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トリプルプレイ

1 名前:  投稿日:2003年03月31日(月)13時56分32秒

 
 
 
All the world's a stage, And all the men and women merely players;
                             ───W.Shakespeare "As You Like It"
 
 
 

2 名前:  投稿日:2003年03月31日(月)13時57分33秒

初回公演は明日、4月1日(火)19:00開演を予定しております。
お気軽にご覧下さい。

3 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時00分09秒

 
 
#1 「転校生」
 
 

4 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時01分06秒

足音が近づいてくる。緊張感のこもった、落ち着かない足音。
少女がドアを開け、中に入ってくる。続いてもうひとり、入ってくる。
放課後、ひと気のない女子トイレ。入口の左手奥には洗面台がついている。
その反対、窓側には個室が並んでいる。数は、四つ。
それぞれ鍵がかかっていないのを確かめると、先に入ってきた少女が振り返って後ろの少女と向き合う。
髪の長い、いま後ろを向いた少女は、精いっぱいの迫力ある表情をつくろうとすごんでいる。
が、後から入ってきた茶色い髪の少女は、だるい。と言わんばかりにウンザリとした顔つきで、
視線を床のタイルに落とした。そして、ワザとらしくため息をひとつついてみせると、おもむろに口を開く。

5 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時02分08秒

「したけりゃリカちゃんひとりですればいいでしょ?」
「しないよ!」

長い髪の少女──リカは即答する。
それを聞いたもうひとりの少女──ミキはもう一度ため息をつくと体を斜めに傾けて足を軽く開き、
床からリカの顔へと視線を上げ、言う。

「こんなところに連れ込むなんて、まるでリカちゃん、フリョーみたい。」

おどけた口調にリカは睨みつけて返す。しかしミキは微塵も表情を変えない。
柳に風、ミキの態度に苛立ちを隠せないリカは胸元のポケットから紙切れを取り出すと、
ミキの目の前に突きつける。

「ミキちゃん、いったいどういうことなの?」
「ハァ?」

片方の眉を吊り上げて、ミキはそれを眺める。

6 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時03分04秒

「なにコレ。もしかして、ワタシ?」
「とぼけないでよ、これだけしっかり写ってるんだから!」
「たかがこんな写真一枚でそんな大声出さなくたっていいでしょ。」
「なに言ってんのよ、先生に見つかったらタイヘンなことになるよ? 謹慎とか、もしかしたら停学とか。」
「そりゃそうだけど、でもこんなの初めて見た。」
「ウソ言わないで。知らないはずがないじゃない、写ってる本人なんだから。」
「その本人が知らないって言ってんだけど。」
「そんなはずないよ。からかうのはやめてちょうだい!」
「からかってなんかいないってば。ワタシはいつでも誠意を持ってリカちゃんに接してるよ。」
「とにかく! この写真のこと、きちんと説明してほしいの!」

狭いトイレの中に高い声が響く。

7 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時04分11秒

と、それに反応してか、新たに少女がひとり、中に入ってきた。リカはその少女に声をかける。

「ねえ、ヒトミちゃんからも言ってよ、どういうことなんだ、って!」

ヒトミと呼ばれた少女は、眉間にシワを寄せたまま、大きな目でミキを見つめる。
何も言わず、ただ、視線に感情を込めて。
そのまま、無言の時間が流れる。
すっかり固まってしまった空気を割って、突然、ミキが入口に向かって歩き出した。
リカは慌てて彼女の正面に回り込むと、大きく両手を広げて通せんぼする。

「なんでこんな写真があるのか、ちゃんと説明してよ! 説明してくれるまで帰さない!」

しかしリカの大声を無視して、ミキは前に出る。リカはその動きをブロックする。
強引に進もうとするミキと、それを体で止めるリカ。

8 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時04分54秒

「リカちゃん! ミキティも!」

たまらず、一触即発ムードのふたりを引き離そうとヒトミが割って入った。
トイレを出ようとするミキ、それを止めようとするリカ、双方を落ち着かせようとするヒトミ。
三人が三人、互いの動きを奪い合う。

「ちょっと、離してよ!」
「待ってよミキちゃん!」
「ふたりとも、やめてよ!」
「離してったら!」
「絶対にどかないんだから!」
「落ち着いてよ、ねえ!」
「どいてよ!」
「説明、してちょうだい!」
「もう、やめてよふたりとも!」
「離して!」
「イヤ!」
「やめてよ! やめてってば!」

全員が自分の動きしか目に入ってない状況。狭い空間いっぱいに詰め込まれたチカラの膠着状態。

9 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時05分51秒

それを一瞬で解放するように、一番奥の個室の扉が大きな音を立てて開けられた。

「うるさいっ! 騒ぐならよそでやれっ!」

突然の一喝、それを境に三人の動きがピタリと止まる。
個室から悠然と、三人の前にまたひとり、少女が現れた。
鎖骨の辺りまでしなやかな茶髪を伸ばした少女。
彼女が取っ組み合ったままの三人を冷ややかな眼差しで見つめていると、
思い出したようにリカが素っ頓狂な声をあげる。

「ゴッチン、鍵! 鍵かけてなかったの?」
「んあ、カギ?」
「鍵だよ、トイレの鍵。さっき見たけど、かかってなかったよ?」
「あー、急いでたから忘れてたんだ、きっと。」
「忘れてたって、そんな。いくらなんでも無用心すぎるよぉ。」

10 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時06分59秒

ゴッチンと呼ばれた少女──マキは、のんびりとあくび混じりで言う。

「なんかねえ、眠くなってうつらうつらしてたら急に中が騒がしくなって、起きちゃったよ。」
「ゴッチン、中で寝てたの!?」
「いーじゃん、そんなのどーでも。」
「そんなの、って。」
「ねーそれよりさぁ、あたしにも見せてよ。」
「え? なにを?」
「さっきミキティに見せてたやつ。『しっかりと写ってる』って言ってたやつ。」

そしてリカの目の前まで来ると、マキはにっこり笑って手を差し出す。
数秒の逡巡の後、リカはその手に写真を乗せた。

「ありがと。」

マキはそれを顔の高さにかざして、見つめる。
そんなマキの様子に身動きが取れないでいる三人。重苦しい空気がトイレ中を満たしていく。

「私、誰か人が来ないか見てるから。」

張りつめた緊張感に耐えられなくなってか、ヒトミはそう言い残して静かにドアを開け、外に出た。

11 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時08分15秒

しばらくじっと写真を眺めていたマキだが、視線をそのままにミキに尋ねる。

「このオトコ、誰? ミキティの隣で肩組んでる。」
「姉貴の元カレ、だと思う。」
「グラスの中身はウーロン茶、なんてことはないよね?」
「さあねえ。」
「部屋の感じからするとカラオケ屋で撮ったのかな?」
「そんな感じかもね。」
「で、これは札幌にいたときの写真?」
「わかんないけど、髪型とか、写ってるのはこっちに来る前のワタシっぽいね。」
「ふむ。なるほど。」

マキは小さくうなずくと、少し間を置いてから、切り出した。

「要するにこの写真が意味するのは、転校先のこっちでは優等生を気取ってるけど、
向こうでは酒とタバコとオトコまみれの日々を過ごしてました、ってところかな。」

ミキは無言のまま、腕を組んでマキをじっと見つめている。

12 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時09分13秒

「これが今ごろになってこっちでオモテに出てくるってのは、なんだかふつうじゃないね。」

そこまで言って、マキはリカに視線を移す。

「問題は、どうしてこんな写真をリカちゃんが持ってんのか、ってコトだけど。」
「わたしの下駄箱の中に入ってたの。それでまさかと思って、ヒトミちゃんと相談して、
ミキちゃんに直接訊いてみようと思ったの。」
「そんなこんなでケンカになりかけてた、ってワケだね。」

リカはうなずくと、もう一度ミキの方を向いて尋ねかける。

「こういう写真があったってことは、つまり、ミキちゃんは今までずっと猫かぶってたってことだよね?
今までずっとわたしたちを騙して友達付き合いをしていたってことだよね?」

13 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時10分22秒

しかしミキは悪びれることなく、堂々とした口調で返す。

「じゃあ逆に訊くけど、リカちゃんはこういう写真が出てきたからって、
ワタシのことを軽蔑して友達付き合いをやめちゃうんだ。」
「えっ?」
「不安でいっぱいな転校生に近づいてきて、無難なコなら親しくするけど、
問題児ならハイサヨナラ。そういうヒトなんだ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「結局、リカちゃんは転校生に対して気さくな自分を演じることで自己満足してただけなんじゃないの?
で、ヤバいヤツならソッコーで関わるのをやめて。」
「ちがう! わたしが問題にしてるのはそんなことじゃない!
こういう写真が現実に存在してるのはどうして、って訊いてるの!」
「それならこの写真がホンモノだって証拠はあるの?」
「ショウコ?」
「そう、証拠。ワタシがこのオトコと一緒に酒飲んでタバコ喫ってたって事実を示す証拠。」

言葉の意味がいまひとつ理解できなかったのか、リカはミキの顔を見据えたまま、黙ってしまう。

14 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時11分14秒

と、手元の写真にいったん視線を落としてから、マキがおもむろに口を開いた。

「コラかもしれない、ってこと?」
「コラ?」
「そ。コラージュ。パソコンのソフトを使って、ありもしない合成写真をつくるんだ。
たとえば、アイドルの裸とかね。」
「そんなことができるんだ。」
「うん。だから首から上だけリカちゃんで下はエッチなグラビア、ってこともできるんだよ。」
「じゃあさ、誰かヒトミちゃんの写真を使ってつくってくれないかなぁ、それ。」
「エッチなやつ? ヨッスィーの?」
「ん。」
「リカちゃん、付き合ってるんでしょ?」
「それがね、ここだけの話、なんだか最近冷たいの。」
「ふーん。で、つくってどうするの?」
「どうもしないけど。」
「どうもしないんだ?」
「どうもしないよ。」
「どうもしないの。」
「うん。」
「へえー」
「ちょっと。」

15 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時12分13秒

マキとリカは声のした方を振り向く。じっと冷ややかな目で見つめるミキに気がつき、慌てて話題を戻す。

「まあとにかくさ、誰かがミキティを傷つけるためにつくったウソの写真かもしれないってワケ。」
「じゃあ、わたしは下駄箱に写真を入れた犯人の思うツボになってるかもしれないってこと?」
「写真がコラの場合にはね。」

マキの答えを聞いたリカは、慌ててもう一度ミキを見る。
ミキはまったく表情を変えることなく、ふたりを見つめ返す。

「ウソ、なの?」

リカの口にした疑問。しかし、ミキは答えない。

「ウソ、だよね?」

もう一度リカが尋ねる。しかし、ミキは答えない。

「教えてよ!」

痺れを切らしたリカが詰め寄る。と、ミキはゆっくり口を開いた。

16 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時13分14秒

「教えて、どうするの?」
「その結果しだいで、どうするか決めるから。」
「もし写真がウソだったら、リカちゃんはどうするの?」
「ぜったいに犯人を許さない。二度とそんなことしないようにとっちめてやる!」
「じゃあ、もし写真がホンモノだったら、リカちゃんはどうするの?」
「それは、その、」
「絶交する? ワタシと。」

リカは一息ついて、答える。

「もしも写真がホンモノだったら、わたしは、あなたと友達じゃいられなくなる。
だって、今までずっと騙されてきたってことだもん。」
「じゃあワタシがここに来てからあなたと過ごした時間は、ニセモノだったってことになるんだね。」
「そう、なるね。」

17 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時14分13秒

「つまりリカちゃんは、過去を理由にして今の関係をゼロにするんだね。」
「どうしてそんな言い方をするの? 悪いのはミキちゃん、でしょう。」
「確かにそうだね、写真がホンモノなら。ワタシはずっと隠し事をしてきたことになるから。」
「だから、友達じゃいられないの。」
「でもそれって、そういうガラの悪い友達がいるってことを恥ずかしく思ってるからじゃない?」
「ちがう! わたしは騙されていることがガマンできないの!」
「本当に?」
「本当に!」
「あたしはリカちゃんに隠し事をしているよ。」

声のした方を見る。マキが立っていた。

18 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時15分14秒

眉間にシワを寄せ、リカが尋ねる。

「ゴッチン、それって、どんな?」
「今はまだ、言えない。でも、確かに今、リカちゃんに秘密にしてることがある。」
「なんで? なんでそんなことするの?」
「リカちゃんを不安にさせちゃうから。『知らぬが仏』って、言うよね。」
「でも、だからって、そんな、」
「友達だからなんでも包み隠さずいられるってわけでもないんだ。相手のことを考えたらなおさらね。」

リカは息を吸い込むが、声が出ない。
マキは淡々と続ける。

「内緒にしてることがあっても、信頼できる関係ならあたしはそれでいいよ。
ま、ウソついてりゃ信頼できないって言われりゃそれまでだけど。」

19 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時16分13秒

そしてマキは、ミキに向かって言う。

「わかってるんでしょミキティ、写真がホンモノかどうか。そこをハッキリさせて、話を前に進めようよ。」
「そうだね。」

そう言って微かに笑うと、ミキはスカートのポケットの中に手を入れる。
そして、リカの前にそれを差し出した。

「これって、」
「うん」

リカの目の前にあるのは、タバコの箱とライター。
弾かれたように顔を上げたリカの目に映ったのは、わずかに曇るミキの瞳だった。
マキの手から写真を奪い、リカは声を震わせながら訊く。

「じゃあ、この写真は、」
「ホンモノ。」

返ってきたのは、きわめて短く、簡潔な回答。

20 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時17分14秒

言葉が出てこない。しばらくの間を置いてようやくリカの口を突いて出たのは、叫び声だった。

「フケツよっ! ずっとわたしたちを騙して!」
「そう。フケツ、か。」

わずかに苦笑いを浮かべ、目を逸らすミキ。

「初めて昇降口でこれを見たときには、目の前が真っ暗になったんだよ?
でも、この写真には感謝しないといけないね、わたしたちとはニセモノの付き合いだったっていう、
本当のことを教えてくれたんだから。」

強い口調でまくし立てるリカに、ミキは目を閉じ言う。

「そうだね、悪かった。もうリカちゃんたちには関わらない。関われない。」
「なによそれ! 言い訳くらいしたらどうなの?」
「悪いのはワタシ。ごめんね。」
「待ちなさいよ! なによ、逃げるの?」

ミキは出て行こうとトイレのドアに手を掛ける。
取っ手を引くと、キイッと軽く軋んだ音を立てて開いた。

21 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時18分13秒

そこにはヒトミが立っていた。ふっと息をひとつ吐いてから、ミキはしゃべりかける。

「ヨッスィーも今までごめんね。ね、そこ、どいてくれる?」
「悪いけど、どかないよ。」

ヒトミはそう言ってトイレの中に入ってくる。そしてそのまま、後ずさったミキの真正面に立ちはだかる。

「私も写真がホンモノだったってことに戸惑ってる。
でも、ミキティの気持ちもわかる気がするんだ。だから、」
「だから?」
「だから、」

そこまで言いかけたところで突然、ヒトミの体が崩れた。
膝をついて倒れるのを、咄嗟にミキが支える。
力なくミキの肩に覆い被さったヒトミに、リカとマキが慌てて飛びつく。

「ヨッスィー! ヨッスィー!?」
「ヒトミちゃん! しっかりしてっ!」
「あ、うん、だいじょうぶ、だから。」

ヒトミはミキの体に抱きついた格好のまま、青い顔で力なく答える。

22 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時19分14秒

三人は個室のドアを開け、便座の蓋の上にヒトミを座らせた。
荒い息のヒトミを囲むように三人は陣取る。
心配そうに顔を覗き込んで声をかけるリカ、じっと手を握っているマキ、
ミキは背中をゆっくりとさすっている。

「ゴメン。なんだか最近、調子悪くて。」
「いいから、ムリしないで。落ち着いて。」
「うん」

じっと呼吸を整えるヒトミ。
その様子を真剣な表情で見つめる三人だったが、不意にマキがミキに声をかけた。

「やっぱり、ミキティは優しいヒトだよね。」

その言葉に戸惑いを見せるミキ。構わず、マキは続ける。

「大切にしてるものをムリに壊すようなマネは良くないよ。もう、ぜんぶ、しゃべっちゃいなよ。」

驚いたように目をいっぱいに開き、ミキはマキを見る。強い視線をぶつけることで、マキは応えてみせる。

23 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時20分19秒

「そう、だね。」

マキのセリフを噛み締めるようにつぶやくと、ミキはリカの手を引き、
トイレのちょうど真ん中の位置まで連れて行く。
そして手を離すと、リカに背を向けたままでしゃべり出す。

「“この世界は舞台、そして人はみな演じている役者にすぎない”
──シェイクスピア、『お気に召すまま』の一節。」

突然のことに、きょとんとした顔でリカはミキの背中を見つめる。

「転校してから仲良くしてたワタシも、写真の中にいたワタシも、どっちのワタシもホンモノってこと。」

そう言うとミキは正面にある洗面台を見る。鏡に映ったその瞳が、リカを射抜く。
鏡の向こう側にたたずむミキ。その視線が自分を捉えたのを見て、リカはハッと息を飲んだ。

24 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時21分14秒

その様子を確認して、鏡の向こう側からミキはリカに笑いかける。

「ワタシはここにいるみんなと一緒にいるのが、すごく好きなんだ。
いつでもどんどん話しかけてくるリカちゃん、楽しい気分にさせてくれるヨッスィー、
クールなふりしていつも気を遣ってくれてるゴッチン。」

そしてスッと息を吸い込んで、続ける。

「確かにワタシは札幌にいたとき、それなりにムチャしてたよ。
学校に行くのがイヤになったときもあった。」
「じゃあ転校してきたのって、」

ミキはマキの言葉に首を振る。

「ワタシはそういった過去を消すために、ここに転校してきたんじゃない。
だから過去を埋めたまま、何も知らないでいるみんなと仲良くするのが、申し訳なく思えたんだ。」
「待って! それじゃ、この写真をわたしの下駄箱に入れたのって、」

口走ったリカに、ミキはうなずいてみせる。

「ワタシだよ。」

25 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時22分14秒

しばらく茫然とミキを見つめていたが、やがてリカはひとつひとつの言葉を確かめるように、尋ねる。

「もしかして、わたしたちのことを試したの? 見た目で判断して近づいてきたんじゃないか、
都合が悪くなったら逃げるんじゃないかって、試したの?」
「ううん、」

ミキは再び大きく首を横に振る。

「試されたのはワタシだよ。リカちゃんたちがそんなヤツじゃないってことぐらい、もう十分わかってるよ。」

その言葉を聞いて、たまらず、リカは叫ぶ。

「だったら言ってよ! 最初から正直にそう言ってよ! なんでそんな、
よりによって一番ややこしいことを、」
「どうしてだろ。信じてたからかな。」
「信じてた?」
「そう。絶対にリカちゃんたちはワタシを嫌わないって、信じてたからだと思う。
この仲間なら、絶対にワタシの過去を受け入れてくれるって、信じてたからだと思う。」

26 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時23分13秒

ミキがそこまで言ったところで、ヒトミを介抱していたマキが突然、立ち上がった。
そしてふたりに、声をかける。

「保健のセンセー、呼んでくるね。」

そのまま、トイレを出て行くマキ。去り際、小さな声でセリフを残して。

「あとは、リカちゃんしだいだよ。」

パタン、ドアの閉まる音が小さく鳴った。

27 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時24分16秒

音の余韻が完全に消えて、ようやくリカが口を開く。

「さっき、“人はみな演じている役者にすぎない”って言ったよね。
それならあなたと親しくしていたわたしもやっぱり演技だったのかもしれないよ?」

すると、くるりと振り向いて、ミキはリカの目を直接見て答える。

「そうかもしれないね。でも、そのうえで、ワタシはリカちゃんを信じた。」
「じゃあ、わたしもあなたのことを信じればいいわけ?
さっきまでのことはぜんぶ水に流して、そんなカンタンに?」
「できないんなら、それで構わない。」
「でも、信じてほしいんでしょ?」
「そう、思ってる。」

向かい合うふたりの間を、時が流れていく。
何時何分何秒、時間の感覚はなくなって、固まって、それでも、流れて。

28 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時25分14秒

「リカちゃん、早くしないと、先生が来ちゃう。」

再び時を突き動かしたのは、うつむいたままで絞り出された、ヒトミの声だった。
一秒、二秒、三秒、解凍した時間を数えて、リカが口を開く。

「あなたを信じるためには、もっとあなたのことを深く知る必要があるわ。
だから、まだ、わたしの近くにいて。」

それだけ言うと、リカはヒトミの左肩に手を掛けた。
いよいよ、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。

「こっち、お願い。」

リカはヒトミの右肩を持つように、ミキに促す。

「よいしょっ。」

ふたりでヒトミの両肩を支え、便座から立ち上がらせる。

29 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時26分13秒

顔が近くなったリカに、ミキが話しかける。

「なんだか、執行猶予付きって感じだなあ。」
「ぜいたく言わないの。」
「そうだね。うん、ありがと。」
「いいから、ちゃんと支えてね。わたしひとりじゃムリだから。」

足音が大きくなる。ふたりは二人三脚をするように、ヒトミを抱えたままで歩き出す。
そして、ドアの開かれる音が、小さなトイレいっぱいに響き渡った。

30 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時27分14秒

 
 
#1 「転校生」    完
 
 

31 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時27分46秒

  

32 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時28分19秒

  

33 名前:  投稿日:2003年04月01日(火)19時28分59秒

次回公演は、4月12日(土)16:00開演を予定しております。
お気軽にご覧下さい。

34 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月03日(木)17時43分12秒
( ^▽^ )<人間って何か悲しいね…
35 名前:川O・‐・) 投稿日:2003年04月04日(金)10時32分18秒
川o・‐・)おもしろいですね。悲しいけど。
36 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)15時57分40秒

 
>>34 ( T▽T)<今回そのセリフは出ません。ごめんなさい!
>>35 ( T▽T)<今回よしごまはありません。ごめんなさい!
 

37 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)15時59分14秒

 
 
#2 「同級生」
 
 

38 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時00分55秒

少女がふたり、向かい合っている。
まっすぐに立って、互いを見つめ合っている。
ふたりのほかには、誰もいない。
柔らかい光が差し込んでくる、休日、昼過ぎの教室。
チョークで時間割の書かれた後ろ側の黒板と、最後列に並ぶ机に挟まれた間で、
制服姿のふたりの少女が向かい合っている。
背の高い方の少女は栗色の髪に透き通るような白い肌。
いや、むしろ青白いと表現する方がいいのかもしれない。不自然なまでに、彼女は白い。
背の低い方の少女は対照的に、南の国の太陽を思わせるような落ち着いた肌の色をしている。

39 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時01分54秒

微動だにせず視線を絡ませていたふたりだったが、
突然、黒の少女が白の少女に向かって力強く言い放った。

「わたしは別れないよ!」

それを聞いた白の少女はわずかに瞳を曇らせるが、
すぐに低めの声で言い聞かせるようにしゃべりかける。

「もう決めたんだ、リカちゃんとはふつうのトモダチに戻る、って。」
「別れたからってそんなカンタンにトモダチに戻れるの?
そんな都合のいいこと、わたしにはできない!」
「でも、もうこれ以上リカちゃんと付き合い続けることはできないんだ。わかってよ。」
「イヤ! ヒトミちゃんとはぜったいに別れない!」

リカの言葉に、ヒトミは眉間にシワを寄せてふうっとため息をつく。

40 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時02分54秒

その様子を見て、今度はリカがヒトミに尋ねる。

「ねえ、理由を教えてよ。どうしていきなりそんなこと言い出したのか。
気に入らないところがあるんなら、直すよ、わたし?」
「ちがうんだ、直す、直さないとか、そういう問題じゃないんだ。」
「じゃあどういうこと?」
「それは、その、」

それまでリカをまっすぐ見つめていたヒトミの視線が逸らされる。
うう、と微かなうめき声をムリヤリ言葉につなげて、そのまま答える。

「私が、病気だから。」
「びょうき?」

初めて聞いた外国の言葉をおうむ返しするように、リカが言った。
そしてその単語の意味を理解する間を置いてから、高い声で迫る。

「病気って、なによそれヒトミちゃん! そんなのわたし、聞いてないよ!」
「そうだね。言ってなかったから。」
「ねえ、どれくらい悪いの?」
「最悪の場合、入院しなきゃなんないって。ほら、こないだもトイレで倒れちゃったし。」

ヒトミはゆっくりと窓際へと歩くと、壁に背中を寄り掛けて天井を見上げる。

41 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時03分54秒

リカは立ち尽くしたままその様子を眺めていたが、やがてしぼんだ表情でぽつりと漏らす。

「教えてくれなかったんだ。」

諦めにも似た軽さを持った響き。ヒトミは小さくうなずいてみせた。

「ずっと、一緒にいたのにね。わからなかった。ダメだね、わたしって。」

自嘲の笑みを薄く口元に貼りつけて、リカはつぶやく。そして、床に視線を落として唇を噛み締めた。
ヒトミはぼそっと、素っ気なく告げる。

「隠してたのは、リカちゃんに心配をかけたくなかったから。」

それを聞いたリカは顔を上げる。

「ヒトミちゃん、わたしに心配もさせてくれないんだね。」
「なにそれ。私にとってリカちゃんは大切なヒトだから、よけいな心配させたくなかったんだよ?」

42 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時04分54秒

ヒトミがリカと話している一方でそのとき、ミキがのんびり歩いて教室へと近づいてきていた。
そして後ろ側のドアの前まで来たところでふたりの声に気づき、
物音を立てないようにこっそりと耳をつける。中の様子に聞き耳を立てる。
そんなミキの存在に気づくことなく、ふたりの会話は続く。

「精密検査の結果しだいじゃ、もっと心配かけることになる。もう限界だから、別れることにしたんだ。」
「病気を隠し切れなくなったから、別れるって言うの?」
「そう。」
「ねえヒトミちゃん、それじゃわたしって何なのかなあ?」
「リカちゃんは、リカちゃんじゃん。」
「ちがうよ! 隠し事をしている間はコイビトで、それがわかっちゃったらトモダチって、
そんなのおかしいよ! わたしって本当はヒトミちゃんの何なの?」

43 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時05分54秒

「わかってよ。自分なんかのことでリカちゃんに迷惑かけたくないんだ。困らせたくないんだ。」
「もう十分困ってるよ!」

まっすぐにヒトミを見据えたリカが叫ぶ。ヒトミはため息をついた。
クールダウン。やがて少しの間を置いた後、リカが力強い声で切り出す。

「決めた。やっぱりわたし、別れないよ。」

無言でじっと見つめ返すヒトミに、さらに続ける。

「大好きだから。わたしがヒトミちゃんの支えになれるように、好きでい続けるから。」

その言葉を聞いて、ヒトミは再び天井へと視線を移す。
大きく深呼吸すると、力を込めた低い声で尋ねた。

「リカちゃんは、どうして私にそんなにこだわるの?」
「どうしてって、それは、ヒトミちゃんが素敵なヒトだからに決まってるじゃない。」

44 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時06分54秒

「でも、別に男の人が相手でもいいでしょ。」
「え、でもぉ、」
「本当は、私を男の人の代わりに見てるだけなんじゃないの?」
「ちょっと、なに言ってんの、ヒトミちゃん?」
「リカちゃん、男の人苦手だもんね。
オトコマエな女の私が、恋をするにはちょうどいい存在だった。違う?」
「なっ」
「そうやって私を理想の相手に見立てて、カンペキな恋をしている自分に酔ってるだけなんじゃないの?」

斜めに見つめてくるヒトミの目が冷ややかで、リカはのけぞった。ヒトミは口元を微かに歪める。
リカは反射的に息を深く吸い込むと、早足でヒトミの前まで来て右手を後ろに振り反動をつける。
ひっぱたく、間合い。
覚悟はできている、とばかりに目を閉じるヒトミ。

45 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時07分54秒

教室のドアに耳をつけてふたりの様子を探っていたミキは、
中の雰囲気が急に変わったのを感じ取っていた。
やばっ、そう小さくつぶやくと勢いよくドアを開け、教室の中に飛び込む。

「ちょっちょっ、ちょっと待ったあっ!」

叫び声と同時にいきなり入ってきた人影に、ヒトミとリカは振り向く。
そうしてできた一瞬の隙を捉え、ミキはリカにタックルして横から抱き締めてその動きを止める。
そして、もつれ合ったふたりはその場にベシャッと倒れ込んだ。

「ミキティ!」

リカを制した少女がミキであることに気づいたヒトミが口走った。

「リカちゃん、やめなよ! 落ち着いて!」

ミキがリカの体を揺すって呼びかける。

46 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時08分54秒

突発的な自分の行動が信じられない、といったふうにしばらく茫然としたままで
リカはただミキを眺めていたが、我に返ると小さく、

「ごめんなさい」

そう言って立ち上がった。

「ってかミキティ、いつからいたの?」

ヒトミが尋ねると、ミキはバツが悪そうに答える。

「精密検査がどーのこーのって辺りから。教室の中、入るに入れなくって。その、ゴメン。」
「でも今日は休みだよ、なんで来たの?」
「それはこっちのセリフなんだけど。」
「わたしはヒトミちゃんに『大事な話があるから』って呼び出されたの。ミキちゃんは?」
「ゴッチンとの待ち合わせだよ。一緒に買い物行く予定でさ、
さっき、ここで待っててくれってメールが入ったんだ。」

47 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時09分54秒

「そう、ゴッチン来るんだ。でも、なんで教室なんだろ?」
「さあ?」
「ヒトミちゃん、何か聞いてる?」

そう言ってリカはヒトミを見る。しかしヒトミはこわばって曖昧な表情のまま、答えない。

「そうだ! わたし今、ヒトミちゃんとケンカしてたんだ!」

慌ててヒトミと対峙するリカ。するとミキがリカを腕で制してその前に立ち、ヒトミと向かい合った。

「リカちゃんが怒るのもムリないよ。ヨッスィー、いくらなんでもさっきのはヒドすぎるよ。」
「そう? 私は本当のことを言ったまでだよ。」
「これだけリカちゃんがヨッスィーに対して真剣なのをわかっているクセに、
なんでそんなことが言えるの?」

ミキが強い眼差しでヒトミに迫る。が、涼しげにそれを受け流し、ヒトミは返す。

「キラわれたいから。」

48 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時10分55秒

その瞬間、リカは目を見開いた。
どこかふわふわした足取りで近くの机まで行くと、リカはゆっくりと腰を下ろす。
そして、蜃気楼のように力のない微笑を浮かべた。

「ハァ? あんたナニ考えてんの?」

ミキは片方の眉を吊り上げ、ヒトミを睨みつける。

「キラわれたい、だって? バカも休み休み言いなよ。」
「いいよ、ミキちゃん。」
「なんでよ、リカちゃん! コイツ、リカちゃんのこと、」

しかしリカは怒鳴るミキに笑いかけてみせる。それからヒトミの方に向き直り、しゃべり出す。

「ヒトミちゃん、そんなにオトコマエ扱いされるのがイヤなんだね。
男の人の代わりに見られるのがイヤなんだね。」

コクリ、うなずいて、ヒトミは吐き捨てるように言う。

「だから、病気ってウソまでついて、別れようと思った。」
「ウソ、だったんだ。」

49 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時11分54秒

ぽつりとリカが漏らすと、ヒトミは観念したように目を閉じもう一度うなずいた。

「そう。」

小さくつぶやくと、リカは穏やかな声で告げる。

「それじゃわたし、ヒトミちゃんのこと、あきらめるね。
ヒトミちゃんがそんなに別れたいんなら、わたし、そうするよ。それでいいよね。」

そして座っていた机から、勢いをつけて降りる。パシンッ、靴の底が床をたたく音が響く。
その衝撃で、リカの目からしずくが飛び散った。

50 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時12分54秒

「ヒドい。」

再びミキがヒトミをまっすぐに睨みつける。

「病気が別れるためのウソだったなんて、いくらなんでも許せない。
リカちゃんをどこまで傷つければ気が済むの?」
「いいよ、ミキちゃん。わたしなら大丈夫だよ。ヒトミちゃんの望むようにしてあげようよ。」
「リカちゃん、いくらなんでもお人よし過ぎるよ。」
「うん、だけど、いいの。もういいの。」

目を赤くしながらも微笑すら浮かべてみせるリカに、ミキは戸惑いながらも言う。

「まあでも、そうだね。確かに、こんなサイテーな性格のヤツとは別れて正解だね。」

ヒトミはただうすら笑いを浮かべて、ふたりのやりとりを眺めている。
無言で向かい合う三人。教室の中はいびつな形に張り詰めた緊張感でいっぱいになっている。

51 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時13分54秒

そこに突然、トントン、と何かを叩く音が聞こえた。

「なに?」

周囲を見回す。と、教室の前の方の窓からもう一度トントン、と音がする。
ヒトミが近づいて窓を開けると、サッシュににょきっと手が伸びた。驚いたヒトミは後ずさる。
その次の瞬間だった。

「よいしょっ、と。」

ひとりの少女がひらり、教室の中に飛び込んできた。
そして両手をパンパンと叩いて汚れを払うと、ふにゃあっ、とだらしのない笑みを浮かべてみせる。

「ゴッチンっ!」
「おはよー。」

間延びした声でマキが返す。

52 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時14分54秒

しかし、対照的に三人は顔を引き攣らせる。

「ここ、三階だよ!」
「知ってるよ」
「なんで、窓から」
「のぼってきた」
「そんなの、見ればわかるよ! どうしてふつうに階段で来ないの? あぶないよっ!」

だがマキは下を指差し、ケロリとした表情で答えてみせる。

「職員室に用があったんだよね。進路ソーダン。」
「今日、休みなのに?」
「まあね。で、ちょっとおどかしてやれ、ってそのまま真上にあがってきたんだよね。
んあ、ミキティ、おまたせ。」
「あ、うん。」

さっきまでの剣幕はどこかに消え、呆気に取られたままでミキが返事する。

53 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時15分54秒

マキは微笑んでそれを受け止めると、リカの方に向き直って声をかける。

「リカちゃんとヨッスィーもいたんだね。なに? これからデート?」

マキのセリフにあちゃー、とおでこに手を当てるミキ。うつむくリカ。ヒトミは表情を変えない。

「あれ? どーしたの?」
「あのね、今、別れ話してんの。」

ミキが答える。マキはヒトミとリカを交互に見ると、

「ワカレバナシ?」
「そ。修羅場の真っ最中。」
「え、リカちゃんとヨッスィーが? ウソぉ?」
「ホントだってば。」
「なんで? なんでイキナリそんなことになってるワケ?」
「ヨッスィー、男の人の代わりみたいな感じでリカちゃんと付き合うのがイヤなんだってさ。」

54 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時16分54秒

「ほぇ? それがどーして別れ話になんの?」

首を傾げるマキ。

「男の人の代わりがイヤってのと、リカちゃんと別れたいってのは別の問題でしょ?」
「なにそれ、よくわかんないけど。」

納得がいかない、と眉をひそめるミキ。するとマキは説明してみせる。

「リカちゃんと付き合っていようがいまいが、ヨッスィーはオトコマエ扱いされちゃうんだよ。
もうそーゆーキャラになっちゃってるから。」
「うん。」
「だけど、女の子同士だからって必ずどっちかが男役にならなきゃいけないってコトはないよね?」
「んー、まあね。」

55 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時17分54秒

「だからさ、リカちゃんがヨッスィーのこと大好きだからって、
男の人の代わりに見てるって決めつけるのは早とちりだよね。」
「なるほど。そーゆーことかぁ。」

ミキが相槌を打つ。
黙ったままふたりのやりとりを見ていたヒトミに、マキが問いかける。

「ヨッスィー、なんかムリしてない?」

しかしヒトミはマキを見つめ返すだけで、何も言わない。

「なんでいきなり男の人の代わりがどーこーなんて言い出したの?」

再び、マキの問い。ヒトミは答えない。

「本音は違うのに、なんだか強引にリカちゃんと別れようとしてるみたいにあたしには見えるんだけど。」

その言葉にハッと顔を上げるリカ。
マキはそんなリカを一瞥すると、もう一度ヒトミの方に向き直り、返事を待つ。

56 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時18分54秒

「ヒトミちゃん、そうなの?」

リカがヒトミのもとに歩み寄る。そして手を伸ばしてヒトミに触れようとする。
だが、ヒトミは後ずさり、それを避けた。

「ねえ」

リカはさらに一歩、近づく。

「やめて。」

ヒトミはまたも後ずさる。

「どうして?」

リカが近づく。

「いいから、やめてよ。」

ヒトミはさらに後ずさる。

「ヒトミちゃん。」

57 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時19分54秒

そしてリカがもう一歩近づいたとき。

「引っ込めっつってんだろ、ジャマなんだよ!」

ついに、大声で叫んだ。
余韻が突風のように駆け抜けていくと、その後ろから教室の中にしんとした空気が広がる。
眉をハの字にしてゆっくりとその手を引っ込めるリカ。
と同時に、声がした。

「それ、男言葉。」

マキの声だった。

「オトコマエ扱いされたくないって言ってたらしいワリには、ずいぶん乱暴な言い方だよね。」

返す言葉が見つからないのか、ヒトミはもどかしそうにマキの目を見る。

「矛盾してるよ、ヨッスィー。」

事実上の、マキの勝利宣言だった。

58 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時20分54秒

それでも食い下がろうと言葉を探すヒトミに、マキはできる限りの柔らかい声でしゃべりかける。

「ヨッスィー、もう意地を張るのはやめようよ。素直になろうよ。」

リカは両手を胸の前で組み、ヒトミの言葉を待つ。
ミキも唇をキュッと引き結び、ヒトミの様子をじっと見つめている。
やがてヒトミは、探偵にトリックを暴かれた犯人のようにうつむいて視線をはずすと、
ゆっくりと弱々しい声でしゃべり出した。

「オトコマエにウンザリしてるのは、本当なんだ。私はもう、男役を演じたくない。
でも、染みついちゃってるみたいだね。」

三人とも、ヒトミを凝視する。その力に押されるように、教壇の方へとヒトミは歩き出す。

59 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時21分54秒

「みんなが私に期待してて、確かにそれが小気味いいときもあったよ。
わざと男っぽく振る舞ったり、実際にそういう恰好をしてみせたり。」

そこまで言うとピタリと立ち止まって、

「けど、いつのまにか、オトコマエって言葉に縛られている自分がいたんだ。」

それを聞いて、ミキが尋ねる。

「それはやっぱり、リカちゃんがいたからなの?」

ヒトミは小さくうなずくと再び歩き出して、答える。

「華奢で女の子らしいリカちゃんといると、男っぽい自分が強調されるんだ。
男の人の代わりとしての自分が、私の中でどんどん増殖していく気がした。」
「そうかなあ? わたしけっこうオヤジくさいよ。だらしないし。ヒトミちゃんはわかってると思うけど。」

リカが声をかける。

60 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時22分54秒

「ヒトミちゃんとは正反対だけど、そういうの、わたしも一緒だよ。
自然に振る舞ってるのに、ワザとらしいとか、カワイコぶってるとか言われて。」
「そうだね。ふたりの悩みはカタチは違っても、実は同じところにあるのかもしれないね。」

マキが言うと、ミキが付け加える。

「ふたりとも無意識のうちにそれをわかって付き合ってたりしてね。」

しかしヒトミの表情は曇ったまま変わらない。教壇にのぼると、教卓に寄りかかってため息をつく。

「ねえ、いったい私はどうすればいいんだろう。オトコマエがイヤな私。でもやっぱり、オトコマエな私。
どっちが本当の自分なのかな?」

その様子を見たマキが、リカのもとへと歩み寄る。そして肩に手を置くと、

「いってあげて。」

背中を押した。

61 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時23分54秒

つんのめりながらも前へと踏み出すリカ。顔を上げると、ヒトミが虚ろな目で見ている。
劇場の客席のように規則正しく並ぶ机と椅子をかき分けて、リカはヒトミの前に立つ。
そして、しゃべりかける。

「わたしね、なんでヒトミちゃんのこと好きになったのか、考えてみたの。
そりゃあカッコイイところはもちろん好きだけど、」

リカの口調はだんだんと力強くなっていく。

「でも、それだけじゃなくて、なんていうか、その優しい目で見つめられたらいいな、って。」

虚ろだった目の奥に、色が灯った。

「もしね、わたしがいることでヒトミちゃんがちょっとでも笑ったり喜んだりしてくれるとね、それだけで、
ああ、わたしここにいてよかった。ヒトミちゃんの隣にいることができてよかった、って思えるの。」

ヒトミの目の焦点が、ハッキリとリカに合わせられる。

62 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時24分54秒

リカは、ごくりと唾を飲み込んで、そして言う。

「だからわたしはヒトミちゃんがオトコマエとかそういうのはどうでもいいの。
ただ、ヒトミちゃんがそばにいて笑いかけてくれれば、それで満足。」
「そう。」

リカの言葉に目を閉じてうなずくと、ヒトミは教壇から、後ろにいるミキにしゃべりかける。

「なんだっけ、“この世界は舞台、そして人はみな演じている役者にすぎない”だったっけ?
こないだミキティが言ってた言葉。」
「うん」
「それなら、オトコマエも割り切って演じれば、苦にならないのかもしれないね。」

63 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時25分54秒

するとマキがヒトミに言う。

「ヨッスィーがどんなふうに振る舞ってても、ちゃんとリカちゃんは見ててくれるんだからさ。
気楽にいこーよ。」

ヒトミははにかんで、マキの言葉に応えた。
ミキも声をかける。

「じゃあ、リカちゃんと別れるってのは、ナシだね。」

そしてミキはマキのところまで行くと、その手を引いてドアのところまで連れて戻る。

「それじゃワタシたち、ジャマになりそうだから消えるよ。」
「あはっ、そーだね。ふたりとも、ちゃんと仲直りするんだよぉー。」

そう言い残して、ふたりはドアを開けると、素早く教室から去って行ってしまった。

64 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時26分54秒

ぽかんとその様子を眺めていたヒトミとリカだったが、教卓を挟んで互いに目が合う。
と、ヒトミがいきなり頭を下げた。

「その、ごめん! 本当にごめんなさい! あんなこと言って、リカちゃんを傷つけようとして。」

リカは慌てて返す。

「いいってば。おかげで、わたしは本当にヒトミちゃんのことが好きだ、って確かめられたもん。」
「う、うん」

そしてリカは、いつもよりさらに高い緊張気味の声で言う。

「もう一度、ちゃんと言うね。大好きだよ、ヒトミちゃん。」

65 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時27分54秒

ヒトミは顔を真っ赤にして、そっと目を閉じる。

「うれしい。うれしいよ。ありがとう。もう絶対に、別れるなんて言わない。」
「じゃあヒトミちゃん、わたし、ヒトミちゃんのこと、まだ好きでいてもいいんだね。」

リカの言葉にうなずくと、ヒトミは力強く答えた。

「ずっと好きでいてほしい。心配かけることはあっても、傷つけるようなマネはもうしないから。」
「よかった。」

うっすらと涙をにじませながら、リカは大輪の笑みを咲かせた。

66 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時28分54秒

ヒトミは教壇を下りると、リカの後ろに回り込む。
そのまま背中から抱き締めて、耳元でささやいた。

「あのさ、リカちゃんと仲直りした記念のデートにどうしても行きたいところがあるんだ。」
「え、ヒトミちゃん、どこ?」

振り向いたリカの目を見つめながら、ヒトミは腕をほどく。
しかしその手はつないだままで、教室の後ろへと歩き出す。
ヒトミはドアの前に立つと、背中越しにリカへ口元を緩めてみせて、そして。

「病院。」

67 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時29分54秒

 
 
#2 「同級生」    完
 
 

68 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時30分30秒

  

69 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時31分04秒

  

70 名前:  投稿日:2003年04月12日(土)16時31分50秒

次回公演は、4月23日(水)17:00開演を予定しております。
お気軽にご覧下さい。

71 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月13日(日)11時28分13秒
面白いです!!
72 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月14日(月)02時29分53秒
メール欄の部分が、皮肉っぽくて、石川さんの価値観の転換も知れて、すごくよかった。
たくさん布石があるから、三話も気になる。
73 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月15日(火)06時12分30秒
やばいです。面白過ぎます。次回がとっても気になります。
頑張って下さい。

てかごっつぁん……(笑
74 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月16日(水)17時38分22秒
今日初めて読みました。
マジで面白いです。タイトルもいいですね。
まさに舞台を観てるような感覚というか・・
セリフも哲学的で深くて何かすごく気になる作品です。
第三幕が楽しみです。
75 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)16時55分36秒

 
>>71 ( T▽T)<作者自身はそこまでは面白がってません。ごめんなさい!
>>72 ( T▽T)<布石だらけでややこしいですね。ごめんなさい!
>>73 ( T▽T)<やばいですか。そうですか。ごめんなさい!
>>74 ( T▽T)<応援してくださっても#3で終わりです。ごめんなさい!
 

76 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時00分06秒

 
 
#3 「卒業生」
 
 

77 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時01分05秒

少女が横たわっている。二メートルほどの高さのフェンスに囲まれた屋上。
その一段高くなっている、校舎から続く階段の屋根に、制服姿の少女が横たわっている。
彼女の茶色い髪の毛は床に散らされてさらさらと広がっていて、
それは人形、あるいは死体のように脱力しきってぴくりとも動かない。
もし死体であるならば、どこから飛び降りてきたのか。ここより高い場所など、周りにはない。

78 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時02分08秒

彼女が無造作に転がっている真下、階段に足音が響いた。
慌てた、せわしないその足音は徐々に大きくなって、ついに屋上にたどり着いた。

「ゴッチン、いるんでしょ? いるのはわかってるんだから!」

息が荒いせいか、やや舌足らずな高い声で、いま現れた少女が叫ぶ。
そして呼吸を整えながら振り返り、階段の屋根を見上げる。

「んあ、その声はリカちゃん。」

ごろん、屋根の上に転がっていた少女──マキは寝返りを打つ。そして。

「その様子だと、知ってるみたいだね。」

あっさりとした口調で、抑揚なく言い切った。

「ホントに、辞めちゃうんだ。」
「うん。このままいてもなんか希望が持てないからさ、料理の道でがんばることにした。」
「わたしたちには何の相談もしてくれなかったね。」
「そうだね。ずっと秘密にしておいたことだから。」
「前に言ってた“隠し事”って、このことだったんだ。」
「うん。」

79 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時03分05秒

ふたりが会話する声を聞きつけて、階段からヒトミが屋上に現れる。
手にはリカと自分の二人分のカバンを持っている。
ヒトミはリカの姿を見つけて帰ろうと声をかけようとするが、
なんとなく重い雰囲気を察し、口を開きかけたところでやめた。
そんなヒトミの存在に気づくことなく、リカは続ける。

「どうしてそんな大切なことを教えてくれなかったの?」
「よけいな心配、かけたくなかっただけだよ。」
「ゴッチン、ヒトミちゃんと同じこと言うね。」
「あはっ、そーだね。うん、おんなじだ。」
「隠すってことは、信頼してないってことと同じなんだよ。」
「んー、でも、これはあくまであたし自身の問題だからね。自分ひとりで考えたかったんだ。」
「やっぱり、わたしたちのこと信頼してない。」

80 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時04分05秒

責めるようなリカの口調に、マキは押し黙る。
が、すぐに空いてしまった間を埋めるように、切り出した。

「それじゃ、正直に話したらリカちゃんはどうした?」

突然の問いにリカは息を飲む。そして、喉の奥から言葉を引きずり出すように、答えた。

「ゴッチンのこと、止めた、と思う。」
「やっぱりね。」

まるで軽いため息のように放たれたセリフに、リカは声のトーンを上げる。

「だって、卒業してからでも遅くないよ! 辞めちゃうなんて、そんな、」
「でもあたしの場合、そうじゃないとダメなんだよね。決心が鈍っちゃうってゆーか、ね。」

81 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時05分05秒

そこまで言うとマキは立ち上がる。そして、外に広がっている景色をぐるりと見回してから、言った。

「なんかこのフェンス、ジャマだな。外の景色が見えづらいや。」

マキの言葉に、リカは即座に返す。

「生徒がここから落ちないように、安全のためにあるんでしょ。」
「まあこうやって屋根にのぼってると多少マシなんだけどね。うん、視界は良好っと。」
「ゴッチン、あぶないよ。」
「ねえ、中退記念にここから飛び降りたら面白いかな? プールめがけてダイビング。」
「ゴッチン!」
「冗談だよ」

リカの必死な声に素っ気なく答えると、マキは屋根から静かに下りる。
と、出入口の近くに立ち黙って話を聞いていたヒトミと目が合った。
マキの視線が自分の後ろに固定されたのを見て振り返ったリカは、
ヒトミがいたことに驚いた表情へと変わる。

82 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時06分05秒

「ヨッスィー。調子どう? ここんとこ具合いいみたいだけど。」

しかしヒトミはマキの話に乗らない。眉間にシワを寄せて、言う。

「ゴッチン、学校辞めちゃうんだ。」

その言葉に、マキはわずかに顔を曇らせる。が、すぐに軽い口調で返した。

「うん。やめる。」
「あともう少しなんだよ。待てないの?」
「中退も卒業も、大して変わんないよ。」
「変わるよ!」

リカが口を挟む。しかしマキの落ち着いた態度は変わらない。

「それは高卒って資格があるかないか、だけでしょ? あたし自身にとっては大して変わんないよ。」
「そうかもしれないけど、でも!」

83 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時07分06秒

「じゃあ逆に訊くけど、三年間ずっと教室で椅子に座っていれば、誰でも一人前になれるの?」
「えっ?」
「学校って空間で三年間過ごしました、ハイこれで卒業です、って言われても、
なんかそれって違う気がする。」
「そりゃあ、まあ、」
「あたしはもう、三年間過ごさなくても十分卒業できるだけのモノを手に入れたって思ってるから。
中退っていうより、一足先の卒業、かな。」

さっぱりとしたマキの言葉に、リカもヒトミも何も言い返せない。

「それじゃ、あたし、行くね。」

そう言うと、マキは階段へと歩き出す。

84 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時08分05秒

「待って!」

リカが叫んだ。マキはゆっくりと振り返る。

「なに?」
「その、ゴッチンは、さみしくないの?」
「さみしい?」
「だって、みんなと離れ離れになっちゃうんだよ?
もうみんなと会うのが当たり前じゃなくなっちゃうんだよ?」
「さみしくないよ。さみしくなんかないよ。」

マキは階段の方に向き直る。そして再び歩き出す。

85 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時09分06秒

と、そこに両手をポケットに突っ込んだミキが屋上へとのぼってきた。
マキと目が合って、動きがピタリと止まる。
ミキは辺りを見回してリカとヒトミの姿もあることに気がつくと、
くるりと回れ右してそのまま校舎内に戻ろうとする。

「ちょっと、ミキちゃん。」

いくぶん冷たい響きを含んだリカの声に立ち止まるミキ。
おそるおそる振り返ると、おどけた調子で返事をする。

「なんでしょう?」
「ポケット。何入ってるの?」
「え? なんにも。」
「ウソつかないで。素直に出しなさいよ。」

86 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時10分05秒

口調は柔らかいが芯の通った声で迫ってくるリカ。
その穏やかな迫力に根負けして、ミキはポケットの中身を差し出す。タバコと、ライター。

「やっぱり。懲りてないの?」
「いや、これがなかなか。いちおう、回数は減らしてるんだけど。」

口ごもるミキに、リカは毅然とした態度で返す。

「未成年なんだから喫っちゃダメだよ。健康にも良くないし。」
「今からオトナになる訓練をコレでしてる、って理屈、ダメ?」
「ダメダメそんなの。ほら、早くしまって。」
「はいはい。」

87 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時11分21秒

ミキはポケットの中にそそくさとそれらを仕舞うと、あらためて三人の顔を眺める。

「なんか、みんな冴えない表情してんね。」
「冴えてるはずないよ、ゴッチンが辞めちゃうって聞いた後だもん。」
「やめちゃう? やめちゃうって何を? タバコ? ゴッチン喫ってたっけ?」
「違うよ! 学校を辞めちゃうの!」
「ハァ? ガッコウって、この学校を?」

片方の眉を吊り上げるミキに、リカとヒトミはうなずいてみせる。
事態がようやく飲み込めたミキは、目を丸くする。と、マキが言った。

「退学届、もう出したから。」
「出しちゃったんだ。」

つぶやいたリカに、マキはうなずく。

「これはあたし自身の問題だから、リカちゃんたちに迷惑かけるわけにはいかなかったんだ。」
「でも、それって、」
「自分たちのこと、信頼してないって言いたいの? それは違うよ。」
「何よ、それ」

88 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時12分05秒

「相談したらきっとリカちゃんは親身になって考えてくれたと思う。ヨッスィーも、ミキティもね。」
「じゃあなんで」
「みんなに甘えちゃうと思ったんだ。なんとなく残りの時間を過ごして。
楽しいと思うよ? その方が、楽だと思うよ? でも、そうしたくなかったんだ。」

そう言うとマキは手を広げて弧を描く。

「まるでこのフェンスが鳥カゴみたいに見えたんだ。息苦しくって、耐えられない。
あたしはもう、ここを飛び出さないといけないんだ。」
「ゴッチン」

リカはすがるように手を伸ばし、マキへと歩み寄っていく。

「行っちゃヤダよ、行かないでよ。わたしたちを置いていかないでよ。」

そしてその手が腕に触れようとした瞬間。

89 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時13分05秒

「さわんな!」

マキが突然叫んだ。
リカは波にさらわれた砂の城が崩れるようにその手を下ろし、茫然とマキの顔を見つめる。
ヒトミもミキも、呆気に取られながらふたりの様子を眺めている。

「さわんないで! いま触れられると、そのぬくもりに甘えちゃう!」
「でも、ゴッチン」
「やだ、やめて! お願いだからもうこれ以上近づかないで!」

しかしマキの声を耳にしても、リカは歩みをやめない。

「やめてよ! じゃないとあたし、あたし、」

リカはそのままマキの腕をつかむと、自分のもとへと引き寄せ、力いっぱいに抱き締めた。

「さわんなって言ったろォォ」

涙声になるマキ。それに構うことなくリカはその体を抱き締め続ける。
まるで氷が融けるように。かたくななマキの態度はゆるやかに融け出し、
涙となって頬をつたっていく。
それを包み込むリカの瞳も潤んでいる。
やがてふたりはそのまま、ぺたりと力なくしゃがみこんでしまった。

90 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時14分05秒

「泣いてんの?」

ミキがヒトミに声をかける。長い睫毛いっぱいに溜まったしずくを払うと、ヒトミが言い返す。

「ミキティだって泣いてんじゃん」
「ワタシが? ウソ?」

そっと手を当ててみると、確かに指先は湿っていた。

「ね。」

そしてヒトミは、マキとリカのもとへ歩いていく。ミキも、その後ろをついていく。

91 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時15分05秒

マキは、ぽつりと漏らした。

「だから、だから言いたくなかったんだ。泣いてお別れなんて、やだよう。」
「でも、言ってくれたからこうして一緒に泣けるんじゃない。
わたしは、ゴッチンと泣けないことの方が、悲しかったよ。」

リカの言葉にしゃくりあげながら、マキは言う。

「さみしくない、なんてウソ。さみしいよ。さみしくてたまんないよ。」
「わかってる。ゴッチン、わかってるよ。」
「だいじょうぶ。なにも一生サヨナラじゃないんだし。
ウチらの関係は、これからもずっと変わんないよ。」
「そうそう。会おうと思えば、いつでもってわけにはいかないかもしれないけど、
でも会えるんだから。」

ヒトミとミキの言葉にふたりは顔を上げる。
マキは目を赤く腫らせたまま、ムリヤリ笑顔をつくってみせる。

「あは、なに、ふたりとも泣いてるんだあ?」
「お互い様だよ。」
「ほら、立って」

ミキが手を貸す。マキはその手を借りて立ち上がる。ヒトミもリカに手を貸す。

92 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時16分05秒

そしてそのまま四人で円を描くように向き合う格好になる。
と、黙って全員の顔をジロジロ眺めていたマキが口を開いた。

「なんだか、不思議だね。」
「何が?」
「だって同じ年に生まれたことだけがきっかけで、こうして泣けるような間柄になってるんだよ?」
「えっと、みんな1985年生まれか。」
「1985年。阪神が優勝した年だよ!
ほら、甲子園でバース・掛布・岡田が槙原からバックスクリーンに三連発して、」
「はいはい、わかったから。」

熱っぽくタイガースについて語り出したリカを、ミキが冷静に抑える。
ヒトミはぼんやりと斜め上を見ながら指を折り、つぶやく。

「いま私たちは18歳で、今年は2003年。」
「今年の阪神はがんばってるよね! 星野監督も二年目で気合い入ってるし!」
「そうじゃなくって!」

相変わらずのリカにミキがツッコミを入れる。

93 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時17分05秒

ヒトミはちらりとマキを一瞥すると、言う。

「私たちは今、ひとり残らず人生の岐路に立ってるんだ。同じ18歳ってことだけで。」
「18歳、かあ。オトナなのかコドモなのか、正直微妙だよね。」

リカの言葉。ミキはライターを取り出すと、手のひらの上で転がしながら言う。

「お酒もタバコもいけなくて、でも一人前扱いみたいなところがあって。なんだか、宙ぶらりんだよ。」
「オトナもコドモも、そんなハッキリと線引きできるもんじゃないんだよ、きっと。」
「なのにみんな一斉に学校を出てヨーイドン、なんだよね。」

そう言うとヒトミはむにっと唇を曲げて、肩を竦めてみせる。

「オトナってなんなんだろ?」

リカはそうつぶやいて空を見上げる。

「オトナはタバコを喫えるけど、タバコを喫うからオトナ、ってワケでもないんだよねえ。」

苦笑いをするミキ。

94 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時18分07秒

すると、黙って三人のやりとりを聞いていたマキは、

「あたしはまだまだコドモだけど、」

そう言ってゆっくりフェンスへと歩み寄る。そのまま手を掛けて、外を眺めて。

「だから少しでも、早くオトナになりたいんだ。」

そして振り返る。

「“この世界は舞台、そして人はみな演じている役者にすぎない”。」
「それって確か、いつかミキちゃんが言ってたやつだよね?」

リカの言葉にマキはうなずくと、三人をしっかりと見据えて続ける。

「本当は、不安だよ。退学したのも、後悔してないとは言い切れない。
ガマンしてたけど、結局泣いちゃった。」

ふっと息を吐くと、マキはえくぼがいっぱいの笑みで言った。

「でも、強い自分を演じていれば、きっといつかそれは本当になるよね。強い自分になれるよね。」

95 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時19分05秒

するとリカが、一歩前に進み出て、答える。

「もうゴッチンは十分強いヒトだよ。夢は、絶対叶うよ。」
「ありがと、リカちゃん。」
「そうだ!」

突然、ヒトミが叫んだ。驚いて、三人とも振り向く。

「ゴッチンの卒業式をしようよ! 四人だけだけど、今ここで卒業式、やろうよ!」
「賛成!」

リカが声をあげる。そしてミキを見る。

「いいけど、花束も卒業証書もないよ? どうするの?」
「いーよいーよ、このまんまで。国旗も国歌もないし、
お子様向けの飾りも制度も何もいらないんだ! アナーキーだ、カッケー!」
「ヨッスィー、わけわかんないよ。」

そう言うマキの目は再び、潤んでいた。

96 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時20分05秒

「そうと決まれば胴上げしよ、胴上げ!」
「それって合格発表じゃないの?」
「いーからいーから、優勝気分でいこーね! はいヒトミちゃん足持って。ミキちゃんそっちね。」
「わー、待ってよ、待ってぇ!」

悲鳴をあげるマキをよそに、三人はその体を持ち上げる。

「フェンスより高く上げるよ! せーのっ!」
「ばんざーい!」

掛け声とともにマキがふわり、宙に浮く。
祝福されている本人は喜びよりも怖さでひゃあああ〜と悲鳴をあげるが、三人はお構いなし。

「ばんざーい!」

再びマキが宙を舞う。そして、勢いをつけて、もう一度。

「ばんざーいっ!」

その瞬間、確かにマキの体はフェンスより高く舞っていた。
しかし三回目を終えたところで力尽き、
マキを受け止めるとそのまま四人とも一緒に倒れ込んでしまう。

97 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時21分05秒

荒い呼吸のまま空を眺める。
やがてマキが立ち上がり、もう一度階段のところの屋根にのぼる。

「ゴッチン?」

マキは黙ったまま眼下の街並みを眺める。
三人も立ち上がり、フェンスの向こうに広がる風景を見下ろす。

「あたしは、もう二度とここから街を見下ろすことはない。
街の中から空を見上げることしかできなくなる。」

視線をそのままに、マキは力強く言う。

「でも、この街がこういう姿をしていたってことは忘れないよ。ずっと心の中に焼きつけておく。」

それを聞いて、リカが口を開く。

「時間が経てば、街は変わる。わたしたちも変わっていくと思う。
でも、ここで今までゴッチンと一緒に過ごした事実は変わらない。いつまでもずっと。」
「うん」

98 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時22分05秒

目を閉じてマキは深呼吸すると、屋根から三人のいる場所へと飛び降りる。

「それじゃ、あたし、行くから。」

ミキ。ヒトミ。リカ。並んでいる三人の顔を順にじっと見つめて、うなずくと、

「ばいばい。」

そう言い残して、笑顔のまま階段を下りていった。

99 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時23分05秒

残された三人は、フェンス越しに再び街を眺める。
しばらく無言のままでたたずんでいたが、誰からともなく、会話が始まる。

「なんかさ、屋根がずーっと波打ってて、海みたい。」
「それじゃこの学校、プカプカ浮いてたりして。波をジャブジャブジャブジャブかきわけて。」
「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」
「すすめー、って。」
「ねえ、あれ、あそこにいるの、ゴッチンじゃない?」
「ホントだ、手ぇ振ってみよっか。おーい、ゴッチーン!」

三人とも校庭のマキに向かって懸命に叫び、手を振る。
振り返してきたのを確かめると、また笑って振る。

「なんかさ、ゴッチンって魚っぽいからさ、」
「うん?」
「イキのいい魚が今、群れを離れて大きな海に出たって感じ。」
「それって何気にヒドくない?」
「じゃ、ゴッチンには内緒ね」
「はいはい。」

100 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時24分06秒

やがてマキが校門を出て街の中へと姿を消すと、三人は腕をゆっくりと下ろす。

「いっちゃったね。」
「今度会えるの、いつになるのかなあ?」
「次の休みにカラオケに行く約束してるけど」
「じゃあすぐだね」
「うん」

リカはふっと息を吐く。ヒトミは校庭を見つめたまま小さくうなずく。ミキは穏やかに微笑んでいる。
そして三人はもう一度、街を眺める。ただただ、何も言わず、眺め続ける。

101 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時25分05秒

と、長い長い沈黙を破って、突然リカが口を開いた。

「ねえミキちゃん、タバコ貸してくれない?」
「え? なんで?」

しかしそれには答えず、リカは黙ったまま右手をミキの前に差し出す。
ポケットから再びタバコの箱を取り出すと、ミキはその中から一本とライターを、リカに渡した。

「ありがとう。」

フィルターがついている側を確かめて、リカはタバコをくわえる。
そして親指の腹でライターのヤスリを回転させるが、慣れないせいかうまく火がつかない。

「貸して。」

ミキはリカの手からライターを取ると、一度でうまく火をつけてみせた。
リカはミキの手のひらの中にある小さな火に、くわえたタバコをおずおずと近づける。

「軽く吸うといいよ。」
「ん。」

102 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時26分06秒

やがて口の中に広がってくるハッカの香りと焦げた苦味に、リカは軽く目を見開いた。
そして、鼻の奥がじわりと痺れてきて、反射的に息を吐く。
リカの唇から放たれた濁った煙は、何もない空をゆらゆらとのぼっていった。
指先へと迫る灰はまるで灯籠のようで、その奥に揺れる炎を隠している。
リカは人差し指で軽く叩いて灰を散らすと、それを空に向かってまっすぐに突き立てた。
わずかに、風が出てきた。日はだいぶ傾いてきた。
右手の先、オレンジの明かりをたたえるそれは線香のように見えたし、灯台の光にも似ていた。
三人は黙ったままで、その明かりとそれの届く先を見つめていた。

103 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時27分05秒

そして、タバコは燃え尽きる。
リカは腕を下ろし、静かにそれを床に落とすと、ぐっと力を込めて踏みつける。
足を離すと、もう煙は出なかった。
吸殻を拾い上げたリカの前に、ミキが携帯用の灰皿を差し出した。
そしてそれを仕舞うと、慣れた手つきでポケットへと戻した。
ヒトミは落ちている灰を靴の底で散らし、何事もなかったように片付ける。

「帰ろっか。」

リカが声をかける。目で返事をして、ヒトミとミキは階段に向かって歩き出す。

104 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時28分05秒

ヒトミ、ミキ、そしてリカと校舎の中へ戻る。仰々しい音を立てて扉は閉まった。
階段を下りる、パタパタと軽い足音が遠くなっていく。
どんどん、遠くなっていく。
遠くなっていく。

105 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時29分05秒

 
 
#3 「卒業生」    完
 
 

106 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時29分46秒

  

107 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時30分25秒

  

108 名前:postscript 投稿日:2003年04月23日(水)17時31分05秒
とにかく今までと違う方法でつくろうと、演劇っぽく実験した結果がこれです。
実際に演じられるようにしたつもりなので、ヒマな方はいじって舞台化してみてください。
作者の勝手な実験にお付き合いいただいた優しい皆様、本当にありがとうございました。

str
109 名前:  投稿日:2003年04月23日(水)17時33分11秒
トリプルプレイ

 #1「転校生」 >>3-30
 #2「同級生」 >>37-67
 #3「卒業生」 >>75-105
110 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月01日(木)18時08分55秒
アンリアルなのに、マジネタっぽくて、面白かったっす。
また書いて欲しいなぁ。
待ってます。
111 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月04日(日)15時21分13秒
シナリオ形式…という言葉にひっかかるものがありましたが、
なるほど、あの人だったのか…。
112 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)22時20分45秒
いやぁ…おもしろかった。よかったです。
引き込まれるような感じで、どんどん読めました。
まぁ、三回くらい読み返してようやく内容を理解したんですが(w
バカですいません…。次回作も期待しております。
113 名前:  投稿日:2003年05月23日(金)01時57分02秒

>>110 ( T▽T)<もう書いちゃいました。ごめんなさい!
>>111 ( T▽T)<「あの人」って、そんな…! ごめんなさい!
>>112 ( T▽T)<何度も読み返さないとわからない内容で、ごめんなさい!

読んでくださった方、ホントにどうもありがとうございました。
 

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