希望の輪
- 1 名前:6 投稿日:2003年04月23日(水)22時45分24秒
- アンリアルで、重めの話です。
よろしくお願いします。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2003年04月23日(水)22時46分59秒
暗く、深い森の中。
ほらごらん、あそこに傷ついた鳥がいるのさ。
よたよた足で、どこへ行くの?
その先は闇だけだ。どうしてそっちへ行くんだい?
そんなボロボロの体じゃ、生きていけやしないよ。
さぁ、悪いことは言わないさ。
こっちへおいで、戻っておいで。
どこへ行くの。
どこへ行くの───?
決まっているさ、彼女は答えた。
「地獄に決まってるだろ…」と。
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2003年04月23日(水)22時47分50秒
- ◇◇◇
両親が死んだのは、6歳の頃だった。
お父さんお母さんの温もりを十分に味わってもない、いたいけな子供。
毎日が宝物で、やることなすことが新鮮な子供の頃。
不幸は突然訪れて、真希を地獄へと落とした。
パパとママは、その日かえってきませんでした。
真希が一人でるすばんしたら、夜になってしまったの。
パパとママおそいなーとおもったら、しらないおじさんがやってきて言ったの。
おじさんは、どことなくパパににてたよ。
だから真希、わかったもん。
このひとは、パパのしりあいなんだなって。
すごいでしょ。えらい?えらい??
「パパとママは、死んだよ」
そう告げた見知らぬ一人の男が、真希の手を引く。
ゴツゴツのその手の平が何故だか気持ち悪い。
あたしのパパの手とは違う…。
- 4 名前:プロローグ 投稿日:2003年04月23日(水)22時49分09秒
- 「いやだ」
「さぁ、おじちゃんとおいで。悪い子にしちゃダメだ」
「死んだって何?なんで真希はおじちゃんと行くの?」
真希は尋ねた。何も知れない小さな子供。
叔父の手の、嫌な感触だけしか解らないのに。
父も、母ももういない。
それすらも、真希は知らなかった。
その手に引かれ、何度も何度も振り向いた。
もう2度と、帰らぬ我が家。
主のいない我が家は、いつも見ているはずなのに他所の家みたいだ。
「それはそうさ。」
叔父が気持ちの悪い笑顔を浮かべた。
「ここはもう、お前の家じゃないんだから」
この家には帰って来られない。
そんな事は、全く知らなかった───。
知るには、子供すぎた───。
- 5 名前:プロローグ 投稿日:2003年04月23日(水)22時49分50秒
- ◇◇◇
真希を引き取った、父の兄夫婦は近所でも有名なドケチ夫婦だった。
特に養母の方は養父よりも更にタチが悪く、
まるで、召使いか何かのように真希をこき使った。
掃除、洗濯、炊事、買い物…等々。
自分がやる仕事は真希を監視する事だけ。
呆れるほどの怠け者で、その癖あれこれとケチを付けた。
失敗すれば頬に激痛が走る。
よくもまぁ、それだけ人の頬を殴れるものだ…と幼心に皮肉を吐いた。
真希はあまり成績がよくなかった。
クラスでも下から数えた方が早いくらいで、特に算数だけはどうしても苦手。
たし算もひき算は何とか解っても、かけ算やわり算になると
頭が混乱して眠気が襲ってくるようにすらなる。
他の教化も特に秀でるものはなく、唯一得意だとすれば体育だけだ。
養母はそんな真希にも容赦なかった。
- 6 名前:プロローグ 投稿日:2003年04月23日(水)22時50分38秒
- テストの点が悪ければ平気で頬をぶったし、
反抗すれば一晩中、家の外で教科書を読まされた。
知り合いだか何だか、うさんくさい大学生くらいの男を家庭教師につけられて
あれこれ嫌な思いもした。
アイドルがどうとかこうとかばかり言ってそうな、気持ちの悪い不細工な面。
何日も着たような悪臭漂うTシャツを、ほぼ毎回着てくる。
フーフーと汗をかいて「真希ちゃん可愛いねぇ」などと馴れ馴れしい態度をとってきた。
そんな彼と、真希は一度も口を聞こうともしなかった。
それを養母に見つかれば、また激しく頬を叩かれる。
それでも、自分にできる精一杯の反抗だった。
とにかく、養母は真希にとって邪魔者以外の何者でもない。
無論、養母の方こそそう思っているのであって、
お互いに険悪だからこそ、関係はこじれるばかり。
まぁ最も、どちらも仲良くする気などないのだから仕方ないが。
養父はそんな養母に頭があがらないらしく、言い成りになりっぱなし。
養母が怒れば養父も怒り、時には激しい叱咤が2倍になって真希に降り注いだ。
- 7 名前:プロローグ 投稿日:2003年04月23日(水)22時51分33秒
- 怒りなど、とうに忘れてしまった。
ここにくるまでは、愛嬌もあってよく笑う可愛い少女だった。
母に似て、「将来は絶対美人になる」と親戚中から褒められたこともあった。
そんな風に言われる事がどんなに幸せであったか。
父や母に手を引かれ、デパートに遊園地、時にはドライブ…。
そんな日々が、どんなに幸福で満たされたものであったか。
あの日々は、戻らない。
父は戻らない。
母は戻らない。
あたしは戻らない。
…戻れない。
真希が最後に唯一持った感情。
それが、そうだった。
───殺意───
あと数分で崩れ落ちる「我が家」から、真希は裸足のまま駆け出していた───
- 8 名前:1・「その道へと」 投稿日:2003年04月23日(水)22時53分32秒
- 暗い森の中は、ひっそりと静まり返っていた。
虫の声が不気味に響き、そして夜行性の動物たちの活動する音が聞こえるだけ。
その中で一つだけ。
真っ暗闇に紛れて、人間の荒い息遣いが漏れていた。
それすらも、どうにか必死に抑えられているのか。
かなり微々たるものだったが。
走る距離が伸びれば伸びるほど、息遣いは荒くなっていく。
そして、徐々にそれが一つではない事が気付けるほどになった頃。
ドンッ
「あっ…ま、待って…」
草葉に足を取られ、誰かが一人転んだ。
思わず漏らしたその声は甲高く、どうやら少女のようだ。
- 9 名前:1・「その道へと」 投稿日:2003年04月23日(水)22時54分18秒
- 「立って。早く」
「ま、まきちゃ…」
「しっ…」
別の少女が、転んだ少女の手を掴んで素早く立ちあがらせる。
その際に、掴んだ方とは別の手の人差し指を、口元に当てた。
“声をあげるな”
その合図に、転んだ少女も黙って頷き立ちあがる。
いつもなら、甘えん坊でワガママな彼女だったのだが
この時ばかりはさすがにそれをする気にもならなかった。
歩きたくなくても、歩まなくてはいけないから。
すでに先を行く者の後を、少女たちも追った。
- 10 名前:1・「その道へと」 投稿日:2003年04月23日(水)22時55分06秒
- ◇◇◇
森の終わりが見えた。
だが、問題はここから。
一番の難関が、ここなのだ。
だが、もう時間がない。
迷っている暇はなかった。
森との境目になっているフェンス。
フェンスにはがんじがらめにされた鉄線が張り巡らされていて、
中の者が逃げ出さないようにと、厳重な防備が施されていた。
これでは、並大抵の者は逃げ出す事はできない。
一番の難関とは、ここの事だ。
少女たちがここから逃げ出すには、このフェンスを越えなければならない。
「どうする?」
「…決まってるよ」
「何のために、ここまで来たの?」
「そうだよね」
「…行こう」
- 11 名前:1・「その道へと」 投稿日:2003年04月23日(水)22時55分53秒
- すでに、誰も引き返す事などしなかった。
それはそうだ。
ここに来るまでに、すでにお互いに了承し合ってる。
小さな紙に託した、大きな願い。
そして、お互いへの契約。
もう無くすものはない。
一人が一片の紙の端を裂いた。
その紙は次の者に渡り、彼女も同じように紙の端を裂く。
それが後3回ほど繰り返されてから、小さな紙を残して彼女たちは進んだ。
「行こう」
少女たちは歩み出した。
終わる事のない未来へ。
地獄かも、天国かもわからない。
でも、精一杯戦ってみよう。
あたしたちは、そうして生きたい。
傷だらけになりながら羽ばたいた。
必死に、もがくように。
だけど、決してもう後悔などなかった。
彼女たちの瞳に映るものは、もはや捨てたはずの希望だった───。
- 12 名前:希望の輪 投稿日:2003年04月23日(水)22時59分26秒
2・「ハッピーバースディ」
- 13 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時00分38秒
- 1年前に会った時、梨華はとても嬉しそうにしていたのを覚えている。
まだ17歳になったばかりの彼女。
そして、1日ほどの差で生まれた自分。
2人だけのバースディパーティだった。
訪ねて来たのは梨華の方で、再会するのは約2年ぶり。
2年ぶりの彼女の甲高い声、それから褐色の肌。
彼女に関するたくさんの情報が、閉まった記憶の中から一気に引き出される。
「真里ちゃん」
そう言って笑った彼女は、本物だった。
よくもまぁ、こんなボロアパート見つけ出して来たもんだ、と逆に呆れた。
それも、ほとんど帰っていないこのアパート。
その日があまりの寒さで、外にいる事に耐えられなかったから。
だから、梨華に会えた。
かじかんだ手足を温め、真里のアパートの前でしゃがみ込んでいた。
- 14 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時01分26秒
- ◇◇◇
17歳になった梨華は、美しく成長していた。
幼い頃から彼女を知っているし、3年ほど前まではずっと一緒に暮らしてきた。
それなのに、しばらくぶりに会った彼女の成長ぶりが羨ましくもあり、
そして嬉しく感じている自分がいる。
梨華の事を、これまで妹のように可愛がってきたから。
妹の成長ぶりを傍で見られなかったのは残念だが、結果だけを見ても十分なほどだ。
可愛らしさに美しさ、そして色っぽさの出てきた梨華。
何をそんなにうきうきしているの?と訪ねれば、
「ナイショ!」と言ってはにかんでみせた。
その仕草もまた、可愛らしく美しく、そして色っぽい。
世の男がバカでなければ、この少女を放っておくものなどいないに違いない。
それほどまでに、彼女は完璧だった。
ケーキを囲んで、静かな晩餐が始まった。
暗くした部屋の中で2人の息音だけが響き合い、
なんとも神秘なムードが心を和ませる。
梨華はロマンティックに憧れる少女のような表情でうっとりしたまま
ロウソク越しに真里を見つめていた。
- 15 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時02分16秒
- 「あのね、真里ちゃん」
「ん?」
「私、ね」
「うん」
まだ余韻に浸っているのだろう。
その口調は夢見る少女のように遠くを思って語っているようだった。
「私ね、結婚するんだ…。今日ね、プロポーズされたの」
「…ハァ?」
ちょっと、待った。
真里の思考が一瞬にしてストップされた。
“冗談でしょ”と言いかけ、目の前の少女の表情を見て止めた。
うっとりしたままではあるが、その顔から幸福が満ち溢れている。
その瞬間に、真里は悟ることができた。
梨華は、結婚するんだ。そうなんだ。…と。
「相手、どんな人なの?」
真里が尋ねると、梨華は嬉しそうな顔で微笑みながら
「年上で、すごく優しいの」
と、顔中に幸福を振り撒いていた。
- 16 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時02分49秒
- 自分より年下の彼女が、17で若くして結婚。
そこまでして、深く愛した人なのだろう。
真里は心から、彼女の婚約を祝った。
そして同時に、彼女の心の傷が癒された事も知った。
「梨華」
「うん?」
「おめでと」
「…うん」
微笑んだ彼女の笑顔が印象的だった。
チャーミングで、キュートで、そしてセクシーに。
幸せを散りばめたような、ちょっと羨ましい横顔も。
だから、彼女だけでもこの先幸せになれるのだと思っていた。
少なくとも、心から。
───。
- 17 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時03分20秒
- ◇◇◇
それから1年後、今度は真里が梨華の家を訪れる事になった。
あの日から会わないようにしていたけれど、
結婚して幸せになった彼女を見たいという思いが強く、
どうしても来て欲しいという事なので仕方なく部屋を出た。
「梨華〜っ、結婚おめで…と…う?」
幸せの絶頂であるはずの彼女の顔は痩せこけ、目の下には隈ができている。
結婚によるストレスかな?と真里は思ったけれど、
そういう訳ではない事をすぐに悟ってしまった。
昔も見た事がある。
彼女のこんな顔。
世界が終ってしまったような、絶望的な瞳。
ギョロギョロと虚ろに動くその瞳には、世界はどう映っているんだろう。
- 18 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時03分51秒
- 「梨華…」
「………たの」
「え?よく聞こえな…」
「……じゃったの」
「梨、梨華…。どうしたの、ねえっ!しっかりしてよ!!」
真里の泣き喚く声に、梨華は肩を震わせている。
虚ろの瞳がカッと見開かれ、真里を凝視していた。
ただ、その瞳には何も映っていないのだろう。
「彼。死んじゃったの」
「……ッ!!!」
淡々と言い放った梨華の言葉を、真里はただ信じられずに声にならない叫びをあげていた。
今、なんて…とか、そんな状況じゃない。
むしろ聞き間違えであって欲しかった。
それでも、こんな時だからこそ皮肉にもハッキリ聞こえてしまうのが恨めしい。
- 19 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時04分36秒
- 「彼ね。事故だって。犯人…逃亡中なんだって。でも彼は死んじゃった」
「梨、梨華…」
かける言葉が見つからないとは、この事か。
目の前の少女を直視する事ができない。
それを自分の中に映し出すのは、あまりに辛過ぎる。
「彼、死んじゃったんだって。バカだよね。私を置いて死んじゃったの」
「梨華っ、あの…」
「死んじゃったんだって。事故だって。でも彼は死んじゃった………の?」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
膝を付き、梨華が床に崩れた。
叫び声は延々と響き渡り、真里に恐怖を与えるほどに痛々しく、そして絶望的だった。
───幸せに、なれないの?
───私たち、幸せになれないの?
そう言ったのも、確かに梨華だった。
だが違う。彼女は幸せになろうとしていた。
少なくとも、幸せになれるはずだった。
- 20 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時05分26秒
- 結婚をして綺麗なウェディングドレスを着て、良い奥さんになるのが夢だと言った。
その夢は、こうも儚く崩れてしまうものなの?
たった一つだけ、望んだ夢だったのに。
幸せになりたい。
それだけだったのに。
「これは罰」
「!?」
床に倒れたはずの梨華が、何時の間にか後ろにいた。
「これは罰なの。逃げようとしたから。
私のせいで失敗したんだもんね。あはははははは。
だって、私たちは幸せになれないんだもの」
虚ろな瞳はそのまま。
ただ、遠くの何かを見つめるように梨華は言葉を滑らせていった。
「あははははっ、ねぇ見た?私。幸せになれなかったよ?
そうだよね。だって資格ないもんねっ。あははははっ」
「り…」
- 21 名前:2・「ハッピーバースディ」 投稿日:2003年04月23日(水)23時06分34秒
- 「真里ちゃん。あんたも幸せになんかなれると思ってる?
無理だよっ、あはははっ。私たちは一蓮托生。誓ったよね?覚えてるよね?」
狂ったように笑い出した梨華の胸にかけられた小さなロケット。
梨華はそれを乱暴にこじ開けると、中から薄汚れた紙の破片を抜きとって真里に見せた。
擦れた字で、「りか」と書かれている。
「誓いだよね。忘れたとは言わせないよ?あんたは幸せになんてなれない。
…あんただけじゃない。真希ちゃんだってひとみちゃんだって…。
見つけ出して、不幸に陥れてやる。やるんだから。やるんだから」
真里はただ黙って見ていた。
言うこともないし、彼女を止めることもしない。
ただ、梨華の取り出した小さな紙をボーっと見つけているだけ。
梨華の顔も見なければ、梨華の言葉すら聞いてはいない。
「彼、死んじゃったって」
梨華の声がそう聞こえたけれど、真里には届いていなかった───
- 22 名前:希望の輪 投稿日:2003年04月23日(水)23時13分19秒
-
3・「遠い瞳」
- 23 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時14分07秒
- 目が覚めると、必ずする事が決まっている。
今では目が覚める直前には無意識で“それ”を行っていて、
どんなに寝ぼけていても、そうする事でハッキリと目を覚ます。
自分の体を、鏡で写し出す───。
この6年間、目覚める際に一度たりとも忘れた事がなかった。
鏡の前で全裸になり、自分の姿を映し出した。
小ぶりだけど形の整った白い胸。
引き締まった腕に、丸みを帯びた肩。
緩やかな線を描く腰。
すらりと伸びた、長い脚。
筋肉は鍛えているから、普通の女性よりは無骨な感じはする。
けれど、男性のそれとは全く違う。
ただ、背中を中心にあちこちに付いた傷の跡だけは女性らしさを感じないが…。
「アタシだ」
そうする事でしか、自分というものを認められない。
「自分だ」と、安心する事ができなかった。
- 24 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時14分52秒
- ◇◇◇
「男女。」
自分に初めてついたあだ名がそれだった。
「よしざわひとみー、おまえ、おとこみたいだなー」
自分より20cmも身長の低い少年が、自分を見上げている。
屈辱以外の何者でもなかった。
それでも低学年の頃は、泣いたり喚いたりして許された。
それが年を重ねる毎に、皮肉にも許されなくなるのだから悲しいところ。
小学校5年の時、初めて男子を殴った。
クラスでもひょうきん者で有名な彼を、半殺しと言わんばかりに殴り続けた。
今まで溜めてきた物を吐き出すように。
たった数回、自分を罵っただけの彼だけを。
肉が裂け、骨は軋み、少年の頬が青くなるまで殴りつづけていた。
少年の血と、自らの血で拳は汚れていても。
それでも、怨みを晴らすようにその力を振り絞って───。
- 25 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時15分50秒
- 次の日から、ひとみは変わった。
誰にも心を開かなくなり、自分を少しでも貶す者があれば殴りかかって行った。
誰かが陰口を言うならば、問いただしてそして殴った。
終いには、誰が陰口どころか何も言わずとも、ただサンドバッグを殴るような感覚になっていく。
注意をした先生も、泣き叫ぶ両親も、かつての友人も関係なかった。
気に食わなければ殴る。
複数だろうが関係ない。負けなければいい。
女らしくないって言うなら、強い奴になってやるよ。
ふざけんなよ。
それだけが、ひとみを鬼のように強くさせた。
それが悲しい過ちであった事に気付くには、だいぶ遅過ぎた。
- 26 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時16分28秒
- ◇◇◇
「よっすぃー。起きた?」
ノックと共に、ドアがキィィという音を立てて開く。
その隙間から、小柄な女性が部屋を覗き込んでいた。
「キャッ!まだ着替え中だったんだねっ、ごめんねごめんね」
女性は慌ててドアを引くけれど、ひとみは優しい笑顔で微笑んだ。
「いいですよ、開けたままで。すぐ着ちゃうし」
そう言いながら、脱ぎっぱなしだった下着を履こうとした。
昨晩脱いでそのまま、床に広がったままだった。
毎朝、あんな変な習慣がついてるせいで、眠る時は大抵全裸で寝る。
だから、こんな風に裸を見られる事も珍しい事ではない。
それも、2人で暮らしているのだから。
何度もベッドの中で抱き合った仲だというのに。
「あっ、洗濯しちゃうからこっち!」
ドアの隙間から投げ出されたのは、洗濯済みの新しい下着だった。
ポーンと丸めて、ひとみの足元に転がり落ちる。
- 27 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時17分08秒
- 「嫌だな、なつみさん。これ別に汚れて…」
ひとみはさっき履こうとして手に持ったままの下着をぶらさげると、
ドアの隙間に恥ずかしそうに顔を背けているなつみに見せた。
「いいのっ。洗濯しちゃうから、そっち履いて!
まったく、よっすぃーはそういうガサツなところを直さなきゃダメだべさ」
「はいはいはい…」
全く、いい迷惑だな。
微笑みながら、ひとみは小さくそう呟いた。
「え?何か言った??」
「いや、何も」
「??…変なの。ほら、ご飯できてるから早く食べちゃって!」
なつみはそう言い残すと、バタバタと洗面所へと駆けて行った。
開いたドアから、朝食の良い匂いが漂ってくる。
ひとみは散乱していたTシャツとスウェットを着ると、匂いを辿ってキッチンへと向かった。
- 28 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時18分01秒
- 「んー。いいね。ベーグルとゆで卵だね、朝は」
「毎朝言ってるべさ、それ」
ようやく洗濯が落ちついて、席についたなつみ。
すでにひとみは朝食を終え、今日のメニューについての感想を述べているところだった。
「ホント、なつみさんって世話好きッスよね」
唐突に、ひとみがなつみの顔を覗き込む。
覗き込まれた方は、唐突すぎてコーヒーを吹き出してしまっていた。
「ゲホッ、ゲホッ…。何だべさ、突然」
布巾で汚れたテーブルを拭い去るなつみ。
ひとみは黒く染まっていく布巾をボーっと見ていた。
「アタシ、なつみさんがいなかったら今まで生きてこれたかどうか」
ピク、と少しだけ眉をひそめた。
ひとみを盗み見るけれど、相変わらず布巾に注目しているだけだ。
意図が、まったく掴めない。
一緒に暮らすようになって2年と半年。
友人というより恋人に近い、その存在。
ひとみの心は、完全になつみには向いていない。
なつみをいとおしく見つめてくれることはあった。
けれど、その瞳はどこか別のところを見ているように遠く
その瞳の中に自分が映っていないのではないか、と何度も感じた。
- 29 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時18分31秒
- ダメだな、こりゃ。
4つも年下の彼女にどっぷりとハマっている。
そんな自分が何だか可笑しくなった。
「ホント、あの時はビックリしたべさ」
「……」
コーヒーの染みを拭き取り、蛇口の横のバケツにポンと投げ込んだ。
投げ込んでもまだ、ひとみは付近を凝視したまま。
それでもなつみは続けた。
「矢口からさ、4年ぶりに連絡来たと思ったら…このコ預かってくれって」
「矢口…真里さん…」
ひとみが初めて顔をあげた。
“矢口真里”という重要なキーワードに反応したかのように。
だけど、表情は険しい。
「なつみさん」
「…あ、えっと…そうだ。洗濯…」
「なつみ」
話題を逸らそうと席を立ちあがったなつみを、ひとみが呼び止めた。
その腕を握る力が強過ぎて、なつみも逃げられはしない。
ここで、逃げたら傷つける。
瞬時にそう悟ったなつみは、大人しく席についた。
いや、正確には席にはつけなかった。
- 30 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時19分17秒
- ドスンッ
ひとみの強い力で、床に押し付けられる。
身動きが全く取れなくなり、ただ目の前のひとみの顔を見つめるしかできなくなった。
ひとみの、悪いスイッチに触れてしまった。
やっぱり彼女の名を出すのは、まだ早すぎたか…。
「ちょ、やめてよ。朝から…」
「関係ない。今がいい」
拒むなつみの唇を、ひとみの唇が吸った。
なつみは“しまった…”という表情をしていたが、ひとみはお構いなしだ。
細いけれどゴツい手の平を、なつみの胸へと押し付ける。
「ちょっと、よっすぃー…痛い…」
なつみの制止を全く聞かず、ひとみはすでになつみの下着を剥ぎ取っていた。
白い膨らんだ胸が露になり、なつみはとうとう観念した。
ここで止めても、彼女の気分が悪くなるだけ。
やりたいように、やらせてやろう…。
この3年一緒に暮らしてきて、学んだ事の一つだ。
しかも、最上級の。
- 31 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時20分01秒
- 「女の体」
「…え?」
なつみの胸に吸いつきながら、ひとみがボソボソと呟く。
これも毎度の事だが、無視すると機嫌が悪くなって余計な事までしてくるから
仕方なく答えた。
「よっすぃーだって、女じゃん」
「ひとみ」
「…ひとみだって、女じゃん」
わざわざ言い直してやったんだぞ、感謝しろ。
心の中で、なつみはイタズラっぽく呟いた。
いつもなら、クールな彼女なのに性欲的な欲望に駆られるとどうしても熱くなってしまう。
それは本能が生み出す、本当の彼女なんだろうか。
「なつみ」
「うん?」
「アタシは女?」
「女だよ。とっても綺麗で可愛くて、…愛してるよ」
なつみの微笑みを見ても、ひとみの目はいつものように遠くを見ている。
“また、あの目だ”…。
なつみはそう思いながらも、愛するこの人と瞳を合わせるのが精一杯だ。
「アタシも、愛してるさ」
ひとみは呟いて、なつみの上から体をどけた───。
- 32 名前:3・「遠い瞳」 投稿日:2003年04月23日(水)23時20分56秒
「ちょっと出かけてくるよ」
ひとみはそう言い残すと、まだ裸のままのなつみを残して部屋を出て行った。
- 33 名前:6 投稿日:2003年04月23日(水)23時21分33秒
- 長くてすみません。
続きます。
- 34 名前:6 投稿日:2003年04月23日(水)23時22分09秒
- (O^〜^)<スレ流し
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月25日(金)21時46分45秒
- いい感じの出だし。
期待していいですか?
- 36 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月26日(土)00時39分12秒
- なんだか謎がたくさんありそうで面白そうです
期待です
- 37 名前:希望の輪 投稿日:2003年04月28日(月)03時54分29秒
4・「あなたの存在」
- 38 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)03時55分08秒
- 最初はひとりぼっちだった。
同じように連れて来られた“仲間たち”と同調する気は全くなくて
部屋の隅でいつも逃げ出すチャンスを狙っていた。
冷たく辛い部屋の壁しか友達はいなくて
温もりをくれる相手なんていなかった。
ただ、どこかおかしいこの空間に溶け込むようにして
息を潜めていることが、自分にとってするべきことだと思っていた。
周りの声も、姿も、何も映さない。何も聞こえない。
こころは、死んでいる。
考える事はできる。
生きたいと思う。
けれど、感情を表に出す事がいつからかできなくなっていた。
- 39 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)03時56分34秒
- 入って1ヶ月がした頃、髪の毛を金髪に染めた。
月に一度、必要な者には“外”からその品物が配給されるようになっている。
真希が頼んだのは、ブリーチ剤だった。
もちろん、ブリーチ剤も十分に相手を傷つける武器になるのだから、
自分では染める事はできなかったけれど。
ただ、この色のないこの空間に、黒い髪のままでいるのが嫌だった。
何か、他の色を見つけたい。それだけだった。
目の前で、泣いたり喚いたりしている同い年くらいの少女がいる。
そんな少女の姿も、ただその瞳に映るのは人形と同じくらいの感覚であり
“人間”としての認識も、それに対しての興味も沸かなかった。
それが当たり前になればなるほど、ひとりぼっちになっていく。
だけどひとりぼっちが当たり前すぎて、そんな事に気付くことがない。
“中”には、正常な人間などほとんどいなかった。
かなりの人数が人間として何らかの損害があり、
言ってみれば“人間の不良品”たちの集まりがこの“中”だと言う。
「アンタたちは、不良品なんだよ。世間のゴミなんだよ」
施設官のババァが偉そうにふんぞり返ってくっちゃべっているのを思い出した。
- 40 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)03時57分44秒
- それはあながち間違いでもなく、いや、むしろ正しかった。
精神を冒された者。
自分で考える事もできない者。
他人を傷つける者。
そんな“正常でない”と判断された「選ばれし“物”」だけがここへ入れるのそうだ。
…何ともありがたい話である。
最も、自分自身ですらその「選ばれし“物”」になったということは、
それはつまり自分が正常でないと判断された訳であって
どうにも腑に落ちないと言えば、それはそれで腑に落ちない。
真希にとって、それはここにいる理由にはならないのだから。
冷たい部屋の壁と離れる時は、訓練の時、トイレと食事、そして就寝の時だけ。
自由時間が始まれば、いつも決まったようにそこにいる。
金髪が、冷たい壁と対照的に。
- 41 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)03時58分49秒
- ◇◇◇
目覚めが、悪い。
ここしばらく見てなかった、あの日の夢を見たせいだ。
まったく、ただでさえ寝起きは機嫌が悪いのに…。
真希は一日の始まりに不満を感じながら、ベッドから起きあがった。
朝からこんな気分では、今日一日楽しい事など起きそうにない。
…最も、そんな気分ここ数年味わってないけれど。
住みなれた我が家だというのに、目覚めるといつもここがどこかわからなくなる。
重症だ。
部屋の中は、できるだけ華やかに飾っている。
それは、自分が15歳まで過ごしたあの場所を、微塵とも思い出したくなかったせいだ。
殺風景な部屋であれば、ついつい余計な事まで思い出してしまう。
そんな面倒は遠慮したい。
壁紙やベッドのシーツ、カーテンをピンク色でまとめたり、
食器は可愛い物を使い、多数のぬいぐるみが微笑む。
そんな、少女趣味全開の部屋。
真希の趣味ではないが、致し方ない。
もっとも、同居人の好みであるが───。
- 42 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)03時59分43秒
- ベッドから起きあがると、ブレザーに身を包んだ少女が髪の毛を結わえてるのが目に入る。
どうやら、真希が目覚めた事に気がついていないようだ。
自分の背丈と同じくらいある、大きな立て鏡を覗き込んでいる。
「あー」とか「うぅー」とか唸りながら、今日の髪型について苦戦しているようだった。
「おはよ」
「キャッ!」
こっそり後ろから抱きつくと、少女は肩をビクっと震わせて驚いた。
「あ、おはよう…ってビックリしたよ」
「ん。あたしが起きたのに気付いてなかったみたいだったし」
真希はポンポン、と少女の頭を叩いてみせた。
「いつもの」
「はいはい…」
真希が子供のようにねだり目をつぶると、少女も目をつぶった。
顔を近づけると、唇と唇が重ね合う。
唇は軽く触れただけですぐに離れ、何事もなかったかのように会話は再開した。
- 43 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)04時00分31秒
- 「髪の毛、お団子にしないの?」
「時間ないんだもん」
今のが、毎朝の挨拶。
どう見ても姉妹にしか見えないとはよく言われるけれど、2人はそういう関係にある。
真希にとって、この娘以外に愛しい者などはいない。
家族も友人も、誰もいない。
人を愛する事も大切に思う気持ちも、とうの昔に忘れてしまっている。
だけど、彼女だけは違う。
真希の生きる希望だ。
彼女がいるからこそ、真希は生きている。
彼女を生かせるために、真希は生きている…。
「でも、ホントにいいの…?」
ようやくポニーテールにする事を決めた少女が振り返り、真希の顔を覗き込んだ。
嬉しさと申し訳なさが混合したような、複雑な表情で。
「いいよ。何度も言わせないで」
「うん…」
少女の視線は、鏡に戻っていた。
鏡越しに映る真希。
彼女の表情は、いつものように無表情。
それを何とも思わないのは、すでにこの無表情になれてしまったからでもある。
むしろ、この無表情すらも好きになりつつあった。
- 44 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)04時01分05秒
- 「亜依」
「うん?」
「今日、早く帰っておいでね。入学祝いしよう」
「…うん」
亜依は小さく頷いた。
この人の、こんなところが好きだ。
自分のために、自分だけのために一生懸命になってくれるところ。
例えこの人が、人間として至らないところがあったとしても。
この人のためだけに、生きたい。
「じゃ、仕事頑張ってね」
「うん。行ってらっしゃい」
真希は亜依の小さな頭にキスをすると、彼女が玄関から出ていくのを見届けた。
キシキシと歪んだ音のする階段を降りていく音がする。
それを聞きながら、真希はシャワールームへと足を運んだ。
- 45 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)04時01分48秒
- ◇◇◇
亜依と暮らし始めて3年。
───いや、正確にはもう少し長いが───。
2人きりで暮らして始めてから、もう3年経った。
何もかもが新鮮すぎて、3年という月日が相当短く感じられる。
10代の少女の2人暮らしは、それなりに大変だったけれど。
あの日々に比べれば、その数百倍は幸せでいる。
何より、亜依の存在がたった一つの救いだった。
亜依が「高校に行きたい」、と言い出した時。
無理だとわかっていながらも、何とか通わせてあげたかった。
条件が難しい事はたくさんあったけれど、それでも…だ。
昼は工事現場でバイト、夜は年齢を偽って水商売。
生きている事も、疲れすらも実感できないほどの重労働をこなしてきた。
多い時には3つのバイトを掛け持ちし、月50万稼いだ事もある。
- 46 名前:4・「あなたの存在」 投稿日:2003年04月28日(月)04時02分19秒
- それでも亜依は、とある理由で高校には入学できないかも知れない。
見えない強い力に邪魔をされるかもしれない。
無駄な心配をしながらも、働いた。
死ぬ気で、いや…むしろ生きる気で働いた。
金の工面を何とかしたし、亜依も無事に高校に入る事ができた。
今日もこれから工事現場でのバイトに向かう。
その後少し時間が空いて、夜になれば深夜のファミレスのバイト。
くたくたになるのはわかっていても、自分が働くしかない。
全ては、亜依のため。
そして、自分のためでもある。
真希はシャワーを浴び終え、急ぎ足で家を出て行った。
今日も仕事だ。
生きるための。
しばらく、自分の後を誰かが尾行けているとも知らずに。
- 47 名前:希望の輪 投稿日:2003年04月28日(月)04時03分50秒
5・「はじまり〜過去〜」
- 48 名前:5・「はじまり〜過去〜」 投稿日:2003年04月28日(月)04時04分26秒
- 矢口真里はその日、初めて父の仕事場を訪れた。
13歳になってようやく、それまで謎だった父の仕事を知った。
父は、どこかの施設に勤めていた。
移動の車の中では、父の仕事が初めて見られると興奮し
キャーキャーと騒いだり、何度も何度も父に仕事の内容を聞いた。
父は無言で運転をし、時々真里を「うるさい」と怒鳴りつけただけで
自分の仕事について、全く述べはしなかった。
真里はそれを全く不思議とも思わず、ただ暗くなっていく外の景色を見ながら
気を紛らわした。相変わらず木ばかりだったけれど。
- 49 名前:5・「はじまり〜過去〜」 投稿日:2003年04月28日(月)04時04分59秒
- ◇◇◇
「着いたぞ」
父が車を止めた先に見えるのは、知らされた通りにどこかの施設だった。
こんな森の中に?と思うほどの規模であり、そして重苦しい空気が漂っている。
何か、不吉な予感がした。
「おとうさん…ここ、恐い…」
「バカ言うな。来たいと言ったのは真里だろう。さ、中に入るぞ」
「うん…」
先を歩く父を他所に、真里は辺りを見回してみた。
全体的に薄暗く、そして気味が悪い。
とりあえずあまり好ましいような生態をしていないような生物たちの
低く唸るような鳴き声が、森の中で響き渡っている。
まるで、真里を歓迎するかのような。否、歓迎されていないような…。
「お、お父さん待ってっ」
すでに入り口から入ってしまった父の後を、真里は急いで追った。
- 50 名前:5・「はじまり〜過去〜」 投稿日:2003年04月28日(月)04時05分38秒
- ◇◇◇
真希はその日、初めて授業をサボった。
授業とは名ばかり。言ってみれば、これは訓練に寸分変わりない。
実践の授業は、唯一の気晴らしになって好きだったが、
これまでに受けたいくつかの授業でも、そのあまりの内容に反吐がでそうだった。
例えば。
壊れた子供の扱い方とか。正しい万引きの仕方。
引いては、人の殺し方───。
明らかに何かが違う。
教える者も、教わる者も。
さして仲良くもない“友達”たちは、何も考えずにそれを受け入れたようで
誰も文句を言っている人物すらいなかった。
おかしい。
感情という感情は、ないに等しい。
欲もない。強いて言えば、ここから出たいとかその程度。
いつ死んでも構わない、そう思っていたのに。
この異常な事態について考える、“理性”はまだ残っていた。
- 51 名前:5・「はじまり〜過去〜」 投稿日:2003年04月28日(月)04時06分17秒
- 医療室に、仮病を訴えて入り込む。
ベッドの奥に、外へと通じる小窓があるのを真希は知っていた。
恐らく、真希くらいの体格でも裕に脱出する事は可能だ。
ベッドで寝ていても良かったけれど、一時間が経てばまた起こしに来られる。
外へ出たとバレても“異常者”のする事と、特に御咎めを受ける事はないのだ。
どうせ、“外”へは出られないんだし。
真希は小窓からするりと脱出すると、施設の中を静かに歩き始めた。
図書室がいい。
“外”の世界の事を、少しでも知っておきたい。
それにあそこなら、出入りが自由だしある程度の広さもあるから勝手が利く。
真希は静かな足音で、図書室へと急いだ。
- 52 名前:5・「はじまり〜過去〜」 投稿日:2003年04月28日(月)04時06分57秒
- ◇◇◇
「つまんないよー。ぶーぶー」
父の仕事ぶりを見に来たのに、その肝心の父は授業をしに行ってしまった。
“精神障害者のための学校”。
父からは、そう教えられた。
学校と言えば学校に見えるし、「授業をする」と言って父は出て行った。
それに何より、父の言葉を信じた。
自由に見学しなさい、と“学校”の“先生”からは言われたけれど、
特に何もすることがない。
授業をしているクラス棟に行くのが禁じられたので、父の様子を見に行く事もできない。
仕方なく、真里は図書室で本を読むことにした。
本を読むのはあまり好きではない。
それより、体を動かしたり、歌を歌ったりする方が好きだ。
でも暇をするよりはずっと楽しい事だ。
楽しいならば、それでいい。
- 53 名前:5・「はじまり〜過去〜」 投稿日:2003年04月28日(月)04時07分33秒
- 図書室は異常なほど広く、真里の中学校の図書室とは比べ物にならない広さだった。
図書室というよりこれはもう、図書館である。
真里の学校の体育館くらいの広さはあるんではないか。
小柄な真里には、半分くらいまでしか背が届かない本棚もある。
真里はとりあえず身近な所から、本を探す事にした。
…10分後。
諦めて図書室を出ようとしている少女の姿があった。
結局、読みたい本が一冊としてなかったのだ。
「これどうだろ」と思って手にとってみれば、漢字ばかりで読めもしない。
おまけに長い。
図書室は諦めて、他の場所に行く事にした。
といっても行くところもないので、さっきの部屋に戻るしかないのだが。
「あーあー。なんだここっ。つまんねーの!」
真里が扉を開こうとした瞬間。
ガラッ
一瞬早く、扉が開いた。
「!!?」
「キャ、キャーッ!!び、びっくりしたぁ!!」
驚いて、思わず後ろに跳ね除けてしまった。
顔を上げれば、真里を見下ろす少女が1人。
金髪の少女だった。
- 54 名前:5・「はじまり〜過去〜」 投稿日:2003年04月28日(月)04時08分03秒
- 真希と真里。
2人の少女が出逢った、運命の瞬間だった。
- 55 名前:6 投稿日:2003年04月28日(月)04時08分55秒
- ( ‘д‘)<スレ流し。
- 56 名前:6 投稿日:2003年04月28日(月)04時09分31秒
- ( ´ Д `)<もういっちょ。
- 57 名前:6 投稿日:2003年04月28日(月)04時10分49秒
- >>35
初レスありがとうございます。
期待に応えられるかわかりませんが、頑張ります。
>>36
ありがとうございます。
謎はこれから明かされると思います。
- 58 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時17分01秒
6・「小さな出逢い」
- 59 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時17分36秒
- 「はぁ!?ちょっと待ってよ。そんなの聞いてないよ!?」
六畳半の狭い部屋の中に、この部屋の主───安倍なつみの怒鳴り声が響いた。
その声は、電話越しの父へ向けられたものである。
同居人の吉澤ひとみはさっきから外へ出たまま戻って来ない。
きっと、近くの公園までジョギングに行ったんだろう。
なつみ自身もこれからバイトへ行くところだった。
「だってさ、今日なんでしょ!?入学式!…うん…うん…。
…だからダメだって言ってるっしょ!?…なんでって、お父さんも知ってるべさ!
そう!よっすぃー!お父さんだって、矢口から聞いて…。
それにおかあさんだって…。ちょっと、お父さん!?」
ツーツーツー。
「信じ…られないッ」
一方的に切られた電話を、乱暴にソファに投げつけた。
パスン、とマヌケな音がして、受話器がソファの上に転げ落ちる。
本当に信じられないような事態が起きた。
今日からのこの部屋に、同居人が一人増えるという。
そんな事態だった。
- 60 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時18分12秒
- ◇◇◇
真新しい制服に身を包んだ亜依は、うきうきしながら坂道を上っていた。
同じく真新しい制服に身を包んだ、同い年の少年少女たちと共に。
どんなにこの日を夢見た事か。
あの日々のままだったら、決して見られる事のなかった夢。
それが叶って、自分はここにいる。
───高校の入学式。
誰かにとって小さな幸せかも知れないその出来事は、
亜依にとっては本当に重大で大きな幸せな出来事だった。
入学に必要なお金は、真希が稼いだ。
それは本当に感謝しているとしか言いようがない。
けれど、「高校へ行きな」と真希は笑顔でうなずいてくれた。
亜依は知らないけれど、亜依が高校に入るための準備をしてくれた人が
実はいる事も。
彼女がここにいるのは、そんな人たちの願いだったのだ。
- 61 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時18分45秒
- 県下ではあまり成績の良い方ではない学校だけれど、
自由な校風がウリなその高校の生徒たちはみな、明るく元気で
遠めで見る亜依からもいつも楽しそうに見えていた。
学校帰りの“先輩”たちとすれ違うたび、いつかは自分も…という想いで胸を膨らませてきた。
その場所に、今立っている。
いや、正確にはあと一歩踏み出せばそこに立てる。
たくさんの幸せをかみ締めている亜依には、その一歩がなかなか踏み出せなかった。
最後の最後。
これで本当に幸せを手に入れられる。
そう思うと、嬉しい反面、怖い気もした。
…でも、ここで逃げる事はできない。というより、逃げる気などさらさらなかったが。
亜依は深呼吸すると、右足を一歩。宙に浮かせ───。
どすんっ
「あわっ」
「ひゃんっ」
片足が宙に浮いたままで、後ろから誰かがぶつかってきた。
そのせいで亜依はバランスを崩し、そのまま地面に倒れこんでしまった。
- 62 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時19分40秒
- 「あたたた…な、何!!?」
「あっ、あっ…えっと、ご、ごめんなさいれす!」
同じように倒れこんでいた少女が、亜依をくりくりな目で見つめていた。
亜依と同い年だろう。
真新しい制服、少し長めなスカートが彼女がマジメだということを物語っている。
靴下もルーズソックスではなく、普通の白のハイソックス。
髪の毛は真っ黒で、頭の上でツインテールにしている。
高校1年生にしては幼く見えるその風体。
亜依も高校生には見えないくらい幼く見えるが、髪の毛は茶色だし、
スカートも短い。それにルーズソックスを履いているから、この少女よりは年相応に見える格好はしている。
しかも、この少女はどんくさそうだ。
「えっとえっと、ケガとかないれすか!?」
「だ、大丈夫…。っていうか、あなたの方こそ大丈夫なの?」
- 63 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時20分14秒
- 亜依は立ち上がると、小石がついたスカートを丁寧に払った。
少女はまだしゃがみこんだまま、亜依を心配そうに見つめている。
…本当に、どんくさそうだ。
というか、喋り方もちょっと変だ。
「ねぇちょっと」
「はいっ。え、えっと、弁償れすかっ!?ああああ、ごめんなさいっ。
うち貧乏でっ、あの、お金とか払えなくてっ。
あっ、それなら新品のスカートもう1枚持ってるから、それを…」
「あ、あのね。そんな事誰も言ってないって。ちょっと人が見てるから早く立ってってば!」
「あっ、はいっ、そうれすねっ。てへてへ」
(…なんなの、このコ…。)
亜依は少女に手を差し伸べた。
少女はこれまたどんくさく、亜依のその手を掴んでは
よたよたと立ちあがってみせた。
「てへてへ。また転んじゃった」
「……あのね。何だか知らないけど気をつけてよね」
「はいっ!ごめんなさい!」
彼女が微笑む姿を見て、亜依はドキッとさせられた。
少女の、屈託のない素直な笑顔。
穢れを知らない真っ直ぐな…。
───その笑顔は、亜依のまったく知らないものだった。
- 64 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時20分44秒
- 「……」
「あれっ、どうしたんれすか?ああっ、やっぱりどこかぶつけて…」
「……なぁ」
「え?」
「……アンタ、なんでそんなにキレイに笑えるんや…?」
「へぇっ?」
「………」
「あーっ、ちょっと…あのーっ」
少女が何か言いたそうに、亜依を引き止める。
それに気づきながらも、ただその場から去った───。
- 65 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時21分19秒
- ◇◇◇
2月7日、関西地方のとある病院にて。
亜依が生まれた時に、母は死んだ。
元々病弱な方だった母が、最期に振り絞ってこの世に残した物。
それが、亜依という存在だった。
父は母の残した彼女を愛する事を誓い、亜依が5歳になるまではたった2人きりで生きてきた。
母親という存在を知らない亜依だったが、
ただ父という大きな大きな存在だけを信じられれば良かった。
母がどれだけ自分を愛して死んでいったか。
それはまだ自分ではわからなかったけれど、父はいつも言っていた。
「おまえは、お母さんが残した大事な宝物だよ」と。
亜依は幼いながらも賢い子供で、母の“死”という概念を知るのも早かった。
よその子にはみんなママがいる。でもウチにはいない。
ウチのママは“しんだ”から。
“しぬ”っていうのはもうあえないってこと。
- 66 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時21分54秒
- たった5歳の小さな頭の中で、“死”を理解していた。
だから、亜依は泣く事はなかった。
父から聞いた言葉も全て、戸惑わずに受け入れられた。
たった、5歳だというのに。
「あいがなくのは、もうすこしオトナになってからにする」
そんな言葉を父に聞かせた時は、父は黙って亜依を抱きしめてくれた。
初めて見た父の涙は、5歳の亜依には衝撃的であったが。
───
ところが事態は急変した。
父が、死んだ。
あまりに突然すぎる死だった。
車の衝突による事故死で、即死だったという。
父はあまりスピードを出して運転をする方ではなく、
事故の原因となったのは相手側の不注意との事だった。
もちろん、亜依にその事実は伝えられなかったが。
その時からだ。
亜依の人生が狂ってしまったのは───。
- 67 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時22分30秒
- ◇◇◇
それから今日は、ずっと気分が優れない。
楽しみだった入学式の合間も、下を向いて過ごした。
校長の話も来賓の話も、全て聞き流して考え事をしていたのだ。
あの少女の笑顔。
憎い。そして、同時に羨ましい。
名前も知らない、赤の他人にあんな笑顔を向けた。
あんな風に自然に笑う事が、自分にできるのか。
どうしてこんなにあの子の事が気になるのか、自分でもわからなかった。
笑顔なんて、この町のどこにだって溢れてる。
無表情の一点張りの同居人だって、たまには笑顔を見せる時がある。
それはそれで嬉しいけれど、違うのだ。
あの少女の笑顔は、何かが違う。
「後藤さん、呼ばれてるよ」
「あ、うん」
隣の席の男子に声をかけられ、ようやく亜依は現実の世界に戻ってきた。
随分長い事、頭の中がトリップしていたようだ。
担任の話など、一つも聞いてなかった。
- 68 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時23分03秒
- 「えっと…何で私呼ばれてるの?」
ありがたく教えてくれた名前も知らない男子に、亜依はこっそりと尋ねる。
「え…。何って、生徒手帳の配布だろ。話聞いてなかったの?」
「あー、うん。ありがと」
亜依は親指と人差し指で円を作ると、「OK」という合図を彼に向けた。
そしてノロノロと立ちあがると、担任の元へと急ぎ足で歩いた。
「困りますよ、後藤さん。昨日は興奮して眠れなかったのかな?」
「えっと、あ、はい。すみません」
担任は女だ。若くて、それなりに美人だ。
担任から生徒手帳を手渡された亜依は、それをあまり見ないようにしながら席に戻った。
“後藤亜依”。
今彼女が名乗っている名前だ。
彼女の実親の苗字は“加護”だったのだが、今は理由あってこの姓を名乗っている。
もっとも、理由というのは“後藤”が真希の苗字であるからなだけだが。
- 69 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時23分56秒
- こう呼ばれる事には、やはり抵抗がある。
高校に入る事になって、初めて使う苗字だからだ。
それまでは苗字で呼ばれる事もなかったし、実の親、それから育ての親の苗字もある。
だけど、“加護”の姓を名乗る事はもうできないし、育ての親の苗字を使うのはもっと嫌だった。
だから、同居人である真希の苗字を名乗っている。
もっとも、他にもいくつか理由はあったのだが、亜依は知らない。
「後藤さんさ、どこ中?」
「え?」
さっきの男子が、また馴れ慣れしく話かけてくる。
困ったもんだ。これまでほとんど、同年代の男子と喋る機会がなかった。
しかも、出身中学の話題を出されている。
亜依は戸惑った末、
「あ、ウチ関西やねん。ほら、関西弁やろ。あははは」
と、関西弁で彼を納得させた。
普段は関西弁は使わない。
というか、それほど関西にいた時期も長くなかったせいか
意識しなければほとんど出てこないのだが。
それでも時々、意図せず出てしまう事がある。
特に感情が高ぶった時に出てしまう事が多かった。
- 70 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時24分31秒
- ◇◇◇
そうこうしているうちにHRは終わり、亜依もようやく長かった一日目を終えた。
“普通の”学校がこんなに大変だとは。
それもまた新鮮ではあるが、慣れるまでがまた大変そうだ。
隣の席の彼に「バイバイ」と手を振られ、亜依もそれにつられて手を振った。
それからようやく、彼女に気づいた。
というより、先に気づいたのは彼女の方だった。
「ごとーさーんっ」
「…?」
振り向いた先にいたのは、今朝のあの少女だ。
ツインテールにハイソックスの。
教室内にはすでに数名しかおらず、彼女の存在を認知するのも容易かった。
(…同じクラスなの…)
運命とは、こういう事を言うのか。
とっても不快だったが、クラスメートになってしまっては仕方ない。
それなりに楽しみにしていた高校生活だ。
誰とでも仲良くしておきたい。
さっきの彼との談笑にも、そういう理由がある。
- 71 名前:6・「小さな出逢い」 投稿日:2003年05月03日(土)19時25分05秒
- 「えーっと、同じクラスだったんだ」
「えっ、もしかして気づかなかったんれすかっ!?」
「うーん。ごめん。ほら、私目悪いんだぁ」
嘘だけど。
いや、半分は本当だけど。コンタクトで両目1.2。
目の前の彼女の事を考えていたのに、まさか気づかないとはお間抜けな話だ。
「えっと…名前、何だっけ…ごめんね、聞いてなくって」
「安倍れす!安倍希美れすっ」
少女の笑顔は、またもや不快だった。
- 72 名前:6 投稿日:2003年05月03日(土)19時25分37秒
- ( ´D`)ノ<スレ流しれす。
- 73 名前:6 投稿日:2003年05月03日(土)19時26分18秒
- (‘д‘)<もういっちょ
- 74 名前:6 投稿日:2003年05月03日(土)19時26分53秒
- レス大歓迎です。
- 75 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月04日(日)00時30分54秒
- 「レス大歓迎」との事なので、初レスさせて頂きます
非常に「裏」がありそうな話で楽しみです!
雰囲気がとても好きなので、期待しています
更新頑張ってください!
- 76 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)01時14分33秒
- すごく面白いです!期待!
- 77 名前:35 投稿日:2003年05月21日(水)01時32分42秒
- いい感じです。
続き、待ってます。
- 78 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時02分53秒
- 亜依と希美は、帰路を共にしていた。
本当は亜依は、さっさと帰りたかったのだが…。
希美がどうしてもお願い、というので、一緒についていってあげることにした。
彼女のお願い。
それは、道案内だった。
見返りは、お昼をおごってくれるとのこと。
貧乏な亜依にとって一食分浮くのは、願ってもない事だ。
たった一食でも、まずは節約!…と真希との暮らしの中で学んだ事の一つだ。
学校から数分のファーストフード屋で、2人は注文を終えて座った。
亜依は希美のおごりでハンバーガーのセットを1つ注文し、
希美はさらにハンバーガーのセットを2つ頼んだ。
つまり、合計3つのセットが2人の手元にあるわけだ。
「…そんな食べて大丈夫なの?」
「大丈夫!のの、腹へってしょうがないんれす!」
「ふぅん…」
そう言いながらも、すでにハンバーガー1個を食べ終えてしまった希美。
亜依はその横顔を、じっくり見つめていた。
顔は、まぁそれなりに可愛い。
幼い顔をしてるけど、表情によっては美人にも見える。
ちょっとぽっちゃりしてるけど。
- 79 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時03分45秒
- この顔のどこに、あんな笑顔を生み出す力があるのか。
普通の人との違いは何なのか…。
そんな感じで、希美の横顔に見入っていた。
…ハンバーガーを食べるのを忘れて。
「あっ、ごとーさん!早く食べないと冷めるれすよ!」
「あ、うん。そうね。はいはい」
横顔を見ていた事を悟られた、と思ったらそうではなかった。
(こいつ、どこまで食い意地張ってるんだ…)
亜依はそんな風に、どんどん減っていくポテトの袋を見とれていた。
「あっ、またボーっとしてる!早く食べないとののが食べ…」
「あーはいはい。食べる食べる」
(……どこまで食い意地張ってるんだ、ホントに…)
でも、不思議な気分だ。
この子といると、飽きない。
あの不快な笑顔の解明こそまだできてないけれど、
何か人を自分の世界に引きずり込むパワーを持ってる。
(このコと仲良くなってみるのも面白いかも)
一瞬にして、そんな考えが浮かんでしまった。
「あっ、またよそみしてる!早く食べないと…」
「あーはいはい。いただきます」
- 80 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時04分49秒
- ◇◇◇
「で、希美ちゃん。どこに行きたいの?」
「はい!まずは駅に行くんれす!ささっ、ごとーさん…」
「あ」
「え?」
先に行こうとする希美を、亜依が制した。
たった一言。「あ」なんて言葉で。
「あのさ…。“ごとーさん”って呼ぶの、やめてくれない?」
そう言った亜依の顔を、希美はキョトンとした顔で見つめた。
「えっと、はい!」
「え。ものわかり早っ」
「うーん?だって、えっと…えっと、…亜依…ちゃんが嫌なんれすよね?」
何気に人の名前をちゃんと覚えている希美。
同じクラスということに気づかなかった亜依とは大違いだ。
バカなフリして、なかなかやるらしい。
「まぁ、確かに色々あって嫌なんだけど…」
「はい!じゃあ、あいぼんって呼びます!」
「……えー?あいぼん?やだーダサーい」
「ダサくないれすよ!流行最先端れす!」
「えーえー」
「ののの事はののって呼んでくらさい!」
「のの…変なの。何それ。ダサーい!」
「ダサくないれすよっ。あいぼんの意地悪っ」
希美のペースにどっぷりハマっている事に、亜依はもちろん気づいていない。
彼女が、そういう種の人間である事も知らない。
- 81 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時05分30秒
- さて、それはともかく。
「えーっと、話が脱線した」
「…だっせんってなんれすか?」
「で、ののはどこに行きたいの?」
希美な素朴な質問を、亜依はさらりと流した。
駅に行くとは言ったが、駅に行ってどうするのだろう。
電車に乗るつもりなら、駅まで送って亜依は帰るつもりだ。
「駅に、荷物があるんれす!」
希美はそう言うと、駅の方まで小走りで急いだ。
「あっ、ちょっと…」
亜依もそれにつられて、小走りになる。
完全に、希美のペースだ。
「待ってよのの、ちょっとー!」
- 82 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時06分19秒
- 駅のコインロッカーの中から、ぎゅいぎゅう詰めのリュックサックを取り出した希美。
亜依はそのリュックの大きさに呆然としていた。
何日の旅に出るんだ…くらいの大きなリュックは、希美の背を裕に越えている。
それを、この小柄な少女はいとも簡単に背負い始めた。
「どこに行くの?」
「おねえちゃんが迎えに来るんれす!」
「お姉ちゃんと暮らすんだ…」
なんとなく、真希の顔が頭に浮かんだ。
彼女にとって真希の存在とは、恋人というよりそれに近い。
ふっと浮かんだ真希の笑顔は、すぐに頭をかすめて消えた。
「あいぼん、行くれすよ」
「うん」
二人は仲良く歩き出した。
今の二人ならすでに、“友達”と言える関係かも知れない。
亜依は嫌がるかも知れないけれど。
- 83 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時06分53秒
- ◇◇◇
駅前の広場に1時、という約束の場所には
希美の姉はまだ現れていなかった。
行き交う人の群れを、亜依と希美の二人がボーッと眺めている。
眺めても眺めても、希美が誰かを発見する様子はなかった。
「ホントにここなの?」
「大丈夫れす」
そうは言うけれど、もうすぐ1時20分になる。
亜依は、希美に聞こえないように小さくため息をつくと、
人の流れに視線を戻して眺めた。
この時間の駅前は、学生でごった返していて
亜依や希美と同年代くらいの少年少女たちで賑わっている。
希美の姉がいたとしたら、すぐにわかりそうなものだが…。
当の希美も、半分閉じたような目でそれを見つめているのだから
何かと頼りない気がした。
(はぁ…今日は5時までに帰らないといけないのに…)
(真希ちゃん、今日は何時に帰って…)
- 84 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時07分24秒
- 「えっ?」
亜依の思考に一旦ストップがかかる。
しかし、声をあげたのは希美ではない。
亜依自身だ。
「あ、あいぼん!」
希美の制止を聞かず、亜依は即座にそこから走り出していた。
いや、むしろ希美の制止など聞こえていなかったし、ほぼ無意識で。
(嘘だ…)
胸の鼓動が急速に早くなっていく。
焦りなんて言葉じゃ足りない。むしろ、混乱という言葉がふさわしい。
一瞬のうちに、何かが掻き立てられるように。
全身から、血が昇っていくように。
(どうして)
(なんで)
(嘘でしょう)
記憶が蘇る。
しまい込んだはずの、忘れたい過去を。
希望なんて言葉は知らずに、もがいていただけの頃。
真希や、彼女たちに出会わなければ抜け出せなかったあの時。
その中に、確かに“彼女”も存在した。
- 85 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時07分59秒
- 一瞬だったけれど、見間違うはずがなかった。
どんなに時が経っていても、忘れられるはずがない。
あの後ろ姿を。
だがすでに時は遅く、頑張って走っても追いつけなかった。
というより、むしろ見失ってしまっていた。
胸に残るのは、確かな感覚だけ。
それがどういう感覚なのかは、認知はできないけれど。
その一瞬の出来事が、脳裏に焼き付いて離れなくなってしまった。
本人かどうかも、わからなくても。
「ひとみ、ちゃん…?」
零れたその名の人物とは、もう3年近くも会ってはいなかった。
- 86 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時08分32秒
- ◇◇◇
すぐ後ろに、希美が待っていてくれた。
キョトン、と亜依を見つめていたのだけれど。
その横に、見知らぬ女性が立っていた。
状況的に、どう考えても彼女が希美の姉だろう。
だが、あまり似ていない。
それどころか、どちらも少しぽっちゃりしているところ以外。
「あいぼん、どうしたんれすか?」
「あ、ううん…何でもない。それより、お姉さん?」
「あ、うん。お姉ちゃん!」
「のの、お友達?」
「うん。あいぼん!」
「そう。えっと、私、希美の姉でなつみって言います」
なつみはそう言いながら、愛らしい笑顔を亜依に向ける。
太陽のように輝いた笑顔が、まぶしい。
「どうも…。…後藤亜依です」
ぶっきらぼうな態度だ。なつみは気を悪くしたかもしれない。
それでも、亜依は素っ気無い態度で頭を下げた。
そんな事より、さっきの後ろ姿が気になって仕方ない。
- 87 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時09分05秒
- 「ごめんねー。のの、迷惑かけてない?
このコ、今日こっちに引っ越してきたんだけど…。
あ、それというのもね。うちのお父さんが勝手だからいけないんだけど…」
だから、何?
そう言いたくなる唇をキュッとかみ締めた。
いくら不機嫌だからと言って、やつ当たりする程子供じゃない。
「あの、ごめん。私もう行かないと」
丁寧に、言葉を返した。
「え?あ、ごめんなさいね。ほら、ののっ。ちゃんとお礼言いなさい」
「はーい。あいぼん、今日はありがとう!」
希美の頭が、ペコッと揺れた。
ツインテールがブランブランと揺れ、すぐに元の位置に戻る。
「うん。また、明日…」
亜依はそのまま踵を返すと、逸る気持ちでその場を後にした。
キョロキョロと、周りを見渡しながら。
やはり彼女の姿は見つけられなかった。
- 88 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時10分22秒
- ◇◇◇
翌日、亜依は初めて希美の家を訪れた。
小さなアパートの、狭い一室。
玄関を入れば、リビングキッチンが眼前に広がり
その奥の部屋は姉のなつみの部屋だろうか。
玄関からの廊下の横には戸が3つほどついており、どうやらバスルームにトイレ、それからもう一部屋あるらしかった。
希美の話では、姉のなつみと居候がすでにここで暮らしていた事を聞いた。
その同居人という人は、なつみの親しい友人であるということも。
けれど亜依自身にはあまり関係のない事だ。
事実、亜依自身が昨日探していた人物であることなど、知る由もないが。
特に気にせず、希美と2人で流行りのゲームをしていた。
6時過ぎになり、なつみがバイトから帰って来た。
両手に買い物袋を下げ、夕飯の支度をそのまま始める。
「今日はグラタンだよ〜」などと、鼻歌を歌いながら。
何か良い事でもあったのか、それともいつもこうなのか。
同居人はまだ帰宅していないので、このままなら、会いそうにない。
- 89 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時10分57秒
- 春の夕暮れはすでに暗く、亜依も「そろそろ帰ろうかな…」などと思った頃である。
なつみが夕飯を勧めてくれたが、家に帰らないと寂しがる姉がいるので丁重に断った。
何だか、昨日といい今日といい、あまり印象良くないかな…と思いながらも。
「あいぼん、もう帰る?」
「うん。また今度来るよ。じゃあ、明日学校で」
そう言って、スカートをふわりと浮かせて立ち上がった。
なつみはキッチンでゆで卵を茹でていた。
希美はゲームを片付けていた。
玄関の戸は、開いた。
「なつみさーん。マジ腹減ったぁー」
「じゃあ、バイバイ」
ほぼ、同時。
ジャスト0.何秒とかそんな程度の差くらいだろう。
ドアが開いたのと、亜依が立ち上がって振り返ったのは。
- 90 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時11分30秒
- 「!?」
「…っ…」
また、ほぼ同時だった。
ひとみが、逃げ出したのも。
亜依が、追いかけたのも。
「ま、待って!!」
驚いた表情で振り返ったなつみは、卵を床に落とした。
クルクルと空中で弧を描いた卵は割れ、亜依の足元まで白身がぶちまけられてしまう。
黄身は潰れ、絵の具のように床に広がった。
亜依は一向にそれに気づかず、瞬間的に床を蹴った。
希美は、振り返ったままポカンと口を開けている。
そうしている間にも、ひとみはすでにアパートの下まで走り去ってしまっていた。
「ひとみちゃんなんでしょ!?そうなんでしょ!?」
喉が熱い。
自分でも驚くほどの声で、相手の名を叫んでいる。
だけど、逃がす訳にはいかない理由がある。
できれば、あのまま会いたくはなかったけれど。
- 91 名前:7・「そして、出逢い」 投稿日:2003年05月27日(火)05時12分07秒
- 「お願いっ。逃げないで!真希ちゃんに、真希ちゃんには言わないからっっ!!」
動きが、一瞬だけ止まった。
「消えろ」
一言だけ、微かな声量で。
亜依に届かない程度の声で、確かに呟いた。
すぐにまた、疾走を続けるために。
亜依では到底追いつけない程のスピードで、夕闇の中に姿を消していく。
亜依ははち切れんばかりの胸の鼓動のまま、ただただその跡を追いかけた。
距離が徐々に離れていく事も、構わずに。
希美は相変わらずキョトン、として二人の走った方を見つめ、
なつみだけが、全てを悟ったような目でそれを見つめていた。
- 92 名前:希望の輪 投稿日:2003年05月27日(火)05時13分22秒
- すみません、非常に更新遅れてしまいました。
何かと忙しいので更新頻度遅いですが、付き合っていただけると幸いです。
- 93 名前:希望の輪 投稿日:2003年05月27日(火)05時14分32秒
- >>75
ありがとうございます。レス大歓迎なので、これからもよろしく。
>>76
こちらもありがとうございます。頑張ります。
>>77
遅くて申し訳ないです。
これからも読んでいただけると嬉しいです。
- 94 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月27日(火)19時35分54秒
- 更新待ってました!かごまとなちよし、あまりみないカップリングですがとてもいいですね!!
続きが早く読みたいです。忙しくても待ってます!
- 95 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月28日(水)03時51分05秒
- 更新乙カレーです。一つ質問があるのですが、作者さんは普段からかごま書かれてますか?
違ったらごめんなさい。
- 96 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時52分30秒
- 8・「Again」
「亜依?」
真希は、泣きじゃくる亜依の頬をそっと撫でた。
もう、家に帰るなりずーっとこの調子だ。
何を問い掛けても、どんな言葉をかけても、真希の胸にうずまってその胸を濡らすだけ。
いくら何でもこの調子じゃ、埒があかない。
亜依からは、すでに友達が出来た事は昨日聞いている。
希美ちゃんという、ちょっとおっとりした少女だと言う事も。
その彼女が、実はひどいイジメっ子で、亜依に何かをしでかしたのだろうか。
そうであれば、今すぐに彼女の元へ走って行って、謝らせなければならない。
愛する亜依を傷つけたとしたら、その罪は何よりも重いのだから。
「亜依。どしたの?ねぇ」
「……ひくっ」
「学校でイジメられたの?ねぇ」
「……ひくっ」
「ちゃんと言わなきゃわかんないじゃん。ね」
「……ひくっ。ひくっ……」
- 97 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時53分05秒
- はぁ〜。
小さなため息が、真希の口から漏れる。
どうしようもないなどということは、すでに解っている訳で、これ以上何をする気にもならない。
元々こうなってしまえば、亜依は泣き止むまで一言たりとも言葉を発したりしないのだから。
一緒に暮らすようになって数年。解り切った事だから。
───そう。あのなつみが、ひとみにしたように。真希の知るところではなかったけれど。
「晩御飯作るから、ちょっとそこで泣いてなよ。もう」
真希は立ち上がると、買ってきたばかりの新鮮な材料を、スーパーの袋から取り出した。
亜依の顔が、ちょっとだけ安らいだように見えた。
亜依は何も話さなかった。
真希の機嫌が、それによって悪くなったのは解っているけれど、言えるはずもない。
話せば、全てが狂う。
- 98 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時53分44秒
- ここまで、二人で上手くやってきた。
いつかはそれが来るかもしれないし、それとも一生こないかも知れないけれど、できれば来て欲しくない。
来て欲しくないからこそ、真希には言えない。
それが来てしまえば、きっと…いや、多分、絶対…二人は離れ離れになってしまうだろう。
ならばいっそ、全てを忘れてしまって口を閉じていれば、きっと解らないはずだ。
心の底に重りをつけて、沈めてしまえば。浮かび上がったとしても、その時には他の対処を考えられるだろうから。
今、この刻だけは───。
そんな状況を、もちろん真希は面白いはずもなかった。
亜依が真希に秘密事を作るなど、これまでなかったからだ。
もしかしたら、学校にかっこいい男子でもいて、好きになってしまったとか?
それがもし本当だとしたら、真希はどうするのだろう。
自分でも解らない。
ただ、亜依を失う事だけは、考えたくない。
すれ違いながらも、お互いを想い合っている二人の心。
その繋がりは、今はまだ…固く結ばれていた。今は、まだ───。
- 99 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時54分14秒
- ◇◇◇
一方、同時刻。
外の夕闇が完全に暗闇になった頃。
先程、壮大なる再会を果たしたひとみは、なつみのベッドで寝転がっていた。
玄関横の部屋を希美の部屋としたため、昨日からリビングで寝ることになった。
もちろんリビングにベッドは置けないので、布団を敷いて寝る事にしている。
今はちょっと休憩するためになつみのベッドを借りているだけだ。
ふかふかの、黄色のベッドカバーに身を委ねると、なつみの匂いがした。
彼女の愛用のコロンの薄い匂い。
枕に残るシャンプーの香り。
彼女を抱く時、いつも感じていた全て。
太陽のような、優しい女性。童顔で、ちょっと間抜けで、でもやっぱり優しい。
匂いを通してその笑顔が頭の中を支配し、すぐに一杯になる。
目を開ければそこに見えるけれど、妄想だけで充分。
一気に、心が休まった。
- 100 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時55分25秒
- それにしても、突然の出来事に驚いた。
驚いたというレベルは通り越し、むしろ可笑しくなりそうな出来事だった。
いや、別に可笑しくて微笑ましいという意味ではない。
とどのつまり、頭が狂いそうになったと言う事だ。
なつみが真里の名前を出しただけで混乱するひとみにとって、亜依との再会はむしろ、恐るべきものだったのだ。
亜依と再会すれば、そこには真希がいるだろう。真希と出逢えば、今度は梨華や真里に出逢うかもしれない…。
思い出したくない思い出が、全て蘇ってしまう気がする。
だから、反射的に亜依から逃げた。
追ってくる彼女を引き離すのは、運動能力の高いひとみなら楽に可能だったし、
そうして引き離しておけば、二度と会いに来る事はないと思う。
ただ、亜依と希美が友達同士だった、という事がネックになるだろうが。
例えば、学校で亜依と希美がいつもように仲良くしていたとして。
きっとまた、亜依はこの家へ遊びに来る事もあるだろう。
けれど、ああして拒絶をされた以上、亜依が自分へ近づく事があるのだろうか。
ひとみ自身なら、決してそんな風にバカな真似はしない。
頭は悪い方だけど、それよりも自分を護る術の方が磨かれている訳だから。
- 101 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時55分56秒
- ただ、亜依には真希がいる。
そうなれば、真希がどう出てくるのか。
…わからない。
「ったく…めんどくせーよぉ」
シーツに包まったまま、呟いた。
考えれば考える程、面倒臭い事ばかり続くような気がする。
「…ったく」
そしてその言葉を最後に、ひとみは眠りに就いた。
心地よい、なつみの温かさに抱かれるままに。
- 102 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時56分56秒
雨が降った。
朝からの雨で、ひとみは起きてすぐに憂鬱な気分を迎える羽目になった。
どうやらなつみのベッドでそのまま眠ってしまったらしい、というのに気づいたのは、リビングの布団がきちんと畳まれていたからだ。
当のなつみはすでにいなかったし、希美も学校へ行っているらしい。
それもそのはず。もうすでに、時刻は正午を回ったところだった。
「…はら、へった」
キッチンのテーブルの上のバスケットの中には、きちんといつものようにゆで卵が3つ置いてある。
そしてゆで卵の横に、近くのパン屋で買ってくるベーグルを添えて。
なつみの、心遣いだ。
その場にいなくても、彼女の優しさはこの部屋の中にたくさん溢れているのだと感じた。
ひとみは、ベーグルを一つわし掴むと、一口だけかじって食べた。
いや、正確にはかじったままだ。
かじったまま、いつものように鏡に向かって自分を映し出していた。
- 103 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時57分28秒
- 「…アタシだよな」
そうやって、言葉に出すことで自分の存在意義を見出そうとしている。
無意味な事であるとは解りつつも、いつまでもそれをやめる事ができない。
脆く、儚い人間だからこそ。
まだ、亜依や真希と正面から見つめ合う事はできそうもなかった。
雨の降りしきる町は、いつものようにひとみを出迎えてくれた。
普段よりは少し遅い時間だけれど、そこに人は誰もいなく、ひとみだけが世界に立っているような錯覚さえ覚える。
雨音が大地に降り注ぐ、シトシトという音すら聞こえない程に。
何かに取り憑かれたように、ただ呆然と立ち尽くしている。
毎日毎日、ひとみは何をする訳でもなくここにいる。
この、住宅街の一角。“緑公園”と称された、少しだけ大きな公園の中に。
その中でも特に、小さな池の周りのベンチに腰掛けて、一日中ボーっとしているのが日課であった。
- 104 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時58分01秒
- この人の通りもほとんどない、小さな池の周りで。
流れ行く日々の中で、ほんの少しだけ。
そうして無気力に生きる事が、今のひとみには必要だったのかも知れない。
世間が許さなくても、ひとみには必要だったのかも、知れない。
自分を見出す理由なんていらなかった。
そうしていれば、いつかは年が過ぎて、大人になって、そして死んでいく。
流れる季節の中で、きっとそうしてひとみは生きて行くのだろう。
死んだって何も残りはしないし、きっと悲しむ人間だっているはずがないのだから。
ただ、なつみだけは…少しだけは悲しんでくれるかも知れないとは、思っているけれど。
自分を見出す理由が必要ない。それは、ひとみ自身が生きる事を考える必要がないからなのかも知れない。
考えれば考える程わからなくなるもので、きっと、もうこれ以上何も考える事もないのだろう。
わからない。
何をとっても、どう考えてみても。
糸は空回り、ただこじれて行くだけで、ひとみのその心を縛り付けるだけに過ぎなかった。
- 105 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時58分41秒
───
雨が強くなった。
ただ、その空間にはひとみだけしかいなくて。
世界は、止まっていた。
求めるのは、幸せという偶像で。
生きていることに、理由はなくて。
それでも、何かを求めて生きている。
出逢い。
別れ。
生きる。
死ぬ。
全部、生きている。
───
- 106 名前:8・「Again」 投稿日:2003年05月29日(木)04時59分16秒
びしょ濡れのベンチには座れず、無心のまま、先を見つめている。
草に弾かれた水が溜まり、大地に小さな小さな海を創っていた。
そんな自然の神秘も、ひとみの目には映らない。
瞳に映るのは、彼女の姿だから。
雨の降りしきる町の中で。
いつもと同じ景色、いつもと同じ時間。
何一つ変わりのない世界の中で、たった一つだけ違ったのは。
二人が、再会してしまったから───。
- 107 名前:希望の輪 投稿日:2003年05月29日(木)05時00分33秒
- 更新しました。
短くてすみません。
- 108 名前:6 投稿日:2003年05月29日(木)05時02分13秒
- >>94
かごまもなちよしも好きなCPです。
マイナー…かも知れませんが。
>>95
ええと、秘密です。
ただかごまは大好きだ、と言っておきましょう。(わかる人にはわかるかも?
- 109 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年05月31日(土)10時10分40秒
- 9・「back to the...」
「真…希…」
雨のふりしきる町の中で。
二人が出会った。
偶然であったのか。
それとも、必然だったのか。
ひとみは知らない。
それが、必然であった事を。
真希は───。
- 110 名前: 9・「back to the...」 投稿日:2003年05月31日(土)10時11分47秒
- ◇◇◇
ひとみが、家を出る数時間前。
結局昨日の亜依の涙はうやむやにされたまま、朝を迎えた。
起きてすぐに外を雨音が支配し、今日の仕事は中止になったと、親方から電話が入った。
亜依はいつものようにブレザーに袖を通し、鏡の前で今日の髪型を決めていた。
「う〜ん」とか「イケてない」とか散々一人でファッションショーのようにくるくると髪型を変えている。
数分悩んだ末、簡単にツインテールに結び、次にメイクを始めた。
「今日、ツインテール?」
真希はベッドで寝転んだまま、半分閉じた目で亜依に声をかける。
元々寝起きは強い方ではないし、それに仕事が休みになったならもう少し寝ていたい。
けれどせめて、亜依が学校に行くまでは起きている事にした…のだが。
きっとここで会話が止まってしまったら、すぐにでも爆睡してしまいそうな気がしたのだ。
「うん。雨だしね」
亜依は手際良くメイクを進めながら、それを返した。
「お弁当持った?」
「うん。バッグに入れた」
「あっそう。……」
亜依は相変わらず鏡に向かっていて、最後にリップを引いているところだ。
一方の真希は…眠ってしまっている。
- 111 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年05月31日(土)10時13分02秒
- 「…もー。人が学校に行くっていうのに!」
真希の寝顔に、軽くビンタをしてやった。
全く反応をせず、真希はとうとう「グー」といびきまで掻き始めてしまったではないか。
「……はぁ」
呆れた亜依は、その唇に軽く口付け、静かに部屋を出て行った。
早朝の雨は冷たく、この雨のせいで気分も弾まない。
だが、早くも三日目となった学校は楽しくて、学校へ行けば希美もいる。
ルンルン…とスキップをする気分ではなかったが、軽い足取りで先を急いだ。
赤い傘が揺れるたびに、小さな雫が落ちていった。
アパートから少し離れ、ちょうど曲がり角に来た時。
ここで亜依はいつも振り返り、もう一度「いってきます」を言う。
雨が降ってもその習慣は変わらず(といってもまだ三日目だが)、今日も傘ごとくるっと振りかえった。
「え…」
アパートの前に、誰かが立っていた。
いや、正確にはアパートの、真希と亜依の部屋の窓の丁度真下に。
じっと上を見上げて、自分たちの部屋を覗きこんでいるではないか。
- 112 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年05月31日(土)10時13分51秒
- それよりももっと不気味なのが、その人物の格好にあった。
雨降りのせいで…とは全く思えぬ、その風貌は、マンガやドラマで出てくるような変質者のそれ、そのもののようだ。
目深なフードを被り、後ろからでは見えないがサングラスをかけていて、全身を覆う黒いコート。
どこからどう見ても、怪しすぎる。
こちらから見れば後姿で、微動だにせず二人の部屋を見つめていた。
「な、何あれ…やだっ…」
亜依は余裕もなく振りかえった。
何よりそれの姿を見たくなかったし、見られたくなかった。気づかれたくなかった。
(気持ち悪い…何なの!?)
雨の跳ねる音が耳に染み込み、お気に入りのルーズソックスを汚していく。
それでも亜依は、立ち止まれなかった。立ち止まった瞬間に、すぐにでも後ろに付いてきてそうな気がした。
変な予感がする。
あれを、どこかで見た気もする。
思い出せない。
───思いだしちゃ、いけない。
- 113 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年05月31日(土)10時14分41秒
- 頭の奥で、何かがささやいた。
──お前なんか、産まれてこなきゃ良かった。
──死んじまえ!お前なんか!!!
頬に熱い何かが振れ、すぐに痛みになって返ってくる。
それよりも、心が痛かった。
「やだ…やだよっ…あああああ…」
気が狂いそうになる。
右の手で頭を押さえ、必死で頭の中を空にしようとした。
けれど、忘れようにも流れ込んでくる過去の記憶。止める事はできなかった。
──気持ち悪い子だねっ!!アタシに触るんじゃないよっ!!
──おかあ、さん…。おとう、さん…?
──死んじゃえば、いいのに。
──だったら、死んじゃえばいいのに。
- 114 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年05月31日(土)10時15分33秒
- 「真希ちゃんっ…真希ちゃんっ…」
亜依はようやく携帯電話の存在に気づき、手早くリダイヤルボタンを押した。
いち早く、真希に電話をかけるけれど、コールは続いたまま真希は出ない。
「真希ちゃんっ…出てよっ…お願いだからっ…」
プルルルル
プルルルル
ツーツーツー…
「嫌だっ…あああっ…」
この人気の少ない通りに、亜依はとうとう倒れこんでしまった。
水溜りが跳ね、真新しいブレザーを滲ませて行く。
けれど亜依は、立ちあがる事さえできずに、頭を抱えて大地に倒れこんでいた。
「真希ちゃん…」
- 115 名前:6 投稿日:2003年05月31日(土)10時16分09秒
- レスがない…ショボーン
中途半端なところですが、続きます。
- 116 名前:6 投稿日:2003年05月31日(土)10時16分49秒
- age
- 117 名前:6 投稿日:2003年05月31日(土)10時17分21秒
- かごまいいよかごま
- 118 名前:35 投稿日:2003年05月31日(土)23時37分12秒
- 意表をつく(?)連続投稿。
良かったです。
まずは、サイド吉澤-後藤。
加護ちゃんも何かあるみたいですし。
…気になります。
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月07日(土)01時21分44秒
かごまかごまかごますごくいいっす。
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月10日(火)01時29分17秒
- 今は出てきていないいし&やぐにも期待…
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月15日(日)23時40分13秒
- 作者さんあの方だったんですね(w
がんばってください。
- 122 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月18日(水)00時12分21秒
- ○o○o○タンハケーン!!
○o○o○、面白いよ、○o○o○
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月20日(金)00時47分04秒
- 更新待ってますよ
- 124 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月16日(水)22時57分07秒
- 待ってます…
- 125 名前:作者 投稿日:2003年07月17日(木)23時55分37秒
- も、もう少しだけ待ってください・゚・(ノД`)・゚・
ってキャラ変わってるな、自分。
- 126 名前:6 投稿日:2003年07月19日(土)02時59分09秒
- すいません、めちゃめちゃ遅くなりました。
まぁ色々ありましたが(正体バレたりw)、更新はまだまだ続きます。
遅くてスマ…ップ。
- 127 名前:: 9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時00分42秒
- トントントン。
戸を叩く音で、真希は眠りから目覚めた。
(うるさいなぁ。ピンポン押せばいいのに)
まだ少し寝ぼけてるせいで、その音に気づきながらも起きあがれない。
どうにも、頭が働かないせいだ。いや、そもそも真希は寝起きに弱いせいもある。
そうはいっても、頭は寝ているけれど、客人が来た以上出迎えなくては失礼だ。
…というより、こんな部屋に尋ねてくる人なんていないから、大家かお隣さんくらいのもんだろうが。
「んあぁぁあい…」
思いきり間抜けな声をあげ、真希は玄関へと歩いた。
この微妙な距離が憎らしい。
(あー…眠い…)
「はいはい、今開けますよぉ」
ようやく頭の方も少しずつ働きかけてきた。喉がカラカラだけど。
施錠を解き、ノブに手をかけると、真希が押すより先に戸が引かれた。
(あれ?亜依?)
そんな事を、他人がするはずがない。でなければ、この家の住人ということだ。
この家の住人といえば、真希と亜依しかいないではないか。
- 128 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時01分39秒
- 確かに、亜依だった。
それを確かめると同時に、真希の頭の中がまた真っ白に飛んだ。
正確に言えば、亜依ではないし、真希の頭の中がアホになった訳ではない。
亜依は一人ではないし、真希はそれを見て一瞬で錯乱してしまいそうになったのだ。
その、ほんの一瞬で。
「あんたっ…だ、誰…」
声が上ずった。それもそうだ。目の前に、黒いコートの人間が立ってるのだから。
その背には、愛しい亜依がぐったりとうなだれている。
雨に濡れたのか、制服も髪もぐしょぐしょになっていた。
そして、真希は黒コートに見覚えがあった。
「まさか…“中”の…」
頭が狂いそうになる。
体中、脳全体から拒絶反応が出て、黒コートを目視する事すらできずにいる。
思い出してしまったが最後、きっと全身から身が悶えるような“痛み”を感じるんだろう。
しまっていたモノを取り出すには、苦痛すぎた。
「後藤…真希さんですよねー。やっと見つけちゃいました」
真希は、その声を聴いた時。もはや自分が生きる世界はないような気がした。
その声は、忘れたくても忘れられないものだった。
- 129 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時02分35秒
- 死んだはずの、双りの少女がいた。
一人はあの事件で死に、もう一人は行方不明になったと聞いた。
その声を、もう一度聴く事になるとは想像もしてみなかった。
外は、どしゃぶりの雨だった。
「その、声は…亜弥なんだよね、やっぱ」
「そうですよ。4年ぶりでもわかるんですかぁ?やっぱりぃ?」
少し鼻にかかる、甘ったるいその声。
こんな不気味な格好をしていても、それは4年前となんら変わらなかった。
いや、むしろこんな格好で変な喋り方をしているだけ、こっちの方が奇妙か。
真希の記憶の中の亜弥は、こんな喋り方や声がよく似合う美少女であった。
あんな“中”にいながらも、その明るさは底抜けであり、真希としても何度も羨ましく思ったこともある。
「忘れられる、ハズがないから…。
それよりさ、玄関先でそうやられてるとちょっと迷惑なんだ。
入るなら、入ってくれない?」
精一杯の、強がり…。というか、自分の中の許容範囲はとっくに越えている。
けど、ここで少しでも気を抜くことはできなかった。
目の前の彼女が、“あの”彼女なのだと知った以上は。
- 130 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時03分17秒
- 亜弥は無言で頷き、靴を脱いで部屋にあがった。
背中におぶられた亜依を、真希が抱っこして部屋の中に運ぶ。
信用ができる訳じゃない。自分でも、よくもまぁ部屋にあげたものだと思った。
とりあえず、真希ができるのはそれくらいしかなかったけれど。
出したお茶には、亜弥は手をつけなかった。
「で、今更何しに来た?それとも、もうこの場所は知られてるってワケ?」
「私は“中”とは関係ありませんよぉ。この黒コートも、“中”にいた頃のものですからねっ」
だったら脱げよ…とは思ったけれど、刺激する言葉は言えない。
亜弥の、企みが読めない。
今更、“中”とは関係がないのなら、なぜ自分たちの前に現れたのか。
それに、自分たちの居場所を知っていた事も。
「いえ、少しねぇ。思い違いをしてたんですよぃ、私」
「……はぁ?」
「てっきり、真希さんたちはまだ“あの”5人でいると思ってたんですねー。
…どうやら、違うみたいですね?」
「……どういう…こと?」
本当に、何もかも意図が読めない。
まさか、亜弥は偶然この場所を知って、偶然たずねてきたとでも言うんだろうか。
いや、そもそも本当にこの少女(だと思われる)は亜弥なのだろうか。
- 131 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時03分55秒
- 「…亜弥?」
「はい?」
「その、フード取れば?
それとも何?あたしに見せられない理由でもあるわけ?
あのさぁね、それ…ハッキリ言ってちょっとキショいんだよね。怖いしさ」
「……」
内心ヒヤヒヤしながら、亜弥の反応を待つ。
目深にかぶったフードは、相変わらずあがる事はない。
微かに覗く口元の端っこが、少しだけつりあがるのを真希は確認した。
「いやです。 っていうか、真希さんだって見たくないでしょ。
…火傷で輪郭もない顔なんて」
「!!!」
頭の中で爆発が起きそうなくらい、真希は混乱していた。
というより、そろそろ本気で可笑しくなりそうだ。
ああ、少し考えればわかった。“あの事件”で、亜弥は火傷を負ったんだった。
それに、彼女の“妹”が死んだのもそのせいじゃないか。
「思い違いっていうのは、そういう事ですよぉ。
…私の顔をこんなにした。“アイツ”のせいで、私も…それに、妹も…」
「!!…あんた、まさか…愛のことを…?」
その、まさかであった。
- 132 名前:∬´◇`∬<ダメダモン… 投稿日:∬´◇`∬<ダメダモン…
- ∬´◇`∬<ダメダモン…
- 133 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時07分06秒
- 亜弥には、双子の妹がいた。
二卵性の妹だったけれど、やっぱり双子だけあってかなり顔は似ていた。
“亜弥”と、“愛”と名づけられた双子の姉妹は、2歳になる頃離別する。
両親の離婚で、父親に引き取られた亜弥は、「松浦亜弥」として。
母親に引き取られた愛は、「高橋愛」として生きていく事になる。
それは、奇妙な運命であったのだと思う。
再会した2人の少女が出会った場所…。
それこそが、あの不可思議な施設の中であったのだから。
お互いに、存在と名前は知っていた。幼い頃の思い出も。
顔は少しずつ違っていたけれど、声や性格もよく似ていた。
好みも似ていたし、本当に自分自身の半身とも言えるべき相手が愛であった。
それに、精神もどこかでつながっていたのかもしれない。
例えば、その日、亜弥はとても朝から機嫌が良かった。
何もかも許せる気分になって、あの暗い廊下の中をなぜかルンルンと駆けまわっていた。
それが突然、胸の辺りから何かがモヤモヤしてきて、イライラが募ってくる。
(あ、愛が怒ってる)
自分でも不思議なほど、その考えがすんなり浮かんできたのだ。
- 134 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時08分21秒
- 距離的にはそれほど離れてもいないが、遠く離れた場所にいる妹の“感情”を亜弥が読み取った。
そして感化したように、亜弥自身の感情にも影響をもたらす。
亜弥にとって愛は自分であり、愛にとって亜弥は自分だったのだ。
そんな愛が死んだのは───。
「私は、絶対許さないんです。
あの女。…“石川梨華”を…」
亜弥の瞳に映ったそれは、もはや執念としか呼べないものであった。
- 135 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時09分02秒
- 「石川梨華を。あの人を殺すまで、私は生き続けるんです…」
「ちょっと待ってよ。…梨華だって、どこにいるかわからないんでしょ?」
「そうですけど。でも、考えてみてもくださいよぉ。
私は現に、真希さんの居所を掴んだんですよ?どこで何をしてても…必ず見つけ出します。
そして、妹の苦しみを…。あの女にも味あわせてやるんです」
真希はその言葉を聞いて、少しだけ揺らいだ。
過去の事は清算したつもりであるし、これからそれについて何があっても関与しないつもりでいた。
けれど、真希にとっても梨華を恨むべき要素は少なからずあったわけだし、
亜弥にしても、本人の言葉通り地獄の果ても梨華を追いつづけるのだろう。
まるで、それは“輪”のように。
どこまで巡っても、怨恨の輪は続き、そしてそれが断ち切れる時には───。
「私が死ぬか、あの女が死ぬか。どっちかなんです。ねっ、真希さん…」
ぞっとした。
- 136 名前:9・「back to the...」 投稿日:2003年07月19日(土)03時09分37秒
- ◇◇◇
「さて、私はもう帰りますけどね」
結局、出したお茶を亜弥が口をつけることはなかった。
「亜弥」
立ちあがった亜弥を、真希が引きとめる。
聞くか否か迷ったけれど、もし亜弥が梨華を本気で殺すつもりでいるなら…。
きっと、いつか再会の時は迫るのだと確信していた。
「なんで、ここに来たの?それに、知ってるの、あんたは…」
「…私も、偶然だったんですけどね。真里さんのお友達の情報を手に入れたんですよね」
「真里…」
名前を聞くだけで、心が疼いた。
「それが、どうかしたの?」
「ご存知ないですか?…真里さんのお友達の、“安倍なつみ”さん」
(安倍…?どこかで…)
何か、重要な事を忘れている気がした。
「その人が、どうかしたの?」
「やっぱり知らないんですね。その安倍さんのところに、ひとみさんがいることも」
「!!!!」
「まぁ、そういう事なんで、詳しくは亜依ちゃんに聞いてくださいね」
「亜依…?亜依が、何を───」
「しつこいですよ。逃げてないで、自分で調べたらどうですか?」
「じゃ、また来ますから」
バタン。
戸は閉まり、亜弥を追いかける事ができないまま、真希は呆然としていたのだった。
- 137 名前:6 投稿日:2003年07月19日(土)03時10分14秒
- 続く。
そして1箇所削除依頼してくる…
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月20日(日)02時47分40秒
- 更新待ってました!
松浦亜弥さんに高橋愛の登場。
いよいよ人物もそろってきた感じですね〜。
続き、楽しみに待ってます。
- 139 名前:( ´ Д `)<んぁ? 投稿日:2003年07月23日(水)04時20分29秒
- がんばれごっ・・・ちん
- 140 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月23日(水)11時34分06秒
- そうくるか!!意外な人物でしたね
謎が謎を呼ぶ感じで続きが早く気になります
- 141 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月04日(月)01時47分16秒
- そろそろ禁断症状が…(はやっ!)
お待ちしております。
- 142 名前:希望の輪 投稿日:2003年08月30日(土)05時31分18秒
- 10.「希望を委ねる輪」
「亜弥ちゃん、だったんだ」
真希の背中越しで、亜依は呟いた。真希に届くほどの、小さな声で。
「バレてたよ、多分」
「そうかも」
目はもうすでに冴えきっていて、懸命に開かないようにしていたために少しだけ瞼が痙攣した。
「もちろん、あたしにも…ね」
真希は悪戯っぽく笑って見せ、そして亜依が横たわるベッドに座りこんだ。
反射的に亜依は顔をそむけ、毛布で顔を隠した。
「黒いコートなんか着ないで来れば良かったのに」
「ん…」
「あんなの見たせいで、頭狂いそうだったもん」
「そう」
「制服汚れちゃった?クリーニング出さないとダメかなぁ。
あっ、学校サボっちゃった。どうしよう。のの、心配してるかなぁ」
「…亜依」
遮った。きっと、それでも亜依が自分からは話題を振らないのは解っていた。
毛布の中に隠れたからには、何かうまいことぶつけてくるだろうとは思ったのだが。
「聞くの?」
反応は、意外な事だった。
「聞くよ」
それに対しては当たり前のように、真希も応える。
「教えて。全部」
「…はい」
意外と、素直だった。
- 143 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時32分06秒
- ───
「だからね、別にね、逢いたかったワケじゃないの、亜依も」
「…ん」
静かに語り始めた亜依の言葉を、真希は同じように静かに聞いた。
「のの──辻さんのね、お姉さん…って言っても義理のお姉さんらしいんだけどね…。
その人の家に居候してるのが、ひとみちゃんだった」
「なつみさん、だね」
「うん…。亜依、ひとみちゃんを追いかけたんだけどね…。
逢いたくないって言われたから、止めた」
「逢わなかったの?」
「逢ったけど、話はしなかった…」
「そっか…」
真希の中で、まずたくさんの想いが交互していた。
ひとみとの、思わぬ接点。それに亜弥との再会。亜弥の目的。
来るべき刻が来た事を、予測せざるを得ない。
「わかった、亜依。あたし一人でひとみに逢いに行く」
「えっ!?」
亜依は当然驚き、ベッドから起き上がってまで真希の言葉の真意を探ろうとする。
- 144 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時32分40秒
- 「どうして!?ひとみちゃん、会いたくないって」
けれど真希はそれを遮るように、亜依の頬に口付けを交わす。
両の頬から額、鼻筋、顎、唇とところどころにキスをしていった。
「亜依は知らなくて、いいんだよ」
「……何か、そういうのヤダ」
亜依はふてくされたけれど、真希はにこやかに微笑んで亜依の頭を撫でた。
「行ってくる。大丈夫だから」
「わかったよーだ。亜依は今日はお休みッ。学校サボる」
「おやすみ、行ってくるから」
真希は白い傘の一本だけを手に、家を出た。
一方の亜依は、不安そうな顔で真希を見送ると、欠席のメールを親友に送るためにケータイを開いていた。
- 145 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時34分15秒
- ◇◇◇
雨がしきりに強くなる中で、真希は亜依に教えられた通りに電車を乗り継いだ。
電車はたった一駅のところで降り、そして広場に出る。
雨のせいか、ほとんど人通りはなく、駅前のパチンコやゲームセンターの方がむしろにぎわっている気がする。
時刻はまだ、正午を少し回ったところ。平日の昼間だというのに、良い身分だ。
最も、真希は所謂「ガテン系」の仕事をしている訳だから、彼女のような仕事の者が多いのかも知れないが。
駅前から少し歩いたところに、公園があると聴いていた。
そこを目印にもう少しだけ歩いたところが、なつみのアパートである事も。
比較的に家からは遠くないし、この辺は買い物やらで訪れる事も多い。
そのせいか、道に迷う事なくなつみのアパートを発見する事はできた。
「安倍さん、安倍さん」
チャイムを何度押しても、この家の主は出て来ない。
それもそうだ、なつみはとっくにバイトへ行ってしまっているんだから。
通りかかった大家さんに、「安倍さんなら留守だと思うけど」と伝えられ、とりあえずアパートからは去った。
- 146 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時34分54秒
- その昔、人の気配を感知するという“授業”という名の訓練を受けた事がある。
だから、家の中に誰もいないのは、確実ではないがなんとなくわかった。
もっとも、その家の中に同じような“気配を消す”訓練を受けた人物がいるわけで、
そういう意味ではお互いに、その訓練は意味がないものではあったのだが。
少し待とうかと思って、アパートを離れた時。
大家のオバちゃんに呼びとめられた。
「あれよ。安倍さんとこの背の高いもう一人のお嬢さん。あのコなら、すぐ近くの公園にいつもいるわよ」
そう教えられた。それがひとみのことである事は、いくらなんでもわからないハズがない。
真希は「どうも」と軽く挨拶をすると、言われた通りに公園へ向かった。
雨はまだ降り続いていた。
公園に着くや否や、真希は目的の人物を見つけた。
もう3年ほど逢っていなかったけれど、一目でわかった。
かつての親友の姿を。
- 147 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時35分54秒
- ───
「真…希…」
雨のふりしきる町の中で。
二人が出会った。
偶然であったのか。
それとも、必然だったのか。
ひとみは知らない。
それが、必然であった事を。
真希は知っていた。
それが、必然であった事を。
───
「やっぱり、来ると思ってた」
まず声をかけたのは、ひとみの方だった。
それが必然であった事は知らなかったけれど、こんな状況になる事くらいわかっていた。
真希からして見れば、実にあっさりした態度に見える。
「…そうなんだ」
「会いたくなかったけれど」
「…ふーん」
真希はそれに、気のない返事を返す。
「……」
「……」
結局2人して沈黙になってしまい、話は続きそうにない。
- 148 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時36分47秒
- 「ダメだなぁ、やっぱ実際会うと」
今度口を開いたのは真希で、幾分か無理をした口調になっている。
ひとみの眉がピクピクと反応している様子を見ると、お互いに無理をしているのは明らかだが。
「ホントは、逢う気なんてほとんどなかったんだけど」
「……」
「だけどさ、もう逃げてばっかりもいられない状況になってるんだよねー…」
「……」
「やだな、ちゃんと喋ってよ。あたしばっか喋ってもつまらないじゃん」
「……」
少し間を置いて、真希は口の中の息をふーっと一気に吐いた。
「亜弥に、会った。───生きてたよ、亜弥。
梨華を殺すんだって、そう言ってた。今でも怨んでるってね。
あたし、想うんだよね。結局、この3年じゃ何も変わらなかった。
亜依と暮らし始めて、それで少し幸せ知ったつもりだったけど」
「……」
ひとみは、結局何も言葉を発さない。
真希は構わず続けた。
「そりゃさ、可愛い亜依との2人暮らしは凄く楽しいけどさー。
でも、終わってない。終わって、ないんだ」
限界まであとちょっと。
ひとみがこれでも何も言ってくれなかったら、真希は爆発して倒れたかもしれない。
その心配は、なかったが。
- 149 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時37分23秒
- 「終わって、ない?」
ひとみが初めて疑問を投げかけた。
「そう、終わってない」
「終わってないとは?」
ひとみの投げかけた質問に、真希はこれまた深呼吸をしてから、
その理由を懸命に考えながら言葉を紡いでいく。
「亜弥の話を聴いた時、あたしは気づいたね。
幸せを手に入れたフリして、逃げてた事に」
「幸せを手に入れたフリして…?」
「心のどこかで、忘れてたわけじゃなかった。
あたしたちはまだ、追われた身である事」
「……」
「いつかきっと、このままじゃ…不安な日々を送るだけなら、あたしはいっそそれを壊したい」
それからしばらく雨は降り続き、その雨の中で二人の少女だけが在った。
空間は静けさを保ち、それでいて、張り詰めていた。
真希の言葉の意味を、ひとみは理解していた。
「何を今更」と思う反面、「解るよ」と口に出そうとする自分があった。
本当につい昨日まで、真希と向き合う事は無理だと思っていた。
だけどどうだろう。
こうして、実際に目の前にしている“元”親友の姿は。
彼女の中で眠る何かを呼び覚まさせるほど、辛く苦痛な者ではない。
それどころか、逆に真希と再会した事で安堵を感じてしまっている。
- 150 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時38分36秒
- 本当は、亜依と会った時もそうだった。
反射的に彼女の身体は大地を蹴って、亜依から逃げた。
だけど、本当に会いたくなかったんだろうか。
だったら、あんな風に意地の悪い逃げ方をしなくたって、他人のフリをしてやり過ごす事もできたんじゃないか。
そうでなくても、もっと他に遠ざけるいい方法はあったはず。
結局、自分も逃げていた事を知った。
「“誓い”を、忘れちゃいないよね」
真希の方から、また声をかけた。
「ああ…今でも、きちんと…」
「お願いがあるの。
あたしと一緒に、梨華…それに、真里を探して」
「……」
真希の言葉に、ひとみはすぐに頷きはしなかった。
というより、できなかった。
「逢いたいような、逢いたくないような」
いまいち真意の掴めない、遠まわしな言い方だった。
真希の知りうる限り、何かを巧妙に隠すのが得意なひとみ。
真希では理解できない想いが、ひとみの中で疼いているのを感じる。
「ほんと、運命ってヤツは皮肉だよなぁ」
その口調はどこか呆れている様子に聞こえた。
そして、先ほどまでの緊張というか、警戒はすでにとかれている。
- 151 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時39分08秒
- 「まるで、“輪”みたいなものだ」
「“輪”ねぇ」
まぁ、納得というところか。
つい先日、某人の断固たる怨みを“輪”のようだ、と感じた真希だけに否定できない。
「ぐるぐる回って、切っても切っても続いてる」
「それじゃ、あたしが欲しいのは“希望”の“輪”かな」
真希は空中に、人差し指で輪を描きながら言った。
「切っても切っても捨てきれない、“希望の輪”だね。
そいつを頼りに、生きてきたいね。これからも」
「そりゃ、いいね。こそこそ逃げて生きる必要もない」
2人は握手を交し合い、今度こそ純粋に再会を祝った。
- 152 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時40分21秒
- ◇◇◇
先に計画を考え出したのは、ひとみの方からだった。
「いつか、真希とまた出会った時に実行しようと思って考えてた」
あの公園で切り出したのはひとみで、真希は雨に濡れないように傘を差してそれを聞いていた。
「それがいつになるか、なんて思ってなかった。こんなに早いともね。
3年は、短すぎた───」
「そうだね。ハッキリ言って、もう一生会わないつもりでいたけどね」
「うん。だけど、心のどこかで、また逢えるって思ってた。…違う?」
真希は無言で頷くと、「違くない」とキッパリ答える。
それを聞いたひとみは、クスクスと嬉しそうに笑った。
「亜依にあの日会うまで、あたしはアンタたちには一切会わないつもりでいた。
真里さんの名前を聞いても戸惑うくらい、今の生活から拒絶したかった」
「あたしもだよ」
「だけどあの日、亜依に会って違うって解った。
いや、違うな…。亜依に会って、迷ったんだな。あたしは思った程、ショックを受けてなかった」
- 153 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時41分02秒
- 「……」
「もっとでかい衝撃がドッカーンってきて、狂っちゃいそうになるくらいになると思ってた。
でも、あたしは割と普通なまま」
「そう、みたいだね」
「うん。だからきっと、あたしは待ってたんだ。いつかこうして、あんたに再会するのを。
だから、こんな風に…。会いたくもないんなら、こんな計画なんて立てるはずもない。
会えない事を受けとめる事から、逃げてただけなのかも知れない」
「あたしも、そう思ってた」
「だけどあんたはやってきて、今こうしてあたしの話に同意してる」
「そうだね。うん」
真希は頷き、ひとみがスーッと深呼吸したのを見ながら、次の言葉に合わせるように口を開いた。
「つまり、そういう事なんだな」
「つまり、そういう事なんだね」
言葉を発したのは、ほぼ同時だった。
- 154 名前:10・「希望を委ねる輪」 投稿日:2003年08月30日(土)05時41分35秒
- 「こう感じた事はない?」
立ったままでは落ちつかなくて、濡れたベンチをハンカチで拭って並んで腰をかけた。
「この“幸せ”がいつまでも続くと思わないって。まぁそれが例え、偽モンだったとしても」
「…思うね」
真希は淡々と、さっきと同じようにただ同意する。
自分からそれに付け加える言葉はない。
「つまりさ、真希がさっき言った通り、あたしたちはそれを壊さなくちゃならない」
「そうね。言ったね、さっき」
「具体的にどうするか」
「…そりゃ、そうでしょうね」
少しトーンの落ちた声で、ひとみは言ったのだけれど、真希はそれを悟ったように同じくトーンを落とした。
「また、人を殺さなくちゃいけないのか…」
ぽつりと呟いた真希の言葉を、ひとみはただ、黙って頷くしかなかった。
雨はまだ降り続いていた。
- 155 名前:希望の輪 投稿日:2003年08月30日(土)05時42分22秒
- んあ、誤字…。
>>152
×あの公園→○この公園
- 156 名前:希望の輪 投稿日:2003年08月30日(土)05時42分54秒
- スレ流し
- 157 名前:6 投稿日:2003年08月30日(土)05時43分44秒
- 久々の更新になってしまい、申し訳ありません。
これからはこちらの更新に専念しますので、お付き合いください。
何の事か解らない方は追及なさらぬようお願いします。
- 158 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)01時45分45秒
- 6さん ついに話が動き出しましたね。
こちらも楽しみですが、あちらも期待しないで待ってます!!
- 159 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/27(土) 16:12
- 一気に読ませてもらいました。
この先の展開が楽しみです。
- 160 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:32
- 11.「We will」
数ヶ月前のあの日以来、真里は梨華の世話を一人で見ていた。
数軒のバイトをかけ持ちしながら、異常になっている梨華の面倒を見る。
それは、真里にとっては肉体的にも精神的にも非常に厳しい状況ではあった。
だけど、真里は弱音を吐く事はない。
知っているからだ。梨華は、見捨てられる事が一番辛い…という事を。
「梨華ちゃん、プリン買って来たけど食べる?」
コンビニの袋をぶら下げながら、真里は帰宅した。
梨華が結婚相手と暮らしていた彼女の家。
真里がここに最初に訪れてから、1ヶ月余りの時間が過ぎた。
低家賃ながら、なかなか小奇麗なマンションの一室で、新婚の部屋にはうってつけだ。
その、夫の方はすでに亡くなっている訳だが、梨華はここを離れようとしない。
なぜなら───
- 161 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:33
- 梨華はリビングでテレビを見ており、不自然な体制でソファでくつろいでいるところだった。
その様子は、まるで誰かの肩にもたれるように───
「真里ちゃんお帰り。あれ?ちょっとぉ、ダーリンの分も買ってきてくれたぁ?」
「う、うん。オイラが忘れるわけ、ないじゃん!もちろんじゃん!ほら、旦那さんの分」
真里は慌てて袋から2人分のプリンを取り出し、そのままそれを梨華に渡した。
「ありがとぉ〜」
受け取った梨華は、一つはテーブルにそのまま置きっぱなしにして、もう一つの蓋を剥がした。
「はい、ダーリン。あーん」
「……あ……」
空間に向かって突き出される、スプーンに乗ったプリン。
だけど、口をつける者などいない。“ダーリン”なんて人間は、もう存在しない。
「やだぁ、そうだったよね。ダーリンはプリン嫌いなんだよねぇ。
じゃ、しょうがないから、梨華が全部食べてあげるっ。
ねぇ、真里ちゃんっ。真里ちゃんもそう思うよねっ」
「う、うん。そうだよね…うん…」
梨華はそう言うと、不自然な体勢を保ちながらプリン2つをたいらげてしまった。
時々、「やっぱりダーリンも食べる?」とか、虚ろな瞳はそのままで。
それを何度も目の当たりにした真里の心は、痛むばかりだった。
- 162 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:33
- つまり、梨華は亡くなった夫の幻影を見ている。
梨華の中ではやはり夫は生きていて、そして今でも梨華と一緒にいる。
梨華は少しも現実を見ようとはせず、逃げてばかり。
つまり、自分の世界に現実逃避。
真里がいくらその道を修正しようとしても、梨華に前を見る力がないせいで、
梨華はいつまでも幻影を追い求めているばかりだし、真里にもどうにもできないばかりだった。
精神科の先生にも密かに見てもらっていたけれど(もちろん梨華にはそうは言ってない)、
いくらカウンセリングしても彼女の心を開くのは無理な話だった。
だから今は、こうして梨華の心が癒えるのを待つ。
「おやすみ、梨華ちゃん。電気消すよ」
「うん。おやすみ」
部屋の灯りを消してベッドに入ると、その横では決まったように梨華が先にベッドに潜りこんでいる。
どういう訳か、ベッドに入る時だけは状況が違った。
- 163 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:33
- 「ねぇ…」
電気を消してから数分経ってから、梨華が艶かしく囁く。
真里は(またか…)と心底では複雑な想いを抱いたまま、その声に順応した。
まず触れてくるのは梨華の方で、求めてくるのもいつも梨華だった。
「んっ…」
暗闇の中に漏れる、小さく埋もれる声。
とにかく触れたがりの梨華の“攻撃”に耐えるように、真里はただ、その身を委ねる。
身体がくすぐったさに慣れた頃になって、梨華の細い指が肌を伝っていくと、
子供みたいな体型だ、と自分でも気にしている服を、次々と剥ぎ取っていった。
「キスしてもいい?」
「…うん」
梨華がそう言うと真里はもうされるがままになっていて、唇を重ね合い、
何度も何度もキスをしては離れ、時には舌を絡み合い、お互いを欲した。
唇から首筋へと流れるように身体を吸い尽くされると、今度はいっそう激しく攻めてくる。
交互に吸われる胸から、のぼせるようにあがっていく快感。
梨華が首筋に何度も何度もキスをして、身体中が次第に紅く、梨華の唇の形に染まっていく。
「はぁっ…梨華っ…」
混ざり合う吐息に任せ、その名を呼んだ。
梨華は暗くて見えなかったけれど、とても優しい顔をして真里を見ていた。
「まだ、ダメ」
意地悪く笑った梨華はまだ、自分のパジャマを脱ぐ様でもない。
さっきと同じように指先で真里の柔らかな肌を滑らせ、何度も何度も身体中にキスをプレゼントした。
- 164 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:34
- 「もう、我慢できんっ!!」
「キャッ!」
とうとう我慢できなくなった真里が、梨華の手を払いのけて体勢を変えた。
上下の位置が逆になるようにして、梨華よりも軽い真里が上に負い被さる。
「やだ、まだ…んんっ…」
嫌がる梨華の唇を、強く吸った。
さっきよりも強く、強く、絡ませ合うようにキスをした。
キスをしながらもその手は、梨華の身体に触れ、ピンク色の彼女らしいパジャマを丁寧に脱がせていく。
すぐに梨華は、下着以外の何も身につけていない状態になった。
暗闇の中でも解る、梨華の細い肢体。
(……っ……)
この時ばかりこそ、真里は自分が男になった気分になっていく。
梨華の下着を脱がせ、唇を吸い、肩を抱いて感情に浸った。
親指と人差し指で乳房をいじると、梨華は恥ずかしそうな声で喘ぐ。
「恥ずかしい?」
「…当たり前じゃんっ…」
細い指で内部を刺激する度に、梨華はいやらしい声をあげるが、
その声はいつもの甲高い彼女の声とは程遠く、凄く妖艶に聞こえた。
それが真里はたまらなく興奮する訳で、次第に指を突く速さもあがっていく。
「あああっ…」
「梨華。好きだよ」
梨華の顔を見るのが、好きだった。
暗闇に慣れても、あまりハッキリと映し出さない曖昧な梨華の表情が。
快楽に身を委ね、真里を求める彼女の顔。
- 165 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:34
- 愛してた。
愛がなければ、こんな梨華と一緒にいる事なんてできなかった。
心の中に確実に溜まっていくフラストレーション。
それを解消される術は、梨華とこうして夜を共にするしかないのだと知った。
都合のいい女になっているという事くらい、解っていた。
「愛してる?」
「愛してる───愛してるよ、愛してる」
「…私もだよ、“ダーリン”」
「ん…」
言葉が、詰まる。
しかし、それは間違いだと知っていた。
梨華が愛していたのは真里ではなく、真里を通して見ている夫なのだから。
- 166 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:35
- ◇◇◇
真里が梨華を愛していたのは、もうずっと昔からの事だった。
梨華と一緒に暮らす前よりも、梨華が結婚すると告げた時よりも前だった。
ずっと、ずっと。
梨華が寝ついた後で、こっそりと部屋を抜け出す。
明日の朝にはもう、梨華は“ダーリン”と一緒に目覚めるから、真里が隣にいてはいけない。
夜だけ、それも行為を交わす時にだけ、梨華は“ダーリン”の幻影を見ていないようで、
その代わりに真里の身体を求める。
自分を見てもらえるのが、彼女との性交の時だけというのも、どこか寂しかった。
「ふぅーっ…」
火を点けたタバコの煙を一気に吐き出すと、少しだけ落ちついた。
梨華がタバコの匂いを嫌うせいで、真里がタバコに火をつけるのは真夜中の一時だけ。
それも、マンションのベランダでこっそり。タバコを吸い終わったら自室に戻って、自分のベッドで寝る。
これが毎日の夜の習慣だった。
止めればいい話なのだが、一日一本のこの時間は非常に貴重であったために、止める事などできない。
───
初めて梨華を抱いた日、梨華の心を手に入れた気がしていた。
何度も彼女は真里の名を呼んだ。愛しくて、可愛くて、嬉しさが込み上げた。
でもそれは、砂の城のように儚いもので、それどころか砂の城は完成したものではなかったのかも知れない。
- 167 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:36
- 梨華の心を手に入れる事がどんなに困難であるか、知らなかった時。
梨華があそこへ来た理由を知った日、それが偽りの愛であった事を知った時。
それでも梨華への想いが変わらなかったあの時。
離れてからも、梨華が気になって家の前に来てしまったあの時。
梨華から、結婚を告げられたあの時。
本当は底はかとない悔しさに駆られても、「おめでとう」を言った時。
1年しても忘れられず、また逢いに行ってしまった時。
変わり果てた梨華の姿を見た時。
どんなときでも、梨華を想っていた。
そして、今でもその幻影を、追い求めている。
そういう意味では、真里も梨華も至るところは同じである。
真実を愛を知らなかった梨華が見つけた、真実の相手。
男性に傷つけられ、酷く男性に対して恐怖心を持っていた彼女。
だけど、真里と離れて暮らすうちに、彼女はきちんと傷を癒して立ち直った。
それに、真実の愛を知った。
だけどもう、その相手はこの世にはいないのだから。
終わらない鬼ごっこのように、2人の愛はぐるぐると回るばかりだった。
そう、それもまるで「輪」のように。
- 168 名前:11.「We will」 投稿日:2003/09/29(月) 05:36
- 「梨華ちゃん、オイラね。
華ちゃんのためならこうしているのは悪くないと思うよ。
だって、オイラ、梨華ちゃんの事護りたいんだ。
だから、離れないでね…」
ベランダ越しに、ベッドの中の梨華に話しかけた。
なんだか悔しくて、涙が一筋流れてきたけれど、意地っ張りな彼女らしく
「ええいっ、泣いてたまるか!」と涙を零す事はしなかった。
「はぁ…でも、たまにはやんなっちゃうってーの。さすがのオイラだって」
タバコを口にくわえたまま、ガクリと頭をうなだらせる。
ベランダから見える空の星は、いつものように輝いていた。
ふと、空を見上げて思い出した。
「どーしてんのかなぁ。真希たちは…」
なんとなくいつも気にかかってはいるけれど、どうしているだろうか。彼女たちは。
ひとみをなつみの家に預けてから、ひとみとも、真希とも、亜依とも逢っていない。
もうあれから3年近く経つ。
真里はまだ知らない。
これから再び、彼女たちに会う事になる未来が近い事を。
自身の行く道を。
そして、その愛の行方を。
- 169 名前:6 投稿日:2003/09/29(月) 05:37
- 更新遅すぎて申し訳ありません…。
いしやぐです。
- 170 名前:名無し 投稿日:2003/09/29(月) 05:37
- ( T▽T)
- 171 名前:名無し 投稿日:2003/09/29(月) 05:37
- (〜^◇^)
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 10:04
- 更新キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!!
待っていました
そして作者さんラブシーン書く人だったんですね…
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/03(月) 02:14
- もう書かないんですか?
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/11/13(木) 00:23
- 続き待ってます…
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/12/07(日) 03:50
- がんばってください
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/15(木) 00:16
- ほ
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 18:01
- がんばってください
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/02(火) 23:36
- 楽しみに待ってます。
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