セピア色の日々

1 名前:リアル 投稿日:2003年03月30日(日)17時19分15秒
―――――  空の下の屋上、からっぽの教室、同じ制服、冷たい廊下
だだ何も無い同じような世界を、ひたすら走って行くだけで
       すべてを無意味に思っていた
       
       その分
       あの頃の私たちは、とてももろくて、壊れやすい物だったんだ






2 名前:  投稿日:2003年03月30日(日)17時20分35秒



           『麦畑の見える場所』
3 名前:  投稿日:2003年03月30日(日)17時22分39秒
チャイムの音に気づくと、横たわっていた身体をゆっくり起こす。

それと同時に、自分の腹の上に乗せていた緑色のカバーがついた本が、乾いた音を立てて
ぱさりと落ちる。空の透き通るような青と、ぼやけた薄い雲が校舎や町を包んでいて、
放射線状に辺りにいっぱい降り注ぐ弱い太陽の光が、真っ黒な髪の毛を輝かせていた。

落とした本を拾い立ち上がると、スカートの裾を片手で軽くはらう。
彼女しか来ない寂れた屋上からは、校庭の隅に並ぶ夏みかんの木の向こうに、広大な麦畑が見える。
花を咲かせ始め、青々と茂る麦畑は風が吹く度にうねりを上げてざわめく。
そんな様子を上の方から細目で確認すると、風になびく髪を片手で押さえながら、その場を後にした。

4 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時27分56秒





高橋が教室の扉を開けようとすると、タイミング良く扉が開いた。

すると、すぐそこに小川の顔があった。
「あ、おはよ」
「おはよう」
小川のさわやかな笑みにつられ高橋も口もとを緩ます。
が、高橋はすぐに教室の様子がおかしい事に気づく。

いつもなら笑い声が絶えず、賑やかなはずなのに、何故かしんと異様に
静まりかえっていた。しかし、その理由はすぐに教室の様子をわざわざ
確認しなくてもすぐに分かったが。

「また?」
高橋の言葉に小川がしっかりと頷き、高橋を教室に入れる。
入って中を見るなり、浅いため息をつく。
真っ赤に塗りたくられた黒板。まだ塗り立てなのか、シンナーの匂いが辺りに漂っている。

そして机や椅子は、見事にぐしゃぐしゃに倒され、あちこちに無惨に転がっている。
その周りをやや青ざめた生徒達が取り囲んで、ぼちぼちと後かたづけを始めたり、
唖然として突っ立ったままの生徒や、何やらひそひそと話し始める生徒と、それぞれだった。
5 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時30分09秒
「前よりヒドイね」
高橋が、呆れたようにポツリと呟いた。

彼女達が3年になった時から、校内ではこのような事件が起こり始めていた。
美術室では完成まじかの生徒達の作品が壊されたり、3年の教室の窓全部に「壊れろ」と
赤いスプレーで落書きされていたり、家庭科室の窓も、全部割られていたりと。

「この時期、みんな狂ってくるんだよ」
そう言って、小川は倒れて中に入れてある物が出てしまっている机に手を伸ばした。
そう言う物なのかな、と言って高橋もばらまかれている教科書をまとめ始める。


ぶつぶつと言いながら、一人、また一人と机を元に戻す作業を始めた。
6 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時30分39秒



7 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時33分58秒
「――――はい、皆さんこの問題に注目」


美術室の独特な匂いが高橋の鼻をくすぐる。
結局、1時間目は元の教室では出来ず、美術室で授業をやることになったのだ。
さっきから虚ろな目で、頬杖をつきながらボーッと前だけを見ている。
目の前には小川の背中があるだけで、教師の無表情な声も高橋には聞こえず、他には何も
無いように思えた。


「ここで解説をしますが、−aをこのbに代入すると――――」

数学の篠塚が、どんと黒板を叩く音に一瞬そちらに目を向けたが、また何も書かれてない
ノートに視線を落とした。すると、ペンケースからシャーペンを初めて取り出し、
ノートの端に暇つぶしのウサギの絵を描いてみる。

前の席の小川から、シャーペンのさらさらと言う音が聞こえてくる。
と同時に、何やら隣の席からカチカチとする固い小さな音まで聞こえて来た。
気になって横目でそちらを見る。
すると、目をとろんとさせて今にも眠ってしまいそうな辻が、
シャーペンの芯を出したり引っ込めたりを繰り返していた。
そのまた横では、加護の爪を弾く音も聞こえた。


視線を落書きノートに戻すと、また書きかけのウサギを書き始めた。
8 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時35分09秒
その時、机の端に小さく折り畳んであるルーズリーフが置かれていることに気づく。


『Dere愛』とピンクの蛍光ぺんで書かれていた。

「では次のページを開いて――――」


『チャイムなったらすぐ教室出よ。
じゃないとクリームメロンパン売り切れちゃう
                   まこっちゃん』
と、可愛らしい丸文字で書かれていた。
そんな手紙の内容に苦笑すると、『まこっちゃん』の下に。

『OK!5分前に教科書しまっちゃお』



「じゃあ22番・・・高橋さん」
9 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時37分27秒


名前を呼ばれ動かしていた手を止めると顔を上げる。篠塚が小難しい表情でこちらを見ていた。
真っ白に塗りたくったファンデーションのせいで、妙に真っ赤な唇が目出って見える。
高橋は心の中で舌打ちすると、はいと言って席を渋々立つ。小川がニヤついた顔で高橋の方を
ちらりと見ると、小声でガンバレと言う。

黒板の前までやって来ると、篠塚が無表情にチョークを渡す。
高橋は一瞬怪訝そうな顔で篠塚を見やると、すぐに問題の書かれている方に視線を移す。
しかし、ずっと授業の話しを聞いていなかったので、高橋にこの問題が解けるはずは
なかった。少しだけざわついていた教室に静寂が訪れた。

辻がぽかんと口を開けていて、加護が爪を弾くのをやめた。
高橋は黒板にチョークをつけたまま固まって動こうとしない。


そんな高橋を、腕を組みながら苛ついた表情を浮かべて見ていた篠塚は、その視線を
後ろの生徒達に向ける。
10 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時40分12秒

「このように授業中頬杖ばかりついて、人の話を聞いていない人は取り残されて
しまいます。特に今年は高校受験ですのでこのような事はあってはいけません。
皆さん、くれぐれも高橋さんのようにならないように注意しましょう・・・
では、高橋さんの出来なかった問題を、13番、紺野さん」




「―――はい」
11 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時40分50秒




12 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時42分41秒
「なぁにあれ?篠塚とかいってムカツカね?」


向き合うようにつなげた机。小川と高橋ももちろん向かい合うような感じで座っている。
小川はりんご蒸しパンを一口かじりしながら、不服そうな顔で高橋を見ている。
高橋はそんな小川に目もくれず、オレンジジュースのパックに視線を落としたままで。

「あー、篠塚ってあたしの事きらってる感じだね」
「だよね。ウチもそう思ったし。あの人ヒイキばっかだよね」
遥か遠くの方で、いくつもの笑い声が飛び交っている。
窓辺の水色のカーテンがふわりと波を作り、うっすらとした木漏れ日が辺りを照らす。

「昔は愛もそのヒイキ組に入ってたのにね」
「あはは」
「笑い事じゃないって」
「笑い事だよ」

笑い事だよ、ともう一度呟くと高橋の横を、本を抱えた紺野がいそいそと通り過ぎて行く。
目だけで彼女を追うとストローをくわえ、ジュースを一口飲む。

「ヒイキって言えばさぁ、転校生の紺野さん。先生全員に好かれてる感じだね」


小川が頬杖をつき、高橋に目線で合図する。一番後ろの窓辺の席に向かう紺野の後ろ姿。
13 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時43分26秒
「いいよね、頭いいヒトって」
小川は視線を高橋に戻すと、大きなため息をつき、また一口パンをかじった。
しかし、高橋は少し考えると。

「ねぇ、一緒に食べてもいい?」
言いにくそうに眉をあげて小川を見る。すると小川は特徴的な細めな瞳を少し見開いて。
「え?」
「紺野さん。ね、いいっしょ?」
「うん、いいけど」

そっかと言い、嬉しそうに目を細めた高橋は、さっそく席を立つ。
14 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時44分44秒
「ねぇー」


騒いでいる少女達を気にすること無く、一人弁当の用意をしていた紺野は、いきなり話しかけられ、
目をまん丸くして高橋を見つめる。
「・・・は」
おろおろと口をぱくぱくとさせている紺野に、高橋はクスリと笑う。
「あのさ、良かったらウチらと食べない?」
「え・・・?」

高橋の後ろから小川もやって来て。
「・・・そうだよ、一緒に食べよ?」
「いいの?」

その言葉に高橋がニコリと笑みを作ると、大きく首を縦に振る。

紺野はほんのりと口元を緩めた。

15 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時47分28秒



「ってか受験とか言ってやってらんないし」
「あははっまこっちゃんってドコ受けんの?」

「あ?ん〜、一応県立なんだけど、南葎校にしよっかなって」
「へぇ」

再び大きな笑い声が教室を包む。教壇でさっきから辻と加護が黒板に何やら書き込んでいる。
それを見ていた何人かの生徒が、お腹を抱えて笑っているのだ。
しかし、そんな賑やかな様子を無視するかのように、一番前の席に座って、
頭を伏せたまま寝息を立てている新垣がいた。

「紺野さんはドコ受ける?」
高橋がさっきからもくもくと食べる紺野に話を振ってみた。
すると、紺野はまた困ったように笑う。
「わたしはまだ決めてないや」

紺野の答えに小川が。
「紺野さん頭良いんだから徳陸高受けてみなよ」
「えー・・・そんな良いとこ無理だよ」
「だいじょぶだよ」

紺野は一回、視線を天井に向けてみた。天井に小さなシミがあるのを発見した。
16 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時49分15秒
「それもいっかな」
「あははっ紺野さんなら一発で受かりそー」
そんな紺野に小川がふにゃりと笑った。そして高橋に視線を戻す。

「愛はドコ受ける?」
「あたしもテキトーにこの辺の高校受けるよ」
「じゃあ、一緒んトコにしよーよ」

「んー、そうしよっかな。あたしがいなくなったらまこっちゃん大変だし」
「なぁに言ってんだか」
そんな二人のやり取りに紺野は楽しそうに笑っていた。

廊下を走るような足音が彼女達の耳を通り抜ける。お昼を食べ終えた遊び盛りの生徒達を
誰も止める事なんて出来ない。

小川は食べ終えた蒸しパンの包みをくしゃくしゃに丸めてビニール袋にまとめて入れる。
紺野も弁当箱を片付けながらストローをくわえて、残ったジュースを飲み干している。
ふと、小川の目にさっきから一個のハムサンドをまだ食べきれていない高橋が映る。
17 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時50分27秒
「あれぇ愛、パンまだ残ってんじゃん」

「え?あー。なんかあんまおいしくないんだ、コレ」

小川は高橋の頬張っているハムサンドに興味津々のようだった。
そんな様子にふっと口元を緩めて。
「半分あげよっか?」
「いいの?」
「うん」
「よっしゃ」
小川は小さくガッツポーズを決めると、高橋からパンをもらう。
しかし、高橋は少し考えたような顔をして。



「・・・やっぱ全部あげる」

高橋のその一言に小川はパァッと目を輝かせる。

「まじで?サンキュー。クリームメロンパン食いそこねたけどラッキー」
紺野もうれしそうに目を細めた。



黒板には、かなりディフォルメされた篠塚の似顔絵らしきものが描かれている。

空には一筋のヒコーキ雲が漂っていた。
18 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時51分03秒



19 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時56分32秒
部活へ行った小川とグラウンドで別れると、高橋は校門を出る。

高橋の通う学校は駅から遠く離れた畑の近くにあった。辺りは何も無いに等しく
見渡す限りに、畑や所々に小さな赤い屋根の家や、古びた駄菓子屋とかたまに
スクラップ工場があるだけだった。

高橋はこの町にずっと住んでいたが、どうやらこの辺に豚の牧場があるらしいが
まだ行った事は無い。学校を離れると、夏みかんの木が沢山生い茂っている、砂利と草が入り交じったような
道がしばらく続く。しばらくして車が横に2台ぎりぎりしか通れないような細い車道に出る。
車道と行ってもバスが何台か通るだけで、普段はあんまり車は通らなかった。
車道にはガードレールは無く、端の方に雑草が生えていて、すぐ横には何処までも続きそうな
だだっ広い麦畑が奥の方まで続いていた。

風に揺すられてざわざわと涼しげな音を響かせている。何度足を踏み外し、この畑に落ちたかは
数え切れない。

しかし、高橋は帰路にあるこの麦畑がとても好きだった。
20 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時58分04秒
その時途中の、ベンチも無い小さなバス停の横に誰か立っているのが見えた。


「紺野さん」

呼ばれた少女がこちらを振り向くと、キョトンとしていた顔がだんだん笑顔になる。
風が強いので、二人ともスカートの襞を片手で押さえていた。

「高橋さん」
そう言った紺野の元に、小走りで駆け寄る。

「バスで帰ってるんだ」
「うん。高橋さんは?」
「あたしはこの辺」
風で二人の髪がさらりとなびく。すると、後ろの麦畑も音を立てた。
紺野の澄み切った瞳が高橋を映している。
21 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)17時59分36秒
「へぇ、近いんだ。いいな。わたしはそれからまた電車乗らなきゃ」
「じゃあ都会の方なんだぁ」

「え、田舎だよ全然」
「コンビニは?」
「歩いて3分」

「都会じゃん。あたし15分だよ。自転車で」
すると、紺野は驚いて目を大きく見開く。
「え!?遠いね」
紺野の叫びにも似た声に軽く頷く。高橋の鞄にぶら下がる
キティのキーホルダーが小刻みに揺れる。

「ふふ驚いた?でもこの辺は都会と違って星とか綺麗に見れるんだから」
そう言って白い歯をニッと出して笑ってみせた。
心なしか空を流れる雲のスピードが、今日は早いように感じていたが、耳はちゃんと
紺野の声に向けられていた。
「わたし地元に帰っちゃうから、星はまだ見てない」
紺野が残念そうに眉をひそめる。そんな様子に高橋は柔らかく笑う。

「じゃあ今度見ようよ」

「いいの?」

「うんうん」
22 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)18時01分48秒
すると、エンジンの音が二人の耳に入り、風で運ばれて来た排気ガスで、紺野は少し咳き込んだ。

「バス来ちゃった」
紺野の声のトーンが少し下がる。
バスはゆっくりと二人の前に停車し、機械的な音を鳴らして扉が開いた。
ぶるぶるとエンジンが音を立てている。

「じゃあ・・・わたしもう行くから」
「うん、それじゃあ―――――あ、紺野さん」


バスの扉の影から紺野がひょっこりと顔を出す。
「はい?」
「あさ美ちゃんって呼んでもいい?」

一瞬訳が分からなかったのか、目をパチクリさせて。

「―――はい」
そう言って初めて歯を見せて笑った。。

「あ、あたしの事、愛って呼んで」
「あ、いちゃん・・・」
「そうそう!」
「はい」

また嬉しそうに目を細めて。

「ばいばい、愛ちゃん」

「ばいばいあさ美」
23 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)18時04分31秒
扉が閉まって、紺野が窓ガラス越しに手を振っている。バスには紺野と一番後ろに座る
老人しかいないようだった。
大きくエンジンの音を鳴らすと、バスは徐々に動き出した。




バスが遠くなって行っても、愛はまだ手を振っていた。

24 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)18時06分41秒



まだ真っ青な麦畑が、茜色の空にうっすらと染められて、そよそよと揺れていた。
25 名前:麦畑の見える場所  投稿日:2003年03月30日(日)18時07分56秒



26 名前:リアル 投稿日:2003年03月30日(日)18時09分39秒
しょっぱなから間違いごめんなさい(泣)
ちょっと文体がおかしくなってしまいました。
27 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月19日(土)19時11分18秒
待ってるよ〜。

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