き み の 席

1 名前:  投稿日:2003年05月05日(月)14時16分53秒

吉澤さん視点のお話です。
よろしければ、お付き合いください。




「 き み の 席 」



2 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時17分33秒


「…ここ、…だよねぇ?」



駅から歩いて5分もかからない商店街の入り口の近くにある2階建てのビル。
そのビルの前に立ち、私は悩んでいた.。

そのビルは、いつも通学に利用している電車の窓から見えていた。
遠くからは見慣れたそのビルは、1階はレコードショップで、その上がカフェになっていると言う事を今日初めて知った。
そして、そのビルの前で、建物の壁に沿っている階段を昇ることをためらっているのは、ここが初めて来た場所だから、という理由だけじゃなかった。

そもそも、私がどうして今ここに居るのかといえば、学校の先輩の矢口さんに「奢ってやるから焼肉いくぞ」と呼び出されたからなのだけれど…
矢口さんは私の通う高校の2年先輩の卒業生で、私が所属しているバレー部のマネージャーだった人だ。
体の小ささとキュートなルックスに加えて、面倒見のよさと明るい性格から、後輩からも慕われていて、部の人気者だった。
自分で言うのもなんだけど、私はこの先輩になぜか気に入られていて、先輩が卒業後、付属の大学に進学した今でも仲良くさせてもらっている。


3 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時18分24秒

そして、その先輩の矢口さんに、この店を待ち合わせの場所として指定されたんだ。
…そう、『喫茶店』で待ってろ、と。
でも、ここはどう見ても、いわゆる『カフェ』という外観。
そして階下は、それっぽい男の子達が出入りしているレコード屋。
……体育会系の私には、こういうサブカルっぽい雰囲気とか、コジャレた感じは、どうも苦手だ…。

待ち人が来るまで外で待っていようかとも思ったけど、既に時間は夕暮れ時で、夕闇の中、外でぽつんと立っているのは寂しすぎる。
それに先輩はすでに店の中で待っていた、なんてことになったら嫌だし。
後輩の私が先に来て待っていなければならないと思う。

仕方ない…先輩との約束だもんな。

悩みぬいた末、決心がついた私は、内心かなりドキドキしながら階段を昇り始める。

そして、お店のドアの前に立って、ドアの横の看板の名前『I WISH』を横目で確認して、深呼吸。



4 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時19分14秒

「あれ……」

恐る恐る、という感じでドアを開けて、その隙間から中を覗き見て、私は思わずその場に立ち止まった。

店に入る前に何となく想像していた、モード系ファッションのお姉さんや、いかにも文系タイプな小説片手のメガネ青年、
レコードバックを抱えたサブカル少年・少女なんかは見当たらない。
…というか、お客自体いない。…でも、ちょっとだけ安心した。
誰もいないから場違い感も少しだけ解消されたし。それに入ってみると、普通の喫茶店の雰囲気だし。
…ちょっと、私が構えすぎだったのかな?

とりあえず一歩店の中へ。
全面アイボリーの壁に、それほど広くはないフローリングのフロアーには、白で統一されたテーブル。
そしてそのテーブルにセットされたイスは、全て赤色なのがなんだか可愛らしい。
店内は、通学電車からは反対に当たるので分からなかったけど、奥に大きな窓がふたつあり、西日が差しているおかげで、照明が要らないほど明るかった。

そして、カウンターの内側に一人だけぽつんと居るのは、この店の店員さん、だよね…?

5 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時20分09秒

「…いらっしゃいませー」

手元から一瞬だけ私へと視線をよこして、そう一言だけ呟くようにして言った彼女。

胸のあたりまで届く茶色いストレートの長い髪と、その髪から覗く横顔。はっきり言って美形だ。
イメージの中のカフェの店員さんより、ちょっと年齢が若い、凛として涼しげな綺麗な女の子。
ちょっと間、そのまま見入ってしまい、ハッと我に返る。
それに、何だろう?・・・個性的というか、独特の存在感がある。
がしかし、『天はニ物を与えず』という事なのか、仮にもお客が店の中に入ってきて、その態度はないんじゃない?と思わず口に出したくなるくらい無愛想だ。
おしゃれなお店ってこうなのか?…それとも、顔がかわいいと少しくらい無愛想でも許されるんだろうか…だけど、いくら顔が可愛くてもはっきり言って接客業には向いてないな、
と心の中で毒づくわたしの視線も気にせずに、彼女は黙々と手元のグラスを拭く作業に没頭している。

とりあえず、気を取り直して店の一番奥の窓際の席に座ると、何時の間にか作業を止めたオーダーを取りにやってくる。

「ご注文は?」

「あーっと…アイスティー」

6 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時20分51秒

必要最低限の会話で終わってしまうと、後はカウンターの中でグラスがぶつかる音と、店内に控えめに音楽が流れるだけ。
アイスティーが来るまでの間、手持ち無沙汰から、なんとなくその店員のことをぼんやりと眺めていると、不意に顔を上げた彼女と目が合ってしまった。
思わず慌てて目をそらしてしまったけど、それが我ながらちょっとあからさまな感じがしたので、彼女の表情が気になってもう一度そっと目線だけ向けた。
でも彼女は私の態度を気にした様子もなく、ポットからアイスティーをグラスに注いでいるところだった。


なにやってんだろ。ちょっと意識しすぎかもしれない。
彼女が纏っている独特の雰囲気のせいもあるだろうけど、それよりも、他のお客が居ないという事が一番の理由だと思う。
勝手に自分だけ相手の事を意識しすぎているのが馬鹿らしくなって、窓の外に視線を移してひとつため息をついた。

その時。

ガチャッ

私のため息と同時に、入り口のドアが開いて久々に会う小柄な彼女が現れた。

「あ…やぐ…」

「いらっしゃ〜い」

7 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時22分59秒

やっと現れた矢口さんを呼ぶ私の声に被ってくる、別の声。
その声の持ち主は私以外にこの店に居る人物に違いないんだけど、私が店に来た時とのあまりのギャップに一瞬誰の声だかわからなかった。
さっきよりもオクターブくらい高い明るい声。表情は私に背を向けているので分からないけど、きっと笑顔に違いない。
何なんだ、この差の激しさは…

不満顔を隠せない私の前で、二人の会話は続く。

「おぅ、ごっつぁん、元気?
 ごめんねー、こんな時間に来ちゃって」

「あぁ〜、いいよぉ。電話で来るって聞いてたんだから。
 やぐっつぁんなら、ぜんぜんだいじょうぶだよぉ」

「でも、閉店時間が近いじゃん。わるいねー」


8 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時23分34秒

『ごっつぁん』に『やぐっつぁん』って…?
ヘンなあだ名…じゃなくって、なに?二人は知り合いなのか?
この店員、さっきまでと全然キャラ違うじゃん。
っていうか、閉店時間なのか…そりゃ、客も居ないわけだ。
…それでもって、ついでに機嫌も悪かったわけだ。
でも、待ち合わせの時間と場所決めたの矢口さんだし。
怒るなら、矢口さんが悪いのだ。


「あっ、よっすぃー、ごめんね。遅くなっちゃって」
 
矢口さんが、取り残されている私の存在にようやく気付いてくれて、二人のおしゃべりはようやく終わった。

9 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時24分08秒

それにしても、二人はどういう関係なんだろう?
この店を待ち合わせに使ったのは、何か関係があるからなのかな?
それを聞くべきかどうか迷っていると、例の店員がトレイにアイスティーのグラスを載せてやってきた。

「おまたせしましたー…やぐっつぁんは?どうする?」

「あー、じゃぁ、オイラも同じので」

「おっけ〜」

…やっぱ全然態度違うじゃん。
人によって態度かえるなんて、客商売以前に人間としてなってない!
客がお店の扱いに不満があるときはクレームを出されるのは当たり前だ。…いくら矢口さんの知り合いでも。

「矢口さん、あの子と知り合いなんすか?」

10 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時24分48秒

「ん?知り合いっつーか、幼馴染なんだよね」

…幼馴染って。知り合いどころじゃないじゃんか。
いやでも、あれはちょっとひど過ぎるだろう。
普段は心の広い私でも、我慢なら無いくらいだもん。

「…でも、ちょっと愛想がないっていうか…サービス業なんだから、もっと…」


私は体育会系出身のせいか、どんな店でも店員の接客態度が気になる性質なんだ。
向こうにとっては小うるさい文句かも知れないけど、ゆくゆくは彼女の為にだってなるのだ。…とは言いつつも、本人に向かって強く言えないのが情けないんだけども。

ストローでグラスの中の氷をつつきながら、口を尖らせてぶつぶつ言うあたしを見て、矢口さんは何か思い当たることがあるみたいに、「あぁ」と頷いた。

「あの子さー、ちょっと人見知りするからね。…あー、でも仲良くなれば全然そんな事ないよ。
 …まぁ、カワイイからさ、あの子目当てで来てるお客さんもいるらしいし。だから少々無愛想でも大丈夫なの」

「…はぁ」

11 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時26分05秒

思わず心の中で、『何の店だよ』と突っ込んだけど、矢口さんのアイスティーが運ばれてきたので黙っておいた。
そして、さっきの私の本人には言えない消極的なクレームと、おそらく不満顔の私を見て、何を思ったか矢口さんは、グラスを運んできたその『ごっつぁん』にとんでもないことを言い出した。

「ごっつぁん、紹介しとくね。
 この子オイラの高校時代の後輩で、吉澤さんて言ってさ、まぁみんなはよっすぃーって呼んでるんだけど。
 あっ、ごっちんにも話した事あるから名前は知ってるよね…なんか、ごっつぁんがよっすぃーに冷たいからショックうけてるみたいよ?」

「ちょっ!…やっ、矢口さんなに言ってんですかっ」

そういう言い方は、言えなかったクレームを直接そのまま伝えられるよりも恥ずかしい。
てか、それよりも、この子に私の何を話したんだ!?

赤面してオタオタする私と、どう見ても面白がっているとしか見えない顔の矢口さんを、彼女はきょとんとした顔で見比べている。

あぁ、余計な事言うんじゃなかった…

「なんか、ごっつぁんに言いたいこともあるらし…」

「わーっ、ないですよっ、そんなの!やめてくださいって!」
 
12 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時26分42秒
 
調子に乗った矢口さんは、あること無いこといろいろ尾ひれを付けて話すんだ。
そうなる前に止めさせなければ、もっと恥ずかしいことになる。


「…あはっ」

焦って思わず席から立ち上がってしまった私の隣で、小さく笑い声が聞こえた。
あたふたしている私の振る舞いを笑われたのだと思いカチンときて、思わず睨むようにその声の持ち主に目線を向けた。
けれど、その先にあった彼女の表情は、私が思っていたような馬鹿にしたような感じではなくて、…なんて言うか、子供みたいな笑顔。
それは、この店に来てから、初めて私に向けられた彼女の笑顔で。
その笑顔がなんとも言えず可愛らしいのと、恥ずかしいのとで、勢いのぶつけ先をなくしてしまった私は、目線を彼女から外してあさっての方向をきょろきょろと見るしかない。
彼女にはそれもおかしかったらしい。
私に遠慮して、どうにか我慢しようと下を俯いているけど、肩が震えてる。

13 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時27分31秒


「あー、なんかごめんね、冷たくしてるつもりないんだけど、ごとー初めての人と話するの苦手だから、どういう風に話し掛けていいのか分かんないんだよね」

「えっ、いや、…あの…べつに、そんな…」

ふんわりとした柔らかい笑顔を前に、さっきまでの勢いは急降下で醒めてしまう。
その代わりに胸の中を占めたのは、なんていうか、訳のわからないドキドキ感だった。

なんだよ。…ちゃんとカワイイ顔で笑えるんじゃん。



「いいの、いいの、ごっつぁん。
 よっすぃーは根に持つ性格じゃないし。その代り、これからは優しくしてあげてね」

「もーっいーですって、やぐちさん!」



結局その後、散々矢口さんにからかわれた私は、無愛想だと思ってた彼女に可愛らしい笑顔で沢山笑われてしまった。

そして、店を出る時に、矢口さんの後ろをトボトボついていく私に向かって、ひと言

「また来てくださいね」

と、声を掛けてくれたときの笑顔が、しばらく頭の中から離れないでいたのだった。


14 名前:   投稿日:2003年05月05日(月)14時28分22秒



…それにしても。

「矢口さーん、なんでわざわざ待ち合わせがあの店だったんです?何気に無駄じゃないですか?現地集合でよかったんじゃないすか?…いや別にあそこが嫌だったわけじゃないんですけど…」

「あー、別に意味はなかったんだけどさ、ただ矢口がごっつぁんにしばらく会ってなかったから、久々に顔みたいなぁっておもってさ。通り道だしねー」

「……それだけっすか」

「うん。それだけー」

「……」


体育会系の上下関係では、先輩の言うことは絶対なのである。どんなに小さな不満も言ってはいけないのだ。
どんなに理不尽なことにも、気まぐれにも、付き合わなければならないのだ…


ただ、矢口さんの単なる思い付きの待ち合わせが、今後のあたしにとって、とてつもなく大きい出会いになるなんて、このときは思いもしなかったのだけど。








15 名前:作者 投稿日:2003年05月05日(月)14時29分51秒

取り合えずココまでです。

以前、ココで書かせていただいた事がある者です。
かなりのブランクが空いてしまいましたが、またお世話になります。

16 名前:作者 投稿日:2003年05月05日(月)14時30分42秒

このお話については、実は元ネタと言うか、ヒントになったモノはあります。
もしかしたら、お分かりになった方もいらっしゃるかも知れませんが…ストーリーは全くの別物です。念のため。

17 名前:作者 投稿日:2003年05月05日(月)14時31分23秒


というわけで、ご意見、ご感想等、聞かせて頂ければ幸いです。

それでは、また次回。


18 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月06日(火)22時34分26秒
よしごまかな?
期待してます。頑張ってください。
19 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)00時40分44秒
これはもしや吉後ですか。
近頃需要・供給共に少なくなってきた吉後ですか。
期待していてもいいですか。
これからも頑張って下さい。
20 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)01時46分19秒
よしごまならうれしいな。
期待して次回を待ってますね♪
21 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)20時54分07秒
よしごま、需要は大ありですよ。
今後の展開、期待しております。
22 名前:19の名無し読者 投稿日:2003年05月08日(木)22時14分17秒
自分が思ってたより仲間はいたみたいですね。
よしごま供給が増えるのは嬉しいです。
作者さん頑張って下さい。スレ汚しスマソ
23 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時16分33秒



◆◆◆




あの店を出て、私と矢口さんは、約束どおりまっすぐ焼肉屋に向かった。
そこで矢口さんから得た情報によると、なんと彼女は私と同級生であるということだった。
でも、学校には通っておらず、高校は一年生のときに中退してあの店で働いているらしい。
それだけでも驚いたんだけど、彼女は別にただのアルバイトではなく、あの店は彼女の家が経営しているそうだ。
彼女の家は商店街の中にもう一軒料理屋を出しているそうで、本当はそこがメインらしい。
あの喫茶店は彼女の亡くなった父親が半分趣味でやっていたようなもので、亡くなったのを期に閉店する予定だったそうだ。
24 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時17分13秒
しかし、その喫茶店を継ぐのが夢だった彼女とお姉さんが頼み込んだところ、あのビルのオーナーが父親と旧友で、
家賃も安くしてもらっていたこともあり、二人の我侭が通って残すことになった。
始めは彼女よりずいぶん年の離れたお姉さんが責任者として経営していたらしいが結婚して嫁いでしまってからは、
お姉さんは名前を置いているだけで、実質彼女ひとりでやっているようなものらしい。

その話を聞いて、私の彼女に対する興味は、ますます大きくなった。
自分と同い年になのに、すでに自分の道を見つけて社会人として働いている彼女を尊敬するし、
なにより、もっと彼女について、よく知りたいと思うようになった。



25 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時18分16秒


そして、あれから約一週間。

私は部の練習をサボったその足で制服のまま、再びあの喫茶店があるビルの前にいた。
そして、前回と同じように入るべきかどうか悩んでいた。
なぜなら、今日は矢口さんとも誰とも待ち合わせているわけじゃなくて、ひとりだけだったから。

…私の事、覚えてなかったらどうしよう。
彼女にとって幼馴染の矢口さんの後輩と言う事で、他のお客さんよりは印象に残ってるかな…とは思うけど。

覚えてないならそれでもいいや。…べつに覚えてもらってなくてもショックじゃないしね。
カフェブームの今、ひとりで喫茶店に入るのなんて別に大した事じゃない。
…と、自分を勇気付けるけど、決心がつかない。

あぁ…なんで来ちゃったんだろ。

…なんでだろ?

だって…「また来てくださいね」って言われたから…


そうだよ、来てくださいって言われたんだからいかない方が失礼だよ。
社交辞令とかそんなの通じるほど、私はオトナじゃないんだもん!…よしっ!





26 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時19分04秒








「こんにちは…」

「あっ、いらっしゃい」

意気込んで来たのはいいものの、不安で胸いっぱいだった私の耳に聞こえたのは、
初対面の日とは全く違う、明るくて子供っぽい彼女の声だった。

「あはは…また来ちゃった」

「うん、待ってたよー」

ほんわかした笑顔で迎えてくれた彼女。
緊張していた体から、スッと力が抜けていく。
なんだ、別にあんなに悩むことなかったじゃん。
…『待ってた』んだってさ、私を。
そうなんだぁ……うん、私は言葉どおりに受け取ったからね。
…社交辞令とか、誰にでも愛想を振りまく子じゃないし。…たぶん。


27 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時19分42秒

カウンター席の一番奥のイスに座ると、彼女が直ぐにオーダーを取りにやって来る。

「えーっと、…アイスコーヒーで」

「はーい」


可愛らしい笑顔を残して、戻って言った彼女の背中を、つい目で追ってしまう。
けれど、途中で全く別の方向からの視線を感じる。
ちらりと視線をずらすと、入り口近くのテーブル席に座っている男の子が、
私と目が合った途端にあたふたと視線を逸らして、手元の雑誌に目を落とした。

モード系のセルフレームメガネを掛けた、大学生くらいの色白で細身の男の子。
隣には、下のレコード屋の店名が入ったビニール袋がある。
下のお店に来たついでに、ここでお茶してるだけ、という雰囲気だけど、…さっきの視線に敵意を感じたのは私の思い過ごしじゃないはず。

28 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時21分00秒

ほら、その証拠に…さっきからチラチラとキッチンスペースに立っている彼女のことを、しきりに気にしている。
矢口さんが、この間言ってた事を思い出した。
…ま、かわいいもんね、彼女。
だけど、まともに話もしたことがないんだろうね、あの様子じゃあ。
勝ったね……って、なに対抗心を燃やしてるんだ、ウチは…

それで終わりにしようと思ったんだけど、向こうも私のことを意識してるのか、彼女のことを見ている合間に、私へも視線を向けてくる。
向こうがそんなだから、私のほうも何となくイライラして、視線が合ったときに睨み返してしまった。
そのあとすぐに彼が席を立ったのは、私の睨みが怖かったせい、…だとは思いたくないけど。

そんなに私の顔が怖かったのかな…とちょっとショックを受けていると、
彼女が私の席までアイスコーヒーを運んできてくれたので、彼のことは忘れる事にした。

「はい、どーぞ」

「あ、どーも…」

「今日も、やぐっつぁんと待ち合わせ?」

「えっ、いや…違うんだけどね…」

「ほぇ?じゃ、ひとり?」

「…え、まぁ」

29 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時22分35秒

あぁ、やっぱ一人で来たのは、不自然だったのかな…
さっきまでの有頂天ぶりもどこかに行ってしまって、またまた暗くなってしまう。
しかし、私ってこんなにテンションの上がり下がりが激しい人だったっけ…?

「そっかぁ…じゃあ、今日はゆっくりできるんだよね?」

「えっ」

「あ、別の人と持ち合わせ?なになにー、もしかしてデートとか?」

「いやっ、そんな事ないから!
 すっごいヒマだし!恋人もいないしっ」

「あははっ、なんで、そんな焦るのぉ? 面白いねー、吉澤さんって」

「いやぁー、あははは…」

なんだかな…彼女といると『私ってこういうキャラだったっけ?』って思うことばっかりだよ。

恥ずかしくて顔が熱くなってきて、グラスにダイレクトに口をつけてひと口飲み込む。
焦っていたからか、そのときゴクリと喉が鳴ってしまったことに、またうける彼女。

「よっすぃーってホントにおかしいねぇ」

「あ…え?」

30 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時23分14秒

…『よっすぃー』?あまりにも自然だったから聞き流すとこだったけど。

「あ、ごめん。実はやぐっつぁんからよく話を聞いてて、前から吉澤さんのことは知ってたんだ」

「そーなんだ、…あ、別に『よっすぃー』でもいいよ」

そのほうがいつも通りの私でいられるような気がするし。
しかし、矢口さんが私のことをどういう風に彼女に言って聞かせたのか、ものすごく不安だ…。

「よっすぃーってすごい面白くていい子だって聞いてたんだけどさ、
 この前やぐっつぁんに紹介された時、話に聞いてた子と結びつかなかったよ。
 すごい美人だし、大人っぽいしさぁ、全然お笑いのイメージないじゃん?」

「そ、そうかなぁ?」


美人だとか、大人っぽいとか…言われた事はあるけれど、彼女に言われるとなぜか、更にくすぐったい感じ。
…でも、面白いと言われて、喜んでいいんだか、悲しむべきなんだか。
それでも、彼女がニコニコして矢口さんが語ってくれたという私の話をしてくれるのは、なんだかとても恥ずかしいような気分。
だけど、悪い気はしないのは事実。

そして、彼女が私の事を初対面のイメージと違うと言ったのと同じことを、私も彼女に対して思っていた。

31 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時24分06秒

「後藤さんも…見た目とギャップあるよね」

「そうかな?」

「だって、初対面のときはなんか落ち着いてる感じだったし、矢口さんと3人で話してるときも、大人しかったでしょ」

本当の初対面の印象は『無愛想な子』だったという事は言わない事にして、あの時の彼女は、私と矢口さんの会話を聞いて、
相槌を打つ程度で、今みたいに自分からいろいろ話したりしなかったのだ。
でも今日は彼女から話し掛けてくれたし、この前よりも全然よくしゃべる。おまけによく笑う。
それにあの時と違って今日は長い髪を二つに分けて括っているせいか、幼い印象を受ける。

「あぁ、あの時は初対面のよっすぃーがいたし。
 それに、やぐっつぁんがいたから、…はっきり言ってごとーが喋る隙なかったもん」

…確かに。
矢口さんがいる輪の中では、誰も彼女に代わって話の中心になれる人はいないだろう…

「それに、よっすぃーとは、なんか話がしやすいんだよね」

「そう?」

「うん。会って間もない人とこんなに話せるのって初めてかも」

32 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時24分37秒

それは、私もかもしれない。
馴染んでしまえば自分を出せるけど、馴染むまでに時間がかかるほうだから。
だけど会って間もない彼女と話をすることが苦にならないってことは、

…なんだ、うちらって結構気が合うんじゃん?

ちょっと気分がよくなった私は、その後も、彼女相手に話しに夢中になってしまったんだけど、
私のほかにもお客さんはいるんだし、彼女からしたら今は仕事中にあたるので、ずっと私の相手をしているわけにもいかない。
だけど彼女は、お客さんが来る度に「ちょっとごめんね」といって私の席から離れても、手が空いたら必ずカウンターの中の私の席の前に戻ってきてくれる。

テーブルが4脚に、あとはカウンター席が4席という小さなお店だけど、店員は彼女ひとりだけ。
お客の数も増えてきて忙しそうにしている彼女を見ていると、もうそろそろ帰ったほうがいいかな、とは思うんだけど、
名残惜しくて、もう少しだけここに座っていたいというのが本音で、帰るタイミングを図れないでいた。





33 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時25分15秒



「ちょっと、アンタ!こんなとこまで着いてこないでよ!」

いつ帰ろうと思い悩む私を引き戻したのは、乱暴に開かれた入り口から聞こえる女性の声だった。
肩から黒いギターケースをかけて、目深に被った帽子で表情は見えないけど、まぁ見るからに不機嫌そうだ。
ヅカヅカと店の中に入って来るその女性に、あっ気に取られていると、またまたその後ろから今度は、殆ど泣き声の甲高い声が追いかけてくる。

「だってぇ、あたしだってこの店よく来るんですよぅ。たまたまなんですよぉ」
 
いったいあれはなんなんだ?…ん?ちょっと待てよ、あの後ろにくっついてる子、見たことあるんだけどなぁ…
…誰だっけ?

前を歩く女性は、目当てのテーブルの前に来ると、肩に掛けていたギターケースを立てかけて、どかっとイスに座った。
そして、後ろの女の子も当然のようにその向い側のイスに座る。

「アンタさぁ、なんであたしの前に座ってんのよ、
 他の席空いてるでしょ、向こう行きなさいよ!」

「いいじゃないですかぁ、知らない仲じゃないんだからぁ、お話しましょうよー」

「アンタと話すことなんてないわよ」

「ひどいですぅ〜」


34 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時25分46秒

ぽかんとして二人のやり取りを見ている私とは対照的に、後藤さんは特に戸惑うこともない。
それどころか、二人が席に着いたのを見てカウンターの中から慣れた様子で声をかけた。

「圭ちゃーん、いつものでいい?」

「あぁ、お願いね」

「梨華ちゃんも圭ちゃんと同じのでいいんだよねー」

「うんっ」


どうやらこの二人組み、彼女と顔馴染らしく、「いつもの」注文であるカプチーノを、
彼女がテーブルに運ぶと、なにやら三人で楽しそうに話しはじめた。
なんとなく疎外感を感じつつも、彼女が戻ってきたのを捕まえて聞いてみる。

「あの二人知り合いなの?」

「うん、二人ともうちの常連さん」

「ふーん。…あの二人、仲いいんだか悪いんだかわからないね」

テーブルを挟んで座る二人を見ながら言うと、彼女は笑いながら教えてくれた。

35 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時27分05秒

「あはは、あの怒ってる人のほうが圭ちゃんって言うんだけどさ、最初は下の店に通ってたんだけど、
 やぐっつぁんの友達だったみたいでさ、一度一緒に来て以来、ちょくちょく来てくれるようになったんだ」

「ふーん」

矢口さんのお友達とは、意外な展開だ。
…それと、あのもう一人の子、やっぱどこかで見た事あるんだよなぁ。

「そいで、実は圭ちゃんってミュージシャンってやつなんだよ、バンドも組んでんだよ、すごいでしょ?」

「へぇ〜、有名なの?」

「んー、いやぁ…ごとーが知ってる限りではファンはあの梨華ちゃんだけだけどね…」

「唯一のファンならもっと優しくすればいいのにね」

私は疑問に思ったことを素直に口に出したんだけど、彼女はフフンと得意そうに笑った後、
内緒話をするように私に少し顔を近づけた。
内心、少しドキドキしながらもそれを気付かれないようにと、出来るだけ普通の顔で私も少しだけ身を乗り出す。

36 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時28分37秒

「圭ちゃんも照れてるだけで、絶対嫌な気はしてないはずなんだよ。
 梨華ちゃんがいない時は寂しそうにしてるし、『あいつ来なかったの?』ってごとーに聞くんだよ。かわいーでしょ?」

彼女はそういうと、嬉しそうな笑顔で二人に視線を向ける。


店を気に入ってくれて、リピーターになってくれるお客さんが増えるのは嬉しいし、
そして、そのお客さんたちと話すうちに、その人の事を少しずつ分かってくるのが楽しい、と彼女は教えてくれた。
私もその中に入っているのかなと考えると、そうであって欲しいような気がするし、その中の一人でしかないと思うと、ちょっと寂しくもあり…。
ただの2回、店に行っただけの客がこんな風に思うのはおかしいかも知れないけど。

37 名前:_ 投稿日:2003年05月09日(金)20時29分10秒


だけど、彼女のそのふんわりとした笑顔を見ていると、彼女の事をもっと知りたい、彼女に私の事をもっと知ってほしい…
…なんて、思ってしまうんだ。

こんな風にお気に入りの喫茶店ができるのなんて初めてだから、こういう気持ちになるのかな…
それとも、…この店の彼女が魅力的な人だから、そんな風に感じるのかな?

まぁ、どんなにあれこれ考えても、私がまたこのお店に来る事は、変わらないんだけどさ。






38 名前:作者 投稿日:2003年05月09日(金)20時30分29秒


レスして下さった皆さんありがとうございます。

>>18さん
ご期待に沿えるように頑張ります。

39 名前:作者 投稿日:2003年05月09日(金)20時31分19秒

>>19,22さん
確かに放置されずに更新されてるよしごまスレって少なくなりましたね。
さびしい限りですな…
それでも、同士が結構たくさんいらっしゃると分かったんで書くのにも力入ります。
更新が滞らないようにがんばります。

>>20さん
ご期待通りの展開になってますでしょうか。
ちなみによしごまは作者の大好物ですから…

40 名前:作者 投稿日:2003年05月09日(金)20時32分24秒

>>21さん
そうですよね!
私ももっとよしごま読みたいですもん。


それではまた次回。
41 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月10日(土)11時47分41秒
最近よしごま不足です。
いしやすも好きなんで、楽しみにしてますね!
42 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月11日(日)19時19分48秒
よしごまマンセー。
頑張ってくださいね。
43 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月12日(月)12時26分53秒
よしごまの需要が未だ結構あることを知ってやる気になりました。
自スレの更新もっと頑張ろうと思います。
さてと…その前にとりあえず大学行ってこよう…。
本業をまともにしないうちには更新もまともにできませんからね(泣
44 名前: 投稿日:2003年05月12日(月)20時10分26秒






翌朝。
昨日行ったばかりのあのお店を、いつもの通学電車の窓から見つけた。
一時間目の英語の小テストの事を考えて憂鬱になってたのに、なんとなくほんわかした気持ちになる。

その気持ちをほんのりと残したまま、教室に着いたら直ぐにノートを見直しておけば何とかなるでしょ、
なんて開き直って考えながら歩道を歩いていると、校門の手前で、気になる後姿を見つけて、あれっと思う。
その後姿が、友達に声をかけられて横を向いた瞬間、記憶の中の彼女と横顔が重なった。

そうだ、あの子だ。
昨日のミュージシャンとその追っかけの女の子。
追っかけの子はどっかで見たことがあると思ったら…あの子だったんだ。
しかも、隣のクラスの子だったような。石川さんだっけ?
比較的大人しい子みたいで、そんなには目立たないからすぐに思い出せなかった。
そして、その子が今、私の前を歩いている。


45 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月12日(月)20時11分21秒

思い切って声をかけようか、知らない振りで通そうか…
相変わらず優柔不断に悩む私から、彼女はドンドン遠ざかる。

ま、いっか。
別に、あの店で偶然会っただけで、話をしたわけでもないし。
話をすることなんて別にないしね…

声を掛けるのを諦めた、その瞬間。

「おはよう!吉澤さん」

へ?
どこか聞き覚えのあるこの甲高い声は…。

ぽかんと口を開けて顔を上げた私の正面に立っていたのは、さっきまで私を悩ませていた張本人だった。

「あ…おはよ」

46 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時12分13秒

いつの間に、こんな近くに…
つーか、気付いてんなら早く声かけてよ。
あ、もしかして、私がずっと見てたの気付いてたとか?

「昨日、吉澤さん、ごっちんの店にいたよね?」

「え、まぁ…」

満面アイドルスマイルで、朝からハイテンションの石川さんに、おされ気味の私を気にすることもなく、次々に質問が飛んでくる。

「やっぱりー!そうじゃないのかなーって気付いてたんだけど、声かけそびれちゃったー。あたしの事気付いてた?」
 
「うん…まぁ」

「ごっちんと仲良さそうだったけど、友達なの?」

「友達ってゆうか、まぁ…」

「そうなんだぁー」

47 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時12分50秒

てか、『ごっちん』ってなんだよ。
石川さんのほうが全然親しそうじゃん。私なんか未だにあだ名で呼んだことないし。
それよりも、彼女と私、話をしたのなんて今が初めてなのに、このすっかりお友達な彼女の雰囲気はなに?
でも、そんな私の不信さが顔に出てしまったのか、石川さんはいくらかトーンダウンしたみたいだ。

「あ、なんかごめんね。共通の友達がいるのが嬉しくってはしゃいじゃった」

「あーうん、そんな事ないよ」

「友達」っていうかなんていうか。
まだそこまで仲良いわけじゃないし、石川さんのほうが仲が良いみたいだから。
それに、彼女にとっては、私はただのお客の一人にしかすぎないんだろうし。

48 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時13分20秒

そう思うと少し悲しくなって、なんとなくあの店のカウンターの中、
コーヒーサーバーから立ち上る湯気の向こうの彼女の顔が思い浮かんだ。
手元を見ていた彼女が不意に顔を上げて、目が合うと微笑んでくれる。
すると、それを思い浮かべるだけで、もう胸の中のモヤモヤは跡形もなく消え去ってしまう。
そうだ、それだけでいいじゃんか。
彼女の笑顔が、私だけに向けられていた瞬間は確実にあったんだからさ。


…って、ちょっとまて。
これじゃまるで、私が彼女のこと……



49 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時14分15秒


「…ぁん、おーい、吉澤さーん」

「へ!?」

いつのまにか私は立ち止まっていたらしく、顔を上げると、数歩先で私の事を不思議そうに見つめている石川さんと目が合った。

「あー、いや、なんでもないよ」

「そう?あっ、早く行かないとチャイムなっちゃうよ」

「…うん」

うーん、ちょっと待て。……ヤバイぞ、あたし。

小走りに教室へ向う石川さんの背中をぼんやりと見つめながら、
頭の中に思い描いたのは、やっぱりあの店の彼女の笑顔だった。




50 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時15分16秒



     ◆



初めて彼女の店に行ってから一ヶ月が過ぎて、私は彼女の店に週に何度か通うようになっていた。
店に通うようになってから、矢口さんと会う回数も以前より増えて、かの石川さんと『圭ちゃん』さんとも仲良くなった。
ちなみに石川さんとは学校でも話すことが多くなり、『梨華ちゃん』『よっすぃー』と呼び合うほどだ。

そして、私たちを結びつけた場所である喫茶店の彼女とも、もちろん今ではすっかり仲のよい友達だ。
他の三人が彼女のことをあだ名で呼ぶのを実はうらやましく思っていた時もあったけど、今ではそんな事はない。



「ごっちーん、のど渇いたー!オレンジジュースねー!」

店のドアを開けて、開口一番の台詞がそれだった。

私がお店に行くのは部活の帰りに寄り道するということが殆どだ。
部活帰りということは、もう日も落ちて直ぐという時間帯で、すなわち店の閉店時間も近いということ。
だから、急ぐあまりに駅から店までの距離を走ってしまうので、喉も渇くというわけ。

「よっすぃー、来て直ぐにそれかよ!
 つーか、いっつも同じじゃん、あんた」

51 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時15分59秒

私よりも先に店に来ていた矢口さんに突っ込まれつつ、カウンター席の矢口さんの隣のいちばん壁際の席に座る。
誰に宣言したわけでもないけど、その席は私の席ということになっていて、
今も矢口さんはその席を空けて、壁際からひとつ手前の席に座ってくれているくらいだ。
と言っても、私たちの周りでそうなっているだけで、『吉澤専用席』なんて大げさなものじゃないんだけど。

そして、私が席に座るとすぐに、オレンジ色のグラスがカウンターの上の私の目の前に置かれる。

「あい、おまちどー」

「さんきゅー」

ゴクゴクと喉を鳴らしてグラスの中身を半分ほど一気に飲む。
はぁー…相変わらず、オイシイなぁ。
この店のオレンジジュースは、まだお父さんがご健在だった頃から付き合いのある農家から直接取り寄せている、
その農家特製の果汁100パーセントのものだ。
ちなみに付け加えると、この店のメニューの中で、いちばんお得なお値段で、250円である。
そして、私がいつも注文するのはこのオレンジジュースがほとんどだ。…というか最近はそれしかない。
さっき矢口さんにつっこまれたのは、この事だ。

52 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時17分05秒


なぜなら…毎月のお小遣いには限界がやって来る。
いろいろメニュー中から選びたいのは勿論なんだけど、現実は思う通りにいかない訳で。
だけど、ここには来たいし。でも、お金がないし。
バイトでもすればいいんだけど、部活を最低でも夏までは引退する気はない。
なにより忙しくなると、ここに来る時間がなくなってしまうのが致命的。
こんなご時世で、お小遣いの値上げは望めそうにないし。
ごっちんにそのことをグチると、彼女の答えはあっさりしたものだった。

「んー、ごとーは注文がオレンジジュースだけでも別に気にしないよ?
 よっすぃーが来てくれないと面白くないし、ごとーが寂しいじゃん。
 たまにサービスしてあげてもいいしさ」

53 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時18分30秒

なんて、嬉しいことを言ってくれるのだ、このごっちんは。
しかも、当たり前でしょって感じの顔で、ストレートに。

とうわけで、今では注文しなくてもオレンジジュースが出てくるまでになってしまったのだ。
だけど、時々、何も言わずにミックスジュースだったり、アイスコーヒーだったり…を出してくれるときがあって、
それもすごく嬉しいし有難いんだけど、その時、私の前にグラスを置きながら、
ごっちんがいたずらっぽく微笑む顔を見るのが、もう一つの楽しみだったりする。




54 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時19分21秒



「あ、保田さん達は一緒じゃないんですか?」


店内を見回して、矢口さんに問いかける。
保田さんはたいていこの時間に居ることが多い。
ちなみに『達』というのに、梨華ちゃんが含まれているのは暗黙の了解だ。

「んー、さっきまでいたんだけどね。
 多分、歌いに言ったんじゃない」

歌いにと言っても、カラオケじゃない。
世間的にはフリーターだけど、私たちの間では、ミュージシャンで通っている保田さんは、バンド活動のほかに、
たまに公園でギターの弾き語りをしている。
そして梨華ちゃんはたまたま通りがけに保田さんの唄を聴きファンになり、今の追っかけ状態に至るそうだ。




55 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時20分18秒


「じゃ、オイラ、バイトあるからそろそろ帰るね」

三人でここにはいない二人の話題でひとしきり盛り上がった後、矢口さんが切り出した。

「えっ、もう帰るんですか?」

「そっ、やぐちは忙しいの。よっすぃーと違って」

そう言うと矢口さんは席を立って、カウンターの上にお金を置いた。
「じゃあねー」と手を振りながら出て行く矢口さんを見送ると、店の中には私とごっちんだけしか居ないことに気付く。
もう、閉店時間の7時が近いからだ。だから矢口さんも帰ったんだろう。
ということは、私もそろそろ帰らないといけないんだろうけど、さっき来たばかりだし、
正直に言って、まだ帰りたくなかった。

本当ならもっと早く来れたのに…
今日は帰り際に、部の顧問の先生に捕まってしまい、長話を聞かされる羽目になったので、いつもより遅くなってしまったんだ。
気さくで話し好きなあの先生。いつもは嫌いじゃないんだけど、今日だけは少し恨んでしまう。

56 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時21分20秒

ごっちんが、コーヒーメーカーからサーバーを取り出して片付けている後姿を眺めていると、
急に彼女が振り返ったのでどきりと胸が鳴った。

「よっすぃー、この後なんか予定あるの?」

「へ?…特にないけど」

どぎまぎしながら、唐突なごっちんの質問に正直に答えると、ごっちんは何故だか恥ずかしそうに私から目線を逸らした。

「そっかー…じゃあ、お腹すいてる?」

「うん」

空いてるも何も、お昼にお弁当を食べてから口にしたものと言えばさっきのオレンジジュースだけだ。
思わず何も考えずに即答してしまったけど、なんだろう?

ごっちんは、「よかったよかった」と言いながら、店のドアからいったん外に出て、また直ぐに中に戻ってきた。

「ごっちん、なにしてたの?」

「んー?お店閉めてきた」

「へ?」

57 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時21分54秒

それを聞いて、壁の時計を確認する。7時を少し過ぎたところ。
ちょうど閉店時間だ。
ごっちんは、帰ってくると窓のブラインドを一通り下ろして回り、そのまま私の前を通り過ぎてしまう。

ごっちんの行動の意味がよく解からなくて、彼女のことを目で追っていると、調理場の奥の冷蔵庫の前で立ち止まった。
そして、その扉を開けると、中から大き目のお皿を取り出した。
上に掛けられていたラップを取ると、そのお皿は私の目の前に置かれた。

お皿の上に載っていたのは、見栄えよく綺麗に並べられたタマゴサンドだ。

「えへへ…どーぞー。当店からのサービスでーす」

「えっ…いいの?」

「今日お店に来るってメール送ってくれたでしょ?だから作っておいたの。
 部活帰りだからお腹空いてるだろうと思ってさ」

「うっそ、マジ嬉しい…」

「もう、お店閉めちゃったからゆっくり食べていいよー」

58 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時23分41秒



今日に限らず時々ごっちんは、貧乏な私のために、「サービスだよ」と言いながら、
サンドウィッチやホットケーキなんかを出してくれる。
余った材料で作ってるんだから遠慮はしないようにとの事なので、せっかくだからありがたく頂いているんだけど、
これがまた店に出しても十分なくらいおいしいのだ。
…いや、ごっちんの手作りであるという感動を差し引いたとしても、絶対においしい。


そして、私が全部きれいに平らげて「ごちそうさま」と手を合わせたあと、ごっちんが決まって言うことがある。

「みんなにはナイショだからね」

59 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時24分40秒


私はそのときの彼女の笑顔がとっても好きだ。
いたずらっ子みたいな、すごく可愛らしい笑顔。
彼女のその表情を見るたびに、頭を撫でてあげたくなる様な愛しさを感じて、同時に切なくなる。
もしかしたら、他にも彼女と「ナイショ」を共有している人は居るのかもしれない。
この店にはいろんなお客さんが来るし、何度も通って彼女と顔馴染みのお客さんもたくさんいる。
だけど、そうだとしても私にはその事をそれとなく聞きだすなんて器用な事はできなかった。
もし、他にも彼女の特別な人が居るのを知って、その後、普通の顔で店に通うなんて事できそうにないと思ったから。
だから、何も聞かない、何も知らないままでいようと決めたんだ。


60 名前:   投稿日:2003年05月12日(月)20時25分26秒


…そうだ、前から、薄々感じてはいたんだ。
なんで、友達のはずの彼女のことを、ふとした瞬間に思い出したり、思い出すたびにどうしようもなく切なくなるのかって。

だけど、本当は、そんなの分かってるんだ。この感情がなんなのか。

それは、私がこの店に行きたいと思うのは、イコールごっちんに会いたいという事で、
私は彼女の事を、誰より特別に想ってるって事。…彼女に、恋してるって事。

正直、そんなの気のせいだと自分に言い聞かせた時もあった。
でも、無駄だった。そんなことしても、余計に自分の彼女に対する感情が何なのかを思い知るだけだから。

だけど、表面でその気持ちを否定しようとするのは、やっぱり、自分の想いが報われないだろうということを知っているからだ。

私には、ごっちんに想いを告げて、当たって砕ける事なんてできない。
砕け散った後のことを考えると、そんな勇気でないから。

だから私は、ごっちんの笑顔が翳ることのないように、ずっと友達として傍に居るだけでいいと、そう決めたんだ。




61 名前:作者 投稿日:2003年05月12日(月)20時26分44秒

>>41さん
“よしごま不足”だというレスは結構色んなところで見かけますね。
そう嘆いていらっしゃる方に楽しんでいただけるように頑張ります。

>>42さん
よしごまマンセー!
ありがとう、頑張ります。

62 名前:作者 投稿日:2003年05月12日(月)20時27分23秒

>>43さん
嬉しいレスありがとうございます、こちらこそ刺激になります。
よしごまで書かれてるんですよね?
どのスレかは分かりませんがおそらく読ませてもらってると思います。
スレの更新、学業ともに頑張ってください。

レスしてくださった皆さん、本当にありがとう、嬉しいです。

63 名前:作者 投稿日:2003年05月12日(月)20時28分06秒

次は、今週末くらいでしょうか。

それではまた次回。
64 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月12日(月)21時38分57秒
いいですね…
ほんわかとあったかい気分になります。
次回も楽しみにしていますね。
65 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月13日(火)06時47分52秒
この作品好きです。
なんか癒される〜。
66 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月14日(水)00時33分56秒
ああ…なんか原点を見た気がしました…。
よしごまってほんとすばらしいよ(泣
みんなよしごまを忘れちゃだめだ!!
67 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時21分50秒








その日、『I WISH』は重苦しく気まずい空気に包まれていた。





その日の放課後、進路について担任との面談があったため、私は朝からすでに部の練習を休むことを勝手に決めてしまっていた。
卒業後の進路は付属の大学にそのまま進学することにしていたので、面談自体はあっさりとしたものですぐに終わってしまった。
そうなると、これからの予定はモチロン、ごっちんのお店に行くだけだ。
…まぁ、この予定はこの日に進路についての面談があると知ってから、即行で決めていたんだけど。


いつもよりも長い時間お店にいられる。
ということは、ごっちんともそれだけ長く一緒に居ることができる。考えるだけでもう、口元はにやけてしまう。

そして、軽い足取りとにやけた表情はそのままに、お店のドアを開けて目の前にあったのがその場面だったのだ。


68 名前: 投稿日:2003年05月17日(土)19時22分48秒

「なんすか?…どうしたんですか、あの二人」

私はお店の一番隅っこのテーブルから漂う不穏な空気を感じて、いつもの定位置の壁際のカウンター席に座りながら、
すでに私の隣の席に座っている矢口さんにこっそり聞いてみた。

「どうって言われてもねぇ…
 おいらもよくは分かんないけど、なんだかケンカっぽくなってるらしいよ?」

「ケンカですか!?」

あの二人…保田さんと梨華ちゃんが?
思い浮かぶのは、どんなに邪険に扱われても、「やすださぁ〜ん」と甲高い声で保田さんの後をすがり付く様に着いて行く梨華ちゃんの姿。

あぁ、あれだ。また梨華ちゃんが余計なこと言って保田さん怒らせたんだ。
いや、それだっていつものことだしなぁ?
保田さんが怒ることがあっても梨華ちゃんが怒ることなんてないだろう?
ていうか、梨華ちゃん。実は怒られてるの嬉しそうだし。

69 名前:     投稿日:2003年05月17日(土)19時24分00秒

件の二人は、テーブルを挟んで向かい合って座っているが無言のままで、相手のことを見てもない。
…なんなんだ?


とりあえず考えてもわからないので、他のテーブルから食器を下げて、カウンターまで戻ってきたごっちんに軽く手を上げて挨拶する。

「あ、よっすぃーいらっしゃ〜い。きょうは早いねぇ?」

…ま、いっか。
私を見つけて、トレイを両手で持ったまま立ち止まり、ふわっと笑顔になるごっちん。
ブルーとグレーの長袖ボーダーシャツの上に着ているデニム地のエプロン。その下は濃い色の細身のジーンズ。
足元はいい感じに履き古された白のオールスター。シンプルなんだけど、とてつもなく似合っていて可愛らしい。
ごっちんの可愛らしさに和んでしまって、ひとまずあの二人の事はどうでもいいかなー…などと思ってしまうのであった。



「ちょっと、ごっつぁん!どうだっだ、あの二人」

70 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時25分03秒

どうやら矢口さんは、ごっちんに二人の様子を偵察してくるように言っていたらしい。
ごっちんを自分の近くに呼び寄せて、その報告を聞きだそうとしている。
それにしても、矢口さん。ものすごく楽しそうな顔をしてるんだけど…この状況を面白がってるな、絶対。

「ん〜、なんかねぇ…いつもと違う」

「は?なにが?」

「なんかねぇ、二人ともすっごいシリアスなんだもん。
 ごとーがおちゃらけて、どうこう口出せる空気じゃないんだもん」

「いや、そんなのここから見ててもわかってるって!
 だからさぁ、二人の会話をこっそり聞いてくるとかさぁ…もうちょっとなんかないの?」

「そんなこと言われたってさぁ…」

71 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時25分37秒

報告内容が不満だったらしい矢口さんに責められて、ごっちんは唇を尖がらせてシュンとしてしまった。
その顔はどっからどう見ても可愛くて仕方ないんだけど、ここは私が助けを出さねばと思い、
カウンターに前のめり気味になっている矢口さんを宥めにかかる。

「矢口さん、あの状況で回りうろちょろしてたら、余計に怒らせちゃいますって。
 それにあんまり無理なこと言ってごっちん困らせたら可哀相ですよ?」

「…まぁ、そうだけどさぁ」

私の言葉に幾分か勢いの落ちた矢口さんは、ふーっと息を吐いて手元のグラスを持ち上げアイスティーをグッと飲み干した。
まぁ、私だって他人の修羅場に興味があるのは同じだけど、ごっちんが困っているのを見ちゃ、黙ってられないですからね。
矢口さんには悪いけど、ここは少しだけ大人しくしてもらいましょう。

だけど、ごっちんと目が合うと、「ありがとう」って感じで目配せされてしまい、思わずときめいてしまった私は、
つまらなそうにグラスの中の氷をカラカラと揺らしている矢口さんに少し罪悪感も感じてしまったのだった。



72 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時26分34秒




「や、やっぱり…保田さんはまちがってます!!」

黙って二人の様子を伺っていた私たちがそろそろ野次馬するのにも飽きてきたころ、唐突にその甲高い声はこの店内に響いた。
そして、店内に居た人間の視線を一身に集める中、(といっても私たち三人のほかにカップルが一組居ただけだけど)
興奮して頬を紅く染めた梨華ちゃんは、ガタンと音を立てて椅子から立つと、保田さんのことを振り返ることもなく、小走りにドアから出て行った。


「びっ…くりしたぁ」

私と矢口さんは唖然として、梨華ちゃんが出て行ったドアを見つめていた。
でも、カウンターのなかにいるごっちんだけは、なんだかちょっと泣きそうな顔をして、どこかを見つめている。
ごっちんの視線の先にあったのは、タバコを指に挟んだまま、テーブルの上に灰が落ちることにも気づかないで、
窓の外をぼんやりと眺めている保田さんの姿だった。


73 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時27分10秒

保田さんとの付き合いはそんなに長くはないけれど、こんな保田さんの姿を見たのは初めてだ。
肩を落として窓の外をぼんやりと見つめる保田さんの横顔は、見ているほうが切なくなるほど、寂しげだった。
保田さんは何かとくっついて歩く梨華ちゃんのことを、表面では鬱陶しい素振りで煙たがっていたけど、
それは絶対本心じゃなかったと思う。
キツイ言葉ではあったけど、なんだかんだいって梨華ちゃんの相手はちゃんとしてあげてたんだ。

私達にはそんな二人の関係が微笑ましくも思えていたし、それが当たり前の風景だった。
でも、今、目の前で起こった出来事は、そんな見慣れた二人の風景とは程遠いもので、
私たち三人は、窓の外を見つめたままの保田さんに声をかけることもできずに、いつも通りを装うことしか出来なかった。




74 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時27分58秒



「ごっちん、ごちそうさま。テーブルに灰落としちゃった、ごめんね」

「あ、うん。いいよー、またね…」

保田さんは、梨華ちゃんが帰ってしまってから、十五分ほどしてから、私たちに寂しそうな微笑を残して帰っていった。



「梨華ちゃん、何だかんだ言ってお茶代、圭ちゃんに払わせてるじゃんねぇ?」

「あははは…そうっすね」

保田さんのいつもの自信たっぷりの背中は、今日はたよりなく映って、
矢口さんの軽快なつっこみも、今日はちょっとキレがない。



その日は結局、梨華ちゃんが保田さんに何を言ったのかを、本人に聞くことは出来ないままに終わり、
けれど、明日学校で私が梨華ちゃんに話を聞くことを二人に約束して店を出た。





75 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時28分50秒


     ◆





翌日のお昼休み、私は梨華ちゃんが居る隣のクラスに向かった。
入り口のドアから教室の中をのぞくと、窓際の列の前から二番目の席に梨華ちゃんは座っている。
周りの友達とおしゃべりをするでもなく、ジュースのパックに突き刺したストローをくわえたまま、
ぼんやりと窓の外を見つめている梨華ちゃんの姿は、昨日の保田さんの姿を思い出させて、しばらく声を掛けるのをためらってしまった。


「梨華ちゃーん、ちょっといいかな?」

窓際の席に近づきながら、出来るだけ明るい声で呼びかけた私の声に、梨華ちゃんはハッとして振り返った。
くわえていたストローを口から離して、ぎこちなく微笑むのがなんだか痛々しく感じる。

「なに?よっすぃー」

「あ、うん…ちょっとさ、中庭行かない?」

昨日の今日のことで、梨華ちゃんは私が何を言いたいのか分かっているらしく、頷いて席を立つと私の前を歩いて教室を出た。


76 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時29分59秒


中庭の植え込みの前のベンチの傍に来るまで、私と梨華ちゃんは一言も会話を交わせずにいた。
ベンチに二人して座った後も、しばらく黙ってままで、ただお昼休みの喧騒を聞いているだけだ。
でも、いつまでも二人して黙っていたらお昼休みが終わってしまうわけで。
私が連れ出したんだから、私から話すべきだと思い、勢いをつけるために一度大きく息を吐いて梨華ちゃんに話しかけた。

「梨華ちゃん、昨日のことなんだけどさ…」

話しかけたは良いものの、後が続かないで居る私に、梨華ちゃんはフッと小さく微笑むと口を開いた。

「昨日のこと、よっすぃーも見てたんだよね?」

「あー…うん」

「そうだよね…あんな大きな声出して出て行ったら、気になるの当たり前だよね?」

梨華ちゃんは自嘲的に微笑んだままそう言って、自分の足元より少し前をじっと見つめている。
そんな梨華ちゃんの表情を目にして、私はなんて声を掛けて良いのか分からずに居た。


77 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時30分43秒

「やっぱ、保田さん怒ってたよね?」

「怒っては…なかったけど」

「もう、保田さんの歌、聴きにいけないな…」

「梨華ちゃん…」

相変わらず一点を見つめたまま、表情も変えないでそんなことを言う梨華ちゃん。
私はやりきれなくなって、どうにか助けてあげたいと、ただそれだけを思った。

「梨華ちゃん、保田さんと何があったのかあたしに教えてくれないかな?
 話せば楽になるかもしれないし、力になれるかも知れない。
 それに、矢口さんやごっちんも心配してるよ?」

「…うん」

78 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時31分25秒

私の言葉に泣きそうに眉根をよせた梨華ちゃんは、それを振り切るようにベンチに座りなおし、話してくれた。

「昨日ね、話の流れで保田さんの音楽をどう思うかって聞かれたんだ。
 最近、保田さん、悩んでることが有るみたいなのはなんとなく知ってて、あたしはきっとそのことだと思って…
 これはちゃんと真剣に答えなきゃいけないって思ったんだよね」

保田さんが矢口さんに、ライブの観客の数が減ったと愚痴っているのを聞いたことがあったけど、
もっと他にも悩んでる事があったのかもしれない。
いつも保田さんの歌を聞いている梨華ちゃんは、それを感じていたらしい。

「それでね、ちょっと怖かったんだけど、自分が思ってること言ったんだ。
 …今の保田さんの音楽は、本当に保田さんがやりたい音楽じゃないんじゃないかって」

「え?」

思わず私は聞き返してしまう。
79 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時32分07秒

だって、いつもニコニコと穏やかな梨華ちゃんが、そんな挑発的な言葉を言ったとは信じられなかったから。
そんな私に梨華ちゃんは、一瞬フッと微笑んで目線を送った後、再び前を向いて話し続けた。

「うん、驚くでしょ?そんな偉そうなこと言っちゃったんだあたし」

「いや…」

「あたしが一番初めに保田さんの歌を聞いたのって、去年の今頃だったんだ。
 たまたまごっちんのお店の近くの公園で、一人でギターの練習してる保田さんを見かけたんだ。
 なんか、わかんないけど…あたしすごくそれがかっこよく見えて、思わず声掛けちゃったんだよね。
 それで図々しくも一曲何か歌ってくださいって、お願いしたんだ。…そしたら保田さん、機嫌がよかったのかなぁ…
 何でもリクエストしていいよって楽譜をコピーした紙を何枚か渡してくれたんだ。有名な曲ばかりだったんだけど、
 あたしなんだかその中の曲にピンと来なくて、 保田さんの自作の曲はないのかって聞いたの。
 保田さん、照れながらあるよって言うから、その曲が良いってお願いしたのね」
80 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時32分48秒

梨華ちゃんはそのときの事を思い出して、さっきよりも幾分表情が和らいでいる。
梨華ちゃんにとって、その出来事は忘れられない素敵な思い出なんだろう。
いままで緊張していた私も、その表情を前にして幾らか解れてきて、力を抜いてベンチの背にもたれた。

「あ、よっすぃー、保田さんのバンドのライブ見たことがあるんだよね?」

「あ、うんあるよ。みんなで見に行った」

保田さんは、あるバンドに紅一点のギタリストとして参加していて、
私と矢口さん、ごっちんの三人で、何週間か前にそのバンドのライブを見に行ったことがある。
といっても、チケットがさばけないと次のライブが出来ないからと、保田さんに半分脅されて買わされたものだったんだけど。
私がどうしてそんなことを聞くのかという顔をすると、梨華ちゃんは頷いて話しはじめる。
81 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時34分44秒

「あたし、正直言って保田さんのバンドの曲、好きじゃないんだ」

「・・・・・・」


保田さんのバンドの演奏を思い出す。
いま流行ってるのかどうかよく知らないけど、ちょっと悪そうなボーカルの男の子が、意外に真面目な詩を、
勢いだけの演奏に乗せて怒鳴ってるだけの分かりやすいやつだ。
そういえば私が見たライブでの保田さんは、派手に動き回る他のメンバーと対照的に、黙々とギターを弾いているだけだった。
でも、それなら、保田さんがやりたい、という音楽とはどんなものなのだろう。


82 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時35分27秒

「保田さんが初めてあたしに歌ってくれた曲ってね、自分の日常の風景をゆっくりとしたメロディーに乗せて歌ってる曲でね、
 うまくいえないけど…可愛らしくて優しい曲だったんだ。思わず微笑んじゃうような。
 しかも、ギターじゃなくて、どこに隠してたんだか、おもちゃみたいな小さくてかわいいキーボードで伴奏してね。
 あたし、その曲と保田さんの歌声が忘れられないんだ…」

その事を話す梨華ちゃんはさっきまでの痛々しい表情がウソのように、とても嬉しそうな顔だ。
それだけ、その時の出来事が印象に残ってるんだろう。
だけど、すぐにまた唇をきっと結んで真剣な表情に変わる。

「だから、あたし保田さんのことを否定するよう事言っちゃったんだけど…でも、今は後悔してるんだ」

「え…」

83 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時36分12秒

「だって、私みたいな音楽のこと何も解らないような子に、そんな事言われたら誰だって怒るよね。
 保田さんはプロを目指してるから、人気のあるバンドでプレイしてるほうがチャンスは多いって。
 そのためには我慢しなきゃいけないこともあるって、そう言ってた。
 それ聞いて、あたし興奮しちゃって大きな声出したりしちゃったけど…
 私なんかが、意見していい事と悪いことがあるって、気づくのが遅かったよ…」

梨華ちゃんが寂しげな微笑を浮かべると、お昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。

「行こっか?授業始まっちゃうね」

梨華ちゃんは、私に微笑みかけながらそう促すと、自分もベンチから立ち上がる。
その微笑みは、やっぱり私を切なくさせるだけで、私は何か梨華ちゃんに言ってあげられることはないかと、とっさに呼び止めた。
84 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時37分05秒

「梨華ちゃん!」

「ん?」

振り返った梨華ちゃんの儚げな微笑に、勢いで呼び止めたものの、二人に出会って間もない自分が、
何を言って上げられるだろうかと、ためらってしまう。

だけど、誰かが背中を押して上げなきゃ、前に進めない時だってあるよね。
…だから、わたしがそれをしよう。

「保田さんに自分の気持ちをはっきり伝えたのは、絶対に間違いじゃないよ!
 保田さんだって梨華ちゃんの意見、真剣に受け止めてると思う。
 きのうの保田さんの表情は、怒ってるふうじゃなかったし、なんていうか寂しそうだった。
 きっと梨華ちゃんの言ったことが保田さんの本心だったんだよ。
 だから、保田さんは梨華ちゃんに反対のこと言っちゃって怒らせたから、後悔してるんだよ。
 それに…保田さんの歌を一番近くで聞いて、いちばん好きなのは梨華ちゃんでしょ?保田さんの事もっと信じようよ!」

「よっすぃー…」

85 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時37分45秒

そこまで一息に喋ってしまった私は、唖然と私を見つめる梨華ちゃんの表情に、段々と熱も冷めてきて、
偉そうなことを大きな声で言ったことが恥ずかしくなる。

「ごめん、なんか…訳わかんないね…」

恥ずかし紛れに、軽く笑って流そうとする私に、梨華ちゃんは「ありがとう」と言って柔らかく微笑む。
そして、やっと聞こえるような小さな声でポツリと呟いた。

「…そうだね、…あたし…保田さんの歌、大好きだもん」



86 名前:   投稿日:2003年05月17日(土)19時38分37秒



私が梨華ちゃんに、何をしてあげられたかは分からないけれど、私は梨華ちゃんの言葉に、
逆に、何かを気づかされたような気がした。

梨華ちゃんには、「自分の気持ちを正直に言ったことは間違いではない、保田さんの歌が好きなら信じろ」と言っておいて、
私は、自分の好きだと思う気持ちを胸に閉じ込めて、無かった事にしようとしている。
…それって、矛盾してるじゃんか、あたし。

前を歩く梨華ちゃんの背中は、とても華奢だけど、どこか堂々としているように見えて、私はその背中が距離より遠く感じた。



87 名前:作者 投稿日:2003年05月17日(土)19時39分42秒

今回の更新はここまでです。

>>64さん
メインがあの二人ですからね。
今後もまったり・ほんわかな感じで進んでいくと思います。

88 名前:作者 投稿日:2003年05月17日(土)19時41分15秒

>>65さん
「癒される」と感じるのは、ここがよしごまスレだからでしょう…
私も最近はゴマペンDVDでめっきり癒されております。

>>66さん
原点、とは…?
まぁ、ありがちで古典的な話だとは自認してますが…
それでも、よしごまのすばらしさが伝わっているのならば光栄でございます。

89 名前:作者 投稿日:2003年05月17日(土)19時42分00秒

レスしてくださるみなさん、本当にありがとうございます。
何かしら反応を頂けると、素直にすごく嬉しいし、やる気が出ます。

それでは。
90 名前:66の名無し読者 投稿日:2003年05月18日(日)00時37分32秒
すいません、なんかわかりにくかったようで…。
作者さんが言うようなありがちで古典的な話って意味じゃなく、
なんて言うか、これぞよしごま!って感じがしたんですよね。
うまく言えませんが…。
最近よしごまらしいよしごまを見かけることが少なくなったんでね。
これからもマターリでいいので頑張って下さい!
91 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月19日(月)00時01分58秒
初めて読んだけど、うん、素直に面白い。
これからもずっと読みたいと思った作品です。
続き期待してます。
92 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月22日(木)10時59分27秒
面白いです。
さわやかな感じかいいですね。
93 名前: 投稿日:2003年05月23日(金)19時41分01秒



     ◆



その日の学校帰りに、私は早足にごっちんの店に向った。
店では矢口さんとごっちんが、私の事を待ってるはずだから。

そして、私が考えていた通り、店のドアを開けると、二人が待ち兼ねたように勢いよくこちらを振り返るので、思わず吹き出してしまった。
だけどすぐに、そんなところで笑ってないでこっちへ来て座れと、矢口さんに急かされて、私はいつもの席に座る。
二人が聞きたいことは一緒だし、私が来るのを大分待ち焦がれていたみたいだったので、私は席に着くと、
お昼休みに梨華ちゃんと話したことを二人に聞かせた。

矢口さんは時々私の話に相槌を打ちながら、ごっちんは黙ってじっと私の顔を見つめて聞き入り、
話し終わったとき、三人ともがそれぞれに思うことがあったみたいで、しばらく誰からも口を開かなかった。


94 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時41分54秒

「…どうにかしてあげたいね」

しばらくして、誰に言うでもなく、独り言のようにポツリと呟いた矢口さんの言葉に、私とごっちんも小さく頷く。
みんなの思いは同じだった。
梨華ちゃんが悪いわけでもなければ、保田さんが悪いわけでもない。
ただ二人とも、ちょっとの我慢と、ちょっとの勇気があれば、こんなにすれ違うこともなく、
今まで以上にお互いを解り合うことができたのに。
そのちょっとを踏み外してしまうと、自分が考えてもいない方向に物事は進んでしまうんだ。
それは誰にも心当たりがあることで、だから、今の二人の気持ちも全部とは言わないけど理解できる。
そして、二人が今の状況を望んでいないのは、誰かが言葉にしなくてもみんなが解かってることだ。
だったら、素直になれない二人のために、私たちが代わりをするしかない。

95 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時42分25秒

とりあえずは、二人をもう一度合わせることが最初だろうと、
矢口さんは保田さんを、私は梨華ちゃんをこの店につれてくるように説得することになった。

しかしこれは、考えていたより難しい事だった。
梨華ちゃんの方は学校帰りに私が無理やり引っ張って連れて行くことに成功した。
そして、問題は、保田さんだ。
矢口さんがメールなり電話なりで連絡を取ろうとするんだけど、『バンドとバイトで忙しい』と会って貰えない。
だったら直接会いに行けと、私とごっちんで送り出し、バイト先で待ち伏せしたところ、物凄い剣幕で怒られたらしい。
「もういやだ!圭ちゃんのあの顔はもう見たくない」と本気で嫌がる矢口さんを前に、私もごっちんもお手上げ状態だ。

そして、梨華ちゃんまでも、保田さんが店に来ないのは自分がいるからだと、店に来たがらなくなってしまった。




96 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時43分05秒



梨華ちゃんと保田さんがケンカをしてから、何の進展もないまま一週間が経ち、私達はごっちんの店で途方にくれていた。
あれから、二人ともこの店にはやって来ない。

「…このまま、あの二人は来なくなっちゃうんでしょうかね」

「…どうだろ」

力の抜け切ったやる気のない声で、私はなんとなく呟いた。
矢口さんも同じように、なんとなく相槌を打ってくれた。
それは、さっきから会話のないままでいるのが、いたたまれなくて特に意味もなく言ったひと言だった。
矢口さんもさして気にも留めずに聞き流してくれた。

だけど、彼女にとっては「ただなんとなく」では終わらない言葉だったのだ。

「そんなの、あるわけないじゃんっ!!」

97 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時43分50秒

俯いていた顔を急に上げて、私達を射るように見つめた後、強い口調で言い切った。
私達の前では、いつもフワフワとして穏やかなごっちんが、声を荒げて感情をあらわにするのを見るのは初めてだった。
付き合いが長い矢口さんでさえ、驚いてごっちんに声を掛けられないでいる。
このお店で、保田さんと梨華ちゃんが仲を深めていく過程を見守ってきたごっちんにとって、今の状態はとてつもなく辛い事だろう。
そして、その二人がこのお店で喧嘩別れして、二度と会わなくなるということは、自分の身が切られるほどだと思う。
強い目線で私のことを見つめるごっちんの瞳は、強い眼差しなのに、泣きだしそうにさえ見えて、
私は自分の軽率なひと言を激しく後悔した。

「ごめん、ごっちん…考えなしに、軽はずみなこと言っちゃって…」

精一杯の誠意を込め、ごっちんの綺麗な瞳を見つめ返して謝った。
言ってしまったことは取り返しのつかないことには変わりないけど、
二人の仲が元に戻ってほしいと願っていることが伝わればいいと思った。



98 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時44分32秒



     ◆




その日は、なんの前触れもなくやって来た。





よく晴れた陽気の土曜日の午後。

午前中に部の練習に参加し終えたその足でごっちんのお店に向かう。
駅を出た所で、よく知る小柄な後姿を見かけて声を掛け、そのまま一緒にごっちんの店まで行った。

ドアを開けて、店の中を見回し、どちらかの姿を探した後、肩を落とすのがここ何日かの習慣になっていた。
今日も同じように、ドアを開けるなり店の中に視線を巡らせるのだけど、それはいつも通りには終わらなかった。

「梨華ちゃん…」

彼女の名前を呼んだのは矢口さんだ。
私は、ただ間抜けに口を開けて、彼女の姿を目に映しているだけだった。

「あ、二人ともいらっしゃい。
 なに突っ立ってんの?早く座りなよ」

99 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時45分23秒

ごっちんのそのふんわりした微笑みを見るのは何日ぶりだろう。
その微笑を見て、やっと私も梨華ちゃんに笑いかけることが出来た。

梨華ちゃんは、カウンター席の壁際の二席を開けて座っていた。
そこは私と矢口さんがいつも座っている席だ。
その空いた二席は、やっぱり梨華ちゃんは私達の仲間だと教えてくれているようだった。



「ごめんね、なんかみんなに心配掛けちゃったみたいで」

そう言って笑う梨華ちゃんは、やっぱりまだどこか寂しげで、それはあと一つの空席のせいなんだろう。




でも、そんな梨華ちゃんとは対照的に、ごっちんはなぜかすごく嬉しそうにニコニコとしている。
こういうときのごっちんは、いつも以上に子供っぽく見えてかわいらしくて、見ているこっちも笑顔になってしまう。

100 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時46分05秒

「ごっちん、なんか嬉しそうだけど、どしたの?」

「ふふっ、あのねぇ……あ、やっぱ梨華ちゃん、二人に教えてあげてよ」

ごっちんは、自分で言おうとしたのを思い直して、梨華ちゃんに話を振った。
ということは、ごっちんが嬉しくてしょうがない出来事は、梨華ちゃんにも関係があるんだろう。
なんとなく、先が読めてきた。それはきっと私と矢口さんも嬉しくなることだ。

「うん、今日ここに来たのはね、保田さんから連絡があったからなの」

思ったとおりの返答に、私は「よかったね」と声を掛けようとして、矢口さん越しに梨華ちゃんの顔を覗き込む。
でも、さっきから梨華ちゃんは、うかない表情のままだ。

「梨華ちゃん、どうしたの?元気ないじゃん」

そう言って、私は「ねぇ」と同意を求めてごっちんを見た。
ごっちんも苦笑いで頷いてくれる。

101 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時47分08秒

「なんだかね、恐いんだ、あたし」

梨華ちゃんは、ごっちんがさっき出してくれたカプチーノの泡を見つめながらポツンと呟く。

「恐い?」

「どういう意味?」

梨華ちゃんの意外な答えに、私と矢口さんは説明を求めて同じように聞き返す。

「うん、あのね…こないだはあたしの方がかっとなっちゃって、一方的に言いたいこと言って帰っちゃったでしょ。
 だから、保田さんがあたしの事をここへ呼んだのは、もうあたしとは係わりたくないって言われるんじゃないかと思って」

「なーに、言ってんの、梨華ちゃん。そんなわけないじゃん」

思っていたことを口に出したことで、余計に落ち込んだ様子の梨華ちゃんに、矢口さんが明るく声を掛けて肩をポンと叩いた。
でも、梨華ちゃんは、ううんと首を小さく振って、俯いてしまう。

102 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時47分58秒

「あたし、保田さんが今までやってきたことを否定するようなこと言って、すっごく傷つけちゃったんだよ?」

これ以上何か話すと、今にも泣き出してしまいそうな梨華ちゃんを前に、私と矢口さんは何も言えないでいた。
でも、その沈黙を破ったのは、今までずっと黙って私たちの話を聞いていたごっちんだった。

「梨華ちゃん、考えすぎだよ」

顔を上げた梨華ちゃんに、ふんわりとした微笑で笑いかけるごっちんのその優しい声は、決して大きな声じゃなかったけど、
店内の喧騒の中にあっても、私達の耳にはしっかりと響いた。

「圭ちゃんはそんな事にこだわる人じゃないよ。
 傷つけられたなんて思ってないから。絶対に」

「…そうかな?」

「そうだよ」

103 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時48分42秒

ごっちんの声は、小さな子供に話すように、柔らかい口調であったかい声だ。
そして、なぜかその言葉には、すごく説得力があって、私たちは素直に聞き入ってしまった。
梨華ちゃんは、「そうだよ」とごっちんに言い切られ、安心したような微笑を浮かべてカップに口をつけた。




そのあとしばらくの間、少し元気を取り戻した梨華ちゃんと、矢口さんと私はたわいもないおしゃべりをしてすごし、
ごっちんは、店の仕事をこなしつつ、私たちの話に加わりつつして、時間を過ごした。

梨華ちゃんが保田さんと何時に待ち合わせたのかは解からないけど、きっと梨華ちゃんのことだから、
時間よりもだいぶ早く来たに違いない。
けれど、時計が5時に近づいてくると、だんだん梨華ちゃんの態度がそわそわし始める。
その浮き足立った感じが私と矢口さんにも伝わって、入り口のドアが開くたびに3人で振り向き、
それが保田さんでないことに、がっかりしたり、ホッとしたりを繰り返していた。




104 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時49分36秒




そして、保田さんがやって来たのは、梨華ちゃんが緊張のせいからか、トイレに発って直ぐの事だった。
彼女の間の悪さはこんな場面でも発揮されるのである。


「ちょっとあんた達、なんでいっつもいるのよ。そろいもそろって暇人ね」

ドアを開けて私と矢口さんを見るなり、そんな憎まれ口で挨拶をする。
久々にこの店に姿を現した保田さんは、すっかりいつもの保田さんだ。
しいて言えば、何か吹っ切れたような、さっぱりとした表情だけど。

「いらっしゃい、圭ちゃん。
 梨華ちゃんがお待ちかねだよ〜」

ごっちんがいたずらっぽく笑ってそう言うと、

「いまトイレ行ってるけどね〜」

と、矢口さんが梨華ちゃんが座っていた席の隣に座るように促しながら、付け加える。
保田さんは待ち合わせしていたことを私たちに知られて、恥ずかしかったのか、「あっそ」と言い捨て、荒っぽくイスに座った。


105 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時50分19秒

「ごっちん、コーヒーね」

イスに座ると直ぐに、タバコに火をつけながら短くそう言った保田さんは、吸い込んだ煙をフーッとゆっくり吐き出す。

「…あぁ、矢口……こないだごめんね」

「へっ?」

灰皿に灰を落としながら、独り言のように言った保田さんの言葉に、矢口さんは聞き返した。

「この間さ…意味なく怒鳴ったりして」

保田さんは、矢口さんがバイト先まで行って、梨華ちゃんと会うように説得しに行ったときのことを言ってるんだろう。
矢口さんは思い当たったように「あぁ」と呟いて、カウンターに両肘を乗せると、ひとつ空いた向こうの席の保田さんを覗き込むようにする。

「あの時の圭ちゃんの顔は、夜、夢に出てくるくらい恐かったよ?」

「…うっさいわよ」

106 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時50分53秒

保田さんの飾りの無いシンプルな謝罪の言葉にも、冗談ぽくイヤミで返す矢口さん。
それだけで、二人にはお互いの心情が全部通じてしまうのだ。
笑い合う二人の様子には、私が知らない長い時間で生まれた深い信頼関係があるんだと感じられた。
そんな二人が羨ましく思えて、なんとなく視線を向けた先には、
カップに注がれたコーヒーの湯気の向こうで、うっすらと口元に微笑を浮かべた彼女がいた。




「つーか、梨華ちゃんいつまでトイレ入ってる気だぁ?長すぎない?」

そう言った矢口さんと保田さんの間の席に座るべき人は、いつまで経っても帰ってこない。
きっと、保田さんが来ているのを気付いて、なかなか出るに出られないでいるに違いない。

「ちょっとあたし見てきますね」

このままではいつ帰ってくるか解からないので、私が連れ出しに行く事にした。
誰かか連れ出さなければ、梨華ちゃんが自分で出てくることはきっとないだろう。




107 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時51分29秒



「梨華ちゃん、開けるよ〜?」

お店のフロアーとトイレの洗面台があるスペースを区切るドアをノックして、そっと開ける。
案の定、洗面台の前に立って泣きそうな顔でこちらを見ている梨華ちゃんが居た。
思ったとおりの状態の梨華ちゃんを見て思わずため息がでる。


「ちょっと、梨華ちゃ〜ん。保田さんもう来てるよ?」

「知ってるけどぉ…だって…」

出てくるように優しく諭して説得するなんて生ぬるい事を言ってる暇はない。
ここは少々荒っぽいことになるかもしれないけど、しょうがない。これも梨華ちゃんの為なんだからね。
私がほとんど半泣きの梨華ちゃんの腕を取り「行くよ」と引っ張ると、梨華ちゃんは「まって!」と足を踏ん張らせる。
「またないよ!」とさらに力を込めると、「お願い!」と洗面台に摑まる梨華ちゃん。

108 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時52分11秒

「待ってたら梨華ちゃんずっと出てこないでしょ!」

意外と力が強かった梨華ちゃんを、両手で半ば引きずるようにして、なんとかトイレの外まで連れ出すことには成功した。
だけど、梨華ちゃんはトイレのドアノブにすがり付いて、まだしぶとく抵抗する。

「やだぁ〜」

「もぉ〜っ!! り、か、ちゃん!」

「い、痛いって、よっすぃー! わかったから!…自分で行くからぁ」

そんな二人のやり取りを、近くのテーブルに座っていた人に「何事だ」という感じの視線で見られて、さすがに梨華ちゃんも観念したようだ。
だけど、まだ油断はできないので、梨華ちゃんの腕を掴んでカウンターまで連れて行くことにした。

109 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時53分12秒



「梨華ちゃん、トイレ長すぎ〜、 なにやってたの?」

「ちょっと、やぐっつぁん。ナニしてたなんて、そんなの言えるわけないじゃんねぇ? 梨華ちゃん」

「ち、ちがうよっ! そんなのしないよ!」

私に連行されて席に連れ戻された梨華ちゃんに、矢口さんとごっちんからつっこみが入る。
保田さんはそれをチラッと横目で見ただけで、黙ってカップに手を伸ばした。
普段から保田さんはいつもそんな感じなんだけど、今日の梨華ちゃんには冷たく映ったらしい。
保田さんの背中をチラチラと上目遣いに伺いながら、私の後ろで隠れるように立ったまま、イスに座ろうとしない。
保田さんは我関せずとばかりに、コーヒーを啜るだけ。
まったく世話の焼ける二人なのである。

110 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時54分05秒


「えーっと、オイラたちは席外したほうがいいのかな。 ね、よっすぃー?」
 
「あー、そうですね」

梨華ちゃんも保田さんも動こうとしないので、痺れを切らした矢口さんが気を利かせて、そう言いながら立ち上がろうとする。
しかし、今まで知らん振りだった保田さんに、「ちょっとまって」と呼び止められてしまった。

「なんだよ、圭ちゃん。梨華ちゃんと話しあるんでしょ?
 いいよ?オイラ達は向こう行ってるからさ」

「いいわよ別に、…どうせ、あんた達にも言うことになるんだから」

「なにそれ、どういうこと?」

保田さんは、矢口さんの問いかけにすぐには答えずに、とりあえず私と梨華ちゃんを席に座るよう促す。
カウンターに一列に座った私たちと、その正面に居るごっちんに見つめられている中、保田さんはおもむろに口を開いた。

111 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時54分45秒


「あのさぁ…あたし、バンド辞めたんだよね」


「…はぁ!?」


保田さんの衝撃の告白に、一瞬の沈黙の後、声を上げたのは矢口さんで、私とごっちんはポカンとするだけ。
梨華ちゃんにいたっては、放心状態だ。

「いや、だからさぁ、それでバタバタしちゃってここにも来れなかったんだよね。
 矢口が会いに来たときもさ、前のバンドのメンバーと抜ける抜けないでもめてて、イライラしてたんだ。
 だから、矢口に当たるみたいになっちゃってさ、ごめんね」

112 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時55分23秒

保田さんは、平常心で冷静に話しつづけているんだけど、私たちはすぐには立ち直れずにいた。
だって、保田さんがプロを目指すほど真面目に音楽に取り組んでいることはみんな知っていたし、
みんな口には出さなかったけれど、保田さんなら本当にプロになれるんじゃないかと、信じていたんだ。
だから、何でやめるのかと直ぐにも聞きたいのが本心なんだけど、それは出来なかった。
それは矢口さんもごっちんも同じだろう。
なぜなら、保田さんのすぐ隣には、いまだに放心している梨華ちゃんがいるから。
それを聞けるのは、梨華ちゃんしかいないんだ。

「梨華ちゃん…」

矢口さんが、放心したままの梨華ちゃんをいたわるように声を掛ける。
その声にハッとして気がついた梨華ちゃんは、涙目で保田さんを見た。

113 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時56分21秒

「……あたしの…せいですか?」

「え?」

俯いて小さな声でポツンと言った梨華ちゃんの言葉に、保田さんが聞き返す。
すると梨華ちゃんは、すっと顔を上げ、震える唇を一度きっと噛み締めた。
そして、保田さんを真っ直ぐに見て言い直す。

「あたしが…あんなこと言ったから、バンド…や、辞め…ちゃ…」

最後のほうが聞き取れなくなったのは、泣くのを我慢しているからだ。
私たちはやり切れなくて、そんな梨華ちゃんを見ていられなかった。



114 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時56分53秒



「ちょっ、ちょっとまって、あんた達なに勘違いしてんの?」

しかし、保田さんだけは、訳が解からないと言う顔で、珍しく上擦った声を上げて慌ている。

「だって、圭ちゃんもう……諦めちゃったんでしょ?」

涙もろい矢口さんは、梨華ちゃんにもらい泣きして、すでに涙目な上に鼻声だ。
だけど、そんな消沈している私たちを唖然とした表情で一通り見渡した保田さんは、はぁーっとわざとらしく大きな溜息を吐いた。



「あたし、あのバンドを抜けたって言っただけで、べつに音楽やめるとは言ってないわよ?」



115 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時57分33秒



つまりはこういう事らしい。
保田さんがバンドを辞めたのは、これからは一人だけで作詞作曲をして歌っていく為。
今後はシンガーソングライターとしてプロを目指すと言うことだ。

「まぁ、あのバンドのやつらのセンスは最悪だったから、いつか辞めようと思ってたのよ」

保田さんはあっけらかんとしてそう言ったけど、その『いつか』が今になったのは、梨華ちゃんの言葉があったからなのは間違いない。
梨華ちゃんはそのことに気付いているのかどうかわからないけど、堪えていた涙を我慢することもなく、保田さんにすがり付いている。

「保田さん、あたし…まだ、保田さんのファンでいていいですか?」

「なっ…あのねぇ、なんであたしがアンタの事、わざわざここ呼び出してこんな話したのか……わかりなさいよっ!バカッ」

イスから立ち上がって保田さんのシャツを両手で握り締める梨華ちゃん。
保田さんは、梨華ちゃんを押しやりながらも顔は真っ赤だ。

「ふぇ…うぐっ…保田さぁ〜ん」

「ちょっとぉ! 離れなさいよっ、鼻水つくでしょ!」

「うわぁ〜ん」



116 名前:   投稿日:2003年05月23日(金)19時58分16秒





後日、保田さんが作ったデモテープを聞かせてもらう機会があった。

お昼休みの教室の、梨華ちゃんの席。
MDプレイヤーのイヤホンから聞こえてくるその曲は、私が見た前のバンドのライブでの、
暴れまわって怒鳴るボーカルよりずっと後ろで立って、仏頂面をして俯いてギターを弾きまくる攻撃的なスタイルとは別人のような、
アコースティックギターと保田さんの柔らかい声が心地よく重なる、優しいメロディがとても綺麗な曲だった。

その時、このデモテープを世界中で一番最初に聞かせてもらったのは自分なのだと、
得意げな顔で教えてくれた梨華ちゃんの顔は、見ていると自然に微笑んでしまうくらい、本当にかわいらしかった。





117 名前:作者 投稿日:2003年05月23日(金)20時00分14秒


>>90さん
こちらこそお気を遣わせてしまってごめんなさい。読解力がなくて申し訳ない…
二人のキャラに出来るだけ近づけたいと思って書いてるので、すごく嬉しいです。

>最近よしごまらしいよしごまを見かけることが少なくなったんでね。
 個人的には更新が心から待たれる古参よしごまスレは結構あるんですけどねー。
 その辺はよしごまはマターリが基本という事で。自分のを頑張って書きつつ待っていようと思います。

118 名前:作者 投稿日:2003年05月23日(金)20時01分32秒

>>91さん
ストレートな感想をいただけて嬉しいです。
読んでくださる方に途中で見放されないように頑張ります。


>>92さん
これまたストレートな感想ありがとうございます。
さわやか、ですか…
青春って感じですかね。登場人物がみんな若いですから、そうなっちゃいますね。

119 名前:作者 投稿日:2003年05月23日(金)20時03分24秒


「やすいし」よりに展開してきましたが、以後は元に戻りますので…。
では。

120 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月23日(金)22時45分59秒
更新待ってましたぁ!
ほんと仲直りが出来て良かったです。
5人の関係がなんか好きです。
他のメンバーもこれから出てくるんですか?
次からは元に戻ってよしごまですか♪楽しみにしてますね。
121 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月29日(木)10時59分32秒
( ´Д`)<んあ〜またーり待ってるよー。
122 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月29日(木)11時02分04秒
ochi機能を初めて使ったらあまりにochiてビクーリ。
臆病者なのでageときます(汗
123 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)20時51分14秒

      ◆






「よっすぃーってさ、好きな人とかいるの?」




それは、本当に唐突だった。

私と矢口さんは、いつものようにカウンター席を陣取って長々と話をしていた。
いつもは仕事をしながら、間でちょこちょこと話に加わってくるごっちんが、今日はずっと黙ったまま、黙々と仕事をこなしている。
気になってはいたんだけど、考え事でもしてるのかな、と特にこちらから声も掛けなかいでいた。
そして、店内の客は私たち以外には、文庫本を読んでいる大学生風の女の子が一人だけという時のこと。
カウンターの上を布きんで拭いていたごっちんが、急に顔を上げたと思ったら、
私の事を見つめて何の前置きも無く言ったのがそのセリフだった。

124 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)20時52分11秒

「なにぃ!そうなのか、よっすぃーっ! やぐちは聞いてないんだけど!」

今までウダウダとバイト先の社員の悪口を私に聞かせていた矢口さんは、急に目を輝かせて、私に詰め寄って来る。
「どうなんだよ!」と私を責める矢口さんを交わしつつ、私はごっちんに助けを求めて目線を送った。
でも、その意味が解かってないのか、「ん?」という顔で首を傾げ見つめ返してくる。
その仕草は、思わず抱きしめたくなるほどめちゃめちゃカワイイんだけど、今はそれは置いといて。
なんで、今まで黙ってたと思ったら、突然そんなこと言い出すんだ?
矢口さんのグチとはまったく関係ないじゃんか。

「ていうか、ごっちん!なんでいきなりそんな事言い出すの? ねっ、矢口さん。そう思いません?」

とりあえずはそう聞き返すのと、矢口さんのつっこみをかわさねば。
…だって、「好きな人」なんて。…そんなの……すんなり答えられないよ。

125 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)20時53分18秒

「そうだよ、ごっつぁん。なんでいきなりその質問なの?」

矢口さんの興味の矛先がごっちんに向けられて、とりあえずは逃げられた。
次は、このまま別の話題に移せば逃げ切れるだろう。
ごっちんには悪いけど、その質問に正直に答えることは、この先もずっと出来ないよ。

ごっちんは矢口さんの質問に、少しだけうーんと考えた後、こう言った。

「だってね、最近よっすぃーなんだか元気ないんだもん」

ごっちんのその言葉に、矢口さんは「そうかぁ?」と私の顔をまじまじと見つめてくる。
矢口さんの遠慮の無い視線に、後ろに仰け反った私は、思わずイスからずり落ちそうになった。


「話の途中で急に黙っちゃったり、ボーっとしてると思ったらニヤニヤしたり深刻な顔になったり。
 だから、悩みでもあるのかなって思ったの」

ごっちんの話だけ聞くと、それじゃまるで私が挙動不審の怪しい人みたいじゃんか…
それに私がそんななのは、ごっちんの前だけでなんだよ?
126 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)20時54分23秒

話の途中で黙るのは、ごっちんがあんまり可愛く笑うから言葉に詰まってしまうからで。
ボーっとしてたり…ニヤニヤしたりしてるのは、ごっちんの突拍子もない発言や、
そのときの表情や、声を思い出してるせいなんだよ。
深刻な顔をするのは、…そんな風にごっちんのことを想う、自分の気持ちのやり場がどこにもないからだよ。
でも、私の事心配してくれてたんだね。今だってそれだけで、嬉しくてに頬が緩みそうになるのを我慢してるんだから。

…なんてこと、言えるわけが無いので、私はやっぱり黙っていた。

「え〜っ、やぐちはそんな風に感じたことなけどなぁ…」

「そうかな?…だから、ごとーは悩みって言えばやっぱ恋の悩みとかかなーって思って、聞いてみたの」

「う〜ん、なんかよくわかんないけど…で、どうなのよっすぃー? やっぱ恋の悩みなのか?」


結局そこに戻るんかい…
てか、ごっちん。話をはしょりすぎだからね。
黙ってたと思ったら、いきなり結論から言われても。
ずっと考えてたその間の事も説明してくれないとよく解かんないからね。
127 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)20時55分24秒

しかし今はそれよりも、この二人の興味津々のきらきらした目を他に向けなければならないんだけど…

「い、いや…好きな人っていうのは……あの……えっと…」

「なんだよ!いないの?いるの?どっちなんだよ!はっきり言えっ!」

矢口さん恐いですよ…
いくら矢口さんがちっちゃくても、むなぐら掴まれて脅されたら恐いです…
イスから立ち上がられると、私よりも、目線が高くなるし…ほんの少しだけだけど。
もうきっぱり「いないです!」ってウソついちゃおうかな。許してくれそうに無いし。
ごっちんの前で言うのは、やっぱ心苦しいけど。
……でも、本音だって言えないんだから、どっちにしたって同じだもんね。

「や、矢口さん、とりあえず手を……」

なぜだか妙に興奮している矢口さんをあまり刺激しないように、なだめ様とした、その時。

128 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)20時56分42秒



「…圭ちゃんたち、遅いねぇ。今日は来ないのかな」

私と矢口さんのやり取りを見ていたごっちんが、フッとあさっての方向に視線を逸らして呟いた。

「はぁ!? いきなりなんだよ、ごっつぁん?」

またまたごっちんのなんの脈絡も無い唐突な発言に、
わけわからんという顔の矢口さんは、やっと私を開放してくれた。
それにしても、まったくどうしてごっちんはいつもそんなに唐突なんだろう。
そもそも、事の発端はごっちんの発言が始まりなのに。


「もーっ! なんだよ、ごっつぁん!せっかくもう少しで吐くとこだったのにぃ!話を逸らすなよなー」

…「吐く」って、取調べじゃないんだから…
それに、私は話が逸れてくれたほうが助かるんだけど……って、あれ?

129 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時02分10秒

「あー、もういいじゃん。よっすぃー元気みたいだし。ごとーの勘違いだったんだよ。ね、よっすぃー?」

「えっ…うん…」

あぁ、やっぱりだ。
わざとあんな事言って、矢口さんに詰め寄られて困ってる私を助けようとしてくれたんだ。
ただ、ちょっと不自然すぎる上に、元はと言えばごっちんが原因だったりするんだけど、やっぱりちょっと嬉しいかも。

でも、ごっちんはどう思ったかな。
私ははっきり答えなかったけど、どっちに取ったんだろ。
どっちに取られても複雑なんだけど…

当の本人は、私と矢口さんの事を気にする様子も無く、この話はこれで終わりという態度で、
鼻歌を歌いながら奥のテーブルを片付けに行ってしまった。

130 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時03分34秒

私は、やっと一息吐けると、もう氷が溶けきって薄くなったオレンジジュースを飲もうと、ストローに口をつける。
矢口さんは話を中断させられてしまい、つまらなそうにカウンターの上にダランと伏せて体を投げ出していた。

…のだが、急にがばっと起き上がったかと思うと、くるりと私に振り向いた。
次はいったいなんなんだ……


身構える私を気にもせずに、次の話題を見つけたらしく、見るからに嬉しそうな矢口さん。
そんな矢口さんに応えようと、一応微笑んでみたんだけど、…頬がピクピクしてるの気づかれてないかな。

「ねぇねえ、よっすぃー!圭ちゃんとか梨華ちゃんってどうなんだろうね!」

「どうって、…なにがですか?」

「だから、恋人がいるのかどうかってこと!」

今度はあの二人が標的にされるのか…。
でも、ここにいない人の事だからなー、あんまりいい加減なこと言いたくないし。
…また、上手くはぐらかさないといけないじゃん。…まいったな。

131 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時04分16秒

「…さぁ、どうでしょうね」

「あ、でも。圭ちゃんはいないと思う」

「なんでですか?」

「だって、音楽の話してるのしか聞いたことないもん」

たったそれだけで言い切っていいんだろうか。
とは、思うけど。…だったら、

「じゃあ、梨華ちゃんもいないんじゃないでしょうか」

「なんでー?」

「だって、学校でも保田さんの話してるのしか聞いたことないですよ」

「なんだよぉ、つまんねー」

…そんなあからさまにつまらなそうな顔しなくても、とも思ったけど、とりあえずはこの話はこれで終われるみたい。
長引くと、また私の事を蒸し返されかねないからね。早く別の話題を探さないと…
何か他におもしろい話題があれば、矢口さんはそっちに食いつくに違いないんだから。
えーっと、えーと…

132 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時04分50秒

「あぁっ!ねーねー、よっすぃー!」

所詮は、私の頭の回転よりも、矢口さんのほうが数倍速いのである。


「なんですか…」

「いや、あのさぁ…梨華ちゃんって、実は圭ちゃんのこと好きなんじゃないかと思って!」

「はぁ!? なに言い出すんですか、いきなり…」

まったく次から次へとこの人は…
どうやら矢口さんは、どうしてもこの手の話がしたいらしい。
つーか、自分はいったいどうなのよ?人のこと探る前に自分のこと…

「だってさぁ、梨華ちゃんっていっつも圭ちゃんのうしろをくっついて歩いてるでしょ?
 それに学校でだって圭ちゃんの話してんでしょ?」

「それは、梨華ちゃんがミュージシャンとしての保田さんのファンだからですよ…好きとかそんなんじゃないと思います」

「えーっ、そうかなあ?」

「そうですよ。……そんなの絶対ありえませんって」

133 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時06分47秒

矢口さんは、私がことごとく否定するのが面白くないらしく、むーっと唇を尖らせている。
そんなかわいい顔しても、私は流されませんよ。

…でも、口ではそう言ってても、内心では矢口さんが言うことも間違っては無いんじゃないかと思ってる。
梨華ちゃんが保田さんを慕うのは、別にどんな種類の感情を持っていたとしても、それはそれでいいと思う。
だけど、それを否定するのは、私がごっちんに対して、
友達以上の感情を抱いているという事を、誰かに気付かれたくないからだ。
たとえ、ごっちん本人にも。
だから、少しでもそれを匂わせるような行動をとらないようにしないとだめなんだ。


それなのに。
こんなに私が、後ろめたくて、もどかしくて、切ない思いをしているのに。
彼女はやっぱり突然に、こんなことを言い出すんだ。…私の気も知らないで。


134 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時08分35秒


「あのさぁ…そういうのって別に、本人同士の問題なんだから、ごとーは、アリだと思うよ」

「そうだよねぇ?ごっちん。よっすぃーはさぁ、ちょっと古いんだよ。考え方がー…」

いつの間にか、私達の後ろにいたごっちんは、どうやら今までの話を聞いていたらしい。
その目は確かに私を見ていて、真っ直ぐなその視線が、自分のことを差し置いて
「ありえない」と言った私のことを、咎めている様に感じる。


「よっすぃーは、そうゆうのダメなの?」

もう許してほしいのに。
だけど、ごっちんの目は、まだまだ私を逃がしてはくれないんだ。

「…いや、ダメっていうか」

…ていうか、なんなんだよ。
今更、さっきのは本心ではありません、って言い直す?
そんなの出来ないよ。「ありえない」なんて言ったんだよ。
しかも、「絶対」って言い切っちゃったじゃんか。




135 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時09分31秒




「…ていうかさ、ぶっちゃけちゃうと…ごとーは、女の子もおっけーだったりするし」




今日は何度もごっちんの唐突な発言に驚かされたけど、最後の最後に、とんでもない発言が待っていたのだ。


つっこみ担当の矢口さんもこれにはさすがに言葉が出なかったみたいだ。
口をポカンと開けて、ごっちんのことを目をぱちくりさせ見つめている。

いきなり、思いを寄せる本人に「好きな人はいるの?」なんて聞かれたうえに、この衝撃の発言。
私は、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって、何がなんだか、もう…

「あはは、ごめん。驚くよね、普通……なんだろ、こういうのって『カムアウト』っていうんだっけ?」

疑問符をつけて終わったごっちんの言葉に、矢口さんも私も答えられないでいる。
だって、だって……そう聞かれて「そうだよ」って普通に答えられないでしょ。なんて、答えていいのかわからないもん。

だけどさすがは矢口さん。
はたと気を取り直し、ごっちんに聞き返した。

136 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時10分37秒

「いや、つーかごっつぁん!おいらとごっつぁん付き合い長いけど、初めて聞いたよそんなの!?」

「んー、だって言ったことないもん」

「いや…そうだけど」

あっさり切り返すごっちんに、さすがの矢口さんでもいつものテンポのいいツッコミが出てこない。

私はといえばただ口をポカンと開けて二人のやり取りを見ているだけだ。

「つーか、友達に言ったのも初めてだよ?…言えないでしょ、普通さ」


それを聞いて、初めて気付く。
普通は言わないことを、なぜ私達には言ったのか。
ごっちんは、いかにもあっさりと話しついでに言ったようにしていたけど、そんなことは無かったんだ。
彼女には彼女なりの決心があった。人を選ばず誰にでも言っているわけじゃない。
私と矢口さんだから、勇気を出して言ってくれたんだって。
でも、ごっちんのその発言が、この先、私のことを苦しめる事になるなんて、彼女には想像さえできない事だろう。






137 名前:   投稿日:2003年05月30日(金)21時14分26秒


こういう時。普通の人ならばチャンスだと思うんだろうか。
だって、今までゼロだと思っていた可能性が、突然に降って沸いたように出てきたんだから。
諦めていたはずでも、ほんの少しでも可能性が生まれたなら、その可能性にかけてみようと思うのが当たり前なんだろう。
だけど私にはそれは当てはまらない。
せっかく生まれた少しのチャンスを自分で消し去ってしまったんだ。
私は彼女の目の前で「それはありえない」と言ってしまったんだから。

もし、「さっき言ったことはうそだよ」なんて、軽薄だと思われてもいいから言えたなら、
こんな思いはしなくてもいいのかもしれない。
だけど私はちょっとの勇気も無いくせに、下手なプライドだけはちゃっかりあるらしく、
そのせいで、自分で墓穴を掘るようなことになってしまったんだ。




138 名前:作者 投稿日:2003年05月30日(金)21時15分48秒


>>120さん
ありがとうございます。
更新を待ってくれている方がいると思うとやる気が出ます。
他のメンバーについてですが、今のところはこの5人だけでやっていきたいと思ってますので。
本当は6人で書きたかったんですが、登場人物を増やすと後々自分の首を絞めることになるのではと思いまして5人にしときました。


139 名前:作者 投稿日:2003年05月30日(金)21時16分42秒


>>121さん
どーも、お待たせしました。
age・sageはあまり気にしてないんですが、一番下まで下がってしまったらさすがにちょっと驚くと思いますので…
でもsage進行のスレの作者さんには便利な機能なんでしょうね。


140 名前:作者 投稿日:2003年05月30日(金)21時17分29秒


それでは。

141 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月31日(土)00時27分38秒
更新のスピードには驚くばかりです。
よしごまの匂いがプンプンしてきましたね。
よっちぃもどかしいよよっちぃ。
でもそんなところが大好きだよよっちぃ。
続き頑張って下さい。マターリ待ってます。
142 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月31日(土)02時36分43秒
おわー、こう来ましたか。
よし子よ…勇気を出してくれ…。
143 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月05日(木)22時36分40秒
どわぁ〜〜〜〜、吉子がはがゆい・・。
一番大好きな作品なんで頑張ってください
144 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時35分20秒



<  最近いそがしいのかな? よっすぃーが来ないとさみしいよー  >
   


「……はぁ」

自分の部屋のベッドの上に寝転んで、ため息を一つ。
右の手の中にあるのは、携帯電話。
その画面の中の短い一文を読み返すたびに、さっきからため息ばかりが出てしまう。

ごっちんからそのメールが届いたのは、あのごっちんの告白があった日から4日目の、今日のことだった。
私はあの日から今日までごっちんのお店には行っていない。
毎日ごっちんのお店に通ってるわけじゃないけど、なんの連絡もせずにこんなに間を空けるのは初めてだ。

ごっちんに余計な心配を掛けたくない、だけど今はお店に行く決心がつかない。

何度目か解らないため息をついたあと、意を決してボタンを押し始める。

<  ゴメン!大会が近いから部活サボれないんだよー。 当分いけないかも  >

インターハイ予選が近いのは本当だった。3年生の私はその試合が終わったら引退するつもりでいる。
だから、部活動に力を入れたいというのは嘘じゃないんだ。
145 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時37分26秒


だけど、お店に行けないのは、それだけが理由じゃない。

店に行って、ごっちんに会うことが怖い。
会って、今まで通りの自分でいられる自信がないんだ。
これ以上ごっちんにウソを吐き通さなければいけないことがイヤだ。



でも、いつまでもお店に行かないでいることは出来ない。
私がこのままずっと行かないでいたら、ごっちんは、なぜ私が来なくなったのか不思議に思うだろう。
そして、その理由を考えてたどり着くのは、多分、一つだけ。
あのごっちんの告白のことだ。
そうなれば、ごっちんは自分の言った事を後悔するかもしれないし、来なくなった私のことを軽蔑するかもしれない。
どちらにしても、私の本意なことじゃない。
だけど、会いに行く勇気が出ない。
それなのに、ごっちんに会いたくて、声が聞きたくて、という思いは募るばかりで。

好きでいることが苦しいのに、忘れることも出来ないなんて、どうしたらいいんだろ…



146 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時39分01秒




     ◆





「おーい、よっすぃー!」

放課後、体育館へ向かう私の背中で聞こえたのは、学校では聞こえるはずのない人の声だった。
聞き違いかと思い、振り返ると、やはりその人だった。

「矢口さん?なんでこんなとこいるんですか…」

思いっきり怪訝な顔でそう言う私のところまで、小走りに走りよってきた矢口さんは、「何だよ、その顔」と私肩を小突いてくる
よろける振りをしながら「すんません」と一応頭を下げてもう一度問い直した。

「だって、ここ高等部ですよ?」

「いいじゃんか、やぐちが高等部にいてもー、先生に会いに来たんだもん」

矢口さんが通う大学と、その付属の高校であるこの学校の校舎は、距離は近いけれど全く違う敷地にある。
でも、卒業生の矢口さんが恩師に会いに来るのは、別に不思議なことじゃないか…
147 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時39分45秒

「つーか、何日ぶりだっけ?よっすぃーと会うの?」

それを言われるといっきに気が重くなる。矢口さんと会うのは大体がごっちんのお店なのだ。

「…あー…4日とか、5日ぶりですかね…」

何となく気まずい気分になって、目線を地面に落として、ぼそぼそと答える。
こうなると、この先に出てくる話題のことが予測できて、どうしても落ち着きがなくなってくる。
矢口さんは、そんな私の態度に気付いていない訳はない。

しばらく沈黙が続いた後、矢口さんにしては低めの声で名前を呼ばれて、
顔を上げると、矢口さんは私から目を逸らしたまま続けた。


「…今、時間あるかな…ちょっと付き合ってよ」


…やっぱり。





148 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時41分58秒

一階の中央ホールのベンチに座って、自動販売機の前に立っている矢口さんの後姿を見てため息を吐く。
何を言われるのかは大体予想がつくので、何も言われないうちからすでに憂鬱な気分だ。

「ほい、よっすぃー」

両手に紙コップを持って戻って来た矢口さんが、右手に持っていたカップを私に差し出す。

「ありがとうございます」

小さく頭を下げて受け取ると、矢口さんは私の隣に腰掛けた。
コップに口を付けてひと口飲み込んだ矢口さんは、一度大きく息を吐いた後、前を向いたまま口を開いた。

「まぁ、よっすぃーもこのあと部に行かないといけないから、直球で聞くんだけどさ…
 よっすぃーが、最近ごっつぁんとこ行かないのって、ごっつぁんからあの事聞いたからなのかな」

「……」

私が黙ったまま返事のない事に、矢口さんは特に何も言わずに話し続ける。

「…やぐちも驚いたんだけどさ、……だけどごっつぁんはごっつぁんだし…
べつに今までと何も変わらないわけだし…」
 
「……」

「っていうかさ!別にそんな大したことなくない?今時そんなの珍しくないじゃん。
 そんな大げさに考えることじゃないとオイラは思うんだよねー……だからさぁ…」
149 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時42分46秒
黙ったままの私に話すきっかけを与えようとしたのか、矢口さんは声の調子を変えて、
ぎこちないけれど明るい声を出す。
だけど、少し間を空けて息を吐くと、目線を落とし、普段の声よりも低めの声で続けた。

「…だから、よっすぃーが店に来なくなったりして、ごっつぁんのことを…避けたりするのは、…
 あの子のこと傷つけると思うし……よっすぃーが…そういうの理解できなくても、急に態度変えるのは…よくないよ」

最後のほうは、私の顔を見つめて言ってくれた矢口さん。
でも、私は矢口さんのことを見ることも返事をすることも出来ないでいた。
ひと言「そうじゃないです」と言えれば。
矢口さんが考えているようなことはないんだ、と言えれば…
だけど、その後が続かないんだ。
だったら何故会いにいけないのか、ごっちんのことを避けるような事をするのか、
それに答えることが出来なくて、こんな状態になってしまったんだから。

「…なんか言ってよ、よっすぃー……よっすぃーはそんなヤツじゃないじゃん。
 友達でしょ、ごっつぁんは…」
150 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時45分41秒

…そうですね。……“友達”だと思えるなら、こんなふうにはなってないんです。
理解できないとか、偏見を持たれる事とか。
それを怖がっていたのは私なんです。
その挙げ句に、こうして矢口さんからの信頼もなくしてしまって。
…きっと、ごっちんも。



「よっすぃー?…やぐち、別に責めてるんじゃないんだよ?…ただね、ごっつぁんのこと……」

矢口さんはもう、私のことを信用していないし、軽蔑しているかもしれない。
だったら、もう…なにも、下手に体裁を気にしている必要もないんじゃないのか…
誰かに言っちゃえば、楽になれるかも知れない…
この胸の苦しみを、やわらげる事が出来るのなら…
隠し続けてきた思いを、全て吐き出してしまいたいという衝動がこみ上げる。


「…あの、…」

「ん?…なに?」

「あ、…あの…」

だけど、矢口さんに言えば、多分ごっちんにも知られることになる。
そうなれば、私は…どういう顔をしてごっちんに会えばいいのかな…
151 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時46分47秒


「どした?よっすぃー…」

「……矢口さん…偏見とかそんなんじゃないんです。…そりゃ、少しは驚きましたけど。
 ごっちんの所に行けないのは、今は部のほうに力を入れようと思ってて、…ウチ、三年だし最後ですから。
 だから、…試合が終わったら、また、行くつもりだったんです」


…なんだそれ。
本当に言いたいのは、そんなことじゃないだろ…


「…ふーん、そか。…あー、ゴメンね。なんか、興奮しちゃって…やぐち結構きつい事言っちゃったよね」

「いや、そんなことないです」
152 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)20時47分51秒


矢口さんは紙コップの中身を飲み干すと、クシャっと握りつぶした。
グッと力の入る、矢口さんの手。
私は、微かに震えるその手と、手の中の潰れた紙コップをジッと見つめる。
…いいのか、このままで。

そして、矢口さんは壁の時計をちらりと見やると、自分の脇においてあったバッグに手を掛ける。
矢口さんはおそらくさっきの私の上辺を取り繕っただけの言い訳じみた言葉には納得していないだろう。
本音を言わない私は、矢口さんに見限られて、彼女に会うきっかけもつかめないままに、あの場所からも遠ざかってしまうんだ。
そして、私は、彼女のことを忘れようとしても忘れることができなくて、ずっとずっと恋しさと後悔だけが募って、誰にも知られずに悩み続けて。
彼女は、「そういえばこんな最低な奴もいたっけ」と、誰か別の恋人に話したりするのかな。

…そんなの、ヤダよ。


153 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時00分50秒

「や、矢口さん!」

「ぉわっ、なんだよ…急に」

立ち上がりかけていた矢口さんは、急に不自然な大声で呼びかけた私に驚いて、よろけて長椅子に手をついた。
私は勢いに任せて矢口さんを呼び止めたものの、後をつなぐことが出来ずに矢口さんの足元を見ることしか出来ないでいる。

「なんだよぉ…びっくりすんじゃんか…」

矢口さんはイスにきちんと座りなおすと、俯いている私の顔を覗き込むようにしてくる。

「…よっすぃー…どしたの?」

なにやってんだ、あたし。

ここで自分の気持ちを打ち明けると、もうあのお店には行けなくなるかもしれないんだよ…。


「…矢口さん」

「ん?」


友達として傍にいることさえ、出来なくなるかもしれないんだよ?


「…矢口さん…私、好きな人がいるんです」

「えっ?…」
154 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時01分54秒

散々もったいぶった挙げ句に口に出した私の言葉に、矢口さんは訳が解らずに眉をひそめて私を見つめている。
当たり前だ。矢口さんにとっては、ごっちんの事と私の今のセリフは全く繋がらない事なんだから。

「…だけど、その人に自分の気持ち伝える事が出来なくて…言っちゃうと、もう会ってもくれなくなるんじゃないかって…恐くて…」

「…なんで、…そんなふうに思うの?」

矢口さんは私の突然の告白に、戸惑いながらも応えようとしてくれている。

「…私が気持ちを伝える事で、その人のことを困らせると思ったから……でも、それは振られるのが恐いだけで、
 ただの言い訳だったって気付いたときには、もう遅かったんです…」

「…うん」

私の言葉にしばらく黙っていた矢口さんは、前を見たまま話し始めた。
155 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時03分42秒

「…よっすぃー、やぐちはまだ遅くないと思うよ。…ちゃんと言いなよ。わかんないじゃんか、振られるかどうかなんて。
 その人がどんなワケアリな人かは知らないけど、……絶対、後悔するよ。…この先もずっと引きずっちゃうかもしれないよ?」

矢口さんは、私のことをどうにか勇気付けようと真剣に悩んでくれている。
そして、「ありきたりな事しか言えなくてゴメン」と逆に落ち込んでしまった。
そんな矢口さんを見て、少しずつ罪悪感が広がってくる。
一番肝心なところはやっぱり言えずにいるからだ。
分かってはいるけど、ギリギリのところで彼女の笑顔を思い出すと、
今まで築き上げてきた“友達”という地位でさえなくしてしまうことが怖くて、
あと一歩がどうしても踏み出せない。

「矢口さん、ありがとうございました。…なんか、誰かに聞いてもらったら少し楽になりました。今まで誰にも言えなかったから」

少しの罪悪感は残るけど、この言葉は紛れもない本心だ。
156 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時04分22秒

「いや、あんまりいいアドバイスにはならなかったと思うけど…でも、ちゃんと伝えたほうがいいよ、その人に」

「…はい」

矢口さんは、「そっか」と微笑むと、手を伸ばして私の頭をポンポンたたいて「がんばれ」と言ってくれた。


……その「がんばれ」に、この先も応える事ができないのだろうと思うと、また、胸が痛んだ。





157 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時05分25秒




「なんだよ、よっすぃーが最近元気がなかったのは恋の悩みがあったからかぁ…」

二人してホールを出て、廊下を歩きながら矢口さんが言った言葉に、私は曖昧に頷いた。
実際はそうなんだけれど、矢口さんは一番肝心な事を知らない。
当たらずとも遠からず、そんなところかな。
そんな私の自嘲的な微笑を、少し前を歩く矢口さんは気付いていないだろう。


「あぁ!…じゃあ、ごっつぁんが言ってた事って当たってるんじゃん!すげーな、ごっつぁん」

矢口さんは、くるっと顔だけ振り返って、そんな事を言う。
突然ごっちんの名前を出されて、心臓の鼓動が不規則に乱れ始める。
顔にはそんな事は出ていないだろうか、思わず心配になる。
表情を見られないように下を俯いたとたん、矢口さんの足が止まったのが見えて、つられて私も立ち止まった。


158 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時06分17秒


「あ、…よっすぃー…」

「はい?」

「ごっつぁんには、さっきの事言わないほうがいいかも…」

「えっ、なんでですか…」

“さっきの事”というのは、私が矢口さんに『好きな人がいる』と打ち明けた事を言っているんだろう。
…でも、なんで?
私の問いかけに、なんとなく言い辛そうな表情になる矢口さんを見て、少しずつ胸の中にモヤモヤとした影が膨らんでくる。
私の予感が当たっているのなら、その先を聞きたくない。
だけど、私の願いは通じるはずもなく、矢口さんは気まずそうに私から視線を外して、その先を続けた。

「ごっつぁんもさ、…なんていうか……恋の悩みっていうか…ゴタゴタしてるらしくて、さ」

「…どういう、意味ですか」

私の声が少しだけ震えていることは、矢口さんに気付かれているだろうか。

「あー…だからさ、そのー…恋人とケンカしてるらしくてさ…よっすぃーがごっつぁんにさっきの事相談しても、
 ごっつぁんは自分の事があるから…だから、ね、お願い」

「絶対だよ?」と私の腕を掴んで念を押す矢口さんに頷きながら、
私は、不思議なくらい冷静だった。
159 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時07分08秒


…『恋人』?

あぁ、…いるんだ、恋人が。

なんだ、そうだったんだ…

そんなの、まったく気付きもしなかった。

ごっちん、そんな素振り全く見せないんだもんな…

でも、矢口さんが知ってるって事は、あたし、ごっちんの事なんにも分かってなかったんじゃんか。

知りたくなかったけど……それも、寂しいな…


「…そうなんですか、全然知らなかったなぁー」

「…んー、やぐちも最近知ったんだよね」

「そうですか…」

ていうか、何でこんなに普通に返事が出来てるんだろ。
いつもと変わらない調子で会話を続ける自分が、すごく不思議だ。

「わかりました、矢口さん。…ごっちんには、何も言いませんから。…あー、それと、ウチも頑張って告白してみますよ。
 でも、玉砕したときには、矢口さんが慰めてくださいよ?」

「おー、任せとけぇ!」

「イヤイヤ、まだ振られるって決まってませんから」

「あーそだよねー、ゴメン、ゴメン」


160 名前:  投稿日:2003年06月07日(土)21時07分49秒

何でこんなに普通の顔で嘘が言えるんだろう、あたし。
私の声と体を通じて、全然別の人物が話しているような感覚がする。
頭んなかは混乱してぐちゃぐちゃなのに、至って普段通りの笑顔でそんな事言ってるし…
告白なんて出来るわけないじゃん。…たった今、ここであっけなく失恋したとこなのに。
笑顔でなんかいられないはずなのに…


本当は、この場からすぐにでも駆け出して、一人きりになれるところに逃げ込みたい。
そして、泣いて、全てを吐き出して、空っぽにしてしまいたい。

だけど、矢口さんの前でそうする訳にはいかないんだ。
矢口さんは、私の恋心を悩ませるのがごっちんだって知らないんだから。
これから先にも、誰にも知られないようにすればいい。
だから、矢口さんには、今度こそは心配を掛けないようにしよう。
何日か経ったら、矢口さんに「振られちゃいました」って報告して慰めてもらおう。
そうすればもう、ごっちんへの叶わない想いに、諦めがつく。
誰にも知られないままに、いつかは私の中からも、ごっちんへの想いは消えてしまうんだ。

…それで、全部がお終いになるはずだから。




161 名前:作者 投稿日:2003年06月07日(土)21時09分55秒

>>141さん
いやー、決して書くスピードが速いわけではないんです。
むしろ遅いくらいです。今まで順調に更新できているのは
一区切り付くまで書き切ってからスレを立てて、ストック分を
ちょこちょこ直しつつ更新してきたからなんです。
放置とか放棄は絶対したくなかったので。
ですのでストックがなくなると、お待たせしてしまうかも…

うちの吉澤さんは、おそらくずっとこんな感じです…

162 名前:作者 投稿日:2003年06月07日(土)21時10分39秒

>>142さん
オトコらしいごっちんに、よわっちいよっすぃー。
私が書くとなぜかこうなってしまうみたいですが、
しかし、吉澤さんに頑張ってもらわないと、この話が盛り上がらない訳で…

163 名前:作者 投稿日:2003年06月07日(土)21時12分01秒

>>143さん
どうもありがとうございます。
素直に嬉しいです。
相変わらずはがゆいよしこですが、頑張らせたいと思ってますので。


それでは。

164 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月08日(日)11時04分37秒
あぁ〜、もどかしい…
今1番のお気に入りの小説です。
作者サン頑張ってくださいね。
165 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)11時12分33秒
今日はじめて発見して、全部読ませていただきました。
なんでもっとはやく発見しなかったんだろう、自分。
最近のよしごま不足で凹んでましたので余計に嬉しいです。
頑張れよしこ!!
166 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月08日(日)12時39分50秒
吉子勇気出して!
頑張るんだ〜〜。
続き楽しみにしてますね。
167 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月08日(日)22時39分14秒
んん、まさかごっちんに恋人がいたとは。
これはよっすぃー切ないですね。ツライなぁ。
よっすぃーがあともう少しだけ、勇気を出せたらどうなるんでしょうね。
作者さん頑張って下さいね。続き楽しみに待ってますよ。
168 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月09日(月)17時32分42秒
矢口さんの気まずそうな様子が気になるところですね。
更新お待ちしています。
169 名前:さくしゃ 投稿日:2003年06月09日(月)17時55分04秒

( ´ Д `)<・・・

(0^〜^0)<!!
170 名前:さくしゃ 投稿日:2003年06月09日(月)17時57分12秒

( ´ Д `)人(^〜^0)
171 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月15日(日)00時51分25秒
( ´ Д `)<またーり、またーり。
172 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月15日(日)07時18分27秒
ごっちんの恋人とは…
なんだかカモフラージュしてるだけにも見えるし…気になる…
173 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)15時57分59秒



放課後の校舎の中は、昼間とは打って変わって、静まり返っている。
運動場から、部活動の喧騒が僅かに聞こえてくるだけだ。
授業が終わってからは時間が経ちすぎていて、部活動を終えて帰るにはまだ早いというこの時間、
シンとした廊下を歩いているのは私ひとりだけだ。
体育館を出てから昇降口まで向かう間に、中央ホールの前を通り掛かって、
昨日の矢口さんとのやり取りが思い出される。


あれから何も手につかないでいる。
食欲がなくて夕食が食べられなかったし、夜も眠れなかった。
今朝になってお母さんに、顔色が悪いと心配されて学校を休むように言われた。
だけど、家でじっとしていても、余計なことを考えるだけだと思い、心配顔のお母さんを振り切って登校した。
でも、結局は同じ事で、授業中もごっちんとその恋人の事を考えてしまい、憂鬱になるだけだった。
そんなだから、放課後、部活中にもかかわらず上の空だった私は、試合形式の練習中に
チームメイトにぶつかってしまい、危うく怪我をさせる所だった。
そして、顧問の先生には私が体調が優れないのに無理をしているのだと思われたらしく、
強制的に練習から帰らされてしまった。

174 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)15時58分49秒

こんな時間に学校を出て、このまま家に帰るのは気が進まない。
お母さんにあれこれ詮索されるのは分かってるし。
どこかで寄り道をして気を紛らせよう。
そう思いながら、上履きからローファーに履き替え、校舎を後にする。

カラオケ、ゲーセン、買い物、…どれも一人で行くのはなんとなく気が進まない。
しょうがない、本屋にでも寄って立ち読みして帰ろっと。
家に帰ったときに不審がられないように、結構長い時間をつぶさないといけないな、
なんてリストラされたことを家族に言えないサラリーマンみたいなことを考えてるのがおかしくて、
自分で鼻で笑ってしまった。

そうだ。だったら誰か暇なヤツを捕まえればいいんじゃんか。
ふと、そう思い立った私は早速カバンから携帯を取り出し、誰に連絡を取ろうか考える。
梨華ちゃん。…は、保田さんのとこだろうし…ごっちんの話になったりしたら今は辛すぎるので却下。
同じ部の友達は練習中だし。誰か別の子を見つけよう。
右手で携帯を操り、左手に持ったカバンを意味なく前後にブラブラさせながら校門を出て、
通いなれた駅までの道を歩き始めた。


175 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)15時59分34秒



「あ、よっすぃー!」

校門を出てほんの数メートルのところで、不意に呼びかけられて、ぼんやりと携帯から顔を上げた。

「…あ」

「よっすいーが来てくれないから、ごとーが会いに来ちゃった」

歩道と学校の敷地を分けるフェンスにもたれて私を見つめていたのはごっちんだった。
私は右手に携帯電話を持ったまま、ただ呆然として突っ立っていた。


「ごっちん…お店は?」

「あー、今日木曜日だもん。定休日だよー」

ごっちんのふんわりとした笑顔を見るのは何時振りだろう。
そんなごっちんの姿を見ているうちに、条件反射のように涙がこみ上げて来る自分に驚いた。
慌てて顔を見られないように下を向く。そして何とか涙を堪えようと一度、深呼吸をする。
ホント、ダメだなあたし。
早く忘れなきゃって思ってるのに、まだ、こんなに…
彼女の姿を目にしただけで、泣いてしまうくらい好きなままだ。

176 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時00分34秒

だけど、私がなんとか戸惑いを隠そうと必死になっているのにもお構いなしに、ごっちんはこっちに向かって歩いてくる。

「ごめんねー、学校まで来て待ち伏せなんかしちゃって」

「いや、そんな事ないよ……いつから待ってたの?」

「…んー…いつからだっけ、忘れちゃったよ。……まーいいじゃん、そんな事は」

そんな、つたない言い訳でごまかそうとする、ごっちんの笑顔が胸を刺した。
たぶん授業が終わった頃からずっと待ってたんだろう。
連絡もせずに、私を待ち続けていたという事は。
ごっちんは私が自分を避けている事に気付いていたんだ。
何で避けられているのか、本当の意味は分からないだろうけど。
多分、自分の告白が私には受け入れられなかったんだろうかと、ずっと不安に思っていたはずだ。
その事に罪悪感はあるけれど、今はごっちんの笑顔を間近で見るのは辛すぎる。

いつまでも顔を上げられないでいる私のことを、ごっちんはどんな目で見てる?どう思ってる?


「よかったら、お店に来ない? 予定があったら無理にとは言わないけど…」

「えっ……」

177 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時01分24秒

思わず戸惑いを声に出して言ってしまった私は、とっさに顔を上げた。
目の前のごっちんは、うっすらと微笑んでいたけれど、その細められた瞳の奥は寂しげで、
彼女のこんな表情を目にするのは、初めてだった。

こんな辛そうな、悲しそうな顔、絶対にさせたくなかったのに。
彼女には、ずっと幸せに微笑んでいて欲しい。たとえ、その幸せをあげられるのが、私じゃなくても。
そう思っているのに、私は、寂しげな表情のごっちんから、視線をはずして「ごめん」と小さく謝ることしか出来なかった。

「あー…無理だったら…」

「ちがっ、…そんなんじゃなくて…」

そう言った自分の声が思ったより大きくて、思わず言葉に詰まる。
そうじゃなくって、…なんなんだよ。
続く言葉が出てこない。
ただ、胸の奥にあるもどかしさが苦しくて。
もう少しで溢れてしまいそうなのに、何かはずみがあれば全部吐き出しだしてしまいたいのに、
今までそのきっかけを逃し続けてここまで来てしまったんだ。

向かい合ってお互いの足元を見つめたまま、黙っている二人。
こんなに近くにいるのに。
こんなに苦しいほどの想いで胸の中は一杯なのに、ごっちんには届かない。

178 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時02分20秒



二人の間に沈黙が流れる中、ごっちんの肩越しに、一台の白いセダンが、
左にウインカーを点滅させながらスピードを緩めて近づいて来るのが見えた。
そして、校門の手前まで来ると、ゆっくりと左折して歩道に進入して来る。
校門の脇に立っていた私は、それを避けるために、一歩、二歩と足を踏み出す。
ごっちんは、下に俯いたまま、私が歩み寄ったのに気付き、小さく肩を揺らせ、僅かに後退った。
私が近づいた分だけ、遠ざかる彼女。

その間に白いセダンは、校門をくぐり、通り過ぎて、エンジンの音も段々と遠ざかっていく。

ごっちん、私から遠くへ行かないで。離れてなんか行かないでよ。
もう、二人の間の距離は近づかないの?


エンジン音が聞こえなくなるまで待って、私はもう半歩だけごっちんへと近づいた。


「…行っても、いいかな……お店に…」





179 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時03分00秒



     ◆ 


180 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時04分35秒



約一週間ぶりの、この席に座って見える景色は、いつもとは別の場所のような感覚がする。
普段明るい日差しが差し込んでいる窓は、今日はブラインドが下ろされていて、店内は薄暗い。
いつもはゆったりとした音楽が流れているけれど、今日は無音だ。
その代わりに、厨房の奥にある冷蔵庫のモーター音がよく聞こえる。
それでも、店の中は静かだ。

この店に来るまでの間は、ごっちんはもうあの寂しげな表情を見せることはなかった。
二人でこの一週間にあったことを、お互いに話し合って、笑ったりもした。
だけど、一度もごっちんと私の目が合う事はなくて、自業自得だと分かっているけど、でも寂しかった。



私はいつものこの席に座り、ただ黙ってごっちんがお茶の用意をしているのをぼんやり見ていた。
カウンターの内側で、カップに紅茶を注ぐごっちんの横顔とか、華奢な肩のラインとか。
言葉に出して伝えた事はないけれど、いつも綺麗だなと思っていた手の動きとか。
じっと見つめていると、つい、隠し続けてきた想いが口をついて出てきそうになって、また胸が苦しくなる。

181 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時05分37秒

見ているだけで、泣きそうになるくらい好きなのに、
どうしても会うのが恐くて、逃げてばかりでいたのは、
この、ゆったりとした心地よいひと時を失うのを恐れていたからだ。
今更ながらに、そう思い直した。


「はいどーぞ。…あ、今日は休みだからお金取ったりしないからね?」

「アハハ…さんきゅ」


いつものように柔らかく微笑んで、カップを私の前にそっと置いてくれる。
お店に戻ってきてからのごっちんも、言葉数は少ないけれど、いつもと変わらないようだった。

ただ、違っていたのは…
自分の分のカップを私の隣に滑らせて、私の隣の席に、ためらいもなく座ったことだった。


「あはー、なーんかヘンな感じー」

182 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時06分46秒

ごっちんは座ったまま体ごと左右にひねり、グルッと室内を見回してなんとなく嬉しそうだ。
そんなごっちんとは対照的に、私はすぐ隣にごっちんが座っているという慣れない感覚に体が強張っていた。
いつもそこへ座っているのは、矢口さんが殆どで、たまに梨華ちゃんか保田さんがいることもあったけれど、
ごっちんが隣にいるというのは初めてだった。
ごっちんのほうを見ていいのか、ただ前を向いていればいいのか、そんな事さえも考えられなくなって、
全ての動きがぎこちなくなりそうで、身動きが取れない。

「よっすぃーもさー、ヘンな感じじゃない?ごとーが隣に座ってると」

「…あー、うん。…そうだね」

ごっちんは私の内心の戸惑いを知ってか知らずかそんなことを聞いてくる。
私は、それに短く返事をするので精一杯で、会話が続かない。
何も言わない私を諦めて、ごっちんは「そっかそっか」と一人で納得したように小さく呟きながら、
両手でカップを包んで口に運んだ。
183 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時07分34秒

私も横目でそれを見て、倣うようにカップを手にとる。
カップから立ち上る温かい湯気の香りと、口の中に広がるミルクティーの甘さが、
私をちょっとずつほぐしてくれる。
少しだけ緊張の解けた私の口からは、自然とうっとりとした溜息が漏れてしまう。
それに気付いたごっちんは私を見て、フフッと小さく笑い声をもらした。

「あ…久しぶりに飲んだけど、やっぱ美味しいね」

なんとか口に出してそう言う事が出来たけど、
間近にごっちんのその綺麗な微笑を目にしてしまって、胸の高鳴りは押さえられない。

「うん、ありがとー」

「どういたしまして…」

ここへ来てやっと、まともにごっちんと目が合う。
ほんの数秒の間のことだったけれど、綺麗に微笑むごっちんの瞳に目を奪われた私には、
それよりも長い時間に感じられた。



184 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時08分58秒



「よっすぃーってさ、いつもその席に座ってるでしょ…」

しばらく二人とも黙ってミルクティーを飲みながらぼんやりしていたけれど、
不意にごっちんが手元のカップを見つめたまま、呟くようにして言った。
私が黙ってそれに頷くと、ごっちんは相変わらず手元を見つめたまま続けた。

「…でさ、こんな事、お客さんに思っちゃいけないんだけどさ……
 誰か他の人がそこに座ろうとするとね、どっか他の席に座ってよーって思っちゃうんだよね」


私はこの店に来ると必ずこの席に座っていた。
先客があることもたまにあるけれど、それは、本当にごく稀で、こんな隅っこの席なので大体は空いているからだ。
それに、この席はこの店の中で一番、カウンターの内側がよく見渡せる席だから。
私はここからごっちんが仕事をしているのを眺めるのがとても好きだった。
何時間だって座っていることが出来た。
だけど、自分ひとりでこの席を占領しているようで、実は後ろめたい気持ちもあった。
だから、ごっちんのその言葉は、私には思ってもみない言葉だった。

185 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時10分18秒

言葉に詰まって思うように返事が出来ないでいる私に、ごっちんはさらに続けた。

「だから、よっすぃーがその席に座ってないと、
 …すごく落ち着かないの。……すごく不安になるんだ…」

そう言ったごっちんの頭が少し下に揺れて、長い髪が表情を隠すようにハラリと落ちた。
私はそれを見届けて、黙って視線を自分の目の前のティーカップに移した。
ごっちんの言った言葉が頭の中で繰り返されるけど、上手く意味が伝わらない。
ごっちんが何を言おうとしてるのか、わからない。

それは、いつも通って来る店の客が、最近は来ないということが落ち着かないってこと?
信用していた友達に裏切られたかもしれないと思って不安なの?

ごっちんにとって、私は、ちょっと仲のいいお客さんでしかないのかな。

私は、あなたが誰か他の人のものだと知って、何も手につかないし、
夜も眠れないほど、胸が痛くて苦しくて堪らないのに。

「べつに、来なくなったことを責めてるわけじゃないよ。
 よっすぃーがごとーの事をどう思ってても、どういう考え方するのも、そんなのよっすぃーの自由だもん。
 ただ…はっきりよっすぃーの口から聞かせて欲しいの…」

186 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時11分08秒

あなたへの叶わない思いにやり切れなくて、悲しくて、何度も泣いた事があるんだよ。


「はっきり言ってくれないと、ごとー、よっすぃーのこと、……ずっと待っちゃうから」


ひどいよ、ごっちん。
どうして、そんなに私のことを、惑わせて、追い詰めるようなことばかり言うの?



「ごとーの事、理解できないなら、そう言ってよ…
 もう、ここに来たくないなら…ごとーに会いたくないなら、ちゃんと言って欲しいの」


私だって、ずっと言いたかったよ。…伝えたかったよ。
でも、勇気がなくて。
傷つく覚悟が出来なくて、ずっと、言えなかったんだ。
ずっと、ずっと、胸の中に溢れそうになるのを押し込めてきたんだ。


目が熱くなって、鼻の奥が痛くなってくる。
我慢しなきゃ、と思うけど涙腺は言う事を聞かない。
零れそうだから、上を向きたいけど、ごっちんが私のことをジッと見つめてるから、
そうしたいのに出来ないよ。

187 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時12分07秒

カウンターの上に、ぽたりと雫が落ちて、ひとつ小さな水溜りが出来た。
その小さな水溜りは、後から後から増えて、繋がって、広がっていく。
それを滲む視界でぼんやり見ていると、私の隣でごっちんが小さく息を呑むのが分かった。

「えっ、よっすぃー? 泣いて……ごめん、ごとーがヘンな事言ったから、…ごめんね」

ごっちんは何度も「ゴメン」と言いながら、私の背中に遠慮がちに手のひらを載せて、顔を覗き込んでくる。

「…ごっちん」

お願いだから、もう謝らないでよ。心配なんかしないでよ。

「なに? よっすぃー」

こんな私のこと、もう、気に掛けてなんて、くれなくていいから……
いっそ、弱虫なヤツだって軽蔑してくれるなら、それでいい。
でも、もう…我慢の限界だよ…。
ごっちんに会えば、隠し通そうって決めてた気持ちを、抑えられなくなるんじゃないかって予感してたから、
ずっと会えないでいたのに、なんの覚悟もないままに今日こうして二人きりになってしまった…
…だから、もう言わないから、これ以上悩ませたりなんかしないから。
これで、最後だから。
最後だから、聞いてもらってもいいかな…

188 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時13分34秒


「あたし…ずっとずっと、ごっちんのことが好きだった。
 多分、初めて会ったときから…ずっと、好きだったんだ」


「え…」

「ごっちんのこと、避けるつもりはなかったんだ……ずっと、会いたかったんだ。
 でも、どんどん好きになってくのに、言えないのが辛くて、……そんな自分が嫌で…」

「…よっすぃー」

その先を言おうとしても、声が詰まって出てこない。
何か話そうとすれば、泣き声のほうが先に出てしまいそうになる。
長い間自分の胸だけに秘めていた叶う事のない想いを、ごっちんに打ち明けてしまった私の涙は、
溢れ続けて止まる事を知らない。

こんなにたくさんの涙を、私は今まで我慢していたのかな。
だけど、ゴメンね、ごっちん。
今、すごく困らせてるよね、あたし。
迷惑なのは、自分でも分かってるのに、…ゴメンね。
いくら、自分勝手に自己嫌悪しても、何も変わらないけど。…だけど、ゴメン。

189 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時14分52秒

止まらない涙を無理やり止めるつもりで、一度大きく息を吸い込む。
自分に覚悟を決めろと言い聞かせるために、カウンターの上の小さな水溜りを、
ブレザーの袖でグイッと拭った。
そして、顔を上げて背筋を伸ばす。
…最後くらい、強くありたい。

「…ごめん…いいんだ、ごっちん…忘れていいから、今の」

「え…?」

「あたし、もう言わないから…困ってるよね、ごっちん」

「そんな…」

だから、そんな寂しそうな顔しないでよ。
ごっちんが、突き放してくれないと、
弱い私の決心なんて、簡単にぐらついてしまうんだから。
…だから、

「忘れて欲しい」


「…そんな事…言わないでよ」

190 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時17分03秒

何で、そんな悲しそうな顔で、そんな残酷な事言うの?
もうこれ以上、私のこと期待させないでよ。
もしかしたら、って思っちゃうじゃん。

…でも、そう思い切れないのは…

「だって、ごっちん。…付き合ってる人いるんでしょ?」

…ほら、言いたくないセリフまで、言わなきゃいけなくなったじゃんか。
ごっちんと二人っきりの時は、忘れていようと思ってたのに。
これから先、友達としてそばにいられる事が、もし許されるのなら、
何も知らない振りでいようと思ってたのに。
せっかく止まりかけた涙なのに、すぐにまた視界が滲み出す。
だけど、ごっちんに見られたくないから、俯いて急いで指で拭った。


191 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時18分03秒



「…なに…それ?」


ポツンとそう呟いたごっちん。
そっと表情を伺うと、私のことを不思議そうな顔で見ている。
もし、この顔で本当に惚けているのなら、ごっちんは相当にヒドイ女だよ?
私、知ってるんだよ、矢口さんに聞いちゃったんだからね?
怪訝な表情のごっちんから目線を外して、もう一度言い直す。

「…付き合ってる人が…いるって…」

「えぇっ!?」


私が全て言い切る前に、この場にそぐわない大きな声で反応するごっちんに驚いて、
思わず顔を見合わせてしまう。
目を見開いて私のことをじっと見ているごっちんに、場違いにもかかわらず照れてしまい、
また目を逸らしてしまったんだけど、ごっちんは、その態度をどう取ったのか、
私の腕を軽く掴んで引っ張り、自分へと向き直させた。

192 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時19分17秒

「いないよっ、そんなの!」

私の目を見て訴えるように言うごっちんが、惚けているようには到底思えないんだけど、
私には昨日の矢口さんの言葉がよみがえって来る。

「だって、昨日矢口さんが、ごっちんは今、恋人とケンカして大変だから…困らせるようなこと言うなって…」

「はっ?…恋人?…ケンカ?…なんか、よくわかんないけど…
 ごとーが、やぐっつぁんに相談したのは、……よっすぃーのことだよ?」


「あたしの、こと?」

まったく噛み合わない二人の会話に、混乱してきた私の涙はいつの間にかすっかり乾いてしまった。
何がどうすれ違っているのか全然分からない。
私は、意味が分からないというように、眉間を寄せてごっちんのことを見つめた。
ごっちんは一瞬私と目が合ったけどすぐに逸らして、俯いてしまった。

193 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時20分40秒


「…だから……よっすぃーが、お店に来てくれなくて……会えなくて、辛いって……」


目を伏せてそう言うごっちんの、首から頬に掛けてが徐々にうっすらと紅潮し始める。
ごっちんの伏せられた睫毛や、少しだけ開いた唇に目が吸い寄せられて、
私の心臓もトクトクと速い鼓動を刻みだす。


なかなか続きを言おうとしないごっちん。
一度、何かを言おうとして、ためらって、唇を軽くかむ。
チラッと私を上目遣いで見て、直ぐにまた目を伏せる。
私の胸も、ドクンと跳ね上がる。
今まで胸の中を占めていた苦しさは、今はもうほとんどなくなってしまっている。
その代りに、ごっちんの紅潮した頬と、可愛らしい仕草を目の前にして、
さっきまでとは別の場所からやってくる高揚感で胸が押しつぶされそうになる。

目元までピンクに染まったごっちんから目が離せない。
その先の言葉を紡ぎ出すはずの唇から目が離せない。
このまま、胸が壊れてしまいそう。

194 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時22分18秒



「…よっすぃーのこと、……ずっと…好きだった、って」



長めの前髪から覗く目を伏せたまま、小さな声でそう言った彼女。

私の心臓は、今まで感じた事がないくらい、大きく波打ったけれど、壊れる事はなかった。
でも、代わりになのか、涙腺が壊れてしまったように、止め処なく涙が零れてくる。
私の涙を見て、ためらいがちに私の背中に腕を回したごっちんは、
労わるように優しい手つきで撫でてくれる。
同時に、激しく波打っていた心臓も、徐々に落ち着きを取り戻す。
しばらくして、泣きながらの照れ笑いで応えると、ごっちんは微笑んで私の背中を撫でていた手で、
髪をそっと撫でてくれた。
その手はとても心地よくて、優しくて。
今までずっと締め付けられていた痛みから解放された私の胸が、
ゆっくりと染み込むように安心感で満たされていくのを感じる。
髪を優しく撫でながら、私にそっと寄り添ってくれる柔らかくて暖かい体温は、
小さな子供のころに、お母さんに優しく抱かれている時のぬくもりと似ていると思った。
このままずっとごっちんに寄り添って、甘えていられたら良いのに。



195 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時23分23秒



「ごとーね、もしかしたらよっすぃーは、ごとーの気持ちに気付いてるのかもって、思ってた」

「…そんなの……あたし、自分のことでいっぱいいっぱいだったもん」

赤くなった泣き顔を見られないように、俯いてそう言うと、なんだか拗ねてるみたいな口振りになってしまった。

「ふふっ…よっすぃー、かわいーね」

ごっちんのはしゃいでいるときの幼い感じの声も好きだけど、
……ホントは、今みたいな落ち着いた低いトーンのあったかい声がいちばん好きだ。
その声で、優しく髪を撫でながら、そんな事を囁かれてしまったら。
しかも、息が掛かるくらいのこんなに近い距離で。
再び私の心臓はピンチを迎えてしまう事になる。

「…よっすぃー、もう泣き止んだ?」

「……ん」

「…よかった」

196 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時24分52秒

ごっちんは、言い終わらないうちに、私の髪を撫でていた手でそのまま頭を自分へと引き寄せる。
私はそれに逆らわずに、ごっちんの肩にもたれるように体を寄せた。
そして、前髪の上から額に優しく触れた唇の柔らかな感触に、一瞬意識が奪われそうになる。

この時、私の心臓は、とうとう壊れてしまったのかな、と思うほど大変な状態になってしまったけど、
この心が奪われてしまったのがごっちんなら、他の誰かの救いの手なんていらない。
ずっと囚われたままでいたい。
…なんて、恥ずかし過ぎて言葉にしては言えないけど、本気でそう思ってしまった自分は、
すでにちょっと恥ずかしいんだけど。


「……よっすぃー?…もう、なんにも言わずに、ここに来なくなったりしないでね?」

私の頬に軽く片手を添えたまま、ごっちんは私の頭にコツンと自分のおでこをくっ付けた。
その声が、あまりにも切なげで、胸が締め付けられる。

「……うん、…ごめんね」

「…すごい、辛かったんだよ?……もう、ヤダよ…こんなの…」

「…うん…もうしない」

197 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時26分15秒

「…この席は、よっすぃーの指定席なんだからね」

「……うん」

「約束だよ?」と囁くごっちんの吐息を頬に感じて、無意識に、誘われるように目を閉じる。
そして、頬にフワリと柔らかな感触が触れて、離れた。
そのまま遠くに連れ去られそうになった意識の端を捕まえて、
ゆっくりと目を開けると、ごっちんの綺麗な微笑が待っていた。

「…ちゃんと約束したからね」

こんな約束なら、いくらだって縛られてたいよ…

すっかりのぼせ上がった頭で、体裁を繕う余裕なんてない私は、無意識にごっちんの唇を見つめてしまう。
そんな私をごっちんは、僅かに小首をかしげて見つめると、イタズラっぽい微笑を浮かべた。

198 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時27分00秒

「…あー、もしかして……もっと別の場所にするの期待してた?」

「えっ、…いやっ…そんな……」

…そんな事は……あるかも。…正直に言うと。…いや、言えないんだけど。

ゴニョゴニョと言葉を濁しつつ、下を俯かざるを得ない私ことを、
ごっちんはなんだか楽しそうに覗き込もうとする。

「あはっ、よっすぃー顔が真っ赤になってるよぉー?」

そんなの自分でも分かってるよぉ…めっちゃ顔が熱いもん。
てか、ごっちん、そんなに顔を近づけないでよ…これ以上は、もう…
あぁ、もう許してよぉ…

「かぁわいーねぇ、よっすぃー」




199 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時28分19秒




そんなこんなで、これ以上ないくらい真っ赤に染まってしまった私の顔を、
ごっちんに気の済むまでからかわれ、それにもかかわらず、顔が緩みっぱなしで戻らない私。
きっとこんなところ、矢口さんに見られたりしたら、当分はこれをネタに、強請られ……ん?

そうだよ!
矢口さんだよ!!
何で矢口さんは、私に、ごっちんには恋人がいる、なんて言ったんだろう?



なぜ、矢口さんは私にあんな嘘をついたのか。
ごっちんの話も合わせて考えると…
私と会う前の日に、ごっちんからお店に来なくなった私のことで相談を受けていた矢口さんは、
なんとかごっちんの力になってあげようと、翌日私に会いにきたんだ。
でも、その時私に思わぬことを告白されて、すっかり頭の片隅に追いやられていたごっちんのことを急に思い出した。
私の想い人がごっちんだとは考えもしない矢口さんは、ごっちんが知る前にどうにかしようと思い、とっさにあんな嘘をついたんだろう。
そしてごっちんは、矢口さんからは何も聞かされないまま、私に会いに来たんだ。

200 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時29分01秒

そう考えると、私とごっちんの間に挟まれていた矢口さんは、もしかしたら誰よりも頭を悩ませ、
胸を痛めることになってしまったのかもしれない。

ごっちんに私の考えを伝えると、腕を組んで「う〜ん」と唸った後、おもむろにポケットから携帯を取り出した。

「やぐっつぁん、ここに呼ぼうか?」

「えっ、今から?」

「うん。だって、絶対今頃どうやって私のこと慰めようか一生懸命考えてるよ、やぐっつぁん」

そうだよね…やぐちさんは、私とごっちんがこうなってしまったとは、夢にも思ってないだろうな。
それもこれも、私が矢口さんに本当のことを言えなかったのが悪いんだけど…
…だけど、もうちょっとごっちんとこうしてたいって思ってしまって、矢口さんに申し訳なく思ったり。

ごっちんは、早速電話を掛けようと慣れた手つきでパチンと携帯を開いた。
でも、ちょっと待った。

「あっ、あのさ、ごっちん」

「んー?」

201 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時29分53秒

「……矢口さんに、…私が泣いたって事は言わないでね」

きょとんとした目で見つめられてしまい、恥ずかしくて顔を横に背けてしまう。
絶対また顔、真っ赤になってるよ、あたし。

「あはっ…いーよぉ、ごとーの胸の中だけにしまっとくよ。
 あんなにかわいいよっすぃー、誰にも知られたくないもんねー」

「……」


矢口さんに知られると、当分はその事でからかわれるに違いない。
そうするとすぐに、梨華ちゃんや保田さんにまで知られる事になるだろう。
そんなの、絶対にイヤ過ぎる…。
一応は、みんなの前では『オトコマエ』で通っているのだ、私は…

こんな弱っちぃ私を知ってるのは、ごっちんだけなんだから。
とは言え、私の泣き顔を唯一知ってるごっちんに、このイタズラっぽい笑顔で翻弄されてしまうのは……

……ちょっと、…それもいいかな…って、想像したらときめいてしまった。…ヤバイかも、あたし。





202 名前:   投稿日:2003年06月15日(日)16時31分12秒




こんなごっちんのかわいらしい笑顔に翻弄されて、…それなのに、ときめいてしまったり。
唐突な発言に、頭を悩ませたり、胸を痛めたり。
…傍に寄り添ってくれる、優しくてあったかい体温に、安らいだり。
……不意に、あの時、頬に感じた唇の柔らかさを思い出して、幸せな気分になったり…

そんな幸せな未来を思い描かせてくれる、目の前のごっちんの笑顔。

ねぇ、ごっちん。
あんなカッコ悪い私を見せたのは、ごっちんだけだから、…これからだってそうだから。

だから、ちゃんと約束を守ってよ?…泣き虫な私も、カワイイ私も、ごっちんには全部知ってて欲しいんだ。

私も約束するよ。

ずっと、この席は私の指定席だから。
…絶対、ほかの誰かに座らせたりなんかしないんだからね?





203 名前:作者 投稿日:2003年06月15日(日)16時33分24秒

>>164さん
読者様には今までもどかしい思いをさせてしまったかもしれませんが、作者が我慢できませんでしたのでこうなりました(w

>>165さん
現実世界でも二人が同じ画面に移るのはハロモニしかなくなってしまいましたからね。
しかも、最近はそれすらも少なくなってきたようですし…
でもまぁ、画面に映らないところでは相変わらず仲が宜しい様なので、まだまだ頑張れそうです。

>>166さん
よしこが頑張ったのかどうかは微妙ですが…(w

>>167さん
すいません、こういうオチでした…
よっすぃーにとっては良い事なんですけど、作者的にはごっちんの恋人を登場させて、
もう少しよっすぃーに悩んでもらおうかとも考えてたんですが……我慢できませんでした。

>>168さん
矢口さんの言動についてはこういう理由があったんですが、その辺のつじつまが分かりづらかったらごめんなさい。

>>171さん
どうか今後も
( ´ Д `)<またーり
でお付き合い願います…

>>172さん
172さんの予想と近い結果だったと思いますが、スッキリしてもらえたでしょうか。

204 名前:作者 投稿日:2003年06月15日(日)16時35分48秒

感想レスどうもありがとうございます。
めちゃくちゃ励みになってます。本当に感謝してます。

205 名前:作者 投稿日:2003年06月15日(日)16時36分20秒


一区切りついたところで、次回更新は少し間隔が空くかもしれませんが、今後ともどうぞよろしくお願いします。


206 名前:作者 投稿日:2003年06月15日(日)16時37分02秒

今回更新分は、>>173-202 です。

それでは。

207 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月15日(日)16時38分13秒
いいシーンをリアルで読ませてもらいました。
これからその席に座ろうとする客を見る時の表情には気をつけて欲しいですね(w
208 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月15日(日)16時42分13秒
リアルタイム更新キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ !!!!
久しぶりのよしごま正統派作品楽しませてもらってます。
この作品のよっすぃ〜は純真さがスゴクかわいいです(*´∀`)
209 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月15日(日)18時02分48秒
ついにキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ !!!!
これぞよしごま!!ですね。
俺もこれ以上焦らされたらもう、辛抱できなかったっす。(w
さいこーです、まじで。
210 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月15日(日)21時39分19秒
よしごまサイコーです(^^)
ごっちんもよっすぃーの事思ってたんですね・・良かった。
もうねよっすぃー可愛いです。今度はカッケーよっすぃー見たいですね
やっぱ今一番好きな小説です。
まったーり待ってますね!
211 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月17日(火)12時00分50秒
キタ━━━━!!!
いやもう、わかってんだけどドキドキでした。
エエもん読ませていただきました。。ナムナム。
212 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月21日(土)16時15分20秒
ああ、よかったですよ本当に。
よっちぃ可愛いなぁ。どうしてくれよう。
個人的にもうちょっと焦らされてもよかったかなと。
焦らされるの大好きですから(変態
なのでマターリ待たせてもらいます。頑張って下さいね。
213 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月28日(土)19時26分22秒
面白かったです!!よっしぃーの気持ちが伝わってよかった〜
214 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月08日(火)01時12分26秒
今さら初めから読ませて頂きましたが、もう最高です。たまらんかったです。
すっごい萌え。最高潮の萌えをありがとうございます。
これからも期待してますんでがんがってください。

いやよしごまってホントにイイなぁぁ。。。
215 名前:   投稿日:2003年07月15日(火)19時45分16秒




 ピィーーーッ



コートに響き渡るホイッスルの音。

それとほぼ同時に、私は着地後の崩れた体勢のまま、主審へと勢いよく振り向いた。


そして、次の瞬間。
相手コートからは、黄色い歓声とお互いに手を打ち合わせる音。
味方ベンチからは、溜息とそれに続く励ましの声。
呆然としながら振り返った先には、ネット際に一人離れて立っていた私の背中を、
ポンとたたいてレシーブのポジションにつくように促してくれたチームメイトの後姿。


216 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時46分04秒


私が放ったスパイクのジャッジは、アウトだった。

…絶対に入ったと思ったのに。

ボールが私の手から離れた瞬間、かなり手ごたえはあったんだ。
けど、ラインギリギリに入ったと思ったボールは、実際はそうじゃなかったらしい。
自分では入ったと確信があった分、それを覆されたショックは、私にとっては一点を失った分よりも大きかった。


けれど、試合はこれで終わりじゃない。まだ始まったばかりだ。
いつまでもぐちぐち考えても、ジャッジは覆る事はないんだ。
気持ちを切り替えるつもりで、一回大きく息を吐いてみる。
それからユニフォームの首のところを伸ばして、あごに伝う汗を拭った。

217 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時47分57秒

「よっしゃ!」

小さな声で自分に気合を入れる。
そして、顔を上げて南側のギャラリー席に視線を向ける。
今日、このコートに立ってからずっと、緊張や不安を感じる瞬間に、私は無意識にその場所へと視線を向けていた。
ほぼ人で埋まったその一角の中でも、私の目は迷うことなく彼女の姿を見つけることが出来る。
吸い寄せられるように、二人の視線がひとつに合わさった。

その瞬間、ふわっと微笑んだ彼女の口が、「がんばれ」と言ったのが見えた。

じわじわと体に高揚感が広がっていくのを感じる。

きっと、次のスパイクは決まる。

セッターの後ろ手のサインを確認して、もう一度気合を入れなおす。

もう大丈夫だ。彼女がパワーをくれるから、大丈夫。


相手の鋭いサーブが、チームメイトの腕に辺り鈍い音がする。
私はサイン通りの動きで助走を付ける。
セッターの放つトスにタイミングをあわせて、ジャンプ。
渾身の力を込めて、スパイクを打った。



218 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時48分58秒
     ◆






インターハイ予選初日。

午前中の一試合目が終わり、午後からの二試合目が始まるまでの空き時間。
私はチームメイトから離れて、この南側のギャラリー席にやって来た。

席の後ろの通路から、見慣れた後姿を見つけて「おーい」と声を掛けると、
元気よく振り返った矢口さんは、大きく手を振って応えてくれている。
その隣には、さっきの試合での私のパワーの源である、彼女の微笑があった。
前から3列目の席に座っている二人の後ろの列には、梨華ちゃんが。そしてもう一人。
他のメンバーに無理やり連れて来られたと思われる、眠そうな不機嫌顔の保田さんもいる。

今日が土曜日という事もあって、こうしてみんなが来てくれることになったんだけど、ごっちんだけは事情が違った。
ごっちんのお店は今日も通常通りの営業日。
だけど、私の試合を見に来てくれるために、今日は家の人にお店を任せて、こうしてみんなと一緒に来てくれたんだ。


219 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時49分47秒



ごっちんに思いを全て告げる事が出来たあの日から後も、私はバレーに集中していた。
高校生活最後になるかもしれないこの試合に、大袈裟かもしれないけど、今までのバレー人生の全てを掛けたかったからだ。
多分、高校を卒業すれば、こうして真剣にバレーに打ち込む事はなくなる。だから出来る限りの力を注ぎたかった。
そんな、恥ずかしくて誰にも言わなかった事もごっちんには全部聞いてもらった。
私の話を聞いたごっちんは、私がプレーしてるところを見たいと言ってくれて、今日こうしてお店を休んでまで来てくれたんだ。

そして、ごっちんの…いや、みんなの応援のおかげで無事に緒戦を突破する事が出来た。




220 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時51分17秒



「よっすぃー! 大活躍だったじゃん!」
「カッコよかったよー!」

私が近くまで下りて行くと、一斉ににみんなが褒めてくれた。
何だか照れくさくて、「どーもどーも」と頭を手で掻きながらおどけてそれに応える。
そして、ごっちんの隣にでも座ろうかな、と思ったんだけど…

…席が、ない。


ごっちんは通路の階段のすぐ脇の席に座っている。矢口さんはその隣。
梨華ちゃんと保田さんはその後ろ。ちなみにごっちんの前の席は別の高校の生徒がずらっと陣取っているので、
周りの席は、ほぼ埋まっている状態。
つまりは、私がごっちんの近くのイスに座ることは出来ない。

なんでだよ、ちょっとひどくない?
私、さっきの試合で大活躍だった選手だよ?
もうちょっと待遇がよくてもいいと思うんだけど?

221 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時53分11秒

「あー、よっすぃーここ座る?」

ショックを受けている私に、矢口さんは自分の隣の席を指して聞いてくれたんだけど、

「…いや、いいです。…ウチはここで」

矢口さんにぺこっと頭を下げて、私はいま立っている階段に直に腰掛けた。
…だって、どうしてもごっちんの隣がよかったんだもん。
矢口さんが一つ席をずれてくれたらいいんだけど、…そんなのあからさま過ぎて、恥ずかしいから言えない。

こうして階段に座ると、私の頭はごっちんの肩辺りにあって、ごっちんの事を見ようとすると、見上げるような格好になる。
ごっちんは私が何でここに座ったのか分かったみたいで、矢口さんに気付かれないように、私を見下ろしてこっそり目配せしてくれた。


222 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時54分11秒


…まぁ、これはこれで…なかなか、いいんじゃないかなと…。




それからしばらくは、下のコートで行われている試合を、ごっちんに分かりやすく解説しながら眺めていた。

私の説明に、ふむふむと頷きつつ、真剣にコートを見つめるごっちんの横顔に見とれていると、時間なんてあっという間に過ぎてしまう。
今行われている試合のどちらかのチームとこの先対戦する事になるかもしれないので、真剣に見ないといけないんだろうけど…

結局、第一セットが終わるまでの間に、試合の展開を追うよりも、
ごっちんの横顔にときめいていた時間のほうが長かったような気さえするのだった。


223 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時54分43秒




「あ、よっすぃー?」
「ん〜?」

2セット目が始まるまでのコートチェンジの間、ごっちんが何か思い出したように私の名前を呼んだ。
私が見上げて返事をすると、ごっちんも私を見下ろす。

「お昼はどうすんの?」
「あー、コンビニにでも行って、なんか買ってこようかなって思ってるけど…」

午後からの試合が始まる前までにチームに合流すればいいから、
お昼はみんなで外に食べに行くのもいいかな、なんて思ってもいたし。
…そういえば、もう、そんな時間か。


224 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時55分27秒

「…そっかー…じゃあ、いーかなぁ…ごとー、ちょっと作ってきたんだけどさ…」

私の返事を聞いたごっちんは、そう言いながら足元に置いてあるトートバッグから、何かを取り出した。
そして、いったん自分の膝の上にそれを載せる。

ごっちんの膝の上に有るのは、赤いハンカチで包まれた四角い箱。

チラッとごっちんの顔を窺うと、目線を手元に落とし、唇をちょっと尖らせて、ほっぺもほんのり赤くなっているような…。


…もしかして、この展開は…期待しちゃってもいいのかな?


「よかったら、食べて?」

はにかんだ笑顔のごっちんは、照れているのか、押し付けるようにその箱を私の膝にポンと載せた。
私は慌ててそれを落とさないように両手で支えると、もう一度ごっちんの顔を見上げる。

225 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時56分05秒

「…お弁当?」

黙ったまま、コクッと頷くごっちん。

「…えへへ、ありがと…うれしーなぁ」

言葉どおりの感激が隠せない私は、緩んだままの顔で、ごっちんを見た。
ごっちんは、「どういたしまして」と言って、にこっと笑ってくれた。
さらさらの髪の間からちょこんと出てる耳がちょっと赤くなってるのが、どうにも…たまらん。


ごっちんに許可を貰って、包みの結び目を解き、お弁当箱を開ける。
黄色いお弁当箱の中には、おにぎりが二つと、色見の綺麗なおかずがきっちり丁寧につめられている。

「うっわぁ……すっげ…うまそー」

今度は、緩んだ顔を引き締めて、もう一度爽やかに「ありがとう」と言おうとして顔を上げると、
ごっちんはさっきよりもほんのりほっぺを赤くして、私のことを、あのふんわりした微笑を浮かべて見つめていた。
だけど、私と目が合うとちょっと視線を泳がせて、ぎこちない仕草で正面のフロアーのほうに向いてしまう。

226 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時56分51秒


…くぅ〜〜…どうする?……どうしよ…はいっちゃったよ…
ストライクだよ…しかも、ど真ん中…。

この場で悶えて転げまわりたいのは、やまやまだけど、…そんなの、この場にいる全員に引かれるのは間違いないので、無理。
でも、この行き場のない熱くたぎる想いは、どこにぶつければいいんだ…
許されるなら、この場でごっちんを抱きしめて、頬擦りしたい気分。


「……ハァ……かわいすぎ…」

「えっ、なに?よっすぃー」

欲望をグッと我慢して、それでも無意識に口に出してしまった言葉は、
幸いにもごっちんの耳には届かなかったらしく、私はもう一度お礼を言い直した。

「あっ、いや…ありがとね、ごっちん」
「うん、これ食べて試合がんばってね!」

……はぁ…モチロンさ…頑張るに決まってんじゃん。
この大会の優勝は、きみに捧げるよ…


227 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時57分25秒


そんなアホなことを本気で妄想していた私は、あまりにも幸せすぎて、
ここが何処だかすっかり頭から消えてしまっていた。

が、しかし。

「あっ! なにそれ! ふたりで何をコソコソしてるのかと思ったら!」

ごっちんの向こう側から聞こえる、元気いっぱいな声に、瞬時に現実へ引き戻されるのだった。

「いーなぁ、よっすぃー…オイラもお腹すいちゃったなぁ〜」

わざとらしく指を咥えて、私の膝の上のお弁当箱を覗き込む矢口さん。
危険を感じて、私は思わずお弁当覆い隠すように、腕で囲う。

「何だよそれ! 性格悪いぞ、よっすぃー」
「…別にいいですよ、性格悪くても」

ボソッと聞こえないように言ったつもりだけど、矢口さんは「口答えするなー!」とごっちんの背中越しに
小さな体を力いっぱい伸ばして、私の頭をはたこうとしてくる。

228 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時58分01秒


そのとき、

「ちょっと、やぐっつぁ〜ん」

首をすくめる私の横から、天の助けが。

「よしこ、いじめないでよー」

そうだそうだ…私はごっちんの影に隠れるようにして、矢口さんのことを見ると、
むーっと下唇をちょっと突き出して、不満そうな目で私のこと睨んでいる。

…まじで、こえーよ…食べ物の恨みは怖いって本当なんだな。

でも、そんな怖い顔して見られたって、全然平気だもん。
私には、このごっちんに作ってもらったお弁当があるんだから。…ね、ごっちん。



229 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時58分43秒


「やぐっつぁん、怒んないでよ。ちゃんとみんなの分も作ってきたからさ」


…え?


そう言った彼女が、再び足元のトートバッグから取り出したのは、籠細工の四角い箱。
私のお弁当箱よりもずっと大きい…

きらきらと目を輝かす矢口さんの目の前で、ごっちんがそのバスケットの蓋を開けると、
中に入っていたのは、綺麗に一面に並べられているサンドイッチ。

「うわぁ、おいしそう!」
「さすが、ごっちんだねー」

私たちの後ろに座っていた、梨華ちゃんと保田さんも身を乗り出して覗き込んでいる。

…まあ、いいんだけどさ。
ごっちん、優しいし。こういうとこ気が利くし。
私だけ食べるって言うのも、気が引けるしね…

230 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)19時59分26秒

しっかし、こうやってバスケットとかに入れちゃうのって、女の子だよなぁー。
私だったら適当にその辺のタッパーにいれちゃうもん。
やっぱこういうこだわりがないと、お店もやってけないよね。

静かに感心している私の横で、他のみんなは、ごっちんのサンドイッチを前に盛り上がっている。

「すっげー! ごっつぁん、彼女になってー! いや、いっそヨメに来て!」

ドサクサにまぎれてなに言ってんですか、矢口さん!
冗談だとは分かってるけど、…聞き捨てならない発言です…

「えぇ〜、どうしよっかな〜」

いや、ごっちん。そこは悩まないでよ、……一応私もいるんだしさ。



「よし! じゃあ、オイラがお礼に飲み物買って来てあげる!」

ごっちんのサンドイッチを前に、俄然やる気になったらしい矢口さんは、急に立ち上がると、
そう宣言するや否や、駆け出して行ってしまった。

231 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時00分03秒

…相変わらず元気だなぁ。
矢口さんの後姿を見送っている残された私たちが考えている事は、多分同じだろう。
でも、それがあのかわいらしくて憎めない先輩の魅力なんだよね。

そうは言っても、これで邪魔されずに、ごっちんのお弁当をゆっくり楽しめる状態になったのは確かだ。
後ろの二人は、すでに二人で世界が出来上がっているから邪魔される事はないだろうし、今のうちに…

「ね、ごっちん…食べてもいい?」
「うん、どーぞ」
「いっただっきまーす!」


さて、まずはどれから頂こうかな…
…おにぎり…ハンバーグ…赤いウインナーはタコさんだし…
…迷うけど、やっぱ…これだな。

232 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時00分43秒

お弁当箱の中でも、私が一番真っ先に目に付いた、玉子焼き。
それを、お箸にはさんで口まで運ぶ。
噛み締めると、口の中に広がるほの甘い味。
これだよっ、これ!…玉子焼きは甘いほうが好きなんだよ、ウチは!
ごっちんなら、絶対分かってくれると思ってたけど、間違いなかった!
しかも、砂糖を多めに入れてるのに、ほとんど焦げてないし!焼きすぎてなくてフワフワだし!
さすが、ごっちん!


しばらく、料理評論家のように、うっとりした顔で玉子焼きの味を噛み締めて感動している私。
その隣には、私のことをじっと見つめている、ごっちんが。

そうだよね、やっぱ感想の一つも言ってくれないと、作った甲斐がないってもんだよね…

「ごっちん、このたまごやきサイコー! めっちゃウマイよ!」
「あはっ、ありがとー」

私は、ワザとらしいくらいに力を込めて、ごっちんに感想を言う。
ごっちんはふにゃっと顔を綻ばせて嬉しそうに微笑んでくれた。

233 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時01分47秒

しばらく二人でニコニコと微笑みあって、私は次におにぎりに箸を付ける。
おにぎり…これって、ごっちんが素手で握ってくれてるわけだよね…当たり前だけどさ…。
玉子焼きとは別の感慨に耽りながら、おにぎりの味を堪能する。

そして、また、隣からは彼女の視線が。

…う〜ん、あんまり見詰められると、ちょっと照れちゃうって言うか、…食べ辛いかも…。

口に出してそう言ってしまうのは、いろいろ誤解されかねないので、一端口を休めて、
「なに?」という表情で、ごっちんの事を見返す。

「あー、ゴメン。あんま見られてると、食べづらいよね」

いや、決して「そうだよ」とは言わないけど。
でも、そんなに近くでじっと見詰められるのは、ちょっとね、照れちゃうんだよね……。

234 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時02分33秒

「…あ…そんな事ないよ?」
「ホントに?」
「うん」
「なんかねー、よっすぃーがゴハン食べてるの見るの、ごとー好きなんだー」
「え?」
「すっごく美味しそうに食べるし、…それにね、ほっぺがぷくって膨らんでモグモグしてるのがすっごいかわいーの」
「……」

…だって、おいしんだもん。
だから、いっぱい口に詰め込んじゃうから、モグモグなっちゃうんだもん…
それにしても、ごっちんって、よく私に"かわいー"って言ってくれるんだけど、
そう言ってる本人のほうが、間違いなくかわいい笑顔なんだよね…

顔が真っ赤になってるのが、鏡を見なくても分かるけど、もういいや。
ごっちんしか見てないし。
…実は、ごっちんに、いじめられるのイヤじゃないし。

これが、矢口さんとかなら、勘弁だけど…

235 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時03分31秒

「あっ!よっすぃー、なに顔赤くしてんだよ?
 てか、なんだよこのピンク色のまったりした空気はさー、ちょっと入りづれーんだけど!」

ちっちゃな体で腕いっぱいにペットボトルを抱えて、帰ってくるなり、このツッコミ。
ごっちんも私も長い付き合いで慣れているので、無闇に言い返したりはしない。
だって、その何倍にもなって返ってくるのは火を見るよりも明らかだから。
だからおとなしく黙っておこう。

「はい、ごっつぁん、隣で顔を真っ赤にしてるそこの子はお茶でよかったかな?」

…なんでごっちんに聞いてるんですか、矢口さん。
ごっちんも普通に頷いて受け取ってるし。…まぁ、いいんだけどさ。

「はい、よっすぃー」
「あ、ありがと…」

面白がってる矢口さんに抗議の意味を込めて、ごっちんからボトルを受け取ってすぐに、
黙ってキャップを外して飲もうとすると、横から「よしこぉ」と呼びかけられる。

「ちゃんとやぐっつぁんにもお礼言わなきゃだめだよ?」
「…はい」

236 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時04分08秒

ごっちん、そんな真顔で言われると、ふざけてんのか本気なのか分かんないんだけど…
でも、取り敢えず。ごっちんの言いつけ通りに、矢口さんにもぺこっと頭を下げる。
…あんまり心はこもってないけど。

「…矢口さん、ありがとうございます…」
「どういたしまして。いい子だねーよっすぃー、よく出来ましたー」

ごっちんの向こうの席に座って、ものすっごく楽しそうに笑う矢口さん。

ちくしょー、なんだよ。
絶対、ごっちんのお弁当が羨ましくて私にこんな仕打ちをしてるに違いない。
…絶対そうだ。…だって、私だけだもん。一人分のお弁当をつくって貰ってるの…


口を尖らせて、矢口さんのことを恨めしそうな目で見ていると、私の頭にふわっとあったくて柔らかい感触が。

「よしこー、そんな顔しないのー」

少し上の位置から私のことを、ふんわりした微笑で私を見下ろすごっちん。
頭を撫でられている私は、ごっちんのことを自然に上目遣いで見上げる事になる。

…子供か、…ウチは。

237 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時04分41秒

私がそう口に出すまでもなく、すかさず矢口さんからつっこみが入ることは間違いないんだけども…。


「きゃははっ、よっすぃー、ママの言う事はちゃんと聞かなきゃだめだぞー?」

…ほらね。


しかし、私はどんなに矢口さんに虐げられても、文句は言えないのだ。

なぜなら、あの日、…ごっちんのお店で矢口さんに全てを話した日。
テーブル席にふたり並べられた私とごっちんは、……というか実際は私だけなんだけど、
テーブルの向こうに腕組みをして座っている矢口さんから、私が本当のことを言わなかった事で、こってりと絞られた。
私も自分が悪いことは重々承知しているので、あれから何週間か経った今でも頭が上がらないんだ。
それと付け加えると、ごっちんは約束通り私が泣いてしまった事は、内緒にしておいてくれた。

そんな経緯があるので、私がおとなしく我慢していると、何とか矢口さんのつっこみも一段落ついて、
やっと落ち着いてランチタイムを満喫できる雰囲気になった。


238 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時05分16秒


もうほとんど、お弁当箱の中は空に近づいたころ。
ちょっと気になっていた隣のサンドイッチの入ったバスケットを覗き見てみる。
半分以上はなくなっているけれど、売り物みたいに綺麗に小さくひと口サイズの形に切り添えられて並べられてるサンドイッチ。
すげーな、ごっちん。…サンドイッチ切るのって結構難しいんだよね。中身が飛び出ちゃったりしてさ。
…さすがだよなぁ。

私は感心してそれらを眺めてたんだけど、ごっちんは私がジッと見詰めているのを気付いたみたいだ。
…まぁ、箸を咥えて黙って見つめられてたら、勘違いもするよね…。

「よっすぃーも、これ食べる?」
「へっ!?」

私は相当間抜けな顔をして返事をしたらしく、顔を上げた私の顔を見て、ごっちんは笑うのを我慢して口元を押さえて肩を振るわせている。
…ごめんね、ごっちん。もの食べてるのに笑わせちゃって。
何だか肩身が狭くなって、シュンとして自分のお弁当をつついていると、上からごっちんの優しい声が。

239 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時06分19秒

「あー、ゴメンゴメン、…はい、よっすぃー」

顔を上げてみると、目の前にはサンドイッチとそれをつまんだごっちんの手が。

…ん?…この状態は、…そういうことですか?

一応確認のためにごっちんの顔を見ると、何の疑問も照れも抱いてないような、「当然」と言った表情。

やっぱ、そういうことだよね。……人目もあるし、ちょっと恥ずかしいかもだけど…

目の前のサンドイッチに自分の口を近づける。
口を開けると、上手にそれをひょいと口の中に入れてくれた。

「……んー、おいひー」
「えへへ…でしょー」

あー…なんかいいかも、こういうのって。
恥ずかしいけど、嬉しいほうが勝ってる。…でも、これがふたりだけだったら、もっと嬉しいのになー。
なんて、ごっちんの嬉しそうな笑顔を横目で見ながら、モグモグしていると、斜め後ろのほうから刺すような鋭すぎる視線を感じる。
その方向にいるのは、あの方なんだけど、…振り向くのが怖い。

240 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時06分52秒

しばらくは、気付かない振りで頑張って耐えていたんだけど、
うしろからその人が私を呼ぶ声が聞こえてきて、無視するわけにもいかないし、振り向かざるを得ない。
今気付いた風を装って、出来るだけ普通の顔でぎこちなく振り向くと、やはり待っていたのは有無を言わせない鋭い目つきをした保田さんだった。

「…あのさー…今朝からずっと思ってたんだけどさー、…ごっちんとよっすぃーって……そうなの?」

…これまた、直球なのかそうでないのか分からない質問だな。


実は、保田さんと梨華ちゃんは、私とごっちんのことをまだ知らない。
うちらの仲間の二人には、秘密にするつもりは勿論ないんだけど、なんとなく今まで言う機会を逃していた。
だって、いきなり「私たち、お付き合いを始めました」なんて、なんかの挨拶状みたいな事を言うのもおかしいし。
それになんだか恥ずかしい。向こうもいきなりそんな事言われたって、戸惑うだろうし。
矢口さんはこの事に関しては、何も口出しするつもりは無いらしく黙っている。
私も矢口さんの力を頼るつもりはない。

241 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時07分39秒

保田さんは私たち二人のことを鋭い目つきで見比べていて、梨華ちゃんは訳が分かってないのか
私たちと保田さんの間でキョロキョロと視線を行ったり来たりさせている。
そして、矢口さんは聞いてるんだろうけど、聞いてない振りでフロアーで行われている試合をぼんやり眺めて。
チラッとごっちんのほうを見やると、彼女は特に表情を変えずに私のことをじっと見つめている。
…やっぱ、私が言えって事なんだよね。

「…で、どうなのよ?」
「あー…だから……そうですよ?」
「…そうなの?」
「はい、そうです」

保田さんは私の返事に、「やっぱ、そうなのー」と感慨深げに頷きながら、腕を組んでイスにドカッと凭れた。
私は、意外とあっさりと保田さんが納得してくれた事にホッとして、お茶の入ったペットボトルに口をつけた。

242 名前:  投稿日:2003年07月15日(火)20時08分14秒

特に嫌な顔もしないし、好奇心丸出しで詮索してきたりもしない。
すんなりとふたりの事を受け入れてくれた、保田さんらしい態度が嬉しかった。
普段通りに見えたごっちんも、実際は緊張していたみたいで、安心したように私に微笑むと、食事を再開した。

が、しかし。

「えぇ〜っ、何が『そう』なんですかぁ〜、保田さぁん」

保田さんの隣からは、聞きなれた甲高い声が。
あぁ、あと一人、厄介な人がいるのを忘れてたよ。

保田さん、あとは任せます…







243 名前:作者 投稿日:2003年07月15日(火)20時10分19秒

>>207さん
その辺は、昔からごっちんはポーカーフェイスが代名詞みたいなもんですから大丈夫でしょう。
多分…。しかし、内心はかなり怖いことになってそうですが(w

>>208さん
自分が書くとどうしてもよっすぃーはこどもっぽくなってしまうんですよね。
それが可愛いって感じてもらえると作者も嬉しいです。

>>209さん
いやー、間に合ってよかったです(w
焦らしてしまった分、楽しんでいただけたようでしたら嬉しいです。

>>210さん
かっけーよっすぃーですかぁ…
がんばります。
「いちばん」なんて感想もらえるとホントうれしいです。普段生活してて滅多にいわれませんからね(w

>>211さん
こういう甘い場面は、書いてて他よりぜんぜん力入りますからね。うれしいです。
今後は多めに萌え場(こういう言い方しないか…)を入れていきたいです。

244 名前:作者 投稿日:2003年07月15日(火)20時11分03秒

>>212さん
いやね、自分も焦らされるのは大歓迎なんですけど、
逆の立場になるとね、やっぱダメですね。向いてないんですかね、コッチのほうは(w

>>213さん
最後までイジイジしてじれったいよっすぃーでしたけど、
まぁ、終わりよければ…ってやつですな(w

>>214さん
ぶっちゃけて言いますと、私は『萌え』る事を重点に置いて書いていたりするので、
作者にとってはかなり嬉しいお言葉です。
シリアスでクールな雰囲気もよしごまにはハマるんですけど、やっぱ『萌え』は重要ですよね。


245 名前:作者 投稿日:2003年07月15日(火)20時12分26秒

さて、気付けば一ヶ月も更新をしていなかった訳で…
更新を待ってくださっていた方がいらしたら、申し訳ないです。
たくさんの感想レスを頂いて、早く続きを書かねば…とは思っていたのですが、
新曲プロモーションで後藤さんのメディアでの露出ラッシュが続き
彼女のあまりのキュートさに、ここ何週間は蕩けまくっておりました。
その上、追い討ちを掛けるように娘。さんの新曲にある種の衝撃を受けたことも重なり…
……はい、言い訳です。
間を空けてしまったせいか、よっすぃーのキャラが微妙に変わってしまったような気もするし。

次回はいつになるかは分かりませんが、気長に待ってやって頂けると幸いでございます。


今回更新分は、>>215-242 です。
それでは。
246 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月15日(火)21時11分19秒
ああっ ごっちんが「よしこ」って呼ぶようになってるー!
細かいなぁ。
こういうとこで二人の進展が垣間見えるようで・・・いいですねぇ。初々しいし。

つーかもう二人とも可愛すぎで・・・萌え氏にそうです・・・。
「両方ともいっぺんに可愛い」よしごまってあんまり見ない
(ような気がする)んでなんかもうホントありがとうって感じです。おトク!w

マターリお待ちしていますんで続きもがんばってくださいー。
247 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月16日(水)01時18分36秒
>>246さんの「両方とも可愛いよしごま」に禿同です!!
こんなに可愛い二人は見た事ないですよ、まじで。
ごっつぁんのやわらかい笑みとか、よしこの頬袋とか…
ほんとに萌え氏にそう…。

数有るよしごま小説の中でも、萌え度はダントツなのではないでしょうか。
とにかくサイコーです!!
248 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月16日(水)22時00分44秒
待ってました。
作者さんありがとう♪萌え度は120%ですよ(^^)それ以上!!
さすが圭ちゃん・・鋭い観察力ですな。
二人とも可愛いっす。
249 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月17日(木)00時29分42秒
もう可愛いこの二人。あまりの可愛さに読みながら思わず一人


悶  え  て  し  ま  い  ま  し  た  。


今回の更新でしばらくは悶え続けられます(w
作者さんはマターリ頑張って下さいね。
250 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月23日(水)12時42分52秒
萌えまくりです。
サンドイッチを食べさせている時、ハロモニのジャガバタのことを思い出しましたよ〜
あの時はホント夫婦みたいでしたぁ。ごっちんは優しい目でずっと吉子をみてたし(^O^)
まったーり待ってます!
251 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)11時31分50秒
保全
252 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月21日(木)20時34分48秒
そ、そろそろ続きを…
253 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)04時39分25秒
待ってます・・・。
大好きなお話です。。。
254 名前:作者です 投稿日:2003/09/15(月) 19:27

>>246さん
私自身はシリアスもハードもエロもなんでも好きなんですが
書く場合はこういう感じにしか書けないんで。
まぁでも、実際のよしごまは仲良しで可愛い感じですしね。
事あるごとに吉澤さんの名前を嬉しそうに口にする後藤さんとかね。
くねくねしながら「真希ちゃ〜ん」ってせまる吉澤さんとかね…
・・・とにかく、この話はかわいいよしごまで行かせてもらいます。


>>247さん

>数有るよしごま小説の中でも、萌え度はダントツなのではないでしょうか。

最高のお褒めの言葉でございます。
何だかんだいっても「萌え」られるっていうのは重要だと思ってますので。
上手い作者さんの作品を読むと正直、自信なくすことはしばしばあるんですが、
皆さんの感想レスを励みに、ひっそりと書かせてもらおうと思ってます。


>>248さん
大変お待たせいたしまして、申し訳ないです…
今後も、萌え度120%以上目指してがんばります。


>>249さん
前回の更新から二ヶ月も経ってしまいました。
続きは間に合いましたでしょうか?…って待たせすぎですよね。
マターリ過ぎる作者で申し訳ありません。
それにしても、こんなダメ作者にもみなさんはホント優しくて感動してます。


>>250さん
よしごま好きにはあのじゃがばた映像は必須ですからね。
あの映像くらい萌えられる話を書きたいものです。
しかしあの時の後藤さんの表情がとてもエロ…いや大人っぽく見えたのは私だけなのでしょうか(w



>>251さん
保全、ありがとうございます。
本来ならば私がしなければならないことですよね。


>>252さん
たいへんお待たせしました。ごめんなさい。

>>253さん
こんなにお待たせしてしまってもまだ見放さずにいてくださってありがとうございます。
そしてごめんなさい…


255 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:29



インターハーイ予選が終わり、そろそろ夏の暑さを本格的に感じるようになったある日の午後。

店内には、実は音楽好きなごっちんが選曲したBGMの軽やかなギターの音色と、それにかぶせて低くエアコンがうなる音が聞こえている。

ヒソヒソとした小さな話し声の聞こえる先には、大学生のカップル。
そのカップルのひとつ向こうのテーブルにはネクタイ姿の男の人が一人。
そして、カウンターの端っこのいつもの席には、私。

いつも通りの光景だけれど、ただ一つ違っていたのは、隣にいるはずの仲間が今日は誰も居ないこと。
普段の私なら、邪魔されずにごっちんとおしゃべりできる、なんてただ能天気に浮かれるところだけど、今日は違った。


つい昨日、私たちのチームは準々決勝まで進んだものの、惜しくも敗れしまったのだ。


みんなが応援に来てくれた日の試合は見事に全勝。
ごっちんのお弁当のおかげで、アタッカーである私が絶好調だったためだと、
こっそりと自負しているけれど、それはあながち間違ってはいないはずだ。
しかし、翌週に行われたその日の最初の試合、すなわち準々決勝の試合で、接戦の末、負けてしまったのだ。

256 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:30

当日、いつもの仲間は、各々都合が悪く、誰も会場にはやって来れなかった。
カッコ悪いところを見られなくてよかったと強がる反面、もしごっちんが居てくれたら…
…なんて、終わってから考えてもどうしようもないことばかりがぐるぐると頭の中を巡っていた。

そんな状態のまま、ごっちんに会いに行くことが出来ずに、家に帰ってから電話すると、結果を口に出す前に私の声音から全部分かってしまったらしく、
私の負け惜しみを、子供と話すような優しい声で相槌を打ちながら、気が済むまで聞いてくれた。
ごっちんは気を遣って、他のみんなにはごっちんから報告しようかと言ってくれたけど、私はそれを断った。
散々ごっちんに情けない自分をさらけ出した後のくせに、ヘンなところで意地を張って強がる自分に、ちょっと自己嫌悪した。
幾分気持ちの整理が付いたそのあとで、他のみんなにはメールで結果を報告した。
三人はメールや電話で慰めてくれたけど、まだみんなと顔をあわせて笑い合える自信はない。


そして、次の日の今日。
ごっちんに電話して、誰も店に来ていない事を確認し、こうしてここへやって来た。



257 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:31


数日前の敗戦のショックから抜け出せないでいる私は、あの日からずっと気が抜けたようにぼんやりとして溜息ばかり吐いている。
あの試合で負けが決まった瞬間に、私のバレー部からの引退も決まった。
それは前から覚悟していた事なのに、自分でもこんなにダメージを受けるなんて意外だった。
ここまで自分が部活動に打ち込んでいたなんて、間抜けだけど、全部が終わった今、気が付いた。
でも、往生際が悪い私は、もう少し練習を頑張っていれば…、あの時のレシーブをミスしなかったら…、あのスパイクが入っていれば…
と、なにかにつけて後悔ばかりしていた。

この席に座っていても、状況は変わらない。もう何度溜息を吐いたか分からない。

そんな私にごっちんは、ただ黙って砂糖たっぷりのミルクティーを淹れてくれた。
そして、特に何か言葉を掛けるでもなく、時々見守るような優しい目で微笑みかけてくれる。


煩わしいだけの励ましも、どこかで聞いたような慰めの言葉も、今は欲しくない。
なのにどうして、ごっちんに会いに来たのか、自分がどうされたいのかも分からない。
だけど、ごっちんは、私が自分でも分からずにいることを、私が何を欲しがっているのかを、
全て解ってくれているみたいな包み込むような優しい微笑を浮かべて、ただ黙って座っているだけの私を見守ってくれていた。



258 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:31



カップに口を付けてミルクティーをひとくち含むと、口内に良い香りと甘さが広がって、やがて喉を温かさが滑り落ちていく。
舌に残るミルクティーの後味はずいぶん甘く感じた。
でも、この甘さが今の私には心地いい。もっと甘くてもいいくらい。
カップの中で揺れるミルクティーを見詰めてると、少しずつお腹から温かさが広がっていく。
心地良いその感覚に浸りながら目を閉じると、あの日の景色がぼんやりと蘇ってくる。
私が泣きながらごっちんへの想いを告白した日。
あの時も、ごっちんはミルクティーを淹れてくれたんだっけ。

そして、あの時。
…彼女の唇が私の頬に触れたときの、微かに香ったミルクティーの甘い香りは、
あの時以来、ずっと私の記憶から消える事はなかった。

顔を上げて、チラッとごっちんを見ると、カウンターの向こう端にいた彼女はちょうどこちらを向くところで、視線がぶつかる。
考えていた事が見透かされたみたいで、恥ずかしくて思わず目を逸らしそうになったけど、
彼女がふわっと微笑んでくれて、私もそれに誘われるように自然に口元がほころんだ。


259 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:32


あぁ、そうだ。…この色は……
このミルクティーの色は、ごっちんの色だ。
この柔らかくて、温かい、甘い色は、彼女の色。

一度そう思うと、何だか手にしたカップの中のミルクティーに口を付けることが、急に照れくさくて恥ずかしくなってくる。
だけど、そんな風に意識し過ぎている自分が可笑しくなって、無意識にフッと声を漏らして吹き出してしまった。
ごっちんは、ひとりでにやけている私を見ると、「ん?」と不思議そうに首を傾げる。
その仕草が何とも言えず可愛くて、私はにやけた顔のまま「なんでもない」と言う様にごっちんに向かって微笑みかけた。


辛いことも、嫌なことも、この色の中に全部溶かして、飲み込んじゃえば楽になるんだよ。
私を見つめているごっちんのうっすら微笑んだ口元はそう言ってくれているみたいで、私は一度深呼吸をすると、
もうひと口、甘い色を飲み込んだ。


260 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:33




「……もうちょっと、だったんだけどな」

最後の客が店を出て、ごっちんと私の二人きりになったのをきっかけに、
ぽつんとひと言そう呟くと、ごっちんはそれに微笑みで返してくれる。

「もうちょっとさ、スタミナが残ってたら勝てたと思うんだ。…まぁ、こんなの今になって言っても、もう遅いんだけどさ」

今度は、ごっちんに聞いてもらうために、顔を上げて彼女に笑いかけながら言う。
ごっちんは、「そうだね」と頷くと、カウンターを間にして、私の前に立つ。

「あのさ、勝ち負けって実力だけじゃなくて、運も必要だったりするじゃん?よっすぃーは練習は頑張ったけど、その日はちょっとだけ運がなかったのかなぁ」
「…あー、そうかもね。前の試合までで運を使い果たしちゃったんだね、ウチ」
「そうだねー、すっごいカッコ良かったもん、よっすぃー。ごとー、もうドキドキしちゃってどうしようかと思ったんだから」
「あはは、ほんとにー?」
「そーだよぉ。だから負けた試合を見に行かなくてよかったよ。
 負けて泣いてるよっすぃー見たら、カッコいいよっすぃーが霞んじゃうもんね」
「なんだよ、泣いてなんかねーよ」
「ウソだー、泣き虫だもん、よっすぃーは。絶対泣いたでしょー?」

261 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:33

ごっちんは、イタズラっぽい瞳で私のことを覗き込んでくるけど、私は「泣いてないよ」と曖昧に笑ってごっちんの視線から逃げる。

…本当は、自分の部屋で一人きりになったとき、ちょっと泣いちゃったけどね。


だけど、泣き虫って言うのは、ちょっと違うよ。
誰かに泣いてるところを見られるなんて、絶対にイヤだもん。
物心ついてから、人前で泣いた事なんてないんだよ、あたし。
強くなりたいって思ってたから、泣いてたまるかっていつも我慢してた。


でも、ごっちんの傍にいると、ダメなんだ。
ごっちんの言葉や、仕草の一つ一つが、私のかたくななはずの心を、いとも簡単に溶かしてしまうんだ。


…こうしている今も、試合に負けた事なんて、ごっちんの笑顔でどこかに吹き飛んでいったと思ったのに…なんで……


262 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:34


「あ!ほら、今だってなみだ目になってるよぉ?」
「ちーがうよ! 泣いてないって」

カウンターの上に身を乗り出して、私に顔を近づけるごっちん。
私はそれから逃げるように、下に俯き、ごっちんに顔を見られないように右手をかざして顔をガードする。

「泣いてんのかぁ?よっすぃー」

泣いてはないよ。…ただ、ちょっと、泣きそうなだけだよ。


「顔上げろー、よしこー」

おどけて言う彼女の声がすぐ傍で聞こえる。
それから、自分の顔を隠すようにしていた私の腕に、温かい感触が触れる。
反射的に顔を上げると、ごっちんが私の腕を掴んで、微笑んでいた。

「泣いてるじゃん。やっぱ…」

私の腕を掴んだまま、いたずらっ子みたいな笑顔で勝ち誇ったように言うごっちん。

263 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:35

「泣いてな…っ」

言い返そうとした私の腕を、ごっちんは掴んだまま自分へと不意に引き寄せた。
カウンターを挟んだ二人の距離は一層近くなる。

そして、戸惑う間もなく私の視界は一瞬で暗くなり、唇に温かくて柔らかい感触が触れて、離れた。
瞬きすることも忘れてしまった私の目の前には、可愛らしい笑顔。

「…泣いてもいいよ?」

そう囁いたごっちんの唇が、右の目尻に柔らかく触れた瞬間、
ごっちんが優しい眼差しで見守る前で、私が今まで押し込めていた感情は溢れだした。

自分でも不思議だった。
涙腺が壊れてしまったみたいに、涙が溢れて止まらない。
自分が泣いていると言う事実が上手く飲み込めないでいる私は、その涙を拭う事すら出来ないでいる。
そんな私の代わりに、そっと優しく指で涙を拭ってくれるごっちん。
子供みたいにしゃくり上げて泣くあたしを、彼女は優しい目で見詰めながら、頬や髪を撫でてくれる。

264 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:36

そして、カウンター越しに身を乗り出すようにしているその体勢が辛くなったのか、
向かい側からこちらに回ってくると、私の隣の席に座り、泣いている私の肩をそっと抱いてくれた。


あの時もそうだった。
私が泣くと、ごっちんは寄り添って髪を撫でてくれた。
そうされると、泣いているはずなのに、心地よくて安らぎさえ感じてしまうんだ。




265 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:36



本当はずっと、誰かにこんな風に甘えたかった。

「弟達の見本になるように」とか、そんな事知らない。
「男の子みたいでカッコいい」とか、そんなのどうでもいい。
「吉澤さんらしくない」とか、意味わかんないよ。

哀れみのこもった痛々しい目をして慰められたり励まされたりなんてしたくないんだ。
仕方のないヤツだって笑って許してもらいたかった。

優等生とか、憧れの先輩とか、自慢の娘とか。
そんなの、勝手に言っててよ。

私には、そんな飾りだけのラベルがなくても、受け入れてくれる場所があるんだから。


266 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:37


ごっちんは落胆する私に、我慢も強さも求めない。
ただ、優しさをくれて、甘やかしてくれる。
そして、泣いてもいいんだって言ってくれる。
何も考えずに、そのままでいいって言ってくれる。


「…ごっちん、ウチ頑張ったよね?」
「うん。…よっすぃーはすごく頑張った」

…そっか、…そうだよね。
ごっちんがそう言ってくれるなら、誰に認められるより、その言葉が一番信じられる。




267 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:38




ごっちんに体を預けてもたれると、当たり前のようにしっかりと優しく受け止めてくれる。
いつの間にか涙が止まり、乾いてしまっても、まだ離れたくなかった。
ごっちんも、離れようとしない私の背中と髪を、ずっと優しく撫で続けてくれる。

髪を撫でられながら、直ぐ傍に寄り添う彼女の甘い香りに包まれて、
心地よさからつい眠ってしまいそうになるけど。
まどろんだ意識をとどまらせるのは、微かに顔にかかる彼女の吐息。
さっき唇に感じた、柔らかくてしっとりとした、とてつもなく気持ち良い感触が蘇る。
今になって思えば、あれが私とごっちんの初めてのキスだったんだ。
あまりに不意打ちだったから、その感動に浸る間もなかった。ちょっと残念。
彼女の唇までの距離は、あともう少しなのにな…

268 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:39


「…ごっちん」
「ん?」

……もう一回、キスして欲しい。……なんて、言えない。

名前を呼んだ私の次の言葉を待つごっちんの視線を横顔に感じる。
こんなに近い距離なのに、あともう一歩が踏み出せないでいる私は相変わらずだ。

「……なんでもない」
「なにそれー」

私の下手なごまかしが、通じたかは分からないけど、
ごっちんは笑いながら私の髪をふわっと撫でてくれた。
私はただ恥ずかしくて、曖昧に笑って返すしかなかった。

269 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:40


だけど、こんなあたしにもごっちんは何処までも優しい。
俯く私の隣で、フフッと小さく笑う声が聞こえたと思うと、膝の上で軽く握られている私の片手に
そっとごっちんのあったかい手のひらが重なる。

「…よっすぃー、こっち向いて?」

その優しい声に誘われるように俯いていた顔をゆっくりと上げると、
私の手の上に載せられていたごっちんの手に少しだけ力が込められた。

さっきよりも少しだけ心構えができている分だけ、胸のドキドキも大きくなる。
恥ずかしくてごっちんと目を合わせることが出来ずに、彼女の鎖骨の辺りを見つめていると、
私の頬にごっちんの手がそっと触れてくる。
ごっちんが顔を寄せてくるのを感じて、目を閉じた。


270 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:40


…なんでごっちんは、私がして欲しいって、思ってることがわかっちゃうんだろ…


ごっちんの唇の柔らかさが気持ちよくて、頭の中が蕩けそうになる。
熱に浮かされたみたいに、体がフワフワしている。
それが、例えようもなく心地いい。

……癖になっちゃいそうだよ…。

いつの間にか私は、私の手を覆うように載せられていたごっちんの手を、ぎゅっと握っていた。
少し汗ばんでしまっている手のひらが恥ずかしいけど、ごっちんはちゃんと指と指を絡めて握り返してくれる。

何度も角度を変えたり、柔らかく唇で唇を挟み込んだり。
鼻から漏れるごっちんの色っぽい吐息に、ますます気持ちが高揚する。
一瞬だけうっすらと目を開けた時に見えた、ごっちんの濡れたような長い睫毛と紅い頬に、また胸がきゅうっとなる。
二人とも、息が上がってしまっているけれど、まだまだ離れたくなんてなかった。


271 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:41



ずっと、ずっと、こうしていたかった。

…だけど。


二人の途切れ途切れの乱れた吐息の合間に、遠くから微かにコツコツという靴音が聞こえる。
階段を昇って、段々と大きく近づいてくるその音にごっちんも気付いたらしく、名残惜しいけれど、どちらからともなく体を離した。

「…誰か、来るみたいだね」

荒い呼吸を整えながら、私がそう言うと、頬を紅潮させたごっちんがコクッと頷いた。
体は離れてしまったけど、つないだ手は、まだそのままだ。
空いているほうの手で、ごっちんの少し乱れた前髪を直してあげる。

「…ありがとー」

…かわいいなぁ……
小さな女の子みたいに、はにかんだ笑顔のごっちん。
もう、このままどっか遠いところまで連れ去ってしまいたい。



272 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:42



…にしてもだよ!
誰だよ、こんないい所をジャマしてくれる最強にタイミングの悪いヤツは!!

今はまだ営業時間中でお客さんがやってきてもおかしくないということをすっかり忘れて、
近づいてくる足音を聞きながら、入り口のドアを睨んでいると、足音が途絶えて、代わりにドアが勢いよく開いた。


「ちゃおー! ごっちんによっすぃー、元気ぃー」

「……」

…“ちゃおー”って。
今時そんな死語使うような人で、“ごっちん”“よっすぃー”なんてあだ名で呼ぶくらいの知り合いと言えば。
あの子しかいないんだけどね…

「「…なんだ、梨華ちゃんか」」


273 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:42


揃ってそう言う私とごっちんの視線の先には、何がそんなに楽しいんだか、満面のスマイルで、
右手の人差し指と親指でL字を作ってポーズを決める梨華ちゃんが立っていた。

せっかくのいい場面を邪魔されて、今日までの憂鬱な気分の反動からか最近にはないくらいの怒りが込み上げていた私だったけど、
悩みなんて知らないような能天気な笑顔の梨華ちゃんを目の前にして、怒る気も失せてしまった。
ごっちんはと言えば、梨華ちゃんがやって来た事で既に仕事モードに切り替わってしまったのか、
梨華ちゃんに「座りなよ」と声を掛けて席を立ちかけた。


「いいじゃん、ごっちん。ほっときなよ」


怒りは治まったとはいえ、やっぱり梨華ちゃんが恨めしい私は、席を立とうとするごっちんの腕に手をかけて、引きとめた。
普段は、仲間のみんなの前でさえ、ごっちんに触れたりなんて恥ずかしくて出来ないんだけど、今日はなぜか気にならなかった。
今日だけは誰の目も気にせずにごっちんを自分の傍に置いておきたかったんだ。


274 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:43


「え、でもぉ……」

だけどごっちんは引き止める私のことを、眉間を寄せて困り顔で見下ろしてくる。
みんなに優しいごっちんは、お邪魔虫の梨華ちゃんでさえ放っておけないみたい。
そういうとこも好きだけど。でも、今日は、今日だけは、ごっちんは私だけのものでいて欲しい。

「あー、梨華ちゃん。ごっちん、疲れてるみたいだから、水でも何でも自分で用意して飲みな?」

「なっ、なによーっ!その言い方!ひどいっ!」

ごっちんの腕を取ったまま、私がそう言うと、梨華ちゃんは頬をぷぅっと膨らませて怒り出した。
顔赤くして怒っている梨華ちゃんの声が少々キーンと頭に響くけど、私は「フン」と鼻であしらってやった。

「何なのよ、その態度!よっすぃーが落ち込んでるだろうと思って、せっかく励ましてあげようと思ったのにぃ!!」

「……それなら、もう間に合ってます」

275 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:44


頭から湯気でも出そうな勢いでプリプリ怒っている梨華ちゃんに聞こえないようにボソッと呟く。
私を励まそうとして、あのまったく的外れなはしゃぎ様だったんだと思うとあまりにも梨華ちゃんらしくて、
思わずむすっとした顔が崩れて頬が緩んでしまった。
隣のごっちんの顔を見ると、彼女も私と梨華ちゃんのやり取りを見て笑っていた。


天然でどこかとぼけた梨華ちゃんと、そして、ふんわりとしてあったかいごっちんの笑顔。
ここにはいないけど、次に矢口さんに会ったときは、あの明るい声で「なにショゲてんだ!」って背中を叩いて喝を入れられるに違いない。
保田さんは、実は説教好きだから、ちょっと会うのが怖いかも…けど、結構ボケてる所もあって、
本人は真剣なんだけど、周りにはボケてると思われちゃうところとか、
何となく梨華ちゃんと通じるところがあるんだよなぁ。
…なんて思うとやっぱり笑えてくる。


276 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:45


「ちょっとぉ、ふたりだけで微笑みあってないで、あたしも仲間に入れてよぉ」
「ヤダねー、ごっちんはあたしのだもん。梨華ちゃんは入れたげないもんね」
「ちょ、ちょっと、よっすぃー!?」

悪ノリしてごっちんの腰に腕を回して抱き寄せると、ごっちんは焦って私の腕から逃げようとする。
梨華ちゃんは、刺激がちょっと強かったのか、目のやり場に困っているみたいに、視線がキョロキョロと定まらない。



ちょっと調子に乗りすぎかも知れないけど。
まぁ、いいじゃん。
今日はなんだかはしゃぎたい気分なんだよね。


277 名前:きみの席 投稿日:2003/09/15(月) 19:45



「ちょっとごっちーん!このヒトどうにかしてよー!キャラ変わってるよー!?」
「うるさいなー。ごっちんはあたしの味方なんだからねー。梨華ちゃんの言う事なんか聞かないのっ!」
「あ、あははー…」


…うーん、でも。
私がいまだに試合の敗戦をずるずると引きずって落ち込んでいるだろうと言う事と、
そんな私がごっちんのお店に来ているだろうということを、この天然な梨華ちゃんにまで見透かされていたと言う事が
何となく情けないような、ショックなような…。
すっごく複雑な気持ち。





278 名前:作者 投稿日:2003/09/15(月) 19:46


かなり長い間お待たせしてしまいました。
ホントに申し訳ありませんです。


279 名前:作者 投稿日:2003/09/15(月) 19:47

こんな駄文でも、待っていて下さる方々には、感謝してます。

280 名前:作者 投稿日:2003/09/15(月) 19:48

次回もいつになるかはわかりませんが…
それでは。
281 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/15(月) 21:48
更新お疲れ様です。
ここの吉子は、かわえ〜なぁ♪
癒されます!
ここの小説大好きなんで気長に待ってますね。
282 名前:つみ 投稿日:2003/09/15(月) 23:55
ここのよしごまは極甘ですね!
いつまでも待ってますんで♪
283 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/16(火) 00:48
…悶えすぎて息が荒いです、自分…。落ち着け、落ち着け。
待ってた甲斐がありました。作者さんありがとう。
284 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/16(火) 23:41
いやぁ…甘すぎてこっちが恥ずかしいというか(w
更新、今か今かと待ってましたよ作者さん。
焦らされるのはわりと好きなので問題はないです。
作者さんのペースで頑張って下さい。
285 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/08(水) 17:53
待っております。
286 名前:トリプル 投稿日:2003/10/14(火) 16:32
ここの吉後好き!!
ごっちんが赤くなっちゃうところとかも♪
よしこがお預けをくらってるとこも♪(?
がんばって続けてください☆
応援してますッ!!
287 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/02(日) 19:41
期待してます。
288 名前:トリプル 投稿日:2003/11/09(日) 21:20
早く読みたいです。
待ってます。
289 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/02(火) 03:26
待っております。
290 名前:トリプル 投稿日:2003/12/08(月) 20:28
読める日はいつ来るのか・・・。
ここの吉後好きなのにーーーー!!!!!
291 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 20:39
>290
ageないでよ
292 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 20:50
ageとかないじゃん?
293 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 21:20
>292
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/imp/1048246085/43
ちゃんと読みましょう。
2ちゃんに行った事がある人だったら知ってるシステムだけど。

作者様、失礼しました。
294 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 23:23
新半R
295 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/05(月) 22:29
そろそろ更新お願いしますm(__)m
296 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/25(日) 14:49
楽しみに待ってます
297 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 13:36
いつまでも、待ちます。
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/02(火) 00:23
保全
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/16(火) 23:44
生存報告だけでもお願いします

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