどね、五回に一回くらいの確率で
ビックリするぐらい綺麗なフォームでバックハンドを決めることがある。
だから、迂闊にバックにばかりボールが集められない。今、二人が接戦してるのは、
あの子のプレッシャーの所為かもね。」
加護のスマッシュで、第六ゲームをK学が取る。ゲームカウント三=三。
試合は序盤からシーソーゲームの様相を呈している。
この後は希美のサーヴィスで、またK学にとっては辛いゲームになる。
「サーブって大事だよねえ。サーブ一つでゲームの展開が決まるみたいな感じ。」
「相手の二人はどっちもサーブを得意としてる。なかなか、手ごわい。」
藤本は、それでも、と付け足す。
「やっぱりどう考えても負ける要素はないわね。」
「そりゃそうだ。あの二人が負けるわけ無い。」
「根拠は?」
「何となくだけどー。」
真希はのんびりした声色でそう言うが、それはどこか確信めいていた。
根拠は見出せないのかもしれないが、真希は感じたままを言葉にしているのだろう。
天才には理屈なんてない。その言葉は真実だと、藤本は思う。
そして、藤本はふと相手のベンチの隅に座っている、矢口に視線を向けた。
矢口はこの試合、どう見ているのだろうか。
二人の天才の見解は、やはりピタリと一致しているのだろうか。
無表情の矢口からは何も窺う事は出来ないのだが。
(矢口真里と後藤真希。シングルでぶつかるとしたら、果たして)
- 367 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時53分01秒
- 希美のサーブは重さと切れ味を兼ね備えた、鉈の一振りの様な印象を加護に齎す。
触れる事すら禁忌であるような威圧。それをテクニックで返す。神経を多分に使う。
張り詰めた神経は加護の柔軟な思考を封じる。希美のサーヴィスを返した直後の
加護は意志の無い木偶のように一瞬、放心して、ゲームにノり遅れる。
その一瞬の出送れが、相手に主導権を渡してしまう要因となる。
不甲斐無い負の気持ちが、加護の心理を徐々に侵食していく。
30=0。30=15。40=15。
せっかく高橋がゲームを盛り返してくれたのに、また取られようとしている。
安定している高橋はミスを絶対に晒さない。
となれば、ゲームを奪われる原因。
「アウト!」
加護の大振りのトリックショットがサイドラインをボール半個分、外れる。
第七ゲームをT高校が取って、そして次は加護のサーヴィスだった。
ゲームカウント四=三。
「このまま加護さんがあの調子だったら、もしかすると、もしかしますよね。」
目をキラキラ輝かせて、姿勢よくベンチに腰掛けていた松浦が口を開く。
ハラハラと胸の前で組んだ掌に力を込め、ボールの軌道を目で追いながら梨華は松浦に訊ねた。
「あの調子って、どんな調子?」
声が不安定に上擦って、ノイズのような梨華の声色。
冷静な松浦は、それはですねぇ、とピンと人差し指を立て、一旦間を開けると語り始めた。
- 368 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時53分33秒
- 「加護さん。狙いすぎですよ。」
「狙いすぎ?」
試合に没頭しながら、オウム返しで梨華は訊ねる。
「コートの隅、ライン際、加護さん特有のトリックショット。どれも
完璧を求めすぎなんですよ。加護さん本人が気付いているかはわからないですけど。」
言われてみれば、と梨華は思った。
加護のテニスは一見、奔放で荒唐無稽のように映るが、これまでポイントを取った
ショットの数々は、まるで手が出せないような場所に鮮やかに決めている。
それは、加護が自分のショットの精度を信頼しているからなのだろうが。
「ああいうテニスしてちゃ、流れは掴めませんよ。ミスしちゃって、
気付いてみれば自滅。そういう落ちになりかねませんね。」
「でも、どうしてだろう・・・」
初めて試合から注意を外し、梨華は松浦の方に顔を向ける。
「何となくなんですけどね、矢口さんを意識してるのかなぁ、と。」
「矢口、さん?」
加護がK学に入学した理由、それは市井のテニスに憧憬したからだと
梨華は希美から聞いている。
「矢口さんって、当たり前のように隅やライン際にショット決めるじゃないですか。
今の加護さんも、必要以上にコース狙い過ぎてる感がありますから。」
「でも・・・」
- 369 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時54分07秒
- 梨華が視線を向けた先、K学のベンチの右隅、保田が座っている場所とは
対極に位置する一角に、異常に閑寂な雰囲気を帯びている所がある。
そこを一言で説明するならば、無、という表現が一番似合う。
その何も生まれない所に一人、シンと腰掛けている死神。市井。
「加護さんって、市井さんのテニスを目指したんじゃないの?」
「さあ、理由はわかりませんけどね、いくら加護さんのショットの精度が高いと言っても、
あそこまでギリギリの場所を狙うのは無謀としか思えないですよ。あっまたミス・・・」
K学の苦戦。その原因は、加護。
加護はサーヴィスを二回もダブルフォールトして更に、簡単なストロークをネットに引っ掛けた。
ポイント40=0。T高校の二人は何もせぬままにポイントを重ねる。
「矢口さんを、意識する・・・」
「まあ、テニスである程度まで行きたい人なら誰でも意識せざるをえないでしょうけどね。
それでも才能が違いますよ。割り切らないと、幻想に押し潰されます。」
加護のテニスの変化の真因、市井には痛いほどその原因がわかっていた。
無意識のうちに顔を出してしまう、個人の器から溢れ出してしまう欲望。
臆病な心が生み出すのは、何も逃げたいという欲求だけじゃない。
弱い心はこれまで以上に結果を求めようとするのだ。
一度失敗したら、普通に成功させるだけじゃダメだ、という心理が生まれる。
完璧な形を作って、先の失態を払拭しなければ、そんな悪循環が生まれる。
ドツボに嵌ると、抜け出せなくなる。
市井はそれでも加護を信じた。加護と自分はよく似ているから。
- 370 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時54分50秒
- ラブゲーム。
第八ゲーム、T高校はラブゲームで取る。ゲームカウント、五=三。
最悪の流れだった。
加護は自己嫌悪に陥る。しかしそんな自虐的な思考を連ねた所で、
何も解決できる訳じゃない。
やり場の無い加護の思いは、高橋という拠り所まで無意識に乖離しようとする。
何もかもを自分一人で抱え込んで、そのまま自滅してしまう。
そんな心の弱い加護をいつも救ったのは、
「あいぼん、悪い癖が出てるね。」
希美だった。
加護は悪い事を考えると、更に悪い悪い方向に、物事を考える節がある。
そうなると決まって希美が踏ん張る。
声をかけたりするのではなく、試合中で強いテニスを実践する。
どんな逆境でも希美の心は決して折れたりしなかった。
その背中に、加護は何度も救われたのだ。
だが今のパートナーは希美じゃない。
「よっすぃさ、次のゲーム取ったら、なんとのの達一セット取ることになります。」
「マジで!?何か信じらんない・・・」
「言い換えますと、次のゲームが取れなかったら、ヤバイかもね・・・」
「ああ・・・確かにそんな気はするね・・・」
「よっすぃ、サーブ、任せたから。」
希美が漠然と抱えている不安。
それは高橋の存在。
このまま易々とゲームを取らせてくれるとは、到底思えない。
それに、加護は落ちるととことん沈んでいくタイプだが、一度、きっかけを掴めば、
簡単に立ち直る器用な性質の持ち主でもあった。言い換えれば、至極単純な奴なのだ。
加護が本調子に戻れば、正直言って勝てる見込みは相当ぼやけることになる。
何としても、次のゲームを取る。
希美は意気込んだ。
- 371 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時55分27秒
- 何時の間にやらK学を第一セットを後一歩のところまで追い詰めていた事実に
吉澤は根拠のない不安を覚えた。
このまま順調にゲームが進むとは思えなかった。
あまりにも理想的過ぎる展開、何かに似ている。
(やれやれ)
思い浮かんだのはこの三ヶ月間の掛け替えの無い思い出達。
負ければ、さよなら。アホだ。
そんな残酷な運命を誰が快く受け入れると思っているのだ。
不条理は闘争心へ転換され、吉澤は一つ、大きく息を吸った。
この試合だけは、順調に勝たせてもらう。
第九ゲーム、吉澤のサーヴィス。
これまでの吉澤のサーブ成功率は100%だった。
あの不器用な形から放たれるサーブが、まだ一度も失敗していない。
その事が、ベンチで泰然と観戦している中澤の心に引っ掛かっていた。
振り下ろしたフラットサーブ、高速。それでも、さすがの高橋は完全に捉えた。
全くもって一辺倒すぎる。
速度だけではレベルの高い場所では通じないのだ。
高橋のレシーブから、試合は瞬く間にテンポの良い打ち合いになった。
T高校の二人が狙うは勿論、加護。
打てるものなら、加護に打球を送った。
それをわかっているのか、加護もそう簡単にはミスを晒さない。
ポン、と加護が上げたロブ。
希美の頭上高く超えて、バックラインの手前、一メートルの所に落ちた。
浅い。
吉澤の瞬発力は桁外れで、逆サイドのネット付近にいたくせに、気付いた時には
フォアのストロークの構えをしていた。
- 372 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時56分02秒
- 思い切り叩いた打球はストレートに飛び、加護の横を抜く。
切れのあるいい球だった。
またやられた、加護の脳裡に一瞬の後悔。
しかし。
後ろの高橋はしっかりとストロークを吉澤のバックに返した。
高橋が元いた場所から、届くとは思えなかった。
―――あきらめたら、そこで試合終了だよ。
加護の頭に、昨日の晩一気読みした、スラムダンク中でのセリフが蘇った。
(安西先生・・・!)
では無く。
(愛ちゃん・・・!)
高橋の返球には威力が無い。
楽に打球の軌道を選択できる、緩い死に球だ。
希美はフォアの体制から、思い切り腰を捻った。
瞬間、右サイドに走り出す加護。
希美のストロークは右サイドの深い所に思い切り突き刺さる。
しかし、先回りしていた加護はラケットを両手で持ち、丁寧に吉澤のバックに
ストロークを打った。
希美の癖、死に球を打つ時、フォアでの体制ならばこうやって思い切り引っ張るのだ。
ほとんど瞬間的に体が動いていた。
しかし、吉澤。そう簡単にはポイントを取らせてくれない。
吉澤は加護のストロークに対し、バックハンドのボレーを綺麗に合わせる。
五分の一の確率の、完璧なバックハンドがここで顔を出す。
- 373 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時56分35秒
- 「あいぼん拾って!」
「いちいちしつこいなあ!」
高橋の声を右耳で受け取って、加護は振りかぶった。ラケットを足元で真横にする。
奇妙な体制。まるでアンダースローのピッチングのような体勢だった。
どんな球がくるのか。
吉澤は構える。およそ摩訶不思議に曲がったりするんだろうが、
バウンドしたらどこに跳ねても思い切り叩いてやる。意気込んで、眼力を鋭くした。
ポーンとやって来た球。遅くも無く、速くも無い。
吉澤は息を呑んで、そのまま落下点に視線を定める。落ちる。跳ねた。
「ハア?」
吉澤はボレーを何とか合わせた。
加護の打球は一切変化を見せなかった。そのままぬけぬけと後方へスルっと抜けようとする。
そこを、叩いた。が。
あまりに注意をしすぎた吉澤はミートのタイミングを間違えた。
0=15。
久々に加護のショットが決まる。
「吉澤さーん、何でも変化すると思ったら大間違いやでー。」
苛立たせるような、間延びした声。どこか、加護に余裕が戻っていた。
まずいな、と希美は思った。
何がきっかけだったのかわからないが、加護に『らしさ』が戻りつつあった。
高橋が返したまさかのストロークの所為だろうか。
理由を考えたところで仕方が無い。希美は吉澤の所へ歩み寄った。
- 374 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時57分07秒
- 「よっすぃ。いい感じいい感じ。このまま続けよう。」
「おうよ。」
吉澤の様子は至って平然。
だったはずのに。
トスをフワリと上げる。が、突風が吹いて球はフラフラと空を流れた。
もう一度、慎重にトスを上げ、ラケットを振り下ろす。
「アウト!」
フォールト。初めてファーストサーブを失敗した。
その瞬間ベンチの中澤の中で、妙に現実感のある、嫌な予感が生じた。
まるで、吉澤を支えていた主柱のようなモノが一瞬で瓦解したような錯覚を受ける。
バランスを突如失ったヤジロベエのような。
吉澤はまた慎重にトスを上げた。
慎重に慎重に、今まで通りブッ叩いた。不器用なフォーム。
しかし、打球は、ネットにそのまま突き刺さってしまう。
何かしらの『ずれ』が吉澤に生じた瞬間。
ここが、第二の分岐点だった。ゲームの流れが俄に慌ただしく揺れ始める。
0=30。
「よっすぃ全然オッケー、次決めよう。」
「・・・うん。」
前から希美に声を貰って、吉澤は一つ大きく深呼吸した。
一度くらいのミスで、何を動揺してるんだ。自分を叱咤する。
「よっすぃ!頑張って!」
「サーブは気持ちですから!形は気にしないで!」
「吉澤さん!まだまだ勝ってるから!」
- 375 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時58分32秒
- 梨華の甲高い声、松浦の澄んだ声、紺野のか細いが芯の通った声。
自分は、いろいろな人に支えられてココに立っている。
だから、絶対に裏切ってはいけない。
吉澤は受け手の高橋を少し強めの視線で見た。
熟練した様子でステップを刻み、臆する気配が全く無い。
経験からくる、自信なのか。そんな事は吉澤にとってはどうでもいい。
吉澤はトスを上げる。
高橋の胸を目掛けて、ボールの底を叩こうと意識して、振る。
高速の打球だった。しかし、フォールト。
「あかん、ずれとる。」
バツが悪そうな表情を作り、中澤はそう零した。
隣で座っている安倍も、無気力に頷いた。
吉澤が作る不器用なフォーム、ああいう安定してないフォームだと、形がほんの少しでも
崩れれば、打球の軌道に大きな誤差が生じやすい。
それも、本人はそれに気付いてないときている。
「ちくしょ・・・」
吉澤は思わず舌打ちする。
今までと何も変わっていないはずだった。なのに、突如決まらなくなった。
ここでまたフォールトをすれば、相手はゲームポイントになる。
―――妥協。
それは、真剣勝負の世界では絶対的に禁忌な甘い罠だ。
その甘美な匂いに誘われて受け入れてしまえば、取り返しのつかない事になりかねないのだが。
- 376 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)00時59分08秒
- 吉澤はセカンドサーブをインさせるだけの、ほとんど無回転で、貧弱な球を提供した。
明らかにインさせるだけの腑抜けの一打。
ニヤリと笑んで、高橋は吉澤のバック目掛けて強烈なレシーブを打つ。
タイミングを外され、更にバックサイド。吉澤は当てるのがやっとだった。
リターンエース。ポイントは0=40。
吉澤は、パチン、と自分の頬を思い切り張った。
頬に鋭い痛みが走って、そのまま脳に伝わって、心臓が一つ大きく弾んだ。
(妥協はするな)
続いて、吉澤は思い切りラケットを振った。
ネットすれすれだったが何とかインさせる事に成功する。
打球の勢いも申し分ない。受け手は加護。
(わかってないなぁ)
吉澤にはサーブの軌道やら回転に変化をつけるという、当たり前のテクニックが備わっていない。
加護はいとも容易くレシーブを決めて、左サイドにダッシュする。
吉澤のフォアハンド。加護がストレートに打って、希美がボレーを返す。
強張る、とはまた違うが、吉澤には何か、楽観的な表情が見られなくなっていた。
高橋が吉澤のバックにストロークを打った。深い場所。
足を踏ん張って、ボールの底を叩く意識をして、ラケットを振る。が。
打球はネットを超えなかった。高橋はドライブの回転を掛けていた。
素人が易々と帰せる類いのモノじゃない。そして、吉澤は素人だ。
K学がラブでゲームを取り返す。ゲームカウント五=四。
後味の悪い終わり方だった。
「よっすぃ、気にしないでいいよ。後一つとればいいだけだし。」
「ああ、そうだね。」
- 377 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時00分14秒
- そう言った吉澤の表情にはまるで感情が無かった。それは矢口のように。
希美はそんな吉澤から、なにやら思い切り胸を突き飛ばされたような錯覚を受けた。
吉澤が、まるで赤の他人に見えた。見えてしまった。
そして、そんな無表情の吉澤が視線を定めている先には高橋がいた。
この試合、一人だけコンスタントにゲームをこなしている人間がいる。
高橋だった。
最初、希美はゲームに集中しきれなかった。
加護は自分のサーブから調子が狂い始めた。そして今の吉澤。
それぞれがまだ完全なテニスをやり切れていない中で、高橋だけは冷静にかつ、
沈着にゲームをこなしている。安定感。K学の選手の代名詞であった言葉だ。
そしてその高橋のサーブ。吉澤は感情を殺して、挑もうと思った。
この顔は、みんなの前では決して晒さないと誓っていたのに。
第十ゲーム、高橋のサーヴィス。
フワリと上げたトス。柔らかく、そしてしなやかに背中を反る。
流麗なそのフォームから放たれる、乾いた音。
トップスピン。全く同様のフォームから、全然軌道の違う球が飛んでくる。
一々思考を重ねていても埒が明かない。
そう思った吉澤が作った、冷めた表情。梨華が一番嫌いな吉澤の顔だった。
高く跳ねた打球、へそと胸の中間の辺りで思い切り叩いた。
レシーブを決めて、すぐに展開するゲームに集中する。
高橋のテクニックはさすがで、一々深い場所に打球を決めてきた。
その所為で、希美は打球にしっかりと体重を乗せれない。
加護のショットにはまだ切れが戻っていなかった。心のどこかが依然として逡巡している。
当意即妙の加護テニスはまだ本調子ではない。
それでも。
- 378 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時00分52秒
- 高橋にゲームを任せる事で、心は一段と楽になった。
ダブルスは二人で作るモノ。意外性のない、安定している高橋のテニスは決してつまらなくはない。
加護は高橋のテニスに、暫し甘える事にした。今の高橋はこのコートの中で一番頼りになる。
高橋が冴えた。
希美の強烈なストロークを完璧に封じる。
そして一段と高橋を飛躍させたのは吉澤だった。
当初のような、アホなテニスをしなくなった。クソが付くほど真面目にラケットを振っている。
こんな凡庸なテニスをやり始めてくれたおかげで、安心して吉澤に打球を
打てるようになった。アホが一般人に戻ってしまえば、何の脅威も無い。
このゲーム中、吉澤とフォアの打ち合いを幾度か行ったが、全て高橋が打ち勝った。
0=15。0=30。高橋が取る。その後、加護のミスショットに希美がスマッシュを
決めて一矢報いるが、結局T高校が取れたのはそのポイントだけだった。
ゲームカウント、五=五。
並ばれる。
希美の嫌な予感は的中しつつある。
無難なテニスだ。K学には、まさか、は無い。
加護が高橋に依存して、その高橋が今、試合の支配権を握っている。
勝ちたい。高橋に勝ちたい。
希美の中で徐々に堆積した、様々な高橋に対する劣等感が、今、爆発しようとしていた。
「ねえ、よっすぃ・・・どうしたの?」
先のゲームでの、吉澤のまるで別人のような印象が棚引いていて、希美は心配そうに声をかける。
- 379 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時01分38秒
- 「のの、悪い。ちょっとあたし、テンパってるみたい・・・」
「ここが、踏ん張り所だからさ。」
「うん。ごめん。ちょっとさ。」
ぎこちない笑顔を作った。何から何まで吉澤の様子は変だった。
冷徹とも言える無の表情でテニスをやったかと思えば、今はへらへらと固い笑みを浮べたりしている。
吉澤の真意が量れなかった、それに、高橋の動きが今、冴え渡っている。
不安な要素は多々あるが、次は自分のサーブだ。
希美は気持ちを引き締めて、バックラインに立った。
第十一ゲーム、希美のサーヴィス。
これまで以上に感情の込めて、希美はゆっくりとトスを上げる。
ここを落とせば、本当にそのままずるずると行ってしまう。
大事なゲームだった。手が妙に汗ばんで、ドッと体中から汗が吹き出る。
それが緊張の所為なのか、この暑さの所為なのかはわからない。
打ったのは渾身のフラットサーブ。
受け手の高橋は、何食わぬ顔でリターンしてくる。
今の高橋からミスを誘うのは不可能に近い。
それでもだ、希美は切れのいいストロークを打つ。意識しているのは高橋ただ一人。
そして高橋も、それに答えるように、希美とのタイマンを望んだ。
時折加護や吉澤が介入してきても、高橋と希美の二人は他の干渉を一切許さない、
意地とも信念とも存在意義とも言える、感情のせめぎ合いをしていた。
ラケットとボール。その二つだけで、力の優劣をつけるのはとても残酷な事だ。
希美と高橋のストローク合戦。これまで、ラリーならば希美が相手の二人を圧倒していた。
しかし、高橋。どういう訳か互角、いや、それ以上に遣り合っている。
どっちも引かない。
- 380 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時02分26秒
- もう数え切れないほど打ち合った。その末、高橋が先にミスを犯した。いや、
ミスと言ってもほんの僅かな打ち損じだ。それが、本当に寸でのところでネットにかかった。
15=0。
希美、高橋両者の表情に、変化は無い。
第十一ゲーム。
このゲームはこの試合を通じてとても極端な展開を見せた、三ゲームの内の一ゲームだった。
ダブルスのはずなのに、コートの中にはまるで希美と高橋の二人しかいないように映ってしまう。
二人の戦い、第二ラウンドは高橋が希美から同じようなミスを誘ってポイントを奪った。
15=15。ジロリ、と希美は高橋を睨み付けた。高橋は平然と視線を受けるが、特に
表情に変化をつけない。
希美のサーブはこのゲームが、これまでで一番切れていた。
加護は希美のサーブを返すのがやっとという状態。
しかし高橋は、どこにそんな力があるのか、全く持って平然とリターンを決める。
一種のトランス、興奮状態。それを、表に出さず、体の中で爆発させている。
高橋本人にすら、何故希美の鉛のように重いサーブが今、
全く脅威に感じていないのか理解できていない。
一方の希美も、今は最高の状態だった。
体が軽い。腕が軽い。普段では拾えない打球も拾えている。
それは高橋を意識しているからだと、希美にはわかっていた。
相手の存在が、自分のスキルを高くしている。
こうやって実戦を繰り返して、選手は強くなっていくのだが、
吉澤にはそれが果てしなく乏しかった。これから、の存在である吉澤に、
今の現状は酷過ぎる。が、今は、希美と高橋の、本気のタイマンの時間。
- 381 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時03分00秒
- ポイントは取り合い。
30=15、30=30、40=30、
ゲームポイントで、希美の渾身のストロークチャンス。
躊躇無く希美はぶっ叩いたが、その時、信じられない光景が視界に入り込んだ。
希美の重い重いストローク。常人なら腕の一本も持っていかれるほど強烈なソレに、
高橋は渾身の力でのクロスをみまった。希美の力負け。そんなのはあり得ない事だった。
ジュースになって、ゲームは縺れる。
加護は高橋がここまでに『出来る』選手だとは今まで思っても見なかった。
(愛ちゃんあり得へんやん・・・)
一方の吉澤も、希美の隠れた実力の前にただ、自分の無力さを恥じていた。
(のの・・・)
二人のゲームはジュースになって、更に熾烈を極めた。
ボレーの打ち合い、ストロークの根競べ、相手の心理の探り合い。
アドヴァンテージを取ったと思えば、取り返す、均衡したゲーム。
ハアハアと、高橋は自分の息が荒れているのを感じて快感を覚えた。
楽しい。こんなにも楽しいゲームは本当に久しぶりだった。
希美に感謝をした。本当に、心の底から。こんなゲームをさせてくれて、ありがとう。
希美は滴り落ちる汗をリストバンドで拭って、それから大きく息を吐いた。
膝に手を置いて、高橋にわかるように大袈裟に肩で息をしてみせる。
演技、と言うのは半分間違いで半分正解だ。
- 382 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時04分14秒
- 希美は相当疲れていた。出来るならば、この場で大の字に寝転がりたい。
だが、こんなに面白いゲームを途中で放棄するなんてそれこそアホだ。
希美は、うーんと伸びをして、高橋にウインクした。
その余りにも毅然としている表情があいらしく見えて、思わず好きになってしまいそうだった。
二人の全く平衡を保っている攻防は、果てしなく続くような予感さえしたが、
真剣勝負、というものに引き分けはありえなかった。
優劣、というと間違った表現だが、この時、この瞬間に軍配が上がったのは
「決まれ!!」
T高校がアドヴァンテージを取った後に、希美が絶妙な逆クロスを打った。
高橋は返してくると思った。現に、ほら、返してきやがった。
決まれ、何て願望まで吠えたのに、返すなんてナンセンスだ。
希美は渋々とラケットを振る。高橋はその一打で更に調子付いた。
一振りごとに切れのいい回転をつけて、コースも微妙に変化させる。
一振りごとに、希美を左、右、にゆっくり揺さぶる。
それは次第に大きな振り子になって、希美の足ではとても追いつけなくなって、
高橋がまた、ゲームを取り返す。またジュース。だが、ここで気後れしては命取りだ。
希美は自然と俯いていた顔をしっかりと上げた。
希美のサーブの威力は、本当に僅かではあるが、落ちていた。
それを考慮した高橋はレシーブを決めるとそのままネットダッシュする。
仕掛けるタイミングを誤れば、そこでゲームは終わる。
絶好のタイミングだと判断した。ほら、現に、希美は狼狽している様子だ。
- 383 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時04分50秒
- 希美は焦った。
高橋はまだネットダッシュする体力が残っている。そして、緩いサーブを一瞬の気の緩みから
打ってしまったのを激しく後悔した。二度打ち合って、高橋は完全にネットに張り付いた。
そこから、希美が狙ったパッシングにノーバウンドでボレーを合わせる。
吉澤の足元を抜き、食らいついた希美のラケットを寸ででかわし、鮮やかにポイントを奪う。
K学のアドヴァンテージ。
高橋はここで初めて、希美に対して嬉々とした表情を投げ掛けた。
理由は本人にもよくわからない。このどうしようもなく
体から込み上げてくる喜悦を表現するには、笑うしかなかった。
まだ、途切れない。
希美の中で、この勝負に対しての緊張感はまだ途切れなかった。
劣勢になって、優勢になって、何度も何度も揺れた。
加護が新しく組んだ奴は、それこそ強くて、非情で、真摯で。
だからこそ、負ける訳にはいかない、と思った。
トスを上げる。
サーブには、自惚れる訳ではないが、多少の自信があった。
膂力を振り絞って、体重を乗せる。
腕相撲なら、同性に負ける気がしない。
そんな力だけの単純なサーブで、こっちは名を上げたのだ。
鈍い音と共に、軌道はズンと一直線。センターラインすぐ横に落ちた。
最高の一打。これなら、マトモなレシーブは望めないはずだ。
足を踏ん張って、バックハンドのレシーブを高橋は打った。
これまでで一番難しいコースをつかれて、高橋のレシーブは思った通り、若干浮いた。
見計らって希美は仕掛けた。ストロークを打つとネットに詰めた。
- 384 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時06分13秒
- 吉澤と二人で壁になった。
加護の上げたロブは吉澤の頭の上を越えたが落ちた場所が甘い。
吉澤は丁寧に返球すると、もう一度ネットに詰める。
センターラインとサーヴィスラインが交わる一点、加護はそこで構えた。
スマッシュを打たれたとしても、絶対に拾ってやろうと意気込む。
高橋は加護の左後ろ、ほぼ左サイド奥、バックラインの位置に立って
上下動をしている。その動きは緩慢で、一見惰性でそのような動きをしているのかと
見る者に誤解を与える。それは高橋が無意識の内に習得していた、希美のリズムに合わせた
専用の呼吸。
希美はクロスに打つが、高橋がピタリと食らいつく。更に、揺さぶる。
ラインに沿いながら、高橋は左、右へと揺さぶられていく。
それでも一向にめげる気配は無い。どこまでも食らいつく、その目はそう語っていた。
しかし、人間には限界がある。
とうとう疲れがピークに達した高橋は吉澤が打ったコースをつくストロークを
打ち損じてしまった。フワリと浮かんで、到着した場所は希美の頭の先。
スマッシュ。
希美は頭の中を空っぽにして、ただ叩いた。
位置も、フォームも、そしてこの先の事も考えずに、ただ頭の上の丸い物体を打ち下ろす。
その希美の全てが詰まった球は、加護の足元に落ちると、低空飛行で後方へ抜けていく。
また、ジュース。この輪廻からは一生抜け出せないのか、ふと、加護はそんな事を考える。
それでも高橋は食らいつくんだろう、とも考えた。
希美のアレは爆弾だ。大人しく、次の展開を考えるのが賢明だった。
タタ、と短い足音が聞こえて、その次に、キュッ、とゴム底が擦れる音が加護の耳に入る。
- 385 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時07分01秒
- 加護が反射的に振り返ると、高橋は既にボールを叩いていた。
無駄な抵抗で、怪我でもしたらただのアホだ。
だが、この世で著名な人物は全てアホか天才。
そう言ったのは他でもない加護。そして高橋は、アホだった。
希美のスマッシュは威力が申し分なかったが、コースが甘かった。
K学のレギュラークラスの人間の反応速度ならば、形のいいボレーを合わせることは容易だった。
高橋はその爆弾に触れてしまった。ガットに触れた瞬間に、体全体が痙攣した。
ボールはフワリと浮かんで、ほわほわ風に流されて、吉澤と希美の頭の上を
たかーく越えて、そのままゆっくりゆっくり後方へ。
「ボーっとすんな!」
中澤の怒声で、吉澤は思い出したように後ろへ駆けた。
が、その時、打球は魔法でも帯びたかのように、ピタリと空で静止し、ポトリと
何かの木の実が落ちるように、落下した。テンテンテン。転がる球。
「ああああ・・・」
希美が思わず脱力して、コートに膝をついた。膝頭がコートの熱を吸収して、ジンと熱い。
高橋は火傷した時みたく、右手をブルブルと振った。依然、手が痛くて堪らない。
不本意なポイントだった。高橋にとっても、希美にとっても。
こんなピリっとしない決着でも、決着は決着だ。
第十一ゲーム、二人の時間は終わり、K学がリーチをかける。
ゲームカウント五=六。
いよいよ、T高校の二人は追い詰められた。それでも。
「次は、あいぼんのサーブだから。」
- 386 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時07分45秒
- まだまだ希望はあった。加護のサーブならば、ゲームを有利に展開できる。
「踏ん張り所、だね。」
吉澤はバックラインにつくと、気を引き締めて腰を落とす。
低い体制を心掛けて、思い切りレシーブを決めてやる。
まだまだ、吉澤は諦めていない。
こういう場面でサーヴィスの順が回ってくるのは、もはや運命の悪戯としか思えなかった。
(愛ちゃんやったらなぁ・・・)
と思わず、心中で漏らしたが、加護はすぐに撤回する。
高橋のテニス。
嫉妬してしまうくらい、輝いていた。
この試合の主役は誰かと聞かれれば、間違いなく誰もが高橋と答えるだろう。
今、自分に注がれているのは太陽からのキツイ日射だけ。
観客の注目は全て高橋へ、そして名勝負をやり遂げた希美へ。
このまま二人ばかり目立たせてたまるか。
意気込んでみても、サーブが突然火を吹いて相手のラケットごとぶっ飛ばすなんて
事はあり得ない訳で。加護は精一杯回転をかけてラケットを振ったつもりだったが、
やはりそれはK学ではあり得ないほど凡庸なモノだった。吉澤はフォアの体制から思い切り返す。
それでも加護は前の時みたくギャーギャー吠えたりはしなかった。
冷静に試合を見て、なるべく心を静めながらラケットを振った。
狙いすぎて、墓穴を掘り、そして自分のテニスが出来なくなる。
松浦は矢口を意識していると言ってたが、そうじゃない。
- 387 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時08分47秒
- 加護は真希ばかりを脳の片隅に置いてテニスをしていた。
真希に誉められたい、とか、真希にいい所を見せたい、とかそんな事
ばかりを考えながらテニスをしていた。それが祟ったのだ。
もっと気楽に、もっと純粋にテニスを。
(あいぼん、テニスが好きなんだよね?じゃあ辞める必要なんかないじゃん)
いつか真希に言われた言葉が思い出されて、加護は気持ちを落ち着かせた。
加護の持ち味はそのショットばかりに注意が引かれがちではあるが、
その他にも群を抜いて優れた能力は多々ある。
例えば、足。
その敏捷さは、吉澤のように一直線を風のようにつっきる訳でないが、
とても優れている。円を書きながら走っても、その速度は落ちない。
走りながら、ストロークまで決めてみせる。
そしてこの場面、加護は手裏剣を投げるような形でバックハンドのストロークを
吉澤の裏に決めた。0=15。
わざわざ奇妙な形でラケットを振らなくとも、加護のテニスはそれ自体が
一風変わっているのだ。
「愛ちゃんー。悪いけど、愛ちゃんばっかり目立たせる訳にはいかんで。」
汗でテカテカと光沢を帯びている白い顔一杯に、加護は笑顔を浮べた。
立ち直った契機は何だったんだろう、とかそんな野暮な事を考えるのは
止めようと高橋は思い、そのまま加護に笑顔を返す。
加護は、サーブはなるべくコースを付くことに徹し、丁寧にラケットを振った。
平凡なサーブでも、丁寧に打てばゲームは絞まる。
- 388 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時09分33秒
- 加護はサーブを打って、駆け回って、その時々での場合によるテニスを実践する。
当意即妙。目の前の材料をその場の思いつきでちゃんとしたものに料理する。
第十二ゲームで一番加護のテニスのプラスになった事は、希美の低迷だった。
先のゲームで神経を使い果たしたのか、どうにもこのゲームの希美は冴えない。
わかりきってるはずの加護の技にまんまと引っ掛かったり、ストロークにも
なにやら意志が感じられなくなった。
さすがの希美も高橋に直接やられたのが相当こたえているのだろう、と加護は結論
付けてゲームをふざけたモノに構築していく。0=30から
吉澤のスマッシュで15=30。加護のトリックショットが決まって40=15。
ゲームはK学が流れを掴んだまま、揺るがない。
加護が吉澤とストロークを交換しながら思う事。
吉澤という存在は、まだまだ未知数の脅威を隠し持っている。
第十ゲームで突如吉澤が表情を消した時、加護は誰よりもその変化に驚いた。
ただのアホではない。
背後関係がどうなっているのかなんて知ったこっちゃないが、吉澤には
まだまだ計り知れない程の脅威が潜んでいるのをその時、確信した。
だから、取れるゲームは取っておく。
希美からのボレーに対して、高橋が逆クロスを打った。
決まる。
希美は思わず目を閉じて項垂れかけた。
それでも諦めないアホがいる。吉澤のまさかのボレー、何故反応できる?
浮かんだ打球はそれこそマグレで、誰もいないバックコートの隅に落ちた。
30=40。
- 389 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時10分43秒
- 「まだまだ、これからこれから。」
吉澤はマグレで決まったストロークを、まるで狙って打ったかのようにして
希美に調子付いて見せた。
この場面で笑える余裕が吉澤にはあった。
希美は俄には信じられない。いや、吉澤に余裕なんてある訳がなかった。
この笑顔は
「うん。これから、だよ!」
精一杯テニスをやる。そんな単純明快な意志を形に表したモノだ。
希美は吉澤と拳を交わして、気持ちを引き締める。
この試合はただの試合じゃないのだ。
吉澤の運命が決めるかもしれない、とてもとても大事な試合だった。
だからと言って、K学が手加減なんてしてくれる訳が無かった。
K学の選手は誰もが同じ理由でないにしろ、負けられない前提の元でコートに立っている。
それ故に、途方も無い強さがある。
加護のサーブ、受け手は希美。
二人の気持ちが交錯する。
最愛のパートナー。今はただの、敵。打ち砕いて、勝利を掴む。
加護は高橋と、希美は吉澤と笑い合う為に。
甘いサーブ、希美は低く、そして深いレシーブを決める。
加護はバックハンドで返すと、二歩前に詰める。高橋が中央に寄る。
希美のストロークは加護の足を止める。それでも加護は屈しない。
足止めを食らった加護は高橋にアイコンタクトをして、身を翻してバックに下がる。
- 390 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時11分49秒
- 希美のストロークを高橋がこなれた様にしてストレートに打った。吉澤のフォアのボレー。
高橋はまた軌道を変えて、吉澤のバックサイドへ打ったが、吉澤は五分の一の確率の
綺麗なバックハンドを決める。松浦仕込みのバックハンド。その形は美しい。
しかし、その時。
後ろで潜んでいた加護が突如高橋の背中から現れた。
前にダッシュしながら、ボレーを打つ。吉澤は完璧に意表を付かれた。
吉澤の場所からは加護の姿態は死角になっていて、知覚できなかった。
動けず立ち尽くしたまま、打球は吉澤の横を通り抜ける。
後ろで何とか拾おうと希美が手を出したが、加護のサイドスピンをかけたボレーを
捉える事が出来なかった。
観客が、轟々と沸く。
中澤はらしくもなく、舌打ちをした。取れるセットだったからだ。
一方の石黒はあくまで、無表情。
第一セット、K学がゲームを逆転し、四連取して奪う。
「一人ばっかりに気取られとったら、痛い目合うって事や。」
加護の声が、辺りの雑音を縫って、吉澤の耳に届く。
「木を見ず森を見ろ。吉澤さん、でも、正直危なかったわ。」
手をパタパタ扇ぎながらそう言って、
加護は高橋とハイタッチを交し、二人でベンチに戻って行った。
二人の背中は何故か、尊い。
- 391 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003年09月04日(木)01時12分36秒
- その場で立ち尽くしたまま、吉澤はブツブツと経を唱えるように呟いている。
「これから・・・これから・・・これから・・・」
試合は第二セット、熾烈を極める事になる。その端緒になるのは他でもない、吉澤だ。
まだ諦めてたまるかと、立ち尽くしていた吉澤は俄に大空を仰ぎ、
思い切り自分の頬を叩いた。勝機は確かにあったはず、だから諦めない。
希美はそんな鬼気迫る気迫を帯びている吉澤の背中をポンと叩くと、
「これからだよ。」
低く、内の中に押さえ込んだ、滾る感情を無理やり言葉にして投げ掛けた。
――――
- 392 名前:カネダ 投稿日:2003年09月04日(木)01時13分16秒
- 更新しました。
- 393 名前:カネダ 投稿日:2003年09月04日(木)01時13分48秒
- 流し
- 394 名前:カネダ 投稿日:2003年09月04日(木)01時14分26秒
- 流し
- 395 名前:名無し読み人 投稿日:2003年09月04日(木)01時17分49秒
- 今回の更新も最高。
仕事休みの数少ない楽しみの一つです、ここの更新は。
年内に終わってしまうんだろうか・・・
- 396 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月05日(金)22時13分31秒
- 更新されている〜うれすぃ。
毎回読み応えのある内容でとっても楽しいです。
次回の更新も楽しみに待っています。
- 397 名前:まる 投稿日:2003年09月06日(土)22時59分50秒
- 読みました。これからが気になります。このままもっと続いて欲しいです。
- 398 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年09月07日(日)19時27分12秒
- カネダさま、更新お疲れ様です。
全米の模様を見つつ、テニスはメンタルが重要な要素を占めるスポーツだと再認識しました。
試合中の心理描写が楽しみでじっくり読んでしまいます。
何度、読んでも面白いです。次回更新も楽しみに待ってます!
- 399 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:23
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>395名無し詠み人様。
そうですね。自分の計画通りに進んでくれれば年内には完結できる予定です。
でも今まで有言実行したことがほとんど無い不束者ですので、あてにならない
ですね・・・貴重な時間をこんな駄文に使ってくれて感謝です。
>>396名無しさん。
有難う御座います。そう言ってくれると嬉しいです。
内容はもう最後なので、小さい頭振り絞って必死になって書いてます。
勢い任せにここまでやってきたので、最後まで突っ走りたいと思います。
>>397まる様。
もう少し、二試合目続きそうです。
いざ書いてみるとなかなか前へ進まなくて四苦八苦しています・・・
>>398ななしのよっすぃ〜様。
全米オープン、まちまちですが何試合かをチラリと見ていたりしました。
絶好の資料だと思って最初は見てるんですが、いつの間にか見入ってて
まったく役に立たない事がほとんどです(w 試合書くのはまた違う意味で
頭使いますね・・・
それでは続きです。
- 400 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:25
- まず、先制。
加護にとっては願ったり叶ったりの結果になる。
スタミナが元来拙い加護にとって、先制することは勝利する為の一つの前提事項だった。
そして、吉澤がまだその秘めた力を発揮する前に一つセットを取れた事も、
誰もそうは思ってないかもしれないが、相当な余裕になった。
「愛ちゃん、長引かすのは飽きるから、次で決めちゃおう。」
「・・・うん。」
高橋はしっかりと返事をしたがその表情はどこか、すぐれない。
どうしたものか、視線は伏せがちで、何かを頻りに気にしているようだった。
加護は訝しく思ったが、先の激戦での疲れが出ている
のだろうと独断して、然して気にとめなかった。
審判台下に二つ連なっているベンチに二人はそれぞれ腰掛けた。
腰掛けた途端に加護の脹脛はギュッと収縮し、
足に鉄球でも縛り付けられたのではないかと錯覚するくらい、莫大な不自由さを覚える。
中途半端な休息は加護にとっては逆効果になりかねない。
集中力が途切れると、意識的に疲れが襲い来る。
何とかベストの状態で第二セットを臨むには、試合の興奮を忘れないように努める事だ。
加護がそんな事をいちいち考えていると、隣の高橋が視線を自分の膝の辺りに落とし、
なにやらゴソゴソと手を動かしているのが目に入った。
やはり様子がおかしい。
- 401 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:26
- 「ん?どうしたん?」
「・・・ちょっと、右手の薬指が痛いかも・・・」
高橋はタオルの下に手を置き、左手で右手薬指を丁寧に揉みしだいていた。
相手のベンチ、それに、仲間内にも気付かれないようにタオルで隠している。
一揉みする毎に、頬を僅かながら、痛々しく微動させる。
なるほど。加護には思い当たる節がある。
原因は、希美の数々のショットを真正面から真正直に受けたからに相違ない。
それでも高橋の覇気は萎えていないようで、頻りに、大丈夫だから、と繰り返した。
「ほんま大丈夫?のののスマッシュまともに受けてたもんなあ・・・」
「辻さんは、本当にすごい選手だね・・・」
「んーまあ、でも愛ちゃん勝ったやん。」
加護の表情はどこか複雑そうだった。
元パートナー。いや、ただのパートナーじゃない。
本来ならば今でも、そしてこれから先もずっと二人であり続けるはずの存在だったのだ。
高橋が勝った事は嬉しい。だが、希美が負けた事は嬉しくない。
かといって悲しいわけでもない。複雑だった。
とにかく今は―――
「愛ちゃんはののよりも頼りになるよ。これはマジで。」
「そう言ってもらうつもりで、張り切ったからさ。」
少し笑みを浮かべ、照れた様に高橋は言う。
希美との好勝負を実践していた時の高橋からは考えられない、
この遠慮がちな微笑はいつもの高橋のものだった。
あの時の高橋はそれこそ『キレ』ていた。
- 402 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:27
- 「びっくりしたよ。愛ちゃんは、ウチが思ってたよりも何倍も強い。」
「あいぼんもさ、やっぱりすごいよ。」
「いやいや、愛ちゃんの方が全然凄いよ。」
「いやいや、あいぼんの方が全然凄いよ。」
「愛ちゃんの方が凄いって。」
「あいぼんの方が凄いって。」
間が生まれる。
「・・・やるかあ!」
「・・・そっちこそ!」
二人がコントのようなやりとりを繰り返してる間、T高校のベンチは沈んでいた。
希美も吉澤も、ベンチに座ってから口を開いていない。
我先きと、梨華は二人の元に走り寄ってはみたものの、掛ける言葉が見つからなかった。
ここで軽い激励じみた声を浴びせるのは、とても失礼な行為のような気がした。
二人は無言でグリップを拭い、飲料水を適度に飲み、汗を拭う。
その一つ一つの動作が、淡々としていて嫌に滑らかだった。
そんな二人を前に、落ち着かない梨華がおろおろと気持ちの悪い慌てようを呈していると、
「惜しかったですねぇ。でも、次はいけますよ。」
いつの間にやらやって来ていた松浦が二人に声をかけた。
「当たり前だろ。」
- 403 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:28
- 素っ気無い吉澤の応対。
その素っ気無さはいつもの素っ気無さじゃない。
どこか投げやりで、どこか荒んでいるような印象を松浦と梨華に与えた。
しかし、松浦は何も気にしてないように続ける。
「まだ第一セット取られただけですよ。私、勝てると思うんですけどねぇ。」
「・・・そうだよ。内容じゃ全然負けてなかったよ。」
松浦に追従して、梨華も声をかける。
そうすると、希美が俯いていた顔を上げた。
その表情には特に落胆も痛惜の色も無い。
なにより眼光が殊に鋭くて、松浦、梨華ともにそっち方に注意が引かれた。
「勝てるよ。」
希美は凛と言う。本当に、確信した声色だった。
「のの・・・私は応援しか出来ないけど、世界中で一番応援するから!」
頭の悪そうな梨華の激励に、希美は笑顔を覗かせて頷いた。
気負ってる風も無く、どこか余裕さえ見せる希美に松浦も梨華も安堵する。
続いて、紺野と安倍がやって来た。
二人も優しく声をかける。安倍の声はそれこそ天使のようにフワリとした優しい声。
紺野は知的な言葉を巧みに用いて、話す内容に説得力をつけ、
二人に自信をつけさせようと一所懸命だった。
「みんな、心配しすぎだって。」
クスっと笑って、俯いたまま吉澤は言うと、顔を上げて続ける。
- 404 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:29
- 「そんなにあたし達、弱くないよ。心も、テニスだって、あたしは全然下手だけど、
ののがいるから気にしてないし。大丈夫だって。」
そう言うと、吉澤は大きく一つ頷いた。それは自分自身に対してのようだったし、
周りの者を安心させる為のようにも受け取れた。
「吉澤さん、下手じゃないですよ。遜色ないです。自信もって下さい。」
目を逸らしながら、どこかツンとして松浦は言う。
梨華もバカみたいに、そうだよそうだよ、と連呼する。
やたらに激励を浴びせてくる仲間達に軽く対応しつつ、吉澤は安倍に向って言った。
「ええっと、ちょっと二人にさせてもらえますか?」
吉澤は続いて梨華達に目でそう伝えた。安倍は頷いて、
「頑張って、なっちは信じてるさ。」
満面の笑みを吉澤に向けて見せた。ぺコっと吉澤は頭だけを下げる。
そして声が届かないと思われる辺りまで梨華らが離れると、
吉澤はフウっと息をゆっくり吐いてから、声を出した。
その声色は今までに無いほどに、透き通っている。
「あたしは崖っぷちだ。その事を、わかってるつもりだったけど、わかってなかった。」
「・・・よっすぃ。」
そのセリフに何か決然とした響きを感じて、希美は緊張した。
- 405 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:31
- 「ののが高橋さんと遣り合ってる時、思ったんだ。何でののが
こんなにやってくれてんのに、あたしはバカみたいにぼーっと見てんだって。」
「それは・・・」
「で、ようやく実感が沸いた。ああ、あたしこんな腑抜けた事やってる場合じゃ
なかったって。だから、次からは、本当に、死ぬ気でやろうと思う。ごめん。」
吉澤はラケットのグリップをギュッと握ると、ガットをポン、ポンと二回拳で叩いた。
このセットを奪われたのは全て自分の所為だと吉澤は思っている。
言外から、希美はそう解釈した。
「ねえ、何であやちゃんがさっきの試合、あんなに凄いテニス出来たと思う?」
希美が突然、話題を転換してそんな事を言った。
突拍子な質問にその意図を訊こうかと一瞬考えたが、
吉澤は然して気にしていない風を装って、答えた。
「んー、あいつはもともとさ、センスあるし、それが全部出せたからじゃない?」
「あやちゃん、よっすぃの為にテニスやってたんだよ。だからあんなテニス出来たんだ。」
「・・・ハア?」
「だ、か、ら。よっすぃ、応えてやんなくちゃ!ののだって、よっすぃとずっと
ペア組んでたいから頑張ってんだし。」
「あたしも、ずっとここにいたいよ。ずっと。」
- 406 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:32
- そう言って、少しの間が開く。
すると、何故かこの三ヶ月での様々な思い出が二人の脳裡に鮮明に蘇った。
そのほとんどが日常でのちょっとした出来事ばかりなのに、二人の感情を
揺さぶって止まない。どうしてこんなにも胸に響くのだろうか。
二人は時間の意味を知った気がした。
「不思議だね。みんなと出会えたのは偶然で、たった三ヶ月しか経ってないのに、
ののの中で、誰一人欠けちゃいけない、大切な人達になってた。」
「あたしも、やっと手に入れたんだ。だから、絶対、手放したくない。」
「よっすぃは、絶対ののの傍から離してやんないから。」
「それはあたしのセリフだ。」
K学という絶対的な存在。ソレにさえ打ち勝てば永遠を得られる、
吉澤にはそんな根拠の無い確信があった。
日常が宝物になったり、友達という存在が絶対に必要だったり。
そんな事に気付いたのは、ここにいるみんなのおかげだった。
みんなの為に勝ちたい。そして恩返しがしたい。吉澤は、誓う。
希美は、完全に加護を意識しなくなっていた。
もともとこの試合は、誰のためでもない、T高校で出会えた
仲間達の為にやっていたものなのだ。ココで培ったもの。それを、全部出し切りたい。
相手がK学だからとか、市井がいるからとか、加護だからとかじゃない。
仲間達に貢献がしたくて、その為に、勝ちたい。希美は、誓う。
「よっすぃ。勝ったらさ、御飯食べにいこうよ。」
「いいねえ。どこに?」
「のの一推しの中華料理屋が家の近くにあるんだけどさ、そこで。」
「もしかして・・・高かったりする?」
「んんーと。一万円あればお腹いっぱいにはなると思うな。」
「おいおい・・・」
取り留めの無い会話も、宝物。
―――――
- 407 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:32
- 「かなり危なげだったねー。」
真希に言われて、加護は首をふるふると横に振った。
「演技エンギ。試合盛り上がらんやん。ぼこぼこにしばきあげても。」
「ええー、あいぼん途中パニクってたじゃん。」
何かたぶらかすような仕種をする加護に対し、真希はあからさまに揶揄するように言った。
隣で高橋はクスクスと笑っている。
「ごっちんさ、私たちが勝ったら、絶対勝ってよ。」
三人で他愛の無い会話をしていると、高橋がそんな事を不意に言った。
「二人が負けちゃっても、私は勝つけどね。」
「ダメ。私達が勝って、ごっちんも勝つ。勝利のバトンリレー。どう?ロマンチックじゃない?」
実はロマンチストな節がある真希に対し、高橋はそんな事を言ってみる。
「勝利のリレーかぁ。それだとさ、私の前に誰か負けちゃったらどうすんの?」
空気を読まないのも真希の個性だという事を忘れていた。
- 408 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:33
- 「・・・私達三人でさ!」
「そうそう。ウチらが勝って、ごっちんが勝つ。そんで愛ちゃんちで勝利の祝賀パーテー。」
「・・・それいいね。」
「てな訳で、まずは一つ、勝ってくるからごっちんはちゃんと見とってな。」
加護が真希にウインクをしてそう言うと、
「見とってな。」
高橋も倣ってウインクをしてそう言う。
何だか本当に漫才コンビみたいになってきたな、とそんな事を真希はふと考える。
「見とっくよ・・・」
余裕綽々といった風の加護と高橋に最後、がんばって、と軽い激励を贈ると、
真希は踵を返してベンチへと戻ろうとする。と言っても、元いた藤本の隣ではなく、
向かうは反対側にいる市井の隣。特に理由は無いが、市井と言葉を交したかった。
ベンチに備え付けられている心許無い庇の一部が丁度市井の頭上にあって、
市井の座っている場所はそこだけ影になっている。
「おっす。」
「ん?どうした?何か用?」
市井の悪い癖だな、と真希は思う。
- 409 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:34
- 「用無かったら話し掛けちゃいけない?」
「・・・別にそんな事は言ってないだろ・・・ただ、何かあったのかと思ってさ。」
「んー、市井ちゃんの傍にいたいと思ったのさー。」
「・・・気味悪いこと言うな・・・」
「って言うのは、冗談でさ、この試合ちょっとまずいかもしんない。」
そう言うと真希は大仰に顔を顰めてみせる。
「どうしてだ?」
「愛ちゃん、どっか痛めたっぽいんだよね。隠してたみたいだけど、わかるよ。」
「ケガか・・・何で黙ってんだ。言えば応急処置くらいは出来るのに。」
「何か、意地があるんじゃないかな。相手が相手だし。」
「加護の元相方か。意識はするだろうな。」
「私の思い過ごしだったらいいんだけどね。」
「大丈夫だろ。あいつだって、生半可な気持ちでテニス続けてる訳じゃない。
本当にダメだと思うんならすぐに報告するさ。」
市井の言葉というモノはいちいち心の隅にまで行き届いて、それが正解か不正解かを
通り越して、絶対に正しいものなのだと錯覚してしまう。
言霊。市井には言霊が宿っているのだ。真希は一人で勝手に納得する。
「・・・信じていいんだよね?」
「ああ。高橋が私の思ってる通りの奴だったらな。」
「すっげー微妙な予感・・・」
「・・・」
それでも、市井の言葉を信じるしかないと真希は思った。
現に、高橋は楽しげに加護と笑い合っている。
―――――
- 410 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:35
- 第二セットまで残り僅かというところで、吉澤は
気持ちを落ち着かせようとベンチの裏にある洗面所に向った。
コートに佇んでいると、俄に、心臓が早鐘を打ち出したのだ。
こんな土壇場にきて、冷静に負けた時の事を考えてしまう自分がいるのを吉澤は
とても憎らしいと思った。本来、吉澤というアホはとても賢い人間なのだ。
だから、どうしても可能性のある事は否定できない。
バシャバシャと、三度、顔に水を被った。
それから薄タイルを張られた洗面台に両手をつき、フウっと大きく息を吐く。
眼前の鏡には、いつもよりも少しだけ逞しく写っている自分がいる。
表情だけは一丁前に、勇ましい。果たしてこの面の皮を剥がせば、どんな
脆い自分自身が息を潜めているかわからない。
パチン、と両手で頬を張り、形だけでも意を決すると、コートに向う為に身を翻した。
が、すぐに足を止める。予想だにしてなかった人物と出くわした。
「矢口・・・さん?」
「・・・うん。」
洗面所の入り口の壁に腕を組んで、凭れ掛かっている矢口は
視線を伏せながら頷いた。
あまりに突然で、吉澤はすぐに掛ける言葉が見つからなかったが
それでも、
「一セット取られちゃいましたけど、あたしは勝ちますよ。」
- 411 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:35
- 吉澤は心からの笑顔を矢口に向けた。
勝つ。その旨を伝えるだけでもいいと思った。
どうして自分の後を追って矢口はやってきたのか疑問に思ったが、
それは矢口なりの不器用な優しさなのだろう、と吉澤は結論する。
優しさ。
矢口には感情がある。
「あたし、この試合に勝ったら、吹っ切れそうな気がするんです。
これまでの事も、これからの事も、何もかも受け入れられるような気がするんですよ。」
笑顔を浮かべながらそう言うが、言葉は重い。
矢口は視線を上げて、吉澤の目を見た。
「私にはお前の心を汲み取ってやる事出来ないけど、その気持ちは
絶対に大事だと思う。勝てるよ。自信もって、相手負かして来い。
それが、言いたかったんだ。」
無表情でそう言う矢口。
吉澤はこれ以上無い、最高の励ましだと感じた。
矢口は確かに人を思いやる事が出来て、そして普通の人のように
感情があって、それを表現する事が出来る。
他人に不干渉だった矢口が自らこうやって声をかけてくれた。
だからこそ、その偽りの無い矢口の言葉は、他の誰のモノよりも純粋で意味があって重い。
「矢口さんが笑った顔って、可愛いんだろーなあ。」
「・・・」
- 412 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:36
- 「あっいや、冗談・・・じゃないですよ。」
からかってみても、やっぱり矢口は無表情で。
「試合、始まるよ。」
時間は押している。
「じゃあ、ちょっと頑張ってきますよ!」
矢口の傍らをスッと抜けて、走って吉澤はコートに向う。
が、途中、振り返った。全速力からの急停止で吉澤の体は一瞬、浮かぶ。
体制を崩して、おっとっと、となりながら、叫ぶ。
「矢口さん!!この試合勝ったら、御飯食べにいきません?」
コートの入り口の前で立ち止まり、吉澤は矢口からの返事を待つ。
遠くに見える審判は頻りに腕時計を気にしていた。
「・・・」
「え!?・・・まあいいや・・・約束ですから!」
声が小さくて聞きとれなかったが、吉澤はそれは了解の返事だと勝手に断定した。
もしそうでないにしても、絶対に矢口も一緒に件の中華料理屋に連れてってやると
吉澤は決意する。こうなったら何でも可能になるような気がしてきた。
可能性に満ち溢れている世界。何と素晴らしいんだろう。
吉澤はこの世に生を享けた事を、存在する訳も無い神様なんてものに感謝したりしてみた。
人生って素晴らしい。
- 413 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:36
- コートに戻ると、吉澤以外の選手は既に位置に着き、
試合開始の合図を待つばかりの状態だった。
またお前かと、まだ大学生くらいの若い華奢な男性審判は吉澤を睨み付ける。
その威圧に一瞬辟易しながらも、吉澤はバツが悪そうに頭を下げ、
俯き加減にバックラインまで急いだ。
そしてもう一度顔を上げた時、そこにはそれまでの吉澤はいなかった。
表情には不安や恐れといった負の感情の澱が一切無く、妙に清々しく、明晰としている。
ほう、とベンチの中澤は目を見開いて吉澤の変化に感心した。
いい顔をしている。先の松浦のように。
この世界では気持ちなんてものは二の次で、結局は腕の立つ人間が生き残るのが常識。
正義は勝つ、何てモノは完全な欺瞞だった。
だが蓋を開けてみればどうだ、紺野と松浦が勝利したのはそれこそ意志の強さがテクニックを
勝ったからだ。思いの強さはそのまま実力に繋がる。
この吉澤もまた然り、に違いない。中澤は吉澤が醸す雰囲気からそう確信した。
そうしてゲームは始まる。
第二セット第一ゲーム。高橋からのサーヴィス。
右手をグーで閉じてはパーで開けて、それを何度も繰り返す。
若干の痛み。だが、これくらいの痛みならば試合が始まれば興奮して感じなくなるはずだ。
高橋は平然とした表情を作り、対角線上にいる吉澤をチラリと見る。
その表情には迷いが無い。この僅かな時間の間に、吉澤はなにやら悟ったようだ。
しかし、そんな事は関係ない。
- 414 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:37
- これまで練磨してきた、自分のテニスの真骨頂であるサーブ。
目を瞑ったって、同じ場所に叩き込む自信がある。
返せるものなら、返してみろ。
高橋は悠然とトスを上げ、その綺麗なフォームから完璧なフラットサーブを放った。
高速。だが、吉澤は捉える。真面目だ。表情は活き活きとしているが、
アホ面じゃない。アホが一般人に戻れば脅威じゃない、高橋はセンターライン目掛けて
ストロークを打つ。それでも吉澤は簡単に拾う。機敏な反応だ。だが―――
高橋の、軽やかなステップから希美を欺いてのクロス。
鮮やかな軌道を描いて、打球はサイドライン目前の絶妙な場所で跳ねた。
拾う。
吉澤の足。恐ろしいほどの瞬発力で拾って見せた。
集中力がハンパじゃない。
だが、高橋とて先の集中力は途絶えていなかった。
吉澤が辛うじて拾った打球に、渾身の逆クロスを合わせる。非情だ。
タイミングを外された吉澤は触れる事が出来なかった。
0=15。K学はあっさりと、機先を制した。
高橋のサーブは指の痛みなどを全く感じさせない、至って最高級のソレを維持している。
アドレナリンの分泌が高橋を軽い陶酔状態にさせ、完璧な状態での
ゲームを約束させていた。高橋は続いて、平然と切れのいいスライスサーブを打ち
希美をコートから追い出すと、ゲームを淡々と有利に展開していく。
自分のサーヴィスゲーム。それだけは譲れない。
サーヴィスゲームを取る事は、高橋にとって一種のアイデンティティでもあった。
- 415 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:38
- 何度目かのラリーの後、希美からのボレーに加護が意表を付いての
ロブを打ち上げた。
打球はネットにべったりとついていた吉澤の遥か後方へゆっくりと流れていく。
さすがの吉澤の足でも限界はある。
それでも、クルリと身を翻すと、吉澤は落下点目掛けて全力疾走した。
間に合うわけがなかった。しかし、その速さは異常。
本格的に短距離走でもやった方が案外成功するんじゃないかと、
瞬きする間に小さくなった吉澤の背中を見て加護は思った。
吉澤は後ろを向いたままの体制から、網で掬うようにラケットを振る。追いついた。
勢い余って前転するが、機敏な動きでいつの間にやらコートにちゃっかり戻っていた。
どうしてそこまで必死なのか。
加護、高橋の共通の見解はそれだった。
まだ第二セットが始まって、序盤の序盤。
しかも高橋のサーヴィスゲームでそう易々とゲームが取れる訳が無い。
こんなにシャカリキに全力疾走して、後半バテたらそれこそアホだ。
悠々と、加護は吉澤が必死で拾った返球に容赦の無いスマッシュをかました。
打球はコースをつき、誰も触れない。0=30。
「まだまだ。」
希美にすれ違い際、それだけ言って、吉澤はバックラインに戻った。
気張りすぎてる訳じゃない。それに、無理をしている訳でもない。
ただ単純に、吉澤は一番ベストなテニスを実践しているだけだった。
それでも相手の二人からすれば異様に映ってしまう。
- 416 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:38
- 高橋のサーブ。フラットサーブを、サーヴィスラインすぐ横に突き刺した。絶妙。
絶対返してやろうと、吉澤は瞬きもせず、高橋の一挙手一投足を凝視していた。
今はどんな打球だってリターンできる自信があった。
なのに、動けない。絶対に負けれないのに、動けない。現実――――。
甘い。
と、吉澤を観察していた石黒は心の中で呟いた。
吉澤には何かしら負けられない理由があるのだろう。
体中からこれでもかと言わんばかりに漲っている覇気。
生半可な気持ちで挑んでいない事は傍から見ても誰にでもわかる。
だが、そんな事でテニスが上手くなるなんて事はあり得ない。
勝ちたければ、その腕を磨く事以外に手段は無い。
高橋のエースが決まり、第一ゲームは結局K学がラブで取った。
そうして高橋は一息つく。自分のサーヴィスゲームを一つ、キープする度に
試合に対しての不安や迷いが一つ解ける。サーブ。それだけは、譲れないのだ。
ゲームを一つ取られた。
それでも吉澤、希美の気持ちは揺らがない。
どういう訳か、幾分の余裕すらある。紺野と松浦もこのような心境で
試合をしていたのだろうか、ふと希美は考える。
- 417 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:40
- 「よっしゃ、いっちょ頑張るか。」
「サーブはあやちゃんの言うとおり、気持ちだよ。よっすぃ。」
「気持ちなら誰にも負けねー。」
「その意気。」
位置につくと、ポンポンと上空にボールを上げて、吉澤は受け手の高橋を見た。
子憎たらしい。あれで不細工だったら思いっきり憎しみ込めてサーブを
ぶち込んでやれるのに、とんでもなく整った顔をしている。
(やれやれ、可愛いくてテニスがバカ上手くておめでてーな)
なんて心中で愚痴りながらトスを雑に上げて、一振り。
形は不細工なそのサーブでも、どうやらコツを取り戻したようで。
高橋の真正面だが、渾身のサーブをインさせる。
レシーブを一瞬だけ戸惑ったが高橋はしっかりと返した。
カコ。
と、中心で捉えた証明でもある、小気味いい乾いた音が響いた刹那。
ズキ。
意識せざる終えない、指から広がる痛みが全身に駆け回った。
高速のサーブに覚えた手応えは快感から一気に最悪へ。
これは長引かせる訳にはいかない。思考よりも先に体がそう訴えた。
自分が思っていたより、指の状態はとてもよろしくないらしい。
高橋はネットに三歩寄ると、覚悟を決めた。
- 418 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:40
- 力任せではなく、吉澤は頭を使ってテニスをし始めた。
加護、高橋の盲点の一つは、吉澤の賢さを知らないところだ。
フォアのボレーから、加護の動作の一つ先を読んで、吉澤はセンターに寄る。
それを見計らって希美が下がった。ストロークを誘う。
加護が吉澤をパッシングで抜くが、希美が待ち構えていたかのように
大振りのストロークを合わせた。そして、高橋との打ち合い。
さっきやられた汚名を返上する、何て気持ちは無く、希美はただ、
自分が出来る最高のテニスをしようとラケットを振る。
そしてまた鈍い痛み。
高橋は思わず顔を歪めた。希美のストロークはまずい。
こんなものを何度も受けていたら、この試合、最後まではとてももたない。
思わず軌道を変えて、吉澤に緩い球を送ってしまった。
思いがけずやって来た死に球に、吉澤は冷静にライジング気味のフォアのストロークを決めた。
15=0。
漸くワンポイント取って、希美と吉澤は幾分安堵する。
加護は気付いていた。高橋が一瞬だけ垣間見せた苦痛の表情。
相手の二人に気付かれないように、加護は高橋に目を合わさず、声を潜めて言葉をかける。
「愛ちゃん、大丈夫なん?」
「・・・うん。なんとか。」
「絶対、無理だけはしたらあかんで。」
「わかってる。」
- 419 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:41
- お互い視線は交さない。
急ぐ、か。加護はコキっと首を一つ鳴らす。
吉澤は加護に対してもしっかりとしたフラットサーブを決める。
だが、そのワンパターン極まりない素直すぎるサーブは加護にとって脅威ではない。
しっかりリターンして、加護はネットに寄った。
第二セットはネットプレーを多用して、サクサクと進める。
加護、高橋共に、言葉を交えなくても考えている事は一緒だった。
ゲームがテンポ良く進みだす。
希美のストロークを高橋がネットに引っ掛け、加護が吉澤を欺くトリックショットを決め、
そして吉澤がマグレのエースを決めた。しかし、次はダブルフォールトで自ら落とす。
40=30になってから吉澤が意外な行動を起こした。
意図的に、スライスサーブを打った。それは妥協したわけじゃなく、
加護のこれまでの行動を計算しての事だった。
(同じサーブ一辺倒じゃさすがに通用しないってか)
回転は、優しい。それでも、加護は驚きを隠せない。
(なんや、幅広げてきやがった)
リターンを危なげなく決めはするが、それでも吉澤のテニスの幅が広がった事が
K学の二人にとっては面白くない。
- 420 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:41
- 吉澤と加護が打ち合っている間、希美はそれこそ射抜くような視線で加護を見ていた。
加護が『ナニカ』仕掛ける寸前の挙動。
希美は見逃さない。
癖がある訳じゃないが、長い間ペアを組んでいた為に、加護の微妙な表情の変化、
行動などに自然と経験と勘が働く。
何度目かのラリーの後、加護があからさまに大振りなストロークを打った。
吉澤は、思わず怯んだ。幾らなんでも力みすぎだ。これでは打球に勢いが付き過ぎて
留まる場所を失ってしまう。自滅。
が、吉澤の予想に反し、打球はネットを越えると途端に減速し、力なく落下する。
近距離でのドロップショットのような形。加護十八番のトリックショットだった。
秘球、『不発弾』とかそんな感じの。
希美は読んでいた。
即座に反応して駆ける。ラケットを伸ばす。掬って、ポンと加護の足元へ返す。
返球してきた事に、驚きを隠せない加護はそれでも、
嫌な物を追っ払うようにすぐに希美の前に返した。
そんなのが三回ほど続いた後、加護の狙いすぎて捉え損ねた
死に球のロブが希美の上空に誘われる。
スマッシュ。だが、高橋ならば、対応できる位置。
しかし、高橋は動かなかった。呆気なく決まる。
ゲームカウント一、一。はて、と、希美は首を傾げた。
何故、高橋は手を出さなかったのか。先のゲームでは死ぬ気で返してきたのに。
希美の懐疑は晴れないままだったが、高橋の様子は至って平然としている。
- 421 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:43
- 第三ゲーム、加護のサーヴィス。
サーブに劣等感があるからと言って、加護はもう気にする事をしない。
どうにも、高橋の指の怪我、そして―――
「ハア・・ハア。よっしゃ。サーブさっさと打と。」
すれ違い際、高橋にそう言った加護には、疲労が形となって如実に現れ始めていた。
頭上には抜けるような蒼穹に、馬鹿でかい太陽が一つ、ぽっかりと浮かんでいる。酷暑。
せめてあの太陽が半分でも雲に隠れてくれたならば、果たして相当な救いになるだろうに。
そんな加護の切実な思いも虚しく、空に雲は一欠片も無い。
滴り落ちる汗を隠す事は出来ないが、呼吸ならばまだ何とか自分で制御する事が出来る。
無理やり呼吸を整え、受け手である吉澤に平然とした視線を遣ってから、加護はトスを上げた。
出来る限り、コースを狙う。回転は気にしない。
そして振り下ろすと同時に、ネットへ詰める。詰める。詰める。
ゲームはテンポ良く進む。
K学の二人は小細工を多用する事無く、ネットプレーを始めれば、ただ打球を突き刺す事に徹する。
その分、防御が脆くなり、T高校の二人は難無くパッシングを決め始める。
ポイントは取っては取られての泥試合と化し、
シーソーゲームの展開を呈しながらも、それは加護と高橋の望むモノになりつつあった。
K学は加護のサーヴィスゲームをジュースになりながらも何とかキープし、
T高校もそれぞれのサーヴィスゲームだけは落とさなかった。
拮抗。ゲームカウントは三=三、となるが、時間はそれこそ数分しか経ってない。
- 422 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:44
- そしてまた巡り、加護のサーヴィスの順が回ってきた。
ここで、ブレイクする。
希美、吉澤共に思っている事は一緒だった。
第二セットを取るには、相手のサーヴィスゲームを最低でも二回、制さなければいけない。
そういう事ならば、確実にブレイクしやすい加護のサーヴィスゲームでブレイクを
狙うのは定石だ。しかし、加護とて易々とポイントを取らせてくれるほど、優しくはない。
そしてこのゲームは、極端な試合展開を見せる、三ゲームの内の二ゲーム目となる。
それは天が予め用意してあった、必然の対決だった。
吉澤と加護が四度、ストロークの打ち合いをし、その後に加護が仕掛けた
ドロップショットを希美が拾った。それを高橋がクロスへ打つ。
だが、重さが全く無い、妙に軽い打球だった。吉澤はラケットを振ってみて違和を覚える。
高橋の気迫は皆目、衰えていないのに、その打球はまるで抜け殻のようだ。
ミートした吉澤のストロークは加護へ渡った。
加護は高橋がクロスへ打った直後、コートの真ん中まで何となしに下がっていた。
そこへ、丁度吉澤のストロークが飛んでくる。そしてストレートへ打つと、そこには
かつての相方がいた。お互いがお互いを知り尽くしている。と言うのは
三ヶ月前の話だ。今の二人は、それぞれが違った形で成長を遂げている。
- 423 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:45
- 今日はじめて二人はマトモに視線を交わした。
加護は疲れていて、半開きの口から息をしていた。
一方の希美は、真一文字に結んだまま、毅然とした表情を崩していない。
(逞しくなったなあ)
と、加護のぼんやりとした感慨は、希美の強烈なストロークを前に霧散する。
負けるか。加護は心の中でぼやいて、出来る限りの思考を重ねながらラケットを振る。
軌道をずらし、希美の力をなるたけ乗せれない場所に打球を打ち込む。
そうする事で、漸く希美と対等に打ち合える権利を得る。
加護は、慎重だった。慎重にラケットを振る。他人の目なんて気にしてられない。
そうして打ち込んでくる希美の打球には、切実な、それこそこの三ヶ月で
得た掛け替えの無い時間が詰まっている。希美は成長しているのだ。
この打球は、三ヶ月前には決して打てない。
だから。
加護も、それに答えた。
これまでの三ヶ月。何を知り得たのだろう。
市井と触れ合って始めてわかった。市井は優しい人。
真希と出会って、テニスをする意味を得た。真希は宝物。
高橋と出会って、新しい可能性を発見できた。高橋は、パートナーだ。
そういう様々な出会いは、加護を強くした。一期一会とはよく言ったもので、
人との出会いはそれこそ簡単で、毎日溢れているのにとても大事な事を気付かせてくれる。
- 424 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:45
-
勝つ。こと。
二人はそれぞれの勝利を求めて、違う道へ進んだ。
(市井さん、本当は優しい人やねんぞ!)
加護がクロスを決めた。
バカ丁寧に淡々とラリーをこなして、一瞬の隙をついた。0=15。
希美と力比べで競り勝った。そもそも、マトモに希美と打ち合う。
それは、今までの加護では考えもしない事だった。
かつての加護はもういない。
そうしみじみと考えながら、希美はバックラインにゆっくりと移動する。
はあ。と思わず溜息をついた。この瞬間に、本当に加護と別離したような気がした。
遠い。加護が遠くに感じる。加護は自分とは全く違う時間を生きていたのだ。
そんな事は当たり前で、そうする事で加護は前よりも、強くなっていた。
泣きそうになった。ダンボールの中でしょんぼりと救いの手を求めている棄て犬の気持ちが
わかったような気がした。―――――それなのに。
希美は何故かそれが嬉しかった。
そう感じたのだから、やっぱり加護は自分と離れて正解だと思った。
これからももっともっと加護は強くなるんだろう。
それでも、負ける訳にはいかない。吉澤とみんなと、まだまだテニスを続ける為に。
- 425 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:46
- 加護のサーブに、希美は渾身のレシーブを合わせる。
強烈なレシーブだったが、加護は慎重に中心を叩いてゲームを展開させた。
希美と高橋が遠距離から打ち合いを始める。
不意に、誰の脳裡にも第一セットの第十一ゲームが思い出された。
また、あの凄まじい展開が再現されるのか。
しかし、高橋は即座に希美との打ち合いをあからさまに嫌った。
軌道を変えて無理にコースを狙おうとする。が、吉澤が難無く返した。
そして、打球は加護へ。加護へ渡ると、自然と希美とのタイマンへと誘われる。
それは無意識だった。二人は無意識のうちに、通算百度目の勝負へ足を踏み入れていた。
今までの戦績。
希美曰く、50勝49敗。
加護曰く、50勝49敗。
どちらかが偽っている。いや、どっちも間違っているのかもしれない。
この第七ゲーム、希美と加護の二人のみが、躍動している。
二人の打ち合い、意地と意地のぶつかり合い。
それぞれが、変化したテニスをしている。成長。
取って、取られて。全く違った形でポイントは蓄積されていく。
30=40になって、希美は矢口の存在をふと、意識した。
矢口に憧れてこの高校に来た。出会った仲間はみんな優しかった。
(矢口さんはね、本当はとっても悲しい人なんだ)
希美のストロークが加護のリターンを圧した。
ボールはネットにかかる。ジュース。
加護、希美共に、大きな呼吸と大粒の汗が目立つ。
- 426 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:47
- ジュースになっても、二人の勝負は相変らず続いた。
観客、両側のベンチ、矢口、市井、真希、梨華。それぞれが
二人の勝負を息を呑んで見守る。
希美は基礎練習を重ねて足腰が強くなっている。
踏ん張りの利いたストロークは三ヶ月前とは比べものにならぬほど、重い。
地味な練習を嫌わなかった。だから、希美は一つ上の高みへ達した。
だが、加護も希美の打球に臆する事なく、しっかりとレベルの高いテニスを実践する。
この三ヶ月、主に弱点補強に取り組んだ。スタミナの強化の為に山道を誰よりも多く走った。
腕が悲鳴を上げながら、それでもサーブ練習を厭わなかった。
そうして長所を伸ばした。
加護は頭の回転の速さが常人とは比べ物にならないほど、優れている。
どんな球がやってきても、それに生きた意志を乗せる。
ジリジリと、ボディーブローのような希美のテニスは加護の体力を侵食する。
しかし、元来鈍い希美に対して、スピードで優位に立てる加護のテニスは希美を欺く。
二人はラケットを振るたび、ボールに意志を込めた。
喧嘩別れした原因はなんだっけ。そんなもん、この際どうでもいい。
希美が、渾身のストロークを打つ。足の親指の爪先をコートに思い切り捻じ込めて、
体全体で放つ。その刹那、コンマ何秒、加護が閃いた策。
- 427 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:48
- ラケットを両手で持って、ミートと同時にスッとラケットを後ろへ下げた。
そうして球威を散らしつつ、ボレーを決める。
フワッと柔らかく浮かんだボレー。それは無回転だった。
希美は全力で前にダッシュし、ノーバウンドのままクロスへ打つ。だが、加護は読んでいる。
―――テニスは頭でやるものだ。
加護がいつか言ったセリフが思い出された。それをこれまで加護が補ってくれた!
希美はクロスを打った後、休まずにそのまま左サイドへ駆けた。
加護が拾う事はわかっていた。何故なら、加護はいつも先の先を読んでいるから。
それを見計らった希美の間断無く、忙しない動き。加護がストレートへ打った。
打ったと同時に、希美はラケットを目一杯伸ばした。当たれ。そう願ったら、本当に当たった。
打球は加護を抜き、誰もいないコートへ吸い込まれた。
T高校のアドヴァンテージ。テニスは頭でやるものだ。希美は凛としている。
希美が、遠くに感じた。
思い出の中の希美が、フッと笑って消えてしまった。
強い。いつの間に、こんなに強くなったんだろう。
自分とペアを組んでいた頃は、希美はもっと、それこそ穏やかで鈍臭くて―――
加護は不意に泣いてしまいたい衝動に駆られた。
いつの間に、こんなに強くなったんだろう。もう、かつての希美が思い出せなくなった。
- 428 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:48
- いつでも拠り所だった希美の背中。もう見えなくなった。
それでも、こんなに強くなった希美が目の前にいる事が、途方も無く嬉しい。
だから、希美は自分と別れて正解だったのだ。
希美はこれからもっともっと強くなるのだろう。
それでも、負ける訳にはいかない。加護の右手のリストバンドから僅かにはみ出た光源。
その無限の光が、加護に強い心を授けた。
加護は冷静にサーブを決めると、一目散に前に詰めた。
体の中のガソリンがもう残り僅かだとして、それが一体何なのだ。
希美のレシーブを加護は渾身のストロークで返す。
そしてネットについて、相手の二人を後方へ追いやる。
高橋と壁になったが、加護は希美しか見えていない。
希美も、加護しか眼中に無かった。
吉澤が狙ったパッシングショットは高橋の鋭角的なボレーで返された。
それを希美がバックハンドで拾った。打つべき場所は、加護の脇。
負けるか。
加護の意志が選択したのは希美を欺くべく、逆クロスへ向けてのボレー。
希美は意表をつかれて逆側へ左足を一歩踏み出してしまっていた。が、踏ん張る。
すると四股を踏むように、右足がフッと浮いた。が、すぐに下ろす。
そして真正面を向いたままの体制から、腕だけでラケットを振る。
返した。しかし、腕だけで当てた力の無い返球は、緩い浮き球になってしまった。
- 429 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:49
- 見定め、息を止める。体の感覚に任せて、判断を委ねる。
加護は思うままに、一、二の三、でジャンプした。そして振り下ろす。
ジャンピングスマッシュ。タイミングは完璧だった。打球は強烈。
吉澤の足元を抜いた。そのまま突き抜ければ――――。
「いけ!」
加護は叫んだ。
が、希美は先を読んでいた。打った瞬間に、センターライン後方へ駆けていた。
フウっと息を吐いて、唇を結んだら、時間が止まったような気がした。
だって、ボールが止まって見える。希美はぶっ叩いた。
「いけ!」
軌道は一直線。
ネットに張っていた加護へ真直ぐに飛んでいく。
強烈なスピン。臆するな。当意即妙。加護は希美がラケットを振った後、
ワンテンポずらして、ラケットを思い切り振った。
ノーバウンドで希美のストロークをストロークで返す。
まったくもってあり得ない事をやってのける。希美は試合中なのに思わず苦笑してしまった。
- 430 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:51
- 打球は信じられないくらい強烈なドライブを帯びて、
希美の顔面を横切り、後ろへ消える。
決まった。加護は思った。打球は急激に失速。
フォークボールの要領でストン、とバックライン際で沈む。微妙な位置。
掠っていない。アウトだ。希美は思った。審判の方へ顔を向ける。
ラインに乗ったはずだ。加護は思った。審判の方へ顔を向ける。
続けて希美は吉澤の事を思った。何故か、吉澤の事が浮かんだ。――――神様。
一瞬の静寂。
「・・・アウト!」
下された判定を聞くや否や希美は大空を仰いだ。そして拳をグッと引いて歓喜を表現する。
この場面でブレイク。第七ゲームを終え、ゲームカウントは四=三。
光明が差して、吉澤は大きく息を呑んだ。このゲームを取れた事は大きい。
「のの、おめえは最高にクールだぜ。」
「・・・疲れたぁ。」
肩の荷が下りたように脱力し、破顔してから久しぶりにテヘテヘと、
その八重歯を除かせて笑う希美は誰よりも大きく、誰よりも頼りになる絶対的な
相方だと吉澤は思った。
- 431 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:55
- 更新しました。
どうやら形式が変わったみたいなので、スレ流しは止めようと
思います。この前は、これからは流すとかほざいていたのに
なにやら優柔不断な感じがしますね・・それでも御了承して
頂けたら幸いです。
- 432 名前:カネダ 投稿日:2003/09/13(土) 03:58
- 更新し終わってから気付いた・・・
今回の更新分、名前欄が「カネダ」になってました。
念のためですが、「最終話、青のカテゴリー」の続きです。
形式が変わっての初更新だったのでやっちまいました・・・
- 433 名前:まる 投稿日:2003/09/13(土) 12:07
- 更新ありがとうございます。いや〜テニスはいいですね。やりたくなりました。次回も楽しみにしてます。
- 434 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/13(土) 13:05
- 更新お疲れ様でした。
いつも読んでいます。毎回予測できない展開ですごく面白いです。
がんばってください。
>433
sageを覚えてね。
- 435 名前:まる 投稿日:2003/09/13(土) 19:06
- >434
忠告ありがとうございます。以後気をつけます。
- 436 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003/09/13(土) 20:56
- カネダさま、更新お疲れ様です。
よっすぃ〜・辻さんもあいぼん&愛ちゃんも、普段の力以上のPLAYをしています。
>いつの間にか見入ってて…
よく分かります。遅刻しそうになってました。(笑)
内容の濃い試合が続きますが、どっちのチームもがんばって欲しいです。
でもやっぱり、よっすぃ〜がんばれ!!
次回更新も楽しみに待ってます。
- 437 名前:すえ 投稿日:2003/09/17(水) 00:26
- 更新おつかれです〜。
自分も読んでるとなんかまたテニスやりたくなって、
先週末2年ぶりにテニスしてきました(笑
今一番好きな小説です♪
- 438 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 09:41
- あのさ、すぐ上でsageレスの話題出てるんだからもう少し気を使おうよ
- 439 名前:すえ 投稿日:2003/09/17(水) 12:31
- 申し訳ないです。
うっかりしてました・・・。
- 440 名前:aishite 投稿日:2003/09/19(金) 17:00
- 青のカデコリー。初回の板はなぜかどこへ行って探しても100まで
しか見れないのだが・・・。ついさっき知った俺に誰か続きを教えてください。
- 441 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/19(金) 22:08
- >>440
http://mseek.xrea.jp/sky/1024240381.html
↑
これ見れますよ
- 442 名前:カネダ 投稿日:2003/09/20(土) 05:48
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>433、435まる様。
テニスは専ら見るほうの人間ですが、やっぱり書いてても見てても
やりたくなってきます。拙い文章で情景がわかり辛いと思いますが、
これからも読んでくれたら嬉しいです。
>>434名無し読者様。
有難う御座います。
展開については毎回足りない頭を振り絞って
考えているので、そう言ってくれると本当に嬉しいです。
>>436ななしのよっすぃ〜様。
限界以上の力を出させて悔いの無いような試合をさせたいと
思ってるんですが、自分は捻くれ者なのでどうなることやら(w
吉澤には頑張ってもらいます!
>>437、439すえ様。
2年ぶり!それはお疲れ様です(w
今一番好きな小説なんて畏れ多いです・・・
期待に応えること出来ないかもしれませんが、精一杯書くので読んでやってください。
>>438名無しさん様。
最近レスはsage統一になったのでしょうか・・・
すいません。自分、飼育の流れに疎くて。
>>440aishite様
最近、形式が変わって過去ログも何か変わったのでしょうか・・・
>>441名無しさん様。
すいません。
わざわざお手数おかけしました。
それでは続きです。
- 443 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:49
- 「あいぼん、惜しかったね・・・。」
本当にあと少しだった。加護の閃きには毎回驚嘆する。
強烈なストロークを、思い切り逆回転をかけたノーバウンドのストロークで返し、
その勢いを相殺しつつ、バックコートに落とす。そんな奇抜な発想は自分には
到底思いつきもしないものだ。しかし、結果は結果。高橋は残念そうに微笑した。
「ああ〜あれ決まったら渋かったやろうなぁ・・・まあ落胆してる暇もないか。」
腰に手を置き、ハアハアと大きく呼吸する。
拭いても拭いても止まらない汗は加護の意思に反し、
ポタポタと顎から滴り落ちてはコートを黒く染める。
軽く下唇を噛んで、ちぇ、と舌打ちをすると、加護はゆっくりと左サーヴィスコートへ
足を進めた。次は希美のサーヴィスで、受けるのは指を負傷してしまっている高橋だ。
流れが悪い。しかし、ここは絶対に踏ん張らなければいけない。
加護は左サイドのネット前についてから、後ろを振り返った。そして、
「愛ちゃん、愛してんで!」
バカを言ってみる。
既にレシーブの構えに入っていた高橋はキョトンとした表情を作り、目をぱちくりさせた。
この場面に何言ってんだあの巨乳は。しかし加護らしい。
余りにもレベルの低いダジャレに苦笑しつつ、高橋はそれこそ大きく何度も頷いた。
こんな下らない事をこんな場面でやってくれる加護が、大好きだ。
- 444 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:49
- 希美も、疲れていた。
普段使わない頭を目一杯使うと体力が減るもんなんだと、この時知った。
第八ゲーム。大事なゲームだ。希美は集中する。
丁寧にコートにボールを三度、バウンドさせてから足の位置を入念に確かめる。
それから一つ大きく息を吐き、呼吸を止めてトスを上げると、思い切りラケットを振った。
この体が果てても、最後まで全力を尽す。
高橋は返した。体全体を使って打つレシーブ。指の痛みは時間が経つ毎に
増していたが、高橋は希美と加護の打ち合いを見てこう決意してしまった。
この試合、指が潰れようが千切れようが、勝つ。
あれだけの好勝負を目の前でやってくれたおかげで、
元来、負けず嫌いな性分である高橋は余計にいきりたった。
しかし勝つ為には、指の痛みなんて気にしていては埒が明かない。
レシーブをしっかり決めると、前に詰めた。
ゲームは展開している。
そこで、どうしても気になってしまう奴がいる。
ペースを全く乱さず、シャカリキ張り切っている、スラリと背の高いほくろ顔。
加護のテニスは冴え渡っている。
希美と打ち合ったおかげで、今まで以上に自分のテニスに自信がついた気がした。
自分のテニスに誇りを持って、それを出し切る。
加護は、自分の感覚を信じた。バックハンドのボレーにスライスの回転をかける。
狙った場所は吉澤のバックサイド。あわよくば、自滅してくれるはずだった。
しかし第二セットになってからの吉澤。今のところ、まだバックハンドのミスは無い。
- 445 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:50
- デタラメな奴だ。加護はバックハンドのボレーを綺麗に返してきた吉澤を見て思う。
今度はスピンの回転をかけてバックサイドに送った。
すると、吉澤は危なげなくバックハンドのハイボレーを返してくる。
(もう、通用しないか)
そう加護は判断して、吉澤のバックサイドを執拗に攻める事を止める。
一瞬の閃きから、軌道をストレートに変えて、狙うは希美と吉澤の中間地点。
自分のストロークの精度を信じた。思った場所に落ちれば、決まるはずだ。
右足を内側に絞り、ラケットを振りぬく。
気付いた希美がセンターに向かって、急いで駆け寄るのがわかる。
ところが数秒後、加護の打球は狙った場所に落ちるどころか、
自陣のコートにコロコロと転がっていた。
予想外の結果に、加護は不思議そうにラケットの面を凝視してみる。
ガットのずれもないし、至ってラケットは正常だ。となれば、ミスを犯したのは自分自身。
そう思った時、向こう側に拳を握って軽くガッツポーズしている人物が視界に入り込んだ。
(相手のミスで喜ぶなんていけずやなあ・・・)
なんて事を加護は考えたが、実は吉澤、仕掛けていた。
加護に対して打ったバックハンドのハイボレー。
今までは返すだけでも精一杯だったのに、スピンの回転を僅かにかけていた。
吉澤にとっては大きな賭けだったが、見事に成功して見せる。だが、加護は気付いていない。
そしてもう一つ見落としている事柄が加護にはあった。
疲れから来る、自分自身の反応速度の低下。
今まで、しょーもない回転ならば加護は無意識のままで返せていた。
ポイント15=0。コートの中の四人はそれぞれ、独自に変化している。
- 446 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:50
- 希美のサーブを加護は全身を使って返球する。
それからネットに詰めるのが常だったのだが、加護は敢えてその場に踏み止まった。
ワンパターンを続けるとバカを見るのは、吉澤から学んでいる。
しかし、ストローク合戦を繰り返すほどの体力も残っていない。
(やれやれ)
一々疲れる試合だな、と加護は思いながらラケットを振る。
俄に、高橋の、指の状態が気になった。
ネットとバックラインの中間、右コートにやや寄っている場所に、高橋はいる。
吉澤のストロークが一打毎に重く感じた。しかし、負けじと高橋はラケットを振る。
強烈な自己暗示続けていたら本当に痛みを感じなくなった。
と言っても実際は興奮状態が齎す、一種の感覚麻痺に近い。
慣れ、とも言うべきかもしれない。とにかく、高橋は痛みを気にする事なく
ラケットを振る事が出来た。―――しかし。
吉澤には高橋の打球に脅威を感じなかった。
第一セットに比べて、異常に『軽い』のだ。だから、難無く打ち返す事が出来る。
そして吉澤はこの二人の能力に見劣りしないテニスを身に付け始めていた。
- 447 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:51
-
ここで一つ、大切な事柄がある。
人間の内側には無意識なるモノが存在する。
それは勿論、自分ではわかりようのない事だから、気付きようもない。
加護、高橋は無意識の内に、その能力が衰え始めていた。
加護は疲労から、高橋は指の怪我から、それぞれ思ったようにテニスをしている
つもりでも、出来なくなっていた。それでも、二人の潜在能力は
今までと明らかに衰えたテニスを呈したりは絶対にしないほど、優れている。
となれば、吉澤がここまでこの二人とマトモに打ち合える理由は一つ。
無意識の内に、吉澤はアっと言う間の進化を遂げていたのだ。
それが一時的なものか永続的なものかはわからないが、それでも今の吉澤は
K学の二人と遜色のないテニスを実践している。
一つラケットを振る度に、二人に近づいている。
高橋の意表をついたロブに、吉澤は信じられない反応を見せた。
瞬間的にジャンプして、ラケットを振り下ろす。背の高い吉澤だから届いた。
それは釘が刺さるように、コートに鋭角的に突き刺さり高橋の足元を一瞬で抜いた。
30=0。
ゴクリと、生唾を一つ飲み込んで、高橋は吉澤を見つめた。
その活き活きとした表情には、アホとは思えないような怜悧な色が溢れている。
(吉澤ひとみ・・・)
忘れられない存在になりそうだな、とそんな事を考えながら高橋はバックラインにまで下がった。
- 448 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:51
- 希美のサーブの威力も、落ちている。
これまで希美は、吉澤以上にコートの中で躍動していた。
一対一で高橋と打ち合って、その後は加護とやり合った。
だからその疲れも一入。
自分では最高のサーブを打っているつもりでも、その球威は若干、落ちている。
無意識の内に低下する能力。
そんなものは試合が長引けば誰にだって訪れる、不可避な事象なのだ。
それなのに。
「おりゃ!」
一人、序盤から変わらないペースで飛ばす、吉澤。
その勢いはK学の二人の覇気を無意識の内に萎縮させている。
加護のストロークに希美がボレーで軌道を変えた。しかし高橋が拾う。
それを、吉澤がおりゃっと一振り。
あっさりコースをついて、ポイントを奪っている。ラブゲームを取れる勢いだった。
「・・・吉澤さん、手ごわいね。」
高橋は思わず漏らす。
当初、加護が予想した通り、吉澤は果たして侮れない存在になっていた。
「ただのアホじゃない、だから余計に手ごわい。矢口さんと安倍さんだけの学校じゃない
事は何となくわかってたけど、ここまで出来るんが多いとは思ってなかったなぁ。」
「このセットで決めたいね。」
「当たり前田のクラッカー。」
「・・・あいぼん、ほら、レシーブ。」
「・・・ツッコンでや。」
- 449 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:52
- バカな会話とは裏腹に、二人は相当な焦燥感を覚え始めていた。
どうにも先のゲームを取られてから、流れが悪い。
このままこのゲームを取られてしまったら、それこそ試合は第三セットに縺れ込む
かもしれない。そうなると、非常にしんどい。
加護はレシーブの構えに入ると、スラムダンクの安西先生の言葉を心中で反芻した。
(諦めたらそこで試合終了や)
希美が打ってきたトップスピンサーブを丁寧に返すと、加護は頭を働かせた。
絶対にこのゲーム、落として堪るか。
加護はラケットを振る度に、異なる回転をかけて希美を揺さぶる。
体制の崩れた状態から打ってきた希美のボレーは少し浮きすぎていた。
チャンス、と見た加護はネットにダッシュし、走りながらスマッシュを打つ構えをする。
吉澤は後ろへ大きく下がった。希美も自分の位置から、加護が打つスマッシュのコースを予測する。
走りながら打つ分、球に勢いは乗せれないはずだ。
そう判断した二人は後ろへ下がりつつ、加護の一振りを待つ。
そして加護がラケットを、振る。―――チョコン。
吉澤は思わず目を瞠った。
打球はネットを越えると、希美、吉澤の遥か手前にポトリと落ちた。
そのまま小さくバウンドするとコロコロとその場で転がる。
40=15。
- 450 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:52
- 「スマッシュなんか決めんでも点は取れるモンや。」
「・・・男らしくねえ・・・」
「男ちゃうもん。」
「そりゃそうだけど・・・」
思わず吉澤と加護はそんな会話を紡いでいた。
まあ、これも一つの点の取り方である事は間違いない。
一々上手い、と吉澤は思う。しかし、まだまだポイントはリードしている。
もうゲームポイントなのだ。落ち着いて、あと一つ取ればいい。
しかし、その『あと一つ』を取るのが、途方もなく難儀な事だと吉澤は思い知らされる事になる。
希美が打ったフラットサーブに、高橋は渾身のレシーブを決める。
流れるようにそのまま、左斜め前に前進する。
希美のこれまでの戦い方を考慮するに、
レシーブを返す時は、センターライン寄りに打ってくる事が多かった。
そうして少しでも返球し易いように、自分にかかる負担を減らすように努める。
高橋はベテランだ。
それも、物心ついた頃には既に将来を期待される存在になっていた。
だからこそ、その『期待』という名のプレッシャーに揉まれながら培った試合勘は
このコートの中にいる四人の中で、誰よりも優れている。
希美が三度ラケットを振った時、既に高橋はネットに到達していた。
そこから吉澤のストロークをノーバウンドのボレーでクロスに打つ。
幾ら打球に球威が無いとしても、誰もいないコートに落とせばそんな事は関係ない。
40=30。
- 451 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:52
- そうなって焦ったのは希美だった。
粘り強いテニスをされると、サーブの打ち手にとっては大きな気掛かりとなる。
あと一つだ。そう言い聞かせて、トスを上げ続ける。
そのあと一つが中々取れないでいると、わかっているのに苛立ちが込み上げてくるのだ。
それも、今はラブゲームのペースからの足踏みと来ている。
必死に心を落ち着かせようとした。
しかし、これまでの試合の疲れとその不安定な心の状態が相まって
希美はこの場面、ダブルフォールトを晒してしまって、
「あ"あ"ーーー」
と、眉を八の字に曲げて獣のような唸り声を上げた。
全然オーケー、そう言って吉澤は希美にヘラヘラ笑顔を向ける。が。
内心、やはり不安感は否めない。俄に、K学に流れが傾き始めた気がする。
ジュース。この状況をコートの中の四人はどう受け止めるか。
K学の二人は貪欲になった。
ポイントが相殺して希美は吹っ切れたのか、センターラインぎりぎりの場所に
切れのいいフラットサーブを決める。
しかし、高橋。指にケガを負いながらも平然と返してくる。
(球が軽くなってる・・・)
みんな、疲れている。吉澤以外。
希美が打ったフォアの強烈なストロークに、高橋はバックハンドでの逆クロスを合わせた。
タイミングは完璧だったのだが、希美の体重が多分に乗っていたソレは高橋の指を
また一つ圧迫し、忘れかけていた痛みを再燃する結果になってしまった。
思わず、高橋の全身に冷たい汗が溢れたが、そんなのは既に汗まみれに
なっている今更、誰も気付きようが無い。
- 452 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:53
- 高橋の打球は希美のタイミングを外して、後方へ高速で流れた。
しかし、そこで食らいついたドアホがいる。
吉澤、まさかのバックハンドを走りながら決めた。
それは吉澤にとっても信じられない事だった。
どういう訳か、松浦に叩き込まれたバックハンドを忠実に体が実践してくれているのだ。
(ありがとう。あたしの体)
そんな事を今考える吉澤のアホはアホなのだが、それでも加護と高橋にとっては
化け物に映る。この暑さ、ゲームの取り合いを続けていてもまだそんな体力が残っている。
しかし、相手はK学だ。
吉澤のまさかの返球に、加護は容赦のないロブをポーンと吉澤の後方へ打ち上げた。
手応えは完璧、打球はバックライン、数センチ手前に落ちる。はずだ。
「よっすぃ!」
希美が叫んだ。普通に考えれば、間に合わない。
しかし、アホの吉澤ならやってくれるかもしれない。そう思って叫んだ。
吉澤は打球を見定め、落下点目掛けて走る。ウオーっとか言いながら。
第二セットの最初、吉澤は同じような打球を拾って見せた。
加護、高橋とも油断はしない。返してきたらきたで、打ち下ろすだけだ。
二人はネットに張り付いて吉澤の、可能性の低い返球に対して構える。
そうしたら吉澤は本当に拾って、しかもポンと空高くに打ち上げた。
空高く?
- 453 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:53
- この試合を観ている者。行っている者。この場にいる誰もが不意に空を見上げた。
蒼穹に浮かぶソレは太陽の光を受けてシルエットになっていて、まるで
大空を羽ばたいている小鳥のように映った。が、落ちる。
思い出したように加護は走った。
無謀と言うか、ヤケクソと言うか、そんな大空への一打に思わず気を取られてしまっていた。
こういう打球は意志があるように、漫画なんかではバックライン寸前の場所に
ちゃっかりと落ちたりするのだ。その教訓から、加護は走った。全力疾走。
ただでさえ疲れているのに、思い切り走らせやがって。試合が終わったら
こっ酷く吉澤を叱ってやる。そんな事を考えながら加護は走る。走る。走る―――
そして落下した場所はまさにバックライン上。深く沈むと、ポーンと高く垂直に跳ねた。
加護は辛うじて間に合い、クルリと身を翻すと、そのまま流れるようにストロークの構えに入った。
自分の胸の辺りまで球が落ちてきたのを確認し、思い切り振りぬく。
打つべき場所は、打球を拾って安堵したのか、まだコートにちゃんと戻りきれていない
吉澤の前方、右サーヴィスコート。狙った場所に、僅かの誤差でインさせる。加護の意地の一打。
打った直後、空っぽになった加護は膝に手をついてゼェゼェと大きく肩で息をする。
- 454 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:54
- 完璧に打つ込んだソレに、吉澤はダッシュで前進してラケットを当てるが、それまでだった。
K学のアドヴァンテージ。
吉澤は大きく、あああー、と叫ぶと本気で悔しそうに顔を顰めた。
希美もこれには思わず大きな嘆息をついてしまう。
一方の加護と高橋はその場で立ち尽くし、まだ叫ぶ余裕がある吉澤を呆然と見ていた。
大事なゲームを絶対に易々と相手に渡さない。
K学が無意識の内に、練習で叩き込まれている事柄だ。
それを加護と高橋は忠実に守っている。
このゲーム、落とすわけにはいかないのだ。
だがしかし、その代償は大きかった。
加護はバックラインについても、大きく呼吸している。
拭っても止まらない汗はポタポタと顎を伝って滴り落ち続ける。
ガス欠寸前。それでも加護を奮い立たせるのは強い意志。
(負けてたまるか・・・)
希美のサーブを朦朧としながら打ち返す。
ほとんど感覚だけでラケットを振った。そしてそのまま感覚に任せて試合をこなす。
何故かピンピンしている吉澤の切れのいいストロークをボレーで返すと、
流れるように左コートに足を進める。その気配に気付いた高橋は右コート後ろへと
移動しつつ希美のボレーに対してローボレーを合わせる。
しかし、ほんの僅か、中心で捉え損ねた。
打球は申し訳ない程度に浮かび、角度の浅い放物線を描く。球速は、遅い。
吉澤は躊躇無く、ラケットを立てた。角度は浅いが、ライジングを狙う。
ハァハァと、口を半開きのまま呼吸しながら、加護の双眸が鈍く光る。
(ド素人が)
- 455 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:54
- 吉澤が無理やり押し込んだその場所には、加護が待ち構えていた。
疲れを露にしながらも手首のスナップを利かせて、吉澤のフラットの
回転を帯びた強烈な一打に、スライスの回転を思い切りかけたボレーを合わせた。
シュルシュルと肉眼でもその回転は確認できる。
そして、吉澤はバウンドしてコートの外へ逃げていく打球を捉え切れなかった。
体は反応したのだが、加護の強烈な切れのかかったソレにミートを封じられる。
K学が、40=0からのまさかの逆転。
希美のサーヴィスゲームをブレイクし、この場面で追いついてみせた。
ゲームカウント四=四。一筋縄ではいかない。そんな事はわかっているつもりだった。
だが、吉澤はどうしてもこの現実を認めたくなかった。
悔しさを表に出して、思わず肩を落とす。
「次で取り返せばいいじゃん。」
いつの間にやら吉澤の背後に来ていた希美はケロっとそんな事を言ってのける。
落ち込んでる暇なんてお前にはねーだろ、吉澤にはそう聞こえた。
「・・・そうだね。まだまだ体は動く。あきらめてたまるか。」
「あいぼんなんてもうヘロヘロだよ。」
そうは言っても、第九ゲーム、次は高橋のサーヴィスだった。
考えるだけでも眩暈がする。それでも挫けるわけにはいかない。
- 456 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:54
- 高橋には何かしらの異常が起きている。
その事に、吉澤は薄々とだが感づき始めていた。
これまではまるで魂でも乗り移ったようなサーブを打ち込んできていたのに、
第二セットに入ってから、どうにもその一つ一つの打球が『軽い』。
吉澤は額の汗と、目の周りにこびり付いた汗を丹念に拭って視界を良好にする。
首をコキコキと鳴らし、フウっと大きく息を吐いてから高橋はサーブの体制に入った。
高橋にとってのサーブ。それは誰にも譲れない、自分のテニスそのものだ。
トスを上げた後、グリップを握っている右手に力を込めると突き刺すような痛みを感じた。
指の状態は秒刻みで悪くなっている。だからなんだ。その痛みを握りつぶすように、
高橋はグリップをしっかり握って振り下ろした。
まるで釘が刺さるような、鋭角にコースを突き刺したフラットサーブ。
返せるものなら、返して―――
完璧なレシーブ。
深いコースをついたのに、吉澤は反応して見せた。
桁外れの反射神経、それだけじゃない。
高橋の、これまでのファーストサーブのパターンを考慮しての返球だった。
吉澤は学習能力が極めて優秀。
この試合を通して加護、高橋の攻撃パターンを体に刻み付けている。
勉学の方も、学年トップクラスの成績なのはちなみに余談だ。
そして、もう一つ、誰にも真似できない武器が吉澤にはある。
その事に加護が気付くのは、もう少し後の話だ。
- 457 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:55
- 臆する事無く吉澤のレシーブを叩き返すと、高橋はやはりネットへ向けて前進する。
加護と希美が打ち合うが、極度の疲れから意識が散漫になっていた加護は
クロスへ向けて打ったストロークを打ち損じる。
浮き球。吉澤が駆けつけて振り下ろすが、高橋は読んでいる。
強烈な打球だった。打ち返すと同時に激痛が全身に駆け抜ける。
高橋の返球は吉澤の足元を抜いて――抜けない。吉澤はラケットをへっぴり腰から放った
アンダーハンド気味のストロークで高橋のストロークを叩き返した。
打球は高橋の顔を掠めて、そのまま後ろへ抜ける。
スピンの回転を帯びていたソレはバックコートにストンと落ち、
そのまま突き抜けた。15=0。
マグレだ。
高橋は他の選択肢をバッサリ切り捨ててそう結論する。
気持ちを切り替えて、希美に対して切れのいいトップスピンサーブを打った。
打つと同時に、ネットへ三歩寄る。
希美はレシーブダッシュした。ダッシュしながら吉澤の方をチラリと一瞥する。
希美は現在冴え渡っている吉澤のテニスにこのゲームを委ねようと思った。
どういう訳か、吉澤は相手の二人を凌駕するような勢いで今現在、活発な動きを
見せている。希美は自分のテニスを抑え、吉澤にこのゲームを託した。
- 458 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:55
- そしてその吉澤、そんな事とは露知らずにコートの中を躍動する。
加護のトリックショットに欺かれず、冷静に返球し、
高橋がクロスを打つタイミングをしっかりと見極め、ボレーで返す。
吉澤には見えた。
相手の二人が次にどんな行動を起こすのかが。
理由は本人にもわからない。
話は変わるが、これは吉澤のテニスを表現する上で大切な事柄だから説明したい。
吉澤が学校のテストで桁外れの点を取れる理由は至極簡単な事だった。
教科書を丸暗記する。人よりも多くの時間勉強する。そんな事はしない。
第一、テニスの練習を夜遅くまでこなさなければいけないのに、勉強なんて
マトモにしている時間は無い。賢い吉澤は、予想する。
テストを作成するはずである教師の癖、好み、授業での注意点・・・。
それらを頭に入れて、吉澤はヤマをかけるように勉強する範囲を割り切る。
馬鹿げているように思えるが、その的中率は実に9割以上。
人間が作るモノなんて、例えどんなものにでもパターンが存在するのだ。
無駄なことは一切しない。吉澤が秀才な理由はそこにある。
- 459 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:55
- そしてこの場面でも、吉澤はこれまでのゲーム展開から相手の二人の癖を
体に刻み付けていた。高橋がクロスを打つ時の癖、加護がトリックショット
を打つ時の微妙な表情の変化・・・。
しかしそれは吉澤、そして相手の二人共に無意識に、だった。
だから吉澤はどうして加護がトリックショットを次に打ってくるのがわかるのか、わからない。
それでもわかるもんは仕方が無い。ソレを利用しない手は無い。
加護が仕掛けてきたドロップショットの要領で打ったトリックショットに、
吉澤は待ち構えていたかのような、鮮やかなパッシングを決める。30=0。
取られたら取り返せ。
その単純な思いだけが吉澤を突き動かす。負けられない自分を諭す。
高橋は怖くなった。
自分のサーヴィスゲーム。
有利に展開出来るはずのこのゲームで、どうして劣勢になっているのか。
指の痛みは言い訳だ。サーブに影響はしていないはずだ。
それなのに、今こちらを鋭い視線で見ているあの、ド素人は簡単に返してくる。
経験。吉澤は知らない。高橋がどれだけプレッシャーの中でもまれ、
このK学へそれでもテニスを続けにきた理由を。
幼少の頃から振り続けたラケットに宿るモノ。
それは、吉澤には窺い知る事が絶対に出来ない、経験という名の信念だ。
- 460 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:56
- ―――しかし、通じない。
思いは形となってはくれない。
その現実の厳しさを誰よりも心得ているのは他でもない、
崖っぷちの中でテニスをしている吉澤だ。
吉澤は高橋の魂のサーブに対し、もう二度とは打てないであろう、リターンエースを決めた。
軌道は余りにも鮮やかで、バックコート隅に突き刺さる、高橋のタイミングを完璧に
外した一打だった。
40=0。
これには吉澤も思わず希美のもとへ駆け寄り、最高の笑顔でハイタッチを求めた。
パチンと小気味いい音が響いて、ふと吉澤は矢口の方へ視線を向けた。
(矢口さん、見てますか?)
喜びはこうやって表現する。
吉澤は心の中で矢口にそう伝えた。矢口は、ベンチから無表情ながらも
しっかりと吉澤の視線を受け取ったようだった。
高橋は、この吉澤のリターンエースで、ほんの一時。
そう、このゲームだけ、自我を失ってしまった。
自分のサーブをド素人の吉澤に返されただけではなく、エースを決められた。
才能が無い。そんな事は、矢口を見て、真希を見てわかっていた。
それなのに、果たして自分は傲慢になっていたのだ。
サーブだけは、誰にも負けたくなかった。
ダブルフォールト。
この状況で誰が高橋を攻める事ができるだろう。
加護は高橋の心を汲み取った。歩み寄って、声をかける。
- 461 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:56
- 「愛ちゃん、愛ちゃんのサーブは最高や。でも、あの瞬間だけは
あのアホが化けもんになっちゃったんや。それだけ。落ち込んでると、
ごっちんが悲しむで。」
この場面、さすがに真希は笑っていなかった。
高橋がサーブにどれだけ思いを込めていたかは真希だってよくわかっている。
それを素人に返された。気持ちはわかる。まあ、真希も素人なのだが。
「そうだね。ごめん。もう・・・大丈夫だから。」
高橋を突き動かす、動力源。
それは、右手首に光る、一つの光源。
真希と一緒に、加護と一緒に、勝たなければこの心を突き動かす無限の光は、嘘だ。
立ち直って、自分の頬をパンパンと軽く両手で叩く。
そして新たに現れた高橋の表情は凛然としていて、加護の不安は一瞬で払拭された。
落ち込んでる暇なんてないのだ。ゲームカウント五=四。
もう、落とせない。
吉澤は、何かを掴んでいた。
試合を有利に進めるコツ、それとも相手の弱味、はたまた試合の流れ・・・
こういうノッてしまった人間を止めるのはそうそう容易な事じゃない。
一人、体力を持て余したようにサーブの体制に入る吉澤。
眼前のネット越しに、加護は吉澤を睨み付ける。
誰かコイツを止めてくれるのか?いや、自分が止めてみせる。加護は決意した。
そして次のゲーム。それは、極端な展開を見せる三度の内の、三度目のゲームとなる。
- 462 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:56
- 第十ゲーム、吉澤のサーヴィス。
相変らずの不器用なフォームなくせに、そのスピードは高校生レベルを優に超えている。
高橋は嫉妬さえしかけた。
テニスの基本の型さえ身につけてないのに、どうしてここまで順応できるのか。
レシーブに成功する。が、指にこれまで以上の激痛が走った。
うあっ、と、高橋は大きく顔を歪める。頬を引きつらせて、片目を思わず閉じる。
だが、ほんの一瞬だ。すぐに毅然とした表情を作り、前進する。
大きく呼吸しながらも、加護は丁寧なテニスをした。
受けのテニス。それは残りの体力を考えれば苦肉の策と言える。
吉澤の勢いを止める為に、粘りのテニスをしようと加護は考えた。
決めようとせずに、ただ返球に専念する。コースを塞ぎ、決定打を防ぐ。
吉澤は攻めに攻めた。サーヴィスコートとバックコートの境目付近で加護はよく動く。
バックハンド、フォアハンド、無難なボレーを決めて、吉澤を焦らす。
加護と吉澤の意地がぶつかる。
テクニックの無い吉澤は打球に単純な回転しかかける事が出来ず、決め手にかける。
加護は丁寧に拾うものの、体力が底をつきかけている。
最初に折れたのは、吉澤。ネットに引っ掛ける。0=15。
クソっと、舌打ちをする余裕がまだ吉澤にはある。それを見て加護は苦笑した。
- 463 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:57
- 次に、吉澤は加護に対してスライスサーブを打った。
加護のタイミングを外そうと考えたのだが、如何せん、甘すぎる。
(アホな頭で一所懸命考えてるわけね・・・)
しっかりと引き付けて、加護は丁寧にレシーブを決めると、
コートの中心辺りに居座った。また、同じようなテニスをはじめる。
高橋は希美のボレーをストロークで返すとネットについた。
すると気付けば、加護と吉澤の打ち合いが始まっている。
吉澤の強烈な一撃に対しても、加護はめげる事無くしっかりと返し続ける。
相手の勢いをいなす。
加護はまるで、猛牛の突進を寸ででかわす、マタドールのようなテニスをしている。
いなしていなして、寸での所でキチンとかわす。
残り少ない体力ながら、易々とミスを晒さない。
加護にここまで底力がついたのは、K学での厳しい練習のおかげに相違ないのだが、
それ以上に、精神力が強くなっていた。かつての臆病だった加護は影を潜め、
今は頼もしくて強いテニスをしている。
この試合中に加護はここまで強くなったのだと、逆サイドで加護の横顔を
覗いた高橋はそう思った。希美、そして吉澤が加護を強くしてしまった。
- 464 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:57
- 腕がだるい。加護がそう思った時には打ち負けていた。
吉澤のストロークが加護のミートを封じる。15=15。
ポイントを取った直後、吉澤は顎を上げて、どうだ見たかこの野郎、
そんな表情を加護に投げ掛けてきた。加護は力の無い笑顔でそれに答える。
(・・・大好きやこのアホ)
体が、重い。それでも加護はラケットを振り続けた。
打ち合いは続く。
吉澤の勢いは健在で、傍から見れば加護がどうしても劣勢として映ってしまうが、
決して、劣勢、では無かった。それでも、互角、と言えば嘘になる。
表現するのは難しいが、加護は負けていない。
経験とテクニックでカバーする。吉澤の単純明快な打球に対して
ほんのちょっとイジった打球を返す。それだけで、吉澤はいちいち完全なミートを
外されていた。本人は気付いていない。
加護は上手い。ただ単純にテニスが上手かった。
素人の吉澤、思い切りラケットを振って打ち込んでいるのに、
加護はヘロヘロと返してくる。微妙な回転をかけて。
- 465 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:57
- 打ち合っている手応えから、いける、と思ってしまった吉澤は力任せにストロークを
打って加護を制そうとする。が、なかなかしぶとい。
そうすると、決めに行くのを焦った吉澤はミスを晒した。
深いコースを狙いすぎたボレーはサイドラインを超える。
15=30。よっすぃ落ち着いて、と、希美の声が前から聞こえた。
(落ち着いてるよ)
心の中で言い返す。
吉澤はゴリ押しのテニスをしているが、決して冷静さを欠いてはいなかった。
もっと暴れたい衝動を抑えて、それでラケットを振っていた。
冷静に、加護のヘロヘロの返球に対して強烈な一撃を食らわす。
それなのに、決まってくれない。加護は返してくる。
自分の力が貧弱だからか?そうじゃないはずだ。
吉澤は汗を拭いながら加護をしっかりと見据えた。
首をだらりと前に下げて、ラケットを杖代わりに体重を支えている。
加護は背中で呼吸していた。
こんなポンコツに成り下がっているのに、どういう訳か、吉澤には
加護がとてつもなく大きく見える。
- 466 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:58
- フラットサーブを、完璧に決めた。
ヘロヘロになっていたはずの加護は一瞬だけ目に光を取り戻し、
リターンを完璧に決めてくる。そしてまたヘロヘロの様相を呈した。
ふざけてるのか真面目にやってるのか判断しかねる所だが、吉澤は加護の異様さに
飲まれかけている。
しかし、今回はあっさりと決まった。
加護は、何度目かに打ったボレーを大きくバックアウトしてしまう。
30=30。
ここまでか、希美は思った。加護のガソリンはもう、尽きた。
空を見上げると、馬鹿でかい太陽が一つある。
加護はネットにつき、それを見上げながら虚ろな表情でブツブツと呟いていた。
「・・・ぜっ・・たい・・・おわ・・たら・・しば・・く」
逆サイド前方にいる希美には、聞こえない。
レシーブの体制を取っている高橋にも勿論聞こえない。
同じくサーブの体制に入っている吉澤にも。
加護はそれでもブツブツと呟き続けている。
- 467 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:58
- 高橋が吉澤のフラットサーブを返した。ゲームが俄に動き出す。
加護は例の如く、同じ場所まで下がった。
あくまでも、吉澤の勢いを止めるつもりでいる。
だから吉澤も容赦なく加護を攻めた。高橋の『軽い』ストロークに対し、
無理やり軌道を変えて強烈なストロークを加護に送った。
加護は、返す。だが、弱い。
希美がその緩い返球を叩こうと前に出てきたのだが、
吉澤がそれを制してバックハンドで返した。
加護は、返す。
吉澤は思い切りラケットを振る。
加護は、返す。
吉澤は思い切りラケットを振る。
アウト。
異様な空気がコートに生まれていた。
30=40。
加護にはまるでナニカが乗り移ったような気配があった。
或いは、普通一般の人間には到底理解しがたい、ある境地にまで達したような。
とにかく、今の加護は何やら普通じゃなかった。
- 468 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:58
- 吉澤は、ゆらりと漂うように体全体を揺らしながらサーブを待っている加護に、
心を奪われかけていた。虚ろな瞳、もうボロボロだ。なのに、この威圧感は何だ。
自問してみても、吉澤にはわかるはずもなかった。
考えれば考えるほどに、加護の存在が大きくなる。
ゆらりゆらり、その奇妙な揺れが吉澤の脳内を支配して―――
「フォールト!」
何時の間にか、トスを上げる自分自身がまるで他人のように思えてきて―――
ラケットを振り下ろした時には、既に手遅れだった。
「フォールト!ダブルフォールト、ゲーム、K学園。」
加護は吉澤がダブルフォールトをやらかした瞬間、ヒャヒャヒャと笑い出した。
もうほとんど尽き果てていたのに、吉澤自らポイントを献上をしてくれるとは
思っても見なかったからだ。虚ろな瞳で哄笑するその加護に、吉澤は特に
苛立ちを覚えるわけでもなく、自責の念を覚えるわけでもなかった。
茫然と、加護を見る。
そうすると、ただ、ふと、現実の帳が下りたような、そんな奇妙な柔らかい錯覚を覚えた。
夢からの目覚め、吉澤はなにやら、嫌に落ち着いてる。
ゲームカウント五=五。
また並ぶ。
次は、加護のサーヴィスだった。
- 469 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:59
- 「あいぼん、大丈夫?」
笑い続ける加護に不安を覚え、思わず、高橋は駆け寄って加護に声をかけた。
高橋が傍らに来ても加護はまだ笑い続けている。
「ヒャヒャ・・・愛ちゃん、取ったで。アホの猛攻ウチが止めたんや。」
そう言うと加護はまた笑い出す。
高橋は首を傾げて加護の笑いを訝っていたが、何時の間にやらつられて
クスクスと笑っていた。もう訳がわからない。加護はイカれてしまったのだろうか。
イカれたとしても、加護はここ一番で最高の仕事をしたのだ。その事実は変わらない。
第十一ゲームが始まる。
漸く笑い終わり、一つ大きく深呼吸すると、加護はゆっくりとサーブの体制に入った。
体力が尽きたと思ったのに、まだ汗が止め処なく流れるという事は、
まだまだやれるという事だ。意味不明な理由付けをすると、何やら
不可解な闘争心が沸いてくるから不思議だ。加護の心はまだ折れていない。
「あいぼん!」
と、トスを上げる寸前の所で高橋が振り返って声をかけてきた。
首を傾げて、その意図を問う。とうとう指が潰れたのだろうか。
「あいぼんに、神のご加護を。」
「・・・氏ね。」
- 470 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:59
- 顔を伏せながら苦笑した後、思わず、とても酷い言葉で加護はツッコンでいたが、
言葉の意味とは裏腹に、高橋の事がこれまで以上に好きになった。
(愛ちゃんも、ホンモノのバカやなあ)
へなちょこサーブ。
腕が重い中、インさせるのがやっとのようなへなちょこサーブ。
吉澤は難無くリターンを決める。
そして思い切りダッシュしてネットに詰めた。
死にかけの加護を叩けば、ポイントは取れるはずだ。
吉澤はそう結論付けて、また先のように猛攻を徹しようと決意する。
が、高橋がそうはさせなかった。
加護が拾うはずの吉澤のストロークに、高橋は飛びついてボレーを返す。
クロスへ打った打球。指が悲鳴を上げた。だが痛みを噛み殺して、
高橋は相手の出方を待った。しかし、吉澤は返せなかった。前に詰めすぎていた。
0=15。
コクコクと頷いて、加護は高橋に微笑みかける。
こうやって支えてくれる相棒がいるから、自分はここに立てるんだな、
なんて事を改めて加護は思った。高橋の背中はとても大きい。
- 471 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 05:59
- 加護のへなちょこサーブに、希美は強烈なレシーブでお返しする。
力を振り絞ってその打球を返すと、加護は出来るだけネットに近づく。
大振りするのがとても億劫だった。もう、早く終わらせたい。
希美はレシーブを決めて、その場に留まった。
ストロークで消耗戦を挑んだ方が、今の状況では得策だと思ったからだった。
加護のストロークに、低い弾道のストロークを合わせる。それを加護はボレーで返してきて、
希美はストレートにフォアの一撃を決める。が、高橋がバックコートに潜んでいた。
軽やかなフットワークで打球の正面につき、丁寧にクロスを打つ。
そこには吉澤がいた。
ネットについていて、そのままボレーをストレートに打った。
抜ける。打球は誰もいないコートをそのまま通過するはずだ。
が、高橋が逆サイドから思い切り駆けて、追いついて見せた。バックハンドで返す。
運動量の多い高橋を気遣って、加護は三歩その場から後ろへ下がった。
高橋が返した打球に、希美がボレーを合わせる。難しい場所へ飛んだが、
後ろへ下がっていたおかげで加護が間に合った。ラケットを目一杯伸ばす。当てる。
それはネットについていた吉澤のすぐ横を抜けるパッシングになった。
危なっかしいテニスだが、ポイントを重ねる。
0=30。淡々としたこの展開がさっきのゲームからはまるで考えられなくて、
試合を観ている者は一様に、一瞬、全く違う試合を観ているのかと錯覚してしまった。
- 472 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:00
- 負けられない。
吉澤は加護のサーブに思い切りのいいレシーブを打って、ネットダッシュする。
加護の返球にはいちいち力が無い。同じように高橋にも。
序盤から運動量の多い試合だった。
加護の体力は底をつきかけ、高橋には何らかの異常が生じている。
機敏な動きで吉澤はボレーを打つと、加護が苦し紛れのようなロブを上げてきた。
負けられない。
希美はその低いロブにジャンピングスマッシュを決める。
さすがに加護は手を出さない。
15=30。しかし、何故だろう。手応えが無い。
なにやら実体の無い相手と戦っているような、そんな奇妙な感じを希美は覚えた。
続いて、吉澤が深いコースにクロスを決めた。30=30。
吉澤も同じく、手応えを感じない。
負ける気がしない。
高橋は試合途中、そう確信した。その確信はいまだ揺らいでいない。
指が砕けようとも、加護がぶっ倒れようとも、この試合は負ける気がしないのだ。
その根拠の無い確信が、実現しようとしている。
- 473 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:00
- 吉澤と、打ち合った。指の痛みは臨界点を越えたのか、打ち合っている間はまるで
痛みを感じなかった。四度目のラリー。そこで少し甘く返って来た吉澤の
ストロークに、高橋は強烈なドライブをかけたストロークを打つ。
これは素人では返せない。
自信満々といった風に、打ち終わった後高橋は戦意を捨て、直立した。
打球はバウンドすると、大きく跳ねる。
持ち前の反射神経を駆使して、吉澤はラケットを胸の辺りで振る。が、捉えきれない。
30=40。
相手がゲームポイントになったのに、それなのに嘘のように、危機感がない。
負けられないんだろ?吉澤は自分に問うてみた。勿論だ。勿論、そう答える。
あと一つ取られたら、相手はリーチだ。
サーブからレシーブ。そして幾度かの打球の交換。
ゲームは淡々と進む。
高橋と希美がボレーでやり合う。
やがて高橋が仕掛け、吉澤に低い弾道のストロークを放った。
当たり前のように、吉澤は加護のフォアサイドにボレーを返す。
そう、それは呼吸するように、当たり前の一打だった。いわば、惰性。
- 474 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:01
-
吉澤は打った刹那、視界の端に、ニヤリと、加護の口端がつり上がるのを見た気がした。
突然、フラフラしてる加護が一瞬だけ蘇り、双眸に鈍い光を湛え、吉澤のボレーに対し
強烈なスライスの回転をかけたストロークを打った。加護はまだ余力を残している。
スライスの回転ではあるのだが、打球は沈むと不思議なくらい『跳ね』ない。
迂闊だった。
冷静に見定めたつもりだったのに、詰めが甘く、吉澤は捉え損ねた。
ゲームを取られた。
危機感が沸かない。何故だ。
ゲームカウント五=六。
「がんばって!」
ベンチから仲間の声が聞こえた。がんばっている。吉澤は心中で返答した。
希美とアイコンタクトする。これを取られたら負けなんだね、
吉澤はぼんやりとそんな事を訊ねた。敗北。それはもう目の前にある。
すると、希美はそうだよ、と答えた。敗北。負けると、終わり。さよなら。
―――刹那。
ゾクっと、背筋に悪寒が走った。
「あああああ!!!!」
- 475 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:01
- 忽然、吉澤は地面に向けて叫んだ。
その途端に怖くなってきた。
冷静だと思っていたのは間違いで、実際は自失していたのだ。
マトモなテニスをしていたから、『意志』が欠けていた。
頭の中では負けられない、なんて言い聞かせていたが、体はそう思ってなかった。
加護との打ち合い。
あの時の手応えが、自分を盲にさせたのだ。
ド素人の癖に、K学の二人に通用すると思ってしまった。無意識のうちの自惚れ。
そうじゃない。この試合は、通用するとかじゃない。
気がつけば、相手はリーチと来ている。
吉澤は思い切り、下唇を噛んだ。俄に、口の中が鉄錆臭くなる。
現実の味だった。
絶対に、踏み留まろう。希美は諭すような口調で吉澤にそう言う。
唇の痛みからか、それとも己の愚鈍さに失望したからなのか、吉澤の
双眸はユラユラと涙で揺れていて、赤い。その赤い瞳で力一杯頷いた。
- 476 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:02
- 神様お願いします。勝たせてください。
希美はボールを眼前まで持ってきて、そう囁いた。
一勝一敗、そうなってしまってはどうしてもこの先、心許無い。
次の安倍が勝つ確率も凡そ高いとは言えないし、矢口は過去に惨たらしく
やられてしまったあの『死神』と相対する。そしてトリの梨華は決して
テニスが上手いとは言えない。
是が非でも、この試合は取らなければいけなかった。
現に、試合内容は互角、いや、それ以上に渡り合っている。
相手の消耗の具合から、このセットを取れば十分に勝機はあるのだ。
(神様)
トスをゆっくり上げる。乱れる呼吸を止めて、大きく体を反る。
そして、思い切り振り下ろした。魂を込めて打つ。
希美のフラットサーブは序盤の勢いさながらに、強烈な重みを帯びている。
体でミートのタイミングを覚えている高橋は、手を出すか一瞬だけ躊躇した。
一瞬だけだ。
次の瞬間にはしっかりとレシーブを打っていた。
しかし、ミートしたと同時に、薬指から全身に、表現する事も出来ないような激痛が駆け巡った。
思わず、ラケットを落としてしまう。
それでも『待った』なんて無いから、高橋はすぐにラケットを拾って
腰を落とした。右手にはもう、握力がほとんど残っていない。
- 477 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:02
- 高橋の必死のレシーブに、希美は容赦の無い、渾身のストロークを打つ。
高橋がラケットを落とすのが目に入った。
それを見計い、軌道をセンターラインに向ける。高橋はラケットを拾って
漸く戦線に復帰したところだった。思い出したように希美のストローク
に飛びつくが、それまでだった。痛みから、またラケットを落としてしまう。
15=0。吉澤と無言で拳を合わせる。そこに笑顔は無い。
希美は高橋が二度目にラケットを落とした時、
高橋は右手に何かしらの重い怪我を負っているのだとはっきりわかった。
もう、テニスを出来る状態ではないのではないか、本気で心配して、
次のサーブを打つ前に、審判に歩み寄り、その旨を伝える。
高橋は審判に手招きされて、審判台へ向った。
その理由がわかっていたので、殊に凛然とした表情を作りつつ、向う。
「ええと、高橋さん、右手に怪我してない?続行できる?」
若い審判は億劫そうに訊ねた。やけに気だるくて馴れ馴れしい
話し方に高橋は少し、苛立った。
希美は目の前の高橋を、真剣な眼差しで見つめている。
- 478 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:02
- 「全然大丈夫です。ちょっと滑っただけですから。」
そう言う高橋の薬指は、傍から見ても異常に腫れている。
「でも、ちょっと診てもらった方がいい。真っ赤だよ。腫れてる。」
「本当に、心配要らないですから。続けさせてください。」
ここで、希美が一言。
ほんの一言念を押せば、試合は中断していたはずだった。
高橋の指の状態は頗る悪くて、恐らく石黒は続行不可能を告げていただろう。
それでも、高橋の凛然とした態度、そこから来るどうしても決着をつけたいという
熱意が、希美を閉口させた。
試合はそのまま続けられる。
位置につく前に、希美は高橋にこう告げた。
「容赦しないよ。恨みっこなしだから。」
「わかってる。」
二人が初めて交わした会話は優しくない。
本当に勝利を欲する真剣勝負の世界では、友情なんて本来生まれないのかもしれない。
悪意とも取れる、その希美の言葉を訊いて高橋は安堵した。
ここで手加減してくるような相手だったら、この試合はこっちから願い下げたいくらいだ。
相手が希美で、吉澤でよかった。高橋は心底感謝する。
ギュッと掌を閉じてみようとするが、もはやどれだけ気持ちが強くても高橋には
完全に拳を握る力は無かった。
- 479 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:03
- 希美は対角線上でレシーブの構えを取って、ゆらりゆらりと揺れている加護を見る。
よくここまでやったものだと、希美は思った。最初から最後まで全力疾走。
三ヶ月前ならその場に立っている事も出来ないはずだ。
加護は強くなった。だけど、こちとら負けていない。
渾身のフラットサーブで加護をぶっ潰そうと思った。
が、どこにそんな力が残っているのか、加護は極端な猫背のような姿勢から
しっかりとリターンに成功する。そしてずるずると引きずるように前に寄ってくる。
そんな加護にとどめをさすつもりで希美はラケットを振るが、返してくる。
何が加護をそこまで突き動かすのか、希美が真希の存在の大きさを知るのは
もう少し先の事だった。
ゲームは展開する。
吉澤が、冴えた。
この土壇場、傍から見ても明らかにT高校の二人には余力がある事がわかる。
高橋の上手い逆クロスに、吉澤は必死の形相で食らいついてみせる。
加護の力を振り絞っての一打に、希美は容赦の無いパッシングを狙う。
押されて押されて、もう崖っぷちなはずのK学の二人のはずなのに、
どういう訳か、なかなかポイントを奪う事が出来ない。
- 480 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:03
- 力の無い高橋のストロークに、吉澤は加護のバックサイドを狙っての
ストレートを打つ。が、加護は決して死に球ではなく、生きた球を吉澤に返してくる。
今度、吉澤は軌道を変えて高橋のフォアサイドに思い切りストロークをぶち込んだ。
指の腫れ。傍から見ていても痛々しいのに、その手で高橋は渾身の一打を返してくる。
吉澤には理解しかねた。この一戦、K学にとって決勝戦でもなければ、落とせば負けが決定
するわけでもない。
二人を突き動かすモノは一体何なのだ。K学のプライドか、
それともレギュラーという名の足場を固める為に、勝利は絶対条件だからなのか。
どういう理由があるにせよ、吉澤は相手に勝ちを献上する訳にはいかなかった。
加護が、仕掛ける。
前に寄って来た吉澤に、カウンター気味でフラットのストロークを打った。
もしサイドアウトしても、それはそれで仕方ない。そう思っての強い一打。
が、アウトするまでもなく、吉澤は返した来た。へっぴり腰になりながら、
信じられない反射速度でボレーを打つ。加護は逆に面食らってしまった。30=0。
柔軟な吉澤の攻め方。なるほど。加護には吉澤の強さの秘訣がわかった気がした。
ド素人。
それが、吉澤の最大の武器だ。
- 481 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:04
- 順応能力の高さと、その持ち前のセンスで、何時の間にやら
完全に試合感を身につけている。自分や高橋のパターンも無意識の内に
悟っていて、だからこそマトモにやり合う事が出来る。
そして何よりも厄介なのは、そのテニスが型に嵌っていない所だ。
自由なテニスは予測を超える。
厄介な相手だ。どこへ打っても返される気がする。
しかし。
頭の回転がバカみたいに速い加護は、見出した。
その吉澤の弱点を。
公言通り、希美は高橋に対して本気のフラットサーブを打ち込んだ。
それがどうしたと、高橋は歯を食いしばってレシーブを打つ。
手が痙攣しているのがわかる。
それがどうした。
希美のストロークを高橋は大振りのフォアハンドで返し、ネットに詰めた。
それから加護と吉澤が二度打ち合って、加護が打ち損じた浮き球を希美が
見定め、ライジング気味のストロークで決めようとした。
強烈な一打。
触れると、地獄を見るのはわかっていた。
それなのに、高橋という人間はわからない。
両手持ちのバックハンドで、ストレートへ返した。
吉澤が何とか追いついてバックハンドで返すが、捉えきれず浮く。
それを、高橋が躊躇する事無く打ち下ろした。30=15。
高橋の表情は微動もしない。
その右薬指は、見るに耐えない深紫色へと変色している。
- 482 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:04
- 希美は加護に対して切れのいい、スライスサーブを打った。
そうして出来るだけ加護をコートの外へ追い出すと、ネットにダッシュする。
そのまま吉澤と二人で壁を作り、ネットプレーをはじめた。
加護のダッシュが遅れた所為で先にネットプレーをやられてしまった。
しかし、それがどうした。加護には策がある。
希美のバックサイドへ高橋がボレーを打った、が抜けない。
返された打球に、加護がバックハンドのストロークを吉澤のバックサイドに打つ。
つもりだったのだが、打球が緩すぎて吉澤にフォアに回り込む余裕を与えてしまった。
まずい、強烈なストロークを吉澤は打つ。これを見送ったら、点が入るんだろうな。
そう思った加護は飛びついていた。横っ飛びのボレー。
奇跡的に返して見せるが、浮く。吉澤がスマッシュの構えをした。
ちくしょー。フラフラの体に動けと叫ぶ。だが、答えてくれない。
吉澤のラケットから飛んだ球は加護の頬を掠めて後ろへ抜けた。
このゲームをもし、だ。もし取られた、恐らく高橋は続行できない。
高橋。
- 483 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:05
- 後ろで、食らいついた奴がいる。高橋しかいない。
高橋は吉澤のスマッシュをバックハンドで返した。起死回生、ではない。
打球は低く飛んだが、勢いがまるでない。
希美がソレに対して、コースをついたボレーを打ってきた。
ここしかない。
加護は、文字通り気力を振り絞って駆けた。間に合え、と思ってラケットを前に出す。
そうすると本当に届いてくれて、吉澤のバックサイドへボレーを返した。
ここしかない。
加護は一目散に前に詰めた。吉澤がバックハンドのストロークを打とうとしている。
どこへ打ち込んでくるのか、手に取るようにわかった。心持ち右斜め前に向けて前進する。
吉澤が当てた。瞬間、加護はフォアハンドのボレーをノーバウンドで合わせた。
サイドライン上に乗る、ギリギリの場所へ落ちる。30=30。
K学が追いついて、俄にT高校の二人は最悪の結果を意識してしまう。
それでも吉澤の信念は固かった。
負けるものか。この試合に勝って、自分自身を清算するのだ。
過去も未来も何もかも、全て納得する為に、どうしても勝ちたい。
これまで友達でいてくれたみんなに、恩返しがしたい。
だって自分はバカでアホで、これまで何にも貢献なんて出来なかったじゃないか。
松浦には酷い事をしてきた。それなのに今でもずっと傍にいてくれる。
安倍の笑顔を見ていなかったらテニス部なんて入らなかった。
紺野はいつでも優しくて、梨華と希美は親友だ。
それで矢口は自分と似ていて、自分なんかよりももっともっと・・・
- 484 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:05
- 希美のフラットサーブをやはり、高橋は返してきた。
指は限界を超えているはずなのに、どうしても高橋は負けてくれないらしい。
高橋はまるで自分から望んでいるようにラリーをこなす。
希美が仕掛けたクロスへの一打は加護によって制された。吉澤のフォアサイドへ
ボールは飛ぶ。それを、吉澤はまるで予想もつかないようなフォームで
打ち返してきた。足を内側へ捻じ込んで、腕だけラケットを振った。
型に嵌らない吉澤のテニス、だが、一つだけ吉澤には綺麗なフォームの、
お手本のようなショットがある。
高橋が吉澤の打球を深い位置で拾い、そのままロブを打ち上げた。
吉澤の頭を越えれば、それはそのままコートに沈んで誰も拾えないだろう、
そこまで精度の高いロブを、高橋はその手で打って見せた。この試合で、
ラケットを握る事が金輪際出来なくなった所で、それが何だと言うんだろう。
吉澤はジャンピングスマッシュを打とうと、高橋のロブの高度を確かめつつ、
膝を僅かに曲げて、次に飛んだ。瞬発力は桁外れで、高く飛んだ吉澤は
そのロブに何とか届いて見せた。打ち下ろす。が、当てた場所が悪かった。
ラケットの先っぽ。打球はコートの中に沈まず、そのままバックラインを大きく超えた。
30=40。K学のマッチポイント。
諦めてたまるかと、吉澤、希美の表情は共に、決然と生きている。
- 485 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:06
- 「よっすぃ。」
「のの。」
二人はお互いの名前だけ呼び合って、視線を合わして、意志を交換した。
まだまだ、二人には力が残っている。―――勝とう。
「・・・・・愛ちゃん。マジラスト。これが、最後。後一つ取ろ。」
絞り切った雑巾のような加護の状態、訥々と言葉を紡いだ。
「・・・わかってるやよー。」
指の痛みで頭がぶっ壊れた。訳じゃない。高橋はこの場面ですら
加護をリラックスさせようとしている。
「・・・何がやよーや・・・ツッコム体力、もうないわ、ウチ。」
「・・・あいぼんに会えてよかった。」
「・・・それは、ウチの、セリフ、やったり、するかもしれない。」
そう言うと、加護はフラフラとバックラインまで下がった。
疲れた。もう終わらせたい。
まだ頭の回転が利いてる間に、試合を決めたい。
氷の風呂に入りたいとか、全身に水を被ってキャッキャッしたいとか、そんな
くだらない事ばかり考えて、加護は太陽を睨み付けた。
(こんな苦戦したんは、お前のせいや)
心中で愚痴って、レシーブの構えを作った。
もう希美のサーブなんて受けたくなかった。これが最後。加護はそう自分に言い聞かせた。
- 486 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:06
- 神様。
希美は囁く。無論、そんなものが存在しているなんて信じていない。
ただ、もしだ。もし、気持ちの強さが試合展開に影響してくれるなら、
神だろうが悪魔だろうが、何にだって拝んで見せる。
奇跡。何でもいい。この試合、勝ちたい。
フラットサーブを打った。
加護は腰を思い切り捻り、最後の力を振り絞ってレシーブを決める。
これでおしまい。
もう二度と、希美のサーブなんて返さない。
そう心の中で呟いていると、今度は希美の強烈なストロークがやって来た。
体の中の残りカスを掻き集めてソレを返す。
これでおしまい。
もう二度と、希美のクソ重い球は返さない。
そう心の中で呟いて、前にトコトコ詰めた。
希美はその加護の甘いストロークを、丁寧に、それでも思い切り
センターライン目掛けてラケットを振った。
低い弾道だったが、高橋が拾って見せた。しかし、吉澤が既に
その返球に構えている。フォアのストロークを、加護のバックサイドに
打ち込んだ。決まる。加護はもう拾えない。吉澤の思惑通り、打球は後ろへ抜けた。
- 487 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:06
- しかし、高橋がいる。もう感覚で動いていた。培ってきた勘というモノが、
土壇場になって無意識の内に働いてくれている。
しかし、手が持たない。
返したものの、あんまりにも痛くて、それからは
心臓が一つ弾む度に、ズキン、という痛みが全身に駆け回るようになった。
その都度、高橋は小さい悲鳴を上げる。
心臓が止まればいいのに、何て事を本気で考えた。
高橋の力のない打球に、吉澤は気持ちを落ち着かせて、フォアのボレーを
コースに打つ。しかし、何時の間にやら後ろに下がっていた加護が
食らいついた。空っぽの加護がここまで動くのは、自分の中でゴールを定めているからだった。
このゲームが最後。このゲームをもし取れなかったら、勝ちなんてくれてやる。
そう割り切っていたから、加護は踏ん張れた。
希美が高橋と加護の中間、絶妙な空隙にボレーを打った。
お見合い、希美はそれを期待したが、加護と高橋はアイコンタクトして
どちらが返すか一瞬の間に決めていた。
- 488 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:07
- 加護だった。
高橋の指を気遣った加護が、この場面でボレーを打った。
加護は一振り毎に、これが最後、と自分に言い聞かせ続けた。
だが、中々最後になってくれなくて、吉澤は加護が打ってきた
ほぼ無回転のボレーをバックハンドのストローク、フォームは完璧、
しかも、スピンの回転をかけて打ち込んだ。バックハンドのスピン。
前回の試合、これで勝負を決めた。今回も、同様に絶対に成功する。吉澤は願った。
そして、叶った。
打球は切れのいいスピンの回転を帯びていて、加護のフォアサイドに落ちると、大きく跳ねた。
第二セット、吉澤はまだバックハンドのミスを一度も晒していなかった。
どうだよ、松浦。もう極めたぜ。何て事を不意に心中で呟いた。
スピン。加護はそこまでは読めなかった。加護が見出した吉澤の弱点。
それは、自由奔放で型に嵌っていない吉澤のテニスの中で唯一、型にガッチリ嵌っていた
バックハンドのショットだった。教科書通りのフォーム。故に、読みやすい。
軌道は読めたのに、回転がかかっている。もう知るか。
それでも。
- 489 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:07
- 体が、動いてくれた。正確には、体が勝手に反応して返せていた。
加護のフォアの一振りは吉澤の完璧な一打を見事に制して、
そのまま、吉澤のタイミングを外して、バックコートに落ちる。終われ。加護はそう願った。
そして、叶った。
希美が食らいつくようにバックハンドを打ってきたが、捉えきれず
打球はネットを越えなかった。終わりたくない。希美はそう願ったけど手遅れだった。
観客が、決着の証である喚声を上げても、吉澤はまだ認めていなかった。
「まだやれるよ。」
立ち尽くして、そう呟いた。
しかし、観客の喚声やら何やらによってその声は掻き消されてしまう。
「やれるよ!!」
吉澤は叫んだ。それでも、対面のコートでは加護と高橋が抱き合って
何やら、心底安堵したような表情を作っていた。
気付くと、希美がすぐ後ろまで来ていた。
- 490 名前:最終話、青のカテゴリー 投稿日:2003/09/20(土) 06:08
- 「のの、まだやれるってば。ね?」
「よっすぃ・・・」
「やだよ。負けたくない。やだよ。ヤダ。」
「まだ、終わった訳じゃないよ。安倍さんも矢口さんも、梨華ちゃんもいる。
これで並んだだけ。まだ終わりじゃないよ。」
「なんで、なんで、あたしはいっつも・・・」
語尾が声にならなくなって、吉澤は顔を伏せた。
希美はグスっ洟を啜り、俄に込み上げてきた涙を堪えながら吉澤の大きな背中を擦った。
空には一つ、大きな太陽が我が物顔で居座っていて、
それは絶え間なく、誰一人として差別する事無く、その場に平等に光を注いでいた。
――――――――
- 491 名前:カネダ 投稿日:2003/09/20(土) 06:11
- 更新しました。
いろいろと考えてみた結果、次の更新時に新スレを立てようかと
思います。まだこのスレにも容量は残っているのですが、
万が一の事を考えて、そうしたいと思います。
6スレ目・・・計画性のない自分が恥ずかしい・・・
- 492 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2003/09/20(土) 14:06
- ネタバレしてしまいそうなので多くを語りませんが、
この試合も凄く良い展開で、読んでいてドキドキしっぱなしでした。
次の試合も凄く楽しみにしています!!
- 493 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003/09/20(土) 21:44
- カネダさま、更新お疲れ様です。
保存をさせていただきだしてからもうすぐ1年です。初めてはまった娘。小説が今でも続き楽しく読ませていただけることに感謝です。
これからも、楽しみに更新を待ってます!!
PS:吉澤・辻vs加護・高橋戦は、前・後半の2文書に分けて保存させていただきました。
新スレにも憑いて逝きます!
- 494 名前:dada 投稿日:2003/09/21(日) 01:39
- この試合の辻加護かなり好きです。何度も読み返しちゃいました!!
試合中の心理描写が現実と重なる気がしました。
5期が入ってきたり、分割で離れたりと一緒にいることが減ってしまったけど、
お互いを認め合っている感じがします。
お互いの成長に泣きそうになったとこが1番好きです。
次の試合も楽しみにしてます。
- 495 名前:ヨードーケッティ 投稿日:2003/09/21(日) 02:44
- 息するの忘れていたかも・・・。
この四人、それぞれ好きです。
四人とも頑張って欲しい。
試合の結果は作者さんでなく、四人が決めるのでしょう。
(なぜなら、今、コートの様子がありありと浮かんでいたから。
描写にも、展開にも引き込まれまくってます!)
- 496 名前:まる 投稿日:2003/09/21(日) 13:19
- いよいよクライマックス。もうどっちが勝っても負けても文句言いません。まあ言う気はないですけど。自由に書いてください。お待ちしております。
- 497 名前:aishite 投稿日:2003/09/21(日) 21:08
- やはり100から先が読めません。
- 498 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/21(日) 21:20
- >>497
そういう事は小説スレで聞かずに案内板の質問スレなどで聞きましょう。
作者さんや読者さんの迷惑になりますよ。
- 499 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003/09/22(月) 21:55
- >>497 aishiteさま
作者のカネダ様に許可をいただいて、小説部分の保存させていただいていますので良かったら見てください。
http://kuni0416.hp.infoseek.co.jp/text/BlueCategory/index.html
です。
カネダさま、次の試合も熱戦、期待してます!!
- 500 名前:aishite 投稿日:2003/09/23(火) 10:15
- ありがとうございます。すいません迷惑なレスして。
気をつけます。
- 501 名前:名無し 投稿日:2003/10/11(土) 00:27
- 作者ガンバレ
- 502 名前:カネダ 投稿日:2003/10/16(木) 02:22
- レス有難う御座います。
本当に励みになります。
>>492読んでる人@ヤグヲタ様。
有難う御座います。
試合もそうなんですが自分では、書いてて面白いか、とか盛り上がってるのか、
とかわからないですから、そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。
>>493、499ななしのよっすぃ様。
一年・・・もうそんなに・・・早いですね。
今まで見捨てずに読んでくれてどうもありがとうございます。
そしてこれからも読んでくれれば幸いです。
>>494dada様。
何とかしてリアルの娘。達の要素を組み入れようと
必死になってます。2ちゃんネタもですが(w
分割は悲しいと思ったけど、次の新曲はまた娘。で出すらしいですね・・・
>>495ヨードーケッティ様。
そうですね。
この一戦(三回戦)はどちらが勝つか予め決めないで書き始めてます。
あとは勝手に選手が動いてくれて、その流れのまま勝敗がつくって感じですね。
>>496まる様。
どっちの高校も思い入れが深いですから勝敗つけるの本当に辛いです(w
なんだか悪役になってる気分になります・・・
どっちも勝たせたいんですが、そういう訳にもいかず・・・
>>497、500aishite様。
ここは自分のサイトじゃないから何とも言えないんですが、
ななしのよっすぃ〜様のサイトでも保存してくださってるので、
一度お邪魔してみてください。何とか解決できたらいいですね・・・
>>498名無し読者様。
わざわざすいません・・・
>>501名無し様。
ガンガリます。
- 503 名前:カネダ 投稿日:2003/10/16(木) 02:57
- また性懲りも無く「空」に新スレ立ててしまいました。
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/sky/1066238782/
これからもなにとぞよろしくお願いします。
- 504 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 12:09
-
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