インデックス / 過去ログ倉庫
こぼれおちるキモチ。
- 1 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時25分57秒
- 『ガチャ』
管理人がアパートの鍵を開ける音が響いた。
長らく主が不在であったろうにも関わらず、空気はこもっていなかった。
無愛想に注意事項を告げる管理人の声を聞き流す。
まわりに迷惑をかけないこと、火の元には注意すること、そして未納分の家賃を二週間以内に支払うこと。
最後に、今月中にここを引き渡すこと。
すでに何回も言われたことだ。短くハイと答えて、鍵を受け取る。
怪しいものを見る目つきでつま先から頭のてっぺんまで眺めた後、管理人は無言で立ち去っていった。
- 2 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時27分01秒
- 部屋に入る。六畳のフローリングが少しきしむ。
日あたりの良さそうな南向きの大きな窓。
窓際に置かれた花瓶にはなにもささっていなかった。
真ん中に鎮座しているベッド、シーツは乱れている。
その脇には雑誌が山積みになっている。
週刊誌やファッション誌、音楽雑誌などジャンルはバラバラ、時期も偏っている。
大きくない洋服ダンスを開けて中を見る。
中はカラに近かった。持ってきたバックを前に置く。
いかにもアパートの、といった感じのこじんまりしたキッチン。
シンクはきれいになっているが、三角コーナーには林檎の皮と芯が捨ててある。
戸棚を開けてみると、中にはわずかな食器と調理器具しかなかった。
ときたま動作音を響かせる冷蔵庫には、ペットボトルが数本入っているだけ。
妙な生活感が残っているこの部屋が、しばらくの間の私の城だ。
- 3 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時27分51秒
-
兄と最後に連絡を取ったのは、どのくらい前の事だろう。
少なくとも半年は前になるはずだ。
直接顔を合わせたことなら、三年も前になる。
兄が高校を卒業した直後に親と大喧嘩して、家を飛びだしたのが三年前。
私は親には内緒で連絡を取っていたが、それも少しずつ疎遠になっていった。
元々仲のいい兄妹ではなかったし、お互いを気にすることも少なかった。
繋がりが薄れていき、もしかするとこれから二度と関わりがないのでは、そう思うときもあった。
そんな想いを打ち消す出来事が起きたのは、春の気配が近づいてきた頃だった。
- 4 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時28分36秒
-
両親が死んだ。
突然の事だった。
冷たい雨の降りしきる夜に掛かってきた電話が、事実だけを告げた。
2人の乗った車は交差点を飛び出し、標識をなぎ倒して大木に衝突して止まった。
車は大破炎上。しかし、スピードがかなり出ていたらしい。
出火しなくても助からなかっただろうと医師が告げた。
葬儀は父側の祖父が喪主となって執り行われた。
私も卒業した高校の制服で祭壇の側に着いた。
現実感が少しもわいてこなくて、なには夢の中で事が進んでいるようだった。
- 5 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時29分37秒
- 遺産相続や私の学費などについての話し合いがもたれた。
潤沢ではないが少なくもない額の遺産が残され、私の当面の生活に問題は無かった。
しかし、話はなかなかまとまらなかった。
葬儀に姿を見せない兄のことが議論を巻き起こしていたのだ。
私は兄を捜し出す役目をかって出た。周りは止めたけど、私の意志は固かった。
兄の今に多少の興味はあったし、会いたいとも思っていた。
でも、そんなことは重要じゃなかった。一番の理由はその場から逃げ出したかったから。
見たこともない親類がいかにもな顔で近づいて、わざとらしい親切を受けるのが苦痛だった。
親切よりも、じっくりと一人で考える時間がほしかった。
ただ、それだけだった。
高校の卒業式が終わって、短大の入学式まで、二週間。
その間に兄を探し出し連れてくる。あるいは意思の確認を取る。
それだけを約束して私は家を出た。
先のことなんて、まったく予想していなかった。
- 6 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時30分09秒
- 兄から住所を無理に聞き出しておいて正解だった。
埼玉の片田舎から東京へ向かう電車に揺られて東京へ向かった。
コンビニの地図で確認しながら、何とかたどり着いた兄のアパート。
想像以上に静かな住宅街の一角に建つ、木造のアパートだった。人の気配は薄い。
ポストには薄くなった”吉澤”の文字、そして大量のチラシや郵便物。
はみ出しているそれらの中の一枚に違和感を感じて手に取る。
そこには”至急連絡されたし”の一文と管理会社の名前と電話番号が記されていた。
- 7 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時30分56秒
- 私の電話でやってきた管理人は、思ったより若い男だった。
電話の声は疑いの色が濃かったが、私を一目見るとやれやれといった表情になった。
管理人の話では、ここ三ヶ月ほど連絡が取れず家賃も未納。
それ以前も夜中にずっと明かりが灯っていたり、騒音を出して苦情が出ていたのだという。
ベットに横たわって管理人の言葉を反芻する。
連絡が取れない、家賃未納、騒音で苦情…。
それらを全く信じないわけではないが、記憶の中の兄とはどうにも結びつかない。
とりあえず、考えるのをやめて休むことにした。
電車に乗りなれていないせいか、思った以上に疲れていた。
気がつくと、窓の外には夕闇が迫っていた。
時計を確認して、約束の時間が近づいていることを知る。
ベッドから飛び降りてシーツを整えたあと、身支度を始めた。
- 8 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月02日(水)01時31分49秒
- 待ち合わせ場所のファミレスに向かう。
住宅街の中にある店内に入ると、相手は先に来ていた。
久しぶりなのでわかるかどうか心配していたけど、それは杞憂だった。
「ひとみちゃん、こっち」
大げさに手を振って呼ぶ声。その特徴的な高い声は間違えようもない。
兄の恋人である人物。
石川梨華、その人だ。
- 9 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月06日(日)22時13分04秒
- 石川梨華、都内の短大に通う女子大生。
この春に2年生になるというから、私よりひとつ上だ。
彼女と知り合ったのは、私が兄に電話をかけたときだった。
たまたま居合わせた彼女と電話を代わって話した。
どこか気が合うところがあって、すぐに電話で話す仲になった。
中身はどうでもいい悩みや、その日の出来事ばかりだったけれど。
- 10 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月06日(日)22時14分48秒
- 電話だけでなく、会ったことも一度だけある。
私が用事で東京に出たときに一緒に食事をしたのだ。
鮮やかなピンクのワンピースに、健康的な褐色の肌。鮮烈な印象が残っている。
整った顔立ちと見事なスタイルは女の私が惚れそうなほど魅力的だった。
兄にはもったいないくらいに。
本当は兄を加えた3人でという話だったが、直前に逃げられてしまった。
けれど、久しぶりに再開した親友のようにいっぱいおしゃべりをしてから、別れた。
- 11 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月06日(日)22時22分04秒
-
「お久しぶりです、石川さん」
「やめてよひとみちゃん、梨華でいいって」
「わかりました、いしか…じゃなくて梨華さん」
「さんもダメ。堅苦しいでしょ」
「じゃ、梨華ちゃんでいいっすか?」
「うん。でも敬語はダメね」
兄という人物を介して知り合った2人。
友人でもなく、かといって先輩と後輩でもない微妙な関係が心地よかった。
私の知っているなかで、東京での兄を知る唯一の人物が梨華ちゃんだった。
つまり、彼女は今のところ唯一頼れる人物なのだ。
- 12 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月06日(日)22時27分12秒
- 私はパスタを、梨華ちゃんはグラタンを頼んでから、ここまでのことを簡単に話した。
話し終わる頃に、タイミング良く料理が出てきた。
「これから大変だね…」
「うん。でも、そんなに心配はしてない」
電話で一度話したことだけど、梨華ちゃんは自分のことのように心配してくれた。
しかし、元々楽天的な性格の私は、本当に心配していなかった。
それよりも気になっている兄のことを聞いた。
「実は最近は全然会っていないの。連絡だって…」
後から出された紅茶のカップを両手で包み込んで、ため息をついた。
「ごめんなさい」
薄々感じてはいたけれど、やはりうまくいっていないようだった。
「うんん、こちらこそごめんなさい。ひとみちゃんの目的はお兄さんだものね。気にしないで」
そう言って、もう一つため息をついた。
「どのくらい、なんですか?」
「うん…3週間くらいかな。私も探しているの」
「そうなんですか…」
- 13 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月07日(月)00時02分43秒
- 「電話しても出ないし、携帯の方は契約解除したみたい。ここ最近は部屋の方も留守のままだし。
以前は毎日のように電話してたり会っていたんだけど、最近は、ね…」
うつむく梨華ちゃんに、私はかける言葉を失う。
以前に比べて兄の話題が2人の間に上ることが少なくなったことは気がついていた。
梨華ちゃんがその話題をそれとなく避けるようになり、私も話を振らないようになっていた。
「でも、別れてはいないんでしょ」
「…うん。別れ話や喧嘩は全然なかった。最後の時もいつものようにまた今度って、でも…」
彼女は顔を上げない。それだけでなく、表情は多分曇っている。
「でも、なにかあったのですか」
「私以外にも、つきあってる女の人がいる…」
覚悟したように絞り出した言葉は、私に想像以上のショックを与えた。
- 14 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月24日(木)00時37分00秒
- 妹という立場から評価するのは難しいけど、兄は女性にモテるほうではないと思う。
容姿はどちらかというと普通だと思う。
だけど、身につける物やちょっとした仕草から発する雰囲気が陰気なのだ
もって生まれたものがそうなのだ、としか言えないけれど。
兄が発する暗い雰囲気は他人を、特に女性を遠ざけるところがある。
知る限り兄が女性と一緒にいるところは見たことがないし、女性の気配すら感じたこと無かった。
自分だって兄という関係でなければ敬遠するかもしれない。
彼女という存在があるのを知ったのだって、梨華ちゃんが初めて。私は驚いたものだ。
それだけではない。これも私が言うのはおかしいけど兄は真面目な性格だ。
梨華ちゃんみたいな彼女ができたら大切にするだろうし、ほかに好きな人が現れたら打ち明けるだろう。
もし話すことができなくても、不器用な兄のことだから隠し通せるとは考えられない。
とにかく、兄が複数の女性と付き合っているなんて、信じられなかった。
- 15 名前:名無しONE 投稿日:2003年04月24日(木)00時37分49秒
- 「すみません、ごちそうになっちゃって」
「気にしないでいいの。お兄さんにはだいぶお世話になったから」
3月の夜の空気は、冷たかった。首をすくめ手を摺り合わせる。
星が瞬いていた。吐かれる息が白い。
「聞いていいですか」
「なに?」
正面を向いて、ゆっくり歩きながら話す。
「兄と出会いは、どうだったんですか」
「出会いかぁ。1年くらい前かなぁ。
街を歩いていた私に、声をかけてきたの」
「ナンパだったんですか。ちょっと信じられないなぁ」
「まあ、ナンパになるね。今考えてもなんで無視しなかったのかって思う。
でも違うんだ。お兄さんは”待っていた”って言ったの」
「そんなこと言ったんだ。意外」
「そう、待っていた、って」
確認するように、もう一回言った。
- 16 名前:名無しONE 投稿日:2003年05月22日(木)22時25分53秒
- 落ちテスト
更新する気はあります
マイペースいきます
- 17 名前:名無しONE 投稿日:2003年06月12日(木)00時06分36秒
- 「それでイチコロだったんだ」
「違うよ。何か引きつけるものがあったの。説明するのは難しいけど」
「だからイチコロでしょ」
「もう!ひとみちゃんわかってない。人を好きになったことないからだよ」
「そ、そんなことないよ」
「あー、焦ってる。図星だったんだ」
「だからちげーってば」
そんなことを言いながらゆっくり歩いていった。
- 18 名前:名無しONE 投稿日:2003年06月12日(木)00時07分09秒
- 梨華ちゃんの寄っていかない?という誘いを断り、駅でひとり電車を待つ。
すぐに満員に近い電車が来た。身体をねじ込むように乗り込む。
急行だった。途中で乗り換えなくてはならないのに気付く。
電車がうなりをあげて走っていく。
車内は奇妙な感じだった。
冬を引きずったサラリーマンと、春を先取りしすぎた女性が背中合わせに。
アナウンスを無視して携帯電話を使うOLに、優先席で眠る青年。
地下鉄との乗換駅に停車、さらに人が乗ってくる。
私は押し寄せる人の波に驚く。ラッシュの電車には乗り慣れなていない。
身体をひねった状態になり、次の駅まで我慢しなくてはならなかった。
- 19 名前:名無しONE 投稿日:2003年06月12日(木)00時07分39秒
- 片手で手すりにつかまり、バランスを取るように片足に力を入れる。
傾いた身体を何とか真っ直ぐに立て直す。
中年のサラリーマンと向かい合ってしまい、目を合わせないようにする。
兄はこの電車に乗ったことがあるのだろうか。
この、ラッシュの中で、兄は何を考えていたのだろうか。
いろいろなことを考えるうちに、乗換駅に停車した。。
反対側のドアが開く。私は人の波をかき分けるようにして進んだ。
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月20日(金)08時53分31秒
- 面白そうっすね。
兄は一体、何処へ・・・続き楽しみにしてます!
- 21 名前:名無しONE 投稿日:2003年07月04日(金)23時01分25秒
- >>20
レスありがとうございます。
ゆっくりとした更新ですが、よろしくおねがいします。
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