─── HYBRID RAINBOW ───

1 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時01分26秒
川原の土手に座って、なんとなく時間をつぶしていた。
太陽が斜めに浮かんでいる。草の生えた斜面から見える風景。
その間に白いラインを引きながら、ジェット機が横切っていった。
深く考えなかった。轟音を立てているから、たぶんジェット機だ。

目の前であくびをしている子猫は寄って来ない。
口を尖らせ、変な表情をして見せても、子猫には分からない。
子猫さん、キミだけだよ。私のこんな変な顔を見れるのは。
くるりとお尻を向けると、飛び跳ねながら離れていった。
その姿を目で追うと、わずかな風に髪を靡かせた貴方が川辺に佇んでいたんだ。
水面が太陽の光を屈折させ、不思議に揺れていたのを覚えている。


 ─── HYBRID RAINBOW ───
2 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時02分28秒
 第一話 / はじまりの虹

 【 DAYDREAM WONDER 】
3 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時03分11秒
φ1

二学期が始まった。
終業式の前日に床へと塗りたてたワックスの匂いは、夏休みという長期休暇を挟んでも
しっかりと生徒たちの鼻を差した。それは、いつの間にか懐かしいという意識にしまわれた
“学校”を思い起こすには充分過ぎる匂いだ。
廊下で騒ぐ生徒たちの会話も随分と懐かしく聞こえる。
それは街の雑踏にも似ていた。
またしばらくこの雑踏の中で過すのだと思うと、退屈しなくてすみそうだ。
4 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時04分28秒
顔を会わせたクラスメイトたちは、皆、夏休みの思い出話で忙しそうだった。
「美白だ」なんて、ファンデーションや日焼け止めを重ねても、肌はほのかに焼けている。
休みのほとんどを屋根の下で過した私の白い肌は、皆には妙に浮いて写っていたかもしれない。
だから私に話しかける人はいないのだろう、と思いたいが実際はどんなものか。
見た感じ外に出てそうにない、夏休みの思い出などない、だから。
だがそれは的中していた。
とある理由で外には出ていたけれど、胸を張って話せる思い出は取り上げてない。
叩いても埃が出てくる分、布団の方がいくらかマシだ。
5 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時05分32秒
それにしてもテストの話題が聞こえてこない。明日が休み明けのそれだというのに。
進学校がこんな風でいいのだろうか。「他人を気遣う余裕があるのなら云々」とも言うが、
考えてみたところ気遣う他人もあまりいないのでこの話題はやめだ。
何気に開いた英語の参考書には、語訳に文型がところ狭しと書かれていた。
嫌になる。始業式の日なのにわざわざ参考書を持ってきている自分が。
「参考書だけが友達です」とかいう人間は、漫画やアニメの世界だけの存在だと思っていたのだけど。
なんだこれは、と呆れながら鼻を掻いたが、斜め前に座る野球部員の男子みたく皮はめくれない。
6 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時06分29秒
「席に着けー。ホームルーム始めるでー」

教室の端まで届く声量。勢いよく前の扉を開け、先生が教室に入ってきた。
関西弁を喋る先生なんて、いや、生徒を合わせても、おそらくこの学校ではこの人ひとりだろう。
その独特のイントネーションも、ワンシーズンが過ぎれば聞き慣れたものだ。
みんなそう思っている。怒らせると恐いということも知っている。

「はいー、夏休みの浮かれモードは昨日で終りやで。二学期もよろしくな。
 この後は体育館で──」

始業式があって、その後に軽く教室を掃除して下校、か。
「午後は明日のテストに備えてお家で勉強しましょう」なんて言っても
無駄だということを知っているから、先生はテストについて触れなかったんだと思う。
そんな中澤先生は生徒から多くの支持を獲ていた。
“教師”としては失格なんだろうけど、生徒にとっては数少ない頼れる先生であることは確かだ。
まぁ私が学校側の教育委員とか偉い地位にいたならば、迷うことなく他校に飛ばしているだろうけど。
…飛ばしているだろうか。分からない。不思議な魅力の持ち主だ。
7 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時07分19秒
掃除が終って下校の時間になった。
やはりワックスは好きになれない。
匂いもさることながら、一夏を越したフロアは妙にベタベタしていて、ほうきが滑らず掃きにくい。
毛先に付着していた埃が、そのベタベタによってフロアに貼り付いてしまった。
これでは清掃しているのか汚しているのか。
結局、何も変わらないまま掃除を終えたのだった。
8 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時08分08秒
φ2

九月になったとか、暦の上ではとっくに秋だとか。
それにしても今日は暑い。まだ真夏とも形容できる太陽は空のてっぺん近くに位置し、
気温が一番上昇する頃になろうとしていた。
時折吹き抜ける風が、熱風ではなくそよ風なのが唯一の救いである。
川沿いに伸びる土手に差し掛かると、よりいっそうそれを感じた。
9 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時09分50秒
「もうすぐ到着だ」

独り言で呟いた言葉の目的地は家ではない。
突き抜けそうな景色を唯一阻む大きな橋。そのふもとだった。
寝転ぶには丁度良い角度の斜面。その斜面を鮮やかな緑で彩る雑草はもうすぐ見納めだ。
そこから見える景色は、何処かの風景画を切り取ったように綺麗だった。
空のブルー、太陽のオレンジ、雲のホワイト、草のグリーン、土のブラウン。
目の前の川は果てなく伸びていて、その上を駈ける橋はアクセント。
川の柔らかなせせらぎはうとうとと夢の世界へ導き、
時折、橋の上を通る車の排気音はそんな私を現実に引き戻す。
さながらここは夢と現実の狭間。
「ふとした拍子に時空が歪んで、本当に異世界へ吸い込まれてしまうのではないだろうか」
なんて考えるのは、夢の世界にいる時の私である。
学校指定の鞄を適当に放り投げると、草の絨毯に寝転んだ。
こうして今日も、私は夢と現実の狭間を揺れる。
紺野あさ美が紺野あさ美でなくなる瞬間だった。
10 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時10分51秒

───ハイブリッドレインボウを探している


私が通う高校は、家から然程離れていない近くの公立高校。
市内の公立では一番偏差値が高く、今年で創立四十周年を迎える歴史ある学校だ。
もちろん、私立を含めればもっと偏差値の高い高校はある。
先生はそこを薦めてくれたし、両親も私立でもいいと言ってくれた。
でも入学する気はさらさらなかった。
高い授業料を出してもらってまで、学びたいことなど皆目なかったから。
可愛い制服、教室の冷暖房完備などを考えると、後悔していないとは言い切れないのだけど、
家からは歩いて通える距離だし、購買のパンは美味しいし、差し引けるものはたくさんあるから
「良し」としている。きっとこれはイーブンゲームだ。
11 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時11分59秒

───あの日から、ずっと


流れる雲は誰かさんが吐き出した溜め息のようだ。
太陽はそれに姿を覆われても、一生懸命輝き続ける。
空を朱色に染めるために。
一日にすれば夕焼けなんて一瞬なのだろうけど、その一瞬のために太陽はがんばるんだ。

という映画のワンシーンを想像してみる。
ここは映画館。夢の中にいる私が想像する。
大空を映し出す巨大な川の映写機は、たくさんの光を集めて青いスクリーンへ放つ。
贅沢にもほとんどが私一人である。
この映画は何度見ても飽きない。
同じ空は二度とないのだから、飽きる筈がないのだ。
12 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時12分57秒
やがて太陽はすり減る。
来る途中にコンビニで買った菓子パンは、あまり美味しくなくて途中で食べるのをやめた。
購買で売っているヨーグルトパンならば、三個でも平気で食べられるのに。
夕焼けを待つ前にお腹が空いてしまった。
仕方がないので今日はこれで帰ろうと、今にも鳴りそうなお腹に手を当て一度目を閉じた。
大きく息を吸ったのは、夕焼けの代わりに太陽の匂いを持って帰ろうと思ったから。
「よし」と、独り言で呟くと、閉じた目をそっと開ける。
しかし、瞳に空は映らなかった。
13 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時13分37秒

「ご機嫌はいかがですか」
14 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時14分37秒
海を逆さにしたような青さの空を忘れるはずがない。
確かに空はあったはずだ。
でも瞳に映るものは、青くはなかった。
いつの間に来たのか。隣では一人の女性が中腰のような格好で、寝ている私を覗き込んでいた。
“女性”といっても“女の子”との境界線は本当に微妙だったのだけど。
15 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時15分46秒
だけどそれはどうでもいいことで、私にしてみれば最後に焼きつけようとした青い空を遮られて、
更に呑気にも「ご機嫌はいかがですか」なんて、迷惑甚だしいもいいところだった。
しかし、さすがにそれを見ず知らずの人に態度で表すのは失礼だし、そんなキャラでもないので
適当に返事をして帰ることにした。
『関わると面倒そう』これが脳の下した判断だ。

「悪くはないですけど…私、もう帰りますので、ごめんなさい」
「え、もう帰っちゃうんだ。これから空が染まるのに」

そんなことは分かっている。でも空腹には勝てなかった。
年頃の女の子は良く食べるんだ。菓子パンを半齧りくらいでは、とてもじゃないがもたない。
同じ女性として、それくらいは理解してほしいものだ。
と、私の中の私が不機嫌にイライラしていた。
学期始めなのにツイテないな。
16 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時16分48秒
女性は「またね」と、私に手を振っていた。
それは私が友達にする“それ”と同じで、妙に親近感が感じられた。
私とあの人は何処かで逢っているのだろうか。
軽く頭を下げると、首を傾げながら家路に着いた。
子猫がこっちを向いて笑っているように見えた。
17 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時17分50秒
φ3

お風呂から上ると、テレビを見ながら髪を乾かす。
ドライヤーの風音を調節し、ドラマのクライマックスシーンではスイッチをオフ。
そんなことをしているからいつも遅くなるのだ。

時間はすでに日を跨ごうとしていた。
それでも慌てることはない。
家から高校までの距離を考えると、余裕のある朝を迎えられるからだ。
ゆっくりと腰を上げ寝支度。
太陽の光をいっぱい浴びたふかふかの布団で、今夜もぐっすり眠れるだろう。
テスト勉強は復習程度で流したが、夏休み勉強した部分だから不安ではない。
睡眠は健康の基本。それは受験勉強で実感したものだった。
18 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時19分18秒
消灯し、鼻が隠れるくらい布団に潜る。
今日一日の出来事を思い返してみよう、と考えるのはいつものこと。

『二学期が始まった。みんな夏休みを楽しんだらしく、話題はそれで持ちきりだった。
 私はというと…それは置いといて、あと何か…そういえば、あの場所で女の人に出会ったな。
 とても能天気な人だった…ように思えた。分からないけど。雰囲気がそんな感じだった。
 どうでもいいか。特に会話したわけでもないし』

おやすみなさい。

深い、深い眠りに落ちた。
明日こそはあの場所で小さな幸せを拾えますように。
そんな祈りを込めて。
19 名前:- 投稿日:2003年04月24日(木)02時20分17秒
>>1-18
20 名前:名無しさん 投稿日:2003年04月24日(木)04時30分15秒
ちょっと面白そう。
21 名前:  投稿日:2003年04月28日(月)17時55分24秒
22 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)17時56分01秒
強い風が雲を流す。
太陽は出たり隠れたり。
これから気温も下がっていくのだろう。
涼しくなるのは良いのだけど、寒さに震えながらあの場所で座っている景色は想像できない。
そんなことを考えると少し寂しくなった。
秋の兆しが見えはじめた、ある朝。
23 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)17時56分41秒
 第ニ話 / 雨とあなたと赤い傘

【 Good morning. Good news? 】
24 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)17時57分43秒
φ1

ホットミルクを一口すると、体がじんと温まった。
温かい飲み物を美味しく感じるのは、やはり季節のせいなのだろう。
道理で。今朝は昨日とは対照的に肌寒い。
空には灰色の雲が広がり、深く淀んでいた。
朝のニュースにも良い話題はなかった。
スカートの上にこぼれたパンの粉を払い落とし、残ったホットミルクを一気する。
傘を持って準備は万端。
さぁ学校へ出発だ。
25 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時00分12秒
「うわ、さむぅ…」

外は思いのほか寒かった。
天気予報では例年を下回る寒さだそうだが、それを身をもって感じた瞬間だ。
お昼になれば温かくなるだろうか。
空は曇っている。
雨が降り始めればそうもならないだろう。
「降ると湿気が篭るなぁ」なんて考えていると、
教室にワックスを塗り立てたばかりだということを思い出し、私の心も曇った。
学校までの距離、十分とちょっと。
匂いのことで頭がいっぱいになり、寒さのことなどとうに何処かへ消えていた。
実はどうでもよかったことなのかもしれない。

学校へ到着した瞬間、それまでもっていた空模様は崩れ、
私の心を反映したかのように雨を降らせ始めた。
26 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時01分38秒
φ2

何事もなかったかのようにテストは終った。
あくまで私の中での話だけど。
それにしてもさすがは進学校といったところか。
昨日はまったくといっていいほど、テストの話題は耳に入ってこなかったけども、
蓋を開けてみれば皆真剣にテストに臨んでいたように思える。
と、廊下にある大きな窓越しに外の雨を見つめ、教室の雰囲気を思い返していた。
何処からか風が通り抜けて少し寒かったが、それでも教室から出ていたのは
ワックスの匂いが我慢ならなかったから。

放課後になっても雨は止まなかった。
別に止むのを待っていたわけじゃない。
止む気配もまったく感じられないし、単に帰るタイミングを逃しただけだ。
ただ、少しでも小降りになればいいなとは思っていた。
そう思わせるほど勢いで、雨は降っている。
27 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時02分52秒
「あと五分、いや三分だけ」
根拠もないこんな言い聞かせなど、全くもって無駄だということは知っている。
けれども、今日はまだ何一つとして良い出来事は起っていない。
だから神様、これくらいはサービスしてください、と思ったところで気がつく。
私にとって悪い出来事も、今日は何一つ起っていなかったことを。

しかし、三分後の世界に大粒の雨は降っていなかった。

願った通りの小雨になった世界に、
一瞬だったが神様は本当にいるような気がした。
28 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時03分52秒
φ3

大きな水溜りを避けて歩く。
自分には少し大きく、不格好な水色の傘を差しながら。
今日は寄り道せず真っ直ぐに帰る予定だ。
小降りになったとはいえ、朝からずっと降りっぱなしということに変わりはない。
あの場所に寄っても何も出来ないことくらいは容易に頭に浮かんだ。
きっと川は土砂を流して水嵩が増している。
地面もぬかるんで、座るどころではないだろう。
29 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時05分09秒
案の定、そこは想像通りの光景だった。
風は少し緩くなり、雨も小降りのまま変わることはなかったが、
調子に乗って今度は『太陽を出して地面を乾かして』なんて神様に祈っても、
それはあまりに非現実的すぎる。
踏ん切りがつき、私は「家に帰ったら音楽を聴いて、大人しく本でも…」
と考えながら横目で土手を通り過ぎようとした。

すると刹那、その横目を鮮明な赤が掠めた。
30 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時06分19秒
何処か寂しさを抱いていたグレイビューに、赤は鮮やかに映える。
くるくるくる。
パッションレッドは飽きなく揺れる。
上へ、下へ。
傘だった。
もはやその役目を真っ当してはいなかったが。

傘の動きに併せ、セミロングの髪もふわふわと踊る。
湿度の高い空気なのになんてさらさらした髪なんだ、と思った。
それは染めたものなのか、それとも生まれもってのものなのか。
色素の薄い髪色は更に柔らかさを強調していた。
31 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時07分34秒
両手を広げて、曇り空を仰いで。
大空に放たれた赤い風船のようだった。
川の方を向いていたが、やがて傘を斜めにずらし、その開けた視界から空を見る。
そんなことをしていたら濡れて風邪をひいてしまう。
そんな後姿に、いつしか私は足を止めていた。

『なんだか不思議な映画を観ているみたい』

雨が傘を打つ音でふと我に返る。
はっと景色に焦点が合致した時、昨日の出来事が頭を過った。
あの色素の薄い髪色には微かにだけど見覚えがある。
そしてそれはすぐに分かった。
32 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時08分13秒
「あっ、ご機嫌はいかがですかの人だ」

鮮やかなパッションレッドが大きな円を描いた。
こちらを振り返ったのだ。
見覚えは確信へと変わり、心臓がドキリとした。
それは同時に目が合ったから。

赤と水色の傘が揺れていた。
しんなりとした草の絨毯を挟んで、
止みそうで止まないいたずらな小雨の中、ゆらゆらと。
33 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時09分23秒
φ4

彼女はこちらを見るなり、すぐ私だということに気がついたようだ。
か、どうかは分からなかったけど、ぴょこぴょこと小さく跳ねて手を振っている。
僅かだが瞳孔が開いた。
口はそのまま閉じることを忘れていた。
彼女はそれを見逃さなかった。

「くーち、開いてるよ」

私と彼女の間には、草の斜面分ほどの距離があった。
そのためか、彼女の声は意識して出した大きな声のように聞こえた。
指摘され、慌てて首を振り顔を作り直す。
雨に濡れながらクスクスと笑う彼女に、少しムカッとした。
昨日と同じく印象は最悪だ。
34 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時10分24秒
「最近良く会うね。学校が始まったからかな」

それに対して何も答えずそっぽを向くと、聞こえていないと思ったのか彼女は私との距離を詰めた。
ムカッとしていたから無視したわけじゃない。
「どうしてこの人は私に話しかけるのだろう」という疑問の方がそれに勝っていたから、
彼女の話した内容は右から左へ通り抜けていたのだ。
よくよく考えてみると「最近良く会うね」というのは、何かおかしな云い回しである。
昨日初めて会ったはずなのに。
35 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時11分53秒
「今日は雨が降っているから残念だね」

手の平を傘の外へ出す。
自分で言ったことを確認するように。
私は口を閉じたというくらいしか反応というを反応を見せず、ほぼ無反応に近かったのだけど、
それでも彼女はお構いなしとばかりに喋り続けた。
赤い傘を肩に添えてくるくると回し、そのまま私の周りをゆっくりと一周する。
ぴたりと私の正面で止まった彼女は、伏目がちに傾けていた私の傘を指で摘んでひょいと上げ
こう言った。

「少しお喋りしようよ」
36 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時13分03秒
何しろそれは急なことだったので、目の前で微笑みながらそう呟く彼女に、顔が紅潮してしまった。
かなり油断していた。その顔を見られたのが彼女だということに、一層私は赤らむ。
心臓も暴れていた。

最悪だ、と思った。
そもそもなんて失礼な人なんだ。
昨日と言い、今日と言い、随分身勝手に振舞ってくれる人だ。
今朝は寒くて雨も降っていて、そして帰りにこう来れば、
余程のことがない限り表情に出さない私でも、さすがに頬が引き攣った。
37 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時14分32秒
傘の角度を変えられると、そこから風に流された雨が前髪を湿らせた。
無償に腹が立ったので、彼女の顔が目の前にあることを逆手にとり、
私はめいいっぱい不機嫌な膨れっ面を作ってみせた。
どうだと言わんばかりに。

「最近の女子高生はどんな話題で盛り上がるんだろう。うーん」

予想通りというかそれはさらりとかわされ、変わらず彼女は能天気に話を続ける。
そうとも、分かっていたさ。無駄だってことは。
些細な反抗をしてみただけだ。
しかし、ひょんな拍子から彼女は私の様子を察した。
不思議なことに、彼女ははじめから全てを知っていて、様子を覗っているかのように思えたけど。
38 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時15分26秒
「あれ、その顔は…怒ってる?ピンポーン、正解正解。
 今日は機嫌悪いんだね。オーケー、本日はこれにてお別れということにしよう」

前髪はいよいよぐしゃぐしゃだ。
そう、あなたの言う通り機嫌が悪い。
不機嫌ついでだ、私は今日初めて彼女と言葉を交わした。
実に一日ぶりだった。
それは売り言葉に買い言葉だったが。
39 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時16分40秒
「怒ってます!私を一方的に無視して喋ってるし、笑うし、前髪もぐしゃぐしゃだし!
 昨日もそう、気持ち良く帰ろうとしたらいきなり人の顔を覗き込んでくるし!」
「あ、昨日も怒って帰っちゃったの?ごめんごめん」

彼女は傘を持っていない方の手を立てると、苦笑いしながら謝る。
彼女の隙が一瞬垣間見えたような気がした。
逃さない。
私はここぞとばかりに、溜まった鬱憤を吐き出した。
よくよく考えてみると原因は大したことではないし、勝手に感情を露わにした私の方が
一方的に悪かったのかもしれない。いや、たぶん悪い。全ては勝手だ。
勝手に話しかけてきて勝手に笑って勝手にふわふわする彼女。
勝手に不機嫌になって勝手に怒って勝手にいらいらする私。
40 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時17分47秒
「大体あなたは何なんですか?そもそも誰なんですか?」

その問いに、彼女は少し考えてからこう答えた。
風が吹いて草の湿った匂いがした。
再び、彼女の笑顔がぱっと咲いて、その言葉が風に乗り───
41 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時18分22秒
「そういや私もキミの名前を知らないや」
42 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時19分40秒
もういい。
暖簾に腕押し、糠に釘だ。
知識とも言えない諺が頭に浮かぶ。
ふっと振り帰り、私はそのまま帰ろうとした。
彼女は私を止めない。
それは当り前なのけど、私の気持ちが少し伝わったのかなと思った。
距離が開く。彼女が私に詰め寄る前くらいに。
「もう会わない!」と心で再度憤怒したところだった。
彼女の少し大きく張った声が、再び耳を通った。

「雨、止んでるよー」

いつの間にか止んでいた雨を教えてくれたのだ。
私の怒りの矛先でもあった、何処か余裕のある笑顔をまた浮かべながら。
43 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時21分32秒
「し、知ってます!今傘をたたもうと思ったところです!!」
「柴田あゆみ」
「何がですか!」
「名前だよ、私の。キミはー?」
「あさ美、紺野あさ美です!!もう帰りますから!サヨナラ!!」
「またねー」
44 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時22分27秒
アスファルトを強く踏みしめると、水が跳ね返って靴下を濡らした。
構わず速度を上げると、返る飛沫は更に激しさ増す。
けれども、気がつくと夢中になって走っていた。
何故、名前を叫んだのだろう。
この日最後に交わした会話を、私はあまり覚えていない。
なんだか懐かしく込み上げる記憶もあったのだけれど、それも微かに散布する霧のように薄く、
言葉にするにはまるで足りなかった。分からない。
今はただ、夢中になって走っている自分が居た。

それが分かっていただけだ。
45 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時22分57秒
>>21-44
46 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時23分39秒

◆◇◆
47 名前:- 投稿日:2003年04月28日(月)18時24分17秒
>>20
どうもありがとう
48 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月04日(日)13時02分07秒
ほぅ、相手はこの人ですか。
全然違う人を想像していた。
雰囲気が好きだな。続き読みたいっす。
49 名前:  投稿日:2003年05月10日(土)23時07分07秒
◆◇◆
50 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時08分10秒
おしゃれをする。
部屋の模様替えをする。
季節の節目はそれに似ていた。
景色は生きている。

一週間ぶりに訪れたその場所は、見間違えるほどの変化を帯びていた。
音も匂いも同じだったけれど、確かに違う色。
寂しい色だ。
けれども、私が目を伏したのはそのためじゃない。
理由は言わないけれど、そうじゃないんだ。
51 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時08分42秒
第三話 / いない

【 SIMPLE SKY 】
52 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時09分46秒
φ1

「どうしたー?溜め息なんかついちゃって」

溜め息を指摘された。
机に肘をつき、力なく口から零れたそれはどうやら大きかったらしい。

「ちょっとね。いろいろあってさ」
「らしくないよ。優等生がそんな格好で溜め息ついてたら何事だって感じ」
「からかわないの」

新垣里沙。
私が唯一、この学校で友達と呼べる女の子だ。
とは言っても、決して古くからの付き合いではない。
高校に入学して、同じクラスで、席替えしたらたまたま席が前後になったという、
ある意味友達に至るまでのセオリーを辿るべくしてできた友達である。
53 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時12分24秒
「あっ!ちょっとちょっと!これ見てよ!」
「んー?なに?」

と言いながら、彼女は雑誌を大きく開いて見せた。
彼女以外のクラスメイトとは、ずっと当り障りのない付き合いをしている。
勉強ばかりの学校生活を送っていた私は、中学の時も回りはそんな感じの人たちばかりだった。
受験の追い込みに時期になると、特別進学クラスと銘打った教室で放課後は勉強に励む。
「自分以外は敵」という意識を持った生徒ばかりの閉鎖的な空間だ。
公立に行くことが決定していた私は、特別そのような意識を抱いてなかったが、
他の人はどうやらそのようで、露骨に上辺だけの付き合いというのが感じられた。
まぁそんなものだろうと思っていたけど。
54 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時13分08秒
だからだろうか。
進学してからも特に友達を作ろうとは思わなかった。
上辺だけでもそれなりに上手くやっていけたし、ましてや深い付き合いではないから
当然、嫌な部分なんて見えも隠れもしない。嫌な思いをしない分、それはかなり楽だった。
「仲間がいるようで、限りなく一人に近い」という異様な囲いだ。
そんな人ばかりに囲まれた私だったが、彼女は少し特種だった。
その囲いを取っ払って私が彼女近づいたのには、やはりちゃんとした理由がある。

「『キュートスマイル爆発!噂のアイドル松浦亜弥デビュー』だって」
「ふーん、それがどうしたの?」
「これ、私がこの前受けたオーディションだよー。あーもう、悔しいなぁ」
「また受けたの?好きねぇ」

彼女には夢があった。それも物凄く大きな夢。
普通の女の子ならば憧れで終ってしまう『アイドルになる』というものだ。
55 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時14分00秒
「笑顔なら負けてないと思うんだけどなぁ。ほら、どう?ねぇどう?」
「まぁ…人それぞれだから…ね」

彼女は“自分”を持っている。
“自分”を持って、“自分”のままで私に接してくれたから、
私も錆びついて忘れかけていた扉を開いたのかもしれない。
眠りから目覚めたそれは、すごく心地良いものだった。
「上辺だけだから楽だった」というものから、「素顔の自分でいられるから楽」というのに
変わったのは、それからすぐのことだ。だから彼女は私の素顔を知っている。
無口で優等生面をした私の本当の姿は、結構というか、かなり捻くれた女の子だということを。
56 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時15分23秒
人間は勉強以外にも学ぶべきことが沢山ある。
もちろん、それは勉強よりも大切なこと。
勉強が全てだと思ったことはなかったけれど、改めて他にも大切なことは
いっぱいあるのだなと、日々、実感する。
「あさ美ちゃんはこの頃、思ったことを素直に顔に出すようになった」って、
彼女が誉め口調で言ってくれたことがあった。
意味は分からなかったけれど、良いことらしい。
だからということではないけれど、それからは素直に態度に出すようにしている。
そんな私を彼女はからかって笑うのだから、結局それが良いことなのか悪いことなのかは
分からないのだけど。
そして私は、溜め息をまた一つ零した。

「しょうがないなあ。じゃ、気分転換にお昼は屋上で食べるぞ!さ、ほら!」
「うあぁ、ちょっ、ちょっと!そんなに引っ張ったらこけちゃうよ!」

だけど、その溜め息が確信犯だったということは内緒だ。
57 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時18分22秒
φ2

走ったため、体が少し息切れを起こしていた。
購買でサンドウィッチとジュースを勝った後も、休むことなく走ったから。
一呼吸置いてから鉄製の扉を開ける。風がビュウと吹きつけてきた。

「うーん、気持ちいいー」

二学期が始まって一週間。
始業式以後、崩れてぐずついた天気は昨日までずっと続いていた。
久々の絵に描いたような快晴だ。考えることは皆同じなのだろう。
扉を開けて真っ先に飛び込んできたのは、この天気をのんびりと楽しむ生徒たちの姿だった。
58 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時20分22秒
「人、いっぱいいるね」
「昼休みに入ったのにあさ美ちゃんってばずーとあんな感じだったんだもん。
 そりゃダッシュしなきゃ良い場所は取れないよ」
「自分だって雑誌見てたくせに」
「あれはあさ美ちゃん待ちだったんだよ」
「よく言うよ」

機転良く振舞う子だなと思う。
きっと彼女は私と正反対の世界を見てきたのだろう。
それはとても羨ましいことだ。
でも口には出さない。何となく悔しいから。
59 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時22分24秒
と、いつの間にか彼女は隣から消え、数歩先で手招きをしていた。
どうやら良い場所が見つかったようだ。
日差しは麗らかで、優しい温もりをくれる。
大好きなヨーグルトパンは買えなかったけれど、そんなことを忘れさせてくれた。

予め彼女が用意してきた敷物を敷き、その上に腰を下ろす。
お尻がひんやりと冷たくごつごつしていたけど、それがまた心地良く思えた。
屋上から見渡せる景色を何気なく眺め、パックのイチゴミルクに口をつける。
景色は寂しく色付いていた。
春には見渡す限りに桜の鮮やかなピンクが広がり、『桜道』と呼ばれる校門前の通りも、
今では秋の到来が色濃く感じられ、なんだか無機質だ。
風の音もそう。何処か弱々しく肌を撫でていく。
冬になればもっと……
60 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時23分12秒
「ねぇ、さっきはどうしたの?」
「あ、あぁ。うん…」
「教室の端の方なんかぼーっと見てさ、なんだか遠くに行っちゃったみたい……」
「そんなことないよ」
「ひょっとしてだけど…好きな人でもできたか?」
「ち、違う違う!違うってば!!」
「冗談だよ、じょーだん」
「…」

私たちの何気ない会話が、秋晴れの空へと溶けた。
他の生徒たちの会話もそう。
途切れ途切れの雲が漂う秋の空に、全てが吸い込まれていく。
深みのある広がり方をしている。
その空に、私はため息の理由をしばし忘れた。
61 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時24分55秒
「あれ、それとも必死で訂正するところをみると、本当に好きな人とかできた?」
「あんまりからかってばかりいると、そのうち天罰が下るよ」
「おー怖い怖い」
「もうっ」

ため息の理由はそんな浮かれたものではなく、もっとくだらないもの。
あの場所で偶然にも高確率で連続遭遇した『柴田あゆみ』という人のせいだ。
あんな自己紹介の仕方なんてない。
一度聞いただけで、それに加えて頭にきているのに名前を覚えてしまっているのは、
余程インパクトが強烈だったのだろう。
腹が立っていた。それがため息に変わったのだ。
あの場所には行きたいのだけど、あの人に会ってしまう気がしてならない。
いや、確実に会うだろう。
こういう時の予感は、期待していないほど当るものだ。
しばらく様子を見てみよう。
そして出した私の結論は、少し遠回りの通学路を選び、あの場所を避けることだった。
雨が続いたというのもあったのだけど…
62 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時27分20秒
「相談、してね。一人で抱え込む必要はないから」

友達の前で素の自分を曝け出せるというのは、本当に心地良いことだ。
自分を受け入れてくれる人がいる。
改めて友達がいるということの大切さを、きゅっとした胸が教えてくれた。

「うん、ありがと」

頬を緩め、ちゃんと彼女の目を見て一言返す。
すると彼女はくすりと笑った。
それはさっき雑誌を開いた時に見せた笑顔よりも、断然輝いていた。
この笑顔は私しか見れないのだろう。
そう思うと顔が自然とにやけた。
それを見て、彼女はまた私をからかう。
錆びついた鉄柵が、風でかたかたと揺れる音が聞こえた。
その風が笑い声を攫って、また秋の空が吸い込んだ。
63 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時28分57秒
φ3

溜め息の理由が馬鹿らしくなって、つまらない意地を張るのはやめた。
遠回りの通学路は舗装こそ行き届いているものの、その名の通り遠いし、
途中にコンビニはないし、とにかく「あの人に会わない」ということ以外、
私にとってメリットは多くなかった。だからもうやめる。

久しぶりに歩く道はやっぱりいつもの帰り道で。
すれ違う犬と散歩させている飼主さん。
川を挟んで遠くの方に薄く見えるコンビナートの煙突は、休むことなくもくもくと
白い煙を吐き出している。一体何を作っているのか。
どれもこれも変わらない。
ただころころと、私の感情が起伏するだけだ。
やがて見慣れた風景画を切り取ったような景色に、私は足を止めた。
頬を撫でた風は、やはり弱々しかった。
その風が背中を押したかのように、ふと“あのこと”が頭を過った。
64 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時30分03秒

───ハイブリッドレインボウはまだ、姿を見せない


私がハイブリッドレインボウと出会ったのは、高校に入学してすぐのことだ。
出会ったといっても、それは人物とかそういうのではない。
入学当初、私は一人で学校巡りをしていた。この学校は長い歴史だけが有名なのではなかった。
一般開放されている大きな図書館が、学校の敷地内にあることでも有名なのである。
65 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時30分47秒
学校巡りの一環として、その大きな図書館にふらりと立ち寄った時のことだった。
あまりにも大きい造りの図書館は保存されている本の数も膨大で、
本といったら漫画くらいしか読まない私が「うわっ」と思わず声に出してしまったほどだ。
背丈の三倍くらいはある本棚に取り囲まれる。それはとても不思議な感じだった。
上段の方は備え付けのはしごに登って取るらしい。
口は半開きもいいところで、すれ違った人たちにはさぞかし間抜けな顔に見えただろう。
そんな状態で上を見上げながら歩いていると、重要著書保管室なる扉の前に突き当たった。
許可を受け、管理者の同行がないと入れない部屋らしいのだが、
施錠をし忘れたのか、その部屋は容易に私の入室を許した。
もっとも、許可だの管理者だの、入学当初の私はまったく知らなかったため、
「手を掛けたら扉が開いた」ぐらいにしか思っていなかったのだけど。
66 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時32分00秒
部屋に足を踏み入れるとすぐに空気の違いに気がついた。
湿気が篭らないようにしてあるのか、一定の温度に保ってあるのか、
とにかく特種な空調管理が施されている。
とりあえず室内をふらふらとしてみるが、何かを手に取っていないと“さま”になって
いないなどと、くだらない考えは横にあった本棚からおもむろに一冊の本を引き抜かせた。
だが、手にするなり伝わった重さのそれはやはり分厚いもので、すぐに後悔するのだった。
重要というのは昔の本だからという意味が主なのか、見てくれはずいぶんぼろい。
それでも埃一つ被っていないのは、それだけ歴史的価値がある本なのだろう。
私の価値観で天秤にかければ、漫画本の方が圧倒的に傾くけども。
とは言っても、いきなり戻すのは妙なプライドが許さない。
興味がないなりにもぱらぱらとページを捲ってみた。
67 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時33分50秒
竜の眼と呼ばれる宝石。
地球の最果てに生息する生き物。
空を飛べるという天使の靴。

随分と現実離れしている。
本の中には、御伽噺やファンタジーの世界に出てくるような物、言葉、名前、
生息地、現存地など、一つの種類につき一ページずつ丁寧な解説と共に記されていた。
それにしても分からない。
本のタイトルにさえ一瞥もくれず開いたんだ。分かるはずがなかった。
そしてそれは、その中の一つに過ぎなかった。
68 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時34分34秒

【 ハイブリッドレインボウ / [HYBRID RAINBOW] 】
・───じる力、感受性───心、───条件が合致───姿を現す───ている。
・空の───、太陽のオレンジ、雲───イト、草のグリーン、土のブラウン、花の───
・全ては───
69 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時35分32秒
わりと居心地が良い室内でぼんやりと本を眺めていた私は、注意が散漫していた。
いや、割りとどころではない。ここは時間がゆっくりと流れている。
暑くも寒くもない温度は、やはり空調管理によるものだろう。
それは日差しの柔らかい春の晴れた日を思わせる。
「優しい…」このままいれば間違いなく眠ってしまう、とかなんとか
ぼーっと考えていたその時だった。
鍵の閉め忘れに気付いて戻ってきた図書館の管理者に、私は注意口調で声をかけられた。

「そこで何をしてるの!?許可はもらったの!?」
「──!?あっ、うわっ、そのっ、ご、ごめんなさい」

それはあまりに突然だった。
後からというのもあって、さながらお化け屋敷のお化けが背後から奇襲といったところだ。
声に驚き慌てて本を元に戻すと、その勢いのまま私は逃げ出すように全力疾走し、
図書館を後にした。


───それがハイブリッドレインボウとの出会い
70 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時36分25秒
違う。本当は出会ってなかったのかもしれない。
はじめは見るなりいきなり注意してきた管理者に腹が立って、そのことで頭がいっぱいだったから。
確かに無断で入ったのは悪いと思うけど、私は何も知らなかったんだ。鍵を閉め忘れた方も悪い。
咄嗟に謝ったことを「なんだか損したなぁ」と思い返す度、理不尽な場面を要領良く
潜り抜けることができなかった自分が悔しい。
そう、あの日の出来事はそんな程度にしか考えていなかった。

それをふと思い出したのは、ベッドに横になって動かない天井と睨めっこしていた時のこと。
それからというもの、何かしらぼーっとしているとそれが頭を過る。
どうやら私は、人よりもぼーっとしていることが多いらしい。
だからその機会は増える一方だった。そしてハッとする。
優等生として、授業の最中やそういう時は気を引き締めているのだけど、
昼休みとか温かい日差しに少し油断したりして「危ない危ない」と思う。
71 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時39分03秒
だから、正確には『あの言葉が引っ掛かって仕方ない』だ。
別に出会いとか、そういった大層なものではない。
そのうち忘れるとも思っていた。
また、その曖昧なキーワードを解決しようと、図書館に足を運んだこともあった。
わざわざ頼んで保管庫にも入った。しかし、困ったことに本のタイトルが分からない。
訪ねてみると保管庫だけでも千以上のタイトルが並べられているという。
あの日、無意識に取り出した本棚の周辺を探しても、それらしき本は見当たらなかった。
言葉通り、本は私の前から姿を消したのだ。
「夢でも見たんじゃない?」と言われたが、この年になって夢と現実を混同させるほど
馬鹿でもないし、疲れてもいない。
あの時、無意識に流し読みをしていた自分に、心底後悔の念を抱いた。
こうして全てが謎のまま、今に至る。
72 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時40分10秒
危ない。また意識をそれに集中させてしまった。
何の解決にもならない考え事は、やっぱり止そう。
土手から見渡した景色が、圧倒的な存在感を放っていたから。
この景色を前にすれば、悩み、イライラなど、全てがちっぽけに思える。
「そんなことで心をすり減らすなよ」なんて、私に言っているような気がした。

久しぶりだ。この感じ。
一週間振りの光景に私の頬は緩み、嬉しさを堪えきれず走って土手を駆け下りた。
高く放り投げた鞄は大きく半円を描き、やがて地面へと落下する。
衝撃が勢い余って、教科書や筆箱が散乱した。
そんなことには気も留めず、川原の方へと近づく。
緑の絨毯はここ数日で色を変えた。
寝転べばきっとガサガサしていて、背中をちくりと刺すだろう。
今日からは川の流れを楽しめばいい。
73 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時41分38秒
四季折々の表情を見せるこの場所は、何だか生きているみたいだ。
だから寂しさを感じ取れたのかもしれない。
景色は求めていた。何かを。寂しさを埋める何かを。
風がそうやって聞こえたけど、残念ながら私には分からなかった。
単にこの哀愁は季節の移り目だから、というだけではなさそうだ。
季節を唄う吟遊詩人ではないけれど、少なくとも私はそう感じた。
一週間前に訪れた時は雨だった。
どす黒い雲に見下ろされて、間違いなく今日よりも沈んだ空模様だったはずだ。
でも今日のような寂しさは感じられなかった。
一週間前は満ちていて、今日は足りないもの。
或いは、今日居ない、パッションレッド───
74 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時44分30秒
「なんでだよ…ばか…」

たちどころに気持ちの昂ぶりが萎えてしまった私は馬鹿みたいに深く息を吸い込み、
ただ青だけになったシンプルスカイへと吐き出した。
確かに、今日は運良く彼女の姿を見かけなかった。
だけど、それが何だというんだ。
彼女の存在が景色の寂しさを左右するだなんて、それこそ馬鹿らしい考えである。
加えて腹が立っているというのに、それはないだろうと選択肢から真っ先に外した。

それじゃ、なぜ?

彼女と連続して会ったのは偶然。自分が気にし過ぎていただけなんだ。
そうやって気持ちを振り払うために川へ向かって石を投げたけれど、
一度も跳ねることなくポチャンと惨めな音を立て沈んだ。
いつもの子猫もいなければ、川鳥の囀る声も聞こえない。
無音の寂しさ。
これは季節のせいだと思いたい。
この場所で感じる季節はどれも初めてなのだから、きっとそうだ。
75 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時45分20秒
「そうじゃないのかなぁ。そうであってくれないと困るんだけどなぁ」

今日何度目かの大きな溜め息をつき、私はその場所を後にした。
空は溜め息を吸い込んではくれなかった。
シンプルスカイに溜め息は似合わないとでもいうのか。
そんな洒落た言葉など、まったくもっていらなかった。
76 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時45分51秒
>>50-74
77 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時46分26秒
失礼。
>>49-75
78 名前:- 投稿日:2003年05月10日(土)23時47分44秒
>>48
どうもありがとう。
今は不定期更新になってしまいがちなので
生温かく見守ってやってください。
79 名前:- 投稿日:2003年05月12日(月)00時39分13秒
訂正
>>57
L3 勝った×→買った○
80 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月28日(水)10時50分13秒
さすがです、ただただ雰囲気に飲まれてしまいます。
マターリと続きお待ちしています。
81 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月29日(日)21時03分26秒
保全
82 名前:172 投稿日:2003年07月21日(月)10時51分59秒
保全
83 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月22日(金)20時31分15秒
保全
84 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/17(水) 09:23
85 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:11
◆◇◆
86 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:12
天使、お化け、幽霊。
どれも宙に浮いていて、或いは飛ぶことが出来て、また消えることも出来る。
小さい頃に読んでもらった絵本によって、そんなイメージが擦り込まれているのだろう。
現実に存在しないことは分かっている。不思議体験のドキュメント番組には、滅法興味がない。
だけど、貴方がそうだというのならば。
貴方は空を飛べるのですか?
最近、姿を見ないのは、消えてしまったからなのですか?
天使、お化け、幽霊。
それは私の中で限りなくゼロに近い存在。
87 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:13
第四話 / 気まぐれ天使

  【 Gift 】
88 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:13
φ1

かさり、と渇いた音がして、私は下を見た。
生命の終り、枯れ葉を踏みつけたのだ。
日増しに冷たくなっていく風を受け、バーバリーカラーのプリーツスカートが揺れた。
そうして一人、嘗ての桜道を歩いている。
小さな石ころを蹴飛ばす学校の帰り道。隣には誰もいない。
同じ通学路の友達がいないから。
そもそも友達自体の絶対数が少ない私なのだから、当然のことだろう。
学校では絶対やらない鼻歌を軽快に口ずさむ。下を向いて、石を蹴飛ばして。
朝は何かと慌しいのだけど、ゆっくりと流れる時間を気楽に歩ける帰り道は好きだ。
朝とは違った顔を見せる通学路は、静けさ故に寂しい景色だった。
89 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:14
あの雨の日以来、『柴田あゆみ』とは会っていない。
それは望んでいたことだった。平穏無事な生活を乱された後、再び訪れた静かな日常。
彼女はあまりに波風が立たない私の日常を、台風のように通り過ぎた突風だ。
でも、ああいった出来事もたまには良かったかもしれない。私の日常には刺激が足りなさ過ぎるから。
もっとも、彼女のような人と何回も出会ってしまうのは迷惑な話なのだが、久しぶりに大声で叫んだ
り、学校では絶対出さない“じ”が顔を覗かせたり。今思うと少し気持ち良かったなんて思う。
そういう意味では、彼女に感謝しなければならないかもしれない。
90 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:15
その気持ちが強くなっていくのは何故だろう。

彼女は突風で、私の日常に波風を立てたそれ以上の何でもなくて、けれどあの場所へ行く度に
彼女の影を探してしまう自分がいた。もちろん、会ってもケンカ口調で、怒りをぶちまけるだけだと
思う。もしかしたら会話さえも交わさず、無口を決め込むかもしれない。
ふと、少女コミックで読んだことのあるフレーズが過ぎった。

「ある日突然、目の前に素敵な王子様が現れて、平凡な世界から私を連れ出してくれる───」
91 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:16
私の中学時代は、今よりもっと平凡な日常だった。
高校生になって、少ないけれど友達が出来て、あの場所を見つけた今を「つまらない」と思ったこと
は一度としてないけれど、中学生の時は本当につまらなかったと断定できる。
勉強だけが取り柄で、友達はテレビと本だけ。少女コミックのヒロインが繰り広げる学園生活を
とても羨ましく思っていたことを覚えている。それが有り得ないことだと分かっていてもだ。
現実的に一歩退いて冷静にコミックを読んでいても、自分をヒロインに重ねてみたり、
ヒロインが言った言葉を何処かで期待していた自分が存在していた。
そんな自分はとうの昔に消えてなくなったのだけど、ここ数日、頭の中を昔の自分がぐるぐると
回っている。もしかすると、疑似願望が再び芽生えたのだろうか。
馬鹿馬鹿しいとは思うのだけど、やっぱり消えてはくれなかった。
そういう時は決まって自分にこう思い込ませる。
あの日、逃げたのは私の方だったけど、どうも勝ち逃げされたようで悔しいから、
だから、もう一度会いたいんだって。会って、そして……
あれ、私は何がしたいのだろう。
92 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:16
そして今日も、流れる川をみつめる。
中途半端に葛藤する自分に呆れながら、川越しに映る街を眺める。
そんなことが頭を巡る自分に腹を立てながら、橋を通る車の排気音を訊く。
オールドブラウン一色のステージは夕焼けの空が橙に染め、それに応える様に地面は金色に輝く。
様々な色に変化して見せる景色は、私達と同じように血が通っているみたいだった。
どうしようもない切なさが体の温かいところを矢のように突き抜けると、
一体感のようなものを感じた。
秋が唄う寂しさに、頭の中の靄けがシンクロしたとでもいうのか。
沈思しながら独りポツンと立ち竦む。
93 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:17
そんな私に、風が正面から勢いよく吹き付けた。
風が地を這って塵が舞い上がると、私は手で顔を覆い、目を細める。
今度は足元から。スカートは自然ともう一方の手で抑えていた。
風は強く、川原で水を浴びていた鳥達が一斉に空へと羽ばたいていく。
何が起こったのか分からない程の風の勢いに、一瞬、私は意識は飛んでいた。
風がおさまると、私は目を疑った。
風が運んできたオータムギフト。

私の目の前に『柴田あゆみ』が立っていた。
94 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:17
φ2

音さえ立てず、彼女は静かに姿を現した。
細い腕を後ろに回して、人形のように柔らかそうな髪を風に踊らせて。
川が跳ね返す太陽の光は決まった形を持たず、幾多の菱が舞台を舞う。
今この瞬間、ここにある全てが彼女を構成しているようだ。
多分、私がぼうっと惚けている間に、彼女はここに着いたのだと思う。
瞼を柔らかく細めて笑い、おどけた。
95 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:18
「紺野ちゃんオヒサー」

左手をおでこから「よっ!」と挨拶せんばかりのポーズで、意気揚々と私に声をかける。
彼女は決して、束縛などされることはないのだろう。
自由人、お仕事をサボって雲の上で堂々と昼寝をしている天使、そんな言葉が頭に浮かんだ。
川辺の方を向いて、後ろで手を組んで、水面を覗き込むように眺めている。
また、彼女のそんな姿に、私は自然と目を奪われていた。

「あ、れ…こ、紺野ちゃんって、何で私の名前を知ってるんですか!?」
「えー、なんでってぇ、この前教えてくれたじゃーん。こ、ん、の、ちゃん」
「なっ!わたし!」
「ん?」
「そう……だっけ……」

空を向いて考えて、「あっ」と納得する。
目を少し逸らせた隙に、気まぐれ天使はまたクルリとシルエットを反転させ、
今度は高架下の茂みの方を向いていた。
96 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:19
一枚上手だ。
秋を早く感じた草は既に葉を硬くし、カサカサと寂しく揺れる。
その間からひょっこりと子猫が顔を出した。
白くてふわふわした小さな猫なのだけど、親からの遺伝なのか、頬のあたりに一つだけ大きくて
黒い円模様がある。この川辺に来るとよく見かけるのだが、遠くにいるだけで私が声を掛けても
寄ってはこなかった。

「ブチー、ちっちっちっ、こっちこーい」

子猫の存在に気が付いた彼女はその場にしゃがみ込むと、"ブチ"と呼んで舌を軽快に鳴らした。
人差し指を上下に揺らしたり、円を描いたり。
97 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:20
「へぇ、そういう名前なんですか」
「んー、知らない」
「はい?でも今"ブチ"って」
「右のほっぺに黒ぶちがあるから"ブチ"。」
「……」

まともな返事を期待した私が馬鹿だった。
本当に一枚上手で、思うに、私は手の平でいいように遊ばれている。
でも不思議と、出会った日のような嫌な気分ではない。
彼女は猫とじゃれ合い、また変わらず、私ともじゃれ合っているような感覚なのだろう。
その後、私たちは何気ない会話を交わした。
変な意地を張ってしまうと思っていたのに。
何かと遊ばれているようには感じたけども、怒る私も本気ではない。
都合が悪いと天使は猫を抱き上げ、話の方向を曲げてしまう。
何故かそれも、自分の中で受け入れることが出来てしまった。

理由は考えなかった。
多分、簡単に見つけられるものではないと思ったから。
98 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:21
彼女が抱く猫に向かって「ブチ」と呼んでみたが、やっぱり猫は振り向かなかった。
けれど、それはいつもの猫が振り向かない日常とは少しだけ違っていた。
私の言葉に彼女が笑って、こっちを見てくれたのだから。

翌日も、またその翌日も、気まぐれ天使は川辺に立っていた。
翌日も、またその翌日も、私の瞳の中には彼女が映っていた。
ごく当たり前の、肌寒い秋の空気に包まれて。
99 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:22
φ3

「いつもいますね」
「紺野ちゃんもねー」

雨で台無しになった土曜日。
その雨が嘘だったかように、秋晴れの晴天が広がった日曜日。
普通に週末が過ぎ、また学校が始まった。
そして私はここにいる。
では彼女は、何を思ってここにいるのだろうか。
私が話しかける時、彼女と目を合わしていることはまずなかった。
偶然、彼女が何か別のことをしている最中に話しかけている私が、一方的にそう思っているだけ
なのかもしれないが、再会してからというもの、その偶然は必然かのように重なる。
何度かこっちを見てくれたことの方が、偶然とするのに相応しいかもしれない。
今日は猫が顔を覗かさなくて、彼女は川辺に転がる丸い石を拾っては集めていた。
100 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:22
「日曜日は何処かへ出掛けました?」
「んー、ちょっと高いところで空を見てた」
「山、ですか?」
「雲の上」
「あまりからかわないでください」
「ははは」

私の観念の中で自由人である「柴田あゆみ」は、本当に自由気ままな仕草で振舞う。
もちろん、私は彼女のことを名前以外何も知らないし、彼女も私のことを何も知らないだろうから、
互いの全てはファーストインプレッションからのイメージと観念から成り立っていた。
普通の会話でさえ上手くはぐらかされているのだ。
身の上のことを聞いたところで、まともな答えは期待できそうにない。
誰かに「一体なんなんだ」と聞かれれば、「ただの浅い、こんな関係だ」と答える。
彼女の目的はどうであれ、私の目的は探し物を探すことだし、私にとっての彼女は
そのラインの線の上に、或いは外れたところに存在しているただの女の子に過ぎない。
会ってしまうのは、これもまた、偶然という言葉で括ってしまってもいいのだと思う。
偶然は日常に変わり、今日も彼女はここにいる。
101 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:23
「石、そんなに集めてどうするつもりなんです?」
「これ見てよ」

そう言うと、彼女は白くて偏平した石を私に見せた。
お煎餅のように割れてしまうのではないかと思うくらい、それは薄かった。

「転がっているのは不格好な石ばっかりだけどさ、みんな違う形なんだよね」
「ですね」
「これってさ、何気にすごいことだよね」
「そうですか?」
「人間と同じじゃない?」
「つまり、人間も唯一無二の存在だと。まぁ確かにそうですけど、じゃ、その白い石を見せた意味は?」
「この石はね、色白で、細身で、みんなの憧れなのね。石ころたちの王子様なの」
「形容が飛んでます」
「いいじゃん、いいじゃん。でね、私が川辺のたーくさんの石ころの中からこの白い石を見つけたように、
 世の中のたーくさんの男の子の中から、女の子は王子様を見つけなきゃならないのだ」
102 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:24
一瞬、そう言う彼女を疑ってしまったが、顔は頗る得意気だ。
相槌を打つようにブチが鳴く。
彼女の年はいくつなのだろう。
その子供っぽい仕草だけを見ていると、私より年下っぽく感じられた。
もちろん、そうじゃないことは分かっている。
出会う時はいつも私服だし、高校生でもないと思う。
私服の高校という考えもあるが、この町に該当する高校はなかった。

それくらいなら、多分、答えてくれそうな気がする。
103 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:24
でも私は聞かなかった。
彼女を彼女のままで見ていたいから。
ここ数日間、彼女とは毎日のように会った。
空気のように軽い会話をして、時に一方的で、時に返事を空かされた。
出会う前から、ずっと彼女はこんな人なのだろう。
変わったのは私だ。
私は数日の間に、この人の存在を認めてしまった。
それがどういう意味なのか、詳しくは説明できないのだが、
例えば学校の先生なんかは枠外で、話をしたことのない人も含め、クラスメイトは枠内になる。
なんとなく、だけども。
104 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:25
クラスメイトは始めはそんな関係の人も沢山いるけど、
年末や年度末になれば皆それなりに仲の良い友達だ。
私は彼女との間にほんのりと、そんな予兆を感じた。
後ろに座って背中を見ているだけだけど、横に並んでもいいかな、なんて。
でも今はまだ、普通の紺野あさ美と柴田あゆみ。
ちっぽけなものだと考えていたものは、とても大切な、忘れかけていた気持ちなのかもしれない。

翌日、ここに来たとき彼女の横で知らない女の子が笑っていて、そう思った。
そんな気持ちが強くなった。
105 名前:  投稿日:2003/10/07(火) 18:26
>>86-104

ごめんなさい。
生きています。
106 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/08(土) 06:04
楽しみにしているので、
いつも
いつでも
いつまでも
待ってます。
107 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/10(水) 22:58
作者さん期待age。
好きな話ですので、頑張ってください。
108 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 12:56
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/05(月) 17:48
110 名前:名無し娘。 投稿日:2004/02/04(水) 02:22
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/04(木) 22:15

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