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銀河鉄道の夜

1 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時42分59秒
たぶん、その時の私の顔は最低だったと思う。
涙でマスカラは剥ぎ取られ、目を真っ赤に腫らし、荷物を抱えていた。
表通りを泣きながら歩くその姿は、誰がどう見ても、男に捨てられた女だった。
でもそれも間違いじゃないからしょうがない。帰るあてもない。こんな時、助けてくれる友達もいない。
人生最悪の夜。でもそんな夜、人生を変える出会いが待っていた。
2 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時43分59秒
#1.泣きっ面に家出少女


「吉澤ひとみ」
事務的に名前が呼び上げられる。すると少女は事務的に席を立ち、事務的に用紙を受け取る。
赤い線ばかりのその紙は、彼女の不真面目さを示すのに充分だった。

まあ、勉強どころか、授業すら聞いてないんだからしょうがないか、と窓の外を見ながら雲に愚痴る。
雲はとどまるところを知らないように、どこまでもどこまでも続いている。
その雲に一種の憧れのようなものを感じる。毎日に縛られている自分がなぜだかちっぽけに感じてしまう。
ため息とともに姿勢はくずれ、教師の目などお構いなしに机に伏せる。そして睡魔が襲い来る。
吉澤の意識が戻ったのは、授業の終了を告げるチャイムが鳴った時だった。
3 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時44分33秒
−−−

昼休み、屋上のコンクリートに吉澤の姿があった。
寝転がりパンをかじり、起き上がって牛乳を飲む。その姿は、ダラダラという形容詞そのものだった。
その視界に、否応なしに入ってくる白と空色のコントラスト。それは、どこか遠くへ行ってしまいたい衝動に駆られる。
そして彼女もその一人なのだが…
4 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時45分15秒
「なんで屋上なのさ」
突然の呼びかけにも、「んー、別に。晴れてたから」と、振り返ることもなく答える。
「そんなさ、屋上で青春しながらパン食うなんて、最近、ドラマでだってみかけないって」
近づいてきた少女は、隣に腰掛けながら文句をつける。
「てかさー、なんかよっすぃー最近変だよ。前みたいに家の人とか先生とかの悪口言わなくなったし」
「それで変、なの?その言い方は失礼だね。ま、あたしに言わせれば、ごっちんはいつも変だよ」
ごっちんと呼ばれたその少女は、「まず遅刻しすぎでしょう。それにね」と続ける吉澤を無視してしゃべりだす。
「なんか、たくらんでたりとかしないよね」
一瞬、どきっとするが、またダラけた表情に戻る。
5 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時45分55秒
ごっちんにだけは言っとこうかな。
またそんな考えが浮かぶ。何度も考えたことだ。
でもこれはあたし一人の問題だ。少なくともこれ以上ごっちんに迷惑はかけれないよ。
あっちに行ってから落ち着いたら連絡すればいいんだよね、と心で呟き立ち上がった。
「たくらんではいるね」
「え?」
「これから教室のごっちんのバックの中の手作り弁当を盗み食いしちゃおう、とかね」
「ちょ、ちょっと待ってよー」
そう言われるより先に、吉澤は走り出した。
6 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時46分27秒
◇ ◇ ◇

時計が正午を過ぎてまた進む。
デパートの一角を占めるこのファミリーレストラン。そのつまらない業務をこなす中に、一人幸せそうな少女が混じっていた。
名札に石川梨華、と書かれたその少女は口がにやけるのを抑えるのに必死だった。
コーヒーとチョコレートパフェを運ぶ足取りも、心なしか軽い。それには理由があった。
7 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時46分57秒
同棲している彼氏に嘘をつく。それは決して相手を傷つける嘘ではなくて。
今日は付き合い始めて一年の記念の日。
しかし出張で東京に泊まる彼。そのホテルにおしかけようという作戦なのだ。
秘密にしているから驚くだろうな。
いつもビックリさせられる側としては、驚く顔が見てみたいという単純な考えだった。
タバコの煙と厨房の煙をかきわけながらも、頭にはそのことしかなかった。
何着てこうかな。今夜の洋服が頭を駆け巡る。

石川は今、純粋に幸せを感じている。ただ純粋に。
これからおとずれる結末なんて知る由もなく…
8 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時47分27秒
◇ ◇ ◇

列車が止まり、ドアが開く。ごったがえす人のなかに、吉澤も紛れていた。
なにもただ一人の少女が電車から降りてきただけだ。でもここは東京。家から数百キロ離れた、東京駅なのだ。
不自然に大きなバックが、事の重大さをものがたっていた。
時は四時間前にさかのぼる。
9 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時48分09秒
吉澤はいつもとなんら変わらず、家の鍵をあける。
そしてただいまも言わず靴を脱ぐ。親は二人とも仕事で、声をかける相手なんていないのだけれど。
違っていたのはそれから。
自分の部屋に入り着替えたかと思うと、あらかじめ準備してあった大きなバックを二つ持ち、また玄関に戻る。
そして鍵をしめると駅に向かって歩き出したのだった。
10 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時48分43秒
人はこの行為を家出、というだろう。
吉澤は電車から降りると、妙な爽快感をおぼえた。もうレールに縛られはしない、と固く誓う。
そうこれは彼女に言わせれば家出ではない。毎日からの「脱出」なのだ。

とはいえ、そんな「自由」に浸っていてもしかたがない。
こんな大きな荷物をもったまま駅にいても邪魔なだけだ。
とりあえず予約しているホテルに向かった。
11 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時49分13秒
−−−

そのホテルは前から探しておいた東京でも安いホテル。
高校二年から一年近く明け暮れたバイトで貯めたお金。それは全てこの計画のためだった。
親から拝借したのもあわせれば、二、三日のホテル暮らしも容易い。
そしてその数日で、つてを使い今後の生活を決めていけば良いのだ。

だからここでも我慢しよう。
ベットとかろうじて存在するソファと、それによりほとんどスペースがない部屋を見てそう思うのだった。
12 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時49分44秒
荷物を置き、服を着替え、ベットにダイビング。
そして腹がグゥー、と鳴る。

とりあえず道路を越えた先にあるコンビニへと足を運んだ。
適当にパンと飲み物を選び、レジを通り、自動ドアをくぐりぬけ、またホテルへと急ぐ。
節約のため地下鉄と歩きだけでホテルまでやって来たので、足も疲れていた。
注意力が低下していたのかもしれない。
曲がり角で、一人の少女とぶつかってしまった。
コンビニの袋が落ち、手に持った缶ジュースが体にかかる。
自分にも落ち度はあったのだけれど、謝りもせず通り過ぎようとする少女を吉澤はひきとめた。
13 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時50分17秒
「ちょっと、待ってよ。こっちはコーラかかってんだけど」
少女は立ち止まる。しかしそれ以上は何もしようとしない。振り返りさえしないのだ。
「ねえ、聞いてんの」
肩に手をかけ無理やりこっちを向かせる。しかし彼女の顔をみて手が離れる。
「え…。泣いてんの…」
そう言った瞬間、少女は吉澤は抱きついた。そしてその腕の中でワンワンと泣き出したのだ。
14 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月01日(木)16時50分53秒
この奇妙な出逢い。それが吉澤と石川の物語の第一話。
道行く人が好奇の眼差しを向けるなか、映画のワンシーンのように二人だけが道路に取り残された。

ただ立ち尽くす吉澤に泣きつく石川の涙は、当分やみそうになかった。


15 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月01日(木)22時13分13秒
綺麗な文が惹かれますね〜
期待しております
16 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時19分38秒
#2.窓からの風景


なぜ今ここに私はいるのだろう。
シャワーが跳ね返る音を聞きながら、石川は徐々に冷静になってきた。
顔も知らない人と同じホテルの一室にいる。しかも相手はシャワーを浴びている。
これはかなりまずい状況なのではないか。今更ながらそう思う。
せめてもの救いは、相手が女ということか。いや、しかし、女だからといって油断はできない。世の中にはいろんな人がいるのだ。
17 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時20分24秒
バタン。
急にバスルームのドアが閉められ、その音に反応し身を跳ねらせる。
中からジャージ姿の吉澤がでてきた。

「あれ、だいぶ落ち着いたみたいだね」
吉澤が髪をふきながら話しかける。
「…はい。ホントすいません。なんかパニックになっちゃったみたいで」
そう言いながらバックを持って席を立つ。次に出そうと思った言葉は「それじゃあ」だった。
しかしそれは遮られることになる。
18 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時21分20秒
「あのさ」
「はいっ」
「何で泣いてたの」
一瞬流れる沈黙。そのあと、「あー、ごめんごめん」と続く。
「なんかデリカシーのないこと聞いちゃったね、あたし」
「いえ、その…」
「違うんだ。今日東京でてきたばっかりで、一人なんだ。だからなんか話がしたくてさ」
「そ、そうなんですか」
「なんかこうしてここにいるのもなんかの縁じゃん。だから今夜一晩付き合ってくんない?」
19 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時21分51秒
全く面識のない人、それもいきなり泣きついてきた不審人物を自らの部屋に入れ、しかも話そうと誘う。
それは田舎もんの特徴かもしれないし、吉澤自身の人間性かもしれない。
しかし一番大きいのは、このまま他人に戻りたくないという、なんとも不思議な感情だった。
それを尻目に石川は、付き合うってのは何をされてしまうのだろう、というわけのわからぬ不安を抱えていた。
20 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時22分21秒
「私なんかでいいんですか」
恐る恐る聞いてみる。すると吉澤はイスに腰掛けながら話す。
「あのさ、敬語やめない?」
「え?」
「だから、堅苦しいじゃん。もっとこうフレンドリーにいこうよ」
「フレンドリー?」
「そう。もっとこう、肩の力抜いてさー。あっ、名前は?」
自分が名乗ることなんて忘れて、相手の名前に興味津々である。
「石川梨華っていいます」
「ほらー、また敬語。まあいいや。あたしは吉澤ひとみ。よろしくね」
そう言って差し出された手に少し怪訝そうに手を重ねる。
21 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時22分51秒
「さっきから気になってたんだけど、なんか警戒してない」
「……」
「…言っとくけど、あたし女の子を襲ったりしないからね」
その言葉を聞き、石川はホッっとため息をつく。それを見た吉澤は、
「ちょっと待ってよ。あたしってそんな人に見える?」と、さも心外だといわんばかりに続ける。
「だっていきなりシャワー浴びるんだもん」
石川も負けずに対抗する。
「それはそっちがコーラかけたからでしょー」
「初めて会ったのにすぐホテルに連れ込むしさ」
「連れ込むって、いきなり抱きついてきたのはそっちじゃん」

そこで二人は言葉に詰まる。
「でも、やっとタメ口きいてくれたわけだし」
吉澤はまたイスに腰を下ろす。石川もつられて向かい側に座る。
二人の間に流れる空気は、さっきより少しだけやわらかいものになった。
22 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時23分22秒
「あー、なんかのど渇いちゃった」
そう言いながら、吉澤は冷蔵庫を開けた。
「うわー、高っけー」と、手が伸びない。すると、
「あ、飲み物ならあるよ」と言って石川はバックの中からチューハイを二本出した。
「何入ってんの、そのバック」
「いいからいいから」
缶をテーブルに並べると、勢いよくプルタブを開ける。
かんぱーい、という声とともに缶がカチリと音を上げた。
23 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時23分57秒
−−−

「だからー、ひとみちゃんは何もわかってないんだって」
もうまともに歩けなくなった石川をベットに連れて行く。
テーブルには焼酎を割るために、結局あけてしまった冷蔵庫の缶ジュースが散らばっていた。
吉澤より量は飲んでいないが、もう石川はベロンベロンだ。
「自分から飲みだしたくせに、弱っ」
ベットの上で、あー、と呻き声をあげる石川にその言葉はもう届いていなかった。
24 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時24分32秒
「くるしいっ」
その言葉を聞き、慌ててビニール袋を探す。こんなところで吐かれたら最悪だ。
袋を持ってかけよると、石川は服を脱ぎだしていた。
苦しいってそっちかよ。
呆れかえった吉澤が、「何してんのっ」とツッこむと、
「いやあーん、ひとみちゃん、私を襲う気?」と返す。

「もう、夜風にでもあたって頭を冷やせ」
吉澤がカーテンに手を伸ばす。その裏に隠されていた夜景が窓一面に広がる。
眠らない街が静かに本性を現している。
25 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時25分07秒
「あれ、あれっ、開かない」
吉澤自身も酔っているため、うまく窓を開けることができない。
「ねー、梨華ちゃん。この鍵さー…」と言いながら石川の顔を見て、言葉を失う。
彼女の頬に一筋の涙が伝っているのだ。
「ど、どうしたの」
道路の時とは違い、ただただ瞼からこぼれだすようだった。
「さようなら」
その言葉の意味がわからず、「え?」と聞き返す。
「さようなら、本当に好きでした」
涙は止まることなくいくつも流れた。
26 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月05日(月)01時25分39秒
そして吉澤は理解した。
さっきまで石川の恋愛経験を散々聞かされた。最後に、「そして今日フラれたのー」と明るく話していたが心の奥では辛いのだ。
当たり前だ。見ず知らずの人間にいきなり泣きつくほど混乱していたのだから。
その振られた場所が近くのホテルだと言っていた。そのホテルが今ここから見えるのだろう。

しかし吉澤には関係ない。
そもそも数時間前に出会ったばかりの少女の過去の恋愛を心配するほうがおかしいのではないだろうか。
だから、関係ない。
けれど胸がしめつけられた。なぜか吉澤の心は石川によって痛いほどしめつけられた。

何もできることがなかった。こうしてただ涙を流す彼女を見守ることしか…
27 名前:書き手 投稿日:2003年05月05日(月)01時27分05秒
あいさつもなしに失礼しました。これで二話のちょうど半分です。
感想、ありがたく読ませていただいてます。
ゆっくりと更新、長い期間の連載を考えてるので、のんびりお付き合いください。

あ、あとタイトルかぶっちゃってごめんなさい。
28 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月05日(月)18時10分05秒
これから二人はどうなって行くんでしょうかね?
続き楽しみに待ってます♪
29 名前:書き手 投稿日:2003年05月15日(木)00時13分10秒
−−−

朝起きると隣に梨華ちゃんの姿はなかった。
散らかっていたはずの部屋もきれいに片付けられ、テーブルの上にはメモが置いてある。
サヨナラも言わず、彼女は行ってしまった…
30 名前:書き手 投稿日:2003年05月15日(木)00時13分59秒
――ということがしたかったのだろうか。
石川は吉澤がまだ目を覚まさぬうちに、荷物をまとめていた。格好良く立ち去るために。
テーブルの空き缶も袋に詰めて捨てようとしていた。
しかしそんなにうまく事を運ぶことなど彼女にできるはずもなく、空き缶の詰まったゴミ袋を思い切り蹴ってしまった。
派手な金属音によって吉澤は強制的に起こされた。

「おは、よう。…梨華ちゃん?」
そういいながら目をこすって体を起こした。
31 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時15分59秒
「ごめん、ひとみちゃん。うるさくしちゃったね」
「うん。…ていうかなんで着替えてんの?」
「……」
「あっ、荷物もまとめてるし。…さては帰ろうとしてたな」
「え、いや、うん。だっていつまでもいたら迷惑でしょう?」
「なにいってんの、あたしから誘ったんじゃん。それに帰るとこないんでしょう?」

信じられないくらい優しい気遣い。涙がでそうになる。でもここで甘えちゃダメだ。
32 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時16分52秒
「彼氏んところには戻れないけどさ、いったん実家に帰ってみるよ」
「あ、そっか。そうだよね」

強がってしまった。今更のこのこと実家になんて帰れないのに。

「でも、ありがとね」
「なにが?」
「いや、だって見ず知らずの私なんかにこんなに優しくしてくれてさ」
「なーに、困ったときはお互い様だって。それに…」
「それに?」
「なんかさ、こう、ピンときたんだよね」
「なにが?」
「わかんないけど、こう、ひらめいたみたいな」
「なにそれ」
「あー、笑うなよ、梨華ちゃん。笑うなってば」
33 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時17分38秒
きのう出会ったとは思えないほどに二人は打ち解けていた。
吉澤ももう少し一緒にいたいがために引き止めたのだったが、そこは食い違ってしまったようだ。
でもおしゃべりに火がついた二人は、このあと二時間話し続けることになるのだが…
34 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時18分13秒
−−−

「じゃあね」
「うん、それじゃあ、ね」
二人は顔を見合わせると、互いに動きが止まる。

石川はふと、泣きそうな自分に気がついた。
ただ一晩いっしょに飲んだだけじゃん。
自らに問いかける。確かに一晩話しただけなのだ。しかしすごく悲しい気分になる。
それは隣にいる吉澤も同じだった。
35 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時18分51秒
あふれかえる人の波の中で偶然出会った二人は、夜を越してまた人の波の中へ戻っていく。
そんなことを思わせるバス停前の人ごみ。
そして二人の心の準備ができる前に、バスはやってきてしまった。

繋いだ手を離し、石川はバスに乗り込む。そして一番前の窓から顔をだす。
36 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時19分52秒
「楽しかったよ、ひとみちゃん。ありがとね」
精一杯さりげない言葉を紡ぐ。
「梨華ちゃん…。うん、またいつかどこかで会おう!」
照れ隠しの男口調で誤魔化した。

バスは動き出した。
手を振り続ける石川の心の中では、「またいつかどこかで」というフレーズが何度も繰り返されていた。
バスの窓からは時速60キロで街並みが映し出されていた。

吉澤は部屋に戻ると、初めに入った時にはあんなに狭いと感じたこの部屋に、なぜか余裕を感じてしまう。
窓から見える都会の風景は、昨日の夜とは違い穏やかなものに戻っていた。

37 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時20分41秒
あの夜のことは忘れられない。
梨華ちゃんとは出会いからして突然だったね。
東京での初めての夜。
あたしの住んでいた町とは比べものにならないほど、明るいネオンや途切れない車道。
でもそんなものよりも梨華ちゃんとの出会いはあたしを驚かせたんだ。


38 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時21分56秒

#3.『星に願いを』


コーヒーカップから湯気が立ち上る。
インスタントだからポットから直接注がれたであろう熱湯のせいで、まだ口にするには早過ぎる。
そんなコーヒーに砂糖が加えられる。一杯、二杯、三杯、四杯…。
いくら熱湯だからといって、もしかしたら溶け残ってしまうのではないかというくらいの砂糖の量。
39 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時22分35秒
「いや、いくらなんでも入れ過ぎでしょ」
「なにが?」
「おさとう」
「え?普通だよ」
「あっそう。まあ、いいけどさ」

それ以上踏み込んでも頑固な石川は絶対にゆずらない。
そればかりか意地を張って、もっと砂糖を加えてしまうかもしれない。
そんな打算をして一歩引く柴田は、石川より少しばかり大人だ。
40 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時23分07秒
「いや〜助かったなー。柴ちゃんが帰っててくれて」
「こっちはちっとも嬉しくないよ。男に捨てられた女に家に居座られたんじゃ、ろくなことないよ」
「ひっどーい。こっちはまだ傷も癒えてないくらいなんだから」
「はいはい、そうですか」

柴田は高校を卒業してすぐに一年の留学を始めた。
そして日本に戻ってきて久しぶりに石川と食事でもしようと携帯を鳴らした。
その携帯に、石川は待ってましたとばかりに助けを求めたのだった。
41 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時23分41秒
「とりあえずこれで寝床は確保できたし。凍え死ぬことはないな」
「今何月だと思ってんのよ。……え?待って。ということはずっとここに居座る気?」
「いや〜助かります、先輩」
「ちょっと待ってよ。私の快適な一人暮らしが…」
「じゃあ、今すぐ出てっけっていうんですね」
「いや、今すぐってわけじゃないけど…」
「私がどこでどうなろうと、先輩には関係ないんですね」
「いや、そんなことは…」
「あー、アメリカにいって、こんなにも人が変わってしまうなんて。海の向こうは恐ろしいな」
「……」
「さようなら、先輩。もう会えることもないでしょうけど…」
「あー!もうわかった。わかったから。あんたが居たいだけココに居ていいから」
「ありがとう。柴ちゃんはホント優しいな」

柴田は、「こいつはぁ」と心の中で握り拳をつくりながらも石川に部屋を提供した。
実は一人ぼっちの生活が寂しくなかったわけでもないので、まあよしとしたのだろう。
42 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時24分25秒
−−−

「なんていうかさ、カッコいいっていうかさ」
「うんうん」
「話題とか感性みたいなのはけっこう合うんだけど、雰囲気は正反対でね」
「へぇー」

先程から何度も石川が柴田に対し、熱弁を揮う。
内容は街で偶然出会った女の子、つまり吉澤の話である。
43 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時25分18秒
「でもさ、梨華ちゃんがそんなふうに女の子を褒めるなんて珍しいよね」
「なにそれ」
「だってそうじゃん」
「どういう意味?」
「だからー。私のなかの石川梨華像は、友情より恋、だね」
「違うよ、違うってば。友情も時には選ぶよ」
「そう都合良くはいかないの」
「じゃあ柴ちゃんはどっちをとんの」
「どっちも」
「柴ちゃんこそー、わがままじゃん」
「私はうまくやれんの」
「そんなのずるいー」
「梨華ちゃんは何事にも全力だから、器用なことはできないんだよねー」
「なんで決めつけんのー。もう、いっつもそうやってさ…」

二人の会話は常に柴田が一歩リードする。
昔からそうだった。無鉄砲な石川を柴田がカバーする。そんな感じの関係だった。
柴田がいなければ石川は大変なことになっていただろう。というか実際に大変なことになってしまったが…
今別れたばかりの彼氏と付き合うことも、柴田は反対していたのだった…
44 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年05月15日(木)00時25分52秒
「それで、なんで別れたの。そもそも何があったの」
石川の手がとまる。つまみとワインを行ったり来たりしていた手は、完全にテーブルの下に隠れてしまった。
「……」
「黙ってちゃわかんないよ」
「……」
「私にも聞く権利はあるんじゃない?」
少し強めの口調になってしまったので、柴田はそれ以上は何も言おうとはしなかった。
しかし石川は俯きながらも、ぽつぽつと語りだした。

話は、石川が吉澤と出会う数時間前までさかのぼる。
45 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月19日(木)22時00分46秒
俺は待つ!書き手さんが帰ってくるその日まで。

ということで保全
46 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月09日(水)17時02分41秒
保全。
47 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時30分25秒
◇ ◇ ◇

コンコンコン、とドアを三回叩いてしまうのが石川の癖だ。
彼が泊まっている部屋は彼の予約をみて知っている。というよりそれがわかったからこの計画を思いついたのだが。
その部屋からの応答はまだない。
手元に目をやる。一緒に食べようと作ってきた夕食は、きっと冷めてしまっている。
どうやって温めようかと考えをめぐらす。

レンジはホテルの部屋にはないだろうし、フロントとかに頼めるのかな。
いっそコンビニで。いやそれはまずいか。
48 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時31分43秒
そこまで考えたところで、ドアが開いた。
「はいはーい」といいながら出てきたのは、髪の長い女の人だった。
その女性は石川の顔を見た瞬間、動きが止まり、血色のいい顔がみるみる青ざめていった。
一方石川も驚いてどうすることもできない。

こんな時、タイミングというのは計ったかのようにばっちり合ってしまう。
そこにやってきたのは他ならぬ、石川の彼氏だった。
49 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時32分14秒
石川は走り去ろうとした。その場にいることができず、この現実から逃げたかった。
しかしその男は、非常階段まで追いかけて引き止めた。
「待ってくれ、違うんだ」
それが石川にかけた最初の言葉だった。
50 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時32分47秒
−−−

星が綺麗だった。
「あの子に悪いから」と部屋のドアの前でどうすることもできずにいるその子を尻目に、屋上にやってきた。
「ここなら話しやすいよね」と石川が言い終わった瞬間、男は「偶然さっき会ったんだ」と切り出した。

「偶然、町で見かけてさ。どうしたのなんてなって…」
男の口調は徐々に早まっていく。
「それでなんていうか、なりゆきっていうかさ…」
石川は目を閉じて聞いている。
「別に一緒に酒でもってだけで、なんにもないよ、本当に」
そこまでいうと男は言葉に詰まる。
51 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時33分36秒
もっと言って。
石川は心の中で祈る。
どうしたの、もっともっと言い訳してよ。そしたら、そっかって騙されてあげるから。
星に願うかのように心の中で祈る。
ほら、もっと…
52 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時34分09秒
「ごめん。無理だよね。こんな嘘」
「えっ…」
「だって二回目だもんね」
「ちょ…」
「あいつから連絡あってさ。どうしても会いたいってさ…」

実はさっきの女性はこの男の前の彼女なのだ。
前にも一度こんなことがあった。
その時はこの男の話を石川は信じたのだが…
53 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時34分40秒
「これ以上、梨華を傷つけられないよな」
「なに、それ。ちょっと…」
「あいつには俺が必要なんだ」
「は、ふざけないでよ」
「ごめんな」
「ちょ、ちょっと待って」
「…別れてくれ」
あまりに唐突な別れ話に、石川はどうしていいのかわからない。
理解できず、でもなぜか溢れてくる涙だけは必死で隠した。
男が何か言おうとした時、石川は走り出していた。
54 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時35分12秒
−−−

気づくとホテルの前の通りに出ていた。
人の波に流されながら通りを歩く。
抱えるバックの中には、一緒に夕食をするための料理と飲み物が入っている。
彼のために準備してきたものがとても重く感じる。さっきまではそんな重さも平気だったのに。

涙が止まらず、視界がぼやける。
…ドンッ。
何かにぶつかった。そう思って見上げると女の子が目に飛び込んできた。
そう、それが、吉澤だった。
55 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時35分46秒
◇ ◇ ◇

吉澤はあの交差点にきていた。石川と出会ったあの交差点に。
電話をかけにきた、というのがここへきた理由なのだが、心のどこかで石川を探してしまう。
またここで会えるんじゃないだろうか。
そんなわずかな期待は叶うこともなく、吉澤は電話ボックスへと向かう。
公衆電話の受話器を耳にあて、硬貨を入れる。
56 名前:銀河鉄道の夜 投稿日:2003年07月13日(日)12時36分23秒
「もっしもーし、こんにちは。吉澤です」
「おぉー、よっすぃー。もうこっちに着いたの?」
「はい、そんで明日伺おうかなー、なんて考えてんですけど」
「あー、はいはい。明日ね。わかった。明日だったらずっと家にいるからおいでよ」
「はい。んじゃ明日ってことで」
「うん。積もる話もあるだろうし、ね」
「そうなんですよー。矢口さんには、そりゃあもう話があって」
「うんうん、わかったから」
「はい、それじゃあまた明日ってことで」
「うん、なんかあったら連絡してね」
「はーい」
「バイバイ」

吉澤は受話器を置いた。
すると、ぽつぽつと電話ボックスに水滴がつき始める。
「あーあー」と声を出しながら、ホテルへ向かって走り出す。
ふと立ち止まって、空を仰ぐ。
鉛色の空からは、雨が短い線になって降り注ぐ。
こんな星も見えない空じゃ、願い事なんて叶わないよね。
心の中で呟き、また走り出した。
57 名前:書き手 投稿日:2003年07月13日(日)12時38分11秒
本当に本当に時間が空いてしまいました。ごめんなさい。
保全してくださった方、ありがとうございます。
まだ時間に余裕がなくて、あまり更新できないかもしれませんが、少しずつでも書いてく予定ですので。
それでは、また。

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