インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
19≪ナインティーン≫
- 1 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)16時55分15秒
- 15年くらい前の同名の映画が元ネタです。
というか、そのまんまなので、娘。版と思ってお付き合い頂ければ幸いです。
- 2 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)16時59分13秒
- 825年 サマルカンド――
オアシスの道と呼ばれる交易路にあるこの都市は、商人たちが休憩の
ために立ち寄る中継地点として栄えていた。豊富なオアシスを中心と
した街並み。かつては栄華を誇っていたが、現在ではその面影はなく、
強風に巻き上げられた砂がただ舞っているだけとなっていた。
その凄まじい砂嵐の中を、ロングコートを着てフードまで被った人物が
歩いている。フードを目深に被っているため、その顔はハッキリとは
分からないが、わずかな隙間から覗く栗色の長い髪と整った顔立ちが
女性であることを物語っている。彼女はこのような場所にはそぐわない
格好をしているが、大して気に留める様子もなく、同じようにロング
コートにフード姿のもう2人の人物の元へと黙々と向かっていた。
- 3 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時00分30秒
- 「彼女はどこまで逃げるつもりなの…」
たたずんでいる2人にそう話しかけ、再び周囲に目を配った。
辺りには荒涼とした砂漠が一面に広がっている。かつては多くの人で
賑わっていたはずの場所なのに、ところどころに動物の骨らしきもの
が転がっている。栄華を誇ったオアシス都市の面影は今では全くなく
なってしまった。すべての生き物の存在を否定するかのようなこの過酷
な環境に、彼女は何を思っているのだろうか。
「出口は?」
フードの隙間から大きな瞳と少年のような顔立ちを覗かせている人物が、
もう1人に問いかけた。その面影から想像できる通りのやや低い声をして
おり、3人の中で最も背が高かった。
「ここからは3箇所ね。行き先は、647年アレキサンドリア、1512年西安、
1939年ベルリン」
問いかけられた人物は腕に目線を落としながら、静かな口調で言葉を返した。鋭い眼差しと茶色のセミロングの髪がフードの下から、僅かに覗いている。落ち着いた雰囲気を放っており、冷静というイメージがはまる。
「行きましょう」
そう2人を促して、彼女は静かに目を閉じた。
- 4 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時02分00秒
- 1939年 ベルリン――
再び目を開けると、そこは雨だった。眼下に広がる広場には大勢の民衆が
集まっているのが見える。たしか、第二次世界大戦という名の世界規模の
戦争が勃発した年のはず――3人はそう考え、改めて眼下の大衆を眺めた。
この時代のことは、あらましくらいは知っている。国内には憲兵のような
集団が存在し、国民の動きに目を光らせている。怪しいと睨まれれば、
そのままどこかに連れ去られてしまう。そのため、目立たないように
相変わらず、フードを目深に被ったまま、人気のない建物の中にいた。
『繰り返します。去る9月3日未明、我がドイツ軍はポーランド進行。
劇的な戦果をあげて前進しています』
スピーカーから流れてくる声に、大衆が勝鬨のような声をあげている。
「どうだった?」
「いた?」
栗色の髪の少女と、大きな瞳の少女が問いかけた。
「だめ、見失ったみたい」
セミロングの髪の少女は悔しそうにつぶやいた。このような場所では
大っぴらに探し回ることはできない。焦る気持ちとは裏腹に、遅々として
改善しない眼前の事態に、彼女は苛立ちを隠さなかった。
- 5 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時03分27秒
- スピーカーからはそんな彼女たちをあざ笑うかのように、さらに声が流れてくる。
『キューヒラー大将の第3軍は、空軍の支援を受けて東プロイセンより南下。
第4軍とともにポーランドの包囲に成功…』
大きな瞳の少女は力なく話し始めた。
「ちくしょう…。カルタゴではいくつかの村が焼き尽くされるのを見た。
フェニキアでは破壊された堤防のおかげで何千もの人間が洪水にのまれた。
サマルカンドじゃ、3つのオアシスが砂の下に埋もれた。もうたくさんだよ、
アタシ。帰ろう!」
その声を聞くや否や、栗色の髪の少女は応えるように掴みかかった。
「何言ってんのよ!」
「やめて! 疲れてるのよ」
セミロングの髪の少女が2人を宥めた。これまでの道のりで悲惨な光景を
何度も目の当たりにしている。その度に自分の無力さを思い知らされた。
もう彼女には追いつけないのかもしれない。そんな絶望的な気持ちを抱えて
疲れきっていたのは、掴みかかられた少女だけではなかった。
- 6 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時05分00秒
- 大きな瞳の少女は、さらに独り言のように話を続けた。
「彼女は何のためにこんなことをし続けるの? 過去に何の恨みがあるっていうの!?」
先ほど掴みかかった少女が、今度は冷静に答えた。
「自分の命を終わらせることができる場所を…彼女はずっと探し続けている…」
眼下から、中年の女性の声が響き渡った。とても興奮したような口調だ。
『号外だよ、号外! イギリス、フランスが我がドイツ帝国に宣戦布告!』
栗色の髪の少女は、その声を無視するかのように、もう1人の少女に問いかけた。
「出口は?」
尋ねられた少女は腕時計のような装置を覗き込みながら答えた。
「1つ・・・2003年東京」
「行こう」
セミロングの髪の女性が栗色の髪の少女の言葉に応えるように、うつむく
大きな瞳の少女の肩を軽くたたくと、それを合図に3人は夜の街を走り出した。
雨はすっかり止んでいた。
- 7 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時09分46秒
- 2003年 東京――
長いストレートの黒髪をなびかせながら、1人の少女が自転車をこいでいる。
パーカーにホットパンツという、見る者に健康的な印象を持たせる服装をして
いるその少女は、頭に帽子をかぶり、後ろになびかせている髪がなければ、
少年と間違えられても不思議ではない雰囲気を発していた。よほど急いで
いるのか、その頬には、うっすらと汗が伝っており、ペダルにかける力も
相当な勢いだ。
その少女がバス亭でバスを待っている人の列の横を凄まじい勢いで通過した
とき、列に並んでいた少女が独り言をもらした。
「ああ、もう。これじゃ負けちゃうよぉ」
その少女は対照的に、いかにも女の子らしい、という格好をしており、
その服には、ふんだんにピンク色が使われている。人形のような、という
形容が相応しい可愛らしい雰囲気だ。苛立ちながらブツブツと言っている
と、そこに1台の自動車がやってきて、バス停に堂々と停車した。その
クルマを確認するや、少女は急いで列を離れて足早に乗り込んだ。
「もぉ、柴ちゃん、遅いよ」
柴ちゃんと呼ばれた人物は笑いながら、大して悪びれた様子もなく答えた。
- 8 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時10分54秒
- 「ごめん、ごめん。それじゃ行くよ。梨華ちゃん、シートベルトは締めた?」
そう言うと同時にアクセル踏み込み、クルマを急発進させる。
「わっ、ちょっと待っ…」
柴田は梨華の大学での同級生。いつも一緒にいるグループの中でも特に仲の
良い二人だった。どこかに遊びに行くときなどは、柴田のクルマに乗せても
らっていたが、その運転はかなり粗かった。今までも何度もヒヤヒヤさせら
れる場面に遭遇してきた。その度に、梨華は頬をふくらませて不満をもら
していたが、柴田は軽く聞き流してほとんど聞いてはいなかった。今回も、
その例にもれず、梨華の言葉など気にせずに、かなりキレた運転ぶりを発揮
していた。いつもなら、ここでお決まりの文句タイムが始まるのだが、
それでも前を走っている自転車の姿がどんどん近づいてきているので、
それほど悪い気はしなかった。
「このまま、私の家までぶっ飛ばしちゃって、柴ちゃん」
「なに、今日はいやに乗り気ね、梨華ちゃん」
- 9 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時12分30秒
- そろそろ不満が隣から飛んでくる頃かな、などと思っていると、その隣の梨華
は珍しく機嫌が良さそうだった。いつもの頬を膨らませる動作もなければ、
八の字になった眉もない。その様子に若干、拍子抜けしたような気になった
柴田であった。当の梨華は上機嫌で外を眺めていて、歩道を走る自転車の姿
が近づいてくると、おもむろに窓を開けた。そして、追い越し際、優越感に
浸りながら車道から自転車の少女に声をかけた。
「ばいばーい、愛」
声をかけられた愛はビックリしたような表情になった。いつも驚いたような顔
をしている、と評されることもあったが、まさにビックリ顔の面目躍如と言う
に相応しい表情となっていた。梨華はそれを見て、勝ち誇ったような笑みを
投げかけたが、その優越感も長くは続かなかった。あっさりと追い越したのも
束の間、前方の信号が赤になっていた。その赤信号でやむを得ず停車した
クルマの脇を、あざ笑うかのように自転車が通り過ぎて行った。
「やったぁ」
愛は嬉しそうに片手を挙げて叫んだ。そのままの勢いで歩道橋を上り、
下から悔しそうに見上げる梨華を尻目にさらにスピードを上げて去っていった。
- 10 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時13分49秒
- どんどん小さくなっていくその姿に、梨華は苛立った表情を隠さなかった。
やっと信号が青に変わり、再びクルマを急発進させる柴田。後輪が激しく
スピンし、辺りにはゴム臭のする白煙が立ち上っていた。
「柴ちゃん、がんばって!」
「まかせて、イニD並に飛ばすから」
「??」
梨華には柴田の言った意味がよく分からなかったが、今はそれよりも早く
家に着くことが最優先だ。クルマは凄い速さで街を駆け抜けている。
この辺りは歩道も整備されており、比較的道幅の広い道路が続いていたので、
柴田には恰好のサーキットだった。
(やっぱり、こういう所の方が燃えるわよね)
信号でクルマを追い越した愛は、近道として公園の中を突っ切っていた。
通れそうな所は辺りかまわずショートカットし、少しでも距離を離そうと
努めていた。相変わらずの勢いで公園の出口を飛び出したとき、これまた、
凄まじいスピードで迫っていた柴田のクルマがちょうどそこを通りかかり、
2台が交錯する形になった。一歩間違えれば、事故になりかねない状況
だったが、愛は大して気に留めた様子もなくそのままのスピードで、
住宅街に入っていった。
- 11 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時15分05秒
- 柴田も愛の後を追うようにして住宅街へと入っていった。速さではクルマに
分があるが、自転車は小回りが効くぶん、的確に近道をしているため、
なかなか追いつけなかった。それにここからは、歩道と車道との境がない
ような場所が続くので、あまり無茶な運転はできなかった。
やがて、とある一軒の住宅の前でようやく愛を追い越した柴田は、そこで
急停車させた。助手席から梨華が飛び出し、急いで玄関に向かう。愛も
クルマを降りてきた柴田に自転車を乱暴に預けると、その後を追った。
玄関口で梨華が鍵を探すのに手間取っている様子を見て、愛は素早くに
裏口の方に廻り込んだ。
やっと鍵を見つけて玄関から入った梨華は慌ててスリッパを履き、音の
する方へと走っていった。家の中では何やらベルが鳴り響いている。
愛もどこから入ったのか、音のする方へと同じように駆けていった。
二人の目指す先には目覚まし時計があった。二人とも散らかっている物に
躓きそうになりかがらも、懸命にその時計目掛けて走っていた。そして、
ほぼ同時にスイッチを押そうと手を伸ばしたが、一瞬早く、梨華の手が
鳴り続けるベルを止めた。
「はーい、残念。私の勝ち」
- 12 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時16分11秒
- 梨華は満面の笑みを浮かべた。梨華の手の上に自分の手をのせた愛が、
悔しそうに言った。
「ズルいよ、自転車とクルマのレースなんて」
「あーら、負け犬が吼えること? そんなインチキまでして。
お父さんが見てるわよ」
梨華の指し示す先には、土足でスリッパを履いた愛の足があった。
「鍵かけとけば、留守番なんていらないよ」
愛が2階に上がっていく梨華に下から声をかける。
「お母さんからチェックが入るでしょ、チェックが。親の心配を先回りして
フォローしてあげる、それが子供の気配りってものなのよ」
梨華は部屋から何かを取り出し、階下の愛に放り投げた。
「はーい、エプロン。さっさとキッチンから掃除!」
愛はそれに抗議するように声を上げた。
「お姉ちゃんのしたことは全部、報告するようにってお母さんに言われてんだ」
「あら、偶然。愛から目を離すなってお父さん言ってたわよ」
2階からちょこんと顔を出し、からかうような表情の梨華に、愛は憮然とした。棚に置かれている父親の写真が心なしか、睨んでいるように見えてきた。
「姉が問題児だと、妹まで誤解されるんよ」
少し訛ったような独り言を発した愛であった。
- 13 名前:御幸 投稿日:2003年05月03日(土)17時18分50秒
- とりあえず、今回は2から12までです。
気長にやっていきますので、よろしくお願いします。
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月03日(土)19時18分02秒
- Σうわ。少年隊だ。なつかしー…
- 15 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月05日(月)13時52分26秒
- 元ネタわかんないけど、おもしろそー
楽しみにしてやす
- 16 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時38分35秒
- キッチンで昼食の準備をする梨華。冷蔵庫から冷凍食品を出し、レンジにかけ
ようとするが、反応がない。再度、ボタンを押してみても動く兆しがなかった。
「もう、みんなバカンスしちゃって」
外からは柴田のクルマのクラクションが急かすように鳴り響く。この後、一緒
に遊びに行く予定なのだ。
「なに、このビデオ」
居間から、愛の苛立った声が届いてきた。梨華がキッチンから覗いてみると、
ブラウン管には先程から灰色の砂嵐が映し出されている。どうやら、ビデオ
の調子もおかしいようだ。愛が諦めたようにコントローラーを放り投げると、
その時、電話のベルが鳴り響いた。
「ほら、愛。チェックよ、チェック」
愛は梨華の声に渋々、席を立ち、受話器を取った。
「お母さん? うん、大丈夫だよ」
どうやら、母親からのようだ。梨華は全く気にする様子もなく、昼食の準備をしている。
「ディナー?」
その声に、慌てたように梨華がスプーンで音をたてて、自分のことを指し示した。
- 17 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時40分38秒
- 「お、お姉ちゃんが作ってくれるよ」
「何をって?」
梨華は口で何やら形をつくった。
「ス、スパゲティ…?」
咄嗟のことだったので、思わず半疑問形で答えてしまったが、母親は別段、
怪しんでいないようだった。
「えっ、お姉ちゃん?」
慌てて梨華は食事を口に含みながら、腕全体を使って、バツ印の形にした。
「まだ、帰ってきてないよ。うん、ちゃんと言っとく。バイバイ」
愛が電話を切るのと同時に、外から再びクラクションの音と一緒に柴田の声が
聞こえてきた。
「梨華ちゃーん。時間よぉ!」
「いっけなーい。ほら、愛っ」
その声に梨華は、持っていた牛乳パックを愛に放り投げた。しっかりと飲み口
が閉じられていなかったので、愛は頭から牛乳を浴びるハメになってしまった。
「おまたせー」
「準備はいい? それじゃ行くよ」
梨華が乗るのと同時に柴田のクルマは急発進して、その姿は段々と遠ざかっていった。
- 18 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時42分05秒
- 梨華の家の門の上には、どこからやってきたのか、小さいリスザルが過ぎ去って
いくクルマを見送るようにちょこちょこと歩いていた。リスザルが現れるのと
ほぼ同時に家の中では花が急激に枯れていった。先ほどまで元気に咲いていた花が
突然、早送りをしたように枯れ始めた。まるで何かに生命力を吸い取られているか
のように。しかし、頭からかぶってしまった牛乳を拭くことに腐心していた愛は、
それに全く気づかなかった。その代わりに鳥篭の九官鳥が激しく暴れだしたので、
そちらに気を取られた。
「どうした、ゲンゴロー?」
とりあえず、窓の外を見渡してみたが、特におかしい様子はなかったので、
愛はあまり気に留めなかった。
- 19 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時45分35秒
――とある化粧室
1人の女性が鏡と向かい合って、化粧を直していた。その胸には青いペンダントが
光っている。その女性は口紅を直すのに夢中になっていたが、その背後では3色に
光り輝く玉を持った手がそっと物陰から出ていた。それと一緒に僅かにコートの裾
が覗いている。その人物は玉を引っ込めると、小型のライフルのようなものにカプセル状の
物体を装填した。そして、おもむろに銃口をその女性へと向けると、次の瞬間、閃光が走った。
- 20 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時47分00秒
- ちょうどその頃、梨華と柴田は大学の友人たちとボウリングを楽しんでいた。
「やったね、柴ちゃん。ストライクぅ」
柴田に梨華が抱きつく。2対2に分かれてスコアで競い合っている。勝負事に
なると、梨華はすぐにムキになってしまう。今回は負けた方がゲーム代を支払う
ということになっていたので、その表情は真剣そのもの。梨華の番になり、気合
の入ったような表情でレーンと向かい合っていたが、そのやる気は空回り気味で、
梨華の投じた玉は端の溝に吸い込まれていった。
「あーあ」
眉を八の字にして、落ち込む梨華に柴田はやれやれといった表情で励ました。
「まだ、大丈夫だよ。ポジティブ、ポジティブ」
「…うん! がんばる」
「はぁ…」
こんな調子で、結局、柴田の頑張りのおかげでなんとか勝つことができた。
- 21 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時48分37秒
――ボウリングが終わった頃、とある花屋にて
女性店員が花の手入れをしていると、目の前に通りから、赤・青・緑の3色に
光り輝く玉をもった人物が店に近づいてきた。フードを目深に被っているので、
その顔を覗うことはできない。店先に来たので、店員が応対しようと出てくると、
その人物はいきなり懐から銃のようなものを出し、引き金をひいた。辺りには、
女性の悲鳴が響き渡った。まばゆい閃光に包まれた女性の胸元には、やはり青い
ペンダントが光っていた。
- 22 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時50分52秒
- ボウリングが終わった後、その足で喫茶店に入り、ずっと話をしていたので、
すっかり夜も遅くなってしまった。梨華の住んでいる地区は閑静な住宅街なので、
これくらいの時刻になると、人通りは疎らで、通過するクルマの量も少ない。
しかし、帰り道、柴田と梨華は、すれ違うパトカーの台数のあまりの多さに気が
ついた。先ほどから何台連続ですれ違っただろうか。引っ切り無しに赤いサイレンが
通り過ぎていった。夜の闇に赤いサイレンだけが煌々と映し出されていた。その光景を
助手席で見ていた梨華が不思議そうに柴田に声をかけた。
「ねぇ、パトカーのレースでもやってるのかな」
「そうかもね。でも私たちには関係ないでしょ」
柴田は大して気にも留めず運転を続けている。警察とは相性が良くないので、
極力係わり合いたくはなかったのだ。さっさと走り去りたい気持ちに駆られたが、
対向車線にはパトカーが引っ切り無しに走っているので、さすがにいつものような
無茶な運転はできなかった。渋々、街路樹が整然と並んでいる道をしばらく静かに
進んでいた。
- 23 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時51分41秒
- 10分くらい経つと、サイレンの音はめっきり聞こえなくなった。梨華は、
ぼんやりと窓の外を眺めていたが、前方にうっすらと3色に光る物体が、
宙を漂うように浮かんでいるのを見つけた。街灯の他には特に光源になる
ようなものはないので、好奇心を刺激された。
「ねぇ、何あれ」
「え、どこ?」
「ちょっと停めて」
「オッケー」
クルマを降りて、梨華が沿道に目をやると、暗闇の中に3色の光る物体が
浮かんでいるように漂っている。この辺りには公園くらいしかないので、
その人工的な光がとても目立っていた。その物体は梨華の姿を見つけたのか、
次第に遠ざかるように奥へと離れていった。
- 24 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時52分54秒
- 「ねぇ、来て来て」
「何よ」
「エーボーンアゲハがいるの」
「は?」
「まだ、誰も捕まえたことのない蝶」
そう言いながら、手元の懐中電灯をその物体の方に向けると、そこにはロング
コートを着た人物が3色に光り輝く玉を持って立っていた。背中には、ちょっと
外出する、というには大きすぎる荷物を背負っている。ライトに照らされたその
人物は、眩しそうな表情を浮かべて、梨華のことを見ていた。フードを目深に
被ってはいるが、その顔は女性のようだった。眩しそうに目を細めていたので、
梨華は慌てて懐中電灯を下ろし、持ち前の好奇心の旺盛さで思い切って声をかけてみた。
「そんなところで何してるの?」
「………」
その人物は何も答えず、ただ梨華の胸元の青いペンダントを注視していた。
その表情はどこか曇っていたようだったが、梨華は大して気に留めず、
さらに質問を浴びせた。
- 25 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時54分20秒
- 「何よ、その格好。家出でもしたの?」
「………」
「名前くらい教えてよ」
「……真希」
「それだけ?」
そう梨華に尋ねられると、その人物はおもむろにフードに手をかけ、はずした。
そこから10代後半の少女の整った顔と栗色の長い髪が現れた。
「後藤真希―WF205」
「かっこいいー。かなりイケてるよね」
話を振られた柴田は、唖然とした表情でマキと名乗った人物を見ていた。
「ゴトウマキWF205? サバイバルゲームか何か?」
「私は石川梨華。で、こっちが柴田あゆみ。よろしくね?」
「………」
「乗って」
- 26 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時55分39秒
- 真希はその言葉に驚いたような表情を作ったが、梨華はそんな真希の様子など
お構いなしに、躊躇せずに真希の腕を引っ張って、クルマに半ば強引に乗せて
しまった。柴田はそんな梨華の行動をいつも見せられているので、呆れたような
表情をしながらも、特に何も言わなかった。梨華は、退屈な日常に訪れたちょっと
した変化を楽しむように、上機嫌に鼻歌を歌っていた。こうして真希を乗せて3人
になったクルマは静かに夜の道を走り出した。
梨華は助手席から後ろに身体をひねってシートから身を乗り出して、興味津々の
様子で真希をじろじろと上から下まで見ながら話しかけた。
「ねぇ、どこから来たの?」
そう尋ねると同時に、梨華は身体を支えるようにしてシートにかけていた真希の
腕に、何かの模様があることに気がついた。そっとその腕をとり、尋ねた。
- 27 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時56分39秒
- 「かっこいいね。何のマーク、これ?」
「蠍……。その……」
何か言いかけた真希だったが、梨華がそれをさえぎるように再び、質問を浴びせた。
「そのコート、ちょっと変わってるよね。どこで手に入れたの?」
「…ユニフォーム」
「制服? 変わった学校なんだね」
「………」
再び、押し黙るような表情をした真希。梨華は、その表情に胸が締め付けられ
たような気分になった。そして、気がついたら、自分でも驚くような発言が、
自分の口から飛び出していた。
「ねぇ、泊まるところ、ないんでしょう?」
どうしてこんなことを言ったのか、この時の梨華には分からなかったが、それでも
何かをしてあげたいという衝動に駆られたのは確かなことだった。
- 28 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)19時57分57秒
- 当の真希も、梨華の言葉に驚いたように顔を上げた。見ず知らずのこの少女は、
自分が想像もしないような言葉を平気で投げかけてきた。警戒するということ
を知らないのだろうか。ただ、今まで辛い道のりを歩いていた真希にとっては、
その言葉がとても温かく、そしてありがたく思えた。
「ありがと…」
「気にしないで、うち広いから」
それから10分ほどして、クルマは梨華の家の前に停まった。いつも見ているとはいえ、
度を越えたあまりの好奇心旺盛さに唖然としている柴田に梨華が軽く声をかけた。
「大丈夫。私に任せてよ」
その自信がどこから湧いてくるのか柴田には分からなかったが、一度言い出したら
人の言うことなど聞かないことは重々承知していたので、何も言わずにクルマを出した。
(まったく、梨華ちゃんはお節介なんだから)
梨華は後ろから距離を置いて歩いてくる真希の緊張を解こうと、明るい調子で話しかけた。
「いらっしゃいよ、遠慮しないで。意外とシャイなのね」
- 29 名前:御幸 投稿日:2003年05月05日(月)20時03分25秒
- 更新終了です。
>14 名無し読者さん
それです。カップリングは大体、想像がつくと思いますが、ちょっと1組
増やしてみました。ただ、そのせいで、何だか方向性が変わってしまった
ような気がします…。
>15 名無し読者さん
そう言っていただけると、とても励みになります。当方、少々暴走気味
なので、うまく収束するのか不安ですが、のんびりとやっていきます。
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)12時26分11秒
- 少年隊?なんですか(w でもなにはともあれ面白いです。
- 31 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時07分38秒
- 梨華が住んでいる家は、郊外の一軒家ということで、比較的大きなものだった。
玄関から入ると、吹き抜けのリビングがあり、そこから上に目を向けると、ロフ
トが見える。窓も大きく、日が差し込むと、電気などは全く必要のないほど、
家の中は明るくなった。
梨華が家のドアをそっと開けると、中は真っ暗だった。愛はすでに寝ているようだ。
梨華はそっと、リビングの電気をつけて真希を招き入れた。
「入って」
辺りを見回すようにしながら、真希が入ってくる。
「両親は旅行に行ってて、妹はもう寝てるよ」
そう言って奥に入っていく梨華に、真希が後ろから先ほど、
訊きそびれたことを大きな声で尋ねた。
「そのペンダント、どこで手に入れたの?」
梨華の胸元には青い石がはめ込まれたペンダントがあった。
「友達からのプレゼントよ」
「その友達はどこから?」
「こんなの、その辺に山ほど売ってるよ、安物だし」
「山ほど?」
驚いている様子の真希を背にし、梨華は冷蔵庫の中からペットボトルを出してきた。
「座って。烏龍茶でいいかな」
- 32 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時08分44秒
- そして、ボトルをリビングのテーブルに置きながら、ソファに座るように促した。
真希は荷物を置き、そこから白い玉を取り出すと、真剣な表情でおもむろに話し始めた。
「後藤は、友達を探してる」
「友達って?」
「………」
「いいのよ、無理に言わなくても。私、そういう気持ちにすっごい理解あるから」
「…その友達は、このセンサーに反応するの」
真希が荷物の中のスイッチを入れると、白い玉は赤・青・緑の3色に輝きだした。
「うわぁー綺麗…」
「偶然、あなたのペンダントに反応して困ってるの。ちょっといい?」
ペンライトのようなものを梨華の胸元のペンダントに当てた。ピーピー
鳴ると同時に玉の発色は収まった。
「何をしたの?」
「反応周波避けのステッカーを貼ったから、もう大丈夫」
「あなた、だれかの親衛隊?」
梨華は真希の手からとった、ペンライトのようなものを面白そうに左右に
振っている。真希はぼんやりとしながら、その動きを目で追っていた。
- 33 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時09分32秒
――深夜の神社の境内
コートを着た2人の人物が、走り回っていた。このような場所には全くそぐわない
格好であったが、そんなことを気にする素振りも見せずに、忙しなく周囲を見渡している。
背の高い少女が、隣の少女に問いかけた。
「まずいよ、どこ行っちゃったんだろう?」
「はぐれちゃったみたいね」
「とにかく探さないと。彼女がこの時代にいるのは確かなんだよね?」
「そうよ、絶対にここにいる」
「アイツに先を越されるわけにはいかない」
「早く探し出さないと」
申し合わせたようにうなずくと、2人は闇夜の中に溶け込むようにして、再び走り出した。
- 34 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時10分37秒
――場所は再び梨華の家
梨華は自室に戻り、真希はリビングのソファで寝ていた。
「私のベッド、大きいし大丈夫だよ」
「でも、そこまでしてもらうわけにはいかない」
「じゃあ、お布団ひいてあげるね」
「いいって、後藤はここで寝るから」
「ソファで? ダメだよ、風邪ひいちゃうよ」
こんなやりとりが、ついさっきまで繰り広げられていたのだ。結局、固辞する真希に
梨華が折れるような形で決着がついた。梨華は不満そうな表情を浮かべて、渋々自室
に引き上げていった。真希はその姿を見送ると、ソファに横になり、着ていたコート
を上にかけた。これまでの長い道のりの中で、こんなにも親切にされたことはなかった
ので、正直言って戸惑っていた。
- 35 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時12分22秒
- (こんな平穏な夜を過ごしたのって、いつ以来だろう。それに、あの梨華っていう子。
どうして、見ず知らずの後藤にこんなにも優しくできるんだろう。懐かしい感じがする
のは何故だろう)
そんなことをずっと考えていたが、相当疲れが溜まっていたので、いつの間にか眠りに落ちていた。
それから少し経った頃、ぐっすりと眠る真希の傍らに置いてあった玉が突然、3色に輝きだした。
それと同時に、家の周囲に人の気配が漂い始める。しかし、真希は夢の淵から戻っては来ず、その
まま気配に気づくことなく、眠り続けていた。すると、2階で眠る梨華の部屋の窓の外に、人影の
ようなものが出現した。それは窓の外から梨華の寝顔をじっと観察していたが、しばらくして、そ
の人影はふっと消えた。それと同時に玉の発光も収まった。
- 36 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時13分22秒
――先ほどの化粧室
化粧を直すために入ってきた女性が鏡に向き合うと、その端に人の足のようなもの
が映っているのに気がついた。個室から足だけが出ている格好で倒れている。急病
人かと思い近づいてみると、それは女性だった。
「きゃああああ!」
化粧室には悲鳴が響き渡った。ただ女性が倒れていただけならば、こんな悲鳴を
発することにはならなかったであろうが、その女性は全身の皮膚が紫色に変色していた。
無論、息はなかった。
- 37 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時15分46秒
- けたたましいサイレンの音が深夜の住宅街に響き渡った。梨華の家は通りからは少し離れて
いるが、それでも鮮明に聞こえてきた。その音で梨華は目を覚まして、何事かと思い、慌て
て部屋を飛び出した。外の通りでは何台ものパトカーが連続してどこかに向かっているよう
で、赤色灯のサイレン音が絶え間なく流れてきている。それは尋常な数ではなかった。
愛もその音に起こされ、枕を抱えながら部屋を飛び出してきた。2人はロフトで合流し、外の
様子を見に行こうとしたが、リビングの電気が煌々と灯っていることに気がついた。僅かなが
ら、話し声も聞こえてくる。梨華がそっと階段から覗き込むと、そこには真希とその他に、コート
を着てフードを被った人物が2人いた。3人は向かい合って、何かを相談しているようだった。
愛がその様子を見て、不安そうな声を上げた。
「お姉ちゃん、あの人たち、だれ?」
梨華も金切り声を上げた。
「だれよ、アンタたち!?」
「何なのよー!」
愛は梨華の声に触発されるように叫びながら、真希に枕を投げつけた。
- 38 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時17分16秒
- 「ちょ、ちょっと待って!」
真希は慌てて弁解しようとしたが、梨華のすごい剣幕にさえぎられてしまった。
「さっきまで1人だったのに、なんで3人なのよ!? ゴソゴソ仲間を引き入れて、一体何なの?」
真希の服を掴んで揺らす梨華に、傍らにいた少女が声を荒げた。
「違うの!」
その声の迫力に、場は一瞬にして静まった。その少女は、今度は静かな口調で再び口を開いた。
「私たち、たった今着いたばかりなの。親切にしてもらったこと、真希から聞いた。どうもありがとう」
その静かに口調に落ち着きを取り戻した梨華が、真希に尋ねた。
「探してた友達って、この2人のこと?」
すると、もう1人の少女が口を開いた。
「アタシたちの共通の友達を探してるの」
どうしたらよいのか、思案している梨華に真希が切り出した。
「紹介する。彼女は藤本美貴」
最初に口を開いた少女がフードをはずした。そこからは鋭い眼差しと茶色のセミロングの髪が現れた。
「よろしく」
「綺麗やわー」
愛は呆然と美貴を眺めながら、また訛ったようなイントネーションで独語した。
- 39 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時18分41秒
- 「アタシは吉澤ひとみ。よろしくね」
残りの1人は真希が紹介する前にフードをはずした。そこからは大きな瞳と少年のような
中性的な顔が現れた。それを見た梨華は、ひとみに目をうばわれていた。
(ひとみちゃんっていうんだ…)
美貴は真剣な表情で梨華と向き合った。
「勝手だけど、1つお願いがあるの。明後日の夜、私たちは東京を離れる。それまでここに
いさせてくれないかな? 迷惑はかけない」
その言葉と同時に、ひとみがどこから持ってきたのか、花を梨華に差し出した。その花を
受け取ると、梨華は少し離れたところに座っていた愛に駆け寄り、そっと小声で耳打ちした。
「ねぇ、愛。あの3人、どう思う? 相当、変わってるよね」
「お姉ちゃんの比じゃないよね」
「ああいう人たちってさ…」
「タイプなんでしょ?」
「ねっ、愛」
「止めたって、聞かないクセに」
顔を上げた梨華に3人が声を合わせた。
「「「よろしく!」」」
5人の運命は偶然の糸に惹かれて、今ここに交錯し、そして新たな未来への音色を奏で始めた。
- 40 名前:御幸 投稿日:2003年05月10日(土)21時24分01秒
- 更新終了です。
>30 名無し読者さん
ありがとうございます。これは私が生まれて初めて観た映画なんです。
ご期待に添えるように、なんとかやっていきますので、温かく見守ってください。
- 41 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時02分17秒
- ――次の朝
「♪♪♪」
愛はキッチンで朝食の準備をしていた。闊達な鼻歌が朝のダイニングに響き渡っている。
手際良く、次々と料理を作っていた。心なしか浮かれているようにさえ見える。昨夜、
美貴たちに会ってから妙に機嫌が良く、心の底から楽しむように作業に没頭していた。
3人は梨華の両親の部屋で夜を過ごしていた。2人用のベッドではあったが、3人で
使用しても、まだ余裕があるくらいの大きさに、真希たちはただ驚くばかりであった。
横になってしばらく、今までの経過について情報交換をしていたが、やがて睡魔に誘
われるようにして、次々と深い眠りに落ちていった。そして、気づくと朝になっていた。
起きてから3人は朝の支度を済ませ、思い思いに過ごしていた。真希は軽装で窓際に
立って外を眺めており、ひとみは棚の上に置いてあった家族写真を眺めている。美貴は
何やら部屋の中を見渡していたが、テレビのニュース番組に注意を引かれ、食い入る
ように画面と向き合っていた。
- 42 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時03分37秒
- 『…当初から大荒れの様相を呈しています。日本時間13日の午前10時から行なわれる、
核保有20ヶ国交渉は、イギリスのポール外相が議長となり、向こう10年の削減予定を呈示し、
加盟20ヶ国に同意を求めましたが、核保有を主張する日本側代表の寺田外相が強い不満の
意を表して席を立ち…』
外を眺めていた真希は、いつの間にか美貴の隣に腰掛けており、同じようにニュースに見入っていた。
画面に目をやりながら、独り言のようにつぶやく。
「核…か。止めることはできないんだよね」
「そうね…。もう進み続けるより道はない段階まで来ちゃってるみたいね」
「分かってて、そのままにしておくコトしかできないなんてね…。なんか歯痒いよ」
「真希…。でも、それは最初から覚悟してたことでしょ」
2人の口調はどこか沈んだようであったが、そんな重苦しい雰囲気を壊すように、
そこにサングラスのようなものを着けた梨華が、何かのリズムに合わせるように
軽快に身体を動かしながら、部屋にやってきた。
「何ニュースなんか見てるの? 4チャンネル、4チャンネル」
- 43 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時05分07秒
- 美貴がチャンネルを変えると、すでにCMが流れていた。バーのカウンターに座っている
男性が火のついていないタバコをくわえている。隣の女性がライターの火を向けると、男性
は断るように手を振った。口から出されたタバコには飴のようなものがついている。
『スコッチキャンディー新発売!』
「あーあ、終わっちゃった」
その様子を見ていたひとみが不思議そうに梨華に尋ねた。梨華がかけている眼鏡の
ようなものは、色こそ黒であったが、サングラスと言うには、重量感があり過ぎる。
「なに、それ?」
「ソニーの新しいヤツ。ビデオウォークマン」
すると、それを聞いた真希がひとみと同じような表情をした。
「ソニーって?」
「えっ? ソニーを知らないの?」
2人は顔を見合わせて、「知らない」と答えた。
「へぇー」
その時、玄関からインターホーンの音が聞こえてきた。
「まだいるの、友達?」
不思議そうな表情をする梨華に、3人は再び顔を見合わせた。
- 44 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時06分09秒
- 梨華が玄関の扉を開けると、長身の女性と、もう1人女性が立っていた。梨華にはその人物が
誰なのか分からなかったが、長身の女性は開け放たれた扉からズカズカ入ると、開口一番こう言った。
「ご両親は?」
「だれですか、あなた?」
「ビデオウォークマンの見過ぎは視力の低下を招く、ということを学校では教えてくれないの? ソニーのやることはホントに理解できない」
「…?」
「髪は素直に。リボンは…1つで十分ね」
梨華の頭には朝だからであろうか、かなりの数のリボンが巻かれていた。
「PTAの人ですか?」
「もう少し柔らかい方面よ」
そう言って懐から警察手帳を取り出した。そこには『飯田圭織』と書かれている。
後ろの人物も、それに倣って手帳を出した。先ほどからずっと、猫のような鋭い
眼差しを梨華に向けていたため、梨華はなるべく視線を合わさないように、そっと
彼女の手帳を覗き込んだ。そこには『保田圭』と書かれていた。
- 45 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時07分07秒
- 「ご両親は?」
「旅行に行ってます」
「なるほど、これは物騒ね」
「何かあったんですか? 昨日、パトカーをいっぱい見たんです」
「昨日はパトカーの一斉虫干しの日でね。最近この辺であなた以外に、変わった人物
を見なかったかしら?」
「殺し? 強盗? 強姦?」
「こういう仕事をしているとね、綺麗な言葉を聞きたくなるのよ」
「お強盗!」
「………怪しい人物を見かけたら、すぐに110番するように」
「あなたのことは?」
「…除外していいわ」
飯田は憮然とした表情を浮かべてドアを閉めた。扉が閉まると同時に梨華は、その扉の
向こうの飯田に向かって勢いよく舌を出し、再びウォークマンを装着した。
- 46 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時08分28秒
愛の手によって朝食が続々とテーブルに運ばれてくる。ひとみは物珍しそうにそれらを
眺めていたが、そのうちの1つを指し示して、美貴に尋ねた。
「これ、何ていうんだっけ?」
「ベーグルサンド。食物史第2巻56ページにホログラフィで出てる」
「これは?」
「マカロニサラダ」
「これは?」
「ゆでたまご」
「美貴ってホントに秀才ねぇ」
それを聞いていた愛が呆れた様子で言った。
「もう、ごちゃごちゃ言ってないで、早く食べましょうよ」
「そうだね、いったっだっきまー……」
食べようとするひとみを美貴が制した。
「だめ、旅行中の食事は制限されているの忘れた?」
- 47 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時09分20秒
- それに応えるように真希が荷物から小さいビンのようなものを取り出し、愛に説明した。
「これはチューブドリンク。これが私たちの食事なの」
「厳しい決まりがあるんですね。でも、それだけじゃ、お腹空きません?」
「大丈夫よ。量は少ないけど、必要なものは全部入っているからね」
「ごめんなさいね、愛ちゃん。せっかく作ってくれたのに。前もって言っておけば良かったかな」
「そんな…気にしないでください。それより、飲み物とかもダメなんですか?」
「ん? それは特に問題ないけど」
「それじゃ、特製のドリンクを作りますね! 美貴さんはどんなのがいいですか?」
そう言うと、愛はキッチンに楽しそうに向かっていった。
- 48 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時10分23秒
- 真希がチューブドリンクを飲んでいると、食卓の背後からコートを着てフードを被った人物が
銃のようなものを構えて音もなくやってきた。それに気づいた美貴と真希は席を立ち上がり、身構えた。
「わたし」
フードをとったその人物は、3人をからかおうとしていた梨華だった。
「勝手に使わないで!」
真希が慌てて、銃を取り上げた。梨華はそれを気にするでもなく、残った2人に話しかけた。
「ねぇ、何やったの? 刑事が来たわよ」
「刑事? は?」
「白状しちゃいなさいよ。あなたたち、どこのグループ?」
ひとみは困ったように美貴の方を見た。美貴は、その問いに冷静に答える。
「IDを明かすと、2ポイントの減点になるの」
「筋金入りの変わり者ね」
そう言いながら、梨華は手元の四角い物体をもてあそんでいた。
- 49 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時11分40秒
- 「ごっちん、アルバムまで持ってきたの?」
銃をしまっていた真希は、それに気づいてはっとした。梨華は不思議そうに、その四角い物体を
眺めている。真希は慌てて取り返そうとしたが、寸前でそれは愛の手に渡った。それから、真希
の持ち物の物色が始まってしまった。梨華はカプセルのような物体を口紅のように扱い、愛は押
したり引っ張ったりしていた。
「それはっ! 梨華ちゃん、だめ!」
「ん? そんなに慌ててどうしたの、ひとみちゃん?」
「と…とにかく、ごっちんのなんだから」
ひとみはもの凄い慌てっぷりで、梨華からカプセルを取り戻した。
「愛ちゃん、そんな風に扱ったらダメよ!」
「美貴さん、何をそんなに慌ててるんですか?」
「え、あ、うん…。中身が飛び出したら、危ないでしょ」
ひとみに劣らない慌てふためきようで、美貴も愛からカプセルを回収した。
いつもは静かな食卓に5人の声が響き渡り、共同生活2日目の朝は慌ただしく
幕を上げたのであった。
- 50 名前:御幸 投稿日:2003年05月17日(土)14時15分42秒
- 更新終了です。
愛・美貴の組み合わせを入れてみましたが、果たしてうまくいくのかどうか。
王道カップルも、これから少しずつ絡めていきたいです。
- 51 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月18日(日)00時45分36秒
- 愛美貴…結構いい組み合わせかも(w
まだまだなぞが多そうなので楽しみにしています
- 52 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時16分42秒
- 朝食後、愛は学校に行き、4人は街に繰り出した。3人のコート姿は、いくら時期的に違和感がない
とはいっても、目立っていることに変わりはない。そこで、梨華の提案で服を買いに行くことにしたのだ。
街に行けば、そのついでに探している友達の手がかりをつかめるかもしれない、と思った3人はその提案
を受け入れ、今、こうして街に来ていた。もっとも、美貴と真希は服を買うつもりはなく、ただ1人、
ひとみだけがかなり乗り気で、梨華と一緒に色々な店を出たり入ったりしている。
「これなんか似合いそうだよ」
梨華が手に取ったのは、男物のジャンパーとGパンだった。
「えー、そっかな。アタシはこっちの方がいいと思うけど。まぁ、ちょっと着てみるよ」
不満を口にはしたが、試着室に入っていくひとみは明らかにノリノリだった。
「どう?」
「かっこいいよ、ひとみちゃん」
そう言われて、ひとみは思わず顔を赤らめた。梨華は嬉しそうに、ひとみが試着した服をレジへと持っていった。
梨華のその様子を、ひとみも嬉しそうに見つめている。
- 53 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時18分24秒
- 「次はあっちのお店に行こうよ」
梨華はひとみを向かいの店に引っ張っていった。2人が向かった店には、アクセサリーがぎっしりと
陳列されている。食い入るようにそれらを見つめている梨華の手は、先ほどからずっと、ひとみの手
をしっかりと握っており、2人はその後もデート気分でショッピングを楽しんでいた。
一方、美貴と真希の2人はそれぞれ、センサーを手に色々なところへ足を伸ばした。
エスカレーターの降り口の近くなど、人がたくさん通る場所を重点的にあたっていった
が、玉は一向に反応を見せなかった。
「そんなに簡単に見つかるわけないか…」
「完全に見失っちゃったわね…」
真希と美貴の溜め息は、雑踏の音にかき消された。
ひとみも、ショッピングを終えてから、センサーを手に、色々なところを探してみたが、
こちらも手がかりを得ることはできなかった。そうそう簡単に見つかるわけはない、と
分かってはいたが、それでもがっくりとうなだれずにはいられなかった。そんなひとみ
に梨華がそっと近づいてきて、励ますように優しく微笑みかける。ひとみはその笑顔に
つられるように、笑顔を返した。
- 54 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時19分26秒
- ――昼食は見通しの良いオープンカフェでとることにした。梨華はパスタを注文していたが、3人の目の前には、
ドリンクが置かれているだけである。
「なんか、私だけ食べてて、ちょっと恥ずかしいよ」
「梨華ちゃんの食いしん坊〜」
「もう、ひとみちゃん!」
ひとみのからかうような声に梨華は軽く頬を膨らませた。ひとみは、そんな梨華の様子を
ニコニコしながら眺めている。
「ホント、梨華ちゃんってからかい甲斐があるよね」
「ひとみちゃんのばか」
「ごめんってば。あ、梨華ちゃん、そこ何かついてるよ」
そう言いながら、ひとみは梨華の口元についていたハネをそっと拭ってやった。2人のその姿は、
傍から見ると、まるで仲の良いカップルのように見える。美貴はそんな2人の様子を優しい眼差し
で見守っていたが、真希はというと、先ほどからずっと頬杖をつきながら、外の通りをぼんやり
と眺めていた。
- 55 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時20分54秒
- 「どうしても、そのお店に行きたいの? このペンダント、そんなに気に入ったの?」
やたら自分のペンダントに拘る3人に、梨華は不思議そうな表情を向けた。たしかに色は綺麗だが、
そんなに高価なものでもないし、それほどデザインが凝っているわけもない。わざわざ、これに
しなくても、もっと良いものはたくさんあった。梨華はそのことを告げたが、3人は頑としてその
店に行くと言ってきかなかった。
梨華の言葉には答えず、先ほどから黙って外を眺めていた真希が突然立ち上がって、眼下の通りを
凝視した。その視線の先にはコートを着た女性が立っている。しかし、待ち合わせの相手らしき男
性がやってきたのを見つけて勘違いだと分かり、すぐに視線を戻した。
「どうしたの、ごっちん?」
「…何でもない」
そう言いながら、真希は外を向いたままテーブルの小瓶に手を伸ばした。勢いよくチューブドリンクを
流し込んだ…はずだったが、突然、口元を押さえながら足をバタバタさせた。半分、涙目になっている。
- 56 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時22分45秒
- 「ごっちん、こっちでしょう」
ひとみの手にはチューブドリンク、真希の正面には半分空になったタバスコの瓶が
置かれている。実は、この2つは外見がとても良く似ているのだ。ここはパスタの
店だから当然、各テーブルにはタバスコが備えられている。その場には3人の
笑い声と、1人の足をバタバタさせている音とが響いていた。
「真希ちゃんってば、おっちょこちょいだね」
「ごっちんも木から落ちる、かぁ」
「真希の珍しい一面を発見ね」
好き勝手に発言する3人を尻目に、真希は口内と喉の両方の刺激と闘っていた。
(なによ、これ!? めちゃめちゃ辛いじゃないの。もぉ、ばかぁ!)
口に手をやりながら、10分くらいずっと暴れていた。その瞳からは絶え間なく、
大粒の涙が溢れていた。
- 57 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時24分03秒
「こっち、こっち。早く」
昼食後、梨華は3人をお気に入りのショップまで案内した。店内にはアクセサリーが所狭しと
並べられている。店員は梨華と顔なじみなのか、「はーい」と気軽に挨拶をしてきた。
「ねぇ、あのペンダント、どこだっけ?」
「あ…うん、こっち」
キョロキョロしながら、3人はその店員についていった。
「ああ、これよ、梨華」
店員は山盛りになった青いペンダントを指し示した。値札には1000円と書かれている。
3人は顔を見合わせて、それぞれの玉を取り出しスイッチを入れた。すると、3つの
玉は3つとも、3色の光を発し始めた。
「うわぁ、綺麗」
梨華は感心したような声を発していたが、それとは対照的に真希の口調は溜め息交じりで、
どこか沈んでいた。
「はぁ…絶望」
「何でこのペンダントに反応するんだろ」
- 58 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時25分24秒
- そう言いながら、商品を手に取るために屈んだひとみは、同じように屈んだ梨華と棚越しに
目が合った。梨華が軽くウィンクすると、ひとみは顔を赤らめながら、ぎこちないウィンクを返した。
店内のテレビでは音楽番組が放送されていたが、急に緊急特番に切り替わった。
『番組の途中ですが、現在、多摩地域で連続して発生している、プルトニウム殺人事件
のその後の様子をお伝えいたします。現場の和田記者を呼んでみましょう。和田さん、
和田さん、大丈夫ですか?』
『はい、こちら和田です。この一連のプルトニウム弾を使ったと思われる連続殺人事件
に対し、警察は全力でその捜査にあたっているようですが、未だにその手がかりは一切、
掴めておりません。私たちは17年前のあの…』
慌てて駆け寄ってきた現場の警察官に連れ出されて、和田記者のレポートは聞こえなく
なった。画面には厳重な警備体制の中、防護服を着て作業にあたっている人が何人も
映っている。≪RADIATION HAZARD≫のマークが防護シートに書かれており、素人が見ても
放射能汚染という言葉が容易に頭に浮かぶような状況であった。そのニュースを観た
3人は顔を見合わせ、一様に深刻な表情になった。
- 59 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時27分04秒
- ――夕暮れ時の公園
傾いた日が、遊具をオレンジ色に染めている。少し高台にあるこの公園からは、
街の様子が一望できた。日が高いときには、家族連れなどで賑わっているが、
夕方ということもあり、人影は梨華たち4人だけであった。真希と美貴はベンチ
で何やら、真剣な表情で話し合っている。
一方、ひとみと梨華は眺めのいい場所で、眼下に広がる景色に目をやりながら話をしていた。
真希は立ち上がり苛ついた様子で、ベンチに腰掛ける美貴に話しかけた。
「美貴、ヤツはそこまで来てるのよ」
「アイツだって、彼女を探しあぐねてるのよ。そうじゃなかったら、あんな事件を引き起こしたりはしない」
先ほどの特番を見てから、3人、特に真希と美貴の表情は暗かった。あの事件を起こした
人物に心当たりがあり、すでにここに来ていることが分かったからだ。何としても、その
人物より先に、彼女を探し出さなければならない。美貴は、しばらく考え込んでいたが、
思い立ったように立ち上がり、さっきから目の前を行ったりきたりしている真希に駆け寄った。
- 60 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時27分56秒
- 「真希、手がかりはまだあるよ。マリがいる」
「マリ? そうか…」
「彼女がいる場所か、その近くに必ずいるはずよ」
梨華とひとみは夕日を浴びながらたたずんでいた。眼下に広がる景色は、夕日の色を
受けて、オレンジに映えている。その光景に目をやりながら、梨華は落ち込んだような
様子のひとみに、一生懸命に話しかけていた。
「さっきから、みんな元気ないね。ひとみちゃんも。どうしたの?」
「うん、ちょっと気になることがあってね」
「それって、探してる友達のこと?」
「うん…」
そう言ったきり、ひとみは黙り込んでしまった。梨華はその理由を尋ねたかったが、
ひとみのその様子を見て、ひとみから話してくれるまで待つことにした。だれにだって、
話したくないことはある。以前、真希にも言ったが、そういうことを無理に聞き出そう
とは思わなかった。
- 61 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時28分56秒
- 梨華は、何と言葉をかけてよいか分からなかったので、声を出す代わりに、ひとみの肩口に、
そっと自分の頭をのせた。しばらく、そうやって2人は寄り添っていたが、突然、ひとみが
「痛っ」と叫びだした。その様子を見て梨華は、慌てて頭を上げた。
「ごめん、ひとみちゃん。重かった?」
「え、あ、違うんだ。ちょっと肌がヒリヒリしてさ」
梨華は不思議そうな表情を作った。時期的に日焼けをするようなことはないはず。
だから何故、ひとみがそんなことを言い出したのか、理解できなかった。
「そういえば、ひとみちゃんって色白だよね。ひょっとして、この雰囲気を和まそうと、気を遣ってくれたの?」
「違うって、本当に痛いんだってばっ」
「私はもう元気になったよ。ありがとう。ひとみちゃんってば、面白いね」
どうやら、梨華はひとみが冗談でやっていると思っているようだ。クスクスと笑いながら、
ずっとその様子を見守っていた。
「本当なんだってばっ」
ひとみの叫びは、空しく夕暮れ時の公園に響き渡っていた。
- 62 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時32分59秒
- 「どう? 似合ってる?」
公園からの帰り道、ひとみは梨華に見立ててもらった服を着ていた。今まで着ていたコート
を小脇に抱え、とても上機嫌な様子で、後ろを歩いている美貴と真希に向かって言った。
その2人はコート姿のままだ。
「当たり前じゃない。ねっ? そうでしょ?」
梨華が笑顔で応える。真希と美貴はただ苦笑いを浮かべただけだった。互いに目線
を合わせ、可笑しそうに笑った。今まで緊張の糸を張り巡らせてきたのだ。特に
ひとみは行く先々での出来事にかなりのショックを受けていたようだったから、
これくらいの息抜きも悪くはないと美貴は考えていた。そのひとみは梨華と手を
繋ぎ、楽しそうに自分たちの正面を歩いている。
- 63 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時33分31秒
- 「よっすぃー、元気になって良かったよ」
「そうね。ここ最近、特に落ち込んでるみたいだったし」
「梨華ちゃんのおかげかもね」
「ホント、不思議な魅力がある子よね」
「後藤もそう思う。何だか懐かしい感じがしたんだ」
「懐かしい?」
「うまくは言えないんだけど、前にどこかで会ってるような…。そんなことあるわけないんだけど」
「私も、少し気にはなっていたんだけど。でも、現時点では何とも言えないわね」
2人は難しい顔をして、話し込んでいた。その様子を見ていた梨華がひとみの腕を引っ張った。
「ねぇ、ひとみちゃん。さっきから、2人は何を話してるのかな」
「うーん、何だろう。でも、どうせアタシには分からない話だよ」
「ん? ひとみちゃん、拗ねてるんだ。かわいいぃ」
「や、やめてよ、そんなんじゃないし」
梨華はニコニコしながら、まるで子供をあやすように、ひとみの頬を突っついていた。
- 64 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時34分43秒
4人が家に向かっている頃、愛は自転車で学校から帰ってきた。門の上には昨日と同じように
小さいリスザルがたたずんでおり、無邪気な表情を愛に向けている。すると、そこを警邏中の
パトカーが通りかかった。運転席の保田はその猫のような鋭い眼差しを、そのリスザルに向け
ていたが、助手席の飯田はそれに気づいていないようだった。リスザルはその視線を感じると、
どこかに行ってしまった。
制服を着替えて、愛はリビングでテレビを見ていたが、突然、画面の調子がおかしくなった。
怪訝な表情をしながら2,3回テレビを叩いてみたが、一向に直る気配がない。すると、今度
は鳥篭の九官鳥が突然、騒ぎ出したので、その様子を見に行った。
「ゲンゴロー?」
空腹かと思い、その辺に転がっていたお菓子を与えようとしたが、静まらず、かえって何かに
怯えるように騒ぎ出した。不思議に思い、後ろを振り返ると、今で愛がいた場所に風のような
ものが微かに吹き始めていた。そして光るカーテンのようなものに包まれ、その場に積んで
あった雑誌類が次々に天井へと吸い上げられていった。
- 65 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時36分18秒
- 「えっ、何これ?」
確かめようとその場に近づいた途端、愛は自分の身体が浮き上がるような感覚にとらわれた。
そして、雑誌と同じように、静かに吸い上げられていった。
「お父さん、助けて…こわいよ…」
棚に置いてある父親の写真に向かって必死に手を伸ばしたが、その行為も空しく、
愛の身体は宙に浮かんでいる状態のままだった。
そこに外出先から梨華たちが帰ってきた。玄関のドアを開けるなり、梨華の手に
あった花束が吸い上げられる。
「愛、帰ったわよ。………きゃあああ、愛っ!」
その悲鳴を聞いた3人が玄関に駆け込んでくる。3人の目に飛び込んできたのは、
力なく両手をダランと下げた姿勢で宙に浮いていた愛だった。真希と美貴は急いで
愛に駆け寄り、その身体を下ろし、近くのソファーに横たえた。先ほどまで部屋
を覆っていたカーテン状のものは、いつの間にか、なくなっていた。
- 66 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時37分08秒
- 「真希…」
「彼女が来てる…」
真希と美貴は独り言のようにつぶやいた。そして、真希は慌てて2階に駆け上がっていった。
美貴もそれに続く。
1階に残ったひとみは、手にしていたコートを優しく愛にかけてやった。
「愛ちゃん、大丈夫?」
梨華は泣きながら愛の元へと駆け寄った。
「ねぇ、愛、どうしたのっ!?」
「………」
「どうしたの? 言ってごらん?」
「急に…体中の力が吸い取られたみたい…あとはもう分からない…」
「わかったから、もう休みな」
ひとみは、かけていたコートを肩口まで引っ張り上げ、その頭を優しく撫でてやった。
- 67 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時38分14秒
- 真希が2階に上がると、梨華の部屋のドアが開け放たれていた。そしてそこからは
巨大な鳥の巣のようなものが視界に入ってきた。それは梨華の部屋の入り口から
続いていて、人が通れるくらいのチューブ状の形をしており、そのまま壁に向かっていた。
そしてその先には大きな穴が開いていて、外が丸見えになっている。まるで何か巨大な
鳥が巣を作って、そこから巣立っていったような感じだ。真希はその中を通りながらつぶやいた。
「…ーちゃんだ」
そこに遅れて美貴が入ってきた。そして事態を悟ったような表情を浮かべた。
「真希…」
その言葉を聞くと同時に、真希は壁に開いた穴から外に飛び出していった。
「真希!」
- 68 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時39分22秒
- 美貴の言葉は空しくその場に響き渡った。そこに驚愕の表情を浮かべた梨華が、血相を
変えてやってきた。
「な…に、これ? どういう…こと?」
変わり果てた自分の部屋に呆然とする梨華。
「これが私の部屋…? どういうことなの? 愛まであんな訳の分からないことになって…。
おかしなことばっかり。あなたたちが来てからよ。一体何なの、これは!? 答えて!
答えられないなら、今すぐ出てって!」
美貴は申し訳なさそうな表情を浮かべて、梨華の言葉をただ黙って聞いていた。
- 69 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時40分26秒
「時空監査官?」
階段を下りながら、梨華は素っ頓狂な声をあげた。ひとみは静かにうなずき、冷静に話を続けた。
「時間秩序を監視する、アタシたちの時代の警察機構みたいなものなんだ。
こんな話、信じてくれないよね…」
美貴もそれに続けた。
「2550年から来た、3人とも2531年生まれの19歳よ」
「今年は2003年なのよ」
「547年後の世界」
「狂ってるわ」
「身分を明かすことは、監査官にとって2ポイントダウンの犯罪に匹敵する。でも話しておくわ。
できるのはそれだけだから」
美貴の静かな言葉に、梨華は神妙な面持ちで耳を傾けた。
「私たちは、友達を殺しにやって来た」
- 70 名前:御幸 投稿日:2003年05月24日(土)20時46分22秒
- 更新終了です。
>51 名無し読者さん
それぞれで、少しずつ違った雰囲気が出せればいいのですが、なかなか
難しそうです。一応、テーマのようなものは考えてはいますが、うまく
行くかどうか…。ご期待に添えるようにやっていきたいです。
- 71 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月24日(土)21時42分24秒
- 更新、お疲れさまです。
元ネタは知らないけど面白いっす!"友達"が誰なのか気になるー!
- 72 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時35分05秒
――リビングのソファに3人はコの字型に陣取った。梨華の正面に美貴が座り、梨華の右側、
美貴にとっては左側にはひとみが座っている。部屋の電気はついておらず、近くに置いてある
電気スタンドの淡い光が、3人の顔をうっすらと浮かび上がらせていた。
ソファに座ってから、3人はしばらく無言であった。どれくらいの間、その状態が続いたので
あろうか。やがて美貴は、じっくりと聞かせるように話し始め、梨華はその話に耳を傾けた。
「西暦2550年。太陽系外周部を通過する小惑星が発見され、探査隊が送られたが、途中で連絡
が途絶える事件があった。直ちに宇宙空挺部隊一個師団が派遣されたけど、これも帰還しなかった」
- 73 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時36分17秒
- ひとみも、梨華に語りかけるように話を続ける。
「その星は、人類がいまだかつて見たことのない生物の巣窟だったんだ」
「探査隊も空挺部隊も、その惑星の生命体に同化され、異形の生物に生まれ変わった」
「………異形の生物?」
「全ての生命体からエネルギーを奪い取り、それを巨大な破壊エネルギーに変えて放射する。
エネルギーが枯れると、また吸収を始める。それを繰り返して、永遠に死ねない怪物…」
「この生物に寿命はないらしいんだ。だから自然に消滅するのを待つことはできなかった」
「軍は探査隊や空挺部隊と一緒に、その星を核爆破した…」
「そんな…その星に行った人たちはどうなるの? 助けることはできなかったの?」
「…もしも、この生物が集団でアタシたちの星に襲いかかったとしたら、対処のしようが
ないって判断されたんだ…」
ひとみは悔しそうに唇をかみ締めた。梨華は初めて見るひとみのそんな表情に、何も言えな
くなってしまった。そんなひとみとは対照的に美貴は、先ほどから努めて冷静に、淡々と話
を続けている。だが、その口調からはどうしようもない、もどかしさのようなものが溢れて
いるように梨華には感じられた。
- 74 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時38分20秒
- 「惑星は消滅した。けれど、爆破以前に脱出していた者が39体いたの。そのうち、20体が未来へ。
19体が過去へと逃亡した。地球史第一期中世の吸血鬼伝説に倣って、軍は彼らを『カミーラ』と呼んだ」
「カミーラ?」
「知ってるでしょ? 古代史や神話に出てくる怪物役。あれはみんな過去に逃亡した、そのカミーラ
の化身なんだ」
「彼らをハンティングするために、時空監査官の中からハンターが組織され、他の時代に派遣された」
「どうやってそんなことができるの?」
ひとみは荷物の中から腕時計のようなものを取り出し、梨華に手渡した。
「それは26世紀最大の発明品、この時間移動を可能にするタイムムーバーのおかげなんだ」
「私たちは、まだ就任二年目の監査官だったけど、3人そろって過去隊を志願した。未来に逃げた
20体は、全てハンティングが終わっている。過去に逃げた19体も、そのうち18体までが消滅したわ。
私たちが追っているのが、過去に逃亡した最後の生き残り、カミーラ19≪ナインティーン≫」
「そのカミーラ19≪ナインティーン≫が、探してる友達なのね」
美貴はその言葉を肯定するように、おもむろに立ち上がった。
- 75 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時41分26秒
- 「私たちは、48時間前、ナインティーンを追って1939年のベルリンにいた。そこから
タイムホールは一箇所しか開いていなかったわ。2003年のこの東京よ。ナインティーン
はベルリンから必ずここに来てる」
「ナインティーンは何故、東京まで逃げてきたの?」
「紗耶香は、いえ、ナインティーンはきっと、ここで自分の過去を断つつもりね」
「サヤカ…? ナインティーンって女の子なの?」
梨華の言葉を無言で肯定し、美貴はさらに話を続けた。
「私たちは、アカデミーのクラスメイトだったの。紗耶香と真希は特別、仲が良かった。
みんな19歳だったわ。卒業して彼女は惑星探査の仕事に就いた。最初の行き先があの死の
惑星だなんて、私たちは考えてもみなかった」
「悪魔って呼ばれて追われ続ける紗耶香の気持ちを考えると、たまらなくなるよ」
「どうして助けてあげられないの?」
- 76 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時42分16秒
- 美貴に詰め寄るような勢いで梨華も立ち上がった。
「ナインティーンを追っているハンターがもう1人いる。≪K≫。かなりの数のカミーラを
ハンティングした凄腕のハンターなの」
「空挺部隊が面子をかけて送り込んだ、血の凍ったようなヤツ。だから誓ったんだ、アタシ
たち。誰かが彼女を殺さなければならないなら、せめてピリオドはごっちんの手で打たせようって」
ひとみのその言葉によって、再び、リビングは水をうったように静まり返った。3人が時折り
見せる思いつめたような表情の訳を知らされた梨華は、その事実の重さにただ黙って立ち尽く
すことしかできなかった。
- 77 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時43分23秒
――梨華の家からさほど遠くない陸橋の上で、真希は夜空を眺めていた。空に輝く無数の星々は
静かに真希を見下ろしている。それに目を向けながら真希は、ぼんやりと考え事をしていた。その
まましばらく星を眺めるようにして物思いに耽っていたが、やがて真希の意識は遠く彼方へと跳ん
で行った。遥か遠い未来の、547年後の紗耶香との最後の思い出へと――――
――――階段を降りると、そこには紗耶香が立っていた。
「いちーちゃん」
その声に紗耶香は振り返った。
「聞いたよ、いちーちゃん。惑星探査に行くことになったんだって?」
「ああ、そうだよ。初めての任務なんだ」
「ちゃんと、帰ってきてよね」
「大袈裟なんだよ、後藤は。ちょっと行って、見てくるだけなんだからさ」
「でも……」
震える声を発して、うつむく真希に紗耶香はそっと近づいて、その身体を抱きしめた。
「……!!」
「心配いらないって。すぐに戻ってくるからさ。そんな顔すんなよ」
「……うん」
- 78 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時44分35秒
- 真希は紗耶香の背中にそっと手を回し、肩に顔を埋めた。出逢ったばかりの頃はまだ、
紗耶香の方が少し高かったが、今ではそれは逆転し、真希の方が高い。それでも、その
背中はとても大きく感じられた。しばらくの間、2人は無言のまま抱き合っていた。
「じゃ、そろそろ行くよ」
そっと真希から身体を離し、晴れやかな笑顔を向けた。心配するな――そう言っている
ように真希には見えた。そして、紗耶香は身体を翻してエスカレーターに乗り、後ろを
向いて優しい笑みを浮かべながら、真希を見つめていた。真希はその姿が見えなくなる
まで、ずっと手を振り続けていた。それが紗耶香の最期の笑顔になるとも知らずに……。
――紗耶香のことを思い出していた真希は、そのすぐ横に小さいリスザルがいるのを見つけた。
手すりの上をちょこちょこと無邪気に動いている。
「マリ…。おまえドコ行ってたの? 心配したんだよ」
そっと抱き上げて、その身体を優しく撫でてやった。マリは真希の腕の中で尻尾を丸めて、
されるがままになっている。
「いちーちゃんは東京に来てる」
真希は確信したような表情を浮かべた。
- 79 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時47分30秒
――ちょうど、真希が紗耶香との思い出に浸っている頃
ひとみは、鳥の巣のようになってしまった部屋で明かりもつけずに、紗耶香のことを梨華に
話して聞かせていた。天窓からの月明かりが、ひとみの横顔を幻想的に映し出す。
「透き通るような長い髪がアカデミー中の憧れだった。アタシたち、一晩中未来の話
をした。科学の可能性や希望に溢れていた遠い時代のように。冷たくて暗いアタシたち
の心に、いつも紗耶香の言葉が光り輝いてた」
そっと正面に座ったひとみに梨華が微笑みかけた。
「素敵な人なのね」
「ごっちんには太陽が2つあったんだ」
ひとみの表情は慈母のようであった。幼い頃からの親友が最も心を通わせたのが、紗耶香だった。
ひとみはそんな真希の様子をいつも見守ってきた。だからこそ、紗耶香を追い続けなければならない
真希の気持ちが痛いほど分かるし、あの優しかった紗耶香が訪れた場所が、どこも変わり果て、
滅びの一途を辿っていたことに誰よりもショックを受けていた真希の気持ちも、ひとみにはよく分かっていた。
- 80 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時49分06秒
- 親友の真希と親友の心の拠り所である紗耶香。この両者のことを案じ続けていたひとみが、結果的に
最も深い傷を心に受けてしまっていたのも当然かもしれない。
不意に思い詰めたような表情になったひとみの顔を、梨華が覗き込もうと背をかがめたとき、ひとみの
腕から何かの模様のようなものが覗いているのを見つけた。
「鷲…。真希ちゃんは蠍だったよ」
「アタシたちは、絶滅した生き物の中から守り神を選ぶんだ」
「そうなんだ…。私たちの時代には、まだ存在してるのにね」
「アタシたちの時代は、言葉では言い表せないほど遠いからさ。随分、様変わりしてると思うよ」
「その遠い未来に生きてるひとみちゃんと、私は今、こうしてお話してるんだよね」
- 81 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時49分57秒
- 「うん。あっ、ひょっとしたら、梨華ちゃんの子孫とも会ってたかもよ」
「不思議な感じ…。まるで、私がタイムトリップしたみたい…」
「梨華ちゃん…」
2人は手を握りしめ、静かに見つめ合っていた。ひとみ自身も気づいていたが、梨華と過ごす時間は
かけがえのないものとなっていた。梨華の笑顔を見ている間だけは、全ての重責から解放され、
ただの少女に戻ることができる。たとえ、それが限りある時間の中でのことであったとしても。
ひとみは、いつまでもこんな時間が続けばいいと、願わずにはいられなかった。
- 82 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時51分25秒
――美貴は、眠る愛のベッドの傍らに来ていた。愛は静かな寝息を立てて眠っている。
先ほどの症状から察するに、身体のエネルギーを吸い取られたのであろう。ただ、比較的
発見が早かったので大事には至りそうにない。そう判断した美貴は静かに愛の部屋を
離れようとした。すると、後ろから弱々しい声が美貴の背中にかけられた。
「美貴…さん…?」
「起こしちゃったかな。まだ寝てないとだめだよ」
「大丈夫です。少し寝て楽になりましたから」
まだ起き上がるほどの体力は戻っていなかったが、それでも意識ははっきりとしている。
そんな愛の様子に安心した美貴は、そっと髪を撫でてやった。愛は気持ち良さそうに目
を細めていたが、おもむろに口を開いた。
「私、どうしちゃったんですか?」
愛のその問いに、美貴はどう答えを返そうか思案していたが、やはり真実を話すこと
にした。先ほど、梨華にした話を手短に分かり易く、愛に聞かせた。
「じゃあ、紗耶香さんがウチに来てたんですか…」
- 83 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時53分29秒
- 「それは間違いないわね。それで、勝手なお願いなんだけど、紗耶香を恨まないであげて欲しい
んだ。こんな目に遭わせておいて、都合のいいことを言うようだけど…。彼女は自分で自分を
抑えることができないの。それを自分でも分かっているから、自分のことを凄く怖がってる」
「自分のことが怖いなんて、そんなの悲しすぎます。そんな人を恨むことなんて、私…できません…」
愛はそう言いながら、ポロポロと涙を流していた。その涙は頬を伝って、枕にいくつもの斑点をつくる。
「愛ちゃん…ありがとう」
- 84 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時54分48秒
- 美貴はそっと頬の涙を拭ってやった。愛は少し照れたような表情を見せたが、それを隠すようにごそごそ
と布団にもぐった。そんな愛の反応に美貴が表情を崩す。それを見た愛は思わず、美貴のその表情に見と
れしまった。
「ん? どうしたの、愛ちゃん? 私の顔に何かついてる?」
「な、何でもないです! それより…あのぉ、手つないでもらってもいいですか?」
美貴はその言葉に応えるように、そっと愛の手を握った。先ほどまで寝ていたせいか、
その体温は少し高い。愛はその手に感じた温もりに安心したような表情を見せたが、
再び静かな寝息を立て始めた。美貴は、その寝顔をずっと見守っていた。
- 85 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時56分03秒
――とある地下駐車場
数百台を収容できる容量を持つこの駐車場に、けたたましくクラクションの音が
鳴り響いた。地下という場所なので、壁という壁に反響して、もの凄い騒音と化
している。たちまち、上階から女性の警備員が飛んできて、音の発生源を探し始めた。
ほどなく、そのクルマを特定し、警備員が近づいて中を覗うと、そこには、女性
が目を見開いたまま横たわっていた。
「きゃああああ!」
今度は駐車場に警備員の悲鳴が響き渡った。車内には、全身が紫色に変色した女性が
横たわっており、その胸元には、やはり青いペンダントが光っていた。
- 86 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)16時58分08秒
――飯田圭織のオフィス
遅々として進まない捜査にイライラが募った飯田は、職務中にもかかわらず、酒を
飲んで酔っ払っていた。机に突っ伏して、何やらブツブツと言っている。そこに突然、
電話が入ってきた。ふらついた動作で気だるそうに受話器をとる。
「一課…飯田警部、やってるわよ…」
呂律のまわらない口調で受話器に声を投げかける。
「プルトニウム反応…? またなの? 何なのよ、一体?」
「ロングコートにフード…? 3色の光がまわってる…? だから何なの?」
酒に酔っていて、頭がよく回転していないため、受話器の向こうからの声をただ
復唱していたが、ふと、先ほどまで目を通していた捜査資料に載っていた言葉が
その中にあったのを思い出し、すぐに正気を取り戻したように怒鳴った。
「………ちょ、ちょっと待って! わかった、すぐ行くわよ。そこで待ってて」
そう言うと、ふらつきながら受話器を叩きつけ、慌てて上着を羽織って、オフィスを
飛び出していった。自分に言い聞かせるように、独り言を発しながら。
「いくわよ…すぐいくわよ…」
こうして夜はあるところでは静かに、また別のところでは騒がしく更けていった。
- 87 名前:御幸 投稿日:2003年05月31日(土)17時04分40秒
- 更新終了です。
>71 名無し読者さん
ありがとうございます。そう言っていただけると、とても励みになります。
これから"友達"を交えての展開になるので、懲りずにお付き合いください。
- 88 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時14分34秒
- ――その翌日、外は気持ち良いくらいに晴れ渡っていた。昨日とはうって変わって静かに一日が始まり、これから起こる出来事など、全く想像もできないほどであった。
家の中ではひとみが掃除機をかけている。梨華から借りたビデオウォークマンを観ながら、軽快なリズムをとって流れるような動作で、掃除に熱中していた。しばらくビデオに夢中になっていると、掃除機から異音が聞こえてきた。どうやら足元をよく見ていなかったせいで、コードを吸い込んでしまったらしい。
「もぉ、サイアク!」
ひとみは慌てて、コードを引っ張り出そうとしたが、スイッチがオンのままだったので、
なかなか引き出すことができなかった。ここでスイッチをオフにするという発想が出てこ
ないのが、いかにもひとみらしい。
ひとみが掃除機と格闘している頃、庭では、美貴と梨華、すっかり元気になった愛がクルマ
を修理していた。ガレージにあった故障中のクルマを美貴が見つけ、てきぱきと修理を始め
たのだ。機械のことなど全く分からない2人はただ、美貴の指示に従って動いていた。
- 89 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時15分56秒
- 「よーし。ジャッキおろすわよ。さがって」
愛はその様子を羨望の眼差しで見つめていた。
「めちゃめちゃ、メカに強いんですね」
「20世紀考古学をしっかりとやったからね」
「ふーん、考古学…」
愛はピンとこなかった。考古学といっても、その名前を聞いたことがあるだけで、
どんな学問なのかは知らない。せいぜい、古いものを研究するというぐらいのしか
知識がなかった。そのよく分からない考古学という言葉の前に20世紀などという言
葉がついている。20世紀はつい3年前に終わったばかりだ。ますます訳がわからな
くなり、訛ったようなイントネーションでつぶやいた。
「やっぱ、あかんわ」
- 90 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時17分05秒
- 黙々と作業を手伝っていた梨華は、心にあった疑問を美貴にぶつけてみた。
「ねぇ、26世紀ってどんなところ?」
美貴は困ったような表情を浮かべた。
「大気は硝酸塩でいっぱい。みんな異生物の攻撃や放射線から身を守るために、こんな
バリアコートを着ているの。日光浴が最高の贅沢ってところね」
そう言った美貴はTシャツにGパンというラフな服装をしており、気持ち良さそうに太陽
を仰いでいた。26世紀は人類が住む環境としては、かなり過酷なものだったが、梨華にそ
れを悟らせまいと、いつもより陽気な口調をつくった。しかし、愛はその微妙な表情のか
げりを見抜いていた。ただ、美貴の気持ちを尊重して、敢えて何も言わなかった。
「ふーん、そうだったんだ。だから、そのコートを着てたのね」
「そうよ。時代によっては危険があるかもしれないから、念のためにってところね。
だから私たちは任務中には、いつもあの格好をしているの」
- 91 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時19分33秒
- 梨華は、純粋に未来は素晴らしいものだと思い込んでいたため、軽いショックを受けた。
それと同時に、まずいことを聞いてしまったという後悔の気持ちが沸いてきた。美貴の口
調には、別段、悲壮感のようなものはなかったが、おそらくそれは自分を落ち込ませない
ように配慮した結果であろう。それは梨華にも分かった。そんな美貴の心配りを無駄には
したくなかったので、愛と同じように、それ以上、この話題には触れないことにした。
美貴はそんな梨華の心内を知ってか知らずか、淡々と作業を進めていた。
「オッケー、これならタイムホールの入り口まで15分ね」
「えっ? これ、タイムマシーンになっちゃうの?」
「いや、私たちは、機械は使わない。タイムホールが開くのを待って移動するの」
「なーんだ、好きな時に好きな場所に移動できるわけじゃないんだね」
- 92 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時20分54秒
- 「時間の流れには、たとえば台風の目みたいに、刻々と変化してる歪みあるの。その歪み
が過去と未来とを繋ぐホールをつくる。計算によると、東京には今、小さな入り口が3つ
開いていて、3つとも私たちが住んでいる2550年に繋がっているわ。それを逃すと、私た
ちは生まれた時代に帰れなくなる。そのタイムリミットが12時間後、今夜21時ジャストよ」
「えっ 帰っちゃうんですか?」
愛は、その言葉に驚いた。たしかに、初めて3人が訪れたときに美貴が言っていた。
『明後日の夜、私たちは東京を離れる。それまでここにいさせてくれないかな?』
だが、真希や美貴、そしてひとみと楽しい時間を過ごしている内に、その言葉はすっかり
頭の中から消えていて、一緒にいるのが当たり前のようになっていた。
2人がその言葉に落ち込んでいると、掃除機との格闘がひと段落して、2階の窓から庭の様子
を眺めていたひとみが、身を乗り出して叫んだ。
「美貴、ごっちんが帰ってきたよ!」
その声の先に目を向けると、真希がこちらに向かって歩いているのが見える。3人は庭を飛び出し、真希の元へと駆け寄っていった。
- 93 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時22分14秒
- 「真希さん!」
「愛ちゃん、元気になったんだね」
駆け寄った愛の頭を優しく撫でる真希。その様子を微笑みながら見守っていた美貴だが、
ふと、真希の後ろから聞こえてくるサイレンの音に気づいた。
「どうしたの、あれ?」
美貴が顎で示した先からはサイレン音と共に数台の警察車両が姿を現した。かなり大きい
トラックのような車両も含まれている。真希は振り返ってそれらに目をやったが、何のこ
とだが身に覚えがないといった表情を浮かべている。梨華も車両の群れに気づき、不安そ
うな声をあげた。
「何やったの、真希ちゃん? 警察よ」
「とにかく、走って!」
呆然としている愛と真希の手を引き、2人は家の中へと駆け込んでいった。
先頭車両からは飯田と保田が姿を現し、後ろの大型の車両からはSWATと思われる大勢
の武装警官が続々と飛び出し、手際よく配置についた。皆、物影に隠れるようにして、そ
の銃口を梨華の家へと向けている。
- 94 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時23分28秒
ドンドンドン――
玄関にまわった飯田はドアを荒々しく叩いた。
「はーい」
中からやけに高い陽気な声が聞こえてきた。
「警察よ」
「えっ、何の御用ですか? 呼んでませんけど」
「警察は宅急便じゃないの! 連続殺人事件の重要参考人を連行します! ここを開けなさい!」
その声をドアの真裏で聞いていた梨華は、どうしようか思案していたが、ふと、隣の愛に
そっと耳打ちをした。
「開けなさい!」
飯田はこじ開けようとするが、ドアはビクともしない。何度もノブを回し、タックルして
みたが、やはりビクともしなかった。
家の中では愛が3人を2階に誘導していた。
「はやく、はやく!」
階段を駆け上がる真希の懐から四角い物体――ひとみがアルバムと言った――が落ちたが、
だれもそれには気がつかなかった。4人はとりあえず、梨華の部屋に集まっていた。
- 95 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時24分56秒
- 「何で、警察が来んの?」
「後藤は何もしてないよ」
「たぶん、アイツと間違えてるんじゃないかな。犯人の特徴とかが、私たちと一致してるのよ」
「同じ任務に就いてるんだから、当たり前といえば、そうだよね」
「よっすぃー、納得してる場合じゃないって。これからどうする?」
「とにかく、ここを出ないとダメね」
「それなら、裏から出られますよ。この家の裏って、知る人ぞ知るっている場所で、普段あまり
人は近づかないですけど、林を抜けると、通りに行き当たるんです」
梨華の家は、ちょうど角に位置していた。つまり2面が道路に接していることになる。正面と側面。
庭があるのが、ちょうどこの側面部で、反対側の隣には当然、他の家がある。ここで見落としがちな
のが、背面部だ。うっそうと茂った林が広がっていて、周りから死角になっている。2階とほぼ同じ
高さにあり、幼い頃、悪戯をして外出禁止を言い渡されたとき、ここから外に抜け出したことを愛は
思い出していた。
「それなら、いけるかも」
「それじゃ、まず………」
4人は寄り添って、先ほどの梨華の耳打ちも併せて、計画を練っていた。
- 96 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時26分52秒
- その頃、外で何とかしてドアを開けようとしている飯田の耳に甲高い悲鳴が飛び込んできた。
「きゃあああ! やめてぇ! 助けてぇ!」
飯田は狼狽して、さらに強くドアにタックルしたが、依然としてビクともしない。外では警察
無線が慌ただしく飛び交っていた。
『特務班だ。至急、救急車をまわしてくれ。家の中を汚染された可能性がある。プルトニウム
だよ、プルトニウム!』
2階へと上がり4人と合流した梨華の携帯にメールが来た。
『梨華ちゃん、どうしたの?』
ついさっき、愛が梨華の携帯を使って柴田に出したメールの返事が来たのだ。
梨華は慌てて電話をかけた。
「柴ちゃん、助けて! 警察が来てるの! 例の林の前まで来て!」
『はぁ? 警察? 一体何やったのよ?』
「事情は後で話すから、お願いよ」
梨華は電話を切り、「準備」を開始した。3人は窓から林へと飛び移った。少し距離があった
が、難なく飛び越え、林の中を駆け抜けた。
- 97 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時28分06秒
- 玄関でドアと格闘していた飯田が疲れた様子で保田と交代した。
「これ、お願い…」
保田は無言でドアノブに手をかけた。今までどんなに力を込めてもビクともしなかった
ノブが、何もなかったかのようにカチっという音と共にまわった。保田の手によって、
静かにドアが開け放たれる。それを見た飯田が後続の武装警官と共に中へ駆け込んだ。
警官たちは警戒しながら、1階の部屋という部屋に散開していったが、何もないのを確認
すると、続々と2階に上がっていった。1人の隊員が正面のドアを開けるとそこには、
後ろ手に縛られて口をタオルで塞がれている梨華が横たわっていた。その姿を見た飯田が
慌てて駆け寄り、その身体を抱き起こした。
「な、なにがあったの?」
急いで縄を解いて、梨華を問い詰めた。
「人質をとられたの!」
「それで、あいつらはどこに行ったの?」
「そこの窓から出て行ったみたいです」
- 98 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時29分00秒
- 梨華の指し示す窓は開け放たれていた。飯田がその窓から外を確認したとき、少し離れた
場所から銃声が聞こえてきた。飯田の無線機に部下から連絡が入った。
『こちら、D班。林の外で、被疑者らしき人物を発見しました。人質をとった模様です』
「こちら飯田。人質に当たったらマズいから、発砲は控えて。すぐに追跡を開始して」
『D班、了解しました』
飯田は後続の部下にも同様の命令を出した。
「追いかけるわよ!」
「救出したこの少女はどうしますか?」
「あとで事情を訊くけど、今はそれどころじゃないの! 街中でプルトニウム使われたら、
大変なことよ!」
梨華をほったらかしにして、飯田は部屋を飛び出していった。武装警官もその後に続く。
ベッドの下では愛がいたずら小僧のような笑みを浮かべて、隠れていた。
「しめしめ…うまくいった」
- 99 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時30分40秒
- 呼び出された柴田はクルマを停め、ガードレールに腰掛けていた。ぼんやりとしていると、
林の中から人の足音が聞こえてきた。その音に振り返ると、3人の少女がこちらに駆けて来
ていた。1人は見覚えがあった。たしか、夜の道路で出会った少女だ。
(たしか、ゴトウマキとか言ってたっけ)
少女たちと柴田はガードレールを挟んで向かい合った。
「あなた、たしか、ゴトウマキさんでしょ。一体、どうしたの?」
「詳しいことは後で話すから、とりあえずクルマ出して」
真希がそう言ったとき、銃声が響いた。少人数ながら別働隊がいたのだ。武装警官は空に
向けて威嚇射撃を行なった。3人はその姿を確認すると、急いでクルマに乗り込んだ。
真希は柴田を引っ張って、強引に後部座席に乗せた。
「柴田さん、ごめん」
咄嗟に人質をとるフリをして、4人はクルマに乗り込んだ。ひとみが運転席に、柴田と
真希、美貴が後部座席にそれぞれ座っていた。美貴が後ろを見ると、警官たちが追跡の
ためにパトカーに集まっているのが見えた。
「ひとみ、クルマ出して!」
「待って、アタシ運転できない」
「いいからっ」
- 100 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時33分13秒
- フラフラと走り出したクルマを警察車両が追跡し始めた。
「待って、マリがいない! 引き返して、よっすぃー」
「ひとみ、戻って」
「無茶言わないで」
すぐ後ろに保田の運転するパトカーが迫っていたので、ひとみはさらにアクセルを踏み込んだ。
最初こそフラフラとした挙動だったが、持ち前の要領の良さと飲み込みの速さとを発揮して、
初心者とは思えないようなハンドル捌きでどんどん後続車両を引き離していった。
「なんだかんだ言って、やるじゃん、よっすぃー」
「まかせてよ。アタシって天才かも」
「一台、ついて来るよ。ひとみ、スピード上げて」
バックミラーを覗きこむと、保田のパトカーを確認することができた。なんとかして引き離そ
うとするひとみであったが、しぶとく後ろに張り付いてくる。その助手席から飯田がスピーカー
で呼びかけてきた。
『前のクルマ、停まりなさい!』
「停まりなさいって言われて、はい、そうですか、って停まるわけないじゃん」
- 101 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時35分09秒
- ひとみは毒づいたが、ぴったりとついて来るパトカーに焦りを感じ始めていた。このままではいずれ、
追いつかれてしまう。ここはイチかバチかの賭けに出たほうが良いと判断して、あるものを探していた。
「よっすぃー、どう?」
「このままだと、ヤバイかも」
「どうする?」
「アタシに考えがあるんだ、任せて」
すると、目の前に踏切が見えてきた。以前、梨華とショッピングに出かけたときに1回、見かけたもの。
そのときは、バーが目の前に下りていて、わずか数メートルの間を挟んで人やクルマが待っているのを
不思議に思ったものだ。梨華との会話がひとみの脳裏を過ぎった。
『梨華ちゃん、これ何?』
『何って、踏切だよ。ひとみちゃんも見たことあるでしょ?』
『知らないよ。アタシのところにはなかったもん』
『えっ、そうなの? これはね、踏切って言って、電車が通る場所なんだよ』
- 102 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時36分25秒
- その直後、四角くて長い物体が目の前を凄いスピードで通過していったのに驚いたことを覚えている。
速過ぎてその姿を完璧に確認することはできなかったが、何かが通過するために、道が一時的に封鎖
されることは分かった。そのことを思い出しながら、これを使えば、なんとかなるかもしれないと
考えたひとみは真っ直ぐに踏み切りを目指した。ちょうど、赤いシグナルが点滅しだして、バーが
降り始めていた。
(ラッキー、いけるかも。なんとか間に合って…!)
ひとみの願いが通じたのか、バーが降りきる寸前のところで踏み切りを通過できた。後続の飯田は
見事に引っかかってしまった。目の前には、特急電車が凄まじい風を巻き起こしながら、通過して
いる。飯田はパトカーを降りて、しゃがんで車輪の隙間から確認すると、自分が追いかけていた
クルマがどんどん小さくなっていくのが見えた。
「もうっ!」
悔しそうに屋根を叩きつけた。保田は冷静に飯田に声をかけた。
「ナンバーを覚えていますから、手配すれば時間の問題です」
「そうね、緊急配備をかけましょう」
そう言って、車内の無線に手を伸ばした。
- 103 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時37分20秒
- パトカーを振り切ったひとみたちは、車内で歓声をあげた。
「やったね、さすがアタシ」
「あなた、いい腕してるわね。今度、私と勝負しない?」
始めのうちは、あまりの初心者丸出しの運転に、かなり辟易としていたが、次第にメキメキと
技術をつけてきたひとみに、柴田は率直に感心した。ひとみもそれに軽口で応戦し、車内には
和やかなムードが漂い始めていたが、それに油断していたため、前方に対する注意が疎かに
なっていた。不意に、ドンという振動と共に、クルマが進まなくなってしまった。
「あれ?」
「ねぇ、よっすぃー、どうしたの?」
アクセルを踏み込んでみても、進む気配がない。どうしたのかと思って、美貴が外に出て
みると、片側のタイヤが見事に脱輪していた。
「タイヤが溝に落ちちゃってるよ。これはすぐにはムリかもしれない」
「仕方ないか。とりあえず逃げられたし」
「ごめんね、あゆみちゃん」
3人と柴田はこれからどうするかを話し合っていた。
- 104 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時39分11秒
――静かになった家で梨華は、窓の外を心配そうに眺めていた。
「みんな、大丈夫かな」
3人はつい先ほど、柴田のクルマで逃走し、家中にいた警官は、皆その後を追うために引き上げ
ていった。警察からは、後日、事情聴取に来る、と言われていたが、そのことよりも今はただ、
4人の身を案じていた。
しばらく、そんなことを考えながらぼんやりとしていると、家中の家電製品が何かに操られた
ように勝手に動き始めた。炊飯器、電子レンジ、電子ポット。それぞれがスイッチを押したわけ
でもないのに、勝手に作動している。冷蔵庫からは変な音が響いていた。そして、辺りには何
とも言えない気配が漂っていた。
「なに、これ…? どうなってるの?」
梨華がつぶやくと、家のどこかに人の気配らしきものが感じられた。
「あばあちゃん…」
- 105 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時39分49秒
- すると、どこからともなく、女性の声が響いてきた。梨華がその声の方に歩いていくと、
階段から紫色のコートを羽織ってフードを目深に被った人物が静かに、ゆっくりと下りてきた。
「おばあちゃん……。遠い、遠い、私のおばあちゃん」
「あばあちゃん…?」
梨華は呆然とその女性を見つめたまま立ち尽くしていたが、コートの女性はそれを気にする様子
もなく言葉を続けた。
「あなたに…会いに来たんだ。遠い未来から」
- 106 名前:御幸 投稿日:2003年06月07日(土)22時40分22秒
- 更新終了です。
- 107 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月12日(木)01時43分31秒
- おぉ、誰だろう・・・
そして密かに、高藤?がいいですね(w
続き楽しみにしています
- 108 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時42分27秒
――時は少し遡り、柴田のクルマの中
美貴はこれまでずっと疑問に思っていたことを口にした。
「ねぇ、なぜ紗耶香は梨華ちゃんの家に現れたんだろう」
「なぜって、いちーちゃんは自分の過去を断つために…」
そこまで真希が言ったとき、ひとみが思い出したように叫んだ。その脳裏にはリビングで
何気なく眺めていた梨華の幼年期の家族写真が浮かんでいた。
「過去を断つって、まさか、梨華ちゃんが先祖!?」
ひとみのその言葉に2人は、はっとした。確かに、あの紗耶香が何の目的もなく、梨華の家
にやってきて自らの痕跡を残すとは考えにくい。偶然と言うよりも、何か目的があると考え
た方が自然だ。
「だとすると、また来るかもしれないわね。急ぎましょう」
美貴の言葉に、3人はクルマを降りて、梨華の家に向かって走り出した。
- 109 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時43分32秒
――どこへともなく走るパトカー
緊急配備の網にはかからなかったが、前後の状況から見て、梨華の家に再び現れる、と
判断した保田は梨華の家に向かっていた。隣の飯田が感心したように言った。
「さすがは本庁の第一線。出来が違うわね。助かったわ」
保田は特に返事をせず、黙々と運転を続けている。その鋭い眼差しは何か獲物を追いかけ
ているようだったが、飯田は気づかなかった。目的のものを追い詰めたような表情。ふと、
飯田が保田の懐に目をやると、そこには3色に輝いている玉があった。警察が追い求めて
やまなかった、3色の光。
「まわってる…3色…。アンタがっ!」
飯田が保田の腕に手をかけようとしたとき、もの凄い力でその手を掴まれた。それは明らか
に女性の力を凌駕していた。そして、そのまま首に手を伸ばされ、気を失った。
- 110 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時45分14秒
――梨華の家
梨華とコートの女性は、まだ向き合っている。しばらくの沈黙の後、その女性はそっとフードに
手をかけた。すると、そこからはボーイッシュな顔と肩口まで伸びた美しい髪が姿を現した。そ
して優しい微笑を浮かべながら、おもむろに口を開いた。
「あばあちゃん…怖いんだ…自分が。喜びや悲しみがただ、通り過ぎていくだけ。永遠の苦しみ
と果てしない哀しみにサヨナラしたい。死ぬために来たんだ、終わりのあるこの国へ」
女性はそっと近寄り、梨華の手をとった。暖かい感触が梨華の手に伝わってくる。その外見と様子
が、ひとみの話と合致していたし、何となくだが、梨華にはそれが誰なのか、すぐに見当がついた。
「ナインティーン…なの?」
優しくうなずく紗耶香。
ちょうどその時、廊下の向こうでは何者かが、足音もたてずにそっと、リビングに近づいていた。
壁の影から梨華と紗耶香の様子を静かに見ていた人影は、そっと銃にカプセルのような物体を装填した。
「私が先祖…ってことになるわけ?」
優しく微笑む紗耶香。
- 111 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時46分37秒
- 「あなたの命を終わらせるために、先祖の私を…こっ殺しに来たの?」
梨華の問いかけに応えることなく、紗耶香はじっと、その顔を見つめていた。梨華は自分の
発言をもう一度、心の中で反芻し、少し強張った表情になったが、自分を見つめる紗耶香の
表情は先ほどから微笑をたたえている。そこからは自分に対する殺意のようなものは微塵も
感じられず、それよりむしろ、優しく見守るような、懐かしさをこめたような温和な表情だった。
そのとき物陰から、コート姿の鋭い猫目の人物が銃を構えた。そして、ゆっくりと銃身の”翼”を
広げる。この銃は撃つときに、銃身に備え付けられた翼のようなものを展開させ、ボウガンのよう
な形状になる。そして、銃身に光が走り、それが発砲の合図のようになっている。コート姿の人物
の銃は発射態勢に入っていた。
その気配を敏感に察知した紗耶香は梨華を自分の後ろに隠し、庇うように前に立ち塞がり、体中
から光を放った。どんどん光は大きくなり、部屋中に広がり始める。
- 112 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時47分51秒
- コート姿の人物は、それに臆する様子もなく、引き金に指をかけ、引こうとした。その瞬間、
どこからともなくマリが飛びつき、その視界を遮った。飛びつかれた人影は反射的に銃口を
逸らしてしまい、弾は紗耶香の体から大きくはずれ、テレビを直撃し、部屋をめちゃめちゃにした。
銃口が自分から逸れた瞬間、紗耶香は後ろの梨華を抱きしめ、覆いかぶさるようにして、姿勢
を低くした。梨華の耳には紗耶香の心臓の鼓動が届いている。そのまま暫く、梨華の五感は
紗耶香の感触と、心臓の鼓動だけをとらえていたが、すぐに部屋の中を爆風が駆け巡り、梨華
の意識はそこで途切れた。しばらくして爆風が収まると、そこには紗耶香の姿はなく、気を
失って倒れている梨華の体には、紗耶香のコートがかけられていた。
- 113 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時48分49秒
- ――梨華が意識を取り戻すと目の前にはリスザルの姿があり、おぼろげながら、声のする
ほうに向き直ってみると、心配そうに自分を見つめる愛の顔があった。
「お姉ちゃん?」
その声を聞くと、現実に一気に引き戻された感じがして、突然、梨華は泣き出してしまった。
自分の身体には紗耶香の感触が残されている。心地よかった心臓の鼓動も。どこか懐かしい
感じさえした。夢うつつながら、確かについさっきまで感じていたものだ。それが突然の
衝撃で気を失い、気づいたら、紗耶香の姿がなかった。そのことが無性に悲しくて、涙が
止まらなかった。
- 114 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時49分55秒
――やっと3人は家に辿り着いた。ひとみと真希はそのままの勢いで家に入っていき、
美貴は家の裏に停められているパトカーの方に向かった。車内を覗き込んでみると、
気を失っている飯田の姿を見つけた。放っておいてもよかったのだが、何かを思いつ
いたような表情をして、ドアに手をかけた。
「大丈夫?」
すると、飯田はぼんやりと意識を取り戻した。
「…あなたは?」
「本庁派遣の特捜部よ。先行捜査はここまで」
咄嗟に考えついた、でまかせを言った美貴だったが、飯田は気が動転していたのか、
それとも元来、細かいことを気にしない性格なのか、あっさりと信用してしまった。
「以後は、私が指揮を執ります。別命あるまで待機!」
「はいっ」
勢いよく飯田は敬礼をした。その様子を確認した美貴は、2人の後を追って梨華の家
へと入っていった。
- 115 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時51分13秒
- ひとみと真希が玄関の扉を開け放つと、家具やら、観葉植物やらが散乱していて、足の
踏み場もないような状況だった。その様子にひとみは、激しく動揺し、精一杯の大声で
梨華の名前を呼んだ。
「梨華ちゃーん! どこにいるの!? 返事して!」
ひとみは、隣の真希にしがみ付くように呟いた。
「どうしよう、梨華ちゃんが…梨華ちゃんが…」
「よっすぃー、落ち着いて。まだ決まったわけじゃない」
その時、奥のほうから、か細い声が聞こえてきた。
「ひとみさん? 真希さん? こっちです」
「愛ちゃんの声だ。ほら、よっすいー行くよ」
真希に腕を引かれて奥に行くと、そこには愛が立っていて、その傍らには紫のコートを
上から羽織っている梨華がへたり込んでおり、うつむいて泣いていた。
「梨華ちゃん、よかった…無事だった…」
「ひとみちゃん…」
梨華はひとみの声を聞くや、立ち上がって思い切りひとみに抱きつき、大声を上げて
泣いた。ひとみは、梨華を自分の腕の中に包み込み、しばらくの間、その髪を撫でな
がら梨華が泣き止むのをじっと待っていた。
- 116 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時54分00秒
- 「ひとみちゃん…あのね、紗耶香さんが来てね、それでね、お話して、その時、爆発して…」
「梨華ちゃん、落ち着いて。ゆっくりでいいから、順に何があったのか話して」
「わかった…ここに紗耶香さんが来たの」
「うん、それから?」
「私のこと、おばあちゃんって……。私まだ18よ…。死ぬために来たって。その時、光が
走って爆発したの。気づいた時には、コートがかけられてた」
それを聞いていたひとみが困惑した様子で、部屋に入ってきた美貴に向き直った。
「何か、アタシたち、ひどい勘違いしてない? 紗耶香が梨華ちゃんを守るなんて」
「紗耶香の狙いは、先祖の梨華ちゃんを殺すことじゃなかったんだ……」
真希は2人のやりとりを聞きながら考え込んでいたが、ふと、いつかのニュース番組が脳裏
をかすめた。その内容を思い出し、思わず大きな声をあげてしまった。
「核よ、美貴! 核戦争史!」
「「核…」」
梨華とひとみが声をそろえて繰り返す。それを聞いた美貴は、何かを思い出した様子で真希
に向き直った。
- 117 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時55分15秒
- 「核戦争史…そうよ、ガールズホールよ。2003年の東京は核備蓄量が世界最大だったのよ。
その一部がスタジアムの地下に隠されていて、大問題になったことがあったはず」
「いちーちゃんは、その核で自爆する気なのよ」
立ち上がった梨華が不安そうな表情を浮かべている。
「自爆…」
真希が声を荒げる。
「場所は?」
美貴がしばらく間を置いて答えた。
「…青山」
ひとみが慌てたように梨華に尋ねた。
「梨華ちゃん、地図は?」
「地図…? 地図……。ちょっと待って」
2人は地図を探しに行った。地図を探している梨華を他所に、愛は突然かかってきた電話
を受けている。
「うん、そう。今、核爆発でもめてるの。忙しいから後にして。またね」
愛はそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。
- 118 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時56分36秒
- 「タイムホールが閉まるまで時間がない。急ぎましょう」
みんなを促す美貴の声を聞きながら、背を向けるようにしてそっと銃にプルトニウム弾
を装填する真希。その様子を見ていた愛が不安そうな表情で真希を見上げた。
「殺しちゃうんですか?」
「彼女の命にピリオドをうてるのは、もう核爆発か、このプルトニウムカプセルしかな
いの…。そうだ、愛ちゃん、みんなのコートを持ってきてくれる?」
逃走するときに怪しまれないように、コートはベッドの下に隠していったのだ。これから
決着の場に臨むに当たって、そのコートは必要なものだった。おそらく、紗耶香の後を
追った≪K≫とも遭遇するであろうし。
「ちょっと待っててください。今、持ってきます」
「あっ、待って。それと、愛ちゃんはここに残って」
「えっ、どうしてですか? 私も行きますっ」
愛は真剣な眼差しで、真希を見上げた。紗耶香が梨華の子孫ということになれば、妹の愛
にとっても全くの他人事ではない。その真っ直ぐな視線に思わず、気圧されそうになったが、
冷静に諭すように愛に言った。
- 119 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)16時57分54秒
- 「ここから先はとても危険なの。気持ちは嬉しいけど、愛ちゃんには安全な場所にいて欲しい」
それを聞いていた美貴が、真希の言葉に付け加えた。
「私たちは必ず、ここに戻ってくるから。だからね、ここで私たちの帰りを待ってて欲しいんだ。
待っていてくれる人がいるって、いいものよ。無事に帰ろうって気になるもの」
「美貴さん…。絶対に戻ってきてください」
「うん、約束する」
「………」
愛に勝るとも劣らない真剣な美貴の表情を見ていると、愛はそれ以上、何も言えなくなってしまっ
た。ただ、口では諒解したものの、心では完全に納得できていなかったため、しょんぼりとうつむ
いてしまった。美貴は、そんな愛を元気付けるようにそっと抱きしめてやった。
美貴の温もりを感じて、愛は安心したような表情を見せた。そして、すっかり元気を取り戻した様子
で、急いでコートを2階から持ってきた。それを受け取り、準備を完了した真希は2人を急かす。
「行くわよっ、2人とも」
「待って、タイマーが壊れてる」
「先に行ってるよ!」
- 120 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)17時00分56秒
- 美貴の声を無視して、真希は勢いよく家を飛び出した。すると、そこには飯田がいた
ので、慌ててその姿を避けるように裏庭に入り、そこに停められていたクルマに飛び
乗る。そして、エンジンをかけ、勢いよくアクセルを踏み込んだ。
家の中では、美貴がムーバーのタイマーを操作していたが、どうやら完全に壊れてし
まっているらしく、全く作動しなかった。その様子を見ていた梨華が奥に行き、何か
を持ってきた。
「ちょっと待って、タイマーでしょ? これ使えるよ」
梨華の手には目覚まし時計があった。
「出発の時間は?」
「21時よ」
「21時ね。ピッタリ合わせたよ」
「あと4時間しかない。行くよ、ひとみ」
梨華の手の中の時計を見た美貴は、急かすようにひとみに声をかけ、部屋を出て行った。
家を飛び出した美貴は、庭のクルマがなくなっているのを確認すると、たたずむ飯田警部
に声をかけた。
「あなた、青山よ、青山ドームスタジアム」
「は、はい」
そう言われた飯田は、慌てて運転席に乗り込み、アクセルを力一杯、踏みつけた。
「あ、ちょっちょっと」
- 121 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)17時01分57秒
美貴が乗り込むと同時にクルマは発進してしまい、ひとみを置いていく形になってし
まった。ただ、クルマを修理しているときにガレージにバイクが置いてあったのを思
い出し、それを使えば、自分たちに追いつけるだろうと判断した美貴は、そのまま流
れに身を任せることにした。
家の中で梨華とひとみは半ば口論になっていた。
「私も行く」
「ダメだってば。危なすぎるよ」
「だって、私の遠い子供なんだよ。心配なんだもん」
「気持ちは分かるけど、梨華ちゃんを危険な目に遭わせるワケにはいかないよ」
「行くったら、行くの」
そう言うと、梨華は紗耶香のコートを手に、部屋を飛び出していった。一度、言い出
したらなかなかその考えを変えないことを、ひとみはこの短い間の付き合いの中で学
んでいたので、諦めて梨華を連れていくことにした。家には、愛が1人ぽつんと残された。
- 122 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)17時02分42秒
- ひとみが外に出ると、美貴と真希の姿はなかった。
「どうしよう、置いてかれちゃったよ」
ひとみの言葉に梨華が応じる。
「ひとみちゃん、バイクがあるよ」
「バイク? アタシ運転できない」
「大丈夫だよ、行こう」
梨華に手を引かれて、ガレージに行った。そこには、シートをかけられたバイクが停めて
ある。恐る恐るエンジンをかけ、動かしてみた。先ほどもクルマを乗りこなしたことを思
い出し、開き直って自分に言い聞かせた。
(大丈夫。なんとかなる)
こうして、三者三様の方法でドームスタジアムを目指すことになった。
- 123 名前:御幸 投稿日:2003年06月14日(土)17時08分02秒
- 更新終了です。
>107 名無し読者さん
レスありがとうございます。
即興で付け加えた感じなので、やや強引な気もしますが、個人的には
かなり気に入っている組み合わせです。これからも愛・美貴のペアを
応援(?)してやってください。
- 124 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時50分26秒
- 真希はひたすら目的地を目指して、運転を続けていた。梨華の話から、家に≪K≫が来ていたこと
は明らかだった。そして、おそらくドームスタジアムに向かっているであろう紗耶香の後を追って
いることも。なんとしても、≪K≫に手を下させるわけにはいかない。
できることなら助けたいが、≪K≫がいる状況ではそうすることもできそうにない。それにあの
紗耶香が自爆という道を選んだということは、他に方法はないのだろう。そのことは充分に分か
ってはいるが、それでも、助けたいという気持ちが消えることはなかった。だからこそ、他に方
法がないのなら、せめて自分の手で、紗耶香を永遠に続く苦しみから解放してやりたいと思って
いる。それが紗耶香を”助ける”ことになると信じているから。
(待ってて、いちーちゃん。すぐに行くから)
悲しい決意を胸に秘めた真希は、黙々とドームスタジアムに一歩一歩、駒を進めていた。
- 125 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時51分41秒
一方、2人乗りしている梨華とひとみのバイクはフラフラとしながらも、何とか進んでいる。
ひとみにしがみついている梨華が、その肩口から声をかけた。
「ねぇ、ガールズホールって何なの?」
「青山ドームスタジアムの地下3階には巨大な迷路状の通路が張り巡らされていて、それは
東京地下の核貯蔵庫まで続いてるの。その貯蔵庫の入り口にあたる場所が、歴史に名高い
ガールズホール。彼女はそのホールにエネルギーをブチ込むつもりなんだ」
「そんなものが東京の地下にあるなんて、信じられない…」
「でも、歴史にその名前はしっかりと刻まれてるよ。どうして、そう名づけられたのかは
知らないけどね」
「ねぇ、やっぱり助けてあげることはできないのかな。とても優しそうな人だったよ。
そんな人が核で自爆するなんて、どうしても思えないよ。それも無関係な人を巻き添え
にしてまで。そんなに強い力を持っているの?」
- 126 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時53分40秒
- 「ナインティーンの本当の恐ろしさを、梨華ちゃんはまだ知らないんだ。莫大な
エネルギーを抱いて、彼女は変化する。もしも、それが少しでも核に触れたら、
東京はどうなると思う?」
「うん…」
「それに紗耶香は確かに優しかった。でも、もう元の紗耶香はいないんだ。今
の紗耶香は永遠の生の苦痛から逃れるために必死になってる。アタシには、そ
れがどんなに苦しいことなのか想像できないよ。ただ、あの紗耶香が全てを犠
牲にしてまでも、そうしようとしてるんだから、よっぽどのことだと思う。だ
から、アタシはその苦しみから早く解放してあげたいんだ」
「うん、そうだよね。余計なこと言ってごめんね」
「そんなことないよ。梨華ちゃんのそういう優しいところ、アタシは好きだよ」
梨華はその言葉に顔を赤らめた。ひとみは背中越しに感じている鼓動が若干、
速くなったのを感じたが、そのままスロットルを回し、その場の雰囲気を和ま
すように口を開いた。
- 127 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時54分25秒
- 「青山ってどんな街? アタシたちの時代にはもうない。そこは海になってるよ」
「うーん、私も行ったことがないから分からないけど、ビルとかがたくさん建って
るところだと思うよ」
「そっか、梨華ちゃんとゆっくり見物したかったなぁ」
ぼそっと言ったひとみの言葉は、風にかき消された。
「えっ? なんて言ったの?」
「なんでもないよ。スピード上げるから、しっかり掴まってなよ」
ひとみが照れを隠すように言うと、梨華はひとみの腰に回している腕の力を強めた。
背中に感じている梨華の温もりが大きくなる。それに心地よさを感じながら、ひとみ
はスピードを上げ、ドームスタジアムに着々と駒を進めた。
- 128 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時55分09秒
- 他方、パトカーはサイレンを鳴らしながら進んでいるので、スムーズに進んでいる。
助手席の美貴はこれまでの経緯を飯田から聞いていた。
「本庁から派遣されたということだったわ」
「いつから?」
「そうね…プルトニウムを使った連続殺人事件が起きた頃かしら」
たしかに時期的には合っている。それにしても、なぜ≪K≫はそんな回りくどいこと
をしたのだろうか。見つけ次第、抹殺するというスタイルだったはずだ。だからこそ、
今回の一連の事件も起きたと言える。センサーが反応する女性を手当たり次第に抹殺
していったのだ。
- 129 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時56分02秒
- 目標を追いかけるだけならば、わざわざ警察に潜入する必要はなかったはず。
そこまで手柄に執着があるのだろうか。だが、かなりの数のカミーラを抹殺
してきたことは大きな功績だ。これ以上、わざわざ危険を冒してまで、こだ
わる必要があるようには思えない。それとも、他に何か目的があるのだろうか。
いくら考えても、一向に答えは出なかった。スコッチキャンディーを手に、
そんなことを考えていると、その様子に気づいた飯田が声をかけてきた。
「よろしければ、どうぞ」
その声に現実に戻された美貴は作ったような冷静な口調で答えた。
「いえ、公務中よ。それより、あなた、近道して」
「はっ、はい」
こうして、サイレンを鳴らしながら爆走する美貴も豪快に、ドームスタジアムへ
と駒を進めていた。
- 130 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時57分24秒
――青山ドームスタジアム
全天候型のこの施設は15年ほど前に完成した。当時、その形状からかなりの話題を
さらっていたものだったが、現在でも、様々なイベントなどが開催されており、その
都度、この名前はよく聞かれる。周囲と比べると、ひときわ大きいこの建物は綺麗に
ライトアップされ、青山の街にその存在を誇示するかのように、たたずんでいる。
この施設の地下がどうなっているのかを知っている人間は、今現在ではごく少数の
要人に限られていた。
その地下を、コートを着た人物がゆっくりと歩いていた。自分の標的がここに逃げ
込んだことは分かっている。あとは追い詰めて抹殺するだけ。何ら手順に狂いはなかった。
今までもそうしてきたし、今回もそのつもりだ。そのコートの人物――≪K≫は落ち
着いた様子で、奥へと進んでいった。
不意に前方を何かが横切ったのを確認すると、何の迷いもなく、その影を追っていった。
そのシルエットはすでに人型をしてはおらず、宙を舞うように移動していた。
- 131 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時58分36秒
- 地下1階を降り、2階にたどり着いたとき、速度を落として、その歩幅をゆっくりなもの
とした。今まで何回も経験してきたが、追い詰められた者は何をするのか分からない。
相手は巨大な破壊エネルギーを持っている。いくら、狩る者狩られる者という関係があっても、
それは一瞬の油断で入れ替わってしまうことを熟知していた。現に、そうなった者も存在
している。それでは元も子もない。警戒するように階段をゆっくりと降りながら、≪K≫は
独語していた。
『約束が…ある。アンドロイドだけに与えられた…約束が…ある。10体以上の
カミーラを…ハンティングした者は…IDが…書き換えられる。人間の…ID。
それが…どんなことなのか。あんた達には…想像もつかない…でしょうね』
- 132 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)16時59分28秒
- その声は、そのフロアに不気味に響き渡っていた。すると、30メートルくらい先を
再び影が横切った。それを確認すると、小走りに近づき、グラブをはめ直した。
カミーラを追跡しているハンターは標準装備として、攻撃用のグラブを所持している。
見た目はちょっと厚手の手袋といった感じだが、指先に金具のようなものがついており、
そこから、電撃を飛ばすことができる。攻撃力はさほどないが、牽制としては充分、
使用に耐えるものだった。≪K≫はその場から走り、横切ったシルエットに向かって電撃
を放った。しかし、指先から放たれた緑色の電撃はかわされ、影はそのまま奥に向かって
飛んでいった。
- 133 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)17時00分47秒
ちょうどその頃、3人の先頭をきって、美貴を乗せたパトカーが到着した。パトカーは
スタジアムの地下駐車場に停車し、美貴は慌ただしく降車する。そして、運転席の飯田
に声をかけた。
「後続の応援部隊、頼むわよ。いいわね」
「は…はい」
訝しげにたたずむ飯田を他所に、美貴は奥へと走っていった。かなり広い駐車場であった
が、今日は特にイベントなどはないので、閑散としており、辺りは漆黒の闇に包まれていた。
しばらく進むと開け放たれた扉があるのを見つけた。ドアには立入禁止の文字があったが、
ノブが破壊されている。おそらくは、紗耶香か≪K≫のどちらかが壊したのであろう。
美貴はそこから静かに入って行った。
そっとフードを被り、持ち物から金属の棒のような物を取り出し、思い切り振る。すると、
先端から炎が灯され、辺りをうっすらと照らし出した。その灯を頼りに、美貴は階段を
駆け下りていく。所々に赤いパイロンが立てられており、まるで工事中の現場のようであった。
- 134 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)17時02分14秒
- しばらく、地下を走っていると、そう遠くないところで、グラブ使用時の独特の音と
光が響き渡っていた。その音を聞いた美貴は、急いで音のした方へ走っていった。
真希もひとみもまだ到着していないはずなので、その人物が誰なのか、確認するまでもなく、
美貴には分かっていた。
(間違いない…! 紗耶香と≪K≫が近くにいる…!)
音のする方へ走り、通路から広間に出ると、そこには背を向けた≪K≫が歩いていた。
美貴は一旦、壁の後ろに隠れ、調子を整えてから、身体を出し、攻撃用のグラブを
≪K≫に向けた。美貴のグラブからオレンジ色の電撃が放たれる。
しかし、一瞬早くその気配を察知した≪K≫は、いとも簡単にその攻撃を避け、
反撃してきた。美貴は緑の電撃をすれすれの間合いでかわし、再度、電撃を放つ。
≪K≫は冷静に身を躍らせ、美貴の攻撃の合間を縫って、反撃してくる。
次第に美貴は防戦一方になり、避けるのが精一杯の状態になってしまった。
さすがに凄腕のハンターだけのことはある。技量の差はかなりのものであった。
(ここまで差があるとはね…。でも、負けられない!)
- 135 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)17時03分44秒
- なんとか、タイミングを計り、攻撃に移ろうとした瞬間、≪K≫の電撃が美貴の左手を翳め、
手元のたいまつが弾かれた。美貴は慌てて、壁の陰に身を隠し、態勢を整える。そして、
そっと壁の向こうを覗くと、そこには既に≪K≫の姿はなかった。そのまま壁沿いを歩き、
再び曲がり角に来た時、先ほど、飯田からもらったスコッチキャンディを取り出し、それを
壁の向こうに投じた。
カランカラーン…。
箱は甲高い音をさせて床に転がったが、何の反応もない。美貴は再び、そのまま壁伝いに進んだ。
そして、次の曲がり角から覗き込むと、そこにも≪K≫の姿はなかった。
(おかしい…。どこ行ったの?)
不審に思い、そのままの態勢で来た道を引き返そうとしたとき、突然、後ろから首を掴まれ、
引き寄せられた。引き寄せられた美貴の目に映ったのは、口元を歪ませた≪K≫だった。
(……!! ≪K≫!)
「おやすみ、お嬢さん」
そのまま電撃を流し込まれ、美貴はその場で気を失ってしまった。
- 136 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)17時04分53秒
ちょうど同時刻、真希とひとみ・梨華が相次いで到着した。ちょうど、反対の入り口から
入ってきたので、飯田と鉢合わせすることはなかった。3人は奥へと走り、半開きになった
扉を発見した。おそらくは、この奥に紗耶香がいるのだろう。真希とひとみは目を見合わせ、
フードを被り、中へと入っていった。その後を追って梨華も中に入ろうとしたが、ひとみに
制された。
「私も行く」
「これ以上は危険だよ。梨華ちゃんは危ないから、ここで待ってて。いいね?」
そう言ったひとみの足元をマリが走り抜けていく。ひとみは内側から鍵をかけ、
そのまま階段を下っていった。梨華は開けようと何度も力一杯、ドアを引っ張って
いたが、ドアはビクともしない。梨華はドアを背にしばらくたたずんでいたが、
何かを思いついたような表情を浮かべて、別の場所に走っていった。
真希とひとみの2人は、たいまつを手にして、奥へと進んでいた。
「思った以上に広いね」
「これじゃ、見つけるのに相当、時間かかるかも」
「手分けして探そう。ごっちんは向こう、アタシはこっちを探すよ」
「わかった。よっすぃー気をつけて」
「ごっちんもね」
- 137 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)17時06分18秒
- 真希の背を見送ったひとみは、再び、通路を駆け出した。薄暗い地下通路はそれだけで、
何かありそうな雰囲気を発しているようだった。コンクリートの壁に囲まれているこの
通路は、かなり急造されたもののようで、表面がザラザラで、少し叩くと壁面がボロボロ
と落ちてきた。その壁の周りには、工事現場でよく見かける赤色灯と黒と黄色のパイロン
が並べられている。しばらく道なりに進むと、コート姿の人物が壁にもたれるようにして
倒れていた。
「美貴! どうしたの!?」
気を失っている美貴の肩を強く揺すった。すると、美貴はゆっくりと目を開けた。
「ひとみ…?」
「美貴…大丈夫?」
「…大丈夫…。真希は?」
「奥よ」
ひとみは美貴の手をとり、肩を貸してやった。美貴は少しフラついたが、状態は悪くないようだ。
「ありがとう。ちょっとダルいけど、もう問題ないわ」
「何があったの?」
「≪K≫がいた。何とか止めようとしたんだけど、全く敵わなかった。すごい腕だったわ」
「だとすると、ごっちん1人じゃ危ない。美貴、走れそう?」
「大丈夫よ、行きましょう」
- 138 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)17時07分15秒
- 2人がしばらく走ると、コートを着た人物がたたずんでいた。一瞬、≪K≫かと思い、
身構えたが、よく見ると、≪K≫にしては華奢すぎる。それにコートにも見覚えがあった。
紗耶香が着ていた紫色のものだ。近づいてみると、それはやはり、紗耶香のコートを
羽織った梨華だった。
「わたし」
「梨華ちゃん、危ないって言ったでしょ!」
梨華は顔の前で手を合わせて、上目遣いで、お願いのポーズをとった。ひとみは憮然と
した表情をしている。
「ごめんね、ひとみちゃん。どうしても離れたくなくて…」
「ついて来ちゃったものは仕方ないわ。ひとみ、ちゃんと守ってあげるのよ」
「美貴まで…。もう、わかったよ。梨華ちゃん、離れちゃだめだよ」
「うん!」
梨華は嬉しそうにうなずいた。美貴は、そのまま奥に行こうと目線を動かした。
すると、何かがチョロチョロと奥に向かって動いているのを見つけた。
「マリ!」
「美貴、あれを追えば、紗耶香のところに!」
「行きましょう」
3人はマリの後を追いかけるようにして、奥へと走っていった。
- 139 名前:御幸 投稿日:2003年06月21日(土)17時08分20秒
- 更新終了です。
- 140 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時38分19秒
- 真希は≪K≫を見つけた。真希の視界に映った≪K≫は何かを発見したような仕種をし、
銃を構える姿勢に入っていた。銃口の向けられた先は見えなかったが、間違いなく、
そこには紗耶香がいるはず。そう思った真希は慌てて飛び出したが、それに気づいた
≪K≫は素早く身を翻し、容赦なく電撃を向けた。最初の一撃で手にしていた銃を弾かれ、
続け様に攻撃を受けたので、真希は態勢を整える間もなく避けるので精一杯の状態に
なってしまっていた。
(このままじゃ…いずれ…)
なんとか反撃しようと隙をうかがっていたが、不意に≪K≫の背後で物音がして、視線が
自分方から逸れたので、動きを止め自分のグラブで反撃しようとした、その時。
「ぐっ…!」
後ろを向いていたはずの≪K≫は見もせずに、正確に真希の身体に電撃を打ち込んだ。
真希はその衝撃で壁まで飛ばされ、なんとか壁を支えにして辛うじて立っているような
状態だった。
- 141 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時39分53秒
- 「どうして、こんな正確に…!?」
「残念だったわね」
そう言うと、≪K≫は真希に手にしていた銃を向けた。
『私は…見てきた。優れた知能と力を持ち、人間と共に生きながら、ただの道具として
終わる者たちの一生を。分かる?』
≪K≫はゆっくりと銃身の翼を展開し、引き金に指をかける。真希は標的ではないが、
それでも何の躊躇いもなく排除しにかかった。自分の目的を邪魔する者に対する感情など、
≪K≫は持ち合わせてはいなかった。ただ冷徹に自らの任務を果たすだけだ。
≪K≫が引き金に指をかけた瞬間、真希は自分の最期を悟り、目を閉じていたが、突然、
目の前で起こった爆風によろめき、その場にしゃがみこんだ。しばらくして爆風が晴れると、
そこには小さな機械の破片のようなものが転がっていた。≪K≫が引き金を引いた瞬間、
マリが飛び出し、真希の盾となったのだ。
「マリ!」
真希はそこに駆け寄ろうとしたが、≪K≫がその動きを牽制するように、再び銃口を向ける。
その目には相変わらず、感情が宿っていなかった。
『なぜ、アンタたちは…私の夢を…阻むの?』
「……!!」
- 142 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時42分58秒
- 再び、発射態勢に入った≪K≫の背後で、何か巨大な翼のようなものが光を放ち始めた。
段々と、その光が大きくなり、翼の先端に集まってくる。その様子に真希は目を凝らして
いたが、背を向けている≪K≫は真希のそんな様子に気づくことなく、狙いを定めていた。
そして、≪K≫が引き金を引こうとした瞬間、背後から突然、まばゆい光が照射され、
それを受けた≪K≫は光に包まれ、激しく燃え出した。
『ううう、あああーー』
炎は瞬く間に、≪K≫を覆い尽くし、その金属骨格を露にした。しばらく悶え苦しむ
ように手を動かしていたが、やがて、その動きは止まり、倒れこんだ。その身体は依然
として強い炎に包まれていた。
(これが…いちーちゃんの力…)
- 143 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時43分38秒
- 真希は愕然とした。表面を覆っていた組織を燃やすだけではなく、炎は金属骨格をも
燃やして溶かしていた。どう考えても普通の炎の威力ではない。改めて、変化した
紗耶香の恐ろしさを目の当たりにし、体が震えた。しかし、それと同時に心の奥から
沸々と別の感情も、こみ上げてきた。
(早く終わりにしてあげたい…!)
≪K≫に光を放った張本人は、燃える様子を見届けると、そのまま奥へとその姿を消した。
しばらく、呆然と目の前の炎を見ていた真希であったが、すぐに我に帰り、そのシルエット
を追って奥へと進んでいった。
- 144 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時45分02秒
「今、何か聞こえなかった?」
ひとみは耳を澄ました。しばらく静寂が続いたが、突然、悲鳴のような声が聞こえてきた。
断末魔の叫びのような声。3人は顔を見合わせ、一様に不安そうな表情を浮かべた。
「何、今の声? あっちの方だよ」
「まさか、ごっちんの身に…?」
「落ち着いて、ひとみ。まだそうと決まったわけじゃない」
美貴の冷静な言葉に2人は落ち着きを取り戻した。
「行ってみましょう」
美貴はひとみと梨華を促し、声のした方に向かった。3人の心の中には不安が渦巻いていたが、
それでも真希の無事を信じ、進み続けた。しばらく走って行くと、目の前に何か燃えている物体
があるのが見えてきた。恐る恐る近寄ってみると、激しく燃えていて、原形を留めてはいなかった
が、所々から金属骨格のようなものが覗いていたので、真希ではないとすぐに分かった。
「よかった、真希じゃない」
- 145 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時46分14秒
- 美貴は思わず、安心したような溜め息をこぼしたが、それと同時に疑問も生じた。
「じゃ、これは一体何?」
「今、ここにいるのって、アタシたちと紗耶香、それに≪K≫だけだよね」
「ということは…まさか、これって、≪K≫?」
「≪K≫はアンドロイドだったんだ…」
ひとみと美貴は顔を見合わせた。軍から派遣されたハンターがアンドロイドだった。
別にアンドロイド自体は珍しいものではなかったが、こういった任務に就くというのは
あまり例がなかった。
「なぜ、≪K≫はこうまでして、紗耶香を狙うことに固執したんだろう」
「何か理由があったんだろうね。自分の命を危険に晒してまで拘るもの…。
アタシには分からないよ」
今となっては、その理由はわからなかった。もはや≪K≫の口から語られることはない。
≪K≫が人間のIDを欲していたことも。ただ、1つ確かなことは、紗耶香はまだ健在で、
自分たちの手で決着をつけなければならないということだ。
- 146 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時47分52秒
- 「ねぇ、真希ちゃんはどこに行ったのかな?」
今まで、ひとみの腕にしがみついて呆然と目の前の≪K≫を見ていた梨華が、おもむろに口を開いた。
その言葉によって現実に戻された2人は、忙しなく辺りを見回す。すると、奥の方に下へと続く
螺旋階段のようなものを発見した。
「たしか、ホールは地下3階から続いてるんだよね。だったら、あそこじゃない?」
「そうね。よし、行きましょう、ひとみ」
2人は階段に向かって走り出した。梨華も慌てて、そのあとを追った。階段は20メートル
くらい下まで続いていた。上から下を覗き込んでみたが、スペースが狭く、暗くなっていた
ので、その様子は分からなかった。階段と、その周りのわずかなスペース分だけの穴が下へ
と続いている。
美貴が勢いよく駆け下り、そのあとにひとみが続いた。梨華も行こうとしたが、
ひとみに止められた。前のような軽めの注意ではなく、その目には真剣さが宿っていた。
「ここから先は、梨華ちゃんは行かないほうがいい」
「どうして? 私も………!!」
- 147 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時50分08秒
- 梨華はそっと、ひとみに抱き寄せられた。今までにない張り詰めた空気に梨華は
身動きがとれなかった。
「危険だからって理由だけじゃない。紗耶香は梨華ちゃんの遠い子孫なんだよ。
その人の最期を見届けることになる。そんな悲しい思いを梨華ちゃんにさせたくはないんだ」
「優しいね、ひとみちゃんは。でも、私、覚悟はできてるよ。それに辛いのは私だけじゃない。
真希ちゃんの方がもっと辛いと思うよ。私は、紗耶香さんのことを見届けなきゃいけない気が
するの。ずっとね、どうして紗耶香さんは私のところに来たんだろうって考えてた」
「答えは出たの?」
「うん。うまくは言えないんだけど……、きっと紗耶香さんは、自分のことを知って欲し
かったんだと思う。自分が確かに存在していたってことを、先祖の私に伝えたかったん
じゃないかなって。だから、私のところに危険を冒してまで、来たんだと思うの。怪物では
ない、本当の自分が存在した証を残すために」
「本当の自分が存在した証を残すため……。それを梨華ちゃんに伝えるため……」
「そうなの。だからね、私は紗耶香さんの最期を看取ってあげたい。ごめんね、わがまま言って」
- 148 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時52分25秒
- 梨華は自分を抱きしめる腕の力が強くなったのを感じた。少し息苦しくはあったが、
それでも心地よい感触だった。ひとみは少し震えているようだ。
「ううん、そんなことないよ。そこまで梨華ちゃんが考えてるのなら、アタシには
もう止めることなんてできない。きっと、紗耶香もそう望んでるんだよね」
「ひとみちゃん、苦しいよぉ」
「もう少しだけ、このままでいさせて。アタシにも梨華ちゃんの勇気を分けて」
「………」
梨華はひとみの胸にそっと顔を埋めた。少しの間、2人は抱き合っていた。時間に
したら、ほんの僅かの間であったが、2人にはそれが何時間にも感じられた。
そっとひとみは梨華の身体を放した。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
2人は美貴のあとを追って、螺旋階段を駆け下りた。もう迷いはなかった。
- 149 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時54分01秒
螺旋階段の先には、チューブ状の一本道がずっと奥まで続いている。真希はそっと歩を
進めていた。この先に紗耶香がいるのは間違いない。物陰に身を潜ませつつ、慎重に奥
へと向かっている真希。段々と鼓動が速くなり、手が震え始めてくる。そんな迷いを振り
切るように、おもむろに銃を取り出し、手に取った。
いよいよ、全てのことに決着がつく。そう思うと、一度は決心したはずの想いが揺らぎ
そうになった。しかし、もう手にした銃でしか止めてあげることはできない。そのこと
を心に言い聞かせて、さらに奥へと向かった。
すると、何か大きなシルエットが真希の視界に入ってきた。そこには大きな鷲のような
生物が背を向けており、その視線の先には、核を示すマークが付けられている鉄格子がある。
真希は銃口をその生物に向けて構えた。しかし、どうしても躊躇いが生まれ、引き金を引く
ことができない。そこに遅れて美貴が走ってきた。
「撃つのよ、真希!」
- 150 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時56分05秒
- 美貴の声に真希は再び銃を構える。その時、ふと、紗耶香との思い出が頭をよぎった。
そして、だれに語りかけるでもなく、話し始めた。
「毎日が…夢のように楽しかった…。叶わない願いなんて…1つもないって思ってた…」
そこにひとみも駆け込んできた。
「撃って、ごっちん! 何のためにここまで来たの!?」
梨華は少し後ろの物陰から3人の視線の先をうかがった。そこにはすでに変貌を遂げていた
紗耶香の姿がある。家で会った時の美しい面影は、もうどこにも残されていなかった。
「ナインティーン…」
梨華は呆然とつぶやくしかなかった。ひとみには、あのように言ったが、それでも逃げ出し
たい衝動に駆られた。しかし、紗耶香の意志を無駄にはしたくなかったので、じっとその姿
を凝視していた。
ひとみと美貴は、真希を懸命に説得している。
「ここまで来たのは何のため? 紗耶香を永遠の苦しみから解放してあげるためでしょ!」
「そうだよ、ごっちん。早く楽にしてあげて。アタシも、もうこれ以上、紗耶香の苦しむ姿
は見たくないよ」
「………」
それでも、真希は動かなかった。いや、動けなかった。
「決心したはずなのに…。どうして…」
- 151 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)16時59分25秒
- 真希の瞳から涙がこぼれ出した。その様子に気づいたナインティーンがゆっくりと振り向く。
もう、面影は全く残ってはいない。しかし、真希の眼には在りし日の紗耶香の姿がはっきりと
映し出されている。
「後藤にはできないよ、いちーちゃん……」
「真希…」
「ごっちん…」
これ以上は限界だろう。やはり真希には荷が重すぎた。最も大切に想っている人をその手に
かけることなんて、そうそうできるものではない。そう考えた美貴は心を鬼にして、銃を
取り上げようとした。
「貸して、私がやる!」
その瞬間、真希には目の前のナインティーン――いや、紗耶香が微笑んだように見えた。
- 152 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)17時00分05秒
- (後藤、何やってるんだよ。あたしを助けてくれるんだろう?)
(できないよ、後藤には。いちーちゃんを殺すなんて)
(そんなことない。後藤はあたしを殺すんじゃないよ。解放してくれるんだよ)
(いちーちゃんを…解放…?)
(そうだよ。あたしはもう自分で死ぬことすらできないんだ。辛いんだよ、こんなの。
だから、後藤の手であたしを助けて……市井紗耶香でいさせて。お願いだよ、後藤…。
もう、この声も…届けられなくなってきたよ……)
(待って、いちーちゃん!)
(お願い…だ…よ……ごと…………)
(……わかったよ、いちーちゃん。後藤が助けてあげる)
刹那の間に交わされた紗耶香との会話。それが夢なのか幻なのか、真希にすらそれは
解からなかった。ひょっとしたら、紗耶香がためらう自分を後押しするために起こした
奇蹟だったのかもしれない。いずれにせよ、真希の心から迷いは消えていた。
- 153 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)17時01分41秒
- 真希は美貴の手を振り払い、決意を秘めた眼差しを向けた。美貴はその表情を見て、
そっと手を引く。もう心配はいらない、私は吹っ切れた――真希の瞳はそう物語っていた。
ゆっくりと銃を構え直し、銃口をナインティーンへと向けた。後ろでその様子を見ていた
梨華は、これから起こることを悟ったが、それでも目を逸らさなかった。
銃身の翼が展開され、ゆっくりと光が広がってくる。そして、そっと引き金に指をかけた。
ふと、その時、ナインティーンに紗耶香の顔がダブって見えたような気がした。気のせい
だろうが、その顔は穏やかな笑みに包まれていた、真希にはそう思えた。真希は涙を拭い、
引き金を引いた。
「さよなら、ナインティーン…!!」
その瞬間、閃光が走り、凄まじい爆風が辺りを包んだ。その爆発音と光に、4人は目を逸らした。
梨華は物陰に身を隠し、3人は腕を顔の前に出し背を低くして、爆風をやり過ごした。少しずつ煙
が晴れていき、次第に、視界が開けてくる。4人が顔を上げると、そこにはもう何もなかった。
鉄格子があるだけで、つい先ほどまでいたナインティーンは跡形もなく消え去っていた。
- 154 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)17時02分51秒
- 真希はナインティーンがいた場所にゆっくりと近づいていった。ふと、足元を見ると
そこには青い大きな石がある。どこから出てきたのだろうか。紗耶香の持ち物なのか、
それとも、爆発時の衝撃で生まれたものなのか、真希には分からなかったが、ゆっくり
とそれを拾い上げる。よく見てみると、梨華がしていたペンダントと同じ石のようだ。
それを強く握りしめて、苦悶の表情を浮かべた。真希のその瞳からは涙が溢れて止まらなかった。
(いちーちゃん、終わったよ。安らかに…眠って…ね)
ひとみと美貴は悲しげな表情を浮かべ、梨華は呆然とした表情で、その光景を見守っていた。
梨華の脳裏に紗耶香との会話がフラッシュバックする。
『永遠の苦しみと果てしない哀しみにサヨナラしたい。死ぬために来たんだ、終わりのあるこの国へ』
- 155 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)17時03分44秒
- 紗耶香は目的を果たした。それも、自分が最も大切に想っていた人の手で、苦しみのない
永久の安らかな眠りにつくことができたのだ。これ以上幸せな人生の終焉はないはず。
そう思うと、梨華の胸には熱いものがこみ上げてきた。
(紗耶香さん…。私、貴女のこと、しっかりとこの胸に刻みました。だから、安心して
ゆっくりと休んでください…。貴女のような子孫がいて、とても誇らしいです。もう、
顔をあわせることはないけれど、絶対に忘れません…。貴女に会えて本当に良かったです)
梨華はゆっくりと心の中で念じた。それはまるで紗耶香への餞の言葉のようであった。
- 156 名前:御幸 投稿日:2003年06月28日(土)17時08分01秒
- 更新終了です。
ここのところ、いしよし、いちごまオンリーで愛・美貴ペアの出番が…。
次回こそは登場、といきたいです。
- 157 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月04日(金)21時43分51秒
- おぉ、いちーちゃん…
次回は愛・美貴ペアーですか(w
楽しみです
- 158 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時28分15秒
- 4人が地上に戻ってくると、ひとみの荷物の中に入れられていた目覚まし時計が元気よく
鳴り出した。ひとみが時計を取り出すと、針は21時ちょうどを指している。どうやら、
予想以上に時間をとられてしまっていたらしい。ひとみはそれを見ながら叫んだ。
「やばい! ホールが閉じちゃうよ!」
「ショートホールを探してみる」
美貴がタイムムーバーを忙しなく操作し始めた。
「帰れなくなったの?」
その状況をつかみかねていた梨華にひとみが答えた。
「時間を取り戻してるんだ」
「だめ、だめ……。……あった! ポイントは西へ30キロ。そこに2時間過去にバック
するホールがある」
「急ごう」
「どういうことなの?」
梨華がひとみの腕を掴んで、再び尋ねる。
「タイムホールを乗り継ぐの」
4人は真っ直ぐに、真希の乗ってきたクルマへと走り出した。その途中で、女性の声が
聞こえてきた。少し離れた場所からではあるが、聞き覚えのある声だ。
「わからない娘ねぇ」
- 159 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時30分37秒
- その声の主、飯田は駆けつけてきた柴田と愛を必死に引き留めていた。柴田は3人と別れた後、
なんとかクルマを動かせるようにし、梨華の家に行った。そこで留守番をしていた愛に事情を聞き、
青山にやって来ていたのだ。愛もちゃっかり助手席に乗っていた。そして到着するなり、2人は
奥に向かって走りだそうとしたが、そばにいた飯田に制されていた。そこに戻ってきた美貴が声を駆ける。
「本庁からの指示を待って」
そう言って、美貴は敬礼をした。続く3人も美貴の動作を真似て、続々と敬礼していった。それ
につられて、飯田も反射的に敬礼を返す。自分を押さえていた手が離れたのを見て、その隙に
愛が4人の元に駆け寄った。
「ちょっ…愛ちゃ…って梨華ちゃん、何やってるの」
柴田はただ驚いていたが、梨華はそれを無視し、ひとみと手を繋ぎながらクルマの方へと走って
いった。愛もそのあとを追った。慌ただしく乗り込む美貴と真希。ひとみも乗ろうとしたとき、
その手を強く引かれた。
「見送っていい?」
「私も行く!」
- 160 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時31分47秒
- 梨華が尋ねると同時に、愛が勢いよく、後部座席に乗り込んだ。ひとみはその様子を見て
静かにうなずいた。美貴が運転席に座り、真希が助手席に。愛が後部座席の一番左に座り、
ひとみを真ん中にして、梨華が右端に座った。
「それじゃ、行くわよ」
「………」
「はいっ!」
「美貴、まかせたよ」
「絶対、間に合うよ。ポジティブ、ポジティブ!」
美貴は勢いよくアクセルを踏み込み、青山から遥か西に位置しているショートホールに
向けてクルマを出した。柴田は、そのエンジン音が聞こえなくなるまで押し黙っていたが、
遂に笑いをこらえきれなくなって、大声で笑い出した。見送っていた飯田が、突然の笑い
声に驚いたように柴田に向き直る。
「なっなに? いきなり笑い出したりして」
「だって、あいつら、ただの家出少女よ」
「なんですってぇー」
飯田は憤慨し、急いでパトカーに乗り込んだ。柴田も助手席に乗り込み、梨華たちを追い
かけることにした
- 161 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時32分54秒
- 美貴の運転するクルマの中、後部座席に座っていた愛が、誰にともなく声をかけた。
「あのぉ、マリはどこ行ったんですか?」
「紗耶香のところにいるよ」
隣に座っているひとみが優しく答える。
「どうしてですか?」
運転しながら、美貴がひとみの言葉を補足した。
「マリは、紗耶香がプログラミングから大切に育てたアニマロイドなの」
「マリはいつも、紗耶香の傍にいたんだ。だから、今も紗耶香と一緒にいるはずだよ」
ひとみと美貴の言葉に愛は納得したように、何度も頭を軽く上下に振っていた。
「よっすぃ、時間は?」
「21時16分」
ひとみの手元の時計は無情にも、時を刻み続けている。クルマは青山を抜け、片側
三車線ある幹線道路をひたすら西へと向かっていた。ラッシュ時から少し外れていた
ため、渋滞に引っかからないのがせめてもの救いだった。
- 162 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時33分57秒
- 「大丈夫かな、間に合うよね?」
梨華は、運転席の美貴に不安そうな声をもらした。
「間に合わせるわよ、しっかり掴まってて」
美貴は思いっきりアクセルを踏みつける。その速さは桁外れであり、技術もかなりの
ものだった。クルマは途中で幹線道路をはすれて、そこから一般道路に移り、目的地
の近くにある新興住宅街へと進路を変えた。
真希は、助手席でずっと押し黙って、ほとんど言葉を発さなかった。窓の外を眺めながら、
物思いに耽っている。彼女のその瞳には、ただ夜の街の灯が写し出されているだけであった。
梨華は、そんな真希にかける言葉が見つからず、歯がゆい思いをしていた。そんな梨華の様子
を察してか、ひとみが梨華の手をそっと握る。梨華もその手をそっと握り返した。
(ひとみちゃんの手、あったかい…。なんか、こうしてると落ち着くなぁ)
クルマはなおも、西に向かって進み続ける。
- 163 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時34分58秒
- 猛スピードで追跡するパトカー。サイレンを鳴らしながら、どんどん前を行くクルマ
を追い抜いていく。その車内では飯田がイライラした様子でハンドルを握っていた。
(二度も騙されるなんて、人生最大の悪夢だわ。捕まえたらタダじゃおかないから)
柴田はそんな飯田の様子を感じながらも、カーチェイスの予感にワクワクしていた。
今回は警察車両の中から見ることができる。こんな特等席はそうそう座れるものでは
ない。思わず、助手席で叫んでしまった。
「よーし、ゴー!」
「あなた、何はしゃいでるのよ」
「えっ、別に何でもないですよ。それにしても、あの子たち、あんなところで何して
たんでしょうね」
誤魔化すように柴田が、話題を変えた。飯田は、その言葉にはっとした。たしかに、
警察関係者を騙してまで、急いでいかなければならないような場所ではない。
「そういえば、そうね…。スタジアムの地下なんて、何かがあるようには思えないけど」
「ひょっとして、何かの事件が関係してるとか」
- 164 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時36分36秒
- 柴田の言葉に飯田は保田のことを思い出していた。気を失ってから、彼女がどこで何を
しているのか全く分からなかった。ただ、プルトニウムを使って、女性を次々と殺害し
ていたということだけが判明している。その動機は依然として不明のままだった。
被害者には何の共通点もない。出身地、会社関係、交友関係…どれをとっても、全く
関連性はなかった。ただ、1つ共通していたのは、青いペンダントをしていたということ。
一時期は、そのペンダントをしていた女性に恨みを持っており、その感情が暴走して、
同じものをつけている女性を狙い始めた、とも考えたが、それにしてもプルトニウムを使う
とは考えられない。そもそも、そんなもの簡単に手に入る代物ではない。
色々なことをぼんやりと考えながら運転していると、隣の柴田が突然、叫んだ。
「ああー進入禁止! 止めてぇ」
パトカーは標識を無視して、一方通行の道路に入ってしまった。前方から、
クラクションを鳴らしたクルマがどんどんやってきたが、巧みなハンドル捌き
で、無事にその道路を通過した。
「さすが警察」
「どんなもんよ」
- 165 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時37分34秒
- 飯田は、誇らしげにハンドルを握っている。しかし、再びその思考は段々と現実から
飛んでいった。
(私に指示をしたあの子は、保田のことを知っているようだった。いろいろと訊かれた
ものね。ということは共犯? でもそれなら、なぜわざわざ警察に接触してきたのかしら。
もぉ。分からないことばかり。とりあえず、捕まえれば全部分かるはずよ)
すると、再び助手席の柴田の声に現実に戻された。
「警部、やりましたね。見えてきましたよ」
柴田の言葉どおり、前方には、かすかに見覚えのあるクルマが、かなりのスピードで
疾走している。それを見て、飯田のアクセルを踏む足にも力が入る。
「待ってなさいよ。今捕まえてあげるんだから」
- 166 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時39分01秒
- 後ろからパトカーのサイレンが段々と近づいている。梨華が不安そうに美貴に声をかけた。
「追ってきたわよ。まだ着かないの?」
クルマは住宅街を抜け、近年建設が進んでいるニュータウン地区に差し掛かっていた。ずっと
道なりに進み、建設中のマンション群が目前に迫っている。クレーンについている赤いランプ
が5人を迎えるように静かに点滅していた。全ての棟が完成すれば千人単位の入居者で活気溢
れる街になることだろう。
ぼんやりと外の様子を眺めていた真希が再び口を開いた。
「よっすぃ、時間は?」
「21時50分。美貴、どう?」
「何とかいけそうね。あと少しよ」
そのままニュータウン地区を進み、目的の場所を目指した。マンション区域から少し背の低い
アパート区域に差し掛かり、さらに奥へと進むと、一戸建てのエリアになっていた。多目的
ホールやグラウンドといった設備はすでに完成しているようで、あとは人さえ集まれば、すぐ
にでも活動が始まる印象を受ける。
「こんなところに、目的の場所があるんですか?」
「計算によるとここのはずよ」
- 167 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時40分05秒
- 愛が後ろを振り返ると、後ろのサイレンの音が次第に大きくなっているように感じられた。
このままでは、追いつかれるのも時間の問題だった。その時、美貴が興奮したような口調で叫んだ。
「あった! あれよ!」
美貴が指し示す先には、公園があり、そこにはうっすらと光を放つ電話ボックスがある。クルマは
減速することなく、そのままボックスに突っ込むように進み続けた。美貴が車内のメンバーに声をかける。
「行くわよ」
その言葉に、真希とひとみは、それぞれ愛と梨華に注意を促した。
「梨華ちゃん!」
「愛ちゃん、伏せて!」
そして、時計を見ていたひとみがカウントダウンを開始する。
「5,4,3,2,1…」
その声に合わせて美貴はアクセルを踏み込み、さらに加速する。電話ボックスにうっすらと輝いていた
光は、5人のクルマが近づく頃には、まばゆいほどの光に変わっており、クルマ全体を包みこむように
広がっていた。5人はその光に吸い込まれるようにして、その場から消えた――
- 168 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時41分38秒
- パトカーはボックスの前で止まった。飯田は慌てて運転席を降り、ボックスに駆け寄るが、
そこには何の変哲もない電話ボックスがあるだけだった。先ほど確かにいたはずのクルマは
跡形もなく消え去っていた。
「どうなってるのよ、もうっ!」
「あれれ、梨華ちゃんたち、どこに消えちゃったんだろ」
「近頃の娘は何考えてるのよっ!」
飯田は電話ボックスを蹴りつけた。信じられないことだが、消えてしまったのだ。夢である
と信じたかったが、どうも、そういうことで済ませることはできそうにない。とりあえず、
似顔絵でも作って手配するしかなかったが、飯田にはそんなことをしても見つかるとは思えな
かった。今までの仕事上の経験から、おそらくは犯人を捕まえることも、事件の真相の解明も
迷宮入りとなるだろうと判断していた。
(ここにいても仕方がないから、スタジアムに戻って、そこに何かないか、それを調べた方が
良さそうね)
飯田はパトカーに乗り込み、進路を再び青山にとった。後に世界を揺るがし、この国を窮地に
追い込むことになる発見があるとも知らずに。
- 169 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時43分07秒
2003年 都内某所――
「梨華ちゃん…」
ひとみの声に気がつき、目を覚ますと、そこは見慣れない草原だった。この季節にしては
少し暖かい風が吹いており、それによって辺りの草がさらさらと音を立てて揺れる。周囲
は漆黒の闇に包まれていて、人工的な光は一切なく、月明かりのみが梨華たちの姿を浮かび
上がらせていた。斜め前に視線をやると、そこは小高い丘があり、その一番高い場所には、
5メートルくらいの鉄塔が立っている。
「愛ちゃん、起きて」
真希は後部座席で眼を閉じている愛の肩を軽く揺すった。愛は梨華の肩にもたれて、
気を失っていたが、真希の声で現実に帰ってきた。
「ここ、どこですか?」
愛は気だるそうな仕種で真希に尋ねた。真希は無言で首を振る。梨華もひとみに声をかけた。
「間に合ったの?」
「1分遅れ」
ひとみの手元の時計は21時1分を指していた。
- 170 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時44分44秒
- 美貴は4人から離れて、丘の中腹くらいで、腕のタイムムーバーを覗き込んでいる。その
ディスプレイの中には、うねりのような渦の中に3つの光が映し出されており、微かに
点滅していた。それを確認すると、下にいる4人に向かって大きな声を出した。
「ホールが動き始めてる!」
上空にはまばゆい光が現れ、それは3つの円を形作る。それぞれが交差するように動き、
やがてそれは1つの大きな円となった。それを見た4人は美貴の元へと駆け寄り、美貴は
ホールの行き先を説明した。
「過去に向かって2つ。1946年パリ、1970年上海。戻れるのは一人だけみたい…。
2550年ノースダコタ」
「……帰りたくない。後藤はパリに行く」
「アタシは上海に。次のポイントで次のホールを待つよ」
「未来へは私が戻る。紗耶香が果たせなかった夢を、今度は私が追いかけてみるわ。
あの環境を私の手で元に戻してみせる」
美貴の瞳には力強い感情がこもっていた。そんな様子を見て、愛が不思議そうに尋ねた。
「そんなことできるんですか?」
美貴は優しい笑みを浮かべながら愛の頭を撫でた。
- 171 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時45分54秒
- 「未来が全て分かってしまったら、みんな生きるのをやめてしまうわよ」
「じゃあ、もしかしたら、みんなが苦しむことのない未来を作ることもできるんですか?」
「そうよ、愛ちゃん。未来は可能性の数だけ存在するって言うでしょ。だから、その中の
1つに、必ずあるはずよ」
「可能性の数だけ…」
「愛ちゃんが望めば、その望んだ未来を創ることもできるのよ。だから、どんな時も希望を
捨てないで、自分が信じた未来に向かって進んで」
「はいっ! 美貴さん…本当に……色々…ありがと…うございま……した」
愛は何故だか分からなかったが、美貴のその言葉に涙が溢れて止まらなかった。美貴は
そんな愛の様子を微笑ましく見つめていたが、不意にその身体をきつく抱きしめた。
「美貴さん、私…自分の望む未来を創ってみせます。絶対に…」
「うん、愛ちゃんの創り出す未来を楽しみにしているよ」
愛は美貴の背中に腕をまわし、その胸の中で暫しの間、号泣していた。感情の昂ぶりは
なかなか鎮まらなかったが、やがて美貴の心音が愛の耳に響き出し、愛はその音に聞き
入るように泣き止んだ。そして、美貴の胸の中で、その心地良い鼓動に耳を傾けていた。
- 172 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時47分08秒
- 「梨華ちゃん?」
ひとみの呼びかけに、ずっと押し黙っていた梨華が口を開いた。
「ねぇ、どうせ過去に戻るのなら、このまま東京にいて」
「梨華ちゃんの時代には、あと82年間、タイムホールが開かないんだ」
ひとみが泣きそうな顔をしている梨華に答えた。
「82年間……そんな……せっかく、ひとみちゃんに逢えたのに……もう、お別れなんて……」
「梨華ちゃん……」
その時、ホールが光を放ち、開き始めた。真希は静かにコートのフードを被り、ホールへと
歩みだす。美貴も真希に続くために、抱きしめていた愛の身体をそっと放し、フードを被った。
「それじゃ、愛ちゃん、そろそろ行くね」
「はい。いってらっしゃい、美貴さん。どうか、お元気で」
「愛ちゃんもね。色々とありがとう」
「!!」
美貴は愛の額に唇を重ねた。愛は突然のことに何が起きたのか解からず、ただポカンとしていた
が、次第に事態を把握しだし、顔を赤くした。美貴は、びっくりしたような表情を向ける愛に軽く
微笑むと、真希の後を追って歩き始めた。
- 173 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時49分50秒
- ひとみは目覚まし時計を返そうと梨華の前に立った。そのとき、梨華がひとみの身体を
そっと抱きしめた。一瞬、驚いたような表情を作ったが、ひとみも優しく梨華の背に手
をまわした。しばらくの間、ひとみの胸に顔を埋めていた梨華はそっと顔を上げて、
その潤んだ瞳を向けた。
「ねぇ、未来のキスってどういう風にするの?」
「アタシは、古いタイプの方が好き」
そう言うと、ひとみは梨華の目を見つめて、その頬に優しく口づけをした。梨華は
うろたえず、じっとひとみの顔を見つめ返していた。その真剣な眼差しに、ひとみは
満面の笑みを返す。
「ありがとう、梨華ちゃん」
そう言いながら、梨華の手をとり、時計を手渡した。梨華は、そのひとみの腕を
名残惜しそうにそっと掴む。
「私、ひとみちゃんのこと、絶対忘れないよ。もちろん、紗耶香さん、真希ちゃん、
美貴ちゃんのことも」
「アタシも梨華ちゃんのこと、忘れない。出逢えてホントによかった」
「……うん、私も。………ひとみちゃん………」
「泣かないで、梨華ちゃん。梨華ちゃんには笑顔がよく似合ってるんだからさ」
- 174 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時51分43秒
- ひとみの言葉に、梨華はぎこちないながらも懸命に笑顔を向けた。ひとみは、それに
応えるように梨華に笑顔を向け、そっとその涙を拭ってやった。そして、時計を手渡すと、
振り返ってフードを被り、急いで前を行く2人のあとを追った。
上空の光がゆっくりと降りてきて、3人の身体を包み始める。まばゆい光に包まれる3人
の姿を、梨華と愛はただ呆然と眺めていた。次第に薄くなっていく3人の姿。この光が
消えたとき、それが今生の永別になってしまう。そんなことを考えていたら、自然と思って
いたことが口から出た。
「もう、会えないね」
梨華の言葉に、3人は諭すように応えた。
「梨華ちゃん。紗耶香が遺してくれたこと、忘れてないよね? 『終わりのある世界の素晴らしさ』」
「………」
「全てのものには終わりが来る。アタシたちが一緒に過ごす時間にも、それはやってくる。だからこそ、
今この時が輝くんだよ、梨華ちゃん」
「………」
「いちーちゃんは、そのことを分かってたよ。梨華ちゃんも、いちーちゃんに教えてもらったはずだよ」
「………」
- 175 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時53分14秒
- 3人は力強い眼差しを梨華へと向けた。梨華は、しばらく無言で立ち尽くしていたが、
吹っ切れたような晴れやかな笑顔を3人に向けた。
「ありがとう、美貴ちゃん、ひとみちゃん、真希ちゃん。そうだったよね。私、紗耶香
さんに色々なことを教えてもらったんだ。そのことを子供や孫や、もっともっと先の子供
たちまで――紗耶香さんにまで届くように伝えるよ。だから心配しないで、みんなもそれ
ぞれの道を進んで」
もう、お互いに言葉を交わす必要はなかった。それぞれが無言で、その空間を共有していた。
時間にしてみれば、ほんの僅かではあったが、5人の心は確かに言葉の助けなしで通じ合っていた。
梨華は最後に精一杯の笑顔で言葉を贈った。
「みんな、いってらっしゃい」
やがて、光が本格的に3人を包み始めた。段々と光が強くなるにつれて、その姿が霞んできている。
3人は思い思いに、別れの言葉を発した。
- 176 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時54分28秒
- 「グッバイ、梨華ちゃん」
ひとみは、梨華に向かってウィンクを投げかけた。梨華はそれに笑顔で応えた。
「さよなら、愛ちゃん」
美貴は、愛に向かって優しい笑みを投げかけた。愛は全身を使って、それに手を振って応えた。
「またね、いちーちゃん」
真希は、夜空に向かって言葉を投げかけた。紗耶香が応えたような気がした。
やがて、3人は完全に光に包まれ、その中に消えていった。夜空には3つの小さな光が輝き、
それぞれが違う方向に向かって流れていった。辺りには静寂だけが残された。
- 177 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)16時56分52秒
――残された梨華と愛は、光が流れていった後も、その場に呆然と立ち尽くしていた。
つい先ほどまで傍にいた3人は、それぞれの目的に向かってそれぞれの時を歩み始めた。
そして、梨華と愛にも自分たちだけの時間が流れ始めた。
「ほら、愛。時間が……通り過ぎていく……。来年、お姉ちゃん、19になるわ」
「これからは、私たちだけなんだよね」
「うん。でも、何をしなきゃいけないのかは、みんなが教えてくれたよね」
「いろんなものを残してくれた気がする。あっそうだ、お姉ちゃん。お母さんになんて報告する?」
「どうしよっか、家めちゃめちゃになってるし…」
梨華は、どこか上の空で愛の問いに答えた。
「お姉ちゃん、私ね、自分の進みたい未来が見えてきた気がするんだ」
「そっか…。愛が自分で決めたことなら、お姉ちゃんは応援するよ」
「ありがとう。美貴さんたちのおかげで、いろんなことが分かってきた」
「お姉ちゃんも、みんなに出逢って、自分の未来が見えてきたかな」
梨華と愛は、静かに肩を寄せ合って、3人が消えていった空をいつまでも眺めていた。
- 178 名前:御幸 投稿日:2003年07月05日(土)17時04分01秒
更新終了です。次回分で完結させます。
>157 名無し読者さん
レスありがとうございます。一応登場ということになりましたが、あまり
突っ込んでは触れられませんでした。なかなか難しいです。後から設定に
加えたものなので、やや強引な感じになってしまいました…。
- 179 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時46分07秒
- 梨華の家のリビングはめちゃめちゃに壊れた状態のままになっている。色々なものが
散らばっている中、どこからか電話のベルが鳴り響いていた。誰もでる者がいない電話は、
ただ空しくずっと鳴り続けている。
階段では、小さな映像が壁に向かって映し出されていた。四角い箱――真希が落として
いったアルバム――が静かに映像を流し続けている。遠い未来に、4人の来訪者たちが
共有していた思い出を―――
- 180 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時47分31秒
―――ひとみと真希は、大講堂から食堂への廊下を歩いていた。たった今、
授業が終わり、学生が続々と食堂に向かっている。
「ああーもう、地球史の講義、難しすぎ」
「でも、過去セクションを希望するなら、必修だしねぇ」
「アタシ、このままじゃ、単位ヤバイかも」
「後藤も。当分、図書館に缶詰かな。はぁ、憂鬱…」
食堂に着くと、一足先に紗耶香と美貴が昼食をとっていた。
「いちーちゃん、隣いい?」
「ダーメって言っても座るんだろ。ほら、いいよ」
「おっす、美貴」
「何、暗い顔してるのよ、ひとみ」
- 181 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時48分25秒
- 4人はいつも通りのポジションに座り、いつものように他愛のない話に華を咲かせた。
「2人とも暗いぞ、どうしたんだよ」
「どうせ、単位のことでしょ」
「ぶー、2人には分かんないよぉだ」
「そうそう、アタシたちの苦労を分かってくれる、心の優しい人はいないのかぁ」
「あーそういうこと言うのか。それじゃ、他の人を誘おっか、藤本」
「そうね、私たち、心優しくないし」
「えっなになに?」
「実はさ、この前完成したばかりのアミューズメント施設の優待券が手に入ったんだけど…。
『スペースラグーン』ってやつの」
「いちーちゃん、大好きっ、愛してる!」
「悔い改めて、あたしのことを優しいと認めるか?」
「うん、いちーちゃんは優しいですぞ」
ひとみと美貴は、そんな真希と紗耶香のやり取りを半ば、呆れながら眺めていた。
- 182 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時49分56秒
―――落ち着いた雰囲気のカフェで美貴は読書に励んでいた。そこにはかなり旧式の
ジュークボックスが置かれている。そのジュークボックスからは、美貴の好きな20世紀
の音楽が流れていた。そこに、紗耶香が眠そうな顔をしてやってきた。
「おっす、藤本。何読んでんの?」
「おはよう、紗耶香。これは『20世紀機械工学』よ」
「藤本お気に入りの20世紀モノか。それにしても、相変わらず難しそうな本だな」
「そうでもないわよ。見た感じでは、複雑怪奇な機械の塊かもしれないけど、構造は
シンプルなんだから。このクルマのエンジンなんて、機構は至ってシンプルで…」
「ああー、分かったから。朝から頭痛くさせないでくれよ」
美貴の話は難しい上に長いときた。早々に切り上げて、退散するに限る。そう判断
した紗耶香は、そそくさと、その場を離れようとしたが、ふと、自分が来た目的を
思い出し、足を止めた。
「そう言うあたしも、こんな本持ってるんだけどさ」
「なになに…『21世紀これからのバイオニクス』…。これって、未だに技術が確立
されてない、例の『悲運の天才』が書いた本?」
- 183 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時53分30秒
- 「そう。偶然見つけたんだけど、つい読み耽っちゃってさ。この前、未開惑星の探査
チームが色々な発見をもたらしたってニュースやってただろ。その発見の中から、これ
を実践できるようなものが見つかればいいなって思いながら読んでたら、いつの間にか
夜が明けてた」
「500年以上経っても実現不可能な理論か…。もしこれが実現すれば、今の環境が
大きく変わるのにね」
「なんか、これ読んでたら、理由は分からないけど、力になってやりたくてさ。
藤本さ、惑星関係の書籍、たくさん持ってたよな。ちょっとそれ貸してくんない?」
「いいけど、惑星探査にでも行くつもり?」
「そうだなぁ、誰も足を踏み入れていない場所を調査する、なんて、何かすっげー
ワクワクする」
- 184 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時54分59秒
- 「何、子供みたいなこと言ってるのよ」
「それは冗談だけどさ。でも、人類のための新しい発見があるかもしれないって
いうのは魅力だな。それに、この星の環境を元に戻す方法とか、そのヒントとかが、
ひょっとしたら見つかるかもしれないだろ」
「紗耶香…。あなた、この本の理論を実現させるために、命を懸けるの?」
「そんな大層なモンじゃないけど。ただ、後藤と一緒に太陽の下、何にも縛られる
ことなく歩いてみたいんだ」
紗耶香の瞳には希望の光が溢れていた。美貴は、そんな日がいつか来ればいいな、
と心の中で強く念じずにはいられなかった。
- 185 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時56分15秒
―――ひとみは階段の踊り場で、華麗なダンスを3人に披露していた。皆、ひとみの
動きの軽やかさに、ただ感心するばかりだった。
「あは、よっすぃー上手だね」
「ホントそうだな。吉澤、どこでそんなの覚えてきたんだ?」
真希と紗耶香の言葉に、ひとみは照れくさそうに答えた。
「へへへ、昨日、図書館のアーカイブで偶然見つけたんだ」
「へぇ、ひとみが図書館に行くなんて、珍しいこともあるのね。明日、槍が降ってこないといいけど」
「ちょっと、美貴、それ言い過ぎ」
「ごめん、ごめん。で、それは何なの?」
「なんでも、500年以上前に流行ってた歌らしいよ。アタシにそっくりな娘が歌ってたんだ。
13人のグループで、名前は…何ていったっけ………まぁいいや。とにかく、かっけーんだ」
そう言うと、再び踊りだした。
- 186 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時57分02秒
- 「みんなも一緒にどう? 楽しいよ」
「あたしは遠慮しとくよ」
「後藤も。よっすぃーの踊りを見てる方が楽しいし」
「私も止めとく。ひとみの動きについていくなんて無理よ」
軽やかなステップを踏むひとみに、3人は改めて感心した。
「よっすぃー、様になってるよねぇ。ひょっとして、その娘の生まれ変わりだったりして」
「マジでそうかもよ。それにしても、吉澤は運動神経が関わってくると、神がかり的な
センスを発揮するよな」
「少しはそのセンスを、勉学に発揮してもらいたいわね」
好き勝手言っている3人を他所に、ノリノリのひとみは、ずっと踊り続けていた。
「Be Up&Doing Future Is Mine♪♪」
- 187 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時58分21秒
―――紗耶香と真希の2人は、中庭にいた。全面ガラス張りで、擬似的に外にいる
ような体験ができる場所だ。そこにある噴水に腰掛けて、話し込んでいた。
「後藤の将来の夢って何?」
「いきなり何言い出すの、いちーちゃん」
「いや、何かなと思ってさ」
「後藤は、いちーちゃんと一緒にいられれば、それでいい」
「コラ、真面目に訊いてるんだぞ」
「だから、真面目に答えてるよ」
紗耶香は困ったような表情を浮かべた。
「もしもさ、もしもだよ。これから先、別々の道を進むことになっても、後藤は
やっていけるよな」
「なんで、突然そんなこと言うの? 後藤のこと、いやになったの?」
「違うって。ああーもう、そんな泣きそうな顔するなよ。つーか、泣くなよ。
頼むから泣かないでくれぇ」
紗耶香は慌てて真希の頭を抱き寄せ、そっとその髪を撫でてやった。
- 188 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)20時59分19秒
- 「悪かったから、もう泣き止めよ」
「いちーちゃんのせいだよ、ばか」
2人はそのまま、しばらく寄り添っていた。どれくらいの時間が経っただろうか。
突然の大声と共に、噴水の近くの扉が開け放たれた。
「ごっちーん、これからいつもの場所に…」
「「!!」」
ひとみの姿を確認するや、2人は慌てて身体を放した。中庭に走りこんでいたひとみは、
その状況を見て、バツの悪そうな顔をしてそっと2人に近づいた。そして紗耶香と真希の
腕を取り、その手を強引に繋がせて、ごめん、というポーズをとりながら、そのまま
後ずさりして、来た扉から帰っていった。
2人は唖然としてその様子を見ていたが、ひとみの姿が消えると、目線を合わして、
大声で笑った。
- 189 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時00分33秒
―――見晴らしの良い、吹き抜けの廊下の壁に背をあずけて、真希と美貴は何気なく、
空を眺めていた。窓の外は、軽装では出歩けない世界だったが、校舎の中からなら、
そんなことは微塵も感じることはなかった。
「もうすぐ、ここも卒業ね」
「そうだね、色々なことがあったよね」
「はじめて、真希に会ったときのこと、昨日のことのように思い出すよ。あのときは、
本当にクールな印象で近寄りづらかったからね」
「んあ? 何言ってるの。美貴の方が”話しかけるなオーラ”全開だったクセに」
「ふふふ、そうだったっけ。でも、話してみると、全然印象とは違って、明るい子だって分かった」
「後藤も、美貴が話しかけてくれたとき、ちょっと驚いた。それまで、親友なんて、
ひとみくらいしかいなかったし、みんな、あんまり後藤に近寄ってこなかったから」
- 190 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時01分38秒
- 「それから、ちょっとして、紗耶香と出逢ったんだよね」
「うん。後藤にとっては運命の出逢いだったよ」
「真希の猛アタックと、紗耶香の困ったような、それでいて嬉しそうな顔を、
今でも鮮明に思い出すよ」
「思い出すねぇ。ホント、色々あったねぇ」
「はい、これ」
美貴は真希に、四角い小さな箱を手渡した。
「何?」
「アルバム。私たちの思い出が全部、ここに詰まってる。私のオリジナル商品
ってところよ。というのは冗談だけど、市販のヤツを改良したの。クオリティ
の高さは保障するわよ」
「さすが、美貴。ありがと、大事にする」
真希はいとおしそうに、アルバムを手に取り、見つめていた――――
- 191 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時03分22秒
今、映像の中で真希の手に握られていたアルバムは、梨華の家で梨華と愛の帰りを
待つように、静かに4人の思い出を再生し続けている。
2日前、突然の嵐のように2人の前に現れた未来からの来訪者は、様々なものを残し、
そして去って行った。それをきっかけにして始まった5人のそれぞれの旅路はやがて、
遠い未来で再び交錯することになる。
- 192 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時04分07秒
翌日の英字新聞の一面には大きな文字がおどっていた。
『東京、青山に核ホール!「ガールズホール」と命名。発見の少女3人組、行方不明』
- 193 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時05分09秒
1946年 パリ―――
戦争が終わり、荒れ果ててはいたが、復興の息吹が芽生えており、これからの平和な
時代に対する希望が街には溢れている。真希は青い石を握りしめながら、公園のベンチ
にたたずんでいた。その石を眺めながら、今までのことを思い出していると、横から
老人に声をかけられた。
「お若いの、歳はいくつだい?」
「19(nineteen)…」
「19か…19はいい言葉じゃ。さびしい響きじゃが、夢が宿っておる…」
- 194 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時05分58秒
- そう言うと、老人はフラフラとどこかへと歩いていってしまった。その後姿を真希は
微笑を浮かべながら見送った。そして、おもむろに立ち上がった。
(さて、これからどうしようっかなぁ)
立ち上がった真希の目の前には、新緑の季節を向かえ、生命力に溢れた世界が広がっている。
(いちーちゃん、後藤は1人でも大丈夫。ちゃんとやっていけるよ)
いつかの紗耶香の言葉。その時はその問いに返事をすることはできなかったが、今、
真希ははっきりと紗耶香に向かって、自分の決意を表明した。それに応えるように、
真希の周りを心地よい微風が吹き抜けていった。
- 195 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時06分50秒
1970年 上海―――
ひとみはレストランで新聞を読んでいた。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
その声に答えようと顔をあげると、そこには梨華そっくりな女性が注文表を片手
に立っていた。
「梨華ちゃ……」
言いかけて、そこで止めた。ここに梨華がいるはずがないのは分かっているが、
それでも生き写しのこの少女に梨華の姿を重ねずにはいられなかった。
(そんなワケないか)
- 196 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時07分32秒
- 内心で否定して、ひとみはオーダーを少女に伝えた。少女はニッコリと笑みを浮かべ
ると、オーダーを伝えに厨房へと歩いていった。
(梨華ちゃんはあれからどうしてるかなぁ。まだこの時代には生まれてないんだよね)
ふと、梨華との思い出がよみがえり、ひとみの頬に一筋の涙が伝った。暫くの間、感傷
に浸っていたひとみであったが、料理が運ばれてくると、それを誤魔化すように食べ始めた。
(梨華ちゃん、思い出をありがとう。アタシも梨華ちゃんに負けないように、自分の道を進んでいくよ)
ひとみは、心の中でそっと梨華に呼びかけた。
- 197 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時15分17秒
2550年 ノースダコタ―――
美貴はラボで様々な機械に囲まれて作業をしていた。その机にはキーボードと
小型ロボットのようなものが置かれている。キーボードに何かを打ち込むと、
そのロボット――リスザルの外形をした――は勢いよく動き出した。
「お帰りなさい、マリ。いや、初めましてになるのかな」
肩の上をじゃれるように動き回るマリに、美貴は優しく微笑みかけた。ふと、
美貴が視線を落とすと、そこには、古びた本が一冊置いてある。今の時代では、
紙媒体で本を所有している人は少ない。所謂、コレクターといった部類に入るだろう。
- 198 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時17分38秒
- その本を手に取り、著者の名前を見た。年月の経過でほとんど霞んでしまっているが、
見覚えのある名前が飛び込んでくる。美貴はその本に――その著者に語りかけるように、
優しくささやいた。
「あれから、この道に進んだのね。大丈夫よ、心配しなくても。あなたの遺志は私が引き継ぐわ」
その本のあとがきには、こう記されていた。
『これまでの研究によって、理論は確立されましたが、今のところ、それを実践する技術が
残念ながら存在しません。しかし、いつの日か、私の意志を継いで、この理論を確かなもの
としてくれる人が現れることを信じています。この本が、そんなあなたの道標になることを
願って、すべての成果をここに記しました…』
- 199 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時18分39秒
200X年 東京―――
「愛ちゃーん、待ってよぉ」
遠く後ろから聞こえてくるその声に振り返ると、あさ美・理沙・麻琴の3人がこちらに
手を振りながら走っている。愛は、東京にある工科大学でバイオニクスを専攻していた。
新設されたばかりのこの学部で、熱心に勉学に励んでいる。他にも、地球環境をテーマに
したゼミに顔を出していた。
「やっと追いついた」
「これから、どこかに遊びに行かない?」
「そうだよ、勉強ばっかじゃ、疲れちゃうよ」
愛は、肩口にかかっている髪をそっと背に流すと、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、これからゼミがあるんだ。また今度誘って」
そう言うと、足早に学部棟へと歩いていった。
- 200 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時19分35秒
- 「凄いよね、何が愛をあそこまで熱中させるんだろう?」
「あれじゃ、彼氏もできないよね」
「全然そういうのに興味ないみたい。今は勉強一筋かぁ」
愛はキャンパスでのほとんどの時間を研究に費やしている。
数年前、美貴たちと出逢ったことが、それからの愛の人生を一変させた。遠い未来の
世界に待ち受けるであろう、人類とって過酷な環境。その世界を少しでも良い方向に
変えていくための手助けをしたい、また、現段階では無理であってもその架け橋と
なりたい、と考えるようになった。
たとえ今は礎の段階でも、近い将来にその意志を継いで、研究を完成させてくれる者
が現れるはずである。そのことを信じて、今はただ、まだまだ発展途上のこの学問を
少しでも完成させ、後世の人により良い形で手渡せるように、研究に励んでいた。
そんな愛が、この分野で大きな功績を残すのは、また少し先の話である。
- 201 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時20分46秒
200X年 横浜―――
「もう、生きていてもしょうがないと思うんです。どうせ、このまま死ぬんですし」
「そんなことはないと思いますよ。まだまだこれからじゃないですか」
「励ましてくださるのは嬉しいんですが、ここで頑張っても、遠くない先には死んで
しまうんですよ。それなのに、なぜ、今を懸命に生きようとするんですか? どうせ
全てを失ってしまうんですよ」
「そうでしょうか…。確かに死は全ての人に訪れます。それによって、全てを失くします。
でも、考えてみてください。もしも、永遠に生き続けることになったとしたら、と」
「永遠に生き続ける…?」
- 202 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時22分17秒
- 「そうです。最初のうちはいいかもしれません。死の恐怖に怯えることなく、したい
ことをする。時間は無限にありますから。でも、そのことが逆に、やる気を削いでいく
とは思いませんか。次第に、いつでもできる、今やらなくてもいい、そんなことを考え
るようになると思うんです。そうしているうちに、やりたいこと、成すべきことを見失い、
ただ無気力に、命があるからという理由だけで生きている、という状態に陥ってしまう
のではないでしょうか」
「………」
「私は、限りがあるからこそ、終わりがあるからこそ、素晴らしいと思うんです。
それは人生に限ったことではありません。全ての事柄について言えると思います」
「………」
「ですから、どうせ死ぬんだからとか、自暴自棄な考えを持つのをやめて、もう一度、
自分のやりたいこと、成すべきことを探してみませんか。別に、今すぐ見つからなく
てもいいです。焦らずゆっくりと自分の人生を歩みながら探してみてはどうでしょうか」
「………わかりました。もう少し考えてみます。今日はどうもありがとうございました」
- 203 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時24分38秒
- そう言うと、相談者はゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行った。梨華はその後姿を
見送ると、ソファから立ち上がり、後ろにある机に向かった。そしてそのイスの背もたれ
に身体をあずけた。
「ふぅ、ちゃんと伝えられてるかなぁ」
梨華は、カウンセラーとして働いている。ひとみたちと出逢う前の梨華であったら、
おそらくはこの仕事を選ぶことはなかったであろう。
(昔の私だったら、絶対にできなかっただろうな。すぐにネガティブになって、
一緒に落ち込んじゃったりして。ひとみちゃんや紗耶香さん、それに真希ちゃん
と美貴ちゃん、みんなに出逢えて私は変わることができたよ。だから、みんなも
精一杯、自分の成すべきことをやってね)
心の中で、自分を変えてくれた4人に呼びかけていると、隣室から事務員の大きな
声が聞こえてきた。
「石川先生、次の方がお見えです」
「はぁーい、どうぞ」
そう言って立ち上がった梨華の正面の机の上には、小さな四角い箱が大事そうに置かれていた。
- 204 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時25分40秒
(完)
- 205 名前:御幸 投稿日:2003年07月12日(土)21時36分16秒
以上で終了です。
このような駄文にお付き合い下さった方、ありがとうございました。
それぞれのカップルに違ったテーマをつけてみたのですが、なかなか
うまく表現できませんでした。
いちごま・・・自分の大切な人を手にかけなければならない、という
悲しいめぐり合わせの2人。
いしよし・・・王道といいますか、そのままです。ひたすら仲良くと
いった感じ。
愛・美貴・・・当方が強引に追加したペアです。ただ単に惹かれあう
だけではなく、それ以外の繋がりを持たせたかったの
で、こういう形になりました。同志というか、互いに
影響し合うような関係にしてみました。
ただ、表現力が稚拙なもので、もっとうまく描くことができたらな、と
思わずにはいられませんでした。
最後に、繰り返しになりますが、目を通してくださった方にはとても
感謝してます。本当にありがとうございました。
Converted by dat2html.pl 1.0