intersection

1 名前: 投稿日:2003年03月26日(水)20時18分55秒
吉澤さん中心のお話を書いていきたいと思います。
少し切ない感じのものになると思いますが、
宜しくお願いします。

アドバイス等いただけたら幸いです。
2 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時23分10秒
『微笑みの向こう〜後藤真希の想い』


あなたは今誰に微笑みかけているのですか?
ひとりで泣いているのですか?


一緒にいるときには気付かなかった。
会えない時間が教えてくれたの?


こんなにセツナイのなら知らなければよかったよ、こんな気持ち。


隣にいることが当たり前で、それになんの疑問も持っていなかった。
それがどんなに素敵なことかも分かっていなかった。

だから平気だったんだね、あなたが誰に微笑みかけていても。

そしてあたしの前でだけみせるちょっとした弱さとか、辛そうな顔とか、
疲れた様子とか、そういうことに優越感を感じていたのかもしれないね。


3 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時24分48秒
「よっすぃー大丈夫かな?」
「うん、必死に隠そうとはしてるけど、かなり辛そうだもんね。」

「気付かないふりしてた方がいいのかな?」
「オイラ達は知ってるからいいけど、最近やる気がないんじゃないかって言われちゃってるしね。何とかしないと。」

「でも本人もそのことで悩んでるみたいだし。」
「しっかりやれよって思うけどよっすぃーの気持ち思うといくらオイラでも言えないよ。」

「自分が情けないです、何もしてあげられないなんて。」
「石川はさ、よっすぃーのこと好きなんだろ?支えてあげなよ。」

「‥‥うん。」
4 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時25分31秒
娘。の楽屋に遊びに行こうとして偶然聞こえてきた会話。
知らなかったよ、あなたが悩んでるなんて、苦しんでいるなんて。


だって私に会うときはいつも笑ってるもん。

「真希ちゃーん、会いたかったよー。」なんて言いながら笑ってるもん。


もう隣にいられないから、私には何も言ってくれないの?
今まで感じてきた想いは自惚れでしかないの?
もう傍にいることさえも出来ないの?
5 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時26分37秒
「よっすぃーいるー?」
「んーいないよ。」

収録が終わり帰る支度をしていると楽屋のドアが開いてひょっこりと辻が顔を覗かせた。


「なんだ絶対ココだと思ったのに。」
「いないの?」
「うん、一緒に帰ろうっかなぁーって思って。あーでもごっちんと帰るよね。」
「うん、でも特に約束はしてないけど…。」

辻が絶対にココだと思ってくれたことが嬉しかった。
だけどココにはいないことが悲しかった。

約束はしてなくても一緒に帰れると思っていた。
そんな自信を持っていたことに気付かされて、急に不安になった。


だから少しだけ自信を取り戻しに行こう、
あたしならよしこをすぐに見つけられる。
6 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時28分06秒
ほら、ね。
あの後姿はまぎれもなくよしこだ。


だけど聞こえる声はふたつで。


「うん、梨華ちゃんありがとね。」
「でも……。」
「頑張るよ、うん、頑張らなきゃね。」
「よっすぃーは今でも充分頑張ってるよ。」
「あはは、梨華ちゃんありがとう。でもさ、もっともっと頑張れるし、頑張らないと。」
「よっすぃ〜。」
「ん?」

「あのね、………好きな人いる?」



「んーどうだろうね。」



「それより冷えてきたねー、風邪ひいちゃうよ、そろそろ帰ろう、ねっ。」
「……うん。」



ふたりに見つからないように身を隠してふたりの背中を見送った。
7 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時29分26秒
よしこ酷いよ、梨華ちゃんが思いっきり勇気出して訊いたのに、あんな誤魔化し方して。
よしこ酷いよ、あんなにきれいな笑顔で梨華ちゃんに微笑みかけて。
よしこ酷いよ、あたしをこんなにセツナクさせるなんて。



とぼとぼと永遠とも思われるテレビ局の長い廊下を歩きながら思う。

「好きな人いるの?」なんて今のあたしには訊けない。 と。

前に訊いたとき、よしこはなんて答えてたっけ?
なんであたしそんなこと平気で訊けたんだろう、訊いたんだろう。

そんなことを考えながら、
たどり着いたその先に帰り支度を整えたあなたがいた。
8 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時31分32秒
「ごっちん、どこ行ってたんだよー、よしちゃん待ちくたびれたぞー。」


いつもと変わらない笑顔のあなたがいた。


「あーごめんごめん、ちょっと待ってて。」
「あのさー今日、泊まってもいい?つーか泊まる。」
「あはは、決定なんだ。」
「うん、決定。いいよね?」
「もちろん、いいよ。」

何食べたい?なんて話をしながら帰った。
だけどあたしの頭の中にはそれらは全く入ってこなくて。

「ごっちん、どうした?」

なんて心配までされた。
9 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時32分11秒
「よしこ。」
「ん?」


「・・・・・。」
「なんだよー。」

あたしは何か言いたくて、だけれど何も言えなくて。
言いたいことすら見つけられなくて、頭も心もいっぱいで。

そんなもどかしさと戦いながら、よしこの腕に自分のそれを絡ませた。
お互いの体温を奪い合う、だけどぬくもりは増えていく。
白い息が二本並んで冬に溶け込んでいくのを眺めながら、

この腕を自分のものにしたいと思った。

誰にも渡したくないと思った。

よしこが誰に微笑みかけても心が痛くならない自信が欲しかった。



この時自分の独占欲に侵食される怖さを初めって知った。
10 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時32分51秒
結局気持ちなんて何も話せないまま、
いつものようにふたりでご飯を作って、ふたりで食べて、
いつものように別々にオフロに入って、
いつものように同じベッドで特にくっつくこともなく眠った。



次の日、よしこはやけにすっきりした顔で、


「ありがとう、ごっちん。」


と、訳のわからない言葉を残して先に家を後にした。
11 名前:intersection 投稿日:2003年03月26日(水)20時33分47秒
その笑顔がまたいっそうあたしをセツナクさせるけど、
でも昨日のような痛みはなかった。
それは何故だか判らないけど。


だけどよしこを見送った後、
ただただ弱虫で臆病なあたしは毛布に包まり
よしこが忘れていったマフラーを握り締め
小さな叫び声をあげて、少しだけほんの少しだけ泣いた。


涙が出たのは冬めいた朝の凍えそうな霜風が目に染みただけ、
きっとそう、その涙に訳なんかない、ねぇそうでしょ?



ねぇよしこ、今あなたは誰に微笑みかけてますか?
12 名前: 投稿日:2003年03月26日(水)20時37分21秒
初回更新そして第一話終了です。
第二話は『溜息のその中に〜飯田圭織の想い』になります。

こんな感じで書いていきたいと思っていますので、
よろしくお願いします。
13 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月27日(木)02時23分21秒
新しいの始めたんですね。
あっちの甘い感じとは違って切なさ全開…短いお話がいくつも続くのかな。
こういう感じ(一つのテーマで短編が続く)も好きなので期待してます。
14 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時31分22秒
『溜息のその中に〜飯田圭織の想い』


「はぁ、ダメだぁ。」

彼女は控え室に戻ってきて私の隣のパイプ椅子に座るなり
ため息混じりにそう呟いた。


「大丈夫?」声をかけようとしてやめた。
彼女が落ち込んでいる理由はなんとなく判っていたから。
さっきマネージャーに呼ばれてを下を向いてついていく彼女の姿を見かけたから。
15 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時32分35秒
「分かってるんですよ、分かってるんだけど…。」
 
よっすぃーは誰に言うでもなく小さく声をもらした。

そっと横を見ると、両手をギュッと握って何かに耐えるようにして
目をつぶっている彼女が見えた。


私は次に出てくる言葉を待った。
でもいっこうに次の声はなく、
彼女は静かに視線で控え室の中をかきまわしていた。
16 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時33分50秒
ここには四人の娘。達。
あいぼん達の到着が遅れていて突然の休憩にウキウキしながら
みんな方々へ散らばっていき、残っているのは圭ちゃんと石川と私とよっすぃー。


圭ちゃんと目が合う。


「石川、コーヒーでも飲みに行こうか。」

石川はよっすぃーのことを気にしていたが、
圭ちゃんはNOと言わせない誘いで石川を外に連れ出した。

これで残っているのはふたり。
17 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時34分51秒
それでも、よっすぃーは何も言わない。
弱音吐きたくないんだよね、自分の力で立っていたいんだよね、
突っ張っていないと倒れそうで怖いんだよね。
分かるよ、そういう気持ち。


「カヲリは今読書に夢中だから、誰かが独り言を言っても全く聞こえないよ。」

だから、よっすぃーが何を言ってもそれはよっすぃーの独り言だよ。
そして私は手にもっていた文庫本に視線を落とした。


息をすることさえも躊躇われてしまうくらいの静寂があたりを包み込んでいる。
読んでもいない本のページをめくるその紙ずれの音と
壁に掛けてある時を刻む音だけが響く。


やがてその音にあたしの大好きな声が加わる。
18 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時36分03秒
「なんででしょうね、、ダメなんです。力がどうしても入らないっていうか。」

言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めてくれた、彼女。


「こんなんじゃファンの人にもスタッフにも申し訳ないし、ちゃんとやってる他のメンバーの足を引っ張っちゃってる事も判ってるんです。」


「それに‥‥‥。」


彼女が飲み込んだ言葉を私は私の中で続けた。


『それに、ごっちんに悪い。』   だよね。
19 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時37分52秒
彼女の中でのあの娘の存在が大きいことなんて誰もが知っていたけど、
だけど私はここまでとは想像していなかった。

私じゃあの娘の代りにはなれないの?


「今の状態がごっちんのせいだなんて思われたくないんです、でもそれ以上にごっちんがいないとダメだなんて思われたくないんです。」

「情けないじゃないですかこんなの……。本当に自分が情けないです。」



『ごっちんがいないとダメだなんて思われたくない』
それはあの娘がいないとダメだって言っているようなものだって
よっすぃーは気付いてるのかな?
20 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時38分43秒
そんな彼女のふともらした本音が、
私の抱いていたかすかな希望にとどめを刺した。

あの娘とキミの間にあいた実質的な距離を少し喜んだ私はズルイよね。
でもそれが本心で隠すつもりはないよ。


だってこんなに好きなんだから。



そのきれいな茶色の髪の間からのぞくキミの横顔に触れたい。
そのまっすぐな大きな瞳に私だけを映して欲しい。
あの娘がつかんで離さないキミの中心に住みたい。
21 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時40分03秒
「ごめんなさい、こんな話して……。はぁーもう大丈夫です。」
 

よっすぃーは大きく息を吐いて、握っていた拳をゆっくりと開いた。
よほど強く握っていたのだろう、開いた手のひらはビックリするくらい白かった。
しかしすぐにその大きくて優しい手に生命が戻ってきた。
彼女は何度か結んだり開いたりを繰り返し、
そしてもう一度大きく深呼吸してその両手を力強く握り、
それを自分の額に強く押し付け何かを祈っていた。

そうそれはまるで、

右手に弱い心を閉じ込め

左手に強い決心を掴みとって

両手の拳を固く固く握り締めて心を確認するかのように。
22 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時41分18秒
そして顔をあげたよっすぃーは今まで見た中で最高にきれいな笑顔を、私に見せてくれた。
 
私だけにくれた笑顔。

ううん、違う、違うことなんて知ってるよ。
それは、その笑顔はその瞳の先にいるあの娘に向けた笑顔だもんね。

結局辛い顔させたのもあの娘だけど、
こんなにきれいな笑顔にさせることが出来るのもあの娘だけなんだよね。


痛いくらいに思い知らされた。
ずっと前からキミの心に訪れることは出来ても住人にはなれない事は分かっていた。

分かっていたつもりだったのに。
23 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時42分08秒
「本当は最初から飯田さんに聴いてもらいたかったのかも知れません。」


なんて言うからまた好きが増えてしまう。

キミは残酷な人だよ、天使の顔して私の心を震えさせるのだから。


でも、それでもキミが好き。
だから、だからこそキミが好き。
この恋が報われることが永遠に来ないとしても、
きっと来ないだろうけれど、心でキミが好き。
24 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時43分13秒
「ちょっと外の空気吸ってきますね。」

キラキラ光る風を連れてよっすぃーは立ち上がり外へ向った。
ドアを開けたところで振り向いて、

「独り言に付き合ってくれて、ありがとうございました。」

と爽やかに言った。

「カヲリは何もしてないよ、読書に夢中だったんだから。」

「じゃぁ、居てくれてありがとうございました。」

「うん。」

25 名前:intersection 投稿日:2003年03月31日(月)19時43分48秒
『居てくれてありがとう』その言葉だけを胸に閉じ込める。
それだけでしばらくはやっていけそうな気がした。

でもね、ずっとキミを呼び続けるよ、
今までもしてきたように、これからもずっと。


私はここに居るよ、ずっと居るよって。

そう、たとえキミがここに居なくても。

そう、たとえキミがあの娘の為だけに笑っても。

私はここに居るよ、ずっと居るよ。
26 名前: 投稿日:2003年03月31日(月)19時49分35秒
第二話、更新しました。
次回は『不器用な涙〜矢口真里の想い』です。

>13 名無し読者様
 レス有難うございます。
 こっちは切ない感じが出せたらいいなと思っているので、
 そう言ってもらえると嬉しいです。
 今後もよろしくお願いします。
27 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月02日(水)01時36分37秒
なんか静かに静かに進行していく感じがいいっすね。
『居てくれてありがとう』って結構大きい言葉じゃないかな…
こういう言い方は雰囲気にそぐわないけど、
やっぱりよっすぃーは天然タラシの素質充分って感じですね。
次回の更新も楽しみにしてます。
28 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月03日(木)18時00分53秒
せつないねーぇー
Ahせつないねーぇー
と、テツandトモ風に歌いたくなるくらい切ない

ところで「ibichan」と言う名に心当たりはおありですか?
凪と言う名前でちょっと知り合いがいまして
29 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月03日(木)18時02分02秒
すいませんあげちゃいました
30 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時32分27秒
『不器用な涙〜矢口真里の想い』



「よっすぃーのこと好きなんだろ?支えてあげなよ。」
「そうですよね。」


梨華ちゃんを控え室に残しオイラが向ったその先で、
圭ちゃんはコーヒーを飲んでいた………おいしくなさそうに。

ホットコーヒーだったと思われるそれからは、
白い湯気は立ち昇ることはなく、ただ黒い波が揺れていた。
でも今の圭ちゃんにはどんなにおいしいコーヒーだって
なんの味もしないだろうから、目の前のそれと大差はないかもね。
31 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時33分51秒
「本当に圭ちゃんあれでいいの?」
「いいよ、それよかごめんね変なこと頼んじゃって。」
「それはいいけどさー。」
「だって今のあたしじゃあの子の背中押してあげられないからさ。」
「圭ちゃん……。」


圭ちゃんの真意が分からない。
オイラには理解出来ない。
なのに圭ちゃんは満足そうにしている、ワケワカンナイ。



圭ちゃんが石川を見つめ、石川がよっすぃーを見つめ、
そのよっすぃーは空を見つめて誰を思うの?

まぁ知ってるけどね。
32 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時34分50秒
その日の帰り間際、梨華ちゃんがよっすぃーを呼び出しているのを見かけた。
背中を押した効果大ってとこだな。


でもちょっと複雑、
石川が上手くいくといいなと思う、
よっすぃーにも笑顔でいて欲しい、
だれど、なによりも圭ちゃんに幸せになって欲しいんだよね。


圭ちゃんに視線を送るとにこやかに頷き、
この後あけておけという命令を無言で伝えてきた。


圭ちゃんが納得しているならそれでいい、
オイラが納得していなくてもそれでいい。
33 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時35分58秒
しばらくなっちとじゃれあっているとよっすぃーが石川を連れて帰ってきた。
その話が石川にとって手放しで喜べる結果じゃないってことはすぐに分かった。

本当に石川は分かりやすい。
それとは逆によっすぃーは気持ちを隠すのが上手い。
だから今回こんなにまいってる姿を見ることになるとは思ってもいなかった。
それくらいごっつぁんの存在が、
よっすぃーの中で大きいことを誰もが感じていた。

なんとか力になってあげたい、オイラでさえ切実に思うのだから……。


「この後矢口と食事に行くんだけど、石川も行くわよね。」
34 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時38分03秒
帰り支度を整えて控え室を出て行くよっすぃーの背中を目で追いながら
彼女はコクリと首を縦に振った。
そんな梨華ちゃんはなんだか弱々しいというか女の子で、
圭ちゃんじゃなくても守ってあげたいと思わせる雰囲気で。

だけどこの世の中はそんなに上手くはいかないものナリ。


たわいもない会話で盛り上がり、食事は滞りなく終了。
オイラ達は梨華ちゃんを乗せたタクシーを見送った。
車が左折し、そのテールランプが見えなくなると同時に
「矢口、もう少しいい?」
と、今まで明らかに作っていた元気を崩して圭ちゃんが言った。
35 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時38分58秒
「ごめん、散らかってて。」
「いいよ、いつものことだろー。」
「五月蝿い。」


結局、圭ちゃん宅。
人目を気にせずゆっくり話せる場所イコール圭ちゃんち。
これいつものパターン。


「早速だけど、なんで訊かなかったの?」
「何を?」

圭ちゃんはきっとオイラの訊きたいことなんて分かっている筈なのに、
何を?なんてとぼけながら、
右手に赤、左手に白のボトルをどっちにする?と交互に持ち上げた
36 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時40分12秒
「よっすぃーと何を話したか。」
「そんなの聞いてどうすんの?」
「まぁそうだけどー。」

オイラは左手を持ち上げたときに頷き、
圭ちゃんは慣れた手つきでコルクを抜き、グラスにうっすら緑がかった薄黄色を満たした。


聞かなくても梨華ちゃんの様子を見れば大抵のことは想像がつく、でも知りたいじゃん。
それは単なる好奇心や野次馬心だけなじゃいよ、心配なんだよ梨華ちゃんが。
37 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時41分38秒
「じゃぁさなんで圭ちゃんは石川を応援してんの?
 だって圭ちゃんは好きなんでしょ?」

「好きだよ。」


即答出来るほど好きなくせにどうしてアプローチしないんだろう、
石川だって圭ちゃんを好きなはず、
よっすぃーを想っていても辛いだけなら
圭ちゃんのぬくもりをとっても誰も文句は言わない。
だから圭ちゃんが押せば言い方は悪いけどオチルはずなのに、何故?
石川が幸せならそれでいい、そんなことを思っているのだろうか?
38 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時43分10秒
「別に石川が幸せになるならそれでいい、なんて思ってないわよ。」
「えっ?」
「そんな美しい考えの持ち主なんかじゃないわよ。」


そう言った圭ちゃんはなんともいえない表情をしていた。

「私だって思わない訳じゃない。好かれている自信もある。」
「うん、そうだよ。梨華ちゃんは圭ちゃんを頼ってるしね。」


「そう、そこよ、そこなのよ!」

急に大きな声を出すからグラスの中のアルコールが驚いて揺れていた。
恐るべしケメコパワー!
なんて感心しながらも冷静に「そこってドコだよ」なんてツッコミを
口に出さずに入れてみた。
39 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時44分27秒
なぜ言わなかったのかといえば、


「そう、そこなのよ。」


と今度は小さく、声がしたから。


「どういうこと?」

「石川はあたしを頼ってくれてる、でもね。」
「うん。」
「石川が頼って欲しい人はあたしじゃないってことよ。」

「・・・・。」

何も言えなかった。
40 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時45分08秒
「だからって諦めた訳じゃないのよ。でも、勝てる気もしないのよ。」
「そんなことないよ、ケメコが負けるわけないじゃん。」
「ありがとう、矢口。」

気休めなんかじゃないのに‥‥。
だけどこれ以上何か言ってもチープな言葉にしかならない気がして、
何も言えなかった、言わなかった。

しばらくの沈黙の後、圭ちゃんが昔話をするみたいに
遠くを見つめながらゆっくりと言葉を紡ぎだしはじめた。
41 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時46分24秒
「ねぇ矢口。」
「何?」
「前にさ雪降ったことあったじゃない?」
「うん、結構降ったよねぇ。」
「あの時思ったのよ、
 『あぁこの子にはかなわないなぁ』って。」

「もっと分かりやすく話せよー。」


本当はなんとなく感覚で分かっていたけど、
この時はもっとはっきりした何かを聞きたかった。
42 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時47分34秒
「あぁごめん、ごめん。あのね、前日の夜に天気予報見ながら、
 『雪かぁ積もるかなぁ』なんてワクワクしたのにさ、
 実際朝起きて雪が降り積もってるのを見ると、
 『道路混むよね少し早めに家を出ないとダメかな、嫌だなぁ』
 って思ったのよ、あたしは。」
「うん。」
「なのにさ、よしこはかなり早くから来て、
 加護とめちゃめちゃ楽しそうに雪だるまとか作ってんのよ。」
「あーあいつらバカみたいにはしゃいでたもんね。」
「矢口もね。」
「キャハ。」
 
あの日は矢口さんも遊びましょーよーってよっすぃーに誘われて、
雪合戦とかしたんだった。
寒さなんて気にならないほど楽しかったんだよね。
43 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時48分56秒
「で?」
「それを見て自然に顔がほころんでたのよ、あたし。
 あの子の楽しそうな顔見てたらさ、なんだか幸せな気分になれたのよ。」
「そっか。」

「うん、私は純粋に雪を楽しめなかった。でもあの子はまっすぐに楽しんでた。」
「でもそれは圭ちゃんが大人だから、仕事のこととか色々考えて‥‥。」

「それは違うよ、あたしが大人だからとかそんなのだけじゃないよ。それにそれが大人ってことならあたしはそんなつまらない大人にはなりたくないな。」


そう言いながら圭ちゃんはグラスに残っていた液体を体内に流し込んだ。
44 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時50分04秒
「あのね、矢口。」
「ん?」
「あたしは卑怯なことをした。」


「よしこが誰を求めているか分かった上で、石川の背中を押した。」
「もういいよ、圭ちゃん、分かってるから。」


圭ちゃんの想いが伝わってきて、泣きたくなるくらい痛かった。
45 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時51分40秒
「それも自分でやらないで矢口にやらせた卑怯者だよ。」
「そんなに自分責めるなよー、それが石川の為なんでしょ?」

「いいように言えばね。石川はきちんと自分の気持ちにけじめをつけなきゃ前に進めない気がしたのよ、よけいなお世話だけどね。」
「うん、分かるよ。それにいくら圭ちゃんの頼みだからってオイラが間違ってると思えばやらないよ。だから今回のことはさオイラの意思でもあるんだよ。」

「そう?」
「うん。」

「なら今日は飲むわよ!」
「キャハハ、もうすでに飲んでんじゃんかよ!それにならって何だよ!訳分かんねぇよ!」
46 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時53分01秒
そうだよ、飲み込んで吸収していらないものは吐き出す。
そうしないとね、体の中いっぱいになっちゃうよ?
だからオイラでよかったら相手するよ。つーかむしろさせろ!


「あたしさ、いい友達持ったよ、矢口と友達になれてよかったよ。」


圭ちゃんが照れくさそうに言った、酔った勢いを借りて。
普段なかなかそんなこと言ってくれないから、すごく嬉しかった。
うん、オイラもよかったよ。


このとき何故か、
きっと彼女は不器用に涙を流してるんだろうなとなんとなく思った。
目に見える涙ではなくて心から流れ落ちる雫。
人はそれを溢れさせることで色んなバランスを取っているのかもしれない、
そんな風に思った。
47 名前:intersection 投稿日:2003年04月10日(木)22時53分45秒
それでね圭ちゃん。
ヤグチはそんな不器用な圭ちゃんが大好きです。
幸せになって欲しいんです。
恋に仕事にお互い頑張ろうね。


「それでさ、相談なんだけれども。
 ヤグチと圭ちゃんの友情を更に深める為にもさ。」
「うん。」


もうすでにお互いの呼吸はバッチリなんだけどね、
だってお互い目を見ただけで次の言葉が分かるから。

はい、いくよ圭ちゃん!せーの!


「「もう一本ワイン空けようよ!」」
48 名前: 投稿日:2003年04月10日(木)23時08分22秒
第三話更新しました。
途中、矢口さんが石川さんを語るとき石川だったり梨華ちゃんだったりと統一されてなく、読みにくくなってしまって申し訳ありません。
直前に梨華ちゃんと呼ぶことに変更することにしたので‥‥言い訳です。

次回は『声を聴かせて〜石川梨華の想い』の予定です。

レス有難うございます。

>27 名無し読者様
 静かに静かに進行していく感じってなんかとても嬉しいです。
 『居てくれてありがとう』は吉澤さんならはまる気がしたんです。
 今後も応援よろしくお願いします。

>28 名無しさん様
 切ないって言ってもらえて嬉しいです。
 すいません、心当たりないです。
 あげても構いませんよ、お気になさらずに。
 お知り合いとは別人ですがよかったら今後も読んであげてください。
 
49 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月11日(金)12時19分56秒
圭ちゃんとやぐっつぁんの友情が胸に染みました。
好きにも色んな形があるんだなぁ・・
50 名前:秋良 投稿日:2003年04月12日(土)08時59分49秒
やぐっちゃんイイ人ですね。
圭ちゃんの不器用さや優しさが凄く伝わってきました。
そんな圭ちゃんのことを大好きなやぐっちゃん・・・
圭ちゃんとやぐっちゃんの友情ってイイですね。
51 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時40分13秒
『声を聴かせて〜石川梨華の想い』


彼女があの扉を開けて入ってくるのを待っていた。
彼女が扉を開けてくれるのを待っていた。



みんなは突然の休憩にうれしそうに楽屋を出て行ったけど私はそんな気分じゃなかった。
というよりもよっすぃーが気になってしまったから。


ずっと誰よりも近い場所に居れると思っていた。
彼女とは同期でお互い一番信頼できる仲間だった。
今でもそれは変わらない。


‥‥‥だた一番ではなくなってしまったかもしれないけど。
52 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時41分11秒
お互い相談だっていっぱいしたし、きっと他の誰よりも分かり合えていたと思う。
いつの頃からか相談相手はそれぞれ別の人になってしまった。
だってよっすぃーのことを本人には相談出来ないでしょ?
とはいってもはっきりとこの気持ちを口にして
誰かに伝えたことはないのだけれども。

それは、怖いから。

相手に拒否されることはもちろんだけど、

自分の気持ちを決定ずけて受け入れることが怖いから。
よっすぃーを好きだということを認めてしまうのが怖かったから。


ごっちんが卒業してよっすぃーの右側にポッカリと空席が出来た。
もしかしたらチャンスかもしれない、でもそこに座る気は私にはない。
だって誰かの代わりなんて嫌だもの。
私は私の席をよっすぃーの隣に創るから。

せめてもの強がり。
精一杯の強がり。
53 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時44分28秒
ぼんやりとそんなことを考えていると、楽屋のドアが開いてよっすぃーが入ってきた。
彼女はまっすぐに飯田さんに向っていって隣に座った。


イスはたくさんあるのに、座る場所はいっぱいあるのに。


最近、飯田さんと遊んでいることが多いよっすぃー。
そういえば言ってたよね。

「矢口さんは周りの空気の色を変えることが出来る人、飯田さんはその人の空気の色に自分を変えることが出来る人だと思うんだぁ。」

って。
54 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時47分14秒
私がよく分からないって顔をしたら、

「なんていうんだろ、飯田さんはこっちの周波数にチャンネルを合わせてくれる感じがするんだよね、だから小さい声もちゃんと聴いていてくれる。だから一緒にいると心地がいい。矢口さんは元気をくれる人、飯田さんは安らぎをくれる人、そんな感じがする。」

って。

だから飯田さんなの?
私じゃなくって飯田さんの隣なの?


私だって少しは自信あるよ。
よっすぃーの声ならどんなに小さくても、
声にならない声だってちゃんと捕まえてみせるから‥‥‥。
55 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時51分31秒
「石川、コーヒーでも飲みに行こうか。」

保田さんが強い眼差しで私に言った。
よっすぃーのことが気になったけど、
今私がすべきことはこの誘いを素直に受けることだなんて分かりきっていたから、よっすぃーと飯田さんを残しその部屋を出た。


保田さんは優しい。
すべて分かった上で何も訊いてこない。
保田さんはあったかい。
一緒にいるとホッとする。
保田さんは大人。
私はまだまだ子ども。


黙って差し出された紅茶に口をつけた。
それはとても甘くて脳の一部が痺れてしまうくらい甘くて、
だから私はそれを夢中で体内に取り入れた。
56 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時52分32秒
「しかし、あんたよくそんな甘いもん飲めるわよねぇ。」
「保田さんが買ってくれたんじゃないですか。」
「そうだけど‥‥でも正解でしょ?」
「はい。」

悔しいけど正解。
保田さんはいつも私に正解をくれる。
だからつい甘えてしまう。
そして時々思ってしまう、このまま抱きしめてもらいたいと。



だけど、その度に想う、私が抱きしめたい人のことを。
57 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時55分13秒
私たちが控え室に戻るとそこには本を読んでいる飯田さんしかいなかった。
私がよっすぃーの行方を尋ねようとしたら、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。

「重いってー、降りろよー。」
「「あー楽チン。」」
「矢口さーん、助けてくださいよー。」
「ったく、ほら降りてあげなよ。」
「「チェッ。」」
「はぁ〜。って何してんですかー。」
「「あー矢口さんずるーい。」」
「キャハ、あー楽チン。」

その声が段々大きくなってきて、そして控え室のドアが開いた。
58 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時56分38秒
「あんたたち何騒いでんのよ、もう。」

保田さんが呆れながら言った。

「だって圭ちゃん聞いてよ、ロビーからここまで加護と辻が背中にへばりついて離れなくって、やっと降りたと思ったら矢口さんが〜。」
「はいはい、それは大変だったね。って矢口いつまでおぶられてる気?」
「あれ、気付いちゃった?」
「気付くだろ、普通。つーかよっすぃーもいつまでおぶってる気?」

保田さんが矢口さんを見上げてるなんだか不思議な光景。

「いや、矢口さんならいいかなぁなんて。」
「あーはいはい。」

更に呆れる保田さんを無視して矢口さんをおぶったままグルグル回って遊ぶよっすぃー。
59 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時57分53秒
「あはは、楽しー。」
「うわっ、危ないってよっすぃー。」
「大丈夫でーす。」
「あーちょっと、怖いって、おろせー。」
「嫌でーす、うぉーカッケー。」

無邪気に遊ぶよっすぃーに私の頬は緩むけど、無理しているようにも見えて辛くなる。
と同時に矢口さんにさえも嫉妬している自分に気付く。
よっすぃーの笑顔が本物でなくても笑顔にさせているのは事実で、
それを引き出しているのは矢口さんだから。
私は無力でだた見つめていることしか出来なくて。

そして思い出してしまう、よっすぃーの心を独占している彼女のことを。

よっすぃーに本物の笑顔をさせることのできる彼女のことを。
60 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)22時59分20秒
収録の合間、偶然矢口さんとふたりきりになった。
そして背中を押してもらった。
私はきっと分かってる、分かってるけど分かりたくなくて、
だけどこのままじゃいられないんだよね、
このまま立ち止まっていても何も始まらないから。



「よっすぃーちょっといい?」
「うん。」

よっすぃーはありがちだけどって言いながら屋上に連れてきてくれた。

「うわー寒いけど気持ちいいいねー。」
「うん、気持ちいいね。」
「で、どした?なんかあった?」
「ううん。」
「なんだよー梨華ちゃん、このひーちゃんに何でも言ってみなさいって。」

言いたいことが上手く言葉に出来なくて、
本当はよっすぃーを励ましたいのに、支えたいのに。
61 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)23時03分06秒
「おーい梨華ちゃーん。」

よっすぃーが私の顔を覗き込んできた、あのキラキラした瞳で。
今その瞳に私が映っていた。
今よっすぃーはその瞳に私だけを映してくれていた。

「あのね、よっすぃー。」
「ん。」
「大丈夫?」
「えっ。」
「あのね、辛かったら辛いって言っていいんだよ。」
「・・・・・。」
「私は辛いよ、よっすぃーが苦しんでいる姿を見るのは。」
「ごめん。」
「違う、違うの。」

よっすぃーに謝ってもらいたい訳じゃないのに。
何で上手く伝えられないんだろう、なんで言葉に出来ないんだろう。
だけどよっすぃーは分かってるからと優しく微笑んでくれた。
62 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)23時03分49秒
「少し甘えてたのかもしれない‥‥でももう大丈夫明日から頑張るよ。」
「本当に大丈夫?」
「うん、梨華ちゃんありがとね。」
「でも……。」
「頑張るよ、うん、頑張らなきゃね。」
「よっすぃーは今でも充分頑張ってるよ。」
「あはは、梨華ちゃんありがとう。でもさ、もっともっと頑張れるし、頑張らないと。」
「よっすぃ〜。」
「ん?」

そんな流れではないけど、でも何でだか今だって気がしてしまった。


「あのね、………好きな人いる?」


「んーどうだろうね。」


「それより冷えてきたねー、風邪ひいちゃうよ、そろそろ帰ろう、ねっ。」
「……うん。」


よっすぃーのその返事は真冬の冷たい外気よりも私の心を凍らせた、
どんなに冷たい風よりも痛く突き刺さった。
63 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)23時06分09秒
その後、保田さんに誘われてご飯を食べに行った。
けど何を食べたのか、どんな味だったのか、全く覚えていない。
気付いたときにはタクシーに揺られて自分の部屋の前まで来ていた。


夜空を見上げたら悔しいくらいに綺麗な三日月が私を照らしていた。



よっすぃーの気持ちなんて訊かなくても分かっていたはずなのに。
何度もこの気持ちを忘れようと思った、前に進もうと思った、
だってそこに未来はないもの。
だけれどその度に挫けてしまう。
私が送ったくだらないメールの返事が来ないだけで、
バカみたいに不安になるんだもん、
あなたの着信音がなるだけで心が躍り出すんだもん。

ねぇ、よっすぃー、私はあなたを想っていてもいいのかな?
64 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)23時06分51秒
熱いお風呂に入って、余計な事を考えないように寝てしまおうとベッドに入った。
だけど眠れるはずもなく、目を瞑ればよっすぃーの笑顔。
こんなに顔は思い出せるのに、不思議と声は思い出せない。
今日のこと昨日のこと、初めて逢った日のこと、
この部屋で時間を忘れてお喋りして朝になってしまった日のこと、
いろんな思い出のページを捲っても声が聴こえない。
よっすぃーが話した台詞は覚えているのに、声が聴こえない。

ねぇ、よっすぃー。
こんな夜には朝を迎えに行く風に乗ってあなたに逢いに行きたい。
ねぇ、よっすぃー。
こんな夜には涙にぬらした頬が乾くまで私の瞼の裏で微笑んでいてね。
ねぇ、よっすぃー。
お願いだから、私に声を聴かせて。

あなたの声を聴かせて。
65 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)23時11分38秒
次の日誰よりも先によっすぃーの声が聴きたくて逢いたくて早めに仕事場へ向った。
でも彼女はまだ来ていなかった。
次々に娘。達が集まるなか、なかなかよっすぃーは来なくて、
あいぼんが早くこないかなーと隣でつまらなそうにしていた。

結局よっすぃーが姿を現したのは時間ギリギリだった。

「おはようございます。」
「よっすぃー遅いぞー。」

すかさずあいぼんが体当たり、
それをなんなく受け止めたよっすぃーは私に声はださずにおはよと笑った。

「よっすぃー新しいマフラー買ったの?」
「あぁ、これね、うん。元気になるお守りなんだ。」
「ふーん。」

そんな会話をしつつあいぼんを引きずりながらまっすぐに私に向って来た彼女は、
そのマフラーをゆるゆると首から解き、そして握り締めながら、

「今日も頑張ろうね。」

とよっすぃーは微笑んだ。
66 名前:intersection 投稿日:2003年04月16日(水)23時12分32秒
その声はどこまでもあたたかく、
その笑顔はどこか昨日までとは違っていて、
やわらかくて優しい感じが戻ったような気がした。


「うん、頑張ろうね。」


うん、頑張るよ。
諦めるのなんで無理だもん。
無理に忘れようとしたり諦めたりするのはもうやめたの、
それってかなり後ろ向きな考えだって思うから。

私はちゃんと前を向いて言えるもん、よっすぃーが好きだって。
だから頑張るよ。

私の声があなたに届くように、精一杯あなたに送るから。
あなたの小さなどんなに小さな声も聴き逃さないから、
だからいつか声を聴かせてね、


あなたの声を聴かせてね。
67 名前: 投稿日:2003年04月16日(水)23時21分32秒
第四話更新しました。
次回、最終話の予定です。

レス有難うございます。

>49 名無し読者様
 このふたりの友情はとても熱い気がしまして。
 そうですね、好きにも色々あって友情もそのひとつで、
 とても素敵なものだと思います。

>50 秋良様
 圭ちゃんの不器用さは愛すべきもののような気がしまして、
 とは言っても実際はどうか分からないですけど。
 私の中で矢口さんは果てしなくいい人です。
 今後もよろしくお願いしますね。

68 名前: 投稿日:2003年04月16日(水)23時27分20秒
うわーなんかレス変だ!追記します。

>50 秋良様
 実際どうか分からないってのは圭ちゃんが不器用かどうかでして‥。
 もちろん圭ちゃんは愛すべき存在ですよ!はい。
 
69 名前:名無し娘。 投稿日:2003年04月17日(木)01時13分52秒
はじめまして。
矢口編が、とてもリアルで。あぁ、矢口言いそうだなぁ、と感心しました。
作者さんの言う失敗(?)も、違和感なく読めました。
こう、時間軸が少しづつズレていて、でもなにげに繋がっているっていう構成は、
本当にすごいことだなぁと感服いたしました。
これからもがんがってください!応援しております!
70 名前:名無しヲレ 投稿日:2003年04月17日(木)07時37分37秒
相変らず、大きな事件が起こるわけでなく静かに静かに進行していくのがいい感じ。
今までのも良かったけれど、やっぱり凪さんの書く梨華ちゃんは
すっごい優しくてかわいくて好きです。
もう、次回で最後ですかなんか残念ですけど静かにゆったりした表面の裏に
きっちり計算された構成があるのだろうなぁと期待してたので
どんなふうにまとめるのか楽しみです。
71 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)17時58分36秒
後藤が見上げる空の下で同じように同じ空を見上げる吉澤。
お互いを想い合い、そしてふたりの想いは同じなのに‥‥‥。

『この恋が勇気さえあれば好きだと言えるならどんなに楽だったろう。』

この想いが友情の延長ではないかもしれないと気付いてしまった時から、
小さく生まれた気持ち。

どんな恋だって簡単にはいかない、そんなの分かってる。
だけど今回は手強すぎる。
失うものを想像してしまった時、不安でいっぱいになる。
お互いを想うあまり、もうふたりは身動きが取れなくなってしまう。


ふたりが見上げている空は知っている、ふたりの想いが通じ合うことを。
そして誰もが知っている、ふたりがお互いを必要としていることを。

そしてふたりの時間も緩やかに動き出している‥‥‥。
72 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)17時59分56秒
『微笑みの向こうに〜後藤真希の想い〜』


あれから数日が過ぎてもあたしの胸のチクチクはなくならないでいた。
でもその正体にも気付いてしまったから、
ただじっと、ただじっとやり過ごそうと思っていた。
原因が分かったからって解決しないことなんてこの世の中にはたくさんある、
『好きだけじゃダメなんだ』
ってこともこの世界に入ってから嫌ってほど思い知らされた。

だけどね、頭では冷静に考えられるのに、
心で好きが止まらない、止められないんだもん。

首に巻いたマフラーからかすかに香るよしこが最近よくつけているフレグランスの香りに身を包んでゆっくりと深呼吸した。

よしこが忘れていったマフラーは、
あの日からずっとあたしを温め続けていて
あたしの不安をちょっぴり取り去ってくれていた。
73 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時00分39秒
今日は久しぶりに皆と一緒。
実際には久しぶりじゃないかもだけど、
毎日のように会っていたからちょっと会わないだけでもかなり久しぶりな気がする。

こんな気持ちもいつの日か薄れてしまうのかな?
よしこと会わない日々も普通になってしまうのかな?

そんなのイヤだ、
一緒にいるのが当たり前で、
会えない日がイレギュラーで、
だけど会えれば嬉しくて、そんな関係でいたいのに。
74 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時01分46秒
そして変に意識してしまったあたしは、おかしいくらいによしこと話せないでいた。
だけどそれはあたしだけが感じていたことなのかもしれない。
誰もそんなことには気付いていない様だったし、
よしこさえもあいぼんとあたしの周りをバタバタと走り回り、
いつもと同じようにちょっかいを出してきた。

なんだ案外みんなあたしのことなんて見てないんだ、
なんて思ったりはしないけど、
少し寂しかったのはやっぱりあたしの心がよしこを求めて止まないからで、
少しぐらいは気付けよ、なんて思ってしまう。

自分の気持ちに気付いてしまってからはその気持ちが加速度をつけて増えていくみたいだった。
そして考えるのはよしこの気持ち。
あたし達の間には揺るぎない友情が確かに存在していて、そこには安心感がある。
でも今のあたしはそれ以上を期待してしまっている、そこには不安ばかりがつのる。
そしてあたしはここにいて、よしこはいったいどこにいるんだろう?

それを確かめるべくあたしは少しの期待といっぱいの不安とともに歩を進める
75 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時02分39秒
いつものように約束なんてしていないけど、
いつもは迎えに来てくれるのを待つのだけれど、
今日は自分から出向くことにした。


控え室のドアを開けたところで梨華ちゃんと会った。

「お疲れ様、あれごっちんこれであがりなの?」
「うん、梨華ちゃんは?」
「私はこれからラジオ。」
「18になっちゃったもんね〜。」
「うん。でも楽しいよ。」
「そっか。」

そんなたわいもない会話の間、梨華ちゃんの視線はあたしの首元に注がれていた。
そしてその視線の訳はすぐに解明された。
76 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時03分35秒
「ごっちん、そのマフラーよっすーのとおそろい?」
「あぁこれよっすぃーのなんだよね、この前泊まった時に忘れてったみたいで。」

「そういうことなのね。」

梨華ちゃんが小さく言った。

「なにが?」
「よっすぃーは忘れたんじゃないみたいね。」
「えっ?」

さっぱり話が分からなかった。

「ごっちん自分のマフラーは?」
「あぁそういえばどこいったんだろ?」

言われてみればあたしのマフラーを最近見かけていなかった。
あれ結構気に入ってたのに。
77 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時05分38秒
そんなあたしに梨華ちゃんは少し悩んだ仕草をしたけど話してくれた。

「この前ねよっすぃーがいつもと違うマフラーしてきてて、
 あいぼんがね「新しいマフラー買ったの?」って訊いたの、
 そしたらよっすぃーは『これは元気になるお守りなんだ』って言ってた。
 それはごっちんのマフラーだったんだね・・・。」

梨華ちゃんが一瞬辛そうな顔をしたから、この話を聞いて本当は嬉しかったのに苦しくなった。
多分、多分だけど梨華ちゃんもあたしと同じなんじゃないかと思った。

「ありがとう。」

わたしが言える精一杯の言葉。
ごめんねって言葉も浮かんできたけどそれは梨華ちゃんに失礼な気がして飲み込んだ。

「うん、どういたしまして。じゃぁ行くね、ごっちんバイバイ。」
「うん、またね。」

手を振って何度も振り返りながら去っていく梨華ちゃんはとても可愛かった。
78 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時06分30秒
そしてあたしは自分の首元にあるマフラーの温かさをより感じながら、
娘。の控え室のドアを開けた。

そこには圭織の姿しかなかった。

「あれ、みんなは?」
「あー、ごっちん。よっすぃーがちょっと待っててだって。」
「そっか。」




「なんかごっちん達の関係っていいよね。」


「へっ?」

圭織が突然まじめな顔していうから思いっきり声が裏返ってしまった。
79 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時07分50秒
「あはは、なに慌ててんの?」
「いや、だって〜。」
「約束なんていらないんだね、ふたりは。」
「どういう、意味?」


「だって、今日も一緒に帰るなんて約束してないんでしょ?」
「‥‥うん。」
「さっきね、よっすぃーが、
  『あーそうだ、カオリさん。多分もう少ししたらごっちんがくるから
   ちょっと待ってって言っといてー。』
  『約束してるの?』
  『してない!けど来るから。お願いしますねー。』
 って。」


よしこがそう言ってる姿は容易に想像できた。
自信を持って『来るから』って言ってくれたことだけで幸せな気分になった。
80 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時09分18秒

「羨ましいな。」


圭織はそう言った後、口を一文字に結んで少し淋しそうに笑った。


「もう少しでよっすぃーも戻ってくるだろうから、帰ってもいいかな?」
「あぁ、うん、ありがとう。」
「じゃぁごっちん、頑張るんだよ。」
「・・・・。」
「お疲れ様、またね、バイバイ。」
「お疲れ様でした。」


頑張るんだよってあたしの頭をなでた圭織の手の平は、
とても温かくて大きくて優しさが嬉しかった。


圭織の手の平はよしこのそれとよく似ていた。
81 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時10分02秒
目を瞑ったら何故か涙が溢れてきて、
心を埋め尽くしていたよしこが一気に躰いっぱいに広がって、
自分ではもうどうしようも出来なくて。



「ごっちんお待たせーって、ええっ、なに、何で泣いてんの?」


勢いよく入ってきたよしこは、あたしが泣いているのを見て驚いてるようだった。
あたしは必死に涙を止めようとしたけど、そうしようと思えば思うほど、
涙はあたしの意思とは関係なく溢れてきた。

顔を上げられなかった。
きっとよしこは困った顔をしているだろうから。
82 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時10分39秒
だけど、

「泣いてもいいよ。」


声が降ってきた、ふわっと降ってきた。


「なんだか分かんないけどさ、泣いちゃえ。」


よしこの声がやわらかく降ってきた。

そしてやわらかく包み込まれた。
83 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時11分50秒
やっと涙が止まってきてよしこの顔を見上げたら、
ニコッと笑って、


「このまま離したくないな、ごっちんのこと離したくないな。」
 

なんて言うんだもん。


「よしこはバカだ、ホントにバカだぁ。」


そんなこと言われたら折角止まった涙、また溢れちゃうよ。
84 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時12分46秒
体中が熱くて、心も熱くて、
からだ全部が心臓になったみたいにドクドク鳴って、
それでもとても心地よくて。

やがて聴こえてきた自分とは違うリズム。


この人は鼓動さえも優しいなんて‥‥。


他の音があたしの耳には届かなくなった。
時間が止まってみえた。
此処だけ周りの空間から切り離されて、
異空間にでもいるようなそんな感じだった。



ずっとこのままでいたいと本気で思った。
85 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時14分19秒
それからふたりで手を繋いで帰った。
春の匂いがする坂道を、手を繋いで歩いた。
次の休みにはお弁当を作って公園に行こうねって話した。
夏になったら海にも行こうって約束した。



結局気持ちは何も話してないけど、
いつものようにふたりでご飯を作って、ふたりで食べて、
いつものように別々にオフロに入って、
いつもと違うのはお互いの体温をすごく近くに感じながら眠ったこと。
86 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時15分01秒
次の日、あたしはすっきりした気持ちでよしこに

「いってらっしゃい。」

が、言えた。


あたしは独占欲とかそういうのに押しつぶされていて、
ちゃんと見えていなかったのかもしれない。

よしこはちゃんと隣に居てくれるし、
あたしもちゃんと隣に居てあげられる。

手を伸ばせばそこにはお互いのぬくもりがある。

だけど、たまには不安になって震えることもある、
そんな時には呼べばいい、呼んで抱きしめ合えばいいんだ。
87 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時15分53秒
今、あたしの部屋のクローゼットにはあたしのマフラーがかかっている。
もう、マフラーを必要としない季節になったから。
もう、あたしに達にマフラーは必要ないから。




だけどね、やっぱり私たちは弱虫だから。


88 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時16分36秒

ベットの脇でよしこが忘れていった帽子が笑った。
わざと忘れていった、わざと忘れて行かせた帽子が光ってる。


だからあたしはその帽子をかぶる、
よしこと一緒に今日も歩く、


ふたりは並んで今日も進む。
89 名前:intersection 投稿日:2003年04月24日(木)18時21分43秒
言葉にすればそれはすごく曖昧で、
そもそも言葉でなんか表しきれないもので、
だけど確かに存在している。


それがあたしたちのカタチ。
これがあたしとよしこのカタチ。



よしこの微笑みの向こうには明日があって、
あたしの微笑みの向こうにも明日がある。


見詰め合えばいつだって微笑の向こうにはあなたとあたしがいるから。


だから今日もふたりは並んで歩いていく。


そう、それが、あなたとわたしだから、あたしたちだから。


90 名前: 投稿日:2003年04月24日(木)18時33分22秒
更新しました、これにてこのお話はおしまいです。
読んでくださった方々、本当に有難うございました。

そしてレス有難うございます。
やはりレスをいただくと頑張らなくっちゃと気が引き締まりますし、
やる気もでますから。

>69 名無し娘。様
 矢口さん編気に入ってもらえたようで何よりです。
 違和感なく読めたと言っていただけてホットしてます。
 このお話はこれで終了ですが、違うお話をココに書くつもりなので、
 今後もよろしくお願いします。

>70 名無しヲレ様
 梨華ちゃん、大好きなのでやっぱり力入りますから(笑)
 ご期待に添えましたでしょうか?
 今回は静かに切なく話を進めてきましたが、最後は‥。
 今後も是非よろしくお願いします。
91 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月25日(金)00時57分51秒
このシリーズが終わるまでレスをするのを遠慮していました。
何となく、全部読ませてもらってから感想を言いたいなぁと思って。

みんな一生懸命で、不器用で。一人一人の想いが切なくて。
でも読んでてなぜかあったかい気持ちになれました。
あまり上手に言えませんが、いいお話だと思いました。
ありがとうございます。
92 名前:COW 投稿日:2003年04月25日(金)01時05分05秒
はじめまして。
話に引き込まれて、一気に読ませていただきました。
読んでいて、切なくなりながらも、最後は納得の行く結末で・・・
ホント素敵な作品でした。
できれば、よっすぃーの気持ちも読んで見たかったかな。。。
93 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月14日(土)20時32分59秒
 
94 名前: 投稿日:2003年06月17日(火)22時26分07秒
レスありがとうございます。

>91 名無し読者様
 あったかい気持ちになれたなんてとても嬉しいです。
 このようなレスをいただき私もあったかい気持ちになれました。
 こちらこそ有難うございます。

>92 COW様
 よっすぃーの気持ちを書くかどうか最後まで悩みました。
 が、書かないで如何によっすぃーの気持ちを伝えられるかというのが
 今回の私の課題だったので‥。
 ちゃんと出来ていたかどうか心配です‥。
 もしよかったら次のお話もお付き合いください。

 では、新しいお話をはじめたいと思います。
よろしくお願いします。
 
95 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月17日(火)22時29分29秒
「今日も暑いですねぇ。」
「暑いねぇ。」
「そうだ、海行きませんか?」
「まだ泳ぐには早いよ?」
「誰が泳ぐって言いました?」
「誰も言ってないけどさー。それに、よっすぃー海嫌いじゃなかった?」
「嫌いですよ。」
「じゃぁなんで?」
「あーもう、行きたくないんですか?」
「行きたいけど。」
「なら、行きましょう。」
「今から?」
「そう、今から。」
96 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月17日(火)22時31分32秒
  『夏・海・花火』



 夏、好きじゃなかった、暑いから。誰もが好きだと思うなよ夏に舌を出してやった。
 海、嫌いだった、塩辛いから。誰もが開放的になると思うなよ海を睨みつけた。
 花火、見ないしやらない、なんでか嫌い。誰もが綺麗って言うと思うなよ頑なに拒んでやる。
 
 
 
 うちが海を嫌いと自覚したのはいつの頃からだったろう。
 なんて白々しく思ってみても、あの日からなのは知っている、忘れるはずもない。

97 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月17日(火)22時32分57秒
 何をするにもいつも一緒だった。
 はじめに自転車に乗れるようになったのは、あゆみだった。
 逆上がりはうちだった。
 泳げるようになったのもうちで、だけど負けず嫌いのあゆみにすぐ抜かされた。
 梨華ちゃんは勉強が出来た。
 いつも教えてくれた、宿題をやってくれた、正しくはやらせてただけど。
 梨華ちゃんとあゆみは1学年上だったけど、母親同士がとても仲が良く、とにかくいつも一緒だった。

 うちらは毎年、夏休みになるとうちの家族とあゆみと梨華ちゃんで、うちの母親の田舎に一週間ぐらい泊まるのが常だった。
 そこは海が近くて、うちらはそこが大好きだった。
 海で遊んですいかを食べて花火をして、楽しくて、楽しくて。
 

 だけど小学五年のあの夏の日。
98 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月17日(火)22時34分13秒
「こわいよぉ。」
「大丈夫、私達がついてるから。」
「うん。」
「離さないでよぉ。」
「分かってるって。」
 
 あまり泳ぐのが得意でない梨華ちゃんをあゆみとふたりで沖へ連れ出した。
 そして調子に乗ったうちらはせーので手を離した。
 
 そして梨華ちゃんは予想通り………溺れた。

 
 その時のことは鮮明に覚えている。きっと忘れることはないだろう。
99 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月17日(火)22時35分25秒
 はじめはふざけてるのかと思って、あゆみと笑っていた、けれど梨華ちゃんは必死だった。
 うちは慌てて手を伸ばした、そしてあゆみも。
 
 ふたりほぼ同時に差し出された手、梨華ちゃんが選んだのは………。
100 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月17日(火)22時40分42秒
 
 うちの手は塩辛い液体をかくことだけに使われた。
 
 
 浜に上がって泣きじゃくる梨華ちゃんにふたりして謝った。
 あゆみは色々話し掛けていたが、うちはたったひと言

『ごめんね。』

 を言うだけで精一杯だった。

 そして梨華ちゃんをあゆみと時々交代しながらおんぶしてじーちゃんちに帰った。
101 名前: 投稿日:2003年06月17日(火)22時45分00秒
更新しました。

先程のレスに追加を。

>93 名無しさん様
 保全ありがとうございました。
 今後はサクサク進められるよう頑張りますので‥。
102 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月20日(金)23時46分26秒
その後はこっぴどく両親から怒られたけど、うちの頭の中はあゆみにすがりついた梨華ちゃんの姿でいっぱいだった。
いくら怒っても反応のない我が子に彼等の怒りは頂点に達しようとしていたその時、隣の部屋で梨華ちゃんと並んで疲れて寝ていたはずのあゆみが泣きながら、
「私が手を離そうって誘ったの、だからひとみは悪くない。だから悪いのは私なの。」
 そう言ったんだ。
 
なのにうちの親は、
「あゆみちゃん、ひとみをかばわなくてもいいのよ。本当はひとみがさそったんでしょ。」
って。
103 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月20日(金)23時47分40秒
 たしかに弟やなんかにいたずらや意地悪を提案するのはうちだった。
 あゆみは一緒にやり、梨華ちゃんは見ている、それがうちらのパターンだった。
 でも今回は違ったんだ。
 
 そう、いつだって梨華ちゃんをからかい始めるのはあゆみなんだ。
 
 うちは何故か梨華ちゃんにはイマイチ踏み込めないところがあった。
 それは、あゆみを呼び捨てにするのに対し梨華ちゃんを呼ぶときにはちゃんづけすることでも分かる。それはなんでだか、いつからかも分からない。
 
 考えてみれば初めからだったような気もする。
104 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月20日(金)23時50分31秒
 とにかくこの時うちは反論もせず黙って、ただ怒られていた。
 涙は零さなかった、我慢した。
 その代わりに、あゆみはうちの手をギュッと握りながら永遠と涙を流していた。

 結局このあと梨華ちゃんが、
「おじさん、おばさん、私はもう大丈夫だからひとみちゃんを怒らないで。」
 と言ってくれたおかげでお説教は終わった。

 そして、あゆみはなんで言い訳をしないんだと怒った、あれじゃひとみが悪いって思われちゃうでしょって怒った。梨華ちゃんにも私がひとみを誘ったんだってうちをかばった。
 
 梨華ちゃんはもういいよって答えていた。
105 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月20日(金)23時51分50秒
 最初に手を離そうと言ったのはあゆみ、だけど助けたのもあゆみ。
 
 いったいうちは何をしていたんだろう、そればかり考えた。
 うちは、うちは悪くないなんて思えるほどバカじゃない。
 
 誘いに乗った、手を離した、‥‥‥助けられなかった。
 
 
 何より梨華ちゃんはあゆみを選んだ。
106 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月20日(金)23時53分52秒
 うちはこの夏、初恋と失恋を経験した。
 
 そう梨華ちゃんが好きだった、情けないことにそれに気付いたのは失恋した後だったけど。
 
 
 夏が終わってまた日常に戻ったけど、もう戻れなかった。
 たまには遊んだけどふたりが中学に入ってからはほとんど会わなくなったし、うちも中学からは私立に通うことになったから連絡さえもとらなくなり、時々母親の口から名前が聞こえてくるだけの関係になった。
107 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月20日(金)23時55分33秒
 そんな話を海へ向かう車の中でした。

「ふーん、だから海が嫌いなの?」
「それだけじゃないですけどね。」
 
 カーステレオからサザンが流れる。
 隣にいる彼女が海に行くなら当然でしょと笑う。

「でも、こんな話聞きたくなかったですよね?」
「えー聞きたいよ。だってよっすぃーあんまり自分の事話したがらないじゃん。もっと聞きたいよ、よっすぃーがどんな恋愛してきたか。」
 
 彼女のこういうところがたまらなく好きなんだ、なんて言うんだろ余裕があるって感じが。年上の余裕なんだろうか。
108 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年06月21日(土)00時01分38秒
 うちは吉澤ひとみ20歳学生、隣の彼女は矢口真里22歳美大生、矢口さんは造形学部空間デザイン学科ってところで学んでいて、ちなみに一浪。美大ってのは狭き門なんだよね。
 うちは父親の影響もあって建築家になるのが夢というか目標。
 
 彼女との出会いはまた今度。


「よっすぃー今どの辺?」
「んーやっと半分ってとこですね、退屈ですか?」
「ううん、もっと話して。」
「はい。」
109 名前: 投稿日:2003年06月21日(土)00時05分37秒
本日の更新終了です。
110 名前:L字 投稿日:2003年06月28日(土)00時39分20秒
矢口さんじゃないですが
「もっと」×2話して…って感じです
よっすぃーが誰とどんな恋愛をしてきて今矢口さんと付き合ってるのか…
続きが非常に気になります、期待しつつ次回更新をお待ちしてます
111 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月07日(月)20時40分27秒
うちがはじめて恋を実らせたのは、中二の夏。高等部の先輩だった。
「吉澤。」そう呼ぶ先輩の声が好きだった。
 長い髪をなびかせて笑う先輩が好きだった。
 見つめられると吸い込まれそうな大きな瞳が好きだった。
112 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月07日(月)20時41分36秒
その夏うちらはコーチの親戚だというお寺でバレー部の合宿をしていた、高等部と合同で。先輩はもう引退していたけど受験勉強も息抜きが必要とか言って合宿に参加していた。
そこは海に近くて、じーちゃんちとも近くて、そうあの海のそばで、だから自然と憂鬱にもなって。
去年もここに来たけど、練習についていくのが精一杯でそんなこと考える暇もなかったんだけど…。
113 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月07日(月)20時43分32秒
 夜、皆が寝静まってからうちはお寺を抜けだした。
 体は疲れてクタクタだったけど、頭が心が眠らせてくれなかった。眠れないなら起きてやれそう思い、散歩がてら海岸へ向かった。

 生温い潮風が体にまとわりついて気持ちが悪かった。
 足の裏とビーサンの隙間に入ってくる砂が鬱陶しかった。
 花火をバカみたいにはしゃいでやっている若者に一層イラついた。

 散歩なんて来ないで、女の子とは思えないようなイビキをかいている奴等の隣で目をつぶっていればよかったと後悔した、だけど。
114 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月07日(月)20時45分11秒
「吉澤。」

 振り向かなくても誰に呼ばれたのか分かった。
 その声はいつもキラキラしていた。その声の持ち主もその声と同じようにきれいな人で、実はひそかに憧れていた。

「ダメだぞ、勝手に抜け出しちゃ。」
「あーすいません。」
 
 うちは、振り向いた。
 振り向いて固まった。
115 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月07日(月)20時48分21秒
 潮風に長い髪をなびかせてうちの向こうに見える海を見ているであろう先輩があまりにも美しかったから、その美しさに身動きが取れなかった。

 どれくらいみとれていたんだろう。

 意識が飛んでいるうちに先輩は目の前まできていて、
 そしてうちらはキスをした。
116 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月07日(月)20時49分51秒
「あたしも眠れなくてさ、吉澤が出て行くの見えたから追いかけてきた。」
 キスしたことは夢だったんじゃないかと思ってしまうくらい、先輩はいつもと変わらない口調で話し始めた。だからうちも動揺なんてしていない振りをした。
「あしたの打ち上げのバーベキュー楽しみですね。うちエビ好きなんですよね。」
 実際、動揺はしていなかったかもしれない。それはとても自然だったから。
 
 この海岸で先輩とキスすることは、きっとずっと前から決まっていたことで、うちは初めから知っていたような気がしてた。
 

 夏の夜の海、星空、月明かり、近くで上がるロケット花火、そして憧れの先輩、すべてを手に入れた夜だった。
117 名前: 投稿日:2003年07月07日(月)20時55分26秒
更新しました。

>110 L字様
 レスありがとうございます。
 矢口さんとの出逢いを話す前にいくつかの思い出を吉澤さんに語ってもらおうと思っております。
 頑張りますので今後もよろしくお願いします。
118 名前:L字 投稿日:2003年07月08日(火)23時21分04秒
おー、あのお方の登場!?
お姉様にいろいろ教えられちゃうのだろうか?…んなワケない!?(笑)
スイマセン、つい自分の好きなメンバーらしき登場人物に取り乱してしまいました。
思い出っていうことは当然最後は別れる運命なんですよね
そう考えるとこれから出てくるであろうメンバーとも切ない展開が
待っているのかな…よっすぃーカワイソウ
とかいいつつ切ないの大好きなので、期待してます。
119 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)17時58分07秒
 夏休みが終わって、二学期が始まるとうちらは一緒に帰るようになった。
 先輩は予備校に通う日以外、うちの部活が終わるのを図書室で勉強しながら待っていてくれた。毎日が楽しかった。
 
 今から部室を出ますというメールを送信し校門に向かう。大抵は先輩が先に来ててくれて待っていてくれる。
「お疲れ様。」
 その一言を聞くとホッとした、疲れきった体も軽くなるような気がした。
 そんな毎日が続いていた。そんな毎日でよかったはずなのに。
120 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)17時59分17秒
「先輩、明日練習休みなんです、どっか行きませんか?」
「ごめん、明日模擬テストなんだ。だから今日も。」
「そうですよね、頑張ってください。」
「受験終わったらいっぱい遊ぼうね。」
「はい。」
 
 本当は放課後だって休みの日だってずっと一緒にいたかったんだ、もっといろんなところにふたりで行きたかったんだ。
 だけど先輩は受験生で、仕方がないそう言い聞かせた。
 何より失う事が怖かったから。
121 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)18時01分34秒
 部活が思いのほか早く終わったある日、うちは先輩を驚かせようと思って図書室へ急いだ。
 図書室の扉を開け先輩を探す。
 あっ、いた!
 その時うちが見たものは‥‥
 ‥‥楽しそうに寄り添ってひとつの本を覗き込んでいる先輩と見知らぬ人。
 ただの同級生かもしれない、きっとそうだ。他の誰が見たってきっとそう思うだろう。でもうちの心は警報を発していた。嫉妬とかそういうものじゃなくて、なんだろう好きだからこそ分かる事ってやつなんだろう。
 うちはそのまま扉を閉めた。

 今の自分の選択肢は3つ。
 1、もう一度扉を開けて「部活早く終わったんで迎えに来ちゃいました。」と笑う。
 2、今から部室を出ますとメールを送りいつもの待ち合わせ場所に向かう。
 3、今日は先に帰りますとメールをして逃げ帰る。
 
 答えはひとつ、選ぶべきものはひとつ。さぁどうする。
122 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)18時03分25秒
「ごめん、待たせちゃった?」
「いいえ。」
 急いで来てくれただろう先輩の隣にはさっきの人がいた。

「じゃぁね、圭織。」
「うん、また明日ねアヤカ。」

 そのひとはうちに会釈をした、だからうちも軽く頭を下げた。
 とてもきれいな人だった。
 先輩はその人のことをうちに紹介しなかったし、うちを紹介する事もなかった。まぁでもその人はごく自然にひとりで帰って行ったのだからうちの事を少しは知っていたのかも知れない。
「あのきれいな人誰ですか?アヤカさんっていうんですか?」って普通に訊いたって不思議じゃない。だけどしなかった。
 それは先輩が裏切っているとかそういう事じゃなくって、うちのことをもう要らないって言われてしまう事が怖くて、ごめんって謝られることが怖かったから。
 
 先輩が誰を好きでもかまわない、うちに微笑みかけてくれればそれでいい。
123 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)18時04分15秒
 その日は夏の終わりを告げる秋風が吹いていた。
124 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)18時06分55秒
 何も進展も後退もないまま季節は冬をむかえていた。

 土曜日、部活を休んだ。
 ズル休みじゃない、風邪をひいたからだ。
 病院に行った、帰りに先輩が通う予備校の前を通る。
 こういう時の偶然はテレビドラマの世界じゃなくっても起こるんだぁなんて他人事のように感じた。
 
 通りの向こうに先輩とこの前のきれいな人を見つけた。
 
125 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)18時08分00秒
 何がそんなにおかしいのかふたりの笑いは絶えず続いていて、体力的に弱っているうちに精神的ダメージを与えるにはそれだけ充分だった。
 
 やっぱりマフラーしてくればよかったな、なんて全然関係ないことが頭の中に浮かんできた。考えてはいけないと咄嗟にそう脳が判断したからかもしれない。
 だけどやはり考えなければいけない。
 
 ここでも選択肢は3つ。
 1、偶然を素直に喜んで先輩!と駆け寄る。
 2、今何してますか?携帯に電話をして、先輩が正直に話してくれるか試す。
 3、見なかったことにして逃げ帰る。
126 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)18時10分23秒
 何してる?
 
 そうメールが来たのは熱にやられて唸っていたその日の深夜。
 風邪ひいて熱出してます。
 そうメールしようとして止めた。
 心配かけたくない‥‥‥違う。

 
 なんだかめんどくさくなっていた。
  
 
127 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年07月20日(日)18時11分18秒
 でもこのままメールを放置していくのも気が引けた。
 結局、今から寝ようと思ってたところです、なんて無難な返事を返した。
 
 だるい身体を起こして窓に近づく。
 冷たいというより痛いくらいの冷えた空気が部屋の中になだれ込む。
 熱を持った瞳で眺めた星は、都会の汚れた空気にも負けずに輝いていた。
 それは当たり前の様に輝いていた。
 その輝きは今のうちにはまぶしすぎて、急いで窓を閉めカーテンを引いた。
128 名前: 投稿日:2003年07月20日(日)18時15分58秒
 更新しました。
 
>118 L字様
 レス有難うございます。
 私もかおよし好きなんで書いてて楽しいのですが、
 何故か切ない思いをさせたくなってしまいます、リーダーには。
 そんなこんなですが、今後も見守り続けていただけると幸いです。
129 名前:L字 投稿日:2003年07月20日(日)23時17分24秒
切ない、リーダーよりよっすぃーが切なくないっすか?
これからかな…あっちもこっちも切ないのかな
あー、どんどん好きな展開になっていく…次もお待ちしてます。
130 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月25日(金)00時17分37秒
かおよしイイですね〜
この2人の独特の雰囲気が見事に出てて実にイイです!
続き楽しみにしてます。
131 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時09分53秒
 そんなふたりの関係が崩壊する日がやってくる。
 いやもうとっくに崩壊していたのかもしれない。
 もともとうちは自分を出すことが苦手だった。
 拒否られることが何よりも怖かった。
 そしてこの時期の4歳の差は大きかった。
 
 精一杯背伸びしてたうちは我儘が言えなかった。先輩の顔色を窺って困らせないようにした。それが素直なカタチで出ればよかったんだろうけど、歪んだカタチで出てしまった。
 ポーカーフェイスを気取るようになった。
 何が起きても動揺しない振りをするようになった。
 面白みのない冷たいやつになってしまった。



 からっぽだった。
132 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時11分23秒
 求めなければ失う事の怖さを知らないで済む、誰かが言っていた。
 それを信じていた、それがどんなに悲しいことかも気付かずに。
 
 こんな自分に先輩が愛想をつかすのはそう難しいことじゃなかった。


「もう、終わりにしたい。」
 そう言われた。そう言われてまず最初に頭に浮かんだことは、いつからだろうあんなに大好きだった先輩の笑い顔を見なくなったのは、って事だった。

「分かりました。」
 この時のうちは驚くほど冷静で、自分の恋の終わりにさえ何も感じなかった。
133 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時20分54秒
 立ち去っていく先輩の背中を見送り自分も歩き出そうとしたその瞬間、

「吉澤。」
 
 先輩がうちの名前を呼んだ。

 呼ばれて思い出した。
『吉澤』って呼んでくれる先輩の声が好きだったこと。
 名前を呼ばれるだけで嬉しくてしょうがなかったこと。
 
 先輩の瞳から涙が溢れていた。

 うちは固まった、その瞳があまりにもきれいだったから。
 意識が飛んでいるうちに先輩は目の前まできていて、そのままキスをした。
 口唇が離れてうちの頬に添えられていた先輩の手の温もりにうちは感情を取り戻した。
 
 
 頬を生暖かい液体がつたう。
134 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時21分59秒
「泣かないで。でもちょっと嬉しいかな。最後の最後に吉澤が戻ってきた気がするから。」
「ごめんなさい。」
「ううん、吉澤に無理をさせていたのは私だから。分かっていてもなかなか言えなかったの、吉澤を失いたくなかったから。」

 失う事が怖かったのは自分だけじゃなかったんだ。
 傷つくのが怖くて臆病になっていたふたりはお互いを温め合うことさえ出来ずにだた凍えていた。
 先輩との出会いと別れは、自分で知らぬ間に作っていた大きな氷の塊の存在に気付かせてくれた。そしてこの時、その氷にひびが入った。うちの心はまだ冷たくて寒いままだったけど、確かに温度を取り戻した気がした。
135 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時22分57秒
「先輩、合格おめでとうございます。」
「ありがとう。」
「さようなら、さようなら圭織。」
 
 最後にやっと先輩を名前で呼んだ。
 先輩は少し驚いた顔をしたけどすぐに、うんって笑った。

 受験終わったらいっぱい遊ぼうなんて言ってたのに、受験が終わるとともに恋も終わってしまった。
136 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時25分26秒
 飯田先輩、ううん、圭織お元気ですか?吉澤は元気です。
 あれから色々なことがありました。
 あなたのことはきっと忘れません、だって‥‥‥。
 知ってますか?うちがキスした人って言ってもまぁ少ないですが、見上げてキスしたのはあなたが最初で最後なんですよ。
 あなたと別れてからしばらく、街で背が高くて髪の長い女性を見かけると目で追ってしまう自分に驚いたりもしてました。
 はい、吉澤はあなたが好きでした。

 『ありがとう、圭織。』
137 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時26分51秒
「決まりましたか?」
「うん、ハンバーグ。よっすぃーはオムライスでしょ?」
「はい。」

 お腹がすいたから何か食べようと入ったファミレスで、うちの話を聞き終わった彼女は
「あのさ、訊いてもいい?」
 いつになく遠慮気味に言った。
「答えられることなら。」
 何を質問されるんだろうかと内心ドキドキする。
「うんとね、その先輩とえーっと名前なんだったっけ?」
「アヤカさん?」
「そうそう、その人って結局どんな感じだったの?やっぱり‥‥。」
「あーそれはうちの考えすぎだったみたいです、ちゃんとアヤカさんには付き合ってる人いたらしいし。」
「そっか。」
138 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時27分54秒
 ちゃんと先輩に訊けていたらもっと続いていたのだろうか?
 ちゃんと自分の気持ちを伝えることが出来ていたら別れはこなかったのだろうか?
 
 んーなんか違うよね、もしこの時に戻ることが出来るよ、やり直せるよって言われてもうちは戻らないと思う。だって戻ったら真希や目の前でハンバーグをおいしそうにがっついてるこの可愛い人にも出会えないかもしれないんだから。
 だから先輩との思いでは思い出のまましまっておくのが一番いいと思った。
139 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時28分57秒
「なに笑ってんだよー。」
「いやー矢口さん可愛いなって思って。」
「バーカ、褒めても何もでないよ。あーハンバーグ欲しいんでしょ?」
 照れ隠しなのだろうか矢口さんはフォークにハンバーグを刺してうちに差し出した。
 ちょっと恥ずかしいけどそれを素直にいただいてうちもオムライスをスプーンですくう、それを彼女に‥‥と思ったら皿ごととられた、まったくこの人は。そんなところも可愛いけどね。
140 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時29分57秒
 そんな彼女はオムライスもおいしいねとパクつきながら、
「でもさなんか口惜しいな。」
って言った。 

「何がですか?」
「だって、オイラは尖ったよっすぃーを知らないから。出逢ったときにはもう今のバースディケーキみたいな笑顔で微笑むよっすぃーだったから。」
「なんですかそれ?」
「ほら、バースディケーキ差し出されたら自然に笑顔になっちゃうじゃんどんな人だってさ。」
「分かったような、分からないような‥‥。」
 
 でも、矢口さん。もしうちがそんな顔で笑えているとしたら、それはあなたがそこにいるからですよ。
 そんな事言ったらあなたは調子に乗っちゃうだろうから、っていうのは冗談で、恥ずかしいので言いませんけど、はい。
141 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月02日(土)22時32分39秒
「その笑顔向けられるとね、こっちまで嬉しくなっちゃうっていうかさ。」
「褒められちゃってます?そしてやきもちとか妬いちゃってます?」

「バーカ。」
「でもね、本当にうちの氷を溶かしたのは真希なんすよ。」

「ごっつぁんが?」
「はい。」
142 名前: 投稿日:2003年08月02日(土)22時37分05秒
 更新しました。レス有難うございます。

>129 L字様
 今回も切ない展開になっていましたでしょうか?
 次回からは少し違う雰囲気になっていく予定なので
 今後もお付き合いよろしくお願いします。

>130 名無しさん様
 かおよしいいですよね。
 かおよしは今回で終わりですが今後もよろしくお願いします。
143 名前:秋良 投稿日:2003年08月02日(土)22時40分57秒
おお!リアルタイムだ!
しかも次はよしごま?
よしごま好きな私としては楽しみっす!
期待してマッタリ待ってます
144 名前:L字 投稿日:2003年08月04日(月)22時44分50秒
あー、なんかなぁこういうのって…うん、すっげー痛いっす
お互いに想ってるのに越えられなかった想い出ね
似たひとを振り返ってしまうとか、すっごい刺さる…

そしてついにごっちんが!
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
来たけどまた切ないんでしょうねぇ、それでも期待しちゃいます。
145 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月21日(木)19時59分28秒
 真希とは高校に進んでから知り合った。
 
 うちは何かを変えたくてエスカレーター式であがれる高等部に進むのをやめて、受験をした。そして入った高校で真希と出逢った。
 真希とはあっさり親友になった。だから親友になるまでの経緯とかそんなのあったのかさえ覚えていない。とにかく気付いたときには誰よりも近い位置に居て誰よりも大切な奴になっていたんだ。
 
 どっちかというとうちは広く浅くというか皆と適度に仲良く愛想よくしていた。挨拶を交わすぐらいの友達は多い、だけど自分の領域までは踏み込ませないそんな奴だった。
 心の真ん中のシャッターを閉めてバリアを張っていれば大抵の人は飛び込んではこない、だけど真希は違った。バリアなんて見えてないかのようにスッと心に入ってきた。だけどうちは何故かそれが嫌ではなかった。

 きっと本能が真希にバリアは必要ないと感じたんだろう。
146 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月21日(木)20時00分25秒
「ふーん、ひとみはああいうのが好みなんだ。」
 
 学校帰りに寄ったファーストフードで真希に言われた。

「はぁ?」
「綺麗なお姉さんがすきなのかぁ。」
「何言ってんの?」
「いいと思うよ、あたしは。でもあたしはどっちかっていうと、ひとみの顔の方が好きかな。」
「だから何だよ!」
 なかなかうちの質問に答えない真希に少し声を荒げた。
 
 本当は分かっていた、ガラスの向こうに見えた飯田先輩似の人を目で追っていたことを言われたんだって。自分でも半ば無意識に行っているこの行動を指摘されたことにイラついた、それを真希にぶつけてしまった。
147 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月21日(木)20時01分15秒
「ごめん。」
 真希は素直に謝りの言葉をくれたけど、なぜだか顔はうれしそうで。
「ちょっとやりすぎた。でも。」
「でも、何?」
 怒ってしまったことに引っ込みがつかなくなったうちはぶっきらぼうに訊いた。
「でも、ひとみに初めて怒鳴られたなぁと思ってさ。」
「はぁ?」
 真希の真意がサッパリ分からなかった。
 怒鳴られて嬉しそうにしているなんて普通じゃない。
148 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月21日(木)20時02分00秒
「あのね、ひとみってあんまり気持ちを表に出さないでしょ?」
「あぁ、うん。」
 
 努めてそうしていた。
 他人に自分の気持ちを悟られないように、想像すらさせないように。
 中学の頃は自分で自分の感情を感じないようにしていた、それが普通になっていて隠している事にさえ気付いていなくて、でもあの日から感情は取り戻したように思う、だたそれを素直に表わすことはしないでいた。なぜだかそうすることがめんどくさく思えていたから。

「だから、嬉しいんだ。」
 怒鳴ったうちをにこにこと眺めている真希、なんか不思議な図だった。
149 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月21日(木)20時03分28秒
「真希にはかなわないな。」

 そう言ったら、真希は幸せそうに笑ってくれた。

「好きな人がいたんだ、とても綺麗な人でさ、長い髪がとっても似合っていて大きい瞳をした本当に綺麗な人なんだ。」
 
 あの夏の長い髪を潮風に揺らして海を見ている飯田先輩を思い出していた。
 そして誰にも言わなかった飯田先輩への想いを真希に聞いてもらった。
 
 聞いてもらうだけで心が軽くなるっていうのをこのとき初めて実感したんだ、時々相槌を打ちながら聞いてくれる彼女に感謝しつつうちは一時間も熱弁を振るった。
150 名前:夏・海・花火 投稿日:2003年08月21日(木)20時04分31秒
 すべて話し終わった後、
「素敵な人だったんだね、素敵な恋だったんだね。」
 と、真希は言った。

「うん、素敵な人だった、とても素敵な人だった。」
 
 そう答えたうちの頭を真希のあったかい手が撫でた。
 圭織さんとの恋が輝いた気がした。

 

 そんなことがあってからか、真希の前では自然でいれた。自分が自分でいれるそんな感じ、思ったことを一度頭に回してそれからまた心に戻す、そんな作業がいらない感じ。
 

 
 真希は親友、一番の理解者、宝物。
151 名前: 投稿日:2003年08月21日(木)20時13分52秒
 更新しました。
 お待たせしたのに少ししか更新できなくてすみません。

>143 秋良様
 よしごまに突入ですが、ご期待に副えるかどうか不安です。
 なるべくサクサク更新したいのですが‥マッタリ待ってて
 いただけると有難いです、それでは今後もよろしくです。

>144 L字様
 お互いに想っているだけに切ないですよね、
 でもそれを超えたからこそ新しい恋に出会う、そんなこともある訳で。
 よしごま‥‥そんなに期待されるとプレッシャーが(笑)
 
152 名前:L字 投稿日:2003年08月22日(金)23時57分40秒
親友よしごまリアルっぽい!
期待せずにいられないオイラはぢつはよしごまヲタです
ですので期待します!次回更新もお待ちしてます!
153 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 15:51
「真希、明日映画見に行かない?」
「んーいーよー。あれ、でも明日って試合じゃなかったっけ?」
「うん、みたいね。」
「みたいねって‥‥。」

 そう言いながら真希は見ていた雑誌がから顔をあげて、
 『もしかして、また?』って顔をした。


「うん、別れた。」
「いつ?」
「おととい。」
「なんで?」
「だってさー聞いてよ。
154 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 15:56
 うちはあいつが一緒に帰ろうって言うから放課後、グランドの隅にあるベンチに座って汗を流すあいつを眺めていた。
 ルールとかよく知らないから何をやってるのか全然分からなかったけど、一所懸命ボールを追う姿はかっこよかった。
 
 待ってるだけのうちには丁度良い気温だったけど走り回っているみんなは暑そうだった。
 休憩になると我先にとマネージャーがせっせと用意したドリンクに群がり、おいしそうにゴクゴク飲んでいた。
 あいつはうちの視線に気付くとみんなにからかわれつつもちの座るベンチに照れ笑いを浮かべながら走ってきた。
  

お疲れ。」
「おぉ、もう少しで終わるから待っててな。」
「うん。」
「じゃ、後で。」
「後でね。」
155 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 15:58
 練習が終わったあと、ふたりでベンチに座って話をした。

「土曜日、映画見に行こうよ。」
「その日は真希と約束があるんだよね。」
「キャンセル出来ない?」
「ムリ。日曜は?」
「日曜は試合だって前から言ってあっただろ、応援しにくるって言ってたじゃん。」
「あーそういえばそんなこと言ってたね。」

 あいつの少し乱暴なその口調にムッとしたけど、一応否はこっちにあるから
 うちはそのままスルーしたのに。 

「忘れてたのかよ。」

 忘れていた、完璧に忘れていた。
 
 それを知ったあいつの顔はどんどん不機嫌になっていった。  
156 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 16:00
「ごめんね、来週は?」
「今週までなんだよ、この映画。お前が見たいって言ってたんだろ。」

 なんだか面倒になってきていた。
 目の前に転がっている楕円形のボールを手にとって、
 早くこの話が終わる事を祈った。
 だけど、彼の怒りは収まらなかったようで。


「だいたいさ、なんなんだよ、いつも真希真希って。
 いったいあいつはお前のなんなんだよ。」
 と怒りをあらわにした。  
  
 こういう質問をたまに受ける。
 その時うちは決まってこう告げる。
 

 「親友、一番の理解者、宝物。」
 

  これを聞けばたいていの人は黙る。
157 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 16:01
 だけど、彼は違った。

「じゃぁ訊くけど、オレと後藤とどっちが大切なんだよ。」

 もういいかげんうんざりしてきていた。
 それこそなんでこんな奴と付き合っているんだろう、うちってバカか?
 という考えさえ浮かぶほどに。
 
 

「そんなの訊かなくたって分かるでしょ、真希に決まってんじゃん。」
158 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 16:03
 と言ってやった訳です。」


「あらら。」

 全くしょうがないなぁひとみは、と言いながらもそこに心はこもってなどいない。
 それというのも真希も同じようなことを経験しているからで。 
 だから呆れたって顔をしている彼女に言ってやった。


「真希だってうちとそんなに変わらないくせに。」
「まぁねー。だってさ、ひとみよりいい男なんてそうはいないし。」

 真希はいつもののんびりとした口調で言った。

 てっきり反論してくるだろうと思っていたから少々肩透かしをくらった感じだった。
 でも考えてみれば逆のことがうちにもいえる。
159 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 16:05
「まぁねー。真希に勝てる男もなかなかいないねー。」
 
 本当にそう思う。
 真希と一緒にいると心地良いだけでなく、なんていうか穏やかなんだすべてにおいて。
 そう、安心を心に感じられるのだ。


「ならさ、いっそのこと付き合う?」


 うちは半分笑いながら言った。
 言ってしまってすぐ後悔した。
 
 言ってはいけない言葉を口にしてしまったような罪悪感が体全体にまとわりついて
 離れなかった。
 
 さっきまでは何も聞こえなかったのに、外は嵐のように風がビュンビュン吹いていて
 電線のゆれる音が耳に痛かった。
160 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 16:06
 でもそんな居心地の悪い空間から真希の明るい声が救い出してくれた。


「それは無理。」


 言葉だけ聞けばそれは否定でしかないのだけれども、うちにとって真希のそれは
 あたたかく、許されたと感じた。


「だね、うん。」
「ひとみとはそういうのを超えたところで付き合っていきたいし、いけると思う。」
「うん。」


 ギュッと抱きしめられたような、そんな感覚。
 あぁそうかって納得できた。
 何が?って尋ねられてもうまく答えられないけど、あぁそうかって感じ。
161 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/09/23(火) 16:07
「恋愛って色々めんどくさいじゃん、熱くなったり冷めたり、嫉妬とかかけ引きとか。
 そういうのは他の人に任せるよ。ひとみとは無条件で繋がっていたい。」

「うん。」

 
 真希のまっすぐが嬉しかった。
 ただ単純に嬉しかった。
 うちにとって真希は家族以外で失う恐怖を感じることがない唯一の存在なのだ。
 それはこの友情は永遠だよって夢見る少女のようなものでなく、
 もっと確実なこととしてうちの心の真ん中にいるんだ、
 根拠とかそんなのは全くないけどね。
 

 真希のまっすぐが大好きだから、うちもまっすぐになりたいそう思った。
162 名前: 投稿日:2003/09/23(火) 16:12
 更新しました。
 模様替えしてから初だったのですごく緊張しました。
 そしてやっぱりやっちゃってますが、その辺は勘弁してください。
 
>152 L字様
 レスありがとうございます。
 親友よしごまはわたしのなかで書きたいテーマだったので
 喜んでもらえたようでホッとしました。
 よしごまヲタ様に納得してもらえるよう今後も頑張ります。
163 名前:L字 投稿日:2003/09/24(水) 03:30
あー、なんかいいなぁ。
よしごまヲタだし甘いラブラブや切ないよしごまも好きだけど
実際のよしごまはこうなんだろうなぁと思う姿は
恋愛を超越した存在だと思ってるので、こういうのも違う意味で萌えます。
「精神的双子」とか「異父母姉妹」とか勝手に呼んでます(笑)>よしごま
164 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:32
そして真希に大きな心の傷を話したのは、高二の夏休み。

 高二の夏、うちは久しぶりにあの海に出掛けた。
 中学時代にバレー部の合宿で行ったことはあったが、
海水に触れるのはあの夏以来のことだった。
うちはあれからなにかと理由をつけて家に残り、
夏に祖父母の家を訪れることを避けていた。

だけどこの年、弟たちの塾の休みに父親も母親もどうしても都合がつかず、
かといって毎年楽しみにしている祖父母の気持ちを考えると行かないという選択は出来なかった。
したがって、うちが弟ふたりを引率することを命ぜられた。
だから‥‥。
165 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:35
「という訳で、真希も一緒に行こう。」
「いいけど、大丈夫なの。」
「ヤッター、うん大丈夫、もうばぁちゃんには友達連れて行くって言ってあるし。」
 
 真希を連れて行くことは決めていた、最初からそのつもりで動いていた。

「つーか、あたしに断る権利なんて最初からなかったんじゃーん。」
「真希がうちの頼み断る訳ないしね。」
「まぁね。」

 うちらが騒いでいると、
「なにふたりで盛り上がってんのー。」
 美貴と亜弥が後ろから抱き付いてきた。
「夏休みに海に行こうって真希を誘ってたトコ。」
「「えーいいなー、私達も行きたーい!」」
「じゃぁ一緒に行く?」
「「イェーイ!」」
 
 そうしてうちらはその夏あの海へ向かった。
166 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:36
 田舎に着いてじーちゃん達との久しぶりの再会の喜びもそこそこにビーチに繰り出した。
 だけどみんなとはしゃぐ気分にはなれずにパラソルの下に逃げ込み、
楽しそうに波と戯れる弟や真希達を眺めていた。

「どうしたの?ひとみは泳がないの?」
「うん、うちは荷物みてるから、真希はみんなと泳いでおいで。」
「うーん、ちょっとあたしも休憩しようかな。」
 真希はパーカーを羽織りうちの隣に座った。

 
 まだ少しだけ怖かった、体はどんどん成長していても心はまだ子供のままで、
潮の香りとムカつくぐらい熱い太陽の光を浴びているとどうしても思い出してしまう。
 目の前に溺れた梨華ちゃんの姿がフラッシュバックする。
 差し出した手が空を切るのが見える。
 嫌な汗があふれ出す。
167 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:38
そんなうちの雰囲気を察してか、真希がとてつもなく明るい声で言った。
「ほら、ひとみ見てよ、新たなるチャレンジャー出現だよ。」
「ホントだ。」
 視線の先には美貴と亜弥が男の子に声をかけられている姿があった。
 ふたりはあくまでも笑顔を崩さす、しかしあっさりと誘いを断っているようだった。

「まぁ当然といえば当然だよね、あのふたり可愛いもん。」
「そうだね、でも真希だってさっきナンパされてたじゃん。」
「見てたんなら助けてよ。」
「あはは、イヤだよ。だってウザそうに断ってる真希見るの楽しいもん。」
「うわぁー悪趣味。ったくそんなこと言うならひとみが困ってっても助けてあげないよ。」
「うちは誰にも声なんてかけられないって。」
「何言ってんの?さっきからチラチラ様子伺ってるヤツいっぱいいたよ、
 ただひとみがあまりにも不機嫌オーラ出してるから声かけにくいんだって。」

「はぁー?」
 
 まぁ確かに声をかけられたってウザイって顔して睨むこと間違いなしだけど、
うちをナンパするような奇特なやつはいないと思うって言ったら
ひとみは分かってないなぁって思い切り背中を叩かれた。
 きっと背中には真希の手形がキッチリついたはず、真希こそ自分の力が強いこと分かれよ。
168 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:39
「で、どうしたのさ?」
「なにが?」
「なんかあるんでしょ?」
「別にないよ。」
「言いたくないんならいいけどさ。」

 迷っていた。

 『言いたくないんならいいけどさ』その言葉は『友達じゃん隠し事はなしだよ』
それらの言葉よりなんだか重かった。
 
 言いたくない訳じゃなかった、どんな風に話していいかが分からなかったんだ、
だって自分の中でもまだ処理しきれていない問題だったんだから。
 だけどそれにちゃんと向き合うにはいい機会なのかもしれないと思ったし、
真希が隣に居てくれれば大丈夫な気がしたから‥‥。
169 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:40
 記憶を蘇らせながら途切れ途切れに話す
真希はゆっくりでいいからってどこまでもうちの言葉を待っていてくれた。
美貴たちはうちの真剣な様子を察して何も言わず何も訊かず見守ってくれていた。

 全部話し終わった時には太陽が傾き、人でごったがえしていた砂浜も隙間が多くなってきていた。
 
 そして‥‥。

「行くよ。」
「行くってどこに?」
 真希は質問には答えずにうちの手を掴んで無理やり立たせるとズンズン海へ向かう。

「ちょ、ちょっと待って。」
「待たない。」
 真希の決心は固いようだった。
 こうなったらどうにもならないことは知っていた、黙って従うしかなかった。
というよりも多分望んでいた、真希が強引にこうしてくれることを。
だから拒んだふりをしていても、きっと本心は喜んでいたんだと思う。
その証拠に真希が手を離してもうちは真希の後ろを泳ぐのをやめなかった。
170 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:41
 だいぶ沖まででたと思う、周りにも人が少なくなった。
 そこで真希は向きなおり、微笑み、大の字に浮かんだ。
 うちも同じように浮かんだ。
 
 目の前に広がるのは青い空白い雲とまぶしい太陽。
 空と海の間には自分の体しかなかった。
 
 海に大の字に浮かんで波に身を任せ漂う。

「ねぇひとみ。」
「うん?」
「あたしは溺れない。」
「うん。」
「梨華ちゃんのこと忘れろとは言わない、でももうそろそろ克服しなきゃね。
 あたしはひとみの手を拒んだりしないし離したりしないよ。」
「うん。」
 
 
 うちが手を差し出したら真希はそれを力強く握ってくれた。
171 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:43
 うちらは付かず離れずお互い触れてはいけない心の塊を避けて通るような関係
いいか悪いかは別としてそっとしておいて欲しい雰囲気を出せば見ない振りをしてあげる
そんな優しい思いやりを重んじる関係ではない。

 相手の嫌がることだってする、それは相手のためを思えばこその行動
相手にとっては迷惑この上ない行動かもしれないけどね。
 
 傷に塩を塗られても、どんなに痛くても、痛いのは自分だけじゃないって知ってるから我慢できる
うちが痛いときは真希も痛い、その逆もまた然り。
 
 傷をずっと奥底に隠していても治りはしない
外気にさらして風を通して痛みに耐えて治さなければならないのだ。
傷跡は残る、それは大事な戦利品。戦ったという証拠、いい経験、そう思えるかどうかは自分次第。
172 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:44
 その様子をちゃんと見届けるのが友情なのかもしれない
倒れたとき手を貸すのだけが友情じゃない
どんなに時間がかかっても自分の力で立ち上がるのをずっと傍で見守り声援を送り続ける
そして立ち上がれたときに抱き合い共に喜ぶんだ。

 手を貸すのは簡単、ただじっとその様子を見てる、その方がよっぽど難しい
だけどうちらはそれが出来る。
 
 真希の声援があればどんなに辛くたってうちは前に進んでいける。
 うちにとって真希はベストフレンド、誰にも代わることが出来ないベストフレンド。
173 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:45
 久しぶりに海で楽しんだその日の夜。
 うちはとっておきの秘密の場所で星を見ていた。
 
 そこはばーちゃんにこっそり教えてもらった場所で、弟達やあゆみや梨華ちゃんだって知らない場所。
 ゴツゴツした岩肌に足を投げ出して寝転べば、星がつかめそうなくらい近くに見えて
波の音が優しくて潮風も心地よくて、最高の場所。


 どのくらいそうしていたんだろう。
 
 時間なんてそこには存在していなかったから相当そこにいたのかもしれない。

174 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:47
「やっぱりここにいたんだ。」
「真希?」
 いつの間にかいなくなったうちを真希達は心配して探していたらしい。

「おばーちゃんがここ教えてくれた。」
 ばーちゃんはうちのことを何でも分かっているらしい。
「そっか。」
「うん、みんなには内緒だよって。かわいいおばあちゃんだね。」
 
 どうやら真希にだけここを教えたらしく、やっぱりばーちゃんってすごいと思った。
 他の誰かだったら自分の聖域を侵されたようで嫌な気分になっていたかもしれない、でも真希にだったらこの景色を一緒に感じたいと思えるから。
175 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:48
「何か考え事?」
「いや、別に。んーなんて言うんだろ、ここにいるとさなんか浄化してくれる気がするんだよね。やっとさ、色々と整理出来たしね。」
「ふーん。」
 真希はそう言ったっきり夜空を見上げたまま何も言わなかった。
 うちもその隣で黙って星を見続けた。
 しばらくそうしていたら真希の携帯が鳴った、多分うちを探してる中の誰かから。
 でも真希は電源ごと切った。

「いいの?」
「うん、いいでしょ。今は邪魔されたくない気分だし。」
「だね。」
「うん。あーあ、星はこんなに綺麗で、風はこんなに気持ちよくて、あたしはこんなにひとみが好きなのは、どうしてなんだろうね。」
「はい?」
「なんでもない。」
 
 少し恥ずかしそうにしている真希はうまく言えないけど、なんていうか、うん、本当に綺麗で、星なんか目じゃないくらい輝いていた。
176 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:49
「ねぇひとみ、キスしようか。」
「だね。」

 それからうちらはバカみたいにキスをした。 
 なんども、何度も。
 そしてふたりで大笑いした、なぜだか分からないけど笑ったんだ。

 なんでこの時、真希が急に好きって言ってきたのか。
 なんでうちらは急にキスしたくなったのか。
 なんで真希をこんなにも好きなのか。
 そんなことどうでもいい気がした、うん、どうでもいいと思えることがうちと真希だと思った。
177 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:50
 そして、この時も今もこんなにも好きな真希と付き合おうかとかいう展開はうちの頭には全くなかった、それは真希も同じだったと思う、なにしろうちらは恋人よりも最上の親友だから、親友よりも最上な心友だから。

 世の中分からないことだらけ、真希とうちの関係は分からないことだらけ。
 いや分からなくはない、どう表現すればいいのか知らないだけ。
 こんな最高の関係を表す言葉なんて存在しないんだ。
 そしてふたりの関係は常に変化し続け、更に素敵な関係に進化していくのだ。


 真希とうちの物語はまだまだ続く。
178 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:51
「なんかさ、かなわないじゃんかごっつぁんには。」
「あはは。」
 矢口さんは悔しそうに、でもとっても楽しそうにそう言った。


「うわー海だー。」

 目の前に広がる青い海。
 さっきから車の中にも潮の香りが漂っていて目的地が近いことを知らせてくれていた。

 海岸沿いを走る。

 太陽に照らされて熱くなったアスファルトの上をうちらを運ぶ四輪駆動の足元のゴムが触れ合う度にあの独特な音が耳に届く。
 矢口さん越しに海が光る、その海をワクワクした様子でみる彼女を見れただけでとても嬉しくなった。
179 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:52
「ねぇ。」
「はい?」
 
 逆光になっていてはっきりと矢口さんの表情を確認できなかったけど、声の様子がちょっと遠慮気味だった。
 
 矢口さんはうちから視線を外し海を眺めながら
「オイラと出逢った時さ『しばらく恋愛はいいかなぁって思ってます』って言ったよね。」
「あぁ、はい。」
 確かに言った、合コンもどきに付き合いで行った時に。

「それって‥‥。」

 矢口さんが言いよどんでいた。
 珍しいことだった。
 いつでもハッキリ言うことが彼女のいいところであり、多少キツイことだって彼女に言われたら嫌な気がしないから不思議、そんな矢口さんが言いにくそうにうちに訊いた。
 
 今日は全部聞いてもらうつもりだったから、うちはひとつ深呼吸をしてキラキラした思い出を話し始めることにした。
180 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/10/27(月) 14:52
「梨華ちゃんなんです。」
「梨華ちゃんってあの‥‥。」


「そう、あの梨華ちゃん、この海で溺れかけた梨華ちゃんです。」
181 名前: 投稿日:2003/10/27(月) 14:58
 更新しました。
 大変遅くなってすみません。ちょっとストックが出来たので
 今後はペースをあげて頑張ります。

>163 L字様
 「精神的双子」いいですね(笑)
 よしごまの友情はほのぼのとしてる感じを受けますが
 今回はあえて熱く厚く書いてみました。

 次回より再び石川さんの登場です。
182 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 08:00
期待してます
183 名前:L字 投稿日:2003/11/07(金) 07:35
よしごまパートだけで長編行けそうな熱さ厚さですね
あー、なんかいいな、すっごくいい
この後に石川さんが来るんですね、いやがうえにも期待が高まります
楽しみにしてます
184 名前:L字 投稿日:2003/11/07(金) 07:36
うっかり上げてしまいました、申し訳ない
185 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 17:45
 嫌な予感は朝からしていた。
 
 目覚ましの力を借りないで目が覚めた。
 テレビでやってた星占いで恋愛運に星がいっぱいついていた。
 茶柱まで立ってた。

 
 洗面所で歯を磨いていると母親が昨日めずらしい人に会ったと言った。

「ほら、ひとみも覚えてるでしょ、石川さんちの梨華ちゃん。」
「あぁうん。」
「お母さん昨日駅前で挨拶されてビックリしちゃったわよ、綺麗になっちゃてて。」
「ふーん。」
「なんだか急に遊ばなくなっちゃったもんね、あんた達。最近は会ったりしてないの?」
「うん。」
「あゆみちゃんも?」
「うん。」
 
 あゆみとはだいぶ前に偶然会ってからメールは時々していたけど会って遊んだりはしていなかった。

 
 そんな会話を朝にしたばかりだった。
186 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 17:46
 そして
 
 

 目の前に「石川」の表札。

 

 うちはピザ屋でバイトしていた。
 店長が知り合いだったからバイクの免許を取ったばっかりだったけど雇ってくれて‥
187 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 17:48
 住所を聞いたときには気付かなかった。
 配達先が近づくにつれてドキドキしてきた、お届け先はやっぱり梨華ちゃんの家だった。
 
 それでもまだ梨華ちゃんに会う確率はかなり低いと信じていた。
 お母さんが出てくることが通常のパターン、それにあそこは三姉妹、お姉ちゃんや妹の可能性だってあるし、とにかく玄関から出てくるのは彼女じゃないことを祈ってインターフォンを押した。


「はい、いま開けます。」


 待ってましたとばかりにドアが開く。
188 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 17:49



 嫌な予感は朝からしていた。
 
 
 

 なるべく下を向いて顔を見られないようにした。
 愛想の悪い店員だと思われてもいい、店にクレームの電話がかかってきたっていい、一刻も早くこの状況から脱出したかった。

 代金をもらっておつりを渡す。
 彼女が何か言いたげにしてる
 だけど聞く訳にはいかない、言わせる訳にはいかない。

「ありがとうございました。」
 ドアを閉めてホッと一息つこうと思ったその時
「あの‥」
 ためらいがちに彼女がうちを呼び止めた。

 だけど聞こえない振りをして、聞かなかったことにして、うちは配達先を後にした。
189 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 17:50
 自分の弱虫加減に笑えた。
 笑って「久しぶり」って言えばいい、それだけのこと。
 そんなことさえ出来ない自分。
 変に意識なんかしちゃってバカみたいだ、もう七年も前の話じゃないか。
 
 だけど、だけどね
 久しぶりに会った梨華ちゃんは予想よりもはるかに綺麗になっていたから‥‥。



 母さん、梨華ちゃんは本当に綺麗になってました。



 うちは心の中でそうつぶやいた。
190 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 17:52
 それから数日が過ぎ店で噂になっていた。
 
 連続して四日、その後二日空けて今日で三日目、それだけ毎日のようにたのめば、そりゃ話題にもなる。
 その上その家からとびっきり可愛いコが出てくるとなれば、誰がデリバリーに行くか取り合いにもなるってのも当然の話だ。
 もちろんうちはまっさきに辞退する。

 で、聞こえてきた会話。

「でもさ、ドア開けた瞬間あきらかにガッカリされた気がするんだよな。」
「あっ俺もそう思った。」
「ってことは誰だよ、誰。」

 それを聞いた時、うちはバカみたいな想像をした。
191 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 17:54
 もしかしてうちを待ってる?
 だから無理してピザたのんでるとか?
 まさかね、ダメダメ、期待なんてしたら痛い目見るぞ
 だけどあの日うちが配達に行った日からだよね
 んー、でもなー、ただピザがブームだってこともないこともないし‥‥
 
 
 
 この時のうちはもうすでに梨華ちゃんでいっぱいだった
 もうすでに梨華ちゃんに恋をしていたんだ。
192 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/09(日) 18:03
 更新しました。
 レスありがとうございます。

>182 名無し読者様
 少しでもご期待に副えるよう頑張りますので
 今後ともよろしくお願いします。

>183 L字様
 いつもありがとうございます。
 よしごまパートは、少ししつこいんじゃないかと心配だったりしたんで
 いいと言ってもらえて嬉しいです。
 石川さんパートも楽しんでもらえるよう頑張ります。 
193 名前:L字 投稿日:2003/11/11(火) 08:08
なんか石川さんパートがワクワクな感じの始まりなんですけど、どうしよう
先が気になる出だしです、とにかく続きを待ってます
194 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/25(火) 22:02
 うちが二回目に石川家のインターフォンを押したのは、最初に行った日から数えて丁度二週間後の夜だった。

 店を出てからずっと心の中でどうしようが暴れていた。
 ピザを届けるだけで何があるって訳でもないのに、不安が心を埋め尽くしていた。
 おかげで途中赤信号を無視しそうになって車のクラクションに吼えられた。


 ヘルメットを取ってバイクの後ろからまだ熱々のピザを取り出し呼吸を整えた。

 門を開いて二、三段ある石段をのぼり玄関までは七歩、綺麗に敷き詰められた芝生の間に埋め込まれた石の上をリズミカルに歩く。
 子供の頃を少し思い出して懐かしさがこみ上げた。
195 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/25(火) 22:03
 インターフォンを押すと同時に扉が開いた。

 
 出てきた人を見てホッとした。
 ホッとしたけど心のどこかでガッカリもしてしまったのかもしれない。
 なぜそれに気付いたのかといえば、うちは知らないうちに大きなため息をついてしまっていたのだ。
 
「ごめんね、梨華じゃなくて。」

 その溜息のせいなのか、お姉ちゃんに謝られてしまった。
196 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/25(火) 22:03
「いえ、ち、違います。すいません。」
 焦ってどもるうちにお姉ちゃんは笑いながら
「ひとみちゃん、大きくなったね。」
 と言った。

「お久しぶりです。」
「何年ぶりかな?」
「えーっと、七年ですかね。」
「うわーそんなに会ってなかったんだね、そりゃ大きくもなるよね。」 

 相手が梨華ちゃんじゃなければなんてことはない、うちは普通に世間話ってやつが出来ていた。
197 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/25(火) 22:04
「本当に梨華はタイミング悪い子だなー。」
「はい?」
「あーあのね、さっきまでドアの前にかじりついて待ってたの。今日こそひとみちゃんが来そうな気がするって。」
「はぁ。」

 そういえば梨華ちゃんのタイミングの悪さをいえば天下一品だった。



「じゃ、またよろしくお願いします。」
「ひとみちゃんも今度遊びに来てね。」
「はい。」

 ありがとうございましたと言って玄関のドアを閉めた。
 バカみたいに緊張してたから一気に気が抜けて疲れがドッと押し寄せてきた。
 うちは首を二三度グルグル回して大きく息を吐いた。
198 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/25(火) 22:05
 梨華ちゃんはやっぱりうちを待っていてくれたんだ、そう思うと心の中があったかくなった。
 会いたくないはずなのに、すでにうちの心の中は梨華ちゃんでいっぱいだった。

 
 後で聞いた話によると、この一分後くらいに梨華ちゃんは息を切らして帰ってきたらしい。 塾に行った妹ちゃんがテキストを間違えて持ってったから届けて欲しいと電話があり、じゃんけんに負けた彼女は仕方なく持っていってあげたんだって。
 うちが来たと聞いた梨華ちゃんはそうとう落ち込み、塾から帰ってきた妹ちゃんとケンカまでしたそうだ。
199 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/11/25(火) 22:08
 そして梨華ちゃんとの再会はこの後すぐに訪れた。




 クリスマスイブ。

 
 

 世間は浮かれ気味で街はきれいにイルミネーションされキラキラしていた。
200 名前: 投稿日:2003/11/25(火) 22:12
 少しですが更新しました。

>193 L字様
 レス有難うございます。
 ワクワクしていただけたなら嬉しいです。
 石川さん編はちょっと長くなる予定ですのでお付き合いください。
201 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/26(水) 22:04
タイミングが悪いよ・・梨華ちゃん(笑)
今度こそ、再会ですね!
楽しみにしてます。
202 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 19:59
 クラスの仲間達もみんなで集まって騒ぐ計画を練っていた。
 うちも誘われたがなんだかそんな気分にもなれずバイトを理由に断った。
 真希はといえば毎年家族で過ごすことにしているのでそれはこの年も変わらず、うちにもいつものようにバイトが終わったらおいでと言ってくれていた。
 母さんは今年もクリスマスパーティとやらを開催するつもりらしく、モテない息子達に嘆きつつも嬉しそうにケーキを焼いていた。出掛けにうちにも早く帰ってくるのよキッチンから叫んでたっけ。

 バイトは大忙し、フル回転でバイクを飛ばす、安全運転で。
203 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:00
「吉澤、次は例の石川さんな。」
「はい。」

 嫌だとかへったくれだとか言ってる日じゃなかった。
 それにまたお姉さんかもしれないしなんて思っていた。
 
 だからドアを開けた時に飛び込んできたピンクにうちは気が動転してしまい、無愛想がさらに無愛想になってしまった。

 
 淡々とマニュアル通り、物品と金銭の交換を行う。
 スマイルに於いては間違いなく不合格になるであろう対応に梨華ちゃんはきっと戸惑っていただろうけど、彼女の顔をみようとしなかったうちには分かるはずもなく。

「ありがとうございました。」

 ドアを閉めれば任務完了というその時

「あ、あしたも、ちゅ、注文するから。」
 
 梨華ちゃんが慌てた様子で言った。
204 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:01
「そりゃどうも。」
「そしたら明日も会えるかな?」
「どうだろ、他のやつがくる可能性のほうが高いしね。」
「そ、そうだよね‥‥。」

 うちはなんでこんなことしか言えないんだろう、梨華ちゃんの沈んだ声に心が痛んだ。

「‥‥ひとみちゃん?」
 
 ボーっと立ち尽くしていたうちに梨華ちゃんの甘い声が降り注ぐ。

 

 この時うちは真希に言われた言葉を思い出していた。


 『それってかなり勇気いることだよね』


 真希に梨華ちゃんとの再会の経緯を話した時に言われた言葉。
205 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:02
『もし本当にひとみに会いたくて毎日のようにピザをたのんでいるとしたら、それはかなり勇気がいることだよね。だって変なやつだって思われる可能性だってあるし、避けられちゃうかもしれないのに。でもそこまでしても会いたいってことじゃん?幼馴染なら他の方法だってあるはずなのに今の彼女には見えてないのかも。まぁ仮にそうならって話だけどね。』

 もし、うちの勘違いだとしても、もし真希の考えすぎだとしても、うちの取っている態度は褒められたもんじゃないどころか最低だと気付いた。


「あーあのさ、もうたのまなくていいから。」

「えっ。」

 梨華ちゃんはすごく淋しそうな顔をした。
 今までにない痛みがうちを襲う、自分の言葉の足りなさを後悔した。

「違う、違くて。次からはこっちに電話してくれればいいから。本当にピザ食べたいんなら別だけど。」

 呆然としている梨華ちゃんにちぎった紙を渡した。
 この時梨華ちゃんがどんなリアクションをしていたかは知らない、困った顔とかしてるのを見るのが怖かったから逃げるようにその場を去った。
206 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:03
 うちはまだまだ弱虫だった。

 だけどその不安はすぐに打ち消された。
 ポケットの中で携帯が震えた。
 見たことのない番号でも誰からかは知っている。


「もしもし?」
 聞こえてくる彼女の声。
「もしもし。」
「ひとみちゃん?」
「うん。」
 
 会話が進まない。
だけどそれでもなんかいいような気がした。
電波を通じて交わしたほんの僅かな言葉だったけど心の中が温かくなったから。
うぬぼれじゃなかったらきっと彼女も同じように思ってくれていたはず。
207 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:04
「バイト、頑張ってね。」
「うん。」
「じゃまたね。」
「あー。」
「何?」

 話してしまったらどうにも気持ちが止まらなかった。
 
 よみがえる想い
 七年前に閉じ込めた初恋
 梨華ちゃんへの恋心
 想い出は色あせてもなお消せはしなかった気持ち。
208 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:04
「明日、明日バイト五時までなんだ。」
「うん。」
「‥‥‥その後、会える?」
「いいの?」
「梨華ちゃんこそいいの?」
 自分から誘ったくせにクリスマスだってことに気付いて慌てて訊き返した。

「うん、私も会いたい。」
「じゃ電話する。」
「うん、待ってる。」
「明日ね。」
「うん。」


 この年のクリスマスのことは正直あまり憶えていない。
ドキドキしすぎて何がなんだか分からないまま過ぎてしまった。
だけどすごく楽しくて幸せだったことは知っている、憶えていないけど忘れられないクリスマスの思い出。
209 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:06

 

 その後、毎日のように梨華ちゃんと会ったし、会えない日は電話した。
 
 その年の年越しはふたりで近所の神社に初詣でに行った。

 両側に並んだたくさん出店からソースの焼けたいい香りが漂い、甘酒を配ってる辺りからは甘ったるい湯気が立ち上っていた。
すれ違う参拝客の着物姿に見とれていたら「どこ見てるのよぅ」とつねられた。
薄暗い参道その上すごい人ごみ、はぐれないようにうちの服の袖を掴む梨華ちゃんはめちゃめちゃ可愛かった。
お参りした後、梨華ちゃんは気合を入れておみくじを引いていた『小吉』を引いてくるあたりなんとも彼女らしくて笑ったら怒られた。
210 名前:夏・海・花火 投稿日:2003/12/06(土) 20:07
 いろんな話をした。 
 
 
 子供の頃は毎年一緒にお参りしてたっけ
 梨華ちゃん迷子になったことあったよね
 ひとみちゃんが見つけてくれて
 そーそーうちの顔見た途端ビービー泣き出してさー
 だってー
 そんな梨華ちゃんは可愛かったけどね
 ひとみちゃんはいつもかっこよくて優しくて




「ずっと好きだったの
‥‥‥ひとみちゃんのこと好きなの。」




「‥‥うちも好きだよ、梨華ちゃんのこと。」



 あんなに苦しかったのに
 あんなに必死で忘れたのに
 こんなにあっさりと自分の想いを受け入れて、そして彼女に告げることが出来たことに驚いた。
 
 
 きっと自然なことだったのだろう。
 
 彼女を好きなことが、彼女を好きでいたことが。
211 名前: 投稿日:2003/12/06(土) 20:10
 更新しました。

>201 名無し読者様
 レス有難うございます。
 梨華ちゃんはなんとなくタイミング悪そうな気がしまして(笑)
 やっと再会させることが出来ました、楽しんでもらえたら何よりです。
212 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/26(金) 00:23
お疲れ様です。
次回更新を楽しみに待ってます。
213 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:16
 そういえば梨華ちゃんとはくだらないケンカをよくした。くだらないって言うときっと彼女はムキになって怒るだろうけど。
 そんな彼女にケンカをするって大事なことだと教わった。梨華ちゃんはいつだって全部でぶつかってきてくれた、それがすごく嬉しかった。
 
 
 
 はじめてしたケンカは‥‥。
214 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:17
 バイト仲間とスノボーの計画を立てるために集まっていて、みんなが呼べ呼べと言うから梨華ちゃんに電話して「来る?」と聞いたら三十分後に彼女は現れた。

 「うおー」とか「キャー」という訳の分からない声に歓迎されて
 梨華ちゃんはうちの右隣に座った。

「えーっと彼女は石川梨華さんでうちの幼なじみです。」
「こんばんわ。」
 みんなは口々にやっぱり可愛いだのなんだの言っていた、まぁたいていのやつらはもうすでに一度は会っているのだけど。配達員とお客様として。
 
 まだ一度も会ったことないのは‥‥。

「あーコレ真希。」
 うちのぶっきらぼうな紹介に「よろしくね」と梨華ちゃんに微笑んだ後
「なにその紹介のしかたー。」
 とわざと口を尖らせて文句を言った。
「じゃなんて言えば満足な訳?」
「んー分かんない。」
「分かんないのかよ!」
 そんなうちらの会話を梨華ちゃんは笑ってみていた。
215 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:21
 騒ぐだけ騒ぎ、スノボーの日程も決まり梨華ちゃんもみんなと仲良くなったみたいだった 何よりも真希と楽しそうに話していたから大満足だった。

 
 その帰り道。
  
 ふたりきりになった途端、口数が急に減った梨華ちゃんはあきらかにご機嫌斜めで早足でズンズン歩いていた。だけどそんなところが昔とちっとも変わってなくってうちは思わず笑ってしまった。
 すると彼女は立ち止まって振り向きうちをキィと睨んだ。
 まぁ睨んだところでそれはもう可愛いだけでちっとも怖くなくて、だからうちの顔はさらにニヤけてしまった。

「なんで笑うのよぅ。」
「なんかさ、変わってないなーって思って。」
「なにが?」
「怒ると早足になるところとかグリンピースが嫌いなところとかさ。」
216 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:22
 立ち止まっている梨華ちゃんにゆっくりと近づいた。
 冬の冷たい風がほろ酔い気味のうちの身体をなでていく、大きく息を吸い込んでみたら 汚れた都会の空気がいつもよりおいしく感じたのはアルコールのせいなんかじゃなくってきっと目の前に彼女がいたからだろう。

「‥‥ひとみちゃんは変わったよね。」

「ん?」

「お肉食べれるようになってたしセロリも食べてたし‥‥意地悪なところは全然変わってないけど。」

 意地悪って言われて正直ムッとした。
217 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:22
「意地悪なんてしてないじゃんよー。」
「したもん。」
「してない。」

「ひとみちゃん、私はひとみちゃんの彼女だよね?」
「少なくとも彼氏ではないね。」
「ふざけないでちゃんと答えて!。」

 あぁめんどくさいなと思ってしまった。うちはどうもケンカが苦手だった、ケンカって案外パワー使うし。これまでは誰に対しても相手にしないことによって争い事をスルーしてきた。そりゃムカつくこともたくさんある、でも文句を言うことによって更に嫌な思いをすることも多い、だからなるべく避けて通っていた道だった。

「・・・・・。」
「そうやって都合悪くなると黙るところは変わってないのね。」

 都合が悪いから黙ってるんじゃないなんか嫌なんだよこういうの、と思っていても言えない。言えばいいんだろうけど言わない。そんなところは本当に昔から変わっていないかもしれない。
218 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:23
「もうここでいいから。」
 
 なにも言わないうちに痺れを切らしたらしい梨華ちゃん。

「送っていくよ。」
「いい、じゃあね。」
 
 途中一回だけ振り返ったけど立ち尽くすうちからどんどん離れていった。やがて彼女の姿が見えなくなってしまった。
 
 急に寒さがこたえた。
 
 うちはポケットに手を突っ込んで急いで真希の家に向かった。
219 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:24

「なんだよ、もー。」

 この『もー』はもちろん梨華ちゃんに向けてとベッドの上でジタバタしているうちに背を向けてのんびり雑誌を広げて適当に相槌をうつだけの真希に対して。

「ねーってばー。」
 ちょっと聞いてるのかよーと真希にクッションを飛ばした。何回目かの『ねー』のあと「もーしょうがないねーひとみは」とうちの隣に寝転んだ。

「謝ってくればいいじゃん。」
「・・・・・。」
「追いかけなかったこと後悔してるんでしょ?」

 はい、正解!
 聞いていないフリをしていてもやっぱり真希は真希だった。
220 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:25
「でもさ、何でご機嫌斜めなのかさっぱりなんだもんよー。」
「きっと悔しかったんだと思うよ。かわいいねー梨華ちゃんって。」
 ますますうちの頭の上のハテナは大きくなるばかり。

「ひとみの鈍感さも可愛いぞー。」
  
 いきなり上に乗られてほっぺたにキスされた。そういう真希もめちゃめちゃかわいいと思ったことは内緒にしておいた。

「帰るわ。」

 時間なんて確認する必要もない、終電なんてとうに走り去っている。でも胸のモヤモヤが真夜中に歩いてでも行くべきだと騒いでいた。

「原チャ乗ってっていいよ。」
 真希がキーを放り投げた。
 キーをキャッチし「サンキュ」とお礼を言ったら「これ着ていきな」とダウンとマフラーと手袋を渡してくれた。真希の優しさはいつでもうちを温めてくれる。
 
 玄関まで送ってくれた真希に「行ってくるね」と声をかけ再び夜の街にへと飛び出した。
221 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:26
 何を言えばいいかまで考えてなかったことに気付いた。会わなくっちゃという思いばかりで、先のことなどなにも見えていなかった。やっぱり明日にしようかななんて弱気になっていたら玄関から彼女が出て来てくれた。

「どうしたの?こんな時間に。」
「ごめん。」
「大丈夫だよ、まだ起きてたし。外を見たらひとみちゃんがいるからビックリした。」
「うん。」
 
 言いたいことはある。 
 でもうちは無知で鈍感で子供で言葉を知らなくて声に出来なかった。

 そんなうちを見て梨華ちゃんが
「ひとみちゃん覚えてる?」
 前にもこんなことあったよねと空を見上げた。

「憶えてるよ。」
「またふたりして風邪ひいちゃうかな?」
 梨華ちゃんは少しおどけて微笑んだ。
222 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:26
 

 憶えてるよ。

 

 小学生の頃、梨華ちゃんの大切にしていたくまのキーホルダーを水溜りに落として泣かせてしまったことがあった。
 それはわざとではなかったし、ごめんねっていう気持ちもちゃんとあったんだけど
あまりにも梨華ちゃんが泣くから素直に謝れなかったんだ。
 そのまま家に帰ったんだけど胸がモヤモヤして、ご飯もおいしくなくて
だからもう一度梨華ちゃんの家に行ったんだけど、どうしていいか分からなくて
家の前でバカみたいに立ち尽くしてた。
 しばらくしたら偶然お姉ちゃんがうちに気付いて梨華ちゃんを呼んでくれた。
 その頃のふたりはまだ子供だったから急に降ってきた雨の中、黙って突っ立ったままずぶ濡れになってしまった。  
 そして翌日見事に二人揃って高熱を出したんだよね。
223 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:27
 その時よりうちは大きくなったよ、だから。

「風邪なんてひかせないよ。」
 寒そうにしている梨華ちゃんを抱きしめた。 
 ごめんねが伝わるように、好きだよが伝わるように。

「ごめんね。」
 今回はちゃんと言えたよ、相変わらず言葉が足りなくて鈍感でどうしようもないうちだけど出来るだけ素直になるから、だから梨華ちゃんに風邪なんてひかさないから。
「私の方こそごめんね。」
 梨華ちゃんの腕が背中にまわるのを感じた。

「ひとみちゃんあったかい。」
「梨華ちゃんも。」
224 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:27
「あのね、くやしかったの。」
「‥‥なんで?」
 うちには乙女心を理解する能力が極端に少ないらしい、まったく困ったものだ。梨華ちゃんは微妙な顔をしていた。

「私の知らないひとみちゃんがいっぱいいた。後藤さんやみんなは当たり前のように知ってるのにって思ったらくやしくて、淋しかったの。」

 梨華ちゃん、あなた可愛すぎます。そんなこと上目遣いで言われたら、もう。

「梨華ちゃんだって‥うちだって戸惑ってるよ。
 あの‥えっと‥‥スゲー美人さんになってるし、いたるところ成長してるし。」
「‥‥バカ。」
 
 梨華ちゃんがギュっと抱きついてきた、少しの隙間も許さないくらいに。
 このまま離したくないと思った、だけど彼女は真冬の夜中に外にいるにはやけに薄着でこのままでは確実に風邪をひかせてしまうことになってしまうから。
225 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:28
「もう、家の中に入ったほうがいいよ。」
 抱きしめる力を緩めてうちが言うと彼女は「うん」と答えたけどその場を離れようともしないし、うちの背中にまわった腕もそのままだった。名残惜しい気持ちを押さえつけてうちはゆっくり自分の思いをぶつけた。


「うちは梨華ちゃんにもっともっと自分のこと知って欲しい、だから今度うちのお気に入りの場所に一緒に行こう。それから吉澤ひとみが選ぶ感動の映画ベスト3を一緒に見よう、あと最近寝る前に聞いてるCDを貸してあげるし、えっと、えっと‥。それから梨華ちゃんのことももっともっと知りたい。」

「うん。」
226 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/01/11(日) 22:29
 その夜、初めて梨華ちゃんの口唇にふれた。
 ふたりともちょっぴり震えてたのは寒いからだけじゃなかったよね。

 
 
 梨華ちゃんはうちにとって大切な人、それは今でも変わらない、一生変わらない。
初恋の人、そして初めて心から愛した人。
痛いくらいの切なさも
駆け巡る情熱も
傍にいたいと思う気持ちも
いて欲しいと言える素直さも
すべてすべて梨華ちゃんにもらった。
なのにうちは何かを与えてあげられたんだろうか、なんて思わない。

 それは梨華ちゃんだから、彼女を本気で好きだったから。
227 名前: 投稿日:2004/01/11(日) 22:32
 更新しました。

>212 名無し読者様
 レスありがとうございます。
 更新遅くなって申し訳ないです、もしよろしかったら今後もお付き合い下さい。
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/04(水) 00:30
楽しみにしてます。
229 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/02(火) 23:31
楽しみに待ってます。
230 名前:おっちゃん 投稿日:2004/04/01(木) 10:21
頑張ってください。待ってますね。
231 名前: 投稿日:2004/05/09(日) 22:40
自己保全
すいません、近日中には再開したいと思っています。
232 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/29(土) 10:18
ピザ食べながら待ってます
233 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:46
 本当に梨華ちゃんからはたくさんのことを教えてもらった。
 例えば嫉妬とかヤキモチってやつはただのめんどくさいものではないということ。


 何度目かのデートの後、ごはんどうする?なんて会話を夕焼けの街を歩きながらしていた。並んで歩いているだけでいつも幸せな気分になるのはどうしてなんだろうなってこと考えていたら、携帯が鳴った。それは母親からの電話だった。

「梨華ちゃん、今日うちの夕食なべなんだって。梨華ちゃん連れておいでって言ってるけど、どうかな?」
「いいの?」
「もちろん。」
「じゃご馳走になっちゃおうかな?」
「うん。」

 もちろん家に梨華ちゃんが来るのは初めてではない。でもそれは子供の頃の話、手を繋ぐのにドキドキしなかった頃のこと。
234 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:47
「ただいまー。」
「おじゃまします。」
「「「おかえりー」」」

 おかえりの中にいつも聞きなれた声、でもいつもはない声。

「真希来てたんだ。」
「うん。」

 まぁうちが帰る前に先に家に真希がいる、それはあまり不思議な光景ではない。
 
 食事の用意はもうすでに出来ていて食卓の中心では鍋がぐつぐついっていた。
235 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:48
「おいしそー。」
 うちがそう言うと
「今日はちゃんこにしてみました。」
 と真希。
 これだって珍しいことではない。真希は料理が得意で我が家でその腕を揮うのも日常になってしまっていた。

「ひとみも真希ちゃん見習ってお手伝いとかして欲しいわよ。」
 と母さん。
「手伝ってんじゃんよー。」
「姉ちゃんは後片付け専門だけどね。」
「うるさい、チビ。」
「チビじゃねーよ、アホ。」
「いいから手洗ってきなさい。」
「はーい。」
236 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:49
 梨華ちゃんとふたりきりののんびりした空気からいっきにテンポアップ。

「ごめんね、うるさくて。」

 なんだか戸惑い気味の梨華ちゃんを連れて洗面所へ移動。

「ううん、楽しいよ。」
「そう?」
「うん。」

 ふたりで並んで手を洗う。
 なんだかとってもくすぐったい気持ちだった。

 梨華ちゃんちは三姉妹でそれはそれでうるさいらしいけど、やっぱり弟がふたりもいるうちとは違うらしい、それにうちは男三人兄弟みたいなもんだし。
237 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:49
「うめー。」
「こらっ、あなたは女の子でしょ。」
 
 思わず叫んだらすかさず母さんに注意された。日頃から言葉使いを注意されるけど変わる気もないから直るはずもない。

「だってうまいもんはうまいんだもん。」
「まったくひとみは‥‥でも本当に真希ちゃんは料理上手よねぇ。母さん真希ちゃんみたいな娘が欲しかったわ。」
「それ、どういう意味だよ。」

 母さん何気に失礼だよ、分からなくもないけど。
238 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:50
「うちには息子が三人いるようなものだから。ねぇ真希ちゃん、うちにお嫁にこない?」
「あは、よろこんで。」
「「じゃー俺のー、僕のー」」
 調子に乗ったバカ弟ふたりが立候補。 
「バーカ、おまえ達になんかもったいないよ、真希はうちがもらう。」
「姉ちゃんにこそもったいないよー。」
「なんだとー。」
「あはは。」

 というような感じでいつも通り夕食は終了。
 後片付けは三人でした。食器を洗う梨華ちゃんはそうとう可愛くてボーっと見とれていたら、真希に「鼻の下伸びすぎ」と肘でつつかれた。途端に顔が真っ赤になったうちを見て更にからかってくる。そうやってうちらがギャアギャア騒いでいる脇で梨華ちゃんはいつものように笑ってた。
239 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:51
「おじゃましました。」
「またおいでね、梨華ちゃん。」
「真希が言うなよ。」
「いいじゃーん、ねぇおばさん。」
「そうね、本当にまたいらっしゃいね。おばさん娘が増えたみたいで嬉しいわ。」
「はい。」
「じゃ送ってくるね。」
 
 玄関先で繰り広げられた会話。その間も梨華ちゃんは終始笑顔だった。

 だけど。

 だけど帰り道の彼女は早歩きだった。
240 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:52
「なにを怒ってるのさー。」

 背中に問い掛けた。

「怒ってないもん。」
「怒ってるじゃん。」
「だってー。」
「ん?」

 彼女はもどかしそうに振り向いて手をブラブラさせた。
 うちはその手を取って言葉の先を促した。
 すると彼女はうちの顔を覗き込むようにして訊いた。


「私達って付き合ってるんだよね?」



「‥‥はい?」

 
 前にも似たような台詞を聞いたなぁと思いつつも梨華ちゃんが何を言いたいのか分からなかったからすぐに答えることが出来なかった。
241 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:54
「もういい。」

 彼女はうちの手を振り払うようにして離し、また早歩きでどんどんひとりで歩き出した。

「ちょっと、ちょっと待ってよ、待ってってば。」

 慌ててその背中を追いかけた。
 
「ねぇ、待ってよ。」

 彼女の前に回りこみうつむき加減の顔を両手で包み込みその瞳にうちを映させた。
 寒空の下、二本の白い息が静かに星の元へと登ってゆく。遠くで拍子木の音がした、火の用心を呼びかけているんだろう。
 
 目の前に静かな夜が訪れていた。
242 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:54
 先に沈黙が耐えられなくなったのは梨華ちゃんだった。

「後藤さん‥‥」
「ん、真希?」
「‥後藤さんは送って行かなくていいの?」
「あぁ。真希は多分泊まるから。」
「・・・・・。」

 梨華ちゃんはまた黙ってしまった。
 いったい何だって言うんだ、そう思ったけど梨華ちゃんの言いたいこともなんとなく分かっていた。

「真希はさ、心友なんだ。うちには、その‥うちが好きなのは梨華ちゃんだから。」

 多分うちの顔はありえないくらいに赤かったことだろう、耳も異常に熱くて、それこそ顔から火が出そうだった。
243 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:55
 梨華ちゃんの手がそんなうちの顔にふれた。

「あったかい。」
「うん。」
「耳まで真っ赤だよ、ひとみちゃん可愛い。」
「だー可愛いなんて言うな、スゲー恥ずかしいじゃんか、もー。」

 とっても恥ずかしかったけど、彼女が笑ってくれたからよかったと思った。

「でも。」
「でも?」
「冗談でもヤだよ。」
「あぁうん。」
 
 いったい何のことだかさっぱり分からないのだけど「何が?」なんて訊いてまた機嫌が悪くなるのはごめんだったから、適当に返事をした。だけど彼女にはそんなことはお見通しだったようで梨華ちゃんはうちの口調を少し真似て言った。
244 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:56
「『真希はうちがもらうー』なんて言っちゃイヤだからね。」

「あぁー。」
 あぁそういうことね、うん。
「ごめん‥‥うちってデリカシーないというかなんていうか‥ホントにごめん。」
「もう言わない?」
「うん、約束する。」
「じゃ許してあげる‥‥ごめんね。」

 梨華ちゃんはまたうつむいて、うちの手を握り締めた。
245 名前:夏・海・花火 投稿日:2004/07/07(水) 19:56
「何で梨華ちゃんが謝るのさー。」
「だって‥」
「だって?」
 
 手を握り返す。

「ヤキモチばっかり妬いちゃって‥‥嫌いにならないでね。」
 まったく梨華ちゃんってコはどうしてこんなに可愛いこと言うんだろう。
「嫌いになんてなるはずないよ、つーか大好きだし。」


「遠まわりして帰ろっか?」
「うん。」


 それまでヤキモチとかそういうのって面倒なだけだと思っていた。過去、こういうパターンの後は急速に気持ちが冷めちゃって、うわーめんどくせーって別れの道へ一直線だったのに。

 大好きな人に妬かれる適度なヤキモチはちょっと嬉しいなって思った出来事だった。
246 名前: 投稿日:2004/07/07(水) 20:06
 更新しました。
 レス及び保全ありがとうございました。

>228、229 名無飼育様 230、おっちゃんさま
 お待たせしました。
 今後もよろしくお願いします。

>232 名無飼育様
 LかMか悩んだり‥。
 長らくお待たせしてスイマセンでした。
 今後はピザが冷めないくらい勢いで頑張ります。
 
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/07(水) 22:08
待ってましたよ♪
248 名前:L字 投稿日:2004/07/08(木) 02:17
続き来てたーー!
大好きな人に妬かれる適度なヤキモチ…適度ってトコが難しいですよね
いい感じの二人がこれからどんな風に変わっていくのか楽しみです
249 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/16(木) 14:23
保全

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